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俺ガイルSS『かくして文化祭に房総の赤き狂犬は暴走す』 


ガガガ文庫 渡 航 著 「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」

原作6巻の文化祭の最中に起きたサイドストーリーという設定です。

* なお、この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体・ゆるキャラとは一切関係ありません。

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254: 1 2016/05/16(月) 21:00:13.26 ID:i1Xlv8a70


「文化祭にチーバくんを呼ぶ?」


文化祭も目前に押し迫るある日の放課後、文実執行部会議の席上で名ばかりの委員長、相模南が突然またロクでもないことを言い出した。

相模「そ!どうかな?我ながらいいアイデアだと思うんだけど」

…… いや、いきなりどうかな、とか聞かれてもだな。

別に俺に意見を求めているわけではないのだろうが例え求められていたにしても、“とにかくお前のそのドヤ顔が超ウザい”としか答えようがないだろ。


城廻「あ、でもそれいいかもぉ~♪」

やはり文実執行部で、総武高校の生徒会長も務めている3年生、城廻めぐり先輩が三つ編みを揺らしながらいつものほんわかした調子で真っ先に賛成する。
まぁこの人の場合、確かにゆるキャラとか超好きそうだよな。でも誰がどう見たって一番のゆるキャラは彼女自身だと思うのだが。


城廻「ね、ね、ね、ね、雪ノ下さんはどう思う?」

めぐり先輩がつるりとしたおでこを廻らせ、副実行委員長にして俺の所属する奉仕部の部長でもある黒髪の美少女 ――― 雪ノ下雪乃に意見を求めた。


雪乃「…そうですね、アイデアとしては決して悪くはないと思います。いえ、話題性という点ではむしろとても良い考えだとは思うのですが、ただ…」

問われた彼女はいつもの様に冷静に答えながらも、その髪と同じくらい黒く美しい瞳に当惑を色濃く滲ませて ――― なぜかそのまま俺に一瞥を投げかける。


出し抜けに思わぬパスを受けた俺は一瞬面食らってしまったが、まさかここで別の人間にボールは回せない。人間関係のドン詰まり、対人関係の袋小路、それがこの俺、比企谷八幡だからだ。


…や、俺、記録雑務担当部長の代わりにここにいるだけであって、別に執行部でもなんでもないんですけど?

慌てて返したはずの無言の抗議の視線はいつもの如く呆気なく、かつ、いつも以上に完膚なまでに黙殺され、俺は仕方なくパソコン入力の手を止めると、マリアナ海溝もかくや思われるほど深い深い溜息をひとつ吐いた。

先ほど相模のことをして“名ばかりの文実委員長”と称しはしたが、それは別段、揶揄でも皮肉でも嫌味でもない。
今もこうして皆で実行委員長である相模の顔を立ててはいるものの、実際には就任してより此の方、遍く全てを取り仕切り、万事に於いて采配を振るっているのは、誰がどう見ても明らかに副実行委員長の雪ノ下だと断言していいだろう。

つまるところ、彼女こそが陰の実行委員長であるということは、――― 当の本人であるふたりを除けば ――― 今やこの会議室に集う誰しもが暗黙の裡に認めている事実なのである。

だがしかし、殊、俺にとっての雪ノ下雪乃という存在は、陰の実行委員長どころかむしろ“鉄血宰相”という名の方が遥かに相応しい。
なぜならば彼女の場合、目の前に立ち塞がる障害は全てその名の示すが如く“鉄”と“血”によってのみ解決されるからだ。



――― しかもそれは往々にして、雪ノ下の“鉄の指令”と俺の“血と汗と涙”を意味するのだ。





255: 1 2016/05/16(月) 21:00:44.76 ID:i1Xlv8a70

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256: 1 2016/05/16(月) 21:02:12.05 ID:i1Xlv8a70


雪乃「 ――― 相模さんはいるかしら?」


雪ノ下が珍しく2年F組の教室に顔を出したのは、昼休みのことである。

俺はといえば、いつものごとく早めに昼飯を終え、何をするでもなく机に突っ伏していたところだ。

天気さえ良ければ屋上か中庭にでも出て、ひとりでゆっくり昼食をとりつつ有意義なぼっちタイムを満喫したいところなのだが、生憎と今日は朝からの曇り空。
いつ雨が降り出すやも知れぬそのどんよりとした空模様が今の俺の目と心情を如実に顕していた。

そういや今朝、妹の小町に「午後から雨が降るかもしれないからカサ持ってった方がいいよ」って言われてたっけ。

差し出されたのがピンクのフリルのついた紫の日ガサという、つくづく残念な妹ではあるのだが、その分を差し引いても十二分に可愛いと思えてしまうあたり、もしかしたら千葉という特殊な土壌が兄妹の間に何らかの電撃的な悪影響を及ぼしているのかもしれない。





257: 1 2016/05/16(月) 21:03:46.60 ID:i1Xlv8a70


俺の家のちょっとアレな家庭の事情はさておき、このところ ―――― より正確には先日の文化祭スローガン決め直しの一件以来、クラスにおける俺の立ち位置に微妙な変化が生じていた。

ぼっちであるがゆえにその存在が無視され、疎外されるのはいつもの事なのだが、ここ最近は何かにつけ俺に向けられたものであろう陰口や嘲笑を聴く機会が増えてきたような気がする。

恐らくはあの一件のことを根に持つ相模とそのシンパによる草の根活動的なネガキャンのせいなのだろう。

多少は煩わしいとはいえ今のところ実害があるというわけでなし、特に問題視するほどのことでもないのだが、どのような理由であれ俺のようなぼっちが他人の興味や関心を引くこと自体、あまり良くない傾向にあると言えた。

―――― やれやれ。

“世界を変えるってことを教えてやる”

確かにあの時、俺は謎の大見得を切りはしたものの、所詮俺ひとりで出来る事など多寡が知れているし、それ以前に俺は俺のやり方でしかできない。

そして何よりも、例えそれで本当に世界とやらを変えることができたとしても、それが俺自身にとって住みやすい世界かどうかは全く別問題なのである。





258: 1 2016/05/16(月) 21:04:42.72 ID:i1Xlv8a70


相模「あ、うん。うちならここだけど…」

予期せぬ来訪者に驚いたのか、相模が戸惑いがちに応じる。

雪乃「お昼休みにごめんなさい。ちょっといいかしら?」

返事を待つことなく雪ノ下がつかつかと教室に入ってきた。
無意識に発動されたステルスモードのせいか、俺の目と鼻の先を通ってもまるで気がついた素振りさえ見せない。


…………って、おい、もしかしてわざと無視してんじゃねぇのか、それ?


不意に小さく鼻が鳴らさられた方を見ると、あからさまに不機嫌そうな顔をした三浦優美子 ―― の傍らにいる、俺と同じく奉仕部に所属する由比ヶ浜結衣と偶然目が合ってしまった。
いつものようにピンクがかった茶髪をお団子にまとめた頭が僅かに傾られ、真っすぐ俺へと向けられた潤んだような大きな瞳は、雪ノ下が何をしに来たかと問うているようであったが、正直俺にだってそこまではわからない。

仕方なく本人にだけ伝わるように小さく首を振って見せると、僅かに間をおいてコクコクと小さく頷き返してきた。




259: 1 2016/05/16(月) 21:06:12.69 ID:i1Xlv8a70


雪乃「今日の会議の件なのだけれど…」

おもむろに雪ノ下が要件を切り出す。
挨拶らしい挨拶ひとつないのがいかにも彼女らしい。つまりはそれほど親密な間柄でもないといったとこなのだろう。
人間観察のスペシャリストたる俺からしてみれば、こうしたちょっとしたやりとりからでも微妙な距離感や力関係までが推し測れてしまうものなのだ。

雪ノ下のあくまで事務的な態度に気分を害したのか、相模がちょっとむっとしたようだが、本人は全く気にする様子もない。

…さすがは雪ノ下さん、相変わらずブレないっスね。

そういや俺もあいつからまともな挨拶されたことなんて滅多にないよな。
親しい間柄じゃないにしても人間関係を円滑にするためには挨拶だって必要だと思うよ?円滑でない人間関係さえも構築できない俺が言うのもなんだけど。

しばらくは切れ切れに届いてくるふたりの会話を聞くともなしに聴いていたのだが、どうやら俺には直接関係はなさそうなので一度もたげた首を再び机の上へと戻す。

気がつくと雪ノ下の登場によって静まりかえっていた教室も、再び日常のさざめきを取り戻しつつあった。




260: 1 2016/05/16(月) 21:07:15.27 ID:i1Xlv8a70


「 ――― 比企谷くん?」


不意に名前を呼ばれて反射的に顔を上げると、いつの間にか目の前に雪ノ下の姿。

…やっぱり気がついてたのかよ。存在ごと既読スルーすんのやめてくれない? 友達なくすよ? でもその点俺は大丈夫。だって失くす友達いないからね!

文化祭が終わるまでの間は奉仕部の活動は休止しているはずなので、こいつが俺に用があるとすれば、やはり文実絡みということなのだろう。

多少なりともイヤな予感がしないでもなかったが、とりあえず「何か用か?」と目だけで問うと、雪ノ下にしては珍しく僅かに躊躇うかのような素振りを見せた後、小さく咳払いをしてから続けた。


雪乃「 ――― 今日の会議、よかったらあなたにも出席してもらいたいのだけれど」





265: 1 2016/05/21(土) 09:06:50.98 ID:i3IvchKw0


八幡「 ……… は?」


今しがた自分が耳にしたばかりの言葉がまるで理解できない俺がいた。

何かの聞き違いではないのかと、思わずまじまじと雪ノ下を見つめ返してしまったが、いつものようにとり澄ましたその顔からはどのような感情も読み取れない。

いつの間にそんな話になったのかと、納得のいく説明を求めて相模へと首を巡らすと、やはりその顔には俺と同じくらい困惑した表情が浮かんでいる。
そしてそのまま、まるで互いの肚の裡を探り合うかのような視線を交わしていたのだが、すぐに嫌そうに顔を顰(しか)めて、さっさと俺から背けてしまった。

その口許に、小さく、だがはっきりと「キモッ」という言葉が浮かんだのを見逃さない。いや別に俺、フォアグラじゃないから。

しかし、会議? 俺が? 何で?

頭の中に立て続けに疑問符が立ち並ぶ。
今の俺のこの心境を敢えて例えるとするならば、サッカー少年なのになぜかプロ野球ドラフト一位に指名されてしまったような違和感。
よかった、サッカーにも野球にも興味なくって。チームプレイとか超苦手だし。まぁ、それ以前に俺の場合、チームに入れてさえもらえないんですけどね。




266: 1 2016/05/21(土) 09:08:47.75 ID:i3IvchKw0


ちなみにここで雪ノ下の言っている会議とは、文化祭実行委員会の中枢メンバー、つまり正副実行委員長に議事録作成のため記録雑務担当部長、加えて生徒会からは会長、副会長、書記、会計の都合七人で構成されている文実の執行部会議のことである。

主に全体会議に諮る前の議題について素案をまとめたりするのだが、あまり重要でない細々とした案件についてはこの会議の席上で処理され、後は必要に応じて結果だけ事後報告に回されるケースも多い。

文実執行部に生徒会役員が含まれているのも組織運営に不慣れな役員を生徒会執行部がサポートする、という体制が敷かれているからなのだろう。

また、生徒会にとっては文実の運営を通じて次期生徒会役員としてめぼしい人材を発掘するという側面があるらしく、事実その手腕を高く買われている雪ノ下には真っ先に白羽の矢が立てられている。

もっとも、人前に立つことを嫌う雪ノ下のことだ。こればかりは天地がひっくり返りでもしない限り首を縦に振るようなことはあるまい。この時の俺はまだそんな風に考えていた。




267: 1 2016/05/21(土) 09:11:48.97 ID:i3IvchKw0


八幡「や、その会議だったら、確かうちの担当部長の…」

咄嗟に断ろうと、そこまで言いかけはしたのだが、残念ながらその後に続くはずの名前が出てこない。

……… あー …… そういやなんつったっけ、あのメガネの3年生 ……。

しばらく考えてみたものの、恐らく残りの貴重な昼休みの時間を全て費やすどころか当の本人を目の前にしても絶対に思い出せそうもないのでさっさと諦める。


雪乃「彼なら都合が悪いから今日は欠席だそうよ。代理出席はあなたということで既に話はついているわ」

俺の考えを察したらしい雪ノ下が先回りをして告げた。

八幡「 ……… いや、俺そんな話、全然聞いてないんですけど?」

そうは答えつつもよく考えてみたら、いやみるまでもなく、うちの担当部長とは仕事の話どころかここ最近ではまともに会話した記憶すらない。
いつも気が付くと机の上に未処理の書類がでんと置かれているだけで説明とかも一切なし。 おいおい、報・連・相は仕事の基本だろ? ポパイだって言ってるぜ? 言ってねぇか。

あまりに一方的かつ急な展開に戸惑いを隠せないでいる俺に対し、雪ノ下はいかにもそれが当たり前であるかのように、さらりと付け加えた。


雪乃「 ――― 当然ね。だって、あなたには今初めて伝えたのだもの」

八幡「…お、おう、そうか。なるほど …… って、そうじゃねぇだろッ!?」




268: 1 2016/05/21(土) 09:12:59.52 ID:i3IvchKw0


雪乃「どうせあなたのことだから特に用事なんてないのでしょう?」

八幡「ちょっと待て、なぜそうやってナチュラルに俺をヒマ人だと決めつける? 実はこう見えて超忙しかったりするかもしれねぇだろ?」

雪乃「昼休みに机で寝ているような人間が何をどう言ったところで説得力は皆無ね」

八幡「ばっかお前、人は見かけで判断してはいけませんって学校で習わなかったのかよ? シエスタだよシエスタ! サーカディアンリズムとか知らねーのかよ実は俺もよく知んねーけどッ!」

雪乃「あら、人を見かけだけでおよそ八割が決まるものらしいわよ?」

八幡「だったらお前は日頃の俺に対する暴言で、その八割をことごとく台無しにしてるってことにいい加減気が付けよ」

雪乃「それはつまりあなたの場合、見た目だけじゃなくって人を見る目も腐ってるってことなのかしら?」

八幡「…いや、さすがに見た目までは腐ってねぇだろ」 これはゾンビですか、いいえ比企谷です。




269: 1 2016/05/21(土) 09:14:49.56 ID:i3IvchKw0


八幡「 ――― だいたい、なんで今日に限って部長が欠席なんだよ?」

雪乃「確か不足している消耗品の買い出しに男手が必要だからって、資材係の友達から助っ人を頼まれた、みたいな事を言っていたと思うけれど」

俺の問いに答える顔には「それがどうかしたの?」という表情がありありと浮かんでいる。

八幡「はぁ? なんだそりゃ? いくらうちが雑務だからって、何もこの一番忙しい時期に、わざわざ担当部長が手伝う必要なんてあんのかよ?」 いや友達いない俺にはよくわからんけど。

社畜…じゃなかった組織の一員としての自覚が足りてねぇんじゃねぇのか? 世の中そんなに甘くないんだぜ? 世界は残酷なのよってミカサも言ってたし!



相模「――― そういえば彼、最近資材係の女子と一緒にいるところをよく見かけるけど、それって何か関係あるのかな?」

聞かれもしないの相模が超どうでもいいような情報を、さも得意気にリークしながら割って入ってきた。


……… ほーん。なるほど。そういうことね。


確かに文化祭といえば修学旅行や体育祭と並んで学校生活を代表するリア充(笑)にとって一大青春イベントのひとつだ。
お祭り気分で盛り上がりついでに、つい別の所まで盛り上げちゃって、その場のノリと空気だけで付き合い始める光合成みたいなバカップルがいたとしても別に不思議はあるまい。
しかもそういうヤツらに限って、いつの間にかさっさと別れちゃってて、理由を聞かれると大抵“自然消滅”とか答えるんだよな。いやどう考えても不自然だろそれ。




270: 1 2016/05/21(土) 09:22:19.84 ID:i3IvchKw0


雪乃「………… どういうことなのかしら?」

だが、やはりというかなんというか、その手の話にはとんと疎い雪ノ下はキョトンとして相模の顔を見つめ返すばかりだ。

相模「え?ど、どういうって、そ、それはその…」

自分から話を振った手前、きまりの悪そうな顔をする相模を見て、俺はつい苦笑してしまう。

こいつってば、頭の回転は人並み以上に速いくせに、殊、恋愛脳の分野に至っては、それこそどこか遠くに置き忘れてきてるんじゃねぇのかって感じだからな。

まぁ、俺としては腐れリア充(笑)どもがお祭り気分に酔って浮かれて騒いだ挙句、勝手に青春の一ページ(笑)とやらに黒歴史を綴ろうが、フラれた相手の名前をデスノートに綴ろうが、そんなの知ったことでは ………


……… ん、ちょっと待てよ?


八幡「ってことはもしかしてそれ自分が女子とお買い物デートでイチャコラキャッキャウフフするために俺に仕事押し付けたってことかよッ?!」

なんなのこの理不尽極まりない格差社会。それもこれももしかしたらみんな妖怪のせいなの?


相模「 ……… 知らないわよ、そんなことまで」




271: 1 2016/05/21(土) 09:24:11.83 ID:i3IvchKw0


雪乃「 ――― とにかく、これはもう決定事項よ。いい加減諦めたらどうなの?」

八幡「 …… いや、お前さっき“よかったら”とか言ってなかったか?」

それってどう考えたってフツウに社交辞令で使うお誘い文句のテンプレだよね?
真に受けてホイホイ顔出したら「え?マジ来ちゃったの?困るんだよな本気にされると」みたいな顔されたの2度や3度じゃきかねーぞ。ホント居たたまれねぇんだからな、あれ。
ちなみに「できたら行く」とか「気が向いたら出る」って答えた場合、それほぼ100%断り文句だからな?

痛いところをつかれたものか、雪ノ下は一瞬言葉に詰まったかのように見えたのだが、やがて気まずそうについと目を逸らしながらもキッパリと告げた。


雪乃「いいこと? あなたみたいな顔も頭の造りもお粗末な人間が担当部長の代理だなんて二階級特進なのよ? 光栄に思いなさい」

八幡「 …… だからなんでわざわざ殉職扱いすんだよ」




272: 1 2016/05/21(土) 09:25:38.76 ID:i3IvchKw0


相模「…あのさ、何もこんなヤツじゃなくて、誰か別の人に頼んだ方がよくない?」

よほど俺の事が気に食わないと見えて、相模のヤツが横目で俺を睨み据えながら無遠慮に言放つ。

うんうん、そうだよねー。こんな時ばかりは例え相模の意見にだって無条件で賛成しちゃう。
何気にこんなヤツ呼ばわりされたこともぜんぜん気にしてなんかないよ?ちょっとムカついただけだし。こめかみがピクピクしているのも多分気のせい。


八幡「相模もああ言ってるみたいだぜ? 他当たったらどうなんだ?」

そんな内心の苛立ちなどおくびにも出さず、あくまでも素っ気なく返す俺に、


雪乃「 …………… それじゃ意味がないじゃない」 


雪ノ下がまるで拗ねたかのように、ぽしょりと呟くのが聞こえた。



八幡「あん?そりゃ…」






273: 1 2016/05/21(土) 09:27:35.18 ID:i3IvchKw0


結衣「ヒッキー、出てあげたら? 特にクラスの方でも仕事ないんでしょ」

…どういう意味だ、と聞きかけたところで由比ヶ浜に遮られてしまった。

八幡「 …… いやまぁ、確かに俺の場合、仕事どころか居場所すらないけどな…って、ちょっ、おまっ、何てこと言わすんだよっ!?」

結衣「勝手に自分で言ってるだけだしっ! もう、ヒッキーってば、なんでそんな僻みっぽいかな…」

雪乃「あらそう。だったらやっぱり、ヒガミヤくんは出席という事で決まりね」

八幡「って、お前今、どさくさに紛れてわざと俺の名前間違えただろッ!?」


雪乃「いずれにせよ、どうしても出られないというのなら、それなりの理由を述べなさい。そうすれば或いは考慮して………コホンッ………あげないけれど」


結衣&八幡「…あげないんだ」「…くれないのかよ」




278: 1 2016/05/22(日) 20:50:55.37 ID:0CvJLesy0


もちろん既に自分の能力も職分も遥かに超えた量の仕事を押し付けられている俺としては、これ以上余計な仕事は引き受けたくないというのが本心である。
そもそも俺にとって“仕事”と名のつくものはすべからく“余計なもの”に該当するということは最早言うまでもない。

だが、実のところ俺が会議に出ることを拒んでいるのには別の理由もあった。

それというのも、先日のスローガン決め直しの一件も含め、俺と彼女が何か示し合わせているのではないか、等と変に勘ぐるヤツが出てこないとも限らないからだ。

雪ノ下はあのとおり、性格はともかく見てくれだけは学年でもトップクラスの美少女だ。
そんな彼女と同じ部活動に所属しているという、もうそれだけで俺の方にも変なバイアスがかり、色眼鏡で見られかねない。

不要なリスクを回避するためとあらば、敢えて石橋を叩いて壊し、わざと吊り橋を揺らして女子にマジギレされるのが俺である。

相模のせいで一時は迷走していた文実の運営も今はなんとか順調に進んでいることだし、このまま俺に対する対抗意識を煽ることでモチベーションをキープする上でも、やはり雪ノ下とは一定の距離を置いた方がいいだろう。




279: 1 2016/05/22(日) 20:51:52.76 ID:0CvJLesy0


八幡「あー…実は俺、会議に出たら死んじゃう病気なんで…」

雪乃「却下。あなたの場合、会議に出席するしない以前に、もうこれ以上はないくらい目が死んでいるじゃない」

八幡「…うるせーよ。じゃあ、実は俺も今日は友達と約束があってだな…」

雪乃「それも却っ下ね」

八幡「って、早っ! いきなりかよっ! まだ話の途中だろ?!」

雪乃「だって、あなたのように信用に値しない男と約束を交わすような物好きがそうそういるとは思えないもの」

八幡「ちょっと待て、そこは“あなたには約束をするような友達なんていないでしょ”ってツッコむところだろ? もっとも俺には約束をしないような友達だっていないけどなっ!」


結衣「 ……… それ、自分で言っちゃうんだ」




280: 1 2016/05/22(日) 20:53:05.90 ID:0CvJLesy0


相模「別に出たくないなら無理に出てもらわなくても全然構わないんだけどさ、それにしたって、あんたもうちょっとマシな言い訳とかできないわけ?」

あくまでも俺の出席には反対らしく、相模が再び横合いから口を挿んできた。

ただでさえこいつに対しては不満が募っているうえ、先程からのいちいち突っかかるような態度に普段から飼い殺された…じゃなかった飼い慣らされた社畜のような従順かつ温厚な俺もさすがに少しばかりカチンくる。ニンジンだって赤くなる。いやあれはカロチンか。


八幡「あ゛? だったら何か? デートならいいとでも言うのかよ?」


別に深い意味はなかったのだが、部長の件もあったせいか思わず売り言葉に買い言葉で返す俺に、


相模「 ……… ぷっ、なにそれ? マジありえないし」


何をどう勘違いしたのか、すかさず小馬鹿にしたように吹き出して見せやがった。

ぐっ…。はいはい、そりゃそうですよねー。いくらなんでもそれはありえませんよねー。でも、だらかって何もお前ごときにそんなこと言われる筋合いは…




281: 1 2016/05/22(日) 20:54:48.59 ID:0CvJLesy0


結衣「……え?ひ、ヒッキー、で、デート…なの?」

だが、妙な勘違いをしてしまったヤツがどうやらここにもいたらしい。いきなり由比ヶ浜が真顔で問うてきた。

八幡「…んわけねーだろ。例えばの話だよ、たーとーえーば!」

向けられたその視線があまりにも真っ直ぐだったんで、素直に否定しちゃってるどうも俺です。

結衣「…ほ、ホントに?」/// 

それでも納得しないのか、くいくいと小さく裾が引かれる。

八幡「おいこらふざけんな進路希望専業主夫一択の筋金入りヒキコモリなめてんじゃねーぞ? 女子とデートなんぞするヒマがあんなら、それこそ家に籠って全力でヒマ潰ししてるに決まってんだろ! だいたいなんでわざわざ気を遣った上に金まで遣わなきゃなんねーんだよッ!」

逆切れ気味に捲し立てたはいいものの、勢い余って自ら堀った墓穴を埋めるため、そのすぐ脇に更なる深い穴を掘っているようにしか思えないのは気のせいか。




282: 1 2016/05/22(日) 20:56:20.49 ID:0CvJLesy0


結衣「そ、そーだよねっ!ヒッキーってば、マジ人間のクズだもんねっ!。あー、よかった」

言いながら、そのふくよかな胸元に当てた手をそっと撫で下ろす。


八幡「…いやそれ全然いくねーだろ」 

今のそのセリフのいったい何がよかったの? 誰か納得できるまで俺に説明してくんない?

結衣「あ、や、違うしっ! び、びっくりしたって意味だしっ!」/// 



八幡「 ……… コホンッ、いいかよく聴け由比ヶ浜。自慢じゃないが俺だってデートとまでは言わないまでもリアルで女子とお出かけすることくらいあるんだぜ?」

結衣「えっ?そ、そうなの?! だ、誰と?」

八幡「や、誰とって……そりゃ……大抵は小町とだけど。 後は……まぁ……母ちゃん……とか?」


やべぇ、何か自分で言ってて急にぶわっと涙あふれそうになっちまったじゃねーか。どうしてくれんだよ。




283: 1 2016/05/22(日) 20:59:35.53 ID:0CvJLesy0


八幡「 …… と、とにかくだな」


雪ノ下との話がまだ途中だったことを思い出し、急いで彼女へと向き直る。目尻に溜まった涙を指先でそっと拭い去ることも忘れない。


雪乃「 ……… え?」


すると、由比ケ浜とは対照的に、そのささやかな胸元に手を当て、そっと吐息を漏らす雪ノ下と目が合ってしまった。


え? なに? 何なの? こいつ、もしかして……… 


……… シスコンだとばかり思ってたら、実はブラコンだったの? やっぱブラのサイズにコンプレックスとかあったりするわけ?

とりあえず豆乳飲んどけ、豆乳。イソフラボンとか超いいらしぞ。小町も最近毎日飲んでるし。残念ながら今んとこあんま効果ないみたいだけど。




284: 1 2016/05/22(日) 21:02:18.12 ID:0CvJLesy0


雪ノ下は、まるで自分自身の反応に戸惑うかのように胸元の手をきゅっと握り、その長く美しい睫毛をパチクリと瞬かせ、暫し固まっていたかと思うと、



雪乃「……… か、会議室に3時半よ」/// 



いきなり一方的にそう告げ、くるりと俺に背を向けると、ただの一度も振り返ることなく足早に教室から立ち去ってしまった。




288: 1 2016/05/27(金) 21:54:51.67 ID:wmzaiiur0



*******************



289: 1 2016/05/27(金) 21:56:50.30 ID:wmzaiiur0



八幡「 ――― なんで今になって急にそんな事言い出すんだよ?」



放課後の会議室。

それまでできるだけ目立たぬよう、ひたすら風変りなオブジェに徹していた俺が口を開いた途端、会議室がまるで水をうったかのように静まり返ってしまった。

ぼっちが何か言うと周りが沈黙してしまう確率の高さはやはりちょっと異常。


城廻「キミっ!」


めぐり先輩がいきなり俺を指さして声高に叫んだ。


城廻「いたんだ?! いつの間に?!」


……… って、今頃気がついたのかよ…。さっき会議室入って来た時もちゃんと挨拶しただろ。

人事も匙を投げた窓際社員でさえも一歩譲らざるを得ない俺の存在感の希薄さは、もはや月面の空気と同等かもしかしたらそれ以下のレベル。


――― だが、何も俺だって好き好んで会議室(こんなところ)にいるわけではない。

放課後、終業のチャイムが鳴ると同時にバックれようとしたところを、わざわざ教室の前で待ち構えていた雪ノ下に捕まり、有無を言わさず半ば拉致同然に会議室まで強制連行されたのである。


うわっ…もしかして俺の信用、なさ過ぎ? 





290: 1 2016/05/27(金) 21:58:34.91 ID:wmzaiiur0


相模「ちょっと、何よその言い方? うちのアイデアに文句でもあるってわけ?」

どうやら俺の言葉に機嫌を損ねたらしい相模が不満顔全開で噛み付いてきた。

八幡「 …… 言い方が悪かったんならいくらでも謝ってやってもかまわんが、文句だったらそれ以上にある。だいたい … 」


ばんっ


怒りに任せた相模の両手で机を叩く音が俺の言葉の続きを強引に遮る。


相模「あんた、またうちにケチつけようってのっ!? いい加減にしてよねっ!?」


やれやれ、お前ごときケチな女のケチなアイデアにいちいちケチつけるほどケチな男じゃねーっつの。
普段からできるだけ気力体力を使わないように心がけている俺はケチというよりむしろエコ。地球環境と自分にだけは超優しい人間なんだぜ?


城廻「…… まぁまぁ。相模さん、ちょっと落ち着いて、ね?」

めぐり先輩がやんわりと割って入ってくれたお陰で、さすがの相模もそれ以上は控えたようだが、その顔は依然として仏頂面のままだ。

“また”というからには、やはりあのスローガン決め直しの一件の事を相当根に持っているのだろう。

あれな、女子ってばホンっといつまでも昔のこと覚えてて、ことあるごとにいちいち蒸し返すんだよな。
そのくせ自分が同じことされると“しつこい”とか“ウザい”とか言って怒り出すんだぜ? あれ、なんとかならんもんかね。


俺はめぐり先輩の手前、今度は少し言葉選んで続けた。


八幡「 ――― 時間がねぇだろ。文化祭まであと何日だと思ってんだよ?」





291: 1 2016/05/27(金) 21:59:43.83 ID:wmzaiiur0


確かにここに来て雪ノ下が全日全員参加を決定したことにより、遅れがちだったスケジュールも持ち直してきてはいる。
それは彼女の高校生離れした事務処理能力は勿論、その辣腕とも言える采配と卓越したリーダーシップによるところも大きい。

だが、文化祭に限らず、この手のイベントものにはアクシデントやトラブルがつきものだ。

実際、当初は予期していなかった諸々の問題はその大小に係らず、現在進行形で後から後から生じている。
しかもそれに伴ってプログラムの変更、動線の確認、予算の見直し、人員の再配置、変更内容の周知徹底等、やることはいくらでもあるのだ。

だいたい普通に考えたって最後の詰めの段階である今のこの時期になって、いきなり持ち出すような話ではないし、実際、俺の見たところ会議進行の邪魔にしかなっていない。




292: 1 2016/05/27(金) 22:00:30.01 ID:wmzaiiur0


雪乃「……… そうですね。今から新しいイベントを増やすとなると、さすがにスケジュール的にも厳しいのではないでしょうか」

それまで何も言わずに難しい顔で進行表を眺めていた雪ノ下が、ここにきて初めて口を開き、俺の意見に淡々と同意を示した。

だからと言っても別に彼女も俺の肩を持って言っている、という訳ではあるまい。

雪ノ下は副実行委員長として上から、俺は記録雑務として下からという視点の違いこそあれ、全体を進行状況をきちんと把握してさえいれば、自ずと導き出される答えは同じである。

それに、こいつが持つとすれば肩よりもむしろ足、それも俺の挙げ足を取るときくらいのもんだし。




293: 1 2016/05/27(金) 22:04:14.71 ID:wmzaiiur0


相模「でも、昨年までの文化祭は雪ノ下先輩達が率先して盛り上げてくれたおかげで過去最高の動員数を記録したっていう話だし」

だが、思いがけず相模の口からあねのんの名前が出たことで、雪ノ下の肩がぴくりと小さく反応したのがわかった。


城廻「そうそう! そうなの! 昨年と一昨年の文化祭は、はるさんたちのお陰でホントすっごい盛り上がったんだよ!」

めぐり先輩が三つ編みをゆらしながらしきりにこくこくと頷いて見せる。

恐らく顔にこそ出していないものの、雪ノ下も心の中では「さすがです、お姉様!」とか思いながら小さく拳を握っているに違いない。屈折してるとはいえこいつも姉ちゃん大好き人間だからな。


相模「…それでうちなりに考えてみたんだけど、文化祭の二日目、つまり一般公開の日にチーバくんを呼べば、動員数にもかなりテコ入れができるんじゃないかなって」

城廻「うんうん、それってとってもいいアイデアだと思う!」

めぐり先輩が「いいね!」ボタンを長押しして「とてもいいね!」にしちゃうくらいの勢いで褒めると、相模も気を良くしたのか得意気な顔になる。

相模「みんなが楽しんでこその文化祭っていう、うちの考えは変わらないけど、やっぱりやる以上は、ある程度実績というか成果みたいなものも形として残す必要もあるんじゃない?」

雪乃「それは…勿論、そうなのでしょうけれど…」

いつになく正論でぐいぐいと押してくる相模に虚を突かれたのか、雪ノ下にしては珍しく戸惑ったような表情を浮かべる。

というか、むしろこいつの場合、姉のんが絡んでくるとやたら感情的になって正常な判断ができなくなるからな。

恐らく相模も今までの経緯から姉妹間の軋轢について何かしらを察しているのに違いない。
また、それを十分認識したうえでの発言なのだろう。チラリと俺に勝ち誇ったような視線を向けると、ここぞとばかりに畳み掛けてきた。


相模「それに、いくら時間がないとか言っても、みんなで頑張れば…」





294: 1 2016/05/27(金) 22:07:46.09 ID:wmzaiiur0



「――― みんな、ね」


まるで冷水を浴びせかけるような白けた声が得意顔の相模を途中で遮る。

…… いるんだよなー、どこにでも。こういう空気読まないヤツって。ったく、誰だよいったい……。まぁ、俺なんですけどね。


八幡「便利な言葉だよな。漠然としていて、曖昧で…」

言いながら、わざとらしく溜息を吐いて見せる。


相模「な、何よそれ。どういう意味? 言いたいことがあるんならハッキリ言ったらどうなの?」


八幡「…なら言わせてもらうが、お前の言う、その“みんな”ってのは、いったい誰のこと指してんだよ?」

相模「誰って…そんなの文実のみんなのことに決まっているじゃない」

八幡「だから具体的に文実の“誰”が“それ”をやんのかって聞いてんだよ」


相模「……え?」

俺の指摘に相模が言葉を詰まらせ、

相模「…そ、それはこれからみんなで話し合って決めれば…」

周りの顔色を窺うように見ながら、おずおずと付け加える。


八幡「つまりそれって何か? 要するにお前の言うその“みんな”とやらで、また“そうでない誰か”に面倒なことを全部押しつけるってことかよ?」

おいおい言いだしっぺは自分のくせに仕事はみんな下請け丸投げって、お前いったいどこのゼネコンだよ? そんな投げやりなの、俺の知る限りせいぜい室伏くらいしかいねぇーぞ。いやあれはハンマー投げだっけか。




295: 1 2016/05/27(金) 22:08:46.63 ID:wmzaiiur0


相模「そ、そんなこと…」

相模がまるで助けを求めるかのようにせわしなく周囲を見回すが、当然今日の会議は執行部だけなので、いつものようにピーチクパーチクさえずるトリマッキーズはいない。

生徒会役員は基本、アドバイザー的な立場を堅持しているので、最終的な意思決定に際しては文実委員長の判断に任せ、あまり積極的に関与してこないと踏んでいいだろう。
その証拠に、めぐり先輩も敢えて口を出してこようとはしなかった。

リア充(笑)の多くは自然界における草食動物と同じよう群れで行動するが、それはある意味、個としての存在の弱さに他ならない。
だからこそ相模は逆立ちしても三浦には勝てないし、ましてやその三浦を一対一で真正面から論破し、あまつさえあれを泣かしてしまうような雪ノ下には遠く足元にすら及ばない。

ちなみに俺にも味方がいないからイーヴン。もっとも俺の場合、味方がいないのは今日に限ったことでもないんですけどね。




296: 1 2016/05/27(金) 22:10:58.59 ID:wmzaiiur0


八幡「そもそも、なんでこんな切羽詰まった状況になってんのか、お前、ホントに分かっててそんなこと言ってんのかよ?」


別に意図したわけではないのだが、俺のその何気ないひと言で会議室の空気が一瞬にして凍りつくのがわかった。

めぐり先輩のほんわかした笑顔が強張り、居合わせた生徒会の役員も揃って居心地悪そうに身じろぎしながら、そっと互いに目を見交わす。 こうかはばつぐんだ!


相模「……… う、うちのせいだって言うのっ?!」


ようよう搾り出すその声は明らかに狼狽し、微かな震えを帯びる。


城廻「さ、相模さん、誰もそんなこと思ってないから、ね? 彼も別に本気で言ってるわけじゃないから。そうだよね? ね? ね?」

すかさずめぐり先輩が相模をフォローしながらチラチラと俺に非難がましい目を向け、相模も涙を堪えた責めるような目でじっと俺を見ている。

大抵の場合において、こんな状況では男の方が圧倒的に不利である。

例えどんな正当が理由があろうとも、女の涙という究極の最終兵器の前には、――― 男女平等が叫ばれるこの現代社会においてさえ ――― 男が一方的に謝る以外の選択肢は認められていないのだ。

俺は小さく肩をすくめると、相模に向けて静かに口を開いた。









八幡「………いや、誰がどう考えたってお前のせいだろ」

城廻「キミッ! 本当の本当の本当に最っ低だねっ!!!?」





300: 1 2016/05/30(月) 00:44:12.18 ID:aq/K41Ew0



雪乃「 ――― 比企谷くん」


静かだ、がそれでいてよく通る雪ノ下の声が会議室に響いた。


雪乃「過ぎてしまった事について今更どうこう言っても仕方がないわ」

雪ノ下は敢えて一旦そこで言葉を切ったかと思うと、

雪乃「過去にトラウマを山ほど抱えているあなたなら、よくわかっているはずでしょう?」

明らかに余計なひと言を付け加える。


八幡「 ……… うんうん確かにその通りだよな。でも今ここで俺のトラウマ云々について触れる必要性がホントにあんのかよ」

雪ノ下に言われるまでもなく、何もこの場で相模をこき下ろす事が目的ではない。ただ単に、これ以上余計な事を言い出さないよう釘を刺そうとしただけだ。

幸か不幸か文実内における俺の信用は急転直下右肩ダダ下がりで、既にカンスト状態といってよく、どうせこれ以上悪化のしようがない。
今更何を言ったところで、少しばかり不名誉な噂が増えるくらいなのだから、特に気にするほどのこともないだろう、そう多寡を括っていたということもある。

だが、自らの行いをまるで顧みることなく、反省の色さえない相模を見ていると、何故か無性に肚立たしくなり、必要以上に当たりがキツくなってしまったのも、また事実だった。

それはもしかしたら、あの日のうちひしがれた雪ノ下と、そんな彼女に何もしてやれずに心を痛めている由比ヶ浜の姿が、未だに俺の脳裏から消えていないからなのかも知れない。





301: 1 2016/05/30(月) 00:45:50.38 ID:aq/K41Ew0


雪乃「確かにその男の言い方には、色々と問題があると思います」

気がつくと、雪ノ下がそのまま静かに言葉を継ぎ始めていた。


雪乃「…というよりも、それ以前に人間性にも問題というか疑問というか欠点がそれこそいくらでもありますが…」

八幡「…ちょっと待て、何か発言の趣旨がズレてんじゃねぇか?」


雪乃「…いえ、むしろ彼の場合、問題しかないと言っても差し支えないくらいなのですが」

八幡「問題があるとすれば、それはお前のその発言以外の何ものでもないだろッ! なんで会議の席上で滔々と俺の人間性まで否定してんだよッ?!」



雪乃「 ――― ですが、やはり今のこの状況で、これ以上現場の混乱を招くようなリスクは冒せません」



雪乃「 ――― 相模さん?」


相模「 ……… え? 」


雪乃「 ――― 申し訳ないけれども、私もそのアイデアには反対させていただくわ」


俺の人間性についてはともかく、雪ノ下がそうまではっきりと断言した以上、それを覆すだけの論拠を示すのは相模ごときでは不可能だろう。

本人にもそれが十分わかっているのか、相模は押し黙って顔を俯ける。

表情が不自然なまでに強張っているのが少し気にかかったが、彼女のその態度を見る限りでは敢えて採決するまでもなく、どうやらこれで結論が出たようだった。





302: 1 2016/05/30(月) 00:47:31.00 ID:aq/K41Ew0



城廻「そっか~。そだよね~」


ややあって、めぐり先輩が残念そうにぽしょりと呟くのが聞こえた。その声には失望というよりも、むしろ相模に対する気遣いのようなものが感じられる。

恐らくはこの人も決して事務処理能力に長けているというわけではなく、どちらかというと彼女の人柄を慕って集まった有能な人材に助けられてきたのだろう。
それゆえに今の相模が置かれた境遇と、自分が今までしてきた苦労を重ね合わせて過渡に感情移入してしまっているのかもしれない。

そう考えると、相模のことなぞどうでもいいが、この人のためならなんとかしてあげたくなるから不思議な。
もしかしたら、それが人望とか人柄とか言うヤツなのかもしれない。どちらも縁のない俺にはよく分からんけど。




303: 1 2016/05/30(月) 00:49:36.33 ID:aq/K41Ew0


何を思ったのか不意にめぐり先輩が、にぱっと、とても明るい笑顔を浮かべて見せた。


城廻「あ、じゃあ、くま○ンとかなら、どーかな?!」


……… いやいやいやいや、どーかな、じゃねぇだろ。いいわけなかろーもん。 


雪乃「 ……… せん○くんもまん○くんもメ○ン熊もダメです」

雪ノ下が頭痛がするかのようにコメカミを押さえながら、ぴしゃりと先手を打つ。


城廻「え、ええっ?! な、なら、ひこにゃんは…?」

雪乃「え? ひ、ひこにゃん?」///


…… って、だからそんな目でこっち見んじゃねーよ。ダメにきまってんだろ。無言で首を振って見せる俺。


雪乃「 ……… ざ、残念ながら…ひ、ひこにゃんも、ダメです」

なんか無駄に断腸の想いとかひしひし伝わってくんのな…。つか、唇噛みしめて肩震わせてんじゃねーよ。いくらなんでもお前、ねこ好きすぎだろ。


城廻「ショボーン」

その一方で、めぐり先輩ががっくりと肩を落とす。うわ初めて見たよリアルでAAみたいな顔してる人。




雪乃「…それでは、次の協議事項に移ります。相模さん、いいかしら?」

相模「あ、うん。いえ、はい…。それじゃあ、次の…」





304: 1 2016/05/30(月) 00:51:00.86 ID:aq/K41Ew0


その時、会議室のドアが荒々しく引き開けられ、奉仕部顧問にして文化祭担当でもある平塚静先生が白衣の裾を颯爽と翻しながら、険しい顔で入ってきた。


平塚「相模! これはいったいどういう事だ?!私は何も聞いておらんぞ?!」



雪乃「先生、会議中です。入る時はノックを…」

こんな時でもやはり雪ノ下は雪ノ下だ。いつもの通り例え相手が教師であっても躊躇なく指摘する。


平塚「 ……… お、おお、そうだったか、すまんな」///

生徒にたしなめられて素直に謝っちゃう平塚先生ちょっと可愛い。ひらつかわいいしずかわいい。でもそれって教師としてどんなもんなんですかね?


雪乃「それより、どうかなさったのですか?」

平塚「う、うむ、実は、こんなものが校内で配布されていてるのを見つけてな」

威厳をとりつくろうかのように咳払いをひとつ、その手に差し出された一枚の紙に皆の視線が集まる。一見したところ、どうやら何かのチラシらしい。



八幡「 ……… なんだこりゃ?!」




『総武高校文化祭に千葉県のあの人気マスコットキャラクター“チ○バ○ん”が登場!!』



A4版の大きさの紙に安っぽいポップ体の文字が踊り、ご丁寧に千葉県の形をしたシルエットにクエスチョンマークが被せてある。

言うまでもなくこれはもちろん“チーバくん”のことだろう。

伏せ字の意味が全くないくらい見事なまでにバレバレで、まるでテレビのプレゼントコーナーでやるようなクイズ並みに稚拙であざとい。




305: 1 2016/05/30(月) 00:52:31.56 ID:aq/K41Ew0


知名度は既に全国区だと思われるが、ここらで一応、説明くらいしておいた方がいいだろう。

チーバくんとは、千葉県公式のご当地キャラクターで、いわゆる“ゆるキャラ”である。

「ゆめ半島千葉国体」のマスコットキャラクターとして著名なデザイナーによって考案され、その姿は房総半島を模しており直立した赤い犬を横から見たような形をしている。

だが、いかんせん、どこからどう見てもスポーツの祭典に似つかわしいとはいえない中年サラリーマンのようなメタボ体型で、おいおいお前それで国体のマスコットとしてやっていけるのかよ、アングル限定しすぎだろ正面から見たらお前いったい何者なんだよ?という疑問が各方面から吹き出さなかったワケでもなかったのだが、何事につけおおらかな千葉の県民性と、子ども達からの絶大な人気のせいもあってか、国体終了後の翌年にはちゃっかりと千葉県の公式マスコットキャラクターの座に納まっていたという“自称”なぞの生物である。




306: 1 2016/05/30(月) 00:53:59.56 ID:aq/K41Ew0


雪乃「いつの間に?」

手にしたチラシと相模の顔を交互に見ながら雪ノ下が問い質す。

相模「ゆ、雪ノ下さんがお休みしている時に…文実委員長の専決処分で…」

まるで悪戯のバレた子供みたいに半ベソをかくようにして相模が白状した。

文化祭のような特殊なイベントの常として、迅速かつ円滑に事務を進めるため文実委員長にはそれなりの裁量が与えられている。
その中でも専決処分は使いようによっては委員長の独断で物事を勝手に推し進めることができてしまう、かなり大きな権限だ。
相模のことだから規則なんてロクに目を通していないだろうと思っていたのだが、どうやら少しばかり見くびっていたらしい。


雪乃「もしかして既に校外にも配付してしまっているのかしら?」

相模「 … と、友達にもお願いしたから、多分」

雪乃「 ……… そうなると、今から回収するというのはちょっと難しいわね」

雪ノ下がそっと形の良い眉を顰めた。





307: 1 2016/05/30(月) 00:55:56.68 ID:aq/K41Ew0


平塚「さて、問題はこれをいったいどう処理するか、だな」


当然のように俺の隣の椅子に腰を下しながら、平塚先生が黒いパンツスーツに包まれた長い足を無造作に組む。


うんうん。確かにこれは大問題だと思いますよ。
腕組んでるせいか間近で見てると、ただでさえ大きな胸が余計に強調されてるし。少しは気を遣ってあげたら? 気にしてる人もいるみたいだよ? 誰とは言わないけど。


雪乃「比企谷くん、どうかしら?」

いきなりその誰かさんからご指名を受けてしまった。そうですね牛乳は鉄板だと思いますよ。あ、鉄板なのは胸ですねわかります。


八幡「…まぁ、こうなっちまった以上、今からでもどっかのクラスの出展に強引にネジ込むくらいしか手はねぇだろ」

雪ノ下の胸元から目を逸らしながら、咄嗟にもっともらしいセリフを口にする。


雪乃「なるほど。確かに既存のイベントと抱き合わせにした方が手間もコストもかけずに済むわね」

そうとは気が付かないまま、いち早く俺の考えを察したらしい雪ノ下がふむふむと頷く。


雪乃「そんな手をすぐに思いつくなんて、やっぱりさすがね。小手先の技とか姑息な手段を使わせたら、あなたの右に出る者なんてまずいないわよ? 賭けてもいいわ」

八幡「…… 一応聞いておくが、それってもしかして、褒めてるつもり?」

雪乃「ええ、もちろんよ。感心するのを通り越して呆れ果てたといっても過言ではないわ」

八幡「いやそれフツウ逆だろ。つか全然褒めてねぇし」




308: 1 2016/05/30(月) 00:59:30.67 ID:aq/K41Ew0


話し合い ―― というか、ほとんど俺と雪ノ下のふたりの間で矢継ぎ早に意見を重ね、とりあえず着ぐるみの受け渡しはワンボックスカーを持っている先生から車を借りることになり、スーツアクターについても、当日手の空いている文実委員が交代で務める、というところに落ち着いた。

後はチーバくんを登場させるのに良さげなイベントをいくつか洗い出し、そのクラスと交渉が成立すれば、なんとか体裁だけは取り繕うことができそうだ。
文化祭のパンフレットへの掲載は間に合わないが、当日校内に告知を貼り出しておけば十分だろう。相模の作ったチラシの内容がかなり大雑把なものだったのも逆に幸いしたようだ。



城廻「キミたちってホンット手際がいいんだね。息もピッタリだし」

ひと通り段取りが決まったところで、めぐり先輩が目を丸くしながら称賛する。

城廻「あ、そう言えば、確かふたりとも同じ部活だっけ? いつもそんな感じなの?」


雪乃「…いえ、そんなことありません」///

雪ノ下が珍しく照れたかのように頬を赤くしながら恐縮して見せた。


城廻「うんうん。雪ノ下さんが優秀なのは知ってたけど、キミもやっぱりやればできるコだったんだね!」

そう言って今度は俺に向けて久しぶりに、にぱっと明るく微笑みかけてくれる。

さすがにそんな風に手放しで褒められると、やはり俺としても少しばかり照れくさい。
特に俺の場合、普段あまり褒められ慣れていないだけに尚更どういう態度をとっていいかわからなくなる。こんな時はやっぱり、とりあえず笑えばいいんですかね?


八幡「…や、そんなことは」

雪乃「全然ありません」 


八幡「 …… いや待てだからなんでそこでお前が否定すんだよ」




309: 1 2016/05/30(月) 01:04:53.95 ID:aq/K41Ew0


平塚「確かに比企谷は性格はともかく、ある意味有能な人材ではあるからな。性格はともかく」

八幡「 …… それ、繰り返し言う必要があるんですかね?」


平塚先生は俺の抗議をさらりと無視し、



平塚「 ――― つまりは、そういう事なのだろう?」


その代わりに、何か含みのありそうな笑みを浮かべて、あらぬ方へと問いかける。つられて問われた先へと目を向けると、



雪乃「 ……… ええ。はい。まぁ」///


なぜか雪ノ下が頬を赤らめながら、気まずそうに、ついと顔を背けた。

その問いの意図するところも、返事の意味すらも俺にはとんとわからない。
直接訊くのもなんかアレな気がしたので「どういうことなんすか?」と平塚先生に目だけで問うと「なんだ気がついていなかったのか?」とでもいいたげに、少しだけ意外そうな顔で返された。



平塚「 ――― わからんのかね? 彼女も彼女なりに気遣っているのだよ」



そのひと言で、今日の会議に無理やり俺を出席させたのも、周囲の俺に対する誤解を少しでも解こうという彼女の気遣いだったことに、ようやく思い至った。




310: 1 2016/05/30(月) 01:08:17.17 ID:aq/K41Ew0


平塚「しかし、確かに先ほどのキミたちのやり取りはなかなか見物だったな。そうだな……まるで、長年連れ添った夫婦みたいだったぞ?」

にやりとからかう様な笑みを浮かべながら、平塚先生いきなりとんでもない事を言い出した。


八幡&雪乃「なっ?!」///


平塚「色々な意味で、キミたちにはいつも驚かされてばかりいるな」

そう言いながら、今度は伸ばした手を俺の頭の上に優しく置く。

高校生にもなって子ども扱いされた反発か、それとも照れ隠しのせいなのか、自分でも判じかねるまま、それでもついいつものようにまぜっ返してしまう。


八幡「 …… や、俺的にはどちらかというと未だ独身を託(かこ)つ先生が夫婦のなんたるかを語っちゃっていることの方が驚きなんですけど」


平塚「ほう…」 ニコッ


ミシッ


八幡「いで、いででで、ちょっ、アイアン・クローとかやめてくださいっ、そんな古典的なプロレス技使うとさすがに歳がバレ …… いででででででででででででで」





雪乃「 ……… 雉も啼かずば撃たれまいでしょうに」





311: 1 2016/05/30(月) 01:11:36.39 ID:aq/K41Ew0


八幡「 ――― ところで相模、申請はいつ出したんだ?」


ヒリヒリと痛むこめかみを押さえながら俺が声をかけると、それまで黙ってうなだれていた相模がびくりと顔を上げた。


相模「え?…申請って…何の?」


おどおどと俺の顔をみつめ返す。


八幡「…何のって、着ぐるみの借用申請だよ」





相模「えっと……あの……実は、それもこれからやろうと…」




八幡&雪乃&平塚「はぁ?」「え?」「なに?」


次第に尻すぼみになってゆく相模の返事に、思わず俺は雪ノ下と目を見交わしてしまう。

まずい。とてもイヤな予感がする…というかまるっきりイヤな予感しかしない。この流れではそれも当然のことだろう。


雪乃「仮押さえとか、着ぐるみの空き状況の確認とかはしてあるのかしら?」

相模「し、してない…けど…」

八幡「…してないって、お前」

相模「ぶ、文化祭まで日にちがあんまりないから、周知の方を急いだ方がいい……かと思って……もしかして何かまずかった……のかな?」


ありえないほどの段取りの悪さに唖然として二の句が告げられずにいる俺に、雪ノ下がケータイを手にしながら素早く告げる。



雪乃「――― 比企谷くん、とりあえず今は確認が先よ」






312: 1 2016/05/30(月) 01:12:29.85 ID:aq/K41Ew0



雪乃「…ダメね、チーバくんの着ぐるみはいくつかあるみたいなんだけど、当日は全部、既に予約が入っているみたい」


数分後、電話を切った雪ノ下がため息まじりに報告した。自然、皆の視線は蒼白な顔をした相模のもとへと集まる。



相模「そ、そんな…う、うち…どうしたら…」





315: 1 2016/05/30(月) 20:41:41.22 ID:Jn83tyBH0



「ひゃっはろー、みんな、進行具合はどうかなー?」


お通夜の席か、参加者全員A型の合コンじゃねぇのかってくらい静まり返っていた会議室のドアが、何の前触れもなしにやたら勢いよく開け放たれた。


城廻「あ、はるさん!」


耳に心地よい明るく柔らかな声、男であれば誰しも夢見るような理想的なボディライン、女神像のように美しく整った顔だち。
皆の視線が吸い寄せられるように集まった先には、強化外骨格のような鉄壁の外面を纏う美女にして雪ノ下雪乃の姉 ―― 雪ノ下陽乃が完璧ともいえる笑顔を浮かべて立っていた。

陽乃さんはそのままいつものように当たり前みたいな顔をして、やあやあと周りに声をかけながら堂々と会議室に乗り込んでくる。…… って、あんた戦国武将かよ。

本来は部外者のはずなのだが、この学校の伝説的なOGで、しかも今回の文化祭でも協力してくれる有志団体の代表なのだから誰も文句は言わない。というか、言えない。
それどころか、あねのんに心酔しているめぐり先輩なんかはどちらかというと両手を挙げての歓迎ムードである。

文化祭が近づいてからは丁度今頃になるとほぼ毎日のように顔を出すようになり、既に名前も顔も知れ渡っているせいか顔パス状態。まるでパスモかスイカ。ちなみに胸もちょっとしたメロン並み。




316: 1 2016/05/30(月) 20:42:45.53 ID:Jn83tyBH0


平塚「陽乃、会議中だぞ。ノックぐらいしたらどうだ」

自由過ぎるあねのんの行動を平塚先生が諌める。さすがは教師。でもさっきいもうとのんから同じこと言われてたのどこの誰でしたっけ?

陽乃「あら、いいじゃない。私もこの学校の卒業生なんだし? それに文化祭の事だったらアドバイスできるわよ。ね、静ちゃん?」

平塚「その呼び方はやめろと言っているだろう」

苦々しい顔を向けられるが、あねのんの方はまるで意に介した風もない。

チラリと目を遣ると案の定、雪ノ下がそれとわかるくらいにピリピリしはじめたのがわかった。
今迂闊に触れでもしたらマジで感電しそう。こいつスマホぐらいなら、ただ握っているだけでも余裕で充電できんじゃね?




317: 1 2016/05/30(月) 20:44:00.87 ID:Jn83tyBH0


雪乃「今日はいったい何をしに来たの、姉さん?」

いつもながら実の姉に向けるにしてはよそよそしく冷淡な態度なのだが、その気持ちもわからんではない。
そもそも今回の文実の迷走は、ある意味で彼女が陰で糸を引いていたとも言えるからだ。いやもう糸とか引きすぎててどこの納豆なのってくらい。

陽乃「あら、ご挨拶ね。やさしいお姉ちゃんがかわいい妹の様子を見に来たらいけない理由でもあるわけ?」

意義アリ!あなたのその発言には大きな矛盾があります! 姉の方は全然やさしくねぇし、妹に至ってはこれっぽっちもかわい気がねーだろ。

だいたい、あんた現役女子大生なんだろ?勉学の方を疎かにしていいのかよ?
ロックフェラーじゃあるまいし、昼間っから堂々と油なんて売ってないで家で大人しくレポートでも書いてろよ。




318: 1 2016/05/30(月) 20:45:45.46 ID:Jn83tyBH0


陽乃「おやおやぁ?比企谷くんもいたんだ? 元気してた?」

くるりとこちらに向けられた目が、まるでネズミを見つけた猫のように妖しく光る。

八幡「………お陰さまで」

できるだけ関わりになりたくない俺は今更のように開いたままのノートパソコンの陰にこそっと隠れるようにして身を低くする。

陽乃「ふーん、どれどれ。何してるの? お義姉さんが何か手伝ってあげようか?」

八幡「いえ、間に合ってます。色んな意味で…」

つか、いい加減その不穏なアクセント使うのやめてくれませんかね。だいいち、俺に姉はいらない。妹さえいればそれでいい。

俺のその言葉を聞き流すかのように無視して陽乃さんは俺の背後に回り、肩越しにノートパソコンの画面を覗き込む。その拍子にふわりと柑橘系の香水の香りが漂ってきた。

慣れない距離感に妙に居心地が悪くなってもぞもぞと避けようとするのだが、いつの間にか反対側の肩に廻されていた手に遮られる。

陽乃「うふふ、比企谷くんったら、いつ見てもかわいいわね。何をそんなに怯えているのかしら?」

優しく甘い、それでいて明らかに毒の含まれた声を耳許に注ぎ込まれ、反射的に仰け反ってしまう。美人、怖い!美人! 好きだけど!やっぱ怖い!





319: 1 2016/05/30(月) 20:47:00.75 ID:Jn83tyBH0


八幡「…そんなの、貴女の存在以外にありえないでしょ」ヒクッ

思わず漏らしてしまった本音に陽乃さんは特に気分を害した風もなく、


陽乃「うふッ。いいね、いいねー。その反応がますますそそるのよねー」

逆になぜか上機嫌で俺の背中にそれこそ抱きつかんばかりに身を寄せてくる。
その弾みに、こればかりは妹とは似ても似つかぬふくよかでやわらかな感触が伝わってきた。


八幡「や、ちょ、その、あた、あた、当ってますからっ!」 

そのっ! オッパイがっ! ボインボインっと!


陽乃「え? 何言ってるの比企谷くん?」 キョトン



八幡「…………は?」



陽乃「そんなのわざと当ててるに決まってるじゃなーい! うりうり~」

八幡「って、確信犯かよッ!!!!!!!!!!?」




320: 1 2016/05/30(月) 20:48:41.29 ID:Jn83tyBH0



雪乃「姉さん、その男から今すぐ離れなさいッ!!」


すかさず雪ノ下の矢のように鋭い叱責が飛んできた。

陽乃「あらあら。ヤキモチなんて妬かなくっても、別に盗ったりしないのに…」

あねのんが、おどけながらもやっとのことで俺を解放してくれる。それはそれで少しだけ残念な気がしないでもないのだが、さておき、


相模「あ、あの、雪ノ下先輩、こんにちは」


そんな陽乃さんに相模がおずおずと声を掛ける。
あまりにもおずおずし過ぎてて、おまえいったいどこの魔法使いよって聞きたくなるくらい。
どうでもいいけど、女の子も経験のないまま三十路超えると魔法使いになったりするのかしらん。




321: 1 2016/05/30(月) 20:51:26.29 ID:Jn83tyBH0


陽乃「あら、あなた確か文実委員長さんよね。こんにちは。 えっと … ナニガミちゃんだっけ?」

魔法使いどころか二○にして既に魔王と化しているあねのんにとっては相変わらずどうでもいい人間に対してとことん無関心のようだ。

だが、この人の場合、知ってても敢えて知らないふりをしてる可能性も否定しきれない。というか、むしろそちらの可能性の方が高いから怖いんだよな。
くるくるとよく代わるその表情の下で、他人を冷静に観察し、値踏みし、分類し、そしてふるいにかける。そういうことを平気でする類の女性なのだ。


相模「あ、さ、さが、相模です」

緊張のあまり自分の名前すら噛む。カミカミに噛む。さすがはサガミ。


陽乃「あ、そうそう、さがみん、さがみん、ね。調子はどうかしら? 文化祭の準備は順調?」

相模「ええと … その … まぁ … 」

陽乃「ふーん … どうかしたの?」

相模の歯切れの悪い口振りに、あねのんがすっと目を細めた。


相模「えっと、あ、あの、実は … 」

遠慮がちにかいつまんで事情を話し始めるが、その目には明らかに陽乃さんに対して縋るかのような色が見てとれる。

そんな彼女に対して陽乃さんは優しい先輩然とふんふんと相槌をうちながら熱心に耳を傾けていたが、最後まで聴き終えるや否や、



陽乃「あら、そんなことだったら大丈夫。心配しなくてもいいわよ」



いかにもそれが何でもないことであるかのように、さらりととんでもない事を言い出した。




322: 1 2016/05/30(月) 20:53:21.48 ID:Jn83tyBH0


相模「ほ、ホントですか?!」


陽乃「うん。うちのお父さんなら仕事柄、県とは太いパイプもあるし、何かと融通も利くから」

そういや雪ノ下の父ちゃん、建設会社の社長で県議会議員か何かだっけか。チラリといもうとのんの顔を窺うと、やはり複雑な表情を浮かべている。

相模「だ、だったらお願いしてもいいでしょうか?!」


雪乃「 ……… 相模さん、こういった事を安易に部外者に頼るのはどうかと思うのだけれど」

雪ノ下が戸惑いがちに口を挿む。


陽乃「ひっどーい。こんなに親身になって協力してあげてるのに、お姉ちゃんを部外者扱いするなんて。くすんくすん」

その泣き真似があまりにもわざとらしくてあざとくて最早突っ込む気力すら起きない。


相模「雪ノ下さん、せっかく先輩が力になってくれるって言うのに、こんな時にまで私情を挿まないでもらえるかな?」

以前の姉妹のやりとりを見て味をしめたのだろう。ここぞとばかりに相模が雪ノ下に食ってかかる。


雪乃「…っ!」


陽乃「うんうん。私は頼ってもらって全然構わないんだけどなー。なんといっても可愛い妹のためだし?」


殊更何気ない風を装って言ってのけたはしたが、その言葉に相模どころか文化祭すらも含まれていないことに気がついた人間が何人いただろう?
言葉は柔らかく優しいが、その実、妹に対し膝を屈せよといっているに他ならない。超のつくほど負けず嫌いの雪ノ下にとってはこれ以上の屈辱はないはずだ。

しかもタチの悪いことに、あねのん自身もそうした妹の性格を充分に熟知したうえでの発言だ。
一見して微笑ましい姉妹の諍いのように見えて、俺にはその美しい笑顔はそのままに、陽乃さんの中身だけが不意に入れ替わったような、そんな薄ら寒い感覚を覚えた。




323: 1 2016/05/30(月) 20:55:12.47 ID:Jn83tyBH0


雪ノ下は何か言いかけたが、唇を噤んだまま、きつと姉を睨みつける。よほど悔しいに違いない。ただでさえ白い顔が蒼白になっている。

いつのもことなのだが、どのような経緯があってこの姉妹の間に感情の縺れや軋轢が生じているのかは知らないし、それは俺にとって全く関係のないことだ。
どんな家庭でもひとつやふたつ問題を抱えていてもなんら不思議はない。他人の事情、ましてや家庭の問題にまで首を突っ込むほど、俺は軽率でも無思慮でもないつもりだ。

それにこの姉妹の場合、下手にかかずりあいでもしたらそれこそ命に関わりかねない。ある意味、猛獣同士の喧嘩を素手で止めに入るようなもんだからな。

でも、毎度思うんだけど、そういうことは家に帰ってからやってくれませんかねー。

俺は改めて無視を決め込むことにする。こう見えて無視は超得意。もっとも俺の場合、するよりもされる方がもっと得意だったりする。




324: 1 2016/05/30(月) 21:02:44.91 ID:Jn83tyBH0



平塚「 ――― ふむ、この場合、第三者の客観的な意見も聞いてみた方がいいと思うのだが、どうだろう」

それまで黙ってやりとりを見ていた平塚先生が、静かに口を開いた。


なるほど、確かにそれはもっともな話である。なんかこのまま放置したらふたりとも無限にヒートアップして地球温暖化を加速しそうだし。


でも、この場にいる第三者っていったら ………


平塚「 ――― というわけで、比企谷、キミはどう思うね?」


え? なに? なんなのそのムチャぶり? つか、なんでピンポイントで俺なわけ? そういうのやめてくれません? キラーパスってもんじゃねぇだろそれ。

平塚先生のご指名により、それまで雪ノ下姉妹を見守っていた皆の視線が、今度は俺に集まるのを感じた。

俺はこれで何度めになるのか数えるのも億劫になるほどの深い溜息をつきながら、仕方なくゆっくりと口を開く。


八幡「…そうですね」

八幡「…俺たちはまだ学生なんだから、別に見栄を張らずに頼れるものは何でも頼って構わないんじゃないですかね」


親や学校、世間に甘えることが許されるのは学生の特権である。例えそれが社会に出るまでの僅かな期間のみ釈された期限付きのモラトリアムだとしても、だ。


平塚「なるほど、キミらしいな。確かにそれも一理ある」

陽乃「あらあら、どうやら比企谷くんの方が雪乃ちゃんよりもずっと大人みたいね」


平塚先生が苦笑し、あねのんが勝ち誇ったように妹を見る。

雪ノ下はそんな姉を無視して、まるで俺の真意を探るように凝っと俺を見つめる。そして俺はその真っ直ぐな視線を正面から受け止めながら続けた。



八幡「…ただ」


平塚「…ん?何かね?」



八幡「…ただ、俺はそんな風にいざという時に他人にばっか頼ってて、それで誰かさんの言っている人間的な成長なんてもんができるとは到底思えませんけどね」




325: 1 2016/05/30(月) 21:06:35.95 ID:Jn83tyBH0


相模「えっ?!」


それが自分に向けられた言葉だと気が付いた途端、相模が狼狽し、見る見るうちにその顔を青褪めながら硬く強ばらせる。

事情を知らないであろう陽乃さんはキョトンとしているが、もちろん、これは相模が文実委員長に自ら立候補する際に公言したセリフに対するあてこすりである。



八幡「ま、人間的な成長なんてこれっぽっちも求めてない俺には、それがどんなもんかよくわかりませんけど…」



もし、意に反して、重要な試合の最中にボールを受け取ってしまったなら ―――


――― 何も迷うことなんてない。敵味方関係なく、誰か近くにいる相手にそのままパスしてしまえばいい。要はそれだけの話なのだ。





326: 1 2016/05/30(月) 21:09:57.18 ID:Jn83tyBH0



くすっ。


雪ノ下の形の良い唇から小さく笑らしきものが漏れるのが見えた。
それを聴いた俺の口の端も少しだけ緩んでしまったが、咳払いしてそれを誤魔化す。


雪乃「――― そうね。確かにあなたは呆れるくらい成長していないものね。それとも単に学習能力がないだけなのかしら?」

やれやれといった感じに、呆れたような顔で小さく首を振る。

八幡「うるせーよ。ほっとけ」

そういうお前だって、全然成長してねぇじゃねーか。特に胸のあたりとか。


雪乃「…まったく、あなたを見ていると、変に気を遣っていた私の方がまるで馬鹿みたいね」


そう独り言のように口にしたかと思うと、次の瞬間にはいつものように自信に満ちあふれた毅然とした態度で、


雪乃「相模さん、やはりこの問題はまず私たちだけでなんとかしてみましょう。部外者に頼るのはそれからよ」


心持ち“部外者”という言葉を強調しながらきっぱりと断言した。


相模「…え、で、でも」


あねのんといもうとのんに挟まれた相模はその凡庸ぶりを遺憾なく発揮して、オロオロと狼狽えている。


陽乃「ふーん…。でも、あなた達だけでなんとかできる問題なのかしら?」

雪乃「これは“私たち”の問題よ。姉さんはこれ以上余計な手出しをしないで頂戴」 

陽乃「あらそう。だったらどれほどのことができるのか、お手並み拝見させてもらいましょうか」

そう言って陽乃さんは挑発的で、それでいてなお魅力ある笑みを浮かべた。




332: 1 2016/06/01(水) 01:37:54.53 ID:44gFfWq+0


葉山「失礼します。有志団体で使用する機材の追加申請の件なんですけど」

軽やかなノックと爽やかな声ともにドアが開かれ、2年F組のカリスマ、葉山隼人が会議室に入ってきた。
どうやらいつの間にか予定されていた会議の時間を超過してしまったらしい。という事は、当然そろそろ他の文実委員も作業に集まってくる頃合なのだろう。
素早く時間を確認した雪ノ下が相模を促し、あわただしく執行部会議を閉会させる。

平塚「とりあえずこの件についてはお預けだな。他にもやらなければならない仕事もあるのだろう?」

先生の言う通りだ。他にもまだまだ文化祭当日までにクリアしければならない諸々の問題と、俺の机の上の未処理の書類は山積みのままなのだ。




333: 1 2016/06/01(水) 01:41:43.24 ID:44gFfWq+0


葉山は陽乃さんの姿を認めて一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐにいつもの感じのよい笑顔を形作る。

葉山「…今日は何をしに来たんだい?」

探るような視線がなぜか俺に向けられる。いや俺関係ねぃし。

陽乃「ちょっと雪乃ちゃんと比企谷くんの顔を見に、ね?」

陽乃さんはそう言って意味ありげな笑みを浮かべ、

陽乃「じゃ、比企谷くん、期待しているよ。くれぐれも私を失望させるようなマネだけはしないでね」

激励というか、むしろ忠告するかのように俺の肩をポンポンと叩くと、そのまま鼻歌を歌いながらふらりと会議室から出て行ってしまった。




334: 1 2016/06/01(水) 01:42:51.52 ID:44gFfWq+0


葉山「ヒキタニくん、お疲れ。調子はどうだい?」

陽乃さんの姿を暫く目で追っていた葉山が思い出したかのように俺に声をかけてくる。
その声はまるでブレスケアのコマーシャルのような涼しげだ。心なし口元から覗く歯まで白く光って見える。

八幡「お、おう、ぼちぼち…だな」 ぼっちだけに。

……… ちっ、思わずつられて返事しちまったじゃねーか。

あれな、悪気はないんだろうけどさ、俺としてはなんかこう、負けた気がすんだよな。いや最初から勝てるとは思ってないけど。


葉山「キミは随分と彼女に気に入られているみたいだね」

八幡「ありゃどっちかっつーと、面白がってるだけだろ」

あれだけの美女に寄ってこられても、なぜかうれしいという気持ちは微塵も湧いてこないのは、彼女が時折垣間見せるその苛烈な本性のせいだろう。
しかも俺がその事に気が付いているとわかっているにも関わらず、敢えてそれを隠そうともしない。
余程自分に自信があるのか、それとも単に俺のことなど歯牙にもかけていないのか、恐らくはその両方だ。


葉山「そうかな。あの人がそこまで他人に対して興味を持つのを初めて見たよ」

八幡「よければ喜んで代わってやるぜ?」

何気ない、だが混じりっけのない本心からのセリフに、葉山が複雑な表情を浮かべてじっと俺を見つめる。

そして尻の座りの悪くなるような沈黙の後に、

葉山「 ――― いや、多分、俺では君の代わりにはなれないさ」

目を逸らしながら、そっと呟いた。




335: 1 2016/06/01(水) 01:47:06.80 ID:44gFfWq+0


葉山「 ――― その後、どうなんだい?」

俺の隣の席に腰を下ろし、有志団体に関係する書類を手にしながら葉山が話かけてくる。

八幡「どうって、何がだよ?雪ノ下なら見てのとおりだ」

答えながら、目の前に積まれた文書に素早く目を通し、次々と的確な指示を出している彼女に目を遣る。
その姿はなぜか以前よりも更に精力的になっているようにさえ見えた。

だが、葉山にそう答えつつも、俺は内心自分の行動を少しだけ悔いていた。――― こんなに元気になるとわかっていたら、やはり多少は弱らせておいた方が正解だったかもしれないな、と。


葉山「いや、俺が言っているのは文実の方なんだけど」 

俺が雪ノ下を見る恨めしそうな視線に気がついたのか、葉山が苦笑いを浮かべる。

八幡「…まぁ、前よりはいいかな」

相変わらず俺の仕事は減らないけど。つかむしろ増えてるくらいだし。あれ? よく考えたらそれってもしかして前より悪くなってることじゃね、俺的に?

葉山「随分と活気も出てきたみたいだね」

あたりを見回しながら満足げに呟く。

八幡「まぁな。雪ノ下が本気を出せばこんなもんだろ」

確かに以前とは随分と雰囲気も異なるし、文化祭が近づくにつれて確実にモチベーションも高くなってきてはいる。


葉山「それだけじゃないだろ。やり方はどうあれ、みんなが変わったきっかけは、やっぱりヒキタニくんだと思う」

思いがけない言葉になんと答えていいものか戸惑ってしまう。ついいつもの悪い癖で、その言葉の裏に何か別の意味が隠されているのではないかと勘ぐってしまったからだ。


八幡「…おまえが俺にそんなことを言うなんて意外だな」


皮肉ではなく、率直な感想を口にする。

葉山「そうかい? これでも俺はキミのことを高く評価しているつもりだよ … それに多分、陽乃 … さんも」

あくまでも真摯な目。だが、その目には、俺の心を落ち着かせなくするような何かが見て取れるような気がした。

八幡「そりゃ光栄だな………もし、それがお前の本心から出た言葉なら、だが」

俺の返す言葉に葉山の目がすっと細まる。その反応は、さきほど立ち去ったばかりの女性を思わせた。

いつでも誰に対しても分け隔てることなく公明正大に振舞う葉山だが、時折、本当のところはいったい何を考えているのかわからなくなることがある。

案外、こいつも一皮むけば意外な一面とか潜んでいそうだよな。




336: 1 2016/06/01(水) 01:49:10.89 ID:44gFfWq+0


葉山「ところで、彼女、どうかしたのかい?」

ごく自然に話題を逸らすようにして葉山が向けた視線の先を追うと、先ほどから雪ノ下の隣で何をするでもなく項垂れた様子の相模の姿が目に入った。

さすがはリア充(笑)のリーダーだけあって、空気を読むにも敏である。

きっとこいつがいるだけでイヤな空気も0コンマ単位の速さで浄化されるに違いない。
大気汚染が深刻な問題になっている国とか行けば重宝されるぞ、きっと。さっさと行ったら? ついでにもう帰ってこなくてもいいのよ?


八幡「ああ、実は…」

俺が何か言う前に、まるでタイミングを見計らっていたかのように相模がこちらに寄って来た。


相模「葉山くん、ごめんね。うち、文実の仕事が忙しくて、なかなかクラスの方にまで顔出せなくなっちゃって」

やたらとクネクネニュルニュルとシナをつくる様はまるで映画泥棒。思わず劇場スタッフさんに通報しちゃうところだったぜ。


葉山「いや、クラスの方は優美子がうまく回してるから心配ないよ。それより何か問題でも?」

相模「うん、実は…」

言いながら、相模が横目で俺を睨みつける。

そのまま黙って聞いていると、いつの間にか俺が相模のアイデアにケチをつけたという愚痴の方がメインになっていた。

おいおいさすがに事実を歪曲しすぎだろ。ほとんど原形留めてねぇし。事件はやっぱり会議室で捏造されるんだな。
警察はレインボーブリッジじゃなくて、その前にまず相模の口を封鎖すべきだろ。




337: 1 2016/06/01(水) 01:51:26.88 ID:44gFfWq+0


葉山「 … なるほど、それは確かに厄介な問題だね」

ひとしきり相模の話を聞いたあと、葉山が顎に手を当てて、眉を顰めた。

イケメンだけに苦み走った表情も様になるのだが、俺からすればそのこと自体が苦々しい。
ちなみに俺がマネしたところでせいぜい苦虫を噛み潰したような顔にしかならないのは既に鏡の前で検証済み…って、何やってんだよ俺。


相模「うちがせっかくみんなのために文化祭を盛り上げようと思ったのに…」

葉山「…それにしても、ちょっと軽率だったね」

相模「え?」

いつになく葉山の言葉が手厳しい。

…ほう、こいつが女子に対してこんな面を見せるとはな。

俺の視線に気が付いた葉山が、とりつくろうかのようにいつもの感じの良い笑顔を浮かべる。

葉山「結果としてみんなに迷惑をかけることになったんだから、そこはちゃんと謝らないとね」

どうやらいつもの葉山と違うことを察したらしく、相模はしばし躊躇いがちに俺と葉山の顔を交互に見ていたが、やがて

相模「 …… ご、ごめんなさい」

コクリとしおらしく頭を下げて見せた。






………… って、俺じゃなくて葉山に謝ってどうすんだよ。




338: 1 2016/06/01(水) 01:57:10.56 ID:44gFfWq+0


相模「でもあんた、あんな大見得を切っちゃって、本当に大丈夫なの?」

いきなり相模が俺に振ってきた。

八幡「 …… いや、あれは俺じゃなくて雪ノ下だろ 」

相模「そもそもあんたが最初に反対したのがいけないんじゃない」

元はと言えば、全てこいつが勝手なことをしたせいなのだが、逆切れした相模はまるで意に返さない。

八幡「まぁ、いざとなったらテキトーに似たような着ぐるみでも作って、チーバくんの偽物でもデッチアゲるさ」

相模「まさかそれ、本気で言ってるわけじゃないわよね?」

八幡「半分は冗談だけどな」

相模「ちょっとそれ、半分は本気ってこと?!」

八幡「なら色変えるとか? 黄色くしてチバッシーとか、ヒゲ書いて、チーべェくんとか、一回り小さくしてチービくんなんかどうよ?」

相模「なによそれ、完全にパクってるだけじゃない!」

八幡「ばっかおまえ、リスペクトとかオマージュとか言い張れば世の中大抵のことは許されるようにできてるんだよっ」

相模「そんなわけないでしょ!? いくら高校の文化祭だからって、そんなことしてバレたら学校側にクレームがくるわよ!」

八幡「電話がかかってきたらとりあえず“担当が不在でわかりません”とか“係争中の案件につきお答えできません”って答えときゃいーんだよ」

どこの会社の電話対応マニュアルにも大抵そう書いてあんだろ。




339: 1 2016/06/01(水) 02:00:58.86 ID:44gFfWq+0


葉山「 … その件なんだけど、もしかしたらなんとかなるかもしれない」

俺と相模のやり取りをしばらく見ていた葉山が、ゆっくりと口を開いた。


八幡&相模「 … え?」


相模「は、葉山くん、それホントっ?!」

葉山「ああ。実はその日、別の場所でチーバくんを使うイベントがあるんだけど、そこの主催者が父の知り合いなんだ」

葉山の父親は確か割と著名な弁護士だったはずだ。ならば色んな方面に顔が広いのも頷ける。

葉山「そのイベント自体、ボランティアみたいなもんだし、PR活動の一環として市内の高校の文化祭にも出張る、ということなら追加申請で済むと思うんだけど、どうかな?」


相模「さっすが葉山くん! 頼りになる!」

相模があからさまに葉山に媚を売り、

相模「 ……… 文句しか言わない誰かと違って」

ついでに俺に喧嘩を売ることもキッチリ忘れない。


すぐに俺は葉山の提案を検討するため、雪ノ下とめぐり先輩に声をかけることにした。




340: 1 2016/06/01(水) 02:03:47.41 ID:44gFfWq+0


葉山「――― でも、2日目の出展の完全撤収時刻から逆算すると、時間的にはギリかな」

言いながらも、雪ノ下の性格をよく知る葉山が彼女の顔色を窺うようにして見る。

プライドの高い雪ノ下としては、どのような理由であれ葉山に借りをつくるようなマネをするのは不本意なのだろうが、それでもあねのんに頼るよか何倍もマシな筈だ。

「どうかしら?」躊躇いがちに目で問うてくる雪ノ下に黙って頷いて見せる。


雪乃「比企谷くん、その時間帯に何か良い出展はあるかしら?」

溜息をひとつ、すぐに俺に訊いてきた。さすが一度そうと決めたら頭の切り替えは早い。

八幡「ああ、お誂え向きに午後から特設ステージで“千葉県横断スペシャルクイズ”をやる予定になってるみたいだぜ」

なんでも優勝者の景品は東京ディスティニーランドのペア・チケットらしい。うわっなにそれ超豪華っ! もし俺が当たったら、ひとりで2回行けちゃうっ!

恐らく単独でも十分に盛り上がることは間違いないだろうがが、それにチーバくんが加われば更に集客力も高まることだろう。




341: 1 2016/06/01(水) 02:07:02.92 ID:44gFfWq+0


葉山「イベントそのものは確かその日の午前中には終了するはずだから、その時間帯なら急げばなんとか間に合うかもしれない」

八幡「…でも、お前、ホントにいいのか?」

俺は念のために葉山にその覚悟を問い質す。

葉山「いいって、何がだい?」

八幡「俺たちに手を貸したとわかったら、その … お前の立場がマズくならないかってことだ」

俺たちに加担することで、葉山が陽乃さんから不興を買う恐れがある。
文実でもないこいつがそんな余計なリスクを負ってまで俺たちに肩入れする理由があるとは思えない。


葉山「One for all.All for one …ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために」

葉山がまるで独り言のように呟いた。


八幡「 ……… は? こんな時に何言っちゃってるわけ?」

お前、そんなにアイマス好きなの? 


葉山「これは俺たちの文化祭なんだから、できるだけ自分たちだけの力だけで成し遂げるべきだと思うんだ。違うかい?」


相模「葉山くん … カッコイイ … 。うん、そうだよね! やっぱそうでなくっちゃねっ!」


……… いや、他力本願と絵馬に描いて神社に奉納しちゃうようなお前がそれ言っちゃダメだろ。


八幡「まぁ、お前がそれでいいっつーんなら、俺は構わんが…」

今は手段を選んではいられない。それこそ猫の手も借りたいくらいなのだ。でも実際に借りたらモフモフの毛並みとプニプニの肉球に気をとられて雪ノ下が仕事にならなくなりそうだけど。


葉山「それに … 」

八幡「ん?」


葉山「 ……… 彼女は気にしたりはしないさ。例え俺が何をしようとも、ね」


葉山にしては珍しく自嘲気味なセリフとともにその顔に浮かんだ笑顔には、なぜか一抹の寂しさのような翳りが感じられた。




342: 1 2016/06/01(水) 02:08:38.56 ID:44gFfWq+0


雪乃「でも、ちょっとした賭けである事に変わりないわね。間に合わなかった場合のリスクも大きいわ」

確かに話題性が大きければ、それだけ失敗した時の反動も比例して大きくなる。
ならばやはり、その時のために何か別の手段を講じておく必要があるだろう。

八幡「…よし、わかった。とりあえず葉山はその方向で動いてもらっていいか?」

葉山「了解。できるだけ早くするつもりだけど、場合によっては時間に遅れることもあるかもしれない。一応それは覚悟しておいてくれ」

八幡「もしお前が間に合わなかったとしても、後は俺が何とかする」

葉山「でも、どうやって?」

俺は葉山の問いを無言でスルーした。別にもったいぶった訳ではない。今ここで口にすることで反対される恐れがある以上、何も言わない方が得策だと判断したからだ。


雪乃「 … 比企谷くん?」

俺の沈黙をどう受け取ったものか、雪ノ下が珍しく気遣わしげな視線を送ってくる。


八幡「ああ、わかってる。嘘をつかなければいいんだろ?」

雪乃「私が言いたのは … そうじゃなくて … もしかして、あなたはまた…」 言いかけた言葉の先をそっと濁す。

八幡「…とにかく、ここは任せてくれ」

俺に向けて集まる懐疑や戸惑いの視線を余所に、ハッキリと断言した。




八幡「 ……… 俺に考えがある」





343: 1 2016/06/01(水) 02:11:17.56 ID:44gFfWq+0



雪乃「…比企谷くん、それ、その筋では有名な失敗フラグなのだけれど」


八幡「って、お前何でそんなことまで知ってんの?!」

さすがはユキペディアさんだな。

雪乃「ふぅ。でもこの際、あなたに任せる他ないわね。葉山くん、申し訳ないのだけれど早速手配してもらっていいかしら?」

葉山「OK」

答えながらすぐにスマホを取り出す。


相模「ちょ、ちょっと待ってよ。本当にこんなヤツ信用しちゃって大丈夫なの? やっぱり今からでも雪ノ下先輩に頼んだ方が…」

八幡「あ゛?」

相模「ま、万が一何かあったら、実行委員長である、うちの責任になるんだからね?!」


ったく、そもそも誰のせいでこんなことになったと思ってやがるんだコイツ?


俺が何かひとこと言ってやろうかと口を開く前に、雪ノ下が無言でスッと一歩前に出た。

特に高圧的、という訳でもないのだが、恐らくは格の違いというヤツを肌で感じたのだろう、ただそれだけで相模がまるで気押されたかのように一歩後ずさる。

ちなみに無意識の内に既に三歩くらい下っている俺はパブロフの犬どころかいっそのこと負け犬まである。




344: 1 2016/06/01(水) 02:12:51.30 ID:44gFfWq+0


雪乃「あら、相模さん、あなた知らないのかしら?」

雪ノ下が穏やかに話しかける。だが、底冷えのするようなその声の響きには、聴く者の心胆を寒かしめるものがあった。

相模「な、何を…なの?」

自分に向かられた雪ノ下の黒く深い瞳を直に覗き込んでしまったらしい相模が多分に怯えを含んだ声で訊き返す。

雪乃「確かにこの男は人間としてあるまじきどうしようもない最低のクズかもしれないけれど、今まで“任せろ”と言ってどうにかならなかったことなんて一度もないのよ? どうしようもない最低のクズかもしれないけれど」


八幡「 …… いやだからなんでわざわざ繰り返して言う必要があんだよ、それ?」




345: 1 2016/06/01(水) 02:15:02.51 ID:44gFfWq+0


葉山「確かにね。ま、色々と問題はあったけど … 」

苦笑しながらも葉山が雪ノ下に同意を示す。


相模「は、葉山くんまで … ?」


城廻「 … そうだね。なんだかんだいっても、一番大変な時に一生懸命頑張ってくれてたからね」

八幡「 … え?」

思いがけないめぐり先輩の声を耳にして、今度は俺が驚く番だった。
スローガン決め直しの一件以来、当然のように不真面目で最低な男としてユダの烙印でも押されたものと自覚していただけに、そのひと言は意外であり、また救いであると言えた。
雪ノ下も少しは見習ったら? いつもいつも人の足下ばかり掬わなくていいからさ。


城廻「うん、そう!えっと ………… 」


城廻「 ………… ヒキガミくん … だっけ?」


……… なにそれ空から降りてくるドン引きの神様ですか? 天空高く舞い上がった俺の心の翼が、まるでイカロスのように墜落する。

そんな俺を見ながら雪ノ下がしらっと応じる。


雪乃「だいたいあってます」

八幡「って、そうじゃねぇだろッ!」

葉山「ドンマイ、ヒキタニくん」



……… こいつ、もしかしてホントはわかっててわざとやってんじゃねーのか?




346: 1 2016/06/01(水) 02:15:53.79 ID:44gFfWq+0


城廻「よし、とにかく、この件はこれで決まりだね!」

めぐり先輩がポンッと軽快に掌を打ち合せながら、いつものほんわかした笑顔でやや強引に締めくくる。

これで問題が全て解決したわけではないのだが、なんとなく前向きにうまくまとめてしまうあたり、さすがは生徒会長といったところだろう。

そして、めぐり先輩につられるようにして皆が笑みを浮かべる中、




――― ただひとり、相模だけは自分の作ったチラシを手に、唇を噛みしめながら無言で顔を俯けていた。





350: 1 2016/06/05(日) 00:24:35.81 ID:I/eXOWhy0



**********************************





351: 1 2016/06/05(日) 00:28:35.58 ID:I/eXOWhy0



結衣「ヒッキー、やっはろー」


暫くして、由比ヶ浜が会議室に元気な笑顔を見せた。

八幡「ん? 珍しいな。どうかしたのか? 雪ノ下だったら今、職員室だぞ」

結衣「あ、うん。そろそろリハが始まるから隼人くん呼びに来たんだけど、ついでに、ちょっとだけヒッキーの様子見に?」/// モジモジ

八幡「…お、おう。そうか」///

恐らくは無理やり会議に出席させた後ろめたさもあるのだろう。
でもそんな風にみんなの前で名指しにされたりすると、ちょっと恥ずかしいからやめてくれません? その名前で呼ばれると特に。

由比ヶ浜にも言った通り、雪ノ下は葉山の申し出について相談するため、つい先ほどめぐり先輩を伴って平塚先生の処へ向かったところだ。

本来なら相模も行くべきなのだろうが、正副実行委員長がふたり揃って席を外すと作業に支障があるだろうという理由で残っている。

とはいえ、先程からずっと例の女子バスケット部に所属する友達 ――― ゆっこだか遥(はるか)だかと、きゃいのきゃいのダベってばかりいるのを見ると、ここに居たところでちっとも役に立ちそうもないのだが。




352: 1 2016/06/05(日) 00:30:16.66 ID:I/eXOWhy0


結衣「ところで、ヒッキー何してんの?」

八幡「あん? 俺か? まぁ、今はさっきの執行部会議の議事録作成してっけど、いつもは各クラスから提出された申請書なんかをデータ化したり、サイトの更新とか、諸々の雑務がメインかな」 あと、主に嫌われ役。

結衣「ふーん … 」

由比ヶ浜は俺がノーパソに向かって、たったかたったか入力作業をする姿を「へー」とか「ほー」とかいいながら物珍しげにじっと見ている。


八幡「 …… んだよ? 別に珍しいもんでもねーだろ?」 

結衣「いやいや、いつもは“働いたら負けだ”みたいなこと真顔で言ってるヒッキーがマジメに仕事してる姿なんて超珍しいし」

八幡「 …… そっちかよ」





353: 1 2016/06/05(日) 00:32:49.10 ID:I/eXOWhy0


だが、すぐ間近でじっと俺の作業を見つめている由比ヶ浜の視線を意識しまいとして余計に意識してしまうあまり、つい手元の方が疎かになってタイプミスが続いてしまう。

三文字打っては四文字消し、三文字打っては四文字消す ……… って、おい、気がついたらいつの間にか元の文章までなくなっちまったじゃねぇかっ?! どうすんだよこれ?!

つか、ノーパソとノーパンってなんか似てねぇか? いやそれはこの際どうでもいいか。

でも、ネットとかで、プロ野球の始球式で“アイドルが初体験でノーバン”って記事も何かちょっと見、「え?」って感じだよな。絶対に狙ってねぇかあれ? ますますどうでもいいな。いいからとりあえず落ち着けよ俺。




354: 1 2016/06/05(日) 00:35:00.77 ID:I/eXOWhy0


文章がうまくまとまりそうもないので、議事録の作成の作業は一旦中止し、今度は別のウィンドウで未決裁の申請書のドキュメントファイルを立ち上げる。

八幡「あー…、丁度いいや。お前に頼まれてたうちのクラスの追加申請なんだけど、これでよかったんだっけか?」

結衣「ふーん、どれどれ」

言いながら俺の肩越しにぐいと乗り出して身を寄せてきた。その拍子に由比ヶ浜の髪が俺の頬をなぶり、細く温かい息遣いが耳元にまで届いてくる。近い。


結衣「あ、ヒッキー、ここ間違ってるよ?」

いやいやいやいや、間違ってるのはむしろお前の対人距離感の方だっつーの。
だからさりげなく肩に手とか置くんじゃねぇよ、リストラされるんじゃないかと思って不安になっちゃうだろ。

でも大丈夫! 俺は一生働くつもりないからそんな心配無用だねっ! いやよく考えたら全然大丈夫じゃねぇな。




355: 1 2016/06/05(日) 00:36:50.49 ID:I/eXOWhy0



八幡「…どこだよ」


内心の動揺を押し隠すあまり、ついぞ返す言葉も不躾になってしまう俺に、

結衣「ほら、こーこ」

まるで気にした風もなく、由比ヶ浜が応じながら画面の一点を指した。

八幡「指で押すな指で。指紋つくだろ」

結衣「もうっ、ヒッキーてばヘンなところで神経質なんだからっ」

ブツブツと文句を口にしていた由比ヶ浜だが、少しだけ思案げな顔をしていたかと思うと、


結衣「…んー、よっと♪」



――― 何を思ったか、いきなりマウスの上に置かれた俺の手に、自分の小さな手をそっと重ねた。




356: 1 2016/06/05(日) 00:38:31.92 ID:I/eXOWhy0



八幡「くぁwせdrftgyふじこlp 」///


そして、素知らぬ顔をしたまま、マウスに載せた俺の手ごと画面上のポインタをするすると滑らせる。


結衣「ほら、ここ。ね? 違ってるでしょ?」 ニパッ


いやだからだなお前のそういう無意識にやる思わせぶりな態度がだな健全な思春期男子の正常な判断力を狂わせるんだと何度言ったらわかるわけ? 言ってねぇかもしれねぇけど。




357: 1 2016/06/05(日) 00:42:06.86 ID:I/eXOWhy0


八幡「 まさか俺の人生に於いて、由比ヶ浜ごときに間違いを指摘される日が来ようとは ……… なんたる屈辱」

こんな屈辱、世界史で習ったカノッサ以来だろ。

いや別に照れてるわけじゃないから。リアル3次の妹のいる俺ともなればこれくらいのスキンシップはちょうよゆう。心臓がバクバク音を立てているのは多分単なる不整脈。いやなんか逆にヤバくねぇかそれ?


結衣「うっわ、ちょっと間違いを教えたげただけなのに、そこまで言われちゃうんだ?!」

八幡「だいたいからして、お前の説明が超アバウトなのがいけねーんだろ?」

なんだよ“舞台がバアァァァァーン”とか“緞帳(どんちょう)がドオォォォォーン”って、お前もしかしてジョジョなの?



結衣「 …… かっちーん」



八幡「あ? 文句あんだったら、お前自分でやってみろよ」

あ、念のために言っておくと、これ仕事の上では高確率で死亡フラグな。
これでもしホントにできちゃったりなんかした日には立場がなくなるから。それどころか、下手をすると次の日から自分の座る席までなくなってる可能性すらある。




358: 1 2016/06/05(日) 00:45:03.16 ID:I/eXOWhy0


結衣「おッしッ!だったらヒッキー、椅子半分貸すしっ」 ガタガタッ

何を思ったのか、いきなり由比ヶ浜が自分の尻で俺をぐいぐいと押し退けるようにして椅子を半分占拠しようとし始めた。


八幡「や、ちょ、おい!」///


いやだから近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近いんだってば!

俺が慌てて席を蹴って立ち上がろうとすると、


結衣「ちゃんと見てるしっ!」


由比ヶ浜がいつにない強引さを発揮して、俺の袖を取り、そのままぐいっとばかりに椅子へと引き戻す。
その反動でますますふたりの身体がくっついて、いやもう激録警察24時の取材班かよってくらい密着してるんですけどっ?!

だからちょっと待てって! 小学校時代には“フルーツバスケットの帝王”とまで呼ばれたこの俺が他人に席を譲るなんて超珍しいことなんだぞっ?!
電車で優先席座ってても目の前にお年寄りとか来たら急に寝たフリするくらいだからなっ!?




363: 1 2016/06/05(日) 19:35:47.18 ID:UVExhX6V0



「へえ、そんなにくっついちゃって、やっぱり仲いいんだね」


不意にざらりとした不快な声音が俺の耳朶を打つ。
明らかに俺達に向けたであろう声の方向へと目を向けると、相模を中心にゆっこと遥がにやにやと感じの悪い笑を浮かべてこちらを見ている。

ちなみにどっちがゆっこでどっちが遥なのかは未だによくわかっていなかったりする。


結衣「 …… べ、別にそういう訳じゃ」///

素に戻った由比ヶ浜が慌てて立ち上がり、真っ赤な顔で今更のように俺から微妙な距離をとる。


相模「いいよねー、結衣ちゃんは文化祭エンジョイしてるみたいで。ホントうらやましいなー」


そう言ってまた、くすくすと嫌な感じの忍び笑いを漏らし、ゆっこと遥がそれに加わった。

そんな彼女たちを見て、俺の後頭部の毛がチリチリと逆立ち、胃のあたりが迫り上がる。この感覚には覚えがあった。


――― そう、これは女子が好んでよく使うお馴染みの陰湿なイジメの手口だ。




364: 1 2016/06/05(日) 19:38:31.06 ID:UVExhX6V0

普段の天然発言であほキャラ認定を受けているものの、由比ヶ浜は顔もスタイルもいい上に性格も明るく、しかもそれを鼻にかけるでもなく誰とでも分け隔てなく優しく接することから、密かに男子から人気が高いという話を耳にしている。
それでいて浮いた話ひとつ聞こえてこないのは、やはり三浦が常に目を光らせているからなのだろう。

そんな彼女と、スクール・カーストの最下層のそのまた底辺を這いずり回っているようなこの俺が釣り合うはずもない。

だからこそ逆に相模は敢えて俺たちの仲を冷やかすことで、由比ヶ浜に恥をかかせ、俺にも精神的なダメージを与えようとしているのだ。

過去にも同じようなことをされた経験があるが、さして親しい間柄でもなかったとはいえ、相手の態度が妙によそよそしくなったり、不自然に距離を置かれたりするのは地味にキツかったりもする。




365: 1 2016/06/05(日) 19:39:16.68 ID:UVExhX6V0


葉山「 ――― 結衣、クラスの方はどんな様子だい?」


その時、葉山がさりげなく俺たちに声をかけてきた。

結衣「あ、う、うん。これから通しでリハ始めるから、その前にみんなでちょっと休憩してるところ」

葉山「じゃあ、俺たちもそろそろ教室に戻った方がいいみたいだね」

言いながら、とんとんと音を立てて書類を束ねる。

葉山がゆっくり席から立ち上がる様子を見て、相模の顔に残念そうな色が広がった。




366: 1 2016/06/05(日) 19:40:35.59 ID:UVExhX6V0


相模「やっぱり、たまにはうちもクラスの方に顔出しとかした方がいいかな~」

誰に言うでもなく、だが、明らかに葉山を意識したであろうそのしらじらしい言葉に、

葉山「いや、向こうは優美子がやってくれてるから気にしないでくれ。それに相模さんが文実に専念してくれてるお陰で、クラスの方も随分と助かってるよ」

角を立てないように気を遣いながらも、葉山がやんわりとそれを押しとどめる。

相模「 …… え、で、でも、どうせうちなんかいなくても、雪ノ下さんが全部やってくれてるし?」

おっと、ここにきて自分の存在理由を全否定ですか?

葉山「そんなことはないさ。相模さんもよく頑張っていると思うよ。もっと自信を持っていいんじゃないかな?」

相模「えー、そんなことないよー、うちなんてー」

言葉とは裏腹に満更でもなさそうなところを見ると、相模も決して本心で言ってるわけではあるまい。
自ら卑下して見せることで、葉山に優しい言葉をかけてもらおうという魂胆が見え見えだった。




367: 1 2016/06/05(日) 19:41:58.97 ID:UVExhX6V0



葉山「な、キミたちもそう思うだろ?」


不意に葉山が俺と由比ヶ浜に話を振ってきた。

ごく自然な会話の流れだったが、どうやら葉山も先ほどから俺たちの間に流れる不穏な空気を察していたようだ。
恐らくはこれ以上関係を悪化させないようにという、葉山らしいスマートな気遣いなのだろう。

――― だが、いつもは空気を読んで相手に調子を合わせるのがうまい由比ヶ浜が、なぜか今日に限っては押し黙ったままだった。

すぐにそれが、あの日の雪ノ下の姿が落とした影であることに気がつく。



八幡「まぁ … そうだな…」



ごく曖昧なものとはいえ、由比ヶ浜に先んじて俺が同意を示したことに、葉山が少しだけ意外そうな表情を見せた。

別に驚くほどのことでもあるまい。普段から空気のような存在の俺だけに、同じ空気を読むに長けているのは当然だろう。
それに、俺は空気を読まないのではなく、敢えて読まないフリをしているだけなのだ。




368: 1 2016/06/05(日) 19:42:43.99 ID:UVExhX6V0



相模「 ――― だったら、いちいちうちのやることにケチつけるのやめてよね」


だが、イエスともノーともとれるような俺の返事は、どうやら相模のお気に召さなかったらしい。

打って変わって俺を睨み据えながら、妙に低い、冷めた声で言放つ。


相模「 ――― 言っとくけど、あんたのその見え透いた下心なんて、うちは最初っから全部お見通しなんだからね」





369: 1 2016/06/05(日) 19:43:59.71 ID:UVExhX6V0


思いがけず告げられた相模の言葉に、俺の背筋を嫌な予感が走り抜けていた。


相模「今日だって、うちのこと散々あげつらって恥かかせたのだって ―――  」


遅まきながら、不用意に会議に出席してしまった自分の迂闊さを呪うが、それこそ後の祭りというヤツだ。


相模「雪ノ下さんに調子合わせるみたいなふりしてたけど、あんた、本当は彼女と ――― 」





370: 1 2016/06/05(日) 19:45:28.64 ID:UVExhX6V0



相模「 ――― 結衣ちゃんと一緒に文実委員やりたかったからなんでしょっ?!」


そう言って、びしりと由比ヶ浜を指さした。





371: 1 2016/06/05(日) 19:48:00.57 ID:UVExhX6V0



結衣&八幡「 … へ?」 「 … は?」


おいおいおいおい。いきなり何言っちゃってんのコイツ? なんでここに由比ヶ浜が出てくるわけ?


結衣「 …… え? そ、そうなの?」///

いきなり自分の名前が出たことに驚いたのか、由比ヶ浜が頬を赤らめながら、わたわたと俺を見る。


八幡「 ………… アホか。そもそも俺は最初から文実やる気なんて全っ然なかったっつーの」

結衣「あ、アホって言うなしっ!!」

なぜか由比ヶ浜までぷんぷんと怒り出してしまった。


八幡「だいいち、俺がいない間に勝手に男子枠決めたのお前らだろ? もう忘れたのかよ?」

正直なところ、もし俺が一緒に文実をやってもいい、いや、ぜひともやりたかった相手がいるとするならば、それはもう唯ひとり、戸塚以外に考えられない。

それなのに皆でボクのことをこんなにひどく言うなんて …… わけがわからないよ。




372: 1 2016/06/05(日) 19:48:47.42 ID:UVExhX6V0


相模「 …… あらそう? でも結衣ちゃんの方はそうでもなかったみたいよ?」

相模の目が意地悪く、すっと細まる。

八幡&結衣「 …… え?」


相模「 ――― だって、ふたりは一緒に花火デートに出かけるくらいの仲だもんね?」


そのセリフを口にする相模の瞳孔は、まるで獲物を狙う蛇のように縦に裂けて見えていた。




376: 1 2016/06/07(火) 00:58:41.57 ID:2uOyBbdV0


結衣「あ、あれは、そ、そんなんじゃないし」///

由比ヶ浜が慌てたように胸の前で小さく手を振る。

八幡「 …… あん時は由比ヶ浜が俺の妹から頼まれた買い物に付き合わされてただけだ。俺は単なる荷物持ちな」

相模「へぇ、それってつまり、家族公認ってこと?」

八幡「 … だから、そうじゃなくてだな」

慣れない言い訳をしているせいか、何か言うたびに一歩また一歩と泥沼に嵌ってしまうような感覚に襲われる。


相模「そう言えばさっき、“今日はデートの約束がある”とかなんとか言ってたっけ。ゴメンね~、うちってば気が利かなくって」

聞えよがしの大きな声が会議室の他の生徒の注意を引きつけのだろう、ひとり、またひたりと作業の手を止めて、こちらに好奇の視線を向けている。

これはかなりマズイ状況だ。

この手の噂はその真偽に関わらず、ただ面白いというそれだけの理由で瞬く間に拡散する。
しかも厄介なことに、噂というヤツは勝手に独り歩きを始める上に簡単に尾ヒレがつく。そして、一度広まってしまった噂を完全に消し去ることはほぼ不可能に等しい。

今、ここではっきりと否定しておかないと、後々とんでもなく誇張された噂を耳にすることになりかねない。




377: 1 2016/06/07(火) 01:00:57.59 ID:2uOyBbdV0


結衣「そ、それに、あの時は、ゆきのんのお姉さんも一緒だったし」

由比ヶ浜が咄嗟に付け加えたそのひと言で、葉山の顔色が変わる。


葉山「 ……… 陽乃が?」


まるで問いかけるように俺を見る葉山は、自分が今しがたあねのんの名を呼び捨てにしたことにさえ気が付いていないようだった。

八幡「 …… 雪ノ下さんとは会場で偶然遭っただけだ。俺も詳しくは知らんが来賓として親父さんの名代で来てたみたいだぜ」

でもなんかこれじゃ葉山に対して言い訳してるみたいだな。べ、別にお前のためなんかじゃないんだからねっ。

だが、どうやらそれすらも藪蛇だったらしく、葉山は暫く考え込むような素振りを見せた後、静かに、だが有無をいわさないような口調で俺に告げた。

葉山「よかったら、その話、俺も詳しく訊かせてもらえないかな?」




378: 1 2016/06/07(火) 01:04:11.40 ID:2uOyBbdV0


別になんらやましいことがあるわけではないのだが、不利な状況証拠が揃い過ぎていた。

恐らく、弁解すれば弁解するほどボロが出てしまうに違いない。これがもし裁判員裁判であれば、判決を待つまでもなく間違いなくギルティだ。

こんな時、いつもの俺であれば、わざとらしくトイレに立つかスマホに着信のあったフリをしてさっさと抜け出すところだが、今のこの状況で由比ヶ浜をひとり残すわけにはいくまい。

ぼっちの唯一のアドバンテージといえば、失うものがないことであり、守るべきものがないからこそ、常に捨て身の強かさを発揮できる。
しかし、それは裏を返せば、何かを守りながら戦うにはこれほど不慣れ、かつ、不向きな存在もない。ということでもあるのだ。

翼をもがれた鳥にも等しい今の俺には、由比ヶ浜を守りつつ現状を打破する手段は何ひとつ思いつかなかった。




379: 1 2016/06/07(火) 01:12:32.80 ID:2uOyBbdV0


――― いや、待て。ひとつだけ、手がないこともない。


今の俺にできること、それはやはり、いつものように自分を悪者にしてしまうことだ。


“ ――― なんでこんなヤツと”


ただそのひと言を口にするだけで、周囲の批難や悪感情は全て俺に集まるだろう。それで少なくとも由比ヶ浜は無傷で済むはずだ。

だが、いざ口を開こうとした瞬間、小さく俺の服の裾が引っ張られた事に気が付いた。

ふと見ると由比ヶ浜がちんまりと俺の裾をつかみ、小さく首を振っている。その目には俺がこれから何をしようとしているかを察しているかのように、悲哀の色が滲んで見えた。




380: 1 2016/06/07(火) 01:15:14.53 ID:2uOyBbdV0



相模「ねぇねぇ、この際だから正直に認めちゃったら? あんたたち、ホントはもうつきあって ――― 」



既に俺の耳には相模の言葉など届いてはいなかった。

俺は無理やり由比ヶ浜から視線を引き剥がすようにして、自分を落ち着かせるために、息をひとつ吐き、すぐに吸う。

しかし、俺が行動を起こす前に、由比ヶ浜が先に口を開く。


結衣「あ、あたしは、」


胸の前で拳を固く握った手をかすかに震わせながら静かな決意を秘めたその表情に、いつかどこかで見た覚えのある事に卒然として気が付く。


結衣「そ、その、ひ、ヒッキーのことが … 」




あの花火大会の帰り道 ――― 

暗闇からふたりの影を切り離す、橙色の街灯の下で ―――

もし、あのタイミングで由比ヶ浜のケータイに着信がなかったら ――― 

もし、あの時、俺が逃げ出すような真似をしなかったとしたなら ――― 




――― 由比ヶ浜は俺に何を言おうとしていたのだろうか。





381: 1 2016/06/07(火) 01:16:09.03 ID:2uOyBbdV0




「ハぁ?! アンタ何言ってんの? そんなことあるわけないっしょ!!!!!!!!」







382: 1 2016/06/07(火) 01:22:44.74 ID:2uOyBbdV0


会議室を覆っていた粘りつくような不快な結界を外から粉砕するかのような傲岸不遜ともとれる声が轟き渡る。


女子にしてはやや高めの上背、ただでさえ高い鼻梁を更に心持ち高く掲げているせいか、まるで周囲を睥睨するかのようにさえ見えるナチュラルな上から目線。

驚きのあまり茫然とする皆の視線が一様に集まったその先には、





―――――― 苛立ちに渦巻く黒く猛々しいオーラを纏った獄炎の女王、三浦優美子が腕を組み仁王立ちする姿があった。





386: 1 2016/06/07(火) 20:05:15.95 ID:D+e/zlSJ0


相模「 ……… み、三浦さん?!」

葉山&結衣「 ……… 優美子」 

思いがけない人物の登場に、会議室が、いや、まるで地球そのものが静止してしまったのではないかと錯覚を起こすような深くて重い沈黙に包まれた。


三浦「隼人と結衣がー、全っ然、帰ってこないからー、あーし様子見にきたんだけどぉー、あんた達、いったいここで何してくれてるわけ?」


みょんみょんと自慢の金髪ゆるふわ縦ロールを指に絡みつかせながら、すらりと細く長く伸びた足の爪先で、カツカツと小刻みに立てる音が彼女の苛立ちを言葉以上に明瞭に物語っている。

こわいさすが三浦こわいあもりにもおそろし過ぎるでしょう俺の恐怖が有頂天。って、有頂天でいいんかいっ?!

と言うか、ヤバい。 三浦、ヤバい、マジヤバい。

何がヤバいって、同級生や下級生はおろか、先輩であるはずの三年生の男子までもが急いで目を伏せてるあたり、この人ってば、やっぱリアルで超ヤバい。

スクール・カーストどころか食物連鎖のピラミッドの頂点にまで君臨していそうな最上位捕食者の持つ圧倒的なオーラがビシバシと伝わってくる。

その迫力たるや肉食系というよりむしろ肉食獣。地上最強の生物の鍛え抜かれた背筋に三浦の顔が宿っていたとしても十分頷ける。




387: 1 2016/06/07(火) 20:11:53.48 ID:D+e/zlSJ0


相模「あ、い、今のは …… その …… 」

三浦に怒りの矛先を向けられた相模がなんとか言い訳しようと試みはするものの


三浦「あ゛? 」


相模「ひぃっ!」


ギロリと効果音でもつきそうな三浦のひと睨みで、たちまち萎縮して言葉に詰まってしまう。
そして青褪めた顔で視線を床に落とし、もごもごと動かすだけのその口からは意味を為す台詞は些とも出てこない。

同じように、ゆっこと遥も、三浦を目の前してに竦み上がったままの様子だった。


三浦「ちッ」

生まれたての小鹿のようにうち震える彼女らを一瞥し、三浦が舌打ちをする。

恐らく三浦のあの性格からして、そのはっきりしない態度にこそ余計に苛立ちを募らせるのだろうが、当の相模はその事に全く気がついていないようだ。

先ほどまでの威勢はどこへやら、ただおろおろと狼狽えおどおどと怯えるその様こそ、俺の知る中でも屈指の凡人、凡人オブ凡人たる相模南本来の、ありのままの姿なのであろう。

そもそも三浦と相模とでは人間としての、いや、生物としての格が違い過ぎる。いかに相模が文化祭実行委員長という肩書きを手にしても、その距離は縮まるはずもない。
逆に地位や肩書に頼ることで自分を大きく見せようとする姿勢が、彼女の器量の小ささを端的に顕しているとさえいえた。

そこへいくと、俺なんかは明らかに大器晩成型。あまりにも器が大きすぎちゃって、もしかしたら今世紀中に大成しないのではないかと心配になるレベル。




388: 1 2016/06/07(火) 20:12:59.38 ID:D+e/zlSJ0



「おや? ヒキタニくん、はろはろー」


緊張のあまり皆が息を潜め、ひっそりと静まり返ってしまった会議室に、もんのすげぇ場違いで超軽いノリ、しかも相変わらず意味不明の挨拶が響いた。

肩まで伸びたストレートの黒髪にピンクフレームの眼鏡。全体的に小造りな印象を受けるその清楚な佇まいは、図書館のカウンターにでも座っていればさぞかし絵になることだろう。

――― 但し、彼女のいる図書館の蔵書については時代が時代なら禁書どころか焚書レベル。

可憐とも形容していいその容姿に反して、殊、趣味の領域における腐れ具合では、もはや千と千尋のオクサレ様とタメを張るであろう2年F組の腐一点、海老名姫菜嬢である。

三浦の迫力に圧倒されて今の今まで気がつかなかったが、どうやら彼女も一緒だったようだ。




389: 1 2016/06/07(火) 20:15:43.97 ID:D+e/zlSJ0


海老名「へー。いつもここで仕事してるんだぁ」

海老名さんが物珍しそうな顔できょろきょろと室内を見回す。

三浦同様、こちらもこちらでまるで空気を読まない。というか、最初から読もうとすらしない。その愛らしい顔にはいつもと同じように屈託のない笑みが浮かんでいる。

だが、そんな彼女の物怖じしない態度のおかげで、張り詰めていた会議室の空気が、ほんの少し和らぐのが感じられた。

もしかして、こうなるかもしれないことを予見した上で、三浦のストッパー役としてクラスの準備の忙しい中、わざわざ時間を割いて同道してくれたのだろうか。

なるほどそう考えると、実は彼女も単にクレバーなだけという訳ではなく、案外、由比ヶ浜と同様、気遣いの人なのかもしれない。

時折垣間見せるエキセントリックな腐女子の仮面の下には、きっと周囲を思い遣る女性らし…


海老名「 ……… ところで隼人くん? 結衣?」 ニコニコ


いきなり、くるりっとふたりへ振り向いた海老名さんの声が、にこやかな表情そのままに、急に腐穏、いや、不穏な空気を纏い、剣呑なものへと変わる。


葉山&結衣「え?」



海老名「クラスの仕事を放り出して、あなたたちはここでいったい何してるのかなぁ~~~~? ん~~~~?」 ゴゴゴゴ…



ふええええええええん、海老名さんのその笑顔、超怖いよぅ(泣





390: 1 2016/06/07(火) 20:17:15.83 ID:D+e/zlSJ0


結衣「あ、あー… ひ、ヒナ、ご、ごめん。ちょっと、その、ひ、ヒッキーに用事とかあって? あは、あはは…」 アセアセ

曖昧な笑顔で誤魔化しながら、由比ヶ浜が俺の陰にこそっと隠れようとする。

八幡「 … ちょっと待てなんで俺なんだよ?」


海老名「ふーん … 。で、隼人くんは?」 キッ


葉山「お、俺も、ヒキタニくんから、その、ちょっと相談受けてて…」 アセアセ

葉山もいつもの爽やかな笑顔をいくぶん引き攣らせて、ごくさりげない風を装いながらも、やはり、じりじりと俺の背後に回り込もうとする。

八幡「 … だからなんで俺なんだよ?」


おい、おまいらいくら怖いからって俺を盾にしようとすんじゃねぇよ! 言っとくけど俺だって超怖いんだからなっ?!




391: 1 2016/06/07(火) 20:18:26.75 ID:D+e/zlSJ0




海老名「…………… え? は、葉山くんが? ヒキタニくんに? ワイ談?! ウける?!」







392: 1 2016/06/07(火) 20:20:51.80 ID:D+e/zlSJ0



八幡「 ……… は?」


ちょっとお待ちよ腐ロライン。もしかして腐った趣味が高じて、ついにお耳まで腐敗が進行しちゃったの?





393: 1 2016/06/07(火) 20:25:49.27 ID:D+e/zlSJ0



海老名「キタ ―――――――――!!! ハヤハチ、キ・マ・シ・タ・ワ ―――――――――!!!!」



その威力たるやファーストインパクトも斯くやという海老名さんの絶叫が会議室に響き渡る。

いや、キてないっ! キてないからっ! 逆に誰かこいつ疾く速く腐海に連れて帰るか、もしくは巨神兵を総動員して焼き払うべきだろっ!?


海老名「ももももも、もしかして身の上、いえ、身の下相談とか? あらあたしとしたことがなんてはしたないっ、ああああああ、でも妄想が捗っちゃうっ! ぶっ腐ぅ! いいぞ!もっとやれぇ!」

……… ヤバイ。海老名さんの妄想がフルスロットルでヒートアップしてマックスでレボリューションを起こしかけている。このままでは現実世界まで侵食、いや、腐食されかねない。


結衣「 …… ひ、ヒッキー?」

八幡「 …… ああ、間違いない、こいつ十四番目の使徒だ」(ゲンドウのポーズ)




394: 1 2016/06/07(火) 20:28:01.07 ID:D+e/zlSJ0


三浦「姫菜っ! ほら、落ちつけしっ! 擬態しろしっ!」

すぐさま世話焼きおかんお気質を遺憾なく発揮して三浦が止めに入る … って、もしかしてストッパー役は三浦さんの方だったんですかッ!? そうなんですかっ!?


海老名「ちょ、ちょっと待って、もっとkwwsk! い、今、話を聞くからね? ね? ね? ね? ね? じゅるるるるるるるぅ…」

メガネの奥の瞳を名状し難い色に輝かせ、色々な器官から様々な粘液をしたたらつつ、にゅるにゅるにょろにょろと葉山に向かって詰め寄る … いや、這い寄る。


相模「ちょ、ちょっと海老名さん、よしなさいよ。葉山くんが困ってるじゃない!」

三浦よりはまだ与しやすいかとでも思ったのか、我に返った相模が懸命にも葉山と海老名さんの間に身体を張って割って入ろうとした。
その無謀ともいえる勇気は敵ながら天晴れ。賞賛にすら値するだろう。だがしかし、


海老名「おだまりっ! このパンピがっ!」 キシャー!


相模「ひぃっ!」ビクッ  


文字通り気焔吐く海老名さんの一喝で、あえなく轟沈。しかも涙目。

ほれみれ。お前みたいな“まちのひと”ばりのNPCごとき凡人が、この正体腐名の腐老腐死の魔物、“ノーBL・ノーライフ・キング”相手に敵うわけねーだろ。俺だって勝てる気しねーよ。

レベルをカンストまで上げてロトのつるぎとロトのよろいを装備してても絶ッ対ッムリッ。チートでも勝てない。
運悪く地下迷宮の奥底深くの暗闇でエンカウトなんかした日には、どんな高レベルの勇者のパーティだって、ルーラ唱えてラダトーム城に戻ってから布団ひっかぶってひたすら震えて寝るしかない。




395: 1 2016/06/07(火) 20:29:40.58 ID:D+e/zlSJ0


海老名「あら、これは … ?」


臨界点さえ突破してしまいそうな勢いだった海老名さんが不意にその動きを止め、手元にあった例のチラシをしげしげと眺め始める。


海老名「へぇ、これって、チーバくんのことでしょ?」


結衣「 … チーバくん? えっと、ヒナもチーバくん、好きなんだっけ?」

由比ヶ浜がおずおずと尋ねる。つか、いい加減、俺を盾にするのやめません?


海老名「んー…そうねー」

そう言いながら、少しだけ考えるかのように不可思議な間を置いた。
可愛らしく小首を傾げる仕草はさすがは腐っても美少女。いやこの場合、腐った美少女というべきか。




396: 1 2016/06/07(火) 20:33:44.81 ID:D+e/zlSJ0


結衣「 …そういえば彩ちゃんも確か、チーバくん好きなんだよね」

由比ヶ浜が思い出したかのようにぽしょりと口にする。

八幡「なにそれどこ情報よ? ソース出せ、ソース」

戸塚の話題が出た途端、つい喰い気味になってしまったのも戸塚が食べちゃいたいくらい可愛いんだから仕方ないよね?


結衣「 ……… え? スマホのストラップ、確かチーバくんだったし、グッズとかも結構集めてるみたいなこと言ってたよ?」

八幡「なん … だと … ?」

俺としたことが全然気がつかなかったぜ。

八幡「もしかして抱き枕にチーバくんのぬいぐるみを使ってるとか?」

やだなにそれ可愛い。似合いすぎだろ。ちょっとだけチーバくんに嫉妬しちゃうところだったぜ。

結衣「さ、さぁ? そこまでは聞いてないけど … 」

八幡「いや、そうに違いないっ! そうに決まってる!」

もうこうなったらいっそのことチーバくんを抱いた戸塚を俺が抱いて寝るというのはどうだろう? おお、我ながらグッド・アイデア! それはありだろ。いやもうそれしかないまである。

結衣「もう、ヒッキーってば、彩ちゃんのこと、好きすぎだしっ」

八幡「なにを言う、俺が一番好きなのは小町だ」

結衣「 ……… 出た、シスコン 」

八幡「ばっかお前、何言ってんだよ。もう風呂だって一緒に入らないし、同じベットで寝たりもしないんだぜ …… 最近は」

結衣「って、最近なんだっ!?」





397: 1 2016/06/07(火) 20:36:05.64 ID:D+e/zlSJ0


先ほどまでの嵐のような狂態がまるで悪い夢でもあったかのように、海老名さんは清楚な佇まいのまま無言で手にしたチラシをじっと見つめていた。

雲の狭間から太陽の光がひとさし降り注ぎ、彼女の艶やかな黒い髪に宝石のような光の滴が弾ける。

海老名さんは、その桜色をした小ぶりな唇に、天使のように小さく可憐な笑みを浮かべて、そっと呟いた。



海老名「 ……… チーバくんの鼻ってなんかヒワイな形してない? 腐ふっ」


三浦「ヒナ、擬態しろしっ! っていうか、まずは野田市民に謝れしっ!」


バシッ


海老名「腐゛ひッ」


三浦が海老名さんの後頭部を力任せに叩(はた)く小気味のいい音が静けさを取り戻した午後の会議室に高々と鳴り響いていた。





400: 1 2016/06/08(水) 21:22:09.44 ID:98ty2fIY0



**********************************







401: 1 2016/06/08(水) 21:24:42.07 ID:98ty2fIY0


「 ――― 失礼します」


遠慮がちなノックとともに、見慣れない女子生徒が会議室に入ってきた。

とは言っても、会議室は現在のところ文実が専有している状態なので、申請やら相談やらで生徒の出入りも激しく、知らない顔も珍しくない。
だいいち、向うだって俺のことなんて知らないだろうし。

恐らくそのうち誰か顔見知りを見つけてそいつが相手をするだろう。俺はその姿を一瞥しただけですぐにパソコン画面に目を戻した。


女生徒「あのー…」


だが、気が付くとその女子生徒は俺の前に立ち、しかもなぜかピンポイントで俺に向かって話しかけてくる。
返事をする前に一拍置き、念のため前後左右上下360度を見回すが、やはり俺の周りには誰もいない。まぁ、それはいつものことなんですけどね。

いや待て、油断は禁物だ。
珍しく女子に声かけられて緊張のあまり思わず裏返った声で返事しちゃったら残念でした声かけてたのは実は隣のヤツでしたーぷすーくすくすとか、なにそのふと思い出す度に絶叫しながら走り出したくなるような壮絶な黒歴史。


八幡「 …… お、俺?」


念には念を入れ、声に出しながら自分自身を指さし確認。事故防止のためにはやっぱり確認が大切だよね。注意一秒トラウマ一生って言うし。言わねーか。

女生徒「いえ、あの、雪ノ下さんなんですけど…」

八幡「や、俺、雪ノ下さんじゃないんですけど…」

女生徒「それは知ってます」

何がツボにはまったのか、その女生徒がくすくすと小さく笑う。

見知らぬ女子との慣れない会話で俺が一方的にテンパリすぎてるせいか、会話自体は全く噛み合っていないのだが、その悪意のない笑いにつられるようにして自然俺の顔にも笑みが浮かんだ。




402: 1 2016/06/08(水) 21:25:55.03 ID:98ty2fIY0



「――― 失礼なことを言わないでくれるかしら」


不機嫌そうな声のした方に目を遣ると、その声に更に輪をかけて不機嫌そうな顔をした雪ノ下がつかつかと早足でこちらに歩み寄ってくる。

どうやらいつの間にか職員室から戻ってきたらしい。見るとめぐり先輩と平塚先生とも一緒のようだ。

雪乃「あなた、あまりこの男と話をしない方がいいわね。目が腐るわよ。ほらご覧なさい、本人はもうこれ以上はないくらい腐っているでしょう?」

八幡「お前の方がよっぽど失礼な事言ってるっつの。つか、いつから見てたんだよ? 気がついたんなら、すぐ声かけりゃいーだろ」

雪乃「あんまり楽しそうったから、つい、声をかけそびれたのよ」



……… 何怒ってんだよ、コイツ?





403: 1 2016/06/08(水) 21:27:07.65 ID:98ty2fIY0


女生徒「…雪ノ下さん、あの、これ…」


遠慮がちに差し出された大きな紙袋を雪ノ下がじっと見つめる。

雪乃「ごめんなさい。前にも言ってあったと思うのだけれど、文化祭当日も見回りがあるから、クラスの出展の方には参加できそうにないの」

女生徒「あ、わかってます。でも、せっかくみんなで雪ノ下さんの分も用意したから、渡しておいた方がいいかと思って…」

雪乃「…そう。とりあえず受け取っては置くけれど期待はしないで頂戴」

女生徒「はい。ありがとうございます」

嬉しそうに笑顔を浮かべる女生徒とは対照的に、雪ノ下がいかにもしぶしぶといった感じで紙袋を受け取った。

女子生徒が俺たちに軽く会釈をして会議室を後にすると、なおも渋い表情を浮かべながら雪ノ下が小さくため息を吐く。


八幡「そういや、おまえのクラスの出展って…」

雪乃「…ファッションショーよ」





404: 1 2016/06/08(水) 21:28:52.38 ID:98ty2fIY0


結衣「あ、ゆきのん!」

そうこうしているうちに、葉山たちと一緒に教室に戻ったはずの由比ヶ浜が再び舞い戻ってきた。
一旦リハが始まってしまえば、後は裏方としては特にすることもないのだろう。

雪乃「あら、由比ヶ浜さん、こんにちは。昼間はゆっくり挨拶もできなくてごめんなさい」

雪ノ下が優しく微笑みかけると、由比ヶ浜も「いいのいいの」と小さく手を振りながら、はにかんだような笑顔で返す。おいお前ら背景に百合が咲いて見えてんぞ? 

雪乃「あなたが会議室にくるなんて珍しいわね。どうかしたのかしら?」

結衣「えっと…、ヒッキーがちゃんと仕事してるか、様子見に?」

チラリ俺に視線を送って寄越す。先ほどの一件については雪ノ下には内緒に、ということなのだろう。俺もそれとわかる程度に小さく頷いて返した。


城廻「へぇ、わざわざ様子見に来てもらえるなんて、キミもなかなか隅に置けないなぁ。よっぽど …… 」

結衣「へ? そ、そんなことないです」 ///

相模の件もあったからなのだろう、めぐり先輩のふざけ半分で入れたチャチャに、由比ヶ浜が顔を真っ赤にしながら頭と両手を大袈裟にぶんぶんと振る。



雪乃「 ……… 信用されていないのね」

八幡「 ……… そうじゃねーだろ」





405: 1 2016/06/08(水) 21:31:46.29 ID:98ty2fIY0


城廻「ところで? 相模さんは?」

めぐり先輩がきょろきょろと辺りを見回す。そう言われればいつの間にか姿が見えない。


八幡「ついさっきではいたみたいですけど ……… 」

いかに葉山も一緒とはいえ、まさかあの騒動の後で三浦と同じ教室には戻れまい。

それでも一応、確認のために由比ヶ浜に目で問うと、やはりふるふると首を振って見せた。


城廻「雪ノ下さんが戻るまで会議室にいてねって、ちゃんと言っておいたはずなんだけど」

少し困った様な笑顔を浮かべ、


城廻「 ……… やっぱり彼女にはちょっと荷が重かったのかな」


溜息混じりにそっと呟く。

だが、俺たちの視線に気がつくと慌てて口元に手を遣り「あ、ゴメン、ゴメン、違うの」と力なく打ち消した。

どうやら、つい本音が口を衝いて漏れ出てしまったらしい。




406: 1 2016/06/08(水) 21:33:26.75 ID:98ty2fIY0


八幡「あー…、そう言えば城廻先輩はどうして生徒会長になろうと思ったんですか?」

少し気まずくなりかけた空気を変えるために、わざと当たり障りのない話を振ると、めぐり先輩が少しだけ驚いたような顔をした。

いや、俺が話しかけた時の女子が見せるその反応にはもう慣れっこなんですけどね?


城廻「ははぁ、さてはキミ、私が生徒会長なんてガラじゃないって思ってるんでしょ?」

めぐり先輩が目を細め、冗談めかしながら笑顔で応える。

八幡「 …… や、そういうわけでは」///

城廻「私ってさ、あんまり勉強とかできないし、かといって運動神経もいい訳でもないでしょ?」

確かに見た感じ少しばかりドン臭そうなところもあるにはあるのだが、さすがにタモさん相手じゃないんだから、簡単に“そうですね”なんて応えられない。
それに彼女にはそれを補って余りある人望がある。それはある意味、雪ノ下や三浦にもない、彼女の持つ優れた資質であると言えた。

城廻「生徒会の仕事だって大変だし、文化祭みたいなイベントも決して楽しい事ばかりじゃないけど、それでもみんなの笑顔を見ていると、ああ、やっぱりやってよかったって思うんだ」

城廻「 …… こんなドン臭い私でも、人の役に立てることがあるんだなって実感できるから、かな?」

めぐり先輩の、そのほんわかした笑顔を見ていると、なぜかこちらまで暖かな気持ちになってくる。




407: 1 2016/06/08(水) 21:39:11.24 ID:98ty2fIY0


平塚「いかにも城廻らしいな。まぁ、それに、こうしたイベントというものは手間も暇もかかる分、ある意味、我が子を育てる楽しみに似たところがあるからな」

不意に平塚先生が口を挿んできた。

八幡「我が子 …… ですか?」

平塚「 ……… 何だね、その意外そうな顔は?」

八幡「いえ、思ってませんっ! 思ってませんっ! 出産どころか結婚すら経験していない先生が子育てについて真顔で語っているのがちゃんちゃらおかしいなんてぞんぜん思ってないし、例え思ったにしても絶対口には出せませんっ!」

だから指関節をボキボキ鳴らして威嚇するのはやめてくださいってば!


平塚「ほう、やはりキサマには一度、とことん鉄拳制裁…いや、教育的指導が必要なようだな、比企谷?」

八幡「今なんか恐いこと言いかけたっ?!」





408: 1 2016/06/08(水) 21:40:58.36 ID:98ty2fIY0


城廻「 ――― 相模さんにも、そんな気持ちを少しでも感じ取ってもらえるといいんだけどな」

めぐり先輩が寂しそうにぽしょりと呟くその言葉が心の奥深くの琴線に優しく触れる。




――― だが、結局その日、相模は会議室に戻ってくることはなかった。




409: 1 2016/06/08(水) 21:48:03.64 ID:98ty2fIY0


結衣「あれ? ゆきのん、それなぁに?」

雪ノ下の手にしたままの大きな紙袋に目を止めた由比ヶ浜が訊ねる。

雪乃「え? ええ、これは ―――― 」


結衣「ほわー。ファッションショーかぁ。ゆきのんも出ればいいのに」


雪ノ下の属するJ組の国際教養科は帰国子女が多い。
しかも、クラスのほとんどが女子で構成されるため、雪ノ下ほどではないにせよ、それなりに見てくれのいい女子も多数在籍している。
見映えのよさを前面に押し出すという意味では確かにファッションショーは最適な出し物と言っていいだろう。


雪乃「ごめんだわ。大勢の前で晒し者にされるのはもうたくさん」

雪ノ下がうんざりしたように呟く。
恐らくは、小さい頃から社交界のパーティやらなにやらで親に引っ張り回されでもしたのだろう。
社交的で要領のいいあねのんと違って、愛想笑いひとつできそうにないこいつのことだ、それも無理からぬことなのかもしれない。

それに愛想笑いを浮かべる雪ノ下など想像もできない。
少なくとも俺の知る、他人に対して決しておもねることも媚びることもしない雪ノ下には全くそぐわないものであるような気がした。

俺はこいつの本当の笑顔を知っている ――― それだけで十分だろう。

無意識に向けてしまった俺の視線に気がついた雪ノ下が「どうかしたの?」と目で問うてきたが、俺は軽く首を振って誤魔化した。




410: 1 2016/06/08(水) 21:50:19.77 ID:98ty2fIY0


八幡「それにしても、出ないって言ってるのにわざわざ衣装まで作ってくれてるってことは、お前って別にクラスで孤立してるってわけでもねーんだな」

雪乃「あら、随分と意外そうな顔をしているけれど、私は対人関係において、あなたみたいに南海の孤島の如く隔絶されているわけではないのよ?」

八幡「…って、俺はガラパゴスかよ」

雪乃「あら、誰もそんなことはひと言も言ってないわよ、ヒキガラくん」

八幡「思いっきし言ってんじゃねーかッ!?」

雪乃「もっともあなたの場合、ことコミュニケーション分野に至っては進化の過程でも行き詰っているどころか、逆に退化さえしているみたいなのだけど…」

八幡「誰だって生まれる時と死ぬ時は必ずひとりなんだよッ! つまり、ぼっちは人としてあるべき本来にして究極の姿ってことだろ」

雪乃「あなたの場合、その生まれてから死ぬまでの間でさえずっとひとりじゃない」

八幡「うるせーよ、だったら、お前はどうなんだよ?」

雪乃「私の場合、あなたと違って、ただ単に友達といえるような相手が存在しない、というだけの話よ」

超高度の上から目線で勝ち誇ったように高らかに宣言する雪ノ下に、

結衣「むぅー…」

由比ヶ浜が膨れ面をする。なにお前もしかしてオカルト雑誌なの?

雪乃「…も、もちろん、例外もいるけれど」///

そんな由比ヶ浜を見て雪ノ下が慌てたように小さく附け加えると、

結衣「えへへー。ゆきのーん」

由比ヶ浜の顔がぱっと明るくなった。

雪乃「ゆ、由比ヶ浜さん、暑苦しいから、その、あんまり抱きつかないでくれるかしら?」

そうは言うものの、口で言うほどイヤそうな顔はしていない。ホントこいつってば由比ヶ浜には弱いのな。




411: 1 2016/06/08(水) 21:51:48.85 ID:98ty2fIY0


平塚「仲睦まじいところ申し訳ないのだが、ちょっといいか、雪ノ下?」

雪乃「は、はい、なんでしょう?」///

平塚「城廻とも少し話をしたのだが、文化祭関係の書類が増えてきて、会議室が手狭になってきたようだ」

八幡「そういやそうですね」

あたりを見回すと、確かに所々に書類が山積みのまま放置されている。特に俺の机の上が他を圧倒して一際高い。

平塚「文化祭に向けてこれからまだまだ増えるだろうから、処理の済んだものや使わないものは一時的に別の場所に移した方がいいと思うのだが」

雪乃「居ても役に立たない男の方はどうしますか?」

八幡「俺、超役に立ってるだろッ?!」

雪乃「だから誰もあなたのことだなんて、ひと言も言ってないじゃない」

八幡「確かに言ってないよなッ! 指さしてるけどッ!」





412: 1 2016/06/08(水) 21:53:23.07 ID:98ty2fIY0


平塚「とりあえず奉仕部の部室にでも運んでおくか? 文化祭が終わるまで活動は休止しているのだろう?」

城廻「雪ノ下さん、こっちは私が見てるから、少しの時間なら大丈夫だよ?」


雪乃「そうですか ……… わかりました」

結衣「あ、ならあたしも手伝う!」

雪乃「重いし結構な量があるわよ?」

結衣「大丈夫、大丈夫! ほら、ヒッキーもいるし」

雪乃「そう。じゃあ、お願いしようかしら」

八幡「ちょっと待てお前ら、何で勝手に俺が手伝うこと前提で話進めてんだよ?!」

結衣「ホラ、いいから手伝うし! ヒッキー、男でしょ?」


………出たよ。出ましたよ。女子の伝家の宝刀“男でしょ”。

何かにつけその魔法の言葉で男を都合よくコキ使いやがって。
こんだけ男女平等が声高に叫ばれるこのご時勢、その言葉自体いい加減時代遅れだとは思わんのかね?




413: 1 2016/06/08(水) 21:56:10.29 ID:98ty2fIY0


八幡「だいたい女のくせに料理もまともにできないオマエが言っていいセリフと違うだろそれ」

結衣「ふっふーん、ヒッキー知らないんでしょ? あたし最近、料理の本読んでるから腕もかなり上達してるんだよ?」

八幡「いやその理屈はどう考えたっておかしいだろ」

本読んだくらいで料理の腕が上がるんなら、毎日マンガ読んでる俺なんか、ある日ベットの中で目が覚めたら自分が手○治虫に変身しているのを発見しても全然不思議ではないくらいだ。

雪乃「でも由比ヶ浜さんにしては随分と殊勝な心がけね。ちなみにどんな本を読んでいるのかしら?」

結衣「 … え? … お、美味しんぼとか … 食戟のソーマとか … ?」

雪乃「 … それは料理の本とは言えないわね」

結衣「うわっ、ゆきのんにまで残念な子みたいな目で見られた?!」

八幡「何を言ってるんだ、由比ヶ浜。それは違うぞ?」

結衣「 ……… え? あ、そ、そうだよね? あー、ビックリし … 」

八幡「あれは、みたいな、じゃなくて残念な子を見る目そのものだからな?」

結衣「がーん!」






414: 1 2016/06/08(水) 21:59:11.87 ID:98ty2fIY0


八幡「まぁ、そこまで言うのであれば、小学生レベルまでなら家事日本一を自負するこの俺が、お前の料理の実力を問うことにしよう」

雪乃「 ……… 上から目線の割にかなり微妙な自負なのね。いかにもあなたらしいけど」

八幡「うるせーよ。じゃあ、第1問。味噌汁の出汁は何から採る? 」  ビシッ

結衣「うっわっ、いきなりハイレベルっ?!」

八幡「って、どこがだよっ?! こんなもん、基本中の基本だろっ?!」

結衣「でも、お味噌汁ってインスタント食品じゃなかったっけ? コンビニで売ってるの見たことあるし」

八幡「お前の頭ん中ではコンビニで売ってるもの全てがインスタントの括りなのかよ…。ったく、いったいどういう教育受けてんのか親の顔が見てみたいもんだぜ」

結衣「え?! もしかして、ひ、ヒッキー、うちのパパとママに会いたい … の?」/// モジモジ 

八幡「ちげーよっ!!!!」///  なんだよその罰ゲーム。





415: 1 2016/06/08(水) 22:01:17.86 ID:98ty2fIY0


八幡「わかったわかった … ならヒントだ。次の3つの中から選べ。いち、昆布。に、煮干し。さん、削り節」

雪ノ下が無言のまま、怪訝そうな視線を俺に送って寄越す。

もちろん、これは由比ヶ浜の実力を気遣ってのサービス問題だ。これならいくらなんでも外しようが…


結衣「えっと……………4番の桃…………かな?」


八幡「………よし、よくわかった。男子ではないが、お前はもう金輪際厨房には入るな」

たぶんこいつのメシマズの理由は100どころの騒ぎじゃない。誰かもう家庭科調理室に“由比ヶ浜全面禁止”の貼り紙でもすべきだろ。そのうち絶対に死人が出る。


結衣「ひどっ! そこまで言うっ? ゆきのん、なんか言ってやってよっ!」

雪乃「…そうね。確かに酷いものね」

雪ノ下がため息まじりに同意を示す。

結衣「だよねっ! だよねっ! ヒッキーのばーかばーか、べぇー!」


雪乃「………由比ヶ浜さんの料理センス」

結衣「って、あたしっ?!」


雪ノ下にダメ出しを食らって肩を落とす由比ヶ浜をよそに、俺は仕方なく重い腰を上げると書類の放り込まれたダンボール箱に手を掛けた。





419: 1 2016/06/11(土) 01:21:02.07 ID:XQGJGE8W0


着いてみると当然のことながら部室は以前となんら変わることなく、しかし不思議とどことなく違っているかのようにも見えた。

曇天に加え、あの日からずっと閉め切られたままのカーテンのせいで昼間だというのに薄昏く漂う空気も心なし乾燥し、埃っぽい。


結衣「この部屋に三人が揃うのも久しぶりだね」

机の上に荷物を置いた由比ヶ浜が室内を見回しながら感慨深げに呟く。

八幡「ま、実際はそれほどって経ってるわけでもないんだけどな」

結衣「あーあ、早く文化祭終わんないかなー。そしたらまた、部活再開するんでしょ?」

雪乃「そうね。また、元どおり…なのかしら…」

由比ヶ浜の問いかけに対し、雪ノ下がそっと俺の顔色を窺うようにして見る。




420: 1 2016/06/11(土) 01:25:30.57 ID:XQGJGE8W0


始まりは入学式初日、俺が由比ヶ浜の飼犬 … よく土産物として売られているハトだかヒヨコだかの形をしたお菓子みたいな名前をしたミニチュアダックスフンド … 確か、サブレだっけ? を庇って雪ノ下の乗っていた車に跳ねられ、入院した事にある。

別にそのこと自体は雪ノ下のせいでもないし、それについてとやかく言うつもりもない。だいいち、俺の不運は今に始まったことではない。

ただ、雪ノ下ひとりが被害者と加害者という俺たちの関係に薄々感づいていながらも、今までずっとそれを黙っていた事、そして ―― これはあくまでも結果論とはいえ、その事で俺たちに嘘をついていたという事実が許せないでいた。

――― いや、それも違う。

本当のところは、俺の理想であり憧れでもある完璧超人であるはずの雪ノ下雪乃でさえも嘘をつくという、ごくごく当り前の事実を、俺自身が認めたくなかった、というだけのことなのだ。




421: 1 2016/06/11(土) 01:29:25.14 ID:XQGJGE8W0


雪ノ下だって何も好き好んで黙っていたわけではあるまい。

恐らく彼女が真実に気がついた時には既に告げるタイミングを失していたのだろうし、そのことで彼女も少なからず苦しんでいたのに違いない。
それにも拘わらず、俺は雪ノ下に幻滅し、まるで彼女を責めるかのような態度さえとってしまったのである。

手前勝手な理想の押しつけは中学時代に身をもって懲りているはずなのに。そんな思い込みはもう卒業したはずなのに。

やはり、雪ノ下に言われるまでもなく、俺という人間は全く成長していないのかもしれない。

そしてその蟠りは完全に消えさったというわけではなく、単に相模や文化祭の騒動で一時的に棚上げ状態になっているだけなのである。

それは雪ノ下もよくわかっているはずだ。

だが悲しいかな、ぼっちとはぼっちであるが故に、互いに歩み寄る術を全くと言っていいほど知らぬ、ヤマアラシにも劣る哀れで悲しい生き物なのだ。




422: 1 2016/06/11(土) 01:30:43.15 ID:XQGJGE8W0


結衣「ほわー、かわいー」


雪ノ下が書類と一緒に持ってきた私物の袋を勝手に覗き込みながら、由比ヶ浜が能天気が声を上げた。

こいつアレな。きっと部屋の掃除してる最中に昔買った雑誌とかコミックなんか読み返して頓挫するタイプな。絶対に間違いない。だって俺がそうだし。

結衣「ゆきのん、ゆきのん、これ、あたしが着てみてもいいかな?」

雪乃「え、ええ。それは別にかまわないのだけれど … 」

八幡「それはやめておけ由比ヶ浜 … 」

結衣「え? どうして? やっぱり似合わない、かな?」

八幡「いや、似合う似合わないの問題じゃなくてだな … 」

サイズが合わないだろ。特に胸回りとか。察しろよそれくらい。怖くて口に出して言えないんだからさ。




423: 1 2016/06/11(土) 01:33:11.98 ID:XQGJGE8W0


結衣「そっかー… あ!じゃあ、やっぱりゆきのんが着てみてっ」

雪乃「え? 急に何を言い出すの? 今はそれどころじゃ…」

結衣「でも、どうせクラスの出し物には出るつもりないんでしょ?」

雪乃「それは … そうなのだけれど … 」

結衣「だったら、見たい、見たい! 絶対似合うと思うし! ほら、ヒッキーも見たいって!」

八幡「 … や、俺は」


雪乃「 … そう。じゃあ、仕方ないわね」

なぜかあっさりと意見を翻す雪ノ下。


八幡「 …… お前ってば、ホント由比ヶ浜には弱いのな」

苦笑を含んだ俺のその言葉に、なぜか雪ノ下は少しだけ不服そうな顔をする。そして何かしら言いかけたようだが、

結衣「じゃ、あたしとヒッキーは外で待ってるから、着替え終わったら呼んでね!」

気が変わらないうちにと由比ヶ浜に急き立てるように背中を押され、彼女が口を開く前に俺はそのまま部室から追い出されてしまった。




427: 1 2016/06/11(土) 22:02:29.08 ID:Ck2NnQ0Y0


部室を出た俺と由比ヶ浜は、ふたりしてそのまま廊下の壁に寄りかかるようにして並んで立ち、何をするでもなくただ雪ノ下の着替え終わるのを待つ。

音楽室から聞こえる吹奏楽部の演奏を耳に、俺は向かいの校舎の廊下を行き交う人影と、その上にどんよりと広がる、いつ雨が降りだしても不思議ではない曇り空を見るともなしに見ていた。

手持無沙汰になったせいか、由比ヶ浜がどうでもいいような話題をぽつぽつ振り、俺もそれにテキトーな相槌をうつ。

しかしあれな。壁一枚隔てて女子が着替えをしてるシチュってのも想像するとちょっとなんかアレだよな。
うん、アレすぎてナニがナニしちゃいそうなレベル。
特に俺のアレがナニしてしまいそうになんですけどね。自分でもナニ言ってるのかさっぱりわからん。




428: 1 2016/06/11(土) 22:04:04.42 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「 … 元気になったみたいで良かったね」

不意に由比ヶ浜が切り出し、俺もそれがすぐに雪ノ下のことだと気付く。

八幡「ん? ああ、そうだな」

結衣「色々とあったし、忙しいのはよくわかってるんだけど、やっぱりちょっと気晴らしもいいかなって」

なるほど、それでか。

恐らく、こいつはこいつなりに雪ノ下を気遣っているのだろう。
ちょっとどころか、かなり強引だとは思うが、これはこれで、いかにも由比ヶ浜らしいやり方だ。




429: 1 2016/06/11(土) 22:06:49.35 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「ヒッキーの方は、その … 大丈夫 … なの?」

八幡「大丈夫って、何がだよ?」

結衣「最近のヒッキーって、なんかちょっと … 」

八幡「やたらとひとりで悪目立ちしてる … ってことか?」

濁した言葉の先を俺が引き継ぐ。

こないだのスローガン決め直しの一件についても葉山あたりからだいたいの事情は聞いているのだろう。
それにここ最近、教室で時折俺に向けて心配そうな視線を投げかけていたのは知っていたのだが、周囲の目もあるので敢えて気が付かないフリをしていただけだ。




430: 1 2016/06/11(土) 22:08:39.14 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「 ……… え?」

八幡「は ……… ?」


… ちょっとちょっと何なのその意外そうな顔?

結衣「 … えっと、ヒッキーがひとりなのも悪目立ちしてんのも、別に今に始まったことじゃないと思う … けど?」

八幡「お前、いったい何が言いたいわけ?」ヒクッ

結衣「あ、そうじゃなくて … その … なんていうか…」 アセアセ


結衣「 … 色々とあったのは、やっぱりあたしがヒッキーに変なお願いしちゃったせいなのかなって」

申し訳なさそうに呟き、小さく溜息をつく。




431: 1 2016/06/11(土) 22:10:24.16 ID:Ck2NnQ0Y0


―――― ゆきのんが困っていたら助けてあげて。

由比ヶ浜のいう“お願い”とは、あの日交わした約束とも言えないような約束の事を言っているのだろう。


八幡「や、別にお前のせいってわけでもねーだろ」

つい自分の顔に苦笑が浮かんでしまうのがわかった。

結衣「でも、あたしヒッキーに頼ってばっかで何もできなかったし、そのことでヒッキーがみんなから白い目で見られてもなんにもできないし … 」

八幡「それこそお前が気にすることでもないだろ」


結衣「… 気に … するし」


由比ヶ浜の声のトーンが変わり、ふたりを包む空気が急に湿り気を帯びる。




432: 1 2016/06/11(土) 22:15:33.96 ID:Ck2NnQ0Y0


八幡「どうしてヒッキーもゆきのんもそうやって、みんなひとりで抱え込もうとするかな」

ややあって由比ヶ浜の口から出た言葉には、少しだけ責めるような色があった。

別に俺だって好きでそうしているわけではない。誰も頼る相手がいない以上、俺には俺なりのやり方しかできないのだから仕方がない。
今まで誰にも頼らずひとりでずっとやってきたのだし、そして恐らくはこれからもそうだろう。

だが敢えて由比ヶ浜にそのことを告げはしない。多分、彼女にはそれが理解できないからだ。
由比ヶ浜のことだ、理解しようと努めてはくれるだろう。しかし、これはそういった類の話ではないのだ。

もし俺のこの考えを理解してくれる者がいるとするならば、それは多分、雪ノ下をおいて外にはいないだろう。

なぜならば、それだけが全ての面において対照的といっていいほど異なる、俺と彼女が唯一共有している己の生き方に対する矜持であり、信念というやつなのだから。




433: 1 2016/06/11(土) 22:19:34.93 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「それに、さがみんとか文化祭のことだけじゃなくて、ヒッキーとゆきのんの間であたしの知らない間になんかあったのかなーって … 」

八幡「 … 何かってなにがだよ?」

結衣「え? それは … その … よくわかんないけど、色々と … ?」

いつものような説明下手というわけではなく、わざと曖昧に暈しているのがわかった。

八幡「別に。気のせいだろ?」

嘘は言っていない。少なくともこいつが心配するようなことは何もないはずだ。
だが、本当にそうなのかと自問自答するも、答えは返ってこない。まるで底なしの深い穴に向けて叫んでいるようなものだ。
ただ、今までとは違う何か、言葉にならない漠然とした違和感が胸の奥にしこりのように残る。

結衣「そ、そうかな? なら、いいんだけど…」

由比ヶ浜もそれ以上深く詮索するようなマネは控えたようだが、その代わりとでもいうかのように、諦めたかのような溜息をひとつ吐いた。




434: 1 2016/06/11(土) 22:21:21.35 ID:Ck2NnQ0Y0



結衣「…でも、時々」


由比ヶ浜が慎重に選びながら再び言葉を継ぐ。

八幡「ん?」

結衣「 … 時々 … だけど、あたしヒッキーとゆきのんの間に入れないのかなっ … て思うことがあるんだ … 」

独り語りのようで、それでいて俺に対する問いかけのようでもあった。

八幡「や、そんなことはねーだろ…」

俺と雪ノ下の間にはそれこそ千里の隔たりがある。本来ならば今のように普通に言葉を交わすような機会すらもなかったはずだ。
その隙間というにはあまりにも広すぎる空間をを由比ヶ浜の存在が埋めているといっていい。

もし、仮に俺と雪ノ下ふたりだけだったなら、奉仕部の活動だって今まで続けてこられなかっただろうし、仮にもし続いていたにしても、それは今とは全く別のものになっていたことだろう。




435: 1 2016/06/11(土) 22:22:33.47 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「あはは、部室ではいつも三人一緒なのに、それってなんか変だよね?」

わざと無理して明るく振舞う姿がなぜかとても痛々しく見えた。造られた笑顔はすぐにわかる。だいいち、そんな表情はこいつに似合わない。


結衣「…あ、あたしね、うまく言えないけんだど、ゆきのんのこと、すっごくすっごく大好きだし、大切な友達だと思ってるの」///

八幡「お、おう。そ、そうか…」

いやだからそういう事は直接本人に向かって言えよ。今ここで俺にそんな百合ゆりした告白されたって反応に困んだろ。




436: 1 2016/06/11(土) 22:26:11.15 ID:Ck2NnQ0Y0


結衣「 … それに、その … ヒッキーのこと … も … ?」 ゴニョゴニョ

ちろりと俺に視線を送って寄越す気配を感じたが、面映ゆくなった俺は視線をあらぬ方向へと逃がす。

結衣「 … でも、今だって十分楽しいし、ふたりとの関係も大事にしたいから」

俺が頑なまでに変化を拒んでいる間に、由比ヶ浜は少しづつ、だがはっきりと変わろうとしている。


結衣「 … でも、ね、もし、こっから先があるなら … あるとするなら … 」

言葉の先に僅かな期待と不安が入り混じる。それが確たる形を為す前に、胸が急に窮屈なり、逃げ出したくなるような感情に我知らず小さく身を捩る。


結衣「もし、この関係が、いい方向に変われるんだったら…」


俺の肩に、そっと由比ヶ浜の柔らかくて暖かな重みが加わった。


気がつくといつの間にか吹奏楽部の演奏が途絶えている。


結衣「もしゆきのんが、それでもいいって言ってくれるなら…あたし…そ、その…ひ、ヒッキーと…


次第に小さくなってゆくその言葉の続きは、雨の先触れとなる風に揺れる窓ガラスの音で、俺の耳に届かないうちに掻き消されていた。




437: 1 2016/06/11(土) 22:26:50.64 ID:Ck2NnQ0Y0




雪乃『 ……… いいわよ?』







438: 1 2016/06/11(土) 22:28:05.95 ID:Ck2NnQ0Y0



結衣「へっ?い、いいのっ?!」


ガコンッ


八幡「てっ!」


驚きのあまり、いきなり身を仰反らせてしまった反動で、勢い余って俺の後頭部が派手な音を立てて廊下の壁にぶつかった。




439: 1 2016/06/11(土) 22:28:44.55 ID:Ck2NnQ0Y0


雪乃『…ど、どうかしたのかしら? 着替え、終わったのだけれど?』

扉の向うで雪ノ下が慌ている気配がこちら側にまで伝わってきた。


結衣「あわわわわわわわわ、な、何でもないから!大丈夫だから!平気!平気!」///

八幡「いや俺の頭は何でもないこたないし大丈夫でもないし全然平気でもないけどなっ!」




440: 1 2016/06/11(土) 22:29:59.01 ID:Ck2NnQ0Y0


痛みと、緊張から解き放たれた安堵がもたらした脱力で、俺はそのまま壁伝いにずるずるとしゃがみこんでしまう。

結衣「ひ、ヒッキー、大丈夫?」

由比ヶ浜が前かがみになって俺の頭を撫でる。

その拍子に、俺の視界に豊かな胸の谷間が飛び込んできた。

返事ができないでいる俺を見て、由比ヶ浜が心配そうにしゃがみこむ。いやその角度だと今度はパンツ見えちゃうだろ。


結衣「大丈夫?立てる」

八幡「…あ、いや、もうちょっと待ってもらっていいか?」


言いながら慌てて目を逸らす。そうでもしなければ別の場所が先にたってしまいそうなんです。




444: 1 2016/06/21(火) 01:14:42.61 ID:ovH5LyeS0



雪乃「ど、どう、かしら…」/// モジモジ


部屋に一歩入るなり、雪ノ下の鮮やかな純白のドレス姿が俺の視界に飛び込んできた。


結衣「ふわー…、ゆきのん超きれー…」///


由比ヶ浜が感嘆の吐息を洩らす傍ら、そのまばゆいばかりの美しさに目を奪われ、俺は言葉もなくただひたすら魅入ってしまう。

明らかにウェディングドレスを意識したであろうフリルとレースを多様したデザインは、とても素人の手によるとものとは思えないほど手が込んでおり、生地の白さと雪ノ下の艶やかな黒髪との対比が鮮やかに映えている。

さすがに高校の文化祭ということもあってか露出こそ控えめだが、それだけにわずかに覗く胸元と、肩口からすっきりと伸びた淡雪のごとき腕の透明感がいっそのこと際立って眩しい。




445: 1 2016/06/21(火) 01:16:32.43 ID:ovH5LyeS0


単に雪ノ下のウェディングドレス姿、というだけであるならば、平塚先生や小町を交えたいつぞやの嫁度対決の時にも一度目にしているはずだった。

だが、今、俺の目の前で微かに頬を赤く染め、初々しくも恥じらうかのような様子を見せながら佇む彼女の姿には、なぜかしらあの時とはまるで異なる印象を受けている自分に気が付いていた。

同時に、ほんの少しだけ心臓がまるで締め付けられるかのようにキリキリと切なく痛む。

それは、いつの日にか彼女の傍らに立つであろう誰とも知らぬ男への模糊とした嫉妬と羨望に他ならなかった。




446: 1 2016/06/21(火) 01:23:35.48 ID:ovH5LyeS0


結衣「 … ヒッキー、感想、感想」


由比ヶ浜にそっと肘でつつかれて我に反る。
どうやら知らず見蕩れてしまっていたらしい。なんかくやしい。負けた気さえする。いやだから何と戦ってんだよ、俺。

八幡「 …… や、いきなり感想とか言われてもだな」

動揺を押し隠そうとするあまり、つい、へどもどしてしまうのだが、普段からキョドり方にかけては定評がある俺だけに、今更どれだけキョドったところで違和感はないはず。何それ自分で言ってて何か悲しい。

それでもここはやはり普段浴びせかけられている暴言の仕返しとばかりに、何か気の利いたイヤミのひとつでも言ってやろうと口を開きかけると、


雪乃「 ……… 」/// チラッ


俺のそんな様子をそっと窺い見る雪ノ下と偶然目が合ってしまった。

うわばかやめろ普段は上から目線のお前が上目遣いとか超レアすぎて破壊力マジパねぇんだから!!!!!




451: 1 2016/06/24(金) 00:36:08.34 ID:3d9qV1+j0


八幡「 …… えっと、なに? その、い、いいんじゃね?」///

正直なところすげぇ良く似合ってるし滅茶苦茶キレイだとしか言いようがないのだが、さすがに当の本人を目の前にしてそんなセリフ、口が裂けても言えるワケがない。

もっとも口が裂けたらそれこそ何も言えなくなってしまいそうなものなのだが、雪ノ下の事だ“だったら実際に試してみたらどうかしら”とか平気で言い出しそうなので怖くて口にできないというのが一番正しい。

結衣「 …… そうじゃなくて、こういう時は女の子に対して何かもっと色々と褒め言葉とかあるでしょ?」

おやおや、由比ヶ浜に懇々と諭されてしまいましたよ? しかも溜息混じり。

八幡「んな事言われたって、ギャルゲーぐらいでしか女子とまともに会話したことのない俺に、リアルで服装褒めて好感度上げろとかハードル高すぎだろ」

それも相手は難攻不落の雪ノ下って、なんだよそのムリゲー。





452: 1 2016/06/24(金) 00:39:34.35 ID:3d9qV1+j0


雪乃「普段は事あるごとに“現国学年三位”を豪語しているくせに、こんな時に限っては急に語彙が貧困になるのね」

それまでずっと黙していた雪ノ下が不意に小さく口を開いた。
その皮肉な口調こそいつもと変わらないが、なぜか今日に限っては少しばかり拗ねて聞こえるのは気のせいか。


八幡「 … うるせーよ。いいだろが別に」

だからと言うわけでもないのだろうが、半ば照れ隠しで逆ギレを装いつつも、

八幡「 …… なにも特別なカッコなんてしなくたって、お前は素でも十分過ぎるくらい美人なんだから」

つい言わなくてもいいはずのひと言までもぼそりと口にしてしまう。


雪乃「 ……… え?」///

八幡「あ、や、そうじゃなくてだなっ。 … いや、 まぁ、そうなんだけど …… 」


雪乃「 … そ、そう。…… その、ありがとぅ…」///

短くて素っ気ない、それでも紛れなもなく心からの礼を返しながら、まるで小さな子どものように頬を染めモジモジと所在無げな様子で佇む雪ノ下。

普段の凛とした姿とのギャップが見事なまでにツボにはまり、意味もなくあさっての方へ顔を向けてしまう俺の耳に、




結衣「 … なんか … なんか、おもしろくないっ」


ふすっと、ふてくされたような由比ヶ浜の呟き声が届いた。


………  だからいったい俺にどうしろって言うんだよ。





453: 1 2016/06/24(金) 00:41:43.30 ID:3d9qV1+j0


結衣「あ、そうだ! せっかくだから記念に写メ撮らない?」

言いながら由比ヶ浜がフジツボのようにデッコデコに飾り立てられたスマホを取り出した。

結衣「ヒッキー、お願いしていい?」

返事を待つことなく俺に向けて差し出されたスマホを受け取りはしたものの、いざ手にして見ると何やら余計なものがじゃらじゃらとついててやたら持ちにくいし、それ以前にただ持ってるだけでもかなり恥ずかしいものがある。なにこれもしかして魔除けの飾りかなにかなの?煩悩の塊みたいな俺が素手で持っちゃって大丈夫なのかしらん?

カメラの操作方法については訊くまでもなく、なんとはなしにわかるので、とりあえずふたりの百合ゆりした姿をフレームに収める。


八幡「 ……… おい由比ヶ浜横ピースとかビッチ臭いからやめろ」

結衣「ビッチとか言うなしっ!!!!」


少しばかりのすったもんだの挙句、「いいか?」「うん」シンプルな掛け声と共に、適当に何回かシャッターボタンを押し、その都度、忘れないように保存する。




454: 1 2016/06/24(金) 00:48:26.11 ID:3d9qV1+j0


結衣「じゃ、次、ヒッキーとゆきのんね」


八幡&雪乃「 …… え?」///

流れでこうなるであろうことはある程度予期していたとはいえ、ごく当たり前のような顔でさらりと言われると、さすがにそれはそれで戸惑ってしまう。


八幡「 …… や、俺は」///

ここはすかさず、断られる前に断ってしまうのがぼっち流自尊心防衛術の基本なのだが、普段からまず誘われることがないのでわざわざ断る必要もないという俺最強説が実は根強い。

結衣「いいから、いいから、ほらほら、早く早く」

八幡「いくねーよ、魂とか抜かれちゃったらどうすんだよっ?!」

結衣「って、いつの時代の人間だしっ?!」

八幡「つか、もし知らないヤツが一緒に写り込んでたりなんかしたら、それこそ一生のトラウマもんだろ?」

結衣「そ、そんなことあるわけないしっ!」

そうは言いつつも、やはり少しばかり不安になったのか、由比ヶ浜がそっとあたりを見回す。


八幡「 …… それが、あるんだよ。俺がまだ小学生の頃、クラスの集合写真に全然知らないヤツが写ってるって大騒ぎになったことが」

俺がそっと声のトーンを落とすと、由比ヶ浜がびくりと反応する。

結衣「え? そ、そうなの? ほんとに?」 ゴクッ

八幡「 …… ああ、しかもそれよく見たら俺のことだったんだぜ? な、どうだ? トラウマになるくらい怖い話だろ?」

結衣「 …… トラウマって、そっちなんだ」





455: 1 2016/06/24(金) 00:51:29.22 ID:3d9qV1+j0


結衣「っていうか、時間ないんだから早くするし!」

時間がないなら撮らなきゃいいだろと言いたいところなのだが、ああ見えて由比ヶ浜は案外押しが強く、一度言い出したら聞かないところがある。

助けを求めるようにして雪ノ下を見れば、既に由比ヶ浜の強引さには慣れたのか慣らされたのか、先程からまるで困ったかのような表情を浮かべつつ、ただ大人しく立ったままだ。
それでもチラチラとこちらの様子を窺いながら少しだけそわそわしているように見えるのは、やはり時間を気にしてのことなのだろう。

押し問答する気力ないほどに疲れ果てていた俺は、結局根負けした形で雪ノ下の隣に、それでもあまり近寄り過ぎるのもなんかアレな気がしたので微妙な距離を置いて立つ。

やれ、笑顔を見せろだの、背筋を伸ばせだの、目が死んでるだの、どこぞの山奥の西洋料理店のようにやたらと注文が多いが、そちらは面倒くさいので一切無視することにした。




457: 1 2016/06/24(金) 01:03:48.19 ID:3d9qV1+j0



結衣「ふたりとも、もっと寄らないと入んないよ?」


由比ヶ浜の声に、反射的にお互いの位置をよく確認もせずに寄ってしまったせいで、思いがけず触れ合わんばかりに距離が詰まってしまった。


「え?」「や?」


驚きのあまり至近距離で顔を見合わせたまま、ふたりして硬直してしまう。

美しく整った顔だち、磨きぬかれた大理石のようになめらかな白い肌、濡れたような漆黒の髪と同じ色を湛えた美しく大きな瞳。

実際に雪ノ下と向き合っていたのは、ほんのごく僅かな時間に過ぎなかったのだろう。だが、俺にとってのそれは、まるで永遠を凝縮させたかのような密度と濃度があったかのようにさえ思えた。


シャリーン


小銭が落ちたかのような澄んだ機械音に、まるで何かの魔法が解けたかのように我に返り、互いに無言で一歩ずつ離れて距離をとる。

一拍おいてふわりと漂う、サボンの香りが、今の一瞬を殊更強く印象づけ、余韻を残す。

俺はそのまま意味もなく仰け反るように天井を見上げ、雪ノ下も俯くかのように床を見下ろす。

妙に火照ってしまった顔を見られまいとして、さっさと背を向けてしまったので、彼女が今、どんな表情をしているのかまではわからない。


――― ほれみれ。やっぱり魂奪われちまったじゃねぇか。

心の中でそっとひとりごちる俺の耳の奥で、やたらと騒がしく響く鼓動を落ち着かせ、雪ノ下の顔をまともに見ることができようになるまでには、まだしばらく時間がかりそうだった。




458: 1 2016/06/24(金) 01:10:40.87 ID:3d9qV1+j0


ひとり鼻歌まじりに先ほどの画像の確認していた由比ヶ浜が、不意にぴたりとその動きを止めるのが見えた。

八幡「どうかしたのか? もしかして手ブレでもしてたか?」

俺の問いかけが聞こえなかったかのか、由比ヶ浜はスマホの画面をじっと見つめたまま身動きひとつしない。


雪乃「 …… 由比ヶ浜さん?」


帰り支度を始めていた雪ノ下もその様子に気がつき、幾分心配げな声をかけると、やっと気がついたかのように慌てて顔を上げた。


結衣「 … あ、うん。ごめん。最後の一枚、うまく撮れてなかった … みたい」


申し訳なさそうに呟く由比ヶ浜の、その声と表情に、俺と雪ノ下はそっと顔を見合わせる。


八幡「 ……… ま、そんなこともあんだろ」

ほっとしたような、それでいて少し残念なような気もするが、ウェディング姿の雪ノ下とツーショットなんて、後々冷静になってから見たら、絶対悶絶することになりそうだからな。




459: 1 2016/06/24(金) 01:16:40.05 ID:3d9qV1+j0


雪乃「 … そう残念ね」

無意識に口を衝いて出てしまったであろう言葉に、雪ノ下がすぐにはっとして指先で口を覆う。


雪乃「あ、いえ、今のは別にそういう意味ではなくて」///

八幡「 …… わーってるよ。どうせまた俺のことヒキタテくんとか言うつもりだったんだろ?」

雪乃「そ、そんなこと … 」///


……… おいそこで黙るなそれだと俺がどんな態度とっていいかわかんなくなんだろ。


そんな俺たちを見ながら由比ヶ浜が泣くでも笑うでもなく複雑な表情を浮かべ、


結衣「 …… ごめんね」

誰にともなくもう一度謝ると、ためらいつつも、そっと消去ボタンに指を伸ばすのが見えた。


単純に考えれば、もう一度撮り直せばいいだけの話のはずなのだが、その時の三人を取り巻くいつにない微妙な空気の中では、誰にもそれを言い出すことができなかった。




464: 1 2016/06/24(金) 23:15:18.44 ID:AwI4QHXG0



**********************************






465: 1 2016/06/24(金) 23:17:07.79 ID:AwI4QHXG0



雪乃「あれ … 何 … かしら?」


部室から会議室に戻る途中で雪ノ下が不意に足を止める。

彼女の向けた視線の先、廊下の曲がり角からは何やら肉の塊らしき巨大な物体がハミ出しているのが見えていた。
そればかりか荒い鼻息の音までが俺達のいる場所にまで届いてくる。

一歩間違えば変質者。いやすでにその一歩を軽く踏み越えているというか、むしろ踏み外しているような気がしないでもない。人としての大切な何かを。


俺は来るべきシチュを予期して面倒臭くなり、黙って回れ右をする。




466: 1 2016/06/24(金) 23:18:07.86 ID:AwI4QHXG0


雪乃「比企谷くん、いったいどこへ行くつもりなのかしら?」

八幡「雪ノ下、悪いことは言わん。あっちはダメだ」

由比ヶ浜が俺の肩ごしにひょいと行く手を覗き見る。

結衣「ヒッキー、あれってもしかして…」

その声に気がついたのか肉の塊はわざとらしく一旦俺達の前をギクシャクと横切ったかと思うと、いかにも今気がついたと言わんばかりに大袈裟な仕草でこちらを振り返った。

材木座「ややや、それなるはもしかして八幡ではないか? まさかこんなところで出会うとは、なんたる奇遇」


八幡「…いやお前いくらなんでも棒読み上手(うま)すぎだろ」




467: 1 2016/06/24(金) 23:21:36.70 ID:AwI4QHXG0


八幡「だいたい、待ち伏せしといて奇遇も土偶もあるかよ」

奇遇というよりも、どちらかというと奇襲に近い。というか不意打ち。


ざいもくざ は いきなり おそいかかってきた でんでろり~ん(効果音)


材木座「むぅっ?! よもやお主、我の存在に気がついていたとでも申すかっ?!」

芝居がかった大仰な仕草と持って回った言い方が、ウザいのを遥かに通り越して殺意すら抱かせる。

雪乃「あれで隠れていたと言い張るのだから、あなたのお友達も大した神経の持ち主ね」

雪ノ下が呆れ果てたように首を振る。

八幡「いいか雪ノ下、知り合いは選べないが友達は選べるんだぞ?」



材木座「ふぅむ。もしかして我は今、褒めらておるのかのう?」

結衣「 …… 多分、違うんじゃないかな」




468: 1 2016/06/24(金) 23:22:55.87 ID:AwI4QHXG0


八幡「んで、わざわざここで待ち伏せてたってことは、俺に何か用なのか? 知ってると思うけど、今、文化祭の準備で超忙しいから、お前と関わってる暇ねーんだけど」

ホントは忙しくなくても相手などしたくないし、それどころかできれば今後一切関わりなど持ちたくもない。

材木座「おお、そうであった、そうであった。むほんッ、いや、じ、実は、ついに我がクラスの演劇の脚本が完成したのだが … お主、見たくはないかな?」///

なぜか頬を赤らめる材木座。うざい上にキモいときやがった。やっぱある意味で史上最強だなコイツ。

やはり早急にその存在自体を条例とかで規制すべき。でないと善良な市民が多大な迷惑を被る。例えば俺とかもう超いい迷惑。




469: 1 2016/06/24(金) 23:23:24.15 ID:AwI4QHXG0

八幡「まだやってたのかよそれ。後でリアルな禁書になるから止めておけと忠告したはずだぜ?」

材木座「おお、そうか。やはり見たいか。うむ、そうであろうのう … おや? なぜかこんなところに偶然、脚本が?」 ゴソゴソ

八幡「って、全然聞いちゃいねぇし。悪ぃけど、今忙しいんだよ。また今度、機会があればゆっくりな」

多分そんな機会は未来永劫訪れないと思うが。

材木座「なに、遠慮はいらん。我と八幡の仲ではないか。素直に頼めばこの完成仕立ての脚本をば拝ませてやらぬでもないのだぞ? この果報者めっ!」

八幡「 …… いや、だから見たくねーっつーの」

耳に三葉虫でも詰まってんのかよこいつ?

材木座「またまたそんな事を申してからに。ホントは見たいでのあろう? 見たいよね? ね、ね、ね?」

八幡「にじり寄ってくんじゃねぇよ暑苦しいッ!」

材木座「ね、ね、ね、ね、ね!ねーったらぁー! 八幡ー! 見てよぉー! お願いだからぁー!」

八幡「うるせえよっ!わぁった、わぁったから泣きながら俺の足に縋(すが)りつくんじゃねぇよ、キメェッ!」



470: 1 2016/06/24(金) 23:24:40.58 ID:AwI4QHXG0


根負けした俺は仕方なく材木座の手から無駄に厚い原稿の束をひったくるようにして受け取る。
見るからに紙とインクの無駄なのだが、何といっても一番無駄なのはこいつに付き合わされることで消費される俺の時間だ。


八幡「 ……… んで、これ今度は何のパクリ?」


材木座「ぐぬぅっ!? 中を一瞥することもなしにいきなりパクリと決めくさりおるとはッ! ……………… お主、もしかしてエスパー?」

八幡「 …… いや俺別に魔美ちゃんでも伊東でもないし」




471: 1 2016/06/24(金) 23:25:56.15 ID:AwI4QHXG0


材木座「よいか八幡よっ!聞いて驚け見て頓死せよ! これこそ我が夜も寝ないで授業中居眠りしつつ書き上げた珠玉の傑作!」

八幡「 … なんでもいいから早くしろよ。前置き長すぎだろ」


材木座「タイトルはズバリ、“星のお姫さま”であるッ!」





472: 1 2016/06/24(金) 23:26:35.74 ID:AwI4QHXG0


八幡「どこかで聞いたタイトルだな ……… って、まさかそれ ………」

材木座「左用! フランス人パイロットにして小説家でもあるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説『星の王子さま』をアレンジした傑作中の傑作! ブロードウェイで上演すれば間違いなく全人類が泣く。少なくとも我は泣く。お主も読む前にハンカチ王子のおかわりを準備をしておいた方がよいぞ!」

八幡「 ……… だからなんで斉藤選手なんだよ」




473: 1 2016/06/24(金) 23:30:29.45 ID:AwI4QHXG0


八幡「…んで、一応聞いとくが、タイトルからしてヒロインはやっぱ女子なんだろ? 誰にやらせるつもりなんだ?」

材木座「うむ。我もよくは知らぬのだが、我がクラスの出席番号8番、血液型はB型、6月7日生まれのふたご座で会社員の父親と専業主婦の母親、大学生の姉と小学生の弟のいる桜山咲久(さくらやまさく)という女子はどうかと考えておる。いやホントに我はよく知らぬのだが」

八幡「 … いくらなんでもお前ちょっと詳しすぎだろ。もしかして、住んでる所とかは?」

材木座「無論、その点にぬかりわない。既にグーグ○ス○リートビューで確認済みである。いや、ホントによくは知らぬが」

結衣「うっわー…」

もはやストーカーの域に達している材木座に由比ヶ浜もドン引きである。

だが、どうやら、その桜山とやらが材木座が前に仄めかしていた“同じクラスの好きな女子”なのだろう。




474: 1 2016/06/24(金) 23:33:54.23 ID:AwI4QHXG0


八幡「ちなみにお前は何の役やんの? バオバブの木とか?」

屋久島の千年杉とかだったら超似合いそうだよな。出てこないけど。

材木座「うむ。この間の八幡の意見を取り入れてな、敢えて悪役を演ることにした」

八幡「ちょっとまて、星の王子さまで悪役っていやあ…」

材木座「いかにも。ヘビである」

八幡「 …… どっちかっつーとお前、無差別級の方じゃね?」

材木座「誰が階級の話をしておるかッ!! 蛇だというておろうが! “ヘイ! レッドスネイクカモ~ン!”の蛇である!!!」



八幡「 ……… もし毒ヘビに噛まれたら?」 ボソッ

材木座「急いで口で吸えっ!」 ビシッ




結衣「 …… ゆきのん、あのふたりなにやってんの?」

雪乃「由比ケ浜さん、見てはダメよ。昭和が感染(うつ)るから」




475: 1 2016/06/24(金) 23:35:45.59 ID:AwI4QHXG0


八幡「いやいやいやいや、それちょっと無理があるんじゃね?」

体型を見れば、ちょっとどころの話ではない。それこそアナコンダがゾウを飲みこんだって、さすがにこんなにふてぶてしくはならない。

材木座「なに、あくまで擬人化であるからの。ちゃんとそれなりの衣装も用意しておる」

そう言ってゴソゴソと手にした紙袋からなにやら衣装らしきものを取り出し、脱いだコートのかわりに得意気に羽織ってみせる。
どうやら蛇革のジャケットらしい。おいおいそんなもんよく見つけたな。お前に合ったサイズ。


材木座「どうだっ?!」

結衣「って、ツチノコッ?」


コンマ1秒とかからず由比ヶ浜が突っ込んだ。すげぇ、神速のリアクションだなおい。




476: 1 2016/06/24(金) 23:37:01.36 ID:AwI4QHXG0


材木座「わ、我をUMA扱いするかっ!?」

雪乃「そうよ由比ヶ浜さん、いくらなんでもそれは失礼じゃないかしら … ツチノコに対して」

材木座「げふぅ!」

八幡「それにウマというよりはブタだしな」

材木座「ぐふぅっ!」

雪乃「それを言うならむしろカバね。赤い汗とか流しそうな気がするわ」

材木座「ぶほぉっ!」

八幡「おいそろそろやめてやれ雪ノ下、材木座が血涙流してるじゃねーか」

雪乃「なるほど、ヘビじゃなくてツノトカゲだったのね。もしかしたら目から血を流して外敵を威嚇しているのかしら? そういわれてみれば確かによく似ているわね」

ふむふむと頷きながら、雪ノ下が感心したかのように胸の前でポンと手を打つ。さすがは博識なユキペディアさんですね。
でも、そこまで自由すぎる発言ってのも、いい加減、問題があるんじゃないですかね?




477: 1 2016/06/24(金) 23:39:51.85 ID:AwI4QHXG0


結衣「ヒッキー、そろそろ…」

由比ヶ浜が言いにくそうにモジモジと促す。

八幡「ああ、わかってる ……… じゃ、材木座、頑張れよ!」 シュタッ

結衣「って、そうじゃないしっ!」

雪乃「そうね、どうせならお友達であるあなたの口から直接、引導を渡してあげた方がいいんじゃないかしら?」

時間を気にしてか、チラリと腕時計を見る。明らかに我関せずといった顔だ。


雪乃「 …… ったく、やれやれ仕方ねぇな。材木座、よく聞け?」

材木座「うむ。賞賛の言葉ならいくらでも聞いてもよいが、否定的な意見なら一切無視するぞ? 我の繊細な心は風が吹いただけですぐ折れるでな」

八幡「お前、相変わらずメンタル弱過ぎだろ。とにかくいいからまずその両耳を塞いだ手をどけろ」

材木座「ま、待てっ、ちょ、ちょいと待つのだ八幡よ! まだ我の心の準備がっ。ぬぅ? 我の心臓が、心臓がぁあああああああああああああああああああ!?」

八幡「 … だからまだ何も言ってねぇっつの。つか、そっち右胸だろ」




478: 1 2016/06/24(金) 23:40:21.09 ID:AwI4QHXG0




八幡「いいか、『星の王子さま』なら、もうウチのクラスが演劇で演ることが決まってるんだぜ?」






479: 1 2016/06/24(金) 23:42:03.19 ID:AwI4QHXG0



材木座「 … え?」(八幡を見る)

八幡「 … 」 スッ(目を逸らす)

材木座「 … は?」(由比ヶ浜を見る)

結衣「 … 」 スッ(目を逸らす)

材木座「 … ぬ?」(雪ノ下を見る)

雪乃「何かしら?」 ジロッ

材木座「 … あ、いえ」 スッ(自分から目を逸らす)





480: 1 2016/06/24(金) 23:43:53.25 ID:AwI4QHXG0



材木座「ななななな、なに? そそそそそそんな馬鹿なっ?!」


いや、バカはお前の方だろ。というか、逆立ちしたカバ?

八幡「…ったく、脚本頼まれた時点で、誰も何も言わなかったのかよ?」

材木座「うむ、“材木材くんに任せるから、気のすむまで好きにやってくれていいよ”と … 」

八幡「だいたい、今頃脚本ができたって、文化祭に間に合うわけねーだろ」

っていうか、いい加減、名前間違えられてることに気がつけよ。俺も人のこと言えねーけど。


結衣「それって…」

何か言いかけたが、さすがに不憫に思ったらしく、途中で言葉を切った。


雪乃「…それって、言いたくはないけれど、ひとりだけ妙に熱くなってるウザいクラスメートに対する、ていのいい厄介払いみたいなものね」


材木座「どふぉッ!」


うわぁー…容赦なくトドメさしやがったな、こいつ。

材木座が大量の吐血と共に倒れ、ピクピクと断末魔のゴキブリのように痙攣を起こし始めた。




481: 1 2016/06/24(金) 23:47:16.55 ID:AwI4QHXG0


八幡「 … お前って、ホント、言いたくないとか言いつつ、言いにくいことまでハッキリ口にするのな … 」

雪乃「あら、失礼ね。さすがに私にだって、見ているだけで鬱陶しいとか、傍にいるだけで暑苦しいとか、生きているだけで空気と場所と時間の無駄だとか、思ってても言わないでおいてあげていることの方が遥かに多いわよ?」

八幡「…うんうん、とりあえず本人が目の前にいるんだから傷口を岩塩で殴りつけるようなマネはやめような?」


材木座「ぐぬぬぬぬぬうぅ … さては謀られたか! この我の目をもってしても見抜けぬとは、材木座義輝一生の不覚 … 」

八幡「おまえの人生、一生の不覚がいったい何回あんだよ … 」


雪乃「 ……… それにしても」

そんな材木座を見ながら雪ノ下が形の良い眉をそっと顰める。その口振りからして、さすがに不憫になったのかと思いきや、


雪乃「 …… 高校生にもなって人前で滂沱の涙を流す男の人の姿って、見ていてかなり引くものがあるわね」

八幡「一応言っておくが、ほとんどお前のせいだからな?」



まるで材木座の涙に呼応するかのように空から細かな水滴が落ち始め、完全下校の時刻になる頃には、かなり本格的な大降りとなっていた。




484: 1 2016/07/02(土) 01:43:45.63 ID:1FYr1HPy0



**********************************






485: 1 2016/07/02(土) 01:46:47.97 ID:1FYr1HPy0



―――――― やられた。


駐輪場に停めてあった俺の自転車の後輪がパンクしていることに気が付いたのは、日も暮れかけ雨脚の強くなってきた完全下校時のことである。

ざっと見た感じ傷跡らしきものはないようだが、両輪ともついこの間交換したばかりだ。もしかしたら目立たないように鋭く尖った何かで穴を開けられたのかもしれない。

いずれにせよ、恐らくは俺のことを快く思っていないヤツの犯行なのだろう。
しばし考えを廻らせてみたものの、残念ながら犯人を特定するまでには至らない。心当たりがないわけではない。ここ最近の自分の言動を省みるに、逆に多すぎるくらいなのだ。

怒りよりもむしろ覚めた感覚が俺を包む。
やれやれ、県内有数の進学校だけに、偏差値は高いはずなのだが、中には頭の悪いヤツもいるらしい。こんなことをしていったい何になるというのだろう。




486: 1 2016/07/02(土) 01:48:36.36 ID:1FYr1HPy0


少し風も出てきたことだし、傘をさしながら自転車を押すというわけにもいくまい。かといってこのまま放置して帰るのも気掛かりだ。
明日になったらもっと酷いことになっていることも十二分に考えられる。サドルがなくなっているとかならありがちだが、イタズラ半分にことごとくパーツをギられて、サドルしか残ってないとかマジで勘弁してほしいからな。

それに今のこの状況をどこからか見られているかもしれない。
落ち込んだ姿を見せれば調子に乗って益々嫌がらせがエスカレートする可能性もある。ここはやはり毅然とした態度を見せた方がいいだろう。

八幡「とりあえず一番近い自転車屋は … 駅前 … か」

俺は仕方なく濡れ鼠になるのを覚悟で自転車を押しながら正門へと足を向けた。




487: 1 2016/07/02(土) 01:51:31.07 ID:1FYr1HPy0


「 ―――― どうかしたの?」


不意にかけられた声の方に向けて振り仰ぐと、生徒昇降口の階段の上にひっそり佇む雪ノ下の姿。

八幡「や、その … ちょっと自転車がパンクしちまったみたいで … 」

よりによって一番知られたくない相手に見つかってしまうとは、今日という日はとことんツいてないらしい。

雪乃「あら、やっぱり日頃の行いのせい? それともよほど他人の怨みを買うような真似でもしたのかしら?」

その言葉に、ふと途中から姿を消した相模の顔が脳裏を過る。

八幡「 ……… かも … な」

動機としては十分かもしれないが、確たる証拠もないのに疑うのはやはりフェアじゃない。俺はすぐさま頭を振ってその考えを追い払った。

雪乃「 ……… まさか」

気のない返事に何を察したのか、雪ノ下の表情が急に硬くなる。

八幡「あー…、来る時にどこかで古釘でも踏んづけたんだろ。たぶん」

咄嗟に適当なことを言って誤魔化そうとはしだが、それが雪ノ下に通じるとも思えない。

彼女はそんな俺をもの問いたげな顔でじっと見つめていたが、やがて無音の溜息をひとつ吐く。

雪乃「どうしてそんなことをするのかしら … 」 

遠い目で呟くその問いは俺にではなく、まるで自身の過去に向けられたかのようだった。

きっと彼女は俺とは比べ物にならないくらいの謂われない悪意にその身を晒され続けてきたのだろう。
そして、俺のように逃げたり誤魔化したりすることなく、正々堂々正面から対峙し、傷だらけになりながらも完膚なでまでにその相手を叩き潰してきたのに違いない。

俺の知る、そして俺の憧れる雪ノ下雪乃とは常にそういう存在なのである。




488: 1 2016/07/02(土) 01:54:08.50 ID:1FYr1HPy0


雪乃「 ――― それで、どうするつもり?」

こちらに向けられた剣呑な光の宿るその目を見れば、言葉の示すところの意味は明白なのだが、俺は敢えて気が付かないフリをする。
こいついったい“なに”を“どうする”つもりなんだよ。

八幡「そうだな。とりあえずこのまま駅前の自転車屋まで押してくしかないだろ」

雪乃「あらそう」

素っ気ない返事が少し残念そうに聞こえるのは多分俺の気のせい … ですよね? 雪ノ下さん?


八幡「それで、お前はいったいそこで何してたわけ?」

雪乃「 …… 今日はついうっかりして傘を持ってくるのを忘れてしまったの。小降りになるのを待っていたのだけれど」

そう言って掌を上に翳しながら曇った空を見上げる。そんな仕草も自然と絵になるのな。
普段から彼女が身にまとっている静謐な空気せいか、雨でけぶる景色の中で佇む姿は一層透明感が増し、それこそまるで透き通るかのようだった。

八幡「ふーん」

つい見蕩れてしまったことを隠すために、つられるふりをして空を見上げたが、降り注ぐ雨の粒は勢いを増すばかりで素人目に見てもこの分では暫く止みそうもない。




489: 1 2016/07/02(土) 01:55:28.77 ID:1FYr1HPy0


八幡「そうだ。よかったら、お前、これ貸そうか?」

そう言って俺が差し出したのは、もちろん今朝方小町に渡された、どこぞのシュバ○ツゼクスプロ○タイプマークIIみたいな日傘ではなく、ちゃんとした、ごくごく普通の、ノーマル仕様の非戦闘用折りたたみ傘である。

雪乃「 … でもそれを借りてしまったらあなたが」

八幡「どうせこのままじゃ両手ふさがってて使えねぇし、それに昔っからふられるのには慣れてるからな」

小中学校と一貫して遠足の度についた“雨男”の名は伊達じゃない。


雪乃「 ……… それって女の子にってことかしら?」

八幡「雨だよッ! 雨っ! あーめっ! お前それ絶対わかってて言ってんだろッ?!」





490: 1 2016/07/02(土) 01:56:55.34 ID:1FYr1HPy0


八幡「まだ身体、本調子じゃないんだろ? 無理すんなって」

雪乃「 …… バレていたのね」

あれだけ間近で顔を突き合わせれば、顔色の悪さを隠すためにうっすらと化粧をしていることくらい俺にだってわかる。

雪ノ下はそのまま差し出された傘にじっと視線を注いでいたが、やがて

雪乃「そうね … 。せっかくだから使わせていただこうかしら」

思いのほか素直に俺の申し出を受け入れた。多少の押し問答を予想していただけに、いささか肩透かしを食らった気分だ。


八幡「ほれ、じゃあな」

それ以上特に会話を続ける理由もないので、俺は傘を手渡すと再び自転車を押し始めた。





491: 1 2016/07/02(土) 02:00:14.15 ID:1FYr1HPy0



雪乃「 ――― お待ちなさい。どこへ行くつもり?」


数歩進んだところで、背後から声がかかった。


八幡「あ? だから言ったろ、駅前の … 」

最後まで答えるのを待たず、雪ノ下はぽすっと軽い音を立てて傘を開くと、そのまま澄ました顔で俺の隣りに並んで立つ。

雪乃「どうかしたの? 駅前まで行くのなら、方向は同じでしょ?」

訳が分からず茫然としている俺に雪ノ下が素っ気なく告げた。

八幡「それは … まぁ … そうなんだが … お前、バス通学じゃなかったっけ?」

雪乃「どこかに定期を置き忘れてきてしまったみたいなの。ついてないわね」

まるで他人事のように言いながら、小さく肩を竦めて見せる。

八幡「 …… みたいって、お前」

雪乃「それとも私が電車で帰ると何か不都合なことでもあると言うのかしら?」

八幡「い、いや別に … 」

雪乃「そう。なら問題ないわね」


有無言わさぬ雰囲気に圧されるような形で再び歩き出そうとした途端、思わず自分の足を轢きそうになり、よろけた拍子に肩と肩が軽く触れ合う。


八幡「す、すまん」///


慌ててギリギリまで距離をとろうとすると、雪ノ下が傘と一緒にすっと身体を寄せてきた。

雪乃「なにを遠慮しているの? もっと寄らないと濡れるわよ。せっかく傘をさしているというのに意味がないじゃない」

八幡「 …… お、おう。そうか」///


……… いや、遠慮するもなにも、よく考えたら俺の傘なんですけどね、それ。





492: 1 2016/07/02(土) 02:04:38.53 ID:1FYr1HPy0


雨に濡れ、独特のきな臭い香りの漂う黒いアスファルトの歩道を無言のまま肩を並べて歩く。

ぎこちなく、確かめ合うように歩調を合わせるふたりの姿を逆しまに映す水溜りに、降り注ぐ雨が絶え間なく輪を作る。

仄かに伝わる体温。柔らかな息遣い。微かな衣擦れの音。

すぐ近くにいる雪ノ下の気配を意識して火照る顔に、潮の香の混じった生暖かい風でさえ妙に心地よい。


道沿いに設置されている掲示板の前で、ふと雪ノ下が足を止めた。

そこには既に見慣れたものとなった、総武高校文化祭のポスターが貼り出されている。
文化祭までもう間もないはずなのだが、こうしてポスターを見ても、不思議とあまり実感は湧いてこない。

雪ノ下は画鋲が外れて丸まっていた角の部分を丁寧に手で伸ばす。

雪乃「相模さんも言っていたけれど、姉さんが実行委員長を務めた2年前の文化祭は、過去最大の動員数を記録しているの」

予備の画鋲を使ってポスターを止めなおしながら、雪ノ下がそっと口を開いた。

雪乃「その影響もあってか、昨年もそこそこ動員数があったみたいなのだけれど」

八幡「…… 今年はどうなんだ?」

雪乃「色々と調べてみたのだけれど、同じ日に近隣でいくつか大きなイベントが重なってて、ちょっと厳しいかも知れないわね」

八幡「だからって別にお前が気に病むことでもないだろ」

雪乃「そうね、でも…」

例え相模の補佐という立場であっても、やるからにはベストを尽くしたい … か。いかにもこいつらしい。

八幡「だったら、チーバくんを呼ぶっていうアイデアも、悪くないのかもしれねぇな」

雪乃「結局、あなたにはまた負担をかけてしまうことになってしまったのだけれど … 」




493: 1 2016/07/02(土) 02:07:55.54 ID:1FYr1HPy0


不意に雪ノ下がぴくりと何かに反応を示した。

俺達のいる歩道からさほど高くない段差の上、街路樹の生垣へと真っ直ぐに向けられた彼女の視線を追うと、仔猫が一匹、木の枝の下で小さく鳴きながら雨宿りをしているのが目に止まる。

ゆっくりとそちらに歩み寄った雪ノ下が躊躇いがちにおずおずと手を差し伸ばすと、仔猫が驚いてビクリと身を引くのが見えた。

彼女は手を引っ込め、くるりと俺に向き直り、仔猫を指さしながら今度はじっと俺を見つめる。


……… いやだからそんな縋るような目で見られてもだな。

だがこうなったら最後、嫌いな人物はと訊かれたら真っ先にシュレディンガーの名を挙げるほど筋金入りのネコ好きであるこいつはテコでも動きそうにない。ピアノでも“ネコ踏んじゃった”だけは断固として弾きそうにないし。

仕方なく自転車のスタンドを立て、ポケットをまさぐると、残り少なくなったフ○スクのケースを取りだした。

意外に思うかもしれないが、ぼっちはエチケットにはうるさい。なるたけ他人の注意を引かないように常に身だしなみや口臭などは気を遣う癖がついているからだ。

別にうるさいと言っても始終大声で「エェチィケットォオオオオオオオオオオオ!」とか叫びまくっているわけではない。そんな奴はいない。俺だってごくたまにやるだけだし。たまにやるのかよ。




494: 1 2016/07/02(土) 02:09:21.40 ID:1FYr1HPy0


フリス○のケースを差し出し軽く左右に振ると、カラカラという軽い音にひかれたのか、恐る恐る仔猫が寄ってくる。

雪乃「すごい … あなたって動物にだけは好かれるのね」

恐らくは知り合ってから初めてではないかと思われる尊敬の眼差しを俺に向ける雪ノ下。ただし褒め言葉としては超微妙なライン。


雪乃「やっぱり死んだ魚のような目をしているから猫が寄ってくるのかしら?」

八幡「 …… うまい事言った、みたいに言わないでくれる?」


不思議そうに小首を傾げるしぐさがやたら可愛らしいだけに、余計、腹立たしいことこの上ない。



495: 1 2016/07/02(土) 02:11:15.39 ID:1FYr1HPy0


俺は人さし指を差し出し、習性で鼻を寄せてきた仔猫を両手で優しくそっと抱え上げた。

八幡「ほれ」

そのまま片手で持ち替えて、ずっと物欲しそうな目をしていた雪ノ下に差し出す。

傘と仔猫を交換する際に、意図せずして手が軽く触れ合ったのは、なんてことのない単なる偶然だ。

そんな事くらいで意識をするような関係でもあるまい。

だが、そうとわかっていてながらも、なぜかその瞬間にお互いの手がぴくりと反応し、頬が赤く染まってしまったことには敢えて気がつかない振りをしていた。




496: 1 2016/07/02(土) 02:13:10.19 ID:1FYr1HPy0


ひとしきりふにふにもふもふして満足したのか、雪ノ下が猫をそっと地面に下ろす。


八幡「もう、いいのか?」

雪乃「ええ。時間をとらせてしまってごめんなさい」


去り際にこちらを振り返る猫に向けて、雪ノ下が胸元で小さく手を振りながら「にゃーにゃー」と鳴きまねをする。
すぐに傍らに立つ俺の存在を思い出してか、その顔が真っ赤になった。

猫好きであることにかけては人後に落ちないこの俺としては、そんなことで雪ノ下を揶揄するつもりにはなれない。
なんなら猫耳をつけてもう一度やってもらいたいくらいだ。誰得なのかはよくわからんが、とにかくそんな彼女の姿はレアであることはまず間違いないだろう。


再び無言で歩き出した雪ノ下の歩みは心持ち先ほどより遅く、理由こそ分からないが、まるでわざとそうしているかのようだった。





497: 1 2016/07/02(土) 02:18:25.74 ID:1FYr1HPy0


駅の近くまで来ると、さすがに人通りも多くなり、すれ違う通行人が不思議そうにチラチラとこちら見る視線が気になりはじめる。

先ほどから俺もなんとはなしに漠然とした違和感を覚えていたのだが、すぐ隣を歩く雪ノ下の存在にずっと気をとられていたあまり、それどころではなかったというのが本音である。


雪乃「ありがとう。お陰で制服を濡らさずに済んだわ」

立ち止まった雪ノ下が、開いたままの傘を俺に向けてそっと差し出した。

八幡「や、俺はいいから…」 

俺が断ろうとするのを彼女が掌で優しく押しとどめる。


雪乃「いいのよ。だって ――― 」


小さく振られた首に併せて肩にかかった黒髪がさらさらと揺れ、その唇が小さく動いて言葉を紡ぐ。

言われて初めて先程からの違和感の正体に気が付き、俺は咄嗟に傘を下ろして空を見上げた。


――― いつの間に?


驚いて視線を戻すと、雪ノ下の姿は既に改札へと向かう人影の中へと紛れ込んだものか跡形もなく消え失せていた。

ひとり残された俺の頭上で、街灯がチカチカと数度瞬いてから明かり灯し、雲の隙間から覗いていた小さな光の粒を隠してしまう。

暫くして自転車屋へと向かう俺の瞼には、先ほど雪ノ下が浮かべた悪戯っぽく、それでいて少しだけはにかんだような笑みの残像が、いつまでも消えることなく残っていた。




「だって ――― とっくに雨は止んでいるんですもの」






508: 1 2016/07/03(日) 20:47:28.75 ID:eJNdbihm0



**********************************





509: 1 2016/07/03(日) 20:48:27.46 ID:eJNdbihm0



それから数日後、いよいよ総武高校文化祭の幕が上がった。






510: 1 2016/07/03(日) 20:50:34.13 ID:eJNdbihm0


文化祭二日目、俺は貸与されたのデジカメを片手に、颯爽と校内を闊歩していた。

テキトーにぱしゃぱしゃとシャッターを切っているだけなのだが、それだけでもなんとなく仕事をしているような気になってくるから不思議な。
思わず俺の希望進路にカメラマンという選択肢が加わりそうになるが、ふと思いとどまる。

いやいや、そんないい加減なことじゃダメだろ。中途半端に仕事をして会社に迷惑をかけるくらいなら、いっそ働かずにいた方が遥かにましというものだ。

やはり俺の目指すところは、社会にも環境にも、そしてなによりも自分に一番優しい専業主夫という職業のリアリゼーションなのだ。

いかん、あまりにも意識高すぎて座ってても立ち眩み起こしそうになっとる。




511: 1 2016/07/03(日) 20:52:50.78 ID:eJNdbihm0


一般客が校内に招き入れられてから間もなく、

ピンポンパンポ~ン♪

まるでカッパのカータンでも出てきそうな校内放送のチャイムが流れた。どちらかというと俺的にはポンキッキ世代なのだが、それはまぁいい。


『文化祭実行委員会から、ご来場の皆様にお知らせいたします。ただ今、校内では文化祭実行委員が記録用の写真撮影を行っております。不審者ではありません。繰り返します。不審者ではありません』


……… あれ、雪ノ下の声だよな…。なんでそこだけわざわざ繰り返し云う必要があんだよ。


気を取り直して撮影の仕事を続けるが、もちろん記録係であることを示す腕章の位置を確認するのも忘れない。




512: 1 2016/07/03(日) 20:57:25.63 ID:eJNdbihm0


八幡「うぉっと!」


突然ひとりの女子生徒がファインダーの中に自ら飛び込んできた。

勢いそのままシャッターを切ってしまう。


女生徒「おっと、つい。エヘヘ」


亜麻色をしたセミロングの髪にやや着崩した制服姿、あどけなさの残る表情に細く華奢な線。あんま見ない顔だけど、もしかしたら一年生なのかしらん?

女生徒「 ……… あのぉ、勝手に写真とか撮られると困るんですけど … 」

八幡「 ……… いや、お前、今さり気なく自分からポーズとってなかったか?」

モジモジと恥ずかしそうに身を捩って見せる姿は確かに可愛くはあるのだが、狙いすぎてて逆になんかあざとい。

女生徒「はッ!? もしかして撮影にかこつけて私のこと口説いてます? でも年上は嫌いじゃないですけどその目は生理的に絶対無理です顔ごと洗って出直して来てくださいごめんなさい」

早口で捲し立てながら、ぺこりと頭を下げる。


………… なんで会って間もない見ず知らずの後輩女子にフラレてるわけなの俺? しかも何げに酷いこと言われてるし。




513: 1 2016/07/03(日) 20:59:37.29 ID:eJNdbihm0


女生徒「 … っと? もしかして葉山先輩と同じクラスの方じゃありません?」

その後輩女子は俺の顔を見て、何か思い出したかのようにささやかな胸の前ではたと手を打った。

八幡「や、そうだけど … 」

葉山は同級生は勿論、上級生や下級生の女子にも根強い人気を誇っている。
そうは言っても例え同じクラスとはいえドスガレオス並の知名度の低さを誇る俺の顔まで知っているとは、こいつよほどのハヤマニアに違いない。

だが、後輩女子はその返事を聞いくや否や、何を思ったのかいきなり俺の手を両手でしっかと握ってきやがった。

え? や? なんなのこの子? 小さいし柔らかいしすべすべしてるし、とにかく惚れちゃいそうだからやめてくれません? でもそう言えば俺さっきフラレたばっかりでしたっけ?

俺を見つめるその大きな瞳はキラキラと輝いている ……… と言えば聞こえがいいが、どう見ても“将の乗る馬を射る”モードの目だ。




514: 1 2016/07/03(日) 21:02:40.65 ID:eJNdbihm0


「一色ちゃーん」 「いろはー」

少し離れた位置から別の女子生徒らが声を掛けてくる。どうやら同級生らしい。

なるほど、おそらく「いっしき」というのがこの子の苗字で、「いろは」が名前なのだろう。“いろはいっしき”じゃ、カルタセットみたいだからな。

……… ん? 待てよ? 一色いろは? はて、どこかで見たような聞いたような?

俺が細々とした記憶の糸を手繰っていると、その一色とやらは眉を顰め“ちっ”と小さく舌打ちしたかと思うと、


一色「あ、うん、今行く~♪」

一瞬にして、にこぱぁっと明るい笑顔をつくって友達に振り向いた。

そして、再度俺に向き直ると後ろ手を組みながら一歩離れ、


一色「じゃあ、えっと …… 先 …… 輩 …… ? よろしくです~。あ、もちろん葉山先輩に、ですけどぉ~」


言わずもがなのセリフを残しつつ、あざとくも可愛らしく、小さな手を振りながら走り去って行った



………… なんか知らんが、スゲェなあいつ。性格はかなりアレみたいだけど。




520: 1 2016/07/04(月) 20:18:10.96 ID:eF2jRlhH0


「あ、お兄さん! チワっす!」


八幡「あ゛?」


いきなり背後からかけられた聞き逃せない言葉に殺気とともに振り返ると、そこにはかすかに見覚えのあるようなないような坊主頭の制服姿。

八幡「 ………… って、お前、誰?」

大志「ひでぇ! 俺っす! 大志っす! 川崎大志っす!!」

……… 川崎ぃ? どっかで聞いたような気がするでもしないでもないが取り敢えず今はそんなことはどうでもいい。


八幡「いいか、特命全権大使だかマグマ大使だか知らんが、金輪際俺を兄と呼ぶな。ブッ殺○ぞ!?」





521: 1 2016/07/04(月) 20:19:33.38 ID:eF2jRlhH0



「あ゛? 誰が誰を殺○って?」



不意にすぐ近くから俺の耳に届いてくる、やけにドスの利いた低い声に向けて頭を巡らすと ―――

青みがかった長い黒髪を凝ったお手製のシュシュで束ねたポニーテール。少しタレ気味の大きな目の下に特徴的な泣きボクロ。

坊主頭のそのすぐ後に、俺のクラスメートであるところの川なんとかさんがやたらと不機嫌そうな顔で立っていた。





522: 1 2016/07/04(月) 20:20:55.15 ID:eF2jRlhH0


八幡「 … お前、何してんの?」

川○「別に。大志がうちのガッコの文化祭見にきたいって言うから、ちょっと案内してるとこ」///

頬を赤らめてぷいとそっぽを向く。

思い出した! そういやコイツ、小町の友達の川崎大志じゃん。なんだよそれならそうと最初から名乗れよ。名乗ってたっけ?


大志「姉ちゃんが先にお兄さん見つけたんですけど、俺に声かけてみろって … イテッ」

川崎「あ、あんた、な、なに余計な事言ってんのよっ?! 殴るよッ?」///

八幡「いや既に充分すぎるくらい殴ってるだろそれ」





523: 1 2016/07/04(月) 20:21:56.23 ID:eF2jRlhH0


川崎大志の姉ちゃん ……、ってことは、当然こいつも川崎なのだろう。うん、ちぃおぼえた! 多分すぐ忘れちゃうけどっ!

八幡「どうでもいいが、いい年こいてブラコンこじらせるのも大概にしとけよ? 見ててかなり恥ずかしいものがあるぞ?」

川崎「 … あんたにだけは言われたくないんだけど … っと、そういえばさっき、あんたのあの変な妹も見かけたわよ?」

八幡「え? 小町? なに? どこで? 案内しろよ。さ、早く。なんなら走る?」

川崎「あんたねー…」





524: 1 2016/07/04(月) 20:23:23.76 ID:eF2jRlhH0


川崎「と、ところでさ、あ、あんたさ、きょ、今日はひとりなの?」/// モジモジ

八幡「ふ、舐めんな。今日に限らず俺はいつだってひとりだ」 キッパリ

大志「 … 友達いないんスね」 ボソッ


川崎「ふ、ふーん、そ、そうなんだ。だったらさ、あ、あの、よかったらこの後 … 」/// 



『キャ――――――――――ッ』



その時、窓の外から複数の黄色い悲鳴が上がり、川崎の言葉を途中で遮る。

すわ何事ぞとばかりに慌ててそちらに目を向けると、中庭で数人の女子生徒が風に煽られ翻るスカートを懸命に抑える姿が目に入った。


八幡&大志「うっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」(握り拳)


なんてこったい! 絶好のシャッターチャンス逃しちまったじゃねぇか?! どうしてくれんだよっ! 誰か責任とれ責任! やり直しを要求する!


大志「お、お兄さん、あ、あれは?!」 大志が食い気味に聞いてくる。

八幡「あん? ああ…。このガッコはわりかし海が近いんでな。昼時とか、たまに変則的な強い海風が吹きつけることがあるんだ。あと俺を気安く兄と呼ぶな」

そういえば戸塚のために三浦達と昼休みのテニスコートの使用権を賭けて勝負をした時も、この風には助けてもらったっけか。


…… あれは思い出すだに酷い試合だったな。





525: 1 2016/07/04(月) 20:25:46.53 ID:eF2jRlhH0



川崎「 … あんたたち?」


そろって窓ガラスにへばりつくようにしている俺達の背中に、川崎の冷たい視線と声が突き刺さる。


八幡「 …… ふぅ。大志、お前何やってんだよ。ったく、しょうのないヤツだな」

大志「お、お兄さん、ズルイっす!」


八幡「 ……… こほんっ。や、違うんだ、川崎。じ、実はこれには深い理由があってだな ――― 」


なんでもイギリスの自動車保険会社の行った調査によると、夏場は交通事故の起きる確率が圧倒的に高くなるらしい。
それというのも、暑さで女性の肌の露出度が高くなるせいで、ついそちらに目を奪われ脇見運転による事故を起こしてしまう男性ドライバーが増えるからなのだそうだ。

八幡「 ……… 本場紳士の国であるイギリスにおいてさえそうなんだぜ? つまりこれはワールドワイドでグローバルスタンダードな男としてごく当然の反応であってだな、要するに …… まぁ、そういうことだ」

何がそういうことなのか自分で言っててもよくわからないが、それ以上によくわからないのは、なぜか大志とふたりして廊下に正座させられている今のこの俺の処遇だ。





526: 1 2016/07/04(月) 20:27:27.32 ID:eF2jRlhH0


川崎「ばっかじゃないの? あんなのどうせ見せパンじゃない」

八幡「はぁ? なに言っちゃってんのお前、そんなこたぁ全然関係ねぇーだろ」

川崎「な、何が関係ないのよ?」

八幡「いいか、川崎。女子のスカートの下にはな ――― 人生を棒に振るとわかっていてもなお追い求めてしまう、男のロマンってヤツがあるんだよっ!!!」

大志「そ、そうっスよね! お兄さん、俺今猛烈に感動したっスっ! 正座してなければ、なおカッコよかったっス!」

八幡「はははははは、こいつめ。次に俺のことをお兄さんとか呼んだらマジで殺○からな?」 


川崎「 ……… あんたたち、ホントにばっかじゃないの?」


俺の力の限りを尽くした主張も、呆れ顔の川崎によってにべもなく一刀両断されてしまいました。





527: 1 2016/07/04(月) 20:28:37.13 ID:eF2jRlhH0


川崎「 ……… で、なに? もしかしてあんたもスカートめくりとかして喜んでたクチなわけ?」

八幡「ん? ああ、さすがに今はもうやらないがな」

川崎「 … 高校生にもなってやってたら犯罪だって」

八幡「まぁ、小学校の頃、悪いヤツに“絶対喜ぶから”って騙されて好きな女子のスカートをめくったことはある … 結局、その子には卒業までずっと口きいてもらえなくなったけど」

おまけにそれから暫くの間、俺のあだ名はエロガヤくんになったわけだが。

大志「…うわぁ、まっ黒な歴史っスね」

いやそれを言うならお前のねーちゃんの方がよっぽど黒いだろ。下着の色とか。





528: 1 2016/07/04(月) 20:30:08.33 ID:eF2jRlhH0


川崎「ふ、ふーん。そうなんだ。好きな子、ね」///

川崎はなぜか頬を赤らめ、困ったような顔をしてスカートの裾をちまちまと引っ張る。

おいよせやめろそんな事されるとかえって俺の方が困んだろ。ただでさえ正座させられてるから角度的に見えそうで見えなくて余計に目の遣り場とか困るし。


大志「決めたッス!やっぱり俺、来年絶対この高校に来るッス!」


何を思ったかいきなり大志が拳を握りしめて力強く宣言する。しかしなぜにしてこのタイミング?





529: 1 2016/07/04(月) 20:31:05.45 ID:eF2jRlhH0


八幡「 ………… おい、お前の弟、あんなこと言ってるけどホントに大丈夫なのか?」

全くの他人事ながらも、一抹の不安を感じて俺は川崎の顔を窺う。

川崎「そうね。本人もやる気だけはあるみたいだし、今からでも一生懸命やれば何とかなるんじゃない?」

苦笑を浮かべながらも弟を向けるその視線には、普段のこいつが学校では決して見せることのない柔和な色があった。


八幡「 … お、おう、そうか」



……… でも、俺が心配してるのは、弟の不純極まりない動機のことなんだが。





530: 1 2016/07/04(月) 20:33:53.63 ID:eF2jRlhH0


川崎「そういえば、あんたさ、こないだ、あたしのこと推(お)してくれたじゃない?」

八幡「あん?」

いきなり何を言い出したのかと訝ったが、思い当たる節といえばひとつしかない。恐らくはうちのクラスの星ミュの衣装係のことなのだろう。


八幡「…まぁ、あんだけやりたそうな顔してればな」

川崎「そ、そんなことないし。ばっかじゃないの」///

八幡「もしかして迷惑だったか?」

川崎「そ、そういうわけじゃないんだけど … あんたってさ、意外と、その、お節介…なんだ? なんかそんな風に見えなかったから…」

八幡「そうか?」

川崎「うん。でも、それってさ、やっぱりあの雪ノ下 … さん … とか由比ヶ浜たちと一緒に変な部活 … 奉仕部 … だっけ? やってるからなの?」

八幡「まぁ、確かにそうかも知らんが、別にそれだけってわけでもないだろ」 うまく説明できないが。

川崎「 … 誰にでも … そう … なの?」
 
背けた視線、ともすれば聞き漏らしそうなほど小さくなる声。

八幡「んなわけねーだろ」

川崎「じゃ、じゃあ、どうして?」

今度は少し潤んだような目で真っ直ぐ俺を見つめてくる。別に睨まれているという訳でもないのだが、なぜかやたらと落ち着かない気分になり言葉に詰まってしまう。


八幡「そりゃ、やっぱり … その、気になるからだろ」

お前の弟が塾で小町に変なちょっかい出してないか超気になるし。

川崎「え? それってどういう … 」///





531: 1 2016/07/04(月) 20:35:07.02 ID:eF2jRlhH0


八幡「あー… それより、いいのか弟ほったらかしで。なんか暇もてあましてるっぽいけど?」

大志が外の風景を見るのにも飽きたのか、今は正座したまま天井の染みを数え始めている。

川崎「あ、そうそう。あんたさ、この後よかったら、ちょっと校内案内してくんない?」

八幡「あ?」

川崎「あ、へ、変な意味じゃなくて、ほら、あんた確か文実だったでしょ? そういうの詳しいかなって … 」///

八幡「ああ、そういうことか。悪いな、今、仕事中なんだわ」 俺はカメラと腕章を示して見せる。

川崎「 … そっか。じゃあ仕方ないね」 残念そうにそっと呟いた。





532: 1 2016/07/04(月) 20:36:07.69 ID:eF2jRlhH0


あー… そういえばこいつも文化祭一緒に回るような友達とかいねーみてーだからな。

普段は大して気にならないけど、なんかこうした大きなイベントのある時って、ぼっちの疎外感っていったらマジパないんだよな。同じぼっちとして、その気持ちよくわかるわー。

まぁ、こいつの場合、友達ができないのは他に理由があるような気もするんだけど…。





533: 1 2016/07/04(月) 20:37:21.36 ID:eF2jRlhH0


川崎「な … なによ?」///

おっと、いかんいかん。どうやら無意識に川崎の顔をじっと見つめてしまっていたらしい。

八幡「ん? いや、まずそのデフォで怖い顔すんのやめた方がいいんじゃねーのかなって … 」

川崎「あ゛? 何それもしかして、あんたあたしにケンカ売ってるわけ?」

八幡「あ、や、だ、だからだなそういうのが怖くて誰も近くに寄ってこれねぇんだっつーの! せっかくの美人が台無しだろ?!」

川崎「なッ!?」///

俺の言葉を皮肉とでも捉えでもしたのか、ぽしゅっと音を立てそうな勢いで川崎の顔が真っ赤に染まる。





534: 1 2016/07/04(月) 20:39:08.10 ID:eF2jRlhH0


確かに見た目こそ不良っぽくて態度にもぶっきらぼうなところがあるとはいえ、彼女が家族想いで根は優しい女の子であることは例のスカラシップの一件からでもよくわかる。

家計助けるためのバイトが忙しくて、なかなか仲の良い友達をつくるヒマもないのだろう。だが、そのことで弟に変な心配をかけたくないという気持ちもあるのかもしれない。
この俺に頼るくらいなのだからかなり切実な問題に違いない … って、なにそれ自分で言っておきながらなんか悲しい。





535: 1 2016/07/04(月) 20:41:41.23 ID:eF2jRlhH0


代わりに何か俺にしてやれることでもあればな … そう考えているうちに、ふと自分が今手にしているものに気がついた。


八幡「あー… 川崎、どうせなら記念に二人で、どうだ?」

川崎「えッ?!」///

驚いたような顔で川崎が窓際まで一気に跳びずさる。


川崎「や、なななななな、なんで、あああああああああ、あたしが、ああああああああああ、あんたなんかとッ?!」///

八幡「 … あー、いや、そうじゃなくてだな」 弟と一緒にって、つもりで言ったんだが。


川崎「 ……… で、でも、あんたがどうしてもって言うんなら、一枚だけ … 」/// 

どこからか取り出したコンパクト片手にいそいそと髪を整えはじめた。


八幡「 ……… いや、だからお前も少しは人の話聞けよ」



結局、俺はなぜか超不満気な顔をした川崎と、によによと気持ち悪い笑みを浮かべる大志の写真を何枚か撮るとその場を後にした。

去り際に大志に乞われるまま撮られた俺と川崎のツーショットもメモリには納まっているのだが ……… まぁコレはアレだ。ノリってやつってことで。



小町に出くわし、雪ノ下につかまってしまったのは、その後のことである。





541: 1 2016/07/06(水) 10:09:24.02 ID:m9A8Kiok0



**********************************






542: 1 2016/07/06(水) 10:11:48.04 ID:m9A8Kiok0


陽乃さん率いる有志団体の生オケ演奏を見届けた後、未だ興奮冷めやらぬ体育館を一端後にして俺と雪ノ下は特設会場へと足を向けた。

雪ノ下は何かしら思うところがあるらしく終始無言のまま、俺もとりたてて掛ける言葉はない。

――― ならなくていいだろ、そのままで。 

雪ノ下に言ったそれは本心である。誰であれ無理をしてまで自分を変える必要はない。好むと好まざるとに関わらず時と共に人は刻々と変化するものなのだ。

それに俺は雪ノ下に今のままでいて欲しい、そう思ったこともまた事実だった。まぁ俺に対するアレな態度は改善の余地が大アリなのだが。





543: 1 2016/07/06(水) 10:16:17.09 ID:m9A8Kiok0


チラリと雪ノ下を見遣ると、ちょうどこちらを窺うようにして見ていた彼女と目が合う。
何か言いた気に口をもにょもにょさせていたようだが、結局のところ何も言わずにそのまま黙ってそっと目を伏せてしまった。

文化祭も終盤になるに連れて体育館は人の出入りが増え、気がつくと入り口付近はかなり混みあってきている。
クラスによっては既に出展を終えてたところもあるのだろう、エンディングセレモニーに向けて体育館に集まる生徒の数も次第に数を増しつつあるようだった。

外に向かおうとすると、自然、人の流れに逆行することになる。
振り向くと案の定、線の細い雪ノ下が俺のすぐ後ろで立ち往生している姿が目に入った。




544: 1 2016/07/06(水) 10:18:10.49 ID:m9A8Kiok0


八幡「 … 大丈夫か? あんま人ゴミとかに慣れてないんだろ?」

雪乃「そうね。誰かさんのおかげで人間のクズには多少慣れたつもりでいたのだけれど」

八幡「 …… とりあえずお前は俺の思い遣りを今すぐ返せ」

こんな状況下にあってまで、俺の人間性を揶揄することは忘れねぇのな。


雪乃「あっ」

弱みを見せまいと気丈に振舞っていた雪ノ下だったが、言ってる傍から他の生徒にぶつかってよろけ、咄嗟に俺の袖にすがりついた。

雪乃「ご、ごめんなさい。つい … 」///

八幡「お、おう。気ぃつけろよな」///

羞恥のためか真っ赤になりながらもごもごと謝る彼女の手を、俺はなるたけ邪険にならぬよう、さり気なく振り解いた。




545: 1 2016/07/06(水) 10:20:11.30 ID:m9A8Kiok0


そのまま雪ノ下を先導するように人ゴミをかき分けながら外に出たところで、やっと一息つく。

雪乃「で、出入り口は複数設けて混雑を回避した方がいいわね」///

髪や服装の乱れを片手でいそいそと直しながら雪ノ下がまるで独りごちるかのように呟いた。


「――― あ、お兄ちゃん?」


聞きなれた声に振り向くと、そこには先ほど校舎内で別れたはずの妹の小町の姿があった。




546: 1 2016/07/06(水) 10:21:35.58 ID:m9A8Kiok0


八幡「おう、なんだ小町ぃ。まだいたのか?」

小町「うん。折角だから今日は目いっぱい楽しんでいこうと思って」


雪乃「あら、小町さん、こんにちは。文化祭に来てくれていたのね」

小町「あ、雪乃さん、やっはろーです。受験勉強の気分転換を兼ねて兄の監視に来ました。お兄ちゃん、ちゃんと仕事してますか?」

雪乃「大丈夫よ。仕事でカメラを持たせてはいるのだけれど、私の見た限りでは犯罪行為には走ってないみたいね。今のところ」

八幡「今のところ言うな」

小町「そうそう、雪乃さん雪乃さん!実は小町、来年、総武高校受験するつもりなんですよ!」

雪乃「そうなの。小町さんならきっと大丈夫よ。だって、比企谷くんですら合格できたくらいですもの」

八幡「おい待て雪ノ下、いくらなんでもその基準はちょっとおかしくねぇか?」ヒクッ

雪乃「奇遇ね。私も前々からこの学校の合格基準はちょっとおかしいのではないかと思っていたところなの」

八幡「俺が言ってるのはお前の判断基準のことだよッ!」




547: 1 2016/07/06(水) 10:23:29.54 ID:m9A8Kiok0


雪乃「でも、小町さんはどうしてわざわざ総武高校を選んだのかしら? 確か、あなたの学校からは毎年ひとりかふたりしか総武高校を受験していないはずなのだけれど…」

小町「えへへ。それはもちろん、兄がいるからでぇーす。あ、これ小町的にポイント高いと思いません?!」

雪乃「…… そうね。兄妹仲がよくて本当にうらやましいわ」

小町「というかー、ホントはお兄ちゃんと同じ学校にいるというだけで自然と小町の評価があがるからなんですけどぉー」

しんみりと呟く雪ノ下に何を感じ取ったのか、わざとおどけて見せる。

八幡「 …… まぁ、そうなると相対的に俺の評価は下るんだけどな」

雪乃「あら、あなたに対する世間一般の評価がそれ以上下がるとも思えないのだけれど?」

八幡「うるせーよ。あと、経験から言わせてもらうと小町のせいで俺のあだ名が“1年○組の比企谷さんのお兄さんのヒキタニくん”になる可能性が超高い」

雪乃「 …… 何があってもヒキタニの名は不変なのね … 」




548: 1 2016/07/06(水) 10:25:15.65 ID:m9A8Kiok0


小町「あー… えーと…、ところでー、さっきから気になってたんですけどー… おふたりはー…」

何やら不思議そうな表情を浮かべて俺と雪ノ下の顔を交互に見る。

雪乃「私達なら、これから次のイベントの準備で特設会場に向かう途中なのだけれど、どうかしたのかしら?」

小町「あ、いえいえ、それもそうなんですけど、でも、そうじゃなくて … 」

ぶんぶんと勢いよく首を振ったせいで、これだけは俺とよく似たアホ毛がぴょこぴょこ揺れた。

八幡&雪乃「 …… ?」

まるで要領を得ない小町の態度に思わず顔を見合わせる。

小町「 ―――― えっと、あの」






小町「 …… おふたりはどうして手を繋いでるんですか?」





549: 1 2016/07/06(水) 10:29:52.36 ID:m9A8Kiok0



八幡&雪乃「えッ?!」///


小町に言われて初めて気がつき、それまでごく自然に繋いでいた手を同時に離す。

そういや、あの後体育館の中で“袖つかまれてるとバランス悪いからこっちにしてくれるか”とか何とか言って代わりに手を差し出したんだっけか。

うわ、思いっ切り忘れてたわ。俺の手の神経どうかしちゃったわけ? つか、こんな時にまでオートで発動してしまうお兄ちゃんスキルが憎いっ!

雪乃「こ、これは体育館の出入り口が混雑していたからという致し方ない理由があってやむを得ず比企谷くんの手を借りていただけであって別に深い意味があるわけでは全然なくてむしろ…」///

雪ノ下がわたわたと慌てながら言い訳めいた言葉を連ねていたが、最後の方は尻すぼみになり、真っ赤な顔をしてチラリと俺の方を見る。また俺ですか …… 。


八幡「あー…コホン。これはアレだ。ホラ、小町とだって人ゴミではぐれないように手を繋ぐことぐらいあんだろ? アレと同じだ、アレ」

小町「ふーん。でも、最近は恥ずかしがって滅多に繋いでくれなくなったけどねー」ニヤニヤ


雪乃「 … え? そ、そうなの?」///

八幡「や、それはだな … 」///


このままではまるで俺がしょっちゅう妹と手を繋いでいるシスコンだと勘違いされてしまいそうなので、一応セルフのフォローを入れることにする。


八幡「小さい頃から家族揃ってお出かけする度に、かーちゃんとオヤジと小町が俺からはぐれて迷子になるんで、仕方なく手を繋いでやってたってだけの話だからな?」


雪乃「 …… それって、どう考えても迷子になっているのはあなたの方だと思うのだけれど」




550: 1 2016/07/06(水) 10:39:57.38 ID:m9A8Kiok0


小町「お兄ちゃんと雪乃さんって、ホントにただのお友達なんですか?」

どうやら手を繋いでいるところを見られたせいで、小町に変な誤解を与えてしまったようだった。

八幡「ふっ、残念だったな小町。雪ノ下は俺と友達になること自体、絶対にありえないって言ってるぜ?」

小町「そうなんですか?」

雪乃「え? ええ … そうね。比企谷くんは … その … お友達とは … ちょっと違う … わね」///

いつになく雪ノ下の歯切れが悪い。妹の面前で兄を罵倒することに躊躇しているのだろうか? だとしたら、何を今更という気がしないでもないが。

小町はそんな雪ノ下の様子を見ながら、何事が考えるような素振りを見せたかと思うと、やがてひと言、



小町「 ――― あ、それってつまり、友達はありえないけど恋人ならワンチャンってことですよね?」





551: 1 2016/07/06(水) 10:41:31.92 ID:m9A8Kiok0



八幡&雪乃「なっ?!」///


思いがけず返されたセリフに、俺と雪ノ下が揃って絶句する。


雪乃「ちょ、ちょっと小町さん? そ、それはいくらなんでも … 」///

八幡「や、雪ノ下は猫派なんだからさすがにワンチャンはねーだろ」///



小町「おやおやぁ? おふたりとも顔が真っ赤ですよ? もしかして小町、お邪魔でしたかぁー?」





556: 1 2016/07/06(水) 20:23:26.98 ID:qmoxCuo20



「あ、八幡!」


この世にもし天使が実在するならば、たぶんこんな声なのだろう。
マイ・ラブリー・エンジェル戸塚彩加が俺たちに手を振りながらまるで可愛らしい仔犬のように駆け寄ってきた。

その燦然と輝く太陽のような笑顔で、厳しい世間の風に晒されて荒んだ俺の心を慰め、癒してくれる。

俺がもし旅人だったら、もうその場ですぐに服脱いじゃうね。むしろ脱ぎすぎちゃってそのまま警察に捕まるまである。

だが、ふと気が付くと戸塚はなぜかエビーズ事務所プロデュースのホモの王子さま … じゃなかった、星の王子さまの衣装のままだ。

相変わらず似合いすぎるくらい似合ってるぜマイ・ハニー。そのまま宝塚デビューしても不思議はないくらい。

ホグワーツで組み分け帽子なんか被らせたら「星組!星組!」とか言い出すに違いない。




557: 1 2016/07/06(水) 20:26:08.94 ID:qmoxCuo20


小町「あ、戸塚さん、やっはろーです」

戸塚「小町ちゃん、やっはろー。雪ノ下さんも一緒なんだね。こんにちは」

雪乃「こんにちは、戸塚くん」

八幡「ところで、戸塚、お前どうしたんだ?」

もちろん俺が聞いたのは、お前はどうしてそんなに可愛いんだ? ということではない。どうして王子さまの衣装のままなのか、という意味である。

戸塚「うん、舞台の片付けをしてるうちに、ぼくの服がどこかに紛れこんじゃったみたいで…」モジモジ

八幡「お、そ、そうか。それは大変だな」

おいおいもしかして今頃ネットオークションに出品されてんじゃねーのか? 早く手を打たないと俺が落札できなくなんだろ。

それよりもなによりも何が大変って、この場合俺が理性を抑えつけるのが超大変。意識して自制していないと無意識のうちに抱きしめて、しかも耳元で愛の言葉を囁いてしまうところだ。

小町「まぶしっ!戸塚さん、まぶしっ!」

小町に言われるまでもなく、舞台用にとクラスの女子が丹念に施したメイクのせいで、頬を染めただけでそんじょそこいらの美少女など遠く及ばないほど可愛くなってしまう。


戸塚「や、やっぱりヘンかな?」

八幡「いや、ヘンじゃない。そのままで全然アリだと思うぜ」

なんなら明日からもその格好で登校しても全然OK。風紀委員だって戸塚に対しては特別措置をはからうべきだろう。


「 …… 私の時とは全然態度が違うのね」


拗ねたような呟きを耳にした気がして振り返ると、何やら少しだけ不服そうな顔をしている雪ノ下と目が合う。


雪乃「あなたたちの組の演目は、“王子と乞食”だったかしら? 変更届は出ていなかったと思うのだけれど」

八幡「なに言っちゃってんのお前? “美女と野獣”に決まってんだろッ?!」


戸塚「…八幡、“星の王子さま”だってば」





558: 1 2016/07/06(水) 20:28:34.36 ID:qmoxCuo20


戸塚「あ、そういえば彼もいるみたいだよ」

繊細な指が差す方向を目で追うと、特設ステージの真ん前に、どこかで見覚えのある物体が我が者顔で陣取っていた。

いまだ残暑厳しい中、トレンチコートに指ぬきグローブ、更に両手に巻かれた意味不明の深紅のパワーリスト(0.5キロ)。

両腕を組み、口をへの字に曲げて仁王立ちのまま、鼻息も荒くふんぞり返っている。

その名を口にするまでもなく、それ以上に口にしたら呪われそうなのでしたくもないのだが、もちろん材木座である。

ただでさえ暑苦しいのに、あいつのせいでその周囲の気温が更に2度ほど上昇しているようだった。気のせいかうっすらと陽炎までもが立ち昇り、まるで可視化された不吉な負のオーラの如く頭上に渦巻いて見える。

恐らくあいつを排除すれば地球温暖化の問題は八割方解決されるに違いない。
それどころかCO2の排出量も産業革命以前にまで戻るやもしれない。誰かヤツを止めるべき。息の根と一緒に。

材木座「ぶほむ。見せて貰おうか。房総の赤き狂犬とやらの実力を!」

なにやらほざいているようだが、よく見るとコートのポケットからはチーバくんのケータイストラップが覗いている。

…… って、こいつもチーバくん好きなのかよ。

なんか俺の周り、チーバくんファン率がやたらと高くねぇか? 夏場の首都圏のゲリラ豪雨だってさすがにこんな局地的じゃねぇぞ。




559: 1 2016/07/06(水) 20:30:34.22 ID:qmoxCuo20


戸塚「声、掛けてみようか?」

戸塚が無邪気に、だが、それ以上に危険極まりない発言をする。

八幡「 … いや戸塚、やめておこう。ここはやはりそっとしておいてやるべきだろ」

知り合いだと思われたら超いい迷惑だしな。
だいいち、あんなヤツと一緒にいるところを見られるだけでも戸塚の評判に傷でもつきかねない。
この汚れを知らない純真無垢な天使の笑顔は、なんとしてでも俺の手で守ってやらねばなるまい。


戸塚「え? でも、材木座くんだって…」

八幡「あ、戸塚、名前を呼んじゃダメだ!」

俺がとっさに戸塚の腕を引いて人垣の後ろに身を伏せたのと、材木座がくるりとこちらに振り向くのはほぼ同時だった。


材木座「ふぅむ。今、なにやら我の真名を呼ぶ声を聞いたような気がするのだが…」

サーチライトで照らすかの如くゆっくりと周囲を見回す材木座から間一髪で身を隠し、そのまま見つからないように息をひそめる。

ぼっちってば、滅多にないことだから自分の名前を呼ばれることに過剰なまでに敏感だったりするんだよな。




560: 1 2016/07/06(水) 20:32:42.01 ID:qmoxCuo20



戸塚「八幡…ちょっと痛い…かな…」


切れ切れの切ない恋 … じゃなかった声に気がつくと、いつの間にか俺は無意識のうちに戸塚の繊細な肩を抱き寄せていた。

何これ女の子みたいないい匂い。普段どんなシャンプー使ってたらこんないい香りがすんの? アロマ効果がシナジーして俺のステータスがネクストステージにオーバーシュートしそう。いかん、舞い上がりすぎて自分でも何言ってるかわけわからんくなっとる。

八幡「お、おう、す、スマン。大丈夫か」///

そのまま、くんかくんかすりすりぺろぺろしてしまいそうになるのをぐっとこらえてなんとか失いかけた理性を取り戻す。

戸塚「う、うん大丈夫だけど」///

潤んだ瞳に見つめられ、思わず俺の心臓がドキドキと高鳴ってしまう。やべ、もしかしたら俺このままマジで戸塚にフォーリン・ラヴしちゃうんじゃね?

OK。まずは落ち着くんだ俺。大丈夫、ノープロブレムだ。戸塚は男の子だからギリギリセーフ。いやよく考えたら全然アウトだろそれ。





565: 1 2016/07/07(木) 23:01:37.13 ID:lPmdW93O0


城廻「あら、こちらは?」


事前の打ち合わせ通り、特設会場付近で合流しためぐり先輩が小町に目を止め、不思議そうな顔で俺に尋ねる。

八幡「あー…、妹の小町です。小町、こちらは生徒会長の城廻先輩な?」

小町「比企谷小町です。兄がいつも大変ご迷惑をおかけしてます」ペコリ

要領のいい小町が如才なく挨拶する。

八幡「 …… お世話になってます、だろ?」 ヒクッ


城廻「え? い、妹さん?キミの?」

めぐり先輩がさも意外そうな顔で俺と小町の顔を交互に見比べた。

八幡「どうかしましたか?」

雪乃「天涯孤独、孤立無縁、孤影悄然、四面楚歌で、生きたまま孤独死しかねないあなたにも妹さんがいるという事実に、城廻先輩もさぞや驚かれているのでしょうね」


八幡「 … いやいくら俺がぼっちでも、そこまで深刻じゃないから」





566: 1 2016/07/07(木) 23:03:06.50 ID:lPmdW93O0


城廻「あ、えっと、そうじゃなくって、妹っていうから、私、てっきり雪ノ下さんの妹さんかと…」

小町「そうですねー、もしかしたら近い将来、そうなるかも知れませんよ? ね、雪乃さん?」

雪乃「えっ?」///

八幡「ば、ばっかお前、何言ってんだよ!?」///

小町「おやおや兄がヒネデレちゃってますよ?」


八幡「小町は未来永劫俺だけの妹だ。誰にもやらん。絶対に、だ」


雪乃「………相変わらず一貫したシスコンっぷりね」

小町「ハァ…。ホンッと、残念な兄で申し訳ありません」





567: 1 2016/07/07(木) 23:09:56.36 ID:lPmdW93O0


城廻「あー…、でも、そう言われてみれば、なんとなく似てる … 気もする … かな? あはは … 」

小町「ガーン!似てますっ?! 似てるんですか?!」

八幡「もしもし、小町ちゃん、なんなのその反応? お兄ちゃんが傷ついちゃったらどうすんだよ?」


城廻「あ、わ、私、もしかして失礼なこと言っちゃった … かな?」 アセアセ

八幡「そうですね。確かにその発言は失礼かもしれませんね、特に俺に対して」


城廻「ご、ごめんなさい。気を悪くしないでね、小町ちゃん?」 アセアセ

八幡「うんうん、確かに気を悪くしちゃうかもしれませんねー、特に俺が」


雪乃「小町さん、城廻先輩も別に悪気があって言ったわけではないのだから許してあげてね?」

八幡「 … お前のその発言はどう考えても悪気どころか明確な悪意しか感じられないけどな」





568: 1 2016/07/07(木) 23:13:27.67 ID:lPmdW93O0


城廻「あ、あ、でも、かわいいなー。あたしもこういう妹が欲しかったかも … 」

可愛いものはなんでも愛でるめぐり先輩、さすがお目が高い。

小町「キラーン。ぜひぜひ! 今からでも全然遅くありませんよ! 城廻さんなら、いつでもウェルダムです!」

八幡「いや別に誰も肉の焼き加減とか指定してねいから」

正しくはウェルカムな。こいつホントに受験生かよ。

小町「今なら漏れなくヒネデレてて目の腐った兄と、モッフモフしたネコのカァーくんもついてくるから超お得ですよ?」

城廻「あ、え、そ、そういう意味じゃなくて、ね」

めぐり先輩が困ったような顔で俺を見る。そうですよねー。俺もどういう態度とったらいいか困っちゃいますよねー。

ホントすみません。おバカな妹で。でもかわいいから許してやってください。

その傍で雪ノ下が戸惑いがちに呟きながら俺の顔をチラチラと見る。

雪乃「…ネ、ネコ? ネコもついてくるの?」

だからお前はお前でネコ好き過ぎだろ。あとチョロすぎ。





569: 1 2016/07/07(木) 23:15:16.32 ID:lPmdW93O0


当日の朝、校内ポスターで告知しただけだというのに、チーバくん目当てなのか特設会場の周辺には既にかなりの数の親子連れが集まってきているようだった。

前段の『千葉県横断ウルトラクイズ』の方もいよいよクライマックスに向けて盛り上がりを見せ、参加者が一喜一憂する姿にステージを取り囲む観客も、どっと沸き上がる。




570: 1 2016/07/07(木) 23:16:45.07 ID:lPmdW93O0



司会「東京ディスティニーランドへ行きたいかあああああああああああああああああああああああああああああ?!」

観客「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

司会「罰ゲームは怖くないかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!」

観客「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



… なんでここだけノリが昭和なんだよ。





571: 1 2016/07/07(木) 23:20:26.74 ID:lPmdW93O0


辺りを見回すと、恐らくはこのイベントのためにクラスで特別に誂えたものなのだろう、お揃いのハッピに団扇(うちわ)を手にしたスタッフらしき生徒の姿がチラホラと見受けられた。

雪ノ下とめぐり先輩が声をかけ、この後の段取りについて確認する。

俺のいる位置からでは何を言ってるかまでは聞こえないが、事前に話は通してあるので特に問題もなくスムーズに話はついたようだった。

めぐり先輩が簡易放送設備を指差し、ふたことみこと言葉を交わすと、ハッピ姿のスタッフがこくこくと頷くのが見えた。

それを受けて、めぐり先輩が俺に片手でOKサインを送ってくる。――― 了解だ。俺もそれとわかる程度に軽く頷いて見せた。




572: 1 2016/07/07(木) 23:24:13.40 ID:lPmdW93O0


八幡「葉山から連絡は?」

スタッフとの打ち合わせを終え、こちらに戻ってきた雪ノ下に確認する。

葉山は星ミュの午後の公演が終わった後、平塚先生の運転するバンに同乗してチーバくんの着ぐるみを直接受け取りに向かっているはずだった。
父親のツテということもあり、こればかりは誰か別の人間に任せるという訳にもいかなかったのだろう。

雪乃「ついさっき連絡があったのだけれど、こちらに向かう途中で、ちょっとした事故渋滞に巻き込まれているみたいなの」

俺の問いに答える表情に懸念するかのような翳りが見える。

城廻「どうしよう? もう、クイズの方は終わっちゃいそうだけど?」

めぐり先輩がステージの方を見ながら、そわそわと告げた。


――― やはり、ここは俺の出番、ということなのだろう。






573: 1 2016/07/07(木) 23:26:24.98 ID:lPmdW93O0


八幡「さてと、じゃあ、そろそろ行くとしますか … 」


頃合を見計らって伸びをひとつ、うざいくらいに眩しい陽射しに目を眇め、俺は自分のすべき仕事の準備にとりかかることにした。


雪乃「 ――― 任せたわ。でも、あまり無茶なことはしないでね」


珍しく気遣うような雪ノ下の声を背に受け、だが俺は振り返ることなく背中越しに軽く手を上げるのみでそれに応えた。





577: 1 2016/07/08(金) 19:31:22.64 ID:RiD7qOo20


「お兄ちゃんはどこに行くんですか?」

「ええ、実は ―――― というわけなの」

「お兄ちゃんが、任せろ、って言ったんですか?」

「え?ええ」

「それでまさかホントに任せちゃったんですか?!」

「え、ええ … もしかして、いけなかったのかしら?」

「いえいえ、あのヒネデレた兄のことをそこまで信頼していただけるのは妹である小町としても非常に感激なのですが … 」

「 … ど、どうかしたの?」

「小町が言うのもなんですが、お兄ちゃんはあの通り、口に咥えた青いリトマス紙が赤く変色するくらい、それはもう人生の辛酸を嘗め尽くしています」

「 … なるほど確かにそうかもしれないわね」

「だから本人はごくフツウのつもりでも、実際には他人の想像の斜め下をいく方法でしか物事を解決できないのではないかと思うんです」

「 ……… つ、つまり、どういうことなのかしら?」

「そうですね、例えば … 」

「あ、雪ノ下さん、小町ちゃん、ステージが終わったみたいだよ?」





578: 1 2016/07/08(金) 19:32:13.52 ID:RiD7qOo20



司会『さーて皆さんお待ちかねでーす。今日は総武高校文化祭のために、みんなのお友達が来てくれましたー。誰だかわっかるっかなー?』



「はーい!はーい! ふなっしー! ふなっしー!」





579: 1 2016/07/08(金) 19:32:54.41 ID:RiD7qOo20



「 … あれ、結衣さんですよねー…」

「そうね … とりあえず見なかったことにしましょう」





580: 1 2016/07/08(金) 19:33:49.61 ID:RiD7qOo20



司会『 … さ、さぁ、みんなで一緒に、大きな声でお友達の名前を呼ぼう! せーのー! ちーばく … 』







581: 1 2016/07/08(金) 19:34:37.16 ID:RiD7qOo20




八幡『犬(けーん)!』







582: 1 2016/07/08(金) 19:35:26.77 ID:RiD7qOo20



雪乃&城廻&戸塚「 ………… え?!」





  ざわざわざわざわざわざわざわざわ…
 
ざわざわざわざわざわざわざわざわ…

   ざわざわざわざわざわざわざわざわ…





583: 1 2016/07/08(金) 19:35:56.24 ID:RiD7qOo20



材木座「 … なにぃ … ちば … 犬 … だと … ?」






584: 1 2016/07/08(金) 19:38:05.40 ID:RiD7qOo20


観客のざわめきの広がる中、特設ステージの舞台袖から手を振りながら颯爽と飛び出した俺の姿は千葉県のイメージカラーである“菜の花”を表す黄色のオールインワンに、房総半島の地形を模した歪つな頭部。

そう、某千葉県環○財団のちば環○再生○金のマスコット・キャラクター、その名も、“ちば犬(ちばけん)”。

チーバくん誕生に先駆けること七年、“ゆるキャラ”商標登録に先立つこと更に三年前に華々しくデビューを飾っている、愛すべき(?)元祖千葉県のご当地キャラクターである。

そのオリジナルとなるイラストが二頭身であるのに対し、着ぐるみはデザインと(おそらく)予算の都合上、優に四頭身近くはあり、デザイナーも想定外の直立によるプロポーションのアンバランスさと相俟って、既にゆるキャラというカテゴリーを遥かに超越し、犬というよりも、あたかも“外宇宙の深淵より這い寄る冒涜的な何か”といったラヴクラフト的な形容詞のふさわしいコズミック・ホラーの領域にさえ達している。

登場するや否やロール判定するまでもなく最前列の子どもたちのSAN値がピンチ!

そしてわが子を匿うがごとくその腕にかき抱く親の顔は激しく引き攣り、そのままじりじりとステージから後じさるのが見えた。




585: 1 2016/07/08(金) 19:38:35.61 ID:RiD7qOo20



*** なお、この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体・ゆるキャラとは一切関係ありません。 ***





586: 1 2016/07/08(金) 19:39:16.40 ID:RiD7qOo20


「ママー、なにアレー?」

「これっ、指をさすんじゃありません」





587: 1 2016/07/08(金) 19:40:41.45 ID:RiD7qOo20


怒涛のごとく押し寄せる罪の意識と後悔の念、衣装の下を滝のように流れ落ちる別の汗。そして体中の至る所に隈なく突き刺さる冷たい視線。


―――― だが、しかし。


ここまでは計算のうちだ。慌てず騒がず当初の計画の通り、俺はめぐり先輩に片手でさっと合図を送る。

それを受けてめぐり先輩が神妙な顔でコクリと頷くのが見えた。

傍らの簡易放送設備のスイッチが指でぽちっと押されると、会場内に設置されたスピーカーからは、千葉県民であれば誰でも知っている軽快なシンセサイザーのミュージックが流れ始めた。



♪~♪♪♪~♪♪~♪~♪♪♪~♪♪~





588: 1 2016/07/08(金) 19:41:23.11 ID:RiD7qOo20



材木座「むっ? これは … もしや … “なのはな体操”… ?!」





589: 1 2016/07/08(金) 19:42:31.12 ID:RiD7qOo20


説明せねばなるまい。

なのはな体操とは千葉県が県民の健康増進のために1983年に制定した二代目県民体操のことである。ちなみに初代県民体操は人知れず歴史の闇に埋もれて消えている。

明るいテクノポップ調のインストルメンタルが特徴で、現在でさえも県内の小学校や中学校で運動会・体育祭の準備運動としてラジオ体操の代わりに行われている場合もある。

千葉県内では比較的ポピュラーな体操なのだが、公開当初はこの独特の音楽と体操が児童生徒の間でかなり不評だったため、通常のラジオ体操に戻してしまった学校も多いと聞く。


……… つか、いいのかよこれ? 今更ながらこのネタ、千葉県民にしかわからねーんじゃねぇのか?




590: 1 2016/07/08(金) 19:44:05.37 ID:RiD7qOo20


「あっちゃー…。やっぱりゴミィちゃんの考えつきそうなことですねー… 」

「 …… 相変わらずあなたのお兄さんは期待を裏切っても悪い予感だけは決して裏切らないわね … 」

「まぁ、そこが兄のいいところでもあるんですけどねー…って、敢えてここで兄を庇う妹って、ポイント高くありません?」

「雪ノ下さん、小町ちゃん、客足がステージから遠のき始めてるよ。このままじゃ、チーバくんが来る前にみんな帰っちゃうかも…」

「やれやれ仕方ありませんねー。雪乃さん、城廻さん、戸塚さん、兄のために、ちょっとお手伝い願えますか?!」

「え?ええ。でも、いったいどうするつもりなのかしら?」

「う、うん。私にできることなら」

「ぼ、僕も?」

「うむ、ここはひとつ我に任せるがよい ……… 何かは知らぬが」

「あ、中二さん、いたんですか? でも、お呼びじゃありませんから、ここで大人しくしててくださいねー」


「あ … はい … 」





591: 1 2016/07/08(金) 19:45:49.76 ID:RiD7qOo20


半ば自暴自棄となった俺が半狂乱の状態で一心不乱に“なのはな体操”を狂気乱舞しているところへ、いきなり小町が雪ノ下とめぐり先輩、そして戸塚を伴ってステージに乗り込んできた。

急遽スタッフから借り受けたらしい御揃いのハッピを羽織り、団扇まで手にしている。


――― そして、何を思ったのか、みんな揃って俺と一緒になのはな体操を踊り始めた。


え? なに? なんなのこれ? 新しい宗教かなにかなの?





592: 1 2016/07/08(金) 19:46:49.51 ID:RiD7qOo20


だが、戸惑いつつも客席へと目を向けると、いつの間にかステージから離れかけていた客の足が止まっていた。

小町「さぁ、みなさんもご一緒に♪」

小町の挙げる元気な掛け声を聞いて、まず子どもたちが面白がって一緒に見よう見まねで踊りはじめる。振り付けはめちゃくちゃだがそれはそれで可愛らしい。

すると、子どもにせがまれるような形で親御さんたちも一緒に踊り出した。

最初こそ渋々といった感じだが、恐らく身体で覚えているのだろう、そのうちに子ども達に手本を見せるようにノリノリで踊り始めた。さすがは、なのはな体操直撃世代。




593: 1 2016/07/08(金) 19:47:48.27 ID:RiD7qOo20



材木座「ぬぅ? も、もしやこれぞ、恋チュン、なのはなバージョン?!」


…… いやもうそれ恋チュン関係ねぃだろ。今更だし。





594: 1 2016/07/08(金) 19:48:58.13 ID:RiD7qOo20


一糸乱れぬ、とまではいかないまでも、それなりに揃って踊っている中で意外にも一番動きがぎこちないのは雪ノ下だった。

あー… そういやこいつ、帰国子女だっけ。知らないの? なのはな体操。有名だよ? 千葉県では、だけど。

しかし、お前らいったいどこのダンス・ユニットよ?

つか、星の王子さまの衣装で踊る戸塚、マジで可愛すぎだろ。これはもう総選挙するまでもなく、センターは戸塚で決定。異論は認めない。




595: 1 2016/07/08(金) 19:50:57.15 ID:RiD7qOo20



「どうやらなんとか間に合ったようだね」

「き、貴様は葉山何某?!」

「えっと … キミは、たしか … 財津くん、だっけ?」

「無礼者ッ! 我を何と心得るッ?! その名も高き剣豪将軍、材木座義輝なるぞッ! 頭が高ぁいっ! 控えおろうっ!」


「 ……… えっと、すまない。できたらこっちを向いて、もう少し大きな声で話してもらっていいかな? 音楽が大きいせいか、小さい声だと何を言ってるかよく聞こえないんだ」

「 ……… あ、ハイ … スミマセン」 ボソボソ


「それで実は財津くんにちょっと手伝ってもらいたい事があるんだけど?」

「な、なに? 貴様が我に頼み事とな?」

「ああ、キミの方が適任だと思うんだけど、頼まれてもらえるかな?」

「なるほど。そうかそうか。くくくくく、なれば貴様、今すぐここで我に土下座して乞うがよい。さすれば考えてやらんでも … 」

「もうっ!中二ってば、時間ないしっ! 早くするしっ!」

「は、はいーっ!!」





596: 1 2016/07/08(金) 19:52:57.42 ID:RiD7qOo20


曲が終盤に差し掛かった頃、会場の外から由比ヶ浜に先導されて大きな赤い物体がゆっくりとステージに近づいてくるのが目に入った。

葉山のヤツ、どうやら間に合ってくれたようだ。

いつの間にか会場の脇に立ちこちらを見ていた葉山が腕を組んだまま俺に向けて親指を立てて見せる。
サムズアップとはいかにもリア充(笑)らしい陳腐な仕草だが、イケメンがやるとなぜか様になるので癪に障る。

あんまり悔しかったので、反射的に中指を立てて返そうかと思ったが、何か色々なコードとかに引っ掛かりそうなので自重した。

由比ヶ浜に小声で促され、短い手をぎこちなく振りながらおぼつかない足取りで歩を進めるチーバくんの登場に気がついた客席が一斉に沸き返る。

丁度なのはな体操の曲も終わり、小町たちは観客の拍手に包まれながら舞台袖からゆっくりと降りてゆく。




597: 1 2016/07/08(金) 19:53:50.90 ID:RiD7qOo20


役目を終えた俺も、この場からそっと離脱しようとしたのだが、すれ違い様にチーバくんにガッチリと腕を掴んで引き止められてしまった。


……… ん? なんだよ。つか、誰だよこいつ?




( …… は、八幡よ、我だ )ヒソヒソ





598: 1 2016/07/08(金) 19:56:50.00 ID:RiD7qOo20


八幡( その声、て、テメェ、もしかして材木座か?! )ヒソヒソ

材木座( 然り。故あってこの千葉の赤き狂犬の中に身をやつしておる )ヒソヒソ



「あ、チーバくんだ~!カワイイ~」


その時、この学校の女子生徒が数人、こちらに向かって駆け寄ってきた。
どこかで見覚えがあるような気がすると思ったら、俺らと同じ2年、それもどうやら材木座と同じクラスの女子らしい。

だが、その女子生徒達を目にした途端、材木座がギシリと不気味な音を立てて硬直するのがわかった。




599: 1 2016/07/08(金) 19:59:30.47 ID:RiD7qOo20


材木座( は、八幡よ、ま、マズいことになった。非常事態である! ) ヒソヒソ

八幡( どうかしたのか? トイレならちょっと我慢 … ) ヒソヒソ

材木座( 否ッ! ) ヒソヒソ

八 幡( まさか、もう漏らしちまったとか? やべっ、えーんがちょっ! バーリアッ! ) ヒソヒソ

材木座( フォカヌポゥ! バカめ、この我にバリアなど効かぬわッ! っと、そうではないっ! … か、かの女子が、桜山殿なのだっ )ヒソヒソ

八幡( あ? 桜山って確か、この間お前の言ってた… )ヒソヒソ


その女子生徒 ――― 桜山咲久は、チーバくんに擦り寄り、やたらとかわいいかわいいを連発している。

… でもあれな、女子がかわいいって言うのは、大抵、かわいいと言ってる自分かわいいアピールなのな。

ギリギリまで詰めた短いスカート、わずかに染められ緩くカールした髪、常に笑っているかのように細められた目、鼻にかかった甘ったるい口調。

その立ち振る舞いは一見、天然であるかのように見えるのだが、冷静な目で見れば明らかに自分をいかに可愛く見せるか常に計算しているのがよくわかる。

俺のアホ毛の形をした“あかんやつレーダー”がすぐさま反応し“ビッチメーター”がマックスで振り切らる。



間違いない。こいつ、自称サバサバ系女子に勝るとも劣らぬ喪男の天敵 ――― ゆるかわビッチだ。





600: 1 2016/07/08(金) 20:01:04.93 ID:RiD7qOo20


八幡( いいか、材木座。何があってもぜってー声出すんじゃねーぞ?ぜってーだぞ! )ヒソヒソ

材木座( … 八幡よ、それはもしや、我に“声を出せ”というフリかのう? )ヒソヒソ

八幡( フリじゃねぇっつの! )ヒソヒソ

東京ディスティニーランドのヒッキーネズミほど厳格ではないにせよ、こうしたキャラクターには一般的にイメージの統一を図るためにいくつかの禁則事項が設けられている。

代表的なものはだいたいふたつ。ひとつは、関係者以外の目に触れる場所で着ぐるみを着脱しないこと。そしてもうひとつは ――― 着用者は絶対に声を出さないこと。


八幡( つまりルールその1は、“中の人のことは知られるな”だ。 そしてルールその2も“中の人のことは知られるな”だ。わかったな? ) ヒソヒソ

材木座( う、うむ、なるほど、そうであったか。まるでどこの秘密クラブみたいであるな。よし、しかと心得たぞ! ) ヒソヒソ





601: 1 2016/07/08(金) 20:02:21.71 ID:RiD7qOo20


桜山「あのぉー、ちょっと鳴いてもらっていですかぁ?」 キャピキャピッ


材木座「ぶもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


八幡( だから、言ってる傍から声出してんじゃねぇっ! )


すぱこんっ


材木座( ぶべらっ! )

おいおい、今こいつ一ミリの躊躇いも見せずに吠えやがったぞ?

つか、お前いったいどこのジブリだよ? ト○ロなの? いやどっちかーっつーと言うと紅の豚?





602: 1 2016/07/08(金) 20:05:27.58 ID:RiD7qOo20


桜山「一緒に写メ撮らせてもらっていーですかぁー?」

桜山がスマホ片手にきゃぴるんと寄ってくる。

材木座( は、八幡よ … ど、どうすれば良いかのう? ) ヒソヒソ

八幡( いいから黙ってされるがままにしてろ! すぐ終わるからしばらく我慢しとけっ ) ヒソヒソ

材木座( う、うむ。承知 ) ヒソヒソ

材木座が桜山に向かってにコクコクと無言のまま頷いて見せた。すると

「あー、ずるーい!私もっ!」 「私も私もー!」 またたくまに材木座の周りに女子生徒達が群がり始めた。

材木座(は、八幡よ?! こ、これがいわゆるモテ期というヤツなのか? そうかっ? そうなのだなっ?) ヒソヒソ

そうこうしている間に、材木座は隙間なく女子生徒達に取り囲まれ、彼女たちによるスキンシップも次第次第にエスカレートし始めた。


女生徒「あたし腕組んじゃおー!」

材木座「!!」

女生徒「なら、あたし抱きついちゃう!」

材木座「!!!」

女生徒「ほっぺにチューとかっ!」

材木座「!!!!」


突如として材木座が天に向かい拳を真っすぐ突き上げた。



材木座( わ… )

材木座( わ、我が人生に、一片の悔いなああああああああああああああああああああああしっ!!! )



……… だからお前いったいどこの世紀末覇者なんだよ。




606: 1 2016/07/11(月) 01:28:50.93 ID:JVwccsgK0


「ちば犬×チーバくん … アリね … イケるかも」

女子生徒に揉みくちゃにされながら写メを撮られまくっているチーバくんからそっと離れた俺の耳に、腐穏な声が届いてきた。

ピンクフレームのメガネを輝かせ、満面に腐敵な笑を湛えているのは、誰あろう俺と同じクラスの海老名さんだ。

戸部「っべーっ、べー、マジ、っべーわ。あれ、やっぱマジ、チーバくんじゃね? これ、もうテンションアゲまくリングでしょ?」

その傍らに付き従っているのは、相も変わらず暑苦しい長髪をカチューシャでとめた、やはり同じクラスの戸部である。
いつもツルんでいる大和や大岡の姿はなく、珍しく今日は二人きりのようだ。

戸部「やっぱ、海老名さんも、チーバくんとか好き系なん?」

しきりに襟足を掻き上げながら話しかける戸部に、

海老名「うん、あたしゆるキャラものもイケるクチだから」

輝かんばかりの笑顔で答えながらも、なぜかそこはかとなく漂う腐敗臭。もしここがサバンナあたりなら、すかさずハイエナやらハゲタカやらが寄ってくるところだ。




607: 1 2016/07/11(月) 01:31:17.94 ID:JVwccsgK0


戸部「やっぱコレもう、もっと近くで見るしかないっしょー。なんだったら俺、写メ撮るし?」

海老名「そうねー…」

戸部「や、実は俺もチーバくん、超好きなんだわー」

そう言いながらも、ポケットから取り出したスマホのストラップはどう見てもふなっしー。

戸部「えっと、なんつーの、ほら、やっぱ、赤いじゃん?」

…… しかもなんだよそのティ○ァールのフライパンみたいにとってつけたような理由は。


戸部の猛烈なプッシュも心ここにあらずといった様子で聞き流し、海老名さんがまるで何かを、もしくは誰かを探すかのように背伸びをしながらくるりと周囲を見回す。

だが、間の悪いことにちょうどそのタイミングで、ごくさりげなく背に回そうとしていたらしい戸部の手に気がついてしまった。

戸部、ピーンチッ! でもオラ、ワクワクしてきたぞっ!




608: 1 2016/07/11(月) 01:33:02.06 ID:JVwccsgK0


戸部「 ……… あ」

海老名「 ……… どしたの?」


戸部の顔と中途半端に伸ばされた手を交互に見ながら、海老名さんがキョトンとした表情で尋ねる。


戸部「え? あ? や? … い、いや」


返事に窮した戸部は、咄嗟に目と手をあらぬ方へと泳がせる。そして、


戸部「い、いやー、コレ、ホントよくできてるわー。いい仕事してるわー」


どこぞのなんでもお宝鑑定士みたいな事をいいながら、必死に手近にあったものを撫で廻し始めた。

海老名「 …… ふーん?」

そんな戸部の姿を不思議そうな顔で海老名さんが見ている。

だがしかし、戸部よ …………





………… 今、お前の撫でてるそれな、俺の頭なんだけど?





609: 1 2016/07/11(月) 01:35:00.18 ID:JVwccsgK0


校舎の角を曲がり、辺りに人の目のなくなったところで、段差に腰掛け、ちば犬のかぶりものをとって一息つく。

アドレナリンが抜け出ると、いつも馴染みの感覚に浸ってくる。達成感や充実感はなく、重い脱力と疲労感。
所詮は小手先だけの誤魔化し。俺がやっていることといえばいつも同じだ。胸の張れるようなことでないのは自分でもよく理解している。

流れ落ちる汗が流れ込み、ぼやけ俺の視界がふわりと白いもので覆われた。


「――― 随分とまたバカなアイデアを思いついたものね。でも、あなたらしいわ」


頭にかけられたタオルの隙間から見上げると、目の前には雪ノ下が立っていた。





610: 1 2016/07/11(月) 01:38:45.02 ID:JVwccsgK0


雪乃「葉山くんが間に合わなかったら最後までそれで押し通すつもりだったの?」

八幡「 … ウソはついてねーだろ?」

相模のつくったチラシの文句は『総武高校文化祭に千葉県のあの人気マスコットキャラクター“チ○バ○ん”が登場!!』だ。

雪乃「“ちーばくん”と“ちばけん”ではかなり無理があるし、それ以前に誤表記と偽装くらいの差があると思うのだけれど?」

八幡「“嘘も強弁”って言うだろ? この世界、なんでも言ったもん勝ちなんだよ」

なんであれ、正しいことを言う人間よりも、声の大きい人間の意見の方が通りやすいなんてことはよくありがちな話だからな。

雪乃「正しくは“嘘も方便”ね。でもこの場合あながち間違ってるとも思えなくなるから不思議ね … 」

八幡「ま、いずれにせよ結果オーライってことでいいんじゃね?」

雪乃「そうね。お陰でお客さんも帰らずにいてくれたことだし、一応感謝しているわ。 … それから」

八幡「 … それから、なんだよ?」

雪乃「 … よく似合っているわよ、その格好。これからもずっとそれ着ていたら?」

八幡「 … うるせーよ」

そうは答えつつも、雪ノ下の形の良い唇に浮かんだ笑みを見ていると、なぜか俺の馬鹿な行いも今は少しだけ報われたような気がした。




611: 1 2016/07/11(月) 01:41:45.94 ID:JVwccsgK0


雪ノ下がそんな俺の手から、ちば犬の頭をそっと取り上げる。


雪乃「…… でも、私、この犬、結構、好きよ」


言いながらごくさり気なく、すとんと俺のすぐ隣に腰を下ろす。
その行為があまりに自然でだったせいか反応する暇もなく、だが、その代わりに俺の心臓だけが勝手に跳ね上がった。

雪ノ下は素知らぬ顔をしたまま、まるで手にしたちば犬の頭に向かって話しかけるかのように、ぽしょりと小さく付け加えた。


雪乃「 ――― 間の抜けているところも、なんとなく、あなたによく似ているし」





615: 1 2016/07/11(月) 10:40:19.17 ID:LXc3Ict80



「 ――― あら、こんなところにバカがいた」


いきなり俺たちの目の前に現れた陽乃さんは“ラスボス”という表現がふさわしく、そして正にその通りの存在であるといえた。

艶(あで)やかなステージ衣装の上に薄手のカーディガンを羽織った姿は、体育館のスポットライトを浴びて燦然と輝いていた先ほどとはまた異なる雰囲気を纏いつつも、陽の光の下でも全く損なわれない完璧な美しさを保っている。

彼女は俺たちの数歩前で足を止めると、いつもの如くまるで値踏みするかのような無機質な視線で、反射的に立ち上がってしまっていた俺の姿を、上から下までじっと見つめた。





616: 1 2016/07/11(月) 10:41:54.63 ID:LXc3Ict80


雪乃「姉さ…」

陽乃「 ――― で、それが比企谷くんの私に対する答えってわけ?」

妹の存在を無視して俺にかけられたいつになく冷たく鋭い声。
もしかしたらこれがこの女性(ひと)の本来の声音なのかもしれない。ふとそんなことを思う。

八幡「 ……… お気に召しませんでしたか?」

なんとか絞り出した強気の声はあくまでも虚勢だ。言いながらも自分でも腰が引けているのはよくわかっていた。





617: 1 2016/07/11(月) 10:45:26.10 ID:LXc3Ict80


陽乃「比企谷くん、あなた、もしかして私の事、揶揄(からか)っているのかしら?」

口角こそ吊り上げて見せるが、その目はまるで笑っていない。


八幡「そんな風に見えますか?」

潔白を示すかのように両手を広げて見せる。

陽乃「ええ、とっても」

間髪入れずに返されたその原因は、やはり緊迫した場面に似つかわしくない、ちば犬の衣装のせいなのだろう。


陽乃「だとしたら、私もまた随分と舐められたものね」

八幡「まさか。これが俺にできる精一杯ですよ」

陽乃「…そう。私はキミのことをちょっと買い被っていたのかもしれないわね」

言葉とともに向けられた鋭い視線に思わず首を竦めてしまう。




618: 1 2016/07/11(月) 10:50:46.17 ID:LXc3Ict80


陽乃「あれは、隼人の差金?」

あれ、とは即ちチーバくんのことだろう。どうやら全てお見通しらしい。

別に葉山を庇い立てするつもりはなかったが、特に否定も肯定もしない俺の沈黙を彼女は肯定と受け取ったようだった。

そのまま俺と陽乃さんの視線が無言で絡まり合う。

こうして直接目を合わせると、その目力がハンパでないことを実感できる。

気が付くと俺の膝が意思に反して小刻みに震え始めているのがわかった。




619: 1 2016/07/11(月) 10:54:35.70 ID:LXc3Ict80


ひどく長く感じたが、実際はほんの数秒だったに違いない。あねのんの気配がふと緩んだ気がした。


陽乃「…ま、いいわ。笑わせてもらったし。面白かったから今回は許してあげる」


八幡「…そりゃどうも」 ほっと一息するのも束の間、


陽乃「でも、次があるとは決して思わないことね」

ピシリと鋭い追い打ちがかかった。

もちろん、言われなくてもそんな事くらい充分承知している。
彼女が俺という人間に対していくばくかの興味を抱いてくれているからこそ、今回も大目に見てもらえたに過ぎない。俺にとっては、それも計算の内である。

だが、この女性(ひと)のことだ、その気になれば俺ごときぼっちなど、ひと捻りで潰してしまうだろう。間違いなくそれだけの力と影響力を持っているはずだった。





620: 1 2016/07/11(月) 10:56:05.76 ID:LXc3Ict80


雪ノ下は先程から何を言うでもなく、静かに姉の姿を睨みつけている。そんな妹から向けられた強い視線を、微動だにせず受け止める姉。

俺がこのふたりを知る遥か前から、今までも何度となく繰り返されてきたであろう姉妹の相克の図。
性格はまるで対極的とも言える二人だが、こんな時だけは不思議とまるで鏡写しのようによく似て見える。


そして、そんな彼女たちを見ているうちに、またぞろ俺の悪い癖が疼きはじめた。





621: 1 2016/07/11(月) 10:57:14.14 ID:LXc3Ict80



八幡「あー、そういえば雪ノ下さん … 」


陽乃「陽乃、でいいわよ。もしくは義姉さんでも可。むしろそちらを推奨」

俺は彼女の戯言を聞き流し、ひとつ大きく息をすると言葉を続けた。



八幡「 ――― チーバくんの着ぐるみの予約する時は、お父さんの会社の名義は使わない方がよかったんじゃないですかね」





622: 1 2016/07/11(月) 11:00:00.07 ID:LXc3Ict80



陽乃「 …… ?!」


あねのんの美しい瞳が驚愕に彩られるのを見て、俺は昏い快感に痺れた。


雪乃「え?」


雪ノ下が戸惑いの目で俺と陽乃さんの顔を交互に見る。

陽乃さんは、まるで射抜くかのような鋭い視線で俺をまっすぐに見据えた。

陽乃「 … どうしてそれを … ? … いえ、そんなはずはないわ。あなたもしかして … 謀った … わね?」


さすがはあねのん、ご明察。もしやと思ってカマをかけただけなのだが、どうやら俺の推理は的中していたようだ。





623: 1 2016/07/11(月) 11:05:35.58 ID:LXc3Ict80


そもそも普通に考えて、“専決処分”なんてとびきりの裏技、相模に思いつくはずもない。

だが、もし仮に、“文化祭にチーバくん”を呼ぶというアイデア自体が誰かの入れ知恵であったとするならば、その“誰か”とは当然、文実委員長の権限を熟知している者、つまり、経験者である可能性が高い。

――― 例えば、そう、目の間にいる彼女のような。

雪ノ下が電話で確認した時には、“着ぐるみは数体あるが全て予約済”だと言っていた。
陽乃さんであれば、そんな初歩的なミスを犯すことなど絶対にありえない。当然、事前になんらかの形で手回しをしていたはずである。


彼女が何のために、誰のためにそこまでしたのかなど、敢えて俺がここで言うまでもないだろう。
素直でない妹に塩を送るような真似をするのは、恐らくもっと素直でない姉以外にいるはずもないのだから。

そして、例え妹に向ける愛のベクトルは違うとはいえ、シスコンはシスコンを知るものなのである。





624: 1 2016/07/11(月) 11:06:42.55 ID:LXc3Ict80



陽乃「…覚えてらっしゃい。この借りは必ず返させてもらうわよ?」


まるで悪役の捨て台詞のような言葉を口にしながらも、その目はいかにも楽しげに輝いている。

しかし、俺にはそっちの方がよほど空恐ろしく思われた。





625: 1 2016/07/11(月) 11:10:07.11 ID:LXc3Ict80



陽乃「あ、それから大事な事、忘れてたけど…」

背を向けかけていた陽乃さんが何事か思い出したかのように悪戯っぽく笑みを浮かべる。

その笑顔は先程までの剣呑さがまるで嘘であったかのように影を潜めている。その代わりといってはなんだが、なぜかものすごーくイヤな予感に囚われた。

陽乃さんはずずずぃっと俺との距離を一気に詰め、気がつくと俺の顔のすぐ目の前にその美しい顔が迫っていた。

その蠱惑的な瞳に魅入られたせいか、それともいつもよりやや強い柑橘系の香水のせいなのか、頭の中心が痺れて身動きすらとれない。


陽乃「――― これは楽しませてくれたご褒美よ」


耳元で小さくそっと囁くと、陽乃さんはそのまま、その形の良い柔らかな唇を俺の頬へと軽く押し当てた。




626: 1 2016/07/11(月) 11:11:43.38 ID:LXc3Ict80



八幡&雪乃「えっ?!」



陽乃「ふふ。ちょっと汗臭い、かな? でも、嫌いじゃないわよ男の人のそういう匂い」

一瞬何が起こったのか理解できなかったが、我に返るのは雪ノ下の方が早かった。


雪乃「姉さん! 今すぐ比企谷くんから離れなさいっ!」

いつぞやと同じ鋭い叱責が飛び、俺が遅まきながら跳びすさるようにして陽乃さんから距離をとる。

唇の感触が残る頬が熱を帯び、それが瞬く間に顔全体に広がるのがわかった。





627: 1 2016/07/11(月) 11:13:05.02 ID:LXc3Ict80


陽乃「あら、比企谷くんだって雪乃ちゃんの為に無い知恵絞ってくれたんだから、あなたからもお礼のひとつでもしてあげたらいいんじゃない?」

あねのんの顔に浮かぶ勝ち誇ったかのような笑み。


雪乃&八幡「なっ?!」///

その言葉に思わずふたりして顔を見合せてしまった。が、すぐに雪ノ下が目を逸らす。そして、


雪乃「し、しないわよ」///

八幡「って、まだ何も言ってねぇだろっ!」

雪乃「……え? まだ?」///


八幡「だ―――! だから、こんな時にまで挙げ足とってんじゃねぇよっ!」///





628: 1 2016/07/11(月) 11:16:31.50 ID:LXc3Ict80



ン・ヴヴヴヴヴ … ン・ヴヴヴヴヴヴ …


その時、突然、俺のスマホのバイブが鳴り始めた。

急いで取り出して画面を見ると、どうやら由比ヶ浜かららしい。

メールならともかく、直接電話してくることなんて今までも滅多になかったことなので、つい緊張して声が裏返ってしまう。


八幡「あー…、もしもし、俺、俺、俺だけど」



陽乃「 …… もし、この場に警察でも居合わせてたとしたら」

雪乃「 …… ええ。まず間違いなく現行犯逮捕されてるわね」





629: 1 2016/07/11(月) 11:18:27.57 ID:LXc3Ict80


俺が電話に出るや否や、由比ヶ浜の声が俺の耳に飛び込んできた。


結衣『ヒッキー?!今どこっ?!』


声に切迫したものがある。どうやらかなり慌てているらしい。


八幡「ん? どうした? 何かあったのか?」

結衣『た、大変なの。ちゅ、中二が…』

八幡「材木座? 材木座がまたなんかやらかしたのか?」

結衣『それが、あの、その、』

気が動転してしまっているのだろう、まるで要領を得ない。


八幡「取り敢えず落ち着け由比ヶ浜。そんな時は、素数とか数えるといいらしいぞ?」

結衣『う、うん、そうだね! …………… えっと ……… そ、そすうって何だっけ?』

OK。それでこそいつもの由比ヶ浜だ。


八幡「んで、いったい何がどうしたんだって?」


一周廻ってどうやら落ち着いたらしい由比ヶ浜に再度問い質す。


結衣『あ、そうそう、そうなの! 中二が ……… 中二が ……… 』




結衣『 ―――― 中二が暴走しちゃったの!!』






634: 1 2016/07/12(火) 22:46:09.50 ID:z+x0XDRT0



「いたぞ、そっちだ!」 「逃がすなっ! 追えっ!」


気がつくと校内の一角はものものしい雰囲気に包まれていた。

既にめぐり先輩の指揮下、生徒会の役員達が手分けしてチーバくんの着ぐるみを着た材木座の姿を追っている。

何かのアトラクションとでも思われているのか、今のところはまだ一般客や生徒達にはバレてはいないようだが、恐らくそれも時間の問題だろう。

それに、定刻までに着ぐるみを返却する必要もある。もし遅れでもしたら本来の借主に多大な迷惑をかけることにもなりかねない。

当然このままのんびり放置して置くというわけにもいくまい。




635: 1 2016/07/12(火) 22:47:40.11 ID:z+x0XDRT0


由比ヶ浜の話によるとイベントも無事終了し、ある程度客足のはけたところで、人目につかない校舎裏で着替えさせようとした時に事件は起きたらしい。

結衣「あたしが、ちょっと目を離した隙に … 」

雪乃「彼が着ぐるみを着たまま逃走した、というわけね … 」

雪ノ下の言葉に無言で頷く由比ヶ浜。

結衣「でも、どうしてなんだろう?」


八幡「 ……… 材木座のやつ、着ぐるみの魔力に取り憑かれやがったな」


雪乃&結衣「着ぐるみの魔力?」

俺の独り言にも似た呟きに、雪ノ下と由比ヶ浜が揃って反応する。




636: 1 2016/07/12(火) 22:48:58.41 ID:z+x0XDRT0


結衣&雪乃「それって…」 「どういうことなのかしら?」


八幡「お前らも見ただろ。普段は産廃にも劣るゴミカスワナビに過ぎないあの材木座でさえ、チーバくんの着ぐるみを着ている限り、女の子の方からわらわらと寄ってくるんだぜ?」


結衣「それってつまり …… 」

八幡「 …… ああ、そうだ。つまり材木座は … 」




雪乃「 …… 救いようのないバカってことね」


雪ノ下の深々とした溜息とともに漏れ出たセリフこそが、文字通り材木座という存在の全てを的確に言い表していた。




637: 1 2016/07/12(火) 22:50:26.26 ID:z+x0XDRT0


それほど広い学校でもない。ケータイを通じて目撃情報は続々と集まっている。というか、報告を受けるまでもなく歓声が聞こえたらそちらに向かえばいい。

雪乃「いったいどこに向かっているのかしら?」

八幡「ああ、恐らく例の桜山を探しているんじゃないのか?」

雪乃「桜山さんって ……… 確か、中身も知らずにチーバくんに真っ先に抱きついてた、あのやたらと頭と貞操観念のユルそうなB組の女子のことかしら?」

八幡「 ……… お前ってば、同性に対しても何げに容赦ないのな」





638: 1 2016/07/12(火) 22:56:33.84 ID:z+x0XDRT0


次々に上がる驚きの声の方向を順に追って行と、視界の隅を過る赤い影をとらえた。

見ると、チーバくんが短い足で器用に走りながら次々と追手から身をかわし、ことごとくその追跡を逃れている。
いかに必死であるとは言え、ただでさえ動きが制限される着ぐるみを着た状態である事を考えれば、まさに神業、超人的なフットワークだ。

すぐさま「くそっ」「逃げたぞっ」失望の呻き声があがる。


雪乃「思いのほか素早いのね…」

その様子を見て、雪ノ下が呆れるとも感心するともつかない感想を呟いた。

八幡「 … まぁ、赤いのは三倍速い、というのは、もはや定説だからな」





639: 1 2016/07/12(火) 22:59:15.69 ID:z+x0XDRT0


だが、めぐり先輩に代わって陣頭指揮をとる雪ノ下の下す的確な指示のもと、じわじわとではあるが確実にその包囲網は狭まりつつあった。

そしてついに、人気のない特別棟の裏、フェンスに囲まれた庭の隅へとチーバくんを追い込むことに成功する。


シュッシュッ シュッシュッ


追い込まれたチーバくんは観念するどころか、なぜかシャドーボクシングで周囲を牽制。


八幡「 … うぜぇな」

雪乃「確かに、妙に動きがいいだけに、見ていてイラッとするものがあるわね … 」


退路を断つためにひとりの男子生徒が背後に回り込もうとすると、いきなりチーバくんがくるりと振り向くのが見えた。


チーバくん「しやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


八幡「 …… あ、荒らぶるチーバくんのポーズ…だと?」





640: 1 2016/07/12(火) 23:04:34.65 ID:z+x0XDRT0


雪乃「ところで、あれはいったいどういうことなのかしら?」

雪ノ下の向けた視線の先に目を遣ると、そこには茫然自失といった態で両膝をつき、がっくりと項垂れる平塚先生の姿があった。


城廻「ふたりの来るちょっと前に平塚先生がひとりでチーバくんを捕まえようとしたんだけど … 」

めぐり先輩がもじもじと言いにくそうに事情を説明する。


雪乃「 …… どうやら着ぐるみがクッションになって先生の得意とする打撃系の技が通じなかったみたいね」

雪ノ下が状況を冷静に分析し判断を下した。つか、借り物の着ぐるみに何てことしてんだよ、あの先生。


八幡「打撃系がダメとなると、あとは投げ技 … か」

あの図体だ。倒してしまえば自力では起き上がれまい。だが、手足が短く胴回りがやたらと太い上に着衣も帯もない以上、柔道の技は有効ではなさそうだ。

だからといって集団でかかれば、着ぐるみを必要以上に傷つけてしまう恐れがある。やはりそれは避けたいところだ。

俺がそれとなく見ると、自然と雪ノ下と目が合い、同時にコクリと頷く。どうやら考えていることは同じらしい。




641: 1 2016/07/12(火) 23:06:51.94 ID:z+x0XDRT0


八幡「雪ノ下、もし仮に、だが、俺が一瞬だけあいつの注意を逸らすことができれば、その間に取り押さえることは可能か?」

俺の言葉に雪ノ下は少しだけ考える素振りを見せたが、

雪乃「ええ、そうね。多分、できるとは思うのだけれど … 。何か策でもあるのかしら?」

あくまでもさりげないその返事に自信のほどが窺える。

八幡「まぁ … な。あると言えばある」

雪乃「 … その顔は、またいつのようにロクでもないこと考えているようね」

そうはいいつつも雪ノ下はどこからか取り出したヘアゴムを口に加えると、慣れた様子で手際よく長い黒髪を一本に束ねた。

普段は見ることのないその白い項(うなじ)に、こんな状況であるにも関わらず、つい目を奪われてしまう。




642: 1 2016/07/12(火) 23:08:09.08 ID:z+x0XDRT0


雪乃「城廻先輩、これ以上騒ぎが大きくならないうちに、相模さんを呼んでもらっていいですか?」

城廻「あ、うん、そ、そうだね。ちょっと待ってて」

慌ただしくその場を離れるめぐり先輩の姿を見届けると、雪ノ下は自然体のままチーバくんにしずしずと歩み寄り、ギリギリの間合いでピタリと足を止めた。


雪乃「準備ができたら声を掛けてちょうだい」


こちらを振り向きもせず、なんの気負いも衒いもないその声の頼もしさに惚れ惚れとしながらも、俺はすぐに気持ちを切り替えて次の行動に移った。




643: 1 2016/07/12(火) 23:09:21.51 ID:z+x0XDRT0


ここでは後々のためにも慎重に事を進める必要がある。


――― タイミング、角度、そしてなによりも一番重要なのは人選だ。


俺は素早く辺りを見回し、まず心配そうに雪ノ下を見つめる由比ヶ浜の姿に目を遣った。

文化祭のためにクラスで作ったお揃いのTシャツに下は動き易さを重視したジャージタイツ ――― 却下だ。

そして先ほどのショックから立ち直れずにがっくりとうなだれたままの平塚先生。

いつもの白衣にパンツスーツ ――― これも却下。


しかし、そうなると ……… 俺の心に焦りが生じてきたその時、





644: 1 2016/07/12(火) 23:11:01.69 ID:z+x0XDRT0



「 ……… ねぇ、あんた何やってんの?」



背後からかけられた声に振り向くと、いつものように気だるげに、それでいて呆れたような表情で俺を見る川崎沙希の姿があった。

どうやらこいつも騒ぎを聞きつけて様子を見に来たようだ。既に帰ったのか弟の大志の姿はない。


八幡「なんだお前か。悪いな、今ちょっと取り込み中 … 」


答えつつ、ふと川崎の姿を上から下まで見る。 ――― ビンゴだ!





645: 1 2016/07/12(火) 23:12:22.87 ID:z+x0XDRT0


八幡「おい、川崎。ちょっと協力してもらえるかッ?」

川崎「え? あ、あたし? な、なんで?」

八幡「今は説明しているヒマがないんだ! ただ … 」

川崎「 … た、ただ?」 ゴクリ



八幡「俺には ……… 俺にはお前が必要なんだッ!!!!!!」



ざざざざざざ …

間隙を縫うようにして校庭に植えられた樹の枝が、海から吹き付ける強い風で一斉に揺れ動き、低い音を立てる。




川崎「…… えっ?」



川崎「えっ? ええええええええええええええええええええええ ?!」///






646: 1 2016/07/12(火) 23:14:18.93 ID:z+x0XDRT0


川崎「そ、そそそそ、それって、どどどど、どういうことなの?」///

なぜか川崎が頬を赤らめてわたわたしているが、今はいちいちそんなことにまで構っていられない。

八幡「いいからッ! 頼まれてくれるのかッ?! くれないのかッ!? どっちなんだッ?!」

川崎「い、いいけど…どうすんの?」///

俺は川崎の返事を聞くや否や、有無を言わさず、ぱしりとその手をひっ掴む。


川崎「え? や? ちょ? なに?」///

そのままうろたえる川崎をひきずるようにして、チーバくんからよく見える位置へと移動した

そしてなおも戸惑う彼女にくるりと向き直ると、今度は自分を落ち着かせるためにひとつ大きく吸った。

チャンスは一度だ。


――― 方向、よし!

――― 角度、よし!


タイミング ――― よし、今だっ!





647: 1 2016/07/12(火) 23:14:52.74 ID:z+x0XDRT0



八幡「すまんっ!こうする!」








――― そして次の瞬間、俺の手は制服姿の川崎のスカートを高々と捲り上げていた。





648: 1 2016/07/12(火) 23:15:40.47 ID:z+x0XDRT0



川崎「ひゃうっ!?」///




期待に違わず、川崎は今日もやっぱり黒! レース! しかもガータ! マニアック!





649: 1 2016/07/12(火) 23:16:19.21 ID:z+x0XDRT0


チーバくん「っ?!」


川崎の下着(黒)に目を奪われたチーバくんに、ほんの一瞬だが隙が生じたように見えた。



八幡「今だっ! 雪ノ下ッ!」






650: 1 2016/07/12(火) 23:22:04.38 ID:z+x0XDRT0


俺の放った合図の声とともに、雪ノ下は一気にチーバくんに詰め寄り、超えるとも見えずに間境を超えていた。

冷ややかな笑みを浮かべながら、チーバくんの太く短い腕に、対照的なまでにたおやかな自らの両手を優し気にそっと掛ける。


雪乃「Shall we dance ?」


雪ノ下の唇が確かにそう言葉を紡いだように見えたその時、さして力を入れた風もなく、まるで舞うが如く優雅に円を描きながら、くるりとその細身を翻すのが見えた。



―――― 気がつくとチーバくんの身体が鮮やか宙に舞い上がり、陽光を遮りながら黒々とした影を形作る。



そして、次の瞬間にはそのままスローモーションのように地面へと投げ落とされていた。




662: 1 2016/07/14(木) 20:52:23.90 ID:V/IhnA1Y0


ずばんっ 


どおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん


チーバくん「きゅう」


周囲に響きわたるほどの派手な ――― イメージとは裏腹に、ぽすんと間の抜けた音ひとつで倒れたチーバくんは、目でも回してしまったのだろう、そのままピクリとも動かない。


雪乃「ふぅ … 、一応、手加減はしたつもりなのだけれど?」

雪ノ下の方はといえば、息も乱さず、汗ひとつかいていない。

八幡「お前、こんな状況でよくそんな余裕あんのな … 」 ヒクッ

半ば驚き半ば呆れつつ、俺は仰向けに倒れたチーバくんにゆっくりと歩み寄る。

平塚先生の猛攻にも耐えたくらいなのだから、この程度でケガをするようなことはまずないだろう。

ぱっと見、瞳孔は開いたままだし、息をしている様子もない … 着ぐるみだから当たり前か。

とりあえず脳震盪 … は脳ミソないから大丈夫。脳挫傷 … も脳ミソないから大丈夫と。脳挫滅 … おっと言うに及ばずだったな。


八幡「 … やれやれ、観念しろ、材も … 」





663: 1 2016/07/14(木) 20:58:23.57 ID:V/IhnA1Y0


「 ――― ふぅむ、これはもしや鶴翼の陣」


その時、背後から不吉な影を落としつつ、どこかで聞き覚えのあるような無駄にいい声が響いてきた。
  

「 ――― 数で劣る相手を殲滅するに良い陣形ではあるが、左右の兵が遅れることで大将首を狙われる恐れのある諸刃の剣 … 」

声の主は頼まれもしないのに知ったかぶりで蘊蓄を垂れ流しはじめる。うざい。


「 ――― いやはや、三方ヶ原における信玄公の戦ぶりを思い出すではないか … のう、八幡よ」

無視されたのが悲しいのか、それとも単に無視されたことに気がついていないだけなのか、やけにしつこい。そしてそれ以上に鬱陶しい。


「 ――― 八幡? 八幡? ね、聞いてる? ね、ね、ね、ね、八幡? 八幡たらぁ!」


…… なに急にカワイコぶってんだよ、キメェな。


八幡「 … お前、さっきからうるせぇ よ … って、え?!」



さすがにいい加減イラっときて舌打ちしながらくるりと振り返った俺の目には、逆光で隠されてはいるものの、まさに今、目の前で倒れ伏すチーバくんと、うりふたつといっていいほど似通ったシルエット。


材木座「八幡が、我を無視するからであろうっ!」


――― そう、材木座義輝その人の姿が映っていた。




664: 1 2016/07/14(木) 21:01:48.81 ID:V/IhnA1Y0


八幡「って、材木座ぁ?!」

雪乃&結衣「えっ?!」 「中二っ?」


材木座「 …… はぽん?」



平塚「なにぃ … 材木座 … だと … ?」

材木座と聞いて、平塚先生がまるで幽鬼のようにふらりと立ち上がる。

顔にかぶさった長い髪のせいで、その表情までは読めない。

そしてそのままふらふらと魂の抜けたような頼りない足取りで一歩一歩材木座に歩み寄り、目の間で足を止めた。



平塚「迷って出たか材木座よ!? 外道照身霊破光線!  汝の正体みたり! 前世魔人チーバくん、天っ誅ぅ ―――― !」


ばこんッ


材木座「ぶべらっ!?」


平塚「うむ、手応えありっ! 我が破邪顕正の拳を以て、今度こそおとなしく成仏するがよいッ!!」


…… いや、材木座、別に死んでた訳じゃないから。少なくとも今この瞬間までは。


だがその全身全霊をかけた渾身の一撃は、確かに死体でさえ屠り去るであろう威力だった。


復ッ活ッ! 平塚静ッ復ッ活ッッ! 平塚静香ッ復ッ活ッッ! 平(以下略





665: 1 2016/07/14(木) 21:04:13.52 ID:V/IhnA1Y0


雪乃「 …… おかしい人を亡くしたわね」

結衣「ゆきのん、それ、惜しい人だし … 」

八幡「だいたいあってる … って、おい、ちょっと待て」


俺は倒れたままのチーバくんと材木座を交互に見る。

雪乃「そうね、肝心なことを忘れていたわ ……… この場合、不燃ゴミでいいのかしら?」

八幡「いや、そうじゃねぇだろ」

雪乃「ごめんなさい。予想外の展開にちょっと取り乱してしまって。どう考えても粗大ゴミよね … それともやっぱり産廃扱いなのかしら」

まじめな顔をして考え込む様は、まさに死人にムチを打つ行為。いや、死んでないけど。




666: 1 2016/07/14(木) 21:06:57.10 ID:V/IhnA1Y0


平塚「む? チーバくんがふたりいる …… だと?」

自分が今殴り倒したばかりの材木座と、その向こうに倒れたチーバくんに気がついた先生が目をゴシゴシと擦る。あれ、角膜傷つけるからよくないらしいんだけどね。


平塚「 ……… ま、まさか、これは ……… ?」


自分のしでかした間違いにようやく気づいたものか、平塚先生の目が愕然と見開かれた。


平塚「 ………… ものが二重に見えるとは、もしや老眼の兆候 ?」


…… いやいやいやいや、だから今心配すべきなのはそっちじゃねーだろ。




667: 1 2016/07/14(木) 21:09:57.31 ID:V/IhnA1Y0


ちょうどそのタイミングで目を覚ましたのか、チーバくんが倒れたまま、もぞもぞと動き始めた。


八幡「じゃあ、こいつはいったい…?」

生徒会役員の手を借りて、引き剥がすように脱がした着ぐるみの中から現れたそいつは、ゆっくりと上体を起こして辺りを見回す。

そして、鬱陶しいまでに長い髪を汗で額に張り付かせたまま、


「 ……… かー。っべー、やっぱ捕まっちったかー…」


その男 ――― 2年F組のお調子者、戸部翔は悪びれることなく、にかりと照れたように笑ってみせた。




668: 1 2016/07/14(木) 21:16:31.66 ID:V/IhnA1Y0


結衣「とべっち、なにやってんの?!」

雪乃「ど、どういうことなのかしら?」


戸部「や、なに? なんつーか、その、やっぱ、ちょっとコレ、なんとなく着てみたかったっつーか?」

襟足を掻あげながら、戸部がもごもとご言い訳めいたセリフを口にする。

つか、男がてへぺろとかしてんじゃねーよ。コイツってば、やっぱり材木座とタメ張るくらいウザさだな。

だが、確かに普段からお調子者である戸部の性格からしてみれば、悪ノリやウケ狙いでこれくらいのことはしても不思議はないのかもしれない。いや、よく考えたら俺、コイツのこと語れるほどよくは知らないんですけどね。

しかし、さすがに悪ふざけにしては少しばかり度が過ぎている。いくらなんでもこれはやりすぎだろう。


戸部「これって超動きづれーし、中、鬼あちぃし、めっさ視界も悪りぃのなー」


皆の呆然とした視線を他所に、戸部ひとりが平然とした顔で、なにやらブツクサ文句を零している。




670: 1 2016/07/14(木) 21:21:11.62 ID:V/IhnA1Y0


「 ――― とべっち、ここに居たの?!」


弾かれたように振り向く戸部に、反射的につられるようにしてその視線の先を追うと、そこには心配そうな表情を浮かべて佇む海老名さんの姿があった。


結衣「姫菜?!」


予想外の人物の登場に、思わずその場に居合わせた全員の視線が一斉に彼女へと注がれる。

海老名「チーバくん連れてきてくれるって行ったきり帰ってこないから心配したじゃない」

自分に向けられた皆の視線にもまるで臆することなく、海老名さんはそのままつかつかと戸部に歩み寄った。


戸部「あ、や、それがちょっと … その … なんつーか」

彼女が現れた途端、先ほどまでの開き直ったような態度はどこへやら、見る見る萎れ項垂れてしまう戸部。




671: 1 2016/07/14(木) 21:23:09.86 ID:V/IhnA1Y0


結衣「どうしたの?」

海老名「うん、あのね、実はどうしてもチーバくんに会いたいって子ども達がいて … 」

結衣「子どもたち?」

海老名「うん、実はあたしの隠し子で ――  」


戸部「うえっ?!」


海老名「 ―― ってのは冗談なんだけど」



…… このタイミングで冗談かますとか、いったいどんな心臓なんだよ。


海老名「以前、ボランティアしてた時に知り合った子達なんだけど … 」

結衣「ふんふん?」



海老名「 …… 施設の子たち、なんだ」


小さく付け加えるように、ぽしょりと呟いた。





672: 1 2016/07/14(木) 21:42:51.86 ID:V/IhnA1Y0


海老名「せっかくだから、うちの文化祭に招待したんだけど、こないだのチラシ見せたらどうしてもチーバくんに会いたいって。でも、時間とかよくわかんなくって」


……… なるほど、そういうことだったのか。


結衣「なんだ、とべっち、いいとこあるじゃん!」

由比ヶ浜が戸部の背中をぽんと叩く。

戸部「や、別に、そんなんじゃ…」///
 
戸部が照れたように頬を赤らめ、わしゃわしゃと襟足を掻き上げた。おいだからそれやめろただでさえウザイのに余計鬱陶しくなんだろ。

そんな戸部を見ているうちに、ふとあのキャンプ場での夜のことを思い出す。

…… そうだよな。こいつ、海老名さんにいいとこ見せたかっただけだもんな。

苦笑まじりに生暖かい視線を向ける俺に気がついた戸部が、驚き慌てて拝むように手を合わせた。


戸部「や、ヒキタニくん?! それ内緒で! マジ、オナシャス!」




673: 1 2016/07/14(木) 21:44:24.37 ID:V/IhnA1Y0


雪乃「でも、だとしたら、中にいたはずの彼はいったいどうしたのかしら?」

先程から倒れたままの材木座にやっと皆の視線が集まるが、心配している気配は微塵も感じられない。ま、仕方ねぇか、材木座だし。

戸部「あー…、彼、ザイモクザキくんだっけ? ヒキタニくんのトモダチの」

八幡「いいか戸部、お前の今のセリフには三つの間違いがあるぞ?」

戸部「や、実は俺も最初、ザイモクザキくんに頼むつもりだったんだけどさー…」

八幡「ん? どうした? 断られでもしたか?」

こいつってば普段からリア充に対してやたらと無駄に敵愾心持ってるからな。ありえない話ではない。


戸部「いや、そうじゃなくて?」

ぶんぶんと顔の前で手を振ってみせる。


戸部「 …… なんつーか、俺が見つけた時には校舎裏で真っ白に燃え尽きててー? いくら話しかけても、ぜんっぜん反応なくってさぁー。かー、なんなん、彼?」


俺は伸びたままの材木座をあらためて見下ろす。


……………… ホント、なんなんだろうね、コレ。




674: 1 2016/07/14(木) 21:46:13.67 ID:V/IhnA1Y0


結衣「それで、子ども達はどうしてるの?」

海老名「え? まだ向こうで待ってるけど … 」

そう言ってここから見えない一角を指差す。


結衣「ヒッキー…?」

由比ヶ浜が期待と不安の入り混じった目で俺を見つめた。

おいおいいヒキョーだろ。そんな捨てられた仔犬拾ってきた子供みたいな目で見られたら、断るものだって断り切れない。


八幡「…雪ノ下、まだ少しなら時間あんじゃねーの?」

俺が苦笑しながら声をかけると、

雪乃「ハァ…。やれやれ、そういうことなら仕方ないわね。さっさとなさい」

雪ノ下も諦めたかのように首を振る。


結衣「ありがとー!ゆきのん!」

それを聞いて由比ヶ浜が雪ノ下にがばっと抱きついた。


雪乃「ちょ、ちょっと由比ヶ浜さん、み、みんなが見てる前でそんなにひっつかないでくれるかしら … 」///



…… ってことは、みんなが見てなければいいってことですか、ゆりのしたさん?




675: 1 2016/07/14(木) 21:47:23.16 ID:V/IhnA1Y0


八幡「ほれ、戸部。副実行委員長の許可も下りたことだし、折角だからお前が最後まで演ってこいよ」

状況が理解できないでいたらしい戸部は暫しポカンとした顔で俺達を見回していたが、やがて、

戸部「え? マジで? いいの? そっか、悪りぃーね。 んじゃまた、ちょこっとだけ貸してもらうことにするわ」

そう言って再びゴソゴソと着ぐるみの中へと潜り込んだ。





676: 1 2016/07/14(木) 21:54:25.29 ID:V/IhnA1Y0


背後から裾がくいくいと引かれたことで、俺はもうひとつの問題に直面していた事実を思い出す。

恐る恐るといった態で振り返ると、はたして川崎が真っ赤な顔をして上目遣いで俺を見つめていた。


川崎「あ、あのさ…」///

八幡「や、その、さっきは悪かったな … 」

たどたどしく弁解をしながらも、目を逸らさないようにしてそろそろと後じさる。


川崎「 ……… べ、別に、そ、それは、い、いいんだけどさ]

なぜかもじもじと恥ずかしげに身を捩る川崎。

川崎「そ、その、そ、そういうのは、ちゃ、ちゃんと言葉にしてくれないと…」ゴニョゴニョ ///


八幡「…は?」


川崎「こ、この後、あたし、ずっと教室いるから … 」


訊き洩らしそうなほど小さな声で言い残すと、川崎は俺に背を向け、そそくさと歩み去ってしまった。



文化祭の最終日、クラスの女子に、誰もいない教室で、呼び出し …… ?

これって、もしかしていわゆる ……


“テメェ、シメてやっから、後でちょっと顔かせや”ってことだろうか。


やべぇ、なんか超怖いんですけど。

代わりといってはなんだが、ここはひとつ腹パン一発くらいで勘弁してもらえませんかね ……… 大志に。





677: 1 2016/07/14(木) 21:58:07.27 ID:V/IhnA1Y0


校庭の一角。大喜びでチーバくんにまとわりつく子供たちの姿を、海老名さんが微笑ましく見つめている。

柔らかな笑みを浮かべたその横顔からは、時折見せるエキセントリックな言動や、腐った趣味の片鱗さえも窺えない。

そんな彼女を見ていると、もしかして彼女自身も何か大切なものを守るために、あえて腐女子としてのポーズをとっているのかもしれない … ふとそんな考えが脳裏を過った。案外、戸部の気持ちにも、とうに気がついていながら、気のつかないフリをしているのだろうか。

俺の視線に気が付いたものか、海老名さんがこちらに振り向き、ニコリと可愛らしく笑みを浮かべる。


海老名「見て見て、ヒキタニくん。チーバくん、総ウケ … しかもショタ … 腐ヒッ」 ジュルッ


…はい、モノローグ撤回、撤回。




678: 1 2016/07/14(木) 22:02:02.71 ID:V/IhnA1Y0


葉山「ヒキタニくん、戸部のために色々と気を遣ってもらってすまなかったね」

おっとり刀で三浦を伴ってかけつけてきた葉山が、そう言いながら俺の肩にそっと手を伸ばす。


八幡「あ … ばかッ … 葉山、やめろッ!」


だが、俺が制止するよりもその手が俺に触れるのが早かった。


海老名「は、葉山くんがヒキタニくんの身体を手にかけたっ?! … な、なんたる眼福!ぶっ腐ぅ!」

八幡「だからなんでそうやってわざわざ誤解を生むような紛らわしい言い回しすんだよッ!?」


三浦「ヒナッ、擬態しろし! 鼻血とヨダレふけし!」

すかさず三浦が生来の世話焼きおかん気質でもって海老名さんの鼻と口を同時に塞ぐ。


海老名「もがっ! もがもがっ! もががっ!」

…… でもそれだとフツウに呼吸も止まっちゃいますよね? もしかしてわざとですか?


つか、既に今回の文化祭で華々しくカミングアウトしてしまった以上、今更何をどう取り繕ったところで、もう完全に手遅れじゃありませんかね?

いちど豆腐や納豆になってしまった大豆は、どんなに手を尽くしても元には戻せないんだよ?





679: 1 2016/07/14(木) 22:04:05.93 ID:V/IhnA1Y0


チーバくんの暴走は総武高校文化祭における「紅蓮の疾風事件」として、その後も一部生徒の間で伝説として語り継がれることとなる。

今回の評判がよかったので、次回は是非、体育祭にも呼んだらどうかとの声も上がったらしい。

またこれはものっそどうでもいい話なのだが、材木座の進路希望に「ゆるキャラ」という選択肢が加わったらしい。いやそれ職業じゃねぃし。


材木座「ぶほむ。八幡よ、“材木座エモン”というキャラクターを思いついたのだが、いかがであろうかの」

こいつ…真顔で聞いてきやがった。

俺の頭に、ふなっしーのせいで影の薄くなった船○市の公式ゆるキャラの姿が想い浮かぶ。


八幡「……… いいからユルいのは頭のネジだけにしとこうぜ? な?」





695: 1 2016/07/17(日) 20:21:41.96 ID:c03fGmKB0


有志団体のトリを務めるために葉山グループが慌ただしく立ち去り、気がつくと残されたのは俺と雪ノ下のふたりだけになっていた。

八幡「相模のヤツはどうしたんだ?」

先ほどめぐり先輩が探しに行ったはずだが、結局そのまま帰って来ていない。連絡もないということは、もしかしてまだ見つからないのだろうか。

雪乃「私も朝から別行動だったから、ずっと姿を見ていないの」

俺の問いに雪ノ下はふるふると首を振ってみせた。

八幡「あー…、もしかしたら、投票の集計結果を確認するために会議室に詰めているのかもな」

脳裏を過るイヤな予感を振り払うかのようにもっともらしいセリフを告げる俺を雪ノ下が不思議そうな目で見つめる。

俺はそんな彼女の視線に気がつかないフリをしながらも、手にしていた“それ”を無意識のうちに、ぎゅっと握り締めていた。




696: 1 2016/07/17(日) 20:24:06.96 ID:c03fGmKB0


雪乃「 ――― そういえば、あなたの自転車を傷つけた犯人、わかったわよ」

唐突に切り出された雪ノ下の思いもよらない言葉に、俺は少しばかり面食らってしまっていた。


八幡「 …… あ? お前、いつの間に?」

おいおい、あんだけ激務こなしながら、いったいどこにそんな余裕あったんだよ?


雪乃「由比ヶ浜さんが協力してくれたお陰で、犯人を割り出すのは意外と簡単だったわ」

八幡「由比ヶ浜が?」

雪乃「ええ、私から話を聞いて、彼女もまるで自分のことのように怒っていたわ」

そう言いながら、ちらりと俺の反応を覗うように見る。




697: 1 2016/07/17(日) 20:26:29.51 ID:c03fGmKB0


八幡「 …… んで、結局、誰だったんだ?」

このタイミングで話が出たということは、やはり相模か、その取り巻き連中ということなのだろうか。


雪乃「A組の男子なのだけれど ――― 」

八幡「 …… はぁ?」

意外、と言いたいところだが、雪ノ下から聞かされた名前にはまるで聞き覚えがなかった。少なくとも面識はないはずだ。まぁ、俺の場合、大抵の人間とは面識がないのだが。


雪乃「 ……… 1年の時、相模さんや由比ヶ浜さんと同じクラスだったらしくて … 」

八幡「それで?」

俺が続きを促すと、雪ノ下はほんの僅かだが躊躇うような素振りを見せたあと、静かに続けた。


雪乃「 ――― その頃からずっと相模さんに好意を持っていたみたいなの」




698: 1 2016/07/17(日) 20:27:52.78 ID:c03fGmKB0


そういえば、今となっては三浦の陰に隠れて鳴かず飛ばずだが、相模も1年の頃はクラスの上位カーストとしてブイブイ言わせてたんだっけ。
つまりは、そこそこ人気者だった、ということなのだろう。

だとすれば、そのA組の男子生徒とやらは自分の片想いの相手をこきおろす俺が許せなくて犯行に及んだ、という事なのかもしれない。


――― やれやれ、思わぬところで恨みを買っちまったわけだ。





699: 1 2016/07/17(日) 20:31:14.06 ID:c03fGmKB0


雪乃「今回の件に関して、相模さんは何も知らないみたいなのだけれど …… 」

言葉を途切らせたのは、恐らくどうするか俺に問うているのだろう。
わざわざ“今回の件”と断っているからには、相模一派の俺に対するネガキャンについてもある程度把握しているに違いない。


八幡「 ……… 言わんくていいだろ、別に。もう済んだことだし」

面識もない以上、とかく思うところもない。それこそ一週間もしないうちに今聞いたばかりの名前すら忘れるだろう。なにその1週間フレーズ。


雪乃「あなたなら多分そう言うと思ったわ。 ――― でも大丈夫よ。もう二度とさせないから」

その確信に満ちた物言いが少しだけ引っかかる。

八幡「お前、いったいそいつに何したわけ?」ヒクッ

雪乃「あら、聞きたいのかしら?」 ニコッ


八幡「 ……… いや、遠慮しとくよ」 だからその笑顔怖いからやめろってば。


雪乃「別に、少し追い詰め …… いえ、問い詰めただけよ」

…… しらっと答えやがった。つか、なんでそこで目ぇ逸らしてんだよ。


恐らくこいつのことだ、ちょっとやそっとどころの話ではないのだろう。

そう考えると、なぜか顔も知らぬ相手に対して同情の念しか浮かんでこなかった。




700: 1 2016/07/17(日) 20:33:37.07 ID:c03fGmKB0


八幡「 …… 俺は全世界を敵に回すことなんかより、お前の存在の方がよっぽど恐ぇよ」

雪乃「それって、随分と失礼な物の言い草ね」

思わず本音を吐露してしまう俺に、雪ノ下が憮然とした表情で応じる。
だが、特に気分を害した様子もなく、そのままごくさりげない調子で言葉を継いだ。


雪乃「 ――― でも、例え本当にあなたが全世界を敵に回したとしても」


八幡「あん?」


雪乃「少なくとも、ふたり、あなたには味方と言える人間がいることを覚えておきなさい」


八幡「 ……… そりゃ頼もしいな。誰だか知らんが、その物好きなふたりとやらに、よく礼を言っといてくれ」

雪乃「礼には及ばないと思うのだけれど」

八幡「ぼっちってのは義理固ぇんだよ」



雪乃「 ――― 知っているわ。あなたのことは。よく、ね」





711: 1 2016/09/16(金) 13:12:17.49 ID:hBpSPC+K0


その時、体育館からひと際高い歓声が上がる。

どうやら文化祭もクライマックスへ向けて徐々にボルテージが上がりつつあるようだった。

振り仰いだまま校舎の窓に反射する白い陽射しを避けるようにして見上げると、抜けるような空の青が目に沁みた。

ふと俺の横顔のじっと注がれる雪ノ下の視線に気が付く。

八幡「あー…、俺たちもそろそろ体育館に行ってた方がいいんじゃねぇのか? 」

これといった理由もないのだが、なぜか急に照れ臭くなり、顔を背けたままそれとなく声をかけると、

雪乃「そうね。――― でも、その前に比企谷くん? あなたさっき姉さんとふたりで何か話をしていたみたいだけれど?」

返ってきたのはいかにもさり気なく、それでいて明らかに探るかのような声。しかも“ふたりで”の部分だけがやけに強調されて聞こえるのは気のせいか。

思い当たる節があるとすればひとつ。恐らく雪ノ下の言う“さっき”とは、由比ヶ浜からの連絡を受けた直後に起きたあの出来事のことをさして言っているのだろう。

あの後、現場に向かおうとしていた俺は陽乃さんにちょいちょいと呼び止められ「ちょっとだけふたりで話があるんだけど」と、いかにも意味深な声をかけられている。





712: 1 2016/09/16(金) 13:13:59.15 ID:hBpSPC+K0



**********************************





713: 1 2016/09/16(金) 13:15:42.02 ID:hBpSPC+K0


八幡「 ―――――― 雪ノ下が文実委員長をやりたがっていた?」


フィジカルにもメンタルにも突き刺さりそうな視線を向ける雪ノ下をなんとか宥め賺して先に行かせた俺は、何の脈絡もなく不意打ちのように告げられたその言葉に、そっくりそのまま同じセリフで返してまう。

陽乃「ええ、そうよ。あの子のことだもの、私の真似をしようとしていたとしても別に不思議はないでしょう?」

そんな俺に対し、いかにもそれがごく当り前のことでもあるかのように平然と応じるあねのん。


八幡「 ……… それ、笑えない冗談ですね」

確かに雪ノ下は姉に対して強い憧れの念を抱いている。それは先ほど有志団体のオケを指揮する陽乃さんの姿を目にしながら交わした会話からも十分に窺えた。
また、それが完璧超人とも言える彼女の抱える唯一のコンプレックスとなっているであろうことも容易に想像がつく。

だが、少なくとも俺の知る雪ノ下は自ら率先して人前に立ちたがるようなタイプではない。逆にそういったことを極力避けているとさえ言っていいだろう。
そんなことは敢えて俺が口にするまでもなく、実の姉である陽乃さんの方がよく知っているはずだった。




714: 1 2016/09/16(金) 13:17:02.85 ID:hBpSPC+K0


陽乃「ちっちっち、わかってないなー、比企谷くん」

陽乃さんは訝し気な顔をする俺の考えを見透かしているかのように、すっきりと伸びた人差し指を立て目の前でゆっくりと振って見せる。
そこいらの女がやったらそれこそ失笑ものの仕草なのだが、彼女がするとまるで映画のワンシーンのように様になって見えた。

陽乃「あの子はね、別に人前に立つのがイヤってわけじゃないんだよ」

八幡「 …… どういう意味ですか?」

恐らくわざとであろう途切れた言葉の続きを促すに、

陽乃「人前に立つことで私と比較されるのがイヤなだけなの。――― だって、雪乃ちゃんがいくら頑張っても、私には絶対に敵(かな)わないって、わかってるんだもの」

彼女は事実を事実としてのみ述べるように、淡々とした口調でそう告げた。




715: 1 2016/09/16(金) 13:18:47.10 ID:hBpSPC+K0


陽乃「 ……… 自分ではしないで他人にやらせるところなんか、ほんと、あの人そっくり …… 」

やや間をおいて、濡れたように艶やかな紅い唇から漏れ出た呟きは、誰に聴かせるというでもなく、ただ言葉の余韻だけが昏い影のようにじわりと重く心にのしかかってくる。


八幡「 ……… そういうあなたこそ、なぜわざわざ相模をそそのかして雪ノ下を追い詰めるような真似をしたんですか?」

もって回ったような言い方とわざと仄めかしたセリフがいつになく燗に障り、募る苛立ちに知らず言葉が固くなる。

自分でもそれとわかるほど尖る視線を向ける俺に対し、陽乃さんは、その完璧ともいえる唇を僅かに綻ばせて小さく薄く嘲ったように見えた。

陽乃「このまま雪乃ちゃんひとりが自己満足しただけで終わってしまったら、面白くもなんともないでしょ?」

八幡「面白くないって …… 」

あまりにも身勝手で自分本位な言葉に俺は返す言葉を失う。




716: 1 2016/09/16(金) 13:19:53.78 ID:hBpSPC+K0


陽乃「 ――― それに、実力も能力もないくせに自己顕示欲ばかり強いあの手のタイプは扱いやすかったっていう、ただそれだけの話よ」

それがいったい誰のことをさしているのかは問うまでもないだろう。

雪ノ下が体調を崩すことなった一件で多少は思うところはあったにせよ、あねのんの余興めいた茶番につきあわされ、いいように利用された相模南がいっそ哀れにさえ思えてくる。




717: 1 2016/09/16(金) 13:21:43.90 ID:hBpSPC+K0


もちろん今回の文化祭の迷走を招いた一番の原因が相模であることは紛れもない事実だ。

だが、正直なところ、小さな仲間内のグループのリーダーならまだしも、こうした大きな組織の運営などまるで経験したこともないであろう彼女に多くを求めるのは酷というものだろう。

しかも、直近に雪ノ下という類稀なる逸材がいるだけに、その無能ぶりが余計に際立ってしまっていたのは、自業自得とはいえ彼女にとっては最大の不幸としかいいようがないとさえ言えた。

自ら文実委員長に立候補した事を例にとるまでもなく、自己承認欲求の強い相模のことだ、いかに自らが招いた状況とはいえ、いたたまれなかったであろうし、俺もその気持ちはわからんでもない。

腫れ物にさわるような扱いなら、いっそのことガン無視された方がまだ救いがあるというものだ。
ソースは中学時代の俺。頼むから「比企谷くんをクラスに馴染ませる会」とかやめてくんない?いや今は俺のことはどうでもいい。

ある意味で相模もまた、容姿、才能、人望の全ての面において自分を遥かに凌駕する雪ノ下に対してコンプレックスを感じていたに違いない。

それがわかっていながら、いや、わかっていたからこそ、陽乃さんは相模を利用し、直接手を下すことなく妹を追い込んで自分は高みの見物を洒落込んだのだ。




718: 1 2016/09/16(金) 13:23:28.92 ID:hBpSPC+K0


それが妹に対する信頼の顕れなのか、それとももっと別の何かなのか、いかに人間観察のスペシャリストを自認する俺と雖も、その美しくも厚い貌の下から窺い知ることはできなかった。

慄然とした思いで目を瞠る俺の心を知ってか知らずか、陽乃さんはまるで蝶の羽を毟り取る子供にも似たあどけなく無邪気な笑顔を浮かべたまま、こともなげに言ってのける。





719: 1 2016/09/16(金) 13:23:55.94 ID:hBpSPC+K0



陽乃「 ――― だって、それ以外に利用価値なんてないじゃない」






720: 1 2016/09/16(金) 13:26:22.95 ID:hBpSPC+K0


「 ―――― !」


その時、さほど離れていない校舎の影で誰かが微かに身じろぎし、息を飲むような気配が伝わって来た。

恐らくは陽乃さんもその事に気が付いたはずなのだが、それが何であれ、誰であれ、軽く一瞥しただけですぐに興味を失ったように見えた。


八幡「 …… なぜ、今ここで、そんなことを?」

本当に聞くべきことは他にもあったかも知れない。だが、それは明らかに今の俺が踏み込んでいい領域ではなかった。

形にも言葉にもならない模糊とした遣り切れなさが、否定でも肯定でもなく、彼女がそれを俺に告げた意図を問い質す。

陽乃さんは目を細めると、優しく、柔らかく、甘く、しかし明らかに毒の含まれた言葉を紡ぐ。


陽乃「これはね、比企谷くんに対する、私からの忠告よ」

八幡「 ……… 忠告?」 

陽乃「そう、忠告。もし、キミが雪乃ちゃんのことを今みたいに考えているとしたら、そう思い込んでいるんだとしたなら」



陽乃「 ―――――― 遠からずキミはあの子を失望させることになるわよ」



不意に低く転じた声は妙に冷たくひりひりと渇いていて、俺の耳には忠告と言うよりも、むしろ抗えぬ運命を告げる不吉な予言のように空ろに響いて聞こえていた。





729: 2016/11/04(金) 21:59:35.98 ID:gvlfRWeM0


**********************************





730: 2016/11/04(金) 22:02:06.83 ID:gvlfRWeM0


八幡「 ……… なぁ、雪ノ下」


あの時、校舎の陰にポツンとひとつ落ちていた誰のものとも知れぬ文実委員の腕章を手に、俺は彼女に向けて重い口を開く。

――― お前、もしかして本当は相模の代わりに文化祭実行委員長をやりたかったのか。

だが、喉まで出かかっていたそのセリフは、無意識のうちに彼女の顔に姉の面影を重ね見てしまった事で中途半端に途切れてしまう。

もし、俺の知る、いや、知っているはずの雪ノ下が陽乃さんの言う通り全く違う人間なのだとしたら ――― 。

もし、ふたりが共有する信念や矜持が、俺だけの一方的な思い込みなのだとしたら ――― 。

わきあがる疑念に、言葉の続きを口にすることもできず、苦みを帯びた唾液が一度口にしかけたものを、そのまま飲み下すことさえ拒んだ。




731: 2016/11/04(金) 22:03:28.90 ID:gvlfRWeM0


八幡「 ……… やっぱり、お前はそのままでいいんじゃねぇのか?」


結局、俺が口にしたセリフはまるで別のものへとすり替わってしまっていた。

恐らく以前の俺ならば、あの時陽乃さんが告げた言葉など、単なる戯言として気にも留めはしなかっただろう。

だが、雪ノ下は決して嘘をつかないという、彼女に対する信仰とすら言える確信の揺らいでしまった今となっては、逆にその事実こそが彼女に向けて踏み出す一歩を躊躇わせた。

それは単に彼女に失望することを恐れるあまり、都合よく現実から目を背けてしまっただけなのかもしれない。


――― 例えそれがまたひとつ、自分の理想を他人に押し付けるという過ちを繰り返すことになるのだとわかっていたとしても。





732: 2016/11/04(金) 22:04:18.23 ID:gvlfRWeM0



雪乃「 ……… それってつまり、私には姉さんのようなマネはできない、という意味なのかしら?」





八幡「 ……… は?」





733: 2016/11/04(金) 22:06:06.27 ID:gvlfRWeM0


真っすぐ俺を見据える彼女の片方の眉がごく僅かに吊り上がり、その顔には今やお馴染みとなった負けん気の強い色が刷かれる。


八幡「 え、あ、や …… べ、別にそういう意味じゃなくてだな」


いきなりに怪しくなってきた雲行きに、俺は何と答えていいものかわからず、かといってこの状況では恐らく何をどう答えたところで死亡フラグが乱立してしまいそうで返す言葉に詰まってしまう。


雪乃「そう。だったら、まずはあなたのその思い違いから正す必要がありそうね」

雪ノ下は何事か決心したかのようにそう呟くと、

雪乃「比企谷くん? ちょっとだけ耳を貸してもらっていいかしら?」 いきなり奇妙なことを言い出した。


八幡「 …… あん?」


耳を貸すも何も、改めて周囲を見回すまでもなく、一般参加者も帰り大方の撤収作業も終わった今となっては目の届く範囲に人っ子ひとり見当たらない。
こんなひとけのない場所で今更内緒話もないだろうに、とは思いつつ、

雪乃「いいから、さっさとなさい」

何を怒っているのか憮然とした表情で告げる雪ノ下に渋々片耳を差し出すと、

雪乃「そっちじゃなくて反対よ」

八幡「あがっ?!」

今度はむっつりとした顔のまま、脛骨も砕けよとばかりの勢いで無理やり俺の首が逆の方向にひねられた、まさにその瞬間 ―――  


偶然にも俺の視界の隅で、文化祭開催期間中は閉鎖されているはずの校舎の屋上に、何やら人影らしきものが動くのが見えた気がした。







734: 2016/11/04(金) 22:06:58.95 ID:gvlfRWeM0



八幡「おい、ちょっと待て、雪ノ下。今 ――― !」



咄嗟に雪ノ下へと向き直るのと、俺の唇の端に何か柔らかな感触のものが軽く押しつけられるのは、ほぼ同時だった。



「なっ?!」「えっ?!」



雪ノ下は驚いたように目を瞠りながら慌てて口許を隠し、すぐさま俺から距離をとる。


雪乃「あ、あなた、いきなりなんてことをするのっ?!」///






八幡「……… いやこの場合どう考えてもそれ俺のセリフだろ」





735: 2016/11/04(金) 22:09:01.00 ID:gvlfRWeM0


八幡「 ……… いったいなんのつもりなんだよ?」///


未だ柔らかな感触の残る頬を手で抑えながら改めて問い質す。

そういやさっき、あねのんからも同じことされたような …… って、もしかして


雪乃「 ……… えっと、それはその …… お礼 …… なのかしら ……… 一応?」///


俺から顔を背け歯切れ悪く答える。だからなぜにして疑問形。


雪乃「で、でも、これで私の勝ちね」///

しかも、小さく拳を握りしめ誰にともなく勝利宣言。

……… おいおい、こいつってば、いったいどんだけ負けず嫌いさんなんだよ。


そんな彼女の姿を半ば呆気にとられつつ見ているうちに、俺の心で燻っていたはずのわだかまりも、気が付くといつの間にかきれいさっぱり消え去ってしまっていた。





736: 2016/11/04(金) 22:11:15.13 ID:gvlfRWeM0


だからというわけでもないのだろう、


八幡「 ……… なぁ、今回の文化祭、やっぱりお前にとっては自分の子供みたいなもんだったのか?」


改めて仕切り直すかのようなその問いは、あえて何をか意識するというでもなく、自然と俺の口から滑り出ていた。

多少婉曲な言い回しになったとはいえ、思うところは同じだ。

淡々と相模の補佐に徹する雪ノ下に、平塚先生の言うところの“我が子を育てるに似た楽しみ”を感じていたかどうかまではわからない。

しかし、俺の見る限り、副実行委員長として采配を振るう雪ノ下は、いつになく活き活きと光輝いて見えたのは確かだった。

それはやはり、常に憧れ、その背中を追い続ける姉に自らの姿を重ね、いつかは自分もああなりたいと望んでいるからなのだろうか。

それとも、彼女は彼女なりに、変わりつつあるという兆しなのだろうか。




737: 2016/11/04(金) 22:12:38.18 ID:gvlfRWeM0


だが、雪ノ下はその問いをどう受け取ったものか、ほんの一瞬だけ、キョトンとした表情を浮かべて俺を見る。

そして次の瞬間には、くるりと俺に背を向け、何も言わずにひとり先へ先へと歩き出してしまった。

その思いがけない反応に戸惑いつつも、慌てて小走りで後を追いかける俺の耳に、振り向くこともせずに告げる彼女の言葉が風に運ばれて届く。



雪乃「何をバカなこと言ってるの … 」






738: 2016/11/04(金) 22:13:16.39 ID:gvlfRWeM0




「 ………… 私たちの、でしょ?」






739: 2016/11/04(金) 22:14:35.89 ID:gvlfRWeM0



同じ風に吹かれて靡く彼女の黒い髪の隙間から覗いた耳元が、先程よりも更に真っ赤に染まっていたのは、俺の見間違いだったのかもしれない。





740: 2016/11/04(金) 22:15:43.98 ID:gvlfRWeM0


再び体育館から大きな歓声が沸き上がる。

ただひとり祭の輪の外にいるはずの俺にさえ、今はその熱だけがやけにはっきりと伝わってきた。

俺の顔が先ほどからずっと火照っているような気がするのも、多分そのせいなのだろう。




741: 2016/11/04(金) 22:16:50.88 ID:gvlfRWeM0


********** エピローグ **********





742: 2016/11/04(金) 22:22:07.72 ID:gvlfRWeM0



ふと気が付くと雪ノ下が足を止め、何かしら怪訝そうな面持ちで校舎の屋上を見上げている。



八幡「ん?どうかしたのか?」

雪乃「 …… いいえ、なんでもないの。きっと気のせいね」


小さく首を振ってみせる彼女を見ているうちに、いつの間にか俺の胸に否定しがたい、ある種の感情が芽生えていることに気が付いた。

じっと見つめる俺の視線に気が付いたものか、雪ノ下が顔を上げ、その黒い双眸を真っすぐ俺へと向ける。



雪乃「 …… あの、比企谷くん? ……… 今更こんなこと言うのも何なのだけれど」


八幡「お、おう?」///


まるで自分の気持ちを見透かされたような気がして、俺の口からは、つい、うわずった声が出てしまう。

そんな俺を見ながら、雪ノ下が静かに、躊躇いがちに口を開く。
















雪乃「 ……… あなた、いい加減、それ着替えたら?」







俺ガイルSS『かくして文化祭に房総の赤き狂犬は暴走す』 了





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SS速報VIP:俺ガイルSS 『思いのほか壁ドンは難しい』
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