1: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:53:22.66 ID:Q3Zc+mWd0


第一夜 情熱の不老不死

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

第三夜 不死講

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1550832802




2: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:55:03.69 ID:Q3Zc+mWd0

――――――

第一夜 情熱の不老不死

――――――



3: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:55:30.89 ID:Q3Zc+mWd0

静かな研究室にプシューッと空気の抜ける音が広がった。
研究室には、肩まで伸びた長い白髪にひざ丈まである白衣、上から下まで白で染まった男が一人。
その手には、ピンク色の液体で満ちた円筒状のガラス管が握られている。

「遂に完成したぞ。有史以来、人類が夢に見た薬だ!」

白髪の男の隣には、若い男が一人。彼もまた染み一つない白衣に袖を通している。

「博士、おめでとうございます。ところで、これまで手伝ってきて何なのですがこの薬は一体何なんですか?」

「なに?君は助手だというのに。そんなことも知らずに手を貸してくれていたのか。まあいい、これはかつて秦の始皇帝も喉から手が出るほど欲した不老不死を実現する薬なのだ」

「不老不死ですか?」

「そう、この薬を一たび飲めば決して病気には罹らず、ケガをしてもすぐに治ってしまう、老いることもなくなり、文字通り永遠に生き続けることができるのだ」

助手の訝し気な表情を見ると、博士はニヤリと口角を上げ試験管の液体を一気に喉に流し込んだ。
そうして、まるでそれが一連の流れであるかのように机の引き出しから銃を取り出し自身の頭を打ちぬいた。

「は、博士!?」

助手は、頭から血を流し前のめりに倒れた博士へと駆け寄る。
驚いたことに博士の顔は、とても死んでいるとは思えないほど安らかなものであった。と思いきや、どうも様子がおかしい。
血色は以前にもまして良く、髪も新雪の振った朝のような白から黒光りしたものへと変わり、先ほどこめかみにできたばかりの風穴は完全に塞がれていた。

「ははは、驚いたかね?君が、『不老不死だなんて信じられない』という顔をしていたから実証してあげたまでだ」

「うわぁ、びっくりしたなあもう。しかし、折角できた薬を一人で飲んじゃうなんてズルいですよ!」

「案ずるでない助手君、ちゃんと君の分もある。それどころか、この薬は安価で製造可能だ。全人類に不老不死を与えることができるぞ!」

博士の言葉通り、そのクスリは地球上のどこでも入手が容易な植物で作られており。
ほどなくして、世界から死は消え去った。



4: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:55:58.25 ID:Q3Zc+mWd0


――――――

「いやあ、博士の発明は世界を変えてしまいましたねえ」

若さを取り戻し、筋肉ではち切れそうな白いシャツを着た博士は、もくもくと電卓を叩いている。
助手の称賛の声は、博士には届いていないようだ。

「そういえば、こんな話を聞きましたよ。とある冒険家が首狩り族に殺されたそうなんですけど、刈り取られ晒されていた頭から体が生えて村から逃げ帰ってきたそうです」

「実はこの話には続きがありまして、村に残った胴体からも頭が生えて無事に帰還したって言うんです。この場合、どちらが本人なんでしょうね?」

助手の問いかけにも、やはり博士は答えない。

「まったく、今どき仕事に情熱を注いでいるのは博士ぐらいのものですよ」

不老不死の薬は、世界を大きく変えた。
あまねく医療関係者を退職へと追いやった一方で、科学技術や芸術の分野において一段越しでの発展を成し得たのだ。
それもそのはず。好きでもない仕事を、生きていくため、飯を食べていくため、家族を養っていくためだけに勤めていた人々が、その楔から解放され。
自身の興味のあることにのみに、力を注ぎだしたからだ。

優秀な頭脳を持った医療関係者たちの一部が、別分野の仕事へと転職したこともその世の流れに拍車をかけた。

科学は、もはや魔法と見分けがつかないほどに発達し。
美術館には伝統と前衛が両立した作品がこれでもかというほどギュウギュウ詰めにされるほどである。

人々の生活圏も、あっという間に宇宙まで広がり。今では、太陽系の外に達した者も居ると噂されているほどだ。
しかし、そうした人類の進歩も長くは続かなかった。

「なにせ時間は無限にあるのだ、焦ってどうなる。ゆっくりいこうぜ」
とある作詞家の書いた曲の一節であるが、これが人々の心を打ったのだ。

永遠の時を手に入れた人々は、いつしか無限の怠惰を享受するようになり。技術や芸術の進歩に力を注ぐものは徐々に減っていってしまった。
そうして世界は堕落的で無変化なものへと落ち着いてしまったのである。

「ねえ博士、アンデッド溢れる世界で今度はどんな薬を作ろうって言うんですか?」

「……止めてくれるな助手よ。どうやら、私が飲んだ不老不死薬は後に作られたものよりずっと強力だったらしい」

「どういうことです?」

「我が情熱は、一向に止まる気配がないのだ。どうやら、肉体と共に私の情熱までが不老不死となってしまったらしい」

「それはまた難儀なことですが仕方ないですね、特にすることもないのでお手伝いしますよ。それで何の薬を作ろうとしているのですか?」

博士は、電卓をたたき続けていた手を止め助手のほうを振り返りニヤリと笑った。

「不老不死者を殺す薬さ」



5: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:56:46.03 ID:Q3Zc+mWd0

――――――


「できましたねえ博士……」

「ああ、遂に完成したな。これこそ、不死者を殺すという矛盾を成し得る薬だ」

「これはまた、生きることに飽いた連中に飛ぶように売れますよ。稼いだ金で、しばらく遊んで暮らしましょうよ」

「いや、まだだ……情熱は未だ湧き出してくる!」

「まったくもう。次は何ですか?」


「次は、不老不死者を殺す薬でも殺せない不老不死薬だ!」

――――――

第一夜 「情熱的不老不死者」

おわり

――――――



6: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:58:12.36 ID:Q3Zc+mWd0

――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

~シュレディンガーの猫~

――――――



7: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 19:58:40.41 ID:Q3Zc+mWd0

「シュレディンガーの猫」
この言葉以上に、僕の心を揺さぶる言葉はこの世には存在しない。
理屈はよくはわからない。箱の中に居るかどうかわからない猫を殺すとか殺さないとか。猫が死んでるとか死んでいないとか。
誰がなんのために、どんな理屈でこんなこと考えたんだろうか。
しかも、その内容がよく知られぬままにその言葉だけが世に広まっている。シュレディンガーの猫が独り歩きしている。猫だけに。うまいか?

 さて考えるにこの猫に関する考察は、シュレディンガーって奴が思いついたんだろう。
奴は、きっとコークハイを飲もうとして間違って灯油でも飲んじまったに違いない。要するに、ぶっ飛んでたわけだ。
でなければ、正気でこんな謎の理論を思いつくわけがないではないか。だがシュレディンガーよ安心してくれ、それは成人男性にしてみればよくあることだ。
成人して間もない僕にすら、その気持ちはよくわかる。うん、それっぽい名言を言いたいことってのは誰にだってあるよな。
特に、アルコールが脳内を駆け巡っているときは特にだ。

 そしてもう一つ、シュレディンガーの猫の誕生秘話とは別にわかっていることがある。
そうそれは、探偵の僕が推理するに「シュレディンガー」。奴はドイツ人に違いないということだ。
なぜかって?
それは、世の中の恰好いい言葉は全てがドイツ語を起源とするモノであるという僕の経験則に基づくものだ。


 さて、こんな妄想を平和に生み出すことができているのは今日もまたこれといった仕事もないからだ。
僕はパソコンの画面に集るクソ虫どもをティッシュでつぶす作業に明け暮れていた。
突然の来客などあるはずもなく、今日の俺は下着一枚のパンツ太郎だった。
扉が鳴る。最近の扉はよく鳴くものだ。いや、扉が鳴くはずがない。来客だった。

「そんなに扉を叩かないでください。ブザーがあるでしょうが」

「ブザーなんてどこにあるのよ!」

扉の向こうから女の金切り声が届けられた。
そうだった。ブザーの野郎は、給料を支払わないなら監督署に訴えると言ってつい先日出て行ってしまったのだ。

「あなたが仕事をくれるなら、ブザーもきっと帰ってきてくれるに違いない。ただし奴に給料を払うつもりは相変わらずないですが」

扉を開け入ってきた女性は、見目麗しい『電卓』であった。
そう、最近の電卓は独りで立つことができるのだ。
あな素晴らしき異世界や。

「仕事の依頼よ、探偵さん」

電卓のくせに美しい女の声を出しやがる。
目の前の光景を全て無視し、僕は生まれてこのかたその存在を一切れたりとも信じていなかった神に向かって祈りをささげる。

「神様どうか、電卓の喋らない世界に転生させてください」



8: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 20:54:31.60 ID:Q3Zc+mWd0

―――――


 ある日突然目が覚めたら、そこは異世界だった。
果たして、インターネット上でどれだけの数の物語がその語り口で始まったことやら。うん断言しよう、間違いなく果てしない数であろうさ。
実際のところどうなんだろうね、世に溢れるニートの数と等しいぐらいあるんじゃないか。
一家に一台、一人のニート。
そのニートが、それぞれ一つだけ異世界転生の物語を夢想したと考えれば実に現実的な数字でなかろうか。

僕の物語も、そんな海千山千の一つにすぎない。

目が覚めると、知らないベッドで僕は寝ていた。
見慣れない部屋を恐る恐る進み、とりあえず顔を洗おうと洗面所にたどり着き鏡を覗くと。
そこには、『CDラジカセ』がこちらをのぞき込んでいた。

ふむ、実に意味不明だな。だから簡潔に説明しよう。
僕には、生身の体がある。正確には首から下にはだ。では首から上はと聞かれると、それは『CDラジカセ』であると答えるしかないのだ。
本来あるはずの頭がなく、そこには『CDラジカセ』が据わっている。
目も鼻も口も耳もない、思わず悲鳴を上げたらちゃんとラジカセのスピーカーから声が出てくる始末だ。

僕は、慌てて部屋の外に出たさ。
そうしたら、そこには驚きの光景が!?あるはずもなく、ごく自然な知らない街並みがあるだけだった。ただ一点を除いてでだ。

まあその一点と言うのは、街を歩く人々の中に誰一人も真っ当な人間が存在していなかったとうことさ。
僕同様に電化製品を頭の代わりに据えてる化け物もいれば、無機物に手足だけ生やしたようなファンシーな生物もいた。
だがただ一人として、電化製品の代わりに頭をのっけ、体に手足を生やした真面な人間はいなかった。


 僕は、混乱した頭を抱えながら部屋に戻ったさ。
そうすると、来客があったんだ。そいつは頭を抱えている僕を心配そうに覗き込んで「悲鳴が聞こえたけど大丈夫か?」と声をかけてきた。
聞くと、そいつは僕の部屋の隣人で僕の友人らしい。当然、僕は大丈夫じゃないと答える。
ちなみにそいつの頭にはデスクトップPCが据わっていた。


「仕方ないなあ、じゃあ偶々いま神様が舞い降りたところだから。神である俺が友人である君に一つだけ願いを適えてあげよう。だから元気出せよ」


ああ、こいつは何を言っているんだ。まったくさっぱりわからない。
だがしかし、これはまさに異世界転生物語のテンプレートではないだろうか。ならばチャンスを逃してはならない。
混乱した頭で、僕は僕渾身の願いを導き出した。


「亜人ハーレムを築きあげたい」


「……なんだいそれ?まあ、よくわからないから君には無限の可能性を授けることとしよう」


「そんなものいらない。いや、それがあれば義理の妹11人との共同生活ができるかもしれない。くれるならもらっておこう」


さて、他愛のない隣人であり友人であり自称神様との会話をヒントに僕はある仮説にたどり着いていた。
後に、その仮説が正しいということを僕は思い知ることになるのだが。


その仮説とは
「この世界は、人間だけでなく世界観も狂っている」である。



9: ◆CItYBDS.l2 2019/02/22(金) 20:54:59.02 ID:Q3Zc+mWd0

――――――


 はてさて、それでは時間を現在に戻してみよう。


「なくなった結婚指輪を探してほしいの」


頭の代わりに『電卓』が据わった美人からの依頼だ。何をもって美人と判断してるかって?言わせるなよ、体だよ。言っちゃったよ。
しかし、電卓でさえ結婚しているというのに僕の体たらくよ。
いったい僕の妻はいつになったら、僕の目の前に現れ、そして熱いキスを交わし、ギュッと抱きしめてくれるのだろうか。

いい加減待ちくたびれたぞ。
あの自称神様が、本当に僕の願いを適えてくれたのか大いに疑問だ。近いうちにでも、酒を集りに押しかけてみよう。


「でも、それはまた今度にしよう。仕事が入ったことだし今晩は景気づけに行こうかな」


「どこにいくのよ。どこかに行くなら私の問題を解決してからにしてくださる?」


電卓に釘をさされてしまった。そういうのってトンカチの仕事では?

つまるところ彼女の話を聞くに、依頼の内容はこうだ。
電卓夫人は結婚して早数年、新婚生活という甘い日常も過ぎ去り刺激を求めて夜の街へ繰り出していたところ。
夫が安月給をやりくりして、買い与えてくれた結婚指輪をどこかに忘れてきてしまった。そして、その結婚指輪を僕に探し出してくれというものだ。


「ちょっと!ちゃんと人の話を聞いてたの!?」


どうやら、違っていたようだ。
そもそも僕は、人の話を聞くことは慣れていても電卓の話を聞くのには慣れていないんだ。



「私の夫の、『結婚指輪』君が亡くなったの!遺体を探してほしいのよ」


ふむ。やはりこの世界は狂っている。
電卓夫人の話は実にわかりにくいものであったが、つまり結婚指輪を失くしたというわけでもなさそうだ。

今度こそ依頼内容を正確にまとめると、彼女『電卓夫人』の夫が『結婚指輪』君であり、その夫が亡くなったものの遺体がみつからない。
だから、亡骸を探偵である僕に探してほしい。
そういう話らしい。


 小学生のころ、僕は「将来の夢」の宿題に「シャーロック・ホームズになりたい」と書いた。
もちろん当時の僕は、ホームズがヤク中のイカレだとは知らなかったわけだけど。
今や僕は、その夢を適え探偵となっている。ただ残酷なことに、ホームズの代わりに世界がイカレてしまっていた。



11: ◆CItYBDS.l2 2019/02/28(木) 23:02:29.13 ID:8STyCwVV0




 「捜査は足で稼ぐものさ」
僕の心の師匠である祖父の言葉だ。ちなみに祖父は探偵ではなかったし、捜査活動を行う官憲の類でもなかった。
では何者であったのかというと、特に意味もなく何か含みのある訓示を残すという妙な持病を持った男であった。
現にこの言葉も、家族でスキヤキを囲っている際に祖父が突然思い出したかのように呟いたものである。
もしかすると鍋の中の僅かな牛肉を探そうとしての言葉だったかもしれないが、それにしても足で稼ぐというのは的外れもいいところだ。
探すなら箸で探せ。箸で。

異世界転移以前の懐かしい記憶に一抹の寂しさを感じながらも、僕は祖父の言葉に従い両足を机に投げ出し、太ももの上にノートパソコンを置いてネットサーフィンを始める。
勘違いしないでいただきたいが、これは立派な捜査活動の一環である。最新のニュースを最速で頭に入れることは、探偵にとって最も重要な仕事なのだ。
僕の灰色の脳みそが、ピンク色の画面から必要な情報をインプットしていると、急にポップアップが出てきた。
「5クリックでビンゴに当たる。毎月30万~1000万が当たる」
ほぅ、これはこれは。今のところ、特に金には困っていないが「ただでもらえるものは嬉しい」祖父の訓示の一つだ。
もらえるのなら、なんでももらおうじゃないか。

数十分後、僕は探偵的直感によってそのポップアップが詐欺まがいの広告であることに気づきマウスを投げだす。

「……仕事しよ」


 僕は、電卓夫人から教えてもらった結婚指輪氏の殺害現場へと足を運ぶことにした。
しかし、足を運ぶのはいいものの全く頭が追いついていなかった。この依頼内容の異常性に今更ながら気づいてしまったからだ。
追いつかない頭とは裏腹に、足だけが進んでいく。

「捜査は足で稼ぐもの?僕の足が稼ぐのは、せいぜいが距離ぐらいのものだ」

祖父に対抗して、何かそれっぽい訓示を唱えてみようとするが巧くいかなかった。
だいたい、結婚指輪が死ぬとは一体全体どういうことなのだ。無機物の死とは、いったい何を指すのであろう。
そんなことを考えていたら現場へと到着していた。



12: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/02/28(木) 23:02:55.30 ID:8STyCwVV0



 非常にわかりやすい現場だった。男が一人、血を流して倒れていたのだ。
倒れた男をざっと見るに、ワイシャツが血に濡れていて首から上に何も無いことぐらいしか特に変わったことは無い。
いやまあ、かつての世界なら「首から上には何も無い」なんてのは探偵の格好の餌食となる事件ではあるのだが。

しかし妙だな。この世界の人間の構造を鑑みるに、この首から上には結婚指輪が据え付けられていたはずだ。まあ、サイズ感はこの際無視しよう。
仮に、無理やり「結婚指輪」を体から引きちぎっていったとすると現場には大量の血が残っているはずだが……。
男の体で血に濡れているのは胸部付近のみで首周りに血痕はない。結婚指輪だけに。結婚指輪だけに。

よくよく調べてみると、男の左手薬指には指輪の跡があった。
なるほど、「結婚指輪」氏は頭に据わることを良しとせず本来あるべき所にいたわけだ。そういうタイプの人間もいるのか。
先入観というものは恐ろしい、やはり現場に出て直に捜査するのも大事だな。

「さて、もう少し詳しく調べてみよう」

僕は、周囲に誰もいないことを確認し男の懐へと手を伸ばす。
男が来ているスーツの内ポケットあたりを弄ってみるも空振りに終わる。財布はなかった。畜生。
そうなると、物取りにでもやられてしまったのかもしれない。
出会い頭に胸を刺され、倒れたところで金目の物を全て持っていかれてしまったのだろう。金目の物。
そう、結婚指輪氏もその一つではないか。

 さて僕の仕事は結婚指輪氏の遺体捜索であって犯人捜しではない。しかし、状況を鑑みるに犯人を追うことが遺体を見つける近道となりそうだ。
僕は、改めて男の体を調べる。見て探し、触って探した。では次は、においでも嗅いでみよう。


 男の体からは、獣の匂いがした。



14: ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:27:04.56 ID:BQ4P3nWK0




 さて、この事件もどうやら終盤に差し迫りつつあった。
犯人は、獣の匂いを纏った何かであろうと僕は推測する。結婚指輪氏の体に残された匂いこそが唯一の手掛かりというわけだ。
いやいや、もちろん他の可能性を全て彼方へ追いやったわけではないぞ。
例えば……そうだな。結婚指輪氏が世間一般の嗜好とはかけ離れら趣味を持っており、獣臭の香水を使っていた可能性は誰にも否定できないはずだ。
寝るときに身にまとうのは獣の臭いがする香水を数滴……そんな奴が居るか?
そういえば、最近の僕は夕方になると少し獣みたいな匂いが漂うことがある。悲しくなるので、それは今は忘れよう。

さて、賢明な諸君なら他の可能性にも辿り着くに違いない。
結婚指輪夫妻が大の動物愛好家で自宅で虎を飼っているだとか。
結婚指輪氏が、最後の食卓にジビエ鍋を食ったとか等々だ。
もし君が、酩酊状態にあるのならきっとこの限りなくゼロに近い可能性にも光をあてるはずだ。

だが、残念なことに上記の可能性はこの世界において絶対にあり得ない断言しよう。
なぜならば、この世界には真面な人間とともに真面な動物もいないからだ。いや、訂正しなくてはならない。
真面な動物どころか、この世界に人間以外の生物は一切存在していない。理由?そんなの僕が知ったことか。
そんなに知りたければ、神にでも聞いてくれ。幸い神なら僕の部屋の隣に住んでいる。

虎はもちろん、ジビエ鍋の材料となり得る猪や鹿だって存在しない。
かつて、僕が愛してやまなかった猫さえいない。誰が何と言おうと、この世界に獣は存在しないのだ。



15: ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:27:31.59 ID:BQ4P3nWK0


さて、そろそろ本題に戻ろう。
僕は拳をにぎり空を見上げ呟いた。


「犯人め、きっと追いつめてやる!そして必ず結婚指輪氏を取り返して見せる!ただし、その生死は問わない」


そうやって言葉にすることで、僕はこの依頼に関する違和感にふと気づくこととなった。
現場を見るに、結婚指輪氏が攫われたのは間違いない。だが、その生死に関してはどうだろうか。
体があの状況だ、普通の世界であれば死んでいるだろうが残念なことにここは狂った異世界だ。
結婚指輪が頭の役目を果たしていたというのなら、胸から血を流し頭を?がれていたわけだからそれは死ぬ以外にないだろう。
しかし、結婚指輪が収まっていたのは左手の薬指だ。どうして、それで頭の役目を果たせようか。

結婚指輪氏の体の構造はこの異世界においても稀有な例である。少なくとも、僕は今日初めてそういった構造の人間がいることを知った。
ならばだ。どうして、胸から血を流しているだけで彼が死んでいると断定できるのだ。結婚指輪単体で生きている可能性をどうして追わない。

そう、僕が言っているのは依頼人である電卓夫人のことだ。
夫人は、結婚指輪氏の本体?が攫われているにも関わらず彼を既に死者として扱っていた。
探偵の僕の観察眼によると、電卓夫人には医学的見地があるように見受けられなかった。
ならば、なぜ主人の死を確信できていたのか。

簡単だ、夫人が殺したんだ。それ以外考えられるものか。


完璧な推理だ。もうこれ以上、真実に晒すべき謎はないだろう。
……しかし不思議だ。なぜ殺人犯である電卓夫人が遺体の行方を追っているのだろうか。
しかも、第三者である僕なんかにそんな依頼をしたのだろうか。



16: ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:27:59.19 ID:BQ4P3nWK0



「見つけてから考えよう」


そう、僕は名探偵。僕を前にして、すべての謎は自ら股を開く。
解けないときは、自発的にマタグラを覗きに行けばいい。


「見つけちゃったよ」


それは、遺体の捜索を開始の合図代わりに煙草に火をつけてから5秒とかからなかった。
それより、なんてことだ。僕の目の前には、あり得ない光景が広がっている。

僕の目の前に猫がいるぞ。

どういうことだ?こんなことがあるのか。
猫の野郎、奴は四本足で歩いているぞ。なんてことだ。
しかもよく見れば、その口に結婚指輪氏をくわえていやがる。


「おい、そいつを離せ。話せばわかる!」


「にゃあ」


なんてこった。
話してもわからないタイプの猫だった。



17: ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:28:26.92 ID:BQ4P3nWK0



「おい。あんた助けてくれ」


知らない男の声が聞こえてきた。
その声は紛れもなく猫の口から発せられていた。


「なんてことだ猫が喋るなんて!?」


「違う。吾輩は猫ではない」


「いや、その言いぶりは僕が知っている限り猫のものだ!」


「吾輩は結婚指輪だ。助けてくれないか。自分独りじゃ動けないんだ」


この世界には獣は存在していない。すなわち、この世界で猫のあやし方を知っているのは僕一人であるはずだ。
ふむ。異世界の住人に、猫のあやし方を披露してチヤホヤしてもらう展開もありでは無かろうか。他にも猫がいればの話だが。

僕は、ンナーゴンナーゴと猫なで声で彼に近づく。
通学途中に近所の野良猫をネコソギ手懐けた僕の必殺技である。
あっという間に、僕は猫の懐柔を完了し。結婚指輪氏を救出しすることに成功していた。
猫は、僕に撫でられながらごろごろ鳴いてる。


「貴方の奥さんに雇われた、探偵です。何があったんですか」と、ミステリー物では答え合わせが始まる展開であろう。
しかし、これはミステリー小説ではくネットのゴミ捨て場「異世界転移物」である。読者の興味がわかないところには手を伸ばさないのが僕の主義だ。
それに、込み入った事情に立ち入らないのは大人として職業探偵としてのリスクマネジメントとも言える。

謎は残るが気にはしない。だって依頼は完遂されたのだから。



18: ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:28:56.84 ID:BQ4P3nWK0



僕は、結婚指輪氏を質屋に持ち入り金を受け取る。なかなかにイイ額だった。
ポケットに金を突っ込もうとして、僕は気が付いた。

「しまった。今日一日、ズボンを履くのを忘れていた」


履いていないのはズボンに限らないが気にしない。
これが狂った異世界の日常。一人のラジカセが下半身丸出しで歩いていようが誰も気にも留めやしないだろう。
それになんだかチョット気持ちいい。


「でも、帰ったらズボンを履こう。そして電卓夫人に質屋の場所を知らせなくては」


さあ仕事は終えた。
僕はラジカセの頭を掻きながら、猫と金をを抱えて帰路に就く。



19: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/03/04(月) 23:29:43.54 ID:BQ4P3nWK0

――――――


 頭が重い。思わぬ臨時収入で羽目を外しすぎたせいだ。
僕は、冴えたとは言えない思考で改めてシュレディンガーの猫について思い出す。

異なる二つの可能性を同時に内包する猫。死んでいる状態と生きている状態が折り重なった猫。
いや、これが単なる批判的な思考実験に過ぎないことは僕でもわかっている。

しかし、これほどに僕の心を揺さぶる格好いい言葉なんだ。
思考実験だろうが何だろうが、世界に、いやこの宇宙に一匹ぐらいそんな猫が存在してもいいじゃないか。

それぐらいのご都合主義は許されるべきだ。
ハッピーエンド万歳。ご都合主義歓迎。無病息災。南無。


そういえば、神を名乗る隣人が僕に「無限の可能性」を授けてくれたんだったな。
まあ、死んでいるのと生きているのが同時に起こるんだ。無限の可能性を内包していても不思議ではあるまい。


「そういうわけで、君の名はシュレディンガーに決定だ」


「みゃあ」


ちなみにネットで調べたところによるとシュレディンガーは、オーストリア出身らしい。
オーストリア?それってドイツのどこよ。


はてさて、最大の謎であったシュレディンガーの出身地も判明したところで締めに入ろう。

これは、探偵で歩くラジカセである僕と、オーストリア出身のおっさんの名前を与えられた猫。
このクレイジーワールドで唯一正気を保った、一台と一匹の異世界転移物語である。
残念ながら、物語はまだまだ続く。

――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

~シュレディンガーの猫~

おわり

――――――



21: ◆CItYBDS.l2 2019/03/26(火) 19:41:38.18 ID:Dac6MvdP0

――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

~アレシボメッセージ~

――――――



22: ◆CItYBDS.l2 2019/03/26(火) 19:42:06.09 ID:Dac6MvdP0

 みんなは誤解している。殺人事件なんてものはそうそう起きるものではないし、誘拐事件や爆破テロに至ってはもはや可能性はゼロであると言ってもいい。
……なんか最近、誘拐事件に近いものがあった気がするが気のせいに違いない。なあ、シュレ?

「にゃあ」

先日の一件以来、僕の相棒という地位を獲得した黒猫は律儀に返事を返してきた。
自称神曰く、この黒猫は無限の可能性を秘めているという話であるが。
その可能性の中に、人の言葉を話すという選択肢はないようだ。 
いや、「恋は当然フィフティフィフティ」と何処かの誰かが歌っていたこともあるし、これは色恋沙汰ではないものの僕からの歩み寄りが意思疎通の一歩となるかもしれない。
というわけで、猫の立場になって考えるために、また加えて言えばお腹がすいたところでもあるのでシュレ用に購入した鯖の缶詰を食べることにした。
ふむ、なかなかいけるじゃないか。動物用だからか塩気が全くない気がするが、そこはまあ健康志向ということで問題あるまい。

「にゃあ……」

シュレが抗議めいた鳴き声をあげた。
おお、僕の歩み寄りは大きな成果を生み出したぞ。
シュレの気持ちが少しだけわかったぞ!彼は今、少しだけ怒っている!ごめんよ!

さて、話を戻そう。
そう、現実の探偵事務所に持ち込まれる案件なんてタカが知れてるという話だ。
ではどのような事件が持ち込まれるかというと、一にも二にも浮気調査の依頼である。

もはや探偵とは浮気調査。浮気調査と言えば探偵と言ってもいいほどである。
つまるところ二つは切っても切れない関係ということだ。当の依頼人の夫婦関係が切れているというのに、皮肉なものだ。
どうだろう、今のは少し巧いこと言えたんじゃないかな。どう思うシュレ?
ふむ、眠たげにあくびをしている。どうやら、それほど巧いこと言えたわけでは無さそうだ。


実のところ、僕はこの浮気調査の依頼が嫌いではない。
むしろ、僕が探偵として最も力を入れるのは浮気調査である言っても過言ではないほどだ。
なぜかって?それは、僕が正義の味方であるからだ。

みんなは考えたことがあるかい?
世に女は星の数ほどいるというのに、僕の隣で笑いかけてくれる女性は塵芥ほどもいない。

「にゃあ」

お前は男だろう、すっこんでろ!
いや、すまん気を使ってくれてるんだよな、ありがとうシュレ。



23: ◆CItYBDS.l2 2019/03/26(火) 19:42:32.82 ID:Dac6MvdP0


何故、そのような不遇に僕は溺れているのであろうか。
答えは明白だ、悪意ある何者かによって女性の流通が妨げられあまつさえ女性の独占すらも行われているのだ。
その何者かとは、女性を独り占めしてる輩、社会悪、クズ野郎、すなわち浮気男のことである。

彼らこそ僕の、否、世界の敵なのだ。
探偵稼業とは社会正義の代行という側面があることは皆さんもご存じであろう。
であるならば、この悪との戦いに何を恐れることがあろうか。
僕は、女性の供給不足が解消される日を夢見て今日もまた正義を執行するのである。



24: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/03/26(火) 19:43:06.05 ID:Dac6MvdP0



 というわけで、現在の僕は浮気調査の張り込みを開始して二日目にあたっている。
といっても、調査対象を尾行して車中泊してアンパン食べてというわけではない。
むしろ快適の一言である。
だって、僕はいま旅館の一室に部屋を借りて布団に横になりながら仕事をこなしているのだから。

テレビのチャンネルを一通り回し、特に面白そうな番組もなかったために僕は手慰みにと調査依頼書を引きずり出した。

依頼者であるポケットティッシュ夫人は、夫であるセロハンテープ氏を全く信用していない。
過去にも数度、浮気をしていたことがあるようだが明らかな証拠が揃わず離婚することができなかった。
そして今回、浮気の兆候を見て取った彼女は確実な証拠を押さえるべく探偵である僕に依頼をしてきた。
まとめるとこんなところである。

しかしまあ、女の感というものはよく当たるもので。
セロハンテープ氏の出張に張り付いてみたら、どんぴしゃで不倫温泉旅行だったわけで。
夫人から頂いた前金を使って、対象が泊っている隣の部屋を借りて浮気調査を実行中というわけなのである。

尾行という仕事は、その性質上非常に神経をつかい肉体精神問わずに疲労に苛まれるものであるが。
二日目ともなれば慣れたもので、僕の傍らには当然のようにジョニーウォーカーが転がっていた。

前金をもってして温泉旅館に宿泊できるという好機についはしゃぎ過ぎてしまった。
布団からは、既に胃液とアルコールが混じった匂いが発せられている。前夜からしてこれである。ちなみに今は昼だ。
だが、これもまた仕方のないことなのだ必要悪であるとすら言ってもいい。
だって昨晩は、隣でギッタンバッタンうるさくて眠れやしなかったんだ。お酒で安眠が買えるなら安い物さ。

シュレディンガーは事務所で、お留守番をしているはずであったが。
どういうわけか、僕のリュックサックの中に忍び込んでしまっていたらしい。


「気を抜くなよシュレディンガー」


戯れに黒猫の頭をガシガシ撫でる。
今回は、初めての共同作業だ。うまくやろうぜ相棒。
シュレディンガーは、まるで「任せておけ」と言わんばかりに少し強めに「なーご」と鳴いた。



25: ◆CItYBDS.l2 2019/04/02(火) 22:32:11.37 ID:4cL6k3Eg0



時間はたっぷりある。せっかくだから、この世界の話をしようと思う。


「この世界は狂っている。」


 電卓が二本足で立ち、セロハンテープが浮気をする。人ではない存在が、まるで自身が人であるかの如く振る舞う。
そしてこの世界で、この世界の異常性を感じているのは僕しかいない。実に不思議な話である。
その異常性が日常であるならば、そこに異常性などは存在するはずがないだろう。まったく……自分でも言ってて頭が痛くなってきた。
この頭痛は果たして酒のせいか、それとも別の何物かのせいなのか。

しかし、僕は自信をもって宣言することができる。
「この世界は狂っている」のだと。
なぜならば、僕には正常な人間だったころの記憶が残っているからだ。

かつての僕は、大学生だった。
独り暮らしに憧れて、あえて実家から離れた大学を選択し。暇さえあれば、友達と居酒屋で詭弁を投げかけ合い。
何となく付き合い始めた恋人と、ちんちんかもかもして過ごし。その合間に、ほんの少しだけ本業の勉強に勤しんだ。
曖昧で漠然としていているが、そんな青春の記憶が僕には確かにある。

さて、酒に酔った男が一人ですることNo.1と言えば過去の栄光に思いを馳せることだという。(僕調べ)
そのランキング調査に則って、酒のせいかグアングアンと耳鳴りのする僕の頭の中から過去の栄光を掘り起こしてみよう。
そうあれは、いつのことだったか。



26: ◆CItYBDS.l2 2019/04/02(火) 22:32:38.09 ID:4cL6k3Eg0


僕は、あの日もやはり二日酔いに苦しんでいた。
何か二日酔いに効くものは無いかと冷蔵庫をまさぐっていたら、突然、冷蔵庫に怒鳴られたのだ。


「人の腹の中を、勝手にまさぐるな!」


「まだ酔いが抜けていないせいか幻覚が見えるぞ。なんて恐ろしい幻覚だ!冷蔵庫に何も入っていないなんて」


「何を言っている。現実が見えているじゃないか」


「そのうえ冷蔵庫が喋っている」


「ラジカセのお前だって喋っているじゃないか」


……違った、これは昨日の思い出だ。しかも過去の栄光とは程遠いではないか。
ちょっとチューニングをいじってみようか。ぴぴーがーがーがー。お、なんか音をとらえたぞ。これかな。
おお、これだこれだ。これこそ僕の過去の栄光だ。


「ねぇ、キミの研究テーマってなんだったけ?」


かつての恋人が、僕の耳元で優しく囁いている。いや、たとえ異世界に飛ばされたからと言って僕は未だ彼女と別れたつもりはない。
急に消えた僕のことを、それはそれは心配しているに違いない。



27: ◆CItYBDS.l2 2019/04/02(火) 22:33:05.36 ID:4cL6k3Eg0



「僕の研究は……簡単に言うと『愛』さ」


「やーん、ステキ」


まてよ……これは本当に僕の過去の栄光か???
しかも今更だが、僕はこんな馬鹿っぽい女と付き合っていたというのか?
ひと時の時間と物質的な距離が離れたせいか、なんとも自分が愚かしい選択をした気がしてきたぞ。
いや、僕は既に異世界に転移した身。彼女との縁など既に切れているに等しい。過去は全て向こう側に置いてきた。


「それで、その『愛』ってどういうのなの?」


「……『愛』というのは比喩表現さ。実際のところ、僕の研究しているのは『あらゆる人種、あらゆる言語圏で通じる新言語』についてなんだ」
「かつて、ザメンホフが考案した世界語『エスペラント』というものがあるが、僕の研究はそれをさらに超える言語を作り出すものなのさ」
「僕が目指すのは、空の上、太陽系の外、銀河系の彼方。要は、宇宙人にも僕たち地球人の意思が伝えられる言語なんだ!」
「それを僕なりに『愛』と表現したまでさ」


「うーん、よくわかんない」


「それじゃあアレシボメッセージは?」


「なにそれ?」



28: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/04/02(火) 22:33:32.29 ID:4cL6k3Eg0



「1974年にプエルトリコにあるアレシボ電波望遠鏡から宇宙に送信された電波によるメッセージのことさ」
「僕の研究の最終目標は、僕が作り出した『愛』によって宇宙人と交信をすることなんだ!」


「ふーん、やるじゃん」


……そう「アレシボメッセージ」だ。
響きが格好いいからと、そこから広げていって僕の研究テーマは定まったんだ。
それから、どうしたんだったけ。僕の研究は、どこまで進んだんだ……?
記憶をたどろうとするが、どうもうまくいかない。まるで切れた糸を手繰り寄せるがごとき手ごたえのなさだ。
これは断じて酔いのせいではない、なにかそこに僕が異世界転移してしまった理由があるのではなかろうか。



29: ◆CItYBDS.l2 2019/04/07(日) 17:52:52.12 ID:NdD66LHM0



 「シュレディンガー。君はこの世界についてどう思う」


戯れに猫に語りかけてみる。
君と初めて会った時、僕は心底驚いたんだ。
だってこの世界には、普通の人間がいないのと同様に普通の猫もいないからだ。

四足歩行で歩き、「みゃあ」と鳴く猫なんていの一匹も存在しない。
代わりとばかりに逆立ちして歩きまわり、あまつさえ「みゃあ」となく男ならいるかもしれない。
もしくは、「わん」となく猫の頭をもった人間なら……。
だが、シュレディンガーに限って外見も中身も正真正銘の猫そのものなのだ。

なるほど、その点。
ラジカセという至ってまともではない外見であるものの、中身は至ってまともである僕とはまた違う存在なのかもしれない。


「やっぱりシュレも、狂ったこの世界で僕と同様の正常者なのかい」


「いや、狂っているのは世界じゃない。君だよ」


シュレは、この機をの逃してたまるかと言わんばかりにその二本の後ろ足で懸命に立ち上がり話し始めた。
右手にはさっきまで僕が飲んでいたウイスキーの瓶を持っている。まったく器用なものだ。 


「ああ、やっぱり君もこの世界の住人だったのか」


僕は少しだけがっかりしたが、それでも相棒と言葉を交わすことができてそれなりに嬉しくも思った。
だって、たったひとりで喋りもしない猫に語り掛けるよりは、小粋な掛け合いを楽しんだほうが健全じゃないか。



30: ◆CItYBDS.l2 2019/04/07(日) 17:53:19.90 ID:NdD66LHM0



「ふむ……探偵の君に、聞かせるのも少しだけ恥ずかしいが。今の君の状況を、僕なりに推理してみよう」


「ほぅ、聞かせてもらおうかワトソン君。ただ、その前に酒を返してくれ」


シュレの右前脚の肉球から、ウイスキーを奪い返し、いっきに瓶を傾ける。
口内に、甘さと苦みがフィフティフィフティぐらいの割合で広がっていく。おや?ウィスキーってこんな味だったけ。


僕が、疑問符を頭に浮かべていることに一切構わずシュレは語り始める。


「君は、吾輩らこの世界の住人とは違う価値観。人間観を持っているようだが、それは一体どこで形成されたものだろうか」

「君の言う所のこの狂った世界に在りながら、君は如何にしてその『正常な』価値観を手にしたというのか」

「答えは簡単さ。実に残念なことであるが、この狂った世界でたった一人その異常性を訴える君のほうが異常だということさ」

「『狂っている』のは世界ではない、君のほうなのだよ」


まったく、その一人称も相まってか僕よりずっと探偵みたいな喋り方をするやつだ。
これじゃあ、どっちが間抜けなワトソン君かわかったものじゃない。おっと、これはワトソン君に失礼な物言いだな。


「人間の首から上に、人間の頭が据わっているなんてことはないし、猫がみゃあと鳴くことだって常識的にありえない」

「そういえば、君は君自身の『正常』だったころの記憶が曖昧だと言っていたな。君の研究がどのような結果に至ったか思い出せないと」

「ならば、こう考えてみるのはどうだろうか。それは、その記憶が作られたものだからだ」

「君が『正常』だったころの記憶というのは君の『異常』な精神によって妄想されたものなのだ」

「いわゆる夢見た異世界というやつさ」



31: ◆CItYBDS.l2 2019/04/07(日) 17:53:46.30 ID:NdD66LHM0




「僕を、寝る前に妄想に勤しむ中学二年生みたいだって言うのか!?なんて失礼な奴だ」

僕は、プリプリとシュレディンガーに抗議した。
僕のペットのくせに何と生意気な奴だ。今日の缶詰はお預けだシュレ。


「吾輩は君の相棒であり、断じてペットではないぞ。それに吾輩の缶詰は、君が先ほど食べてしまったではないか」


そうだった。


「あんな塩気のない缶詰よく美味しそうに食ってるよな!ばかじた!ねこじた!やーいやーい」


「まったく、まあ君と吾輩の仲だ広い額をもって許そう」

「さて話を戻そう。『正常』な世界が君の妄想だということが受け入れられないなら、こういう解釈はどうだろう」

「君を正常と仮定した場合の解釈だ。君の言う正常と異常の違いは、人間の首の上に何が据わっているかによるところが大きいよね」

「そのほかの物事は、それに比べれば大したことではないとも言える」


そうでもないと思うけど。
僕の世界は、もっと……こう……まともだと……


「ほら言語化できないほど、君の正常は朦朧としたものじゃないか」

「そうだな……君は、とある不幸な事故にあい、脳に障害が残ってしまったんだよ」


そんな記憶ないけど。



32: ◆CItYBDS.l2 2019/04/07(日) 17:54:12.92 ID:NdD66LHM0



「なら、酒の飲みすぎ。君はサークルコンパに真面目に参加しすぎて、アルコールによる脳障害に侵されているんだ」

「そのせいで、記憶は曖昧だし、この正常な世界が狂って見えているんだ。だがしかし、それは君が実際に見ているものと脳の認識がずれているだけなんだ」

「先日の事件の電卓夫人、君には電卓が言葉を話しているように見えていたかもしれない。でも実際は、彼女は電卓ではなくれっきとした人間だった」


ん、シュレは電卓夫人と面識があったっけ?


「そんなことはどうでもいい」


どうやらシュレは僕の心を読んでいるらしい。


「電卓夫人を見て君は綺麗だ。そう思ったんじゃなかったか?それは彼女が美しい女性だったからだ。もちろん人間のね」


あれ、そうだったっけ。僕が電卓夫人を美人だと思ったのは、そのグラマラスなシルエットからだったような。


「そう、君の違和感は脳の障害からくるものだ。治すには多額の治療費がかかる。だから君は、いつも金欠だったんじゃないか」


どういうわけか、シュレの話は僕に活力を与えるものだった。なんだか、適当なことを辻褄合わせて僕を丸め込もうとしている気もするが。
猫もこたつで丸くなるというし、僕が丸くなったところで何も問題はないのではなかろうか。
それに、なんだか気分も健やかになってきた気がする。世界が狂っているだなんて平民の僕には手があまる。
それよりかは、僕自身が狂っていると信じたほうがスケールがぐっと小さくなって、些細なことに思えてくるではないか。
ならば、精神衛生上そちらのほうが心労は少ないはずだ。
健やかでいられるならば、この苦しみから逃れられるのであらば、僕は僕自身を騙すこともやぶさかではない。



33: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/04/07(日) 17:54:38.84 ID:NdD66LHM0



「そうか!なんだか、そうだった気がしてきたぞ。しかし、君が人間ではなく猫に見えるのは何故なんだ」


「何を言っているんだホームズ!薬でイカレちまってるのかい。吾輩はワトソンだ」


「そうだったねワトソン君。たしか、僕はバイク事故で障害を負ったんだ。そして……入院先の病院で美しい看護師と出会った気がする」


「がんばれ!思い出すんだ!」


「美しい女医とも出会った!同室の患者はみんな可愛かった!」


「よし!もう一息だ!」


「そして彼女たちは、みんな僕の妻になったんだ!」


シュレディンガーが涙を流しながら、右前脚と左前脚の肉球をたたいている。つまり拍手の格好だ。


「素晴らしい!ここまで自身の妄想につかりきることができるなんて!こんなに阿呆は見たことがない!」



36: ◆CItYBDS.l2 2019/06/12(水) 18:47:39.28 ID:LjnwFu2o0



 目が覚めた。戯れに天井の木目を数えてみる。薄暗いせいか、酔いのせいかはわからないが、ろくに数えることが出来なかった。


「夢か……」


 時計を見ると既に、夕暮れに差し迫っていた。まずいな、二人が旅館から出るところを写真に収めてやろうと思っていたんだが。僕はゆっくりと起き上がり、旅館のラウンジにフラフラと向かう。

 受付には、テレビのリモコンが座っていた。僕は、精いっぱいの笑顔をもって話しかける。


「なあ受付くん。昨晩は、隣の部屋のセロハンテープの喘ぎ声で全く寝れなかったよ。部屋を変えてくれないかい」


「ああ、彼らならもうチェックアウトしましたから、今晩はぐっすり眠れるでしょう」


 ああ、やはりやらかしてしまったようだ。完全に寝過ごしてしまった。だが、有能な探偵の僕にぬかりはない。写真がないならプランBを使うまでだ。……まあ待ってくれ、いまプランBを考えるから。


「ああ、そうだこんな時こそ相棒を頼ろう」


 僕は、部屋に戻り冷たい板張りの床で涼んでいるシュレディンガーに近寄る。目線をあわせるために、僕もシュレと同じように腹ばいになる。


「おい、相棒出番だぞ。知恵をだせ」


「にゃあ?」


「おりゃあー、こちょこちょこちょ」


 シュレは、僕のくすぐり攻撃に対抗するようにその肉球でパンチを繰り出してくる。


「うわーやられたー」


 僕は、精いっぱいの演技力を使って死んだふりをする。するとシュレは僕のことを心配するように近寄ってきて、僕の頭をポムポム叩きだした。

 カチャっと音がした。どうやら、僕の頭であるラジカセの開閉スイッチをシュレディンガーが押してしまったらしい。


「そうだ、そういえば昨日のセロハンテープの喘ぎ声を録音しておいたんだった。おいシュレ、お手柄だぞ」


 僕はシュレの頭を人撫でして、僕の頭に内蔵されたカセットを取り出した。こいつを渡せば、仕事も完了だ。おっと、ラベルに名前を書いておかなくちゃな、じゃないと他の誰かの喘ぎ声と混ざってしまったら大変だ。

 サインペンを片手にカセットを裏返す。


「……なんだこれ」


 カセットのラベルには、既にタイトルがふられていた。間違いなく僕の字だ。でも僕には、その記憶がない。いったいいつから、このカセットテープは僕の中にあったんだ。


 そのカセットテープにふられたタイトルは「アレシボメッセージ」。僕は既に、僕の愛を受け取っていたのだ。

 



37: ◆CItYBDS.l2 2019/06/13(木) 21:40:28.63 ID:Y/Zj2+tv0

――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

~アレシボメッセージ~

おわり

――――――



38: ◆CItYBDS.l2 2019/06/13(木) 21:44:46.29 ID:Y/Zj2+tv0

――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

~ようこそ地球さん~

――――――



39: 今日はここまでです ◆CItYBDS.l2 2019/06/13(木) 21:45:13.69 ID:Y/Zj2+tv0

 さて、僕の物語もいきなり佳境に入っている。僕がなぜ、このような狂った世界に飛ばされてしまったのか、どうして異世界に飛ばされた記憶がないのか、既にその全ての真相が明らかになっている。故に僕はいま、悩んでいる。この世界から逃げ出すために、自ら命を絶ってしまおうか否かを。

 別に死を恐れて悩んでいるわけでは無い。問題は死んだ後のことなのだ。もし、肉体的な死を迎えてなお僕に意識があり続けたとした。その魂は、きっと地獄か天国に送られることだろう。そうして、送られ先が僕の見知った天国地獄と大幅に異なっていたら。それこそ、この狂った現世に準ずる世界だったとしたらどうする。

 輪廻転生を果たしたとしても同様だ。結局のところ、僕はまたこの世界に帰ってきてしまうのではないか。ならば、僕は延々とこの世界で生きていかなくてはならないということになる。それがたまらなく恐ろしいのだ。


 あの日、謎のカセットテープを見つけた僕は、すぐさま事務所へと戻りそれを再生した。もちろん、自分の頭でだ。片面30分の短い間であったが、僕は僕のすべての人生を見つめなおすこととなった。最初は、とまどい何が起こったのかわからなかった。だから、何度もカセットテープを再生した。だが結果は同じだった。カセットテープが再生されている30分の間、僕はまるで夢か映画を見ているかのように僕の僕が人間だったころの記憶を全て追体験させられたのだ。

 問題なのは、それが本当の意味で僕の人生の全てではなかったということだ。一部の記憶の欠落、僕自身は覚えているはずの記憶がすっぽり抜けていた。それは、この世界に来てからの記憶だった。つまり、僕の人生にはこの狂った世界での思い出はないということだ。


 では、僕の最後の記憶とは何だったのか。大変喜ばしいことに、それは死ではなかった。異世界に転移してきている時点で僕は一度死んでしまったのではないかと、僕は疑っていた。統計上、それが至極自然な導入だしね。だが、そうではなかった。


 僕は、僕のすべての記憶をデータ化しそれを広大な宇宙に向けて発信したのだ。


 アレシボメッセージ……というよりは、ボイジャーのゴールデンレコードのほうが近いかもしれない。なぜなら、それは返信を期待したものではなく、ただ一方的に僕という人間が銀河系の隅っこにいることを知らしめたかっただけのものだからだ。僕は、自身の研究を「愛」であると恥ずかしげもなく公言していたが、実に一方的で独善的な「愛」ではないか。

 いったい何年、いや何億年経ったのかはわからない。宇宙に放たれた一方的な愛はついにとある惑星に届いた。そう、この狂った惑星に僕の愛はたどり着いた。そして僕は、ラジカセの頭をもつ僕は。僕の「愛」を受信してしまったのだ。それどころか、僕はそれを本当の僕に上書きしてしまった。大事なカセットテープのツメは折っておくという、たった一挙動ですむ安全対策を本当の僕は怠っていたのだ。


 そうやって、本当の僕はある意味で死に。そして、上書きされた偽物の僕の誕生したというわけだ。


 つまるところ、僕は偽物である。そして、僕が恋い焦がれている正常な世界は僕の本当の故郷ではなかった。この狂った世界こそが、本当の僕の本当の故郷なのだ。シュレディンガーが言っていた、狂っているのは僕の方だというのは正に真実であったのだ。


「死ぬ……のは嫌だなあ……」


 ふと本音が口をついて出た。シュレが寄ってきて、体を僕の足にすりつけてくる。彼なりに僕のことを心配してくれているらしい。


「そうだな、死んだらシュレの遊び相手がいなくなってしまう。僕らは一心同体の探偵仲間だもんな。まだ、僕は死ぬわけにはいかない」


 心機一転、僕は隣室の神を頼ることとした。



40: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 12:56:54.37 ID:Uf1CGfEh0


「おお神よ、僕をお救いください」


 隣室の自称神ことパソコン頭は、ちょうどピザをビールで流し込んでいるところだった。といっても、彼の頭には口がない。では、どこからピザを食しているのかというとディスクの挿入口にぎゅうぎゅうと無理やり詰め込んでいるのだ。


「ついに頭がいかれたか……いや、神を自称していた時点で気が付くべきだった」


「食事中に、いきなり押しかけてきて。いったい何だってんだ」


「君の神の力しか頼れるものがないんだ。僕の中から、僕を消去してほしい」


 僕の言葉に、友人は首をかしげた。僕は懇切丁寧に説明をすることにした。今の僕には、はるか宇宙の彼方から送られてきた『僕』という異物が上書きされていること。それが、僕に無上の苦しみを与え続けていること。偽物である僕が消えて、本来の僕に戻ることができれば、この狂った世界を僕は正常に送っていけるであろうということを。


「ごめんよ。神は死んだんだ……」


「ニーチェかよ」


「ネットの神は気まぐれでね、いつどこに降臨するかわからないんだ」


 ふと、窓の外をみると丁度深淵が横切るところだった。僕は、その暗闇をまじまじと見つめていると向こうもこちらに気づいたようで、目が合ってしまう。いや、深淵の目ってなんだよ。


「よっ」


 深淵は、古くからの友人にふと道で会った時のように軽やかな挨拶をおくってきた。



41: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 12:57:20.81 ID:Uf1CGfEh0



「人の部屋を覗くなよ。この破廉恥出歯亀野郎!」


 僕が、彼の覗き行為に敵意むき出しに抗議の声をあげると、深淵はすごすごと立ち去って行った。


「そういえば、キミには無限の可能性をさずけたじゃないか」


 深淵と僕のやりとりなんか気にもしないで、友人はもぐもぐとピザを味わっていた。


「そんなものは授かってない。なぜなら僕はいまだ亜人ハーレムを築けていないではないか」


「亜人ねえ……亜人って人間の身体に人間の頭がついてるような異形のことだろ。なにがそんなにいいのか私にはわからんね」


 おや、なにか妙なことを言っている。僕は、久方ぶりに自分の探偵としての才能を頼ってみる。
 亜人が異形であることは、まあわかる。だが人間の体に人間の頭が異形だって? ……そうか、この狂った世界における亜人とは、僕の知る正常な人間のことなのだ。

 
 !?


 僕は、亜人という単語から一つの真実にたどり着きつつあった。慌てて、友人を振り返り肩を強く揺さぶる。


「すまんが、もう一度言ってくれ!」


「よっ」 


 深淵が、再び窓の外に現れていた。



42: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 12:57:47.26 ID:Uf1CGfEh0



「おまえじゃない」


 僕は、窓の外の深淵に渾身のパンチをくらわす。


「そうだ! 僕はもう無限の可能性を授かった! 亜人のハーレムこそ気づけてはいないが、最強のヒロインが僕の下にはいるではないか」


 僕は、天を仰ぎ神を称える。僕に肩を揺さぶられて目を回していた友人が「もう一度言う前に、悟るなよ……」とため息を漏らした。


 自室へと慌てて戻った僕は、床で寝転がっていたシュレディンガーをもちあげクルクルと回った。


「シュレ! 君こそが、神からの授け者だったんだ!」


 狂った世界で、僕は偽物の僕だった。だがシュレディンガーはどうだ。猫の姿をもって、「にゃあ」となく至極正常なこの猫は、この異常な世界から見れば最も狂った存在ではないか。

 彼こそが、この世界での最たるオカルト。彼が神からの授かりものではないなんてことはありえない。


「僕に、キミのすべてを、無限の可能性をみせてくれ!」


 僕は、頭のカセットテープの挿入口をひらき。恭しく、シュレディンガーを招きいれる。猫だけにな!


 シュレは「にゃむにゃむ」と眠そうな声をあげながらも僕の中に入ってくれた。大きさ的に、猫がラジカセの中に入るなんてありえない。なんてことはなく、シュレディンガーの体はどんどん小さくなって、すんなりと僕の中に入ってしまう。


「さあ、帰るんだ!僕たちは僕たちの正常な世界に!」



43: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 12:58:22.67 ID:Uf1CGfEh0



 僕は、迷わずに再生ボタンを押した。



 目が覚めると、僕は僕の部屋にいた。あの汚らしい探偵事務所ではなく、本物の僕の部屋だ。ただ天井がやけに高く感じられる。どうやら、僕は床で寝ていたらしい。


「おいおい、キミはどこから入ってきたんだ」


 あまり聞きなれない声をした男が、僕の体をやさしく持ち上げた。
 僕は、驚きのあまり「なーご」と鳴いた。ああ、そうかそういうことなのか。


「ふむ。なんでだろうか、僕はキミにシュレディンがーと名付ける気がするんだ」


 僕は、自分の顔をさわってみる。肉球がポムポムしてて、気持ちい。ああ、どうやら僕とシュレディンガーは本当に一心同体になってしまったらしい。だけどまあ、いいさ。


 僕は、僕の偽物だけど、そんな僕でもまたこの正常な世界で生きていけるのならば。猫の体になってしまうぐらい何ともない。友人や、家族とまた会えるならそれ異常にうれしいことはない。


 偽物の僕は、この世界で生きていく。このシュレディンガーの体と、いま僕を持ち上げている本物の僕とともに。
 


――――――

第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵稼業で食っていく

おわり

――――――



44: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:01:58.57 ID:Uf1CGfEh0

――――――

最終夜 不死講

――――――



45: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:02:25.30 ID:Uf1CGfEh0



 年号が令和に代わって早ひと月、いやはや時代の流れというものは実に目まぐるしいもので。

 しかし、ニュース番組を見れば毎日のように物騒な事件ばかり。毎日、人死にの話を聞くというのは、なかなかに辛いものがありますなあ。

 「死」というものは、実に恐ろしいものにございます。私のような一般市民はもちろんのこと、権力者や大富豪、ボクシングのチャンピオンにだって平等に訪れるのですから。

 ところが、読み物の世界に目を向けてみると、これがまた不思議なことに「不死」たることの多さに目をみはります。人々は死を恐れるあまりに想像の世界に「不死」を求めているのかもしれません。

 今回のお話は、そんな不死を得てしまった者たちが夜毎に開く『不死講』のおはなしにございます。


勇者「おーい、いるか?」


魔王「いるよいるよ、カギはかかってねえから入ってくれ」


勇者「久しぶりだなあ魔王、500年ぶりぐらいか」


魔王「だれかと思えば、勇者か。もうそんなに経つのか」


勇者「ちっと近くに寄ったもんでな、それでどうだい? そろそろ寿命はつきそうか?」


魔王「それがちっともさ、腰はいたまねえし、思考も冴えっぱなし、体力も全盛期となんら変わらん」


勇者「おいおい、魔王が死なない限り、勇者である俺も死ぬことができねえんだ。そろそろ死んでくれよ」



46: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:02:51.82 ID:Uf1CGfEh0



魔王「だったら、お前が俺を殺しておくれよ」


勇者「俺の力じゃあ魔王を殺しきれねえから、寿命がきれるのを待ってるんだろうが」


魔王「ちっ、我だって死ねるもんならさっさと死にたいさ。テレビにもラジオにも飽き飽きだ。漫画や小説も、これだけ長く生きてると先の展開が読めてしまってつまらねえ。現世で生きる無上の苦しみには、我はもう耐えきれん」


勇者「まあ、そんなところだろうと思ってな。今日は面白い話を持って来たぜ」


魔王「面白い話?」


勇者「ああ、なんでも月のでない夜。俺たちのように死ぬことのできない者たちが夜な夜な『講』を開いているらしい」


魔王「ほう、この世界に我ら以外にも不死者がいるというのか」


勇者「おうよ、それで今晩は、その月の出ない夜ってわけだ。一緒に行ってみようぜ」


 場面は変わって、とあるアパートの一室。さほど広くないそこには、勇者と魔王を含め有象無象のアンデッド達が集まっておりました。さながら、その様相は百鬼夜行。まともな人間の姿を保っているのは勇者一人でありました。


勇者「うひゃあ、こりゃまたすげえな」


魔王「おい、向こうを見てみろ。肉が腐り落ちてるのに、動いている奴がいるぞ」



47: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:03:18.45 ID:Uf1CGfEh0



勇者「ありゃあ、ゾンビってやつじゃないか。ほら、お前んところにいたグールの親戚みたいなもんだろ」


魔王「見てみろ勇者。あっちには、ただの黒猫がいるぞ。あれも不死者なのだろうか」


勇者「うーん、一見するとわからねえが。ここにいる以上、そうなんじゃねえか」


魔王「ところで勇者。こんなところに不死者がゾロゾロと集まっていったい何をするんだ」


勇者「静かに。ほら、はじまるぞ」


 各々が、雑談に耽っていると、一人の妖怪が部屋の中央に進んでまいります。妖怪が、すっと手をあげると周囲はシンと静まり返り男に注目致しました。


妖怪「皆々様方、今夜も不死講にお集まりいただき有難うございます。本日は新たな仲間を二名も加え、より我々の苦しみを分かち合うことができることに喜びを禁じえません」


妖怪「それでは早速、始めましょう。まずは、グールさんからどうぞ」


グール「お久しぶりで皆さま。今回は、半月ほど自分の心臓を止めてみました。まあ、残念なことに死には至りませんでしたが、どこか息苦しく生きた心地がしませんでした。もし、まだ試されたことが無い方はぜひやってみてください」


 グールが話し終えると、部屋の中は万雷の拍手がおこりました。「ブラボー!」「よっ、日本一っ!」などと皆がようようとグールを称えます。


魔王「なるほどな。ここでは、不死者たちが如何にして死に至るかを披露する場ということか」



48: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:03:45.14 ID:Uf1CGfEh0



勇者「そういうことさ。残念なことに、実際に死ねた者は一人もいなくて、年々人数が増えて行ってるって話だ」


妖怪「では、お次は魔王さんいかがですか?」


魔王「ふむ、我と勇者は長年殺し合いを続けてきた身。話のネタには困らんぞ」


妖怪「そいつは、嬉しい限りです。我々、不死者にとって死の話題こそ最も心躍る娯楽ですから」


 魔王が立ち上がり、皆の視線が集まります。そしていざ、魔王が口を開こうとした瞬間。部屋の扉が大きな音を立てて開きました。


奇妙な男「こ、ここが『不死者』を殺す会か!? 俺は、不死者を殺す方法を知っているぞ!」


 奇妙な男の突然の登場に、場はざわめきます。


妖怪「おいおい、いったいこの会が何千年開かれていると思っているですか。そんなに簡単な方法があればみんな苦労しませんよ」


奇妙な男「いや、確かなんだ。確実に死ぬことができると断言できる!」


グール「きゅう」


勇者「おいっ! グールが倒れたぞ! あっ、なんてことだ。脈がある! せっかく止めてた心臓が驚きのあまり動き出したんだ!」



49: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:04:11.92 ID:Uf1CGfEh0



妖怪「……それでは、魔王さんの番でしたが。先に、そちらの方の話を聞いてみましょうか」


 意気揚々と語ろうとしていた魔王は、しゅんとして座ります。


奇妙な男「俺は、実は別の惑星から何億年もかけてやってきたんだ。その惑星では、とある博士が不死の薬を作って住民みんなが不死者となっていた」


奇妙な男「俺も、その薬を飲んで。宇宙探索の旅に出たんだが、なにせ死ぬことがないもんだから遂には探検に飽きてしまった。そんなとき、俺は思い出したんだ。俺が故郷を旅立つ直前。不死の薬を作った博士が、今度は不死者を殺す薬を研究しだしたって」


奇妙な男「あの博士ならきっと不死者を殺す薬を作り上げている。そう思った俺は、急ぎ故郷に帰ろうとしたんだがロケットの故障でこの星に流れ着いてしまった。だから、ここにいる不死者でロケットを修理するのを手伝ってほしい!」


勇者「そりゃあ、えらく面白い話だ」


妖怪「ですが、我々にはそのような知識はありませんよ。それに、貴方の故郷の星はうんと遠いのではありませんか?」


魔王「それに、不死者を殺す薬が完成しているとも限らんしな」


奇妙な男「そうだが……」


黒猫「んにゃあ」


 突然、それまで黙り込んでいた黒猫が声をあげました。それに気づいた妖怪が、黒猫へと近寄りその声に耳を傾けます。



50: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:04:38.10 ID:Uf1CGfEh0



妖怪「なんですって!? 長距離惑星間での電波の送受信に成功したことがあるですって!?」


黒猫「なーご」


妖怪「たしかに、ロケットよりも電波のほうが早いですし。まず確認をとって、何だったら不死者を殺す薬を送ってもらえればいいですね」


 急に、話が現実的なものとなったためか、部屋の中は喜びの声が上がり始めました。その声は、徐々に大きくなり遂には大歓声となりました。


 そうして、不死者たちによる一大プロジェクトが発足し。それは、長い年月をかけて進められました。しかし、不死者にとっては時間は無限にあるもの。不死者たちは苦も無く、それを成し遂げました。とある博士から送られてきた、不死者を殺す薬は『不死講』の場でみなに平等に配られ不死者達は、無事に死を迎えることができました。


勇者「おいおい、そこにいるのは魔王じゃねえか」


魔王「おう勇者。こんなところで奇遇だな」


勇者「奇遇も何も、周りを見てみろ。ほらあっちにはグールさんが。こっちには黒猫ちゃんもいるぜ」


魔王「あらま、本当だ」


勇者「話によると、この道をまっすぐ行くと天国と地獄の分かれ道につくらしい。おっ、噂をすれば見えてきた」



51: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:05:04.88 ID:Uf1CGfEh0



 勇者の話の通り、そこには大きな分かれ道がありました。そこには一人の羽を生やした子供がいて、死者たちに道案内をしています。


天使「おや、貴方がたも遂に死ぬことができたのですね。おめでとうございます」


勇者「そりゃどうも」


魔王「ところで、この分かれ道はどこに続いているんだ」


天使「右に行けば天国、左に行けば地獄でございます。貴方がたは生前の行いもおおむねよかったので、天国へどうぞ」


勇者「ちなみに天国ってのはどんなところなんだい?」


天使「気持ちのいいところですよ。体は老いないし、ずっと元気が湧き続けます。酒も女も選び放題。テレビだって映画だって見放題です」


魔王「ふむ、じゃあ我らは地獄に行かせてもらおうかな」


天使「はい? 地獄は、それはひどいところですよ。無限に等しい時間味わう苦しみは考えるだけで生きた心地がしません」


勇者「だから行くのさ」


天使「?」


魔王「体は老いない、ずっと元気が湧き続け、酒も女も選び放題、テレビに映画も見放題なんて。そんな楽園にいたんじゃあ」



52: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:05:31.80 ID:Uf1CGfEh0



勇者「とても死んだ心地がしねえってもんさ」



――――――

不死講  おわり

――――――



53: ◆CItYBDS.l2 2019/06/16(日) 18:05:58.69 ID:Uf1CGfEh0

こちらも完結です。ありがとうございました。


元スレ
SS速報VIP:不死講