前作
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
白菊ほたると不思議体験その2
【モバマス】響子「混ぜる」ほたる「混ざる」
1: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:37:46 ID:F25
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
私、あいこは嫌いじゃありません。
お互いに相手がどんな手を出すか考えて、何を出せばいいか考えて。
それで出した答えが同じって、なんだか素敵じゃないですか?
差し入れのケーキを選ぶ順番をかけて、じゃんけんぽん。
あいこが3回続いたとき、私はそんなことを言いました。
未央ちゃんは『へえ、ちょっと面白いね』と笑いました。
プロデューサーさんは『優しい藍子らしいかもしれないな』と微笑みました。
プロデューサーさんの言葉を聴いて、私はあいまいに笑いました。
たぶん、プロデューサーさんは、私の思っていることを少し勘違いなさっているのです。
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
勝負はなかなかつきません。
「じゃあ、3つのケーキを3等分して食べませんか? 沢山の味が楽しめて、みんな楽しいと思います」
なるほどそれもいいか、と2人がわらいました。
こういうあいこも、好きは好き。
誰かが勝つより楽しくなるあいこなら、それは素敵じゃないですか?
でも――
2: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:38:30 ID:F25
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
ある日、私に後輩が出来ました。
うちの事務所は定期的に研修生を取るのです。
その中に一人、気になる子が居ました。
13歳の女の子、白菊ほたるちゃんです。
ちょっと背中を丸めた、色の白い女の子は最初とてもおどおどして見えました。
やさしくて、ちょっと控えめで、自分なんかが、って少し自分を下に見るところがあって。
私はこの気の弱そうな子が芸能界でやっていけるのかな、と少し心配になりました。
だけどすぐに、それが私の勘違いだってわかりました。
「もう一度お願いします」
それは、ほたるちゃんの口癖です。
レッスンが行き詰ったとき、解らないことがあったとき、ほるたちゃんは立ち止まりません。
何度でも何度でも挑戦します。
トレーナーさんに食いついて、レッスンの後は自分で色々工夫して。
どんなに時間がかかっても、教わったことを自分の物にしていきます。
それはとても素敵なこと。
だけど、そんなほたるちゃんの歩みは、決して早いものではありません。
勘所をさっとつかんで大きく伸びる、そういうタイプじゃないんです。
それに――
「あっ、危ない!」
ある日、ほたるちゃんの靴紐が切れて倒れそうになるのを、支えてあげたことがありました。
ほたるちゃんの周りでは、いつもトラブルが起きるのです。
彼女の道を阻んで、笑顔を曇らせるような出来事が、何度も。
ずっと昔からなんです。
私のまわりでは、良くないことが起きるんです。
助けてくれてありがとうございますと頭を下げてくれた後、ほたるちゃんは寂しそうに、そんなことを教えてくれました。
一歩すすんで振り出しに戻る。
進んだと思ったら一回休み。
そんなことを繰り返す間に、研修生として同期で入った子たちはほたるちゃんを追い越してデビューしていきます。
一人で泣いているのを、何度も見ました。
成果が出ないことを悔しがって。
何故私だけ、って苦しんで。
アイドルを目指しちゃいけないんじゃないかって悩んで。
それでも次の日になれば、ほたるちゃんはレッスンにやって来ます。
よろしくお願いします。
もう一度お願いします。
なんどでも、何度でも――
「ほたるちゃん。そこは、私が教えられると思う」
ある日、またダンスレッスンで躓いているほたるちゃんに、私はそう話しかけていました。
えっ、と目を丸くする彼女の前で、今躓いていたステップを再現して見せます。
「すごい、完璧です……!」
「それは、そうです。私もここで躓いて、何度も練習しましたから」
ほたるちゃんの目が、本当にまんまるになりました。
ほたるちゃんと私は、ちょっと似ています。
余り運動神経がいいほうとはいえないこと。
直感よりは、地道に積み重ねていくことで何かを物にしていくタイプであること。
同じようなところで躓いて、同じように立ち上がろうとする姿を見て、私はプロデューサーさんにスカウトされたばかりのころの自分を思い出していました。
Pさんに頼んでほたるちゃんのレッスンと私のレッスンの時間をあわせてもらって、出来る限りを伝えていきます。
私がつまづいたことを。
私がそれをどう克服したのかを。
「こんなにしてもらって、悪いです」
ほたるちゃんは恐縮します。
だけどいいんです、と私は笑います。
「だってこれで『あいこ』ですから」
未央ちゃん、茜ちゃん。
素敵な仲間に囲まれて、活動も軌道に乗ってきて。
私の毎日は今、とても素敵です。
だけどほたるちゃんの姿は、私につまづいてばかりだったころを思い出させてくれました。
悔しさを、そして、真新しい場所に至る、あのよろこびを。
だから、あいこにしたかった。
ほたるちゃんの手伝いを、したいって思ったんです。
そして、やがてほたるちゃんがデビューを迎えたとき、私とほたるちゃんは手を取り合って喜んだのです。
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
「あまりあの子に入れ込みすぎない方がいいぞ」
ある日、プロデューサーさんは私にそう釘を刺しました。
ほたるちゃんの事です。
レッスンを共にして、一緒に夢の話をして。
先輩後輩から親しい友達になった、そんなころの事でした。
「あの子は藍子と似てるところがある。将来、喰いあう可能性が高い」
下手に肩入れすると、自分の足元をすくわれるぞ、とプロデューサーさんは言うのです。
「何を暢気な顔をしてるんだ」
さらに注意を続けようとして、プロデューサーさんが困り顔をしたのは、多分私が嬉しそうに笑っていたからです。
だって、私とほたるちゃんが似てる、というのが嬉しかったんですもの。
実は、私もそう思っていたんです。
私とあの子は似てるかも。
あの子と私は、もしかしたら――って。
「それに、きついだろう」
「きつい?」
プロデューサーさんの言葉に、首を傾げます。
「同じ椅子を巡って争いあう。相手を蹴落とす。この世界は光と影しかないところだ――仲良くなりすぎると、相手を知りすぎると、辛いだろう?」
「大丈夫ですよ」
私があまりにあっさり請け負うので、プロデューサーさんはあっけに取られたようでした。
「プロデューサーさんは、私が『あいこは嫌いじゃない』って言ったの、覚えてますか?」
「覚えてるが」
だけどあいこなんてあるわけがないだろう。
眉を寄せるプロデューサーさんに、私は小さく笑いました――。
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
ほたるちゃんと私が競い合う日は、案外早くやって来ました。
「『谷の底で咲く花は』ですか」
「そうだ」
歌詞や譜面、音源。色々な資料を私の前に広げて、プロデューサーさんが頷きます。
それは、苦しみに諦めかけた花が空を仰ぐ物語でした。
「今回この曲に、うちはかなり力を入れている。ここまでかなり金がかかってるし、大きなキャンペーンを打つ予定なんだ」
「いい曲ですね」
「今まで藍子が歌ってきたものとは、だいぶイメージが違うけどな――でも、ここから藍子の表現の幅を広げるためにも、是非取っておきたい」
「取る、ということは」
「ああ、事務所内でオーディションを行うことになる」
私は、既にオーディションに参加を決めている子たちの名簿に目を通しました。
その中に、白菊ほたるという名前があるのを見て、嬉しくなってしまいます。
この歌はほたるちゃんにも、きっとぴったり。
だけど――
「私、この歌、好きです」
にっこり笑って、私はプロデューサーさんに頷きました。
「この歌を、取りましょう」
私もこの歌が、とても好きになっていたのです――。
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
人の噂は、とめられないもので。
『谷の底で咲く花は』を巡る話は、事務所の中ですっかり噂になっていました。
高森藍子と白菊ほたるの仲がいいことは、もう周知の事実でしたから。
ほたるちゃんとあの歌はイメージがぴったり。
ずっと苦労していた彼女にとってはやっと巡って来た飛躍のチャンスかも知れません。
だけど――
『高森藍子と白菊ほたるは、本気で競い合えるか?』
噂の注目点は、そんなところだったみたいです。
白菊ほたるは優しい子。
デビューするまでに、高森藍子に随分助けてもらってる。
そんな相手と競い合えるだろうか?
いつも自分なんかがと一歩引く彼女が、オーディションに挑めるだろうか?
高森藍子はとても穏やかな子。
白菊ほたるはかわいい後輩で、友人。
この歌がほたるにとって大きな飛翔のチャンスだと、解っている。
それなのに本気で競い合えるだろうか?
手心を加えたくなったりはしないだろうか?
「やっぱり、あーちゃん、ちょっとキツい?」
あまり噂が広まったので、未央ちゃんまで心配して、レッスンを見に来てくれる始末です。
「何がですか?」
私は入念に柔軟をこなしつつ、きょとんと首をかしげました。
「だって、ほたるんと――」
「――未央ちゃんは、覚えていますか?」
大きな瞳に心配げな色を浮かべた未央ちゃんの言葉をさえぎって、私は問いを投げました。
「私が『あいこは嫌いじゃない』って言ったときのこと」
「――ああ」
未央ちゃんの顔が、ぱっと明るくなりました。
「ああ、そうか。解るよ――そうできたらいいね」
「でしょう?」
やっぱり、未央ちゃんはわかってくれました。
それが嬉しくて、私はにっこりと笑ったのです。
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
「藍子さん」
オーディション当日、控え室で。
ほたるちゃんは私に真剣なまなざしを向けて、頭を下げました。
「いっぱい助けてくれたこと、感謝しています。うんとたくさん、レッスンを見てくれて。優しくしてくれて。私、藍子さんの事が、大好きです」
「私も、ほたるちゃんの事が、大好きですよ」
にっこり笑って、応じます。
「ひたむきで、くじけることを知らなくて。優しくて傷つきやすいけど、傷の痛みに耐えて進むことを知ってる――そんなほたるちゃんが、私は大好きです」
「だけど、どうしても今日は、藍子さんに勝ちたいです」
顔を上げてそう宣言するほたるちゃんの顔に、迷いはありませんでした。
迷うことも悩むことも済ませて、私と本気で競い合うつもりでここに来た。
そんなまなざしでした。
私は、それがとてもうれしかったのです。
「『あいこ』が出せたね」
「えっ」
私の言っていることが解らないのでしょう。
ほたるちゃんの目がまん丸になりました。
「わたし、あいこって嫌いじゃないんです」
プロデューサーさんは、優しい私らしい、といいました。
だけど、それは少し、違います。
「お互いに、相手がどんな手を出すか考えて、何を出せばいいか考えて――自分がどうしたらいいか、相手がどうするか。考えて、考えて――それで出した答えが同じって、なんだか素敵じゃないですか?」
「――ああ」
ほたるちゃんが、頷きます。
「一杯なやみました。だけど、もし逃げたら、アイドルでいる資格が無いから。藍子さんに鍛えてもらったことが無駄になるから。きっともう二度と藍子さんと一緒に笑えないから――だから私は、今日本気で藍子さんと戦うんです」
「私もです」
ゆっくりと、頷きます。
「ほたるちゃんは大好きです。立派なアイドルになってほしいって思ってます。だけど、そのために私が引くのは――きっと、ひどい侮辱です。だから私は、今日本気でほたるちゃんと戦うんです」
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
今日私とほたるちゃんは、一曲の歌をかけて、戦います。
だけど心はあいこです。
同じ道を目指して、お互いを知って。
お互いを好きになって、そうして出した結論が重なって――戦う。
そう思えたのは、とっても素敵なことだと思います。
アイドルの世界は、光と影が濃いところです。
負ければ影に。
勝てば光と喝采を浴びられる、そんなところです。
負けて、消えていった人を知っています。
勝負を避けて、消えていった人を知っています。
だけど心があいこなら、そんな事にはなりません。
今日どちらかが負けたとしても、私たちはまた戦いあっていけるでしょう。
友達でいることができるでしょう。
ずっとずっと、この世界で競い合っていけるでしょう。
私たちの友情はきっと、そうして戦いあう中にこそあるんです。
ほたるちゃんとそうなれたことが、私は、本当に嬉しかったんです。
「頑張ろうね」
「負けません」
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
最初はグー。
次はパー。
私たちはあいこを出したその手で、かたい握手を交わしました。
(おしまい)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
元スレ
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
ある日、私に後輩が出来ました。
うちの事務所は定期的に研修生を取るのです。
その中に一人、気になる子が居ました。
13歳の女の子、白菊ほたるちゃんです。
ちょっと背中を丸めた、色の白い女の子は最初とてもおどおどして見えました。
やさしくて、ちょっと控えめで、自分なんかが、って少し自分を下に見るところがあって。
私はこの気の弱そうな子が芸能界でやっていけるのかな、と少し心配になりました。
だけどすぐに、それが私の勘違いだってわかりました。
「もう一度お願いします」
それは、ほたるちゃんの口癖です。
レッスンが行き詰ったとき、解らないことがあったとき、ほるたちゃんは立ち止まりません。
何度でも何度でも挑戦します。
トレーナーさんに食いついて、レッスンの後は自分で色々工夫して。
どんなに時間がかかっても、教わったことを自分の物にしていきます。
それはとても素敵なこと。
3: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:39:29 ID:F25
だけど、そんなほたるちゃんの歩みは、決して早いものではありません。
勘所をさっとつかんで大きく伸びる、そういうタイプじゃないんです。
それに――
「あっ、危ない!」
ある日、ほたるちゃんの靴紐が切れて倒れそうになるのを、支えてあげたことがありました。
ほたるちゃんの周りでは、いつもトラブルが起きるのです。
彼女の道を阻んで、笑顔を曇らせるような出来事が、何度も。
ずっと昔からなんです。
私のまわりでは、良くないことが起きるんです。
助けてくれてありがとうございますと頭を下げてくれた後、ほたるちゃんは寂しそうに、そんなことを教えてくれました。
一歩すすんで振り出しに戻る。
進んだと思ったら一回休み。
そんなことを繰り返す間に、研修生として同期で入った子たちはほたるちゃんを追い越してデビューしていきます。
一人で泣いているのを、何度も見ました。
成果が出ないことを悔しがって。
何故私だけ、って苦しんで。
アイドルを目指しちゃいけないんじゃないかって悩んで。
それでも次の日になれば、ほたるちゃんはレッスンにやって来ます。
よろしくお願いします。
もう一度お願いします。
なんどでも、何度でも――
4: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:39:54 ID:F25
「ほたるちゃん。そこは、私が教えられると思う」
ある日、またダンスレッスンで躓いているほたるちゃんに、私はそう話しかけていました。
えっ、と目を丸くする彼女の前で、今躓いていたステップを再現して見せます。
「すごい、完璧です……!」
「それは、そうです。私もここで躓いて、何度も練習しましたから」
ほたるちゃんの目が、本当にまんまるになりました。
ほたるちゃんと私は、ちょっと似ています。
余り運動神経がいいほうとはいえないこと。
直感よりは、地道に積み重ねていくことで何かを物にしていくタイプであること。
同じようなところで躓いて、同じように立ち上がろうとする姿を見て、私はプロデューサーさんにスカウトされたばかりのころの自分を思い出していました。
Pさんに頼んでほたるちゃんのレッスンと私のレッスンの時間をあわせてもらって、出来る限りを伝えていきます。
私がつまづいたことを。
私がそれをどう克服したのかを。
「こんなにしてもらって、悪いです」
ほたるちゃんは恐縮します。
だけどいいんです、と私は笑います。
「だってこれで『あいこ』ですから」
未央ちゃん、茜ちゃん。
素敵な仲間に囲まれて、活動も軌道に乗ってきて。
私の毎日は今、とても素敵です。
だけどほたるちゃんの姿は、私につまづいてばかりだったころを思い出させてくれました。
悔しさを、そして、真新しい場所に至る、あのよろこびを。
だから、あいこにしたかった。
ほたるちゃんの手伝いを、したいって思ったんです。
そして、やがてほたるちゃんがデビューを迎えたとき、私とほたるちゃんは手を取り合って喜んだのです。
5: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:40:25 ID:F25
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
「あまりあの子に入れ込みすぎない方がいいぞ」
ある日、プロデューサーさんは私にそう釘を刺しました。
ほたるちゃんの事です。
レッスンを共にして、一緒に夢の話をして。
先輩後輩から親しい友達になった、そんなころの事でした。
「あの子は藍子と似てるところがある。将来、喰いあう可能性が高い」
下手に肩入れすると、自分の足元をすくわれるぞ、とプロデューサーさんは言うのです。
「何を暢気な顔をしてるんだ」
さらに注意を続けようとして、プロデューサーさんが困り顔をしたのは、多分私が嬉しそうに笑っていたからです。
だって、私とほたるちゃんが似てる、というのが嬉しかったんですもの。
実は、私もそう思っていたんです。
私とあの子は似てるかも。
あの子と私は、もしかしたら――って。
「それに、きついだろう」
「きつい?」
プロデューサーさんの言葉に、首を傾げます。
「同じ椅子を巡って争いあう。相手を蹴落とす。この世界は光と影しかないところだ――仲良くなりすぎると、相手を知りすぎると、辛いだろう?」
「大丈夫ですよ」
私があまりにあっさり請け負うので、プロデューサーさんはあっけに取られたようでした。
「プロデューサーさんは、私が『あいこは嫌いじゃない』って言ったの、覚えてますか?」
「覚えてるが」
だけどあいこなんてあるわけがないだろう。
眉を寄せるプロデューサーさんに、私は小さく笑いました――。
6: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:40:55 ID:F25
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
ほたるちゃんと私が競い合う日は、案外早くやって来ました。
「『谷の底で咲く花は』ですか」
「そうだ」
歌詞や譜面、音源。色々な資料を私の前に広げて、プロデューサーさんが頷きます。
それは、苦しみに諦めかけた花が空を仰ぐ物語でした。
「今回この曲に、うちはかなり力を入れている。ここまでかなり金がかかってるし、大きなキャンペーンを打つ予定なんだ」
「いい曲ですね」
「今まで藍子が歌ってきたものとは、だいぶイメージが違うけどな――でも、ここから藍子の表現の幅を広げるためにも、是非取っておきたい」
「取る、ということは」
「ああ、事務所内でオーディションを行うことになる」
私は、既にオーディションに参加を決めている子たちの名簿に目を通しました。
その中に、白菊ほたるという名前があるのを見て、嬉しくなってしまいます。
この歌はほたるちゃんにも、きっとぴったり。
だけど――
「私、この歌、好きです」
にっこり笑って、私はプロデューサーさんに頷きました。
「この歌を、取りましょう」
私もこの歌が、とても好きになっていたのです――。
7: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:42:14 ID:F25
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
人の噂は、とめられないもので。
『谷の底で咲く花は』を巡る話は、事務所の中ですっかり噂になっていました。
高森藍子と白菊ほたるの仲がいいことは、もう周知の事実でしたから。
ほたるちゃんとあの歌はイメージがぴったり。
ずっと苦労していた彼女にとってはやっと巡って来た飛躍のチャンスかも知れません。
だけど――
『高森藍子と白菊ほたるは、本気で競い合えるか?』
噂の注目点は、そんなところだったみたいです。
白菊ほたるは優しい子。
デビューするまでに、高森藍子に随分助けてもらってる。
そんな相手と競い合えるだろうか?
いつも自分なんかがと一歩引く彼女が、オーディションに挑めるだろうか?
高森藍子はとても穏やかな子。
白菊ほたるはかわいい後輩で、友人。
この歌がほたるにとって大きな飛翔のチャンスだと、解っている。
それなのに本気で競い合えるだろうか?
手心を加えたくなったりはしないだろうか?
8: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:42:30 ID:F25
「やっぱり、あーちゃん、ちょっとキツい?」
あまり噂が広まったので、未央ちゃんまで心配して、レッスンを見に来てくれる始末です。
「何がですか?」
私は入念に柔軟をこなしつつ、きょとんと首をかしげました。
「だって、ほたるんと――」
「――未央ちゃんは、覚えていますか?」
大きな瞳に心配げな色を浮かべた未央ちゃんの言葉をさえぎって、私は問いを投げました。
「私が『あいこは嫌いじゃない』って言ったときのこと」
「――ああ」
未央ちゃんの顔が、ぱっと明るくなりました。
「ああ、そうか。解るよ――そうできたらいいね」
「でしょう?」
やっぱり、未央ちゃんはわかってくれました。
それが嬉しくて、私はにっこりと笑ったのです。
9: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:42:56 ID:F25
◇
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
「藍子さん」
オーディション当日、控え室で。
ほたるちゃんは私に真剣なまなざしを向けて、頭を下げました。
「いっぱい助けてくれたこと、感謝しています。うんとたくさん、レッスンを見てくれて。優しくしてくれて。私、藍子さんの事が、大好きです」
「私も、ほたるちゃんの事が、大好きですよ」
にっこり笑って、応じます。
「ひたむきで、くじけることを知らなくて。優しくて傷つきやすいけど、傷の痛みに耐えて進むことを知ってる――そんなほたるちゃんが、私は大好きです」
「だけど、どうしても今日は、藍子さんに勝ちたいです」
顔を上げてそう宣言するほたるちゃんの顔に、迷いはありませんでした。
迷うことも悩むことも済ませて、私と本気で競い合うつもりでここに来た。
そんなまなざしでした。
私は、それがとてもうれしかったのです。
「『あいこ』が出せたね」
「えっ」
私の言っていることが解らないのでしょう。
ほたるちゃんの目がまん丸になりました。
10: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:43:22 ID:F25
「わたし、あいこって嫌いじゃないんです」
プロデューサーさんは、優しい私らしい、といいました。
だけど、それは少し、違います。
「お互いに、相手がどんな手を出すか考えて、何を出せばいいか考えて――自分がどうしたらいいか、相手がどうするか。考えて、考えて――それで出した答えが同じって、なんだか素敵じゃないですか?」
「――ああ」
ほたるちゃんが、頷きます。
「一杯なやみました。だけど、もし逃げたら、アイドルでいる資格が無いから。藍子さんに鍛えてもらったことが無駄になるから。きっともう二度と藍子さんと一緒に笑えないから――だから私は、今日本気で藍子さんと戦うんです」
「私もです」
ゆっくりと、頷きます。
「ほたるちゃんは大好きです。立派なアイドルになってほしいって思ってます。だけど、そのために私が引くのは――きっと、ひどい侮辱です。だから私は、今日本気でほたるちゃんと戦うんです」
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
今日私とほたるちゃんは、一曲の歌をかけて、戦います。
だけど心はあいこです。
同じ道を目指して、お互いを知って。
お互いを好きになって、そうして出した結論が重なって――戦う。
そう思えたのは、とっても素敵なことだと思います。
11: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:44:32 ID:F25
アイドルの世界は、光と影が濃いところです。
負ければ影に。
勝てば光と喝采を浴びられる、そんなところです。
負けて、消えていった人を知っています。
勝負を避けて、消えていった人を知っています。
だけど心があいこなら、そんな事にはなりません。
今日どちらかが負けたとしても、私たちはまた戦いあっていけるでしょう。
友達でいることができるでしょう。
ずっとずっと、この世界で競い合っていけるでしょう。
私たちの友情はきっと、そうして戦いあう中にこそあるんです。
ほたるちゃんとそうなれたことが、私は、本当に嬉しかったんです。
「頑張ろうね」
「負けません」
じゃんけんぽん、あいこでしょ。
最初はグー。
次はパー。
私たちはあいこを出したその手で、かたい握手を交わしました。
(おしまい)
12: ◆cgcCmk1QIM 平成31年 04/12(金)18:46:31 ID:F25
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
高森藍子「あいこでしょ」