1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:21:55.24 ID:uZk/g31A0
2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:23:28.65 ID:uZk/g31A0
――突然だが。私、牧瀬紅莉栖は岡部倫太郎が大好きだ。
どのくらい好きかといえば、帰国から一週間待たずに日本へ帰るくらいに。
あの時は岡部がすっかり拗ねてしまったため、無理矢理叩き起こす為に帰ってきた。
用事が済めば直ぐに帰国する…はずだった。
アメリカ 某所
上司「クリス。とりあえず半年くらい日本に居なさい」
紅莉栖「え?いえ、事が済み次第、帰国して研究を…」
上司「君の才能に頼って、我々の研究は大きく前進した。君も個人を犠牲にして私達に協力してくれたんだ。このあたりで休憩にしてはいかがかな」
紅莉栖「…私は用済みというわけですか?」
上司「そうは言っていないさ。君が居なくなれば、研究は凍結だ。それでも…これまで協力してくれた君に、少しばかり休んでもらいたいんだ」
紅莉栖「…心遣い感謝します」
上司「気にするな。君の席は何時でも開けてある。半年で足りないのであれば、更に延ばしても構わない」
破格の申し出に開いた口が塞がらないとは、この事か。それとも研究に没頭して休みなく働いた私へのご褒美なのか。
とにもかくにも。私は帰国から一週間待たずに日本へ帰ってきた。
岡部も何時もの調子を取り戻し、変わり無い日常が始まったのである。
ラボ
岡部「……」カタカタ
紅莉栖「……」チラッ
岡部「…ふむ」
紅莉栖「……りんたろー」ギュゥ~
岡部「おい、紅莉栖」
紅莉栖「なぁに?」
岡部「PCと俺の間に入るな。ディスプレイが見えない」
紅莉栖「え~…」
岡部「不満そうな声を出すな。あと俺の膝の上に乗っかるのは止めてください」
紅莉栖「いいじゃない…倫太郎ともっとイチャイチャしたいの」ギュゥゥ
岡部「そういう問題ではなくてだな…あと誰も居ないと分かると豹変っぷりが凄いな」
紅莉栖「そ、そんなことないわよ……たぶん」
岡部「とにかく俺はレポートを書かねばならん。悪いが後にしてくれ」
紅莉栖「…いや」プイッ
岡部「ハァ……5分だけな」
紅莉栖「うんっ」ギュゥゥゥ
ガチャッ
ダル「WAWAWA忘れ物~……のわっ!?」
岡部・紅莉栖「………」
ダル「……お楽しみのところ失礼しましたお」バタンッ
岡部「ち、違うぞダル! 決してあれやこれやをしていたわけではないのだからな!!」
紅莉栖「そうよ誤解しないで!ちょっとだけ岡部とキャッキャウフフしようなんて思ってないんだからね!!」
ダル「隠さなくていいお。あと牧瀬氏が完全に自爆した件」
岡部「…紅莉栖」
紅莉栖「…あ」
ダル「そ、それじゃぁごゆっくりぃぃっ!!」ダッダッダ
岡部「……」
紅莉栖「……」ギュゥゥッ
岡部「何事もなかったかのように再開するな!!」
紅莉栖「5分だけって言われたから、最大限利用しなきゃなんだぜ」グッ
岡部「親指を挙げられてもな…」
牧瀬紅莉栖と付き合い始めて数週間が経った。最初はぎこちなかった関係も徐々に改善されていった。
ダルの言葉を借りるなら、「牧瀬氏の『これが私の全デレ全開』」という状態なのだろう。ただし、誰もいない状況に限る。
紅莉栖「……」クンカクンカ
岡部「匂いを嗅ぐな。犬かお前は」
紅莉栖「え…だって倫太郎の匂いを今のうちに充填しておかないと」
岡部「はっはっはっ、紅莉栖はHENTAIさんだな」
紅莉栖「そうね。倫太郎の前ではHENTAIでいいかもね」テヘペロ
岡部「……(どうしてこうなった)」
紅莉栖『このマシンを作ったのは私なのだぜ?』
紅莉栖『私が今一番欲しいのは、マイフォークである』
紅莉栖『ちょっと、何勝手に食べてるのよ、名前書いてあったでしょ。牧瀬って!』
ああ。聡明で。いつも俺を支えてくれて。素晴らしい論理展開で痺れさせてくれた牧瀬紅莉栖はどこに行ったのだろう…少しばかり目から塩水が流れそう。
紅莉栖「どうしたの? 泣いてるの?」
岡部「何でもない…何でもないんだ…」
すみません今から運転するんで、20分くらい保守お願いします
素直になるのは難しいことだ。と私は思う。
本心では倫太郎に甘えたい。でも他人の前では素気なくなってしまう。まゆりのように素直に甘えることができれば、と何度思ったことか。
たぶん。他の人の視線に晒され、好奇の目で見られるのが嫌なんだろう――違う。難しい言葉で誤魔化そうとしているだけ。
単純に恥ずかしいのだ。羞恥心さえなければ人目を憚らずイチャイチャできるはずなのだ。それでも――
数日後 ラボ
まゆり「ダルくんダルくん。お弁当作ってきたんだ~」
ダル「マジで? まゆりが僕の為?」
まゆり「そうだよ。今朝も早起きして作ってきたのです」
ダル「朝早くから僕の為に…胸が熱くなるお」
まゆり「は~いダルくん。あ~ん」
ダル「あ~ん…(モグモグ)…美味しいお、まゆり」
まゆり「じゃあね、今度はこれ」
ダル「まゆりの作ったものならどれも美味しいに決まってるお」キリッ
キャッキャッ
紅莉栖「…岡部」キラキラ
岡部「ちょっと、サンボに行ってくる」
紅莉栖「え、待って…」ガシッ
岡部「な、何だ…クリスティーナ」ざわ…ざわ…
紅莉栖「クリスティーナ禁止…あのね、私もお弁当作ってきたんだ。よかったら…」
岡部「待て。お前はホテル暮らしだろう? 何処で作ったんだ!?」
紅莉栖「細けぇこたぁいいんだよ!…さ、食べて」パカッ
この時、岡部に電流走る…! 圧倒的…! 圧倒的なまでの肉…!
仕切りを飛び越えて溢れんばかりに自己主張する肉…! 白米のあったであろうスペースでさえ侵入し、占拠する肉塊…!
紅莉栖「男の人ってお肉好きだって聞いたから…頑張ってみたんだけど…」
岡部「…ああ」ざわ…ざわ…
岡部、状況を理解…! 全力で攻める…! 渡された箸を握り、盛られた肉塊へ突っ込み、頬張る…!
岡部「……ぐっ」
再び岡部に電流走る…! 未知の領域…! 人類には再現できない味…!
紅莉栖「どう…? 美味しい?」
岡部「ああ…」
一口食べただけで胃が後続を拒絶…! 胃液が逆流し、異物を取り除こうと押し上げる…!
紅莉栖「よかった…まだあるから、どんどん食べてねっ」
辛うじて嚥下した岡部に降りかかる絶望…! 岡部、絶体絶命…!!
紅莉栖「あ、そうだ。岡部」
岡部「…?」
紅莉栖「あ、あ~ん…」
岡部「」グニャァ
ダル「何かオカリン、鼻とか顎とか長くなってね?」
まゆり「オカリン優しいから完食できると思うな…はい、ダルくん。あ~ん」
ダル「あ~ん」
まゆり「美味しい?」
ダル「もちのろんだお」
初めて誰かのためにお弁当を作った。これまで作ったことは無かったし、緊張した。
相手は倫太郎だ、緊張もする。料理本を片手に一生懸命作った。ちょっと作りすぎて重箱がいっぱいになったけど、倫太郎は美味しいって食べてくれてた。
勇気を出して「あ~ん」をやってみた。ヤバイ。本当にヤバイ。どれくらいヤバイかという世界がヤバイ。
恥ずかしいとかいうレベルじゃない。こんなことを新婚とかカップルはやっているのか…って倫太郎も固まってるし。
おずおずと私のフォークから食べてくれた。相変わらず箸の扱いには慣れないから、ポロポロと落としてしまうのだけは防がないと。
美味しいと笑顔で食べてくれる倫太郎を見ているとなんだか幸せになる。よし、明日も作ってこよう…。
岡部「喰いすぎた…」
まゆり「凄いね~オカリン。あのお弁当全部食べちゃうんだもん」
ダル「重箱三段全部完食とか、あんた漢だよ…」
岡部「思い出させるな…今もフラッシュバックして…ウプッ」ダッダッダ
ダル「牧瀬氏が帰った後で良かったんじゃね? 今洗面所でリバースしてるところ見られたら世界がヤバイっしょ」
岡部「おううぇぇぇぇっ」リバース
まゆり「そんなにダメだったの?オカリン」
岡部「……カレーに林檎を丸々入れるような奴の作った味だぞ…まともな訳が…うっ」リバース
ダル「それを全部食べたんだからオカリンマジ神だお」
まゆり「オカリン優しいからねぇ…紅莉栖ちゃん喜んでたよ。オカリンが美味しい美味しいって食べてくれたって」
岡部「紅莉栖の厚意を無駄には…うっ」リバース
まゆり「あと、明日もお弁当作ってくるって」
ダル「あ、それで早く帰ったんですね。分かります」
岡部「オレハ、ガンダムニハナレナ…」リバース
ダル「まゆり、ちょっとお願いがあるんだお…」
翌日 メイクイーンニャン×2
フェイリス「お帰りなさいませ、ご主人様…あ、キョーマだニャン」
岡部「フェイリス…か」
フェイリス「ど、どうしたんだニャ、キョーマ。なんだか虚ろな表情だニャ」
ダル「オカリン、昨日から何も食べてないんだお(食べても戻してるけど)――ちょっとここいらで何か食わせてあげたいんだお」
フェイリス「ダルニャンまで…分かったニャン。ご主人様2名お帰りだニャン」
岡部「すまない、ダル」
ダル「礼なんていいお。オカリン、マジで辛そうだったっしょ」
岡部「いや、そのようなことは」
ダル「牧瀬氏のお弁当三食セット」
岡部「オマエノシンジルカミハドコニイル…」
ダル「想像しただけで別世界の住人にトリップしそうなんだから、マトモな物食べた方がいいお」
岡部「だが何故メイクイーンニャン×2なのだ。別にサンボでもいいではないか」
フェイリス「お待たせしましたニャ~ン」
ダル「おおう、フェイリスたん。今日も可愛いお。萌え萌えキュ~ンだお」
岡部「お前がフェイリスに会いたいだけだろう…」
フェイリス「ニャフフありがとうニャン。でもあんまり浮気してるとまゆしぃに言いつけるニャン」
ダル「そ、それは困るお…で、でもフェイリスたんを嫌いになれるわけが…」
フェイリス「冗談ニャ、分かってるニャン。まゆしぃはフェイリスの友達だし、ダルニャンやキョーマともラボメンなんだから嫌いになるわけないニャン」
ダル「フェイリスたん、マジ天使だお…」
岡部「スマンが、もう限界だ…」グギュルルル…
フェイリス「了解だニャン。お待たせ致しました、こちらが当店自慢の――」
同時刻 ラボ
まゆり「ここで塩コショウを振って」
紅莉栖「こう?」
まゆり「そうそう。あとは刻んだ野菜と一緒に炒めるのです」
紅莉栖「ありがとう。まゆりの説明は明快で分かりやすいわ」
まゆり「どういたしまして…オカリン、喜ぶと良いね」
紅莉栖「ええ…って、べ、別にアイツの為に作ってるわけじゃ…」
まゆり「分かってる、分かってるよ紅莉栖ちゃん。オカリンの為に頑張ってね」
紅莉栖「だ、だから…」
ラボへ行くと倫太郎と橋田は不在。まゆりに聞くとメイクイーンニャン×2に連れて行かれたそうだ。
フェイリスさんは倫太郎と意気投合できるみたいだし。橋田はそれをダシにフェイリスさんに会いに行ったのだろう。
紅莉栖「いいの、まゆり。橋田の奴、フェイリスさんに首ったけだって聞いたけど」
思っていたことをまゆりに聞いてみた。橋田の彼女であるまゆりはどう思ってるのだろう。
まゆり「ダルくんとフェリスちゃん? 同じラボメンの仲間だよ」
じゃなくて。橋田がフェイリスさんに浮気したらって話。
まゆり「…それはきっと悲しいことなのです。でもダルくんは言ってくれたんだよ?『僕はまゆ氏を泣かせたりしない、絶対に、絶対にだ』って…まゆしぃはその言葉を信じているのです」
不安じゃない?
まゆり「う~ん…そういう不安になることより、相手を信じてみる方がいいんじゃないかな?」
――強いわね。まゆりは
まゆり「強いのかなぁ?」
自分の二の腕をプニプニと触るまゆり。腕力的なことじゃなくて、精神的なことよ。
相手を信じる――か。も、もちろん倫太郎の事は信じてるわよ! 倫太郎に限って私を裏切るなんてことを想像できないからっ!!
まゆり「紅莉栖ちゃんもオカリンを信じてるんだよね?」
あ、当たり前でしょ…私が信じなくて誰が信じるのよ
まゆり「…オカリンこと、よろしくね。紅莉栖ちゃん」
…えっ? 今何を…
まゆり「お料理作るんだよね? まゆしぃに教えられることがあったら何でも教えるから聞いてね」
……ごめんなさい、まゆり。と私は心の中で謝る。
幼馴染として、倫太郎の人質として。長い間一緒にいたはずなのに。それをパッと出た私が奪ってしまったのだ。
倫太郎を思う期間も強さも、私よりもずっと強かったはずなのに。だから、ごめんなさいと私は謝るのだ。
まゆり「さ、れっつくっきんぐ~」
数時間後 ラボ
まゆり「今日の晩御飯はカレーライスなのです」
ダル「まゆりのカレーキタコレ! これで勝つる!!」
岡部「(やっと平穏の日々が…)」
まゆり「なんと今回は紅莉栖ちゃんのお手製なのです」
岡部・ダル「」
まゆり「ほんっとうに美味しいので、二人に食べてほしいのです」
紅莉栖「…ま、まゆり。そこまで褒めなくても…」カァァッ
岡部「」フカンゼンネンショウナンダロソウナンダロソウナンダロッテ…
ダル「」ソウジュウフカノウナンダロノバナシダロオワレナイダロ…
まゆり「さ、二人とも遠慮なく食べてね」
岡部「あ、ああ…」
ダル「い、いただきますお…」
岡部「トランザムッ!!」パクッ
ダル「ミエタ…!メイキョウノヒトシズク…!!」パクッ
まゆり「……」ニコニコ
紅莉栖「……」ドキドキ
岡部「……うまい」
ダル「これほんとに牧瀬氏が作ったん?」
まゆり「そうだよ~。いっぱいいっぱい練習したんだもんね」
紅莉栖「えっと…私、料理が苦手だから。まゆりに教わって作ってみたんだ…」
まゆり「基本的な事はすぐできたからね~教えるのは簡単だったよ。私もるか君からレシピ教わっただけだけど」
紅莉栖「出来たのはこれだけだけど…これからもっと覚えるつもり」
ダル「牧瀬氏、良いお嫁さんになれるお」
岡部「だな…精進するがいい、クリスティーナよ」
ダル「以上、未来の旦那のコメントですた」
岡部・紅莉栖「な、何を言ってるんだお前は…!」
まゆり「息ぴったりだね~。お似合いだよ二人とも」
岡部・紅莉栖「ま、まゆりまで…」
ダル「もうおまいらケコーンしてしまえお」
橋田は相変わらず一言多い。ただ悪気がないのも確かだ。PCやプログラムの方面でいえばおそらくラボ一の知識と技術を誇る橋田。
多用する@ちゃんねる語やネットスラングのせいでオタクとして敬遠されているらしいけれど。実際に話をしてみるとマイナスイメージは殆ど払拭された。
それでもまだまだマイナス点は多いけれど――誰よりも優しいのではないか。普段の言動に隠された相手を思いやる心。空気が読めるところも含めて。
それがあったから、まゆりを繋ぎとめていてくれるのだろうか。
ダル「ん?牧瀬氏、僕の顔に何か付いてるのかお?」
っといけないいけいない。思わず凝視しちゃった。
ダル「ダメだお牧瀬氏。僕がいくらイケメンだからって惚れられちゃ困るお」
誰が惚れるか!あとイケメンの単語を10回くらググれっ!!
ダル「冗談だお。それにあんまり八方美人だとオカリン達に怒られてしまうんだお」
あ、当たり前だっ。あんまり調子に乗るなよ俗物っ!!
ダル「まあ、私はオカリンの嫁ですってアッピルしている人に手を出すわけないだろjk」
よ、嫁って…そんなまだ話が飛躍しすぎだって橋田ったら…
ダル「あーはいはい。牧瀬氏も案外顔に出るタイプだお。オカリンと末永く幸せにな」
――2ヶ月後。 そんな何時もの光景は。突然に瓦解するのである――
紅莉栖がアメリカに帰る日が迫ってきた。カレンダーの期日まであと三か月と少し。
その間、俺と紅莉栖は一緒に過ごすことが多かった。休日は二人で出かけ。放課となればラボに赴き、紅莉栖やラボメンと過ごす日々だった。
夏祭りでは紅莉栖が大量の金魚を掬い上げ、ダルの買ってきた金魚鉢に放り込んで飼っている。餌やりはまゆりが担当だ。
縁日の金魚なのですぐに死んでしまうものが大半だったが、生き残った何匹かはみるみる成長していく。そのうち鯉のようになるのではないか、とまゆりは興味津々だ。
秋は柳林神社で焼き芋を作った。ミスターブラウンが、知り合いの農家からいただいたものを貰った。不審火と間違われ消防が来ないかと冷や冷やしていたが、幸運にも焼きたての焼き芋を頬張ることができた。
るか子が集めてくれた落ち葉で焼いた焼き芋を皆で食べる。買い出しに出て来ていた萌郁やバイトへ行く途中のフェイリスを見つけてはおすそ分けだ。
どんな季節でも。紅莉栖と一緒に笑って過ごして来た。それが、もうすぐ終わるのだ。
本音を言ってしまえば別れたくはない。だが、相手はサイエンス誌に載る天才。比べて俺は凡人――ある能力を持っている事を除いては――常識的に考えて釣り合わない。
紅莉栖にも帰るべき場所があり、日本に留めておくことができないのだ。ならば――せめて、日本で居た事を、俺達と居たことを、その思い出を忘れてもらわないようにするために。
俺は、ある計画を決行することにした――誰にも悟られてはいけない。気付かれてはいけない――そんな一人だけの計画を。
キャンパス 中庭
ダル「オカリン~」
岡部「ダルか、どうした?」
ダル「いや、オカリン最近ラボにあんまりに来ないだろ。何かあったんかなって、皆心配してたお」
岡部「何、ちょっと実家の方が立て込んでてな。そっちの手伝いで忙しいんだ」
ダル「そうなん? まぁ無理に顔出せとは言わんけども…ひと段落ついたらまたラボに出てきてほしいんだお」
俺はとある理由からラボへ寄る時間が少なくなった。実家の手伝いというのもあながち間違いではない。青果店、大変だしな。
ダル「まゆりも心配してたし、牧瀬氏も元気なかったお」
俺が不在の今、ラボの管理をダルに任せている。管理と言っても施錠くらいなものだが。
岡部「分かった、また顔を出そう」
ダル「頼むお。ボク一人だと二人の相手をするのが大変なんだお…話題的な意味で」
確かにまゆりとは盛り上がりそうだが――紅莉栖とも盛り上がれるのか。
岡部「ここで女の子との話術を掴んでおけば将来的に役に立つだろうに」
ダル「いや僕はまゆり一筋なんで」(キリッ
岡部「そうだったな」
まゆり『オカリン。まゆしぃはもう大丈夫だから。オカリンはね、オカリンの為に泣いていいんだよ』
まゆりは自ら人質になることを止めた。もう俺を大丈夫だと、自分が居なくても心配ないと気付いた上で。
少なからず、俺と紅莉栖の仲を気にしていたんだろう。だから身を引いたんだ、と紅莉栖は言った。
それを察知した上でまゆりを引きとめたのはダルだ。今やダルとまゆりは良いカップルとして評判だ。
岡部「――まゆりを、頼んだ」
ダル「おーきーどーきー」
それだけを言い残して俺は駆け出した。携帯を開く、時間がなかった――。
ラボ
紅莉栖「……」ムゥ
まゆり「紅莉栖ちゃん…不機嫌そうだね」
ダル「そりゃオカリン居ないからっしょ」
最近、倫太郎がラボに来る頻度が減った。これまでは毎日のように来ていたのが一日、また一日と減っていき、週に半分ほどになった。
ふらっと顔を出したと思ったらソファーを占拠して居眠りをするのだ。全然構ってくれない。
実家まで押しかけようと思ったが、忙しいという話だったので迷惑を掛けまいと我慢した。
岡部「ふぁ…集まっているようだな」
紅莉栖「!」ファンッ!
まゆり「あ、オカリ~ン トゥットゥルー♪」
ダル「久しぶりじゃね。あと相変わらず寝不足みたいじゃね?」
岡部「まぁな。まゆり、悪いがソファーを借りるぞ」
まゆり「どーぞ…今日もうーぱクッション貸してあげるね」
岡部「助かる…」
倫太郎はふらふらとソファーまでくるとそのままダイブするかのように倒れ込み、眠った。
紅莉栖「……」
まゆり「紅莉栖ちゃん…」
ダル「ま、まぁ牧瀬氏。また落ち着いたらラボに来るようになるって」
気休めの言葉をかける二人とは裏腹に。私の心は騒ぎだす。何か嫌な予感がすると、警鐘を鳴らすように。
私の帰国まで一か月を切った。倫太郎はますますラボに来なくなった。週に一度来ればいい方だ。
その間私は倫太郎と会っていない。欲求だけはどんどん大きくなるばかりだ。倫太郎に会いたい。顔が見たい。触れあいたい。キスしたい…。
紅莉栖「……」ムスッ
まゆり「オカリンも大変なのかな?」
ダル「牧瀬氏帰国まであと少しなんだけども…携帯にも出られないくらい忙しいんじゃね?」
まゆり「くたくた~って眠ってるから出られないのかもしれないね」
倫太郎のラボへ立ち寄るの頻度が減ってから、私も電話やメールを送る。それでも電源が切れているというアナウンスばかりで返信はない。
たまに出ても疲れているからとすぐに話を切り上げる。返信も二、三通で終わり――。
導き出される最悪の可能性を否定する。それを認めてはならないと。それだけはあってはならないと。
岡部「皆、居るか?」
まゆり「あ、オカリンっ!」
ダル「もう来ないのかと思ったお」
紅莉栖「岡部…」
岡部「揃っているなら丁度いい。これから皆に言わなければならないことがある」
その宣言にとても嫌な予感がした。ざわつく感情。動悸が激しくなる。
岡部「――悪いが、今月末までラボに来れそうにない。合鍵はいつもの所に置いてあるし、何かあったらダルに連絡してくれ」
今月末まで、来ない。私の帰国日は、月末なのだ――これまで抑えていた何かが、決壊した。
紅莉栖「どういう、こと…?」
岡部「言葉通りだ。俺も忙しくてな…だから」
もうダメだ。自分を抑えられない。
紅莉栖「忙しい忙しいって何が忙しいの!? 私たちと居る事より大事な用事なの!!」
まゆり「紅莉栖ちゃん、落ち着いて…!」
ダル「牧瀬氏、ストップだおっ!!」
岡部「プライバシーに関わることだ。口外にしたくない」
まゆりと橋田が制止が聞こえた。それでも私の口は言葉を紡ぐ。
紅莉栖「っ! ええそうですか! 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真さんはラボメンよりも個人の用事を取るわけですね分かります!!」ブワッ
岡部「……」
紅莉栖「……私、帰るまでもう一か月もないんだよ…なのに、どうして…」ポロポロ
岡部「……」
紅莉栖「答えてよぉ! 岡部ぇっ!!」
岡部「プライバシーに関わることだ」
その宣言は何よりも冷たく、私の心を抉った。
――もう分からない。倫太郎の考えが。そして。最悪の可能性を肯定せざるを得ない状況を理解した。
『岡部倫太郎は、牧瀬紅莉栖を愛していないのではないか』
そんな予感があったのだ。けれど、それを否定したくて。倫太郎を信じていたくて。それが、この結果――。
紅莉栖「……なんて、無様」
もう倫太郎を見たくなかった。もう何も考えたくなかった。
まゆり「――!」
ダル「――。――」
二人が何か言っているのに、私の脳は知覚しない。もう何もかもが嫌になって。私はラボを飛び出した。
紅莉栖がラボを飛び出した。その事実に面喰らった俺を横目に二人は冷静だった。
ダル「まゆり。牧瀬氏を追ってくれ――今のまま放っておくと何が起きるかわからないお!!」
まゆり「分かったよ! ダルくんは!?」
ダル「僕も後から行くお。まゆりは先に行っててほしいお」
ダルの言葉にまゆりがラボを飛び出す。それを見送ったダルが俺の方を向き直った。
ダル「さて…説明してもらうお。オカリン」
ラボを飛び出した私は、我武者羅に走った。何処をどう走ったのか分からない。
その間、私の胸には様々な思いが渦巻いていた。
――どうして倫太郎は私を嫌いになったんだろう?
――気に障るようなことをしたのかもしれない?
――それとも他に誰か好きな人ができたの?
自分でもネガティブに思える考えばかりだ。嫌になる。
やがて、大きな橋の下で自分のブーツの紐を踏んで転倒。そこで止まった。
紅莉栖「……ぐずっ」
おそらく酷い顔をしているのだろう。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているんだろう。
それでも――この空しさは消えないのだ。あんなにも大好きだったのに。あんなにも一緒にいたのに。
ーー縁日で金魚を掬った。取りすぎだと呆れられた。
ーー焼き芋を食べた。頬張る顔が可愛いと言ってくれた。
その倫太郎は、もう居ないんだ…
紅莉栖「……倫太郎ぉ…」
名前を呼ぶ。それは二度と手に入らないかもしれない宝石のような――。
まゆり『はぁ…はぁ…見つけたよ。紅莉栖ちゃん…』
振り返ると。息を切らして橋に寄り掛かるまゆりの姿があった。
ラボ
ダル「見つかった?gjだお、まゆり」P!
携帯を切ったダルが再びこちらを見る。
ダル「オカリン。用事って何だお?」
岡部「プライバシーに関わることだ」
何度も同じ回答をする。この問答で彼是1時間近く経過していた。ラボの出入り口はダルが封鎖している。ダルを退かせない限り、俺はここから脱出できない。
ダル「…いい加減にしろよ、岡部」
苛立って投げ捨てられた帽子。凄味が効いた声――橋田至が、ダルを止めた瞬間だった。
至が俺の胸ぐらを掴み上げる。突然の豹変に面喰らう俺の頬へ。
至「歯ぁ食いしばれや、岡部ぇっ!」
渾身のストレートが炸裂した。掴まれているにも関わらず、俺の身体は反動で吹き飛ばされる。
岡部「貴様、一体何を…」
至「分からないってか?本気で言ってるようなら、もう二・三発殴ってもいいんだぜ?」
殴り飛ばされた俺へと詰め寄る至。そこに普段の穏和さ等微塵もない。
岡部「…騙された。それがお前の素なのだな。ダル…いや、至と言うべきか」
至「世界線を歩いてきたお前さえ分からなかったと言うんだから。僕は此処までキレた事が無かったみたいだね…我ながら、よく道化を演じたもんだ」
岡部「つまり、普段のお前は…」
至「お前の厨二病のような『設定』だよ――岡部」
眼鏡の奥の目が細まる。その目はかつての友を敵にした瞳。
至「自分が好きになった女二人を泣かせるような男を親友だと思っていた僕が馬鹿だった」
岡部「二人…?」
一人は俺たちの仲を気遣ってから身を引いたまゆり。ならば、もう一人は…
至「お前なら大丈夫だって…そう信じて牧瀬を任せたつもりだった。ところが、あの態度はなんだ!牧瀬がお前に何かしたのかよ!?」
岡部「……」
咆哮。我慢をしていた諸々を吐き出したかのような、叫びだった。
至「牧瀬の奴、泣き散らしたんだってよ。まゆりが宥めても泣き続けたんだってよ…」
紅莉栖『岡部に…倫太郎に嫌われた…どうしたらいい?私はどうしたらいいの!?』
至「あのプライドの高い牧瀬が、だぜ。親友のまゆりの前でワンワン泣いたそうだ…まゆりも慰められないって慰められなかったって僕に泣き付いてきた…」
まゆり『ごめんね、ダルくん…まゆしぃじゃ紅莉栖ちゃんを慰めてあげられなかったよ…』
岡部「…」
至「何があったかは知らないけど、理由くらい話せよ!僕達親友じゃなかったのかよ!!なあ、岡部ぇっ!!」
至が、俺の白衣を握り立ち上がらせる。前後にガクガクと揺すられた後。もう隠し通すのは限界だと思った俺は口を開いた。
岡部「…分かった、話そう。ただし、誰にも言わないでくれ。紅莉栖は当然として、まゆりにもだ」
観念した。もう隠そうとは思わない。
ダル「分かったお…約束は守るんだぜ」
察してくれたのか、怒りが治まったのか…何時ものダルがそこにいた。
まゆり「紅莉栖ちゃん、落ち着いた?」
紅莉栖「……ええ」
随分泣き喚いた気がする。それまで持っていた、思っていた事を全てまゆりにぶちまけた。
倫太郎と疎遠になって寂しかった事。構ってくれなくて、もしかしたら他に好きな子が出来たんじゃないかって不安になったこと。
帰国までこのままなのは嫌だということ。そして――幼馴染を奪ってしまったこと。
まゆりは黙って聞いてくれていた。全部話し終わった後。まゆりは口を開いた。
まゆり「紅莉栖ちゃん、前に言ったよね? オカリンの事を信じてるって」
紅莉栖「…うん」
まゆり「じゃあどうして信じてあげられないの?今だって、オカリンの事を」
紅莉栖「…どう信じればいいの? 電話にも出ない、メールも返ってこない。顔を合わせることもないような人を、どうやって…」
まゆり「オカリンはね。いつも訳の分からないことばかり言うけど、本当は優しい人なんだ」
紅莉栖「……」
まゆり「だからね。嫌いになったとしても、そのことをしっかりと伝えにくるんだと思うの。だけど、オカリンは紅莉栖ちゃんを嫌いになったって言わなかったでしょ?」
紅莉栖「あいつ、チキンだから…面と向かって言わないだけで」
まゆり「そうだとしても。メールや電話で話してくれるはずだよ。それもなかったでしょ?」
紅莉栖「本当にそうなのか、分からないじゃない…」
まゆり「そうだね。まゆしぃもオカリンじゃないから、オカリンのほんとの気持ちなんて分からないね」
紅莉栖「だったら…!」
まゆり「だから、オカリンを信じてみるのです。紅莉栖ちゃんを本当に嫌いになったのかどうか、オカリンと向き合って話をしてみるのです」
それで解決だよね、とまゆりは笑った。
私を取り巻く靄が晴れていく気がした。こんなにも簡単なことのように、まゆりが言うから。
紅莉栖「…ごめんね。私、どうかしてたみたい」
倫太郎に一番近かった少女の話を受け入れようと思った。
まゆり「いいんだよ。頭がごちゃごちゃになっちゃったんだから、仕方ないよ」
なでなでと頭を撫でられて少し恥ずかしかったけれど。
まゆり「紅莉栖ちゃん。今でもオカリンのこと、大好き?」
その当たり前の質問に。きっと私は涙でぐしゃぐしゃな顔のまま――
紅莉栖「大好き――岡部が、倫太郎が、大好き」
――晴れ晴れとした気持ちのまま答えるのだ
帰国当日 空港
帰国当日。前日まで倫太郎は現れなかった。
ただ電話やメールには返事が来るようになった。忙しそうで時間もなかったはずなのに、律儀にメールを返してくれるのだ。
けれど。直に会ってはいない。電話で声は聴けても。メールで確認しても。直接会えないのは寂しかった。
まゆりを信じて私は今も待っている。私の事をどう思っているかは未だ聞けず仕舞いだ。
ダル「ったく…あと1時間くらいしかないのに何やってるんだお、オカリンは」
橋田はキョロキョロと辺りを見回したり、携帯をチェックしたりしている。倫太郎の連絡はまだみたい。
まゆり「ダルくんあわてないの。まだ1時間も残ってるんだよ?」
ポジティブな思考のまゆりはえへへと笑った。あれから倫太郎の事を相談しても、まゆりは『オカリンを信じてあげて』と一点張りだ。
フェイリス「キョーマ、心配だニャ…どこかで捕まってるんじゃないのかニャ?」
フェイリスさん。お店を休んだことがないのが自慢だったのに、私の見送りの為に一日休みをもらったみたい。
その事を謝ると『クーニャンとバイバイする日に呑気にバイトなんてできないニャ』と笑った。
るか「だ、大丈夫ですよ。岡…凶真さんなら」
漆原さん。倫太郎に呼ばれて空港まで見送りに来てくれた。どう見ても女の子にしか見えない男の子は、どこか倫太郎を信じていた。
萌郁「………」カチカチ
萌郁さん。口数が少ない人だけど…というかどうやってラボメンになったんだっけ?思い出せない。
ブラウン「ほらっ、綯と一緒にさっさと行け! 俺は駐車場に車回してくるからよ!!」
綯「行こう!オカリンおじさん!!」
その声に反射的に振り返った。自動ドアを潜って、綯ちゃんと――
岡部「慌てなくてもまだ時間はある…」
綯「悠長な事言ってると紅莉栖おねーちゃんに愛想付かされるんだよ」
岡部「それは怖いな…用心せねば」
そんな他愛もない会話を繰り返しながら。私の目の前までやってきた。
岡部「時間が取れなくて。寂しい思いをさせてしまったことに対しては、済まないと思っている」
倫太郎は謝罪の言葉を口にした。
岡部「だが。俺が行う計画は、言外することができなかった――故に、誰にも気付かれずに行わざるを得なかったのだ」
紅莉栖「言い訳はいい……それで、答えは出てるんでしょうね?」
私の事を好きかどうか。その答えを今日教えると言って。空港までやってきた倫太郎。心なしか緊張しているように見える。
岡部「ああ…」
倫太郎は白衣のポケットの中に手を入れた。そして何かを取り出して、私に握らせた。
小さな立方体の箱。手のひらに収まる程度の大きさのそれを。
紅莉栖「開けてもいい?」
頷いた倫太郎の姿を確認してから、私はそれを開いた。
岡部「これが、俺の回答だ」
宝石も何もない、ただのリング――
紅莉栖「……」
岡部「安物で申し訳ないが、受け取ってくれ。紅莉栖」
紅莉栖「婚約、指輪?」
辛うじて出た言葉だった。もう、涙で前が見えない。
岡部「学生の身ではそれが限界だったのだ。だが、数年後――それ以上かかるかもしれんが、必ず迎えに行く…だから、それまで待っててくれ、紅莉栖」
身勝手な願いだった。こんな物まで渡されて。何年掛かる分からないけど、待てなんて。
指輪を取り出して薬指に付ける。何故かサイズはピッタリだった。装飾も何もないエンゲージリング。
ダル「オカリン、それを買うためにずっとアルバイトしてたんだお」
まゆり「ロマンチックだよねぇ…」
倫太郎の不在の理由はアルバイトだった。しかも私に渡すためだけに隠れての――。
紅莉栖「…ばか」
岡部「男なのだ。見栄くらい張らせてくれ」
紅莉栖「いいわ。その代わり、ちゃんと迎えに来なさいよね?」
この時、私の将来の予定は決まった。
岡部「紅莉栖…」
紅莉栖「なに、倫太郎」
岡部「大好きだ。この世界中で、誰よりも。岡部倫太郎は、牧瀬紅莉栖を愛している」
紅莉栖「……私も大好き。この世界の中で、誰よりも。牧瀬紅莉栖は、岡部倫太郎を愛してます」
――倫太郎との距離が縮まる。その腕に抱きしめられる。久しぶりの感覚。久しぶりの倫太郎の匂い。
――紅莉栖との距離を詰める。ゆっくりと壊れ物のように抱きしめる。久しぶりの感触。久しぶりの紅莉栖の香り。
――どちらともなく。ゆっくりと、互いの唇を重ね合わせた。
長いような、短いような。曖昧な感覚のまま、唇が離れた――
周りの友人たちは囃し立てるも、渦中の二人は世界に二人だけしかいないような感覚だった。
周囲の音も声も。聞こえない。二人だけの世界を――
岡部「またな」
倫太郎は泣き出しそうな顔をしていた。馬鹿ね…テレビ電話とかあるでしょ?
一生…会えなくなるわけじゃ…ない
紅莉栖「またね」
紅莉栖は今にもまた泣き出しそうだった。多分俺も同じような顔をしているのだろう。
一生会えなくなるわけではないのに。何処か寂しかった。
雑踏の中。乗降口へ向かう紅莉栖の背中が見えなくなるまで。俺は彼女を見送った。
また出会える日を願って――
fi―
その日。牧瀬紅莉栖はアメリカ行きの飛行機へ乗り込むつもりだった――が。
紅莉栖「…あ、もしもし――紅莉栖です。実は――」
空港ロビー
岡部「……行ったな」
紅莉栖の乗った飛行機を見送る。また数年後。再び出会う日まで、一時のさよならを
ダル「オカリン。今度はいじけるのは無しだお」
まゆり「そうそう。前は大変だったんだよ~」
岡部「ああ、分かっている…」
フェイリス「ニャニャ。これからどうするニャン?」
岡部「そうだな…取り敢えず」
るか「……あ」
とるか子が細い声を漏らした。目を見開いている。その様子を見たラボメン達はその視線の先を追った。
俺もその方を振り返った。と同時に、何かが飛び込んでくる。
それを認識するまで数秒。そして俺の胸の中に埋めていた顔を持ち上げたそれは、眩しいくらいの笑顔を見せて言った。
紅莉栖「…ごめん。帰ってきた」
岡部「…そんなに待ちきれなかったのか?」
紅莉栖「うん。あと向こうの上司に伝えたわ。数年は戻らないから頑張ってって」
岡部「上司は災難だな」
紅莉栖「頭を抱えられたわ。でも励まされた。『オカベを必ず捕まえてこい。お前が愛した男を逃がすんじゃないぞ』って」
岡部「ゴホンッ……何はともあれ。歓迎するぞ、紅莉栖」
紅莉栖「ありがとう。それから倫太郎、あなたと一緒にいることが…」
もう、素直になるって決めたのだから――
紅莉栖「それが、私の一番の願いだもの」
END
今度こそ終了です。まあ、ボロクソに言われましたが心折れずに書き終えました。
最後まで見てくれたおまいら本当にありがとう
…コソコソするなら今のうち。完全に蛇足の補足。
メールが届きました。
開きますか?
1. yes
2.no
>>155
くぱぁしろ
ムービーメール、再生開始
紅莉栖「何を話せばいいの?…え?もう録画してる?ちょっ、早く言いなさいよ、倫太郎!」
紅莉栖「あ、牧瀬紅莉栖です。あなたがこのメールを見ているということは、私達のアレコレを最後まで見てくれたということ。ありがとう、観測者達。最後に…」
――その後の話を少しだけしようと思う。
岡部の両親に挨拶をした。今後自分の親になる人達だ。粗相のないように対応できたと思う。
後で岡部に聞いたら、好感触だったようだ。
日常的な英語を扱えるようになった岡部を連れて渡米。母に紹介した。
拙い言葉だったけれど、私を幸せにすると語る岡部に母は娘を頼みます、と言った。
やっぱり恥ずかしい。
漆原さんはお父さんの跡を継いで神主様になった。なったのだが、相変わらず巫女装束らしい。
お父さんの趣味と女性顔負けの美貌で、今も神社の看板娘(息子)である。
フェイリスさんは、秋葉原を更に発展させるべく邁進中だ。事業も幾つか立ち上げ、やり手の女社長として頑張っている。
桐生さんはブラウン管工房に就職した。アルバイトから正社員に格上げだそうだ。何しろ仕事をこなす要領が恐ろしく良いらしく、店長さんも忙しく走り回る日々だそうだ。
橋田とまゆりは結婚した。二人の間には女の子が生まれた。名前を何にしようかと悩んだ結果、鈴音に決まった。
岡部に言わせれば、観測していた結果とは異なるらしい。それでも、鈴音が生まれたのなら、それはシュタインズゲートの選択…なのだそうだ。
2024年
二人の少々が街中を走っていた。
鈴音『きーちゃん、待って~』
きーちゃん『きーちゃんではない!私は狂気のマッドサイエンティストの娘!!』
バッとポーズを決める少女。ダボダボの白衣が揺れる。
きーちゃん『フェニックスの鳳凰に、色々省略した院、そして鏡のように真実を映す華――鳳凰院鏡華だ!』
鈴音『でもきーちゃんの名前は岡部希望だよ?』
希望『こまけぇこたぁいいんだよ!…で、鈴音。今日は何処に行くの?』
鈴音『綯おねーちゃんのところかなぁ…あ、でもでも留未穂さんのお店にも行きたいかも』
もう一人の少女はブカブカの帽子をかぶっていた。手にした懐中時計を見ながら考えている。
希望『まあいいけど…行こう、鈴音』
鈴音『うんっ!』
そして握られた手を握り返し。二人は街中を再び駆けだした…
蛇足終わり。
もう無いぞ。もう何もないからな
というわけでおまいら乙ありがとう
今度こそ乙
元スレ
――突然だが。私、牧瀬紅莉栖は岡部倫太郎が大好きだ。
どのくらい好きかといえば、帰国から一週間待たずに日本へ帰るくらいに。
あの時は岡部がすっかり拗ねてしまったため、無理矢理叩き起こす為に帰ってきた。
用事が済めば直ぐに帰国する…はずだった。
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:27:34.84 ID:uZk/g31A0
アメリカ 某所
上司「クリス。とりあえず半年くらい日本に居なさい」
紅莉栖「え?いえ、事が済み次第、帰国して研究を…」
上司「君の才能に頼って、我々の研究は大きく前進した。君も個人を犠牲にして私達に協力してくれたんだ。このあたりで休憩にしてはいかがかな」
紅莉栖「…私は用済みというわけですか?」
上司「そうは言っていないさ。君が居なくなれば、研究は凍結だ。それでも…これまで協力してくれた君に、少しばかり休んでもらいたいんだ」
紅莉栖「…心遣い感謝します」
上司「気にするな。君の席は何時でも開けてある。半年で足りないのであれば、更に延ばしても構わない」
破格の申し出に開いた口が塞がらないとは、この事か。それとも研究に没頭して休みなく働いた私へのご褒美なのか。
とにもかくにも。私は帰国から一週間待たずに日本へ帰ってきた。
岡部も何時もの調子を取り戻し、変わり無い日常が始まったのである。
6: >>5それは多分別の人の 2011/10/03(月) 23:32:14.98 ID:uZk/g31A0
ラボ
岡部「……」カタカタ
紅莉栖「……」チラッ
岡部「…ふむ」
紅莉栖「……りんたろー」ギュゥ~
岡部「おい、紅莉栖」
紅莉栖「なぁに?」
岡部「PCと俺の間に入るな。ディスプレイが見えない」
7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:37:09.80 ID:uZk/g31A0
紅莉栖「え~…」
岡部「不満そうな声を出すな。あと俺の膝の上に乗っかるのは止めてください」
紅莉栖「いいじゃない…倫太郎ともっとイチャイチャしたいの」ギュゥゥ
岡部「そういう問題ではなくてだな…あと誰も居ないと分かると豹変っぷりが凄いな」
紅莉栖「そ、そんなことないわよ……たぶん」
岡部「とにかく俺はレポートを書かねばならん。悪いが後にしてくれ」
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:42:29.01 ID:uZk/g31A0
紅莉栖「…いや」プイッ
岡部「ハァ……5分だけな」
紅莉栖「うんっ」ギュゥゥゥ
ガチャッ
ダル「WAWAWA忘れ物~……のわっ!?」
岡部・紅莉栖「………」
ダル「……お楽しみのところ失礼しましたお」バタンッ
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:47:12.66 ID:uZk/g31A0
岡部「ち、違うぞダル! 決してあれやこれやをしていたわけではないのだからな!!」
紅莉栖「そうよ誤解しないで!ちょっとだけ岡部とキャッキャウフフしようなんて思ってないんだからね!!」
ダル「隠さなくていいお。あと牧瀬氏が完全に自爆した件」
岡部「…紅莉栖」
紅莉栖「…あ」
ダル「そ、それじゃぁごゆっくりぃぃっ!!」ダッダッダ
16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:52:34.66 ID:uZk/g31A0
岡部「……」
紅莉栖「……」ギュゥゥッ
岡部「何事もなかったかのように再開するな!!」
紅莉栖「5分だけって言われたから、最大限利用しなきゃなんだぜ」グッ
岡部「親指を挙げられてもな…」
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/03(月) 23:57:27.47 ID:uZk/g31A0
牧瀬紅莉栖と付き合い始めて数週間が経った。最初はぎこちなかった関係も徐々に改善されていった。
ダルの言葉を借りるなら、「牧瀬氏の『これが私の全デレ全開』」という状態なのだろう。ただし、誰もいない状況に限る。
紅莉栖「……」クンカクンカ
岡部「匂いを嗅ぐな。犬かお前は」
紅莉栖「え…だって倫太郎の匂いを今のうちに充填しておかないと」
岡部「はっはっはっ、紅莉栖はHENTAIさんだな」
紅莉栖「そうね。倫太郎の前ではHENTAIでいいかもね」テヘペロ
岡部「……(どうしてこうなった)」
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:02:10.57 ID:ORTTWFc00
紅莉栖『このマシンを作ったのは私なのだぜ?』
紅莉栖『私が今一番欲しいのは、マイフォークである』
紅莉栖『ちょっと、何勝手に食べてるのよ、名前書いてあったでしょ。牧瀬って!』
ああ。聡明で。いつも俺を支えてくれて。素晴らしい論理展開で痺れさせてくれた牧瀬紅莉栖はどこに行ったのだろう…少しばかり目から塩水が流れそう。
紅莉栖「どうしたの? 泣いてるの?」
岡部「何でもない…何でもないんだ…」
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:05:21.94 ID:ORTTWFc00
すみません今から運転するんで、20分くらい保守お願いします
25: 保守㌧ 2011/10/04(火) 00:17:32.81 ID:ORTTWFc00
素直になるのは難しいことだ。と私は思う。
本心では倫太郎に甘えたい。でも他人の前では素気なくなってしまう。まゆりのように素直に甘えることができれば、と何度思ったことか。
たぶん。他の人の視線に晒され、好奇の目で見られるのが嫌なんだろう――違う。難しい言葉で誤魔化そうとしているだけ。
単純に恥ずかしいのだ。羞恥心さえなければ人目を憚らずイチャイチャできるはずなのだ。それでも――
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:24:27.25 ID:ORTTWFc00
数日後 ラボ
まゆり「ダルくんダルくん。お弁当作ってきたんだ~」
ダル「マジで? まゆりが僕の為?」
まゆり「そうだよ。今朝も早起きして作ってきたのです」
ダル「朝早くから僕の為に…胸が熱くなるお」
まゆり「は~いダルくん。あ~ん」
ダル「あ~ん…(モグモグ)…美味しいお、まゆり」
まゆり「じゃあね、今度はこれ」
ダル「まゆりの作ったものならどれも美味しいに決まってるお」キリッ
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:30:55.51 ID:ORTTWFc00
キャッキャッ
紅莉栖「…岡部」キラキラ
岡部「ちょっと、サンボに行ってくる」
紅莉栖「え、待って…」ガシッ
岡部「な、何だ…クリスティーナ」ざわ…ざわ…
紅莉栖「クリスティーナ禁止…あのね、私もお弁当作ってきたんだ。よかったら…」
岡部「待て。お前はホテル暮らしだろう? 何処で作ったんだ!?」
紅莉栖「細けぇこたぁいいんだよ!…さ、食べて」パカッ
33: ナレーション:立木文彦 2011/10/04(火) 00:35:33.44 ID:ORTTWFc00
この時、岡部に電流走る…! 圧倒的…! 圧倒的なまでの肉…!
仕切りを飛び越えて溢れんばかりに自己主張する肉…! 白米のあったであろうスペースでさえ侵入し、占拠する肉塊…!
紅莉栖「男の人ってお肉好きだって聞いたから…頑張ってみたんだけど…」
岡部「…ああ」ざわ…ざわ…
岡部、状況を理解…! 全力で攻める…! 渡された箸を握り、盛られた肉塊へ突っ込み、頬張る…!
岡部「……ぐっ」
再び岡部に電流走る…! 未知の領域…! 人類には再現できない味…!
34: ナレーション:立木文彦 2011/10/04(火) 00:40:20.40 ID:ORTTWFc00
紅莉栖「どう…? 美味しい?」
岡部「ああ…」
一口食べただけで胃が後続を拒絶…! 胃液が逆流し、異物を取り除こうと押し上げる…!
紅莉栖「よかった…まだあるから、どんどん食べてねっ」
辛うじて嚥下した岡部に降りかかる絶望…! 岡部、絶体絶命…!!
紅莉栖「あ、そうだ。岡部」
岡部「…?」
紅莉栖「あ、あ~ん…」
岡部「」グニャァ
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:45:50.81 ID:ORTTWFc00
ダル「何かオカリン、鼻とか顎とか長くなってね?」
まゆり「オカリン優しいから完食できると思うな…はい、ダルくん。あ~ん」
ダル「あ~ん」
まゆり「美味しい?」
ダル「もちのろんだお」
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:51:13.20 ID:ORTTWFc00
初めて誰かのためにお弁当を作った。これまで作ったことは無かったし、緊張した。
相手は倫太郎だ、緊張もする。料理本を片手に一生懸命作った。ちょっと作りすぎて重箱がいっぱいになったけど、倫太郎は美味しいって食べてくれてた。
勇気を出して「あ~ん」をやってみた。ヤバイ。本当にヤバイ。どれくらいヤバイかという世界がヤバイ。
恥ずかしいとかいうレベルじゃない。こんなことを新婚とかカップルはやっているのか…って倫太郎も固まってるし。
おずおずと私のフォークから食べてくれた。相変わらず箸の扱いには慣れないから、ポロポロと落としてしまうのだけは防がないと。
美味しいと笑顔で食べてくれる倫太郎を見ているとなんだか幸せになる。よし、明日も作ってこよう…。
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 00:56:17.19 ID:ORTTWFc00
岡部「喰いすぎた…」
まゆり「凄いね~オカリン。あのお弁当全部食べちゃうんだもん」
ダル「重箱三段全部完食とか、あんた漢だよ…」
岡部「思い出させるな…今もフラッシュバックして…ウプッ」ダッダッダ
ダル「牧瀬氏が帰った後で良かったんじゃね? 今洗面所でリバースしてるところ見られたら世界がヤバイっしょ」
岡部「おううぇぇぇぇっ」リバース
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:01:22.74 ID:ORTTWFc00
まゆり「そんなにダメだったの?オカリン」
岡部「……カレーに林檎を丸々入れるような奴の作った味だぞ…まともな訳が…うっ」リバース
ダル「それを全部食べたんだからオカリンマジ神だお」
まゆり「オカリン優しいからねぇ…紅莉栖ちゃん喜んでたよ。オカリンが美味しい美味しいって食べてくれたって」
岡部「紅莉栖の厚意を無駄には…うっ」リバース
まゆり「あと、明日もお弁当作ってくるって」
ダル「あ、それで早く帰ったんですね。分かります」
岡部「オレハ、ガンダムニハナレナ…」リバース
ダル「まゆり、ちょっとお願いがあるんだお…」
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:06:32.19 ID:ORTTWFc00
翌日 メイクイーンニャン×2
フェイリス「お帰りなさいませ、ご主人様…あ、キョーマだニャン」
岡部「フェイリス…か」
フェイリス「ど、どうしたんだニャ、キョーマ。なんだか虚ろな表情だニャ」
ダル「オカリン、昨日から何も食べてないんだお(食べても戻してるけど)――ちょっとここいらで何か食わせてあげたいんだお」
フェイリス「ダルニャンまで…分かったニャン。ご主人様2名お帰りだニャン」
岡部「すまない、ダル」
ダル「礼なんていいお。オカリン、マジで辛そうだったっしょ」
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:11:17.22 ID:ORTTWFc00
岡部「いや、そのようなことは」
ダル「牧瀬氏のお弁当三食セット」
岡部「オマエノシンジルカミハドコニイル…」
ダル「想像しただけで別世界の住人にトリップしそうなんだから、マトモな物食べた方がいいお」
岡部「だが何故メイクイーンニャン×2なのだ。別にサンボでもいいではないか」
フェイリス「お待たせしましたニャ~ン」
ダル「おおう、フェイリスたん。今日も可愛いお。萌え萌えキュ~ンだお」
岡部「お前がフェイリスに会いたいだけだろう…」
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:16:37.28 ID:ORTTWFc00
フェイリス「ニャフフありがとうニャン。でもあんまり浮気してるとまゆしぃに言いつけるニャン」
ダル「そ、それは困るお…で、でもフェイリスたんを嫌いになれるわけが…」
フェイリス「冗談ニャ、分かってるニャン。まゆしぃはフェイリスの友達だし、ダルニャンやキョーマともラボメンなんだから嫌いになるわけないニャン」
ダル「フェイリスたん、マジ天使だお…」
岡部「スマンが、もう限界だ…」グギュルルル…
フェイリス「了解だニャン。お待たせ致しました、こちらが当店自慢の――」
49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:21:29.98 ID:ORTTWFc00
同時刻 ラボ
まゆり「ここで塩コショウを振って」
紅莉栖「こう?」
まゆり「そうそう。あとは刻んだ野菜と一緒に炒めるのです」
紅莉栖「ありがとう。まゆりの説明は明快で分かりやすいわ」
まゆり「どういたしまして…オカリン、喜ぶと良いね」
紅莉栖「ええ…って、べ、別にアイツの為に作ってるわけじゃ…」
まゆり「分かってる、分かってるよ紅莉栖ちゃん。オカリンの為に頑張ってね」
紅莉栖「だ、だから…」
50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:26:27.57 ID:ORTTWFc00
ラボへ行くと倫太郎と橋田は不在。まゆりに聞くとメイクイーンニャン×2に連れて行かれたそうだ。
フェイリスさんは倫太郎と意気投合できるみたいだし。橋田はそれをダシにフェイリスさんに会いに行ったのだろう。
紅莉栖「いいの、まゆり。橋田の奴、フェイリスさんに首ったけだって聞いたけど」
思っていたことをまゆりに聞いてみた。橋田の彼女であるまゆりはどう思ってるのだろう。
まゆり「ダルくんとフェリスちゃん? 同じラボメンの仲間だよ」
じゃなくて。橋田がフェイリスさんに浮気したらって話。
まゆり「…それはきっと悲しいことなのです。でもダルくんは言ってくれたんだよ?『僕はまゆ氏を泣かせたりしない、絶対に、絶対にだ』って…まゆしぃはその言葉を信じているのです」
不安じゃない?
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:31:48.52 ID:ORTTWFc00
まゆり「う~ん…そういう不安になることより、相手を信じてみる方がいいんじゃないかな?」
――強いわね。まゆりは
まゆり「強いのかなぁ?」
自分の二の腕をプニプニと触るまゆり。腕力的なことじゃなくて、精神的なことよ。
相手を信じる――か。も、もちろん倫太郎の事は信じてるわよ! 倫太郎に限って私を裏切るなんてことを想像できないからっ!!
まゆり「紅莉栖ちゃんもオカリンを信じてるんだよね?」
あ、当たり前でしょ…私が信じなくて誰が信じるのよ
まゆり「…オカリンこと、よろしくね。紅莉栖ちゃん」
…えっ? 今何を…
54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:36:05.60 ID:ORTTWFc00
まゆり「お料理作るんだよね? まゆしぃに教えられることがあったら何でも教えるから聞いてね」
……ごめんなさい、まゆり。と私は心の中で謝る。
幼馴染として、倫太郎の人質として。長い間一緒にいたはずなのに。それをパッと出た私が奪ってしまったのだ。
倫太郎を思う期間も強さも、私よりもずっと強かったはずなのに。だから、ごめんなさいと私は謝るのだ。
まゆり「さ、れっつくっきんぐ~」
56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:41:25.01 ID:ORTTWFc00
数時間後 ラボ
まゆり「今日の晩御飯はカレーライスなのです」
ダル「まゆりのカレーキタコレ! これで勝つる!!」
岡部「(やっと平穏の日々が…)」
まゆり「なんと今回は紅莉栖ちゃんのお手製なのです」
岡部・ダル「」
まゆり「ほんっとうに美味しいので、二人に食べてほしいのです」
紅莉栖「…ま、まゆり。そこまで褒めなくても…」カァァッ
57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:45:04.94 ID:ORTTWFc00
岡部「」フカンゼンネンショウナンダロソウナンダロソウナンダロッテ…
ダル「」ソウジュウフカノウナンダロノバナシダロオワレナイダロ…
まゆり「さ、二人とも遠慮なく食べてね」
岡部「あ、ああ…」
ダル「い、いただきますお…」
岡部「トランザムッ!!」パクッ
ダル「ミエタ…!メイキョウノヒトシズク…!!」パクッ
まゆり「……」ニコニコ
紅莉栖「……」ドキドキ
59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:49:17.41 ID:ORTTWFc00
岡部「……うまい」
ダル「これほんとに牧瀬氏が作ったん?」
まゆり「そうだよ~。いっぱいいっぱい練習したんだもんね」
紅莉栖「えっと…私、料理が苦手だから。まゆりに教わって作ってみたんだ…」
まゆり「基本的な事はすぐできたからね~教えるのは簡単だったよ。私もるか君からレシピ教わっただけだけど」
紅莉栖「出来たのはこれだけだけど…これからもっと覚えるつもり」
ダル「牧瀬氏、良いお嫁さんになれるお」
60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:53:08.19 ID:ORTTWFc00
岡部「だな…精進するがいい、クリスティーナよ」
ダル「以上、未来の旦那のコメントですた」
岡部・紅莉栖「な、何を言ってるんだお前は…!」
まゆり「息ぴったりだね~。お似合いだよ二人とも」
岡部・紅莉栖「ま、まゆりまで…」
ダル「もうおまいらケコーンしてしまえお」
63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 01:57:24.31 ID:ORTTWFc00
橋田は相変わらず一言多い。ただ悪気がないのも確かだ。PCやプログラムの方面でいえばおそらくラボ一の知識と技術を誇る橋田。
多用する@ちゃんねる語やネットスラングのせいでオタクとして敬遠されているらしいけれど。実際に話をしてみるとマイナスイメージは殆ど払拭された。
それでもまだまだマイナス点は多いけれど――誰よりも優しいのではないか。普段の言動に隠された相手を思いやる心。空気が読めるところも含めて。
それがあったから、まゆりを繋ぎとめていてくれるのだろうか。
ダル「ん?牧瀬氏、僕の顔に何か付いてるのかお?」
っといけないいけいない。思わず凝視しちゃった。
65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:01:21.54 ID:ORTTWFc00
ダル「ダメだお牧瀬氏。僕がいくらイケメンだからって惚れられちゃ困るお」
誰が惚れるか!あとイケメンの単語を10回くらググれっ!!
ダル「冗談だお。それにあんまり八方美人だとオカリン達に怒られてしまうんだお」
あ、当たり前だっ。あんまり調子に乗るなよ俗物っ!!
ダル「まあ、私はオカリンの嫁ですってアッピルしている人に手を出すわけないだろjk」
よ、嫁って…そんなまだ話が飛躍しすぎだって橋田ったら…
ダル「あーはいはい。牧瀬氏も案外顔に出るタイプだお。オカリンと末永く幸せにな」
66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:04:10.54 ID:ORTTWFc00
――2ヶ月後。 そんな何時もの光景は。突然に瓦解するのである――
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:07:25.71 ID:ORTTWFc00
紅莉栖がアメリカに帰る日が迫ってきた。カレンダーの期日まであと三か月と少し。
その間、俺と紅莉栖は一緒に過ごすことが多かった。休日は二人で出かけ。放課となればラボに赴き、紅莉栖やラボメンと過ごす日々だった。
夏祭りでは紅莉栖が大量の金魚を掬い上げ、ダルの買ってきた金魚鉢に放り込んで飼っている。餌やりはまゆりが担当だ。
縁日の金魚なのですぐに死んでしまうものが大半だったが、生き残った何匹かはみるみる成長していく。そのうち鯉のようになるのではないか、とまゆりは興味津々だ。
秋は柳林神社で焼き芋を作った。ミスターブラウンが、知り合いの農家からいただいたものを貰った。不審火と間違われ消防が来ないかと冷や冷やしていたが、幸運にも焼きたての焼き芋を頬張ることができた。
るか子が集めてくれた落ち葉で焼いた焼き芋を皆で食べる。買い出しに出て来ていた萌郁やバイトへ行く途中のフェイリスを見つけてはおすそ分けだ。
68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:11:04.34 ID:ORTTWFc00
どんな季節でも。紅莉栖と一緒に笑って過ごして来た。それが、もうすぐ終わるのだ。
本音を言ってしまえば別れたくはない。だが、相手はサイエンス誌に載る天才。比べて俺は凡人――ある能力を持っている事を除いては――常識的に考えて釣り合わない。
紅莉栖にも帰るべき場所があり、日本に留めておくことができないのだ。ならば――せめて、日本で居た事を、俺達と居たことを、その思い出を忘れてもらわないようにするために。
俺は、ある計画を決行することにした――誰にも悟られてはいけない。気付かれてはいけない――そんな一人だけの計画を。
70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:15:17.84 ID:ORTTWFc00
キャンパス 中庭
ダル「オカリン~」
岡部「ダルか、どうした?」
ダル「いや、オカリン最近ラボにあんまりに来ないだろ。何かあったんかなって、皆心配してたお」
岡部「何、ちょっと実家の方が立て込んでてな。そっちの手伝いで忙しいんだ」
ダル「そうなん? まぁ無理に顔出せとは言わんけども…ひと段落ついたらまたラボに出てきてほしいんだお」
俺はとある理由からラボへ寄る時間が少なくなった。実家の手伝いというのもあながち間違いではない。青果店、大変だしな。
ダル「まゆりも心配してたし、牧瀬氏も元気なかったお」
俺が不在の今、ラボの管理をダルに任せている。管理と言っても施錠くらいなものだが。
岡部「分かった、また顔を出そう」
ダル「頼むお。ボク一人だと二人の相手をするのが大変なんだお…話題的な意味で」
71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:20:40.71 ID:ORTTWFc00
確かにまゆりとは盛り上がりそうだが――紅莉栖とも盛り上がれるのか。
岡部「ここで女の子との話術を掴んでおけば将来的に役に立つだろうに」
ダル「いや僕はまゆり一筋なんで」(キリッ
岡部「そうだったな」
まゆり『オカリン。まゆしぃはもう大丈夫だから。オカリンはね、オカリンの為に泣いていいんだよ』
まゆりは自ら人質になることを止めた。もう俺を大丈夫だと、自分が居なくても心配ないと気付いた上で。
少なからず、俺と紅莉栖の仲を気にしていたんだろう。だから身を引いたんだ、と紅莉栖は言った。
それを察知した上でまゆりを引きとめたのはダルだ。今やダルとまゆりは良いカップルとして評判だ。
岡部「――まゆりを、頼んだ」
ダル「おーきーどーきー」
それだけを言い残して俺は駆け出した。携帯を開く、時間がなかった――。
72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:24:28.58 ID:ORTTWFc00
ラボ
紅莉栖「……」ムゥ
まゆり「紅莉栖ちゃん…不機嫌そうだね」
ダル「そりゃオカリン居ないからっしょ」
最近、倫太郎がラボに来る頻度が減った。これまでは毎日のように来ていたのが一日、また一日と減っていき、週に半分ほどになった。
ふらっと顔を出したと思ったらソファーを占拠して居眠りをするのだ。全然構ってくれない。
実家まで押しかけようと思ったが、忙しいという話だったので迷惑を掛けまいと我慢した。
岡部「ふぁ…集まっているようだな」
紅莉栖「!」ファンッ!
まゆり「あ、オカリ~ン トゥットゥルー♪」
ダル「久しぶりじゃね。あと相変わらず寝不足みたいじゃね?」
73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:28:51.59 ID:ORTTWFc00
岡部「まぁな。まゆり、悪いがソファーを借りるぞ」
まゆり「どーぞ…今日もうーぱクッション貸してあげるね」
岡部「助かる…」
倫太郎はふらふらとソファーまでくるとそのままダイブするかのように倒れ込み、眠った。
紅莉栖「……」
まゆり「紅莉栖ちゃん…」
ダル「ま、まぁ牧瀬氏。また落ち着いたらラボに来るようになるって」
気休めの言葉をかける二人とは裏腹に。私の心は騒ぎだす。何か嫌な予感がすると、警鐘を鳴らすように。
75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:33:20.02 ID:ORTTWFc00
私の帰国まで一か月を切った。倫太郎はますますラボに来なくなった。週に一度来ればいい方だ。
その間私は倫太郎と会っていない。欲求だけはどんどん大きくなるばかりだ。倫太郎に会いたい。顔が見たい。触れあいたい。キスしたい…。
紅莉栖「……」ムスッ
まゆり「オカリンも大変なのかな?」
ダル「牧瀬氏帰国まであと少しなんだけども…携帯にも出られないくらい忙しいんじゃね?」
まゆり「くたくた~って眠ってるから出られないのかもしれないね」
倫太郎のラボへ立ち寄るの頻度が減ってから、私も電話やメールを送る。それでも電源が切れているというアナウンスばかりで返信はない。
たまに出ても疲れているからとすぐに話を切り上げる。返信も二、三通で終わり――。
76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:37:30.45 ID:ORTTWFc00
導き出される最悪の可能性を否定する。それを認めてはならないと。それだけはあってはならないと。
岡部「皆、居るか?」
まゆり「あ、オカリンっ!」
ダル「もう来ないのかと思ったお」
紅莉栖「岡部…」
岡部「揃っているなら丁度いい。これから皆に言わなければならないことがある」
その宣言にとても嫌な予感がした。ざわつく感情。動悸が激しくなる。
岡部「――悪いが、今月末までラボに来れそうにない。合鍵はいつもの所に置いてあるし、何かあったらダルに連絡してくれ」
78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:43:58.51 ID:ORTTWFc00
今月末まで、来ない。私の帰国日は、月末なのだ――これまで抑えていた何かが、決壊した。
紅莉栖「どういう、こと…?」
岡部「言葉通りだ。俺も忙しくてな…だから」
もうダメだ。自分を抑えられない。
紅莉栖「忙しい忙しいって何が忙しいの!? 私たちと居る事より大事な用事なの!!」
まゆり「紅莉栖ちゃん、落ち着いて…!」
ダル「牧瀬氏、ストップだおっ!!」
岡部「プライバシーに関わることだ。口外にしたくない」
まゆりと橋田が制止が聞こえた。それでも私の口は言葉を紡ぐ。
80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:47:31.72 ID:ORTTWFc00
紅莉栖「っ! ええそうですか! 狂気のマッドサイエンティスト鳳凰院凶真さんはラボメンよりも個人の用事を取るわけですね分かります!!」ブワッ
岡部「……」
紅莉栖「……私、帰るまでもう一か月もないんだよ…なのに、どうして…」ポロポロ
岡部「……」
紅莉栖「答えてよぉ! 岡部ぇっ!!」
岡部「プライバシーに関わることだ」
その宣言は何よりも冷たく、私の心を抉った。
――もう分からない。倫太郎の考えが。そして。最悪の可能性を肯定せざるを得ない状況を理解した。
81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:51:49.64 ID:ORTTWFc00
『岡部倫太郎は、牧瀬紅莉栖を愛していないのではないか』
そんな予感があったのだ。けれど、それを否定したくて。倫太郎を信じていたくて。それが、この結果――。
紅莉栖「……なんて、無様」
もう倫太郎を見たくなかった。もう何も考えたくなかった。
まゆり「――!」
ダル「――。――」
二人が何か言っているのに、私の脳は知覚しない。もう何もかもが嫌になって。私はラボを飛び出した。
83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:55:17.95 ID:ORTTWFc00
紅莉栖がラボを飛び出した。その事実に面喰らった俺を横目に二人は冷静だった。
ダル「まゆり。牧瀬氏を追ってくれ――今のまま放っておくと何が起きるかわからないお!!」
まゆり「分かったよ! ダルくんは!?」
ダル「僕も後から行くお。まゆりは先に行っててほしいお」
ダルの言葉にまゆりがラボを飛び出す。それを見送ったダルが俺の方を向き直った。
ダル「さて…説明してもらうお。オカリン」
85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 02:59:18.89 ID:ORTTWFc00
ラボを飛び出した私は、我武者羅に走った。何処をどう走ったのか分からない。
その間、私の胸には様々な思いが渦巻いていた。
――どうして倫太郎は私を嫌いになったんだろう?
――気に障るようなことをしたのかもしれない?
――それとも他に誰か好きな人ができたの?
自分でもネガティブに思える考えばかりだ。嫌になる。
やがて、大きな橋の下で自分のブーツの紐を踏んで転倒。そこで止まった。
86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 03:04:43.92 ID:ORTTWFc00
紅莉栖「……ぐずっ」
おそらく酷い顔をしているのだろう。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているんだろう。
それでも――この空しさは消えないのだ。あんなにも大好きだったのに。あんなにも一緒にいたのに。
ーー縁日で金魚を掬った。取りすぎだと呆れられた。
ーー焼き芋を食べた。頬張る顔が可愛いと言ってくれた。
その倫太郎は、もう居ないんだ…
紅莉栖「……倫太郎ぉ…」
名前を呼ぶ。それは二度と手に入らないかもしれない宝石のような――。
まゆり『はぁ…はぁ…見つけたよ。紅莉栖ちゃん…』
振り返ると。息を切らして橋に寄り掛かるまゆりの姿があった。
113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 09:45:26.89 ID:ORTTWFc00
ラボ
ダル「見つかった?gjだお、まゆり」P!
携帯を切ったダルが再びこちらを見る。
ダル「オカリン。用事って何だお?」
岡部「プライバシーに関わることだ」
何度も同じ回答をする。この問答で彼是1時間近く経過していた。ラボの出入り口はダルが封鎖している。ダルを退かせない限り、俺はここから脱出できない。
ダル「…いい加減にしろよ、岡部」
114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 09:52:21.78 ID:ORTTWFc00
苛立って投げ捨てられた帽子。凄味が効いた声――橋田至が、ダルを止めた瞬間だった。
至が俺の胸ぐらを掴み上げる。突然の豹変に面喰らう俺の頬へ。
至「歯ぁ食いしばれや、岡部ぇっ!」
渾身のストレートが炸裂した。掴まれているにも関わらず、俺の身体は反動で吹き飛ばされる。
岡部「貴様、一体何を…」
至「分からないってか?本気で言ってるようなら、もう二・三発殴ってもいいんだぜ?」
殴り飛ばされた俺へと詰め寄る至。そこに普段の穏和さ等微塵もない。
岡部「…騙された。それがお前の素なのだな。ダル…いや、至と言うべきか」
116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 09:57:49.52 ID:ORTTWFc00
至「世界線を歩いてきたお前さえ分からなかったと言うんだから。僕は此処までキレた事が無かったみたいだね…我ながら、よく道化を演じたもんだ」
岡部「つまり、普段のお前は…」
至「お前の厨二病のような『設定』だよ――岡部」
眼鏡の奥の目が細まる。その目はかつての友を敵にした瞳。
至「自分が好きになった女二人を泣かせるような男を親友だと思っていた僕が馬鹿だった」
岡部「二人…?」
一人は俺たちの仲を気遣ってから身を引いたまゆり。ならば、もう一人は…
至「お前なら大丈夫だって…そう信じて牧瀬を任せたつもりだった。ところが、あの態度はなんだ!牧瀬がお前に何かしたのかよ!?」
岡部「……」
117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:02:17.20 ID:ORTTWFc00
咆哮。我慢をしていた諸々を吐き出したかのような、叫びだった。
至「牧瀬の奴、泣き散らしたんだってよ。まゆりが宥めても泣き続けたんだってよ…」
紅莉栖『岡部に…倫太郎に嫌われた…どうしたらいい?私はどうしたらいいの!?』
至「あのプライドの高い牧瀬が、だぜ。親友のまゆりの前でワンワン泣いたそうだ…まゆりも慰められないって慰められなかったって僕に泣き付いてきた…」
まゆり『ごめんね、ダルくん…まゆしぃじゃ紅莉栖ちゃんを慰めてあげられなかったよ…』
岡部「…」
至「何があったかは知らないけど、理由くらい話せよ!僕達親友じゃなかったのかよ!!なあ、岡部ぇっ!!」
至が、俺の白衣を握り立ち上がらせる。前後にガクガクと揺すられた後。もう隠し通すのは限界だと思った俺は口を開いた。
岡部「…分かった、話そう。ただし、誰にも言わないでくれ。紅莉栖は当然として、まゆりにもだ」
観念した。もう隠そうとは思わない。
ダル「分かったお…約束は守るんだぜ」
察してくれたのか、怒りが治まったのか…何時ものダルがそこにいた。
119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:07:12.76 ID:ORTTWFc00
まゆり「紅莉栖ちゃん、落ち着いた?」
紅莉栖「……ええ」
随分泣き喚いた気がする。それまで持っていた、思っていた事を全てまゆりにぶちまけた。
倫太郎と疎遠になって寂しかった事。構ってくれなくて、もしかしたら他に好きな子が出来たんじゃないかって不安になったこと。
帰国までこのままなのは嫌だということ。そして――幼馴染を奪ってしまったこと。
まゆりは黙って聞いてくれていた。全部話し終わった後。まゆりは口を開いた。
まゆり「紅莉栖ちゃん、前に言ったよね? オカリンの事を信じてるって」
紅莉栖「…うん」
120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:12:14.63 ID:ORTTWFc00
まゆり「じゃあどうして信じてあげられないの?今だって、オカリンの事を」
紅莉栖「…どう信じればいいの? 電話にも出ない、メールも返ってこない。顔を合わせることもないような人を、どうやって…」
まゆり「オカリンはね。いつも訳の分からないことばかり言うけど、本当は優しい人なんだ」
紅莉栖「……」
まゆり「だからね。嫌いになったとしても、そのことをしっかりと伝えにくるんだと思うの。だけど、オカリンは紅莉栖ちゃんを嫌いになったって言わなかったでしょ?」
紅莉栖「あいつ、チキンだから…面と向かって言わないだけで」
まゆり「そうだとしても。メールや電話で話してくれるはずだよ。それもなかったでしょ?」
紅莉栖「本当にそうなのか、分からないじゃない…」
まゆり「そうだね。まゆしぃもオカリンじゃないから、オカリンのほんとの気持ちなんて分からないね」
紅莉栖「だったら…!」
121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:17:21.57 ID:ORTTWFc00
まゆり「だから、オカリンを信じてみるのです。紅莉栖ちゃんを本当に嫌いになったのかどうか、オカリンと向き合って話をしてみるのです」
それで解決だよね、とまゆりは笑った。
私を取り巻く靄が晴れていく気がした。こんなにも簡単なことのように、まゆりが言うから。
紅莉栖「…ごめんね。私、どうかしてたみたい」
倫太郎に一番近かった少女の話を受け入れようと思った。
まゆり「いいんだよ。頭がごちゃごちゃになっちゃったんだから、仕方ないよ」
なでなでと頭を撫でられて少し恥ずかしかったけれど。
まゆり「紅莉栖ちゃん。今でもオカリンのこと、大好き?」
その当たり前の質問に。きっと私は涙でぐしゃぐしゃな顔のまま――
紅莉栖「大好き――岡部が、倫太郎が、大好き」
――晴れ晴れとした気持ちのまま答えるのだ
123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:22:12.97 ID:ORTTWFc00
帰国当日 空港
帰国当日。前日まで倫太郎は現れなかった。
ただ電話やメールには返事が来るようになった。忙しそうで時間もなかったはずなのに、律儀にメールを返してくれるのだ。
けれど。直に会ってはいない。電話で声は聴けても。メールで確認しても。直接会えないのは寂しかった。
まゆりを信じて私は今も待っている。私の事をどう思っているかは未だ聞けず仕舞いだ。
ダル「ったく…あと1時間くらいしかないのに何やってるんだお、オカリンは」
橋田はキョロキョロと辺りを見回したり、携帯をチェックしたりしている。倫太郎の連絡はまだみたい。
まゆり「ダルくんあわてないの。まだ1時間も残ってるんだよ?」
ポジティブな思考のまゆりはえへへと笑った。あれから倫太郎の事を相談しても、まゆりは『オカリンを信じてあげて』と一点張りだ。
126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:27:16.45 ID:ORTTWFc00
フェイリス「キョーマ、心配だニャ…どこかで捕まってるんじゃないのかニャ?」
フェイリスさん。お店を休んだことがないのが自慢だったのに、私の見送りの為に一日休みをもらったみたい。
その事を謝ると『クーニャンとバイバイする日に呑気にバイトなんてできないニャ』と笑った。
るか「だ、大丈夫ですよ。岡…凶真さんなら」
漆原さん。倫太郎に呼ばれて空港まで見送りに来てくれた。どう見ても女の子にしか見えない男の子は、どこか倫太郎を信じていた。
萌郁「………」カチカチ
萌郁さん。口数が少ない人だけど…というかどうやってラボメンになったんだっけ?思い出せない。
127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:32:09.56 ID:ORTTWFc00
ブラウン「ほらっ、綯と一緒にさっさと行け! 俺は駐車場に車回してくるからよ!!」
綯「行こう!オカリンおじさん!!」
その声に反射的に振り返った。自動ドアを潜って、綯ちゃんと――
岡部「慌てなくてもまだ時間はある…」
綯「悠長な事言ってると紅莉栖おねーちゃんに愛想付かされるんだよ」
岡部「それは怖いな…用心せねば」
そんな他愛もない会話を繰り返しながら。私の目の前までやってきた。
128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:37:36.46 ID:ORTTWFc00
岡部「時間が取れなくて。寂しい思いをさせてしまったことに対しては、済まないと思っている」
倫太郎は謝罪の言葉を口にした。
岡部「だが。俺が行う計画は、言外することができなかった――故に、誰にも気付かれずに行わざるを得なかったのだ」
紅莉栖「言い訳はいい……それで、答えは出てるんでしょうね?」
私の事を好きかどうか。その答えを今日教えると言って。空港までやってきた倫太郎。心なしか緊張しているように見える。
岡部「ああ…」
倫太郎は白衣のポケットの中に手を入れた。そして何かを取り出して、私に握らせた。
小さな立方体の箱。手のひらに収まる程度の大きさのそれを。
130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:42:15.31 ID:ORTTWFc00
紅莉栖「開けてもいい?」
頷いた倫太郎の姿を確認してから、私はそれを開いた。
岡部「これが、俺の回答だ」
宝石も何もない、ただのリング――
紅莉栖「……」
岡部「安物で申し訳ないが、受け取ってくれ。紅莉栖」
紅莉栖「婚約、指輪?」
辛うじて出た言葉だった。もう、涙で前が見えない。
岡部「学生の身ではそれが限界だったのだ。だが、数年後――それ以上かかるかもしれんが、必ず迎えに行く…だから、それまで待っててくれ、紅莉栖」
身勝手な願いだった。こんな物まで渡されて。何年掛かる分からないけど、待てなんて。
131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:47:07.17 ID:ORTTWFc00
指輪を取り出して薬指に付ける。何故かサイズはピッタリだった。装飾も何もないエンゲージリング。
ダル「オカリン、それを買うためにずっとアルバイトしてたんだお」
まゆり「ロマンチックだよねぇ…」
倫太郎の不在の理由はアルバイトだった。しかも私に渡すためだけに隠れての――。
紅莉栖「…ばか」
岡部「男なのだ。見栄くらい張らせてくれ」
紅莉栖「いいわ。その代わり、ちゃんと迎えに来なさいよね?」
この時、私の将来の予定は決まった。
132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:52:11.71 ID:ORTTWFc00
岡部「紅莉栖…」
紅莉栖「なに、倫太郎」
岡部「大好きだ。この世界中で、誰よりも。岡部倫太郎は、牧瀬紅莉栖を愛している」
紅莉栖「……私も大好き。この世界の中で、誰よりも。牧瀬紅莉栖は、岡部倫太郎を愛してます」
――倫太郎との距離が縮まる。その腕に抱きしめられる。久しぶりの感覚。久しぶりの倫太郎の匂い。
――紅莉栖との距離を詰める。ゆっくりと壊れ物のように抱きしめる。久しぶりの感触。久しぶりの紅莉栖の香り。
――どちらともなく。ゆっくりと、互いの唇を重ね合わせた。
長いような、短いような。曖昧な感覚のまま、唇が離れた――
134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 10:57:35.01 ID:ORTTWFc00
周りの友人たちは囃し立てるも、渦中の二人は世界に二人だけしかいないような感覚だった。
周囲の音も声も。聞こえない。二人だけの世界を――
岡部「またな」
倫太郎は泣き出しそうな顔をしていた。馬鹿ね…テレビ電話とかあるでしょ?
一生…会えなくなるわけじゃ…ない
紅莉栖「またね」
紅莉栖は今にもまた泣き出しそうだった。多分俺も同じような顔をしているのだろう。
一生会えなくなるわけではないのに。何処か寂しかった。
雑踏の中。乗降口へ向かう紅莉栖の背中が見えなくなるまで。俺は彼女を見送った。
また出会える日を願って――
fi―
139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 11:07:03.10 ID:ORTTWFc00
その日。牧瀬紅莉栖はアメリカ行きの飛行機へ乗り込むつもりだった――が。
紅莉栖「…あ、もしもし――紅莉栖です。実は――」
空港ロビー
岡部「……行ったな」
紅莉栖の乗った飛行機を見送る。また数年後。再び出会う日まで、一時のさよならを
ダル「オカリン。今度はいじけるのは無しだお」
まゆり「そうそう。前は大変だったんだよ~」
岡部「ああ、分かっている…」
フェイリス「ニャニャ。これからどうするニャン?」
岡部「そうだな…取り敢えず」
るか「……あ」
とるか子が細い声を漏らした。目を見開いている。その様子を見たラボメン達はその視線の先を追った。
140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 11:11:17.62 ID:ORTTWFc00
俺もその方を振り返った。と同時に、何かが飛び込んでくる。
それを認識するまで数秒。そして俺の胸の中に埋めていた顔を持ち上げたそれは、眩しいくらいの笑顔を見せて言った。
紅莉栖「…ごめん。帰ってきた」
岡部「…そんなに待ちきれなかったのか?」
紅莉栖「うん。あと向こうの上司に伝えたわ。数年は戻らないから頑張ってって」
岡部「上司は災難だな」
紅莉栖「頭を抱えられたわ。でも励まされた。『オカベを必ず捕まえてこい。お前が愛した男を逃がすんじゃないぞ』って」
岡部「ゴホンッ……何はともあれ。歓迎するぞ、紅莉栖」
紅莉栖「ありがとう。それから倫太郎、あなたと一緒にいることが…」
もう、素直になるって決めたのだから――
紅莉栖「それが、私の一番の願いだもの」
END
142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 11:16:37.92 ID:ORTTWFc00
今度こそ終了です。まあ、ボロクソに言われましたが心折れずに書き終えました。
最後まで見てくれたおまいら本当にありがとう
152: dat落ちしても問題なし 2011/10/04(火) 11:42:02.92 ID:ORTTWFc00
…コソコソするなら今のうち。完全に蛇足の補足。
メールが届きました。
開きますか?
1. yes
2.no
>>155
155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 11:44:31.88 ID:eM+5mID+0
くぱぁしろ
156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 11:53:57.48 ID:ORTTWFc00
ムービーメール、再生開始
紅莉栖「何を話せばいいの?…え?もう録画してる?ちょっ、早く言いなさいよ、倫太郎!」
紅莉栖「あ、牧瀬紅莉栖です。あなたがこのメールを見ているということは、私達のアレコレを最後まで見てくれたということ。ありがとう、観測者達。最後に…」
――その後の話を少しだけしようと思う。
岡部の両親に挨拶をした。今後自分の親になる人達だ。粗相のないように対応できたと思う。
後で岡部に聞いたら、好感触だったようだ。
日常的な英語を扱えるようになった岡部を連れて渡米。母に紹介した。
拙い言葉だったけれど、私を幸せにすると語る岡部に母は娘を頼みます、と言った。
やっぱり恥ずかしい。
漆原さんはお父さんの跡を継いで神主様になった。なったのだが、相変わらず巫女装束らしい。
お父さんの趣味と女性顔負けの美貌で、今も神社の看板娘(息子)である。
フェイリスさんは、秋葉原を更に発展させるべく邁進中だ。事業も幾つか立ち上げ、やり手の女社長として頑張っている。
桐生さんはブラウン管工房に就職した。アルバイトから正社員に格上げだそうだ。何しろ仕事をこなす要領が恐ろしく良いらしく、店長さんも忙しく走り回る日々だそうだ。
橋田とまゆりは結婚した。二人の間には女の子が生まれた。名前を何にしようかと悩んだ結果、鈴音に決まった。
岡部に言わせれば、観測していた結果とは異なるらしい。それでも、鈴音が生まれたのなら、それはシュタインズゲートの選択…なのだそうだ。
161: >>157禿同 2011/10/04(火) 12:07:07.68 ID:ORTTWFc00
2024年
二人の少々が街中を走っていた。
鈴音『きーちゃん、待って~』
きーちゃん『きーちゃんではない!私は狂気のマッドサイエンティストの娘!!』
バッとポーズを決める少女。ダボダボの白衣が揺れる。
きーちゃん『フェニックスの鳳凰に、色々省略した院、そして鏡のように真実を映す華――鳳凰院鏡華だ!』
鈴音『でもきーちゃんの名前は岡部希望だよ?』
希望『こまけぇこたぁいいんだよ!…で、鈴音。今日は何処に行くの?』
鈴音『綯おねーちゃんのところかなぁ…あ、でもでも留未穂さんのお店にも行きたいかも』
もう一人の少女はブカブカの帽子をかぶっていた。手にした懐中時計を見ながら考えている。
希望『まあいいけど…行こう、鈴音』
鈴音『うんっ!』
そして握られた手を握り返し。二人は街中を再び駆けだした…
蛇足終わり。
162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 12:14:08.33 ID:ORTTWFc00
もう無いぞ。もう何もないからな
というわけでおまいら乙ありがとう
164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/10/04(火) 12:15:59.25 ID:Lzc9cgAB0
今度こそ乙
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