キョン「ペルソナ!」 アイギス「FESであります!」【前編】の続き



120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:00:03.23


「これは、私たち側の問題で、山岸さんたちには伝わりにくいかもしれないけど。一応、みんなの前で発表しておくわね」

朝倉は、一呼吸を挟んで、


「涼宮ハルヒが、もとの時空から消失したわ」


オーケイ、よく分かった。
―――つまり、この世界に神も仏もいないと言う訳だ。


「スズミヤって……古泉が言ってた、例の……この影時間の原因とかっていう?」

古泉からどういった説明を受けたかは知らないが、どうやら伊織は、涼宮ハルヒという存在について、多少の知識があるようだ。

「えっと……どういうこと? それって、あなた達の仲間なの?」

岳羽さんの質疑を受け、俺はちらりと古泉を見る。俺の視線に気づいた古泉は、

「もとより異能力者同士出逢った身です。この際、隠す必要もないでしょう。それに、この影時間が発生している、原因でもあるのですから。お話しますよ。できるだけ手短にね」

そんなわけで。影時間の中庭を舞台に、古泉の語りが始まった。
内容は、涼宮ハルヒという存在の、その破天荒な性質と、それによって発生したと推測される、この影時間を生み出している、エネルギーについて。
そして、涼宮ハルヒを取り巻く、古泉や朝倉、パトロンたる長門、そして、何故だか振り回される運命にある、この俺の役どころなど。古泉は、一通りの事の顛末を僅か十分ほどで語り終えた。久々の新鮮な反応がお気に召したのか、いやに楽しそうに。

「えっと……つまり、その涼宮さんは、自覚を持たない神様で、その人が作り出した、新しいエネルギーのせいで、この影時間が発生してる、っていうこと……かな?」

山岸さんが上手に情報をかいつまみ、復唱してくれる。



121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:02:03.93


「ええ。最初は、影時間に適正を持つ人間は、ごく一部でした。そのごく一部の例が、あなた方、月光館学園の方々や、彼などです。ですが、日を追うごとに、一般人の中にも、適正者が、増えてきているといいます。
 丁度、彼の妹さんなどが、その例に該当しますね。尤も、彼女の場合は必然であった、という気もしますが」

話に上がった妹はというと、長い話に飽きたのか、いつの間にか、先ほどと変わらぬ位置で硬直している、アイギスさんの足元で、興味深そうに彼女の姿を見上げていた。ところで、アイギスさんは一体何をしているんだろう。

「なるほど……このままだと、そこら中の人が、僕らのように、影時間に適正を持つようになってしまう、と」

腕を組みながら、天田が言う。

「はい。そして、どうやらこのタルタロスへと足を踏み入れた者は、例外なく、この影時間の檻の中に閉じ込められてしまう様です」

「なにそれ……月高のより、よっぽどタチ悪くない?」

「お待たせしました。合体完了であります」

不意に、フリーズ状態から復帰したアイギスさんがやってくる。右手に、どこかで見た事のあるような、見覚えのあるカードを手にしている。

「ああ、アイギス……って、あんた、今の話全部スルーしてたの?」

「すみません、なかなか、魅了ブースタが消せなかったもので。ですが、精鋭を揃えました。準備万端であります」

俺達には理解不能な次元の会話が交わされる中、俺は朝倉に声を掛ける。

「で……ハルヒが消失したってのは、どういうことなんだ」

「それを説明しようと思ったら、古泉君が語り始めたんじゃない」

と、古泉を睨みつける朝倉と、失礼しました。とばかりに、頭を下げる古泉。
前々からなんとなく感じていたが、この二人は、相性があまりよくないようだな。



122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:04:38.71


「まさか、ここに来たって事か」

俺は、考えうる可能性の中で、もっとも大事に発展しそうな事案を、恐る恐る提唱してみる。

「そのケースが一番厄介ね。まあ、私にしてみれば、さっさと自分のしでかしたことの大きさを理解させて、情報を改変させるのも、悪くない手段だと思うけど、革新を嫌う古泉君や長門さんにとっては、避けたい展開なんでしょ?
 でも、残念なことに、その可能性が一番高いわ。彼女は昨日……私たちの時間でいうと、一時間前になるかしら。零時丁度に、長門さんたちのいる時空から消滅。その瞬間から、閉鎖空間も発生しなくなったらしいわ」

マジか。話を聞く限り、確定的じゃないか。
もし、前のように、新世界を創ろうとしてるというのなら、古泉たちの機関はそれを察知できるはずだ。しかし、それも確認されていない。となれば、残る行き先は、影時間の檻の中のみだ。

「でもね。涼宮さんが、私たちと同じように、このタルタロスにやってきたなら、一時間の間に、何らかのアプローチがあってもいいはずでしょ? 彼女が、こんな世界を垣間見て、冷静でいるわけがないじゃない。
 きっと、ペルソナに目覚めて、ついに不思議を見つけたってはしゃぎまわってるか、子どもみたいに怯えてるかのどっちかよ。
 そして、そのどちらの場合にせよ、私たちにも感知できる、情報爆発が起きるはず。彼女の力が発動することによって、ね」

「前者なら、おそらく、涼宮さんのペルソナ能力は強大なものでしょう。山岸さんや朝倉さんが、その存在を、タルタロス内に感知できるはずです。後者の場合、彼女が助けを求めたなら、僕らが彼女のもとへ導かれるか、彼女がこの中庭へやってきているはずです」

「じゃあ、あいつはどこにいるってんだ」

「可能性は、一つよ。この世界は、そもそも涼宮さんの精神が産み出したエネルギーによって発生しているもの……彼女はこの世界を訪れたのでなく、この世界に飲み込まれた。
 ……メカニズムとしては、閉鎖空間と似たようなものよ。彼女の精神が産み出した、これまでとは違う形の異世界。その異世界は、徐々に現実の世界を侵食している。適正者を増加させるという形でね」

つまるところ、この影時間もまた、あのハルヒの鬱憤の表れだというのか。

「少し違うわ。おそらく、この世界は、涼宮ハルヒの持つ力が、彼女の許容量を超えたことによって産み出された世界。言うならば、涼宮ハルヒの精神の暴走によって生まれた世界」

すまん、もう少し分かりやすく。

「つまり。この世界は……そうですね。涼宮さんの持つ能力というものを、ペルソナに例えて考えていただけたら、分かりやすいかと思います」古泉が、再び語り始めた。



123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:05:59.94


「良いですか? 涼宮さんの元には、どんな願い事も叶えてくれるペルソナが付いていました。
 涼宮さんが不機嫌ならば、閉鎖空間を作り出すことで彼女の機嫌を晴らし、彼女が宇宙人、未来人、超能力者を求めれば、その要望に応じた存在を集め、彼女を満足させていました。
 そうした超常現象を発生させるうちに、彼女のペルソナは、その力を増していきます―――ペルソナは、使うごとに強さを増して行く。皆さんも、自覚があるでしょう?」

古泉の問いかけに、頷く面々。
俺にはいまいちピンと来ない話だったが、とりあえずは何も言わずに、古泉の次の言葉を待った。

「その結果、涼宮さんのペルソナは、涼宮さんの支配を上回る力を身につけてしまったのです。力は有り余っている、しかし、涼宮さんの願望を実現させるだけでは、その力を発散しきれない。
 その結果、生まれたのが―――影時間。そして、このタルタロスと、そこに巣食うシャドウの群れ。更に、涼宮さんに似て、貪欲な彼女のペルソナは、涼宮さんに近しい人から順に、自分の生み出した世界の中へと引きずり込んでゆく……」

「迷惑な話ね。飼い犬が飼い主に似るようなものかしら」

朝倉がため息をつく。
なるほど。思考力に恵まれているとは言えない俺にも、古泉や朝倉の言いたいことが、分かってきた。

「しかし、それだけには飽き足らず。涼宮さんのペルソナは、涼宮さん自身をも、巻き込み始めたのです。自らの力が産み出した、タルタロスの檻の中へと。
 彼女の精神そのものを取り込めば、彼女のペルソナは、更に強い力を手にすることができる。あるいは、世界そのものを、影時間へと変えてしまうほどの力を……この部分は、僕の憶測ですがね」

沈黙する、一同。

「……つまり、私たちには、時間がないってこと」

声を発したのは、朝倉だった。長門から届いたメモへと視線を移し、

「連絡は、涼宮ハルヒの消失だけじゃないわ。次のシャドウの情報。影時間発生から四十分後、北高第一体育館に、恐らく二体。古泉君が延々しゃべってくれたおかげで、あと二十五分しかないわよ」

「え、体育館……ですかっ?」

は。と、山岸さんが、甲高い声を上げる。



124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:08:00.65


「えっと……あ、探知できます。最短で、二十分で到着できます……ただ、シャドウの妨害を受けた場合は、未知数です。……レベル重視で行くしかない、かな」

「はい、お呼びでありますか」

「ちょっとは自重しろよ……」

アイギスさん、岳羽さんの順で、声を発する。

「えっと、アイギスと、キョン君」

「俺ですか?」

山岸さんの点呼に反抗し、俺は声を上げた。いや、抗うってわけじゃないが、レベル順というからには、戦闘能力の高い者順ということだろう。その括りの中で、ペルソナ経験の浅い俺が任命される理由が分からない。何故に?

「え、だって……あの、ハングドマンを倒したペルソナのレベルは、かなり高いと思うんですが……」

山岸さんが言う。あの磔の巨人を一瞬で消し去ってしまった、タトゥーのペルソナのことであろう。……ああ、確かにあいつは強いだろうな。しかし、俺にはペルソナを召喚し分ける能力などは、備わっていないわけなのだが……

「あとは……後衛は、ゆかりちゃんと……あの、誰か、後方支援に長けている方、いらっしゃいますか?」

「では、僕が行きましょう。こうしている間にも時間は過ぎて行きます」

名乗りを上げたのは、古泉だった。一瞬、両手に花、と考えた俺の期待は、妖怪ニヤケスマイルによって打ち砕かれてしまった。ちくしょう。

「じゃあ、その四人でお願いします。まず、本棟……昇降口から塔内へ、西側へ進んでください」

どうやら不満を言っている余裕はないらしい。
俺と、古泉と、岳羽さんと、アイギスさん。
視線を交わし、俺達は同時に駆け出した。



125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:10:03.68




………

「あれ?」

ふと、自分の周囲を見回し、俺は間抜けな声を上げてしまった。

新たなパーティーを組み直し、体育館を目指し始めてから、十数分ほどが経っただろうか。
アイギス(彼女いわく、「さんづけは、こそばゆいであります」との事なので、呼び捨てで失礼する)の戦闘力は高く、もはや兵器の域であったし、岳羽さんと古泉の、絶妙な後方支援もあって、戦線は好調。
懸念されていた、ザコシャドウの妨害などなんのその、山岸さんのナビゲートに従い、俺たちはガンガン進軍していた。問題があるとすれば、精神力を補うガム状の薬の味がひどかった事くらいだ。慣れるとクセになるらしいが。
と、そんなさなかで、なぜ俺が疑問符を浮かべたのかというと―――

「む……ゆかりさんと古泉さんの姿がありません」

ほんの少し遅れて、俺と肩を並べていたアイギスも、気がついたらしい。
攻撃方法の性質上、俺たちは大きく分けて、前衛と後衛に分かれていた。攻撃を発するのに時間を要する、古泉と岳羽さんは後衛で、瞬間的に攻撃を放てる、俺とアイギスが前衛。
なので、基本的に、戦闘中、俺は古泉と岳羽さんのほうを振り向かなかった。それはアイギスも同様だったらしい。
で、ふと、戦闘を終え、二人に声を掛けようとしたら、そこには誰もいない。

「はぐれちまったのか? また、空間の歪に巻き込まれた、とかで」

「いえ、それならば、風花さんが気がつくはずです」

と、そこでもう一つ、気づく。山岸さんからの通信が、途絶えているのだ。

「……山岸さん?」

空中に向かって呼びかけてみる。が、反応はない。何もない空間に、俺の声が響くだけだった。



126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:12:00.50


「どちらかというと、私たちのほうが、迷子になったのかもしれません」

と、アイギス。

「二人を探すか?」

「はい。せめて、風花さんと連絡の取れる場所を探しま―――」

と、アイギスが言いかけた時。
ドン。と、地響きのような音が、あたりの空間を震わせた。かなり至近距離で発せられた音だ。

「この感じ……まさか、シャドウか」

音のした方向に目をやると、廊下の突きあたりに、鉄製の引き戸が見えた。音が聞こえてきたのは、その中からのようだ。

「センサーに反応アリ。使徒、襲来であります」

「って、おい!」

素っ頓狂な言葉を発しながら、アイギスは、迷う素振りもみせず、突き当たりに向かって駆け出した。俺たち二人だけで戦うつもりなのか。山岸さんのナビだって届いてないっていうのに。
と、アイギスは立ち止まり、キュルル。と音を立てながら、俺を振り返る。

「キョンさんは、そこで待っていてくださっても、問題はありません」

なんだと。
温厚な俺でも、そう言われると、少しばかりカチンと来る。言葉の主が、同年代の女子とくれば、効果は倍増だ。
よし、やってやろうじゃねえか。俺の中で、影時間内で、微妙に培われてきた、闘争心のようなものが首をもたげる。
俺は何も言わず、アイギスの背に追いつく為、廊下を駆けた。それを見受け、アイギスもまた、前方へと向き直り、走り始める。
鉄の引き戸の前までたどり着き、アイギスそれを開け放った。―――さて、何が出るか。



127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:14:28.19

まず、真っ先に目に入ったのは、甚大なメタボリック症候群を患った、でっぷりとしたシャドウの姿だった。
白い修道服のようなものに包まれたデカい腹を、だらしなく投げ出し、椅子に腰をかけた、牧歌的な容姿。
そして、次に、室内の様子が目に入る。あたりに散らばった、マットやら、バスケットボールやら……そこは以前、俺たちが休息を取るのに利用した、体育の用具倉庫だった。よく見りゃ、シャドウの尻の下の椅子は、跳び箱だ。

「敵、補足。戦闘モードに移行します」

ロボットアニメの観過ぎじゃないか、この金髪少女は。などと余計なことを考えながら、俺もまた、戦闘モード突入だ。

「ダンテ、来い!」

「先制攻撃を仕掛けます。召喚シークエンス、『オーディン』」

俺の体から、ダンテが放たれ、柄モノを抜きながら、シャドウへと接近する。
僅かに遅れて、アイギスも、ペルソナを召喚した。槍を手にした、青黒い肌の、人型のペルソナだ。

「切り裂け!」

俺が叫ぶのと同時に、ダンテが、十八番である、閃光を発しながらの薙ぎ払いを放つ。
羽ペンの先端が、シャドウの体表にくい込む―――入った。
と、思いきや。

ぶよん。

「おわっ!」

一瞬、強烈な反発力に襲われ、ダンテは後方へと弾き飛ばされてしまう―――おい馬鹿、俺が放ったのは斬撃だぞ。ハート様だって、斬撃は跳ね返さねーよ。

「物理攻撃は無効。記憶しました」

淡々と言葉を発しながら、続いて、アイギスのペルソナが動く。青黒い腕が、空を切ると、シャドウの頭上が発光した。



128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:16:01.57


「うおっ!?」

その光量に、思わず声を上げる俺。
そして、次の瞬間、ドデカい破壊音が、俺の鼓膜を乱暴に殴りつけた―――この音は、アレだ。落雷の音だ。
確か、天田のペルソナも、電撃を放っていたが、威力が桁違いだ。食らったら、多分死ぬ。少なくとも、俺なら死ぬ。
では、シャドウのやつはどうだろうか―――と、視線をシャドウに向けた、その時。

パキィン。

何やら、気持ちの良い音がした。同時に、用具倉庫内を、電流が飛び交い、あちらこちらを焦がす。

「何だっ!?」

「すみません、反射されました」

「マジか!?」

唸りを上げて舞い踊る電流が、俺の体に直撃しなかったのは、軽い奇跡だ。跳ね返された電撃を放った張本人であるアイギスは、怯む様子さえ見せず、シャドウを見据えている。こいつの中には動揺という概念はないのか。

「―――」

電流が止んだ頃、ここまで、俺たちに気づいていないのではないかというほど、沈黙と静止を守っていたシャドウが、ようやく動きを見せた。
膝の上に置いていた両手を掲げ、何事かを叫ぶシャドウ。すると、バチバチという音を立てて、両手が光る―――まさか。

「電撃が来ます」

「またかよっ!?」

これはアレか、いわゆる、被せってやつか?



129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:18:05.73


「キョンさん、私の後ろに」

こちらを振り向き、ちょいちょい、と手を拱ねくアイギス。
後ろにっつっても、アイギスの小柄な体躯に隠れた所で、電流を免れる事など、可能なのだろうか。

「早く」

「ああもうっ!」

言われるがまま、アイギスの背後へと走る俺。直後に、シャドウの手の中から電流の帯が発せられ、再び、用具倉庫内に飛び散った。

「オーディン」

掛け声と共に、再び姿を現した、青黒い人型が、シャドウとアイギスの間に立ちふさがる。
すると、どうだろうか。放たれた電流が、まるで引き寄せられるかのように、アイギスのペルソナの体へと吸い込まれていってしまったではないか。

「すげっ……」

「戦闘を続行します。ペルソナチェンジ、『スカディ』」

唸る俺を尻目に、アイギスは何処かから、青いカードを取り出し、空中へ投げる。
直後に現れたのは、闇のように深い、黒い肌を持った、女性型のペルソナ。

「電撃には、氷結であります」

その法則に、物理学的な根拠はあるのだろうか。はたまた、ペルソナ使いとしての経験から来る推測なのか。
とにかく、女性型のペルソナが手を前に突き出す。すると、空気が凍りつく、ピキピキという細やかな音と共に、シャドウの体の下から、巨大な氷柱がせり上がってきた。
メキメキメキ。と、シャドウの体が、氷の柱によって持ち上げられる。
物理的なダメージは無いようだが、その攻撃によって、シャドウの体表が凍りついた。今がチャンスだ。俺はアイギスの背中から離れ、ダンテを放つ。



130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:20:02.34


「貫け!」

凍りついたシャドウに狙いを定め、ダンテが羽ペンを叩き込む。
重い手応えと共に、その一撃が、シャドウの体へと食い込んだ。ベキ、と音を立て、凍った腹を横切るように、デカい亀裂が入る。

「もう一声であります」

ペルソナを解除したアイギスが、俺を鼓舞する。言われるまでもなく、俺はシャドウの体に減り込んだ羽ペンを抜き、中段に構え直した。

「ぶっ叩け!」

シャドウの腹に向けて、羽ペンを振り抜く。直撃の瞬間、銅鑼をぶっ叩いたようなが鳴り響き、シャドウの巨体は、先ほどの亀裂を境目に、上下に分かれた。
凍ったまま、黒い霧へと変わってゆくシャドウの体。

「敵、殲滅であります」

キュインキュイン。と、手首を鳴らしながら、アイギスが呟いた。……えらくあっさりだったな。と、俺は、僅かな違和感を覚える。
それにしても……アイギス、すげえ。俺なんぞの手には負えないレベルのペルソナを、次々と使い分ける。これがワイルドという能力の、真の強さなのか。

「あまり見つめられると、照れるであります」

と、アイギスは、俺の視線に気づく―――様子も、こちらに顔を向ける動作もなく、シャドウの居た空間を見つめながら、ノーモーションでそう呟いた。

「ああ、すまん……守ってくれて、ありがとな」

「お気になさらず。私は、盾ですので」

頼もしいセリフをと共に、ようやくこちらを向くアイギス。……やはり無表情だが。
と、ここで俺は、先程、シャドウと出会った瞬間から、気になっていたことを口にしてみた。



131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:22:04.43


「アイギス。長門のメモには、シャドウは二体同時に来るって書いてなかったか?」

「はい、そう記憶しております」

俺の記憶が確かなら、アイギスは、中庭での朝倉や古泉の話を、全く聞いていなかったんだがな。

「もう一体を探しましょう。それに、ゆかりさんや、古泉さんのことも心配です」

無言で頷き、俺は入口を振り返る。
……あれ? 俺、この倉庫に入ってきてから、ドアを閉めたっけ?
ついさっきの記憶を辿ろうとする俺を無視し、アイギスが引き戸を開く……すると、そこは。

「あれ? なんで体育館に出るんだ」

俺たちが出たのは、広々とした、人気のない体育館だった。
確か、この用具倉庫の引き戸は、長い廊下の突き当たりにあったはずだ。また、空間の歪というやつが発生したのだろうか。

「体育館。長門さんが指定した場所です。注意しましょう」

と、無表情で、アイギス。
見通しのいい空間に、俺たち以外の姿はないが、朝倉いわく、いつどこで出現してもおかしくないってのが、シャドウの特性らしいからな。
いつでもペルソナを召喚できるよう、意識を集中させながら、アイギスと共に、体育館の中央あたりまで歩みを進めたところで。
がら。と、音を立てて、校舎との連絡路へ繋がる引き戸が開いた。咄嗟に構えるが、現れたのは―――古泉と、岳羽さんだ。

「あ、いた、アイギス。それに、キョン君も!」

「よかった、ご無事でしたか」

俺たちの姿を視認すると、二人は急ぎ足で駆け寄ってきた。



132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:24:04.24


「お二人共、無事で何よりです」

アイギスが二人を迎え、散り散りになっていた四人は、結果的に、目的地で合流を果たした。

「古泉、さっき、一体は倒した。残りがどこかに潜んでるかもしれん」

と、俺の言葉を受けると、古泉は軽く目を見開き、

「でしたら、これで任務完了でしょうか。我々も今しがた、一体片付けてきたところです」

と、微笑みながら言った。
何だ、お互いを探しているうちに、両方片付いてしまったのか。

「拍子抜けだな。しかし、長門は体育館に出るっつってなかったか?」

「長門さんの予測とは言え、多少の誤差はあるんでしょう」

ま、それもそうか。何しろ、自分が認識できない世界のことを、外から解析してるわけだしな。
……あれ? 何か違和感を感じる。

「俺たち、このあとどうすりゃいいんだ?」

「そりゃ、シャドウが片付いたんだから、風花のエスケープロードで……あれ、風花は? アイギスたちをナビしてたんじゃなかったの?」

「いえ、お二人とはぐれてから、通信が途絶えております」

はて。と、古泉と岳羽さん、俺は顔を見合わせる。
もしかすると、また、空間が不安定で、ナビができないというやつだろうか?



133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:26:05.04


「……よくわからんが、この場所が悪いのかもしれんな。連絡をとれる場所に出るまで、歩いてみるか?」

「うわ、また歩くの……私、さっきのシャドウとの戦いで、まだ、痺れが取れてないんだけど……」

と、不満を漏らす岳羽さん。
体が痺れている。と、言えば、電撃だろうか。そういえば、俺たちが戦ったやつも、電撃を使うシャドウだったな。

「古泉、お前たちが戦ったのって、どんなやつだった?」

「そうですね……司教のような姿をしていました。電撃を使うので、厄介でしたよ」

「私たちも、電撃を使うシャドウと戦いました」

と、アイギスの言葉に、再び目を丸くする古泉。

「そいつ、えらくあっさり倒されなかったか?」

「……何で分かるの? キョン君」

こちらも、驚いた様子で、岳羽さんが俺を見る。
なにか不穏な予感がする。余りにも似ている、俺たちが戦った、それぞれのシャドウ。

「もしかして、そいつと、俺たちが戦ったシャドウは、同じやつじゃないか?」

「話を聞く限り、非常に似ていますね。あるいは、こうも考えられます。『一体のシャドウが、二体に別れ、同時に僕らを攻撃していた』と」

古泉が、人差し指を立てながら言う。
その仮説が正しければ……シャドウは、もう一体居る。
そして、この場所は、長門がシャドウ出現場所として指定していた、体育館。



134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:28:41.62


「……古泉、注意しろ」

突然はぐれた俺たち。それぞれに襲いかかった、同じ特性を持ち、あっけなく倒されたシャドウ。

「ええ……もしかすると、僕たちは、罠に掛かろうとしているのかもしれません」

ペルソナの光を僅かに発しながら、古泉が言う。

「罠って……そんなシャドウ、いたかな……あっ」

と、岳羽さんの言葉が、途中で途切れる。

「何か、居ましたか?」

振り返り、その視線の先を追うと……そこに、壁に取り付けられた姿見があった。
そこに写る、俺たち二人の姿―――二人?

「これは……」

俺と同様、姿見に視線を向けた古泉が、不審そうに呟く……古泉って、誰だっけ?
姿見に写っているのは、二人。一人は、言うまでもなく、俺。そして、もう一人は―――


「よかった……帰って、来れたんだね」

姿見に映ったもう一人が、呟く。


そこには、涼宮ハルヒが写っていた。



135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:30:01.94


「帰って、来れたんだね」

ハルヒが、もう一度、その言葉を口にする。
おかしいな。勝手にどこかに行っちまってたのは、お前のほうじゃないか。

違うか。
そうだ、思い出した。俺が勝手に、お前の前から消えちまってたんだな。

つまり、俺はあるべき場所へ帰ってこれたわけだ。
よかった、ハルヒ。お前にまた会えて。

「うん、私も嬉しい……ねえ、ずっと一緒にいられるよね?」

ハルヒが言う。いつもよりも口調が柔らかなことが、俺の欲望を増長させる。
今、ハルヒは、俺にしか見せない、内の内を見せてくれているのだ。

ああ、勿論さ。
言葉よりも何倍も、お互いの目つきが思考を伝え合う。

「……嬉しい」

言葉と共に、俺の胸に、軽い重みが伝わる。ハルヒが、俺に抱きついてきたのだ。
拒むわけも無く、それを受け入れる。背中に手を回す。
やわらかい。

「もう、どこにも行かないで」

分かってるさ。勝手に消えちまって、ごめんな。
ハルヒの僅かな重みを感じながら、俺の意識は薄れて――――



136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:32:01.36



―――ガシャン。

……瞬間。
遠いかなたへ飛びそうになった俺の意識を、無理矢理に現世へと呼び戻したのは、ガラスが砕けるような、痛烈な物音だった。

「え? ……えっ!?」

俺の胸の前で、誰かが声を上げる。その声が、誰のものか、一瞬分からない。
しかし、それが―――ハルヒの声でないという、その一点だけは判る。
俺はなぜ、さっきまで、ハルヒの声なんてのを聞いていたんだ?
……視線を腕の中に移し、ようやく、俺の置かれている状況を理解する。

俺の胸の中に、岳羽さんが居た。

「……きゃあっ!?」

直後に、嬌声を放ちながら、岳羽さんが俺の腕の中から脱出する。―――ああ、そうだよな。それ正しい反応だと思う。
しかし、一体何があって、俺の腕の中に岳羽さんの体があったというのか?

「はっ」

思考を巡らせる俺の耳に、続いて聞こえてきたのは、驚いたような、古泉の声。
振り向くと、そこには―――何たることか。アイギスを抱擁した古泉の姿があるではないか。

「てめ、おい、古泉!」

つい一瞬前まで、俺もまた、岳羽さんを抱きすくめていたという事実など忘れ、叫ぶ。
その声が決定的となったのか、空ろだった古泉の眼が、風船を割ったかのように、俺の見知った古泉のそれに戻った。



137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:34:05.28


「あっ……え、あ、すみません!」

古泉は、胸の中のアイギスを跳ね除けると同時に、

「えっ……な、何故、あなたが!?」

目の前に立つ、もう一人の人物に視線を向け、困惑の声を放つ。
俺は、その人物が誰なのか、一瞬理解できなかった。

「―――ペルソナ」

その人物が、燦然と言葉を発する―――その声を聞いて、ようやく俺は、そこに立つ人物の正体が分かった。
以前にも、幾度か聴いたことのある声。
古泉と俺、視線の先に居るのは―――

森園生、その人だった。


「来なさい、『ベッラ』」


俺たちの理解が追いつくのを待たず、森さんは、その華奢な肉体から、無数の髑髏柄の鎧を着込んだ、黒い肌の、女性型ペルソナを放った。
そのペルソナが、一閃。剣を振るったかのような、勇ましき音を発しながら、逞しい腕を振り上げ、握り拳を、体育館の壁、あの姿見へと叩き込む。
既に一撃が打ち込まれてあった姿見が、その鉄拳を受け、粉々に砕け散る。その瞬間、鏡の裏側から、黒い霧のようなものが吹き出し、体育館中を満たした。

「これは……こいつが、シャドウか!?」

やがて、黒い煙は、体育館のステージの上へと凝縮されていき、確かな輪郭を象り始めた。
端的に表現すると、巨大な立体型ハートマーク。おどろおどろしい、羽根のない翼が、体の両脇から飛び出している。



138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:36:02.19

今、俺たちが見ていた夢のようなものは、このシャドウの作り出した、幻惑というわけか。
ともかく、姿を現したからには―――

と、俺がペルソナを召喚しようとした時。それを手で制しながら、岳羽さんが一歩、シャドウに向かって歩み出た。
何を―――そう声を掛けようとして、俺は無言の背中から発せられる圧力に、敢無く黙り込んだ。

「また……やられるなんて……」

……岳羽さん?
そう、名前を呼ぶことすらも躊躇われる。俺同様、古泉もまた、言葉を発することが出来ずにいるようだ。

「許さない……こいつだけは……」

『怒り』だ。
彼女の背中から滲み出る感情の正体に気づき、俺は息を呑んだ。

「ペル」

二歩、三歩と、歩みを進めながら、ゆらりとを召喚器を頭に宛行う岳羽さん。
今のこの人に―――触れてはいけない。

「ソナ」

ガァン。と、召喚器が音を立てると同時に、岳羽さんの体から、ペルソナの光が、間欠泉のように溢れ出す。


「―――『イシス』っ!」


体育館に、嵐が吹き荒れた。



139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:38:03.42


「うわああああああっ!」

岳羽さんが咆哮すると同時に、巨大な翼を携えた女性型のペルソナが、彼女の頭上に現れ、天井を見上げ、翼を羽ばたかせた。
直後に、俺たちの体を、突風が襲う。

「うおっ!?」

思わず、転倒しかけた。立っていることすら難しいほどの風が、体育館中の大気を震わせ、室内のあちらこちらに、かまいたちが迸る。
轟々と音を立てながら、あたりの壁や床、天井までもが、岳羽さんの作り出した巨大な旋風に支配され、軋みを上げていた。
その風圧に、浮遊するシャドウの体が、少しづつ揺らぎ始める。

「……召喚シークエンス、『ノルン』」

風音に混じって、アイギスの声が聞こえてきた。岳羽さんの背後で、また新たなペルソナを召喚するアイギス。ふ、と、その視線が、俺と古泉を順番に指した。

「こちらへ」

そう言って、先ほどの電撃の時同様、俺たち二人を、自分の背後へと誘うアイギス。俺には、その表情が―――その瞳が、僅かに、悲哀に濡れているように感じられた。
一瞬、顔を見合わせた俺と古泉は、促されるがままに、アイギスの背後へ駆け寄る。すると、吹き荒れる風の圧力が、わずかに弱まった気がした。アイギスの、ペルソナの能力だろうか。

「―――」

負けじ。とばかりに、シャドウが翼を薙ぐと、そこから炎が放たれ、真っ直ぐに岳羽さんへと走る―――かのように、思えた。
しかし、実際に、放たれた炎は、もはや大気の要塞と化した、岳羽さんを覆う渦に薙ぎ払われ、霧散してく。

風圧は、まだ高まる。吹き荒れる暴風に、シャドウが飲み込まれるまで、そう時間はかからなかった。
シャドウの巨体が、風に流され、ステージの上から、体育館の天井まで流され、叩きつけられる。その際に生じたであろう轟音は、風の音にかき消され、耳には届かなかった。
天井に打ち付けられたシャドウは、新たに発生した気流に流され、今度はステージ前の床、岳羽さんの目の前へと、体を叩きつけられる。
木製の床にめり込むシャドウ。左側の翼が、中程からへし折れた。



140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:40:05.83

やがて、風は収まり始めた。岳羽さんのペルソナが、天を仰いでいた面を下げたのだ。
今にも吹き飛びそうになっていた体育館の天井から、破壊された照明や、鉄骨のようなものが、ドカドカ音を立てながら、床に落ちる。

「こいつ……だけは……」

岳羽さんは、まだペルソナを解除していない。再び、ペルソナが翼を羽ばたかせると、その巨大な翼から、無数の、桃色の矢が放たれ始めた。それらの照準を一手に集めているのは、床に落ちた、シャドウの巨体。
バタバタと、マシンガンが鳴らすような音が、風音の止んだ体育館中に響き渡る。

「お前……だけは……っ!」

岳羽さんが、うわ言のように、ぽつぽつと呟く。矢の嵐は、絶える事なく、シャドウの体表を襲い続ける。

「うっ……ううっ……」

震える背中から溢れ出しているのは……俺には、怒り、そして、哀しみであるように感じられた。
彼女の感情そのもののごとく、矢の嵐は、止まない。
もはや、シャドウの体表は、黒い銃痕にまみれ、体の端が黒い霧を吹き出し始めても。
彼女の感情は、止まることはなかった。

「……ゆかりさん」

シャドウの体が、残らず霧散した後。ペルソナを解除したアイギスが、岳羽さんの後ろへと歩み寄り―――怒りと、悲しみに震える、その体を、抱きしめた。

「……うあっ……うわあああああっ……うわあああっ」

やがて、ペルソナを解除した岳羽さんは、膝を折り、床に崩れ落ち……涙を流し始めた。
そこに寄り添う、アイギス。

……触れてはいけないものに、触れちまったんだな。
荒れ果てた体育館を見回し、俺は溜息をついた。―――今の二人に、俺や古泉がしてやれることなど、無いだろう。



141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:42:01.93




………

アイギスと岳羽さんが、落ち着くまでの間に、俺と古泉は、この体育館に現れた、もうひとつの異変と向き合った。

「あなたが、どうしてここに」

その質問を、隣の古泉の分もまとめて、現れた人物……森さんに向けて投げかける。
森さんは、お決まりとなったメイド服の裾をぱたぱたと叩きながら

「そうですね。言うならば、元の世界での仕事が、なくなってしまったので、加勢に参りました」

と、微笑みと共に答えた。
なるほど。ハルヒが姿を消した今、閉鎖空間は発生しない。となれば、神人狩りのために、機関の人間が時間を割かれる必要は無いわけだ。

「あなたも、長門さんの情報操作を受けられたのですか?」と、古泉が尋ねると

「いえ、私は『天然もの』です。影時間が発生し始めた、最初期からのね。彼と同じです」と、森さんは、俺へ視線を向けた。

なるほど。
しかし、ハルヒに近しい人物が、優先的に影時間への適正を得ているというなら、特にハルヒと近しい関係ではない森さんが、俺と同時期に適正を得ているというのは、いささか不思議な話だ。
……と、そこまで考え、ふと、体育館の中央で、身を寄せ合っている、二人のペルソナ使いの姿が目に入る。

「まさか、森さん。半年前の影時間からして、適正を持ってたんじゃないでしょうね」

「どうでしょうね」

どこから挑んでも食えなさそうな、鉄壁の笑顔で、答えをはぐらかされる。もう、その反応は、俺の疑問を、肯定しているようにしか見えないんですが。



142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:44:04.07


「すみません、キョンさん。もう大丈夫であります」

と、アイギスが立ち上がり、俺たちに声をかけた。傍らでは、岳羽さんも立ち上がっている。泣きはらした顔を隠すように、俯いた体勢で、だが。

「そちらの方は」

「申し後れました、古泉の上司の、森園生と申します。皆様のお力になるべく、参りました。皆様のことは存じ上げております、月光館学園の皆様でいらっしゃいますね?」

「あ、どうも……」

「よろしくお願いします、であります」

メイド的動作と語調で、森さんがぺこりと頭を下げる。それに応え、様に、二人のペルソナ少女も、頭を下げた。
準備の良い森さんは、既に事態の顛末を、長門あたりから聴いて来たのだろう。
彼女の登場は、俺達にとっても好都合だった。正直、そろそろ、端的なメモだけでなく、外の状況を判っている生身の人間に、状況を聞きたかったところだ。

『あっ――、聞こえますか、アイギス?』

「はい、聞こえています」

と、やおら空から降り注いで来たのは、山岸さんの声だ。

『ごめんなさい、体育館に近づくなり、皆さんの反応が途絶えてしまって……皆さん、ご無事ですか?』

「……はい、重傷者はおりませんが、少々精神攻撃を受けました」

『! ……もしかして、あの、ホテルの時のシャドウが……出たんですか?』

「はい。しかし、問題はありません、殲滅しました」



143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:48:00.59

アイギスは、何事もなかった、といった振る舞いでそう言った。
しかし、俺は、アイギスと岳羽さんには、しばらく休憩してもらったほうが良いと思う。が、彼女たちの問題に、俺が口を出す事はないだろうと、特に何も言わなかった。余計な口出しはしないに限る。俺の人生哲学だ。

『シャドウは倒せたんですね、よかった……あ、えっと……すみません、四人のほかに、そこに誰かいらっしゃいますか?』

「はい、おります。詳しい自己紹介は後ほど申し上げますが、私はあなたがたの味方です。ペルソナも持っています」

『本当ですか? あ、えっと、とにかく、今皆さんを中庭へと呼び戻しますんで、できるだけ一箇所に集まってもらえますか?』

言われたとおり、俺たち五人は体育館の中央にて、近しい地を踏みあう。

『集まりましたね? では……エスケープロード、発動します』

声と同時に、例の光の輪が、俺たち五人の頭上に現れ、一瞬にして視界を染めた。



………

中庭へ帰還した後。森さんが全員と挨拶を終えた時点で、時計の長針は零を通過していた。

「……向こうの状況は、あまり変わりないみたいね」

届いたメモに目を落としながら、朝倉がつまらなそうに言う。なかなかメモの内容を話さない朝倉に業を煮やし、俺は横からメモを奪い取った。


・森園生    → 協力せよ
・満月シャドウ → 三十分、職員室に。二体。




144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:50:03.83

……相変わらず、必要最低限の情報しか書かれていない。

「連荘かよ。ま、さっさと倒しきっちまうのに越したこた無いんだけどな」

はあ。と、でかいため息を吐きながら、伊織がぼやく。確かに、いい加減動き尽くめで疲れた来た気はする。アイギスのペルソナが有する、カデンツァとかいう魔法で、ある程度は誤魔化せる物の、やはり精神的にも支えが欲しくなるところだ。
と、そうだ。精神的にといえば。

「山岸さん、岳羽さんとアイギスなんですが」

「あ……はい、なんとなく、わかってます。しばらく休んでもらおうかと」

俺が事の顛末をどこから説明しようかと悩むのを遮って、山岸さんは肯いた。

「ただ、その分、キョン君にもう少し動いてもらうことになるかも……大丈夫ですか?」

ここでもう駄目です、などとはのたまえるはずが無い。
しかし、何故また俺が必要なのでしょうか?

「あ、それは……ワイルドの人がいると、ナビゲートがやりやすいんです。最近気が付いたんですけど」

なるほど。つまり、俺かアイギスのどちらかは、メンバーに入っていたほうが好都合というわけか。仕方ない、いささか気疲れしているのは否めないが、ここは俺ががんばるしかないようだ。

「次は、十分に休憩が済んでる、コロちゃんと、キョンくんの妹さんに行ってもらおうかと」

マジですか。思わず口からそう洩れそうになる。
いや、ペルソナ戦士である月光館学園組が認める、コロマル氏もまた、立派なファイターなのであるのはわかっている。それはいいとして。

「妹は、ちょっと……」

と、俺が渋ると、山岸さんは困ったように眉を顰めた。



145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:52:04.14


「そうですか……心配、ですよね」

無言で頷く、俺。
正直言って、シャドウとの戦いのさなかで、妹の身を確実守れるという保証はできない。自分の身を守るのが精一杯だ。

「大丈夫ですよ、お兄さん」

と、声を発したのは……天田だ。

「妹さん、僕と同い年なんでしょう? ペルソナを使って戦うには、十分ですよ。それに、彼女のペルソナの障壁は、純粋に戦力にもなりますし」

こまっしゃくれた物言い。温厚な俺も、少しばかりカチンと来た。

「何だ。戦力のためなら、妹も危険に晒せってのか?」

「妹さんはもう、身を守る手段も、戦う手段も持っている、と言いたいだけです」

「お前な―――」

「じゃあ、心配なら、僕も行きますよ」

お前が来たら何だって言うんだ―――と、言おうとして、俺はつい数時間前、自分が、天田と朝倉にリードされながら、ザコシャドウの群れを相手にヒーヒー言っていた事実を思い出す。

「お兄さんはご自分の身を守ることに専念してくださっていいですよ、もしもの時は、妹さんの身は、僕が引き受けますから」

「なっ―――」

「お、落ち着いてください、キョン君」と、困り顔の山岸さんが、俺と天田の間に身を擦り込ませてくる。



146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:54:04.07


「俺の妹の身を、お前みたいな子どもに任せられるかよ」

小柄な山岸さんを挟んだ向かい側に向けて、俺は言い放つ。
すると、天田もまた、カチンと来たらしい。子ども、というのがキーワードのようだ。子どもキャラは大抵、子どもであることにコンプレックスを持っているものだ。

「だったら、彼女の同行を許可してあげてくださいよ。お兄さん自らがお守りすればいいじゃないですか」

「だから、それが確実じゃねえから、連れていけないと言ってるんだろうが!」

「だから、それでしたら僕に任せてくださいよ! ちゃんとお守りしてみせますから!」

「だーかーら―――」

「はいはい、無限ループって怖いわね」

白熱してきた俺と天田の間に、今度は朝倉が割り込んで来た。その姿を視界に捉えただけで、俺はヒヤッとする。実際、ちょっと冷えた。

「あのね、あなた。まず、妹ちゃんは、誰かに守られなきゃいけないほど弱くないの」

と、まずは俺の方を向いて、朝倉は言った。

「朝倉、お前には聞いとらん。大体、お前は校庭でのことを見ていただろうが」

こいつは、二体のシャドウに迫られ、怯えていた妹の姿を見たはずだ。だったら―――

「あなたこそ忘れたの? 校庭で妹ちゃんが見せたペルソナを」

……言葉が出ない。
もう何時間前のことだか忘れたが、俺たちは、倒したと思っていたシャドウに奇襲をくらい―――覚醒した、妹のペルソナに助けられた。



147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:55:17.61


「見たでしょ、彼女のペルソナは、攻撃をそのまま、相手に返す。むしろ、今まで戦力に加えていなかったのがおかしいくらい、妹ちゃんは強いの。一人になった時だって、私たちが到着するまで、無事でいてくれたでしょ?」

「だから、戦力になるならなんでも利用するような姿勢が気に食わねえんだよ」

「あなた、現状を理解してる? 私たちの戦いは、世界をかけた戦いなのよ」

一本指を立て、言い放つ朝倉。

「あなたがシスコンなおかげで、その戦線に異常が発生したら困るの。はっきり言って、その場合、あなたは邪魔になるわ」

「なっ……」

「天田君、あなたも」

次に、朝倉は天田の方を向き、

「あなたが私たちと比べ物にならないくらいの経験を積んできたのは分かるし、それだけ、彼の未熟な精神が目に付くのは分かるけど、あんまり自分を過信しないの。どんなに強くても、やられる時はあっさりやられるのよ」

「む……」

めちゃくちゃ強いのに、消されるときはあっさり消された朝倉の言葉だ。そう考えると、深い。

「それに、二人共。本人の意向を全く汲もうとしないあたり、本当に子ども。どっちもね」

と、そこで気づく。俺たちから少し離れた場所で、言い争う俺達を、コロマルと共に、表情を翳らせながら見つめているのは、俺の妹だ。

「本人の意向?」

「妹ちゃんが、自分から、戦いたいって言ったのよ」



148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 18:58:28.33

俺が視線を向けると、妹は、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「あの、わたしも、キョンくんたちの力になりたいなって……今、ハルにゃんの力で、すごく困ってるっていうから……」

目を合わせないまま、そう言う妹。

「あのな、しかし、お前は……」

「それに、わたしだって、影時間から出たい……早く元の世界に戻って、みんなに会いたい」

そこまで言った後、妹は、俺と視線を合わせ、

「コロちゃんだって、乾くんだって、みんなのために戦ってるのに、わたしだけ、何もできないのは……やだよ」

と、いつもより低い声で、そう言った。
……そうか。思えば、こいつは、俺がこのタルタロスに捕らわれてしまったことが原因で、巻き込まれてしまったんだったな。

「……未熟な俺が言うのもなんだが、戦うのは、辛いぞ。痛いし、疲れるぞ」

「うん、しってる……それでもだよ」

「……そうか」

俺は今まで、相当身勝手な兄貴だったのかもしれない。

俺が守ろうとしていたのは、俺が勝手に思い浮かべた、か弱い妹という、偶像だった。
妹自身が何を思っているのかなど考えず、一方的に、助けるだの、守るだの……
これじゃ、俺は子どもだ。天田や妹よりも、ずっと。
妹を戦いに迎えるのには、俺にとって、正直、かなり勇気がいることだ。
だけど、妹は……俺が出そうか出すまいかとしている勇気より、ずっと大きな勇気を、幼い胸の中に芽生えさせていたのだ。



149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:00:03.44


「……わかった」

俺が、今、勇気を出さないで、どうする。
俺が、妹を信じないで、どうする。
目を見つめ、俺が頷くと、妹は、表情を和らげた。

「うん、わたし、頑張るから」

いつもの……とまではいかないが、明るい笑顔を見せる妹。
俺はそれを見届けた後、朝倉と、山岸さんを振り返った。

「すまん、迷惑をかけた」と、俺が頭を下げると、

「いえ……いいお兄さんに、なれるといいですね、キョンくん」

「大丈夫よ。妹ちゃんは、あなたとはいろいろな意味で、似てないもの」

二人は、一方は笑顔で、一方は余計な一言をつけて、反応を返して来た。
……よし。ネジの巻き直しと言わんばかりに、俺はポケットに突っ込んでいたチューインソウルを口に放り込む。うえ、まっず。

「行きましょう、山岸さん。メンツは、俺と妹、コロマルと……あとは?」

「僕ですよ、お兄さん」

「ホントに来る気か、お前」

「ええ、心配ですから。乗りかかった船です」

可愛くねえガキ。一時はよく出来たやつだと思ったが、ただ性格が弄れてるだけだ、こりゃ。



150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:02:02.69


「ワン!」

コロマル氏も、フルチャージであることをアピールするように、元気に吠えた。
少々、平均身長の低いパーティーだが、やってやろうじゃねえか。

「さて、それじゃあ、行ってもらおうかな。山岸さんにも少し休んでもらうから。ナビは私がやるわよ」

と、言ったのは朝倉。確かにお前も、最初の頃は、俺たちのナビをしてくれたが……山岸さんのナビゲートの正確さと比べると、正直、心細く思えてしまうぞ。

「馬鹿ね、ペルソナは成長するのよ。戦闘面だけじゃなく、サポート面の力だって上がってるわ」

なるほど。本人がそう自負するのなら、任せるとしよう。
仮に、いざ朝倉じゃ駄目だとなれば、その場で山岸さんに代わってもらうことも、無理ではないだろうし。

「頼むよ、暫定リーダー」

微笑む朝倉に背を押され、俺たちはタルタロス本棟を上り始めた。



………

『あ、そこの窓を……硝子部分に向かって飛び込んじゃって。ちょっと怖いかもしれないけど、消えちゃうから』

山岸さんのそれと比べても遜色がないくらい、朝倉のナビゲーションの精度も、かなり上がっていた。
ただ、山岸さんが、俺たちの恐怖心を煽らないよう、やんわりと伝えていてくれた事を、むき出しのハリセンボンを投げつけるように伝えてくるので、なんだ、精神力が摩耗してゆくのを感じる。
際限なく湧いてくるシャドウどもを、主に俺のダンテの体術、天田の放電、コロマルの炎でちぎってはなげ、ちぎってはなげ……
そうして、気づいたときには、職員室の扉の前へとたどり着いていた。



151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:04:01.58


『時間は、三十分を少し過ぎたところよ。今のところ、通信に異常はないよね?』

「はい、大丈夫です」

天田が、ありもしないイヤフォンを弄るような動作をしながらそう返答する。ドアの向こうに、シャドウが居るらしき気配はない。しかし、体育館の時のようなケースもあるので、慎重を心がけるに越した事は無い。
引き戸に手を当て、後ろの三人を振り返る。天田とコロマルは、神妙な顔つきで肯き、妹は、なにやらワクワクしたような笑顔を浮かべていた。メンタル強いな、我が妹よ。

「いくぞ」

ガラ。俺が腕を引くと同時に、そんなチープな音と友に、目の前が開ける―――

はずが。

「……なに、これ、机?」

現れた光景を前に、流石にぽかんとした様子で、妹が呟く。
ああ、見たところそのようだ。俺にとっても見慣れた、北高備え付けの机と椅子。それらが、まるで昔のどこかの映画で見たようなバリケードのように、無造作に積み上げられているのだ。そんなおかげで、部屋の中の様子などは判りもしない。

「……新手の、嫌がらせですかね」

嫌がらせか。同じ精神攻撃の一種でも、体育館のヤツらと比べて、えらく可愛いもんだな。同時に、よりいっそう理不尽な苛立ちを感じないでもないが。

「ダンテ!」

分厚いバリケードに向けて羽ペンを薙ぐ。一瞬、触れたら爆発でもしないかと心配したが、そういった事象は起きず、バリケードは容易く吹き飛んだ。何だったんだ、マジで。

そこらに散乱したバリケートの残骸(別名、机及び備え付けの椅子である)を蹴飛ばしながら、ずかずかと職員室内へと入っていく。
俺の目に映る限り、室内に、シャドウらしき姿は見当たらなかった。連中のトレンドは、姿を隠すことなのだろうか。
ペルソナを解除しないまま、俺は背後の三人に、それぞれペルソナを召喚するよう促す。言われるまでもなく、天田とコロマルは、既に体から、青い光を発し始めていた。



152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:06:02.12


「朝倉、シャドウの反応はあるか?」

と、小声で空中に問いかける―――が、反応がない。

「もしかすると、満月のシャドウの力に、妨害されているのかもしれませんね」

数度、朝倉に通信を試みたところで、天田が口を開いた。

「前の影時間の時も、こうだったのか?」

「いえ、以前は可能でした。満月の日は、風花さんが近くまで接近していましたし、今回と状況は少し違いますが」

と、頭を振ったあと、

「でも、僕が見たことのあるシャドウの中で、姿を隠すようなシャドウは、もう居ないはずです」

と、断言する天田。
経験豊富なペルソナ戦士がそこまで言うからには、今回のシャドウは、その事例に該当しない……つまり、天田の見たことのないシャドウなのだろうか。
朝倉のナビが有効なら、残されたシャドウの中で、その条件に見合うシャドウと、その特性を、月光館学園組にうかがうこともできるが、あいにく通信は滞っている。
残るは……

「コロマル、何かわからないか?」

「クゥン?」

ですよねー。
結局、今までどおり、いきあたりばったりだ。こんちくしょう。
……と、その時。
―――これは一種の奇跡と言っても良いだろう。俺がたまたま視線を向けていた、天井の一点に、とある変化が生じた。



153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:08:06.74


ぴき。

端的に表現すれば、亀裂だ。いびつな模様の欠かれたパネルが敷き詰められた天井に、突如、亀裂が入ったのだ。
まさか、バリケードを破った際の衝撃で、ヒビが入ったのか、いや、無いだろう。天井でなく、この部屋の床が抜けるほうがまだ話がわかる。

床が抜ける。
そうだ。床が抜けたら、下の階層の天井が抜けるわけだ。

「避けろ!」

俺が叫ぶとほぼ同時に、コンクリートの粉塵を空中に撒き散らしながら、巨大な白い兵器が、混沌とした職員室の中央に降臨した。

「うわっ!」

声を上げたのは、俺と天田が同時にだった。間一髪のところで、全員、降り注いだ兵器の総重量を、一身に背負う役目からは遁れられたようだ。
その代わりに、丁度その空間に転がっていた、バリケートの残骸たちは、金属部分はひしゃげ、木製の部分は見事なまでに粉々になりと、散々な有様だった。

「なにこれ、戦車!?」

妹が叫ぶ。その通り。俺達の眼前に現れたのは、一台の戦車だった。しかし、一介にそれと知られているものと比べると、いささか、サイズが小さいような気がする。
戦車は、我々の予想範囲をはるかに超えた、柔軟な動作で蠢き、カラカラと笑い声を上げ始めた。

「こいつですね……まずいな、僕が見たこと有る奴じゃないや……」

天田が小さく舌を鳴らし、そうぼやく。俺の推理は、どうやら当たってしまったらしい。俺を含めた四人の体から、同時にペルソナの光が発せられる。

「行け、ダンテ!」

先手必勝。俺は先陣を切り、ダンテを召喚した。



154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:10:01.86

見るからに屈強そうなシャドウの装甲に、閃光と共に、ダンテのペン先を叩き込む。
一瞬のインパクトの後、ジーンと、俺の腕に痺れが走る―――予想はしていたが、硬い。こっちの柄モノが刃こぼれを起こしそうだ。
シャドウは、ダメージを受けた様子などなく、砲身をあちらこちらに振り回しながら、カラカラと笑い続けている。

「援護します、カーラ・ネミ!」

天田の声と共に、その体から巨大なペルソナが出現し、両手に位置するパーツを、シャドウに向けた。電流が弾け、帯となり、放たれる。バチバチと音を立てながら、電撃がダンテを追い越し、シャドウを襲った。

「ワオーン!」

続けざまに、今度はコロマルが吠え、ペルソナを繰り出す。三つ首の犬の姿のペルソナ。三つあるうち、一つの頭の口から、炎の球が発せられ、一直線の軌道を描きながらシャドウの体を覆う。
しかし、二つの魔法攻撃を一身に浴びて、なお、シャドウは景気よく笑っていた。確か、戦車は、車と同じで、落雷を食らっても、内部にダメージはないと聞いた事がある。そういった原理が働いているのか?

「―――」

余裕たっぷりに笑い続けていたシャドウが、ようやくまともな攻撃を放った。一瞬、考え込むように、砲身を一点に向けたあと、その砲口から、紫がかった霧のようなものを噴射し始めたのだ。

「何だっ?」

勢いよく噴射された霧が、職員室中の空間を支配し始める。同時に、鼻をつく、悪臭。

「まずい、毒です!」

口元を押さえながら、天田が叫んだ。あれか、毒霧ってやつか。しかし、害毒性はムタの比じゃない。コロマルに至っては、鋭い嗅覚が災いし、バリケードの残骸にうもれて横たわっていた。
充満する紫の煙が目に染みるのを感じながら、俺は薄目で周囲を見渡す。まず、この霧を何とかせねば。

「だ、ダンテ!」

呼吸をこらえつつ、ダンテを放つ。向かう先は……屋外へ通じる、窓側の壁。
規則正しく並ぶ窓ガラスに向かって、ダンテは羽ペンを薙ぎ払った。



155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:12:02.65

一閃、爆発音にも似た破壊音と共に、十数枚ほどの窓ガラスが、一度に砕かれた。幸いなことに、外は風が強い。狭い空間を、空気が移動する音がして、タルタロスの外へと、毒霧を含んだ空気が零れだしてゆく。

「ぷはっ」

数秒後、もうある程度毒が薄まったと判断したのか、天田が足りない酸素を求めて、呼吸を再開した。
ほぼ同時に、俺と、妹も、すっかり欠損した酸素を補うために、あわてて横隔膜を動作させる。

「この野郎……ボッコボコにしてやる」

姑息な奇襲に加えて、姑息な攻撃手段をくらい、俺の温厚さは遥か彼方に飛んでいった。闘志がメラメラと湧いてくる。それに呼応するように、ダンテの羽ペンが閃光を放ち始めた。

「くらいやがれ!」

沸き立つ情念を吐き出すように叫ぶ。ダンテが一直線にシャドウへと接近し、たっぷり助走を付けての薙ぎ払いを、砲身部分に向けて叩き込んだ―――
と、思った瞬間。

スポン。

砲身が、土台ごとすっぽ抜けた。

「何っ!?」

標的を失い、敢無く空を切るペン先。
何が起きた―――職員室内に、何かが羽ばたくような音が響く。音を発しているのは、たった今、戦車からすっぽ抜けた、砲身だ。
白い仮面を被った、小人の様なシルエットが、砲身を抱え、まるでハチドリが飛ぶかのように、空中に浮遊しているのだ。

「分離した……!」

天田がそう告げると同時に、俺は状況を理解する。
そうだ、思い出した。職員室に出るシャドウは、『二体』だった。



156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:14:01.13

戦車の中から現れた、第二のシャドウは、うろたえる俺をあざ笑うかのように、空中でくるくると回った後、天田と妹が居る方向へとすっ飛んで行った。

「まずい、そっちに行ったぞ!」

そう叫ぶと共に、二人を振り返ると、天田がペルソナを召喚し、迫り来るシャドウに向け、電撃を放っていた。
発光と共に、不規則な光の帯が、砲身シャドウの小さな体に叩き込まれる。ダメージは通ったようだが、浅い。シャドウは僅かに身を竦ませた後、抱えた砲身の砲口を天田に向け、そこから、小粒な弾丸を放った。

「ラウレッタ!」

弾丸は、妹のペルソナが作り出した壁に着弾し、直後、似たような形のエネルギーとして、反射された。が、砲身シャドウは素早く空中を移動し、反射エネルギーの直撃を回避する。
俺もそちらへ加勢しようと、ダンテを構える―――と、それを遮るように、天田が一言、叫んだ。

「後ろです、お兄さん!」

言われるがまま、振り向くと―――あの戦車型のシャドウが、機体をウィリーのように持ち上げ、俺の体へと伸し掛かろうとしている、まさにその瞬間だった。

「うおっ!?」

咄嗟に飛び退く。直後、俺の立っていた空間に、シャドウの前輪が叩きつけられ、轟音が鳴り響いた。シャドウは、しくじった。とばかりにキャタピラを唸らせると、再び、前輪を持ち上げ、まるで直立するような体制で、俺の前に立ちふさがった。

「このヤロ……ダンテ!」

俺は、直立したシャドウの土手っ腹―――黄色い仮面がへばりついている―――に向けて、ダンテの剣閃を放つ。が、ガキイ、と、硬い音を立てながら、羽ペンは止められてしまう。
ちくしょう、斬ってもダメ、電流もダメ、こいつは、今の俺たちの編成と、相性が悪すぎる。
戦車は再び、全体重をかけて俺を叩き潰そうと、体を傾かせてくる。幸いなのは、攻撃がワンパターンな上、大振りなため、回避することは難しくないと言う事くらいだろうか。

「カーラ・ネミ!」

シャドウの伸し掛かりを回避し、天田たちのほうへ視線を飛ばすと、丁度、天田の繰り出した放電攻撃が、シャドウの脳天を打った所だった。
あちらは、まもなく片付きそうだ。まもなくコロマルも回復するだろう。戦車をどうにかするのは、その後……というのが、得策だろうか。



157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:16:01.45


「今度はっ!」

続けざまに電撃を放つ天田。シャドウもこればかりは回避できないらしい。何しろ光速だ。
放たれた一撃を、再び脳天に受け―――シャドウは、抱えた砲身を床に落とし、ブスブスと音を立てながら、やがて自らも地に落ちた。よし、まず一匹。残るは、こちらだ。

「天田、こっちを頼む!」

「はい―――」

と、俺の呼びかけに、天田と妹が駆け出した、その時だった。

「―――」

俺の目前で、戦車シャドウが、キャタピラを空回りさせ、声とも稼動音ともつかない、奇妙な音を発したのだ。何だ、次は何をしてくるつもりだ?
身構え、戦車の動向をうかがう……しかし、戦車は動かない。数秒静止したのち、また、何事もなかったかのように、体を持ち上げ、直立した。
……何か、嫌な予感が、俺の背筋を走った―――直後。

「わっ!?」

妹が、声を上げた。俺は、戦車の行動に注意をはらいつつ、声の下方向を振り返る。すると、そこに、あの砲身シャドウの姿があった。先ほど真っ黒に焦げた事を、忘れてしまったかのように、フルチャージで空中を浮遊している。

「復活した……!」

俺の近くまで接近していた天田が、たった今、自分が駆けてきた軌道を振り返りながら、呟く。
復活。まさか、この戦車が、復活させやがったのか。

「すみません、お兄さん!」

俺に一言をかけた後、再び砲身シャドウの方へと駆けてゆく天田。



158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:18:02.34

つまり、何だ。この戦車の方を先にぶっ倒さねばいかんというわけか。
策はないわけではない。こいつの装甲は、ダンテのペンでは貫けないが、一箇所だけ、弱点と呼べそうな点が思い当たるのだ。

「行くぞ、ダンテ」

砲身シャドウを天田と妹に任せ、俺は戦車シャドウと対峙した。
シャドウは懲りずに、俺に伸し掛かり攻撃を仕掛けてくる。いい加減、この部屋の床、抜けるんじゃないだろうか。サイドステップでそれを回避し、俺はダンテを放つ。狙うは、戦車が再び直立するまでの、この短い時間。
先ほど、砲身シャドウと分離した事で、ガラ空きとなった、もともと砲身があった部分。その一点を狙い、ダンテは羽ペンを逆手に構え、戦車シャドウの体表に飛び乗った。
シャドウの体が、狼狽えるように体を震わせる。思ったとおり、その部分には装甲がなく、くり抜いたように、シャドウの体内へと続いているようだった。逆手に握り締めた羽ペンを振り上げ、ペン先を突き立てる。
シャドウは、ギュルギュルと音を立てて、キャタピラを戦慄かせた後、ビクンと大きく体をのたうたせた後、やがて動力を失い、沈黙した。
よし、今度こそ、一体撃破。
動かなくなったシャドウの体から羽ペンを抜き、天田と妹のいる方へと視線を向けると、片膝を地に着け、ペルソナを召喚する、天田の姿が目に入った。

「おい、大丈夫か、天田!」

「平気です、少し消耗しているだけで……でも、まだ……」

話しながらも、ペルソナを解除せず、電撃を放ち続けようとする天田。しかし、精神力が尽きつつあるためか、電圧は下がりつつあるようだ。

「くっ」

「乾くん!」

ついに、天田のペルソナが解除された。砲身シャドウが、今がチャンスとばかりに飛び回る。しかし、攻撃を繰り出す様子はない。
……まさか。

ギュルルルル。

怪音が響き渡り、俺は戦車のシャドウが居た方へと向き直る。
元気いっぱいにキャタピラを唸らせ、立ち上がる戦車シャドウ。―――おい、どういう冗談だ。これは。



159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:20:01.14


「こいつら、お互いを……」

天田が、表情をこわばらせながら言う。―――ああ、そういうボスキャラって、よく居るよな。同時に倒さなきゃ、復活するやつらとか。ベホマ使う魔王とか。現実に遭遇すると、こんなにも面倒で、こんなにも厄介なのか。

同時に倒す。
それが答えか?
しかし、天田の精神力は尽きてしまった。俺は砲身シャドウの敏捷性についていける自信はないし、妹はカウンター専門だ。
残るは……

「ワン!」

俺の考えを遮るようにして、天田の傍らで横たわっていたコロマルが声を上げ、体を起こした。
そうだ、コロマルのペルソナなら―――俺の頭の中で、いくつかのパーツが、音を立てて組み立てられてゆく。
そうして浮かび上がったのは、この二体のシャドウを封殺するための、『包囲網』の図。

「……なんとかなるかもしれん」

俺が呟くと、砲身シャドウを挟んだ向こう側で、天田が不思議そうな顔をした。

「……コロマル、こっちへ!」

動き出した戦車シャドウに向き直りながら、俺がそう叫ぶと、コロマルが相槌を打つように、ひとつ吠えた。
素早い動きで、砲身シャドウの脇をすり抜け、俺のもとへ駆けてくるコロマル。それを目で追うように、砲身シャドウが、こちらへと向き直った。

「よし、やれ、コロマル!」

俺が叫ぶと同時に、コロマルは床を蹴り、ペルソナを召喚しながら、室内を飛び回り始めた。炎を纏ったコロマルのペルソナが、あたりの空間に炎を灯し始める。俺は肌にその熱を感じながら、前後に迫る二体のシャドウを足止めすべく、ダンテを召喚した。
問題は―――『包囲網』が完成するまで、俺がこいつらを、一手に担えるか、というところだ。



160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:22:00.71


「キョンくん!」

「悪い、天田を頼む!」

妹に、短くそう伝え、俺は二体のシャドウを交互に見た。直後、砲身のシャドウが、俺に向けて弾丸を放つ。同時に、戦車のシャドウが、俺を押しつぶそうと倒れ込んでくる。俺は窓際の方向へと飛び、二つの攻撃を回避する。
戦車は、障害物の多い室内で、よりによってキャタピラなんぞを履いているものだから、回避した俺をすぐには追撃できず、ギュルギュル言っている。砲身のほうは、すぐさま照準を俺に合わせ、またも射撃を試みようとしていた。

「ダンテ!」

両方のシャドウを視界の中に収め、俺は砲身シャドウに向けて、ダンテの刺突を見舞う。戦っているうちに、コイツの弱点もわかってきた。基本動き回っていて、素早いので攻撃が当たり難いが、射撃を放つ瞬間だけは動きが止まる。狙うは、そこだ。
攻撃を食らったシャドウは、砲身を床に残し、一直線に部屋の隅へと飛んでいった。

「ワオーン!」

と、そこに、コロマルが炎を吐きつける。バタバタと翼を羽ばたかせ、その場から飛び立つシャドウ。
しかし、移動した先にも、炎。
そう、コロマルの働きによって、もはや職員室内は、ちょっとした火災現場と呼んでいい様相を呈していた。

「ラウレッタ!」

妹のペルソナが、自分と天田の前に、炎を遮る、桃色の障壁を作り出す。

「キョンくんも、こっち!」

と、妹が叫ぶ。しかし、そういう訳にはいかない。俺には、時間稼ぎという役割があるのだ。
砲身シャドウは、取り落とした砲身を拾い上げようとしているが、炎に阻まれて上手く拾えないらしい。
その間に、俺は、ようやくこちらを向いた戦車シャドウと対峙した。
ようやく、伸し掛かり攻撃は効果がないと見たのか、今度は突進を仕掛けてくるつもりらしい。キャタピラを唸らせながら、助走をつけるように、僅かに後退する戦車シャドウ。
やがて、十分な助走を付け、炎の中、進撃してくる戦車。俺は闘牛の要領で、それを回避する。ドデカイ音を立てながら、壁に突っ込む戦車。



161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:24:04.46


「ワン!」

コロマルが一声鳴き、砲身シャドウが俺に迫っていることを伝えてくれた。ようやく拾い上げた砲身を俺に向け、弾丸を放つシャドウ。
ダンテが羽ペンを振るったが、わずかに遅く、弾丸はダンテの右肩へと着弾した。痛烈な痛みが、俺の右肩にも伝わってくる。

「無茶です、お兄さん!」

どうやら天田は、俺が何を狙っているのか、予想がついたらしい。障壁の向こう側から、俺に向かって叫んだ。―――ああ、無茶だよ。しかし、現状で、こうする以外に、こいつらを倒す方法が思いつかないんだ。
コロマルのペルソナの炎が、視界を埋め尽くしてゆく……耐え難い熱を体に感じながら、俺は、俺の狙い通りの行動を、シャドウがとってくれることを願った。
周囲を覆う炎に、砲身シャドウが、飛び回りながら、炎のない場所を探す。が、室内はもはや大火事だ。炎が及んでいないのは、妹が張った障壁の向こう側のみ。
やがて、砲身シャドウは、無為に飛び回るのをやめ、ある一点を目指して、一直線に飛び始めた。シャドウが向かった先は―――相棒である、戦車シャドウの中。
ぽっかり空いた穴に体を突っ込み、初めにこの部屋に現れた時と同じ姿となる、二体のシャドウ。

熱いし、息苦しい。しかし、思わず笑が出た。。
炎の海で、逃げ場を失った砲身シャドウ。避難する先は、熱が内部まで伝わることはないであろう、戦車の装甲の中。
そして、その状態なら、一度に叩ける。加えて、炎の熱で、戦車の装甲も柔くなってきている事だろう―――問題は、その装甲を、俺が、ぶち抜けるかどうかだ。

「ペルソナ……」

合体したシャドウの前に立ち、ペルソナの召喚を試みると、青い光に包まれた俺の視界の中に、一枚のカードが現れた。
ペルソナを、初めて召喚した時に見たものと似た、タロットカードらしきカード。その表面には、『ⅩⅤ』の数字が刻まれている。
自分の中から、今までに感じた事のない、新しい力が湧いてくる―――
そうか。
―――こいつは、俺のペルソナなのか。

指先でカードに触れ、溢れ出す、その力の、名前を呼ぶ。


「来い―――『ネミッサ』!」



162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:26:03.76

真っ黒なフェイクレザーの衣装を身にまとった、銀髪の女性。それが、俺のペルソナ……ネミッサの姿だった。
俺の体から放たれたその姿が、両手を頭上へと掲げると、俺の周囲の空間に、握り拳の形をした、わずかに透明がかった、エネルギーの塊が現れた。
それも、無数にだ。


 ―――『戦の魔王』


脳裏に声が響くと同時に、一斉にエネルギーが解き放たれ、シャドウの装甲に食らいついた。ダンテの羽ペンを弾き返した、強固な装甲が見る見るうちに、拉げて行く。
キャタピラが外れ、ベコベコになった戦車から、砲身部分が、緊急脱出。と言わんばかりに飛び出そうとする。しかし、降り注ぐ拳の雨の中を掻い潜ることは出来ず、小人の姿のシャドウは、顔面に拳を叩き込まれ、壁に向かって吹っ飛んで行った。
徹底的に殴り潰され、車体が黒い霧に変わり始めた頃、ようやく、拳の雨は止んだ。初陣を圧倒的勝利で飾り、俺の中へと還ってゆくネミッサ。
宣言通り、ボッコボコにしてやったぜ。どうだ、恐れ入ったか。

「キョンくん……すごーい!」

部屋の隅のほうから、甲高い声が、俺を褒めたたえた。桃色の壁の向こうで、妹が目をキラキラさせている。
そして、その傍らで、ぽかんとした表情を浮かべていた天田は、俺の視線に気づくと、

「……今の作戦は無茶ですよ。うまくいったから、良かったですけど」

と、視線を下に落としながら、ブツブツと呟いた。へっ、うるせー。終わりが良けりゃ、全て良いんだよ。

「……ま、ただ突く、殴るだけだった頃よりは、ずっといいです」

ようやく微笑みを見せる天田。

「それに、なんだかリーダーらしくなってきました。以前のリーダーや、アイギスさんと比べたら、まだまだですけど」

にこやかな上から目線が癇に障るぜ。
いいから、お前はチューインソウルでも食ってろ。SAN値補給だ。



163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:28:03.88


「ワン!」

と、勝利に貢献してくれたコロマルが、俺のそばへと駆け寄って来る。
お前もよくやってくれた。お前の炎がなけりゃ、詰んでたかもしれん。メラメラと燃え盛る炎の海を見回し、俺はコロマルの頭を撫でてやった。
……ところで、そろそろ炎の方を何とかしてくれないか? 俺の体が、そろそろヤバイ。
俺が頼むと、コロマルは少し首をかしげたあと、

「ワン!」

と、もう一度吠えた。
するとどうだろう、職員室内を埋め尽くしていた炎の海が、残らず消えてしまったではないか。アヴドゥルさんもびっくりだ。

「時間は……あと十分で零時ですね。朝倉さんからの連絡を待ちましょう、シャドウを倒したんだから、繋がるはずです」

天田の言葉に従い、俺達はひと時、荒れ果てた職員室内で、僅かの間だが、休息を取ることになった。
見ると、ダンテが空けた、壁の大穴から見える空に、例の金太郎飴的満月が浮かんでいる。

「綺麗だねー、ほらほら、乾君も見て」

「……あんまり、良い思い出は無いですけどね」

「クゥン」

影時間に浮かぶ満月か。
これまで倒してきたシャドウは、全部で十体。あと二体のシャドウを始末すりゃ、この光景ともおさらば出来るわけだ。
すんなりと、事が進んでくれるのを祈っておくとしよう。

あー、火傷した。
こりゃ、帰ったらカデンツァだな。



164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:30:01.78




……

かくして、職員室に現れた二体の満月シャドウを見事撃破した俺たちは、山岸さんの力によって中庭へと舞い戻り、改めて、無事に事が進んだことを伝えた。

「戦車って事は、あの、地下ん時の奴だな」

と、ペットボトルのミネラルウォーターから口を離して、伊織。

「ごめんなさい、私たちちゃんとナビできていれば、もっと早く倒せたんですよね」

「いえ、気にしないでください」

「そうよ、シャドウに妨害されちゃうんだから、私たちに非はないわ」

「朝倉、お前はもう少し気にしてもいいんだぞ」

さて。時刻は例によって、まもなく零分。新たな影時間の始まりであり、長門からの定期連絡が届く時間でもある。

「後二体か。どうせなら、一気に出てきちゃってほしいわね」

朝倉が、まるで他人事のように言ってくれる。最近、戦闘に参加してないからと言って、なんと無責任な奴か。
やがて、差し出された、朝倉の手の平に、折りたたまれたメモ用紙が現れる。

「……」

メモに視線を落とす朝倉の表情が、一瞬こわばったのを、俺は見逃さなかった。



165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:32:04.60


「……どうしたんですか? もしかして、また、よくないことが?」

心配そうに山岸さんが尋ねる。朝倉は、神妙な顔つきで俺たちを見た後、

「山岸さん、ちょっと、協力してもらえる?」

「は、はい? 何を……ですか?」

朝倉の突然の申し出に、山岸さんが、頭上にクエスチョンマークを浮かべる

「影時間への適正を持った一般人が、今になって、急増してるらしいの。もしかしたら、興味本位で、タルタロスに迷い込んでるような輩が、いないとも限らないわ」

「わ、わかりました。二人で力をあわせれば、ある程度の範囲をサーチすることが、できると思います」

「じゃ、ちょっとごめんね」

そう断りを入れた後、朝倉の両手が、山岸さんの両手に触れる。

「ベアトリーチェ」

「ユノ」

二人がほぼ同時に、自分のペルソナを召喚する。
考えてみれば、山岸さんのペルソナを実際に目にするのは、これが始めてかもしれない。赤色を貴重とした、女性型のペルソナだ。よかった、なんかガチムチとかそういう意外な路線じゃなくて。

「……」

二人は言葉を発さず、目を閉じたまま、微動だにしない。
おそらく、今、二人の意識は、ペルソナの力を伝い、このタルタロス中へと張り巡らされているのだろう。



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:34:01.80

一分ほどは、その状態が続いただろうか。俺たちは固唾を呑みつつ、二人のサーチが終わるのを待った。

「……一応、なのですが」

ふと。二人のサーチ中、背後から森さんに声をかけられた。

「影時間の間、この北高に続く周辺の経路を、適正のある機関がらみの人員で封鎖しているんです」

相変わらず、彼女らの機関とは、なんとも根回しの良い組織だ。
それならば、誰か無害な一般人が、このタルタロスへ巻き込まれてしまうことは無いと思っていいのですか?

「そう思いたいところですが、何分、機関も、人員が豊富ではありませんので、確実にとは言えません。周辺の住民に怪しまれることを懸念して、封鎖するのは本当に影時間の間だけです」

となると、やはり、誰かがタルタロスに迷い込むとしたら、俺や妹のように、夜の北高からタルタロス直行コースが濃厚か。

「可能性はゼロとは言えません。今は彼女たちに委ねましょう」

森さんの視線が俺から外れ、目の前で手を握り合い、目を瞑ったまま宙を仰いでいる二人を見つめる。俺がその視線の先を追った瞬間。二人の頭上に浮かぶペルソナの姿が消えた。青白い光が止み、ゆっくりと、二人が目を開ける。

「……風花、どうだったよ?」

伊織の言葉で我に返ったように、山岸さんの表情が、焦りに染まる。

「た、大変です。一人、私たちとは別に、このタルタロス内に……」

その言葉を聞いた俺は目を見開き、朝倉を見る。朝倉は、先ほどと同様、神妙な表情のまま、

「現在の居所は、校門前。たった今、迷い込んできたっていう感じね」

久々の救出任務か。俺は溜息を吐きかけて、やめた。今は、やれやれなどとボヤいている時ではない。



167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:36:02.60


「その闖入者と、と通信は出来ないんですか?」

俺が訊ねると、山岸さんは首を横に振り、

「すみません、試してはみたんですが、上手くいきませんでした。どうも、ペルソナ能力に目覚めていない人には、通じにくい傾向があるので……」

なるほど、つまり。

「いざ、救出に向かいましょう。お二人は、引き続きサーチをしながら、もし、ターゲットが移動するようなことがあれば、連絡してください」

口を開いたのは、アイギスだった。
どうやらアイギスは、今回のクエストに参加する気のようだが、彼女もまた、体育館での一件で、少なからずのダメージを受けているようだった。あれからまだ、体感時間としては小一時間ほどしか経過していないが、大丈夫なのだろうか。

「ご心配なく、もう充電完了です」

俺の思考を読み取ったかのように、アイギスはそう宣言する。その目は、爛々と燃える炎を映すかのように輝いていた。
本人がこう言うのだから、きっと気持ちの整理も付いたのだろう。アイギスは、まるで旧日本軍の兵隊のように、型の決まりきった敬礼をした後、

「キョンさん、森さん、順平さん。ご同行を願えますでしょうか」

と、的確に、三人のペルソナ使いを指名した。

「あー、そだな。ゆかりっちは、もうちょい、休んどいて貰うとして……んじゃま、行っちゃうかね」

「ご一緒させていただきます。前線は私にお任せください」

最前線を自ら希望するメイドさんというのも、また随分レアなものだ。しかし、彼女の話を聞いた限りでは、森さんのペルソナは、ゴリゴリの、体術系専門のルソナであるというのだから、仕方がない。ちなみにアルカナは『刑死者』だそうだ。あ、ちなみに妹は『星』な。
そして伊織。伊織もまた、攻撃力には定評がある。アイギスはもはや、言わずもがな。おまけに回復だって出来る。
なるほど、『ガンガンいこうぜ』が似合うパーティーの出来上がりだ。俺のペルソナも脳筋だしな。



168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:38:01.13


「朝倉さんと一緒にナビゲートします、出発してください」

山岸さんの言葉を合図に、俺たち四人は駆け出した。
……闖入者が、どこの誰かは知らないが、できるなら、俺たちが到着するまで、無事でいてくれ。



………

かくして。アイギスを先頭に、森さん、伊織、俺とが続き、タルタロスの混沌とした経路を駆け抜けてゆく。
月光館学園組に、『前のタルタロスはここまで厄介じゃなかった』と言わしめるだけあって、本棟内の作りは果てしなく難解であり、ひどく可変的なものだ。山岸さんと朝倉のナビゲートに従い、できるだけシャドウとの戦闘を避けながら、校門を目指した。

『そこ、通路を右に折れると、昇降口に出るはずです。くれぐれも、中庭側でなく、正門の方へ向かってください!』

このメンバーで、北校内の造りに詳しいのは俺だけだ。

「左側だ」

廊下を駆けながら、前方を走る三人に叫ぶ。三人は、俺の声に応える事こそせずとも、昇降口に辿り着くや否や、指定したとおりに、左側の押し戸に向かって軌道を変えてくれる。
ガン。と、硝子と金属によって造られたドアが、音を立てて開け放たれる。

久方ぶりに目にする、北高の正門前の風景。つい十数時間ぶりに見たその光景は、まるで、もう何十年も離れていた風景のように見えた。
そして……その見覚えのある世界の中で、極端な違和感をかもし出している、イレギュラーなオブジェ。

昇降口からまっすぐ伸びた道の先に、巨大な円形のルーレットが置かれている。カジノで使われるような、赤と黒の二色のマス放射状に広がっているやつだ。
そのルーレットのすぐ隣に、真鍮で出来た犬の玩具ような姿のシャドウの姿があった。
更に、注目するべくは、そのルーレットの中心に立てられたポールだ。高さは五メートルほどはあるだろうか。ルーレットを回すためのつまみとしては、随分と大きすぎる。
そのポールの先端のあたりに、光の輪のようなもので、体をくくりつけられた、俺にとっては馴染みのある、女性の姿があった。



169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:40:21.61


「朝比奈さん!」

たかだか十数時間ほどお目にかかっていなかっただけだというのに、その姿は、遠いかなたに分かれてしまった人に再び会えたかのように輝いて見える―――いや、輝いているのは朝比奈さんじゃない。
彼女の体をポールにくくりつけている、あの輪が光っているのだ。

「あいつぁ、『フォーチュン』つったっけか。どんなのだっけ?」

『駅前で戦ったやつですよ。ほら、あのズルいルーレットの』

俺の理解の届かない会話を繰り広げる、山岸さんの声と伊織。

「あー……あれ? 風花、シャドウ来てるのに、できてるじゃん、通信」

『私の力を足した分よ』

ふと、脳内に響き渡る声が、別の誰かのものに換わる。こっちは、朝倉の声か。

「朝倉、朝比奈さんはありゃ、無事なのか?」

『死んではいないわね。今のところ……この後どうなるかは、あなたたち次第かな』

よかった。ここから見る限りでは、目立った外傷もない。おおかた、このシャドウを目の前にして、失神してしまった、とかだろう。
しかし、何故、朝比奈さんはシャドウに捕われているのだろうか?
俺が一番初めに出会ったシャドウのように、獲って食おうとするならまだしも、シャドウが朝比奈さんの身柄を拘束し、わざわざ俺たちに見せびらかすような真似をする意味が、果たしてあるのか?

「あのシャドウが、彼女に危害を加えようとしているのは、確かです」

森さんが言う。そうだ、今は余裕をかまして推理などをしている場合じゃない。
伊織が召喚器を構え、森さんが靴を鳴らし、俺とアイギスはカードを取り出す。特に合図も無しに、俺たちはルーレットの横に立つシャドウ目掛けて駆け出した。



170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:42:03.07

と―――その時。
俺たちとシャドウとの間の空間に、突如、光を帯びた、人型の何者かが割り込んできた。

「うわっ!」

伊織が驚いて声を上げる。俺たちの前に現れたのは、足下を花束で包み込んだ、女性の姿をした、新たなシャドウだった。

『あっ、そうだ……皆さん、今現れたのは、『剛毅』のシャドウです。前もそうでした、そいつがいると、『運命』のシャドウへの攻撃はカットされてしまいます!』

山岸さんが注意を呼びかけるよりも一瞬早く。ルーレットの傍らの、運命と呼ばれたシャドウが、天空を仰ぎながら吼えた。
その瞬間、そのの体が、いくらか半透明になったような気がする。いや、実際にそうなったのだろう。
なるほど、確かに、あれでは普通の攻撃は有効ではなさそうだ。

「っと、そうだ……まずは、こっちを先にやるんだったっけな!」

『できるだけ急いで。後から来たほうは、力が高いから注意して』

山岸さんと朝倉の声を交互に聞きながら、俺はペルソナカードを空中へ放つ。

「ダンテ!」

俺の体から、青い光と共に、羽ペンを構えたダンテが放たれ、目前の、剛毅なるシャドウへと斬りかかる。
剣閃がシャドウの体に食い込もうとする直前に、剛毅は動いた。手にした短い杖のような柄モノで、空中を切る。すると、シャドウの足元の大地から、周囲の大地を伝って、衝撃波のようなものが走った。

「うおっ!」

足元に走った衝撃に、俺はお決まりのように転倒しかけ、ダンテのペン先が、空を切る。
ダンテの斬撃が空振った直後、一瞬の隙を突くかのようにして、剛毅は杖を振りかざし、ダンテの体に向けて振り下ろした。
咄嗟に、左手を突き出し、その杖を受け止める。左腕に、重みと衝撃が伝わってくる……朝倉の言うとおり、こいつはいわゆるところの、脳筋だ。腕力がハンパじゃない。



171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:44:02.96


「そこを動くなよ……トリスメギストス!」

背後から聞こえた伊織の声は、俺へのものか、剛毅シャドウへのものか。とにかく、伊織の放ったペルソナの刃が、俺の背後から、剛毅の体表へと放たれる。
が、動くなと言われて、動かないやつはいない。迫り来る刃を視認すると、剛毅はあっさり、俺との力比べを切り上げ、迫り来る刃に向かって杖を振るった。
その動作は、速い。そして、正確だ。無数に放たれた剣閃の一つ一つに、手の中の柄モノをぶつけ、無効化している。

「背中をお借りします」

「は?」

突如、俺の背後で、森さんの声。その直後、俺の背中に、ドン、ドンと、二発の衝撃が走る。

「痛って!」

「はっ」

最後に、俺の右肩にもう一発、衝撃。それと共に、今度は、頭上で森さんの声がした。
見上げると……満月に照らされた森さんが、空中を舞っていた。その傍らに、髑髏柄のペルソナを携えて。

「ベッラ!」

ちょうど、剛毅の頭上へ差し掛かったところで、森さんは、地表のシャドウに向け、ペルソナの握り拳を放った。
伊織と超高速な鍔迫り合いを繰り広げていたシャドウが、その攻撃に反応し、柄モノを森さんのペルソナへと放つ。
衝突。

「隙有り!」

一瞬、ガラ空きとなったシャドウの前身に向けて、伊織はペルソナを放った。滑り気のある音がして、シャドウの胸のあたりに、一筋の傷が刻み込まれる。
が、浅い。シャドウは森さんのペルソナの重量を弾き返すと、再び前方へ向き直り、伊織のペルソナに向け、杖を振るった。



172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:46:02.31


「うぐっ!」

剛毅が放ったのは、ちょうど、ダンテの薙ぎ払いと似たような、閃光を帯びた斬撃だった。それを、真正面から受け止める伊織。衝撃が、伊織の体を後方へと弾き飛ばす。
すると、必然的に、シャドウの攻撃の矛先は、俺の方へ向けられる。一瞬気負いするが、すぐに払拭し、俺はペルソナを召喚した。―――ここで逃げたら男じゃねえ。

「ネミッサ!」

放ったのは、先刻、俺の中に目覚めた、二体目(中庭でシャドウを倒したやつをカウントするなら、三体目だ)のペルソナだ。
敵は、素早い伊織の攻撃を、確実に受け止め、弾き返していた。そんなやつに、ダンテの大振りの攻撃を放っても、効果は薄い。優先すべきは手数。ネミッサはうってつけってやつだ。
シャドウに接近しながら、ペルソナのエネルギーを、拳の形に集中させる。剛毅の体にこいつを叩き込むことは難しいかもしれないが、また、森さんが援護をしてくれる可能性もある―――
と、そこまで考えて、ひとつ気になる。
アイギスは? 何やってんだ?
―――と、思考が戦闘から外れた、その瞬間が命取りだった。

ゴオオ。

「なっ!」

『キョンくん、あぶない! ヒートウェイブが来ます!』

気がついたときには、俺の目前に、シャドウの姿。
今にも柄モノを振りぬこうとするその体勢。まずい―――今からじゃ、防御が間に合わん。そもそも、ネミッサにこれといった防御能力はない。
結果、直撃。せめてもの防御行動として、俺は攻撃を喰らう寸前、目の前でネミッサの両腕を重ね、その一点で攻撃を受けた。

その咄嗟の防御が幸いしてか、俺の体が弾け飛ぶことはなく、伊織と似たような具合に、体が後方へと吹き飛ばされるだけで済んだ。

「くっ!」

なんとか大地を捉えている踵部分で、地面に直線を描きながら、俺は否応なしに後ずさらされる。



173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:48:04.43


ごん。

「痛て!」

突如、俺の後頭部が、硬い何かに叩きつけられた。
同時に、後退を続けていた体が、その何かによってせき止められる。
校門に叩きつけられたのか? いや、そこまではまだ少し距離がある―――俺の背後にあるのは、何だ?
と、振り返ろうとした俺に、澄んだ声がかけられる。


「全リミッター、解除であります」


それは、アイギスの声だった。
俺の体を、背後から抱きとめるようにして、アイギスが立っていた。
その全身から、やや赤みがかってすら見える、蒸気を噴き出しながら、だ。

「ちょ、アイちゃん!?」

伊織の声に呼ばれたことを意にも介さぬ様子で、アイギスは俺の体を解放し、剛毅へと視線を向ける。

『えっ、アイギス? この反応は……オルギアモード!?』

続けて、風花の声。
なんの予備動作も、助走もなく、アイギスは地を蹴り、シャドウへと接近した。とんでもない速度だった。すぐ傍らにいた俺すら、その移動に気づくのに、時間がかかったくらいだ。

「掃射」

短く、そう発言した後、右腕を車道に突き出すアイギス。……それから起こったことは、正直、俺の理解をはるかに超える出来事だった。



174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:50:04.07

アイギスの右手―――その指の先が、ぽろ。と、取れたのだ。
同時に、そこからタタタ。と、タイプライターを打つような音を発せられる。
指先が示している先は、剛毅シャドウ。直後、剛毅がわずかに身を攀じる―――何かしらのダメージが入ったのだ。
そのダメージの源となっているのが、アイギスの指先から発せられた、無数の弾丸であるということに、俺はようやく気づく。

ぶわ。と、音を立てながら、剛毅は手の中の杖を振るった。はじめの一撃同様、地表を這って広がる、衝撃波のような攻撃だ。
アイギスは、襲い来る衝撃波を、タン。と軽く、足で地面を蹴ることで、難なく回避した。
多分、三メートルは跳んだ。

「『ガラテア反物質砲』、起動。砲火」

空中で、今度は左手を、剛毅へと向けながら、呟くアイギス。同時に、今度は左手首が、まるごと外れた。

ドオ。

耳を打つ、轟音。同時に発せられた強い閃光に、俺は思わず目を閉じ、光が止むと同時に、アイギスの姿を探し、視線を空中に泳がせる。
―――いた。闇色の空高くに、今の砲撃の反動でそこまで達したのだろう、アイギスの姿があった。

「レフトウエポン、換装。『メギドファイア』、起動」

空を舞うアイギスは、空中で、自らの左腕、その肘から先をもぎ取った。捨て放たれた、アイギスの肉体だったものが、ドス。と、重たい音を立て、地面にめり込む。
腹部を覆っている白い装束を引き破り、そこから何かを取り出すアイギス―――このあたりで、俺にも、アイギスという存在が何者であるのか、その正体が、分かり始めた。

機械なんだ。
俺が幾度か感じた、アイギスから発せられる、人間とは違う波長。
それらすべては―――アイギスが、人ではなく、機械である。そう考えれば、繋がる―――。

ドザッ。

そんな音を立てながら、アイギスは空中から、俺の目前の大地へと降り立った。



175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:52:01.15


キュイン。

耳につく音を立てながら、一瞬、アイギスは、背後の俺を振り返った。
そして―――

「早く、彼女を助けて……護ってあげてください」

と、短く告げると、シャドウへと向き直り―――
自らの腹部から取り出した、あらたなパーツを、先のない左腕へと填め込んだ。
そして、新たに完成したその『兵器』の砲口を、シャドウ―――先ほどの砲火を受け、体を地に落としている―――に向けた。


「砲火」


もう一度、あの、閃光と轟音が、俺の視覚と聴覚を支配した。


冷たい空気の中に、爆風と、爆音の余韻だけが響き渡っていた。
閉じていた目を開けると……目の前には、膝を折り、地に手を着く、アイギスの姿。―――その向こうにあった、シャドウの姿は、既に消滅している。

「アイギスっ!」

俺同様、突如始まったアイギスの進撃を見守っていたらしい、伊織が駆け寄ってきて、その肩に手をかける。

「熱っつ!」

と、次の瞬間、手を離す。
アイギスの体は、異常な程の熱を発していた。たった今の猛攻―――山岸さんは、『オルギアモード』とか言っていた―――の影響なのだろう。



176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:54:03.99


『アイギス、どうして……だって、あなたはもう……』

山岸さんの声が、脳内に響き渡る。―――あなたはもう、どうだって言うんだ?
と、アイギスが、閉じていた目を、ぱか。と開いた。

「うおっ」

眼球が、ギラリ。と、周囲を見回す―――その視線が、俺と重なり合う

「私のことはいいから、早く……あの人を」

わずかに口を動かし、呟くアイギス。
そうだ―――ここまできて、ようやく思い出す。剛毅と呼ばれたシャドウは消滅したが、まだ、運命とやらが残っている。
そして、そいつに捕われた、朝比奈さんも。

「アイギス、お前……朝比奈さんを助けるために、こんな無茶なこと……」

俺が訊ねかけると、アイギスは再び、透き通った瞳を俺に向け

「そんなことは……いいんです……早く、彼女を……でないと……」

少しづつ、アイギスの声が途切れ途切れになってゆく。
―――まさか、冗談だろ? このまま、眠っちまうんじゃないだろうな?

俺の中に芽生えた不安を煽ぐように、アイギスは目を細め……それでも、言った。

「でないと……後悔……することに……―――」

そう言い残して―――アイギスは、動かなくなった、



177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:56:06.11


「アイギスっ……」

伊織が、目を閉じた彼女の名を呼ぶ。
俺は―――脳内で、何度も、アイギスの言葉を、反芻していた。

後悔。
そうだ、俺たちは、朝比奈さんを助けるために、ここまで来た。
朝比奈さんだけじゃない。彼女や、俺の妹のように、このタルタロスの迷宮へ誘われ得る、全ての人を助けるため―――護るために。

アイギスは、きっと、知っているんだ。
自分が護りたかったものを、護れなかった時の、その痛みを。
だから、自分の身を呈してまで―――俺に、その痛みを覚えさせないために、こんな無茶な真似をした。
俺のために―――

「……すまん、アイギス」

目を閉じたアイギスに、一言を残し、俺は―――傍らに、朝比奈さんを捕らえたポールを携えた、シャドウへと向き直った。
……アイギスだけじゃない。俺は、何人もの人々に助けられて、護られながら、ここまで来たんだ。
朝倉にだって、古泉にだって……山岸さんにだって、伊織たちにだって、妹にだって―――

誰かが護って来てくれたから、俺は今、ここにいるんだ。
その俺が―――朝比奈さん一人、護れなくて、どうするってんだよ。

「やってやろうじゃねえか」

俺の見据える先は、一点。
俺たちが倒すべき、十二体のシャドウ―――その、最後の一体。

気づくと、俺の体は―――今まで幾度か覚えた事のある、昂ぶりで満ち溢れていた。



178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 19:58:03.66


ガコン。

闘志を滾らせる俺の視線の先で、そんな音を立てながら、俺の視線の先のシャドウが、頭を天空へと向け、吠えた。
それと同時に、ゆっくりと、その傍らのルーレットが、回転し始める。

「へっ……えっ?」

時を同じくして、朝比奈さんが意識を取り戻したらしい。
回転するルーレットの軸へと捕われた朝比奈さんは、ルーレットが回転するのに合わせ、回転することを強いられる。

「朝比奈さん、今助けますから、少し待っていてください!」

「な、なんですか、これっ!? どうなってるんですかっ!?」

混乱を撒き散らす、朝比奈さん。ルーレットの回転は、かなり速くなっている。これほど高速で回転させられていたら、周りがどうなっているかなどわからないだろう。

「伊織、ありゃ、何なんだ」

「ルーレットだよ……止まった目で、俺たちに不利な事が起きるんだ」

歯噛みしながら、立ち上がる伊織。
しかし―――俺たちが、ルーレットを止めようにも。

「でも、なんで……前は、あの女を倒したら、あいつが実体化したんだって! なのに、なんでまだ透明なままなんだよ!」

と、伊織が叫ぶ。
半透明なまま―――つまり、俺たちの攻撃は、あのシャドウや、ルーレット、朝比奈さんには届かない、と言う事だ。

なんだそれ、チート?



179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:00:04.88

やがて、ルーレットは、何かを思い出したかのように、ピタ。と、回転をやめた。

「ふえええっ!?」

余りにも唐突に止まったため、朝比奈さんの体が、遠心力で外側に引っ張られる。しかし、彼女の体を括っている光の輪が、それを許さない。

『ルーレット、止まりました、赤い目です!』

山岸さんの声が、俺たちに降り注ぐ―――それを遮るようにして、天空が唸り声を上げた。俺の中で、嫌な予感が冴える。
直後に、発光と共に、天空から稲光が舞い降りてきた。俺たちの立つ大地を、無数の雷が襲う。

「わわわっ!」

逃げ惑う俺と伊織。幸いにも、雷が俺たちの体に直撃する事はなかった。
……あれ、そういえば、森さんは? と、周囲を見回すと、オーバーヒートしたアイギスの体を抱えた森さんの姿が、昇降口近くにあった。
オーケイ、アイギスのことは任せた。俺は何も言わずに、視線を再び、シャドウと朝比奈さんの方へと向ける。
落雷が収まったのを確認すると、運命シャドウは再び天を仰いだ。ルーレットが、再び回転し出す。

「ふえっ、またっ!?」

ぐったりとしていた朝比奈さんが、再可動し出したルーレットを見下ろし、声を上げる。

「この野郎!」

苦し紛れに、伊織がペルソナ放ち、シャドウへと、剣撃を降らせる。が、刃は虚しく空を切るのみ。

『まずいわよ、このままだと、彼女の体がもたないわ』

朝倉の声が、脳裏に響く。
だが、攻撃が当たらない、触れもしないのだから、状況を打破する手立てなど浮かぶはずも……



180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:02:03.49


「せめて、あの子だけでも、実体だったらな……」

と、朝比奈さんを見つめ、眉を顰める伊織―――その発言が、俺の中で、何か引っかかった。

朝比奈さんが、実体だったら?

……そうだ。一つだけ、手段がある。
あのシャドウと、同じ次元から、攻撃を食らわせられ得る存在が、この場に、一人だけ居るではないか。
今、シャドウと朝比奈さんは、いわば別次元に居て、俺たちが干渉することはできない。なら、向こうの次元にいる者同士だったら? 攻撃することが、可能なんじゃないか?

問題は……果たして、唯一、条件を満たしている、その人が、有効な攻撃手段を、持っているかどうかだ。

『ルーレット、止まります、また、赤い目です!』

ルーレットが停止すると同時に、俺たちの周囲に無数の旋風が生じ、俺たちの体を切り刻もうと舞い踊る。

「うわ、風はやばいっつーの!!」

吹き荒れる風に、伊織がおののく。いつぞやの岳羽さん程ではないが、俺たちにダメージを与えるには十分な威力の風だ。

「これを!」

声を発したのは、森さんだ。アイギスの体を、昇降口の床に横たえたメイドさんが、スカートのポケットから何やらを取り出し、俺たちの方へと駆けてくる。
手にしたアイテムを、空中へ投げる森さん。小さな手鏡のような形をしたそのアイテムが、空中で光る。すると、俺たちの体を包み込むように、障壁が発生し、旋風によるダメージがカットされる。さすが、準備がいいぜ。

「くそ、どうすりゃ」

苛立ち紛れに呟く伊織。このままではジリ貧で、俺たちの精神力が尽きるか、朝比奈さんがくたばっちまうかの未来しか見えない。
やるしかない。俺が考案した作戦は、博打のようなものだが、何もできずシャドウに弄ばれているよりはマシだ。



181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:04:02.01


「伊織……召喚器を貸してくれ」

「は? 召喚器?」

俺の突然の申し出に、伊織が目を丸くする。

「ああ、召喚器だ」

少し、迷うように目を泳がせた後、左手にぶら下げた召喚器を、俺に手渡す伊織。
よし、次は……

「森さん!」

「心得ています」

俺と伊織が会話している間に、俺たちに接近してきていた森さんが、俺が何かを言う前に、微笑みながらそう言った。……マジでこの人は何者なんだ。俺が何を考えているのか、一瞬で理解したってのかよ。読心術の心得でもあるのか?

「念のため、歯を食いしばってください」

と、言いながら、ペルソナを召喚する森さん。……躊躇している暇はない。チャンスは、ルーレットが停止している、今しかない。伊織の召喚器を両手で握り締め、俺は朝比奈さんを見据えた。

「ベッラ!」

森さんのコールと共に、俺の体が、ふわ。と空中に持ち上げられる。森さんのペルソナの両手が、俺の体を掴み上げたのだ。
直後、俺の体は中空へと放たれる、浮遊感に全身が支配され、一瞬、上下左右がわからなくなりかけた。緩い放物線を描きながら、ルーレットにくくりつけられた、朝比奈さん目掛けて、飛んでゆく俺の体。

「朝比奈さん!」

俺が名前を呼ぶと、二度の回転ですっかりヨレヨレになった朝比奈さんが、は。と、空中の俺を見て、混乱した表情を見せた。



182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:06:04.53


「えっ……は、はえ!?」

続いて、素っ頓狂な声を上げる朝比奈さん。
最高到達点を通過した俺の体は、前へと進みながら、重力に引き寄せられ始めた。俺と朝比奈さんの距離が、見る見るうちに縮まってゆく。チャンスは一瞬だ。俺は両手で握り締めた召喚器の引き金に指をかけ、それを朝比奈さんに向ける。

「え、ええっ、キョン君っ、何をっ」

「すみません、朝比奈さん!」

そりゃ、突然、拳銃を向けられたら、誰だって驚くだろう。後で十分に謝らなければ。
俺はほんの一瞬。召喚器の銃口が、朝比奈さんの顔面に差し掛かった瞬間に、その引き金を引いた。

パリン。

「きゃあああっ!?」

朝比奈さんが絶叫すると同時に―――聞き慣れた、何かが割れるような音が聞こえた。同時に、俺の体が、前方から発せられた衝撃波に煽られ、後方へと吹き飛ばされる。
遠ざかる朝比奈さんの体が、青白い、ペルソナの光を発しているのが見えた。その頭上に浮かぶ……黄金色のドレスを纏った、女性の姿。
俺の望みは、どうやら成就されたらしい。

ぽす。

「お疲れ様でした」

と、地上へと引き寄せられる俺の体を、森さんが受け止めてくれた。いわゆる、お姫様抱っこの構図だ。俺、六十キロはあるんだけどな……

「なるほど、こう言うことか」

駆け寄って来た伊織に、手の中の召喚器を返却する。さて―――問題は、ここからなのだ。朝比奈さんのペルソナが、果たして、どんな能力を持っているか。



183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:08:05.39


「な、何ですか、どうなってるんですかっ!? 助けてぇ、キョン君!」

青い光の中で、困惑する朝比奈さん。ああ、俺も最初は、何が起きているのか分からなかったっけな。

「朝比奈さん、今はとにかく、あなたの頭の中に、浮かぶ通りの事を念じてください!」

「は、はいっ!」

ひと呼吸おいた後、

「……わ、私を助けて―――『カミルラ』!」

朝比奈さんがその名前を呼ぶと同時に。彼女の頭上のペルソナが、両手を振り上げ、空中に掲げた。

『あっ……え、うそ!?』

どうか、有効な攻撃手段を、持っていてくれ。と、俺が祈っていると、脳裏に、山岸さんが慌てふためく声がする。

「どうしたんですか? もしかして、あれ、攻撃とか出来ないペルソナなんですか?」

もしそうだとしたら絶望的だ。結局のところ朝比奈さんの拘束を解くことも出来ず、引き続きあのシャドウになぶられ続ける。何の解決にもならない。

『いえ、えっと、オラクルが発動します!』

「なっ、マジかよ! 何でこんな時に!?」

『私の、じゃなくて……多分、その人のペルソナです! こんなオラクル、はじめて……』

『オラクル』という、俺には耳に覚えのない単語に、伊織が反応し、声を荒げる。



184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:10:38.62

程なくして、朝比奈さんのペルソナの頭上に、赤い球体が発生した。
球体は、どこぞの元気凝縮エネルギー弾のごとく膨れ上がっていき、やがて、デパートの屋上に昇るアドバルーンほどの大きさとなった。
何かと思った刹那、その光の玉の一部が割け、その隙間から、ギロリと巨大な瞳が現れたではないか。

「何だ、あんなの見たことねえぞ」

伊織が戸惑いの声を上げた直後。瞳が、くるくると回転し、運命シャドウに視線を定めた―――それと同時に、瞳から閃光が迸り、運命シャドウの頭上に降り注ぐ。
ぼおおお。と、低い悲鳴が、辺りの空間を震動させた。

「何だありゃ、何でオラクルが敵に効いてるんだよ!?」

目の前で起きている現象は、どうやら、伊織たちの知るオラクルというものとは、随分と異なった事態であるようだが、そもそものオラクルがどんなものかも分からない俺には、余計に見当が付かない。
ほんの数秒の後、朝比奈さんの頭上の、赤い球体が消え、シャドウへの攻撃が止む。シャドウは、かなりのダメージを受けたようだが、まだ生きているようだ。しかし、これ以上今のような攻撃をくらったらまずい。と、判断したのだろう。

ぼおお。

運命が一声を上げると、朝比奈さんとルーレットを別次元に残し、シャドウの体が実体となった。朝比奈さんのペルソナの攻撃から逃れたつもりなのだろうが、お気の毒なことに、こちらの次元には、俺たちがいる。

「今だ、トリスメギストス!」

「行きなさい、ベッラ!」

実体化したシャドウの体に向けて、伊織が斬撃を、森さんが打撃を、それぞれ放つ。シャドウの体が、二人の攻撃を受け、わずかに歪む。
直後、ダメージを受け、能力を維持することが出来なくなったのか、ルーレットが消滅し、透明なままだった朝比奈さんの体が、束縛から解放され、落下し始める。

「きゃああっ!?」

「朝比奈さん!」

高さは約五メートル。今にも地面に叩きつけられそうな、朝比奈さんに向かって、俺は走った。



185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:12:09.68


ぽす。

なんとか間に合った。俺の両腕に、びっくりするほど軽い、朝比奈さんの体重が掛かる。

「ふえ……キョン君」

何が起きたのか、未だに分かっていない様子の朝比奈さんは、泣きはらした目で俺を見た。
髪はぐしゃぐしゃ、目は真っ赤、顔は真っ青。まったくもってボロボロだ。そんな朝比奈さんの姿を見て、俺は―――運命シャドウに対して、たとえようのない怒りを覚える。
俺の憧れの人を、こんなにしやがって。

「ペルソナ」

腕の中に、朝比奈さんの小柄な肉体を収めたまま、俺はその、単語を口にする。体の奥から、溢れ出してくる高揚感。―――俺はもう、その感覚の正体を訝しむことはない。
やがて、視界の中にカードが現れる。ナンバーは、『ⅩⅧ』。

「―――『カグヤ』!」

カードが弾けると共に、俺の体から、和服を身に纏った、長髪の女性が現れ、舞い踊るかのように、一回転、体を翻した。
次の瞬間、発生したのは……光だった。
カグヤの立つ大地から、周囲の空間に向けて、白く透き通った光が迸ったのだ。

「うおっ!?」

やがて、光は、シャドウや、伊織、森さんの立つ大地までもを飲み込んだ。足下を包む光に驚き、伊織が声を上げる。
運命のシャドウの体が、光に触れた瞬間。キィン、と、甲高い音が、あたりの空間に響き渡った。声を上げる暇もなく、シャドウの体が、光の中で、砂の粒へと変わってゆく。
浄化の光ってやつか―――俺は、三体目のペルソナの姿を見つめながら、安堵の息を付いた。

アイギス、ありがとうな。
これで―――クエスト、達成だ。



186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:14:04.21




………

「大丈夫です、多分……オーバーヒートして、一時的に動けなくなっているだけで」

中庭のベンチに、アイギスの体を横たえ、山岸さんは言った。アイギスの正体―――ロボットである、という事実―――を知らなかったのは、なんと俺だけだったらしい。
古泉や朝倉は、休憩中に、既に、月光館学園組が解決したという事件の顛末を聞かされていたとか。それ以前に、目で見てわかる、とも言われた。
決して俺がハブられていたと言うわけではなく、俺が体育館の時から、出ずっぱりで戦い続けていたために、聞かされる機会が無かっただけだ。そう信じたい。
アイギスを山岸さんに任せ、俺たちは、朝比奈さんに、タルタロスに迷い込むまでの経緯を訊いた。

「あの、えっと……よくわからなくて、あたし……放課後、部室に行ったのまでは覚えてるんですが」

もつれる舌を必死で正しながら、朝比奈さんが言葉をつむぐ。

「そしたら、えっと……遠くから、鎖を引きずるような、音が聞こえたんです。何だろうって思ってたら、なんだか眠くなってきて……
 それで、目が覚めたら、もうすぐ零時ぐらいで、びっくりして、家に帰ろうとしたんです。そしたら、校門の前で、突然……あたりがヘンになって、学校が……その、すごいことに」

すごいこと。たしかに、これはすごいよな。改めて、そびえ立つタルタロスの外壁を見上げ、納得する。

「それで、どうしようって思っていたら、突然あの、怪物が来て……気が付いたら、縛り付けられてました」

「鎖の音、というのが、気になりますね」

話を聞いていた古泉が、ぽつりと呟く。

「それに、それほど長いあいだ、眠り続けていたというのも奇妙です」

「作為的な何かを感じるわ。でも、タルタロスに朝比奈さんを呼び込むことで、誰が得をするのかしら」と、朝倉。



187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:16:03.48


「……もしかして、敵対勢力でもいんの?」

伊織が呟く。
敵対勢力。俺がその単語を聞くと、真っ先に、橘京子たちの団体や、天蓋領域が思い出される。しかし、今回の件にヤツらが関わっているとは……思える根拠もないが、思えない根拠もない。といったところか。

「この現象は、涼宮さんの力によって起きているのですから、何かしらのアプローチをかけてきてもおかしくはないでしょうね」

森さんが言う。確かに、佐々木や九曜あたりは、即座に影時間に対応できそうなイメージがある。橘の組織が影時間の存在を探知すれば、まず間違いなく、誰かしら適性を持った人間を探し、そいつを差し向けてくるだろう。

「ですが、恐らく、彼女たちと、朝比奈さんがここにやってきてしまったことは、無関係です」

古泉が、一本指を立てながら言う。

「色々と引っかかるんです。タルタロスが発生する直前まで眠ってしまっていたことや、申し合わせたように、シャドウが朝比奈さんの前に現れた事。
 ……あなたのケースを聞いた時も思ったのですが、まるで、影時間に呼ばれているようだと、感じませんか?」

影時間に呼ばれる。
影時間を作り出しているエネルギーの源が、朝比奈さんを呼び寄せたということか。
つまり、それは……

「涼宮さんの力、です」

……ハルヒ。
そうだ。失念していたが、ハルヒは今、行方不明の真っ只中なのだ。
思い当たる行き先は、このタルタロス内しか考えられないのだが、山岸さんと朝倉のサーチをもってしても、それらしき反応は見つからないようだ。

「あ、あの、何がどうなってるのか、わからないんですけど……さっき、私、どうなっていたんですか? あの怪物は、いったい……それに、そちらの皆さんは……?」

と、そうだった。アイギスの件が先立って、朝比奈さんを月光館学園組に紹介するのを忘れていた。



188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:18:01.39

まず、朝比奈さんと初対面の、月光館学園組の面々に彼女を紹介し、次に、朝比奈さんのこんがらがった頭に、なんとか現状を理解してもらった(理解しきれたのかは分からないが)。
そして、彼女の持つペルソナの特性を、山岸さんに解析してもらい、解説してもらう。

「朝比奈さんのペルソナは、『太陽』、カミルラといって、私と同じ、ナビゲーション専門のペルソナのようです。アナライズの力はかなり高いと思います。多分、鍛えれば、私のユノよりも、正確なサーチが出来るんじゃないでしょうか」

つまり、ナビゲーターがもう一人、仲間に加わったというわけだ。
安心した。朝比奈さんを戦線に立たせるという展開は、避けたいと思っていたからな。しかし、朝比奈さんにナビをしてもらう。と言うのも、なにやら言い知れぬ不安感に見舞われるのだが……

そんな一連のやりとりをする間に、零時計の針はまた、零時に差し掛かろうとしていた。現在、五十五分。

「とはいえ、シャドウはこれで、全て倒したわけなんですよね?」

「はい。一応、これで、影時間から出られるようにはなる……と、いいんですけど」

山岸さんが不安げに目を伏せる。と、そこに朝倉が口を挟んで来る。

「ま、長門さんが言うんだからそうなんでしょ」

なんと元も子もないことを。

「でも、少しおかしいの。長門さん、始めの頃は、メモ以外のメッセージも送ってくれたんだけど、今はまったく同期ができないのよね。何かあったのかしら」

ふと、思う。朝比奈さんがタルタロスに呼ばれたというなら、長門はどうなのだろう。
あいつもまた、ここへ呼ばれていてもおかしくないと思うのだが。

「長門さん、ですか? 最近、あんまり顔をあわせてないんですけど……特に変わったことは、無かった気がします」

朝比奈さんが言う。

「涼宮さんが、居なくなってしまったっていうことを聞いてから、ほとんどお話してなくて……部室にも私しかいないので、あまり行かなくなってましたし、詳しくはわからないんです」



189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:20:36.93

おそらく、俺たちのサポートで忙しかったんだろうな。
とにかく、あと五分もすれば、この影時間が終わるはずだ。完全に消滅するとは言い切れないが、少なくとも、影時間の檻からは脱出できるだろう。
現実に戻ったら、長門に話を聞いて―――

俺が、珍しくポジティブな思考を働かせていた、その時だった。
いつぞや、上空から磔のシャドウが現れた時のような、爆音が、当たりに鳴り響いた。

「うわっ!?」

同時に、直立の体勢を保てないほどに強い震動が、中庭の大地を襲う。

「何、どうしたっての!?」

「なに、これ……大きなエネルギーが、近づいてきてます……な、中庭の中心!? 地下から、この中庭の中心に……に、逃げてっ!!」

山岸さんの声を聞き、俺たちは一斉にその場を離れる。
とはいえ、タルタロスの中へ逃げ込む、というのも危険だ。俺たちは、タルタロスの外壁に張り付くようにして、出来る限り、中庭の中心から離れた。俺が、妹と共に壁際へとたどり着き、中庭を振り返ったのと、ほぼ同時に。
大地が割れ―――『それ』は現れた。


「……何、これ」

さすがの妹も、この天変地異を前にしては、絶句する他ないらしい。
震動が収まった時。さっきまで、中庭が存在していたはずの空間に……天空へと伸びる、赤い塔が聳え建っていた。
それは、中庭の地面を突き破り、たった今、地底から生えてきたのだ。

「な、何だよこれ。タルタロスが二個とか、冗談にもなんねーぞ」

唖然とした様子で伊織が呟く。
伊織はまるで、現れた巨塔とタルタロスを見比べるように―――



190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:22:18.68


「……無い」

―――と、思いきや。赤い塔を見た後、背後のタルタロスを見上げたところで、固まってしまった。

「は? 何が、無いって……タルタロスが、無くなってる」

それに吊られるように、岳羽さんが上空を見上げ、そう呟く。
あわてて、その場の全員が、タルタロスが聳え建っていたはずの空間を見上げる。
そこに……あの混沌とした建造物の姿は、無い。どれほどかぶりに見る、俺も良く知る、北高の校舎が在った。

「……これ、元に戻れたってことじゃ……ない、わよね」

朝倉が呟く。当たり前だ。いくら校舎が元の姿に戻っても、中庭にこんなもんが聳え立つ北高など、俺は知らん。
……零時計を見ると、長針は、零のわずか右を指している。
まだ、影時間は続いているのだ。

「……モナド」

ふと、声。
その出処を目で追うと、そこには、ベンチからわずかに体を起こした、アイギスの姿があった。

「お前、もう大丈夫なのか?」

「モナドに似ています。この塔は」

アイギスが口走った、その名前には、俺にも心当たりがある。
数時間前に迷い込んだ、あの赤い空間。エリザベスという少女曰く、あの空間は、タルタロスの地底に存在していたはずだ。
そのモナドが、地上に出てきたと言うのか?
だとしたら、何故?



191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:24:01.64


「……もしかして、僕らがシャドウを倒したから」

ぽつり。と、天田が呟く。

「僕らのときは、満月のシャドウを倒したことで、逆に『ニュクス』というものを呼び寄せてしまったんです。……ある人に騙されて、利用されていたんですよ」

「そんなわけない!」

天田の言葉を遮るように叫んだのは―――朝倉だった。

「長門さんが、やつらを倒せって言ったのよ。じゃあ、何、長門さんが、私たちを利用したって言うの?」

「落ち着け、朝倉!」

「そうだ、長門さん……時間はっ」

朝倉は、俺の手から、零時計をもぎ取る様に奪い、その文字盤を見つめ……

「……うそ」

まるで何かを取り落としたかのように、ぽつりと、言葉を零した。両手のひらを何度も見つめ、スカートのポケットを探る。

「……無いわ、メッセージも、何も……どうして、何も言ってくれないのよ」

朝倉のこんな表情を見たのは、初めてだ。
大事にしていた何かを、目の前で壊された子どものような表情。
そんな朝倉を前に、俺もまた、大事な何かが崩れてしまったような感慨に陥っていた。……長門が、俺たちを利用した?

「思えば……彼女と朝倉さんが同期を取れなくなったときに、気づくべきだったかもしれません」と、 古泉が口を挟む。



192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:26:03.32


「考えられるのは一つ。いつかから、僕らにメモを送っていたのは、長門さんではなくなっていた、ということです」

古泉は、神妙な真顔を浮かべながら、中庭中に散った俺たちに向かって、言う。

「僕や朝倉さんを、影時間へ送り出した時点では、彼女は間違いなく、僕らの知る彼女でした。しかし、その後のことについては知る由もありません。
 彼女からの連絡で、シャドウを倒すように言われるようになった時には、僕らにとっての『長門さん』は、既に『長門有希』ではなかった。拘束されたか、あるいは洗脳されているか、詳しいことは分かりませんが」

誰かが長門に取って代わって、俺たちを利用してたってことか。
しかし、長門を拘束なり、洗脳なり出来て、満月シャドウの出所が分かって、俺たちにメモを送れる……
そんな万能なやつが、果たして長門以外に、居るだろうか?

……そして、何より。
俺たちは、シャドウを倒すことで、何をさせられていたのか?

「わかりません。ただ、察するに……何かの封印を解いてしまった、というところでしょうか」

眼前に立ちはだかる、モナドの塔を見上げながら、古泉は言った。

「……塔から、無数のシャドウの気配がします。それと、何だろう……かなり高いところに……人の、反応?」

いつの間にか、ペルソナをを召喚していた山岸さんが、不可解そうに首をかしげながら言う。

「……やっぱり、人です……どうして、そんなところに……一体、誰が」

芝居じみた、先の読める展開だな。と、俺は思った。
俺たち以外に、この迷宮の中に存在し得る人間。

そんな奴―――一人しか居ないじゃないか。



193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:28:03.25


「何にしろ。行くしか無いでしょう」

古泉が言う。俺も、その意見に異論はない―――会わなくちゃならない奴がいるからな。

「はあ……しかし、いつまでも塔との縁は切れないもんかね」

肩を竦めながら、伊織がため息をつく。

「厄介な塔と、騙されることに関しちゃ、俺ら、一冊本が書けちまうぜ」

「あ、あの、もしかして、これの中に行くんですか……?」

皆が戦闘態勢に入る中、一人、この空気に慣れていない、朝比奈さんが、困惑の声を上げる。

「あなたは、私と一緒にここに残ってください。ここから、皆さんのお手伝いができますから」

「そ、そうなんですか? 私でもできますか、それ?」

「えーっと、多分……」

なんとなく破調が似てるな、この二人。まあ、山岸さんと共同ナビゲートならば、朝比奈さん単体のそれよりは、随分と安心が出来る。

「中の状態は未知です。戦力は可能な限り高めて行きます」

アイギスが言う。

「つまり、全員突撃であります」

なるほどなー。



194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:30:01.70




………

塔の内部は、アイギスの言ったとおり、あの地下のフロア……モナドの内装と酷似していた。
北高タルタロスと違い、こちらは、フロアごとの内装は酷く混沌としているものの、俺たちを含めたまま空間が入れ替わる、などというスペクタクルに見舞われては居なかった。
問題は、出現するシャドウたちだ。簡単に言えば、こいつらは非常に強い。かつて、一つの影時間を終わらせた戦士を五人も含む、総勢十人がかりでも、苦戦を強いられるレベルだ。進むのは決して容易ではなかった。
それでも、なんとか敵を退けつつ、十階ほどまで上ってきた所だったろうか。

『皆さん、注意してください! フロア内に、強力なシャドウの……あ、あれ、シャドウじゃなくて、これは……』

不意に、脳内に響き渡る、山岸さんの声に、俺たちの進軍が止まる。

「風花? シャドウじゃないなら、何が出るってのよ?」

『えっ……と……! これ、ペルソナです! 信じられないけど……ペルソナが単独で行動してます! こっちに、来ます!』

「何だって!? おい、風花……」

「順平さん、あれ!」

「はっ? うわ、あいつは!?」

伊織たちの視線が、ある一点に釘付けになる。
その視線の先……通路の突き当たりの部分に、漆黒のボロ切れを纏い、剣を携えた、死神の如き姿の『何か』がいた。

「ありゃ何だ、伊織」

「『死神』だよ! とっ、とにかくとんでもない奴だ! つか、なんで!? そんなに長く居なかったろ、俺ら!?」



195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:32:03.25

その慌てぶりの異様さに、さすがの俺も、現状がかなり危険な状態であることを悟った。

『そ、それが……だから、シャドウじゃないんです! それ、誰かのペルソナなんです! 多分……上に居る人の!』

誰かのペルソナだって? ―――なるほど。たしかに『あいつ』なら、こんな仰々しいのを背負ってても、おかしくは無いかもな。

「ペルソナだろうと何だろうと、アレはアレなんでしょ!? また階段の前にでも居座られたら……」

「……また、誰かを犠牲にするしかないんじゃないですか? まともにやったって、勝てないんですし」

「俺はもう死んでも嫌だぜ!?」

伊織、岳羽さん、天田が、やいのやいのと騒ぎ始める。……いまいち話が読めないが、とにかく、とんでもないヤツに出会ってしまったらしい。
その問題の死神とやらだが、そいつはなにやら、こっちを向いたまま動こうとせず、ぷかぷかと、同じ位置に浮遊している。

「……あの突き当りの先が、階段なんでしょうね。多分」

嫌に落ち着いた天田が、ため息混じりに呟く。

「大丈夫だって、順平! 前だって散々やったじゃない、やられたって、風花に連れ戻してもらえるから!」

「そうですよ、でないと進めないんですから、諦めてください!」

「いや、ホント勘弁だって! なんで俺が……おい、ちょっと待った!」

どうも、人身御供にされそうになっているらしい伊織が、突然、何かに気がついたように、死神へと向けた目を丸くした。伊織の背中を押していた、岳羽さんの手が止まる。

「何よ、男でしょ、当たって砕けなさいよ!」

「そうじゃねえ! ……あれは、あの死神じゃない」



196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:34:01.50

伊織が、死神を指で差しながら、言葉を紡ぐ。

「死神じゃない、って……」

伊織が示す先に視線を投げ、岳羽さんの声が詰まる。
やがて、伊織が言った。

「どうして―――あのペルソナが、ここに居るんだ?」

あの。と言うのが、どの事なのかは、俺にはわからない。
しかし、そのペルソナが、今、目の前に存在しているというのは、伊織たちにとっては、信じがたい事らしかった。

「来ます」

状況を静観していた森さんが、ぽつりと呟く。死神が、ゆっくりと、こちらに向かって動き出したのだ。
無言のまま、俺はペルソナカードを取り出す。古泉と朝倉、妹が、ペルソナの光を放ち始めた。

「……必要ありません」

と、臨戦態勢に入った俺達を、声で制したのは、アイギスだった。

「アイギス?」

「あの死神に……敵意はありません」

いつもの無表情のまま、死神を見つめるアイギス。そうこうしている内にも、死神は、俺たちの元へ、着々と近づいて来る。

「……あなたを呼んでいます」

もう一言、呟きながら、キュイン。と、アイギスが俺を見た。



197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:36:03.17

やがて、死神は、俺たちの目前に迫ってきた。
しかし、月光館学園組は、よほど驚いたのか、誰ひとりとして戦おうとはしない。目の前のそいつを、敵と認識すらしていないようだった。
死神が一歩、こちらへ近づいて来る度に、チャラ。と、鎖がぶつかり合う音が、モナドの塔内に響いた。
そして、死神は立ち止まり、髑髏にも似た双眸で、俺たちを見つめた。

声は出ない。ただ、全身から冷たい汗が噴出している。二つの空洞は、まるで時を止められてしまったかのように、俺たちを見つめ続けている。
しかし、奇妙なことに。その視線(?)から、俺たちの命を奪おうとする意思が、まったく感じられないのだ。
鈍感には定評のある俺が言ったんじゃあ、信用されにくいかもしれん。しかし、これは本当だ。恐らく、ほかの面々も、それを感じているからこそ、戦う体勢に入ろうとしないのだろう。
こいつは決して、俺たちに危害を加えようとはしていない。

それは数分間ほどであっただろうか。
やがて、死神は、切られていたスイッチを入れ直されたかのように動き出し、次の瞬間、まるでスクリーンに映した映像が消えてしまうかのように、俺たちの目の前から消えてしまった。

「……今の、何だったの……? どうして……どうして……あのペルソナは、彼の……」

呆然としながら、岳羽さんが呟く。しかし、おそらくその質問に答えられるものは、この場にはいないだろう。
十人が十人とも、呆気に採られた表情で、ぼんやりと中空を見つめていた。

『……あっ、あの、ペルソナの反応が消滅しました……撃破、したんでしょうか?』

忘れていた頃に、山岸さんからの通信が届く。

「い、いえ、俺たちは、何もしてないんですけど」

『えっ……そうなんですか? てっきり、キョン君かアイギスが倒したのかと……』

アイギスならまだしも、俺にそんな度量があるはずもない。
頬を伝う冷や汗を拭いながら、俺は山岸さんに、事の顛末を、簡単に説明した。

『……不思議です、今まで、そんな事一度もなかったのに』



200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:40:02.08

山岸さんは一瞬、考え込むように沈黙したが、すぐに、

『とにかく、ご無事で何よりです。また死神が出現しないとも限りませんし、先に進みましょう』

と、言った。
どこかしらキツネに抓まれたような気持ちを引きずったまま、俺たちは、たったいま逃げ帰ってきた道を改めて辿り、先ほど死神の居た突き当りを左に曲がった。案の定というべきか、そこには新たなフロアへと続く階段がある。
とにかく、過ぎたことをどうこう振り返っても始まるまい。この塔があとどれほど続くのかは知らないが、おそらく、俺たちは未だ全体の半分も上っていないだろう。

『例の人の気配は、少しづつですが、近づいています。もうすこし近づけば、場所も特定できると思うんですが』

突如として現れたモナドの塔に、突如として現れた謎の人物の反応―――俺には、その正体不明の人物が誰であるか、大体のめぼしは付いている。
おそらく、古泉や朝倉、森さんも、それは同じだろう。

「引き続き、ナビをお願いします」

空中に向かって一言を投げかけ、俺は階段を上り始めた。



………

それから、どれほどの時間が経っただろうか。
おそらく、零時計がもう一回りするほどの時間は経過したのだと思う。
もう数十度目となる、階段を駆け上がる作業を終えたとき。俺たちの目の前に、それまでとは違う光景が広がっていた。

「これは……何でしょうか」

全面を赤い壁に覆われた、何もない、床と壁のみの空間。
そこには、天井すらなく、変わりに、真っ暗な闇が、果てしなく高くまで続いていた。



201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:42:04.90


「頂上……なのか? おい、風花?」

『あっ……い、いえ。かなり上層ではあるようですが、頂上ではありません』

頭の中で、山岸さんが言う。しかし、目視できる範囲に、階段や、上階へと続く経路は見当たらない。

『えっ、これ……何?』

と、不意に、山岸さんの声がゆれる。

「どうしたんですか、風花さん?」

『そ、そのフロアに……皆さん以外に、一人! 人間……いや、ペルソナ? わかりません、こんな反応、初めてです!』

その一言を合図に、それぞれが周囲に視線を張り巡らせる。
……探すまでもない。その反応の持ち主は、いつの間にか、俺たちの目の前に立っていたのだから。

「うそ」

朝倉の口から、そんな言葉が零れだす。
ああ、俺もウソだと思いたい。

まさかこいつが、俺たちの前に立ちはだかる日が来るなんて、思いたくなかった。


「……エラー」


長門有希が、そこにいた。



202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:44:02.96

一見すると、そいつは俺の記憶の中のそいつと、なんら変わりない姿で、俺たちの前に立っていた。冷たい口元も、どこか眠たそうな瞳も、俺にとっては見慣れた、そいつの当たり前の表情だ。
しかし、違う。そこにいるのは、俺の知るそいつではない。
そいつの中に、俺の知らない何かが入っている。

「有希ちゃん?」

沈黙で張り詰めた空間に、火のついたマッチを投げ込むように、妹がその名前を口にする。長門は、誰も存在しない空間を見つめながら

「エラー」

と、もう一言呟いた。
それは、長門の理性が発している、俺たちへのメッセージなのだろうか。

「……長門、何が起きてるんだ」

俺は、目の前の冷たい表情の内側に、ほんの少しでも、俺の知る長門の要素が残っていることを信じ、その小さな体躯に向けて、訊ね掛けた。
その声でようやく、長門の瞳が、俺の視線と重なる。

「……私の中に、ある、要素、イレギュラー」

覚えたての日本語を持て余した、異国人のような口調で、長門が言葉をつむぐ。

「思考、それ、奪い、シャドウ、涼宮ハルヒの、力、鍵、貴方、倒させ」

でたらめに散らばった、パズルのピースのような言葉たちが、俺たちの元へ転がり込んでくる。バラバラなその単語の連なりから、辛うじて、一つの事実が読み取れる。
やはり、あの満月のシャドウを倒すことは、俺たちにとって正しい道ではなかったのだ。しかし、それを倒させるように仕向けたのは……

「……『あなた』だったのね、私たちを、騙してくれたのは」

朝倉が、膨れ上がる怒りを滾らせながら、目の前に立つ、そいつに向けて、声を投げかけた。



203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:49:15.94

その、直後。

長門が、笑った。

「約十件の不要なプロセスを確認」

今の今まで、ぎりぎりのところで意識を持ちこたえていてくれた長門が、ついに力尽きたのだろう。
目の前に居るそいつは、もう長門ではない。長門の姿をした、何か。俺たちと敵対する、正体不明の何かだ。

「消去する」

その一言と同時に、長門の体を、見慣れた青白い光が包み込んだ。

「召喚、『サマエル』」

長門の頭上に現れた、そいつを前に、俺たちはまず、そのペルソナとしての、体躯の巨大さに息を呑まされた。
天田のカーラ・ネミや、岳羽さんのイシスも、ペルソナとしては派手で、巨大な外見をしている。しかし、長門のペルソナは、それらをはるかに上回る。
全長は二十メートルを下らないだろう。三対の巨大な翼を、目一杯に広げれば、横幅も十五メートルはありそうだ。
流れる血液を、そのまま皮膚へと変えたような、真紅の体を持つ、巨大な竜。それが、長門のペルソナだった。

『ひあっ! き、聞こえますか、キョン君、みなさんっ!』

不意に、頭をよぎる場違いな声。朝比奈さんだ。

「どっ、どうしたんですかっ!?」

『すみません、あの、山岸さんのペルソナの力じゃ、そこまで届かなくて……わ、私のペルソナなら、できちゃったみたいでっ!』

何と言うことか。中身は異なるとはいえ、まさかのVS長門戦を、朝比奈さんの単独ナビゲーションのもとに行えというのか。
それ、かなりやばくね?



204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:50:01.96

長門の頭上のペルソナが動き出したのは、丁度、朝比奈さんの声が止んだ瞬間だった。
巨大な体を、まるで小さな虫のようにのた打ち回らせ、長門のペルソナが吼える。すると、体の前に光の輪が発生し、それが薄い膜のようなものとなり、長門と、そのペルソナの姿を包み込んだ。

「キョン、やっちまっていいんだな」

俺に視線を向け、伊織が言う。俺は黙って頷き、ペルソナカードを取り出した。
―――今、助けてやるからな、長門。

「ネミッサ!」

「トリスメギストス!」

「ウェルギリウス!」

俺と伊織、そして、古泉が、同時にペルソナを召喚した。三体のペルソナが、長門を包囲するような形で、一斉に攻撃を浴びせる。攻撃が体表へと達する直前に、長門のペルソナは、螺旋を描くように体をのたうたせ、三対ある翼のうちの一対で、まず、俺のペルソナの拳を受け止めた。
先ほどの光の膜の効果なのか、拳に伝わってきたのは、皮膚を殴った手応えとは異なる、まるで、水で満たされたビニールの水槽を殴りつけたような、奇妙な感触だった。
長門のペルソナは、続けて、古泉のペルソナが放った矢の雨に向け、翼を羽ばたかせた。同時に、そこから、古泉のものとよく似た、矢の雨が放たれ、古泉のそれとぶつかりあい、相殺する。
そして、最後に、伊織が放ったペルソナの刃は、真正面からぶつけられた、長門のペルソナの尾によって阻まれ、伊織のペルソナごと、後方へと弾き飛ばされる。

「クソ、なんだよ!」

歯噛みしながら叫ぶ伊織。俺も似たような気持ちだった。もっとも、端から数で攻めて勝てる相手だとは思っていなかったがな。しかし、ここまで完璧に防御されると、苛立ちも覚えるというものだ。

「行きます!」

次に召喚器を鳴らしたのは、天田だ。現れたペルソナの体表から、光速の電流が迸る。

「ペルソナ、レイズアップ、オーディン」

更に、アイギスがペルソナを召喚し、天田の放電に、落雷を被せる。



205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:51:03.13

稲妻の音が、モナドの塔内にこだまし、電流が、長門のペルソナを襲った。それを受け、長門が僅かに、体を竦ませる。同時に、長門のペルソナも、痛みに喘ぐように体を捩る。

『あっ、入りました!』落雷の余韻に紛れ、降り注いでくる朝比奈さんの声。

『今なら、長門さんは、その……痺れてます、動けません!』

「追撃します、ペルソナチェンジ、『スルト』」

「ワオーン!」

アイギスの体から、黒い肌の、燃え盛る炎を手に携えたペルソナが現れ、コロマルの体から、三つ首の猛犬が召喚される。言うまでもなく、今度は火攻めだ。周辺の気温が上昇し、二体のペルソナが、同時に、長門に向け、炎の帯を放つ。

「サマエル」

迫り来る爆炎を前に、長門は再び、ペルソナの名を呼んだ。

『あっ、何か、来ます! とても……熱くて、黒いものが!』

朝比奈さんがそう告げると、ほぼ時を同じくして、長門のペルソナの口元に、小さな人魂のようなものが発生した。それは見る見るうちに膨れ上がり、最終的に、黒い火球となった。
ペルソナが体を震わせると、火球は、彗星のように、空中に軌道を描きながら、長門の周囲を舞い踊るようにゆらめき、やがて、長門を覆う炎の壁となった。その壁面に、アイギスとコロマルが放った炎が叩き込まれる。
これは、無効化されたのか? と、俺が疑問を抱いた直後。長門を包む黒い炎は、突如、炎の礫を周囲へと散らばらせながら、回転を始めた。長門の頭上で、赤い竜が、螺旋を描いて踊り狂っている。

『熱くて、黒いものが、広がっています! 消さないと……』

朝比奈さんのナビは、概ね間違ってはいなかったが、全てにおいて事後報告なので、頭が痛くなるところだ。一手遅れのナビが告げたとおり、長門を中心とした、漆黒の炎の海が、モナドの塔内に完成しつつあった。

「ラウレッタじゃ、防ぎきれないよ!」

と、妹の声が告げた。
炎を何とかしたかったが、この分では、アイギスのペルソナも、朝倉のペルソナも、能力を発揮出来はしないだろう。



206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:52:03.71


『ど、どうしたら―――えっ、あ、山岸さ―――』

と、不意に、天の声が止む。そして、直後

『キョンくん、聞こえますか? 私です、山岸です。その炎は、闇の―――』

一瞬、混線の中に聞こえた、その単語を、頭の中で反芻する。
闇。
闇には、光。
光といえば―――

「カグヤ!」

朝比奈さん曰く、熱くて黒いものの熱に、全身が悲鳴を上げる中、俺はペルソナカードを放った。
現れた十二単衣を纏った痩身が、剛毅&運命戦で見せた時同様に、ふわりと空中で舞う。同時に、大地を埋め尽くす、浄化の光。狙い通り、黒い炎が、光に触れた部分から消滅してゆく。
見る見る内に、あたりの空間が、元あった冷たさを取り戻す……いや、元よりも冷たくなっている。現在進行形で、冷却が行われていた。

「ベアトリーチェ!」

「ペルソナチェンジ、スカディ」

朝倉とアイギス、二人の声が重なる。長門の足元から、いつぞや見たものとよく似た、二つの氷の柱が迫り出してきた。長門の体が、その氷柱によって、大地から持ち上げられてゆく。本体が足場を失ったためか、頭上の龍の動きが、わずかに乱れた。

「ベッラ!」

「トリスメギストス!」

そこに、森さんのペルソナが、熱気を孕んだ拳を叩き込み、伊織のペルソナが、無数の刃を放つ。
龍の体表に、一文字の傷が走った。



207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:53:03.16


「今なら行ける……イシス!」

岳羽さんが召喚機を打ち鳴らし、突風とともに、無数の真空の刃が放たれた。ざく、ざくと音を立て、長門のペルソナの体表に傷がついて行く。

「く……」

龍の体の下で、長門が、息とも声ともつかない音を吐き出す。ダメージが通っているのだ。

「もう一度、行きます!」

先ほど、長門のペルソナに隙を作った功労者である天田が、再び召喚機を構えた―――天田の体が、青い光を吹き出し始めた、その時だった。

「―――サマエル」

長門が、三度、その名を呟いた。
ペルソナが体を戦慄かせ、全身から、奇妙な、形容しがたい色を帯びた光を放射し始める。

『これは……キョンくん、皆さ―――』

朝比奈さんの声が、半ばで途切れ、俺たちの体は、放たれた光によって包まれることを余儀なくされた。
頭の中で、誰かの声がする。


 ―――『神の悪意』


俺のペルソナの声ではない。それは、長門の声にとても良く似た、何者かの声だったように思える。
その声が脳内に響いた直後―――俺の体は、俺の意思では動かなくなった。
頭がくらくらし、体中が痺れたような感覚が、全身を包み込む。そして直後に、体の中に、巨大な鉛を詰め込まれたような、凶悪な吐き気が俺を襲った。



208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:55:08.88

溜まらず、その場にうずくまる。胃の中身をぶちまけそうになるのを、寸でのところで堪える。
なんだ、こりゃ。

「アイ、ギス」

すぐ隣にいたアイギスの名を呼ぶ。しかし、アイギスは答えない。視線をそちらへ向けると、アイギスは苦しそうに、両手で胸を押さえながら、地面に力なく倒れている。
やられてしまったわけではない。しかし、どうやら眠ってしまっているようだ。
何だ。俺たちは、何をされたって言うんだ。
続いて、アイギスをはさんだ向こうに居たはずの岳羽さんを見る。彼女もまた、苦しそうに胸を押さえながら、顔を真っ赤にし、必死で呼吸をしている。が、眠ってしまっている様子はない。
更にその向こうには、朝倉の姿が見える。朝倉はというと、やはり同様に、苦痛に顔をゆがめながら、長門に向けて、なにやら口をぱくぱくと動かしている。
何なんだ、この凶悪な攻撃は。

「エラー、消去」

ふと、長門の声がする。
それは、地獄から沸き上がってくる、死神の声のように聞こえた。


「メギドラオン」


ああ、その単語は。
俺の記憶に、このモナドの塔と共に、強く残っていた言葉だ。



………

熱く、痛い。体の中で、ペルソナが喚いている。
……流石に、今のやつは効いたな。最早、頭がクラつく、などというレベルではない。立っていることも難しく、俺は冷たい床の上に、全身を投げ出していた。



209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:56:02.15


ちくしょう。これで終わりなのか。

必死の思いで、首だけを起し、俺は長門を見る。
力なく、それでも二本足で立つ長門は、焦点の合わない瞳で、空中を見つめていた―――やっぱり、違う。こいつは、長門じゃあないんだ。
長門も精神は、もう、やられちまったんだろうか。もしかしたら、俺たちがやられちまった暁には、この長門のように、わけのわからん意志に精神を食われ、よくわからん、凶悪なペルソナもどきを背負わされる羽目になるんだろうか。
長門―――お前は、今、どこに居るんだ。

終わりか、これで。
俺たちは、何と戦っていたかもわからないまま、ここでやられちまうのか。
あいつにも―――ハルヒにも逢えないまま。

まさか、ハルヒも、この長門のように、やられちまってるんだろうか。
だとしたら、辻褄も合うな。イカレちまったハルヒの意思で、俺たちはこの影時間に引き寄せられ、そこで、無駄な戦いをした挙句、このわけのわからん塔の中で殺されちまう。
このまま?
長門の頭上で、再び、あの赤い竜が、体を震わせている―――その様が、やけにスローモーションで見える。

……ハルヒ。お前が望んだ事なのか?
お前が望んだから、俺たちは、ここで終わっちまうっていうのか?
違うよな、こんな結末は。
どんな滅茶苦茶な奴に頭をやられたって、お前がこんなのを望むはず、ないよな。
しかも、妹や、森さん……アイギスや、伊織たちをも巻き込んで。

なあ、ハルヒ。
そうなのか?
違うだろ?

そうだ。まだ、俺は、その答えを聴いてないんだ。
ハルヒに逢って、本当のことを聞かなきゃいけないんだ。
やられて―――たまるかよ。



210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:58:18.47



「ペルソナ!」


渇いた喉から、その単語を放つ。
体から溢れ出す、青白い光。それと共に……青白い彫刻のような何かが、俺の視界に踊り込んでくる。
同時に現れる、『ⅩⅩ』のカード。

ああ、そうか。


 ―――我が手を取れ


こいつもまた、俺のペルソナなのか。


「―――『メサイア』!」


俺がその名を呼ぶと同時に、メサイアの体が光の塊に変わり、やがて、風船が割るかのように、弾け飛んだ。
その欠片が、俺の体に。更に、すぐ隣の、アイギスと岳羽さんの体に降り注ぐ。余った分は、空中を舞い、どこかへと飛んでゆく。多分、このフロアのどこかに居る、皆のもとへ向かったのだろう。

ふと、気づく。頭の痛みも、吐き気も、体の痺れも無い。体を起そうとすると、いとも容易く起き上がることができた。
隣を見ると、同じように、アイギスと岳羽さんが体を起している。長門の姿の向こうでも、続々と、ペルソナ使いたちが、我に帰ったかのように立ち上がり始めていた。

「……エラー」

とても小さな、長門の声がした―――あの、おぞましい声じゃない。俺の知っている、長門の声だ。



211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:59:03.03

長門は空ろな瞳で、一点を―――俺の目を見つめたまま、ぼんやりとその場に立っている。
その頭上に、体をくねらせる赤い竜。

倒せる。
両足で地面に食らい付き、立ち上がる。体が軽い。自分の思ったとおりの言葉が、口をついて出る。

「ペルソナ!」

目の前の悪夢に向けて、俺の中にある、力の全てを解き放つ。
俺の体から、いつか見た、体中にタトゥーを刻み込まれたペルソナが現れ、漆黒の天井を見上げ、吠えた。


 ―――地母の晩餐


いつか聞いた物と、同じ声。
そして、いつかそうなったように―――大地が、割れた。





………

もともと何も無い空間だった、ということもあり、目覚めたとき、その場に広がっていた荒廃した空間に、違和感は覚えなかった。
その空間を囲うように、仲間たちの姿があり、その中心に、同様に倒れた長門の姿があった。

「長門」

その名を呼びながら駆け寄る。あの赤い龍の姿は、どこにも無い。



212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 20:59:32.24


「有希!」

俺とほぼ同時に、長門の元にやってくるのは、朝倉だ。
長門の体を抱き起こす役目は、朝倉に譲ってやることにする。

「有希、有希!」

力ないその体を揺さぶりながら、何度もその名前を呼ぶ。数度目に、朝倉がその名前を呼んだとき、長門が、目を開けた。

「……朝倉……涼子」

「有希、大丈夫?」

「召喚シークエンス、オルフェウス」

と、アイギスが、二人のそばへ駆け寄り、回復を施す―――しかし、長門の傷が癒える様子はない。

「長門」

恐る恐る。といったように、俺は長門に声をかける。長門は、俺の顔と朝倉の顔を交互に数度見比べたあと

「……この、先に」

と、呟いた。
この先。俺はその言葉を聞き、周囲を見渡す。仲間たちの姿とは別に、部屋の一部に、天井の闇へと上る光の帯を放つ、正方形の台があるのが見て取れた。

「居る、涼宮ハルヒ……私は、食われ、貴方たちに、涼宮ハルヒの力を……やつに食わせる、術を、犯させた」

こいつは紛れも無い、俺たちの知る長門有希だ。瞳は空ろであり、言葉は力ない。しかし、もう、誰かに意識を乗っ取られたような存在じゃない。



213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:00:04.57


「あの光の先に、ハルヒが居るんだな」

「そう」

と、僅かに肯きながら言ったあと

「……涼宮ハルヒも、また……心を食われ……の……奴隷に」

長門の言葉はあまりにも僅かで、掠れていて、聞き取ることが出来ない。
長門。お前をあんなにしちまったのは、一体どこのどいつなんだ。
教えてくれ、長門。

「……奴……は…………混沌……ハルヒ……助け……」

『混沌』―――。
その言葉を残した直後、長門は役目を終えた天使か何かのように、音も立てず、静かに目を閉じた。

「有希?」

朝倉が、その名を呼ぶ。

「ウソでしょ、有希! 起きてよ、ねえ、有希!」

幾度もその名前を呼ぶ。しかし、長門は目覚めない。

「ウソよ、こんなの……有希……有希っ!」

朝倉が、力なく崩れた長門の体を抱き、その名前を叫ぶ。



214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:01:01.28


「キョン、その子は……」

言葉を濁らせながら、伊織が言う。

「俺たちの、仲間だよ」

「そ、か……」

一瞬の伊織との問答を終えた俺は、新しく発生した、上部への経路を見上げる。
この先に―――ハルヒが居る。


『来なさいよ』


ふと、頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。
……言われんでも、今行くさ、


道はたった一つ。
俺たちに、もう、選択肢などは残されていないのだから。





………



215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:02:09.58



「最初に、この塔に来たのは、いつだったかしら。もう、随分ここに居るから、どれぐらい前だかわからなくなっちゃったわ」


漆黒のカーテンに開けられた巨大な穴のような満月が、冷たい大気に満ちた、モナドの塔の屋上を、青白く照らしている。その月光を背負うようにして、涼宮ハルヒが、俺たちの前に立ちふさがっていた。
幼い子どもに、物語を読み聞かせるような、柔らかく、慈愛に満ちた声で、ハルヒは言った。

「影時間に、初めて気付いた日。私は、どうして良いか分からなくて、まず、真っ先に、学校を目指したの。あの日の夢のように、学校に行けば、全てが元に戻るかもしれないと思って」

逆光の所為で、ハルヒがどんな表情を浮かべているか、いまいち読み取ることが出来ない。俯いたその顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
解読不可能の表情のまま、ハルヒは次々と言葉を紡ぐ。

「そこでね、『あいつ』に会ったのよ。あいつは、私に全てを教えてくれたわ。私の持つ力のことも、この影時間の正体も。私が望めば、手に入らない物なんてこの世にはない。『あいつ』はそれを教えてくれたの」

俯いていたハルヒが、ゆらりと面を上げ、俺たちを見た。
―――笑っている。

「でもね。私は未熟だから、その力を使いこなすことが出来ない。私が本当に全てを手に入れるには、私は強くならなきゃならない。あいつはそうも教えてくれた。私は当然、それを求めたわ。望むもの全てを手にできる存在に、私はなりたかった。
 だから私は、あいつを受け入れたの。一つになったの。そうして、タルタロスが生まれた。あの塔はね、私の心の中の世界。シャドウを倒すことで、私は私の心のもっと奥へと入って行ける。……シャドウを倒す為の力も、あいつが授けてくれた」

そう言うと、ハルヒは、右手をスカートのポケットへと挿し込み、そこから、一枚のペルソナカードを取り出した。

「心が開けるたびに、私の力は強くなった。ペルソナも増えていったわ。私は毎日毎日、影時間が来るたび、タルタロスに来た。上の連中なんかつまらないから、私はずっとモナドに居たわ。
 それは誰にも知られない、私だけの時間だった。でも、そこに何故か―――あんたが入り込んできた」

そこまで話した後、ハルヒの、温度のない瞳が、俺の顔面へと向けられる。

「あんたたちが、私の邪魔をしに来たんだと思って、どうしてくれようかと思ったんだけど。でも、どうやらあんたたちは、シャドウたちを倒して、私が力を手に入れて行くのを、手伝ってくれてるみたいだった。
 だから、私はずっとモナドに身を潜めて、あんたたちが、全てのシャドウを倒してくれるのを待ってたの。もう面倒だったから、影時間の外に出るのも、やめちゃったわ。そうしたいと思ったら、できちゃったのよ」



216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:03:02.06

そこまで話し、ハルヒは両手を腰ほどの高さに上げ、手のひらを上へと向けた。

「すべてのシャドウが倒された今、私は、深層・モナドと一つになった。キョン、あんたたちの手助けのおかげで、予定よりずっと早くにね。それと、そっちの……あなたたちのことは、いまいち知らないけど。何にしろ、助かったわ。ありがとう」

ハルヒが、アイギスたちの顔を見回した後、微笑む。悪意のかけらも感じない、純朴な微笑が、逆に気味悪く感じられる。

「もう……全てを、知った、というのですか、あなたは」

古泉が掠れた声で呟くと、ハルヒは視線をそちらへと向けて、微笑みを浮かべたまま、

「私の力も、古泉君や有希が何もなのかも、全部分かったわ。そりゃ、びっくりしたわよ。それなりに。でも、私はそれよりも、自分の力の全てを手に入れたかった。そうすれば……或いは、全てを、『なかった事』にだって、できるかもしれないじゃない」

ふ、と。ハルヒの浮かべている笑顔の性質が、僅かに変わった気がした。―――何もかもを、なかった事に。それが、ハルヒの求めている世界の形なのだろうか。何かを悼むような視線を、空中に泳がせるハルヒ。

「有希は……有希には、何をしたの!」

俺の左後ろで、朝倉が吼える。体から青い光を滲み出させながら、今にもハルヒに掴みかかりそうな剣幕だ。しかし、それをしないのは、深層心理で分かっているからだろう。ハルヒは、俺たちが容易く勝てるような相手じゃない。

「さあ、私は知らないわ。ただ、あいつがね。有希は厄介だから、手を打つとは言ってたわ。何をしたのかは知らないけど、私も、有希が味方になるのは嬉しかったし。ま……あんたたちに、やられちゃったみたいだけど」

「違う、有希を傷つけたのは、あなたよ!」

朝倉が、刃のような言葉を投げつける。それを受け、ハルヒは、呆れた様に溜息をつき、

「安心しなさいよ。もうすぐ、こんな世界、なかった事にしてあげるから。今度はね、もっとまともな世界に書き換えてやるわ。古泉君も、みくるちゃんも、有希も、出鱈目な存在じゃない世界。
 ……おかしいわね。あんなにも欲しがってた、不思議な事すべてが、こうして手に入れてみると、いらなくなっちゃったんだから」

ハルヒの言っていることは、本当なのか?
俺は、薄ら笑いを浮かべる、ハルヒの顔を見つめながら、つい先刻、長門が、俺たちに残した言葉を思い出す。



217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:04:02.13



 ―――ハルヒもまた、心を食われている。


 ―――『混沌』に。


混沌。
ハルヒの言う『あいつ』というのが、その混沌という奴なのだろうか。ハルヒはそいつを受け入れ、一つになったと言った。
しかし、そいつは、一体何のために、ハルヒに真実を教えたのだろうか。それだけでは飽き足らず、俺たちや、伊織たち。長門までもを巻き込んで、ハルヒの力を強めることを促した……それによって、そいつに、何の得があるのだろう。

「やらなきゃいけない事は、あと、ひとつ……このモナドの塔から、あんたたちの存在を消してしまえば、私とモナドの間を遮るものは、何もなくなる。そして……私は、世界を作り直すの。あんたたちにも、悪い話じゃないでしょ?」

ハルヒがそこまで話し終えると、世界は、周囲に吹き荒れる風の音だけを残して、止まってしまったように思えた。誰も口を開こうとはせず、ただ、憂いを帯びた表情を浮かべるハルヒを、十人の視線が射抜いていた。
そうして訪れた、数秒ほどの沈黙の後で、ハルヒは再び口を開いた。

「もう、この世界は、おしまいなのよ。私は全てを知ってしまった……もう、何も知らなかった頃には戻れない」

ハルヒの表情から、微笑みが消え、悲痛な小声が、俺の鼓膜にかろうじて届いた。

「全てを作り直すしか、手段はないのよ。これから先の未来なんて、誰も幸せになれないって、分かりきってる。それが、あんたには分からないの?」

ハルヒは、僅かに伏せた瞳に俺を映しながら、痛みを堪えるような語調で話しながら、最後に、俺に視線を向けた。
その視線を受け、俺は、考える。
―――ハルヒが、全てを知ってしまった
果たして、これから、世界はどうなるのだろう。
世界の全てが、涼宮ハルヒに委ねられる―――それが一体どんな未来を産み得る事態のか、考えようとしても、まるで誰かが、そこに立ちふさがっているかのように、想像することができなかった。

「私の力が、全てを壊してしまう前に……私は、世界を作り直すの。それが―――私の、みんなへの、償い」



218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:05:01.38

償い。
ハルヒの口にしたその単語が、俺の頭の中で、何度も繰り返される。
たしか、それは、罪を犯した人間に課せられるものだったはずだ。
そうか。今、ハルヒの心を動かしているのは―――罪悪感なのか。

きっと、ハルヒはこう考えたんだろう。
自分が、無意識下の力によって、何かを起こす度に、古泉や長門、朝比奈さんらが、それらを解決するために、尽力させられていた。
ハルヒにとって、世界が当たり前に回るように、常に根回しをし続けていた、周りに連中に対して、申し訳ない事をした、と。
それを強いていた自分は、罪にまみれていたのだ、と。

そして、その償いとして、企てたのが―――世界の再生。
初めから、何もなかったことにする。古泉も、長門も、朝比奈さんも、なんの力も持たない、ごく普通の人間である世界の創造。
言わば、あいつらを……世界を、『涼宮ハルヒ』から解放してやることが、自分の力を知ってしまったハルヒに出来る、最大の償い。

「そうよ」

ハルヒは、俺の思考を読み取っていたかのように、言葉を発した。
力を持ってしまった者に課せられるべき、『代償』を、受け止める事。それが、力を知ってしまった者の、抗うことの許されない、宿命。
しかし、それを受けるというのは、即ち―――

「私は、私ができる限りのことを、するの」

ハルヒが、す。と、天を見上げ、呟く様に言葉を紡ぎ始めた。
そして―――


「全てを、当たり前に変えて、巻き戻して、そして―――私は、消えるの」


と、表情を失いながら、言った。



219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:06:01.30


「消える、って……」

ぽつりと、俺の後ろで、伊織が呟く。

「いや……おかしいだろ、なんで、アンタが消えなきゃいけないんだよ」

「私は、この力を手放すことはできないのよ」

す。と、無表情の見つめる先を、足元へと移しながら、ハルヒは言った。

「力を失うことも、自分の記憶を消すこともできない。誰かに委ねることもできない。この力……『涼宮ハルヒ』の呪縛から、世界を解放するには……私が、この世界からいなくなるしかないの」

まるで世間話でもするような、平坦な口調。

「私は、世界を作り直す。私なんて、元々いなかった世界を創る。そして、この力を抱いて、消える。そのために……私は、このモナドと一つになる」

不意に、ハルヒの手の中にあったカードが、弾ける。同時に、ハルヒの体から溢れ出す、青白い光。

「私の考えが理解できたなら、この塔から降りなさい。邪魔をするなら……無理矢理にでも、消えてもらうわ」

き、と、ハルヒの視線が、鋭くなる。
その視線を受けた俺が、無言でペルソナカードを取り出すと、周囲の仲間たちも、それに倣うように、臨戦態勢に入った。

ふざけんなよ、ハルヒ。
償いだの、開放だの、勝手な事ばっかり言いやがって。
そんなもん―――知ったことかよ。

お前が消えようとしているのを、黙って見ていられるか。
待ってろ、今……目を覚まさせてやる。



220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:07:01.99


「ペルソナ!」

ハルヒの口から放たれたその単語が、屋上の大気を震わせる。呼び声に呼応し、現れたのは、赤い衣装に身を纏った、道化師のような姿のペルソナだった。

「行きなさい、『アポロ』!」

ハルヒのペルソナが、右の拳を握り締めると、周囲の空間が一瞬、陽炎のように歪み、直後、ペルソナの拳が、閃光を帯び、やがて、炎を纏い始めた。

『みっ、皆さん、今の涼宮さんのペルソナは、炎のペルソナです! 攻撃がきます―――とても強くて、重い力です!』

降り注いだ、朝比奈さんの声を受け、最初に動いたのは―――森さんだった。細く引き締まった脚でモナドの屋上を蹴り、ペルソナの光を身に纏いながら、ハルヒとの距離を縮めてゆく。そして、ハルヒの前に立つ赤い道化師へと向けて、髑髏柄のペルソナを放った。

「ベッラ!」

現れた、森さんのペルソナが、左の拳を振り上げ、ハルヒのペルソナが放った攻撃に、拳をぶつけ合わせるように振り下ろした。一瞬のインパクトの後、力が拮抗する、ギリギリという音が、離れた場所からでも聞いて取れるほど、激しく鳴り響いた。

「古泉!」

「はい!」

ハルヒのペルソナとの力比べを繰り広げながら、森さんが古泉の名を呼ぶと、既に臨戦態勢に入っていた古泉が、傍らに、薄緑色のペルソナを携えながら、駆け出した。直後に、赤い光の矢の雨が放たれ、森さんの背中へと差し掛かる。
その矢が、今にも体表に食らいつきそうになった、その瞬間、森さんはタン。と、大地を足で蹴り、ハルヒのペルソナの頭上へと飛び上がった。
同時に、拳を繰り出していた森さんのペルソナが解除され、矢の雨の標的は、必然的に、ハルヒのペルソナへと移る。更に、空中の森さんが、眼下の赤い道化師へと向けて、今度は右の拳を振り下ろす。
頭上と前方からの、同時の攻撃。しかし、攻撃が食らいつこうとした瞬間、ハルヒはポケットから、新たなカードを出し、それを空中へと放った。
同時に、道化師のペルソナの姿が消え、二人の攻撃は標的を失い、空を切る。

「来なさい、『ヴィシュヌ』!」

ハルヒの体から、新たなペルソナが繰り出される。漆黒のマントに身を包んだ、青鬼の如き姿のペルソナだった。



221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:08:00.98

そのペルソナが、仰々しく両腕を振りかざすと、あたりの空間に、風が吹き始めた。初めは僅かな風だったが、それはすぐに、真空の刃を伴う、ハルヒの体を中心とした旋風となり、俺たちの体を一度に襲った。

『か、風です! えと、吹き飛ばされないようにしてください!』

「ラウレッタ!」

叫んだのは、妹だった。現れた桃色の両腕が、俺たちとハルヒとの間に、薄い光の障壁が発生する。吹き荒れる風が、障壁によって阻まれ、押し返される。真空の刃が、乱れ舞うように、あたりの空気を切り刻んでゆく。

「召喚シークエンス、ノルン」

アイギスがペルソナカードを放ち、黄金色の女神の姿をしたペルソナを伴いながら、吹き荒れる風の中に突攻する。風を吸収しながら、ハルヒと、そのペルソナへと接近するアイギス。お互いのペルソナが、射程距離に入ったあたりで、アイギスは更に新たなペルソナカードを放った。

「ペルソナチェンジ、『アテナ』」

現れる、巨大な盾を手にした、戦乙女の如き姿のペルソナ。アイギスは、前進する体を止めないまま、ペルソナの持つ盾を前方へと突き出し、そのまま、ハルヒに突撃した。

「ヴィシュヌ!」

ハルヒが再び、そのペルソナの名前を呼ぶと、あたりに吹き荒れる旋風の風力が僅かに緩み、青鬼のペルソナの右腕が光を帯び始め、次の瞬間、その手の中に、巨大な斧のような武器を作り出された。
それが、ハルヒのペルソナの両腕によって、天高く振り上げられ、迫り来る、アイギスのペルソナの大盾に向け、振り下ろされる。ガァン。と、重く、それでいてよく通る、奇妙な音がした。

「く……」

声を漏らしたのは、アイギスだ。その身を覆うペルソナの大盾が―――ハルヒの放った攻撃によって、破壊されたのだ。そして、盾をかち割った光の斧は、今、アイギスのペルソナの体表へと、その刃を食入らせている。

「アイギス!」

岳羽さんがその名叫び、妹の張った障壁から飛び出す。その体を、吹き荒れる旋風が襲うが、風の刃によるダメージを受けている様子はない。しかし、圧倒的な風力が、彼女の体を転倒させた。
それを見たハルヒのペルソナが、アイギスのペルソナに食い込んだ斧を引き抜き、倒れた岳羽さんに向かって、手の中の斧を投擲した。
旋風の中を、真っ直ぐに突き進む、ハルヒの斧。



222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:09:01.09


「ゆかりちゃんっ!」

妹が叫び、岳羽さんと斧の間に、新たに障壁を作り出す。その障壁によって阻まれ、光の斧が弾き返される。しかし、それによって、初めに張られた、魔法を無効化するための障壁が解除された。辺りを吹き荒れる嵐と、かまいたちが、俺たちを襲う。

「うおっ!」

風に弱い伊織が、声を上げたのが聞こえた。風は、いつぞや岳羽さんが巻き起こした竜巻に匹敵するほどの風力を有していた。立っていることすら難しい。
なんとか両足を地面に食らいつかせながら、俺はハルヒを見た。視界の中で、ハルヒがまた新たに、ペルソナカードを取り出す。―――待て。これ以上、何をする気だ。

「行け、『アルテミス』!」

マントの青鬼が消え、現れたのは、鏡のような鎧に身を纏った、女神の姿をしたペルソナ。女神が両手を天に翳すと、俺たちを吹き付ける風の温度が低下し始める。

『ひえっ、氷です! 空気が、凍りついて、みんな凍っちゃいます! 溶かさないと……』

朝比奈さんの声がそう告げた頃には、俺たちを取り巻く風の中に、無数の氷の結晶が混じり始めていた。風に吹かれた全身が、徐々に凍りついてゆく。思わず目を閉じると、瞼までもが凍りついてしまいそうなほどだ。

「ワオーン!」

朝比奈さんの声を遮るようにして、何処かから、風音に紛れて、コロマルの遠吠えが響き渡った。吹き荒れる風に、炎を噴きつける、コロマルのペルソナ。
それは、とても、ハルヒの元へ、攻撃として届くほどの火力ではなかったが、俺たちの体が凍ってゆくのを遅らせる程度の効果はあった。

「くっ……カーラ……ネミっ!」

凍結から逃れた天田が、大地に自らのペルソナを叩きつけながら、稲妻を迸らせた。吹き荒れる風の中であれども、光速の電流は、真っ直ぐにハルヒの体へと伸びてゆく。

「うあっ!」

ハルヒが声を上げ、一瞬、周囲の気温が上がった。ダメージが通ったのだ。



223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:10:02.83

時を同じくして、屋上に吹き荒れる風が、弱まってきたのを感じた。先ほどのマントのペルソナが去ってから、時間が経った為だろう。今なら、ペルソナを召喚できる。

「行け、ネミッサ!」

ハルヒの傍らに立つ、鏡の女神に向けて、無数の拳を解き放つ。

「くっ、ヴィシュ―――」

ペルソナを解除し、新たに召喚しようとするハルヒ。しかし、拳がハルヒのペルソナへと叩き込まれる方が、僅かに早かった。

「くはっ……」

喉から息を漏らしながら、目を見開くハルヒ。……このチャンスを逃すわけには行かない。

「トリスメギストス!」

ハルヒを挟んだ向こう側から、俺の放つ拳に被せるようにして、伊織が斬撃を放った。刃は、ハルヒのペルソナの、鏡の装甲に、無数の傷を作り出し、僅かにだが、亀裂を入らせた。

「やっちまえ、ネミッサ!」

風はもはや、行動するのに何ら問題をきたさないほどに弱まっている。俺はネミッサの拳を、更に、ハルヒのペルソナに向けて叩き込む。肉を殴りつける、生々しい感触が、俺の両手に伝わってきた。

「ヴィ……シュヌ……!」

拳と刃の嵐が止むと、ハルヒは体をふらつかせながら、それでも強かに、ペルソナカードへと手を伸ばした。再び、マントの青鬼が現れ、あたりに旋風を作り出そうとする。しかし、それを阻む、別の風が、既に、屋上内に吹き始めていた。

「もう、好きにはさせない……! イシス!」

岳羽さんが、ペルソナを召喚していた。その巨大な翼が、せわしなく空を煽ぎ、ハルヒの介入を許さぬ、分厚い風の要塞が、屋上を支配していた。
真空の刃に切り裂かれ、身を震わせるハルヒ。



224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:11:08.58


「く……は……」

ペルソナが受けたのと同様の傷を、全身に刻み込まれ、ハルヒはついに、膝をついた。その手の中のペルソナカードが地に落ち、霧散する。

『す……涼宮さん、体力が、もう……』

朝比奈さんの声が届くよりも早く、俺たちの攻撃の手は止まっていた。これ以上、攻撃を加える必要はないと、誰もが察したのだ。

「こんなの……私は……ゆるさない……」

「……ハルヒ」

俺が声をかけると、ハルヒは、俯いた顔を上げた。
その視線が、俺へと突き刺さる―――いつもの、ハルヒの目。どこまでも真剣で、自分の信じた事を貫く、涼宮ハルヒの目だ。

「どうして……わからないの……もう、この世界に、未来なんて……ない……」

絶え絶えに言葉を紡ぐハルヒ。その手が、ポケットに伸びるのを見て、何人かが身構える―――

「……なあっ、もういいだろ!」

と―――叫んだのは、伊織だった。

「何だよ、これ……何でこんなことになってんだよ! いいじゃねえか、もう……十分だろ……」

後に行くに連れて、細くなってゆく伊織の声。

「こんな、ボロボロになるまで、世界の皆のこと、考えて……だったんだろ……古泉も、長門ってやつも、朝比奈さんだって、もう、アンタに罪を償ってほしいなんて、考えてねえよ!」



225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:12:01.19

俺は、黙ったまま、古泉に視線を向けた。神妙な面構えで、ハルヒの姿を、痛々しそうに見つめている。

「違う……もう……許されないの……私は……」

ハルヒが言うと、伊織は目を見開きながら、

「だから! 許すとか許されないとか、誰にだよ! アンタにそんな事言える奴、誰がいるってんだよ!」

「―――全てよ!」

伊織の声を弾き返すように、ハルヒが叫ぶ。その、フラフラになった体で、大地を踏み、立ち上がりながら。

「もういい……私の言うことが……理解、できないなら……もう……躊躇なんてしない……」

ハルヒが、ゆっくりと、ポケットからペルソナカードを取り出す。

「ペル……ソナ……!」

青い光が、再び、ハルヒを包み込む―――その時。

『―――み、皆さん、逃げてくださいっ! これは―――死神、死神がっ!』

舞い降りてきたのは、朝比奈さんの声ではなく、山岸さんの声。
そして―――


「行きなさい―――『タナトス』!」


ハルヒの声と共に―――俺たちは、闇に包まれた。



226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:13:03.02




………

冷たい風の吹き荒ぶ、モナドの塔の屋上。
そのだだっ広い空間に、直立しているのは、俺と、ハルヒの、二人だけだった。
血の色の床の上には、古泉や朝倉、アイギス、伊織たちが倒れ伏している。皆、かろうじて呼吸はしているようだが、目覚める様子を見せる者は誰もいない。

「どうして」

俺は、数十メートルほど離れた地点に立つ、傷だらけのハルヒに向け、言った。

「あんただけは……最後に倒してやろうって、思ってたの」

ハルヒは、僅かに血の筋が垂れた唇を動かし、言葉を紡ぐ―――その傍らに、あの、死神のペルソナが浮遊している。

「あんたは……私が、生かすって……一度は、決めた相手だから……」

ぜーぜーと、苦しそうに呼吸をしながら、ハルヒは、俯いていた面を上げ、俺に視線を向けた。

「あんたに、ペルソナを与えたのは、私。私のペルソナ……『ダンテ』の一部を、あんたに与えたの……あの日、あんたが『マジシャン』に、殺されそうになった時」

ハルヒは、一体何を言っているんだ?
俺が、殺されかけた時―――そう聞いて、思い出されるのは、最初に出会った、あの無数の手によって構成されたシャドウの件。
そこで、俺は思い出す。あの時―――確かに、俺の耳に、ハルヒの声が届いていたことを。


 ―――アンタのことは、生かしておいてあげる―――



227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:14:00.88


「俺を助けてくれたのは……お前だったのか」

「あんたの『ダンテ』は、私の心の海から生まれた者……だから、ちゃんと、返してもらおうと思ってね」

ぐい。と、口元の血を拭い、死神のペルソナを解除するハルヒ。そして、スカートのポケットから、新たなペルソナカードを取り出す。

「これが、本当のダンテ。十二体のシャドウの血を吸った、私の、最後のペルソナ」

そのカードが、空中へと放たれ―――ハルヒの体が、ペルソナの光に包まれる。ゆっくりと、ハルヒの体から現れたのは―――俺の知るダンテのそれよりも、いっそう赤い肌を持ち、背中に二本の羽ペンを携えた、ダンテによく似たペルソナだった。

「名付けるわ、今……これが、私の、『モナドダンテ』よ。そして、モナドに残っているのは、あんただけ。あんたが力尽きれば……私のペルソナは、完成する。私の力の全てが、私の物となる」

ひと呼吸、間を空けた後、

「私はその力で、世界を再生させ、この世界から消える……安心して、そこに倒れているみんなも、元に戻る……あるべき場所に還る。ただ、私がいなくなるだけ」

「……それが認められないから、俺たちはここにいるんだ」

俺がそう言うと、ハルヒは再び俯いた。―――何かを、考えているんだろうか。

「……何度も言わせないで……他に選択肢なんか、ないの」

その言葉と同時に、ハルヒの傍らのペルソナが、二本の羽ペンを抜き、構える。

「あんたのダンテを出しなさい」

ハルヒがそう言うと、俺が意識するよりも早く、俺の体から、ダンテが現れた。まるで、俺の体が、ハルヒの意思で動かされているかのようだった。

「これで、最後よ……行け、モナドダンテ!」



228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:15:02.55

ハルヒが咆哮すると同時に、ハルヒのペルソナは、足下を蹴り、こちらへと向かって駆けてきた。
それを迎え撃つべく、僅かに遅れ、俺のダンテが羽ペンを構える。
ハルヒのペルソナは、両の手に携えた、俺のダンテのそれよりもわずかに小ぶりな羽ペンを、眼前で交差させ、全体重をかけて、俺に斬撃を放ってきた。
ダンテは、両手で握り締めた羽ペンを右から左に薙ぐ形で、その剣撃を受け止める。
攻撃は―――決して重くない。当たり前だ、ハルヒは既に、満身創痍なのだから。

「やれっ!」

両手に力を込めると、いとも容易く、二本の羽ペンが、ハルヒの手の中から弾き飛ばされ、あたりに転がった。
そのまま、ハルヒのペルソナの喉元へと、ペン先を突きつける。

「ハルヒ」

その体勢のまま、俺はハルヒに声をかけた。痣だらけの顔で、それでも、真っ直ぐに俺を見つめるハルヒ。

「……これで……終わりよ……」

唇が動き、消え入りそうな呟きが、俺の耳に届く。同時に、ハルヒのペルソナが、解除される。

「あんたなら……そうしてくれるって、思ってた……優しいからさ……」

……俺には、わかる。ハルヒが、俺に何を求めているのか。
ハルヒが世界を再生させる事なく、全てに終止符を打つ、たった一つの方法―――しかし、それは、俺にとって、余りにも過酷な―――


「私……この世界から、消えるためなら……あんたに殺されても、いいよ」


―――ハルヒが求めていたのは、誰かに許されることなんかじゃない。
自分が―――『涼宮ハルヒ』が、『涼宮ハルヒ』から解放されることだったんだ。



229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:16:01.61


「キョン……お願い……」

宝石のようなハルヒの瞳から、涙が滲み出してくる。まるで、今まで押し殺していた、真実の感情が、溢れ出しているかのように。
涙は、ハルヒの顔を、あっという間に、くしゃくしゃにした。

「私を……たすけて……キョン……」

ハルヒには―――逃げ場がないのだ。
自分の持つ能力を知り、それによって、知らず知らずに犯していた罪を知り―――生き続けることさえ、長くはできなくなった。
生きていれば、きっと、何かを起こしてしまうから。

「キョン……」

泣きじゃくりながら、俺の名を呼ぶ、ハルヒ。
その、ボロボロの体に、俺は歩み寄り―――その体を、抱きしめた。

「泣くな……」

制服のブレザーに、ハルヒの涙が染み込んでゆく。
影時間から出なくなって、しばらくが経過したためか、ぐしゃぐしゃに荒れ、伸びた髪の毛の上から、その頭を撫でくり回す。

「俺がいてやる。古泉だって、長門だって、朝比奈さんだって……お前が何を起こそうと、そばにいてやる」

ハルヒにとって、それが苦痛であることは、分かっている。
それでも、俺には―――ハルヒを殺すことなど、出来ない。

「お前が集めたメンツだろうが……最後まで、責任とれよ。お前が死んだら……俺たちは、どうすりゃいいってんだ」

「キョン……私―――私、消えたく……な―――ー」



230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:17:00.76

ハルヒの言葉は、突然、何かに遮られるように、途切れた。
俺とハルヒの二人しか存在しない、このモナドの屋上で、いったい、何がハルヒの言葉を遮ったのか。

「―――ひっ」

異常を感じ、俺はハルヒの表情をうかがう。目が強く剥かれ、何かにおびえるように、その表情は、強ばっていた。

「ハルヒ?」

「な、何、これ……やだ、何、誰……あた、あたしの中に、中から、来るっ……」

胸を押さえ、焦点の会わない視線をそこらに振り回しながら、ハルヒが喘ぐ。俺は―――目の前で何が起きているのか、それを考えることが出来ない。
ハルヒの中に居るもの?


ああ、そうか。
そいつが、ついに、出てくるのか。


「かっ、は―――っ―――……」


やがて、ハルヒの声は止み―――
代わりに、俺の目の前で、ハルヒの口から、その声が溢れてきた。


「……君たちのお陰で、事は随分、首尾よく進んだよ」


出やがったな。



231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:18:02.03


「テメエは、何者だ」

俺のその言葉を聴くと、そいつは、ハルヒの顔で、何やら満足そうに笑い

「くっくっく、やはり、今度こそは、あの憎きフィレモンの邪魔も入らなかったようだ」

意味の分からない単語が、そいつの口から飛び出す。
ハルヒの顔で、珍妙なセリフを吐かれることに、軽い苛立ちを覚えながら、もう一度、

「テメエは……何者だ」

「ふむ」

一呼吸を置いた後、そいつは言った。


「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ」


ニャルラトホテプ。
遠い昔に、何かの小難しい本の隅に、そんな名前を見たような気もする。

「お前が―――ハルヒに、全てを話したのか」

「良いだろう、ここまで私の計画に貢献してくれた御礼だ。貴様には、我が計画を教えてやろうか」

ハルヒの姿をしたそいつが、俺の腕の中から退き、月を見上げる。
俺は、いつの間にか冷や汗でまみれていた手を、ブレザーの裾で拭いながら、ハルヒの姿をしたそいつが話し出すのを待った。



232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:19:01.00


「……私は、この宇宙を生きる者たちの、普遍的無意識の化身。遥か古代より、人の営みを見続けてきたものだ。全ては、人という生き物が、完全たる存在になる時のために。私は、弱き者を、奈落の底へと引きずり込む役目を持つ」

ふと、気づく。最初はハルヒの声であったそいつの声が、徐々に濁った何かに変わり始めている。

「しかし。私はもはや、人が完全な生き物へなれる日などが来るとは思っていない。遥か古来より、人は影を積み重ね、愚かな、醜い生き物へと変わってきた。
 もう、人間という生き物は、終わってしまっているのだよ。これ以上、進化の可能性などはありえない」

進化の可能性。その単語が、俺の頭に引っかかる。そうか。こいつは、長門の親玉と似たような存在だってわけか。

「この人の世には滅びが必要だ。私は過去に幾度となく、その滅びを齎そうとした。しかし、その度に、愚かな人間たちが……自分の影も知らぬ者たちが、フィレモンに唆され、私の邪魔をした。だが、今回は違う。私は見つけたのだよ。人の世に、確実な滅びを与えることのできる力を」

そう言って、ハルヒの姿をしたそいつは、ハルヒの手を、ハルヒの胸元に当て、気の遠くなるような薄笑いを浮かべた。
―――その滅びとやらを、ハルヒの力を使って、齎そうって言うのか。

「この女の力を手にするために、私はこの女の精神を、影なる時間、そして、そこに聳える混沌の塔として具象化させた。私がすこし唆してやったら、この女は、喜んで私を受け入れたよ。
 私はこの女の精神と同化し、この女が、自らの普遍的無意識へと、足を踏み入れてゆく、その過程を共にした。そして、今……私とこの女は、女の持つ力の全てを手にした。
 後は、この女という個体が消え去ればいい。全ての力は、我が手に移り、世界に滅びの時が訪れる。……まさか、最後の行程までもを、貴様らが担ってくれるとまでは思っていなかったよ」

「……涼宮さんを、騙したということですか」

不意に聞こえた声に、俺と、ハルヒの姿をしたそいつとが振り返る。振り向くと、古泉と、その体を支えるアイギスの姿があった。

「騙した? それは違うな。この女もまた、滅びを求めていたではないか」

ぐつぐつと喉の奥を鳴らしながら、そいつが言う。

「自らの力の大きさに耐え切れず、この女は滅亡を求めたのだ。望みを現実へとかえる、その力に、自分が飲み込まれてしまうことを恐れた。
 この女は聡明な人間だ。自らの愚かさ、弱さを知っていた。私はこの力を使って、この女が望んだとおり、滅びを齎してやるのだ」



233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:20:01.18


「……あんま勝手なこと、言わねーでくんねーかな」

更にもう一つ、俺の後方から声がする。

「簡単に、滅び滅びっつーけどさ……一応この世界、俺らが死ぬ気で頑張って救ったわけよ。それを、あっさり、滅ぼすとか言われて……黙っていられるほど、人間出来てねーんだよ」

伊織と、その傍らに、天田の姿もある。

「人の愚かさとか、弱さとか……どいつもこいつも、そんなことばっかり!」

更に、聞こえてきたのは、岳羽さんの声だ。

「彼が守ってくれてるこの世界……私が百回死んだって、滅ぼさせてなんかやらない!」

豪語する岳羽さんの向こうで、朝倉と森さんが体を起すのが見えた。

「世界を救った数では、私どもも負けているつもりはありません」

「覚悟することね……有希にまで手を出した罪は、海より深いわよ」

「ユキ? あの情報統合思念体の端末のことか」

朝倉の言葉に、そいつ……ニャルラトホテプが反応する。

「愚かな個体だった。人の愚かさを知る身でありながら、人の情などを最後まで捨てなかった。貴様ら、愚かな人間たちに感化され―――」

「やめて!」

甲高い声が、濁った声を遮る。



234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:21:01.14


「ハルにゃんのことも、有希ちゃんのことも、悪く言ったら、あたし、許さないから!」

俺の妹が―――桃色のペルソナを傍らに、猛々しく吠えていた。

「くっくっく……いいだろう」

ニャルラトホテプが、両手を広げ、満月を見上げる。
―――その、直後。
ハルヒの全身から、猛烈な勢いの漆黒の煙が噴出し、影時間の空に浮かぶ満月を覆い隠した。同時に、ハルヒの体が力なく崩れ落ちる。

「涼宮さん!」

ハルヒ―――。
俺と古泉、そして、アイギスが、床に落ちたハルヒのもとへ駆け寄る。

「レイズアップ、オルフェウス」

「メサイア!」

俺とアイギス、二人分の回復の光が、ハルヒの体を包み込む。先の戦いの傷は癒えたようだが、意識を取り戻す気配は無い。


『まずは貴様らから、滅びを与えてやろう』


おぞましい低い声が、天空から降り注ぐ。
見上げると、そこには……全身に無数の白い斑点を持った、漆黒の巨人の姿があった。
閉鎖空間に現れる、光の巨人と良く似た輪郭。その胸の部分が、奇妙に盛り上がり、何かを象る。
それは……ハルヒの顔だった。



235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:22:01.46


『み、皆さん、これ、何が……どうなっているんですかっ!?』

不意に。頭の中に声が響く。朝比奈さんのものじゃない、山岸さんのものだ。

『モナドの塔の前に、とても大きな巨人の足が……あっ、それと……時間が、時間が動いてます!』

慌てて、零時計を見る―――終わらない零時を回り続けていたはずの長針が、止まっているのだ。

「ウソだろ、でも、影時間は終わってねえぞ!」

空と月、大気を見比べながら、伊織が言う。それを見受け、巨人は、ハルヒの顔の口の端を歪めさせながら、

『見たまえ、世界は終わり始めた。シャドウたちは街へ溢れ、人々を脅かしているだろう』

「何だと……?」

その言葉に、古泉が顔をゆがませる。

『わからないのかね。空白の時に閉じ込められていた影時間は、今、世界と一つになった。物を言わぬ棺となっていた人間たちも目覚め、今、この影の空の下に居る。世界がシャドウで埋め尽くされるまで、どれほどの時間が掛かるだろうな?』

ハルヒの顔を模したそいつが、笑う。

『シャドウとは、人の心に在る影の化身。人は己の影が作り出した魔物に食われ、潰えるのだ。これほど愉快なこともあるまい』

地獄の底から響いてくる、地鳴りのような、悍ましい笑い声だった。

「ハルヒ―――悪い、少し待っててくれな」

目を閉じた顔にそう語りかけ、床の上に、ハルヒの体を横たえる―――目前に、九人の背中と、巨人。



236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:23:01.15



「ペルソナ!」


数人の掛け声が重なり、視界が青白く染まった。モナドの屋上から、ニャルラトホテプへと向けて、無数のペルソナが放たれる。

「トリスメギストス!」

「ワオーン!」

コロマルのペルソナが、天を見上げ、吠える。すると、伊織の放つ刃が、わずかに赤みがかった、膜のようなものに覆われ、空中に赤い帯を残しながら、ニャルラトホテプの体表へと叩き込まれた。
ジュウ。と、肉が焦げる音とともに、ニャルラトホテプの腕が切り刻まれてゆく―――次に動いたのは、古泉と、天田だ。

「ウェルギリウス!」

「カーラ・ネミ!!」

現れた二体のぺルソナは、一方は無数の矢を、一方は電流を迸らせる。二つのエネルギーが、絡み合いながら、巨人の胸、ハルヒの顔を模した、それがある部分へと着弾する。巨人の右腕が、それを振り払うように薙ぎ払われる。塔へと接近したその腕に、食らいつく者がいた。

「ベッラ!」

放たれた森さんのペルソナが、巨人の右腕へと両足で食らいつき、その体表を駆け上ってゆく。巨人が、それを振りほどこうと、左腕を振るうと、今度はその左腕へと飛び移り、更に高くへと登ってゆく、逞しき姿。
その森さんを援護するべく、ペルソナを召喚したのは、アイギスと朝倉だった。

「ベアトリーチェ!」

「スカディ」

二体のペルソナが現れると同時に、周囲の気温が低下する。もはや馴染み深ささえ覚える、絶対零度の温度だ。



237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:24:01.42


「イシス!」

アイギスと朝倉が冷やした空気を、岳羽さんのペルソナが巻き起こした、旋風が煽った。

「ラウレッタ!」

吹きすさぶ風が、俺たちに危害を加えぬよう、発生する、我が妹の障壁。絶対零度まで冷やされた大気を投げつけられると同時に、ニャルラトホテプの体表が、徐々に硬質化してゆく。そこに、森さんは、渾身の拳を放った。
ビキ。という、重く、鈍い音とともに、森さんの拳が入った位置から下腹部に向けての、巨人の体に、亀裂が入る。

「やったっ!」

その光景を前に、岳羽さんが快哉の声を上げる―――しかし、それが、ニャルラトホテプにとって、些細なダメージでしかないことを、俺は感じ取っていた。

『遊びは、終わりにしてやろう』

頭の中に、声が響き渡る―――ニャルラトホテプの声だ。
その声が止むと同時に、ハルヒを模したの像の前に、二つの光輪が重なり合ったような、奇妙な形状の光が浮かび上がる。

『! 何、これ……とても強いエネルギーが、に、逃げて!』

響き渡る、山岸さんの声。しかし、一体、どこに逃げろというのか。
何しろ、そのエネルギーとやらは、俺たちでなく。
この―――モナドの塔の外壁に向けて叩きつけられたのだから。


『刻の車輪』


轟音とともに、足元が崩れ始める。



238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:25:00.26

おいおい、マジかよ。見る見るうちに満月が遠くなり、視界に瓦礫が混ざり始める。俺たち、何階に居たっけ。あ、屋上か。屋上って、何階だっけ?とにかく、地面までの距離がハンパじゃないのは確かだ。

あたりは、見る見るうちに崩れてゆく。瓦礫と、空と、そこから覗く月光だけが、俺の視界を埋め尽くしていた。
塔の残骸が散らばっているばかりで、そこに仲間の姿は見当たらない。体はどんどん落下してゆく。天を仰ぐと、既に月はどこにも見えなくなってしまっていた。


「キョン!」


不意に―――俺を呼ぶ声がする。
重力に支配された体を無理矢理捻じ曲げ、声のした方向へ振り向く。
そこに在る、見慣れた顔。

「ハルヒ!」

まるで魔法の呪文を唱えるような気分で、そこに居た者の名前を呼ぶ。

「キョン、助けて―――怖いよ!」

塔が崩れる衝撃で、さすがに目を覚ましたらしい。そこにはハルヒが居て、俺と同じように、落下に身を任せながら、こちらに向けて手を伸ばしていた。―――空を泳ぐ。とはこんなことを言うのだろう。
俺は揺れ動く体を必死で鞭打ち、俺に向けて伸ばされたハルヒの手を握り締めた。しかし、それ以上どうすることも出来はしない。今や、ハルヒには神の力も何もないのだ。

体は止めど無く落ちてゆく。今、地上どれぐらいだろうか。分からない。俺の感覚なら、もうとっくに地面に叩きつけられていてもおかしくないんだが。
ハルヒは俺の手を両手で握り締めると、この場に似合わない、鳥の鳴くような声で言った。

「ごめんなさい、キョン、私、あいつに騙されて―――!」

先ほど、ニャルラトホテプが、ハルヒの体を借りて話をしていた間の記憶があるのだろうか。或いは、この状況から、全てを悟ったのか。
両目から、大粒の涙を零しながら、ハルヒは、何度も何度も、ごめんなさい。という言葉を発した。馬鹿野郎、そんな場合じゃないだろうが。
ハルヒの流した涙が、まるでシャボン玉のように、周囲に浮かぶ。それらが、俺たちを包み込む青白い光に反射して、輝く―――



239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:26:12.72


「えっ……」

ハルヒが、ふと、声を上げ、辺りを見回す。
そして、ようやく、俺も気づく。

―――落下が止まっている。
辺りの瓦礫も、空中に浮かんだまま、それ以上落ちて行こうとしない。
まるで、魔法をかけられたかのように、だ。

「これ……何?」

ハルヒが呟く―――俺たちの足元には何も無い。
ハルヒの力ではない。ならば、一体誰が、こんな芸当をやってのけたのか。


ああ、答えは一つしかなかったか。


「……空間をロックした。しかし、長時間は保たない」


俺達の頭上に、いつの間にかやってきていたそいつが、言う。


「行って」




240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:27:03.11


「有希ぃ―――!」

その名を、ハルヒが叫ぶ。
長門……俺達の前で目を閉じたお前が、どうして。

「影時間と世界が同期したことで、情報統合思念体とのリンクを行えた。近隣のヒューマノイドインターフェースが集結し、この空間をロックしている。……時間が無い。これから、貴方達を、ニャルラトホテプの元へと飛ばす」

傷らだけの制服こそそのままであるが、目の前に居るのは、間違いなく―――長門だった。

「チャンスは一度きり。ニャルラトホテプは、涼宮ハルヒの力を完全に支配できてはいない。彼女の力の最後の鍵は、今も生きているから」

深海の色を地上へ引きずり出してきたような、深い瞳が、俺を見つめている―――


「あなたが、そう」


その言葉と同時に。俺とハルヒの身体が、赤い光に包まれた。

「キョン―――!」

ハルヒが叫ぶ、俺とハルヒの身体は、周囲の瓦礫を砕きながら、上方へ向けて放たれた。いくつもの障害物が、俺達の目前で砕け、細かい粒となり、空中を汚してゆく。
ほんの少しの間、そんな奇妙な感覚が続いた後、俺たちは塔の外壁であったあたりを突き破り、ニャルラトホテプの立つ、北高上空へと飛び出した。

見ると、ニャルラトホテプは、突如、崩壊の止まったモナドの塔を前にうろたえながら、俺達のほかに、空中を舞う二つの光球を相手に、両腕を振るっていた。そいつらが一体誰なのか、俺は視認できずとも判った。いわば、ペルソナの共鳴とでも言うべきか。

「朝倉、古泉!」

ニャルラトホテプの頭上へ向かって、空気を切り裂きながら、二人の名前を呼ぶ。



241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:28:08.42


『馬鹿な……またも、運命は、私の選択を否定するというのか!』

低く、濁った声で、ニャルラトホテプが呻く。その胸に存在したはずの、ハルヒの顔を模した彫刻は、崩れ落ち、訳のわからない凹凸の塊に、変わり果ててしまっている。

『涼宮ハルヒは、滅亡の鍵などではない。彼女は―――彼女たちは。進化の可能性』

それに答えるように、長門の声が、どこかから響き渡る。

『可能性だと……また、その言葉に、邪魔をされるのか……このような力は、もはや未来永劫生まれぬかも知れぬ……だというのに!』

ああ、残念だったな、混沌さんよ。
その貴重な宝物は、残念ながら、とっくの昔に、自分の運命を決めちまっているんだ。

「ハルヒ―――お前は、何がしたい?」

傍らのハルヒに向けて、尋ねる。
ハルヒは一瞬、驚いたような顔を見せた後で、叫んだ。

「戻りたい!」

そんなデカイ声で言わんでも、目の前なんだから、聞こえるって。

「私、戻りたい! 消えたくない―――また、みんなと一緒に過ごしたいよ、キョン!」

だ、そうだ。―――さあ、どうする? ニャルラトホテプ。

『……愚かな……しかし、覚えておけ……宇宙の中心で轟く白痴の塊とは、貴様ら自身だということを……! 貴様等がある限り……私は消えぬ……!』

譫言をつぶやくような口調で、のたまうニャルラトホテプ―――さあ、年貢の収めどきだ。



242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:29:00.51

気づけば、ニャルラトホテプの頭部の周囲に、三角形を描くように、俺を含む三つの光球が浮かんでいる。


「ダンテ!」


「ベアトリーチェ!」


「ウェルギリウス!」


三人の声が、重なり、青白い光が、視界を―――世界を、満たす。


 ―――『神曲』


『ぐおおおおおおお!』


チープな叫び声をあげながら、漆黒の巨体が、跡形もなく消滅してゆく。
後に残ったのは―――長門たちの力によって、時間を止められたままのモナドの残骸と、空中に浮かぶ、俺たち四人のみ―――と、思いきや。

「キョンくん、よかった、やっつけたんだねっ!」

「……青春、というやつですね」

朝倉の光球の中には、俺の妹の姿があり、古泉のもとには森さんの姿があった。
―――そういや、あいつらは。伊織たちはどうしたんだ。



243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:30:01.25


『時が、元に戻り始めている』

頭の中に、長門の声が響き渡る。

『全ては戻ろうとしている。ニャルラトホテプが、影時間を産み出した、その瞬間へ。……進化の力は、再び涼宮ハルヒの元へと還る。この記憶も、涼宮ハルヒの記憶からは抹消される。そして、本来イレギュラーであった、彼ら……伊織順平たちの記憶も』

あいつらも―――俺たちのことを、忘れちまうってのか。
それは、何というか。少し、寂しい気もする。短い間だったが、戦いを共にした、仲間だったわけだしな。

『心配ない』

と、俺の考えを振り払うように、長門の声がする。

『記憶は消滅する。しかし、絆が揺るぐことはない―――彼らは、あなたたちの、戦友。この先、何があっても』

……長門にしては、クサイセリフだが、そういうのも―――なんだ。悪くないかもしれないな。そんな気分になってきたよ。
ありがとうな、長門。

「キョン、私、また……あの力を、手に入れるの?」

と、俺の傍らで、ハルヒが呟く。
そうか、時間が元に戻る。それはつまり―――ハルヒは、何も知らないハルヒに戻る、ってことなんだな。

『……全ては、元に戻るだけ。恐れることはない』

「だって……私、また、何も知らずに、キョンや、古泉君、有希や、みくるちゃんに、大変な思いをさせて……」

半べそ。などというレアな表情を浮かべるハルヒが、そんなことを言う。
―――何を、今更。



244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:31:02.61


「涼宮さん……僕らは、そんなに、信用ならない輩ですかね?」

古泉が言う。

「僕は、望んでいますよ。これまでの日常に、戻ることを。あなたと、彼の営みを眺める、毎日に還る事を、ね」

「古泉君……」

だ、そうだ。ハルヒ。おそらく一番迷惑を被っているであろう、こいつがそう言うんだ。お前が何を躊躇う必要も無い。

「……キョン」

何だ。

「あの言葉は、本当? ずっと、私の傍に、居てくれる?」

ああ―――勿論。


ゴウン。


そんなやり取りを交わしたのと同時に、周囲の空間が震動しだす。ただの地響きではない。何しろ、絶賛空中浮遊中の、俺たちまでもが揺れているのだから。

『私たちも、時空を巻き戻る。影時間の発生しない世界へと、世界は分岐する』

待て、長門。ハルヒはともかく、俺達の記憶はどうなるんだ。

『おそらく、継続する。今回の事例は、涼宮ハルヒが自らの力に気づいた場合の事例として、貴重なもの。我々がそれを記憶していることには、大きな価値がある』



245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:32:00.82

なるほどな。
俺の妹にも、ハルヒのトンデモパワーがばれちまったんだが、そのあたりはまあ、いいんだろうか。

「もうすぐ、時間が戻るの? 私、みんな忘れちゃうの?」

ハルヒが言う。
ああ、おそらくな。この揺れ具合を見るに、世界が巻き戻るまで、多分、もうすぐだろう。

「……キョン、こっち向いて」

「なん」


ちゅっ


「おや」

「あーっ!」

「あら」


「……ど、どうせ忘れちゃうんだから、これぐらい、いいでしょ」


いや―――あの、ハルヒさん。
そうは言っても、話を聴く限り俺の記憶はなくならないようなんだが……

「っ、だから! 覚えとけっつってんのよ、わかんないヤツね!」



246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:33:00.68

あー、うむ。なんだ。
……お言葉に甘えて、覚えておく。

「ハルヒ」

顔中を真っ赤にしたハルヒが、横目でこちらを見る。
それと同時に、世界がぶれ始める―――もう、時間か。


「また、部室で会おうな」


膨れ上がった仏頂面に向けて、そう囁くと同時に、世界は、暗転した。





………


どすん。


「……夢、だよな」

ベッドから落下し、目を覚ました俺は、いつぞやのごとく、寝ぼけた眼で、見慣れた天井を見つめながら、そんな言葉を呟いた。
夢とは、こんなに鮮明に、記憶しているものだろうか。
ペルソナを呼ぶ際の、内から何かが膨れ上がるような感覚。ハルヒの手の感触。その……また別の感触。
何から何までが、ついさっきの出来事のように、思い出せる。



247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:34:01.84



どたどたどた。


夜中であるというのに、喧しく廊下を駆ける音がする。

ばん。

ドアが開き、現れたのは、我が妹だ。満面の笑顔に、僅かに浮かべた涙。
……感受性豊かになったな、妹よ。


「キョンくん! やったね、がんばったね、わたしたち!」


あー。夢でいてほしかったような、そうでないような。


―――そうして、俺たちは。
ニャルラトホテプが、涼宮ハルヒに接触する以前まで、戻ってきた。

後に残されたのは、記憶のみ。


俺と、古泉、長門、朝比奈さん、妹、森さん、朝倉。


たったそれだけの人数の脳裏に刻み込まれた、戦いの記憶のみ。
それを、少しだけ、寂しいと思ってしまう俺の脳は、いい加減、ガタが来ているのだろうか?



248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:35:27.35




………


「やあ、王子様」

……俺は夢でも見ているのだろうか。

土曜の朝。俺が待ち合わせ場所を訪れると、そこにはただ一人、古泉の姿があるだけだった。
いつもなら、俺より先に、間違いなく四人全員がそろっているはずなのに。

「珍しいこともあるものですね。もっとも、あれほど珍しい経験のあとでは、それも霞むというものでしょうか」

遠足帰りのような笑顔を浮かべつつ、俺に向けてウーロン茶のペットボトルを差し出す古泉。

「貴重な経験が出来たと、今だからこそ思えますが」

「俺は今からでも、俺の中でなかったことに出来るなら、そうしたいな」

「相変わらずですね。うらやましい役回りを担っておきながら」

「俺にゃ、荷が重過ぎたよ」

「いえいえ、ご立派でしたよ。最後の一言など、僕までもがときめいてしまうほどでした」

やめてくれ。いつの間に氷結魔法を習得したんだ。リアルに背筋がブルッてなったぞ、今。
まあ―――しかし。こいつは、終始俺たちのために動き回ってくれたわけだからな。
気持ち悪い、という一言は、吐かずにおいてやる。武士の情けってやつだ。



249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:36:14.35




………

続いて現れたのは……ごめんなさい。正直、ちょっと忘れてました、朝比奈さん。

「私、もうわけがわからなくて……通信が出来なくなったと思ったら、塔が壊れて、それも止まっちゃって、どうしようと思ってたら、山岸さんは消えちゃって……」

思えば彼女一人中庭に置いてけぼりだったわけだ。
すいませんでした。詳しい説明は、俺の脳だと難しいので、長門に頼んでください。

で、その次に現れたのは。


「……なんでお前が居るんだ」

「つれないわね。一緒に戦った仲間じゃない」


白いワンピースに身を包み、二百万ジンバブエドルの笑顔を浮かべながら、朝倉涼子がやってきた。
夏の空にぴったりな装いしやがって、氷結属性だったくせに。絶対零度してみろ、ちくしょう。

「なんかね、なし崩し的に再構成してもらったの。ほら、今回、一応、自体の収拾をつけるのに助力したわけだし。その辺りが評価されて、バックアップとして復活したのよ」

かといって、お前が普通にSOS団の不思議探索に、顔を出すというのも、奇妙な話ではないのか。

「その辺はなんとだってするわよ。大丈夫、涼宮さん辺りは、簡単に受け入れてくれるでしょ」

ああ、確かに。あいつは何だって、ちょっとそれらしい説明をすれば、首を縦に振りそうだな。俺は、涼宮ハルヒが、満面の笑みで、朝倉の帰還を歓迎する光景を思い浮かべ、一人感慨に耽った。



250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:37:01.53

そして、次に現れたのは―――長門。なんと、今日のビリはハルヒか。

「記憶の修正の影響が発生していると思われる。彼女の脳波に、一時的に干渉したため―――」

すまん、三行で頼む。

「彼女は
 寝坊
 した」

……なんとまあ。

「……あなたたちに謝らなければ」と、長門が視線を伏せる。

「精神を汚染されていたとは言え、迷惑を掛けた。謝罪する」

気にすんなよ。終わったことは、もう良いんだ。

「ええ、その通り。それに、最後はあなたの助力がなければ、僕らは勝利できませんでしたからね」

ああ、そうだったな。やっぱり、長門には、何かと助けて貰いっぱなしだ。
むしろ、こっちが悪かったな。と言うべきだ。

「……心配ない」

長門は少し戸惑うように視線を泳がせると、

「あなたたちを護るのが、私の役目」

と、小さく呟いた。



251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:41:30.16


「おや」

ふと、駅前に視線をやった古泉が、ふと声を上げる。

「お姫様がご到着されたようですよ」

にやけた視線を追って、俺もそちらを見る。
その時―――俺は一瞬、視界の端に、金色の蝶を見た気がした。

「あ……?」

「どうしたの、キョン君?」

あ。ああ、いや。

「多分、気のせいだよ」

再び、同じ場所を見る。そこには金色の蝶は愚か、羽虫の一匹も飛んではいない。
と、あらためて。古泉の視線の先を見る。黄色いリボンを風に揺らしながら、寝ぼけ眼でこちらへ歩いてくる少女の姿。
そのご尊顔は、少しだけ眠たそうで―――しかし、確かに、俺たちに向けて、笑顔を放っていた。

我らが団長、涼宮ハルヒのご到着である。






END



252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/01/01(木) 21:43:19.36

ほいや!
これでおしまいクマ。
読んでくれたみんなにラブ注入&感謝感激雨嵐クマよー

ハルヒもペルソナ3もまだまだ現役と信じているクマなのであった。

また何処かで会えたら会おうクマ~
バイバ~イ



元スレ:キョン「ペルソナ!」 アイギス「FESであります!」
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