時が過ぎるのはあっというまなもので、
765プロが無くなっちゃってから2年が経とうとしています。

その間ボクはというと、高校を卒業した後全くアテが無くて困ったり、女性限定のバイトで何故か断られたり、
怪しいホストクラブで働いたりすることになったりしましたが、天国のプロデューサーに心配かけないように、
ジャンジャンバリバリ頑張ったつもりです。

そんなボクの今の生活は……

「いらっしゃいませー!!!はい!牛丼大盛りですね!!!」
「ちょっと!菊地クン、声デカすぎるよ!そんなに大声出さなくても聞こえるでしょ!」
「あ、あわわ。す、すいませーん!」

牛丼屋でフリーターしてます。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 20:59:01.36 ID:bE4xzJ3t0

バイトを初めて数カ月、未だに慣れないことばかりです。
どうやらボクの度胸を買ってくれて、熱血指導でいくぞ!なーんて店長は意気込んでいました。
仕事自体はすっごく楽しいんだけど、どうにも困ったことがあって……。
「菊地クン、君は如月さんとまではいかないけどミスは少ないし、春香ちゃんみたいに笑顔も申し分ないよ。
だけどさ、君はもうちょっとペース配分っていうの?そういうの持たないと」
「すいませーん。プロデュ……店長」
「あと、君のおっかけがウチにまで押しかけてくるのはどうにかならないの?」
「はい……」





15: ◆hoNTo9HMTQ 2011/08/18(木) 21:11:06.63 ID:bE4xzJ3t0

「おっつかれさまでーす!!!」
ボクは店の奥で働いている人にも聞こえるように、元気いっぱい挨拶をして帰りました。
自動ドアの向こう側で店長が言っているような気もしたけれど……。

「うわぁ、夜桜がキレイだなぁ~」
駅には桜の木が立ち並んでいて、舞落ちた花びらがタイルに綺麗な模様を描いていました。
半年前、ホストクラブが潰れたあとに仕事先をどうするか悩んでいたボクは、
千早が辞めた代わりに、ボクが代わりにホールを任されることになりました。

なんだか、「美人が働いていて、すぐに辞めて、またすぐに新しい美人な子が入る店」なんて
ちょっとした巷の有名店になっているそうですが。


ボクが千早と交替したのは牛丼屋だけではなく、765プロの勧誘も担っています。
そしてボクは夜9時から、とある人と待ち合わせをしてるんですが……。


「参ったなぁ。早く終わり過ぎちゃったよ……」



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 21:22:09.12 ID:B9uiu9Fq0

そこでティン!と閃きました。
そうだ、あそこへ行こう。


そうと決まれば善は急げ。
ダッシュで目的地へと走ります。

「いらっしゃいませー。からあげくん只今セール中……あら、真じゃない」
「やっほー!律子ー!」
ボクはレジに立っていた律子へ向かって手を振ります。
なんだか今流行りの電子ボードみたいなものを両手で持っていました。

コンビニで働いたことは無いけれど、う~ん、店長っていうのはきっと忙しいんだろうなぁ。
「はいはい、いつものでしょ」
律子はそんなことを苦にも感じないような面持ちで、ボクの来店を歓迎してくれました。
一度「従業員立ち入り禁止」の扉の中へ入って、ビニール袋を両手に抱えてでてきました。

「あなた、こんなものばっかり食べてちゃダメよ。体が資本なんだから、ちゃんと栄養バランスを考えて……」
また律子の長いお説教が始まりそうだったので、
「やーりぃ!ありがとう律子!」

颯爽と、賞味期限切れのお弁当を貰って、お店の外へ出ました。



24: ◆hoNTo9HMTQ 2011/08/18(木) 21:31:38.60 ID:B9uiu9Fq0

「ちょっと待ちなさい!真」
退散しようとするボクを律子が追いかけてきてきました。
わざわざ引き留めるということは、何か要件があるに違いありません。

「あなた、春香がどうなったか知ってる?去年私と偶然会って、『私が765プロの皆を説得するんです!』
なーんて息まいてたんだけど、ある日からパタリと連絡が途絶えてね。家に行こうかと何度か思ったんだけれど、
春香には春香の生活があるだろうから。」

ボクは少し伏し目がちになって、ちょっと心の中ではずみをつけて律子に伝えました。
「……春香は諦めたんだよ。もう夢を見るのはやめて、現実を見据えて生きていきますってさ」

千早に、聞かれたらそう伝えて欲しいと前もって言われていました。

「そう、あの子がそんなこと言うなんて、人間どうなるかわかったもんじゃないわね。
それにしても連絡くらいしてくれてもいいでしょうに」

「ホ、ホラ春香も律子も忙しい身だしさ」

嘘をつくのはやっぱり、あまり好きじゃないです
胸の奥がチクリと痛くなりました。



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 21:41:43.98 ID:B9uiu9Fq0

「それじゃ、真もくれぐれも体調には気をつけなさいよ。体が資本なんだから」
また同じセリフ……。
どうやら律子はプロデューサーの一件以来、体調管理については非常に気にするようになったみたいです。

「うん、ありがとう。また来るよ」
律子に手を振りながらボクはまた駅へと向かいました。
律子の姿がどんどん小さくなっていって、やがてコンビニの中へと入って行きました。


「はぁ~~~………」
深~~~いため息が出ました。
駅に設置してあるベンチに腰掛けて、また時計を確認します。
「まだ30分もあるなぁ……」

少し悩んだあと、ボクはビニール袋からからあげ弁当を取り出しました。
まぁ待ち合わせ場所は喫茶店だし、先に夕飯を食べよう。


割り箸でお弁当をつついていると、20代くらいの女性二人組がボクの方を見てなんだか
コソコソと話をしているのが見えました。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 21:51:33.03 ID:B9uiu9Fq0

「ちょっとやめようよ」
「いや、絶対そうだって」

そんな小声がボクの耳に届きます。
「あの……ボクに何か用ですか?」
割り箸を加えながらその二人に声をかけます。
どうせ話しかけられそうな雰囲気だったので、ボクの方から先手を打ちました。

「あ、あの~~もしかして、ドリルクラブで働いていた超イケメン有名ホストの平田サンですか?」
「その、ソックリだったので声かけちゃいました」
申し訳なさそうにその二人は近づいてきてボクに言います。

今度は小さなため息が一つ出ました。
「いいえ、人違いですよ。ボクの名前は菊地真。女の子です」

そう言うと二人は顔を見合わせ、
「あはは……失礼しました~」と愛想笑いを浮かべて離れて行きました。


「ホラ、だから違うって言ったじゃん。
そもそも平田サンがあんなだっさい格好してコンビニ弁当なんて食べてるわけないでしょ」

………。聞こえてるってば。


そろそろ時間かな。残さず、食べ終わったお弁当をゴミ箱へつっこんで、
とある、セレブの間では有名だという高級喫茶店に向かいました。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 22:05:04.41 ID:B9uiu9Fq0

なんだかすっごく重たい金色の装飾がされた両開きのドアをくぐって、喫茶店の中へ入りました。
豪勢なシャンデリアがつるされていて、赤を基調とした店内に
ちらほらとなんだかすっごく高そうな黒いタキシードをまとったウェイターが背筋をピンと伸ばして立っています。

ボクはうわしまった、と後悔しました。
こんな普段着のグレーパーカーで来るんじゃ無かったよ……。

「あ、あの~………待ち合わせをしているんですが」
ボクは頭をポリポリとかきながらウェイターさんに声をかけました。

広い店内をキョロキョロと見渡しますが、その姿は見えません。
どうやらボクの方が先についてしまったみたいです。

ウェイターさんに案内されて、奥の方の席で待つことにしました。
うわぁ、ソファがふかふかだよ。




48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 22:15:00.82 ID:B9uiu9Fq0

しばらくお店の中をうわぁ~すっごいなぁ~あの花瓶とかいくらするんだろ?なんて思いながら見回していたのですが、いつまでたっても現れません。
両手を組みながら待っていたのですが、来ません。
やがて机をコンコンと叩いて待つのですが、見えません。

だぁぁぁ~~!遅い!遅すぎるよ!
机にぐってりと突っ伏していると段々と眠くなってきました。
バイト明けでちょっとだけ疲れていたので無理もありません。

そして、段々と意識が薄れていって……


………。


「この店を選ぶなんて、アンタにしてはなかなか趣味がイケてるじゃないの」
ボクの頭の真上で声が聞こえて目が覚めました。しまった、寝ちゃってた。

「ハハ……相変わらずのようだね。いお………い゛い゛っ?!」
顔をあげると、そこには確かに待ち人がいました。いましたが……思わずこう聞かずには居られませんでした。







「き、君……本当に伊織なの?」



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 22:27:51.00 ID:B9uiu9Fq0

「なによ、あんたが呼ぶから来てやったんじゃないの……」
「ご、ごめん。だ、だってさ……」

伊織の姿は、およそ2年前とは比べ物にならないくらい悲惨なものでした。
髪はボサボサに乱れており、フリルのついたピンク色のワンピースは所々茶色いシミがついていて、
顔は泥か何かで黒く汚れていました。


ボクたちの席に向かって視線が集中し、ヒソヒソと内緒話が聞こえるのがわかりました。
隣の席の人は、鼻をつまんでしかめっつらをしています。

これが……伊織?あのお金持ちで、いつも上品ぶっていた伊織?
ボクは空いた口がふさがりませんでした。

伊織はそんなことを気にも留めないかのように、ドカッと横向きに席に座りこんで
不機嫌そうに頬に手をつきました。ボクに横顔を向けて、決して視線を向けようとしません。

「……」
「……」何から言ったらいいんだろう。どうしよう。

「あの、御注文は……」
伊織のほうをじろじろと見ながらウエイターが近づいてきました。

「え、えっと……じゃあボクはカフェオレ……。い、伊織は?」
ボクの方を流し目で一瞥して、言いました。

「水でいいわ」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 22:44:22.98 ID:B9uiu9Fq0

「かしこまりました……」
ウェイターが決まりが悪そうに去っていきます。
いつもの伊織だったら
「果汁100%のオレンジジュースを今すぐ持ってきなさいよ!この伊織ちゃんを待たせたら承知しないんだからね!」
くらい言ってのけるのに……。


「遅刻して悪かったわね。ちょっとセールがやってたから並んでたのよ」
ぶっきらぼうにボクに言ってのけます。依然顔をそむけたままで。

「セ、セール?」
「なによ、私がパンの耳の10円セールで遅れたなんて言ったらおかしいかしら?」
そう自虐する伊織の目がかすかに潤んでいます。
やっぱり、この伊織らしき少女は伊織だ。こうやって強がって見せるところは何も変わっていない。

「……いや、別に」
「あっそう」

「……」
「……」

気まずい沈黙が流れました。
一体何から話せば、何から聞けばいいんだろう。
千早だったらズバッと質問できるんだろうけれども……。

モジモジしていたボクを見て、伊織がこのままでは話が進まないと察したのか、ため息を一つついて言いました。


「家出したのよ」
「えっ」



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 23:02:17.71 ID:B9uiu9Fq0

「家出って、いつから……」
「かれこれ1か月目くらいかしら」

いくらあのプライドが高くて高飛車で高慢ちきでワガママな伊織といえども、1か月も家に帰らずに野晒しの生活を続けているなんて……。
何か大変なことがあったに違いありません。ボクはおそるおそる、伊織に質問しました。

「一体どうして……」
「……」
伊織は再び黙りました。

やがてウェイターさんが飲み物を運んできて、テーブルの上に洗練された手つきで置きました。
伊織は、ただの水をまるで高級酒、未成年だから呑んだことは無いですが、であるかのようにチビチビと飲んでいます。

「あんたね、あんたが呼び出したんだから聞いてばっかりじゃなくて、そっちから用件を言いなさいよ」
「え、えーと……」

ここで「伊織!765プロに戻ってきてよ!」なんて言えるわけが無いじゃないか……。

「本当はまたアイドルを目指そうと誘うつもりだったんだけど、この際それはどうでもいいよ。
 伊織、何があったかは知らないけれどお願いだから家に戻って!」

伊織は相変わらず冷ややかな目を向けて、言いました。
「絶対にイヤよ。両方ともね」



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 23:14:10.21 ID:B9uiu9Fq0

「てゆーか、そもそも何であんたがそんなスカウトみたいなことしてるわけ?
 ガールハンティングは昔からお得意のようだけど」
皮肉を込めて伊織は言いましたが、なんだかその伊織っぽさが痛々しさを増長させているようで……。

「まぁ、償い、かな」
ボクは思わず俯いてしまいます。

伊織はボクの空気が変わったのを見て
「そう……まぁお互い、2年もたてば色々とあるわよね」
とその話を打ち切ってくれたみたいです。

「私がね、今こんなホームレス生活続けてるのも、アイドルに戻らないって言ったのもね」
伊織の段々と声が小さくなっていきます。そして、ポツリと呟きました。
「全部、四条貴音のせいよ」
「えっ……」

突然、伊織は椅子を倒しながら立ちあがって、机を思いっきり叩きました。コップが倒れて、白いテーブルクラスを濡らします。




「私は!絶対に!!あいつを許さないわ!!!」
そう声を荒げる汚れた伊織の顔に、ほんの少し涙が伝いました。



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 23:26:54.73 ID:B9uiu9Fq0

「ふぅー、ふぅー!」
店の中がざわ……ざわ……と騒がしくなりました。

真っ赤な顔をした伊織は、またいそいそと椅子を戻し、座りなおしました。

「貴音のことは当然、あんたも知っているわよね」
「うん……」
ボクはゆっくりと頷きます。

「じゃあ、この話は知ってるかしら?
最近水瀬財閥が四条グループと提携を組んだって話は」
「えっ」
「アンタねぇ、もう19歳なんだから新聞くらい読みなさいよ」
「……」
「あんな女にヘコヘコするパパなんて大嫌いよ……!」
伊織はさらに怒気を抑えるように続けました。
「だから家出してやった。クレジットカードは止められた。どうせまた娘の癇癪で、すぐ帰ってくるだろうなんて思ってるのよ」
「伊織……落ち着いて……」
「侮辱だわ!屈辱だわ!」
また伊織がテーブルをおもいっきり叩きました。ウェイターさんは何かコソコソと指示を出しています。





151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/18(木) 23:44:50.09 ID:B9uiu9Fq0

「貴音が私の前で土下座して許しを乞うまで!家には絶対に帰らないわ!」
「ちょ、ちょっと伊織……」
ボクは必死になだめます。

ふと、気が抜けたように伊織の力が抜けました。
「でも、別に全然寂しくなんかないんだから」
「えっ」
「だって、私にはうさちゃんがいるんだもんねー」
ニコニコと、伊織は抱えていたうさぎのぬいぐるみに話しかけました。
そのうさぎは所々解れていて、耳が取れかけていて、右目は無くなっています。

伊織……。

「お客様、他のお客様のご迷惑となりますので、申し訳ございませんが御退出願います」
伊織の背後には、屈強そうなガードマンが二人立っていました。伊織の両肩を掴んで引きずるように店の外へ連れ出そうとします。

「何よ!離しなさいよ!私は水瀬財閥の娘、水瀬伊織よ!あんたなんかすぐにクビにしてやるんだから!」
「はぁ?お前みたいな汚らしいガキが天下の水瀬家の者なわけ無いだろ。常識的に考えて……」

伊織はズルズルとボクから離れていきます。なんとか止めようとしたのですが、ウェイターさんに制止させられてしまいました。

「痛い!痛いわよ!……聞きなさい!真!あんたが私に家に帰って欲しいんだったらね!私の前へ貴音を連れてきなさいよ!バカー!」
伊織はそう泣き叫びながら、まるで嵐のように去って行きました。



伊織パートつづく



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 00:08:34.17 ID:fcv0sUmp0

「あ、あの友人がご迷惑をおかけしてすいませんでした」
ボクは喫茶店のウェイターさんに一人ずつ頭を下げてお店を出ました。


季節は春といっても夜は少し肌寒く、小雨がポツポツと降り注いできました。
伊織は絶対に、ボクが連れ戻す。約束するよ。千早……。
拳をギュッと握りました。次は貴音と話をしないとな……。


時計を三度確認すると、もう随分と夜が更けていました。
千早、寝てると思うけれど、今日の報告しに行かないと。


ボクは駅に向かい、千早の元へ向かいました。



187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 00:19:52.51 ID:fcv0sUmp0

「千早、遅くなってごめん!ただいまー!さっき偶然千早のお母さんに会ったよ」
ボクは満面の笑顔で千早に話しかけました。


「千早、今日は伊織に会ったんだけどさ。ちょっと大変なことになってたよ。」
頭をポリポリとかいて続けます。どうやらこれは自分の癖みたいです。


「千早、でも、大丈夫だよ!ボクが絶対になんとかするから!」
胸の前でガッツポーズを、してみせます。


「千早、765プロが倒産してもう2年だね……」
ボクは千早の前のイスに座って両指を、膝の前で組みます。





「千早、ボク今日も元気だよ!だから、だからいい加減起きてくれよ……」
病院の隣のベッドのおじさんが不審そうにこちらを眺めています。
真っ白なシーツと、真っ白な壁と、真っ白な服を着て、千早はまるで人形のようにやすらかな寝顔を浮かべていました。



217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 00:28:54.58 ID:fcv0sUmp0

ボクたちには、疫病神でもついているんだろうか……。
あの日、あの半年前のあの日だったんだ……。



「ほんっとーにごめん!」
ボクは千早に向かって、頭の前で手のひらを合わせて謝りました。
千早は、それを見てほんの少しだけ口元が緩んで
「許さないわ」
「えっ」
「その代わり、あなたには良い返事を聞かせてもらうから、真」
千早のあの時の微笑みは、ボクがそれまで見たことの無かった最初で最後のものでした。


「参ったなぁ……」
「ズルして働こうとするからいけないのよ」
「ははは……千早には敵わないや」
「ふふっ」
ボクと千早は、駅のホームで笑いあかしました。
その後、少しずつ、たっぷりと、1年半のことを全て話しました。
気付くと、終電間際になっていてボクたちにはお別れの時が近づいてきました。



238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 00:41:26.42 ID:fcv0sUmp0

「あら、私の路線の終電がもう無いわね」
「えっ、じゃあタクシーを使いなよ」
「いいわ、お金が無いし歩いて帰るわ」
「そんな……女の子一人なんて危ないよ。ボクが貸すよ」
「真、あなた大金が必要なんでしょう?大丈夫よ。隣町に行くくらいだし、こんなこと二度も起こるハズないわ」
「じゃあ、送っていくから……」

千早はくすくすと手を口に当てて笑い
「真、あなたは変わってなくて本当に安心したわ。相変わらず女の子には優しくて、ちょっと頼りないのね」
続けます。
「あなた、明日からちょっと忙しくなるわよ?警察も事情聴取に来るでしょうし、お仕事も失うしそれに……」


千早はその時、本当に嬉しそうで、楽しそうで……。


「今日からダンスレッスンをしなくちゃいけないでしょう?」
「たはは……わかったよ。それじゃ、またね」

ボクはそう言って、終始笑顔の千早の背中を見送りました。
あの時を、ボクは今でも後悔しています。思い出すだけで胸が張り裂けそうになるほどに。



258: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 00:51:02.96 ID:fcv0sUmp0

ボクは終電で帰って、家の玄関を開けました。
かすかに奥の部屋から灯りがともっています。
「ただいまーって……父さん、まだ起きてるんだ」
「おぉ、真!おかえりなさい!
いやーお前が何の仕事してるのかは知らないが男に目覚めてくれて父さん嬉しいなぁ!」
また父さんの口癖が始まりました。
ボクはやれやれと思いながら

「父さん、ボク今日から普通の女の子に戻ります」
その時の父さんの顔といったら、もはや形容できないほどでした。


はぁ……。参ったな。明日からニートだよ。どうしようかな……。


そんなことを部屋の中をグルグル回りながら考えていたら
突然携帯電話が振動しました。
見ると、知らない番号です。

「こんな夜遅くになんだろう……」
不思議に思いながらもボクは携帯のボタンを1つ、押しました。



285: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 01:04:41.41 ID:fcv0sUmp0

『夜分遅くに失礼します。765病院のものですが』
「えっ」
『こちら、平田さんの携帯番号でよろしいでしょうか?』
「えぇそうですが」
ボクは携帯電話を4つ常に使いわけて持ち歩いていたので、ドリクラ絡みのことだとはすぐわかりました。

『背中のあたりまで伸ばした、青みのかかった髪の女性のお知り合いの方でしょうか。年齢は10代だと思うのですが』
頭の中でぼんやりモンタージュを作ってみます。すぐに思いつきました。
「もしかして千早のことですか?」
『千早というお名前なのですね。名字もお聞きしてよろしいでしょうか』
「如月って言いますけれど」

それからあれこれと詳しく質問をされました。

『如月千早さんの持ち物を確認したところ、あなたの顔写真と名刺が見つかりましたので』
心臓が段々と速く脈打っていきました。

「な、なんですか。用件を言ってください」
『千早さんが重体で、病院に搬送されました』
「えっ……」

携帯電話がするりと手から滑り落ちて、乾いた鈍い音をたてました。



303: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 01:13:05.19 ID:fcv0sUmp0

ボクはその後、終電が無かったのでタクシーに乗って、渋滞に掴まったので、その後は必死で走って……


「はぁ、はぁ。すいません!千早は……!」
冬のいてつくような寒さだっただけど、ボクは汗だくで病院につきました。
そのまま、看護婦さんに院内を案内されます。
「早く!早く!」


手術室の前につくと、ボクと同じくらいの年齢の女の子がソファに腰掛けていました。
「君は……?」
「あ、あの第一発見者です」



344: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 02:03:14.45 ID:fcv0sUmp0

「千早に何があったんですか!!」
女の子の肩を掴んで、揺さぶりました。

「ひぅ!痛いです……や、やめて」
「あっ……」
女の子が怯えてるじゃないか。ボクは一体何をやっているんだ……。
確かそんなことを考えていた気がします。
この時は、とにかく必死だったのでよく覚えてません。

「ごめんなさい……」
ボクはソファに座り呼吸を整えました。
落ちつけ……。落ちつけ……。
「あ、あの私お買いものの帰り道で……」
落ちつくんだ……。
「たまたま、幸せ探しでもしようかと普段通らない道を通っていたら……」
落ちついて……。
「あの、数人の男性に囲まれていて……」
……
「その、あの私が悲鳴をあげたら逃げていったんですけれど……血まみれで倒れてて……」
なんだよ、全部、ボクのせいじゃないか……。



359: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 02:12:18.49 ID:fcv0sUmp0

甘かった、なんとなくボクと千早も浮かれちゃってて。
ボクは空手の試合でも、アイドルとのオーディション対決でも、勝ち負けがついたらそこで終わり、だなんて勝手に思ってた。
だけど、相手は女の子1人を集団で襲う相手じゃないか。ちょっと考えればわかることだった。
あの時、無理やりにでも送っていればよかったんだ…。そもそも、

千早は何も悪くない……被害者だろ……。
仕返しするんだったらボクを襲えばよかったじゃないか。

「……くぅ」
「あ、服とかは脱がされてなかったんですけれども……」
「……うぅ」

その後、思考がグチャグチャだったのでよく覚えていません。
気付いたら、その女の子に背中をさすられていました。

「あの、失礼かも知れませんが、兄妹の方ですか?」
「……はい、まぁそんなところ、です」
「そうですか……。あの、では伝えておきたいことがあるのですが」
「……」
「私が警察と救急車を呼ぶまでに千早さん……は掠れた声でずっと呟いていました」

「ハルカニハイワナイデ ハルカニハイワナイデ……と。私には何の事かさっぱり……。」



366: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 02:21:02.07 ID:fcv0sUmp0

それから、その女の子はしばらく隣に座っていたのですが
やがて、ジャケットを羽織ってボクに深くお辞儀をして去って行ったのですが
またボクの前に戻ってきてこう言いました。

「あ、あの関係のない私がこんなこと言うのもなんですが?
 私、ちょっと前まではひきこもりのネットアイドルやってたんです。
 ファンはいたんですけれど、それでもなんだか虚しくて……
 それで、とても尊敬する人に出会ってなんとか今頑張れてる気がするんです
 あの、あのだから今は苦しくても、きっと笑える日が来るって思います」

「……ありがとうございます」
「では、失礼します」

そういってショートカットの女の子は帰って行きました。半年前の話です。



377: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 02:34:10.04 ID:fcv0sUmp0

それから半年、痛々しい傷跡は治癒して、もう無いのですが、千早は頭を強く打ったようで目を覚ましません。
こうしてみると、本当にただ眠っているみたいです。
真、おはよう、なんていつもの調子ですぐ起きだしそうなのに……。

おじさんはばつが悪そうにゴホンと咳払いをひとつして、入院しているおばさんに何か四角い塊を手渡していました。

「千早……」
名前を呟いても、返事は返ってきません。
しん……と病院が静まり返りました。


暫くそのままでいると、病室のドアが静かに開けられて、足音がこちらに近づいてきました。
ボクの背中のすぐ後ろに立ち止まったようです。

穏やかでか細い声が頭の中で響きます。
多分、ボクが一番アイドル時代仲が良かった友達……

「真ちゃん……」
「雪歩……」



390: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 02:50:50.44 ID:fcv0sUmp0

雪歩とボクは765プロが倒産した後も、ずっと連絡を取り合っていました。
お互いを支え合って、励まし合いながら。

だからボクと雪歩は、多分去年の夏辺りには、
なんとかプロデューサーの死を乗り越えることができました。できていた気がします。

だけどまさかこんなことになるなんて……。
雪歩は静かにボクの隣に座って、相変わらず、穏やかな声でボクに語りかけました。

「お茶入れたんだけどどうかな?真ちゃんの好きなブレンドで煎れたんだけど……」
「ごめん……いらない……」
自分と千早のことで必死だったボクは雪歩にまで気を回すことができませんでした。

「あ、あのね!千早ちゃんきっとすぐに目を覚ますから大丈夫だよ!
 今はちょっと大変でも、きっとなんとかなるから」

似たようなセリフを、半年前にも聞きました。
でも千早は……。
その時の雪歩の何が気に入らなかったのかはわかりませんが、どうしてもボクは感情を抑えることができませんでした。


「だから真ちゃんも元気出して……」
「雪歩は黙ってて!!!」



402: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 03:08:46.74 ID:fcv0sUmp0

「雪歩が!雪歩が全部悪いんだ!父親の知り合いのお店だからってボクに紹介するから!
 そんなことしなかったら、こんな事にならなかったのに!謝って!ボクに!千早に謝ってよ!」

血がのぼった頭が段々と覚めていって気付いた時にはもう手遅れでした。
「ご、ごめん……ボクなんてことを……」
雪歩は、呆気にとられていました。やがて、段々と顔が青ざめていって、
顔がくしゃくしゃになって涙がポロポロと頬を伝っていきました。

「ご、ごめんね……真ちゃん……、ごめんなさい……」
お盆に乗っていた2つの湯のみが床に落ちて、粉々に砕けました。
そして、雪歩は、顔を手で覆いながら病室から走って、出て行きました。

本当は、追いかけていくべきだったけれど、どうしてもその気力が起こりませんでした。
また、千早のベッドの側面におかれている丸いパイプ椅子に座って、そのままベッドへ倒れ込みました。

くそっボクはサイテーだ。
気まずそうな咳払いがまた聞こえました。そして、どうやらさっき手渡された四角い塊、ラジオを点けたみたいです。
軽快なラジオ放送がボクの耳にも届いてきました。



410: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 03:17:17.90 ID:fcv0sUmp0

『はーい、それでは続いてのリクエストです。えーとペンネーム ピヨさんからで~す。あ、またピヨさんからですね~
 いつも投稿していただきありがとうございま~す。
 えーとこの歌の歌手さんは、引退してしまったのですけれど、とても才能のある方なので、絶対にまた表舞台に表れてくると思います
 最近はネットでの口コミも段々広がってきて、復帰を待ち望むの声もちらほらとあがってるそうで~す。
 では、曲をどうぞ。如月千早で『眠り姫』です』


…………。



421: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 03:24:19.00 ID:fcv0sUmp0

「ぅ……ぐっ……うぅ……」
曲が終わる頃には、ボクはもう鼻水とか涙とかでぐしゃぐしゃになっていて。

『ありがとうございまーす。と~ってもいい曲ですね。
 はいはい、それではお時間が余ったのでもう一曲お送りします。
 彼女の代表曲といったらやっぱりコレ!だそうで 如月千早で……』


なんだか喉がカラカラに渇く。頭がグラグラする。視界がボヤけるんだ。

──千早、まだボク許してもらってないだろ?もし起きたときには、死ぬ気で謝るから

──さっき、休憩室で千早のお母さんから聞かされたんだ

──千早はあと数カ月で目が覚める、だけど

──千早の、読めない漢字がずらずらと並ぶカルテの中の、ある1つの怪我

──喉頭の閉鎖型損傷

──千早はもう二度と歌が歌えないだろう、と

『この翼もがれては生きてゆけない私だかr……』
ラジオが、そこで途切れた


千早パートおわり



426: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/08/19(金) 03:26:07.30 ID:fcv0sUmp0

色々とおかしい部分は「SSだから」で皆で脳内補完しよう!
ハッピーエンドになるようにがんばる


本日は閉店です
支援してくれた方、読んでくれた方ありがとうございました




貴音「765プロが倒産してもう2年半なのですね……」に続く




元スレ
真「765プロが倒産してもう2年だね……」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1313668505/