253: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:27:54 ID:.iLUm1v.
―― 男子寮 廊下
エレン「よし、それじゃ手分けしてライナー探そうぜ! ――ということで俺は兵舎行ってくる!」ダッ
ジャン「へいへい、行って来い行って来い」シッシッ
マルコ「……ねえアルミン、ベルトルトは本当に大丈夫なの? 最近眠れてる? 寝相はどう? 何か悩みごととかあったりしない? ごはんは毎日三食欠かさず食べてる?」ヒソヒソ
アルミン「うーん……ごはん事情までは把握してないけど、最近はちゃんと眠れてると思うよ。悩みごとは……ちょっとよくわからないな。ライナーに聞けばわかるかもしれないけど」
ジャン「そのライナーのことで悩んでたりするんじゃねえのか? あいつの色ボケは最近凄まじいからな」
マルコ「そうそう、今日の昼なんて『保護者じゃない』ってはっきり否定してたからね」
アルミン「……! ということは――遂になっちゃったのかな。恋人に」
マルコ「かもね。……実は昨日、大人の階段登っちゃったのかも」
ジャン「……………………あんにゃろぉぉお……」ギリギリ...
マルコ「ジャン、眼力で壁に穴は空かないよ」
アルミン「いくら歯を食いしばってもカップルは別れないんだよ」
254: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:28:46 ID:.iLUm1v.
ジャン「俺はなぁ、朝からどうもおかしいと思ってたんだよ……! あれだけ色々やらかしといて『何も関係ない』なんてよぉ……! んなわけねえだろふざけんなよこんちくしょうめ……!!」ブルブル...
アルミン「まあまあ、落ち着いてよジャン。――ライナーだって恥ずかしかったんだよ。まさかあんな風にからかわれるとは思ってなかっただろうし」
マルコ「部屋に戻ってこないのも、実は僕らの追及を避けるためだったりしてね」
アルミン「ああ! それありえるかも!」ポン
マルコ「元々騒ぎ立てられるのが好きじゃなさそうだからね。確か一番最初の時も周りに釘刺してなかった?」
アルミン「うんうん、そんなこともあったね……懐かしいなぁ、あの後ミカサに言い聞かせるのすごく大変だったんだよなぁ……何回も何回も何回も何回も説明したのにわかってくれなくて……」ウフフ
マルコ「アルミーン? おーい、帰ってきてくれアルミーン」ユサユサ
ジャン「くっそぉぉおおお……!! 遂にライナーも彼女持ちかぁあぁぁ……!! 羨ましいぃぃいいい……!!!」ギリギリギリギリ...
マルコ「彼女持ち……? ――あっ! もしかして……ライナーは手伝いをするついでに、恋人としての心得をフランツから聞き出してるんじゃないかな? それで時間がかかって……」ポン
ジャン「おっしゃあまとめて血祭りにあげてやらぁ!!」ガララッ
マルコ「えっ? ――ちょっ、ちょっと待てよジャン! そっちは窓だぞ!!」
ジャン「うるせえ今更外歩き用のブーツに履き替えてられっかよ!! ――駆逐してやる……! 彼女持ちは、この世から一匹残らず!!」ビョンッ
マルコ「ジャ――――――ン!?」
―― ビュオオオオオ....
アルミン「くしゅんっ!! ……あ、あれ? ねえマルコ、ジャンはどこ行ったの? いつの間にかいなくなってるけど……」キョロキョロ...
マルコ「……」
アルミン「……? ねえ、どうして窓が開いてるの? 何かあった? ていうか寒いから閉めていい? 風が吹き込んできてるし……」
マルコ「……」
アルミン「?? ……えーっと、閉めるね? いいかな?」ガラガラ...
マルコ「アルミン。……今、僕らの期待の星が窓から飛び立ったよ」
アルミン「え? ああ、うん……? え、何が? 何の話?」
マルコ「……僕は営庭を見てくるよ。彼ほどの情熱はないけど……こんな僕でも、力になれると思うから……!」スタスタ...
アルミン「う、うん……? わ、わかった……??」
アルミン(えーっと、エレンは兵舎、マルコは営庭なのか……僕は食堂のほうでも見てみようかな。サシャと逢引してる可能性だってまだ捨てきれないしね……)スタスタ...
―― 同刻 とある倉庫
フランツ「……ふぅ、やっと終わった。ありがとうライナー、助かったよ」
ライナー「おう、気にすんな。――それじゃ、鍵閉めて寮に戻るか」
フランツ「あ、いや……ええっと、ごめんライナー。僕はその、ハンナと約束してるから……寮にはまだ……」ソワソワ...
ライナー「約束って……今から会うのか? 明日は立体機動の試験なんだからな、程々にしといて早く寝ろよ?」ハハハ
フランツ「ああ、そうするよ。――そういえばさ、ライナーは憲兵団志望だっけ?」
ライナー「いや、俺は……まだ決めてない」
フランツ「あれっ、そうなんだ? ……実は僕、ちょっと悩んでるんだよね」ハァ
ライナー「……? どうした、調査兵団に鞍替えするのか?」
フランツ「違う違う。もちろん希望は駐屯兵団なんだけどさ……その、ハンナが……」モジモジ
ライナー「ハンナ? ……もしかして、ハンナが調査兵団希望なのか?」
フランツ「ううん、それも違うんだ。――あのさ、この前ハンナと二人で話してた時に気づいたんだけど……お互いに駐屯兵団を希望しても、同じ地区に配属されるとは限らないんだよね」
ライナー「まあ……そりゃそうだな。しかも数年経てば異動もあるだろうし……」
フランツ「だろ? だからさ、その……もし配属先が別れたら、ハンナには……お、お嫁さんになってもらおうかなって、考えてるんだけど……!」モジモジ...
ライナー「嫁さんって……おいおい、流石にそれは早くねえか? まだ結婚できる年齢じゃねえんだしよ」
フランツ「そうかな? ――ならせめて、『結婚しよう』って口約束だけでもしようかと考えてるんだけど……それもまだ気が早いと思う?」
ライナー「それは…………あー……すまん、俺はそこまで考えたことないからわからん」
フランツ「そっか……ごめん、そうだよね……もういっそのこと二人で開拓地に行って、いつまでもいつまでも幸せに暮らそうかなぁ……そのほうがきっと……」ブツブツ...
ライナー「……まあ、なんだ。鍵は俺が返してきてやるから、好きなだけ二人で楽しんでこいよ。今から行けば一時間は話せるだろ?」
フランツ「えっ? ――いやいや、手伝ってもらったのにそこまでしてもらっちゃ悪いよ! ちゃんと僕が返してくるって!」
ライナー「鍵を返して教官に報告するだけで十五分はかかる。――これ以上ハンナを待たせてやるなよ。ずっとお前のこと待ってるんだろ?」
フランツ「……! それは……」
ライナー「いいって、気にすんなよ。俺は用事なんてないからな、それくらいやってやる」
フランツ「……ごめん。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
ライナー「ああ、任せとけ。――逢引するのは構わんが、くれぐれも教官には見つからないようにな。まだ消灯前とはいえ、卒業試験の真っ最中なんだ。見つかったら何を言われるかわからんぞ」
フランツ「うん、気をつけるよ。――でも実際、誰も来ないような場所を見つけるのって難しいんだよね。せめて見回りの教官だけでも回避できればいいんだけど……」
ライナー「そうだな……今の時間なら男子寮の近くの倉庫がいいんじゃないか? 次の見回りは二時間後のはずだからな」
フランツ「へえ、そうなんだ? 見回りの時間を把握してるなんてマメなんだね、ライナーは」
ライナー「……」
フランツ「じゃあまた明日。手伝ってくれてありがとう。おやすみ」スタスタ...
ライナー「ああ、おやすみ。……」
ライナー(なんで教官の見回りの時間を覚えてたんだ……? どこかで日程表か当番表でも見たっけかな……?)
ライナー(まあ、そんなことは気にしなくてもいいか。さっさと鍵閉めて――おっと)ヒラヒラ... パサッ
ライナー「……どうすっかなぁ、このハンカチ」ハァ...
ライナー(結局、誰のものなのかは突き止められなかったな……まあ、仮に突き止めても返したりはできねえだろうが……)
ライナー(捨てる、のはちょっとなぁ……かといっていつまでも持ち歩いてるわけにもいかねえし、部屋にも置いときたくねえし……)
ライナー(こうなったら工具箱に入れておくか? 指を切った血だって言えば誤魔化せそうだよな…… ……ん?)サワサワ...
ライナー「刺繍……? ってことは、これは名前か……?」サワサワ...
ライナー(最初の文字は、……あー…………汚れが酷いな。読めねえ……)ジーッ...
ライナー(おっ、苗字はなんとか……ブ、ラウ……? いや、ブラウンじゃないな、最後はなんて書いてんだ……?)
ライナー(待てよ、ブラウン……ブラウ、ブラウス?)
ライナー「……サシャ・ブラウス」
―― 同刻 女子寮 ユミルたちの部屋
クリスタ「はぁ、はぁ……疲れたぁー……」グッタリ...
ミカサ「アニに覆いかぶさったまま、あそこまで暴れるとは……ユミル、恐ろしい子……!」チラッ
ユミル「むふふふふ……くーりすたぁ……」スピー...
クリスタ「本当は起きてるんじゃないかって思うくらい力が篭ってたよね……アニ、大丈夫だった? ユミルにどこか握り潰されてない?」
アニ「そうだね……強いて言うなら全身かな」グッチャリ...
ミカサ「髪がぐちゃぐちゃになってる」ペタペタ
クリスタ「ユミルにパーカーも取られちゃったもんね……はいアニ、私のカーディガンだけど入るかな? どう?」ファサッ
アニ「……ん。大丈夫、ちょうどいいよ。……ありがと」
クリスタ「どういたしまして。――でもそれ、布地が薄いから外には出ないでね。そのまま出たら風邪ひいちゃう」
ミカサ「……それにしても、部屋がだいぶ散らかってしまった。どうしよう」キョロキョロ...
クリスタ「後で私とサシャでなんとかしておくから平気だよ。――あ、でも企画紙だけは集めるの手伝ってほしいかも。さっきサシャの机の上に置いてあるの崩れちゃったから……」
ミカサ「わかった。任せておいて」グッ
アニ「全く、なんでこんなに溜めておくかなあの子は……掃除くらい定期的にやりなよ」ガサガサ...
アニ(ん? これ、壁上固定砲の整備の割り当て表……?)ペラッ
アニ(そういえば、ミーナとサシャは同じ班だっけ。他にはエレンとコニーと……サムエルとトーマスだったよね。たぶん)
アニ(タイミングが合わなくて、ミーナの日程は見てなかったけど……ええっと、次はいつなんだろ……?)ジーッ...
ミカサ「終わった。こっちはこれで全部」ガサガサ...
クリスタ「こっちにももうないみたい。――アニはどう? 全部集まった?」
アニ「……」
クリスタ「……? アニ、終わった?」
アニ「……ああ、集まったよ。これで全部」スッ...
クリスタ「ありがとう! ――えーっと、取り敢えず机の端に寄せておいてっと……」ガサガサ
アニ「……ごめん、二人とも。ちょっと抜ける」スクッ スタスタ...
ミカサ「……? お手洗い?」
アニ「うん、そんなとこ。……じゃあね」ガチャッ バタンッ
ミカサ「……」
クリスタ「……」
ユミル「zzz...」スピー...
ミカサ「……もうちょっと片付けようか。お部屋」
クリスタ「そうだね。サシャとミーナが帰ってきたらお茶会もお開きだろうし……今のうちに目処だけでもつけちゃおう」
ミカサ「余ったクッキーはそれぞれハンカチに包んで持って帰ってもらうとして……ええっと、カップはどこに……」カチャカチャ...
クリスタ「あ、一旦私の机の上に置いていいよ。灰色の工具箱が置いてある机」
ミカサ「わかった。……ということは、こっちがサシャの机であっちがユミルの机?」
クリスタ「そうだよ。何か面白いものでもあった?」
ミカサ「……この、ユミルの机の上に飾ってあるドライフラワーは」
クリスタ「コニーからもらった花冠だよ」
ミカサ「ほうほう……これが噂の……」ジーッ...
クリスタ「それね、大掃除の時にも捨てなかったんだ。……きっとユミルね、もらった時すごく嬉しかったんだと思うの。今でもたまに手入れしてるんだよ」
ミカサ「なるほど……とてもいいことを聞いた。今度ユミルにからかわれたらそのことを言おう」
クリスタ「あはは、お手柔らかにね。……」
クリスタ「あの……今日はありがとうね。ミカサ」
ミカサ「? クッキーのこと?」
クリスタ「ううん、それもだけど……お茶会のことも。――実は今日の朝ね、ユミルとサシャが喧嘩してたんだ」
ミカサ「あの二人が……? 珍しい」
クリスタ「うん、珍しいよね。すごくびっくりしちゃった。――だから私ね、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって……今朝はユミルのほうを追っちゃったの」
クリスタ「サシャには何もしてあげられなくて、すごく気にかかってたんだけど……ミカサがお茶会を開いてくれたから、今朝よりは元気になったみたい。――だからありがとう、ミカサ」
ミカサ「どういたしまして。……クリスタの力になれて、私も嬉しい」
クリスタ「私もしっかりしなきゃね。いつまでもユミルやミカサに頼ってるわけにはいかないし……もっともっと頑張って、みんなの役に立たないと……!」グッ
ミカサ「ではまず、この部屋を復元することから始めよう。それがみんなの役に立つ近道」
クリスタ「そうだね! ぴっかぴかにしよう!」キュッキュッ
ミカサ「いえ、そこまで気合いを入れなくてもいい。……私は木箱を元の場所に戻してくる。ので、クリスタはこのままユミルを部屋で見張っていてほしい」ガチャッ
クリスタ「了解、任せといて! ――ミカサ、いってらっしゃい!」フリフリ
―― 井戸
ミーナ「……」チャプチャプ
サシャ「……」チャプチャプ
ミーナ「……お酒の酔いを覚ますのって、どれくらいの水が必要なのかな」
サシャ「さあ……? でも桶二杯分もあれば充分なんじゃないですか? これ以上飲んだらお腹じゃぶじゃぶになっちゃいますよ」
ミーナ「じゃあこれでいっか。……帰る?」
サシャ「そうですね。みんな待ってますしそろそろ行きましょう」スタスタ...
ミーナ「ヤカン返すのに結構時間かかっちゃったからね、できるだけ急ごっか。――そういえばさ、ずーっと聞きそびれてたことがあるんだけど……今聞いてもいいかな? 駄目?」ソワソワ...
サシャ「……? なんです?」
ミーナ「もう、わかってるくせにー……昨日のデートのことだよ、デート!」
サシャ「……昨日の」
ミーナ「ミカサやユミルにはもう話したんでしょ? 私も聞きたいなぁ」
サシャ「……」
ミーナ「? どうしたの? ――あっ、もしかして髪のこと何か言われた? 変だとかおかしいとか、いつもと違うとか……」オロオロ...
サシャ「ああ、いえ……髪は綺麗だって褒めてもらえましたよ。いつもと感じが違っていいって言ってました」
ミーナ「本当!? ……よかったぁ、実は地味に気になってたんだよね。安心したよ」ホッ
サシャ「昨日はありがとうございました。ミーナのおかげですごく助かりましたよ」ペコッ
ミーナ「いいよいいよ、あれくらいならまたやってあげるって!」
サシャ「いえ、髪もですけど……クリスタとユミルのこともですよ。あの後仲裁してくれたんですよね? 二人とも、朝は普通に会話してましたし……」
ミーナ「あー、それねー……実を言うと、昨日はユミルの話をずーっと聞いてただけなんだよね……だから正直、私は何もしてないっていうか……」ポリポリ...
サシャ「いえいえ、ばっちりですって。さっきのふざけあいっぷりを見れば充分わかりますよ」
ミーナ「そう? ならいいんだけど…… ――って、今はユミルとクリスタの話はどうでもいいんだってば! サシャとライナーの話聞かせてよ! 私、昨日の夜はず――――――っとヤキモキしてたんだからね?」
サシャ「や、焼きモキ……!? なんですかそれ、新しいおやつか何かですか!?」ガシッ
ミーナ「サシャ、食べ物の話じゃないから」ブンブン
ミーナ「それで、髪のこと以外には何かなかったの? ……あっ、そういえば新しい髪飾りは? もしかして部屋にある?」ワクワク
サシャ「いえ、髪飾りは買ってないんですよ。お店が定休日で閉まってて……」
ミーナ「あらら……そうだったんだ。残念だね」
サシャ「……」
サシャ(ミーナには、協力してもらったんですから……ちゃんと話すべきですよね。昨日のこと……)
ミーナ「ミカサから聞いたんだけど、新しく開いた食堂にも行けなかったんだよね? ……ということは、昨日は踏んだり蹴ったりだったわけかぁ……」
サシャ「そうですね……あとはライナーに好きって言われたくらいですかね」
ミーナ「そっかそっか、好きって言われたんだー…… ……はい?」
サシャ「それでですね、えっと……『一緒に来てくれないか』って言われたんですけど、私断っちゃいまして――」
ミーナ「待って待ってサシャ早い早い! ……え? 好きって言われたの? 本当に?」
サシャ「本当ですよ?」
ミーナ「……ライナーに?」
サシャ「……? そうですけど」
ミーナ「…………ちょっ、ちょっと待ってね。急いで心の準備するから」スーハースーハー
ミーナ(つ、遂にこの時が来ちゃったのかぁ……! わぁー……、本人じゃないのに緊張する……!)ドキドキ ソワソワ
ミーナ(えっと、えっと……こういう時って何から聞けばいいんだろう? やっぱり告白の言葉からかな……それとも返事から? もしくは遠回しにシチュエーションの話……?)
ミーナ「あ、あのねサシャ……こんなこと、聞いていいのかわからないんだけど……」モジモジ
サシャ「はい? なんですか?」
ミーナ「えっとね……その、告白された時にさ……」
ミーナ「……二人で何か食べてなかった……?」
サシャ「……」
ミーナ「……」
サシャ「いえ、特には」
ミーナ「…………………………だよね」
ミーナ(混乱しすぎて変なこと聞いちゃった……でもあの二人だし、普通の告白なんてするわけないよね……?)
ミーナ「……ん? ちょっと待って、『一緒に来てくれ』ってどこに? まさかお店屋さんじゃないよね?」
サシャ「違いますよ。ライナーの故郷にです」ブンブン
ミーナ「…………あのさ、告白されてすぐに『故郷に一緒に来てくれ』って言われたの? 『付き合ってください』とか『恋人になってくれ』とか、そういうのは一切なし?」
サシャ「? そうですけど」
ミーナ「…………」
ミーナ(告白の勢いついでにプロポーズって……二人とも、ちょっと段階飛ばし過ぎじゃない!? せめて『結婚を前提にお付き合い』じゃないの!?)
ミーナ(……でもなぁ、二人とも既に付き合っちゃってるようなもんだったし、そういうこと言うのも今更って感じなのかな。もしかして、私の考え方のほうが間違ってるのかも……?)
ミーナ(ああもう、山育ちの流儀なんて私にはわかんないよ! なんなの二人とも!)ジタバタジタバタ
サシャ「ミーナ? どうかしました?」
ミーナ「……なんでもない。ええっと……それで、なんて返事したんだっけ? さっきはちゃんと聞こえなかったんだけど」
サシャ「……『行けない』って、言いました」
ミーナ「だよねぇ……」
ミーナ(いきなり『結婚しよ』って言われてオッケー出す子なんていないよ、ライナー……! しかもまだ付き合ってさえないのに……!)
サシャ「あの時は……あんまり突然だったので、何を言ったらいいのかわかんなくなっちゃったんです。それで、そのまま思ってることを伝えるしかできなくて……」シュン
ミーナ「いやいや……そんなの咄嗟に受け答えできる子なんてほぼいないと思うよ? それこそミカサくらいじゃない?」
サシャ「……そうですね。私もミカサになりたかったです……」ショボン...
ミーナ「ミカサになったからって解決する問題でもないと思うけどねー……。――あのさ、余計なお世話かもしれないけど、二人でもっとちゃんと話し合ったほうがいいと思うよ? 大事なことなんだし……」
サシャ「……? 何を話し合うんですか?」
ミーナ「え? それは……その、改めて言われたらよくわかんないんだけどさ……」ウーン...
サシャ「……」
サシャ(いくら話し合ったって……私が足手まといになるって事実は変わらないんですよね。なんて言うか……気持ちの根っこの部分で、ライナーがそう思っちゃってるんですから……)
サシャ(そういう気持ちって、話し合ってすぐ変わるものなんでしょうか? ――やっぱり、私がしっかりしてるところをちゃんと見せないと意味がない気がするんですが……)
サシャ(でも、もう卒業まで時間がありませんし、そういうのを見せる機会なんて少しも……いえ、そもそもライナーには『忘れろ』って言われちゃってるんですよね。朝も『関係ない』って他の人に言ってましたし)
サシャ(私……これ以上、何をどうしたらいいんでしょう……)シュン...
ミーナ(めちゃくちゃ深刻そうな顔で悩んでる……! やっぱりあれかな、卒業後の新居の相談とかもされたのかな……!? それとも結婚式の衣装の話……!?)
ミーナ(くっ……! 試験中なのにどうしてこんな難題を持ってくるの、ライナー……! 私、部屋に戻ったら消灯までお勉強しようと思ってたのに……! これじゃ夜も眠れないじゃない……!)ギリッ...
ミーナ(とにかく、そういう相談は後からハンナに乗ってもらうとして……今はサシャを元気づけないと……!)
ミーナ「……ほら、そんな顔になっちゃうってことは、まだ何か話し足りないことがあるんでしょ? サシャ」
サシャ「……話し足りないのかどうかは、わかりませんけど」
ミーナ「けど?」
サシャ「ライナーと、話は……もっと、したいです。……足りないです。全然」グー...
ミーナ「サシャ……」
サシャ「……」グー
ミーナ「……」
サシャ「……」
ミーナ「……足りないって食べ物のこと?」
サシャ「いえ、違います」ブンブン
ミーナ「さっきクッキー食べたばかりなのに、もうお腹空いたの? サシャ」ハァ
サシャ「だってぇ、朝ごはん食べてないんですもん……あれじゃ全然足りないですよ。今も労働しましたし……」ウダウダ
ミーナ「まあ、今日は身体だけじゃなくて頭も使っただろうからねー……ええっと、食べ物何かあったかな……」ゴソゴソ...
サシャ「えっ……? ミーナ、何かくれるんですか!? やったぁください!!」チョーダイ!!
ミーナ「あーごめん、何も持ってないや」
サシャ「えぇー……そんなぁ……」ショボーン...
ミーナ「そもそもお菓子を持ち歩くこと自体あんまりしないし……あっ、そうだ! ねえサシャ、昼間にアルミンからもらった飴はどうしたの? あの時食べなかったんだよね?」
サシャ「飴ですか? あれはですね、確か……ああっ! そういえば立体機動装置のケースに入れたままです!」ガーン!!
ミーナ「あらら……じゃあ、今食べるってのは無理かぁ。もう保管庫の鍵も閉まってるだろうし……」
サシャ「……いえ、一応保管庫の前までは行ってみます。もしかしたら鍵が開いてるかもしれませんから」
ミーナ「そんなにお腹空いてるの……?」
サシャ「違いま…… ……せんけど、明日に持ち越したら試験中に食べちゃいそうで不安なんですよね。だから回収できるなら今のうちにしたいです」
ミーナ「確かにね……立体機動の死因が『飴を喉に詰まらせて窒息死』だと情けなさすぎるよね」
サシャ「ちょっと、勝手に殺さないでくださいよ! ――ミーナは先に帰っててもいいですよ。ここからだと結構時間かかりますし、クリスタたちも待ってるでしょうから」
ミーナ「いいよ、一緒に行くよ。……このまま帰っても、勉強に集中できなさそうだしね」
―― 保管庫前 廊下
アルミン(調理場と食堂には誰もいなかったから、エレンと合流しようと思って兵舎に来てみたけど……)キョロキョロ...
アルミン(うーん……エレンどころか見回りの教官にすら会わないな。ちょうど人がいない時間帯なのかも……)
アルミン(ここは一旦寮に戻って、マルコやジャンから話を聞いたほうがいいよね。もしかしたらライナーも戻ってるかもしれないし…… ――あれっ?)
アルミン(この部屋、中で明かりが動いてる……?)ジーッ...
アルミン(ええっと、ここは……ああ、立体機動装置の保管庫か。この時間だし、訓練兵ってことはないよね。教官かな?)
アルミン(でも、教官がいったい何の用で……? まさか、抜き打ちで立体機動装置のチェックをしてるとか……?)
アルミン「……」
アルミン(……ちょっとだけ、ちょっとだけ)ギィッ...
「……どうだ?」ヒソヒソ
「ちょっと待ってよ、手元が暗いんだから……」ヒソヒソ
「早くしろって。誰か来たらどうすんだ?」
「わかってる。急かさないでってば……」カチャカチャ...
アルミン(……あれ? 教官じゃない? エレンやライナーでもないし……)
アルミン(男子と女子の二人組……かな。何してるんだろう、こんな時間に……)
アルミン「……」
アルミン「……」ガチャッ
「うわっ!」
「きゃあっ!」ガタンッ
モブ男「誰だ! ――って、なんだよ……アルミンか……」ホッ
モブ女「あー、びっくりしたぁ……」
アルミン「ごめんね、驚かせて。――二人で何してるの? ケースの中に工具でも忘れた?」
モブ女「え? ――あ、いや……え、えっと、これは、その……」オロオロ...
モブ男「整備だよ。立体機動装置の整備。見りゃわかるだろ?」
アルミン「整備って……こんな時間に?」
モブ男「俺たちは試験中に名簿と部品の照合やらされてたからな。特例で整備の時間を取ってもらえたんだよ」
モブ女「そ、そうそう! 誰にどの部品が支給されたのかも記録しないといけないからね! すごく忙しかったんだから!」コクコク
アルミン「へえ、そうなんだ。……ということは、ここの鍵は君たちが持ってるの?」
モブ女「はぁ……? 当然じゃん、鍵持ってなきゃ入れないでしょ? ――ほら、これが証拠」チャリンッ
アルミン「……その鍵、木札がついてないね。キース教官じゃなくて見回りの教官から直接借りてきたの?」
モブ男「別に誰から借りて来ようがお前に関係ないだろ。……アルミン、何か言いたいことがあるならもっとはっきり言えよ」ジロッ...
アルミン「ああ、うん……ごめん、なんでもないよ。――邪魔したね。整備頑張って」ガチャッ バタンッ
モブ男「……」
モブ女「……」
モブ男「……できたか?」ヒソヒソ
モブ女「うん、コニーとジャンは終わった。次はマルコとサシャと……ベルトルトの装置を持ってきて」ヒソヒソ
―― 保管庫前 廊下
アルミン「……」
アルミン(保管庫の鍵は、僕が知ってる限り3つある。――1つは教官室の目立つところに下げてあって、もう1つは主任のキース教官が管理してる。この2つは、どっちも大きめの木札がついていたはずだ)
アルミン(あの二人が持ってた鍵に、木札がついてないってことは……見回りの教官から直接借りてきたってことだ。……もしかしたら、鍵束から勝手に盗んできたって可能性もあるけど)
アルミン(記録係だったのは本当だから……おそらく『試験官に渡すはずの記録用紙を立体機動装置のケースの中に忘れた。試験官に忘れたことを知られたくないから、こっそり鍵を貸してほしい』って言って借りてきたんだろう)
アルミン(つまり、『整備の時間を作ってもらった』っていうのは嘘……だよね。やっぱり)
アルミン(……決められた時間以外で整備するなんて思いっきり違反行為だ。早いうちに教官に報告するべき……なんだろうけど……)
アルミン(でも、彼らが違反行為をしていたって証明する方法なんかない……僕が教官室と保管庫を往復している間に、彼らはここを立ち去っているだろうし)
アルミン(組み立て後の立体機動装置は、教官に見せてないんだから……整備状態が変わっているかどうかなんてわかりっこないし)
アルミン(……どうしよう)ウーン...
「あれ? アルミンじゃないですか。こんばんはー」
アルミン「サシャ? ……と、そっちの隅っこに座り込んでるのはミーナ……だよね? こんなところで何してるの?」
サシャ「保管庫に忘れ物を取りに来たんですよ。ミーナは私の付き添いです」チラッ
ミーナ「豚小屋出身……家畜以下……家畜小屋……血まみれ……」ブツブツ...
アルミン「……付き添いにしては頼りなさそうだけど」
サシャ「保管庫の隣の技巧室に近づくのが怖いんですって。……ほら、アルミンが夏に話してくれた怪談があったでしょう? そのうちの一つが技巧室にまつわる話だったじゃないですか」
アルミン「ああ、なるほど……ちょうどよく思い出しちゃったんだね。――あれ? サシャは平気なの? 話を聞いた時はそれなりに怖がってたと思うんだけど……」
サシャ「怪談の中に食べ物が出てこなかったので、どんな話だったかもう忘れちゃいました」テヘペロ
ミーナ「ううっ、その図太さが私もほしいぃ……おばけこわいよぉぉ……」プルプルプルプル...
サシャ「さっきからずーっとこの調子なんですよねー……そうだ、アルミンからも何か言ってあげてくれません? 早くしないと消灯時間になっちゃいますし……」ポン
アルミン「わかった、任せておいてよ。――ねえミーナ、君が思い出したのって工具を失くした子の話? それとも整備が苦手な子の話?」ニコニコ
ミーナ「……アルミンは馬鹿なの? それともわかった上でいじわるしてるの?」ジトッ...
アルミン「ごめんごめん、冗談だよ」
アルミン「鍵がかかってるから、今は誰も技巧室の中にいないよ。安心して、ミーナ」ポンポン
ミーナ「そんなのわかってるよ……! その代わり浮遊霊とか地縛霊とか動物霊とか生霊とか騒霊とかいるんでしょ!? ああもうアルミンの馬鹿!! サシャのうっかりさん!! なんで忘れ物なんかするのさー!!」イヤイヤ
サシャ「おおー……ミーナ、おばけのこと詳しいんですね。びっくりしました」パチパチ
ミーナ「好きで詳しくなったんじゃないよ! アルミンの語り方が妙に印象に残るのが悪いのっ!!」
アルミン「あはは、照れるなぁ」テレテレ
ミーナ「もういやぁ……早く終わらせてぇ……」モゾモゾ...
サシャ「仕方ないですねぇ……ではミーナはここに置いて行きましょう。私が一人で取りに行ってきます」スタスタ...
アルミン「そうだね。僕も寮に戻るよ」スタスタ...
ミーナ「いやいやいや置いて行かないでえええええっ! ――あっ、そうだ! ねえ、エレンとコニーとトーマスとサムエルも呼んでこよう? 固定砲整備四班の仲間なんだからさ、こういう時こそみんなで助けあおうよ、ねっ?」
サシャ「ええー……? 私の飴玉一粒で全員召集なんて、すごく恥ずかしいんですが……」
アルミン「これから全員集めるなんて時間的に無理だよ、ミーナ。諦めて」
ミーナ「だってさぁ、私たち三人だけじゃ勝てないよぉ……おばけが出てもやっつけられないじゃん……」イジイジ...
アルミン「……」
アルミン「……それって、僕じゃ頼りないってこと?」ムッ...
ミーナ「へ? ――いや、そういう意味じゃないけどさ、でも……」ウダウダ
アルミン「……」
アルミン(そりゃあ、僕は筋肉質でもなければ背も高くないし、腕っ節だって強くないけど……女の子二人を守るくらいならできるのに)ムー...
アルミン「大丈夫だよ。用事があるのは技巧室じゃなくて保管庫のほうなんだし……今、保管庫にいるのはれっきとした訓練兵だから」
サシャ「訓練兵? こんな時間に何してるんですか?」
アルミン「立体機動装置の整備をしてるんだって。『教官から許可は取ってある』ってその子たちは言ってたよ」
ミーナ「……足あった?」
アルミン「あったあった」
ミーナ「…………透けてなかった?」
アルミン「透けてない透けてない」
ミーナ「……………………サシャ、サッと行ってパッと帰ってこよ。そして寮に帰って寝よ」ギュッ
サシャ「元からそのつもりですよ。――というわけでアルミン、すみませんがついてきてもらえますか? ミーナがしがみついたままだとドアも開けられないので……」
アルミン「いいよ。――ついでに中の二人には僕から説明するね」
―― 保管庫
モブ男「……ん? なんだよアルミン、まだ何か用か?」
アルミン「ううん、違うよ。用事があるのは僕じゃなくて――」チラッ
サシャ「こんばんはー……」ヒョコッ
ミーナ「あはは、どうも……」ヒョコッ
モブ女「……!」
モブ男「……何しに来たんだ、お前ら」
アルミン「忘れ物をしたから取りに来たんだって。――整備中なのに何度も邪魔してごめんね?」
モブ男「……」
モブ女「……ねえ、その忘れ物って本当にここにあるの? 自分の部屋の中はちゃんと探してきた?」
サシャ「いえ、部屋は探してはないですけど……ケースの中にあるのは確実なんですよ。――こっちはこっちで勝手に探すので気にしないでください。ええっと、私のはっと……」スタスタ...
モブ男「待て。……ほら、これだろ? お前の立体機動装置」ゴトッ
サシャ「へ? ――あっ、すみません。ありがとうございます。……えーっと、確かここに入れたはず……」パカッ ゴソゴソ...
ミーナ(……? なんだろう、今の……なんか違和感があったんだけど、気のせいかな……)
アルミン「……」
サシャ「あったあった、ありましたよ! よかったぁ、これでなんとか朝まで保ちそうです!」コロン
モブ男「見つかったのか? ――なら、ケースは俺が戻しておいてやるよ。そっちの机の上に置いといてくれ」
サシャ「えっ、いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて――」スタスタ...
アルミン「待った。……サシャ、装置はまだ置かないで」
サシャ「へ?」キョトン
モブ男「……」
アルミン「あのさ……どうして今、サシャの装置をすぐに取り出せたの? サシャが装置を探してるって言った直後に、机の下から出てきたよね。なんで?」
モブ男「……たまたま位置を覚えてたんだよ。なんでもクソもねぇだろ」
アルミン「だって訓練兵は200人以上いるんだよ? 200以上もある装置の中から、サシャの装置の位置をたまたま覚えてたの?」
モブ女「別におかしいことでもないでしょ。アルミンだって、エレンやマルコの装置の位置なら把握してるんじゃないの?」
アルミン「正確な位置までは覚えてないよ。それに、昼間ならまだしも今はランタンの明かりしかないからね。さっきの君みたいに、すんなり探し出せる自信はないな」
モブ男「……」
アルミン「そもそも、なんでサシャの装置が机の下から出てきたの? ……僕は昼間に、サシャの装置は保管庫の上段にしまってあるって聞いたばかりなんだけど」
ミーナ「! ああそっか、何かおかしいなって思ってたけど……そういえばそんなこと言ってたよね、サシャ」
サシャ「は、はい……そうですけど。……あの、すみません。状況がよく飲み込めないんですが……」オロオロ...
モブ女「……私の装置を取り出すのに邪魔だったから、一旦床に下ろしただけだよ。そのまま戻し忘れてただけ」
アルミン「邪魔な装置を下ろしただけなら、装置が誰のものかを確認しておく必要はないよね?」
モブ男「……お前、言いがかりつけたいなら回りくどいことするなよ」
アルミン「うん、ごめんね。……ちゃんと確認してからじゃないとさ、本当に言いがかりになっちゃうと思ったから聞いたんだ」
モブ男「……」
モブ女「……」
アルミン「だって二人とも、おかしなところが多すぎるよ。――せっかく教官から整備の時間をもらえたのに、どうしてそっちの彼はケースすら開いてないの? 君たちは二人しかいないのに、なんで棚から出してある装置は三つもあるの? 整備をしてるのに工具箱すら持ってきてないのはなんで?」
モブ男「……」
モブ女「……」
アルミン「こんな時間に、こんなところで……本当は、二人で何してたの?」
モブ女「……あーあ、もう無理だって。誤魔化せないわ、これ」
モブ男「おい。黙れよ」
モブ女「いいじゃない、別に話しても。……さっさと打ち明けて、この三人に少しでも協力してもらったほうが楽だと思うよ。色々と」チラッ
アルミン「……」
モブ女「やだアルミン、睨まないでよ。整備してたってのは本当なんだからさ……まあ、私らのじゃなくて他の人のだけど」
アルミン「他の人……?」
ミーナ「ということは……誰かに整備し直してくれって頼まれたとか? 技巧不得意な子って結構いるし……」
モブ女「違う違う。だって上位の人たちは自分できちんと整備できるでしょ? 他の人に頼んだりしないよ」
サシャ「上位の……? ってことは、ミカサとか、……アニとか、ユミルのことですか?」
アルミン「……もしかして、上位の人の立体機動装置をいじってるの? 勝手に?」
モブ男「そんな深刻そうな顔しなくても大丈夫だって。中のボルトを少し締めるだけだから、移動中に壊れるってこともねえよ。……まあ、トリガーはいつもより引きにくくなるだろうけどな」
モブ女「これくらいなら怪我もしないだろうしね。多少は動きが悪くなるかもしれないけど……そんなの私らには知ったこっちゃないし」
モブ男「天才どもは俺らみたいな凡人とは作りが違うからさ、こういうハンデでも付けてもらわなきゃ追いつけないんだよな」
モブ女「そうそう。……まあ、上位のサシャにはわからないだろうけど」チラッ
サシャ「……」ビクッ
モブ女「ミーナやアルミンならわかってくれるでしょ? こっちは必死に頑張ってるってのにさぁ、相手は簡単にそれ以上のことをこなしちゃうんだよ? 近くで見てて虚しくならない?」
ミーナ「それは……全くないって言ったら嘘にはなるけど、でも、」
モブ男「だろ? ――アルミンなんか特にそうじゃないのか? あのミカサやエレンの幼なじみなんだからさ」
アルミン「……僕がエレンやミカサのことをどう思っているのかは関係ない。君たちが今やっていることは立派な不正行為だ。他人の答案を覗き見するのとは訳が違う、開拓地に送られても文句は言えないぞ」ジッ...
モブ女「あれっ、協力してくれないの? 意外だなぁ」
サシャ「意外も何も、アルミンやミーナがそんなことするわけないじゃないですか! 二人がそんな卑怯な真似をするわけないですよ!」
モブ女「じゃあサシャはどう?」
サシャ「えっ? ――わ、私だって……しませんよこんなこと。やるわけないじゃないですか!」
モブ女「そう? ――だってさ、他の上位の子の成績が落ちたら、それだけあんたが憲兵になれる確率が上がるんだよ? 乗らない手はなくない?」
サシャ「……いえ。私は別に、憲兵になりたいわけじゃないですから」
モブ女「はぁ……? じゃあ、なんで山岳訓練であんなに張り切ってたの? 意味わかんない」
モブ男「エレンといいお前といい、憲兵に興味がないならもう少し手を抜いてくれよな。お前らのせいで貴重な枠が潰れてるんだぞ?」
サシャ「そ、そんなこと、私に言われても……」
モブ女「そうだ! ――ねえサシャ。本当に憲兵に興味がないんだったらさ、明日からの試験は手を抜いてよ」
サシャ「え……い、嫌ですよそんなの! なんで私が、」
モブ女「別にいいでしょ? ミカサより下は成績がダンゴだから、サシャが手を抜いてくれたら私たちのどちらか一人は上がれるし」
モブ男「そうだな。もう細工しちまった装置はどうしようもねえけど、お前が約束するなら他の奴らのは見逃してやってもいいぞ。――幸い、お前らのお友だちの分はまだ手を付けてないからな」
モブ女「それでサシャ、どうする? 明日からの試験、手を抜いてくれるかな?」
サシャ「……わ、私は…………」
ミーナ「……勝手なことばかり言わないで」
ミーナ「サシャだって……ううん、サシャだけじゃなくて、他の子だってあなたたちと同じように頑張ってきたんだよ? どんな理由があったって、それを踏みにじる権利なんて誰にもない! こんなことしていいわけがないよ!」
モブ女「ふうん……ミーナまでそんなこと言うんだ。――あんた、アニに一泡吹かせてやりたいって思ったことないわけ? あの子に勝ちたくないの?」
ミーナ「勝ちたいよ。でも、あなたたちみたいなやり方で勝っても全然嬉しくない。こんな……相手のいないところで一方的に勝ち負けが決まるようなやり方は、絶対に間違ってる」
ミーナ「これなら、兵舎裏に呼び出して一対一で喧嘩するほうがまだマシだよ。ちゃんと相手と向き合わなきゃ、『勝った』なんて胸を張って言えないもの」
モブ女「……」
モブ男「……で、そっちは? お前はどうなんだよ、アルミン」
アルミン「……そうだね。僕も正直、エレンとミカサが羨ましくてしょうがない時があるよ。悔しい思いなんてのはしょっちゅうだ」
アルミン「君たちの言うとおり、努力だけじゃ埋められない才能ってのが、世の中にはあるかもしれないよね。――でもさ、君たちは違うだろ?」
モブ男「は? ……違うって何が、」
アルミン「そっちの彼は、座学の時間よく居眠りしてるよね。友だちにノートを借りてるのを何度か見かけたよ。技巧の時間は、毎回誰かに細かい整備を押し付けてたでしょ? そこに座ってる彼女みたいな、技巧が得意な子に」
モブ男「! お前、なんで知って……」
アルミン「ごめんね、偶然何度か目に入っちゃったんだ。――それで、そっちの君だけど」
モブ女「わ、私?」ビクッ
アルミン「うん。――君は兵站行進の時に、故意に荷物を減らしてたよね。この前の山岳訓練の時は、ゴールが見えてから班員の子に荷物を渡すように強要してた。……そうだよね?」
モブ女「……!」
アルミン「今言ったことは教官には話してないよ。でも、僕ごときにバレてるんだから、とっくの昔にわかってるんじゃないかな」
モブ女「そ、そんなの……私たちだけじゃないでしょ! 他のみんなだってやってるし、あんたの幼なじみのエレンやミカサに……そう、そこのサシャだって、陰で何をやってるかわかったもんじゃないでしょ!」
サシャ「…………あの、私は、」
アルミン「そうだね、そういうルールに反する行動をしてるのは君たちだけじゃない。僕が知らないだけで、その三人がそういうズルをしたことがあるのかもしれない」チラッ
サシャ「……」
アルミン「……でもね、僕の知ってるその三人なら、もっと下手くそに立ち回ってると思うよ」
モブ男「……は?」
モブ女「何、どういう意味? 下手くそって……」
アルミン「君たちみたいな、自分たちだけ安全地帯にいるような方法は絶対に取らないってことだよ。もし、そういう行為をやるにしても……自分も相手と同じ立場に立って、反撃されるのも覚悟の上でやるんじゃないかな。……頭が良い君たちとは違ってね」
アルミン「僕が知ってる上位の人は、そういう人たちばかりだったよ。――君たちはどう? さっき僕が言ったことを踏まえて、不正行為をやったこともきちんと受け入れた上で、『自分は必死で頑張ってきた』って本当に言える?」
モブ女「だ、だからそれは、普通にやっても勝てないから、仕方なくやったことで――」
アルミン「『普通にやっても』じゃなくて、『普通にやらなかったから』でしょ? ――君たちがもっと要領の悪い人だったら、たぶん成績は今と違ったものになってたと思うよ。こんな方法を取らずに済んでたかもしれない。……まあ、もう遅いけどね」
モブ男「……」
モブ女「……本当に、追いつけてたと思う? 上位のユミルやサシャやアニに……それに、あのミカサを越すなんてこと、他の誰にもできないんじゃないの? 男子にだって無理なのに……」
アルミン「できるよ。すごく難しいことだけど、不可能じゃない。……ね、サシャ」
サシャ「へっ? ……な、なんですか?」キョトン
アルミン「秋の基礎体力訓練で、一度だけミカサに勝ったことがあったよね。覚えてる?」
サシャ「覚えてますけど……あれは、どっちかっていうとまぐれみたいなものですし、勝ったって言うわけじゃ……」
アルミン「それでも勝ちは勝ちでしょ? ……僕は見てたよ。あの日だけじゃなくて、これまでずっと……サシャが諦めないで頑張ってきたのを、ちゃんと知ってる」
サシャ「アルミン……」
モブ男「……そりゃあ、芋女は他の奴らとは違うからだろ。変人っぷりなら104期の中でも一番だしな」
モブ女「……ねえミーナ。あんたさっき、アニに勝ちたいって言ってたよね。……本当にできると思うの? 今だってロクに追いつけてないのに?」
ミーナ「それでもやるよ。――だって私、アニに追い付きたいもの。今は無理でも……何年かかっても、いつか絶対隣に並びたい。……胸を張って、アニの友だちだって言えるようになりたいから」
モブ男「……無理に決まってんだろ、そんなの」
ミーナ「無理でもやるよ! だって私にはそれしかできないんだもの、やるしかないじゃない!」
サシャ「……!」
サシャ(そう、ですよね……ミーナが言ってるとおりです)
サシャ(卒業まで時間がないなら、卒業してからも頑張ればいいんです。今は認めてもらえなくても……認めてもらえるまで、追いかけちゃえばいいんです)
サシャ(私がこれまで頑張ってきたのは……私自身が、ライナーの隣にいたいって思ったからじゃないですか)
サシャ(その気持ちに嘘を吐いて、諦めちゃったら……もう二度と、追いつくことなんてできません)
サシャ(私は私らしく、好きなものを好きなだけ追いかけるだけです。――だってそれが、……ライナーが教えてくれた、私の、いいところなんですから……)
アルミン「……君たちのことは、キース教官に報告するよ。その鍵を借りた経緯を聞き出して、上位の人たちに整備状態を確認してもらう」
アルミン「順位に関わりがない僕とミーナ、それに上位のサシャも合わせて三人も証言すれば、不正行為なんて簡単に立証できる。言い逃れはできないよ」
モブ男「……おい、ベルトルトの装置寄越せ」
モブ女「は? ……ちょっ、ちょっと! これ以上は本当にやばいって! 今ならまだ――」
モブ男「いいから寄越せよ! ――なあアルミン。お前さぁ、技巧の時間に得意げに話してたよなぁ? ケースに入れたまま衝撃を受けるとなんだっけ?」グッ...
アルミン「!」
―― ケースに入れたまま強い衝撃を受けると、部品が歪んじゃうんだって
サシャ「……! まさか……!」
モブ男「そのまさかだ。――ほらよ、まずはベルトルトのからだ!」ブンッ
ミーナ「ああっ!」
サシャ(――! 落ちる……っ!)ダッ
―― 同刻 とある倉庫
ライナー(なんでサシャのハンカチが訓練服に入ってるんだ? 昨日捨てたはずだよな、これ……)
ライナー(ベルトルトがゴミ捨てに行くって言ったから、あいつに渡して……? いや、渡したか……? うまく思い出せねえ……)
ライナー(……あれ? そういやなんで俺は倉庫にいるんだ? サシャと待ち合わせしてたんだっけか……)キョロキョロ...
ライナー(……いや、違う。あいつには……二人で出かけた夜に忘れろって言ったんだ。待ち合わせなんかしてない……)
ライナー(ということは、つまり……)
ライナー「……」
ライナー「…………」
「……ライナー」
ライナー「うおっ!?」ビクッ!!
ライナー「あ、アニか……! いきなり声かけるなよ、びっくりするだろ!」ドキドキ
アニ「……」
ライナー「……アニ? どうした、何かあったのか? ……って、お前薄着じゃねえか。いつものパーカーはどうしたんだ?」オロオロ...
アニ「……ねえ、今のあんたは戦士? 兵士? どっち?」
ライナー「あ、あぁ……今か? 今は戦士だが……すまん、お前にも迷惑かけたよな? 情けねえことに何も覚えてないんだけどよ……」
アニ「……」
ライナー「帰ったらベルトルトにも謝らねえといけねえよな……そういえば、今はまだ試験中なんだろ? 俺、妙なこと口走ってなかったか?」アセアセ
アニ「……これ、見て」クシャッ
ライナー「は? 見ろって言われても、この月明かりじゃ細かいところまでは……ああ、整備班の日程表か? お前の分はもう確認済みだぞ、計画に支障は――」
アニ「いいから。……早く見て」グイッ
ライナー「……? なんだよ、時間の変更でもあったのか? ……おい、ちょっと待て。これ4班のじゃねえか。お前は関係ないだろ」ガサガサ
アニ「その4班に、誰がいるか覚えてる?」
ライナー「誰って……知らないが、誰がいるんだ?」
アニ「エレン、コニー、サムエル、トーマス……」
ライナー「……」
アニ「それに……ミーナと、サシャ」
ライナー「……それがどうした」
アニ「ベルトルトが、壁を壊すのは……調査兵団が出発する日の、昼前だったよね」
アニ「その日の、その時間に……壁の上の固定砲を整備するのは、4班なんだ」
ライナー「……」
アニ「どうしよう……ねえライナー、私どうしたらいい? ミーナが、ミーナが死んじゃう、どうしよう、」ギュッ...
ライナー「死ぬって……落ち着けよ、まだそう決まったわけじゃ、」
アニ「落ち着けるわけないでしょ!? 死なないって保証もないのに!!」
ライナー「お、おい……! 声が大きいぞ、人が来たらどうする!」
アニ「あっ……ごめん。静かにする……」
ライナー「……」
ライナー(あのアニが、ここまで取り乱すとは……こいつの中で、それだけミーナの存在が大きくなってたってことか? ……だが)
アニ「中止は、しなくてもいいから……せめて、時間だけでもずらせないの? 朝でも夜でもいいからさ、その時間以外にできない? ねえ、」
ライナー「駄目だ。計画はそのまま実行する。……調査兵団の当日の細かい動きが読めない以上、時間は前にも後にも変更できない。この時間帯が最適だって、前にも説明しただろ?」
アニ「わかってるよ、わかってるけど、」
ライナー「俺たちは故郷に帰るんだ。そのために……これは必要なことだ。避けて通ることはできない」
アニ「……じゃあ、帰るのやめる」
ライナー「馬鹿言え。……できるかそんなこと」
アニ「できるよ。これまでだってやってこれたんだ、これからだってうまく立ち回れば――」
ライナー「親父さんに二度と会えなくなってもいいのか?」
アニ「……っ」ギリッ...
ライナー「壁内に残るってのはそういうことだ。……お前は本当にそれでいいのか? 後悔するころには、きっと取り返しのつかないことになってるぞ?」
アニ「……」
ライナー「それに、お前の親父さんのことだけじゃない。……マルセルの親父さんとお袋さんは、あいつが死んだってことすらまだ知らねえんだぞ」
ライナー「あいつは……マルセルは巨人に丸飲みされちまったから、死体なんて残らなかった。形見になりそうなものも、全部巨人の腹の中だ。……俺を庇ったせいでな」
ライナー「だから俺は、マルセルのことをあいつの両親に伝えなきゃならねえ。俺にはその責任がある。――たとえお前相手でも、これだけは曲げられない」
アニ「……」
ライナー「やりたくないなら無理にやらなくてもいい。お前がいなくても、俺とベルトルトだけでなんとかする。……俺が譲歩できるのは、それくらいだ」
アニ「……嫌だ、そんなの……」
ライナー「嫌だも何も、お前がやりたくないんなら仕方がないだろ。――話は終わりだ。俺は寮に戻る。お前も早く帰れ」
アニ「……」
ライナー「……アニ」
アニ「違う、違うよ……そうじゃない。そうじゃないんだよ……!」
ライナー「……? 違う?」
アニ「あんた、前に言ってたよね。――この訓練所に入ってすぐ、エレンのお母さんが巨人に食われた時の話を聞いたって」
ライナー「……ああ」
アニ「どう思った?」
ライナー「……」
アニ「気の毒だなって……そう思ったんでしょ? 違う?」
ライナー「……そんな無責任なこと考えるかよ」
アニ「別に見栄なんか張らなくてもいいよ。……あんたたちからその話を聞いた時、私もそう思ったもの」
ライナー「……」
アニ「当然だよね。だって……五年前の私たちは、人間を殺そうと思ってやったわけじゃない。ただ『壁を壊してこい』って言われて、それに従っただけだもの」
アニ「壁の中に、私たちと同じ姿の人間がいるなんて……私たちが壁を壊したせいで、誰がどこでどうなるかなんて……想像はできても、実感なんか少しも湧かなかった。……あんたたちからエレンのお母さんの話を聞いた後も、……同じだった」
ライナー「……」
アニ「私ね、ミーナが調査兵団に行くって言った時も、別になんとも思わなかったの。……たぶん『駐屯兵団に行く』って聞いても、同じ反応したと思う」
アニ「その時は……ミーナは、私の知らないところで、……勝手に、し、死んじゃうんだろうなって、思ってたから……っ」グッ...
アニ「だって……だって、そんなことまで考えちゃったら、キリがないでしょ? 私の知らないところで死なれても、私にはどうしようもないもの。そうやって、割り切るしかないじゃない。……ミーナのことも、エレンのお母さんのことも」
ライナー「……」
ライナー(……違う。アニは、そんな風に思っちゃいない……)
ライナー(本当に、割り切ってるんだったら……そんな辛そうな顔で話すかよ……)
アニ「でも、今回は違う。――壁の上には固定砲があるから、五年前みたいに壁を壊すだけじゃ終わらない」
アニ「固定砲を壊さないと、きっと作戦はうまくいかない。だから……固定砲の近くにいる兵士を、……当然、排除しなくちゃいけない」
アニ「今度こそ、私たちが……この手で直接、誰かを殺さなくちゃいけない。五年前とは違って、……やらなくちゃいけない」
ライナー「……それも、故郷に帰るためには必要なことだ。俺もベルトルトも覚悟してる」
アニ「……ベルトルトは、覚悟なんかできてないよ」
ライナー「あいつは立派な戦士だ。……『自分には意思がない』っていつも言っているが、何をやるべきかはちゃんとわかってるさ」
アニ「……なら、なんでベルトルトは時間を変えようって言ったの?」
ライナー「――!」
アニ「きっとベルトルトは、計画を聞いた時にはもう気づいてたんだよ。でも、計画を中止することはできないってこともわかってたから……だから、時間を変えようって言い出したんだ」
ライナー「……」
アニ「ねえライナー、本当にこのままでいいの? 今ならまだ『壁を壊しただけ』だって、自分を誤魔化したままでいられる」
アニ「でも、今回の計画を進めちゃったら……そういう自分への言い訳も、できなくなっちゃうじゃない……」
アニ「このままじゃ、ベルトルトも……あんたも、今よりずっと苦しむことになるんだよ? それでもいいの?」
ライナー「……」
アニ「お願い、何か言ってよ……私たちが止めてあげないと駄目なんだよ。ベルトルトはもう覚悟しちゃってるんだもの、私たちが言ってあげないと、ベルトルトが、ミーナを……ミーナが、死んじゃうよ……」
ライナー「俺は……」
ライナー(卒業と同時にウォール・シーナに潜り込むためには、ウォール・ローゼの破壊は絶対条件だ。……そこだけは変えることができない)
ライナー(俺が、外側と内側の門を両方壊せば……いや、無理だ。いくらなんでも連続で巨人は出せねえ。――しかも、時間を空ければ空けるだけ対策が打たれちまうし、調査兵団が戻ってくる確率も跳ね上がる……)
ライナー(やはり、外側と内側の門を壊すのは別々の人間がやるしかない。……アニの巨人は論外だ。あいつの巨人は足が早いが、壁を壊すほどの威力は出ない)
ライナー(ベルトルトに内門をやらせても……あいつの巨人は移動ができないから、タイミングを間違えれば、……それこそ取り返しの付かないことになる)
ライナー(……俺に何ができる? ――俺だって、できるなら二人には……人殺しなんかさせたくない。同期の奴らと、殺し合いなんかさせたくないんだ……)
ライナー(ベルトルトとアニを守るために、俺は何をしたら――)
アニ「……もう、やだ」
ライナー「……アニ?」
アニ「やだよ、もう……こんなのやだぁ……」ポロポロ...
アニ「なんで、私なの……? なんで……なんで、わたしたちが、こんな目にあわなきゃいけないの……? ねえ、おしえてよ……」ポロポロ...
ライナー「……それは」
アニ「私だって……私だって!! できるなら、普通の女の子みたいになりたかった!!」グッ...
アニ「みんなで、くだらないお喋りしたりっ……遊びに、行ったり……したかった……っ!」ポロポロ...
ライナー「……」
アニ「わたし……私は、こうならないために、こんな風に躊躇したくないから、みんなから距離を置いてきたのに……っ! なんで……っ、今頃になって、こんな……っ!」
アニ「……こんなことになるなら、兵団になんか入らなきゃよかった。……壁内になんか来なきゃよかった……!」
ライナー「アニ……」
アニ「こんなことになるなら……! 私はずっと一人でいればよかった……!」グッ...
アニ「こんな辛い気持ち、知りたくなかった!!」
―― ゴトンッ!!
アニ「ひっ」ビクッ
ライナー「うおっ!?」ビクッ
アニ「……」
ライナー「……」
アニ「……な、何? 何なの? 今の音……」ビクビク...
ライナー「わからん。何かがどこかで落ちたんだろうが……」
ライナー(兵舎のほうからか……? しかし、雪が落ちたにしちゃあ音がこもってたような……)
アニ「お、落ちた……? 落ちたって何が? 雪が?」
ライナー「いや、雪じゃない。方角からして、立体機動装置の保管庫だとは思うが……装置が勝手に落ちるわけがないからな。調理場で鍋が落ちたって考えたほうがまだ自然だろう」
アニ「……調理場?」ピクッ
アニ(確か、調理場には……ミーナとサシャが……!)
ライナー「実際に行ってみないとなんとも言えねえが……ここまで音が響くってことは、相当でかいもんが落ちたんだろうな。まあ、見回りの教官が確認するだろうから、俺たちは気にしなくても――」
アニ「……行ってくる」ダッ
ライナー「は? 行ってくるって……お、おい! 待てよ、どこに行くんだ!」ダッ
―― 同刻 保管庫
サシャ「はぁっ……はぁ……っ」
サシャ(よかった……なんとか、床に落ちる前に間に合いました……)ホッ
サシャ(ベルトルトの装置、無事でよかった……)ギュッ
ミーナ「び、びっくりしたぁ……手を離した時は、どうなることかと思ったけど……」ドキドキ...
アルミン「……」
アルミン(今……サシャがなんとか滑りこんで受け止めたから、ケースが直接床に落ちはしなかったけど……かなり大きな音だった)
アルミン(ケースを受け止めた時に、背中が机に当たった音だって思いたいけど……でも、今のは……)
モブ女「馬鹿、何やってんのよ! 装置の中のボルトを締めるだけってあんた言ったじゃない、ここまでやるなんて――」
モブ男「お前こそ何言ってんだ、あそこまで言われて黙ってられるかよ! 大体、元はと言えばお前の整備がトロいからアルミンなんかに見つかったんだろうが!」
モブ女「はぁっ!? 私のせいにするわけ、信じらんない!!」
モブ男「じゃあなんだよ、今からあいつら無視して一個ずつフタ開けて細工するってのか!? 間に合うわけねえだろそんなの、やれるもんならやってみろよ!」グイッ
サシャ「!!」ガシッ
モブ男「……おい。手ぇ離せよ」
サシャ「い、いやです……! 離しません、絶対に!」ギュッ
モブ男「この野郎……寄越せって言ってんだよ!」ガツッ
サシャ「いっ……!」ズキッ
アルミン(!! 腕を蹴った……!)
ミーナ「サシャ!!」ダッ
モブ女「動かないで!! ――こっち来たら、次はマルコのを壊すよ」
ミーナ「うっ……!」ピタッ
アルミン「……不正行為を隠蔽するための傷害行為なんて、教官にバレたら一発で開拓地行きだよ。もう憲兵どころの話じゃなくなるけど、君たちはそれでいいの?」
モブ女「へえ、そうなんだ。じゃあもう二、三人くらい道連れにしちゃおっかな。――ちょっと、早くしてよ!! いつまでやってんの!!」
モブ男「んなこと言われたって、こいつ手ぇ離さねえんだよ……っ!」グググッ...
サシャ「う、うぐぐぐぐっ……!」グググググ...
モブ男「くそっ、しぶといな……おい! 先に芋女の装置壊しちまえ!」
ミーナ「!! い、嫌だよ、絶対渡さないから!!」ギュッ
アルミン「……」チラッ
アルミン(どうしよう、数の上では僕らのほうが有利だけど……サシャはベルトルトの装置を抱えてる上に、相手のすぐ近くにいる)
アルミン(情けないけど、僕らだけじゃあっちの二人には到底敵わない。……サシャの装置を守るだけで精一杯だ)
アルミン(さっきの音で、見回りの教官も保管庫のことに気づいたはずだ。今はこの状況をできるだけ維持して、なんとか隙を伺うしか――)
モブ女「……待った。そういえばさ、サシャってライナーと仲が良かったんじゃなかったっけ?」
アルミン「……!」
サシャ「……え?」ピクッ
モブ男「ライナーと? ――でもあいつ、今朝は食堂で否定してなかったか? サシャとは何も関係ないって」
モブ女「あんなの嘘に決まってるでしょ。それに、関係ないかどうかはやってみせればわかるって。……えっと、こっちだったよね」スタスタ...
サシャ「……! や、やめてください!! 本当に何も関係ないですから!!」
モブ女「ほーら怪しい。馬鹿は単純で助かるよねー。……あ、あった」ガタゴト
モブ女「よいしょっと。……お、結構傷ついてるじゃん。使い込んでるんだね、すごいすごーい」パカッ ガチャガチャ
サシャ「や、やめてください……! やめて……!」
モブ男「ならさっさとベルトルトのを寄越すんだな。そしたらライナーのは見逃してやるよ」
サシャ「……! それは……」ギュッ
ミーナ「そんなのどっちも選べるわけないでしょ!? いい加減に――」スタスタ...
モブ男「おい、動くなって言ったろうが!!」ガシッ
サシャ「――いたっ……!」
ミーナ「あっ……!」ピタッ
モブ男「よし、それ以上こっちには来るなよ? 次は髪の毛じゃすまねえぞ」グイッ ブチブチッ
サシャ「いっ……!」
ミーナ「う、ううっ……!」ギリッ...
モブ女「ねえ、もうここまで来たらボルト締めるだけじゃ割に合わなくない? シャフトでも折ってみよっか?」カチャカチャ...
サシャ「……!」
サシャ(このままじゃ、私のせいでライナーの装置が……! でも、ベルトルトの装置を渡すわけにはいきませんし……どうしたら……)ギュウッ
アルミン(あれだけがっちり髪の毛を掴まれてるんじゃ、サシャが自力で逃げ出すのは無理だ。ほぼ頭を押さえつけられてるようなものだし……)
アルミン(でも下手に突っ込んだら、今度は装置どころかサシャに何をされるかわからない……くそっ!! 早くなんとかしないと……!!)
サシャ「……いいです。わかりました」
アルミン「……? サシャ?」
サシャ「私の装置、壊していいですから……ライナーとベルトルトの装置は、壊さないでください。お願いします……」
アルミン「……!」
ミーナ「そんな……! そんなの駄目に決まって、」
モブ男「うるせえな、外野は黙ってろよ! ……それだけか?」
サシャ「……明日からの試験、全部休みます。出席も、しません……」
サシャ「だから……もう、やめてください。お願いします……やめて……」ギュッ
モブ女「……だってさ。どうする?」
モブ男「……まあ、いいんじゃないか? もう上位の何人かには細工してあるし、そこの二人が教官にチクらなきゃ憲兵は余裕だろ」チラッ
ミーナ「……」ギリッ...
アルミン「……」
モブ男「交渉成立だな。……ほらミーナ、芋女の装置寄越せよ。バラバラに分解してやるからさ」
ミーナ「……その前に、サシャの髪から手を離して。もう掴んでなくてもいいでしょう」
モブ男「悪いな。それは条件に入ってねえんだよ」
ミーナ「……」
サシャ「……ミーナ、渡してください」
ミーナ「でも……」
サシャ「いいんです。――二人に何かあったら、ミカサやアニに合わせる顔がないですから」
ミーナ「……」
アルミン「……ミーナ。渡さなくていいよ」ボソッ
ミーナ「……? アルミン?」
アルミン「僕が、サシャの髪を掴んでるあいつに体当たりするから……その隙に、サシャを連れて廊下に出るんだ。外に出たら、見回りの教官を呼んできて。……できるだけ早く」ヒソヒソ
ミーナ「え……? で、でも、そんなことしたらアルミンが、」
アルミン「僕だって男だ、平気だよ。……殴られるのなんか、昔から慣れてるし」カタカタ...
ミーナ「……震えてるじゃない」
アルミン「平気だって。……ちょっと寒いだけだよ、こんなの」グッ...
アルミン(他の誰かを待ってなんかいられない。……僕が、身体を張ってミーナとサシャを守らなきゃ)グッ...
アルミン(黙って助けを待っていたら……そんなのは、今までの僕と同じだ。このままじゃ、いつまで経ってもエレンやミカサに追いつけない。――僕だって、変わるんだ……!)
モブ男「おいミーナ、早くしろよ! いつまで突っ立ってんだ!」イライラ
ミーナ「わ、わかってるよ……!」チラッ
アルミン「……じゃあミーナ、いちにのさんで行くから」
ミーナ「アルミン……!」
アルミン「行くよ。――いち、にの……!」グッ...
―― 保管庫前 廊下
ライナー「……いない」キョロキョロ...
ライナー(途中でアニを見失ったから、取り敢えず保管庫近くまで来てみたが……見当たらねえってことは、調理場のほうに向かったのか)
ライナー(仕方ねえな。ここは引き返して、調理場に行って…… ……ん?)
ライナー(保管庫に明かりが点いてるな。――もしかして、中にアニが……!)ダッ
ライナー「アニ!」ガチャッ
「うわっ!」ドタンッ
「きゃっ!!」ビクッ
ライナー「……? な、なんだ? アルミンにミーナか? なんで入り口で突っ立ってるんだ、危ねえぞ」
ミーナ「……」ポカン
アルミン「ら、ライナー……」
ライナー「っつうか、いくらなんでも転ぶほど驚くことはねえだろ……アルミン、大丈夫か? 手なら貸すぞ?」スッ
アルミン「い、いや……僕は平気だよ。……大丈夫」チラッ
ライナー「そうか、ならよかった。――ところでアニがここに来なかったか? どこかに走って行っちまったんだが…… ……ん?」キョロキョロ...
モブ男「……」
モブ女「……」
ライナー(ああ、他にまだ人がいたのか……あいつら、あんな暗いところで何してるんだ?)ジーッ...
ライナー「……で、これはいったい何の集まりなんだ? さっきの音もお前らがやったのか?」
モブ男「別になんでもないって。――アニはここには来てねえよ。他を探してくれ」
ライナー「おいおい……なんでもないのに四人も人が集まるわけねえだろ? ――もしかすると、さっきのは装置が落ちた音じゃねえのか? なら点検しねえとまずいな、ちょっと見せてくれ」スタスタ...
モブ男「!! く、来るな!!」グイッ
「……っ! いたっ……」
ライナー(……? もう一人いたのか? 机の陰で見えなかったが――)チラッ
ライナー「……」
ライナー「……サシャ?」
サシャ「」ビクッ
サシャ「……」チラッ
ライナー「そんなところで何やってんだ? お前」
サシャ「……」プイッ
ライナー「……? おい、聞いてんのか?」
ライナー(なんだ……? 反応が妙だな。何かあったのか?)
サシャ(……ど、どうしましょう。なんでライナーがここにいるんですか? てっきり寮にいると思ったのに、こんな時間まで出歩いてるなんて予想外です……!)オロオロ...
サシャ(えっと……えっと! とにかく、今抱えてるベルトルトの装置と、机の上にあるライナーの装置は守らなくちゃいけませんから……下手に二人を刺激しないためには……)ウーンウーン
サシャ(……ううっ、だめです。なんにも考えが浮かびません……! いっそのこと、ライナーが装置を持って逃げてくれればいいんですけど、してくれないでしょうし……)チラッ
サシャ(……取り敢えず、一旦状況を元に戻しましょう。そのために――)
サシャ(ライナーには、一刻も早く帰ってもらわないと……!)グッ...
モブ男「なあライナー。見ての通り、俺たちは今取り込み中なんだよ。――アニを探してるんだろ? 早く見つけないと寮に帰っちまうかもしんねえぞ?」シッシッ
ライナー「いや、いくらなんでもこの状況を放置していくわけにはいかねえだろ。正直何をやってるのかはわからないが……取り敢えず、その手は離してやってくれないか? 見てるだけで痛そうだしな」
モブ男「……」チラッ
モブ女「……」チラッ
ライナー「おい、何を目配せしてるんだ? いちいち相談しなきゃ何もできねえのか? さっさと離して――」
サシャ「いっ、いいですっ! 離さなくていいです、ずっと掴んでてくださいっ!」ガシッ
モブ男「へっ?」
ライナー「……!」ピクッ
モブ女「は?」
ミーナ「んん……?」
アルミン「えっ?」
サシャ(とにかく、今は装置を守るためにも現状維持するしかありません! ――正直、手がさっきからジンジンしますし、何本か髪の毛が抜けて痛いですけど……)ズキズキ...
ライナー(あ、あいつ……! 手を握ってやがる! しかもあんな気軽に……!)イライラ...
アルミン「サシャ……? 何言ってるの? 髪、掴まれて痛いんじゃ……」
サシャ「いいえ、いいんですこのままで! ――ねっ、あなたも手を離したら困るでしょう!? ですよね!?」ギュッ
モブ男「えっ? ――そ、そりゃあ、困るか困らないかって言われたら困るけどよ……」チラッ
ライナー「…………」
ミーナ(うわぁ……ライナー、複雑な顔してる……)
アルミン(これは……昼間の喧嘩の延長で、サシャがライナーに意地を張ってるって見ていいのかな。……なんで今やってるのかはわからないけど)
ライナー「……つまり、なんだ。……同意の上でやってんのかそれは」
サシャ「そ、そうですよ? もちろんそうです! ――ですよね? ねっ?」クイクイ
モブ男「あ、いや、同意っていうか……その……」オロオロ...
ミーナ(めちゃくちゃ動揺してる……!)
アルミン(ええええええ……!? サシャ、状況わかってるんだよね? 今はそれどころじゃないんだけどな……)ハラハラ...
ライナー「……………………ほう」
ライナー「……アルミン説明しろ。何があった」
アルミン「えっ、僕? ――ええっとね、その子たちが上位の子の立体機動装置に細工してて、僕らがその現場を押さえたところで……」
ライナー「違う。そっちじゃない」
アルミン「えっ? そっちじゃないって、」
ライナー「あそこにサシャが座り込んで、あいつに髪をわし掴みにされてる理由だ。お前なら知ってるだろ?」
アルミン「それは……あの、そっちの彼が、ベルトルトの装置を床に落っことそうとしたんだ。それをサシャが受け止めたところで、頭を押さえつけられちゃって」
ライナー「なるほどな、さっきのでかい音はそれか。……それでサシャ、どこが『同意の上』なんだ? アルミンの話を聞いた限りじゃとてもそうは思えねえぞ?」
ミーナ(そっち!? 細工の話はどうでもいいの!?)
アルミン(ああ……! ライナーまでサシャのペースに乗っかっちゃった……!)
サシャ「え、えと……それは、そのですね……」チラッ
モブ男「……」プイ
サシャ(ああっ、顔逸らされちゃいました……うぐぐ、こうなったら……!)
サシャ「あの……私が教えてあげたんです。頭を押さえると逃げ出しにくいですよって」
モブ男「言ってねえよ」
ライナー「言ってないってよ」
サシャ「ちょっ……! 酷いですよ、ここまでしておきながら味方すらしてくれないなんて!!」プンスカ
モブ男「そもそも味方してやる義理がないからな」
ライナー「だとよ。……残念だったな」フフン
サシャ「ぐぬぬ……とんだ裏切りですよ、これは……!」ギリッ...
モブ女「……ちょっと、いつまでやってんのよ」
モブ女「あのさぁ、用事がないならとっとと出てってくんない? こっちはいきなり割り込まれて不愉快なんだけど」イライラ...
ライナー「そうか? そりゃすまなかったな。――じゃあ行くぞサシャ」
モブ女「は?」
サシャ「へっ? ……な、何言ってるんですか。行きませんよ私」ブンブン
モブ女「そうよ、勝手に連れて行かないでくれる? ……ていうか、サシャなんかどうでもいいでしょ。さっさとアニ探しに行ったらどう?」
ライナー「どうでもいいわけあるか。――離れていてもあれだけでかい音がしたんだ。装置を受け止めた時にどこかしら打ってんじゃねえのか? お前」チラッ
サシャ「……」プイッ
ライナー「まあ、答えたくないなら答えなくてもいいが……手当てをするならできるだけ早いほうがいい。医務室は開いてないが、応急処置くらいなら俺にもできるからな」
モブ女「……だから、こっちが優先だって言ってるでしょ? 話聞いてる?」イライラ...
ライナー「いいや、そっちがどんな用事だろうが怪我人が優先だ。埋め合わせが必要なら後で俺が引き受けてやる。――それと、そっちのお前」チラッ
モブ男「! ……な、なんだよ」ビクッ
ライナー「いつまで汚ねえ手でベタベタ触ってんだ。……離せ」
モブ男「……」パッ
サシャ「あっ……」パサッ...
サシャ(手、離されちゃいました……ということは)チラッ
ライナー「……」スタスタ...
サシャ(ひええええ……! やっぱりこっちに来ます……! ええっと、ええっと……)キョロキョロ...
ライナー「立てるか? ……ほら、持ってる装置寄越せ」
サシャ「……」プイッ
ライナー「……ったく、手間のかかる奴め」グイッ
サシャ「あっ……」
サシャ(ああ……ベルトルトの装置、持ってかれちゃいました……)オロオロ...
ライナー「ミーナ、この装置も一緒に預かってくれ。……で、そっちの机の上のは誰のだ? 上位ってことはミカサかアニ辺りか?」
モブ女「……どっちも外れ。あんたのよ」
ライナー「そうか。それも細工するつもりだったのか?」
モブ女「……」
ライナー「お前までだんまり決め込まれちゃ困るんだけどな。……やりたいなら勝手にやれ」
モブ女「……!」
サシャ「えっ? な、なんで……」
モブ女「……本気で言ってんの?」
ライナー「お前こそ立派なのは口だけか? ――早くやれよ」
モブ女「……このっ!」ブンッ
サシャ「あっ……! ――待って、やめてください!!」
―― ガシャンッ!! ガンッ カラカラカラ...
サシャ「あぁっ……!」
ライナー「うおっ……危ねえなぁ、好きにしろとは言ったが投げて返せとは言ってねえぞ? ぶつかったらどうしてくれるんだ? ――アルミン、ミーナ。お前らは平気か? 破片に当たってねえよな?」
ミーナ「う、うん……大丈夫。私は全然……」
アルミン「僕も平気だけど……でも、ライナーの装置が……」チラッ
アルミン(あんなに強く壁に叩きつけられたら、シャフトが何本か歪んじゃったんじゃ……)
ライナー「気にすんな。装置なんか後でいくらでも直せるからな。――で、そっちのお前は満足か?」
モブ女「……」
ライナー「どんな手を使ってでも勝ちたいって気持ちはわからんでもない。……だが、こういうやり方は後味のいいもんじゃないとは思うぞ」
エレン「おい、今の音はなんだ!?」ガチャッ
ミカサ「何かがぶつかったような音がしたけれど……」ヒョコッ
ライナー「おお、ミカサにエレンか。ちょうどよかった。――ここ、任せていいか?」
エレン「? ?? ……お、おう? 別にいいけどよ……」
ミカサ「……何があったの」
ライナー「俺も細かい経緯は知らん。後はアルミンから聞いてくれ」
ミカサ「……わかった。アルミン、説明して」
アルミン「うん……じゃあ、かいつまんで説明するよ。えっと――」
サシャ「……」
サシャ(そんな……ライナーの、装置が……)
サシャ(私が……私の装置を、すぐに渡さなかったから……)
サシャ(……私の、せい……)ジワッ...
ライナー「サシャ、いつまで座ってんだ。手が必要なら貸すぞ?」スッ
サシャ「……いいです。一人で立てます」ゴシゴシ スクッ
ライナー「そうか? ……足は問題なさそうだな。他に痛むところはあるか?」
サシャ「ありません、大丈夫です。……どいてください。寮に帰りますから」スタスタ...
ライナー「何言ってんだ、大丈夫なわけないだろ? いいからちょっと見せて――」
サシャ「……『忘れろ』って言いましたよね」ボソッ
ライナー「……」ピタッ
サシャ「もう、関係ないんですから……いつまでも私に構わないでください。他の人に仲がいいところを見られたら、ライナーだって困るでしょう?」
ライナー「仲がいいって……手を貸したくらいじゃ、別になんとも思われねえだろ」
サシャ「じゃあはっきり言います。……迷惑です。ついてこないでください」
ライナー「は……? ――お、おい、迷惑ってことはないんじゃないか? 俺はお前を心配してだな、」オロオロ...
サシャ「それにしつこいです」プイッ
ライナー「」
サシャ「すみません、先に失礼します。……おやすみなさい」スタスタ...
ライナー「……」
ライナー(……そう、か。迷惑か……俺のやったことは、サシャにとって迷惑だったんだな……そうか……)
ライナー「…………」
ミーナ「あれっ? ……ねえライナー、サシャ行っちゃったよ? 追いかけなくていいの?」
ライナー「……いいんだ」
ライナー(そうだよな……俺があいつに「忘れろ」って言ったんだもんな。いつまでも付きまとってたら迷惑……迷惑か…………そうか……しつこいんだな、俺は……)ズーン...
ミーナ「……全然よさそうに見えないけど」
ライナー「まあ……正直追いかけたいところなんだが、ついてくるなってはっきり言われちまったからな。……きっともう、俺の顔も見たくないんだろ」
ミーナ「顔も見たくないって……それ、違うと思うけどなぁ」ウーン...
ライナー「違うも何も、俺は本人の口からはっきり聞いたんだぞ? どうしようもねえよ……」ウジウジ...
ミーナ「…………」
ミーナ(全くもう……この二人は本っ当に手間がかかるなぁ……)ハァ
ミーナ「まあ、サシャのことはともかく……これ渡しておくね。カバーは外れてなかったから部品は飛んでないと思うけど、一応確認しておいて」ポン
ライナー「ああ、俺の立体機動装置か……悪いな、助かる」
ミーナ「お礼は私じゃなくてサシャに言ってよ。私はただ、床に落ちてた装置を拾ってきただけなんだし」
ライナー「……? サシャに?」
ミーナ「うん。――あの二人がライナーの装置を壊すって言った時にね、サシャは自分の装置を壊してもいいって……明日からの試験も全部休むって言ったんだよ」
ライナー「全部? 立体機動だけじゃなくて、座学も兵站行進もか? ……そんなことしたら」
ミーナ「そうだね。……最悪、卒業できなくなってたかもしれない」
ライナー「……」
ミーナ「装置は壊れたら直せるけど、サシャが積み上げてきた三年は取り返せないのに……それでもいいってサシャは言ったの。――そんなこと、簡単に言えると思う? 顔も見たくない人のために?」
ライナー「……そうだな。少なくとも、俺にはできないな」
ミーナ「そう? ……私は、誰かさんに似たんじゃないかなって思ってるんだけど」チラッ
ライナー「いや、俺にも無理だ。――これまでやってきたことを投げ出すくらいなら、他の方法を考えるだろうな……」
ライナー(サシャがそこまでして守ってくれた装置を……俺は、こうやって台無しにしちまったのか……)グッ...
ライナー「…………」
ミーナ「今、ライナーが何考えてるか当ててあげよっか。――サシャを追いかけたいんだけど、アニのことも心配なんでしょ? 違う?」
ライナー「……すげぇなミーナは。お前、なんでもお見通しなのか?」
ミーナ「まあ、その顔見たらそれくらいわかるよ。……アニは私がなんとかしておくから、サシャのところに行ってあげてよ。――ねっ?」
ライナー「……いや、駄目だ。いくらなんでも、アニをほっぽり出してサシャのところに向かうわけには――」
ミーナ「じゃあ、私からお願いするよ。――サシャのところに行って。今すぐに」
ライナー「……」
ミーナ「……」
ライナー「……本当に、頼んでいいのか?」
ミーナ「いいよ。……私のこと、信頼して預けてよ。絶対なんとかしてみせるから」
ライナー「……」
ライナー「……わかった。アニのことは一旦お前に任せる。――とはいっても、今からサシャを追って間に合うとは思えねえが……」
ミーナ「ううん、そんなことないよ! ――ライナーが言ったとおり、もしサシャがどこか怪我してるなら……たぶん、痛みが引くまでどこかに隠れてるんじゃないかな」
ライナー「隠れるって……逆じゃないか? 普通は寮に早く戻ろうとするもんだろ?」
ミーナ「でも、部屋に戻ったらクリスタとユミルがいるんだよ? 試験中だし、二人にはあまり心配かけたくないと思うよ。……昨日から、サシャは二人のこと気にかけてたし」
ライナー「……」
ミーナ「もちろん、怪我してないのが一番いいとは思うんだけど……ベルトルトの装置を受け止めた時にね、少し変な音がしたからちょっと気になってるんだよね。だから――」
ライナー「わかった。まずはサシャを探しがてら寮まで行ってくる。――本当に任せていいんだよな?」
ミーナ「もちろん! ――でもライナー、サシャがいる場所わかるの? 闇雲に探しても見つからないと思うけど……」
ライナー「ああ、大丈夫だ。……あいつが隠れそうな場所なら、いくつか心当たりがある」
―― とある倉庫
サシャ「……」チャプチャプ...
サシャ「……いたっ」ズキッ
サシャ(もう、かなり時間経ったのに……なんでどんどん痛くなるんですか、おかしいですよ……)ズキズキ...
サシャ(包帯、部屋にありましたっけ。……戻ったらクリスタに聞いて……ああ、その前にユミルに水使っちゃったこと、謝らないと……)
サシャ(……他人のために何かをするのって、こんなに痛いんですね。知りませんでした)
サシャ(結局、私は……隣に並びたいって思って、……思ってただけで、本当は……何もわかってなかったんですね)
サシャ(……私、本当にライナーに追いつけるんでしょうか。ただの装置すら、守れなかったのに……)ジワッ...
サシャ「……」ゴシゴシ...
―― ガタガタガタッ
サシャ「!」ビクッ
―― ガタガタガタ... ガタンッ...
サシャ(な、なんで人が……? 今の時間は見回りの人、来ないはずなのに)
サシャ(つっかえ棒代わりにほうき挟んでますし、平気ですよね……?)チラッ
―― ガタガタッ... ガタガタガタ...
サシャ(うーん、諦める気配がないですね……というか、あのままじゃほうきのほうが先に折れちゃうんじゃ……?)ハラハラ...
サシャ(ほうき折れたら、罰則あるんでしょうか……ていうか当然ありますよね。力仕事ならまだいいですけど、反省文は苦手なんですが……)
―― ガタッ ガタガタ...
.
サシャ「……」
サシャ(仕方ありません。反省文は書きたくないですし開けちゃいましょう。どうせ見回りの教官でしょうし……)スクッ タタタッ
サシャ「すみません、今開けるので待ってください! ――よいしょっと……」ガコッ
―― ガラッ...
サシャ(あっ、勝手に開いて……)
サシャ「……!」
ライナー「……よう」
サシャ「……」
ライナー「戸、閉めるぞ。……いいよな」ガラガラ... ピシャン
サシャ「なんで……なんで、ここにいるんですか? 保管庫にいたんじゃ……」
ライナー「お前を探しに来た」
サシャ「探しにって……装置の整備はしなくていいんですか? アルミンとミーナはどうしました? 装置を壊したあの二人は?」
ライナー「さあな。ミーナたちに全部任せてきたから知らん」
サシャ「……アニは放っといていいんですか? きっとどこかでライナーのこと待ってると思いますよ?」
ライナー「大丈夫だ。――それもミーナに任せてきた」
サシャ「……それ、ミーナが大変じゃないですか。後で怒られても知りませんよ私」
ライナー「怒られねえよ。……あいつが自分から『任せてくれ』って言ったんだからな。信頼して預けてきたんだ」
サシャ「…………」
ライナー「それに、アニは……俺一人で解決できる問題じゃなくなっちまってるからな。もう一人を仲間はずれにして、話を進めるわけにもいかねえし……明日以降になんとかするさ」
サシャ「……だからって、こんなところに来る必要なんかないですよ。今すぐ装置を直しに戻ったほうがいいんじゃないですか? 早くしないと明日の試験に間に合いませんよ? しかも、もうすぐ消灯なのに……」
ライナー「俺は今のお前のほうが心配だ。……そこの床に置いてある水桶で、どこか冷やしてたんじゃないのか?」チラッ
サシャ「えっ? ――ち、違います……してないです、そんなこと……」オロオロ...
ライナー「……」
サシャ「……私のことなんかどうでもいいでしょう。それより装置の心配をしてくださいよ! 私よりも大変な状態なんですから!」
ライナー「どうでもよくない。――装置はすぐに直せるが、怪我はそういうわけにはいかん」
サシャ「……寝れば治ります」
ライナー「馬鹿か、治るわけねえだろ。……わがまま言ってないで、少しは俺の言うこと聞け」
サシャ「……」ムッ...
サシャ「ほっといてくださいよ、私のことなんか……ライナーには関係ないって、さっきも言ったでしょう? もう忘れたんですか?」プイッ
ライナー「あのなぁ……じゃあ俺は、誰かが怪我する度にいちいち関係持たなきゃなんねえのか? 違うだろ?」
サシャ「……」
ライナー「頼むから、こういう時くらい心配させてくれ。……俺がお前にやってやれることなんか、もうこれくらいしかねえんだぞ」ボソッ
サシャ「……私、そんなに心配されるほど頼りないですか」
ライナー「……だから、なんでそうなるんだ? そんなこと、俺は一言も言ってねえだろ……」ハァ...
サシャ「でも、ミカサやアニなら大丈夫って言ったじゃないですか。――昼間の技巧の時間に、工具を取り返しに行った時……あの二人ならなんとかできるって言いましたよね。……つい今も、ミーナを信じて預けてきたって言ってました」
サシャ「私のことは、そうやって信用してくれないんですか? 私だって……私のことも、信用してほしいです。他の人ばっかり、ずるいですよ……」
サシャ「さっきだって……結果的に、ライナーに守ってもらうことになっちゃって……私だって、やればできるんですから……もうちょっとくらい、信用してください。私、守られてばっかりは……嫌です……」グッ...
ライナー「……」
ライナー(なるほど、信用か……サシャが引っかかってんのはそこなんだな。だが……)
ライナー「……ここに来る前に、ミーナから何があったのかは聞いた」
ライナー「俺の装置を守ろうとしてくれたことには礼を言う。それと……他に方法が浮かばなかったとはいえ、お前の気持ちを無碍にするような真似をして悪かった」
ライナー「だが、……好きな女を守りたいって思うのは当然のことだろ? 見るからに酷い目に遭ってりゃ尚更だ。――俺がそういうことをしたのは、お前を信用していることとは別の問題じゃないか? そうだろ?」
サシャ「……別じゃないです」
ライナー「……わからねえ奴だな」イラッ...
サシャ「……」プイッ
ライナー「サシャ、こっち見ろ」
サシャ「……い、嫌です。見ません、見たくありません……!」
ライナー「お前なぁ、そうやって人を無視するのも大概に――」ガシッ
サシャ「!! い゛っ……!!」ズキンッ!!
ライナー「……? どうした?」
サシャ「い、いえ……ちょっと、手が痛くて……」サスサス...
ライナー「手……? 俺が今掴んだのは腕だぞ? なんで手が痛いんだ?」
サシャ「で、ですよね……? あはは、なんででしょうね……」
ライナー「なんだよ、やっぱり怪我してたんじゃねえか。……どれ、ちょっと見せてみろ」
サシャ「やっ……いいですって、寝れば治りますからっ!」アセアセ
ライナー「だから治るわけねえだろ。いいから見せろって、……」
ライナー「……おい、なんだこれは」
サシャ「……」
ライナー(暗くてよく見えないが……これは、手の指なんだよな……? いくらなんでも、これは腫れ過ぎなんじゃ……)グッ...
サシャ「うっ……ライナー、あんまり触らないでください。痛いです……」
ライナー「……」
ライナー(今、力なんてほとんど入れてなかったぞ? それでこの反応は……)
ライナー「……右手の指だけか?」
サシャ「へ? 何がです?」
ライナー「他に痛いところはないかって聞いてるんだ。隠さないでちゃんと言え」
サシャ「……左腕が、ちょっとだけ」
ライナー「袖、まくるぞ」グイッ
サシャ「えっ、や、あの……そこまでしなくても、ちょっと痛いだけなのでっ」
ライナー「あざになってるな。……ここはどうしたんだ? 装置を受け止めた時にぶつけたわけじゃねえんだろ?」
サシャ「……」
ライナー「言え」
サシャ「……爪先で、ちょっと小突かれただけです」
ライナー「蹴られたのか」
サシャ「……」
ライナー「……? サシャ、暑いのか?」
サシャ「えっ? ……な、何言ってるんですかライナーってば。今は冬ですよ、冬!」アセアセ
ライナー「じゃあ、お前の額に付いてるその水滴はなんだ? それ、汗じゃないのか?」
サシャ「これは……これは違いますよ。これはさっきですね、水が付いた手でつい額を拭いちゃって――わっ!?」
ライナー「……」ペタペタ...
サシャ「やっ……! ちょっ、ちょっと、どこ触ってるんですかっ!」
ライナー「首も触ったのか? 水が付いた手で?」
サシャ「それは……あの、ちょっと首が痒かったので少しだけ掻いたんですよ。おかげですっきりしました、はい」
ライナー「首全体を掻いたのか?」
サシャ「……そ、そうですよ?」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……医務室に行くぞ。来い」クイッ
サシャ「えっ? 医務室って……今は開いてないじゃないですか。行っても無駄なんじゃ……」
ライナー「教官に話して開けてもらう。……冷や汗が出るなんてどう考えても異常だ。その怪我は明日の試験に関わる。処置は早いほうがいい」スタスタ...
サシャ「で、でも……、わっ、わわっ!」ヨロヨロ...
ライナー(それとも教官をアテにしないで、一旦部屋に戻るべきか? 治療用の道具が全くないわけじゃないし……いや、まずは井戸に寄って、すぐに指を冷やさねえと……)スタスタスタスタ...
サシャ(あ、歩くの、速い……っ!)
サシャ「待ってくださいってば! ……もう!」ブンッ
ライナー「あっ……こら、なんで振り解くんだ! しかもそんな急に動かして、悪化したらどうする!」ガシッ
サシャ「無理矢理連れて行こうとするからですよ! ――大体ライナーは大袈裟に騒ぎすぎです! こんなの、明日の朝になったら腫れが引いてるに決まってます!」
ライナー「引いてなかったら? 夜のうちに悪化したらどうする?」
サシャ「……し、しませんよ。しょっちゅう怪我してた私にはわかるんです。だって昔は木の上からよく落ちてましたし、山の斜面も滑ってましたし、石に躓いたこともありますし……」ブツブツ...
ライナー「でも今日お前が転がったのは野っ原じゃなくて床の上だろ? 今言った話のどれにも当てはまらねえぞ」
サシャ「なっ……! 失礼ですね、転がってませんよ!」プンスカ
ライナー「まあ、転がる云々はどうでもいいが……そういう怪我をして、ここまで腫れあがったことは?」
サシャ「えっ? それは、その…………………………ないですけど」
ライナー「ほらな。だと思った」
サシャ「くっ……! まさか私の渾身の嘘が見破られるとは……! ――っ!!」ズキッ
サシャ(冷やすのやめたせいで、また痛みが……っ!)ズキズキズキズキ...
ライナー「お、おい……本当に大丈夫か? ……そういえば、まだ営庭に雪が残ってたよな? 切り傷はないみたいだから、あれを氷嚢代わりに使えば――」
サシャ「いっ、いいですってば! 冷やすのなんて、水で充分ですから……手を離してください、痛いんです……!」ググッ...
ライナー「!! わかった、わかったから力を入れるな! すぐ離すから……!」パッ
サシャ「……」プイッ
ライナー(またそっぽ向きやがって……全然目が合わないな。意識してやってんのか……?)ジーッ...
ライナー「とにかく、これから医務室に向かうぞ。途中で井戸に寄って新しく水を汲むから、俺が教官室に鍵を取りに行ってる間にそれで冷やしてろ。いいな?」
サシャ「嫌です」
ライナー「……あのなぁ」ハァ
サシャ「医務室には一人で行きます。教官にも自分で話します。ライナーはもう戻ってください」
ライナー「怪我人残して一人で帰れってのか? 悪いが却下だ。そんな薄情なことできるか」
サシャ「薄情じゃありませんよ。――いいですか? ライナーにとって今の状況は、同期の……芋女が他人にちょっかい出して馬鹿やって、それで怪我したところを偶然見かけただけってことです。本当なら、ここに来る必要もないんですよ? わかってます?」
ライナー「……その呼び方はやめろ」
サシャ「いいですってば、別に。どうせ私は、いつまで経っても芋女なんですから。……それに、私がどんな呼び方されてても関係ないでしょう。ライナーには」
ライナー「……」
サシャ「早く行ってくださいよ。……私のこと信用してるなら、保管庫に戻ってください」
ライナー「……」
サシャ「ライナーが行かないなら、私が先に出て行きますね。……よいしょっと」チャプンッ
ライナー「……」
サシャ「じゃあ、言われたとおり医務室行ってきますから。――失礼します」スタスタ...
ライナー「待った。……帰る前に、もう一ついいか?」
サシャ「なんですか? ……手短にお願いします。私急いでるんで」
ライナー「目元はいつ手で拭いたんだ?」
サシャ「……」
サシャ「……ライナーが来る前にですけど」
ライナー「……」ゴシッ
サシャ「わっ……」ピクッ
ライナー「……まだ濡れてるみたいだが」
サシャ「……」
ライナー「汗でも水でもないだろ。これ」
サシャ「……どいてください」
ライナー「……」
サシャ「私、いそいでるんです。早くどいてください。入り口の前にたたれたら、……じゃまです」
ライナー「……」
サシャ「……はやくしてくださいよ。……お願いですから、はやく……っ」
ライナー「……」スッ
サシャ「ありがとうございます。……じゃあ、おやすみなさい」スタスタ...
ライナー「……」
ライナー(こっちを全然見なかったのは、顔を見せたくなかったからか。……いつから泣いてたんだろうな。全然気づかなかった)
ライナー(しかも、最後……声が震えてたよな。……泣いてるのが悟られないように、堪えてたのか……)
ライナー「……」
ライナー(俺はいったい、何しにここまで来たんだ? あいつがめそめそ泣いてるのを見物しに来ただけか? ……間抜けすぎるだろ)
ライナー(装置の礼を言うだけなら明日でもよかったはずだ。怪我が心配なら、他の誰かに付き添いを頼めばいい。何もかも放り出して、こうやって追いかける必要なんかない。……第一、俺が自分でサシャを突き放したんじゃねえか)
ライナー(……そうだ、これで間違ってないはずだ。あいつがこの先、辛い思いをしないためにも……ここは黙って離れねえと……)
ライナー「…………」
―― しばらく後 外 とある倉庫の陰
サシャ「……」チャプチャプ
サシャ(暗いからバレないと思ったのに、なんで気づかれちゃったんでしょう。――せっかく途中まで我慢してたのに……)
サシャ(それにしても、こんなに涙もろいなんて……私、歳でも取ったんでしょうか。今からこんなになってたら、おばあちゃんになるころに枯れてるんじゃないですかね……)グスッ...
サシャ「……」
サシャ(つい邪険にしちゃいましたけど、「来てくれてありがとう」くらいは言ってもよかったんじゃないでしょうか。全部置いて、まっすぐ私のところに来てくれたのに……)
サシャ「……」
サシャ(お腹、痛いな……)ジワッ...
「おっ、いたいた…… ――サシャ!」
サシャ「」ビクッ
ライナー「お前まだこんなところにいたのか? ……っつうかここ、さっきの倉庫から三つくらいしか移動してねえじゃねえか。何してたんだ今まで」キョロキョロ
サシャ「えっ……あ、……な、何って……手を冷やしてたんですけど……」
ライナー「そうか。じゃあちょっと桶貸せ」
サシャ「……? はぁ、どうぞ。でも飲んじゃ駄目ですよ」スッ
ライナー「飲まねえよ。――よいしょっと」ザッパーン!!
サシャ「!? ちょっ、なんで地面に水撒いてるんですか!! せっかく冷やしてたのに!!」
ライナー「んなこと言ったってもう大分ぬるかったじゃねえか。あれで冷やしてるとは言えないだろ。――ほれ、代わりに雪入れてやったから」ポイ
サシャ「代わりにって、そんな勝手に……あっ、でもさっきより桶が軽いですね。持ちやすいです」ヒョイ
ライナー「だろ? ――けど、そのまま指突っ込んだら流石にまずいか。どの指が痛いんだ? 全部か?」ゴソゴソ...
サシャ「いえ、全部じゃないです。えーっと、たぶん……人差し指と中指……?」
ライナー「じゃあ、二本まとめて布で覆えばいいか。指出せ」
サシャ「……あの」
ライナー「早くしろ」
サシャ「…………」スッ
ライナー「あー……さっきより腫れてきてるな。たぶん折れてないとは思うが……」クルクル...
サシャ「……」
ライナー「よし、こんなもんか。――じゃあ、桶の中に指突っ込め」
サシャ「……」ズボッ
ライナー「感想は?」
サシャ「……手の甲がじゃりじゃりします」
ライナー「慣れろ」
サシャ「…………ええー……?」
ライナー「慣れろ。――あとは桶が邪魔だな。持ち手を掴むんじゃなくて、腕で抱えられないか? こう、洗濯籠を抱えるような感じで……」
サシャ「はぁ、できますけど……あの、さっきから何しようとしてるんですか? 状況がよく……」
ライナー「すぐにわかる。……それで、抱っこと肩車どっちがいい?」
サシャ「……はい?」
ライナー「早くしろ。消灯まで時間がないんだ」
サシャ「え、ええっと、突然そんなこと言われても……まあ、その二つなら抱っ――」
ライナー「そういえば、前に肩車してほしいって言ってなかったか?」ポン
サシャ「……」
ライナー「仕方ねえな……――よし。じゃあ俺が地面に座るから、なんとかして跨がってくれ」ズイッ
サシャ「嫌ですよ」
ライナー「……」
サシャ「そんな目で見られても嫌です。…………というか、恥ずかしいですし」
ライナー「なんで嫌がるんだ……!? お前がしてほしいって前に言ったんだろうが!!」
サシャ「言いましたよ、言いましたけど! ――なっ、なんで肩車、今やらなくちゃいけないんですかぁ……!」モジモジ...
ライナー「一人じゃいつまで経っても医務室に行かないからだろうが!」
サシャ「ぐっ……! それはそうなんですけど、時と場合ってものがあるでしょう!? 嫌ですよ肩車なんて!!」
ライナー「お前に時と場合をどうこう語る権利があると思ってんのか!! ――ったく、もういい! 抱えたほうが早い!」ヒョイッ
サシャ「へっ? ……っ、わ、わぁっ!? ちょっと、どこ触ってるんですか!! せめて背負ってくださいよ!!」ジタバタジタバタ
ライナー「背負ったら桶持てねえだろうが! ほら、ちゃんと抱えてろ! あと暴れるんじゃない!」グイッ
サシャ「で、でも……こんなくっついてるところ、他の人に見られたらどうするんですか! また変な噂になったら……!」
ライナー「俺はいいぞ。それでも」
サシャ「……」ピタッ
サシャ「……い、いいんですか? だって、また今朝みたいなこと言われたら……」
ライナー「いいんだ。お前が泣かずに済むなら、そっちのほうがずっといい」
サシャ「なっ…………泣いてませんよ。私」プイッ
ライナー「嘘つけ。……無理に強がらなくていいぞ」ポン
サシャ「わっ……」ピクッ
ライナー「さっき、髪引っ張られて痛かっただろ? まだ痛むか?」ナデナデ...
サシャ「……いえ、今はあんまり」
ライナー「そうか、ならよかった。――あのな。昨日の帰り際に、俺はお前に『今までのことは忘れろ』って言ったよな? 覚えてるか?」
サシャ「……はい。ちゃんと覚えてますよ」
ライナー「あの時はな、俺なりにお前の今後を考えて言ったつもりだったんだ。――俺が考えなしのせいで、あんな突き放すような言い方になっちまったが……それでも、俺がいないところで泣かれるよりはマシだと思ったからな」
ライナー「だがそのせいで、結局は今のお前を苦しめることになっちまった。……本当に悪かった。許してくれ」
サシャ「えっ? えっ……あの、えっと……許すも何も、私は何も怒ってませんよ? 謝らなくていいですから……」オロオロ...
ライナー「いいや、駄目だ。こういうけじめはしっかりつけておかねえと後を引くからな」キリッ
サシャ「……けじめつけてないのに肩車しようとしてたんですか?」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……それはともかく」
サシャ「……」
ライナー「…………すまん」シュン...
ライナー「……とにかく、話を戻すぞ。――つまりだな、俺は将来のお前のことばかり考えて、今のお前を疎かにしてたんだ。それが正しいことだと思い込んで、お前にもその考えを強要した。……そのことは、本当に悪いと思ってる」
ライナー「だから、まずは『今までのことは忘れろ』ってのは撤回させてくれ。――それで、できればその代わりに……もう二つほど頼みを聞いてほしいんだが……」チラッ...
サシャ「……」
ライナー「……聞いてはほしいが、無理強いはしない。……いや、むしろ断られて当然だと思ってる。下手すると、昨日の頼みよりももっとキツいことになるかもしれねえからな。お前も嫌な思いはしたくないだろうし、あまりしつこく言い寄るような真似をするのもどうかと思うから一言はっきり言ってくれたらすぐに」
サシャ「わかりました。いいですよ」
ライナー「…………いいのか?」
サシャ「頼みごと自体を受け入れるかどうかは別ですけど、話くらいならちゃんと聞きます。……でも一気に二つもお願いするなんて、ライナーは欲張りさんですね」クスッ
ライナー「そうか? まあお前の食い意地には負けると思うけどな」ハハハ
サシャ「…………」
ライナー「あっ………………悪い。ついいつもの調子で……」シュン...
サシャ「……まあ、いいですけど。――それで、頼みってなんですか? あんまり難しいのは無理ですよ、私」ムー...
ライナー「いや、頼み自体はそこまで難しいことじゃない。――だがその前に、確認しておきたいことがあるんだが……」ソワソワ...
サシャ「? なんですか?」
ライナー「……ところで、さっきの奴とはどんな関係なんだ?」
サシャ「はい? さっきの……?」
ライナー「お前の髪を掴んでた奴だ。……その、前から付き合いとかあったのか? コニーやジャンよりは親しくない感じがしたが……」ソワソワ...
サシャ「は、はぁ……? なんだかいきなり話が飛びましたね。――ええと、別に何もないですけど」
ライナー「本当に?」ズイッ
サシャ「本当ですよ。なんにもないです」
ライナー「そうか、何もないのか……そうか………………いやでもよ、お前さっきあいつの手を握ってたじゃねえか」
サシャ「へっ? ……そうでしたっけ? よく覚えてないんですけど……」
ライナー「握ってたぞ。こう……何がなんでも離さないって感じでガッチリと!」ガシッ!!
サシャ「ひゃああっ!? ――いっ、いきなり変なところ掴まないでくださいよ!!」ビクッ!!
ライナー「! ……す、すまん。興奮してうっかり……」オロオロ...
サシャ「ああもう、びっくりした……っていうか、私いつまで抱っこされてたらいいんですか? いい加減疲れません?」ペチペチ
ライナー「疲れてない。大丈夫だ。……つまり、あの男とは何の関係もないんだよな?」
サシャ「あるわけないじゃないですか。――第一、手はともかく……さっき髪の毛を触られた時、すごく嫌でしたし」ムー...
ライナー「ああ……確かにあんな掴まれ方をされたら誰だって嫌だよな。変に引っ張られて髪の毛も抜けるだろうし、無理に動けば痛みも――」
サシャ「違いますよ。痛いのも抜けるのもどうでもいいんです。……他の人に触られたっていうのが嫌だったんです」
ライナー「……? 他の人って……お前、よくクリスタやミーナたちに髪の毛いじってもらってるんだろ? あれはいいのか?」
サシャ「いいんです。――だってみんな、あんな乱暴に触ったりしませんし……私の気持ち、ちゃんと汲んでくれますから」
ライナー「……? 丁寧に仕上げてくれるってことか?」
サシャ「……ライナーが褒めてくれたから、大切にしてるんです。髪の毛」
サシャ「みんな、それをわかっててくれてるみたいで……髪を触るときは、いつも宝物みたいに扱ってくれるんです。……だから、クリスタやミーナたちはいいんです」
サシャ「でも、他の男の人には……、……す、好きな人以外には、あんまり触られたくないんです。……すごく、大切にしてるから……ほんとにっ、さっきはいやで……っ」ジワッ...
ライナー「……」
サシャ「……」プイッ
ライナー「…………その、それはつまり……お前の、好きな奴ってのは……」
サシャ「……ライナーですよ。――大体、昨日の今日で他の人にすぐ乗り換えられるわけないじゃないですか。……こんなに好きなのに」ギュッ...
ライナー「……」
サシャ「……私、ライナーほど器用じゃないですから……昨日みたいにいきなり『忘れろ』って言われても忘れられませんよ。はっきり言って無理です」
サシャ「だから、さっき撤回するってライナーは言ってましたけど……そんなこと言われなくても、しばらく忘れませんでしたし、……ライナーのこと、好きなままだったと思います」
ライナー「……」
ライナー「そ、そうか……好きなのか…………そっか……」
サシャ「……本当ですからね?」ジッ...
ライナー「あ、ああ……わかった、わかってるから……」コクコク
ライナー(よかった……てっきりもう、愛想尽かされてると思ってたんだが……)ホッ
ライナー(……いやいやいやいや! そうじゃねえよ、しっかりしろ! 浮かれてる場合じゃねえだろ……!)キリッ
サシャ「……ライナーは?」
ライナー「はっ? ……お、俺か?」
サシャ「私のこと……まだ、好きですか? ……さっきの倉庫で言ってくれたような言い方じゃよくわかんないです。ちゃんと言ってください」
ライナー「俺は……」
サシャ「……」
ライナー「……俺も、お前が好きだ。――好きだ、が……」チラッ
サシャ「……///」カアアアッ
ライナー(じ、自分で聞いておいて、赤くなるなよな……! こっちまで恥ずかしくなるだろうが……!///)ソワソワ...
サシャ「そ、そうですか……好きなんですか……」
ライナー「あ、ああ。……好きだぞ」
サシャ「え、えと……私も……その、好き……ですから……」
ライナー「そっか、好きなのか……そうか……」
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「……///」
ライナー「……///」
サシャ(なんでしょうかね、これ……昨日も同じこと言ったはずなんですけど、なんだか……今日のほうがドキドキします! これって何なんですかね!?)アワアワ
ライナー(なんだこれ……なんだこれ……? なんでお互いに好き好き言い合ってんだ? 馬鹿じゃねえのか? ……いや、サシャも俺も馬鹿じゃないはずだったんだが……)アワアワ
サシャ「えっと……えっと! 何の話してたんでしたっけ!!」
ライナー「え? ――ああ、つまりだな……今は他に好きな奴はいないんだろ? お前」
サシャ「いませんよ。できる予定もないです」ブンブン
ライナー「それなら……その、……俺がお前の近くにいても、問題ないよな?」ソワソワ...
サシャ「近くに……? それがお願いと関係あるんですか?」
ライナー「いや、関係があるっつうか……それ自体が頼みごとでもあるというか……」モゴモゴ...
サシャ「んんん……? でも、今も結構距離としては大分近いと思うんですが」ウーン...
ライナー「…………」
サシャ「……あれっ? どうかしました?」キョトン
ライナー「だからな、そういう物理的な距離の話じゃなくて……もうちょっとこう……」ブツブツ...
サシャ「? ?? えっと、ぶ、ぶつりてき……??」オロオロ...
ライナー「……」
ライナー「……だよな。はっきり言わないとわかんねえんだよな、お前は」ハァ
サシャ「うぐっ……すみません、わからなくて」シュン...
ライナー「いや、こういうことをあやふやなまま通そうとした俺も俺だ。……ちゃんと言い直す」スーハースーハー
サシャ「はぁ、そうですか……でもなんで深呼吸してるんです?」
ライナー「これでも緊張してるんだよ。……というわけで、だ」
ライナー「……俺と付き合ってくれ。サシャ」
サシャ「………………………………………………はい?」
.
ライナー「意味はわかるよな? それとももっとはっきり言ったほうがいいか?」
サシャ「い、いえ……大丈夫です、わかります。わかりますけど……」ブンブン
ライナー「けど?」
サシャ「……付き合うってのは、あれですよね。どこかに行こうって意味じゃないほうですよね? それはわかりますよ、わかるんですけどね……」チラッ
ライナー「……? なんだよ、もしかして疑ってんのか? 別に俺は冗談で言ってるわけじゃねえぞ」ムッ
サシャ「ああいえ、違います。そんなつもりじゃないんですけど……」
ライナー「昨日みたいに、『俺の故郷に来てくれ』とはもう言わない。……俺からは言うつもりもない」
ライナー「その代わり、一緒に過ごせる時間は短くなるだろうが……だからこそ、少しでも長くお前のそばにいたいんだ。そのための口実が欲しい」
サシャ「……口実」
ライナー「恋人同士ならグダグダ言われることもないだろ。……それに、こんな世の中だからな。兵士をやっていようがいまいが、どうせお互いいつ死に別れるかわからないんだ」
ライナー「だったら、……好きな奴と一緒にいたいって考えるのは普通のことだろ?」
サシャ「…………」
サシャ「……あの、一個目のお願いがそれなんですよね? 二個目はなんです?」
ライナー「ああ、二つめは……っと、そうだ」ゴソゴソ...
サシャ「……? 何探してるんですか?」
ライナー「さっき上着の中から見つけたんだが……おっ、あったあった」コロン
サシャ「! これ……」
サシャ(確か、技巧の時間にアルミンがくれた飴……ですよね? ライナーもあの時もらってたんでしょうか……)ジーッ...
ライナー「お前にやるよ。どうせ飴なんて俺は食わないからな、それ食って少しでもいいから元気出せ。……まあ、正直どうやって手に入れたものなのかはわからないんだが」ボソッ
サシャ「……わからない?」
ライナー「気づいたらポケットに入ってたんだよ。……この前上着を洗濯した時にはなかったはずだから、これもそこまで古いものではないだろ。そもそも飴は腐らないだろうしな」
サシャ「…………」
ライナー「遠慮しなくてもいいぞ。……まあ、いらねえってんなら持って帰るが」スッ
サシャ「ああああああああああ待って待って待ってくださいいります食べますいただきます!!」ガシッ!!
ライナー「うおっ!? ――わっ、わかったわかった! やるから落ち着け!!」
サシャ「むふふふふ……! おいしいぃぃ……!」ニマニマ...
ライナー「……」
サシャ「? なんです? ――あっ、実はライナーも飴食べたかったんですか? 私が持ってるのでよければあげますけど……」ゴソゴソ...
ライナー「いらんいらん、そういうつもりで見てたわけじゃない。……やっぱりお前は笑ってるほうがいいと思ってな」
サシャ「……べっ、別に食べ物をもらったからって喜んでるわけじゃないですからねっ! この飴がおいしすぎるのが悪いんですっ!」ツンッ
ライナー「いや、どっちにしろ元気が出たんであれば俺はそれでいいんだが……っつうか、なんで妙なところで意地張ってんだお前は」
サシャ「だってライナーが変なこと言うからじゃ……あっ、ああああっ!?」ビクッ!!
ライナー「!? なんだどうした!?」
サシャ「こ、この飴……! この飴、中に蜜が入ってます!! それも酸っぱいの!!」
ライナー「……」
サシャ「すごいです、こんなの今まで食べたことありません……! どうやって蜜を中に入れたんでしょう……!?」ワナワナ...
ライナー「そっかそっかー、よかったなー」ニコニコ
サシャ「むっ……! なんですかその微妙な笑い方は!! 私は真面目に話してるんですよ!!」
ライナー「悪い悪い。――本当は、お前にはそうやってずっと笑っていてほしいんだけどな」
サシャ「……それが二個目のお願いですか?」
ライナー「いいや、違う。――このまま俺と一緒にいれば、今の倍……いや、それ以上にお前を泣かせることになる。必ずだ」
ライナー「もし、一つ目の頼みを聞いてもらえるなら……そうなっても、できるだけそばにいてやりたいと思ってる」
ライナー「けどな、俺にもできることとできないことがある。――どうやったって、お前の近くにいてやれない時が来る。その時は、お前が思っているよりもずっと早い」
サシャ「……? 早いとか、必ずとか……なんで言い切れるんですか? この先どうなるかなんて、そんなのまだわからないじゃないですか……」
ライナー「……すまんが、それは言えん。全部話してやりたいところなんだが、俺一人じゃ決められないことなんだ」
サシャ「……」
ライナー「……ごめんな」
サシャ「いいですよ、別に。……秘密にされるの、もう慣れましたから」
ライナー「……」
サシャ「……すみません」
ライナー「いや、俺が悪いんだからな。……謝らなくていい」
ライナー(こういうところに甘えてるんだよな、俺は……そのせいで今みたいな状況になっちまったってのに……)
サシャ(ああ、もう……! こんな言い方するつもりじゃなかったのに……!)
ライナー「この先、俺がいなくなった後に俺を恨んでもいい。……だが、さっきみたいに一人で泣くのはやめてくれ。ミカサでも、クリスタでも……誰でもいいから隣にいてもらえ」
ライナー「これが二つ目だ。――本当は、俺以外にそういう奴が見つかったら一番いいんだけどな」
サシャ「……見つかりませんよ。そんな人」
ライナー「……」
サシャ「見つける気も、ないです。……ほんとは、ずっとライナーにいてほしいです」
ライナー「……すまん」
サシャ「……」
ライナー「ずっと一緒ってのは無理だが……その時が来るまでは、お前の隣にいてやる。約束する。――だから、辛いとは思うが、お前にも背負ってほしい」
サシャ「……背負う?」
ライナー「昨日のやり方じゃ、何もかも全部お前に押し付けることになっちまったからな。今度は俺も一緒だ」
ライナー「きっと今よりも辛くて苦しい思いをすることになるだろうが……もう逃げたりしない。ちゃんと受け止める」
ライナー「これなら、……このやり方なら、お互い対等でいられると思うんだが……どうだ?」
サシャ「……」
サシャ「……下ろしてください」
ライナー「……」
サシャ「私たち、対等なんでしょう? だったら隣に並んで歩きたいんです。……というか、抱えてもらわなくても平気ですよ。怪我してるの手だけですし」
ライナー「ああ、なんだ。そういう意味か……だが、下ろした途端に走って逃げたり」
サシャ「しませんってば。……信用してくれないんですか?」ムー...
ライナー「そういうわけじゃない。……じゃあ、下ろしてやるから暴れるなよ? ――よっと」スッ
サシャ「よいしょっと……ありがとうございます。――あの、さっきの返事をする前に、私からもお願いしてもいいですか? 一個だけ」
ライナー「そりゃ構わんが……一つでいいのか? 俺にできることならいくらでもやってやるぞ?」
サシャ「いえ、一個でいいんです。――お別れしなくちゃいけない日がわかったら、すぐ教えてください」
ライナー「……? それだけか?」
サシャ「はい、充分です。――その日の朝でも……無理なら直前でもいいです。私の前から黙っていなくならないでください。お願いします」
ライナー「……わかった。その日が来たら……いや、来る前に、お前には必ず伝える。約束する」
サシャ「……」
ライナー「これでいいか? 口約束が不安なら、何か他のもので証明するしかないが……」
サシャ「いえ、大丈夫です。よくわかりました。――じゃあ、その日が来るまでは一緒にいましょっか。私たち」
ライナー「……一緒に?」
サシャ「いていいんですよね?」ジッ...
ライナー「あ、ああ……っつうか、頼んだのは俺だが……」
サシャ「なら、えっと…………………………おっ、おお、おつっ、おつ……き、ぁい、を…………」ボソボソ...
ライナー「……? おつかい?」
サシャ「ち、違いますってば!! えっと、えっと……!」
サシャ(ううっ……なんだか、返事するだけなのに緊張しますね……! 途中で噛まないように、噛みませんように……!)スーハースーハー
サシャ「お、お付き合いっ、しましょうっ!! 私とライナーの二人でぇっ!?」ガリッ
ライナー「あっ」
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「……」ジワッ...
ライナー「……サシャ」
サシャ「ふぁい……」プルプルプル...
ライナー「……自分の舌食っても美味くないと思うぞ」
サシャ「食べたわけじゃないですぅ……」ヒリヒリ...
サシャ(ああああ……! せっかくちゃんと答えようとしたのに、なんで噛んじゃいますかね私は……!)
ライナー「……本当にいいのか? そんなに急がなくても、もう少し考えてから返事してもいいんだぞ? 俺だって別に急かしてるわけじゃ――」
サシャ「むっ……失礼ですね、ちゃんと考えましたよ。……今日一日、ずっと考えてました」
サシャ「そりゃあ、周りの人に色々言われるのは嫌ですけど……私だって、一緒にいられないのはもっと嫌ですよ。それに、今更他人のふりなんて難しくってできませんし」ブツブツ...
ライナー「……そうか。ちゃんと考えた上でならいい」
サシャ「ライナーこそ、私でよかったんですか? 私、たぶんこれからもいっぱい迷惑かけると思いますよ?」
ライナー「ああ、もちろん知ってる」
サシャ「……………………」
ライナー「なんだその顔は。――もしかしてお前、今まで一度も迷惑かけたことがないとでも思ってたのか?」
サシャ「いえ、流石にそこまでは思ってませんけど……なんかすんなり納得できないといいますか……」ムー...
サシャ(さっきは対等だって言ったのに、これじゃあいつもと変わんないじゃないですか! ……やっぱり、自分の実力でなんとか見返さないといけませんね)ムー...
サシャ「……明日の試験、負けませんからね」
ライナー「はいはい、わかったわかった。……それなら、まずはその指をなんとかしないとな。いい加減医務室行くぞ」
サシャ「はぁーい……」
ライナー「……」
ライナー(……これでよかったんだよな?)
ライナー(将来のサシャにとっては、残酷なことをしてるのかもしれないが……このまま一人ぼっちで泣かせているよりも、こうやって少しでも笑ってるほうが絶対いいに決まってる)
ライナー(今日のこの選択は、間違ってなんかない。……いずれそう思えるようにしてみせる)
ライナー(……明日になったら、ベルトルトやアニともう一度話しあおう。さっきアニと話したことも含めて、計画も練り直しだ)
ライナー(俺が守りたいのはサシャだけじゃない。……ベルトルトやアニにだって、辛い思いはさせたくないんだ)
ライナー(いつか……あいつらも、サシャみたいに笑える日が来るといいんだけどな
ライナー(……いや、俺がそうするんだ。俺はそのために生き残ったんだ。――そうだよな、マルセル……)
サシャ「……ところで、恋人になったら何をすればいいんですか?」
ライナー「ん? 何ってそりゃあ……」
ライナー(……あれ? そういや何をすりゃいいんだ? 考えたことなかったが……)
サシャ(恋人っていうとハンナとフランツですよね? あの二人みたいなことすればいいんでしょうか……)ウーン...
ライナー(手は……とっくの昔に繋いでるよな。休日も何度か二人きりで出かけてるし、キスなんて今までしょっちゅうやってるが……)
サシャ(うーん……今まで気にしたことなかったので、ハンナとフランツが何やってたのかまでは覚えてないですね。あんまり難しいことじゃないといいんですけど……)
ライナー(もしかして、恋人らしいことはほとんどやり尽くしてんじゃねえのか? そういえば、いつの間にか食べさせあいにも抵抗なくなってるよな……?)
サシャ(えーっと、さっきライナーはなんて言ってましたっけ……確か、一緒にいる口実がほしいから恋人になりたいって言ってたんですよね? ということは……)
ライナー(待てよ? 逆に考えれば、今まで恋人じゃなかったからできなかったこともできるってことだよな? サシャがいいって言うなら、キス以上のことも……)チラッ
サシャ(もし、他の人に聞かれたら……こ、恋人だって言わなくちゃいけないんでしょうか? ……いえ、言うだけならまだしも、そういう証拠とか見せなくちゃいけないんですかね……?)
ライナー(…………いやいやいや、流石にまずいだろ? そりゃあ俺だってできればアレだのコレだのしたいが…………したいけどなぁ……………………)ソワソワ...
サシャ(証拠っていうと、やっぱり……き、キスとかしてみせればいいんですかね? 他の人の前でするなんて、すごく恥ずかしいんですけど……ハンナとフランツって、そういうことやってましたっけ……?)ソワソワ...
ライナー(……まあ、恋人って言えば身近なところに見本がいるからな。あいつらのようにやってりゃ問題ないだろ、たぶん)
サシャ(ど、どうしましょう……! あの二人みたいなことをしろって言われても、できる気がしません……! やっぱりお付き合いは断ったほうが……)チラッ
ライナー「そうだな……ハンナとフランツみたいなことだな」
サシャ「お付き合いやめません?」
ライナー「まだ五分も経ってないぞ」
サシャ「だ、だって……あの二人みたいなことをするのは、流石に恥ずかしいと言いますか……///」ボソボソ...
ライナー「…………」
ライナー(今まで散々やらかしておいて、今更そんなこと言われてもなぁ……)
サシャ(できればハンナとフランツ以外にしてもらえないでしょうかね、他に誰か…… ――あっ!)
サシャ「そうだ、だったらエレンとミカサを参考にしましょう! あの二人の真似なら私でもできますし!」
ライナー「エレンとミカサは恋人同士じゃねえぞ」
サシャ「……じゃあどうしろって言うんですか」
ライナー「どうもしなくていい。一緒にいるだけなんだから、いつも通りで問題ないだろ」
サシャ「そういうもんですかねぇ……じゃあ恋人っぽいこと、何もしなくていいってことですか?」
ライナー「そういうことだな。何もしなくて…… ……ん? しないのか?」
サシャ「? だっていつも通りってことはそういうことですよね? 恋人っぽいことって今までしたことないですし」
ライナー「……うん、まあ、そうだな。そういうことになっちゃうんだろうな」
サシャ「違うんですか?」
ライナー「……違わない。全然違わない」ブンブン
ライナー(……まあ、付き合うって言っても手を出すわけにはいかないからな。…………いかないんだが…………でもなぁ…………!)チラッチラッ
サシャ(? ?? なんだかよくわかんなくなってきたんですけど……ええと、付き合うってなんでしたっけ……? 帰ったら誰かに聞いてみますかね……)
―― 同刻 保管庫
アルミン「――つまりエレンとミカサが廊下で聞いたのは、あっちの彼女が投げた立体機動装置が壁に当たった音だよ。それから後はまあ……見ての通りなんだけど」
ミカサ「……」
エレン「じゃあ、さっきお前がミーナから預かった装置はライナーのってことか」
アルミン「うん、ミーナには教官を呼びに行ってもらったからね。もしライナーが消灯までに間に合わなかったら、僕が代わりに整備するつもりだよ。――ええと、ジャンとマルコもわかった? 話の途中で来たから、説明が中途半端になっちゃったけど……」
ジャン「ああ、大雑把にはな。……それにしても、装置に細工するなんてな。随分とくだらねえことを考える奴もいるもんだ」ケッ
マルコ「やってしまったものを今更どうこう言っても仕方ないよ。……とにかく、まずは手分けして装置を点検しよう。消灯まで時間もないし、手元が暗いから精確な調整はできないけど……何もやらないよりはマシだ。一旦寮に戻って、コニーとベルトルトも呼んでこないと――」
エレン「なら、二人は俺が呼んでくる。この中で技巧の成績が一番悪いのは俺だからな。アルミンたちは点検に集中しててくれ」
エレン「ついでに寮で起きてる他の訓練兵に声をかけて、ありったけの部品をかき集めてくる。装置直すのに必要になるだろ? 教官に事情を説明しても、必ず部品をもらえるとは限らないしな」
アルミン「そうだね、部品は少しでも多いほうがいいと思うし……そうしてもらえると助かるよ。――ミカサは女子寮のほうを頼んでいいかな? アニとクリスタと、一応ユミルも呼んできてくれる?」
ミカサ「……」
アルミン「……? ミカサ? どうしたの?」
ミカサ「……あの二人はどうするの? このまま放っておくの?」
アルミン「どうするって……ミーナが戻って来たら、教官に引き渡すよ。ちゃんと何があったのか説明した上で」
ミカサ「でも、あのままにしておいたら逃げるかもしれない。きちんと拘束しておいたほうがいい」
マルコ「拘束って言われても……周りに縛るものは何もないけど……」キョロキョロ
ジャン「奴らは俺たちで見張っとくから大丈夫だ。整備しながらって言っても三人もいるからな、妙な動きしてりゃ流石に気づくだろ」
ミカサ「……そう」
エレン「……」
マルコ「さあ、時間もないからそろそろ取り掛かろう! ――そうだエレン、コニーを呼ぶついでに僕たちの工具箱も取ってきてくれる? 机の上に置いてあるし、コニーに聞けばすぐわかると思うから」
アルミン「僕の工具箱もお願い! 装置のケースの中に何本か予備の工具が入れてあるんだけど、流石にそれだけじゃ足りないと思うから……」
エレン「コニーとベルトルトと部品と工具箱だな、任せとけ! ……ほらミカサ、お前も行くぞ!」グイッ
ミカサ「……」
―― 保管庫前 廊下
エレン「それにしても、部品っつってもなぁ……ネジはともかく、シャフト持ってるやつなんか誰もいそうにねえよな。なんとか見つかりゃいいんだが……」ブツブツ...
ミカサ「……」
エレン「……? おいミカサ、何突っ立ってんだよ。時間ないんだぞ」
ミカサ「……エレンは、私の家族」
エレン「は?」
ミカサ「アルミンは、私とエレンの親友。……ううん、もう家族と言ってもいいくらい」
エレン「……いきなりなんだよ。何の話だ?」
ミカサ「……」
エレン「? ミカサ……?」
ミカサ「サシャとミーナは、私のお友だち。……大事な、友だち」
ミカサ「一緒に遊びに行ったり、ごはんを食べに行ったり……エレンやアルミンとは比べられないけど、それでも……大事な、私の友だち」
エレン「……」
ミカサ「三人とも、私にとって大切な人。……だから今、私はすごく気分が悪い」ギリッ...
エレン「……」
エレン「……それで? 今から保管庫に戻ってどうする気だ?」
ミカサ「……」
エレン「俺たちが今やるべきなのは、あいつらに仕返しすることじゃない。……それくらいわかるだろ」
ミカサ「……わかってる。でも、」
エレン「でもじゃねえよ。あの二人をどうするか決めるのは教官だ。お前じゃない」
ミカサ「……」
エレン「大体な、腹立ってんのがお前だけだとでも思ってんのか? だったら勘違いしてるぞ」
ミカサ「……? エレンも怒ってるの?」
エレン「当たり前だ! 仲間を馬鹿にされたあげく怪我までさせられたんだぞ、何も思わないほうがどうかしてるだろ!」
エレン「アルミンたちがあれ以上何も言わなかったのは、今やるべきことが何なのかちゃんとわかってるからだ。……あのジャンだって、整備がやり直しになるってこと自体には文句言ってなかったろ?」
ミカサ「……さっきのジャンはあまり話してなかったから、わからない」
エレン「そりゃあ、あの二人に文句つけるよりももっと大切なことがあるってわかってたからだ」
ミカサ「……」
エレン「あの場にいた全員がみんな、少ない時間で何とかしようって考えて一生懸命動いてるんだ。それをお前一人のわがままで台無しにしたいなら戻れよ。好きなだけあいつらに仕返ししてこい」
ミカサ「……それは嫌。台無しにはしたくない」
エレン「だったら早く行こうぜ。時間がなくなっちまう」グイッ
ミカサ「……ごめんなさい、エレン。私は冷静じゃなかった」
エレン「いいって、気にすんなよ。……お前の気持ちはわかるからな、俺も」
―― しばらく後 医務室前 廊下
サシャ「ライナーってば、やめましょうよー。勝手に入ったら怒られちゃいますよー?」
ライナー「大声出すな、静かにしろ。いいからお前は手を冷やしとけ。――待てよ、こっちにこう捻れば……」ガチャガチャ...
サシャ「もう一回、見回りの教官に頼みに行きましょうよー。私も一緒に説得しますからー……」
ライナー「どうせまた追い払われて終わりに決まってるだろ。時間の無駄だ」ガチャガチャ
サシャ「でも、鍵を壊して中に入るのは流石にまずいと思うんですけど……その辺の倉庫に入り込むのとは訳が違いますし、罰則もらっちゃうかもしれませんよ?」
ライナー「……それもそうだな。鍵も開きそうにないし、この方法はやめておくか」
サシャ「そうですよ、やめましょうやめましょう! ――もう指もあんまり痛くないですし、明日の朝に看てもらえれば充分ですって。みんなのところに帰りましょう? 装置も点検しないといけませんし……」
ライナー「ああ。――こうなったら扉を突き破るしかないな」
サシャ「そうですね、突き破るしかないですよね…………つっ、突き破るぅっ!?」
ライナー「ああ。幸い扉は木でできてるし、なんとかなるだろ」
サシャ「ちょっ……! 駄目ですって、そんなことしたら怒られるだけじゃすみませんよ!?」オロオロ
ライナー「心配するな、俺は他人の家の門も壊したことがあるから要領はわかる!」グッ
サシャ「何の自慢ですか!! ああもう、誰か……」
「――何をしている?」
ライナー「……!」バッ!!
サシャ(きっ、キース教官!? なんで医務室なんかに……!)バッ!!
キース「敬礼はせんでいい。質問に答えろ。……貴様ら、そこで何をしている?」
ライナー「何を、と言われましても……」チラッ
サシャ「……」チラッ
サシャ(まさか『鍵壊して中に入ろうとしてました』なんて言えませんよね……絶対怒られますし……)
キース「何やら『医務室の扉を突き破る』などと聞こえたが、私の聞き間違いか?」
サシャ「…………」ダラダラ...
サシャ(おもいっきりバレてるじゃないですか……! ど、どうしましょう……)チラッチラッ
ライナー「いえ、それは違います。自分もサ……ブラウス訓練兵も、そのようなことは企てておりません。決して」
キース「ほう……では、このような場所で何をしていた?」
ライナー「……月夜の散歩などを、少々嗜んでおりました。ブラウス訓練兵と一緒に」
キース「……」
ライナー「……」
サシャ「……」
キース「……散歩か」
ライナー「はい。散歩です」
キース「……」
ライナー「ところで、教官殿は何故こちらに? ……今日の見回りは別の教官だと伺っていましたが」
キース「散歩だ」
ライナー「……散歩でしたか」
キース「ああ、そうだ。――毎年、試験となるととんだ不祥事を起こす奴がいるからな。見回りをしていなくとも気が抜けん」
キース「先程もカロライナから報告があったばかりなのだが……ところでブラウス」
サシャ「は、はいっ!?」ビクッ!!
キース「その手はどうした? 散歩中に野犬にでも噛まれたのか?」
サシャ「……はい」
キース「……そうか。なるほどな」
キース「…………」
ライナー「…………」
サシャ「…………」
サシャ(き、気まずいぃ……! 全っ然間が持たないじゃないですかぁ!! もう怪我とかどうでもいいから、早く寮に帰りたいです……!)ソワソワ...
ライナー(キース教官でも冗談とか言うんだな。……意外だ)フムフム
キース「……医務室に入れ。二人ともだ」
サシャ「え?」
ライナー「? 入れ、とは……?」
キース「専門ではないが、私にも多少は心得がある。応急処置程度でもしないよりはマシだろう。……それとも、明日の朝までそのままにしておくつもりか?」
ライナー「……よろしいのですか? 先程見回りの教官からは、医務官がいなければ医務室は使えないと断られましたが」
キース「本人の過失であればともかく、今回は事情が事情だ。責任は私が持つ。……先に入っているぞ」ガチャッ スタスタ...
サシャ「あっ……」
サシャ「……開きましたね」
ライナー「ああ」
サシャ「……行っちゃいましたね」
ライナー「ああ、行っちゃったな」
サシャ「どうしましょっか。……帰ります?」
ライナー「……いや、せっかく開けてもらったんだしな。入ろう」
サシャ「えっ、入るんですか? ……私、キース教官苦手なんですけど」
ライナー「そう言うな。素人の処置よりは安心できるだろ?」
サシャ「……処置は的確かもしれませんけど、別の意味で不安です」
ライナー「大丈夫だ。俺も一緒に行くからな」ナデナデ
サシャ「……途中で帰ったりしません?」
ライナー「しないしない。……約束する、俺を信じろ!」グッ
サシャ「……」
サシャ(まあ、ライナーもいるなら大丈夫ですかね……)
―― 医務室
キース「なるほど、人差し指と中指か。……一番痛むのはどの辺りだ?」
サシャ「どの辺りかは……その、よくわかりません。指先じゃないのは確かなんですが、全体がジンジンするので……」チラッ
ライナー「……」ウロウロ...
サシャ「……」
キース「ふむ……ではこれはどうだ? 痛むか?」ギュッ
サシャ「えっと……じんわり、ってくらいです」
キース「そうか、わかった」
ライナー「教官、自分に何かできることは」
キース「何もない。……これはどうだ?」グッ...
サシャ「いえ、特には」
キース「腫れもないし、骨折はしていないようだな」
ライナー「……」ウロウロ...
キース「指は曲がりそうか? 試しに曲げてみろ。ただし無理はするな」
サシャ「はい、やってみます。……痛っ」ズキッ
ライナー「!? 痛いのか!?」ガタタッ
キース「静かにしろ、ブラウン。……ブラウス、ゆっくりでいいんだ。そう急がなくてもいい。それで限界か?」
サシャ「はい、一応……」
キース「他に異常は?」
サシャ「異常ですか……えっと、大したことはないと思うんですけど……」チラッ
ライナー「……………………」ジーッ...
キース「ブラウンに気を遣う必要はない。異常があるなら言え」
サシャ「……指の先の感覚が、ちょっとおかしいです。感覚がないというか……」
ライナー「……! サシャお前、さっきはそんなこと……!」ズイッ
キース「黙っていろ。――状態はわかった。それとブラウン」
ライナー「はっ! なんでしょうか!!」バッ!!
キース「帰れ」
ライナー「」
キース「帰れ」
ライナー「……い、いや、しかしですね、先程は二人とも一緒に入れと教官が自ら、」
キース「治療の邪魔だ。出て行け」
ライナー「…………自分に、何かできることはないでしょうか。井戸水なら何百杯でも運びますが」
キース「いらん。寝ろ」
ライナー「………………では、医務室の外で待機していても」
キース「寝ろ」
ライナー「……………………わかりました。失礼します」シュン...
ライナー(……おかしい。教官のほうから『入れ』と言ったはずなんだが……なんで俺が追い払われなくちゃいけないんだ……?)トボトボ...
サシャ(あっ……本当に帰っちゃうんですね。……ということは、今日会えるのはこれが最後になるんじゃ……)
サシャ「……あの、ライナー!」
ライナー「!」ピクッ
ライナー(サシャとせっかく約束したのに、もう破っちまうなんてな……どうしていつも俺はこうなんだ……!)ドヨヨン...
ライナー「……すまんサシャ。どうやら俺はここまでのようだ」
サシャ「いえ、大丈夫ですよ。ここまでついてきてもらえてすごく助かりました。――今日はありがとうございました。おやすみなさい」
ライナー「……ああ。おやすみ」
サシャ「……それと、えっと……」
サシャ「……また明日」ヒラヒラ
ライナー「! ……ああ、またな!」ブンブン!
サシャ「はい、また明日……」
ライナー「おやすみ!! ちゃんと暖かくして寝るんだぞ!!」ブンブンブンブン!!
サシャ「は、はい、気をつけますね。……おやすみなさい」ヒラヒラ
サシャ(手、振りすぎじゃないですかね……? 手の形が見えないくらい速いんですけど……)オロオロ...
ライナー「それでは失礼します!」バッ!!
キース「……ああ。早く寝ろ」
―― ガチャッ... バタンッ
キース「……」
サシャ「……」
キース「……ブラウス」
サシャ「……はい」
キース「ブラウンはどうしたんだ」
サシャ「ど、どうしたんでしょうかねぇ……? あはは……」
サシャ(流石に教官には付き合ってること報告しなくていいですよね? ……とはいえ)
キース「……少し待て。包帯を探してくる」
サシャ「……はい」
サシャ(やっぱり気まずいぃ……結局こうなっちゃうなら、さっさと寮に帰ってたほうがよかったです……!)ソワソワ...
―― 同刻 保管庫近くの廊下
コニー「なあベルトルト。……エレンが言ってたことって本当なのかな」
ベルトルト「だと思うよ。こんなことでエレンが嘘つくわけないし……コニーだってそれはわかってるだろ?」
コニー「そりゃわかってるけどよ……でも俺、まだ信じらんねえよ」
ベルトルト「……」
コニー「もう一回、最初っから装置の整備し直しだなんてよぉっ……!」ギリッ...
ベルトルト「僕、もう手伝わないからね」
コニー「ちくしょう! ちくしょう!! 今からやって消灯までに間に合うわけねえじゃんか普通に考えて!!」ダンダンダンダン!!
ベルトルト「コニー、寮から離れてるとはいえ地団駄踏まないでよ。静かにしよう」
コニー「だって俺がやったわけじゃねえのにまた整備やり直しとかありえねえだろ!! あああああどうすりゃいいんだぁぁああ……っ!!」バリバリバリバリ
ベルトルト「コニー、廊下で爪とぎ始めないでよ。……大体、なんで工具の取り扱いは上手いのに整備だけ下手なの? おかしくない?」
コニー「装置はさ、ほら、なんていうか……センサイ? だから俺とは合わねえんだよなぁ。――俺が整備できないんじゃない。装置が俺に装備されたがっていないんだ……!」キリッ
ベルトルト「……」
ベルトルト(やっぱり、ちょっとは目を向けておかないとまずいだろうな……)ハァ
ベルトルト「……あのさ、コニー。なんでサシャは、僕の立体機動装置を庇ったのかな」
コニー「あぁ? ――さあなー、俺にはわかんねえよ。サシャじゃねえしな俺」
ベルトルト「……」
コニー「でもよ、同じ状況になったら俺だって同じことすると思うぜ? ……まあ、自分の手を下敷きにはしねえだろうけどな」
ベルトルト「……そうだよね。普通しないよね」
コニー「まあサシャだしな。たぶん何も考えてねえんだろ、きっと」
ベルトルト「……」
コニー「んな深刻に考えんなよー。別にサシャが怪我したのはお前のせいってわけじゃ…… ……あれ? あそこにいるのミーナじゃねえか?」
ベルトルト「えっ、ミーナ? ……どこ? 僕には見えないけど……」
コニー「あっちの曲がり角曲がっていったんだよ。……ちょっと見てくる!」ダッ
ベルトルト「あっ……コニー待つんだ、時間がなくなるよ!」ダッ
コニー「おーい、ミーナ!」
ミーナ「わっ! ……なんだ、コニーとベルトルトかぁ。驚かさないでよ」
ベルトルト「こんばんは、ミーナ。……君も装置のことで呼ばれたの?」
ミーナ「ううん、違うよ。私は別の用事。……? 二人とも、その箱は何? 妙に大きいけど……」
コニー「よくぞ聞いてくれたな! これは部品入れだ!」
ミーナ「部品入れ? なにそれ?」
ベルトルト「コニーがおつかいで余分に買った部品をしまっておく箱だよ」
ミーナ「……そんなに貯めこんでたんだ」
コニー「おうよ。捨てるに捨てられなくて困ってたんだよな。エレンに必要だって言われたからちょうどよかったよ」
ベルトルト「……ねえコニー、君は卒業したら憲兵団に行くんだろ? 憲兵団でも立体機動装置は使うし、部品もいつでも手に入るわけじゃないから持ったままでいいと思うんだけど」
コニー「……それもそうか!」ポンッ
ベルトルト「……コニー、君は本当に憲兵団に行って大丈夫なの……?」
コニー「ま、なんとかなるだろ。……で、ミーナの別の用事ってなんだ? 大変そうなら手伝うぞ?」
ベルトルト「君は整備があるでしょ」
ミーナ「手伝いはいいよ、大丈夫。――実はね、アニを探してるんだけど……」キョロキョロ...
コニー「アニぃ?」
ベルトルト「……? 部屋にはいなかったの?」
ミーナ「さっきまでお茶会してたんだけど、途中でいなくなっちゃったの」
コニー「別に探さなくても消灯になれば部屋に戻ってくるんじゃねえ?」
ミーナ「それだと整備が間に合わないじゃない! ……ねえベルトルト、会ったついでに一つお願いしてもいいかな?」
ベルトルト「えっ? ……僕に?」
ミーナ「うん。……もし私たちが間に合わなかったら、アニの装置を代わりに整備してくれない? アニには私から言っておくからさ」
ベルトルト「……本当に、僕でいいの?」
ミーナ「ベルトルトがいいの。……お願い」
ベルトルト「……」
ベルトルト「……いいよ。細かい微調整まではできないけど、それでもいいなら」
ミーナ「いいよいいよ、大丈夫! 本当に助かるよ、ありがとう!」
コニー「じゃあ俺のも」
ベルトルト「コニーは駄目」
コニー「……」
ミーナ「じゃあ私、急いでるからもう行くね! アニにも明日お礼言わせるから後はよろしく!」ダッ
ベルトルト「うん。また明日」フリフリ
コニー「おやすみー。……なあベルトルト」フリフリ
ベルトルト「駄目」
コニー「……俺のも」
ベルトルト「駄目。……自分でやろうね、コニー」ニッコリ
ミーナ「……」タッタッタッ
ミーナ「……」
ミーナ「……」キョロキョロ...
ミーナ「……アニ、二人とも行ったよ」
アニ「……」ヒョコッ
ミーナ「一応言われたとおりに頼んだけど……本当にベルトルトでよかったの? 今ならアルミンやマルコもいるよ?」
アニ「……いい。大丈夫」
ミーナ「……保管庫、行くのやっぱり無理そう?」
アニ「……」グスッ...
ミーナ「そっか。じゃあ寮に帰ろう? 帰ったら紅茶淹れてあげるからさ、それ飲んで早く寝ようよ。ねっ?」
アニ「……いいよ、いらない。今から紅茶作るの大変でしょ」
ミーナ「平気だよ。戻ってきたらミカサにも淹れるつもりだったからね。……ねえ、寮に戻るまで手繋いでいい?」
アニ「……勝手にすれば」
ミーナ「うん、じゃあ勝手にする」ギュッ
ミーナ(確か、まだ部屋のポットにお湯あったよね。……アニを寮まで送ったら、クリスタたちのところに一旦戻らないと)
ミーナ(……保管庫にも行ったほうがいいかな。でも、あんまり長くアニを一人にはしておけないよね)
ミーナ(あっちはアルミンに任せちゃっていいかな……あ、でもライナーの装置……)チラッ
アニ「……? 何?」
ミーナ「ううん、なんでもないよ。……アニの手、あったかいね。背がちっちゃいからかな?」ギューッ...
アニ「……ばか」
ミーナ「あはは、ごめんごめん」
ミーナ(……こっちのほうが大事だよね。ごめんねライナー、装置はアルミンから受け取ってね……)
ミーナ(でも、ライナーの装置大丈夫なのかなぁ。アルミンとマルコがいるから心配いらないと思うけど……)
ミーナ(部品足りなくなったらどうするんだろ。コニーの持っていった分でなんとか間に合えばいいなぁ……)
ミーナ(……あれ? そういえば、エレンはどうしたんだろう? 一緒にいなかったけど……)
―― 医務室近くの廊下
ライナー「……」ウロウロ...
ライナー(サシャも教官も出てくる気配がないな。随分長引いてるみたいだが……)
ライナー(……時間もないし、いつまでもこうしてるわけにはいかないよな。そろそろ行くか)スタスタ...
ライナー「……」ピタッ
ライナー「……」チラッ
ライナー(実は今ちょうど手当てが終わって、俺が立ち去った直後に二人が出てくるって可能性もあるよな? ありうるよな?)チラッチラッ
ライナー「……」
ライナー(……もうちょっとだけ待つか)ソワソワ...
「――ライナー? 何してんだ?」
ライナー「!」ビクッ
ライナー「なんだ、エレンか……驚かすな、心臓に悪い」
エレン「別に俺は驚かそうとして声かけたんじゃねえよ。……で、保管庫にも行かないで何やってんだ?」
ライナー「サシャを待ってんだよ。今、医務室でキース教官に手当してもらってるんだ」チラッ
エレン「へえ……医務官いないのに開けてもらえたのか? よかったな。……ところで、サシャの指は大丈夫なのか? アルミンが折れてんじゃねえかって心配してたぞ」
ライナー「いや、教官も言っていたが折れてはないようだ。医務官に診てもらわないと断言はできないが、たぶん打撲ってことになるだろうな」
エレン「打撲か……それならすぐに処置できそうなもんなのにな。まだ終わらねえのか?」
ライナー「ああ。もう三分はここで待ってるんだが、なかなか出てこねえんだよなぁ……」ソワソワ...
エレン「いくらなんでも三分は無理だろ。……っつうか、待つなら医務室の前か中で待ってりゃいいんじゃねえか? こんな廊下の角に隠れなくてもいいだろ?」
ライナー「そうしたいのは山々なんだが、ついさっきキース教官に追い払われたばかりなんでな。見つかると怒られるからここでいいんだ」チンマリ
エレン「お前の体格じゃ縮こまってもすぐ見つかると思うけどな…… ――サシャの心配もいいけどよ、自分の装置の面倒は見なくていいのかよ? 今アルミンがお前の代わりに調整してるはずだぞ」
ライナー「アルミンが? ――そりゃ悪いことしたな。俺は明日の朝早く起きてやろうとしてたんだが……」
エレン「ああ、それでゆっくりしてたのか。……でもよ、明日の朝に保管庫開けてもらえる保証もねえし、できるなら今やっといたほうがいいんじゃねえか? 今ならアルミンやマルコもいるし、コニーが持ってきた部品もあるはずだしよ」
ライナー「……」チラッ
エレン「サシャは明日でいいだろ。……打撲くらいならメシ食えば元気出るって」
ライナー「……わかった。なら、後からちゃんと向かう。お前は先に行っててくれ」
エレン「……………………」ジトッ...
ライナー「言っとくが、サシャを待つためじゃないぞ? 戻る前に少し寄っておきたい場所があるんでな。保管庫に向かうのはその後ってだけだ」
エレン「工具箱なら持っていくようにコニーとベルトルトに頼んだぞ?」
ライナー「違う、男子寮じゃない。……野暮用だからすぐに片付くさ。そう時間はかからねえよ」スタスタ...
エレン「……あの二人なら、今は教官室だ」
ライナー「……」ピタッ
エレン「お前とサシャが出て行った後すぐに、ミーナが見回りの教官を呼びに行ったんだ。ここに来る途中に、教官室に二人が入っていくのを見た」
ライナー「……」
エレン「あの二人のところに行くつもりなんだろ? ライナー」
ライナー「……それがどうした?」
エレン「何するつもりだ?」
ライナー「…………」
エレン「なあ、わかってんのか? 教官の目の前で殴り倒したら、お前まで試験に出られなくなるんだぞ? そんなことになったらあいつらの思う壺じゃねえか!」
ライナー「……指以外にもやられたんだぞ。サシャは」
エレン「……」
ライナー「腕を蹴られた上に、あいつが大切にしてるもんを傷つけられたんだ。……このまま黙っていられるわけねえだろ!」
エレン「だからってあいつらに仕返ししてもどうにもなんねえだろうが!! お前があいつら殴ったらサシャの怪我が綺麗さっぱり治るのか!? 違うだろ!?」
ライナー「ああそうだよ治るんだ!! ――場所さえ聞ければもう充分だ、じゃあな!」スタスタ...
エレン「おい待てよ、まだ話は終わってねえだろ!!」ダッ
ライナー「……そこをどけ。邪魔だ」
エレン「嫌だ」
ライナー「エレン、一発だけでいいんだ。……頼む、行かせてくれ」
エレン「駄目だ。今のお前は一発じゃすまない」
ライナー「……」
エレン「……本当は俺だって、一発どころか何発でも殴ってやりてえよ」
エレン「一歩間違えれば怪我をしていたのはミーナやアルミンだったんだ。サシャだって打撲で済んじゃいるけど、本当はもっと酷い状態になってたかもしれない」
ライナー「……」
エレン「でもさ……もし俺が同じ立場になったら、ライナーは俺を止めるだろ?」
ライナー「……止めねえよ」
エレン「いいや、絶対に止める。……俺の知ってるライナーなら、絶対そうする」
ライナー「……」
エレン「だから、今は保管庫に戻ろうぜ。……サシャもあの二人も、教官に任せておけば間違いねえよ」
ライナー「…………」
エレン「…………」
ライナー「……わかった、俺の負けだ。お前の言う通り保管庫に戻る。――これでいいか?」
エレン「おう、そうしてくれ。……そうと決まれば急がねえとな! 俺も自分の装置の点検まだだからさ、少し手伝ってくれよ。ライナー」
ライナー「少しだけな。……悪かったな、エレン。手間かけさせた」
エレン「別にいいってこれくらい。……俺たち、仲間だろ?」
ライナー「……ああ、そうだな」
―― 消灯後 女子寮 ユミルたちの部屋
サシャ「……」
クリスタ「……」ジーッ...
サシャ「……あの、クリスタ? 寝ないんですか?」
クリスタ「寝るよ」
サシャ「いつ寝るんです? さっきからずっとそこに座ってますけど」
クリスタ「サシャが寝たら寝るよ」
サシャ「……そうですか」
サシャ(ずっと見られてたら逆に眠れないんですけど……)モゾモゾ...
クリスタ(今日の朝もついさっきも、サシャのそばにいてあげられなかったんだもの。せめて今だけでも、いっしょにいて、あげなきゃ……)ウトウト...
クリスタ「……………………」
サシャ「……クリスタ? 眠いんですか?」
クリスタ「ふぁっ!? ねっ、眠くないよ! 大丈夫だから!」ブンブン
サシャ「本当ですか? 私が寝た後、ちゃんと一人でベッドに戻れます?
クリスタ「戻れるよ! 大丈夫!」グッ
サシャ「……」
クリスタ「……だいじょぶだもん」ウツラウツラ...
サシャ「…………そうですか」
サシャ(どう見てもこのまま寝ちゃいそうですよね……かといって、私が説得しても素直に寝てくれそうにないですし……)ウーン...
サシャ「……わかりました。ならせめて、クリスタも布団に入って横になってくださいよ。もし座ったまま寝ちゃったら風邪引いちゃうでしょうし」
クリスタ「私、今まで一度も風邪引いたことないからへいっ……へい、平気………………へくちっ」プルッ
サシャ「ああもう、言った側からくしゃみしてるじゃないですか……ええと、毛布毛布っと」バサッ
クリスタ「ううっ……ありがと、サシャ…… ……でもね、布団に入ったらサシャが起きてるのか寝てるのかわからなくなっちゃうんじゃない? その確認はどうすればいいの?」
サシャ「……ぐーぐー。すやすやー」
クリスタ「むむっ……馬鹿にしないでよサシャ、そんなのじゃ私は騙されないからね! ……あっ、そうだ! だったら二人で一緒に寝るのはどう? これなら布団の中だし横になってるし、サシャの顔もばっちり見えるよ!」ポンッ
サシャ「いやいや、それが一番駄目ですって。勝手にクリスタと二人きりで寝たらユミルに怒られちゃいますよ」ブンブン
クリスタ「うーん、これも駄目かぁ……じゃあ、ユミルも一緒に寝るならどうかな? 私とサシャの二人でユミルのお布団に入っちゃうの」
サシャ「それならまあ、二人きりで寝てるわけじゃないのでいいと思いますけど……三人で寝たら狭くないですかね」
クリスタ「平気だよ、私ちっちゃいからあんまりスペース取らないもの。――そうと決まったらサシャ、こっちおいでよ! 壁側と柵側のどっちがいい?」ポフポフ
サシャ「クリスタ、ユミルのお布団に入るの早いですね……じゃあ、すぐ逃げられるように柵のほうで。――失礼しまーす……」ゴソゴソ...
ユミル「……zzz」グーグー
サシャ「……ユミル、あれから結局一度も起きてないんですか?」ヒソヒソ...
クリスタ「うん、何度も揺すったんだけど全然なの。……卒業試験も始まったし、ユミルも緊張してたんじゃないかな。それで今までの疲れがどっと出ちゃったんだよ、きっと」ヒソヒソ...
サシャ「じゃあ、明日の朝起きたらびっくりするでしょうね。いつの間にかベッドで寝てて、両脇に私たちがいるんですから」
クリスタ「そうだね、そう考えるとちょっと起きるのが楽しみかも。……ねえサシャ、そっちの寝心地はどう? 狭くない? ちゃんと寝られそう?」
サシャ「大丈夫ですよ。クリスタにもちゃんと寝てもらわなくちゃいけませんからね、無理にでも寝ます。――それに、明日の試験でライナーに私の実力を思い知らせてやらないといけませんからね! しっかり身体を休めないと……!」メラメラ...
クリスタ「……ふふっ、気合い入ってるね」クスッ
サシャ「今日一日かけてやっと思い出したんです。……一人でずっと皮の剥き方を悩んでるよりも、何も考えないでかぶりつくほうが向いてるんですよ、私」
クリスタ「……? りんごの食べ方の話?」
サシャ「違いますよ! ……目の前に好きなものがぶら下げてあるのに、じっと我慢なんかしてられないって話です」
クリスタ「……うん、そうだね。そっちのほうがサシャらしいって私も思うよ」
サシャ「でしょう? ――それが私の持ち味ですからね! 明日の試験でライナーにも思い出させてやりますよ!」
おわり
終わりです。読んでくださった方、途中レスしてくださった方ありがとうございました
ぶっちゃけ途中のレスで何度も励まされました 本当にありがとうございます
というわけで仲直りしたついでにくっついた話でした
ギスギスした話&ギスギスしたモブがえらく書きにくくてとんでもなく時間がかかってしまいました お待たせしまくって本当にすみません
次回からやっとデレデレしてるライナーが書けるぞ!よっしゃ!
続けてお誕生日SSを貼ってから、次スレ云々のことを書き込みたいと思います
―― 7月26日 とある休日 午後 調理場
サシャ「よいしょっと……」ザクザクッ
サシャ(調理場の使用申請、私の他にもう一人出してたはずなんですが……)チラッ
サシャ(誰も来る気配がないですねー……石窯の中身、焦げちゃわなきゃいいんですけど)
サシャ(勝手に開けて怒られるのはもう嫌ですし……まあ、私は自分の作業に集中しますか)
サシャ「……」
サシャ「……」
サシャ「……はっぴばーすでーわーたしー♪ はっぴばーすでーわーたしー♪」ニュルニュル
サシャ「はっぴばーすでーでぃーあわーたしー♪」ペタペタ...
サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」
ライナー「……何を歌ってんだお前は」
サシャ「あっ、ライナーじゃないですか。こんにちは!」
ライナー「おう。……で、今の珍妙な歌はなんだ」
サシャ「お誕生日を祝う歌です! 知らないんですか?」
ライナー「いや、それは知ってる。知ってるんだが……お前、今なんて歌ってた?」
サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」
ライナー「それだ。……そういう歌って、普通は誰かに歌ってもらうもんじゃねえのか?」
サシャ「そうですね、普通そうだと思います」
ライナー「……お前まさか歌ってもらう友だちすら失ったのか……!?」
サシャ「違いますよ! これ作ってたのでテンション上がっちゃって」スッ
ライナー「……? ケーキ?」
サシャ「はい、バースデーケーキです!」
ライナー「……お前まさか自分で自分のバースデーケーキ作ってんのか……!?」
サシャ「そうですけど?」
ライナー「…………」
サシャ「おっと、早くしないと生クリームが溶けちゃいますね……えーっと……」ニュルニュル
ライナー「……ところで、そっちの石窯はお前が使ってんのか?」
サシャ「いえ? 私がここに来た時には、もう火が入ってましたけど……」
ライナー「そうか。……因みに中は見たか?」
サシャ「見てませんよ? ――実はこの前、アニがシューの皮を焼いてる時に途中で開けちゃってめちゃくちゃ怒られたんですよねー……スネの青あざ見ます? まだ押すとちょっと痛いんですが」ペロン
ライナー「!! こら、スカートをめくるな!! しまえ!!」グイッ
サシャ「え? だって青あざ」
ライナー「いらん!! そんなもん見せんでいい!!」プイッ
サシャ「はいはい、わかりましたよぅ……もう、怒鳴らなくてもいいじゃないですか……」ムー...
ライナー「男にほいほい肌を見せる奴が悪い。……ったく」ブツブツ...
ライナー「……」
サシャ「……」ペタペタ...
ライナー「……なあ」
サシャ「はいはい、なんですかー」ニュルニュル
ライナー「さっき営庭でな、ベルトルトが鶏に追っかけられてたぞ」
サシャ「はぁ、ベルトルトが鶏に……はい? なんでです?」
ライナー「さあな。あいつのことだし、これから焼き鳥でもするんじゃないか?」
サシャ「へえー、そうなんですかー……ふーん…………」ペタペタ...
ライナー「……」
サシャ「……私、ちょっと出かけてきますね。すぐ戻ってきますから」スタスタ...
ライナー「おう、行ってこい行ってこい」
ライナー「……」
ライナー(……よし、行ったか)スタスタ...
ライナー「……」バコッ
ライナー「……」ジーッ...
ライナー(おお……! いい焼き色に仕上がってるじゃないか。成功だ!)
ライナー(調理場にサシャがいるのを見た時はひやっとしたが、どうやら本当に石窯の中は見なかったらしいな。よかったよかった)ホッ
ライナー(それにしても、意外とクッキーって作るの簡単なんだな。……なんだ、菓子作りもなかなか楽しいじゃないか)フフン
ライナー(あとは粗熱を取るんだったか……ええと、持ってきた紙箱に移して……)ガサゴソ...
ライナー「……」
ライナー(……なんだか柔らかそうだな。大丈夫なのか? これ)ジーッ...
ライナー「……」
ライナー(……もう二、三分焼くか)バタン
サシャ「ベルトルトいませんでしたよ、ライナー」スタスタ...
ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」
サシャ「もう、こっちは忙しいんですよー? ……えーっと、飾り飾りっと」ゴソゴソ...
ライナー「……で、なんで自分でバースデーケーキ作ってんだ? ミカサやクリスタは焼いてくれなかったのか?」
サシャ「もちろん焼いてくれましたよ? でも、このケーキだけは別なんです」
ライナー「別?」
サシャ「このケーキ、私がちっちゃい時にお母さんが作ってくれたケーキなんですよ。訓練所に入る前までは毎年食べてたので、これがないと誕生日って気がしなくって」
ライナー「……思い出の味ってやつか」
サシャ「あはは、そんな大層なものでもないですよ。……よーし、できたー!」ジャーン!!
ライナー「どれどれ……ほう、上に乗ってるのは桃か? それ」ジーッ...
サシャ「よくわかりましたね、正解です! 夏は苺が手に入らないので、代わりに桃を使ってるんですよ。――えーっと、フォークフォーク……」スタスタ...
ライナー「一人で食うのか? それ全部」
サシャ「そうですよ? ……あ、フォークあった」ガチャガチャ
ライナー「ちょっとくれ」
サシャ「嫌です。あげません」プイ
ライナー「……くれよ」
サシャ「駄目です。ブラウス家の一族は、誕生日に一人でホールケーキ一個を食べないと年を取ったとは認められないんです」
ライナー「太るぞ」
サシャ「聞こえませーん」プイ
ライナー「…………」
サシャ「むふふふふー……それではっ! いっただっきまー」
ライナー「おい見ろサシャ。ジャンが猪を引っ張ってきたぞ」
サシャ「…………えっ、猪? 猪って今言いました?」ガタッ
ライナー「ああ、あっちのほうに走っていった。間違いない」
サシャ「なんですって……!? ちょっと分けてもらえるように交渉してきます!」ダッ
ライナー「おう、がんばれよー」
ライナー「…………」
ライナー「……」チラリ
ライナー(くっ……! 俺は甘党じゃないんだ、誘惑なんかされねえぞ……! 今はこっちが優先だ!)バコッ
ライナー(……あんまり色変わってねえな。しかしアニから教えてもらったレシピだと、焼き時間はこれで充分なはずなんだが……)ガサガサ
ライナー(半分だけ出して、残りはもう少し焼くか。よっと……)ザララッ
ライナー(これでよし。こっちは一旦閉めてっと……)バタンッ
ライナー「……」ジーッ...
ライナー(……やっぱり少し生っぽいな。本当に大丈夫か?)
ライナー(途中で何か間違えたんだろうか……分量は合ってるはずだよな。……温度が低すぎたのか? それとも混ぜ方に問題が……)ウーン...
ライナー「……」
ライナー(……駄目だ、わからん)ハァ
サシャ「ジャンいませんでしたよ、ライナー」スタスタ...
ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」
サシャ「まあ誰にでも間違いはありますよね。仕方がないです。――それじゃあいっただっきまーす!」パクパク
ライナー「……ところでサシャ、ちょっとこれを見てくれないか?」スッ
サシャ「ふぁい? ……んん? クッキーのレシピ?」
ライナー「実はな、最近ベルトルトがクッキー作りにハマってるんだが、そこの五番の――」
サシャ「石窯で焼くところですか?」
ライナー「ああ。――そこに書いてある時間通りに焼いてるはずなのに、うまい具合に焼き色がつかなくてベルトルトが困ってるんだ。生地も少し柔らかいし……」
サシャ「焼き色は気にしなくていいと思いますよ。むしろクッキーは半生状態で石窯から出すのが正解です」
ライナー「……なんだと?」ピクッ
サシャ「熱を取って乾燥させれば充分サクサクになりますからね。どうしても焼き色を付けたいなら焼いてもいいですけど、時間が経っちゃうとバッキバキになっちゃいますよ? まあ、私はそういうバッキバキなのも好きなので、わざときつね色になるまで焼いたりもしますが」パクパク
ライナー「……そうか」
サシャ「後はそうですねえ……焼き色を付けたいなら、焼く直前に表面に卵を塗ったらいいと思います。パイ生地に塗った時なんかはですね、これがもうとても素晴らしい輝きがパイから溢れて」
ライナー「……もう少し早く言ってくれよ……」ボソッ
サシャ「はい? 何か言いました?」
ライナー「なんでもない。……おい見ろサシャ。コニーが熊を狩ってきてるぞ」
サシャ「はぁそうですか、コニーが熊を……くっ、熊ぁ!? 熊なら私も少しはおこぼれもらえるはずです解体手伝ってきます!」ガタッ ダダダッ
ライナー「おう、がんばれよー」
ライナー「……………………」
ライナー「……」ダダダッ バコッ
ライナー「ぐっ……! くそ、遅かったか!」
ライナー(いや、慌てるのはまだ早い! 一枚だけ味見を――)パクッ
ライナー「……」
ライナー「…………かってぇ………………」ゴリッ...
ライナー(ああ、失敗か……しかもきつね色を通り越して黒くなりかけてんじゃねえか……)シュン
ライナー(素直にアニのレシピに従ってりゃあよかったなぁ……取り敢えず、サシャが戻ってくる前に紙箱に移すか……)ザララッ
ライナー「……」チラッ
ライナー(……どうせだから、さっき焼きあがったのも食ってみるか)パクッ
ライナー「……」サクサク
ライナー(……あ、うまい)ホッコリ
サシャ「コニーいませんでしたよー、ライナー」スタスタ...
ライナー「……ああ、残念だったな」
サシャ「みなさん逃げ足早すぎですよ……もう、少しくらい分けてくれたっていいのにぃ」ブーブー
ライナー「……」
サシャ「……? あの、私がいない間に何かありました? 元気ないみたいですけど……」
ライナー「いや……お菓子作りって、奥が深いよな」
サシャ「そうですねぇ、だからこそ楽しいとも言えるんですけど――」
ライナー「……」ハァ
サシャ「……」
サシャ「……えっと、ひとくち食べます? ケーキ」
ライナー「もらう」ズイ
―― その日の晩 とある倉庫
ライナー「……というわけで、だ。――改めて、誕生日おめでとう。サシャ」
サシャ「ありがとうございます! ……えへへ、なんだか恥ずかしいですね。こういうの」テレテレ
ライナー「年が追いつかれちまったな。まあ、一週間後にまた追い抜いちまうが」
サシャ「でも、今日から六日間は同い年ですよ! 同い年!」ピョン
ライナー「ああ、そうなるのか。……けどなぁ、同い年だからって何かが変わるわけでもないと思うんだが」ウーン...
サシャ「試しに何か変えてみますか? ……とは言っても、何をどうすればいいのかは思いつきませんけど」
ライナー「やめとけやめとけ。別に無理にやる必要もないだろ」
サシャ「えー……せっかく同い年になったのにつまんないです」ムー...
ライナー「まあまだ6日もあるんだし、その辺りは自分で考えとけよ。……それよりほら、これやるよ。誕生日プレゼントだ」スッ
サシャ「わぁっ……! やったぁ、ありがとうございます! ――これって今開けてもいいんですか?」ワクワク
ライナー「えっ」
サシャ「……? 駄目なんですか?」
ライナー「い、いや……それは、その…………」モゴモゴ
サシャ「……??」
ライナー「……………………いいぞ。開けても。ここで」
サシャ「はぁ、そうですか。――ではではっ、お言葉に甘えて……」ガサゴソ...
ライナー「……」ドキドキ チラッチラッ
ライナー(落ち着け、ライナー・ブラウン……何を聞かれても店売りで通すんだ。――絶対に、何としてもだ)キリッ
サシャ「わぁ……! これ、クッキーですか? おいしそうですねぇ……!」キラキラ...
ライナー「お前はこういうもののほうがいいと思ってな。クッキーなら食えるだろ?」
サシャ「はい、肉やお菓子ならなんでも……っていうか、食べ物じゃないもの以外は基本的に食べますよ?」
ライナー「食べ物じゃないものってなんだよ」
サシャ「机は食べられないじゃないですか。まあ木の皮なら食べますが」
ライナー「……木の皮って食えるのか……?」
サシャ「下処理が必要ですけど食べられますよ? ……ところでこれ、どこのお店で買ってきたんですか? 見かけたことない形ですが」ジーッ...
ライナー「いや、それは…………その、店で買ってきたんだ」モゴモゴ
サシャ「……? あの……そうじゃなくて、どこのお店で買ってきたのかって聞いたんですけど」
ライナー「……店は秘密だ」
サシャ「えー……」ムー...
ライナー「因みに何の形に見える?」
サシャ「これですか? ――馬と熊でしょう? むふふ、かわいいですよねぇ」ニマニマ
ライナー「……牛と豚だ」
サシャ「えっ、そうなんですか? ……不思議な形ですねぇ」ジーッ...
ライナー「うん……まあ、……そうだな。不思議だよな」
サシャ「? ?? ――えっと……じゃあこれ、大事に食べますね。ありがとうございました!」ゴソゴソ
ライナー「……おい。食わねえのか?」
サシャ「え? だって前は夜にお菓子食べるなって言ったじゃないですか」
ライナー「言ってない」ブンブン
サシャ「ええー……? 言いましたよ、間違いないです! ホワイトデーのこと覚えてないんですか?」
ライナー「いや、覚えてるが……今日は誕生日だからな。特別に見逃してやってもいいぞ」ソワソワ...
サシャ「……後から怒ったりしません?」ムー...
ライナー「しないしない」ブンブン
サシャ「じゃあ、遠慮なく食べちゃいますかね……それじゃあ、いっただっきまーす!」パクッ
ライナー「……」ドキドキ
サシャ「……」モグモグ
ライナー「……うまいか?」
サシャ「はい、おいしいです!」ニコッ
ライナー「……そうか」ホッ
サシャ「流石に全部は無理なので、残りは明日食べますね。―― じゃあ一週間後、楽しみにしててくださいね? ちゃんと調理場の許可は取ってあるので!」
ライナー「ほう、準備がいいな。……何を作るかは決まってるのか?」
サシャ「それがまだなんですよねー……薄ぼんやりとイメージはあるんですけど。何かリクエストとかあります?」
ライナー「リクエストか……なんでもいいのか?」
サシャ「難しい物じゃなければ大抵作れますよ。ちゃんと材料用にお金も貯めてあるので、高めのものでも大丈夫です!」エッヘン
ライナー「それなら、そうだな……」ウーン...
ライナー(……待てよ。「決まってない」って言っても、流石にもう主食は決まってるんじゃないか? 材料の調達の問題もあるし、余計なことは言わないほうがいいよな)
ライナー(昼間にもらったケーキは少し気になると言えば気になるんだが……あれは既に一口もらってるし、もう一度作ってもらうのも気が引けるし……)
ライナー(別のものと言われても、そもそも料理には詳しくねえし……ああ、サシャが焼くクッキーも食ってみたい気がするな。いっそクッキーを頼むのも……いやいや、そんなこと頼んだらクッキーが手作りだってこともバレかねない。クッキーは駄目だ)ブンブン
ライナー「……………………………………」
サシャ(めちゃくちゃ悩んでますね……やっぱり当日まで内緒にしておいたほうがよかったんでしょうか。でも、何か食べたいものがあるならそっちのほうがいいと思いますし……)チラッ
ライナー「……」
サシャ「……あの、決められないなら無理しなくていいですよ。私の方で考えますから」
ライナー「……すまん。そうしてくれ。特に思いつかねえ……」ハァ
サシャ「わかりました、お任せください! ――ところで、昼間のベルトルトの話に戻るんですけど」
ライナー「ベルトルト? ……に、鶏は食用じゃないからお前にやれないって言ってたぞ。残念だったな」オロオロ
サシャ「違いますよ、そっちの話じゃないです。――確か昼間に、ベルトルトがクッキーの焼き方で悩んでるって言ってましたよね? もしベルトルトがよかったら、今度調理場使うときに焼き方のアドバイスをしてあげようと思ったんですけど……」
ライナー「お前が? ……ベルトルトに付きっきりで?」
サシャ「いえ、私も調理しなくちゃいけないので付きっきりは無理ですけど」ブンブン
ライナー「……因みに、今度調理場を使う日って」
サシャ「ライナーのお誕生日です」
ライナー「…………」
ライナー「……よしわかった。ベルトルトの代わりに俺がお前から習うことにしよう。これで問題ねえよな?」
サシャ「何言ってるんですか駄目ですよ。焼き加減の問題なんですから、ベルトルト本人が直接聞かなくちゃ意味がないです。それにライナーは当日調理場に出入り禁止ですからね」
ライナー「なっ……! なんだと、そんなの初耳だぞ!?」ガーン!!
サシャ「だって今はじめて言いましたもん。――当日のお昼まで私が何を作るかは秘密です。覗きに来ちゃ駄目ですからね」
ライナー「……今からリクエストしたら」
サシャ「しても駄目です」
ライナー「何を作ってるかわかった上で覗きに来てるんだからいいだろ。何も問題ないはずだ!」
サシャ「そのリクエストされたものの他に色々作るから駄目です」
ライナー「…………」
サシャ「というわけで、ベルトルトに話しておいてくださいね。なんなら私から直接話しても」
ライナー「そういえばベルトルトはもうクッキー作りをやめたらしいぞ。特に石窯は金輪際見たくないそうだ」
サシャ「へっ? そうなんですか? ……あっ! もしかしてライナーが即興で作った嘘だってことは」ジトッ
ライナー「石窯を見ると目が焼けるらしい」
サシャ「ひぇっ……そ、それは無理強いできないですね。確かめようにもリスクが高すぎますし……わかりました、ベルトルトに教えるのは止めにします」シュン...
ライナー「……」ホッ
サシャ「でも、なんでベルトルトは急にクッキー作りやめちゃったんですか? 慣れれば結構簡単なのに……」ムー...
ライナー「さあな。俺にもわからん」プイッ
サシャ「……なんだか怪しいですね。ここは本人に直接確かめたほうが」
ライナー「菓子の名前を聞くと鼓膜が破れるらしい」
サシャ「……聞けないですね」
ライナー「ああ。聞かないほうがいいぞ」
―― 深夜 男子寮 エレンたちの部屋
「……」モダモダ ギシッギシッ
ベルトルト「……」
「……」ゴロンゴロン ギシギシッ
ベルトルト「……」ムクリ
「……」ジタバタジタバタ ギシッギシッギシッギシッ
ベルトルト「……あのさぁライナー、上の段で身体を揺すられると下に響いて迷惑なんだよね。静かにしてくれる?」ヒソヒソ
ライナー「……すまん、ベルトルト。どうも眠れなくてな……」モゾモゾ...
ベルトルト「まあ、今日は身体もあまり動かさなかったからね。気持ちはわかるけど……落ち着かないなら腹筋でもしてくれば? 外で」
ライナー「馬鹿言うな、今の時間に外に出たら教官にとっ捕まるだろ。――そうだベルトルト、お前にもこれをやろう」ゴソゴソ ポイッ
ベルトルト「……? なにこれ、クッキー?」
ライナー「ああ。余ったからお前にもやるよ。――因みにそれ、何の形に見える?」
ベルトルト「うーん、そうだな……馬と熊、かな」
ライナー「……牛と豚だ」
ベルトルト「は? どの辺が?」
ライナー「……もういい」クスン
ベルトルト「そういえばこれ、サシャにもあげたんだっけ? ――思春期男子の手作りお菓子ってなかなか高度な贈り物だよね。何か言われなかったの?」
ライナー「…………う、うまいって」テレテレ
ベルトルト「ふうん、よかったね。他には?」
ライナー「……」モジモジ ギシギシ
ベルトルト「そういうのいいから早く」
ライナー「……一週間後、なにか作ってくれるらしい」
ベルトルト「へえ、よかったね」
ライナー「……ああ。楽しみだ」ソワソワ ギシッギシッ
ベルトルト「楽しみなのはわかったけど、それ一週間も続けるの?」
ライナー「いや、そんなつもりはないんだが……なんだか気が急いちまって」
ベルトルト「一週間前からそんな調子でどうするんだ……? ――もういい加減寝なよ。うるさいから」
ライナー「そうだな、そうするか…… ……じゃあおやすみ、ベルトルト」モゾモゾ...
ベルトルト「はいはい。おやすみライナー」モゾモゾ...
ベルトルト「……」
―― ギシギシ... ギシッ...ギシ...ッ
ベルトルト(……ベッドの底が抜けるのと一週間経つの、どっちが早いのかな)
―― 8月1日 一週間後 とある休日 男子寮 エレンたちの部屋
ベルトルト「……本当なの? 今の話」
ライナー「ああ。――全て事実だ」
ベルトルト「気のせい……じゃ、ないんだよね……?」
ライナー「そう……だな。そうだと、よかったんだがな……」
ベルトルト「正直、信じられないよ……まさかこんなことが起きるなんて、思ってもみなかった……」
ライナー「お前がそう思うのも無理はない。……俺もまだ、受け入れきれないでいる。自分のことなのにな」
ベルトルト「君から直接聞いて、こうして目にしている今でも……嘘であってほしいと思ってる」
ライナー「……」
ベルトルト「なんで君、誕生日に熱出してるの……?」
ライナー「……すまん」ショボン...
ベルトルト「熱っぽいのと頭が痛いのと……身体が少しだるいんだっけ? 喉は痛くない? 口開けて見せて」
ライナー「……」パカッ
ベルトルト「……うん、腫れてはないみたいだね。声も普通に出てるし……炎症がないってことは風邪じゃないよね。知恵熱の一種かな、たぶん」
ライナー「ああ、俺も風邪じゃないとは思う。……しかし、いったいなんで急に熱なんか出たんだろうな。訳がわからん」ウーン...
ベルトルト「…………」
ライナー「なんだその目は。言いたいことがあるならちゃんと言え」
ベルトルト「いや、知っててとぼけてるならまだいいけど、本気で言ってるならちょっと……ねえ、本当にわからない? 心当たりあるだろ?」
ライナー「ない」キリッ
ベルトルト「今日は何の日?」
ライナー「……俺の誕生日だ」モジモジ
ベルトルト「そうだね、おめでとう。……で、今日の昼に何の約束してるんだっけ?」ハァ
ライナー「……///」テレッ
ベルトルト「顔真っ赤だよ」
ライナー「熱のせいだな」
ベルトルト「明らかにそれ以外の原因だろ……? ――ええっと、今日はサシャがお昼ごはん作ってくれるんだよね? その約束っていつしたんだっけ?」
ライナー「一週間前だな。細かい日時を決めたのは三日前だが」
ベルトルト「その日から今日までの平均睡眠時間は?」
ライナー「……」
ベルトルト「ライナー?」
ライナー「……八時間くらいだ」
ベルトルト「違うね。かなり甘めに見積もっても二時間くらいだ」
ライナー「……」
ベルトルト「僕さぁ、毎日のように君に寝ろって言ったよね? なんで言うこと聞けないの?」イライラ...
ライナー「んなこと言われたって仕方がねえだろ。楽しみだったんだからよ……」イジイジ...
ベルトルト「楽しみって……もう子どもじゃないんだからさ、寝る時間くらいコントロールできるようになろうよ……僕らは今、兵士なんだから」
ライナー「何言ってんだ。今の俺は戦士だぞ」キリッ
ベルトルト「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……ええっと、とにかく生活そのものがルーズっていうか、自分の体調管理もできないような年でもないだろってことだよ」
ライナー「……返す言葉がないな」シュン...
ベルトルト「ああ、存分に反省してくれ。……それで、サシャとの約束はどうするの? なんなら僕から行かないって言っておくけど」
ライナー「いや、言わなくていい。ちゃんと自分で行く」ブンブン
ベルトルト「その体調で? ……いくら君でも、その有り様じゃ食堂のある兵舎まで辿りつけないと思うけどなぁ」
ライナー「なら、昼前までに体調を元に戻す。――絶対に、何としてもだ……!」キリッ
ベルトルト「はいはい頑張ってね。……じゃあ僕、そろそろ行くから」スクッ
ライナー「ん? 出かけるのか?」
ベルトルト「教官のおつかいでね。ちょっと街まで行ってくるよ。……念のために聞くけど、一人で大丈夫だよね?」
ライナー「何言ってんだ、ガキじゃねえんだし平気に決まってるだろ? ……そうだベルトルト、もしよかったらシャツ貸してくれないか?」
ベルトルト「シャツ? ないの?」
ライナー「昨日まとめて洗う予定だったんだが、頭が割れるように痛くてできなかったんだ」
ベルトルト「その時点で医務室に行ってよ……勝手に使っていいよ。どうせサイズ同じだし」
ライナー「おう、ありがとな。……気をつけて行ってこいよ」フリフリ
ベルトルト「どういたしまして。約束の時間まではゆっくり身体休めてね。……行ってきます」ガチャッ バタンッ
―― 数時間後 昼前 男子寮 エレンたちの部屋
ライナー「……」パチッ
ライナー(あっちぃ……今は何時だ? まだ昼は過ぎてないよな……)ムクリ
ライナー「……」ピトッ
ライナー「……」
ライナー「熱は……よし! あるな!」ニッ
ライナー「……」
ライナー(あああああ……少しも下がってねえじゃねえかぁ……!)ズーン...
ライナー(普通に考えれば、数時間寝ただけで治るわけねえよな……くそっ、頭いてぇ……)ガンガンガンガン...
ライナー(なんでベルトルトは指摘してくれなかったんだ? 無理なら無理って言ってくれればよかったのに……あいつ、最近薄情だよなぁ……俺はそんな子に育てた覚えはないぞ、ちくしょう……)イジイジ...
ライナー(身体もさっきよりだるいし……この状態じゃ食堂には行けねえな……)
ライナー(というわけで、すまんサシャ。俺は寝るぞ……)ゴロン
ライナー「……」
ライナー(……待てよ? 俺が約束をすっぽかしたら、サシャはどうなるんだ?)
ライナー(ベルトルトに伝言を頼まなかったから、俺が寝込んでるってことは……きっと知らねえよな……)
ライナー(あいつのことだから、俺が行くまで馬鹿正直に待ってるんじゃないか? 妙に気張ったメシをテーブルいっぱいに並べて、周りがメシ食ってるのにひたすら我慢して……)モンモン...
ライナー「……」
ライナー(寝てる場合じゃない。……行かねえと)ムクリ
ライナー「うーん……」ゴソゴソ...
ライナー(着れるような服は……訓練服だけか。中に着るシャツはベルトルトのものを借りるとして……)
ライナー(この汗まみれの身体で行くわけにはいかないよな。身体は拭いていくか。タオルタオル……)ゴソゴソ...
ライナー(しかし、洗濯カゴが大変なことになってるな。こりゃ同室の奴以外には見せらんねえぞ……)
\コンコンコンッ/
ライナー「……?」
ライナー(ノック……? 今は食事の時間だよな? 誰が来たんだ……?)
\コンコンコンッ/
ライナー(コニーやジャンがノックするわけねえし……ということは、マルコか?)
ライナー(まあ、風邪を引いてるわけじゃねえんだし……中に入れても平気だよな。たぶん)
ライナー「入っていいぞー」ゴソゴソ...
「はーい。……よいしょっと」ガチャッ ギィッ...
「ライナー、お昼持ってきたんですけど……って、何してるんですか?」
ライナー「タオル探してるんだ。汗を拭こうと思ってな」
「ふむふむ、汗を……確かにびっしょりですね。シャツが肌に貼り付いちゃってますよ? ――ところで、動きまわってるってことは熱が下がったんですか? ベルトルトは結構重症だって言ってましたけど……」
ライナー「ああ、朝ほどじゃないが額がまだ熱かったな……。だが風邪じゃないから、明日の訓練には間に合うとは思うんだが……そういや腹減ったなぁ、楽しみだなぁ……」ゴソゴソ...
「受け答えがちょっと支離滅裂でとても心配なんですけど……風邪じゃないならよかったですね! 夏風邪はしつこい上にお腹に来ますから、私にとっては地獄そのものです!」
ライナー「確かに、メシを食えなくなるのはキツいよな。……その食事はたぶん後で食べるから、机の上に置いといてくれ。今は急いでるから食ってる暇がない」
「はぁ、わかりました。……ところで、ライナーの机ってどれですか?」
ライナー「どこって……エレンの隣だよ。お前も知ってるだろ?」クルッ
サシャ「どれですかねー?」ウロウロ
ライナー「」
サシャ「うーん……エレンの机はすぐにわかりましたけど、他の三人の机は見分けがつかないですね……右でいいですか? っていうか席替えしました?」コトッ
ライナー「……」
サシャ「もーしもーし」フリフリ
ライナー「……」ムニッ
サシャ「むぁっ!? ……な、何するんですか! 人のほっぺたで遊ばないでください!」ペチンッ
ライナー「……痛い」
サシャ「へっ? ……ああああ、すみませんすみません、そんな強く叩いたつもりはないんですけど」オロオロ...
ライナー「……」
ライナー(本物……なんだよな? だが、なんでサシャが男子寮に……)
\コンコンコンコンッ/
『ブラウン? 起きているのか?』
ライナー(なっ……! 教官、だと……!? 何故俺のところに……!?)
ライナー(いや……教官はともかく、サシャがここにいるのはまずくないか!? 女子が男子寮にいるだけでおかしいってのに、部屋に連れ込んでるのがバレたら……いや俺が連れ込んだわけじゃねえけども!!)チラッ
サシャ「ライナー、返事しなくていいんですか?」
ライナー「ねっ……寝てます!! ぐっすりです!!」
サシャ「起きてるじゃないですか」
『……開けるが構わんな?』
ライナー「ちょっ……! ま、待ってください!」アタフタアタフタ
ライナー(とにかく、サシャをどこかに隠さねえと……! って言っても、隠せる場所なんかどこにも……)キョロキョロ...
ライナー(ええい面倒だ、ここでいいだろ!!)ガシッ ポイッ
サシャ「ぎゃっ!? ら、ライナー? 私は別に寝に来たわけじゃ……」ポスッ
ライナー「いいか? 絶対に動くなよ!」バサッ
サシャ「えっ? いえ、あのですね、私は教官に…… ……むぁっ!?」
ライナー(毛布一枚だけじゃ不安だ、他にも適当に上にかけて……!)バサバサバサバサ
サシャ「~~~~!? ~~~~~~~~!!」ジタバタジタバタ
ライナー「こら、暴れるな! おとなしく……」
\ガチャッ/
ライナー「!!」バサッ グググッ
サシャ「んぎゅっ!?」ベチョッ
キース「入るぞ。――調子はどうだ、ブラウン」
ライナー「はっ! ええと……調子……調子ですか? 俺の調子は、よ、よくないです」グラグラ...
キース「……そのようだな」
ライナー「ええ、まあ……そうですね」チラチラ...
ライナー(……よし、うまい具合に全身隠れたみたいだな。――だが、あんな雑な隠し方じゃすぐバレるだろうし、教官には早く帰ってもらわねえと……ああくそっ、動きすぎて頭が回らん……)グルングルン...
キース「ところでブラウスはどうした。見当たらないが」
ライナー「はぁ、ブラウスですか……ブラウスは…… ……は? ブラウス?」
キース「サシャ・ブラウス訓練兵だ。来ていないのか?」キョロキョロ...
ライナー「……」
キース「奴には食事を持って行くように頼んだのだが……ん? なんだ、食事はあるじゃないか」
ライナー「……」
キース「ブラウスはもう帰ったのか?」
ライナー「……帰りました」
キース「そうか。ならばいい」
ライナー「……教官、一つよろしいでしょうか」
キース「なんだ?」
ライナー「何故ブラウス訓練兵に食事を運ぶように命令したんですか? ここは男子寮ですし、他の男子訓練兵でもよかったのでは……」
キース「調理場で暇そうにしている奴がブラウスしかいなかったからだ」
ライナー「……なるほど。納得しました」
キース「体調管理も兵士の仕事のうちだ。……今日が休日でよかったな。明日の訓練までに必ず治しておけ」ガチャッ バタンッ
ライナー「……」
ライナー「……」バサッ
サシャ「いたたた……もう、いきなり突き飛ばすから背中打っちゃったじゃないですか……」サスサス...
ライナー「すまなかった。……そっちの事情を先に聞けばよかったな」
サシャ「本当そうですよ……またキース教官が来たら、もう一回隠れなきゃいけなくなっちゃいましたよ」ムー...
ライナー「……悪い」シュン...
サシャ「あ、いえ、責めるつもりじゃなくてですね……」オロオロ...
サシャ(なんだか、いつもより元気がなくて接しづらいですね……加減が難しいです)
ライナー(そうか、教官とサシャにちゃんと伝えてくれたのか……なんだ、ベルトルトもなかなかやるじゃないか。見直したぞ)フフン
ライナー「まあ、その……なんだ。……せっかく来たんだし、ゆっくりしていけよ」ソワソワ...
サシャ「いえ、用事が済んだら帰りますけど」
ライナー「……そうか」シュン
サシャ「……」
サシャ(あうう、やりづらいです……何か、何か話題を……)チラッ
サシャ「ええっと、汗拭こうとしてたんですよね? よかったらお手伝いしましょうか? 背中とか手が届かないでしょうし……」
ライナー「いや、大丈夫だ。お前はくつろいでてくれ」フキフキ...
サシャ「ええー……? 私、ここにくつろぎに来たわけじゃないんですけど……」
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」
サシャ(さっきから、同じところばっかり拭いてますね……)
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」スクッ スタスタ...
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「タオル貸してください。私がやります」
ライナー「いいって。自分でやる」
サシャ「 貸 し て く だ さ い 」
ライナー「……じゃあ、頼む」ポン
サシャ「……」フキフキ...
ライナー「……」
サシャ「はーい、手をあげてー」
ライナー「……」バンザイ
サシャ「よいしょっと……はい、いいですよ。下ろしてくださーい」フキフキ...
ライナー「……」スッ
サシャ「……」フキフキ...
ライナー(小さい子どもになった気分だな……居たたまれねえ……)ソワソワ...
サシャ(ちっちゃい子どもを相手にしてる気分ですね……! 不謹慎ですけど、なんだか楽しいです……!)ワクワク...
サシャ(それにしても、背中すごく熱いですね。こんなに熱いと寝苦しそうです……)ペタッ
ライナー「! ……何してんだお前」
サシャ「いえ、熱がどれくらいあるのかなって思いまして」ペタペタ...
ライナー「……」
ライナー(くすぐってぇ……)ソワソワ...
サシャ「はい、これで上半身は全部拭けましたよ。お疲れ様でした!」
ライナー「……結局全部やってもらっちまったな。すまん」
サシャ「いいですよこれくらい。……ええっとそれで、腰から下は」チラッ
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……じ、自分で拭くからもういいぞ」アセアセ
サシャ「そっ、そうですか、ですよね……」アセアセ
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……いや、お前はあっち向けよ」
サシャ「あ、はいすいません」クルッ
ライナー「……」
ライナー(下は……適当でいいよな。足首だけ取り敢えず拭いて……)フキフキ...
ライナー「終わった。……こっち見ていいぞ」
サシャ「えっ、早くないですか? ちゃんと拭きました?」
ライナー「拭いた」
サシャ「……まあ、それならいいですけど」クルッ
ライナー「……」
サシャ「……上、早く着てくださいよ」
ライナー「えっ? ……あっ、すまん。忘れてた……」ゴソゴソ...
サシャ「……あれ? それベルトルトのシャツですよね。前に見たことあるんですが」
ライナー「替えがなくなっちまったから緊急で借りたんだよ。……それで、昼メシ持ってきたんだって?」
サシャ「そうですそうです! 生姜のスープ作ったんですけど食べられますか?」
ライナー「……お前が作ったのか? わざわざ?」
サシャ「そうですよ? ……まあ、元々お昼作ってあげるって約束でしたからね。訓練所の病人食って味気なくて元気出ませんし、だったら私が作ってもいいかなぁって。――今更ですけど生姜大丈夫ですよね? 食べられます?」
ライナー「ああ、食える。……食えるけど、座っていいか? 流石に疲れた……」ドサッ
サシャ「どうぞどうぞ。そっち持っていきますね」カチャカチャ...
サシャ(作りたて持ってきたんですけど、まだちょっと熱いですね。少し冷まさないと……)フーフー
サシャ「……」
サシャ(あ、あれ……? なんか、自分が食べるつもりでふーふーしちゃいましたけど……)
サシャ(ふーふーは……しないほうがよかったんじゃないでしょうか。あっついほうが好きかどうか、聞くべきだったんじゃ……)チラッ
サシャ「……」
ライナー「……? サシャ?」
サシャ「……あむっ」パクッ
ライナー「あっ」
サシャ「んぐんぐ……」モグモグ
ライナー「……」
サシャ「たまねぎおいしいです!」ニッコリ
ライナー「何しに来たんだお前」
―― 食後
ライナー「……うん、うまかった。ごちそうさん」
サシャ「はい、お粗末さまでした。――じゃあ、器返してきますね」スクッ
ライナー「……」
ライナー(そうか、そうだよな……用事が済んだら、普通は帰るよな……)シュン...
サシャ(うっ……! か、帰りづらい……! そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでくださいよ……!)
サシャ(でも、いつまでもここに居座るわけにもいかないですし、器も返さなくちゃいけませんし……何か、何か戻ってくる口実があれば……)キョロキョロ...
サシャ「あっ、そうだ! ――よかったら私、さっきのタオル洗いましょうか?」ポン
ライナー「タオル……? まあ、洗ってもらえるなら助かるが……」
サシャ「タオルだけじゃなんですし、ついでにお洗濯もしてきてあげますよ! いつまでもベルトルトから借りるわけにはいかないでしょうし…… ……それで、洗濯カゴはどこに――」クルッ
ライナー「――!! み、見るな!!」バッ!!
サシャ「……わぁ」
ライナー「……」
サシャ「もしかして、あのカゴのフチが見えない服の山がそうですか? うわぁー、溜めましたねぇー……」
ライナー「……」
サシャ「ライナー?」
ライナー「……ち、違う。俺のじゃない……」ブンブン
サシャ「でもあそこに突っ込んである緑のシャツ、いつも着てるのですよね」
ライナー「……」
サシャ「ですよね?」
ライナー「……あのなサシャ、いつもはこうじゃないんだ。いつもは……ちゃんと、ああなる前にやっててだな……」ボソボソ...
サシャ「はいはい、わかってますよ」ポンポン
ライナー(ぐっ……! 絶対わかってねえ、誤解されちまってる……!)プルプル...
サシャ(まあ、ライナーの性格的に洗濯物は溜め込まないですよね……それほど具合悪かったってことなんでしょうか)ウーン...
サシャ「じゃあ、外に出るついでにやってきちゃいますね。今からやれば夕方までに乾くはずですから」ヒョイ
ライナー「ああ、頼む……って、ちょっと待て。全部やるのか?」
サシャ「やりますよ? どうせ午後暇ですし」
ライナー「……い、いや、タオルとシャツだけでいいぞ。後は自分で、」
サシャ「いつやるんですか?」
ライナー「明日……は、当番があるから無理だな。明後日は班長会議があるから……ちょっと待て、今確認する……!」ゴソゴソ...
サシャ「……」
ライナー「……」ジーッ...
サシャ「いつですか?」
ライナー「……たぶん、五日後だ」
サシャ「行ってきます」スタスタ...
ライナー「待て待て待て待て待て!!」ガシッ
ライナー「確かに暇ができるのは五日後だが、……ほら、ここ見てみろ! 二日後の朝は馬の世話と朝メシの間に十五分ある、この時間を使えば、」
サシャ「たぶん桶と洗濯板用意してお水汲んだところで時間になっちゃいますね」
ライナー「ぐっ……! な、なら三日後の夜はどうだ。夜は風呂入った後に何も予定がない! 消灯時間まで二時間もある!」
サシャ「洗濯板貸してくれるのって夕方までですよ。あと物干し場は夜ごはん食べた後から基本的に立ち入り禁止です」
ライナー「……風呂でやる」
サシャ「お風呂で洗濯しちゃダメって一番最初に言われたじゃないですか」
ライナー「…………で、でもよ、全部って言ったって……下着もあるんだぞ? いいのか?」
サシャ「何がです?」
ライナー「……………………汚ねえだろ?」
サシャ「汚ないから洗濯するんですよ。何言ってるんですか」
ライナー「…………………………き、気持ち悪くないか? 同期の……男の下着を洗うなんて……」
サシャ「私、故郷でお父さんのパンツ洗ってたので平気ですよ。別に気にしません」
ライナー「……………………」
サシャ「ほら、いいから寝ててくださいってば。いくら風邪じゃないって言っても、ちゃんと身体休ませないと熱が下がりませんよ?」グイッ
ライナー「…………あのな」
サシャ「寝なさい」
ライナー「……はい」シュン...
―― しばらく後 井戸近く
コニー「――でさぁ、弟はクワガタのほうが強いって言うんだけど、俺はやっぱりカブトムシのほうが強いと思うんだよな。名前も長いし身体もでかいし、何よりカブトの文字が含まれてるのがすげぇいいと思わねえか?」
ジャン「クワガタにムシつけりゃクワガタのほうが長くなるぞ。クワガタムシ」
マルコ「大きいってだけで強いと決めつけるのはどうなのかな。小さい身体でも作戦次第でどうにでもなると思うよ」
コニー「ちくしょう、二人してマーティンの味方しやがって! 俺の仲間はいねえのかよ!」
ジャン「誰だよマーティンって」
マルコ「まあまあコニー、そう怒らないで。どうどう」
ジャン「そんなに仲間がほしいならもうちょっと話の合う奴のところに行ってくるんだな。――ほれ、あそこにお前の仲間がいるぞ」
コニー「えっ、本当か!? どこだ、どこにいるんだ!?」キョロキョロ
サシャ「……」ザバーッ...
サシャ(靴下はこれで最後、っと……ええと、次は訓練服ですね。上着上着……)ピラッ
コニー「なんだよ、サシャじゃねえか。っつうか何してんだあいつ」
マルコ「たぶん洗濯じゃないかな。――ほら、今広げてるの訓練服だよね」
コニー「ふーん……休みの日まで洗濯って大変だな」
ジャン「休みの日だからやってんだろ。……にしても量が多いな。ちょっと溜め込みすぎじゃねえか?」
コニー「あれ全部一人で洗ったら手が荒れちまうんじゃねえか? ……よし、俺手伝ってくる!」ダッ
ジャン「へーへー、行って来い行って来い。……おいマルコ、お前はどうすんだ? いい子ちゃんらしく手伝いに行くのか?」
マルコ「……」
ジャン「……? マルコ、どうした?」
マルコ「……あれ、誰の洗濯物なのかな」
ジャン「あぁ? そりゃ自分のじゃねえの?」
マルコ「だよね。ということはさ……」
マルコ「もしかして……下着とかも、入ってるんじゃない……?」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「……誰の?」
マルコ「そりゃあ…………………………ねえ?」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「コニーちょっと待て! 帰って来い!!」ダッ
マルコ「コニー、待つんだ! コニー!」ダッ
サシャ(ふおおおお……! 改めて見るとやっぱり上着大きいですね! 肩幅広いです! これは洗いがいがありますよ!)ワクワク
サシャ「…………」
サシャ(……ポケットにお菓子とか入ってませんかねー)バッサバッサ ゴソゴソ
コニー「よぉサシャ! 洗濯か?」ヒョコッ
サシャ「……? コニー? ――そうですよ、見ての通りです!」ゴッシゴッシ
コニー「俺も手伝おうか? その量だと一人でやるには多いだろ?」
サシャ「わぁっ、いいんですか? 助かります! じゃあコニーはこっちの……」ゴソゴソ...
マルコ「うわああああっ!! コニー駄目!! いくらなんでも友だちだからって見ちゃ駄目だ!!」サッ
コニー「おわっ!? な、なんだ!? 前が見えねえ!!」ジタバタジタバタ
サシャ「えっ、マルコ? なんでコニーの目を押さえて……?」
ジャン「お前もあっさり頼んでんじゃねえよ! もうちょっと慎みを持て!!」ヒョイッ
サシャ「あーっ! ちょっとジャン、何するんですか! 洗濯カゴ返してくださいよ!」ピョンピョン
コニー「!? ジャンとマルコか!? お前らいったい何しに来たんだよ、手伝いに来たわけじゃねえのか!?」
サシャ「そうですよ! ジャンはともかく、マルコまでなんでいじわるするんですか! 酷いですよ!」ピョンピョン
ジャン「おいこら俺はともかくってどういうことだ!!」
マルコ「えっ? 違うよ、僕はいじわるしてるわけじゃ……」オロオロ...
ジャン「大体なんでお前はこんなところで洗濯物洗ってんだよ! 女子の洗い場は別にあるだろ!」
サシャ「あっちは人でいっぱいだったんですよ! 別にいいじゃないですか、こっちに人全然いませんし!」ピョンピョン
ジャン「人がいるいないの問題じゃねえだろ! ……ああもう面倒くせえ、保護者どこ行った!!」
サシャ「ミカサはエレンとアルミンと一緒に遊びに行きました!」
ジャン「そっちじゃねえ、ライナーはどこだって言ってんだよ!」
サシャ「ライナーなら寮で寝てますよ! ぐっすりです!」
ジャン「あぁ!? このクソ面倒くせえ時になんで寝てるんだあいつは!!」
マルコ「……? 待ってサシャ、なんでライナーが寝てるって君が知ってるの? ベルトルトにでも聞いた?」
サシャ「違いますよ! 自分の目でちゃんと見てきたからです!」
マルコ「見てきた……?」
サシャ「さっきまで部屋にいたんですよ! ライナーが風邪引いちゃったので、代わりに私が洗濯してたんです!」
マルコ「えっ」
ジャン「は?」
マルコ「……」
ジャン「……」
サシャ「返してくださいよー」ピョンピョン
コニー「前が見えねえー」ジタバタジタバタ
マルコ「……待ってサシャ。これライナーの?」
サシャ「そうだって言ってるじゃないですか!」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「……悪い、勘違いしてた。これは返す」
マルコ「僕も。……ごめんねサシャ、コニー。お詫びに僕らも洗濯手伝うよ」
サシャ「? ?? 勘違い……?」
コニー「勘違いって……どういう勘違いしてたんだよ? 大体、訓練服の大きさ見たら誰のかくらいわかるだろ」
ジャン「……」
マルコ「……ごめん、ノーコメントで」
―― しばらく後 井戸近く
コニー「――でさぁ、ジャンとマルコは二人してマーティンの味方しやがるんだよ。酷いだろ?」ワッシャワッシャ
サシャ「マーティンって誰ですか? 調理師の人ですか?」
コニー「違ぇよ、俺の弟だよ。――なあサシャ、お前はカブトムシとクワガタどっちが強いと思う? やっぱりカブトムシだよな?」
サシャ「そうですねー、食べておいしいほうじゃないですかねー」ジャブジャブ
ジャン「食うなよ」
マルコ「なんでもかんでも口に入れちゃいけません」
サシャ「ごめんなさい。……でも、実際どっちがおいしいんでしょうかね? 甲殻類はあんまり食べたことないんですけど」ゴソゴソ...
マルコ「待ってサシャ。君はこっちから先に洗ってね」ササッ
サシャ「……どうしてマルコはさっきからシャツばっかり寄越すんですか? 他にも洗濯物ありますよね?」ジーッ...
マルコ「気のせいだよ。ないよ」サササッ
マルコ(ライナー、君の誇り(パンツ)は僕らが守るよ。安心して眠っていてくれ……)ゴシゴシ...
ジャン(くそ、なんでせっかくの休日に野郎の洗濯物を漁らなくちゃいけねえんだ……! コニーなんか放っとけばよかった……!)ゴソゴソ...
サシャ「気のせいなわけないじゃないですか。そろそろシャツ洗うのも飽きてきましたし、他のも寄越してくださいよー」クイクイ
ジャン「馬鹿野郎、シャツを蔑むんじゃねえ! 襟首がダルンダルンになったシャツなんて目も当てられねえぞ!」ゴッシゴッシ
サシャ「別に蔑んでませんよ。他のくださいって言っただけです」
ジャン「そもそもお前、洗うときに真剣にシャツと向き合ってんのか!? 適当に洗うと型崩れとか皺とかできちゃうだろうが!!」ワッシャワッシャ
サシャ「えー……? それは干す段階で気をつけることでしょう? 今から気をつけなくちゃいけないんですか?」
ジャン「当たり前だろうが! 誠心誠意泡立ててちゃんと洗え!!」
コニー「ジャンどうしよう、俺今まで一度も真剣にシャツと向き合ったことねえよ……! いつも何も考えずに洗濯してたぞ……!?」ガタガタ...
ジャン「いんだよ野郎の洗濯物なんか適当で」ケッ
サシャ「えっ」
コニー「そうなのか!? ……よかった、もう少しで心臓止まるところだったぜ」ホッ
マルコ「コニー、心臓はそんなことでは止まらないよ」
サシャ「……ジャン。私とコニーとで言ってること違うんですけど自覚あります?」
ジャン「うるせえ馬鹿同じだよ。いいから黙って手ぇ動かせ」ワッシャワッシャワッシャワッシャ
マルコ「そうだよサシャ。染みとか襟汚れとかはちゃんと確認した? 洗い残しは本当にない? 服にスープを食べさせた形跡とかまだあるんじゃない?」
サシャ「……ライナーが服にごはん食べさせるの見たことないんですけど」
ジャン「でも鼻から何度か水噴き出してただろうが」
コニー「食べさせるって言えばさー、サニーなんかもう服に餌やってんじゃねえかってくらいポロッポロ食べ物こぼすんだよなー。母ちゃん、服洗うの大変そうだったなー………………母ちゃん………………」シュン...
マルコ「コニー、唐突にホームシックに陥らないでくれ。びっくりするから」
サシャ「サニーって誰ですか? 目玉焼きと何か関係ありますか?」
コニー「俺の妹だよ。目玉焼きは……まあ、好きだったかな」
サシャ「へー、そうなんですかー…… ――あ、このシャツポケットついてますね。……えーっと」ゴソゴソ...
ジャン「おい、勝手に服の中漁るなよ」
サシャ「だって企画紙とか間違って洗っちゃったら取り返しつかないじゃないですか。クリスタがこの前やらかしちゃって顔が真っ青になってましたし」
マルコ「へえ……それは大変だったね。でも、ライナーならちゃんと確認してるんじゃ――」
コニー「よっしゃやった! 当たりだ!!」ワーイ
ジャン「……確認してねえのかよ。ライナーの奴」
マルコ「うっかりさんだね」ジャブジャブ
コニー「んん……? なんだこりゃ、メモ書きか? ……『クッキーの作り方』?」ピラッ
サシャ「あっ、それベルトルトのですね。クッキー作りにハマってたらしいんですが、石窯を見ると目が焼ける病気にかかってしまったそうです」
コニー「なっ、なんだと!? ……ベルトルトの奴、重症じゃねえか……! 俺に一言相談してくれてもよかったのに……!」ガーン
ジャン「んな病気あるわけねえだろ馬鹿。大体、ベルトルトなら先週普通に食事当番してたぞ?」
サシャ「えっ? そうなんですか?」
ジャン「ああ。しかもあいつ、一昨日はほとんど火の番してたからな。がっつり石窯睨んでたんじゃねえか?」
マルコ「そもそも、ベルトルトの目が焼けるってサシャは誰から聞いたの? ユミル?」
サシャ「いえ、ライナーからですけど……じゃあ、ライナーが私に嘘吐いてたってことですか? 何のために?」
ジャン「さあな、俺たちが知るかよ。――第一、そのことでお前を騙してライナーに何のメリットがあるんだ? どう考えてもねえだろうが」
マルコ「仮にライナーがサシャを騙してたとしても、ベルトルトのメモを本人に返さないで持ってた理由が説明つかないよね。筆跡から見るに、そのメモ自体違う人が書いたみたいだけどさ」
サシャ「……言われてみれば妙な点だらけですね。謎は深まるばかりです……」
コニー「そうだ、わかったぞ! 本当はベルトルトじゃなくてライナーがクッキー作ったんじゃねえか?」ポン
サシャ「……!」
ジャン「はぁ? ライナーが何のためにクッキーなんか作るんだよ」
コニー「それはー……あー………………うん、わかんねえけど」
ジャン「さっきから適当なことばかり言ってんじゃねえよ、もうちょっと考えてから喋れってんだ」ケッ
サシャ「…………」
マルコ「サシャ? どうしたの? 手が止まってるけど……」
サシャ「へぁっ? ――そ、そうですね、ライナーってばなんでこんなの持ってたんでしょうね?」ゴッシゴッシ
コニー「俺も気になるなぁ……どうせなら本人に直接聞くか? 洗濯物返す時にでもよ」
ジャン「やめとけやめとけ。何かしら事情があるんだろ」ゴッシゴッシ
マルコ「そうそう。こういうのはそっとしておくのが一番だよ」ジャブジャブ
サシャ「……」
サシャ(そういえば……誕生日にもらったクッキー、店売りにしてはちょっと固かったんですよね。手作りっぽいというか……)
サシャ(……まさか、ですよね)
―― 数時間後 男子寮 エレンたちの部屋
ライナー「……」ゴロン
ライナー(帰って来ねえなぁ……まあ、器も返して来るって言ってたし、あの量だし……時間がかかるのは仕方ねえか)
ライナー「……」
ライナー(よくよく考えたら……具合が悪いとはいえ、同期の女子に下着を洗わせてるんだよな。俺……)
ライナー「……」
ライナー(あああああああ……! 最低すぎる……!)モダモダ...
ライナー(なんで昨日、無理してでも洗っておかなかったんだ……! せめてパンツ一枚くらい洗っとけば、こんなことには……!)ビッタンビッタン
―― ガチャッ...
サシャ「ライナー……? 寝てますかー……?」コソコソ...
ライナー「……」ゴロン
サシャ「あらら、起きてたんですか? 駄目ですよちゃんと寝なきゃ」スタスタ...
ライナー「……カゴの中、どうしたんだ」
サシャ「もちろん全部洗って干してきましたよ」
ライナー「ぱ……、下着もか」
サシャ「当たり前でしょう」
ライナー「……」
サシャ「そういえば、井戸の近くでマルコとジャンとコニーに会いましたよ。ちょっとだけ洗濯手伝ってもらっちゃいました」
ライナー「マルコたちにか? ……何か言ってたか?」
サシャ「いえ、特に何も? ――ついでに洗濯物取り込むの頼んできましたから、後で受け取っておいてください。夜は清潔なシャツとパンツで寝られますよ! よかったですね!」パチパチ
ライナー「……ああ」
ライナー(ちっともよくねえけどな……)ドヨン
サシャ「……」
サシャ「あの、そういえば……この前もらったクッキーおいしかったです。誕生日にもらった……」
ライナー「ああ、そりゃ店売りだからな。美味いのは当然だろ?」
サシャ「……」
ライナー「……? なんだ?」
サシャ「いえ、別に? ――ところで熱はどうなりました? 下がりました?」
ライナー「あー……たぶん下がったんじゃねえか? 正直、自分で触りすぎてよくわからなくなってきたんだが……」ペタ
サシャ「ふーん、どれどれ……」ピトッ
ライナー「」ビクッ
サシャ「ああ、確かに額はあっついですね。これなら微熱くらいでしょうか……」
ライナー「……」
サシャ「顔も赤いですし……やっぱりちゃんと寝なきゃ駄目ですよ。身体休めないと!」
ライナー「……」
サシャ「……? ライナー、聞いてます?」
ライナー「あ、ああ……聞いてる聞いてる。……お前の手、冷たいな」
サシャ「まあ、今までずっと洗濯してましたからね。……あ、この手だと熱測っても意味ないかもしれないですね。どうしましょうか……」ウーン...
ライナー「……それ、貸してくれ」
サシャ「? 貸してくれって……」
ライナー「……」ガシッ グイッ
サシャ「わっ……とと」フラッ
ライナー「……」ペタッ
サシャ「……? 首、熱いんですか? でも私の手で冷やすより、濡れたハンカチとかのほうがいいんじゃないですかね」
ライナー「ああ……かもな……」ウトウト...
サシャ「ですよね、じゃあハンカチを……でもハンカチもタオルも全部洗っちゃいましたから、私の部屋から持ってくるしかないですよね。一旦戻らないと……」
ライナー「…………」
サシャ「ライナー、手を離してもらってもいいですか? 私、ちょっと女子寮に行ってきますから――」
ライナー「……zzz」グー...
サシャ「……あらら、寝ちゃいましたか」
サシャ(首を冷やして眠れたってことは、暑くて寝苦しかったってことなんですかねー……? やっぱり、ハンカチ持ってこないといけませんね。よし!)スクッ
サシャ「……」
サシャ「……」クイクイ
サシャ「……」
サシャ(……あれ? これ私帰れなくないですか? あれ?)
―― 数時間後
ライナー「……」パチッ
ライナー(……部屋が暗いな。もう夜……いや、部屋に誰もいないから、夕飯時か……)
ライナー(サシャは……帰ったよな。この時間だし、もう飯の時間だ……)グー...
ライナー「……」
ライナー(ろくに動いちゃいねえのに、腹が減ったな……ベルトルトはいつ帰ってくるんだ? 夜メシ、持ってきてくれるといいんだが……)
ライナー(……昼間のスープ、うまかったな)
ライナー(できればまた食いたいが……そうそう気軽に作ってくれなんて言えねえよなぁ……)ハァ
\ガチャッ ギィイッ.../
アルミン「ライナー、起きてるー……?」ヒョコッ
ライナー「……? アルミンか? 起きてるぞ」ムクリ
アルミン「そっか、よかった。――あのさ、夜ごはん持ってきたんだけど食べられそう? なんだかうまく伝達できてなかったらしくて、病人食じゃなくて普通のごはんなんだけど……」
ライナー「ああ、大丈夫だ。食えるぞ。……アルミン、お前一人か?」
アルミン「ううん、エレンたちも一緒だよ。……とにかく明かりつけるね。ちょっと待って」スタスタ... ポッ
エレン「ようライナー。具合はどうだ? ……っつうか悪かったな。お前が熱出したって聞いたの、訓練所に帰ってきてからでさ。一人で大変だったろ?」
ライナー「まあ、多少はな。だがずっと一人というわけでもなかったし……というかだな」チラッ
ミカサ「エレン、過ぎたことを悔いても仕方がない。次に活かそう」グッ
ライナー「……なんでミカサまでここにいるんだ? お前も見舞いに来たのか?」
ミカサ「違う。私は回収屋さん」ブンブン
ライナー「回収……? 昼メシの器はここにはないぞ?」
ミカサ「違う。私が回収しに来たのはそっち」
ライナー「そっち?」チラッ
サシャ「……zzz」スピー...
ライナー「……」
アルミン「ベッドにもたれかかって寝ちゃってるね。疲れたのかな?」
エレン「っつうかお前ら、手ぇ繋いで寝てたのか? ……よく寝られるよなぁ、俺だったら途中で振りほどいてるぞ」
ミカサ「エレン、思い出して。開拓地で仲良く三人で手を繋いで眠ったことを」ユサユサ
エレン「ははは、三人で一枚の布団は狭かったよな」
ミカサ「エレン……! 違うの、布団の狭さじゃないの。手を繋いで寝たことを思い出して……!」ユサユサユサユサ...
ライナー「……」
ライナー(サシャの奴、帰らなかったのか……でもなんで手なんか握ってんだ? 俺のでかい手なんか掴んでても、暑苦しいだろうに……)
アルミン「……それで、ごはんはどうする? 今食べるよね?」
ライナー「あ、ああ。食べる。……ん?」ガチッ
アルミン「……? どうしたの?」
ライナー「……手が外れねえ」グイグイ
アルミン「外れないって……ああ、がっちり掴まれちゃってるね。無理に外したら起きちゃうんじゃないかな、それだと」
ライナー「……」
エレン「なんだよ、それくらいライナーなら外せるだろ? なんなら俺がやってやろうか?」
ライナー「……いや、いい。せっかく気持ちよさそうにしてるんだし、もう少し寝かせてやろう。こいつには世話になったからな……」ワシャワシャ
エレン「座ったまま寝て気持ちいいもんなのか?」
ミカサ「時と場合による。……そう、私は隣にエレンやアルミンがいれば……どこだって眠れる。立ったままでも、泳いだままでも、立体機動をしながらでも……!」
アルミン「最後のは命に関わるからちゃんと起きてね。……スープはスプーンで食べられるし、パンも食べられるよね。僕らは食べ終わるころにまた回収しに来るから、それまでゆっくりしてなよ」ガチャッ バタンッ
―― しばらく後
サシャ「……ふぁ?」パチッ
ライナー「おう、起きたか? ……おはようサシャ」
サシャ「……はよござます」ペコペコ
ライナー「ははっ、なんだそりゃ。……布団の皺ついてるぞ。左の頬だ」トントン
サシャ「……むぅぅ…………」ゴシゴシ...
ライナー「拭っても取れねえと思うんだが…… ――起きたなら手を離してくれるか? 少し痺れてきたんでな」ビリビリ...
サシャ「はぁ、手が……? ……あっ、ごめんなさい」パッ
ライナー「まあいいけどな。……うたた寝しちまったのはわからなくもないが、手まで掴まなくてもよかったんじゃないか? 別に俺はここから逃げたりしねえよ」ハハハ
サシャ「えっ? ……いえ、これは先にライナーが、」
ライナー「は? 俺が?」ポカン
サシャ「……」
サシャ(これ……この反応は、全然覚えてないですね。さっきのあれは寝ぼけてやったってことなんでしょうか……)
ライナー「俺がなんだって?」
サシャ「……もういいですよーだ」プイッ
ライナー「今日はすまなかったな。貴重な休みだってのに、俺のせいでほぼ一日潰れちまったし……改めて礼を言わせてくれ。正直助かった」ペコッ
サシャ「いえいえいいですって、頭は下げなくていいですよ! そこまで大したことやってないですし……これくらいならまたやってあげますから」クスッ
ライナー「馬鹿言え、そんな簡単に風邪引いてたまるか。――でもよ、今日は他にも色々準備してたんじゃないのか? 昼に使おうとしてた食材も無駄になっちまっただろうし……」
サシャ「いえ、まるっきり無駄になったわけでもないんですよ。――生姜と玉ねぎはお昼のスープに流用しましたし、野菜は軽く揚げてたくさんチップス作りましたし、果物はジャムにしちゃいましたし……」
ライナー「へえ……うまそうだな」
サシャ「うまそうじゃなくてうまいんですよ! ――あとでベルトルトに持たせて届けますね。ラッピングは時間的に難しいので、雑な詰め合わせになっちゃうと思うんですけど……」
ライナー「……なんでベルトルトに渡すんだ?」
サシャ「へっ? なんでって……だって今日中にほしいでしょう? だったらベルトルトに持たせるしかないじゃないですか」
ライナー「……俺は、お前から直接ほしい」
サシャ「……」
ライナー「贈り物っていうのはそういうもんだろ? ……他の奴を経由しても、あまり嬉しくない」
サシャ「でも……今から戻って急いで詰めても、この部屋には戻って来られないですよ。どうしても私から欲しいなら、明日以降になっちゃいますけど……」
ライナー「そこは俺が我慢するしかないだろ。……わがまま言ってるのはこっちだしな」
サシャ「そうですか、じゃあ……贈り物は明日にするとして、他に何かしてほしいことないですか? お誕生日ですし、なんでもやりますよ私!」
ライナー「何かって言われてもなぁ……もう充分すぎるほど色々やってもらったんだが」ウーン...
サシャ「パンツも洗いましたもんね!」ニッコリ
ライナー「……よし、本当になんでもいいんだな?」
サシャ「えっ……いえ、あの、夜ごはん抜きとかは無理です。ごめんなさい……」シュン...
ライナー「安心しろ、人の食い物までは取らねえよ。……じゃあ、あれ歌ってくれないか? お前が自分の誕生日に、調理場で歌っていたやつ」
サシャ「なまくりーむをかきまぜろー♪」
ライナー「違う。……ほら、誕生日がどうとかいう歌だ」
サシャ「はぁ、そっちですか。なるほど……って、あれですか? あっちの歌より生クリームの歌のほうが楽しいと思いますよ?」
ライナー「生クリームの歌はいつでも聞けるだろ。……嫌ならいい。別に無理強いしたいわけじゃない」プイッ
サシャ「ああああすみませんすみません、嫌じゃないです! 歌ってほしいなら歌いますけど……えっと……あの、途中で笑わないでくださいね? いいですか?」
ライナー「ああ、笑わねえよ。約束する」
サシャ「……」
サシャ(なんか……目の前に座られて、構えて聞かれるのって恥ずかしいですね……)
サシャ「……は、はっぴばーすでー、らーいなー……」ボソボソ...
ライナー「声が小さい」
サシャ「……っそ、そんなこと言われても……っ!///」カアアッ...
サシャ(ううううっ……! なんだか、私のほうが熱出てきたみたいです……! あっつい……!)モジモジ...
ライナー「早くしねえと人が来ちまうぞ? エレンにアルミンに……ああ、そういやマルコも来るんだったな」ニヤニヤ...
サシャ「……! うっ、ううっ……! やっぱりライナーはいじわるです……!」プルプル...
サシャ(もう……! こうなったらヤケです、歌ってやりますよ!!)スウッ...
―― 夜
ベルトルト「……で、サシャは追い出されちゃったの? 君が大声で歌えって言ったせいで?」
ライナー「……」シュン...
ベルトルト「君ねぇ……いや、説教はやめておこう。一応まだ病人だし」
ライナー「……はぁ」
ベルトルト「ため息ばっかり吐かないでよ……ところで、なんでカレンダー握りしめてるの? なんか面白い行事でもあった?」
ライナー「いや……今回のことで俺は学んだんだ。スケジュール管理の大切さをな……」
ベルトルト「今更すぎない? ……まあ、学んだだけマシだと思うけどさ」
ライナー「だから今度からは、計画的に風邪を引くことにする」
ベルトルト「……」
ライナー「洗濯物を溜めず、他の当番や会議に被ることなく……それでかつ休日であって、サシャが男子寮に気軽に訪れやすい日……! その日を狙って俺は風邪を引く!」
ベルトルト「……理由は?」
ライナー「サシャが手料理を作ってきてくれる確率が上がるからだ」エッヘン
ベルトルト「……」
ライナー「というわけでベルトルト。……次に俺は、いつ風邪を引くべきだと思う?」ニッコリ
おしまい
というわけでお誕生日SSでした もう10月だけどね! 遅すぎだね!
ライナーの誕生日の部分は支部に投下した分とちょこっと変えてあります が、順次あちらもマイナーチェンジ予定なので読み比べたい方はお早めにどうぞ
そんでもってあと二つでこの話も完結できるのですが、次スレからは以前のように書き溜め一気投下に戻そうと思います
このペースだと400レスくらい一気投下になりそう&先にコニーSS(というかマルコSS)を完結させてから書き溜めをはじめるので、またまた遅くなりそうな気がするのですが気長に待っていただけるとありがたいです
そんなわけで、次スレが立っていないからといってこのスレを保守することはせず、sageで落としてください
あっちもこっちもちゃんとケリをつける予定ですので、今後ともよろしくお願いします
長文失礼いたしました それではー
元スレ
ジャン「俺はなぁ、朝からどうもおかしいと思ってたんだよ……! あれだけ色々やらかしといて『何も関係ない』なんてよぉ……! んなわけねえだろふざけんなよこんちくしょうめ……!!」ブルブル...
アルミン「まあまあ、落ち着いてよジャン。――ライナーだって恥ずかしかったんだよ。まさかあんな風にからかわれるとは思ってなかっただろうし」
マルコ「部屋に戻ってこないのも、実は僕らの追及を避けるためだったりしてね」
アルミン「ああ! それありえるかも!」ポン
マルコ「元々騒ぎ立てられるのが好きじゃなさそうだからね。確か一番最初の時も周りに釘刺してなかった?」
アルミン「うんうん、そんなこともあったね……懐かしいなぁ、あの後ミカサに言い聞かせるのすごく大変だったんだよなぁ……何回も何回も何回も何回も説明したのにわかってくれなくて……」ウフフ
マルコ「アルミーン? おーい、帰ってきてくれアルミーン」ユサユサ
ジャン「くっそぉぉおおお……!! 遂にライナーも彼女持ちかぁあぁぁ……!! 羨ましいぃぃいいい……!!!」ギリギリギリギリ...
マルコ「彼女持ち……? ――あっ! もしかして……ライナーは手伝いをするついでに、恋人としての心得をフランツから聞き出してるんじゃないかな? それで時間がかかって……」ポン
ジャン「おっしゃあまとめて血祭りにあげてやらぁ!!」ガララッ
マルコ「えっ? ――ちょっ、ちょっと待てよジャン! そっちは窓だぞ!!」
ジャン「うるせえ今更外歩き用のブーツに履き替えてられっかよ!! ――駆逐してやる……! 彼女持ちは、この世から一匹残らず!!」ビョンッ
マルコ「ジャ――――――ン!?」
255: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:29:48 ID:.iLUm1v.
―― ビュオオオオオ....
アルミン「くしゅんっ!! ……あ、あれ? ねえマルコ、ジャンはどこ行ったの? いつの間にかいなくなってるけど……」キョロキョロ...
マルコ「……」
アルミン「……? ねえ、どうして窓が開いてるの? 何かあった? ていうか寒いから閉めていい? 風が吹き込んできてるし……」
マルコ「……」
アルミン「?? ……えーっと、閉めるね? いいかな?」ガラガラ...
マルコ「アルミン。……今、僕らの期待の星が窓から飛び立ったよ」
アルミン「え? ああ、うん……? え、何が? 何の話?」
マルコ「……僕は営庭を見てくるよ。彼ほどの情熱はないけど……こんな僕でも、力になれると思うから……!」スタスタ...
アルミン「う、うん……? わ、わかった……??」
アルミン(えーっと、エレンは兵舎、マルコは営庭なのか……僕は食堂のほうでも見てみようかな。サシャと逢引してる可能性だってまだ捨てきれないしね……)スタスタ...
256: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:30:37 ID:.iLUm1v.
―― 同刻 とある倉庫
フランツ「……ふぅ、やっと終わった。ありがとうライナー、助かったよ」
ライナー「おう、気にすんな。――それじゃ、鍵閉めて寮に戻るか」
フランツ「あ、いや……ええっと、ごめんライナー。僕はその、ハンナと約束してるから……寮にはまだ……」ソワソワ...
ライナー「約束って……今から会うのか? 明日は立体機動の試験なんだからな、程々にしといて早く寝ろよ?」ハハハ
フランツ「ああ、そうするよ。――そういえばさ、ライナーは憲兵団志望だっけ?」
ライナー「いや、俺は……まだ決めてない」
フランツ「あれっ、そうなんだ? ……実は僕、ちょっと悩んでるんだよね」ハァ
ライナー「……? どうした、調査兵団に鞍替えするのか?」
フランツ「違う違う。もちろん希望は駐屯兵団なんだけどさ……その、ハンナが……」モジモジ
ライナー「ハンナ? ……もしかして、ハンナが調査兵団希望なのか?」
フランツ「ううん、それも違うんだ。――あのさ、この前ハンナと二人で話してた時に気づいたんだけど……お互いに駐屯兵団を希望しても、同じ地区に配属されるとは限らないんだよね」
ライナー「まあ……そりゃそうだな。しかも数年経てば異動もあるだろうし……」
257: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:31:15 ID:.iLUm1v.
フランツ「だろ? だからさ、その……もし配属先が別れたら、ハンナには……お、お嫁さんになってもらおうかなって、考えてるんだけど……!」モジモジ...
ライナー「嫁さんって……おいおい、流石にそれは早くねえか? まだ結婚できる年齢じゃねえんだしよ」
フランツ「そうかな? ――ならせめて、『結婚しよう』って口約束だけでもしようかと考えてるんだけど……それもまだ気が早いと思う?」
ライナー「それは…………あー……すまん、俺はそこまで考えたことないからわからん」
フランツ「そっか……ごめん、そうだよね……もういっそのこと二人で開拓地に行って、いつまでもいつまでも幸せに暮らそうかなぁ……そのほうがきっと……」ブツブツ...
ライナー「……まあ、なんだ。鍵は俺が返してきてやるから、好きなだけ二人で楽しんでこいよ。今から行けば一時間は話せるだろ?」
フランツ「えっ? ――いやいや、手伝ってもらったのにそこまでしてもらっちゃ悪いよ! ちゃんと僕が返してくるって!」
ライナー「鍵を返して教官に報告するだけで十五分はかかる。――これ以上ハンナを待たせてやるなよ。ずっとお前のこと待ってるんだろ?」
フランツ「……! それは……」
258: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:31:56 ID:.iLUm1v.
ライナー「いいって、気にすんなよ。俺は用事なんてないからな、それくらいやってやる」
フランツ「……ごめん。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
ライナー「ああ、任せとけ。――逢引するのは構わんが、くれぐれも教官には見つからないようにな。まだ消灯前とはいえ、卒業試験の真っ最中なんだ。見つかったら何を言われるかわからんぞ」
フランツ「うん、気をつけるよ。――でも実際、誰も来ないような場所を見つけるのって難しいんだよね。せめて見回りの教官だけでも回避できればいいんだけど……」
ライナー「そうだな……今の時間なら男子寮の近くの倉庫がいいんじゃないか? 次の見回りは二時間後のはずだからな」
フランツ「へえ、そうなんだ? 見回りの時間を把握してるなんてマメなんだね、ライナーは」
ライナー「……」
フランツ「じゃあまた明日。手伝ってくれてありがとう。おやすみ」スタスタ...
ライナー「ああ、おやすみ。……」
259: ◆H4iwFNXQsw 2014/06/28(土) 21:33:18 ID:.iLUm1v.
ライナー(なんで教官の見回りの時間を覚えてたんだ……? どこかで日程表か当番表でも見たっけかな……?)
ライナー(まあ、そんなことは気にしなくてもいいか。さっさと鍵閉めて――おっと)ヒラヒラ... パサッ
ライナー「……どうすっかなぁ、このハンカチ」ハァ...
ライナー(結局、誰のものなのかは突き止められなかったな……まあ、仮に突き止めても返したりはできねえだろうが……)
ライナー(捨てる、のはちょっとなぁ……かといっていつまでも持ち歩いてるわけにもいかねえし、部屋にも置いときたくねえし……)
ライナー(こうなったら工具箱に入れておくか? 指を切った血だって言えば誤魔化せそうだよな…… ……ん?)サワサワ...
ライナー「刺繍……? ってことは、これは名前か……?」サワサワ...
ライナー(最初の文字は、……あー…………汚れが酷いな。読めねえ……)ジーッ...
ライナー(おっ、苗字はなんとか……ブ、ラウ……? いや、ブラウンじゃないな、最後はなんて書いてんだ……?)
ライナー(待てよ、ブラウン……ブラウ、ブラウス?)
ライナー「……サシャ・ブラウス」
282: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 21:58:32 ID:8fx7JoSg
―― 同刻 女子寮 ユミルたちの部屋
クリスタ「はぁ、はぁ……疲れたぁー……」グッタリ...
ミカサ「アニに覆いかぶさったまま、あそこまで暴れるとは……ユミル、恐ろしい子……!」チラッ
ユミル「むふふふふ……くーりすたぁ……」スピー...
クリスタ「本当は起きてるんじゃないかって思うくらい力が篭ってたよね……アニ、大丈夫だった? ユミルにどこか握り潰されてない?」
アニ「そうだね……強いて言うなら全身かな」グッチャリ...
ミカサ「髪がぐちゃぐちゃになってる」ペタペタ
クリスタ「ユミルにパーカーも取られちゃったもんね……はいアニ、私のカーディガンだけど入るかな? どう?」ファサッ
アニ「……ん。大丈夫、ちょうどいいよ。……ありがと」
クリスタ「どういたしまして。――でもそれ、布地が薄いから外には出ないでね。そのまま出たら風邪ひいちゃう」
ミカサ「……それにしても、部屋がだいぶ散らかってしまった。どうしよう」キョロキョロ...
クリスタ「後で私とサシャでなんとかしておくから平気だよ。――あ、でも企画紙だけは集めるの手伝ってほしいかも。さっきサシャの机の上に置いてあるの崩れちゃったから……」
ミカサ「わかった。任せておいて」グッ
アニ「全く、なんでこんなに溜めておくかなあの子は……掃除くらい定期的にやりなよ」ガサガサ...
283: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 21:59:24 ID:8fx7JoSg
アニ(ん? これ、壁上固定砲の整備の割り当て表……?)ペラッ
アニ(そういえば、ミーナとサシャは同じ班だっけ。他にはエレンとコニーと……サムエルとトーマスだったよね。たぶん)
アニ(タイミングが合わなくて、ミーナの日程は見てなかったけど……ええっと、次はいつなんだろ……?)ジーッ...
ミカサ「終わった。こっちはこれで全部」ガサガサ...
クリスタ「こっちにももうないみたい。――アニはどう? 全部集まった?」
アニ「……」
クリスタ「……? アニ、終わった?」
アニ「……ああ、集まったよ。これで全部」スッ...
クリスタ「ありがとう! ――えーっと、取り敢えず机の端に寄せておいてっと……」ガサガサ
アニ「……ごめん、二人とも。ちょっと抜ける」スクッ スタスタ...
ミカサ「……? お手洗い?」
アニ「うん、そんなとこ。……じゃあね」ガチャッ バタンッ
284: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:00:10 ID:8fx7JoSg
ミカサ「……」
クリスタ「……」
ユミル「zzz...」スピー...
ミカサ「……もうちょっと片付けようか。お部屋」
クリスタ「そうだね。サシャとミーナが帰ってきたらお茶会もお開きだろうし……今のうちに目処だけでもつけちゃおう」
ミカサ「余ったクッキーはそれぞれハンカチに包んで持って帰ってもらうとして……ええっと、カップはどこに……」カチャカチャ...
クリスタ「あ、一旦私の机の上に置いていいよ。灰色の工具箱が置いてある机」
ミカサ「わかった。……ということは、こっちがサシャの机であっちがユミルの机?」
クリスタ「そうだよ。何か面白いものでもあった?」
ミカサ「……この、ユミルの机の上に飾ってあるドライフラワーは」
クリスタ「コニーからもらった花冠だよ」
ミカサ「ほうほう……これが噂の……」ジーッ...
クリスタ「それね、大掃除の時にも捨てなかったんだ。……きっとユミルね、もらった時すごく嬉しかったんだと思うの。今でもたまに手入れしてるんだよ」
ミカサ「なるほど……とてもいいことを聞いた。今度ユミルにからかわれたらそのことを言おう」
クリスタ「あはは、お手柔らかにね。……」
285: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:00:48 ID:8fx7JoSg
クリスタ「あの……今日はありがとうね。ミカサ」
ミカサ「? クッキーのこと?」
クリスタ「ううん、それもだけど……お茶会のことも。――実は今日の朝ね、ユミルとサシャが喧嘩してたんだ」
ミカサ「あの二人が……? 珍しい」
クリスタ「うん、珍しいよね。すごくびっくりしちゃった。――だから私ね、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって……今朝はユミルのほうを追っちゃったの」
クリスタ「サシャには何もしてあげられなくて、すごく気にかかってたんだけど……ミカサがお茶会を開いてくれたから、今朝よりは元気になったみたい。――だからありがとう、ミカサ」
ミカサ「どういたしまして。……クリスタの力になれて、私も嬉しい」
クリスタ「私もしっかりしなきゃね。いつまでもユミルやミカサに頼ってるわけにはいかないし……もっともっと頑張って、みんなの役に立たないと……!」グッ
ミカサ「ではまず、この部屋を復元することから始めよう。それがみんなの役に立つ近道」
クリスタ「そうだね! ぴっかぴかにしよう!」キュッキュッ
ミカサ「いえ、そこまで気合いを入れなくてもいい。……私は木箱を元の場所に戻してくる。ので、クリスタはこのままユミルを部屋で見張っていてほしい」ガチャッ
クリスタ「了解、任せといて! ――ミカサ、いってらっしゃい!」フリフリ
286: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:01:33 ID:8fx7JoSg
―― 井戸
ミーナ「……」チャプチャプ
サシャ「……」チャプチャプ
ミーナ「……お酒の酔いを覚ますのって、どれくらいの水が必要なのかな」
サシャ「さあ……? でも桶二杯分もあれば充分なんじゃないですか? これ以上飲んだらお腹じゃぶじゃぶになっちゃいますよ」
ミーナ「じゃあこれでいっか。……帰る?」
サシャ「そうですね。みんな待ってますしそろそろ行きましょう」スタスタ...
ミーナ「ヤカン返すのに結構時間かかっちゃったからね、できるだけ急ごっか。――そういえばさ、ずーっと聞きそびれてたことがあるんだけど……今聞いてもいいかな? 駄目?」ソワソワ...
サシャ「……? なんです?」
ミーナ「もう、わかってるくせにー……昨日のデートのことだよ、デート!」
サシャ「……昨日の」
ミーナ「ミカサやユミルにはもう話したんでしょ? 私も聞きたいなぁ」
サシャ「……」
287: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:02:12 ID:8fx7JoSg
ミーナ「? どうしたの? ――あっ、もしかして髪のこと何か言われた? 変だとかおかしいとか、いつもと違うとか……」オロオロ...
サシャ「ああ、いえ……髪は綺麗だって褒めてもらえましたよ。いつもと感じが違っていいって言ってました」
ミーナ「本当!? ……よかったぁ、実は地味に気になってたんだよね。安心したよ」ホッ
サシャ「昨日はありがとうございました。ミーナのおかげですごく助かりましたよ」ペコッ
ミーナ「いいよいいよ、あれくらいならまたやってあげるって!」
サシャ「いえ、髪もですけど……クリスタとユミルのこともですよ。あの後仲裁してくれたんですよね? 二人とも、朝は普通に会話してましたし……」
ミーナ「あー、それねー……実を言うと、昨日はユミルの話をずーっと聞いてただけなんだよね……だから正直、私は何もしてないっていうか……」ポリポリ...
サシャ「いえいえ、ばっちりですって。さっきのふざけあいっぷりを見れば充分わかりますよ」
ミーナ「そう? ならいいんだけど…… ――って、今はユミルとクリスタの話はどうでもいいんだってば! サシャとライナーの話聞かせてよ! 私、昨日の夜はず――――――っとヤキモキしてたんだからね?」
サシャ「や、焼きモキ……!? なんですかそれ、新しいおやつか何かですか!?」ガシッ
ミーナ「サシャ、食べ物の話じゃないから」ブンブン
288: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:03:08 ID:8fx7JoSg
ミーナ「それで、髪のこと以外には何かなかったの? ……あっ、そういえば新しい髪飾りは? もしかして部屋にある?」ワクワク
サシャ「いえ、髪飾りは買ってないんですよ。お店が定休日で閉まってて……」
ミーナ「あらら……そうだったんだ。残念だね」
サシャ「……」
サシャ(ミーナには、協力してもらったんですから……ちゃんと話すべきですよね。昨日のこと……)
ミーナ「ミカサから聞いたんだけど、新しく開いた食堂にも行けなかったんだよね? ……ということは、昨日は踏んだり蹴ったりだったわけかぁ……」
サシャ「そうですね……あとはライナーに好きって言われたくらいですかね」
ミーナ「そっかそっか、好きって言われたんだー…… ……はい?」
サシャ「それでですね、えっと……『一緒に来てくれないか』って言われたんですけど、私断っちゃいまして――」
ミーナ「待って待ってサシャ早い早い! ……え? 好きって言われたの? 本当に?」
サシャ「本当ですよ?」
ミーナ「……ライナーに?」
サシャ「……? そうですけど」
ミーナ「…………ちょっ、ちょっと待ってね。急いで心の準備するから」スーハースーハー
289: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:04:13 ID:8fx7JoSg
ミーナ(つ、遂にこの時が来ちゃったのかぁ……! わぁー……、本人じゃないのに緊張する……!)ドキドキ ソワソワ
ミーナ(えっと、えっと……こういう時って何から聞けばいいんだろう? やっぱり告白の言葉からかな……それとも返事から? もしくは遠回しにシチュエーションの話……?)
ミーナ「あ、あのねサシャ……こんなこと、聞いていいのかわからないんだけど……」モジモジ
サシャ「はい? なんですか?」
ミーナ「えっとね……その、告白された時にさ……」
ミーナ「……二人で何か食べてなかった……?」
サシャ「……」
ミーナ「……」
サシャ「いえ、特には」
ミーナ「…………………………だよね」
ミーナ(混乱しすぎて変なこと聞いちゃった……でもあの二人だし、普通の告白なんてするわけないよね……?)
290: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:04:59 ID:8fx7JoSg
ミーナ「……ん? ちょっと待って、『一緒に来てくれ』ってどこに? まさかお店屋さんじゃないよね?」
サシャ「違いますよ。ライナーの故郷にです」ブンブン
ミーナ「…………あのさ、告白されてすぐに『故郷に一緒に来てくれ』って言われたの? 『付き合ってください』とか『恋人になってくれ』とか、そういうのは一切なし?」
サシャ「? そうですけど」
ミーナ「…………」
ミーナ(告白の勢いついでにプロポーズって……二人とも、ちょっと段階飛ばし過ぎじゃない!? せめて『結婚を前提にお付き合い』じゃないの!?)
ミーナ(……でもなぁ、二人とも既に付き合っちゃってるようなもんだったし、そういうこと言うのも今更って感じなのかな。もしかして、私の考え方のほうが間違ってるのかも……?)
ミーナ(ああもう、山育ちの流儀なんて私にはわかんないよ! なんなの二人とも!)ジタバタジタバタ
サシャ「ミーナ? どうかしました?」
ミーナ「……なんでもない。ええっと……それで、なんて返事したんだっけ? さっきはちゃんと聞こえなかったんだけど」
サシャ「……『行けない』って、言いました」
ミーナ「だよねぇ……」
ミーナ(いきなり『結婚しよ』って言われてオッケー出す子なんていないよ、ライナー……! しかもまだ付き合ってさえないのに……!)
291: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:05:41 ID:8fx7JoSg
サシャ「あの時は……あんまり突然だったので、何を言ったらいいのかわかんなくなっちゃったんです。それで、そのまま思ってることを伝えるしかできなくて……」シュン
ミーナ「いやいや……そんなの咄嗟に受け答えできる子なんてほぼいないと思うよ? それこそミカサくらいじゃない?」
サシャ「……そうですね。私もミカサになりたかったです……」ショボン...
ミーナ「ミカサになったからって解決する問題でもないと思うけどねー……。――あのさ、余計なお世話かもしれないけど、二人でもっとちゃんと話し合ったほうがいいと思うよ? 大事なことなんだし……」
サシャ「……? 何を話し合うんですか?」
ミーナ「え? それは……その、改めて言われたらよくわかんないんだけどさ……」ウーン...
サシャ「……」
サシャ(いくら話し合ったって……私が足手まといになるって事実は変わらないんですよね。なんて言うか……気持ちの根っこの部分で、ライナーがそう思っちゃってるんですから……)
サシャ(そういう気持ちって、話し合ってすぐ変わるものなんでしょうか? ――やっぱり、私がしっかりしてるところをちゃんと見せないと意味がない気がするんですが……)
サシャ(でも、もう卒業まで時間がありませんし、そういうのを見せる機会なんて少しも……いえ、そもそもライナーには『忘れろ』って言われちゃってるんですよね。朝も『関係ない』って他の人に言ってましたし)
サシャ(私……これ以上、何をどうしたらいいんでしょう……)シュン...
292: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:06:40 ID:8fx7JoSg
ミーナ(めちゃくちゃ深刻そうな顔で悩んでる……! やっぱりあれかな、卒業後の新居の相談とかもされたのかな……!? それとも結婚式の衣装の話……!?)
ミーナ(くっ……! 試験中なのにどうしてこんな難題を持ってくるの、ライナー……! 私、部屋に戻ったら消灯までお勉強しようと思ってたのに……! これじゃ夜も眠れないじゃない……!)ギリッ...
ミーナ(とにかく、そういう相談は後からハンナに乗ってもらうとして……今はサシャを元気づけないと……!)
ミーナ「……ほら、そんな顔になっちゃうってことは、まだ何か話し足りないことがあるんでしょ? サシャ」
サシャ「……話し足りないのかどうかは、わかりませんけど」
ミーナ「けど?」
サシャ「ライナーと、話は……もっと、したいです。……足りないです。全然」グー...
ミーナ「サシャ……」
サシャ「……」グー
ミーナ「……」
サシャ「……」
ミーナ「……足りないって食べ物のこと?」
サシャ「いえ、違います」ブンブン
293: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:07:24 ID:8fx7JoSg
ミーナ「さっきクッキー食べたばかりなのに、もうお腹空いたの? サシャ」ハァ
サシャ「だってぇ、朝ごはん食べてないんですもん……あれじゃ全然足りないですよ。今も労働しましたし……」ウダウダ
ミーナ「まあ、今日は身体だけじゃなくて頭も使っただろうからねー……ええっと、食べ物何かあったかな……」ゴソゴソ...
サシャ「えっ……? ミーナ、何かくれるんですか!? やったぁください!!」チョーダイ!!
ミーナ「あーごめん、何も持ってないや」
サシャ「えぇー……そんなぁ……」ショボーン...
ミーナ「そもそもお菓子を持ち歩くこと自体あんまりしないし……あっ、そうだ! ねえサシャ、昼間にアルミンからもらった飴はどうしたの? あの時食べなかったんだよね?」
サシャ「飴ですか? あれはですね、確か……ああっ! そういえば立体機動装置のケースに入れたままです!」ガーン!!
ミーナ「あらら……じゃあ、今食べるってのは無理かぁ。もう保管庫の鍵も閉まってるだろうし……」
サシャ「……いえ、一応保管庫の前までは行ってみます。もしかしたら鍵が開いてるかもしれませんから」
ミーナ「そんなにお腹空いてるの……?」
サシャ「違いま…… ……せんけど、明日に持ち越したら試験中に食べちゃいそうで不安なんですよね。だから回収できるなら今のうちにしたいです」
ミーナ「確かにね……立体機動の死因が『飴を喉に詰まらせて窒息死』だと情けなさすぎるよね」
サシャ「ちょっと、勝手に殺さないでくださいよ! ――ミーナは先に帰っててもいいですよ。ここからだと結構時間かかりますし、クリスタたちも待ってるでしょうから」
ミーナ「いいよ、一緒に行くよ。……このまま帰っても、勉強に集中できなさそうだしね」
294: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:08:21 ID:8fx7JoSg
―― 保管庫前 廊下
アルミン(調理場と食堂には誰もいなかったから、エレンと合流しようと思って兵舎に来てみたけど……)キョロキョロ...
アルミン(うーん……エレンどころか見回りの教官にすら会わないな。ちょうど人がいない時間帯なのかも……)
アルミン(ここは一旦寮に戻って、マルコやジャンから話を聞いたほうがいいよね。もしかしたらライナーも戻ってるかもしれないし…… ――あれっ?)
アルミン(この部屋、中で明かりが動いてる……?)ジーッ...
アルミン(ええっと、ここは……ああ、立体機動装置の保管庫か。この時間だし、訓練兵ってことはないよね。教官かな?)
アルミン(でも、教官がいったい何の用で……? まさか、抜き打ちで立体機動装置のチェックをしてるとか……?)
アルミン「……」
アルミン(……ちょっとだけ、ちょっとだけ)ギィッ...
「……どうだ?」ヒソヒソ
「ちょっと待ってよ、手元が暗いんだから……」ヒソヒソ
「早くしろって。誰か来たらどうすんだ?」
「わかってる。急かさないでってば……」カチャカチャ...
295: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:09:15 ID:8fx7JoSg
アルミン(……あれ? 教官じゃない? エレンやライナーでもないし……)
アルミン(男子と女子の二人組……かな。何してるんだろう、こんな時間に……)
アルミン「……」
アルミン「……」ガチャッ
「うわっ!」
「きゃあっ!」ガタンッ
モブ男「誰だ! ――って、なんだよ……アルミンか……」ホッ
モブ女「あー、びっくりしたぁ……」
アルミン「ごめんね、驚かせて。――二人で何してるの? ケースの中に工具でも忘れた?」
モブ女「え? ――あ、いや……え、えっと、これは、その……」オロオロ...
モブ男「整備だよ。立体機動装置の整備。見りゃわかるだろ?」
アルミン「整備って……こんな時間に?」
296: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:10:34 ID:8fx7JoSg
モブ男「俺たちは試験中に名簿と部品の照合やらされてたからな。特例で整備の時間を取ってもらえたんだよ」
モブ女「そ、そうそう! 誰にどの部品が支給されたのかも記録しないといけないからね! すごく忙しかったんだから!」コクコク
アルミン「へえ、そうなんだ。……ということは、ここの鍵は君たちが持ってるの?」
モブ女「はぁ……? 当然じゃん、鍵持ってなきゃ入れないでしょ? ――ほら、これが証拠」チャリンッ
アルミン「……その鍵、木札がついてないね。キース教官じゃなくて見回りの教官から直接借りてきたの?」
モブ男「別に誰から借りて来ようがお前に関係ないだろ。……アルミン、何か言いたいことがあるならもっとはっきり言えよ」ジロッ...
アルミン「ああ、うん……ごめん、なんでもないよ。――邪魔したね。整備頑張って」ガチャッ バタンッ
モブ男「……」
モブ女「……」
モブ男「……できたか?」ヒソヒソ
モブ女「うん、コニーとジャンは終わった。次はマルコとサシャと……ベルトルトの装置を持ってきて」ヒソヒソ
297: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:11:24 ID:8fx7JoSg
―― 保管庫前 廊下
アルミン「……」
アルミン(保管庫の鍵は、僕が知ってる限り3つある。――1つは教官室の目立つところに下げてあって、もう1つは主任のキース教官が管理してる。この2つは、どっちも大きめの木札がついていたはずだ)
アルミン(あの二人が持ってた鍵に、木札がついてないってことは……見回りの教官から直接借りてきたってことだ。……もしかしたら、鍵束から勝手に盗んできたって可能性もあるけど)
アルミン(記録係だったのは本当だから……おそらく『試験官に渡すはずの記録用紙を立体機動装置のケースの中に忘れた。試験官に忘れたことを知られたくないから、こっそり鍵を貸してほしい』って言って借りてきたんだろう)
アルミン(つまり、『整備の時間を作ってもらった』っていうのは嘘……だよね。やっぱり)
アルミン(……決められた時間以外で整備するなんて思いっきり違反行為だ。早いうちに教官に報告するべき……なんだろうけど……)
アルミン(でも、彼らが違反行為をしていたって証明する方法なんかない……僕が教官室と保管庫を往復している間に、彼らはここを立ち去っているだろうし)
アルミン(組み立て後の立体機動装置は、教官に見せてないんだから……整備状態が変わっているかどうかなんてわかりっこないし)
アルミン(……どうしよう)ウーン...
「あれ? アルミンじゃないですか。こんばんはー」
298: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:12:05 ID:8fx7JoSg
アルミン「サシャ? ……と、そっちの隅っこに座り込んでるのはミーナ……だよね? こんなところで何してるの?」
サシャ「保管庫に忘れ物を取りに来たんですよ。ミーナは私の付き添いです」チラッ
ミーナ「豚小屋出身……家畜以下……家畜小屋……血まみれ……」ブツブツ...
アルミン「……付き添いにしては頼りなさそうだけど」
サシャ「保管庫の隣の技巧室に近づくのが怖いんですって。……ほら、アルミンが夏に話してくれた怪談があったでしょう? そのうちの一つが技巧室にまつわる話だったじゃないですか」
アルミン「ああ、なるほど……ちょうどよく思い出しちゃったんだね。――あれ? サシャは平気なの? 話を聞いた時はそれなりに怖がってたと思うんだけど……」
サシャ「怪談の中に食べ物が出てこなかったので、どんな話だったかもう忘れちゃいました」テヘペロ
ミーナ「ううっ、その図太さが私もほしいぃ……おばけこわいよぉぉ……」プルプルプルプル...
サシャ「さっきからずーっとこの調子なんですよねー……そうだ、アルミンからも何か言ってあげてくれません? 早くしないと消灯時間になっちゃいますし……」ポン
アルミン「わかった、任せておいてよ。――ねえミーナ、君が思い出したのって工具を失くした子の話? それとも整備が苦手な子の話?」ニコニコ
ミーナ「……アルミンは馬鹿なの? それともわかった上でいじわるしてるの?」ジトッ...
アルミン「ごめんごめん、冗談だよ」
299: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:13:00 ID:8fx7JoSg
アルミン「鍵がかかってるから、今は誰も技巧室の中にいないよ。安心して、ミーナ」ポンポン
ミーナ「そんなのわかってるよ……! その代わり浮遊霊とか地縛霊とか動物霊とか生霊とか騒霊とかいるんでしょ!? ああもうアルミンの馬鹿!! サシャのうっかりさん!! なんで忘れ物なんかするのさー!!」イヤイヤ
サシャ「おおー……ミーナ、おばけのこと詳しいんですね。びっくりしました」パチパチ
ミーナ「好きで詳しくなったんじゃないよ! アルミンの語り方が妙に印象に残るのが悪いのっ!!」
アルミン「あはは、照れるなぁ」テレテレ
ミーナ「もういやぁ……早く終わらせてぇ……」モゾモゾ...
サシャ「仕方ないですねぇ……ではミーナはここに置いて行きましょう。私が一人で取りに行ってきます」スタスタ...
アルミン「そうだね。僕も寮に戻るよ」スタスタ...
ミーナ「いやいやいや置いて行かないでえええええっ! ――あっ、そうだ! ねえ、エレンとコニーとトーマスとサムエルも呼んでこよう? 固定砲整備四班の仲間なんだからさ、こういう時こそみんなで助けあおうよ、ねっ?」
サシャ「ええー……? 私の飴玉一粒で全員召集なんて、すごく恥ずかしいんですが……」
アルミン「これから全員集めるなんて時間的に無理だよ、ミーナ。諦めて」
ミーナ「だってさぁ、私たち三人だけじゃ勝てないよぉ……おばけが出てもやっつけられないじゃん……」イジイジ...
アルミン「……」
300: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:13:43 ID:8fx7JoSg
アルミン「……それって、僕じゃ頼りないってこと?」ムッ...
ミーナ「へ? ――いや、そういう意味じゃないけどさ、でも……」ウダウダ
アルミン「……」
アルミン(そりゃあ、僕は筋肉質でもなければ背も高くないし、腕っ節だって強くないけど……女の子二人を守るくらいならできるのに)ムー...
アルミン「大丈夫だよ。用事があるのは技巧室じゃなくて保管庫のほうなんだし……今、保管庫にいるのはれっきとした訓練兵だから」
サシャ「訓練兵? こんな時間に何してるんですか?」
アルミン「立体機動装置の整備をしてるんだって。『教官から許可は取ってある』ってその子たちは言ってたよ」
ミーナ「……足あった?」
アルミン「あったあった」
ミーナ「…………透けてなかった?」
アルミン「透けてない透けてない」
ミーナ「……………………サシャ、サッと行ってパッと帰ってこよ。そして寮に帰って寝よ」ギュッ
サシャ「元からそのつもりですよ。――というわけでアルミン、すみませんがついてきてもらえますか? ミーナがしがみついたままだとドアも開けられないので……」
アルミン「いいよ。――ついでに中の二人には僕から説明するね」
301: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:14:26 ID:8fx7JoSg
―― 保管庫
モブ男「……ん? なんだよアルミン、まだ何か用か?」
アルミン「ううん、違うよ。用事があるのは僕じゃなくて――」チラッ
サシャ「こんばんはー……」ヒョコッ
ミーナ「あはは、どうも……」ヒョコッ
モブ女「……!」
モブ男「……何しに来たんだ、お前ら」
アルミン「忘れ物をしたから取りに来たんだって。――整備中なのに何度も邪魔してごめんね?」
モブ男「……」
モブ女「……ねえ、その忘れ物って本当にここにあるの? 自分の部屋の中はちゃんと探してきた?」
サシャ「いえ、部屋は探してはないですけど……ケースの中にあるのは確実なんですよ。――こっちはこっちで勝手に探すので気にしないでください。ええっと、私のはっと……」スタスタ...
モブ男「待て。……ほら、これだろ? お前の立体機動装置」ゴトッ
サシャ「へ? ――あっ、すみません。ありがとうございます。……えーっと、確かここに入れたはず……」パカッ ゴソゴソ...
ミーナ(……? なんだろう、今の……なんか違和感があったんだけど、気のせいかな……)
アルミン「……」
302: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:15:12 ID:8fx7JoSg
サシャ「あったあった、ありましたよ! よかったぁ、これでなんとか朝まで保ちそうです!」コロン
モブ男「見つかったのか? ――なら、ケースは俺が戻しておいてやるよ。そっちの机の上に置いといてくれ」
サシャ「えっ、いいんですか? それじゃあお言葉に甘えて――」スタスタ...
アルミン「待った。……サシャ、装置はまだ置かないで」
サシャ「へ?」キョトン
モブ男「……」
アルミン「あのさ……どうして今、サシャの装置をすぐに取り出せたの? サシャが装置を探してるって言った直後に、机の下から出てきたよね。なんで?」
モブ男「……たまたま位置を覚えてたんだよ。なんでもクソもねぇだろ」
アルミン「だって訓練兵は200人以上いるんだよ? 200以上もある装置の中から、サシャの装置の位置をたまたま覚えてたの?」
モブ女「別におかしいことでもないでしょ。アルミンだって、エレンやマルコの装置の位置なら把握してるんじゃないの?」
アルミン「正確な位置までは覚えてないよ。それに、昼間ならまだしも今はランタンの明かりしかないからね。さっきの君みたいに、すんなり探し出せる自信はないな」
モブ男「……」
アルミン「そもそも、なんでサシャの装置が机の下から出てきたの? ……僕は昼間に、サシャの装置は保管庫の上段にしまってあるって聞いたばかりなんだけど」
ミーナ「! ああそっか、何かおかしいなって思ってたけど……そういえばそんなこと言ってたよね、サシャ」
サシャ「は、はい……そうですけど。……あの、すみません。状況がよく飲み込めないんですが……」オロオロ...
303: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:16:31 ID:8fx7JoSg
モブ女「……私の装置を取り出すのに邪魔だったから、一旦床に下ろしただけだよ。そのまま戻し忘れてただけ」
アルミン「邪魔な装置を下ろしただけなら、装置が誰のものかを確認しておく必要はないよね?」
モブ男「……お前、言いがかりつけたいなら回りくどいことするなよ」
アルミン「うん、ごめんね。……ちゃんと確認してからじゃないとさ、本当に言いがかりになっちゃうと思ったから聞いたんだ」
モブ男「……」
モブ女「……」
アルミン「だって二人とも、おかしなところが多すぎるよ。――せっかく教官から整備の時間をもらえたのに、どうしてそっちの彼はケースすら開いてないの? 君たちは二人しかいないのに、なんで棚から出してある装置は三つもあるの? 整備をしてるのに工具箱すら持ってきてないのはなんで?」
モブ男「……」
モブ女「……」
アルミン「こんな時間に、こんなところで……本当は、二人で何してたの?」
304: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:17:19 ID:8fx7JoSg
モブ女「……あーあ、もう無理だって。誤魔化せないわ、これ」
モブ男「おい。黙れよ」
モブ女「いいじゃない、別に話しても。……さっさと打ち明けて、この三人に少しでも協力してもらったほうが楽だと思うよ。色々と」チラッ
アルミン「……」
モブ女「やだアルミン、睨まないでよ。整備してたってのは本当なんだからさ……まあ、私らのじゃなくて他の人のだけど」
アルミン「他の人……?」
ミーナ「ということは……誰かに整備し直してくれって頼まれたとか? 技巧不得意な子って結構いるし……」
モブ女「違う違う。だって上位の人たちは自分できちんと整備できるでしょ? 他の人に頼んだりしないよ」
サシャ「上位の……? ってことは、ミカサとか、……アニとか、ユミルのことですか?」
アルミン「……もしかして、上位の人の立体機動装置をいじってるの? 勝手に?」
305: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:18:24 ID:8fx7JoSg
モブ男「そんな深刻そうな顔しなくても大丈夫だって。中のボルトを少し締めるだけだから、移動中に壊れるってこともねえよ。……まあ、トリガーはいつもより引きにくくなるだろうけどな」
モブ女「これくらいなら怪我もしないだろうしね。多少は動きが悪くなるかもしれないけど……そんなの私らには知ったこっちゃないし」
モブ男「天才どもは俺らみたいな凡人とは作りが違うからさ、こういうハンデでも付けてもらわなきゃ追いつけないんだよな」
モブ女「そうそう。……まあ、上位のサシャにはわからないだろうけど」チラッ
サシャ「……」ビクッ
モブ女「ミーナやアルミンならわかってくれるでしょ? こっちは必死に頑張ってるってのにさぁ、相手は簡単にそれ以上のことをこなしちゃうんだよ? 近くで見てて虚しくならない?」
ミーナ「それは……全くないって言ったら嘘にはなるけど、でも、」
モブ男「だろ? ――アルミンなんか特にそうじゃないのか? あのミカサやエレンの幼なじみなんだからさ」
アルミン「……僕がエレンやミカサのことをどう思っているのかは関係ない。君たちが今やっていることは立派な不正行為だ。他人の答案を覗き見するのとは訳が違う、開拓地に送られても文句は言えないぞ」ジッ...
モブ女「あれっ、協力してくれないの? 意外だなぁ」
サシャ「意外も何も、アルミンやミーナがそんなことするわけないじゃないですか! 二人がそんな卑怯な真似をするわけないですよ!」
モブ女「じゃあサシャはどう?」
サシャ「えっ? ――わ、私だって……しませんよこんなこと。やるわけないじゃないですか!」
306: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:19:05 ID:8fx7JoSg
モブ女「そう? ――だってさ、他の上位の子の成績が落ちたら、それだけあんたが憲兵になれる確率が上がるんだよ? 乗らない手はなくない?」
サシャ「……いえ。私は別に、憲兵になりたいわけじゃないですから」
モブ女「はぁ……? じゃあ、なんで山岳訓練であんなに張り切ってたの? 意味わかんない」
モブ男「エレンといいお前といい、憲兵に興味がないならもう少し手を抜いてくれよな。お前らのせいで貴重な枠が潰れてるんだぞ?」
サシャ「そ、そんなこと、私に言われても……」
モブ女「そうだ! ――ねえサシャ。本当に憲兵に興味がないんだったらさ、明日からの試験は手を抜いてよ」
サシャ「え……い、嫌ですよそんなの! なんで私が、」
モブ女「別にいいでしょ? ミカサより下は成績がダンゴだから、サシャが手を抜いてくれたら私たちのどちらか一人は上がれるし」
モブ男「そうだな。もう細工しちまった装置はどうしようもねえけど、お前が約束するなら他の奴らのは見逃してやってもいいぞ。――幸い、お前らのお友だちの分はまだ手を付けてないからな」
モブ女「それでサシャ、どうする? 明日からの試験、手を抜いてくれるかな?」
サシャ「……わ、私は…………」
ミーナ「……勝手なことばかり言わないで」
307: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:20:00 ID:8fx7JoSg
ミーナ「サシャだって……ううん、サシャだけじゃなくて、他の子だってあなたたちと同じように頑張ってきたんだよ? どんな理由があったって、それを踏みにじる権利なんて誰にもない! こんなことしていいわけがないよ!」
モブ女「ふうん……ミーナまでそんなこと言うんだ。――あんた、アニに一泡吹かせてやりたいって思ったことないわけ? あの子に勝ちたくないの?」
ミーナ「勝ちたいよ。でも、あなたたちみたいなやり方で勝っても全然嬉しくない。こんな……相手のいないところで一方的に勝ち負けが決まるようなやり方は、絶対に間違ってる」
ミーナ「これなら、兵舎裏に呼び出して一対一で喧嘩するほうがまだマシだよ。ちゃんと相手と向き合わなきゃ、『勝った』なんて胸を張って言えないもの」
モブ女「……」
モブ男「……で、そっちは? お前はどうなんだよ、アルミン」
アルミン「……そうだね。僕も正直、エレンとミカサが羨ましくてしょうがない時があるよ。悔しい思いなんてのはしょっちゅうだ」
アルミン「君たちの言うとおり、努力だけじゃ埋められない才能ってのが、世の中にはあるかもしれないよね。――でもさ、君たちは違うだろ?」
モブ男「は? ……違うって何が、」
アルミン「そっちの彼は、座学の時間よく居眠りしてるよね。友だちにノートを借りてるのを何度か見かけたよ。技巧の時間は、毎回誰かに細かい整備を押し付けてたでしょ? そこに座ってる彼女みたいな、技巧が得意な子に」
モブ男「! お前、なんで知って……」
アルミン「ごめんね、偶然何度か目に入っちゃったんだ。――それで、そっちの君だけど」
モブ女「わ、私?」ビクッ
アルミン「うん。――君は兵站行進の時に、故意に荷物を減らしてたよね。この前の山岳訓練の時は、ゴールが見えてから班員の子に荷物を渡すように強要してた。……そうだよね?」
モブ女「……!」
308: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:20:49 ID:8fx7JoSg
アルミン「今言ったことは教官には話してないよ。でも、僕ごときにバレてるんだから、とっくの昔にわかってるんじゃないかな」
モブ女「そ、そんなの……私たちだけじゃないでしょ! 他のみんなだってやってるし、あんたの幼なじみのエレンやミカサに……そう、そこのサシャだって、陰で何をやってるかわかったもんじゃないでしょ!」
サシャ「…………あの、私は、」
アルミン「そうだね、そういうルールに反する行動をしてるのは君たちだけじゃない。僕が知らないだけで、その三人がそういうズルをしたことがあるのかもしれない」チラッ
サシャ「……」
アルミン「……でもね、僕の知ってるその三人なら、もっと下手くそに立ち回ってると思うよ」
モブ男「……は?」
モブ女「何、どういう意味? 下手くそって……」
アルミン「君たちみたいな、自分たちだけ安全地帯にいるような方法は絶対に取らないってことだよ。もし、そういう行為をやるにしても……自分も相手と同じ立場に立って、反撃されるのも覚悟の上でやるんじゃないかな。……頭が良い君たちとは違ってね」
アルミン「僕が知ってる上位の人は、そういう人たちばかりだったよ。――君たちはどう? さっき僕が言ったことを踏まえて、不正行為をやったこともきちんと受け入れた上で、『自分は必死で頑張ってきた』って本当に言える?」
モブ女「だ、だからそれは、普通にやっても勝てないから、仕方なくやったことで――」
アルミン「『普通にやっても』じゃなくて、『普通にやらなかったから』でしょ? ――君たちがもっと要領の悪い人だったら、たぶん成績は今と違ったものになってたと思うよ。こんな方法を取らずに済んでたかもしれない。……まあ、もう遅いけどね」
309: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:21:38 ID:8fx7JoSg
モブ男「……」
モブ女「……本当に、追いつけてたと思う? 上位のユミルやサシャやアニに……それに、あのミカサを越すなんてこと、他の誰にもできないんじゃないの? 男子にだって無理なのに……」
アルミン「できるよ。すごく難しいことだけど、不可能じゃない。……ね、サシャ」
サシャ「へっ? ……な、なんですか?」キョトン
アルミン「秋の基礎体力訓練で、一度だけミカサに勝ったことがあったよね。覚えてる?」
サシャ「覚えてますけど……あれは、どっちかっていうとまぐれみたいなものですし、勝ったって言うわけじゃ……」
アルミン「それでも勝ちは勝ちでしょ? ……僕は見てたよ。あの日だけじゃなくて、これまでずっと……サシャが諦めないで頑張ってきたのを、ちゃんと知ってる」
サシャ「アルミン……」
モブ男「……そりゃあ、芋女は他の奴らとは違うからだろ。変人っぷりなら104期の中でも一番だしな」
モブ女「……ねえミーナ。あんたさっき、アニに勝ちたいって言ってたよね。……本当にできると思うの? 今だってロクに追いつけてないのに?」
ミーナ「それでもやるよ。――だって私、アニに追い付きたいもの。今は無理でも……何年かかっても、いつか絶対隣に並びたい。……胸を張って、アニの友だちだって言えるようになりたいから」
モブ男「……無理に決まってんだろ、そんなの」
ミーナ「無理でもやるよ! だって私にはそれしかできないんだもの、やるしかないじゃない!」
サシャ「……!」
310: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:22:15 ID:8fx7JoSg
サシャ(そう、ですよね……ミーナが言ってるとおりです)
サシャ(卒業まで時間がないなら、卒業してからも頑張ればいいんです。今は認めてもらえなくても……認めてもらえるまで、追いかけちゃえばいいんです)
サシャ(私がこれまで頑張ってきたのは……私自身が、ライナーの隣にいたいって思ったからじゃないですか)
サシャ(その気持ちに嘘を吐いて、諦めちゃったら……もう二度と、追いつくことなんてできません)
サシャ(私は私らしく、好きなものを好きなだけ追いかけるだけです。――だってそれが、……ライナーが教えてくれた、私の、いいところなんですから……)
311: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:23:14 ID:8fx7JoSg
アルミン「……君たちのことは、キース教官に報告するよ。その鍵を借りた経緯を聞き出して、上位の人たちに整備状態を確認してもらう」
アルミン「順位に関わりがない僕とミーナ、それに上位のサシャも合わせて三人も証言すれば、不正行為なんて簡単に立証できる。言い逃れはできないよ」
モブ男「……おい、ベルトルトの装置寄越せ」
モブ女「は? ……ちょっ、ちょっと! これ以上は本当にやばいって! 今ならまだ――」
モブ男「いいから寄越せよ! ――なあアルミン。お前さぁ、技巧の時間に得意げに話してたよなぁ? ケースに入れたまま衝撃を受けるとなんだっけ?」グッ...
アルミン「!」
―― ケースに入れたまま強い衝撃を受けると、部品が歪んじゃうんだって
サシャ「……! まさか……!」
モブ男「そのまさかだ。――ほらよ、まずはベルトルトのからだ!」ブンッ
ミーナ「ああっ!」
サシャ(――! 落ちる……っ!)ダッ
312: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:23:59 ID:8fx7JoSg
―― 同刻 とある倉庫
ライナー(なんでサシャのハンカチが訓練服に入ってるんだ? 昨日捨てたはずだよな、これ……)
ライナー(ベルトルトがゴミ捨てに行くって言ったから、あいつに渡して……? いや、渡したか……? うまく思い出せねえ……)
ライナー(……あれ? そういやなんで俺は倉庫にいるんだ? サシャと待ち合わせしてたんだっけか……)キョロキョロ...
ライナー(……いや、違う。あいつには……二人で出かけた夜に忘れろって言ったんだ。待ち合わせなんかしてない……)
ライナー(ということは、つまり……)
ライナー「……」
ライナー「…………」
「……ライナー」
ライナー「うおっ!?」ビクッ!!
313: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:24:37 ID:8fx7JoSg
ライナー「あ、アニか……! いきなり声かけるなよ、びっくりするだろ!」ドキドキ
アニ「……」
ライナー「……アニ? どうした、何かあったのか? ……って、お前薄着じゃねえか。いつものパーカーはどうしたんだ?」オロオロ...
アニ「……ねえ、今のあんたは戦士? 兵士? どっち?」
ライナー「あ、あぁ……今か? 今は戦士だが……すまん、お前にも迷惑かけたよな? 情けねえことに何も覚えてないんだけどよ……」
アニ「……」
ライナー「帰ったらベルトルトにも謝らねえといけねえよな……そういえば、今はまだ試験中なんだろ? 俺、妙なこと口走ってなかったか?」アセアセ
アニ「……これ、見て」クシャッ
ライナー「は? 見ろって言われても、この月明かりじゃ細かいところまでは……ああ、整備班の日程表か? お前の分はもう確認済みだぞ、計画に支障は――」
アニ「いいから。……早く見て」グイッ
314: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:25:18 ID:8fx7JoSg
ライナー「……? なんだよ、時間の変更でもあったのか? ……おい、ちょっと待て。これ4班のじゃねえか。お前は関係ないだろ」ガサガサ
アニ「その4班に、誰がいるか覚えてる?」
ライナー「誰って……知らないが、誰がいるんだ?」
アニ「エレン、コニー、サムエル、トーマス……」
ライナー「……」
アニ「それに……ミーナと、サシャ」
ライナー「……それがどうした」
アニ「ベルトルトが、壁を壊すのは……調査兵団が出発する日の、昼前だったよね」
315: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:26:05 ID:8fx7JoSg
アニ「その日の、その時間に……壁の上の固定砲を整備するのは、4班なんだ」
ライナー「……」
アニ「どうしよう……ねえライナー、私どうしたらいい? ミーナが、ミーナが死んじゃう、どうしよう、」ギュッ...
ライナー「死ぬって……落ち着けよ、まだそう決まったわけじゃ、」
アニ「落ち着けるわけないでしょ!? 死なないって保証もないのに!!」
ライナー「お、おい……! 声が大きいぞ、人が来たらどうする!」
アニ「あっ……ごめん。静かにする……」
ライナー「……」
ライナー(あのアニが、ここまで取り乱すとは……こいつの中で、それだけミーナの存在が大きくなってたってことか? ……だが)
アニ「中止は、しなくてもいいから……せめて、時間だけでもずらせないの? 朝でも夜でもいいからさ、その時間以外にできない? ねえ、」
ライナー「駄目だ。計画はそのまま実行する。……調査兵団の当日の細かい動きが読めない以上、時間は前にも後にも変更できない。この時間帯が最適だって、前にも説明しただろ?」
アニ「わかってるよ、わかってるけど、」
ライナー「俺たちは故郷に帰るんだ。そのために……これは必要なことだ。避けて通ることはできない」
アニ「……じゃあ、帰るのやめる」
316: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:26:50 ID:8fx7JoSg
ライナー「馬鹿言え。……できるかそんなこと」
アニ「できるよ。これまでだってやってこれたんだ、これからだってうまく立ち回れば――」
ライナー「親父さんに二度と会えなくなってもいいのか?」
アニ「……っ」ギリッ...
ライナー「壁内に残るってのはそういうことだ。……お前は本当にそれでいいのか? 後悔するころには、きっと取り返しのつかないことになってるぞ?」
アニ「……」
ライナー「それに、お前の親父さんのことだけじゃない。……マルセルの親父さんとお袋さんは、あいつが死んだってことすらまだ知らねえんだぞ」
ライナー「あいつは……マルセルは巨人に丸飲みされちまったから、死体なんて残らなかった。形見になりそうなものも、全部巨人の腹の中だ。……俺を庇ったせいでな」
ライナー「だから俺は、マルセルのことをあいつの両親に伝えなきゃならねえ。俺にはその責任がある。――たとえお前相手でも、これだけは曲げられない」
アニ「……」
317: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:27:31 ID:8fx7JoSg
ライナー「やりたくないなら無理にやらなくてもいい。お前がいなくても、俺とベルトルトだけでなんとかする。……俺が譲歩できるのは、それくらいだ」
アニ「……嫌だ、そんなの……」
ライナー「嫌だも何も、お前がやりたくないんなら仕方がないだろ。――話は終わりだ。俺は寮に戻る。お前も早く帰れ」
アニ「……」
ライナー「……アニ」
アニ「違う、違うよ……そうじゃない。そうじゃないんだよ……!」
ライナー「……? 違う?」
アニ「あんた、前に言ってたよね。――この訓練所に入ってすぐ、エレンのお母さんが巨人に食われた時の話を聞いたって」
ライナー「……ああ」
アニ「どう思った?」
ライナー「……」
318: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:28:24 ID:8fx7JoSg
アニ「気の毒だなって……そう思ったんでしょ? 違う?」
ライナー「……そんな無責任なこと考えるかよ」
アニ「別に見栄なんか張らなくてもいいよ。……あんたたちからその話を聞いた時、私もそう思ったもの」
ライナー「……」
アニ「当然だよね。だって……五年前の私たちは、人間を殺そうと思ってやったわけじゃない。ただ『壁を壊してこい』って言われて、それに従っただけだもの」
アニ「壁の中に、私たちと同じ姿の人間がいるなんて……私たちが壁を壊したせいで、誰がどこでどうなるかなんて……想像はできても、実感なんか少しも湧かなかった。……あんたたちからエレンのお母さんの話を聞いた後も、……同じだった」
ライナー「……」
アニ「私ね、ミーナが調査兵団に行くって言った時も、別になんとも思わなかったの。……たぶん『駐屯兵団に行く』って聞いても、同じ反応したと思う」
アニ「その時は……ミーナは、私の知らないところで、……勝手に、し、死んじゃうんだろうなって、思ってたから……っ」グッ...
アニ「だって……だって、そんなことまで考えちゃったら、キリがないでしょ? 私の知らないところで死なれても、私にはどうしようもないもの。そうやって、割り切るしかないじゃない。……ミーナのことも、エレンのお母さんのことも」
ライナー「……」
ライナー(……違う。アニは、そんな風に思っちゃいない……)
ライナー(本当に、割り切ってるんだったら……そんな辛そうな顔で話すかよ……)
319: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:29:09 ID:8fx7JoSg
アニ「でも、今回は違う。――壁の上には固定砲があるから、五年前みたいに壁を壊すだけじゃ終わらない」
アニ「固定砲を壊さないと、きっと作戦はうまくいかない。だから……固定砲の近くにいる兵士を、……当然、排除しなくちゃいけない」
アニ「今度こそ、私たちが……この手で直接、誰かを殺さなくちゃいけない。五年前とは違って、……やらなくちゃいけない」
ライナー「……それも、故郷に帰るためには必要なことだ。俺もベルトルトも覚悟してる」
アニ「……ベルトルトは、覚悟なんかできてないよ」
ライナー「あいつは立派な戦士だ。……『自分には意思がない』っていつも言っているが、何をやるべきかはちゃんとわかってるさ」
アニ「……なら、なんでベルトルトは時間を変えようって言ったの?」
ライナー「――!」
アニ「きっとベルトルトは、計画を聞いた時にはもう気づいてたんだよ。でも、計画を中止することはできないってこともわかってたから……だから、時間を変えようって言い出したんだ」
ライナー「……」
アニ「ねえライナー、本当にこのままでいいの? 今ならまだ『壁を壊しただけ』だって、自分を誤魔化したままでいられる」
アニ「でも、今回の計画を進めちゃったら……そういう自分への言い訳も、できなくなっちゃうじゃない……」
アニ「このままじゃ、ベルトルトも……あんたも、今よりずっと苦しむことになるんだよ? それでもいいの?」
320: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:30:04 ID:8fx7JoSg
ライナー「……」
アニ「お願い、何か言ってよ……私たちが止めてあげないと駄目なんだよ。ベルトルトはもう覚悟しちゃってるんだもの、私たちが言ってあげないと、ベルトルトが、ミーナを……ミーナが、死んじゃうよ……」
ライナー「俺は……」
ライナー(卒業と同時にウォール・シーナに潜り込むためには、ウォール・ローゼの破壊は絶対条件だ。……そこだけは変えることができない)
ライナー(俺が、外側と内側の門を両方壊せば……いや、無理だ。いくらなんでも連続で巨人は出せねえ。――しかも、時間を空ければ空けるだけ対策が打たれちまうし、調査兵団が戻ってくる確率も跳ね上がる……)
ライナー(やはり、外側と内側の門を壊すのは別々の人間がやるしかない。……アニの巨人は論外だ。あいつの巨人は足が早いが、壁を壊すほどの威力は出ない)
ライナー(ベルトルトに内門をやらせても……あいつの巨人は移動ができないから、タイミングを間違えれば、……それこそ取り返しの付かないことになる)
ライナー(……俺に何ができる? ――俺だって、できるなら二人には……人殺しなんかさせたくない。同期の奴らと、殺し合いなんかさせたくないんだ……)
ライナー(ベルトルトとアニを守るために、俺は何をしたら――)
アニ「……もう、やだ」
321: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:30:51 ID:8fx7JoSg
ライナー「……アニ?」
アニ「やだよ、もう……こんなのやだぁ……」ポロポロ...
アニ「なんで、私なの……? なんで……なんで、わたしたちが、こんな目にあわなきゃいけないの……? ねえ、おしえてよ……」ポロポロ...
ライナー「……それは」
アニ「私だって……私だって!! できるなら、普通の女の子みたいになりたかった!!」グッ...
アニ「みんなで、くだらないお喋りしたりっ……遊びに、行ったり……したかった……っ!」ポロポロ...
ライナー「……」
アニ「わたし……私は、こうならないために、こんな風に躊躇したくないから、みんなから距離を置いてきたのに……っ! なんで……っ、今頃になって、こんな……っ!」
322: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:31:38 ID:8fx7JoSg
アニ「……こんなことになるなら、兵団になんか入らなきゃよかった。……壁内になんか来なきゃよかった……!」
ライナー「アニ……」
アニ「こんなことになるなら……! 私はずっと一人でいればよかった……!」グッ...
アニ「こんな辛い気持ち、知りたくなかった!!」
―― ゴトンッ!!
アニ「ひっ」ビクッ
ライナー「うおっ!?」ビクッ
323: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:32:34 ID:8fx7JoSg
アニ「……」
ライナー「……」
アニ「……な、何? 何なの? 今の音……」ビクビク...
ライナー「わからん。何かがどこかで落ちたんだろうが……」
ライナー(兵舎のほうからか……? しかし、雪が落ちたにしちゃあ音がこもってたような……)
アニ「お、落ちた……? 落ちたって何が? 雪が?」
ライナー「いや、雪じゃない。方角からして、立体機動装置の保管庫だとは思うが……装置が勝手に落ちるわけがないからな。調理場で鍋が落ちたって考えたほうがまだ自然だろう」
アニ「……調理場?」ピクッ
アニ(確か、調理場には……ミーナとサシャが……!)
ライナー「実際に行ってみないとなんとも言えねえが……ここまで音が響くってことは、相当でかいもんが落ちたんだろうな。まあ、見回りの教官が確認するだろうから、俺たちは気にしなくても――」
アニ「……行ってくる」ダッ
ライナー「は? 行ってくるって……お、おい! 待てよ、どこに行くんだ!」ダッ
324: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:33:25 ID:8fx7JoSg
―― 同刻 保管庫
サシャ「はぁっ……はぁ……っ」
サシャ(よかった……なんとか、床に落ちる前に間に合いました……)ホッ
サシャ(ベルトルトの装置、無事でよかった……)ギュッ
ミーナ「び、びっくりしたぁ……手を離した時は、どうなることかと思ったけど……」ドキドキ...
アルミン「……」
アルミン(今……サシャがなんとか滑りこんで受け止めたから、ケースが直接床に落ちはしなかったけど……かなり大きな音だった)
アルミン(ケースを受け止めた時に、背中が机に当たった音だって思いたいけど……でも、今のは……)
モブ女「馬鹿、何やってんのよ! 装置の中のボルトを締めるだけってあんた言ったじゃない、ここまでやるなんて――」
モブ男「お前こそ何言ってんだ、あそこまで言われて黙ってられるかよ! 大体、元はと言えばお前の整備がトロいからアルミンなんかに見つかったんだろうが!」
モブ女「はぁっ!? 私のせいにするわけ、信じらんない!!」
モブ男「じゃあなんだよ、今からあいつら無視して一個ずつフタ開けて細工するってのか!? 間に合うわけねえだろそんなの、やれるもんならやってみろよ!」グイッ
サシャ「!!」ガシッ
325: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:34:16 ID:8fx7JoSg
モブ男「……おい。手ぇ離せよ」
サシャ「い、いやです……! 離しません、絶対に!」ギュッ
モブ男「この野郎……寄越せって言ってんだよ!」ガツッ
サシャ「いっ……!」ズキッ
アルミン(!! 腕を蹴った……!)
ミーナ「サシャ!!」ダッ
モブ女「動かないで!! ――こっち来たら、次はマルコのを壊すよ」
ミーナ「うっ……!」ピタッ
アルミン「……不正行為を隠蔽するための傷害行為なんて、教官にバレたら一発で開拓地行きだよ。もう憲兵どころの話じゃなくなるけど、君たちはそれでいいの?」
モブ女「へえ、そうなんだ。じゃあもう二、三人くらい道連れにしちゃおっかな。――ちょっと、早くしてよ!! いつまでやってんの!!」
モブ男「んなこと言われたって、こいつ手ぇ離さねえんだよ……っ!」グググッ...
サシャ「う、うぐぐぐぐっ……!」グググググ...
326: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:34:58 ID:8fx7JoSg
モブ男「くそっ、しぶといな……おい! 先に芋女の装置壊しちまえ!」
ミーナ「!! い、嫌だよ、絶対渡さないから!!」ギュッ
アルミン「……」チラッ
アルミン(どうしよう、数の上では僕らのほうが有利だけど……サシャはベルトルトの装置を抱えてる上に、相手のすぐ近くにいる)
アルミン(情けないけど、僕らだけじゃあっちの二人には到底敵わない。……サシャの装置を守るだけで精一杯だ)
アルミン(さっきの音で、見回りの教官も保管庫のことに気づいたはずだ。今はこの状況をできるだけ維持して、なんとか隙を伺うしか――)
モブ女「……待った。そういえばさ、サシャってライナーと仲が良かったんじゃなかったっけ?」
アルミン「……!」
サシャ「……え?」ピクッ
モブ男「ライナーと? ――でもあいつ、今朝は食堂で否定してなかったか? サシャとは何も関係ないって」
モブ女「あんなの嘘に決まってるでしょ。それに、関係ないかどうかはやってみせればわかるって。……えっと、こっちだったよね」スタスタ...
サシャ「……! や、やめてください!! 本当に何も関係ないですから!!」
モブ女「ほーら怪しい。馬鹿は単純で助かるよねー。……あ、あった」ガタゴト
327: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:35:57 ID:8fx7JoSg
モブ女「よいしょっと。……お、結構傷ついてるじゃん。使い込んでるんだね、すごいすごーい」パカッ ガチャガチャ
サシャ「や、やめてください……! やめて……!」
モブ男「ならさっさとベルトルトのを寄越すんだな。そしたらライナーのは見逃してやるよ」
サシャ「……! それは……」ギュッ
ミーナ「そんなのどっちも選べるわけないでしょ!? いい加減に――」スタスタ...
モブ男「おい、動くなって言ったろうが!!」ガシッ
サシャ「――いたっ……!」
ミーナ「あっ……!」ピタッ
モブ男「よし、それ以上こっちには来るなよ? 次は髪の毛じゃすまねえぞ」グイッ ブチブチッ
サシャ「いっ……!」
ミーナ「う、ううっ……!」ギリッ...
モブ女「ねえ、もうここまで来たらボルト締めるだけじゃ割に合わなくない? シャフトでも折ってみよっか?」カチャカチャ...
サシャ「……!」
サシャ(このままじゃ、私のせいでライナーの装置が……! でも、ベルトルトの装置を渡すわけにはいきませんし……どうしたら……)ギュウッ
328: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:36:54 ID:8fx7JoSg
アルミン(あれだけがっちり髪の毛を掴まれてるんじゃ、サシャが自力で逃げ出すのは無理だ。ほぼ頭を押さえつけられてるようなものだし……)
アルミン(でも下手に突っ込んだら、今度は装置どころかサシャに何をされるかわからない……くそっ!! 早くなんとかしないと……!!)
サシャ「……いいです。わかりました」
アルミン「……? サシャ?」
サシャ「私の装置、壊していいですから……ライナーとベルトルトの装置は、壊さないでください。お願いします……」
アルミン「……!」
ミーナ「そんな……! そんなの駄目に決まって、」
モブ男「うるせえな、外野は黙ってろよ! ……それだけか?」
サシャ「……明日からの試験、全部休みます。出席も、しません……」
サシャ「だから……もう、やめてください。お願いします……やめて……」ギュッ
モブ女「……だってさ。どうする?」
モブ男「……まあ、いいんじゃないか? もう上位の何人かには細工してあるし、そこの二人が教官にチクらなきゃ憲兵は余裕だろ」チラッ
ミーナ「……」ギリッ...
アルミン「……」
329: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:37:36 ID:8fx7JoSg
モブ男「交渉成立だな。……ほらミーナ、芋女の装置寄越せよ。バラバラに分解してやるからさ」
ミーナ「……その前に、サシャの髪から手を離して。もう掴んでなくてもいいでしょう」
モブ男「悪いな。それは条件に入ってねえんだよ」
ミーナ「……」
サシャ「……ミーナ、渡してください」
ミーナ「でも……」
サシャ「いいんです。――二人に何かあったら、ミカサやアニに合わせる顔がないですから」
ミーナ「……」
アルミン「……ミーナ。渡さなくていいよ」ボソッ
330: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:38:28 ID:8fx7JoSg
ミーナ「……? アルミン?」
アルミン「僕が、サシャの髪を掴んでるあいつに体当たりするから……その隙に、サシャを連れて廊下に出るんだ。外に出たら、見回りの教官を呼んできて。……できるだけ早く」ヒソヒソ
ミーナ「え……? で、でも、そんなことしたらアルミンが、」
アルミン「僕だって男だ、平気だよ。……殴られるのなんか、昔から慣れてるし」カタカタ...
ミーナ「……震えてるじゃない」
アルミン「平気だって。……ちょっと寒いだけだよ、こんなの」グッ...
アルミン(他の誰かを待ってなんかいられない。……僕が、身体を張ってミーナとサシャを守らなきゃ)グッ...
アルミン(黙って助けを待っていたら……そんなのは、今までの僕と同じだ。このままじゃ、いつまで経ってもエレンやミカサに追いつけない。――僕だって、変わるんだ……!)
モブ男「おいミーナ、早くしろよ! いつまで突っ立ってんだ!」イライラ
ミーナ「わ、わかってるよ……!」チラッ
アルミン「……じゃあミーナ、いちにのさんで行くから」
ミーナ「アルミン……!」
アルミン「行くよ。――いち、にの……!」グッ...
331: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:39:20 ID:8fx7JoSg
―― 保管庫前 廊下
ライナー「……いない」キョロキョロ...
ライナー(途中でアニを見失ったから、取り敢えず保管庫近くまで来てみたが……見当たらねえってことは、調理場のほうに向かったのか)
ライナー(仕方ねえな。ここは引き返して、調理場に行って…… ……ん?)
ライナー(保管庫に明かりが点いてるな。――もしかして、中にアニが……!)ダッ
ライナー「アニ!」ガチャッ
「うわっ!」ドタンッ
「きゃっ!!」ビクッ
332: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:40:17 ID:8fx7JoSg
ライナー「……? な、なんだ? アルミンにミーナか? なんで入り口で突っ立ってるんだ、危ねえぞ」
ミーナ「……」ポカン
アルミン「ら、ライナー……」
ライナー「っつうか、いくらなんでも転ぶほど驚くことはねえだろ……アルミン、大丈夫か? 手なら貸すぞ?」スッ
アルミン「い、いや……僕は平気だよ。……大丈夫」チラッ
ライナー「そうか、ならよかった。――ところでアニがここに来なかったか? どこかに走って行っちまったんだが…… ……ん?」キョロキョロ...
モブ男「……」
モブ女「……」
ライナー(ああ、他にまだ人がいたのか……あいつら、あんな暗いところで何してるんだ?)ジーッ...
333: ◆H4iwFNXQsw 2014/07/26(土) 22:41:35 ID:8fx7JoSg
ライナー「……で、これはいったい何の集まりなんだ? さっきの音もお前らがやったのか?」
モブ男「別になんでもないって。――アニはここには来てねえよ。他を探してくれ」
ライナー「おいおい……なんでもないのに四人も人が集まるわけねえだろ? ――もしかすると、さっきのは装置が落ちた音じゃねえのか? なら点検しねえとまずいな、ちょっと見せてくれ」スタスタ...
モブ男「!! く、来るな!!」グイッ
「……っ! いたっ……」
ライナー(……? もう一人いたのか? 机の陰で見えなかったが――)チラッ
ライナー「……」
ライナー「……サシャ?」
サシャ「」ビクッ
388: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:10:01 ID:LsyHm.7c
サシャ「……」チラッ
ライナー「そんなところで何やってんだ? お前」
サシャ「……」プイッ
ライナー「……? おい、聞いてんのか?」
ライナー(なんだ……? 反応が妙だな。何かあったのか?)
サシャ(……ど、どうしましょう。なんでライナーがここにいるんですか? てっきり寮にいると思ったのに、こんな時間まで出歩いてるなんて予想外です……!)オロオロ...
サシャ(えっと……えっと! とにかく、今抱えてるベルトルトの装置と、机の上にあるライナーの装置は守らなくちゃいけませんから……下手に二人を刺激しないためには……)ウーンウーン
サシャ(……ううっ、だめです。なんにも考えが浮かびません……! いっそのこと、ライナーが装置を持って逃げてくれればいいんですけど、してくれないでしょうし……)チラッ
サシャ(……取り敢えず、一旦状況を元に戻しましょう。そのために――)
サシャ(ライナーには、一刻も早く帰ってもらわないと……!)グッ...
389: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:10:49 ID:LsyHm.7c
モブ男「なあライナー。見ての通り、俺たちは今取り込み中なんだよ。――アニを探してるんだろ? 早く見つけないと寮に帰っちまうかもしんねえぞ?」シッシッ
ライナー「いや、いくらなんでもこの状況を放置していくわけにはいかねえだろ。正直何をやってるのかはわからないが……取り敢えず、その手は離してやってくれないか? 見てるだけで痛そうだしな」
モブ男「……」チラッ
モブ女「……」チラッ
ライナー「おい、何を目配せしてるんだ? いちいち相談しなきゃ何もできねえのか? さっさと離して――」
サシャ「いっ、いいですっ! 離さなくていいです、ずっと掴んでてくださいっ!」ガシッ
モブ男「へっ?」
ライナー「……!」ピクッ
モブ女「は?」
ミーナ「んん……?」
アルミン「えっ?」
390: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:11:42 ID:LsyHm.7c
サシャ(とにかく、今は装置を守るためにも現状維持するしかありません! ――正直、手がさっきからジンジンしますし、何本か髪の毛が抜けて痛いですけど……)ズキズキ...
ライナー(あ、あいつ……! 手を握ってやがる! しかもあんな気軽に……!)イライラ...
アルミン「サシャ……? 何言ってるの? 髪、掴まれて痛いんじゃ……」
サシャ「いいえ、いいんですこのままで! ――ねっ、あなたも手を離したら困るでしょう!? ですよね!?」ギュッ
モブ男「えっ? ――そ、そりゃあ、困るか困らないかって言われたら困るけどよ……」チラッ
ライナー「…………」
ミーナ(うわぁ……ライナー、複雑な顔してる……)
アルミン(これは……昼間の喧嘩の延長で、サシャがライナーに意地を張ってるって見ていいのかな。……なんで今やってるのかはわからないけど)
ライナー「……つまり、なんだ。……同意の上でやってんのかそれは」
サシャ「そ、そうですよ? もちろんそうです! ――ですよね? ねっ?」クイクイ
モブ男「あ、いや、同意っていうか……その……」オロオロ...
ミーナ(めちゃくちゃ動揺してる……!)
アルミン(ええええええ……!? サシャ、状況わかってるんだよね? 今はそれどころじゃないんだけどな……)ハラハラ...
ライナー「……………………ほう」
391: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:12:24 ID:LsyHm.7c
ライナー「……アルミン説明しろ。何があった」
アルミン「えっ、僕? ――ええっとね、その子たちが上位の子の立体機動装置に細工してて、僕らがその現場を押さえたところで……」
ライナー「違う。そっちじゃない」
アルミン「えっ? そっちじゃないって、」
ライナー「あそこにサシャが座り込んで、あいつに髪をわし掴みにされてる理由だ。お前なら知ってるだろ?」
アルミン「それは……あの、そっちの彼が、ベルトルトの装置を床に落っことそうとしたんだ。それをサシャが受け止めたところで、頭を押さえつけられちゃって」
ライナー「なるほどな、さっきのでかい音はそれか。……それでサシャ、どこが『同意の上』なんだ? アルミンの話を聞いた限りじゃとてもそうは思えねえぞ?」
ミーナ(そっち!? 細工の話はどうでもいいの!?)
アルミン(ああ……! ライナーまでサシャのペースに乗っかっちゃった……!)
サシャ「え、えと……それは、そのですね……」チラッ
392: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:13:07 ID:LsyHm.7c
モブ男「……」プイ
サシャ(ああっ、顔逸らされちゃいました……うぐぐ、こうなったら……!)
サシャ「あの……私が教えてあげたんです。頭を押さえると逃げ出しにくいですよって」
モブ男「言ってねえよ」
ライナー「言ってないってよ」
サシャ「ちょっ……! 酷いですよ、ここまでしておきながら味方すらしてくれないなんて!!」プンスカ
モブ男「そもそも味方してやる義理がないからな」
ライナー「だとよ。……残念だったな」フフン
サシャ「ぐぬぬ……とんだ裏切りですよ、これは……!」ギリッ...
モブ女「……ちょっと、いつまでやってんのよ」
393: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:13:46 ID:LsyHm.7c
モブ女「あのさぁ、用事がないならとっとと出てってくんない? こっちはいきなり割り込まれて不愉快なんだけど」イライラ...
ライナー「そうか? そりゃすまなかったな。――じゃあ行くぞサシャ」
モブ女「は?」
サシャ「へっ? ……な、何言ってるんですか。行きませんよ私」ブンブン
モブ女「そうよ、勝手に連れて行かないでくれる? ……ていうか、サシャなんかどうでもいいでしょ。さっさとアニ探しに行ったらどう?」
ライナー「どうでもいいわけあるか。――離れていてもあれだけでかい音がしたんだ。装置を受け止めた時にどこかしら打ってんじゃねえのか? お前」チラッ
サシャ「……」プイッ
ライナー「まあ、答えたくないなら答えなくてもいいが……手当てをするならできるだけ早いほうがいい。医務室は開いてないが、応急処置くらいなら俺にもできるからな」
モブ女「……だから、こっちが優先だって言ってるでしょ? 話聞いてる?」イライラ...
ライナー「いいや、そっちがどんな用事だろうが怪我人が優先だ。埋め合わせが必要なら後で俺が引き受けてやる。――それと、そっちのお前」チラッ
モブ男「! ……な、なんだよ」ビクッ
ライナー「いつまで汚ねえ手でベタベタ触ってんだ。……離せ」
394: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:14:51 ID:LsyHm.7c
モブ男「……」パッ
サシャ「あっ……」パサッ...
サシャ(手、離されちゃいました……ということは)チラッ
ライナー「……」スタスタ...
サシャ(ひええええ……! やっぱりこっちに来ます……! ええっと、ええっと……)キョロキョロ...
ライナー「立てるか? ……ほら、持ってる装置寄越せ」
サシャ「……」プイッ
ライナー「……ったく、手間のかかる奴め」グイッ
サシャ「あっ……」
サシャ(ああ……ベルトルトの装置、持ってかれちゃいました……)オロオロ...
ライナー「ミーナ、この装置も一緒に預かってくれ。……で、そっちの机の上のは誰のだ? 上位ってことはミカサかアニ辺りか?」
モブ女「……どっちも外れ。あんたのよ」
ライナー「そうか。それも細工するつもりだったのか?」
モブ女「……」
ライナー「お前までだんまり決め込まれちゃ困るんだけどな。……やりたいなら勝手にやれ」
395: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:17:52 ID:LsyHm.7c
モブ女「……!」
サシャ「えっ? な、なんで……」
モブ女「……本気で言ってんの?」
ライナー「お前こそ立派なのは口だけか? ――早くやれよ」
モブ女「……このっ!」ブンッ
サシャ「あっ……! ――待って、やめてください!!」
―― ガシャンッ!! ガンッ カラカラカラ...
サシャ「あぁっ……!」
396: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:18:29 ID:LsyHm.7c
ライナー「うおっ……危ねえなぁ、好きにしろとは言ったが投げて返せとは言ってねえぞ? ぶつかったらどうしてくれるんだ? ――アルミン、ミーナ。お前らは平気か? 破片に当たってねえよな?」
ミーナ「う、うん……大丈夫。私は全然……」
アルミン「僕も平気だけど……でも、ライナーの装置が……」チラッ
アルミン(あんなに強く壁に叩きつけられたら、シャフトが何本か歪んじゃったんじゃ……)
ライナー「気にすんな。装置なんか後でいくらでも直せるからな。――で、そっちのお前は満足か?」
モブ女「……」
ライナー「どんな手を使ってでも勝ちたいって気持ちはわからんでもない。……だが、こういうやり方は後味のいいもんじゃないとは思うぞ」
397: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:19:30 ID:LsyHm.7c
エレン「おい、今の音はなんだ!?」ガチャッ
ミカサ「何かがぶつかったような音がしたけれど……」ヒョコッ
ライナー「おお、ミカサにエレンか。ちょうどよかった。――ここ、任せていいか?」
エレン「? ?? ……お、おう? 別にいいけどよ……」
ミカサ「……何があったの」
ライナー「俺も細かい経緯は知らん。後はアルミンから聞いてくれ」
ミカサ「……わかった。アルミン、説明して」
アルミン「うん……じゃあ、かいつまんで説明するよ。えっと――」
サシャ「……」
サシャ(そんな……ライナーの、装置が……)
サシャ(私が……私の装置を、すぐに渡さなかったから……)
サシャ(……私の、せい……)ジワッ...
ライナー「サシャ、いつまで座ってんだ。手が必要なら貸すぞ?」スッ
398: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:20:19 ID:LsyHm.7c
サシャ「……いいです。一人で立てます」ゴシゴシ スクッ
ライナー「そうか? ……足は問題なさそうだな。他に痛むところはあるか?」
サシャ「ありません、大丈夫です。……どいてください。寮に帰りますから」スタスタ...
ライナー「何言ってんだ、大丈夫なわけないだろ? いいからちょっと見せて――」
サシャ「……『忘れろ』って言いましたよね」ボソッ
ライナー「……」ピタッ
サシャ「もう、関係ないんですから……いつまでも私に構わないでください。他の人に仲がいいところを見られたら、ライナーだって困るでしょう?」
ライナー「仲がいいって……手を貸したくらいじゃ、別になんとも思われねえだろ」
サシャ「じゃあはっきり言います。……迷惑です。ついてこないでください」
ライナー「は……? ――お、おい、迷惑ってことはないんじゃないか? 俺はお前を心配してだな、」オロオロ...
サシャ「それにしつこいです」プイッ
ライナー「」
399: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:20:57 ID:LsyHm.7c
サシャ「すみません、先に失礼します。……おやすみなさい」スタスタ...
ライナー「……」
ライナー(……そう、か。迷惑か……俺のやったことは、サシャにとって迷惑だったんだな……そうか……)
ライナー「…………」
ミーナ「あれっ? ……ねえライナー、サシャ行っちゃったよ? 追いかけなくていいの?」
ライナー「……いいんだ」
ライナー(そうだよな……俺があいつに「忘れろ」って言ったんだもんな。いつまでも付きまとってたら迷惑……迷惑か…………そうか……しつこいんだな、俺は……)ズーン...
ミーナ「……全然よさそうに見えないけど」
ライナー「まあ……正直追いかけたいところなんだが、ついてくるなってはっきり言われちまったからな。……きっともう、俺の顔も見たくないんだろ」
ミーナ「顔も見たくないって……それ、違うと思うけどなぁ」ウーン...
ライナー「違うも何も、俺は本人の口からはっきり聞いたんだぞ? どうしようもねえよ……」ウジウジ...
ミーナ「…………」
ミーナ(全くもう……この二人は本っ当に手間がかかるなぁ……)ハァ
400: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:21:52 ID:LsyHm.7c
ミーナ「まあ、サシャのことはともかく……これ渡しておくね。カバーは外れてなかったから部品は飛んでないと思うけど、一応確認しておいて」ポン
ライナー「ああ、俺の立体機動装置か……悪いな、助かる」
ミーナ「お礼は私じゃなくてサシャに言ってよ。私はただ、床に落ちてた装置を拾ってきただけなんだし」
ライナー「……? サシャに?」
ミーナ「うん。――あの二人がライナーの装置を壊すって言った時にね、サシャは自分の装置を壊してもいいって……明日からの試験も全部休むって言ったんだよ」
ライナー「全部? 立体機動だけじゃなくて、座学も兵站行進もか? ……そんなことしたら」
ミーナ「そうだね。……最悪、卒業できなくなってたかもしれない」
ライナー「……」
ミーナ「装置は壊れたら直せるけど、サシャが積み上げてきた三年は取り返せないのに……それでもいいってサシャは言ったの。――そんなこと、簡単に言えると思う? 顔も見たくない人のために?」
ライナー「……そうだな。少なくとも、俺にはできないな」
ミーナ「そう? ……私は、誰かさんに似たんじゃないかなって思ってるんだけど」チラッ
ライナー「いや、俺にも無理だ。――これまでやってきたことを投げ出すくらいなら、他の方法を考えるだろうな……」
ライナー(サシャがそこまでして守ってくれた装置を……俺は、こうやって台無しにしちまったのか……)グッ...
401: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:22:28 ID:LsyHm.7c
ライナー「…………」
ミーナ「今、ライナーが何考えてるか当ててあげよっか。――サシャを追いかけたいんだけど、アニのことも心配なんでしょ? 違う?」
ライナー「……すげぇなミーナは。お前、なんでもお見通しなのか?」
ミーナ「まあ、その顔見たらそれくらいわかるよ。……アニは私がなんとかしておくから、サシャのところに行ってあげてよ。――ねっ?」
ライナー「……いや、駄目だ。いくらなんでも、アニをほっぽり出してサシャのところに向かうわけには――」
ミーナ「じゃあ、私からお願いするよ。――サシャのところに行って。今すぐに」
ライナー「……」
ミーナ「……」
ライナー「……本当に、頼んでいいのか?」
ミーナ「いいよ。……私のこと、信頼して預けてよ。絶対なんとかしてみせるから」
ライナー「……」
402: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:23:19 ID:LsyHm.7c
ライナー「……わかった。アニのことは一旦お前に任せる。――とはいっても、今からサシャを追って間に合うとは思えねえが……」
ミーナ「ううん、そんなことないよ! ――ライナーが言ったとおり、もしサシャがどこか怪我してるなら……たぶん、痛みが引くまでどこかに隠れてるんじゃないかな」
ライナー「隠れるって……逆じゃないか? 普通は寮に早く戻ろうとするもんだろ?」
ミーナ「でも、部屋に戻ったらクリスタとユミルがいるんだよ? 試験中だし、二人にはあまり心配かけたくないと思うよ。……昨日から、サシャは二人のこと気にかけてたし」
ライナー「……」
ミーナ「もちろん、怪我してないのが一番いいとは思うんだけど……ベルトルトの装置を受け止めた時にね、少し変な音がしたからちょっと気になってるんだよね。だから――」
ライナー「わかった。まずはサシャを探しがてら寮まで行ってくる。――本当に任せていいんだよな?」
ミーナ「もちろん! ――でもライナー、サシャがいる場所わかるの? 闇雲に探しても見つからないと思うけど……」
ライナー「ああ、大丈夫だ。……あいつが隠れそうな場所なら、いくつか心当たりがある」
403: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:24:08 ID:LsyHm.7c
―― とある倉庫
サシャ「……」チャプチャプ...
サシャ「……いたっ」ズキッ
サシャ(もう、かなり時間経ったのに……なんでどんどん痛くなるんですか、おかしいですよ……)ズキズキ...
サシャ(包帯、部屋にありましたっけ。……戻ったらクリスタに聞いて……ああ、その前にユミルに水使っちゃったこと、謝らないと……)
サシャ(……他人のために何かをするのって、こんなに痛いんですね。知りませんでした)
サシャ(結局、私は……隣に並びたいって思って、……思ってただけで、本当は……何もわかってなかったんですね)
サシャ(……私、本当にライナーに追いつけるんでしょうか。ただの装置すら、守れなかったのに……)ジワッ...
サシャ「……」ゴシゴシ...
―― ガタガタガタッ
サシャ「!」ビクッ
404: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:25:11 ID:LsyHm.7c
―― ガタガタガタ... ガタンッ...
サシャ(な、なんで人が……? 今の時間は見回りの人、来ないはずなのに)
サシャ(つっかえ棒代わりにほうき挟んでますし、平気ですよね……?)チラッ
―― ガタガタッ... ガタガタガタ...
サシャ(うーん、諦める気配がないですね……というか、あのままじゃほうきのほうが先に折れちゃうんじゃ……?)ハラハラ...
サシャ(ほうき折れたら、罰則あるんでしょうか……ていうか当然ありますよね。力仕事ならまだいいですけど、反省文は苦手なんですが……)
―― ガタッ ガタガタ...
.
405: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:26:10 ID:LsyHm.7c
サシャ「……」
サシャ(仕方ありません。反省文は書きたくないですし開けちゃいましょう。どうせ見回りの教官でしょうし……)スクッ タタタッ
サシャ「すみません、今開けるので待ってください! ――よいしょっと……」ガコッ
―― ガラッ...
サシャ(あっ、勝手に開いて……)
サシャ「……!」
ライナー「……よう」
サシャ「……」
ライナー「戸、閉めるぞ。……いいよな」ガラガラ... ピシャン
406: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:27:32 ID:LsyHm.7c
サシャ「なんで……なんで、ここにいるんですか? 保管庫にいたんじゃ……」
ライナー「お前を探しに来た」
サシャ「探しにって……装置の整備はしなくていいんですか? アルミンとミーナはどうしました? 装置を壊したあの二人は?」
ライナー「さあな。ミーナたちに全部任せてきたから知らん」
サシャ「……アニは放っといていいんですか? きっとどこかでライナーのこと待ってると思いますよ?」
ライナー「大丈夫だ。――それもミーナに任せてきた」
サシャ「……それ、ミーナが大変じゃないですか。後で怒られても知りませんよ私」
ライナー「怒られねえよ。……あいつが自分から『任せてくれ』って言ったんだからな。信頼して預けてきたんだ」
サシャ「…………」
ライナー「それに、アニは……俺一人で解決できる問題じゃなくなっちまってるからな。もう一人を仲間はずれにして、話を進めるわけにもいかねえし……明日以降になんとかするさ」
407: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:28:17 ID:LsyHm.7c
サシャ「……だからって、こんなところに来る必要なんかないですよ。今すぐ装置を直しに戻ったほうがいいんじゃないですか? 早くしないと明日の試験に間に合いませんよ? しかも、もうすぐ消灯なのに……」
ライナー「俺は今のお前のほうが心配だ。……そこの床に置いてある水桶で、どこか冷やしてたんじゃないのか?」チラッ
サシャ「えっ? ――ち、違います……してないです、そんなこと……」オロオロ...
ライナー「……」
サシャ「……私のことなんかどうでもいいでしょう。それより装置の心配をしてくださいよ! 私よりも大変な状態なんですから!」
ライナー「どうでもよくない。――装置はすぐに直せるが、怪我はそういうわけにはいかん」
サシャ「……寝れば治ります」
ライナー「馬鹿か、治るわけねえだろ。……わがまま言ってないで、少しは俺の言うこと聞け」
サシャ「……」ムッ...
408: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:29:05 ID:LsyHm.7c
サシャ「ほっといてくださいよ、私のことなんか……ライナーには関係ないって、さっきも言ったでしょう? もう忘れたんですか?」プイッ
ライナー「あのなぁ……じゃあ俺は、誰かが怪我する度にいちいち関係持たなきゃなんねえのか? 違うだろ?」
サシャ「……」
ライナー「頼むから、こういう時くらい心配させてくれ。……俺がお前にやってやれることなんか、もうこれくらいしかねえんだぞ」ボソッ
サシャ「……私、そんなに心配されるほど頼りないですか」
ライナー「……だから、なんでそうなるんだ? そんなこと、俺は一言も言ってねえだろ……」ハァ...
サシャ「でも、ミカサやアニなら大丈夫って言ったじゃないですか。――昼間の技巧の時間に、工具を取り返しに行った時……あの二人ならなんとかできるって言いましたよね。……つい今も、ミーナを信じて預けてきたって言ってました」
サシャ「私のことは、そうやって信用してくれないんですか? 私だって……私のことも、信用してほしいです。他の人ばっかり、ずるいですよ……」
サシャ「さっきだって……結果的に、ライナーに守ってもらうことになっちゃって……私だって、やればできるんですから……もうちょっとくらい、信用してください。私、守られてばっかりは……嫌です……」グッ...
ライナー「……」
ライナー(なるほど、信用か……サシャが引っかかってんのはそこなんだな。だが……)
409: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:29:49 ID:LsyHm.7c
ライナー「……ここに来る前に、ミーナから何があったのかは聞いた」
ライナー「俺の装置を守ろうとしてくれたことには礼を言う。それと……他に方法が浮かばなかったとはいえ、お前の気持ちを無碍にするような真似をして悪かった」
ライナー「だが、……好きな女を守りたいって思うのは当然のことだろ? 見るからに酷い目に遭ってりゃ尚更だ。――俺がそういうことをしたのは、お前を信用していることとは別の問題じゃないか? そうだろ?」
サシャ「……別じゃないです」
ライナー「……わからねえ奴だな」イラッ...
サシャ「……」プイッ
ライナー「サシャ、こっち見ろ」
サシャ「……い、嫌です。見ません、見たくありません……!」
ライナー「お前なぁ、そうやって人を無視するのも大概に――」ガシッ
サシャ「!! い゛っ……!!」ズキンッ!!
410: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:30:33 ID:LsyHm.7c
ライナー「……? どうした?」
サシャ「い、いえ……ちょっと、手が痛くて……」サスサス...
ライナー「手……? 俺が今掴んだのは腕だぞ? なんで手が痛いんだ?」
サシャ「で、ですよね……? あはは、なんででしょうね……」
ライナー「なんだよ、やっぱり怪我してたんじゃねえか。……どれ、ちょっと見せてみろ」
サシャ「やっ……いいですって、寝れば治りますからっ!」アセアセ
ライナー「だから治るわけねえだろ。いいから見せろって、……」
411: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:31:21 ID:LsyHm.7c
ライナー「……おい、なんだこれは」
サシャ「……」
ライナー(暗くてよく見えないが……これは、手の指なんだよな……? いくらなんでも、これは腫れ過ぎなんじゃ……)グッ...
サシャ「うっ……ライナー、あんまり触らないでください。痛いです……」
ライナー「……」
ライナー(今、力なんてほとんど入れてなかったぞ? それでこの反応は……)
ライナー「……右手の指だけか?」
サシャ「へ? 何がです?」
ライナー「他に痛いところはないかって聞いてるんだ。隠さないでちゃんと言え」
サシャ「……左腕が、ちょっとだけ」
ライナー「袖、まくるぞ」グイッ
サシャ「えっ、や、あの……そこまでしなくても、ちょっと痛いだけなのでっ」
412: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:32:07 ID:LsyHm.7c
ライナー「あざになってるな。……ここはどうしたんだ? 装置を受け止めた時にぶつけたわけじゃねえんだろ?」
サシャ「……」
ライナー「言え」
サシャ「……爪先で、ちょっと小突かれただけです」
ライナー「蹴られたのか」
サシャ「……」
ライナー「……? サシャ、暑いのか?」
サシャ「えっ? ……な、何言ってるんですかライナーってば。今は冬ですよ、冬!」アセアセ
ライナー「じゃあ、お前の額に付いてるその水滴はなんだ? それ、汗じゃないのか?」
サシャ「これは……これは違いますよ。これはさっきですね、水が付いた手でつい額を拭いちゃって――わっ!?」
413: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:34:59 ID:LsyHm.7c
ライナー「……」ペタペタ...
サシャ「やっ……! ちょっ、ちょっと、どこ触ってるんですかっ!」
ライナー「首も触ったのか? 水が付いた手で?」
サシャ「それは……あの、ちょっと首が痒かったので少しだけ掻いたんですよ。おかげですっきりしました、はい」
ライナー「首全体を掻いたのか?」
サシャ「……そ、そうですよ?」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……医務室に行くぞ。来い」クイッ
サシャ「えっ? 医務室って……今は開いてないじゃないですか。行っても無駄なんじゃ……」
ライナー「教官に話して開けてもらう。……冷や汗が出るなんてどう考えても異常だ。その怪我は明日の試験に関わる。処置は早いほうがいい」スタスタ...
サシャ「で、でも……、わっ、わわっ!」ヨロヨロ...
ライナー(それとも教官をアテにしないで、一旦部屋に戻るべきか? 治療用の道具が全くないわけじゃないし……いや、まずは井戸に寄って、すぐに指を冷やさねえと……)スタスタスタスタ...
サシャ(あ、歩くの、速い……っ!)
414: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:35:41 ID:LsyHm.7c
サシャ「待ってくださいってば! ……もう!」ブンッ
ライナー「あっ……こら、なんで振り解くんだ! しかもそんな急に動かして、悪化したらどうする!」ガシッ
サシャ「無理矢理連れて行こうとするからですよ! ――大体ライナーは大袈裟に騒ぎすぎです! こんなの、明日の朝になったら腫れが引いてるに決まってます!」
ライナー「引いてなかったら? 夜のうちに悪化したらどうする?」
サシャ「……し、しませんよ。しょっちゅう怪我してた私にはわかるんです。だって昔は木の上からよく落ちてましたし、山の斜面も滑ってましたし、石に躓いたこともありますし……」ブツブツ...
ライナー「でも今日お前が転がったのは野っ原じゃなくて床の上だろ? 今言った話のどれにも当てはまらねえぞ」
サシャ「なっ……! 失礼ですね、転がってませんよ!」プンスカ
ライナー「まあ、転がる云々はどうでもいいが……そういう怪我をして、ここまで腫れあがったことは?」
サシャ「えっ? それは、その…………………………ないですけど」
ライナー「ほらな。だと思った」
サシャ「くっ……! まさか私の渾身の嘘が見破られるとは……! ――っ!!」ズキッ
415: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:36:25 ID:LsyHm.7c
サシャ(冷やすのやめたせいで、また痛みが……っ!)ズキズキズキズキ...
ライナー「お、おい……本当に大丈夫か? ……そういえば、まだ営庭に雪が残ってたよな? 切り傷はないみたいだから、あれを氷嚢代わりに使えば――」
サシャ「いっ、いいですってば! 冷やすのなんて、水で充分ですから……手を離してください、痛いんです……!」ググッ...
ライナー「!! わかった、わかったから力を入れるな! すぐ離すから……!」パッ
サシャ「……」プイッ
ライナー(またそっぽ向きやがって……全然目が合わないな。意識してやってんのか……?)ジーッ...
416: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:37:08 ID:LsyHm.7c
ライナー「とにかく、これから医務室に向かうぞ。途中で井戸に寄って新しく水を汲むから、俺が教官室に鍵を取りに行ってる間にそれで冷やしてろ。いいな?」
サシャ「嫌です」
ライナー「……あのなぁ」ハァ
サシャ「医務室には一人で行きます。教官にも自分で話します。ライナーはもう戻ってください」
ライナー「怪我人残して一人で帰れってのか? 悪いが却下だ。そんな薄情なことできるか」
サシャ「薄情じゃありませんよ。――いいですか? ライナーにとって今の状況は、同期の……芋女が他人にちょっかい出して馬鹿やって、それで怪我したところを偶然見かけただけってことです。本当なら、ここに来る必要もないんですよ? わかってます?」
ライナー「……その呼び方はやめろ」
サシャ「いいですってば、別に。どうせ私は、いつまで経っても芋女なんですから。……それに、私がどんな呼び方されてても関係ないでしょう。ライナーには」
ライナー「……」
417: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:38:03 ID:LsyHm.7c
サシャ「早く行ってくださいよ。……私のこと信用してるなら、保管庫に戻ってください」
ライナー「……」
サシャ「ライナーが行かないなら、私が先に出て行きますね。……よいしょっと」チャプンッ
ライナー「……」
サシャ「じゃあ、言われたとおり医務室行ってきますから。――失礼します」スタスタ...
ライナー「待った。……帰る前に、もう一ついいか?」
サシャ「なんですか? ……手短にお願いします。私急いでるんで」
ライナー「目元はいつ手で拭いたんだ?」
サシャ「……」
418: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:38:49 ID:LsyHm.7c
サシャ「……ライナーが来る前にですけど」
ライナー「……」ゴシッ
サシャ「わっ……」ピクッ
ライナー「……まだ濡れてるみたいだが」
サシャ「……」
ライナー「汗でも水でもないだろ。これ」
サシャ「……どいてください」
ライナー「……」
サシャ「私、いそいでるんです。早くどいてください。入り口の前にたたれたら、……じゃまです」
ライナー「……」
サシャ「……はやくしてくださいよ。……お願いですから、はやく……っ」
ライナー「……」スッ
サシャ「ありがとうございます。……じゃあ、おやすみなさい」スタスタ...
419: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:39:44 ID:LsyHm.7c
ライナー「……」
ライナー(こっちを全然見なかったのは、顔を見せたくなかったからか。……いつから泣いてたんだろうな。全然気づかなかった)
ライナー(しかも、最後……声が震えてたよな。……泣いてるのが悟られないように、堪えてたのか……)
ライナー「……」
ライナー(俺はいったい、何しにここまで来たんだ? あいつがめそめそ泣いてるのを見物しに来ただけか? ……間抜けすぎるだろ)
ライナー(装置の礼を言うだけなら明日でもよかったはずだ。怪我が心配なら、他の誰かに付き添いを頼めばいい。何もかも放り出して、こうやって追いかける必要なんかない。……第一、俺が自分でサシャを突き放したんじゃねえか)
ライナー(……そうだ、これで間違ってないはずだ。あいつがこの先、辛い思いをしないためにも……ここは黙って離れねえと……)
ライナー「…………」
420: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:40:54 ID:LsyHm.7c
―― しばらく後 外 とある倉庫の陰
サシャ「……」チャプチャプ
サシャ(暗いからバレないと思ったのに、なんで気づかれちゃったんでしょう。――せっかく途中まで我慢してたのに……)
サシャ(それにしても、こんなに涙もろいなんて……私、歳でも取ったんでしょうか。今からこんなになってたら、おばあちゃんになるころに枯れてるんじゃないですかね……)グスッ...
サシャ「……」
サシャ(つい邪険にしちゃいましたけど、「来てくれてありがとう」くらいは言ってもよかったんじゃないでしょうか。全部置いて、まっすぐ私のところに来てくれたのに……)
サシャ「……」
サシャ(お腹、痛いな……)ジワッ...
「おっ、いたいた…… ――サシャ!」
サシャ「」ビクッ
421: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:41:34 ID:LsyHm.7c
ライナー「お前まだこんなところにいたのか? ……っつうかここ、さっきの倉庫から三つくらいしか移動してねえじゃねえか。何してたんだ今まで」キョロキョロ
サシャ「えっ……あ、……な、何って……手を冷やしてたんですけど……」
ライナー「そうか。じゃあちょっと桶貸せ」
サシャ「……? はぁ、どうぞ。でも飲んじゃ駄目ですよ」スッ
ライナー「飲まねえよ。――よいしょっと」ザッパーン!!
サシャ「!? ちょっ、なんで地面に水撒いてるんですか!! せっかく冷やしてたのに!!」
ライナー「んなこと言ったってもう大分ぬるかったじゃねえか。あれで冷やしてるとは言えないだろ。――ほれ、代わりに雪入れてやったから」ポイ
サシャ「代わりにって、そんな勝手に……あっ、でもさっきより桶が軽いですね。持ちやすいです」ヒョイ
ライナー「だろ? ――けど、そのまま指突っ込んだら流石にまずいか。どの指が痛いんだ? 全部か?」ゴソゴソ...
サシャ「いえ、全部じゃないです。えーっと、たぶん……人差し指と中指……?」
ライナー「じゃあ、二本まとめて布で覆えばいいか。指出せ」
サシャ「……あの」
ライナー「早くしろ」
サシャ「…………」スッ
422: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:42:11 ID:LsyHm.7c
ライナー「あー……さっきより腫れてきてるな。たぶん折れてないとは思うが……」クルクル...
サシャ「……」
ライナー「よし、こんなもんか。――じゃあ、桶の中に指突っ込め」
サシャ「……」ズボッ
ライナー「感想は?」
サシャ「……手の甲がじゃりじゃりします」
ライナー「慣れろ」
サシャ「…………ええー……?」
ライナー「慣れろ。――あとは桶が邪魔だな。持ち手を掴むんじゃなくて、腕で抱えられないか? こう、洗濯籠を抱えるような感じで……」
サシャ「はぁ、できますけど……あの、さっきから何しようとしてるんですか? 状況がよく……」
423: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:43:09 ID:LsyHm.7c
ライナー「すぐにわかる。……それで、抱っこと肩車どっちがいい?」
サシャ「……はい?」
ライナー「早くしろ。消灯まで時間がないんだ」
サシャ「え、ええっと、突然そんなこと言われても……まあ、その二つなら抱っ――」
ライナー「そういえば、前に肩車してほしいって言ってなかったか?」ポン
サシャ「……」
ライナー「仕方ねえな……――よし。じゃあ俺が地面に座るから、なんとかして跨がってくれ」ズイッ
サシャ「嫌ですよ」
ライナー「……」
サシャ「そんな目で見られても嫌です。…………というか、恥ずかしいですし」
424: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:43:58 ID:LsyHm.7c
ライナー「なんで嫌がるんだ……!? お前がしてほしいって前に言ったんだろうが!!」
サシャ「言いましたよ、言いましたけど! ――なっ、なんで肩車、今やらなくちゃいけないんですかぁ……!」モジモジ...
ライナー「一人じゃいつまで経っても医務室に行かないからだろうが!」
サシャ「ぐっ……! それはそうなんですけど、時と場合ってものがあるでしょう!? 嫌ですよ肩車なんて!!」
ライナー「お前に時と場合をどうこう語る権利があると思ってんのか!! ――ったく、もういい! 抱えたほうが早い!」ヒョイッ
サシャ「へっ? ……っ、わ、わぁっ!? ちょっと、どこ触ってるんですか!! せめて背負ってくださいよ!!」ジタバタジタバタ
ライナー「背負ったら桶持てねえだろうが! ほら、ちゃんと抱えてろ! あと暴れるんじゃない!」グイッ
サシャ「で、でも……こんなくっついてるところ、他の人に見られたらどうするんですか! また変な噂になったら……!」
ライナー「俺はいいぞ。それでも」
サシャ「……」ピタッ
425: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:44:43 ID:LsyHm.7c
サシャ「……い、いいんですか? だって、また今朝みたいなこと言われたら……」
ライナー「いいんだ。お前が泣かずに済むなら、そっちのほうがずっといい」
サシャ「なっ…………泣いてませんよ。私」プイッ
ライナー「嘘つけ。……無理に強がらなくていいぞ」ポン
サシャ「わっ……」ピクッ
ライナー「さっき、髪引っ張られて痛かっただろ? まだ痛むか?」ナデナデ...
サシャ「……いえ、今はあんまり」
ライナー「そうか、ならよかった。――あのな。昨日の帰り際に、俺はお前に『今までのことは忘れろ』って言ったよな? 覚えてるか?」
サシャ「……はい。ちゃんと覚えてますよ」
ライナー「あの時はな、俺なりにお前の今後を考えて言ったつもりだったんだ。――俺が考えなしのせいで、あんな突き放すような言い方になっちまったが……それでも、俺がいないところで泣かれるよりはマシだと思ったからな」
426: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:45:29 ID:LsyHm.7c
ライナー「だがそのせいで、結局は今のお前を苦しめることになっちまった。……本当に悪かった。許してくれ」
サシャ「えっ? えっ……あの、えっと……許すも何も、私は何も怒ってませんよ? 謝らなくていいですから……」オロオロ...
ライナー「いいや、駄目だ。こういうけじめはしっかりつけておかねえと後を引くからな」キリッ
サシャ「……けじめつけてないのに肩車しようとしてたんですか?」
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……それはともかく」
サシャ「……」
ライナー「…………すまん」シュン...
427: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:46:10 ID:LsyHm.7c
ライナー「……とにかく、話を戻すぞ。――つまりだな、俺は将来のお前のことばかり考えて、今のお前を疎かにしてたんだ。それが正しいことだと思い込んで、お前にもその考えを強要した。……そのことは、本当に悪いと思ってる」
ライナー「だから、まずは『今までのことは忘れろ』ってのは撤回させてくれ。――それで、できればその代わりに……もう二つほど頼みを聞いてほしいんだが……」チラッ...
サシャ「……」
ライナー「……聞いてはほしいが、無理強いはしない。……いや、むしろ断られて当然だと思ってる。下手すると、昨日の頼みよりももっとキツいことになるかもしれねえからな。お前も嫌な思いはしたくないだろうし、あまりしつこく言い寄るような真似をするのもどうかと思うから一言はっきり言ってくれたらすぐに」
サシャ「わかりました。いいですよ」
ライナー「…………いいのか?」
サシャ「頼みごと自体を受け入れるかどうかは別ですけど、話くらいならちゃんと聞きます。……でも一気に二つもお願いするなんて、ライナーは欲張りさんですね」クスッ
ライナー「そうか? まあお前の食い意地には負けると思うけどな」ハハハ
サシャ「…………」
ライナー「あっ………………悪い。ついいつもの調子で……」シュン...
サシャ「……まあ、いいですけど。――それで、頼みってなんですか? あんまり難しいのは無理ですよ、私」ムー...
428: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:47:01 ID:LsyHm.7c
ライナー「いや、頼み自体はそこまで難しいことじゃない。――だがその前に、確認しておきたいことがあるんだが……」ソワソワ...
サシャ「? なんですか?」
ライナー「……ところで、さっきの奴とはどんな関係なんだ?」
サシャ「はい? さっきの……?」
ライナー「お前の髪を掴んでた奴だ。……その、前から付き合いとかあったのか? コニーやジャンよりは親しくない感じがしたが……」ソワソワ...
サシャ「は、はぁ……? なんだかいきなり話が飛びましたね。――ええと、別に何もないですけど」
ライナー「本当に?」ズイッ
サシャ「本当ですよ。なんにもないです」
ライナー「そうか、何もないのか……そうか………………いやでもよ、お前さっきあいつの手を握ってたじゃねえか」
サシャ「へっ? ……そうでしたっけ? よく覚えてないんですけど……」
ライナー「握ってたぞ。こう……何がなんでも離さないって感じでガッチリと!」ガシッ!!
サシャ「ひゃああっ!? ――いっ、いきなり変なところ掴まないでくださいよ!!」ビクッ!!
ライナー「! ……す、すまん。興奮してうっかり……」オロオロ...
429: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:48:11 ID:LsyHm.7c
サシャ「ああもう、びっくりした……っていうか、私いつまで抱っこされてたらいいんですか? いい加減疲れません?」ペチペチ
ライナー「疲れてない。大丈夫だ。……つまり、あの男とは何の関係もないんだよな?」
サシャ「あるわけないじゃないですか。――第一、手はともかく……さっき髪の毛を触られた時、すごく嫌でしたし」ムー...
ライナー「ああ……確かにあんな掴まれ方をされたら誰だって嫌だよな。変に引っ張られて髪の毛も抜けるだろうし、無理に動けば痛みも――」
サシャ「違いますよ。痛いのも抜けるのもどうでもいいんです。……他の人に触られたっていうのが嫌だったんです」
ライナー「……? 他の人って……お前、よくクリスタやミーナたちに髪の毛いじってもらってるんだろ? あれはいいのか?」
サシャ「いいんです。――だってみんな、あんな乱暴に触ったりしませんし……私の気持ち、ちゃんと汲んでくれますから」
ライナー「……? 丁寧に仕上げてくれるってことか?」
サシャ「……ライナーが褒めてくれたから、大切にしてるんです。髪の毛」
430: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:49:04 ID:LsyHm.7c
サシャ「みんな、それをわかっててくれてるみたいで……髪を触るときは、いつも宝物みたいに扱ってくれるんです。……だから、クリスタやミーナたちはいいんです」
サシャ「でも、他の男の人には……、……す、好きな人以外には、あんまり触られたくないんです。……すごく、大切にしてるから……ほんとにっ、さっきはいやで……っ」ジワッ...
ライナー「……」
サシャ「……」プイッ
ライナー「…………その、それはつまり……お前の、好きな奴ってのは……」
サシャ「……ライナーですよ。――大体、昨日の今日で他の人にすぐ乗り換えられるわけないじゃないですか。……こんなに好きなのに」ギュッ...
ライナー「……」
サシャ「……私、ライナーほど器用じゃないですから……昨日みたいにいきなり『忘れろ』って言われても忘れられませんよ。はっきり言って無理です」
サシャ「だから、さっき撤回するってライナーは言ってましたけど……そんなこと言われなくても、しばらく忘れませんでしたし、……ライナーのこと、好きなままだったと思います」
ライナー「……」
431: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:50:18 ID:LsyHm.7c
ライナー「そ、そうか……好きなのか…………そっか……」
サシャ「……本当ですからね?」ジッ...
ライナー「あ、ああ……わかった、わかってるから……」コクコク
ライナー(よかった……てっきりもう、愛想尽かされてると思ってたんだが……)ホッ
ライナー(……いやいやいやいや! そうじゃねえよ、しっかりしろ! 浮かれてる場合じゃねえだろ……!)キリッ
サシャ「……ライナーは?」
ライナー「はっ? ……お、俺か?」
サシャ「私のこと……まだ、好きですか? ……さっきの倉庫で言ってくれたような言い方じゃよくわかんないです。ちゃんと言ってください」
ライナー「俺は……」
サシャ「……」
ライナー「……俺も、お前が好きだ。――好きだ、が……」チラッ
サシャ「……///」カアアアッ
ライナー(じ、自分で聞いておいて、赤くなるなよな……! こっちまで恥ずかしくなるだろうが……!///)ソワソワ...
432: ◆H4iwFNXQsw 2014/08/31(日) 22:52:08 ID:LsyHm.7c
サシャ「そ、そうですか……好きなんですか……」
ライナー「あ、ああ。……好きだぞ」
サシャ「え、えと……私も……その、好き……ですから……」
ライナー「そっか、好きなのか……そうか……」
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「……///」
ライナー「……///」
サシャ(なんでしょうかね、これ……昨日も同じこと言ったはずなんですけど、なんだか……今日のほうがドキドキします! これって何なんですかね!?)アワアワ
ライナー(なんだこれ……なんだこれ……? なんでお互いに好き好き言い合ってんだ? 馬鹿じゃねえのか? ……いや、サシャも俺も馬鹿じゃないはずだったんだが……)アワアワ
498: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:12:27 ID:m71IgV6Q
サシャ「えっと……えっと! 何の話してたんでしたっけ!!」
ライナー「え? ――ああ、つまりだな……今は他に好きな奴はいないんだろ? お前」
サシャ「いませんよ。できる予定もないです」ブンブン
ライナー「それなら……その、……俺がお前の近くにいても、問題ないよな?」ソワソワ...
サシャ「近くに……? それがお願いと関係あるんですか?」
ライナー「いや、関係があるっつうか……それ自体が頼みごとでもあるというか……」モゴモゴ...
サシャ「んんん……? でも、今も結構距離としては大分近いと思うんですが」ウーン...
ライナー「…………」
サシャ「……あれっ? どうかしました?」キョトン
ライナー「だからな、そういう物理的な距離の話じゃなくて……もうちょっとこう……」ブツブツ...
サシャ「? ?? えっと、ぶ、ぶつりてき……??」オロオロ...
ライナー「……」
499: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:13:17 ID:m71IgV6Q
ライナー「……だよな。はっきり言わないとわかんねえんだよな、お前は」ハァ
サシャ「うぐっ……すみません、わからなくて」シュン...
ライナー「いや、こういうことをあやふやなまま通そうとした俺も俺だ。……ちゃんと言い直す」スーハースーハー
サシャ「はぁ、そうですか……でもなんで深呼吸してるんです?」
ライナー「これでも緊張してるんだよ。……というわけで、だ」
ライナー「……俺と付き合ってくれ。サシャ」
サシャ「………………………………………………はい?」
.
500: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:13:51 ID:m71IgV6Q
ライナー「意味はわかるよな? それとももっとはっきり言ったほうがいいか?」
サシャ「い、いえ……大丈夫です、わかります。わかりますけど……」ブンブン
ライナー「けど?」
サシャ「……付き合うってのは、あれですよね。どこかに行こうって意味じゃないほうですよね? それはわかりますよ、わかるんですけどね……」チラッ
ライナー「……? なんだよ、もしかして疑ってんのか? 別に俺は冗談で言ってるわけじゃねえぞ」ムッ
サシャ「ああいえ、違います。そんなつもりじゃないんですけど……」
ライナー「昨日みたいに、『俺の故郷に来てくれ』とはもう言わない。……俺からは言うつもりもない」
ライナー「その代わり、一緒に過ごせる時間は短くなるだろうが……だからこそ、少しでも長くお前のそばにいたいんだ。そのための口実が欲しい」
サシャ「……口実」
ライナー「恋人同士ならグダグダ言われることもないだろ。……それに、こんな世の中だからな。兵士をやっていようがいまいが、どうせお互いいつ死に別れるかわからないんだ」
ライナー「だったら、……好きな奴と一緒にいたいって考えるのは普通のことだろ?」
サシャ「…………」
501: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:14:30 ID:m71IgV6Q
サシャ「……あの、一個目のお願いがそれなんですよね? 二個目はなんです?」
ライナー「ああ、二つめは……っと、そうだ」ゴソゴソ...
サシャ「……? 何探してるんですか?」
ライナー「さっき上着の中から見つけたんだが……おっ、あったあった」コロン
サシャ「! これ……」
サシャ(確か、技巧の時間にアルミンがくれた飴……ですよね? ライナーもあの時もらってたんでしょうか……)ジーッ...
ライナー「お前にやるよ。どうせ飴なんて俺は食わないからな、それ食って少しでもいいから元気出せ。……まあ、正直どうやって手に入れたものなのかはわからないんだが」ボソッ
サシャ「……わからない?」
ライナー「気づいたらポケットに入ってたんだよ。……この前上着を洗濯した時にはなかったはずだから、これもそこまで古いものではないだろ。そもそも飴は腐らないだろうしな」
サシャ「…………」
ライナー「遠慮しなくてもいいぞ。……まあ、いらねえってんなら持って帰るが」スッ
サシャ「ああああああああああ待って待って待ってくださいいります食べますいただきます!!」ガシッ!!
ライナー「うおっ!? ――わっ、わかったわかった! やるから落ち着け!!」
502: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:15:13 ID:m71IgV6Q
サシャ「むふふふふ……! おいしいぃぃ……!」ニマニマ...
ライナー「……」
サシャ「? なんです? ――あっ、実はライナーも飴食べたかったんですか? 私が持ってるのでよければあげますけど……」ゴソゴソ...
ライナー「いらんいらん、そういうつもりで見てたわけじゃない。……やっぱりお前は笑ってるほうがいいと思ってな」
サシャ「……べっ、別に食べ物をもらったからって喜んでるわけじゃないですからねっ! この飴がおいしすぎるのが悪いんですっ!」ツンッ
ライナー「いや、どっちにしろ元気が出たんであれば俺はそれでいいんだが……っつうか、なんで妙なところで意地張ってんだお前は」
サシャ「だってライナーが変なこと言うからじゃ……あっ、ああああっ!?」ビクッ!!
ライナー「!? なんだどうした!?」
サシャ「こ、この飴……! この飴、中に蜜が入ってます!! それも酸っぱいの!!」
ライナー「……」
サシャ「すごいです、こんなの今まで食べたことありません……! どうやって蜜を中に入れたんでしょう……!?」ワナワナ...
ライナー「そっかそっかー、よかったなー」ニコニコ
サシャ「むっ……! なんですかその微妙な笑い方は!! 私は真面目に話してるんですよ!!」
503: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:15:49 ID:m71IgV6Q
ライナー「悪い悪い。――本当は、お前にはそうやってずっと笑っていてほしいんだけどな」
サシャ「……それが二個目のお願いですか?」
ライナー「いいや、違う。――このまま俺と一緒にいれば、今の倍……いや、それ以上にお前を泣かせることになる。必ずだ」
ライナー「もし、一つ目の頼みを聞いてもらえるなら……そうなっても、できるだけそばにいてやりたいと思ってる」
ライナー「けどな、俺にもできることとできないことがある。――どうやったって、お前の近くにいてやれない時が来る。その時は、お前が思っているよりもずっと早い」
サシャ「……? 早いとか、必ずとか……なんで言い切れるんですか? この先どうなるかなんて、そんなのまだわからないじゃないですか……」
504: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:16:26 ID:m71IgV6Q
ライナー「……すまんが、それは言えん。全部話してやりたいところなんだが、俺一人じゃ決められないことなんだ」
サシャ「……」
ライナー「……ごめんな」
サシャ「いいですよ、別に。……秘密にされるの、もう慣れましたから」
ライナー「……」
サシャ「……すみません」
ライナー「いや、俺が悪いんだからな。……謝らなくていい」
ライナー(こういうところに甘えてるんだよな、俺は……そのせいで今みたいな状況になっちまったってのに……)
サシャ(ああ、もう……! こんな言い方するつもりじゃなかったのに……!)
505: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:17:03 ID:m71IgV6Q
ライナー「この先、俺がいなくなった後に俺を恨んでもいい。……だが、さっきみたいに一人で泣くのはやめてくれ。ミカサでも、クリスタでも……誰でもいいから隣にいてもらえ」
ライナー「これが二つ目だ。――本当は、俺以外にそういう奴が見つかったら一番いいんだけどな」
サシャ「……見つかりませんよ。そんな人」
ライナー「……」
サシャ「見つける気も、ないです。……ほんとは、ずっとライナーにいてほしいです」
ライナー「……すまん」
サシャ「……」
ライナー「ずっと一緒ってのは無理だが……その時が来るまでは、お前の隣にいてやる。約束する。――だから、辛いとは思うが、お前にも背負ってほしい」
サシャ「……背負う?」
ライナー「昨日のやり方じゃ、何もかも全部お前に押し付けることになっちまったからな。今度は俺も一緒だ」
ライナー「きっと今よりも辛くて苦しい思いをすることになるだろうが……もう逃げたりしない。ちゃんと受け止める」
ライナー「これなら、……このやり方なら、お互い対等でいられると思うんだが……どうだ?」
サシャ「……」
506: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:17:40 ID:m71IgV6Q
サシャ「……下ろしてください」
ライナー「……」
サシャ「私たち、対等なんでしょう? だったら隣に並んで歩きたいんです。……というか、抱えてもらわなくても平気ですよ。怪我してるの手だけですし」
ライナー「ああ、なんだ。そういう意味か……だが、下ろした途端に走って逃げたり」
サシャ「しませんってば。……信用してくれないんですか?」ムー...
ライナー「そういうわけじゃない。……じゃあ、下ろしてやるから暴れるなよ? ――よっと」スッ
サシャ「よいしょっと……ありがとうございます。――あの、さっきの返事をする前に、私からもお願いしてもいいですか? 一個だけ」
ライナー「そりゃ構わんが……一つでいいのか? 俺にできることならいくらでもやってやるぞ?」
サシャ「いえ、一個でいいんです。――お別れしなくちゃいけない日がわかったら、すぐ教えてください」
ライナー「……? それだけか?」
サシャ「はい、充分です。――その日の朝でも……無理なら直前でもいいです。私の前から黙っていなくならないでください。お願いします」
507: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:18:19 ID:m71IgV6Q
ライナー「……わかった。その日が来たら……いや、来る前に、お前には必ず伝える。約束する」
サシャ「……」
ライナー「これでいいか? 口約束が不安なら、何か他のもので証明するしかないが……」
サシャ「いえ、大丈夫です。よくわかりました。――じゃあ、その日が来るまでは一緒にいましょっか。私たち」
ライナー「……一緒に?」
サシャ「いていいんですよね?」ジッ...
ライナー「あ、ああ……っつうか、頼んだのは俺だが……」
サシャ「なら、えっと…………………………おっ、おお、おつっ、おつ……き、ぁい、を…………」ボソボソ...
ライナー「……? おつかい?」
サシャ「ち、違いますってば!! えっと、えっと……!」
サシャ(ううっ……なんだか、返事するだけなのに緊張しますね……! 途中で噛まないように、噛みませんように……!)スーハースーハー
508: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:18:56 ID:m71IgV6Q
サシャ「お、お付き合いっ、しましょうっ!! 私とライナーの二人でぇっ!?」ガリッ
ライナー「あっ」
サシャ「……」
ライナー「……」
サシャ「……」ジワッ...
ライナー「……サシャ」
サシャ「ふぁい……」プルプルプル...
ライナー「……自分の舌食っても美味くないと思うぞ」
サシャ「食べたわけじゃないですぅ……」ヒリヒリ...
サシャ(ああああ……! せっかくちゃんと答えようとしたのに、なんで噛んじゃいますかね私は……!)
509: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:19:34 ID:m71IgV6Q
ライナー「……本当にいいのか? そんなに急がなくても、もう少し考えてから返事してもいいんだぞ? 俺だって別に急かしてるわけじゃ――」
サシャ「むっ……失礼ですね、ちゃんと考えましたよ。……今日一日、ずっと考えてました」
サシャ「そりゃあ、周りの人に色々言われるのは嫌ですけど……私だって、一緒にいられないのはもっと嫌ですよ。それに、今更他人のふりなんて難しくってできませんし」ブツブツ...
ライナー「……そうか。ちゃんと考えた上でならいい」
サシャ「ライナーこそ、私でよかったんですか? 私、たぶんこれからもいっぱい迷惑かけると思いますよ?」
ライナー「ああ、もちろん知ってる」
サシャ「……………………」
ライナー「なんだその顔は。――もしかしてお前、今まで一度も迷惑かけたことがないとでも思ってたのか?」
サシャ「いえ、流石にそこまでは思ってませんけど……なんかすんなり納得できないといいますか……」ムー...
サシャ(さっきは対等だって言ったのに、これじゃあいつもと変わんないじゃないですか! ……やっぱり、自分の実力でなんとか見返さないといけませんね)ムー...
510: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:20:23 ID:m71IgV6Q
サシャ「……明日の試験、負けませんからね」
ライナー「はいはい、わかったわかった。……それなら、まずはその指をなんとかしないとな。いい加減医務室行くぞ」
サシャ「はぁーい……」
ライナー「……」
ライナー(……これでよかったんだよな?)
ライナー(将来のサシャにとっては、残酷なことをしてるのかもしれないが……このまま一人ぼっちで泣かせているよりも、こうやって少しでも笑ってるほうが絶対いいに決まってる)
ライナー(今日のこの選択は、間違ってなんかない。……いずれそう思えるようにしてみせる)
ライナー(……明日になったら、ベルトルトやアニともう一度話しあおう。さっきアニと話したことも含めて、計画も練り直しだ)
ライナー(俺が守りたいのはサシャだけじゃない。……ベルトルトやアニにだって、辛い思いはさせたくないんだ)
ライナー(いつか……あいつらも、サシャみたいに笑える日が来るといいんだけどな
ライナー(……いや、俺がそうするんだ。俺はそのために生き残ったんだ。――そうだよな、マルセル……)
511: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:21:01 ID:m71IgV6Q
サシャ「……ところで、恋人になったら何をすればいいんですか?」
ライナー「ん? 何ってそりゃあ……」
ライナー(……あれ? そういや何をすりゃいいんだ? 考えたことなかったが……)
サシャ(恋人っていうとハンナとフランツですよね? あの二人みたいなことすればいいんでしょうか……)ウーン...
ライナー(手は……とっくの昔に繋いでるよな。休日も何度か二人きりで出かけてるし、キスなんて今までしょっちゅうやってるが……)
サシャ(うーん……今まで気にしたことなかったので、ハンナとフランツが何やってたのかまでは覚えてないですね。あんまり難しいことじゃないといいんですけど……)
ライナー(もしかして、恋人らしいことはほとんどやり尽くしてんじゃねえのか? そういえば、いつの間にか食べさせあいにも抵抗なくなってるよな……?)
サシャ(えーっと、さっきライナーはなんて言ってましたっけ……確か、一緒にいる口実がほしいから恋人になりたいって言ってたんですよね? ということは……)
ライナー(待てよ? 逆に考えれば、今まで恋人じゃなかったからできなかったこともできるってことだよな? サシャがいいって言うなら、キス以上のことも……)チラッ
サシャ(もし、他の人に聞かれたら……こ、恋人だって言わなくちゃいけないんでしょうか? ……いえ、言うだけならまだしも、そういう証拠とか見せなくちゃいけないんですかね……?)
ライナー(…………いやいやいや、流石にまずいだろ? そりゃあ俺だってできればアレだのコレだのしたいが…………したいけどなぁ……………………)ソワソワ...
サシャ(証拠っていうと、やっぱり……き、キスとかしてみせればいいんですかね? 他の人の前でするなんて、すごく恥ずかしいんですけど……ハンナとフランツって、そういうことやってましたっけ……?)ソワソワ...
ライナー(……まあ、恋人って言えば身近なところに見本がいるからな。あいつらのようにやってりゃ問題ないだろ、たぶん)
サシャ(ど、どうしましょう……! あの二人みたいなことをしろって言われても、できる気がしません……! やっぱりお付き合いは断ったほうが……)チラッ
512: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:21:44 ID:m71IgV6Q
ライナー「そうだな……ハンナとフランツみたいなことだな」
サシャ「お付き合いやめません?」
ライナー「まだ五分も経ってないぞ」
サシャ「だ、だって……あの二人みたいなことをするのは、流石に恥ずかしいと言いますか……///」ボソボソ...
ライナー「…………」
ライナー(今まで散々やらかしておいて、今更そんなこと言われてもなぁ……)
サシャ(できればハンナとフランツ以外にしてもらえないでしょうかね、他に誰か…… ――あっ!)
サシャ「そうだ、だったらエレンとミカサを参考にしましょう! あの二人の真似なら私でもできますし!」
ライナー「エレンとミカサは恋人同士じゃねえぞ」
サシャ「……じゃあどうしろって言うんですか」
513: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:22:25 ID:m71IgV6Q
ライナー「どうもしなくていい。一緒にいるだけなんだから、いつも通りで問題ないだろ」
サシャ「そういうもんですかねぇ……じゃあ恋人っぽいこと、何もしなくていいってことですか?」
ライナー「そういうことだな。何もしなくて…… ……ん? しないのか?」
サシャ「? だっていつも通りってことはそういうことですよね? 恋人っぽいことって今までしたことないですし」
ライナー「……うん、まあ、そうだな。そういうことになっちゃうんだろうな」
サシャ「違うんですか?」
ライナー「……違わない。全然違わない」ブンブン
ライナー(……まあ、付き合うって言っても手を出すわけにはいかないからな。…………いかないんだが…………でもなぁ…………!)チラッチラッ
サシャ(? ?? なんだかよくわかんなくなってきたんですけど……ええと、付き合うってなんでしたっけ……? 帰ったら誰かに聞いてみますかね……)
514: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:23:00 ID:m71IgV6Q
―― 同刻 保管庫
アルミン「――つまりエレンとミカサが廊下で聞いたのは、あっちの彼女が投げた立体機動装置が壁に当たった音だよ。それから後はまあ……見ての通りなんだけど」
ミカサ「……」
エレン「じゃあ、さっきお前がミーナから預かった装置はライナーのってことか」
アルミン「うん、ミーナには教官を呼びに行ってもらったからね。もしライナーが消灯までに間に合わなかったら、僕が代わりに整備するつもりだよ。――ええと、ジャンとマルコもわかった? 話の途中で来たから、説明が中途半端になっちゃったけど……」
ジャン「ああ、大雑把にはな。……それにしても、装置に細工するなんてな。随分とくだらねえことを考える奴もいるもんだ」ケッ
マルコ「やってしまったものを今更どうこう言っても仕方ないよ。……とにかく、まずは手分けして装置を点検しよう。消灯まで時間もないし、手元が暗いから精確な調整はできないけど……何もやらないよりはマシだ。一旦寮に戻って、コニーとベルトルトも呼んでこないと――」
エレン「なら、二人は俺が呼んでくる。この中で技巧の成績が一番悪いのは俺だからな。アルミンたちは点検に集中しててくれ」
エレン「ついでに寮で起きてる他の訓練兵に声をかけて、ありったけの部品をかき集めてくる。装置直すのに必要になるだろ? 教官に事情を説明しても、必ず部品をもらえるとは限らないしな」
アルミン「そうだね、部品は少しでも多いほうがいいと思うし……そうしてもらえると助かるよ。――ミカサは女子寮のほうを頼んでいいかな? アニとクリスタと、一応ユミルも呼んできてくれる?」
515: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:23:43 ID:m71IgV6Q
ミカサ「……」
アルミン「……? ミカサ? どうしたの?」
ミカサ「……あの二人はどうするの? このまま放っておくの?」
アルミン「どうするって……ミーナが戻って来たら、教官に引き渡すよ。ちゃんと何があったのか説明した上で」
ミカサ「でも、あのままにしておいたら逃げるかもしれない。きちんと拘束しておいたほうがいい」
マルコ「拘束って言われても……周りに縛るものは何もないけど……」キョロキョロ
ジャン「奴らは俺たちで見張っとくから大丈夫だ。整備しながらって言っても三人もいるからな、妙な動きしてりゃ流石に気づくだろ」
ミカサ「……そう」
エレン「……」
マルコ「さあ、時間もないからそろそろ取り掛かろう! ――そうだエレン、コニーを呼ぶついでに僕たちの工具箱も取ってきてくれる? 机の上に置いてあるし、コニーに聞けばすぐわかると思うから」
アルミン「僕の工具箱もお願い! 装置のケースの中に何本か予備の工具が入れてあるんだけど、流石にそれだけじゃ足りないと思うから……」
エレン「コニーとベルトルトと部品と工具箱だな、任せとけ! ……ほらミカサ、お前も行くぞ!」グイッ
ミカサ「……」
516: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:24:26 ID:m71IgV6Q
―― 保管庫前 廊下
エレン「それにしても、部品っつってもなぁ……ネジはともかく、シャフト持ってるやつなんか誰もいそうにねえよな。なんとか見つかりゃいいんだが……」ブツブツ...
ミカサ「……」
エレン「……? おいミカサ、何突っ立ってんだよ。時間ないんだぞ」
ミカサ「……エレンは、私の家族」
エレン「は?」
ミカサ「アルミンは、私とエレンの親友。……ううん、もう家族と言ってもいいくらい」
エレン「……いきなりなんだよ。何の話だ?」
ミカサ「……」
エレン「? ミカサ……?」
ミカサ「サシャとミーナは、私のお友だち。……大事な、友だち」
ミカサ「一緒に遊びに行ったり、ごはんを食べに行ったり……エレンやアルミンとは比べられないけど、それでも……大事な、私の友だち」
エレン「……」
ミカサ「三人とも、私にとって大切な人。……だから今、私はすごく気分が悪い」ギリッ...
エレン「……」
517: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:25:07 ID:m71IgV6Q
エレン「……それで? 今から保管庫に戻ってどうする気だ?」
ミカサ「……」
エレン「俺たちが今やるべきなのは、あいつらに仕返しすることじゃない。……それくらいわかるだろ」
ミカサ「……わかってる。でも、」
エレン「でもじゃねえよ。あの二人をどうするか決めるのは教官だ。お前じゃない」
ミカサ「……」
エレン「大体な、腹立ってんのがお前だけだとでも思ってんのか? だったら勘違いしてるぞ」
ミカサ「……? エレンも怒ってるの?」
エレン「当たり前だ! 仲間を馬鹿にされたあげく怪我までさせられたんだぞ、何も思わないほうがどうかしてるだろ!」
518: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:25:50 ID:m71IgV6Q
エレン「アルミンたちがあれ以上何も言わなかったのは、今やるべきことが何なのかちゃんとわかってるからだ。……あのジャンだって、整備がやり直しになるってこと自体には文句言ってなかったろ?」
ミカサ「……さっきのジャンはあまり話してなかったから、わからない」
エレン「そりゃあ、あの二人に文句つけるよりももっと大切なことがあるってわかってたからだ」
ミカサ「……」
エレン「あの場にいた全員がみんな、少ない時間で何とかしようって考えて一生懸命動いてるんだ。それをお前一人のわがままで台無しにしたいなら戻れよ。好きなだけあいつらに仕返ししてこい」
ミカサ「……それは嫌。台無しにはしたくない」
エレン「だったら早く行こうぜ。時間がなくなっちまう」グイッ
ミカサ「……ごめんなさい、エレン。私は冷静じゃなかった」
エレン「いいって、気にすんなよ。……お前の気持ちはわかるからな、俺も」
519: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:27:43 ID:m71IgV6Q
―― しばらく後 医務室前 廊下
サシャ「ライナーってば、やめましょうよー。勝手に入ったら怒られちゃいますよー?」
ライナー「大声出すな、静かにしろ。いいからお前は手を冷やしとけ。――待てよ、こっちにこう捻れば……」ガチャガチャ...
サシャ「もう一回、見回りの教官に頼みに行きましょうよー。私も一緒に説得しますからー……」
ライナー「どうせまた追い払われて終わりに決まってるだろ。時間の無駄だ」ガチャガチャ
サシャ「でも、鍵を壊して中に入るのは流石にまずいと思うんですけど……その辺の倉庫に入り込むのとは訳が違いますし、罰則もらっちゃうかもしれませんよ?」
ライナー「……それもそうだな。鍵も開きそうにないし、この方法はやめておくか」
サシャ「そうですよ、やめましょうやめましょう! ――もう指もあんまり痛くないですし、明日の朝に看てもらえれば充分ですって。みんなのところに帰りましょう? 装置も点検しないといけませんし……」
520: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:28:37 ID:m71IgV6Q
ライナー「ああ。――こうなったら扉を突き破るしかないな」
サシャ「そうですね、突き破るしかないですよね…………つっ、突き破るぅっ!?」
ライナー「ああ。幸い扉は木でできてるし、なんとかなるだろ」
サシャ「ちょっ……! 駄目ですって、そんなことしたら怒られるだけじゃすみませんよ!?」オロオロ
ライナー「心配するな、俺は他人の家の門も壊したことがあるから要領はわかる!」グッ
サシャ「何の自慢ですか!! ああもう、誰か……」
「――何をしている?」
521: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:29:26 ID:m71IgV6Q
ライナー「……!」バッ!!
サシャ(きっ、キース教官!? なんで医務室なんかに……!)バッ!!
キース「敬礼はせんでいい。質問に答えろ。……貴様ら、そこで何をしている?」
ライナー「何を、と言われましても……」チラッ
サシャ「……」チラッ
サシャ(まさか『鍵壊して中に入ろうとしてました』なんて言えませんよね……絶対怒られますし……)
キース「何やら『医務室の扉を突き破る』などと聞こえたが、私の聞き間違いか?」
サシャ「…………」ダラダラ...
サシャ(おもいっきりバレてるじゃないですか……! ど、どうしましょう……)チラッチラッ
ライナー「いえ、それは違います。自分もサ……ブラウス訓練兵も、そのようなことは企てておりません。決して」
キース「ほう……では、このような場所で何をしていた?」
ライナー「……月夜の散歩などを、少々嗜んでおりました。ブラウス訓練兵と一緒に」
522: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:30:05 ID:m71IgV6Q
キース「……」
ライナー「……」
サシャ「……」
キース「……散歩か」
ライナー「はい。散歩です」
キース「……」
ライナー「ところで、教官殿は何故こちらに? ……今日の見回りは別の教官だと伺っていましたが」
キース「散歩だ」
ライナー「……散歩でしたか」
キース「ああ、そうだ。――毎年、試験となるととんだ不祥事を起こす奴がいるからな。見回りをしていなくとも気が抜けん」
キース「先程もカロライナから報告があったばかりなのだが……ところでブラウス」
サシャ「は、はいっ!?」ビクッ!!
キース「その手はどうした? 散歩中に野犬にでも噛まれたのか?」
サシャ「……はい」
キース「……そうか。なるほどな」
523: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:30:41 ID:m71IgV6Q
キース「…………」
ライナー「…………」
サシャ「…………」
サシャ(き、気まずいぃ……! 全っ然間が持たないじゃないですかぁ!! もう怪我とかどうでもいいから、早く寮に帰りたいです……!)ソワソワ...
ライナー(キース教官でも冗談とか言うんだな。……意外だ)フムフム
キース「……医務室に入れ。二人ともだ」
サシャ「え?」
ライナー「? 入れ、とは……?」
キース「専門ではないが、私にも多少は心得がある。応急処置程度でもしないよりはマシだろう。……それとも、明日の朝までそのままにしておくつもりか?」
ライナー「……よろしいのですか? 先程見回りの教官からは、医務官がいなければ医務室は使えないと断られましたが」
キース「本人の過失であればともかく、今回は事情が事情だ。責任は私が持つ。……先に入っているぞ」ガチャッ スタスタ...
サシャ「あっ……」
524: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:31:30 ID:m71IgV6Q
サシャ「……開きましたね」
ライナー「ああ」
サシャ「……行っちゃいましたね」
ライナー「ああ、行っちゃったな」
サシャ「どうしましょっか。……帰ります?」
ライナー「……いや、せっかく開けてもらったんだしな。入ろう」
サシャ「えっ、入るんですか? ……私、キース教官苦手なんですけど」
ライナー「そう言うな。素人の処置よりは安心できるだろ?」
サシャ「……処置は的確かもしれませんけど、別の意味で不安です」
ライナー「大丈夫だ。俺も一緒に行くからな」ナデナデ
サシャ「……途中で帰ったりしません?」
ライナー「しないしない。……約束する、俺を信じろ!」グッ
サシャ「……」
サシャ(まあ、ライナーもいるなら大丈夫ですかね……)
525: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:32:15 ID:m71IgV6Q
―― 医務室
キース「なるほど、人差し指と中指か。……一番痛むのはどの辺りだ?」
サシャ「どの辺りかは……その、よくわかりません。指先じゃないのは確かなんですが、全体がジンジンするので……」チラッ
ライナー「……」ウロウロ...
サシャ「……」
キース「ふむ……ではこれはどうだ? 痛むか?」ギュッ
サシャ「えっと……じんわり、ってくらいです」
キース「そうか、わかった」
ライナー「教官、自分に何かできることは」
キース「何もない。……これはどうだ?」グッ...
サシャ「いえ、特には」
キース「腫れもないし、骨折はしていないようだな」
ライナー「……」ウロウロ...
526: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:32:55 ID:m71IgV6Q
キース「指は曲がりそうか? 試しに曲げてみろ。ただし無理はするな」
サシャ「はい、やってみます。……痛っ」ズキッ
ライナー「!? 痛いのか!?」ガタタッ
キース「静かにしろ、ブラウン。……ブラウス、ゆっくりでいいんだ。そう急がなくてもいい。それで限界か?」
サシャ「はい、一応……」
キース「他に異常は?」
サシャ「異常ですか……えっと、大したことはないと思うんですけど……」チラッ
ライナー「……………………」ジーッ...
キース「ブラウンに気を遣う必要はない。異常があるなら言え」
サシャ「……指の先の感覚が、ちょっとおかしいです。感覚がないというか……」
ライナー「……! サシャお前、さっきはそんなこと……!」ズイッ
キース「黙っていろ。――状態はわかった。それとブラウン」
ライナー「はっ! なんでしょうか!!」バッ!!
527: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:33:43 ID:m71IgV6Q
キース「帰れ」
ライナー「」
キース「帰れ」
ライナー「……い、いや、しかしですね、先程は二人とも一緒に入れと教官が自ら、」
キース「治療の邪魔だ。出て行け」
ライナー「…………自分に、何かできることはないでしょうか。井戸水なら何百杯でも運びますが」
キース「いらん。寝ろ」
ライナー「………………では、医務室の外で待機していても」
キース「寝ろ」
ライナー「……………………わかりました。失礼します」シュン...
ライナー(……おかしい。教官のほうから『入れ』と言ったはずなんだが……なんで俺が追い払われなくちゃいけないんだ……?)トボトボ...
サシャ(あっ……本当に帰っちゃうんですね。……ということは、今日会えるのはこれが最後になるんじゃ……)
サシャ「……あの、ライナー!」
ライナー「!」ピクッ
528: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:34:16 ID:m71IgV6Q
ライナー(サシャとせっかく約束したのに、もう破っちまうなんてな……どうしていつも俺はこうなんだ……!)ドヨヨン...
ライナー「……すまんサシャ。どうやら俺はここまでのようだ」
サシャ「いえ、大丈夫ですよ。ここまでついてきてもらえてすごく助かりました。――今日はありがとうございました。おやすみなさい」
ライナー「……ああ。おやすみ」
サシャ「……それと、えっと……」
529: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:34:56 ID:m71IgV6Q
サシャ「……また明日」ヒラヒラ
ライナー「! ……ああ、またな!」ブンブン!
サシャ「はい、また明日……」
ライナー「おやすみ!! ちゃんと暖かくして寝るんだぞ!!」ブンブンブンブン!!
サシャ「は、はい、気をつけますね。……おやすみなさい」ヒラヒラ
サシャ(手、振りすぎじゃないですかね……? 手の形が見えないくらい速いんですけど……)オロオロ...
ライナー「それでは失礼します!」バッ!!
キース「……ああ。早く寝ろ」
―― ガチャッ... バタンッ
530: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:35:35 ID:m71IgV6Q
キース「……」
サシャ「……」
キース「……ブラウス」
サシャ「……はい」
キース「ブラウンはどうしたんだ」
サシャ「ど、どうしたんでしょうかねぇ……? あはは……」
サシャ(流石に教官には付き合ってること報告しなくていいですよね? ……とはいえ)
キース「……少し待て。包帯を探してくる」
サシャ「……はい」
サシャ(やっぱり気まずいぃ……結局こうなっちゃうなら、さっさと寮に帰ってたほうがよかったです……!)ソワソワ...
531: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:36:20 ID:m71IgV6Q
―― 同刻 保管庫近くの廊下
コニー「なあベルトルト。……エレンが言ってたことって本当なのかな」
ベルトルト「だと思うよ。こんなことでエレンが嘘つくわけないし……コニーだってそれはわかってるだろ?」
コニー「そりゃわかってるけどよ……でも俺、まだ信じらんねえよ」
ベルトルト「……」
コニー「もう一回、最初っから装置の整備し直しだなんてよぉっ……!」ギリッ...
ベルトルト「僕、もう手伝わないからね」
コニー「ちくしょう! ちくしょう!! 今からやって消灯までに間に合うわけねえじゃんか普通に考えて!!」ダンダンダンダン!!
ベルトルト「コニー、寮から離れてるとはいえ地団駄踏まないでよ。静かにしよう」
コニー「だって俺がやったわけじゃねえのにまた整備やり直しとかありえねえだろ!! あああああどうすりゃいいんだぁぁああ……っ!!」バリバリバリバリ
ベルトルト「コニー、廊下で爪とぎ始めないでよ。……大体、なんで工具の取り扱いは上手いのに整備だけ下手なの? おかしくない?」
コニー「装置はさ、ほら、なんていうか……センサイ? だから俺とは合わねえんだよなぁ。――俺が整備できないんじゃない。装置が俺に装備されたがっていないんだ……!」キリッ
ベルトルト「……」
ベルトルト(やっぱり、ちょっとは目を向けておかないとまずいだろうな……)ハァ
532: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:36:56 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「……あのさ、コニー。なんでサシャは、僕の立体機動装置を庇ったのかな」
コニー「あぁ? ――さあなー、俺にはわかんねえよ。サシャじゃねえしな俺」
ベルトルト「……」
コニー「でもよ、同じ状況になったら俺だって同じことすると思うぜ? ……まあ、自分の手を下敷きにはしねえだろうけどな」
ベルトルト「……そうだよね。普通しないよね」
コニー「まあサシャだしな。たぶん何も考えてねえんだろ、きっと」
ベルトルト「……」
コニー「んな深刻に考えんなよー。別にサシャが怪我したのはお前のせいってわけじゃ…… ……あれ? あそこにいるのミーナじゃねえか?」
ベルトルト「えっ、ミーナ? ……どこ? 僕には見えないけど……」
コニー「あっちの曲がり角曲がっていったんだよ。……ちょっと見てくる!」ダッ
ベルトルト「あっ……コニー待つんだ、時間がなくなるよ!」ダッ
533: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:37:35 ID:m71IgV6Q
コニー「おーい、ミーナ!」
ミーナ「わっ! ……なんだ、コニーとベルトルトかぁ。驚かさないでよ」
ベルトルト「こんばんは、ミーナ。……君も装置のことで呼ばれたの?」
ミーナ「ううん、違うよ。私は別の用事。……? 二人とも、その箱は何? 妙に大きいけど……」
コニー「よくぞ聞いてくれたな! これは部品入れだ!」
ミーナ「部品入れ? なにそれ?」
ベルトルト「コニーがおつかいで余分に買った部品をしまっておく箱だよ」
ミーナ「……そんなに貯めこんでたんだ」
コニー「おうよ。捨てるに捨てられなくて困ってたんだよな。エレンに必要だって言われたからちょうどよかったよ」
ベルトルト「……ねえコニー、君は卒業したら憲兵団に行くんだろ? 憲兵団でも立体機動装置は使うし、部品もいつでも手に入るわけじゃないから持ったままでいいと思うんだけど」
コニー「……それもそうか!」ポンッ
ベルトルト「……コニー、君は本当に憲兵団に行って大丈夫なの……?」
コニー「ま、なんとかなるだろ。……で、ミーナの別の用事ってなんだ? 大変そうなら手伝うぞ?」
ベルトルト「君は整備があるでしょ」
534: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:38:11 ID:m71IgV6Q
ミーナ「手伝いはいいよ、大丈夫。――実はね、アニを探してるんだけど……」キョロキョロ...
コニー「アニぃ?」
ベルトルト「……? 部屋にはいなかったの?」
ミーナ「さっきまでお茶会してたんだけど、途中でいなくなっちゃったの」
コニー「別に探さなくても消灯になれば部屋に戻ってくるんじゃねえ?」
ミーナ「それだと整備が間に合わないじゃない! ……ねえベルトルト、会ったついでに一つお願いしてもいいかな?」
ベルトルト「えっ? ……僕に?」
ミーナ「うん。……もし私たちが間に合わなかったら、アニの装置を代わりに整備してくれない? アニには私から言っておくからさ」
ベルトルト「……本当に、僕でいいの?」
ミーナ「ベルトルトがいいの。……お願い」
ベルトルト「……」
535: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:38:44 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「……いいよ。細かい微調整まではできないけど、それでもいいなら」
ミーナ「いいよいいよ、大丈夫! 本当に助かるよ、ありがとう!」
コニー「じゃあ俺のも」
ベルトルト「コニーは駄目」
コニー「……」
ミーナ「じゃあ私、急いでるからもう行くね! アニにも明日お礼言わせるから後はよろしく!」ダッ
ベルトルト「うん。また明日」フリフリ
コニー「おやすみー。……なあベルトルト」フリフリ
ベルトルト「駄目」
コニー「……俺のも」
ベルトルト「駄目。……自分でやろうね、コニー」ニッコリ
536: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:39:23 ID:m71IgV6Q
ミーナ「……」タッタッタッ
ミーナ「……」
ミーナ「……」キョロキョロ...
ミーナ「……アニ、二人とも行ったよ」
アニ「……」ヒョコッ
ミーナ「一応言われたとおりに頼んだけど……本当にベルトルトでよかったの? 今ならアルミンやマルコもいるよ?」
アニ「……いい。大丈夫」
ミーナ「……保管庫、行くのやっぱり無理そう?」
アニ「……」グスッ...
ミーナ「そっか。じゃあ寮に帰ろう? 帰ったら紅茶淹れてあげるからさ、それ飲んで早く寝ようよ。ねっ?」
アニ「……いいよ、いらない。今から紅茶作るの大変でしょ」
ミーナ「平気だよ。戻ってきたらミカサにも淹れるつもりだったからね。……ねえ、寮に戻るまで手繋いでいい?」
アニ「……勝手にすれば」
ミーナ「うん、じゃあ勝手にする」ギュッ
537: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:40:03 ID:m71IgV6Q
ミーナ(確か、まだ部屋のポットにお湯あったよね。……アニを寮まで送ったら、クリスタたちのところに一旦戻らないと)
ミーナ(……保管庫にも行ったほうがいいかな。でも、あんまり長くアニを一人にはしておけないよね)
ミーナ(あっちはアルミンに任せちゃっていいかな……あ、でもライナーの装置……)チラッ
アニ「……? 何?」
ミーナ「ううん、なんでもないよ。……アニの手、あったかいね。背がちっちゃいからかな?」ギューッ...
アニ「……ばか」
ミーナ「あはは、ごめんごめん」
ミーナ(……こっちのほうが大事だよね。ごめんねライナー、装置はアルミンから受け取ってね……)
ミーナ(でも、ライナーの装置大丈夫なのかなぁ。アルミンとマルコがいるから心配いらないと思うけど……)
ミーナ(部品足りなくなったらどうするんだろ。コニーの持っていった分でなんとか間に合えばいいなぁ……)
ミーナ(……あれ? そういえば、エレンはどうしたんだろう? 一緒にいなかったけど……)
538: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:40:44 ID:m71IgV6Q
―― 医務室近くの廊下
ライナー「……」ウロウロ...
ライナー(サシャも教官も出てくる気配がないな。随分長引いてるみたいだが……)
ライナー(……時間もないし、いつまでもこうしてるわけにはいかないよな。そろそろ行くか)スタスタ...
ライナー「……」ピタッ
ライナー「……」チラッ
ライナー(実は今ちょうど手当てが終わって、俺が立ち去った直後に二人が出てくるって可能性もあるよな? ありうるよな?)チラッチラッ
ライナー「……」
ライナー(……もうちょっとだけ待つか)ソワソワ...
「――ライナー? 何してんだ?」
ライナー「!」ビクッ
539: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:41:25 ID:m71IgV6Q
ライナー「なんだ、エレンか……驚かすな、心臓に悪い」
エレン「別に俺は驚かそうとして声かけたんじゃねえよ。……で、保管庫にも行かないで何やってんだ?」
ライナー「サシャを待ってんだよ。今、医務室でキース教官に手当してもらってるんだ」チラッ
エレン「へえ……医務官いないのに開けてもらえたのか? よかったな。……ところで、サシャの指は大丈夫なのか? アルミンが折れてんじゃねえかって心配してたぞ」
ライナー「いや、教官も言っていたが折れてはないようだ。医務官に診てもらわないと断言はできないが、たぶん打撲ってことになるだろうな」
エレン「打撲か……それならすぐに処置できそうなもんなのにな。まだ終わらねえのか?」
ライナー「ああ。もう三分はここで待ってるんだが、なかなか出てこねえんだよなぁ……」ソワソワ...
エレン「いくらなんでも三分は無理だろ。……っつうか、待つなら医務室の前か中で待ってりゃいいんじゃねえか? こんな廊下の角に隠れなくてもいいだろ?」
ライナー「そうしたいのは山々なんだが、ついさっきキース教官に追い払われたばかりなんでな。見つかると怒られるからここでいいんだ」チンマリ
エレン「お前の体格じゃ縮こまってもすぐ見つかると思うけどな…… ――サシャの心配もいいけどよ、自分の装置の面倒は見なくていいのかよ? 今アルミンがお前の代わりに調整してるはずだぞ」
ライナー「アルミンが? ――そりゃ悪いことしたな。俺は明日の朝早く起きてやろうとしてたんだが……」
540: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:42:01 ID:m71IgV6Q
エレン「ああ、それでゆっくりしてたのか。……でもよ、明日の朝に保管庫開けてもらえる保証もねえし、できるなら今やっといたほうがいいんじゃねえか? 今ならアルミンやマルコもいるし、コニーが持ってきた部品もあるはずだしよ」
ライナー「……」チラッ
エレン「サシャは明日でいいだろ。……打撲くらいならメシ食えば元気出るって」
ライナー「……わかった。なら、後からちゃんと向かう。お前は先に行っててくれ」
エレン「……………………」ジトッ...
ライナー「言っとくが、サシャを待つためじゃないぞ? 戻る前に少し寄っておきたい場所があるんでな。保管庫に向かうのはその後ってだけだ」
エレン「工具箱なら持っていくようにコニーとベルトルトに頼んだぞ?」
ライナー「違う、男子寮じゃない。……野暮用だからすぐに片付くさ。そう時間はかからねえよ」スタスタ...
エレン「……あの二人なら、今は教官室だ」
ライナー「……」ピタッ
541: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:42:51 ID:m71IgV6Q
エレン「お前とサシャが出て行った後すぐに、ミーナが見回りの教官を呼びに行ったんだ。ここに来る途中に、教官室に二人が入っていくのを見た」
ライナー「……」
エレン「あの二人のところに行くつもりなんだろ? ライナー」
ライナー「……それがどうした?」
エレン「何するつもりだ?」
ライナー「…………」
エレン「なあ、わかってんのか? 教官の目の前で殴り倒したら、お前まで試験に出られなくなるんだぞ? そんなことになったらあいつらの思う壺じゃねえか!」
ライナー「……指以外にもやられたんだぞ。サシャは」
エレン「……」
ライナー「腕を蹴られた上に、あいつが大切にしてるもんを傷つけられたんだ。……このまま黙っていられるわけねえだろ!」
エレン「だからってあいつらに仕返ししてもどうにもなんねえだろうが!! お前があいつら殴ったらサシャの怪我が綺麗さっぱり治るのか!? 違うだろ!?」
ライナー「ああそうだよ治るんだ!! ――場所さえ聞ければもう充分だ、じゃあな!」スタスタ...
エレン「おい待てよ、まだ話は終わってねえだろ!!」ダッ
542: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:43:33 ID:m71IgV6Q
ライナー「……そこをどけ。邪魔だ」
エレン「嫌だ」
ライナー「エレン、一発だけでいいんだ。……頼む、行かせてくれ」
エレン「駄目だ。今のお前は一発じゃすまない」
ライナー「……」
エレン「……本当は俺だって、一発どころか何発でも殴ってやりてえよ」
エレン「一歩間違えれば怪我をしていたのはミーナやアルミンだったんだ。サシャだって打撲で済んじゃいるけど、本当はもっと酷い状態になってたかもしれない」
ライナー「……」
エレン「でもさ……もし俺が同じ立場になったら、ライナーは俺を止めるだろ?」
543: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:44:07 ID:m71IgV6Q
ライナー「……止めねえよ」
エレン「いいや、絶対に止める。……俺の知ってるライナーなら、絶対そうする」
ライナー「……」
エレン「だから、今は保管庫に戻ろうぜ。……サシャもあの二人も、教官に任せておけば間違いねえよ」
ライナー「…………」
エレン「…………」
ライナー「……わかった、俺の負けだ。お前の言う通り保管庫に戻る。――これでいいか?」
エレン「おう、そうしてくれ。……そうと決まれば急がねえとな! 俺も自分の装置の点検まだだからさ、少し手伝ってくれよ。ライナー」
ライナー「少しだけな。……悪かったな、エレン。手間かけさせた」
エレン「別にいいってこれくらい。……俺たち、仲間だろ?」
ライナー「……ああ、そうだな」
544: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:44:45 ID:m71IgV6Q
―― 消灯後 女子寮 ユミルたちの部屋
サシャ「……」
クリスタ「……」ジーッ...
サシャ「……あの、クリスタ? 寝ないんですか?」
クリスタ「寝るよ」
サシャ「いつ寝るんです? さっきからずっとそこに座ってますけど」
クリスタ「サシャが寝たら寝るよ」
サシャ「……そうですか」
サシャ(ずっと見られてたら逆に眠れないんですけど……)モゾモゾ...
クリスタ(今日の朝もついさっきも、サシャのそばにいてあげられなかったんだもの。せめて今だけでも、いっしょにいて、あげなきゃ……)ウトウト...
545: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:45:20 ID:m71IgV6Q
クリスタ「……………………」
サシャ「……クリスタ? 眠いんですか?」
クリスタ「ふぁっ!? ねっ、眠くないよ! 大丈夫だから!」ブンブン
サシャ「本当ですか? 私が寝た後、ちゃんと一人でベッドに戻れます?
クリスタ「戻れるよ! 大丈夫!」グッ
サシャ「……」
クリスタ「……だいじょぶだもん」ウツラウツラ...
サシャ「…………そうですか」
サシャ(どう見てもこのまま寝ちゃいそうですよね……かといって、私が説得しても素直に寝てくれそうにないですし……)ウーン...
546: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:46:05 ID:m71IgV6Q
サシャ「……わかりました。ならせめて、クリスタも布団に入って横になってくださいよ。もし座ったまま寝ちゃったら風邪引いちゃうでしょうし」
クリスタ「私、今まで一度も風邪引いたことないからへいっ……へい、平気………………へくちっ」プルッ
サシャ「ああもう、言った側からくしゃみしてるじゃないですか……ええと、毛布毛布っと」バサッ
クリスタ「ううっ……ありがと、サシャ…… ……でもね、布団に入ったらサシャが起きてるのか寝てるのかわからなくなっちゃうんじゃない? その確認はどうすればいいの?」
サシャ「……ぐーぐー。すやすやー」
クリスタ「むむっ……馬鹿にしないでよサシャ、そんなのじゃ私は騙されないからね! ……あっ、そうだ! だったら二人で一緒に寝るのはどう? これなら布団の中だし横になってるし、サシャの顔もばっちり見えるよ!」ポンッ
サシャ「いやいや、それが一番駄目ですって。勝手にクリスタと二人きりで寝たらユミルに怒られちゃいますよ」ブンブン
クリスタ「うーん、これも駄目かぁ……じゃあ、ユミルも一緒に寝るならどうかな? 私とサシャの二人でユミルのお布団に入っちゃうの」
サシャ「それならまあ、二人きりで寝てるわけじゃないのでいいと思いますけど……三人で寝たら狭くないですかね」
クリスタ「平気だよ、私ちっちゃいからあんまりスペース取らないもの。――そうと決まったらサシャ、こっちおいでよ! 壁側と柵側のどっちがいい?」ポフポフ
サシャ「クリスタ、ユミルのお布団に入るの早いですね……じゃあ、すぐ逃げられるように柵のほうで。――失礼しまーす……」ゴソゴソ...
547: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:46:38 ID:m71IgV6Q
ユミル「……zzz」グーグー
サシャ「……ユミル、あれから結局一度も起きてないんですか?」ヒソヒソ...
クリスタ「うん、何度も揺すったんだけど全然なの。……卒業試験も始まったし、ユミルも緊張してたんじゃないかな。それで今までの疲れがどっと出ちゃったんだよ、きっと」ヒソヒソ...
サシャ「じゃあ、明日の朝起きたらびっくりするでしょうね。いつの間にかベッドで寝てて、両脇に私たちがいるんですから」
クリスタ「そうだね、そう考えるとちょっと起きるのが楽しみかも。……ねえサシャ、そっちの寝心地はどう? 狭くない? ちゃんと寝られそう?」
サシャ「大丈夫ですよ。クリスタにもちゃんと寝てもらわなくちゃいけませんからね、無理にでも寝ます。――それに、明日の試験でライナーに私の実力を思い知らせてやらないといけませんからね! しっかり身体を休めないと……!」メラメラ...
クリスタ「……ふふっ、気合い入ってるね」クスッ
548: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:47:34 ID:m71IgV6Q
サシャ「今日一日かけてやっと思い出したんです。……一人でずっと皮の剥き方を悩んでるよりも、何も考えないでかぶりつくほうが向いてるんですよ、私」
クリスタ「……? りんごの食べ方の話?」
サシャ「違いますよ! ……目の前に好きなものがぶら下げてあるのに、じっと我慢なんかしてられないって話です」
クリスタ「……うん、そうだね。そっちのほうがサシャらしいって私も思うよ」
サシャ「でしょう? ――それが私の持ち味ですからね! 明日の試験でライナーにも思い出させてやりますよ!」
おわり
549: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:48:47 ID:m71IgV6Q
終わりです。読んでくださった方、途中レスしてくださった方ありがとうございました
ぶっちゃけ途中のレスで何度も励まされました 本当にありがとうございます
というわけで仲直りしたついでにくっついた話でした
ギスギスした話&ギスギスしたモブがえらく書きにくくてとんでもなく時間がかかってしまいました お待たせしまくって本当にすみません
次回からやっとデレデレしてるライナーが書けるぞ!よっしゃ!
続けてお誕生日SSを貼ってから、次スレ云々のことを書き込みたいと思います
550: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:50:05 ID:m71IgV6Q
―― 7月26日 とある休日 午後 調理場
サシャ「よいしょっと……」ザクザクッ
サシャ(調理場の使用申請、私の他にもう一人出してたはずなんですが……)チラッ
サシャ(誰も来る気配がないですねー……石窯の中身、焦げちゃわなきゃいいんですけど)
サシャ(勝手に開けて怒られるのはもう嫌ですし……まあ、私は自分の作業に集中しますか)
サシャ「……」
サシャ「……」
サシャ「……はっぴばーすでーわーたしー♪ はっぴばーすでーわーたしー♪」ニュルニュル
サシャ「はっぴばーすでーでぃーあわーたしー♪」ペタペタ...
サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」
ライナー「……何を歌ってんだお前は」
552: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:51:11 ID:m71IgV6Q
サシャ「あっ、ライナーじゃないですか。こんにちは!」
ライナー「おう。……で、今の珍妙な歌はなんだ」
サシャ「お誕生日を祝う歌です! 知らないんですか?」
ライナー「いや、それは知ってる。知ってるんだが……お前、今なんて歌ってた?」
サシャ「はっぴばーすでーわーたしー♪」
ライナー「それだ。……そういう歌って、普通は誰かに歌ってもらうもんじゃねえのか?」
サシャ「そうですね、普通そうだと思います」
ライナー「……お前まさか歌ってもらう友だちすら失ったのか……!?」
サシャ「違いますよ! これ作ってたのでテンション上がっちゃって」スッ
ライナー「……? ケーキ?」
サシャ「はい、バースデーケーキです!」
ライナー「……お前まさか自分で自分のバースデーケーキ作ってんのか……!?」
サシャ「そうですけど?」
ライナー「…………」
サシャ「おっと、早くしないと生クリームが溶けちゃいますね……えーっと……」ニュルニュル
553: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:52:04 ID:m71IgV6Q
ライナー「……ところで、そっちの石窯はお前が使ってんのか?」
サシャ「いえ? 私がここに来た時には、もう火が入ってましたけど……」
ライナー「そうか。……因みに中は見たか?」
サシャ「見てませんよ? ――実はこの前、アニがシューの皮を焼いてる時に途中で開けちゃってめちゃくちゃ怒られたんですよねー……スネの青あざ見ます? まだ押すとちょっと痛いんですが」ペロン
ライナー「!! こら、スカートをめくるな!! しまえ!!」グイッ
サシャ「え? だって青あざ」
ライナー「いらん!! そんなもん見せんでいい!!」プイッ
サシャ「はいはい、わかりましたよぅ……もう、怒鳴らなくてもいいじゃないですか……」ムー...
ライナー「男にほいほい肌を見せる奴が悪い。……ったく」ブツブツ...
554: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:52:41 ID:m71IgV6Q
ライナー「……」
サシャ「……」ペタペタ...
ライナー「……なあ」
サシャ「はいはい、なんですかー」ニュルニュル
ライナー「さっき営庭でな、ベルトルトが鶏に追っかけられてたぞ」
サシャ「はぁ、ベルトルトが鶏に……はい? なんでです?」
ライナー「さあな。あいつのことだし、これから焼き鳥でもするんじゃないか?」
サシャ「へえー、そうなんですかー……ふーん…………」ペタペタ...
ライナー「……」
サシャ「……私、ちょっと出かけてきますね。すぐ戻ってきますから」スタスタ...
ライナー「おう、行ってこい行ってこい」
ライナー「……」
555: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:53:21 ID:m71IgV6Q
ライナー(……よし、行ったか)スタスタ...
ライナー「……」バコッ
ライナー「……」ジーッ...
ライナー(おお……! いい焼き色に仕上がってるじゃないか。成功だ!)
ライナー(調理場にサシャがいるのを見た時はひやっとしたが、どうやら本当に石窯の中は見なかったらしいな。よかったよかった)ホッ
ライナー(それにしても、意外とクッキーって作るの簡単なんだな。……なんだ、菓子作りもなかなか楽しいじゃないか)フフン
ライナー(あとは粗熱を取るんだったか……ええと、持ってきた紙箱に移して……)ガサゴソ...
ライナー「……」
ライナー(……なんだか柔らかそうだな。大丈夫なのか? これ)ジーッ...
ライナー「……」
ライナー(……もう二、三分焼くか)バタン
556: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:54:32 ID:m71IgV6Q
サシャ「ベルトルトいませんでしたよ、ライナー」スタスタ...
ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」
サシャ「もう、こっちは忙しいんですよー? ……えーっと、飾り飾りっと」ゴソゴソ...
ライナー「……で、なんで自分でバースデーケーキ作ってんだ? ミカサやクリスタは焼いてくれなかったのか?」
サシャ「もちろん焼いてくれましたよ? でも、このケーキだけは別なんです」
ライナー「別?」
サシャ「このケーキ、私がちっちゃい時にお母さんが作ってくれたケーキなんですよ。訓練所に入る前までは毎年食べてたので、これがないと誕生日って気がしなくって」
ライナー「……思い出の味ってやつか」
サシャ「あはは、そんな大層なものでもないですよ。……よーし、できたー!」ジャーン!!
557: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:55:06 ID:m71IgV6Q
ライナー「どれどれ……ほう、上に乗ってるのは桃か? それ」ジーッ...
サシャ「よくわかりましたね、正解です! 夏は苺が手に入らないので、代わりに桃を使ってるんですよ。――えーっと、フォークフォーク……」スタスタ...
ライナー「一人で食うのか? それ全部」
サシャ「そうですよ? ……あ、フォークあった」ガチャガチャ
ライナー「ちょっとくれ」
サシャ「嫌です。あげません」プイ
ライナー「……くれよ」
サシャ「駄目です。ブラウス家の一族は、誕生日に一人でホールケーキ一個を食べないと年を取ったとは認められないんです」
ライナー「太るぞ」
サシャ「聞こえませーん」プイ
ライナー「…………」
558: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:55:42 ID:m71IgV6Q
サシャ「むふふふふー……それではっ! いっただっきまー」
ライナー「おい見ろサシャ。ジャンが猪を引っ張ってきたぞ」
サシャ「…………えっ、猪? 猪って今言いました?」ガタッ
ライナー「ああ、あっちのほうに走っていった。間違いない」
サシャ「なんですって……!? ちょっと分けてもらえるように交渉してきます!」ダッ
ライナー「おう、がんばれよー」
ライナー「…………」
559: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:56:17 ID:m71IgV6Q
ライナー「……」チラリ
ライナー(くっ……! 俺は甘党じゃないんだ、誘惑なんかされねえぞ……! 今はこっちが優先だ!)バコッ
ライナー(……あんまり色変わってねえな。しかしアニから教えてもらったレシピだと、焼き時間はこれで充分なはずなんだが……)ガサガサ
ライナー(半分だけ出して、残りはもう少し焼くか。よっと……)ザララッ
ライナー(これでよし。こっちは一旦閉めてっと……)バタンッ
ライナー「……」ジーッ...
ライナー(……やっぱり少し生っぽいな。本当に大丈夫か?)
ライナー(途中で何か間違えたんだろうか……分量は合ってるはずだよな。……温度が低すぎたのか? それとも混ぜ方に問題が……)ウーン...
ライナー「……」
ライナー(……駄目だ、わからん)ハァ
560: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:56:52 ID:m71IgV6Q
サシャ「ジャンいませんでしたよ、ライナー」スタスタ...
ライナー「悪いな、気のせいだったみたいだ」
サシャ「まあ誰にでも間違いはありますよね。仕方がないです。――それじゃあいっただっきまーす!」パクパク
ライナー「……ところでサシャ、ちょっとこれを見てくれないか?」スッ
サシャ「ふぁい? ……んん? クッキーのレシピ?」
ライナー「実はな、最近ベルトルトがクッキー作りにハマってるんだが、そこの五番の――」
サシャ「石窯で焼くところですか?」
ライナー「ああ。――そこに書いてある時間通りに焼いてるはずなのに、うまい具合に焼き色がつかなくてベルトルトが困ってるんだ。生地も少し柔らかいし……」
サシャ「焼き色は気にしなくていいと思いますよ。むしろクッキーは半生状態で石窯から出すのが正解です」
ライナー「……なんだと?」ピクッ
561: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:57:28 ID:m71IgV6Q
サシャ「熱を取って乾燥させれば充分サクサクになりますからね。どうしても焼き色を付けたいなら焼いてもいいですけど、時間が経っちゃうとバッキバキになっちゃいますよ? まあ、私はそういうバッキバキなのも好きなので、わざときつね色になるまで焼いたりもしますが」パクパク
ライナー「……そうか」
サシャ「後はそうですねえ……焼き色を付けたいなら、焼く直前に表面に卵を塗ったらいいと思います。パイ生地に塗った時なんかはですね、これがもうとても素晴らしい輝きがパイから溢れて」
ライナー「……もう少し早く言ってくれよ……」ボソッ
サシャ「はい? 何か言いました?」
ライナー「なんでもない。……おい見ろサシャ。コニーが熊を狩ってきてるぞ」
サシャ「はぁそうですか、コニーが熊を……くっ、熊ぁ!? 熊なら私も少しはおこぼれもらえるはずです解体手伝ってきます!」ガタッ ダダダッ
ライナー「おう、がんばれよー」
ライナー「……………………」
562: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:57:59 ID:m71IgV6Q
ライナー「……」ダダダッ バコッ
ライナー「ぐっ……! くそ、遅かったか!」
ライナー(いや、慌てるのはまだ早い! 一枚だけ味見を――)パクッ
ライナー「……」
ライナー「…………かってぇ………………」ゴリッ...
ライナー(ああ、失敗か……しかもきつね色を通り越して黒くなりかけてんじゃねえか……)シュン
ライナー(素直にアニのレシピに従ってりゃあよかったなぁ……取り敢えず、サシャが戻ってくる前に紙箱に移すか……)ザララッ
ライナー「……」チラッ
ライナー(……どうせだから、さっき焼きあがったのも食ってみるか)パクッ
ライナー「……」サクサク
ライナー(……あ、うまい)ホッコリ
563: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:58:35 ID:m71IgV6Q
サシャ「コニーいませんでしたよー、ライナー」スタスタ...
ライナー「……ああ、残念だったな」
サシャ「みなさん逃げ足早すぎですよ……もう、少しくらい分けてくれたっていいのにぃ」ブーブー
ライナー「……」
サシャ「……? あの、私がいない間に何かありました? 元気ないみたいですけど……」
ライナー「いや……お菓子作りって、奥が深いよな」
サシャ「そうですねぇ、だからこそ楽しいとも言えるんですけど――」
ライナー「……」ハァ
サシャ「……」
サシャ「……えっと、ひとくち食べます? ケーキ」
ライナー「もらう」ズイ
564: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:59:08 ID:m71IgV6Q
―― その日の晩 とある倉庫
ライナー「……というわけで、だ。――改めて、誕生日おめでとう。サシャ」
サシャ「ありがとうございます! ……えへへ、なんだか恥ずかしいですね。こういうの」テレテレ
ライナー「年が追いつかれちまったな。まあ、一週間後にまた追い抜いちまうが」
サシャ「でも、今日から六日間は同い年ですよ! 同い年!」ピョン
ライナー「ああ、そうなるのか。……けどなぁ、同い年だからって何かが変わるわけでもないと思うんだが」ウーン...
サシャ「試しに何か変えてみますか? ……とは言っても、何をどうすればいいのかは思いつきませんけど」
ライナー「やめとけやめとけ。別に無理にやる必要もないだろ」
サシャ「えー……せっかく同い年になったのにつまんないです」ムー...
565: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 21:59:42 ID:m71IgV6Q
ライナー「まあまだ6日もあるんだし、その辺りは自分で考えとけよ。……それよりほら、これやるよ。誕生日プレゼントだ」スッ
サシャ「わぁっ……! やったぁ、ありがとうございます! ――これって今開けてもいいんですか?」ワクワク
ライナー「えっ」
サシャ「……? 駄目なんですか?」
ライナー「い、いや……それは、その…………」モゴモゴ
サシャ「……??」
ライナー「……………………いいぞ。開けても。ここで」
サシャ「はぁ、そうですか。――ではではっ、お言葉に甘えて……」ガサゴソ...
ライナー「……」ドキドキ チラッチラッ
ライナー(落ち着け、ライナー・ブラウン……何を聞かれても店売りで通すんだ。――絶対に、何としてもだ)キリッ
566: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:00:17 ID:m71IgV6Q
サシャ「わぁ……! これ、クッキーですか? おいしそうですねぇ……!」キラキラ...
ライナー「お前はこういうもののほうがいいと思ってな。クッキーなら食えるだろ?」
サシャ「はい、肉やお菓子ならなんでも……っていうか、食べ物じゃないもの以外は基本的に食べますよ?」
ライナー「食べ物じゃないものってなんだよ」
サシャ「机は食べられないじゃないですか。まあ木の皮なら食べますが」
ライナー「……木の皮って食えるのか……?」
サシャ「下処理が必要ですけど食べられますよ? ……ところでこれ、どこのお店で買ってきたんですか? 見かけたことない形ですが」ジーッ...
ライナー「いや、それは…………その、店で買ってきたんだ」モゴモゴ
サシャ「……? あの……そうじゃなくて、どこのお店で買ってきたのかって聞いたんですけど」
ライナー「……店は秘密だ」
サシャ「えー……」ムー...
ライナー「因みに何の形に見える?」
567: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:00:55 ID:m71IgV6Q
サシャ「これですか? ――馬と熊でしょう? むふふ、かわいいですよねぇ」ニマニマ
ライナー「……牛と豚だ」
サシャ「えっ、そうなんですか? ……不思議な形ですねぇ」ジーッ...
ライナー「うん……まあ、……そうだな。不思議だよな」
サシャ「? ?? ――えっと……じゃあこれ、大事に食べますね。ありがとうございました!」ゴソゴソ
ライナー「……おい。食わねえのか?」
サシャ「え? だって前は夜にお菓子食べるなって言ったじゃないですか」
ライナー「言ってない」ブンブン
サシャ「ええー……? 言いましたよ、間違いないです! ホワイトデーのこと覚えてないんですか?」
ライナー「いや、覚えてるが……今日は誕生日だからな。特別に見逃してやってもいいぞ」ソワソワ...
サシャ「……後から怒ったりしません?」ムー...
ライナー「しないしない」ブンブン
サシャ「じゃあ、遠慮なく食べちゃいますかね……それじゃあ、いっただっきまーす!」パクッ
ライナー「……」ドキドキ
568: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:01:32 ID:m71IgV6Q
サシャ「……」モグモグ
ライナー「……うまいか?」
サシャ「はい、おいしいです!」ニコッ
ライナー「……そうか」ホッ
サシャ「流石に全部は無理なので、残りは明日食べますね。―― じゃあ一週間後、楽しみにしててくださいね? ちゃんと調理場の許可は取ってあるので!」
ライナー「ほう、準備がいいな。……何を作るかは決まってるのか?」
サシャ「それがまだなんですよねー……薄ぼんやりとイメージはあるんですけど。何かリクエストとかあります?」
ライナー「リクエストか……なんでもいいのか?」
サシャ「難しい物じゃなければ大抵作れますよ。ちゃんと材料用にお金も貯めてあるので、高めのものでも大丈夫です!」エッヘン
ライナー「それなら、そうだな……」ウーン...
ライナー(……待てよ。「決まってない」って言っても、流石にもう主食は決まってるんじゃないか? 材料の調達の問題もあるし、余計なことは言わないほうがいいよな)
ライナー(昼間にもらったケーキは少し気になると言えば気になるんだが……あれは既に一口もらってるし、もう一度作ってもらうのも気が引けるし……)
ライナー(別のものと言われても、そもそも料理には詳しくねえし……ああ、サシャが焼くクッキーも食ってみたい気がするな。いっそクッキーを頼むのも……いやいや、そんなこと頼んだらクッキーが手作りだってこともバレかねない。クッキーは駄目だ)ブンブン
569: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:02:05 ID:m71IgV6Q
ライナー「……………………………………」
サシャ(めちゃくちゃ悩んでますね……やっぱり当日まで内緒にしておいたほうがよかったんでしょうか。でも、何か食べたいものがあるならそっちのほうがいいと思いますし……)チラッ
ライナー「……」
サシャ「……あの、決められないなら無理しなくていいですよ。私の方で考えますから」
ライナー「……すまん。そうしてくれ。特に思いつかねえ……」ハァ
サシャ「わかりました、お任せください! ――ところで、昼間のベルトルトの話に戻るんですけど」
ライナー「ベルトルト? ……に、鶏は食用じゃないからお前にやれないって言ってたぞ。残念だったな」オロオロ
サシャ「違いますよ、そっちの話じゃないです。――確か昼間に、ベルトルトがクッキーの焼き方で悩んでるって言ってましたよね? もしベルトルトがよかったら、今度調理場使うときに焼き方のアドバイスをしてあげようと思ったんですけど……」
ライナー「お前が? ……ベルトルトに付きっきりで?」
サシャ「いえ、私も調理しなくちゃいけないので付きっきりは無理ですけど」ブンブン
ライナー「……因みに、今度調理場を使う日って」
サシャ「ライナーのお誕生日です」
ライナー「…………」
570: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:02:37 ID:m71IgV6Q
ライナー「……よしわかった。ベルトルトの代わりに俺がお前から習うことにしよう。これで問題ねえよな?」
サシャ「何言ってるんですか駄目ですよ。焼き加減の問題なんですから、ベルトルト本人が直接聞かなくちゃ意味がないです。それにライナーは当日調理場に出入り禁止ですからね」
ライナー「なっ……! なんだと、そんなの初耳だぞ!?」ガーン!!
サシャ「だって今はじめて言いましたもん。――当日のお昼まで私が何を作るかは秘密です。覗きに来ちゃ駄目ですからね」
ライナー「……今からリクエストしたら」
サシャ「しても駄目です」
ライナー「何を作ってるかわかった上で覗きに来てるんだからいいだろ。何も問題ないはずだ!」
サシャ「そのリクエストされたものの他に色々作るから駄目です」
ライナー「…………」
571: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:03:11 ID:m71IgV6Q
サシャ「というわけで、ベルトルトに話しておいてくださいね。なんなら私から直接話しても」
ライナー「そういえばベルトルトはもうクッキー作りをやめたらしいぞ。特に石窯は金輪際見たくないそうだ」
サシャ「へっ? そうなんですか? ……あっ! もしかしてライナーが即興で作った嘘だってことは」ジトッ
ライナー「石窯を見ると目が焼けるらしい」
サシャ「ひぇっ……そ、それは無理強いできないですね。確かめようにもリスクが高すぎますし……わかりました、ベルトルトに教えるのは止めにします」シュン...
ライナー「……」ホッ
サシャ「でも、なんでベルトルトは急にクッキー作りやめちゃったんですか? 慣れれば結構簡単なのに……」ムー...
ライナー「さあな。俺にもわからん」プイッ
サシャ「……なんだか怪しいですね。ここは本人に直接確かめたほうが」
ライナー「菓子の名前を聞くと鼓膜が破れるらしい」
サシャ「……聞けないですね」
ライナー「ああ。聞かないほうがいいぞ」
572: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:04:10 ID:m71IgV6Q
―― 深夜 男子寮 エレンたちの部屋
「……」モダモダ ギシッギシッ
ベルトルト「……」
「……」ゴロンゴロン ギシギシッ
ベルトルト「……」ムクリ
「……」ジタバタジタバタ ギシッギシッギシッギシッ
ベルトルト「……あのさぁライナー、上の段で身体を揺すられると下に響いて迷惑なんだよね。静かにしてくれる?」ヒソヒソ
ライナー「……すまん、ベルトルト。どうも眠れなくてな……」モゾモゾ...
573: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:04:43 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「まあ、今日は身体もあまり動かさなかったからね。気持ちはわかるけど……落ち着かないなら腹筋でもしてくれば? 外で」
ライナー「馬鹿言うな、今の時間に外に出たら教官にとっ捕まるだろ。――そうだベルトルト、お前にもこれをやろう」ゴソゴソ ポイッ
ベルトルト「……? なにこれ、クッキー?」
ライナー「ああ。余ったからお前にもやるよ。――因みにそれ、何の形に見える?」
ベルトルト「うーん、そうだな……馬と熊、かな」
ライナー「……牛と豚だ」
ベルトルト「は? どの辺が?」
ライナー「……もういい」クスン
574: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:05:19 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「そういえばこれ、サシャにもあげたんだっけ? ――思春期男子の手作りお菓子ってなかなか高度な贈り物だよね。何か言われなかったの?」
ライナー「…………う、うまいって」テレテレ
ベルトルト「ふうん、よかったね。他には?」
ライナー「……」モジモジ ギシギシ
ベルトルト「そういうのいいから早く」
ライナー「……一週間後、なにか作ってくれるらしい」
ベルトルト「へえ、よかったね」
ライナー「……ああ。楽しみだ」ソワソワ ギシッギシッ
575: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:06:02 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「楽しみなのはわかったけど、それ一週間も続けるの?」
ライナー「いや、そんなつもりはないんだが……なんだか気が急いちまって」
ベルトルト「一週間前からそんな調子でどうするんだ……? ――もういい加減寝なよ。うるさいから」
ライナー「そうだな、そうするか…… ……じゃあおやすみ、ベルトルト」モゾモゾ...
ベルトルト「はいはい。おやすみライナー」モゾモゾ...
ベルトルト「……」
―― ギシギシ... ギシッ...ギシ...ッ
ベルトルト(……ベッドの底が抜けるのと一週間経つの、どっちが早いのかな)
576: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:06:51 ID:m71IgV6Q
―― 8月1日 一週間後 とある休日 男子寮 エレンたちの部屋
ベルトルト「……本当なの? 今の話」
ライナー「ああ。――全て事実だ」
ベルトルト「気のせい……じゃ、ないんだよね……?」
ライナー「そう……だな。そうだと、よかったんだがな……」
ベルトルト「正直、信じられないよ……まさかこんなことが起きるなんて、思ってもみなかった……」
ライナー「お前がそう思うのも無理はない。……俺もまだ、受け入れきれないでいる。自分のことなのにな」
ベルトルト「君から直接聞いて、こうして目にしている今でも……嘘であってほしいと思ってる」
ライナー「……」
ベルトルト「なんで君、誕生日に熱出してるの……?」
ライナー「……すまん」ショボン...
577: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:08:01 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「熱っぽいのと頭が痛いのと……身体が少しだるいんだっけ? 喉は痛くない? 口開けて見せて」
ライナー「……」パカッ
ベルトルト「……うん、腫れてはないみたいだね。声も普通に出てるし……炎症がないってことは風邪じゃないよね。知恵熱の一種かな、たぶん」
ライナー「ああ、俺も風邪じゃないとは思う。……しかし、いったいなんで急に熱なんか出たんだろうな。訳がわからん」ウーン...
ベルトルト「…………」
ライナー「なんだその目は。言いたいことがあるならちゃんと言え」
ベルトルト「いや、知っててとぼけてるならまだいいけど、本気で言ってるならちょっと……ねえ、本当にわからない? 心当たりあるだろ?」
ライナー「ない」キリッ
ベルトルト「今日は何の日?」
ライナー「……俺の誕生日だ」モジモジ
ベルトルト「そうだね、おめでとう。……で、今日の昼に何の約束してるんだっけ?」ハァ
578: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:08:55 ID:m71IgV6Q
ライナー「……///」テレッ
ベルトルト「顔真っ赤だよ」
ライナー「熱のせいだな」
ベルトルト「明らかにそれ以外の原因だろ……? ――ええっと、今日はサシャがお昼ごはん作ってくれるんだよね? その約束っていつしたんだっけ?」
ライナー「一週間前だな。細かい日時を決めたのは三日前だが」
ベルトルト「その日から今日までの平均睡眠時間は?」
ライナー「……」
ベルトルト「ライナー?」
ライナー「……八時間くらいだ」
ベルトルト「違うね。かなり甘めに見積もっても二時間くらいだ」
ライナー「……」
579: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:09:28 ID:m71IgV6Q
ベルトルト「僕さぁ、毎日のように君に寝ろって言ったよね? なんで言うこと聞けないの?」イライラ...
ライナー「んなこと言われたって仕方がねえだろ。楽しみだったんだからよ……」イジイジ...
ベルトルト「楽しみって……もう子どもじゃないんだからさ、寝る時間くらいコントロールできるようになろうよ……僕らは今、兵士なんだから」
ライナー「何言ってんだ。今の俺は戦士だぞ」キリッ
ベルトルト「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……ええっと、とにかく生活そのものがルーズっていうか、自分の体調管理もできないような年でもないだろってことだよ」
ライナー「……返す言葉がないな」シュン...
ベルトルト「ああ、存分に反省してくれ。……それで、サシャとの約束はどうするの? なんなら僕から行かないって言っておくけど」
ライナー「いや、言わなくていい。ちゃんと自分で行く」ブンブン
ベルトルト「その体調で? ……いくら君でも、その有り様じゃ食堂のある兵舎まで辿りつけないと思うけどなぁ」
580: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:10:10 ID:m71IgV6Q
ライナー「なら、昼前までに体調を元に戻す。――絶対に、何としてもだ……!」キリッ
ベルトルト「はいはい頑張ってね。……じゃあ僕、そろそろ行くから」スクッ
ライナー「ん? 出かけるのか?」
ベルトルト「教官のおつかいでね。ちょっと街まで行ってくるよ。……念のために聞くけど、一人で大丈夫だよね?」
ライナー「何言ってんだ、ガキじゃねえんだし平気に決まってるだろ? ……そうだベルトルト、もしよかったらシャツ貸してくれないか?」
ベルトルト「シャツ? ないの?」
ライナー「昨日まとめて洗う予定だったんだが、頭が割れるように痛くてできなかったんだ」
ベルトルト「その時点で医務室に行ってよ……勝手に使っていいよ。どうせサイズ同じだし」
ライナー「おう、ありがとな。……気をつけて行ってこいよ」フリフリ
ベルトルト「どういたしまして。約束の時間まではゆっくり身体休めてね。……行ってきます」ガチャッ バタンッ
581: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:10:42 ID:m71IgV6Q
―― 数時間後 昼前 男子寮 エレンたちの部屋
ライナー「……」パチッ
ライナー(あっちぃ……今は何時だ? まだ昼は過ぎてないよな……)ムクリ
ライナー「……」ピトッ
ライナー「……」
ライナー「熱は……よし! あるな!」ニッ
ライナー「……」
ライナー(あああああ……少しも下がってねえじゃねえかぁ……!)ズーン...
ライナー(普通に考えれば、数時間寝ただけで治るわけねえよな……くそっ、頭いてぇ……)ガンガンガンガン...
ライナー(なんでベルトルトは指摘してくれなかったんだ? 無理なら無理って言ってくれればよかったのに……あいつ、最近薄情だよなぁ……俺はそんな子に育てた覚えはないぞ、ちくしょう……)イジイジ...
582: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:11:21 ID:m71IgV6Q
ライナー(身体もさっきよりだるいし……この状態じゃ食堂には行けねえな……)
ライナー(というわけで、すまんサシャ。俺は寝るぞ……)ゴロン
ライナー「……」
ライナー(……待てよ? 俺が約束をすっぽかしたら、サシャはどうなるんだ?)
ライナー(ベルトルトに伝言を頼まなかったから、俺が寝込んでるってことは……きっと知らねえよな……)
ライナー(あいつのことだから、俺が行くまで馬鹿正直に待ってるんじゃないか? 妙に気張ったメシをテーブルいっぱいに並べて、周りがメシ食ってるのにひたすら我慢して……)モンモン...
ライナー「……」
ライナー(寝てる場合じゃない。……行かねえと)ムクリ
583: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:12:34 ID:m71IgV6Q
ライナー「うーん……」ゴソゴソ...
ライナー(着れるような服は……訓練服だけか。中に着るシャツはベルトルトのものを借りるとして……)
ライナー(この汗まみれの身体で行くわけにはいかないよな。身体は拭いていくか。タオルタオル……)ゴソゴソ...
ライナー(しかし、洗濯カゴが大変なことになってるな。こりゃ同室の奴以外には見せらんねえぞ……)
\コンコンコンッ/
ライナー「……?」
ライナー(ノック……? 今は食事の時間だよな? 誰が来たんだ……?)
\コンコンコンッ/
ライナー(コニーやジャンがノックするわけねえし……ということは、マルコか?)
ライナー(まあ、風邪を引いてるわけじゃねえんだし……中に入れても平気だよな。たぶん)
ライナー「入っていいぞー」ゴソゴソ...
「はーい。……よいしょっと」ガチャッ ギィッ...
584: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:13:12 ID:m71IgV6Q
「ライナー、お昼持ってきたんですけど……って、何してるんですか?」
ライナー「タオル探してるんだ。汗を拭こうと思ってな」
「ふむふむ、汗を……確かにびっしょりですね。シャツが肌に貼り付いちゃってますよ? ――ところで、動きまわってるってことは熱が下がったんですか? ベルトルトは結構重症だって言ってましたけど……」
ライナー「ああ、朝ほどじゃないが額がまだ熱かったな……。だが風邪じゃないから、明日の訓練には間に合うとは思うんだが……そういや腹減ったなぁ、楽しみだなぁ……」ゴソゴソ...
「受け答えがちょっと支離滅裂でとても心配なんですけど……風邪じゃないならよかったですね! 夏風邪はしつこい上にお腹に来ますから、私にとっては地獄そのものです!」
ライナー「確かに、メシを食えなくなるのはキツいよな。……その食事はたぶん後で食べるから、机の上に置いといてくれ。今は急いでるから食ってる暇がない」
「はぁ、わかりました。……ところで、ライナーの机ってどれですか?」
ライナー「どこって……エレンの隣だよ。お前も知ってるだろ?」クルッ
585: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:14:11 ID:m71IgV6Q
サシャ「どれですかねー?」ウロウロ
ライナー「」
サシャ「うーん……エレンの机はすぐにわかりましたけど、他の三人の机は見分けがつかないですね……右でいいですか? っていうか席替えしました?」コトッ
ライナー「……」
サシャ「もーしもーし」フリフリ
ライナー「……」ムニッ
サシャ「むぁっ!? ……な、何するんですか! 人のほっぺたで遊ばないでください!」ペチンッ
ライナー「……痛い」
サシャ「へっ? ……ああああ、すみませんすみません、そんな強く叩いたつもりはないんですけど」オロオロ...
ライナー「……」
ライナー(本物……なんだよな? だが、なんでサシャが男子寮に……)
586: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:15:15 ID:m71IgV6Q
\コンコンコンコンッ/
『ブラウン? 起きているのか?』
ライナー(なっ……! 教官、だと……!? 何故俺のところに……!?)
ライナー(いや……教官はともかく、サシャがここにいるのはまずくないか!? 女子が男子寮にいるだけでおかしいってのに、部屋に連れ込んでるのがバレたら……いや俺が連れ込んだわけじゃねえけども!!)チラッ
サシャ「ライナー、返事しなくていいんですか?」
ライナー「ねっ……寝てます!! ぐっすりです!!」
サシャ「起きてるじゃないですか」
『……開けるが構わんな?』
ライナー「ちょっ……! ま、待ってください!」アタフタアタフタ
587: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:15:47 ID:m71IgV6Q
ライナー(とにかく、サシャをどこかに隠さねえと……! って言っても、隠せる場所なんかどこにも……)キョロキョロ...
ライナー(ええい面倒だ、ここでいいだろ!!)ガシッ ポイッ
サシャ「ぎゃっ!? ら、ライナー? 私は別に寝に来たわけじゃ……」ポスッ
ライナー「いいか? 絶対に動くなよ!」バサッ
サシャ「えっ? いえ、あのですね、私は教官に…… ……むぁっ!?」
ライナー(毛布一枚だけじゃ不安だ、他にも適当に上にかけて……!)バサバサバサバサ
サシャ「~~~~!? ~~~~~~~~!!」ジタバタジタバタ
ライナー「こら、暴れるな! おとなしく……」
\ガチャッ/
ライナー「!!」バサッ グググッ
サシャ「んぎゅっ!?」ベチョッ
588: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:16:22 ID:m71IgV6Q
キース「入るぞ。――調子はどうだ、ブラウン」
ライナー「はっ! ええと……調子……調子ですか? 俺の調子は、よ、よくないです」グラグラ...
キース「……そのようだな」
ライナー「ええ、まあ……そうですね」チラチラ...
ライナー(……よし、うまい具合に全身隠れたみたいだな。――だが、あんな雑な隠し方じゃすぐバレるだろうし、教官には早く帰ってもらわねえと……ああくそっ、動きすぎて頭が回らん……)グルングルン...
キース「ところでブラウスはどうした。見当たらないが」
ライナー「はぁ、ブラウスですか……ブラウスは…… ……は? ブラウス?」
キース「サシャ・ブラウス訓練兵だ。来ていないのか?」キョロキョロ...
ライナー「……」
キース「奴には食事を持って行くように頼んだのだが……ん? なんだ、食事はあるじゃないか」
ライナー「……」
589: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:16:58 ID:m71IgV6Q
キース「ブラウスはもう帰ったのか?」
ライナー「……帰りました」
キース「そうか。ならばいい」
ライナー「……教官、一つよろしいでしょうか」
キース「なんだ?」
ライナー「何故ブラウス訓練兵に食事を運ぶように命令したんですか? ここは男子寮ですし、他の男子訓練兵でもよかったのでは……」
キース「調理場で暇そうにしている奴がブラウスしかいなかったからだ」
ライナー「……なるほど。納得しました」
キース「体調管理も兵士の仕事のうちだ。……今日が休日でよかったな。明日の訓練までに必ず治しておけ」ガチャッ バタンッ
590: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:17:52 ID:m71IgV6Q
ライナー「……」
ライナー「……」バサッ
サシャ「いたたた……もう、いきなり突き飛ばすから背中打っちゃったじゃないですか……」サスサス...
ライナー「すまなかった。……そっちの事情を先に聞けばよかったな」
サシャ「本当そうですよ……またキース教官が来たら、もう一回隠れなきゃいけなくなっちゃいましたよ」ムー...
ライナー「……悪い」シュン...
サシャ「あ、いえ、責めるつもりじゃなくてですね……」オロオロ...
サシャ(なんだか、いつもより元気がなくて接しづらいですね……加減が難しいです)
ライナー(そうか、教官とサシャにちゃんと伝えてくれたのか……なんだ、ベルトルトもなかなかやるじゃないか。見直したぞ)フフン
ライナー「まあ、その……なんだ。……せっかく来たんだし、ゆっくりしていけよ」ソワソワ...
サシャ「いえ、用事が済んだら帰りますけど」
ライナー「……そうか」シュン
サシャ「……」
サシャ(あうう、やりづらいです……何か、何か話題を……)チラッ
591: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:18:30 ID:m71IgV6Q
サシャ「ええっと、汗拭こうとしてたんですよね? よかったらお手伝いしましょうか? 背中とか手が届かないでしょうし……」
ライナー「いや、大丈夫だ。お前はくつろいでてくれ」フキフキ...
サシャ「ええー……? 私、ここにくつろぎに来たわけじゃないんですけど……」
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」
サシャ(さっきから、同じところばっかり拭いてますね……)
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「……」スクッ スタスタ...
ライナー「……」フキフキ...
サシャ「タオル貸してください。私がやります」
ライナー「いいって。自分でやる」
サシャ「 貸 し て く だ さ い 」
ライナー「……じゃあ、頼む」ポン
592: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:19:05 ID:m71IgV6Q
サシャ「……」フキフキ...
ライナー「……」
サシャ「はーい、手をあげてー」
ライナー「……」バンザイ
サシャ「よいしょっと……はい、いいですよ。下ろしてくださーい」フキフキ...
ライナー「……」スッ
サシャ「……」フキフキ...
ライナー(小さい子どもになった気分だな……居たたまれねえ……)ソワソワ...
サシャ(ちっちゃい子どもを相手にしてる気分ですね……! 不謹慎ですけど、なんだか楽しいです……!)ワクワク...
サシャ(それにしても、背中すごく熱いですね。こんなに熱いと寝苦しそうです……)ペタッ
ライナー「! ……何してんだお前」
サシャ「いえ、熱がどれくらいあるのかなって思いまして」ペタペタ...
ライナー「……」
ライナー(くすぐってぇ……)ソワソワ...
593: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:19:37 ID:m71IgV6Q
サシャ「はい、これで上半身は全部拭けましたよ。お疲れ様でした!」
ライナー「……結局全部やってもらっちまったな。すまん」
サシャ「いいですよこれくらい。……ええっとそれで、腰から下は」チラッ
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……じ、自分で拭くからもういいぞ」アセアセ
サシャ「そっ、そうですか、ですよね……」アセアセ
ライナー「……」
サシャ「……」
ライナー「……いや、お前はあっち向けよ」
サシャ「あ、はいすいません」クルッ
ライナー「……」
ライナー(下は……適当でいいよな。足首だけ取り敢えず拭いて……)フキフキ...
594: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:20:25 ID:m71IgV6Q
ライナー「終わった。……こっち見ていいぞ」
サシャ「えっ、早くないですか? ちゃんと拭きました?」
ライナー「拭いた」
サシャ「……まあ、それならいいですけど」クルッ
ライナー「……」
サシャ「……上、早く着てくださいよ」
ライナー「えっ? ……あっ、すまん。忘れてた……」ゴソゴソ...
サシャ「……あれ? それベルトルトのシャツですよね。前に見たことあるんですが」
ライナー「替えがなくなっちまったから緊急で借りたんだよ。……それで、昼メシ持ってきたんだって?」
サシャ「そうですそうです! 生姜のスープ作ったんですけど食べられますか?」
ライナー「……お前が作ったのか? わざわざ?」
サシャ「そうですよ? ……まあ、元々お昼作ってあげるって約束でしたからね。訓練所の病人食って味気なくて元気出ませんし、だったら私が作ってもいいかなぁって。――今更ですけど生姜大丈夫ですよね? 食べられます?」
ライナー「ああ、食える。……食えるけど、座っていいか? 流石に疲れた……」ドサッ
サシャ「どうぞどうぞ。そっち持っていきますね」カチャカチャ...
595: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:21:03 ID:m71IgV6Q
サシャ(作りたて持ってきたんですけど、まだちょっと熱いですね。少し冷まさないと……)フーフー
サシャ「……」
サシャ(あ、あれ……? なんか、自分が食べるつもりでふーふーしちゃいましたけど……)
サシャ(ふーふーは……しないほうがよかったんじゃないでしょうか。あっついほうが好きかどうか、聞くべきだったんじゃ……)チラッ
サシャ「……」
ライナー「……? サシャ?」
サシャ「……あむっ」パクッ
ライナー「あっ」
サシャ「んぐんぐ……」モグモグ
ライナー「……」
サシャ「たまねぎおいしいです!」ニッコリ
ライナー「何しに来たんだお前」
596: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:21:35 ID:m71IgV6Q
―― 食後
ライナー「……うん、うまかった。ごちそうさん」
サシャ「はい、お粗末さまでした。――じゃあ、器返してきますね」スクッ
ライナー「……」
ライナー(そうか、そうだよな……用事が済んだら、普通は帰るよな……)シュン...
サシャ(うっ……! か、帰りづらい……! そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでくださいよ……!)
サシャ(でも、いつまでもここに居座るわけにもいかないですし、器も返さなくちゃいけませんし……何か、何か戻ってくる口実があれば……)キョロキョロ...
サシャ「あっ、そうだ! ――よかったら私、さっきのタオル洗いましょうか?」ポン
ライナー「タオル……? まあ、洗ってもらえるなら助かるが……」
サシャ「タオルだけじゃなんですし、ついでにお洗濯もしてきてあげますよ! いつまでもベルトルトから借りるわけにはいかないでしょうし…… ……それで、洗濯カゴはどこに――」クルッ
ライナー「――!! み、見るな!!」バッ!!
597: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:22:12 ID:m71IgV6Q
サシャ「……わぁ」
ライナー「……」
サシャ「もしかして、あのカゴのフチが見えない服の山がそうですか? うわぁー、溜めましたねぇー……」
ライナー「……」
サシャ「ライナー?」
ライナー「……ち、違う。俺のじゃない……」ブンブン
サシャ「でもあそこに突っ込んである緑のシャツ、いつも着てるのですよね」
ライナー「……」
サシャ「ですよね?」
ライナー「……あのなサシャ、いつもはこうじゃないんだ。いつもは……ちゃんと、ああなる前にやっててだな……」ボソボソ...
サシャ「はいはい、わかってますよ」ポンポン
ライナー(ぐっ……! 絶対わかってねえ、誤解されちまってる……!)プルプル...
サシャ(まあ、ライナーの性格的に洗濯物は溜め込まないですよね……それほど具合悪かったってことなんでしょうか)ウーン...
598: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:22:49 ID:m71IgV6Q
サシャ「じゃあ、外に出るついでにやってきちゃいますね。今からやれば夕方までに乾くはずですから」ヒョイ
ライナー「ああ、頼む……って、ちょっと待て。全部やるのか?」
サシャ「やりますよ? どうせ午後暇ですし」
ライナー「……い、いや、タオルとシャツだけでいいぞ。後は自分で、」
サシャ「いつやるんですか?」
ライナー「明日……は、当番があるから無理だな。明後日は班長会議があるから……ちょっと待て、今確認する……!」ゴソゴソ...
サシャ「……」
ライナー「……」ジーッ...
サシャ「いつですか?」
ライナー「……たぶん、五日後だ」
サシャ「行ってきます」スタスタ...
ライナー「待て待て待て待て待て!!」ガシッ
599: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:23:31 ID:m71IgV6Q
ライナー「確かに暇ができるのは五日後だが、……ほら、ここ見てみろ! 二日後の朝は馬の世話と朝メシの間に十五分ある、この時間を使えば、」
サシャ「たぶん桶と洗濯板用意してお水汲んだところで時間になっちゃいますね」
ライナー「ぐっ……! な、なら三日後の夜はどうだ。夜は風呂入った後に何も予定がない! 消灯時間まで二時間もある!」
サシャ「洗濯板貸してくれるのって夕方までですよ。あと物干し場は夜ごはん食べた後から基本的に立ち入り禁止です」
ライナー「……風呂でやる」
サシャ「お風呂で洗濯しちゃダメって一番最初に言われたじゃないですか」
ライナー「…………で、でもよ、全部って言ったって……下着もあるんだぞ? いいのか?」
サシャ「何がです?」
600: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:24:21 ID:m71IgV6Q
ライナー「……………………汚ねえだろ?」
サシャ「汚ないから洗濯するんですよ。何言ってるんですか」
ライナー「…………………………き、気持ち悪くないか? 同期の……男の下着を洗うなんて……」
サシャ「私、故郷でお父さんのパンツ洗ってたので平気ですよ。別に気にしません」
ライナー「……………………」
サシャ「ほら、いいから寝ててくださいってば。いくら風邪じゃないって言っても、ちゃんと身体休ませないと熱が下がりませんよ?」グイッ
ライナー「…………あのな」
サシャ「寝なさい」
ライナー「……はい」シュン...
601: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:24:57 ID:m71IgV6Q
―― しばらく後 井戸近く
コニー「――でさぁ、弟はクワガタのほうが強いって言うんだけど、俺はやっぱりカブトムシのほうが強いと思うんだよな。名前も長いし身体もでかいし、何よりカブトの文字が含まれてるのがすげぇいいと思わねえか?」
ジャン「クワガタにムシつけりゃクワガタのほうが長くなるぞ。クワガタムシ」
マルコ「大きいってだけで強いと決めつけるのはどうなのかな。小さい身体でも作戦次第でどうにでもなると思うよ」
コニー「ちくしょう、二人してマーティンの味方しやがって! 俺の仲間はいねえのかよ!」
ジャン「誰だよマーティンって」
マルコ「まあまあコニー、そう怒らないで。どうどう」
ジャン「そんなに仲間がほしいならもうちょっと話の合う奴のところに行ってくるんだな。――ほれ、あそこにお前の仲間がいるぞ」
コニー「えっ、本当か!? どこだ、どこにいるんだ!?」キョロキョロ
サシャ「……」ザバーッ...
サシャ(靴下はこれで最後、っと……ええと、次は訓練服ですね。上着上着……)ピラッ
602: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:25:33 ID:m71IgV6Q
コニー「なんだよ、サシャじゃねえか。っつうか何してんだあいつ」
マルコ「たぶん洗濯じゃないかな。――ほら、今広げてるの訓練服だよね」
コニー「ふーん……休みの日まで洗濯って大変だな」
ジャン「休みの日だからやってんだろ。……にしても量が多いな。ちょっと溜め込みすぎじゃねえか?」
コニー「あれ全部一人で洗ったら手が荒れちまうんじゃねえか? ……よし、俺手伝ってくる!」ダッ
ジャン「へーへー、行って来い行って来い。……おいマルコ、お前はどうすんだ? いい子ちゃんらしく手伝いに行くのか?」
マルコ「……」
ジャン「……? マルコ、どうした?」
マルコ「……あれ、誰の洗濯物なのかな」
ジャン「あぁ? そりゃ自分のじゃねえの?」
マルコ「だよね。ということはさ……」
603: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:26:20 ID:m71IgV6Q
マルコ「もしかして……下着とかも、入ってるんじゃない……?」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「……誰の?」
マルコ「そりゃあ…………………………ねえ?」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「コニーちょっと待て! 帰って来い!!」ダッ
マルコ「コニー、待つんだ! コニー!」ダッ
604: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:27:14 ID:m71IgV6Q
サシャ(ふおおおお……! 改めて見るとやっぱり上着大きいですね! 肩幅広いです! これは洗いがいがありますよ!)ワクワク
サシャ「…………」
サシャ(……ポケットにお菓子とか入ってませんかねー)バッサバッサ ゴソゴソ
コニー「よぉサシャ! 洗濯か?」ヒョコッ
サシャ「……? コニー? ――そうですよ、見ての通りです!」ゴッシゴッシ
コニー「俺も手伝おうか? その量だと一人でやるには多いだろ?」
サシャ「わぁっ、いいんですか? 助かります! じゃあコニーはこっちの……」ゴソゴソ...
マルコ「うわああああっ!! コニー駄目!! いくらなんでも友だちだからって見ちゃ駄目だ!!」サッ
コニー「おわっ!? な、なんだ!? 前が見えねえ!!」ジタバタジタバタ
サシャ「えっ、マルコ? なんでコニーの目を押さえて……?」
605: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:27:44 ID:m71IgV6Q
ジャン「お前もあっさり頼んでんじゃねえよ! もうちょっと慎みを持て!!」ヒョイッ
サシャ「あーっ! ちょっとジャン、何するんですか! 洗濯カゴ返してくださいよ!」ピョンピョン
コニー「!? ジャンとマルコか!? お前らいったい何しに来たんだよ、手伝いに来たわけじゃねえのか!?」
サシャ「そうですよ! ジャンはともかく、マルコまでなんでいじわるするんですか! 酷いですよ!」ピョンピョン
ジャン「おいこら俺はともかくってどういうことだ!!」
マルコ「えっ? 違うよ、僕はいじわるしてるわけじゃ……」オロオロ...
ジャン「大体なんでお前はこんなところで洗濯物洗ってんだよ! 女子の洗い場は別にあるだろ!」
サシャ「あっちは人でいっぱいだったんですよ! 別にいいじゃないですか、こっちに人全然いませんし!」ピョンピョン
ジャン「人がいるいないの問題じゃねえだろ! ……ああもう面倒くせえ、保護者どこ行った!!」
サシャ「ミカサはエレンとアルミンと一緒に遊びに行きました!」
ジャン「そっちじゃねえ、ライナーはどこだって言ってんだよ!」
606: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:28:51 ID:m71IgV6Q
サシャ「ライナーなら寮で寝てますよ! ぐっすりです!」
ジャン「あぁ!? このクソ面倒くせえ時になんで寝てるんだあいつは!!」
マルコ「……? 待ってサシャ、なんでライナーが寝てるって君が知ってるの? ベルトルトにでも聞いた?」
サシャ「違いますよ! 自分の目でちゃんと見てきたからです!」
マルコ「見てきた……?」
サシャ「さっきまで部屋にいたんですよ! ライナーが風邪引いちゃったので、代わりに私が洗濯してたんです!」
マルコ「えっ」
ジャン「は?」
607: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:29:21 ID:m71IgV6Q
マルコ「……」
ジャン「……」
サシャ「返してくださいよー」ピョンピョン
コニー「前が見えねえー」ジタバタジタバタ
マルコ「……待ってサシャ。これライナーの?」
サシャ「そうだって言ってるじゃないですか!」
ジャン「……」
マルコ「……」
ジャン「……悪い、勘違いしてた。これは返す」
マルコ「僕も。……ごめんねサシャ、コニー。お詫びに僕らも洗濯手伝うよ」
サシャ「? ?? 勘違い……?」
コニー「勘違いって……どういう勘違いしてたんだよ? 大体、訓練服の大きさ見たら誰のかくらいわかるだろ」
ジャン「……」
マルコ「……ごめん、ノーコメントで」
608: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:30:09 ID:m71IgV6Q
―― しばらく後 井戸近く
コニー「――でさぁ、ジャンとマルコは二人してマーティンの味方しやがるんだよ。酷いだろ?」ワッシャワッシャ
サシャ「マーティンって誰ですか? 調理師の人ですか?」
コニー「違ぇよ、俺の弟だよ。――なあサシャ、お前はカブトムシとクワガタどっちが強いと思う? やっぱりカブトムシだよな?」
サシャ「そうですねー、食べておいしいほうじゃないですかねー」ジャブジャブ
ジャン「食うなよ」
マルコ「なんでもかんでも口に入れちゃいけません」
サシャ「ごめんなさい。……でも、実際どっちがおいしいんでしょうかね? 甲殻類はあんまり食べたことないんですけど」ゴソゴソ...
マルコ「待ってサシャ。君はこっちから先に洗ってね」ササッ
サシャ「……どうしてマルコはさっきからシャツばっかり寄越すんですか? 他にも洗濯物ありますよね?」ジーッ...
マルコ「気のせいだよ。ないよ」サササッ
マルコ(ライナー、君の誇り(パンツ)は僕らが守るよ。安心して眠っていてくれ……)ゴシゴシ...
ジャン(くそ、なんでせっかくの休日に野郎の洗濯物を漁らなくちゃいけねえんだ……! コニーなんか放っとけばよかった……!)ゴソゴソ...
609: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:30:58 ID:m71IgV6Q
サシャ「気のせいなわけないじゃないですか。そろそろシャツ洗うのも飽きてきましたし、他のも寄越してくださいよー」クイクイ
ジャン「馬鹿野郎、シャツを蔑むんじゃねえ! 襟首がダルンダルンになったシャツなんて目も当てられねえぞ!」ゴッシゴッシ
サシャ「別に蔑んでませんよ。他のくださいって言っただけです」
ジャン「そもそもお前、洗うときに真剣にシャツと向き合ってんのか!? 適当に洗うと型崩れとか皺とかできちゃうだろうが!!」ワッシャワッシャ
サシャ「えー……? それは干す段階で気をつけることでしょう? 今から気をつけなくちゃいけないんですか?」
ジャン「当たり前だろうが! 誠心誠意泡立ててちゃんと洗え!!」
コニー「ジャンどうしよう、俺今まで一度も真剣にシャツと向き合ったことねえよ……! いつも何も考えずに洗濯してたぞ……!?」ガタガタ...
ジャン「いんだよ野郎の洗濯物なんか適当で」ケッ
サシャ「えっ」
コニー「そうなのか!? ……よかった、もう少しで心臓止まるところだったぜ」ホッ
マルコ「コニー、心臓はそんなことでは止まらないよ」
サシャ「……ジャン。私とコニーとで言ってること違うんですけど自覚あります?」
ジャン「うるせえ馬鹿同じだよ。いいから黙って手ぇ動かせ」ワッシャワッシャワッシャワッシャ
610: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:31:35 ID:m71IgV6Q
マルコ「そうだよサシャ。染みとか襟汚れとかはちゃんと確認した? 洗い残しは本当にない? 服にスープを食べさせた形跡とかまだあるんじゃない?」
サシャ「……ライナーが服にごはん食べさせるの見たことないんですけど」
ジャン「でも鼻から何度か水噴き出してただろうが」
コニー「食べさせるって言えばさー、サニーなんかもう服に餌やってんじゃねえかってくらいポロッポロ食べ物こぼすんだよなー。母ちゃん、服洗うの大変そうだったなー………………母ちゃん………………」シュン...
マルコ「コニー、唐突にホームシックに陥らないでくれ。びっくりするから」
サシャ「サニーって誰ですか? 目玉焼きと何か関係ありますか?」
コニー「俺の妹だよ。目玉焼きは……まあ、好きだったかな」
サシャ「へー、そうなんですかー…… ――あ、このシャツポケットついてますね。……えーっと」ゴソゴソ...
ジャン「おい、勝手に服の中漁るなよ」
サシャ「だって企画紙とか間違って洗っちゃったら取り返しつかないじゃないですか。クリスタがこの前やらかしちゃって顔が真っ青になってましたし」
マルコ「へえ……それは大変だったね。でも、ライナーならちゃんと確認してるんじゃ――」
コニー「よっしゃやった! 当たりだ!!」ワーイ
ジャン「……確認してねえのかよ。ライナーの奴」
マルコ「うっかりさんだね」ジャブジャブ
611: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:32:33 ID:m71IgV6Q
コニー「んん……? なんだこりゃ、メモ書きか? ……『クッキーの作り方』?」ピラッ
サシャ「あっ、それベルトルトのですね。クッキー作りにハマってたらしいんですが、石窯を見ると目が焼ける病気にかかってしまったそうです」
コニー「なっ、なんだと!? ……ベルトルトの奴、重症じゃねえか……! 俺に一言相談してくれてもよかったのに……!」ガーン
ジャン「んな病気あるわけねえだろ馬鹿。大体、ベルトルトなら先週普通に食事当番してたぞ?」
サシャ「えっ? そうなんですか?」
ジャン「ああ。しかもあいつ、一昨日はほとんど火の番してたからな。がっつり石窯睨んでたんじゃねえか?」
マルコ「そもそも、ベルトルトの目が焼けるってサシャは誰から聞いたの? ユミル?」
サシャ「いえ、ライナーからですけど……じゃあ、ライナーが私に嘘吐いてたってことですか? 何のために?」
ジャン「さあな、俺たちが知るかよ。――第一、そのことでお前を騙してライナーに何のメリットがあるんだ? どう考えてもねえだろうが」
マルコ「仮にライナーがサシャを騙してたとしても、ベルトルトのメモを本人に返さないで持ってた理由が説明つかないよね。筆跡から見るに、そのメモ自体違う人が書いたみたいだけどさ」
サシャ「……言われてみれば妙な点だらけですね。謎は深まるばかりです……」
612: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:33:08 ID:m71IgV6Q
コニー「そうだ、わかったぞ! 本当はベルトルトじゃなくてライナーがクッキー作ったんじゃねえか?」ポン
サシャ「……!」
ジャン「はぁ? ライナーが何のためにクッキーなんか作るんだよ」
コニー「それはー……あー………………うん、わかんねえけど」
ジャン「さっきから適当なことばかり言ってんじゃねえよ、もうちょっと考えてから喋れってんだ」ケッ
サシャ「…………」
マルコ「サシャ? どうしたの? 手が止まってるけど……」
サシャ「へぁっ? ――そ、そうですね、ライナーってばなんでこんなの持ってたんでしょうね?」ゴッシゴッシ
コニー「俺も気になるなぁ……どうせなら本人に直接聞くか? 洗濯物返す時にでもよ」
ジャン「やめとけやめとけ。何かしら事情があるんだろ」ゴッシゴッシ
マルコ「そうそう。こういうのはそっとしておくのが一番だよ」ジャブジャブ
サシャ「……」
サシャ(そういえば……誕生日にもらったクッキー、店売りにしてはちょっと固かったんですよね。手作りっぽいというか……)
サシャ(……まさか、ですよね)
613: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:33:50 ID:m71IgV6Q
―― 数時間後 男子寮 エレンたちの部屋
ライナー「……」ゴロン
ライナー(帰って来ねえなぁ……まあ、器も返して来るって言ってたし、あの量だし……時間がかかるのは仕方ねえか)
ライナー「……」
ライナー(よくよく考えたら……具合が悪いとはいえ、同期の女子に下着を洗わせてるんだよな。俺……)
ライナー「……」
ライナー(あああああああ……! 最低すぎる……!)モダモダ...
ライナー(なんで昨日、無理してでも洗っておかなかったんだ……! せめてパンツ一枚くらい洗っとけば、こんなことには……!)ビッタンビッタン
―― ガチャッ...
614: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:34:32 ID:m71IgV6Q
サシャ「ライナー……? 寝てますかー……?」コソコソ...
ライナー「……」ゴロン
サシャ「あらら、起きてたんですか? 駄目ですよちゃんと寝なきゃ」スタスタ...
ライナー「……カゴの中、どうしたんだ」
サシャ「もちろん全部洗って干してきましたよ」
ライナー「ぱ……、下着もか」
サシャ「当たり前でしょう」
ライナー「……」
サシャ「そういえば、井戸の近くでマルコとジャンとコニーに会いましたよ。ちょっとだけ洗濯手伝ってもらっちゃいました」
ライナー「マルコたちにか? ……何か言ってたか?」
サシャ「いえ、特に何も? ――ついでに洗濯物取り込むの頼んできましたから、後で受け取っておいてください。夜は清潔なシャツとパンツで寝られますよ! よかったですね!」パチパチ
ライナー「……ああ」
ライナー(ちっともよくねえけどな……)ドヨン
サシャ「……」
615: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:35:13 ID:m71IgV6Q
サシャ「あの、そういえば……この前もらったクッキーおいしかったです。誕生日にもらった……」
ライナー「ああ、そりゃ店売りだからな。美味いのは当然だろ?」
サシャ「……」
ライナー「……? なんだ?」
サシャ「いえ、別に? ――ところで熱はどうなりました? 下がりました?」
ライナー「あー……たぶん下がったんじゃねえか? 正直、自分で触りすぎてよくわからなくなってきたんだが……」ペタ
サシャ「ふーん、どれどれ……」ピトッ
ライナー「」ビクッ
616: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:35:46 ID:m71IgV6Q
サシャ「ああ、確かに額はあっついですね。これなら微熱くらいでしょうか……」
ライナー「……」
サシャ「顔も赤いですし……やっぱりちゃんと寝なきゃ駄目ですよ。身体休めないと!」
ライナー「……」
サシャ「……? ライナー、聞いてます?」
ライナー「あ、ああ……聞いてる聞いてる。……お前の手、冷たいな」
サシャ「まあ、今までずっと洗濯してましたからね。……あ、この手だと熱測っても意味ないかもしれないですね。どうしましょうか……」ウーン...
ライナー「……それ、貸してくれ」
サシャ「? 貸してくれって……」
ライナー「……」ガシッ グイッ
サシャ「わっ……とと」フラッ
617: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:36:18 ID:m71IgV6Q
ライナー「……」ペタッ
サシャ「……? 首、熱いんですか? でも私の手で冷やすより、濡れたハンカチとかのほうがいいんじゃないですかね」
ライナー「ああ……かもな……」ウトウト...
サシャ「ですよね、じゃあハンカチを……でもハンカチもタオルも全部洗っちゃいましたから、私の部屋から持ってくるしかないですよね。一旦戻らないと……」
ライナー「…………」
サシャ「ライナー、手を離してもらってもいいですか? 私、ちょっと女子寮に行ってきますから――」
ライナー「……zzz」グー...
サシャ「……あらら、寝ちゃいましたか」
サシャ(首を冷やして眠れたってことは、暑くて寝苦しかったってことなんですかねー……? やっぱり、ハンカチ持ってこないといけませんね。よし!)スクッ
サシャ「……」
サシャ「……」クイクイ
サシャ「……」
サシャ(……あれ? これ私帰れなくないですか? あれ?)
618: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:36:58 ID:m71IgV6Q
―― 数時間後
ライナー「……」パチッ
ライナー(……部屋が暗いな。もう夜……いや、部屋に誰もいないから、夕飯時か……)
ライナー(サシャは……帰ったよな。この時間だし、もう飯の時間だ……)グー...
ライナー「……」
ライナー(ろくに動いちゃいねえのに、腹が減ったな……ベルトルトはいつ帰ってくるんだ? 夜メシ、持ってきてくれるといいんだが……)
ライナー(……昼間のスープ、うまかったな)
ライナー(できればまた食いたいが……そうそう気軽に作ってくれなんて言えねえよなぁ……)ハァ
\ガチャッ ギィイッ.../
619: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:37:33 ID:m71IgV6Q
アルミン「ライナー、起きてるー……?」ヒョコッ
ライナー「……? アルミンか? 起きてるぞ」ムクリ
アルミン「そっか、よかった。――あのさ、夜ごはん持ってきたんだけど食べられそう? なんだかうまく伝達できてなかったらしくて、病人食じゃなくて普通のごはんなんだけど……」
ライナー「ああ、大丈夫だ。食えるぞ。……アルミン、お前一人か?」
アルミン「ううん、エレンたちも一緒だよ。……とにかく明かりつけるね。ちょっと待って」スタスタ... ポッ
エレン「ようライナー。具合はどうだ? ……っつうか悪かったな。お前が熱出したって聞いたの、訓練所に帰ってきてからでさ。一人で大変だったろ?」
ライナー「まあ、多少はな。だがずっと一人というわけでもなかったし……というかだな」チラッ
ミカサ「エレン、過ぎたことを悔いても仕方がない。次に活かそう」グッ
ライナー「……なんでミカサまでここにいるんだ? お前も見舞いに来たのか?」
ミカサ「違う。私は回収屋さん」ブンブン
ライナー「回収……? 昼メシの器はここにはないぞ?」
ミカサ「違う。私が回収しに来たのはそっち」
ライナー「そっち?」チラッ
620: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:38:16 ID:m71IgV6Q
サシャ「……zzz」スピー...
ライナー「……」
アルミン「ベッドにもたれかかって寝ちゃってるね。疲れたのかな?」
エレン「っつうかお前ら、手ぇ繋いで寝てたのか? ……よく寝られるよなぁ、俺だったら途中で振りほどいてるぞ」
ミカサ「エレン、思い出して。開拓地で仲良く三人で手を繋いで眠ったことを」ユサユサ
エレン「ははは、三人で一枚の布団は狭かったよな」
ミカサ「エレン……! 違うの、布団の狭さじゃないの。手を繋いで寝たことを思い出して……!」ユサユサユサユサ...
ライナー「……」
ライナー(サシャの奴、帰らなかったのか……でもなんで手なんか握ってんだ? 俺のでかい手なんか掴んでても、暑苦しいだろうに……)
アルミン「……それで、ごはんはどうする? 今食べるよね?」
ライナー「あ、ああ。食べる。……ん?」ガチッ
621: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:38:58 ID:m71IgV6Q
アルミン「……? どうしたの?」
ライナー「……手が外れねえ」グイグイ
アルミン「外れないって……ああ、がっちり掴まれちゃってるね。無理に外したら起きちゃうんじゃないかな、それだと」
ライナー「……」
エレン「なんだよ、それくらいライナーなら外せるだろ? なんなら俺がやってやろうか?」
ライナー「……いや、いい。せっかく気持ちよさそうにしてるんだし、もう少し寝かせてやろう。こいつには世話になったからな……」ワシャワシャ
エレン「座ったまま寝て気持ちいいもんなのか?」
ミカサ「時と場合による。……そう、私は隣にエレンやアルミンがいれば……どこだって眠れる。立ったままでも、泳いだままでも、立体機動をしながらでも……!」
アルミン「最後のは命に関わるからちゃんと起きてね。……スープはスプーンで食べられるし、パンも食べられるよね。僕らは食べ終わるころにまた回収しに来るから、それまでゆっくりしてなよ」ガチャッ バタンッ
622: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:39:43 ID:m71IgV6Q
―― しばらく後
サシャ「……ふぁ?」パチッ
ライナー「おう、起きたか? ……おはようサシャ」
サシャ「……はよござます」ペコペコ
ライナー「ははっ、なんだそりゃ。……布団の皺ついてるぞ。左の頬だ」トントン
サシャ「……むぅぅ…………」ゴシゴシ...
ライナー「拭っても取れねえと思うんだが…… ――起きたなら手を離してくれるか? 少し痺れてきたんでな」ビリビリ...
サシャ「はぁ、手が……? ……あっ、ごめんなさい」パッ
ライナー「まあいいけどな。……うたた寝しちまったのはわからなくもないが、手まで掴まなくてもよかったんじゃないか? 別に俺はここから逃げたりしねえよ」ハハハ
サシャ「えっ? ……いえ、これは先にライナーが、」
ライナー「は? 俺が?」ポカン
サシャ「……」
サシャ(これ……この反応は、全然覚えてないですね。さっきのあれは寝ぼけてやったってことなんでしょうか……)
ライナー「俺がなんだって?」
サシャ「……もういいですよーだ」プイッ
623: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:40:15 ID:m71IgV6Q
ライナー「今日はすまなかったな。貴重な休みだってのに、俺のせいでほぼ一日潰れちまったし……改めて礼を言わせてくれ。正直助かった」ペコッ
サシャ「いえいえいいですって、頭は下げなくていいですよ! そこまで大したことやってないですし……これくらいならまたやってあげますから」クスッ
ライナー「馬鹿言え、そんな簡単に風邪引いてたまるか。――でもよ、今日は他にも色々準備してたんじゃないのか? 昼に使おうとしてた食材も無駄になっちまっただろうし……」
サシャ「いえ、まるっきり無駄になったわけでもないんですよ。――生姜と玉ねぎはお昼のスープに流用しましたし、野菜は軽く揚げてたくさんチップス作りましたし、果物はジャムにしちゃいましたし……」
ライナー「へえ……うまそうだな」
サシャ「うまそうじゃなくてうまいんですよ! ――あとでベルトルトに持たせて届けますね。ラッピングは時間的に難しいので、雑な詰め合わせになっちゃうと思うんですけど……」
ライナー「……なんでベルトルトに渡すんだ?」
サシャ「へっ? なんでって……だって今日中にほしいでしょう? だったらベルトルトに持たせるしかないじゃないですか」
ライナー「……俺は、お前から直接ほしい」
サシャ「……」
ライナー「贈り物っていうのはそういうもんだろ? ……他の奴を経由しても、あまり嬉しくない」
サシャ「でも……今から戻って急いで詰めても、この部屋には戻って来られないですよ。どうしても私から欲しいなら、明日以降になっちゃいますけど……」
ライナー「そこは俺が我慢するしかないだろ。……わがまま言ってるのはこっちだしな」
624: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:40:48 ID:m71IgV6Q
サシャ「そうですか、じゃあ……贈り物は明日にするとして、他に何かしてほしいことないですか? お誕生日ですし、なんでもやりますよ私!」
ライナー「何かって言われてもなぁ……もう充分すぎるほど色々やってもらったんだが」ウーン...
サシャ「パンツも洗いましたもんね!」ニッコリ
ライナー「……よし、本当になんでもいいんだな?」
サシャ「えっ……いえ、あの、夜ごはん抜きとかは無理です。ごめんなさい……」シュン...
ライナー「安心しろ、人の食い物までは取らねえよ。……じゃあ、あれ歌ってくれないか? お前が自分の誕生日に、調理場で歌っていたやつ」
サシャ「なまくりーむをかきまぜろー♪」
ライナー「違う。……ほら、誕生日がどうとかいう歌だ」
サシャ「はぁ、そっちですか。なるほど……って、あれですか? あっちの歌より生クリームの歌のほうが楽しいと思いますよ?」
ライナー「生クリームの歌はいつでも聞けるだろ。……嫌ならいい。別に無理強いしたいわけじゃない」プイッ
サシャ「ああああすみませんすみません、嫌じゃないです! 歌ってほしいなら歌いますけど……えっと……あの、途中で笑わないでくださいね? いいですか?」
ライナー「ああ、笑わねえよ。約束する」
サシャ「……」
サシャ(なんか……目の前に座られて、構えて聞かれるのって恥ずかしいですね……)
625: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:41:21 ID:m71IgV6Q
サシャ「……は、はっぴばーすでー、らーいなー……」ボソボソ...
ライナー「声が小さい」
サシャ「……っそ、そんなこと言われても……っ!///」カアアッ...
サシャ(ううううっ……! なんだか、私のほうが熱出てきたみたいです……! あっつい……!)モジモジ...
ライナー「早くしねえと人が来ちまうぞ? エレンにアルミンに……ああ、そういやマルコも来るんだったな」ニヤニヤ...
サシャ「……! うっ、ううっ……! やっぱりライナーはいじわるです……!」プルプル...
サシャ(もう……! こうなったらヤケです、歌ってやりますよ!!)スウッ...
626: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:41:58 ID:m71IgV6Q
―― 夜
ベルトルト「……で、サシャは追い出されちゃったの? 君が大声で歌えって言ったせいで?」
ライナー「……」シュン...
ベルトルト「君ねぇ……いや、説教はやめておこう。一応まだ病人だし」
ライナー「……はぁ」
ベルトルト「ため息ばっかり吐かないでよ……ところで、なんでカレンダー握りしめてるの? なんか面白い行事でもあった?」
ライナー「いや……今回のことで俺は学んだんだ。スケジュール管理の大切さをな……」
ベルトルト「今更すぎない? ……まあ、学んだだけマシだと思うけどさ」
627: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:42:30 ID:m71IgV6Q
ライナー「だから今度からは、計画的に風邪を引くことにする」
ベルトルト「……」
ライナー「洗濯物を溜めず、他の当番や会議に被ることなく……それでかつ休日であって、サシャが男子寮に気軽に訪れやすい日……! その日を狙って俺は風邪を引く!」
ベルトルト「……理由は?」
ライナー「サシャが手料理を作ってきてくれる確率が上がるからだ」エッヘン
ベルトルト「……」
ライナー「というわけでベルトルト。……次に俺は、いつ風邪を引くべきだと思う?」ニッコリ
おしまい
628: ◆H4iwFNXQsw 2014/10/19(日) 22:43:38 ID:m71IgV6Q
というわけでお誕生日SSでした もう10月だけどね! 遅すぎだね!
ライナーの誕生日の部分は支部に投下した分とちょこっと変えてあります が、順次あちらもマイナーチェンジ予定なので読み比べたい方はお早めにどうぞ
そんでもってあと二つでこの話も完結できるのですが、次スレからは以前のように書き溜め一気投下に戻そうと思います
このペースだと400レスくらい一気投下になりそう&先にコニーSS(というかマルコSS)を完結させてから書き溜めをはじめるので、またまた遅くなりそうな気がするのですが気長に待っていただけるとありがたいです
そんなわけで、次スレが立っていないからといってこのスレを保守することはせず、sageで落としてください
あっちもこっちもちゃんとケリをつける予定ですので、今後ともよろしくお願いします
長文失礼いたしました それではー
SS深夜VIP:サシャ「それが持ち味ですからね」