1: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:00:01 ID:nf1

アイドルマスターシンデレラガールズ、神谷奈緒のお話です。
ガンダムは関係ありません。タイトルだけZZからお借りしています。



2: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:00:30 ID:nf1

 あたしがその廃ビルに足を踏み入れたのはほんの気紛れだった。

 いや、もしかしたら心のどこかでアニメのような「非日常」に憧れていたからかもしれない。

 現実にはあり得ないアニメのような「非日常」を求めていたんだと思う。

 そして、あたしはその廃ビルで「非日常」に、一人の男性と出会った。

 これはあたしとあの人が出会った時のお話。






3: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:01:07 ID:nf1



「あー、こりゃ降ってくるかもな」

 いつものように学校を終えて帰る途中、ふとまっすぐ家に帰るのはもったいない気がして買い物だったりといろいろと寄り道をして、普段は遠回りになるからあまり使わない道を歩いて駅に向かっていた日の事だ。

 夕日がきれいに見えるはずの西の空は分厚くて黒い雲に覆われ、今にも土砂降りになりそうな様相を呈している。

「傘、持ってないんだよな……」

 これでも一応だが天気予報は見てきている。天気予報では今日は快晴で雨の心配はないとの事だったから傘を持たずに登校したのだ。

 だが、いかに天気予報とは言えどもゲリラ豪雨までは予想できないらしい。

「この辺りでどっか雨宿り出来るところってどこだろ」

 念のために雨宿り出来る場所を頭の中から探してみる。

 どっか喫茶店でも入ればいいのかもしれないけれど、しがない高校生の身分であるあたしにはお財布さんのお許しが出ない限りは入る事が出来ない。

 そして悲しい事にそのお許しはお財布さんが出してはくれなかった。




4: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:01:48 ID:nf1

「限定版BDのためだもんな。仕方ない……」

 あたしが楽しみにしているアニメのBDが今月末にいよいよ発売する。このBDのためにあたしはお小遣いを貯めて、ちょっとした贅沢すらも止めて切り詰めた生活をしてきたのだ。

 今までの努力を無駄にしないためにも、たかだか雨宿りのためだけで出費をするのはよろしくない。

「家まで……せめて駅までは保ってくれよ……!」

 願い事ってのは口に出すと叶いやすいってのをどっかで聞いたことがある。念のために小走りはしてるけど、このままだと駅まで保たずに降ってきてしまいそうだ。

「ひぇっ……!」

 あたしが小走りを始めてからほんの少し経った時、割と近くで雷の音が聞こえた。思わず情けない声が出てしまったけど、周りには誰も居ないから良しとする。

 雷の音が近くで聞こえたと言う事は降り出すのも時間の問題かもしれない。西の空はさっきよりもどす黒い雲がかかっているし。

「くっ! これはダメか……!?」

 しかし、今降ってこられたらあたしはずぶ濡れになるしか道はない。近くにはほとんど何もないし……。




5: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:02:45 ID:nf1

「あっ!」

 なんて考えてたら頬に水滴が一滴。と思ったらまた一滴、また一滴と。要するに降って来た。

「あー、やっぱダメだったかぁ……」

 まだ降り始めとは言えゲリラ豪雨なのだ。あっという間にバケツをひっくり返したような土砂降りになってしまうだろう。

 びしょ濡れになるのは仕方ない。もう諦めよう。疲れたし。

「あれ? あそこって……」

 諦めたつもりでもどっか雨宿りは出来ないかとキョロキョロしていたら、今はもう使われていない廃ビルが目についた。

 中には入れないだろうが、軒先でなら雨宿りは出来るかも知れない。そう考えたあたしは軒先に向けて走り出した。

「よっと」

 ビルの入り口にある3段程度の階段をジャンプで登り、なんとか屋根のある場所に入った時だった。

 あたしが軒先に避難するのを待っていたかのように、背後から雨が降る音と雷の音が盛大に聞こえ始めた。




6: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:04:12 ID:nf1

「ふー。なんとか間に合ったなー」

 被害は制服が若干濡れた程度だが、このくらいなら風邪は引かないだろう。髪もハンカチで拭けばなんとかなる程度だし。

「10分くらいかなぁ……」

 真っ黒な空を見上げてゲリラ豪雨が通り過ぎるまでの時間を予想する。10分くらいで通り過ぎるだろうが、案外ぼーっと立っていると10分は長く感じるものだ。

 時間つぶしにスマホのゲームでしていようかと思ったのだけれど、バッテリーの残量が心元ないのを思い出す。

「充電器とか持ってきてないしなぁ……。まぁ、持っててもこんなとこじゃ使えないけど」

 あたしが居るのはもう何年も使われていないだろう廃ビルの軒先なのだ。

 生きている気配が何もしない、死んでしまった建物。

「……」

 ふとした考えがあたしの頭の中によぎった。




7: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:04:51 ID:nf1

「アニメとかだとさ、こういうところに主人公を『非日常』に誘う『誰か』が居たりするんだよな」

 あたしの人生はアニメみたいな「非日常」なんてものとは縁遠いものだ。もちろん、今後もそんな「非日常」とお近づきになるとは思っていない。

 思ってはいないのだけど……。

「お邪魔しまーす……なんて? って、あれ? 開いてる、のか?」

 なんとなく、ほんの気紛れで扉を引っ張ってみたらすんなりと開いてしまった。

「……」

 開いた扉の先には空と同じく真っ暗な空間が広がっていた。

 まったく見えないわけではないけれども、それでも目を凝らしながらではないと進める気がしない程度には暗かった。きっと目が慣れてくればもうちょっと見えるようにはなると思うけど……。

 ごくりと唾を飲み込んで、一歩足を踏み入れる。きっと勇気を出して試さなければ何も始まらない。

 アニメのような「非日常」ってのはあたしが思ってる以上に身近にあるはずなんだ。




8: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:05:13 ID:nf1

 先に踏み入れた左足に続いて右足も踏み入れると同時に後ろ手に扉を閉めると開いた時と同じように音もなく扉が閉まった。「日常」と「非日常」を結んでいたあたしの手は扉からは離れている。

「今なら……まだ引き返せる」

 今なら振り返るだけでいつもの「日常」に帰る事が出来る。扉から離した手をもう一度伸ばすだけで「日常」に帰る事が出来る。

 ちらっと振り返って扉の外を見る。外にはさっきまであたしが居た「日常」が、ゲリラ豪雨に見舞われているいつもの「日常」が見える。

 今度は正面を向いて、目の間に広がっている真っ暗な空間を、「非日常」を見る。

「よしっ!」

 せっかく勇気を出してここまで来たんだ。もうちょっとだけ試してみよう。






9: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:05:47 ID:nf1



 最初はおっかなびっくり廃ビルの中を探検していたあたしだったけど、1階と2階を探検し終わる頃にはもうすっかりと慣れてしまった。

「んー、やっぱりもう使われてないし、何にもないよなぁ」

 アニメならこんなとこでなにか人生を変えるような、アイテムだったり人だったりと遭遇するのだろうけど、現実ではそうもうまくはいかないらしい。

 歩けど歩けど見えるのは画一的な同じサイズの部屋とちょっと広めな廊下。規則正しく並んだ窓。それくらいだ。

 もっとガラスが割れてたりして歩くのにも一苦労かと思っていたけど、どうやら使われていないだけで管理はされているっぽい。あたしが想像していたよりもビル内は埃っぽくないし、定期的に清掃されているんじゃないだろうか。

「うぉっ!?」

 なんてこととぼんやり考えながら階段を昇って3階に辿り着いた時、辺りが一瞬明るくなったと思った次の瞬間には激しい雷の音が聞こえた。

「び、びっくりしたー……」

 さすがに今くらい大きな音が急に聞こえるとびっくりしてしまう。

 さっきから雷は鳴っていたけど、ここまで大きな音はしていなかった。いや、雨音が強すぎて雷が気になっていないだけかも知れないけど。




10: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:06:03 ID:nf1

「ん?」

 雨音に混じって上の方で何か別の音が聞こえた気がした。もちろん雷ではなくて、もっと軽い音。強いて言うなら……。

「足音……みたいだった、よな」

 コツコツと規則正しい間隔でその音は聞こえた気がした。もちろん気のせいかも知れないけど。

「あ、もしかして清掃業者の人とかが居るのかな」

 だとすれば扉が開いていた理由も頷ける。丁度、このビルに清掃に来ていたところにあたしが雨宿りさせてもらっているんじゃないだろうか。

「誰か居るなら雨宿りさせてもらってるって断り入れた方が良いかな」

 何しろ、今のあたしは無断でこのビルに侵入しているのだ。あまり褒められた行為ではないどころか、むしろ怒られて然るべきだろう。それならばこのビルの関係者の人が居るなら雨宿りの許可を貰っておいた方が良い気がする。

 それに、外はこの雨なのだ。出て行けなんて言われはしないだろう。さすがに。

 そうと決まれば早速もう一つ上の階に、4階に向かおう。どうやらそこが最上階みたいだし。




11: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:06:27 ID:nf1

「んー、まだ止みそうにないなぁ」

 階段を昇る前に窓の外を確認する。この大雨、と言うかもう嵐と言っても差し支えないだろう。この嵐もしばらくは止みそうにはない。

 この時のあたしはもう少しだけ、上に居るのがどんな人なのかを考えておくべきだったのかも知れない。

「ん? 誰だお前」

「え?」

 階段を昇った先に居たのは、スーツ姿のどう見ても清掃業者には見えないオッサンだった。

「えっ!? あ、いや、そのっ!」

 あたしはまったく想像していなかった事態に混乱してしまった。

 あたしの予想では作業着を着たおじさんかおばさんが道具を持って掃除をしているはずだった。

 でも、今のあたしの目の前に居るのはスーツを着たオッサンだ。手には鞄を持っているし、清掃業者と言うよりはサラリーマンと言った容貌。




12: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:07:16 ID:nf1

「えっと……あの……その……。あっ!」

 混乱している頭で必死に考えた結果、とある可能性に行きついた。もしかしたらこのスーツのオッサンはこのビルの持ち主とか関係者の人ではないだろうか。だからこんなところに居るのではないだろうか。

「ご、ごめんなさい!」

「はぁ?」

 とりあえず、あたしに出来る事は無断で入り込んだ事を素直に謝る事だけだろう。少なくともちゃんと謝れば怒られはしない……と思う。

「えっと……その……! あ、雨が! 雨が降ってきてて、雨宿りがしたかったんです! 勝手に入ってごめんなさい!」

 言い訳をしながら頭を下げる。そんなに悪い人には見えなかったし、きっと雨が止むまでは居させてくれるだろう。すぐに出て行けと言われたらそれまでだけども……。

「あぁ、そういう事か。まぁいいんじゃないか? 俺も勝手に入ってるし」

「はい?」

 あたしが不安にさいなまれているとスーツ姿のオッサンはとんでもない事を言い放った。




13: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:07:45 ID:nf1

「はい? って言われてもなぁ。俺もお前と同じだよ。雨が降りそうだったから雨宿りしたくてな。なんとなく扉引っ張ったら開いたし、雨が止むまで時間潰そうと思ったんだよ」

「はぁ!? じゃあ、オッサンもあたしと同じ不法侵入なのか!?」

「オッサンって……。俺はこれでも20代だっつーの」

 あたしがオッサンって呼んだ事へ抗議されたけど、そんなのはどうでもいい。オッサンもあたしと同じ不法侵入ならさっきまであたしが考えていた事が全て無駄だったと言う事だ。

「あー……もう……。怒られるかと思ってヒヤヒヤしたのにー……」

 気が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。スカートが汚れるからお尻は床につけないようにはして。

「いやいやいや。お前は怒られるかと思ったのかも知れんがな、俺はお化けが出たかと思って心臓止まるかと思ったんだぞ」

「はぁ? あたしのどこがお化けだって言うんだよ」

 顔を上げてオッサンの顔をキッと睨んでおく。確かに目つきは悪いけど、お化けと間違えられるほど生気のない顔はしていない。……はず。




14: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:08:19 ID:nf1

「だって考えてもみろよ。こんな空模様で、自分しか居ないと思ってた廃墟で物音がするだけでも相当怖いのに、物音がした方から髪の長い女が出てくるってホラーだろ」

「……まぁ、確かに」

 言われてみればそうかもしれない。それなりに綺麗とは言え廃墟なのは事実だ。それにこんな空模様だと何か出ても不思議ではないのかも知れない。

「人間で良かったわ。本当に」

「しつれーなオッサンだな。まったく」

 なんて言いつつもあたしも今になって少しほっとしている。オッサンに言われてから気付いたけど、物音がしたからと言って無暗に近づくのは危なかったのかも知れない。それがお化けだろうと人間だろうと、あたしに危害を加えないとは限らないのだし。

「だから、オッサンじゃねぇって言ってんだろうが。このもじゃまゆげ」

「な、なんだと!?」

 あ、やばいな。このオッサンすげぇムカつくな。




15: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:09:01 ID:nf1

「ひっ!?」

「ひょえっ!?」

 あたしが臨戦態勢に入りかけた時、また近くに大きな雷が落ちたらしい。一瞬光ったかと思ったら、さっきよりも短い間隔で大きな音が鳴った。

 二人して冷や汗をかきながら窓の外に視線を向ける。相変わらず外は嵐のように荒れ狂っている。

「……なぁ、オッサン」

「……なんだ、もじゃまゆげ」

 さっきの雷で毒気が抜けてしまったので、直前に気になった事について触れておこう。

「さっきの『ひょえっ』て……」

「気のせいだ。気のせいだから忘れろ」

 あたしが追及すると、オッサンはぷいとそっぽを向いてしまったが、耳のとこが赤くなっているのがあたしからは丸分かりだ。

「ぷっくっくっく……あっはっは……! ひょえって……!」

 駄目だ。思い出すと笑いが堪えられなくなってくる。お腹が痛くなるまで笑うのなんて久しぶりかもしれない。




16: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:09:34 ID:nf1

「わ、笑うんじゃない! 驚いたんだから仕方ないだろ!」

「ご、ごめんごめん! でも、面白くてさ……! くくくっ……あはは……!」

 顔をこちらに向けてみれば、オッサンは耳どころか顔全体を真っ赤にしていた。しかもこの慌てっぷりときたら……。駄目だ……笑うなって方が……むり……。

「あはははっ!」

「だから笑うなって……」

 オッサンの抗議を受け流しながら思う存分笑っていると、それまで語気が荒かったオッサンが段々と静かになっていった。気になったあたしは目の端に浮かんだ涙を拭いながらオッサンの方を見ると、さっきまでの真っ赤な顔したオッサンは打って変わって真剣な表情になっていた。

「……」

 オッサンは無言のまま、顎に手を当ててあたしを品定めするかのように視線を上から下へ、下から上へと何往復かしていた。急にどうしたんだ? ちょっと不気味なんだけど……。

「……ふむ。まぁお前で良いか」

 あたしがオッサンの視線に耐え兼ねて抗議をしようと口を開こうとしたら、それよりも先にオッサンが口を開いた。




17: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:10:10 ID:nf1

「はぁ? あたしで良いって何がだ?」

「んー。こっちの話だ。気にすんな」

 いや、気にすんなって言われても訳の分からない事を言われたら気になるのが人間ってもんだろう。

「もじゃまゆげ。お前ってこの辺に住んでんのか?」

「え? まぁ、そうだけど……」

 正確にはここの周辺ではないけど、学校からの帰り道ではあるし大きくは間違っていない、はず。

 それに、今日初めて会った不審なオッサンにあたしの住んでるところを知られるのはどっか怖いし、このくらいの嘘なら大丈夫だよな?

「オーケー。了解した」

 オッサンは何か納得したかのように、うんうんと頷いている。

 あたしはと言うと何が何やらさっぱりでまったく理解が追い付いていない。




18: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:10:49 ID:nf1

「まぁ、お前も笑った顔は可愛かったしな。お前で良いや」

「なっ!? か、かわいい!?」

 急に可愛いなんて言われて、今度はあたしが顔中真っ赤になっている気がする。本当になんなんだよ、このオッサン!

「こっちの話だ。これも気にすんな」

「気にすんなって言われても無理に決まってるだろ!」

 まだ火照った顔を手で仰ぎながらオッサンに抗議する。大体、さっきまでオッサンも真っ赤だったのになんで今はそんなに涼しそうな顔してんだよ!

 あたしがあれこれ文句を言ってやろうと、色々と考えているとオッサンがこちらに向かって歩き始めた。

「な、なんだよ……」

 思わず身構えてしまうが、オッサンはあたしの横を通り抜けると階段を降り行ってしまった。途中で振り返った時にこんな言葉を残して。

「俺はお前に決めたから。迎えに行くから待ってろ」

「へ?」

 何を言われたのかいまいち理解出来なくて呆然とその場に立ち尽くしていると、オッサンはあたしの視界から消えてしまった。

 もちろん、我に帰ってすぐに追いかけたつもりだったけど、オッサンはどこにも居らず、一階に降りると扉は開きっぱなしになっていた。

 扉の外には先ほどまでの嵐が嘘のように、赤く燃える夕焼け空が……いつもの「日常」が広がっていた。






19: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:11:39 ID:nf1



 あの後、あたしは自分の身に起きた事がなんだったのか考えながら家路に着いた。

 まるでアニメみたいな「非日常」に近づいたと言えば近づいたのだが、冷静になって考えてみると、あたしがした事はただの不法侵入だ。誰かに相談したくても、信じてもらえないどころか不法侵入を咎められかねない。

「うーん」

 もやもやと考え込みながら、うんうんと唸っている様は自分でもなかなか滑稽な気がしてならない。でも、納得のいく説明が自分でも出来ないのだからしょうがないだろう。

 あまりにも気になってしまい他の事が手に着きそうになかったあたしは、あの出来事が夢じゃなかったのを確かめるために、翌朝学校へ行く前にあの廃ビルに足を運んではみた。運んではみたのだが……。

「カギ……、かかってるな」

 昨日はあっさりと開いた扉だったのだが、引っ張ってみると今日はガッと言う音がして扉が開く事はなかった。

「……やっぱり夢だったのかなぁ」

 あの出来事が夢じゃなかった保証は何もない。それこそちょっとした嵐の日に見た幻の可能性だってある。こんな普段は立ち入る事の出来ない場所に立ち入った事に興奮してトランス状態に陥っていたとしてもなんら不思議はない。不思議はないのだが……。




20: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:12:28 ID:nf1

「迎えに行く、って言ってたよな……」

 あのオッサンが去り際に残した言葉がやけに気になって仕方がない。

 迎えに行くとオッサンは言っていた。でも、どうやってだろうか。だって、あたしはオッサンが何者なのか名前すら知らないように、オッサンもあたしがいったいどこの誰か知らないはずだ。

 迎えになんて来れるわけがない。

「……ま、ちょっとしたアニメの主人公みたいな気分が味わえただけ良しとするか」

 あたしとは縁遠いと思っていたアニメのような「非日常」。そのほんの一部にでも触れられたのだ。それだけでも充分に楽しめた、はず。うん。

 あの出来事を少し不思議な体験だったと自分に言い聞かせてから、時間の確認のためにスマホを取り出す。

「っと、やばいな。そろそろ行かないと遅刻か」

 どうやらいつもの「日常」に戻らなくてはならないらしい。それに、この道は少し遠回りなので、普段なら間に合う時間だとしても急がなくてはならない。

「……楽しかった、よな? うん。楽しかった」

 きっと、アニメの主人公達もこんな気持ちだったのだろう。もう二度と味わえないだろうし、良い経験になった。「非日常」にはやっぱり憧れるけど、あたしが生きているのは「日常」なのだから。






21: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:13:04 ID:nf1



 あの出来事から何日か経った日の事だ。数日前までは夏空だった空があっという間に秋空に変わった頃。

 長かった学校も終え、今日はまっすぐ帰ってアニメでも見ようかと思い、校舎を出てみると、西の空には真っ黒な雲が広がっていた。

「そういや、あの日もこんな天気だったなー」

 あの日と違うのは天気予報でも今日は夕方から雨になると言っていた事だろうか。もちろん、あたしも傘の準備は万全だ。

「……雨」

 ポツリと呟く。雨。

 そう、雨が降りそうなのだ。あの日と同じように、雨が降ってきそうなのだ。

「もしかして……な?」

 あたしの脳裏に浮かんだある一つの可能性。あたしはそれを確かめるために気持ち速足で、あたしはとある場所を目指して歩き出した。

 土砂降りの雨の中、雨宿りをしていたオッサンと、雨宿りをしていたあたしが出会った、アニメのような「非日常」に出会ったあの廃ビルへ。






22: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:13:51 ID:nf1



「はぁはぁ……!」

 最初は速足で歩いていたのだが、このチャンスを逃したらもう二度とあの「非日常」に触れられないかもしれないと思うと焦ってしまい、ついつい走ってきてしまった。それに雨が降り出してきそうだったというのもある。

 それにしても暦の上では秋とはいえども、やはりまだ暑いのは事実だ。あたしも走って来たせいで汗だくになっている。

「ふーっ……はぁー……。よしっ!」

 廃ビルの前で呼吸を整え、あの日と同じように扉に手を伸ばす。左手に力を込め、扉を引っ張ってみたのだが……。

「だよなぁ……」

 扉はガッと言う音がするだけで、あの日のように開く事はなかった。二度目に来たときと同じように、侵入する者を拒むようにカギがかけられていた。

 もちろん、この可能性は考えていた。どう考えてもあの日にカギがかかっていなかった方が珍しいのだ。でも、あの日の出来事が雨だったから起きたのではないかとも考えたのだ。

 結果は見ての通り惨敗だったけど。




23: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:14:38 ID:nf1

「おい、そこのもじゃまゆげ」

 あたしが扉に左手をかけたまま落胆していると、後ろから声がかけられた。

 後ろ姿しか見えないはずのあたしに「もじゃまゆげ」って声をかけられたんだ。

「オッサン……?」

「だから俺はまだ20代だってのに」

 恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにはあの日に廃ビルの中で出会ったオッサンが居た。やはりスーツ姿で、手には鞄を持って。

「はぁ……まぁいいや。ようやく見つけたし」

 オッサンは軽くため息を吐くと、鞄を地面に置いて背広の内ポケットを漁り始めた。お目当ての物を見つけたのだろう。オッサンは内ポケットから小さな紙きれのようなものを取り出して、あたしに近寄って来た。

「な、なんだよ……」

 あたしがなんとなく身構えながらオッサンを威嚇すると、オッサンは手に持った小さな紙きれを両手で持ってあたしに差し出してこう言ったのだ。

「アイドルに興味はありませんか?」




24: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:15:12 ID:nf1

「……は?」

「『は?』じゃなくて、アイドルって言ってるだろ、もじゃまゆげ」

「えっ? いや、その……えっと?」

「もじゃまゆげがこの辺に住んでるって言うから散々探したんだぞ。まったく」

 事態が把握できずにあたしが混乱していると、オッサンはもう一歩近づいて来てあたしの手に強引にその紙きれを握らせてきた。

 握らされた紙切れを見てみると、それは名刺だった。名刺なんてものを見たのは初めてだけど、会社名と名前と役職が書かれた紙なのだから名刺だろう。

「プロ……デューサー……?」

 名刺に目を落としたまま、そこに書かれている文字を読みあげる。『プロデューサー』と確かにそう書かれていた。

「ああ、そうだよ。俺、プロデューサーやってんだ」

 オッサンは名刺をあたしに握らせたあと、地面に置いた鞄を回収してきたのだろう。鞄を持ってあたしの隣に並んであたしの質問と言うか呟きに応えてくれた。




25: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:16:15 ID:nf1

「あっぶねぇ……。あと30秒遅かったら鞄びしょぬれになるとこだったな」

「え? あ、うん」

 オッサンの言葉でぼんやりと眺めていた名刺から視線を動かして空を見上げると、そこには真っ黒な雲が広がっており、地面を見てみればポツポツと雨粒が落ちているのがわかった。

 お互いにほんの少しの間だけ無言で降ってくる雨を眺めていた。オッサンもあたしも口を開かずに、あの日のようとは言わないけどもそこそこ降って来た雨を。

「なぁ、あんた何者なんだ?」

 この質問は的外れと言うか、適切ではないと思う。だって、このオッサンの身分は名刺に全て書かれているし。

 でも、あたしはこう聞かずにはいられなかった。

「俺か? 俺はお前の言葉を借りればただのオッサンだよ。でも、もじゃまゆげと一緒ならちょっとした魔法使いになれるかもしれんな」

「魔法使いって……」

 随分とポエムっぽい言い回しにちょっとだけ笑ってしまう。ただのオッサンが魔法使いにって、どんなシンデレラなんだよ、それは。




26: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:16:52 ID:nf1

「嘘じゃないぞ。俺はシンデレラを探しに来てたんだよ。……と言うわけでだ、アイドルやってみないか、もじゃまゆげ?」

「そんな急にアイドルとか言われてもなぁ……」

 例え急じゃなくてもあたしにはすぐには答えが出せないと思う。だって、アイドルなんて「非日常」はアニメの主人公とかがなるものであって、ただの高校生であるあたしにはそんな「非日常」とは縁遠いのだ。

「もじゃまゆげがこの廃ビルに入ったのは、何かを期待してたからじゃないのか?」

「え?」

 あたしには視線を向けずに、変わらず雨を眺めたままにオッサンは続けた。

「アニメとか漫画みたいな展開を……、『日常』とは違う『非日常』を期待してたんじゃないのか?」

「それは……」

 何か言ってやりたいのだが、オッサンにあの日のあたしの心境をズバリと言い当てられてしまい口ごもってしまう。




27: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:17:38 ID:nf1

「俺もなんだよ」

「へ?」

「だから、俺ももじゃまゆげと同じだ。あ、いや。3割くらいは仕事サボりたいってのがあったか」

 きっと今のあたしの目はまんまるだろう。だって、あたしと同じ事を考えている人になんて会った事もなかったし、ましてや考えるだけじゃなくて同じ行動をする人が居るなんて一切予想が出来なかった。

「そして、俺はこの廃ビルで、アニメか漫画みたいな『非日常』に巡り合ったんだよ」

 オッサンは雨を眺めるのをやめ、あたしに顔を向けて真剣な表情を作った。

「もう一度言う。俺と一緒にアイドルをやらないか? お前をアニメみたいな『非日常』に連れ出してやる。だから、俺の事もこの『日常』とは違う『非日常』に連れ出してくれ」

 オッサンは真剣な表情のままであたしに手を差し出した。

 きっと、この手を取ってしまったら、あたしは今日までの「日常」には戻れない気がする。

 でも、その代わりにあたしが得るのは、アニメのような「非日常」なのだろう。

「……うん!」

 オッサンが……いや、プロデューサーさんが差し出した手を取ってしまったのは、そんな「非日常」に心のどこかで憧れたままだったからかも知れない。

 でも、きっとこの選択に後悔はないはずだ。

 だって、アニメの主人公ってのは最後には幸せになれるんだから!






28: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:18:22 ID:nf1



「ところで、もじゃまゆげの名前はなんて言うんだ?」

「いまさらかよ……」

 プロデューサーの手を取ってからの最初のやり取りが名前って……。

「あたしの名前は、神谷奈緒だ。よろしくな、プロデューサーさん!」

 こうしてあたしは、雨上がりの空に虹が架かった時にプロデューサーさんと出会ってアイドルになった。

 アニメじゃない、本当の事。

End



29: 名無しさん@おーぷん 2017/09/16(土)00:22:27 ID:nf1

以上です。

本日、9月16日は神谷奈緒さんのお誕生日です。お誕生日おめでとうございます!
デレステに限定SRも来ましたね!
なんで奈緒SRはいつも心さんSSRと一緒に来るんですかね!仲良しだからですかね!
死ぬ気で心さん引いてたら奈緒もちゃんと来てくれたので良かったのですが……。
恒常奈緒SSRの悲劇は未だに忘れられない。

さて、お読み頂ければ幸いです。
タイトルは「機動戦士ガンダムZZ」OPの「アニメじゃない-夢を忘れた古い地球人よ-」よりお借りしました。好きなモビルスーツはキュベレイ


元スレ
神谷奈緒「アニメじゃない、本当の事」
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1505487601/