第九章 始動、海域攻略作戦!


「ああ、待って待って、閉めないで入ってきていいから!」

「だってだって、これ絶対私、やらかしちゃった感じじゃないですかっ!」


だから、今はそのやらかしがありがたいんだって。

絶対逃がすものか。地獄の道づれは一人でも多い方がいい!


「いいから入ってきて、これ提督命令!」

「提督も案外、良い感じでたくましくなってきましたね」


赤城さんほど図太くはないけどね、この鎮守府にいるとそうなるよね。

・・・・・・主にあなたのせいで!

しぶしぶ、というかすっごい及び腰で先ほどの雲雀の声の主・・・夕張さんが入室してくる。



530 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 21:52:27.86

「アンタは本当に間が悪いわねぇ」

「えぇ、だってしょーがないじゃない。ここに来る用事があったんだから!」


気を取り直した・・・ことにする瑞鶴さんが、親しげに夕張さんと話す。

背も体型も年頃も同じくらいだし、お互い気安い性格なのもあってか、この中で一番夕張さんと親しいのは瑞鶴さんだ。

・・・夕張さんの方が、ちょこっとドジかもしれない。



531 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 21:56:32.58

スラリとした細い脚は黒タイツに覆われていて、それがいっそうきれいさを際立たせている。

背は若干瑞鶴さんよりも高く、その分華奢な印象も強い。

全体的に露出は少ないのにセーラーの裾からおへそだけが覗いていて、それが僕をいつも落ち着かない気分にさせる。



「それで、夕張さん。用事っていうのはもしかして・・・?」

「はい、提督。お待ちかねのものです!」



そう言って僕に、両手で抱えていた書面を差し出してくる。

瑞鶴さんと背格好は似ているけれど、仕草は彼女のほうが女の子っぽい。


瑞鶴さんと同じく切れ長のつり目の持ち主なのに、夕張さんのそれは気の強い印象を与えることはない。

今も満面の笑みをこちらに向けていて、なんだかそれに向き合うのが恥ずかしくなってしまう。



532 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 21:58:13.00

「うん、工廠の改造計画書だね・・・随分まとめるのが早いけれど?」

「そりゃもう、いよいよ大っぴらに開発が出来るんだから・・・張り切るに決まってます!」


そう、資材が潤ってきた今、大規模な開発にはこれまでの工廠の規模じゃ不十分だ。

そう判断した僕は、こういう事が好きそうな夕張さんに計画を一任したのだ。




「題して、”夕張工房・改造大計画”ですっ!やりますよー!」


夕張さんの張り切り具合を見るに、それは正解だったようだ。

これだけ早く計画をまとめて来るなんて・・・嬉しい誤算だ。



533 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:02:18.30

「って、自分の名前工廠に入れちゃってるし・・・」

「本当にアンタは・・・火がつくと見境いないわねー」


「これで提督ご所望の艦載機開発が出来るようになります!」

「うん、任せるからまずは夕張さんの好きなようにやってみて?」

「はい!」


当面の鎮守府運営はこの工廠を準備しながら、いつもの任務や演習を並行してやっていく感じかな。

焦らずじっくりと腰を据えてやっていけばいい。



534 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:03:53.14

「そうそう、それと。前よりも資材が増えましたから、黒焦げの執務室も直せますけど?」


夕張さんのもうひとつの提案は却下だ。

艦載機開発を整えるまでは、どれくらい資材が要るのか分からないし。



「ふふ、もうずっと私たちの部屋にいても良いのではないかしら。ねえ、瑞鶴?」

「う、うん・・・」



気まずげに、頷いてはくれる瑞鶴さんの反応を見て少し嬉しく思う。

あれから事故も無いし、同居人としては認めてくれているのかな・・・・?



535 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:06:00.24

「何を言っているの。修理出来次第・・・将来的に提督は部屋を移して貰います」

「年頃の男女がいつまでも同じ部屋で寝起きするなど、考えられません」


ピシャリと翔鶴さんの意見を叩きのめす加賀さん。

あれ、でも加賀さん・・・最初の頃はどうでもよさげに問題ないって言ってたような?



「提督、何かご不満でも?」

「い、いえ。問題ありません!」


有無を言わさぬ睨みに思わず賛同してしまう。

いやまあ、僕もいつまでも女の子と同居というのは問題だと思っていた所だけれど。

加賀さんの突然の心境の変化は、いったいどういうことだろう?



536 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:08:03.83

翔鶴型の部屋の雰囲気に慣れてしまって、今ではここを自分の家のように感じていたから。

ここを出て行くのは少しさみしいと、そんな風に思う。

それにまだ、瑞鶴さんときちんと向き合って話もしてないし。



「加賀さん、でも・・・」

「瑞鶴、どうしたの?」

「・・・ううん、何でもない」



加賀さんに対して何か言いかけた瑞鶴さんも、結局何も言わずに黙ってしまう。

やっぱりそろそろ執務室の修理にも取り掛からなきゃいけないかなあ。

でもやっぱり、そこまでするには資材にも余裕があるとは言えないし・・・。



537 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:10:39.90

「あの、それと提督」


夕張さんは僕にまだ、何か用事があるらしい。
そういえば、僕に手渡した報告書以外にも夕張さんは封筒を抱えている。


「これが大本営から提督宛に届いていました」


新しい任務の指示だろうか、封蝋を解いて中身を取り出す。

さてさて、そこに何が書いてあるのか・・・。



「え」

なんだって・・・・・・・・・?



538 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:11:43.96

「・・・執務室の修理なんて、やってる場合じゃない」

「提督、どうしたのですか?」


嘘だろ・・・。

僕のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、赤城さんから声がかかる。


「夕張さん」

「へっ・・・何ですか?」


「工廠の改造、どれくらいで出来る?」

「えーっと、私も任務にでながらですし、妖精さんと話し合いながらだと・・・1週間くらいでしょうか」

「明日までにやって」


えっ・・・と、夕張さんだけでなく艦娘たち全員が固まる。

だけれども、今の僕はいちいちそんな反応を拾っている場合じゃない。



539 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:12:49.61

「しばらく任務とか演習とかその他の当番とか全部やらなくていいから、急いで」

「え・・・ちょ、いきなりどうしたの、提督?」

「そのお手紙・・・いったい何が書いてあったんですか?」


黙って文面を艦娘たちに見せる。


「これは・・・」

「海域攻略作戦の日取りが決まったみたいだ、そして」



艦娘たちの表情が引き締まる。


「僕たちにも召集がかかった。鎮守府主力4隻を率いて参加する」



540 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:14:47.15

当然、それには今この部屋にいる空母四隻が出向くことになる。

だけれども、仕事が増えるのは何も赤城さんたちだけじゃない。


「あ、あのー、提督。聞いてもよろしいでしょうかー?」

「何かな、夕張さん」


「その作戦って・・・何日後なのかなー、って」

「ちょうど2週間後だね」


工廠を整備するために、夕張さんが音もなく駆け出していった。

戦場に赴く者以外にも、課せられた使命があるのだ。



541 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:17:54.40

「でもでも、ちょっとおかしいよ・・・2週間ってちょっと急過ぎない?」

「実はこの作戦、僕らの鎮守府は呼ばれない予定だったんだ」


攻略作戦の話がで出した時に、大本営に確認を取ったことがある。

その時は僕たちの鎮守府は呼ばれないとのことだった。

だからこそ船団護衛任務をたくさん引き受けたのだ、戦場には出なくとも資材面での貢献はしたと言えるように。



「急に手が足りなくなっちゃったってこと・・・?困ったから助けてー、みたいな?」

「ふふ、瑞鶴さんは純粋だなあ」

「あ、何よ。また馬鹿にしてるんでしょー!?」


こういう話題だったら、屈託なく話せる。”あの話題”にさえ繋がらなければ。




542 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:20:02.65

「違うよ、僕らみたいに捻てないってことさ。ね、赤城さん?」

「何故そこで私に話が振られるのかは後でゆっくりと教えてくださいな、提督?」


うん、主にそこでニッコリ微笑めるところだねそういうところだね。

じゃあ赤城さんは分からないの、と言われると、それはそれで面白くないらしい。



「おそらくは・・・意趣返し、でしょう」

渋々といった形で、僕と全く同じ応えを出す。ほら、やっぱり分かってるんじゃん。



543 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:21:22.44

「どういうことかしら?」


大前提として、人間側は艦娘に対してこれっぽっちも敬意を払っていない。

面倒な任務を引き受けても報酬はこちらが言うまで支払わなかったし、今度は急に召集して付いてこい、だ。



「舐めていた相手が正当な報酬を要求を、生意気にも要求してきて」

「あまつさえ払わなければ任務を受けません、だ。相当頭にきただろうね」



お前らは黙って小間使いをしていればいいのに、といった身勝手な感想。

それが通らなかったからといってする、無意味な子供じみた仕返し。



544 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:22:46.41

「だから、自分たちが活躍出来る分野に呼び出して見せつけてやろう」

「お前らは活躍させない、自分たちの活躍だけ見ていろ・・・そんなところかな」


実際、大本営の準備している戦力から察するに・・・本当に艦娘がいなくても海域攻略は成るだろう。

それどころか少々戦力過多気味で、効率が悪いとすら言える陣構えだ。



「遊び感覚の戦争なんて、糞くらえだね」

「提督・・・」



ああ、いけないいけない。つい言葉が汚くなってしまった。

しかし、本当にそれだけなのかな。

気に入らない奴らを呼び出して自分たちの勝利を見せつける。

現時点ではそれしか理由を思いつかないからそう判断したけれど、何か他にあるのだろうか?



545 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/25(月) 22:26:58.61

まあ、そんな事を延々と考えていても仕方ない。出来ることをやらなきゃ。


「せっかくだし、戦場での艦娘っていう見せ場を作れるように頑張ろう」

「指示によると戦場に出す艦娘が2隻、僕と一緒に総旗艦に乗込む艦娘が2隻だ」


この2週間で調整して、成績の良い2人を戦場に出すことにする。

そう宣言して、今日の会議は打ち切った。

・・・具体的に誰を戦場に出す予定か語らなかったのは、またもや僕の逃げだ。


はあ、まだ朝だというのに、もう疲れてしまった。

瑞鶴さんと向き合うという課題を残したまま日にちだけが過ぎていく。

今度の攻略作戦を機に、何かが変わればいいのだけれど。



551 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:23:05.25

このままいけば、戦場には赤城さんと加賀さんが出ることになるだろうな。

深夜、ふと目を覚ましてしまった瑞鶴は、そんな事を思いながらベッドを抜け出した。



窓からの月明かりが眩しい。

海域攻略作戦まであと1週間。状況は先週と全く変わっていない。

キスの実験は相変わらず瑞鶴が参加しないままだし、他のメンバーに何か変化があるわけでもない。

それはつまり、瑞鶴が少年と仲直りできずにずるずるとここまで来てしまったと言うこと。



552 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:24:03.14

一言謝って、嫌じゃなかったよと伝えればそれですむ話なのに。

何故、自分はそれを言えないんだろう。


何度も何度も、少年に伝えようと思った。

そうしていつも後一歩が踏み出せずに、差し出した手は空を掴んでしまうのだ。

まるで地の底が抜けて、どこまでも、どこまでも落ちていきそうな感覚に囚われて。

気がついたらタイミングを逸している。らしくない自分にうんざりだ。



「ごめんねって、言うだけなのにな」


ふと、寝乱れた自分の寝間着姿が気になったが、構いやしない。

どうせ翔鶴も少年も寝ているのだから、見られることもないだろう。



553 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:25:33.32

そう、少年―――。

一度意識してしまうと、駄目だ。もう視線が向こうへと釘付けになる。


自分のベッドがあるのとは反対側の、部屋の隅へと。

テレビとソファがあるそこが、いつも少年が寝ている場所。

足が自然とそちらへ向かっていく。



とっくの昔に、寝るときに部屋を弓矢で区切る習慣なんてなくなっているけれど。

あの時定めた国境を、自分の方から侵すことになるなんて思いもしなかった。



554 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:26:55.17

忍び足で近づいて、ソファの背もたれ越しに覗き込んでみる。

寝相は悪い方なのか、毛布代わりのタオルケットは蹴散らしているけれど、寝顔はしっかりと確認できた。

まだ幼さをのぞかせる、少年の純粋で柔らかな寝顔・・・。


最近は・・・特に、気まずくなってからは直視出来なくなったその顔をじっくりと見る。

あの吸い込まれそうになる碧い瞳は今、閉じられているのに・・・まるで見つめられた時と同じように瑞鶴の心臓が高鳴る。



「何で私ばっかりドキドキして、切ない思いをしなきゃなんないのよ」


不公平だわ、と・・・そんな事を思いながら少年にタオルケットをかけてやる。



555 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:29:34.92

「ん・・・」


心臓が、違う意味で跳ねた。

・・・起こしてしまっただろうか、といった懸念は数秒後に消え去る。

良かったと胸を撫で下ろす・・・何も起こらない、夢でも見ているのだろうか?



「母さん・・・死なないで」


ああ、と・・・今度は、ついさっき抱いた安堵が崩れ落ちていくのを瑞鶴は感じる。

聞いてしまった。少年が、他の誰かが知ることを許していない彼自身の過去の一端。

図らずもそれを、自分は知ってしまった。それと同時に、少年がここにいることが普通では無いことに改めて思い至る。



556 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:30:46.88

15歳。


どんなに才能があろうと、賢かろうと。

この年齢で士官学校を卒業して軍役に就くなんて普通じゃない。

それは人ではない瑞鶴にだって分かるし、他のみんなだって分かっているだろう。



何かしら”そういう事情”があるのだろうとは思っていたけれど、誰も聞くことなんてしなかった。

それは少年が自分から話さない限り、聞くべきではないことだから。


でも今、それを少しだけ知ってしまった。

様々な感情が、瑞鶴の中で渦巻く。



557 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:31:55.97

この少年を支えてあげたい。さみしさを分け合ってあげたい。

少年の過去に何があったのか、ちゃんと知りたい。知ってあげたい。

ちょっとでもお姉ちゃんとして、頼りにされたい、抱きしめてあげたい。



そんな気持ちと同時に。



自分なんかにその資格はない。この鎮守府で少年を一番傷つけたのは自分なのだから。

私なんかに同情されても、迷惑かもしれない。もう嫌われているかもしれない。

赤城や加賀や翔鶴に抱きしめられたほうが、嬉しいかもしれない。



そんな臆病な気持ちがまた、沸き起こってくる。



558 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:35:03.02

「なんでかな・・・アンタのことを考えてる時はいつも・・・」

こわい。



今感じているこのこわさは、赤城や加賀に叱咤される時の”こわい”じゃない。

少年のことを考える時にだけ襲ってくる”こわい”に、瑞鶴は押しつぶされそうになる。



そうして何もしないまま、ただただ少年の顔を見つめ続けて・・・どれくらいたっただろうか?



559 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:36:08.97

キスしよう。


ふいに、そう思った。

少年にキスして、自分が嫌がっていないことを証明しよう。



”嫌じゃない”・・・そう、”嫌じゃない”んだ。

その先にある言葉を見据える勇気はないくせに、進もうとする。


艦載機に変える気もないのに空へ向かって矢を射るような、そんな馬鹿げた行為だ、今自分がしようとしていることは。



560 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:37:21.98

それでも・・・胸の内から溢れてくるこの想いは、自分では止めることが出来なくて。

もう一度、少年が起きていないことを確認して、すぅっと息を吸って勢いを付ける。

そうして、今は真っ直ぐに下ろしている髪を片手でかきあげる。女の子の、キスするときの様式美。



目は、ぎゅっと閉じる。相手が見つめてこないとはいえ、流石に無理だ。



ドッドッドッドッド。


この高鳴りが少年に聞こえて、起こしてしまうのではないかと思うくらい、心臓が強く脈打つ。

さらにもっと、ぎゅっと目を閉じる。緊張で身体が縮む。汗ばんだ手を握り締める。

事故とはいえ、もう二度もした行為なのに・・・自分からとなるとなんて勇気がいることなんだろう。



561 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/26(火) 19:38:45.65

それでも、一度浮かんできた悪魔の誘いを蹴ることは出来ずに。

穏やかに眠る少年の顔に、自分の顔を近づけていく。



それは何度も心の内に思い描いた、自分と彼との理想のシーンよりもはるかにぎこちなく。



心臓のドキドキが、寝ている少年の唇を奪う罪悪感が、最高潮に達しようとした瞬間。



「瑞鶴、それは駄目よ」


この世で最も敬愛する姉の声が、静かに、でも確実に瑞鶴の脳へと響き渡った。



568 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:39:10.65




「翔鶴ねえ、何で」




瑞鶴の言葉はそこで途切れる。


起きてたの、と言おうとしたのか、何で止めるの、と言おうとしたのか・・・それは自分でも分からない。


ただ一つ言えるのは、この優しくて少し天然な姉が、こんなにも毅然とした態度を瑞鶴にとるのは初めてだということだけ。



569 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:40:06.05

「ちょっと、寝苦しかったから・・・起きてしまったの」


どうやら姉は瑞鶴の発言を前者だと捉えたらしい。

いや、違うかも・・・これは話に入るための枕だ。



「瑞鶴は、本当にそれでいいの?」


うん、やっぱり・・・これが本題。



570 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:41:12.26

「ち、ちがっ・・・」

「何が違うの?」


翔鶴ねえが、叱るのではなく、諭すような口調で私の口を塞ぐ。

それきり何も言えず立ち尽くす私の方へと近づいてきて、そっと私を抱いてくれた。

怒られる、と思って身構えていた身体が弛緩して、無意識のうちに翔鶴の身体の柔らかさに身をゆだねてしまう。




「瑞鶴」

「あなたが抱いている気持ちを、まだ私は持ったことがないけれど」


安心させたかった私が、安心させられている。

そんな皮肉でさえ、今はどうでもいいようなことに感じた。



571 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:42:20.54

「でもそれは、一方的に示すものではないわ。それじゃあ、きちんと伝わらない」


うん、と小さく返事をする。翔鶴ねえの言葉が染み込んでくるのが分かるから。

でも、直接伝えるなんて・・・そんなの、出来ない。出来るわけがない。



「どうして?」

「だってもう、嫌われちゃってるかもしれないし」

「そんな事ないわ」



そんなの、分かんないじゃない。

この苦しさを知らない翔鶴ねえには、分かるわけがないじゃない。



572 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:43:00.72

「分かるの」

「どうして?」


「お姉ちゃんだからよ」

「瑞鶴のことで分からない事なんて、お姉ちゃんには何一つないの」



そう言って、私が憧れる女の子の微笑みを浮かべた翔鶴ねえは。

優しくてちょっと天然な、いつもの翔鶴ねえだった。



573 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:43:40.29

「焦ることはないわ、瑞鶴」

「提督も私たちも・・・急にどこかへ行ったりなんかしないから」

「少しずつ、少しずつ・・・素直になれるように頑張ればいいの」



出来るかな、私に。こんな意地っ張りで、素直じゃない私に。



「加賀さんの時は、出来たじゃない」


あうぅ・・・あの人の事を持ち出すなんて、ずるい。



574 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:44:40.99

「加賀さんの時とは・・・違うし・・・」

「そうね、”違う”わよね・・・うふふ」

「あ・・・。翔鶴ねえの意地悪・・・」


「提督に抱いている、加賀さんとは“違う”気持ちが溢れてしまったら、瑞鶴」

「その時こそ素直に、気持ちを伝えられるように・・・頑張りなさい」


「うん」


この気持ちを抱いたのは、妹の私のほうが先だったけれども。

やっぱり翔鶴ねえは私の”お姉ちゃん”なんだな、なんて・・・。

そんな、当たり前の事を思った。



575 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/27(水) 21:45:15.15

「翔鶴ねえ」

「なあに、瑞鶴」



だから、今日は・・・もう少しだけ、お姉ちゃんに甘えよう。



「今日は、一緒に寝よ?」

「あらあら、瑞鶴は甘えんぼさんね?」



そんなの、当たり前だよ。


だって私、翔鶴ねえの妹なんだから。



581 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:44:21.12

戦場に立つ艦娘を決めたのは、大規模海域攻略作戦開始の前日のこと。
迷いを抱えつつも、決断を下すべき時はやってくる。


「赤城さん、加賀さん・・・頼むね?」


「選ばれた以上は、全力で」
「お任せを」


最高の一手ではない、最高の一手でもない。

ただ、この二人を戦場へと送り出すことに不安はない。それは自信を持って言える。



582 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:45:30.81

装備としてももちろん、できる限りのものを揃えた。

爆撃機は彗星、攻撃機は天山を空母四人に装備させることができたのは僥倖だ。

・・・練習機はまだ旧式しか使えないけれど、これで十分。工廠をわずか三日で新しくしてくれた夕張さんに感謝だ。

作業台に寝そべってぐったりしている彼女に、お礼をするから何でも言って、と言ったけれど・・・寝ていたのか反応は無かった。

今度折を見てまた話しかけるとしよう。



さて、何があってもいいようにみんなの装備を一新したけれど・・・。

やはり・・・正直この作戦では、大本営は僕らを戦力として見ていないだろう。

これは慢心じゃあないけれど・・・送られてきた作戦書を読むならば、攻略する海域も本土からそう離れておらず、強い敵の目撃もないところだし。



583 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:46:16.00

大本営は無難に艦隊を動かしていけば自ずと勝利を得られる、そんな戦力を整えている。


僕たち艦娘の鎮守府は座って我らの勝ちを見ていろ、というような戦だ。

こちらが出す戦力としては、赤城さんと加賀さん・・・これで十分なハズ。



・・・だから、迷っちゃ駄目だ。迷っていると思わせちゃ、駄目だ。



「提督」


加賀さんの声に、思考がピタリと止まる。

全力を測りもしない瑞鶴さんを除いて自分が指名されたことに、怒りを感じただろうか?

人一倍プライドが高い彼女からしてみれば、この人選は屈辱かもしれない。



584 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:47:06.72

「あなたがこの道を選ぶのであれば、私は私なりに全力を尽くします」

「私を起用して良かった、と思わせてあげます」


そう言って、微かに微笑んでくれた。


「瑞鶴」
「は、はい」


瑞鶴さんも、普段にない加賀さんの調子に焦っている様だ。


「あなたも、今回は選ばれなかったけれど・・・次に向けて精進なさい」

「う、うん・・・ありがとっ」


僕には向けない素直さだけれど、加賀さんには向けれるようになったらしい。

それがなんだか、誇らしくて羨ましい。僕も、頑張らなきゃ。

この戦いを通して、瑞鶴さんとの距離を縮められたら良いけれど。



585 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:48:32.79

「加賀、随分変わりましたね」


ああ、でも。この人がいると・・・真面目なだけでは終わらないんだなあ。


「提督が来てから、加賀は随分優しくなったわ」



「なっ・・・べ、別に・・・それは提督の指揮が良いからであって、私情はありません」

「相手が提督だからと言って贔屓はしていませんし、これは正当な評価ですが・・・」

「提督も提督です。男の子なのですからもう少し、シャンとして貰わなければ困るわ」



動揺すると多弁になるくせは相変わらずの加賀さん。



586 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:49:18.67

「か、加賀さん・・・」

「もう、喋らない方が・・・」

「うっ・・・くくく・・・ふふ」



「何故です、私は提督のことを贔屓している訳ではないということを―――」



加賀さんをたしなめる五航戦と、まさかの失言に意地悪く笑う赤城さん。

それにしても僕、こんな時どういう顔をしたらいいんだろう?



587 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:51:10.79

「・・・何故笑うのですか、赤城さん。私が提督に対して―――」


「あの・・・加賀。ふふふ」


可愛そうだと思うのなら、トドメを刺すのはやめてあげて欲しいんだけど。

・・・逆に、トドメを指すのが優しさなのだろうか、こうした場合は?



「提督が来てから、とは言いましたが・・・提督に優しいとは言ってませんよ、私」

「加賀。私、瑞鶴に対して優しくなった・・・と言ったつもりだったのよ?」

「なっ・・・・・・・・・」


加賀さんが絶句する。



588 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:52:45.29

「いや、でも加賀さん、私にも優しくしてくれるし・・・」

「提督にも瑞鶴にも優しいですから、勘違いしても無理はないというか・・・」



「いや・・・その、ちがっ」



ああ、イカン。

五航戦のフォローが逆に加賀さんを追い詰めている。

ここは僕がフォローしないと!



589 : ◆VmgLZocIfs :2015/05/30(土) 15:53:39.96

「優しくなった、じゃなくて。加賀さんは元々優しい人だもんね?」

「・・・・・・・・・」


今度こそ加賀さんは顔を真っ赤に染め上げて。

その後、この集まりが終わるまで一言も喋らなかった。



「あっちゃ・・・」

「トドメ・・・」

「流石提督です」


なんだか腑に落ちない評価をもらった気がするけども。

作戦開始前日の会議は、こうして何事もなく・・・うん、何事もなく終わった。



595 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:04:55.87

第十章 その名は『ミカサ』


作戦開始当日。

軍港には各鎮守府が引き連れた艦隊が既に停泊している。

作戦開始となる拠点へと参集した僕ら。


横須賀鎮守府は艦娘しかいないため、他の鎮守府の様に自前の軍艦を持たない。つまり、乗込むべき艦がないのだ。

そのため、大本営の指示通り艦隊総旗艦に乗り込むべく身一つでここまで来たのだった。




「本日天気晴朗なれども波高し、か・・・」


乗り込むべき総旗艦の勇姿と背後に広がる大海原を眺めながら、ふとそんな言葉が脳裏に浮かぶ。



596 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:06:03.70

「何言ってんの、提督。確かに今日は晴れてるけど、波はそんなに高くないじゃない」

「瑞鶴・・・そういう意味ではないのよ?」

「全く・・・身体だけでなく、たまには頭も動かしなさいな」

「提督、今度瑞鶴に座学の特別授業をしてはいかがですか?」



赤城さんの提案に、瑞鶴さんがげっ、っとうめく。

うーん、瑞鶴さんは授業をしても途中で寝ちゃいそうだなと思った僕は、曖昧に頷くだけにとどめた。



597 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:07:11.48

「それにしても、提督は賢いですね」


翔鶴さんのそれは、どう考えても欲目というものだ。

瑞鶴さん以外はみんな知っていたんだし、そもそも有名な台詞であって。

だってこの船の名前を知ったら、嫌でもそれが思い浮かぶじゃないか。



そうして、改めて見やる・・・今から自分たちが乗込む連合艦隊総旗艦を。



598 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:08:55.02

戦艦『ミカサ』


現在、わが軍に昔の軍艦の名を冠した船は、この船しかいない。

それだけこの船は特別な存在なのだ。



奇跡の大勝利を歴史に刻んだ、あの栄光の戦艦と同じ名を付けられた彼女は。

同じように、僕たちにも奇跡をもたらしてくれるのだろうか、と・・・。

この船に乗込む者もそうでない者も、そう思わずにはいられないだろう。



599 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:10:18.63

「『ミカサ』、よろしくお願いします」


そんな事を思いながら、彼女に乗込む・・・おっと、普段艦娘を相手にしているからかな?

・・・どうも軍艦というものが、一個の感情を持った生き物の様に思えて仕方がないんだ。

まるでこの洋上に佇む『ミカサ』が、僕たちの到着を喜んで迎え入れてくれたような、そんな錯覚すら訪れる。



さて、目指すは司令部。艦内で一番奥の部屋だ。


「提督・・・少し、緊張していませんか?」


目ざとい赤城さんに気づかれる。うん、実を言うとちょっとどころかすっごい緊張しているよ?



600 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:12:50.83

だって・・・いつも鎮守府の中でしか行動しない僕たちがこうして外に出てくると、いかに自分たちが特殊な存在かが分かるから。


まずは、艦娘という存在。

彼女たちが既に大切な仲間になっている僕とは違い、他の人間にとって艦娘なんて初めてみる存在だ。



『ミカサ』の廊下を歩いている間も、すれ違う将校たちの視線が彼女たちに向けられる。


ある者はこの場所に似つかわしくない、若い娘の姿にぎょっとして。

ある者は赤城さんたちが艦娘であることを認識した上で、その意義を図るかのように。



601 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:13:42.08

「何よ、みんなジロジロ見ちゃってさ・・・感じわるっ!」

「言いたいことがあるのなら、はっきりと言うべきではないかしら」


「みんな艦娘を見るのが初めてだからね。珍しいのさ」


味方のなかにいるというのに、この圧倒的なアウェイ感。

今後はこれをどうにかしていかなきゃ・・・艦娘たちを活躍させていくというかたちでそれが出来ればいいけれど。



602 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:14:33.25

「おい、何で子供がこんなところにいるんだよ」

「またあれか、大提督のところの・・・」

「いや、”特別”提督だろう」



物珍しそうに見られるのは、何も赤城さんたち艦娘だけではない。

15歳にして彼女らを束ねる鎮守府のトップ・・・つまり、僕もそうなのだ。

『ミカサ』に乗り込んだ者のなかで異質な存在、ということにかけては、艦娘たちに引けを取らない。



603 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:15:38.96

考えてみれば、左遷――今となってはそう思ってはいないけれど――されたというのに、何故僕は”提督”に任命されたのだろう?

単なる厄介払いなら何も鎮守府の最高責任者にしないでも良かったはず。名誉職につけてどこかの書庫の整理をさせたり・・・そんなでも。

・・・それとも、どうせ何も出来やしないさ、とたかを括られていたのだろうか?



この戦いを通して、艦娘の良さを少しでも喧伝すること。

微妙な関係になってしまった瑞鶴さんとの距離を縮めること。



この二つが出来れば万々歳だと思っていたけれど・・・もう少し、欲張ってみてもいいかもしれない。



604 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:16:47.42

「提督・・・あちらでしょうか?」



廊下を渡った奥の奥。突き当たりにある扉は、他のどの部屋よりも重厚で豪華な造り。

出港前に各鎮守府の提督たちを集めた小会議を開く。僕にはそれだけしか指示がなかった。

加えて、横須賀の提督はその会議に艦娘を伴うこと・・・ともあったけれど、さて。



あの扉の向こうが司令部、僕たちを招いた人たちがいる。

形の上では僕の同格である各鎮守府提督たちと・・・そして、彼らを束ねる存在が。



605 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:17:50.88

そう意識すると、緊張して倒れそうになるけれど・・・。

艦娘たちが活躍する舞台をつくる。彼女たちの”期待”に応えてあげるんだ。

そう思ったら、弱音なんて吐いていられない。


「よし!」

「あっ」

「・・・ん、なに、瑞鶴さん?」


中途半端にこちらに手を差し出して固まっている瑞鶴さん。

どうしたんだろう、彼女も緊張しているのだろうか?



606 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:18:33.99

「大丈夫、君たちは僕の後ろで話だけ聞いていればいいから。緊張しないで?」

「ううん、緊張はしてるけどそうじゃないって言うか・・・」


ますます訳が分からない。


「い、いいから。さっさと行きましょ!?」

「う、うん」


気を取り直して、前へ。

・・・と思ったら、目指す扉の前で誰かが立っている。

あれ、今の今まで気がつかなかったけれど・・・緊張しているから目に入らなかったかな?



607 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/01(月) 23:20:05.94

「ようこそお越し下さいました。横須賀の”特別”提督と、艦娘の皆様でございますね」


格好から察するに、この船で給仕をするメイドらしい。

低い、嗄れたとも言えるような声に一瞬ドキリとする。

違和感を覚えたのは、地の底から這い出るような、うめきにも聞こえる声自身にではない。



「どうぞ、室内へ・・・他の皆様はもうおそろいでございます」


その老婆の様な声の主が、僕よりも幼い・・・年端もいかぬ少女だったからだ。



612 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:03:01.10

「これで全員が揃ったようだな」


艦隊総旗艦を務める『ミカサ』の艦長・・・大提督が僕らの着席を見届けて口を開く。

貴族然とした優美な面立ちには年齢に見合った皺が刻まれており、この場を治めるのにふさわしい貫禄を漂わせている。

寡黙な人柄らしく、この場のトップだと言うのにそれ以上自分から言葉を続けない。誰かが喋りだすのを待っているようだ。



円卓には大提督を上座に据え、各鎮守府の提督がそれぞれ腰を下ろしている。

その後ろには彼らの参謀であったり護衛であったりが起立していたので、赤城さんたちに同じ様な振る舞いを指示した。


・・・僕らの案内をした少女はというと、メイドらしく大提督の後ろに楚々として控えている。

主人の前では出しゃばらない、というのが使用人というものなのだろう。



613 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:04:01.79

「全く、新米が一番遅いとは・・・随分と偉そうなものだ」

「不調法者で申し訳ありません、ご指導いただければ幸いです」


そして、僕はというと・・・向かい側の席から早速やってくる牽制を笑顔でいなす。

ここで争っていても仕方がない・・・相手は同格とはいえはるか年上、無難に挨拶しておけばいい。


・・・実際、呼ばれた時間より早く来たのにという不満はあるけれど、それは表には出さない。

仮に言い負かせたとしても、大した得にはならないだろう。



614 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:05:58.62

「ふん、この場において教えを乞うとは・・・下士官ではないのだぞ?」

「仕方ありますまい、本来なら下士官として我らのもとで働く身なのですから」


「おっと、士官学校を出ているのだから下士官ではないのか。いやあ、小さすぎて間違えてしまった」

「こんな子供が何を間違って”特別提督”などに任命されたやら・・・」


「未だに何の戦果も上げていないのが情けない、やはり荷が重すぎたのよ」



・・・でも、舐められたままでは良くない。今後の発言に支障が出そうだ。




615 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:08:02.79

「至らぬ身であることは承知しております」

「仰っしゃるとおりの若輩ゆえ、色々と至らぬところが有り申し訳ありません」

「今後も船団の護衛任務などを通して、少しでも皆様のお役に立ちたく思います」



苦虫を噛み潰したようなお歴々の顔が見える・・・少しやりすぎただろうか?

彼らの依頼を引き受けていた事実をちらつかせるのは少々、強引だったかも。



「ふふ」

「意外とキツイ皮肉を言うのね」

「・・・」

「よっしゃ、もっと言ってやんなさい!」


四者四様の反応が背中から伝わってきて、それが面白い。



616 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:10:43.84

「貴様、小癪な真似を―」

「本来ならこの作戦に呼ばれることすら恐れ多いと言うのに―」



うーん、僕や艦娘の存在を面白くない・・・または軽視している人が大半だという覚悟は固めてきたけれど。

それにしたって少し、というかかなり過剰に反応されている気がする。

逆にもっとこう、置物みたいに相手にされない感じかと思っていたのに、これは・・・?



617 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:13:37.29

「やめたまえ」


先程と同じく、落ち着いた威厳のある声が司令室に響き渡る。

ひじを机について、両手を絡ませたまま・・・大提督が再び口を開いて主導権を握る。



「君たちを招いたのは、ここで子供じみた言い争いをするためではないはずだが」

「し、しかし・・・」

「我々は確実に勝たねばならん、この『ミカサ』を引っ張り出す以上、確実にな」



奇跡の戦艦の名を冠する『ミカサ』を出して負けたとなると、大本営の威光は地に落ちる。

勝たねばならない・・・大提督の双肩にかけられたものは、いかばかりの重荷だろう?



618 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:14:25.30

だからこそ、無理はしない。戦力過多とも思えるほど各鎮守府の提督や艦隊を呼び寄せて。

それに比べて出撃する海域は、未攻略とはいえそう強い敵がいるわけではない。


手堅い一戦を経て大本営の威光を演出する舞台。

そのためのお膳立てはもう整っているようだ。



「知っているだろうが、今回の作戦を改めて確認しよう・・・」



当然、僕の鎮守府には知らされていないが・・・ここは黙っていよう。

一応、可能な限りはリサーチ済だし。



619 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:15:57.62

「今回の出撃で我々は近海の深海棲艦どもを駆逐し、南西諸島海域への足がかりを作る」

「各鎮守府の奮闘のおかげでこの海域は現在、深海棲艦どもの戦力が手薄になっている」


「この瞬間を好機と捉え、大兵力をもって敵勢力を一気に叩く」

「右翼は呉、左翼は舞鶴鎮守府提督に指揮を任せ、『ミカサ』の先鋒は佐世保の提督が務める、よいな?」




その問いかけに各鎮守府、泊地の提督たちが無言で頷く。



620 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:16:38.85

「横須賀の艦娘は『ミカサ』と佐世保の艦隊の間を航行、遊撃に加わってもらう」

「承知しました」


艦娘2隻に任せる役割としてはそんなところだろう。

こちらを攻撃してくる敵艦の牽制、逆に味方の撃ち漏らしにトドメを刺すなど・・・。


うまくすれば相当の活躍が出来るかもしれない。

後ろからも自分たちに課せられた任務への意気込みが伝わってくる。




「まあ、横須賀の出番はないでしょうがね」

そんな空気に水を刺すのは、今呼ばれた佐世保の提督か。



621 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:18:28.19

「今回の作戦、これだけの戦力を整えるのに手間はかかりましたが・・・」

「それも準備さえ終わればこちらのもの。我が軍の勝利は間違い無いでしょう」


そしてそれに同調する舞鶴と呉・・・有力鎮守府がこぞって主張することで、周りにも今作戦は楽勝か、との雰囲気が漂いはじめる。


うーん、僕らの出番がない、までは仕方ないけれど。

それでも、戦力が整っているから勝つのが当然という空気は危険なように思えた。



622 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:19:32.12

「それでも、万一ということがあります。その時のための備えとして艦娘を考えて下されば幸いです」




「君は我々の戦略が不十分だとでも言う気かね。これだけの戦力、勝利は揺るがんよ」


「そもそも、艦娘が備えだと。笑わせてくれる」


「何といったかな。”役立たずの―」



623 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:20:09.08

ああ。


自分への当てつけ、嫌味なんていくらでも流せる。

僕が何か言われる分にはどうとでも、好きにすればいい。



だけど・・・だけど。

彼女たちへの侮辱は、絶対に許さない。

今後僕がどんな立場に置かれようと構わない・・・叩き潰してやる。



そう思って、椅子から立ち上がった瞬間。



624 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:21:09.85

ガシャン。


「失礼致しました」


給仕をするためか、先ほどの少女がお盆に載せていたグラスを落としたらしく、耳障りな音が室内に響いた。


僕も他の提督たちも勢いを削がれて黙り込む。

少女がカチャカチャとグラスの欠片を拾い集めるのを尻目に、僕は彼女の主であろう大提督へと視線を戻した。



「みな、席に着きたまえ」

機を無駄にせず、大提督の発言がスルリと入る。



625 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:21:48.37

「この場に横須賀の提督と艦娘を招いたのは、何も彼らを糾弾するためではない」

「とはいえ、呼んでも出番がなかろうと思ったのは、私も同意見ではあるがね」



あれ、そうなのか?


てっきり槍玉にあげるために僕らを呼び出したものと思っていたけれど。

そして、僕たちの召集が大提督の本意ではない、という様子・・・。



すると僕たちを呼んだのは、この作戦の総指揮権を持つ大提督ではない・・・?

・・・ではいったい誰が、何のために僕らを呼び出したのだろう?



626 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/02(火) 23:23:02.93

「油断は禁物。さりとて負けることは許されず、今のところその要素もない」

「各鎮守府の提督は作戦通りの行動を、横須賀の提督は万一に備えて艦娘の指揮をこの『ミカサ』にて行う、この大枠に変更はない」


「・・・この作戦における具体的な情報を、もう少し知りたいのですが」

「それは君に必要なものとは思えない。艦娘の指揮だけしていれば宜しい」


この意見は大提督にすげなく却下される。

彼は僕らを蔑視はしないものの、全くといって言い程期待していないという点は他の提督たちと一緒らしい。



「それでは解散、各提督はそれぞれの旗艦に戻り2時間後に出港」

「前線の拠点に寄港し、明朝から戦闘を開始する」


結局僕らが呼ばれた意図も、活躍の機会があるかも不明瞭なまま会議は終わってしまった。

・・・それどころか、謎が深まったような気もする。



630 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:36:21.21

「提督、もう行こ!」


ぞろぞろと大提督や他の鎮守府の提督が退出していくのを見送って。

考え込む僕の背後から、すっごく不機嫌な声が聞こえてくる。

うん、絶対瑞鶴さんは怒ると思ってた。


「何笑ってるのよ、アンタあんなに馬鹿にされたりしてたのに!」

「艦娘も馬鹿にされていたけれど?」

「そんなのどうでもいいもん!」


自分が馬鹿にされるのは気にしなくても、尊敬するひとが侮辱されるのは許せない―。

どうやら僕たちは互いに同じことを思っていたらしい。



631 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:36:51.85

見れば、瑞鶴さん以外の艦娘たちも一様にムっとしている。

普段は穏やかで優しい翔鶴さんですら形の良い眉を歪ませているのだから、これは相当だ。



「どうやらお互いに同じことを思ってるみたいだよ、瑞鶴さん」



あっと、何を言われたのか察した瑞鶴さんは顔を赤らめて口を噤んでしまう。

僕のために怒ってくれたというその事実が、今は何よりも嬉しい。


ここで黙り込んでしまう瑞鶴さんにあと一言、気の利いたことを言えれば・・・。

でもその、後一歩がいつも踏み出せずにいるんだ。



632 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:37:32.14

「提督。後のお話は割当の部屋でした方が良いのではなくて?」

「ここで文句を言っても始まりませんから・・・行きましょう?」


そんな僕らを気遣ってくれる周りの艦娘たちの言葉が、何よりもありがたい。



「よお、優等生のお坊ちゃん。女に守られて、いいご身分だな?」


そんな暖かい空気を冷やすのは、いつだって外にいる関係のない人間だ。



633 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:38:17.21

「えっと、君は・・・?」

「おいおい、つれないなあ・・・。士官学校じゃ同期だったろ?」

「お互い着任して1年目でこんな大作戦に呼ばれるたぁ、出世したもんだ」



軽薄で馴れ馴れしい態度は、この司令室の空気に全く似つかわしくないもの。

もちろん僕はこの人のことを覚えているけれど・・・あまりいい印象はない。



士官学校の同期といえど、この人は真面目に座学や討論に参加せず、訓練などの実技もサボっていたから・・・そういう意味ではよく覚えている。

必然的に真面目な僕とは接点がなかったのに、何故今になって話しかけてくるのか・・・?

そんなどうでもいい疑問は、当の本人によってすぐ明かされた。



634 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:39:08.00

「お前んトコの部下よー、兵器だってんのにすげえ美人じゃねーか」

「なあ、今夜前線の拠点に寄港したらよー、一緒に遊ばねえ?」



兵器。

その言葉が僕の顔を歪ませたのに、彼は無神経にも気がついていない。


おまけに、”美しい”という言葉に込めるにはおよそ似つかわしくない下卑た考え。

僕がもっとも嫌う人種がそこにいた。




「君は、何故この作戦に?」

呼ばれるだけの能力も無いくせに、という皮肉はどうやら伝わらなかったらしい。



635 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:40:06.29

「アン?・・・ああ、親父が呉の提督なんだよ」


当然の様に公言するこの厚顔っぷり・・・うーん、これはある意味大物だ。

七光りパワー、凄い。これで次代の呉鎮守府は安泰だろう・・・。

そんな知りたくなかった事実に頭が痛くなる。


「ちょっとアンタ、提督に何してるのよ!」

「瑞鶴、駄目よ・・・」

「チッ、ガキは黙ってろよ」

「なっ・・・なんですって!?」


こらえきれなくなった瑞鶴さんが喰ってかかる・・・ここで問題を起こすのはまずい。

本当はどちらが悪かったかなど、権力の前では簡単に塗り替えられるのだから。



636 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:40:53.70

「瑞鶴、あなたは少し落ち着いて物事を判断なさい」



間に入った加賀さんを見て、男はヒュゥ、と下品な口笛を吹く。



「・・・・・・・・・」




途端に嫌悪をあらわにする加賀さん。


人に注意する割に、加賀さんも沸点低すぎないかなあ!?



637 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:42:37.82

「もう、加賀。あなたまで怒っては意味がないでしょう」


そんな(僕たちだけ)気まずい雰囲気に、赤城さんが割って入る。


「申し訳ありません、私どももこれから忙しくなりますので、ここで」

「いやいやいや、これから戦場なんだから、その前くらいパーっと行こうぜ?な?」



どうやら七光りは赤城さんが一番のお気に入りらしい。

腐ってても本物の美しさを見抜ける目はあるんだな、と僕は関心する。



638 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:43:18.02

「女ばかりの鎮守府で、たまには男が恋しくなる時もあるでしょう?」

もう黙ってくれないかなあ、鎮守府で一番怒らせたくない人の機嫌を損ねるのはやめて欲しいんだけれど。



「赤城さんの美を汚すなど・・・許せません」


加賀さんも、ちょっと違うベクトルで怒るのはやめて欲しい。



「いえ、提督はとても優しいですから。特にさみしいことは」

「こんなガキしか見たことがないからそう言えるんですよ。どうです、頼りがいのある大人の男と一緒に」

「何なら寄港する街で一番の、高級ディナーでもご一緒に。もちろんお金の心配はなしで」



639 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/03(水) 22:44:03.60

これくらいグイグイ行けたら瑞鶴さんとの関係もすぐに改善するのだろうか・・・?

いや、なんだかすっごく嫌われそうな気がする。だって今、女性陣のドン引きっぷりが半端ないもん。



腐った目だと赤城さんがタダで高級料理、という言葉に釣られる人かどうかも判別出来ないらしい。



・・・釣られないよね、赤城さん。

あれ大丈夫だよね!?ちょっと不安だよやっぱ!?



648 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:26:24.42

出会った頃の、僕と赤城さんの関係を思い出す。

なんの覚悟もなく艦娘に接して、手痛い評価をもらったあの頃を。


あの頃と比べれば少しは信頼されるようになってきた・・・はず。



でも、もしも・・・もしも。

僕のこれまでの頑張りが、赤城さんの”期待”に達しないものであったら。

その評価を奇しくも今、聞くことになってしまった。それが、こわい。



赤城さんが静かに口を開く。



649 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:29:18.04

「良禽は木を選ぶと申します」


ああ。

それは臣下にだって主を選ぶ権利がある、という時に使う言葉。

僕の不安は的中してしまうのだろうか・・・?



「あ、赤城さん」

「加賀は少し黙っていて」


そう言って、赤城さんは颯爽と七光りへと向き直る。




650 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:30:06.86

「着任されてきたのがこの少年だった、最初はただそれだけでした」

「ですが・・・ですが今は。私たちは選んでいるのです、彼という止まり木で羽を休めることを」

「彼という大樹に身を寄せて、いっときの安らぎを得ることを」



赤城さんの本心の一端が語られる。

飄々としていて、中々大事なところを見せてくれない彼女の心境がいま、少しだけ。



「この人がまだ幼くて、少々頼りなくっても・・・あなたの様な朽ちかけた木にとまりたいとは思えません」

「私から言えるのは、それだけです」


「赤城さん・・・」

「さあ、行きましょうか、提督」


思いもしなかった高評価に、感激のあまり言葉が出ない。



651 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:31:09.89

「ああちょっと。そんな事を言わずに」


それでも食い下がれるのは、何を言われたか理解出来ないからだろう。

出来たとしたら、これ僕なら立ち直れないぞ?


断られたというニュアンスだけは伝わったらしく、七光りはなおも付きまとって来ようとしてくる。

そんな中、この場の空気を断ち切ったのは意外な人物だった。



「失礼いたします、皆様。横須賀提督を艦内のお部屋にご案内致しましょう」


先ほど僕らを出迎え、グラスを割ったメイド。相変わらずの嗄れた声が耳に残る。



652 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:31:59.52

「そうよ、提督。こんなの相手にしないで行こ行こ!」

「ちっ、ガキが次から次へと」

「おいメイド。俺が誰だか分かっているのか?」



「存じ上げませんわ」


くすくすと、見た目の幼さからは考えられないほど落ち着いた態度で彼女が答える。

まるで目の前の大人の男を、取るに足らない存在であるかのように嘲笑いながら。



「さあ、提督さま、こちらへ」

「てめえ・・・」


流石にこんな小さい女の子に手を上げようとするのは見逃せない。

前に出ようと思ったその時・・・。



653 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:32:53.14

「何をやっとるか、この馬鹿息子が」

「ああ親父、このガキが生意気だからよ」

「ガキだと・・・む!?」


先ほどの会議で僕たちに敵意むき出しだった呉の提督。

息子と同調して僕らを責めるかに見えた彼の表情が、一瞬で固まる。

・・・なんだろう、この反応?



「ふん、馬鹿なことをやっておらんで行くぞ」

「ちっ、マジかよお」


そうして呉の親子が引き上げていくのを見て。



654 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:36:00.28

「・・・なんだか分かりませんが、助かりましたね」

「もう、赤城さん。あんな断り方やめてよ!」

「ふふ、ごめんなさい。私、提督を馬鹿にされたのがよほど腹に据えかねた様です」


会議でハッキリしなかった、僕らが呼ばれた理由、先ほどの呉提督の態度。

そこに一抹の疑問を感じずにはいられないけれど・・・。


「それでは改めて・・・ご案内いたしますわ」

「うん、よろしく頼むね?」


今は取り敢えず、割り当てられた部屋へと向かうことにする。





655 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:37:14.64

「うふ、随分とおモテになるのね?」

「いや、そんなことは・・・」



こちらに向けられる妖しい微笑みにクラリとしながら。

僕よりも背の低いメイドに連れられて、僕たち一行はやっとの思いで退室した。



656 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:49:27.02

「こちらでございますわ」


僕たち横須賀鎮守府にあてられた『ミカサ』の一室は豪華なものだった。

奇跡の戦艦、それも提督レベルの人間が泊まるのには相応しいほどの豪華さ。


でも、問題は大いに不満があるんだ。


「何で僕も艦娘も同じ部屋に泊まることになるのさ!?」

「部下と同室は嫌なの、意外と狭量なのね?」

「女の子と同じ部屋なのを気にしてるの!」


僕は先ほどと同じ薄笑いを貼り付けたメイドに慌てて抗議する。

本当は毎日女の子と同じ部屋で寝起きしているんだけれど、今は忘れる事にした。



657 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:50:26.20

「それでは大提督閣下にお願いして、もう一室ご用意しましょうか?」

「うっ、それは」



あまり歓迎されていない中、そんなお願いをするのも気が引ける。

弱みを見せるのは得策じゃあない。



「あら、一日くらいなら私は構いません。加賀は?」

「そ、そうね。い、一日くらいなら大丈夫でしょう」



加賀さんあからさまに無理してるんだけど・・・。

でもこれ、今指摘したらムキになるだろうしなあ、加賀さん。




658 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:51:21.49

「ま、まあ問題ないわよね!」

「この前みたいなのは駄目よ、瑞鶴?」

「ああ、翔鶴ねえがいじわるするー!」


まあ隅っこの方で僕が寝れば問題ないか。

・・・女の子と一緒の部屋で寝るという事について、段々感覚が麻痺してきた気がする。




「それではわたくしはこれで」


メイドの少女が役目を終えたとばかりに一言。


・・・少し、カマをかけてみようか。

どうしても僕は、この娘がただのメイドだとは思えないんだ。



659 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:51:55.87

「ねえ、さっきは助けてくれてありがとう」


退出しようとした少女の足がピタリと止まる。


「さあ、何のことでしょう?」

「二度も助けてくれたじゃない」



一度目は、わざとグラスを落として。

二度目は、七光りとの会話に割り込んで。



どちらもタイミングを選んで僕たちを助けてくれた様に見える。



660 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:52:44.38

「提督、どうしたのよ?」

「ああ、瑞鶴さん。実は―」


「実はいま、わたくし提督さまに口説かれていましたの」

「はあ!?」

「へっ!?」



身に覚えのない訴えをされて、驚いて何も言い返せない。



「アンタ、もしかしてこんな小さな子を・・・!?」

「違う違う違う!?」



661 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:53:30.52

「提督が私たちに手を出さないと思っていたら、年下趣味だったんですね!」

「そうなんだ、ふーん。歳下の方が好きなんだ」


分かってて言っている赤城さんと、誤解したまま軽蔑の眼差しを送ってくる瑞鶴さん。

この場合、どっちのほうがめんどくさいのだろうか?



「もう、君は一体どういう人なの?」


初戦は完璧に僕の負け。こんなストレートな質問、駆け引きも何もありゃしない。

そう言って改めてこの怪しげなメイドの少女を見やる。



662 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:54:37.09

『ミカサ』の重要人物が泊まる部屋とあって、窓に面していないのが悔やまれた。

少女の腰まで真っ直ぐに伸びた長い長い金色の髪は、陽の光を受ければこれ以上ないくらい綺麗に輝くだろうに。



紺を基調としたブラウスに純白のエプロン、編み上げのブーツといった出で立ちは、彼女の西洋風の顔立ちと相まって古風な英国メイドを想起させる。

しかし、そういった属性の組み合わせの中で一番目立つのは髪でも服装でもなく、目だ。

紅耀石を人形にはめ込んだとしか思えない、血のように紅い二つの瞳。



その瞳だけが爛々と輝いて、幼さから発せられるのではない、得体の知れない無邪気さを醸し出していた。



663 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:56:04.93

「ただのメイドですわ、提督さま。普段は大提督のお屋敷でお勤めしています」


それが本当だとするならば、先ほどの呉提督の態度も納得出来る・・・のか?

彼が僕たちに遠慮するとは思えない。大提督の下僕である彼女に気を使って戈を収めた・・・そういうことだろうか?


「名前をお聞きしても?」

「いやですわ、提督さま。既に知っていらっしゃるでしょうに、そんな意地悪なさらないで?」



意味のない問いに、意味の分からない答え。

これ以上聞いても無駄、か。



「それでは皆様、失礼いたします」

優雅に一礼して、今度こそメイドの少女が退出していった。



664 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:57:15.44

「何、あの子?」

「不思議な子でしたけれど・・・」


「うーん、まあ。気にしても仕方がないし」

「ねえ、キミ。本当なの?」


瑞鶴さんが不安げに聞いてくる。彼女が本当に大提督メイドかどうか、か。うーん?

作戦を前にまたひとつ分からない事が増えてしまって、瑞鶴さんも不安なのだろうか。



「分からない。大提督と何かしら関係があるんだろうけど、様子見かな」


嘘をついているとすれば、確たる何かを突きつけないと彼女は話しそうにない。

それに今は、大事な作戦を控えてそれどころじゃないしね。



665 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 11:57:57.80

「バカ、そっちじゃないっての。あの、歳がね、」

「え、どういうこと?」


「な、なんでもないっ!」

「・・・そ、そう?」



やっぱり瑞鶴さんとの会話は、どこかでギクシャクしてしまうなあ。

明日の作戦でも、瑞鶴さんは翔鶴さんと僕と一緒に『ミカサ』の艦内で待機する。

これは・・・僕が何か踏み出さなきゃ、何もないまま終わってしまいそうだなあ。



いよいよどこかで、勇気を出さなきゃいけないんだろうか?



671 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:08:43.83

第十一章 決戦前夜


「眠れないの?」


深夜、ベッドの上で薄明かりをつけて考え事をしていた僕に声がかかる。


「瑞鶴さん・・・ごめん、起こしちゃったかな?」

「ううん、寝付けなかっただけだから」



瑞鶴さんにしては珍しく、寝間着姿が乱れていないものの・・・。

いつもは縛っている髪が下ろされていて、そんな些細な違いが気になって仕方ない。

髪を下した瑞鶴さんは、いつもよりほんの少しだけ大人に見えてしまって緊張するんだ。



672 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:10:58.95

何見てるのよ、なんてどやされないうちに目を逸らして話を続ける。


「明日のことがね」

「気になるんだ?」

「うん」



準備は万全だ。

少し迷う決断はしたけれど、赤城さんと加賀さんを戦場に出すことに不安はない。この信頼は揺らぐことがない。



でも。脳裏に浮かぶのは今日あった出来事たち・・・。

大提督をはじめとした各提督の楽観的な戦略思考に、急遽横須賀鎮守府を召集した謎の人物の存在。



673 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:12:20.49

もし。もし予測できない”何か”があったとしたら・・・。

僕の決断が一航戦の二人を・・・いや、場合によってはこの『ミカサ』ごと五航戦の二人も、水底へと誘うことになるのだ。



あの日、赤城さんの期待に応えてみせると誓ったあの瞬間から覚悟はしていた。

いや、しているつもりになっていたんだ。自分の決断が誰かを死地に追いやる可能性があるということを。



674 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:14:27.18




決断するということは、殺すということだ。



敵を、味方を。場合によっては、自分自身の心でさえも。

指揮官の決断とは、そういうものであるべきなんだ。

分かっているつもりだった。頭では、分かっているつもりだった。



675 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:17:56.40

でもそれが今・・・この土壇場になって。

一航戦の二人への指示を取り消せるかも知れない最後の瞬間が訪れたことを意識して、怖くなった。

何でもいい、理由をつけて停泊中のこの船から降りてしまえば・・・。

そんな悪魔の囁きがずっと耳にこびり付いて消えてくれない。



もしも今僕が、“そういう決断“をしたら。

それは僕の軍人としての将来を殺すということになる。


歴史書に愚将と記された人たちと同じ道を辿ることになるんだ。

だけど、誰かを失うかも知れない、味方を殺すかもしれないという恐怖からは逃げることが出来る。



逃げることが、出来る。



676 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:24:34.99

「こわいんだ」



これは、指揮官が一人で抱え込むべきもの。部下に悟られてはいけないもの。

そんな不安を、いま結局瑞鶴さんに漏らしている・・・どのみち提督失格だ。


嫌われているかどうかとか、そんな次元の問題じゃあない。

こんな人間を信じて命を懸けるなんて出来るわけがない、それほどの失態を今の僕は演じている。



677 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:25:30.03

頭を抱えて、それ以上何も言えなくなってしまった。

瑞鶴さんは今、どういう表情をしているだろうか。


情けない上官の姿に何を感じているだろう?

怒り、軽蔑、嫌悪、失望・・・それとも全く別の何か?



さらけ出してしまった情けなさを恥じて、叫び出したくなる気持ちを必死で堪える。

今の僕に出来る、なけなしのプライドをかき集めた結果がこのありさま。



そんな僕の頭に、今まで感じたことのない優しさが降り注ぐ。



678 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:26:37.99

「あ・・・」

「大丈夫、大丈夫よ」


僕のすぐ隣、ベッドのふちに腰掛けて・・・。

瑞鶴さんが、そっと、僕の頭を撫でてくれていた。

いつになく優しい、柔らかい表情に囚われて。何故だろう、泣き出してしまいそうだ。



「アンタは今まで、一生懸命やってきたじゃない。それは、みんなが認めてる」

「赤城さんだって、加賀さん、翔鶴ねえだって。そ、それに、私・・・だって」



優しくて、でもぎこちない慰め方。

それは、ずっと瑞鶴さんのお姉ちゃんをやっていた翔鶴さんにはないものだった。



679 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:28:13.30

今、この空母の少女は初めて”お姉ちゃん”であろうとして、僕の頭を撫でている。

その事実に思い至ると、自然と穏やかな微笑を浮かべてしまうのだ。


「ふふ」

「なっ・・・何よ」

「最後の方、聞こえなかった。もう一回言って?」



だから、こんなことも言える。瑞鶴さんを困らせることが分かっているのに言える。



「う、ウソよ絶対聞こえてた、その返しは絶対聞こえてた!」

「しー、静かに。みんな起きちゃうから」

「あ・・・うぅ・・・言わなきゃ、駄目?」



680 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:28:50.74

さっきまで感じていた歳上っぽさはあっという間になりを潜めて。

今、隣にいるのはいつもの恥ずかしがり屋の瑞鶴さんだった。


「駄目」

「うぅ・・・バカ」



瑞鶴さんの顔が真っ赤に染まっているのが、乏しい明かりからでも分かる。

そうして、何十秒か、何十分かためらったあと・・・。



681 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:30:20.74

「私も」

「私も、アンタを認めてる。アンタが提督で良かったって、そう、思ってるから」


まっすぐな気持ちから放たれたその言葉に、僕は全てが救われた気がした。

初めて、提督としての覚悟が決まった気がする。

それと同時に、心地よい眠気が僕の全身を襲ってくる。



「ありがとう」

「ありがとう、瑞鶴さん。僕も、瑞鶴さんがいてくれて良かった」



682 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:30:58.69

それは。

それは、どういう意味?


空母の少女がそう聞き返そうとして少年の顔を見やった時には、もう遅かった。


「なんで・・・」

「なんで、寝てるのよおおおおおおお!」



せっかく、素直になって彼の事を認めてると言えたのに。

あのキスが嫌じゃなかったんだよ、と。今なら言えそうな気がしたのに。



683 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:31:43.96

少年は当初の瑞鶴の目論見通りに、穏やかな寝息を立てて眠りについていた。

口では悔しがる言葉を発しているくせに、そのチャンスがふいになったことにホッとしてもいる。

言えなかったことよりも、そっちの方がずっとずっと、悔しい。



「ふん、だ」

「もう、私も寝よ」



でも、寝るのはあと少しだけ・・・いま、ちょっとだけ頑張ったご褒美に。

そうだ。あと少しだけ、少年の寝顔を近くで見せてもらってからにしよう。



684 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/07(日) 22:33:09.90

ちょっとだけ・・・もうちょっとだけ、少年のベッドの端を借りて。

眠くなったら出て行って自分のベッドに戻ればいいだけの話なんだから。

だから、それまではこうして少年の寝顔を見ていよう。



そうして、翌朝。

少年よりも先に目が覚めた瑞鶴は、部屋中に響き渡る悲鳴を上げることになる。

無論、少年と同じベッドの中で、少年と同じ布団の中で自分が寝ていたことに気が付いて。



687 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:15:06.22

第十二章 開戦!


「提督、それでは行ってまいります」

「うん、気をつけて」


戦艦『ミカサ』の甲板から、僕と五航戦の二人は戦場にでる赤城さんと加賀さんを見送る。

送り出したあとは危ないので、一刻も早く退避する予定だ。


「じゃあ、加賀さん」

「はい・・・どうぞ、提督」


結局、加賀さんへのキスの効果は20分から30分ほど。

つまり、この戦いの終わりまでは持たない。けれど、少しでも効果があるのならやっておくべきだろう。



688 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:16:13.68

差し出された手をとるこの瞬間は、何度やってもお互いに緊張する。


「んっ」


唇が加賀さんの手の甲に触れると、決まって彼女から吐息が漏れる。

その声がなんだかとても艶かしくて、いつも理性を保つのが大変なのだ。



5秒、6秒・・・やがて、ポウっと加賀さんの手が輝き出して、効果が出たのを確認する。

今艦載機を放てば、僕の視点も変化するだろう。

さて、これで僕のここでの仕事は達成。戦闘が始まったら危ないし、早めに戻るとしよう。



そうして、一航戦の二人から距離を取ろうとした瞬間、赤城さんから声をかけられる。



689 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:16:47.59

「提督、提督」

「なに、赤城さん?」

「私にも下さい」


そう言って加賀さんと同じように手の甲を差し出してくる赤城さん。



「ええ、なんでさ!?赤城さんには効果ないでしょ!?」

「あら、分かりませんよ?・・・というのは冗談です」

「お守りがわりに、どうか」



験担ぎじゃあないけれど、こんな事で赤城さんの気が紛れるならなんだってする。



690 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:22:27.47

「うん、分かった」

そうして赤城さんの手を引き寄せて、手の甲にキス。

5秒、6秒・・・10秒。やはり何秒たっても効果が出る気配はない。



「ぷはっ。やっぱり効果は無かったみたい」

「・・・そうね、私より長くしても出なかったのだから、そうね」



まあ、長かったといっても数秒の違いだけどね。

決して下心でした訳ではないのだから、加賀さんは仏頂面(不機嫌ver)をやめて欲しい。



691 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:23:42.91

「ふふ、加賀は私にも効果が出てしまったら困るかしら?」

「あ、赤城さん!?そんな事は」


「あら、そんな事って、どんな事なの。加賀?」

「そうだよ、加賀さんは自分だけ強くなりたいなんて思うわけないもの」



そうですね、そういう意味では困っていませんね、なんて言って。

掴みどころのない事を言って僕たちをけむに巻くいつもの赤城さん。

よく分からないけれど良かった、特別に気負っているわけじゃなさそうで。



692 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:24:25.51

「そ、そんな事より赤城さん、もう行きましょう」

反対に、加賀さんは赤城さんにペースを乱されたまま甲板の先へと歩いていく。



「あらあら、ごめんなさい。少し意地悪しすぎたかしら」



そうして赤城さんも加賀さんの後を追って。

二人とも一度だけこちらを振り向いた後、真っ直ぐに海へと飛び降りていった。



完全に役目を終えて、少し後ろで待機していた五航戦の二人のもとへ行くと。



693 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:26:06.50

「何で赤城さんにまでキスしてたのよ」


あなたもそこですか・・・。

瑞鶴さんがまさかの理由で不機嫌になっていた。


それさっき加賀さんにも言われたのでもう許してくれないかな?

廊下を歩きながら、まだむくれている瑞鶴さんに、翔鶴さんが一言。



「瑞鶴は今朝、もっとスゴイことをしているんだから許してあげたら?」

「ちょ、翔鶴ねえ何言ってんの!?私はただ提督のベッドで一緒に寝ただけだからね!?」

「それすっごい誤解を生む発言なんで気をつけて下さい!」



戦闘前とはいえ、時折命令を受けた下士官とすれ違うことを考えると・・・。

もうほんとこの二人には黙っていて欲しい。


結果的に、横須賀鎮守府に割り当てられた部屋に戻るまで無事ですんだけれど。

戦闘が始まる前だというのに、僕の胃はストレスで穴が空きそうだった。



694 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:28:51.52

『ミカサ』の主砲斉射を合図に、戦闘が始まる。

各鎮守府の戦艦が長距離から砲撃を始め、水雷戦隊が敵へと肉薄、確実に仕留めていく。


「加賀さん、『ミカサ』の撃ち漏らしを仕留めていくよ」

「分かっています、提督」



『ミカサ』司令部へと行くことを許されていない僕たちは、モニターと無線、それにキスの力による艦載機の視点から一航戦の二人をサポートすることになる。

もっとも、現状は連合艦隊が破竹の勢いで深海棲艦たちを蹴散らしているから、その撃ち漏らしを撃破するくらいしか仕事がないけれど。



695 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:30:01.55

「なんだ、提督。楽勝じゃない」

「敵の勢力も事前に調べておいたもの通りですし・・・」


確かにこのままいけば連合艦隊、つまり人間側の圧勝だ。

僕の心配は枯れ尾花に終わるかもしれないし、実際その方がありがたい。


それでもなお。

ドカン、とモニターの中の敵駆逐イ級が加賀さんの爆撃によって爆ぜるのを見ても、何故だか拭いがたい不安が消えない。

100%の勝利が確信出来ない・・・。


「もう一度、敵戦力を確認しようか」

「・・・もう、心配性ね。でもいいわよ、今のところすることないし」

「念には念を、ですね」


モニターの映像を横目で見ながら、今回の大規模作戦の資料を机に広げてみる。



696 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:31:53.53

「今のところ存在が確認されている深海棲艦は駆逐級、軽巡級、重巡級、空母級だね」


単純な火力や強度、速度、果たそうとする役割なんかで種別分けした結果がそれだ。


「”戦艦”だったり”潜水艦”だったりが存在するんじゃないかって噂もあるみたいだけど」

「うん、でもそれが確認されたことはなくて、いてもおかしくないってこと。これは艦娘も含めてだけどね」


この戦場には、現在確認されている全ての深海棲艦が展開していて、未知の・・・“戦艦級”だとかもその姿は確認されていない。



697 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:32:33.70

「深海棲艦たちは・・・陣形も何もないです。ただ、それぞれが展開しているだけ」


モニターを見ながら翔鶴さんが分析する。

強いて言うならば横に広がっているから単横陣、ということになるだろうか。

ただ単に散らばっているとしか思えない敵のそれは、満足な連携が取れずに『ミカサ』をはじめとしたこちらの砲撃の前に次々と倒されていく。



「作戦の計画書にも、何ら知能を感じさせない下等な生物、とあるね」



紙の上で貶したとしても何がどうこうなるわけじゃあないけれど。

でもこの戦闘を見る限りじゃあ、深海棲艦との戦闘に不安を抱けというのは難しいかもしれない。

そして、今のところ唯一恐るべき彼らの特徴といえば。



698 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:33:55.34

「やっぱすごい数よねえ」

そう。


『ミカサ』のモニター越しに見る大海原は今、無数の深海棲艦が描く黒に埋め尽くされていた。

連合艦隊は戦艦が主砲の射程を生かした長距離射撃を、水雷戦隊はその速度を活かして接近と離脱を繰り返す先鋒で戦場を支配している。

このまま戦闘が続けば、2,3時間後には青い海を眺めることが出来そうだ。


「でも、深海棲艦に知能が無くて良かったですね、提督」

「これだけの数を持ちながら戦略を立てられたら、少々マズイかもしれないね」



699 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:34:42.10

戦艦に砲撃されれば戦艦へと憎悪を向けて接近しようとし、水雷戦隊や一航戦の爆撃に屠られる。

今度はそちらを追いかけ始めたところへまた、戦艦の一撃。

決まりきったパターンでやられているのに、連中には欠片も学習が感じられない。



「こうして見ると重巡級は人の姿をしてるように見えるのに」

「戦い方を見る限り駆逐や軽巡と同じくらいの知性、といった感じです」

「あの中じゃ一番強くてやっかいだけどねー」



駆逐や軽巡は数、重巡は数こそ少ないものの火力がある。

これは艦娘たちとも共通で、そういった面では似ているのかもしれないけれど。



700 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:35:13.86

「にしても、深海棲艦はホントに空母が弱いわよねー。ホントに正規空母?」


そうなのだ。

艦娘側では瑞鶴さんたち鎮守府に四人しかいない空母が圧倒的な戦力となっている。

この戦いに連れてくる四人をその空母勢四人で統一したことが何よりの証明だしね。



「あ。また一隻、赤城さんが仕留めます」



突出した敵の”正規空母ヌ級”。各地で存在が確認されている敵唯一の空母。

そのうちの一隻が持つ戦闘機を加賀さんが全て撃墜して丸裸にした所に、トドメとばかりに赤城さんが爆撃機を放った。

敵”正規空母ヌ級”は、その球状の身体を大きく軋ませた後に爆散。海の藻屑となって沈んでいった。



701 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:36:38.16

「私たちと搭載数が違うのよねえ」


深海棲艦の一隻は、こちらの軍艦や艦娘一隻の性能に及ばない。

だからこそ、圧倒的な数が驚異となっているのだけれど、それにしても・・・。



「火力は低く装甲も薄い。搭載数は言うに及ばず。正直、敵の空母は何もこわくないよね」



まだ数が多い駆逐の方が相手にするのが面倒という点でやっかいだ。

深海棲艦と艦娘では、それだけが両者を分ける唯一の違いかも知れない。

おや。モニターの映像を見て、あることに気がつく。


「加賀さんの爆撃・・・火力落ちてきてない?」

「あれ、そうかも」



702 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:37:16.85

戦闘が始まってそろそろ20分が経過する。

そろそろキスの効果が切れてきた頃というのもあって、精度が落ちてきたのかもしれない。

ただ、このまま行けば勝利は確実だから問題は無いだろう。



・・・まさか、キスしに戻ってくるということもないだろうし。



一方的な戦闘をモニター越しに見せられて、安堵とともに沈黙が襲ってきた。

慢心するわけじゃあない。

けれど、驚異が見当たらない限り一航戦に指示することもないしということで、瑞鶴さんが先ほどの話を蒸し返す。



703 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:38:08.86

「にしても、やっぱ敵の空母が弱いわねー、もう!」

「敵が弱いのは喜ばしいことじゃないか」


クスリと笑って瑞鶴さんに反論する。

多分これは、敵の空母が弱いと自分たち艦娘側の空母まで弱いと思われそうで嫌、みたいな考えだろう。


この戦場で赤城さんや加賀さんが『ミカサ』の撃ち漏らしをメインにかなりの敵を屠っているのだから、そんな評価が下されることは無いだろうに。


そんな僕の落ち着きは、次の翔鶴さんの呟きで雲散霧消することになる。





「そうですね・・・これではまるで”軽空母”のようです・・・」



704 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:39:00.06

軽空母。

その言葉が、迅雷の様に僕の頭の中を駆け巡った。


「しょ、翔鶴さん、今なんて言ったの!?」

「えっ・・・きゃ、提督?」

「ちょっと、何翔鶴ねえの手握ってるのよ、変態!」



翔鶴さんに顔を近づけようが手を握ろうが、今はそんな事問題じゃない。



「艦娘には”軽空母”がいるの?教えて!?」


僕の態度が尋常じゃないことを感じ取ってか、五航戦の二人も真剣な表情になって。



705 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:42:18.07

それは、翔鶴さんたちにとって人間である僕に報告するまでもないことだったはず。

軽空母の艦娘がいるという概念。それは当然に、確認するまでもなく僕も理解しているだろうと。


艦娘としての常識と、人間の僕の認識の食い違い。それに今まで気がつかなかったなんて・・・。

艦娘が唯一いる横須賀鎮守府―僕の鎮守府に”戦艦””潜水艦”・・・。


そして、”軽空母”がいないからといって、そうした艦娘が本当にいない、今後現れないとは限らない。

そしてそれは深海棲艦側にも言えること。



706 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:43:53.84

心臓が悲鳴を上げて、嫌な汗が体中にまとわりつく。

敵のヌ級が”正規空母”だなんて、誰が決めた?敵が教えてくれたのか?


・・・そんな訳が無い。


今まで人間側が観測した深海棲艦空母がヌ級だけだった。

そしてそれを僕らが勝手に”正規空母”と分類して扱っていたというだけの話。



いや、本当に敵の空母がヌ級だけなら、僕の心配はまたしても杞憂に終わる。

それだけのことかもしれない・・・でも。

胸の内に残る、この消えないモヤモヤはなんだ?



707 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:44:35.95

「加賀さん、加賀さん!」

「・・・提督?何ですか、珍しく慌てて」

「提督?」


一航戦の戸惑いもこの際、無視して。


「キスの効果、まだ残ってるよね。艦載機の視点が使えるうちに・・・」

「放てるだけの偵察機を敵に向けて放って、早く!」

「分かりました」


加賀さんの持つ全ての偵察機が大空へと放たれる。

代わりに制御しきれなくなった戦闘機たちを着艦させて回収。

守りが薄くなる分は赤城さんがカバーしてくれた。



708 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:45:43.73

僕の視点を、次から次へ・・・偵察機から偵察機へと切り替えていく。

目が回るような視界の変化に吐き気を覚えるけれど、今はその時間すら惜しい。


なんとか、加賀さんのキスの効果が終わる前にこの不安を無くしてしまいたい。


「提督、何をなさっているんですか?」

「提督?」


五航戦の二人をも無視して、なおも視点を切り替えて戦場の敵を見渡していく。


「敵前線に駆逐多数・・・駆逐駆逐、軽巡。中盤になるほど重巡や”軽空母”が増えて・・・」


駆逐、軽巡、重巡・・・軽空母。意思を持たぬ下等な化け物たちの群れ。

その、最奥に・・・。



709 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:46:22.96

そんな訳がないのに、艦載機の視点越しに”ヤツ”と目があった。・・・そんな気がする。

軽空母ヌ級と同じ様な球状の何かを頭に載せたそれは、まごう事なき人間の体躯を持っていた。

死体のような白い肌と、闇を思わせる黒い艤装に包まれたヤツは。

突出して自分の姿を捉えた偵察機を見て、僕に向かってニタりと微笑んだ・・・そんな気が、した。


ああ、確かに不安は消えた。

絶望という形に切り替わって。



「あっ」


短く加賀さんが声を上げた。丁度、キスの効果が切れたのだ。

視界が元に戻る。再び見ることが出来るのは、モニター越しの黒い敵影のみ。



710 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 10:47:04.38

「我、敵”正規空母”発見す」

「翔鶴さん、艦隊総旗艦・・・大提督にそう報告文を打って」

「瑞鶴さんは甲板まで。加賀さんの偵察機が撮った写真、取りに行って」



乾いた僕の指示と、五航戦の二人が駆け出す音だけが静かに室内に響いた。



715 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:11:36.06

「それがどうしたというのだね」

「今、画像を送ります・・・翔鶴さん」


艦載機が捉えた真の敵正規空母の画像を、大提督のもとへと送る。

そして、会話を共有している各提督の元へも。



「ふん、戦闘中に何かと思ったら。下らん」

「単に下等な敵の新種が出てきたというだけの話」

「閣下、私は抜けさせてもらいますぞ」



何故だ、何故みんなこうも戦況を楽観する!?



716 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:12:32.84

「今まで我々は、敵・・・深海棲艦が意思を持たぬただの化け物だと判断して戦ってきました」

「今でも、だよ」

「もし、それが違っていたら?」

「・・・何?」



「この新種の正規空母・・・ヲ級と名付けましょうか。ヲ級は明らかに人と同じ体躯を持ち、他の深海棲艦と一線を画しています」

「敵の最後尾に控えていることからして、明らかにこの群れの親玉―”ボス”でしょう」



何故、この危機感が伝わらない!?

僕を敵視している各提督はともかく、比較的柔軟な態度を示す大提督にまで!



717 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:13:44.96

「今まで、唯一敵を恐怖する要因があるとすれば、それはあの膨大な数でした」

「もし、あの暴力的とまで言える数に戦略が加わったら?」


「そんな事はありえん。現に、これまでの戦闘を見ろ」

「これまで、このヲ級のような人型の深海棲艦を見た方は?」



沈黙が、何よりも強い肯定となって僕に返ってくる。

やはり、誰もいないのだ。コイツを見たものは、僕以外に誰も。



「ならば一度、撤退すべきです」

「貴様、何を言うか!?」

「この程度のことで怖気づいては、大勝利など掴めぬわ」



718 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:14:36.32

「何よ、提督の意見の方が安全で正しいじゃない!」

「役立たずの小娘は黙っていろ!」

「なっ・・・なんですって!?」


瑞鶴さんの言うとおり、僕は自分の考えが他のどんな戦略より正しい自信がある。

大勝利とは言えなくても、今現在こちらはほとんど犠牲を出さずに敵を撃破している。

緒戦は堅実な勝利、ということで一度撤退し、対策を練れば・・・。

そんな僕の献策は、歯牙にもかけられずに叩き潰される。




「横須賀鎮守府特別提督」


他ならぬこの作戦の最高責任者によって、叩き潰される。



719 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:16:23.64

「深海棲艦どもが単なる下等生物でなく、戦略を打ち出してくる可能性を証明出来るかね」

「それは・・・このヲ級を見るに、万一を考えて」

「証明出来るかね、確たる論を持って」

「・・・出来ません」



この作戦の中核にいなかった僕に、それが出来ようはずもない。



「決まりだな、各鎮守府諸君は今までどおりの作戦遂行を命ずる」

「今日中にこの海域の敵を殲滅しつくす、以上解散だ」



無力感に苛まれ、無線を切ることもできずに僕は立ち尽くす。

各鎮守府の提督の嘲りを前に、何もできずに。



720 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:17:50.59

「緒戦での小勝利など、誰も望んではいないのだよ。横須賀提督」


唯一、僕との無線をまだ切らずにいた大提督がぽつりと呟いた。

・・・どういう事だ?混乱する僕を尻目に、大提督が言葉を重ねる。



「大本営の総力をあげ、奇跡の戦艦『ミカサ』を引っ張り出した」



ああ。

その一言で、僕は理解する。


大提督自身は、僕の見立てを是としていることを。

彼だけは、深海棲艦を相手に少しも驕ってはいないということを。



721 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:18:47.28

「その結果、少し敵を蹴散らしただけで安全を取って帰投する」

「それでは満足しない。この計画を立案した者たちは、遠く本土で大勝利の報だけを待っているのだから」


「大きな成功をおさめるためには、相応の”痛み”を伴うのだよ」

「ふざけるな!」



僕の中の何かが弾けた。



722 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:19:54.74

「その”痛み”を口にしていいのは、実際に命を落とすかもしれない人たちだけだ!」

「僕の指揮で命を落とすかもしれないのは、僕じゃない・・・。赤城さんや加賀さん、瑞鶴さんに翔鶴さんたちだ!」

「安全な場所にいる奴らが、自分たちの耳触りの良い報を聞きたいがために出していい言葉じゃない。そんなの間違ってる!」



「提督・・・」

「ねえ、きっと・・・大丈夫よ。何も起こらないわ?」



「そこのお嬢さんの言葉が現実になることを信じて、今は進むしかないのだよ」



723 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:20:45.55

「情報を、下さい」

「この作戦にあたってかき集めた情報。横須賀に知らされていないモノもあるはず」

「それらをかき集めれば、僕の主張を裏付けられるかもしれない」


無常にも、そのあがきは一蹴される。


「一航戦の空母艦娘の指揮に専念したまえ」



そうして、無線は完全に途絶えた。

戦況は進んでいく。連合艦隊の圧倒的優位なまま、進んでいく。


じりじりと戦線を上げられ、僕たちに押されて後退していく敵を掃討するというかたちで。

海のあちこちで深海棲艦たちが煙と血の泡を吹き出しながら沈んでいくのが分かる。



724 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/08(月) 21:21:29.70

絵に描いたような大勝利はもう、間近に迫っていた。

踊る踊る。戦艦『ミカサ』は、僕たちを乗せて敵味方ひしめき合うこの洋上を踊る。



大勝利という名の奇跡の舞台を。

あるいは、まさかの大敗北という名の悲劇の舞台を。



幕が降りるまでに残された時間は、おそらくもうあと僅か。



729 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:31:41.51

第十三章 危機の予感


後ろからそっと、肩を抱かれる。

それが瑞鶴さんだってことが、振り向いて確認しないでも分かった。


「ごめん、瑞鶴さん。せっかく昨日元気づけてもらったのに」

「ううん、提督は頑張ったわ。話を聞かないあいつらが悪いんだから!」


それでも・・・もし、赤城さんたちに何かがあったら。

僕は自分で自分を許すことが出来そうにない。



「提督、瑞鶴・・・」


洋上はもう深海棲艦の遺骸で埋め尽くされていた。思ったよりも掃討が早い。

先頭が終結しても、蒼い海を見ることはしばらく無理だろうな、なんて。

沈んでいく深海棲艦を見ながら、場違いにも僕はそんな事を思った。



730 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:32:33.74

モニターに映る快進撃とは裏腹に、室内はどんよりとした沈黙に包まれる。

このまま何事もなく大勝利に終わることを祈るしかないのだろうか?

でもそれは単なる思考の放棄、逃げじゃないのか?




戦場に出す艦娘は2隻までという命令に逆らって五航戦も投入しようか?

・・・いや、翔鶴さん、瑞鶴さんの練度は一航戦のそれには達しない。

キス効果が無い状態では、尚更。何かあったとしても戦況を変えられるとは思えない。



731 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:33:10.39

でも、何かあってからじゃ遅いんだ。その前に動き出さなきゃ・・・。

そんな思いばかりが空回りして、結局、自分の無力さを思い知らされる。



「くそう。何か、何かないのか?」



そんな時だった。

コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。



732 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:34:24.45

昨日、もっとちゃんとした仲直りが出来たていたら・・・。

肩を抱くだけじゃなくって、もっと違うかたちで少年を安心させられたのかな?

瑞鶴はそう思わずにはいられない。



自分たちのためにここまで頑張ってくれた少年が、自分たちのために無力さを味わっている。

そんな彼の力になってあげることが出来ないのが、とてももどかしい。



このまま少年が恐れている事態が起きなければ、赤城も加賀も無事に帰ってくる。

それが、一番いい結末。少年と自分との間には何も起きようがないけれど、また別の機会で頑張ればいい。



733 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:35:01.15

でも、もし。

もし、自分の力があれば少年やみんなを助けられる・・・。

そんな事態になったならば、そう。

覚悟を、決めよう。



少年の背中越しに、肩をそっと抱きながら。

空母の少女が決意した。



そんな時だった。

コンコンと、客人など来るはずもないこの部屋のドアがノックされたのは。




734 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:38:51.32

「失礼いたしますわ」


ぎょっとするほどの嗄れた声は何度聞いても慣れることはない。

淑女の礼をとって入ってきたのは、昨日のメイドの少女だった。



「何かお困りでしたら、何なりとお聞かせくださいませ、提督さま」



ニコリ、と子供らしさとは無縁の無邪気さを貼り付けて少女が笑う。

紅耀石の瞳に好奇心の灯火を宿して、僕に語りかけてくる。





金色の長い髪が、可愛く小首を傾げる動作とともに怪しく揺れた。



735 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:39:49.47

”何かお困りでしたら”その言葉が何故か、僕の耳に残った。




僕がどういう受け答えをするのか楽しみで仕方ない、といったふうな少女の態度。

正直、この子が何かを企んでいようが、そんな戯言に構っている暇は無いはずだ。



でも。僕はここでの選択が、僕が抱えている不安に直結していそうな何かを感じた。

結局、僕はメイドの少女が気に入りそうな返事を必死になって探すのだった。



736 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:41:12.50

「君の主を説得出来るだけの情報がないか、探しているんだ」

「主?私の主なんて、いないわ。本当はもういるはずだったんだけど」

「大提督のことさ、君は彼のお屋敷のメイドなんだろう?」



煙に巻く様な少女の喋り方への苛立ちを抑えて、慎重に言葉を巡らす。



「ああ、そうね。そうだったわ」



昨日の自分の発言を覚えていないはずがない。こちらをからかっているのだろうか?

彼女の正体も、今は問題ではない。気になるけれど、ミスリードだ。

見破ったところで何の得にもなるまいし、話題をそこに置いたところで彼女に愛想を尽かされる・・・そんな気がする。



737 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:42:39.36

「大提督の傍にお仕えしているのなら。身の回りのお世話も、君の仕事だよね?」

「うん、そうね。あのおじいちゃんのお世話、大変なんだから」


「給仕に身支度、掃除や料理、皿洗いなんかも、全部君一人が?」

「ええ、大変でしょう?」



クスクスと嗤うメイドに何か言おうとした瑞鶴さんを手で制す。


「それだけ近くにいるのなら」


ゴクリとつばを鳴らす。道を間違えていないだろうか、間違えていないはずだ。

僕が求めることを、このメイドは求めているはずだから。



738 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:44:47.37

「例えば、今回の作戦にあたって大提督のもとへ集まる報告書に触れる事も可能かもしれない」

「ふうん、それで?」


まるで薄氷を渡るかのような、ジリジリと底冷えした感覚。


「策を却下されて落ち込む僕を慰めるために、それを持ってきてくれる優しい娘がいるかもしれないね」

「女が、口説いてもくれない男のためにそんなことするかしら?」


カンベンしてくれよ・・・。

ええい、男は度胸だ。



739 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:46:01.69

「初めて会った時から、可愛い娘だなと思ってたよ」

「君のそのきれいな手から僕の欲しいものを渡されたら・・・惚れてしまうかもしれない」



女の子に慣れていないのが、こんな時に裏目に出るとは思わなかった。

拙い口説き文句に彼女が気分を害さないかが気になってひやひやする。

クスクスと嗤う表情は崩さないまま、メイドの少女が妖しく語る。



740 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:46:47.71

「初めて会った時って、いつのことかしら?」

「それは・・・勿論昨日からさ」


僕の答えは正解なのか。

目を閉じて蜀の桟道を渡るかのような心もとなさを感じる。

もうひと押し、いるだろうか?



「君みたいなかわいい娘、一度見たら忘れるはずがないじゃないか」

「忘れるはずない、ね・・・ふぅん」



不味い、間違ったかと思った次の瞬間。



741 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:47:41.54

「ま、いいわ。特別に許してあげる」


最後まで貼り付けた微笑みを崩さないまま、メイドの少女は僕に分厚い紙束を差し出したのだった。

どこから取り出したかって、そんなの今はどうでもいい・・・おそらく、これが。



「じゃあ、頑張ってね」

「私を、沈ませないで頂戴?」



そう言って、最後まで優雅な態度を保ったまま退出していった。



742 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/11(木) 22:49:34.30

「ほんっとに、変な娘ね。それに、それを言うなら私たちを、じゃない?」

「いや、今のはあれで合ってるよ」


僕の返事が意外だったのか、姉妹はぎょっと表情を変えて。


「提督、何か知ってるの?」

「あの娘が何者か、分かったのですか?」




彼女の正体が気になる気持ちは分かるけれど、今はそんな場合じゃない。


「教えてあげたいけれど、時間がない。三人で手分けして読もう」


僕の言葉に渋々矛を収めた二人は静かに頷いて。

さっそく、床に資料を広げて三人で読み漁るのだった。



747 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:47:23.15

モニターの中の戦況は、相変わらず有利に進んでいる。

僕たちが沈めたと思わしき深海棲艦の黒が、水底から透けて見えて…。

『ミカサ』周辺の海は一面、黒々とした奴らの死体で塗りつぶされていた。



「ちょっとでも気になることがあったら教えて」

「う、うん」

「はい!」



今出来ることをしよう。いつだって、それだけだ。

無駄に終わるのならそれでもいい、僕たちは目を皿の様にしてメイドの少女がもたらした書類を漁る。



748 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:48:22.84

「最近の戦闘記録が大部分を占めているみたいだね」


この作戦を開始するために、まずは各鎮守府近海を掃討したのだから当然か。

開発の状況、『ミカサ』運用に関する報告、近海の戦闘記録…。

大提督のもとへ集まる情報は多岐に渡る。




「うへえ、これ、昨日のアイツの記録じゃない?」


瑞鶴さんがうめき声を上げて読んでいた書類を何気なく渡してもらう。

ああ、昨日赤城さんにからんだ呉鎮守府の七光りか・・・。



749 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:49:06.25

「すごいじゃないか、もう前線で戦闘指揮までしてる」

「内容もね」

「うげ」



経験も何もない者でも、士官学校の卒業生だ。現場の長になれる。

七光りは提督の代理、副提督という位置だから実質的にはナンバーツーみたいだ。


杜撰な戦闘指揮は彼自身のものだろう、普通は現場の叩き上げが補佐につくだろうし・・・。

おそらくは参謀役の下士官の意見を却下した上で突出、惨敗している。



750 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:50:40.30

せめてもの救いは、すぐに助けに入った味方艦がいて轟沈に至らなかったことか。

負けるだけならまだ良い。問題はその後…仲間を死なせる寸前に追いやった処分。

それは謹慎2日と極めて軽く、これはどう見ても…。



「親が提督だから、でしょうか?」

「うん、ほんっと情けないよ…」


こんな下手を打ったばかりなのにヘラヘラ笑って女の子に声をかけていたのか。

斬られない馬謖を見て、呉鎮守府の下士官たちは大いに泣いたことだろう。



751 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:51:44.21

「舞鶴や佐世保では、さすがにそういった報告は見られませんが…」

「僕に知らせるほどの出来事もない?」


翔鶴さんがこくりと頷く。



一方で僕が見ている報告書の類にも、取り立ててヒントになりそうなものは見当たらない。

やはり僕の心配は意味のないことだったのだろうか?

それとも、ここにヒントが見当たらないだけで実際は…。



752 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:52:30.46

「ねえ、呉の報告書なんだけど…」

「なあに、瑞鶴。嫌いな人だからと言っていつまでも言っていては駄目よ?」

「いやそうじゃなくって…って、その言い方だと翔鶴ねえだって嫌ってるじゃない!」

「そ、そんな事言っていないわ…ただもう名前も聞きたくないだけで」


それを一般的には嫌うと言うんです、翔鶴さん。

…というか、これだけ穏やかな人に嫌われるってある意味才能かもしれない。




「ぶー、気になることがあったら言う約束だから言ったのにー」

「ああ、ごめんごめん。どうしたの?」


それが、と瑞鶴さんが話を続ける。

特段分厚い紙の束をこちらに差し出しながら。



753 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:53:16.65

「これは?」

「その七光りが休んでる二日分の報告書」

「分厚いな…」


他の報告書が紙一枚の適当な出来に仕上がっているのに対して、この二日だけは異常とも言える量だ。


「提督、これはどういう事でしょう?」

「この報告書って、普段アンタが書いているのと同じものよね?」


ほら、いつもいっぱい書いてるヤツよと瑞鶴さん。

逆に呉のいつもの報告書は何でこんなに薄っぺらいのと聞いてくる。



754 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:54:30.47

「おそらく、だけど」


こうした報告書の作成は本来提督か、副提督の仕事だ。

横須賀では僕が書いているけれど、呉では副提督が書いているのだろう。

こんな薄っぺらい書類、彼にしか書けそうにないし。




「で、彼の謹慎中に代筆することになった下士官が、ここぞと言わんばかりに書きたいことを書きまくったと」


多分、そういう事。


「でもこれ、凄いよ」



755 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:55:29.67

事務から現場の指揮系統に関する問題点、その改善案。

特に目を引くのが敵深海棲艦の特徴や自分なりの戦闘計画の立案だ。

駆逐や軽巡など、各艦種ごとに細かく仕訳した後に分析までしており分かりやすい。



「この人、本当に優秀だよ・・・」



僕が先ほどまで気がつかなかった、“空母ヌ級”ついても触れられている。

火力や装甲、艦載機の搭載数から見て正規空母級と考えることへの疑問符を投げかけていた。

“軽空母”であるとの見解にまではたどり着かなかった様子だけれども・・・すごい。




756 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:57:19.65

「僕の鎮守府に欲しいくらいだ」


素直にそう感想を漏らす。

こんな人材を埋もれさせておくなんて、呉は余程優秀な人が集まっているのだろうか?


「へえ、アンタがそんな事言うなんてよっぽどよねー」

「提督の場合、自分の能力を物差しにして人を測りますから…」



何それ、それじゃあ普段の僕の人物評価が辛いみたいじゃあないか。

そんな厳しい人物評なんてしないけどなあ、と思いながら次のページをめくる。



757 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 14:58:05.18

瞬間、時が止まった。そして、察する。

僕の心配が、杞憂に終わらないであろうことを。



「赤城さん、加賀さん。僕の指示を聞いてほしい。艦載機を最小限残して畳んで」

「何が起こっても良い様に、身軽にしておこう」



舞台の脚本を書き換えるために、ペンを執る時が来たのだ。

もしも提督を辞める日が来たら、作家にでもなってやろうか?



758 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:34:03.01

「君を呼んだ覚えはないのだが」


艦橋のいっとう高い席に座ったまま、大提督は僕たちを睥睨した。

門前払いされなかっただけマシとはいえ、もう少し歓迎して欲しかったかな。


「撤退を進言します」

「どうした、皆手が止まっているぞ」


その一言で艦橋に詰めていた士官、下士官たちが再び仕事に戻りだす。

ある者は周囲の艦隊に指示を出し、ある者は『ミカサ』の砲手に砲撃を命じる。

そんな兵士たちの怒号を背景に、僕はなおも大提督に向かって告げた。



759 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:34:51.87

「このままでは艦隊が全滅します」


投げ込んだ石が大きすぎたかも、という心配はない。

これ程士気を挫く台詞を放ったのに、大提督の反応はといえば眉をピクリと動かしただけ。

昨日の夜、不安に震えていた僕とは大違いだ。



「聞こう。だがもし、君の論拠が聞くに値しなかった場合―」

「二度と口を挟む真似は致しません」



そう言って、数枚の書類を大提督に手渡す。

先ほどの呉鎮守府の報告書から抜き出してきたものだ。



760 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:35:48.07

「これは?」

「呉鎮守府から本部への、定例報告書です。お読みになられては?」


静かに首を振られる。まあ、それはそうだ。

大提督ともあろう人が各鎮守府の日報まで、事細かに読んでいられるわけがない。

最も読んでいれば―今、こんな悠長になんてしていられないだろうけれど。



「報告者が呉提督でも、副提督でもないようだが」

「副提督の謹慎中に、代理の士官が書いたものです」

「道理で、きちんと報告書になっている」


皮肉は受け流す。今は笑っている場合じゃないから。

大提督の視線が手渡した報告書へと移った。



761 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:46:08.98

                                   帝国歴××年○月△日
                  出撃報告書
                                    呉鎮守府副提督代理

本日の出撃任務の際、奇怪な深海棲艦を目撃致しましたのでご報告致します。


○ 敵艦隊との遭遇について
大規模作戦を控えた、当該作戦での攻略目標海域への偵察を行った際の目撃。
敵深海棲艦数隻を発見、威力偵察の為交戦。敵の動きに違和感を覚える。

○ 味方艦隊
軽巡洋艦2隻 駆逐艦4隻

○ 敵艦隊
軽巡洋艦1隻 駆逐艦2隻 不明艦3隻

○ 戦闘経緯
我が艦隊の砲撃を浴びるや、敵艦隊は後退を始めたため反航戦の様相を呈す。
通常、深海棲艦たちは我々の姿を見るや1隻でも多く水底に沈めんと殺到し、同抗
戦となる為不自然な動きだった。敵軽巡洋艦、駆逐艦は後に表記する3隻の“不明艦”
を庇うように囲い後退。少しでも我が艦隊との距離を取ろうとする動きを見せる。

これまでにない姿をした深海棲艦とその動きに尋常ではない予感を得たわが軍は突撃
を敢行。敵駆逐と不明艦を1隻ずつを大破、炎上せしめた。

○ 結果
残りの護衛艦を追い払い大破させた不明艦の調査を試みようとしたところ、死の臭いを
嗅ぎつけたのであろうか、敵艦隊に援軍を見る。艦隊数は特定出来ず。深入りは危険
と判断、後退を命じ戦闘海域を離脱した後偵察機を放つ。

○ 不明艦について
詳細は不明である。でっぷりと太ったその体躯は今まで確認されてきたどの深海棲艦の
姿とも異なる。航行速度も遅く敵の撤退の足を引っ張り、火力も敵駆逐艦以下である。
他の深海棲艦がこれを守るように撤退したのは何故かという疑問が残る。

○ 意見
偵察機の撮った写真は異常である。一刻も早く本部へ奏上し判断を仰ぐべきではないか?
当方が今回大破、炎上せしめた敵は駆逐艦1隻、不明艦1隻である。この2隻に関して
まわりの深海棲艦どもがとった行動には明確な違いがあり、無視出来ない事の様に思える。

私は今度の大規模作戦に対し、意見する立場にない事は承知の上で申し上げる。
時期尚早ではないか。このような不安要素を抱えたまま断行すべき作戦なのだろうかと。


奇跡とは出来うる事すべてを為し、それでも尚自身の力ではどうしようもないほどの結果を
望むときに使う言葉である。我々にはまだ、為すべきことがあるのではないだろうか?






762 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:47:51.05

報告書を読む大提督の手が小刻みに震えている。


「未知の不明艦を目撃し、この対応」

「この指揮官の慧眼は賞賛すべきです」


そして何故、この報告書が単なる日報扱いで処理されてしまったのか?

大提督直通で届くべき緊急案件と呉鎮守府が判断すれば、そうはならなかった。



だけれども、今それを言っても仕方がない。

もう僕たちはルビコンを渡っているのだから。


「ねえ、これでもまだこの作戦に不安がないっていうの!?」

「新しい空母に役割の不明な敵艦。充分やばいじゃない!」



763 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:48:49.67

大提督の沈黙に、たまらず瑞鶴さんが声を張り上げる。

違うよ、瑞鶴さん。大提督は無能なんかじゃない。

だからこそ、次に見せる写真にも意味が生まれる。



「そしてこちらが、先ほどの報告書で偵察機に撮らせたという写真です」


モノクロで見にくいけれども、大空から撮られたそれは眼下の様相を克明に記録している。

たまらず、といった様子で大提督の参謀たちが写真を引ったくり、覗き込む。


「こ、これは・・・!?」



764 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:49:47.36

大破炎上する敵深海棲艦の駆逐艦と、“不明艦”。そしてその周囲に群がる同胞たち。

先ほどまで僕たち人間の魔手から守ろうとした“不明艦”に、彼らが何をしているか?


「く、喰っているのか、自分の同胞を!?」

「悪魔め!」



参謀役たちがぼそりと、深海棲艦への嫌悪を漏らす。

そう、同胞を喰らう深海棲艦たちの姿が写真には写されている。

でも、問題はそこじゃない。奴らのおぞましさを言いたいわけじゃないんだ、僕は。



大提督が立ち上がる。ただ一人、この写真から僕の言いたいことを理解したらしい。

翔鶴さんも、瑞鶴さんも、周りの参謀たちも一発では理解出来なかったのに。



765 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:50:32.03

やはりこの人は、人の上に立つ事の出来る人だ。

でも、それ故に。分かってしまうからこそ味わう絶望というものがある。


「閣下?」

「大提督閣下?」

「分からんのか」


天を仰ぎながら、大提督がに向き直る。

説明しろ、という言外の命令を感じ取って、僕は口を開いた。



「今まで、深海棲艦が共食いをする光景を見たことのある人は?」


予想通り、ゼロ。だから初めてみるこの光景に、こんなにも嫌悪を露わにするのだ。



766 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:51:15.55

「もう一度、写真をよく見てください」

「大破炎上している敵艦は、駆逐と“不明艦”の2隻。でも…」


そこまでで思い至ったのか、あっ、という声が上げられて。


「食べられている艦は、“不明艦”だけです!」


翔鶴さんの気づきに、どよめきが生まれる。



そう。

大破炎上し、今にも沈まんとしている敵駆逐艦はというと。

同胞たちにその存在を無視され、顧みられることはない。

その一方で“不明艦”には深海棲艦が殺到、その身を喰らいつくされている。



767 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/13(土) 17:58:41.58

「“不明艦”は深海棲艦が食べられるモノを積んでる、ってこと?」


ああ、瑞鶴さん。

彼女は論理的な思考を積上げて解答に至るということに関しては苦手だけれども。

こと、こういう時に発揮されるべき意外な発想力というものに関しては才能がある。


この写真から分かることは、と前置きして僕は告げる。


「“不明艦”は深海棲艦に必要な資源を体内に貯蔵することが出来る」

「だからこそ戦闘開始時。他の深海棲艦は戦闘力皆無の“不明艦”を守る行動に出たんだ」


そしてここに、僕が深海棲艦たちが単なる下等生物ではないと論ずる根拠が在る。



772 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:48:05.31

「ねえ、瑞鶴さん。この奴らの動きって、何かに似てない?」

「へ!?わ、私!?」


戦闘力が皆無の、物資を載せたモノを囲んで洋上を進む行為。

途中で敵に遭遇しても無理はせず、退避に専念しようとする行為。

守れなかった物資を、せめて持てるだけ回収しようとする行為。



瑞鶴さんの発想力は、またしても遺憾なく発揮された。

呆然と、精気の抜けた表情で呟かれたその言葉は。


「船団、護衛任務・・・」


僕らの鎮守府が最も慣れ親しんだ任務の名前だった。



773 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:48:55.37

「だ、だから、何だってんだ!?」


参謀役の一人が悪あがきをする。そう、これは悪あがきだ。

だってもう、彼だって結論にたどり着いている。でも、否定して欲しいんだ。

この恐るべき事実を戯言だと言って否定して欲しいんだ。



「深海棲艦の活動に必要な何らかの物資をため込んで、彼らに供給する」

「僕は新たに見つかったこの“不明艦”を、“補給艦”と命名したいと思います」



言葉が、砂漠に水を撒くかのように浸透していく。



774 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:50:04.76

「奴らは、ただ目の前の人間たちを襲うだけの下等な生物じゃなかった」

「僕たちの様に、来るべき大戦に備えようとする意思があった」

「必要なモノを、必要な場所へ…それを送り届けるための護衛をつけて、確実に」



―戦争ってのは、何も相手を倒すばかりじゃないんだ



何時だったか、僕が鎮守府で艦娘たちに得意げに語った台詞が脳裏に蘇る。

敵は、僕のその言葉を…あるいは僕たち以上に忠実に再現していた。



775 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:52:10.10

資源の大切さを理解し、確実な補給を行うための輸送ルートの構築、護衛船団の編成。

人間の僕たちですら、この戦において多大な労力をかけてどうにか成し遂げた…。

ここまでの事をやってのけるモノたちが。


「戦略も持たぬ下等な生物。そんな事がありうるのでしょうか?」


今度こそ場は、水を打ったように静まり返る。

その静寂を破ったのは、先ほど悪あがきをした彼だった。



776 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:53:03.12

「あ、ありえない。現に、この戦場の奴らを見ろよ!」

「だからこそ、です」


敵に戦略性の欠片もないからこそ、この快進撃が出来た。

本当にそうだろうか。いくらなんでも勝ちすぎていないだろうか?

だからこそ、僕はあえてこう言った。敵を侮った愚者たちを代弁して。



「僕たちは今まで、勝たせてもらっていたのではないでしょうか?」


艦橋は再びの静寂に包まれる。

目の見えない人に『そして誰もいなくなった』と言ったら信じるだろうな、なんて。

僕はふと、そんな間の抜けた事を思った。





777 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:53:51.68

静まり返った世界で、それでも時は進んでいく。


「各艦隊に通達」

「戦闘終了、『ミカサ』連合艦隊はこれより拠点へと撤退する」


長い長い時間をかけて大提督が、静かに告げた。



「どうした、復唱せよ」

数瞬遅れて、艦橋の士官たちが堰を切ったように騒ぎ出した。



778 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:54:28.80

「閣下、それでは大本営の意向に反します!」

「将外に在りて、という奴だよ。諸君」


どこかで聞いたことがあるような、皮肉めいた言葉だ。

最近、何かの本で読んだ台詞だっただろうか?



「大提督の責任問題に―」



食い下がる参謀たちに、大提督は自嘲するように続ける。


「責任問題とは、笑わせてくれる」

「海の藻屑となるのと、どちらがマシかね?」



779 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:55:19.57

その言葉が決定打となった。


艦橋の将校たちは不承不承、あるいはどこかホっとしながら戦闘終了の準備に移る。

ある者は各艦隊に通達を、ある者は『ミカサ』の砲撃中止を命じ、ある者は帰投する拠点への航路を算出する。



そこまで見届けて、僕は役目を演じきった事を確信し胸を撫で下ろす。

これで『ミカサ』連合艦隊の初戦は、まずまずの勝利を収めて終結というかたちになる。

大本営の意向通りにはならなかったけれど、極めて軽微な損害で矛を収めることが出来た。


後は拠点に帰った後、改めてこの海域の深海棲艦たちの分析を―――。

『ミカサ』が揺れた。



780 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:56:31.61

「え、何!?」

「きゃあ!?」


翔鶴さん、瑞鶴さんの悲鳴を背に、僕は戦場へと指示を出す。


「赤城さん、加賀さん。来るぞ、後退して!」


この一言を言うために今までの分析があった。

言い切った後で僕はそう感じたんだ。


敵のボスである正規空母ヲ級。

戦略性を裏付ける補給艦の存在。

腑に落ちない僕らの快進撃。


これらに気付いたおかげで、一航戦の二人を一発轟沈させることがなかったのだから。



781 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:57:35.10

「提督、分かりました。でも、どうしたら?」

「加賀、喋っている場合じゃない。見て!」


初めて聞く赤城さんの切迫した声。

何だ、何があった。敵は何をしてきた!?



「赤城さん、何があったの!?」

「モニターを切り替え、『ミカサ』周囲の映像を表示しろ」



僕と大提督がそれぞれ部下に指示を出す。



782 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 20:58:38.80

「これは…」


艦橋にいた全ての者がモニターのが映し出した光景に目を見張る。

ある者は言葉なくへたり込み、ある者は怨嗟の悲鳴を上げ立ち尽くして、その意味を図る。

これは…これは、果たして現実の光景なのか?


「提督、ご報告致します」


震える声で、赤城さんの声が無線を伝って耳に入る。

それは、僕たちの置かれた絶望をこれ以上ないくらい的確に表現した報告だった。


「水底から数多の深海棲艦が浮上…私と加賀を含め、『ミカサ』が囲まれています」

「やられた…」



783 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 21:00:23.90

先ほどの振動は、深海棲艦が『ミカサ』とぶつかった時のものだろう。


これが…これが、敵の策略。

疑問に思うべきだったという後悔ばかりが襲ってくる。



海に浮かぶ、あるいは炎上して沈んでいく敵の死骸が多すぎないかということに違和感を持つべきだった。

…少し、敵を屠りすぎじゃないかという事に気づくべきだった。

僕たちは驕り過ぎた。約束された大勝利という幻想に、状況を判断する目を曇らせた。

深海棲艦たちが下等な生物だと思い込んで、自ら罠に吸い込まれていったのだ。



くそ、くそ、くそ。僕がもっと、もっと、もっと!



784 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 21:02:02.61

ああ。

こうしている合間にも死骸に擬態していた深海棲艦たちが次々と奇声をあげて起き上がり、この洋上を再び埋め尽くしていく。



今度は正面切っての戦いじゃない。

こんな至近距離では『ミカサ』の主砲は役に立たないばかりか、的でしかない。



そしてそれは『ミカサ』を護衛する艦隊も同じ。

深海棲艦たちが『ミカサ』を囲み、敵味方入り乱れた状態になった以上、同士打ちを恐れるばかりに安易な射撃は封じられてしまうだろう。



785 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/14(日) 21:03:24.53

「ね、ねえ提督…。どうするの、これ」


ぎゅっと、手袋越しに拳を握り締める。

絶望に打ち震えてばかりはいられない。


一航戦の二人にまた会うために、二人を沈めないために。

だから僕は、震える瑞鶴さんの声にこう応えるんだ。



「僕に出来ることをするよ」


いつだって、それだけさって。

この状況から、僕が切れる札…それは。


いよいよ、覚悟を決める時が来た。



790 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:31:32.87

第十四章 死の舞踏


無数の深海棲艦が連合艦隊総旗艦『ミカサ』を取り囲む…そんな絶望の最中。

この時の僕の咄嗟の指揮ぶりは、振り返っても賞賛されるべきものだと思う。

”何かが起こる”と前もって身構えていたおかげで、即座に赤城さんに指示を出すことが出来たのだから。



「大提督、艦娘の映像をモニターに。早く!」

「う、うむ。映像を」



791 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:32:14.44

彼の指示でモニターの一つが切り替わり、一航戦の姿が映し出されるのを横目にして。

今度は洋上の彼女たちへ指示を出すために無線越しに怒鳴った。


「赤城さん、加賀さん。艦載機は全部しまって回避に専念して!」

「『ミカサ』を狙って敵が攻撃してくる!巻き込まれるな!」

「はい」

「ええ」



「来るぞ、みんな手近な物に捕まって」

「翔鶴ねえ!」

「瑞鶴っ」


三人で手を繋いでその場に伏せたその直後―。



792 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:33:52.78

ドン、ドンという地鳴りのような音が立て続けに響いて、その後に迅雷のような衝撃が『ミカサ』に走った。

『ミカサ』を囲んだ深海棲艦たちの一撃が放たれたのだ。


「慌てないで、戦艦の装甲は厚い。そう簡単に沈みはしない!」


一航戦も同時に動いていた。

二人は『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれることはなく、今のところ無傷で洋上を駆けている。


僕は間一髪の回避に一先ずホっとする。



793 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:34:32.61

赤城さんたち二人が事前に艦載機のほとんどを格納していたことが大きい。

もしも『ミカサ』の撃ち漏らしを爆撃するというさっきまでのスタイルを貫いたままだったら…。


艦載機を展開仕切った空母艦娘など、身動きの取れない格好の餌な訳だから…。

『ミカサ』への深海棲艦の主砲斉射に巻き込まれて、一発轟沈していたかもしれない。





その最悪の事態をどうにか回避して、でもそれで終わりじゃない。

状況な何一つ好転せず…むしろ悪化の様相を呈していた。



794 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:35:19.07

敵の次の砲撃まで、『ミカサ』はほんの束の間の休息をもたらされる。


「大提督閣下、ご無事ですか!?」

「この状況は一体!?」

「『ミカサ』が…『ミカサ』が敵に囲まれている!」



各鎮守府の提督がすぐさまこの異変に反応し、大提督を含めた共同チャンネルが開かれる。


「どうやら我々は、敵に一杯喰わされたということらしい」


大提督の声は努めて冷静であろうとしていて、逆にそれが現状の緊迫感を如実に表していた。



795 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:36:03.28

「呉、佐世保、舞鶴鎮守府とその旗下の泊地提督は、各々個別にこの海域から撤退せよ」


「集合地点は本日出港した前線拠点とする」


「し、しかし。それでは『ミカサ』と大提督は…!?」



『ミカサ』が敵に囲まれている以上、他の鎮守府に出来ることはない。

彼らの位置からの砲撃は『ミカサ』を囲んだ敵ばかりではなく、守るべき『ミカサ』をも攻撃してしまいかねないから。



796 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:37:40.52

それを知ってなお、奇跡の戦艦と大提督を見捨てておけるものではない…その心情は痛いほどよく分かる。

でも。


「君たちに何か出来るかね?」


大提督の静かな問いに、一瞬だけ静寂が訪れた後。


「…舞鶴鎮守府、これより戦闘海域から離脱します」

「同じく、呉」

「佐世保も同じく」



そうして無線が切れる。



797 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:41:32.03

これで、仮に奇跡の戦艦『ミカサ』が沈んでも、人間側には十分な戦力が残される。

そんな昏い希望は、ただちに、陽炎の様に儚く散った。


ドン、と遠くから爆撃音が聞こえてくる。

これは―空母の爆撃機の音。



「赤城さん、加賀さん!?」

「違います、提督。私たちではありません」


加賀さんの震える声が聞こえる。

艦娘ではない空母の爆撃。そんなの…。



798 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:43:44.97

「大提督、我が軍先鋒の佐世保鎮守府が襲われています!」

「同じく左翼、舞鶴。深海棲艦の突撃と爆撃を受けています!」

「呉鎮守府、徐々に後退を始めました!」



佐世保艦隊を襲った敵のボスである空母ヲ級の爆撃は、深海棲艦の反攻の狼煙に違いない。

先ほどこちらが好き放題に主砲の一撃を叩き込んでいた敵深海棲艦の一団がこぞって突撃を仕掛けてきた。

統制の取れない連合艦隊は防戦一方で、これでは撤退どころではない。



『ミカサ』以外の艦隊も、いまや大混乱に陥っていた。



799 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:44:43.34

敵軍の本丸を突く奇襲攻撃に合わせた舞台の転進…まったく、大した下等生物だよっ。

そんな暇は無いにも関わらず、つい心中で毒づいてしまう。



艦橋のモニターはというと、淡々と死の舞踏会の様子を映し出していた。

敵深海棲艦ボスである空母ヲ級の爆撃が舞鶴鎮守府の艦隊に降り注ぎ、さらに敵水雷戦隊の大群が殺到していた。

こちらのある艦は必死に敵の突撃を躱し、ある艦は耐え切れず身動きを封じられている。



これでは轟沈艦が出るのも時間の問題だろう…。

そしてそれは他人事では無い。



800 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:45:20.74

「うわ」

「きゃっ」


断続的に敵の砲撃を横っ腹に受けて『ミカサ』が揺れる。

今のところ致命的な一撃を食らっている訳じゃないけれど、これじゃあ…。



「接近してくる敵には副砲にて対応。主砲なぞいらん、捨て置け!」


襲い来る敵を何とか退けようと、虚しい大提督の激が飛ぶ。

『ミカサ』が無事撤退するには、この襲い来る悪魔たちの攻撃を受け続けながら反転し、母港を目指さなければならない。



801 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 13:46:46.34

その間『ミカサ』は、この絶望という名の舞台で、死の舞踏を踊り続けなければならない。

一歩でも足を踏み外したら、その先は。


「きゃああああ!」

「赤城さん!?」



踏み外した―。



その感覚に心臓が鷲掴みにされる。

鎮守府のエースの悲鳴に、僕と五航戦の怒号が重なった。



808 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:11:55.84

すぐさま僕は無線を繋ぐ。吐きそうになるのを何とか堪えて声を絞り出す。

今悲鳴を上げた彼女の、すぐ隣にいるであろう空母艦娘へと。


「加賀さん、何があったの?」

「提督…提督、私のせいで赤城さんが…」




既に艦橋の映像は艦娘を写しておらず、今頼んだところで無駄だろう。

ああ、こんな時キスの効果が残っていたら。艦載機の視点が使えていたら!

赤城さんからの無線は途絶えたままだから、状況は加賀さんから報告してもらうしかない。



809 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:13:11.31

「加賀さん、落ち着いて。まずは何があったか報告を…」


「私が、私がしっかり敵の攻撃を避けていれば…」

「ああ、これで赤城さんが沈んでしまったら、私はどうしたら」



こんなにも動揺している加賀さんは初めてだ。何とか落ち着いてもらわないと…。



「加賀さん駄目よ。提督の言うとおり落ち着いて!」

「加賀さん、今はあなたが頼りです」



五航戦の励ましも虚しくこだまするのを見て、息を吸い込む。



810 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:14:32.21

「ごめんなさい、赤城さん。ごめんなさい…」

「加賀っ!」


「きゃっ」

「ええ!?」


無線の向こうから呆然とした加賀さんの声が聞こえてくる。


「てい、とく?」

「落ち着いたね、加賀さん」

「なら状況を報告して。君と赤城さんを助けるために」


切り札は手中にある。戦況を一変させる手段を、僕はこれしか思いつけない。



811 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:15:48.36

”それ”がどこまでの成果を生んでくれるか分からないけれど。

”それ”を切るために、とにかく今は一航戦の状況を確認しなければならない。


「私が敵艦の攻撃を避けきれず被弾、小破しています」

「赤城さんは動きが鈍った私を庇うために囮になってくれて…」


「一航戦赤城、不覚を取りました」

「これじゃあ、帰ってからもご飯の前に入渠ですね」



加賀さんの無線越しに赤城さんの声が聞こえてくる。

いつもの僕をけむに巻くような冗談も、今は空々しいだけ。



812 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:16:23.09

「加賀さん、赤城さんの状態は?」


「…大破です」



天を仰いだ。


これからの僕の指揮次第で全てが決まる。



813 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:17:10.37

「”期待”させてくださいね?」



あの日の赤城さんの言葉が胸に蘇る。

あの時…辛辣な赤城さんの問いかけに、僕はこう答えたんだ。



「させるだけじゃなくって・・・応えてみせるさ」



艦橋を見渡す。いま『ミカサ』司令部は大混乱に陥っていて、僕たちの事など誰も見ていない。

独断で行動しても邪魔されることはないだろう。

そう判断して、それぞれに指示を出す。



814 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:17:42.91

「加賀さん、少しの間だけ自分と赤城さんを守りきって」

「瑞鶴さん、翔鶴さん。出るよ」



艦橋を出て、甲板へと続く道を歩く。

五航戦の二人が慌ててついてくるのを背後に感じながら、心中で誓う。



絶望になんか、させやしない。

期待を希望へと、変えてやるんだって。



815 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:18:47.15

敵の砲撃と『ミカサ』の副砲での応射が鳴り響く中、僕たちは甲板へと出た。

翔鶴さん、瑞鶴さんは黙って僕について来てくれている。

もう、自分たちがどんな命令を下されるか分かっているはずだ。



瑞鶴さんはちょっと鈍いところがあるけれど。

この状況で僕がどうするかなんて、そんなの答えは一つしかない。



816 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:19:47.03

「翔鶴さん」

「はい」


僕が先に指示を出すのは翔鶴さんからで、そのことを彼女も承知している。

何故なら僕が切り札として投入するのは彼女ではないからだ。



「君は先に出撃して加賀さんと合流。赤城さんの救援だ」

「お任せ下さい」



翔鶴さん、加賀さんの2隻で守りに徹すれば、そう簡単に負けることはないだろう。

これで少しの間時間を稼ぐことが可能になる。奇跡への下準備をする時間を。



817 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:21:08.96

「翔鶴さん…?」

「翔鶴ねえ?」


でも、翔鶴さんは僕の思ったとおりすぐに動き出しはせず、ただ目を閉じて静かにそこに立っている。

この一刻を争う状況でそうする理由。それが思い浮かばなくって、僕は首を傾げて彼女を見やる。


そうして僕と瑞鶴さんの視線を一身に受けて、翔鶴さんは僕の方に手を伸ばす。



「私にもお守り、下さい」



818 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:22:15.07

先ほどの一航戦の出撃を見ていたからだろう。

でも、その儀式に意味があるとは思えない。何故なら…。



「でも、翔鶴さん。翔鶴さんにはキスの効果が…」

「だから、お守りなんです」

「提督のキスがあったから、赤城さんは沈まなかったんですよ?」




真面目な彼女には似つかわしくないおどけた声に耳を奪われて。

もう僕は言葉を発することも出来ずに動いた。

差し出された手を勢いに任せて引き寄せて唇をよせる。



819 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:23:53.82

「んっ」

「…」

「翔鶴ねえ、提督…」


5秒か、6秒か。数えたとしたらそれくらいの、わずかな時間が流れたあと。

やや乱暴に引き寄せたさっきとは逆に、翔鶴さんの手の甲に触れた僕の唇が静かに離れた。

自分がキスされたところを一目見て、翔鶴さんが優しく微笑んだ。



「また、唇にされるかと思ってびっくりしちゃいました」


彼女には似合わない悪戯っぽい表情を浮かべて、そう呟く。

それは、覚悟を決めた僕へのエールなのだろうか?



820 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:24:59.69

「提督、ではお先に参ります」

「うん」

「頑張って下さいね?」

「…うん。覚悟は、決めたよ」



「瑞鶴も」

「え、わ、私!?」

「提督は覚悟を決めたそうよ?」


「頑張ってね」

「…うん」


そうやって、花の咲くような微笑みから一転。



821 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/20(土) 22:26:30.75

「五航戦翔鶴、出撃します」


凛とした声でそう告げて、翔鶴さんは赤城さんを助けるべく戦場へと降りていった。


自分はずっと…物静かな、でも優しい翔鶴さんに支えられていたんだなと思う。

この人が優しく微笑んでいるだけで、どんなにか心が救われたか。



翔鶴さんが本当の”お姉ちゃん”な瑞鶴さんが羨ましいなと。

僕は戦場へと赴く彼女に、そんな思いを馳せながら見送ったのだった。




そうして、世界には二人だけが残された。



829 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:11:57.99

「提督」


『ミカサ』の甲板に残されたのは、僕とあともう一人。

その一人が、恐る恐る声をかけてきた。



「なあに、瑞鶴さん」



容赦なく響く敵の爆撃と砲撃の音を背景に、僕は固い表情で囁いた。

覚悟は決めたはず、そう思った。この非常事態に甘いことは言ってられないんだから。



830 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:12:58.89

僕は提督で、瑞鶴さんたち艦娘を勝利へと導くためにここにいて。


そして早く手を打たなければ連合艦隊どころか、赤城さんまで失ってしまうかもしれない。

そんな受け止め難い事実を前にしてもなお、これからすることが怖い。



「覚悟って、なに?」


ああ、でも。


震える声でそう問いかける瑞鶴さんを見つめる。

なぜ、瑞鶴さんの声は震えているんだろう。



831 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:13:52.54

深海棲艦の大反抗というまさかの事態にだろうか。

赤城さんを失うかもしれないという恐怖にだろうか。

それとも、先に戦場に降り立った翔鶴さんの身を案じてだろうか。



それとも、それとも…。

これからされることへの、嫌悪感からだろうか?



832 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:14:45.08

胸が痛む。



”それ”をしたところで、状況が劇的に変わるという確証は無い。

前に”それ”をしたときは、瑞鶴さんの爆撃レベルは赤城さんと同レベルだったし、そしてその赤城さんですら今窮地に立たされている。

絶対の勝利を約束出来ない。




でも、”それ”をしなければ。このまま手を打たなければ、僕たちは負けるだろう。

赤城さんを失い、奇跡の戦艦『ミカサ』を失い、全ての希望が絶たれるだろう。



833 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:15:28.40

「ねえ、提督?」


遠くから届く爆撃音とともに、一際大きい爆発音が鳴り響く。

襲われている佐世保か舞鶴の水雷戦隊が、どこかやられたなと思う。


数瞬遅れて来た爆風が、瑞鶴さんの浅葱色の髪を激しく揺らした。

瑞鶴さんは顔に掛かる自分の髪を抑えることもなく、風に吹かれながら僕を見つめている。

髪の毛と同じ綺麗な浅葱色の瞳で、ただただ僕を見つめている。




こんな状況なのに僕は…それがこの世で最も美しいものの様に思えた。



834 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:16:48.77

”それ”をすることによって、彼女の表情がどんなにか嫌悪に歪むのだろうか。

それとも、歳上の余裕を見せて…仕方ないと諦めた笑いを浮かべるのだろうか。


瑞鶴さんの美しさと、彼女に嫌われるかもしれない恐怖に何も答えられない僕は提督失格だ。

覚悟はしたはずなのに…。



早くしないと、赤城さんが危ない。

行け、僕。行くんだ。

でも、身体が動かない。



835 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:18:52.20

「覚悟っていうのは、私とキスする覚悟?」


瑞鶴さんの声に、僕はハっとする。

彼女の声はこんなにも柔らかで、優しかっただろうか?


翔鶴さんみたいな、お姉さんの様な優しさじゃない。

優しさにも種類があるんだ、なんて当たり前の事を思って。

それでも僕は、この優しさがどこから来るのか判別出来ないでいた。


でもそんな彼女の優しさに甘えてばかりはいられない。

僕は男で、しかも提督なのだから。



だからこう答える。


「違うよ、瑞鶴さん」



836 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:20:26.37

瑞鶴さんにキスをして、艦娘の力を覚醒させて…この緊迫した戦況を打破する。

僕たち横須賀鎮守府の者なら誰もが思い至るであろう、最後の希望。



でも、僕が決めたのは瑞鶴さんにキスする覚悟じゃない。

うん、本当に違うんだ。僕が足踏みしている場所はそこじゃない。

そこまでヤワじゃあない、舐めないで欲しい。



赤城さんを救うために、深海棲艦に勝利するために、そんな覚悟はとっくに決めているよ。



837 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:21:23.35

「じゃあ提督。アンタはどんな覚悟を決めたの?」

「瑞鶴さんにキスして、嫌われる覚悟さ」



洋上に爆発音が鳴り響くなか、僕は静かにそっと告げた。

瑞鶴さんが嫌がろうと、僕はみんなを救うために君にキスをする。

それが提督として正しいあり方。提督として成すべき選択なのだから。



「今から瑞鶴さんにキスをして、力を覚醒させる」

「瑞鶴さんに嫌われてでも、みんなを救うために僕はそうするんだ」



838 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:24:47.41

この決意が偽物でないことを伝えるために。

瑞鶴さんに僕のキスを受け入れることを覚悟させるために。


僕はもう一度、はっきりとその意思を伝えた。

ああ、これで本当に嫌われちゃったかな?



「そっか」



かたちの良い眉をピクリと動かして、瑞鶴さんが満面の笑みを浮かべる。

2歩、3歩…僕との距離を詰めて来て、僕のすぐ目の前に立つ。

今度は桜色の唇を開いて、そして―――。



839 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/22(月) 22:25:29.26







「ねえ、提督。アンタってさ」




続く言葉に、目を見張った。



845 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:17:44.91

第十五章 一航戦の誇り


私は結局役立たずのままなのだろうか、と赤城は思った。

自分はいま、敵味方入り乱れるこの海の上にポツンと佇んでいる。

傷だらけで回避すらも満足に出来ない身体を抱えて、情けなくも。



「翔鶴、第二波が来るわ」

「はい、加賀さん」




846 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:18:52.48

加賀と『ミカサ』から駆けつけた翔鶴に守られて、自分は二人の戦いをただ見ることしか出来ない。

それは加賀を庇ったための大破だとか、そういう事は言い訳にはならない。

今、こうして無様を晒して何も成せていないこの自分の、いったい何が。


「何が一航戦だと言うのでしょう」


その呟きがどんなかたちで聞こえたのだろうか。



「赤城さん、提督が何とかして下さるまで、あと少しです!」

「ええ。あの人を信じて…頑張りましょう」


自分を励ます加賀と翔鶴に力ない笑顔を返して、赤城は再び思いにふける。



847 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:19:53.13

一航戦の誇り。


『赤城』の名を冠した自分は、生まれながらにそれを感じてきた。

それは加賀も、そして鎮守府のどの艦娘も自分たちの名に誇りを感じている。



でも、皆と比べて自分はこれほどまでに…。

大昔のあの戦いで培った誇りをこれほどまでに意識しているのは自分だけだと、赤城は思う。


この世界に軍艦としてではなく艦娘として生まれて。


それでも自分は『赤城』として築いたあの栄光を。


刻んだあの誇りを忘れられない。



848 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:21:55.06



”役立たずの兵器たち”


瑞鶴なんかは、人間にどう思われようが関係無いとのんびりしていたけれど。

そう呼ばれることは自分にとって、何よりも耐え難い屈辱だった。



一航戦としての気位と今の実力。


その、埋めることができない溝から湧き出る苛立ちを赴任して来たばかりの少年にぶつけてしまったあの時の事は、未だに負い目に感じている。

だって彼は、私と話す時だけはまだ緊張して気を張っているのだから。



849 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:23:12.09

そんな相手に今、自分は期待している。

さしあたっては、この絶望的な状況を何とかしてくれるのは少年しかいないと。

そして、彼なら…役立たずと言われた自分たちを、想像も出来ない高みへと導いてくれるのではないかと。


「あなたは、私の期待に応えてくれるでしょうか」


動けない身体で、空を見上げる。

自分と『ミカサ』の守りに専念している以上、加賀も翔鶴も艦載機の展開は限定的な範囲に留まっているから。


今、この大空を我が物顔で駆けているのは敵空母のヲ級の艦載機だけ。

それが悔しい。この大空を駆けるのは私たち艦娘の―。



850 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:24:03.93

「きゃあっ」

「加賀さん、大丈夫ですか!?」


物思いは突然破られる。

突き破る様な主砲の直撃音と、加賀の悲鳴によって。



「くっ、飛行甲板に直撃…」

「やられました、艦載機発着艦困難ですっ」

「まだなの、まだ…」



重たい身体を懸命に支えて、洋上に膝を着きながらも赤城は顔を上げた。



851 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:26:36.08

「加賀、被害状況を説明なさい」

「赤城さん…」



翔鶴を深海棲艦の牽制に務めるように目で指示しながら、赤城は加賀に問う。

加賀に直撃したという事は、おそらく提督との通信に使う無線機も壊れたということ。

旗艦は自分だ。この戦場において、いまは自分が冷静な判断を下さなければならない。



「加賀、その様子だと大破はまぬかれたみたいだけど…」

「ええ、中破状態です。艦載機の運用はもう出来ません」



852 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:29:11.38

自分という荷物を抱え、翔鶴が来るまでは戦線を一人で支えてきた加賀。

艤装も精神力ももう限界に達していたのだろう。


そして翔鶴も、今度は二人を守りながら一人で戦わなくてはならない。

自分や加賀ほど練度が十分でない彼女にそれは、余りに…余りに酷だ。




思ったよりも早く”その時”が来たわね。


そう思いながら、赤城は加賀を見やる。この世界に艦娘として生まれ落ちて以来片時も離れたことのない相棒のことを。

あなたなら、私がいなくても…これから先艦娘の筆頭としてやっていけるわよねと、そう問いかけながら。



853 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:35:38.00

「『ミカサ』へと撤退します」


決断するということは殺すということ。

時にそれは、自分自身さえもその対象となりうる。



「なっ」

「赤城さん!?」


「加賀。中破状態ならばまだ、何とか自力で航行出来ますよね」

「動けない私が敵を引きつけている間に、早く」



854 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:36:08.22

3人沈むよりも、それが1人で済む方が良いという単純で冷酷な計算。

この状況で自分にはそれ以外の選択肢を思いつかなかったからこその判断。


後はこの、自分を残して行けないと言うであろう二人をどう説得するかが肝だと思っていたのに。



「いいえ、赤城さん」


加賀の意見は、自分が全く想定しえないものだった。



855 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:37:19.12

「私たちがここで耐えていれば、提督が必ず助けてくれます」

「そうです、もう少しなら私、頑張れますから…!」


「なっ」


この二人は最後まで提督の…少年の事を信じるつもりらしい。

期待するだけの自分と、少年を信じている彼女たちとの違い。





856 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:39:34.53

そして。


「でも、翔鶴一人ではもう耐えきれない…。それに瑞鶴が来たとしても勝てるとは」


「勝てます」

「ええ」


何故二人は、これほどまでの信頼を少年に置くことが出来るのだろう?


自分と二人の判断が予期せぬかたちで食い違ったことから生まれた、一瞬の迷い。

その迷いが、決定的な隙を自分たちにもたらした。



857 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:40:29.08

ドン、ドンという音が鳴り響いて、赤城たちの周囲に水柱が立つ。


「何!?」

「しまった、上ですっ」

「くっ…」



終わった。

気づくと、自分たちの隙を突いて敵駆逐イ級が宙へと跳ね上がり、赤城を射程に捉えている。

キィィと醜い叫びを上げながら、その主砲は真っ直ぐに赤城へと向いていて。


ああ、私はここで沈む。

それでも、感じたのは屈辱ではなくて安堵だった。



858 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:42:53.13

これで、守るものが無くなった加賀と翔鶴は『ミカサ』へと撤退出来る。

『ミカサ』がこの窮地を脱せるかはまだ分からないけれど、一先ず命を繋げるだろうと。


世界から音が消えた。


加賀が必死になって何かを叫ぶ声も。

翔鶴が泣きながら上げる悲鳴も。

駆逐イ級が主砲を狙い定める音も、全てが消えて。



この音のない静寂な世界の中で身体を貫かれ、自分は水底へと沈んでいくのだろう。

自分を葬るであろう敵の姿を力なくぼんやりと見上げながら、その時を待つ。



859 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:43:54.69

そしてまさに、敵の主砲が放たれるその刹那。


それは赤城の視界の隅から颯爽と現れて。

自分を仕留めるために主砲を放とうとしている敵の横腹をぶち抜いた。


「えっ」


ズガアアン…、と。大きな爆発とともに、世界に音が戻る。

イ級をぶち抜いた何かとは別に、自分たちを遠巻きに囲んでいた深海棲艦たちが次々に爆発し、炎上していく。



これは、いったい…?



860 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/25(木) 21:45:06.85

「待たせたわね!」




そうして耳慣れた甲高い声とともに現れたのは。




「瑞鶴っ」




待ちわびた、鎮守府最年少の空母の姿だった。



868 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 14:56:55.87

「赤城さんに、うわっ加賀さんも。みんな大丈夫?」

「ええ。危ないところでした」

「全くあなたは…こんな場面でも騒がしいのだから」



「瑞鶴、瑞鶴~っ」

「ちょ、翔鶴ねえ。抱きつくのやめてってば!」



一先ずの窮地を脱して、空母四人は大破した赤城を囲んで話し合う。



869 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 14:57:44.43

「っと、その前に爆撃機と戦闘機回収するね」


瑞鶴が先ほど放ったのだろう艦載機たちを飛行甲板に着艦させていく。

周囲を囲んでいた深海棲艦を一瞬で葬ったのが爆撃機だとすれば…。

赤城へと迫る深海棲艦を穿ったあの一撃の正体は、瑞鶴の戦闘機だというのだろうか!?



「さっきの一撃、本当に戦闘機が?」

「うん、そうみたい」



敵の艦載機を撃墜することに特化した戦闘機が、深海棲艦の機体に突撃してその身体を貫いた…その事実に驚きを隠せない。



870 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 14:58:25.89

「そんな…嘘」

「加賀さんそれは酷いんじゃない?」


信じられないほどの艦載機運用能力を示した後になっても、瑞鶴の無邪気さは変わらない。

その事が、赤城の心を不思議と落ち着かせた。


まったく、この娘は…。

クスリと笑いながら瑞鶴に問いかける。



「それに瑞鶴。あなたその身体」

「ああ、これ。なんだろうね?」


瑞鶴の身体は今、全身から光を発して輝いている。

それは加賀の手に宿った様なぼんやりとした輝きではなく…。



871 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 14:59:47.29

「前の演習の時も、こんな?」

「いえ、確かあの時は…」

「あの時もぼんやりと全身が光ったけど、こんなにキラキラはしてなかったわ」


今や瑞鶴は、一等星もかくやと言わんばかりの眩しい輝きを放っている。

その輝きの強さはどうやら、先ほどの驚異的な攻撃力とも関係がありそうで。



何故、前回の瑞鶴や加賀へのキスではこの輝きが出なかったのか。

逆に言えば、何故今瑞鶴はこんなにも輝いているのか?


「ああ、なる程」


上気した瑞鶴さの頬の原因は、何もここに駆けつけるために急いでいただけではない。

晴れやかな瑞鶴の表情を落ち着いて観察してみると、それが良く分かった。



872 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:03:54.97

その証拠に、赤城が言葉を発すると瑞鶴がビクリと背筋を直す。

あらやだ、そんなに意地悪に聞こえたかしらと思いながら、赤城はやはり意地悪をすることにする。


「キスの効果って、やはり凄いのね。瑞鶴」

「え、ええ。そうでしょう、赤城さん」

「いったいどこにキスされたのかしら?」


自分の唇に人差し指を立てながら、赤城は満面の笑みで瑞鶴に問う。

それだけで瑞鶴は顔を赤くして押し黙ってしまったから、まったくこの娘は分かりやすい。


そうして横に目をやると、今度は隣にいる加賀が、そわそわと落ち着きなく瑞鶴の事を見やっている。

表情の色彩は乏しいのに、同じくこちらもなんて…なんて分かりやすいのだろう?




873 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:05:08.20

「ねえ、加賀。あなたと瑞鶴の輝きが違うのは何故かしら?」

「えっ、さ、さあ。分かりません」

「あ、赤城さんそれ以上は…」


翔鶴が引きつった笑いを浮かべながら窘めてくるけれど、あとちょっとだけ。

加賀の耳元で一言だけ囁いたらもう満足するから、待ってくださいね。


「加賀が輝くようになるには、もうひと押し必要なのかしら?」

「あ、赤城さんっ」

「ふふ、ごめんなさい」


苦笑いする翔鶴と、首を傾げる瑞鶴を見てもう一度クスリと笑う。

そうして束の間の休息に心を落ち着かせて。



874 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:06:15.74

「もう、そんな話ばかりして…じゃ、私はもう行くよ?」


「赤城さんと加賀さんは『ミカサ』まで退避してね。翔鶴ねえは…」

「このあたりの残党を退治してちょうだい」


「え、でも瑞鶴」

「翔鶴一人でそれは厳しいのではないかしら」



もう、何をされても驚かないと決めたのに。

シャラン、と艤装の弓を取り出して、瑞鶴は放てる限りの爆撃機と雷撃機を放つ。

『ミカサ』を取り囲む無数の深海棲艦たち向かって、艦載機が飛んでいって、そして。



875 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:09:41.12

ガガガガガガガ、と連続した大きな音を立てながら…。

あるモノは爆撃機の爆弾に、あるモノは雷撃機の魚雷に打ち抜かれ爆発、次々に炎上していく。


信じられない程の攻撃を放った空母の少女は、赤城たちを振り返って得意げに言う。


「これで、どう?」


あまりの事に3人の空母艦娘は言葉も無かった。



876 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:13:04.01

行ってくるわ、と赤城たちに語りかけて、瑞鶴は洋上を駆けていく。空母ヲ級のもとへ。

輝きを纏いながら敵のボスを目指して走る姿はまるで、闇夜に流れる星のような美しさだった。


そんな光景をぼんやりと見つめて、赤城は思う。



「提督、私の期待に見事、応えて頂きましたね」

「赤城さん、そろそろ」



加賀が『ミカサ』への退避を促してくる。

大破状態の自分より、彼女の方が落ち着きがないのはどうしたことだろうか。



877 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:14:11.54

「さあ、早く」


名残を惜しむように、もう既に遠くにある瑞鶴の輝きを見つめる。

あの輝きが自分の中の提督への”期待”を、別の何かに変えてしまったと。



そう赤城は感じる。



それは瑞鶴や加賀が少年に対して抱いている想いではなく。

翔鶴が瑞鶴を思うのと同じように注いでいる思いではなく。





878 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:14:56.10

信頼ということばでは軽すぎる。


もっと別の、信仰にも似た特別な何かがいま、自分の中で芽生えつつある。

自分の持つ全てをあの少年のために使おう。彼に従うことこそが、一航戦の誇りなのだと…。



『ミカサ』を見上げて、そこにいるであろう彼の姿を想像して、赤城は思う。


「提督、あなたにならば私、どんな事をされても構いません」


たとえこの命を捧げることになったとしても、自分は躊躇うことなくそうするだろう。

彼が沈めと命じるのなら、一瞬の迷いもなく自分は…。



879 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/27(土) 15:21:17.13

「赤城さん、何か言いましたか?」

「ええ、加賀。もっと頑張らないといけないわね、ってね」

「それは、そうですが…?」


怪訝な顔で自分を見つめる加賀に向けて放つ。


「でないと、誰かに提督を取られてしまうわよ?」

「そんな、私はっ」

「じゃあ私も立候補してしまおうかしら」


あなたの抱く想いとは違うけれど、という言葉は伏せたまま。

真っ赤になった加賀に曳航されながら、赤城は晴れやかな表情を浮かべて『ミカサ』へと帰還した。



888 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:14:19.96

最終章 キスから始まる提督業!


大海原を駆ける一陣の風となりながら、私は呟いた。


「何でも出来る」


私の中に渦巻くありとあらゆる感情がごっちゃになって、それが凄まじい爆発となって燃え上がっていく。

その燃え上がったエネルギーが白銀の輝きとなって、私の身体を輝かせているのが分かる。


シャランと、広げた手の中に兵装である弓矢を取り出だす。

こちらも今の私の身体と同じく、白い光に包まれていた。


艦娘の力の覚醒、それをしっかりと肌で認識しながらボスへの路を塞ぐ敵を爆撃で吹き飛ばしていく。



889 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:16:23.60

「何でも出来る!」


今度はさっきよりも大きな声で、世界中の誰にも聞こえるように、その思いを叫ぶ。



いま、この世界で。

舞台の真ん中に立っているのは私なんだ!



(ちょっと、瑞鶴さん。油断しないでよ?)

「え、ちょ…ちょっと、何!?」



頭の中で何かの声がする。聞き慣れた、でもこの世で最も緊張する声が。



890 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:18:14.36

それが誰の声かは、考える間もなくすぐに分かったけれど。

その声が直接、私の中に響くってことは…。

あれ、これってまさか…まさか、艦載機とじゃなくって。


「私と繋がってる!?」

(うん、そうみたい)


艦載機の視点を共有して、提督が自分に指示を出す。

そういう事が自分と加賀には出来ていたけれども…。

まさか”自分と”意識を共有することになるなんて、私は夢にも思わなかった。



891 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:19:39.80

自分が見たものを、離れたところにいながら少年も見ることが出来る。

と、いうことは…もしかして。


(ねえ、瑞鶴さん)

「なあに、提督」


(これで僕も一緒に戦えるね)

「うん」


ああ、やっぱり。


そうだ、彼が見ていてくれる。

私の戦いを、彼が見守っていてくれる。

そう思うだけで私は、どんな強い相手にも、誰にだって負けない気がしてきた。



892 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:21:44.36

あれ、でも…ちょっと待って。

こうやって意識を共有するには、例のあの行為が必要で。

しかもそれは、手の甲にとかそんな生易しいものじゃなかったはずで。



「ま、まさかキミ、毎回出撃するたびに私と!?」

(わー、違う違う。そんなやましい事考えてないから!)



いやらしいのは駄目。もちろん駄目なんだけれども!

でも、そんな風に否定されるのは面白くないから…私はこう言ってやった。



893 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:23:16.44

「私との…は、やましいことなんだ?」

(いやあの、そうじゃなくて。出来きるのは嬉しいというか、でも毎回するのは恥ずかしいというか)


戸惑っている少年の顔を思い浮かべたら、何だか嬉しくて。

だから私は、そっとこう呟いた。


「別に私は毎回でも良いけど?」

(え、今なんて言ったの?)

「な、何でもない!キミには関係の無いこと!」


聞こえないように言ったんだから流しなさいよ、まったく。

キミはそういう女心、まったく分かっていないんだから!



894 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:26:35.00

(瑞鶴さん、敵が集まってきた)

「ああもう、どうしてキミはそう真面目なのかなあ!?」



これから先何回、私はキミの鈍感さに振り回されるんだろう?

そんな、戦場には似つかわしくない想いを抱きながら、私は思考を切り替える。



弓を番えて解き放つ、流れるような動作のあと。

瞬間、次々と爆発が重なって邪魔をする雑魚たちを蹴散らして。

そうして、キミと私は再びこの海を駆ける風になっていくんだ。



895 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/29(月) 22:29:08.85

進撃を邪魔する敵の姿が途絶えてしばらくしたあと。

少しだけ心を落ち着かせて。それにしても、と私は思い出す。


「キミは結局、ヘタレだったねー」

(う、それを言われると…)



でも、私は…そんなキミだから。そんなキミのことを。

好きになったんだ。


少し前の、戦艦『ミカサ』の甲板での出来事を思い出しながら。

戦場を駆ける風は、吹き止むことを知らずに。

それどころか、どんどん強くなって行く。



901 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:27:02.31

戦乱の渦中にある『ミカサ』の甲板で、僕は目の前の彼女に宣言した。

瑞鶴さんにキスをして、嫌われる覚悟があるってことをだ。


「ねえ、提督。アンタってさ」


瑞鶴さんの次の言葉を聞くのが怖くなって、僕は目を瞑る。

最低だとか、嫌いだとか…そういう事を言われるのだろうな、と思ったから。



ズキン、と胸が痛む。そんな痛みを無視するべく、僕は思考の檻に閉じこもった。



902 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:29:12.23

いや、それでも良い。それで良いんだ。

みんなを救うために、僕は瑞鶴さんに嫌われてでもキスをしなければならないんだから。

そういう覚悟を決めたんだからって、自分に言い訳して。


そしてそんな僕の陳腐な覚悟は。

瑞鶴さんにあっさりと打ち砕かれる。


「いてっ」


ペチンっと、瑞鶴さんの手が僕の両頬を合掌する様に叩いて、小気味よい音が響いて。

そして…。


「ばっかじゃないの!?」

「へ?」


あの甲高い声で、いつもみたいに罵られた。



903 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:33:26.90

「そんなので私がアンタを嫌うわけないじゃない!」


着任してきてから色々あったゴタゴタを、一気に帳消しにしてしまうようなその一言。

その一言に僕は戸惑うばかりで…まともな反応を返せなかった。

えっ、だって。僕は瑞鶴さんに嫌われると思ったから。僕とのキスを嫌がると思ったから。



「だって、だって。瑞鶴さんは…僕とのキス、嫌なんでしょ?」


口から出てきたのは、そんな情けない問いかけ。



904 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:34:51.80

僕の肩に瑞鶴さんの両腕が掛かる。

思いもしない瑞鶴さんの反応に僕は棒立ちとなって、ただただ彼女の動きを受け入れるだけだった。


首の後ろまでまわされた瑞鶴さんの腕に、そっと抱き寄せられて。

僕よりも頭一つ背の高い彼女の顔も、それに釣られて近づいてくる。



そして耳元で、優しく囁かれる。



「嫌なわけ、ないよ…」



905 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:36:24.37

これまで僕は瑞鶴さんの色々な声を聞いてきた。

初めて出会って…キスしてしまった時の怒った声。加賀さんと喧嘩する声。

照れて上ずった声、爆撃が成功して喜ぶ声、失敗して拗ねる声。

昨日僕を慰めてくれた優しい声。色々な声を聞いてきた。



「嫌なわけ、ないじゃない」


でも、今聞いた声は。

泣きそうで震えて、それでも言わなくちゃって、伝えなくちゃって一生懸命絞り出してくれたこの声は。

それまで僕が聞いた瑞鶴さんのどんな声とも違った、特別な声なんだと思った。


僕に向けられた、僕ための、僕だけの。



906 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:37:12.30

「ねえ、アンタは…どうだったの?」


震えている。声も、僕の肩を抱く両腕も震えている。

それでも瑞鶴さんは僕に問いかける。真正面から僕に向き合ってくれている。



「嫌じゃなかったよ」



だから、僕も正直に答えなくちゃいけない。

嫌じゃなかった。嫌なわけがなかったよ、って。



907 : ◆VmgLZocIfs :2015/06/30(火) 19:37:48.70

「ね、ねえ。じゃあさ」

「うん…」


視線が重なる。

桜色の唇から放たれたのは…。




「キスしよっか」


そんな、不器用な問いかけ。



917 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:13:56.09

真っ直ぐに僕を見据えて、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にして。

瞳はもう泣きそうなくらいに濡れている瑞鶴さんの不器用な言葉に、僕は。



「う、うん」



情けないことに、まだ頭が上手く働かなくって。

彼女の問いかけと同じくらい…いや、それ以上に不器用なことばしか返せなかった。



918 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:15:35.34

一度、瑞鶴さんの腕の力が緩まる。

お互いの準備のために少しだけ距離が空いて。


「じゃ、じゃあ、行くわよ」

「ず、瑞鶴さん…?」



こういうのは歳上の役目だからとか、そんな様な事を早口に喋って。

少しずつ、少しずつ瑞鶴さんが紅潮した顔を僕の方へ近づけてくる。



ドクンドクンと心臓が脈打つ。緊張のせいで身体がこわばって、僕は目を閉じることもできずに瑞鶴さんを見つめる。

でも緊張しているのは瑞鶴さんも同じようで、彼女もまた目を閉じずに僕を見つめていた。



919 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:16:46.48

お互いに唇は固く、きゅっと引き結んでいて。

頭一つ背の低い僕に合わせるために、少しだけ俯きがちに瑞鶴さんが迫る。


ああ、これじゃあ全然だめだ。

いつか、事故じゃなくって女の子とキスする時はって考えていた理想とは全然違う。


こんなに緊張して、固まって身体は動けずに。

目の前の、とびきり美しい少女から逃れることは出来なくて。



そしてこんなに、こんなに熱い思いをすることになるなんて…。



920 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:17:49.85

お互いの唇が触れ合うまであと二歩…いや、一歩の距離。

これが触れ合ったら、僕のこの熱も、身体の強張りも、僕を突き動かすこの思いまでも…。

全てが瑞鶴さんに伝わってしまう気がして、急に怖くなった。



僕と同じことを瑞鶴さんも思ったのだろうか?



ふいに彼女の接近も止まって、僕たちはあと一歩の距離のところで硬直する。


その事に僕は何だか無性にホっとして。

あと一歩が来るのはもう少しだけ後のことだと、勝手に油断した。

緊張を誤魔化すために僕は口を開こうとして、そして。



921 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:19:49.93

「ねえ、瑞鶴さっ!?」


「んっ」



そして、唇を奪われた。

唐突に、二人の距離は、零になった。



922 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:20:30.36

思えば、これが僕にとっての初めてのキスになるのかもしれない。

事故でもなく、勘違いでもなく、そして艦娘の力を覚醒させるための作業でもなく。


お互いがお互いを求め、望む…誓いの儀式としてのその行為は。


啄む様な拙いそれは、時間にしてみればほんの一、二秒の事だったけれども。

僕はいまこの瞬間のこの出来事を、一生忘れないだろうなと思った。



923 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:21:52.54

ぽう、っという…うす靄のかかった鈍い輝きが瑞鶴さんの身体に起こる。

これは鎮守府の演習場で、次々と爆撃を成功させた時に見たのと同じ輝きだ。

良かった、これで覚醒が成功した。この力がどこまで通用するかは賭けだけれども。



「えへへ、どうだ。まいったか」

「ず、瑞鶴さんっ」



まだ頬は染めながら…。

でも悪戯が成功した子供みたいな笑みを浮かべて、瑞鶴さんが言った。



924 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:23:00.02

「もう、アンタは鈍いんだから。私が嫌がってない事くらい気づきなさいよね!」


まったく…身勝手にも彼女は、成功した途端にそんな事を言い始める。

こ、この人はっ!どれだけ自分の言動が僕を不安にさせたか、ホントにわかってるんだろうか!?



「元はといえば瑞鶴さんが僕を避けたのが原因だと思うけど?」

「え…あ、うぅ。あれは恥ずかしくて勢いで言っちゃったというか」



半眼で軽く睨みながら言うと、さっきの勢いは何処へやら。

それでも何か思うところがあったのか、ぷくっと頬を膨らませて。

瑞鶴さんはとても歳上とは思えない拗ねた表情を浮かべだした。



925 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:23:56.66

「で、でも、それを言うならアンタだって。私となんかキスしたくなかったって」

「ええ、僕がそんな事言う訳ないじゃないかっ!?」


僕の反論に、でも瑞鶴さんは小さな子供みたいに呟く。


「…言ったもん」


本当に覚えがない。

瑞鶴さんと衝突した事は何回もあるけれど、そんな心にも無いことを言ったことがあるだろうか?



926 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:24:58.46

「そんな事、いつ?」

「…一番最初の、喧嘩のとき」


一番最初の…?

喧嘩…?


「あっ!」


―あれは事故じゃないか、僕だって君とキスしたかったワケじゃないからね!?

―どうせキスするんなら、乱暴な君じゃなく女の子らしい翔鶴さんの方がよかったね!



それは、本当に最初の最初。

出会い頭に起こった事件に対する、売り言葉に買い言葉。



927 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:32:32.41

「そんな昔の事を…?」

「昔じゃないもん」


「気にしてたの?」

「…うん」



そんなのをずっと、ずっと気にしていただなんて。


目に涙を溜めて俯く彼女は今、もうただの歳上のお姉さんになんて見えなかった。

その子供みたいな姿がなんだか、僕にはとても可愛く見えてしまって。



928 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:33:23.80

だから。


「もう一度、キスしようか」


そう言ってやった。




「え、何言って―」

「僕も瑞鶴さんとキスがしたい」



そう言って。

今度は僕が、自分の意思で、瑞鶴さんの唇を奪った。



929 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:34:08.20

「んっ…んん!?」


さっきは一瞬の触れ合いだったから分からなかったけれど、今度は。


唇に、温かい感触が広がっていく。

それは出会った頃の彼女から感じた熱よりも、ずっとずっと熱くて。

僕は動くこともせずに、炎のようなその熱を味わっていた。



瑞鶴さんの夕焼けが、頬から顔全体に広がっていくのを見つめる。



930 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:36:34.23

「ちょ、ちょっと。ねえ…んっ!?」


怖気づいたのか逃げようとする瑞鶴さんの手をとって、華奢な身体を抱きしめる。

歳上で、僕よりも少しだけ背が高くて…だからこうやって肩を抱くには背伸びするしかなくて。



それでもいま、目の前の女の子を大切に包み込みたい。

いや、違うかな。なんだろう、この気持ちは。初めて抱くこの気持ちは…?



931 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:37:19.44

「…ぷはっ」

「あっ」


息が苦しくなって、ようやく僕は瑞鶴さんを解放する。

身体の方は抱きしめたまま、唇だけ。



「ば、バカ!」


彼女の荒い息遣いを自分の顔に感じながら、瑞鶴さんの瞳を見つめる。

泣きそうで、でもそれは僕とのキスが嫌だったからじゃないのを確信して。



932 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:38:42.41

「これで、信じてくれる?」

「瑞鶴さんとのキスが嫌じゃないってこと」

「バカ…」


そうやって仲直り出来て、僕の気持ちを伝えることが出来て…。

だからちょっと、僕はいつもより正直になりすぎてしまったのかもしれない。



「あの日、キスしてしまったのが瑞鶴さんで良かった」


言ってしまってから、ストンとその言葉が自分の心の底に落ちていく。

ああ、そうだ。僕は瑞鶴さんで良かったと思ったんだって。



933 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:39:54.99

そしてそれは、瑞鶴さんも。

僕の雰囲気に呑まれたのか、彼女もまた、いつもより正直になっていたみたいだ。


「私も…」

「えっ?」

「私も、初めてが…アンタで良かったと思う」



お互いがお互いを見つめて―おそらくその瞬間、僕たちは同じことを思った。



934 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:40:34.00

“あの時”が瑞鶴さんで良かったと、僕は確かに思った。

じゃあ…、じゃあ”今”は、お互いどういう気持ちでキスをしたんだろう、って。


「ねえ」



探るように、僕の耳元で瑞鶴さんが囁く。



「なんで、私とキスしたの?」


その、あまりにも真っ直ぐな問いかけに対しての答えは。



935 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:41:12.27

艦娘の力の覚醒のため。

それが、答えのはずだ。

そのために僕は、瑞鶴さんに嫌われる覚悟を決めたのだから。



でも、今改めてそれを問われると…さっきとは全く別の答えが僕の中に浮かんでくる。

キスする覚悟は決めていた。それは間違いない。

だけど、その裏側に隠された想いまでも伝える覚悟は持ち合わせていなくって。



936 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:41:48.32

「そ、その。瑞鶴さんが可愛い女の子だから…かな?」


僕の真意には一歩遠い、そしてそれ故にとても的外れなことを、僕は口にした。

それは僕が言おうとした答えでも、瑞鶴さんが望んだ答えでもない。


僕のその、情けない言葉を聞いて。

仕方ないなと苦笑して、瑞鶴さんが続ける。



937 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:42:29.54

「相手が可愛かったら、誰とでもするんだ?」

「そ、そんな事は…」

「ヘタレ」


…容赦のない評価に言葉も無いです。


「ううん、今はそれで許したげる」


恋人の距離から、提督と艦娘への距離へ。

後ろ手に腕を組んで一歩下がって、瑞鶴さんが今度こそ完璧に微笑んで。



そうして僕たちは、二人だけの世界から帰ってきた。



938 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:44:02.76

「これは…」

「うわっ、何なんなのこれ!?」


異変は、突然に起こった。

さっきまで瑞鶴さんの全身を包んでいた鈍い輝きは今、眩しいほどの光となって僕たちを驚かせたんだ。



遅ればせながら僕の思考も提督のものへと切り替わる。

何故だかは分からないけれど…瑞鶴さんに宿っている輝きは、今までの彼女のものとも加賀さんのものとも格段に違う。

ぼやけた鈍い輝きでもあれだけの力を引き出すことができたのだから、これだけ眩しい輝きを誇っているのなら…?



939 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:44:44.45

「行かなきゃ」

「うん」


まずは『ミカサ』周辺で助けを待っている赤城さんたちを救援。

それが上手くいったら、敵のボスを叩くために進撃する。

その時に艦載機を放って視点を共有、無線で会話しながら僕の指揮下に入ってもらう。


伝えるまでもない命令を伝えて、僕たちは最後の作戦行動に移っていく。



940 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/01(水) 21:45:12.72

「五航戦瑞鶴、出撃しますっ。待っててみんなっ!」

「行ってらっしゃい」


まだその輝きの成果を試したわけでもないのに。

何故だか僕は、根拠もなくこの戦いの勝利を確信して瑞鶴さんを見送った。



948 : ◆VmgLZocIfs :2015/07/02(木) 22:28:32.95

【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1435842407/

次スレです、よろしくお願いします。
まさかスレを跨ぐとは思いませんでした!

では、あと少しお付き合い頂けたら幸いです。



【艦これ】キスから始まる提督業! ①巻下【ラノベSS】に続く



元スレ
SS速報VIP:【艦これ】キスから始まる提督業!【ラノベSS】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1429975036/



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