※バッドエンド注意



1: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:37:13 ID:aDe97des

国木田花丸は食べることが好きだった。
静岡県で販売されてる長いパンも、親友のルビィが作ってくれるお菓子も、日々のご飯も。
いつも腹ぺこではなく、美味しいものを食べると気持ちが嬉しくなり幸せになれるから。
みんなとの日常が幸せじゃない、ということではなくまた違う意味での幸せ。

「花丸は美味しそうに食べるわね」

祖母の手料理を美味しく食べてる時、いつも喜んでくれたのを今でも覚えてる。
その時は分からなかったけど、自分の料理を美味しく食べてもらえることは幸福らしい。
だからこそ花丸は食べることが好きだった。

しかし、

学校の帰り道、国木田花丸はどうしても欲しかった本のために沼津までバスで揺られた。
親友の黒澤ルビィと時々訪れるその本屋は花丸にとって心が落ち着く場所であり、独特な香りを楽しみながらお目当ての棚へ足を向ければ。



2: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:38:13 ID:aDe97des

「ねぇねぇ。Aqoursってさ、みんなスタイルいいよね」

「うん。同じ女子高生だと思ってたけど維持凄いよね」

Aqours、という単語に足が止まってしまう。
花丸も今年ルビィ、そして千歌達に誘われてスクールアイドルを始めたから。

「でもさ、1人だけなんか違うよね」

「わかる。あの地味な子だよね」

地味な子、心臓が掴まれたような気分になり立ち去りたいのに動けない。

「ずらとか言っちゃうし、なにより──太ってるよね」

「ずっと食べてるって聞いてるよ?他のメンバーは知らないけど、あんなのでもスクールアイドルやれるの凄くない?メンバーに迷惑だよね?」

「てかさ、東京のライブで上手くいかなかったのって絶対あのデブのせいだよね?」

気がついた時には欲しかった本も買わず、バス停へ走っていた。



3: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:40:22 ID:aDe97des

♢

千歌「疲れたよぉ!」

本番が近いのもあってか放課後の練習はいつもより大変で、部室に戻ってきた時には疲労故にテーブルへ突っ伏す千歌にダイヤが呆れる。

ダイヤ「全く、練習がハードだったのも分かりますが、バスの時間もありますから早く帰りますわよ」

千歌「分かってるよ~.......」

渋々制服へ着替え、他のメンバーも汗を拭き制汗剤を使用してから下校の準備をしていく。夕日が差し込む部室には次第に和気あいあいとした活気が戻り、まだ時間あるからと鞠莉が鞄から袋を取り出す。

鞠莉「じゃじゃーん!頑張った皆にはマリーからのご褒美デース!」

ルビィ「わぁぁぁ!マカロン可愛い!」

テーブルの上に広げられた宝石のように彩り鮮やかなマカロンは、空腹と疲労状態な千歌達の食欲を刺激するには充分だった。

ダイヤ「鞠莉さん!バスの時間もありますのよ?」

鞠莉「もうダイヤは固いんだから。疲れた身体には甘いものがベストマッチよ!それにほら」

ダイヤが止める前よりも早く千歌達は各々手を伸ばし糖分を補給する。
「仕方ありませんわね」と、ダイヤはため息を吐いてルビィの隣に腰掛け抹茶味のマカロンへ。
咎める人はいないとなれば、自然と練習後の疲れは消えたように楽しく会話に花が咲く。
しかし、



4: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:45:52 ID:aDe97des

千歌「あれ?花丸ちゃんどうしたの?」

花丸「え?」

千歌「いや、ほら。いつもなら美味しそうに食べてるから」

花丸だけが全く手を伸ばさず、周囲の会話に相槌を打ってるだけだった。

花丸「あ、あぁ~.......ちょっと疲れすぎちゃったみたいで。大丈夫だから心配ご無用だよ」

そうマカロンを口へ運ぶ花丸だけれど、1口がほんの少し重いのか飲み込むまで時間がかかった。

ルビィ「花丸ちゃん.......」

善子「.......」



5: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:50:31 ID:aDe97des

だから部室から出る前、花丸を捕まえて善子は捕まえた。

善子「あんた一体どうしたのよ」

花丸「なにが?」

善子「なにがってあんた.......」

「嘘だよ」と舌を覗かせて悪戯っぽく笑う花丸。
分かってるのだろう、善子が何を言いたいのか。

花丸「部室でのことだよね。あまり心配しなくて大丈夫だから」

善子「本当に大丈夫なの?」

花丸「もう堕天使は優しいな~」

善子「ちょ、私は本気で心配してっ!」

花丸「ほら皆待ってるよ!」

まるで誤魔化されてるようで、善子は僅かなイラつきを覚えてしまう。見え見えなのに、誤魔化せていると思ってるの?と。
だから、

善子「だったらこれだけ答えて。無理、してないでしょうね?」



6: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:54:38 ID:aDe97des

なにか抱えてるなら素直に話してほしい。
その願いを込めての質問なのに花丸は背中越しに優しく、温かい声音で返す。

花丸「無理はしてないよ。今日は本当に疲れてたから」

こちらは見ない。

善子「あんたは嘘が昔から下手くそなんだから。疲れてる時こそよく食べてるじゃない」

花丸「お見通しなんだね」

隠し事があるのは確かなのに誤魔化されてしまうもどかしさに、善子はついにイラつきを我慢できなくなる。

善子「いい加減にして。ルビィだって心配してるわよ」

花丸「.......うん。そうだね。ごめんね」

寂しそうに微笑む花丸に「そうじゃない」と言葉が飛び出そうになり、遅い善子と花丸が気になったのか、呼びに来たルビィの声すらどこか遠く感じた。



7: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:55:44 ID:aDe97des

♢♢♢

善子「Aqoursの動画また伸びてるわね」

通学のバス内。
沼津から内浦までは距離があり、沼津組である善子と曜は毎朝肩を並べて座席に座っている。

曜「わぁほんとだ。花火大会のライブ大成功だね」

善子「そうでないと困るわ」

曜「はは。にしてもこの時の花火すごく綺麗だね」

善子「ええ、ほんとにね」

揺れるバスの中、朝はまだ眠たくて気を抜けば瞼を閉じそうだけど曜と眺めるライブの映像は、どうしても熱くなるものがある。
だからか、小さな身体で元気よく踊る花丸をつい見てしまう。



8: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:56:25 ID:aDe97des

曜「どうしたの?」

善子「いえ、ずらまるも頑張ってるわね」

曜「うん。運動苦手、なんて言ってたけどここ最近メキメキ良くなってるもんね」

それこそ練習のランニングでへばってたのが嘘のように。

善子「.......ふふ」

つい先日の出来事なのに随分昔のようで。
体重が増えた、なんて気にしてたのはやはり自分だった。

曜「善子ちゃんは優しいね」

善子「もう好きに言いなさい」

ニタニタ笑う曜に呆れつつも、きっと今まで通り花丸に接することが出来る。そう確信できたことが嬉しくて早く花丸に会いたくなった。

やがて内浦へバスが流れAqoursメンバーと合流していき、善子は悟られないように花丸の姿を探すけれど彼女は浦の星女学院へ到着しても現れることがなかった。



9: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:57:07 ID:aDe97des

1年の教室、いつも通りの場所なのに空席が嫌なほど存在感を主張しどうしても気になってしまう。

善子「ルビィ、連絡あった?」

ルビィ「ちょっと体調悪いみたいで。明日になったら元気になるって朝連絡あったの」

善子「.......そう」

どうして私には連絡なかったの?
と苦い思いを味わうけれど、辛いのはきっとルビィの方。昨日の今日だから深刻に捉えてしまう。

ルビィ「放課後、ちょっと遠いけど一緒にお見舞い行こっか」

寂しそうに微笑むルビィに善子は「そうね」と返すしか無かった。
だから放課後、いつもより元気の無いルビィと共にバスで揺られる善子は町並みが流れるにつれ心配する気持ちが強くなる。



10: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 22:59:26 ID:aDe97des

ルビィ「.......」

駄目ね、善子はリトルデーモンの寂しい横顔を見て自分に呆れた。

善子「ずらまるの家、そう言えば初めてね。ルビィはよく行くの?」

ルビィ「え.......あ、う、うん。中学の頃時々」

善子「そう。ルビィの家で遊ぶイメージあったわ」

ルビィ「ルビィのお家もあったよ。暗くなってお姉ちゃんが今日は遅いから泊まっていきなさいってよくあったもん」

泊まりの日々を思い返してるのか、表情に段々と笑顔が咲いていく。聞けば聞くほどルビィは花丸と中学の時代から仲良かったことが伝わり、善子はなんだか微笑ましくなってくる。

ルビィ「この前のお泊まり会も楽しかったよ?」

不意打ちで先週1年組で善子の家でのお泊まり会を話題に出され、善子は「あんた達寝るの早すぎなのよ」と不貞腐れてみる。



11: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:00:31 ID:aDe97des

ルビィ「ごめんごめん。でもお泊まり会して良かったね」

花丸もルビィと慣れてるはずなのに、初めてのようにはしゃいでルビィと共にお菓子を食べてる光景は今でも瞼の裏に思い出せる。善子にとっても友達を泊めるのは今まで無かったので、感動した親が何かと世話を焼くのを止めるのに必死だし見られて恥ずかしいだしけれど楽しかったことは間違いなかった。

善子「今度はルビィの家ね」

ルビィ「ふふ。お姉ちゃんが喜ぶよ?」

なんてことない会話。暗い気持ちは夕日が照らす空のように消え去り、ルビィと花丸に壁を感じていてもこれからどうになる──そう思えた。



12: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:04:24 ID:aDe97des

♢♢♢

花丸「2人ともありがとう」

以前花丸は「まるの家は遠いよ」と言っていたけれど、一切の嘘無く言葉通り本当に遠かった。
夕日が沈みかける頃、布団の上で寝間着姿の花丸はどうやら体調不良だけだったみたいで回復に向かってるのを確認できて善子はようやく胸を撫で下ろす。

布団の傍らには花丸らしくお菓子がお盆に盛られてあった。愛食してるパンも。
「普段は持ち込まないけど今日だけは特別にって」と。

ルビィ「ルビィは花丸ちゃんが元気そうで良かったよ」

昨日の今日だからルビィの不安も消えて花丸の手を握り、お互い見つめ合って微笑む。

善子「全くよ、心配したんだからね」

花丸「善子ちゃん.......心配してくれたんだね」

大袈裟にルビィと花丸が喜び、善子は「もう!人がせっかく心配したのに!あとヨハネ!」とつい怒ってしまうものの、気がつけば3人で笑っていた。
1日会わなかっただけ、なのに心細かったことが痛い程お互いから伝わってくるからつい会話に花が咲く。



13: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:06:09 ID:aDe97des

だから帰り際、ちょっぴり寂しそうな花丸に善子はAqoursの動画が人気出たのを思い出して彼女の携帯を操作すると、

善子「はい、ずらまる。これで私達の漆黒の宴を見れるわよ」

花丸「わぁ.......ありがとう」

ルビィ「お姉ちゃんから聞いてたけど再生回数凄い伸びてるね!」

初めて9人で揃ったAqours。
1年生と2年生、そして先代Aqoursを作った3年生の想いがひとつになり花火大会で披露したライブ。



14: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:09:10 ID:aDe97des

花丸「またライブしたいなぁ」

ルビィ「うん!ルビィもまた一緒にライブしたい!善子ちゃんもだよね?」

善子「ふ、Aqoursにはまだまだ堕天使の力が必要不可欠なのよ!!!」

温かくて、くすぐったい空間。
善子はいつまでも続いて欲しいと心の中でそっと願うとルビィ共に花丸の家をあとにした。
黒澤家に送ってもらってからも自室でAqoursの動画を見ていた善子は、応援してくれるコメントに頬が緩む。運動が苦手な花丸を見てくれる人がいる──それが自分の事のように嬉しくて。

誰も不幸にならなくて良かった、そう安心して善子は微睡みへ堕ちていく。



15: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:10:07 ID:aDe97des

♢♢♢

「あのすいません。Aqoursの津島さんですか?」

次の日の朝、善子はバス停へ向かう最中女子高生から声をかけられた。

善子「え、あ、は、はい」

「やっぱり。ライブの動画見ました!とっても良かったですよ!」

沼津の高校の制服を身にまとった彼女は嬉しさを表情で体現し、善子が人見知りなのが分からないのか距離を詰めてくる。

善子「あ、ありがとう、ございます.......」

心の中で「もしかして所謂ファンってやつ?」と高鳴る鼓動と緊張に駆られパニックを起こしそうなのを必死に抑えるのが精一杯。

「もしかしてこの子、国木田さんですか?」

彼女が指さした先、皆と楽しくハナマル満点の笑顔で踊る花丸。

善子「は、はい」

借りてきた猫のように大人しい善子だけれど、彼女が善子へ接する態度が花丸に変わったことでどこか冷たく感じてしまった。

「.......あ!すいません!バスが来るので!」

まるで逃げるように走り去る彼女の背中、どうしてか逃がしてはいけない──そう思う気持ちがよぎるけれど理由はわからなかった。

しかしお昼休みに急遽鞠莉とダイヤに呼ばれた部室で見たそれは想像を絶する程に残酷なものだった。



16: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:11:58 ID:aDe97des

善子「.......なによこれっ!!!」

ネットに上げられたAqoursの動画。
そこに書き込まれた誹謗中傷のコメント。
そのどれもが花丸の体型を侮辱するようなもので善子は湧き上がる怒りを抑えられない。

鞠莉「この動画は削除するけれど.......ねぇ善子、花丸はこの動画を見ていないわよね?」

善子「そんなの当たり前じゃない!ずらまるは機械に──..............」

善子「機械に..............」

頭の中が真っ白になり、懺悔の涙が溢れて止まらなくなる。

鞠莉「.......手遅れのようね」

昨日花丸の家で彼女の携帯を操作し動画をいつでも見られるようにした──花丸は今日も休んでるからきっとAqoursの動画を度々見てるだろう。
自分を変えてくれた大切な居場所だから──。

善子「わた、わたし.......どうし、たら.......」

善子「ねぇ鞠莉、私はどうしたらいいのねぇ鞠莉」

ダイヤ「落ち着きなさい善子さん。小原家の車がもう時期到着しますので」



17: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:20:48 ID:aDe97des

善子「なんでそんなに落ち着いていられるの?ずらまるがこんな.......こんなっ!」

ダイヤ「だからこそ、ですわ」

真正面から善子を諭すダイヤも肩があがり、表には出さないけれど相当な怒りを抱えていた。
それは当然ながら鞠莉も同じで噛み締める歯が痛い。花丸が何をしたのか、ずっと頑張ってる彼女の努力を踏み躙るような心無いコメントから目を逸らしたいのに湧き上がる「どす黒い感情」に涙が止まらない。

鞠莉「.......到着したわ」

校門前に停車した小原家の車へ乗り込むと善子は怒りと悲しみが溶け合い、自分の感情が分からないほど涙の防波堤が決壊して溢れ出す。

ダイヤ「善子さん、自分を責めないでください」

善子「って、だってずらまるに動画の見方教えたの、わた、わたし.......」

激しい後悔が胸をにぎりしめる。
もし今日も見ていたら、いや、コメントが書き込まれた時に見ていたら──破裂しそうなほど叫びたい衝動が喉元まで。



18: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:21:42 ID:aDe97des

ダイヤ「善子さんは悪くありませんわ」

善子「だってだって!」

ダイヤ「.......落ち着いて。大丈夫とは言いませんが、貴女までそのようではいけませんわよ」

3人とも腸が煮えたぎる程怒りが腹の中で燃えており、でもぶつける所はない理不尽さに耐えている。最も辛いのは花丸だから。
それでも善子はダイヤの胸の中で泣き叫んだ。

鞠莉「.......ルビィは良かったの?」

ダイヤ「.......ええ」

花丸の家に到着して善子は一目散に車を飛び出すけれど、

「ごめんなさい。お帰りいただいてもよろしいですか?」

花丸の家族から面会謝絶を言い渡されてしまった。それから1ヶ月後、音信不通だった彼女が病院に運ばれたと連絡を受けて急遽駆けつけた病室で善子が見たものは────。



19: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:29:34 ID:aDe97des

花丸「.......しばらくぶりだね」

真っ白なベッドに横たわるその人を指さし「国木田花丸」と言われないと認識出来ないほど痩せこけた彼女の、異様な姿だった。

花丸「驚いちゃったかな?ほら、綺麗になったでしょ?」

善子が知ってる花丸の笑顔のはずなのにどうしてか怖くて、しゃがれた声が胸に深く突き刺さり何もしてやれなかったことを深く後悔する。

ベッド脇の病院食は一切手をつけられておらず、点滴の透明な液体だけが花丸の命を脆く繋ぎとめているだけだった。



20: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:31:34 ID:aDe97des

♢

きっかけは本屋で聞いた陰口だったかもしれない。
その日、花丸は祖母から「花丸、もう食べないのかい?」と言われて夕飯へ伸ばす箸が止まってることに気づいた。
美味しい匂いが鼻腔に届き、空腹を刺激するには充分なのに料理を食べるのがどうしてか億劫。

花丸「だ、大丈夫だよ」

きっと気のせい。そう思い込んで皿の上のおかずを箸でつまみ口へ運ぶ。あぁ、美味しい──と花丸は幸せな気分に満たされつい目を細める。
所詮は陰口。言わせておけば良いのだと。
ゆっくりと味わうように咀嚼すると喉へと流し込むと──。

「てかさ、東京のライブで上手くいかなかったのって絶対あのデブのせいだよね?」

途端に先程まで口内に満たされていた「幸せ」が不味いものとなり、料理を飲み込んだことへの罪悪感を感じてしまう。
心無い悪口、あのライブが0だったのは自分達の実力不足なのだと分かってるのに、どうしてか箸が鉛のように重くて。

花丸「ご馳走様」

完食した頃には味も何も感じられなくて、自室に戻るなりどうしようもなく涙が溢れていく。
作ってくれた食事を美味しくいただけなかったこと、呪いのように離れない罵倒に。
それからを境に「食べる」ことへ抵抗感が生じるように。
鞠莉がプレゼントしてくれたマカロンも、胃に流し込んだあとに感じたのは「異物感」

やがて「異物感」は日を追う事に影を増し、動画へ書き込まれたコメントが花丸の心を精神を飲み込むほど増大させ食べ物を受け付けなくなってしまった。食べても異物感に耐えられなくなり全て吐いてしまう。けれど心配かけまいとまた食べて吐いて──やがてその繰り返しは食事に恐怖心を覚えさせ病院に運ばれるのも時間の問題だった。



21: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:43:43 ID:aDe97des

♢

善子「来たわよ」

入院患者が気味悪がったのだろうか、やせ細った花丸の1人部屋は大きな棺桶だった。

花丸「あ、善子ちゃん。今日もありがとうね」

そう微笑むけれど骨ばった顔に善子は心を痛める。何も出来なかったから。

善子「.......ヨハネよ。あんたまた食べてないのね」

ベッド脇の病院食はまた一切手をつけられず、フルーツのリンゴが酸化していた。

花丸「だって食べたら皆に迷惑かかるから。ほらまる、太ってるから」

そう身体を広げてみせるけれど、言葉とは真逆に病的なほど痩せ細った彼女。どうして太ってるなんて──しかし、善子は必死に口を閉じた。
花丸はそれだけ深く傷ついてる。

善子「.......ルビィは?」



22: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:49:20 ID:aDe97des

花丸「ルビィちゃんね、最近全然来てくれなくて。でも忙しいから仕方ないよ。まるも早く退院してルビィちゃんに会いたいなぁ」

目頭が痛い程熱くなる。花丸が何か悪いことをしたのか、と。

善子「.......そうね。ルビィもきっと待ってるわ」

花丸「きっと寂しがってるよね。まるもルビィちゃんに会えなくて寂しいから」

限界だった。善子は「用事思い出したからまた明日」と唇を噛み締め病室をあとに。これ以上病室にいたら泣き叫びそうだったから。
しかし、

ルビィ「あ、善子ちゃん..............」

外で待機していたルビィはそんな善子の代わりに大粒の悲しみを漏らしていた。
付き添ってくれたルビィには見せられない。



23: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:54:22 ID:aDe97des

花丸「ルビィちゃんね、最近全然来てくれなくて。でも忙しいから仕方ないよ。まるも早く退院してルビィちゃんに会いたいなぁ」

目頭が痛い程熱くなる。花丸が何か悪いことをしたのか、と。

善子「.......そうね。ルビィもきっと待ってるわ」

花丸「きっと寂しがってるよね。まるもルビィちゃんに会えなくて寂しいから」

限界だった。善子は「用事思い出したからまた明日」と唇を噛み締め病室をあとに。これ以上病室にいたら泣き叫びそうだったから。
しかし



24: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:56:14 ID:aDe97des

ルビィ「あ、善子ちゃん..............」

外で待機していたルビィはそんな善子の代わりに大粒の悲しみを漏らしていた。
付き添ってくれたルビィには見せられない。

善子「.......帰るわよ」

ルビィ「.......うん」

何も出来なくても2人は花丸を放っておけなかった。

次の日もまた次の日も善子はルビィを連れて病院へ訪れたけれど、ルビィはいまだに病室へ踏み込む勇気をもてなかった。

花丸「今日もありがとうね」

日を追う事に花丸の元気が無くなってきてるのを目にするけれど、彼女は何も食べなかった。

善子「別に。ここにいても退屈でしょ」

花丸「うん。運動しないから太っちゃうよ」

声はしゃがれ、髪の毛も栄養不足で抜け落ちていき、健康的な肌は骨と皮だけのようで。
このまま花丸が死んでじう──そう恐怖するけれど何も出来ないもどかしさに焦るばかり。



25: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:57:23 ID:aDe97des

善子「.......だから早く退院しなさいよ」

花丸「はは、どうやったら退院させてくれるんだろうね」

夏の日差しが熱いはずなのに、病室はどこか冷たくて死の気配が忍び寄っている。
追い払う術を知らないのに。
だからこそ善子は花丸を見捨てたくない。
でも、

花丸「最近ね、声が聞こえるの」

花丸「病院食が運ばれてきたり、家族が食べ物を持ってきてくれたりするとね、その声がまるに囁くんだ」

それを食べたら貴女は太るわよ?
太っていいの?Aqoursの皆は努力してるのに?
自分だけ好きなだけ食べて恥ずかしくないの?
Aqoursの、親友の努力を全部無駄にするの?
貴女にとってAqoursは所詮その程度なの?

花丸「だから思うの。まるは太ってるから痩せなきゃいけないんだって」

善子「そんな、こと.......」

花丸「今のまるがいたらAqoursに迷惑だから──」

善子「そんなことないわ!!!」

衝動的に花丸の肩へ手を置いていた。
自分には何も出来ないから、なにか言葉をかければ余計に追い込むかもしれない。



26: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:58:20 ID:aDe97des

善子「ずらまるがAqoursにいらないなんて.......お願いだから言わないで.......」

それでも骨張って固い肩の感触が悔しくて、ベッドのシーツに涙のシミが刻まれる。

花丸「善子ちゃん.......」

善子「お願いだから.......」

花丸「うん。ごめんね。まる、頑張るから」

そう優しく撫でられる頭。以前のように変わらない温度ではない温もり。無機質な病室に希望の光が差し込む──そう善子は思ったけれど、

花丸「まる、もっと痩せて頑張って復帰するね。ずっとまるがいるせいで迷惑かけてたから、今度は綺麗なまるになって今まで以上に輝くから待っててね」

返ってきた言葉は絶望以外の何者でもなかった。
さも当然のように一切の嘘なく花丸は真剣な瞳を善子へ。信じたくない、手遅れだなんて。
セミの鳴き声が遠くなり、堕天使ヨハネは本当の地獄を目の当たりにしてしまう。

しかし「頑張る」という言葉の重みは善子の想像など遥かに超えたおぞましさを秘めていた。



27: ◆XksB4AwhxU 2019/08/20(火) 23:59:15 ID:aDe97des



ルビィ「善子ちゃん、大丈夫?」

病院へ向かうバスの中、善子はルビィに声をかけられようやく自分が話を聞けてなかったと知る。

善子「え、あ、ごめんなさい。何話してたの?」

ルビィ「.......本当に大丈夫?とってもひどい顔してるよ?」

ルビィの小さな瞳が心配してる気持ちを向けてくる。余っ程昨日のことが効いてるのだろう。彼女には花丸が言ったことを話せてないし、話せるわけがなかったから。

善子「大丈夫。ちょっとリトルデーモンについて考えてただけよ」

ルビィ「.......嘘だよね」

見え見えの嘘なのは自覚していたが、ルビィは乗ってくれなかった。親友が大変なことになってるから当然といえば当然だった。

善子「.......」

ルビィ「ルビィね、今は何も出来ないし善子ちゃんにばかり甘えてるけど.......でも、善子ちゃんだけには背負わせたくないっていうか.......」

花丸が意識のない時に豹変ぶりをルビィは1度見たのだけれど、そのショックが大きすぎて面と向かって話す勇気が怖くて出来ないのは、誰も責められない。善子も毎晩悔しさと悲しみに押し潰され1人泣いていたから。

善子「ずら丸がこうなったの私にも原因があるから」



28: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:00:14 ID:VgSDV.0c

だからこそ突き放したい。ルビィにとって花丸は大切な親友。何も出来ず衰弱していく様を見るだけの辛さはきっと善子より辛いのにこうして今日も寄り添ってくれるから。

ルビィ「あんなコメント書かれるなんて誰も思わないよ.......」

善子「でも私が操作さえ教えなかったら」

ルビィ「善子ちゃん、こんな時に言うのはちょっと違うかもしれないけど.......善子ちゃんは優しいね」

優しくしないで、そう言い返したいのに彼女はずっと心を温めてくれる。自分より悲しい人がいるから。

善子「.......なによ偉そうに」

そっぽを向いて話を強制的に終わりにするけど、窓に写る堕天使の瞳はどうしてか潤んでおり、おかしいと瞼を閉じてもルビィはそっと寄り添ってくれるだけだった。

しかし、病院に到着し束の間の休息は終わりを告げた。
花丸の病室前に足を運んだ時、普段なら静寂に囲われた空間から悲鳴と怒声が響き渡り、善子はルビィを部屋の前で待たせその扉を開くと──。

花丸「やめてぇぇぇ!まるの身体から出させて!」

「やめなさい!あなたの身体には変なものなんて入ってない!」

花丸「やだよ!こんなの太るよ!!!」

純白のベッドを左腕から流れる血で赤く染め錯乱する花丸と、必死に血塗れの腕を掻き毟ろうとする花丸を抑える医者、看護婦。
食事を取ってないから力がないのか、大人数人に取り押さえられてるものの、善子はベットの上の存在が花丸だとは思いたくなかった。



29: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:01:20 ID:VgSDV.0c

花丸「善子ちゃん!お願い助けてよ!まるは痩せたいのにこの人たちが邪魔するの!ほら、もっと綺麗になるから!Aqoursに復帰できるように頑張るから!」

垂れ下がり鮮血に染まった先端から液体を虚しく床へ零し続ける点滴。花丸の命を辛うじて繋ぐ栄養。

逃げたらだめ。でも善子は自分がおかしくなりそうで、頬を涙がいく筋も流れ落ち、唇は痙攣が止まらない。震える足はやがて力を失いその場に崩れ落ち、本能が危機を訴える。目の前にいる国木田花丸はもう善子の知ってる国木田花丸ではない、と。

花丸「助けてよ!善子ちゃん!ルビィちゃん!!!」

ルビィ────。

善子は咄嗟に「ダメよ!」と叫びたかったけれど声が出ず、開かれた扉に彼女は飛び込んでしまった。

ルビィ「───────────!!!」



30: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:02:14 ID:VgSDV.0c

♢

一言で表すなら「地獄絵図」だった。
親友の変わり果てた姿に叫び続けるルビィ。
親友に会えたことで喜んだけれど拒絶されたと思い込んだ花丸の発狂。
それらを見ることしか出来ず子供みたいに耳を塞いで泣いていた善子。
ダイヤと鞠莉が駆けつけてくれなければ、きっと取り返しのつかないことになっていた。

ダイヤ「.......よく、頑張りましたわね」

黒澤家の居間、姉の胸の中でずっと怯え続けるルビィの頭をダイヤは安心できるように優しく撫でる。
鞠莉に寄り添ってもらってる善子は膝を抱え静かに涙を流していた。

ダイヤ「あとは私達に任せなさい」

善子「で、でも.......」

鞠莉「善子達だけにこれ以上負担をかけられないわ。それに顔、見てみなさい」



31: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:03:03 ID:VgSDV.0c

渡された鏡に写るのは酷くやつれた1人の少女。
最近鏡を見てなかったことを思い出す程に。
一瞬、棺桶のような病室で緩かな死を待つだけの花丸を思い出し鏡を投げてしまった。

鞠莉「ゾッとしたでしょ?善子もルビィも共倒れになってほしくないの」

ダイヤ「善子さんとルビィに負担をかけさせてごめんなさい。花丸さんが帰って来た時、彼女の側には貴女達が必要ですのよ」

ルビィ「ルビィ.......花丸ちゃんを拒絶して.......」

姉の胸元で懺悔するか弱いルビィを姉は抱きしめる。彼女が背負いきれない痛みも全て。

ダイヤ「大丈夫。大丈夫よ、ルビィ」

降り続く雨は止まないけれど、2人を押し潰す涙なら1滴残さず流れ切ってしまえ──誰にも親友のために傷ついた彼女達を責める権利は無いから。

善子「.......お願い」

小さな堕天使は己の無力を嘆くけれど、願うのは花丸の笑顔。

善子「ずらまるを助けて.......」



32: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:05:37 ID:VgSDV.0c

誰かの言葉で救えるとは思えない。
それもただの女子高生に。
「助けて」という言葉の重みを分かってるはずだけれど。

後日、今度はダイヤ、鞠莉、ルビィ、善子の4人で花丸の病室へ。
善子とルビィは付き添いを拒否されたが、我儘を言って共に。
病室の前は静まり返っており、ルビィは足が震えてしまうが姉のダイヤがそっと手を繋ぐ。
自分の意思でついてきたのなら勇気を振り絞りなさいと───。

鞠莉「入るわよ」

重い扉はいとも容易く開かれ、病室で横たわる花丸の痛々しい姿に善子とルビィは息を飲み込む。
今にも死に絶えそうな程弱々しい──風が吹けば消えてしまうのでは?と錯覚するほど。

花丸「.......面会謝絶だよ」

鞠莉「あら?私漢字が苦手なの」

ルビィ「花丸ちゃん.......」

善子「.......」

花丸「ルビィちゃん、善子ちゃんは綺麗で可愛いね。まる、足を引っ張ってるよね」



33: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:06:34 ID:VgSDV.0c

ルビィ「そんなこと」

ダイヤ「そう思うなら分かってるはずですわ」

ルビィ「お姉ちゃん!?」

ダイヤが花丸に詰め寄り、その弱々しい瞳と向き合う。

花丸「うん。まるもっと頑張るから。頑張るからAqoursに───」

ダイヤ「いい加減にしなさい」

ボロボロの花丸へ放たれた言葉は慰めでない。

ダイヤ「花丸さん、貴女が受けた誹謗中傷の残酷さは私達でさえ目を覆いたくなるほどですわ。絶対に書き込んだ者を許さないほどに」

1人の女子高生に突き立てられた言葉の刃物は深く心に突き刺さり抉ったけれど、

ダイヤ「だからといって貴女の大切な親友までもを悲しませてどうするのです?」

それ以上に花丸はルビィを、善子を沢山傷つけてしまった。現実から逃げて救いの手を差し伸べる彼女達を払って。



34: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:10:01 ID:VgSDV.0c

ダイヤ「花丸さん、私達はありのままの私達ですわ。貴女がどれだけ周りから心無い言葉を向けられたとしても花丸さんはAqoursのメンバーであり、私達の大切な仲間であることに変わりはありません」

そっと花丸の骸骨のような手に重ねられる温かい手。

鞠莉「だからね、これ以上AqoursにいられないとかAqoursのために自殺紛いなことするなら私達は花丸を叱ってあげるし、勝手に死ぬ気ならそれこそ許さないわ」

図書室でAqoursに引っ張られたあの時のように重ねられていく。また自己犠牲で独りになろうとする花丸を救うために。

花丸「でも、まる太ってるし.......それに死ぬなんて大袈裟だよ」

ダイヤ「大袈裟ではありませんわ」

力強く握る。花丸を手放さないように。



35: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:11:40 ID:VgSDV.0c

ダイヤ「花丸さん、私達はありのままの私達ですわ。貴女がどれだけ周りから心無い言葉を向けられたとしても花丸さんはAqoursのメンバーであり、私達の大切な仲間であることに変わりはありません」

そっと花丸の骸骨のような手に重ねられる温かい手。

鞠莉「だからね、これ以上AqoursにいられないとかAqoursのために自殺紛いなことするなら私達は花丸を叱ってあげるし、勝手に死ぬ気ならそれこそ許さないわ」

図書室でAqoursに引っ張られたあの時のように重ねられていく。また自己犠牲で独りになろうとする花丸を救うために。

花丸「でも、まる太ってるし.......それに死ぬなんて大袈裟だよ」

ダイヤ「大袈裟ではありませんわ」

力強く握る。花丸を手放さないように。



36: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:13:40 ID:VgSDV.0c

ダイヤ「花丸さん、今の貴女は直ちに栄養を取らないと死んでしまいますわ。それが貴女の望んだことですの?」

ダイヤ「死んだら──それこそ誹謗中傷を送ってきた輩達よりよっぽど残酷な仕打ちですわ!」

花丸「あ、あぁ.......ま、まるは醜いから、痩せなきゃでも死に..............」

花丸「死.......?」

花丸は涙を流すルビィにどうしてか目頭が熱くなり、自分の痩せ細った骸骨のような身体が途端に怖くなり震えてしまう。命の終わりがすぐそこまで迫ってきているのに頬を涙が零れ落ち、

花丸「まる、死ぬの.......?」

何かが決壊したかのようにダイヤ、鞠莉へとただ叫ぶ。ずっと詰まって口に出来ず濁り切った本当の気持ちを。

花丸「やだ、やだよ!ま、まる死にたくない!死にたくないよ!」

ダイヤ「大丈夫。絶対に花丸さんは死なせませんわ」



37: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:14:23 ID:VgSDV.0c

花丸「で、でも食べるのが怖くて声が聞こえてきてどうしたらいいの!?た、助けて.......まるを助けて!」

吐き出されていく。仲間の温もりに包まれて。
1歩離れていたルビィは駆け寄り淵で踏みとどまれた親友の手に自分の手を重ねた。

ルビィ「絶対、絶対にルビィ達が助けるから!ルビィがついてるから!」

花丸「ごめ、ごめんなさいルビィちゃん.......!ごめんなさい!」

ずっと泣けなかったぶん、花丸はただ赤子のように声なき声をやっと涙という形にして叫び続けた。

時間はかかるだろう。
これからも沢山の苦労が待っているだろう。
それでも花丸はようやく呪いから開放された。
自分を誰よりも見てくれてる仲間達に。

善子「.......良かった」

病室から離脱した善子は廊下で1人、声を押し殺して安堵の涙を零した。



38: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:16:31 ID:VgSDV.0c

♢

ルビィ「本当にいいのかな」

病室の件から数日後、善子とルビィは十千万近くのケーキ屋で雨模様の中デザートを挟んでいた。

善子「.......いいのよ、これで」

花丸の容態は油断を許さないがカウンセリングやリハビリを前向きに受けるようになり、やっと1歩を歩めた。

ルビィ「.......うん」

テーブル上のミカンどら焼き、チョコレートケーキは美味しそうに香りを漂わせ、アイスコーヒーとオレンジジュースは止まない雨のように結露をまとっている。

善子「このミカンどら焼き、ずらまるの好きなやつよね」

前にPVを作ろうと皆で話し合いした時、花丸は嬉しそうに食べていたのを思い出す。

ルビィ「うん。これね、本当に美味しくて花丸ちゃんが好きなのわかるんだぁ」

ルビィは両手で持ちゆっくりと齧ると口内に広がる甘味を堪能し、噛み締める度に花丸との記憶が鮮明に脳裏に描かれる。笑顔と食べる姿が愛らしい花丸を。
また一緒に食べたい──そう飲み込み、

ルビィ「.......美味しい」



39: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:17:57 ID:VgSDV.0c

雨雲のように荒んでいた顔に花が咲いていく。

善子「.......そう、ね」

あの光景を見た昨日の今日で食欲が湧く不安はあったものの、ルビィにつられて善子もチョコレートケーキをフォークで崩し口へ運び、スポンジの柔らかさとチョコレートクリームの甘さが全身に巡り「美味しい」と久しぶりに口から自然と漏れる。

善子「おい、しい.......美味しい.......」

どうして花丸は辛い目に合わないといけないのか、誹謗中傷を受けて傷つかないといけないのか。花丸が美味しいものを食べて幸せになることが悪いのか。善子は理不尽な怒りが芽生えそうになるけれど、ケーキと共に胃の中へ押し込み、気づいた時には財布ギリギリまで食べていた。

ルビィ「善子ちゃん.......よく食べたね」

殺風景なテーブルの上はお皿が広がっており、善子は今更ながら反省する。

善子「うっ.......し、仕方ないわ。私達まで食べなくなったら誰がずらまるを迎えるのよ」

そう、ただれだけ。元気でいないといけないから。



40: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:19:05 ID:VgSDV.0c

ルビィ「それはそうだけど」

自分でも驚く以上の量を食したけれど、潰れそうになっていた気持ちがある程度回復したような。

ルビィ「花丸ちゃんが元気になったら3人で行こうね」

いつの日か分からないけれど、また3人で笑い合える日が来てくれる。そう信じて。

「津島善子さん?」

しかし雨は止まないどころかいっそう激しさを増すばかり。

善子「あなたは.......」

たまたま買い物に来たのだろうか。
私服に身を包んだその人は善子が自宅近くで声をかけてきた女子高生だった。

「こんなところでお会いできるなんて。そちらは黒澤ルビィさんですよね?」

ルビィ「え、は、はい.......あれ?」

人見知りなルビィは突然話しかけられ縮こまってしまうけれど何かに気づいて首を傾げる。
雨音が窓を叩く音は何故か不穏を奏でた。

「Aqoursのライブ、ほんとにどれも素晴らしくてこうして直接伝えられるのが嬉しくて.......」



41: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:20:46 ID:VgSDV.0c

ファンのはずなのにどうして此方が緊張してしまうのか。

「あの、国木田花丸さんはお元気ですか?」

善子「.......どうしてずらまるの名前を」

「いえ、お気にならさず。少し気になっただけなので」

善子「何を知ってるのですか?」

「なにって、私は入院中の国木田花丸さんが復帰しないとAqoursの活動が続かないことが残念で仕方ない、それだけですよ」

善子「────ッ!!!」

ルビィ「善子ちゃん!」

善子「ルビィ離してッ!!!」

残念で仕方ない──まるで花丸をいらないもの扱いするかのような発言。しかも入院中と知っておきながらあたかも「喜んでる」かのような表情。
善子は沸騰した感情を抑えきれず、店の中であることを忘れ掴みかかろうとする。



42: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:21:49 ID:VgSDV.0c

「ちょ、ちょっと!危ないですよ!」

善子「危ない.......?ふざけないでッ!!!」

ルビィ「善子ちゃん!!!!!」

ルビィは善子を無理矢理にでも椅子に座り直させると女子高生へその小さな瞳を向け、

ルビィ「あなた、他校のスクールアイドルですよね?どうしてこんなことするんですか?」

スクールアイドル.......そう聞いた女子高生は今まで善子とルビィへ見せていた笑顔を消し、冷めきった顔に変貌する。

「どうして?分からないんですか?私達のグループは真剣にスクールアイドルをしてるのに、貴女達のグループの国木田花丸はずっと食べてばかりで!皆体型維持でずっと苦しんでるのに!なのに私達より人気だなんておかしくないですか?」



43: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:22:43 ID:VgSDV.0c

あぁ違う。この人はファンじゃない。
ファンを装った恨みを持つ人。
善子は怒りよりも血の気が引いてしまう。
どうしてここまで言えるのだろうか。

「あんなのがいたから、貴女達Aqoursは東京のライブで入賞できなかったんですよ!」

乾いた小さな音が響く。
ルビィはいく筋の涙を零し女子高生を睨みつける。

ルビィ「あんなのって.......花丸ちゃんのせいにしないでよ!花丸ちゃんのこと何も知らないのに!」

大切な親友が言われのない誹謗中傷で深い心の傷を負った。でも彼女の努力を誰よりもルビィは知っている。だからこそ許せなかった。
スクールアイドルであろうとも、人の心が無い者を。

ルビィ「花丸ちゃんを馬鹿にしないでッ!!!」

臆病で人見知りなルビィ。けれど大切な人が侮辱された時、誰よりも人の気持ちに寄り添える彼女は勇気を振り絞って怒る。善子の分も。
しかし、



44: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:23:38 ID:VgSDV.0c

「.......っ.......あ~だる.......痛いんだけど」

それは女子高生にとって逆効果で、叩かれた頬を擦りながら深い溜息を吐く。

「手あげるとかさ、Aqoursって野蛮なの?まいっか。もうあいつ終わりだし」

ルビィを無視して取り出した携帯を操作すると、2人に見せつける。その画面を。そこに写された絶望を。

ルビィ「え..............」

善子「なん、で.......」

あの日、錯乱し血に穢れ医師達に取り押さえられた痩せ細った花丸の写真───それがSNSに投稿された画面を。

「ねぇこれでAqoursもこいつも終わりだよね?ねぇ!?」

狂ったように嘲笑う。
堕天使でさえ信じたくない悪魔の所行を。
ルビィは善子の手を掴むと大雨の中駆け出す。
繋がりかけた希望が悪意によって容易く切り刻まれ、手繰り寄せた糸の先にあったのは醜い絶望。



45: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:24:16 ID:VgSDV.0c

病室へたどり着いた時に見たのは野次馬。
Aqoursという人気急上昇グループのメンバーの変わりようを1目見ようと集まった者達。
病院スタッフが対応しているけれど、砂漠に水を垂らすことと同じで意味をなさず病室内へなだれ込んでしまう。

ルビィ「だめぇぇぇぇぇ!!!」

善子とルビィは花丸を助けるために室内へ入ろうにも人だかりに邪魔されるばかりか、

「ちょっとAqoursの黒澤ルビィと津島善子じゃん!すごーい!」

好奇の目を携帯越しに向けられ檻の中の動物を撮影するようにシャッター音が鳴り響く。
ここは病院なのに、どうしてこの人達はここまで酷いことが出来るのだろうか。
悔しさや怒りがごちゃ混ぜになり感情が壊れそうに。
親友の叫び声が響いてもルビィと善子はすぐそこの距離なのに、助けると約束したのに警察が到着するまで何も出来なかった。



46: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:24:58 ID:VgSDV.0c

♢

「聞いた?Aqours解散したって」

「あれでしょ?メンバーのひとりが精神病院に入ったからでしょ」

「そうそう!拒食症で痩せた写真ネットにばらまかれてさ」

「酷いことするよね。て、うわ、でもこれは気持ち悪いわ」

「大勢の野次馬が病室に来たのもよくやるよね」

「それより今からパフェ食べない?」

「いいね!うちら食べても太らないし!」

和気あいあいと晴れ渡った青空に響く団欒。
その笑い声を背に独りの少女がマンションを目指して歩いていた。
小さな背は生気を失い、赤く揺れる髪も手入れがされていない。



47: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:25:45 ID:VgSDV.0c

ルビィ「お邪魔します」

通い慣れたマンションの部屋。
重苦しい扉を開くと異臭が漂う部屋に踏み込む。
しかし鼻をハンカチで覆うことなく、

ルビィ「善子ちゃん、これプリント」

部屋の主へ学校のプリントを届ける。

善子「あ、ルビィ丁度いい時に来たわね。これ美味しいわよ」

善子から差し出されたケーキにルビィは「いらない」と冷めた目を送る。

善子「なによ。せっかくママが買ってきてくれて.......うっ!はぁはぁ.......ちょ、ちょっと待っ.......おうぇぇぇっ!」

食べかす、吐瀉物で溢れた床へ善子は先程まで食べていたもの全てを吐き出してしまう。胃袋が限界を迎えたから。



48: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:27:53 ID:VgSDV.0c

善子「はぁはぁ.......食べなきゃ.......食べなきゃ.......!」

口を拭うことなくケーキを無理矢理に掻っ込む善子の身体は醜悪なほど膨れ上がっており、自分の力だけでは歩けない。

ベッドの上には大量の「食べ物」
まるで花丸のようになるのが怖いかのように。
ずっとずっとずっと善子は食べる。
吐いて、食べて、吐いて、食べて。

もう誰の声も聞こえない。
だからこそ、

ルビィ「ねぇ善子ちゃん。花丸ちゃんはね、美味しいものを食べるのが好きだったの。ルビィはそんな花丸ちゃんが大好きだったし、花丸ちゃんが嬉しそうだったらルビィも嬉しかったの」

ルビィ「善子ちゃんは美人でスタイルも良くて、ルビィね実は憧れてたの。とっても優しくていつもルビィや花丸ちゃんを見てくれてたから」



49: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:29:23 ID:VgSDV.0c

ルビィ「でも大好きな2人はもういないんだ。だからルビィの大好きな2人に会ってくるね。じゃあ、また明日」

下校時に別れるような笑顔で少女はベランダからその身を投げ捨てた。

国木田花丸は食べるのが大好きだった。
津島善子は食べないことが大嫌いになった。
黒澤ルビィは、2人との日々を飛び降りた先に夢見た。



50: ◆XksB4AwhxU 2019/08/21(水) 00:30:34 ID:VgSDV.0c

終わりです。


元スレ
SS深夜VIP:花丸「太ったおら」