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SS速報VIP:鷺沢文香「マーキング」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480427177/



1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/29(火) 22:46:18.72 ID:6JpR+5SU0

※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS

※キャラ崩壊あり

※人によっては不快感を感じる描写もあるかも

※決して変態的なプレイをする話じゃありませんのであしからず

※健全な純愛物を目指してます

※既出のネタがあるかも

※独自設定とかもあります

※プロデューサーは複数人いる設定

以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1480427177




2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/29(火) 22:49:05.56 ID:6JpR+5SU0
3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/29(火) 22:50:40.31 ID:6JpR+5SU0

穏やかな午後……とは言えないこのCGプロダクションの事務所の中。


周りは事務所の人の話し声や物音、電話の鳴り響く音等、喧噪に包まれていますが……そんな中でも、私はそれらは一切気にはなりませんでした。


慌ただしい事務所の隅っこで、邪魔にならない様に一人……ここのアイドルである鷺沢文香はソファに腰掛け、ゆったりと本を読んでいます。


本来ならば事務所にいる以上、何らかの予定が入っていてここにいるのですが……今日はレッスンも仕事も無い、お休みの日。


最近はこうして……お休みの日でも事務所に赴き、ここで本を読む事が多くなってきました。






4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/29(火) 22:52:23.89 ID:6JpR+5SU0

そんな私の姿を見て……ここの事務所の人は良くこう言ってきます。『よくこんな所で読書なんてできるね?』と。


確かに……その意見は正しいと思います。この騒がしい事務所の中は、とても読書に適した環境とは言えないでしょう。……私は特には気にはなりませんが。


読書をするだけなら、叔父が経営する書店で……店番をしながらでもできる事でしょう。それ以外にも、落ち着いて本を読める様な静かな場所は多々あります。


けれども、私はこの事務所の中で……本を読むのが気に入っていた。いつの間にか……好きになっていました。


ここには事務所の方々やアイドル仲間等……気が置けない方々が沢山いて、騒がしい中でも落ち着ける……というのもあります。


しかし……それ以上に、特別な理由が……私にはありました。






6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/29(火) 22:55:19.58 ID:6JpR+5SU0

「鷺沢さん、お疲れ様です」


そんな事を考えていると……読書中の私に話し掛けてくる、稀有な人がやって来ました。私は本に向けていた視線をその人の方にへと向けます。


私の視線の先に立つのは……細身の体格で眼鏡を掛け、整った顔立ちをした真面目そうな若い男性。この人は私の担当プロデューサーである、Sさんです。


「あっ……プロデューサーさん……お、お疲れ様です……」


私は挨拶をする為に……読んでいた本にしおりを挟み、立ち上がります。そしてSさんの方を向いて、会釈をする程度にぺこりとお辞儀をします。






7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 00:28:51.04 ID:mNLOeXtI0

「そう畏まらなくてもいいですよ。今日は確か、オフの予定でしたしね」


そう言って……Sさんは立ち上がった私に右手で『座っていいですよ』と、手振りで促しました。ですので……私はそれに従い、再び座っていたソファに腰掛けました。


「それにしても……鷺沢さんは最近、オフでも事務所に顔を出してくれてますね」


「えっ……? あっ、はい……ここは落ち着きますので……」


「この騒がしい事務所の中が落ち着く……? 僕にはとても、そうは思えませんが……」


私の言葉に不思議そうに反応するSさん。けれど……それだけじゃないんです……。


私が好き好んでここで読書をする本当の理由……それは、Sさんに言えません……この人だけには、口が裂けても言う事はできません……。


だって……恥ずかしい……ですから……






8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 00:31:42.85 ID:mNLOeXtI0




あなたに会いたいが為に……ここに足を運んでいる……だなんて……


臆病者の私には……こんな事、正面を切って言えないのです……







12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 13:54:00.63 ID:irO300yP0

Sさんとは……叔父の書店で偶然出会った間柄でした。その時のSさんは偶々本を買いに来たただのお客さんで……当然ですが、私も店番をしていただけの……平凡な学生でした。


しかし、その出会った翌日に……また書店に訪れたSさんは商品も持たずに、その日も店番をしていた私の前に現れ、こう告げたのです。


『アイドルに……興味はありませんか?』と。


それを聞いた時……最初は冗談かと思いましたが、Sさんの真剣な目を見て……そうでは無いという事を、私は悟りました。


その時にSさんの名刺と共に、このCGプロダクションに関する沢山の資料を渡されました。


『興味があれば、ぜひとも考えてみて欲しいです』と、まで言われて……当時は戸惑ってしまったのを今でも良く覚えています。






16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:29:56.92 ID:Z+f8FqL10

けれども……私にとって、アイドルという存在はとても手の届かない、遠い別世界の様なものでした。


テレビや雑誌で見かける様な華やかで煌びやかな世界……どう考えても、地味な存在の私には不釣合いだと思ったのです。


私がアイドルになったとしても……上手くいかず、迷惑を掛けてしまうだろう……そんな事も考えたりもしました。


そうして私が考えあぐねていた時……私の前に再びSさんが現れたのです。


『考えは纏まったでしょうか?』と、言って答えを聞きに来たのでした。






17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/11/30(水) 23:33:37.92 ID:Z+f8FqL10

そんなSさんに対して……私は答えでは無く、悩みや不安を打ち明けたました。


『私の様な者をアイドルにスカウトして頂いたのは光栄ですが……何分、そういった事には不慣れなものですので……迷惑を掛けてしまうのではないでしょうか……?』と。


それは……本心からの問いでした。私よりも……アイドルに相応しい人は大勢いる。そんな風に思えたからこそ、言わざるをえなかったのです。


しかし、その私の問いに……Sさんは『それでも構いません』と、きっぱりと答えてくれました。


そして、Sさんは私に……アイドルの魅力について語ってくれました。それも熱意的に、雄弁に。外見からは想像出来ない程に、饒舌に語りました。


そんな様を見せられて……私は『この人となら……新しい世界が見れそう……新たな自分へと、踏み出していけそう』と、思ってしまいました。


だからこそ、私はSさんが差し出した手を取り、アイドルとしての道を歩む事を決めたのです。






18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/01(木) 12:52:06.90 ID:Qm1rwSts0

それからというものの……私の人生は目まぐるしく変わっていきました。


Sさんは思った以上に優秀な方だったようで……彼の主導の下、私はどんどんと顔を売れる様になりました。


始めは小さなお仕事ばかりでしたが……今では自分のラジオ番組を持てたり、CDデビューまでさせて貰えて……本当に、Sさんには感謝をしてもしきれない程の御恩を受けました。


ただの学生だった私が……大舞台で輝けるのも、全ては彼のお陰だと言ってもいいでしょう。


それだからでしょうか……いつしか私が、彼に対して……好意を抱く様になったのは。






19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 05:25:07.71 ID:Vc7sI3Jo0

アイドルとしての思い出を辿ると……そこにはいつも、Sさんがいました。どんな些細な場面を思い返しても……必ずといっていい程、Sさんは私の傍にいました。


まるで……あの人はしおりの様な存在です。アイドル鷺沢文香という本に挟まれたしおりの様……読み返すには、無くてはならないもの。


ですが……こんな私の秘めたる思いなど、Sさんに吐露する事なんて……できるはずがありません。


恥ずかしい……というのもありますが、それを言ってしまう事で……今までの関係が壊れてしまう……そんな恐れがあるからこそ、前に踏み出す事が出来ず、躊躇してしまうのでしょう。


それならば……今のままの関係を続けていた方が、良好な関係を保てる……そう判断して、何も言い出せずにいるのです。


結局の所……私はアイドルとして大成しても、根っこは変わらない……勇気を出せない臆病者のままでした。


そういった経緯を経て、私は何も切り出せないまま……現状に甘んじているのです。






21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 14:43:11.93 ID:EDaiBFTo0

「こうして事務所に顔を出してくれるのは嬉しいですが……無理はなさらないで下さい。最近は鷺沢さんも売れてきましたし……これからはもっと忙しくなってくると思います。なので、休める時にはしっかりと休養を取って下さい」


「あっ、はい……お気遣い、ありがとうございます……」


Sさんに向けて、私は軽く頭を下げます。Sさんはいつも、こう言って私の体調やメンタルを気遣って考慮してくれている。……こういった細かい配慮ができる所も……彼の魅力の一つでしょう。


彼の同僚の方も、良く言っています……『Sは視野が広い。周りを良く見ていて、問題があれば必ずフォローを入れてくれる』と。


私も新人の時には……良く助けて貰いました。……いえ、今もですが。


まだ右も左も分からない……そんな現場で、私は彼だけが頼りでした。Sさんがいなければ……私は不安や緊張で、きっと……心が折れていた事でしょう。





22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 14:43:43.48 ID:EDaiBFTo0

「所で、鷺沢さん。一つ、よろしいでしょうか?」


そんな風に考えていると……そう言って会話を改めようと尋ねてくるSさん。こういう聞き方をする……という事は、何か仕事の事でしょうか……?


「はい……な、何でしょうか……? もしかして、今度のお仕事の件……でしょうか?」


そうかと思い、私はそう先んじて聞き返してみました。


「あっ、いえ。そういった事ではありません」


そう言って首を横に振り、否定をするSさん。私の予想は……どうやら外れたみたいです。それでは……一体、どの様なご要件なんでしょう……?






23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 14:44:19.76 ID:EDaiBFTo0

「鷺沢さんは確か……ご趣味の中に『しおり作り』と、ありましたね?」


「え、えぇ……そうですが……」


私は沢山の本を読む為……必然的に、使うしおりの量も多くなってきます。なので……それを自作して、使っていたりしますが……それがどうかしたのでしょうか……。


「僕も鷺沢さんには敵いませんが……それなりには本は読む方なのです」


それについては……良く知っています。Sさんとの出会いも叔父の書店ででしたし……偶に読書をしている所を見かける事がありますから。






24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 14:45:37.17 ID:EDaiBFTo0

「ですので……僕も鷺沢さんを見習って、自分でしおりを作ってみたのですが……」


そう言ってSさんは懐から手帳を取り出すと、そこから長方形の紙片……しおりを抜き出しました。


「そこで先達の鷺沢さんに……出来を見て貰いたいと思いまして……何分、初めて作ったものですから……」


「は、はぁ……」


先達……と、言われましても……人が作ったものを評価出来る程……私は高尚な人間では無いのですが……しおり作りも趣味程度のものですし……。


けれども、御恩のあるSさんに頼まれては……断る訳にはいきません。その出来栄えを確かめる為、私は手を伸ばしてSさんからしおりを受け取りました。


そして……それを顔に近づけた時、真っ先に目に入ったのは……






25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/02(金) 14:46:16.92 ID:EDaiBFTo0





しおりの中央に飾られ……押し花にされた、四葉のクローバーでした。








30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/03(土) 21:28:59.50 ID:YwUB6xpi0

「出来の方はどうでしょうか?」


私がそれをジッと見つめていると、窺っていたSさんがそう尋ねてきました。


「は、はい……その……良く出来ていると思います……」


「それは良かった。そう言って貰えると、助かります」


Sさんはそれを聞くと、安堵した様にホッと一息吐きました。余程に不安だったのでしょうか……?


しかし……何故に四葉のクローバーなのでしょう……。初めて作る……Sさんはそう言いましたが、それなのにこの選択……これにはどんな意味が込められているのか……。


四葉のクローバーの花言葉は『幸運』、『希望』、『復讐』、そして……


Be Mine……私のものになって……






31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/03(土) 21:29:34.48 ID:YwUB6xpi0

……ただの偶然でしょうか。それとも、そもそも意味なんて込められていないのか……どうなのでしょう……?


「あ、あの……」


私は……それを知りたい、と思いました。だからこそ、Sさんに向けてそう切り出そうと口を開こうとしました。


けれども……それを口にしようにも、言葉が出てきません。声に出そうとしても、言えないのです。


これは……恐れているのでしょうか。私がそれを聞いてしまった事で、Sさんとの関係が壊れてしまう事を……。


「……? どうかしましたか?」


呼び掛けておいて、一向に話を振らない私に疑問を感じたのか、Sさんは怪訝そうに見つめています。


「そ、その……」


何も難しい事では無いのです……『どうして四葉のクローバーなんですか?』と、聞き出すだけなのです。


誰にだって聞ける、何気ない簡単な事なのですから……言えない訳ではありません……。






32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/03(土) 21:30:19.37 ID:YwUB6xpi0

「な、何でも……ありません……」


けれど、私はそんな簡単な事ですら、言い出す事が出来ませんでした。


情けない……こんな事にすら勇気を出せない自分が……惨めに思えて仕方ありません……。


「……? それならいいですが……」


Sさんもはっきりとしない私の様を見て、納得のいかない表情をしています……本当に、自分の事ながら、情けない……。


「それと、そのしおりなんですが……良かったら、鷺沢さんに差し上げます」


「……えっ?」


これを……私に……? それは、どういう意図で、そんな事を……?






33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/03(土) 21:30:52.26 ID:YwUB6xpi0

「実はそれ以外にも何枚か作ってみたので、数は結構あるんです。ですので、見て貰った御礼にどうかと思いまして……」


「は、はぁ……」


という事は、特に意味は無い……そう捉えてもいいのでしょうか……?


「それでしたら、その……頂きます……」


私は手に持っていたしおりを仕舞う為、先程まで読んでいた本の表紙の裏に、そっと挟みました。


「それでは、僕は仕事に戻りますので……鷺沢さんは引き続き、ゆっくりしていって下さい」


そう言って、Sさんはご自分の事務机にへと戻っていきました。そして私はそれを見送ると、本の表紙を開いて先程のしおりを取り出しました。






34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/03(土) 21:31:17.08 ID:YwUB6xpi0

とてもしっかりとした作り様……押し花にした四葉も、綺麗に張られています……。


本当にこれは……特に意味も込められていない、飾り程度のものなのでしょうか……?


……いえ、きっとそうなのでしょう。他に意味が込められている……何て思ってしまうのは、私のこうであったら……という希望に過ぎない事なのです。


でも……もし、そうだとしたら……私は、どうすればいいのでしょう……。


結局、この日はずっと……心のもやもやは晴れず、そんな気持ちを抱いたまま、一日を終えるのでした。






37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 04:56:29.30 ID:2QjQ4t5q0

翌日……オフだった昨日とは違い、今日はレッスンの入っている私は、昼過ぎに事務所を訪ねました。


レッスン……あまり体を動かす事が少ない私にとって、その言葉の響きは気分を憂鬱にさせます。


トレーナーさんのレッスンは……それはもう、厳しいもので……私なんて、着いていくので精一杯です。他のアイドルの皆さんは……本当に、よく着いていけれると思います。


こんな日には必ず、体調を万全にしてレッスンに臨むのですが……今日はあまり……体調は優れていません。


これも全て……昨日の事が尾を引いてしまっているからなのです。Sさんがくれたしおりが……気になって仕方ないのです。





38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 04:57:18.22 ID:2QjQ4t5q0

何度も気にしない様にしているのですが……中々、頭から離れようとしてくれません。ふと、気を抜けば……必ずそれが脳裏をよぎるのです。


こんな調子で……今日のレッスンを乗り越えられるのでしょうか……多分、無理かもしれません……。


とりあえずレッスン場に向かう前に、まずはSさんに挨拶をしておこうと、私は事務所の扉を叩きました。


「おはよう……ございます……」


事務所に入ると……中には他のプロデューサーの方々や、事務員の人達の姿は見受けられましたが、生憎……Sさんの姿は見当たりませんでした。


今日は事務所に一日中いる……と、昨日の帰りに言っていましたが、所用で席を外しているのでしょうか……?






39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 04:57:52.40 ID:2QjQ4t5q0

……とにかく、事務所の扉の前で立ち尽くしていても、邪魔になるだけですので……私はそこから離れて、Sさんの机の方にへと向かいます。


時折擦れ違う方に軽く会釈をして挨拶をしながら、真っ直ぐ進んでいくと……Sさんの机の上に、何かが置いてあるのが見えました。


昨日来た時には何もありませんでしたが……何でしょう? 


遠目ではそれが何かは分かりませんでしたが、近付けば近付く程、それが何なのかははっきりとしてきました。


それの正体は花……でした。そう……


白くて美しい……純白のバラです。






43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 12:46:29.87 ID:acCh39mA0

Sさんの机の隅には、素朴な花瓶に活けられた数本の白いバラが置かれてました。何で……こんな物が……?


私の記憶では……Sさんは自分の机にこうして花を飾る様な人では無かったはず……。そんな所は、見た事がありません……。


なら……一体、誰が……?


「あっ、鷺沢さん。おはようございます」


そんなタイミングで……Sさんが机に戻ってきました。柄の入ったハンカチで手を拭いている所を見ますと……どうやら、お手洗いにでも行っていたのでしょう……。






44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 12:46:56.07 ID:acCh39mA0

「おはようございます……プロデューサーさん」


このバラについて一刻も早く、問い質したい所でしたが、まずは挨拶をと思いまして、私はそう言って頭を下げます。


「今日の鷺沢さんのスケジュールは……レッスンの日でしたね。大変だと思いますが、頑張って下さい」


「あっ、はい……ありがとうございます」


いつもの様に私を気に掛けてくれる、Sさんの言葉……でも、今私が聞きたいのは……それでは無いのです。






45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 12:47:35.76 ID:acCh39mA0

「あ、あの……プロデューサーさん……一つ、聞いてもいいですか?」


「はい、何でしょうか?」


「その……このお花……どう、されたのですか……?」


流し目でバラを見つつ、私はSさんに向けて、そう問い掛けました。


「確か……昨日までは無かった……ですよね?」


「あぁ、これですか」


すると、Sさんは何気ない仕草でバラに少し触れた後、私を真っ直ぐ見つめて……






46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/05(月) 12:48:20.40 ID:acCh39mA0





「実は昨日……渋谷さんのお宅にお邪魔した際に、買わせて頂きました」


何でもないかの様に、さも当然のように私にそう告げたのです。








51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:26:22.84 ID:LYr+Rc4b0

「凛さんの……お宅にですか……?」


「えぇ、そうです。中々、綺麗な花ですよね、これ」


確かに……Sさんが言われる通り、純白で汚れも見当たらない美しい花……けど、そんな事は今は重要では無いのです……。


何故……Sさんは凛さんのお宅を訪ねたのか……それの方が、余程に重要だと思います……。


今までそれ程に接点は無かったはずなのに……一体、何故……? 何故なのですか……?


『私の』プロデューサーさんなのに……どうして……?






52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:26:51.84 ID:LYr+Rc4b0

「あ、あの……」


私は何が何でも、凛さんのお宅に行った理由を聞きたかった。いや、聞かなければ気が収まりません。


何の目的で訪ねたのか……どういう意図を持ってその白いバラを買ったのだと……。


しかし、聞こうとした直後……突然、私達の横で聞き慣れた機械音が鳴り響きました。その音の発信源は……Sさんの机の電話からでした。


「おっと、すみません。鷺沢さん、失礼します」


Sさんは私に一言そう言うと、受話器を取って電話に出ました。


「はい、Sです……はい……えっ? 本当ですか? ……えぇ、分かりました。今すぐ向かいます」


そして話が終わったのか、Sさんは受話器を置くと、申し訳無さそうな顔をして私の方を向き直りました。






53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:27:37.42 ID:LYr+Rc4b0

「すみません、鷺沢さん。急な来客が入ってしまったので……これから行かなければなりません」


「え、えっと……ま、待っ……」


「本当はもう少し話していたかったですが、申し訳ありません。それでは、レッスン……頑張って下さい」


制止しようとした私の声も届かないまま、Sさんは私を置いてその場から離れ、来客の下にへと走っていってしまいました。


問い掛ける相手を失った私は……ただ、Sさんが出て行った扉をジッと見つめた後、そっと静かにため息を吐きました。






54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:28:04.51 ID:LYr+Rc4b0

何という……タイミングの悪い事なのでしょう……神様は意地悪です。たった一つの問い掛けぐらい……させてくれてもいいじゃないですか……。


そして私はSさんの机の上の花瓶の中から、バラを一輪だけ取って、顔に近づけました。


本当に……綺麗で、良い香りがします……けれども、私を惑わす……魔性の花……。昨日もあのしおりでもやもやさせられたというのに、この花もまた……私を惑わします……。


白いバラの花言葉……前に、同じユニットの一員だった夕美さんから……話の種に聞いた事があります……。


その時は……とても素敵な言葉だと思いましたが……今は全然……そうとは思えはしません……。


花言葉には……『清純』、『純潔』、『尊敬』、『素朴』。そして……





55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:28:34.33 ID:LYr+Rc4b0





『私はあなたに相応しい』








56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/06(火) 13:29:12.78 ID:LYr+Rc4b0

……これは……誰に対する問いなのですか? それとも……誰かからの問いでしょうか?


その答えは……私には分かりません。ですが……それでも十分に私を苦しめます。胸が張り裂けそうになって……辛くなるのです。


Sさん……あなたの真意は何なのですか……? 本当は……どう、お考えなのでしょう……?


私は……どうすれば、いいのですか……?


そしてこの後……心のもやもやが晴れないまま、私はレッスンに向かう事になりましたが……当然の事ながら集中できる訳も無く、トレーナーさんにそれを指摘される事となったのでした……。






61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 04:38:18.59 ID:XsvOYvJh0

それから……数日後の事です。私は打ち合わせの為に……事務所の近くの喫茶店に、Sさんから呼び出しを受けました。


結局……あの日に聞きたかった事を、Sさんの口から聞く事は叶いませんでした。何かとタイミングも悪く……今日まで聞けず仕舞いでした。


今日こそは聞いてしまいたい……と、いう所存なのですが……果たして、私は勇気を出せるのでしょうか……それだけが、とても心配です……。


「それでは……打ち合わせを始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


隣に置いてある鞄から、幾つかの資料を取り出しながらそう問い掛けるSさんに、私は……






62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 04:38:49.36 ID:XsvOYvJh0

「は、はい……よろしくお願いします」


と、言って……首を縦に振って受け答えました。


「それでは始めましょう。……まず、次のラジオ放送の予定からですが……」


そう言って手元の資料の中から一つだけSさんは取り出すと、それを私に差し出したので受け取りました。そしてその中の内容に良く目を通します。


「番組の内容に関してはいつもと変わりはありません。今まで通りに進行をお願いします」


「はい……分かりました」


「それと……ゲストの出演者に関してですが……」


ゲスト……と、言われて出演者一覧の方にへと目を移しますが、そこには私の名前以外には何も載ってはいません。






63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 04:39:16.91 ID:XsvOYvJh0

「その……今回は……ゲストの方はいらっしゃらない……のでしょうか?」


それは少し……不安です。できれば……ゲストの方がいらっしゃった方が……助かるのですが……。


「いえ、違います。この資料を作成した際には、まだ未定でしたが……今日になって決まりました」


それは……良かったです。一人では……ちょっと……。けど……一体、誰でしょう……?


「ゲストは同じ事務所の緒方智絵里さんです」






64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/07(水) 04:40:55.05 ID:XsvOYvJh0

「智絵里さん……ですか」


智絵里さんとは以前……同じユニットを組んだ事がありますので……またお会いできるのが楽しみです……。童話や絵本の話ができるなら……私でも、盛り上がれそうですね。


「気心の知れた相手なら……鷺沢さんも安心できるでしょうし、頑張って下さい」


優しく微笑みながらそう言うSさん……こういった気の回し様は、流石と言うべきでしょうか…….


けれども……その優しさが、私を苦しめているだなんて……あなたは知らないでしょうね。


あの二つの事の真意を知れたら……どれほど気が楽になるのか…….


早く聞いてしまいたい所ですが、仕事の打ち合わせ中に、話の腰を折るのも悪いので……今は、このまま聞き続ける事に専念しようと思います。






70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/08(木) 04:45:07.39 ID:oAxF97+C0

「ラジオに関しては以上になりますが……何か、質問はありますか?」


「い、いえ。大丈夫ですので……続けて下さい」


「分かりました。それでは、次に進みましょう」


Sさんはそう言うと、持っていた今の資料は用が済んだのか、鞄の中に仕舞い、そして次の資料を出そうとしました。


が、しかし……途中でその手を止めると、何も取り出さずにSさんは私の方を向き直りました。


「あの……どうか、しましたか……?」


「いえ、次の件に進もうと思ったのですが……先に、こちらから片付けてしまいましょう」


そしてSさんはスーツのポケットから何かを取り出し、それを私の目の前に置きました。


何かと確認すると、それは黒色の長方形のケースでした。






71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/08(木) 04:45:43.12 ID:oAxF97+C0

「これ、は……?」


「最近、鷺沢さんも人気も出てきましたし、周りから注目される様になってきたと思います」


それは……そうですね。最近外出すると……誰かからの視線を向けられている様な気がしますし……あながち、間違いではありません。


「ですので、僕の方で……変装用にと思って、こちらを買わせて頂きました」


私はそれを手に取り……開けてもいいかとSさんに視線を送ると、「いいですよ」とばかりに頷いたので、それをゆっくりと壊れ物を扱うかの様に、開けました。


中に入っていたのは眼鏡でした。シックなデザインと落ち着いた色をしていて……私の好みに一致した品と言っていいでしょう。





72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/08(木) 04:46:09.97 ID:oAxF97+C0

試しに掛けてみると……まるで私に合わせたかの様に、ぴったりと調整されていて……不自由無く、私の顔に収まりました。掛けても視界が変わらない……という事は、所謂伊達眼鏡というものなのでしょう。


「良い感じですね。似合ってますよ」


私が感触を確かめていると……唐突に、Sさんはそう言って褒めてくれました。急にそんな事を言われたものですので……Sさんと視線を合わせ辛くなり、少し目線が下がってしまいます。


何だか、恥ずかしいですが……それでも、褒められるのは嬉しいです。他ならぬ、Sさんの言葉ですから。


この眼鏡も、Sさんが選んでくれたと思うと……私宛に向けたプレゼント……みたいな感じがして、悪い気はしません……。






73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/08(木) 04:46:41.44 ID:oAxF97+C0





「流石は上条さんですね。頼んで正解でした」


しかし、Sさんのその……聞き捨てならぬ言葉に、私が感じていた高揚感は一瞬にして瓦解し、崩れ去ったのです。








79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/09(金) 20:07:28.33 ID:a5TrzS6l0

「この眼鏡……春菜さんが選んだのですか……?」


「えぇ、そうですね。眼鏡の事なら彼女が一番詳しいので、鷺沢さんに似合う物を選んで頂きました」


何でも無いかの様にそう言うSさん……けど、それは違うのではないでしょうか。


確かに……春菜さんの眼鏡にかける情熱は事務所一……と、言ってもいいでしょう。


しかし……それだからといって、私が使う眼鏡を彼女に選んで貰うのは……違うと思います。


それであれば……私に一言、言ってくれるだけで解決する問題なのに、それをしないという事は……Sさんは、私を『信用』していない……という事なのでしょうか。






80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/09(金) 20:08:09.03 ID:a5TrzS6l0

それとも、私の変装云々はただの口実で……実は、春菜さんと……?


いいえ……そんな事、考えたくもありません。Sさんが私以外の人に好意を抱いているだなんて……知りたくも無いのです。


「……? 鷺沢さん、大丈夫でしょうか? 少し……顔色が悪い様な……」


いつもの様に私の変化に感付き、そう声を掛けるSさん。けど……それは本心からの言葉なのでしょうか?


本当は……苦しんでいる私の姿を見て、愉しんでいるのでは……? あなたの言葉は今の私にとって、そんな風にも聞こえてしまうのです。


「いえ……何でも、ありません。どうか、お構いなく」


とりあえず私は……そう言って問題は無いのだと告げました。Sさんはそれで大丈夫だと判断したのか、これ以上追及はしませんでした。


そして打ち合わせは継続されたのですが……私の脳内は色々な事が渦を巻いていて、話した内容はとても入ってはきませんでした。


聞きたかった事も話を振れずに、この日はただただ無駄に終わっただけの一日となったのです。






81: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/11(日) 05:32:14.73 ID:qNCL5+3M0

あの打ち合わせの日から数日が経ち、遂にラジオの撮影日を迎えました。


私の数少ない持ち番組の一つ……本来であれば楽しみな時間の一つなのですが、今日は……そういう気分にはなれません。最近の私は……何をしても気が紛れる事が無いのです。


例えば……好きな本を読んだとしても、気分転換に近所を散歩したりしても、心に巣くったもやもやは晴れてくれません。寧ろ、それは大きくなるばかりでした。


これも全て……Sさんの事が脳裏に掠めてしまうのが原因なのでしょう。何をしていても、あの人の事ばかり考えてしまいます。


今も気を落ち着かせる為に、事務所の休憩室でお茶を……とでも思い、紅茶を淹れたのですが……ここでも「あの人は今、何をしているのだろう」、「誰かと会っているのではないか」と、気になってしまい、飲みたくて淹れたのにも係わらず、飲まないまま……ただ時間だけが過ぎていったのです。






82: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/11(日) 05:32:51.28 ID:qNCL5+3M0

そうやって悩んでいる内に数分が経ち、時間が経ち過ぎてしまったせいか、口をつけないまま放置していた紅茶はすっかり冷めていました。


冷めたからといって、捨てる訳にもいかず……私はそれに口をつけるのですが、あまり……おいしくはありません。


言ってしまえば、つまらない味……まさに今の私を表しているかの様な味です。


「はぁ……」


遣る瀬無さからか、ため息がつい出てしまいます。こんな状態で……私はラジオに出られるのでしょうか……。






83: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/11(日) 05:33:20.18 ID:qNCL5+3M0

これでは……ゲストに来てくれる智絵里さんにも……申し訳無いです。いっその事……代役でも出せたら……いえ、自分の番組に代役だなんて……無理に決まってます。


「何で……こうなってしまったのでしょう……」


そう口にした所で、答えて欲しい相手は目の前にはいません。いたとしても……あの人は答えてくれるのでしょうか……。


私はあなたの気持ちが知りたいだけなのに……どうして、こんなにも苦しい思いをしなければならないのですか……?


どうしたら、あなたは私の気持ちに気付いてくれるのですか……?






84: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/11(日) 05:33:56.79 ID:qNCL5+3M0

「あれ? 文香さん?」


そんな風に考えていると……背後から聞き覚えのある声がして、私は後ろを振り向きました。


「あっ……ありすちゃん……」


するとそこには……以前貰ったという赤いリボンを髪に結び、お洒落なトレンチコートを着たありすちゃんが立っていました。


「おはようございます、文香さん。こんな所で会うなんて、奇遇ですね」


そう言ってありすちゃんは私に向けて、曇りの無い眩いばかりの笑顔を見せてくれました。滅多には見られないこの笑顔……ファンの人がこれを見たら、間違いなく卒倒し兼ねない程の代物です。






85: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/11(日) 05:34:38.99 ID:qNCL5+3M0

「え、ええ。そう、ですね……」


けれども、そんな笑顔を見せられても……今の私にはこんな返ししかできません。ありすちゃんの眩しい光を以てしても、私の心に巣くった闇を照らす事はできないのです。


「……あの……何か、ありましたか?」


「……え?」


そんな私の反応を見て察したのか、ありすちゃんは心配そうに尋ねてきました。それ程に……態度が表面に出ていたのでしょうか……?


「何だか文香さん……辛そうな表情をしていますから……」


気取られない様には……と、思っていたのですが……見抜かれてしまったようです。私の方がお姉さんなのに……隠しきれない事に、情けなさを感じます。






87: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:10:58.51 ID:XA9AQxN00

「あっ、いえ……その……この後にラジオ撮影がいて……それについて考えていたんです」


けれども、私は……本当の事をありすちゃんに話す事はしませんでした。話す訳にはいきません。


これはありすちゃんには関係の無い、私個人の事……余計な気遣いをさせてしまうのは悪いだろうと、そう思ったからです。


「それで……少し悩んでて、そういう表情になっていたのでしょう」


そう言った後、私はありすちゃんを安心させる様に笑顔を作ります。


「そうだったんですか……大変でしょうけど、頑張って下さい。私……文香さんのラジオ、好きですから。また楽しみにしてますね」


私の嘘を信じたありすちゃんはそう言うと、屈託の無い笑顔を見せてくれました。


私の様に作り物の笑顔では無く、心の底から湧き上がったのがそのまま表れた笑顔……比べ様がありませんね。






88: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:12:38.72 ID:XA9AQxN00

「所で……ありすちゃんは、どうしてここに……?」


「あっ、実は……待ち合わせをしてるんです」


待ち合わせ……どこかに出掛けでもするのでしょうか……?


確かに、ありすちゃんの装いは今からレッスンや仕事に向かう様な格好ではありません。


完全にプライベート……遊びに行く様なお洒落な格好なのですから。


「本当ならもう出掛けてるはずだったんですが……少し遅れるみたいで……それで、来るまでここで待っていようと思ったんです」


「そうなのですか……」


しかし……いつに無く、上機嫌なありすちゃん……先程から笑顔を絶やさずにいて、余程に楽しみ……なのでしょう。


「ちなみに……誰とどこに……ですか?」


「はい。それはですね……」






89: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:13:11.57 ID:XA9AQxN00





「Aさんと今から買い物……いえ、デートに行くんです」








90: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/12(月) 07:41:42.78 ID:XA9AQxN00

Aさん……ありすちゃんの担当プロデューサーさんですね。成程……道理で嬉しそうだった訳です。


しかも、わざわざ買い物をデートと言い直す……以前のありすちゃんでは、考えられない事です。


つい数ヶ月前まではあんなにまで険悪な関係だったのに……今では、こんなにまで関係を深めるだなんて……。


「そういえば、ありすちゃん……それは……?」


先程から気になっていたのですが……私はありすちゃんが身に着けている、ある物に指を差しました。


それは……首回りに着けた、青色をした首輪の様な物……チョーカー、と言うのでしょうか。その正面には……銀色のハートのアクセサリーが飾られています。


普段のありすちゃんはこんな物を着けた所は見た事が無いので……気になって、聞いてしまいました。


「これですか? 実はこの間……Aさんがプレゼントしてくれたんです。『ありすに似合うだろう』って、言ってくれて……えへへ」


そう言って、ありすちゃんは大切そうにそのチョーカーを指で撫でました。その表情は完全に緩み切っていました。






94: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/13(火) 12:50:54.89 ID:mcqYX1G/0

「……良かったですね、ありすちゃん。とても……幸せそうで」


「はい。これも……文香さんが後押ししてくれたお陰です」


「いえ……私は何もしてませんよ。応援しただけ……ですから。今の結果があるのは……ありすちゃんが頑張ったからですよ」


そして私は彼女の頭に左手を置き、そっと優しく撫でてあげました。


「ふぁ……えへへ……」


ありすちゃんは最初の少しだけ、くすぐったそうにしていましたが……直ぐに幸せそうな笑みを浮かべ、受け入れてくれたのです。


そしてありすちゃんの頭を十分に堪能した私は……その手を彼女の頭から離しました。






95: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/13(火) 12:52:23.60 ID:mcqYX1G/0

「それでは……私もそろそろ行かないといけないので……これで失礼します」


「あっ、はい。お仕事……頑張って下さいね。それと、また……文香さんのラジオに、私を呼んで貰えると……嬉しいです」


「はい……分かりました。ありすちゃんも、楽しんできて下さいね」


そう言って私は席から立ち上がると、その場から離れいきます。


去り際に少し控えめ程度に手を振ると、ありすちゃんも手を降って返してくれました。


本当に……ありすちゃんは変わりました。……いえ、Aさんが変えた……のでしょうか。


人の性格なんて……自発的には変わりにくいものですから……多分、Aさんと触れ合う内に、変わったのだと思います。


前までは大人ぶって背伸びしていたありすちゃんが、こんなにも子供らしく、素直になって……あの人はどんな魔法を、ありすちゃんに掛けたのでしょう……。


それに比べて……私は何も、成長なんてしていません……変われてもいません。それどころか……年下のありすちゃんにさえ劣っているのですから。


だって……ありすちゃんが幸せそうに笑った時に……






96: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/13(火) 12:53:03.35 ID:mcqYX1G/0





とても憎らしく、妬ましいと思ってしまったのですから……。








100: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/14(水) 06:28:51.00 ID:VNEFQotK0

ありすちゃんには気づかれたく無い……と、必死に隠してはいましたが……バレなくて、良かったです。


あの時頭を撫でていなかったら……きっと私は、ありすちゃんを……あの幸せそうな顔を、歪めさせていたでしょう。


私がこんな感情を抱いてしまっただなんて……そんな醜い一面は、彼女には知って欲しくは無いのですから。


「お待たせ、ありす。悪いな遅くなって」


「あっ、Aさん。遅いですよぉ、もう……」


ふと、後ろの方から……二人の声が聞こえてきたのです。それに気付いた私は……何を思ったのか、足を止めてしまいました。






101: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/14(水) 06:29:34.69 ID:VNEFQotK0

「ありす、Aさんが来るのをとーっても待ってたんですよ?」


「だから悪かったって。ちっひーが引き止めて行かせてくれなかったんだよ」


……こんなものを聞いてしまっては、また何を思うか……早々に、立ち去りましょう。


けれども、私の足は動こうとしてくれません。まるで床に張り付いてしまったかのように、その歩みを止めてしまったのです。


「だから……待ってた分、いーっぱいありすを愛して下さい。でないと、許しません」


「はいはい、分かったよ、お姫様。全く……本当に可愛い奴だな、ありすは」


「えへへ……へへっ」


ありすちゃんの甘え声……それを聞いた瞬間、私の中で何かが切れる音がしました。


そして気付けば……横にあった壁を右手で殴っていました。






102: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/14(水) 06:30:02.97 ID:VNEFQotK0

反射的に、壁を殴った痛みが右手から伝わり、私を襲いますが……こんなもの、些細なもの程度にしか感じられません。


それ以上に、心が痛むのです。幸せそうなありすちゃんに嫉妬して……腸が煮え返っているのです。


あぁ……私は壊れてしまったのでしょうか……畜生に身を堕としてしまったのかもしれません。


以前はありすちゃんの幸せを願った私が……今は、彼女の不幸を心の底で願っているのですから。


……もう、これ以上この場にいるのは耐えられません。早く……事務所を出てしまいましょう。


そして私は……ふらふらとした覚束無い足取りで、逃げる様に事務所から立ち去ったのでした。






105: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:21:57.72 ID:koJc3+000

それから数時間後……私は収録スタジオの通路にあるベンチで……壁に背と頭を預けながらぼうっと座っていました。


ラジオ収録ですが……あまり、良い結果とはいかなかったです。寧ろ、最悪な結果と言っていいでしょう。


何回も回をこなしているのにも係わらず……思う様に進行する事が出来ず、ミスも連発で……スタッフの皆さんにも、迷惑を掛けて申し訳無い気持ちになります。


「はぁ……」


人知れず……一人で重々しく、ため息を吐きます。今は何も……する気にはなれません。


明日にも仕事が入っていますが……それも休んでしまいたい……何もかも放り投げてしまいたい、そんな心境です。






106: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:23:35.08 ID:koJc3+000

そして何より……今の私はあまり……人と顔を合わせる事を……したくは無いのです。


もし、その人が幸せそうにしているならば……私はまた、ありすちゃんの時の様に……嫉妬で狂ってしまいそうですから……。


「あ、あの……お疲れ様、です」


そんな風に考えていると……横から声を掛けられ、私は顔だけをそちらに向けました。壁に背を預けたままですが……今更姿勢なんて……正す気にもなれません。


顔を向けた先には……今日のラジオにゲストで来てくれた、智絵里さんが立っていました。少し不安そうな表情を浮かべているのは……私のこんな姿を見たから、でしょうか。






107: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:24:12.38 ID:koJc3+000

「お疲れ様……でした。今日は、ありがとうございました」


そう言って私は……智絵里さんに頭を下げます。思えば、彼女にも申し訳無い事をしてしまいました。


私が足を引っ張ったから……智絵里さんも時折ミスをしたり、私に代わってフォローを入れる場面もあったのです。


せっかく来て貰ったというのに、私が不甲斐無いばかりに……頭を下げたとて、許しては貰えないかもしれません。


「いえ……こちらこそ、ありがとうございました。今日は文香さんと話せて……楽しかったですから」


けれども、彼女は……恨み言の一つも言わず、そう言って笑顔を見せてくれました。私を気遣ってくれてるのでしょうか……?






108: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:24:39.81 ID:koJc3+000

「止めて下さい……そこまで言われる程……私は何もしていません……」


しかし、今の私には……優しく気遣われても、こんな返ししかできません。


それに……私が何かを言い出す前に、早くどこかに行って欲しい……そんな風にさえ、思っているのですから……。


「……大丈夫、ですか?」


それでも智絵里さんは……私の意を解さないかの如く、そう言って気遣うの止めません。






109: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:25:23.42 ID:koJc3+000

「大丈夫です……私は至って、健常ですから……」


もう視線を合わせるのも億劫になり、私はまた、壁に頭を預けて上を見ます。


すると、少し遠めにあった気配が、直ぐ横まで近付きました。目を横に向けると、直ぐ隣に智絵里さんが座っていて、私をジッと眺めていました。


その瞳はまるで……一寸先も見えない、闇の様に……黒く、塗り潰された色をしていました。


以前、会った時……彼女は、こんな瞳をしていたでしょうか……?


「嘘、ですね」


そして智絵里さんは抑揚の無い声で、無表情のまま……私にそう言い放ったのです。






110: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 16:26:02.95 ID:koJc3+000

「嘘……ですか?」


「はい、嘘です。文香さん……全然大丈夫そうには見えません。何か……無理をしてるんじゃないですか?」


そう言われて……私は反射的に、目を逸らしてしまいました。正にその通りだったからです。


「……図星、みたいですね」


自分の予想が的中し、智絵里さんはクスッと短く笑い、目を細めて私を見つめます。


「もし、良ければ……私が相談に乗りましょうか?」


そして困っている私に……救いの手を差し伸べるかの様に、そう提案を持ち掛けたのです。






112: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 18:47:42.36 ID:koJc3+000

でも……私はこの手を……取ってしまってもいいのでしょうか……?


智絵里さんが持ち掛けた提案は、確かに魅力的……ですが、私が抱えている問題において、彼女は全く関係が無いのです。


飽く迄これは……私とSさんとの間に起きた問題なのです……。


それなのに……私が話してしまったら、また彼女に迷惑を掛ける事でしょう……。


「どうしますか……? 何でも話してくれてもいいですよ……?」


待ち兼ねているのか、急かす様にそう尋ねてくる智絵里さん。そもそも彼女は……どういう意図で、私に手を差し伸べているのでしょう……。






113: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 18:48:08.90 ID:koJc3+000

……駄目です。この誘いは断るべきでしょう。やはり……関係の無い智絵里さんを巻き込む訳にはいきません……。


早く切り出して、この場から離れてしまいましょう。それが……私にとっても、彼女にとっても最良に決まってます。


「せっかくですが……」


「一人で抱え込まなくても……話せば、楽になれますよ?」


けれども、私の言葉に被せる様に……智絵里さんはそう言ってきたのです。






114: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 18:48:45.00 ID:koJc3+000

「楽、に……?」


「えぇ、そうですよ。思い切って話した方が、いいですよ?」


まるで私を諭す様な物言い……けど、駄目です。この誘いに……乗ってはいけないのです。


……でも、本当に楽になれるのなら……話してしまっても、いいのでは……?


思えば、あの時Sさんにしおりを渡されてから……心が休まる事はありませんでした。


智絵里さんだって、良いと言っている……それなら、いっそ……。






115: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 18:49:13.72 ID:koJc3+000

「さぁ……どうします?」


更なる智絵里さんの催促の言葉……その言葉に、私は……。


「…………実は……」


……折れてしまいました。智絵里さんの甘美な誘惑に……負けてしまったのです。


そんな私を見て……彼女は何故か、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていたのでした。






119: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:05:47.90 ID:S6qSOe2e0

「……という訳なんです……」


全てを智絵里さんに語り終えると……何だか少し、気が楽になりました。


これまでずっと……自分の中で溜め込んでいたものを吐き出せた……だからでしょうか。


「つまり、文香さんは……文香さんのプロデューサーさんが何を思っているかが分からなくて、悩んでいた……って、事ですか?」


「はい……だいたい、そんな感じです」


私の話を聞いている間……智絵里さんはずっと、能面の様な表情でいました。本当に彼女は……こんな人だった、でしょうか……?






120: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:06:28.15 ID:S6qSOe2e0

「……とりあえず、結論から言わせて貰ってもいいですか?」


「は、はい……どうぞ……」


智絵里さんにそう言われて……私は息を呑んで、彼女の言葉を待ちました。


願わくば、私を後押しする様な言葉であって欲しい……そんな風にも祈りました。


「はっきり言って……文香さんが何を悩んでいるのか……私には分かりません」


そして待っていたのは……私のこれまでの歩みを否定する様な……そんな言葉でした。






121: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:06:55.75 ID:S6qSOe2e0

「だって……文香さんは好きなんですよね? 文香さんのプロデューサーの事……」


「え、えぇ……そうですが……」


「なら……躊躇う必要なんて……無いと思うんです。好きなら好きって……言うべきだと思います」


簡単そうに言う智絵里さんですが……その簡単な事が、私にはできないのです。


もし、断られたりすると思うと……私は、前に踏み出せません。だからこそ、現状維持で甘んじているのですから。






122: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:07:24.37 ID:S6qSOe2e0

「智絵里さんは……」


「はい?」


「智絵里さんは……その、どうなんですか? もし、私の立場だったら……どう、しますか?」


「もちろん、好きですって告白します」


智絵里さんは何一つ言い淀む事無く、そう答えました。


「というよりも……私はもう、したんですけどね」


「……え?」


そればかりか、そんな事まで言い出したのです。





123: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:08:00.48 ID:S6qSOe2e0

「した、って……つまり、告白を……ですか?」


「はい。私のプロデューサーさんに、しました。これ……秘密なので、あまり吹聴しないで貰えると……助かります」


悪びれずにそう言う智絵里ちゃんを見て、私は愕然としました。私が知っている彼女は……こんな人ではありません。目の前にいるこの彼女は……まるで別人の様に映りました。


「それと……今の文香さん……何だか、昔の私に似てるんですよね」


昔の……智絵里さん? それって、一体……どういう事なのでしょう……?


「私も……文香さんと同じ様に、悩みを抱えていました。周りの考えに振り回されて……不安で押し潰されそうな日々を送っていました。でも……ある時気が付いたんです。周りなんて関係無い……私には、プロデューサーさんだけいればそれで良い……って。そしてプロデューサーさんも……私の気持ちに応えてくれました。……いえ、応えざるをえなかったんです。だって……プロデューサーさんには、『責任』があるから」


「責任……ですか?」


「そうです。私……プロデューサーさんの事を愛しています。けど、それと同時に……」






124: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:08:43.08 ID:S6qSOe2e0





「あの人の事……憎んでもいるんですよ?」








125: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/15(木) 23:41:04.88 ID:S6qSOe2e0

「私はプロデューサーさんに……色んな夢を見させて貰いました。何も無かった私に……キラキラと輝く様な、そんな夢を……」


それは……私も同じです。Sさんと出会って……Sさんに導いて貰って……今の私があるのですから……。


「あの頃は……本当に幸せでした。何も考えず、ただひたすら妄信して突き進むだけの毎日……だけど……所詮は夢なんです。いつかは……目が覚めて現実に戻ってしまう」


目を伏せてそう語る智絵里さん……先程までは無表情だったのに、今は悲しそうな表情をしています。


「気が付いた時には……私の手元には、何も残ってはいませんでした。でも、無くなったと思っていたものの中に一つだけ……残ったものがあったんです。それが……プロデューサーさんです」






126: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/16(金) 00:04:26.12 ID:0oPGoBhe0

「だから……プロデューサーさんには、償って貰わないといけないんです。私を……私の人生を狂わせた『責任』を! ……あはっ……あははははははっ!!」


智絵里さんは言い終えると、突如として狂った様に笑い出しました。それは見てるこちらが恐怖を感じ、逃げ出してしまいそうな程に不気味で……。


でも、私の足は……その場から逃げ出そうと、動きはしません。私の心は……彼女の言葉を否定せず、受け入れているのでした。


「……ねぇ……文香さん……。文香さんも……そうは思いませんか……? 自分のプロデューサーさんに、『責任』を取って貰いたいって……」


「わ、私は……」


智絵里さんの言葉が……頭の中で繰り返し反響されます。普通なら嫌悪を抱くはずなのに、何故にこれ程に心に響くのでしょう……。






127: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/16(金) 00:05:09.43 ID:0oPGoBhe0

……あぁ、そうですか。よくよく考えてみれば……私はもう、壊れていたのですね。


憎しみや嫉妬、怒り等……様々な感情の渦に耐え切れず、とっくに壊れていたのでしょう。


だから、これ程まで……智絵里さんの言葉に共感を覚え、受け入れているのです。


それならば……答えはもう、決まってるも同然……ですね。


「……私は……『責任』を取って貰いたいです」


そう……私を惑わし、悩まし、苦しませ、狂わせるSさんに……責任を取らせなくては……。






128: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/16(金) 00:16:38.08 ID:0oPGoBhe0

「あはっ……今の文香さん……凄く良い表情をしてます。その瞳も……吸い込まれてしまいそうに、綺麗な色をしてますよ」


妖しく笑いつつ、そう告げる智絵里さんですが……私には今、それを確認する術を持ち合わせてはいません。


ですが……その表情はきっと、憑き物が落ちた様に……すっきりとしているに違いありません。そうに決まってます。


だって……私は今、これまでに無い程……清清しい気持ちなのですから……。


Sさん……待っていて下さいね……? あなたが何を考えていようと……この想い……必ず伝えさせて頂きます……。


そしてあなたを……私だけのものにしてみせますから……。


他の誰にも……渡しません……。私だけの……Sさん……。


ふふっ、ふふふふふふふふふふふふふふふ……






133: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/18(日) 05:35:47.03 ID:UnJsTJFT0

「お疲れ様でした、鷺沢さん」


智絵里さんとの話を終え、そこで別れてから数分後……スタジオから外に出ると……入り口の前で、Sさんが待っていました。


その直ぐ側には……送迎用の車が待機しています。


「お出迎え……ありがとうございます、プロデューサーさん」


私は頭を下げ、Sさんに労いの言葉を掛けます。そしてあなたを真っ直ぐ、見据えました。






134: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/18(日) 05:36:16.72 ID:UnJsTJFT0

そこにあるのはいつもと変わらない、Sさんの顔……そして、姿……幾度も見てきたものです。


それなのに、いつも以上に素敵に思えてしまうのは、何故なのでしょう……。


これも……私の意識が変わったから……でしょうか。それ以外は全て、普段通りなのですし……。


ふふっ、智絵里さんには感謝しないといけませんね……こんな大事な事に気付かせてくれたのですから……。


今度会った時には、お礼を言わないといけませんね……。






135: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/18(日) 05:37:03.74 ID:UnJsTJFT0

「さぁ、帰りましょうか。外は寒いでしょうし、早く車の中に入りましょう」


「はい……そうですね」


Sさんに促されて、私は車の助手席に乗り込みます。


車の中はSさんが気を利かせてくれたのか、暖房で暖まっていました。こういった気遣いは……流石に手馴れてますね。


これと同じぐらい……私にも気を利かせてくれてたら……私は悩まずに済んだのに……。


……いえ、それはもういいでしょう。私は既に……決めたのですから。


結局、あなたの真意は……私には分かりませんでした。ですけど、それで私は……悩んだりも、迷ったりもしません。


どんな結果が待っていようと……例え、アイドルを辞める事になろうと……あなたを私のものとする……そう決意したのですから。






136: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 07:42:38.36 ID:v/R9W0yT0

そしてSさんが安全確認をした後、私達を乗せた車は車道に入り、動き出します。


動き出してから少しして……私は横目でSさんの顔を見ました。


運転中なので当然ですが……Sさんは前方を注視して、こちらには顔を向けません。


私があんな事を考えていたのも知らずに、運転に集中しているSさん……今、この場で想いを告げれば……彼は驚くでしょうか? それとも、冗談を受け止めるでしょうか?


もし、驚いたとして……普段、表情の変化の少ないあなたの顔が変わるのかと思うと……あぁ、面白そうですね。






137: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 07:43:06.17 ID:v/R9W0yT0

でも、そんな事はしません。告白は……然るべき場所でさせて貰いますから……。


ふふっ、その時が無性に楽しみで仕方がありませんね……。


この気持ち……もしかすると、気になっている本の続刊を待つ事よりも、楽しみかもしれません。


「今日のラジオはどうでしたか?」


そうして考えている内に、Sさんが声を掛けてきました。


こうして運転中に話し掛けてくれるのは……珍しい気がします。


いつもは運転に集中している為か、こういう風な事は滅多にありません。


「そうですね……今日はちょっと、調子が悪くて……失敗ばかりでした」






138: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 07:43:36.61 ID:v/R9W0yT0

「鷺沢さんが……ですか? それは珍しいですね」


少し意外だと言わんばかりに……そう聞き返すSさん。


あなたのせいですよ……? と、言いたい所ですが……それを言っても、あなたは分かってはくれないでしょう……だから、言いません。


「でも……智絵里さんが色々と助けてくれたので……何とか、形にはなりました」


「そうですか。それは良かった」


安心したのか……Sさんは表情を緩ませます。そこで会話が途切れてしまい……車内にはまた、静寂が訪れます。






139: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 07:44:03.98 ID:v/R9W0yT0

そして目の前にあった信号が丁度赤に変わり……私達を乗せた車は、停止線の前で停車しました。


「所で、鷺沢さん……もう一つ、よろしいでしょうか?」


完全に車が停車すると、Sさんはそのタイミングを見計らった様に……私に顔を向け、また声を掛けてきました。


「あっ、はい……何でしょう?」


私もSさんの方へ顔を向け、少量のネオンの光に照らされたその顔を見つめます。


「最近……何か、思い詰めてませんか?」


そして飛び出てきたのは……意外なまでの言葉なのでした。






140: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 19:54:39.17 ID:i1OP6LUf0

「えっ……?」


「いえ……ここ数日……様子がおかしく感じられたので……」


……という事は、あなたは気付いていたのですか……? 私が思い悩んでいる事に……。


ここ数日……この発言から考えると……あなたが気付いたのは多分、この間の打ち合わせの日……だと思われます。


確かにあの日から……調子が悪くなったのは、事実ですから……。






141: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 19:55:20.88 ID:i1OP6LUf0

でも……その口ぶりから察するに……私が何に対して、思い悩んでいるのかまでは……気付いてはいない様子ですね……。


そして目の前の信号が赤から青に変わると……Sさんは再び視線を前にへと戻し、車を発進させます。


「何か悩みがあるようでしたら……相談に乗りますが……?」


そう言って……優しく声を掛けてくれるSさん……。


それは……担当プロデューサーとしての務めから、くるものなのですか……?


それとも……一個人として、私を放っておけないから……?


……まぁ、今となってはそんな事……もう関係の無い事なのですけどね。


あなたが何を思ってそう発言したのかは分かりませんが……これはせっかく巡ってきた、良い機会だと思います。


それなら……便乗するしかありませんね……。






142: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 19:55:51.56 ID:i1OP6LUf0

「……聞いて、頂けるのですか……?」


「えぇ。僕が聞いて、それで助けになれるのなら……何でも言って下さい」


Sさんはそう言うと軽く首を縦に振ってうなずいてくれました。


ふふっ……頼もしい限りですね……流石はSさんです。


「……ありがとうございます」


私はお礼を言った後、視線をSさんから窓の外にへと向けます。






143: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/19(月) 19:56:23.01 ID:i1OP6LUf0

これは……恥ずかしいとか、そんな感情からくるものではありません。


こんなにも早くに告白する機会が巡ってきて……思わず笑いが込み上げてしまい、それを見せたく無いので、そうしたのです。


……さぁ、もう逃がしはしませんよ? はぐらかせたりも、させません。


必ずあなたの口から……答えを聞き出させて頂きますから……。


ふふふっ……。






146: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:38:05.72 ID:CnlXajEQ0

それからSさんは車を走らせ……事務所では無く、その近くの公園にへと向かいました。


始めは……事務所に戻り、そこで話を聞こうとしたSさんでしたが……私が『もし、誰かに聞かれてしまったら……その、恥ずかしいです……』と、言うと……進路を変更してここにへと辿り着いたのでした。


「着きましたよ、鷺沢さん」


「はい……わざわざ、すみません……」


車のエンジンが切れるのを確認した後……私は助手席のドアを開け、外にへと出ます。






147: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:38:47.99 ID:CnlXajEQ0

辺りはすっかりと暗くなっていて……明かりは外灯が灯す光のみとなっています。


「それでは、行きましょうか」


「そう、ですね……」


それを頼りに……私とSさんは公園の奥にへと足を運ばせます。


奥に奥にへと、私達は進んでいきますが……途中で人と擦れ違う事はありません。






148: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:39:27.41 ID:CnlXajEQ0

この公園は……そこまで大きな規模の公園では無いですので……この時間になると、人の気配は全くしません。


だからこそ、ここを選んでくれたのだと思います。『誰かに聞かれたら……』という、私の意を汲んでのSさんの心遣いでしょう。


そしてそれは……私にとっても都合が良い事なのです。


私が事務所で話すのが嫌だったのは……恥ずかしいとか、そんな気持ちから来る理由では無いのです。


何らかの事象による、第三者の邪魔が入るのが嫌だったからこそ、私はSさんにそう言ったのです。


そしてここならば……そういった邪魔の類が来る事はありません。危惧するべきはSさんに掛かってくる緊急の連絡だけでしょう。






149: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:40:06.58 ID:CnlXajEQ0

その他の可能性としては……偶々通り掛かった歩行者に……会話を聞かれる事でしょうが……例え、聞かれたとしても……私はもう、迷わないと決めたのですから……。


それで世間に公表され……スキャンダルとなって、アイドルを辞める原因になったとしても……私は一向に構いません。


全ての人から見捨てられ……裏切りだと蔑まされ……私を慕うありすちゃんにも軽蔑されようとも、構わないのです。


だって……今の私の望みは……Sさんを私のものにする事……それだけなのですから。


それ以外の事なんて……些事でしかありません。






150: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:40:49.71 ID:CnlXajEQ0

「しかし……最近は結構寒くなってきましたね……」


そうとも知らずに……前方を歩きながら、そう語るSさん。これから何が起こるかも知らずに……呑気なものですね……。


あなたは多分……歩きながら私の悩みについて思考されているのでしょうが……その悩みがあなたに対する恋慕だという事には、きっと気付きません。


仕事熱心で……誠実で、真面目なSさん……あなたは、信頼するアイドルから告白された時……どんな対応をするのですか……? 


受け入れるのか、説得するか……はたまた断るか切り捨てるか……これは見物ですね。


でも、どう転ぼうと……私は諦めたりはしません。使える手を全て駆使して……あなたを追い込みます。


さぁ……早く、対話を始めましょう。私とあなたの人生を……より良きものにする為に……ふふふっ……。






151: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:41:24.67 ID:CnlXajEQ0

「……おや?」


しかし、前方を歩いていたSさんが急に足を止め、立ち止まってしまいます。


「……? どう、されたのですか……?」


後ろを歩いていた私もそれに合わせ、立ち止まります。何か、あったのでしょうか……?


「いえ、大した事では無いのですが……」


そう言ってばつの悪そうにSさんは後頭部を掻いています。


私は早くあなたと語り合いたくて、待ち焦がれているというのに……何を躊躇しているのでしょう。


「それでは……何を……?」


「あっ……ほら、見て下さい」


そしてSさんは上を見上げると、ある一点を指差して……こう言ったのです。






152: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/20(火) 21:42:14.87 ID:CnlXajEQ0





「今日は月が綺麗ですね」








156: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/21(水) 05:48:10.93 ID:W5f621YP0

……あぁ、何ですか、それ? またいつものですか?


冗談か本気かは知りませんが……面白い戯れです。そうやってまた……あなたは私を惑わそうとするのですね……。


月が綺麗……かの文豪がある英語を日本人風に訳したもの……。


その英語というのは『I love you』……ふふっ、とんだロマンチストですね。


私に向けてそんな言葉選びをするという事は……誘ってると同然だと捉えますよ?





157: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/21(水) 05:48:46.17 ID:W5f621YP0

……なら、いいでしょう。私も……その戯れに、乗らせて頂きます。


少し予定が狂いますが……最終的に結果が同じであれば、良いのですから。


私は未だ空を見上げたままのSさんに音を立てない様に、静かに接近します。


「明るいと思ったら、今日は満月だったんですね。通りで明るい……って、えっ!?」


そしてその背後から腕を前に回し、あなたに抱き着きました。夜風に晒されて冷たくなったスーツの感触が、私に伝わってきます。


「さ、鷺沢さん!? な、何を!?」


突然の私の行動に狼狽するSさん……悪く思わないで下さいね? もう私は……どうにも止まりませんですから……。


「プロデューサーさん……私……」






158: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/21(水) 05:49:17.72 ID:W5f621YP0





「死んでも……いいわ……」







165: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/22(木) 05:36:01.68 ID:ZzfSJ34n0

「死んでも……いい……?」


私の言葉を反芻して、飲み込もうとするSさん……その表情には、困惑の色が伺えます。


この言葉も……さっきのあなたの言葉と同じで、ある英語を日本人風に訳したものであり……『月が綺麗』の返答となる言葉でもあります。


その英語は……『Yours』で、意味は……『あなたのものよ』……あぁ、とても文学的で素敵です。


まさか現実で……こんなやり取りができるだなんて、思いもしませんでしたよ? 人生……何が起こるか、分かりませんね、ふふっ。






166: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/22(木) 05:36:39.96 ID:ZzfSJ34n0

さて……あなたはどう、返答しますか……?


受け入れてくれるのなら……それで構いません。私の全てを費やしてでも……あなたを愛しますから。


けど、受け入れてくれなかったら……その時は、このままあなたを押し倒して……ふふっ、手込めにするのも悪くありませんね。


さぁ……早く、答えて下さい……。こちらはいつでも、準備はできているのですよ?


さぁ……Sさん……さぁ……さぁっ!!


「鷺沢さん……」


「はい……何でしょう?」






167: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/22(木) 05:37:09.96 ID:ZzfSJ34n0





「そんな事……言わないで下さい」








168: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/22(木) 05:46:16.70 ID:ZzfSJ34n0

……そうですか。やっぱり、あなたは……断るのですね。


私が担当アイドルだから、断るのか……それとも、既に想い人がいるのか……。


まぁ、そんな事……最早どうだっていいです。もし、あなたに好きな人が既にいたとしても……私がすべき事は唯一つ。


このままあなたを押し倒して……あなたの心も体も貪り尽くし、私の色にへと染め上げましょう。


……経験はありませんが、知識はあるので……大丈夫でしょう。心配はいりません。直ぐに慣れるはずですから。






171: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/23(金) 05:35:11.54 ID:sCMKjFGD0

そしていざ、実践に臨もうとする為……腕に力を込めて押し倒そうとした……その時でした。


「……えっ?」


私が押し倒すよりも早く、Sさんの前に回していた腕を……彼は振り払ったのです。


そして私が呆気に取られていると、その隙を突いて……振り返って私と向き合い、私の両肩をその手で掴んで……。


「死んでもいいだなんて……軽々しく言わないで下さい!」


少し怒りの入り交じった様な表情で、そう言ったのでした。





172: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/23(金) 05:38:07.21 ID:sCMKjFGD0

「は、はい……?」


「鷺沢さんがどんな悩みを抱えているのかは僕には分かりません……ですが、死ぬなんて選択肢だけは……絶対に駄目です!」


え、えっと……これは、一体……?


「あなたは必要とされる人です。……あなたが死んでしまったら……誰もが悲しみます」


「あ、あの……プロ、デューサーさん……?」


「すみません、鷺沢さん……僕が不甲斐ないばかりにそんな思いを抱かせてしまって……非力な僕を許して下さい」


あっ……もしかして、これは……。


「この償いはきっちりと果たさせて頂きます。ですので、何でも言って下さい。僕があなたの……力になりますから!」


意味が……伝わって、無い……?





175: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 05:38:37.42 ID:mlioTzUV0

……いえ、ちょっと待って下さい。少し落ち着いて、よく考えてみましょう。


そもそも……先程の『月が綺麗』という言葉に、しっかりと意味が込められていたのなら……ちゃんとその意味は、伝わっているはずでしょう。


Sさんは文学には精通している方なので、知らない……という事はありませんから。


それに……その後に何か言っていたような……。だとすれば、もしや……


「そ、それでは、あの……いくつか確認したい事があるのですが……」


「はい、何でしょう。何でも言って下さい」


「さ、さっきの……『月が綺麗』……というのは、どういう意味で……?」


「えっ? それは……今日は満月で、綺麗だな……と、思ったからですが……?」


……やはり、そういう事ですか。あの言葉は……ただ単に、何気なく発言しただけのものだった訳ですね。






176: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 05:39:12.06 ID:mlioTzUV0

「……? 何か、僕……変な事を言いましたか?」


そう言った後、Sさんは怪訝そうに首をかしげました。分からないのでしたら……そういう反応にもなるでしょう。


「……いえ、大丈夫です。気にしないで下さい」


「はぁ……そうですか」


私が素っ気無くそう言うと……彼は納得がいかない表情で佇んでいました。


しかし……これがそういう事だとすれば……もしかすると、今までの事も全部……。


……これは、確認するしかありませんね。






177: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 05:39:41.60 ID:mlioTzUV0

「それでは次ですが……この間の、しおりの事なのですが……」


先日、Sさんから貰った四つ葉のクローバーのしおり……今回の事の発端ともなった代物です。


これのせいで……私がどれだけ悩んだ事か……。これについても……聞いておかねばなりません。


「あぁ、あれですか。あれが……どうかしましたか?」


「何故……しおりの飾りに、四つ葉のクローバーを選んだのですか……?」






178: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/25(日) 05:40:35.06 ID:mlioTzUV0

事務所であなたからしおりを頂き、それを見て……四つ葉のクローバーの花言葉……『私のものになって』という言葉が私を酷くもやもやさせました。


あの時既に……あなたに好意を抱いていた私からすれば、そういう意味が込められているのかもしれないと考えるのも、不思議では無いでしょう。


「えっと、あれは……特に意味はありません。何となく、ですね」


けれども、実際の所は違いました。私が考えていた様な事は一切無く、完全に否定されてしまいました。


「何となく……ですか?」


「はい。実は大分前の事なんですが……同僚の一人に、自慢された事があるんです。『担当アイドルからプレゼントを貰った』と。そのプレゼントが……四つ葉のクローバーのしおりでした。その時の……あまりにも嬉しそうに話す彼の姿が印象に残っていたものですから……作成する際にそれを思い起こし、つい真似てしまった……という訳です」


……という事は、何ですか。私はあなたからしおりを貰って……つい嬉しくなって舞い上がってしまい、それで勘違いをしてしまった……それだけの事だったんですね。






182: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:34:05.06 ID:QKpkEbkj0

「そ、それなら……前に机の上に飾っていた白いバラですが……」


今は萎れてしまって無くなってしまいましたが……以前に置いてあった綺麗な白いバラ。花言葉に……『あなたは私に相応しい』という意味があるあの花……。


Sさんが凛さんのお宅にお邪魔した際に買った物だと言っていましたが……その経緯は、分からず仕舞いでした。


あれも私を惑わした原因の一つ……あれに関しては、どうでしょう……。


「何故、あれを買われたのですか……?」


「何故……と言われましても……。実はあれ、渋谷さんに勧められたから買っただけなんですよね。僕にはこれが似合うだろう……という感じで……はい」






183: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:35:27.26 ID:QKpkEbkj0

勧められただけ……? 本当に……それだけなのですか……?


「あの日……渋谷さんの担当のプロデューサー……まぁ、僕の同僚なんですが……忙しくて渋谷さんを迎えに行けないみたいでしたので、代わりに手の空いている僕が行って、彼女を自宅まで送っていったんです。それで渋谷さんの家に着いた時に、お店がまだ営業中でして……せっかくだからたまには花でもと思い立ち、そこで勧められて買った訳ですね」


……どうやら、本当にそれだけの様です。Sさんの曇りの無い表情から見ても……嘘を言っている感じでは無さそうです。


あの花に意味なんて無く……担当では無い凛さんを送迎する事になった偶然と、気まぐれに花を買おうと思った偶然が重なった事で、生まれた産物だった……という事なのですか。


それを私が勝手に勘違いをして……空回って……ふふっ、これでは道化ですね。傍から見れば……そんな私の滑稽な様は、さぞかし面白く映っていたのでしょうね。


「あの……ちなみに、プロデューサーさんは……白いバラの花言葉については……ご存じでしょうか?」


「花言葉ですか? いえ、そういう分野には疎いものですから……申し訳無いですが、ちょっと分かりません」


なるほど……それではあなたには……私がその花言葉の意味のせいで悩んでいた事など……思いもよらない事でしょうね。


それでは……その事を説明した所で無意味でしょう。それに関しては伏せておく事にします。





184: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:36:19.50 ID:QKpkEbkj0

「それでは最後なのですが……先日頂いた変装用の眼鏡ですけど……何でそこに、春菜さんが関わっているのですか……?」


「あぁ、それはですね……最初は僕が選ぼうと思い、お店に行ったのですが……中々決まらなくて。そこに偶然……店内で上条さんとばったり出会ったんです。なので、僕よりもセンスのある彼女に選んで貰った方が、鷺沢さんも気に入るだろうと思い、お願いしました」


……何という事でしょう。まさかこれも……偶然だというのですか。


だとしたら……私は何の意味も無い事に振り回されて、踊っていただけのピエロだったのですね。


始めにしおりを貰った時……『もしかしたら……Sさんは私に気があるのでは……?』などと淡い期待をして、その気になっていた私は……馬鹿みたく思えてきます。






185: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:36:49.94 ID:QKpkEbkj0

……でも、分かった事があります。収穫が無かった訳では、ありません。


それは、あなたが私を含め……誰に対しても好意を持っていない……という事です。


今までの語り口からして……誰かに好意を持っている様には思えません。単なる仕事仲間としか捉えていないのでしょうね。


やはりあなたは真面目で仕事熱心な人……その熱意の全てを、プロデューサーとしての責務に注いでいるのですね。


……だからこそ……それ以外の周りの事が疎かになっているのですが……まぁ、いいでしょう。


恋に関しては無神経で、朴念仁なあなたですが……突破口は見えました。後はそこを……狙うだけです。






186: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:37:34.65 ID:QKpkEbkj0

「……すみません、プロデューサーさん。もう一つ……いいですか?」


「えぇ。何でもどうぞ」


普通なら……先程の質問に対して、少しは疑問を抱くでしょうが……Sさんにはそれがありません。清々しいまでにきっぱりとそう答えます。


でも……それが今の私には、反って好都合です。


「実は最近……不安な事が多くて……」


「不安……ですか?」


「はい……。アイドル活動の事とか……これから先々の事とか……とにかく、そういったので胸が苦しくて……辛いんです」


そう言った後、私は自分の服の胸元をギュッと掴み、とても辛いのだとSさんにアピールします。これであなたは、信用してくれるでしょう。






187: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/26(月) 21:38:08.17 ID:QKpkEbkj0

「だから……プロデューサーさん。お願いがあるのですが……」


「お願い……ですか?」


「はい……聞いて頂けると、とても助かるのですが……。でも、そうするとプロデューサーさんに……負担が掛かってしまうかもしれません……」


「大丈夫です。僕の事は気にしてくれなくて結構です。それで鷺沢さんの力になれるのでしたら、何だって言って下さい」


「……ありがとうございます」


あなたからの答えを得て、私は心の中でにやりとほくそ笑みます。こう言えば……あなたは私からのお願いを、絶対に聞いてくれるでしょうからね。知ってました。


真面目なあなたですから……担当アイドルの悩みや不安を避けたりはしない……そこを私は、利用させて頂きます。


これであなたはもう、逃げられません。私と一緒に……堕ちて貰いますから。


「それでは……ぜひ、私と……」


そして私は……悪魔の囁きの様な言の葉を……彼に向けて紡ぐのでした。






189: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:28:56.53 ID:Si9T+CWd0

Sさんと公園で語り合った日の翌日……この日オフの予定の私はまた事務所を訪れ、その部屋の隅で黙々とある作業に耽っていました。


いつもならここで……ソファに座り、本を読んでいる所ですが……今日は違います。


普段は本を持ち、ページを読み進める為に使う手には……さっき買ってきたばかりの真新しい万年筆が握られています。


それを私は使って、これまた真新しい真っ白な冊子に次々と文字を書き込んでいきます。


何も知らない人が見れば……私が大学の課題を持ち込み、それを進めている様に見えるでしょうが、そうではありません。


これは……そう。そんなものでは無いのです。これはもっと……崇高で素敵な代物ですから。






190: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:29:41.06 ID:Si9T+CWd0

「文香さん、おはようございます」


そうして私が書く事に夢中になっていると……直ぐ近くにありすちゃんがいて、声を掛けてくれました。


「おはようございます、ありすちゃん」


彼女が丁寧に挨拶してくれたので、私もそれに応えます。


その後にありすちゃんの顔色を窺うと……ニコニコとどこか幸せそうでした。


何か良い事でもあったのでしょう……。そういえば、昨日は彼女のプロデューサー……Aさんとデートに行かれてましたね。


それだからでしょうか……ありすちゃんが幸せそうに見えるのは。






191: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:31:14.83 ID:Si9T+CWd0

「昨日は……楽しかったですか?」


だから私はそう言って、彼女に問い掛けました。すると……彼女の顔に浮かぶ幸せの色は、さっきよりも濃くなって表れました。つまりそういう事なのでしょう。


「はい。とっても楽しかったです。あの後いろいろと買い物をして……その後に、Aさんの家で夕ご飯を作って食べました。それで『ありすは料理が上手になった』って、褒めてくれて……えへへ」


自慢するかの様にそう語り、嬉しそうに笑うありすちゃん。昨日の私ならこんな様を見せられたら、嫉妬で狂っているでしょうが……今日の私は、そうはなりません。


だって……もう嫉妬する必要は無いのです。憎いとも思わなくてもいいのです。


私も……ありすちゃんと同じ幸せを……手に入れたのですから。






192: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:31:43.05 ID:Si9T+CWd0

「そういえば……文香さんは何を書いているんですか?」


そこで、ありすちゃんが私の手元にある冊子に気づきました。そこに書いてある内容にも、気になっている様です。


「大学の課題……では無いですよね。そんな感じには見えませんし……」


顎に手を当てて、深く考えているありすちゃんの姿……大人ぶっているようで、とても可愛らしいですね。ちょっと抱き寄せたくなります。


これがAさんなら……即行で彼女を抱き締めて、全力でその魅力を味わっているのでしょうね。






193: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:32:50.31 ID:Si9T+CWd0

「ふふっ、気になりますか?」


「あっ、はい。ちょっとだけ……」


私が助け舟を出す様にそう言うと、ありすちゃんは上目遣いで私を見て、そう訴えてきました。この仕草……あぁ、本当に可愛らしい。


さて、冊子の中身ですが……まぁ、ありすちゃんになら……いいでしょう。


見られて困る様な事は書いてませんので……問題はありません。私からすれば、健全な内容ですから。


ありすちゃんとあと……智絵里さんになら、見られても構いません。二人共……私に大事な事を気づかせてくれた恩人ですからね。無下にはできません。






194: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:33:19.79 ID:Si9T+CWd0

「中を見てもいいですよ、ありすちゃん」


そして私は書き途中だったページを閉じ、表紙を上にしてそれをありすちゃんに差し出しました。


「い、いいんですか?」


差し出した冊子を両手で受け取りつつ、ありすちゃんはそう尋ねます。


「はい。大丈夫ですよ」


「そ、それじゃ……失礼します」


私の許可を得ると、ありすちゃんは壊れ物を扱う様に表紙を捲り、書いてある内容に目を通し始めます。






195: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:33:55.59 ID:Si9T+CWd0

黙々と言葉を発さずに読み進めていき……ある程度読んだ所で、視線を私の方にへと向けました。


「これってもしかして……交換日記……ですか?」


「えぇ。その通りです」


そうです。私が書いていたのは……Sさんとの交換日記でした。


昨日の最後……私はお願いと称して、Sさんにそれを始めましょうと持ち掛けたのです。


『言葉にして話すのは難しいので……せめて、こういう形で……』と、頼み込むと……Sさんは二つ返事であっさりと了承してくれました。






196: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:34:30.48 ID:Si9T+CWd0

こんな回りくどい事はせず、直接思いをぶつけた方が早いのでは……と、思われるでしょうが……こういう形式にしたのには……理由があります。


例えばあの人に……好きだと思いを伝えた所で、その真意は伝わってはくれないでしょう。別の意味で勘違いされて終わるだけです。


そもそもSさんは……自分が恋愛対象だと自覚していないのですから、何を言っても無駄でしょう。


だからまず……その意識を変える所から始めないと、私と彼が結ばれる事は無いのです。


そしてその為の交換日記です。これを使い、少しずつ彼の意識を変革していき……やがては私の色に染め上げるのです。






197: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:35:18.97 ID:Si9T+CWd0

しかし……それを達成するには時間が掛かってしまうのが難点ですが……こればかりは気長にやっていくしかありません。


『ローマは一日にして成らず』『千里の道も一歩から』この言葉にもある通り、積み重ねが大事ですからね。仕方ありません。


幸いな事に、競争相手もいないと昨日分かりましたので……ゆっくり……ゆっくりと地道にSさんを堕としてみせましょう。


そしてしっかりと責任を取って貰うのです。……ふふふ。想像しただけでも、笑いが込み上げてきそうです。


「所で、文香さん……あの……」


そんな風に考えていると、ありすちゃんが少し遠慮がちにそう聞いてきました。






198: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:35:46.57 ID:Si9T+CWd0

「はい、どうかしましたか?」


「交換日記……なのは分かりましたが……それにしては文香さんのプロデューサーさんの書き込みが一つも無いのですが……」


「……? それは私が今日から書き始めましたので……返答が無いのは当然ですが……?」


「だ、だったら何で……」





199: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:36:14.56 ID:Si9T+CWd0





「書いていないページが残り数ページしか無いんですか……?」







200: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:37:11.24 ID:Si9T+CWd0

……あぁ、やってしまいました。私とした事が夢中になりすぎて……思いを書き連ね過ぎてしまったようです。


時計を見てみれば……書き始めてから既に数時間が経過していました。朝から書いていましたが……今はすっかり昼時です。


これは……反省しないといけませんね。最初から飛ばし過ぎては……Sさんも着いてこられないですから。


そして……ありすちゃんには感謝しませんと……言ってくれなければ、そのままこれを出す所でした。


それでは……また新しい冊子を買ってこなくては……。それで次のは……しっかりと推敲を重ねましょう。


予定よりも提出するのが遅くなるかもしてませんが……待っていて下さいね、Sさん。


絶対に……いつか必ず、私の思いに……気づいて貰いますから……ね?


ふふっ……。




終わり






203: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/12/27(火) 00:51:25.98 ID:o/hRfcaRO

ひえ…
Sくんが気づく頃には手遅れ作戦か



元スレ
SS速報VIP:鷺沢文香「マーキング」
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