まりなさんと新人スタッフくん
※独自設定要素があります。
スタッフくんを始めとしたCiRCLE従業員に勝手なキャラ付けをしています。
617: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:48:43.30 ID:cA6JenPS0
☆新年会について
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「おはようございます」
月島まりな「あ、おはよー」
オーナー「おはよう」
スタッフ「……どうしたんですか? 2人してテレビにかじりついて」
まりな「あーそれはね……」
オーナー「私から説明しよう。月島くんはそっちを頼む」
まりな「はーい」
オーナー「ほら、この前、よくウチを使ってくれるバンドの子たちが新年会を開いただろう?」
スタッフ「ええ。僕が他のライブハウスにヘルプに出てた時……でしたかね」
オーナー「うむ、その時だ。私もその日は用事があって彼女たちの様子を見れなかったんだが、月島くんが新年会のステージを動画にしてくれていてな」
スタッフ「ああ、それを今ここで見ようと」
オーナー「そういうことだ。そうだ、君もせっかくだし、一緒に見ようじゃないか」
スタッフ「いいんですか? あと30分もしたら開店ですよ?」
オーナー「なに、全部を見る訳じゃないさ。ただ、月島くん曰く、彼女たちのかくし芸大会は必見だということでね。ひとまずそこだけを見ようということさ」
スタッフ「分かりました。そういうことでしたら、僕もご一緒させていただきます」
まりな「ここをこうして……よし、っと! お待たせ、準備できたよ」
オーナー「うむ、苦しゅうない」
スタッフ「ありがとうございます、まりなさん」
まりな「いえいえ~。それじゃあ早速……再生~」ポチ
テレビ『… … …』
戸山香澄『――よ始まりました、お正月かくし芸大会! 司会は私、Poppin'Partyのギターボーカル戸山香澄と――』
丸山彩『まんまるお山に彩りを! Pastel*Palettes、ふわふわピンク担当の丸山彩でお送りしまーす!』
香澄『拍手―――!』
『ワァー、パチパチ...』
スタッフ「司会はあの2人なのか……大丈夫なのかな」
まりな(有咲ちゃんと同じこと言ってる)
オーナー「元気があっていいじゃないか」
スタッフ「いや……でもなんかもう、ずっと『始まったね』『始まりましたね』しか言ってないですよ、あの子たち」
オーナー「はっはっは、学生なんだからそんなものだろう。初々しくて可愛いじゃないか」
まりな「そうそう、気にしない気にしない。ほら、もうすぐ一番手のあこちゃんたちが始まるよ」
オーナー「ああ、あこくん。それに巴くんに……」
スタッフ「はぐみちゃんと今井さんの……ヒップホップダンスか」
宇田川あこ『ミュージックスタートっ!』
『~♪』セカイノッビノビトレジャー
スタッフ「おお、かなり本格的なダンスだ」
オーナー「うむ。みんな笑顔が輝いていていい。流れる汗も煌めいていて美しい」
まりな「この4人は学校でもダンス部所属ですからね。生で見るともっと迫力がありますよ」
スタッフ「すごいなぁ。こんなステップ踏んだら絶対に転ぶぞ、僕」
まりな「これに友希那ちゃんと燐子ちゃんも誘われてたんだって」
スタッフ「……いや、あの2人にも絶対に無理ですよね、これ」
オーナー「ステージではクールなロゼリアが情熱的なダンス……それもまた見てみたいものだ」
まりな「まだまだ続きますからね、彼女たちの勇姿を見てあげてください」
若宮イヴ『この手裏剣を投げて、宙に浮かぶ風船を割ってみせます! 題して“手裏剣風船割り”です!』
イヴ『実は、この日のために鍛錬を重ね、身につけました! ブシドーの精神です!』
スタッフ「ブシドー……? 忍びの道とかじゃなく? ブシドーってなんだっけ……」
オーナー「ははは、細かいことを気にすると白髪が増えるぞ」
スタッフ「…………」ソッ
まりな「どうしたの、自分の髪の毛触って?」
スタッフ「いえ……迷信だよなぁって思いまして……」
まりな(あ、気にしてるんだ、若白髪があるの)
オーナー(少ない男手として彼には何かと苦労かけてるからな……悪いことを言ってしまっただろうか)
イヴ『えぇいっ、ブシド―――――!』パァン
スタッフ「……流石ブシドー、ニンジャのワザもこなせる。すごいぞブシドー、すごすぎるぞブシドー。こまけぇこたぁいいんだよの精神だ、ブシドー」
まりな(自分に言い聞かせるように言ってる……)
オーナー(あとでフォローしておこう)
オーナー「さて、若宮くんの見事なブシドーも終わったことだし、次は誰の出番かな」
まりな「次は確か……あっ」
スタッフ「どうしたんですか、まりなさ――あ、いや、そんな細かいことは気にしないぞ、僕は。次は花園さんか。わー楽しみだなぁー」
オーナー「うむうむ。一風変わった花園くんのことだ。きっと度肝を抜くようなことをやってくれるはずだ」
まりな(……うん、まぁ、確かに度肝を抜かれる……かな)
彩『えっと、たえちゃんのかくし芸は……“うさぎのモノマネ”だよね?』
花園たえ『はい! うさぎがニンジンを食べているところのモノマネをします』
スタッフ「うさぎのモノマネ……?」
オーナー「ほう、犬や猫は見るが、うさぎとは……」
まりな「…………」
たえ『それじゃあ、いくね。口元に注目だよ』
たえ『…………』モグモグ
スタッフ(座り込んで……)
オーナー(前歯で何かを食むような仕草をしている……)
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグ
スタッフ(えっ、これだけ? いや、そんなまさか、な……)
オーナー(ここからどう持っていくのか……花園くんの手腕の見せどころだな……)
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグモグ
スタッフ(う、うそだろ……ずっと同じ動きだぞ……?)ゴクリ
オーナー(まさか……このまま押し通すのか……)ゴクリ
まりな「…………」
たえ『…………』モグモグモグモグ
スタッフ(すごい勢いで空気が凍っていく……のに、)
オーナー(まったく動じていない……なんという精神力なんだ、花園くん……)
まりな「…………」
たえ『……はい、終了。どうだった? 似てた?』
市ヶ谷有咲『似てた! 似てたから! も~早く戻ってこいって!』
スタッフ(うわぁ、市ヶ谷ちゃんの方が必死になってる……)
オーナー(うぅむ、なんと評すればいいのだろうか、これは……)
まりな「…………」
たえ『えー、続きまして――』
有咲『まだやんのかっ!?』スタッフ「まだやるの!?」
まりな(わ、綺麗に有咲ちゃんと声がハモった)
オーナー(花園たえ……彼女の器は計り知れないな……)
……………………
スタッフ(それからもかくし芸大会は続いた)
スタッフ(青葉さんの“目隠し利きパン”、氷川姉妹の“テーブルクロス引き”、弦巻さんと奥沢さんの“ジャグリング”、それからまりなさんのギター演奏)
スタッフ(腕もかなりなまっちゃってる、なんて言ってたけど、果たしてそうだろうか)
スタッフ(まりなさん、仕事の休憩時間なんかにはたまにアコースティックギターを抱えてギターをかき鳴らしてるし)
スタッフ(そのことをまりなさんに言ったら、)
まりな「いや、ほら……ね? 私の前のこころちゃんと美咲ちゃんが……あまりにもプロだったでしょ? だからほら、少しでもハードルを下げないとって思ってさ……」
スタッフ(とのお言葉を貰った。気持ちは分からなくもなかったので僕は軽く頷いておいた)
スタッフ(でも、すごい上手なんだから謙遜なんてしなくてもいいのに)
スタッフ(そんなことを思っているうちに、最後のかくし芸、戸山さんと丸山さんのマジックが始まった)
スタッフ(この2人でマジックなんて大丈夫なんだろうか、と思っていたのは会場のみんなも一緒だったようで、次第に彼女たちに対する応援が大きくなっていった)
スタッフ(マジックってこういうものだっけ、という疑問が頭にもたげたけど、僕は気にしないことにした)
スタッフ(今日から僕は細かいことは気にしない人間になると心に誓ったからだ。別に若白髪とか全然関係ないし気にもしていないけど、やっぱり男たるもの少しぐらい大らかな、そう、花園さんのかくし芸くらいの大らかさが必要なんだ)
スタッフ(そう思っているうちに、2人のマジックも無事に……彼女たちらしいという意味で、無事に終わった)
スタッフ(録画はまだまだ続いていたけど、かくし芸大会はそこで終わりのようだった。まりなさんがテレビに繋いだレコーダーを取り外して僕たちの方を振り返った)
まりな「かくし芸大会は以上です。どうでした?」
オーナー「いやぁ、よかったよ。やっぱり若さっていうのは財産だねぇ。彼女たちがこうしてウチを盛り上げてくれると助かるよ」
スタッフ「ですね。僕もあんまりあの子たちと直接関わることはないですけど、彼女らの姿を見てると元気を貰えますよ」
まりな「ふふ、それならよかった。みんなにも伝えておくね」
オーナー「うむ。これからもCiRCLEを贔屓にしてもらうために、今後も彼女たちの要望は出来るだけ聞き入れるようにしよう」
スタッフ「はい。……あれ」
まりな「どうしたの?」
スタッフ「あ、いや、そういえば結構時間経ってたなぁって思いまして……っ!!」チラ
まりな「あ、そういえば……っ!?」チラ
オーナー「楽しい時間というのは過ぎるのが早いものだからね。私も若い頃は」
スタッフ「いやっ、言ってる場合じゃないですって!! もうオープンの時間、10分も過ぎてるじゃないですか!!」
まりな「と、とりあえずお店開けなくちゃ! えぇと今日は朝一の予約は……!」
スタッフ「昨日、ロゼリアの子たちが予約入れてきませんでしたっけ!?」
まりな「入ってた! 練習終わりに入れてった!!」
スタッフ「うわぁまずい、絶対に外で待ってるよ! と、とりあえず表口開けてきます!」
まりな「ロゼリア、Bスタジオだよね!? 準備は出来てるから鍵だけ持ってくる!!」
オーナー「はっはっは、元気なことはいいこと――」
スタッフ「呑気なこと言ってないでオーナーも手伝ってください!!」
まりな「受付カウンターの準備しててください!!」
オーナー「……うむ」
スタッフ「あー絶対これ怒られる! 湊さんの氷のように冷え切った瞳が目に浮かぶ!」ドタドタ
まりな「それから紗夜ちゃんにグサッと心に刺さること言われる! そのあとリサちゃんにフォローされて余計にいたたまれなくなるやつ!」バタバタ
オーナー「……うむ、これもウチらしくていいんじゃないかな」
☆スタッフくんの口調について
――CiRCLE――
スタッフ「はい、スタジオのご予約ですね。日時はお決まりでしょうか?」
「えぇっと、今度の日曜日の……」
スタッフ「ええ、その日でしたらこの時間からこの時間、それとここの時間も空いてます」
「それじゃあここのところで……」
スタッフ「はい、承りました。もしご都合が悪くなりましたら、特にキャンセル料は頂きませんので、早めにご連絡ください。お電話でもご来店でも、どちらでも対応できますから」
「分かりました! ありがとうございます!」
スタッフ「いえいえ、こちらこそ。それでは日曜日の午後3時からで、お待ちしていますね」
―少し離れたところ―
ポニ子(CiRCLEを日頃ご利用いただいております皆さま方、どうもこんにちは)
ポニ子(いつもカウンターでまりなさんの隣にいる、ポニーテールがチャームポイントのポニ子でございます)
ポニ子(ポニ子というのはもちろん本名じゃありません。わたしはいっつもポニーテールだから、気付いたらみんなからポニ子とかポニちゃんとか呼ばれるようになり、今ではもう完全にそれが定着した次第でございます)
ポニ子(そんなわたしですが、少し気になっていることがあって、スタッフさんのことをなんとなく観察している真っ最中です)
ポニ子「…………」ジー
まりな「どうしたの、ポニちゃん?」
ポニ子「え?」
まりな「なんだかずっとスタッフくんのこと見てたけど……」
ポニ子「別になんでもないですよ?」
まりな「なんでもない、って割にはすごい凝視してたよ? あ、もしかして若白髪があるのが気になる? でもそれは口にしないであげてね?」
ポニ子「いえいえ、それは気にならないんで……」
まりな「あれ、そうなの? じゃあ他になにか気になることがあるんだ?」
ポニ子「まぁその、気になるって言ってもそんな大層なことじゃないんですけどね」
まりな「ふーん? 私でよかったら話くらい聞くよ?」
ポニ子「ええ、それじゃあまぁ……暇ですし、少し相手をお願いいたします」
まりな「ん、任せて。これでも結構長いこと一緒に働いてるからね。あの子のことで分かんないことなんて多分そんなにないよ」
ポニ子「ええ、ええ、それは心強いことです。それじゃあ早速なんですけど……」
まりな「うん」
ポニ子「スタッフさん、人によって口調変えますよね……って思ってたんです」
まりな「……あー、そうだね」
ポニ子「お客さま方にはもちろん敬語。それはいいんですけど……ほら、よく来てくれるガールズバンドの子たちだと、結構変えてるじゃないですか」
まりな「だねぇ。基本はみんな名字にさん付けして丁寧に話すことが多いけど、例外の女の子もいるね」
ポニ子「でしょう? あ、でも氷川さんたちと、あと宇田川さんたちは分かるんですよ」
まりな「姉妹だもんね。『紗夜さん』、『日菜さん』、『巴さん』、『あこちゃん』って呼んでるね」
ポニ子「ええ、堅苦しいくらいに徹底してさん付けで。まぁ宇田川妹さんは分かります。幼いですし、ちゃん付けっていうのは」
まりな「そうだね。あの子たちの中じゃ一番年下だし、みんなからも可愛がられてるもんね」
ポニ子「それと同じ理由で、北沢さんもなんとなく分かります」
まりな「ああ、はぐみちゃん」
ポニ子「はい。あの子も幼げですし、ちゃん付けで呼ぶのは分からないでもないです」
まりな「最初は北沢さんって呼んでたんだよ。でも、確か親戚の女の子に似てるから下の名前にちゃん付けで呼ぶようになったんだ」
ポニ子「そうなんですか?」
まりな「うん。ここの近くに親戚の家があって、そこに住んでる歳の離れたいとこに似てるんだー、みたいなこと言ってた」
ポニ子「はー、そんな理由があったんですか」
まりな「今は疎遠になっちゃったって言ってたけど、昔はよく一緒に遊んであげてて、そのせいではぐみちゃんははぐみちゃん呼びじゃないとなんか落ち着かない……らしいよ」
ポニ子「あの人って意外とめんどくさい性格してますよね」
まりな「あはは……でもそういう生真面目なところも彼の長所だってオーナーが言ってたから。私もそう思うし、信頼できるからさ」
ポニ子「へぇー……」
まりな「……なんだか意味深な顔になってない、ポニ子ちゃん?」
ポニ子「いえ、べつに。気のせいですよ。それより、北沢さんのことはある程度分かってたのでいいんですよ。でも最も大きな謎は別にあるんです」
まりな「最も大きな謎?」
ポニ子「はい。本当、前々からずーっと気になってたんですけど……なんで市ヶ谷さんだけ『市ヶ谷ちゃん』呼びなんですか?」
まりな「あー、それね」
ポニ子「名字にさん付けが基本、幼げな子は名前にちゃん付けが基本、じゃあなんで市ヶ谷さんだけ名字にちゃん付けなんだろう……っていうのが、バイトの暇な時の定番の考えごとなんですよ」
まりな「んー、それは話すと長くなるけど」
ポニ子「はい」
まりな「簡単に言うとね、『あいつだけ僕にタメ口&呼び捨てだから』って感じ」
ポニ子「……はぁ……?」
まりな「有咲ちゃんとスタッフくんが話してるところ、見たことあるよね?」
ポニ子「ええ、そりゃあ。市ヶ谷さんもスタッフさんも、ずいぶん砕けた……っていうかいがみ合ってるのかってレベルですよね。あの2人が他人を指して『お前』呼びするのなんて珍しいですし」
まりな「でしょ? だから、市ヶ谷ちゃんって呼んでるの」
ポニ子「……因果関係がイマイチ分からないのですが」
まりな「まぁ……色々あるんだよ」
ポニ子「色々、ですか」
まりな「うん」
ポニ子(……あんまり深く踏み入っちゃいけないことなんだろうか)
まりな(疎遠になった親戚の子とよく一緒に遊んでたのが有咲ちゃんらしくて、昔から面識のある幼馴染ってだけだけど)
ポニ子(もしかして、超絶仲悪い……とか?)
まりな(有咲ちゃん相手だと本当に遠慮しないからなぁ。有咲ちゃんも有咲ちゃんでツンデレちゃんだから結構当たり強いし)
ポニ子(確かにスタッフさんは生真面目だし……高校生に呼び捨てタメ口されたら、虫も殺せないヘタレでもちょっと怒るのかな……)
まりな(『うっせー! 有咲ちゃんなんて呼ぶなぁー!』って言われた時、『昔は「おにーさん、おにーさん」って呼んできてあんなに懐いてたのに……』とかぼやいてたなぁ)
ポニ子(うぅん……聞かない方がよかったかも……)
まりな(でも端から見てるとケンカするほど仲がいいっていう兄妹にしか見えないし、微笑ましいけどね)
ポニ子「あれ、でも……」
まりな「うん?」
ポニ子「弦巻さんもそうじゃないですか?」
まりな「こころちゃんかぁ。こころちゃんはほら、誰にでもそうだし……なんていうか、あの子なら気にならないじゃない?」
ポニ子「あー……はい、そうですね」
まりな「でしょ? でも有咲ちゃんだと、私には敬語を使うのにスタッフくんにはすごくフレンドリーだからさ」
ポニ子「市ヶ谷さん、わたしの方が年上っていうのもありますけど、いつも丁寧に接してくれますね。確かにCiRCLEの従業員の中で、砕けた口調で話すのはスタッフさんだけですね」
まりな「だから市ヶ谷ちゃんって呼び方なんだよ」
ポニ子「そうなんですね……腑に落ちたような落ちないような……」
まりな「あ、噂をすれば……」
ポニ子「……市ヶ谷さんですね」
スタッフ「あ、いらっしゃい、市ヶ谷ちゃん」
有咲「げっ」
スタッフ「いや『げっ』ってなんだよ、『げっ』って」
有咲「別に。まりなさんじゃねーの、今日の受付は」
スタッフ「まりなさんなら、ほら、さっきからあそこでポニ子ちゃんと一緒に仕事サボってるよ」
有咲「サボってって……ああ、ホントだ。なんか2人して椅子に座ってこっち見てる」
スタッフ「ま、平日のこの時間は暇だからいいんだけどさ。市ヶ谷ちゃんはポピパのみんなとスタジオだっけ?」
有咲「ああうん。たまにはスタジオで練習したいっておたえが言い出してな」
スタッフ「ふぅん。Cスタジオもう用意してあるし、先に入ってる?」
有咲「は? いいの?」
スタッフ「いいよ。どうせ今日はガラガラだったし、全員揃ってから利用開始にするし」
有咲「ん、じゃあお言葉に甘えて」
スタッフ「…………」
有咲「……なんだよ?」
スタッフ「いーや、別に。ただ、昔はもっと可愛げがあったのになぁって思って」
有咲「はぁっ? なんだよそれ」
スタッフ「はぁー……昔の市ヶ谷ちゃんだったら『ありがと、おにーさん』って笑顔で言ってくれただろうなぁ……」
有咲「いつの話してんだよ……ったく」
スタッフ「はい、それじゃあこれ、スタジオの鍵。ポピパのみんなが来たらもうスタジオに入ってるって言っとくよ」
有咲「ん。……その、ありがと」
スタッフ「え? なになに? よく聞こえなかった。ちょっともう一回言ってくんない?」
有咲「う、うるせー! 絶対聞こえてただろ!」
スタッフ「まったく、お礼もちゃんと言えない子に育つなんて……お兄ちゃんは悲しいよ」
有咲「誰がお兄ちゃんだっつーの! 私は一人っ子だ!」
スタッフ「えー、だって昔はあんなに……」
有咲「だからいつの話だよ! さっさと鍵寄越せ!」
スタッフ「はーい」
有咲「たっくもう、たまにお礼を言えばこうなんだから……」
ポニ子「……仲良さそうですね」
まりな「うん、普通に仲良しだよ」
ポニ子「まりなさんが色々あるって言うから、てっきり超絶仲が悪いのかと思いましたよ」
まりな「あはは、まさか。ここに来てくれる子はみんないい子たちだし、スタッフくんも真面目だからね」
ポニ子「そうですよね。仲が悪かったらこんなにウチを贔屓にしてくれませんよね」
まりな「うん。『和!』だね」サークリングノポーズ
ポニ子(でも、色々あったの色々って何なんだろうなぁ……)
まりな「……あの、ポニちゃん? 流石に無反応だとお姉さん悲しいなぁって思うんだけど……?」サークリングノポーズ
☆いつも一緒にいますね
――ショッピングモール――
スタッフ「えぇっと、必要なものは今の雑貨屋で全部……ですね」
まりな「うん、そうみたいだね。ごめんね、買い出しに付き合ってもらっちゃって」
スタッフ「いえいえ、どうせヒマしてましたし」
まりな「そう言ってくれると助かるよ。あ、そうだ。そうしたらこの後――」
「おーい!」
スタッフ「ん?」
まりな「うん?」
上原ひまり「やっぱりまりなさんたちだ! どうも、こんにちはっ」
有咲「どうもー」
スタッフ「ああ、上原さんに市ヶ谷ちゃん」
まりな「奇遇だね。2人とも、お買い物?」
ひまり「はい、ウィンドウショッピングです! 雑貨屋に新しい商品が入ったってつぐが言ってたんで、有咲と一緒に見に来たんですよ!」
まりな「そうなんだ。ふふ、仲良しさんだね」
ひまり「ふっふっふ、有咲と私はもうマブダチですよ、マ・ブ・ダ・チ!」
有咲「マ、マブダチって……どんな言葉選びだよそれ……」
スタッフ「……ふっ」
スタッフ(照れてやんの)
有咲「ああ? なんですか、その意味深な笑いは?」
スタッフ「いや別に?」
有咲「別に、じゃねーだろ明らかに……」
スタッフ「そう睨まないでくれたまえ、市ヶ谷ちゃん。ほらスマイルスマイル。笑ってた方が可愛いぞー」
有咲「うるせー!」
ひまり「…………」
まりな「どうしたの、ひまりちゃん」
ひまり「あ、いえ……前から思ってたんですけど、有咲とスタッフさんって仲いいですよね」
有咲「いやいや仲良くねーって、こんなやつとは」
スタッフ「ひどい言われようだ。昔の市ヶ谷ちゃんは――」
有咲「ややこしくなるから黙ってろ」
まりな「あー、そうだね。色々あるみたいだから、あの2人には」
ひまり「色々……いろいろ……?」
ひまり(なんだろう、色々って。……ま、まさか、実は裏ではこっそりお付き合いしてるとか……?)
ひまり(禁断の歳の差カップル……そんなことになってたとしたら……うきゃー!)
有咲「いや、ひまりちゃんの考えてることはねーから」
ひまり「えっ」
スタッフ「うん。残念ながら、上原さんの考えてることは見当違いだよ」
ひまり「え、え!? なんで2人とも、私の考えてることが分かるの!?」
まりな「あー……なんていうか、顔を見ればすぐに分かっちゃったよ、ひまりちゃん」
ひまり「えー! まりなさんまで!? うぅ、私ってそんなに分かりやすいかなぁ……」
まりな「まぁまぁ。それがひまりちゃんの良いところだと思うよ」
スタッフ「うんうん。本当、上原さんのそういう素直なところは素晴らしい」
有咲「こっち見ながら言うな」
ひまり「そ、そうですか? えへへ……」
スタッフ(その切り替えの早さも良いところだよなぁ)
まりな(表情がころころ変わって可愛いなぁ)
有咲(私が言うのもなんだけど、チョロいなひまりちゃん……)
ひまり「それで、まりなさんたちはどうしたんですか?」
まりな「私たちもひまりちゃんたちと一緒だよ。CiRCLEで使う備品が切れかけててね、買い物に来てたんだ」
有咲「へー。結構たくさん買ったんですね」
まりな「うん。なんだかんだ必要な物って多くてね……。でも、ひまりちゃんや有咲ちゃんたちに気持ちよく使ってもらいたいからさ。これくらいへっちゃらだよ」
ひまり「いつもありがとうございます!」
有咲「う……すいません、ポピパはウチばっかであんまスタジオは使えてませんけど……ありがとうございます」
まりな「どういたしまして。これからもウチをご贔屓にしてくれたら嬉しいな……なーんて、ちょっと恩着せがましいかな」
ひまり「そんなことありませんよっ。これからもバンバン使いますからね!」
有咲「私たちもライブの時にはお世話になります」
まりな「あはは、ありがとね」
ひまり「もうお買い物は終わったんですか?」
まりな「うん。だからこれから戻るところなんだ」
有咲「そうなんですね。そしたらどんどんコイツをこき使ってやってください」
スタッフ「おーおー随分な言い草だな市ヶ谷ちゃん。言っておくけど僕は今日非番だからね? 善意100%でまりなさんのお手伝いしてるからね?」
まりな「うん……ごめんね、本当に。せっかくのお休みなのに手伝って貰って……」
スタッフ「いえいえ。今日は本当に予定もありませんでしたし、まりなさんは気にしないでくださいよ」
有咲「そういえば、2人っていつも一緒にいますよね」
有咲(……つかこいつ、まりなさんに変な下心とか持ってんじゃねーだろうな)ジトー
スタッフ(あ、『こいつ下心持ってんじゃねーだろうな』とか思ってるな。余計なお世話だ)
有咲(ぜってー今『余計なお世話だ』って思ってるな)
まりな「え、そうかな?」
ひまり「確かに言われてみれば……いつCiRCLEに行っても大体一緒だし……商店街とかでもいつも並んで歩いてるような……」
まりな「まぁウチは人手も少ないし、なんだかんだで一緒にいることは多いかなぁ」
スタッフ「ですねぇ。気付けば大抵一緒にいますね」
ひまり(そうですよそうですよ……確かにまりなさんとスタッフさんっていっつも一緒にいますよ)
ひまり(これは……アレだね、いわゆるひとつのオフィスラブ!)
ひまり(みんなに優しいお姉さんとお兄さん、だけど夕暮れに染まったCiRCLEにふたりっきりになるとその柔和な仮面が取れて、そこにあるのはひとりの男と女なんて……わきゃー!)
まりな「いや、あの、ひまりちゃん?」
スタッフ「逞しい妄想をしてるところ申し訳ないけど……別にそういうことはないからね?」
ひまり「え、え!? もしかしてまた!?」
有咲「うん……顔に全部出てた」
ひまり「うっそー!? ご、ごめんなさい! 2人で変なこと考えちゃって……!」
まりな「う、ううん。ひまりちゃんくらいの女の子ならみんなそういうことに興味はあるだろうし……ね?」
スタッフ「そうだよ。気にしないで」
有咲(……あれ、そういやひまりちゃん、私とあいつで妄想したことは謝ってなくね? いや別にいいんだけどさ)
まりな「確かに私たちってよく一緒にいるなーって思うしね」
スタッフ「ええ。シフトも大体一緒ですし、お昼休みも必然的にほとんど一緒ですし」
まりな「買い出しとか外回りなんかもほとんど一緒だもん」
スタッフ「たまにご飯食べたり飲んで帰ることもありますし」
まりな「休みの日はこうでもしないと会わないけどね」
スタッフ「ええ。だから気にしないで平気だよ、上原さん」
ひまり「うぅぅ……やっぱり2人とも優しい……」
有咲(いや……普通に考えて一緒にいすぎだろ……)
まりな「あっと、つい話し込んじゃったね。私たちはそろそろCiRCLEに戻るよ。ポニちゃんに店番任せちゃってるし」
スタッフ「そうですね。それじゃあ上原さん、市ヶ谷ちゃん。またCiRCLEで」
ひまり「はい! お仕事頑張って下さいね!」
まりな「うん、ありがとね」
有咲「えと……また今度」
スタッフ「はしゃぎすぎて上原さんに迷惑かけるなよー」
有咲「うっせー! さっさと行け!」
まりな「それじゃあね」
ひまり「はーい!」ブンブン
まりな「さてと、それじゃあ戻ろっか」
スタッフ「ええ」
まりな「それにしても……ふふ」
スタッフ「どうかしましたか?」
まりな「ううん、大したことじゃないんだけど……やっぱり有咲ちゃんにはお兄ちゃんするんだなーって」
スタッフ「あー……はい。つい昔の癖で」
まりな「ふふ、お兄ちゃんしてるキミってなんだか新鮮だな」
スタッフ「やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか。それより、さっき何か言いかけてませんでしたか?」
まりな「さっき? えーっと……ああ、そうそう。お休みの日に手伝って貰っちゃって何もしないのも悪いからさ、あとでご飯でも食べに行かない? ごちそうするよ」
スタッフ「あ、本当ですか? ありがとうございます、お言葉に甘えちゃいます」
まりな「ふふふ、今日はお姉さんが奢っちゃうぞー、なーんて」
スタッフ「なんですかそのテンションは?」
まりな「キミが有咲ちゃんを構う時の真似だよ」
スタッフ「え、うそ、僕そんな風なんですか、市ヶ谷ちゃん構ってる時」
まりな「大体こんな感じ」
スタッフ「いやいや絶対嘘ですよ、それは盛ってますよ」
まりな「えー? じゃあCiRCLEでポニちゃんにも聞いてみなよ。絶対こんな感じだって言うから――……」
スタッフ「いいですよ。ポニ子ちゃんなら絶対気だるげな顔して『似てません』って言いますからね――……」
有咲「…………」
有咲「……いや、絶対あの2人、付き合ってるだろ……」
ひまり「どしたの、有咲?」
有咲「なんでも。案外ひまりちゃんって鋭いのかなぁーって」
ひまり「え、そう? ふっふっふ……やはり名探偵ひまりちゃんにかかればこの世に解けない謎なんて……」
有咲「それは調子に乗りすぎ」
☆聞き上手なスタッフくん
――CiRCLE――
白金燐子「……はい、そういう訳がありまして……」
スタッフ「そうなんだ。じゃあやっぱり環境的にはコスト低めの方が動きやすいんだね」
燐子「ええ……一概にこれ、と決めつけるのはよくありませんけど……そういう感じです……」
スタッフ「僕は中コストばっかりだったからあんまりそういうの気にしたことなかったな」
燐子「一度やってみると……案外使いやすいですよ……」
スタッフ「うん、今度試してみるよ」
燐子「はい……。あ、もうこんな時間……」
スタッフ「あ、本当だ」
燐子「お話、聞いてくれてありがとうございました……。それでは、また……」
スタッフ「うん。気をつけてね」
燐子「はい……失礼します……」ペコリ
スタッフ「はーい」
まりな「お疲れさまー。私が受付するから休憩に入って大丈夫だよ」
スタッフ「あ、お疲れさまです。分かりました」
まりな「あれ、あの後ろ姿は燐子ちゃん?」
スタッフ「ええ。待ち合わせに少し時間があったみたいなんで、ちょっと話をしてました」
まりな「そうなんだ」
スタッフ「やっぱり女の子って話好きですよね。白金さんも無口なようで、よく話を聞かせてくれますし」
まりな「そうだね。ついつい話しこんじゃうこと、結構あるなぁ。みんな仲良しで、聞いてて楽しい話ばっかりだし」
スタッフ「仲良きことは美しき哉、ってやつですね」
まりな「うん。……そういえば、キミもキミで聞き上手だよね」
スタッフ「え、そうですか?」
まりな「そうだと思うよ。なんだろうね、雰囲気かな? キミっていつでも話聞いてくれそうで、喋りやすいんだ」
スタッフ「……それって、みんなに僕がいつも暇そうにしてるって思われてません?」
まりな「いやいや、そんなことないよ。流石に忙しい時はみんな世間話をしてこないでしょ?」
スタッフ「まぁ……そうですね。手の空いてる時だけですかね」
まりな「でしょ? それだけキミは親しみやすいんだと思うよ」
スタッフ「そうですかね。そんな自覚はありませんけど」
まりな「その自覚がないからいいんじゃないかな」
スタッフ「そういうもんですか」
まりな「そういうもんなのです。……あ、ごめんね、休憩に入るのにまた話しこんじゃうところだった」
スタッフ「いえ、気にしないでください。まりなさんと話すの、僕は好きですから」
まりな「あー……」
スタッフ「……? なんだか何か言いたげな顔になってますよ?」
まりな「うん、キミはやっぱり聞き上手だよ。いや、聞き上手っていうか、話させ上手?」
スタッフ「なんですかそれ」
まりな「思わずお話したくなるタイプの人ってことだよ」
スタッフ「よく分かりませんが……」
まりな「それでいいと思う。キミはそのままのキミでいて欲しいな」
スタッフ「はぁ」
まりな「さ、休憩入ってきちゃって」
スタッフ「分かりました」
――CiRCLE・事務室――
――ガチャ
スタッフ「お疲れさまです……って、誰もいないか」
ポニ子「いますよ」
スタッフ「わっ」
ポニ子「なんですか、『わっ』って」
スタッフ「ああいや、ごめんごめん。そういえば17時からバイト入ってたね」
ポニ子「はい。大学から直行してきたんですけど、ちょっと早く着きすぎたんで時間つぶし中です。スタッフさんは休憩ですか?」
スタッフ「うん、そう」
ポニ子「そうですかそうですか。お邪魔ならわたしはどこかへ放浪しますけど」
スタッフ「いやいや、そんなお気遣いはいらないって。ポニ子ちゃんも暇なら話にでも付き合ってよ。飲み物くらいなら奢るからさ」
ポニ子「ええ、分かりました。わたしは今、アップルジュースの気分です」
スタッフ「ん、了解。ちょっと自販機で買ってくる」
ポニ子「ありがとうございます。ごちそうになります」
―しばらくして―
スタッフ「ポニ子ちゃんって甘いもの好きだよね」
ポニ子「ええ、ええ。女子の身体の半分は甘いもので出来てるんですよ」
スタッフ「甘いものは別腹的なやつか」
ポニ子「むしろ甘いものが本命で、その他が別腹です。ケーキが主菜、ご飯は副菜です」
スタッフ「女の子ってすごいな。僕がケーキを主菜に食べたら、甘すぎて胸焼けしちゃうよ」
ポニ子「それはスタッフさんが歳だからじゃ」
スタッフ「ポニ子ちゃん?」
ポニ子「すみません、思わず本音が」
スタッフ「そっか、それならいい――いやよくないよね?」
ポニ子「失敬」
スタッフ「はぁ……僕、まだそんな歳じゃないのに……」
ポニ子「いくつでしたっけ?」
スタッフ「まりなさんの2つ下」
ポニ子「ほうほう、つまりそれはわたしにまりなさんの年齢を尋ねろと仰るのですね?」
スタッフ「他意はございません」
ポニ子「気にしてると余計老け込みますよ」
スタッフ「いや、それは迷信……あ、でも……」ソッ
ポニ子(あ、髪の毛触ってる。確か若白髪は気にしてるっぽいことまりなさんが言ってたし、話変えよう)
ポニ子「そういえば、スタッフさんと市ヶ谷さんって仲良しですよね」
スタッフ「仲良し……いや、仲が悪い訳じゃないけど、仲良しってほどじゃないよ」
ポニ子「そうですか? わたしが知っている限りだと、あんなに砕けた言葉で話すのは市ヶ谷さんくらいしか思いつきませんけど」
スタッフ「あー、まぁ、昔の癖でね。あの子とは幼馴染……うーん、幼馴染ってほど馴染んでないけど、昔からの知り合いだからさ」
ポニ子「そうだったんですね。だから他の人に比べてあんなに遠慮がないと」
スタッフ「そんなに市ヶ谷ちゃん相手だと違うかな、僕」
ポニ子「違いますね。この前まりなさんがやった『対市ヶ谷さんのスタッフさん』のモノマネ、激似でした」
スタッフ「マジか、僕って他人から見るとあんな風なんだ……」
ポニ子「はい。妹に構ってもらいたい兄貴って感じがします」
スタッフ「うわー、仕事場の女の子にそんなこと思われてるなんて確実にヤバい人じゃん……今度から自重しよう……」
ポニ子「いいんじゃないですか、そんな自嘲も自重もしなくても。その方がスタッフさんらしくて親しみやすいですよ、たぶん」
スタッフ「たぶんって……まぁ、あんまり市ヶ谷ちゃんにウザいって思わせるのも悪いし、少し接し方は考えてみるよ」
ポニ子「そうですか」
スタッフ「あ、親しみやすいって言えば、さっきさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「まりなさんに僕が聞き上手……っていうか、話させ上手だって言われたんだけど、そういう節ってあるのかな」
ポニ子「話させ上手……あー、分からないでもない……ですかね。そういうところもありますよ」
スタッフ「そうなの?」
ポニ子「はい。なんでしょうね、スタッフさん、何しても怒んなさそうって空気がありますから」
スタッフ「それって僕が舐められてるってことじゃ……」
ポニ子「いえいえ、違いますよ。親しまれているのです」
スタッフ「違いが分からないのですが」
ポニ子「あれですよ、あれ。親しみには気遣いも含まれてますから。ちゃんとTPOをみんな弁えてます。その上で、暇そうにしてるなら話を聞いてもらおうって思ってるんですよ、きっと」
スタッフ「あー」
ポニ子「心当たりがあるでしょう? 大抵いつも暇そうな顔してますし」
スタッフ「うん……うん?」
ポニ子「何でもないです。つい口が滑りました」
スタッフ「えぇ……僕、普通に真面目に仕事してるのに……」
ポニ子「まぁその、そういうことですよ。こう、ついうっかり口を滑らせてしまう程度に、みなさんから親しまれてるってことですよ」
ポニ子「オーナーもよく言ってるじゃないですか。仲良きことは美しき哉って」
スタッフ「うーん……それならいいのかな」
ポニ子「はい。良き哉良き哉」
スタッフ「あ、もう休憩終わりだ」
ポニ子「わたしもそろそろいい時間ですね」
スタッフ「それじゃあ、今日も一日よろしくお願いします」
ポニ子「よろしくお願いします」
スタッフ「僕は先に行ってるね」
ポニ子「はーい」
――ガチャ、バタン
ポニ子「…………」
ポニ子「多分、スタッフさんを本気で話させ上手って思ってるのはまりなさんだけだと思いますよ。まりなさんには市ヶ谷さんとは違うベクトルで遠慮がありませんし」
ポニ子「……って言っていいのか迷ったなぁ」
☆やきもち
――CiRCLE――
山吹沙綾「こんにちはー」
まりな「あ、こんにちは、沙綾ちゃん。今日もポピパのみんなでスタジオだっけ」
沙綾「はい。やっぱり環境が変わるといい刺激があって。それで、ちょっと早く着いちゃったんで、ここで待たせてもらってもいいですか?」
まりな「もちろんいいよ」
沙綾「ありがとうございます。……あ、そうだ、そういえば」
まりな「どうしたの?」
沙綾「前にスタジオ借りた時、スタッフさんが融通を利かせてくれたみたいで……ありがとうございました」
まりな「あー、ううん、いいよいいよ。みんなは常連さんだし、その日は暇だったし、気にしないで」
沙綾「それでもありがとうございました」
まりな「はい、どういたしまして」
沙綾「それにしても、スタッフさんって有咲には随分甘いっていうのか、優しいっていうのか……気にかけてますよね」
まりな「そうだね。歳の離れた妹みたいな感じで、ついつい構いたくなるんだと思うよ」
沙綾「へぇ……。いつも丁寧なスタッフさんが有咲だけそう思うって、なんだかちょっと意外だなぁ」
まりな「一応、みんなはお客さんだからね。基本的に真面目だけど、あの子もあの子でちょっとお茶目なところがあるんだ」
沙綾「そうなんですね」
まりな「あんまりみんなにはそういうところを見せないかもしれないけどね。本当に生真面目っていうか、そういう性格してるからさ」ニコニコ
沙綾(毎度のことだけど、スタッフさんのこと話す時のまりなさんってすごいニコニコするなぁ)
まりな「CiRCLEの従業員に接するみたいにみんなにも接してあげればいいのに……なんてちょっと思うのになー。せっかくみんなが親しんでくれてるんだし」
沙綾「確かにそうですね。まりなさんもそうですけど、スタッフさんも話しやすくて良い人ですし」
まりな「でしょ? あの子、大抵のことは笑って許してくれそうな柔らかい雰囲気があるもんね。何だかこっちの方から思わず踏み込みたくなっちゃうよ」
沙綾「ええ、すごく親しみやすいですよね。私も自分の部屋にスタッフさん上げたことありますし」
まりな「……はい?」
沙綾「え?」
まりな「あ、ううん……なんでもないよ?」
沙綾(今一瞬すごい顔したような……)
まりな「えーっと……沙綾ちゃん?」
沙綾「は、はい?」
まりな「なんて言うんだろうな、えぇと……さ。こう……ほら、ね? 流石にあの子が何かしたってワケじゃないっていうのは分かってるんだけど、その状況を詳しく教えてもらってもいいかな?」
沙綾「ええ、いいですけど……」
まりな「うん、それじゃあお願い」
沙綾(今まで一度も見たことないくらい真面目な顔になってる……)
沙綾「えぇっと、私がお店にいる時に、スタッフさんが買い物に来てくれたんですよ」
まりな「うん」
沙綾「それで、その時店先で妹の紗南がスタッフさんにぶつかっちゃって」
まりな「うん」
沙綾「…………」
沙綾(いや、圧が……なんかプレッシャーがすごい……!)
まりな「続けて?」
沙綾「あ、はい、えぇと……転んで泣き出しちゃった紗南にキャンディーくれて……あやしてくれたんです」
まりな「優しい」
沙綾「……ええ、そうですね。で、まぁ、そのまま帰ってもらうのも悪かったので、私の部屋に上がってもらってお茶――じゃなくて、コーヒーをご馳走した……って感じです」
まりな「それだけ?」
沙綾「ええ。あ、あと帰り際にチョココロネをあげました」
まりな「そっか」
沙綾「はい」
まりな「……よかった、何も起きてない」
沙綾「え?」
まりな「ううん、なんでも」
沙綾「は、はぁ……」
まりな「けど、良くないなぁ、まったく。女の子の部屋に軽々しく上がるのはちょっといただけないよ」
沙綾「えぇと、それはウチの母さんが結構強引に上げちゃった感じだったんで……」
まりな「だとしても、だよ。そこをきっちり断るのが大人ってものなんだから」
沙綾「……なんか、なんていうか、ごめんなさい」
まりな「沙綾ちゃんが謝ることなんてひとつもないよ。これは完全にスタッフくんの過失なんだから」
沙綾「…………」
まりな「あの子には私からちゃんと尋も――言いつけておくから、沙綾ちゃんは気にしないでね」
沙綾「……はい」
香澄「こんにちはー!」
まりな「あ、ポピパのみんな来たみたいだよ」
沙綾「ええ、そうですね」
まりな「はい、じゃあこれ、スタジオの鍵」
沙綾「ありがとうございます」
まりな「じゃあ、今日も練習頑張ってね」
沙綾「はい……」
――スタジオ内――
沙綾「…………」
有咲「沙綾、どうかしたのか?」
沙綾「え?」
有咲「いや、なんかさっきから上の空だったからさ。悩みがあるなら話くらい聞くぞ」
沙綾「あーうん、ありがと。特に大したことでもないんだけどさ……」
有咲「うん」
沙綾「まりなさんって、スタッフさんのこと好きだよなぁーって」
有咲「あー……端から見たらどう考えても付き合ってるな、あの2人は」
沙綾「だよね……。ああ、スタッフさんに申し訳ないことしたな……まさかあんなことになるなんて……」
沙綾「尋問って言いかけてたけど、このあと大丈夫かな……」
有咲「まりなさんはともかく、アイツにならどれだけ迷惑かけてもヘーキだ。私が許すからどんどんやってやれ」
沙綾「そう言ってくれると少しだけ気が楽になるよ……」
☆なんかしたっけ?
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「はぁ……」
スタッフ「…………」
スタッフ「はぁ~……」
ポニ子「さっきからどうしたんですか」
スタッフ「え? あ、あれ、ポニ子ちゃん? いつからそこに……」
ポニ子「スタッフさんが浮かない顔でここに入って来た時からずーっといましたよ」
スタッフ「あ、マジで……? ごめん、考えごとしてて気が付かなかったよ」
ポニ子「いいえ、お気になさらず。それよりも珍しいですね。スタッフさんがそんな深刻な顔してるのって」
スタッフ「え、そう?」
ポニ子「はい。気付いていないかもしれませんけど、眉間に深い皺がよって、迷子の犬のような困り果てた顔になってますよ。まぁ、ちょっとだけ似合ってますけど」
スタッフ「…………」
ポニ子(ツッコミがない……余程重大な悩みごとがあるんだろうか)
ポニ子(スタッフさんにはなんだかんだお世話になってるし、ここは話だけでも聞こう)
ポニ子「……話すことで楽になることもありますよ?」
スタッフ「え……」
ポニ子「たかが一介の学生に出来ることなんて大層なものではありませんけど、わたしにだって話を聞くことは出来ます」
スタッフ「…………」
ポニ子「悩みの種は自分の中にある時は見えませんけど、言葉にして吐き出して、それを客観的に眺めてみれば意外とちっぽけだったってこともあります」
ポニ子「もしも話せることであれば、話してみてくださいよ。たまにはわたしだって聞き役くらいはしますから」
スタッフ「ん……そう、だね」
ポニ子「…………」
スタッフ「……うん、ひとりで考えてても仕方ないし……ごめんね、少し話に付き合ってもらうよ」
ポニ子「ええ。わたしのことは壁だと思って、存分に吐き出してみてください」
スタッフ「ありがとう。それで……あのさ、最近ちょっと気になってることがあってさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「その、さ。ポニ子ちゃんさ……」
ポニ子「はい」
スタッフ「……まりなさんと2人の時って、どんな感じ……?」
ポニ子「……はい? どんな感じ、とは?」
スタッフ「あ、いや、えーっとさ……あの、アレなんだよ、アレ」
ポニ子「……?」
スタッフ「……最近、まりなさんが僕に冷たいっていうか、当たりが強い……んだよね」
ポニ子「…………」
スタッフ「あっ、いやっ、違うんだよ? 別にまりなさんがそっけなくて寂しいとか悲しいとか……いや、それもなくはないんだけど、そうじゃなくてさ? ほら、アレじゃん? こうさ、仕事を円滑に進めるためにはコミュニケーションが大事じゃない?」
ポニ子「……ソウデスネ」
ポニ子(あー、その話かぁ……この前まりなさんからもされたなぁ……)
ポニ子(真面目な話じゃなかったかぁー……)
スタッフ「だから、ポニ子ちゃんと一緒の時はどうなのかなぁーって思った次第でござった訳なんですよ。特に、本当に他意はないんですよ」
ポニ子「ええ、まりなさんがわたしと一緒にいる時ですか。特に変わりはありませんよ」
スタッフ「え、そうなの」
ポニ子「はい。いつも通り、お茶目で優しいお姉さんです」
スタッフ「え、それじゃあそっけなくされてるの僕だけ……?」
ポニ子「じゃないですかね」
スタッフ「マジか。……マジかぁー……」ドヨーン
ポニ子(おおぅ、さっきよりもヒドく落ち込んでいる……)
ポニ子(うーん、ただの痴話げんかとはいえ、流石にこれを放っておくとマズイような気がするし、一度話を聞くと決めた以上はしっかりその役目を果たさなくては)
ポニ子「ああでも、まりなさん、スタッフさんの話もしてましたよ」
スタッフ「ど、どんな話?」
ポニ子「山吹さん、いるじゃないですか」
スタッフ「山吹さんって……ポピパの?」
ポニ子「はい、ポピパの。なんでもスタッフさん、山吹さんの部屋に上がったことがあるそうじゃないですか」
スタッフ「部屋に上がった……あれかな、紗南ちゃんが転んだ時のことかな……」
ポニ子「詳しくは聞かなかったんですけど、恐らくその話でしょうね」
スタッフ「それが一体……?」
ポニ子「超絶簡潔にかいつまんで話すと、いい大人がいくら誘われたからってそうホイホイと女の子の部屋に上がる? という問題提起でした」
ポニ子(本当は『やっぱり年下の女の子の方が……』とか、『私だってまだ……』とか、そういう類の話のような雰囲気でしたけど)
スタッフ「…………」
ポニ子「やっぱりここは社会の先輩として、ひとりの“女”として、しっかりと注意しなくちゃいけないだろう、とも言っていました」
ポニ子(本当は『注意しなくちゃいけないよね……』と言った後、『でもどんな顔して言えばいいんだろう……』とか『プライベートにまで口出しするのはちょっと行き過ぎかな……』とか小声で言ってましたけど)
スタッフ「…………」
ポニ子「ただ、まりなさんって優しい性格してるじゃないですか。わたしも怒られたことなんてありませんし、スタッフさんもほとんどないんじゃないですか?」
スタッフ「……うん、叱られたことは2回だけあるけど、怒られたことはない……かな」
ポニ子(それは同じものなのでは? ……って言いたいけど我慢しよう)
ポニ子「だから仕事以外のことでスタッフさんに怒るっていうことが難しくて、どうしたらいいか分からなくて、そっけなく当たってるんじゃないですかね」
ポニ子(これは本当の話。『どうしたらいいと思う、ポニちゃん……』なんて珍しく弱気な声で言われた話)
スタッフ「……そうか……」
ポニ子「まりなさんも悪気がある訳じゃないですし、ましてやスタッフさんのことを嫌ってる訳でもありません」
ポニ子(むしろその逆過ぎてどうしたらいいのか悩んでるんだろうし)
ポニ子「ただあなたのことが心配で心配で仕方ないだけなのです。なので、スタッフさん。そんなまりなさんの気持ちをしっかり汲むのが“大人の男”ってやつじゃあないでしょうか」
スタッフ「……うん、その通りだ」
ポニ子「ですよね。それならもうあなたのやるべきことは分かっているはずです」
ポニ子(まりなさんの気持ちが分かったなら、とっとと面と向かってお互いに『好きだ』とでも言って来ればいいのです)
スタッフ「ああ、ありがとうポニ子ちゃん。僕、ちゃんとまりなさんに言ってくるよ」
ポニ子「はい」
ポニ子(ふぅ、これでようやく2人からそれぞれの視点で同じノロケを聞かされることもなくなるでしょう)
スタッフ「僕はやましいことを何もしてないし、これからは流されず、ちゃんと丁重にお断りするって……!」
ポニ子「……はい?」
スタッフ「ウチのメイン客層はガールズバンドだし、男手も少ない職場なんだ。それなのに僕に女の子に対してだらしない一面があるんじゃないかって思わせたら、心配になって当たり前だ」
ポニ子「いや、あの」
スタッフ「そんな簡単なことに配慮できない僕が浅はかだった。すぐに言って謝ってくる!」ダッ
――ガチャ、バタン
ポニ子「……行っちゃった」
ポニ子「…………」
ポニ子「はぁー……本当、生真面目というか……いや、もうただのアホですよ。朴念仁ですよ」
ポニ子(話をぼかさないでもっと核心に迫ればよかっただろうか……)
ポニ子(けどそれはまりなさんに申し訳ないと思うし……ああもう、なんにせよ……)
ポニ子「とっとと付き合えばいいのに、あの2人……」
☆お疲れさまでしたの会
――居酒屋――
まりな「それじゃあ、今年度もお疲れさまでしたー」
スタッフ「お疲れさまでした。乾杯」
まりな「かんぱーい」
スタッフ(チン、と軽くビールの入った中ジョッキを合わせる僕とまりなさん)
スタッフ(毎年恒例、2人だけのささやかな年度末のお疲れさま会である)
まりな「はぁ~……今年度は色んなことがあったねぇ……」
スタッフ「そうですねぇ……」
スタッフ(ジョッキを傾けて、ビールに喉を鳴らす。それから大きく息を吐き出したまりなさんに僕も頷いた)
まりな「ガルパの子たちがウチをたくさん使ってくれたからかな、何だか例年以上に忙しかったね」
スタッフ「はい。嬉しい悲鳴ってやつですね」
まりな「うん。みんな可愛くていい子だしねー……キミが女の子の部屋に上がるくらい」
スタッフ「あー、その件に関しましてはー、えー、再発防止に努めていましてー……」
まりな「ふふ、冗談だよ。変な気があった訳じゃないのは分かってるし、私もちょっと気にし過ぎちゃったかなって思ったから」
スタッフ「いえいえ、僕のことを考えてくれてのことでしたから。いつもありがとうございます」
まりな「そうやって改まって言われちゃうと少し照れちゃうよ。さ、明日は休みだし、今日はのんびり飲もうよ」
スタッフ「はい」
スタッフ(頷いて、笑い合う。いつも通りのゆったりとしたお疲れさま会)
―しばらくして―
スタッフ(……だった、んだけど)
まりな「はぁー……お酒美味しい」
スタッフ「まりなさん、少し飲み過ぎじゃないですか……?」
まりな「そんなことないですー、これくらい普通ですー」
スタッフ「いやでもさっきから杯が止まってないっていうか……」
まりな「なによぅ、私だってたまには羽目を外したいのに、キミはダメだーって言うのー?」
スタッフ「そういう訳じゃないですけど」
まりな「じゃあいーじゃなーい。さぁさぁ、キミも飲みなさい」
スタッフ「……ええ、はい」グビ
スタッフ(なんだろうか、今日は随分と飲むペースが速い。通常の3倍くらいの速さだ)
スタッフ(しかも絡み酒なんて……2年に1回あるかどうかの珍しさだ。やっぱり忙しかったし、色々とストレスやら何やらも溜まってるんだろうか)
まりな「…………」グビグビグビ
まりな「……はぁーっ」
スタッフ「あの、まりなさん?」
まりな「んー? なぁにー?」
スタッフ「いえ、その……もう少しゆっくり飲んだ方が……」
まりな「だいじょぶだいじょぶー。これくらいへーきへーきー」
スタッフ「そうですか……」
スタッフ(……いや絶対大丈夫じゃない。こんな子供っぽいまりなさんなんて初めて見たぞ、僕)
まりな「たーのしいなー、いつもたーのしいなー♪」
スタッフ(あー……今日は僕は控えめにしておこう……。まりなさんが潰れちゃったら介抱しないといけないし……)
―またもうしばらくして―
まりな「最近さ……本当に、ほんとーに多くてさ……もうね、どうかと思うんだ」
スタッフ「はぁ」
まりな「なんだろうね、本当……結婚式の招待状とかさ、まぁ、それはね? 別にさぁ、友達をお祝いするのはさ、楽しいし、なんだか私も嬉しい気持ちになるんだよ?」
スタッフ「そうですね」
まりな「けどさぁ、なーんで母さんに『○○ちゃんはもう結婚してるのにー』だとか『××ちゃんには子供がいてー』なんて言われなくっちゃいけないんだろうねー」
スタッフ「それはほら……やっぱり、早く孫の顔が見たいからですよ」
まりな「はぁ~……孫、孫ねぇ……。孫どころか恋人すらいないって、今の私……はぁぁ~……」
スタッフ「その、元気出してくださいよ。そのうち良い人と出会えますって」
まりな「そうだねぇ……。あこちゃんとはぐみちゃん、孫にするならどっちがいいかなぁ」
スタッフ「待ってください、あの子たちに何をするつもりですか?」
まりな「これが私の娘です! って連れてったら、母さんもしつこく言ってこないかなぁーって」
スタッフ「いやいや、まりなさんにあの大きさの娘がいたら色々と大変でしょう?」
まりな「あ、りみちゃんもいいかも」
スタッフ「一度離れましょう、孫がどうとかそういう話から。ほら、まりなさん、ちょっと水飲んでください、水」
まりな「チョココロネ♪」
スタッフ「牛込さんの真似はあとで見ますから」
まりな「ちょこちょこ、ころね~、ちゅこころね~♪」
スタッフ「ちょこころねの歌もあとで聞きますから。呂律まわってないですよ、まりなさん」
―さらにもうしばらくして―
まりな「ねぇねぇー、ホントのところ、キミはどう思うのかなぁー?」
スタッフ「どうもこうも、その件に関しては断り切れなかった僕が悪かったって話で……」
まりな「えぇー? とかなんとか言っちゃってー、本当は嬉しかったんじゃないですかー?」
スタッフ「嬉しいって……いや、信頼されてるというか、親しまれてるっていう部分では嬉しいには嬉しいですけど」
まりな「ほらぁー、ほらほらぁー! やーっぱり嬉しいんじゃーん! はぁぁ~、そうだよねぇ、花の女子高生だもんね~」
まりな「沙綾ちゃん可愛いもんね~、そりゃあお部屋に上がったらはっぴーらっきーすまいるいぇーいだよね~!」
スタッフ「そういう話じゃないですよ、まりなさん」
まりな「はー、やっぱり若さかー、若さには勝てないのかー……」
スタッフ「何の話ですか。ちょ、もうお酒飲むのやめてくださいっ」
まりな「あーあー、有咲ちゃんにもすーっっごく優しいしー? 若いっていいなぁー……」
スタッフ「市ヶ谷ちゃんに優しくした覚えはそんなにないですよ」
まりな「むーじーかーくっ! 出た出たそーいうの! 『はぁ? 別にアイツになんか優しくしてねーし。あれが俺のデフォルトだし』とかいうやつ! はー、ホント、もう、ホント!」
スタッフ「ホントってなんですかホントって……」
まりな「スタッフくんさぁー、そういうの良くないよー、ホントよくないよー」
スタッフ「いや、だからその話はもう終わったことで……」
まりな「終わってないですー! 私の中ではまだ未消化なんですー!」
スタッフ「えぇ……」
まりな「そりゃあね、思うよ、私も。なーんでウチを使う女の子はみんなあんなにかわいいの? って。天使か、アイドルか、って。あ、彩ちゃんたちは本物のアイドルだった」
スタッフ「…………」
まりな「いやー、でもさー、限度があるよねぇ? あんなにかわいいのにみんなめちゃくちゃいい子って、これは大変なことですよ。ねぇ?」
スタッフ(……まずい。この問い、きっとなんて答えてもダメなやつだ)
まりな「聞いてるー?」
スタッフ「ええ、聞いてます聞いてます。えーっと、そうですね。みんな優しくていい子で、姪とかにいたらさぞかし可愛がったと思いますよ」
まりな「有咲ちゃんみたいに?」
スタッフ「や、あいつはまた別なんで」
まりな「あーあー、まーた有咲ちゃんだけ特別扱いしてる……ずるいなぁ、ずるいなぁー……」
スタッフ「何がですか」
まりな「いーよねー、スタッフくんにただひとりだけ特別にされててー。遠慮なし、気兼ねなし、節操なしの意気地なし……」
スタッフ「それ半分悪口ですよ?」
まりな「はぁー……」
スタッフ「……まりなさん?」
まりな「んにゅ……」
スタッフ「ああ……とうとう潰れた……」
まりな「…………」
スタッフ「まりなさーん、大丈夫ですかー?」
まりな「んー」
スタッフ「まりなさーん?」
まりな「んー……」
スタッフ「ダメだこりゃ……はぁ、仕方ないか。すいませーん! お会計お願いしまーす!」
店員「はーい、お会計ですね」
スタッフ「ええ、お願いします」
スタッフ(……まりなさんがこんなにお酒に酔ったところ、初めて見たなぁ)
……………………
スタッフ(先にタクシーを呼んでから会計を済ませて、まりなさんを支えながら、店の外でタクシーを待つ)
スタッフ(タクシーが来て、車に乗り込んでから、まりなさんが一人暮らししている賃貸マンションの住所を伝える)
スタッフ(後部座席でホッと一息つく僕。それに寄りかかる、珍しくお酒に飲まれたまりなさん)
スタッフ(なんだかなぁ、なんだろうなぁ……なんて思ってるうちに、タクシーがまりなさんのマンションに到着した……までは、別に問題はなかった)
スタッフ「……どうしてこうなった」
まりな「んー……」
スタッフ(『月島』という表札のかかった部屋の扉の前で立ち尽くす僕。そんな僕から一向に離れないまりなさん)
スタッフ(おかしいなぁー、なんかおかしいよなぁー、この状況)
スタッフ(本当はまりなさんだけここで降ろして僕は僕のアパートに帰るつもりだったのになぁ……僕が離れようとするとあんなにぐずるなんて思いもよらなかったよ……)
スタッフ(けどこんな状態のまりなさんを放っておく訳にもいかないし……)
スタッフ(軽々しく女性の部屋には上がらない、という約束も……玄関までならセーフ。先っちょセーフ理論だ)
スタッフ「まりなさーん、家に着きましたよー? 鍵、出せますかー?」
まりな「ん……」つ鍵
スタッフ「はいはい、ありがとうございます。ちょーっとすいません、借りますね」カチャ
スタッフ「はい、開きましたよ。上がってください」
まりな「ん~」
スタッフ(……よし、ここまでくればもう大丈夫だろう)
スタッフ「それじゃあまりなさん、僕はここで」
まりな「んー」ヒシッ
スタッフ「……あの、そんなにしがみつかれると帰れないんですけど」
まりな「んー、んー」フルフル
スタッフ「まりなさーん、お願いだから正気に戻ってくださーい。ほら、今のあなたの行動、それは非常にマズいやつですよー?」
まりな「んー……」ヒシッ
スタッフ「……ダメだこりゃ」
スタッフ(どうしたものか、とは思うけれど、どうしようもない)
スタッフ(これは腹を括るしかない……んだろう、きっと)
スタッフ「分かりました、分かりましたよ。部屋の中まで送ります。そしたら帰りますからね?」
まりな「ん」
スタッフ「それじゃあ、えっと……お邪魔します」
……………………
スタッフ(正直、見通しが甘かったのかもしれない)
スタッフ(こんな形でまりなさんの家に上がることになるとは思いもよらなかったし、僕自身もアルコールが残っているせいで些か楽観的な思考でいたことは否めなかった)
スタッフ(いや、でも仮に僕が素面だったとしても、まさかこんなことになるだなんてことは予想だにしなかったかもしれない)
まりな「すー……すー……」
スタッフ(1DKの間取り。およそ10帖の寝室。そのベッドに横になって寝息をたてるまりなさん)
スタッフ(僕はといえば、まりなさんが眠るベッドを背もたれにして座っていた)
スタッフ(スタンドに立てかけられたギターや、友達と撮ったのだろう写真が貼ってあるコルクボード。大きな木製のラックには几帳面にCDが収められていて、そのすぐそばに高級そうなスピーカーが鎮座している、とても綺麗に片づけられた寝室)
スタッフ(実にまりなさんらしいな、と思うと非常に落ち着かない気持ちになって、今すぐにでもこの部屋を出て行かないと何か間違いをおかしそうな気がしてならない)
スタッフ(だけど僕は動けなかった。何故なら、ちらりと視線をベッドにやれば、そこには僕の右手を両手でキュッと握りしめたまま、一向に離そうとしないまりなさんが眠っているからである)
スタッフ(本当に……どうしてこうなった……)
スタッフ(落ち着かない気持ちのまま視線を右往左往させる。……あ、いや、こんなに女の人の部屋を観察するのも失礼な話か)
スタッフ(そう思って、僕は目の前の壁を凝視した)
スタッフ(それから頭に思い浮かべるのは、やたらと羽目を外した今日のまりなさんのこと)
スタッフ(やっぱり疲れているのだろうか……って、そりゃそうか。オーナーに次いでまりなさんが実質店長みたいなものだし、僕の与り知らない気苦労や悩みだって多くあるのだろう……とか、そんなことよりも)
スタッフ「……あー、嬉しいんだよなぁー……」
スタッフ(普段はしっかりして、誰にでも優しい素敵なお姉さん。そんな人が、自分の前でだけお酒に酔っ払って、子供みたいに駄々をこねる姿を見せてくれた)
スタッフ(それが嬉しい。頼られてるみたいで、信頼されてるみたいで、とても嬉しいのだ)
スタッフ(本当にどうかと思うけれど、こうしてまりなさんに甘えられることが――いや、この状況を甘えられると厳密に言うのかは分からないけど――嬉しくて仕方ない)
スタッフ「あと普通にかわいい」
スタッフ(口から漏れた呟きに返事はない。穏やかな寝息が微かに聞こえてくるだけだった)
スタッフ(この部屋に入った当初こそ、『据え膳ってなんだよ、美味しいの? いや、そりゃ美味しいか……』とかいう考えが頭の中で躍っていた)
スタッフ(けれども、酔いと一緒に段々と冷めてきた頭には、この信頼を裏切りたくないという気持ちが大きくあった)
スタッフ(だから僕も目を閉じた。ベッドに背をもたれさせて、右手から伝わるまりなさんの鼓動に耳を傾け――ん? 鼓動?)
スタッフ(瞼を開き、ちらりとベッドの上に視線を向ける。するとそこには、僕の右手をぎゅーっと胸に抱いたまりなさんがいた)
スタッフ(だからと言ってどうこうするつもりも何もないけど、うん、本当に、これっぽっちも……あ、でもこれっぽっちもっていうとまるでまりなさんに女性的な魅力がないように聞こえちゃうからそれはそれでちょっと違うんだけど、とにかくアレだよアレ)
スタッフ「……おやすみなさい」
スタッフ(幾分か早くなった自分の鼓動を誤魔化すように、僕はもう一度、さっきよりもずっと強く目を瞑る)
スタッフ(今の僕の願いはただひとつ。一刻も早く睡魔がやってきますように、ということだけだった)
☆あさちゅんてきなやつ
――チュンチュン...
まりな「ん……んん……?」
まりな「あれ……あさ……」ムクリ
まりな「…………」
まりな「……あたまいたい」ズキズキ
まりな「あれー、昨日……居酒屋にいて……それからどうしたんだっけ……」
まりな「なんか幸せな夢みてたような……」
まりな「……うん? なんか左手があったかいな」チラ
スタッフ「ぐー……」
まりな「…………」
まりな「え」
スタッフ「Zzz……」
まりな「…………」
まりな「えっ!?」
まりな「え、いや、え、えっ!? なんでスタッフくんが私の部屋に……!?」
まりな「あれ、え!? ちょ、いや、なに、これどういう状況だっけ!?」
スタッフ「う、んん……?」パチリ
まりな「あっ」
スタッフ「んー……あ、おはようございます」
まりな「あ、う、うん、おはよう……?」
スタッフ「ああ、やっぱり座ったまま寝てたから身体が痛いな……」
まりな「え、ちょ、なんでそんな落ち着いてるのかなキミは!?」
スタッフ「はい? 何がでしょうか?」
まりな「いや、これ、この状況っ! な、何がどうなってるのか……」
スタッフ「あー……それはですね」
まりな「う、うん」
スタッフ「話すと長くなるので超絶簡潔に言うと、酔いつぶれたまりなさんが僕を離してくれなかったんです」
まりな「えっ」
スタッフ「いや、その、だからと言って部屋に上がったことは本当に申し訳ないと思っていますけど、でもですね、流石に酩酊状態のまりなさんを放っておくことも出来ませんでしたし……」
まりな「え、えー……」
まりな(スタッフくんに甘える夢見てたような気がしたけど、夢じゃなかったんだ……)
スタッフ(うわー、まりなさん顔真っ赤になってる……)
スタッフ「あ、あの、大丈夫ですよ? その、何もしてませんから。僕、ここで寝てただけですから」
まりな「あ、う、うん……キミがそういうことする人じゃないのは分かってるから……」
まりな(でもそれはそれで少し残念なような……って、何を考えてるの私はっ)
スタッフ(あ、ポニ子ちゃんに『スタッフさんってヘタレですよね』って言われたこと、なんか思い出した)
まりな「えーっと、その……昨日の記憶が曖昧なんだけど、迷惑かけちゃってごめんね……?」
スタッフ「いえ、気にしないでください。頼りにされてる感じがして、嬉しかったですから」
まりな「…………」
まりな(いけない、いけないよキミ、そういうセリフを言われるとちょっとアレだよ、アレがああなってこうなっちゃうよ、ホント……)
スタッフ「時間は……朝の7時ですか。これならもう電車も動いてますし、僕はそろそろ帰りますね」
まりな「あ、ま、待って!」
スタッフ「はい?」
まりな「えっと、あのね? 流石にこれだけ面倒をかけて、そのまま帰ってもらうって訳にはいかないからさ……その、せめて朝ご飯とかくらいは食べてって欲しいなって……」
スタッフ「あー……」
まりな「ダメ、かな」
スタッフ「……いえ。では、お言葉に甘えます」
まりな「そ、そっか、よかった」
スタッフ「ところで、あの、まりなさん」
まりな「うん、なに?」
スタッフ「そろそろ手を放していただけると……」
まりな「え? あ、ああ! ご、ごめんね、ずっと握ったままだったね!」パッ
スタッフ「いえいえ……」
まりな(もしかして私、昨日からずっとスタッフくんの手を握ってたのかな……)
スタッフ(イカン、なんか離されたら離されたで昨日のアレが鮮明に頭に思い浮かぶ……)
……………………
スタッフ(まりなさんのお言葉に甘えることにして、朝食を頂くことになった)
スタッフ(まりなさんは『先にシャワーも使っていいよ』と言ってくれていたけれど、流石にそこは女性優先だろう)
スタッフ(僕は『着替えがないんで……ちょっと外で買ってきますから、後でいいですよ』と言い、まりなさんの家の鍵を預かってから、近くのコンビニを目指すこととなった)
スタッフ(しかし、なんだろう。まりなさんの家の鍵を持ちながら外を出歩くというこの行動)
スタッフ(まるで同棲だな、なんて思ってしまうと気恥しい気持ちがとめどなく溢れてくる)
スタッフ(僕はそれを誤魔化すようなわざとらしい足取りで、近くのコンビニを目指していた……けど、コンビニより先にワ〇クマンを見つけた)
スタッフ(〇ークマン。馴染みのない人には作業着なんかが売ってある、土木作業員さんたち専用のお店だと思われることだろう)
スタッフ(しかし、ワー〇マンはそれだけじゃない)
スタッフ(アウトドアにぴったりな服も置いてあって、それがしかも非常にコストパフォーマンスに優れているのだ。バイク乗りや釣り人たちなんかの間では有名な話である)
スタッフ(それだけじゃなく、普通の無地のシャツやスポーツ用のジャージなんかも揃っているし、靴やバッグだって置いてある。しかもほとんどの店舗は朝の7時から営業だったりするのだ)
スタッフ(渡りに船とはこのことだろう。僕はそのワ〇クマンに立ち寄って、サクッと着替えを調達するのだった)
……………………
まりな「簡単なものしか作れなくてごめんね?」
スタッフ「いえいえ、とんでもないです」
スタッフ(ダイニングキッチンのテーブルの上には、2人分の白いご飯とお味噌汁、それからベーコンエッグが置かれていた)
スタッフ(『急だったし、ありあわせの物しかなくて……』なんてまりなさんは言っていたけど、朝は大抵コンビニ飯の僕からすれば大変素晴らしい朝ご飯である)
スタッフ(それにシャワーを借りてさっぱりしてから、ダイニングキッチンの椅子に座って、台所に向かうまりなさんの背中をぼんやりと見ていたら……こう、なんとも言えない感情が胸中に芽生えた)
スタッフ(正直それだけでもうお腹いっぱいレベルの幸福感があった)
スタッフ「いただきます」
まりな「はい、召し上がれ。私も食べるけどね」
スタッフ(箸を手にして、料理を口に運ぶ。何の変哲もないベーコンエッグだけど、しかしどうしてか、今まで食べた中で一番美味しいような気がしてしまう僕だった)
まりな「……ところで、あのさ」
スタッフ「はい、なんでしょう」
まりな「その……昨日、私……何か変なこととか言ってなかった?」
スタッフ「変なこと、ですか?」
まりな「うん……。あのね、居酒屋でお酒を飲んでたところまでは私もしっかり覚えてるんだ。だけど、その後のことがすっぽり記憶から抜け落ちてるっていうか、なんていうか……」
スタッフ「あー……いや、変なことは何も言ってないですよ。居酒屋で潰れちゃってからは」
まりな「そ、そっか……」
スタッフ「はい」
スタッフ(本当、ただ子供みたいにぐずって僕を離してくれなかっただけで……とは思うだけで口にしない)
まりな「……よかった」
スタッフ「けど、まりなさん」
まりな「は、はいっ?」
スタッフ「その……何か大変なこととかあれば、遠慮せずに言ってくださいね?」
まりな「え?」
スタッフ「まりなさん、いつも泣き言も言わないで頑張ってますし……頼りないですけど、僕だって愚痴を聞いたり、昨日みたいに一緒にお酒を飲むことは出来ますから」
まりな「…………」
スタッフ「……って、ごめんなさい。なんか生意気言いました」
まりな「う、ううん……」
スタッフ「まぁ、その、なんていうか、アレです。まりなさんみたいな綺麗な人に頼られると男は嬉しくなっちゃうものなんです。そういうことですから」
スタッフ(……いや、なんか気恥しくて口が回ったけど、どういうことだよ。余計気恥しいこと言ってんじゃん、僕)
まりな「……うん、ありがとね」ニコリ
スタッフ(……まぁ、いっか)
……………………
―朝食後―
まりな「ふんふーん♪」カチャカチャ
スタッフ「…………」
スタッフ(ご飯をごちそうになって、片付けを手伝おうとしたら、「大丈夫だから、キミは座ってゆっくりしてて」なんて言われてしまった)
スタッフ(だからぼんやりと、鼻歌交じりに食器を洗うまりなさんの後ろ姿を眺めている訳だけど……)
まりな「In the name of BanG_Dream~♪」カチャカチャ
スタッフ(ご機嫌だなぁ。僕もなんだかまりなさんの家に慣れてきちゃったし)
スタッフ(……あー、なんだろう。やっぱり、なんかいいなぁー……)
まりな「よし、洗い物おしまい……っと」
スタッフ「すいません、ごちそうになったのに手伝いもしないで」
まりな「いいんだよ、気にしないで。私がやりたくてやってることなんだからさ」
まりな「それにほら、昨日はすっごく迷惑をかけちゃったし、これくらいじゃ全然足りてないよ」
スタッフ「そうですか? もう十分返して貰ってると思いますけど」
まりな「ううん、まだまだ全然」
スタッフ「そうですかね……」
スタッフ(昨日のことを思えば……うーん、大変は大変だけど、役得っていう感じがものすごくしてるけど……まりなさんがそう言うならそうなのかな)
まりな「そうなんですよー。あ、コーヒー飲む? インスタントだけど」
スタッフ「はい、頂きます」
まりな「はーい」
スタッフ(僕からの返事を聞いて、手際よくまりなさんはインスタントコーヒーをふたつ用意して、テーブルの上に置く)
スタッフ(僕のカップの横にはスティックシュガーとフレッシュも追加で出される。伊達にいつも一緒に仕事はしていない。僕がブラックコーヒーを飲めないことも承知していてくれている)
まりな「はー……」ジー
スタッフ「……? どうかしましたか、まりなさん?」
まりな「あ、ごめんね、ジッと見つめちゃって」
スタッフ「いえいえ。あっ、もしかして変なとこにご飯粒でもついてましたか?」
まりな「ううん、そうじゃなくて……なんだか不思議だなぁって」
スタッフ「不思議……ですか?」
まりな「うん。お休みの日なのに、キミと一緒に……私の家にいるっていうのが」
スタッフ「あー……そうですね。お互い家の住所は知ってますけど、こうして上がったのは初めてですし」
まりな「だね。それと、そういうカッコって見たことないなーって」
スタッフ「そういうカッコ?」
まりな「キミって仕事中じゃなくても、いつも襟付きのきっちりしてる服着てるでしょ? だから、そういうロングTシャツとジーンズってカッコがなんか新鮮だなって」
スタッフ「そうですねぇ……確かに、こういう格好は家の中じゃないとしないですかね」
まりな「でしょ? ふふ、なんだか得した気分だよ」
スタッフ(たおやかな笑みを浮かべてそんなことを言われると、僕はちょっとドギマギしてしまうんですが)
スタッフ「ま、まぁ今日は緊急事態だったんで。まりなさんの家の近くにワー〇マンがあって良かったですよ、あそこならリーズナブルに着替えが揃いますから」
まりな「〇ークマン……あ、そういえばコンビニ行く途中にあったね……って、そういえばっ!」
スタッフ「は、はい? どうしました?」
まりな「キミ、その着替えってさっき買って来たんだよね!?」
スタッフ「ええ、まぁ……」
まりな「うわぁ、全然考えてなかった! ご、ごめんね、私のせいで変な出費を……ああっ!!」
スタッフ「こ、今度はなんでしょうか?」
まりな「ていうかアレだよね!? 昨日の居酒屋とタクシー! 私、お金出した記憶がまったくない!!」
スタッフ「あ、ああ……別に大した額でもありませんし――」
まりな「ダメだって! 私が潰れたせいでキミに迷惑かけたのに、さらにお金までって! それは大人として、先輩としてアウトだよ! ちょ、りょ、領収証見せて!!」
スタッフ「あー……捨てちゃいました」
まりな「えー! なんでこういう時ばっかり! じゃ、じゃあとりあえず諭吉さんで……!」サッ
スタッフ「ちょ、まりなさん! 流石にそこまでかかってないです! その諭吉さんはお財布に戻してください!」
まりな「で、でも……」
スタッフ「わ、分かりました! えーっと、それじゃあ、その……」
スタッフ(そこで頭にもたげた提案。それを口にするのがちょっと照れくさくて、僕は言い淀む)
まりな「…………」
スタッフ(だけど、焦ったような顔でこっちを見ながら諭吉さんに指をかけられてると、なんか僕がめちゃくちゃ悪いことしてるような気分になるから、もうさっさと腹を括ることにした)
スタッフ「こ、今度……また昨日みたいな飲み会か……それか、一緒の休みの日に、どこか遊びに行きましょう。その時にご飯を奢ってもらえれば……ちょうどトントン、ですよ」
スタッフ(完全な誘い文句である。ああ、なんだろう、すごく気恥しいし照れくさいよ)
スタッフ(けど、きっとこれが一番後腐れないし、僕としてもとても楽しみになるからしょうがない。しょうがないんだ)
まりな「……それでいいの?」
スタッフ「……それがいいんです」
スタッフ「ほら、さっきも言ったじゃないですか。まりなさん、色々大変でしょうし……僕でよければ、いつだって付き合いますから」
まりな「付き……?」
スタッフ「ご、ご飯とか、お酒とか、そういうのにっ!」
スタッフ(続けた言葉があまりにもアレだったから、僕は慌てて言い訳を付け足す)
スタッフ(まりなさんはそんな僕をちょっとだけ恨めしそうな目で見た後、すぐにいつもの笑顔を浮かべてくれた)
まりな「ありがとう。やっぱりキミって……優しいね」
スタッフ「それは気のせいですよ、気のせい。ははは……」
まりな「そんなことないのになー」
スタッフ「そんなことないことないですよー?」
まりな「ふふ、じゃあそういうことにしておこう」
スタッフ「はい、そういうことにしといてください」
まりな「……それじゃあ、お言葉に甘えて今度、遊びに行った時にでも」
まりな「あ、そうだ。次はキミの部屋にお邪魔しようかな」
スタッフ「え、それマジの提案ですか」
まりな「半分くらい。……だめ?」
スタッフ「え、えーっと、事前に……大体一週間前くらいに言ってくれれば……僕の部屋もギリギリ誰かに見せられるくらい片付けられると思います……」
まりな「もー、普段からキチンと片付けないとダメだよ?」
スタッフ「いや、はい。ごもっともでございます」
まりな「ふふ……」
スタッフ「あ、あはは……」
スタッフ(気が付いたらさっきの慌ただしい空気もなくなって、僕とまりなさんの間にはいつもの心地いい空気が流れていた)
スタッフ(あー、うん。本当……なんていうか、すごく居心地がいいんだけど……)
まりな「……ちょっとだけ残念だなぁ」
スタッフ(まりなさんがぽそりと呟いた。その言葉は僕の気持ちと妙にリンクしていたけど、僕は何も言わずにいることにしました、とさ)
☆祭りのあとの……
――CiRCLE――
スタッフ「……ゴールデンウィークって、誰が最初に考えたんでしょうね」
まりな「さぁ……誰だろうねぇ……」
スタッフ「今年は長かったですね……」
まりな「うん……死ぬほどキツかったね……」
スタッフ「誰ですかね、10連休に合わせて10日連続でスペシャルライブ開催とか言い出したのは……」
まりな「オーナー……」
スタッフ「そのオーナー様はどこへ行かれたんでしょうかね……」
まりな「頑張り過ぎて……2日目の夜にぎっくり腰になって病院だよ……」
スタッフ「…………」
まりな「…………」
スタッフ&まりな「はぁー……」
スタッフ(5月7日の火曜日。10連休が明けた久方ぶりの平日のお昼時)
スタッフ(『本日休業』の札がかかった、がらんとしたCiRCLEのロビーに2人分のため息が響いた)
スタッフ「歳も歳なのにはしゃぎすぎなんですよ、あの人は……」
まりな「大変だったねぇ、オーナーがいないとこ埋めるの……」
スタッフ「ええ、ホント。まさかゴールデンウィークの9割をここで過ごすことになるとは思ってませんでした」
まりな「だね……。でも、無事にライブも終わったんだし、今日頑張れば明日から連休だよ」
スタッフ「……ですね。今日は後片付けと清掃だけですし、2人しかいないのはちょっと大変ですけど、のんびりやりましょうか」
まりな「うん」
……………………
スタッフ(飾りつけをしたライブステージやラウンジの片付け、それと楽屋や各スタジオ、ロビーやらカフェテラスやらの清掃が今日の僕とまりなさんの仕事だった)
スタッフ(連勤続きの2人だけで、その全部を清掃するには些か広すぎるCiRCLE)
スタッフ(だけどお店は特別休業日だし、僕もまりなさんもお昼から出勤だったから、連勤続きとはいえ体力も比較的ある方だ。大変は大変だけどそこまで気の遠くなる作業でもない)
スタッフ(それに時おりまりなさんと他愛ない会話を交わしながらのんびりと行う後片付けは思った以上に楽しかったし、お祭りが終わったあとの余韻を存分に噛みしめられる時間はそれなりにいいものだと思えた)
スタッフ(そんなこんなで時間は緩やかに過ぎていき、ライブステージとラウンジの片付け、それと楽屋の掃除が終わった16時ちょっと前)
スタッフ(僕とまりなさんは入り口の扉を開けて換気をしつつ、ロビーの椅子に腰かけておやつタイムに入っていた)
まりな「はー、今年のゴールデンウィークは大変だったねー」
スタッフ「ええ、本当。けど、お客さんも、出演してくれたバンドの人たちも楽しそうでよかったですよ」
まりな「だね。頑張った甲斐があったよ」
スタッフ「なんだか不思議ですね。昨日まであんなに賑やかだったのに、今はシーンとしてて……」
まりな「お祭りが終わったあとの切なさだね」
スタッフ「はい。こういうの、嫌いじゃないですけどね」
まりな「うん、私も」
スタッフ「しっかし、のんびりやってましたけど、案外早く作業が進みましたね」
まりな「ねー。清掃以外に気を遣わなくていいと楽だね」
スタッフ「この分なら19時前には……あー、いや、もう少しかかるか……」
まりな「残りは各スタジオの清掃と、ここの清掃と……うーん、そうだね。もうちょっとかかるかな」
スタッフ「まぁ、明日はお休みですし、続きものんびりやりましょうか」
まりな「そうだね。あ、終わったらまたどこか寄ってく?」
スタッフ「いいですね。今度はゴールデンウィークお疲れさまでしたの会ですね」
まりな「…………」
スタッフ「まりなさん? どうしました?」
まりな「……今日は飲み過ぎないようにしないと、って」
スタッフ「ああ……。別に僕は気にしませんよ?」
まりな「わ、私が気にするの! ほら、ね? 流石にそう何度もスタッフくんの手を煩わせるのもね? 一応私の方が先輩だし?」
スタッフ「いやいや、いつも頼りにさせてもらってますから。こういう時くらい僕に面倒を見させてくださいよ」
まりな「……またそういうこと言う……それずるくないかなぁ……」
スタッフ「はい?」
まりな「なんでもないよ。ぜーんぜん、なんでもない」
スタッフ「はぁ」
まりな「さ、早く仕事を終わらせちゃお?」
スタッフ「そうですね」
まりな「それじゃあ、私がスタジオの方をやるから、スタッフくんはロビーの方をお願いしていい?」
スタッフ「分かりました。……あ」
スタッフ(と、どうでもいいことが頭にもたげて変な声が出た)
まりな「うん? どうかした?」
スタッフ「あー、いや、えーっと……」
まりな「何か提案? あ、それとも悩みごととか?」
スタッフ「悩みごと……ああ、まぁ、その類のことなのかなぁ」
まりな「なになに? 私が手伝えることならなんでも手伝うよ」
スタッフ「いえ、確かにこれはまりなさんにしか解決できないことですけど、別に大したことじゃないので……」
まりな「もー、水臭いなぁ! そんなこと言いっこなしだよ!」
スタッフ(まりなさんにしか解決できないこと、という言葉が何か琴線に触れたのか、先ほどよりも声を弾ませる。顔にも笑顔が浮かんでいる。お姉さんしたいオーラが目に見える)
スタッフ(あー、はい、そういう反応されると僕も素直になってしまいます)
スタッフ「えっと、それじゃあ」
まりな「うん、どうしたの?」
スタッフ「……名前」
まりな「名前?」
スタッフ「……まりなさんには、僕のこと、名前で呼んで欲しいなー……なんて」
スタッフ(そう、それはCiRCLEではもう当たり前になっていたこと)
スタッフ(ポニ子ちゃんはポニ子ちゃんだし、オーナーはオーナーだし、僕はスタッフくんだとかスタッフさんだ)
スタッフ(それはそれでいい。みんな親しみを込めて呼んでくれる、愛称みたいなものだから)
スタッフ(けれども、こう、分かるでしょう? その、名前で呼ばれたい人がいるっていう気持ちが僕にもあるのですよ、これがまた)
まりな「…………」
スタッフ(まりなさんの様子を窺えば、そこにはキョトンとした顔。それから僕の言葉の真意に気付いたのか、少し頬が赤くなっていった)
スタッフ(やべぇ、今ここでうっかり口にすることじゃなかったかもしれない)
まりな「……うん、いいよ」
スタッフ(しかしどうだろうか、まりなさんは頷いてくれた)
スタッフ(そして小さく息を吸う。それから、艶やかな唇が動いて――)
ひまり「こんにちは――!!」
スタッフ(――という元気なその声に、僕の名前はかき消された)
まりな「ひっ、ひまりちゃんっ?」
スタッフ「え、ど、どうしたのっ?」
スタッフ(僕とまりなさんが揃って、変に上擦った声を出す。それを意に介さず、上原さんは返事をする)
ひまり「聞きましたよ、ポニさんから! CiRCLEの片付けを2人だけでやらないといけないって!」
ひまり「ふっふーん、まりなさんとスタッフさんにはいつもお世話になってますからね! 私の方で人を集めて、お手伝いに参りました!!」
まりな「あ、そ、そうなんだ、ありがとね」
スタッフ「う、うん、助かるよ、ホント……ホント」
スタッフ(先ほどまでの空気は元気な声に蹴散らされた。それに少しホッとしたというか、やっぱり残念だなぁなんて思ったりだとか……)
ひまり「……あれ? 2人とも、なんだか距離が近いような……それに見つめ合ってたし……」
まりな「えっ!?」
スタッフ「い、いや、そんなことは……!」
ひまり「あれ、あれあれあれ? も、もしかして私……お邪魔でした!?」
ひまり「ご、ご、ごめんなさい! さぁどうぞっ、続けてください! 私のことはミッシェルの銅像だとでも思って!!」
まりな「ちょ、な、何か勘違いしてない!?」
スタッフ「そっ、そうそう! 上原さんが考えてるようなことはなにも……ないよ?」
ひまり「いえ、いーんです! 名探偵ひまりちゃんにはバッチリ分かってますからっ! さぁさぁ、続きをどうぞ!!」
美竹蘭「……ひまり、入り口で何やってんの?」
香澄「こんにちはー!」
有咲「おーっす。しょうがねーから手伝いに来てやったぞ」
スタッフ(と、開け放しておいた入り口から、次々と見慣れた顔が入ってきた)
スタッフ(美竹さん、戸山さん、市ヶ谷ちゃん……の後ろにも、まだ何人か続いてくる)
ひまり「私はひまりではありません……そう、今の私は愛を見守るキューピッド的なやつなのです……!」
青葉モカ「あらら、ひーちゃんがまたバグってる」
沙綾「お仕事、お疲れさまです。差し入れのパン持ってきたんで、よかったらどうぞ」
まりな「あ、えーっと、ありがとね」
北沢はぐみ「わーい、お掃除お掃除ー!」
弦巻こころ「みーんなで、お世話になっているCiRCLEをピカピカにしましょう!」
瀬田薫「ああ、こころ。ニーチェもこう言ってるからね、『音楽なしには生は誤謬となろう』……と。つまり、そういうことだね」
イヴ「はい! 日頃のオンギに報いずはブシの恥です! 精一杯、お手伝い致します!」
氷川日菜「おねーちゃん、来れないんだ。残念だな~」
燐子「はい……。どうしても外せない……風紀委員の仕事があって……」
スタッフ(青葉さん、山吹さん、はぐみちゃん、弦巻さん、瀬田さん、若宮さん、日菜さん、白金さん……で全員みたいだ)
スタッフ「…………」
スタッフ「あれ、ツッコミ担当が少ないような……?」
まりな「キミも同じこと思ったんだ……」
スタッフ「ええ……」
まりな「……まぁ、きっと大丈夫だよ」
スタッフ「そ、そうですよね」
スタッフ(日菜さんが暴走したら紗夜さんか白鷺さんがいないと止められないかもだけど)
まりな(美咲ちゃんか花音ちゃんがいないと、こころちゃんたちがテンション上がっちゃったら止められないかもしれないけど)
香澄「まりなさん! スタッフさん! まず何からお手伝いしましょうかっ?」
まりな「あ、えーっと、そうだね……そうしたら、みんなにはロビー全般と、あとカフェテラスの掃除をお願いしちゃっていいかな?」
香澄「はーい!」
有咲「道具とかはどこにあんの?」
スタッフ「掃除用具は……この人数分は用意してないから、ちょっと倉庫に取りに行かなくちゃな」
沙綾「この広さをこの人数で掃除するなら、まずは役割分担からしないとね」
モカ「はーい、じゃあモカちゃんは床をモップ掛けするよ。コンビニで慣れてるしー」
イヴ「では、私はカフェテリアのテーブルと椅子を綺麗にしますね! 羽沢珈琲店で慣れてますから!」
まりな「わー、頼もしいなぁ」
こころ「そうだわ! ただ綺麗にするだけじゃなくて、せっかくだから窓をミッシェルの模様にしましょう!」
はぐみ「可愛くていいね! あっ、そうしたら隣にマリーの絵も描こうよ!」
薫「ああ……! 2人とも、なんて儚いアイデアなんだ……!」
日菜「あはは、それ面白そう! あたしも手伝っちゃうよ!」
スタッフ「……わー、あの4人に任せるの超不安……」
燐子「あ、あの……わたし、氷川さんから日菜さんのことは一任されてるので……が、頑張ります……!」
有咲「私も奥沢さんから言われてんだよなぁ、『三バカのこと、頼んだよ』って……。いや私には荷が重すぎるって」
スタッフ「あー……無理はしないでね、白金さん」
燐子「は、はい……」
有咲「……私は?」
スタッフ「……戸山さんは山吹さんが見ててくれるし、市ヶ谷ちゃんならきっと出来るよ」
有咲「ふざけんな! 無理だっつーの!」
ひまり「ああ……私の軽はずみな行動のせいで……! まりなさんとスタッフさんのラヴ空間を侵食してしまった……!!」
蘭「さっきから何言ってんの……ほら、落ち込んでないで、ひまりもどこをやるか決めなよ」
ワイワイガヤガヤ...
まりな「一気に賑やかになったね」
スタッフ「ですね。けど……この方がCiRCLEらしくていいと思いますよ」
まりな「ふふ、そうだね。せっかくみんなが手伝ってくれるんだし、早く終わらせちゃおっか」
スタッフ「はい。とりあえず、掃除用具取りに行ってきますね」
まりな「あ、私も一緒に行くよ」
スタッフ「分かりました」
まりな「それじゃあみんな、私とスタッフくんで道具を取ってくるから……悪いけど、お手伝いをお願いします」
『はーい!』
スタッフ「じゃ、行きましょうか」
まりな「うん。……あ、その前に」
スタッフ「はい? どうかしま――」
スタッフ(言いかけた僕の耳元に顔を寄せて、まりなさんがぽそりと、悪戯っぽくささめく)
スタッフ(喧騒にかき消されそうなその響きは……自分では聞き慣れているというか、生まれた時からずっと一緒だった響き)
スタッフ(まぁ、そう、つまるところ僕の名前な訳で)
まりな「これからも頼りにしてるよ♪」
スタッフ「……全身全霊を込めて頑張ります」
スタッフ(そんなことをされてしまうと、これ以上ないほど単純な僕の心はやる気に満ち溢れてしまうのでした……とさ)
ひまり「ああっ!! いまっ、絶対いまコソコソッと何かしてた!!」
ひまり「あーもうっ! 私が『手伝いに行こう!』なんて言ったせいで!! ホントもうっ!! なんてことをしたの、昨日の私ぃ!!」
蘭「だから何言ってんの。早く場所、決めてってば」
モカ「ひーちゃんてば、今日も絶好調で空回ってますなぁ」
おわり
スレンダーで優しいお姉さんなまりなさんが好きです。そんな話でした。
こんなの書いておいてなんですが、新人スタッフくんはポニ子ちゃんであるという説を推しています。
花園たえ「しあわせ光線銃」
――有咲の蔵――
市ヶ谷有咲「……は? なんだって?」
花園たえ「しあわせ光線銃だよ、有咲」
有咲「しあわせ光線銃って……ただのおもちゃだろ、それ」
たえ「昨日ね、こころがくれたんだ」
有咲「はぁ、弦巻さんが。なんなんだよ、そのしあわせ光線銃って」
たえ「私もよく知らないんだけど、人に向けて撃つと、その人がしあわせになるんだって」
有咲「へー。なんかハロハピっぽいおもちゃだな」
たえ「うん。美咲も言ってた。『燐子先輩ですら頭ハロハピになる』とか『湊さんですらポンコツ感マシマシになる』とか。だから私はこれをぽんこつ光線銃って呼ぶことにしたんだ」
有咲「なんだそれ!? かなりやべー銃じゃねーかよ!?」
たえ「大丈夫だよ、効果は24時間で切れるってこころが言ってたから」チャキ
有咲「ちょ、ま、待てって! どうして銃口をこっちに向けんだ!?」
たえ「お母さんもね、撃たれた感じは全然しないって言ってた」
有咲「母親を撃つなよ!」
たえ「じゃあいくよ~」カチ
有咲「こなくていいっ、ちょ、お前いま引き金ひいたろ……!?」
たえ「どう?」
有咲「どうって……あれ、本当に撃ったのか?」
たえ「うん」
有咲「……いや、別に何も感じないけど」
たえ「お母さんもそう言ってた。私も自分に向けて撃ったけど同じだったよ」
有咲「自分に撃ったのかよ……」
たえ「何も感じなかったから7回くらい撃っちゃった」
有咲「そんなに撃っちゃったのか!? ……まぁ、でも、確かに私も何も感じないし……そうだよな。よくよく考えたらそんな素敵な銃がある訳ないもんな」
たえ「やっぱりそうなのかなぁ。これで沙綾を狙い撃とうと思ったのに」
有咲「なんで沙綾?」
たえ「頑張り屋さんの沙綾にはしあわせになってもらいたい。それに、いつもしっかりしてる沙綾がドジっ子になったところ、見てみたくない?」
有咲「見たいか見たくないかで言えば……見たい」
たえ「でしょ? お母さんも私も全然変わらなかったから、有咲で試そうと思ったんだけど……」
有咲「おいおい、人を実験に使うんじゃねーよ」
たえ「有咲、なんだかんだいつもしっかりしてるからさ。ポピパで沙綾の次に効果がありそうだなーって思ったんだ」
有咲「え、そ、そうか? まぁそれならしょーがねーな」
たえ「うん、しょうがないしょうがない」
有咲「しょーがねーしょーがねー」
たえ「あはは」
有咲「ははは」
たえ「でもせっかくだから沙綾にも撃とうと思う」
有咲「だなー。せっかくだもんな」
たえ「うん。明日の学校が楽しみだ」
有咲「あれ……でもおたえ、お前別のクラスじゃね?」
たえ「あ……そういえば……」
有咲「それだとあんまり見れなくね、沙綾がぽんこつになっても」
たえ「……ぐす」
有咲「わ、わーわー! な、泣くなよ、ごめんな、私が悪かった!」
たえ「ううん……2年生になってクラス別なの忘れてた私のせいだから……」メソメソ
有咲「よ、よーし、じゃあこうしよう! 今から沙綾んとこ行こう!」
たえ「沙綾のとこに?」
有咲「そう! ほら、今日やまぶきベーカリーの手伝いしてるって言ってたろっ? だから一緒に沙綾を撃ちに行こう! な!」
たえ「うん……そうだね、そうしよう。ありがと、有咲」
有咲「いいっていいって。やっぱりみんな笑顔でいるのが一番だからな」
たえ「だね。沙綾を笑顔にするのが私たちの使命だ」
有咲「相変わらずおたえはいいこと言うなぁ。それじゃあ早速行くか!」
たえ「うんっ!」
……………………
―― やまぶきベーカリー ――
――カランコロン
山吹沙綾「いらっしゃいませ……って、なんだ、有咲におたえ」
有咲「よう」
たえ「遊びに来たよ」
沙綾「あはは、さては冷やかしかな?」
有咲「違う違う、ちゃんとパンも買ってくって」
たえ「うん。真の目的は別にあるんだけどね」
沙綾「真の目的って?」
有咲「それはあれだ、沙綾を笑顔にさせることだ」
たえ「そうそう。しあわせ光線改めぽんこつ光線だよ」
沙綾「おたえはともかく、有咲までそんなこと言うなんて珍しいね?」
有咲「そうか? 私はいつも通りだけど」
たえ「私はちょっとテンション高めだよっ」
沙綾「あー、うん、確かにちょっとテンション高めかも」
有咲「ところで今日のおすすめは?」
沙綾「クリームデニッシュが焼きたてで、あと今日はハムカツサンドが美味しいって父さんが言ってたかな」
たえ「分かった。ありがと、沙綾。お礼にこれをあげる」スッ
沙綾「え、なにそれ? おもちゃの銃?」
たえ「しあわせ光線銃だよ。撃たれるとしあわせになるんだ」
沙綾「へぇ。なんかハロハピっぽいね、それ」
たえ「!! すごい、何も言ってないのにこころから貰ったものだって分かった」
有咲「流石沙綾だな。ハンパねぇ」
沙綾(今日、本当に2人ともテンション高いなぁ)
たえ「それじゃあいくよ。えい」カチ
沙綾「……え、いま撃ったの?」
たえ「うん。どう、沙綾?」
沙綾「どう、って言われても……特に何も感じないかなぁ」
有咲「うーん、沙綾もそうなのか」
たえ「……やっぱりこれ、しあわせ光線銃じゃなくてぽんこつ光線銃だ」
沙綾「でもなんか、童心に帰る……って言うほど私たちも大人じゃないけどさ、こういうのってごっこ遊びみたいで楽しいよね」
有咲「それな」
たえ「分かる」
沙綾「小さなころはよくおままごととかしてたなぁ」
有咲「私も今よりかはアクティブだったから、そういうので遊んだなぁ」
たえ「……ぐす」
沙綾「え、お、おたえ!?」
有咲「ど、どうしたんだ!?」
たえ「私……友達ってポピパのみんなが初めてだったから……そういうのしたことないなって……」
たえ「レイがいるにはいたけど……音楽教室で話したりするだけだったし……すぐに引っ越しちゃったし……」
有咲「え、ちょ、えーっと、気にすんなって! な! ほら、そんなことがなくたって私たちは友達だしさ!」
沙綾「そ、そうそう! ほ、ほら、笑って笑って! 私、おたえの笑顔って好きだなぁ!」
たえ「うん……ごめんね、2人とも……」メソメソ
有咲(さ、沙綾! これなんとかならないか!? おたえが悲しんでるとすごく辛いんだけど!!)ヒソヒソ
沙綾(そ、そう言われても……! ええっと、紗南がぐずった時と同じ接し方でいいのかな……!?)ヒソヒソ
有咲(あ、そ、そうだ! 沙綾、ちょっと……)
沙綾(……な、なるほど、分かった!)
沙綾「あー、ご、ごほん。ねぇ、おたえ?」
たえ「……なぁに、沙綾」
沙綾「あれさ、おたえさえ良かったら……今からウチで働いてみない?」
たえ「働く?」
沙綾「ほら、リアルパン屋さんごっこだよ。有咲と私とおたえで、一緒にさ」
有咲「そ、そうそう。ほら、みんなでお揃いのエプロン着けてさ、きっと楽しいぞ?」
たえ「…………」
沙綾「おたえ……?」
有咲「や、やっぱりダメか……?」
たえ「……それ、すごく楽しそう」
沙綾「おたえ……!」
有咲「信じてたぞ……!」
たえ「リアルパン屋さんごっこ、やろう!」
有咲「ああ!」
沙綾「善は急げ、だね。ちょっと予備のエプロン持ってくる!」
……………………
――夜 有咲の部屋――
沙綾「なんかごめんね、なし崩しに……」
有咲「いいっていいって、気にすんなよ」
たえ「わーい、お泊りだー。嬉しいなー」
沙綾「おたえはいつも通りだね」
有咲「な。でも沙綾だってそれくらい素直でいいんだよ。私だってみんなとこうしてるの楽しいんだし」
たえ「そうそう。楽しいことは楽しいって言うのが一番だよ。言葉にしなくちゃ何にも伝わらないんだから」
有咲「相変わらずおたえは良いこと言うよな」
沙綾「確かにその通りだね。何でもない日にお泊り会ってすごくワクワクするなぁっ」
たえ「いえーい」ハイタッチ
沙綾「いえーい!」ハイタッチ
有咲「いえーいっ」ハイタッチ
有咲「さってと、まだ夜の7時だし、何すっか」
たえ「あ、私アレやりたい」
沙綾「アレ?」
たえ「アレ。みんなでワイワイテレビゲームやったり、漫画読書会したりするやつ」
有咲「あーはいはい、泊まりの定番のやつだな」
沙綾「純が友達のとこ泊まり行くとそうなるって言ってたなぁ」
たえ「だめ?」
有咲「ダメな理由がない」
沙綾「右に同じく」
たえ「えへへ、ありがと」
有咲「よーし、そしたらちょっと待ってろ。昔やってたゲームとか漫画とかが押し入れに……あったあった」
たえ「わー、コントローラーが見たことない形してる」
沙綾「『巾』の字みたいだね」
有咲「やっぱ泊りのゲーム大会つったらこれだろ、ニンテ〇ドウ64」
たえ「そうなの?」
有咲「そうなの。え、ていうかこれ以外にあるのかってレベルだと思うけど。2人とも、知らないのか?」
沙綾「なんか子供の頃に見たことあるようなないような?」
たえ「面白い形してるね、このコントローラー」
有咲「そうか……じゃあ2人はきっとセガ〇ターン派だったんだな」
沙綾「それも聞いたことないなぁ」
たえ「あ、私CMは知ってるよ。この前、平成のおもしろコマーシャルを振り返る番組でやってた」
有咲「せー〇たー三四郎ー、せー〇たー三四郎ー♪」
たえ「せ〇さたーんしろー♪」
沙綾「わぁ、全然分かんないや」
有咲「まぁゲーム機の名前やらCMやらはどうでもいいんだよ。大事なのはみんなで遊べて、みんなが笑顔になれることだからな」
たえ「有咲、良いこと言うね」
沙綾「今日の有咲は名言botだね」
有咲「よせよ、照れちまうだろ? さ、それよりなんのゲームやるか。初代大乱闘? それとも007になりきるか? はたまた世界一有名な配管工のパーティーゲームか?」
たえ「うーんと……」
沙綾「簡単なのがいいな」
有咲「簡単なのだとこのマ〇オパーティだな」
たえ「じゃあそれにしよう」
沙綾「わー、楽しみだなぁ」
有咲「オッケー。俗に言う友情破壊ゲーだけど、まあ私たちの間の強固な仲を崩せるほどのもんじゃないだろ」
たえ「有咲、コントローラー4つも持ってるんだ」
有咲「最大4人まで同時に遊べるからな。昔父さんが妙に張り切って買って来たんだよ」
沙綾「同時に4人まで……」
たえ「ポピパのみんなでやったら1人あぶれちゃう……」
有咲「そんな悲しい顔すんなよ、2人とも……」
沙綾「もしそうなったら私が遠慮して……」
たえ「ダメだよ、沙綾はいつもそうやって自分を後回しにするんだから」
有咲「そーだそーだ。悪いが沙綾が遠慮するのは私も断固拒否だ」
たえ「だからここは私が……あ、でもみんなが楽しそうにゲームやってて、私だけ蚊帳の外だと……ぐす」
有咲「わ、な、泣くなおたえ! 大丈夫、大丈夫だから!」
沙綾「そ、そうだよ! ほら、笑って!」
たえ「うん……大丈夫、私はひとりでも頑張れる……」メソメソ
有咲「あー、ほら、アレだよ! 短い対戦ゲームでさ、負けた人が交代って遊び方も楽しいんだぞ! 横から茶々いれたりしてさ! そういうのがやっぱ醍醐味だろ!?」
たえ「……あ、そうかも」
有咲「な? みんなのプレイを横から見つつ、色々口出しするのって楽しいだろ?」
たえ「うん!」
沙綾「確かにそうだね。そういうのもなんだか楽しそうだし、今度はみんなでお泊り会だね!」
有咲「ああ! ウチならいつだってオッケーだからな!」
……………………
――翌日 花咲川女子学園・中庭――
有咲「……って感じで、おたえと沙綾は昨日ウチに泊っていったんだよ」
戸山香澄「えー! いいなぁー!」
牛込りみ「すごく楽しそうだね」
たえ「うん、楽しかった」
沙綾「白熱したね、スターの奪い合い」
有咲「もうアレだ、テ〇サの使用は淑女協定により禁止だ」
香澄「有咲たちだけずるい! 私もお泊り会したいー!」
有咲「別に香澄もりみも、いつでも来ていいぞ」
りみ「え、いいの?」
有咲「ああ」
香澄「じゃあ今日行く!」
有咲「ウェルカム!」
香澄「やったーっ!」
りみ「……なんだか今日の有咲ちゃん、いつもよりも素直っていうか明るいっていうか……」
沙綾「そうかな? いつもあんな感じだったと思うけど」
たえ「うん。リアルパン屋さんごっこの時もずっとニコニコしてたし」
りみ「リアルパン屋さんごっこ?」
沙綾「昨日ウチでね、おたえと有咲にお店手伝って貰ったんだ」
たえ「お揃いのエプロン着れて楽しかった。賄いのパンも美味しかったなぁ」
りみ「わぁ、いいなぁ。私も沙綾ちゃんのところで働いてみたいな」
沙綾「りみりんならいつでもウェルカムだよ」
りみ「本当? じゃあ今度お邪魔するね」
たえ「あ、そうだ」
香澄「おたえ? どうかした?」
たえ「てってれてっててーててー♪ ぽんこつ光線銃~♪」スチャ
香澄「わぁ、おもちゃの銃だ」
りみ「どうしたの、それ?」
たえ「こころに貰ったんだ。撃たれるとしあわせになれる、ぽんこつ光線銃だよ」
りみ「撃たれるとしあわせに……?」
有咲「効果なかったけどなーそれ」
沙綾「うん。撃たれた気、全然しなかったし」
たえ「だから私はこれをぽんこつ光線銃と呼ぶようになった。せっかくだから香澄とりみにも撃ってあげるよ」
りみ「え、私、撃たれちゃうの?」
有咲「あー、平気だよりみ。それ本当にただのおもちゃだから」
沙綾「そうそう。だけどさ、こういうのってなんか楽しい気持ちになるよ」
たえ「えい」カチャ、カチャカチャカチャ
香澄「きゃーっ、うーたーれーたー!」
りみ「きゃ……あれ? 今、本当に撃ったの?」
たえ「うん」
沙綾「さりげに私と有咲まで撃ったね」
有咲「まったく、おたえはしょうがねーなぁー」
たえ「どう?」
香澄「うーん、特になにも変わんないや!」
りみ「いつも通り……だね」キメ顔
有咲「お、蘭ちゃんのモノマネ」
りみ「えへへ、上手になったでしょ?」
有咲「うまいうまい」
たえ「あ、有咲、お弁当のからあげちょっとちょうだい」
有咲「ただではやれねーな」
たえ「そっか……じゃあ仕方ない」ガシ
沙綾「うん? どうしたの、おたえ。急に私の肩を抱いて……」
たえ「沙綾が惜しければ、からあげをこちらへ渡して」スチャ
有咲「なっ、卑怯だぞおたえ!」
香澄「おたえ! 正気に戻ってぇー!」
りみ「その光線銃を捨てて投降してくださいっ」
たえ「それは出来ない。私が沙綾を開放する条件はからあげのみ」
沙綾「み、みんな……私のことはいいから……早く逃げて……!」
有咲「くそっ、どうすればいいんだ……!」
香澄「ここは私のミートボールで……!」つミートボール
たえ「いただきまーす。あむ……美味しい。でもからあげがないと沙綾は解放しない」
りみ「そんな……このままじゃあ沙綾ちゃんが撃たれてまう! そんなことになったら!」
たえ「しあわせ光線銃だからね。きっとしあわせになっちゃうよ」
沙綾「くっ……おたえ、どうして!」
たえ「前々からずっと思ってた。沙綾にはしあわせになってもらいたいって」
有咲「だからってお前!」
たえ「ふふ、大丈夫だよ。沙綾は責任を持って、私がしあわせにするから」
有咲「くそ、背に腹は変えらんねー。ここはからあげを差し出すしかない……!」
りみ「やけど有咲ちゃん、それは朝からずーっと楽しみにしとったって言うたやない!」
有咲「いいんだ。それで沙綾が助かるなら……安いもんだ」
香澄「あ、有咲……」
沙綾「……ごめん、ごめんね、有咲……」
たえ「それでいいんだよ。さあ、からあげをこっちに」
有咲「くれてやるよ、こんちくしょう。そら、あーん」つカラアゲ
たえ「あー……」
沙綾「させない! あむっ」
たえ「……え」
沙綾「からあげのせいでこんなことになるなら、私がからあげを食べちゃえばいいんだよ」
沙綾「これでもう争う必要なんてないはずだよ。からあげ美味しかったし」
たえ「…………」
有咲「おたえ?」
りみ「どないしたん?」
たえ「からあげ……ぐす」
香澄「わ、わぁー! 泣かないでおたえ! 私の卵焼きもあげるから!」
沙綾「ご、ごめんね、そこまで食べたかったなんて思わなかったから! ほら、私のハムカツもあげるよ!」
有咲「またばーちゃんに言って作ってもらうから! 今日のところはこのハンバーグで、な!?」
りみ「え、えっと、私のお弁当にはお肉ないから……デザートのチョココロネあげるね!」
たえ「うん……みんな、ごめんね。ありがとう……」
有咲「いいっていいって! 気にすんなよ」
香澄「あ!」
りみ「どうしたの、香澄ちゃん」
香澄「なんか急にドロケイやりたくなった!」
沙綾「あー、人質ごっこしたもんね」
たえ「それじゃあ放課後、公園でやろう」
有咲「おう!」
りみ「うんっ」
香澄「わーい!」
沙綾「了解。って、ヤバっ! 昼休みあと10分しかない!」
香澄「急いでお弁当食べちゃお!」
……………………
――夜 有咲の部屋――
沙綾「はぁー、あんなに走ったの久しぶりだったなぁ」
有咲「なー。白熱したなぁ、ドロケイ」
沙綾「いつの間にか公園にいた小学生たちも参加してたしね」
有咲「その後のロックんとこの銭湯も気持ちよかったな」
沙綾「うん。有咲のおばあちゃんのご飯も美味しかったよ」
有咲「で、その反動がアレか」
たえ「2日連続お泊り~」ゴロゴロ
香澄「みんなでお泊り~」ゴロゴロ
りみ「食後のチョココロネ~」モグモグ
沙綾「布団の上で超くつろいでるね」
有咲「ったくもう……おい、お前ら!」
香澄「はーいー?」ゴロゴロ
たえ「なーにー?」ゴロゴロ
りみ「チョココロネおいしい」モグモグ
有咲「私も混ぜろー」
香澄「へい、かもーん」
たえ「今なら私と香澄の間にご招待」
有咲「お邪魔しまーす」
沙綾「私もー」
りみ「ごちそうさまでした。あ、私も」
沙綾「りみりーん、食べた後すぐに横になったらダメだよー」ゴロゴロ
有咲「そーだそーだー。牛になっちまうぞー」ゴロゴロ
りみ「大丈夫やー、ウチの名字牛込やしー」ゴロゴロ
たえ「私はうさぎになりたーい」ゴロゴロ
香澄「じゃあ私は星になるー」ゴロゴロ
沙綾「…………」
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「…………」
香澄「……ぷっ、ふ、ふふふ……!」
沙綾「ちょっと香澄ー、ふふ、なんで急に笑うのさー」
有咲「そういう沙綾も笑ってるぞー、くくっ」
たえ「わっはっは~」
りみ「あはっ、もー、みんな笑っとるやんけー」
香澄「いやー、なんだろうねこの空気」
沙綾「分かんない。謎。めっちゃ謎」
りみ「けどこの謎の空気最高やー」
有咲「それなー」
たえ「分かるー」
香澄「有咲たちがゲームで遊んでたーって聞いて私もやってみたかったけど……今はずーっとこうしてたーい」
りみ「めっちゃ分かる~」
沙綾「こういうのもいいんじゃないかなぁー」
たえ「うん、いいと思うー」
有咲「だなー。ゲームやら漫画なんかはいつだってウチに来てくれればいいかんなー」
香澄「やったーっ。じゃあ今日は思う存分ゴロゴロしよーっと」
沙綾「あー……ふふっ」
りみ「沙綾ちゃん、どうしたん?」
沙綾「んー、なんかドロケイの牢屋の攻防のこと思い出した」
香澄「牢屋の攻防……ああ、おたえが捕まえた人全員解放した時の」
有咲「あれ反則だろ、折角私と沙綾でほとんど全員捕まえたのに」
りみ「まさかあの小学生の子が内通してたなんて思いもよらんかったわぁ」
たえ「あの子はオッちゃんを散歩させてる時によく会う子だからね。今度ウチでうさぎと遊ばない? って言ったらすぐに頷いてくれたんだ」
有咲「卑劣な手を使いやがって」
たえ「騙される方が悪いんだよー有咲ー」
沙綾「まぁその後すぐに私と有咲でおたえを捕まえたけどね」
有咲「泥棒を全員脱獄させるなんて前代未聞の大悪党だからな。沙綾のシュシュで両手を拘束するのもやむなし」
りみ「囚われのお姫様みたいやったねぇ」
香澄「おたえを助けなくちゃ! って救出しに行ったけど、全員捕まっちゃったね」
たえ「私を人質にするなんて酷い警察だ」
有咲「お前ら泥棒の蛮行でどれだけの市民が怯え、涙を流し暮らしているか、想像したことがあるかぁー」
沙綾「庶民は愛するものを失う恐怖で夜も眠れないー」
りみ「正論やめーやー」
香澄「ふわぁ~……」
たえ「……ふあぁ……」
有咲「でかいあくびだなぁ」
香澄「あはは、なんかすごく眠くて」
たえ「昼間、あんなに走り回ってたからしょうがない」
りみ「確かに……時間はまだ夜の9時過ぎやけど、眠いなぁ」
有咲「もう寝ちまうかぁ」
沙綾「そうだね。いい子はもう眠る時間だよ」
香澄「んー……」
りみ「香澄ちゃん、もう半分夢の中におるみたい」
有咲「よーし、そんじゃ電気消すぞー」
たえ「はーい」
沙綾「はーい」
りみ「はーい」
香澄「んー」
有咲「よっこらせ」カチッ
たえ「真っ暗だー……」
りみ「んー……えへへ」ゴソゴソ
沙綾「どしたのりみりん?」
りみ「お風呂上りのお布団の感触、好きなんよ」
有咲「分かりみに溢れる」
りみ「柔らかくてスベスベな感触が心地いいわぁー」
沙綾「分かる分かる。気持ちいいよねぇ……」
りみ「うん……」
たえ「……すー、すー……」
香澄「くー……」
有咲「香澄とおたえは寝るの早いなぁー」
りみ「私も眠い……」
沙綾「私も……。でも、こういう時ってなんか……寝るのもったいないって思っちゃうよね」
有咲「あー、それな。そう思うほど眠くなるやつ」
沙綾「それそれ」
りみ「んー……むにゃ」
沙綾「りみりんももう夢の世界かな」
有咲「沙綾もさっさと寝ちまえよ」
沙綾「うん。でもやっぱなんか、ね。楽しかった一日って終わらせたくないよねって」
有咲「まぁな。けど、いつだってみんなと遊べるし、ウチだっていつでも提供するし……まぁ、終わりと始まりで物語は進むってやつだよ。今日が終われば、また楽しい一日が始まるんだよ」
沙綾「流石名言bot」
有咲「よせやい」
沙綾「ふふ、でもそうだよね。あー……なんか安心したら超眠いや」
有咲「それなー……」
沙綾「有咲も寝ちゃいなよー……」
有咲「いや、なんかここまで来たら……アレだよ、アレ」
沙綾「……どうやら同じ気持ちみたいだね……」
有咲「やっぱりか……」
沙綾「もう勝負は……始まってるんだ……」
有咲「ああ……」
沙綾「先に……」
有咲「寝た方が負け……」
沙綾「一騎打ちだね……」
有咲「へへ……私はホームだからな……地の利がある……」
沙綾「どうかな……自分の家の方が安心して寝ちゃうんじゃないかな……」
有咲「なんの……」
沙綾「……ねーんねーん……ころーりーやー……おころーりーやー……」
有咲「ちょー……子守歌は反則……だろ……」
沙綾「ぼうやーはー……よいこーだー……ねんねーしーなー……」
有咲「…………」
沙綾「……また勝ってしまった……敗北がしりたい……」
有咲「ね……ねてねーし……」
沙綾「むりせずに……寝ちゃいなよ……」
有咲「むりしてねー……だいじょうぶだよ……パンはパンでも、それはパンナコッタだから……」
沙綾「ちがうよー……フライパンじゃないといけなかったんだよー……」
有咲「…………」
沙綾「…………」
有咲「……ぐぅ」
沙綾「……すー」
香澄「zzz……」
りみ「むにゃむにゃ……」
たえ「んー……えへ……しあわせ」
それから約18時間後、おたえ以外のしあわせ光線が解けていつものポピパに戻るのでしたとさ
おわり
後日談てきなやつ
――チュチュのスタジオ――
レイヤ「ドロケイがやりたい」
マスキング「……は? いきなりどうしたんだよ」
レイヤ「花ちゃんたちがすごく楽しそうにやってるのを見かけて、私もやりたくなったんだ」
マスキング「花園たちが?」
レイヤ「うん。公園でね、子供たちも混ぜて本気でドロケイしてた。そんなの見たら……ね?」
マスキング「『ね?』じゃねーよ。『マスキなら分かるでしょう?』って感じの信頼置くのやめてくれ」
レイヤ「マスキなら分かってくれると思ったのに……」
マスキング「……いや、まぁ、お前の言いたいことは分からないでもないけどな。でも流石に高校生にもなって全力でドロケイは……な? それに2人じゃできねーだろ?」
レイヤ「チュチュとパレオも誘うよ」
マスキング「パレオはともかくチュチュは絶対に無理だろ。今だってほら……」
チュチュ「……うーん、なんか違うのよね……もっとこう……」
マスキング「超真面目に作曲に没頭してるぞ、あいつ。流石に公園で遊ぼうなんて言っても頷かな――」
パレオ「その心配はありませんよっ、マスキさん!」ドアバァン
マスキング「うぉっ」
レイヤ「おはよう、パレオ」
パレオ「おはようございます♪」
マスキング「お前、もう少し静かに入って来いよ。びっくりしちまうだろ」
パレオ「すみません、楽しそうなお話が聞こえてきたのでつい……てへ☆」
マスキング「あざとく誤魔化すな。そんで……えーっと、なんか心配ないとかなんとか言ってなかったか?」
パレオ「はい! ご安心ください!」
マスキング「……アタシはそれに不安しか感じねーんだけど」
レイヤ「パレオがチュチュを説得してくれるの?」
パレオ「厳密に言うと違います。でも、必ずチュチュ様は頷いてくださるでしょう!」
マスキング「どうしてだよ」
パレオ「その秘密は……これです! とある知り合いの方から譲り受けた、この『しあわせ光線銃2』のおかげです!」
マスキング「なんだそのおもちゃの銃は……?」
パレオ「百聞は一見にしかず。では、チュチュ様~!」
チュチュ「……ん? ああ、全員揃ったのね。それじゃあ早速、今日も練習を始めましょう」
パレオ「えい♪」カチャ
マスキング「何のためらいもなく撃ちやがった」
パレオ「今です、レイヤさん!」
レイヤ「うん、分かった。ねぇチュチュ。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
チュチュ「なによ?」
レイヤ「今日、みんなで公園に行って、ドロケイやらない? 花ちゃんたちが楽しそうに遊んでるのを見てさ、私もやりたいって思ったんだ」
チュチュ「……はぁーっ? どーして私がPoppin'Partyと同じことしないといけないのよ!」
マスキング「……まぁ、そういう反応になるよな。効果ないみたいだぞ、パレ――」
チュチュ「公園で遊ぶのは賛成だけど、やるなら別のことにしましょう!」
マスキング「え」
レイヤ「別のこと……じゃあ、缶けりとか?」
チュチュ「What? なに、そのカンケリって?
パレオ「鬼ごっこの一種ですよ、チュチュ様。鬼役の人は缶を蹴られないように逃げる人たちを全員捕まえて、逃げる人たちは鬼に見つからないように缶を蹴るっていう遊びです」
チュチュ「……なるほど」
レイヤ「私は缶けり以外でもいいけど」
チュチュ「いいえ、いいじゃない。戦略性のある遊びは好きだもの」
パレオ「決まりですね♪ それじゃあ早速行きましょうっ」
チュチュ「そうだわ! ただやるだけじゃつまらないし、ここでPoppin'Partyとの因縁にもケリをつけてやるわ!」
レイヤ「缶けりだけに?」
チュチュ「Yes! カンケリだけに! あとであいつらも誘って真剣勝負するわよ!」
マスキング「えぇ……」
パレオ「マスキさんは不服ですか?」
マスキング「いや、不服っていうか、チュチュの変わりようが恐ろしいっていうか、その銃なんなんだよっていうか……」
パレオ「まぁまぁ、細かいことは言いっこなしです♪」
レイヤ「あ、でもチュチュ」
チュチュ「なによ? ハナゾノ相手だと戦えないって言うの?」
レイヤ「花ちゃんたちと真剣勝負するのは私も大賛成だよ。だけどさ、ほら、私たち4人だから……」
チュチュ「……確かにそうね。正々堂々戦うんだから、頭数は合わせないといけないわ。それに気を遣わせてあっちがひとりだけ見るだけになんてなったら……それは悲しいことだもの」
レイヤ「でしょ?」
チュチュ「どこかにいい人材はいないかしら」
レイヤ「私は伝手がないかなぁ」
パレオ「私もあんまり……ですねぇ」
チュチュ「仕方ないわね。それじゃあマスキング、頼んだわよ」
マスキング「……え、あ、ああ……」
マスキング(ここでアタシにお鉢が回ってくるのか……どうすっかなぁ)
パレオ「信じてますよ、マスキさん!」
レイヤ「マスキはやれば出来る子だからね」
マスキング「変な信頼置くの本当にやめろ。……あーでも、花園たちと遊ぶんだよな?」
チュチュ「No! これは遊びじゃないわ、Poppin'Partyとの真剣勝負なのよ!」
マスキング「お、おう。それじゃあウチで働いてる朝日でも連れてくるわ。あいつなら『ポピパ』って言えばきっと何も聞かずに頷くだろうから」
チュチュ「それでこそよ! 賞賛に値するわ、マスキング!」
パレオ「わー♪」パチパチパチパチ
レイヤ「流石だね、マスキ」
マスキング(褒められてるけどあんまり嬉しくねぇ……)
チュチュ「Strike while the iron is hot! さぁ、早速行くわよ!」
レイヤ「挑戦状叩きつけ 奪い返すまでさ~♪」
パレオ「勝利の旗を振れ~♪」
マスキング「……まぁいっか」
このあと行われたポピパ対RASの真剣勝負は夕陽が沈むまで続き、そのあとはみんなで仲良く旭湯に行きましたとさ
おわり
RASの神戸ライブの抽選を全て外した腹いせにポンコツと化した沙綾ちゃんを愛でる話を書いたつもりでしたが、気付いたら全然違う話になってました。不思議。
余談ですが、しあわせ光線と聞くと昔のRPGを思い出します。
氷川紗夜「しあわせ光線銃」
――花咲川女子学園 生徒会室――
氷川紗夜「……はぁ。どうしようかしらね、これ」
――ガラ
白金燐子「失礼します……。あ、氷川さん……こんにちは」
紗夜「ああ、白金さん。こんにちは」
燐子「……? どうしたんですか……その、机の上のおもちゃの銃は……」
紗夜「これは昼休みに、弦巻さんが校内に持ち込んでいたから没収したのよ。けど……」
燐子「けど……?」
弦巻こころ『あら? 紗夜、このしあわせ光線銃が欲しいのね? いいわよ、たくさんあるしひとつあげるわね!』
紗夜「……と言われたのよ」
燐子「しあわせ光線銃……ですか……?」
紗夜「ええ。そういうおもちゃが発売されているのかしらね」
燐子「そんな名前のものは……聞いたことがない、ですね……」
紗夜「そう……。はぁ……放課後には返すつもりだったのだけど、恐らく弦巻さんは受け取らないでしょうし……本当にどうしようかしら」
燐子「せっかくだし……貰っておけばいいんじゃないでしょうか……」
紗夜「そうは言っても使用用途が一切不明ですし……あっても仕方ないわよ」
燐子「……そうですね……」ヒョイ
紗夜「白金さん、そのおもちゃに興味がありますか?」
燐子「少し……こういうのを見るとちょっと持ってみたくなるんです……」
紗夜「ゲームの影響かしら」
燐子「かもしれないです……。なかなかディティールも凝ってて、よく出来てますね……」
燐子「引き金を引くと……何か出るのかな……えい」カチ
紗夜「……何も出ないわね。というか、何が出るのか分からないのに自分の掌に銃口を向けるのはどうかとも思うけれど……」
燐子「……つい好奇心に負けて」
紗夜「まぁ、何事もなくてよかった。やっぱりただのおもちゃでしたか」
燐子「ですね。わたしはこういうの、好きですけど」
紗夜「……?」
紗夜(なんだかいつもより、少しハキハキと喋っているような……)
燐子「氷川さん? どうかしました?」
紗夜「いえ、なにも」
燐子「あ、もう結構いい時間ですね。そろそろCiRCLEに行きましょうか」
紗夜「……そうね」
――CiRCLE スタジオ――
燐子「~♪」ポロンポロン~♪
今井リサ「なんだか今日の燐子はご機嫌だねぇ」
宇田川あこ「鼻歌歌いながら弾いててすっごく楽しそう!」
紗夜「…………」
湊友希那「紗夜? なんだか難しい顔をしているけど……何か気になることでもあるのかしら?」
紗夜「……いえ」
友希那「そう」
紗夜(あの銃を手にしてから白金さんの様子がおかしい、なんて言ってもしょうがないでしょうし……)
あこ「りんりん、何か良いことでもあったの?」
燐子「ううん、そういう訳じゃないんだ。でもなんだろう、今なら何でも出来るような気がしててね」
燐子「元気があれば何でも出来るってよく聞くけど、その言葉の意味がよく分かったなって気持ちなんだ」
リサ「へぇ~」
紗夜(根拠不明の全能感に気持ちの高揚……もしそれが先ほどの銃のせいだとしたら……)
紗夜「あの銃、相当危ないものなのでは……」
あこ「紗夜さん? 何か言いましたか?」
紗夜「いえ……」
リサ「燐子にしては珍しい心境の変化だね。でも良いことだと思うなぁ」
燐子「はい。笑顔でいれば大抵のことは乗り切れますし、何事も前向きに捉えるのが大事ですよね」
リサ「おー、なんだかこころみたいなこと言ってる」
紗夜(確かに言動が弦巻さんに近いものになっているわね)
紗夜(もしかしてあの銃、撃たれた人の頭をハローハッピーワールドにする代物なのではないかしら……)
あこ「あれ? りんりん、鞄から何か出てるよ?」
燐子「あ、それはね、弦巻さんが氷川さんにプレゼントしたしあわせ光線銃だよ」
あこ「しあわせ光線銃?」
燐子「うん。撃たれた人がしあわせになるおもちゃなんだって」
リサ「わー、それもすっごいハロハピっぽいおもちゃだねぇ」
あこ「へ~。りんりん、あこも持ってみていい?」
燐子「うん、いいよ」
あこ「わーい! ありがと、りんりん!」スチャ
あこ「おお、けっこう本格的だ!」
友希那「そうね。最近のおもちゃは良く出来ているのね」
燐子「はい、凝った作りものが多いですね。その分お値段もなかなかしますけど」
あこ「なんだかテンション上がっちゃうなぁ。ふっふっふ……我は流離の傭兵ガンマン、獲物は逃がさない! 狙い撃つぞー!」カチ
紗夜「あっ」
リサ「ん? どうかした?」
紗夜「……なんでも」
紗夜(今、確実に引き金を引いたわね。射線上には……湊さんが掠ってそうだけど)
あこ「流石に何も出てこないかぁ~」
燐子「うん。おもちゃだから」
あこ「でもこういうのってテンション上がるよね!」
燐子「分かる」
友希那「…………」
紗夜(どうなるのかしら……)
リサ(なんだか今日は紗夜も様子が変だなぁ)
友希那「……あこ。楽しいのは分かるけれど、今は練習中なのよ。そろそろ練習に戻りましょう」
あこ「はーい」
紗夜(……よかった、なんともない)
リサ「そだね。さて、次はどの曲やろっか?」
燐子「はい」
友希那「燐子、何か意見があるのね?」
燐子「はい。たまには、他のバンドのカバーをやってみたいです」
友希那「他のバンドのカバー……」
リサ「カバーって、アタシたちもたまにやってない?」
燐子「いえ、メジャーなバンドのカバーではなくて、ガルパのバンドのカバーです」
あこ「ポピパとかアフターグロウとかの?」
燐子「うん」
リサ「うーん、そんな急に言われても……」
紗夜「試みとしては面白いかもしれないけれど、それよりも自分たちの音楽を磨く方が大切だと私は思うわ」
友希那「……いえ、やってみましょう」
紗夜「湊さん?」
友希那「何事も挑戦よ。私たちの音楽には私たちの色があるのは間違いないけれど、その色ばかりを突き詰めていては、それが澄んでいくのか濁っていくのか分からなくなってしまうかもしれない」
友希那「たまには他のバンドの色を奏でて、自分たちの立っている場所を、奏でている音を、多角的に確かめることもきっと大切なことよ」
友希那「燐子もそう言いたかったのよね?」
燐子「はい」
紗夜「……湊さんがそう言うのでしたら」
リサ「マジかぁ……けど、アタシそんな弾けないよ」
あこ「あこはおねーちゃんたちの曲だったらちょっとは叩けるかなぁ」
紗夜「……パステルパレット以外でしたら、なんとか」
友希那「パステルパレットの曲にしましょう」
紗夜「皆の話を聞いていましたか? パステルパレットは一番に候補から外れますよ?」
友希那「そこを敢えてやる。それが挑戦というものよ」
紗夜「…………」
友希那「紗夜の言いたいことも分かるわ。確かに私たちにはしゅわりん☆もA to Zも荷が重いかもしれない」
紗夜(そういうこと言っている訳ではないのですが)
友希那「だから、ルミナスを歌おうと思うの」
友希那「もちろん突発的な提案だから、楽器は弾けなくても当たり前。それなら私が歌うところを見て、気になったことや気付いたことを言ってくれればそれでいいわ」
リサ「え、友希那が歌ってるところを見てるだけでいいの?」
友希那「ええ。なんならコールを入れてくれても構わないわよ」
リサ「んー、そっか。それならアタシでも大丈夫だね」スッ
紗夜(その言葉は分かる)
紗夜(けど、どうして今井さんはさも当然のようにバッグからペンライトを取り出したのかしら。普段持ち歩いているのかしら。これが分からない)
あこ「じゃああこもリサ姉と一緒に友希那さんの歌を聞きますね!」
リサ「あこもペンライトいる? いっぱいあるから使っていいよ」
あこ「いるいるー!」
燐子「それじゃあわたしは伴奏しますね。簡単にでしたら弾けますから」
友希那「ええ。お願いするわ、燐子」
燐子「任せてください」
あこ「わー、リサ姉のペンライト、光らせると友希那さんの名前が浮かぶんだ」
リサ「うん。筒の中の柄はハンドメイドなんだ~。法被も持って来ればよかったよ」
友希那「照明は少し絞った方がいいかしら」
燐子「そうですね。せっかくなので雰囲気出しましょう」
紗夜(いま気付いたけれど、現状ツッコミが私しかいない。だけどツッコミきれないからもう黙っていよう)
友希那「……よし、こんなものね。それじゃあ……」
リサ「友希那ー!」ブンブン
あこ「友希那さーん、りんりーん」ブンブン
紗夜「…………」
友希那「声援、ありがとう。早速だけど聞いてもらうわよ。『もういちど ルミナス』」
リサ「きゃーっ!」
あこ「わーっ」
燐子「…………」~♪
紗夜(簡単に、という割にはほとんど原曲のまま弾いてるじゃないですか、白金さん……)
友希那「すれ違う温度 心がすり切れて痛い」
友希那「諦めて楽になれるのかな… きもちラビリンス」
紗夜(それはまさしく今の私の状況なのですが。想像以上にノリノリで振り付けを決めている湊さんにまったく着いていけないのですが)
友希那「遠くまで響く熱い想い」
友希那「繋ぐ」
リサ「きーみーとー!」
友希那「らしく」
リサ&あこ「翔ーけーてー!」
友希那「も一度…」
友希那&燐子「ルミナス」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「友希那さんもりんりんもカッコいー!」
紗夜「……はぁ」
―歌い終わって―
友希那「聞いてくれてありがとう」
リサ「友希那ーっ! 最高だよ――!!」
あこ「りんりーん!」
燐子「ありがとう、あこちゃん」ニコリ
友希那「ひとつ、ワガママを言ってもいいかしら」
リサ「なーにーっ!?」
あこ「なーにー?」
紗夜(今の今井さん、日菜がよく言う『パスパレのライブですごく気合入ったお客さん』の様子にそっくりね……)
紗夜(宇田川さんがその真似をしてるけど……止めないと教育上よろしくない気がしてならないわ)
友希那「今の私はアイドル。だから、アイドルらしいことをやってみたいのよ。という訳で……」
リサ「おー!?」
あこ「おー?」
友希那「私の掛け声の後に、続いて『友希那』って言ってくれないかしら」
リサ「いいよーっ!!」
あこ「いいよーっ」
友希那「ありがと」
友希那「それじゃあ……ロゼリアのボーカルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!」
友希那「クールでカッコいいアイドルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーんっ!」
友希那「頂点に狂い咲くのは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!!」
友希那「あなたの推しは?」
リサ「友希那――っ!!」
あこ「友希那さ――ん!!」
友希那「ありがとう」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「ふぅ――!」
紗夜(なんなのかしらね、この流れは……)
友希那「最後に……練習は?」
リサ&あこ&燐子「本番のように!」
紗夜「ちょ、」
友希那「本番は?」
リサ&あこ&燐子「練習のように!」
友希那「ふふ……流石ね、あなたたち」
紗夜「私の知らないところで何か打ち合わせでもしているんですか……?」
友希那「いいえ。でも、こう言えばきっとみんなはそう答えてくれると信じていたのよ」
リサ「これがキズナってやつだね!」
あこ「紗夜さんといえばこれだよね!」
燐子「氷川さんの名言ですから」
紗夜「…………」
紗夜(……顔が熱い……妙に気恥しい……これからはそれを言うのは控えよう……)
友希那「それにしても、やってみると意外と楽しいわね」
あこ「はい! リサ姉の真似してたらあこも楽しくなっちゃいました!」
リサ「あこは将来有望だね☆」
燐子「たまにはいいですね、こういうの」
紗夜(私はあまり良くないのだけど……というか、恐らくあの銃のせいの白金さんと湊さん……それと宇田川さんもそういう性格だからまだいいけれど……)
紗夜(今井さん……しらふよね……?)
……………………
――翌日早朝 公園――
紗夜「……あの、湊さん。もう一度言ってもらってもいいですか」
友希那「ええ、いいわよ。今日あなたたちをここに呼んだのは、缶けりをするためよ」
紗夜「聞き間違いじゃなかったのね……」
リサ「あー、だから動きやすい格好で公園に集合なのかぁー」
あこ「わぁー、缶けりするの1ヵ月ぶりだなぁー」
燐子「結構最近なんだね、あこちゃん」
あこ「うん! おねーちゃんとモカちん、それにひーちゃんと、ろっかにあすかでやったんだ!」
紗夜「どうして急に缶けりなんて……」
友希那「楽しそうだからよ」キッパリ
紗夜「……そう、ですか」
紗夜(そう断言されてしまうと何も言えないわ……)
紗夜(湊さんと白金さん、まだあの銃の効力が解けてないみたいね……)
友希那「ルールは……説明するまでもないわよね?」
リサ「ダイジョーブだよ~」
燐子「はい、わたしも大丈夫です」
あこ「ばっちぐーですよ!」
紗夜「……不承不承ながら」
友希那「よろしい。それじゃあ最初の鬼決めね。じゃんけんしましょう」
リサ「はーい」
あこ「じゃあじゃあ、音頭はあこが取りますよ!」
友希那「ええ、お願いするわね」
あこ「はい! それじゃあ、じゃーんけーん……ぽん!」
友希那<パー
リサ<パー
燐子<パー
あこ<パー
紗夜<グー
友希那「決まりね」
紗夜「……やっぱり何か打ち合わせしていませんか?」
友希那「偶然よ」
リサ「缶けりなんて久しぶりだな~」
あこ「あ、缶の周りに線ひきますね」
燐子「この輪の中に長時間いちゃダメだよってやつだね」
紗夜「はぁ……どうしてこんな……」
友希那「紗夜」
紗夜「なんでしょうか」
友希那「ロゼリアは何事にも全力よ。あなたもロゼリアの一員であるのだから、この缶けりに全力を尽くしなさい」
紗夜(普段なら頷けるけれど、内容が内容だから……うーん……)
友希那「……それともあれかしら。自信がないのかしら」
紗夜「はい?」
友希那「紗夜が鬼としてみんなを捕まえる自信がこれっぽっちもないのなら、最初の鬼を変わってあげてもいいわよ」
紗夜「…………」
友希那「そうよね。誰も捕まえられず、ずっと鬼をやってるんじゃつまらないものね。仕方ないわ。そういう気配りもリーダーとしての責務だもの」
紗夜「随分と安っぽい挑発を投げかけるんですね」
友希那「挑発? ふふ、違うわよ。リーダーとして、そして友人としての気遣いよ。別に、あなたを焚きつけようだなんて気持ちはちょっとくらいしかないわよ」
友希那「みんなが楽しんで笑顔になれることが、この缶けりの目的だもの。紗夜だけがずっと、ずーっと鬼だなんて、見過ごせないわ」
紗夜「……そうですか」
友希那「さ、それじゃあ最初の鬼は私が」
紗夜「結構です」
友希那「あら、いいの?」
紗夜「そういう気遣いはいりません。やるからには全力……それが私たちの流儀だと言ったのは湊さんです」
紗夜「絶対に、一度で、全員を捕まえて見せますから」
友希那「そう。それは楽しみね」
紗夜(我ながらどうかと思う。高校三年生にもなって、缶けりに全力だなんて)
紗夜(だけど……あそこまで言われて『はいそうですか』と引き下がれるほど私は大人でもないようだ)
紗夜(もうああだこうだと考えるのはやめだ。見得を切った以上、絶対に一度で全員を捕まえる……!)
あこ「こんな感じかな」
リサ「これだとちょっと大きすぎない?」
あこ「そうかなぁ」
燐子「氷川さん、どう思いますか?」
紗夜「それで構わないわ。どんな大きさであろうと、関係ない。私は私の全力を尽くすだけだから」
リサ「おー」
燐子「氷川さんが赤く燃えている……」
友希那「それじゃあ始めましょうか」
あこ「あ、あこが最初の蹴りやりたいです!」
友希那「いいわよ。紗夜が困惑するくらい思いっきりかっ飛ばしなさい」
紗夜「望むところよ。遠慮はいらないわ、宇田川さん。全力で蹴りなさい」
あこ「はーい! それじゃあ……我が右足に宿りし闇の力よ……えーっと、なんかこう、すごい力で……えいやー!!」カーン
……………………
紗夜「……サークルの中央に缶を置いて……と。これでいいわね」
紗夜(宇田川さんが蹴り飛ばした缶を取りに行く間にも、各々がどの辺りへ駆けていくかは目で追っていた)
紗夜(白金さんと宇田川さんは公園の入り口の方へ、湊さんと今井さんはその真逆の方へ)
紗夜(挟み撃ちするつもりかしらね。昨日から異様に息があっていたし、その上でスマホで連絡を取り合って仕掛けてくるかもしれないわ)
紗夜(だとするならば、まずは敵方の頭数を減らすのが得策。一番与しやすい相手は……)
奥沢美咲「はぁ……はぁ……あーっ、見つけた……」
紗夜「おや……奥沢さん」
美咲「どうも、紗夜先輩……はぁ、はぁ……」
紗夜「こんにちは」
美咲「すいません、いきなりなんですが……昨日こころが変な銃を渡しませんでしたか?」
紗夜「ええ。没収したら、そのままあげると言われたわね」
美咲「あーやっぱり……ごめんなさい、あの銃、実はかなりヤバいものでして……」
紗夜「知っているわ。だからこそこうなったんだから」
美咲「えっ!? ま、まさか使っちゃったんですか!?」
紗夜「白金さんと湊さんが餌食になったわ」
美咲「うわー、マジかぁー……あの、それで――」
紗夜「でも、今はそんなことは関係ない」
美咲「は、はい?」
紗夜「今ここにあるのは、ただ純然たる勝負のみ。私が勝つか、湊さんたちが勝つか……ふたつにひとつよ」
美咲(うわぁ、なんだか今日の紗夜先輩、めちゃくちゃ燃えてる……)
―友希那サイド―
燐子<<知ってるか? エースは3つに分けられる。強さを求める奴。プライドに生きる奴。戦況を読める奴。この3つだ>>
リサ<<急にどしたの、燐子?>>
燐子<<今日のわたしは片羽の妖精……TACネームは“ピクシー”です>>
あこ<<わー、カッコイイ! りんりん、あこもあだ名みたいなの欲しい!>>
燐子<<あこちゃんに似合いそうなの……うーん、そうしたら“ブレイズ”とか?>>
あこ<<おーっ、響きが強そう!>>
友希那<<私にもそういう二つ名みたいなものが欲しいわね>>
燐子<<友希那さんは“オメガ11”ですね>>
友希那<<カッコいい響きね>>
燐子<<はい。一部界隈で大人気です>>
リサ<<おーい、作戦会議じゃないのー?>>
燐子<<あ、ごめんなさい。つい>>
友希那<<じゃあ、どうやって紗夜を攻め落とそうかしら>>
あこ<<みんなで一斉にドーン! っていうのはどうですか?>>
リサ<<うーん……悪くはないけど紗夜なら落ち着いて対処しそうだよねぇ>>
燐子<<そうですね。わたし相手なら一斉突撃も有効ですけど、氷川さんは動じずにみんなを捕まえるでしょう>>
あこ<<そっかぁー>>
友希那<<となると、紗夜の隙を作ってそこを突くしかないわね>>
リサ<<隙、作れるかな?>>
燐子<<“トリガー”の言う通り、それもなかなか難しいでしょうね>>
友希那<<じゃあこういうのはどうかしら>>
リサ<<……ん? トリガーってもしかしてアタシのこと?>>
―紗夜サイド―
紗夜(連絡を取り合っているとなると、必ず連携して缶を狙いにくる)
紗夜(この広場には遮蔽物も少ないから、数の有利を頼りに一斉に突っ込んできてくれれば全員を簡単に捕まえられるけど……流石にそれはないでしょう)
紗夜(そうなると、運動神経のいい今井さんと宇田川さんをメインに、湊さんと白金さんはそのサポートに回るはず)
紗夜(であれば、一番に宇田川さんを狙うのが得策ね。公園入口に意識を向けて……)
美咲(うわぁ、めっちゃ真剣な顔で何か考えてる……)
美咲(銃の回収だけしようと思ってたけど、なんか帰るタイミング逃しちゃったよ……)
紗夜(宇田川さんが描いたサークルは半径がおおよそ3歩半ほどのもの)
紗夜(足の速さは……恐らく今井さんと宇田川さんのツートップ、次いで私、湊さん、白金さんの順ね)
紗夜(湊さんと白金さんなら多少不意を打たれても私の足で取り戻せる)
紗夜(それから、こういう場面でいの一番に動きたがるのは宇田川さんだ)
紗夜(まだあちらに数の有利がある上に、開戦直後。意識の隙間を突く絶好のチャンス……利用しない手はない)
紗夜(……よし、缶からゆっくり離れて誘い出そう)スタ、スタ、スタ
美咲(缶けり、ってさっき言ってたっけ。ロゼリアが缶けりって、一番しそうにないよなぁ)
美咲(これもこころのしあわせ光線銃のせいか……本当にごめんなさい、紗夜先輩)
紗夜(正確な足の速さは分からないけど、10メートルくらいであれば私の足でも問題なく缶まで間に合うはずだわ)スタ、スタ...
紗夜(さぁ、動きなさい……焦れてアクションを起こしなさい……)
入り口近くの茂み<ガサガサッ
紗夜(よし、かかった!)
紗夜「宇田川さん、見つけたわよ」
あこ「うそぉー!?」ガサッ
燐子「あ、あこちゃん、立っちゃダメ!」
紗夜「ええ、嘘よ。今見つけたわ」ダッ
あこ「え、ちょ、えぇ――!?」
紗夜「宇田川さん、みーつけた」カン
あこ「うぅぅ……紗夜さーん……ひきょーですよぉー」トボトボ
紗夜「これは戦争よ。兵は詭道なり、騙される方が悪いの」
あこ「本気だ……紗夜さんが本気の目で言ってる……」
紗夜「さぁ、大人しくそこのベンチで奥沢さんと一緒に観戦していなさい」
あこ「はーい……」
美咲「…………」
美咲(……紗夜先輩、意外と大人げないなー……)
あこ<<ごめんなさい、やられちゃいましたー……>>
【宇田川あこが退室しました】
燐子<<ラーズグリーズは我々ではなく、奴らのことだったのか……>>
リサ<<いや……えぇ……流石に大人げないっていうか、なんていうか……>>
友希那<<それだけ紗夜も本気ということね>>
リサ<<いやいやっ、本気過ぎるでしょ!?>>
友希那<<ロゼリアは何事にも全力よ>>
燐子<<ブレイズが捕まっちゃいましたし、作戦はどうしましょうか?>>
リサ<<うーん、あの本気の紗夜を相手にするのは大変だけど、当初の予定通りでいいんじゃない?>>
燐子<<わたしとオメガ11で陽動して、トリガーで缶を狙いに行く……ですか>>
友希那<<それはやめましょう>>
リサ<<え、どうして?>>
友希那<<紗夜のあの動き、きっと私たちの作戦を見越してのモノよ>>
燐子<<そうですね……まるでブレイズを誘うように、ゆっくり動いていましたね>>
リサ<<確かに……>>
友希那<<多分、各々の足の速さも考慮しているのでしょう>>
友希那<<だから、次の作戦は……>>
紗夜(さて……敵方の戦力は削れた)
紗夜(けれど、これで私が本気だということは十二分あちらに伝わってしまった)
紗夜(全員慎重に動くだろうし、もう今みたいな隙を突くことは難しい)
あこ「みさきちゃん、休みの日に公園で会うなんて珍しいね。どうしたの?」
美咲「あーうん、ちょっとね。昨日、こころが変な銃を渡したと思うんだけど、その回収に来たんだよ。……今はそれどころじゃないっぽいけど」
あこ「ああ、りんりんが持ってたやつ!」
美咲「今は燐子先輩が持ってるんだ。ちょーっとね、あれ、野放しにしておくとヤバいやつだからさ……」
紗夜(3対1。数の上では不利。そして身体能力に関しても、今井さんの方が一段上だろうことは疑いようはない)
紗夜(であれば、今井さんをメインに据えてこちらを攻略しにかかるはず……)
紗夜(幸い入り口方面と比べて、湊さんと今井さんが隠れた方角には隠れられる場所が少ない。缶から遠く離れたとしても、出し抜かれる可能性は低い)
紗夜(今井さんは無理だとしても、最悪どうにか湊さんを捕まえることが出来ればようやく五分五分といったところかしら)
紗夜「とにかく、動いてみましょう」スタスタ
あこ「あ、紗夜さん、今度は友希那さんたちの方に行くんだ」
美咲「隠れてる場所知ってるの?」
あこ「うん。メッセージアプリでチャットルーム作って作戦会議してるから」
美咲「缶けりにそこまでするんだ……」
あこ「でもね、捕まっちゃったら退室することになってるんだ。万が一にも作戦が漏れないようにーって」
美咲「うわー、紗夜先輩だけじゃなくて湊さんたちも超本気じゃん、それ」
あこ「『ロゼリアは何事にも全力よ。それに、遊ぶなら本気で遊んだほうが楽しいじゃない』って友希那さんが言ってた。りんりんもすごい頷いてたなぁ~」
美咲(湊さんと燐子先輩、完全に頭がハロハピになっちゃってるね……)
紗夜(缶から離れて15歩。この辺りが私の限界だとは思うけれど……何も反応がないわね)
紗夜(白金さんの方は……)チラ
紗夜(……あっちも何も動きがなさそうだわ)
紗夜(そうなると、やっぱりもう少し踏み込まないといけないわね。どうしようかしら……)
紗夜(膠着状態になってジリジリ詰められれば、こちらがどんどん不利になっていく。やはりここは一気に……)スタスタ...
友希那<<紗夜が動いたわね>>
リサ<<それじゃあ作戦開始だね>>
燐子<<幸運を祈る>>
紗夜(……いや、少し引っかかる)
紗夜(おかしい。どう考えてもおかしい)
紗夜(普段の湊さんならともかく、今の湊さんは少なからず頭の中にハローハッピーワールドが広がっている)
紗夜(そんな彼女がただ待ちに徹することがあるだろうか)
紗夜(『楽しそうだから』で缶けりをしだした彼女が、勝つ見込みが一番高いとはいえ、ただただ待つだけという作戦をとるだろうか)
紗夜(それはないだろう。そんな戦い方は楽しくない、と考えるはず。待つにしても、何かしら私を引っかける策を弄しているはずだ)
紗夜(缶からは大分離れた。それなのに、湊さんも今井さんも動く気配がまったくない)
紗夜(ということは……)スタスタ、スタ...バッ
燐子「あ」
紗夜(やっぱり、こちらが囮!)ダッ
燐子「き、気付かれちゃった……っ」ダッ
紗夜(彼女はまだ茂みから出てきたばかり。距離も私の方が近い。大丈夫だ、慌てなければ確実に間に合う)
燐子「ひ、氷川さん、速い……!」
紗夜(案の定、だ。白金さんは私よりもずっと足が遅い。気付かれないようにこっそりと缶に向かうつもりだったのだろうけれど、早めに気付いてしまえば……)
紗夜「白金さん、みーつけた」カン
燐子「はぁ、はぁ……やっぱり無理だった……」
紗夜(……よし、これで残り半分だ)
燐子<<ヽ(0w0)ノ エンゲージ>>
燐子<<ヽ(0w0)ノ イジェークト>>
【白金燐子が退室しました】
リサ<<ああ、燐子がやられた……>>
友希那<<あなたのことは忘れないわ、ピクシー>>
友希那<<それにしても、流石紗夜ね。私たちの作戦に気付くなんて>>
リサ<<だね。途中までは上手くいってたのに>>
友希那<<どうしてバレたのかしらね>>
リサ<<うーん、こっちがあんまり動かな過ぎたから、とか?>>
リサ<<やっぱりこっちからも何か動いた方がよかったんじゃない?>>
友希那<<……それは過ぎたことだし、気にしても仕方ないわね>>
友希那<<あちらの2人が捕まった以上、これからは私とリサでなんとかしないと>>
リサ<<うん>>
リサ<<ていうか、アタシたちだけならもうこの作戦会議の部屋いらなくない?>>
友希那<<そっちの方が気分が出るわ。だから必要よ>>
リサ<<まぁ……友希那がそう言うなら>>
美咲「あの、燐子先輩……大丈夫ですか?」
燐子「交戦規定はただ一つ、“生き残れ”。どうやらわたしも片羽の妖精にはなれないみたいです」
美咲(なに言ってるのか全然分かんない……これ重症だよ……)
あこ「紗夜さん、りんりんに気付くの早かったね」
燐子「友希那さんたちがもう少し気を引いてくれたらよかったんだけどね。あの氷川さん相手じゃ分が悪かったかな」
紗夜(さて、残りは湊さんと今井さん)
紗夜(公園入り口側の2人はもう捕まえたし、湊さんたちの方から入り口側に回るには隠れられる場所が少なすぎる)
紗夜(これで気にする方向は一方だけで大丈夫、だけど……)
紗夜「問題は今井さんね」
燐子「トリガーとオメガ11はどう動くかな」
美咲「トリガー? オメガ11?」
あこ「友希那さんとリサ姉のコードネーム! あこはブレイズでりんりんはピクシーなんだ!」
燐子「正確にはTACネームとコールサインだよ。……さっきのアレ的にわたしの方がオメガ11な気がするけど」
美咲「あ、はい」
美咲(本当になに言ってるのか全然理解できないよ)
美咲(口下手だけど理路整然としてる燐子先輩すらもこうなっちゃうのか……)
紗夜(去年の夏のプールのことなんかを加味するに、湊さんは恐らく身体能力でどうにか出来る)
紗夜(それに、あれでなかなか熱くなりやすい性格をしているから、挑発すればきっと真っ向勝負に応じてくれるだろう)
紗夜(けれど今井さんには挑発も効かない。傍に湊さんがいる限り必ず彼女の言うことに従うだろう)
紗夜「……仕方ない」
紗夜(この手だけは使いたくなかったけれど、こうするより他ないわ)スッ
リサ<<さて、どうしよっか?>>
友希那<<こうなっては仕方ないわね。二手に別れて、私が紗夜の気を引く>>
リサ<<りょーかい。それじゃ、アタシは右手の方に行くね>>
友希那<<ええ。健闘を祈るわ>>
紗夜「…………」スッ、スッ
あこ「紗夜さん、さっきからスマホ取り出して……何してるんだろう?」
燐子「応援を呼んでる、とか?」
美咲「応援って、日菜さんでも呼んでるんですかね」
燐子「どうでしょう。氷川さんの場合、この場で妹さんに頼るくらいなら捨て身の特攻に殉じそうですけど」
美咲「捨て身の特攻って……」
紗夜「……よし、送信」ポチ
紗夜(あとは今井さん次第ね)
リサ「……ん? 紗夜からメッセージ?」
紗夜<<折り入って話があります>>
紗夜<<先日、私は湊さんと共に、アニマルセラピーの研究のためにわんニャン王国へ行きました>>
紗夜<<その時の写真がこちらです>>
【友希那さんが満面の笑みで子猫を抱っこしてる写真】
リサ「……へぇ」
リサ<<要求は何?>>
紗夜<<話が早くて助かるわ>>
リサ<<いい写真を貰っておいてなんだけど、友希那を裏切れとかは聞けないよ>>
紗夜<<それは私も重々承知の上よ>>
紗夜<<私の要求は、ただ真っ向勝負をして欲しいということだけ>>
リサ<<真っ向勝負、ねぇ>>
紗夜<<もちろんタダとは言わないわ。まだまだ私のフォルダーには、湊さんが猫と戯れる写真や、帰りのバスの中で疲れて眠っている写真が入っているのよ>>
リサ<<やっぱりロゼリアは何事にも全力だよね。真っ向から堂々ぶつかるのが正しい在り方だよ>>
紗夜<<今井さんならそう言ってくれると信じていたわ>>
【友希那さんが猫を膝に抱いて優しい顔をしてる写真】
リサ「……ふむふむ、なるほど」
リサ<<で、具体的にはどうすればいい?>>
紗夜<<何も難しいことはありません。私の左前方の、比較的近い遊具。そこから私と真っ向勝負してくれれば問題ありません>>
リサ<<オッケー☆>>
リサ<<ところで、寝顔は?>>
紗夜<<勝負が終わってから、どちらが勝ったとか負けたとか関係なしに、あなたに送ります>>
リサ<<了解だよ>>
友希那<<リサ、そっちはどうかしら>>
友希那<<……リサ? 応答がないけど、どうしたの?>>
リサ<<友希那、アタシは……戦う理由を見つけた>>
友希那<<? 何を言ってるの、あなたは>>
リサ<<ごめんね>>
【今井リサが退室しました】
友希那「……?」
紗夜「…………」
燐子「氷川さん、スマホをしまってからずっと動きませんね」
あこ「何してたんだろう」
美咲(今日の紗夜先輩の様子からするに、何か変なことしてそうだなぁ)
紗夜「…………」
紗夜のスマホ<ブブ
紗夜(よし)スタスタスタ
紗夜(合図の連絡。これでいい。これで後は……10歩歩いてから、引き返すだけ)スタスタスタ
紗夜(それだけでいい。そうすれば、あの遊具の影から……)スタスタスタ
紗夜「…………」スタ
リサ「よっと!」
紗夜「来たわね、今井さん」ダッ
リサ「お望み通り、真っ向勝負だよ!」ダッ
紗夜「負けないわ」
リサ「こっちこそ」
紗夜(なんて、端からならそれなりにいい勝負に見えるこの競争)
紗夜(けれど既に彼女は買収済みだ)
紗夜(卑怯だなんだと人は私を嘲るかもしれない)
紗夜(だけど……)
紗夜「今井さん、みーつけた」カン
紗夜(所詮この世は弱肉強食。勝てば官軍、負ければ賊軍。多かれ少なかれ、常に歴史は勝者の都合の良い方へ改ざんされているのだ)
紗夜(だからこれも間違いなく正義なのだ)
リサ「あちゃー、負けちゃったかぁ~」
紗夜「なかなかいい勝負だったわよ、今井さん」
リサ「やー、紗夜って結構足速いね。流石弓道部」
紗夜「いえ、距離が同じならダンス部の今井さんには敵いませんでしたよ」
あこ「あー……。惜しかったなぁリサ姉」
燐子「なんだか初めて缶けりらしい競りを見たような気がする」
美咲(なんだろう。パッと見、爽やかないい勝負だったのに……妙なきな臭さを感じる)
紗夜(約束のものは後ほど)ヒソヒソ
リサ(ん、オッケー)ヒソヒソ
友希那<<……なるほど>>
友希那<<リサ、ああだこうだと策を考えるより、紗夜と真っ向から勝負がしたかったのね>>
友希那<<それがあなたの戦う理由なのね>>
友希那<<気付けばこの作戦会議室にも私ひとり、か>>
友希那<<…………>>
友希那<<もう作戦を考える必要もない。それなら、私も真っ向から向かうわ>>
友希那<<羽ばたこう、頂点の夢へと>>
【湊友希那が退室しました】
紗夜「さて、残りは湊さんひとりね」
紗夜(ここまで来てしまえばもう楽勝……と、言いたいけれど)
紗夜(油断してうっかり缶を蹴られてしまえば今までの苦労が全て水の泡になるわ)
紗夜(勝って兜の緒を締めよ、ね。まだ勝ってはいないのだから、なおさら気を引き締めなければ)
あこ「リサ姉、おしかったね!」
リサ「あの位置からなら勝てると思ったんだけどねぇ~。いやー、紗夜の足を甘く見てたよ」
燐子「氷川さん、すごく反応が早かったですね。まるでトリガーが飛び出してくるのを最初から分かってたみたいでした」
リサ「それだけ集中してたんだよ、きっと」
美咲(本当にそうだろうか……なんだか白々しいような雰囲気を感じる……)
紗夜「……おや、湊さんからのメッセージが」
友希那<<紗夜、最後の最後だわ。もう作戦も何もなしに、正々堂々と勝負しましょう>>
紗夜<<いいでしょう。受けて立ちます>>
友希那<<じゃあ……あなたから見て右手側、少し奥の茂み。そこから私は勝負をかけるわ>>
友希那<<あなたも同じくらいの距離を取ってくれないかしら>>
紗夜<<分かりました。おおよそ同じくらいの距離をとります>>
友希那<<最後だもの。いい勝負にしましょう>>
紗夜<<ええ、最後ですからね>>
紗夜「…………」スタスタスタ
燐子「あれ、氷川さん……オメガ11と反対の方に歩いていってる」
あこ「あ、本当だ。あっちはあこたちが隠れてた方だね」
リサ「んー……スマホ見てたし、友希那から勝負を持ちかけられたんじゃない?」
リサ「同じくらいの距離を取って、向かい合って正々堂々勝負! みたいな風に」
あこ「一騎打ちってやつだね!」
燐子「正面からの真っ向勝負……」
燐子(Fire away, coward! Come ooooon!)
美咲「燐子先輩、何か言いましたか?」
燐子「いえ、何も」
美咲「そうですか。あ、ていうかそれより……」
紗夜(右手側、少し奥の茂み。それと同じくらいの距離)スタスタ
紗夜(どの辺りがそれに相応しいだろうか)スタスタ
紗夜(まぁ、少しくらいは私が不利でも十分に取り返せるし、そこまで正確なものじゃなくていいでしょう)スタスタ
紗夜(……と、私に思わせるのが恐らく本当の目的)スタ、スタ...クル
友希那「この時を待っていたわ」ダッ
紗夜「やっぱり……!」ダッ
紗夜(振り返れば、本人が言っていた茂みよりも少し近くから飛び出してくる湊さんの姿)
紗夜(不意を突くように、合図も何もなく缶に駆け寄る姿)
紗夜(そんなことだろうと思ってたわよ!)タタタタ
友希那(ふふふ……額面通りに受け取るなんて、まだまだね)
友希那(不意は突いた。距離も私の方が近い。これなら勝てる……!)タッタッタ
紗夜(とかなんとか思ってそうだけれど、これも想定内)
紗夜(缶の位置も気付かれないようにこちら側にずらしておいたし、慌てなければ十分間に合う……!)
友希那(……? 紗夜、なんだか随分と落ち着いているわね)
友希那(まっすぐに缶に向かってきてるし……あれ? これ、間に合うかしら?)
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「……はぁ、はぁ」タッタッタ
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「ふぅ、ふぅ……!」タッタッタ
紗夜「……!」ダダダダダダ!
友希那(あ、これ無理だわ)
紗夜(勝ったわね)
紗夜「湊さん、みーつけた」カン
友希那「はぁ、はぁ……な、なかなかやるわね、紗夜……」
紗夜「ええ。正々堂々、真正面からの勝負でしたから。このくらい当然よ」
友希那「そ、そうね……正々堂々……だったものね……」
あこ「あーあ、みーんな捕まっちゃった」
リサ「流石だねぇ、紗夜」
燐子「あの銃でしたら家にあるので、月曜日に学校に持っていきますね」
美咲「ええ、すいません。お手数をおかけしますがお願いします」
紗夜「本気を出せば、一度で全員を捕まえることなんて他愛もなかったわね」フフン
友希那「悔しいけど私たちの完敗よ……」
リサ「アタシはまぁ……試合に負けて勝負に勝ったし」
あこ「あこなんて一番に捕まっちゃったしなぁ……卑怯な手を使うなんて、紗夜さんの悪魔ー」
燐子「ああいうのはな……『鬼神』って言うんだよ」
紗夜「さて、2回戦の鬼は湊さんにやってもらおうかしら」
友希那「ちょっと待って。こういう場合、一番に見つかったあこがやるものじゃないかしら」
紗夜「常識に囚われていてはいけないわ。ロゼリア式では鬼側が次の鬼を指名できる権利を持っているのよ」
友希那「初耳なんだけれど」
紗夜「いま私が決めましたから」
友希那「そのやり方では禍根を残すことになるわ」
紗夜「戦争とはそういうものです」
リサ(友希那が鬼……)
リサ(それはつまり、友希那がアタシを探し、追い求めるということ……なるほど)
リサ「アタシもロゼリア式に賛成かな」
友希那「リサまで……」
あこ「次もまた缶けり?」
燐子「わたしはもっとスニーキングミッションじみたもの……つまりかくれんぼがしたいな」
紗夜「ではそのようにしましょう。鬼は湊さんで、異議はないわよね?」
あこ「はーい!」
リサ「はーい!」
燐子「はい」
友希那「……仕方ないわね。見てなさい、開始3分で全員を見つけ出してあげるわ」
紗夜「それは楽しみね」
リサ「うん、すごく楽しみ」
美咲「…………」
美咲(あれぇ、銃で撃たれたの、湊さんと燐子先輩だけって言ってたよね?)
美咲(あこはともかく、紗夜先輩とリサさんって実は素面であれなのかなぁ……)
燐子「あ、奥沢さん」
美咲「は、はい? なんでしょう?」
燐子「折角だし、混ざっていきます?」
美咲「え?」
友希那「そうね。こういう遊びは大勢の方が楽しいものだし、それに偶数ならチーム分けをして遊べるもの。かくれんぼからは奥沢さんも加入ね」
美咲「え、えぇ……?」
あこ「よーし、一緒にがんばろーね、みさきちゃん!」
紗夜「奥沢さんは普段からミッシェルに入って鍛えられているものね。味方としても頼もしいし、敵としてもやりがいがあるわ」
美咲(あ、これもう断れない流れだ。ハロハピでよくあるやつだ)
友希那「さぁ、それじゃあ30秒ほど時間をあげるわ。目を瞑っててあげるから、各々好きな場所に隠れなさい。いーち、にーぃ、さーん……」
あこ「わ、わ! カウント早いですよ友希那さん!」
紗夜「湊さんが思いもよらない場所に隠れないといけないわね。そうなると……」
リサ(30秒目を瞑る友希那……いま写真撮ってもバレなさそう)カシャ
美咲「はぁー……本当にあの銃のせいで……もう封印しとかなくちゃだよ……」
その後、日が暮れるまでロゼリア+みーくんのごっこ遊びは続きましたとさ
おわり
前半はRAS神戸のチケットを一般で両日購入できた喜びで書きました。
後半はフィルムライブの先行上映で聞いたFIRE BIRDがとてもカッコよかったのでエースコンバットのネタを多用しました。バード繋がりですが、冷静に考えるとほとんど繋がってません。
そんな話でした。すいませんでした。
山吹沙綾「あい二乗」
窓を開けると、初夏の風がするりと部屋の中に忍び込んできた。
開け放たれたそこから商店街の通りを見下ろす。七月某日、平日の浅い正午の空気は気だるげに微睡んでいるみたいに思えた。
外の空気に向かって、私はほぅっとため息を吐き出す。今でこそやまぶきベーカリーも眠たげな雰囲気を纏っているけれど、あとちょっとしたらお昼ご飯を買い求める人が大勢訪れるだろう。
それを『大変だなぁ』とはもう思わない。気付けば今年の五月でもう二十五歳。四捨五入してしまえば三十歳。高校生の頃からずっと変わらないやまぶきベーカリーでの日々を過ごしているのだから、そういう忙しさも、悠々閑々の空気も、一日が終わる直前にふと訪れる焦燥に似た寂莫も、もう慣れたものだ。それに特別な感慨を抱くことはない。
だけど今日に限ってみれば、私の胸は微かに躍っていた。
その理由は……考えるまでもない。今日は、香澄と久しぶりに二人っきりでお酒でも飲みに行こうという約束があるからだ。
たったそれだけのことで、胸中が色々と言葉にし難い気持ちで満たされる。それは良いことなのか悪いことなのか、と考えてしまうけれど、答えの出そうにないその思考も『どうでもいいか』で片づける癖がついていた。
「……早く時間がすぎないかなぁ」
ポツリと呟いた言葉。もう一度窓から忍び込んできた、どことなくノスタルジックな匂いのする風がそれを掬って部屋に留まる。きっとここは『どうでもいいか』の吹き溜まりなんだろうな、なんて思った。
◆
待ち合わせ場所は新宿駅だった。
やまぶきベーカリーでの仕事を終わらせて、父さんに店を任せ、何十日ぶりかに顔を合わせる親友のために「ああでもない、こうでもない」なんて鏡と睨めっこしているうちに、家を出るのにちょうどいい時間になっていた。
西に傾き始めた太陽。それが作る影を踏みしめる。そうやって歩を進めていく。
目指すのは、東京さくらトラムの早稲田駅。いつから都電荒川線と呼ばなくなっただろうか、なんてどうでもいいことを考えているうちに、小さな路面電車のホームに辿り着く。
一両編成の電車に乗り込んで、大塚駅前で降りる。そこからぐるぐると都内を回る環状線に乗り換えた。
十五時過ぎの車内は空いていて、ちらほらと空席が見えたけど、私はつり革を掴んで車窓を流れていく街並みを眺めることにした。
大塚駅を出て、次に停車した池袋駅で大勢の人が降りて、それよりも大勢の人が電車に乗り込んでくる。その人の流れに乗って、私の近くに三人組の女子高生がやってきた。
その子たちが話す『最近の流行』とか『このアイドルが可愛い』とか『誰ちゃんが誰くんのことを好き』だとか。
その声を聞き流しながら、私も昔はああだったのかな、なんて頭の隅で考える。けれど、昔はどうだとか考えるほど、私は変わっていないかとすぐに思い直す。
電車が高架橋の下を潜り抜ける。その短い影の間に、車窓に映り込んだつり革を掴む山吹沙綾。その姿は、やっぱり今も昔も変わっていない。
そう。私はずっと、変わっていない。
それも当たり前か。毎日毎日、どんな時でも突き合わせる姿なんだ。日ごとに歳を重ねる実感もないまま、きっと私は変わらずに生きていくんだろう。
その諦観じみた念慮を抱えるのは今日に始まったことじゃない。例えば夕暮れに佇む商店街を見た時だとか、例えば親友たちと近況報告を交わし合った時だとか、例えば純と紗南が恋人がどうこうって言いだした時だとか、そういう時に感じる寂莫のオマケにいつも付いてくるものだ。
どうだっていいことだ。考えたって仕方ないことだ。下らないことだ。
目を瞑って、頭を振る。それから香澄のことを考えた。
そんな私の事情なんて知らんぷりして、ただただ電車は前へ進んでいく。
◆
「やっほー、さーや!」と、新宿駅の東口で落ち合った香澄は、昔から変わらない朗らかな明るい声で私に手を振ってきた。
「ん、久しぶり……かな?」
私はそれにいつも通り、なんともないように挨拶を返す。
「そだね~、最後に集まったのって……ひと月半くらい前になるのかな?」
「だね。雨がシトシト振ってて、有咲が『梅雨なんてなくなりゃいいのに』ってぼやいてたっけ」
「あー、それ振りかぁ。んー、なんだろう。それ、一週間くらい前にやったような気がする」
「歳とるごとに時間が過ぎるのは早くなるっていうし、私たちも大人になったってことだよ、たぶん」
なんて、他愛のない話をしながら、先導する香澄に着いて私は足を動かす。
香澄が歩を進めるたび、視界に収まる香澄の髪の毛がゆらゆらと揺れる。
昔は肩口までのロングボブに加えて、星を模したように盛っていた髪の毛。それも気付けばまっすぐに背中の中ほどまでに伸ばされていて、歩く拍子にぴょこぴょこと跳ねることもない。
ああ、大人になったんだな。
先ほどの会話を思い起こす。「私たちも大人になったってことだよ」なんて言ったこと。
確かにそれは一部正しいけど、一部は間違っていると私は痛いほど分かっている。
香澄は会うたび会うたび大人になっていく。外見だけじゃなくて、落ち着きのなかった声も行動も、次第に大人と称するに相応しいものに変わっていく。
それは香澄だけじゃない。有咲だってそうだし、りみりんもそう。ずっと変わらなそうだったおたえだって少しずつ変わっている。
けど、私はどうなんだろう。
私は昔と比べて……夢を、音楽を、ただひたむきに追いかけていた青春時代と比べて、何か変わっただろうか。
鏡に映る姿は変わらない。歩く拍子に揺れるポニーテールが時折うなじをくすぐることも昔から一緒だ。そして、内に抱える気持ちも変わらない。
対する香澄はずっと変わった。まるで迷宮みたいな駅を淀みのない足取りで進む。迷うことなく、目指す場所をしっかりと見据えて歩いている。
だからこそ、私は置いてけぼりをくらった気持ちになってしまう。
「さーや、どうかした?」
歩みを止めて、くるりと香澄が振り返る。セミロングの髪がそれに追随してフワリと揺れた。
「……ううん、なんでもないよ」
私は少しだけ迷ってから、曖昧に笑った。
◆
平日の早い時間だということもあるけれど、香澄が案内してくれた居酒屋は静かな雰囲気の場所だった。店内には横幅1メートルくらいの大きな海水魚の水槽があって、淡い青色をしたLEDライトに色鮮やかな魚たちが照らされていた。
通された個室で対面に腰かけて、最初の注文をする。香澄がゆったりとした声色で「とりあえず生で」と言ってから私をチラリと見やる。「私も」とそれに小さく返した。
「落ち着いた空気のとこだね。よく来るの?」
お通しに出てきたササミの梅和えをつまむ香澄を正面から見据えて、口を開く。
「ううん、来たのは初めてだよ。職場の先輩がね、いい雰囲気のとこだから行ってみなって教えてくれたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
それは言葉の裏に『香澄の良い人と一緒に』という意味が含まれている気がしたけれど、何も言わない。香澄自身が気付いていないだろうし、それならそれでいいだろう。……私だけがそう思っていればいい。
そんな思考をぐずぐずと燻らせているうちに、注文したビールが運ばれてくる。グラスを互いに手にして、「乾杯」と小さく合わせる。コチ、と小気味のいい音が静かな店内に響いた。
ビールを喉に流し込んで、このお店の看板だというメニューを注文する。それから再び他愛のない声と声を交わし合う。
その内容はいつもと変わらない。お互いの近況報告に始まって、近頃会った共通の知人のことを話して、それから最近ハマっている音楽だとかテレビ番組だとか、そんな話題になる。
こんな会話をいつから『いつもと変わらない』と思えるようになったのだろうか。今年で二十五歳。高校を卒業してから、もう六年が経つ。
その長い時間の中で、私の何が変わったんだろうか。香澄の何が変わったんだろうか。声と声との隙間に浮かぶ、アルコールに溶かされた思考。
杯を傾け、料理を口に運び、香澄の目を見ている間にも、話題はころころと変わっていく。
いつしか話は昔話になっていた。これも今じゃ『いつもと変わらない』話の流れだ。
「はぁー、やっぱり女子高生ってやばいよ。もうね、響きがやばい」
「発言がオジサンくさいよ、香澄」
「だってだって! さーやはそう思わない? ほら、あの頃の私たちはあーんなにピッチピチでさぁ……」
「まぁ……若かったなぁっていうのはあるね、間違いなく」
「でしょー? はぁぁ~……いま花女の私たちが目の前にいたら、とりあえず抱きしめたい。絶対あの頃の私たちって柔らかくてスベスベで抱き心地抜群だよ」
「だから発言」
苦笑しながら、でも確かにそうだな、と私は視線を天井に彷徨わす。
今じゃ眩しくて見えないくらいの輝かしい思い出。その中でも、やっぱり香澄は別段にキラキラしている。もしもその時の香澄が目の前にいたら、今の私はどうするだろうか。どうなるんだろうか。
フッと息を吐き出す。それから、もうすぐ二十五歳になる香澄を視界に収める。
「あの頃のりみりんがいたらなぁ……あーだめだめ、絶対に家に連れて帰っちゃう自信がある」
「小動物みたいだったりみりんもすっかり大人びたもんね」
「ねー。ゆり先輩と同じくらいに美人になったし、有咲だってからかっても余裕ある反応するし、おたえは……」
「……あんまり変わってない、かな」
「うん。おたえはずっとおたえ! って感じだね」
香澄が頷く。私も頷く。それから少しおかしくなって、同時に吹き出した。
「香澄も変わったよね」
その笑いが静まってから、私は香澄にそう言う。
「え、そうかな」
「変わったよ。ううん、変わったっていうか、成長したっていうか……大人になったなーって」
紛れもない本心が口から滑り出る。その言葉に、少しだけ後ろ暗い気持ちが付いてくる。
香澄は変わった。香澄だけじゃなくて、みんな変わった。
商店街の幼馴染たちも、バンドを通じて知り合った友人たちも、少しずつ大人になって、成長して、変わった。
だけど私はどうだろうか。何かが変わっただろうか。何かが成長しただろうか。いつまでも昔の思い出に縋っている私は、どうなんだろうか。
考えてもどうしようもないから、私の心はいつも自嘲で満たされる。
半年前の冬の朝。隣町にパンの配達をした時のことがぼんやり浮かぶ。あの時に車のラジオから流れていた歌が頭によぎる。
俯いたまま大人になった私が思うままに手を叩いたところで、今の何かが変わるんだろうか。……きっと何も変わらないから、もうどうでもいいよ。
「沙綾も変わったよね」
不意に香澄がそう言う。その声が耳を打って、ハッとしたように香澄の顔を見つめる。それからすぐに、「そんなことないよ」と首を振った。
「ううん、変わったよ。なんだろう……昔も綺麗だったけど、今は表情に深み? が出て、もっと綺麗になった!」
あっけらかんとした明るい声。何も邪な思いがない、純粋な声。それになんて返せばいいのかかなり迷ってから、口を開く。
「ありがと」
◆
立ち並ぶビルたちの隙間からうかがえる、十九時の夏の空。そこには深い紺と鮮やかな茜が混じり合った曖昧な色が広がっていた。その空の下を、行き交う人々の間を縫って、私と香澄は練り歩く。
先ほどの居酒屋は、お客さんが増えて賑やかになってきたところで「ちょっと散歩でもしない?」なんていう香澄の言葉に乗って出てきた。
香澄はただただ、上機嫌で歩を進める。私もそれに並んで、楽しそうに揺れる香澄の肩を時おり見つつ、足を動かす。
新宿の土地勘はまったくと言っていいほどないけれど、とりあえず駅から離れているんだろうということは分かった。どこへ向かっているんだろうか。香澄のことだから特に目的もなく歩いているのかな、と思ってから、昔はそうだったかもだけど今は違うか、とすぐに思い直す。
そして寂しい気持ちになった私の頬を、生ぬるい夜風がさらりと撫でていく。それが少しだけ心地よかった。
「あー、もうすぐ誕生日だなぁ」
ゆらゆらと肩を揺らしながら、香澄が空に向かって言葉を放った。私も同じように空を目にしたまま、言葉を返す。
「来週だね。これで香澄も四捨五入で三十路だ」
「やーめーてー、その言葉は胸に刺さる~」
「ごめんごめん」
なんて、そんな風に意味のない言葉を交わし合いながら、私たちはぶらぶらと街を歩く。駅から離れているからか、次第にすれ違う人影も少なくなっていく。空はもうほとんど深い紺色に染まっていて、「ふぅ」とそこへ向かって吐き出したため息がやたらと大きく聞こえた。
「さーや」と、私を呼ぶ香澄の声も、いつもよりも鮮明に聞こえる。そのせいかは分からないけれど、日常的に私の胸に吹き溜まり、降り積もり、いつしかこびりついてしまったどうしようもない感傷がより大きな存在感を放つ。
「さーやが元気そうでよかったよ」
その感傷は、私の胸に風穴を開ける。そしてそこへ向かって、香澄が無自覚に銃弾を撃ち込んでくるものだから、もう堪らなくなってしまう。鬱屈とした思いが、どうしようもない想いが漏れ出さないよう必死にこらえているのに、香澄はそんなことを知りもしないで、安心したような顔で言葉の銃弾を次から次へと撃ち込んでくる。
――ちょっと心配してたんだ。なんだか最近、元気なさそうって聞いてたから。
うん、有咲に聞いたんだ。なんかね、最近やまぶきベーカリーに行くといつも憂いを湛えた美女になってるって。なにそれ、って思ってたんだけど、さーやに会ったら一発で分かったよ。
ねえ、さーや。悩みとかさ、なにか、そういうのがあるならいつでも言ってよ。何が出来るかは分かんないけど……私だってもう大人だもん。いつだって話は聞けるし、前もって言ってくれればこういう風に遊びにだって行けるから。
うん、親友だもん。
そう。えへへ、親友。有咲も、りみりんも、おたえも、さーやも。みーんな、私の大切な親友。だからさ……さーやが元気ないと、どうしても元気になってほしいって思っちゃうんだ。
……手が届きそうな場所に香澄の上気した頬がある。けれどそれはアルコールのせいだ。私がどうとかなんだとか、そういうことはまるでない。まるでないんだ。
分かっている。そんなこと、分かっている。
分かっているから、私は笑う。哀しい本心が口から漏れないように、思わず香澄に手を伸ばさないように、分かった風に笑う。
――やっぱり、ポピパのみんなは特別だよ。大学とか職場にも友達はいるけどさ、やっぱりさーやたちは別。ホントはそういうのよくないって思うけどさ、もしもポピパのみんなかそれ以外のみんなか選べって言われたら、私はきっと迷わずポピパを選んじゃう。
さーやも? えへへ、やっぱり? 以心伝心だね!
だからさ、どうしてもね、さーやが元気ないって聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃった。私に出来ることがあればなんだってしてあげたいし……とか思って、気付いたら連絡してたよ。あははっ。
……銃身に込められた言葉は、マシンガンのように次から次へと私の胸へ撃ち込まれて、心にまとった偽りの鎧をいとも容易く打ち砕く。その隙間から、普段は見ないようにしている赤裸々なモノがどうしても見えてしまう。
私は……私は、ただひとつでいい。ただ、ただ……香澄の隣にいたい。香澄に隣にいてほしい。
本当はそれだけでいい訳じゃない。だけど、でも、それ以上は願えない。これ以上、あいに塗れたことなんて願える訳がない。
それが駄目なら、ただひとつでいい。香澄にひとつでいいから、風穴を開けたい。香澄が後生大事に抱えて生きていくような思い出になりたい。綺麗で、儚くて、何ものにも穢されない思い出になりたい。
喉元まで出かかった願い。それを飲み込むために、私は立ち止まって勢いよく空を見上げた。
夜空は靉靆としている。その雲の隙間から中途半端な円を描く月が顔を覗かせていた。それを見て、上擦った気持ちが落ち込んでくれた。
こんなことを、こんなふざけた願いを口にして、一体どうするんだ。どうなるんだ。
人生は妥協の連続だ。そんなことは分かっている。分かっているんだ。
私の音楽は、青春は、とっくのとうに終わった。妥協なんていう便利な逃げ道に駆け込んで、私自身が終わらせたんだ。
「さーや、どうしたの? 急に空なんて見上げて」
「……月が綺麗……だなって」
「どれどれ……わー、雲隠れの月だねぇ」
私の隣に立ち止まった香澄が、同じように空を見上げる。その横顔に一瞬だけ目をやって、すぐに私も空へ視線を戻した。
「昔は晴れた夜の月が断然好きだったけど、大人になってからこういうのも好きになったなぁ」
「……そっか。香澄らしいね」
「えへへ、私も趣き深さを感じられる年齢になったんだ」
「来週で三十路だもんね」
「ちょっとー! 四捨五入して三十路だってばー!」
もう! とわざとらしく怒った仕草を見せてから、香澄ははにかんだ。その表情が夏の夜隅に瞬いて、いつかの夏を思い起こさせて、どれだけ拭っても消えてくれない情景が私の目にまたひとつ。
人生は妥協の連続なんだ。そんなこととうに分かってたんだ。
じゃあ、私が今、この胸中に抱えている気持ちは一体何なのだろうか。
「んー……夜はまだ涼しいね」
ただ、香澄が遠く空を仰ぐ。火照った身体を風に預け、夜を泳ぐように。
空には濃紺のインクが垂れ流されて、ところどころにたなびく雲が月の光を浅く反射させている。
この空の色はなんて言えばいいのだろうか。
この気持ちの色はなんて言えばいいのだろうか。
視界が僅かに滲む。その先に浮かぶ空は、胸を刺す懐かしさを孕んだ藍色をしているような気がした。
香澄に気付かれないように、そっと目元を拭う。それから目を瞑る。瞼の裏に映るのは、いつだって香澄と過ごした夏の景色だ。
知っていた。知っていたんだ。本当は空の色も、何もかも、全部知っていたんだ。だけど、今はもう全部が終わった後だから。始まる前に終わらせた後だから。
今では……ただ、ただ。
叶わない夢物語なのは分かっている。叶ってはいけない間違ったことなのだって分かっている。だから心に穴が空いた。
目を瞑ればいつだって夏の情景が浮かぶ。あの夏に戻りたいけれど、夏草が邪魔をする。どんなにもがいたってあの夏には手が届かない。「それならばいっそ」なんて、想いも思い出も切り捨てられない。いつか想いが叶えばと願うことも出来ない。青春にもう一度はないんだ。もう一度があったって、私じゃきっと何も変わらない。負け犬にアンコールはいらないんだ。だから私は を辞めた。どうでもいい。どうでもいいんだ。そんなものがなくたって生きていける。それなのに、また私は何度だって繰り返すんだ。欺瞞だ、傲慢だ、全部最低だ。どうでもいいのに、どうなったっていいのに、本当はよくないんだ。今でも何より大切なんだ。だから私は今日も、変わらないように君が主役のプロットを書く。独りで描き続ける。
君なんだよ。君だけが私の
ただ……この目を覆う、あいの二乗。
参考にしました
ヨルシカ
『藍二乗』
https://youtu.be/4MoRLTAJY_0
『だから僕は音楽を辞めた』
https://youtu.be/KTZ-y85Erus
普通のブラウザとパソコンのJane Styleからはしっかり見れて、スマホのChMateはダメなことを確認しました。
普通に見えてたらアレだよなぁと思いましたが、やってみたかったので妥協しました。
すいませんでした。
戸山香澄「愛とは」
『愛とは』『愛と恋 違い』……とは、最近の戸山香澄の検索履歴である。
スマートフォンに何度も打ち込んだその文字を見て、そして何度も開いたページを事あるごとに見直しては、香澄はため息を吐き出す。
「どうしたの、香澄?」
と、そんな彼女の様子を見て、最近は隣にいることが非常に多い山吹沙綾が首を傾げる。
「ううん、なんでも」
「そう? 困ったことがあるならなんでも相談してね」
ふるふると首を振ると、沙綾は優しさとか慈しみに満ちた表情で柔らかく言葉を紡ぎだす。それはそれで嬉しいけれど、目下の悩みの種はそれだよ……なんて思いながら、香澄は言葉を返す。
「ありがと、さーや」
◆
香澄は沙綾のことが好きだった。
その「好き」というのは友人としてのLikeでもあるけれど、それはどうかと思うことではあるけれど、愛だ恋だって定義されるLoveも多大に含まれているんだということを、いつしか彼女は自覚した。
さーやの隣にいると、あったかくて、ほわほわで、ドキドキする。
そんな気持ちを抱えた続けたある冬の日。想い人とふたりっきりで下校することが多くなり、日に日に大きくなる気持ちにとうとう歯止めが効かなくなっていった。
だから香澄は、茜射す放課後の教室で想いの丈を沙綾にぶつけた。ぶつけてしまった。
その時のことを思い出すだけで、足の竦む思いがする香澄である。あの時は本当に、無謀というかなんというか、どえらい勇気を持っていたものだ……なんて。
私は女の子。さーやももちろん女の子。それで、一般的に恋とは女の子と男の子がするもの。
なのにいきなり「愛してる」だなんて言ったって、よくて「友達のままでいましょう」、最悪「キモチワルイ」ですべてが終わるだろうことは想像に難くない。
けれどこの世の中には『事実は小説より奇なり』なんてけったいな言葉もあって、その告白を聞いた沙綾は拒否することなく香澄を受け入れてくれた。
それが半年前の話である。
季節は巡り巡って、夏。香澄の誕生日も過ぎ、学校も夏休みに突入しようかという時期だ。
香澄と沙綾がそういう関係になってから、冬と春が過ぎた。その間にふたりの間にあったことと言えば、手を繋いで一緒に帰るようになったりだとか、朝は一緒に待ち合わせて学校に行くようになっただとか、お休みの日には一緒に遊びに行ったりだとか、ライブ中に香澄が沙綾の方へ振り返る回数が激増したとか、それくらいのものだ。
だからこそ、最近の香澄は悩んでいた。
あれ、恋人ってもっと何かした方がいいんじゃなかな……と。
◆
『愛とは』……そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち。かわいがり、いつくしむ心。いたわりの心。大事なものとして慕う心。
検索して一番に出た文言に目を通して、香澄はふむふむと頷く。そしてその意味を自分なりに咀嚼する。
さーやは一番大事な人だし、すごく引きつけられてる。うん、愛だ。
かわいがり、いつくしむ心……あれ、それはどっちかっていうとさーやにもらってばっかりな気がする。
いたわりの心、大事なものとして慕う心……これは大丈夫。私、さーやが大好きだし。
『愛と恋 違い』……恋とは自分本位のもの、 愛とは相手本位のもの。
続いて検索したワードも、一番上に表示されたものが目に付く。そしてちょっとびっくりした。
恋とは自分本位のもの。
香澄は普段あまり使わない頭をフル回転させて、沙綾との日々を記憶の中から引っ張り出す。そしてそれらを並べてみると、やっぱり香澄は沙綾に色んなものをもらってばかりだということに気付く。
愛とは相手本位のもの。
続けて、その記憶の中で、自分が沙綾に与えられたものがどれだけあるか考えてみる……けど、すぐにハッとした。やばい、私、沙綾にもらってばっかりで全然なにもあげてない!
香澄は焦った。自分から勝手に告白しておいて、それを受け入れてもらえた嬉しさにかまけて、沙綾のことを全然思いやれていなかったのではないか、と。
大切な想い人のために何かをしたりあげたりするのは全然まったくこれっぽっちも苦じゃない。というか、さーやが幸せそうに笑っててくれるならなんだってするしあげるし、という気概はある。
なのに今までなんで気付かなかったんだ! 私は沙綾にもらってばっかりだったことに!
だから、その日から香澄は沙綾の望むことを叶えようと念頭に置いて行動をするようになった……けど。
「ねえさーや。何かして欲しいこととかない?」
「え? どうしたの、急に?」
「えーっと、なんとなく? ねえねえ、何かないかなぁ?」
「んー、そうだなぁ……ふふ」
香澄がそう尋ねる度に、沙綾は嬉しそうに顔を綻ばせながら、何でもないお願いをしてくる。例えば「今度の休み、どこか行こうよ」だとか「見たい映画があるんだ。一緒に行こう」だとか「新しいパンの試食してくれると嬉しいな」だとか「香澄の弾き語りが聞きたいな」だとか。
それが嬉しくない訳じゃない。「任せて!」と力強く頷くと「ありがと」と笑う沙綾が大好きだし、沙綾のして欲しいことを叶えることは楽しいし。
けれど、ちょっと違う。香澄が思ってるのとちょっと違う。
そういうのは友達同士でも叶えられることだ。私がしたいのは、もっとこう、恋人っぽくて、さーやが嬉しさのあまり私を抱きしめてくれるようなことなんだ。
だけどそれを沙綾に聞いてもダメだということを香澄は最近学習した。
正直にこの気持ちを沙綾に言えば、「そう思ってくれるだけで私は十分嬉しいよ。ありがとね、香澄」と言ってくれるだろう。それ以上を望んでくれないことは想像に難くない。そればかりか、香澄のために沙綾の方から色々なことをしてくれる姿さえ目に浮かぶ。私だってもっともっとさーやに色んなことをしてあげたいのに! と息巻くけれど、結局ほだされて沙綾に甘える自分の姿も目に浮かぶ。
だから香澄の検索履歴は次のステップに進むことになった。
◆
『恋人 ゴール』……と自室のベッドに寝ころびながら調べて、一番に目についたのはやっぱり結婚という二文字だった。
結婚。言葉にすれば簡単なことだけど、それは想像以上に重たい意味を持つのだろう。まったくの赤の他人と住処を一つにして、その後の人生全部を共に過ごすということなのだから。
(さーやと結婚したら……私がやまぶきベーカリーに嫁ぐのかな?)
ということは戸山香澄ではなく、山吹香澄。心の中で呟いたその名前のこそばゆい響きに思わず頬が緩んだから、慌ててそれを引き締める。
今はそんな、山吹家に嫁いだことなんて考えてる場合じゃないんだ。そんな、朝起きたらさーやが隣にいるだとか、毎日朝ご飯作ってくれるだとか、一緒にパン屋さんを切り盛りするだとか、なんでもない休日に一日中のんびりゆったり過ごすだとか……
「えへへ……しあわせだなぁ……」
考えている場合じゃなかったけれど、一度浮かんだ妄想は止めどなかった。
おおよそ三十分ほど沙綾との共同生活に想いを馳せた香澄は、ハッと我に返る。それからちょっとだけ沙綾が恨めしくなった。目の前にいないのに、また私のことをこんな幸せな気持ちにさせて!
(そっちがその気ならいいよ、私だって!)
香澄はフンスと気合を入れる。結婚はまだまだ遠い未来の話だけど、それ以外にだって恋人らしいことでさーやを喜ばせるんだ!
……と思ってはいたけど、結局何をすればいいのか思いつかなかった香澄は、気が付いたら夢の世界にいた。その夢は沙綾が「やっぱり香澄は頼りになるね」って褒めてくれるもので、香澄は堪らなく嬉しくなって沙綾に抱き着いた。
◆
考えたって分からないことを考え続けていても仕方がないし、とにかく当たって砕けよう。色々とああだこうだと悩み続けた香澄が出した答えはそんなものだった。
さりとて沙綾に「何かして欲しいことはない?」と聞いてはいつもと変わらない。だから今回は少し変化球を交えてみることにした。
「ねえ、さーや」
「んー? どうしたの、香澄?」
ポピパの練習が始まる前の、有咲の蔵。そこで沙綾とふたりっきりになった香澄は、いつものようにソファーに並んで座る沙綾の肩に身を預けながら口を開く。
「恋人のゴールってどう思う?」
「恋人のゴール?」
「うん」
「ゴール……つまり、恋人同士が最後に行きつく場所……? それってまさか……」
特に考えがある訳じゃなかった。この話題を出せば何か手がかりが見つからないかなぁくらいの気持ちで口を開いたのだが、どうにも沙綾の様子がおかしい。なにかをブツブツと呟いたあと、急に黙り込んでしまった。心なし、頬を乗せている沙綾の肩が熱い気がする。
「どうかしたの、さーや?」
「えっ!? えっ、あ、う、ううん! なんでも……なんでもない!」
そうは言うけど、どう考えてもなんでもないという反応じゃなかった。不思議に思って、香澄は沙綾の顔へ視線を巡らせる。するとそこには赤くなった頬があった。
「あれ、さーや……顔が赤いけど大丈夫? 熱とかない?」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ……」
コホン、と小さく咳ばらいをして、沙綾は続ける。
「そ、それより急にどうしたの? その、恋人のゴール、だなんて、急に」
「あーうん、この前ちょっと調べててね」
「し、調べてたんだ……」
「うん。それでね、やっぱりそういうのって男の子と女の子でってことが多いんだ」
「う、うん……そりゃあそう、だと思うけど」
「だから、さーやはどうなのかなぁって」
「え!? ど、どうって……?」
「女の子同士だと、ほら、やっぱり不便でしょ?」
頭に思い浮かべた沙綾との結婚生活。女の子ふたりだとやっぱり力仕事とかは大変そうだし、何かと不便なこともあるだろうなぁ……と香澄はぼんやり考えた。
「そ、そうなの……?」
沙綾はやっぱり顔を赤くさせて、思い当たる節がないように尋ねてくる。香澄はきょとんと首を傾げて応える。
「え、そうだと思うけど」
「そ……そうなんだ……」
「うん」
「……それって、あれかな。あの、ほら……こう、明確なゴールがないからとか、そういう……?」
「明確なゴール?」ともう一度首を傾げて、『ああそっか、そもそも女の子同士で結婚って部分からだよね』と思い至る。「それもあるね」
「それも? え、ほ、他にもなにかあるの?」
「あると思う。一応調べてみたけど、私もやっぱりまだよく分からなかったし……」
「ふ、ふぅん……」
「……それより、さーや? やっぱり顔、赤いよ? 大丈夫?」
赤くなった沙綾の顔を覗き込む。顔と顔とがぐっと近くなり、沙綾の身体に触れている部分がまた一段と熱を帯びたような気がした。
「だ、大丈夫!」と飛び跳ねる様に香澄から顔を離す沙綾。
「わっ」とあまりの勢いにびっくりする香澄。
「あ、ご、ごめんね?」
「ううん。無理しちゃダメだよ、さーや。辛いならすぐに言って?」
「う、うん……ありがと」
「さーやの為ならなんだって頑張るから、いつだって頼ってね!」
「えと……香澄がその気なら……私もがんばる……」
もじもじと珍しく歯切れ悪い返事を聞きながら、香澄は「さーやに頼られると嬉しいなぁ」と思った。沙綾は沙綾で色々とアレがアレしてて頭の中が沸騰しそうな勢いだった。
その日から沙綾のスマホの検索履歴には人に見せられないようなワードがちらほら浮かぶようになって、そーいうことを検索しては顔を真っ赤にさせたり香澄のことを考えては頭を抱えてベッドの上をのたうち回ることになったり、最終的に冷静になって「絶対香澄と私の間で食い違いがある」と気付いたりするのはまた別のお話である。
◆
香澄の悩みはまだまだ尽きない。
愛とは与えるものだと知ってから、沙綾が望むことはなんでも叶えたいし頼られたいという欲求は強くなる一方だ。
そんな香澄に、沙綾はいつも優しくしてくれた。一時期は何やらソワソワとした態度で接してくることもあったけれど、
「ねぇ香澄。恋人のゴールって、その、なんのこと考えてた?」とある日に問われ、
「恋人のゴール? 結婚の話だけど、それがどうかしたの?」と答えてからはいつも通りの沙綾に戻った。
そんな日々を過ごす中で、香澄は沙綾の様子に常に目を光らせる。もしも何か不便にしていることがあるなら、何かを求めているのなら、何も聞かずともそれを叶えようと虎視眈々と身構えていた。
けれど沙綾はやっぱりどうにも一枚上手で、香澄が何か手伝いたいという空気を醸し出せばそれを即座に察して、先回りして簡単なお願いをしてきてくれる。
それもそれで嬉しいは嬉しい。でも、やっぱりちょっと思ってるのと違う、と香澄は悶々とした気持ちが沸き起こった。
そういうことを積み重ねていった、夏休みのある日のこと。とうとう香澄の我慢は限界に達した。
もう辛抱堪らないから、こっちから今まで以上にまっすぐに聞こう!
「……ねえ、さーや。何かして欲しいこと、ない?」
という訳で、いつものように有咲の蔵でふたりっきりになった香澄は、ソファーの隣に腰かける沙綾の洋服の袖をキュッと握って、いつもより凄みを利かせた声を出す。
「んー……じゃあ、帰りにウチに寄ってかない? 新しいパンがあるんだ」
「違う、そうじゃなくて……」
いつも通りの沙綾の声に、香澄は「うぅーん」と唸りながら、なんて言ったものかと考える。そんな香澄を沙綾は不思議そうな顔で見つめる。
「どうしたの? 何か変なこと言っちゃったかな、私?」
「ううん、そんなことない。でも違くて……えーっと、さーや!」
「あ、うん。なに?」
沙綾が首を傾げる。その青い双眸を真正面から見据えて、香澄は大きく息を吸い込んだ。
「私、もっと恋人っぽいことがしたい!!」
そして、ずっと抱えていた思いの丈を吐き出した。
「恋人っぽいこと?」
「……うん」
こくんと頷く。もしかしたら重たいとかそういう風に思われちゃうかな、と今さら少し不安になって、俯きがちにチラリと沙綾の顔を窺う。
沙綾はそんな香澄と目が合うと、少しだけ照れくさそうにはにかんだ。
「そっか。恋人っぽいこと、かぁ」
「うん……ダメかな」
「うーん……」と、悩むような仕草を見せられて、香澄は足元が崩れ落ちるような感覚を覚えてしまう。
どうしよう、やばい、今からでも取り消した方がいいんじゃ……。
「香澄」
焦って何かを言おうと開きかけた口。けれど沙綾が名前を呼んできたので、何も言わずにつぐむ。
「えーっと、とりあえず……えい」
「わっ」
それから、沙綾の手が香澄の背中に回されて、キュッと胸に抱き寄せられた。急だったから、喜びよりも驚きが先行して口から漏れる。
「…………」
「…………」
ふたりして、そのまま黙り込む。香澄は沙綾の温かさとか柔らかさとかいい匂いだとかそういうので心臓が痛いくらいドキドキして、でもちょっとしてからそれら全部が心地よくなって、段々と心が落ち着いてきた。
もっとくっついてもいいのかな、と少し戸惑いながら、香澄はおずおずと沙綾の背に手を回す。すると頭の上の方からくすくすと忍び笑いが聞こえてきた。
「さーや……?」
「ああ、ごめんごめん。そういえば、あの冬の日もこうやってたなぁって」
「……うん」
沙綾に身体を預けながら、脳裏に人生で一番幸せだったんじゃないかと思える冬の日を思い起こす。あの時も不安に震える身体を優しく抱き止めてもらった。
「そうだよね。手を繋ぐとか、そういうのはよくあったけど……こんな風にすることは今までなかったもんね」
「うん……」
心をやわっこく解きほぐすような、優しい声が耳をくすぐる。香澄は目を瞑って、その声と、沙綾の身体から感じる穏やかな鼓動に身を任せる。
「ごめんね。色々と不安になっちゃった?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
トン、トン――と、あやすように背中を優しくさすられる。それも心地よくって、なんだか今まで抱えていたモヤモヤとかそういうものが全部なくなったような気がした。
「……正直なことを言うと、私もちょっと不安だったんだ」
「そうなの?」
「うん。やっぱり、ほら……香澄のことは大好きだけどさ、女の子同士な訳だし」
「うん」
「どこまで踏み込んでいいのかな、どうすれば恋人らしいのかな……って、そんなことを考えることもよくあってさ」
「うん」
「けど、香澄も同じなのかなぁって思うとちょっと楽になった」
「さーやと同じ?」
「そう。同じことで悩んでるのかな、って思うと、そんなに難しく考えないでもいいのかなってさ、なんか……安心した」
「そうなんだ……」
「まぁ、流石に恋人のゴールって言われた時はかなり焦ったけど……そういうのは絶対まだ早いって……いや、私の勘違いだったんだけどさ……」
「え?」
「こっちの話」
背中をさすっていた手が香澄の頭に伸ばされる。そして優しく髪を梳く。何かを誤魔化された様な気がしたけど、気持ちいいしまぁいいかと思った。
「恋人ってなんだろうね」
「……わかんない。でも、愛とかそういうのを調べたら、好きな人に与えることだって書いてあったんだ」
「あー……だから、最近よく私に何かして欲しいことはないかって聞いてきてたんだ」
「うん。私、いつもさーやにしてもらってばっかりだから」
「そっか。ありがとね、香澄」
「ううん、私の方こそ……いつもありがと、さーや」
それから、また無言になってふたりは身体を抱き寄せ合う。何か言った方がいいのかな、と香澄は少しだけ思うけど、でも何かを言ってこの空気がなくなるのが嫌だったから、沙綾が何かを話すまで黙っていようと思った。
そうしてどれくらい経っただろうか。香澄が頬を寄せる沙綾の胸から感じる鼓動が少しだけ早くなったような気がした。
顔を動かして、チラリと沙綾の表情を窺う。そこに少しだけ赤くなった顔があった。
「ねえ、香澄」
やがて艶やかな唇から、いつもの優しい声が放たれる。
「してほしいこと……聞いてもらえるかな?」
「うん、任せて。さーやのためならなんだって頑張るっ」
それがなんだかいつもよりも香澄の身体の奥深くに響いたから、力強く頷いてみせる。
「それじゃあ……恋人っぽいこと、してほしいな」
沙綾は少しだけはにかんでから、スッとその瞳を閉じる。その行動の意味を香澄は香澄なりに咀嚼して、そして心臓が跳ねあがった。
えーっと、恋人っぽいこと……ってことはつまり、そういうことだよね……?
そう沙綾に聞きたかったけど、それは聞いたらいけない空気なんだと本能が理解していた。気付けば沙綾から感じる鼓動は16ビートを刻みそうな勢いで、香澄も香澄で胸の内から身体を叩くキラキラやらドキドキやらが大変なことになっていた。
だから少しだけ大きく息を吸って吐く。そして香澄は覚悟を決めた。
こんなに緊張するのは、さーやに気持ちを告白した時以来だ。あの時だって頑張れたんだから、今日この時だって私は頑張れるはずだ。
そう思って、ゆっくりと沙綾に顔を近づける。
いつも甘く優しい声が放たれる唇に、瞳が吸い寄せられる。
もう鼻と鼻がくっつきそうな場所までやってきて、香澄も目を閉じた。息を止めた。
大丈夫、このまままっすぐ進めば、大丈夫……。
そして沙綾の微かな息遣いがダイレクトに脳に響いてくるくらいに近付いたころ……唇にとても甘美な感触があった。
幸せの波動的なもの。目に見えないけど、なんかそういう波動的なものが口づけ合った場所から香澄の身体中に巡って、手の指先から足のつま先まで、そして頭の中いっぱいに『幸せだぁー!』という感覚をもたらしていっているような気がした。
そっと沙綾の唇から離れる。それから止めていた呼吸を再開させて、瞳を開く。すると目の前には、今までに見たことがないくらいに頬を朱に染めて、ほにゃりとはにかむ沙綾がいた。
「しちゃったね」
「うん……しちゃった」
何を、とは言わなかったけれど、やたらと熱い頬を動かしてそんなことをささめき合うと、先ほどの幸せの波動がより一層身体の中で躍動する。『今宵は宴じゃぁー!』なんてお祭り騒ぎで脳内を駆け回る。
「……なんか、なんていうか……幸せ」
「私も……」
ぽつりと照れくさそうに呟いた沙綾。ああ、さーやも私と同じなんだな、と思った瞬間、幸せの波動はもう収拾がつかないくらいに大きくなってしまった。
痛いくらいにドキドキして、でも決して嫌じゃないその鼓動を胸の内に感じながら、香澄は思った。
愛ってきっと、こういうことを言うんだな……なんて。
おわり
愛ってなんだよ、とかそういう系の話でした。
すいませんでした。
市ヶ谷有咲「アイツら本当にもう……」
>>29 >>437と同じ世界の話です
――有咲の蔵――
戸山香澄「さーやぁー」イチャイチャ
山吹沙綾「香澄ぃー」イチャイチャ
――有咲の蔵 階段前――
市ヶ谷有咲「…………」
有咲「……はぁ」
有咲「はいはいさーかすさーかす。りみんとこ行こーっと」
――牛込家 玄関前――
有咲「はーホント、アイツら本当にもう」
有咲「なーんでわざわざ蔵でイチャつくんだよ、本当にもう」
有咲「あーあー、おかげですっかりりみん家に来慣れちゃったしなぁー、合鍵まで貰っちゃったしなぁー」
有咲「本当参っちゃうよなーったくもーしゃーねーからなぁホント……へへ」ガチャ
有咲「勝手知ったる牛込家っと……おじゃましまーす」
有咲(さってと、りみの部屋行こ)スタスタ
「……だよ」
「それなら……」
有咲(……ん? りみの部屋から声が聞こえんな)
有咲(この時間は大体ひとりだからいつでも来ていいよ、なんていつも言ってくれてるけど……あれかな、今日はお母さんとかお父さんがいるのかな)
有咲(やべ、リボン曲がってねーよな。みっともないって思われないようにシャンとしないと……)イソイソ
「それじゃあ始めるね」
「うん……」
有咲(って、あれ? ドア越しでくぐもってるけど……これ、おたえの声か?)
有咲(はぁ~……なんだよ、無駄に緊張しちまったよ)
花園たえ「りみ、緊張してる?」
牛込りみ「えと、ちょっと……」
たえ「大丈夫だよ。痛くしないから、安心して私に全部任せて」
りみ「う、うん……ひゃっ」
有咲「!?」
有咲(え、ちょ、え!? 何いまの声!?)
たえ「ちょっと力が入ってるかな。もっとリラックスしないとダメだよ」
りみ「で、でも、こんなこと、友達にされたことないから……」
有咲「!?!?」
たえ「そうなんだ、初体験なんだね。それじゃあゆっくり行くよ」
有咲「ちょっと待てぇぇ――!!」ドアバァン
りみ「きゃっ!?」
たえ「あ、いらっしゃい、有咲」
有咲「いらっしゃい、じゃねぇーっ! おたえ、お前、りみに何してんだよ!!」
たえ「何って、耳かきだよ」
有咲(なんて平然と抜かすおたえは床に置いたクッションの上に正座してて、その上にりみが頭を乗せてる)
有咲(りみは私と目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじしてる。かわいい)
有咲(って、今はそうじゃなくて……)
有咲「どういうつもりだよ、おたえ!!」
たえ「どういうつもりって? 私はりみに耳かきしてあげてるだけだけど」
有咲「それだよそれ! ずるいぞっ、私がいつかしようと思ってたのに!!」
たえ「残念、早い者勝ちだよ」カキカキ
りみ「ひゃっ」
たえ「りみの耳、綺麗だね」
りみ「え、えっと……ありがとう」
有咲「あああ……!」
たえ「ふんふんふーん♪」カキカキ
りみ「あ、そこ気持ちいいかも……」
たえ「ふふ、耳かき、得意なんだ。いつもオッちゃんたちとかお母さんにしてあげてるから」カキカキ
りみ「そうなんだ……」
有咲「ぐぬぬっ……!」
有咲(なんだ……なんだこれ!)
有咲(まるでお預けをくらった犬みたいというか……NTRビデオレターを目の前で見せつけられてるみたいな感覚!!)
有咲(いやそんな経験人生で一度もないけど!! でも多分これそんな感覚!!)
りみ「…………」
たえ「りみ? どうかした?」
りみ「あ、えっと……その、おたえちゃん」
たえ「うん」
りみ「もう片方の耳は、有咲ちゃんにしてもらいたいなぁって」
有咲「りみ……」
有咲(りみが私を求めてくれている。うれしい)
有咲(けどおたえがそれをあっさり聞くわけ……)
たえ「いいよー」
有咲「えっ、いいの?」
たえ「うん。それじゃあちゃっちゃと終わらせちゃうね」カキカキカキ
りみ「んっ……ふわぁ……」
たえ「はい、最後にこのふわふわの部分……ぼんてんって言うんだって。これで軽く掃除しておしまいっ」
りみ「ありがとね、おたえちゃん」ムクリ
たえ「どういたしまして。耳かきするの好きだから、私が恋しくなったらいつでも言ってね」
たえ「さ、それじゃあ次は有咲の番。このクッションどうぞ」
有咲「あ、ああ……」
有咲(おたえにクッションを譲られて、その上に正座する)
たえ「はい、これ耳かきと綿棒。ティッシュはそこにあるからね」
有咲「う、うん……さんきゅ」
有咲(道具一式を手渡されて、おたえはりみのベッドを背もたれにして座る)
りみ「それじゃあ、その……よろしくお願いします、有咲ちゃん」
有咲「え、えっと……こちらこそ」
有咲(なんかやたらと居住まいを正して、三つ指をつきそうなりみ)
有咲(…………)
有咲(やべぇ、なんかすげー緊張してきた!)
りみ「膝に頭のせるね?」
有咲「えと、どうぞ……」
りみ「よいしょ、っと」ゴロン
有咲「……っ!」
りみ「お、重くないかな?」
有咲「いやっ、全然、重くないぞ!」
有咲(正直に言うと、人間の頭って意外と重いんだなぁーという気持ちがなくもない)
有咲(けどなんだこれ、りみの重さを膝の上に感じると……なんだこれ!)
有咲(なんでこんな幸せな気持ちが……!)
有咲(やべー! 勢いだけでおたえに対抗したけど、これやべーって!)
有咲(私に身を任せるりみとかもう本当にやべーって!)
有咲(最悪死ぬぞ、私!)
りみ「私の耳……変じゃないかな……?」
有咲「い、いや、全然変じゃないぞ! 綺麗な形してるし、それになんか小さくて可愛いっ!」
りみ「そ、そう? えへへ……よかったぁ」
有咲(オイオイオイ、死ぬわ私)
有咲(褒められたのが嬉しかったのか、膝の上のりみがほにゃりとはにかむりみとか……)
有咲(かわいい。どうすればいいんだよ、こんちくしょう……)
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「しないの、耳かき?」
有咲「えっ!?」
たえ「しないなら私がそっちもやるよ?」
有咲「わ、私がするから大丈夫! おたえは気にすんな!」
たえ「ん、分かった」
有咲(そうだよな、耳かきだもんな……)
有咲(この棒をりみの小さな場所に入れて……綺麗にするんだよな)
有咲「え、えーっと、りみ?」
りみ「は、はいっ」
有咲「その……初めてだから下手くそかもだけど……」
りみ「だ、大丈夫っ。私、有咲ちゃんのこと……信じてるから」
有咲「お、おう……ありがとな。それじゃあ……入れるぞ?」
りみ「う、うんっ……!」
有咲「…………」プルプル
有咲(あーやべー手が震えるやばいってこれ下手なことしたらりみが傷付いちゃうじゃんしっかりしろよ私!)
有咲(1回深呼吸して……よ、よしっ!)
有咲「っ……」ピト
りみ「ひゃっ……!」
有咲「あ、わ、悪ぃ! 痛かったか!?」
りみ「う、ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」
有咲「そ、そっか……その、痛かったらすぐに言ってくれよな?」
りみ「うん……」
たえ「…………」
有咲「……な、なんだよ、おたえ。何か言いたげじゃねーか」
たえ「うん、なんかエロチックだなぁって」
りみ「え、えろ……!?」
有咲「は、はぁ!?」
たえ「別のことしてるみたい」
有咲「うるせー! 黙って見てろ!」
たえ「はーい」
有咲「ったくもー……!」
りみ「…………」
有咲(あーもう! そんなこと言うからりみも真っ赤になって黙っちゃったじゃん!)
有咲(あーもう、ホントもう!! かわいいなぁ!!)
有咲「その、りみ? 続きやるぞ?」
りみ「うん……」
有咲(痛くならないように、ゆっくりゆっくり……)カキカキ
りみ「んっ……」ピク
有咲(最初は浅いところから、それで徐々に深い場所って方がいいよな……)カキカキ
りみ「ふわっ……」
有咲(……ん、あれ? りみ、この辺掻くと)カリカリ
りみ「んー……はぁ~」
有咲(あ、ここ……好きなんだ。気持ちよさそう)カリカリ
りみ「んん……」
有咲(あー……やばい、だんだん楽しくなってきちゃった。りみをもっと気持ちよくさせたいな)カキカキ
有咲(他にどこか好きなのかな。あんまり強くするとアレだし、ゆっくりじっくり探してみよう)カリカリ
りみ「……えへへ」
有咲「……へへ」
たえ「あ、そうだ。急用を思い出した」
有咲「え?」
たえ「そういえば用事があったんだ。私はここらへんでお暇するね」
有咲「え、あ、ああ」
りみ「なんだかごめんね。遊びに来てくれたのに、私ばっかり耳かきとかしてもらって……」
たえ「平気だよ。さっきも言ったけど、私、耳かきしてあげるの好きだから」
たえ「それじゃあね、有咲、りみ。また明日」
有咲「おう……また明日」
りみ「気をつけてね、おたえちゃん」
たえ「ん、ありがと。じゃあね」ガチャ、バタン
りみ「行っちゃったね、おたえちゃん……」
有咲「そうだな……」
有咲(やけに白々しい言い方だったけど……もしかしておたえのやつ、初めからこのつもりだったのか……?)
有咲「…………」
りみ「……有咲ちゃん」
有咲「え?」
りみ「あの……私から言うのもなんだけど……続き、して欲しいな?」
有咲「あ、お、おう! だんだん要領も分かってきたし、任せとけ!」
有咲(おたえのことだから真相は分からねーけど……でも)
有咲「……サンキュー、おたえ」
――牛込家近く――
たえ「ふんふふんふふーん♪」
たえ(有咲とりみが楽しそうになってくれて嬉しいなぁ)
たえ(沙綾と香澄も仲良し、有咲とりみも仲良し。みんな仲良しっていいことだ)
たえ(でも……うーん、なんだか私だけちょっと仲間外れな気持ちがして寂しいような、そうじゃないような……)
たえ(誰か知り合いでもいないかなぁ)キョロキョロ
松原花音「ふえぇ……ここどこぉ……?」
たえ「第一村人発見だ。花音せんぱーい!」
花音「ふぇ? あ……たえちゃん」
たえ「こんにちは。お散歩ですか?」
花音「う、うん……そのつもりだったんだけど……気付いたら知らない場所にいて……」
たえ「ここはりみの家の近くですよ」
花音「そうなの?」
たえ「はい、そうなんです」
花音「そうなんだ……。え、えっと……たえちゃん?」
たえ「はい?」
花音「もしよかったら、駅まで案内してくれないかな……?」
たえ「任せてください。花園ランド行きの電車にご案内しますね」
花音「え、花園ランド?」
たえ「うさぎもたくさんいますよ」
花音「うさぎさん……?」
たえ「さ、行きましょう」パッ、タタタ
花音「えっ!? た、たえちゃん!?」
たえ「いざーゆけー♪ はなーぞのーでーんきギターぁーとべー♪」
花音「も、もっとゆっくり走ってぇ~……!」
このあとおたえの部屋でめちゃくちゃ耳かきした。
―電柱の陰―
「いきなり現われて、迷子の花音の手を取って連れ去る……どういうつもりかしらね。これは色々と問い質す必要があるわ」
とか謎の影が言ったり、それからというものかのちゃん先輩がやたらと自分の耳を気にするようになったり、かのちゃん先輩誘拐現場を偶然目撃した千聖さんがおたえに詰め寄ったりするのはまた別のお話。
おわり
りみりんに耳かきしたいです。そんな感じのアレでした。
この話でスレを終わりにするつもりでしたが、普通にまだ埋まりませんでした。
こういう考えなしなところが自分の人生にそっくりだなぁと思いました。
短編
※一部キャラ崩壊してます
☆小型扇風機
つぐみ「うーん、持ち運べる扇風機を買ったのはいいけど……今年の夏はあんまり使う場面がないなぁ……」
紗夜「……うぅ」
つぐみ「あ、あれ? 紗夜さん、どうしたんですか? こんな道端でうずくまって……」
紗夜「散歩をしていたら急に熱中症じみた症状が出まして……」
つぐみ「大丈夫ですか?」
紗夜「ええ、そこまで重くはないので……。でも身体が熱いから、こんな時に小型の扇風機かなにかがあれば……」チラ
紗夜「でもそんなものが都合よくある訳ないわよね」チラ、チラ
つぐみ「あ、私持ってますよ! はい、紗夜さん。風を浴びてくださいっ」
扇風機<ウィーン
紗夜「ああ……身体の熱が逃げていく……」
つぐみ「良くなりましたか?」
紗夜「はい、おかげさまで。どうにか家まで帰れそうです」
つぐみ「よかったぁ……。水分も摂らなくちゃ、って思ってましたけど、今は私の飲みかけのお茶しか持ってなかったので……」
紗夜「…………」
つぐみ「気をつけてくださいね、紗夜さ――」
紗夜「やっぱりまだ熱中症だわ。今すぐに何か飲まないと動けそうにもありません」
つぐみ「えっ!?」
☆変わらない君でいて
蘭「香澄、ちょっといい?」
香澄「どうしたの、蘭ちゃん?」
蘭「あのさ……急なんだけど、一日弟子入りさせてくれない?」
香澄「弟子?」
蘭「うん」
香澄「いいよ! けど、私に教えられることってなにかあるかなぁ?」
蘭「大丈夫、近くで香澄を見学させてもらえればそれでいいから」
香澄「そう? 分かった!」
蘭「ありがと」
―翌日 花女―
香澄「おはよー有咲!」
有咲「ああ、おはよ」
蘭「…………」ジー
有咲「って、なんで蘭ちゃんが花女に……」
蘭「あたしのことは気にしないでいいよ」
有咲「いや、気にするなって方が無理なんだけど……」
香澄「蘭ちゃんは私に弟子入りしたんだ!」
有咲「はぁ? 弟子ってなんの?」
香澄「……そういえばなんのだっけ? 聞いてなかったや」
有咲「聞いてないのかよ!」
香澄「まぁまぁ! さ、一緒に教室行こっ!」ギュッ
有咲「ちょ、あ、当たり前みたいに手ぇ握んなってぇ!」
蘭「ふむふむ……なるほど」
―昼休み―
蘭「…………」ジー
沙綾「えぇっと……どうして蘭がここに?」
香澄「かくかくしかじか!」
たえ「四角いM〇VE」
沙綾「はぁ、弟子入り……」
有咲「朝もいたんだよな」
りみ「え、もしかしてわざわざ羽丘から来たの……?」
蘭「あたしのことは気にしないで」
りみ「う、うん……」
香澄「わーっ、今日もおたえのお弁当、お肉でいっぱいだね!」
たえ「昨日ははぐみのところでお肉が安かったってお母さんが言ってた」
香澄「いいなぁ、からあげ美味しそう! ねぇねぇおたえ、卵焼きと交換しよ!」
たえ「いいよ」
香澄「わーい! それじゃあはい、あーん!」つ卵焼き
たえ「あーん、もぐ……おいしい。それじゃあ香澄も、あーん」つからあげ
香澄「あーん! わぁ、やっぱりおたえのからあげって美味しい!」
蘭「なるほど……」
―放課後―
蘭「…………」スチャ
有咲「蔵にも来るのか……なんか眼鏡までつけてるし……」
蘭「あたしのことは置物だと思ってくれて平気だから」
沙綾「置物って言うには存在感がありすぎる……」
香澄「あ、そうだ! りみりん、この前教えてもらった映画見たよ!」
りみ「本当? どうだったかな。ああいうのなら香澄ちゃん、好きかなって思ったけど」
香澄「うん! すごく面白かった!」
りみ「よかったぁ」
香澄「もっとりみりんのおすすめ映画、教えてもらいたいなぁ~。ホラーはちょっと怖いから苦手だけど……」
りみ「あ、それじゃあ今度、一緒にレンタルビデオ屋さんに行かない? 私も借りたい映画があるんだ」
香澄「わー、行く行く~!」
りみ「それじゃあ次のお休みの日に、一緒に行こうね」
香澄「うんっ!」
蘭「そういう手もあるんだ……」
おたえ「しゃら~ん」
ギター<シャラーン...
―練習後―
香澄「さーやの部屋にノート置いてっちゃったの、すっかり忘れてたよ」
沙綾「明日学校に持ってくから、今日急いで取りに来なくても平気だけど」
香澄「ううん! さーやとこうやって帰るの好きだし、それに……」
沙綾「それに?」
香澄「近ごろあっちゃんがちょっと冷たくて……」
沙綾「明日香ちゃんが?」
香澄「うん……」
明日香『お姉ちゃん、最近家で勉強してるところ全っ然見ないけど……大丈夫なの、色々と?』
香澄「って、冷たい目で……だからこういうの、後回しにするの良くないかなって……」
沙綾「あー……明日香ちゃん、すごく真面目だもんね」
香澄「はぁ~……私もさーやみたいに立派にお姉ちゃんしたいなぁ」
沙綾「私だって、そんな言うほど立派にお姉ちゃんしてないよ」
香澄「そうかなぁ?」
沙綾「そうだよ。それにほら、香澄は香澄じゃん。香澄のいいところはいっぱいあるんだから、無理して他の誰かみたいに、なんて考える必要はないよ」
香澄「さーや……ありがとぉ~!」ギュッ
沙綾「わっ。もー、急に抱き着いてきたら危ないよ?」
香澄「えへへ~、つい」
蘭「…………」
蘭(無理して他の誰かみたいに、か……)
沙綾「……家の方角一緒だけどさ、流石に無言でずっと後ろに着いてこられるとちょっと怖いよ、蘭?」
―翌日―
蘭「ありがと、香澄。おかげで色々と参考になったよ」
香澄「え、ほんと? 私、特に何もしてなかったと思うけど……」
蘭「ううん、そんなことない。香澄は香澄だから香澄なんだなって思ったから」
香澄「うーん?」
蘭「香澄はいつまでもそのままでいてほしいな」
香澄「んー、よく分かんないけど……分かった!」
蘭「急に弟子入りなんて言って悪かったね」
香澄「ううん! えへへ、また一緒に遊んだりしようね!」
蘭「うん。また今度、一緒に」
香澄「それじゃあね!」
蘭「またね」
蘭「…………」
蘭「……よし」
スマホ<ピッ
蘭「…………」
蘭「あ、モカ? いま大丈夫?」
蘭「ああうん、別に大した用事じゃないんだけどさ……」
蘭「まぁ……うん、そうだね」
蘭「デートのお誘い。そういうことにしとく」
蘭「……別に。あたしだってたまにはそういう時もあるよ」
蘭「うん、うん……それじゃあ、商店街で待ち合わせで。また後で」ピッ
蘭「ふぅ……」
蘭「……これくらいの方があたしらしい、かな」
☆だぼだぼ
紗夜「羽沢さんが『もっと身長が欲しい』と言っていたと小耳に挟みました」
つぐみ「え? えーっと……あ、あれかな? 巴ちゃんと洋服を買いに行った時の……」
紗夜「なので、羽沢さんのためのライブ衣装を持ってきました」
つぐみ「えっ!?」
紗夜「寸法はおおよその目測ですが、白金さんに弟子入りして作ったのでそれなりにしっかりしていると思います」
つぐみ「えーっと……?」
紗夜「というわけで、着てみてくれませんか?」
つぐみ「あ、はい。それじゃあせっかくなので……」
紗夜「ええ、お願いします」
―つぐちんお着換え後―
つぐみ「あのぉ、紗夜さん……」
紗夜「はい、なんでしょう」
つぐみ「これ、ちょっとサイズが大きいんですけど……」
『だぼだぼのノーブル・ローズ 羽沢つぐみ』
紗夜「…………」
つぐみ「あの、紗夜さん?」
紗夜「だぼだぼかわいい」カシャ
つぐみ「え?」
紗夜「すみません、そちらは私がステージで来ている衣装でした」
つぐみ「そ、そうだったんですか? だから大きいんですね」
紗夜「ええ。こちらが羽沢さん用の衣装でした」つ衣装
つぐみ「あ、はい、どうも。……そういえば今、紗夜さん写真撮ってませんでしたか?」
紗夜「気のせいでは?」
つぐみ「そ、そうです……よね。それじゃあ着替えてきますね?」
紗夜「お願いします」
つぐみ「はい。……あれ? なんだか普通に衣装受け取っちゃったけど、最初なんの話してたんだっけ……?」
紗夜(羽沢さんが着替え終わったら、私も着替えてツーショットを撮ろう)
☆嗅覚
美咲「あ、花音さーん」
花音「お待たせしちゃってごめんね、美咲ちゃん」
美咲「いえいえ、あたしもついさっき来たばっかですから。気にしないで下さいよ」
花音「うん。ありがと、美咲ちゃん」
美咲「はい。……それにしても」
花音「どうかしたの?」
美咲「あ、いえ……花音さん、最近あたしと待ち合わせしてる時はあんまり迷わないなーって」
花音「ああ、それはね。こころちゃんにアドバイスを貰ったおかげなんだ」
美咲「こころから? へぇ、意外。どんなアドバイス貰ったんですか?」
花音「うん、あのね? 私、喫茶店に行くのはあんまり迷わないんだ」
美咲「よく白鷺先輩と一緒に色んなとこに行くって言ってますもんね」
花音「そうなんだ。それでね、喫茶店とかは匂いでどっちの方向に行けばいいのかが分かって……」
美咲「え、地味にすごい」
花音「それをこころちゃんに言ったら、それは私のステキな特技だからって言ってくれて、それからは嗅覚を頼りにするようになったんだ」
美咲「へぇー……」
美咲「あれ? ということは花音さん、あたしの匂いを頼りに道を?」
花音「うん」
美咲「……あたしってそんなに変わったニオイするのかな……」クンクン
花音「ううん、美咲ちゃんは美咲ちゃんの匂いだよ」
美咲「いや、でも、そう言われると気になるっていうか……」
花音「なんだろうね、美咲ちゃん……ミッシェルに入ってることが多いからかな。よくお日様の匂いがするんだ」
美咲「お日様の匂い……」
美咲(よく布団を干した後に感じるアレ? でもアレって確かあんまりよくない由来の匂いだった気が……)
花音「特にね、ライブが終わった後……こころちゃんたちの前ですぐにミッシェルを脱ぐ訳にいかないから、いつも脱ぐの我慢してるよね?」
美咲「ああ、はい。夏場はホントキツイですけど」
花音「その我慢したあとにミッシェルを脱いだ汗だくの美咲ちゃん……好きだなぁ」
美咲「……いや、一応女の子のあたしに言うセリフでもないし、花音さんみたいな女の子が言うセリフでもないですよ、それ?」
花音「美咲ちゃんの匂いがすごくして、なんだか安心して、でもちょっとドキドキして……」ウットリ
美咲(やばい、花音さんが開いちゃいけない変な扉に手をかけてる……)
美咲(これからは黒服さんに制汗剤とか消臭剤をたくさん用意してもらおう……)
☆氷川キラーつぐみ
紗夜「羽沢さんはよく珈琲の匂いがしますよね」
つぐみ「あ、はい。家の手伝いが終わったあととかは、髪の毛からも珈琲の匂いがしたりしますね」
紗夜「なるほど。ところで、今はどうでしょうか」
つぐみ「え? 今日はバイトもなかったですし、普通にシャンプーの香り……だとは思いますけど」
紗夜「ちょっと嗅いでみてもいいですか?」
つぐみ「そ、それはちょっと……恥ずかしいので……」
紗夜「そうですか……」
紗夜(彼女が使っているシャンプーの銘柄……もう少しで分かりそうなのに)
―翌日 氷川家―
日菜「たっだいま~」
紗夜「おかえりなさい、日菜」
日菜「あ、おねーちゃん! 今日はバンド練習とかないの?」
紗夜「ええ。風紀委員の仕事もないし、たまにはゆっくりしようとまっすぐ帰ってきたわ」
日菜「そうなんだ! えへへ、おねーちゃんとふたりっきりだー!」
紗夜「お母さんがいるわよ」
日菜「いーの! 気分的にふたりっきり! さーてと、着替えてこよ~」フワリ
紗夜「……待ちなさい、日菜」
日菜「ん? どしたの?」
紗夜「匂いが……」
日菜「匂い?」
紗夜「薫り高い珈琲のなかに、清潔感のある爽やかな淡い石鹸の香り……その匂いは……」
日菜「ああ、つぐちゃんの匂いのこと?」
紗夜「あなた、どうしてそれを……」
日菜「つぐちゃんの匂い、いいよね。なんか近くで嗅ぐと……るんっ♪が二乗される感じっ」
日菜「だからさっき思わず抱きしめちゃったよ、生徒会室で」
紗夜「日菜……!」ガタッ
日菜「どうしたの、おねーちゃん?」
紗夜「こっちへ来なさい」
日菜「うん、いいよ。なにー?」トテトテ
紗夜「…………」クンクン
日菜「わーっ、くすぐったいよーおねーちゃんっ、あははっ!」
紗夜「これは……日菜の中に微かに羽沢さんの匂いが混ざっていて……」
紗夜(なんだろう、この胸をざわつかせる香りは)
紗夜(落ち着くのに居たたまれなくなって、安心するのに焦るような、手が届きそうで届かないもどかしさを感じる香りは……)
紗夜「…………」スッ
日菜「あれ、もういいの?」
紗夜「ええ。参考になったわ。ありがとう、日菜」
日菜「どーいたしまして! つぐちゃんの匂いが好きならまた抱き着いてくるよ!」
紗夜「それは羨まし――じゃなくて、羽沢さんに迷惑がかかるからやめなさい」
日菜「それじゃあつぐちゃんが使ってるシャンプー、今度聞いてきてあげるよ。あたしもこの匂い好きだし」
紗夜「そうね。お願いしようかしら」
日菜「それに……つぐちゃんの匂いがすればおねーちゃんに抱きしめてもらえそうだしねっ」
紗夜「何か言ったかしら?」
日菜「ううん! やっぱりおねーちゃんはおねーちゃんなんだなぁーって!」
紗夜「そうね。私もやっぱり日菜は妹なんだと殊更強く思ったわ」
日菜「あははっ」
紗夜「ふふふ」
―同時刻 羽沢珈琲店―
つぐみ「っくしゅん!」
イヴ「ツグミさん、大丈夫ですか?」
つぐみ「大丈夫だよ。少し寒気がしただけで……お店の冷房、ちょっと強すぎたかな?」
イヴ「風邪には気を付けてくださいね」
つぐみ「うん。心配してくれてありがとね、イヴちゃん」
☆おねえちゃん
友希那「最近、よく耳にするの」
リサ「なにを?」
友希那「下級生がリサのことを、裏で『リサおねえちゃん』って呼んでるのをよ」
リサ「え、そうなの?」
友希那「ええ。なんでも、優しくて頼りになっていい匂いがして笑顔が素敵でカッコよくて家庭的で作るお菓子が美味しいから、らしいわよ」
リサ「それはなんか過大評価というか、そういうのじゃないかなー……」
友希那「謙遜することなんてないわ」
リサ「そう? 友希那がそう言うならそうなのかな」
友希那「ええ。誇っていいわ。リサは立派な『リサおねえちゃん』よ」
リサ「…………」
友希那「リサ?」
リサ「ねぇ、友希那。ちょっとさ、普通に『おねえちゃん』って呼んでみてくれない?」
友希那「リサのことを?」
リサ「うん」
友希那「別にいいけど……ええと、おねえちゃん」
リサ「…………」
友希那「どうしたの、おねえちゃん?」
リサ「…………」
友希那「リサおねえちゃん? どこか調子でも悪いの?」
リサ「うん、うんうんうん」コクコク
友希那「?」
リサ「ね、友希那。今日さ、ウチに泊まらない?」
友希那「リサの家に?」
リサ「…………」
友希那「……おねえちゃんの家に?」
リサ「うん! 今日はお母さんもお父さんも用事でいないんだ~。可愛い妹の為になんでも好きなもの作っちゃうよ!」
友希那「そう。それじゃあお邪魔しようかしら。今日はリサ……おねえちゃんのカレーが食べたい気分だわ」
リサ「ふふ、了解だよ」
リサ「おねえちゃんにまっかせなさーい☆」
友希那(ちょっと照れくさいけど……リサが楽しそうだし、まぁいいのかしらね)
☆おねーちゃん
紗夜「姉というものをどう思いますか」
つぐみ「どうしたんですか、急に」
紗夜「この前、湊さんが今井さんのことを一日中『おねえちゃん』と呼んでいたんです」
つぐみ「友希那先輩が?」
紗夜「ええ。今井さんはとても嬉しそうな顔をしていまして、湊さんも少し照れくさそうですがどことなく楽しそうでした」
つぐみ「そうなんですね。ちょっと意外だなぁ」
紗夜「それで、羽沢さんは姉というものをどう思いますか?」
つぐみ「どう……うーん、ひとりっ子なのでちょっと憧れるなーって部分もありますけど……」
紗夜「なるほどなるほど。であれば、私もひとりの姉の端くれとして――」
つぐみ「でも、どちらかと言うと妹か弟が欲しかったなぁーって思いますね」
紗夜「分かりました。私としてはそちらでも構いません」
つぐみ「え?」
紗夜「どう呼ばれたいですか? おねーちゃん、お姉ちゃん、姉さん、お姉さま……私はなんでも大丈夫ですよ」
つぐみ「え、あの……」
紗夜「ああ、こんなに多いと迷うわよね。それも当たり前のことだわ。じゃあ……日菜に倣っておねーちゃんにしようかしら」
つぐみ「あ、はい」
紗夜「つぐみおねーちゃん」
つぐみ「…………」
紗夜「……何か言ってもらえると助かるのですが」
つぐみ「…………」
紗夜「……あの」
つぐみ「……妹が」
紗夜「はい?」
つぐみ「妹が敬語……それは私、駄目だと思います」
紗夜「え」
つぐみ「おねーちゃん呼びは無邪気系の妹に分類されます。だから敬語を使うなら『姉さん』じゃないと邪道です」
紗夜「あ、はい」
つぐみ「それを踏まえたうえで、紗夜さんはどうするんですか」
紗夜(なんだか羽沢さんから妙な迫力が……)
つぐみ「紗夜さん?」
紗夜「え、あ、ええと……それじゃあ、敬語はやめるわね」
つぐみ「もう一声」
紗夜「も、もう一声?」
つぐみ「おねーちゃん呼びなら日菜先輩みたいな口調にするべきだよ」
紗夜「……日菜のように?」
つぐみ「うん」
紗夜(日菜のように……)
日菜『ねぇねぇおねーちゃん、ポテトの食べさせ合いっこしよ! はい、あーんっ!』
日菜『ふわぁ~……なんだかすごく眠いや……。おねーちゃん、お膝貸りるね~……おやすみぃ』
日菜『おねーちゃーん! お背中流しに来たよー!』
紗夜「…………」
紗夜「……そ、それは流石にちょっと……無理だわ……」
つぐみ「ダメなんだ?」
紗夜「え、ええ。どうしても、その……恥ずかしくて……」
つぐみ「……ふ、ふふっ」
紗夜「え、なんですかその楽しそうな笑みは」
つぐみ「仕方ないなぁ……ふふ、紗夜ちゃんは仕方ない妹だねぇ?」
紗夜(……あれ、これはもしかして、羽沢さんの変なスイッチを押してしまったのでは……?)
つぐみ「ちゃんとした言葉遣いが出来るように、おねーちゃんがたくさんお話してあげるね?」
紗夜「…………」
つぐみ「どうしたのかな? 大丈夫だよ、なにも怖いことはしないからね。ちゃんとお返事できるかな?」
紗夜「……うん」
つぐみ「よく出来ました。紗夜ちゃんは良い子だね~♪」ナデナデ
紗夜(……けど、これはこれで……いいわね)
このあとめちゃくちゃ姉萌え逆転プレイした
おわり
エリア会話とかを見てパッと思い付いたことを書きました。
最後の最後でようやく短編っぽい短編が書けたような気がします。
スレ立ての工程を省くとUPする際に必要な精神的ハードルがかなり下がることに気付いて始めたスレでした。
だけど途中からスレを埋めるために書いているような気分になったので、これからは書くことがあればまたひとつひとつスレを立てると思います。たぶん。
全部で31個、なんだかんだでWordの文字数が27万文字ちょっとになった話たちでしたが、レスをくれたり、最後まで読んでいただいて誠にありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
元スレ
☆新年会について
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「おはようございます」
月島まりな「あ、おはよー」
オーナー「おはよう」
スタッフ「……どうしたんですか? 2人してテレビにかじりついて」
まりな「あーそれはね……」
オーナー「私から説明しよう。月島くんはそっちを頼む」
まりな「はーい」
オーナー「ほら、この前、よくウチを使ってくれるバンドの子たちが新年会を開いただろう?」
スタッフ「ええ。僕が他のライブハウスにヘルプに出てた時……でしたかね」
オーナー「うむ、その時だ。私もその日は用事があって彼女たちの様子を見れなかったんだが、月島くんが新年会のステージを動画にしてくれていてな」
618: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:49:18.98 ID:cA6JenPS0
スタッフ「ああ、それを今ここで見ようと」
オーナー「そういうことだ。そうだ、君もせっかくだし、一緒に見ようじゃないか」
スタッフ「いいんですか? あと30分もしたら開店ですよ?」
オーナー「なに、全部を見る訳じゃないさ。ただ、月島くん曰く、彼女たちのかくし芸大会は必見だということでね。ひとまずそこだけを見ようということさ」
スタッフ「分かりました。そういうことでしたら、僕もご一緒させていただきます」
まりな「ここをこうして……よし、っと! お待たせ、準備できたよ」
オーナー「うむ、苦しゅうない」
スタッフ「ありがとうございます、まりなさん」
まりな「いえいえ~。それじゃあ早速……再生~」ポチ
619: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:49:59.02 ID:cA6JenPS0
テレビ『… … …』
戸山香澄『――よ始まりました、お正月かくし芸大会! 司会は私、Poppin'Partyのギターボーカル戸山香澄と――』
丸山彩『まんまるお山に彩りを! Pastel*Palettes、ふわふわピンク担当の丸山彩でお送りしまーす!』
香澄『拍手―――!』
『ワァー、パチパチ...』
620: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:50:28.58 ID:cA6JenPS0
スタッフ「司会はあの2人なのか……大丈夫なのかな」
まりな(有咲ちゃんと同じこと言ってる)
オーナー「元気があっていいじゃないか」
スタッフ「いや……でもなんかもう、ずっと『始まったね』『始まりましたね』しか言ってないですよ、あの子たち」
オーナー「はっはっは、学生なんだからそんなものだろう。初々しくて可愛いじゃないか」
まりな「そうそう、気にしない気にしない。ほら、もうすぐ一番手のあこちゃんたちが始まるよ」
オーナー「ああ、あこくん。それに巴くんに……」
スタッフ「はぐみちゃんと今井さんの……ヒップホップダンスか」
621: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:50:54.75 ID:cA6JenPS0
宇田川あこ『ミュージックスタートっ!』
『~♪』セカイノッビノビトレジャー
622: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:51:21.63 ID:cA6JenPS0
スタッフ「おお、かなり本格的なダンスだ」
オーナー「うむ。みんな笑顔が輝いていていい。流れる汗も煌めいていて美しい」
まりな「この4人は学校でもダンス部所属ですからね。生で見るともっと迫力がありますよ」
スタッフ「すごいなぁ。こんなステップ踏んだら絶対に転ぶぞ、僕」
まりな「これに友希那ちゃんと燐子ちゃんも誘われてたんだって」
スタッフ「……いや、あの2人にも絶対に無理ですよね、これ」
オーナー「ステージではクールなロゼリアが情熱的なダンス……それもまた見てみたいものだ」
まりな「まだまだ続きますからね、彼女たちの勇姿を見てあげてください」
623: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:51:50.57 ID:cA6JenPS0
若宮イヴ『この手裏剣を投げて、宙に浮かぶ風船を割ってみせます! 題して“手裏剣風船割り”です!』
イヴ『実は、この日のために鍛錬を重ね、身につけました! ブシドーの精神です!』
624: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:52:20.40 ID:cA6JenPS0
スタッフ「ブシドー……? 忍びの道とかじゃなく? ブシドーってなんだっけ……」
オーナー「ははは、細かいことを気にすると白髪が増えるぞ」
スタッフ「…………」ソッ
まりな「どうしたの、自分の髪の毛触って?」
スタッフ「いえ……迷信だよなぁって思いまして……」
まりな(あ、気にしてるんだ、若白髪があるの)
オーナー(少ない男手として彼には何かと苦労かけてるからな……悪いことを言ってしまっただろうか)
625: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:52:48.26 ID:cA6JenPS0
イヴ『えぇいっ、ブシド―――――!』パァン
626: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:53:26.34 ID:cA6JenPS0
スタッフ「……流石ブシドー、ニンジャのワザもこなせる。すごいぞブシドー、すごすぎるぞブシドー。こまけぇこたぁいいんだよの精神だ、ブシドー」
まりな(自分に言い聞かせるように言ってる……)
オーナー(あとでフォローしておこう)
オーナー「さて、若宮くんの見事なブシドーも終わったことだし、次は誰の出番かな」
まりな「次は確か……あっ」
スタッフ「どうしたんですか、まりなさ――あ、いや、そんな細かいことは気にしないぞ、僕は。次は花園さんか。わー楽しみだなぁー」
オーナー「うむうむ。一風変わった花園くんのことだ。きっと度肝を抜くようなことをやってくれるはずだ」
まりな(……うん、まぁ、確かに度肝を抜かれる……かな)
627: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:53:54.88 ID:cA6JenPS0
彩『えっと、たえちゃんのかくし芸は……“うさぎのモノマネ”だよね?』
花園たえ『はい! うさぎがニンジンを食べているところのモノマネをします』
628: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:54:27.31 ID:cA6JenPS0
スタッフ「うさぎのモノマネ……?」
オーナー「ほう、犬や猫は見るが、うさぎとは……」
まりな「…………」
629: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:54:53.70 ID:cA6JenPS0
たえ『それじゃあ、いくね。口元に注目だよ』
たえ『…………』モグモグ
630: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:55:29.49 ID:cA6JenPS0
スタッフ(座り込んで……)
オーナー(前歯で何かを食むような仕草をしている……)
まりな「…………」
631: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:55:55.63 ID:cA6JenPS0
たえ『…………』モグモグ
632: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:56:26.33 ID:cA6JenPS0
スタッフ(えっ、これだけ? いや、そんなまさか、な……)
オーナー(ここからどう持っていくのか……花園くんの手腕の見せどころだな……)
まりな「…………」
633: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:56:53.27 ID:cA6JenPS0
たえ『…………』モグモグモグ
634: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:57:26.06 ID:cA6JenPS0
スタッフ(う、うそだろ……ずっと同じ動きだぞ……?)ゴクリ
オーナー(まさか……このまま押し通すのか……)ゴクリ
まりな「…………」
635: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:58:41.37 ID:cA6JenPS0
たえ『…………』モグモグモグモグ
636: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:59:14.96 ID:cA6JenPS0
スタッフ(すごい勢いで空気が凍っていく……のに、)
オーナー(まったく動じていない……なんという精神力なんだ、花園くん……)
まりな「…………」
637: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 20:59:41.11 ID:cA6JenPS0
たえ『……はい、終了。どうだった? 似てた?』
市ヶ谷有咲『似てた! 似てたから! も~早く戻ってこいって!』
638: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:00:12.58 ID:cA6JenPS0
スタッフ(うわぁ、市ヶ谷ちゃんの方が必死になってる……)
オーナー(うぅむ、なんと評すればいいのだろうか、これは……)
まりな「…………」
たえ『えー、続きまして――』
有咲『まだやんのかっ!?』スタッフ「まだやるの!?」
まりな(わ、綺麗に有咲ちゃんと声がハモった)
オーナー(花園たえ……彼女の器は計り知れないな……)
……………………
639: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:00:47.27 ID:cA6JenPS0
スタッフ(それからもかくし芸大会は続いた)
スタッフ(青葉さんの“目隠し利きパン”、氷川姉妹の“テーブルクロス引き”、弦巻さんと奥沢さんの“ジャグリング”、それからまりなさんのギター演奏)
スタッフ(腕もかなりなまっちゃってる、なんて言ってたけど、果たしてそうだろうか)
スタッフ(まりなさん、仕事の休憩時間なんかにはたまにアコースティックギターを抱えてギターをかき鳴らしてるし)
スタッフ(そのことをまりなさんに言ったら、)
まりな「いや、ほら……ね? 私の前のこころちゃんと美咲ちゃんが……あまりにもプロだったでしょ? だからほら、少しでもハードルを下げないとって思ってさ……」
スタッフ(とのお言葉を貰った。気持ちは分からなくもなかったので僕は軽く頷いておいた)
スタッフ(でも、すごい上手なんだから謙遜なんてしなくてもいいのに)
640: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:01:15.44 ID:cA6JenPS0
スタッフ(そんなことを思っているうちに、最後のかくし芸、戸山さんと丸山さんのマジックが始まった)
スタッフ(この2人でマジックなんて大丈夫なんだろうか、と思っていたのは会場のみんなも一緒だったようで、次第に彼女たちに対する応援が大きくなっていった)
スタッフ(マジックってこういうものだっけ、という疑問が頭にもたげたけど、僕は気にしないことにした)
スタッフ(今日から僕は細かいことは気にしない人間になると心に誓ったからだ。別に若白髪とか全然関係ないし気にもしていないけど、やっぱり男たるもの少しぐらい大らかな、そう、花園さんのかくし芸くらいの大らかさが必要なんだ)
スタッフ(そう思っているうちに、2人のマジックも無事に……彼女たちらしいという意味で、無事に終わった)
スタッフ(録画はまだまだ続いていたけど、かくし芸大会はそこで終わりのようだった。まりなさんがテレビに繋いだレコーダーを取り外して僕たちの方を振り返った)
641: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:01:46.60 ID:cA6JenPS0
まりな「かくし芸大会は以上です。どうでした?」
オーナー「いやぁ、よかったよ。やっぱり若さっていうのは財産だねぇ。彼女たちがこうしてウチを盛り上げてくれると助かるよ」
スタッフ「ですね。僕もあんまりあの子たちと直接関わることはないですけど、彼女らの姿を見てると元気を貰えますよ」
まりな「ふふ、それならよかった。みんなにも伝えておくね」
オーナー「うむ。これからもCiRCLEを贔屓にしてもらうために、今後も彼女たちの要望は出来るだけ聞き入れるようにしよう」
スタッフ「はい。……あれ」
まりな「どうしたの?」
スタッフ「あ、いや、そういえば結構時間経ってたなぁって思いまして……っ!!」チラ
まりな「あ、そういえば……っ!?」チラ
642: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:02:16.72 ID:cA6JenPS0
オーナー「楽しい時間というのは過ぎるのが早いものだからね。私も若い頃は」
スタッフ「いやっ、言ってる場合じゃないですって!! もうオープンの時間、10分も過ぎてるじゃないですか!!」
まりな「と、とりあえずお店開けなくちゃ! えぇと今日は朝一の予約は……!」
スタッフ「昨日、ロゼリアの子たちが予約入れてきませんでしたっけ!?」
まりな「入ってた! 練習終わりに入れてった!!」
スタッフ「うわぁまずい、絶対に外で待ってるよ! と、とりあえず表口開けてきます!」
まりな「ロゼリア、Bスタジオだよね!? 準備は出来てるから鍵だけ持ってくる!!」
オーナー「はっはっは、元気なことはいいこと――」
スタッフ「呑気なこと言ってないでオーナーも手伝ってください!!」
まりな「受付カウンターの準備しててください!!」
オーナー「……うむ」
スタッフ「あー絶対これ怒られる! 湊さんの氷のように冷え切った瞳が目に浮かぶ!」ドタドタ
まりな「それから紗夜ちゃんにグサッと心に刺さること言われる! そのあとリサちゃんにフォローされて余計にいたたまれなくなるやつ!」バタバタ
オーナー「……うむ、これもウチらしくていいんじゃないかな」
643: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:02:45.65 ID:cA6JenPS0
☆スタッフくんの口調について
――CiRCLE――
スタッフ「はい、スタジオのご予約ですね。日時はお決まりでしょうか?」
「えぇっと、今度の日曜日の……」
スタッフ「ええ、その日でしたらこの時間からこの時間、それとここの時間も空いてます」
「それじゃあここのところで……」
スタッフ「はい、承りました。もしご都合が悪くなりましたら、特にキャンセル料は頂きませんので、早めにご連絡ください。お電話でもご来店でも、どちらでも対応できますから」
「分かりました! ありがとうございます!」
スタッフ「いえいえ、こちらこそ。それでは日曜日の午後3時からで、お待ちしていますね」
644: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:03:27.05 ID:cA6JenPS0
―少し離れたところ―
ポニ子(CiRCLEを日頃ご利用いただいております皆さま方、どうもこんにちは)
ポニ子(いつもカウンターでまりなさんの隣にいる、ポニーテールがチャームポイントのポニ子でございます)
ポニ子(ポニ子というのはもちろん本名じゃありません。わたしはいっつもポニーテールだから、気付いたらみんなからポニ子とかポニちゃんとか呼ばれるようになり、今ではもう完全にそれが定着した次第でございます)
ポニ子(そんなわたしですが、少し気になっていることがあって、スタッフさんのことをなんとなく観察している真っ最中です)
645: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:04:28.94 ID:cA6JenPS0
ポニ子「…………」ジー
まりな「どうしたの、ポニちゃん?」
ポニ子「え?」
まりな「なんだかずっとスタッフくんのこと見てたけど……」
ポニ子「別になんでもないですよ?」
まりな「なんでもない、って割にはすごい凝視してたよ? あ、もしかして若白髪があるのが気になる? でもそれは口にしないであげてね?」
ポニ子「いえいえ、それは気にならないんで……」
まりな「あれ、そうなの? じゃあ他になにか気になることがあるんだ?」
ポニ子「まぁその、気になるって言ってもそんな大層なことじゃないんですけどね」
まりな「ふーん? 私でよかったら話くらい聞くよ?」
ポニ子「ええ、それじゃあまぁ……暇ですし、少し相手をお願いいたします」
まりな「ん、任せて。これでも結構長いこと一緒に働いてるからね。あの子のことで分かんないことなんて多分そんなにないよ」
ポニ子「ええ、ええ、それは心強いことです。それじゃあ早速なんですけど……」
まりな「うん」
ポニ子「スタッフさん、人によって口調変えますよね……って思ってたんです」
まりな「……あー、そうだね」
646: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:05:05.04 ID:cA6JenPS0
ポニ子「お客さま方にはもちろん敬語。それはいいんですけど……ほら、よく来てくれるガールズバンドの子たちだと、結構変えてるじゃないですか」
まりな「だねぇ。基本はみんな名字にさん付けして丁寧に話すことが多いけど、例外の女の子もいるね」
ポニ子「でしょう? あ、でも氷川さんたちと、あと宇田川さんたちは分かるんですよ」
まりな「姉妹だもんね。『紗夜さん』、『日菜さん』、『巴さん』、『あこちゃん』って呼んでるね」
ポニ子「ええ、堅苦しいくらいに徹底してさん付けで。まぁ宇田川妹さんは分かります。幼いですし、ちゃん付けっていうのは」
まりな「そうだね。あの子たちの中じゃ一番年下だし、みんなからも可愛がられてるもんね」
ポニ子「それと同じ理由で、北沢さんもなんとなく分かります」
647: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:05:43.19 ID:cA6JenPS0
まりな「ああ、はぐみちゃん」
ポニ子「はい。あの子も幼げですし、ちゃん付けで呼ぶのは分からないでもないです」
まりな「最初は北沢さんって呼んでたんだよ。でも、確か親戚の女の子に似てるから下の名前にちゃん付けで呼ぶようになったんだ」
ポニ子「そうなんですか?」
まりな「うん。ここの近くに親戚の家があって、そこに住んでる歳の離れたいとこに似てるんだー、みたいなこと言ってた」
ポニ子「はー、そんな理由があったんですか」
まりな「今は疎遠になっちゃったって言ってたけど、昔はよく一緒に遊んであげてて、そのせいではぐみちゃんははぐみちゃん呼びじゃないとなんか落ち着かない……らしいよ」
ポニ子「あの人って意外とめんどくさい性格してますよね」
まりな「あはは……でもそういう生真面目なところも彼の長所だってオーナーが言ってたから。私もそう思うし、信頼できるからさ」
648: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:06:21.37 ID:cA6JenPS0
ポニ子「へぇー……」
まりな「……なんだか意味深な顔になってない、ポニ子ちゃん?」
ポニ子「いえ、べつに。気のせいですよ。それより、北沢さんのことはある程度分かってたのでいいんですよ。でも最も大きな謎は別にあるんです」
まりな「最も大きな謎?」
ポニ子「はい。本当、前々からずーっと気になってたんですけど……なんで市ヶ谷さんだけ『市ヶ谷ちゃん』呼びなんですか?」
まりな「あー、それね」
ポニ子「名字にさん付けが基本、幼げな子は名前にちゃん付けが基本、じゃあなんで市ヶ谷さんだけ名字にちゃん付けなんだろう……っていうのが、バイトの暇な時の定番の考えごとなんですよ」
まりな「んー、それは話すと長くなるけど」
ポニ子「はい」
まりな「簡単に言うとね、『あいつだけ僕にタメ口&呼び捨てだから』って感じ」
649: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:07:15.30 ID:cA6JenPS0
ポニ子「……はぁ……?」
まりな「有咲ちゃんとスタッフくんが話してるところ、見たことあるよね?」
ポニ子「ええ、そりゃあ。市ヶ谷さんもスタッフさんも、ずいぶん砕けた……っていうかいがみ合ってるのかってレベルですよね。あの2人が他人を指して『お前』呼びするのなんて珍しいですし」
まりな「でしょ? だから、市ヶ谷ちゃんって呼んでるの」
ポニ子「……因果関係がイマイチ分からないのですが」
まりな「まぁ……色々あるんだよ」
ポニ子「色々、ですか」
まりな「うん」
650: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:07:41.28 ID:cA6JenPS0
ポニ子(……あんまり深く踏み入っちゃいけないことなんだろうか)
まりな(疎遠になった親戚の子とよく一緒に遊んでたのが有咲ちゃんらしくて、昔から面識のある幼馴染ってだけだけど)
ポニ子(もしかして、超絶仲悪い……とか?)
まりな(有咲ちゃん相手だと本当に遠慮しないからなぁ。有咲ちゃんも有咲ちゃんでツンデレちゃんだから結構当たり強いし)
ポニ子(確かにスタッフさんは生真面目だし……高校生に呼び捨てタメ口されたら、虫も殺せないヘタレでもちょっと怒るのかな……)
まりな(『うっせー! 有咲ちゃんなんて呼ぶなぁー!』って言われた時、『昔は「おにーさん、おにーさん」って呼んできてあんなに懐いてたのに……』とかぼやいてたなぁ)
ポニ子(うぅん……聞かない方がよかったかも……)
まりな(でも端から見てるとケンカするほど仲がいいっていう兄妹にしか見えないし、微笑ましいけどね)
651: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:08:11.64 ID:cA6JenPS0
ポニ子「あれ、でも……」
まりな「うん?」
ポニ子「弦巻さんもそうじゃないですか?」
まりな「こころちゃんかぁ。こころちゃんはほら、誰にでもそうだし……なんていうか、あの子なら気にならないじゃない?」
ポニ子「あー……はい、そうですね」
まりな「でしょ? でも有咲ちゃんだと、私には敬語を使うのにスタッフくんにはすごくフレンドリーだからさ」
ポニ子「市ヶ谷さん、わたしの方が年上っていうのもありますけど、いつも丁寧に接してくれますね。確かにCiRCLEの従業員の中で、砕けた口調で話すのはスタッフさんだけですね」
まりな「だから市ヶ谷ちゃんって呼び方なんだよ」
ポニ子「そうなんですね……腑に落ちたような落ちないような……」
まりな「あ、噂をすれば……」
ポニ子「……市ヶ谷さんですね」
652: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:08:42.66 ID:cA6JenPS0
スタッフ「あ、いらっしゃい、市ヶ谷ちゃん」
有咲「げっ」
スタッフ「いや『げっ』ってなんだよ、『げっ』って」
有咲「別に。まりなさんじゃねーの、今日の受付は」
スタッフ「まりなさんなら、ほら、さっきからあそこでポニ子ちゃんと一緒に仕事サボってるよ」
有咲「サボってって……ああ、ホントだ。なんか2人して椅子に座ってこっち見てる」
スタッフ「ま、平日のこの時間は暇だからいいんだけどさ。市ヶ谷ちゃんはポピパのみんなとスタジオだっけ?」
有咲「ああうん。たまにはスタジオで練習したいっておたえが言い出してな」
スタッフ「ふぅん。Cスタジオもう用意してあるし、先に入ってる?」
有咲「は? いいの?」
スタッフ「いいよ。どうせ今日はガラガラだったし、全員揃ってから利用開始にするし」
653: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:09:09.71 ID:cA6JenPS0
有咲「ん、じゃあお言葉に甘えて」
スタッフ「…………」
有咲「……なんだよ?」
スタッフ「いーや、別に。ただ、昔はもっと可愛げがあったのになぁって思って」
有咲「はぁっ? なんだよそれ」
スタッフ「はぁー……昔の市ヶ谷ちゃんだったら『ありがと、おにーさん』って笑顔で言ってくれただろうなぁ……」
有咲「いつの話してんだよ……ったく」
スタッフ「はい、それじゃあこれ、スタジオの鍵。ポピパのみんなが来たらもうスタジオに入ってるって言っとくよ」
有咲「ん。……その、ありがと」
スタッフ「え? なになに? よく聞こえなかった。ちょっともう一回言ってくんない?」
有咲「う、うるせー! 絶対聞こえてただろ!」
スタッフ「まったく、お礼もちゃんと言えない子に育つなんて……お兄ちゃんは悲しいよ」
有咲「誰がお兄ちゃんだっつーの! 私は一人っ子だ!」
スタッフ「えー、だって昔はあんなに……」
有咲「だからいつの話だよ! さっさと鍵寄越せ!」
スタッフ「はーい」
有咲「たっくもう、たまにお礼を言えばこうなんだから……」
654: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:09:41.34 ID:cA6JenPS0
ポニ子「……仲良さそうですね」
まりな「うん、普通に仲良しだよ」
ポニ子「まりなさんが色々あるって言うから、てっきり超絶仲が悪いのかと思いましたよ」
まりな「あはは、まさか。ここに来てくれる子はみんないい子たちだし、スタッフくんも真面目だからね」
ポニ子「そうですよね。仲が悪かったらこんなにウチを贔屓にしてくれませんよね」
まりな「うん。『和!』だね」サークリングノポーズ
ポニ子(でも、色々あったの色々って何なんだろうなぁ……)
まりな「……あの、ポニちゃん? 流石に無反応だとお姉さん悲しいなぁって思うんだけど……?」サークリングノポーズ
655: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:10:18.87 ID:cA6JenPS0
☆いつも一緒にいますね
――ショッピングモール――
スタッフ「えぇっと、必要なものは今の雑貨屋で全部……ですね」
まりな「うん、そうみたいだね。ごめんね、買い出しに付き合ってもらっちゃって」
スタッフ「いえいえ、どうせヒマしてましたし」
まりな「そう言ってくれると助かるよ。あ、そうだ。そうしたらこの後――」
「おーい!」
スタッフ「ん?」
まりな「うん?」
上原ひまり「やっぱりまりなさんたちだ! どうも、こんにちはっ」
有咲「どうもー」
656: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:11:07.28 ID:cA6JenPS0
スタッフ「ああ、上原さんに市ヶ谷ちゃん」
まりな「奇遇だね。2人とも、お買い物?」
ひまり「はい、ウィンドウショッピングです! 雑貨屋に新しい商品が入ったってつぐが言ってたんで、有咲と一緒に見に来たんですよ!」
まりな「そうなんだ。ふふ、仲良しさんだね」
ひまり「ふっふっふ、有咲と私はもうマブダチですよ、マ・ブ・ダ・チ!」
有咲「マ、マブダチって……どんな言葉選びだよそれ……」
スタッフ「……ふっ」
スタッフ(照れてやんの)
有咲「ああ? なんですか、その意味深な笑いは?」
スタッフ「いや別に?」
有咲「別に、じゃねーだろ明らかに……」
スタッフ「そう睨まないでくれたまえ、市ヶ谷ちゃん。ほらスマイルスマイル。笑ってた方が可愛いぞー」
有咲「うるせー!」
657: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:11:36.78 ID:cA6JenPS0
ひまり「…………」
まりな「どうしたの、ひまりちゃん」
ひまり「あ、いえ……前から思ってたんですけど、有咲とスタッフさんって仲いいですよね」
有咲「いやいや仲良くねーって、こんなやつとは」
スタッフ「ひどい言われようだ。昔の市ヶ谷ちゃんは――」
有咲「ややこしくなるから黙ってろ」
まりな「あー、そうだね。色々あるみたいだから、あの2人には」
ひまり「色々……いろいろ……?」
ひまり(なんだろう、色々って。……ま、まさか、実は裏ではこっそりお付き合いしてるとか……?)
ひまり(禁断の歳の差カップル……そんなことになってたとしたら……うきゃー!)
658: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:12:05.84 ID:cA6JenPS0
有咲「いや、ひまりちゃんの考えてることはねーから」
ひまり「えっ」
スタッフ「うん。残念ながら、上原さんの考えてることは見当違いだよ」
ひまり「え、え!? なんで2人とも、私の考えてることが分かるの!?」
まりな「あー……なんていうか、顔を見ればすぐに分かっちゃったよ、ひまりちゃん」
ひまり「えー! まりなさんまで!? うぅ、私ってそんなに分かりやすいかなぁ……」
まりな「まぁまぁ。それがひまりちゃんの良いところだと思うよ」
スタッフ「うんうん。本当、上原さんのそういう素直なところは素晴らしい」
有咲「こっち見ながら言うな」
ひまり「そ、そうですか? えへへ……」
スタッフ(その切り替えの早さも良いところだよなぁ)
まりな(表情がころころ変わって可愛いなぁ)
有咲(私が言うのもなんだけど、チョロいなひまりちゃん……)
659: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:12:48.38 ID:cA6JenPS0
ひまり「それで、まりなさんたちはどうしたんですか?」
まりな「私たちもひまりちゃんたちと一緒だよ。CiRCLEで使う備品が切れかけててね、買い物に来てたんだ」
有咲「へー。結構たくさん買ったんですね」
まりな「うん。なんだかんだ必要な物って多くてね……。でも、ひまりちゃんや有咲ちゃんたちに気持ちよく使ってもらいたいからさ。これくらいへっちゃらだよ」
ひまり「いつもありがとうございます!」
有咲「う……すいません、ポピパはウチばっかであんまスタジオは使えてませんけど……ありがとうございます」
まりな「どういたしまして。これからもウチをご贔屓にしてくれたら嬉しいな……なーんて、ちょっと恩着せがましいかな」
ひまり「そんなことありませんよっ。これからもバンバン使いますからね!」
有咲「私たちもライブの時にはお世話になります」
まりな「あはは、ありがとね」
660: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:13:19.46 ID:cA6JenPS0
ひまり「もうお買い物は終わったんですか?」
まりな「うん。だからこれから戻るところなんだ」
有咲「そうなんですね。そしたらどんどんコイツをこき使ってやってください」
スタッフ「おーおー随分な言い草だな市ヶ谷ちゃん。言っておくけど僕は今日非番だからね? 善意100%でまりなさんのお手伝いしてるからね?」
まりな「うん……ごめんね、本当に。せっかくのお休みなのに手伝って貰って……」
スタッフ「いえいえ。今日は本当に予定もありませんでしたし、まりなさんは気にしないでくださいよ」
有咲「そういえば、2人っていつも一緒にいますよね」
有咲(……つかこいつ、まりなさんに変な下心とか持ってんじゃねーだろうな)ジトー
スタッフ(あ、『こいつ下心持ってんじゃねーだろうな』とか思ってるな。余計なお世話だ)
有咲(ぜってー今『余計なお世話だ』って思ってるな)
661: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:14:03.22 ID:cA6JenPS0
まりな「え、そうかな?」
ひまり「確かに言われてみれば……いつCiRCLEに行っても大体一緒だし……商店街とかでもいつも並んで歩いてるような……」
まりな「まぁウチは人手も少ないし、なんだかんだで一緒にいることは多いかなぁ」
スタッフ「ですねぇ。気付けば大抵一緒にいますね」
ひまり(そうですよそうですよ……確かにまりなさんとスタッフさんっていっつも一緒にいますよ)
ひまり(これは……アレだね、いわゆるひとつのオフィスラブ!)
ひまり(みんなに優しいお姉さんとお兄さん、だけど夕暮れに染まったCiRCLEにふたりっきりになるとその柔和な仮面が取れて、そこにあるのはひとりの男と女なんて……わきゃー!)
662: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:14:30.05 ID:cA6JenPS0
まりな「いや、あの、ひまりちゃん?」
スタッフ「逞しい妄想をしてるところ申し訳ないけど……別にそういうことはないからね?」
ひまり「え、え!? もしかしてまた!?」
有咲「うん……顔に全部出てた」
ひまり「うっそー!? ご、ごめんなさい! 2人で変なこと考えちゃって……!」
まりな「う、ううん。ひまりちゃんくらいの女の子ならみんなそういうことに興味はあるだろうし……ね?」
スタッフ「そうだよ。気にしないで」
有咲(……あれ、そういやひまりちゃん、私とあいつで妄想したことは謝ってなくね? いや別にいいんだけどさ)
663: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:14:58.49 ID:cA6JenPS0
まりな「確かに私たちってよく一緒にいるなーって思うしね」
スタッフ「ええ。シフトも大体一緒ですし、お昼休みも必然的にほとんど一緒ですし」
まりな「買い出しとか外回りなんかもほとんど一緒だもん」
スタッフ「たまにご飯食べたり飲んで帰ることもありますし」
まりな「休みの日はこうでもしないと会わないけどね」
スタッフ「ええ。だから気にしないで平気だよ、上原さん」
ひまり「うぅぅ……やっぱり2人とも優しい……」
有咲(いや……普通に考えて一緒にいすぎだろ……)
664: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:15:28.51 ID:cA6JenPS0
まりな「あっと、つい話し込んじゃったね。私たちはそろそろCiRCLEに戻るよ。ポニちゃんに店番任せちゃってるし」
スタッフ「そうですね。それじゃあ上原さん、市ヶ谷ちゃん。またCiRCLEで」
ひまり「はい! お仕事頑張って下さいね!」
まりな「うん、ありがとね」
有咲「えと……また今度」
スタッフ「はしゃぎすぎて上原さんに迷惑かけるなよー」
有咲「うっせー! さっさと行け!」
まりな「それじゃあね」
ひまり「はーい!」ブンブン
665: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:15:58.50 ID:cA6JenPS0
まりな「さてと、それじゃあ戻ろっか」
スタッフ「ええ」
まりな「それにしても……ふふ」
スタッフ「どうかしましたか?」
まりな「ううん、大したことじゃないんだけど……やっぱり有咲ちゃんにはお兄ちゃんするんだなーって」
スタッフ「あー……はい。つい昔の癖で」
まりな「ふふ、お兄ちゃんしてるキミってなんだか新鮮だな」
スタッフ「やめてくださいよ、恥ずかしいじゃないですか。それより、さっき何か言いかけてませんでしたか?」
まりな「さっき? えーっと……ああ、そうそう。お休みの日に手伝って貰っちゃって何もしないのも悪いからさ、あとでご飯でも食べに行かない? ごちそうするよ」
スタッフ「あ、本当ですか? ありがとうございます、お言葉に甘えちゃいます」
まりな「ふふふ、今日はお姉さんが奢っちゃうぞー、なーんて」
スタッフ「なんですかそのテンションは?」
まりな「キミが有咲ちゃんを構う時の真似だよ」
スタッフ「え、うそ、僕そんな風なんですか、市ヶ谷ちゃん構ってる時」
まりな「大体こんな感じ」
スタッフ「いやいや絶対嘘ですよ、それは盛ってますよ」
まりな「えー? じゃあCiRCLEでポニちゃんにも聞いてみなよ。絶対こんな感じだって言うから――……」
スタッフ「いいですよ。ポニ子ちゃんなら絶対気だるげな顔して『似てません』って言いますからね――……」
666: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:16:24.72 ID:cA6JenPS0
有咲「…………」
有咲「……いや、絶対あの2人、付き合ってるだろ……」
ひまり「どしたの、有咲?」
有咲「なんでも。案外ひまりちゃんって鋭いのかなぁーって」
ひまり「え、そう? ふっふっふ……やはり名探偵ひまりちゃんにかかればこの世に解けない謎なんて……」
有咲「それは調子に乗りすぎ」
667: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:17:11.61 ID:cA6JenPS0
☆聞き上手なスタッフくん
――CiRCLE――
白金燐子「……はい、そういう訳がありまして……」
スタッフ「そうなんだ。じゃあやっぱり環境的にはコスト低めの方が動きやすいんだね」
燐子「ええ……一概にこれ、と決めつけるのはよくありませんけど……そういう感じです……」
スタッフ「僕は中コストばっかりだったからあんまりそういうの気にしたことなかったな」
燐子「一度やってみると……案外使いやすいですよ……」
スタッフ「うん、今度試してみるよ」
燐子「はい……。あ、もうこんな時間……」
スタッフ「あ、本当だ」
燐子「お話、聞いてくれてありがとうございました……。それでは、また……」
スタッフ「うん。気をつけてね」
燐子「はい……失礼します……」ペコリ
スタッフ「はーい」
668: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:18:06.24 ID:cA6JenPS0
まりな「お疲れさまー。私が受付するから休憩に入って大丈夫だよ」
スタッフ「あ、お疲れさまです。分かりました」
まりな「あれ、あの後ろ姿は燐子ちゃん?」
スタッフ「ええ。待ち合わせに少し時間があったみたいなんで、ちょっと話をしてました」
まりな「そうなんだ」
スタッフ「やっぱり女の子って話好きですよね。白金さんも無口なようで、よく話を聞かせてくれますし」
まりな「そうだね。ついつい話しこんじゃうこと、結構あるなぁ。みんな仲良しで、聞いてて楽しい話ばっかりだし」
スタッフ「仲良きことは美しき哉、ってやつですね」
まりな「うん。……そういえば、キミもキミで聞き上手だよね」
スタッフ「え、そうですか?」
まりな「そうだと思うよ。なんだろうね、雰囲気かな? キミっていつでも話聞いてくれそうで、喋りやすいんだ」
スタッフ「……それって、みんなに僕がいつも暇そうにしてるって思われてません?」
まりな「いやいや、そんなことないよ。流石に忙しい時はみんな世間話をしてこないでしょ?」
スタッフ「まぁ……そうですね。手の空いてる時だけですかね」
669: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:18:38.77 ID:cA6JenPS0
まりな「でしょ? それだけキミは親しみやすいんだと思うよ」
スタッフ「そうですかね。そんな自覚はありませんけど」
まりな「その自覚がないからいいんじゃないかな」
スタッフ「そういうもんですか」
まりな「そういうもんなのです。……あ、ごめんね、休憩に入るのにまた話しこんじゃうところだった」
スタッフ「いえ、気にしないでください。まりなさんと話すの、僕は好きですから」
まりな「あー……」
スタッフ「……? なんだか何か言いたげな顔になってますよ?」
まりな「うん、キミはやっぱり聞き上手だよ。いや、聞き上手っていうか、話させ上手?」
スタッフ「なんですかそれ」
まりな「思わずお話したくなるタイプの人ってことだよ」
スタッフ「よく分かりませんが……」
まりな「それでいいと思う。キミはそのままのキミでいて欲しいな」
スタッフ「はぁ」
まりな「さ、休憩入ってきちゃって」
スタッフ「分かりました」
670: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:19:15.48 ID:cA6JenPS0
――CiRCLE・事務室――
――ガチャ
スタッフ「お疲れさまです……って、誰もいないか」
ポニ子「いますよ」
スタッフ「わっ」
ポニ子「なんですか、『わっ』って」
スタッフ「ああいや、ごめんごめん。そういえば17時からバイト入ってたね」
ポニ子「はい。大学から直行してきたんですけど、ちょっと早く着きすぎたんで時間つぶし中です。スタッフさんは休憩ですか?」
スタッフ「うん、そう」
ポニ子「そうですかそうですか。お邪魔ならわたしはどこかへ放浪しますけど」
スタッフ「いやいや、そんなお気遣いはいらないって。ポニ子ちゃんも暇なら話にでも付き合ってよ。飲み物くらいなら奢るからさ」
ポニ子「ええ、分かりました。わたしは今、アップルジュースの気分です」
スタッフ「ん、了解。ちょっと自販機で買ってくる」
ポニ子「ありがとうございます。ごちそうになります」
671: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:19:44.84 ID:cA6JenPS0
―しばらくして―
スタッフ「ポニ子ちゃんって甘いもの好きだよね」
ポニ子「ええ、ええ。女子の身体の半分は甘いもので出来てるんですよ」
スタッフ「甘いものは別腹的なやつか」
ポニ子「むしろ甘いものが本命で、その他が別腹です。ケーキが主菜、ご飯は副菜です」
スタッフ「女の子ってすごいな。僕がケーキを主菜に食べたら、甘すぎて胸焼けしちゃうよ」
ポニ子「それはスタッフさんが歳だからじゃ」
スタッフ「ポニ子ちゃん?」
ポニ子「すみません、思わず本音が」
スタッフ「そっか、それならいい――いやよくないよね?」
ポニ子「失敬」
672: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:20:13.75 ID:cA6JenPS0
スタッフ「はぁ……僕、まだそんな歳じゃないのに……」
ポニ子「いくつでしたっけ?」
スタッフ「まりなさんの2つ下」
ポニ子「ほうほう、つまりそれはわたしにまりなさんの年齢を尋ねろと仰るのですね?」
スタッフ「他意はございません」
ポニ子「気にしてると余計老け込みますよ」
スタッフ「いや、それは迷信……あ、でも……」ソッ
ポニ子(あ、髪の毛触ってる。確か若白髪は気にしてるっぽいことまりなさんが言ってたし、話変えよう)
673: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:21:07.79 ID:cA6JenPS0
ポニ子「そういえば、スタッフさんと市ヶ谷さんって仲良しですよね」
スタッフ「仲良し……いや、仲が悪い訳じゃないけど、仲良しってほどじゃないよ」
ポニ子「そうですか? わたしが知っている限りだと、あんなに砕けた言葉で話すのは市ヶ谷さんくらいしか思いつきませんけど」
スタッフ「あー、まぁ、昔の癖でね。あの子とは幼馴染……うーん、幼馴染ってほど馴染んでないけど、昔からの知り合いだからさ」
ポニ子「そうだったんですね。だから他の人に比べてあんなに遠慮がないと」
スタッフ「そんなに市ヶ谷ちゃん相手だと違うかな、僕」
ポニ子「違いますね。この前まりなさんがやった『対市ヶ谷さんのスタッフさん』のモノマネ、激似でした」
スタッフ「マジか、僕って他人から見るとあんな風なんだ……」
ポニ子「はい。妹に構ってもらいたい兄貴って感じがします」
スタッフ「うわー、仕事場の女の子にそんなこと思われてるなんて確実にヤバい人じゃん……今度から自重しよう……」
ポニ子「いいんじゃないですか、そんな自嘲も自重もしなくても。その方がスタッフさんらしくて親しみやすいですよ、たぶん」
スタッフ「たぶんって……まぁ、あんまり市ヶ谷ちゃんにウザいって思わせるのも悪いし、少し接し方は考えてみるよ」
ポニ子「そうですか」
674: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:21:50.25 ID:cA6JenPS0
スタッフ「あ、親しみやすいって言えば、さっきさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「まりなさんに僕が聞き上手……っていうか、話させ上手だって言われたんだけど、そういう節ってあるのかな」
ポニ子「話させ上手……あー、分からないでもない……ですかね。そういうところもありますよ」
スタッフ「そうなの?」
ポニ子「はい。なんでしょうね、スタッフさん、何しても怒んなさそうって空気がありますから」
スタッフ「それって僕が舐められてるってことじゃ……」
ポニ子「いえいえ、違いますよ。親しまれているのです」
スタッフ「違いが分からないのですが」
ポニ子「あれですよ、あれ。親しみには気遣いも含まれてますから。ちゃんとTPOをみんな弁えてます。その上で、暇そうにしてるなら話を聞いてもらおうって思ってるんですよ、きっと」
675: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:22:21.02 ID:cA6JenPS0
スタッフ「あー」
ポニ子「心当たりがあるでしょう? 大抵いつも暇そうな顔してますし」
スタッフ「うん……うん?」
ポニ子「何でもないです。つい口が滑りました」
スタッフ「えぇ……僕、普通に真面目に仕事してるのに……」
ポニ子「まぁその、そういうことですよ。こう、ついうっかり口を滑らせてしまう程度に、みなさんから親しまれてるってことですよ」
ポニ子「オーナーもよく言ってるじゃないですか。仲良きことは美しき哉って」
スタッフ「うーん……それならいいのかな」
ポニ子「はい。良き哉良き哉」
676: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:22:57.48 ID:cA6JenPS0
スタッフ「あ、もう休憩終わりだ」
ポニ子「わたしもそろそろいい時間ですね」
スタッフ「それじゃあ、今日も一日よろしくお願いします」
ポニ子「よろしくお願いします」
スタッフ「僕は先に行ってるね」
ポニ子「はーい」
――ガチャ、バタン
ポニ子「…………」
ポニ子「多分、スタッフさんを本気で話させ上手って思ってるのはまりなさんだけだと思いますよ。まりなさんには市ヶ谷さんとは違うベクトルで遠慮がありませんし」
ポニ子「……って言っていいのか迷ったなぁ」
677: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:23:35.59 ID:cA6JenPS0
☆やきもち
――CiRCLE――
山吹沙綾「こんにちはー」
まりな「あ、こんにちは、沙綾ちゃん。今日もポピパのみんなでスタジオだっけ」
沙綾「はい。やっぱり環境が変わるといい刺激があって。それで、ちょっと早く着いちゃったんで、ここで待たせてもらってもいいですか?」
まりな「もちろんいいよ」
沙綾「ありがとうございます。……あ、そうだ、そういえば」
まりな「どうしたの?」
沙綾「前にスタジオ借りた時、スタッフさんが融通を利かせてくれたみたいで……ありがとうございました」
まりな「あー、ううん、いいよいいよ。みんなは常連さんだし、その日は暇だったし、気にしないで」
沙綾「それでもありがとうございました」
まりな「はい、どういたしまして」
678: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:24:56.75 ID:cA6JenPS0
沙綾「それにしても、スタッフさんって有咲には随分甘いっていうのか、優しいっていうのか……気にかけてますよね」
まりな「そうだね。歳の離れた妹みたいな感じで、ついつい構いたくなるんだと思うよ」
沙綾「へぇ……。いつも丁寧なスタッフさんが有咲だけそう思うって、なんだかちょっと意外だなぁ」
まりな「一応、みんなはお客さんだからね。基本的に真面目だけど、あの子もあの子でちょっとお茶目なところがあるんだ」
沙綾「そうなんですね」
まりな「あんまりみんなにはそういうところを見せないかもしれないけどね。本当に生真面目っていうか、そういう性格してるからさ」ニコニコ
沙綾(毎度のことだけど、スタッフさんのこと話す時のまりなさんってすごいニコニコするなぁ)
679: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:25:27.97 ID:cA6JenPS0
まりな「CiRCLEの従業員に接するみたいにみんなにも接してあげればいいのに……なんてちょっと思うのになー。せっかくみんなが親しんでくれてるんだし」
沙綾「確かにそうですね。まりなさんもそうですけど、スタッフさんも話しやすくて良い人ですし」
まりな「でしょ? あの子、大抵のことは笑って許してくれそうな柔らかい雰囲気があるもんね。何だかこっちの方から思わず踏み込みたくなっちゃうよ」
沙綾「ええ、すごく親しみやすいですよね。私も自分の部屋にスタッフさん上げたことありますし」
まりな「……はい?」
沙綾「え?」
まりな「あ、ううん……なんでもないよ?」
沙綾(今一瞬すごい顔したような……)
680: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:25:58.39 ID:cA6JenPS0
まりな「えーっと……沙綾ちゃん?」
沙綾「は、はい?」
まりな「なんて言うんだろうな、えぇと……さ。こう……ほら、ね? 流石にあの子が何かしたってワケじゃないっていうのは分かってるんだけど、その状況を詳しく教えてもらってもいいかな?」
沙綾「ええ、いいですけど……」
まりな「うん、それじゃあお願い」
沙綾(今まで一度も見たことないくらい真面目な顔になってる……)
681: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:26:26.22 ID:cA6JenPS0
沙綾「えぇっと、私がお店にいる時に、スタッフさんが買い物に来てくれたんですよ」
まりな「うん」
沙綾「それで、その時店先で妹の紗南がスタッフさんにぶつかっちゃって」
まりな「うん」
沙綾「…………」
沙綾(いや、圧が……なんかプレッシャーがすごい……!)
682: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:26:51.41 ID:cA6JenPS0
まりな「続けて?」
沙綾「あ、はい、えぇと……転んで泣き出しちゃった紗南にキャンディーくれて……あやしてくれたんです」
まりな「優しい」
沙綾「……ええ、そうですね。で、まぁ、そのまま帰ってもらうのも悪かったので、私の部屋に上がってもらってお茶――じゃなくて、コーヒーをご馳走した……って感じです」
まりな「それだけ?」
沙綾「ええ。あ、あと帰り際にチョココロネをあげました」
まりな「そっか」
沙綾「はい」
まりな「……よかった、何も起きてない」
沙綾「え?」
まりな「ううん、なんでも」
沙綾「は、はぁ……」
683: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:27:21.93 ID:cA6JenPS0
まりな「けど、良くないなぁ、まったく。女の子の部屋に軽々しく上がるのはちょっといただけないよ」
沙綾「えぇと、それはウチの母さんが結構強引に上げちゃった感じだったんで……」
まりな「だとしても、だよ。そこをきっちり断るのが大人ってものなんだから」
沙綾「……なんか、なんていうか、ごめんなさい」
まりな「沙綾ちゃんが謝ることなんてひとつもないよ。これは完全にスタッフくんの過失なんだから」
沙綾「…………」
まりな「あの子には私からちゃんと尋も――言いつけておくから、沙綾ちゃんは気にしないでね」
沙綾「……はい」
684: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:27:47.70 ID:cA6JenPS0
香澄「こんにちはー!」
まりな「あ、ポピパのみんな来たみたいだよ」
沙綾「ええ、そうですね」
まりな「はい、じゃあこれ、スタジオの鍵」
沙綾「ありがとうございます」
まりな「じゃあ、今日も練習頑張ってね」
沙綾「はい……」
685: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:28:17.57 ID:cA6JenPS0
――スタジオ内――
沙綾「…………」
有咲「沙綾、どうかしたのか?」
沙綾「え?」
有咲「いや、なんかさっきから上の空だったからさ。悩みがあるなら話くらい聞くぞ」
沙綾「あーうん、ありがと。特に大したことでもないんだけどさ……」
有咲「うん」
沙綾「まりなさんって、スタッフさんのこと好きだよなぁーって」
有咲「あー……端から見たらどう考えても付き合ってるな、あの2人は」
沙綾「だよね……。ああ、スタッフさんに申し訳ないことしたな……まさかあんなことになるなんて……」
沙綾「尋問って言いかけてたけど、このあと大丈夫かな……」
有咲「まりなさんはともかく、アイツにならどれだけ迷惑かけてもヘーキだ。私が許すからどんどんやってやれ」
沙綾「そう言ってくれると少しだけ気が楽になるよ……」
686: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:29:03.07 ID:cA6JenPS0
☆なんかしたっけ?
――CiRCLE・事務室――
スタッフ「はぁ……」
スタッフ「…………」
スタッフ「はぁ~……」
ポニ子「さっきからどうしたんですか」
スタッフ「え? あ、あれ、ポニ子ちゃん? いつからそこに……」
ポニ子「スタッフさんが浮かない顔でここに入って来た時からずーっといましたよ」
スタッフ「あ、マジで……? ごめん、考えごとしてて気が付かなかったよ」
ポニ子「いいえ、お気になさらず。それよりも珍しいですね。スタッフさんがそんな深刻な顔してるのって」
スタッフ「え、そう?」
ポニ子「はい。気付いていないかもしれませんけど、眉間に深い皺がよって、迷子の犬のような困り果てた顔になってますよ。まぁ、ちょっとだけ似合ってますけど」
スタッフ「…………」
ポニ子(ツッコミがない……余程重大な悩みごとがあるんだろうか)
ポニ子(スタッフさんにはなんだかんだお世話になってるし、ここは話だけでも聞こう)
687: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:30:10.92 ID:cA6JenPS0
ポニ子「……話すことで楽になることもありますよ?」
スタッフ「え……」
ポニ子「たかが一介の学生に出来ることなんて大層なものではありませんけど、わたしにだって話を聞くことは出来ます」
スタッフ「…………」
ポニ子「悩みの種は自分の中にある時は見えませんけど、言葉にして吐き出して、それを客観的に眺めてみれば意外とちっぽけだったってこともあります」
ポニ子「もしも話せることであれば、話してみてくださいよ。たまにはわたしだって聞き役くらいはしますから」
スタッフ「ん……そう、だね」
ポニ子「…………」
スタッフ「……うん、ひとりで考えてても仕方ないし……ごめんね、少し話に付き合ってもらうよ」
ポニ子「ええ。わたしのことは壁だと思って、存分に吐き出してみてください」
688: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:30:41.80 ID:cA6JenPS0
スタッフ「ありがとう。それで……あのさ、最近ちょっと気になってることがあってさ」
ポニ子「はい」
スタッフ「その、さ。ポニ子ちゃんさ……」
ポニ子「はい」
スタッフ「……まりなさんと2人の時って、どんな感じ……?」
ポニ子「……はい? どんな感じ、とは?」
スタッフ「あ、いや、えーっとさ……あの、アレなんだよ、アレ」
ポニ子「……?」
スタッフ「……最近、まりなさんが僕に冷たいっていうか、当たりが強い……んだよね」
ポニ子「…………」
スタッフ「あっ、いやっ、違うんだよ? 別にまりなさんがそっけなくて寂しいとか悲しいとか……いや、それもなくはないんだけど、そうじゃなくてさ? ほら、アレじゃん? こうさ、仕事を円滑に進めるためにはコミュニケーションが大事じゃない?」
ポニ子「……ソウデスネ」
ポニ子(あー、その話かぁ……この前まりなさんからもされたなぁ……)
ポニ子(真面目な話じゃなかったかぁー……)
689: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:31:12.28 ID:cA6JenPS0
スタッフ「だから、ポニ子ちゃんと一緒の時はどうなのかなぁーって思った次第でござった訳なんですよ。特に、本当に他意はないんですよ」
ポニ子「ええ、まりなさんがわたしと一緒にいる時ですか。特に変わりはありませんよ」
スタッフ「え、そうなの」
ポニ子「はい。いつも通り、お茶目で優しいお姉さんです」
スタッフ「え、それじゃあそっけなくされてるの僕だけ……?」
ポニ子「じゃないですかね」
スタッフ「マジか。……マジかぁー……」ドヨーン
ポニ子(おおぅ、さっきよりもヒドく落ち込んでいる……)
ポニ子(うーん、ただの痴話げんかとはいえ、流石にこれを放っておくとマズイような気がするし、一度話を聞くと決めた以上はしっかりその役目を果たさなくては)
690: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:32:01.12 ID:cA6JenPS0
ポニ子「ああでも、まりなさん、スタッフさんの話もしてましたよ」
スタッフ「ど、どんな話?」
ポニ子「山吹さん、いるじゃないですか」
スタッフ「山吹さんって……ポピパの?」
ポニ子「はい、ポピパの。なんでもスタッフさん、山吹さんの部屋に上がったことがあるそうじゃないですか」
スタッフ「部屋に上がった……あれかな、紗南ちゃんが転んだ時のことかな……」
ポニ子「詳しくは聞かなかったんですけど、恐らくその話でしょうね」
スタッフ「それが一体……?」
ポニ子「超絶簡潔にかいつまんで話すと、いい大人がいくら誘われたからってそうホイホイと女の子の部屋に上がる? という問題提起でした」
ポニ子(本当は『やっぱり年下の女の子の方が……』とか、『私だってまだ……』とか、そういう類の話のような雰囲気でしたけど)
691: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:32:46.67 ID:cA6JenPS0
スタッフ「…………」
ポニ子「やっぱりここは社会の先輩として、ひとりの“女”として、しっかりと注意しなくちゃいけないだろう、とも言っていました」
ポニ子(本当は『注意しなくちゃいけないよね……』と言った後、『でもどんな顔して言えばいいんだろう……』とか『プライベートにまで口出しするのはちょっと行き過ぎかな……』とか小声で言ってましたけど)
スタッフ「…………」
ポニ子「ただ、まりなさんって優しい性格してるじゃないですか。わたしも怒られたことなんてありませんし、スタッフさんもほとんどないんじゃないですか?」
スタッフ「……うん、叱られたことは2回だけあるけど、怒られたことはない……かな」
ポニ子(それは同じものなのでは? ……って言いたいけど我慢しよう)
ポニ子「だから仕事以外のことでスタッフさんに怒るっていうことが難しくて、どうしたらいいか分からなくて、そっけなく当たってるんじゃないですかね」
ポニ子(これは本当の話。『どうしたらいいと思う、ポニちゃん……』なんて珍しく弱気な声で言われた話)
692: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:33:21.65 ID:cA6JenPS0
スタッフ「……そうか……」
ポニ子「まりなさんも悪気がある訳じゃないですし、ましてやスタッフさんのことを嫌ってる訳でもありません」
ポニ子(むしろその逆過ぎてどうしたらいいのか悩んでるんだろうし)
ポニ子「ただあなたのことが心配で心配で仕方ないだけなのです。なので、スタッフさん。そんなまりなさんの気持ちをしっかり汲むのが“大人の男”ってやつじゃあないでしょうか」
スタッフ「……うん、その通りだ」
ポニ子「ですよね。それならもうあなたのやるべきことは分かっているはずです」
ポニ子(まりなさんの気持ちが分かったなら、とっとと面と向かってお互いに『好きだ』とでも言って来ればいいのです)
スタッフ「ああ、ありがとうポニ子ちゃん。僕、ちゃんとまりなさんに言ってくるよ」
ポニ子「はい」
ポニ子(ふぅ、これでようやく2人からそれぞれの視点で同じノロケを聞かされることもなくなるでしょう)
693: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:34:01.13 ID:cA6JenPS0
スタッフ「僕はやましいことを何もしてないし、これからは流されず、ちゃんと丁重にお断りするって……!」
ポニ子「……はい?」
スタッフ「ウチのメイン客層はガールズバンドだし、男手も少ない職場なんだ。それなのに僕に女の子に対してだらしない一面があるんじゃないかって思わせたら、心配になって当たり前だ」
ポニ子「いや、あの」
スタッフ「そんな簡単なことに配慮できない僕が浅はかだった。すぐに言って謝ってくる!」ダッ
――ガチャ、バタン
ポニ子「……行っちゃった」
ポニ子「…………」
ポニ子「はぁー……本当、生真面目というか……いや、もうただのアホですよ。朴念仁ですよ」
ポニ子(話をぼかさないでもっと核心に迫ればよかっただろうか……)
ポニ子(けどそれはまりなさんに申し訳ないと思うし……ああもう、なんにせよ……)
ポニ子「とっとと付き合えばいいのに、あの2人……」
694: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:35:07.43 ID:cA6JenPS0
☆お疲れさまでしたの会
――居酒屋――
まりな「それじゃあ、今年度もお疲れさまでしたー」
スタッフ「お疲れさまでした。乾杯」
まりな「かんぱーい」
スタッフ(チン、と軽くビールの入った中ジョッキを合わせる僕とまりなさん)
スタッフ(毎年恒例、2人だけのささやかな年度末のお疲れさま会である)
まりな「はぁ~……今年度は色んなことがあったねぇ……」
スタッフ「そうですねぇ……」
スタッフ(ジョッキを傾けて、ビールに喉を鳴らす。それから大きく息を吐き出したまりなさんに僕も頷いた)
まりな「ガルパの子たちがウチをたくさん使ってくれたからかな、何だか例年以上に忙しかったね」
スタッフ「はい。嬉しい悲鳴ってやつですね」
695: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:35:49.29 ID:cA6JenPS0
まりな「うん。みんな可愛くていい子だしねー……キミが女の子の部屋に上がるくらい」
スタッフ「あー、その件に関しましてはー、えー、再発防止に努めていましてー……」
まりな「ふふ、冗談だよ。変な気があった訳じゃないのは分かってるし、私もちょっと気にし過ぎちゃったかなって思ったから」
スタッフ「いえいえ、僕のことを考えてくれてのことでしたから。いつもありがとうございます」
まりな「そうやって改まって言われちゃうと少し照れちゃうよ。さ、明日は休みだし、今日はのんびり飲もうよ」
スタッフ「はい」
スタッフ(頷いて、笑い合う。いつも通りのゆったりとしたお疲れさま会)
696: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:36:30.15 ID:cA6JenPS0
―しばらくして―
スタッフ(……だった、んだけど)
まりな「はぁー……お酒美味しい」
スタッフ「まりなさん、少し飲み過ぎじゃないですか……?」
まりな「そんなことないですー、これくらい普通ですー」
スタッフ「いやでもさっきから杯が止まってないっていうか……」
まりな「なによぅ、私だってたまには羽目を外したいのに、キミはダメだーって言うのー?」
スタッフ「そういう訳じゃないですけど」
まりな「じゃあいーじゃなーい。さぁさぁ、キミも飲みなさい」
スタッフ「……ええ、はい」グビ
スタッフ(なんだろうか、今日は随分と飲むペースが速い。通常の3倍くらいの速さだ)
スタッフ(しかも絡み酒なんて……2年に1回あるかどうかの珍しさだ。やっぱり忙しかったし、色々とストレスやら何やらも溜まってるんだろうか)
697: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:37:03.65 ID:cA6JenPS0
まりな「…………」グビグビグビ
まりな「……はぁーっ」
スタッフ「あの、まりなさん?」
まりな「んー? なぁにー?」
スタッフ「いえ、その……もう少しゆっくり飲んだ方が……」
まりな「だいじょぶだいじょぶー。これくらいへーきへーきー」
スタッフ「そうですか……」
スタッフ(……いや絶対大丈夫じゃない。こんな子供っぽいまりなさんなんて初めて見たぞ、僕)
まりな「たーのしいなー、いつもたーのしいなー♪」
スタッフ(あー……今日は僕は控えめにしておこう……。まりなさんが潰れちゃったら介抱しないといけないし……)
698: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:37:34.54 ID:cA6JenPS0
―またもうしばらくして―
まりな「最近さ……本当に、ほんとーに多くてさ……もうね、どうかと思うんだ」
スタッフ「はぁ」
まりな「なんだろうね、本当……結婚式の招待状とかさ、まぁ、それはね? 別にさぁ、友達をお祝いするのはさ、楽しいし、なんだか私も嬉しい気持ちになるんだよ?」
スタッフ「そうですね」
まりな「けどさぁ、なーんで母さんに『○○ちゃんはもう結婚してるのにー』だとか『××ちゃんには子供がいてー』なんて言われなくっちゃいけないんだろうねー」
スタッフ「それはほら……やっぱり、早く孫の顔が見たいからですよ」
まりな「はぁ~……孫、孫ねぇ……。孫どころか恋人すらいないって、今の私……はぁぁ~……」
スタッフ「その、元気出してくださいよ。そのうち良い人と出会えますって」
まりな「そうだねぇ……。あこちゃんとはぐみちゃん、孫にするならどっちがいいかなぁ」
スタッフ「待ってください、あの子たちに何をするつもりですか?」
699: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:38:16.04 ID:cA6JenPS0
まりな「これが私の娘です! って連れてったら、母さんもしつこく言ってこないかなぁーって」
スタッフ「いやいや、まりなさんにあの大きさの娘がいたら色々と大変でしょう?」
まりな「あ、りみちゃんもいいかも」
スタッフ「一度離れましょう、孫がどうとかそういう話から。ほら、まりなさん、ちょっと水飲んでください、水」
まりな「チョココロネ♪」
スタッフ「牛込さんの真似はあとで見ますから」
まりな「ちょこちょこ、ころね~、ちゅこころね~♪」
スタッフ「ちょこころねの歌もあとで聞きますから。呂律まわってないですよ、まりなさん」
700: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:38:48.43 ID:cA6JenPS0
―さらにもうしばらくして―
まりな「ねぇねぇー、ホントのところ、キミはどう思うのかなぁー?」
スタッフ「どうもこうも、その件に関しては断り切れなかった僕が悪かったって話で……」
まりな「えぇー? とかなんとか言っちゃってー、本当は嬉しかったんじゃないですかー?」
スタッフ「嬉しいって……いや、信頼されてるというか、親しまれてるっていう部分では嬉しいには嬉しいですけど」
まりな「ほらぁー、ほらほらぁー! やーっぱり嬉しいんじゃーん! はぁぁ~、そうだよねぇ、花の女子高生だもんね~」
まりな「沙綾ちゃん可愛いもんね~、そりゃあお部屋に上がったらはっぴーらっきーすまいるいぇーいだよね~!」
スタッフ「そういう話じゃないですよ、まりなさん」
まりな「はー、やっぱり若さかー、若さには勝てないのかー……」
スタッフ「何の話ですか。ちょ、もうお酒飲むのやめてくださいっ」
701: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:39:40.99 ID:cA6JenPS0
まりな「あーあー、有咲ちゃんにもすーっっごく優しいしー? 若いっていいなぁー……」
スタッフ「市ヶ谷ちゃんに優しくした覚えはそんなにないですよ」
まりな「むーじーかーくっ! 出た出たそーいうの! 『はぁ? 別にアイツになんか優しくしてねーし。あれが俺のデフォルトだし』とかいうやつ! はー、ホント、もう、ホント!」
スタッフ「ホントってなんですかホントって……」
まりな「スタッフくんさぁー、そういうの良くないよー、ホントよくないよー」
スタッフ「いや、だからその話はもう終わったことで……」
まりな「終わってないですー! 私の中ではまだ未消化なんですー!」
スタッフ「えぇ……」
まりな「そりゃあね、思うよ、私も。なーんでウチを使う女の子はみんなあんなにかわいいの? って。天使か、アイドルか、って。あ、彩ちゃんたちは本物のアイドルだった」
スタッフ「…………」
まりな「いやー、でもさー、限度があるよねぇ? あんなにかわいいのにみんなめちゃくちゃいい子って、これは大変なことですよ。ねぇ?」
スタッフ(……まずい。この問い、きっとなんて答えてもダメなやつだ)
702: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:40:20.21 ID:cA6JenPS0
まりな「聞いてるー?」
スタッフ「ええ、聞いてます聞いてます。えーっと、そうですね。みんな優しくていい子で、姪とかにいたらさぞかし可愛がったと思いますよ」
まりな「有咲ちゃんみたいに?」
スタッフ「や、あいつはまた別なんで」
まりな「あーあー、まーた有咲ちゃんだけ特別扱いしてる……ずるいなぁ、ずるいなぁー……」
スタッフ「何がですか」
まりな「いーよねー、スタッフくんにただひとりだけ特別にされててー。遠慮なし、気兼ねなし、節操なしの意気地なし……」
スタッフ「それ半分悪口ですよ?」
まりな「はぁー……」
スタッフ「……まりなさん?」
まりな「んにゅ……」
スタッフ「ああ……とうとう潰れた……」
703: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:41:00.46 ID:cA6JenPS0
まりな「…………」
スタッフ「まりなさーん、大丈夫ですかー?」
まりな「んー」
スタッフ「まりなさーん?」
まりな「んー……」
スタッフ「ダメだこりゃ……はぁ、仕方ないか。すいませーん! お会計お願いしまーす!」
店員「はーい、お会計ですね」
スタッフ「ええ、お願いします」
スタッフ(……まりなさんがこんなにお酒に酔ったところ、初めて見たなぁ)
……………………
704: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:42:49.34 ID:cA6JenPS0
スタッフ(先にタクシーを呼んでから会計を済ませて、まりなさんを支えながら、店の外でタクシーを待つ)
スタッフ(タクシーが来て、車に乗り込んでから、まりなさんが一人暮らししている賃貸マンションの住所を伝える)
スタッフ(後部座席でホッと一息つく僕。それに寄りかかる、珍しくお酒に飲まれたまりなさん)
スタッフ(なんだかなぁ、なんだろうなぁ……なんて思ってるうちに、タクシーがまりなさんのマンションに到着した……までは、別に問題はなかった)
スタッフ「……どうしてこうなった」
まりな「んー……」
スタッフ(『月島』という表札のかかった部屋の扉の前で立ち尽くす僕。そんな僕から一向に離れないまりなさん)
スタッフ(おかしいなぁー、なんかおかしいよなぁー、この状況)
スタッフ(本当はまりなさんだけここで降ろして僕は僕のアパートに帰るつもりだったのになぁ……僕が離れようとするとあんなにぐずるなんて思いもよらなかったよ……)
スタッフ(けどこんな状態のまりなさんを放っておく訳にもいかないし……)
スタッフ(軽々しく女性の部屋には上がらない、という約束も……玄関までならセーフ。先っちょセーフ理論だ)
705: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:43:32.25 ID:cA6JenPS0
スタッフ「まりなさーん、家に着きましたよー? 鍵、出せますかー?」
まりな「ん……」つ鍵
スタッフ「はいはい、ありがとうございます。ちょーっとすいません、借りますね」カチャ
スタッフ「はい、開きましたよ。上がってください」
まりな「ん~」
スタッフ(……よし、ここまでくればもう大丈夫だろう)
スタッフ「それじゃあまりなさん、僕はここで」
まりな「んー」ヒシッ
スタッフ「……あの、そんなにしがみつかれると帰れないんですけど」
まりな「んー、んー」フルフル
スタッフ「まりなさーん、お願いだから正気に戻ってくださーい。ほら、今のあなたの行動、それは非常にマズいやつですよー?」
まりな「んー……」ヒシッ
スタッフ「……ダメだこりゃ」
スタッフ(どうしたものか、とは思うけれど、どうしようもない)
スタッフ(これは腹を括るしかない……んだろう、きっと)
スタッフ「分かりました、分かりましたよ。部屋の中まで送ります。そしたら帰りますからね?」
まりな「ん」
スタッフ「それじゃあ、えっと……お邪魔します」
……………………
706: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:45:18.51 ID:cA6JenPS0
スタッフ(正直、見通しが甘かったのかもしれない)
スタッフ(こんな形でまりなさんの家に上がることになるとは思いもよらなかったし、僕自身もアルコールが残っているせいで些か楽観的な思考でいたことは否めなかった)
スタッフ(いや、でも仮に僕が素面だったとしても、まさかこんなことになるだなんてことは予想だにしなかったかもしれない)
まりな「すー……すー……」
スタッフ(1DKの間取り。およそ10帖の寝室。そのベッドに横になって寝息をたてるまりなさん)
スタッフ(僕はといえば、まりなさんが眠るベッドを背もたれにして座っていた)
スタッフ(スタンドに立てかけられたギターや、友達と撮ったのだろう写真が貼ってあるコルクボード。大きな木製のラックには几帳面にCDが収められていて、そのすぐそばに高級そうなスピーカーが鎮座している、とても綺麗に片づけられた寝室)
スタッフ(実にまりなさんらしいな、と思うと非常に落ち着かない気持ちになって、今すぐにでもこの部屋を出て行かないと何か間違いをおかしそうな気がしてならない)
スタッフ(だけど僕は動けなかった。何故なら、ちらりと視線をベッドにやれば、そこには僕の右手を両手でキュッと握りしめたまま、一向に離そうとしないまりなさんが眠っているからである)
スタッフ(本当に……どうしてこうなった……)
707: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:45:52.63 ID:cA6JenPS0
スタッフ(落ち着かない気持ちのまま視線を右往左往させる。……あ、いや、こんなに女の人の部屋を観察するのも失礼な話か)
スタッフ(そう思って、僕は目の前の壁を凝視した)
スタッフ(それから頭に思い浮かべるのは、やたらと羽目を外した今日のまりなさんのこと)
スタッフ(やっぱり疲れているのだろうか……って、そりゃそうか。オーナーに次いでまりなさんが実質店長みたいなものだし、僕の与り知らない気苦労や悩みだって多くあるのだろう……とか、そんなことよりも)
スタッフ「……あー、嬉しいんだよなぁー……」
スタッフ(普段はしっかりして、誰にでも優しい素敵なお姉さん。そんな人が、自分の前でだけお酒に酔っ払って、子供みたいに駄々をこねる姿を見せてくれた)
スタッフ(それが嬉しい。頼られてるみたいで、信頼されてるみたいで、とても嬉しいのだ)
スタッフ(本当にどうかと思うけれど、こうしてまりなさんに甘えられることが――いや、この状況を甘えられると厳密に言うのかは分からないけど――嬉しくて仕方ない)
スタッフ「あと普通にかわいい」
スタッフ(口から漏れた呟きに返事はない。穏やかな寝息が微かに聞こえてくるだけだった)
708: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:47:01.58 ID:cA6JenPS0
スタッフ(この部屋に入った当初こそ、『据え膳ってなんだよ、美味しいの? いや、そりゃ美味しいか……』とかいう考えが頭の中で躍っていた)
スタッフ(けれども、酔いと一緒に段々と冷めてきた頭には、この信頼を裏切りたくないという気持ちが大きくあった)
スタッフ(だから僕も目を閉じた。ベッドに背をもたれさせて、右手から伝わるまりなさんの鼓動に耳を傾け――ん? 鼓動?)
スタッフ(瞼を開き、ちらりとベッドの上に視線を向ける。するとそこには、僕の右手をぎゅーっと胸に抱いたまりなさんがいた)
スタッフ(だからと言ってどうこうするつもりも何もないけど、うん、本当に、これっぽっちも……あ、でもこれっぽっちもっていうとまるでまりなさんに女性的な魅力がないように聞こえちゃうからそれはそれでちょっと違うんだけど、とにかくアレだよアレ)
スタッフ「……おやすみなさい」
スタッフ(幾分か早くなった自分の鼓動を誤魔化すように、僕はもう一度、さっきよりもずっと強く目を瞑る)
スタッフ(今の僕の願いはただひとつ。一刻も早く睡魔がやってきますように、ということだけだった)
709: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:47:52.48 ID:cA6JenPS0
☆あさちゅんてきなやつ
――チュンチュン...
まりな「ん……んん……?」
まりな「あれ……あさ……」ムクリ
まりな「…………」
まりな「……あたまいたい」ズキズキ
まりな「あれー、昨日……居酒屋にいて……それからどうしたんだっけ……」
まりな「なんか幸せな夢みてたような……」
まりな「……うん? なんか左手があったかいな」チラ
スタッフ「ぐー……」
まりな「…………」
まりな「え」
スタッフ「Zzz……」
まりな「…………」
まりな「えっ!?」
710: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:48:42.70 ID:cA6JenPS0
まりな「え、いや、え、えっ!? なんでスタッフくんが私の部屋に……!?」
まりな「あれ、え!? ちょ、いや、なに、これどういう状況だっけ!?」
スタッフ「う、んん……?」パチリ
まりな「あっ」
スタッフ「んー……あ、おはようございます」
まりな「あ、う、うん、おはよう……?」
スタッフ「ああ、やっぱり座ったまま寝てたから身体が痛いな……」
まりな「え、ちょ、なんでそんな落ち着いてるのかなキミは!?」
スタッフ「はい? 何がでしょうか?」
まりな「いや、これ、この状況っ! な、何がどうなってるのか……」
スタッフ「あー……それはですね」
まりな「う、うん」
スタッフ「話すと長くなるので超絶簡潔に言うと、酔いつぶれたまりなさんが僕を離してくれなかったんです」
まりな「えっ」
スタッフ「いや、その、だからと言って部屋に上がったことは本当に申し訳ないと思っていますけど、でもですね、流石に酩酊状態のまりなさんを放っておくことも出来ませんでしたし……」
まりな「え、えー……」
まりな(スタッフくんに甘える夢見てたような気がしたけど、夢じゃなかったんだ……)
スタッフ(うわー、まりなさん顔真っ赤になってる……)
711: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:49:20.63 ID:cA6JenPS0
スタッフ「あ、あの、大丈夫ですよ? その、何もしてませんから。僕、ここで寝てただけですから」
まりな「あ、う、うん……キミがそういうことする人じゃないのは分かってるから……」
まりな(でもそれはそれで少し残念なような……って、何を考えてるの私はっ)
スタッフ(あ、ポニ子ちゃんに『スタッフさんってヘタレですよね』って言われたこと、なんか思い出した)
まりな「えーっと、その……昨日の記憶が曖昧なんだけど、迷惑かけちゃってごめんね……?」
スタッフ「いえ、気にしないでください。頼りにされてる感じがして、嬉しかったですから」
まりな「…………」
まりな(いけない、いけないよキミ、そういうセリフを言われるとちょっとアレだよ、アレがああなってこうなっちゃうよ、ホント……)
712: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:49:58.07 ID:cA6JenPS0
スタッフ「時間は……朝の7時ですか。これならもう電車も動いてますし、僕はそろそろ帰りますね」
まりな「あ、ま、待って!」
スタッフ「はい?」
まりな「えっと、あのね? 流石にこれだけ面倒をかけて、そのまま帰ってもらうって訳にはいかないからさ……その、せめて朝ご飯とかくらいは食べてって欲しいなって……」
スタッフ「あー……」
まりな「ダメ、かな」
スタッフ「……いえ。では、お言葉に甘えます」
まりな「そ、そっか、よかった」
スタッフ「ところで、あの、まりなさん」
まりな「うん、なに?」
スタッフ「そろそろ手を放していただけると……」
まりな「え? あ、ああ! ご、ごめんね、ずっと握ったままだったね!」パッ
スタッフ「いえいえ……」
まりな(もしかして私、昨日からずっとスタッフくんの手を握ってたのかな……)
スタッフ(イカン、なんか離されたら離されたで昨日のアレが鮮明に頭に思い浮かぶ……)
……………………
713: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:51:24.55 ID:cA6JenPS0
スタッフ(まりなさんのお言葉に甘えることにして、朝食を頂くことになった)
スタッフ(まりなさんは『先にシャワーも使っていいよ』と言ってくれていたけれど、流石にそこは女性優先だろう)
スタッフ(僕は『着替えがないんで……ちょっと外で買ってきますから、後でいいですよ』と言い、まりなさんの家の鍵を預かってから、近くのコンビニを目指すこととなった)
スタッフ(しかし、なんだろう。まりなさんの家の鍵を持ちながら外を出歩くというこの行動)
スタッフ(まるで同棲だな、なんて思ってしまうと気恥しい気持ちがとめどなく溢れてくる)
スタッフ(僕はそれを誤魔化すようなわざとらしい足取りで、近くのコンビニを目指していた……けど、コンビニより先にワ〇クマンを見つけた)
スタッフ(〇ークマン。馴染みのない人には作業着なんかが売ってある、土木作業員さんたち専用のお店だと思われることだろう)
スタッフ(しかし、ワー〇マンはそれだけじゃない)
スタッフ(アウトドアにぴったりな服も置いてあって、それがしかも非常にコストパフォーマンスに優れているのだ。バイク乗りや釣り人たちなんかの間では有名な話である)
スタッフ(それだけじゃなく、普通の無地のシャツやスポーツ用のジャージなんかも揃っているし、靴やバッグだって置いてある。しかもほとんどの店舗は朝の7時から営業だったりするのだ)
スタッフ(渡りに船とはこのことだろう。僕はそのワ〇クマンに立ち寄って、サクッと着替えを調達するのだった)
……………………
714: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:51:57.46 ID:cA6JenPS0
まりな「簡単なものしか作れなくてごめんね?」
スタッフ「いえいえ、とんでもないです」
スタッフ(ダイニングキッチンのテーブルの上には、2人分の白いご飯とお味噌汁、それからベーコンエッグが置かれていた)
スタッフ(『急だったし、ありあわせの物しかなくて……』なんてまりなさんは言っていたけど、朝は大抵コンビニ飯の僕からすれば大変素晴らしい朝ご飯である)
スタッフ(それにシャワーを借りてさっぱりしてから、ダイニングキッチンの椅子に座って、台所に向かうまりなさんの背中をぼんやりと見ていたら……こう、なんとも言えない感情が胸中に芽生えた)
スタッフ(正直それだけでもうお腹いっぱいレベルの幸福感があった)
スタッフ「いただきます」
まりな「はい、召し上がれ。私も食べるけどね」
スタッフ(箸を手にして、料理を口に運ぶ。何の変哲もないベーコンエッグだけど、しかしどうしてか、今まで食べた中で一番美味しいような気がしてしまう僕だった)
715: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:52:27.73 ID:cA6JenPS0
まりな「……ところで、あのさ」
スタッフ「はい、なんでしょう」
まりな「その……昨日、私……何か変なこととか言ってなかった?」
スタッフ「変なこと、ですか?」
まりな「うん……。あのね、居酒屋でお酒を飲んでたところまでは私もしっかり覚えてるんだ。だけど、その後のことがすっぽり記憶から抜け落ちてるっていうか、なんていうか……」
スタッフ「あー……いや、変なことは何も言ってないですよ。居酒屋で潰れちゃってからは」
まりな「そ、そっか……」
スタッフ「はい」
スタッフ(本当、ただ子供みたいにぐずって僕を離してくれなかっただけで……とは思うだけで口にしない)
716: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:53:05.68 ID:cA6JenPS0
まりな「……よかった」
スタッフ「けど、まりなさん」
まりな「は、はいっ?」
スタッフ「その……何か大変なこととかあれば、遠慮せずに言ってくださいね?」
まりな「え?」
スタッフ「まりなさん、いつも泣き言も言わないで頑張ってますし……頼りないですけど、僕だって愚痴を聞いたり、昨日みたいに一緒にお酒を飲むことは出来ますから」
まりな「…………」
スタッフ「……って、ごめんなさい。なんか生意気言いました」
まりな「う、ううん……」
スタッフ「まぁ、その、なんていうか、アレです。まりなさんみたいな綺麗な人に頼られると男は嬉しくなっちゃうものなんです。そういうことですから」
スタッフ(……いや、なんか気恥しくて口が回ったけど、どういうことだよ。余計気恥しいこと言ってんじゃん、僕)
まりな「……うん、ありがとね」ニコリ
スタッフ(……まぁ、いっか)
……………………
717: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:53:38.22 ID:cA6JenPS0
―朝食後―
まりな「ふんふーん♪」カチャカチャ
スタッフ「…………」
スタッフ(ご飯をごちそうになって、片付けを手伝おうとしたら、「大丈夫だから、キミは座ってゆっくりしてて」なんて言われてしまった)
スタッフ(だからぼんやりと、鼻歌交じりに食器を洗うまりなさんの後ろ姿を眺めている訳だけど……)
まりな「In the name of BanG_Dream~♪」カチャカチャ
スタッフ(ご機嫌だなぁ。僕もなんだかまりなさんの家に慣れてきちゃったし)
スタッフ(……あー、なんだろう。やっぱり、なんかいいなぁー……)
718: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:54:17.87 ID:cA6JenPS0
まりな「よし、洗い物おしまい……っと」
スタッフ「すいません、ごちそうになったのに手伝いもしないで」
まりな「いいんだよ、気にしないで。私がやりたくてやってることなんだからさ」
まりな「それにほら、昨日はすっごく迷惑をかけちゃったし、これくらいじゃ全然足りてないよ」
スタッフ「そうですか? もう十分返して貰ってると思いますけど」
まりな「ううん、まだまだ全然」
スタッフ「そうですかね……」
スタッフ(昨日のことを思えば……うーん、大変は大変だけど、役得っていう感じがものすごくしてるけど……まりなさんがそう言うならそうなのかな)
まりな「そうなんですよー。あ、コーヒー飲む? インスタントだけど」
スタッフ「はい、頂きます」
まりな「はーい」
スタッフ(僕からの返事を聞いて、手際よくまりなさんはインスタントコーヒーをふたつ用意して、テーブルの上に置く)
スタッフ(僕のカップの横にはスティックシュガーとフレッシュも追加で出される。伊達にいつも一緒に仕事はしていない。僕がブラックコーヒーを飲めないことも承知していてくれている)
719: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:54:52.34 ID:cA6JenPS0
まりな「はー……」ジー
スタッフ「……? どうかしましたか、まりなさん?」
まりな「あ、ごめんね、ジッと見つめちゃって」
スタッフ「いえいえ。あっ、もしかして変なとこにご飯粒でもついてましたか?」
まりな「ううん、そうじゃなくて……なんだか不思議だなぁって」
スタッフ「不思議……ですか?」
まりな「うん。お休みの日なのに、キミと一緒に……私の家にいるっていうのが」
スタッフ「あー……そうですね。お互い家の住所は知ってますけど、こうして上がったのは初めてですし」
まりな「だね。それと、そういうカッコって見たことないなーって」
スタッフ「そういうカッコ?」
まりな「キミって仕事中じゃなくても、いつも襟付きのきっちりしてる服着てるでしょ? だから、そういうロングTシャツとジーンズってカッコがなんか新鮮だなって」
スタッフ「そうですねぇ……確かに、こういう格好は家の中じゃないとしないですかね」
まりな「でしょ? ふふ、なんだか得した気分だよ」
スタッフ(たおやかな笑みを浮かべてそんなことを言われると、僕はちょっとドギマギしてしまうんですが)
720: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:55:33.11 ID:cA6JenPS0
スタッフ「ま、まぁ今日は緊急事態だったんで。まりなさんの家の近くにワー〇マンがあって良かったですよ、あそこならリーズナブルに着替えが揃いますから」
まりな「〇ークマン……あ、そういえばコンビニ行く途中にあったね……って、そういえばっ!」
スタッフ「は、はい? どうしました?」
まりな「キミ、その着替えってさっき買って来たんだよね!?」
スタッフ「ええ、まぁ……」
まりな「うわぁ、全然考えてなかった! ご、ごめんね、私のせいで変な出費を……ああっ!!」
スタッフ「こ、今度はなんでしょうか?」
721: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:56:07.27 ID:cA6JenPS0
まりな「ていうかアレだよね!? 昨日の居酒屋とタクシー! 私、お金出した記憶がまったくない!!」
スタッフ「あ、ああ……別に大した額でもありませんし――」
まりな「ダメだって! 私が潰れたせいでキミに迷惑かけたのに、さらにお金までって! それは大人として、先輩としてアウトだよ! ちょ、りょ、領収証見せて!!」
スタッフ「あー……捨てちゃいました」
まりな「えー! なんでこういう時ばっかり! じゃ、じゃあとりあえず諭吉さんで……!」サッ
スタッフ「ちょ、まりなさん! 流石にそこまでかかってないです! その諭吉さんはお財布に戻してください!」
まりな「で、でも……」
スタッフ「わ、分かりました! えーっと、それじゃあ、その……」
スタッフ(そこで頭にもたげた提案。それを口にするのがちょっと照れくさくて、僕は言い淀む)
722: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:56:36.32 ID:cA6JenPS0
まりな「…………」
スタッフ(だけど、焦ったような顔でこっちを見ながら諭吉さんに指をかけられてると、なんか僕がめちゃくちゃ悪いことしてるような気分になるから、もうさっさと腹を括ることにした)
スタッフ「こ、今度……また昨日みたいな飲み会か……それか、一緒の休みの日に、どこか遊びに行きましょう。その時にご飯を奢ってもらえれば……ちょうどトントン、ですよ」
スタッフ(完全な誘い文句である。ああ、なんだろう、すごく気恥しいし照れくさいよ)
スタッフ(けど、きっとこれが一番後腐れないし、僕としてもとても楽しみになるからしょうがない。しょうがないんだ)
まりな「……それでいいの?」
スタッフ「……それがいいんです」
スタッフ「ほら、さっきも言ったじゃないですか。まりなさん、色々大変でしょうし……僕でよければ、いつだって付き合いますから」
まりな「付き……?」
スタッフ「ご、ご飯とか、お酒とか、そういうのにっ!」
スタッフ(続けた言葉があまりにもアレだったから、僕は慌てて言い訳を付け足す)
スタッフ(まりなさんはそんな僕をちょっとだけ恨めしそうな目で見た後、すぐにいつもの笑顔を浮かべてくれた)
723: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:57:19.05 ID:cA6JenPS0
まりな「ありがとう。やっぱりキミって……優しいね」
スタッフ「それは気のせいですよ、気のせい。ははは……」
まりな「そんなことないのになー」
スタッフ「そんなことないことないですよー?」
まりな「ふふ、じゃあそういうことにしておこう」
スタッフ「はい、そういうことにしといてください」
まりな「……それじゃあ、お言葉に甘えて今度、遊びに行った時にでも」
まりな「あ、そうだ。次はキミの部屋にお邪魔しようかな」
スタッフ「え、それマジの提案ですか」
まりな「半分くらい。……だめ?」
724: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:58:03.56 ID:cA6JenPS0
スタッフ「え、えーっと、事前に……大体一週間前くらいに言ってくれれば……僕の部屋もギリギリ誰かに見せられるくらい片付けられると思います……」
まりな「もー、普段からキチンと片付けないとダメだよ?」
スタッフ「いや、はい。ごもっともでございます」
まりな「ふふ……」
スタッフ「あ、あはは……」
スタッフ(気が付いたらさっきの慌ただしい空気もなくなって、僕とまりなさんの間にはいつもの心地いい空気が流れていた)
スタッフ(あー、うん。本当……なんていうか、すごく居心地がいいんだけど……)
まりな「……ちょっとだけ残念だなぁ」
スタッフ(まりなさんがぽそりと呟いた。その言葉は僕の気持ちと妙にリンクしていたけど、僕は何も言わずにいることにしました、とさ)
725: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:58:55.36 ID:cA6JenPS0
☆祭りのあとの……
――CiRCLE――
スタッフ「……ゴールデンウィークって、誰が最初に考えたんでしょうね」
まりな「さぁ……誰だろうねぇ……」
スタッフ「今年は長かったですね……」
まりな「うん……死ぬほどキツかったね……」
スタッフ「誰ですかね、10連休に合わせて10日連続でスペシャルライブ開催とか言い出したのは……」
まりな「オーナー……」
スタッフ「そのオーナー様はどこへ行かれたんでしょうかね……」
まりな「頑張り過ぎて……2日目の夜にぎっくり腰になって病院だよ……」
スタッフ「…………」
まりな「…………」
スタッフ&まりな「はぁー……」
726: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 21:59:25.71 ID:cA6JenPS0
スタッフ(5月7日の火曜日。10連休が明けた久方ぶりの平日のお昼時)
スタッフ(『本日休業』の札がかかった、がらんとしたCiRCLEのロビーに2人分のため息が響いた)
スタッフ「歳も歳なのにはしゃぎすぎなんですよ、あの人は……」
まりな「大変だったねぇ、オーナーがいないとこ埋めるの……」
スタッフ「ええ、ホント。まさかゴールデンウィークの9割をここで過ごすことになるとは思ってませんでした」
まりな「だね……。でも、無事にライブも終わったんだし、今日頑張れば明日から連休だよ」
スタッフ「……ですね。今日は後片付けと清掃だけですし、2人しかいないのはちょっと大変ですけど、のんびりやりましょうか」
まりな「うん」
……………………
727: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:00:55.55 ID:cA6JenPS0
スタッフ(飾りつけをしたライブステージやラウンジの片付け、それと楽屋や各スタジオ、ロビーやらカフェテラスやらの清掃が今日の僕とまりなさんの仕事だった)
スタッフ(連勤続きの2人だけで、その全部を清掃するには些か広すぎるCiRCLE)
スタッフ(だけどお店は特別休業日だし、僕もまりなさんもお昼から出勤だったから、連勤続きとはいえ体力も比較的ある方だ。大変は大変だけどそこまで気の遠くなる作業でもない)
スタッフ(それに時おりまりなさんと他愛ない会話を交わしながらのんびりと行う後片付けは思った以上に楽しかったし、お祭りが終わったあとの余韻を存分に噛みしめられる時間はそれなりにいいものだと思えた)
スタッフ(そんなこんなで時間は緩やかに過ぎていき、ライブステージとラウンジの片付け、それと楽屋の掃除が終わった16時ちょっと前)
スタッフ(僕とまりなさんは入り口の扉を開けて換気をしつつ、ロビーの椅子に腰かけておやつタイムに入っていた)
728: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:02:06.79 ID:cA6JenPS0
まりな「はー、今年のゴールデンウィークは大変だったねー」
スタッフ「ええ、本当。けど、お客さんも、出演してくれたバンドの人たちも楽しそうでよかったですよ」
まりな「だね。頑張った甲斐があったよ」
スタッフ「なんだか不思議ですね。昨日まであんなに賑やかだったのに、今はシーンとしてて……」
まりな「お祭りが終わったあとの切なさだね」
スタッフ「はい。こういうの、嫌いじゃないですけどね」
まりな「うん、私も」
スタッフ「しっかし、のんびりやってましたけど、案外早く作業が進みましたね」
まりな「ねー。清掃以外に気を遣わなくていいと楽だね」
スタッフ「この分なら19時前には……あー、いや、もう少しかかるか……」
まりな「残りは各スタジオの清掃と、ここの清掃と……うーん、そうだね。もうちょっとかかるかな」
729: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:02:50.70 ID:cA6JenPS0
スタッフ「まぁ、明日はお休みですし、続きものんびりやりましょうか」
まりな「そうだね。あ、終わったらまたどこか寄ってく?」
スタッフ「いいですね。今度はゴールデンウィークお疲れさまでしたの会ですね」
まりな「…………」
スタッフ「まりなさん? どうしました?」
まりな「……今日は飲み過ぎないようにしないと、って」
スタッフ「ああ……。別に僕は気にしませんよ?」
まりな「わ、私が気にするの! ほら、ね? 流石にそう何度もスタッフくんの手を煩わせるのもね? 一応私の方が先輩だし?」
スタッフ「いやいや、いつも頼りにさせてもらってますから。こういう時くらい僕に面倒を見させてくださいよ」
まりな「……またそういうこと言う……それずるくないかなぁ……」
スタッフ「はい?」
まりな「なんでもないよ。ぜーんぜん、なんでもない」
スタッフ「はぁ」
730: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:03:20.39 ID:cA6JenPS0
まりな「さ、早く仕事を終わらせちゃお?」
スタッフ「そうですね」
まりな「それじゃあ、私がスタジオの方をやるから、スタッフくんはロビーの方をお願いしていい?」
スタッフ「分かりました。……あ」
スタッフ(と、どうでもいいことが頭にもたげて変な声が出た)
まりな「うん? どうかした?」
スタッフ「あー、いや、えーっと……」
まりな「何か提案? あ、それとも悩みごととか?」
スタッフ「悩みごと……ああ、まぁ、その類のことなのかなぁ」
まりな「なになに? 私が手伝えることならなんでも手伝うよ」
スタッフ「いえ、確かにこれはまりなさんにしか解決できないことですけど、別に大したことじゃないので……」
まりな「もー、水臭いなぁ! そんなこと言いっこなしだよ!」
スタッフ(まりなさんにしか解決できないこと、という言葉が何か琴線に触れたのか、先ほどよりも声を弾ませる。顔にも笑顔が浮かんでいる。お姉さんしたいオーラが目に見える)
スタッフ(あー、はい、そういう反応されると僕も素直になってしまいます)
731: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:03:50.51 ID:cA6JenPS0
スタッフ「えっと、それじゃあ」
まりな「うん、どうしたの?」
スタッフ「……名前」
まりな「名前?」
スタッフ「……まりなさんには、僕のこと、名前で呼んで欲しいなー……なんて」
スタッフ(そう、それはCiRCLEではもう当たり前になっていたこと)
スタッフ(ポニ子ちゃんはポニ子ちゃんだし、オーナーはオーナーだし、僕はスタッフくんだとかスタッフさんだ)
スタッフ(それはそれでいい。みんな親しみを込めて呼んでくれる、愛称みたいなものだから)
スタッフ(けれども、こう、分かるでしょう? その、名前で呼ばれたい人がいるっていう気持ちが僕にもあるのですよ、これがまた)
732: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:04:17.99 ID:cA6JenPS0
まりな「…………」
スタッフ(まりなさんの様子を窺えば、そこにはキョトンとした顔。それから僕の言葉の真意に気付いたのか、少し頬が赤くなっていった)
スタッフ(やべぇ、今ここでうっかり口にすることじゃなかったかもしれない)
まりな「……うん、いいよ」
スタッフ(しかしどうだろうか、まりなさんは頷いてくれた)
スタッフ(そして小さく息を吸う。それから、艶やかな唇が動いて――)
733: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:04:43.89 ID:cA6JenPS0
ひまり「こんにちは――!!」
734: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:05:22.31 ID:cA6JenPS0
スタッフ(――という元気なその声に、僕の名前はかき消された)
まりな「ひっ、ひまりちゃんっ?」
スタッフ「え、ど、どうしたのっ?」
スタッフ(僕とまりなさんが揃って、変に上擦った声を出す。それを意に介さず、上原さんは返事をする)
ひまり「聞きましたよ、ポニさんから! CiRCLEの片付けを2人だけでやらないといけないって!」
ひまり「ふっふーん、まりなさんとスタッフさんにはいつもお世話になってますからね! 私の方で人を集めて、お手伝いに参りました!!」
まりな「あ、そ、そうなんだ、ありがとね」
スタッフ「う、うん、助かるよ、ホント……ホント」
スタッフ(先ほどまでの空気は元気な声に蹴散らされた。それに少しホッとしたというか、やっぱり残念だなぁなんて思ったりだとか……)
735: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:06:09.24 ID:cA6JenPS0
ひまり「……あれ? 2人とも、なんだか距離が近いような……それに見つめ合ってたし……」
まりな「えっ!?」
スタッフ「い、いや、そんなことは……!」
ひまり「あれ、あれあれあれ? も、もしかして私……お邪魔でした!?」
ひまり「ご、ご、ごめんなさい! さぁどうぞっ、続けてください! 私のことはミッシェルの銅像だとでも思って!!」
まりな「ちょ、な、何か勘違いしてない!?」
スタッフ「そっ、そうそう! 上原さんが考えてるようなことはなにも……ないよ?」
ひまり「いえ、いーんです! 名探偵ひまりちゃんにはバッチリ分かってますからっ! さぁさぁ、続きをどうぞ!!」
736: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:07:00.17 ID:cA6JenPS0
美竹蘭「……ひまり、入り口で何やってんの?」
香澄「こんにちはー!」
有咲「おーっす。しょうがねーから手伝いに来てやったぞ」
スタッフ(と、開け放しておいた入り口から、次々と見慣れた顔が入ってきた)
スタッフ(美竹さん、戸山さん、市ヶ谷ちゃん……の後ろにも、まだ何人か続いてくる)
ひまり「私はひまりではありません……そう、今の私は愛を見守るキューピッド的なやつなのです……!」
青葉モカ「あらら、ひーちゃんがまたバグってる」
沙綾「お仕事、お疲れさまです。差し入れのパン持ってきたんで、よかったらどうぞ」
まりな「あ、えーっと、ありがとね」
737: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:07:40.14 ID:cA6JenPS0
北沢はぐみ「わーい、お掃除お掃除ー!」
弦巻こころ「みーんなで、お世話になっているCiRCLEをピカピカにしましょう!」
瀬田薫「ああ、こころ。ニーチェもこう言ってるからね、『音楽なしには生は誤謬となろう』……と。つまり、そういうことだね」
イヴ「はい! 日頃のオンギに報いずはブシの恥です! 精一杯、お手伝い致します!」
氷川日菜「おねーちゃん、来れないんだ。残念だな~」
燐子「はい……。どうしても外せない……風紀委員の仕事があって……」
738: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:08:26.56 ID:cA6JenPS0
スタッフ(青葉さん、山吹さん、はぐみちゃん、弦巻さん、瀬田さん、若宮さん、日菜さん、白金さん……で全員みたいだ)
スタッフ「…………」
スタッフ「あれ、ツッコミ担当が少ないような……?」
まりな「キミも同じこと思ったんだ……」
スタッフ「ええ……」
まりな「……まぁ、きっと大丈夫だよ」
スタッフ「そ、そうですよね」
スタッフ(日菜さんが暴走したら紗夜さんか白鷺さんがいないと止められないかもだけど)
まりな(美咲ちゃんか花音ちゃんがいないと、こころちゃんたちがテンション上がっちゃったら止められないかもしれないけど)
739: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:08:59.83 ID:cA6JenPS0
香澄「まりなさん! スタッフさん! まず何からお手伝いしましょうかっ?」
まりな「あ、えーっと、そうだね……そうしたら、みんなにはロビー全般と、あとカフェテラスの掃除をお願いしちゃっていいかな?」
香澄「はーい!」
有咲「道具とかはどこにあんの?」
スタッフ「掃除用具は……この人数分は用意してないから、ちょっと倉庫に取りに行かなくちゃな」
沙綾「この広さをこの人数で掃除するなら、まずは役割分担からしないとね」
モカ「はーい、じゃあモカちゃんは床をモップ掛けするよ。コンビニで慣れてるしー」
イヴ「では、私はカフェテリアのテーブルと椅子を綺麗にしますね! 羽沢珈琲店で慣れてますから!」
まりな「わー、頼もしいなぁ」
740: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:11:04.48 ID:cA6JenPS0
こころ「そうだわ! ただ綺麗にするだけじゃなくて、せっかくだから窓をミッシェルの模様にしましょう!」
はぐみ「可愛くていいね! あっ、そうしたら隣にマリーの絵も描こうよ!」
薫「ああ……! 2人とも、なんて儚いアイデアなんだ……!」
日菜「あはは、それ面白そう! あたしも手伝っちゃうよ!」
スタッフ「……わー、あの4人に任せるの超不安……」
燐子「あ、あの……わたし、氷川さんから日菜さんのことは一任されてるので……が、頑張ります……!」
有咲「私も奥沢さんから言われてんだよなぁ、『三バカのこと、頼んだよ』って……。いや私には荷が重すぎるって」
スタッフ「あー……無理はしないでね、白金さん」
燐子「は、はい……」
有咲「……私は?」
スタッフ「……戸山さんは山吹さんが見ててくれるし、市ヶ谷ちゃんならきっと出来るよ」
有咲「ふざけんな! 無理だっつーの!」
741: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:12:17.76 ID:cA6JenPS0
ひまり「ああ……私の軽はずみな行動のせいで……! まりなさんとスタッフさんのラヴ空間を侵食してしまった……!!」
蘭「さっきから何言ってんの……ほら、落ち込んでないで、ひまりもどこをやるか決めなよ」
ワイワイガヤガヤ...
まりな「一気に賑やかになったね」
スタッフ「ですね。けど……この方がCiRCLEらしくていいと思いますよ」
まりな「ふふ、そうだね。せっかくみんなが手伝ってくれるんだし、早く終わらせちゃおっか」
スタッフ「はい。とりあえず、掃除用具取りに行ってきますね」
まりな「あ、私も一緒に行くよ」
スタッフ「分かりました」
742: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:13:17.75 ID:cA6JenPS0
まりな「それじゃあみんな、私とスタッフくんで道具を取ってくるから……悪いけど、お手伝いをお願いします」
『はーい!』
スタッフ「じゃ、行きましょうか」
まりな「うん。……あ、その前に」
スタッフ「はい? どうかしま――」
スタッフ(言いかけた僕の耳元に顔を寄せて、まりなさんがぽそりと、悪戯っぽくささめく)
スタッフ(喧騒にかき消されそうなその響きは……自分では聞き慣れているというか、生まれた時からずっと一緒だった響き)
スタッフ(まぁ、そう、つまるところ僕の名前な訳で)
まりな「これからも頼りにしてるよ♪」
スタッフ「……全身全霊を込めて頑張ります」
スタッフ(そんなことをされてしまうと、これ以上ないほど単純な僕の心はやる気に満ち溢れてしまうのでした……とさ)
743: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:13:54.46 ID:cA6JenPS0
ひまり「ああっ!! いまっ、絶対いまコソコソッと何かしてた!!」
ひまり「あーもうっ! 私が『手伝いに行こう!』なんて言ったせいで!! ホントもうっ!! なんてことをしたの、昨日の私ぃ!!」
蘭「だから何言ってんの。早く場所、決めてってば」
モカ「ひーちゃんてば、今日も絶好調で空回ってますなぁ」
おわり
744: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/11(火) 22:14:33.28 ID:cA6JenPS0
スレンダーで優しいお姉さんなまりなさんが好きです。そんな話でした。
こんなの書いておいてなんですが、新人スタッフくんはポニ子ちゃんであるという説を推しています。
745: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:53:22.99 ID:PEIHZeOO0
花園たえ「しあわせ光線銃」
746: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:54:13.83 ID:PEIHZeOO0
――有咲の蔵――
市ヶ谷有咲「……は? なんだって?」
花園たえ「しあわせ光線銃だよ、有咲」
有咲「しあわせ光線銃って……ただのおもちゃだろ、それ」
たえ「昨日ね、こころがくれたんだ」
有咲「はぁ、弦巻さんが。なんなんだよ、そのしあわせ光線銃って」
たえ「私もよく知らないんだけど、人に向けて撃つと、その人がしあわせになるんだって」
有咲「へー。なんかハロハピっぽいおもちゃだな」
たえ「うん。美咲も言ってた。『燐子先輩ですら頭ハロハピになる』とか『湊さんですらポンコツ感マシマシになる』とか。だから私はこれをぽんこつ光線銃って呼ぶことにしたんだ」
有咲「なんだそれ!? かなりやべー銃じゃねーかよ!?」
747: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:54:53.49 ID:PEIHZeOO0
たえ「大丈夫だよ、効果は24時間で切れるってこころが言ってたから」チャキ
有咲「ちょ、ま、待てって! どうして銃口をこっちに向けんだ!?」
たえ「お母さんもね、撃たれた感じは全然しないって言ってた」
有咲「母親を撃つなよ!」
たえ「じゃあいくよ~」カチ
有咲「こなくていいっ、ちょ、お前いま引き金ひいたろ……!?」
たえ「どう?」
有咲「どうって……あれ、本当に撃ったのか?」
たえ「うん」
有咲「……いや、別に何も感じないけど」
たえ「お母さんもそう言ってた。私も自分に向けて撃ったけど同じだったよ」
有咲「自分に撃ったのかよ……」
たえ「何も感じなかったから7回くらい撃っちゃった」
748: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:55:30.97 ID:PEIHZeOO0
有咲「そんなに撃っちゃったのか!? ……まぁ、でも、確かに私も何も感じないし……そうだよな。よくよく考えたらそんな素敵な銃がある訳ないもんな」
たえ「やっぱりそうなのかなぁ。これで沙綾を狙い撃とうと思ったのに」
有咲「なんで沙綾?」
たえ「頑張り屋さんの沙綾にはしあわせになってもらいたい。それに、いつもしっかりしてる沙綾がドジっ子になったところ、見てみたくない?」
有咲「見たいか見たくないかで言えば……見たい」
たえ「でしょ? お母さんも私も全然変わらなかったから、有咲で試そうと思ったんだけど……」
有咲「おいおい、人を実験に使うんじゃねーよ」
たえ「有咲、なんだかんだいつもしっかりしてるからさ。ポピパで沙綾の次に効果がありそうだなーって思ったんだ」
有咲「え、そ、そうか? まぁそれならしょーがねーな」
たえ「うん、しょうがないしょうがない」
有咲「しょーがねーしょーがねー」
たえ「あはは」
有咲「ははは」
749: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:56:09.83 ID:PEIHZeOO0
たえ「でもせっかくだから沙綾にも撃とうと思う」
有咲「だなー。せっかくだもんな」
たえ「うん。明日の学校が楽しみだ」
有咲「あれ……でもおたえ、お前別のクラスじゃね?」
たえ「あ……そういえば……」
有咲「それだとあんまり見れなくね、沙綾がぽんこつになっても」
たえ「……ぐす」
750: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:56:36.73 ID:PEIHZeOO0
有咲「わ、わーわー! な、泣くなよ、ごめんな、私が悪かった!」
たえ「ううん……2年生になってクラス別なの忘れてた私のせいだから……」メソメソ
有咲「よ、よーし、じゃあこうしよう! 今から沙綾んとこ行こう!」
たえ「沙綾のとこに?」
有咲「そう! ほら、今日やまぶきベーカリーの手伝いしてるって言ってたろっ? だから一緒に沙綾を撃ちに行こう! な!」
たえ「うん……そうだね、そうしよう。ありがと、有咲」
有咲「いいっていいって。やっぱりみんな笑顔でいるのが一番だからな」
たえ「だね。沙綾を笑顔にするのが私たちの使命だ」
有咲「相変わらずおたえはいいこと言うなぁ。それじゃあ早速行くか!」
たえ「うんっ!」
……………………
751: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:57:27.44 ID:PEIHZeOO0
―― やまぶきベーカリー ――
――カランコロン
山吹沙綾「いらっしゃいませ……って、なんだ、有咲におたえ」
有咲「よう」
たえ「遊びに来たよ」
沙綾「あはは、さては冷やかしかな?」
有咲「違う違う、ちゃんとパンも買ってくって」
たえ「うん。真の目的は別にあるんだけどね」
沙綾「真の目的って?」
有咲「それはあれだ、沙綾を笑顔にさせることだ」
たえ「そうそう。しあわせ光線改めぽんこつ光線だよ」
752: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:57:56.95 ID:PEIHZeOO0
沙綾「おたえはともかく、有咲までそんなこと言うなんて珍しいね?」
有咲「そうか? 私はいつも通りだけど」
たえ「私はちょっとテンション高めだよっ」
沙綾「あー、うん、確かにちょっとテンション高めかも」
有咲「ところで今日のおすすめは?」
沙綾「クリームデニッシュが焼きたてで、あと今日はハムカツサンドが美味しいって父さんが言ってたかな」
たえ「分かった。ありがと、沙綾。お礼にこれをあげる」スッ
沙綾「え、なにそれ? おもちゃの銃?」
たえ「しあわせ光線銃だよ。撃たれるとしあわせになるんだ」
沙綾「へぇ。なんかハロハピっぽいね、それ」
たえ「!! すごい、何も言ってないのにこころから貰ったものだって分かった」
有咲「流石沙綾だな。ハンパねぇ」
沙綾(今日、本当に2人ともテンション高いなぁ)
753: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:58:39.61 ID:PEIHZeOO0
たえ「それじゃあいくよ。えい」カチ
沙綾「……え、いま撃ったの?」
たえ「うん。どう、沙綾?」
沙綾「どう、って言われても……特に何も感じないかなぁ」
有咲「うーん、沙綾もそうなのか」
たえ「……やっぱりこれ、しあわせ光線銃じゃなくてぽんこつ光線銃だ」
沙綾「でもなんか、童心に帰る……って言うほど私たちも大人じゃないけどさ、こういうのってごっこ遊びみたいで楽しいよね」
有咲「それな」
たえ「分かる」
沙綾「小さなころはよくおままごととかしてたなぁ」
有咲「私も今よりかはアクティブだったから、そういうので遊んだなぁ」
たえ「……ぐす」
754: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 07:59:19.85 ID:PEIHZeOO0
沙綾「え、お、おたえ!?」
有咲「ど、どうしたんだ!?」
たえ「私……友達ってポピパのみんなが初めてだったから……そういうのしたことないなって……」
たえ「レイがいるにはいたけど……音楽教室で話したりするだけだったし……すぐに引っ越しちゃったし……」
有咲「え、ちょ、えーっと、気にすんなって! な! ほら、そんなことがなくたって私たちは友達だしさ!」
沙綾「そ、そうそう! ほ、ほら、笑って笑って! 私、おたえの笑顔って好きだなぁ!」
たえ「うん……ごめんね、2人とも……」メソメソ
有咲(さ、沙綾! これなんとかならないか!? おたえが悲しんでるとすごく辛いんだけど!!)ヒソヒソ
沙綾(そ、そう言われても……! ええっと、紗南がぐずった時と同じ接し方でいいのかな……!?)ヒソヒソ
有咲(あ、そ、そうだ! 沙綾、ちょっと……)
沙綾(……な、なるほど、分かった!)
755: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:00:03.33 ID:PEIHZeOO0
沙綾「あー、ご、ごほん。ねぇ、おたえ?」
たえ「……なぁに、沙綾」
沙綾「あれさ、おたえさえ良かったら……今からウチで働いてみない?」
たえ「働く?」
沙綾「ほら、リアルパン屋さんごっこだよ。有咲と私とおたえで、一緒にさ」
有咲「そ、そうそう。ほら、みんなでお揃いのエプロン着けてさ、きっと楽しいぞ?」
たえ「…………」
沙綾「おたえ……?」
有咲「や、やっぱりダメか……?」
たえ「……それ、すごく楽しそう」
沙綾「おたえ……!」
有咲「信じてたぞ……!」
たえ「リアルパン屋さんごっこ、やろう!」
有咲「ああ!」
沙綾「善は急げ、だね。ちょっと予備のエプロン持ってくる!」
……………………
756: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:00:44.39 ID:PEIHZeOO0
――夜 有咲の部屋――
沙綾「なんかごめんね、なし崩しに……」
有咲「いいっていいって、気にすんなよ」
たえ「わーい、お泊りだー。嬉しいなー」
沙綾「おたえはいつも通りだね」
有咲「な。でも沙綾だってそれくらい素直でいいんだよ。私だってみんなとこうしてるの楽しいんだし」
たえ「そうそう。楽しいことは楽しいって言うのが一番だよ。言葉にしなくちゃ何にも伝わらないんだから」
有咲「相変わらずおたえは良いこと言うよな」
沙綾「確かにその通りだね。何でもない日にお泊り会ってすごくワクワクするなぁっ」
たえ「いえーい」ハイタッチ
沙綾「いえーい!」ハイタッチ
有咲「いえーいっ」ハイタッチ
757: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:01:14.96 ID:PEIHZeOO0
有咲「さってと、まだ夜の7時だし、何すっか」
たえ「あ、私アレやりたい」
沙綾「アレ?」
たえ「アレ。みんなでワイワイテレビゲームやったり、漫画読書会したりするやつ」
有咲「あーはいはい、泊まりの定番のやつだな」
沙綾「純が友達のとこ泊まり行くとそうなるって言ってたなぁ」
たえ「だめ?」
有咲「ダメな理由がない」
沙綾「右に同じく」
たえ「えへへ、ありがと」
有咲「よーし、そしたらちょっと待ってろ。昔やってたゲームとか漫画とかが押し入れに……あったあった」
758: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:01:56.62 ID:PEIHZeOO0
たえ「わー、コントローラーが見たことない形してる」
沙綾「『巾』の字みたいだね」
有咲「やっぱ泊りのゲーム大会つったらこれだろ、ニンテ〇ドウ64」
たえ「そうなの?」
有咲「そうなの。え、ていうかこれ以外にあるのかってレベルだと思うけど。2人とも、知らないのか?」
沙綾「なんか子供の頃に見たことあるようなないような?」
たえ「面白い形してるね、このコントローラー」
有咲「そうか……じゃあ2人はきっとセガ〇ターン派だったんだな」
沙綾「それも聞いたことないなぁ」
たえ「あ、私CMは知ってるよ。この前、平成のおもしろコマーシャルを振り返る番組でやってた」
有咲「せー〇たー三四郎ー、せー〇たー三四郎ー♪」
たえ「せ〇さたーんしろー♪」
沙綾「わぁ、全然分かんないや」
759: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:02:46.59 ID:PEIHZeOO0
有咲「まぁゲーム機の名前やらCMやらはどうでもいいんだよ。大事なのはみんなで遊べて、みんなが笑顔になれることだからな」
たえ「有咲、良いこと言うね」
沙綾「今日の有咲は名言botだね」
有咲「よせよ、照れちまうだろ? さ、それよりなんのゲームやるか。初代大乱闘? それとも007になりきるか? はたまた世界一有名な配管工のパーティーゲームか?」
たえ「うーんと……」
沙綾「簡単なのがいいな」
有咲「簡単なのだとこのマ〇オパーティだな」
たえ「じゃあそれにしよう」
沙綾「わー、楽しみだなぁ」
有咲「オッケー。俗に言う友情破壊ゲーだけど、まあ私たちの間の強固な仲を崩せるほどのもんじゃないだろ」
760: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:03:28.68 ID:PEIHZeOO0
たえ「有咲、コントローラー4つも持ってるんだ」
有咲「最大4人まで同時に遊べるからな。昔父さんが妙に張り切って買って来たんだよ」
沙綾「同時に4人まで……」
たえ「ポピパのみんなでやったら1人あぶれちゃう……」
有咲「そんな悲しい顔すんなよ、2人とも……」
沙綾「もしそうなったら私が遠慮して……」
たえ「ダメだよ、沙綾はいつもそうやって自分を後回しにするんだから」
有咲「そーだそーだ。悪いが沙綾が遠慮するのは私も断固拒否だ」
たえ「だからここは私が……あ、でもみんなが楽しそうにゲームやってて、私だけ蚊帳の外だと……ぐす」
761: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:04:01.58 ID:PEIHZeOO0
有咲「わ、な、泣くなおたえ! 大丈夫、大丈夫だから!」
沙綾「そ、そうだよ! ほら、笑って!」
たえ「うん……大丈夫、私はひとりでも頑張れる……」メソメソ
有咲「あー、ほら、アレだよ! 短い対戦ゲームでさ、負けた人が交代って遊び方も楽しいんだぞ! 横から茶々いれたりしてさ! そういうのがやっぱ醍醐味だろ!?」
たえ「……あ、そうかも」
有咲「な? みんなのプレイを横から見つつ、色々口出しするのって楽しいだろ?」
たえ「うん!」
沙綾「確かにそうだね。そういうのもなんだか楽しそうだし、今度はみんなでお泊り会だね!」
有咲「ああ! ウチならいつだってオッケーだからな!」
……………………
762: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:04:57.22 ID:PEIHZeOO0
――翌日 花咲川女子学園・中庭――
有咲「……って感じで、おたえと沙綾は昨日ウチに泊っていったんだよ」
戸山香澄「えー! いいなぁー!」
牛込りみ「すごく楽しそうだね」
たえ「うん、楽しかった」
沙綾「白熱したね、スターの奪い合い」
有咲「もうアレだ、テ〇サの使用は淑女協定により禁止だ」
香澄「有咲たちだけずるい! 私もお泊り会したいー!」
有咲「別に香澄もりみも、いつでも来ていいぞ」
りみ「え、いいの?」
有咲「ああ」
香澄「じゃあ今日行く!」
有咲「ウェルカム!」
香澄「やったーっ!」
763: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:05:35.80 ID:PEIHZeOO0
りみ「……なんだか今日の有咲ちゃん、いつもよりも素直っていうか明るいっていうか……」
沙綾「そうかな? いつもあんな感じだったと思うけど」
たえ「うん。リアルパン屋さんごっこの時もずっとニコニコしてたし」
りみ「リアルパン屋さんごっこ?」
沙綾「昨日ウチでね、おたえと有咲にお店手伝って貰ったんだ」
たえ「お揃いのエプロン着れて楽しかった。賄いのパンも美味しかったなぁ」
りみ「わぁ、いいなぁ。私も沙綾ちゃんのところで働いてみたいな」
沙綾「りみりんならいつでもウェルカムだよ」
りみ「本当? じゃあ今度お邪魔するね」
764: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:06:34.96 ID:PEIHZeOO0
たえ「あ、そうだ」
香澄「おたえ? どうかした?」
たえ「てってれてっててーててー♪ ぽんこつ光線銃~♪」スチャ
香澄「わぁ、おもちゃの銃だ」
りみ「どうしたの、それ?」
たえ「こころに貰ったんだ。撃たれるとしあわせになれる、ぽんこつ光線銃だよ」
りみ「撃たれるとしあわせに……?」
有咲「効果なかったけどなーそれ」
沙綾「うん。撃たれた気、全然しなかったし」
たえ「だから私はこれをぽんこつ光線銃と呼ぶようになった。せっかくだから香澄とりみにも撃ってあげるよ」
りみ「え、私、撃たれちゃうの?」
有咲「あー、平気だよりみ。それ本当にただのおもちゃだから」
沙綾「そうそう。だけどさ、こういうのってなんか楽しい気持ちになるよ」
765: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:07:25.02 ID:PEIHZeOO0
たえ「えい」カチャ、カチャカチャカチャ
香澄「きゃーっ、うーたーれーたー!」
りみ「きゃ……あれ? 今、本当に撃ったの?」
たえ「うん」
沙綾「さりげに私と有咲まで撃ったね」
有咲「まったく、おたえはしょうがねーなぁー」
たえ「どう?」
香澄「うーん、特になにも変わんないや!」
りみ「いつも通り……だね」キメ顔
有咲「お、蘭ちゃんのモノマネ」
りみ「えへへ、上手になったでしょ?」
有咲「うまいうまい」
766: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:08:24.80 ID:PEIHZeOO0
たえ「あ、有咲、お弁当のからあげちょっとちょうだい」
有咲「ただではやれねーな」
たえ「そっか……じゃあ仕方ない」ガシ
沙綾「うん? どうしたの、おたえ。急に私の肩を抱いて……」
たえ「沙綾が惜しければ、からあげをこちらへ渡して」スチャ
有咲「なっ、卑怯だぞおたえ!」
香澄「おたえ! 正気に戻ってぇー!」
りみ「その光線銃を捨てて投降してくださいっ」
たえ「それは出来ない。私が沙綾を開放する条件はからあげのみ」
沙綾「み、みんな……私のことはいいから……早く逃げて……!」
有咲「くそっ、どうすればいいんだ……!」
767: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:09:22.10 ID:PEIHZeOO0
香澄「ここは私のミートボールで……!」つミートボール
たえ「いただきまーす。あむ……美味しい。でもからあげがないと沙綾は解放しない」
りみ「そんな……このままじゃあ沙綾ちゃんが撃たれてまう! そんなことになったら!」
たえ「しあわせ光線銃だからね。きっとしあわせになっちゃうよ」
沙綾「くっ……おたえ、どうして!」
たえ「前々からずっと思ってた。沙綾にはしあわせになってもらいたいって」
有咲「だからってお前!」
たえ「ふふ、大丈夫だよ。沙綾は責任を持って、私がしあわせにするから」
有咲「くそ、背に腹は変えらんねー。ここはからあげを差し出すしかない……!」
りみ「やけど有咲ちゃん、それは朝からずーっと楽しみにしとったって言うたやない!」
有咲「いいんだ。それで沙綾が助かるなら……安いもんだ」
香澄「あ、有咲……」
沙綾「……ごめん、ごめんね、有咲……」
たえ「それでいいんだよ。さあ、からあげをこっちに」
768: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:09:58.02 ID:PEIHZeOO0
有咲「くれてやるよ、こんちくしょう。そら、あーん」つカラアゲ
たえ「あー……」
沙綾「させない! あむっ」
たえ「……え」
沙綾「からあげのせいでこんなことになるなら、私がからあげを食べちゃえばいいんだよ」
沙綾「これでもう争う必要なんてないはずだよ。からあげ美味しかったし」
たえ「…………」
有咲「おたえ?」
りみ「どないしたん?」
たえ「からあげ……ぐす」
769: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:10:26.77 ID:PEIHZeOO0
香澄「わ、わぁー! 泣かないでおたえ! 私の卵焼きもあげるから!」
沙綾「ご、ごめんね、そこまで食べたかったなんて思わなかったから! ほら、私のハムカツもあげるよ!」
有咲「またばーちゃんに言って作ってもらうから! 今日のところはこのハンバーグで、な!?」
りみ「え、えっと、私のお弁当にはお肉ないから……デザートのチョココロネあげるね!」
たえ「うん……みんな、ごめんね。ありがとう……」
有咲「いいっていいって! 気にすんなよ」
770: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:10:53.28 ID:PEIHZeOO0
香澄「あ!」
りみ「どうしたの、香澄ちゃん」
香澄「なんか急にドロケイやりたくなった!」
沙綾「あー、人質ごっこしたもんね」
たえ「それじゃあ放課後、公園でやろう」
有咲「おう!」
りみ「うんっ」
香澄「わーい!」
沙綾「了解。って、ヤバっ! 昼休みあと10分しかない!」
香澄「急いでお弁当食べちゃお!」
……………………
771: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:11:35.63 ID:PEIHZeOO0
――夜 有咲の部屋――
沙綾「はぁー、あんなに走ったの久しぶりだったなぁ」
有咲「なー。白熱したなぁ、ドロケイ」
沙綾「いつの間にか公園にいた小学生たちも参加してたしね」
有咲「その後のロックんとこの銭湯も気持ちよかったな」
沙綾「うん。有咲のおばあちゃんのご飯も美味しかったよ」
有咲「で、その反動がアレか」
たえ「2日連続お泊り~」ゴロゴロ
香澄「みんなでお泊り~」ゴロゴロ
りみ「食後のチョココロネ~」モグモグ
沙綾「布団の上で超くつろいでるね」
有咲「ったくもう……おい、お前ら!」
772: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:12:23.01 ID:PEIHZeOO0
香澄「はーいー?」ゴロゴロ
たえ「なーにー?」ゴロゴロ
りみ「チョココロネおいしい」モグモグ
有咲「私も混ぜろー」
香澄「へい、かもーん」
たえ「今なら私と香澄の間にご招待」
有咲「お邪魔しまーす」
沙綾「私もー」
りみ「ごちそうさまでした。あ、私も」
沙綾「りみりーん、食べた後すぐに横になったらダメだよー」ゴロゴロ
有咲「そーだそーだー。牛になっちまうぞー」ゴロゴロ
りみ「大丈夫やー、ウチの名字牛込やしー」ゴロゴロ
たえ「私はうさぎになりたーい」ゴロゴロ
香澄「じゃあ私は星になるー」ゴロゴロ
773: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:12:57.91 ID:PEIHZeOO0
沙綾「…………」
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「…………」
香澄「……ぷっ、ふ、ふふふ……!」
沙綾「ちょっと香澄ー、ふふ、なんで急に笑うのさー」
有咲「そういう沙綾も笑ってるぞー、くくっ」
たえ「わっはっは~」
りみ「あはっ、もー、みんな笑っとるやんけー」
香澄「いやー、なんだろうねこの空気」
沙綾「分かんない。謎。めっちゃ謎」
りみ「けどこの謎の空気最高やー」
有咲「それなー」
たえ「分かるー」
774: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:13:24.02 ID:PEIHZeOO0
香澄「有咲たちがゲームで遊んでたーって聞いて私もやってみたかったけど……今はずーっとこうしてたーい」
りみ「めっちゃ分かる~」
沙綾「こういうのもいいんじゃないかなぁー」
たえ「うん、いいと思うー」
有咲「だなー。ゲームやら漫画なんかはいつだってウチに来てくれればいいかんなー」
香澄「やったーっ。じゃあ今日は思う存分ゴロゴロしよーっと」
775: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:14:08.31 ID:PEIHZeOO0
沙綾「あー……ふふっ」
りみ「沙綾ちゃん、どうしたん?」
沙綾「んー、なんかドロケイの牢屋の攻防のこと思い出した」
香澄「牢屋の攻防……ああ、おたえが捕まえた人全員解放した時の」
有咲「あれ反則だろ、折角私と沙綾でほとんど全員捕まえたのに」
りみ「まさかあの小学生の子が内通してたなんて思いもよらんかったわぁ」
たえ「あの子はオッちゃんを散歩させてる時によく会う子だからね。今度ウチでうさぎと遊ばない? って言ったらすぐに頷いてくれたんだ」
有咲「卑劣な手を使いやがって」
たえ「騙される方が悪いんだよー有咲ー」
776: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:14:39.00 ID:PEIHZeOO0
沙綾「まぁその後すぐに私と有咲でおたえを捕まえたけどね」
有咲「泥棒を全員脱獄させるなんて前代未聞の大悪党だからな。沙綾のシュシュで両手を拘束するのもやむなし」
りみ「囚われのお姫様みたいやったねぇ」
香澄「おたえを助けなくちゃ! って救出しに行ったけど、全員捕まっちゃったね」
たえ「私を人質にするなんて酷い警察だ」
有咲「お前ら泥棒の蛮行でどれだけの市民が怯え、涙を流し暮らしているか、想像したことがあるかぁー」
沙綾「庶民は愛するものを失う恐怖で夜も眠れないー」
りみ「正論やめーやー」
777: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:15:17.64 ID:PEIHZeOO0
香澄「ふわぁ~……」
たえ「……ふあぁ……」
有咲「でかいあくびだなぁ」
香澄「あはは、なんかすごく眠くて」
たえ「昼間、あんなに走り回ってたからしょうがない」
りみ「確かに……時間はまだ夜の9時過ぎやけど、眠いなぁ」
有咲「もう寝ちまうかぁ」
沙綾「そうだね。いい子はもう眠る時間だよ」
香澄「んー……」
りみ「香澄ちゃん、もう半分夢の中におるみたい」
有咲「よーし、そんじゃ電気消すぞー」
たえ「はーい」
沙綾「はーい」
りみ「はーい」
香澄「んー」
778: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:16:00.17 ID:PEIHZeOO0
有咲「よっこらせ」カチッ
たえ「真っ暗だー……」
りみ「んー……えへへ」ゴソゴソ
沙綾「どしたのりみりん?」
りみ「お風呂上りのお布団の感触、好きなんよ」
有咲「分かりみに溢れる」
りみ「柔らかくてスベスベな感触が心地いいわぁー」
沙綾「分かる分かる。気持ちいいよねぇ……」
りみ「うん……」
たえ「……すー、すー……」
香澄「くー……」
有咲「香澄とおたえは寝るの早いなぁー」
779: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:16:46.72 ID:PEIHZeOO0
りみ「私も眠い……」
沙綾「私も……。でも、こういう時ってなんか……寝るのもったいないって思っちゃうよね」
有咲「あー、それな。そう思うほど眠くなるやつ」
沙綾「それそれ」
りみ「んー……むにゃ」
沙綾「りみりんももう夢の世界かな」
有咲「沙綾もさっさと寝ちまえよ」
沙綾「うん。でもやっぱなんか、ね。楽しかった一日って終わらせたくないよねって」
有咲「まぁな。けど、いつだってみんなと遊べるし、ウチだっていつでも提供するし……まぁ、終わりと始まりで物語は進むってやつだよ。今日が終われば、また楽しい一日が始まるんだよ」
沙綾「流石名言bot」
有咲「よせやい」
沙綾「ふふ、でもそうだよね。あー……なんか安心したら超眠いや」
有咲「それなー……」
780: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:17:30.73 ID:PEIHZeOO0
沙綾「有咲も寝ちゃいなよー……」
有咲「いや、なんかここまで来たら……アレだよ、アレ」
沙綾「……どうやら同じ気持ちみたいだね……」
有咲「やっぱりか……」
沙綾「もう勝負は……始まってるんだ……」
有咲「ああ……」
沙綾「先に……」
有咲「寝た方が負け……」
沙綾「一騎打ちだね……」
有咲「へへ……私はホームだからな……地の利がある……」
沙綾「どうかな……自分の家の方が安心して寝ちゃうんじゃないかな……」
有咲「なんの……」
781: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:18:15.11 ID:PEIHZeOO0
沙綾「……ねーんねーん……ころーりーやー……おころーりーやー……」
有咲「ちょー……子守歌は反則……だろ……」
沙綾「ぼうやーはー……よいこーだー……ねんねーしーなー……」
有咲「…………」
沙綾「……また勝ってしまった……敗北がしりたい……」
有咲「ね……ねてねーし……」
沙綾「むりせずに……寝ちゃいなよ……」
有咲「むりしてねー……だいじょうぶだよ……パンはパンでも、それはパンナコッタだから……」
沙綾「ちがうよー……フライパンじゃないといけなかったんだよー……」
有咲「…………」
沙綾「…………」
782: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:19:40.60 ID:PEIHZeOO0
有咲「……ぐぅ」
沙綾「……すー」
香澄「zzz……」
りみ「むにゃむにゃ……」
たえ「んー……えへ……しあわせ」
それから約18時間後、おたえ以外のしあわせ光線が解けていつものポピパに戻るのでしたとさ
おわり
783: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:20:46.10 ID:PEIHZeOO0
後日談てきなやつ
――チュチュのスタジオ――
レイヤ「ドロケイがやりたい」
マスキング「……は? いきなりどうしたんだよ」
レイヤ「花ちゃんたちがすごく楽しそうにやってるのを見かけて、私もやりたくなったんだ」
マスキング「花園たちが?」
レイヤ「うん。公園でね、子供たちも混ぜて本気でドロケイしてた。そんなの見たら……ね?」
マスキング「『ね?』じゃねーよ。『マスキなら分かるでしょう?』って感じの信頼置くのやめてくれ」
レイヤ「マスキなら分かってくれると思ったのに……」
マスキング「……いや、まぁ、お前の言いたいことは分からないでもないけどな。でも流石に高校生にもなって全力でドロケイは……な? それに2人じゃできねーだろ?」
784: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:21:37.74 ID:PEIHZeOO0
レイヤ「チュチュとパレオも誘うよ」
マスキング「パレオはともかくチュチュは絶対に無理だろ。今だってほら……」
チュチュ「……うーん、なんか違うのよね……もっとこう……」
マスキング「超真面目に作曲に没頭してるぞ、あいつ。流石に公園で遊ぼうなんて言っても頷かな――」
パレオ「その心配はありませんよっ、マスキさん!」ドアバァン
マスキング「うぉっ」
レイヤ「おはよう、パレオ」
パレオ「おはようございます♪」
マスキング「お前、もう少し静かに入って来いよ。びっくりしちまうだろ」
パレオ「すみません、楽しそうなお話が聞こえてきたのでつい……てへ☆」
マスキング「あざとく誤魔化すな。そんで……えーっと、なんか心配ないとかなんとか言ってなかったか?」
パレオ「はい! ご安心ください!」
マスキング「……アタシはそれに不安しか感じねーんだけど」
785: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:22:38.37 ID:PEIHZeOO0
レイヤ「パレオがチュチュを説得してくれるの?」
パレオ「厳密に言うと違います。でも、必ずチュチュ様は頷いてくださるでしょう!」
マスキング「どうしてだよ」
パレオ「その秘密は……これです! とある知り合いの方から譲り受けた、この『しあわせ光線銃2』のおかげです!」
マスキング「なんだそのおもちゃの銃は……?」
パレオ「百聞は一見にしかず。では、チュチュ様~!」
チュチュ「……ん? ああ、全員揃ったのね。それじゃあ早速、今日も練習を始めましょう」
パレオ「えい♪」カチャ
マスキング「何のためらいもなく撃ちやがった」
786: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:23:27.06 ID:PEIHZeOO0
パレオ「今です、レイヤさん!」
レイヤ「うん、分かった。ねぇチュチュ。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
チュチュ「なによ?」
レイヤ「今日、みんなで公園に行って、ドロケイやらない? 花ちゃんたちが楽しそうに遊んでるのを見てさ、私もやりたいって思ったんだ」
チュチュ「……はぁーっ? どーして私がPoppin'Partyと同じことしないといけないのよ!」
マスキング「……まぁ、そういう反応になるよな。効果ないみたいだぞ、パレ――」
チュチュ「公園で遊ぶのは賛成だけど、やるなら別のことにしましょう!」
マスキング「え」
787: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:24:00.72 ID:PEIHZeOO0
レイヤ「別のこと……じゃあ、缶けりとか?」
チュチュ「What? なに、そのカンケリって?
パレオ「鬼ごっこの一種ですよ、チュチュ様。鬼役の人は缶を蹴られないように逃げる人たちを全員捕まえて、逃げる人たちは鬼に見つからないように缶を蹴るっていう遊びです」
チュチュ「……なるほど」
レイヤ「私は缶けり以外でもいいけど」
チュチュ「いいえ、いいじゃない。戦略性のある遊びは好きだもの」
パレオ「決まりですね♪ それじゃあ早速行きましょうっ」
チュチュ「そうだわ! ただやるだけじゃつまらないし、ここでPoppin'Partyとの因縁にもケリをつけてやるわ!」
レイヤ「缶けりだけに?」
チュチュ「Yes! カンケリだけに! あとであいつらも誘って真剣勝負するわよ!」
マスキング「えぇ……」
788: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:24:42.00 ID:PEIHZeOO0
パレオ「マスキさんは不服ですか?」
マスキング「いや、不服っていうか、チュチュの変わりようが恐ろしいっていうか、その銃なんなんだよっていうか……」
パレオ「まぁまぁ、細かいことは言いっこなしです♪」
レイヤ「あ、でもチュチュ」
チュチュ「なによ? ハナゾノ相手だと戦えないって言うの?」
レイヤ「花ちゃんたちと真剣勝負するのは私も大賛成だよ。だけどさ、ほら、私たち4人だから……」
チュチュ「……確かにそうね。正々堂々戦うんだから、頭数は合わせないといけないわ。それに気を遣わせてあっちがひとりだけ見るだけになんてなったら……それは悲しいことだもの」
レイヤ「でしょ?」
チュチュ「どこかにいい人材はいないかしら」
レイヤ「私は伝手がないかなぁ」
パレオ「私もあんまり……ですねぇ」
チュチュ「仕方ないわね。それじゃあマスキング、頼んだわよ」
マスキング「……え、あ、ああ……」
マスキング(ここでアタシにお鉢が回ってくるのか……どうすっかなぁ)
789: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:25:30.43 ID:PEIHZeOO0
パレオ「信じてますよ、マスキさん!」
レイヤ「マスキはやれば出来る子だからね」
マスキング「変な信頼置くの本当にやめろ。……あーでも、花園たちと遊ぶんだよな?」
チュチュ「No! これは遊びじゃないわ、Poppin'Partyとの真剣勝負なのよ!」
マスキング「お、おう。それじゃあウチで働いてる朝日でも連れてくるわ。あいつなら『ポピパ』って言えばきっと何も聞かずに頷くだろうから」
チュチュ「それでこそよ! 賞賛に値するわ、マスキング!」
パレオ「わー♪」パチパチパチパチ
レイヤ「流石だね、マスキ」
マスキング(褒められてるけどあんまり嬉しくねぇ……)
790: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:26:12.42 ID:PEIHZeOO0
チュチュ「Strike while the iron is hot! さぁ、早速行くわよ!」
レイヤ「挑戦状叩きつけ 奪い返すまでさ~♪」
パレオ「勝利の旗を振れ~♪」
マスキング「……まぁいっか」
このあと行われたポピパ対RASの真剣勝負は夕陽が沈むまで続き、そのあとはみんなで仲良く旭湯に行きましたとさ
おわり
791: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/06/22(土) 08:27:07.51 ID:PEIHZeOO0
RASの神戸ライブの抽選を全て外した腹いせにポンコツと化した沙綾ちゃんを愛でる話を書いたつもりでしたが、気付いたら全然違う話になってました。不思議。
余談ですが、しあわせ光線と聞くと昔のRPGを思い出します。
792: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:06:23.61 ID:2GWOm34Z0
氷川紗夜「しあわせ光線銃」
793: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:06:57.58 ID:2GWOm34Z0
――花咲川女子学園 生徒会室――
氷川紗夜「……はぁ。どうしようかしらね、これ」
――ガラ
白金燐子「失礼します……。あ、氷川さん……こんにちは」
紗夜「ああ、白金さん。こんにちは」
燐子「……? どうしたんですか……その、机の上のおもちゃの銃は……」
紗夜「これは昼休みに、弦巻さんが校内に持ち込んでいたから没収したのよ。けど……」
燐子「けど……?」
弦巻こころ『あら? 紗夜、このしあわせ光線銃が欲しいのね? いいわよ、たくさんあるしひとつあげるわね!』
紗夜「……と言われたのよ」
燐子「しあわせ光線銃……ですか……?」
紗夜「ええ。そういうおもちゃが発売されているのかしらね」
燐子「そんな名前のものは……聞いたことがない、ですね……」
紗夜「そう……。はぁ……放課後には返すつもりだったのだけど、恐らく弦巻さんは受け取らないでしょうし……本当にどうしようかしら」
794: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:07:45.65 ID:2GWOm34Z0
燐子「せっかくだし……貰っておけばいいんじゃないでしょうか……」
紗夜「そうは言っても使用用途が一切不明ですし……あっても仕方ないわよ」
燐子「……そうですね……」ヒョイ
紗夜「白金さん、そのおもちゃに興味がありますか?」
燐子「少し……こういうのを見るとちょっと持ってみたくなるんです……」
紗夜「ゲームの影響かしら」
燐子「かもしれないです……。なかなかディティールも凝ってて、よく出来てますね……」
燐子「引き金を引くと……何か出るのかな……えい」カチ
795: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:08:42.19 ID:2GWOm34Z0
紗夜「……何も出ないわね。というか、何が出るのか分からないのに自分の掌に銃口を向けるのはどうかとも思うけれど……」
燐子「……つい好奇心に負けて」
紗夜「まぁ、何事もなくてよかった。やっぱりただのおもちゃでしたか」
燐子「ですね。わたしはこういうの、好きですけど」
紗夜「……?」
紗夜(なんだかいつもより、少しハキハキと喋っているような……)
燐子「氷川さん? どうかしました?」
紗夜「いえ、なにも」
燐子「あ、もう結構いい時間ですね。そろそろCiRCLEに行きましょうか」
紗夜「……そうね」
796: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:09:29.49 ID:2GWOm34Z0
――CiRCLE スタジオ――
燐子「~♪」ポロンポロン~♪
今井リサ「なんだか今日の燐子はご機嫌だねぇ」
宇田川あこ「鼻歌歌いながら弾いててすっごく楽しそう!」
紗夜「…………」
湊友希那「紗夜? なんだか難しい顔をしているけど……何か気になることでもあるのかしら?」
紗夜「……いえ」
友希那「そう」
紗夜(あの銃を手にしてから白金さんの様子がおかしい、なんて言ってもしょうがないでしょうし……)
あこ「りんりん、何か良いことでもあったの?」
燐子「ううん、そういう訳じゃないんだ。でもなんだろう、今なら何でも出来るような気がしててね」
燐子「元気があれば何でも出来るってよく聞くけど、その言葉の意味がよく分かったなって気持ちなんだ」
リサ「へぇ~」
紗夜(根拠不明の全能感に気持ちの高揚……もしそれが先ほどの銃のせいだとしたら……)
紗夜「あの銃、相当危ないものなのでは……」
あこ「紗夜さん? 何か言いましたか?」
紗夜「いえ……」
797: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:10:11.10 ID:2GWOm34Z0
リサ「燐子にしては珍しい心境の変化だね。でも良いことだと思うなぁ」
燐子「はい。笑顔でいれば大抵のことは乗り切れますし、何事も前向きに捉えるのが大事ですよね」
リサ「おー、なんだかこころみたいなこと言ってる」
紗夜(確かに言動が弦巻さんに近いものになっているわね)
紗夜(もしかしてあの銃、撃たれた人の頭をハローハッピーワールドにする代物なのではないかしら……)
あこ「あれ? りんりん、鞄から何か出てるよ?」
燐子「あ、それはね、弦巻さんが氷川さんにプレゼントしたしあわせ光線銃だよ」
あこ「しあわせ光線銃?」
燐子「うん。撃たれた人がしあわせになるおもちゃなんだって」
リサ「わー、それもすっごいハロハピっぽいおもちゃだねぇ」
あこ「へ~。りんりん、あこも持ってみていい?」
燐子「うん、いいよ」
あこ「わーい! ありがと、りんりん!」スチャ
798: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:11:06.47 ID:2GWOm34Z0
あこ「おお、けっこう本格的だ!」
友希那「そうね。最近のおもちゃは良く出来ているのね」
燐子「はい、凝った作りものが多いですね。その分お値段もなかなかしますけど」
あこ「なんだかテンション上がっちゃうなぁ。ふっふっふ……我は流離の傭兵ガンマン、獲物は逃がさない! 狙い撃つぞー!」カチ
紗夜「あっ」
リサ「ん? どうかした?」
紗夜「……なんでも」
紗夜(今、確実に引き金を引いたわね。射線上には……湊さんが掠ってそうだけど)
あこ「流石に何も出てこないかぁ~」
燐子「うん。おもちゃだから」
あこ「でもこういうのってテンション上がるよね!」
燐子「分かる」
友希那「…………」
紗夜(どうなるのかしら……)
リサ(なんだか今日は紗夜も様子が変だなぁ)
799: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:12:07.21 ID:2GWOm34Z0
友希那「……あこ。楽しいのは分かるけれど、今は練習中なのよ。そろそろ練習に戻りましょう」
あこ「はーい」
紗夜(……よかった、なんともない)
リサ「そだね。さて、次はどの曲やろっか?」
燐子「はい」
友希那「燐子、何か意見があるのね?」
燐子「はい。たまには、他のバンドのカバーをやってみたいです」
友希那「他のバンドのカバー……」
リサ「カバーって、アタシたちもたまにやってない?」
燐子「いえ、メジャーなバンドのカバーではなくて、ガルパのバンドのカバーです」
あこ「ポピパとかアフターグロウとかの?」
燐子「うん」
リサ「うーん、そんな急に言われても……」
紗夜「試みとしては面白いかもしれないけれど、それよりも自分たちの音楽を磨く方が大切だと私は思うわ」
800: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:13:36.72 ID:2GWOm34Z0
友希那「……いえ、やってみましょう」
紗夜「湊さん?」
友希那「何事も挑戦よ。私たちの音楽には私たちの色があるのは間違いないけれど、その色ばかりを突き詰めていては、それが澄んでいくのか濁っていくのか分からなくなってしまうかもしれない」
友希那「たまには他のバンドの色を奏でて、自分たちの立っている場所を、奏でている音を、多角的に確かめることもきっと大切なことよ」
友希那「燐子もそう言いたかったのよね?」
燐子「はい」
紗夜「……湊さんがそう言うのでしたら」
リサ「マジかぁ……けど、アタシそんな弾けないよ」
あこ「あこはおねーちゃんたちの曲だったらちょっとは叩けるかなぁ」
紗夜「……パステルパレット以外でしたら、なんとか」
801: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:15:12.82 ID:2GWOm34Z0
友希那「パステルパレットの曲にしましょう」
紗夜「皆の話を聞いていましたか? パステルパレットは一番に候補から外れますよ?」
友希那「そこを敢えてやる。それが挑戦というものよ」
紗夜「…………」
友希那「紗夜の言いたいことも分かるわ。確かに私たちにはしゅわりん☆もA to Zも荷が重いかもしれない」
紗夜(そういうこと言っている訳ではないのですが)
友希那「だから、ルミナスを歌おうと思うの」
友希那「もちろん突発的な提案だから、楽器は弾けなくても当たり前。それなら私が歌うところを見て、気になったことや気付いたことを言ってくれればそれでいいわ」
リサ「え、友希那が歌ってるところを見てるだけでいいの?」
友希那「ええ。なんならコールを入れてくれても構わないわよ」
リサ「んー、そっか。それならアタシでも大丈夫だね」スッ
紗夜(その言葉は分かる)
紗夜(けど、どうして今井さんはさも当然のようにバッグからペンライトを取り出したのかしら。普段持ち歩いているのかしら。これが分からない)
802: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:16:10.45 ID:2GWOm34Z0
あこ「じゃああこもリサ姉と一緒に友希那さんの歌を聞きますね!」
リサ「あこもペンライトいる? いっぱいあるから使っていいよ」
あこ「いるいるー!」
燐子「それじゃあわたしは伴奏しますね。簡単にでしたら弾けますから」
友希那「ええ。お願いするわ、燐子」
燐子「任せてください」
あこ「わー、リサ姉のペンライト、光らせると友希那さんの名前が浮かぶんだ」
リサ「うん。筒の中の柄はハンドメイドなんだ~。法被も持って来ればよかったよ」
友希那「照明は少し絞った方がいいかしら」
燐子「そうですね。せっかくなので雰囲気出しましょう」
紗夜(いま気付いたけれど、現状ツッコミが私しかいない。だけどツッコミきれないからもう黙っていよう)
803: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:16:38.42 ID:2GWOm34Z0
友希那「……よし、こんなものね。それじゃあ……」
リサ「友希那ー!」ブンブン
あこ「友希那さーん、りんりーん」ブンブン
紗夜「…………」
友希那「声援、ありがとう。早速だけど聞いてもらうわよ。『もういちど ルミナス』」
リサ「きゃーっ!」
あこ「わーっ」
燐子「…………」~♪
紗夜(簡単に、という割にはほとんど原曲のまま弾いてるじゃないですか、白金さん……)
804: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:17:33.67 ID:2GWOm34Z0
友希那「すれ違う温度 心がすり切れて痛い」
友希那「諦めて楽になれるのかな… きもちラビリンス」
紗夜(それはまさしく今の私の状況なのですが。想像以上にノリノリで振り付けを決めている湊さんにまったく着いていけないのですが)
友希那「遠くまで響く熱い想い」
友希那「繋ぐ」
リサ「きーみーとー!」
友希那「らしく」
リサ&あこ「翔ーけーてー!」
友希那「も一度…」
友希那&燐子「ルミナス」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「友希那さんもりんりんもカッコいー!」
紗夜「……はぁ」
805: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:19:04.79 ID:2GWOm34Z0
―歌い終わって―
友希那「聞いてくれてありがとう」
リサ「友希那ーっ! 最高だよ――!!」
あこ「りんりーん!」
燐子「ありがとう、あこちゃん」ニコリ
友希那「ひとつ、ワガママを言ってもいいかしら」
リサ「なーにーっ!?」
あこ「なーにー?」
紗夜(今の今井さん、日菜がよく言う『パスパレのライブですごく気合入ったお客さん』の様子にそっくりね……)
紗夜(宇田川さんがその真似をしてるけど……止めないと教育上よろしくない気がしてならないわ)
806: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:20:53.16 ID:2GWOm34Z0
友希那「今の私はアイドル。だから、アイドルらしいことをやってみたいのよ。という訳で……」
リサ「おー!?」
あこ「おー?」
友希那「私の掛け声の後に、続いて『友希那』って言ってくれないかしら」
リサ「いいよーっ!!」
あこ「いいよーっ」
友希那「ありがと」
友希那「それじゃあ……ロゼリアのボーカルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!」
友希那「クールでカッコいいアイドルは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーんっ!」
友希那「頂点に狂い咲くのは?」
リサ「友希那――!!」
あこ「友希那さーん!!」
友希那「あなたの推しは?」
リサ「友希那――っ!!」
あこ「友希那さ――ん!!」
友希那「ありがとう」
リサ「Fuuu――!!」
あこ「ふぅ――!」
紗夜(なんなのかしらね、この流れは……)
807: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:21:25.21 ID:2GWOm34Z0
友希那「最後に……練習は?」
リサ&あこ&燐子「本番のように!」
紗夜「ちょ、」
友希那「本番は?」
リサ&あこ&燐子「練習のように!」
友希那「ふふ……流石ね、あなたたち」
紗夜「私の知らないところで何か打ち合わせでもしているんですか……?」
友希那「いいえ。でも、こう言えばきっとみんなはそう答えてくれると信じていたのよ」
リサ「これがキズナってやつだね!」
あこ「紗夜さんといえばこれだよね!」
燐子「氷川さんの名言ですから」
紗夜「…………」
808: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:21:52.76 ID:2GWOm34Z0
紗夜(……顔が熱い……妙に気恥しい……これからはそれを言うのは控えよう……)
友希那「それにしても、やってみると意外と楽しいわね」
あこ「はい! リサ姉の真似してたらあこも楽しくなっちゃいました!」
リサ「あこは将来有望だね☆」
燐子「たまにはいいですね、こういうの」
紗夜(私はあまり良くないのだけど……というか、恐らくあの銃のせいの白金さんと湊さん……それと宇田川さんもそういう性格だからまだいいけれど……)
紗夜(今井さん……しらふよね……?)
……………………
809: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:22:25.54 ID:2GWOm34Z0
――翌日早朝 公園――
紗夜「……あの、湊さん。もう一度言ってもらってもいいですか」
友希那「ええ、いいわよ。今日あなたたちをここに呼んだのは、缶けりをするためよ」
紗夜「聞き間違いじゃなかったのね……」
リサ「あー、だから動きやすい格好で公園に集合なのかぁー」
あこ「わぁー、缶けりするの1ヵ月ぶりだなぁー」
燐子「結構最近なんだね、あこちゃん」
あこ「うん! おねーちゃんとモカちん、それにひーちゃんと、ろっかにあすかでやったんだ!」
紗夜「どうして急に缶けりなんて……」
友希那「楽しそうだからよ」キッパリ
紗夜「……そう、ですか」
紗夜(そう断言されてしまうと何も言えないわ……)
紗夜(湊さんと白金さん、まだあの銃の効力が解けてないみたいね……)
810: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:23:03.20 ID:2GWOm34Z0
友希那「ルールは……説明するまでもないわよね?」
リサ「ダイジョーブだよ~」
燐子「はい、わたしも大丈夫です」
あこ「ばっちぐーですよ!」
紗夜「……不承不承ながら」
友希那「よろしい。それじゃあ最初の鬼決めね。じゃんけんしましょう」
リサ「はーい」
あこ「じゃあじゃあ、音頭はあこが取りますよ!」
友希那「ええ、お願いするわね」
あこ「はい! それじゃあ、じゃーんけーん……ぽん!」
友希那<パー
リサ<パー
燐子<パー
あこ<パー
紗夜<グー
友希那「決まりね」
紗夜「……やっぱり何か打ち合わせしていませんか?」
友希那「偶然よ」
811: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:23:37.52 ID:2GWOm34Z0
リサ「缶けりなんて久しぶりだな~」
あこ「あ、缶の周りに線ひきますね」
燐子「この輪の中に長時間いちゃダメだよってやつだね」
紗夜「はぁ……どうしてこんな……」
友希那「紗夜」
紗夜「なんでしょうか」
友希那「ロゼリアは何事にも全力よ。あなたもロゼリアの一員であるのだから、この缶けりに全力を尽くしなさい」
紗夜(普段なら頷けるけれど、内容が内容だから……うーん……)
友希那「……それともあれかしら。自信がないのかしら」
紗夜「はい?」
812: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:25:10.49 ID:2GWOm34Z0
友希那「紗夜が鬼としてみんなを捕まえる自信がこれっぽっちもないのなら、最初の鬼を変わってあげてもいいわよ」
紗夜「…………」
友希那「そうよね。誰も捕まえられず、ずっと鬼をやってるんじゃつまらないものね。仕方ないわ。そういう気配りもリーダーとしての責務だもの」
紗夜「随分と安っぽい挑発を投げかけるんですね」
友希那「挑発? ふふ、違うわよ。リーダーとして、そして友人としての気遣いよ。別に、あなたを焚きつけようだなんて気持ちはちょっとくらいしかないわよ」
友希那「みんなが楽しんで笑顔になれることが、この缶けりの目的だもの。紗夜だけがずっと、ずーっと鬼だなんて、見過ごせないわ」
紗夜「……そうですか」
友希那「さ、それじゃあ最初の鬼は私が」
紗夜「結構です」
友希那「あら、いいの?」
紗夜「そういう気遣いはいりません。やるからには全力……それが私たちの流儀だと言ったのは湊さんです」
紗夜「絶対に、一度で、全員を捕まえて見せますから」
友希那「そう。それは楽しみね」
紗夜(我ながらどうかと思う。高校三年生にもなって、缶けりに全力だなんて)
紗夜(だけど……あそこまで言われて『はいそうですか』と引き下がれるほど私は大人でもないようだ)
紗夜(もうああだこうだと考えるのはやめだ。見得を切った以上、絶対に一度で全員を捕まえる……!)
813: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:26:03.87 ID:2GWOm34Z0
あこ「こんな感じかな」
リサ「これだとちょっと大きすぎない?」
あこ「そうかなぁ」
燐子「氷川さん、どう思いますか?」
紗夜「それで構わないわ。どんな大きさであろうと、関係ない。私は私の全力を尽くすだけだから」
リサ「おー」
燐子「氷川さんが赤く燃えている……」
友希那「それじゃあ始めましょうか」
あこ「あ、あこが最初の蹴りやりたいです!」
友希那「いいわよ。紗夜が困惑するくらい思いっきりかっ飛ばしなさい」
紗夜「望むところよ。遠慮はいらないわ、宇田川さん。全力で蹴りなさい」
あこ「はーい! それじゃあ……我が右足に宿りし闇の力よ……えーっと、なんかこう、すごい力で……えいやー!!」カーン
……………………
814: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:26:46.60 ID:2GWOm34Z0
紗夜「……サークルの中央に缶を置いて……と。これでいいわね」
紗夜(宇田川さんが蹴り飛ばした缶を取りに行く間にも、各々がどの辺りへ駆けていくかは目で追っていた)
紗夜(白金さんと宇田川さんは公園の入り口の方へ、湊さんと今井さんはその真逆の方へ)
紗夜(挟み撃ちするつもりかしらね。昨日から異様に息があっていたし、その上でスマホで連絡を取り合って仕掛けてくるかもしれないわ)
紗夜(だとするならば、まずは敵方の頭数を減らすのが得策。一番与しやすい相手は……)
奥沢美咲「はぁ……はぁ……あーっ、見つけた……」
紗夜「おや……奥沢さん」
美咲「どうも、紗夜先輩……はぁ、はぁ……」
紗夜「こんにちは」
815: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:27:34.89 ID:2GWOm34Z0
美咲「すいません、いきなりなんですが……昨日こころが変な銃を渡しませんでしたか?」
紗夜「ええ。没収したら、そのままあげると言われたわね」
美咲「あーやっぱり……ごめんなさい、あの銃、実はかなりヤバいものでして……」
紗夜「知っているわ。だからこそこうなったんだから」
美咲「えっ!? ま、まさか使っちゃったんですか!?」
紗夜「白金さんと湊さんが餌食になったわ」
美咲「うわー、マジかぁー……あの、それで――」
紗夜「でも、今はそんなことは関係ない」
美咲「は、はい?」
紗夜「今ここにあるのは、ただ純然たる勝負のみ。私が勝つか、湊さんたちが勝つか……ふたつにひとつよ」
美咲(うわぁ、なんだか今日の紗夜先輩、めちゃくちゃ燃えてる……)
816: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:28:24.54 ID:2GWOm34Z0
―友希那サイド―
燐子<<知ってるか? エースは3つに分けられる。強さを求める奴。プライドに生きる奴。戦況を読める奴。この3つだ>>
リサ<<急にどしたの、燐子?>>
燐子<<今日のわたしは片羽の妖精……TACネームは“ピクシー”です>>
あこ<<わー、カッコイイ! りんりん、あこもあだ名みたいなの欲しい!>>
燐子<<あこちゃんに似合いそうなの……うーん、そうしたら“ブレイズ”とか?>>
あこ<<おーっ、響きが強そう!>>
友希那<<私にもそういう二つ名みたいなものが欲しいわね>>
燐子<<友希那さんは“オメガ11”ですね>>
友希那<<カッコいい響きね>>
燐子<<はい。一部界隈で大人気です>>
817: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:28:55.82 ID:2GWOm34Z0
リサ<<おーい、作戦会議じゃないのー?>>
燐子<<あ、ごめんなさい。つい>>
友希那<<じゃあ、どうやって紗夜を攻め落とそうかしら>>
あこ<<みんなで一斉にドーン! っていうのはどうですか?>>
リサ<<うーん……悪くはないけど紗夜なら落ち着いて対処しそうだよねぇ>>
燐子<<そうですね。わたし相手なら一斉突撃も有効ですけど、氷川さんは動じずにみんなを捕まえるでしょう>>
あこ<<そっかぁー>>
友希那<<となると、紗夜の隙を作ってそこを突くしかないわね>>
リサ<<隙、作れるかな?>>
燐子<<“トリガー”の言う通り、それもなかなか難しいでしょうね>>
友希那<<じゃあこういうのはどうかしら>>
リサ<<……ん? トリガーってもしかしてアタシのこと?>>
818: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:31:09.10 ID:2GWOm34Z0
―紗夜サイド―
紗夜(連絡を取り合っているとなると、必ず連携して缶を狙いにくる)
紗夜(この広場には遮蔽物も少ないから、数の有利を頼りに一斉に突っ込んできてくれれば全員を簡単に捕まえられるけど……流石にそれはないでしょう)
紗夜(そうなると、運動神経のいい今井さんと宇田川さんをメインに、湊さんと白金さんはそのサポートに回るはず)
紗夜(であれば、一番に宇田川さんを狙うのが得策ね。公園入口に意識を向けて……)
美咲(うわぁ、めっちゃ真剣な顔で何か考えてる……)
美咲(銃の回収だけしようと思ってたけど、なんか帰るタイミング逃しちゃったよ……)
紗夜(宇田川さんが描いたサークルは半径がおおよそ3歩半ほどのもの)
紗夜(足の速さは……恐らく今井さんと宇田川さんのツートップ、次いで私、湊さん、白金さんの順ね)
紗夜(湊さんと白金さんなら多少不意を打たれても私の足で取り戻せる)
紗夜(それから、こういう場面でいの一番に動きたがるのは宇田川さんだ)
紗夜(まだあちらに数の有利がある上に、開戦直後。意識の隙間を突く絶好のチャンス……利用しない手はない)
紗夜(……よし、缶からゆっくり離れて誘い出そう)スタ、スタ、スタ
美咲(缶けり、ってさっき言ってたっけ。ロゼリアが缶けりって、一番しそうにないよなぁ)
美咲(これもこころのしあわせ光線銃のせいか……本当にごめんなさい、紗夜先輩)
819: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:32:06.10 ID:2GWOm34Z0
紗夜(正確な足の速さは分からないけど、10メートルくらいであれば私の足でも問題なく缶まで間に合うはずだわ)スタ、スタ...
紗夜(さぁ、動きなさい……焦れてアクションを起こしなさい……)
入り口近くの茂み<ガサガサッ
紗夜(よし、かかった!)
紗夜「宇田川さん、見つけたわよ」
あこ「うそぉー!?」ガサッ
燐子「あ、あこちゃん、立っちゃダメ!」
紗夜「ええ、嘘よ。今見つけたわ」ダッ
あこ「え、ちょ、えぇ――!?」
820: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:32:38.07 ID:2GWOm34Z0
紗夜「宇田川さん、みーつけた」カン
あこ「うぅぅ……紗夜さーん……ひきょーですよぉー」トボトボ
紗夜「これは戦争よ。兵は詭道なり、騙される方が悪いの」
あこ「本気だ……紗夜さんが本気の目で言ってる……」
紗夜「さぁ、大人しくそこのベンチで奥沢さんと一緒に観戦していなさい」
あこ「はーい……」
美咲「…………」
美咲(……紗夜先輩、意外と大人げないなー……)
821: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:33:13.03 ID:2GWOm34Z0
あこ<<ごめんなさい、やられちゃいましたー……>>
【宇田川あこが退室しました】
燐子<<ラーズグリーズは我々ではなく、奴らのことだったのか……>>
リサ<<いや……えぇ……流石に大人げないっていうか、なんていうか……>>
友希那<<それだけ紗夜も本気ということね>>
リサ<<いやいやっ、本気過ぎるでしょ!?>>
友希那<<ロゼリアは何事にも全力よ>>
822: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:33:48.63 ID:2GWOm34Z0
燐子<<ブレイズが捕まっちゃいましたし、作戦はどうしましょうか?>>
リサ<<うーん、あの本気の紗夜を相手にするのは大変だけど、当初の予定通りでいいんじゃない?>>
燐子<<わたしとオメガ11で陽動して、トリガーで缶を狙いに行く……ですか>>
友希那<<それはやめましょう>>
リサ<<え、どうして?>>
友希那<<紗夜のあの動き、きっと私たちの作戦を見越してのモノよ>>
燐子<<そうですね……まるでブレイズを誘うように、ゆっくり動いていましたね>>
リサ<<確かに……>>
友希那<<多分、各々の足の速さも考慮しているのでしょう>>
友希那<<だから、次の作戦は……>>
823: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:34:21.84 ID:2GWOm34Z0
紗夜(さて……敵方の戦力は削れた)
紗夜(けれど、これで私が本気だということは十二分あちらに伝わってしまった)
紗夜(全員慎重に動くだろうし、もう今みたいな隙を突くことは難しい)
あこ「みさきちゃん、休みの日に公園で会うなんて珍しいね。どうしたの?」
美咲「あーうん、ちょっとね。昨日、こころが変な銃を渡したと思うんだけど、その回収に来たんだよ。……今はそれどころじゃないっぽいけど」
あこ「ああ、りんりんが持ってたやつ!」
美咲「今は燐子先輩が持ってるんだ。ちょーっとね、あれ、野放しにしておくとヤバいやつだからさ……」
824: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:34:49.32 ID:2GWOm34Z0
紗夜(3対1。数の上では不利。そして身体能力に関しても、今井さんの方が一段上だろうことは疑いようはない)
紗夜(であれば、今井さんをメインに据えてこちらを攻略しにかかるはず……)
紗夜(幸い入り口方面と比べて、湊さんと今井さんが隠れた方角には隠れられる場所が少ない。缶から遠く離れたとしても、出し抜かれる可能性は低い)
紗夜(今井さんは無理だとしても、最悪どうにか湊さんを捕まえることが出来ればようやく五分五分といったところかしら)
紗夜「とにかく、動いてみましょう」スタスタ
825: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:35:15.07 ID:2GWOm34Z0
あこ「あ、紗夜さん、今度は友希那さんたちの方に行くんだ」
美咲「隠れてる場所知ってるの?」
あこ「うん。メッセージアプリでチャットルーム作って作戦会議してるから」
美咲「缶けりにそこまでするんだ……」
あこ「でもね、捕まっちゃったら退室することになってるんだ。万が一にも作戦が漏れないようにーって」
美咲「うわー、紗夜先輩だけじゃなくて湊さんたちも超本気じゃん、それ」
あこ「『ロゼリアは何事にも全力よ。それに、遊ぶなら本気で遊んだほうが楽しいじゃない』って友希那さんが言ってた。りんりんもすごい頷いてたなぁ~」
美咲(湊さんと燐子先輩、完全に頭がハロハピになっちゃってるね……)
826: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:35:44.23 ID:2GWOm34Z0
紗夜(缶から離れて15歩。この辺りが私の限界だとは思うけれど……何も反応がないわね)
紗夜(白金さんの方は……)チラ
紗夜(……あっちも何も動きがなさそうだわ)
紗夜(そうなると、やっぱりもう少し踏み込まないといけないわね。どうしようかしら……)
紗夜(膠着状態になってジリジリ詰められれば、こちらがどんどん不利になっていく。やはりここは一気に……)スタスタ...
827: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:36:15.33 ID:2GWOm34Z0
友希那<<紗夜が動いたわね>>
リサ<<それじゃあ作戦開始だね>>
燐子<<幸運を祈る>>
828: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:37:14.46 ID:2GWOm34Z0
紗夜(……いや、少し引っかかる)
紗夜(おかしい。どう考えてもおかしい)
紗夜(普段の湊さんならともかく、今の湊さんは少なからず頭の中にハローハッピーワールドが広がっている)
紗夜(そんな彼女がただ待ちに徹することがあるだろうか)
紗夜(『楽しそうだから』で缶けりをしだした彼女が、勝つ見込みが一番高いとはいえ、ただただ待つだけという作戦をとるだろうか)
紗夜(それはないだろう。そんな戦い方は楽しくない、と考えるはず。待つにしても、何かしら私を引っかける策を弄しているはずだ)
紗夜(缶からは大分離れた。それなのに、湊さんも今井さんも動く気配がまったくない)
紗夜(ということは……)スタスタ、スタ...バッ
829: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:37:50.42 ID:2GWOm34Z0
燐子「あ」
紗夜(やっぱり、こちらが囮!)ダッ
燐子「き、気付かれちゃった……っ」ダッ
紗夜(彼女はまだ茂みから出てきたばかり。距離も私の方が近い。大丈夫だ、慌てなければ確実に間に合う)
燐子「ひ、氷川さん、速い……!」
紗夜(案の定、だ。白金さんは私よりもずっと足が遅い。気付かれないようにこっそりと缶に向かうつもりだったのだろうけれど、早めに気付いてしまえば……)
紗夜「白金さん、みーつけた」カン
燐子「はぁ、はぁ……やっぱり無理だった……」
紗夜(……よし、これで残り半分だ)
830: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:38:40.72 ID:2GWOm34Z0
燐子<<ヽ(0w0)ノ エンゲージ>>
燐子<<ヽ(0w0)ノ イジェークト>>
【白金燐子が退室しました】
リサ<<ああ、燐子がやられた……>>
友希那<<あなたのことは忘れないわ、ピクシー>>
友希那<<それにしても、流石紗夜ね。私たちの作戦に気付くなんて>>
リサ<<だね。途中までは上手くいってたのに>>
友希那<<どうしてバレたのかしらね>>
リサ<<うーん、こっちがあんまり動かな過ぎたから、とか?>>
リサ<<やっぱりこっちからも何か動いた方がよかったんじゃない?>>
友希那<<……それは過ぎたことだし、気にしても仕方ないわね>>
友希那<<あちらの2人が捕まった以上、これからは私とリサでなんとかしないと>>
リサ<<うん>>
リサ<<ていうか、アタシたちだけならもうこの作戦会議の部屋いらなくない?>>
友希那<<そっちの方が気分が出るわ。だから必要よ>>
リサ<<まぁ……友希那がそう言うなら>>
831: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:39:29.52 ID:2GWOm34Z0
美咲「あの、燐子先輩……大丈夫ですか?」
燐子「交戦規定はただ一つ、“生き残れ”。どうやらわたしも片羽の妖精にはなれないみたいです」
美咲(なに言ってるのか全然分かんない……これ重症だよ……)
あこ「紗夜さん、りんりんに気付くの早かったね」
燐子「友希那さんたちがもう少し気を引いてくれたらよかったんだけどね。あの氷川さん相手じゃ分が悪かったかな」
紗夜(さて、残りは湊さんと今井さん)
紗夜(公園入り口側の2人はもう捕まえたし、湊さんたちの方から入り口側に回るには隠れられる場所が少なすぎる)
紗夜(これで気にする方向は一方だけで大丈夫、だけど……)
紗夜「問題は今井さんね」
832: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:39:56.56 ID:2GWOm34Z0
燐子「トリガーとオメガ11はどう動くかな」
美咲「トリガー? オメガ11?」
あこ「友希那さんとリサ姉のコードネーム! あこはブレイズでりんりんはピクシーなんだ!」
燐子「正確にはTACネームとコールサインだよ。……さっきのアレ的にわたしの方がオメガ11な気がするけど」
美咲「あ、はい」
美咲(本当になに言ってるのか全然理解できないよ)
美咲(口下手だけど理路整然としてる燐子先輩すらもこうなっちゃうのか……)
833: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:40:23.91 ID:2GWOm34Z0
紗夜(去年の夏のプールのことなんかを加味するに、湊さんは恐らく身体能力でどうにか出来る)
紗夜(それに、あれでなかなか熱くなりやすい性格をしているから、挑発すればきっと真っ向勝負に応じてくれるだろう)
紗夜(けれど今井さんには挑発も効かない。傍に湊さんがいる限り必ず彼女の言うことに従うだろう)
紗夜「……仕方ない」
紗夜(この手だけは使いたくなかったけれど、こうするより他ないわ)スッ
834: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:41:04.30 ID:2GWOm34Z0
リサ<<さて、どうしよっか?>>
友希那<<こうなっては仕方ないわね。二手に別れて、私が紗夜の気を引く>>
リサ<<りょーかい。それじゃ、アタシは右手の方に行くね>>
友希那<<ええ。健闘を祈るわ>>
835: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:42:11.93 ID:2GWOm34Z0
紗夜「…………」スッ、スッ
あこ「紗夜さん、さっきからスマホ取り出して……何してるんだろう?」
燐子「応援を呼んでる、とか?」
美咲「応援って、日菜さんでも呼んでるんですかね」
燐子「どうでしょう。氷川さんの場合、この場で妹さんに頼るくらいなら捨て身の特攻に殉じそうですけど」
美咲「捨て身の特攻って……」
紗夜「……よし、送信」ポチ
紗夜(あとは今井さん次第ね)
836: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:42:57.38 ID:2GWOm34Z0
リサ「……ん? 紗夜からメッセージ?」
紗夜<<折り入って話があります>>
紗夜<<先日、私は湊さんと共に、アニマルセラピーの研究のためにわんニャン王国へ行きました>>
紗夜<<その時の写真がこちらです>>
【友希那さんが満面の笑みで子猫を抱っこしてる写真】
リサ「……へぇ」
837: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:44:13.14 ID:2GWOm34Z0
リサ<<要求は何?>>
紗夜<<話が早くて助かるわ>>
リサ<<いい写真を貰っておいてなんだけど、友希那を裏切れとかは聞けないよ>>
紗夜<<それは私も重々承知の上よ>>
紗夜<<私の要求は、ただ真っ向勝負をして欲しいということだけ>>
リサ<<真っ向勝負、ねぇ>>
紗夜<<もちろんタダとは言わないわ。まだまだ私のフォルダーには、湊さんが猫と戯れる写真や、帰りのバスの中で疲れて眠っている写真が入っているのよ>>
リサ<<やっぱりロゼリアは何事にも全力だよね。真っ向から堂々ぶつかるのが正しい在り方だよ>>
紗夜<<今井さんならそう言ってくれると信じていたわ>>
【友希那さんが猫を膝に抱いて優しい顔をしてる写真】
リサ「……ふむふむ、なるほど」
838: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:44:52.51 ID:2GWOm34Z0
リサ<<で、具体的にはどうすればいい?>>
紗夜<<何も難しいことはありません。私の左前方の、比較的近い遊具。そこから私と真っ向勝負してくれれば問題ありません>>
リサ<<オッケー☆>>
リサ<<ところで、寝顔は?>>
紗夜<<勝負が終わってから、どちらが勝ったとか負けたとか関係なしに、あなたに送ります>>
リサ<<了解だよ>>
839: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:45:22.05 ID:2GWOm34Z0
友希那<<リサ、そっちはどうかしら>>
友希那<<……リサ? 応答がないけど、どうしたの?>>
リサ<<友希那、アタシは……戦う理由を見つけた>>
友希那<<? 何を言ってるの、あなたは>>
リサ<<ごめんね>>
【今井リサが退室しました】
友希那「……?」
840: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:46:04.15 ID:2GWOm34Z0
紗夜「…………」
燐子「氷川さん、スマホをしまってからずっと動きませんね」
あこ「何してたんだろう」
美咲(今日の紗夜先輩の様子からするに、何か変なことしてそうだなぁ)
紗夜「…………」
紗夜のスマホ<ブブ
紗夜(よし)スタスタスタ
紗夜(合図の連絡。これでいい。これで後は……10歩歩いてから、引き返すだけ)スタスタスタ
紗夜(それだけでいい。そうすれば、あの遊具の影から……)スタスタスタ
紗夜「…………」スタ
841: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:46:57.53 ID:2GWOm34Z0
リサ「よっと!」
紗夜「来たわね、今井さん」ダッ
リサ「お望み通り、真っ向勝負だよ!」ダッ
紗夜「負けないわ」
リサ「こっちこそ」
紗夜(なんて、端からならそれなりにいい勝負に見えるこの競争)
紗夜(けれど既に彼女は買収済みだ)
紗夜(卑怯だなんだと人は私を嘲るかもしれない)
紗夜(だけど……)
紗夜「今井さん、みーつけた」カン
紗夜(所詮この世は弱肉強食。勝てば官軍、負ければ賊軍。多かれ少なかれ、常に歴史は勝者の都合の良い方へ改ざんされているのだ)
紗夜(だからこれも間違いなく正義なのだ)
842: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:47:48.27 ID:2GWOm34Z0
リサ「あちゃー、負けちゃったかぁ~」
紗夜「なかなかいい勝負だったわよ、今井さん」
リサ「やー、紗夜って結構足速いね。流石弓道部」
紗夜「いえ、距離が同じならダンス部の今井さんには敵いませんでしたよ」
あこ「あー……。惜しかったなぁリサ姉」
燐子「なんだか初めて缶けりらしい競りを見たような気がする」
美咲(なんだろう。パッと見、爽やかないい勝負だったのに……妙なきな臭さを感じる)
紗夜(約束のものは後ほど)ヒソヒソ
リサ(ん、オッケー)ヒソヒソ
843: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:48:39.51 ID:2GWOm34Z0
友希那<<……なるほど>>
友希那<<リサ、ああだこうだと策を考えるより、紗夜と真っ向から勝負がしたかったのね>>
友希那<<それがあなたの戦う理由なのね>>
友希那<<気付けばこの作戦会議室にも私ひとり、か>>
友希那<<…………>>
友希那<<もう作戦を考える必要もない。それなら、私も真っ向から向かうわ>>
友希那<<羽ばたこう、頂点の夢へと>>
【湊友希那が退室しました】
844: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:49:15.03 ID:2GWOm34Z0
紗夜「さて、残りは湊さんひとりね」
紗夜(ここまで来てしまえばもう楽勝……と、言いたいけれど)
紗夜(油断してうっかり缶を蹴られてしまえば今までの苦労が全て水の泡になるわ)
紗夜(勝って兜の緒を締めよ、ね。まだ勝ってはいないのだから、なおさら気を引き締めなければ)
あこ「リサ姉、おしかったね!」
リサ「あの位置からなら勝てると思ったんだけどねぇ~。いやー、紗夜の足を甘く見てたよ」
燐子「氷川さん、すごく反応が早かったですね。まるでトリガーが飛び出してくるのを最初から分かってたみたいでした」
リサ「それだけ集中してたんだよ、きっと」
美咲(本当にそうだろうか……なんだか白々しいような雰囲気を感じる……)
紗夜「……おや、湊さんからのメッセージが」
845: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:49:43.00 ID:2GWOm34Z0
友希那<<紗夜、最後の最後だわ。もう作戦も何もなしに、正々堂々と勝負しましょう>>
紗夜<<いいでしょう。受けて立ちます>>
友希那<<じゃあ……あなたから見て右手側、少し奥の茂み。そこから私は勝負をかけるわ>>
友希那<<あなたも同じくらいの距離を取ってくれないかしら>>
紗夜<<分かりました。おおよそ同じくらいの距離をとります>>
友希那<<最後だもの。いい勝負にしましょう>>
紗夜<<ええ、最後ですからね>>
846: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:51:17.26 ID:2GWOm34Z0
紗夜「…………」スタスタスタ
燐子「あれ、氷川さん……オメガ11と反対の方に歩いていってる」
あこ「あ、本当だ。あっちはあこたちが隠れてた方だね」
リサ「んー……スマホ見てたし、友希那から勝負を持ちかけられたんじゃない?」
リサ「同じくらいの距離を取って、向かい合って正々堂々勝負! みたいな風に」
あこ「一騎打ちってやつだね!」
燐子「正面からの真っ向勝負……」
燐子(Fire away, coward! Come ooooon!)
美咲「燐子先輩、何か言いましたか?」
燐子「いえ、何も」
美咲「そうですか。あ、ていうかそれより……」
847: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:52:09.18 ID:2GWOm34Z0
紗夜(右手側、少し奥の茂み。それと同じくらいの距離)スタスタ
紗夜(どの辺りがそれに相応しいだろうか)スタスタ
紗夜(まぁ、少しくらいは私が不利でも十分に取り返せるし、そこまで正確なものじゃなくていいでしょう)スタスタ
紗夜(……と、私に思わせるのが恐らく本当の目的)スタ、スタ...クル
友希那「この時を待っていたわ」ダッ
紗夜「やっぱり……!」ダッ
紗夜(振り返れば、本人が言っていた茂みよりも少し近くから飛び出してくる湊さんの姿)
紗夜(不意を突くように、合図も何もなく缶に駆け寄る姿)
紗夜(そんなことだろうと思ってたわよ!)タタタタ
848: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:52:51.61 ID:2GWOm34Z0
友希那(ふふふ……額面通りに受け取るなんて、まだまだね)
友希那(不意は突いた。距離も私の方が近い。これなら勝てる……!)タッタッタ
紗夜(とかなんとか思ってそうだけれど、これも想定内)
紗夜(缶の位置も気付かれないようにこちら側にずらしておいたし、慌てなければ十分間に合う……!)
友希那(……? 紗夜、なんだか随分と落ち着いているわね)
友希那(まっすぐに缶に向かってきてるし……あれ? これ、間に合うかしら?)
849: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:53:22.12 ID:2GWOm34Z0
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「……はぁ、はぁ」タッタッタ
紗夜「…………」タタタタタ
友希那「ふぅ、ふぅ……!」タッタッタ
紗夜「……!」ダダダダダダ!
友希那(あ、これ無理だわ)
紗夜(勝ったわね)
850: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:54:05.82 ID:2GWOm34Z0
紗夜「湊さん、みーつけた」カン
友希那「はぁ、はぁ……な、なかなかやるわね、紗夜……」
紗夜「ええ。正々堂々、真正面からの勝負でしたから。このくらい当然よ」
友希那「そ、そうね……正々堂々……だったものね……」
あこ「あーあ、みーんな捕まっちゃった」
リサ「流石だねぇ、紗夜」
燐子「あの銃でしたら家にあるので、月曜日に学校に持っていきますね」
美咲「ええ、すいません。お手数をおかけしますがお願いします」
851: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:55:23.85 ID:2GWOm34Z0
紗夜「本気を出せば、一度で全員を捕まえることなんて他愛もなかったわね」フフン
友希那「悔しいけど私たちの完敗よ……」
リサ「アタシはまぁ……試合に負けて勝負に勝ったし」
あこ「あこなんて一番に捕まっちゃったしなぁ……卑怯な手を使うなんて、紗夜さんの悪魔ー」
燐子「ああいうのはな……『鬼神』って言うんだよ」
紗夜「さて、2回戦の鬼は湊さんにやってもらおうかしら」
友希那「ちょっと待って。こういう場合、一番に見つかったあこがやるものじゃないかしら」
紗夜「常識に囚われていてはいけないわ。ロゼリア式では鬼側が次の鬼を指名できる権利を持っているのよ」
友希那「初耳なんだけれど」
紗夜「いま私が決めましたから」
友希那「そのやり方では禍根を残すことになるわ」
紗夜「戦争とはそういうものです」
852: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:56:51.75 ID:2GWOm34Z0
リサ(友希那が鬼……)
リサ(それはつまり、友希那がアタシを探し、追い求めるということ……なるほど)
リサ「アタシもロゼリア式に賛成かな」
友希那「リサまで……」
あこ「次もまた缶けり?」
燐子「わたしはもっとスニーキングミッションじみたもの……つまりかくれんぼがしたいな」
紗夜「ではそのようにしましょう。鬼は湊さんで、異議はないわよね?」
あこ「はーい!」
リサ「はーい!」
燐子「はい」
友希那「……仕方ないわね。見てなさい、開始3分で全員を見つけ出してあげるわ」
紗夜「それは楽しみね」
リサ「うん、すごく楽しみ」
853: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:57:54.70 ID:2GWOm34Z0
美咲「…………」
美咲(あれぇ、銃で撃たれたの、湊さんと燐子先輩だけって言ってたよね?)
美咲(あこはともかく、紗夜先輩とリサさんって実は素面であれなのかなぁ……)
燐子「あ、奥沢さん」
美咲「は、はい? なんでしょう?」
燐子「折角だし、混ざっていきます?」
美咲「え?」
友希那「そうね。こういう遊びは大勢の方が楽しいものだし、それに偶数ならチーム分けをして遊べるもの。かくれんぼからは奥沢さんも加入ね」
美咲「え、えぇ……?」
854: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 05:58:55.61 ID:2GWOm34Z0
あこ「よーし、一緒にがんばろーね、みさきちゃん!」
紗夜「奥沢さんは普段からミッシェルに入って鍛えられているものね。味方としても頼もしいし、敵としてもやりがいがあるわ」
美咲(あ、これもう断れない流れだ。ハロハピでよくあるやつだ)
友希那「さぁ、それじゃあ30秒ほど時間をあげるわ。目を瞑っててあげるから、各々好きな場所に隠れなさい。いーち、にーぃ、さーん……」
あこ「わ、わ! カウント早いですよ友希那さん!」
紗夜「湊さんが思いもよらない場所に隠れないといけないわね。そうなると……」
リサ(30秒目を瞑る友希那……いま写真撮ってもバレなさそう)カシャ
美咲「はぁー……本当にあの銃のせいで……もう封印しとかなくちゃだよ……」
その後、日が暮れるまでロゼリア+みーくんのごっこ遊びは続きましたとさ
おわり
855: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/10(水) 06:00:16.14 ID:2GWOm34Z0
前半はRAS神戸のチケットを一般で両日購入できた喜びで書きました。
後半はフィルムライブの先行上映で聞いたFIRE BIRDがとてもカッコよかったのでエースコンバットのネタを多用しました。バード繋がりですが、冷静に考えるとほとんど繋がってません。
そんな話でした。すいませんでした。
857: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:30:59.27 ID:WDd4hgM6O
山吹沙綾「あい二乗」
858: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:31:38.01 ID:WDd4hgM6O
窓を開けると、初夏の風がするりと部屋の中に忍び込んできた。
開け放たれたそこから商店街の通りを見下ろす。七月某日、平日の浅い正午の空気は気だるげに微睡んでいるみたいに思えた。
外の空気に向かって、私はほぅっとため息を吐き出す。今でこそやまぶきベーカリーも眠たげな雰囲気を纏っているけれど、あとちょっとしたらお昼ご飯を買い求める人が大勢訪れるだろう。
それを『大変だなぁ』とはもう思わない。気付けば今年の五月でもう二十五歳。四捨五入してしまえば三十歳。高校生の頃からずっと変わらないやまぶきベーカリーでの日々を過ごしているのだから、そういう忙しさも、悠々閑々の空気も、一日が終わる直前にふと訪れる焦燥に似た寂莫も、もう慣れたものだ。それに特別な感慨を抱くことはない。
859: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:32:30.91 ID:WDd4hgM6O
だけど今日に限ってみれば、私の胸は微かに躍っていた。
その理由は……考えるまでもない。今日は、香澄と久しぶりに二人っきりでお酒でも飲みに行こうという約束があるからだ。
たったそれだけのことで、胸中が色々と言葉にし難い気持ちで満たされる。それは良いことなのか悪いことなのか、と考えてしまうけれど、答えの出そうにないその思考も『どうでもいいか』で片づける癖がついていた。
「……早く時間がすぎないかなぁ」
ポツリと呟いた言葉。もう一度窓から忍び込んできた、どことなくノスタルジックな匂いのする風がそれを掬って部屋に留まる。きっとここは『どうでもいいか』の吹き溜まりなんだろうな、なんて思った。
860: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:33:07.73 ID:WDd4hgM6O
◆
待ち合わせ場所は新宿駅だった。
やまぶきベーカリーでの仕事を終わらせて、父さんに店を任せ、何十日ぶりかに顔を合わせる親友のために「ああでもない、こうでもない」なんて鏡と睨めっこしているうちに、家を出るのにちょうどいい時間になっていた。
西に傾き始めた太陽。それが作る影を踏みしめる。そうやって歩を進めていく。
目指すのは、東京さくらトラムの早稲田駅。いつから都電荒川線と呼ばなくなっただろうか、なんてどうでもいいことを考えているうちに、小さな路面電車のホームに辿り着く。
一両編成の電車に乗り込んで、大塚駅前で降りる。そこからぐるぐると都内を回る環状線に乗り換えた。
十五時過ぎの車内は空いていて、ちらほらと空席が見えたけど、私はつり革を掴んで車窓を流れていく街並みを眺めることにした。
861: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:33:46.63 ID:WDd4hgM6O
大塚駅を出て、次に停車した池袋駅で大勢の人が降りて、それよりも大勢の人が電車に乗り込んでくる。その人の流れに乗って、私の近くに三人組の女子高生がやってきた。
その子たちが話す『最近の流行』とか『このアイドルが可愛い』とか『誰ちゃんが誰くんのことを好き』だとか。
その声を聞き流しながら、私も昔はああだったのかな、なんて頭の隅で考える。けれど、昔はどうだとか考えるほど、私は変わっていないかとすぐに思い直す。
電車が高架橋の下を潜り抜ける。その短い影の間に、車窓に映り込んだつり革を掴む山吹沙綾。その姿は、やっぱり今も昔も変わっていない。
そう。私はずっと、変わっていない。
862: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:34:14.13 ID:WDd4hgM6O
それも当たり前か。毎日毎日、どんな時でも突き合わせる姿なんだ。日ごとに歳を重ねる実感もないまま、きっと私は変わらずに生きていくんだろう。
その諦観じみた念慮を抱えるのは今日に始まったことじゃない。例えば夕暮れに佇む商店街を見た時だとか、例えば親友たちと近況報告を交わし合った時だとか、例えば純と紗南が恋人がどうこうって言いだした時だとか、そういう時に感じる寂莫のオマケにいつも付いてくるものだ。
どうだっていいことだ。考えたって仕方ないことだ。下らないことだ。
目を瞑って、頭を振る。それから香澄のことを考えた。
そんな私の事情なんて知らんぷりして、ただただ電車は前へ進んでいく。
863: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:34:51.41 ID:WDd4hgM6O
◆
「やっほー、さーや!」と、新宿駅の東口で落ち合った香澄は、昔から変わらない朗らかな明るい声で私に手を振ってきた。
「ん、久しぶり……かな?」
私はそれにいつも通り、なんともないように挨拶を返す。
「そだね~、最後に集まったのって……ひと月半くらい前になるのかな?」
「だね。雨がシトシト振ってて、有咲が『梅雨なんてなくなりゃいいのに』ってぼやいてたっけ」
「あー、それ振りかぁ。んー、なんだろう。それ、一週間くらい前にやったような気がする」
「歳とるごとに時間が過ぎるのは早くなるっていうし、私たちも大人になったってことだよ、たぶん」
なんて、他愛のない話をしながら、先導する香澄に着いて私は足を動かす。
864: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:35:26.39 ID:WDd4hgM6O
香澄が歩を進めるたび、視界に収まる香澄の髪の毛がゆらゆらと揺れる。
昔は肩口までのロングボブに加えて、星を模したように盛っていた髪の毛。それも気付けばまっすぐに背中の中ほどまでに伸ばされていて、歩く拍子にぴょこぴょこと跳ねることもない。
ああ、大人になったんだな。
先ほどの会話を思い起こす。「私たちも大人になったってことだよ」なんて言ったこと。
確かにそれは一部正しいけど、一部は間違っていると私は痛いほど分かっている。
香澄は会うたび会うたび大人になっていく。外見だけじゃなくて、落ち着きのなかった声も行動も、次第に大人と称するに相応しいものに変わっていく。
それは香澄だけじゃない。有咲だってそうだし、りみりんもそう。ずっと変わらなそうだったおたえだって少しずつ変わっている。
865: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:35:52.79 ID:WDd4hgM6O
けど、私はどうなんだろう。
私は昔と比べて……夢を、音楽を、ただひたむきに追いかけていた青春時代と比べて、何か変わっただろうか。
鏡に映る姿は変わらない。歩く拍子に揺れるポニーテールが時折うなじをくすぐることも昔から一緒だ。そして、内に抱える気持ちも変わらない。
対する香澄はずっと変わった。まるで迷宮みたいな駅を淀みのない足取りで進む。迷うことなく、目指す場所をしっかりと見据えて歩いている。
だからこそ、私は置いてけぼりをくらった気持ちになってしまう。
「さーや、どうかした?」
歩みを止めて、くるりと香澄が振り返る。セミロングの髪がそれに追随してフワリと揺れた。
「……ううん、なんでもないよ」
私は少しだけ迷ってから、曖昧に笑った。
866: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:36:20.87 ID:WDd4hgM6O
◆
平日の早い時間だということもあるけれど、香澄が案内してくれた居酒屋は静かな雰囲気の場所だった。店内には横幅1メートルくらいの大きな海水魚の水槽があって、淡い青色をしたLEDライトに色鮮やかな魚たちが照らされていた。
通された個室で対面に腰かけて、最初の注文をする。香澄がゆったりとした声色で「とりあえず生で」と言ってから私をチラリと見やる。「私も」とそれに小さく返した。
「落ち着いた空気のとこだね。よく来るの?」
お通しに出てきたササミの梅和えをつまむ香澄を正面から見据えて、口を開く。
「ううん、来たのは初めてだよ。職場の先輩がね、いい雰囲気のとこだから行ってみなって教えてくれたんだ」
「へぇ、そうなんだ」
それは言葉の裏に『香澄の良い人と一緒に』という意味が含まれている気がしたけれど、何も言わない。香澄自身が気付いていないだろうし、それならそれでいいだろう。……私だけがそう思っていればいい。
867: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:37:04.78 ID:WDd4hgM6O
そんな思考をぐずぐずと燻らせているうちに、注文したビールが運ばれてくる。グラスを互いに手にして、「乾杯」と小さく合わせる。コチ、と小気味のいい音が静かな店内に響いた。
ビールを喉に流し込んで、このお店の看板だというメニューを注文する。それから再び他愛のない声と声を交わし合う。
その内容はいつもと変わらない。お互いの近況報告に始まって、近頃会った共通の知人のことを話して、それから最近ハマっている音楽だとかテレビ番組だとか、そんな話題になる。
こんな会話をいつから『いつもと変わらない』と思えるようになったのだろうか。今年で二十五歳。高校を卒業してから、もう六年が経つ。
その長い時間の中で、私の何が変わったんだろうか。香澄の何が変わったんだろうか。声と声との隙間に浮かぶ、アルコールに溶かされた思考。
868: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:37:36.29 ID:WDd4hgM6O
杯を傾け、料理を口に運び、香澄の目を見ている間にも、話題はころころと変わっていく。
いつしか話は昔話になっていた。これも今じゃ『いつもと変わらない』話の流れだ。
「はぁー、やっぱり女子高生ってやばいよ。もうね、響きがやばい」
「発言がオジサンくさいよ、香澄」
「だってだって! さーやはそう思わない? ほら、あの頃の私たちはあーんなにピッチピチでさぁ……」
「まぁ……若かったなぁっていうのはあるね、間違いなく」
「でしょー? はぁぁ~……いま花女の私たちが目の前にいたら、とりあえず抱きしめたい。絶対あの頃の私たちって柔らかくてスベスベで抱き心地抜群だよ」
「だから発言」
苦笑しながら、でも確かにそうだな、と私は視線を天井に彷徨わす。
869: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:38:03.74 ID:WDd4hgM6O
今じゃ眩しくて見えないくらいの輝かしい思い出。その中でも、やっぱり香澄は別段にキラキラしている。もしもその時の香澄が目の前にいたら、今の私はどうするだろうか。どうなるんだろうか。
フッと息を吐き出す。それから、もうすぐ二十五歳になる香澄を視界に収める。
「あの頃のりみりんがいたらなぁ……あーだめだめ、絶対に家に連れて帰っちゃう自信がある」
「小動物みたいだったりみりんもすっかり大人びたもんね」
「ねー。ゆり先輩と同じくらいに美人になったし、有咲だってからかっても余裕ある反応するし、おたえは……」
「……あんまり変わってない、かな」
「うん。おたえはずっとおたえ! って感じだね」
香澄が頷く。私も頷く。それから少しおかしくなって、同時に吹き出した。
870: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:38:56.12 ID:WDd4hgM6O
「香澄も変わったよね」
その笑いが静まってから、私は香澄にそう言う。
「え、そうかな」
「変わったよ。ううん、変わったっていうか、成長したっていうか……大人になったなーって」
紛れもない本心が口から滑り出る。その言葉に、少しだけ後ろ暗い気持ちが付いてくる。
香澄は変わった。香澄だけじゃなくて、みんな変わった。
商店街の幼馴染たちも、バンドを通じて知り合った友人たちも、少しずつ大人になって、成長して、変わった。
だけど私はどうだろうか。何かが変わっただろうか。何かが成長しただろうか。いつまでも昔の思い出に縋っている私は、どうなんだろうか。
考えてもどうしようもないから、私の心はいつも自嘲で満たされる。
半年前の冬の朝。隣町にパンの配達をした時のことがぼんやり浮かぶ。あの時に車のラジオから流れていた歌が頭によぎる。
俯いたまま大人になった私が思うままに手を叩いたところで、今の何かが変わるんだろうか。……きっと何も変わらないから、もうどうでもいいよ。
871: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:39:23.10 ID:WDd4hgM6O
「沙綾も変わったよね」
不意に香澄がそう言う。その声が耳を打って、ハッとしたように香澄の顔を見つめる。それからすぐに、「そんなことないよ」と首を振った。
「ううん、変わったよ。なんだろう……昔も綺麗だったけど、今は表情に深み? が出て、もっと綺麗になった!」
あっけらかんとした明るい声。何も邪な思いがない、純粋な声。それになんて返せばいいのかかなり迷ってから、口を開く。
「ありがと」
872: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:39:52.51 ID:WDd4hgM6O
◆
立ち並ぶビルたちの隙間からうかがえる、十九時の夏の空。そこには深い紺と鮮やかな茜が混じり合った曖昧な色が広がっていた。その空の下を、行き交う人々の間を縫って、私と香澄は練り歩く。
先ほどの居酒屋は、お客さんが増えて賑やかになってきたところで「ちょっと散歩でもしない?」なんていう香澄の言葉に乗って出てきた。
香澄はただただ、上機嫌で歩を進める。私もそれに並んで、楽しそうに揺れる香澄の肩を時おり見つつ、足を動かす。
新宿の土地勘はまったくと言っていいほどないけれど、とりあえず駅から離れているんだろうということは分かった。どこへ向かっているんだろうか。香澄のことだから特に目的もなく歩いているのかな、と思ってから、昔はそうだったかもだけど今は違うか、とすぐに思い直す。
そして寂しい気持ちになった私の頬を、生ぬるい夜風がさらりと撫でていく。それが少しだけ心地よかった。
873: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:40:32.51 ID:WDd4hgM6O
「あー、もうすぐ誕生日だなぁ」
ゆらゆらと肩を揺らしながら、香澄が空に向かって言葉を放った。私も同じように空を目にしたまま、言葉を返す。
「来週だね。これで香澄も四捨五入で三十路だ」
「やーめーてー、その言葉は胸に刺さる~」
「ごめんごめん」
なんて、そんな風に意味のない言葉を交わし合いながら、私たちはぶらぶらと街を歩く。駅から離れているからか、次第にすれ違う人影も少なくなっていく。空はもうほとんど深い紺色に染まっていて、「ふぅ」とそこへ向かって吐き出したため息がやたらと大きく聞こえた。
「さーや」と、私を呼ぶ香澄の声も、いつもよりも鮮明に聞こえる。そのせいかは分からないけれど、日常的に私の胸に吹き溜まり、降り積もり、いつしかこびりついてしまったどうしようもない感傷がより大きな存在感を放つ。
874: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:40:59.22 ID:WDd4hgM6O
「さーやが元気そうでよかったよ」
その感傷は、私の胸に風穴を開ける。そしてそこへ向かって、香澄が無自覚に銃弾を撃ち込んでくるものだから、もう堪らなくなってしまう。鬱屈とした思いが、どうしようもない想いが漏れ出さないよう必死にこらえているのに、香澄はそんなことを知りもしないで、安心したような顔で言葉の銃弾を次から次へと撃ち込んでくる。
875: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:41:36.71 ID:WDd4hgM6O
――ちょっと心配してたんだ。なんだか最近、元気なさそうって聞いてたから。
うん、有咲に聞いたんだ。なんかね、最近やまぶきベーカリーに行くといつも憂いを湛えた美女になってるって。なにそれ、って思ってたんだけど、さーやに会ったら一発で分かったよ。
ねえ、さーや。悩みとかさ、なにか、そういうのがあるならいつでも言ってよ。何が出来るかは分かんないけど……私だってもう大人だもん。いつだって話は聞けるし、前もって言ってくれればこういう風に遊びにだって行けるから。
うん、親友だもん。
そう。えへへ、親友。有咲も、りみりんも、おたえも、さーやも。みーんな、私の大切な親友。だからさ……さーやが元気ないと、どうしても元気になってほしいって思っちゃうんだ。
876: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:42:02.88 ID:WDd4hgM6O
……手が届きそうな場所に香澄の上気した頬がある。けれどそれはアルコールのせいだ。私がどうとかなんだとか、そういうことはまるでない。まるでないんだ。
分かっている。そんなこと、分かっている。
分かっているから、私は笑う。哀しい本心が口から漏れないように、思わず香澄に手を伸ばさないように、分かった風に笑う。
877: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:42:30.96 ID:WDd4hgM6O
――やっぱり、ポピパのみんなは特別だよ。大学とか職場にも友達はいるけどさ、やっぱりさーやたちは別。ホントはそういうのよくないって思うけどさ、もしもポピパのみんなかそれ以外のみんなか選べって言われたら、私はきっと迷わずポピパを選んじゃう。
さーやも? えへへ、やっぱり? 以心伝心だね!
だからさ、どうしてもね、さーやが元気ないって聞いたら居ても立ってもいられなくなっちゃった。私に出来ることがあればなんだってしてあげたいし……とか思って、気付いたら連絡してたよ。あははっ。
878: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:43:06.61 ID:WDd4hgM6O
……銃身に込められた言葉は、マシンガンのように次から次へと私の胸へ撃ち込まれて、心にまとった偽りの鎧をいとも容易く打ち砕く。その隙間から、普段は見ないようにしている赤裸々なモノがどうしても見えてしまう。
私は……私は、ただひとつでいい。ただ、ただ……香澄の隣にいたい。香澄に隣にいてほしい。
本当はそれだけでいい訳じゃない。だけど、でも、それ以上は願えない。これ以上、あいに塗れたことなんて願える訳がない。
それが駄目なら、ただひとつでいい。香澄にひとつでいいから、風穴を開けたい。香澄が後生大事に抱えて生きていくような思い出になりたい。綺麗で、儚くて、何ものにも穢されない思い出になりたい。
879: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:43:37.12 ID:WDd4hgM6O
喉元まで出かかった願い。それを飲み込むために、私は立ち止まって勢いよく空を見上げた。
夜空は靉靆としている。その雲の隙間から中途半端な円を描く月が顔を覗かせていた。それを見て、上擦った気持ちが落ち込んでくれた。
こんなことを、こんなふざけた願いを口にして、一体どうするんだ。どうなるんだ。
人生は妥協の連続だ。そんなことは分かっている。分かっているんだ。
私の音楽は、青春は、とっくのとうに終わった。妥協なんていう便利な逃げ道に駆け込んで、私自身が終わらせたんだ。
880: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:44:22.95 ID:WDd4hgM6O
「さーや、どうしたの? 急に空なんて見上げて」
「……月が綺麗……だなって」
「どれどれ……わー、雲隠れの月だねぇ」
私の隣に立ち止まった香澄が、同じように空を見上げる。その横顔に一瞬だけ目をやって、すぐに私も空へ視線を戻した。
「昔は晴れた夜の月が断然好きだったけど、大人になってからこういうのも好きになったなぁ」
「……そっか。香澄らしいね」
「えへへ、私も趣き深さを感じられる年齢になったんだ」
「来週で三十路だもんね」
「ちょっとー! 四捨五入して三十路だってばー!」
もう! とわざとらしく怒った仕草を見せてから、香澄ははにかんだ。その表情が夏の夜隅に瞬いて、いつかの夏を思い起こさせて、どれだけ拭っても消えてくれない情景が私の目にまたひとつ。
881: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:45:45.20 ID:WDd4hgM6O
人生は妥協の連続なんだ。そんなこととうに分かってたんだ。
じゃあ、私が今、この胸中に抱えている気持ちは一体何なのだろうか。
「んー……夜はまだ涼しいね」
ただ、香澄が遠く空を仰ぐ。火照った身体を風に預け、夜を泳ぐように。
空には濃紺のインクが垂れ流されて、ところどころにたなびく雲が月の光を浅く反射させている。
この空の色はなんて言えばいいのだろうか。
この気持ちの色はなんて言えばいいのだろうか。
視界が僅かに滲む。その先に浮かぶ空は、胸を刺す懐かしさを孕んだ藍色をしているような気がした。
香澄に気付かれないように、そっと目元を拭う。それから目を瞑る。瞼の裏に映るのは、いつだって香澄と過ごした夏の景色だ。
882: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:46:14.39 ID:WDd4hgM6O
知っていた。知っていたんだ。本当は空の色も、何もかも、全部知っていたんだ。だけど、今はもう全部が終わった後だから。始まる前に終わらせた後だから。
今では……ただ、ただ。
883: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:47:12.91 ID:WDd4hgM6O
叶わない夢物語なのは分かっている。叶ってはいけない間違ったことなのだって分かっている。だから心に穴が空いた。
目を瞑ればいつだって夏の情景が浮かぶ。あの夏に戻りたいけれど、夏草が邪魔をする。どんなにもがいたってあの夏には手が届かない。「それならばいっそ」なんて、想いも思い出も切り捨てられない。いつか想いが叶えばと願うことも出来ない。青春にもう一度はないんだ。もう一度があったって、私じゃきっと何も変わらない。負け犬にアンコールはいらないんだ。だから私は を辞めた。どうでもいい。どうでもいいんだ。そんなものがなくたって生きていける。それなのに、また私は何度だって繰り返すんだ。欺瞞だ、傲慢だ、全部最低だ。どうでもいいのに、どうなったっていいのに、本当はよくないんだ。今でも何より大切なんだ。だから私は今日も、変わらないように君が主役のプロットを書く。独りで描き続ける。
君なんだよ。君だけが私の
884: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:48:14.44 ID:WDd4hgM6O
ただ……この目を覆う、あいの二乗。
885: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:49:21.81 ID:WDd4hgM6O
参考にしました
ヨルシカ
『藍二乗』
https://youtu.be/4MoRLTAJY_0
『だから僕は音楽を辞めた』
https://youtu.be/KTZ-y85Erus
普通のブラウザとパソコンのJane Styleからはしっかり見れて、スマホのChMateはダメなことを確認しました。
普通に見えてたらアレだよなぁと思いましたが、やってみたかったので妥協しました。
すいませんでした。
886: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:50:22.92 ID:WDd4hgM6O
戸山香澄「愛とは」
887: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:51:02.17 ID:WDd4hgM6O
『愛とは』『愛と恋 違い』……とは、最近の戸山香澄の検索履歴である。
スマートフォンに何度も打ち込んだその文字を見て、そして何度も開いたページを事あるごとに見直しては、香澄はため息を吐き出す。
「どうしたの、香澄?」
と、そんな彼女の様子を見て、最近は隣にいることが非常に多い山吹沙綾が首を傾げる。
「ううん、なんでも」
「そう? 困ったことがあるならなんでも相談してね」
ふるふると首を振ると、沙綾は優しさとか慈しみに満ちた表情で柔らかく言葉を紡ぎだす。それはそれで嬉しいけれど、目下の悩みの種はそれだよ……なんて思いながら、香澄は言葉を返す。
「ありがと、さーや」
888: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:51:28.66 ID:WDd4hgM6O
◆
香澄は沙綾のことが好きだった。
その「好き」というのは友人としてのLikeでもあるけれど、それはどうかと思うことではあるけれど、愛だ恋だって定義されるLoveも多大に含まれているんだということを、いつしか彼女は自覚した。
さーやの隣にいると、あったかくて、ほわほわで、ドキドキする。
そんな気持ちを抱えた続けたある冬の日。想い人とふたりっきりで下校することが多くなり、日に日に大きくなる気持ちにとうとう歯止めが効かなくなっていった。
だから香澄は、茜射す放課後の教室で想いの丈を沙綾にぶつけた。ぶつけてしまった。
889: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:52:16.03 ID:WDd4hgM6O
その時のことを思い出すだけで、足の竦む思いがする香澄である。あの時は本当に、無謀というかなんというか、どえらい勇気を持っていたものだ……なんて。
私は女の子。さーやももちろん女の子。それで、一般的に恋とは女の子と男の子がするもの。
なのにいきなり「愛してる」だなんて言ったって、よくて「友達のままでいましょう」、最悪「キモチワルイ」ですべてが終わるだろうことは想像に難くない。
けれどこの世の中には『事実は小説より奇なり』なんてけったいな言葉もあって、その告白を聞いた沙綾は拒否することなく香澄を受け入れてくれた。
それが半年前の話である。
890: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:52:46.15 ID:WDd4hgM6O
季節は巡り巡って、夏。香澄の誕生日も過ぎ、学校も夏休みに突入しようかという時期だ。
香澄と沙綾がそういう関係になってから、冬と春が過ぎた。その間にふたりの間にあったことと言えば、手を繋いで一緒に帰るようになったりだとか、朝は一緒に待ち合わせて学校に行くようになっただとか、お休みの日には一緒に遊びに行ったりだとか、ライブ中に香澄が沙綾の方へ振り返る回数が激増したとか、それくらいのものだ。
だからこそ、最近の香澄は悩んでいた。
あれ、恋人ってもっと何かした方がいいんじゃなかな……と。
891: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:53:14.79 ID:WDd4hgM6O
◆
『愛とは』……そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち。かわいがり、いつくしむ心。いたわりの心。大事なものとして慕う心。
検索して一番に出た文言に目を通して、香澄はふむふむと頷く。そしてその意味を自分なりに咀嚼する。
さーやは一番大事な人だし、すごく引きつけられてる。うん、愛だ。
かわいがり、いつくしむ心……あれ、それはどっちかっていうとさーやにもらってばっかりな気がする。
いたわりの心、大事なものとして慕う心……これは大丈夫。私、さーやが大好きだし。
892: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:53:43.90 ID:WDd4hgM6O
『愛と恋 違い』……恋とは自分本位のもの、 愛とは相手本位のもの。
続いて検索したワードも、一番上に表示されたものが目に付く。そしてちょっとびっくりした。
恋とは自分本位のもの。
香澄は普段あまり使わない頭をフル回転させて、沙綾との日々を記憶の中から引っ張り出す。そしてそれらを並べてみると、やっぱり香澄は沙綾に色んなものをもらってばかりだということに気付く。
愛とは相手本位のもの。
続けて、その記憶の中で、自分が沙綾に与えられたものがどれだけあるか考えてみる……けど、すぐにハッとした。やばい、私、沙綾にもらってばっかりで全然なにもあげてない!
893: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:54:17.94 ID:WDd4hgM6O
香澄は焦った。自分から勝手に告白しておいて、それを受け入れてもらえた嬉しさにかまけて、沙綾のことを全然思いやれていなかったのではないか、と。
大切な想い人のために何かをしたりあげたりするのは全然まったくこれっぽっちも苦じゃない。というか、さーやが幸せそうに笑っててくれるならなんだってするしあげるし、という気概はある。
なのに今までなんで気付かなかったんだ! 私は沙綾にもらってばっかりだったことに!
だから、その日から香澄は沙綾の望むことを叶えようと念頭に置いて行動をするようになった……けど。
894: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:54:56.55 ID:WDd4hgM6O
「ねえさーや。何かして欲しいこととかない?」
「え? どうしたの、急に?」
「えーっと、なんとなく? ねえねえ、何かないかなぁ?」
「んー、そうだなぁ……ふふ」
香澄がそう尋ねる度に、沙綾は嬉しそうに顔を綻ばせながら、何でもないお願いをしてくる。例えば「今度の休み、どこか行こうよ」だとか「見たい映画があるんだ。一緒に行こう」だとか「新しいパンの試食してくれると嬉しいな」だとか「香澄の弾き語りが聞きたいな」だとか。
それが嬉しくない訳じゃない。「任せて!」と力強く頷くと「ありがと」と笑う沙綾が大好きだし、沙綾のして欲しいことを叶えることは楽しいし。
895: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:55:23.40 ID:WDd4hgM6O
けれど、ちょっと違う。香澄が思ってるのとちょっと違う。
そういうのは友達同士でも叶えられることだ。私がしたいのは、もっとこう、恋人っぽくて、さーやが嬉しさのあまり私を抱きしめてくれるようなことなんだ。
だけどそれを沙綾に聞いてもダメだということを香澄は最近学習した。
正直にこの気持ちを沙綾に言えば、「そう思ってくれるだけで私は十分嬉しいよ。ありがとね、香澄」と言ってくれるだろう。それ以上を望んでくれないことは想像に難くない。そればかりか、香澄のために沙綾の方から色々なことをしてくれる姿さえ目に浮かぶ。私だってもっともっとさーやに色んなことをしてあげたいのに! と息巻くけれど、結局ほだされて沙綾に甘える自分の姿も目に浮かぶ。
だから香澄の検索履歴は次のステップに進むことになった。
896: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:55:51.67 ID:WDd4hgM6O
◆
『恋人 ゴール』……と自室のベッドに寝ころびながら調べて、一番に目についたのはやっぱり結婚という二文字だった。
結婚。言葉にすれば簡単なことだけど、それは想像以上に重たい意味を持つのだろう。まったくの赤の他人と住処を一つにして、その後の人生全部を共に過ごすということなのだから。
(さーやと結婚したら……私がやまぶきベーカリーに嫁ぐのかな?)
ということは戸山香澄ではなく、山吹香澄。心の中で呟いたその名前のこそばゆい響きに思わず頬が緩んだから、慌ててそれを引き締める。
897: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:56:37.68 ID:WDd4hgM6O
今はそんな、山吹家に嫁いだことなんて考えてる場合じゃないんだ。そんな、朝起きたらさーやが隣にいるだとか、毎日朝ご飯作ってくれるだとか、一緒にパン屋さんを切り盛りするだとか、なんでもない休日に一日中のんびりゆったり過ごすだとか……
「えへへ……しあわせだなぁ……」
考えている場合じゃなかったけれど、一度浮かんだ妄想は止めどなかった。
おおよそ三十分ほど沙綾との共同生活に想いを馳せた香澄は、ハッと我に返る。それからちょっとだけ沙綾が恨めしくなった。目の前にいないのに、また私のことをこんな幸せな気持ちにさせて!
(そっちがその気ならいいよ、私だって!)
香澄はフンスと気合を入れる。結婚はまだまだ遠い未来の話だけど、それ以外にだって恋人らしいことでさーやを喜ばせるんだ!
……と思ってはいたけど、結局何をすればいいのか思いつかなかった香澄は、気が付いたら夢の世界にいた。その夢は沙綾が「やっぱり香澄は頼りになるね」って褒めてくれるもので、香澄は堪らなく嬉しくなって沙綾に抱き着いた。
898: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:57:08.40 ID:WDd4hgM6O
◆
考えたって分からないことを考え続けていても仕方がないし、とにかく当たって砕けよう。色々とああだこうだと悩み続けた香澄が出した答えはそんなものだった。
さりとて沙綾に「何かして欲しいことはない?」と聞いてはいつもと変わらない。だから今回は少し変化球を交えてみることにした。
「ねえ、さーや」
「んー? どうしたの、香澄?」
ポピパの練習が始まる前の、有咲の蔵。そこで沙綾とふたりっきりになった香澄は、いつものようにソファーに並んで座る沙綾の肩に身を預けながら口を開く。
899: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:57:40.14 ID:WDd4hgM6O
「恋人のゴールってどう思う?」
「恋人のゴール?」
「うん」
「ゴール……つまり、恋人同士が最後に行きつく場所……? それってまさか……」
特に考えがある訳じゃなかった。この話題を出せば何か手がかりが見つからないかなぁくらいの気持ちで口を開いたのだが、どうにも沙綾の様子がおかしい。なにかをブツブツと呟いたあと、急に黙り込んでしまった。心なし、頬を乗せている沙綾の肩が熱い気がする。
「どうかしたの、さーや?」
「えっ!? えっ、あ、う、ううん! なんでも……なんでもない!」
そうは言うけど、どう考えてもなんでもないという反応じゃなかった。不思議に思って、香澄は沙綾の顔へ視線を巡らせる。するとそこには赤くなった頬があった。
900: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:58:25.53 ID:WDd4hgM6O
「あれ、さーや……顔が赤いけど大丈夫? 熱とかない?」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ……」
コホン、と小さく咳ばらいをして、沙綾は続ける。
「そ、それより急にどうしたの? その、恋人のゴール、だなんて、急に」
「あーうん、この前ちょっと調べててね」
「し、調べてたんだ……」
「うん。それでね、やっぱりそういうのって男の子と女の子でってことが多いんだ」
「う、うん……そりゃあそう、だと思うけど」
「だから、さーやはどうなのかなぁって」
「え!? ど、どうって……?」
901: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:59:06.49 ID:WDd4hgM6O
「女の子同士だと、ほら、やっぱり不便でしょ?」
頭に思い浮かべた沙綾との結婚生活。女の子ふたりだとやっぱり力仕事とかは大変そうだし、何かと不便なこともあるだろうなぁ……と香澄はぼんやり考えた。
「そ、そうなの……?」
沙綾はやっぱり顔を赤くさせて、思い当たる節がないように尋ねてくる。香澄はきょとんと首を傾げて応える。
「え、そうだと思うけど」
「そ……そうなんだ……」
「うん」
「……それって、あれかな。あの、ほら……こう、明確なゴールがないからとか、そういう……?」
「明確なゴール?」ともう一度首を傾げて、『ああそっか、そもそも女の子同士で結婚って部分からだよね』と思い至る。「それもあるね」
902: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 08:59:36.53 ID:WDd4hgM6O
「それも? え、ほ、他にもなにかあるの?」
「あると思う。一応調べてみたけど、私もやっぱりまだよく分からなかったし……」
「ふ、ふぅん……」
「……それより、さーや? やっぱり顔、赤いよ? 大丈夫?」
赤くなった沙綾の顔を覗き込む。顔と顔とがぐっと近くなり、沙綾の身体に触れている部分がまた一段と熱を帯びたような気がした。
「だ、大丈夫!」と飛び跳ねる様に香澄から顔を離す沙綾。
「わっ」とあまりの勢いにびっくりする香澄。
903: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:00:18.87 ID:WDd4hgM6O
「あ、ご、ごめんね?」
「ううん。無理しちゃダメだよ、さーや。辛いならすぐに言って?」
「う、うん……ありがと」
「さーやの為ならなんだって頑張るから、いつだって頼ってね!」
「えと……香澄がその気なら……私もがんばる……」
もじもじと珍しく歯切れ悪い返事を聞きながら、香澄は「さーやに頼られると嬉しいなぁ」と思った。沙綾は沙綾で色々とアレがアレしてて頭の中が沸騰しそうな勢いだった。
その日から沙綾のスマホの検索履歴には人に見せられないようなワードがちらほら浮かぶようになって、そーいうことを検索しては顔を真っ赤にさせたり香澄のことを考えては頭を抱えてベッドの上をのたうち回ることになったり、最終的に冷静になって「絶対香澄と私の間で食い違いがある」と気付いたりするのはまた別のお話である。
904: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:00:46.00 ID:WDd4hgM6O
◆
香澄の悩みはまだまだ尽きない。
愛とは与えるものだと知ってから、沙綾が望むことはなんでも叶えたいし頼られたいという欲求は強くなる一方だ。
そんな香澄に、沙綾はいつも優しくしてくれた。一時期は何やらソワソワとした態度で接してくることもあったけれど、
「ねぇ香澄。恋人のゴールって、その、なんのこと考えてた?」とある日に問われ、
「恋人のゴール? 結婚の話だけど、それがどうかしたの?」と答えてからはいつも通りの沙綾に戻った。
905: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:01:15.24 ID:WDd4hgM6O
そんな日々を過ごす中で、香澄は沙綾の様子に常に目を光らせる。もしも何か不便にしていることがあるなら、何かを求めているのなら、何も聞かずともそれを叶えようと虎視眈々と身構えていた。
けれど沙綾はやっぱりどうにも一枚上手で、香澄が何か手伝いたいという空気を醸し出せばそれを即座に察して、先回りして簡単なお願いをしてきてくれる。
それもそれで嬉しいは嬉しい。でも、やっぱりちょっと思ってるのと違う、と香澄は悶々とした気持ちが沸き起こった。
そういうことを積み重ねていった、夏休みのある日のこと。とうとう香澄の我慢は限界に達した。
もう辛抱堪らないから、こっちから今まで以上にまっすぐに聞こう!
906: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:01:46.85 ID:WDd4hgM6O
「……ねえ、さーや。何かして欲しいこと、ない?」
という訳で、いつものように有咲の蔵でふたりっきりになった香澄は、ソファーの隣に腰かける沙綾の洋服の袖をキュッと握って、いつもより凄みを利かせた声を出す。
「んー……じゃあ、帰りにウチに寄ってかない? 新しいパンがあるんだ」
「違う、そうじゃなくて……」
いつも通りの沙綾の声に、香澄は「うぅーん」と唸りながら、なんて言ったものかと考える。そんな香澄を沙綾は不思議そうな顔で見つめる。
「どうしたの? 何か変なこと言っちゃったかな、私?」
「ううん、そんなことない。でも違くて……えーっと、さーや!」
「あ、うん。なに?」
沙綾が首を傾げる。その青い双眸を真正面から見据えて、香澄は大きく息を吸い込んだ。
907: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:02:15.40 ID:WDd4hgM6O
「私、もっと恋人っぽいことがしたい!!」
そして、ずっと抱えていた思いの丈を吐き出した。
「恋人っぽいこと?」
「……うん」
こくんと頷く。もしかしたら重たいとかそういう風に思われちゃうかな、と今さら少し不安になって、俯きがちにチラリと沙綾の顔を窺う。
沙綾はそんな香澄と目が合うと、少しだけ照れくさそうにはにかんだ。
「そっか。恋人っぽいこと、かぁ」
「うん……ダメかな」
「うーん……」と、悩むような仕草を見せられて、香澄は足元が崩れ落ちるような感覚を覚えてしまう。
どうしよう、やばい、今からでも取り消した方がいいんじゃ……。
908: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:02:56.01 ID:WDd4hgM6O
「香澄」
焦って何かを言おうと開きかけた口。けれど沙綾が名前を呼んできたので、何も言わずにつぐむ。
「えーっと、とりあえず……えい」
「わっ」
それから、沙綾の手が香澄の背中に回されて、キュッと胸に抱き寄せられた。急だったから、喜びよりも驚きが先行して口から漏れる。
「…………」
「…………」
ふたりして、そのまま黙り込む。香澄は沙綾の温かさとか柔らかさとかいい匂いだとかそういうので心臓が痛いくらいドキドキして、でもちょっとしてからそれら全部が心地よくなって、段々と心が落ち着いてきた。
もっとくっついてもいいのかな、と少し戸惑いながら、香澄はおずおずと沙綾の背に手を回す。すると頭の上の方からくすくすと忍び笑いが聞こえてきた。
909: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:03:40.99 ID:WDd4hgM6O
「さーや……?」
「ああ、ごめんごめん。そういえば、あの冬の日もこうやってたなぁって」
「……うん」
沙綾に身体を預けながら、脳裏に人生で一番幸せだったんじゃないかと思える冬の日を思い起こす。あの時も不安に震える身体を優しく抱き止めてもらった。
「そうだよね。手を繋ぐとか、そういうのはよくあったけど……こんな風にすることは今までなかったもんね」
「うん……」
心をやわっこく解きほぐすような、優しい声が耳をくすぐる。香澄は目を瞑って、その声と、沙綾の身体から感じる穏やかな鼓動に身を任せる。
910: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:04:20.10 ID:WDd4hgM6O
「ごめんね。色々と不安になっちゃった?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
トン、トン――と、あやすように背中を優しくさすられる。それも心地よくって、なんだか今まで抱えていたモヤモヤとかそういうものが全部なくなったような気がした。
「……正直なことを言うと、私もちょっと不安だったんだ」
「そうなの?」
「うん。やっぱり、ほら……香澄のことは大好きだけどさ、女の子同士な訳だし」
「うん」
「どこまで踏み込んでいいのかな、どうすれば恋人らしいのかな……って、そんなことを考えることもよくあってさ」
「うん」
「けど、香澄も同じなのかなぁって思うとちょっと楽になった」
911: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:04:50.12 ID:WDd4hgM6O
「さーやと同じ?」
「そう。同じことで悩んでるのかな、って思うと、そんなに難しく考えないでもいいのかなってさ、なんか……安心した」
「そうなんだ……」
「まぁ、流石に恋人のゴールって言われた時はかなり焦ったけど……そういうのは絶対まだ早いって……いや、私の勘違いだったんだけどさ……」
「え?」
「こっちの話」
背中をさすっていた手が香澄の頭に伸ばされる。そして優しく髪を梳く。何かを誤魔化された様な気がしたけど、気持ちいいしまぁいいかと思った。
912: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:05:43.09 ID:WDd4hgM6O
「恋人ってなんだろうね」
「……わかんない。でも、愛とかそういうのを調べたら、好きな人に与えることだって書いてあったんだ」
「あー……だから、最近よく私に何かして欲しいことはないかって聞いてきてたんだ」
「うん。私、いつもさーやにしてもらってばっかりだから」
「そっか。ありがとね、香澄」
「ううん、私の方こそ……いつもありがと、さーや」
それから、また無言になってふたりは身体を抱き寄せ合う。何か言った方がいいのかな、と香澄は少しだけ思うけど、でも何かを言ってこの空気がなくなるのが嫌だったから、沙綾が何かを話すまで黙っていようと思った。
そうしてどれくらい経っただろうか。香澄が頬を寄せる沙綾の胸から感じる鼓動が少しだけ早くなったような気がした。
顔を動かして、チラリと沙綾の表情を窺う。そこに少しだけ赤くなった顔があった。
913: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:06:13.21 ID:WDd4hgM6O
「ねえ、香澄」
やがて艶やかな唇から、いつもの優しい声が放たれる。
「してほしいこと……聞いてもらえるかな?」
「うん、任せて。さーやのためならなんだって頑張るっ」
それがなんだかいつもよりも香澄の身体の奥深くに響いたから、力強く頷いてみせる。
「それじゃあ……恋人っぽいこと、してほしいな」
沙綾は少しだけはにかんでから、スッとその瞳を閉じる。その行動の意味を香澄は香澄なりに咀嚼して、そして心臓が跳ねあがった。
914: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:06:44.66 ID:WDd4hgM6O
えーっと、恋人っぽいこと……ってことはつまり、そういうことだよね……?
そう沙綾に聞きたかったけど、それは聞いたらいけない空気なんだと本能が理解していた。気付けば沙綾から感じる鼓動は16ビートを刻みそうな勢いで、香澄も香澄で胸の内から身体を叩くキラキラやらドキドキやらが大変なことになっていた。
だから少しだけ大きく息を吸って吐く。そして香澄は覚悟を決めた。
こんなに緊張するのは、さーやに気持ちを告白した時以来だ。あの時だって頑張れたんだから、今日この時だって私は頑張れるはずだ。
915: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:07:13.85 ID:WDd4hgM6O
そう思って、ゆっくりと沙綾に顔を近づける。
いつも甘く優しい声が放たれる唇に、瞳が吸い寄せられる。
もう鼻と鼻がくっつきそうな場所までやってきて、香澄も目を閉じた。息を止めた。
大丈夫、このまままっすぐ進めば、大丈夫……。
そして沙綾の微かな息遣いがダイレクトに脳に響いてくるくらいに近付いたころ……唇にとても甘美な感触があった。
916: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:07:49.00 ID:WDd4hgM6O
幸せの波動的なもの。目に見えないけど、なんかそういう波動的なものが口づけ合った場所から香澄の身体中に巡って、手の指先から足のつま先まで、そして頭の中いっぱいに『幸せだぁー!』という感覚をもたらしていっているような気がした。
そっと沙綾の唇から離れる。それから止めていた呼吸を再開させて、瞳を開く。すると目の前には、今までに見たことがないくらいに頬を朱に染めて、ほにゃりとはにかむ沙綾がいた。
917: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:08:28.52 ID:WDd4hgM6O
「しちゃったね」
「うん……しちゃった」
何を、とは言わなかったけれど、やたらと熱い頬を動かしてそんなことをささめき合うと、先ほどの幸せの波動がより一層身体の中で躍動する。『今宵は宴じゃぁー!』なんてお祭り騒ぎで脳内を駆け回る。
「……なんか、なんていうか……幸せ」
「私も……」
ぽつりと照れくさそうに呟いた沙綾。ああ、さーやも私と同じなんだな、と思った瞬間、幸せの波動はもう収拾がつかないくらいに大きくなってしまった。
痛いくらいにドキドキして、でも決して嫌じゃないその鼓動を胸の内に感じながら、香澄は思った。
愛ってきっと、こういうことを言うんだな……なんて。
おわり
918: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:08:54.84 ID:WDd4hgM6O
愛ってなんだよ、とかそういう系の話でした。
すいませんでした。
919: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:11:04.68 ID:WDd4hgM6O
市ヶ谷有咲「アイツら本当にもう……」
>>29 >>437と同じ世界の話です
920: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:11:30.56 ID:WDd4hgM6O
――有咲の蔵――
戸山香澄「さーやぁー」イチャイチャ
山吹沙綾「香澄ぃー」イチャイチャ
921: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:12:09.84 ID:WDd4hgM6O
――有咲の蔵 階段前――
市ヶ谷有咲「…………」
有咲「……はぁ」
有咲「はいはいさーかすさーかす。りみんとこ行こーっと」
922: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:12:59.81 ID:WDd4hgM6O
――牛込家 玄関前――
有咲「はーホント、アイツら本当にもう」
有咲「なーんでわざわざ蔵でイチャつくんだよ、本当にもう」
有咲「あーあー、おかげですっかりりみん家に来慣れちゃったしなぁー、合鍵まで貰っちゃったしなぁー」
有咲「本当参っちゃうよなーったくもーしゃーねーからなぁホント……へへ」ガチャ
有咲「勝手知ったる牛込家っと……おじゃましまーす」
有咲(さってと、りみの部屋行こ)スタスタ
923: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:14:24.93 ID:WDd4hgM6O
「……だよ」
「それなら……」
有咲(……ん? りみの部屋から声が聞こえんな)
有咲(この時間は大体ひとりだからいつでも来ていいよ、なんていつも言ってくれてるけど……あれかな、今日はお母さんとかお父さんがいるのかな)
有咲(やべ、リボン曲がってねーよな。みっともないって思われないようにシャンとしないと……)イソイソ
924: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:15:08.41 ID:WDd4hgM6O
「それじゃあ始めるね」
「うん……」
有咲(って、あれ? ドア越しでくぐもってるけど……これ、おたえの声か?)
有咲(はぁ~……なんだよ、無駄に緊張しちまったよ)
花園たえ「りみ、緊張してる?」
牛込りみ「えと、ちょっと……」
たえ「大丈夫だよ。痛くしないから、安心して私に全部任せて」
りみ「う、うん……ひゃっ」
有咲「!?」
925: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:15:45.11 ID:WDd4hgM6O
有咲(え、ちょ、え!? 何いまの声!?)
たえ「ちょっと力が入ってるかな。もっとリラックスしないとダメだよ」
りみ「で、でも、こんなこと、友達にされたことないから……」
有咲「!?!?」
たえ「そうなんだ、初体験なんだね。それじゃあゆっくり行くよ」
有咲「ちょっと待てぇぇ――!!」ドアバァン
926: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:16:39.53 ID:WDd4hgM6O
りみ「きゃっ!?」
たえ「あ、いらっしゃい、有咲」
有咲「いらっしゃい、じゃねぇーっ! おたえ、お前、りみに何してんだよ!!」
たえ「何って、耳かきだよ」
有咲(なんて平然と抜かすおたえは床に置いたクッションの上に正座してて、その上にりみが頭を乗せてる)
有咲(りみは私と目が合うと、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめてもじもじしてる。かわいい)
有咲(って、今はそうじゃなくて……)
927: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:17:29.54 ID:WDd4hgM6O
有咲「どういうつもりだよ、おたえ!!」
たえ「どういうつもりって? 私はりみに耳かきしてあげてるだけだけど」
有咲「それだよそれ! ずるいぞっ、私がいつかしようと思ってたのに!!」
たえ「残念、早い者勝ちだよ」カキカキ
りみ「ひゃっ」
たえ「りみの耳、綺麗だね」
りみ「え、えっと……ありがとう」
有咲「あああ……!」
たえ「ふんふんふーん♪」カキカキ
りみ「あ、そこ気持ちいいかも……」
たえ「ふふ、耳かき、得意なんだ。いつもオッちゃんたちとかお母さんにしてあげてるから」カキカキ
りみ「そうなんだ……」
有咲「ぐぬぬっ……!」
928: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:17:56.77 ID:WDd4hgM6O
有咲(なんだ……なんだこれ!)
有咲(まるでお預けをくらった犬みたいというか……NTRビデオレターを目の前で見せつけられてるみたいな感覚!!)
有咲(いやそんな経験人生で一度もないけど!! でも多分これそんな感覚!!)
929: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:18:28.94 ID:WDd4hgM6O
りみ「…………」
たえ「りみ? どうかした?」
りみ「あ、えっと……その、おたえちゃん」
たえ「うん」
りみ「もう片方の耳は、有咲ちゃんにしてもらいたいなぁって」
有咲「りみ……」
有咲(りみが私を求めてくれている。うれしい)
有咲(けどおたえがそれをあっさり聞くわけ……)
たえ「いいよー」
有咲「えっ、いいの?」
930: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:18:59.52 ID:WDd4hgM6O
たえ「うん。それじゃあちゃっちゃと終わらせちゃうね」カキカキカキ
りみ「んっ……ふわぁ……」
たえ「はい、最後にこのふわふわの部分……ぼんてんって言うんだって。これで軽く掃除しておしまいっ」
りみ「ありがとね、おたえちゃん」ムクリ
たえ「どういたしまして。耳かきするの好きだから、私が恋しくなったらいつでも言ってね」
931: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:19:28.01 ID:WDd4hgM6O
たえ「さ、それじゃあ次は有咲の番。このクッションどうぞ」
有咲「あ、ああ……」
有咲(おたえにクッションを譲られて、その上に正座する)
たえ「はい、これ耳かきと綿棒。ティッシュはそこにあるからね」
有咲「う、うん……さんきゅ」
有咲(道具一式を手渡されて、おたえはりみのベッドを背もたれにして座る)
りみ「それじゃあ、その……よろしくお願いします、有咲ちゃん」
有咲「え、えっと……こちらこそ」
有咲(なんかやたらと居住まいを正して、三つ指をつきそうなりみ)
有咲(…………)
有咲(やべぇ、なんかすげー緊張してきた!)
932: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:19:55.51 ID:WDd4hgM6O
りみ「膝に頭のせるね?」
有咲「えと、どうぞ……」
りみ「よいしょ、っと」ゴロン
有咲「……っ!」
りみ「お、重くないかな?」
有咲「いやっ、全然、重くないぞ!」
有咲(正直に言うと、人間の頭って意外と重いんだなぁーという気持ちがなくもない)
有咲(けどなんだこれ、りみの重さを膝の上に感じると……なんだこれ!)
有咲(なんでこんな幸せな気持ちが……!)
有咲(やべー! 勢いだけでおたえに対抗したけど、これやべーって!)
有咲(私に身を任せるりみとかもう本当にやべーって!)
有咲(最悪死ぬぞ、私!)
933: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:20:22.02 ID:WDd4hgM6O
りみ「私の耳……変じゃないかな……?」
有咲「い、いや、全然変じゃないぞ! 綺麗な形してるし、それになんか小さくて可愛いっ!」
りみ「そ、そう? えへへ……よかったぁ」
有咲(オイオイオイ、死ぬわ私)
有咲(褒められたのが嬉しかったのか、膝の上のりみがほにゃりとはにかむりみとか……)
有咲(かわいい。どうすればいいんだよ、こんちくしょう……)
934: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:20:52.78 ID:WDd4hgM6O
有咲「…………」
りみ「…………」
たえ「しないの、耳かき?」
有咲「えっ!?」
たえ「しないなら私がそっちもやるよ?」
有咲「わ、私がするから大丈夫! おたえは気にすんな!」
たえ「ん、分かった」
有咲(そうだよな、耳かきだもんな……)
有咲(この棒をりみの小さな場所に入れて……綺麗にするんだよな)
935: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:21:22.05 ID:WDd4hgM6O
有咲「え、えーっと、りみ?」
りみ「は、はいっ」
有咲「その……初めてだから下手くそかもだけど……」
りみ「だ、大丈夫っ。私、有咲ちゃんのこと……信じてるから」
有咲「お、おう……ありがとな。それじゃあ……入れるぞ?」
りみ「う、うんっ……!」
有咲「…………」プルプル
有咲(あーやべー手が震えるやばいってこれ下手なことしたらりみが傷付いちゃうじゃんしっかりしろよ私!)
有咲(1回深呼吸して……よ、よしっ!)
936: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:21:48.13 ID:WDd4hgM6O
有咲「っ……」ピト
りみ「ひゃっ……!」
有咲「あ、わ、悪ぃ! 痛かったか!?」
りみ「う、ううん、ちょっとびっくりしただけだから……」
有咲「そ、そっか……その、痛かったらすぐに言ってくれよな?」
りみ「うん……」
937: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:22:37.05 ID:WDd4hgM6O
たえ「…………」
有咲「……な、なんだよ、おたえ。何か言いたげじゃねーか」
たえ「うん、なんかエロチックだなぁって」
りみ「え、えろ……!?」
有咲「は、はぁ!?」
たえ「別のことしてるみたい」
有咲「うるせー! 黙って見てろ!」
たえ「はーい」
有咲「ったくもー……!」
りみ「…………」
有咲(あーもう! そんなこと言うからりみも真っ赤になって黙っちゃったじゃん!)
有咲(あーもう、ホントもう!! かわいいなぁ!!)
938: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:23:24.75 ID:WDd4hgM6O
有咲「その、りみ? 続きやるぞ?」
りみ「うん……」
有咲(痛くならないように、ゆっくりゆっくり……)カキカキ
りみ「んっ……」ピク
有咲(最初は浅いところから、それで徐々に深い場所って方がいいよな……)カキカキ
りみ「ふわっ……」
有咲(……ん、あれ? りみ、この辺掻くと)カリカリ
りみ「んー……はぁ~」
有咲(あ、ここ……好きなんだ。気持ちよさそう)カリカリ
939: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:23:53.13 ID:WDd4hgM6O
りみ「んん……」
有咲(あー……やばい、だんだん楽しくなってきちゃった。りみをもっと気持ちよくさせたいな)カキカキ
有咲(他にどこか好きなのかな。あんまり強くするとアレだし、ゆっくりじっくり探してみよう)カリカリ
りみ「……えへへ」
有咲「……へへ」
940: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:24:50.76 ID:WDd4hgM6O
たえ「あ、そうだ。急用を思い出した」
有咲「え?」
たえ「そういえば用事があったんだ。私はここらへんでお暇するね」
有咲「え、あ、ああ」
りみ「なんだかごめんね。遊びに来てくれたのに、私ばっかり耳かきとかしてもらって……」
たえ「平気だよ。さっきも言ったけど、私、耳かきしてあげるの好きだから」
たえ「それじゃあね、有咲、りみ。また明日」
有咲「おう……また明日」
りみ「気をつけてね、おたえちゃん」
たえ「ん、ありがと。じゃあね」ガチャ、バタン
941: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:25:20.88 ID:WDd4hgM6O
りみ「行っちゃったね、おたえちゃん……」
有咲「そうだな……」
有咲(やけに白々しい言い方だったけど……もしかしておたえのやつ、初めからこのつもりだったのか……?)
有咲「…………」
りみ「……有咲ちゃん」
有咲「え?」
りみ「あの……私から言うのもなんだけど……続き、して欲しいな?」
有咲「あ、お、おう! だんだん要領も分かってきたし、任せとけ!」
有咲(おたえのことだから真相は分からねーけど……でも)
有咲「……サンキュー、おたえ」
942: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:26:03.91 ID:WDd4hgM6O
――牛込家近く――
たえ「ふんふふんふふーん♪」
たえ(有咲とりみが楽しそうになってくれて嬉しいなぁ)
たえ(沙綾と香澄も仲良し、有咲とりみも仲良し。みんな仲良しっていいことだ)
たえ(でも……うーん、なんだか私だけちょっと仲間外れな気持ちがして寂しいような、そうじゃないような……)
たえ(誰か知り合いでもいないかなぁ)キョロキョロ
943: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:26:44.49 ID:WDd4hgM6O
松原花音「ふえぇ……ここどこぉ……?」
たえ「第一村人発見だ。花音せんぱーい!」
花音「ふぇ? あ……たえちゃん」
たえ「こんにちは。お散歩ですか?」
花音「う、うん……そのつもりだったんだけど……気付いたら知らない場所にいて……」
たえ「ここはりみの家の近くですよ」
花音「そうなの?」
たえ「はい、そうなんです」
944: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:27:32.99 ID:WDd4hgM6O
花音「そうなんだ……。え、えっと……たえちゃん?」
たえ「はい?」
花音「もしよかったら、駅まで案内してくれないかな……?」
たえ「任せてください。花園ランド行きの電車にご案内しますね」
花音「え、花園ランド?」
たえ「うさぎもたくさんいますよ」
花音「うさぎさん……?」
たえ「さ、行きましょう」パッ、タタタ
花音「えっ!? た、たえちゃん!?」
たえ「いざーゆけー♪ はなーぞのーでーんきギターぁーとべー♪」
花音「も、もっとゆっくり走ってぇ~……!」
このあとおたえの部屋でめちゃくちゃ耳かきした。
945: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:28:09.74 ID:WDd4hgM6O
―電柱の陰―
「いきなり現われて、迷子の花音の手を取って連れ去る……どういうつもりかしらね。これは色々と問い質す必要があるわ」
とか謎の影が言ったり、それからというものかのちゃん先輩がやたらと自分の耳を気にするようになったり、かのちゃん先輩誘拐現場を偶然目撃した千聖さんがおたえに詰め寄ったりするのはまた別のお話。
おわり
946: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/22(月) 09:29:43.88 ID:WDd4hgM6O
りみりんに耳かきしたいです。そんな感じのアレでした。
この話でスレを終わりにするつもりでしたが、普通にまだ埋まりませんでした。
こういう考えなしなところが自分の人生にそっくりだなぁと思いました。
949: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:08:23.37 ID:6OhA2XAJO
短編
※一部キャラ崩壊してます
950: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:09:04.50 ID:6OhA2XAJO
☆小型扇風機
つぐみ「うーん、持ち運べる扇風機を買ったのはいいけど……今年の夏はあんまり使う場面がないなぁ……」
紗夜「……うぅ」
つぐみ「あ、あれ? 紗夜さん、どうしたんですか? こんな道端でうずくまって……」
紗夜「散歩をしていたら急に熱中症じみた症状が出まして……」
つぐみ「大丈夫ですか?」
紗夜「ええ、そこまで重くはないので……。でも身体が熱いから、こんな時に小型の扇風機かなにかがあれば……」チラ
紗夜「でもそんなものが都合よくある訳ないわよね」チラ、チラ
つぐみ「あ、私持ってますよ! はい、紗夜さん。風を浴びてくださいっ」
951: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:09:42.63 ID:6OhA2XAJO
扇風機<ウィーン
紗夜「ああ……身体の熱が逃げていく……」
つぐみ「良くなりましたか?」
紗夜「はい、おかげさまで。どうにか家まで帰れそうです」
つぐみ「よかったぁ……。水分も摂らなくちゃ、って思ってましたけど、今は私の飲みかけのお茶しか持ってなかったので……」
紗夜「…………」
つぐみ「気をつけてくださいね、紗夜さ――」
紗夜「やっぱりまだ熱中症だわ。今すぐに何か飲まないと動けそうにもありません」
つぐみ「えっ!?」
952: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:10:20.63 ID:6OhA2XAJO
☆変わらない君でいて
蘭「香澄、ちょっといい?」
香澄「どうしたの、蘭ちゃん?」
蘭「あのさ……急なんだけど、一日弟子入りさせてくれない?」
香澄「弟子?」
蘭「うん」
香澄「いいよ! けど、私に教えられることってなにかあるかなぁ?」
蘭「大丈夫、近くで香澄を見学させてもらえればそれでいいから」
香澄「そう? 分かった!」
蘭「ありがと」
953: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:11:02.65 ID:6OhA2XAJO
―翌日 花女―
香澄「おはよー有咲!」
有咲「ああ、おはよ」
蘭「…………」ジー
有咲「って、なんで蘭ちゃんが花女に……」
蘭「あたしのことは気にしないでいいよ」
有咲「いや、気にするなって方が無理なんだけど……」
954: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:11:33.50 ID:6OhA2XAJO
香澄「蘭ちゃんは私に弟子入りしたんだ!」
有咲「はぁ? 弟子ってなんの?」
香澄「……そういえばなんのだっけ? 聞いてなかったや」
有咲「聞いてないのかよ!」
香澄「まぁまぁ! さ、一緒に教室行こっ!」ギュッ
有咲「ちょ、あ、当たり前みたいに手ぇ握んなってぇ!」
蘭「ふむふむ……なるほど」
955: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:12:05.84 ID:6OhA2XAJO
―昼休み―
蘭「…………」ジー
沙綾「えぇっと……どうして蘭がここに?」
香澄「かくかくしかじか!」
たえ「四角いM〇VE」
沙綾「はぁ、弟子入り……」
有咲「朝もいたんだよな」
りみ「え、もしかしてわざわざ羽丘から来たの……?」
蘭「あたしのことは気にしないで」
りみ「う、うん……」
956: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:12:41.89 ID:6OhA2XAJO
香澄「わーっ、今日もおたえのお弁当、お肉でいっぱいだね!」
たえ「昨日ははぐみのところでお肉が安かったってお母さんが言ってた」
香澄「いいなぁ、からあげ美味しそう! ねぇねぇおたえ、卵焼きと交換しよ!」
たえ「いいよ」
香澄「わーい! それじゃあはい、あーん!」つ卵焼き
たえ「あーん、もぐ……おいしい。それじゃあ香澄も、あーん」つからあげ
香澄「あーん! わぁ、やっぱりおたえのからあげって美味しい!」
蘭「なるほど……」
957: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:13:55.25 ID:6OhA2XAJO
―放課後―
蘭「…………」スチャ
有咲「蔵にも来るのか……なんか眼鏡までつけてるし……」
蘭「あたしのことは置物だと思ってくれて平気だから」
沙綾「置物って言うには存在感がありすぎる……」
香澄「あ、そうだ! りみりん、この前教えてもらった映画見たよ!」
りみ「本当? どうだったかな。ああいうのなら香澄ちゃん、好きかなって思ったけど」
香澄「うん! すごく面白かった!」
りみ「よかったぁ」
香澄「もっとりみりんのおすすめ映画、教えてもらいたいなぁ~。ホラーはちょっと怖いから苦手だけど……」
958: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:14:28.47 ID:6OhA2XAJO
りみ「あ、それじゃあ今度、一緒にレンタルビデオ屋さんに行かない? 私も借りたい映画があるんだ」
香澄「わー、行く行く~!」
りみ「それじゃあ次のお休みの日に、一緒に行こうね」
香澄「うんっ!」
蘭「そういう手もあるんだ……」
おたえ「しゃら~ん」
ギター<シャラーン...
959: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:15:11.49 ID:6OhA2XAJO
―練習後―
香澄「さーやの部屋にノート置いてっちゃったの、すっかり忘れてたよ」
沙綾「明日学校に持ってくから、今日急いで取りに来なくても平気だけど」
香澄「ううん! さーやとこうやって帰るの好きだし、それに……」
沙綾「それに?」
香澄「近ごろあっちゃんがちょっと冷たくて……」
沙綾「明日香ちゃんが?」
香澄「うん……」
明日香『お姉ちゃん、最近家で勉強してるところ全っ然見ないけど……大丈夫なの、色々と?』
香澄「って、冷たい目で……だからこういうの、後回しにするの良くないかなって……」
960: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:15:55.21 ID:6OhA2XAJO
沙綾「あー……明日香ちゃん、すごく真面目だもんね」
香澄「はぁ~……私もさーやみたいに立派にお姉ちゃんしたいなぁ」
沙綾「私だって、そんな言うほど立派にお姉ちゃんしてないよ」
香澄「そうかなぁ?」
沙綾「そうだよ。それにほら、香澄は香澄じゃん。香澄のいいところはいっぱいあるんだから、無理して他の誰かみたいに、なんて考える必要はないよ」
香澄「さーや……ありがとぉ~!」ギュッ
沙綾「わっ。もー、急に抱き着いてきたら危ないよ?」
香澄「えへへ~、つい」
蘭「…………」
蘭(無理して他の誰かみたいに、か……)
沙綾「……家の方角一緒だけどさ、流石に無言でずっと後ろに着いてこられるとちょっと怖いよ、蘭?」
961: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:16:31.24 ID:6OhA2XAJO
―翌日―
蘭「ありがと、香澄。おかげで色々と参考になったよ」
香澄「え、ほんと? 私、特に何もしてなかったと思うけど……」
蘭「ううん、そんなことない。香澄は香澄だから香澄なんだなって思ったから」
香澄「うーん?」
蘭「香澄はいつまでもそのままでいてほしいな」
香澄「んー、よく分かんないけど……分かった!」
蘭「急に弟子入りなんて言って悪かったね」
香澄「ううん! えへへ、また一緒に遊んだりしようね!」
蘭「うん。また今度、一緒に」
香澄「それじゃあね!」
蘭「またね」
962: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:17:02.73 ID:6OhA2XAJO
蘭「…………」
蘭「……よし」
スマホ<ピッ
蘭「…………」
蘭「あ、モカ? いま大丈夫?」
蘭「ああうん、別に大した用事じゃないんだけどさ……」
蘭「まぁ……うん、そうだね」
蘭「デートのお誘い。そういうことにしとく」
蘭「……別に。あたしだってたまにはそういう時もあるよ」
蘭「うん、うん……それじゃあ、商店街で待ち合わせで。また後で」ピッ
蘭「ふぅ……」
蘭「……これくらいの方があたしらしい、かな」
963: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:17:45.22 ID:6OhA2XAJO
☆だぼだぼ
紗夜「羽沢さんが『もっと身長が欲しい』と言っていたと小耳に挟みました」
つぐみ「え? えーっと……あ、あれかな? 巴ちゃんと洋服を買いに行った時の……」
紗夜「なので、羽沢さんのためのライブ衣装を持ってきました」
つぐみ「えっ!?」
紗夜「寸法はおおよその目測ですが、白金さんに弟子入りして作ったのでそれなりにしっかりしていると思います」
つぐみ「えーっと……?」
紗夜「というわけで、着てみてくれませんか?」
つぐみ「あ、はい。それじゃあせっかくなので……」
紗夜「ええ、お願いします」
964: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:18:26.60 ID:6OhA2XAJO
―つぐちんお着換え後―
つぐみ「あのぉ、紗夜さん……」
紗夜「はい、なんでしょう」
つぐみ「これ、ちょっとサイズが大きいんですけど……」
『だぼだぼのノーブル・ローズ 羽沢つぐみ』
紗夜「…………」
つぐみ「あの、紗夜さん?」
紗夜「だぼだぼかわいい」カシャ
つぐみ「え?」
紗夜「すみません、そちらは私がステージで来ている衣装でした」
965: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:19:06.35 ID:6OhA2XAJO
つぐみ「そ、そうだったんですか? だから大きいんですね」
紗夜「ええ。こちらが羽沢さん用の衣装でした」つ衣装
つぐみ「あ、はい、どうも。……そういえば今、紗夜さん写真撮ってませんでしたか?」
紗夜「気のせいでは?」
つぐみ「そ、そうです……よね。それじゃあ着替えてきますね?」
紗夜「お願いします」
つぐみ「はい。……あれ? なんだか普通に衣装受け取っちゃったけど、最初なんの話してたんだっけ……?」
紗夜(羽沢さんが着替え終わったら、私も着替えてツーショットを撮ろう)
966: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:19:42.98 ID:6OhA2XAJO
☆嗅覚
美咲「あ、花音さーん」
花音「お待たせしちゃってごめんね、美咲ちゃん」
美咲「いえいえ、あたしもついさっき来たばっかですから。気にしないで下さいよ」
花音「うん。ありがと、美咲ちゃん」
美咲「はい。……それにしても」
花音「どうかしたの?」
美咲「あ、いえ……花音さん、最近あたしと待ち合わせしてる時はあんまり迷わないなーって」
花音「ああ、それはね。こころちゃんにアドバイスを貰ったおかげなんだ」
967: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:20:16.95 ID:6OhA2XAJO
美咲「こころから? へぇ、意外。どんなアドバイス貰ったんですか?」
花音「うん、あのね? 私、喫茶店に行くのはあんまり迷わないんだ」
美咲「よく白鷺先輩と一緒に色んなとこに行くって言ってますもんね」
花音「そうなんだ。それでね、喫茶店とかは匂いでどっちの方向に行けばいいのかが分かって……」
美咲「え、地味にすごい」
花音「それをこころちゃんに言ったら、それは私のステキな特技だからって言ってくれて、それからは嗅覚を頼りにするようになったんだ」
美咲「へぇー……」
美咲「あれ? ということは花音さん、あたしの匂いを頼りに道を?」
花音「うん」
美咲「……あたしってそんなに変わったニオイするのかな……」クンクン
花音「ううん、美咲ちゃんは美咲ちゃんの匂いだよ」
美咲「いや、でも、そう言われると気になるっていうか……」
968: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:21:08.85 ID:6OhA2XAJO
花音「なんだろうね、美咲ちゃん……ミッシェルに入ってることが多いからかな。よくお日様の匂いがするんだ」
美咲「お日様の匂い……」
美咲(よく布団を干した後に感じるアレ? でもアレって確かあんまりよくない由来の匂いだった気が……)
花音「特にね、ライブが終わった後……こころちゃんたちの前ですぐにミッシェルを脱ぐ訳にいかないから、いつも脱ぐの我慢してるよね?」
美咲「ああ、はい。夏場はホントキツイですけど」
花音「その我慢したあとにミッシェルを脱いだ汗だくの美咲ちゃん……好きだなぁ」
美咲「……いや、一応女の子のあたしに言うセリフでもないし、花音さんみたいな女の子が言うセリフでもないですよ、それ?」
花音「美咲ちゃんの匂いがすごくして、なんだか安心して、でもちょっとドキドキして……」ウットリ
美咲(やばい、花音さんが開いちゃいけない変な扉に手をかけてる……)
美咲(これからは黒服さんに制汗剤とか消臭剤をたくさん用意してもらおう……)
969: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:21:47.75 ID:6OhA2XAJO
☆氷川キラーつぐみ
紗夜「羽沢さんはよく珈琲の匂いがしますよね」
つぐみ「あ、はい。家の手伝いが終わったあととかは、髪の毛からも珈琲の匂いがしたりしますね」
紗夜「なるほど。ところで、今はどうでしょうか」
つぐみ「え? 今日はバイトもなかったですし、普通にシャンプーの香り……だとは思いますけど」
紗夜「ちょっと嗅いでみてもいいですか?」
つぐみ「そ、それはちょっと……恥ずかしいので……」
紗夜「そうですか……」
紗夜(彼女が使っているシャンプーの銘柄……もう少しで分かりそうなのに)
970: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:22:18.72 ID:6OhA2XAJO
―翌日 氷川家―
日菜「たっだいま~」
紗夜「おかえりなさい、日菜」
日菜「あ、おねーちゃん! 今日はバンド練習とかないの?」
紗夜「ええ。風紀委員の仕事もないし、たまにはゆっくりしようとまっすぐ帰ってきたわ」
日菜「そうなんだ! えへへ、おねーちゃんとふたりっきりだー!」
紗夜「お母さんがいるわよ」
日菜「いーの! 気分的にふたりっきり! さーてと、着替えてこよ~」フワリ
971: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:23:14.14 ID:6OhA2XAJO
紗夜「……待ちなさい、日菜」
日菜「ん? どしたの?」
紗夜「匂いが……」
日菜「匂い?」
紗夜「薫り高い珈琲のなかに、清潔感のある爽やかな淡い石鹸の香り……その匂いは……」
日菜「ああ、つぐちゃんの匂いのこと?」
紗夜「あなた、どうしてそれを……」
日菜「つぐちゃんの匂い、いいよね。なんか近くで嗅ぐと……るんっ♪が二乗される感じっ」
日菜「だからさっき思わず抱きしめちゃったよ、生徒会室で」
紗夜「日菜……!」ガタッ
972: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:23:43.38 ID:6OhA2XAJO
日菜「どうしたの、おねーちゃん?」
紗夜「こっちへ来なさい」
日菜「うん、いいよ。なにー?」トテトテ
紗夜「…………」クンクン
日菜「わーっ、くすぐったいよーおねーちゃんっ、あははっ!」
紗夜「これは……日菜の中に微かに羽沢さんの匂いが混ざっていて……」
紗夜(なんだろう、この胸をざわつかせる香りは)
紗夜(落ち着くのに居たたまれなくなって、安心するのに焦るような、手が届きそうで届かないもどかしさを感じる香りは……)
973: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:24:16.31 ID:6OhA2XAJO
紗夜「…………」スッ
日菜「あれ、もういいの?」
紗夜「ええ。参考になったわ。ありがとう、日菜」
日菜「どーいたしまして! つぐちゃんの匂いが好きならまた抱き着いてくるよ!」
紗夜「それは羨まし――じゃなくて、羽沢さんに迷惑がかかるからやめなさい」
日菜「それじゃあつぐちゃんが使ってるシャンプー、今度聞いてきてあげるよ。あたしもこの匂い好きだし」
紗夜「そうね。お願いしようかしら」
日菜「それに……つぐちゃんの匂いがすればおねーちゃんに抱きしめてもらえそうだしねっ」
紗夜「何か言ったかしら?」
日菜「ううん! やっぱりおねーちゃんはおねーちゃんなんだなぁーって!」
紗夜「そうね。私もやっぱり日菜は妹なんだと殊更強く思ったわ」
日菜「あははっ」
紗夜「ふふふ」
974: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:24:42.66 ID:6OhA2XAJO
―同時刻 羽沢珈琲店―
つぐみ「っくしゅん!」
イヴ「ツグミさん、大丈夫ですか?」
つぐみ「大丈夫だよ。少し寒気がしただけで……お店の冷房、ちょっと強すぎたかな?」
イヴ「風邪には気を付けてくださいね」
つぐみ「うん。心配してくれてありがとね、イヴちゃん」
975: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:25:12.79 ID:6OhA2XAJO
☆おねえちゃん
友希那「最近、よく耳にするの」
リサ「なにを?」
友希那「下級生がリサのことを、裏で『リサおねえちゃん』って呼んでるのをよ」
リサ「え、そうなの?」
友希那「ええ。なんでも、優しくて頼りになっていい匂いがして笑顔が素敵でカッコよくて家庭的で作るお菓子が美味しいから、らしいわよ」
リサ「それはなんか過大評価というか、そういうのじゃないかなー……」
友希那「謙遜することなんてないわ」
リサ「そう? 友希那がそう言うならそうなのかな」
友希那「ええ。誇っていいわ。リサは立派な『リサおねえちゃん』よ」
976: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:25:52.54 ID:6OhA2XAJO
リサ「…………」
友希那「リサ?」
リサ「ねぇ、友希那。ちょっとさ、普通に『おねえちゃん』って呼んでみてくれない?」
友希那「リサのことを?」
リサ「うん」
友希那「別にいいけど……ええと、おねえちゃん」
リサ「…………」
友希那「どうしたの、おねえちゃん?」
リサ「…………」
友希那「リサおねえちゃん? どこか調子でも悪いの?」
リサ「うん、うんうんうん」コクコク
友希那「?」
977: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:26:26.94 ID:6OhA2XAJO
リサ「ね、友希那。今日さ、ウチに泊まらない?」
友希那「リサの家に?」
リサ「…………」
友希那「……おねえちゃんの家に?」
リサ「うん! 今日はお母さんもお父さんも用事でいないんだ~。可愛い妹の為になんでも好きなもの作っちゃうよ!」
友希那「そう。それじゃあお邪魔しようかしら。今日はリサ……おねえちゃんのカレーが食べたい気分だわ」
リサ「ふふ、了解だよ」
リサ「おねえちゃんにまっかせなさーい☆」
友希那(ちょっと照れくさいけど……リサが楽しそうだし、まぁいいのかしらね)
978: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:27:01.79 ID:6OhA2XAJO
☆おねーちゃん
紗夜「姉というものをどう思いますか」
つぐみ「どうしたんですか、急に」
紗夜「この前、湊さんが今井さんのことを一日中『おねえちゃん』と呼んでいたんです」
つぐみ「友希那先輩が?」
紗夜「ええ。今井さんはとても嬉しそうな顔をしていまして、湊さんも少し照れくさそうですがどことなく楽しそうでした」
つぐみ「そうなんですね。ちょっと意外だなぁ」
紗夜「それで、羽沢さんは姉というものをどう思いますか?」
つぐみ「どう……うーん、ひとりっ子なのでちょっと憧れるなーって部分もありますけど……」
紗夜「なるほどなるほど。であれば、私もひとりの姉の端くれとして――」
つぐみ「でも、どちらかと言うと妹か弟が欲しかったなぁーって思いますね」
紗夜「分かりました。私としてはそちらでも構いません」
つぐみ「え?」
979: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:27:35.28 ID:6OhA2XAJO
紗夜「どう呼ばれたいですか? おねーちゃん、お姉ちゃん、姉さん、お姉さま……私はなんでも大丈夫ですよ」
つぐみ「え、あの……」
紗夜「ああ、こんなに多いと迷うわよね。それも当たり前のことだわ。じゃあ……日菜に倣っておねーちゃんにしようかしら」
つぐみ「あ、はい」
紗夜「つぐみおねーちゃん」
つぐみ「…………」
紗夜「……何か言ってもらえると助かるのですが」
つぐみ「…………」
紗夜「……あの」
つぐみ「……妹が」
紗夜「はい?」
つぐみ「妹が敬語……それは私、駄目だと思います」
紗夜「え」
980: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:28:03.17 ID:6OhA2XAJO
つぐみ「おねーちゃん呼びは無邪気系の妹に分類されます。だから敬語を使うなら『姉さん』じゃないと邪道です」
紗夜「あ、はい」
つぐみ「それを踏まえたうえで、紗夜さんはどうするんですか」
紗夜(なんだか羽沢さんから妙な迫力が……)
つぐみ「紗夜さん?」
紗夜「え、あ、ええと……それじゃあ、敬語はやめるわね」
つぐみ「もう一声」
紗夜「も、もう一声?」
つぐみ「おねーちゃん呼びなら日菜先輩みたいな口調にするべきだよ」
紗夜「……日菜のように?」
つぐみ「うん」
981: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:28:29.42 ID:6OhA2XAJO
紗夜(日菜のように……)
日菜『ねぇねぇおねーちゃん、ポテトの食べさせ合いっこしよ! はい、あーんっ!』
日菜『ふわぁ~……なんだかすごく眠いや……。おねーちゃん、お膝貸りるね~……おやすみぃ』
日菜『おねーちゃーん! お背中流しに来たよー!』
紗夜「…………」
982: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:29:21.38 ID:6OhA2XAJO
紗夜「……そ、それは流石にちょっと……無理だわ……」
つぐみ「ダメなんだ?」
紗夜「え、ええ。どうしても、その……恥ずかしくて……」
つぐみ「……ふ、ふふっ」
紗夜「え、なんですかその楽しそうな笑みは」
つぐみ「仕方ないなぁ……ふふ、紗夜ちゃんは仕方ない妹だねぇ?」
紗夜(……あれ、これはもしかして、羽沢さんの変なスイッチを押してしまったのでは……?)
983: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:29:59.89 ID:6OhA2XAJO
つぐみ「ちゃんとした言葉遣いが出来るように、おねーちゃんがたくさんお話してあげるね?」
紗夜「…………」
つぐみ「どうしたのかな? 大丈夫だよ、なにも怖いことはしないからね。ちゃんとお返事できるかな?」
紗夜「……うん」
つぐみ「よく出来ました。紗夜ちゃんは良い子だね~♪」ナデナデ
紗夜(……けど、これはこれで……いいわね)
このあとめちゃくちゃ姉萌え逆転プレイした
おわり
984: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:30:27.90 ID:6OhA2XAJO
エリア会話とかを見てパッと思い付いたことを書きました。
最後の最後でようやく短編っぽい短編が書けたような気がします。
985: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/07/24(水) 15:32:39.12 ID:6OhA2XAJO
スレ立ての工程を省くとUPする際に必要な精神的ハードルがかなり下がることに気付いて始めたスレでした。
だけど途中からスレを埋めるために書いているような気分になったので、これからは書くことがあればまたひとつひとつスレを立てると思います。たぶん。
全部で31個、なんだかんだでWordの文字数が27万文字ちょっとになった話たちでしたが、レスをくれたり、最後まで読んでいただいて誠にありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
SS速報VIP:【バンドリ】短編