2: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)00:11:49 ID:84y
二宮飛鳥「スポイル」
3: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)00:14:25 ID:84y
・微エロです
・気分を害するかも
・胸糞というほどではない…ようにします
・地の文
4: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)00:17:11 ID:84y
アイドルになって2年目の夏、ボクは台無しにされた。
原因は背伸びと好奇心。
結果は後悔と、悲しみと、取り返しのつかない傷。
“事”の発端は16という数字。
2の4乗だったり、ポンドが16進法だったり。
アメリカ合衆国の、16代目大統領がエイブラハム・リンカーンだったり…。
そして、女性が結婚できる年齢だったりする。
「飛鳥は来年16か」
そうプロデューサーに言われたとき、ボクは不意にドキっとした。
将来の夢がお嫁さんなんてさ、
頭の中が見下げ果てる程フラワーでハッピーだった頃、知った。
女の子は、16歳になったら……。
ボクが濃密な時間を共に過ごす異性といったら、
父親以外にはプロデューサーしかいない。
ボクは、疑いようもなく彼に依存していた。
こっちが少々痛いところのある小娘だからって、
ボクの話を無視したりしなかった。
そして、そんな小娘でも、世界が変えられるって
教えてくれたから。
だから、ボクはプロデューサーに聞いた。
「それは、ボクと結婚したいってことかな?」
精一杯、冗談めかして聞いたんだ。
そしたら、プロデューサーはなんだか変な目でボクを見て、黙った。
気まずくなって、話はそこで流れた。
その日から、始まったんだと思う。
いや、終わっていたのかも。
まどろっこしい言い方だけれど…。
ボクの高校はアイドル活動に理解があって、
いや、そういう高校を選んだんだけど、
なにかとユウヅウを利かせてくれた。
好きなだけ休ませてくれるってわけじゃないけど、
授業に出ないことをとがめることもなく、
補修を組んでくれるし、
委員会にも、部活にも入らなくてよかった。
でも、高校生をサボっていたツケは、
浅からぬ痛みをボクに与えた。
学校には居場所がなかった。
当然だ。作らなかったんだから。
ボクはライブ会場を観客で埋めることはできたけれど、
クラスメイトとの距離を埋めることはできなかった。
思い出したように学校に行って…すっかり置いてけぼりになった授業を
形だけは真面目に聞いていた。
落第はしなかったけど、成績は下から数えたほうが早かった。
ボクには高校生とアイドルを両立する気が無かった。
中退してもいいとすら思っていた。
社会に出るための準備?
いい大学に行くため?
いい仕事にありつくため?
ボクはもう、立派に稼いでいる。
アイツらとはちがう。
でも、ほんとうは。
ほんとうはもっと…。
試験のヤマを張り合ったり。
くだらないおしゃべりを、みんなとしながら
文化祭の準備をしたり。
隣のクラスの誰々がカッコイイとか、気になるとか…。
そういうことをしたかった。
するべきだった。
いや、できたのに。
ボクはつまらない意地を張って、壁をつくって、
自分がクラスメイトより、いかに優れているか。
そんなことばかり考えるようになってた。
ボクは、相手からすれば思いもよらないような、
あやふやなで虚しい劣等感にまみれていた。
そんなボクは、聞いてしまった。
クラスメイトのオンナの子が、彼氏と初体験を済ませた、という話を。
その子が、自慢げに話している様をボクは見た。
“当てつけか”と思った。イライラした。
アイドルが恋愛禁止だと知っていて、そういう話をボクのちかくでしたのか。
そんなわけがない。
当たり前の女子高校生のちかくに、当たり前でないやつがいただけだ。
ボクはムカついて、乱暴に席を去った。
馬鹿にしやがって。
その日の放課後、ボクはプロデューサーに電話をかけて、
自分で行けるはずのスタジオまで、わざわざ送ってもらうことにした。
べっとりとした黒色のセダンの車内で、信号待ちの時、
ボクはプロデューサーに言った。
「おかしなことになっている」
「なにが…」
返事がくる前に、
彼の首を後ろにねじり上げるようにして、唇を重ねた。
ロマンチックの欠片もなく、トキメくこともなかった。
ただ息苦しかった。
「ボクは、おかしなことになっている」
唇を離したあと、ボクは言った。
プロデューサーは何も言い返さなかった。
正直に打ち明けると、ボクはプロデューサーを心底、
自分の全てを捧げてもいいってくらい、
好きなわけじゃなかった。
でも、彼なら大丈夫だって思った。
何もなかったことにしてくれるって、そう思っていた。
そして彼が黙っていたから、ボクは引き返す機会を見失ってしまった。
2人きりの時は、息苦しいキスをした。
2人きりでなくとも、しきりに彼の身体に触れた。
冗談ですむ場所を選んで。
もっと過激なスキンシップをしているアイドルもいたから、
ボクら…いや、ボクの行為は大した問題にならなかった。
けれども、ボクが勝手に抱えこんだ劣等感という問題は、
一向に解決の兆しを見せなかった。
背中をなぞっても。指にふれても。
髪を撫でても、胸の奥で、砂の混じった風が叫んでいる。
ちがう、そうじゃない。
ボクのスキンシップは、からっぽだ。
意味がない。価値がない。
血が通っていない。あったかくない……。
むしろ、すればするほど、何かが喪われていくような気さえした。
ボクは解を求める順番も、使う公式も、滅茶苦茶だった。
もっと、数学をきちんと勉強しておけばよかったのかな。
ついにボクは、間違った解にたどりついてしまった。
美城プロダクションの東棟、地下2階、予備資材室。
あまり人気のない、かつ、
アイドルとプロデューサーが
長時間2人っきりでいても言い訳がつく場所。
夏なのに 、ひどく底冷えする部屋だった。
※ここから人によっては不快になるシーンがあります。
ここまでの文章で、「こんなのは飛鳥じゃない」「腹が立つ」「気持ち悪い」
と感じた方はブラウザバック推奨です。
建て付けの悪いドアは、小さな悲鳴をあげて開いた。
中には、いつ使われたのか分からない看板や、
誰がどのイベントで着たのか、判別がつきかねるほど古びた衣装、
再生できるのか怪しいフィルム、
元がなんだったのか分からない布切れが散乱していた。
不思議と埃は舞っていなかった。
「さて」
ボクは、大人しくついてきたプロデューサーの方を向いた。
「どう、しようか」
声が震えていた。
延髄からつま先に、
鉄棒がつきぬけたみたいに、身体がぎこちなかった。
この期に及んで、ボクはプロデューサーに甘えていた。
なんとかしてよ。
彼はボクの服に手をかけた。
ボクは、空のように白いワンピースを着ていた。
襟を広げられると、あっけなく、それは落ちた。
寒かった。
やがて、へその下の方で、赤熱したクギがゆっくりと、
肌と肉の隙間を焼いた。
激痛が、ボクの甘い幻想を黒く焦がして、現実に引き戻した。
やめて、とプロデューサーに頼んだ。
冷たい汗と血が、床を汚した。
彼は止まれなかった。
彼の理性も焼け焦げていたのかもしれない。
ボクは叫んで助けを呼ぶことはしなかった。
誰かがやって来たら、いままでの全てが水の泡になると、
頭が妙に冷静だった。
けれども、身体は動揺を隠せていなかった。
ボクは昼食のメニューを再び目にすることになった。
部屋の外に出たとき、そばには知らない男がいた。
そして、ボクはボクじゃなかった。
ひどい頭痛がした。
頭の中で、踏切の音が鳴り続いているような。
廊下には、他に誰もいなかった。
地上までの階段がやけに遠く感じた。
家に帰った時は、ボクは努めて平静を装った。
演技レッスンの賜物だろうか、父さんも母さんも、
至極いつもどおり、実の娘に接してくれた。
ボクは1週間ほど仕事も学校も休んだ。
熱が出た。身体の節々がギシギシと軋んでいた。
ベッドの上で、プロデューサーのことを考えた。
尊敬と信頼が、気後れと警戒に取って代わっていた。
ボクはその気持ちが一過性であることを祈った。
ゴールデンウィークならぬ、シルバーウィークならぬ、
青く錆びついた銅色の一週間を過ごした後、
ボクはいつになく殊勝な顔をして登校した。
補修をどうしようか。そういう気持ちだった。
教室の扉をまたいだ時、クラスメイト達はちらりとボクの顔をみたけれど、
そこから誰に声をかけられるでもない。
教室の人波をすいすいと避けて、ボクは自分の席に着いた。
異変が始まったのは、担任による出席確認が行われたときだった。
その男は30半ばの、ちょうどプロデューサーと同じ世代の年齢だった。
彼が、二宮飛鳥、と呼んだとき、ボクの頭の中で踏切の音がした。
こめかみがじくじくと、血を流しているような感覚を覚えた。
汗が目尻にたまって、顎から落ちるとき、ボクはようやく、
絞り出すように返事をした。
ボクがいつも通り気だるげにしていると思って、気にかけることはない。
それに対して、場違いな苛立ちをおぼえた。
窓から吹き込む7月のセミの鳴き声だけを聴いて、高校生をやり過ごした。
放課後、プロデューサーにLINEした。
電話をする度胸がなかった。
“おかしなことになっている”
ボクは繰り返した。
“二宮飛鳥は、おかしなことになっている”
既読がついて、小1時間くらいした後、
“ごめん”と返信があった。
責めているつもりはなかったのに。
なんだか可笑しかった。
可笑しくて、階段の踊り場に座りこんで、膝を抱えた。
あの部屋みたいに、床がつめたかった。
ボクはアンドロフォビアになってしまった?
そんなアイドルがどこにいる?
ライブはどうする? バラエティは?
入院するか? 治るのか?
何日かかる? その間の活動は…。
ボクは恐慌状態に陥っていた。踏切の音がした。
自分1人の問題で片がつかないことは、
この、16歳の小娘にだってわかる。
相談しなくちゃいけないだろう。信頼のできる大人に。
ボクがもっとも信頼している大人に。
プロデューサー…。
情けない声が、リノリウムの床に吸い込まれた。
ボクはプロダクションに歩いて向かった。
電車やバス、タクシーは駄目だった。
プロダクションは学校から17kmほど。
到着には3時間弱かかる。だけど、それがよかった。
途上でボクは“ごめん”の意味を考えていた。
彼の言葉の意味が、ボクにはまるで理解できなかった。
過去を償うための“ごめん”か、
これから起こることへの“ごめん”なのか。
後者だとしたら、“さようなら”と捉える方が正確かもしれない。
ボクはプロデューサーと共に歩む自信を喪失していた。
けれど、彼以外と一から関係を築く計算もろくにできなかった。
大通りを避けて歩いていたからか、話しかけてくる者はいない。
ボクはそのことが不思議と悲しかった。
誰にも見つけてほしくないのに、誰かに見ていてもらいたい。
前者は生理的な、先天的な気持ちで、
後者は、いわば職業病のようなものかもしれない。
道端で、ボクは叫び出しそうになった。
プロダクションについたのは、空がオレンジ色から、
黒々とした紫色に変わった頃だった。
ボクは、途中でスニーカーを買わなかったことを後悔した。
靴擦れがひどく、純白のソックスに赤黒い、
形容しがたい模様ができていた。
美城プロダクションは、ゴシック建築の様式を倣ってつくられている。
ホールには、高齢者・身障者に不寛容な長さの階段がある。
一段を登ると、冷たい汗が背筋を下へとなぞった。
足取りが落ち着かず、ふらふらしている。
まるで無理な減量をしたボクサーのような気持ちだ。
足がひどく痛む。血が噴きだす。
途中で、美城の女性社員に声をかけられた。
「こんにちは」
ボクは彼女のことを知らないが、彼女はボクのことを知っているようだ。
「大丈夫ですか。様子がおかしいですよ」
全てがカタカナのような、極めて事務的な声色だった。
「魔法がね」
ボクは答えた。
「魔法がね、早く解けすぎたみたいなんだ」
相手は、怪訝な顔をした。
プロデューサーは総務課にいるという。
本館の6階、廊下の突き当たりだ。
エレベーターを使うことはできず、ボクは這々の態で6階まで登りきった。
墜ちていく。
喉がカラカラに乾いて、視界にフラッシュを焚かれている。
再び、こめかみに痛みを覚えた。
踏切だ。ボクは、踏切の上に立っている。
このままじゃ電車がやってくる。
ボクは座り込んで、廊下の奥の扉を見つめていた。
もうすぐだ。もうすぐ……。
そう思ったとき、総務課から人が吐き出されてきた。
目と目が逢う。
“ごめん”。ボクは小さく呟いた。
二宮飛鳥は台無しにされた。
他の誰でもない、ボク自身がそうした。
「アイドルを…」
ボクは、アイドルを辞める。
そう言おうとした。できなかった。
ボクは震え上がっていた。
プロデューサーにじゃない。
アイドルでなくなった自分の未来に。
ボクからドレスを剥ぎ取ったら、何が残る。
ボクからドレスを剥ぎ取ったら、何が残る。
窮屈なローファーを履いて、黒板の前に立つのか。
そして顔を伏せて、「わかりません」と言って、
自分の席に戻って、縮こまる。
いやだ。
貯めたお金で、誰もボクのことを知らない国へ行って、
誰とも関わらず、孤独に生きるか。
すべてに怯え切って、「ボクは何も知らない」という顔をして、
ロッキングチェアに腰をかけて、外をまぶしそうに眺める。
いやだ。
「ボクを…、ボクをアイドルにしてくれ」
泣きそうな声が出た。
「もう一度ボクをアイドルに…」
戻ることができないなら、やり直したい。
プロデューサーは、俯いて、
首を左右に弱々しく振った。
そして、力が抜けたように崩れ落ちた。
ボクは悟った。
本当に、台無しになった。
二宮飛鳥は今、本当に台無しになった。
おわり
元スレ
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/
アイドルになって2年目の夏、ボクは台無しにされた。
5: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)00:28:34 ID:84y
原因は背伸びと好奇心。
結果は後悔と、悲しみと、取り返しのつかない傷。
“事”の発端は16という数字。
2の4乗だったり、ポンドが16進法だったり。
アメリカ合衆国の、16代目大統領がエイブラハム・リンカーンだったり…。
そして、女性が結婚できる年齢だったりする。
6: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)00:33:50 ID:84y
「飛鳥は来年16か」
そうプロデューサーに言われたとき、ボクは不意にドキっとした。
将来の夢がお嫁さんなんてさ、
頭の中が見下げ果てる程フラワーでハッピーだった頃、知った。
女の子は、16歳になったら……。
8: 名無しさん@おーぷん 2018/05/14(月)14:56:53 ID:84y
ボクが濃密な時間を共に過ごす異性といったら、
父親以外にはプロデューサーしかいない。
ボクは、疑いようもなく彼に依存していた。
こっちが少々痛いところのある小娘だからって、
ボクの話を無視したりしなかった。
そして、そんな小娘でも、世界が変えられるって
教えてくれたから。
9: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)00:06:03 ID:cG4
だから、ボクはプロデューサーに聞いた。
「それは、ボクと結婚したいってことかな?」
精一杯、冗談めかして聞いたんだ。
そしたら、プロデューサーはなんだか変な目でボクを見て、黙った。
気まずくなって、話はそこで流れた。
その日から、始まったんだと思う。
いや、終わっていたのかも。
まどろっこしい言い方だけれど…。
10: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)00:13:19 ID:cG4
ボクの高校はアイドル活動に理解があって、
いや、そういう高校を選んだんだけど、
なにかとユウヅウを利かせてくれた。
好きなだけ休ませてくれるってわけじゃないけど、
授業に出ないことをとがめることもなく、
補修を組んでくれるし、
委員会にも、部活にも入らなくてよかった。
でも、高校生をサボっていたツケは、
浅からぬ痛みをボクに与えた。
11: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)00:26:05 ID:cG4
学校には居場所がなかった。
当然だ。作らなかったんだから。
ボクはライブ会場を観客で埋めることはできたけれど、
クラスメイトとの距離を埋めることはできなかった。
思い出したように学校に行って…すっかり置いてけぼりになった授業を
形だけは真面目に聞いていた。
落第はしなかったけど、成績は下から数えたほうが早かった。
ボクには高校生とアイドルを両立する気が無かった。
中退してもいいとすら思っていた。
社会に出るための準備?
いい大学に行くため?
いい仕事にありつくため?
ボクはもう、立派に稼いでいる。
アイツらとはちがう。
でも、ほんとうは。
ほんとうはもっと…。
12: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)00:32:21 ID:cG4
試験のヤマを張り合ったり。
くだらないおしゃべりを、みんなとしながら
文化祭の準備をしたり。
隣のクラスの誰々がカッコイイとか、気になるとか…。
そういうことをしたかった。
するべきだった。
いや、できたのに。
ボクはつまらない意地を張って、壁をつくって、
自分がクラスメイトより、いかに優れているか。
そんなことばかり考えるようになってた。
15: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)18:25:46 ID:cG4
ボクは、相手からすれば思いもよらないような、
あやふやなで虚しい劣等感にまみれていた。
そんなボクは、聞いてしまった。
クラスメイトのオンナの子が、彼氏と初体験を済ませた、という話を。
その子が、自慢げに話している様をボクは見た。
“当てつけか”と思った。イライラした。
アイドルが恋愛禁止だと知っていて、そういう話をボクのちかくでしたのか。
そんなわけがない。
当たり前の女子高校生のちかくに、当たり前でないやつがいただけだ。
ボクはムカついて、乱暴に席を去った。
馬鹿にしやがって。
16: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)18:43:36 ID:cG4
その日の放課後、ボクはプロデューサーに電話をかけて、
自分で行けるはずのスタジオまで、わざわざ送ってもらうことにした。
べっとりとした黒色のセダンの車内で、信号待ちの時、
ボクはプロデューサーに言った。
「おかしなことになっている」
「なにが…」
返事がくる前に、
彼の首を後ろにねじり上げるようにして、唇を重ねた。
ロマンチックの欠片もなく、トキメくこともなかった。
ただ息苦しかった。
17: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)19:03:12 ID:cG4
「ボクは、おかしなことになっている」
唇を離したあと、ボクは言った。
プロデューサーは何も言い返さなかった。
正直に打ち明けると、ボクはプロデューサーを心底、
自分の全てを捧げてもいいってくらい、
好きなわけじゃなかった。
でも、彼なら大丈夫だって思った。
何もなかったことにしてくれるって、そう思っていた。
18: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)19:23:15 ID:cG4
そして彼が黙っていたから、ボクは引き返す機会を見失ってしまった。
2人きりの時は、息苦しいキスをした。
2人きりでなくとも、しきりに彼の身体に触れた。
冗談ですむ場所を選んで。
もっと過激なスキンシップをしているアイドルもいたから、
ボクら…いや、ボクの行為は大した問題にならなかった。
けれども、ボクが勝手に抱えこんだ劣等感という問題は、
一向に解決の兆しを見せなかった。
背中をなぞっても。指にふれても。
髪を撫でても、胸の奥で、砂の混じった風が叫んでいる。
ちがう、そうじゃない。
19: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)19:37:10 ID:cG4
ボクのスキンシップは、からっぽだ。
意味がない。価値がない。
血が通っていない。あったかくない……。
むしろ、すればするほど、何かが喪われていくような気さえした。
ボクは解を求める順番も、使う公式も、滅茶苦茶だった。
もっと、数学をきちんと勉強しておけばよかったのかな。
20: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)19:47:39 ID:cG4
ついにボクは、間違った解にたどりついてしまった。
美城プロダクションの東棟、地下2階、予備資材室。
あまり人気のない、かつ、
アイドルとプロデューサーが
長時間2人っきりでいても言い訳がつく場所。
夏なのに 、ひどく底冷えする部屋だった。
21: 名無しさん@おーぷん 2018/05/15(火)19:51:35 ID:cG4
※ここから人によっては不快になるシーンがあります。
ここまでの文章で、「こんなのは飛鳥じゃない」「腹が立つ」「気持ち悪い」
と感じた方はブラウザバック推奨です。
22: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)00:03:54 ID:Trt
建て付けの悪いドアは、小さな悲鳴をあげて開いた。
中には、いつ使われたのか分からない看板や、
誰がどのイベントで着たのか、判別がつきかねるほど古びた衣装、
再生できるのか怪しいフィルム、
元がなんだったのか分からない布切れが散乱していた。
不思議と埃は舞っていなかった。
「さて」
ボクは、大人しくついてきたプロデューサーの方を向いた。
「どう、しようか」
声が震えていた。
延髄からつま先に、
鉄棒がつきぬけたみたいに、身体がぎこちなかった。
23: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)00:21:52 ID:Trt
この期に及んで、ボクはプロデューサーに甘えていた。
なんとかしてよ。
彼はボクの服に手をかけた。
ボクは、空のように白いワンピースを着ていた。
襟を広げられると、あっけなく、それは落ちた。
寒かった。
やがて、へその下の方で、赤熱したクギがゆっくりと、
肌と肉の隙間を焼いた。
24: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)00:33:23 ID:Trt
激痛が、ボクの甘い幻想を黒く焦がして、現実に引き戻した。
やめて、とプロデューサーに頼んだ。
冷たい汗と血が、床を汚した。
彼は止まれなかった。
彼の理性も焼け焦げていたのかもしれない。
ボクは叫んで助けを呼ぶことはしなかった。
誰かがやって来たら、いままでの全てが水の泡になると、
頭が妙に冷静だった。
けれども、身体は動揺を隠せていなかった。
ボクは昼食のメニューを再び目にすることになった。
25: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)00:39:45 ID:Trt
部屋の外に出たとき、そばには知らない男がいた。
そして、ボクはボクじゃなかった。
ひどい頭痛がした。
頭の中で、踏切の音が鳴り続いているような。
廊下には、他に誰もいなかった。
地上までの階段がやけに遠く感じた。
28: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)21:39:55 ID:Trt
家に帰った時は、ボクは努めて平静を装った。
演技レッスンの賜物だろうか、父さんも母さんも、
至極いつもどおり、実の娘に接してくれた。
ボクは1週間ほど仕事も学校も休んだ。
熱が出た。身体の節々がギシギシと軋んでいた。
ベッドの上で、プロデューサーのことを考えた。
尊敬と信頼が、気後れと警戒に取って代わっていた。
ボクはその気持ちが一過性であることを祈った。
29: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)21:49:40 ID:Trt
ゴールデンウィークならぬ、シルバーウィークならぬ、
青く錆びついた銅色の一週間を過ごした後、
ボクはいつになく殊勝な顔をして登校した。
補修をどうしようか。そういう気持ちだった。
教室の扉をまたいだ時、クラスメイト達はちらりとボクの顔をみたけれど、
そこから誰に声をかけられるでもない。
教室の人波をすいすいと避けて、ボクは自分の席に着いた。
30: 名無しさん@おーぷん 2018/05/16(水)21:58:06 ID:Trt
異変が始まったのは、担任による出席確認が行われたときだった。
その男は30半ばの、ちょうどプロデューサーと同じ世代の年齢だった。
彼が、二宮飛鳥、と呼んだとき、ボクの頭の中で踏切の音がした。
こめかみがじくじくと、血を流しているような感覚を覚えた。
汗が目尻にたまって、顎から落ちるとき、ボクはようやく、
絞り出すように返事をした。
31: 名無しさん@おーぷん 2018/05/17(木)00:10:13 ID:shF
ボクがいつも通り気だるげにしていると思って、気にかけることはない。
それに対して、場違いな苛立ちをおぼえた。
窓から吹き込む7月のセミの鳴き声だけを聴いて、高校生をやり過ごした。
放課後、プロデューサーにLINEした。
電話をする度胸がなかった。
“おかしなことになっている”
ボクは繰り返した。
“二宮飛鳥は、おかしなことになっている”
32: 名無しさん@おーぷん 2018/05/17(木)00:29:20 ID:shF
既読がついて、小1時間くらいした後、
“ごめん”と返信があった。
責めているつもりはなかったのに。
なんだか可笑しかった。
可笑しくて、階段の踊り場に座りこんで、膝を抱えた。
あの部屋みたいに、床がつめたかった。
35: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)22:10:13 ID:kza
ボクはアンドロフォビアになってしまった?
そんなアイドルがどこにいる?
ライブはどうする? バラエティは?
入院するか? 治るのか?
何日かかる? その間の活動は…。
ボクは恐慌状態に陥っていた。踏切の音がした。
36: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)22:22:28 ID:kza
自分1人の問題で片がつかないことは、
この、16歳の小娘にだってわかる。
相談しなくちゃいけないだろう。信頼のできる大人に。
ボクがもっとも信頼している大人に。
プロデューサー…。
情けない声が、リノリウムの床に吸い込まれた。
37: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)22:40:11 ID:kza
ボクはプロダクションに歩いて向かった。
電車やバス、タクシーは駄目だった。
プロダクションは学校から17kmほど。
到着には3時間弱かかる。だけど、それがよかった。
途上でボクは“ごめん”の意味を考えていた。
彼の言葉の意味が、ボクにはまるで理解できなかった。
38: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)22:51:46 ID:kza
過去を償うための“ごめん”か、
これから起こることへの“ごめん”なのか。
後者だとしたら、“さようなら”と捉える方が正確かもしれない。
ボクはプロデューサーと共に歩む自信を喪失していた。
けれど、彼以外と一から関係を築く計算もろくにできなかった。
39: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)23:03:30 ID:kza
大通りを避けて歩いていたからか、話しかけてくる者はいない。
ボクはそのことが不思議と悲しかった。
誰にも見つけてほしくないのに、誰かに見ていてもらいたい。
前者は生理的な、先天的な気持ちで、
後者は、いわば職業病のようなものかもしれない。
道端で、ボクは叫び出しそうになった。
40: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)23:27:05 ID:kza
プロダクションについたのは、空がオレンジ色から、
黒々とした紫色に変わった頃だった。
ボクは、途中でスニーカーを買わなかったことを後悔した。
靴擦れがひどく、純白のソックスに赤黒い、
形容しがたい模様ができていた。
美城プロダクションは、ゴシック建築の様式を倣ってつくられている。
ホールには、高齢者・身障者に不寛容な長さの階段がある。
41: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)23:43:11 ID:kza
一段を登ると、冷たい汗が背筋を下へとなぞった。
足取りが落ち着かず、ふらふらしている。
まるで無理な減量をしたボクサーのような気持ちだ。
足がひどく痛む。血が噴きだす。
途中で、美城の女性社員に声をかけられた。
「こんにちは」
ボクは彼女のことを知らないが、彼女はボクのことを知っているようだ。
42: 名無しさん@おーぷん 2018/05/18(金)23:50:18 ID:kza
「大丈夫ですか。様子がおかしいですよ」
全てがカタカナのような、極めて事務的な声色だった。
「魔法がね」
ボクは答えた。
「魔法がね、早く解けすぎたみたいなんだ」
相手は、怪訝な顔をした。
43: 名無しさん@おーぷん 2018/05/19(土)19:31:10 ID:iTn
プロデューサーは総務課にいるという。
本館の6階、廊下の突き当たりだ。
エレベーターを使うことはできず、ボクは這々の態で6階まで登りきった。
墜ちていく。
喉がカラカラに乾いて、視界にフラッシュを焚かれている。
再び、こめかみに痛みを覚えた。
踏切だ。ボクは、踏切の上に立っている。
このままじゃ電車がやってくる。
44: 名無しさん@おーぷん 2018/05/19(土)19:47:59 ID:iTn
ボクは座り込んで、廊下の奥の扉を見つめていた。
もうすぐだ。もうすぐ……。
そう思ったとき、総務課から人が吐き出されてきた。
目と目が逢う。
“ごめん”。ボクは小さく呟いた。
二宮飛鳥は台無しにされた。
他の誰でもない、ボク自身がそうした。
45: 名無しさん@おーぷん 2018/05/19(土)20:01:46 ID:iTn
「アイドルを…」
ボクは、アイドルを辞める。
そう言おうとした。できなかった。
ボクは震え上がっていた。
プロデューサーにじゃない。
アイドルでなくなった自分の未来に。
ボクからドレスを剥ぎ取ったら、何が残る。
46: 名無しさん@おーぷん 2018/05/19(土)20:09:53 ID:iTn
ボクからドレスを剥ぎ取ったら、何が残る。
窮屈なローファーを履いて、黒板の前に立つのか。
そして顔を伏せて、「わかりません」と言って、
自分の席に戻って、縮こまる。
いやだ。
貯めたお金で、誰もボクのことを知らない国へ行って、
誰とも関わらず、孤独に生きるか。
すべてに怯え切って、「ボクは何も知らない」という顔をして、
ロッキングチェアに腰をかけて、外をまぶしそうに眺める。
いやだ。
47: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)20:22:15 ID:mhn
「ボクを…、ボクをアイドルにしてくれ」
泣きそうな声が出た。
「もう一度ボクをアイドルに…」
戻ることができないなら、やり直したい。
プロデューサーは、俯いて、
首を左右に弱々しく振った。
そして、力が抜けたように崩れ落ちた。
48: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)20:42:51 ID:mhn
ボクは悟った。
本当に、台無しになった。
二宮飛鳥は今、本当に台無しになった。
49: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)20:42:59 ID:mhn
おわり
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/