1: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:22:01.31 ID:bzc0TVCy.net

 
・スクスタ時空っぽく

・ことほのうみ&ようちかりこが同年代


https://i.imgur.com/alsHxTO.jpg
 



2: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:23:13.10 ID:bzc0TVCy.net

千歌「梨子ちゃんはさ、音ノ木坂に居た時どんな感じだったの?」


ある休日の昼下がり。

私と千歌ちゃんと曜ちゃん。
いつもの3人で何気ないお喋りをしていたら、ふとそんな質問が飛んできた。


梨子「うぅん……今と昔でそんなに変わらないんじゃないかな」

千歌「えぇー。私たちの知らないところでどう過ごしてたのか気になるじゃん!」

梨子「気になるって言われても」

千歌「だって音ノ木坂だよ? 東京のJKだよ? そりゃ気になるって!!」

曜「まあまあ。気持ちは分かるけど、そんな無理に聞き出さなくてもいいんじゃない?」


千歌ちゃんが都会に興味を示すのは今に始まったことじゃないけれど、あまり自分のことを話すのは得意ではないから……。
曜ちゃんの気遣いは正直ありがたい。


千歌「まさかッ! 誰にも話せない壮絶な過去が!?」

梨子「そんな大層な過去ありませんっ」



3: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:23:44.73 ID:bzc0TVCy.net

千歌「ちぇ~。つまんないの」

梨子「私はつまらなくないから良いの。前の学校より今の方が楽しいし」

曜「あ、もしかして……」

千歌「ん?」

曜「えっと、ひょっとしたらなんだけど」ヒソヒソ

曜「ほら。梨子ちゃんってさ、ピアノの件以外で昔の出来事を話してくれたこと今までもあんまないでしょ?」ヒソヒソ

千歌「うんうん」

曜「友達居なかったとか、辛い経験をしたとか……もしかしてそれで話したくないんじゃ……」ヒソヒソ


あの、曜ちゃん? 聞こえてるからね?


千歌「うぇええ!?? ご、ごめん!! 嫌なこと思い出させるようなこと聞いちゃってホントごめんッ!!!」

梨子「違うからね!? 変なトラブルとか無いし! 友達も普通に居たし!!」



4: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:24:38.43 ID:bzc0TVCy.net

なんで真に受けちゃうの!?
社交性のある方じゃない自覚はあるけど、そんな風に見られていたなんてちょっとショックです。


曜「いやはや申し訳ない」

梨子「まったくもー」


たしかに友達絡みで辛い経験がないと言えば嘘になってしまうが、あれは忘却したい類の記憶ではない。
むしろ、自分とってとても大切な……。


梨子「…………」

千歌「……梨子ちゃん?」

梨子「なんでもないよ。私のことより2人の話を聞きたいな。色んな思い出があるんでしょ?」

千歌「そりゃ勿論♪」

曜「千歌ちゃんとの思い出はあり過ぎて語りつくせないくらいであります!」

千歌「あのね、あれは小学生の時のことなんだけど──」


ごめんなさい。
実はさっき、1つだけ誤魔化しちゃいました。
今と昔でそんなに変わらない……なんて、そんなことはない。

表面上は変わりないかもしれないけれど、多分変わったのだと思う。
ううん。多分じゃなくて、ちゃんと変わらなくちゃいけないんだ。


あの子との日々を無駄にしないためにも。
 



5: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:25:08.41 ID:bzc0TVCy.net

 


・ ・

・ ・ ・

・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・


   *   *   *


国立、音ノ木坂学院。

生徒数の減少に伴い今でこそ閑散とした印象があるが、これでも音楽で有名な伝統的女子高である。


中学時代ピアノのコンクールで優勝し高校でもピアノを専攻したいと考えていた私にとって、そんなオトノキから推薦の話が来たのは渡りに船。
家から少し離れているものの充分通える範囲にあるし、せっかくいただいた推薦枠だ。

私は二つ返事でオトノキへの進学を決めた。


 「今日から私も高校生かー。くぅ~~!!」

 「コラ、あまりはしゃぐんじゃありません」

 「いいじゃん! せっかくの入学式なんだからテンション上げたって」

 「大切な式だからこそ節度を持ちなさいと言っているのです!」

 「まあまあ2人とも……」


そして今日は入学式。
周りの新入生は期待に胸を高鳴らせる中、私は1つの不安を抱えていた。



6: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:25:43.13 ID:bzc0TVCy.net

 「一緒のクラスになれるといいね!」

 「ね~」


右を見ても左を見ても、聞こえてくるのは知り合い同士の会話ばかり。
年々入学者数が減ってきてはいるものの、地元住民に愛されている高校……という話を耳にしたことはあったが、どうやら本当らしい。

きっとオトノキへ入学する人の大半は学校付近に住んでおり、昔からの馴染みが居て当然なのだろう。
まだクラス分けすら発表されていないのに既にグループが出来上がっていて、至る所で会話に花を咲かせていた。


梨子「……ふぅ」


大勢の友人に囲まれたいとか、唯一無二の親友を得たいだとか、そういったことは考えていないけれど。

1人の時間は好きだが3年間一人ぼっちで過ごすというのには抵抗がある。
果たしてこの学校に馴染むことが出来るだろうか。


理事長「新入生の皆さん、御入学おめでとうございます」

理事長「春の日差しが心地よく感じられる季節となり、まるで皆さんの入学を待ちわびていたかのように桜の蕾も一斉に咲き乱れ──」



7: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:26:26.09 ID:bzc0TVCy.net

妙齢な理事長先生の話から始まった入学式も終わりを迎え、最後にクラスわけの書かれた名簿が配布される。
私は自分のクラスを把握するだけだが、周囲はこの結果に随分と一喜一憂しているようだった。


 「うそ!? ことりちゃん違うクラスなの?!? やだやだやだーー!!」ジタバタ

 「高校生にもなってみっもない真似はやめなさい。私だって非常に残念でなりませんが、駄々をこねてどうにかなる問題でもないでしょう?」

 「どうにかなるかもしれないじゃん! こう……理事長パワーで」

 「ことりだって離れ離れはイヤだけど、職権乱用はダメだよぉ」


小鳥。琴梨。琴里。それともニックネームかな?
耳に入った珍しい名前が気になり、鞄に仕舞いかけていた名簿へ再び目を落とす。


梨子「…………」

たった2クラス。自分と同じクラスの欄。その名前はすぐに見つかった。
へぇ、平仮名でことり……南ことりさん、ね。



8: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:27:00.26 ID:bzc0TVCy.net

 「一番辛いのはことり本人なのですから、少し落ち着いて下さい」

 「うぅ、そうだよね……」シュン…

ことり「はぁ……色々心配だなぁ」

 「寂しい気持ちは分かりますが、あまり心配する事もないのでは? あなたは周囲から愛されやすいですし、そもそも見知った顔が多いのですから」

ことり「う~ん……。でも、普段から一緒に行動するような友達はクラスに居なくって」

 「大丈夫! ことりちゃんならすぐに新しい友達できるよっ!」

ことり「ふふ、ありがとう。教室が別々になっちゃうのは寂しいけど、放課後必ずそっちに行くからちゃんと待っててね?」

 「もっちろん!」


ふぅん。この人もクラスに特段親しい友人は居ないんだ。
今一度よくよく周りを観察してみると、他にも心細そうにしているクラスメイトがほんの数人見受けられた。

無難な高校生活を送るためにも、まずはこういう人達とお近づきになろう。
打算で友達を作ろうとしている自分に少し嫌気が指すが、まぁ仕方がない。

既に完成されている輪の中へ入るのは難しいし、孤独を貫く勇気もないのだから。



9: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:27:36.11 ID:bzc0TVCy.net

 
   *   *   *


 「ノート写させてくれて助かったよー。いきなりゴメンね?」

梨子「気にしないで。困った時はお互い様だもん」

 「ほんとありがと。それじゃあまた明日」

梨子「うん、バイバイ」


高校生活開始から早数ヶ月。
ちょっとした友達もそこそこできたし、思いの外上手に立ち回れているんじゃないかな?

特別深い仲の相手は居ないが、特に問題も不満もない。
プライベートまでは関与しないながらも、休み時間の内はお喋りするような間柄。これくらいの距離感が一番丁度良い。


一般的な女子高生なら、学校終わりに友達と連れ立ってカラオケやショッピング。
あとはどこかで食事してみたりとか……きっとそんな感じ。

でも私にそんな時間はないから。
放課後足を運ぶ場所といえば、音楽室か美術室のどちらかに決まっている。



10: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:28:12.88 ID:bzc0TVCy.net

梨子「……よし」スッ…


今日はこれから美術室へ向かおうと立ち上がったその時、唐突に視界が塞がれる。
目には柔らかな手の感触。
そして「だ~れだ?」と、背後から甘々な声。


梨子「もう。ことりちゃんの声は特徴的なんだしすぐに分かるって」

ことり「えへへ、バレちゃいました♪」


南ことりちゃん。
クラスで仲良くなることのできた、とても可愛らしい女の子。

誰にでも優しくふわふわした人柄なのはたしかなんだけど、ピュアなのか小悪魔的なのかどうにも掴み難い。
……そんな変わった雰囲気の持ち主だ。


梨子「急にどうしたの?」

ことり「梨子ちゃんって放課後よくピアノを弾いてるんでしょ? お邪魔でなければ聴いてみたいなぁって」



11: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:28:42.42 ID:bzc0TVCy.net

梨子「あれ? いつものお友達は……」


ホームルーム後のことりちゃんは、隣のクラスに居る親友の元へ直行するのが日課だったように思う。
たしか「とっても仲良しな幼馴染なんだ」って言っていたかな。


ことり「えぇと、1人は弓道部に行ってて、もう1人は居残りになっちゃったの。……本当は手伝ってあげたいんだけど、先生に捕まっちゃってるみたいで」


成る程。友達の部活動や補習が終わるまでの暇潰しってことね。
理由はどうあれ私の演奏に興味を持ってくれたことに悪い気はしないが、残念ながら心は既に絵画へ向かっている。


梨子「ごめん。今日はこれから美術室なんだ」

ことり「美術室?」

梨子「うん。実は私美術部で……って言っても幽霊部員みたいなものなんだけどね。週に一回くらい美術室を使わせてもらってるの」

ことり「そうだったんだ。どんなの描いてるの? いかにも美術部っぽいやつ? それとも漫画みたいなイラスト系?」

梨子「えっと、どういうのを想像してるのかよく分からないけど、その2択ならいかにも美術部っぽいやつ……ってことになるのかな」



12: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:29:20.96 ID:bzc0TVCy.net

梨子「風景画とかデッサンとか、主にそういうのをやってるよ」

ことり「羨ましいなぁ。ことりが絵を描くと、どうしてもデフォルメっぽくなっちゃうの。だから真面目な絵を描ける人に憧れちゃいますっ」


真面目な絵?
デフォルメが不真面目な絵だとは思わないけど、言わんとしていることはなんとなく分かる。

長年染みついた絵柄は中々変えられないものだ。
自分に出来ないタッチで描ける人を羨ましく思う気持ちって、絵描きなら多かれ少なかれ誰にでもあるものなのかもしれない。


梨子「あ、たかにことりちゃんは凄く女の子らしい絵を描きそうなイメージあるかも。もしかしてピアノよりこっちの方が興味あったり?」

ことり「うん。音楽も好きだけど美術はもっと好きだよ。だからね」

梨子「?」

ことり「どんな絵を描いてるのか見せてほしいな~って」



13: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:30:05.97 ID:bzc0TVCy.net

 
   *   *   *


ことり「わぁ~~。すごーい!」

梨子「そんなことないよ……」


断ろうとしたのだが押し切られてしまい、結局絵を見せる羽目に。

元々部活動はお休みの日だし1人で美術室を使わせてもらう予定だったから、部外者を招き入れても問題ないといえば問題ないのだけど。
……描き途中の作品を見られるというのはどうにも気恥ずかしい。


梨子「描いてるところをずっと見てても退屈でしょ? 画材なら貸してあげるから、何か描いてみたら?」

ことり「いいの?」

梨子「うん。ことりちゃんの絵柄も気になるし」


そう言ってスケッチブックと鉛筆、絵具類を一式手渡す。
ようは時間を潰したいだけなのだろうし、描く側と見る側が逆転しても大丈夫だろう。


ことり「よぉし、頑張っちゃうぞー」


慣れた手つきで鉛筆を軽く滑らせ、ササッと下描きを終わらせる。
平素の彼女らしからぬ乱雑な線。おそらくは人の全体図。
デフォルメ調の下絵ならばこれで充分という判断だろうか。



14: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:30:53.51 ID:bzc0TVCy.net

そして絵具には見向きもせず自身の鞄からカラーマーカーを取り出す。
知らない人が見れば単なる蛍光ペンだが、もしかしてこれ、お絵かき用の特殊なやつ?
そんなものまで持ち歩いているだなんて、どうやら絵を描くのが相当好きらしい。


ことり「ふんふんふ~ん♪」


淡いパステル色が鼻歌交じりに塗り広げられ、何を描きたかったのか見る見る内に浮かび上がってくる。
そうして出来上がったのは、とってもお洒落な服を着た女の子。想像した通りのデフォルメ画。
デフォルメといっても頭身が低いというだけで、特に服の描き込みには相当な拘りが感じられる。

この絵をほんの数分で完成させるとは、何日もかけて1つの作品を完成させる私からしたら驚くべきスピードだ。
でも、これって……。


梨子「もしかして……私がモデル?」

ことり「うんっ。実はね、お絵描きそのものが好きというより、自分でデザインした衣装を作るのが大好きなの」


凄い。私も裁縫は好きだけど精々小物を作る程度。
1から衣服を縫い上げようだなんて考えたこともない。


ことり「それで梨子ちゃんにはこういうお洋服が似合いそうだなぁと思って」

梨子「いやいやいや。こんなの絶対似合わないよ! あ、もちろんことりちゃんが描いたイラストの中では凄く似合ってるけど、実際の私はこんなに地味だし……」

ことり「そんなことないよぉ」

梨子「そんなことあります!」



15: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:31:39.29 ID:bzc0TVCy.net

ことり「ん~、地味どころか間違いなく美少女だと思うんだけど。ねねっ、今度ことりが作ったお洋服着てみない?」ズズイ

梨子「えぇ!?」


不意に距離を詰められ、蠱惑的な声色で囁かれる。


ことり「梨子ちゃん、おねがぁい♡」

梨子「うぅぅ」///


あぁ、美術室まで押しかけて来た時点で薄々察してはいたけれど、この子……大人しそうなフリして存外周囲を振り回すタイプなのかも。

流石に着せ替え人形にされるのは遠慮願いたいがどう拒否したものか。
頭を悩ませていた私は、下校時刻のチャイムに救われた。



16: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:32:36.35 ID:bzc0TVCy.net

 
   *   *   *


ことり「ぅん~~~。美味しすぎる!」

梨子「わっ。ことりちゃんの作ったお菓子も凄く美味しい!」


あの日以来、ことりちゃんと話す機会が一気に増えた。

今は互いの手料理を交換して食べているところ。
今までマカロンなんて見た目が美味しそうなだけかと思っていたけど、これは本当に美味しい。
絵画や裁縫に引き続き、まさか料理趣味まで一致していたなんて驚きだ


ことり「今のクラスわけ、最初は凄く残念だったんだけど……梨子ちゃんと出会えて良かったぁ~」

梨子「もぅ、そういうことサラッと言わないでよ。恥ずかしいってば」///



17: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:33:10.68 ID:bzc0TVCy.net

ことり「でも本当にそう思ってるよ? 今までこんなに話の合う人いなかったもん」

梨子「そうなの?」

ことり「うん。皆ことりの絵やお菓子を褒めてはくれるけど、深く語り合えないっていうか……」

梨子「パッと見ただけじゃ完璧なデザイン画に見えるし、口出しできる人がそうそう居ないのは仕方ないんじゃないかな」

ことり「でも梨子ちゃんはアドバイスしてくれるでしょ?」

梨子「服飾に関しては半端な知識しかないけど、色彩や絵的な見映えについてなら、まぁ……」

ことり「それが嬉しいのっ」

梨子「ふふ、どういたしまして」


芸術は私にとって数少ない取り柄だから、その技能で喜んでもらえるのは嬉しい限りである。



18: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:33:45.98 ID:bzc0TVCy.net

ピアノと絵画。
要求されるスキルはまるで違えど、どちらも同じく芸術。

芸術は素晴らしい。芸術は感情の本流そのものだ。
色彩や音色に想いを乗せればどこまでだって広がっていく。
地味で引っ込み思案な私でさえ、伸び伸びと自己表現をさせてもらえる。


もっとも今の私に、音で想いを響かせるなんて真似は出来ないのだけれど……。


ことり「もしかして悩み事?」

梨子「えっ?」

ことり「最近時々、シュンとしてる様に見えて……。勘違いだったらごめんね?」

梨子「ううん。……勘違いなんかじゃないよ」



どうしてだろう。
今まで友達に悩みを打ち明ける事なんてなかったはずなのに。


もうすぐピアノのコンクールがあること。

ブランクに陥り、思う様に弾けなくなってしまったこと。

演奏の腕を買われ入学した手前、先生方の期待も熱く……酷くプレッシャーを感じていること。


ことりちゃんの包容力故だろうか。
気がつけばそういった悩みを、全て吐露していた。



19: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:34:35.64 ID:bzc0TVCy.net

ことり「……そうだったんだ」

梨子「ごめん。急に変なこと話しちゃって」

ことり「ううん、気にしないで」

梨子「はぁ……ダメだなぁ。もっとしっかりしなきゃ」

ことり「そんなことない。ことりだったら辛いことからは逃げ出したくなっちゃうと思うし、立ち向かおうとしてる梨子ちゃんはすごいよ」


違う。凄くもなんともない。
逃げないんじゃなくて、ただ逃げられないだけ。

定員割れしていたとしてもピアノの実力で入学を勝ち取ったことに変わりはない。
この学校にいる限り、ピアノが付いて回るのは当たり前のことだ。


梨子「誰かに聞いてもらえて少しは気が楽になった……かな。明日からもっと頑張らなくっちゃ」



20: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:35:13.16 ID:bzc0TVCy.net

ことり「どんな悩み事もことりが受け止めちゃいますっ♪ 辛い時は、またいつでも話してね?」

梨子「ありがと。是非そうさせてもらうね」


自分でも驚くほど、サラリと嘘が口をついて出た。
本当は二度とこんなつまらない話をすつもりなんてないくせに。

だって、私にとってことりちゃんは今現在最も仲の良い相手だけど……その逆は違う。
あんなに仲良さ気な幼馴染が2人も居るのだから、ことりちゃんにとっての私は単にクラス内で仲良くしている相手にすぎないのだろう。


これ以上私が近づいてもきっと迷惑にしかならない。
同じ趣味を共有して、楽しく会話をする。そんな今の関係は充分心地よいし、このままのが最善。



……そう自分に言い聞かせた。



21: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:35:50.07 ID:bzc0TVCy.net

 
   *   *   *


梨子「きゃっ」


1人廊下を歩いていると、僅かに空いた窓の隙間から強烈な風に襲われる。
そういえば今朝のニュースで、春一番がどうのこうのと言っていたっけ。
陽気の問題か、はたまた気分の問題か、真冬みたいに凍てついている様にしか感じられないけれど。

それでも暦の上ではもう3月。高校生になって2度目の春。
この頃にはコンクールもとっくに終わっていて、当然というかなんというか、結果はとてもじゃないが口にしたくないものであった。

コンクール後、暫くはピアノを見ることさえ嫌になった。
それでもやっぱり、ピアノは己を形成する大切な一部。
完全に捨て去るなんて出来るはずもない。

そんなジレンマやトラウマを抱えつつも、私は最後まで誰にも相談することはなかった。



22: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:36:37.09 ID:bzc0TVCy.net

梨子「…………」


最後。
そう、これが最後なのだ。

私がこの廊下を歩くことも、もう2度とない。


ことり「梨子ちゃんッ!!」

梨子「!?」

ことり「よかった……間に合って……」ハァ…ハァ…

梨子「うそっ。どうして、ここに」


https://i.imgur.com/GyxFmVK.jpg



23: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:37:58.99 ID:bzc0TVCy.net

先日終業式も終え、春休みが始まったばかり。
部活動に勤しんでいるわけでもないことりちゃんが、長期休暇中に学校へ来る理由なんて思いつかない。


ことり「お母さんから聞いたの。……転校、しちゃうんでしょ?」

梨子「うん……。ついさっき、転校用の書類を出してきたところだよ」

ことり「なんで何も言ってくれなかったの」

梨子「えっと……お父さんの転勤が急に決まったこともあって、色々とバタバタしてたし……それに、中々言い出しにくくって」


転勤の話は本当だが、本来なら単身赴任になる筈だった。
しかし私が父についていきたいと、叶うことなら家族で引っ越したいと我儘を言ったのだ。

新しい場所に行けば何か変わる気がしたから。



24: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:38:49.08 ID:bzc0TVCy.net

結局、この学校でピアノに縛られ続けることから逃げ出したんだ。
こんな情けない理由、誰かに話せるわけもない。


ことり「ひどいよ。誰ともお別れしないで、いきなり居なくなっちゃうなんて……梨子ちゃんのばかっ!!」


気が付けばことりちゃんの瞳には涙が溜まっていた。

どうして?
私が居なくなってもあなたは困らないでしょう?

放課後いつも、トテトテと隣のクラスへ向かう彼女の表情を見ていれば分かる。
そこにはきっと顔を合わせるだけで嬉しくなれるような大親友が居て、出会って1年弱程度の私とは比べものにならない程強い絆で結ばれているのだろう。
そんな大切な幼馴染が2人も居ることりちゃんにとって、私が涙を流すに値するほど大きな存在とは思えない。



25: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:39:36.96 ID:bzc0TVCy.net

ことり「伊豆の方に行くんだよね? 神奈川県を挟んですぐ隣だし……また遊ぼうと思えば、きっと簡単に……」


もちろんだよ。また会って遊ぼうね。
……普段の私ならそんな当たり障りのない返事をしていただろう。
しかしことりちゃんの潤んだ瞳は演技のようには見えなくて、とてもじゃながこれ以上体のいい嘘を並べることはできなかった。


梨子「今のところ戻ってくる予定はないかな。東京からは、なんていうか……少し離れたくって」


ことり「もう会えないの……?」

梨子「うん……ごめんね」


ことり「っ……」



27: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:41:51.80 ID:bzc0TVCy.net

ついに、ことりちゃんの目から涙が零れ落ちる。

あぁ。そっか。
この子は本当に私なんかのことを大切に思ってくれていたんだ。
そんなことに今更気づいたところで、あまりにも遅すぎるけれど。

これ以上彼女の悲しそうな顔を見ていられなくて、ピアノからも、学校からも、ことりちゃんからも、全てから逃げ出すように……。



……私は東京を後にしたのであった。


 



28: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:42:56.44 ID:bzc0TVCy.net

・ ・ ・ ・

・ ・ ・

・ ・




   *   *   *


千歌「──でねでね、去年もホント凄かったんだから! アンカーの曜ちゃんがズババババッて抜き去って見事逆転優勝! 我がクラスの大勝利!!」

梨子「ふふっ、流石曜ちゃん。1年生の頃から凄かったんだね」

曜「いやぁ照れますなー」

千歌「あの時の勇姿は梨子ちゃんにも生で見せてあげたかったよ」

梨子「じゃあ去年以上の活躍を見せてもらおうかな。今年も優勝へ導いてね」

曜「そんなハードル上げないでよー」

千歌「だいじょぶだいじょぶ♪ 運動会で活躍するのは小さい頃からずっと当たり前なんだし」



29: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:43:34.36 ID:bzc0TVCy.net

いつまでも楽しそうに続く2人の思い出話。
聞いていて微笑ましくなると同時に、少しだけ胸が締め付けられるのを感じる。


千歌「ん? どしたの?」

梨子「大したことじゃないの。ただ……ちょっと羨ましいなって」

曜「うん?」

梨子「ほら、私は地元の皆とお別れしてきたわけじゃない? だから2人みたいに昔の思い出を語れる間柄が羨ましく思えちゃって」

千歌「お、もしかしてじぇらしーってやつ? チカとよーちゃんの仲にじぇらっちゃってんの?」

梨子「フンっ。曜ちゃんや果南さんみたいな幼馴染が居る千歌ちゃんに、どうせ私の気持ちは分かりませんよーだ」



30: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:44:13.91 ID:bzc0TVCy.net

千歌ちゃんは冗談でからかっているだけ。
そんなことは勿論分かっているんだけど。

それでも本当に気が沈んでしまいそうだったから、わざと大袈裟にいじけてみせる。
そうしたら……。


ようちか「「えいっ!!」」モッギュー!

梨子「わわっ!?」


左右から同時に抱きしめられた。
えっ、何々?? 急になんなの!?


曜「大丈夫だよ。あと5年や10年もすれば、今この瞬間が昔の思い出になるんだから!」

千歌「そうそう! これからは3人の思い出をい~~っぱい作っていこうね」

梨子「曜ちゃん……千歌ちゃん……」



31: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:45:05.58 ID:bzc0TVCy.net

千歌ちゃんには曜ちゃんがいる。
曜ちゃんには千歌ちゃんがいる。
でも、自分より親しい相手がいるだとか、大事な幼馴染がいるだとか……そんな理由で遠慮する必要なんてない。

そんなとても簡単でとても大切なことを、私は身をもって知っているはずなんだ。

だって現に、私との別れを惜しんで涙を流してくれた人がいたのだから。


梨子「っ……うぅ……」

千歌「梨子ちゃん!?」


どうしてだろう。
オトノキにいた頃は、コンクールで失敗した時も別れの瞬間も、一度だって泣いたことなんてなかったのに。

まるであの時泣けなかった分を取り戻すかのごとく、今になって涙が溢れ出してくる。



32: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:45:29.84 ID:bzc0TVCy.net

曜「ああもう千歌ちゃんさっきから変なことばっかり言うから! ジェラシーって言葉使ってみたかっただけでしょ!?」

千歌「そうだけど! その通りだけどっ!」アワワワ

梨子「違うの……千歌ちゃんのせいじゃないの…………あ、やっぱり千歌ちゃんのせいかも……」

千歌「ええぇ!??」

梨子「オトノキ時代の友達のことをね、さっきまでの会話で、思い出しちゃって……」

千歌「なんだぁそういうことかー」ホッ


もう躊躇うのはやめよう。
この2人には、もっともっと踏み込んでいこう。

たとえいつか別れる日が来たとしても、その時後悔しないような、また笑って再会できるような……そんな関係を築きたいと切に願う。



33: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:46:08.41 ID:bzc0TVCy.net

千歌「じゃあ今度3人で東京行かない?」

曜「イイねぇ! 東京案内はお任せするであります!」

梨子「別に構わないけどいきなりどうしたの?」

千歌「んー、なんとなく? チカはただ行きたいだけなんだけどさ、梨子ちゃんは会いたい人もいそうな感じだし」

梨子「そう……だね」


そうだ。もう二度と会うことはないと思い込んでいたけれど……。

沼津駅から東京まで鈍行で2時間と少し。三島から新幹線に乗れば、ほんの1時間たらず。
時間にすればたったそれだけしか離れていない。
気持ち1つで、簡単に会いに行ける距離。


梨子「……うん。東京、行ってみようかな」

千歌「やった~!」



34: 名無しで叶える物語 2017/10/11(水) 01:48:01.44 ID:bzc0TVCy.net

曜「オススメのお洒落なカフェとか連れてってね!」

千歌「うんうん。これぞシティーガール行きつけのお店って感じのやつ期待してるよ!」

梨子「もう、そんなの無いってば」アハハ


ことりちゃん。
いつか必ず、あなたに会いに行くね。


もし、あんな素っ気ない別れ方をした私を許してくれるなら。

またあの柔らかな笑顔を見せてくれるのなら。


……今度はちゃんと向き合おう。

謝って、本音をぶつけて、そして次こそは──


──あなたと本当の友達になれたらいいなって、そう心から思うのでした。



          了
 


元スレ
ことり「もう会えないの……?」 梨子「うん……ごめんね」
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1507652521/