【飛鳥の地方巡業】 かりんとう饅頭 黒まるこ
52: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)20:49:30 ID:mhn
・グルメもの
・飛鳥は静岡中部あたりの出身という設定
・このスレは全ての話がパラレルワールドということでお願いします
ライブの会場の裏口に、「おかえり」という横断幕が飾り立ててあって、
ボクは苦笑した。
今、ボクは『二宮飛鳥帰郷ツアーライブ』の途上にいる。
今、ボクは見も知らぬ土地にいる。
ボクが生まれたのは静岡県の中部。
そしてここは西部。
足を踏み入れたこともなければ、知り合いもいない。
時計の針を少し逆戻せば、
この街は“二宮飛鳥”なる人間の存在を把握していなかっただろう。
それが少し有名になると、“県の誇り”だとか、
“故郷に錦を飾る”とか言い出すのだから、
まったく不思議な心持ちがする。
さながら気分は、かのノーベル文学賞作家だ。
ツアーバスの外からも、
しきりに「おかえり」、「おかえり」という声が聞こえる。
ボクはウィンドウを開けて、手を振った。
歓声が上がった。
ファンが喜んでくれるのは嬉しいけれども、なんだか複雑だ。
こちらが嘘をついてるような感覚を覚える。
控え室に向かうまでの通路も、
帰郷を祝うメッセージカードで埋め尽くされていた。
その一枚一枚を浅くなでるようにして、歩く。
「ただいま詐欺」
そんな言葉が口から飛び出して来た。
あくまで、ツアーを企画したのはこちら側だから。
控え室は目に優しくない量の花束で埋め尽くされていた。
もちろん、その全てにメッセージが添えてある。
……ライブは精一杯盛り上げるとしよう。
テーブルには菓子が盛られた籠がある。
明らかに1人で食べる量を超えていた。
美味しいから大丈夫だよ…。
そんな声がどこかから聞こえる。
昼食はもう済ませてきたけど、
ライブの前に燃料を追加するのも悪くない。
籠の中の、白い小袋をつまみあげる。
袋の真ん中には『黒まるこ』という名前が記されている。
「まるこ…」
一文字違えば問題ないのかもしれない。
袋全体を揉んでみると、感触が割に堅い。
袋を破いてみると、つやつやと光った饅頭が手のひらに転がりこんできた。
色は黒茶。鼻に近づけると、黒糖の香りがする。
その時、少し嫌な予感がした。
ひょっとして、皮自体が結構甘くて、
中身の餡はかなり甘くできているんじゃないか。
苦く淹れたコーヒでもあればいいけど、
生憎今日のお供は緑茶とスタドリだ。
ねばっこく甘みが口に残るのは好ましくない。
だけど、出されたものを無視するほど人間が出来ちゃいない。
「がっかりさせくれるなよ…」
意を決して、齧る。
ザックリだ。食感は、ザクザクとしていて、香ばしい。
皮はほんのりと苦い。
「裏切り、か」
中に入っている餡はしっとりとしている。
こしあんだ。
黒糖の香りが口いっぱいに広がる。
だけど甘みのボリュームはちょうどよく、後に引かない。
だから、二口目にうんざりしない。
食べ終わった後にもたれない。
つい、もう一袋に手が伸びる。封を破る。
「美味しいから___大丈夫さ」
多分……。
結局、ボクは瞬く間に4個の饅頭を片付けてしまった。
5個目に手が触れたとき、お呼びがかかった。
会場のチェックに立ち会って欲しい…。
機材の知識や何がしかの権限があるわけでもない、
無力な14歳が何を見るというのだろう。
とはいえ、仕事だ。
小娘が首を縦に振って彼らが安心するのなら、そうしよう。
舞台は、申し訳ないが、
大都市のスタジアムに比べると慎ましい印象を受けた。
だが、それゆえに座席1つ1つに目が通る。
スタッフがマイクを手渡してきた。
音声チェックをお願いします…。
ボクが最も苦手とする行為だ。
あー、あー、というのはなんだか間が抜けている。
かといって、歌うのは熱を逃してしまう。
なんだか。
無意識に、唇を舐めていた。
さっきの饅頭の味がすこし残っていた。
数分前の自分の姿を想像した。
あまり上品とは言えないシーンが思い浮かんだ。
「くくっ…」
忍び笑いがマイクを通して、会場に小さく響いた。
もっと大きな声でお願いします…。
スタッフからそう頼まれたので、
ボクは会場を埋め尽くす観客を想像し、叫んだ。
「ただいま!
そして……初めてまして”、だ!!」
おわり
元スレ
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/
・グルメもの
・飛鳥は静岡中部あたりの出身という設定
53: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)20:50:12 ID:mhn
・このスレは全ての話がパラレルワールドということでお願いします
54: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:10:47 ID:mhn
ライブの会場の裏口に、「おかえり」という横断幕が飾り立ててあって、
ボクは苦笑した。
今、ボクは『二宮飛鳥帰郷ツアーライブ』の途上にいる。
今、ボクは見も知らぬ土地にいる。
ボクが生まれたのは静岡県の中部。
そしてここは西部。
足を踏み入れたこともなければ、知り合いもいない。
55: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:11:05 ID:mhn
時計の針を少し逆戻せば、
この街は“二宮飛鳥”なる人間の存在を把握していなかっただろう。
それが少し有名になると、“県の誇り”だとか、
“故郷に錦を飾る”とか言い出すのだから、
まったく不思議な心持ちがする。
さながら気分は、かのノーベル文学賞作家だ。
56: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:16:07 ID:mhn
ツアーバスの外からも、
しきりに「おかえり」、「おかえり」という声が聞こえる。
ボクはウィンドウを開けて、手を振った。
歓声が上がった。
ファンが喜んでくれるのは嬉しいけれども、なんだか複雑だ。
こちらが嘘をついてるような感覚を覚える。
57: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:22:34 ID:mhn
控え室に向かうまでの通路も、
帰郷を祝うメッセージカードで埋め尽くされていた。
その一枚一枚を浅くなでるようにして、歩く。
「ただいま詐欺」
そんな言葉が口から飛び出して来た。
あくまで、ツアーを企画したのはこちら側だから。
58: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:36:51 ID:mhn
控え室は目に優しくない量の花束で埋め尽くされていた。
もちろん、その全てにメッセージが添えてある。
……ライブは精一杯盛り上げるとしよう。
テーブルには菓子が盛られた籠がある。
明らかに1人で食べる量を超えていた。
美味しいから大丈夫だよ…。
そんな声がどこかから聞こえる。
59: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:43:46 ID:mhn
昼食はもう済ませてきたけど、
ライブの前に燃料を追加するのも悪くない。
籠の中の、白い小袋をつまみあげる。
袋の真ん中には『黒まるこ』という名前が記されている。
「まるこ…」
一文字違えば問題ないのかもしれない。
60: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:45:23 ID:mhn
袋全体を揉んでみると、感触が割に堅い。
袋を破いてみると、つやつやと光った饅頭が手のひらに転がりこんできた。
色は黒茶。鼻に近づけると、黒糖の香りがする。
その時、少し嫌な予感がした。
ひょっとして、皮自体が結構甘くて、
中身の餡はかなり甘くできているんじゃないか。
61: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:51:07 ID:mhn
苦く淹れたコーヒでもあればいいけど、
生憎今日のお供は緑茶とスタドリだ。
ねばっこく甘みが口に残るのは好ましくない。
だけど、出されたものを無視するほど人間が出来ちゃいない。
「がっかりさせくれるなよ…」
意を決して、齧る。
62: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)21:57:58 ID:mhn
ザックリだ。食感は、ザクザクとしていて、香ばしい。
皮はほんのりと苦い。
「裏切り、か」
中に入っている餡はしっとりとしている。
こしあんだ。
黒糖の香りが口いっぱいに広がる。
だけど甘みのボリュームはちょうどよく、後に引かない。
63: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)22:06:43 ID:mhn
だから、二口目にうんざりしない。
食べ終わった後にもたれない。
つい、もう一袋に手が伸びる。封を破る。
「美味しいから___大丈夫さ」
多分……。
結局、ボクは瞬く間に4個の饅頭を片付けてしまった。
64: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)22:13:59 ID:mhn
5個目に手が触れたとき、お呼びがかかった。
会場のチェックに立ち会って欲しい…。
機材の知識や何がしかの権限があるわけでもない、
無力な14歳が何を見るというのだろう。
とはいえ、仕事だ。
小娘が首を縦に振って彼らが安心するのなら、そうしよう。
65: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)22:22:06 ID:mhn
舞台は、申し訳ないが、
大都市のスタジアムに比べると慎ましい印象を受けた。
だが、それゆえに座席1つ1つに目が通る。
スタッフがマイクを手渡してきた。
音声チェックをお願いします…。
ボクが最も苦手とする行為だ。
あー、あー、というのはなんだか間が抜けている。
かといって、歌うのは熱を逃してしまう。
66: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)22:26:08 ID:mhn
なんだか。
無意識に、唇を舐めていた。
さっきの饅頭の味がすこし残っていた。
数分前の自分の姿を想像した。
あまり上品とは言えないシーンが思い浮かんだ。
「くくっ…」
忍び笑いがマイクを通して、会場に小さく響いた。
もっと大きな声でお願いします…。
スタッフからそう頼まれたので、
ボクは会場を埋め尽くす観客を想像し、叫んだ。
「ただいま!
そして……初めてまして”、だ!!」
67: 名無しさん@おーぷん 2018/05/21(月)22:26:16 ID:mhn
おわり
二宮飛鳥単独合同SS会場
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1526223834/