1: HAM ◆HAM.ElLAGo 2019/05/15(水) 22:03:24 ID:gwjR.7Nc


駅を出て、歩道橋を二つ越えた先。
そこにわたしのホームグラウンドがある。
小さな花壇の前。
電話ボックスの少し横(今時! 珍しい!)。

今日もわたしの歌を歌いに、ここに来た。
いそいそと場を整える。
発電機、アンプ、休憩用のイス。

「っしゃ!」

「今日も弾き語りライブやりまーす!」

素通りしていくサラリーマン。
「今時楽器弾いて歌うの?」って顔で目を見開くOLさん。
ファストフードの包みを振り回しながら騒ぐ学生たち。

わたしの声はなかなか届かない。
でも、わたしは、今日もここで歌う。



2: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:07:32 ID:gwjR.7Nc


~~~~~~

はじめのころ、曲名をつけるのが気恥ずかしかった。
もっと言えば、歌詞をつけることすら恥ずかしかった。

わたしの恥ずかしい心の内を、誰かに聴いてもらうなんてとんでもない。
いつも目を伏せて教室の隅で暮らしていたわたしには、今の自分の姿が今でも信じられないくらいだ。

実は歌うことが好きで、よく一人でカラオケに行っていたわたしを、バンドのボーカルに誘ってくれたのは親友のアリサだった。
親友といっても、今では親友、というだけで、当時は迷惑なだけのよく知りもしない同級生の女の子だった。

「ねえ、うちのバンドで歌ってよ! うまいの知ってるんだから!」



3: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:16:17 ID:gwjR.7Nc


いきなり友だちでもない子にそんな風に声をかけられて、わたしはパニックだった。

「軽音楽、興味ない?」

「部活入ってないんでしょ? 放課後ヒマでしょ?」

「ほらほら、部室に一緒に来てよ!」

「再来月の学祭でさ、4曲くらい歌える時間もらったからさ、ね!?」

なにが「ね!?」なのか全然まったくもって意味不明だったが、彼女の強引さに引きずられていくわたしだった。

ていうか「うまいの知ってるんだから」ってどういうことだ。
わたし、あなたの前で歌ったことなんて一度もないんだけど。

「ロックンロールをかき鳴らしに行くよー!! Oh, yeah!」



4: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:26:39 ID:gwjR.7Nc


部室についてから聴いたアリサのギターは、お世辞にもうまいとは思えなかった。
ただうるさくかき鳴らし、テレビに出てる昔のロッカーの真似をしているだけだった。

「っしゃ! 今日も絶好調!!」

わたしはおざなりに拍手をしておいた。
一緒に付き合わされているベースとドラムの子も、いまいちな表情をしていた。

「ようこそ、軽音部へ!」

「私、部長のアリサ! 今世紀最後のスーパーギタリストだよ!!」

「いや、今世紀まだ結構残ってるし」

ベースの子が突っ込む。

「こんな片田舎の軽音部でなにをイキってんねん」

ドラムの子が関西弁で突っ込む。



5: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:34:57 ID:gwjR.7Nc


「で、この子がうちのボーカルにふさわしい歌唱力の持ち主、えっと、名前は……」

わたしの顔を期待したまなざしで見つめる。
知らないらしい。
わたしも「アリサ」って名前を今日覚えたくらいだし、まあそれはいいとして。

「ねえ、どうしてわたしの歌なんか、知ってるの?」

それが気になっていた。
人前で歌ったことはほとんどない。
カラオケに一緒に行く友だちもいない。



6: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:40:18 ID:gwjR.7Nc


「え、だって、カラオケでイスの上乗って熱唱してたじゃん」

「!?」

「週末はよく駅前のカラオケ行ってるじゃん?」

「!?」

「いつも一人で」

「!?」

すべて見られていた……
制服の子が周りにいないか、いつも注意しているのに!!

「いやあ、私はいつも駅のトイレで着替えてからカラオケ行くし」

そ、そんな手が……

「制服で遅くなって補導されたらややこしいじゃん」

ロッカーにしては小賢しいことを考えている……



7: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:48:07 ID:gwjR.7Nc


「私はさー、頑張って練習してんだけど、どうしてもうまくならなくて」

「で、うちの制服着て一人で来てる子がいるじゃん、当然見るじゃん」

「こっそり部屋のぞき込むじゃん」

気づかなかった!!
わたし見られてた!!

「めちゃめちゃ熱いし、激しいし、うまいじゃん」

恥ずかしすぎる!!
わたしは顔がカーッと赤くなっていくのを感じた。

「おっし、こりゃもう、うちで歌ってもらうしかないな、と」

「先月から狙ってたわけよ」

先月から狙われてた!!



8: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 22:57:07 ID:gwjR.7Nc


「で、どう? みんなの前で歌ってみる気、ない?」

あるわけない。
カラオケだって誰かと行くのも恥ずかしいのに、人前で歌うなんて。

「でも、とっても気持ちよさそうだったよ?」

それは一人だからだよ!!

「じゃあ、私たち、適当にやってるから、歌う気になったら歌ってみて」

そういって、ずい、とマイクスタンドをこちらに寄こした。
わたしはイスに座ったまま、茫然とマイクを見上げる。

「あ、居心地悪かったら、帰ってもいいよ」

そう言われてしまうと帰りにくい。



9: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 23:04:31 ID:gwjR.7Nc


それからしばらく、落ち着いた演奏が続いた。

三人顔を見合わせながら、リズムを合わせている。

さっきよりもアリサは、演奏に気を遣っているように思えた。
激しさが身を潜め、一定のビートを刻む。

「……?」

わたしはなんとなく気づいた。
このバンドの中心人物がだれなのか。

いや、それは一目瞭然だったのかもしれないけれど、バンドの編成としては、なんだか違和感のあるものだった。



10: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 23:16:30 ID:gwjR.7Nc


「ねえ、どうしてリズム隊がギターに合わせてるの?」

曲の境目に、私はつい口を挟んでしまった。

「ドラムとベースってさ、テンポが一定じゃないといけないんでしょ?」

「なのにそのテンポを作ってるのはギターじゃん」

「ギターはさ、そもそもさ、ベースとドラムの作ったリズムの上で自由にかき鳴らすものなんじゃないの?」

「部長さん、気持ちよく弾けてる? 弾けてないよね?」

「二人に気を遣いながらギター弾いてるもんね?」

そこまでしゃべって、わたしは自分の口を押さえた。
わたしは今、なにを偉そうにしゃべった!?



11: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 23:22:59 ID:gwjR.7Nc


「ご、ごめん! 部外者なのに、え、偉そうに! 気にしないで! ていうか忘れて!」

わたしは下を向く。
音楽に詳しくもないくせに、今の違和感だけで口を挟んでしまった。

確かに、最初見たギターとのギャップのせいもあった。
部長であるアリサのめちゃくちゃなギターと、今の気を遣って弾いているギターに温度差があったからだ。
うまくなく感じたとしても、さっきの方が断然楽しそうに弾いていた。
でも、だからと言って、偉そうに指摘する資格がわたしのどこにあるというのだろう。

思い出すと頭が熱くなる。
恥ずかしい。

「ほーら、見て! やっぱ私の目は正しいじゃん!!」

高らかに言う女子の声がした。
ていうかアリサだった。
わたしのほうを見て、満面の笑みを浮かべていた。



12: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/15(水) 23:31:48 ID:gwjR.7Nc


「引っ込み思案な風だけど、ちゃんと演奏のこと見てるし!」

「私がリードして、リズム隊の二人がまだ初心者だってことも見抜いてるし!」

初心者だったのか。

「胸の内に熱いロックの魂を持ってるし!!」

いや、それは言い過ぎ。
ロックンロールがなにかは、よくわかってない。

「やっぱ私らのバンドに必要だって! な!」

アリサはすごくテンションが上がっている。
心から嬉しそうだ。
まるで同じ趣味を持つ同胞を見つけた時のように。

だけど……
わたしにはまだよくわかってない。



14: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 22:47:00 ID:cUqMs50Q


~~~~~~

「ままごとやってるつもりはない♪」

「真似事やってるつもりはない♪」

「エラそな口利くお前のロック♪」

「あくびが出るから寝ていいかい♪」

わたしの歌声は喧騒にかき消されていく。
いつまでたっても、立ち止まってくれる人は現れなかった。

「せいぜい100年、人生♪」

「清々したぜ、死んで♪」

「眠れない夜にお前の♪」

「音楽をよく聴いてたよ♪」

わたしはロックをアリサから教わったが、いまだにそれがなんなのか、よくわからない。
だけど、こうやってギターをかき鳴らして、わたしがやってんのはロックだ、と胸張って言ってやる。



15: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 22:51:21 ID:cUqMs50Q


~~~~~~

いわゆる軽音楽部が好んでコピーする楽曲軍を、アリサたちも演奏していた。
アリサは器用にキーを変えて、男性ロッカーの曲でも女子が歌いやすいようにしていた。

「ほら、やっぱうまいじゃん」

「透明感があるっていうかさ、なんか、そんな感じ」

結局アリサに押し切られて、わたしは何曲か歌っていた。
誰でも知っているような曲が多かったので、歌詞がなくてもサビくらいならなんとか歌えた。

「でもさ、アリサ、ボーカル譲ってええの?」

ドラムの子が聞く。
わたしの意見よりもアリサの意見が気になるようだ。



16: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 22:57:18 ID:cUqMs50Q


「あたしはアリサのボーカルも力強さがあって好きだったけどな」

ベースの子が落ち着いた声でフォローしている。
そうだ。
わたしみたいなぽっと出がバンドの中心に入り込むことは、この子たちには嬉しくない出来事だろう。

今までの体制を崩してまで、わたしが入り込むメリットはあるのだろうか?

「まー、私がね、入れたいっていうか、一緒に歌ってほしいって思っただけだから」

「いやだって思う人がいるなら、無理には通す気はないよ、全然」

アリサはただわがままを言う子じゃなかった。
それを聞いてドラムの子もベースの子も、言葉を濁す。

「や……うちは別に反対ってことはないねんけど」

「あたしは……アリサの決定に従うよ」



17: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 23:06:04 ID:cUqMs50Q


「で、あんたは?」

私は答えられなかった。
歌うのは、好きだ。
だけど、こんなこと、想像もしてなかった。

「……まあ、すぐに決めてくれなくていいよ」

「明日もここで、やってるからさ」

「……気が向いたら来て」

そう言って、楽器を片付け始めた。
他の二人もそれに習う。

いつの間にか、夕方のチャイムが部活の終わりの時間を知らせていた。



18: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 23:21:02 ID:cUqMs50Q


~~~~~~

あーあ、今日もほとんど、誰にも聴いてもらえなかった。

わたしは楽器を片付けながら小さくため息をつく。

音楽をやるのも楽じゃない。

音楽って、「音を楽しむ」って書くのに、ちっとも楽じゃない。

楽しいけど。

でも、くじけそうになることがある。



19: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/17(金) 23:34:18 ID:cUqMs50Q


音楽で食べていけるなんて、夢みたいなことだとわかってる。

そりゃあ、音楽プロデューサーが偶然わたしの曲を聴いて、気に入ってくれて、とんとん拍子でデビューして、歌姫になる。
そんなシンデレラストーリーを夢見ないわけじゃない。

でもそんなの、あり得ないって知っている。

こんな時代に珍しく電子機器に疎い私は、自分の音楽をインターネット上にアップする技術もない。
それができれば、もしかしたら誰かの目に留まる機会も増えるのだろうけど。
さらに、今やAIが音楽を作る時代だ。
こんな風にギターで音楽をやる前時代的なミュージシャンは、正直なところ絶滅危惧種だと自覚している。

「ふぅ」

わたしはもう一度大きなため息をついて、ギターを担ぎ上げる。
そして駅に向かって歩き出す。

そのとき、行き交う人の群れの中に、こちらを見つめる金髪の青年がいた。
一瞬だけ目が合ったけど、わたしはそのまま目を逸らし、歩き続けた。

金髪なんて別に珍しくもないのに、なんだか背中の方がぞわぞわする感覚があった。



21: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:07:11 ID:ExfBeNDg


~~~~~~

「ねえ、歌詞を書いてみない?」

わたしはあれから、軽音部に通っていた。
アリサの指示通り歌うことはあったが、楽器を触ったり、歌を作ったりとは無縁だった。

「え!? 歌詞を!?」

びっくりして大声を上げたのはわたしではなく、ドラムのモモだった。
関西人だからかは知らないが、この子はいつもリアクションが大げさだ。

「書けんの!? 歌詞!?」

その大声のまま、こちらにも尋ねる。
わたしはぶんぶんと首を振る。

「いやあ、どうせだったらさ、いつかのどこかの誰かが作ったロックよりも」

「今、ここで、自分で作ったロックを歌った方が気持ちいいと思わない?」



22: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:17:01 ID:ExfBeNDg


アリサはいつも強引だった。
わたしに選択肢を与えたうえで、いつも自分の思ったことをぐいぐい提案してくる。
だけどそれは、わたしが心のどこかで望んでいた道なのかもしれなかった。

今思えば、彼女はわたしをカラオケから連れ出してくれたのだ。
ずっとカラオケで自分一人だけで歌っていた方が幸せだったなんて、今では微塵も思わない。
カラオケはもちろん好きだけれど、最近は行きたいと思わなくなった。

今思えば、彼女はわたしに仲間をくれた。
自分のそばで楽器を弾いてくれる仲間がいることを、こんなにも欲していたのだと感じる。
ここでみんなの演奏に乗せて歌うことがとても楽しいと知ってしまった。

そして、自分の心の内をさらけ出す第一歩を踏み出させてくれた。



23: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:23:49 ID:ExfBeNDg


「書いてみる?」

ベースのシズクが言った。

このバンドにもオリジナル曲がいくつかあったが、それらの歌詞はすべてシズクが書いていた。
メロディをアリサが決めて、それに合わせて即興に近い感じでシズクが歌詞を乗せていく。

わたしは音楽的技術がまるでなかったから、オリジナル曲はアリサが歌った。
ギターでも弾けたらな、と思うけれど、軽音部に通って1週間程度ではなにもできない。



24: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:38:01 ID:ExfBeNDg


「ふーんふーんふーん、ふふん、ふーん♪」

「ふんふんふん、ふんふふーん♪」

アリサがギターを弾きながら、鼻歌を歌いだした。
もしかして今作ってるの?

「ほら、いい感じに歌詞乗せてみ」

そう言いながら、アリサはどんどん鼻歌を歌い続けている。
すごい。
メロディがこんなにあふれてくるなんて、アリサはすごい才能の持ち主かもしれない。

「ふーんふーんふーん、ふふん、ふーん♪」

「ふんふんふん、ふんふふーん♪」



25: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:45:21 ID:ExfBeNDg


「どんな、ばかに、され、たとしてもー」

「しかば、ねを、のりこ、えて」

「あるいて、ゆこうー」

頭の中をぐるぐる回して、言葉をメロディに乗せてみる。
もう一度頭の中で整理してみた。

どんな馬鹿にされたとしても。
屍を乗り越えて歩いて行こう。

なんだかよくわからない言葉だけど、今のメロディには合っているような気がした。



26: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 21:51:40 ID:ExfBeNDg


「さいごに、わーらうのはー、わたーしだーかーらー」

「おまえーらは、そのばーしょで、うーずーくーまってろー」

最後に笑うのは、わたしだから。
お前らはその場所で蹲ってろ。

ううむ、「お前ら」なんて普段言わないのに、歌詞にするとなると自然と出てきた。
もしかしてわたし、実は性格きついんじゃないかしら。

アリサのメロディがとても歌いやすかったのもあって、すらすらと言葉が出てきた。
ロックかどうかはともかく、今自分がなにも考えずにひねり出した言葉だった、

ただ、ロックとはかくあるべし、みたいなことをなにも知らない自分だったから、この歌詞がオリジナリティあるものか、誰かのパクリか、それが分からなかった。



27: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 22:04:15 ID:ExfBeNDg


「やるじゃん」

アリサが笑う。

「いいね、その感じ、好きかも」

シズクも笑う。

「しかばね、って漢字で書けへんわ、うち」

モモも笑ってる。

いい感じだったらしい。
即興にしては、初めてにしては、わりとうまくやれたらしい。

「ほら、どんどんやってみよう」

アリサが新しいフレーズを弾きだす。
モモがそれに合わせて抑えめにビートを刻む。
シズクがアリサの指を見ながらコードを弾く。

すごい、こうやって音楽って作るんだ。



28: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 22:13:14 ID:ExfBeNDg


一通り曲を作り上げた後、シズクがわたしに近づいてきて訊いた。

「ねえ、『馬鹿にしてきたやつ』と『屍』と『お前ら』って、同じやつら?」

わたしはその質問の意図をすぐには読み取れなかった。
だけど、さっき作った曲の歌詞のことだと気づいた。

「えーっと、同じ人」

「でも自分の手で屍にしたってわけじゃなくて……」

「『わたし』は馬鹿にされることを耐えて、他の要因によって倒れたそいつらを、踏みつけて進むの」

「見返せたわけじゃないけど、耐え忍んで生きていく、みたいな」

「そんなイメージ」

シズクはふむふむと頷きながらわたしの解釈を聞いていた。



29: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/19(日) 22:22:24 ID:ExfBeNDg


「OK、なんとなくわかった」

それからすぐに背を向けて、またベースを弾きだした。
わたしの説明を受けて弾き方を変えたりするんだろうか。

どことなく尖った音に変わった気がする。

わたしみたいな音楽素人にわかることは少ないんだけど。

「お、そういう感じか」

モモもそれを聞きながら、ドラムの勢いを変えていく。
すごい。
初心者だなんて言ってたけど、すごいんじゃないだろうか。このメンバー。



31: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 22:31:39 ID:kOraqTYE


~~~~~~

「そんな言葉じゃ届かないぜ」

わたしの前に仁王立ちした金髪の青年が言う。
わたしはむっとして睨み返したが、その顔は真剣そのものだった。

「……」

わたしは眉をひそめて次の言葉を待つ。
他にお客さんはいない。
まだ今日は一曲しかやっていない。

彼は、わたしの曲のなにが気に入らなかったのだろう。



32: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 22:35:53 ID:kOraqTYE


「姉ちゃん、ここでよく歌ってるよな?」

「ええ、まあ」

「それ自分で作った曲だろ?」

「……そうですね、だいたい」

ほんとはアリサのメロディとシズクの歌詞のやつもある。
歌いなれているから、たまにそれを披露することもある。
だけどやっぱりそれはずるい気がして、だって自分の曲ですみたいな顔して人様の曲歌ってるのってずるい気がして。
コピーバンドと変わらないって言われたら反論できないし。

だから、ここで歌う曲はほとんどが自分の曲だ。



33: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 22:41:34 ID:kOraqTYE


「メロディは凄く格好いいんだけどさ、歌詞がなんか綺麗事すぎるっていうか」

「ほんとに歌いたい言葉って、もっと他にあるんじゃねーかな、って思ったりするんだけど」

「どうよ?」

どうよ、と言われても。
いきなり来て失礼だな、なんだこいつは、って思う心が少々。

わたしの曲、聴いてくれてた人がいたんだ、って思う心が少々。

金髪の男って、生理的に嫌いなんだよな、って思う心が少々。

自分の気持ちを素直に歌詞に表現するのってすごく難しいんだから、お前にはわかんねーだろって思う心が少々。

大半が否定的な感情だった。



34: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 22:47:11 ID:kOraqTYE


「あ、悪い悪い、けなしたいわけじゃねんだ」

「オレ、あんたの曲好きだぜ」

「だからもっと、きったねえ心の内をぶちまけた、あんたにしか歌えないロックが聴きてえな、って」

は?
きったねえ心の内、っつったかこいつ?
初対面でなんてこと言うんだ。

「わたしの心が汚いってか? お? 何様だあんた」

わたしはつい、相手がいかつい金髪ってことも忘れて、変な言葉遣いになってしまった。
もう昔のわたしじゃない、と反発する気持ちがあったのかもしれない。



35: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 22:55:18 ID:kOraqTYE


「『綺麗事歌ってんじゃねえよ』とか!」

「『あんたの心はもっと汚いだろうが』って言われて!」

「『はいそうですね、改めます』とか言えると思ってんのか!!」

「馬鹿にしないでよ!!」

目の前の金髪青年は、目を見開いて驚いていた。
わたしみたいなか弱い女が言い返してくるなんて思ってなかっただろうから。

「はい、気分が悪いから今日はおしまい!」

まだ一曲しかやってないけど、こんな気分じゃもう弾けない。
さっさとギターを片付けて、わたしは帰ることにした。



36: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 23:03:32 ID:kOraqTYE


周りではわたしたちの言い合いを見ている人もいた。
だけど、足を止めることはない。
なんか若者が揉めてるな、くらいにしか思ってないんだろう。
深入りしたら面倒だな、くらいにしか思ってないんだろう。

「……次、楽しみにしてるよ」

うるっせえ、バーカ!!

振り向いて、一瞬迷った挙句、中指を立てておいた。

それから肩を怒らせて駅へと向かう。
このエネルギーをどうしてくれようか。
ていうか、わたしってこんなに怒ったりするんだ。知らなかったな。

その日、家に帰って1時間で「お願いだから死んでくれ」って曲ができた。



37: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 23:12:02 ID:kOraqTYE


~~~~~~

「ギター、弾いてみたい」

わたしはごく自然にそう言った。

「簡単なコードをわたしが弾けば、アリサはもっと自由にかき鳴らせるでしょう?」

単に楽しそうだな、とも思ったけど、それよりもアリサのことを考えて、だ。
いつまでもリズム隊が狂っていてはアリサが気持ちよくギターを弾けない。
二人とも、わたしが初めて部室に来たころよりもうまくなっていたけど、それでも、まだまだな気がする。

「そう言うのを待ってた!!」

アリサは満面の笑みで、倉庫から古びたギターを引っ張り出してきた。



38: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 23:24:05 ID:kOraqTYE


「で、これがFね。ある意味一番難しいから、まあ頑張れ」

「痛い痛い痛い!! 指痛いこれ!!」

「もっとこう、手首突き出して」

「もげるもげる!! これ以上はもげる!!」

アリサはスパルタだった。
文化祭まで、時間がない。

「はい次C7! これも使うから! マスターして!」

「ちぎれるちぎれる!! 指ちぎれる!!」



39: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 23:36:06 ID:kOraqTYE


アリサにギターを教わりながら、わたしはアリサのロック観についても学んだ。

「ロックってのはね、『自称』するものなんだ」

「『お前の音楽はロックじゃない』なんて言われたって、そんなこと関係ないんだ」

「自分で自分の音楽をロックだととらえていたら、ロックだと言い張れば、それでOKなんだよ」

アリサがしみじみと言う。
わたしはロックをよくわかっていないけど、自分で「これはロック」と言えばそれでいいのか。

「昔は格好から入るロックもあった」

「政治批判、ナードの反骨心、青春の初期衝動、なんてロックもたくさん生まれた」

「まあこの辺はパンクも混ざってくるんだけど」

「だけどそんな条件付けしなくたって、いいってことよ」



40: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/23(木) 23:45:16 ID:kOraqTYE



「弦が切れたまま演奏しきったロッカーもいたし」

「客にギターを弾かせるロッカーもいた」

「ステージ上でギターを燃やすロッカーもいたし」

「ドラムセットを毎回壊すイカれたドラマーとか」

「薬ヤってたときほど名曲を生み出すシンガーもいたね」

「要するに、ロックに決まりなんてないってこと」

アリサがニヤニヤと部室を見回す。

「だから、Fが弾けないギターだってOKだし」

「ドラムセットを丁寧に拭くドラマーだってOKだし」

「中指立てずに薬指立ててるロックバンドだって、いていいんだよ」

そう言ってアリサはびしっと薬指を立てた。
指がぷるぷる震えてぎこちなかった。
だけどそのポーズが、なんだか格好良く思えた。



42: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 20:49:01 ID:FVGvZWj6


~~~~~~

性懲りもなく、あの金髪はわたしの前に現れた。

昨日の反省とかしないのか、こいつは。

なにも言わずにニコニコしている。
腹立つ。

わたしはその怒りをそのまま自分の中にため込んで、ぶちまける。

「えー、新曲やりまっす! 『お願いだから死んでくれ』!」



43: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 20:55:11 ID:FVGvZWj6


「右手を挙げて、Oh, yeah! って叫ぶあんた♪」

「ほんとはそんなこと、思ってねえんだろ♪」

「その場しのぎの称賛は、迷惑だからやめてくれ♪」

「お願いだかーら、死んでくれ♪」

「イェア!」

いつもは通行人に気を遣って大きな音は出さないけど、今日は違った。
コードを丁寧に弾こうとか考えず、ただがむしゃらに弾いた。
昔のアリサのように。

こんなところで「死ね」なんて歌うのは抵抗もあったが、金髪の顔を見た瞬間にそんな思いは吹き飛んでいた。
目の前のこいつに、思いのたけをぶつける。

ああいいよ、わたしの心はどうせ汚いよ。
本心で歌ってやろうじゃんか、おお?



44: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 21:02:39 ID:FVGvZWj6


「横目で見ながら、変なの、ってつぶやくお前♪」

「言いたいことあんなら、わたしに直接言え♪」

「通報だけはやめてくれ♪ ネットにアップもやめてくれ♪」

「お願いだかーら、死んでくれ♪」

「イェア!」

ああ、気持ちいい。
ほんとはちょっと、昨日この曲を作りながら怒りは収まっていった。
むしろ後半はニヤニヤしながら作っていた気がする。

売れるような曲じゃない。
メロディだって勢いだけで、華がない。
だけどこれは、自分の言いたいこと言っただけの「わたしの歌」だ。



45: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 21:08:22 ID:FVGvZWj6


アウトロが鳴り終わって、わたしは金髪を睨みつける。
どうだ、これで満足か。
そんな気持ちを込めて。

パチパチパチ……

金髪は仁王立ちのまま。
周りから拍手が聞こえた。
いつの間にか、足を止めて拍手をくれている人たちがいた。
こんなこと、初めてだった。

遅れて金髪も拍手をくれる。

「いいじゃん、めっちゃ好き」

不器用に笑いながら言う。

わたしの中に、もう怒りはこれっぽっちも残ってなかった。



46: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 21:14:03 ID:FVGvZWj6


~~~~~~

「文化祭のセットリスト、これで行こうと思うんだけど」

わたしがひいひい言いながらFを練習しているさなか、アリサが小さな紙をみんなに見せた。

「お、どれどれ」

モモが真っ先に駆けつける。
シズクもベースを置いて見に行く。
わたしも、恐る恐る近づく。

「うぇい、いいんちゃう」

「4曲だったら、まあ、こんな感じよね」



47: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 21:23:40 ID:FVGvZWj6


「ぎゃー! わたしのやつあるじゃん!!」

わたしが作詞した曲があった。
屍がなんちゃら、のやつ。
仮タイトルも「屍」となっている。

「しかも最後やで、これ」

「一番盛り上げないといけないところだよ、頑張らなきゃね」

「ぎゃー!! ぎゃー!!」



48: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 21:34:14 ID:FVGvZWj6


「うるさいなあ、あれが一番、歌いやすいでしょ?」

「そ、そりゃあそうだけど……」

「自分の書いた歌詞が一番気持ち込めれるんじゃん?」

やばい。
一気に恥ずかしい気持ちになってきた。
もともと人前で歌うのだって、この部室がやっとのところまで来たのに。
しかも文化祭って、結構な人数がステージを見に来るはずだし。
そんな大勢の前で、自分の書いた歌詞を大声で歌うのって……

「いやだったら、今からキラッキラのキュンキュンの恋愛ソングつくろっか?」

「それはそれで無理!!」



49: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 22:06:08 ID:FVGvZWj6


それからは、いつもその4曲を練習することになった。

わたしは、ギターを弾きながらマイクに口を寄せて歌うのがすごく難しいことを知った。

「ほら、お客さんの方向けよ!! 下ばっか向いてるぞ!!」

「マイクが遠い!! ちゃんと音入ってないぞ!! 口つけてもいいくらいで歌え!!」

わたしが初めてこの部室に来たとき、アリサがやっていたことは、実はとっても難しいことだったのだ。
わたしは今更ながらに驚いていた。

「ギターは適当でもいいから! 歌うことを優先しろ!」



50: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 22:14:31 ID:FVGvZWj6


正直言って、全然だめだった。
お客さんを想定して、向く方向を決めて歌うだけでも重労働だった。

だって、いつもはみんな向かい合って演奏していたから。
みんなの顔がよく見えたから。

だけど今は、自分の前には部室の机やイスしかない。
隣をずっと見つめるわけにもいかない。

全然、だめだった。

「おっし、上出来!!」

だけど、アリサはそう言って笑った。



51: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 22:26:15 ID:FVGvZWj6


「え? 上出来?」

わたしは目を見張った。
だけど、他のみんなも、「上出来」みたいな顔をしていた。

「声、ちゃんと出てたよ」

「せやせや、客想定して、はじめっからこんだけ歌えとったら上出来」

そういうものなのだろうか。
わたしは首をひねっていた。

「ま、今のままではお客さんには見せれないけどね」

「でも、あんたもまだまだ出来に不満そう」

「つまり、これからもっと伸びていくってことよ」



52: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/05/27(月) 22:43:36 ID:FVGvZWj6


「よっし、もっと練習してくよ!!」

すごく難しい。
だけど、それに挑戦することは、とても楽しい。

そう、音楽はとても楽しい。
それに気づくことができた。

カラオケで一人、誰かの作ったヒットソングを歌うだけでは得られなかった快感。

教室の隅でうつむいていたままでは得られなかった高揚感。

「おいおい、本番の高揚感はもっとすごいんだよ?」

「お客さんの前で絶頂してぶっ倒れんといてーや、頼むから」

すみません。



53: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 20:49:08 ID:IkWEjTFw


~~~~~~

金髪の男が現れてから、わたしのオーディエンスは日に日に増えていった。

毎日、同じ時間、同じ場所。

そこに必ず、彼は現れた。
そして、それを知ったほかの人たちも、ちらほら集まるようになっていった。

「あれ聴きたい、あの、『頼むから死ね』みたいなやつ」

「違うってーの! 『お願いだから地獄に落ちろ』だって」

「両方違う! 『お願いだから死んでくれ』!!」

「それそれ!!」



54: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 21:02:13 ID:IkWEjTFw


いつも歌い終わると、ギターを片付けて、みんなにお礼を言って、駅の方へ向かう。
だけど、今日は金髪の彼が、喫茶店へと誘ってきた。

「まあ、お茶くらいなら……」

わたしは特になにも考えず、ほいほいついて行った。
始まりは最悪だったけど、今では彼のおかげで楽しくできていると感じていたし。
自分の汚い心の内をさらけ出すことが、少しできるようになったのだから。
まあ、つまり少しの感謝の気持ちを、彼に対して持っていたから。

「ああ、あの、ナンパとかそういうんじゃねえから、その辺は安心して」

金髪のチャラチャラした風貌で、そんなことをモゴモゴと言う。
少し可愛い。



55: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 21:15:56 ID:IkWEjTFw


夜遅くまでやっているチェーンの喫茶店に入り、私はコーヒーを頼む。

彼は、メロンソーダを頼む。

なんか見た目に似合わない。

「なんだよ、好きなんだよ、メロンソーダ」

なにも言ってないのに、言い訳がましく呟く。
そんな姿も、新鮮で可愛い。

「これ考えついて作った人は、ほんと天才だよな」

大げさ。



56: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 21:30:59 ID:IkWEjTFw


「音楽はどこで? 独学?」

届いた飲み物を飲みながら、わたしたちは雑談のように話し始めた。

「高校で。軽音部に誘われて、それで」

思えばこんな風に、自分の音楽のルーツを誰かに話すのは初めてだった。

「バンドやってたの?」

「そう、解散しちゃったけどね」

おそらく年上であろう青年に対して、わたしはフランクに話していた。
最初の出会いから、敬語で話そうだなんて気持ちは微塵もなかったけれど、こうやって話すことに抵抗がなかった。
ある意味ファン一号だ。
距離は近い方がいい。



57: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 21:48:19 ID:IkWEjTFw


「わたしにギターを教えてくれたアリサって子がいてね」

「情熱的で、ロックを知ってて、でも気遣いのできる子で」

「その子に教えてもらったことを詰め込んで、わたしはあそこで歌ってるんだ」

「もともと人前で歌うのも苦手だったのに、今では街角で『死ね』とか歌ってるんだから、人生ってわからないもんよね」

わたしはすらすらと自分のことを話した。

決して聞き上手の相手でもないのに。
ましてや、いかつい金髪青年。
人当たりの良さはあまり感じられない。
それでもなぜか、わたしは雑談を楽しんでいた。



58: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 22:17:43 ID:IkWEjTFw


~~~~~~

わたし以外の3人は一度だけライブをしたことがあるらしい。
今よりもっと初心者だったシズクとモモはガチガチだったらしい。

小さなライブハウスで、お客さんもまばら。

先輩の知り合いのバンドの前座。

コピーを何曲かやっただけの、初心者らしいライブだったそうだ。

「でもそれが、すっごい楽しかってん」

モモが幸せそうな顔で言う。

「あれ経験しちゃうと、もっとうまくなりたい、もっと盛り上げたい、って思うようになってね」

シズクも懐かしそうな顔で言う。
そんな昔のことじゃないはずなのに。



59: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 22:27:41 ID:IkWEjTFw


唯一の経験者だったアリサが二人を引っ張り、こつこつ練習していたそうだ。
この部室で。

「他に部員はいなかったの?」

「ううん、去年は先輩がいたんだけど、今はこれだけ」

去年は3年の先輩がいたらしい。
その人たちもバンドを組んでいたけど、大学に上がって自然と解散しちゃったそうだ。

「先輩たち、盛り上げんのうまかってんなー」

「去年の文化祭で見てない?」

見てない。
ステージは素通りしちゃったんだよね、たしか。

先輩たちは、その初めてのライブにも一緒に出ていたそうだ。
見てみたかったな。



60: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/02(日) 23:02:04 ID:IkWEjTFw


「去年の文化祭はステージに立てるほどの力がなかったからね」

「だけど今年は、やるよ」

「ステージは応募者多数の激戦区だけど、枠もらえたし」

「絶対成功させたい」

アリサが目を輝かせて言う。

「メンバーもそろった」

「いい曲もできてる」

「残り時間は少ないけど、いいステージ、やろうぜ」

わたしも、もう引かない。
アリサと同じ気持ちになれてきている。

やっぱり、自分の歌詞は恥ずかしいけど。
それでも、やりたい、という気持ちの方がずっと大きくなってきている。

そんな自分に、少しびっくりしている。



61: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 17:01:41 ID:dSEFzPq2


~~~~~~

「くっつくときには大きな音を立てるのに♪」

「離れるときには無音ね、どうして♪」

「キスしてるときはやたらと音を立てるくせに♪」

「離れると世界が音を失ったように思えるの♪」

「もっと音立てて♪」

ラブソングとも言えない、なんだか変な歌も、お蔵入りにせず歌うようになった。
金髪の彼が来てからだ。

今まで誰も聴いてくれない、立ち止まってくれない状況で、この歌は歌えなかった。
恥ずかしい。

だけど人がいるからこそ、恥ずかしがらずに歌えた。
なぜだろう。
逆じゃないのか。



62: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 17:15:15 ID:dSEFzPq2


「淫靡でよかったよ、あの曲」

淫靡て。
日常会話で聞かない単語だな。

「過去の経験談なの?」

「ち、違うし!!」

「じゃあ、ああいう恋愛がしたいってこと?」

「それも違う!!」

本当に違う?
ドロドロした恋愛なんてしてこなかったけど、あの曲は真似事じゃなくて自分の言葉だと思ってる。



63: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 17:21:56 ID:dSEFzPq2


「オレと、ああいう恋愛したいってことじゃないの?」

「ちが……ん……」

唇でふさがれた。
気障すぎる、こいつ。

「もっと音立てた方がいい?」

「バカ!! 知らない!!」

鏡はないけど、今きっと自分の顔は真っ赤だろう。
恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
あー、もう、バカ!!

でも、いつの間にか、こいつが好きになってしまっていた。



64: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 17:29:50 ID:dSEFzPq2


いつもわたしの曲を褒めてくれる。

いつもわたしの迷いを感じ取って、アドバイスをくれる。

それは素敵だ。

だけど、正直全然好みじゃなかった。

金髪なんてありえなかった。

チャラチャラした男より、ガタイのいいスポーツに打ち込む無骨な男が好きだった。

なのになぜか、いつのまにか、わたしたちはそういう関係になっていた。



65: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 17:50:14 ID:dSEFzPq2


~~~~~~

足が震える。

わたしたちの前のダンスグループの発表が終わった。

大きな拍手が続いている。

「どうした、武者震いか?」

アリサが明るく茶化す。
さすがに緊張感が顔に浮かんでいるけど、それでもわたしより全然平気な顔をしている。

「勢いでやってまお、うまくやろうとせんでええから、な」

モモも励ましてくれる。

「あたしたちの初ステージはもっとガチガチだったわよ、肩の力抜いて」

シズクも肩を叩いてくれる。



66: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 18:00:17 ID:dSEFzPq2


「ほれ、あれやっとくぞ」

アリサの合図で頭を付き合わす。
わたしたちで決めた、ステージ前の儀式。

「楽しもうぜ」

それぞれ顔を見合わす。
みんな緊張しているけど、このメンバーの顔を正面から見ると、なぜか少し落ち着いた。

「っしゃ!」

『ロックしようぜ!』

右手の薬指を立ててぶつける。
中指を立てるのがロックの常識だ。
だけどわたしたちは、薬指を立てる。
それがわたしたちなりのロックだ。



67: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 18:16:42 ID:dSEFzPq2


ライトがまぶしい。
客席がよく見えない。

アリサが自己紹介をしているけど、よく聞こえない。
足元がぐらつく。
地震か、と思うけど、違う、自分がふらついてるだけだ。

「いくぞ」

アリサが言う。
モモのスティックが4度打ち合わされる。

始まる。

わたしの最初のコードは、なんだったっけ?
頭ではそう思っていても、わたしの左手は勝手に最初のポジションに動いていた。



68: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 18:35:16 ID:dSEFzPq2


知らない間に、わたしの指はコードを弾いていた。

頭は真っ白でも、体が覚えていた。
何度も何度も練習した、あの曲を覚えていた。

4回、4回、4回、4回。

規則正しいコードの繰り返しが終わり、わたしの歌い出しだ。

「憂鬱なんて言葉じゃあ表せないほど♪」

「人恋しい季節は真っ黒に染まってく♪」

マイクに口をつけるくらいに。
目線は左手じゃなくて前に。



69: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 18:44:02 ID:dSEFzPq2


あっという間に3曲が終わった。
汗もかいたし息切れもしている。
だけどちっとも辛くない。
それがとても心地いい。

「えーっと、え、次の曲が、最後です」

最後のMCはわたしがやることになっていた。

「アリサがつくったメロディに、わたしが、歌詞をつけました」

「え、恥ずかしいんですけど、えっと、聴いてください」

ひどいMCだ。
ロックンロールのかけらもない。



70: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/09(日) 18:53:30 ID:dSEFzPq2


「えっと、あ、そうだ」

「カラオケ店で一人鬱憤を晴らしていただけのわたしを、ステージに引き上げてくれた」

「ギターを握らせてくれた、曲を作らせてくれた」

「ロックンロールの楽しさを教えてくれた、この3人に、感謝しています」

そう、わたしは感謝している。
はじめは足ががくがくしていたのに、今はこのステージがとてつもなく楽しい。
感謝を口にするロックは格好悪いだろうか?
だけど、それが本音だった。

そして、わたしは客席に向かって薬指を立てて言う。

「聴いてください、最後の曲、『お前の屍を踏み越えて』」



71: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 20:21:37 ID:ll4M4M6Y


~~~~~~

「なあ、なんかほしいもの、ないか」

あるとき、彼が唐突に聞いてきた。
プレゼントでもくれるのだろうか。
誕生日もイベントごとも、特にないのに。

「シールドがヘタってきてるから新しいのがほしい」

わたしは正直に言った。
プレゼントにリボンのかかったシールドをもらっても特にときめかない。
ロマンチックさのかけらもない。
でもなんか、わたしたちらしい気がした。

「あっと、そういう系じゃなくて」

「そういう系じゃないって、どういう系?」



72: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 20:31:31 ID:ll4M4M6Y


「例えば、不屈の精神がほしい、とか」

「もっと胸がほしい、とか」

「ロックの才能がもっとほしい、とか」

「床上手になりたい、とか」

「下ネタ入れるな!!」

ふざけてるな。
ただの冗談かな。
床上手とか別になりたくないわ。

「物質じゃない、ほしいものを、オレはあげられるんだ」

嘘っぽいなー。なに言ってるのか全然わからない。

「嘘じゃねーって」



73: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 20:38:14 ID:ll4M4M6Y


「ただし、その代わりに対価をもらう」

「対価?」

「そう、例えば『動物に好かれたい』と願うとするだろ?」

「ああ、いいわね、犬とか鳥とか寄ってきたりして」

「それをオレが叶えると、代わりに『足が臭くなる』」

「なんでだ!!」

彼の説明によると、世の中の曖昧な物事のすべてにはある一定の基準で「価値」があるそうだ。
そしてその「価値」が同じものを失うことで、望んだものを得られる、ということらしい。
なんのこっちゃ。



74: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 20:46:35 ID:ll4M4M6Y


「例えば昔、オレが叶えた願いの中に『野球の才能がほしい』というものがあった」

「そいつは野球が大好きで大好きで、だけどいまいち才能には恵まれなかった」

「だから叶えてあげたんだ、その願いを」

「ただ、そいつは野球の才能と引き換えに、髪の毛を失った」

「ぶふぅっ!!」

吹き出してしまった。
それは理不尽すぎる。
頭髪の寂しい、でも才能あふれる野球選手を知っているが、まさか彼だろうか。

いや、わたしはなぜこんな与太話を真面目に聞いているのだろう。
どうせしょうもない嘘に決まっている。



75: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 20:59:52 ID:ll4M4M6Y


「まあ、考えておいてくれ」

「代わりになにを失うかも教えてやれるし」

「別に願わなくてもいい、このままでいいと思っていてもいい」

「ただの、オレの、気まぐれだから」

気まぐれでそんな物質ではないなにかをくれるっていうのか。
彼は何者なのだろうか。
ただのチャラい金髪だと思っていたけど、その口調に冗談っぽさはなかった。

「あんた、何者なの?」

付き合っておいて、あんなことやこんなことまでしておいて、今更「何者」もないだろうけど、わたしはつい聞いていた。

「オレ、神様」

そんな戯言を、不思議と受け入れている自分がいた。



76: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 21:08:09 ID:ll4M4M6Y


「ねえ、神様っていっぱいいたりするの?」

「いっぱいって、例えば?」

「具体的には、えっと、ほら、七福神とか? 八百万の神様とか言うし?」

「いない」

「ゼウスとか、ハデスとか? イリスとかモルフェウスとか?」

「いない」

「ロックの神様は?」

「いない」

「いないんかい!!」



77: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 21:14:40 ID:ll4M4M6Y


「え、え、ロックの神様、いないの?」

「今、そういうやつはいないな」

「も、もしかしてボブディランは、想像上の生き物だったの!?」

「あ、それは実在した」

「ジミヘンドリックスは!?」

「それもいた」

「じゃあいるじゃん!! ロックの神様いるじゃん!!」

「あーっと、オレの言いたい『神様』とちょっと意味が違うっつーか」



78: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 21:27:13 ID:ll4M4M6Y


「神様ってのは、オレのほかにも何人かいて」

「それぞれ好き勝手に人間に干渉してて」

「まあ願いを叶えたり、叶えなかったり」

「で、人間が想像してる『神様』ってのとは別のもんで」

「だからつまり人間が考えた七福神もゼウスも貧乏神も、オレたちとは関係ないんだ」

んー、なるほど?
とりあえず彼が神様だって話は半信半疑。

だけど、対価があるってのは面白い。
ただ単に人間の願いを叶えてくれる存在ではないらしい。
かといって魂を取ったりするわけでもない。

「例えば、わたしがロックンロールの才能がほしいって願ったらどうなるの?」

「対価として味覚を失う」

「地味にきつい!!」

「カリスマ性というだけの意味で『ロックの才能』を表したけど、作詩とかギターの腕前とかになると、また別のものも失うぞ」

「ううむ、ロックの道険し」



79: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 21:47:08 ID:ll4M4M6Y


「巨乳になりたいって願ったら?」

「腹も出る」

「作曲の才能だったら?」

「滑舌がめっちゃ悪くなる」

「美人になりたいって願ったら?」

「尻の穴が二つになる」

「ろくなもんじゃねー!!」



80: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 22:07:36 ID:ll4M4M6Y


「あーあ、なんか叶えてもらえたら、あんたが神様だって信じる気になるんだけどな」

「なんだ、信じてないのか」

「まあ、そりゃね、突拍子もない話だし」

ていうか神様が普通に人間と恋愛ごっこなんかしてるのが不自然だ。
あれ、そういえば。
別に結婚とか真剣に考えてたわけじゃないけど、こいつ人間じゃないのか。
普通に恋愛とかしてていいんだろうか。

「ねえ、神様がわたしなんかと付き合ってていいの?」

「そんな……普通の人間っぽいことしてていいの?」



81: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/12(水) 22:23:10 ID:ll4M4M6Y


「まあ、お前の歌に惚れたから」

そう言って目を逸らす。

普通の女の人なら、幻滅する答えかもしれない。
だけどわたしは、ぐっときてしまった。
音楽を褒められた。音楽を認められた。
それが無性にぐっときてしまった。

偉い音楽プロディーサーに言われるより嬉しかったかもしれない。

その日、2時間で「わたしの愛した神様」っていうメンヘラロックができた。
今度目の前で歌ってやろう。



83: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 19:52:20 ID:YrRoE9Ho


~~~~~~

「ライブハウスで出演枠取れるらしいんだけど、出る?」

ある日、部室でアリサが唐突に誘ってきた。
もちろん出たい。

文化祭のステージがそこそこいい感じで終わった後、わたしたちは4人とも早く次のライブをしたいと思っていた。
あの高揚感は、忘れられない。
MCももっとうまくなりたい。
文化祭でやらなかった曲とかも、披露してみたい。

「先輩のバンドに声がかかってたんだけど、もう解散しちゃってるしさ」

「それでこっちに話を振ってくれたみたいで」

当然みんな出たいと思っていた。
シズクもモモも、二つ返事で了承した。
そしてわたしも。
みんな少し驚いていた。
こないだまで素人だったわたしが、一番乗り気だったからだ。



84: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:02:34 ID:YrRoE9Ho


文化祭でやった4曲以外にも、集中して練習する曲を決めた。

アリサがボーカルの歌も用意した。

クラスの友だちに声をかけて、フロアをいっぱいにしたいね、なんて言い合いながらも、わたしは恥ずかしくてクラスメイトには声をかけられずにいた。

でもライブなんて行ったことないのに、ライブハウスに行くのが楽しみで仕方なかった。

初めてのライブハウスが演奏する側だなんて素敵だ。

楽しみだった。

練習も、今まで以上に楽しくて仕方なかった。

だけど、わたしはそのあと二度とライブハウスに行きたいと思えなくなってしまったのだ。



85: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:10:45 ID:YrRoE9Ho


わたしたちはその日のトップバッターだった。
トリのバンドがこの界隈では割と有名な人たちで、お客さんもほとんどそのバンド目当てだった。
来てくれたわたしたちの友だちは、片手で数えられるほどだった。

でも知らないお客さんたちの前ででも、いいライブをしてみせるぞ! なんて根拠のない自信があった。

たどたどしくリハーサルをしているとき、そのバンドの金髪の男が、こちらを見てニヤニヤしていたのをよく覚えている。
見るからにチャラそうな人だった。



86: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:22:02 ID:YrRoE9Ho


「あー緊張する」

「文化祭とは違うな、やっぱり」

「まあまあ、気楽にやろや」

人生二度目のライブだった。
前回から、あまり間を置かずに。
だけどこれがわたしたちの最後のライブになるなんて。

『ロックしようぜ!!』

薬指を立てたこのとき、わたしの頭に後悔や不安なんてなかったのに。



87: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:37:35 ID:YrRoE9Ho


「ひっでえ演奏」

ステージが終わって楽屋に帰ったわたしたちを待っていたのは、侮辱の言葉だった。
トリのバンドメンバーが座ったままこちらを睨んでいる。

「若いから? 許されると思った? おれたちの前座があれじゃたまんねえよ」

「ちゃんと練習したか? 思い出作りのために来たのか?」

「『オンナ』を売りにしてロックやってるやつ一番嫌いなんだよねー」

「そうそう、スカートひらひらさせてさ、癇に障るっていうか」

「実力がありゃ、そのカッコもかっけえんだけど、実力なけりゃ滑稽なんだよ」

わたしたちは高揚感が一気に醒め、立ち尽くした。
そりゃあ、お客さんたちは文化祭みたいに温かく迎えてくれたとは言い難いが、そこまで言われるなんて。



88: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:49:04 ID:YrRoE9Ho


「思い出できたか?」

金髪の男がヘラヘラ笑いながら近づいてくる。

「ままごとロックは楽しかったか?」

きついたばこのにおいがした。

「おれたちの出番終わった後も残ってたら、ロックより気持ちいいこと教えてやるよ」

「あ、それいいな、へっへっへ」

男の手がわたしの腰に回った。
わたしは怒りと恐怖で動けなかった。



89: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 20:59:00 ID:YrRoE9Ho


そのあと、わたしたちはライブハウスから逃げ出した。
友だちに声もかけずに。
たぶんほとんど虚ろだったのだと思う。
どうやって帰ってきたのか誰も覚えていない。
口もきかなかった。

ただ、4人とも、もう二度とあそこには行きたくないと思っていただろう。

ライブハウスでの経験がある3人も、そのときはたぶん先輩バンドがいてくれたから、平気だったのだろう。

自分たちの音楽が「ままごと」だと言われたこともショックだったし、「女」であるということも馬鹿にされてしまった。

たかだか数か月練習しただけの自分では、まだあそこに立つのは早かったのだ。
浮かれていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。
かといって、練習を十分重ねても、またあそこに立とうとは思えなかった。



90: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 21:09:41 ID:YrRoE9Ho


それからも、部室での練習は相変わらず続いていた。
ライブの経験が嫌なものになってしまったけれど、そんなことは忘れて。
そんなことは忘れようと努めて。

わたしたちは少しずつ、またもとのように音楽を楽しんでいた。
もとのように、音楽を楽しもうとした。

だけどなんとなく、なにかが決定的に変わってしまったような気がする。
そう思っていたのはわたしだけじゃなかったみたいだ。

「次、ライブどうしよっか」

アリサがついにそれに触れたとき、わたしを含めた3人はとても気まずそうにうつむいた。
「前向きにライブをしたい」と思っているメンバーは一人もいなかった。

「しばらくは、いいかな」

わたしがそう言うと、誰も反対せず、うやむやのままその話は流れた。



91: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 21:20:52 ID:YrRoE9Ho


わたしたちの分岐点は、あのライブだった。
ひどい演奏だとこき下ろされた、もう思い出したくもない、あの日だ。
だけどもう一つ分岐点を定めるとしたら、3年生を間近に控えたあの3月の寒い日だった。

「もうすぐ私たち、3年生だな」

アリサがボソッとつぶやいた。
かじかむ指を温めながら、わたしはそちらを見る。
そこにはいろんな意味が込められている気がした。

「4月の、何日だったかな、忘れたけど、新入生に部活紹介する日があるんだけど」

「あ、それ覚えてるわ」

「あたしたち、ちょっとだけステージでやったね、そういえば」

「でも一人も来えへんかったけどな」

「今年、どうする?」



92: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 21:28:12 ID:YrRoE9Ho


誰も即答しなかった。

わたしたちが3年生になるってことは、1年生に入ってもらわないと困るわけで。
わたしたちが卒業する前に後輩に入ってもらわないと廃部の危機なわけで。

だけど積極的にステージに立ちたいと、誰も思ってなくて。

どうしよう、と困った空気が流れた。

「先輩たちって、すごかってんなー」

モモがため息とともに言った。

「さいしょのステージやってめっちゃうまかったし、うちらに教えつつライブもやっとったし」

「こないだのライブやって、元々は先輩らに声かかってんやろ?」

「そんな風に『また呼んでもらえる』って、すごない?」



93: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 21:42:40 ID:YrRoE9Ho


モモの言葉はそのまま、「わたしたちには無理だ」というニュアンスを含んでいた。

後輩に教えたり、ライブをしたり。
自分たちの出るライブに後輩を呼んだり。

そんなのは無理だ。無理そうだ。
誰も明るい顔をしていない。
例えるなら、先延ばしにしていた宿題が目の前にあって、今から頑張るか、謝ってうやむやにするか、それとも燃やしてしまうか。
そんな風に悩んでいるような顔だった。

「アリサが決めていいよ、部長だし」

わたしの言葉は、意地悪だっただろうか。
最後の決断だけ、人に任せるなんて、意地悪だっただろうか。

アリサは困った顔をしたけど、きっぱりと言った。

「やめとこう、私たちには荷が重い」



94: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/16(日) 21:52:43 ID:YrRoE9Ho


「廃部になってもいいのか」とか。
「そんなスタンスはロックじゃないじゃん」とか。
そんな言葉が頭に浮かんだけれど、口に出すことはなかった。
浮かんだだけで、本心ではなかった。

アリサの言葉を聞いてほっとしてしまったわたしは、きっとロックなんかじゃないのだろう。
おそらく他の3人も。

「賛成」

「異議なし」

暗いながらもどこか安心した空気が部室に漂った。

結局ロックがなんたるかを理解せぬまま、わたしたちは3年生になった。



97: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 19:41:41 ID:7Eg4suKM


~~~~~~

「ねえ、あんた髪の毛どうしてるの?」

「どう、って?」

「どこで染めてるの?」

彼の金色の髪は、いつも色あせない。
明らかに地毛って感じじゃないのに、いつも根元まで金色だ。
ふつうこういう派手な髪の人は、根元が黒くなったりしてるのに。

「染めてない」

「染めてないの!? 地毛なの?」



98: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 19:56:43 ID:7Eg4suKM


「地毛、っていうか、神だし」

「髪じゃなくて神、な」

「だから見た目は自分で好きに変えられる」

え、めっちゃ便利。
ちょっと太ってきちゃった、とかいうこともないの?
もうちょっと身長ほしかったなー、とかもないの?
この色飽きてきたからいきなり変えちゃおう、とかもできるの?

「お前が気に入らないなら、黒にするけど」

え、それはどうかな。
金髪は生理的に嫌いだったけど、こいつと過ごすようになって別に平気になった。

「べ、別に何色でもいいけど」



99: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:06:23 ID:7Eg4suKM


次の日の朝、起きたら彼の髪が青くなってた。

「青!?」

「ちょっと気分変えてみた」

ちょっと気分変えるレベルじゃないけど!?
アニメみたいな青髪になってるけど!?

「も、戻して」

「……わかった」

「何色でもいいって言ったのは撤回する」

「わかった」

次の日は、また金色に戻ってた。
神様って自由だな。



100: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:15:44 ID:7Eg4suKM


「メロンソーダひとつ」

「また?」

わたしのバイト先は喫茶店。
たびたびやってきては、メロンソーダだけ頼む。

「ここのが一番うまい」

「どこで飲んでも大体同じ味だと思うけどな」

ぶつぶつ言いながら、メロンソーダを作ってあげる。
まあ、作るというほどのことはしてないけど。
コーヒーとかワインとかに凝る人は多いけど、まさかメロンソーダとはね。

変わってるよな。



101: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:26:27 ID:7Eg4suKM


「食べ物とかは特に好みがないのにね」

「ん?」

肉も魚も野菜もまんべんなく食べる。
絶対これは無理、とか、今日は絶対これ食べたい、とかも言わない。

「なんで飲み物だけこだわるの?」

「わかんねえよ、ただ好きなものは好きなんだから」

神様って、そうなんだろうか。
いや、別に人間でもふつうか。
なんでも食べる人、いるしな。

「お前は、これが好きとかこれは無理とか、ないのか」

「トマトの皮が無理」



102: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:34:58 ID:7Eg4suKM


「トマトの皮? そんなものが?」

「あと粒あんが無理」

「こしあんとどう違うんだよ」

無理なものは無理なんだ。
あの小豆の皮が残ってる感じが。
異物が混入している感じがして。

「変わってるな」

「あんたに言われたくないんだけど!」



103: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:42:41 ID:7Eg4suKM


「神様なら、好きなものなんでもパッと出せたりするんじゃないの?」

「そんな便利な能力はないんだ」

ないのか。
まあ、メロンソーダ作った奴天才、とか言ってたくらいだしな。

「この世のほとんどのものは人間が独自に作り出したものだし」

「神はそれを真似するだけだ」

「なんでも作れるしなんでも壊せる神、ってやつがいるんだけど」

「まあそいつにも、ここのメロンソーダよりうまいものは作れないな」

んな大げさな。



104: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 20:54:47 ID:7Eg4suKM


「ねえ、あんた、お金はどうしてるの?」

バイトをしている様子はない。
いつもふらふら、わたしのライブを聴きに来たりうちに泊まっていったり。
大学に通っている感じでもないし、わたし以外の知り合いもあんまりいなさそうだった。

「……内緒だ」

怪しい。

「『お金』って概念も人間が作ったものだ」

「便利だし面白いよな、これ」

ジャラジャラ小銭をもてあそぶ。
お金が面白い、って感覚はわたしにはなかったので、なんだか意外な気がした。
考えたことなかった。
彼と話していると、今までと違う考え方に触れられるから、とても面白い。



105: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/23(日) 21:33:39 ID:7Eg4suKM


「はい、じゃあお会計」

ゆっくり時間をかけてメロンソーダを飲んだ後、ちゃんとお金を払って彼は出ていく。
わたしのバイト先には毎日来るけど、一緒にいない間、どんなことをして過ごしているのか、謎だ。

こっそりわたしの知らないところでバイトしている彼を想像してみた。
あんな金髪だから、まじめな接客業は無理そうだ。

ハンバーガーをせっせと作っている彼。
ペンギンやアシカに芸を教えている彼。
花に水をやっている彼。
パンを焼いている彼。
どれもしっくりこなくて、笑ってしまった。

もしかしたら親がお金持ち、だとか。
仕送りをたくさんもらっているとか。

わたしは、彼のことをなにも知らないな、と思った。
それは悲しいことではなくて、新たに知っていけることがまだまだたくさんあるんだ、と前向きにとらえようとした。
これから、いろいろ訊いてみよう。
そうだ、ゆっくり話す時間はたくさんあるのだから。



109: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 20:42:48 ID:jK9VTjDE


~~~~~~

3年生とはイコール受験生だ。
こんな田舎の学校でも、大学進学率はとても高かった。
「親の仕事を継ぐ」なんて選択肢もあまりない町だから。

新学期になって部室に出向いても、わたしのほかには誰もいなかった。

アリサもシズクもモモも、部室で見かけることはなくなった。

結局新入生への部活紹介もスルーして、積極的に部員集めすることもなく、わたしたちはバラバラになった。

わたしは大学に行こうかな、なんて思いつつ、大学なんてどうでもいいかな、とも思っていた。
やりたいことなんてない。
だけど、部室で一人寂しくギターを弾いているのは心地よかった。
なにも考えずにいられたから。

アリサに教えてもらったコードを弾き、鼻歌を歌う。

そんな風にして4月が過ぎていった。



110: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 20:54:17 ID:jK9VTjDE


5月になって、短髪の元気な男の子が部室にやってきた。

「ここ、軽音部ですか?」

一瞬、「間違いですよ」と追い返してしまおうかとも思ったが、それはあまりに可哀そうな気もした。

「一応ね」

短く言って、わたしはすぐに目をそらした。
ぎゃんぎゃんとギターを鳴らす。

後ろからまだ声がしていた気がしたけど、無視した。

大声で歌い始めてやろうかとも思ったけど、やめた。
ただ簡単なコードを繰り返した。

そのうち出ていくだろう。
軽音部はもう廃れたのだ。
もうこの部屋にはわたししかいないのだ。
わたしを誘った人たちは、あっさりと姿を消してしまったのだから。
実質わたし一人の部活なのだから。



111: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 21:05:35 ID:jK9VTjDE


「すごいっすね!!」

「!?」

目の前に回り込まれていた。
目をキラキラさせてわたしの手元を見ている。

「先輩、一人ですか?」

「そうよ、悪い?」

「ぼく、入っていいですか?」

「わたしに止める権利も認める権利もない」

「じゃあ、どうしたらいいですか?」

「入部希望届を担任に渡したらいいんじゃない?」

「じゃあ、そうします!!」

元気な子だ。1年生だろうか。
次の日から毎日来るようになった。



112: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 21:34:31 ID:jK9VTjDE


「先輩はバンドとか組まないんですか?」

彼の名はイオリといった。
イオリ。女の子みたいな名だ。

「組んでたけどね、解散しちゃった」

わたしはこの頃も、引っ込み思案で自分に自信がなくて、ぼそぼそとしゃべる子だった。
年下の男の子とうまく会話してあげることができているだろうか。

「ほかの部員の人とか、いないんですか?」

「いたんだけどね、最近見ないね」

あんまり詳しく話す気はなかった。
だけど突っ込んで聞いてくることもなかった。



113: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 22:10:15 ID:jK9VTjDE


イオリはギターもなにも持ってなかった。
入部したばかりの頃のわたしと同じくらいの初心者だった。

「先輩、教えてくださいよ」

「無理よ、わたしだって初心者みたいなもんだし」

「でもあの音、めっちゃかっこよかったっすよ」

「簡単なコード弾いてただけだって」

「そのコードがわかんないんすよ、教えてくださいよ、この通り!!」

すごく頭が低い。
ん、腰が低いっていうのかな?
「頭が高い」の反対ってなんだ?

倉庫から引っ張り出した先輩のお古をイオリに与え、コード練習が始まった。



114: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 22:21:28 ID:jK9VTjDE


「うえぇ、難しいっすよこれ!」

「さいしょはみんなそう言うのよ、大丈夫大丈夫」

「いだだだ! 指ちぎれますってこれ!」

「さいしょはみんなそう言うのよ、大丈夫大丈夫」

「言わないでしょ!」

「言うのよ」



115: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 22:36:27 ID:jK9VTjDE


「先輩の書く歌詞、面白いですね」

「そお?」

「どんなときに思い浮かぶんですか?」

「わかんない、急に降ってくるから」

「才能ですね」

「やめてよ」

才能なんて。
アリサは他者を巻き込んで本音を引き出すリーダーシップがあった。
シズクは冷静で言葉を紡ぐのが上手で、いつも美しい歌詞を書いた。
モモは誰のことも悪く言わず、みんなをフォローして笑わせるのが上手だった。

わたしには、なにもなかった。



116: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 22:57:51 ID:jK9VTjDE


「ぼく今、未来の天才シンガーソングライターに教えてもらってるのかもしれませんね」

「やめてよ」

「CD出たら絶対買いますからね」

「やめてよ」

「先輩が有名になったら、ぼくめっちゃ自慢しますからね」

「やめてってば!!」

最後は口調が強くなった。
馬鹿にされているような気がしてしまう。
わたしには、なにもないのに。



117: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 23:10:40 ID:jK9VTjDE


「歌詞は友だちの真似事」

「ギターはまだ1年も続いてない初心者」

「ライブだって2回しかやったことない」

「変に持ち上げるの、やめて」

「馬鹿にされてる気分になるから」

イオリはしゅんとして、「そうすか……」とつぶやいた。

この日は、もう過剰にほめることはなかった。
だけど次の日、イオリは昨日のことを忘れたかのように「天才っすね!」とか連呼してた。
ニワトリか。



118: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 23:22:49 ID:jK9VTjDE


イオリはあんまりうまくならなかった。
だけど、一生懸命さが伝わってきて、わたしはほほえましく思った。

「先輩、ぼく、髪とか伸ばした方がいいっすかね」

「は?」

「それとも真ん中だけ伸ばしてモヒカンにするのがいいっすかね」

「なに言ってんの?」

「いっそリーゼントっての、真似してみましょうか」

「いつの時代のロックだよ」

「新しいものに流されるのはロックじゃないっすよ!!」

「思考停止して古いものを崇めるのもロックじゃないわよ」

言い返してやった。



119: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 23:34:27 ID:jK9VTjDE


「ダーリン♪ ダーリン♪ ダーリン♪ ダーリン♪」

「傷ついた目で、見つめてよ♪」

「サビが『ダーリン』で埋められた名曲を、今4曲くらい連想したんだけど」

「ありきたりっすか、やっぱ」

「もっとオリジナリティを込めて」

「うっす」

歌詞指導もした。
わたしに、偉そうに教えられる技術もないけど。
だけどイオリに教えているうちに、わたしは自分のスキルが上がっていくのを感じていた。



120: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/28(金) 23:49:48 ID:jK9VTjDE


「アゴを殴れ♪」

「首を狙え♪」

「気にいらん奴はぶっ殺せ♪」

「それかっこいいっす先輩!!」

「今適当に作っただけだよ」

「ロックっす!!」

イオリが男の子だということもあって、一緒にいると過激な歌詞が増えた気がする。
彼自身は別に過激な人間ではないのに。
だけど、彼とロックについて考えていると、こういうものがしっくりくる気がしていた。

「眉間を突け♪」

「タマを狙え♪」

「誰彼構わずぶっ殺せ♪」

「最高っす!!」



121: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/29(土) 00:00:31 ID:cHV1GgMc


「先輩は、なにか気に入らない人とか、イラついてる対象のものがあるんすか?」

「ない」

「ないんすか!?」

イオリは目いっぱいびっくりしていた。
目をいっぱいに開いて。
口も開いて。

「いや、なんか、心の底から湧き上がるイライラとかが歌詞に現れてるのかな、と思ったんですけど」

「そういうことでもないみたいだねえ」

「才能っすね」

「やめてよ」

逆に言えば、わたしの歌詞は「薄っぺらい」のだと言われているような気もした。
自分の本心で歌えているのか?
ロックっぽい言葉を自分で選んで、それで満足していないか?



122: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/06/29(土) 00:10:18 ID:cHV1GgMc


「ねえ、わたしの歌詞、薄っぺらい?」

「え、そんなことないですけど」

「でもイオリさ、別にロックに詳しいわけじゃないよね?」

「ロックに詳しくなくても、先輩の歌詞がかっけえ、と思う気持ちはありますよ?」

「んー」

誤魔化されてしまったような気がする。
だけど、もう部室にわたしの歌詞を批評してくれる人はいない。
アリサも、シズクも、モモもいない。

まあモモは「ええやん!」くらいしかいつも言わなかったけど。

「……」

「どうしたんすか?」

ちょっと感傷的になってしまった。
なにか新しい曲ができそうな気がしたけど、あまり言葉にならなかった。



125: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 21:39:46 ID:E4g/NqMw


~~~~~~

終わりは突然訪れた。

ある夜、急にたたき起こされたわたしは、彼から別れを告げられた。

「は? なんで? なんで今言うの?」

寝ぼけ眼でわたしは彼に詰め寄った。
神様だから、もう人間に干渉できないとか?
新しい仕事があるとか?
実は今までのことはすべてお遊び、神の戯れだったとか?

「世界が終わる」

どうして?
急に?
隕石でも降ってくるってのか?



126: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 21:50:45 ID:E4g/NqMw


「馬鹿な人間がやらかした」

「世界の破滅を願ってしまった」

どうして?
願ったからと言って、それがどうして現実になる?

「それを叶えてしまった神がいるってことだ」

じゃあ馬鹿はそいつじゃん!

「それはもう止められないの?」

「止められない」

「だから」と。彼は続けた。
これが最後のお別れになるから、と。



127: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 22:05:20 ID:E4g/NqMw


「お前の汚い心をオレが奪ってやる」

「そうすればお前だけは終末を回避できる」

「だからお前は生き延びろ」

「生き延びて、ロックを歌い続けてくれ」

「ほんとなら一番間近で、その音楽を聴いていたかったんだけどな……」

彼は悲しそうに言う。
わたしは混乱しながらも、その「予言」をぼんやり受け入れていた。
夜中にたたき起こされてぼんやりしてたってのもあるんだろう。
どうせ神様だって言い始めたときから、円満な結婚とかは諦めていたのだし。

「わかった、で、『きれいな心がほしい』とか願えばいいわけ?」

「違う、『汚い心を捨てたい』と願え」

「う、自分でそう言うのはちょっとプライドが」

「誇りは捨てたのではなかったか?」

「そんなかっこいいセリフ言ったことないわ!!」



128: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 22:18:22 ID:E4g/NqMw


だけど対価があるはずだ。
望んだものを得る代わりに、ひどいデメリットが。

「汚い心を捨てて、代わりにどんな罰ゲームが?」

「よい人間関係に恵まれる」

「ん?」

「よい人間関係に恵まれる人生になるんだ」

「それデメリットないんじゃない?」

「そういう裏技も存在する、ということだよ」

「ずるいね、神様って」

「最後だからサービスだ」

世界が破滅するってのに、人間関係が良くなる、か。
なんだか意味不明だ。
でも彼からの最後のプレゼントだと思えば、なんでもほしい気がした。



129: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 22:28:46 ID:E4g/NqMw


~~~~~~

イオリが来てからなんとなく将来のビジョンが見えてきた。

街角でギターを持ってロックを歌いたい。

アリサたちに教わったロックを歌って生きていく。

仕事にしたいわけじゃない。
大学生をやりながらでも、生き方として、趣味として、ロックをやる。
フリーターでもいい。ギターが弾けるならそれでいい。
そんなわたしは、十分幸せな気がした。
もちろん、それが仕事になるのならさらに嬉しいのだけれど。

「文化祭、出るんすか?」

「それも考えてる」

ベースもドラムもいなくても、わたしが「これはロックだ」と言えばそれがロックになる。
アリサに教わったロック観だ。
エレキギター一本でロックしてやる。



130: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 22:38:57 ID:E4g/NqMw


「見に行きますよ」

「おう、わたしなりのロック見せてあげる」

薬指を掲げてカッコつける。

「文化祭で、わたしの部活は終わり」

「あんたはそのまま軽音部を続けてもいいし、仲間を集めてバンド組んでもいいし、廃部にしてしまってもいい」

イオリの好きにしたらいい。
3人以上いないと部として成立しないらしいし。

「なんとか今年中に、あと2人かき集めますよ」

「先輩が抜けたとたん廃部だなんて、絶対嫌ですから」



131: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 22:48:00 ID:E4g/NqMw


わたしは文化祭に向けて、着々と練習を続けた。
受験勉強なんてやってない。
今それに没頭するのはロックじゃない。
文化祭が終わってからがんばりゃいい。

「やっぱ『シカバネ』セトリに入れるんすか」

「そうだね、やっぱ思い入れあるしね」

「最初に作った曲だから、すか」

「それもあるけど……」

あの4人で作った曲、という意味合いが強いから。
わたしはそう思っている。



132: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 23:00:29 ID:E4g/NqMw


新曲もやりたい。
わたしの成長を見せたい。

あの子たちがステージを見に来てくれるかどうかはわからないけど。

それでも、わたしはロックを続けるよ、って。

そんなメッセージの届く曲を。

わたしはすごくワクワクしてきた。
あの金髪野郎にまた出会ったとしても、恐怖で動けなくなるようなへまはしない。
アゴ殴ってやる。
首絞めてやる。
タマ蹴ってやる。
それで自分の音楽がロックだって、胸張って言ってやる。

ままごとじゃない。

「あ」



133: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/05(金) 23:09:23 ID:E4g/NqMw


「どうしたんすか?」

イオリが心配そうに私の顔を覗き込む。

だけどわたしの脳はフル回転していた。
口は開いたままだった。

「魂抜けたんすか?」

抜けてない。
今わたしの脳内にひらめいたメロディと歌詞をつなぎとめようと必死に努力してんの!

「……」

イオリはなにかを察したようで、わたしから離れて音楽雑誌を読み始めたようだ。

その後5分で「ままごとロック」って曲ができた。
自己最速の出来だった。



135: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 21:06:22 ID:hJ3vD31g


~~~~~~

わたしに魔法(っぽいなにか)をかけた後、彼はわたしの肩をつかみながら熱弁した。
かつてこれほど熱く語った姿を見たことがあっただろうか。
愛の語らいも結構おざなりだったのに。

そんな馬鹿なことを思いながら、でもその言葉はすっとわたしの頭に染み込んできた。

「お前は世界を歌え」

「お前ひとりいれば、そこに『世界』は生まれる」

「四畳半の汚いアパートでも、そこにお前が暮らすなら、そこに『世界』が生まれる」

「お前が誰かと出会い話をすれば、そこにまた『世界』が生まれる」

「お前がたくさんの人と出会い暮らすなら、またさらに『世界』が生まれてゆく」

「『世界』が広がる、と言い換えてもいい」



136: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 21:18:40 ID:hJ3vD31g


「お前はちっぽけな自分ひとりだけの『世界』について歌ってもいいし」

「特定の誰かとの『世界』について歌ってもいい」

「みんなの『世界』を歌ってもいい」

「自由だ」

「そのどれもが、『世界』について歌った歌になる」

「ただし」

「人の真似事じゃない、歌うお前自身が納得した言葉でなきゃだめだ」

「歌い続けてくれよな、お前なりのロック」



137: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 21:29:55 ID:hJ3vD31g


そうして、彼は消えた。
ふっとその場から煙のように消えたりしたらすごく神様っぽかったんだけど、普通にドアから出ていった。
全然神様っぽくなかった。
だけど、音楽を聴いたり、わたしと恋人になったり、メロンソーダが好きだったり、あくまで普通の人間として過ごしたかったのかもしれない。
人間臭い神様もいたもんだ。

わたしはまた、一人、取り残されてしまった。

だけど心は穏やかだった。

汚い心を彼が奪い取っていってくれたおかげかもしれない。

わたしの世界、って言ってた。
どんなことを歌ってやろうか。
ベッドで一人、残った彼の温もりを感じながら、新しい曲について思いを馳せた。



138: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 21:39:13 ID:hJ3vD31g


~~~~~~

文化祭当日。
お客はいっぱい。

去年のステージの評判がわりと良かったらしいことは、ここ数日よく耳にした。
クラスメイトから控えめに「今年も出るの?」とか「去年すごく格好良かった!」とか、言われたから。
そんな風に見られていたこと、知らなかった。
なんとなく、近づきがたい雰囲気を出してしまっていたかもしれない。
だけど、そんな風に声をかけてくれる誰かがいたことが、とても嬉しい。

思えば、アリサも最初、わたしをカラオケで見つけてくれていた。
そんなことにわたしは気づきもしなかった。

もしかしたら、わたしのこと、知らずに認めてもらっているのかもしれない。
どこかの誰かが、わたしのことを知っていてくれているのかもしれない。

ステージ直前で、そんなことを思った。



139: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 21:49:01 ID:hJ3vD31g


「先輩! お客さんいっぱいっす!」

「うるっさい! わかってるそんなこと!」

イオリが報告してくれる。
イオリもなんか歌ったら、と言ったのに、わたしと同じステージは恐れ多いんだと。
そんな謙虚じゃロックはやれないぞ。

「ぼくは来年頑張ります」

「やるべきことを先延ばしにする奴は、いつまでもやらない奴だぞ」って言ってやったけど、そこは譲らないみたいだった。

「最高のステージ! 期待してます!」

「荷が重いよ」

あれ、わたしも謙虚かもしれない、今の言葉。



140: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 22:03:33 ID:hJ3vD31g


「おっほん」

わたしは高校最後のステージを前に、後輩君に偉そうに講釈を垂れようとした。
けど、すぐにいい言葉が浮かばなかった。

まずい。
昨日ベッドの中で考えとくんだった。

それともなにか、有名なロックンローラーの名言を調べておくんだった。

なんか気の利いたことを言ってやらないと。
それともステージ後に「どうだ、これがロックだ」とか言ってやろうか。
寒いだろうか。

まごまごしている全然ロックじゃないわたしに向かって、イオリはキラキラした目で言った。

「先輩なりのロック、目に焼き付けます!」



141: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 22:12:33 ID:hJ3vD31g


ああ、先に言われてしまった。
よくできた後輩だこと。
だけど、確かにその言葉が一番大事だった気がする。

「わたしなりのロック」
それを高校最後のステージで表現する。
うん、大事なことだ。

「おっしゃ、わたしなりのロック、見せてやる」

そしてわたしは、イオリに向かって薬指を立てた。
怖いものなどない。
お客がしらけてたって、ままごとだと思われたって、構わない。
めちゃくちゃやったらあ!!

ステージに上がった瞬間、特に目立つ格好をしているわけでもないのに、客席のアリサとシズクとモモを見つけた。
なんとも言えない表情でこちらを見つめている。



142: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 22:22:59 ID:hJ3vD31g


最後のMCで、3人への感謝を伝えよう。
それからイオリへの激励と、未来の展望と、それからそれから……

あれこれ考えている間に、スポットライトがわたしを照らした。
やばい、もう始めなきゃ。

眩しくてよく見えないけど、アリサとシズクとモモがいた辺りに薬指を向けた。

中指を立てれば侮辱行為だろうが、これはピースサインでもある。

3人はきっと受け取ってくれるだろう。

「ロックしてくるぜ!」という意味で。

ついでに舞台袖のイオリの方にも。

それから客席が温まる前に、Fをひと鳴らし。ぎゅいーん。

わたしの高校最後のステージが始まる。


★おしまい★



143: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 22:31:54 ID:hJ3vD31g


①執事「なーんだ??」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-16.html

②男「30 minutes instant radio」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-30.html

③男「終末の大通りを黒猫が歩く」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-31.html

④女「君はロックなんか聴かない」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-108.html

このあたりが関連作です。よかったらどうぞ。
世界が終わった理由は③で明らかにしています。
本編の主人公が出てくるのは④です。



144: 以下、名無しが深夜にお送りします 2019/07/07(日) 22:38:36 ID:hJ3vD31g

登場人物の名前は好きな女性ロッカーからもらいました


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※上記AA画像にリンクを貼っております


元スレ
SS深夜VIP:男「そんな言葉じゃ届かないぜ」