1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:00:03.88

はじめに。

このSSは、
キョン「ペルソナ!」
というスレタイで、以前VIPで投稿したSSのリメイクとなっておるクマ。
でも、元のを読んでなくても楽しめるように書いてあるので、安心して読むがよいクマよー

予定では、二日に分けて投下する予定クマ。
付き合える人は付き合ってくれるとクマが喜ぶクマよー。

ほいじゃ、始まり始まり~

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420016403



2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:01:23.39


突然だが。皆さんは、宿題用のノートと自分の身の安全、どちらがより大切だろうか?

おそらく、世の中の誰もが、こんな質問を提示するやつの精神構造を訝しむことだろう。
自分の身を危険に晒してまで、宿題のノートの確保に走るなんてやつが居るわけもない。
逆に言えば、一度宿題を忘れ、少しばかり内申に影響が出る程度のことで、自分の身の安全を確保できるというなら、誰もがそちらを選択するだろう。
そう、それがまともな考え方だ。まともな環境で育ち、まともな経験を積んできた、全うな精神から生まれる考え。
誰だってそうする。もちろん、俺もそんな思考の持ち主だ。

だった、はずなのだ。
しかし、そんなまともな思考回路を狂わせるほどの出来事というのは、案外簡単に、また、突然やってくる。
そう。俺の思考回路は、いつのまにか、まともと呼ぶにふさわしいものではなくなってしまいつつあったのだ。
どうだ、そろそろ『まとも』がゲシュタルト崩壊してきた頃だろう。

「ノートなんざ、放っておきゃ良かったんだ」

荒く息を吐きながら、俺は誰にともなく呟いた。
冷たい大気をかき分けるようにして、どこへ続くかもわからない薄暗い廊下をひたすら駆ける。
突き当たりを右折すると、目の前に、上階へと続くらしい階段が現れた。
他に道はない。冷や汗を拭いながら、俺は二段飛ばしで、それを登り始める。
背後から迫り来る気配は、一向に消えはしない。

慢心だった。
俺は、ここ一年強で、いくつかの……いくつもの超常現象を目の当たりにし、経験してきた。
その薄っぺらな経験から、今回のこの異常現象を、大して危険なものではないだろうと、甘くとらえてしまったのだ。
その結果が、これだ。

七月中旬、真夏の深夜。
俺は命の危険に晒されていた。
宿題のノートを忘れたことが原因で。



3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:02:32.72


―――そもそもの事の起こりは、一昨日のことだった。
その日、俺はいつもよりも重たい疲労を抱えていた。
なぜ疲れたのかは詳しく覚えていないが、俺の疲労とはだいたいにして放課後に膨れ上がる。おそらくその日もそうだったんだろうと思う。
やけに遠く感じる帰路を辿り、自宅に帰り着いたのが午後六時。それから、夕食をとり、二十分ほどかけて入浴し、寝巻きに着替えた頃には、俺はもう眠気の使徒となっていた。

「キョンくん、宿題てつだってー」

「あー、今日は悪い、寝る」

自室の手前で、国語と算数の教科書を抱えた妹に遭遇し、それを適当にあしらい、自室に入った俺は、そのままベッドに倒れこんだ。
まだ八時台だったが、目を閉じてから数分も経たないうちに、俺の意識は睡眠の海へと溶け出していった。



………

目を覚ました時、夢を見ていたような気がしたが、内容はほとんど忘れてしまっていたが、その夢に、涼宮ハルヒが出てきたことだけは、はっきりと覚えていた。

「……寒いな」

現実に帰った俺の意識から、液体が溢れ出すように、そんな言葉が口をついて出た。
うつ伏せに眠っていた体を起こし、ベッドに腰を掛ける。
そして、改めて、周囲の空気が冷たく冷えているのを感じた。七月だというのに、まるで初冬のような肌寒さだ。
今は何時だろうか。ベッドの脇に放り投げられた携帯を拾い、ディスプレイを見る……が。

「あ? バッテリー切れか?」

携帯電話は、一切の光を発していなかった。



5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:03:54.51

壁に掛けた時計に視線を向けると、室内をほのかに照らす月光の中で、秒針と短針が、仲良く真上を指していた。
零時ジャスト。眠っていたのは、三時間半ほどか。
それにしても、寒い。半袖の寝巻きだけでは、鳥肌が立つほどに。
寝なおすにしても、何か羽織るものはないだろうか。俺は暗がりの中で目を細め、室内を見回し―――気づく。

「あ……電灯も切れたのか?」

室内は、窓から差し込む月光以外に、光を放つものがなかった。
眠りに着く前に、電灯を消さなかったことを覚えている。
……このあたりから、俺は何か『妙』だと考え始めていた。
俺の脳裏を、とある単語がよぎる。

閉鎖空間。
それが何であるか、説明する必要はないだろう。
俺はまた、いつだかのように、ハルヒの創り出した閉鎖空間に招待されてしまったのだろうか。
しかし、その空間は。俺が記憶している閉鎖空間の概要とは異なる点を、いくつか持っていた。

「……空が明るいな」

窓の外には、かつて俺の見た灰色の空や、見知った夏の夜の空は存在しなかった。
代わりに、緑がかった漆黒の空と、異様に明るく、どこも欠けていない、真円の月。
そして、澄み渡った冷たい大気。いずれも、俺の知る限りで、普通ではない事だらけだった。

「ダメだ……寒い」

三度、肌寒さを覚え、俺は、壁に掛けたまましまい忘れていた、制服のブレザーを寝巻きの上から羽織った。
なにしろこれから夏の盛りという季節だ。他の半纏だのジャケットだのは、引き出しの奥底へしまいこんでしまっていた。
保温性のない生地だが、無いよりはマシだ。
すると、次に、別の震えが、体の奥底から湧き出してきた。



6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:04:42.68


……トイレ行こう。

ベッドから腰を上げ、部屋を出る。ドアノブが、奇妙なほど冷たく感じた。
薄暗い中、階段をゆっくりと降り、すぐ正面のドアへ……

―――トイレのドアへと向けたはずの視線が、異様な何かによって遮られた。

初めは、何かの家具のようにも見えた。
先ほど見た夜の空のように黒く、人の背丈ほどの高さの物体。
生き物ではないらしい『それ』は、視覚的にさえ感じられる冷たさを纏い、トイレのドアのすぐ手前に立っていた。

垂直に立った柩。
表現するなら、そんな言葉がふさわしいだろうか。
そして、それの登場は、俺の思考の中に、ひとつの確信をもたらした。

この、冷え切った空気。
見たことのない色の空と、悪魔じみた月。
そして、謎の柩。
―――何かが起きているのだ。
おそらく、俺の想像の限りを越えるであろう、何らかの現象が。

「……誰か……いるのか?」

呟いたあとで、もし、この状況で、俺以外の誰かがこの場にいるとしたら、それはとてつもなく恐ろしい事ではないかと気づいた。
もしも、そんな第三者がいるとしたら……そいつが、俺に危害を加えない者でないという保証はない。
考え出した途端に、心臓が早鐘を打ち始める。いつのまにか、喉が渇ききってしまっていた。

……部屋に戻ろう。
漆黒の柩から逃げるように、降りかけの階段を、後ろ足に上り始めようとした、その時だった。



7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:05:43.75


「お前は『鍵』なのだ」

声がした。
低く、滑り気を帯びた、男の声だ。
その声は、俺の背後……階段の上から降り注いできた。
すぐに振り返ることはできない。全身が凍りついたように硬直している。
それでも、なんとか全身に感覚があるらしいということを確かめながら、俺はゆっくりと振り向き、階上を見上げた。

薄暗さのせいで、そこに立つ者の様相がわからない。
だが、少なくとも、人の形をしている何かだった。
階段を上がったすぐの地点に両足をつき、両腕を組み、俺を見下ろす『誰か』。そいつの発した言葉の内容が、脳へ伝わらない。
まるで、意味を知らされていない念仏を聞いているかのようだった。

「お前が、これから生き残るために、手助けをしてやろう」

数秒の沈黙のあとで、そいつは―――便宜的に、『男』と呼ぼう―――組んでいた腕を解き、左手を、俺に向かって振るった。
その手の中から、何かが放たれ、俺の眼前で停止する。
青い光を放つ、正方形の物体。何かのカードのようだった。

「生き残る……ため?」

男の言葉を繰り返しながら、目の前の空間に浮かび、ゆっくりと回転するカードを見る。
幾何学的な絵柄の裏面に、抽象画のような絵柄の表面。
そして、そこに記されている数字。
0。
俺がそれを視認すると同時に、カードは一瞬、強く光を発した後、目の前から消え去ってしまった。



8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:06:42.39


「お前の武運を祈ろう」

再び、男の声がして、俺は意識を、階上の男に向ける。
男が、くい。と、左手を持ち上げ、

「あと十秒だ」

と、手の中の何かを見つめながら言った。

「今のは……お前は、一体―――」

渇いた喉から、やっとの思いで声を紡ぎ、男にむけて放つ。
その、直後。
ゆらり。
突然、目眩とともに、奇妙な感覚が俺を襲った。
足元で、重なり合っていた何かと何かがずれるような、震動にも似た浮遊感。

「うわっ―――」

一瞬、階段から足を踏み外しそうになったのを、寸でのところで踏みとどまる。
一つ息をつき、頬を伝う冷や汗を拭う……そして、気づく。
俺の周りの大気から、あの、冷たく、音を持たない気配が、消え去っていた。
更に、次の瞬間。

「あれ、キョンくん?」

すっかり階上に注目していた俺を、階下へと引き戻す、聴き慣れた声。
振り返ると……そこあったはずの、あの漆黒の柩は、影も形もなくなっていた。
その代わりに、枕を小脇に抱えた、寝ぼけ眼の妹が、柩があったのと同じ場所に立っていた。



9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:07:48.55


「キョンくんもトイレー?」

「いや……お前……」

あの男と会話(ほぼ一方的な、だが)をしている間に、あの黒い柩は消え、妹が現れた。
何を言っているのかわからないだろう。俺も何を言っているのかわからないさ。
妹の部屋は俺と同じ二階にあり、妹が俺の気づかない間にそこに行くには、階段を降りかけている俺を追い越さなければならない。

まさか。
ひとつの可能性が、俺の心中を走る。
妹は、俺の知らないあいだに、柩と入れ替わったんじゃない。
この妹は、さっきまで、あの黒い柩に『なっていた』……なんてのは考えられないだろうか。

「お前……大丈夫か? なんともないか?」

「なんとも? ないよー?」

焦る俺の前で、妹はとても眠たそうに瞼を擦った後、そう答えた。
そして、くい。と首をかしげて、

「キョンくん、いつの間にそこにいたの?」

と、不思議そうに呟いた。

やはりそうだ。
妹は、俺が部屋を出るよりも前から、そこに居続けていたのだ。
あの、冷たい大気に支配された、奇妙な世界の中に。
黒い柩へと姿を変えて。



10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:08:52.56


「ねー、トイレ、先いい?」

「あ、ああ」

妹は、やはり不思議そうに、数秒間俺を見つめた後に、くるりと寝巻きを翻し、トイレの中へと入っていった。
全身がじっとりと汗ばんでいる。先程まで冷たかった空気が、掌を返したかのように、夏の夜の温度と湿気で、俺の全身を包み込んでいた。

……今度は、一体何をやらかしてくれているんだ。
涼宮ハルヒのご尊顔を脳裏に浮かべながら、俺は心中でつぶやき、ひとつため息をついた。
ひとまずの不思議現象が過ぎ去ったと察知した瞬間に、忘れていた意欲が、下腹部へと蘇ってくる。
とりあえず―――用を足そう。



………

質の悪い夢でも見たのだろう。
翌朝、俺は全身を襲う気だるさを洗顔で振り払い、昨夜の記憶と対峙することを放棄した。
幸いというべきか、不思議探索で顔を合わせたハルヒから、普段と違う様子は見られなかった。

「あんた、クマが凄いわよ?」

「ちょっと夢見が悪くてな」

「きっと正夢になるわね」

「冗談はよしてくれ」

結論から言って、ハルヒのその一言は、現実になってしまったわけなのだが。



11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:09:48.19




………

「マジにか」

時は加速し、その日の深夜。
俺はベッドの上で、再び味わう薄ら寒さに凍えることとなった。

日曜日を前にして、少し多い量の宿題に追われた俺は、時刻が零時を指すほんの少し前まで、時間の流れを忘れてしまっていた。
あと三十秒ほどで、長針と短針が重なり合うといった頃。俺はようやく宿題を終え、携帯の電子時計で、その事実に気づいた。
午前零時。
蘇る昨夜の記憶。それを払拭するように、俺は眉をしかめ、目頭を押さえた。
コチ、コチと、秒針が時を刻む音だけが、室内に響いている。

―――あと十秒。
不意に、あの男の言葉が脳裏を過ぎった。
記憶の中の男は、そう口にしながら、手の中の何かを見つめていた―――そう、あれは。

「時計……?」

閉じていた瞼を開き、壁にかけられた時計へと視線を向ける。
長針と短針はほぼ真上を示していて、秒針はそのわずか左。

三秒。秒針が、頂点へと近づく。
二秒。迫り来る何かに怯えるように、全身に鳥肌が走る。
一秒。手の中の携帯電話が、先走るように、プツリ。と音を立て、停止した。
そして―――時計は。
時間は、止まった。



12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:10:58.72




………

携帯電話や、電池式の時計。PCなどといった電子機器の類は、すべて機能を停止しているようだった。
昨夜と同じように、俺は寝巻きの上から制服を羽織り、ひとり、冷たい部屋の中で思考を巡らせていた。
窓から差し込む、光量の多い月光だけが、室内を照らし、俺のシルエットを壁に映し出している。

冷たい大気。
漆黒の空。
狂気じみた月。
すべてが昨日のとおりだった。
可能ならば、今すぐに、古泉や長門と連絡を取りたい。
しかし、あらゆる連絡手段は断たれている。

「正夢か……笑えねえぜ、ハルヒ」

苦笑が、強がりのように、静寂の中を転げ落ちていった。

俺はその時、既に、ある『確認』をとり終えていた。
すなわち、この『時間』を体験しているものが、俺の他に、誰か存在しないかということ。
その確認を得る手段として、手っ取り早かったのが、両親と妹の所在についてだった。
俺の両親……特に母親は遅寝で、零時となれば、寝室で読書か、ネットサーフィンに興じていることが多かった。
体験上は二度目となる、この冷たい時間の中で、俺は両親の寝室を訪れ、遠慮がちにドアを開け、中を覗き込んだ。

しかし、そこに、俺の知る母親の姿はなかった。
代わりに存在したのが、デスクの目の前にそびえ立つ、黒く無機質なシルエット。
昨夜見たのと同じ、黒い柩だった。



13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:12:25.62

室内を見回してみると、柩はデスクの前のそれひとつだけではなかった。
これまで見てきた二体と全く同じ、夜の闇の色の立方体が、ちょうど窓際に位置するダブルベッドの上に、もう一体。
どうやら、『こっち』は父親のほうで、既に寝入っていたようだ。
頭痛を覚えた俺は、こめかみを押さえながら、出来るだけ音を立てないようにドアを閉め、ひとつため息をついた。

そうして自室に戻った俺は、昨日と同じように、ブレザーを寝巻きの上から羽織り、一人思考を巡らせていた。
少なくとも、この家の人間の中で、この『時間』の中で活動できるのは、どうやら俺だけらしい。
そして、俺以外の人間は皆、あの黒い柩へと変わっている。
外も、似たような状況になっているのだろうか。
確かめに行きたい気持ちもあったが、この得体の知れない状況で、動き回る気はしなかった。
しかし、世界は依然として静寂に包まれていて、ほかの何者かがどこかで活動しているような気配は、全く感じられない。

止まった時間の中に、たった一人の俺。

……ほんの二、三分ほど、俺は頭を抱えた体制で、唸り声とも嘆息ともつかない声を上げていた。
何かを考えようにも、何が起きているのかがわからないのだから話にならない。
そんな状況で、俺に何かできることがあるだろうか。
コツ、コツと、音を立てながら、無意味に過ぎてゆく時間……

時間。
俺ははたと気づき、壁の時計に視線を向けた。
先ほど見た時と同様に、三本の針が真上を示した形で停止した時計。
沈黙に満ちた部屋の中で、唯一、僅かに聴こえる時を刻む音。
―――この音は、どこから聞こえているんだ?
室内を見回し、音の聞こえてくる方向を探る。
それからほんの十秒ほどで、俺は、月光に照らされた勉強机の上に、見覚えのない、卵型の物体が置かれていることに気づいた。

「これは……時計か?」

音を発しているのは、その物体のようだった。手のひらに収まるほどのサイズで、押しボタンらしき突起が付いている。



14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:14:30.41

爆発とか、しないだろうな。
一瞬、近づくのを躊躇した。コチコチ言っているのは、時限爆弾のカウントダウンのそれではないだろうかという考えが浮かぶ。
しかし、その物体は言わば手がかりだ。この際限のない理解不能膠着状態を打破し得る、キーアイテムなのかもしれない。
ええい、ままよ。
思い切って近づき、それを手に取る。俺が思っていた以上に重く、冷たい手触りがした。
それは俺が最初に想像したとおり、懐中時計のようだった。電力というものが居眠りをこいている現状で、動作し続けている所を見ると、ゼンマイ式なのだろうか。
親指で突起を押し込むと、ぱか。と軽い音を立て、蓋部分と本体部分に分かれた。
顕となった円形の文字盤を目にし、俺は首を捻った。そこには数字や文字は刻まれておらず、零、三、六、九の四つの数字に該当する位置に印が付いている。
そして、零よりも僅かに左を指した、長針と思われる針と、音を立てながら動く秒針のみが存在していた。
針は二本だけで、秒、分は読み取れるが、時を示すべき短針が見当たらない。
俺に理解できる限りで、その時計はまもなく、零分を示す頂点を指そうとしているようだった。

「あと、十秒……」

秒針が、長針へと近づいてゆく。それに追われるように、長針がほんの少しづつ、零を示す印と重なろうとしている。

五秒。
四秒。
三秒。
二秒。
一秒。

二本の針が、頂点を指した、その瞬間。
覚えのある目眩と浮遊感が、俺の体を襲った。

「うっ……」

ほんの一瞬。電流が走るような短い間、俺の意識はブラックアウトした。
そして、気づいたときには―――
世界は、元通りに動いていた。



15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:15:58.54

手の中の時計が放つものとは別に、秒針が時を刻む音が聞こえて、その音のした方向を見る。
壁の時計が、息を吹き返したように、時間を刻んでいた。時刻は、零時を回り始めてから、ほんの一分弱。
窓の外には、あの漆黒の空ではない、やや曇った夜の空が広がっている。
何処か遠くから、犬の鳴き声が聞こえる。当たり前にある、現実の夜の喧騒だ。
大気は温く、じっとりと湿気を帯びている。

「零時……」

俺の目の前で、零時を示して止まった時計。変貌した世界。
それらが再び、今、ここにある様相を取り戻すのにまでに掛かったのは、どれくらいだろうか。
あの奇妙な『時間』は、いつ始まり、いつ終わった?

「この、時計」

ふと、手の中の時計のことを思い出す。
短針のない懐中時計……その長針と秒針は、零を示したまま、動くことをやめていた。
……理解の遅い俺の頭でも、ようやく、状況の輪郭が掴めてきた。
おそらく、次にこの懐中時計が動き出すのは、もう一度零時がやってきた時。

零から始まり、零で終わる。
時計が示すことのない、空白の―――静止した時間。
そんな時間の中に、俺は迷い込んでしまっていたのだ。
んな、馬鹿な。
そう言って、何度だって夢だと思いなおしたい。
しかし、俺の手の中に、あの時間の中で見つけたこの懐中時計があるという事実は、あの時間の中での出来事が、俺にとって本当にあった事なのだということを決定づけていた。

腹をくくった俺は、もう一度、心の中で、昨晩と同じ事を思った。

何かが起きているのだ。
おそらく、俺の想像の限りを、かなり越えるであろう、何らかの現象が。



16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:17:25.74




………

そして、翌日、日曜日。
俺は以前から予定されていた、親族ぐるみの行事によって、妹ともども、丸一日を忙殺された。
全ての用事を終え、家族揃って家に着いたのが二十三時。古泉や長門に連絡を取る暇など、ありもしない。

「ま、いいか……どうせ明日会うんだ」

制服を着たままでベッドに寝転がり、天井を見つめながら呟く。
一昨日ほどではないが、俺は十分に疲労していた。このまま眠ってしまうのも良いかもしれない。
そう考えたあとで、俺は昨晩とその前の晩、あるはずのない時間を体験してきたということを思い出す。
今夜も、あの時間は訪れるのだろうか?

「寝てりゃ、関係ないだろ……」

すこし考えた後、俺はそう呟いた。
思えば一昨日、俺は突如訪れた寒さによって目を覚ましたことで、自分が、あの謎の時間の中にいることを認識した。
もしも俺が、あの時間帯を眠りの中で過ごしたとしたら、あんな奇妙奇天烈な現象が起こっていた事自体、俺は知らずにすごせていたはずなのだ。
幸いというべきか、昨日、一昨日と、あの時間の中で、俺に危害を加えるような存在と対峙した覚えはない。
―――あの、謎の男については、まだ何ともいえないのが現状だが。

とにかく、俺は寝る。ああ、寝てやるとも。
幸い、昨日必死に取り組んだおかげで、宿題は残っていなかった。
昨夜、俺はあの冷たい時間が訪れるより前に、鞄の中に詰め込まれたノートを、手前から順にクリアしていった。
現国から始まり、英語、世界史、そして―――



17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:18:41.76


「……日本史?」

がば。と、上体を起こし、脳裏に浮かんだその単語をつぶやく。
確か、俺は一昨日、四科目も同時に出された宿題を前に、頭部に痛みを覚えたという記憶があった。
しかし、昨日俺がこなしたのは、現代国語、英語、世界史の三科目。
……日本史のノートが、鞄の中にあった記憶はない。

まさか。と、ベッドから飛び起きた俺は、鞄の中身を確認する。
しかし、やはり、そこに日本史のノートは見当たらない……これがどういうことか、疑いようがない。

「忘れたのか。学校に」

低い不協和音が、頭の中で鳴り響く。
高等学校で勉学に励んだことのあるものになら、この事態がどれほど拙いものだか分ってもらえるだろうか。
まして、今は七月中旬。テストも終わり、消化試合のように、夏休み前の瑣末な時間をすごしている時だ。
逆に言うと、二年のこの時期に宿題を忘れたりしようものなら、内申にダイレクトに響きかねない。

「……まだだ、まだ間に合う」

胸の中に、焦りの炎が灯ってゆくのを感じながら、俺は時計を睨んだ。
時刻は二十三時二十五分。自転車を飛ばせば、三十分ほどで学校に着く。
夜の学校に侵入する手筈については、以前、ハルヒから聞かされたことがあった。
夜警を雇っていない我が北高は、一部の生徒しか知らないとあるルートを使えば、夜間でも問題なく、学校内へと忍び込むことが出来るのだ。

「……行くしかない」

勉強机の前から立ち上がった俺は、自転車の鍵を手に取り、机の上から必要なものだけを選び、着たままになっていた制服のポケットに詰め込んだ。
この時点で、俺は宿題への執念に染まっており、とてつもなく大切なことを忘れてしまっていた。
おそらく、誰もが察しているだろう。あの冷たい時間が、今夜も訪れるであろう、ということをだ。



18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:20:10.43




………

空気が宿命的に蒸していることを覗けば、俺が北高へと向う道程は、何事もなく過ぎていった。
あえて言うなら、家を出る瞬間に、妹にその姿を目撃されたことくらいだろう。
俺が行き先を「学校」と短く告げると、妹は不思議そうに眉をしかめ、家を出る俺の背中を見つめていた。

「多分、教室だよな……鍵は職員室か?」

全力でチャリを飛ばし、校門前へたどり着いた俺は、息をつきながら、辺りを見回し、誰にも見られていないことを確認した。
数ヶ月前、ハルヒから聞いた情報が真実ならば、職員室へは、床に近い位置に取り付けられた小窓から、潜りこむことが出来るはずだ。
閉ざされていた校門は、驚くほど簡単に開いた。どうやら、うちの高校の警備は相当ザルらしい。
それでも、出来るだけ物陰に隠れながら、昇降口を目指す―――その途中で、校舎に取り付けられた、大きな時計の文字盤が目に入った。
主に、体育の際などに利用している大時計だ。何年も前に、そこで教師が死んでからは、使われていない……なんてことはなく、いつも普通に、現在時刻を示している。
その時計が、まもなく零時を指そうとしていた。
瞬時に、俺の頭の中に、あの制止した時間のことが思い出される。

「今、ああなったら……どうなるんだ?」

一瞬、俺の中で、このままではヤバイ。という気持ちと、いや、そうでもないんじゃないか。という、気持ちが交差した。
あの時間の中では、俺以外の人間は皆―――と、言い切るには、判断材料がやや少なめだが―――あの黒い柩の姿へと変わってしまう、と。
なら、考えようによっては、誰にも知られずに校舎へ忍び込むには、むしろちょうどいいかもしれない。
それに、ここまで来てしまったのだから、いまさら思い悩んでも遅い。さっさと目的を果たし、速やかに自宅へ帰るというのが賢明な気がしてきた。

……上着、持ってくりゃよかったな。
この時、まだ、俺には、そんな呑気なことを考えている余裕があった。
しかし、大時計が零時を示し、空の色が変わった瞬間から。
俺は、寒さを感じるような余裕などない、悪夢のような異常事態に見舞われる事となった。



19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:21:06.79

まず、聞こえてきたのは、地鳴りだった。
大地から何かがせり上がってくるかのような、重く、巨大な地鳴り。

「なっ……何だっ!?」

やがて、地鳴りは震動を伴うようになり、俺の立つ地面を前後左右に揺さぶり始めた。
起立しているのが難しいほどの地震は、やがて、校庭のあちらこちらに地割れを生じさせ始めた。

「ただの地震じゃねえぞ……おい、マジかっ!?」

思わずしゃがみ込んだ俺は、誰にともなく叫び、目の前の校舎を見上げた。
月光に照らされたその外殻が、ビキビキと辛辣な音を立てながら、粗い亀裂を帯びてゆく。
その亀裂から、外側へむけて放たれる光。まるで、内側から何かが産まれようとしているかのようだ。
ボーン、ボーンと、あまり聞き覚えのない、時計の鐘のような音が、地鳴りに混じって聞こえてくる。
咄嗟に見上げた大時計の針が、狂ったように回転していた。
校舎から放たれる光が、俺の視界を埋め尽くし―――ほどなくして、俺の意識は途絶えた。



こりゃ、あれだ。
『ヤバイほう』だったってわけだ。
一瞬前まで、上着のことなんかを気にしていた自分をぶん殴ってやりたいね。



………

コツ、コツという、聞き覚えのある音で、俺は意識を取り戻した。
最初に目に入ったのは、見慣れない天井。灯っていない蛍光灯が、視界の中心に、斜めに走っていた。
嗅いだことのない、わずかに生臭い空気が鼻につく。



20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:24:26.50


「ここは……」

ぼやけた全身の感覚を、ゆっくりと慣らしながら、体を起こす。
視線を下に向けると、自分が、冷たいリノリウムの床の上に倒れていた事が分かる。
周囲を見回すと、古びた金属の棚や、体育のマットを丸めたようなもの。会議用の長机などが、不規則に置かれている。
そこはどうやら、北高の校舎内の、どこかの一室であるようだった。

「……何がどうなったんだ」

呟くと、周囲の壁がその音を拾い、わずかに反響した。
こめかみに指を当て、自分が一体、どういった状況にあったのかを思い出す。
そう、俺は学校に忍び込む途中で、零時を迎えて……直後に、あの地震に見舞われた。
校舎の中に自分から入った覚えはない。そもそも今いる場所が、校内のどこにあたる部屋なのかも、周囲の様子からでは確認できなかった。
……気を失っている間に、誰かに連れてこられた、とか?
一瞬、頭に浮かんだ考えに、胸の奥が冷たくなる……こんな得体の知れない状況で、自分以外の誰か……何かがいるなんてことは、できれば考えたくない。

コチ、コチ。
ふと、たった今自分を目覚めさせた音が気になり、身の回りを見渡すと……昨晩手に入れた、あの時計が転がっていた。
この時計が動いている……つまり、今はまだ、『零時のまま』なのだろう。
文字盤を見てみると、長針が六を指している……つまり、零時を迎えてから三十分ほどが経過している、ということだろうか。

……大人しく、帰ろう。
心臓が嫌なリズムで脈動している。
もう、ノートの事などどうだっていい。身の安全を確保するのが最優先だ。
先ほどの現象が一体何であるのかなど、一切気にならない。あれは夢だ。夢なんだ。俺は早く家に戻り、もっとまともな夢を見るべきなのだ。
よし。と、立ち上がり、すぐ後ろにあった、壁に取り付けられた窓から外の様子を窺おうとして……俺は固まった。

その窓からは、大地が見えなかった。
遠くまで、明かりの一切ない街並みが見渡せて、それが漆黒の空と重なって、綺麗な地平線を描いていた。



21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:26:30.31


「何階だよ、ここ……」

俺の知る北高に、こんな展望台のような眺めを楽しめる場所はない。
現状が、帰る帰らないなんてレベルじゃないということが、ようやく理解できた。
決定的な「何か」が起きてしまったのだ―――おそらく、さきほど零時を迎えた瞬間に。

「マジで、か……」

鈍く、重い頭痛が俺を襲う。
なぜ俺は、ノートなど忘れてしまったのだろう。
学校になど来なければ、何事もなく今夜をやり過ごし、明日、長門や古泉に、この件を相談できたかもしれない。
そうすれば、こんな事には……

いやいやいや。
俺は頭を振って、心中を埋め尽くしつつある絶望感を振り払った。
まずい。今の精神状態だと、全ての思考がバッドエンドの未来に直結してしまう。

「この時間さえ、過ぎれば……」

手の中の時計を見つめ、呟く。
あと三十分弱。何事も起きなければ、零時は終わるはずだ。
そうなれば、どうやらどうにかなっているらしいこの学校も、元通りに戻る……かなり期待が混じっているものの、可能性はある。
となれば、下手に動かず―――

べちゃり。

一瞬、体が飛び上がりかけ、ひ。と、喉から声が漏れそうになった。
こんな状況で、突然背後で物音がしたら、誰だって驚くだろう。
それも、聴き馴染みのある音じゃない。鼓膜に粘りつくような、滑り気があって、湿った怪音だった。



22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:27:52.42


べと、べと。

更に、追い打ちをかけるように、もう二つ、やはり奇妙な音。それと同時に、教室の壁に、僅かな震動が走った。
見たくない。が、見ないわけにも行かない。
俺はゆっくりと、背を向けていた、廊下側の壁を振り返った。
……そこにいきなり誰かがいるんじゃないかと思っていた俺は、誰もいない室内を見回して、ひとまず息をついた。
が、安らぐ間もなく。俺は目の前の光景の中に、ひとつ、気になる点を見つける。

教室の前部と後部に取り付けられた、廊下へとつながる、曇りガラスの小窓がついた、スライド式のドア。
そのうち、前部に位置するほうのドアの小窓に、外側から泥団子をぶつけられたかのような、いくつかの黒い跡があった。
さっきの音の原因は、これだろうか―――よく観察してみようと、及び腰ながら、ドアに近づいた瞬間。

びたびたびたびた。

「うわっ!?」

ドアが震え、雨が降るような音とともに、小窓一面を、黒い『手形』が埋め尽くした。
廊下から室内に向かって、『何か』が押し寄せて来る……ドアがミシミシと音を立て、今にも弾け飛びそうに歪む。

―――ヤバイ。これは、ヤバイ―――!!

何かがいる、どころの騒ぎじゃない。
俺は泣きそうになりながら、ドアから遠ざかり―――逃げ道が、後部のドアしかないことに気づき、絶望する。
たった今、ドア越しに対峙している、この『何か』がいる廊下に、自分から出ていけと?

「ああっ、クソっ!」

もはやドアが決壊するのは時間の問題だ。
考えている暇はない。俺は教室後部のドアに向かって駆け、剥ぎ取るようにそれを開いた。



23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:29:08.47


「この時間さえ、乗り切れば……!」

右手に懐中時計を握り締め、奥歯で言葉を噛み潰しながら、俺は廊下に飛び出した。
「何か」は、それをすぐさま察知したらしく、ドアに攻撃を仕掛けるのをやめ、わさわさと音を立てながら、一人疾走する俺に向き直った。
ほんの一秒ほどの沈黙を挟んだ後、すぐに俺の背を追いかけ始める、「何か」。
リノリウムの床をひた走りながら、俺はほんの一瞬、肩ごしに背後を振り返り、『そいつ』の姿を見た。
見て、愕然とした。

『そいつ』は、人を象ろうとし始めて、途中で挫折した、黒い粘土細工の欠片を、いくつも寄せ集め、塊にしたような姿をしていた。
腕と見て取れるものが、塊からいくつも突き出しているが、歩行しているわけではなく、床に接している部分はヘドロかスライムのような様相を呈しており、前後も左右も構わずに這いずり回っている。
そんな中で、特に目を引いたのが。突き出した何本かの手の中に、青い仮面のようなものを持っているというところだ。
そいつは、まるでその仮面に視覚があるかのように、仮面を手にした腕を前方へと突き出しながら、ビタビタと音を立てて俺に迫ってくる。

俺はこれまでに、何度か、常識を超えた、理屈では説明できない生物を目にしてきた。
が、今回のこいつほどえげつないのと対面したのは、初めてだね。
それも、誰のサポートもなしにだ。どうなってやがる、古泉。助けてくれ、長門。



………

そうして、話は冒頭に戻るわけだ。
頭の中で、いままでのあらすじをようやく語り終えた俺は、あとがきのようなものに手を付ける暇もなく、青い仮面の異形との追いかけっこに明け暮れている。
上り階段は、まだ終わらない。もう数十分も走り続けており、正直足が限界だ。
足を踏み外そうものなら、あの化物の餌だ。精神的なプレッシャーに耐えながら、体を酷使する。そのコンボが辛い。
だが。もう少し、もう少しなのだ。両足に神経を配りながら、右手の中の時計を睨む。
長針が示しているのは、零のわずかに左。あと一分かそこらで、この悪夢のような一時間に終止符が打たれるはずなのだ。
その瞬間に願いを掛け、階段を上り続ける……何度目かの踊り場にぶつかり、進路を変え、更に駆け上がろうと、新たな行く手に視線を向け……
―――俺は、固まった。



24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:30:27.27


「……冗談だろ?」

思わず、そんな言葉が口を突いて出た。
俺の視線の先には、壁。
掲示板を一枚打ち付けられた、塗装のところどころ剥げたコンクリートの壁が、階段の先を封じているのだ。
え、これ、どういう事?
道を間違えたのか? いや、あの教室を出てから、この階段に至るまで、俺は一切、進路を選択していない。すべて、道が続くままに駆けてきた結果が、これだ。
俺がたどってきた逃走経路は、実はえらく長い袋小路でしたー。
全く笑えない冗談だ。

「おい……おいおいおいおい!」

思わず声を上げながら、残り僅かな階段を駆け上り、行く手を塞ぐ壁に両手を叩きつける。
みし。と、掲示板が音を立てたが、壁そのものにダメージなどあるはずもない。防御力満点の、いいコンクリートだった。壁ドンするなら、こんな壁が理想だ。
化物の気配と、階段を這い上がる音が、徐々に近づいてくる。全身から、血の気が引く。

「そっ、そうだ、時間―――」

まだだ。まだロスタイムがある。
いや、むしろあっては困るのか。俺は右手の時計の文字盤に目を走らせ……何度目か、固まる。

時計が止まっていないのだ。
長針は、ゼロをわずかに追い越した位置を示しており、秒針は依然、コチコチと時を刻み続けている。

―――零時が、終わっていない。
馬鹿な。昨日だって一昨日だって、この零時の世界には、終わりがあったはずだ。
その時を示すのが、この時計だった―――そのはずじゃないのか。
昨晩までと、今、この状況の違いを考える。……思い当たる節といえば、ひとつしかない。
そう。俺は、捕われてしまったのだ。零時の世界の中の、この異界化した学校に。



25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:32:23.52


俺は、どうなるんだ?

階下から近づいてくる気配とともに、最悪の予想が浮かび上がってくる。
宿題のノートが原因で、化物に食われて、お騒がせのジ・エンド。
冗談にもならない。
しかし、悲しいことに、それが今の俺にとって、一番身近な未来だった。

 ―――我が手を取れ―――

不意に、脳裏に声がよぎる。
以前どこかで聞いたことがあるような、低い男の声だ―――まさか、早くも走馬灯か。
死の瀬戸際で思い出されるのが、男の声というのは、少しばかり情けない話だ。

 ―――アンタのことは、生かしておいてあげる―――

続いて浮かんできたのは、これまでと違い、ごくごく身近で、聴き馴染みのある声だった。
その声の持ち主を、俺は知っている。よく知っているとも。
しかし。そいつから、そんな言葉をかけられたことなど、あっただろうか。


 ―――……我が手を取れ―――


水っぽい音とともに、ついに踊り場に現れた化物は、手に持った仮面を俺に突きつけながら、何か考えるように一秒ほど制止した。
そして、次の瞬間。化物の無数の手の中に、金属製のバタフライナイフが、シャリシャリと音を立てながら現れる。
そいつで俺を膾切りにするつもりか。俺にとって、ナイフってのがどれくらいのトラウマウエポンだか、分かってやっているんだとしたら非常に腹立たしい。

気が付くと、俺の視界は、足元から吹き上がってくる、青い光によって染められていた。



26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:34:11.61


「何だ、これ……」

最近の走馬灯ってのは、こんな演出もついているんだろうか。
光の壁の向こうで、化物が動く……手の中のナイフの先端が、一斉に俺に向けられる。
それを遮るように、俺の目の前に、見覚えのある、一枚のカードが現れた。
『0』と刻まれたカード。考えるよりも先に、左手が動いた。
カードに触れた指先から、奇妙な暖かさが伝わってくる。
急に、体の中に炎が灯ったように感じられた。
力が、湧いてくる。

「ペ」

唇が、勝手に紡ぎだす、その言葉。

「ル」

カードに触れた左手の人差し指で、こめかみを指す、その動作。

「ソ」

人差し指を、引く……その感覚。

「ナ」


―――耳元で、何かが弾けるような音が聞こえた。


「……『ダンテ』!」



27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:36:50.32



―――我は汝、汝は我……


頭の中で、声が響く……心が落ち着く声色だ。


―――我は汝の心の海より出でし物……


それは、俺自身から沸き上がってくる声だった。


―――神曲の綴り手、ダンテなり……!


前方に向けて手を伸ばすと、俺の腕に重なるようにして、視界の中に、赤い肌の男の腕が現れた。
それを見た化物は、全身を戦慄かせながら、俺に向けて飛び掛ってきた。いつのまにか、ヘドロのような姿をしていた足部分までもが、腕の塊となり、歩行や跳躍を会得しているようだった。
迫り来る無数のナイフ。―――大丈夫だ。心中で首をもたげようとした恐怖を押し込める。
俺は……戦うのだ。生き残るために。
こちらの武器は、背中にある。その事実を、俺は既に理解していた。
ダンテの右腕が、背中に携えた柄モノ……人の背丈ほどもある、巨大な羽ペンを握り締め、振り払う。
すると、ペン先が辿った空間に光の帯が発生し、空中の化物の体を一閃、切り裂いた。
切り払われた化物は、階段を転げ落ち、踊り場の壁に、頭から(どこが頭だ?)突っ込んだ。ボトボトと音を立て、化物の持っていたバタフライナイフが地に落ち、黒い霧へと変わってゆく。
しかし、ダメージは、言わばタコの足部分にしか達していないようだ。すぐに再び、腕によって構成された体をざわつかせ、こちらに向かって這い上がってくる。

「くそ……」

再び迫り来る化物の腕を、ダンテの左足が蹴り払い、化物が再び後ずさる。……まずい、また焦り始めている。



28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:39:29.88

乳酸でパンパンになった足で、化物の残骸を踏み潰しながら、俺は一歩づつ、階段を下り始めた。

「散々走らせやがって……」

恐怖するくらいなら―――怒れ。
ダンテが再び、羽ペンを振り被り、その切っ先を、化物の持つ仮面の中心に突き立てた。
仮面に亀裂が入り、未熟な果物をかち割ったような、重い手応えが、ダンテの手越しに、俺の手に伝わってくる。
そして、先端を化物に突き立てたまま、羽ペンを振り払う。階段脇のコンクリートの壁に、化物の体が、タコの魚拓のように貼り付いた。

「やっちまえ―――ダンテ!」

踊り場まで降りた俺は、壁の化物を睨みつけ、叫んだ。
ダンテが、振り抜いた羽ペンの先端を手元に引き戻し、ハスラーのような体制で、再び、化物の『脳天』へと狙いを澄ませる。
その目に映る視界が、俺の視界と重なり合う。
ひと呼吸を起き―――次の瞬間、放つ。

先程の何倍も強固な手応えとともに。
―――コンクリートの壁に、ドデカい穴が空いた。



………

先刻までの、血で血を洗うかのような、あの追いかけっこの時間が嘘のように。
俺はあろうことか、時間を持て余していた。

何しろ、俺には目的がない。
ゴールが有るのかさえ分からない迷路の中に一人連れ込まれ、その上放置されている。というのが、俺の現状だ。
あの化物を退けて以降、俺の前に、俺に危害を加えるような存在は現れていない。
……こんなふうに言うと、まるで俺が闘争を望んでいるようだから断っておく。俺にとって、争いごとは古泉とのボードゲームだけで十分だ。



29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:41:55.52

そう。
そうなのだ。
俺は今まで、身の回りにやたらと多い非常識的能力を持つ者たちに巻き込まれ、何度かの争いごとに関わったことはあった。
だが、それだけだった。
俺が誰かに、明確な敵意を持ち、その敵意を、暴力的手段にて晴らそうとしたことなど……あったとしても、そう多くはなかったはずだ。

しかし、今回は何だ。
生き残るためには戦うしかない。
俺が、自ら。
これが冗談以外の何であるというのだ。

……それが冗談でも何でもないということを、俺が知らぬ間に身につけてしまっていたらしい、先刻お披露目となったばかりの、あの超常能力が示しているのだから、質が悪い。
そう。『ペルソナ』だ。

それが何であるかは、初めから理解できていた。
思えば、この点からおかしいのだ。
理解できてしまうのだから仕方がない……なんてのは、どこぞのインチキ超能力者が考え出した、ペテン文句だと考えていた。
そんな俺が、どうしてそいつに同調せねばならないのか。

ここらで紹介しておこうと思う。羽ペン使いの『ダンテ』は、俺のペルソナだ。アルカナは『愚者』。
ペルソナというのは、所謂ところの、もうひとりの自分というやつであるらしい。
何故もうひとりの自分が欧州の文豪で、ペンは剣よりも強しを貫き通す体術使いであるのかは、俺自身にもわからない。
能力の概要を理解できたとは言え、他人に語れるほど詳しい知識を得たわけではないのだ。
要するに、ペルソナとは、俺が敵と戦うための能力である。はい、説明終わり。

さて、閑話休題。
現在、懐中時計の長針は、中心からまっすぐ左に伸び、九の印と重なり合っている。
ふと思いつき、今からこの時計を、『零時計(れいじけい)』と呼ぶ事にする。俺の発案にしては、わりと気の利いたネーミングだろう。
ナイフの化物を倒したのは、この長針が零をすこし追い越した頃だったので、それから約四十五分が経過している。
四十五分間、何をしていたのかというと、現状の見つめ直しと、宛てもなく、ただ校内を歩き回ることだ。



30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:43:27.82

歩いていて、気づいたことがいくつかある。
まず、俺のいるこの異界化北高は、まるで呼吸をしているかのように、常に変化し続けているということ。
具体的にどういうことかと言うと、先程まで壁に塞がれていたはずの場所が、気づいたときには新たな道になっていたりするのだ。
たった今曲がってきた曲がり角が、振り返ると壁に閉ざされていたり。さながら不思議のダンジョンである。
迷宮と化したものの、やはりこの場所は北高であるらしく、壁に不規則に並んでいる、教室へ続くらしいドアを開け、中を覗いてみると、科学の移動教室で利用する、薬品臭い棚の並ぶ準備室や、音楽室などの部屋に続いていたりした。
そんな中で、俺はとある教室を見つけ、足を止めた。

「ここ、五組じゃねえか」

ドアの上部に付けられた表札に、二の五と記されている。俺の当初の目的地だった、二年五組の教室だ。
校内はえらいことになっているが、果たしてノートは無事なのだろうか……
開けっ放しになっているドアから、室内を覗き込む……そこに、強烈に目を引くシルエットを見つけ、俺は眉をしかめた。
月光に照らされた室内には、整然と机が並んでおり、一見して奇妙な点はない。
しかし、教室後部の窓際……ちょうど俺の席のあたりに、見覚えのあるオブジェが建っている。
あの、黒い柩だった。
しかも、二つ。

「……こりゃ、どういうことだ」

近づき、観察してみると、二つの柩は、俺の席を前方と右から囲むような形で立っていた。
こめかみに指を当て、考える。
異界化した校内に、この柩がある。つまり、零時の世界が始まった時、二年五組の教室に、誰かが居た、ということか。
それも、俺の席を囲んで。
一体誰が、何のために。

「聞こえやしないよな」

柩のわき腹をコンコンと叩き、お前ら、俺みたいな体質じゃなくて良かったな。と、頭の中で呟く。
どこの誰だか知らないが、この姿になっているということは、こいつらは零時の世界を体感出来ないごく一般的な人間で、故に、この異界化北高に迷い込むことを免れた、というわけだ。
元の姿に戻れるのがいつになるかは知らないけどな。



31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:45:48.53

いつになるか。
零時計はまもなく、再び零を示そうとしていた。
昨晩までの調子なら、もう数分で、こいつらは元の姿に戻れるってことになる。
本来、一時間で終わるはずだった零時の世界が、まもなく二時間も続こうとしている。
現実の世界は、今、どうなっているのだろう。何らかの形で、この零時の世界が終わるまで、現実は止まったままなのだろうか。
正直、その可能性は、あまり考えたくない。なにしろ、この世界には俺しかいない。隔離された世界の中で、誰の助けもなしに、ノーヒントの現状から、俺の力のみで、この事態を解決できるとは思えない。
では、そうでない可能性とは?

「……逆、か?」

頭の中で、思考のピースが一瞬、重なり合って音を立てた。
逆。脳裏をよぎった、その単語。
目の前の黒い柩を見つめながら、考える。こいつらは、零時の世界が発生している間の事を認識できない。
現実の時間が止まり、再び動き出すまでの一時間を、気づかないうちに通り過ぎていくのだ。
それと同じことが、先ほど、化物と対峙している途中、零時計が一時間をオーバーした瞬間、俺にも起きていたとしたら?

つまりその瞬間、零時の世界は、ちゃんと終わっていたのだ。
そして、また始まった。
『俺は零時の世界が終わった瞬間から、次の零時の世界が始まるまでの、二十四時間を認識できずに、気づかないうちに通り過ぎた』
そう考えることも出来るんじゃないだろうか。

……ダメだ、頭痛がする。
だが、もしそうだとしたら、俺はもう丸一日以上、現実の世界から姿を消していることになる。
それに、この学校はどうなるんだ。いかれたダンジョンへと変貌したこの建物が、律儀に本来の北高に戻っているというのだろうか。
なら、その内部にいる俺は、学校が本来の姿に戻っている間、どこにどう存在しているんだ?
まさか、目の前のこいつらのように、黒い柩か、それに準ずるような姿に変わっているとでも言うのか。

……わからん。
二つの柩のうち、片方に寄りかかり、頭を押さえながら溜息をつく。
こういう時に、古泉の奴がいてくれたら、俺の代わりに頭を働かせてくれて、なかなか助かるんだがな。



32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:48:05.41

古泉。
そうだ、もし、俺が現実世界から姿を消しているとしたら、古泉や長門が動くはずだ。しかし、そもそも、この度の異常事態は、あいつらの手に負えるものなんだろうか。
あいつらは、これまで、ハルヒの能力が生み出した奇々怪々な事件を数々捌いてきた。しかし、今回はハルヒが原因なのかどうか、まだいまいちわからない。
土曜に顔を合わせたとき、ハルヒのやつはいつもどおりの様子で、何かやらかしそうな風は見られなかった。
ま、無意識にでも面倒事を引き起こすのが、あいつの特性でもあるんだが……
古泉の機関はまだしも、長門は万能だ。仮にこの事態が、ハルヒの力によって起こされた事態でなくとも、何らかの形で、俺にアプローチを掛けてくるはずだ。そう思いたい。

そこまで考えて、気づく。
俺の席の傍に並んだ、二つの柩。真夜中の学校を訪れていた人物。
もしかして、こいつらは―――

俺の思考を遮るように、突然、世界がひっくり返った。

「うおっ!?」

背中の支えが突如消え去り、ゴン。という鈍い音とともに、後頭部に鈍く重い痛みが走った。
何が起きた。上下左右がわからなくなり、目を白黒させていると、聞き覚えのある男の声がした。

「やあ、お久しぶりですね」

ようやく重力の向きが分かり、自分が地面に仰向けに倒れていることに気づく。
そんな俺の傍らに、見知った顔が立っていた。
ちょうど、さっきまで、柩が立っていたはずの位置だ。
俺が上体を起こすと、現れたそいつが、俺に向かって手を差し伸べてくる。

「ところで、何ですか? その体勢」

「……待ちくたびれて、寝てたんだよ」

古泉一樹が、零時の世界にやってきた瞬間だった。



33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:52:06.24




………

俺が立てた仮説は、概ね正しかったようだ。
手渡した零時計を興味深そうに見つめながら、古泉は話した。

「あなたが姿を消したという夜が明けた日、僕は長門さんと共に、あなたの家を訪ね、そこで、あなたの妹さんから、姿を消す直前のあなたが、学校へ向かうと言っていた事を知りました。
 焦りましたよ、正直。長門さんの力を持ってしても、異常が観測出来ないというのは。
 学校に戻ってから、しばらく長門さんに頑張っていただきました。その結果、この校内に、非常に微弱ながら、あなたの存在していた形跡が残っている事に気が付いたんです。
 非常に希薄なもので、かなり広い範囲に散在していたので、簡単には分かりませんでしたよ」

古泉が持参した、ゼリー状の栄養食品で喉を潤しながら、俺は相槌を打つ。

「しかし、異常事態が発生していることはわかりましたが、依然として、事の詳細は分かりません。ですから、僕らはその夜、あなたが前日に行ったのと同じように、この二年五組を訪れてみたんです。
 ほとんど賭けみたいなものですよ。考えるよりも、目で見て感じろと言う様なところでしょうか。丁度あなたと同じ零時前に、長門さんと落ちあい、あなたが目指していたであろう、この教室のこの位置で。
 ……今考えれば、丁度今と同じ頃。零時を過ぎた時だったのでしょう。長門さんが仰ったんです。『たった今、時系列の異常を観測した』と。
 彼女にとっても、予想斜め上に変化球を投げられていたようなものだったのでしょう。その短い十数分間に集中して、全力で解析を行ったところ、その巨大な網の端っこに僅かに引っかかったそうです。
 そこから、彼女はその時系列の異常が、ここ数日にかけて連続して発生していることだと言う事実に行き着き、更に、あなたがその時間の中に閉じ込められているのだということにも行き当たりました」

そこまで話し終え、古泉は左手に持ったミネラルウォーターのペットボトルに口を付け、息をついた。
思ったとおり、あの柩は、古泉と長門か。話を聞く限り、二人が夜の学校にやってきたのが、ちょうど俺があの化物と戦っている最中の出来事ということらしい。

「この時間帯に適性を持っている人間は、現時点では、世界にそう多くはないそうですよ。あなたは非常に希有なケースだというわけです。僕は長門さんお得意の情報操作によって、後付け的に適正を付けていただきました。
 本当ならば、長門さんが直接出向くのが、あなたの気分の上でも良いだろうと思ったのですが、彼女が元の時系列へ帰れなくなってしまった場合、あなたを救出することは非常に難しくなってしまいますから」

だから、お前が来たと。



34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:55:21.72


「そういう事です。……代役を立てて正解だったと思いますよ。あなたとこうして会えたということは、僕もまた、この学校に捕われた身となったのでしょう。
 僕は、長門さんが解決策を見つけ出すまでの間、あなたにもしもの災いが降りかからぬよう、あなたの身をお守りに参上したわけです」

できれば、もう少し早く来てくれると助かったんだがな。俺が、あんな化物と遭遇する前に。

「それは言いっこなしですよ。僕がこうしてこの世界を訪れたことで、あなたの置かれている状況を把握することができましたが、
 元の時系列からそれを探る手段は何もなかったのですから。それでも最悪の事態を想定して、可能な限り早急にことを進めたつもりですよ。
 それに、結果的に、あなたも今後、自分の身を守る方法を会得できたのだから、結果オーライじゃないですか」

零時計の蓋を閉め、古泉が俺を見る。

「晴れて超能力者の仲間入り、といったところでしょうか」

「縁起でもない事を言ってくれるな……」

「今、僕らのいるこの時間帯には、『影時間』という仮称が付けられました。影時間の中には、僕はまだ見たことがありませんが……あなたが出会ったという異形の魔物たちが存在する」

頼んでもいないのに、古泉は説明を始める。たち、っていうからには、あいつが最初で最後ってわけじゃないのか。ま、予想はしていたがね。

「それらがどのような原理で活動しているのか、詳しくは分かりませんが、おそらく、本来の時間にはなく、影時間にしか存在しない、何らかのエネルギーが在るのだと思います。
 通常、そのエネルギーが人間に影響を及ぼすことはありません。しかし、ある一定の条件が揃った時、影時間のエネルギーと人間の精神が同調することが有りうるんです。
 影時間と同調した人間は、影時間への適性を身に付け、常人が認識できない一時間を認識し、その中で活動できるようになる。それが、あなたの身に起こった事の詳細です」

「まて、この時間帯のことはいいとして、このいかれた学校についての説明はないのか?」

「憶測の域を出ませんが……影時間を発生させているエネルギーと、この学校に眠っている、また別の未知のエネルギーとが反応して発生した異界です。
 恐らく、その未知のエネルギーの発生源は……主に、SOS団の部室にあるのではないかと。あの部屋が、涼宮さんの力の影響を受けて、パワースポットと化していることは、以前話しましたよね?」

……結局、ハルヒか。



35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:58:30.80


「そうなりますね。影時間を発生させているエネルギーの正体はわかりませんが、それも涼宮さんの力によって発生したものなのではないかと予想されています。
 何しろ、力学上で発見されていない新しいエネルギーが、いきなり三日前に現れて、時系列に異常を発生させているわけですから。
 以前のカマドウマではありませんが、彼女の力は時々、彼女の意思とは別のところで、とんでもない事態を引き起こすことが少なくありません」

「……やれやれだな」

ため息混じりにそうつぶやき、俺は残りのゼリーをすべて喉に流し込んだ。
糖分が、披露した肉体に染みてゆく。

「……で、『ペルソナ』についてはどうなんだ。あれにも説明が付いてるのか」

「ラテン語で、仮面を意味します」

「殴るぞ」

「失礼。影時間と人間の精神が同調した、その際に発生する、エネルギーの爆発のようなものです」

爆発。
頭の中で、ステレオタイプなキノコ雲が思い浮かぶ。

「あなたや僕のような適正者が、影時間の中にいる間、その精神と影時間は、常に重なりあった状態にあります。
 その状況下で、適正者の精神に、激昂や恐怖といった高ぶりが発生すると、影時間のエネルギーと、適正者の精神力が呼応し、融合し、ビジョンが発生する。
 そのビジョンは、適正者の意思によって動かすことができる……それが、『ペルソナ』の正体です。」

「……その、影時間のエネルギーとやらの存在が明らかになったら、えらいことになりそうだな」

「かもしれませんね。これまでに見つけることのできなかった位置に、新しい恒星を発見したようなものです。
 長門さん曰くですが、今の科学力をもってすれば、彼女が僕にしたように、人工的に影時間への適正を付加することは可能だろうということですよ。
 もちろん、今すぐにとは行きませんが。十年もあれば、決して不可能ではないそうです」



36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 18:59:42.32

人類総ペルソナ使い化作戦ってか。
いよいよ持って、八十年ぐらい飛び越しての世紀末だな。

「すると、今のお前にも、ペルソナが使えるってのか」

「その見込みがなければ、わざわざこうして、先の見えない暗雲の中に特攻するような手段はとりませんよ。
 僕の精神もまた、影時間と同調しています。今はまだ、ペルソナを召喚する感覚を掴めていませんが、切っ掛けさえあれば可能となるでしょう。
 ……さて、これで、説明すべきことはすべてお話しました。これから、どうしましょうかね」

顎に指を当て、古泉が呟く。

「零時計は、二十分を指しています……あと四十分で、影時間は終わり、世界は元の姿に戻ります。
 しかし、僕らはその瞬間から二十四時間をジャンプし、次の影時間へとワープしてしまいます。
 その二十四時間の間に、長門さんが何らかの手を打ってくれるとは思うのですが」

「その間、俺たちはどうしていたらいい?」

「あらゆる手を尽くし、生き残ることです」

不意に、古泉の声が低くなった。
いつものにやけ顔が形を潜め、真顔となっている。
普段よりもいくらか釣り上がった目……その視線は、俺の背後。廊下側の壁に向けられていた。
振り返ると……開きっぱなしになっていたドアの向こうに、ふわふわと揺れる、黒い影が見えた。
無機物ではない。一貫性はないが、意思を持って動いているらしい。そして、俺が見る限り、羽もなく空中を浮遊している。
姿は、人の上半身ほどの大きさで、先刻戦ったあの化物と比べれば、随分とスケールが小さい。

「あれが、あなたの戦ったようなもの……ですか?」

「多分な……だいぶ小さいが」



37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:26:17.04

椅子から腰を上げ、身構える。廊下の影は、俺たちを見つけたのか、不規則に浮遊するのをやめ、数秒間制止し、やがて、ゆっくりと室内に入ってきた。
腕と脚のない、テルテル坊主のような姿をしたそいつは、全身が白く、頭部らしき部分に、薄桃色の仮面が付いている。
敵は、間合いをはかっているかのような緩慢なスピードで、俺たちに接近してくる。俺は左手の人差し指をこめかみに当て、臨戦態勢を取った。
覚えのある青い光が、俺の全身から滲み出した。ナイフの化物との戦いの感覚を思い出し、自身を鼓舞する。
敵は、俺の準備が整うのを待っていたかのように、突然動きを速め、俺と古泉に向け、突進してきた。

「来い……ダンテ!」

その名を呼ぶと同時に、体の奥から力が湧き出す。直進してくる敵と、正面から衝突する形で、俺の体からダンテが飛び出した。素早く背中の柄モノに手をやり、振り抜く。
ちょうど、飛んでくる野球ボールをバットで打ち返すような手合いで、羽ペンは敵を捉えた。
弾き飛ばされた敵が、接近してきた軌道を遡るように掃除用具入れのロッカーに突っ込み、甲高い鳴き声を上げる。豪快な物音が、室内に響いた。
ひしゃげたロッカーの中から、黒い霧が吹き出す。先刻の化物同様、こいつらは倒さた端から消えていく性質らしい。
それにしても、随分弱い。

「こいつはザコだな」

「質より量、ということでしょう」

古泉が言う。その意味を一瞬理解できず、俺は首をひねった。が、次の瞬間、ドアに目を向け、納得した。
廊下に、たった今ぶっ飛ばしたのと同じ姿の化物の姿が、最低でも三体。その照準は、俺たちに向けられているようだ。

「古泉、何体かやれ」

「すみません、初日は見学ということで」

「殴るぞ」

「殴るなら僕ではなく、彼らをお願いします」

やれやれ。そう呟く間もなく、俺は再び身構えた。



38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:28:11.05




………

「古泉、お前、俺を守りに来たっつったよな?」

「申し訳ありません。これでも、早く感覚を掴もうと、努力はしているんですよ」

二年五組の教室をあとにしてから、十五分ほどが経過した。人手が一人増えたとはいえ、依然として、俺たちに確固たる目的はない―――この迷宮が発生している原因を取り除く。という大雑把な目的はあるが、そのための手段が分からない。
俺たちは結局、宛てもなく、迷宮の中を彷徨っていた。
大の男がふたり揃って、長門が何らかの手を打ってくれるのを待つだけの身というのも情けないが、批難されても困る。捕らわれの俺たちに、出来る事は非常に限られているのだ。
時々遭遇するザコ敵どもの相手をするのが精一杯、それどころか、俺には古泉を護衛しなければならないというペナルティが課せられたようなものだ。なぜこいつは、なかなかペルソナに覚醒しないのか。超能力は使い慣れているだろうに。

「まだ、影時間の中で活動することに慣れていないようです。それに、あなたの戦いぶりが見事なもので、今のところ、覚醒の切っ掛けとなる出来事がないんですよ」

「よし、歯を食いしばれ。切っ掛けをくれてやる」

「それより、そろそろですよ」

凄む俺をさらりと受け流し、古泉は零時計を差し出してきた。促されるままに文字盤を見ると、長針が、零のやや左を指している。古泉と合流してから、もう一時間が経とうとしているのか。

「二十四時間後へと、僕らは時間を飛び越えます」

その間に、長門が何か有効な手段を見つけてくれることを願うばかりだ。頼むぜ、長門。そっちに帰ったら、エンドレスエイトのDVD全巻買ってやるから。
俺の手の中で、秒針が残り半周に差し掛かり……やがて、二本の針が、零の印と重なった。

「……過ぎたようですね」

ひと呼吸ほどの間を置いて、古泉が口を開く。体感上は何も分からないが、たった今、二十四時間が経過したというわけだ……改めて寒気がする。



39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:31:04.22


「恐らく、長門さんがこちらにむけて、何らかのアプローチをしてくださるはずです。僕がこちらに来る前に、彼女は、影時間の中から、もとの時系列と連絡を取り合うための手段を模索すると仰っていました。
 僕がその役を担えれば一番良かったのですが、残念ながら力不足だったようです」

「そんな芸当ができる奴がいるとしたら、長門の親戚連中くらいだろうよ」

そう言った後、俺の頭の中に、あまり喜ばしくはない候補が浮かび上がった。
長門の親戚で、影時間の中と外の時間を繋ぐ架け橋としての能力を持っていそうな人物……

「時間はかかったものの、長門さんは影時間の存在を察知することができました。非常に手ごわいものの、影時間が、情報統合思念体の手に負えないものというわけではない……
 彼女に近い存在が影時間の中に居れば、双方でやりとりができる可能性はありますね」

予想の域を出ないが、現状で考えられる展開としては、それが一番妥当だ。
本当なら、長門自身が流星のごとくやってきて、この奇天烈ダンジョンが発生してる原因を見つけ、情報なんたら解除で取り除いてくれれば手っ取り早いんだが。

「つまり、どなたか、情報統合思念体の生み出した、ヒューマノイド・インターフェースの方が、この迷宮にやってきたかもしれない」

そいつと合流を試みるのが、当面の目的ってところか。
俺たちの予想が外れていたとしても、長門からのメッセージのようなものが、この迷宮のどこかに残されているかもしれない。
『かもしれない』事や『可能性はある』事だらけだが、一応、道は照らされたと思っておこう。あの長門がまる一日かけて取り組んだんだ。何の手出しもできなかった、なんてことはないだろうさ。

「で、どうする? また、適当に歩くか?」

「長門さんが、校内のどこかに、何らかのメッセージを残した可能性もあります。それらを見失わないようにしましょう」

「できるだけそうするさ。お前は、さっさとペルソナに目覚めやがれ」

「できるだけそうしますよ。このままでは、僕の面子が丸つぶれです」

そんなこんなで、俺たちは、貴重な青春の時間をすり減らしてゆくのだった。



40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:33:28.98



………

時を増すごとに、迷宮は混沌の色を帯びていった。空間の変化は頻繁に起こり、ほんの数秒前に通りがかった道さえも、振り返ると全く別の構造に変わっていたりする。
俺たちは、はぐれないよう、不本意ながら可能な限り接近しあいつつ、あちらこちらに不定期に存在するドアの中に、俺たちにとって見知った場所へ続くものがないか、確認しながら、歩みを進めていった。
古泉が持参してくれた、制服の上着のおかげで、寒さは幾らかマシになった。こいつ自身も冬用の制服を身にまとっており、まるで影時間の中の様子を知っていたかのように準備がいい。
果たして、俺たちは今、地上何階にいるのだろうか。時折見つけられる窓からは、依然として、大地からは遠い景色が見渡せた。

化け物どもは、不定期に、ここまでで五、六回ほど現れた。しかし、いずれもあのナイフの化け物のような大物でなく、ダンテの羽ペンをひと振りすれば撃退できるような連中ばかりだったのが救いか。
いつ、そいつらと遭遇してもいいように、俺は常に、ペルソナを召喚できるよう、精神を研ぎ澄まし続けており。精神力がガリガリ音を立てながら摩耗されてゆくのを感じていた。そろそろSAN値を補給したい。

「このあたりは、特別教室が多いですね」

目に付いたドアを開け、室内を見回しながら、古泉が言った。促され、覗いてみると、そこは第二音楽室のようだった。たしか、一分ほど前に調べたドアは科学室へと続いていた。その前は多目的室だったか。
これまで、おそらくこの迷宮オリジナルのものなのであろう、見覚えのない部屋が多かった中、ここ数分で見つけた部屋は、いずれも俺たちに馴染みのあるものだ。

「それに、先程から、構造が変化する頻度が落ちています。このあたりの空間は、やや安定しているという事でしょうか」

第二音楽室のドアを閉めながら、古泉。

「長門に向けて、黒板にメッセージでも残してみるか? 現実に届くかもしれん」

「試してみる価値はありますが……元の時間帯に届いたとしても、校内で噂にでもなって、涼宮さんの興味を引いてしまうと厄介なことになりますね。もっとも、彼女の傍から離れている僕らの心労に繋がることはありませんが」

「ふむ」

と、短く唸った後、気づく。
そうだ。なぜこんな重大なことを忘れていたのだろう。



41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:35:25.80


「なあ古泉。俺たちは現実のほうで、どういう事になってるんだ?」

俺が訊ねると、古泉は一瞬、キョトンとした表情を浮かべた後、微笑みながら、

「大丈夫です、あなたの今回の欠席は、内申書には影響しません。後日、機関の方で何とかしておきます」

「そうじゃない。いや、それも大事なんだが……周りの連中には、俺とお前が姿を消している理由を、どう説明してあるんだ?」

「あなたについては、やや季節外れですが、インフルエンザを発症し、入院したという事になっていますよ。ご家族に対しては、長門さんの情報操作を行使させてもらいました。
 僕のほうは、急遽、特進クラスの強化合宿に出かけていることになっています。いささか強引ですがね」

インフルエンザ。欠席の理由としては妥当な線か。夏休み前のこの時期に連日欠席するなど、病欠か忌引きくらいしか有り得ないだろう。面会謝絶状態なら、ハルヒのやつが見舞いを企てることもないだろうしな。

「ハルヒのやつは、それで納得してたか?」

「ええ、病床に伏しているのというのなら、仕方がないと。復帰した際には、いっそう扱き使ってやると息巻いていらっしゃいましたよ」

さっさと復帰したい気持ちが萎えるようなお言葉だな。
さて。と、くすぶっていた疑問が晴れたところで。

「んで、どうする? 生存報告だけでもしてみるか?」

「そうですね。可能なら―――」

と、古泉が人差し指を立て、言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。
視界が、漆黒に染まった。
俺と古泉の頭上からに、黒いカーテンのような物が、シュルシュルという耳に障る音とともに、舞い降りてきたのだ。

「なっ……」



42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:38:55.20

突然の事態に、声が詰まってしまう。
咄嗟に頭上を見上げようとすると、天井に向けた顔面に、黒い何かが覆いかぶさってきた―――接触した感触からするに、カーテンのように見えたそれは、どうやら細い糸の束のようだった。

「くそっ、なんだこりゃ!」

悪態をつきながら、顔面を覆う糸を振りほどこうとする。が、糸はまるで意思を持っているかのように、俺の体にまとわりつき、やがて、捕縛するように全身を締め付け始めた。
これは奇襲だ。完全に油断していた俺は、ペルソナを召喚する暇もなく、漆黒の糸に、全身を絡め取られてしまった。

「ダンテ!」

ひと呼吸、神経を研ぎ澄ませた後、ダンテを呼ぶ……しかし、体表を覆う糸が、それを押さえ込んだ。本体である俺が拘束されている以上、ダンテもまた、自由に行動することはできない。
せめて、動けなくとも行使できる、何らかの能力があればいいのだが、ダンテの能力として思い浮かぶのは、羽ペンを振るっての物理攻撃ばかりだ。突進するか、薙ぎ払うか―――

そうだ。
俺がペルソナに目覚めてから、一発目の攻撃。迫り来るナイフの化物を撃退した際。ダンテの羽ペンは、閃光を放っていたはずだ。あの一撃を放った際の感覚を思い出す。

「燃やせ、ダンテ!」

俺の言葉と同時に、ダンテの背で、羽ペンが光を放ち始める。黒い糸は、俺とダンテの体を、背中の羽ペンごと締め付けている……その、羽ペンに接触している部分が、チリチリと焼ける音を立てた。
やがて、糸の束が千切れる感覚ととも、胴体に感じていた圧迫感が消え去り、両腕が自由になった。すぐさま、右手を背中の柄モノに伸ばし、目の前の漆黒に向かって、袈裟斬りに振り下ろした。
糸の束が音を立てながら千切れ、重力に従い、バサバサと地面に垂れる。開けた視界に、俺と同様拘束された古泉の姿が見えた。
顔面の糸を振り払い、糸の束の根元……天井に近い位置に向けて、さらにもう一撃、横薙ぎに斬撃を放つ。
先程よりも重い手応えとともに、天井から垂れたほぼすべての糸が断たれ、やがて、黒い霧に変わり始めた。俺たちの体にまとわりついた糸もまた、消滅してゆく。

「古泉、大丈夫か」

「ええ、なんとか。また、借りを作ってしまいましたね」

立ち込める霧を手で振り払いながら、古泉が申し訳なさそうに、眉をハの字にした。
俺は、ダンテを召喚したまま、天井を見上げる……しかし、そこには何もない。見飽きた模様の天井と、明かりの灯っていない蛍光灯があるだけだ。



43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:40:39.81


「下です!」

天井に向けていた視線を引き戻す、古泉の声。言われるがままに、足元を見ると……今度は地面から、あの黒い糸が、雑草のように生えてきていた。それらは、意思のある動きで、俺たちの足にまとわりついていた。
足元に向かって羽ペンを振るう。閃光が床を焼き、足に絡みつく糸が消滅する……しかし、次から次へとどんどん生えてくる上に、下手をすれば足を傷つけてしまうため、思い切りぶった斬ることができない。

「どこかに、本体がいるはずです」

真剣そのものといった表情で、古泉が言う。俺も同じことを考えていた。おそらく、ザコの括りには入らないであろう者が、この糸どもを操り、俺たちを攻撃しているのだ。
しかし、その本体とやらを探し出すのが、おそらく簡単なことではない。敵は、俺たちの居場所をどこかから感知していると思われる。この込み入った迷宮の中では、どこをどう曲がればどこに着くのかもわからない俺たちは、言わば箱庭の中だ。
さらに、敵はこちらの行動を阻害してくる。これほど不利な戦況もあるだろうか。

「うおっ!」

てんやわんやしている内に、いつの間にやら、俺の右足が、黒い糸によって、完全に床につなぎとめられてしまった。転倒しそうになるのを、寸でのところで耐える。このまま転倒などしようものなら、足首が折れかねない。

「くそ、古泉! お前もなんとかしろ!」

「すみません……あと少しだとは思うのですが」

「お前、マジなのか呑気なのかどっちだ!?」

これほど頼りにならない超能力者が居るだろうか。古泉は、両足を代わる代わる持ち上げ、黒い糸から逃れようとしている。俺は、右足にまとわりついた糸を、羽ペンの先端で解こうと試みる。が、束になった糸は、なかなか頑丈で、上手くいかない。
そうこうしている間に、今度は左足首が、糸に捕らえられてしまう。

「まずいですね……このままでは、なぶり殺しです」

コサックダンスのように、両足をしきりに動かしながら、古泉が言う。踊らされる、というのはまさにこういう事を言うのだろう。本格的にまずい状況になってきた。冷や汗が頬を伝い、嫌な寒気が全身をほとばしる……

そう。寒気。



44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:45:33.32

ふと、自分を取り巻く空気に、普段以上の冷たさを覚え、俺は辺りを見回した。時を同じくして、古泉の動きが止まる。

「これは……」

古泉が、何かに気づいたようにそう呟く。それと同時に、古泉の顔面を、白い息がぼやけさせた。
わずかに遅れて、俺も気づく。俺たちを捕縛しようと畝っていた糸の動きが、止まっているのだ。
まるで、凍りついたかのように。
ピシッ。足元から、そんな音がして、俺は左足に視線を注ぐ……その左足を、わずかに動かそうと試みる。
すると、パキン。と、尖った音を立てながら、足首に巻きついていた糸の束が―――中程から『割れ』た。
顔を見合わせる、俺と古泉。

『突き当たりを、右に曲がって』

頭の中で、どこかで聞いたような声がする。あまり馴染み深いわけではないのに、絶対に忘れようのない、その凛とした声。
その持ち主を、俺は知っている。

『早くして、本体は視聴覚室にいるわ』

―――どうやら、俺の『あまり喜ばしくない予測』は、的中したらしい。

「……ダンテ!」

羽ペンの先端を、右足を包む、凍りついた黒い糸に突き立てると、驚く程容易に、糸の束に亀裂が入った。右足を振り上げ、まとわりつく冷たい感触を振り払う。

「急ぐぞ!」

無言で頷き、床から伸びた糸の群れを蹴り払う古泉。冷たい空気の中、進行方向を確認すると、俺たちは駆け出した。
目指すは、視聴覚室。
脳裏に響いた声に従い、丁字路を右に折れると、あたりの空気が替わった。



45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:47:31.10


『進んだ先が、視聴覚室よ。妨害に気をつけて』

その言葉が舞い降りるのとほぼ同時に、辺りの壁の至るところに、黒い光の円が発生し、ひと呼吸ほどの間を置いた後、そこから糸の束が噴き出して来た。
今度は俺たちを捕縛する動きではなく、攻めの動きだ。糸は結束し、まるで特大の鞭のようにしなり、俺たちを打ちつけようと、空を切りながら迫って来る。
空中に光の帯を描きながら、ダンテが柄モノを薙ぐ。ブツリという重い音とともに、糸の束は分断され、黒い霧となり、霧散してゆく。息をつく間もなく、次の糸の束が俺たちを襲う。それを視認する度、ダンテが羽ペンを閃かせた。
やがて、俺たちの行く手に、見覚えのある片開きのドアが見えてきた……視聴覚室だ。敵の攻撃を切り抜けながら進み、突き抜ける位の勢いで、ドアを蹴り破り、室内に侵入する。

探すまでもなく、『そいつ』はいた。視聴覚室のスクリーンの前に、脚を開いた体勢で座り込んだ、壁一面ほどの体躯を持つ、女の姿をした化物だった。
仮面を被ったような頭部から、長く太い毛髪らしき糸の束が放射状に広がり、床や壁、天井に減り込んでいる。この毛髪が、辺りを伝って、俺たちを攻撃していたというわけだろうか。

「行け!」

わずかな瞬間、呼吸を整えた後、右手を女に向けて、ダンテを放つ……

放つ……はずが。

「……あれ?」

俺の体から、赤い肌の像が飛び出すことはなかった。
いつもの青い光が吹き出してくる感覚もない。

「……精神力を使いすぎた、ですかね」

斜め後ろの古泉が呟く。
精神力。そういえば、古泉からペルソナの説明を受けた際に、そんな単語を耳にしたような気もする。

あー、つまり、アレか? ザコ相手に、ペルソナを使いすぎての……MP切れ、か?。
よりにもよって、このタイミングで。
マジか。



46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:50:10.55

沈黙が、数秒間、視聴覚室内を支配した。
やがて、こちらが攻撃を仕掛けられないのを察知したのか、女が、口の端を歪めながら、地に着けていた両手を持ち上げる。
これはヤバイ。ヤバイやつだ。
女の手が、俺たちに向けて差し出される……すると、あたりの空気が、一層冷たくなった。女の周辺の空間に、透明な、握りこぶしほどの物体―――察するに、氷の礫だ―――が現れる。
鋭い切っ先を持った矢のようなそれらが、一度に俺たちを指した。

「に、逃げっ……」

戦略的撤退。
しかし、決断はわずかに遅く、女の作り出した氷の矢が、俺たちに向けて放たれる―――ぐ。と、来るであろう痛みを想像し、思わず目を閉じようとした。

その、瞬間だった。

女が放った冷たい矢が、突如、空中で砕け散ったのだ。
俺は一瞬、状況を理解できず、呆然とする……が、程なくして、背後から発せられた声を聴き、何が起きたのかを察した。


「―――『ウェルギリウス』!」


叫んだのは―――古泉だ。
声と同時に、俺の背後から、女の座り込むスクリーン前に向かって、これまた、矢のような形状の、赤い光が迸った。同時に、目の前の女が、体を小さく震わせる。
俺が肩ごしに視線を向けると、古泉は―――青い光に身を包み、その傍らに、薄緑色の衣を纏い、同じく緑色の肌をした、人型のビジョンを携えていた。
目と目が合うと、古泉はわずかに微笑み、

「なんとか間に合ったようですね。これでようやく、借りを返せそうだ」

そう言って、両手を胸の前にやり、目を閉じた。
するとどうだろう。古泉の手と手の中の三十センチほどの空間に、バスケットボールほどの赤い光の珠が発生したではないか。
それを確認するように、古泉は目を開け、手の中の光を見つめると、光をまとった両手を前方へと突き出した。



47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:52:25.67

光の球は、一瞬、陽炎のように揺らめいたかと思うと、次の瞬間、音を立てながら爆ぜた。
あたりの空間に飛び散った光の欠片が、無数の光の矢となって飛んでゆく。
その照準は、言うまでもなく、女に向けられていた。
赤い矢を全身に叩き込まれた女は、先ほどよりも大きく身を震わせ、悶えるように首を振った。周囲に張り巡らされた毛髪が引っ張られ、あたりの壁や床が音を立てる。
数秒悶絶した後、女はもう手段は選ばないといった風に、体を起こし、両手を俺たちに向けて、大ぶりに振るう―――しかし、その腕に、再び放たれた赤い光が着弾する。

「『法王』のアルカナに属する、主に射撃を得意とする、戦闘型のペルソナです。あなたのペルソナ、『ダンテ』とは、一種の運命共同体といった間柄ですよ」

まるでそよ風に吹かれているかのように、余裕に満ちた爽やかな笑顔で、古泉は言った。戦いのさなかに身を置いているとはとても思えない、とてもいい笑顔だった。
やれやれ。と、俺は緊張で強ばっていた全身を弛緩させ、ため息をつく。
―――俺の運命も、安くなったものだ。

「あとは任せてください」

ニヤケ面の新米ペルソナ使いは、再び、手の中に光の球を作り出すと、すぐさま矢の雨を放った。
女は全身に矢の洗礼を受け、苦痛に身を攀じる。なまじデカイばかりに、回避行動もまともに取れないようだ。狭い部屋をわざわざ選んで出てきたのが運の尽きだな。
やがて、女の体表は、黒い斑点を帯び始め、手足の先端から先に、黒い霧へと変わり始めた。まさに蜂の巣である。

「どうも、ご心配をかけました。あとは、始めに申し上げたとおり。僕があなたをお守りしますよ」

消滅してゆく女を見届け、ペルソナを解除した古泉は、数歩、俺のに歩み寄り、前髪をさらさらと靡かせながら、俺の肩にぽん、と手を置き、微笑んで見せた。

いつもニヤニヤ俺の隣に這い寄る法王、古泉一樹。
こいつへの貸付けは、早々に返されてしまった。



………



48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:57:30.69


「呆れた戦いぶりね。変わってないなあ、あなた」

視聴覚室から出た俺たちを迎えたのは、辛辣な言葉と、寒々しい空気だった。
俺の致命的失態と、古泉のペルソナ覚醒ですっかり忘れていたが、あの女の化物を撃破するのに貢献してくれた人物が、もう一人いた。

「お前に助けられる日が来るとはな……」と、痛む頭を抑えながら、俺。

「僕は、お会いするのは初めてですね」と、微笑みながら、古泉。

そいつは、肩にかかった髪を手で梳かしながら、俺たちの顔を順番に見つめた後、

「私の自己紹介は必要なさそうね」

実に半年ぶりとなる、朝倉涼子との再会である。

「多分、大体のいきさつは、あなたたちが想像してる通り。涼宮ハルヒの力が産み出したエネルギーによって、この時間帯……影時間が発生した。
 さらに、そのエネルギーと、この学校に眠っていたエネルギーとが作用して、情報爆発が起きた。その結果、生じたのが、この迷宮」

古泉から聞いたシナリオと、大部分が同じだな。涼宮ハルヒの力によって。って部分が、断定系になってるのが、僅かな誤差だろうか。

「解決策は一つ。ようするに、そのエネルギーって奴をなくしちゃえばいいの。そのための術が、この迷宮の中に隠されてるはずなの。
 単純に、湧いて出てくるザコどもを根こそぎやっつけてやれば、エネルギーは小さくなって、時空に影響を及ぼすことが出来ないレベルになるかも知れないけど、そんな事やろうとしてたら、一時間を一万五千四百九十八回繰り返すハメになっちゃうでしょ?
 手っ取り早いのは……今の奴みたいに、特別大きなエネルギーを持ってる連中が、この塔の中に、ちらほらいるの。
 そいつらを潰していったら、ずっと早くこの怪奇現象から抜けることができるんじゃないかな」

朝倉は、そこまで話すと、空気を入れ替えるようにひとつため息をつき、

「私の仕事は、影時間の中の状況を目で見て、長門さんに報告すること。それと、現実の長門さんからのメッセージを、あなたたちに伝えるっていうのもあるわね。
 ついでに、あなたたちの援護まで頼まれちゃった。久しぶりに再構成されたかと思ったら、長門さんの小間使いなんて、ついてない」



49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 19:59:05.75

なんとなく予測はしていたが、やはり、この異常事態を脱出するには、俺たちが戦わなければいけないということか。
戦わなければ生き残れない。どこの鏡の中の世界だ、全く。

「それにしても、精神力の消費も意識せずにペルソナを酷使して、挙句の果てに逃げようとするなんて、ちょっと救えないなあ」

両手のひらを肩ほどまで上げて、首を横に振る朝倉。罵られたのはともかくとして、ひとつ、先程から気になる点がある。

「お前、どうして、俺たちや、あの化物の居場所がわかったんだ? どっかから見てたのか」

「私の『ベアトリーチェ』の能力よ」

俺の質問に、朝倉は何でもないことのように答えた。と、同時に。朝倉の体が青く光り出す。もはや見慣れた、ペルソナ召喚時に発せられるオーラだ。
朝倉の体から現れたのは、白く長い毛髪を携えた、青い肌の、女性型のビジョンだった。

「あたりの構造や、シャドウの居場所を感知できるの。能力の半分を戦闘用に割り当ててるから、あんまり遠くのことは分からないけど」

さっき、あの毛束を凍らせたのもお前か。

「そう、あっちは戦闘用の能力。私に似合ってるでしょ? アルカナは『月』」

ああ、まったくもって良く似合ってるよ。お前の笑顔は絶対零度さ。

「影時間の中では、空間制御や情報操作はできないみたいだけど、シャドウを相手にするくらいなら、ペルソナの能力だけで十分よ」

そう言って、ペルソナを解除する朝倉。
ともかく、古泉のペルソナ覚醒も重なって、戦力は一気に強化された。長門とも連絡が取れる。俺の胸の内に、安心感が沸いてくる。しかし、駆けつけてくれた仲間が、よりによって古泉と朝倉というのは、なんとも複雑な気分だが。

「これで、目的も出来ました」

黙り込んでいた古泉が口を開く。



50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:01:00.32


「シャドウの殲滅。シンプルで分かりやすいじゃないですか」

古泉は、どこか生き生きとしている。ペルソナに覚醒したのが、そんなに嬉しいのか。戦いたくてしょうがないって顔だ。
俺はペルソナに覚醒したとき、一抹の闘志は感じたが、高揚感なんぞは覚えなかったぞ。性格の違いか? こいつは案外好戦的な性格なのかもしれない。ボードゲーム好きだしな。

「そのシャドウってのは、どれだけ居るんだ? 俺の知る限り、デカイのは、さっきのやつと他に、もう一体だけだったが」

「詳しい数は、長門さんが、わかり次第教えてくれるそうよ。でも、少なめに見てもまだ結構居るみたいね。情報解析が進めば、大雑把にだけど、いつ、どこに現れるかも分かると思うわ」

俺たちの戦いは、まだ始まったばかりってか。
結局、これまでとやることは同じってことだ。ザコを蹴散らしながら、この混沌の迷宮をひたすらうろつく。目標は大物シャドウ。
一人彷徨っていた時よりは、話し相手がいるだけマシか。ちょうど、精神力の回復もしたいところだったし。
あ、そうだ。

「朝倉、お前」

「何?」

「武器とか持ってない?」

「持ってきたほうがよかった? あのナイフ」

「ごめん」



………



51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:03:37.31

長門と連絡を取れるのは、影時間が終わり、次の影時間が始まる瞬間に限られているそうで。次の連絡を待つ間、俺たちは朝倉のナビゲーションを頼りに、終わりのない迷宮内を歩き回った。
いわゆるところのザコ敵どもは、やはり不定期に現れた。朝倉曰く、シャドウとはペルソナ同様、影時間のエネルギーが、別のエネルギーと融合し、実体化した存在であり、複数のエネルギーに満ち、飽和状態となった迷宮内のあちこちで起きる、小さな情報爆発に伴って発生するものだという。
その情報爆発が起きる間隔に法則性はなく、予測することは、たとえ長門であっても難しいらしい。
しかし、あのナイフのシャドウや、視聴覚室でのシャドウのような大物はどもは、通常のシャドウを発生させているエネルギーとは異なる、特定のエネルギーが作用することによって生まれるもので、その特定のエネルギーの流れを察知することで、発生を予測することができるとか。
もっとも、影時間の中では、情報解析能力を発揮できない朝倉には、その予測も不可能で、頼みの綱となるのは、現実の長門のみなのだが。

「ん」

ぼちぼち俺の精神力も回復してきたころ、その朝倉が、不意に声を上げた。そして、スカートのポケットから、零時計を取り出す。

「もうすぐ、時間ね。忘れるところだったわ」

「おや、僕も忘れていましたね。戦っていると、時間が過ぎるのが速いものです」

傍らに立つウェルギリウスを解除しながら、古泉が言う。その背後で、たった今、赤い矢を打ち込まれたザコシャドウが、黒い煙となって消えてゆく。

「静かにしてて」

朝倉が、ペルソナを召喚し、目を閉じた。
現れたベアトリーチェが、左手を頭上へと掲げ、天を仰ぎ、静止する。
俺たちが黙ると、零時計がコチコチ言う音のみを残し、世界は沈黙した。
やがて、朝倉が目を開ける―――その表情は、やや暗い。

「私たち、急がないとまずいかもね」

何だって?

「一般人で、影時間に適性を持つ人が現れ始めたんだって」

噂話をするような軽い語調で、朝倉はとんでもないことを告げた。



52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:05:33.72


「……つまり、影時間のエネルギーが、現実世界に及ぼす影響力が、大きくなっているということでしょうか」

「そういうことね。今のところ、シャドウはこの迷宮内にしか存在しないけど、もし、そのうち、街中にも出現し始めたりしたら、被害がどれだけ出るかわからないわ」

シャドウがのさばる、影時間の街中を想像し、俺は寒気を覚える。

「そうでなくとも、あなたみたいに、この迷宮に誰かが迷い込んでしまう可能性もあるわね」

「でも、誰かが影時間に入って来ちまったとしても、こんないかれた建物に近づくか?」

「あなたのように、零時になる瞬間、学校を訪れていて、その結果、この迷宮に……というケースも考えられます」

古泉が言う。
影時間への適正を持っていて、深夜の北高に用がある……そんな稀有な奴が、果たして、俺以外に存在するのだろうか。

「……存在したみたいね」

ペルソナを召喚したままで、朝倉は眉を顰め、俺と古泉の顔を順番に見た後、

「迷宮内に、私たち以外の誰かの反応があるわ。たった今、迷い込んで来たみたい」

と、重々しく話した。
一秒ほど、黙った後、俺は古泉に視線を向ける。ちょうど、目と目が合った。無言で頷く古泉。

「場所はわかるか?」

「サーチしてみるわ。あんまり遠いと困るんだけど」

朝倉が、再び目を閉じた。それと同時に、朝倉のペルソナが、胸の前で手を合わせる。



53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:06:51.25

キィン。と、甲高い音とともに、周囲を取り巻く空気が冷たくなった。こいつのペルソナは、出てくるだけで辺りの気温を下げる。わざとそうしているのか、そもそもそういう性質なのか。任意でやっているなら、戦闘時以外は控えて欲しい。

「……そう遠くはないみたい。でも、察知し慣れていない反応だから、今ひとつ―――」

と、そこまで話した後、

「―――まずいわ」

一瞬、目を見開いて、珍しく慌てた様子で、短くそう言った。何事かと目を丸くした俺に向けて、朝倉は言葉を紡ぐ。

「大型のシャドウが、出現しようとしてる。それも、新しく現れた反応の、すぐ近くに」

思わず、冷汗がにじむ。なんというタイミングの悪さだろう。隣の古泉を見ると、微笑顔を作りそこねたような真顔が、やはり焦りを帯びて、俺に向けられていた。

「察するに、絶体絶命ね……でも、今のでわかったわ。大型シャドウと、闖入者の居所は、校庭よ」

と、ペルソナを解除しながら、朝倉が言う。
マジか。校庭といったら、地上一階だ。手近な窓から見える景色から察するに、俺たちの居るフロアは、低めに見積もっても二十階以上かと思われる。果たして間に合うのか?

「ベアトリーチェを舐めないで。空間の歪みを辿っていけば、十分もかからずに着くわ」

凛とした微笑とともに、朝倉は自信満々に言い放った。オーケー、そこまで言うからには、信用していいのだろう。

「時間が惜しい、案内を頼むぜ、朝倉」

「ええ、天国の道案内だってしてあげるわ」

スカートと髪の毛を翻しながら、朝倉は駆け出す。俺と古泉は、三度顔を見合わせ、無言で頷きあった後、その背を追いかけ始めた。
つーか、ずっと気になっていたのだが、なぜ俺がダンテで、朝倉がベアトリーチェなのだ。朝倉に道案内される天国ってのは、俺にとってはシャレにならないぞ。
古泉に案内される地獄も大概だけどな。



54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:07:55.36




………

それから十分弱の間、俺たちはシャドウに行く手を阻まれることもなく、姿を変える迷宮の道を駆け続けた。
どうも先程から、妙な傾向がある。シャドウに出会うことは出会うのだが、そいつらは、まるでなにか別の目的があって、俺たちに構っている暇はないとでも言うかのように、俺たちに攻撃を仕掛けてこないのだ。
ペルソナを呼ばずに済むというのは、俺たちにとってはありがたいのだが、何か引っかかる。漠然とした不安が、胸中に芽生え始めていた。
やがて、俺たちは、見覚えのある渡り廊下へと出た。校舎と体育館を繋ぐ連絡路で、ここからなら、直接校庭に出られたはずだ。

「すごいことになってるわね」

俺たちの視界が開けた頃。数歩先を駆けていた朝倉が立ち止まり、呟いた。それに倣うように立ち止まり、その視線の先を辿ってみると、朝倉の口にした言葉の意味が理解できた。

「こりゃ……朝倉、大丈夫なのか」

「反応は消えてない、この校庭のどこかで、まだ生きてるはず」

満月に照らし出された校庭。そこには、思わず息を飲むような光景が広がっていた。
見渡す限り、シャドウだらけ。
百に届くのではないかという数のシャドウの群れが、大地に這いつくばり、校庭中に犇めいているのだ
その光景を目の当たりにし、理解する―――俺たちに目もくれず、シャドウたちが向かっていた先は、この場所だったのだ。
しかし、何の目的があって? 新たな闖入者を狙っているのだろうか。それとも―――

「来るわ。『デカいやつ』が」

朝倉がそう呟くのと、ほぼ同時だった。
校庭の大地を埋め尽くすシャドウたちが、突然、何かに吸い寄せられるかのように、群れの中心に向かって集い始めたのだ。
月光の中で、無数のぼやけた輪郭が重なり合い、巨大な塊になってゆく……程なくして、校庭の中心に、巨大な二つのシルエットが完成した。
ざっくりと見た目を説明すると、丸っこいのと、うすら長いの。身にまとった装甲らしきものはぼんやりとした輝きを放っており、手足の短いその容姿は、俺の脳裏に、ブリキ製の玩具を思わせた。



55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:12:25.10


「見てください」

見通しの良くなった校庭の一点。ちょうど、現れたシャドウを挟んだ向こう側を指差し、古泉が言った。指し示された先を注視すると……そこに、シャドウではないものの姿があった。
地面にしゃがみこみ、頭を抱えるその姿―――遠目に見てもわかる小柄な体躯に、俺は見覚えがある。
俺にとって、SOS団のメンバー以上に馴染みのある佇まい。


そこに居たのは、俺の、妹だった。

「あいつ……何でこんな所に!」

一瞬、混乱が脳内を支配する。
たしか、真夜中の北高に誰かがいて、そいつがこの迷宮に取り込まれてしまったという話だったよな?
その誰かが、俺の妹だと?
小学六年生の妹が、何故、深夜の北高にやってきたというのか。

「まずいよ。狙われてる」

ショート寸前の俺の思考回路を、朝倉の声が、現実に引き戻した。
何手か遅れて、視界の中のシャドウの巨体が、俺たちのいる方向でなく、妹の方に向けられている事に気づく。
今は、疑問符を浮かべている場合ではない。

「―――!」

俺が名前を呼ぶと、蹲っていた妹は、僅かに面を上げ、俺たちに視線を向けた。

「キョンくん!」

甲高い声で俺の名を呼び、直後、目の前に立ちふさがるシャドウの巨体を視認し、身をすくませる妹。



56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:15:36.94


「行くぞ、古泉!」

二体のシャドウのシルエットを目指し、俺は地を蹴った。ダンテを召喚し、前方百八十度の空間を薙ぎ払いながら、柄モノを抜く。俺の精神力はフルチャージ、存分に柄モノを振るうことができそうだ。
程なくして、二体の大物が、俺の接近に気づき、重そうな体をこちらへ向けた。

「撃ちます!」

背後から、古泉の声。同時に、光の矢の雨が、俺を追い越し、シャドウたちへと降り注ぐ―――それが着弾するよりも早く、シャドウは動いた。
『うすら長いほう』が、剣を握った短い腕を、迫り来る矢の雨に向かって突き出したのだ。
直後、うっすらと青みがかった、半透明の壁のようなものが、シャドウの眼前に現れた。バチバチと弾けるような音を立てながら、古泉の矢が、壁面へと着弾し、消滅する。
シャドウは、矢の雨が止んだことを確認すると、突き出していた腕を振り上げ、剣先で天を突きながら、雄々しく吠えた。

『何か来るわ』

朝倉の声が、鼓膜でなく、脳裏に響く。それとほぼ時を同じくして、シャドウの立つ大地が揺らめき、一瞬後、俺の突進の軌道上の大地から、異物が迫り出してきた。
それは、無数の『槍』だった。ちょうど、ダンテのペンほどの大きさの、円柱形の槍が、地表を貫きながら、俺を迎え撃つかのように生えてきたのだ。

「ダンテ!」

羽ペンが空を切り、剣山のごとく発生した槍の森に向け、一撃を放つ。
ぶつかり合う、力と力。真正面から重なりあった双方の武器は、一瞬、力が拮抗し、膠着状態となったが、やがて、シャドウの放った攻撃のほうが、俺の剣撃に負け、音を立てながらへし折れ始めた。
羽ペンの先端が、槍の森を薙ぎ払い、ついに、シャドウ本体へと差し迫る―――それに反応するかのように、今度は『丸っこい方』が動いた。
玩具めいた両腕が、天に向けられるとともに、ダンテの足元が熱を発し始めた―――直後、熱は完成された『炎』となり、ペルソナごと、俺の体を焼いた。
全身を襲う熱に、俺が進撃を中止し、両足で大地に踏みとどまると、その隙を見切ったのか、再び『うすら長い方』の槍が、俺の足元の大地を貫き、迫って来た。
俺は、ダンテの柄モノを、足元に向かって振り抜き、全身に突き刺さろうとしていた切っ先を、すんでのところで払い除ける。しかし、炎のほうはどうにもならない。

「熱っつっ!」

思わず、俺はダンテを引っ込める。地表から立ち上る炎が、まるで防壁のように、二体のシャドウを覆っていた。陽炎が、シャドウの姿をぼやけさせる。



57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:22:39.46


「ベアトリーチェ!」

立ち往生する俺に、朝倉の援護が届いた。背筋を襲う寒気とともに、俺の背後から、眼前の炎の壁に向かって、無数の氷の礫が放たれたのだ。
先刻戦った女の戦法を彷彿とさせる朝倉の攻撃は、燃え盛る炎に触れた瞬間、水蒸気となり、音を立てながら爆ぜた。爆風が、炎の威力を一瞬、弱めさせる。その瞬間を狙って、俺はダンテを再び放った。
熱の中を掻い潜り、ついにシャドウの目前へとたどり着く。羽ペンを唸らせ、二体のうちの一体―――うすら長い方の巨体に向かって、羽ペンの先端を叩き込む。
重く、強固な手応え。しかし、ペン先が、シャドウの体表を貫く事は無かった。再び、シャドウとダンテの間に、あの半透明の壁が現れたのだ。電流が走った様な音を立て、ダンテのペンは弾き返される。
古泉の矢を防いだ事とあわせて鑑みるに、この壁に、物理攻撃は効きそうもない―――となれば、頼みの綱は朝倉か。

「行きなさい」

いつの間にか、俺の背後まで追いついていた朝倉が、再び氷の矢を放った。絶対零度の礫が、シャドウの障壁へと注ぎ込まれる。半透明の壁面に僅かに亀裂が入った。
その直後、ガラスが割れるような音を立てながら、砕け散る障壁。そこに、朝倉の追撃が叩き込まれる。氷の矢が、二体のシャドウの体表に着弾し、その巨体が僅かに後ずさった。ダメージが入ったのだ。
朝倉は、さらに新たな氷の矢を空中に並べ、それをシャドウに向けて放った―――それを見受け、シャドウが動く。今度は、丸っこい方のシャドウが、杖を持った短い腕を振るった。
すると、現れたのは、またも半透明の障壁だ。しかし、先ほど壁が青みがかっていたのに対して、今度はほのかに赤みを帯びている。
その壁に、朝倉の放った礫が着弾する。が、先ほどのように亀裂が入ることはなく、礫はすべて弾かれ、空中で砕け散った。

「厄介ね」

それを見受け、朝倉が呟く。察するに、あの赤い障壁は、魔法攻撃を防ぐ特性があり、先の青い障壁と使い分けられているといった所か。

「なら、同時に叩き込むまでです」

後衛の古泉が、朝倉と顔を見合わせ、互いに頷きあった。そして、二人同時に、ペルソナを召喚し、シャドウに向け、攻撃を放つ。古泉のアローシャワーと、朝倉の氷の礫の、合体技だ。
しかし―――それすらも、シャドウたちにダメージを与えるには至らなかった。
古泉と朝倉の攻撃が、シャドウの体表に届こうとした、その瞬間。シャドウたちは、二体同時に、各々の武器を持つ腕を、俺たちに向けて振るった。
直後、発生したのは、やはり障壁だ。

それも、『紫色』の。



58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:25:34.17


「おい、ふざけんな!」

思わず叫んださ。赤と青をあわせて紫。小学生か。ついでに、物理も無効、魔法も無効なんて発想も小学生並みだ。
しかし、事実として、その障壁は発生したわけで。古泉と朝倉の合体攻撃は、見事に阻まれた。
それだけではない。今度の障壁は、デカい。横は、校庭をど真ん中から分断するような具合に、端から端まで広がっており、縦はというと、縁が見えないほど天高く続いていた。
壁のこちらに、俺、古泉、朝倉。
そして、向こう側に、二体のシャドウと、俺の妹。
シャドウたちは、半透明の壁越しに俺たちを一瞥すると、やがて、妹の方へと向き直り、ゆっくりと歩き出した。

「あ、あ……」

迫り来る巨体を前に、妹が声を上げて怯える―――これ、洒落にならんぞ。

「くそっ、ダンテ!」

「ウェルギリウス!」

俺と古泉が、同時にペルソナを呼んだ。それぞれ、紫の障壁に向けて、羽ペンと、矢の雨を放つ。しかし、壁はビクともしない。
胸中を、焦りと怒りが埋め尽くす。
―――こんなのアリかよ。

「ちくしょうっ!」

障壁に、自らの右拳を打ち付ける。二度、三度。シャドウたちが、妹に歩み寄る。二歩、三歩。

―――よりによって、なんで、妹なんだよ。

頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。声を出すこともできない。
俺は戦う術を持っているのに、妹一人守れないのか?



59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:28:44.50



 ―――我が手を取れ


四度目に、目の前の壁に向かって、拳を振り下ろそうとした時だった。
俺の体から、放とうともしていないのに、ペルソナの光が溢れ出してきた。
同時に、体の奥から、自分の知らない何かが溢れ出してくる感覚。
感じたことのない力が、俺の右腕を包み込んでいた。

「こん……ちくしょうっ!」

力に満ちた右腕を、そのまま突き出す。
視界に映った自分の右腕に、見知らぬ誰かの右腕が重なって見えた。
肌全体が、緑がかった光を放つ、漆黒のタトゥーに包まれた右腕だった。
俺はその拳を、紫の障壁に叩きつける。

その瞬間―――校庭中に、轟音が響き渡った。
大地を切り裂いたような音を立てて、障壁が砕け散ったのだ。
いや、吹き飛んだと言ったほうが近いだろうか。まるで水族館の水槽を叩き割ったかのような衝撃音が、鼓膜を戦慄かせる。
二体のシャドウが振り返り、狼狽えたような様子を見せる……その巨体めがけて、俺は拳を突き出したまま、駆けた。

「そいつは……俺の、妹だ!」

突進する俺の前に、再び、シャドウが障壁が作り出した。青い障壁だ―――しかし、俺は立ち止まらない。握り締めた拳を、立ちはだかる壁に向けて叩き込んだ。
景気の良い音を立てながら、砕け散る障壁。
自分が一体、何をしているのか、理解が追いつかない。
しかし、一つだけ確かなのは。
今なら―――妹を守れるという事だ。



60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:31:04.22

障壁を貫いた俺は、勢いを殺さないまま、手前に居た、丸っこい方のシャドウの土手っ腹に拳をぶち当てた。
見た目通り、ブリキに似た手触りの装甲が、銅鑼を鳴らしたような音ともに凹み、繋ぎ目らしき部分が歪む。
俺はそのつなぎ目に指を突っ込むと、剥がれかけた装甲を、一息に引き剥がした。その下から、動物の皮膚に似た、漆黒の体表が現れる。
その体表目掛けて、もう一度、右の拳を振るう。
肉が潰れる、生々しい感触とともに、シャドウの巨体は後方へと飛ばされ、背後に立っていたうすら長い方を巻き込んで、大地に跡を残しながら、校庭の端まで吹き飛んでいき―――やがて、黒い煙を発し始めた。


数秒、校庭に、静寂が訪れた。


「……―――はぁ」

呼吸を忘れていた気がして、ため息をつく。
は。と、我に返り、周囲を見回すと、五十メートルほど離れた位置に、古泉と朝倉が立っていた。
その表情は、呆然。

「……キョン、くん」

と、耳に届いた声を聴き、再びはっとする。
声の方向へ向き直ると、地面にしゃがみこんだままの体勢で、やはり呆然とした表情をこちらへ向けている、妹の姿があった。

「大丈夫……だったか?」

荒く息をつきながら、声をかけると、妹は無言で、首を縦に振った。
そして、直後に、その表情が歪む。

「キョンくん……キョンくぅん!!」

泣き声とともに、俺の鳩尾に、タックルをぶちかます妹。その勢いのまま、後方へと倒れそうになるのを、なんとか踏みとどまる。
腕の中で、嗚咽を上げる妹。俺は無言で、その背中を撫でてやる。怖かったのだろう、体はまだ、わずかに震えていた。



61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:37:44.96


「大丈夫だ、もう……お前、どうしてここに?」

「ひっく、だって、キョンくんが、いなくなっちゃったから……」

しゃくり上げながら、妹が言葉を紡ぐ。
おかしい。確か、古泉曰く、俺はインフルエンザで入院していることになっているはずだ。家族には、長門の情報操作を行使したとも聞いている。
俺が古泉を見ると、古泉は先ほどと変わらない体勢のまま、俺の視線を受け、やがて、我に帰ったように話し始めた。

「恐らく、影時間への適正を得たことで、情報操作が解けたのではないかと思います。影時間の中では、情報統合思念体の力は、弱まってしまう傾向がありますから」

「それで、か……」

妹は、途切れ途切れ言葉を続ける。

「校庭に着いたら、いきなり学校が……」

学校。ふと、俺は背後の迷宮を振り返った。
そこに建っているのは……なんだ。間違った前衛芸術の結晶体のような、天空まで続く、混沌に満ちた『塔』だ。
俺たちは、今まで、こんな建物の中に居たのか。一体何階まで続いているのか、見当もつかなかった。

「帰ろうとしても、ヘンな壁が出してくれなくって……そしたら、オバケがいっぱい出てきて」

先ほどのシャドウのことか。俺は、奴らが突っ込んだ校庭の端に視線をやる。既に、そこに、シャドウだったものの姿はなかった。これまでの連中と同様、黒い霧となって消えていったのだろう。
と、ここで、俺は、さっきまで、自分が何をしていたか、思い出す。

「……ありゃ、何だったんだ」

先ほど、突如、俺の右腕は光って唸り、ダンテの攻撃でもビクともしなかった壁を打ち破り、さらに、ほんの十数秒かそこらの内に、あの二体のシャドウを葬り去った。
あの時見えた、もう一本の腕は、俺のペルソナの腕だったのか? しかし、間違ってもダンテの腕ではなかった。



62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:42:56.48


「何だったんだって……こっちが聞きたいな」

と、今まで沈黙していた朝倉が、こちらへ近づいてきながら言う。
それにわずかに遅れて、古泉も駆け寄ってくる。ようやく、妹を含め、四人が集結した。

「僕には、まるで……あなたの中に、複数のペルソナがいるように見えましたが」

古泉が言う。
えー、確か、ペルソナとは、影時間のエネルギーが、精神力と融合し、人の精神の姿となって出現するもの……だったと記憶している。
つまり、俺の精神の形は、複数あるというのか?

「人は心に、多くの仮面をつけて生きるもの」

朝倉が呟く。

「あなたアルカナは『愚者』……愚者とは、『0』……何にも縛られない、無限の可能性を象徴する」

そこまで話すと、朝倉はじ。と俺の顔を見つめ、

「なるほど、大体わかったわ。あなたはもともと『0』だったのね」

と、一人で納得し、微笑んだ。……俺の理解が到底追いつかない世界の話をしているようだった。
0。
ふと、俺の脳裏に、数日前、影時間の中で出会った、あの謎の男のことが思い出される。あの男が、俺に投げてよこした、『0』と書かれたカード。思えば、あの0とは、朝倉の言う0のことだったんだろうか。

「0……なるほど、『ワイルドカード』という事ですか。ふふ、あなたは時々、思い出したように、僕らをびっくりさせてくれますね」

こちらも何やら納得したらしく、勝手な文句を並べながら、古泉が微笑みを取り戻していた。
……何だかよくわからんが、とにかく、俺の中には、ダンテの他に、あの腕の持ち主であるペルソナが眠っているということ……らしい。



63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:49:08.01

ペルソナの事を考え出したら、急に全身を、強い脱力感が襲った。思わず膝を折り、大地にしゃがみこむ。

「キョンくん!」

「大丈夫ですか?」

妹と古泉が、俺の体を支えてくれた。どうやらまた、精神力を使いすぎたようだ。しかし、疲労感が前回の比ではない。しばらくは、ダンテの髪の毛一本、召喚できそうになかった。

「どこか、安定した空間を探そ。そこで休めば―――」

と、朝倉が言い―――俺の背後の空間を、丸く見開いた目で見つめた。
ぬお。と、俺たちに覆い被さる、巨大な影。
何事かと振り返ると、そこに―――あの、『うすら長い方』が居た。

「まだ、息が!」

いつの間に、どうやって接近してきたかはわからないが、どうやら、さっきくたばったのは丸っこい方だけだったらしい。
俺の背後に現れた、全身に見る影もないほどの傷を負った巨体は、手の中の剣を天空高く振り上げている―――そいつを、俺たちにめがけて振り下ろそうってのか。
咄嗟にペルソナを召喚しようとするが、先ほど思ったとおり、俺の精神力は底を尽きている。

「―――!」

古泉と朝倉が、何かを叫びながら、ペルソナを召喚する。しかし、二人のペルソナは、咄嗟に放てる攻撃手段を持っていない。
シャドウが、掲げた剣を振り下ろすのが、俺の目に、スローモーションで映る……まずい。今度こそ、走馬灯が見え始めた、その時。
俺でも、古泉でも、朝倉でもない声が、冷えた空気を震わせた。


「―――『ラウレッタ』!」

それは、妹の声だった。



64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:56:18.95

その声が聞こえたのと同時に―――シャドウの振り下ろした剣が、俺たちの目前で、何かに阻まれるかのように停止した。

「なっ……」

一瞬、混乱が俺の胸中を見たし、短い声となって、口から零れる。
俺たちとシャドウとの間に、カーテンのような、うっすらと桃色がかった光の壁が現れ、その壁が、バチバチと音を立て、シャドウの剣を押し返そうとしているのだ。
既視感を覚えるその光景。しかし、先ほどとはベクトルが逆だ。目の前のそれは、シャドウの攻撃から、俺たちを守るための障壁。
それが誰によって作り出されたものなのか、俺が理解するまでに、そう時間はかからなかった。

「どっか……行っちゃえーっ!」

自らを生み出した主の声に呼応するかのように、障壁は一瞬、強く光を放ち、水面が揺らめくように脈動した。同時に、ギィン、と、鋭利な音を立てながら、シャドウの剣が、中程から折れ砕ける。
そして、次の瞬間―――桃色の壁面から、丁度、飛び出す絵本のような具合に、光の刃が出現し、シャドウを襲い、その巨体が、胴のあたりから、上下に分断された。

全員、呆然。

「今のは……」

一度は、余裕の微笑みを取り戻したはずだった古泉も、さすがにこの怒涛の展開には、目を丸くする他ないらしい。朝倉も同様に、ぽかんと口を半開きにし、たった今返り討ちにあったシャドウを見つめていた。
シャドウが、今度こそ、全身から黒い霧を噴き出し、影時間の冷たい空気の中に霧散していく。同時に、桃色の壁も消滅したようだ。俺はそれを見届けてから、その障壁を作り出した張本人を振り返った。
俺の妹が、両手を胸の前で握りしめながら、青白い、ペルソナの光を放っていた。
その傍らに、桃色の肌の、小柄なビジョンが立っている。

「……わたし……今、やっつけちゃった?」

まばたきの後、ぽつりと呟く妹。

……ブルータス、お前もか。
守るべき対象であったはずの妹が、貴重な戦力に変わっちまいかねない事態を前に、俺は数時間ぶりに、重い頭痛に見舞われた。
そのうち、シャミセンでもペルソナを使い出しそうだ。それこそ『ペルソニャ~』とか言ってさ。



65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 20:58:27.76




………

さて、ここで、時間が少しばかり飛ぶ。校庭での一件から三十分ほどが経過し、零時計は五十分のあたりを示している。俺たちがいるは、再び迷宮の中。ようやっと見つけた、安定している空間とやらで、平たく言うと、体育倉庫の中である。

「有機生命体は、眠ることでエネルギーを補充するんでしょう? 時間の無駄、馬鹿馬鹿しい行為だと思うけど、残念なことに、それが一番効率が良いのよ。今の私たちには」

と、言う、朝倉教授の有機生命体を舐めきったお言葉に基づき、俺たちはこの体育倉庫を陣取り、見張りを立て、交代制で休息を取っている。
なにしろ、先の一件で俺の精神力はボロボロだし、いい加減肉体的疲労も限界に達しつつあった。特に、俺はこの迷宮に来て初っ端、三十分の持久走を強いられた身なのだ。それから何時間も、立っていられたのが奇跡的なくらいである。

「わたし、眠くないから、キョンくんは休んでていいよ?」と、頼もしい発言をしてくれた妹は、現在、跳び箱を背にして熟睡していらっしゃる。子供は寝て育つのだ。
つーか、ただいま眠っているのは、朝倉、古泉、そして我が妹。つまるところ、俺以外全員熟睡。
目安は各々一時間づつ、二時間をかけて、見張りと休憩が二人づつという話だったのが、どこがどうなって見張りが俺一人になったのか。俺自身にもよくわからないうちにそうなってしまった。俺が一番疲れている筈なのだが。
しかしまあ、古泉のやつも、慣れない影時間の中で、何だかんだ疲弊していたようだし、妹は妹だ。妹を差し置いて俺が先に休むわけにはいかないさ。朝倉は知らん。俺が気づいたときには、勝手に寝ていやがった。

と、言うような状態だったので、見張り役を担っていた俺が、いつのまにか、うつらうつらと寝息を立て始めてしまったのは、仕方のないことだとしてほしい。
夢を見る余裕すらない、深い眠りが、俺の全身を、どっぷりと包み込んでいた。睡眠最強。
とにかく、そんな感じで、俺の意識はそこで途絶えるのだ―――



………

「―――おい、おいってば」

耳に障る声とともに、身体を揺さぶられ、俺は目覚めた。
なんだ、騒がしい。
俺は今、貴重な睡眠を取っているんだ。邪魔をするやつにはペルソナを叩き込むことも吝かではないぞ。



66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:00:43.96


「おい、ちょっと……どんだけ熟睡してんのよ?」

まどろみの中で溶けきった脳が、覚醒を拒む……俺を起こそうとしているのは、誰だ?
妹……ではない。あいつだったら、お得意のフライングニードロップが炸裂するはずだ。

「何だ? この時計……あーあ、よだれ垂らしちゃって、まあ。なあ、起きろって。」

朝倉……じゃないよなあ。そもそも男の声だし。もしあいつだったらどう起こしてくるだろう。
ナイフか。ナイフなのか。いや、さすがに無いと信じたい。

「え、もしかしてマジで起きないパターン? あ、もしかしてリパトラで……」

古泉……にしては起こし方がガサツだ。あいつはもっと執事みたいに起こしそうだ。
……はて、すると、誰だ? この影時間の中には、今のところ、その三人と俺以外は、誰も存在しないはずだ。
また、誰かが迷い込んできたのだろうか。だとしたら、深夜の学校はどれだけ人気スポットなんだ。
つーか、古泉の機関とやらの力で、学校への道を封鎖とか出来んのかね?
と、いつの間にか、意識がハッキリしていた。まるで、目が覚める魔法をかけられたかのようだ。

「お、効果アリ?」

聞いたことの無い声が、俺に降り注いでいる。
目を開けると、横たわる俺のそばにしゃがみこむ、見知らぬ男。
アゴヒゲと、野球帽。そして、見たことのないデザインのブレザー。

「目、覚めた?」

「……誰?」

本当に誰だか分らなかった。



67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:03:42.09


「いや、びっくりしたわ。いきなり、道端で寝てるからさ」

……よし、落ち着こう。
俺はまず、上半身を起すと、周囲を見回し、そこがもはや見慣れた迷宮の中であることを確認する。
俺は、何をしていたんだっけ?そうだ、たしか休憩を取っていて……

「……何処だ、ここ?」

俺の記憶が確かなら、俺たちは体育倉庫で休憩を取っていたはずだ……しかし、見た限り、今、俺と、この見知らぬ男とが存在してるこの空間は、危険も危険、いつシャドウの攻撃を受けてもおかしくなさそうな、廊下のど真ん中だ。
その廊下のど真ん中に、なぜだか体育用のマットが敷いてあり、俺はその上に横たわっていたようだ。
頭を掻きながら、マットの上に手を着く。
ぬるり。……なんだ、この手触りは。

「あ、お前、そこ、シャドウの血ついてんぞ」

「は? うわっ、気持ち悪ぃ!」

慌てて制服の裾で手を拭う。まだ生ぬるい血だ。

「お前、結構危なかったんだぜ? 俺っちがたまたま通りすがらなかったら、シャドウのエサになってたかも」

……俺は改めて、まじまじと男の顔を見た。
五分刈りの頭に、紺色の野球帽を被り、アゴにヒゲを蓄えた男。歳は、俺と同じぐらいだろうか?
よく見ても、やはり見た事のない制服を身に纏っている……エムブレムには、『GEKKOUKAN』の文字。それが校名だろうか。ゲッコウカン。聞いたことすらなかった。

……だめだ、やっぱり状況がわからん。
つか、あいつらは? 古泉たちは何処行ったんだ?

「コイズミ? いや、俺が見つけた時には、お前はもう一人だったけど」



68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:05:51.71

頬を指先で掻きながら、男はそう言った。
俺は、記憶の中で、最後に古泉たちを確認した時の様子を思い出す。
思い出す―――までも無く、脳裏に浮かんだのは、跳び箱をコの字に囲むようにして眠る、三人の図。
俺は、冷たい壁を背に、マットの上に座り込んで、入り口に注意を払っていて……あとは、覚えていない。おそらく、眠ってしまったのだろう。
その間に、あいつらが俺を置いてどこかへ行ってしまったのか? と、一瞬考えたが、可能性は低いだろう。ただでさえ、戦力は十分とはいえない状態なのに、何故分裂せねばならんのだ。

となると、眠っているうちにはぐれてしまった。というのが、妥当なところだろうか。
おそらく、朝倉が言うところの空間の歪に飲まれて、俺は用具倉庫から、この、どこだか見当も付かない廊下のど真ん中に隔離されてしまった……下に敷いていたマットごと。
朝倉が、この倉庫の周囲の空間は安定している、とか自信満々に言っていたので、それをそのまま信用した結果がこれだ。あんにゃろうめ。以後、あいつの発言力のほどを検討しなければならない。

「なあ、目が覚めたなら訊きたいことがあんだけど」

俺の思考を、見知らぬ男の声が遮る。

「お前ってぶっちゃけ、何モン? 迷いこんだ一般人なの? それとも……」

そこまで言って、男は言葉を選ぶように、空中に視線を泳がせたあと、

「……もしかしてお前、ペルソナ使えたりとか、する?」

……聞きたかった様な、聞きたくなかった様な。
この混沌空間に放り込まれてから数時間で、いい加減聞き飽きて来たその言葉。
この見知らぬヒゲ学生の口から、その単語が零れ落ちた瞬間、俺はなんとなく、事態が今以上に厄介になろうとしているのだということを感じ、心中で溜息をついた。

「……何者なんだ、アンタこそ」

「その感じだと、使えんのな……やっぱめんどくせー事になってんだな。つか、現地にペルソナ使いがいるなら、俺らが遠征する必要なかったじゃん……」

男は、独り言にしては大仰過ぎる音量でそうぼやき、額に手を当てながら天井を仰いだ。
言葉の選び方がいちいち軽薄な男だ。タイプとしては谷口に近い。



69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:08:43.81


「あーっと……なんだ。まあ、俺たちさ。影時間がまた発生してるっつうんで、一体どうしたのかっつって調査してたんだけど」

『影時間』。
『ペルソナ』に続いて、男がもう一つ、俺の耳にこびりついた名称を口にした。
しかし、男は『また』発生と言った。どういう事だ、こんな奇天烈な事象が、これまでにもあったと言うのだろうか。

「まあ、そういうことになるな。今回のは二度目。でも、前にあった影時間ってのは、俺らが半年前ぐらいに頑張ってやって、ケリが着いたはずだったのよ」

男が、手をひらひらさせながら、落ち着きなく話す。俺は、若干のうっとうしさを感じながらも、黙って頭を動かし、状況の把握に努めた。

「だけど、なんかまたここ数週間ぐらい似たようなのが出来てて? しかも、発生源っぽいのが、前は俺らの街にあったのが、今度はえらい別んとこで
 俺は元から、きっとそっちはそっちで誰かが解決すんだろうから、俺らが行ってやんなくてもよくね? とか思ってたのよ。
 でもまあ、俺の仲間がさ。そういうの見過ごせない性質でさ、ま。で、はるか港区から、生徒会費使って来てやってたワケ」

その『発生源っぽいの』が、この迷宮だ、と。

「そう。前のノリで、俺らは『タルタロス』っつってるけど。でも、いざ突っ込んでみたら、俺らの知ってるタルタロスと随分具合が違ってよ。
 ここさ、ちょっと目離すと、すぐそこら辺の作りが変わっちまってるだろ? ああいうの初めてでさ。
 なんか風花……俺の仲間のナビもほとんど使えねーし、気がつきゃみんな散り散りになっちまって。
 で、どうしたもんかとぶらついてたら、お前がぶっ倒れてたわけ。シャドウに食われる五秒前って感じで」

なるほど。話が読めてきた。この男は、仲間たちとやらにはるばる駆けつけてきてくれた、俺たちの味方……と、考えて良いらしい。
だとしたら、かなり心強い。見たところ、こういった事象には慣れているようだし、俺たちよりも、ペルソナや影時間について詳しいようだ。

「あ、俺、伊織順平ってーの。歳は同じぐらいだろ。よろしくな、『キョンくん』」

ああ、よろしくな。

じゃねえよ。



70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:10:36.48


「お前、どこでその名前を!?」

「いや、これさ」

と、男が見せたのは―――零時計だ。そういえば、古泉が休憩に入る前に受け取ってから、ずっと右手に持っていたんだった。こいつも、俺と一緒に、空間の歪に巻き込まれたのか。失くさなかったのが奇跡だ。

「ほら、蓋の裏に。これ、お前の名前っしょ?」

パカ。と、開いた裏に、丸文字で記された、『キョンくん』の五文字。

……妹ォ―――――――――――――ッ!

「あのバカやろう! ……げっ、油性!?」

「いやいや、持ち物に名前書くのは基本っしょ。俺もホラ、帽子にちゃんと」

「これは名前じゃねえ、あだ名だっ! 徒となる名と書いて、あだ名だ―――っ!」

爆笑する伊織順平。
なぜ俺は、謎の迷宮の深奥で、初顔合わせのペルソナ戦士と漫才を繰り広げているのか。

「ま、とにかく俺っちの活躍で、キョン君がシャドウの餌になっちゃうことが無くてよかったじゃん? ぶっちゃけ俺も心ぼそかったトコだし、どうよ? 協力しねえ?」

誘いを断る理由はない。むしろお願いしたいくらいだ。

「つか、なんかここおかしいっしょ。一時間経ってるはずなのに、影時間終わんねえのもそうだし」

なるほど、この伊織とその仲間たちもまた、このエンドレス影時間の罠にはまってしまった身というわけだ。
俺は記憶している限りで、今、俺たちの置かれている状況を、大雑把に説明した。



71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:12:50.32


「……マジで? それってつまり、風花と同じ状態……え、じゃあ、もう外じゃ一日経っちゃってるってわけ?」

そういうことになるな。伊織の話を聞く限り、彼らがこの塔に乗り込んでから、時計は(伊織たちも、零時計と似たような、時間を示す道具を持っているらしい)一周と半分をしたところと言うことだ。

「うわ……やば、ちょっとクラっとした。つか、ヤバイっしょ、いくらもうすぐ夏休みっつったって……」

ああ、ヤバイさ。俺もまた、気が遠くなるのを感じながら、手の中の零時計を見る。
現在、長針は四十分を指している。あと二十分で、俺はまたも、貴重な人生のうちの一日を、たった一時間のために棒に振ることになるわけだ。なんたるでたらめな話だろうか。
そう言えば……長門はどうしたのだろうか。あれ以降、影時間の解析は進んでいないのか?
思えば、これまで、朝倉がいたからこそ、長門と連絡を取ることが出来ていたが、今の俺たちには、元の時空と連絡を取る手段が、まったくないじゃないか。

「……なるほど。その長門って奴と連絡を取るのに、お前の仲間と合流したいわけね」

伊織は、俺の端的な説明に何を思ったのか、しばらくアゴヒゲを指で弄った後

「……てか、その長門って奴、何、すごくね? っつか、何モンなの?」

「……禁則事項だ」

「えっ」

「……」

なんとなく引かれた気がする。
しかし、長門が何者かをここで説明してやるというのは、正直俺には荷が重過ぎる。どう話して良いか分からないしな。

「あー、まあ。色々そういうのが分かるペルソナなんだ」

適当に答えておく。



72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:14:54.27


「マジかよ……最強じゃね? それ」

ああ、最強だよ。あいつは。間違っちゃいないだろう。長門がペルソナを使えるかどうかは知らんが、多分使えるだろうし、仮にペルソナを使えないとしても、あいつが最強であることに揺らぎは無いだろうからな。

「ま、とにかく行こうぜ。俺もいい加減連絡利くとこ見っけて、仲間にも教えてやんないと。せっかくの夏休み影時間に費やすとかちょっと無いっしょ」

しかも、時間が経ってることも知らされぬままにだとしたら、これはもう一種の災厄としか言いようがないな。
俺はこのでたらめダンジョンに迷い込んでから、日数にしてどれほどが経過したのかを考えようとして、もはや相棒と呼んでもいい、重い頭痛に見舞われた。



……

その後。宛ても無く歩くというのも心もとないものだったが、宛てをつける手立てを持たないのだから仕方ない。俺は伊織から、以前あった事件の話というのを聞きながら(俺の頭が悪いのか、伊織の説明が悪いのか、さっぱり理解できなかったが)ふらふらと塔内を歩いた。

「お、満月」

ふと、伊織が窓の外に目をやり、呟いた。
満月がどうかしたのか―――と、言った所で、自分で違和感を覚える。……満月?

「言ったっしょ、さっき。俺らの場合さ、満月のたびに、でかいシャドウが街を襲いに来るのよ。で、そいつらを倒すのが最初の目的だったわけ。ま、結局その行動は、あんま意味無かったっつか、むしろ逆効果だったんだけどさ」

と、頬を掻きながら言いよどむ。何かを隠しているような口ぶりだったが、俺は特に詮索はしなかった。

「満月のたび……」

……待てよ。でかいシャドウで、満月だって?
『でかいやつ』となら、つい最近戦ったじゃないか。
そうだ、あの時、校庭で……空には、満月が昇っていたはずだ。―――あれからどれだけ時間が経った? 詳しくは分からんが、月がもう一巡して戻ってくるほどの時間は経っていないはずだ。



73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:16:22.27


「……月が動いてない」

「は?」

俺のつぶやきに、伊織が間抜けな声を返してくる。

「つい何時間か前……見たんだよ、俺は。この迷宮の校庭で、満月が昇ってたのを」

そうだ、思えば、俺が初めて影時間を訪れた日から、空には真円の月が登っていた。
あれから何日かが経過したが、月の形は一切変わっていない。

「……えーっと、つまり、どういうことよ?」

「それに、俺は今までに、何度か、お前の言うようなでかい連中と戦ってきたんだ」

「それ、どんな奴らだった?」

覚えている限りで、これまでに出会ってきたシャドウの姿を説明する。
階段で戦った、ナイフのシャドウ。視聴覚室の、女型のシャドウ。校庭で戦った、ブリキ玩具に似た二体のシャドウ。

「ナイフ、でかい女、ブリキの玩具……おいおい、マジかよそれ? 俺らが去年戦ってきたヤツらと、同じじゃねえか」

やっぱりな。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたさ。

「……え、でも、月がずっと満月のままってのは……えーと、どういうことになんだ? 今回は、お月さんが関係ないってこと? あ、もしかして……いつでも来るよってこと?」

不吉な伊織のセリフが、終わるか終わらないかの際を掻き消すようにして。
迷宮内を、地響きと震動が走った。



74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:17:48.52


「おいおいおい、マジでか!」

世の中、どうしてか、いやな予感ほど良く当たるものだ。まるで伊織の呟きに大手をふるって返事をするかのように、そいつは現れた。

たった今まで、満月の昇った漆黒の空を見渡せたはずの窓の外に、巨大な異形の姿があった。円盤のような物体に、四肢を磔にされた、仮面を被った巨人が、上空から大地に向かって、ゆっくりと降下してきている。
まるで、罰を受けている最中の囚人のごときその姿。伊織、まさかこいつも知ってるやつなのか。

「マジかよ、色々すっ飛ばしてねえかっ!?」

伊織さん絶叫。どうやら予想通り、心当たりがあるらしい。
俺は、窓を開け、身を乗り出し、大地を見下ろした。いつの間にか、随分下層まで戻ってきていたらしい。せいぜい階にして五階というところか。
窓の下には、見慣れた、中庭の風景が広がっており、その中庭の隅に、見慣れた人物の姿があった。。

「朝倉!」

声が届いたのか、目下に佇み、徐々に降下してくる巨人を見上げていた人影が、俺のほうに視線をやる。朝倉だ、間違いない。その朝倉の傍らには、もう一人、小柄な人影がある。こちらは、俺には見覚えが無い。

「天田じゃねえか!」

一方、俺の背後から、中庭を見下ろしていた伊織は、逆にそちらの人影には見覚えがあったようだ。

「やっべぇ、俺らも行かねーと!」

と、一言。その後、伊織は数歩窓から離れ、頭に被った野球帽の後ろと前をやおら入れ替える。まさか、飛び降りる気か。マジか。と、一瞬の躊躇が俺の胸を過ぎる。しかし、確実に追いつくには、それしかあるまい。
覚悟を決めて、俺は窓枠に足をかける。風が冷たい。震えてるのは寒いからだけである。

「今行くぜ!」

斜め後ろの伊織が声を上げ、足が助走を踏む音が聞こえた。



75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:19:32.96

ええい、ままよ。困った時はペルソナ様が何とかしてくれるさ。俺は、頭に貼り付いた恐怖を、無理矢理引き剥がし、何も無い空間へと、体を放り出した。
ぶわり。冷たい空気の中を、きりもみになりながら落下して行く。上空には、例の磔の巨人が、中庭に覆いかぶさるようにして、ゆっくりと降りてくるのが見える。間近で見ると怖ぇ。
そうこうしている間にも、大地は近づいてきている。さすがにこのまま叩きつけられるのは……ヤバイ。

「ダンテ!」

口内を冷やす風を吐き出すように、俺は空中で叫んだ。体を仰ぐ風の温度が、僅かに上昇した気がした。
現れたダンテが、背中の羽ペンを振り抜き、その先端を、迷宮の外壁に向けて突き刺す。鈍い手応えと共に、コンクリートの壁面に、ペン先が減り込んだ。
壁に突き立てた羽ペンの柄を、両手でしっかりと握り締め、全体重を両腕に預ける。丁度、鉄棒にぶら下がるような具合で、俺の落下は停止した。地面まで、残り数メートルといったところだった。
両手を離すと、どすん。と音を立て、俺の尻が、中庭の大地に到着した。お世辞にも格好いい着地ではないが、甚大なダメージを受けることを免れただけ由としよう。

「お前、無茶すんのな!」

ようやく、両足で大地を踏んだ俺の頭上に、伊織の声が降り注いだ。
見上げると……刃と翼の間の子のようなものを、全身に携えたペルソナに体を預け、滑り台を降りるかのように滑空する伊織の姿があった。
あれが伊織のペルソナか。つか、飛べるペルソナなんて持ってやがったのか。俺はてっきり、伊織も、無茶を承知の上で飛び降りたんだと思ったぜ。

「よかった、死んじゃってなくて」

と、朝倉が駆け寄って来た。その傍らに、朝倉と同じくらいの身長の、幼い顔つきの少年。

「順平さん、よかった、生きてたんですね」

その少年が、着陸した伊織に言葉をかける。

「おうよ。つか……この娘、誰よ?」

「朝倉さんです。この学校の生徒だそうで……細かいことは省きますけど、彼女もペルソナ使いです。そこの人の仲間なんじゃないですか?」

伊織と、天田と呼ばれた少年とが、俺を見る。



76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:21:47.09


「ああ、そうだ。長門とも連絡が取れるかもしれん」

「マジ?」

「その前に、あいつよ」

朝倉が、上空を睨みつけながら言う。
その視線の先を見上げると、もはや空が見えなくなるほどまで降下してきている、磔の巨人。

「『ハングドマン』……こいつ、前と同じなら」

伊織が何かを言いかけた瞬間。磔の巨人が、身を捩りながら吼えた。すると、どうだろうか。中庭の大地の一部に、黒い渦のようなものが発生し―――渦の中から、一体の巨大な石像が現れた。
全長は三メートル程だろうか。上空の巨人のものと、同じデザインの仮面を被っている。

「やっぱ、前と同じ……え、でも、なんかデカくね?」

伊織が、目を丸くしながら呟く。
石像は……ぐるりと周囲を見回し、やがて、俺たちの姿を捉えると、緩慢な動作で、こちらへと歩いて来た。

「石像を倒してください。あいつが落ちてくるのは、その後です」

と、天田少年は、懐から、何やらオートマーチック型の拳銃を取り出し、それを自分の胸に当ててかがみこんだ。

「いきます……『カーラ・ネミ』!」

拳銃が音を立てると同時に、天田を青い光が包み込む。
天田が召喚したのは、小柄な本体と対照的に、高さが二メートルほどもあり、プラネタリウムの映写機を彷彿とさせる、ロボットのような姿のペルソナだった。
そのペルソナの外殻から、バチバチと弾けるような音が発せられ、次の瞬間、光速の電流が、影時間の大気の中を疾走した。
しかし、それを受け、石像がダメージを受けた様子はない。何しろ、石だもんな。



77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:23:14.62


「やっぱりダメか……順平さん!」

「おうよっ!」

予想はしていたらしく、歯噛みする天田。それと入れ替わるように、名前を呼ばれた伊織が、天田の物と同型の拳銃を手に、前へ出た。

「行くぜ、『トリスメギストス』!」

銃口をこめかみに向け、伊織は引き金を引いた。先ほども目にしたペルソナが、伊織の体から飛び出し、石像に目掛けて疾駆する。翼のような刃が、ギラリと輝いた。
石像の目前へ到達した瞬間、伊織のペルソナは、俺の目では追えないほどの速さで、石像の周囲を飛び回った。一瞬遅れて、刃が、石像の体表に食らいつく、鋭い金属音が、大気を震わせる。
だが、やはり石像にダメージは通らない。体表には傷一つ付かず、伊織の攻撃を意にも介さぬといった具合で、こちらに向かってドスドスと進撃してくる。

「硬ってぇな」

傍らにペルソナを引き戻し、伊織が呟く―――と、俺もボーっと見ているわけにはいかない。

「ダンテ!」

剣撃も電流もダメなら、あとは、叩き壊すしかない。
コンクリの壁も貫く、ダンテの羽ペン。その照準を石像に合わせ、放つ。が、それを待っていたかのように、石像が、腕を振り上げ、平手打ちを繰り出してきた。

「ぐえっ!」

ハエ叩きに撃退された哀れな虫の如く、地面に叩きつけられるダンテ。そのダメージが、俺の全身にフィードバックする。ちくしょう、伊織の攻撃に対しては、反撃などしようとしなかったじゃねえか。

「おい、大丈夫か?」

伊織が声をかけてくれる。ああ、なんとか―――などと返答をしている暇はなかった。
いよいよ俺たちに接近してきた石像が、攻撃を仕掛けてきたのだ。



78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:25:04.00


「散って!」

朝倉のよく通る声と共に、俺たちは、石像が放った前蹴りを回避すべく、四方へと分かれた。巨大な脚が、俺たちの居た空間を通過し、風を切る音がする。
振り上げた足を下ろさないまま、石像はその場で一回転し、全方位攻撃の回し蹴りを繰り出した。
寸でのところで飛びのき、それを回避した俺は、石像がこちらに背を向けた瞬間を狙って、再びダンテを放った。先程は撃退されたが、今度は背後からの奇襲だ。阻まれる事はないだろう。
と、ペン先が、石像の背中に届く寸前。ズン。と、強大な音と共に、大地が揺れ、俺は思わず転倒した。同時に、突進していたダンテも、バランスを崩す。石像が、振り上げていた足を、地に打ち付けたのだ。
衝撃波と震動、轟音が、数秒間辺りを支配する。中庭の一角に、ジャイアントステップが出来上がっていた。八つのメロディーでも集めろってのか。

「キョン!」

どこかから、伊織の声が聞こえ、慌てて起き上がると、石像の握りこぶしが、俺の頭上に差し掛かっていた。慌てて飛び退き、難を逃れる。

「この野郎っ!」

再び、伊織の声。それと同時に、無数の金属音が鼓膜に届く。音のした方向へ視線を向けると、俺の右斜め前で、伊織のペルソナが、石像の体表に、刃の嵐を浴びせていた。
ダメージはやはり、望めないようだったが、石像の意識が僅かに伊織に向いた。そのチャンスを逃すものかと、俺は三度ダンテを放つ。三度目の正直。ペン先が、石像の右肩に食らいつき、わずかに食い込んだ。

「伊織、ここだっ!」

俺が叫ぶと、伊織は直ぐ様状況を把握し、

「合点!」

と、ペルソナの刃を、俺が作り出した傷口に滑り込ませた。直後、破壊音と共に、石像の右腕が、胴体から切り離され、中庭の大地に落ちる。
石像は、そもそも痛覚を持っていないのか、なおもダメージを受けた様子は見せない。が、突如軽くなった右半身に、バランス感覚を狂わせたらしく、足を滑らせ、大地に尻餅をついた。これをチャンスと呼ばずに何と呼ぼうか。

「ダンテ!」

「トリスメギストス!」



79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:27:25.41

俺と伊織、二人分の声が重なり、二体のペルソナが、同時に石像に接近する。
が、しかし、攻撃を浴びせるには至らなかった。俺たちが攻撃を仕掛けようとしたとき、石像が、最後の悪あがきとでも言わんばかりに、両手両足をバタつかせ始めたのだ。

「うおっ、危ねっ!」

素早くペルソナを戻しながら、伊織が呟く。俺も、危うく、薙ぎ払われた腕を正面から食らうところだった。
この石像、巨体の割に敏捷で、なかなか攻撃を食らわせ得る隙を見せない。せめて、何か動きを妨害できればいいのだが……

「……うん、もうオッケーかな」

と、俺の背後で、声。
振り返ると、先程から姿を見せていなかった、朝倉の姿があった。迷宮の壁に背中を預けるような体制で、こちらに向かって、右手を開き、突き出している。

「お前、なにやって」

「いい感じに冷えてきたわ」

ふぁさ。と、ロングヘアーを掻き上げる朝倉。
と、そこで気づく。辺りの空気が、冷え切っているのだ。それも、並大抵の冷え方ではない。吐く息は当然のように白く、戦いのさなかに身を置いていたというのに、指先が芯まで冷たくなっていた。

「な、何だ? いきなり、動きが鈍くなってきたぜ」

石像を見つめながら、伊織が言う。見ると、確かに、先程まで元気溌剌に動き回っていた石像が、唐突に動きを弱めている。まるで、何かしらの手段で、体を固められたかのようだ。
固めた。―――そうか、そういう事か。

「ベアトリーチェの奥の手、『絶対零度』。冷やすのに少し時間がかかるけど、一度冷えたら、そう簡単には逃れられないわよ。そして、凍りついた石は格段に脆くなる」

冷たい空気の中で、ペルソナを傍らに微笑むその姿は……俺の胸に、恐怖。そして、安心の二つを、同時に齎した。
こいつ、強え。味方に回したら、こんなに心強いものなのか、急進派ってのは。
と、震え上るのは、後にするとして。今は、石像退治である。



80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:29:17.47


「改めて、行くぜ、キョン!」

「ああ!」

頷き合い、同時にペルソナを放つ俺と伊織。
仰向けの体勢で固まった石像に、ダンテのペン先を叩き込むと、驚く程容易く、胴体に大きな亀裂が入った。低温とは偉大だ。その亀裂をなぞるように、伊織のペルソナが刃を閃かせる。
石像の巨体は四つに分割され、跡を付けながら、次々と大地に落ち、黒い霧へと変わり始めた。即席の合体攻撃としては、上出来な方だろう。

「よっし、これで、後は……」

「まだ来ます」

伊織の快哉を遮ったのは、天田の声だった。その視線は、中庭の隅へと注がれている。
視線を追ってみると、そこに在ったのは……地面から、新たに姿を現す、一体目と同じ姿の、二つの巨体。
ちょっと待て、今のやつを、もう二度やれって言うのか。それも、二体同時に。一体目の時でさえ、攻撃を逆手に取られ、反撃を喰らいそうにばかりなっていた、俺が? ……それはちょっとばかり酷じゃないか?

「最初から冷やし直しね。悪いけど、少し時間を稼いでくれない?」

と、言ったのは朝倉。足止めっつったって、俺は伊織のように、素早くペルソナを操れるわけでもないんだぞ。まして、朝倉の言う冷やし直しが終わるまで、攻撃を受け続けるだけのスタミナもない。

「いや、その必要はねーよ」

目前に二体の石像を捉えながら、伊織が、俺と朝倉に駆け寄ってきた。

「こいつらの弱点、もう分かっちったから。一発で始末してやんよ」

胸を叩きながら、居丈高に言い放つ伊織。マジで言っているのか。と、俺が反応するよりも早く、野球帽の鍔に手をかけ、ペルソナを召喚する。

「久々に行くぜ……俺っちの十八番、空間殺法をしかと見とけっ!」



81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:31:03.51

そう言って放たれた伊織のペルソナの動きは、俺に、なるほど、歴戦の勇士というのは偉大なのだな。と、改めて思わせた。
辛うじてしか視認することのできないスピードで、時に滑空、時に上昇しながら、二体の石像が繰り出す反撃を、確実に回避しつつ、石像の体に斬撃を叩き込んでゆく、剣舞の如き軌道。
俺が、その剣撃が、石像の関節にあたる部分に向け、集中的に放たれていることに気づいたのは、石像たちの体が、とうとう崩壊し始めた頃だった。
なるほど。いくら強固な外殻を持っていても、主に動作する部分……すなわち、繋ぎ目は弱点となる。恐らく、伊織は、先ほど、凍りついた石像の体に生じた亀裂の入り方を見て、石像の体のどこが脆いかを、瞬間的に察知したのだろう。
威力はそこそこあるとは言え、猪突猛進的な攻撃を繰り出すしか脳のない俺の思考回路とは、まるで別物だ。言わば、戦いの勘というやつか。

「へへっ、こんなもんよ」

激闘を経た後、鼻の下を擦りながら、ペルソナを解除し、俺と朝倉を振り返る伊織。
その背後では、体を部品単位に分断された石像たちが大地に横たわり、やがて、黒い霧へと変わってゆく。

「お前……すごいやつ、だったんだな」

「おうよ、今頃気づいたのか?」

いや、マジで恐れ入った。鳥肌が立った。
見た目や言動だけを見て取って、軽い野郎だと認識していた俺の脳は、一度、誰かに叩き直された方がいいのかもしれない。

「これで三体……あとは、奴が落ちてくるはずです」

と、上空を見上げる天田。……ちょっと待て、やつが『落ちてくる』?
あの、中庭全域を埋め尽くさんばかりの、巨大なシャドウが?
俺と、朝倉と、伊織の三人が、上空を見上げるのは、ほぼ同時に、だった。

「ちょ……よく見たら、前より、デカくねえ!?」

今頃気づいたのか。
そう、このペースで、磔のシャドウが落ちてくると……俺たちは、あれだ。潰される。
低温とか、歴戦の勇士とか、関係ない。プチっと音を立てて潰される。
……ようやく、俺の脳は理解した。ヤバイ、と。



82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:33:03.91


「うおっ、マジで!?」

ゴオオ。と、音を立て、落下速度を速めてきたシャドウを前に、伊織が叫ぶ。
もはや自由落下の速度で、中庭の大気を震わせながら、降りてくる……落ちてくるシャドウ。たとえ韋駄天のごとく疾走したとしても、シャドウが着地するより早く、迷宮内に避難するには、時間が足りないだろう。それぐらい、シャドウの体は、地上に近い位置にあった。

「―――!」

何かを叫ぶ。逃げろ、だったか、散れ、だったかわからない。しかし、俺たちはもはや詰んでいた。将棋やチェスでいうところの詰みに嵌っていた。もし、この状況を打開する手段があるとしたら、一つだ。
目前に迫るシャドウが、俺たちの体にのしかかってくる前に、ぶっ倒し、黒い霧へと変えてしまうこと、だ―――そんなことが、果たして可能なのか?

可能なのか? じゃ、ない。
やらなきゃ死ぬんだ。
だったら、やるしかないだろうが。


 ―――我が手を取れ……


「……ペルソナァ―――!」

青白い、ペルソナの光とともに。俺の体から、何かが放たれた―――視界に写りこんでくる、人型のビジョン。
緑がかった光を放つ、黒いタトゥーに身を包んだ、その姿。


 ―――『地母の晩餐』


脳裏に、何者かの声がよぎった。
そして―――大地が、割れた。



83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:34:34.26




………

あたりに響き渡った轟音に促され、窓の外へと視線を向けた古泉一樹は、焦った。
窓の下に広がるのは、中庭の光景。そこに伸し掛らんとする、上空を埋め尽くさんばかりに巨大なシャドウの姿。
中庭の大地には、人型の異形と戦う、四人のペルソナ使いが居た。その中には、古泉の仲間たちの姿もあった。仲間たちの姿を再び見ることができたのは、安堵すべきことだったが、状況はかなりシビアなように思えた。
すぐさま、加勢すべく駆けつけたかったが、何しろ、古泉に、この迷宮内の構造を知る手立てはない。闇雲に動き回ったら、余計に中庭から遠ざかってしまう可能性もある。
それでも。と、下りの階段を探して駆け出したところだった。古泉の脳内に、聞き覚えのない、女性の声が響き渡った。

『あっ、あの……順平君ですか? 天田君ですか? ゆかりちゃん?』

「は……え、あの、えっと、どうも、古泉です!」

不意をつかれた古泉は、虚空に向かって返答する。冷たい空間に、古泉の声がこだました。

『え、コイズミ……ですか? あ、あの、えっと、すみません、間違えた……のかな?』

えらいタイミングで、間違い電話が掛かってきたものだ。声の持ち主が誰かは分からないが、恐らく、朝倉のような、ナビゲーションタイプのペルソナ使いの声だろうと察せられる。
それはつまり、迷宮内に、古泉の知る、自分を含めた四人以外のペルソナ使いが居るという事だ。それも、最近目覚めたペルソナ使いという雰囲気ではない。一体、何者か?

「失礼ですが、あなたは、どなたですか? 僕は……今、中庭で戦っている方々の仲間の、ペルソナ使いです」

『え、ペルソナ使い……? あっ……私たちとは、別の?』

「分かりませんが、恐らく。あなたは今、どちらにいらっしゃるのですか? ご無事ですか?」

『えっと、わ、分かりません。迷宮内のどこか、としか……コロちゃんが守ってくれてるので、怪我とかは大丈夫です』



84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:35:35.54

と、そこまで話した後、女性の声は、思い出したように、

『あっ……中庭で、戦闘が、起きているんですね? ホントだ、ペルソナ反応が四つ……そこに、順平君と天田君もいるみたい……あ、シャドウの反応もある……けっこう大きい!』

独り言のような小声が、古泉の脳に届く。

「あなたは、僕らの居場所が感知できるんですか?」

『は、はい、それが私の『ユノ』の能力ですから。でも、この迷宮はとても入り組んでて、いつもどおりの能力は発揮できないけど……』

「でしたら、僕がまっすぐ、中庭に向かうために、どう行けばいいか分かりませんか?」

『えっと……分かります、案内もできます。突き当たりを右に曲がって、階段が見えるまで走ってください。多分、今はまだ壁があるけど、もうすぐ消えるはずです』

言われた通りに、古泉は走った。小窓のある突き当たりを右に折れ、記憶にあるよりもずっと長い渡り廊下を駆ける。
行く手には、女性の声が告げたとおり、壁が立ちふさがっている……が、その壁は、古泉の目の前で、煙のように消滅した。道が開けた先に、下り階段への入口が見える。

『階段を下りて、踊り場に出たら、その先には降りずに、左の壁を抜けてください』

階段を数段飛ばしで駆け降り、踊り場の床を踏む。躊躇わず、左の壁に体を投げつけると、するり。と音を立てて、古泉の体は、別の空間へと抜けた。
たどり着いたのは、昇降口。校門とは逆方向に抜ければ、中庭に着く。

『着きました、あとは道なりに……えっ、なに、これ! 中庭に、巨大なエネルギーが!』

突然、女性の声が震え、高くなる。それと同時に、地響きがあたりの空間を震動させる。
何かが起きる予感を覚え、古泉は、重い扉を開き、中庭に出る―――古泉の目を引いたのは、二つの事象。
まず、地上すれすれと言った所まで降下してきている、巨大なシャドウの姿。
そして、もうひとつは―――中庭の大地から、間欠泉の如く立ち上る、赤みを帯びた光。
光は瞬く間に強くなり、古泉の視界を埋め尽くす。その圧倒的光量を前に、古泉は目を閉じた。
爆発音のような、巨大な風音のような、奇妙な音が、周囲の空気を震わせる。



85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:36:24.33

音は、風船のように膨らみ、あたりに充満した後で、突然、ぷつりと消えてしまった。
地響きは止み、驚くほど澄んだ静寂が、世界を支配している。
ゆっくりと目を開けると、先ほど、空間満たしていた光は、何事もなかったかのように止んでしまっていた。
辺りを見回すと、先ほど、地表へ到達しようとしていたシャドウの姿はなく、四人のペルソナ使いが、上空を見上げたまま立ち尽くしている。

『……あっ、敵、やりました……反応、消滅です。えっと、今の……誰が……?』

「おっ? 風花、風花じゃねえか!」

『あっ……順平君、ですね? よかった、やっと通信できた』

「あ、僕もいます。よかった、はぐれちゃって、心配してましたよ」

脳に響く女性の声に、言葉を発したのは、制服姿の、二人の少年。彼らが、彼女の言っていた『仲間』なのだろう。
後の二人……はぐれてしまっていた、朝倉と彼の姿を探し、古泉は中庭を見回す。探すまでもなく、二人はそこにいた。朝倉は、迷宮の外壁に手を着いて、息を整えている。そして、中庭の中央で、呆然と上空を見上げているのは、彼。

「お二人共、大丈夫ですか」

「古泉君、無事だったの……私は大丈夫、負傷してないわ」

「安心しました。……あなたも、怪我はありませんか?」

声をかけると、彼は、それで始めて気づいたといわんばかりに、はっと古泉の顔を見た。

「古泉、無事だったか……俺も大丈夫だ」

と、言いながら、自分の体を見下ろし、何かを確かめるように、両手を握るなどの動作を行う彼。
古泉は、ふと、今しがたのあの光は、彼が放ったものだったのだろうか、と、考える。
ありえない話ではない。彼の中には、古泉の知らない―――恐らく、彼自身も知らないであろう、未知なるペルソナが眠っているのだから。



86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:37:15.94


『あの……古泉さん、ですか?』

と、頭の中に、女性……先ほど、風花と呼ばれていた声が響いた。

「ええ、どうも。すみません、ご挨拶が遅れました。古泉一樹と申します」

『あ、えっと、私、三年の山岸風花です』

電話もなしに、お互い、見えない同士、挨拶をし合うというのも、奇妙なものだ。

「この声は……伊織、お前の仲間か?」

彼が、野球帽の少年に訊ねる。

「おう、俺たちのナビゲーターってやつよ。えーっと、そっちは、古泉っつったっけ? キョンの仲間か?」

「ああ……古泉、お前も、妹と一緒じゃなかったのか」

彼が、わずかに眉を顰めながら言う。妹のことを心配しているのだろう。
古泉は、体育用具倉庫で仮眠を取っている間に、彼ら三人とはぐれてしまった。自分一人が、空間の歪に飲み込まれてしまったのかと思っていたが、どうやら四人それぞれ、バラバラに散ってしまっていたらしい。

「すみません」

「謝ることじゃないさ……俺が居眠りしたのが悪いんだしな」

彼はこめかみを押さえながら、呟くようにそう言った。
彼の妹も、ペルソナを使えるとは言え、この迷宮の中で独りになってしまうというのは、幼い精神には辛いものがあるだろう。
先ほど、古泉を導いた、山岸風花のペルソナならば、彼の妹が迷宮内の何処にいるか、探知することができるかも知れない。
と、古泉が考えたのと同時に、鼓膜の内側で風花の声がした。



87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:38:44.08


『えっと……とりあえず、皆さん。古泉さんと、その仲間のお二人と、順平君と天田君。今、私もそっちに行きます。コロちゃんも一緒です。
 今からしばらくは、その中庭は安定しているから、はぐれてしまうことはないはずです。詳しくは、落ち合えてから話しましょう』

と、残し、山岸風花の声は途切れた。言われたとおり、古泉たちは一箇所に集まり、ひとまず挨拶を交し合う。
伊織順平と、天田乾。いずれも、風花の仲間のペルソナ使いだという。

「なあ、キョン。お前、さっきのって……」

ひとしきり自己紹介が終わった後で、既に彼と面識があったらしい伊織が、彼に声をかけた。

「え? ああ。いや、さっきの……ありゃ、何だったんだ? お前らがやったんじゃないのか」

「は? いや、俺も天田も、あんな事できねえって」

「朝倉さん、でもないんですよね」

今度は天田が、やはり既に面識が会ったらしい、朝倉に向かって訊ねる。

「ええ、私でもないわ。彼の中にはね、まだ力を秘めているペルソナが、たくさん居そうなのよ」

朝倉がそう言うと、その場の全員の視線が、一斉に彼に注がれた。特に、伊織と天田は、絵に描いたような驚いた表情を浮かべている。

「……ワイルドかよ」

「……居るものなんですね」

「お前らも、それを言うのか……何なんだ、ワイルドって」

「いや……まあ、居るんだよ、俺らの仲間にも。ペルソナをとっかえひっかえしちまう、贅沢な奴がさ」



88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:40:12.69

伊織の言葉を受け、彼は右手でひらひらと、空中を煽ぎ、

「俺はそんな器用な芸当はできんぞ」

「ま、始めはそんなモンだって。頑張れよ、キョン」

激励を受けた彼は、やれやれ、とでも言うように、首を横に振った。



………

さて。語り手は俺に戻る。

「すみません、時間が掛かりました」

山岸風花さんは、もともと部室棟があった辺りの壁を、すり抜けて現れた。
肩ほどまである、緑がかった黒髪の綺麗な、小柄な女性だった。その傍らには、精悍な顔立ちが印象的な、アルビノの柴犬がついている。

「よう、無事で安心したぜ。お前も、がんばったな」

「ワン!」

「あ、皆さん。彼女がさっきの声の……山岸風花さんです」

「どうも」

「初めまして、山岸です。えっと……よろしくお願いします」

天田に促され、挨拶を交わす。受け答えがいちいち丁寧な人だ。



89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:40:59.18


「あの、突然なんですけど、皆さん。この空間……中庭全体は、もう安全です」

「は?」

唐突に、山岸さんは告げた。

「この場所の空間は、完全に安定しました。つまり、ここにいれば、散り散りになってしまったり、迷ってしまったりすることもありません。
 私も、ここからなら皆さんをナビできると思います。恐らく、この空間にはシャドウも寄り付かなくなるでしょう。……さっきの、すごく大きなエネルギーを浴びた、影響かと」

一同の視線が、俺を射抜く。……なんとなく居心地が悪い。どちらかというと、いい事をしたはずなのに。

「あの……よろしかったら、今回のことで、お互い分かっていることを説明しあいませんか?」

一瞬舞い降りた沈黙を、山岸さんが破る。

「ああ、それ、俺も思ってた。このタルタロスの事とか、俺ら、何も知らないしさ」

そう。伊織たちの身が、この迷宮に囚われてしまった以上、こいつらにも、わかっている限りの現状を説明せねばならない。

「私が話すわよ。それが一番早いでしょうから」

名乗り出てくれたのは、朝倉だ。ありがたい。古泉に話させると、長くなりそうだからな。
こほん。と、ひとつ咳払いをし、朝倉は、この度の事件の発生原因について。そして、終わらない影時間と、倒すべき大型のシャドウの存在について。
数分ほどの時間をかけて、要点を上手くつまみ取りながら、話し始めた。


………

数分後。伊織たちの表情は、なんというか。ハルヒの力のでたらめさを、初めて見せ付けられた時の俺のような表情に変わっていた。



90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:41:47.76


「一時間につき一日……ってことは、もう僕らがここに来てから、まる二日ですか……?」

「ええ、そうよ。そして、もうすぐまる三日目が過ぎようとしてるわ」

「ええっ!?」

声を上げる一同。朝倉は、零時計の文字盤を見ながら話す。

「一分後、私たちを含めたまま、この迷宮……タルタロスだったっけ? タルタロスは一時的に力を失い、北高に戻るわ。次に再びタルタロスの姿を取り戻すのは、それから更に二十四時間後、次の影時間。……あと三十秒よ」

「そんな……あっ、あの時と同じ……」

山岸さんが、思い当たるものがあるのか、ぽつぽつと何かを呟いている。

「いい? その二四時間の間に、長門さんと言う人が、今、私たちが過ごした一時間のデータを元に、何かしらのアプローチを掛けてきてくれるはず。
 多分、あの人なら、少なくとも今の時点で、妹ちゃんや、あなたたちの残りの仲間が無事かどうかもわかるはずよ。
 そして、私たちがこの先どうすれば、この影時間を終わらせることが出来るのかもね。空間が安定したこの中庭からなら、彼女と連絡を取れるはずよ」

「そんなことが出来る、ペルソナがあんのかよ?」

「ペルソナ?」

朝倉が、何だこいつ。と言わんばかりの表情で、伊織を見る。
すまん伊織。俺が適当な説明をしたから悪いんだな。

「知らないわよ、そんなの。あの人にペルソナなんて使えるのかしら? 長門さんにもう一人の自分なんて、居そうにないけど……さ、あと、十秒よ」

朝倉のカウントダウンと共に、零時計の秒針が長針と重なり、新たな影時間が始まる。
体感的に、時間が過ぎたことが分かる要素は、何一つない。



91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:42:44.86


「……え、もう終わったの? あっさりしすぎてね?」

「ええ、終わったわ。……メッセージが届いてるわよ、ほら」

そう言った朝倉の手の中に、いつの間にやら、紙切れが握られている。長門らしい、几帳面な明朝体で、内容は以下の通り。


・月光館学園の面々 → 協力せよ。
・妹、他二名    → 無事。前者は本塔中層付近、後者は部室棟側の何処か。
・シャドウ     → 以前の影時間のそれとは別。影時間のエネルギーの化身。殲滅せよ。
・中庭       → 影時間内体感時間で二百四十五年と三ヶ月後までは安全が保障されている。


「……これだけか」

「長門さんらしい、分かりやすい内容でしょ」

朝倉が笑う。まあ、いい。知りたいことは一通り書かれていたしな。

「……どうやら、我々が向かうべきエリアも、大体目星が付きましたかね。まず、全員が集結することが先決でしょう」と、古泉。

長門のメモを覗き込みながら、なにやらぶつぶつと言いあっている天田と伊織。山岸さんは、また何かを考えるように、空中に視線を泳がせている。

「この、他二名ってのは?」と、山岸さんに訊ねると、山岸さんは、はっと我に帰ったように目を見開き、

「私たちのほかに、岳羽ゆかりちゃんと、アイギスという二人の仲間がいるんです。彼女たちの場所は、まだ探知できてないんですが、このメモの通りにサーチすれば、分かるんじゃないかと思います」

と、頷きながら言った。結構な大所帯だな、月光館学園組。
その言葉を聞いて、俺はまだ、妹の身の安全を確認できていないことを思い出す。磔シャドウ戦に気を取られて、失念していた。



92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:43:57.25

妹。
長門は、無事だとは言ってくれたようだが、安心することなど出来はしない。いつ、シャドウに遭遇し、精神力が尽きても、おかしくはない状態なのだ。
さっさと見つけてやらんと、俺は後々、とんでもなく後悔する羽目になっちまうかも知れない。そんなのは御免だ。

「山岸さん、すみませんが、俺は妹の方を助けに行きます」

「はい、そうしてあげてください。えっと、私が案内できるのは、同時に二チームまでですから、皆さんに三人づつに分かれてもらって、このメモにあるエリアに向かってもらいます」

「彼には本棟へ向かってもらうとして、残りのチーム分けは、どのようにしたしましょう?」と、古泉。

「ええと、順平君たちと古泉さんたちとで、レベルの差が多少ありますから……あっ、す、すいません」

「いえ、御気になさらず」

可愛いなこの人。

「では、本層へ向かってもらうのが、キョン君、天田君、朝倉さん。部室棟へ向かっていただくのが、順平君、古泉さん、コロちゃんでよろしいですか?」

断る理由もない。俺は副団長を笑顔で送り出し、天田少年を迎えた。

「改めて、よろしくお願いします、えーっと、キョンさん」

すっと、細い手が差し出される。よく出来た少年だ。うちの妹と大して年齢も変わらないであろうに、この差は一体何と言うのだろうか。似通ったところがあるとしたら、俺を本名で呼ばないことくらいだ。
簡単に握手を交わし、目の前に聳え立つ迷宮……タルタロスの塔を見上げる。
この迷宮のどこかに、妹が居る。その無事を祈りながら、俺は昇降口のガラス戸へと手をかけた。



………



93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:46:36.90

さて。そんなわけで、古泉を月光館学園組へと売り渡し、天田少年を迎え入れた、我々、SOS団影時間支部は、本棟中層を目指し、新生タルタロスを駆け上り始めたわけである。

「前は、うちのリーダーの力なのか何なのか分かりませんが、ある程度進めば、そこから改めて上り始めることも出来たんですよ」

というのは、天田少年曰くであり。しかし、我々はその前リーダーほどのキャパシティは、あいにくなことに持っていないようで。
仕方なく、俺たちは、のさばる野良シャドウたちを蹴散らしながら、ひたすら見知らぬ階段を駆け上る事を余儀なく強いられた。

「あ、しばらくは雑魚ばっかりだと思うんで、順平さんたちのチームのサポートに努めていてもらって構いませんよ」

このように、ナビゲーターである、山岸さんへの気配りも忘れぬ天田は、あろうことか、たった今救出へ向かっている我が妹と、同い年だというのだ。
いつまで経っても、幼さの拭いきれない我が妹と比較して、なんと出来た子どもだろう。

「僕は、親が早いうちに死んでしまって、早いうちから、親戚の家に居候をしていますし……
 それに、僕の在籍している学年でも、子どもだなと思う子は沢山いますよ。
 妹さんでなく、僕が特異なんです。御気になさらないでください」

俺がそのような意味合いの言葉を述べれば、こうして、俺たち兄妹を計らっての言葉も述べてくれるというのだから。まったく、何と言うべきか。爪の垢を煎じて飲ませたいとは、こういうことを言うのか。
妹が、特別周囲の周囲の児童たちと比べて劣っているとは思わないが、正直、こうした上回る例を目の当たりにしちまうと、悲しくなるね。

さて、天田の話はこれくらいにしておくとして。
たびたびシャッフルされる通路を、山岸さんのナビゲーションを頼りに掻い潜りながら、混沌の固まりの如き塔を上って行く。
山岸さん曰く、現在俺たちが居るのは地上二十四階。あたりをうろつくシャドウどものレベルも上がってきているらしく、俺たちは徐々に苦戦しつつあった。

「そもそも、中層って何階あたりからなんだ」と、朝倉に訊ねると、

「さあ。中層っていうからには、全階層を三つに分けて、その真ん中あたりじゃない?」などという返答が帰ってきた。

マジか。一体この塔が何階まであるかは見当も付かないが、外観から察するに、百階くらいでは利かないだろう。つまり、俺たちがいるのはまだまだ下層ということか。また、えらく難儀なところに迷い込んじまったな、妹よ。
しかし、ここよりまだ上の階層に居るってことは、当然、徘徊するシャドウのランクも更に上なのだろう。
頼りになるのはペルソナのみ。あいつのペルソナが強いというのは分かっているが、それでもやはり心配は心配だ。



94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:47:11.90


『もしかしたら、どこかに隠れているのかもしれません。下手に動かれちゃうと、また別の階層に行っちゃう可能性もあるから、一箇所にいてくれたほうが、探しやすいんですけど……
 ユノの力で、皆さんがいるフロア内にいるかどうかまでなら、探知できますから、とりあえず、しばらく進んでみてください。あ、それと……長門さんからの連絡が入った場合は、追って伝えますので』

零時計を見ると、現時刻は四十分。あと二十分で、また一日を飛び越しちまうわけだ。
長門。できれば、今度はもう少し、細かい居場所を教えてくれると嬉しいんだが。

「キョンさん、階段見つけました。進みますか?」

と、山岸さんから受け取った通信機に、分散行動を取っていた天田からメッセージが届く。
次は、二十五階か。
実は、俺が一番心配なのは、妹を見つけるまでに、俺がへばっちまわないかって事なんだよな。



………

『あ……えっと、零時です。長門さんからの、新しいメモが届きました』

しばし、戦闘に没頭していた俺たちの頭の中に、山岸さんの、囁くような声が響き渡る。

『えっと、本棟組、部室棟組、ともに連絡です。キョン君の妹さんの現在地は、本棟地上三十四階だそうです。ただ、そのあたりの空間が不安定なので、急がないとまた移動してしまうかも……』

現在、俺たちは二十九階。飛ばせばなんとか間に合いそうだな。
それと同時に、俺は、まだ妹が無事でいてくれている事に安堵する。

『それから部室棟組、現在三十五階ですが、ゆかりちゃんとアイギスは、本棟に移動しているそうです。多分、空間の歪に巻き込まれてしまったんだと思います。
 二人は本棟の地上二十三階に居ます……一箇所に留まっているみたいです。……あっ、ゆかりちゃんたちと通信出来るかもしれません。すみません、一度通信を切ります!』

それきり、山岸さんの声は、聞こえなくなった。伊織たちは、随分好調に進んでたようだな。まあ、俺たちは、もたついてたおかげで、妹のいる階層をすっ飛ばしてしまわずに済んだわけだから、結果オーライというところか。



95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:48:20.11

その後、山岸さんからの連絡は特に無く、十五分ほどの時間を掛け、俺たちは三十四階へたどり着いた。階段を上り終えると同時に、山岸さんからの通信が来る。

『あっ、着きました、三十四階ですね。……探知できます、そのフロアに、妹さんがいます。ただ、通信は出来そうにないです……
 恐らく、どこか一箇所に留まっていると思います。フロア内の空間は安定していますから、今のうちに探し出してください』

存在は探知できても、居場所はわからないのか。支援系ペルソナの能力ってのは詳しく知らないが、なかなか面倒なもののようだな。

「きっとどこかに隠れてるのね。手っ取り早く、呼んで探そ。妹ちゃーん? 助けに来たわよー!」

「妹さん、どこですかー!」

二人に倣い、恐らく二人には耳に馴染みのないものであろう、妹の本名を呼んでやる。三人の声が、タルタロスの冷たい空気を震わせる。
それから一瞬間を置いて、

「キョンくーん! 涼子ちゃーん!」

と、聴き慣れた甲高い声が、いくつかの壁を隔てた先から聞こえた。

「妹ちゃん! 今行くわ、待ってて」

朝倉が返事をし、駆け出す。妹の声色からして、どうやら無事らしい。よかった。と、俺は胸を撫で下ろし、天田と共に、朝倉の後を追った。

「キョンくーんっ!」

何度目かの角を曲がった時。向かいの突き当りから、こちらへ駆けてくる妹の姿が目に入った。

「無事だったか、よかった……怪我とかしてないか?」

胸に飛び込んできた、妹の頭を撫でてやりながら、訊ねる。
てっきり、怯えてしまっているかと思ったが、とんでもない、元気いっぱいのようだ。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃったけど、途中であった妖精さんが元気にしてくれたの」



96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:49:24.26

妖精。これまた聴きなれない言葉が、妹の口から飛び出す。またなにやらの専門用語か。心当たりはないか、と、天田の顔を見ると、自分も知らないといった風に首を横に振った。

「死神ならうろついてましたけど、妖精なんて知らないです」

「ピンクで空飛ぶ妖精さんなんだよ。お金があれば回復してくれるって言うから、お家から持ってきたお小遣いで治してもらったの。ちょっと足りないけど、特別にって。それに、アイスもくれたんだよ」

ピンクで空を飛び、金と引き換えに回復をしてくれて、アイスを振舞う妖精さんとな。
……ダメだ、想像できん。
ま、とにかく無事でよかった。まったく、俺の妹とは思えん逞しさだな、お前は。

「そっちのお兄さんは、キョンくんのお友達?」

「はい。天田乾って言います。お兄さんの協力者、ですかね」

声に振り返ると、我が妹が天田君の顔を見上げ、小首をかしげていた。妹よ、驚け、その少年はお前と同い年だ。

『あっ、よかった、合流できたんですね?』

降り注ぐ、山岸さんの声。

「はい、無事合流できました……えーっと、俺たち、この後、どうしましょうか?」

『私のペルソナで、皆さんを中庭まで帰還させられます』

なんとハイテクな。

「一度戻るのがいいでしょうね。私たちも、いい加減疲れてきてるし」

妹の頭を撫でながら、朝倉が言う。反対する理由もないな。



97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:51:13.77


「じゃあ、お願いしま―――」

『あれ、何だろう、これ。……あっ、空間が急激に歪んで……み、皆さん、そこから離れてください!』

「へっ?」

俺の言葉を遮るように、山岸さんからの声が、急かすようなものになる。
何事かと、考えた、その瞬間。

……俺の足元が、不意に崩れ落ちた。

「お兄さんっ!?」

天田が咄嗟に手を伸ばすが、わずかに遅く……
俺の体は、崩れ落ちた地面の下に広がっていた、闇の中へ落ちていった。



………

『じゅ、順平君、聞こえますか?』

救出対象である二人と、連絡を取るという通信を最後に、しばらく途絶えていた風花の声が、不意に、古泉たちの脳内に届いた。声色から察するに、ひどく慌てている様子だ。

「あ、ああ、どうした? ゆかりっち達と通信できたのかよ?」

『はい、できました。それで……ゆかりちゃん達のいる階層に、強力なシャドウが出現してます! 二人とも、それにつかまってしまったみたいで……』

「マジかよ! もしかして、満月シャドウか!?」



98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:52:26.96


『はい、恐らく……エスケープロードで助けようとしたんだけど、そのシャドウの力なのか、上手くいかないの』

となると、古泉たちが駆けつけるしかない。しかし、風花の力で、中庭へ帰還した後で、本棟の二十三階を目指す……その間、持ちこたえていてくれるだろうか。
……そうだ、それなら。と、古泉は、風花に声を投げる。

「山岸さん、聞こえますか。古泉です」

『あ、はい』

「先ほど、僕を、中庭まで案内していただいたように、僕らのいる場所から、そのお二人のところへ、直接向かうことは不可能でしょうか」

『えっと、探知してみます……はい、出来ます! でも、すみません、あんまり余裕がないです、急いでください! その廊下の突き当りを右に、その後、直進してください!』

一瞬、古泉と伊織は、顔を見合わせ、風花の言葉の通りの方角へ駆け出す。コロマルもまた、状況を理解したらしく、二人のすぐ後ろについて来た。
その後、風花のナビゲートに従い、幾度かの壁抜けを繰り返すうちに、周囲の風景が僅かに変わる。

「新校舎の内装です、本棟に着いたようですね」

『はい、そこは本棟二十二階です。急いでください、ゆかりちゃんたち、何とか持ちこたえてますが、相手の相性が、最悪なんです!』

「オッケー、任せろ!」

幸いなことに、階段は目の前にあった。辺りに転がっている掃除用具を蹴飛ばしながら、古泉と伊織、コロマルは、数段飛ばしで階段を駆け上がる。

「ゆかりっち、アイちゃん、無事かっ!」

階段を上りきると、目の前に引き戸が立ちはだかっていた。それを音を立てて開け放ちながら、伊織が叫ぶ。現れた、ドアの向こう側の光景に、古泉は見覚えがあった。
立ち並ぶ机、散らかったパソコンと、その周辺機器。そこは、SOS団の部室の二つ隣の、コンピュータ研究部の部室だ。その部屋の中央に、無数のコードによって作られた台の上に結び付けられた、赤黒い肌の、人型のシャドウの姿がある。。
そして、そのシャドウと対峙しているのは……白い衣装に身を包んだ、金髪の女性の姿。



99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:53:17.32


「アイギス!」

その名前を、伊織が叫ぶ。すると、金髪の女性……アイギスがこちらを振り返り、緊迫した表情を僅かに緩めた。

「すみません、順平さん」

「ゆかりっちはどしたっ?」

「こっちよ……」

弱弱しい声に振り返ると、壁に背中を預け、辛そうに体を折る、桃色のカーディガンを羽織った、女性の姿があった

「コロマル、ゆかりっちに、メディカルパウダー!」

「ワン!」

疾風の如く素早い動作で、コロマルがゆかりに駆け寄り、体に括りつけられた荷物の中から、器用に薬品の缶を取り出した。

「ごめん、ありがとう」

体を起こしたゆかりが、コロマルの頭をひと撫でし、立ち上がり、シャドウの方へ体を向ける。

「何だこいつ、見たことねえな」

「アンタが、サボってた時のやつよ……最悪よ、こいつ、電撃の攻撃しかしてこない」

「うわ、そりゃゆかりっちにはキツイわな……しゃーねえ、やんぞ、コロマル、古泉!」

ワン。と、伊織の声に応えるように、コロマルが一つ吠えた。



100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:54:53.91


「アイちゃん、ゆかりっちと休んでな、俺らが引き受ける!」

「いえ、私も戦います。チューインソウルを頂けますか?」

「オッケー、ほらよっ」

伊織が、ポケットから取り出した、ガムのような形状の薬を、アイギスに投げ渡す。
その直後、シャドウが体を震わせ、吼えた。体に巻きついた無数のコードが、電流によって唸り、シャドウの体が戦慄く。

「うおっ、来んぞ!」

「ワオーン!」

攻撃の気配を感じた古泉たちが、身を竦ませると同時に、コロマルがさんが声を上げた。そして、口にくわえた、小さな手鏡のようなものを、空中へと放り投げる。次の瞬間、手鏡は光を発して、シャドウと古泉たちの間に、障壁を作り出した。
間を置かずして、シャドウが吼え、その全身から、電流が迸る。

「うおっ、スゲエなおい!」

伊織が声を上げる。電流は、障壁によって遮られたため、古泉たちににダメージはない。が、障壁に弾き返された電流が、室内を飛び交い、あたりを破壊する様から、その威力が強大であることが分かる。

「行け、ウェルギリウス!」

ひとしきり電流を発した後、シャドウは、体をぐったりとさせ、再び、周囲のコードを介し、電力を貯め始める。その体表に向けて、古泉は矢の雨を放った。矢が音を立てながら着弾すると同時に、シャドウはわずかに身を震わせた。

「トリスメギストス!」

「ワオーン!!」

続けて、伊織が召喚器で頭を打ち抜き、コロマルが吼える。二人の体から、それぞれのペルソナが放たれ、シャドウの体に、集中攻撃を仕掛けた。



101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:56:05.23

伊織のペルソナの刃が、シャドウのむき出しの体表に食らいつき、同時に、巨大な火柱が、シャドウの体を包み込むように立ち上った。しかし、いずれも致命傷には至らないようだ。

「決め手に欠けんな」

伊織が舌を鳴らす。その内にも、シャドウは再び電力を集め始めている。

「させるか……これでどうだっ!」

伊織のペルソナが、再び空中を滑空し、刃を閃かせる。その照準は、シャドウの足元の、コードの束に定められていた。ブチブチと音を立てながら、シャドウに電力を供給していた生命線が寸断されてゆく。
視認できる限り、すべてのコードが断たれ、シャドウの体に流れ込んでいた電力が途切れた。二度、三度、シャドウが体を震わせる。

「よっし、これでじっくり……」

順平が、改めて、ペルソナを構えようとした瞬間。シャドウが、項垂れていた頭部を、ぐわ。と持ち上げた。

「なっ……」

すると、シャドウの頭皮にあたる部分から、新たなコードの束が放たれ、それらの先端が、辺りの電子機器へと食らいついたではないか。
張り巡らされた新たな電力補給経路は、生物の血管がそうするように脈動しながら、シャドウの体に、エネルギーを流し込んでゆく。
そして直後、再び、シャドウの体から電流が放たれ、室内を駆け巡った。

「うぐっ!」

「きゃあっ!」

電流の弾ける音の中を、うめき声が飛び交う。全身を鞭で打たれたような衝撃を受け、古泉はその場に蹲った。

「やりやがったな、ちくしょうっ……」

伊織がペルソナを構える。が、電流のダメージが残存した体では、すぐに攻撃を放つことはできないようだ。



102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 21:58:50.63


「召喚シークエンス、『オルフェウス』!」

シャドウの攻撃が止んだ直後、声を放ったのは、アイギスだった。その体から、青い光と共に、竪琴を携えた、男性型のペルソナが現れる。
ペルソナが、竪琴の弦に手を当てた瞬間、わずかに青みがかった光が、古泉たちの体を包み込んだ。

「大丈夫でありますか、皆さん」

緊張感に欠ける、ゆっくりとした動作で、アイギスが古泉たちを見回す。
青い光が消え去ると、古泉の体に刻み込まれていた宿命的な痛みは、すっかり消え去っていた。

「サンキュー、アイギス……行くぜ、もう一発!」

と、礼の言葉をながら、伊織が起き上がる。そして、再び、シャドウに向け、ペルソナを放った。
風を切る音を立てながら、三度、刃がシャドウを襲う―――が、しかし。
刃が迫った瞬間、シャドウは再び、頭を揺さぶり、頭皮からコードの束を繰り出し、迫り来る伊織のペルソナに向け、鞭のように放った。
剣閃は、コードの束に阻まれ、シャドウの体表へは届かない。

「くそ、しつけーなっ!」

帽子の鍔を指で直しながら、伊織が苛立ちの言葉を発する。
と、その時。

「……めんどくせーであります」

アイギスが、小声でそう呟いたのを、古泉は聞き逃さなかった。
一瞬、視線を向けると、アイギスは、どこから取り出したのか、青く輝く、一枚のカードを手に持っていた。
そのカードが、空中へ放たれる。
キィン。と言うような、甲高い音が聞こえ、直後、アイギスの全身から、ペルソナの光が噴き出し始める。



103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:00:10.41


「アイちゃん? うわ、ちょ、それは」

「ペルソナチェンジ完了……『メタトロン』!」

アイギスの声に呼応し、その体から、先ほどのペルソナとは違う……背に翼を携えた、天使のような姿の、巨大なペルソナが現れた。ペルソナが両腕を持ち上げると、充電中のシャドウの眼前の空間に、光の球体が発生する。

「伏せろ古泉!」

と、伊織の声がした直後。


「メギドラオンであります」


大音量の爆音と共に、閃光と、体が吹き飛ばされてしまいそうになるほどの衝撃波が、古泉を、真正面から襲った。

「いてててっ!」

閃光の向こうで、伊織の声がする。その直後、古泉ののアゴを何かが蹴り上げた。
痛い。恐らく、そこらに転がっていたパソコンの部品か何かが、飛んできたのだろう。
光の中で、わずかに目を開けると、グオオオオ。と、地響きのような声を上げながら、シャドウの体が散り散りになってゆく姿が見えた。

爆発は、時間にして、ほんの五秒間ほどの出来事だった、にも関わらず、古泉は、とてつもなく長い時間が過ぎたように感じた。
やがて、爆風は収まり、後には、シャドウの電撃と、今の爆発とで、もはや原型を止めぬ程に散らかりつくした風景のみが残った。

「……アイギス、あんたね」

壁際で身を屈めていた岳羽ゆかりが、何かしらがぶつかったのだろう、右腕をさすりながら、部屋の中央に立つアイギスに声を向ける。
キュルル。と、音を立てながら首を回し、辺りの風景と、古泉たちの姿を見回すアイギス。



104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:01:25.45


「あ、アイちゃんさ。メギドラオンは、一言言ってからって、約束したよな、前」

「すみません、つい」

そう言って、無表情のまま、自分の頭をコツリと叩くアイギス。
……個性的なキャラというのは、どこにでも居るもののようだ。
やれやれ。古泉は心中でそう呟き、頭を横に振る。

「つかアイちゃんさ、俺らが来なくても、余裕だったんじゃね?」

「SP切れでありましたので」

「……アイギス、なんか若干昔に戻ってない? 性格とか……」

と、勝利の後の語らいを始める、月光館組。
そこに、風花の声が降り注いできた。

『あっ、繋がりました! えっと……敵は、完全に沈黙ですね。すみません、こっちの電波が悪くって』

風花の通信手段とは、電波だったのか。

「ええ、なんとかなりました。お二人とも合流できましたよ」

古泉が返答すると、風花の声は、すこし安心したようだった。
と、そこで気がつき、古泉は、

「申し遅れました、古泉一樹と申します」

と、この度、晴れて合流を果たした、二人へと微笑みかけた。



105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:03:41.86


「これはこれは。私は、アイギスと申します」

「へ? あ、どうも、岳羽ゆかりです……えっと、何、どういう展開になってんの?」

古泉の自己紹介に、アイギスはマイペースに、ゆかりは及び腰に、それぞれ応えを返して来た。

『あ、そうか、二人は知らないんだよね』

と、風花はすこし、考えるように間を置いた後、

『とりあえず、皆さんを中庭に帰還させますので……詳しい話は、そこでします。一箇所に集まってください』

風花の言うとおり、古泉たちが一箇所に集まると、やがて、頭上に光の輪のような物が現れた。
それが回転し、徐々に大きくなりながら、四人と一匹の体を包み込む。一瞬の浮遊感の後、目を開けると、古泉たちはもう、中庭の中央に立っていた。

「お帰りなさい。よかった、無事だったんだね、二人とも」

「風花さん、ご心配をかけました」

駆け寄ってきた風花と、アイギスが言葉を交わす。中庭には、古泉らの他に、朝倉に天田、そして彼の妹の姿があった。―――彼自身は、まだタルタロスの中なのだろうか。

「あ、そうだ……いきなりなんですけど、キョン君たちのほうが、またよくないことになってて」

と、古泉の胸中を見透かしたように、風花が口を開いた。



………



106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:04:54.26


―――床が、冷たい。

体温の低下によって、俺の意識は、眠りの底から、現実へと引き戻された。
えーっと……俺は、今、どういう状況に置かれているんだっけ? 一瞬、考えがまとまらず、混乱するが、程なくして、俺は自分が、突然現れた落とし穴に飲み込まれたのだということを思い出した。
俺が寝そべっていたのは、赤色の壁に四方を囲まれた、通路の真ん中だった。
恐らくタルタロスの内部なのだろう。しかし、今までのフロアと違い、内装に、北高を髣髴とさせるような点が見当たらないのが気になった。
一体俺はどこまで落ちてきてしまったのだろうか。
体を起こし、辺りを見回すと、少し離れた場所に、零時計が転がっていた。とりあえず、紛失物はないようだ。不幸中の幸いと言うべきだろうか。

「……山岸さーん?」

だめもとで、虚空に向かって、かわいらしいナビゲーターの名前を呼んでみる。しかし、当然返答はない。―――なんとなく、この見るからに特殊な空間は、そういったものが通用しないんだろうなとは思っていたさ。

立ち上がった俺は、ぼーっとしている気にもならず、シャドウの気配に注意しながら、通路を進む事にした。これまでのフロア以上に冷たい空気が、保温性の低いブレザー越しに、肌を甚振る。
まったく、妹が見つかったと思ったら、今度は俺が行方不明か。つくづく、安心することを許されない血筋なのか、俺たちは。

とにかく、この不可解なエリアを抜け出し、なんとかして、山岸さんと連絡の取れる区域を目指さなければ。
と、丁字路に差し掛かり、俺がどちらへ進んだものかと、首をひねった時だった。

しゅるしゅる。

……あまり耳に覚えのない、だというのに、何故か不吉な印象を齎す音が、俺の背後から聞こえた。
嫌な予感がする。振り返ってはいけない気がする。
―――このまままっすぐ走って逃げようか。いや、追いつかれてしまうのがオチか。

時間が経つのがやけにゆっくりに感じる。恐る恐る、俺は背後を振り返った。

そこにいたのは―――蛇だった。
二体の巨大な白い蛇が、空中でおどろおどろしく絡み合い、俺の背後の空間を、浮遊していたのだ。



107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:07:07.36


「くそっ、やっぱりか!」

これまでに見たことのないフォルムのシャドウだ。しかも、ここが一体、階層で言えばどのあたりなのか分からない、つまり、敵の強さは未知である。
だが、この距離で顔をつき合わせて、先制攻撃をしないわけにはいくまい。俺はダンテを繰り出し、閃光を帯びた羽ペンの先で、蛇の浮遊している空間を薙ぎ払った。
が。……これはどういう事だろうか。
ダンテの放った剣閃は、蛇にダメージを与えることなく、まるでその体に吸い込まれるかのように吸収されてしまったではないか。

「マジかよ」

キシャアアア。などという声を上げそうな勢いで、蛇が体をのた打たせ、吼える。……とっさに、俺がその場から飛び退いたのは、ファインプレーと言っても良いだろう。
次の瞬間、さきほどまで俺の立っていた床を焦がしながら、巨大な炎の塔が噴出してきたのだ。
―――マジかよ。心中で、先ほど口走った言葉を復唱する。
炎の向こうで、蛇がまた新たに攻撃を繰り出そうと、体を震わせている。
付きあいきれるか。俺は、見なかったことにする。とでもばかりに、蛇に背を向け、そのまま一目散に走り出した。しかし、俺が逃げ出したことに気づいた白い蛇は、空中を泳ぐようにして、俺を追いかけてくる。しかも、速い。
追いつかれる。と、背筋に寒い物を感じた瞬間―――俺は、何かにぶつかり、後方へと弾き飛ばされ、尻餅をついてしまった。

「痛って……!?」

壁にぶつかった感じとは違う。一体何ごとかと視界を凝らした俺は、一瞬、目の前の光景が信じられず、我が目を疑った。

女の子である。
西洋の血が流れているのか、白い肌と、短いプラチナブロンドを持ち、青いドレスに身を包み、分厚い本を小脇に抱えた、下手すれば俺よりも年下に見える少女が立っていたのだ。

「あぶなっ」

何故、こんなところに女の子がいるのか。兎にも角にも、俺は目の前の少女に向かって、早く逃げろと叫ぼうとした。が、舌が上手く回らない。
少女は、そんな俺の気が急くのをなだめるかのように、俺を見下ろし、一瞬、ニコリと、極上の微笑みを作った。そして、視線を俺の後方……せまり来る蛇へと移し、左手に持った、分厚い本を開き、そこからカードらしき紙切れを一枚取り出した。

「ドロー、ペルソナカード」



108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:09:03.94


凛とした声。
ペルソナ。―――ああ、またこの単語だ。


「メギドラオンでございます」


……一瞬の出来事だった。
耳が壊れんばかりの爆音と、体が吹き飛ばされそうなほどの爆風が、俺を追い越すように、赤い空間を走り抜けて行く。
次に振り返った時、そこに、白い蛇の姿は無かった。跡形すらも残されてはいない。

「お迎えに上がりました」

呆然と虚空を見つめる俺に、再び、少女の透き通った声が掛かる。
向き直ると、少女は先ほどと同じ、天使になりかけたような微笑とともに、いまだ尻餅をついた体制の俺に、手袋に包まれた手を差し出していた。
思わず、一目惚れを引き起こしそうなシチュエーションだ。

何がなにやら分からぬままに、その手に触れる。
暖かい。


「我が主人が、あなたを呼んでいらっしゃいます。あなたを、ベルベットルームへお連れいたします」





………



109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:11:01.16


「どうぞ、こちらへ」

少女は、カードを納めた書物を閉じると、天使のような笑顔を崩さぬまま、俺の手を引いて歩き始めた。成すがまま。とでも言わんばかりに、俺は無言で、その幼い背中を見失わぬよう、歩みを進める。
迷路のように入り組んだ赤い回廊を、少女は迷わずに進んで行き、途中で、いくつかの下り階段を降りた。

「あの、ここは」

「タルタロスの地下、深層『モナド』と呼ばれるエリアでございます」

滑り気を帯びた階段を降りながら、少女は、俺を振り返らずに言う。
何と言うことだ。俺は三十四階から、一気に地下まで落ちてきちまったってのか。

「ご無礼をお許しください。あなたをこちらへと導いたのは、私の意志でございます。本来ならば、私のほうから伺うべきででしたが、なにぶん、地上は空間が不安定ですので」

そういえば、先ほどからしばらくここにいるが、どこぞの道の作りが突如変化したり、壁が出現していたりといった、超常現象を目の当たりにした覚えがない。地上のタルタロスと違い、地下は空間とやらが安定しているのか。

「到着いたしました」

ふと、少女の歩みが止まる。見ると、突き当たりの壁に、これまでに見たものとは風体の異なる、青い片開きのドアが立っていた。

「ようこそ、ベルベットルームへ」

少女が俺を振り返り、変わらぬ笑顔を浮かべながら、青いドアのノブをつかむ。ガチャリ。と、乾いた音と共に、ドアが開かれる。
その瞬間、ドアの向こうから光があふれ出し、俺は思わず目を閉じた。



………



110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:12:05.39


「ようこそ、ベルベットルームへ」

今しがた、少女の口から発せられたのと同じ言葉が、俺の耳に届く。
彼女の声とは違う。皺がれた、老人のような声だ。
早鐘を打つ心臓に抗うようにして、ゆっくりと瞼を開く。

先ほどまでの真紅の光景と相反するかのような、あらゆる面を濃い青色で染められた部屋だった。規則的に並べられた窓。壁の本棚。なにやら、食器類のおかれた小さな机。窓際に一人佇む、無人の椅子。
インディゴブルーのオブジェと化しているため判りにくいが、その一つ一つの形状には見覚えがあった。

「部室……」

思わず、その言葉が口を突いて出る。
そこは、青に侵食された、SOS団の部室だった。俺はその部屋の中央、団長席の向かいに置かれた椅子に腰をかけている。
そして、俺の目の前。団長席に腰をかけて、俺を見つめている、どこか奇妙な風貌の老人。

「おや、お気づきに為られましたか。失礼、私どもも、お客人にとって神聖なる場所を踏み荒らすような真似はしたくありませんでしたが」

虫眼鏡のような瞳で俺を見つめながら、老人がいやらしく笑う。どこか不気味で、悪魔的で、しかし、何かしら頼もしさを感じさせるような、奇妙な男だった。

「何しろこの度のこの異界は、特別不安定な時空上に存在しております。我々が留まれるほど安定した空間を探したところ、こちらのお部屋しか見つからなかったのです。
 おそらく、この影時間を作り出している力の持ち主が、とても不安定な精神の持ち主であるからなのでしょう」

男はひとしきり喋った後

「これは申し送れました。私はこのベルベットルームの主、イゴールと申します。そして彼女は」

「エリザベスとお呼びください」

声に振り向くと、男の腰をかけたデスクの横に、先刻のプラチナ・ガールが立ち、俺に向けて、例の笑顔を浮かべていた。



111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:13:50.24


「ベルベットルームは、ペルソナを使う者達の道しるべにございます。あなたは、半年振りの、私たちのお客様でございます」

ペルソナ。
当然のごとく零れだす、その言葉。

「あなたは以前のお客様同様に、非常に特殊な能力をお持ちのようだ。中庸であり可変たる、『ワイルド』の力の持ち主……そして」

老人が一瞬声を止める。

「……あなたにはとても強力な『コミュ』、絆の力を感じますな。今までに例のない……あなたの絆の先にいるのは、『世界』の力の持ち主だ」

「ま、待ってくれ」

張本人である俺を無視して、男……イゴールと名乗った老人の話は、どんどん見知らぬ方向へ流れて行く。
コミュ。それに世界。どちらも、俺には耳に覚えのない単語だ。

「何だ、その、世界とかっていうのは」

「今はまだ、わからなくとも良いのです。いずれ時が来れば、わかるでしょう。あなたの中に感じますからな。『世界』のアルカナを持つ、とても強力なペルソナを……」

そう言って、イゴール老人は、くつくつと喉の奥を鳴らした。

「さて……あまりお時間を取らせてしまうのも何でしょう。この度お越しいただいたのは、私どものご挨拶のためですので。あるいは、またいずれお会いするときが来るかもしれません。
 よろしいですか。あなたの中には、まだ無数に、また、あるいは無限に、あらゆる姿の自分自身が存在しています。それらは時が来れば、あなたの前に姿を現すでしょう。大切なことは、受け入れることです」

「主ともども、あなた様の行く末をお祈りしております」

少女……エリザベスが微笑み、左手をすっと差し上げる。



112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:14:51.41


「上へ参ります」

その言葉と同時に。青い床が音を立て、俺達を含む四角い空間が、上昇を始めた。

「ご安心を、あなたをお仲間方の下へとお返し致します。では、またお会いする機会に恵まれるまで、さらばですな」

「まもなく、地上でございます」

突如、頭上から降り注ぎ始めた光に、俺は天井を見上げる。見慣れたSOS団部室の天井が、見慣れぬ色の光を発し、まるでからくりか何かのように、真ん中から左右に分かれ、開いて行く。
その隙間から射す、まばゆい光に、俺は再び、瞼を閉じることを強いられた。



………

気がつくと、俺が腰をかけていたはずの椅子は跡形もなく消え去り―――俺は、あの中庭の中央に立っていた。

「あっ、キョンくん!」

直後、聞きなれた声が俺の愛称を呼ぶ。振り返ると、満面の笑顔を浮かべながら、こちらへ駆けてくる我が妹の姿があった。
その後ろに、朝倉と天田。それに、別行動していた古泉たちと、山岸さん。更に、見覚えのない女性二人の姿があった。古泉たちは、首尾よく事を済ませたようだな。

「大丈夫でしたか。突然姿をなくしてしまわれたそうですが」」

「ああ、まあな。戻ってくるのにちょっと手間取ったが、問題ない」

「あなたが一人で、よく戻ってこれたわね」

朝倉、痛いところを突いてくれるな。事実、あの白い蛇のシャドウに出会い頭に殺されかけもしたのだから、反論のしようがない。



113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:17:41.34


「あ、ゆかりちゃん、アイギス。この人が、さっき話した……えっと、キョンさん。彼女達が、私たちの残りの仲間です」

「私、岳羽ゆかり」

「アイギスと申します」

山岸さんに仲介されて、新たに合流した二人の少女と挨拶を交わす。アイギスと名乗ったほうの女性が、どこか奇妙な体つきをしている気がするが、とりあえずは気にしないでおくとしよう。
こちらが挨拶を返しつつ、名前を名乗ろうとすると

「よろしく、キョン君」

「よろしくお願いします、キョンさん」

……もはや、他人に本名を呼ばれる機会など、一生訪れないのかもしれない。
お手上げ侍であります。



………


俺が、あの不思議空間へ連行されていた間。古泉と伊織、そして、アイギスさんたちの働きによって、一体のシャドウが退治されたという。
彼ら曰く、ボスシャドウの総数は十三体。俺達が戦ったものたちと、中庭を襲った巨人とを合わせて、現在のところ、六体まで倒したことになる。まだ半分も行っとらんのか。
で、次は。

「長門さんからの連絡待ちよ。もうすぐ、また日付が変わるわ」

腕時計を見ながら、朝倉が言う。何かおかしい。俺達が妹を救出したのが、確か零分を過ぎてすぐの事だったはずだ。
それからモナドへ落ち、あの部屋を訪れ……そんなうちに、もう一時間も経ってしまったというのか。



114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:20:03.67


「……キョンさん」

「はい?」

不意に話しかけてきたのは、意外な事に、先ほど挨拶をしたばかりの、金髪の少女・アイギスさんであった。……先ほども感じたものだが。この人の体を近くで見ると(いや、別にいやらしい意味じゃないぞ)、やはり、ところどころに違和感を感じる。
彼女は、しばらく俺の顔を、無表情のまま見つめた後で、

「あの部屋へいかれましたか?」と訊ねてきた。

その言葉に、俺が何かを返す前に、

「そうでありますか」

彼女はなにやら、納得をしたらしく、勝手にうなずき、ふい。と、別の方向を向いてしまった。あの部屋。このタイミングでその名前を出すということは、やはり、あの青い部屋のことだろう。
アイギスさんはというと、俺から離れた後、中庭の隅へと歩いてゆき、そこで壁を見つめたまま、じっと何やらを考えているようだ。……やっぱり不思議な人だ。

「これは半分、長門さんへのメッセージとしてだけど、ある程度戦力が揃ったんだから、ここからは分担して、順番に休憩を取ったほうが良いわね。
 安定してるらしいこの領域内でなら、数時間前の誰かさんみたいに、うたた寝したおかげで、散り散りにされちゃったりしないでしょうし」

さっくり。朝倉の辛らつな言葉の暴力が、俺のわき腹をずきりとさせる。お前だってスヤスヤ眠ってたくせに。
などと言っているうちに、時間が過ぎたのだろう。いつの間にか、朝倉の手の中には、新しいメモが収められていた。

「……これはちょっとしたスペクタクルね」

「おや、どのような?」

専売特許を取られた古泉が、一瞬、緊張した表情となり、朝倉の次の言葉を催促する。そういう俺も、何かしら嫌な予感はしていた。あの朝倉をもってして、スペクタクルなどと言わしめる事象とは、一体どのようなことか。
できるならば、俺達にとって良い方向へと傾いた事柄であると嬉しいのだが。
しかし、次に朝倉が口を開いた瞬間。俺の淡い期待は、容易く八つ裂きにされてしまった。



115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2014/12/31(水) 22:21:25.17


「これは、私たち側の問題で、山岸さんたちには伝わりにくいかもしれないけど。一応、みんなの前で発表しておくわね」

朝倉は、一呼吸を挟んで、


「涼宮ハルヒが、もとの時空から消失したわ」


オーケイ、よく分かった。
―――つまり、この世界に神も仏もいないと言う訳だ。





つづく



キョン「ペルソナ!」 アイギス「FESであります!」【後編】に続く



元スレ:キョン「ペルソナ!」 アイギス「FESであります!」
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