二宮飛鳥「ボクを殺してくれ」
73: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:12:16 ID:l9u
・飛鳥と唯の絡み
・百合ではありません
・ほのぼのです
・地の文ありです
74: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:12:32 ID:l9u
ボクはバスの窓を開けて、吹き込む風に身体を任せた。
車内の喧騒による胸焼けを癒すために。
所属アイドル達の親睦会。
スケジュールなし。
現地解散、日帰り箱根観光。
これも仕事の一環と割り切っている。
割り切ってはいるけど…。
親睦っていうのは自発的に深めるものであって、
他者が企画するのは違和感を覚える。
“さあみなさん、仲良くなりましょう”
まるで小学校の遠足。
浅薄で、軽薄で、幼稚だ。
だけど、ボク以外のアイドルは、
他のアイドルと会話に興じたり、
バスのカラオケで歌ったり
持ち寄ったお菓子を交換している。
ボクはなんとなく外の風景を眺めていた。
それに飽きると、隣の座席に放ってあるバッグをまさぐり、
アイマスクを取り出した。
耳にはイヤホンをはめて、ウォークマンを再生。
視覚と聴覚を外界から遮断。
ボクは一人だ。
一人が、いいんだ。
現地に着くと、各々5人くらいのグループが出来て、
移動が始まった。
ボクはイヤホンをはめたまま、集団から離れて、
単独行動を開始した。
温泉と旧跡が有名な土地だと聞いているけど、
他のグループと遭遇するのも煩わしい。
ボクは、バス停から離れたところにある商店街を徘徊することにした。
ショーウィンドウが曇った婦人服店。
入り口の前に、「処分品」が無造作に積まれた靴屋。
薄暗い、湿った空気の匂いがする駄菓子屋。
錆びついて、グロテスクな表情をしたマスコットの看板。
訪れる者を拒絶する、白いシャッター。
歓楽地のそばとは思えない、退廃的な景観。
愉快ではない…それでも妙に心が惹きつけられるセカイが広がってる。
だけど、大半の店が閉まっているから、ボクはすぐに手持ち無沙汰になった。
スケジュールなし、現地解散。
スマートフォンで駅の場所を手早く調べて、踵を返す。
時刻は13時過ぎ。
昼食はまだ取ってない。
キオスクで適当に……。
Google MAPで自分が動いているのを確認していると、
前方から声が、脳髄に響いた。
「飛鳥ちゃんみ~けたっ!!」
驚いて顔を上げると、赤いキャップに、ふわふわと長い金髪が揺らめく女がいた。
誰だ?
「ボクはキミのことを知らないけど、
キミはボクのことを知っているのかい?」
「ちょいつめた~い!
同じプロダクションの仲間じゃ~ん?」
緩急と、文章だったら感嘆符だらけになりそうな声量。
ギャル言葉ってやつだろうか。
ちょっと奇妙だ。
「本当に申し訳ないけど、名前が思い出せないんだ。
キミの名は?」
「美城プロダクション所属!
埼玉生まれ!
そんで~、今年で17歳!
血液型はB型で、マイペースってよく言われるけど…」
回りくどい話し方。
というか、ボクより3つも年上なのか…。
敬語とか使った方がいいのかな…。
「誕生日が5月7日で~、牡牛座ね。
メスだけどね!
きゃははっ!!」
それから、プロダクションに所属する経緯や
カラオケが趣味であること、好きなバンド、
今日のコーディネートのこだわりについて話したあと、
彼女は“大槻唯”と名乗った。
「それで、大槻さんは」
「唯でいいよ~!
あと、タメ語での~ぷろぶれむだかんね!」
「……唯は、どうしてボクを探していたのかな」
旅のしおりに名前が記してあったとはいえ、ボクらに面識はない。
いや、ひょっとしたらボクが記憶してないだけで、
彼女はボクのことを覚えているのかもしれない。
「そりゃ~コンプのためっしょ!」
「コンプ?」
「今日は親睦会っしょ?
ゆいはさ、み~んなと仲良くなりたいの!
仲良くなってないの、あと飛鳥ちゃんだけなんよ~」
「ボクはレアカードか何かか?」
「見つけんのマジ苦労したし、プレミアかもしんないね!
きゃははっ!」
なんだか、ゴールデン・レトリーバーに懐かれているような感覚がした。
「飛鳥ちゃんはさ、お昼まだ~?」
「まだだけど……」
「んじゃさ、ゆいと一緒に食べよ!」
嫌だ、とは言えない。
年長者からの誘いだ。
「さっきさ、路地裏んとこにいいカンジのお店見っけたんよ~♪」
唯は返事を待たずに、ボクの腕を優しく引っ張った。
彼女の言う店は、先刻通りかかった洋服店の裏側にあった。
扉を開けると、温かな木の香りがした。
控えめな、いらっしゃいませの声。
テーブルが4つ、奥にキッチン。
店内はあまり広くない。
けれど、アンティークなのだろうか、内装から主人の深い造詣が伝わってくる。
だから窮屈さより、“綺麗にまとまっている”という印象が強い。
唯の言う通り、“いいカンジ”。
彼女のキャラクタアからは意外だけど…。
「何にする~?
好きなの選んでいいよ」
「……自分で払うよ」
「遠慮すんなよ~☆
お姉さんはカッコつけたいんだぞ!」
断る方が面倒なことになりそうだったので、
ボクは黙って『ペペロンチーノ』を指差した。
シンプルであるつつも、
作り手の力量が如実に現れる、大人のパスタだ。
「飲み物はー?」
「……マンデリン」
「はいはい♪」
唯は手を上げて、手早く注文を終えた。
「唯は…」
「ん~?」
「唯は、どうしてそんなに楽しそうなんだい?」
彼女は、出会った時から眩しいくらいの笑顔だった。
一体全体、何がそんなに愉快なんだろう。
脳内麻薬が絶えず分泌されているのだろうか。
「笑う角には福来る、って言うじゃん?
ゆいにはさ、必要なの」
「福が?」
「うん」
唯は人差し指で、自分の?を撫でた。
「今は戦国時代っしょ?
アイドルの」
それは、ボクらにとって逃れようのない現実。
現在のアイドルは大量生産され、かつ大量に消費されていく。
グループ単位での売り出しが基本となり、
そのグループは代替可能なメンバーで構成される。
供給はほぼ暴走状態に陥っているような状態で、
最低限のレッスンを受けた一般人に、
アイドルのラベルが次々に貼られていく。
あたかも、個性の価値を抹殺するように。
そんな残酷なセカイで、ボクらは。
「ボクらは、生き残らなくちゃいけない」
それがたとえ、同じプロダクションの人間であっても。
無慈悲に、容赦なく。
「だから、唯は“福”を求めるのかな」
唯は笑った。
胸が締めつけられるくらい、甘く、悲しげに。
「ゆいはさ」
「うん」
「ゆいは多分、いろんな子を傷つけることになるんだろうね。
…そんで多分、傷つくこともあるんだろうね」
ボクも。
“あの子さえいなければ、私はアイドルを続けられたのに”
そう思われる日が来る。
思う日も、あるかもしれない。
「それでもアイドルになったこと、後悔したくないよ。
後悔するようなこと、起こってほしくないよ…。
だから」
唯は笑い続けるだろう。
きっと、“後悔するようなこと”が起こったとしても。
「それに、思い出はキレイな方がいいじゃん?」
彼女はまた、?を人差し指で撫でた。
パスタがやってきた。
「わっ、美味しそ~!」
唯はボロネーゼを注文していた。
ソースがたっぷりとかかっていて、
挽き肉のジューシで、濃厚な香りがする……全然、羨ましくないけどね。
「いただきます…」
ペペロンチーノをすすると、大蒜とオリーブオイルの甘みが
口いっぱいに広がった。
遅れて、ピリッと唐辛子が引き締める。
素直に美味しい。
きっとボロネーゼも美味しいだろう……
まあ、ボクは全然ペペロンチーノでいいけど。
「飛鳥ちゃん、ちょっと食べさせて!
ゆいのもあげるからさ~」
「しょうがないな…」
年長者からの頼みなら断れない。
ボロネーゼをすくって口に含むと、
肉の甘みが舌にじわり、じわりとしみた。
外見からは気づかなかったけれど、
細かく刻まれた蓮根の歯ごたえが小気味好い。
「おいしっしょ?」
「そうだね……まぁボクはペペロンチーノの方が好きかな」
「ふ~ん?」
パスタを食べ終えると、
ほどなくしてドリンクがやってきて、
皿が取り下げられた。
食事の終わりは、コーヒーで締めくくるのが一番……。
「……ッ!!!」
いつもより、ほ、ん、の少しだけ苦い。
ただ苦いだけではなく、口に含んだ後に甘みや酸味、
香ばしさの奥行きが感じられる。
……強がりじゃないぞ。
「あ~、ゆいもコーヒー飲んでみたいな~」
「ボクはもう大体分かったから、交換してもいいよ」
「やった~!
飛鳥ちゃんありがとう!」
ジンジャーエールには、既製品とはちがう、
立体的な風味があった。
すりおろした生姜が使われているようで、
ジュースというよりはスムージーを飲んでいるみたいだ。
パスタのこってり感、コーヒーの苦味が残る口の中が
さっぱりして気持ちいい。
「にっが~!
飛鳥ちゃんは大人だね!」
「フフ……ごちそうさま」
店を出ると、静かな風が髪を撫でた。
ボクは商店街を歩きながら、唯に色んなことを話した。
プロダクションに所属した経緯や、
漫画を描くのが趣味であること、好きなラジオ番組、
今日のコーディネートのこだわりについて。
唯はよく笑った。
気づくと夕方になっていて、
ボクらは記念写真を撮って別れることにした。
「飛鳥ちゃん、笑って」
それは何気ない一言だったと思うけれど、家に帰った後も、
ボクの胸の奥で木霊した。
翌日、ボクは早くにレッスンルームに着いた。
室内には、ダンスのフォームを自分で見るために、
壁の一面が大きな鏡になっていた。
笑う角には福来る。
鏡に向かって微笑みかけると、ぎこちない顔をしたヤツがいた。
笑う、笑う……唯みたいに。
「やっほ~、あすかだよ♪
今日もボクの笑顔でみんなをメロメロにしちゃうから、
覚悟……し、と」
鏡が突然の来訪者を知らせる。
ボクのプロデューサーだ。
「……ボクを殺してくれ」
そう呟いた時のボクは、割と良い笑顔だった。
おわり
元スレ
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/
ボクはバスの窓を開けて、吹き込む風に身体を任せた。
車内の喧騒による胸焼けを癒すために。
所属アイドル達の親睦会。
スケジュールなし。
現地解散、日帰り箱根観光。
これも仕事の一環と割り切っている。
割り切ってはいるけど…。
75: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:13:24 ID:l9u
親睦っていうのは自発的に深めるものであって、
他者が企画するのは違和感を覚える。
“さあみなさん、仲良くなりましょう”
まるで小学校の遠足。
浅薄で、軽薄で、幼稚だ。
だけど、ボク以外のアイドルは、
他のアイドルと会話に興じたり、
バスのカラオケで歌ったり
持ち寄ったお菓子を交換している。
76: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:13:49 ID:l9u
ボクはなんとなく外の風景を眺めていた。
それに飽きると、隣の座席に放ってあるバッグをまさぐり、
アイマスクを取り出した。
耳にはイヤホンをはめて、ウォークマンを再生。
視覚と聴覚を外界から遮断。
ボクは一人だ。
一人が、いいんだ。
77: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:14:54 ID:l9u
現地に着くと、各々5人くらいのグループが出来て、
移動が始まった。
ボクはイヤホンをはめたまま、集団から離れて、
単独行動を開始した。
温泉と旧跡が有名な土地だと聞いているけど、
他のグループと遭遇するのも煩わしい。
ボクは、バス停から離れたところにある商店街を徘徊することにした。
78: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:15:25 ID:l9u
ショーウィンドウが曇った婦人服店。
入り口の前に、「処分品」が無造作に積まれた靴屋。
薄暗い、湿った空気の匂いがする駄菓子屋。
錆びついて、グロテスクな表情をしたマスコットの看板。
訪れる者を拒絶する、白いシャッター。
歓楽地のそばとは思えない、退廃的な景観。
愉快ではない…それでも妙に心が惹きつけられるセカイが広がってる。
79: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:15:50 ID:l9u
だけど、大半の店が閉まっているから、ボクはすぐに手持ち無沙汰になった。
スケジュールなし、現地解散。
スマートフォンで駅の場所を手早く調べて、踵を返す。
時刻は13時過ぎ。
昼食はまだ取ってない。
キオスクで適当に……。
Google MAPで自分が動いているのを確認していると、
前方から声が、脳髄に響いた。
80: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:16:45 ID:l9u
「飛鳥ちゃんみ~けたっ!!」
驚いて顔を上げると、赤いキャップに、ふわふわと長い金髪が揺らめく女がいた。
誰だ?
「ボクはキミのことを知らないけど、
キミはボクのことを知っているのかい?」
「ちょいつめた~い!
同じプロダクションの仲間じゃ~ん?」
緩急と、文章だったら感嘆符だらけになりそうな声量。
ギャル言葉ってやつだろうか。
ちょっと奇妙だ。
81: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:17:45 ID:l9u
「本当に申し訳ないけど、名前が思い出せないんだ。
キミの名は?」
「美城プロダクション所属!
埼玉生まれ!
そんで~、今年で17歳!
血液型はB型で、マイペースってよく言われるけど…」
回りくどい話し方。
というか、ボクより3つも年上なのか…。
敬語とか使った方がいいのかな…。
82: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:18:34 ID:l9u
「誕生日が5月7日で~、牡牛座ね。
メスだけどね!
きゃははっ!!」
それから、プロダクションに所属する経緯や
カラオケが趣味であること、好きなバンド、
今日のコーディネートのこだわりについて話したあと、
彼女は“大槻唯”と名乗った。
「それで、大槻さんは」
「唯でいいよ~!
あと、タメ語での~ぷろぶれむだかんね!」
「……唯は、どうしてボクを探していたのかな」
旅のしおりに名前が記してあったとはいえ、ボクらに面識はない。
いや、ひょっとしたらボクが記憶してないだけで、
彼女はボクのことを覚えているのかもしれない。
83: 名無しさん@おーぷん 2018/05/23(水)23:19:01 ID:l9u
「そりゃ~コンプのためっしょ!」
「コンプ?」
「今日は親睦会っしょ?
ゆいはさ、み~んなと仲良くなりたいの!
仲良くなってないの、あと飛鳥ちゃんだけなんよ~」
「ボクはレアカードか何かか?」
「見つけんのマジ苦労したし、プレミアかもしんないね!
きゃははっ!」
なんだか、ゴールデン・レトリーバーに懐かれているような感覚がした。
86: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:05:12 ID:eZ3
「飛鳥ちゃんはさ、お昼まだ~?」
「まだだけど……」
「んじゃさ、ゆいと一緒に食べよ!」
嫌だ、とは言えない。
年長者からの誘いだ。
「さっきさ、路地裏んとこにいいカンジのお店見っけたんよ~♪」
唯は返事を待たずに、ボクの腕を優しく引っ張った。
87: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:05:34 ID:eZ3
彼女の言う店は、先刻通りかかった洋服店の裏側にあった。
扉を開けると、温かな木の香りがした。
控えめな、いらっしゃいませの声。
テーブルが4つ、奥にキッチン。
店内はあまり広くない。
けれど、アンティークなのだろうか、内装から主人の深い造詣が伝わってくる。
だから窮屈さより、“綺麗にまとまっている”という印象が強い。
唯の言う通り、“いいカンジ”。
彼女のキャラクタアからは意外だけど…。
88: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:05:57 ID:eZ3
「何にする~?
好きなの選んでいいよ」
「……自分で払うよ」
「遠慮すんなよ~☆
お姉さんはカッコつけたいんだぞ!」
断る方が面倒なことになりそうだったので、
ボクは黙って『ペペロンチーノ』を指差した。
シンプルであるつつも、
作り手の力量が如実に現れる、大人のパスタだ。
89: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:07:47 ID:eZ3
「飲み物はー?」
「……マンデリン」
「はいはい♪」
唯は手を上げて、手早く注文を終えた。
「唯は…」
「ん~?」
「唯は、どうしてそんなに楽しそうなんだい?」
彼女は、出会った時から眩しいくらいの笑顔だった。
一体全体、何がそんなに愉快なんだろう。
脳内麻薬が絶えず分泌されているのだろうか。
90: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:08:44 ID:eZ3
「笑う角には福来る、って言うじゃん?
ゆいにはさ、必要なの」
「福が?」
「うん」
唯は人差し指で、自分の?を撫でた。
「今は戦国時代っしょ?
アイドルの」
それは、ボクらにとって逃れようのない現実。
現在のアイドルは大量生産され、かつ大量に消費されていく。
グループ単位での売り出しが基本となり、
そのグループは代替可能なメンバーで構成される。
91: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:09:14 ID:eZ3
供給はほぼ暴走状態に陥っているような状態で、
最低限のレッスンを受けた一般人に、
アイドルのラベルが次々に貼られていく。
あたかも、個性の価値を抹殺するように。
そんな残酷なセカイで、ボクらは。
「ボクらは、生き残らなくちゃいけない」
それがたとえ、同じプロダクションの人間であっても。
無慈悲に、容赦なく。
「だから、唯は“福”を求めるのかな」
唯は笑った。
胸が締めつけられるくらい、甘く、悲しげに。
92: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:09:32 ID:eZ3
「ゆいはさ」
「うん」
「ゆいは多分、いろんな子を傷つけることになるんだろうね。
…そんで多分、傷つくこともあるんだろうね」
ボクも。
“あの子さえいなければ、私はアイドルを続けられたのに”
そう思われる日が来る。
思う日も、あるかもしれない。
93: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:10:00 ID:eZ3
「それでもアイドルになったこと、後悔したくないよ。
後悔するようなこと、起こってほしくないよ…。
だから」
唯は笑い続けるだろう。
きっと、“後悔するようなこと”が起こったとしても。
「それに、思い出はキレイな方がいいじゃん?」
彼女はまた、?を人差し指で撫でた。
94: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:10:19 ID:eZ3
パスタがやってきた。
「わっ、美味しそ~!」
唯はボロネーゼを注文していた。
ソースがたっぷりとかかっていて、
挽き肉のジューシで、濃厚な香りがする……全然、羨ましくないけどね。
「いただきます…」
ペペロンチーノをすすると、大蒜とオリーブオイルの甘みが
口いっぱいに広がった。
遅れて、ピリッと唐辛子が引き締める。
素直に美味しい。
きっとボロネーゼも美味しいだろう……
まあ、ボクは全然ペペロンチーノでいいけど。
95: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:10:36 ID:eZ3
「飛鳥ちゃん、ちょっと食べさせて!
ゆいのもあげるからさ~」
「しょうがないな…」
年長者からの頼みなら断れない。
ボロネーゼをすくって口に含むと、
肉の甘みが舌にじわり、じわりとしみた。
外見からは気づかなかったけれど、
細かく刻まれた蓮根の歯ごたえが小気味好い。
「おいしっしょ?」
「そうだね……まぁボクはペペロンチーノの方が好きかな」
「ふ~ん?」
96: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:11:06 ID:eZ3
パスタを食べ終えると、
ほどなくしてドリンクがやってきて、
皿が取り下げられた。
食事の終わりは、コーヒーで締めくくるのが一番……。
「……ッ!!!」
いつもより、ほ、ん、の少しだけ苦い。
ただ苦いだけではなく、口に含んだ後に甘みや酸味、
香ばしさの奥行きが感じられる。
……強がりじゃないぞ。
97: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:11:38 ID:eZ3
「あ~、ゆいもコーヒー飲んでみたいな~」
「ボクはもう大体分かったから、交換してもいいよ」
「やった~!
飛鳥ちゃんありがとう!」
ジンジャーエールには、既製品とはちがう、
立体的な風味があった。
すりおろした生姜が使われているようで、
ジュースというよりはスムージーを飲んでいるみたいだ。
パスタのこってり感、コーヒーの苦味が残る口の中が
さっぱりして気持ちいい。
98: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:11:57 ID:eZ3
「にっが~!
飛鳥ちゃんは大人だね!」
「フフ……ごちそうさま」
店を出ると、静かな風が髪を撫でた。
ボクは商店街を歩きながら、唯に色んなことを話した。
プロダクションに所属した経緯や、
漫画を描くのが趣味であること、好きなラジオ番組、
今日のコーディネートのこだわりについて。
99: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:12:14 ID:eZ3
唯はよく笑った。
気づくと夕方になっていて、
ボクらは記念写真を撮って別れることにした。
「飛鳥ちゃん、笑って」
それは何気ない一言だったと思うけれど、家に帰った後も、
ボクの胸の奥で木霊した。
100: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:12:42 ID:eZ3
翌日、ボクは早くにレッスンルームに着いた。
室内には、ダンスのフォームを自分で見るために、
壁の一面が大きな鏡になっていた。
笑う角には福来る。
鏡に向かって微笑みかけると、ぎこちない顔をしたヤツがいた。
笑う、笑う……唯みたいに。
「やっほ~、あすかだよ♪
今日もボクの笑顔でみんなをメロメロにしちゃうから、
覚悟……し、と」
鏡が突然の来訪者を知らせる。
ボクのプロデューサーだ。
「……ボクを殺してくれ」
そう呟いた時のボクは、割と良い笑顔だった。
101: ◆u2ReYOnfZaUs 2018/05/26(土)21:12:48 ID:eZ3
おわり
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/