223: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:14:57.13 ID:/TnOWcpU0
後日の話
☆スイーツ日和
――都内某所 喫茶店――
彩「ん~っ! ここのスイーツ、とっても美味しいよ!」
千聖「ええ、そうね。隠れた名店だと言われたけれど、その評価に恥じない美味しさだわ」
花音「うん、すごく美味しいね。……けど、私もお呼ばれしちゃってよかったのかな。今日はこの前の千聖ちゃんのお仕事のお疲れさま会、なんだよね?」
千聖「そんなこと気にしないでいいのよ。彩ちゃんに助けられたのはもちろんだし、花音のおかげで最後のショックをどうにか乗り切れたんだから」
花音「ショック……?」
彩「そうだよ、花音ちゃん。一緒にお茶会を楽しもうよ!」
花音「う、うん……ありがとね、千聖ちゃん、彩ちゃん」
千聖「ええ」
彩「……ところで、花音ちゃんのレモンケーキ……なんだかすっごく美味しそうに見えるなぁ」
花音「うん。甘さ控えめで、すごくさっぱりしてて、とっても美味しいよ。少し食べてみる?」
彩「いいのっ?」
花音「いいよ。はい、あーん」
彩「ありがとー! あーん……ああ、これも美味しいなぁ~」
花音「えへへ、そうでしょ?」
彩「私のチーズケーキも食べる?」
花音「いいの?」
彩「もちろん! はい、あーん!」
花音「それじゃあ……あーん」
彩「どう? 美味しい?」
花音「うん。チーズがすごい濃厚で……紅茶によく合うね」
彩「でしょ~!」
224: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:15:38.45 ID:/TnOWcpU0
千聖「ふふっ……」
千聖(やっぱり花音も誘って正解だったわね)
千聖(彩ちゃんと花音のふたりがぽやぽやしてるだけで癒されるわ)
彩「んー……」ジーッ
千聖「あら、彩ちゃん……もしかして私のガトーショコラも食べたいのかしら?」
彩「あ、バレちゃった?」
千聖「そんな物欲しげな目をされたら誰だって分かるわよ」
花音「くすっ、そうだね」
彩「あ、あはは……ここのケーキ、本当に美味しいからさ……ついついいろんなのを食べたくなっちゃうんだ」
千聖「仕方ないわね。はい、ひと口どうぞ」
彩「ありがと、千聖ちゃん。……あーんは?」
千聖「しないわよ?」
彩「そっかぁ」
千聖「花音も食べるかしら?」
花音「うん、ちょっとだけもらおうかな」
千聖「あーん、しましょうか?」
彩「ちょ、千聖ちゃんっ! どうして花音ちゃんにはそう言うの!」
千聖「日頃の行いの差ね」
彩「そ、それどういうこと~っ!?」
花音「ふふふ……」
千聖「うふふ……」
彩「も~……あはは」
千聖(平和だ)
千聖(平和そのものの、のんびりした空気だ)
千聖(ふふ、こうしていると……ついこの間の百合度がどうとか紗夜ちゃんがどうとかそんなアレは遠い別の世界の出来事のように)
彩「あ、そうだ! 花音ちゃん、二学期になったらお弁当パーティーやるんだ!」
花音「お弁当パーティー?」
彩「うん! 燐子ちゃんが紗夜ちゃんにお弁当作ってあげててね? みんなでお弁当作っていっておかず交換とかしたら楽しそうだなって!」
彩「私と千聖ちゃん、それに燐子ちゃんと紗夜ちゃんが参加するから、花音ちゃんも一緒にどう?」
花音「ふふ、楽しそうだね。私も参加するよ」
彩「やった! それじゃあ、日にちは決まり次第また教えるね!」
花音「うん」
千聖「…………」
千聖(そう、よね……アレは夢じゃなかったのよね……)
千聖(いろんな因果が重なり合った今となっては、辺り一面地雷原の中で開かれるパーティーなのよね……)
彩「あれ、千聖ちゃん……どうかした?」
花音「なんだか暗い顔になってるよ?」
千聖「……いいえ、なんでもないわ」
千聖(まぁ、それもまだまだ先のこと)
千聖(それにその場には燐子ちゃんしか起爆剤がないし……うん、そうよね。彩ちゃんと花音もいるんだし、きっと何事もなく平穏に終わるはずよ)
千聖(今はこの癒し空間を存分に堪能していましょう)
☆白金会長の暗躍
――白金家 燐子の部屋――
燐子(……お弁当パーティー)
燐子(ふふ……丸山さんにはいい機会を提案してもらったな……)
燐子(目立つ場所で、目立つ人たちと一緒に、氷川さんの隣に座ってお弁当を食べる……)
燐子(これ以上の既成事実は……ないよね……?)
燐子(そうして氷川さんとわたしが花咲川女子学園公認ベストカップルって風評が立てば……)
燐子「……えへへ」
燐子(っと、いけないいけない……いずれ必ず確定する定めの未来だけど……まだまだ不安要素はあるんだった……)
燐子(少しでも不安要素を除いて……明るい未来を創るために……出来ることは全部やらなくちゃ……)
燐子(そのための、この……)
【秘密の作戦ノート】
燐子(ここに……当日までに解決しなければいけない問題……氷川さんとの既成事実を作るためのミッションを書き記します……)
燐子(それから……今時点で分かっていることも……書き記します……)
燐子(千里の道も一歩から……デイリーミッションを重ねて、石を貯めることが大切……)
燐子「まず最初に……氷川さんにわたしの好物を伝えること、氷川さんの好物をわたしが知ること……これはクリア……」カキカキ
燐子(これで必ず氷川さんは……わたしの好物を作って来てくれる……)
燐子「互いの好きなものを知り合い、作り合う関係……素敵だなぁ……ふふっ」ニヘラ
燐子(っとと、いけないいけない……まだこんなことで笑ってちゃダメだ……)キリッ
燐子(氷川さんは魅力的過ぎて……周りにはわたしから彼女を掠め取ろうとする泥棒猫さんが……たくさんいるんだから……)
燐子(あこちゃんなら許せるけど……それ以外の人が氷川さんに触れるのは……我慢できない……)
燐子(少しでも不確定要素を削って、確実に……明るい未来を築かなくちゃ……)
燐子「氷川さんの隣はわたしのもの……氷川さんの隣はわたしのもの……」カキカキカキカキ...
燐子「氷川さ……いや……」ピタ
燐子(……いずれ夫婦になるなら……やっぱり今からでも下の名前で呼んだ方が……いいかな……?)
燐子(ちょっと練習しようかな……氷川さんの写真にそう呼びかけてみよう……えぇと、今日は……)
燐子(わたあめを頬張ってる無邪気なところ……うーん、これの気分じゃないかな……)
燐子(雨に打たれて憔悴してるところ……だめ、そういう顔はわたしの前で出来ればして欲しくない……)
燐子(廊下の掲示物を貼り代えてるところ……ああ、これがいいかな……)
燐子「それじゃあ……コホン」
燐子「…………」ジッ
燐子「ひ、氷川さ……じゃなくて、さ、さ……あの、さ……」
燐子「……うぅ、えぇと、その……」
燐子「すー、はー……よ、よしっ」
燐子「さ、っ、さ、さ……紗夜、さん……っ!」
燐子「……っ、はぁー……な、なんとか言えた……」
燐子(こ、これでひとつステップアップ……)
燐子(……写真相手だけど……初めて名前で呼んじゃった……)
燐子「えへ……えへへ……しあわせ……」
☆モカちゃんやっちゃうよー
――商店街――
モカ(あたしの心の中にはひとつの懸念があったぁー)
モカ(あたしははぐが大好きで、好きで好きで堪らないワケだけど、どーにもはぐには好きな人がいるらしいー)
モカ(そのお相手とは……なんと、氷川紗夜さん)
モカ(まぁ、確かに? あの人は何気にめちゃ優しいし、面倒見もよくて、しっかりしてる人だから? はぐが好きになるのも違和感ないけどー?)
モカ(……けど、だからと言って大人しく身を退けるほど、モカちゃんは諦めがよくないのだった)
モカ(だってそうでしょ~? アフターグロウと商店街組は切っても切り離せない縁で繋がっているんだから)
モカ(小さな頃からいろんな想い出を積み重ねてきて、一緒のお布団で寝た回数も一緒にお風呂に入った回数も、紗夜さんとは比べることすら出来ないほど多いのだー)
モカ(なのに、いきなり横から出てきた人に、はぐを盗られちゃうなんて……そんなのヤだよ)
モカ(そうなるくらいなら、いっそ無理矢理にでも……あ、やっぱダメ、ソレダメ。はぐの傷付いた顔とか泣き顔なんて見たくもないや)
モカ(……でも、このままじゃなぁ……)
「……という風に……スキルを使うんです……」
「なるほど……無価値に見えても他のものと合わせれば、有用性が見えてくるという訳ね……」
モカ(あれぇ、前からやってくるのは……ロゼリアのギターさんとキーボードさん)サッ
モカ(……おや? どうしてモカちゃんは咄嗟に身を隠してしまったのでしょう?)
燐子「…………」
紗夜「どうかしましたか、白金さん?」
燐子「いえ……気まぐれな猫さんが……隠れたなぁって……」
紗夜「……はい?」
モカ(あー……これ、燐子さんにはバレてるっぽいなぁ……)
モカ(ここからなんて言って登場しようかなぁ……)
燐子「……けど、猫ってそういうものですよね……気にしないでいいと思います……」
モカ(……おや?)
紗夜「そうですね。湊さんならそうはいかないと思うけれど」
燐子「そう……ですね……」
モカ(燐子さん……一体どういうつもりなんだろー?)
燐子「…………」ウーン
紗夜「白金さん? 何か考え込んでいますが……どうしました?」
燐子「いえ……何か利用できないかな、って……」
紗夜「利用……さっきのNFOの話ですか?」
燐子「似たような……ものです……」
紗夜「そうですか。本当に好きなんですね」
燐子「はい、愛してます」
紗夜(そこまで言い切るなんて、よっぽどゲームが好きなのね)
燐子(確か……青葉さんは北沢さんが……それなら……)
燐子「……よし、決めました……」
紗夜「ああ、NFOといえば、この前今井さんが……」
燐子「氷川さん……」
紗夜「はい?」
燐子「……出来ればいいので……わたしの前で……他の女(ひと)の名前を出さないでください……」
紗夜「……はい?」
燐子「ずっと見てて欲しいんです……こういう時くらいは……」
紗夜「あの、言ってる意味がよく分からないのですが……」
燐子「いずれ……分かりますよ……例えば、そう……二学期のお弁当パーティーの時とかに……」
燐子「そのために……わたしは頑張っていますから……」
紗夜「ああ、お弁当パーティー。丸山さんに言われてから、私も少し料理の腕を磨いているわよ」
燐子「ふふ、そうなんですね……楽しみです……氷川さんの手料理を食べられるのが……」
紗夜「あまり期待されても、それに応えられるかどうか……」
燐子「氷川さんが……わたしのために作ってくれたというだけで……いいんですよ……」
紗夜「そういうものなのかしら」
燐子「そういうものなんです……」
紗夜「そうなのね。あ、料理と言えば羽沢さんに――」スタスタ
燐子「……氷川さん……また他の女(ひと)の名前を――」スタスタ
モカ「…………」
モカ「なるほど、なるほどなるほどぉー」
モカ(そういうことですね、燐子さん)
モカ(どうやってモカちゃんとはぐのことを知ったのかは分からないけど……分かりましたよ)
モカ(それが一番世界を丸く収める方法だって言うなら、あたしもちょーっとだけ悪い子になりますよ)
モカ「……よーし、モカちゃんやっちゃうよー」
☆千聖さんの心配事
――芸能事務所――
千聖「……ねぇ、日菜ちゃん。ちょっといいかしら」
日菜「うん、いいよー。どしたの?」
千聖「ええ、少し聞きたいことがあってね……その……」
日菜「珍しく歯切れが悪いね。いつもみたいになんでもズバッと聞いていーよ!」
千聖「……それじゃあ、あのね?」
日菜「うん」
千聖「最近の日菜ちゃんの交友関係なんだけど……ひまりちゃんとよく遊ぶって本当?」
日菜「ホントだよー。ひまりちゃんってば彩ちゃんみたいで面白いんだよ、なんか頑張ってるのに空回っててさ」
千聖「そ、そう……本当なのね……」
日菜「それがどうかしたの?」
千聖「いえ、ちょっと……どんなことをして遊んでいるのかちょっと気になったっていうか……」
日菜「んー、別に普通だよ? 一緒にご飯いったり、プリクラ撮ったり」
千聖「……それくらいなら普通ね」
日菜「あ、あとね、最近ダイエット始めたんだって、ひまりちゃん」
日菜「えー、またすぐ終わっちゃうんじゃないの~? って言ったら、」
ひまり『そんなことないですー! 今度の今度は本気ですから! だから日菜先輩、少し運動に付き合ってください!』
日菜「って言われて、よく運動に付き合うよ」
千聖「運動って……例えば?」
千聖(運動(意味深)とかじゃない……わよね?)
日菜「一緒にお散歩したり、テニスしたり、ラウンド〇ンのス〇ッチャ行ったりとか?」
千聖「……健全ね、よかった……」
日菜「あと、パスパレの曲のダンスを教えてあげてるよ。ひまりちゃん、最近毎日パスパレのライブ動画見てくれてるって言ってたし」
千聖「え」
日菜「意外と勉強熱心なんだよね、ひまりちゃん。この前学校で踊ってあげたけど、すっごい顔で食い入るようにあたしのこと見るんだ」
千聖「学校でって……もしかして、制服で?」
日菜「うん。学校なんだから当たり前じゃん」
千聖「…………」
千聖(そのひまりちゃん……絶対に恍惚とした顔で日菜ちゃんを見てるわよね……)
日菜「どしたの、千聖ちゃん? なんか難しい顔になってるよ」
千聖「……日菜ちゃん、一応……ね? 制服で激しい踊りを踊るのは、はしたないじゃない?」
日菜「あはは、女子校なんだからそんなの気にする人なんていないよー。変な千聖ちゃんだなぁ」
千聖(いるのよ、そのあなたのすぐそばに……ものすごい獰猛な獣が……)
千聖(なんて言っても中身が純粋そのものの日菜ちゃんには伝わらないでしょうし……)
千聖「折を見て紗夜ちゃんに相談しようかしらね……あんまりあそこの地雷原には近づきたくないけれど……」
☆トモちんの劫火の火種的な心配事
――羽沢珈琲店――
巴「わりぃな、りみ。急に相談に乗ってくれないか、なんて言って」
りみ「ううん、全然気にしないでいいよ。巴ちゃんのお話ならいつだって聞くから」
巴「はは、ありがとな。そう言ってもらえると気が楽だよ」
りみ「それで、どうしたの?」
巴「ん、ああ……あこのことなんだけどな」
りみ「あこちゃん? あこちゃんのことなら、私よりもアフターグロウのみんなとか、ロゼリアの人に聞いた方が……」
巴「いや、それじゃダメなんだ。あこから近すぎる人じゃなくって、ほどほどに付き合いがある人から話が聞きたかったんだ」
りみ「そういうことなら、私に出来ることはなんでもするよ」ニコ
巴「さんきゅ。んで、あこなんだけどな……最近、どうにもアタシのことをあんま見てくれねーんだ」
りみ「あこちゃんが巴ちゃんを?」
巴「ああ。そんな馬鹿なことがある訳ない、とは思うだろうけど、それでもな。あこは頭もいいし可愛いからどんどん成長していくし、アタシの想像以上の可愛さで立派になっていくし、普通に可愛いからさ……」
りみ(わぁ、可愛いばっかりだぁ)
巴「心配なんだよな。なんだかひまりみたいな表情をすることも多くなったし……どっかアタシの知らないとこで悪い虫にたかられてるんじゃないかって」
巴「蘭たちにこう言ったって『気にしすぎでしょ』の一言で終わるし、沙綾とはぐみに言っても『はいはい、そうだね』とか『うーん、よく分かんないや!』で終わるし、湊さんたちにこんなことを聞くのもおかしい気がしてさ」
巴「だからさ、りみから見てどう思う? つか、アタシはどうしたらいいと思う?」
りみ「…………」
りみ(確か……燐子先輩が言ってたっけ。あこちゃんは紗夜先輩のことが好きで、なんて)
巴「もしあこに近付く不届き者がいるなら東京湾に沈めないといけないしさ、そうなるとアタシも予定詰めないといけないし」
りみ(……これを正直に巴ちゃんに言ったら……どうなるのかな?)
巴「夏は和太鼓をたくさん叩けるから、そういう野暮用はさっさと終わらせちまいたいんだ」
りみ(私も……東京湾に沈められちゃうかな?)
りみ(そこまでは行かなくても、怒った巴ちゃんに乱暴されたりして……)
巴「……りみ? なんか、ひまりみたいな顔してるぞ。大丈夫か?」
りみ「大丈夫だよ。ちょっとどう伝えるべきか考えてて……あのね、巴ちゃん」
巴「うん」
りみ「私、燐子先輩に聞いたんだ」
巴「何を?」
りみ「……あこちゃん、紗夜先輩のことが好きなんだって」
りみ(言っちゃった。巴ちゃん、どうなるのかな……?)
巴「…………」ギロリ
りみ(ああ……すごい怖い顔して私のこと睨んでる……。ただでさえ鋭い双眸がもっと鋭くなって、瞳に暗い炎が灯ってるよ……スプラッターホラーの悪鬼みたい)ゾクゾク
巴「りみも変な冗談言うんだな。でも笑えねぇぜ、その冗談は?」
りみ「冗談じゃないよ。ほんとのことだよ」
りみ「あこちゃんはね、紗夜先輩のことが好きなんだ。ひとりの人間として、きっと――」
巴「…………」キッ
りみ(あかん、あかんよ……『それ以上言ってみろ、どうなっても知らねぇぞ』的な目で睨みつけられてる……すごいゾクゾクしてまう……)
りみ「……本当のことだよ。巴ちゃんがどう思っても、あこちゃんは紗夜先輩が好き」
りみ「それが現実なんだよ、巴ちゃん」
巴「…………」ガタッ
りみ「どこに行くの?」
巴「りみには関係ない」
りみ「あるよ。もしも巴ちゃんが今、紗夜先輩のところに行こうとしてるなら……原因は私だもん。巴ちゃんを止めるのが今の私の責任だよ」
巴「関係ない。止めんな」
りみ「あるよ。止めるよ」
巴「ない」
りみ「ある」
巴「いい加減にっ」
りみ「ここで騒いだら、つぐみちゃんに迷惑がかかっちゃうね」
巴「……チッ」
りみ「続きは外でお話しよっか?」
巴「…………」バンッ、スタスタ
――カランコロン
りみ(……千円札だけテーブルに叩きつけて行っちゃった)
りみ(あこちゃんのことで激昂してても、幼馴染の迷惑を考えられる……。それに多分、外で私を待っててくれるんだろうな)
りみ(……巴ちゃんのそういうところ、やっぱりだいすき)
☆幕間 その1
――猫カフェ――
友希那「にゃーん、にゃー」
猫1「にゃー、にゃー」
友希那「ふふ、そう。あなたもそう思うのね」
猫2「にゃ……」
友希那「あら、あなたは不服そうね。仕方ないわね……店員さん、猫さん用のおやつを頂けるかしら」
店員さん「はーい」
猫2「にゃーっ!」
友希那「分かってもらえたようで何よりだわ」
猫1「にゃーん!」
友希那「ええ、あなたの分もあるから……」
猫3「にゃにゃ……」
猫4「にゃおー」
猫5「みゃー」
友希那「あら、いつの間にか囲まれてしまっているわね……」
友希那「仕方のない子たちね。おやつを追加しないといけないわ」
猫たち「にゃーっ!」
友希那「そう。喜んでもらえたならなによりよ……ふふふ」
―ちょっと離れたところ―
リサ(ふ、ふふ……猫と会話する友希那、めっちゃかわいい……)カシャ、カシャ
☆幕間 その2
――有咲の蔵――
香澄「なんでやねん!」ビシッ
彩「なんでやねん!」ビシッ
香澄「どう、有咲! 彩先輩と一緒にツッコミの練習したんだ!」
有咲「…………」
彩「ふっふっふ……私たちのツッコミの鋭さを前に、声も出ないみたいだね!」
香澄「やりましたね、彩さん!」
彩「うん!」
香澄「いぇーいっ!」ハイタッチ
彩「イェーイ!」ハイタッチ
有咲「…………」
香澄「次は有咲にどのツッコミを見せてあげましょうか?」
彩「次は……うーん、関東風味のツッコミとか?」
香澄「わっかりました! それじゃあ……」
彩「なんなんですか!」ビシッ
香澄「どうしてですか!」ビシッ
彩「おかしいでしょう!」ビシッ
香澄「一緒に悩ませてください!」ビシッ
有咲「…………」
有咲(……ぜってーツッコまねーぞ、私は)
☆ホカホカ
――路地裏――
巴「…………」スタスタ
りみ「…………」スタスタ
巴「…………」ピタ
りみ「ここが目的地なの?」
巴「……どこまで着いてくるつもりだよ」
りみ「巴ちゃんになら、どこまでも着いていくよ」
巴「……チッ」
りみ「……ねぇ、巴ちゃん」
巴「んだよ」
りみ「巴ちゃんがあこちゃんのことを愛してるのは知ってるよ。でもね、やっぱりその愛は違うんじゃないかな」
巴「あぁっ?」
りみ「おかしいよ。だって、あこちゃんが好きな人を、巴ちゃんは傷つけようって考えてるんだよね?」
りみ「それで一番悲しむのはあこちゃんじゃ――」
巴「うるせぇ!」ドン!
りみ「きゃっ」
巴「…………」
りみ(ひゃぁ~……とうとう壁ドンされてもうた……あかん、キュンキュンするわぁ……)
巴「……わりぃ」パッ
りみ「あ……もう終わり……?」
巴「あん?」
りみ「う、ううん、なんでも」
巴「…………」
りみ「…………」
巴「なぁ、りみ」
りみ「うん?」
巴「……やっぱさ、間違ってんのかな」
りみ「あこちゃんのこと?」
巴「…………」
りみ「正しいか間違ってるかで言えば……きっと間違ってるよ」
巴「っ!」
りみ「でもね、おかしくはないと思うんだ」
巴「…………」
りみ「愛と恋は違うもん。巴ちゃんのあこちゃんに抱く気持ちは愛でしょ?」
りみ「実の妹に恋をした……それなら世間的にも法律的にもほんのちょっとだけ間違っちゃってるけど、実の妹を愛しているっていうのは、おかしいことじゃないよ」
巴「…………」
りみ「おかしくはない。おかしくなんてない。ちょっとだけ間違えちゃっただけなんだから」
巴「……でも、でもな?」
りみ「うん」
巴「駄目なんだ。あこが、アタシの知らないところで誰かと仲良くしてる……そう思うだけでむしゃくしゃして、全部が憎く見えてきて、もうどうしようもないんだ」
りみ「うん」
巴「アタシだってあこには幸せになってもらいたいよ。でも、その幸せにするのがアタシでありたいってずっとずっと思ってるんだ」
りみ「うん」
巴「分かってんだよ、間違ってるしおかしいって。だけど、間違ってねぇだろ……おかしくなんてねぇだろって……そう思っちまうんだよ、アタシは」
巴「話を聞くだけならギリギリ抑えられるけどさ、もし実際にあこが紗夜さんとイチャイチャしたり膝枕したりされたりお昼ご飯あーんさせあったり添い寝して子守歌歌ってあげたり一緒にゲームしたりなんだりってしてたらさ、きっとアタシはつぐの店で暴れちまったよ」
巴「……駄目なんだ。駄目なんだよ。アタシの中の悪い鬼みたいのが、いつだってアタシを支配するんだ」
巴「今日だって相談に乗ってもらったりみにあんな風に怒鳴って、ビビらせて」
りみ「大丈夫だよ、興奮したから」
巴「え?」
りみ(あ、間違えてもうた)
りみ「……大丈夫だよ、怖くなかったから」
巴「んな強がり……」
りみ「強がりじゃないよ。巴ちゃんが本当は優しい人だって、私、知ってるもん」
巴「……優しくなんかねぇよ」
りみ「ううん、優しい。私が知ってる人の中で一番優しいよ」
巴「…………」
りみ「あこちゃんのことが大事で大事でたまらなく愛しているから心配なんだよね?」
りみ「もしもあこちゃんが傷付けられたらって思うだけで、どうしようもないくらいに焦っちゃうんだよね?」
りみ「それは巴ちゃんが優しいからだよ」
巴「けど、アタシは……」
りみ「つい我慢できなくなっちゃうんだよね。それで誰かを傷付けることになっちゃうかも、って思うんだよね」
巴「…………」
りみ「大丈夫だよ。巴ちゃんはひとりじゃないよ」ダキッ
巴「え、ちょ、りみ!?」
りみ「燐子先輩に聞いたんだ。ピグミーチンパンジーっていうお猿さんがいて、その種族は他の同族と比べてずっと穏やかなんだって」
巴「そ、それとこれとにどういう関係が……」
りみ「その穏やかな性格はね、こうやって仲間と肌と肌を重ねることで保つんだ」
巴「…………」
りみ「巴ちゃんはひとりじゃないよ。私がずっと傍にいるよ」
りみ「もしも暴れそうになったら、こうやって巴ちゃんの気持ちを鎮めるから」
巴「でも、それだといつかりみまで……」
りみ「平気だよ。巴ちゃんになら何されたって興ふ――ちゃう、そうやなくて……えぇと、後悔せんから」
巴「りみ……」
りみ「巴ちゃんはひとりじゃあらへんよ。うちと一緒におって、暴れちゃうことがおかしいって、間違ってるって今日そう思えたんや。いつか絶対その悪鬼やら言うんも抑えられる」
巴「……そう、かな」
りみ「そうや。巴ちゃん自身が自信持たんでどうするんや」
巴「…………」
りみ(あ、つまらんダジャレ言うてもうた……)
巴「そっか、そうだよな……」
りみ(……巴ちゃん、気付いてへんみたいやし……だまっとこ)
巴「これもあこのため……だもんな」
りみ「うん」
巴「……やっぱ、りみに相談してよかったよ。いつもの面子じゃこんなところまで踏み込んでくれなかっただろうし……」
りみ「お役に立てたならよかった」
巴「ああ。ありがとう、りみ」
りみ「どういたしまして」
巴「迷惑かけるかもしれないけど……アタシを助けてくれるか?」
りみ「うんっ」フルフル
巴(りみ、震えてるのか……やっぱ怖がらせちまったよな……)
りみ(巴ちゃんにくっつくの……堪らんわぁ……)スリスリ
☆幕間 その3
香澄「…………」
彩「…………」
有咲「なんで正座させられてるか、分かってるか?」
香澄「はい……」
彩「はい……」
有咲「じゃあ何が悪かったか言ってみろ」
香澄「…………」チラ
彩「…………」コク
香澄「ツッコミのキレが……甘かったから……?」
有咲「ちっげーよ! ぜんっぜん分かってねーじゃねーか!!」
彩「で、でも……」
有咲「口答えすんな!」
彩「はい、すいません……」
香澄「有咲、今日は先輩にも……猫被らないんだね……?」
有咲「2時間ぶっ続けで変なツッコミっぽい何かを目の前で見せ続けられたことあんのかお前は? あーん? それだけじゃ飽き足らず私の大事な大事なヨネスケをふざけた小芝居の小道具にしたよな? ああ? これでキレんなって方がおかしいわ!!」
彩「あの盆栽……ヨネスケっていうんだ……」
香澄「だから言ったじゃないですか、名前はポチにしようって! エリーゼは流石にヤバいですよ彩先輩!」ガタッ
有咲「誰が正座崩していいって言ったぁ!」
香澄「はい、すいません……」
有咲「いいか、そもそもお前らがやってるのはなぁ、ツッコミなんかじゃなくて――」クドクド
香澄(なんだかすごく長くなりそうな予感がする……)
彩(有咲ちゃん、実はポピパのツッコミ役ノリノリでやってたんじゃないのかな……)
☆共同戦線
――商店街――
はぐみ「モカちゃーん! こんにちはっ!」ギュ
モカ「おっとっと~……誰かと思ったらはぐじゃないですか~。急に抱き着いてきたら危ないよ~?」
はぐみ「えへへ、モカちゃんが歩いてるの見たらつい」
モカ「おーおー、キュンとするようなことを言ってくれますなぁ」
モカ「でもね、はぐ~……世界にはそれをやっていい人と悪い人がいるんだよ」
はぐみ「やっていい人と悪い人?」
モカ「そーそー。特にね、ひーちゃんみたいな人にはやっちゃダメ」
はぐみ「えっ、なんで?」
モカ「ひーちゃんはああ見えて牛さんみたいだけど、その実中身は野生のオオカミだからね~。油断してるとはぐが食べられちゃうもん」
はぐみ「んー、でもひーちゃん、はぐみが抱き着くとすごい喜ぶよ?」
モカ「あーダメダメ。もう絶対抱き着いちゃダメ。はぐの貞操が危ない。それはあたしのものだから」
はぐみ「んーっと……つまりどういうこと?」
モカ「急に抱き着くと危ないから、そーいうのはモカちゃん以外にやっちゃダメってこと」
はぐみ「分かった!」
モカ「よしよーし、はぐは良い子だねぇ~」ナデナデ
はぐみ「えへへ~」
モカ「あ、そうだ」
はぐみ「どうしたの?」
モカ「あれさ、燐子さんから聞いたんだけどね、二学期になったら花女でお弁当パーティーをやるんだって~」
はぐみ「へーそうなんだ!」
モカ「それでねー、羽丘の人も参加できるような日程でやるから、あたしも参加するんだ。それに、彩さん、千聖さん、花音さん、紗夜さん以外には伝えて誘っていいよって言われてるんだ~」
モカ「だから、はぐもどう?」
はぐみ「わぁ、みんなでお弁当パーティー、すっごく楽しそう! こころんたちも誘って参加するよ!」
モカ「そうこなくっちゃ~。詳しいことはまた燐子さんが教えてくれるって~」
はぐみ「了解だよ! えへへ、楽しみだなぁっ」
モカ「…………」
モカ(燐子さんとは共同戦線……お互いの利害が一致してるのだ……)
モカ(先に謝っておくね~。もしもはぐが悲しむことになったらごめんよ)
モカ「……その時は、あたしがずっと傍にいるから」
はぐみ「なにか言った?」
モカ「ううん、なんでも~」
☆二学期初めの生徒会
――花咲川女子学園 生徒会室――
――ガラガラ
有咲「お疲れさまでーす」
燐子「あ……お疲れさまです、市ヶ谷さん……」チクチク
有咲「どうも。今日はまだ燐子先輩だけですか?」
燐子「はい……みんな、まだ来ないですね……。多分……ホームルームが長引いているんだと……」チクチク
有咲「そうですか。ところで燐子先輩、さっきから何を作ってるんですか、それ?」
燐子「これは……ぬいぐるみです……」チクチク
有咲「へぇ~。衣装とかだけじゃなく、ぬいぐるみまで作れるんですね」
燐子「要領は……大体一緒なので……」チクチク
有咲「……あれ、それのモデルって、もしかして紗夜先輩ですか?」
燐子「はい……よく分かりましたね……」チクチク
有咲「ええ、なんとなくそんな感じの特徴が目についたんで。流石、(同じバンドとして)付き合いが長いだけあってよく見てますね、紗夜先輩のこと」
燐子「そんな……(花女ベストカップル最有力候補として)付き合いが長いだなんて……」テレテレ
有咲(なんか照れるとこあったか、今?)
燐子「ふふ……これが完成すれば……氷川さん人形がわたしの部屋に……そして白金会長人形が……氷川さんの部屋に……」チクチク
有咲「燐子先輩のもあるんですか?」
燐子「人間の造形を知れる……一番手近なモデルが……わたしだったので……」チクチク
燐子「それはもう作り終えて……家にあります……」チクチク
有咲「へぇ~……。あ、そういえば燐子先輩」
燐子「はい……?」チクチク
有咲「髪、少し切りました?」
燐子「……ええ、ちょっと」チクチク
有咲「まだ暑いですもんね。おたえもよく自分の髪を鬱陶しそうに払ってますよ」
燐子「ええ、本当に……暑いですよね……ふふっ」チクチク
燐子「あ、そうだ……市ヶ谷さん」
有咲「はい?」
燐子「9月の3周目の土曜に……お弁当パーティーがあるんです……」
有咲「お弁当パーティー……ってなんですか、それ」
燐子「みんなでお弁当を持ち寄って……おかず交換したりする会です……」
有咲「はぁ。あれ、でもそこって確か公開授業の日じゃないですか?」
燐子「ええ……公開授業で、午前だけで授業は終わるので……その日にみんなでゆっくり食べようって……決めてあるんです……」
燐子「市ヶ谷さんも……ポッピンパーティーのみなさんを誘って……一緒にどうですか……?」
有咲「あー……そういうのはほぼ100%食いつくだろうなぁ、あいつらなら……」
有咲「分かりました、ちょっと香澄たちにも言ってみます」
燐子「そうしてみてください……やっぱり、人が多い方が……いいですからね……」
燐子「それと……元々の参加者の……氷川さんと丸山さん、白鷺さん、松原さんには……人が増えると伝えてないので……サプライズの協力をお願いしますね……」
有咲「マジっすか。うわー、香澄とかおたえだとポロっと言っちまいそうだなぁ」
燐子「頑張って口止めしてくださいね……」
有咲「わ、分かりました。出来るだけ頑張ります……」
燐子「よろしくお願いしますね……。ふふ……ふふふ……」
☆紗夜さんの日記
8月11日
今日は買い物に行く途中、白鷺さんと丸山さんに出会った。
なんでもパステルパレットの仕事をして回ってるらしく、やはり彼女たちは大変なのだなと改めて思いつつ、日菜が白鷺さんの支えになっているということを聞いて少しだけ誇らしくなった。
それと、二学期にはお弁当パーティーなるものが開かれるらしい。私もそれに参加するので、今日から少し料理の練習をしようと思った。もう羽沢さんに連絡はつけてあるから、後日彼女に料理を教わりに行こう。
白鷺さんたちと別れてからは、白金さんの誘いに乗り、ロゼリアの新しい衣装について話し合った。
白金さんは本当に手先が器用だ。彼女の手にかかるとただの布が魔法のように衣装になっていくのだからすごい。
しかし、私のスリーサイズを測り直す時、どうしてか白金さんの息が荒かったような気がする。今思い返してみれば顔も赤かったような気がするし……夏風邪かしら。
一応身体には気をつける様にあとでメッセージを送っておこう。
8月17日
今日も白金さんと約束があり、ふたりで洋服を見に行った。
もちろんロゼリアの新しい衣装の参考のための約束だったけれど、なんだかんだ白金さんとのんびり遊んでいただけのような気もする。……まぁ、湊さんが「内面の充実」の大切さをよく説いているし、こういうのもたまにはいいのだろう。
それにしても、最近の白金さんはよく冗談を口にするようになったな、と思う。
今日だって一緒に歩きながら会話を交わす中で、「他の人の名前は出さないで」といったような旨の発言をしていたし、彼女も少しずつ明るい性格に変わっていっているのだろう。
生徒会長になってからは堂々と胸を張ることも出来ているようだし、もしかすると私の補佐はじきに必要なくなるのかもしれない。
それはそれでとてもいいことだけれど、少しだけ寂しいと思わなくもない今日この頃だった。
8月19日
羽沢さんのお宅を目指していると、途中で白鷺さんと出会った。
少し世間話をしてから、やたらと真に迫った顔で「日菜ちゃんにもう少しガードを固くするように言ってあげて。おねがい」と言われた。
ガードを固くするように。それはつまりどういうことだろうか。NFOのようにバフをかけろということだろうか。
確かにあの子は自由奔放で物怖じしない性格だけれど、うっかり転べばすぐに泣きだしてしまうような女の子だ。……まぁ、それは私の記憶の中の幼い日菜のことだから、今は違うのかもしれないけれど。
とにかく、もう少し地に足をつけてしっかりしろということだろう。私はそう思って、「分かったわ」と頷きを返した。白鷺さんは肩の荷がおりたような顔をしていた。
それから羽沢さんの家に向かって、簡単に料理を教わった。テキパキと調理をこなす彼女の姿に「羽沢さんは将来いいお嫁さんになりますね」と言うと、彼女は「よく言われますけど、そんなことないですよ」と照れくさそうにはにかんだ。
初々しさに溢れた表情で、きっと男性はこういう仕草と言葉に弱いんだろうな、と思った。
それから彼女の髪に何か糸くずが付いているのが目に付いたから、さっと撫でるように取り除いた。羽沢さんはとてもびっくりしていたけれど、なんだかその様子が小動物みたいで少し可愛かった。
8月22日
母にお使いを頼まれて商店街へ足を向けると、北沢さんに出会った。
いつもは元気よく声をかけて走り寄ってきて抱き着いてくるのだけれど、今日は大人しく距離を保ったまま挨拶をされた。
「危ないから、あまりやってはいけないわよ」とは私も何度か言ったことがあるけれど、こう大人しく普通に挨拶をされると少し調子が狂ってしまう。
北沢さんにそのことを聞いてみると、どうやら青葉さんにも釘を刺されたようで、「はぐみのせいで紗夜先輩が怪我したらやだもん」と言われた。
しかし身体はどうにもそわそわしていて、まるでじゃれつきたいのに“待て”されている犬のように見えた。だから、という訳でもないけれど、私は気付けば「別に死角からいきなり飛びついてくるとかでなければ平気よ」なんて言っていた。
それを聞くが早いか、北沢さんはいつものように私に抱き着いて、無邪気に笑った。
……やっぱり北沢さんの相手にしていると、幼い頃の日菜を思い出してどうにも甘くなってしまう。促されるまま彼女の髪を撫でつつ、そんなことを思った。
それと、しばらく世間話をしていたら、お弁当パーティーが楽しみとかの話題になった。そしてどうしてか北沢さんが「あっ!」と口を押さえていた。
詳しく話を聞いてみると、白金さんが色々な人に声をかけていることは当初の参加者である私たちには内緒にしてあるそうだ。
きっと白金さんなりにみんなを楽しませようと考えてくれているのだろう。だから私は、申し訳なさそうな顔をしている北沢さんに「私は何も聞いていませんよ」と言っておいた。
8月23日
CiRCLEへ練習に行く途中、ミッシェルと出会った。
中身は奥沢さんだろうと思って挨拶をしたら、なんとその日は大和さんがミッシェルに入っていた。
彼女曰く、「体力トレーニングの為です」とのことで、「それ以外の理由はまったくありません。薫さんがモフモフとかそういうのは関係ないです」とも言っていた。
確かに夏場にあのキグルミを来て動けば相当な運動になるだろう。私たちロゼリアもフェスに向けてそういうトレーニングを提案してみようか、と少しだけ考えた。
大和さんはミッシェルのまま羽丘女子学園の演劇部室に行くと言っていた。どうやら今日は瀬田さんも部活に来るようで、今日一日はキグルミを脱ぐつもりがないらしい。
ああやって自分を追い込む姿はまさにプロそのものだ。パステルパレットは仕事でバンドをやっている訳だし、それだけ責任を全うしようという強い気持ちがあるのだろう。私たちも見習わなくてはいけない。
そんなことをCiRCLEで湊さんに話したら、意外と乗り気で聞いてくれた。
「私も今日は猫のキグルミを着て歌おうかしら」と半ば本気の顔で言っていたけれど、流石にそれでは声がくぐもってしまうだろうから、どうしてか今井さんが持っていたネコミミだけで我慢してもらった。
鏡を見てちょっと嬉しそうな湊さんと、その姿をずっとスマートフォンで……恐らく録画し続ける今井さん。
見慣れた光景ね、と思ってから、はたしてロゼリアというバンドの中でこんな風景を見慣れてしまっていいのだろうか、とちょっと自問した。
8月25日
今日は宇田川さんと約束をして、駅前のネットカフェに行った。
「たまには顔を突き合わせてNFOをやりましょう! 楽しいですよ!」という誘いに頷いた訳だけれど、確かにボイスチャット越しではなく隣り合わせでやるゲームというのもなかなかに楽しかった。
しかしいくらペアシート(部屋の扉にはカップルシートと書かれていたけれど、きっと宇田川さんはそれがどういうものか分かっていないのだろう。微笑ましいものだ)であっても、ふたりで並べば肩がぶつかり合うような距離だ。ゲームに熱が入ってくると、どうにも宇田川さんの手と私の手が触れ合ってしまう。
私は別に気にしないのだけど、宇田川さんはどうだろうか。そう思って、何度目かに手が触れ合った時に彼女の顔を見ると、少し嬉しそうな顔をしていた。
やはり宇田川さんは私たちに比べれば子供だ。ゲームをしていて、そしてこういう風にちょっと身体が触れ合ったりするのが楽しくて仕方ないのだろう。
日菜が小さな頃、用もないのに私の袖を引っ張って笑っていたのと同じ。そう思うと微笑ましい気持ちで胸中がいっぱいになった。
きっと内面の充実というのはこういうことを言うのだろう。
8月27日
羽沢さんのお宅から帰る途中、商店街で牛込さんと宇田川さん――巴さんの方だ――に出会った。
ふたりが一緒にいるのは珍しいわね、と思いながら声をかけると、どうしてか巴さんがまるで仇を睨むような目で私を見てきて、ちょっとだけびっくりした。
そんな彼女の顔を見て、「大丈夫だよ、巴ちゃん」と牛込さんが巴さんに抱き着いたのがやたら印象に残っている。
牛込さんと巴さんが一緒にいるのは珍しいと思っていたけれど、そもそも私は彼女たちのことをそこまで深く踏み込んで知っている訳でもないのだ。ふたりの様子を見るに、私がただ単に知らなかっただけで、前から懇意にしているのだろう。
彼女たちとは少し世間話をしてから別れた。
夕焼けに染まる家路を辿りながら、ぼんやりと考えていたことは、私が出会った人たちのこと。
ロゼリアのみんなのことは当然よく分かっている。今なにを考えているだとか、どうしてほしいだとか、どんなものが好きでどんなものが苦手だとか……そういうのは、考えなくたってすぐに分かる。
けれど、最近よくじゃれついてくる北沢さん、生徒会室でよく話をする市ヶ谷さんや料理を教えてくれる羽沢さんのことはそれなりに知っていても、深い深い本当の気持ちというのは不透明だ。
せっかく何かの縁で知り合えて、少しずつ仲良くなれているのだ。私ももっと色々な人に踏み込んでいって、打ち解ける努力をした方がいいのかもしれない。
……なんて、こんなことを考える自分を昔の自分が見たらどう言うだろうか。
頭の中にかつての氷のような自分を思い浮かべてみると、彼女は何も言わなかった。代わりに心底蔑んだような目をしながら問答無用のビンタを繰り出してきたから、私は思わず笑ってしまった。
一年とちょっとで人はこんなにも変われるものなのね。
9月5日
最近、白金さんがよく笑う。特にお弁当パーティーの話になるとそれが顕著だ。
それもそうか。彼女は私たちに黙って参加者を増やすというサプライズまで用意しているのだ。きっと誰よりもお弁当パーティーを楽しみにしているに違いない。
私はそのサプライズをうっかり知ってしまったけれど、流石にそれを口にして白金さんの努力を水泡に帰すようなことはしない。例え分かっていても騙された振りをする。それがマナーだろうし、きっと私自身も楽しい。
そういえば、今日の帰りに白金さんにぬいぐるみを手渡された。
彼女曰く「白金会長人形」は、白金さん自身をモデルにした、デフォルメの入ったぬいぐるみだ。
しかし、外見は可愛く作られているのに、ディティールは非常に凝っている。これも彼女の性格なんだろう。
ぬいぐるみが着ているのはロゼリアの衣装で、その手触りからして私たちが実際に着用しているものと同じ材質を使っているだろうことがうかがえた。
しかし一番驚いたのは髪の毛だ。
どんな素材を使ったのか、白金さんの見事な黒髪を忠実に再現している。手触りも非常にさらさらしていて、シャンプーの香りまで漂うのだからすごい。なんという凝り性。
彼女に手渡されてから一番にそれが目についたから、髪を撫でながら思わずどんな素材を使っているのか聞いてしまった。
しかし白金さんはどこか恍惚とした表情で、「企業秘密……です」と言っていた。これもサプライズを楽しむ彼女の悪戯心なんだろう。
だから私もお礼を言って、それ以上は深く聞かずにそのぬいぐるみを貰うことにした。
九月九日
通りすがる風景に、秋の陽はなんだかやけに鋭利だ。
この陽射しがさすのは私の肌か、いつかの雨にまみれた野晒しの古傷か。
止まない雨はないとは人は言うけれど、雨に打たれた過去がなくなる訳はない。
自分の首を絞めて、自分を追い詰めて。
引くに引けない場所にまで来て、ようやく私は本音を言えた。
とうとう本音を言ってしまった。
秋時雨が地を打つ。
古傷に雨粒の爆ぜた音が染み入って、思い出と呼ぶには汚れすぎた、腐ったドブ川みたいな感傷がのたうち回る。
それはいつしか雨避けからも転げ出て、痛みの雨に曝される。
悩み多き私の音に結実を。
声なき声には抵抗の扇動を。
悩み多き私の過去に終止符を。
陽が沈む。いつ終わるともしれないけれど、今日が確かに終わる宵。
耳鳴りみたいな感じで、
私の音が鳴って
私の音、がなって
頭痛みたいにわずらって、古傷みたいにはびこって、今日はずっと眠れない。
そういう夜を言葉と呼びたい。
……さめざめと降りしきる雨音にやけにアンニュイな気持ちになってしまった。こんな長い夜に詩集なんて読み耽るんじゃなかった。
けど、まぁ、こういう日もあるわよね。
ただ明日以降の私がこれを見たら確実にベッドをのたうち回ることになるから、眠りにつく前に上から塗りつぶしてしまおう。
9月14日
お弁当パーティーも一週間後に差し迫った。
陽射しもだんだんと夏から遠ざかって、もうだいぶ柔らかくなってきた。これなら来週は心地のいい陽気の下でお弁当パーティーが開催されるだろう。そう思うと少し足取りが軽くなる。
しかし、どうにも白鷺さんは憂鬱そうだ。教室の自分の机に頬杖をついて、窓の外を眺めてため息を吐き出していた。
少し心配になったから彼女に声をかけてみた。すると、来週のパーティーが近づいてくるとどんどん不安になる、というようなことを言われた。
私は彼女を安心させようと「大丈夫よ。みんなそこまで手の込んだものや、闇鍋のようにとても食べられないようなものを作ってくる訳でもないんだから」と励ましたけれど、その言葉を聞いて白鷺さんはさらに深いため息を吐き出してしまった。
どうしたものか、と思っていると、
「紗夜ちゃんのそういうところに苦しめられているのか助けられているのか……」
なんてぼやいていた。なんのことだろうか?
分らなかったけれど、「まぁ、そうね。気分的には闇鍋そのものだけれど……花女の3年生5人だけなんだし、きっと何事もないわよね」と言って、白鷺さんはふっと肩の力を抜いてくれた。
だからきっとこれでよかったのだろう。あと、サプライズのことはちゃんと黙っていよう。
そう思って微笑んでいると、白鷺さんに不思議そうな顔で「どうしたの?」と言われた。
私は正直に、「白鷺さんの悩みが軽くなったことが嬉しいんですよ」と答えた。
するとどうしてか彼女は心底呆れ果てた顔になってしまった。
そして「気持ちは嬉しいけれど、そういうところよ、紗夜ちゃん」なんて言われたけれど、何のことだかさっぱり分からなかった。
9月27日
いよいよ明日はお弁当パーティーだ。
天気予報も快晴で、気温は少しだけ高いけれど湿度は低いから、木陰に座ればとても気持ちのいい陽気だろう。
私もこの日の為に、羽沢さんのもとで6回ほど修行に励んだ。その成果を出す時だ。
……それにしても、料理教室の回数を重ねるごとに、だんだん羽沢さんの距離が近くなっているような気がする。
最初の料理教室では成人男性一人分くらいの距離を保っていたのに、一昨日の教室では拳ふたつ分くらいの距離をずっとキープしていたような覚えがあった。
けど、「そっちの方が教えやすいので……」と羽沢さんも言っていたし、そういうものなのだろう。
羽沢さんといえば、アフターグロウのみなさんもお弁当パーティーに参加するらしい。
さらに北沢さんはハローハッピーワールドのみなさんを誘ったというし、市ヶ谷さんも私とふたりきりになるとやたらソワソワしていたらか、ポッピンパーティーのみなさんに声をかけていそうだ。
それから日菜も「モカちゃんに聞いたよー! あたしとイヴちゃんと麻弥ちゃんも参加するよ!」と言っていたし、恐らく巴さん経由で宇田川さんや今井さんたちにも伝わっているだろうから、なんだかんだガールズバンドパーティーに参加した全員が集まるのかもしれない。
白金さんのサプライズでこんなにも多くの人を集めることが出来るというのは、間違いなく彼女の成長の証だろう。
私もそれに負けないように、羽沢さんに教わった、羽沢家一子相伝、社外秘の料理を振る舞うことにしよう。これは言ってみれば女子による女子の為のお弁当の勝負なのだから、出し惜しみなんてせずに全力で挑もう。みんなそうするはずだ。
……まぁ、日菜はケンタッ〇ーフライドチキンのクーポンを握りしめていたから、きっと出来合いのものを持ってくるでしょうけど。
ともあれ、もう明日のお弁当の下準備も全て終わっている。あとはしっかり眠って英気を養うだけだ。
気持ちのいい秋の空の下での、大人数でのお弁当パーティー。
こうして字にするだけでも楽しそうな響きをしている。明日が楽しみだ。
おわり
オチに納得がいかなかったので、>>221の期待に沿えているかは分かりませんが、後日談っぽいことでお茶を濁すことにしました。
これで正真正銘の終わりです。その先のことは僕は知りません。
こんなところにまでお付き合いいただきありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
元スレ
千聖「ふふっ……」
千聖(やっぱり花音も誘って正解だったわね)
千聖(彩ちゃんと花音のふたりがぽやぽやしてるだけで癒されるわ)
彩「んー……」ジーッ
千聖「あら、彩ちゃん……もしかして私のガトーショコラも食べたいのかしら?」
彩「あ、バレちゃった?」
千聖「そんな物欲しげな目をされたら誰だって分かるわよ」
花音「くすっ、そうだね」
彩「あ、あはは……ここのケーキ、本当に美味しいからさ……ついついいろんなのを食べたくなっちゃうんだ」
千聖「仕方ないわね。はい、ひと口どうぞ」
彩「ありがと、千聖ちゃん。……あーんは?」
千聖「しないわよ?」
彩「そっかぁ」
千聖「花音も食べるかしら?」
花音「うん、ちょっとだけもらおうかな」
千聖「あーん、しましょうか?」
彩「ちょ、千聖ちゃんっ! どうして花音ちゃんにはそう言うの!」
千聖「日頃の行いの差ね」
彩「そ、それどういうこと~っ!?」
花音「ふふふ……」
千聖「うふふ……」
彩「も~……あはは」
225: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:16:05.95 ID:/TnOWcpU0
千聖(平和だ)
千聖(平和そのものの、のんびりした空気だ)
千聖(ふふ、こうしていると……ついこの間の百合度がどうとか紗夜ちゃんがどうとかそんなアレは遠い別の世界の出来事のように)
彩「あ、そうだ! 花音ちゃん、二学期になったらお弁当パーティーやるんだ!」
花音「お弁当パーティー?」
彩「うん! 燐子ちゃんが紗夜ちゃんにお弁当作ってあげててね? みんなでお弁当作っていっておかず交換とかしたら楽しそうだなって!」
彩「私と千聖ちゃん、それに燐子ちゃんと紗夜ちゃんが参加するから、花音ちゃんも一緒にどう?」
花音「ふふ、楽しそうだね。私も参加するよ」
彩「やった! それじゃあ、日にちは決まり次第また教えるね!」
花音「うん」
千聖「…………」
千聖(そう、よね……アレは夢じゃなかったのよね……)
千聖(いろんな因果が重なり合った今となっては、辺り一面地雷原の中で開かれるパーティーなのよね……)
彩「あれ、千聖ちゃん……どうかした?」
花音「なんだか暗い顔になってるよ?」
千聖「……いいえ、なんでもないわ」
千聖(まぁ、それもまだまだ先のこと)
千聖(それにその場には燐子ちゃんしか起爆剤がないし……うん、そうよね。彩ちゃんと花音もいるんだし、きっと何事もなく平穏に終わるはずよ)
千聖(今はこの癒し空間を存分に堪能していましょう)
226: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:17:43.13 ID:/TnOWcpU0
☆白金会長の暗躍
――白金家 燐子の部屋――
燐子(……お弁当パーティー)
燐子(ふふ……丸山さんにはいい機会を提案してもらったな……)
燐子(目立つ場所で、目立つ人たちと一緒に、氷川さんの隣に座ってお弁当を食べる……)
燐子(これ以上の既成事実は……ないよね……?)
燐子(そうして氷川さんとわたしが花咲川女子学園公認ベストカップルって風評が立てば……)
燐子「……えへへ」
燐子(っと、いけないいけない……いずれ必ず確定する定めの未来だけど……まだまだ不安要素はあるんだった……)
燐子(少しでも不安要素を除いて……明るい未来を創るために……出来ることは全部やらなくちゃ……)
燐子(そのための、この……)
【秘密の作戦ノート】
燐子(ここに……当日までに解決しなければいけない問題……氷川さんとの既成事実を作るためのミッションを書き記します……)
燐子(それから……今時点で分かっていることも……書き記します……)
燐子(千里の道も一歩から……デイリーミッションを重ねて、石を貯めることが大切……)
227: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:18:09.64 ID:/TnOWcpU0
燐子「まず最初に……氷川さんにわたしの好物を伝えること、氷川さんの好物をわたしが知ること……これはクリア……」カキカキ
燐子(これで必ず氷川さんは……わたしの好物を作って来てくれる……)
燐子「互いの好きなものを知り合い、作り合う関係……素敵だなぁ……ふふっ」ニヘラ
燐子(っとと、いけないいけない……まだこんなことで笑ってちゃダメだ……)キリッ
燐子(氷川さんは魅力的過ぎて……周りにはわたしから彼女を掠め取ろうとする泥棒猫さんが……たくさんいるんだから……)
燐子(あこちゃんなら許せるけど……それ以外の人が氷川さんに触れるのは……我慢できない……)
燐子(少しでも不確定要素を削って、確実に……明るい未来を築かなくちゃ……)
燐子「氷川さんの隣はわたしのもの……氷川さんの隣はわたしのもの……」カキカキカキカキ...
燐子「氷川さ……いや……」ピタ
燐子(……いずれ夫婦になるなら……やっぱり今からでも下の名前で呼んだ方が……いいかな……?)
燐子(ちょっと練習しようかな……氷川さんの写真にそう呼びかけてみよう……えぇと、今日は……)
燐子(わたあめを頬張ってる無邪気なところ……うーん、これの気分じゃないかな……)
燐子(雨に打たれて憔悴してるところ……だめ、そういう顔はわたしの前で出来ればして欲しくない……)
燐子(廊下の掲示物を貼り代えてるところ……ああ、これがいいかな……)
228: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:18:40.36 ID:/TnOWcpU0
燐子「それじゃあ……コホン」
燐子「…………」ジッ
燐子「ひ、氷川さ……じゃなくて、さ、さ……あの、さ……」
燐子「……うぅ、えぇと、その……」
燐子「すー、はー……よ、よしっ」
燐子「さ、っ、さ、さ……紗夜、さん……っ!」
燐子「……っ、はぁー……な、なんとか言えた……」
燐子(こ、これでひとつステップアップ……)
燐子(……写真相手だけど……初めて名前で呼んじゃった……)
燐子「えへ……えへへ……しあわせ……」
229: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:19:12.91 ID:/TnOWcpU0
☆モカちゃんやっちゃうよー
――商店街――
モカ(あたしの心の中にはひとつの懸念があったぁー)
モカ(あたしははぐが大好きで、好きで好きで堪らないワケだけど、どーにもはぐには好きな人がいるらしいー)
モカ(そのお相手とは……なんと、氷川紗夜さん)
モカ(まぁ、確かに? あの人は何気にめちゃ優しいし、面倒見もよくて、しっかりしてる人だから? はぐが好きになるのも違和感ないけどー?)
モカ(……けど、だからと言って大人しく身を退けるほど、モカちゃんは諦めがよくないのだった)
モカ(だってそうでしょ~? アフターグロウと商店街組は切っても切り離せない縁で繋がっているんだから)
モカ(小さな頃からいろんな想い出を積み重ねてきて、一緒のお布団で寝た回数も一緒にお風呂に入った回数も、紗夜さんとは比べることすら出来ないほど多いのだー)
モカ(なのに、いきなり横から出てきた人に、はぐを盗られちゃうなんて……そんなのヤだよ)
モカ(そうなるくらいなら、いっそ無理矢理にでも……あ、やっぱダメ、ソレダメ。はぐの傷付いた顔とか泣き顔なんて見たくもないや)
モカ(……でも、このままじゃなぁ……)
「……という風に……スキルを使うんです……」
「なるほど……無価値に見えても他のものと合わせれば、有用性が見えてくるという訳ね……」
モカ(あれぇ、前からやってくるのは……ロゼリアのギターさんとキーボードさん)サッ
モカ(……おや? どうしてモカちゃんは咄嗟に身を隠してしまったのでしょう?)
230: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:19:58.06 ID:/TnOWcpU0
燐子「…………」
紗夜「どうかしましたか、白金さん?」
燐子「いえ……気まぐれな猫さんが……隠れたなぁって……」
紗夜「……はい?」
モカ(あー……これ、燐子さんにはバレてるっぽいなぁ……)
モカ(ここからなんて言って登場しようかなぁ……)
燐子「……けど、猫ってそういうものですよね……気にしないでいいと思います……」
モカ(……おや?)
紗夜「そうですね。湊さんならそうはいかないと思うけれど」
燐子「そう……ですね……」
モカ(燐子さん……一体どういうつもりなんだろー?)
燐子「…………」ウーン
紗夜「白金さん? 何か考え込んでいますが……どうしました?」
燐子「いえ……何か利用できないかな、って……」
紗夜「利用……さっきのNFOの話ですか?」
燐子「似たような……ものです……」
紗夜「そうですか。本当に好きなんですね」
燐子「はい、愛してます」
紗夜(そこまで言い切るなんて、よっぽどゲームが好きなのね)
燐子(確か……青葉さんは北沢さんが……それなら……)
231: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:20:30.18 ID:/TnOWcpU0
燐子「……よし、決めました……」
紗夜「ああ、NFOといえば、この前今井さんが……」
燐子「氷川さん……」
紗夜「はい?」
燐子「……出来ればいいので……わたしの前で……他の女(ひと)の名前を出さないでください……」
紗夜「……はい?」
燐子「ずっと見てて欲しいんです……こういう時くらいは……」
紗夜「あの、言ってる意味がよく分からないのですが……」
燐子「いずれ……分かりますよ……例えば、そう……二学期のお弁当パーティーの時とかに……」
燐子「そのために……わたしは頑張っていますから……」
紗夜「ああ、お弁当パーティー。丸山さんに言われてから、私も少し料理の腕を磨いているわよ」
燐子「ふふ、そうなんですね……楽しみです……氷川さんの手料理を食べられるのが……」
紗夜「あまり期待されても、それに応えられるかどうか……」
燐子「氷川さんが……わたしのために作ってくれたというだけで……いいんですよ……」
紗夜「そういうものなのかしら」
燐子「そういうものなんです……」
紗夜「そうなのね。あ、料理と言えば羽沢さんに――」スタスタ
燐子「……氷川さん……また他の女(ひと)の名前を――」スタスタ
232: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:20:59.06 ID:/TnOWcpU0
モカ「…………」
モカ「なるほど、なるほどなるほどぉー」
モカ(そういうことですね、燐子さん)
モカ(どうやってモカちゃんとはぐのことを知ったのかは分からないけど……分かりましたよ)
モカ(それが一番世界を丸く収める方法だって言うなら、あたしもちょーっとだけ悪い子になりますよ)
モカ「……よーし、モカちゃんやっちゃうよー」
233: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:22:02.17 ID:/TnOWcpU0
☆千聖さんの心配事
――芸能事務所――
千聖「……ねぇ、日菜ちゃん。ちょっといいかしら」
日菜「うん、いいよー。どしたの?」
千聖「ええ、少し聞きたいことがあってね……その……」
日菜「珍しく歯切れが悪いね。いつもみたいになんでもズバッと聞いていーよ!」
千聖「……それじゃあ、あのね?」
日菜「うん」
千聖「最近の日菜ちゃんの交友関係なんだけど……ひまりちゃんとよく遊ぶって本当?」
日菜「ホントだよー。ひまりちゃんってば彩ちゃんみたいで面白いんだよ、なんか頑張ってるのに空回っててさ」
千聖「そ、そう……本当なのね……」
日菜「それがどうかしたの?」
千聖「いえ、ちょっと……どんなことをして遊んでいるのかちょっと気になったっていうか……」
日菜「んー、別に普通だよ? 一緒にご飯いったり、プリクラ撮ったり」
千聖「……それくらいなら普通ね」
日菜「あ、あとね、最近ダイエット始めたんだって、ひまりちゃん」
日菜「えー、またすぐ終わっちゃうんじゃないの~? って言ったら、」
ひまり『そんなことないですー! 今度の今度は本気ですから! だから日菜先輩、少し運動に付き合ってください!』
日菜「って言われて、よく運動に付き合うよ」
234: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:22:40.00 ID:/TnOWcpU0
千聖「運動って……例えば?」
千聖(運動(意味深)とかじゃない……わよね?)
日菜「一緒にお散歩したり、テニスしたり、ラウンド〇ンのス〇ッチャ行ったりとか?」
千聖「……健全ね、よかった……」
日菜「あと、パスパレの曲のダンスを教えてあげてるよ。ひまりちゃん、最近毎日パスパレのライブ動画見てくれてるって言ってたし」
千聖「え」
日菜「意外と勉強熱心なんだよね、ひまりちゃん。この前学校で踊ってあげたけど、すっごい顔で食い入るようにあたしのこと見るんだ」
千聖「学校でって……もしかして、制服で?」
日菜「うん。学校なんだから当たり前じゃん」
千聖「…………」
千聖(そのひまりちゃん……絶対に恍惚とした顔で日菜ちゃんを見てるわよね……)
日菜「どしたの、千聖ちゃん? なんか難しい顔になってるよ」
千聖「……日菜ちゃん、一応……ね? 制服で激しい踊りを踊るのは、はしたないじゃない?」
日菜「あはは、女子校なんだからそんなの気にする人なんていないよー。変な千聖ちゃんだなぁ」
千聖(いるのよ、そのあなたのすぐそばに……ものすごい獰猛な獣が……)
千聖(なんて言っても中身が純粋そのものの日菜ちゃんには伝わらないでしょうし……)
千聖「折を見て紗夜ちゃんに相談しようかしらね……あんまりあそこの地雷原には近づきたくないけれど……」
235: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:24:10.29 ID:/TnOWcpU0
☆トモちんの劫火の火種的な心配事
――羽沢珈琲店――
巴「わりぃな、りみ。急に相談に乗ってくれないか、なんて言って」
りみ「ううん、全然気にしないでいいよ。巴ちゃんのお話ならいつだって聞くから」
巴「はは、ありがとな。そう言ってもらえると気が楽だよ」
りみ「それで、どうしたの?」
巴「ん、ああ……あこのことなんだけどな」
りみ「あこちゃん? あこちゃんのことなら、私よりもアフターグロウのみんなとか、ロゼリアの人に聞いた方が……」
巴「いや、それじゃダメなんだ。あこから近すぎる人じゃなくって、ほどほどに付き合いがある人から話が聞きたかったんだ」
りみ「そういうことなら、私に出来ることはなんでもするよ」ニコ
巴「さんきゅ。んで、あこなんだけどな……最近、どうにもアタシのことをあんま見てくれねーんだ」
りみ「あこちゃんが巴ちゃんを?」
巴「ああ。そんな馬鹿なことがある訳ない、とは思うだろうけど、それでもな。あこは頭もいいし可愛いからどんどん成長していくし、アタシの想像以上の可愛さで立派になっていくし、普通に可愛いからさ……」
りみ(わぁ、可愛いばっかりだぁ)
巴「心配なんだよな。なんだかひまりみたいな表情をすることも多くなったし……どっかアタシの知らないとこで悪い虫にたかられてるんじゃないかって」
巴「蘭たちにこう言ったって『気にしすぎでしょ』の一言で終わるし、沙綾とはぐみに言っても『はいはい、そうだね』とか『うーん、よく分かんないや!』で終わるし、湊さんたちにこんなことを聞くのもおかしい気がしてさ」
巴「だからさ、りみから見てどう思う? つか、アタシはどうしたらいいと思う?」
りみ「…………」
236: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:25:04.37 ID:/TnOWcpU0
りみ(確か……燐子先輩が言ってたっけ。あこちゃんは紗夜先輩のことが好きで、なんて)
巴「もしあこに近付く不届き者がいるなら東京湾に沈めないといけないしさ、そうなるとアタシも予定詰めないといけないし」
りみ(……これを正直に巴ちゃんに言ったら……どうなるのかな?)
巴「夏は和太鼓をたくさん叩けるから、そういう野暮用はさっさと終わらせちまいたいんだ」
りみ(私も……東京湾に沈められちゃうかな?)
りみ(そこまでは行かなくても、怒った巴ちゃんに乱暴されたりして……)
巴「……りみ? なんか、ひまりみたいな顔してるぞ。大丈夫か?」
りみ「大丈夫だよ。ちょっとどう伝えるべきか考えてて……あのね、巴ちゃん」
巴「うん」
りみ「私、燐子先輩に聞いたんだ」
巴「何を?」
りみ「……あこちゃん、紗夜先輩のことが好きなんだって」
りみ(言っちゃった。巴ちゃん、どうなるのかな……?)
巴「…………」ギロリ
りみ(ああ……すごい怖い顔して私のこと睨んでる……。ただでさえ鋭い双眸がもっと鋭くなって、瞳に暗い炎が灯ってるよ……スプラッターホラーの悪鬼みたい)ゾクゾク
巴「りみも変な冗談言うんだな。でも笑えねぇぜ、その冗談は?」
りみ「冗談じゃないよ。ほんとのことだよ」
りみ「あこちゃんはね、紗夜先輩のことが好きなんだ。ひとりの人間として、きっと――」
巴「…………」キッ
りみ(あかん、あかんよ……『それ以上言ってみろ、どうなっても知らねぇぞ』的な目で睨みつけられてる……すごいゾクゾクしてまう……)
237: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:25:48.13 ID:/TnOWcpU0
りみ「……本当のことだよ。巴ちゃんがどう思っても、あこちゃんは紗夜先輩が好き」
りみ「それが現実なんだよ、巴ちゃん」
巴「…………」ガタッ
りみ「どこに行くの?」
巴「りみには関係ない」
りみ「あるよ。もしも巴ちゃんが今、紗夜先輩のところに行こうとしてるなら……原因は私だもん。巴ちゃんを止めるのが今の私の責任だよ」
巴「関係ない。止めんな」
りみ「あるよ。止めるよ」
巴「ない」
りみ「ある」
巴「いい加減にっ」
りみ「ここで騒いだら、つぐみちゃんに迷惑がかかっちゃうね」
巴「……チッ」
りみ「続きは外でお話しよっか?」
巴「…………」バンッ、スタスタ
――カランコロン
りみ(……千円札だけテーブルに叩きつけて行っちゃった)
りみ(あこちゃんのことで激昂してても、幼馴染の迷惑を考えられる……。それに多分、外で私を待っててくれるんだろうな)
りみ(……巴ちゃんのそういうところ、やっぱりだいすき)
238: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:26:35.41 ID:/TnOWcpU0
☆幕間 その1
――猫カフェ――
友希那「にゃーん、にゃー」
猫1「にゃー、にゃー」
友希那「ふふ、そう。あなたもそう思うのね」
猫2「にゃ……」
友希那「あら、あなたは不服そうね。仕方ないわね……店員さん、猫さん用のおやつを頂けるかしら」
店員さん「はーい」
猫2「にゃーっ!」
友希那「分かってもらえたようで何よりだわ」
猫1「にゃーん!」
友希那「ええ、あなたの分もあるから……」
猫3「にゃにゃ……」
猫4「にゃおー」
猫5「みゃー」
友希那「あら、いつの間にか囲まれてしまっているわね……」
友希那「仕方のない子たちね。おやつを追加しないといけないわ」
猫たち「にゃーっ!」
友希那「そう。喜んでもらえたならなによりよ……ふふふ」
―ちょっと離れたところ―
リサ(ふ、ふふ……猫と会話する友希那、めっちゃかわいい……)カシャ、カシャ
239: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:27:09.01 ID:/TnOWcpU0
☆幕間 その2
――有咲の蔵――
香澄「なんでやねん!」ビシッ
彩「なんでやねん!」ビシッ
香澄「どう、有咲! 彩先輩と一緒にツッコミの練習したんだ!」
有咲「…………」
彩「ふっふっふ……私たちのツッコミの鋭さを前に、声も出ないみたいだね!」
香澄「やりましたね、彩さん!」
彩「うん!」
香澄「いぇーいっ!」ハイタッチ
彩「イェーイ!」ハイタッチ
有咲「…………」
香澄「次は有咲にどのツッコミを見せてあげましょうか?」
彩「次は……うーん、関東風味のツッコミとか?」
香澄「わっかりました! それじゃあ……」
彩「なんなんですか!」ビシッ
香澄「どうしてですか!」ビシッ
彩「おかしいでしょう!」ビシッ
香澄「一緒に悩ませてください!」ビシッ
有咲「…………」
有咲(……ぜってーツッコまねーぞ、私は)
240: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:28:14.77 ID:/TnOWcpU0
☆ホカホカ
――路地裏――
巴「…………」スタスタ
りみ「…………」スタスタ
巴「…………」ピタ
りみ「ここが目的地なの?」
巴「……どこまで着いてくるつもりだよ」
りみ「巴ちゃんになら、どこまでも着いていくよ」
巴「……チッ」
りみ「……ねぇ、巴ちゃん」
巴「んだよ」
りみ「巴ちゃんがあこちゃんのことを愛してるのは知ってるよ。でもね、やっぱりその愛は違うんじゃないかな」
巴「あぁっ?」
りみ「おかしいよ。だって、あこちゃんが好きな人を、巴ちゃんは傷つけようって考えてるんだよね?」
りみ「それで一番悲しむのはあこちゃんじゃ――」
巴「うるせぇ!」ドン!
りみ「きゃっ」
巴「…………」
りみ(ひゃぁ~……とうとう壁ドンされてもうた……あかん、キュンキュンするわぁ……)
巴「……わりぃ」パッ
りみ「あ……もう終わり……?」
巴「あん?」
りみ「う、ううん、なんでも」
241: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:28:50.01 ID:/TnOWcpU0
巴「…………」
りみ「…………」
巴「なぁ、りみ」
りみ「うん?」
巴「……やっぱさ、間違ってんのかな」
りみ「あこちゃんのこと?」
巴「…………」
りみ「正しいか間違ってるかで言えば……きっと間違ってるよ」
巴「っ!」
りみ「でもね、おかしくはないと思うんだ」
巴「…………」
りみ「愛と恋は違うもん。巴ちゃんのあこちゃんに抱く気持ちは愛でしょ?」
りみ「実の妹に恋をした……それなら世間的にも法律的にもほんのちょっとだけ間違っちゃってるけど、実の妹を愛しているっていうのは、おかしいことじゃないよ」
巴「…………」
りみ「おかしくはない。おかしくなんてない。ちょっとだけ間違えちゃっただけなんだから」
242: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:30:09.52 ID:/TnOWcpU0
巴「……でも、でもな?」
りみ「うん」
巴「駄目なんだ。あこが、アタシの知らないところで誰かと仲良くしてる……そう思うだけでむしゃくしゃして、全部が憎く見えてきて、もうどうしようもないんだ」
りみ「うん」
巴「アタシだってあこには幸せになってもらいたいよ。でも、その幸せにするのがアタシでありたいってずっとずっと思ってるんだ」
りみ「うん」
巴「分かってんだよ、間違ってるしおかしいって。だけど、間違ってねぇだろ……おかしくなんてねぇだろって……そう思っちまうんだよ、アタシは」
巴「話を聞くだけならギリギリ抑えられるけどさ、もし実際にあこが紗夜さんとイチャイチャしたり膝枕したりされたりお昼ご飯あーんさせあったり添い寝して子守歌歌ってあげたり一緒にゲームしたりなんだりってしてたらさ、きっとアタシはつぐの店で暴れちまったよ」
巴「……駄目なんだ。駄目なんだよ。アタシの中の悪い鬼みたいのが、いつだってアタシを支配するんだ」
巴「今日だって相談に乗ってもらったりみにあんな風に怒鳴って、ビビらせて」
りみ「大丈夫だよ、興奮したから」
巴「え?」
243: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:31:14.07 ID:/TnOWcpU0
りみ(あ、間違えてもうた)
りみ「……大丈夫だよ、怖くなかったから」
巴「んな強がり……」
りみ「強がりじゃないよ。巴ちゃんが本当は優しい人だって、私、知ってるもん」
巴「……優しくなんかねぇよ」
りみ「ううん、優しい。私が知ってる人の中で一番優しいよ」
巴「…………」
りみ「あこちゃんのことが大事で大事でたまらなく愛しているから心配なんだよね?」
りみ「もしもあこちゃんが傷付けられたらって思うだけで、どうしようもないくらいに焦っちゃうんだよね?」
りみ「それは巴ちゃんが優しいからだよ」
巴「けど、アタシは……」
りみ「つい我慢できなくなっちゃうんだよね。それで誰かを傷付けることになっちゃうかも、って思うんだよね」
巴「…………」
りみ「大丈夫だよ。巴ちゃんはひとりじゃないよ」ダキッ
巴「え、ちょ、りみ!?」
りみ「燐子先輩に聞いたんだ。ピグミーチンパンジーっていうお猿さんがいて、その種族は他の同族と比べてずっと穏やかなんだって」
巴「そ、それとこれとにどういう関係が……」
りみ「その穏やかな性格はね、こうやって仲間と肌と肌を重ねることで保つんだ」
巴「…………」
244: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:31:46.54 ID:/TnOWcpU0
りみ「巴ちゃんはひとりじゃないよ。私がずっと傍にいるよ」
りみ「もしも暴れそうになったら、こうやって巴ちゃんの気持ちを鎮めるから」
巴「でも、それだといつかりみまで……」
りみ「平気だよ。巴ちゃんになら何されたって興ふ――ちゃう、そうやなくて……えぇと、後悔せんから」
巴「りみ……」
りみ「巴ちゃんはひとりじゃあらへんよ。うちと一緒におって、暴れちゃうことがおかしいって、間違ってるって今日そう思えたんや。いつか絶対その悪鬼やら言うんも抑えられる」
巴「……そう、かな」
りみ「そうや。巴ちゃん自身が自信持たんでどうするんや」
巴「…………」
りみ(あ、つまらんダジャレ言うてもうた……)
巴「そっか、そうだよな……」
りみ(……巴ちゃん、気付いてへんみたいやし……だまっとこ)
巴「これもあこのため……だもんな」
りみ「うん」
巴「……やっぱ、りみに相談してよかったよ。いつもの面子じゃこんなところまで踏み込んでくれなかっただろうし……」
りみ「お役に立てたならよかった」
巴「ああ。ありがとう、りみ」
りみ「どういたしまして」
巴「迷惑かけるかもしれないけど……アタシを助けてくれるか?」
りみ「うんっ」フルフル
巴(りみ、震えてるのか……やっぱ怖がらせちまったよな……)
りみ(巴ちゃんにくっつくの……堪らんわぁ……)スリスリ
245: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:32:25.40 ID:/TnOWcpU0
☆幕間 その3
香澄「…………」
彩「…………」
有咲「なんで正座させられてるか、分かってるか?」
香澄「はい……」
彩「はい……」
有咲「じゃあ何が悪かったか言ってみろ」
香澄「…………」チラ
彩「…………」コク
香澄「ツッコミのキレが……甘かったから……?」
有咲「ちっげーよ! ぜんっぜん分かってねーじゃねーか!!」
彩「で、でも……」
有咲「口答えすんな!」
彩「はい、すいません……」
246: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:33:15.12 ID:/TnOWcpU0
香澄「有咲、今日は先輩にも……猫被らないんだね……?」
有咲「2時間ぶっ続けで変なツッコミっぽい何かを目の前で見せ続けられたことあんのかお前は? あーん? それだけじゃ飽き足らず私の大事な大事なヨネスケをふざけた小芝居の小道具にしたよな? ああ? これでキレんなって方がおかしいわ!!」
彩「あの盆栽……ヨネスケっていうんだ……」
香澄「だから言ったじゃないですか、名前はポチにしようって! エリーゼは流石にヤバいですよ彩先輩!」ガタッ
有咲「誰が正座崩していいって言ったぁ!」
香澄「はい、すいません……」
有咲「いいか、そもそもお前らがやってるのはなぁ、ツッコミなんかじゃなくて――」クドクド
香澄(なんだかすごく長くなりそうな予感がする……)
彩(有咲ちゃん、実はポピパのツッコミ役ノリノリでやってたんじゃないのかな……)
247: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:33:55.22 ID:/TnOWcpU0
☆共同戦線
――商店街――
はぐみ「モカちゃーん! こんにちはっ!」ギュ
モカ「おっとっと~……誰かと思ったらはぐじゃないですか~。急に抱き着いてきたら危ないよ~?」
はぐみ「えへへ、モカちゃんが歩いてるの見たらつい」
モカ「おーおー、キュンとするようなことを言ってくれますなぁ」
モカ「でもね、はぐ~……世界にはそれをやっていい人と悪い人がいるんだよ」
はぐみ「やっていい人と悪い人?」
モカ「そーそー。特にね、ひーちゃんみたいな人にはやっちゃダメ」
はぐみ「えっ、なんで?」
モカ「ひーちゃんはああ見えて牛さんみたいだけど、その実中身は野生のオオカミだからね~。油断してるとはぐが食べられちゃうもん」
はぐみ「んー、でもひーちゃん、はぐみが抱き着くとすごい喜ぶよ?」
モカ「あーダメダメ。もう絶対抱き着いちゃダメ。はぐの貞操が危ない。それはあたしのものだから」
はぐみ「んーっと……つまりどういうこと?」
モカ「急に抱き着くと危ないから、そーいうのはモカちゃん以外にやっちゃダメってこと」
はぐみ「分かった!」
モカ「よしよーし、はぐは良い子だねぇ~」ナデナデ
はぐみ「えへへ~」
248: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:34:27.63 ID:/TnOWcpU0
モカ「あ、そうだ」
はぐみ「どうしたの?」
モカ「あれさ、燐子さんから聞いたんだけどね、二学期になったら花女でお弁当パーティーをやるんだって~」
はぐみ「へーそうなんだ!」
モカ「それでねー、羽丘の人も参加できるような日程でやるから、あたしも参加するんだ。それに、彩さん、千聖さん、花音さん、紗夜さん以外には伝えて誘っていいよって言われてるんだ~」
モカ「だから、はぐもどう?」
はぐみ「わぁ、みんなでお弁当パーティー、すっごく楽しそう! こころんたちも誘って参加するよ!」
モカ「そうこなくっちゃ~。詳しいことはまた燐子さんが教えてくれるって~」
はぐみ「了解だよ! えへへ、楽しみだなぁっ」
モカ「…………」
モカ(燐子さんとは共同戦線……お互いの利害が一致してるのだ……)
モカ(先に謝っておくね~。もしもはぐが悲しむことになったらごめんよ)
モカ「……その時は、あたしがずっと傍にいるから」
はぐみ「なにか言った?」
モカ「ううん、なんでも~」
249: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:35:11.46 ID:/TnOWcpU0
☆二学期初めの生徒会
――花咲川女子学園 生徒会室――
――ガラガラ
有咲「お疲れさまでーす」
燐子「あ……お疲れさまです、市ヶ谷さん……」チクチク
有咲「どうも。今日はまだ燐子先輩だけですか?」
燐子「はい……みんな、まだ来ないですね……。多分……ホームルームが長引いているんだと……」チクチク
有咲「そうですか。ところで燐子先輩、さっきから何を作ってるんですか、それ?」
燐子「これは……ぬいぐるみです……」チクチク
有咲「へぇ~。衣装とかだけじゃなく、ぬいぐるみまで作れるんですね」
燐子「要領は……大体一緒なので……」チクチク
有咲「……あれ、それのモデルって、もしかして紗夜先輩ですか?」
燐子「はい……よく分かりましたね……」チクチク
有咲「ええ、なんとなくそんな感じの特徴が目についたんで。流石、(同じバンドとして)付き合いが長いだけあってよく見てますね、紗夜先輩のこと」
燐子「そんな……(花女ベストカップル最有力候補として)付き合いが長いだなんて……」テレテレ
有咲(なんか照れるとこあったか、今?)
250: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:35:55.98 ID:/TnOWcpU0
燐子「ふふ……これが完成すれば……氷川さん人形がわたしの部屋に……そして白金会長人形が……氷川さんの部屋に……」チクチク
有咲「燐子先輩のもあるんですか?」
燐子「人間の造形を知れる……一番手近なモデルが……わたしだったので……」チクチク
燐子「それはもう作り終えて……家にあります……」チクチク
有咲「へぇ~……。あ、そういえば燐子先輩」
燐子「はい……?」チクチク
有咲「髪、少し切りました?」
燐子「……ええ、ちょっと」チクチク
有咲「まだ暑いですもんね。おたえもよく自分の髪を鬱陶しそうに払ってますよ」
燐子「ええ、本当に……暑いですよね……ふふっ」チクチク
251: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:36:50.96 ID:/TnOWcpU0
燐子「あ、そうだ……市ヶ谷さん」
有咲「はい?」
燐子「9月の3周目の土曜に……お弁当パーティーがあるんです……」
有咲「お弁当パーティー……ってなんですか、それ」
燐子「みんなでお弁当を持ち寄って……おかず交換したりする会です……」
有咲「はぁ。あれ、でもそこって確か公開授業の日じゃないですか?」
燐子「ええ……公開授業で、午前だけで授業は終わるので……その日にみんなでゆっくり食べようって……決めてあるんです……」
燐子「市ヶ谷さんも……ポッピンパーティーのみなさんを誘って……一緒にどうですか……?」
有咲「あー……そういうのはほぼ100%食いつくだろうなぁ、あいつらなら……」
有咲「分かりました、ちょっと香澄たちにも言ってみます」
燐子「そうしてみてください……やっぱり、人が多い方が……いいですからね……」
燐子「それと……元々の参加者の……氷川さんと丸山さん、白鷺さん、松原さんには……人が増えると伝えてないので……サプライズの協力をお願いしますね……」
有咲「マジっすか。うわー、香澄とかおたえだとポロっと言っちまいそうだなぁ」
燐子「頑張って口止めしてくださいね……」
有咲「わ、分かりました。出来るだけ頑張ります……」
燐子「よろしくお願いしますね……。ふふ……ふふふ……」
252: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:37:49.72 ID:/TnOWcpU0
☆紗夜さんの日記
8月11日
今日は買い物に行く途中、白鷺さんと丸山さんに出会った。
なんでもパステルパレットの仕事をして回ってるらしく、やはり彼女たちは大変なのだなと改めて思いつつ、日菜が白鷺さんの支えになっているということを聞いて少しだけ誇らしくなった。
それと、二学期にはお弁当パーティーなるものが開かれるらしい。私もそれに参加するので、今日から少し料理の練習をしようと思った。もう羽沢さんに連絡はつけてあるから、後日彼女に料理を教わりに行こう。
白鷺さんたちと別れてからは、白金さんの誘いに乗り、ロゼリアの新しい衣装について話し合った。
白金さんは本当に手先が器用だ。彼女の手にかかるとただの布が魔法のように衣装になっていくのだからすごい。
しかし、私のスリーサイズを測り直す時、どうしてか白金さんの息が荒かったような気がする。今思い返してみれば顔も赤かったような気がするし……夏風邪かしら。
一応身体には気をつける様にあとでメッセージを送っておこう。
253: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:38:29.61 ID:/TnOWcpU0
8月17日
今日も白金さんと約束があり、ふたりで洋服を見に行った。
もちろんロゼリアの新しい衣装の参考のための約束だったけれど、なんだかんだ白金さんとのんびり遊んでいただけのような気もする。……まぁ、湊さんが「内面の充実」の大切さをよく説いているし、こういうのもたまにはいいのだろう。
それにしても、最近の白金さんはよく冗談を口にするようになったな、と思う。
今日だって一緒に歩きながら会話を交わす中で、「他の人の名前は出さないで」といったような旨の発言をしていたし、彼女も少しずつ明るい性格に変わっていっているのだろう。
生徒会長になってからは堂々と胸を張ることも出来ているようだし、もしかすると私の補佐はじきに必要なくなるのかもしれない。
それはそれでとてもいいことだけれど、少しだけ寂しいと思わなくもない今日この頃だった。
254: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:39:32.69 ID:/TnOWcpU0
8月19日
羽沢さんのお宅を目指していると、途中で白鷺さんと出会った。
少し世間話をしてから、やたらと真に迫った顔で「日菜ちゃんにもう少しガードを固くするように言ってあげて。おねがい」と言われた。
ガードを固くするように。それはつまりどういうことだろうか。NFOのようにバフをかけろということだろうか。
確かにあの子は自由奔放で物怖じしない性格だけれど、うっかり転べばすぐに泣きだしてしまうような女の子だ。……まぁ、それは私の記憶の中の幼い日菜のことだから、今は違うのかもしれないけれど。
とにかく、もう少し地に足をつけてしっかりしろということだろう。私はそう思って、「分かったわ」と頷きを返した。白鷺さんは肩の荷がおりたような顔をしていた。
それから羽沢さんの家に向かって、簡単に料理を教わった。テキパキと調理をこなす彼女の姿に「羽沢さんは将来いいお嫁さんになりますね」と言うと、彼女は「よく言われますけど、そんなことないですよ」と照れくさそうにはにかんだ。
初々しさに溢れた表情で、きっと男性はこういう仕草と言葉に弱いんだろうな、と思った。
それから彼女の髪に何か糸くずが付いているのが目に付いたから、さっと撫でるように取り除いた。羽沢さんはとてもびっくりしていたけれど、なんだかその様子が小動物みたいで少し可愛かった。
255: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:41:12.95 ID:/TnOWcpU0
8月22日
母にお使いを頼まれて商店街へ足を向けると、北沢さんに出会った。
いつもは元気よく声をかけて走り寄ってきて抱き着いてくるのだけれど、今日は大人しく距離を保ったまま挨拶をされた。
「危ないから、あまりやってはいけないわよ」とは私も何度か言ったことがあるけれど、こう大人しく普通に挨拶をされると少し調子が狂ってしまう。
北沢さんにそのことを聞いてみると、どうやら青葉さんにも釘を刺されたようで、「はぐみのせいで紗夜先輩が怪我したらやだもん」と言われた。
しかし身体はどうにもそわそわしていて、まるでじゃれつきたいのに“待て”されている犬のように見えた。だから、という訳でもないけれど、私は気付けば「別に死角からいきなり飛びついてくるとかでなければ平気よ」なんて言っていた。
それを聞くが早いか、北沢さんはいつものように私に抱き着いて、無邪気に笑った。
……やっぱり北沢さんの相手にしていると、幼い頃の日菜を思い出してどうにも甘くなってしまう。促されるまま彼女の髪を撫でつつ、そんなことを思った。
それと、しばらく世間話をしていたら、お弁当パーティーが楽しみとかの話題になった。そしてどうしてか北沢さんが「あっ!」と口を押さえていた。
詳しく話を聞いてみると、白金さんが色々な人に声をかけていることは当初の参加者である私たちには内緒にしてあるそうだ。
きっと白金さんなりにみんなを楽しませようと考えてくれているのだろう。だから私は、申し訳なさそうな顔をしている北沢さんに「私は何も聞いていませんよ」と言っておいた。
256: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:42:26.58 ID:/TnOWcpU0
8月23日
CiRCLEへ練習に行く途中、ミッシェルと出会った。
中身は奥沢さんだろうと思って挨拶をしたら、なんとその日は大和さんがミッシェルに入っていた。
彼女曰く、「体力トレーニングの為です」とのことで、「それ以外の理由はまったくありません。薫さんがモフモフとかそういうのは関係ないです」とも言っていた。
確かに夏場にあのキグルミを来て動けば相当な運動になるだろう。私たちロゼリアもフェスに向けてそういうトレーニングを提案してみようか、と少しだけ考えた。
大和さんはミッシェルのまま羽丘女子学園の演劇部室に行くと言っていた。どうやら今日は瀬田さんも部活に来るようで、今日一日はキグルミを脱ぐつもりがないらしい。
ああやって自分を追い込む姿はまさにプロそのものだ。パステルパレットは仕事でバンドをやっている訳だし、それだけ責任を全うしようという強い気持ちがあるのだろう。私たちも見習わなくてはいけない。
そんなことをCiRCLEで湊さんに話したら、意外と乗り気で聞いてくれた。
「私も今日は猫のキグルミを着て歌おうかしら」と半ば本気の顔で言っていたけれど、流石にそれでは声がくぐもってしまうだろうから、どうしてか今井さんが持っていたネコミミだけで我慢してもらった。
鏡を見てちょっと嬉しそうな湊さんと、その姿をずっとスマートフォンで……恐らく録画し続ける今井さん。
見慣れた光景ね、と思ってから、はたしてロゼリアというバンドの中でこんな風景を見慣れてしまっていいのだろうか、とちょっと自問した。
257: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:43:24.32 ID:/TnOWcpU0
8月25日
今日は宇田川さんと約束をして、駅前のネットカフェに行った。
「たまには顔を突き合わせてNFOをやりましょう! 楽しいですよ!」という誘いに頷いた訳だけれど、確かにボイスチャット越しではなく隣り合わせでやるゲームというのもなかなかに楽しかった。
しかしいくらペアシート(部屋の扉にはカップルシートと書かれていたけれど、きっと宇田川さんはそれがどういうものか分かっていないのだろう。微笑ましいものだ)であっても、ふたりで並べば肩がぶつかり合うような距離だ。ゲームに熱が入ってくると、どうにも宇田川さんの手と私の手が触れ合ってしまう。
私は別に気にしないのだけど、宇田川さんはどうだろうか。そう思って、何度目かに手が触れ合った時に彼女の顔を見ると、少し嬉しそうな顔をしていた。
やはり宇田川さんは私たちに比べれば子供だ。ゲームをしていて、そしてこういう風にちょっと身体が触れ合ったりするのが楽しくて仕方ないのだろう。
日菜が小さな頃、用もないのに私の袖を引っ張って笑っていたのと同じ。そう思うと微笑ましい気持ちで胸中がいっぱいになった。
きっと内面の充実というのはこういうことを言うのだろう。
258: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:44:27.06 ID:/TnOWcpU0
8月27日
羽沢さんのお宅から帰る途中、商店街で牛込さんと宇田川さん――巴さんの方だ――に出会った。
ふたりが一緒にいるのは珍しいわね、と思いながら声をかけると、どうしてか巴さんがまるで仇を睨むような目で私を見てきて、ちょっとだけびっくりした。
そんな彼女の顔を見て、「大丈夫だよ、巴ちゃん」と牛込さんが巴さんに抱き着いたのがやたら印象に残っている。
牛込さんと巴さんが一緒にいるのは珍しいと思っていたけれど、そもそも私は彼女たちのことをそこまで深く踏み込んで知っている訳でもないのだ。ふたりの様子を見るに、私がただ単に知らなかっただけで、前から懇意にしているのだろう。
彼女たちとは少し世間話をしてから別れた。
夕焼けに染まる家路を辿りながら、ぼんやりと考えていたことは、私が出会った人たちのこと。
ロゼリアのみんなのことは当然よく分かっている。今なにを考えているだとか、どうしてほしいだとか、どんなものが好きでどんなものが苦手だとか……そういうのは、考えなくたってすぐに分かる。
けれど、最近よくじゃれついてくる北沢さん、生徒会室でよく話をする市ヶ谷さんや料理を教えてくれる羽沢さんのことはそれなりに知っていても、深い深い本当の気持ちというのは不透明だ。
せっかく何かの縁で知り合えて、少しずつ仲良くなれているのだ。私ももっと色々な人に踏み込んでいって、打ち解ける努力をした方がいいのかもしれない。
……なんて、こんなことを考える自分を昔の自分が見たらどう言うだろうか。
頭の中にかつての氷のような自分を思い浮かべてみると、彼女は何も言わなかった。代わりに心底蔑んだような目をしながら問答無用のビンタを繰り出してきたから、私は思わず笑ってしまった。
一年とちょっとで人はこんなにも変われるものなのね。
259: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:46:09.39 ID:/TnOWcpU0
9月5日
最近、白金さんがよく笑う。特にお弁当パーティーの話になるとそれが顕著だ。
それもそうか。彼女は私たちに黙って参加者を増やすというサプライズまで用意しているのだ。きっと誰よりもお弁当パーティーを楽しみにしているに違いない。
私はそのサプライズをうっかり知ってしまったけれど、流石にそれを口にして白金さんの努力を水泡に帰すようなことはしない。例え分かっていても騙された振りをする。それがマナーだろうし、きっと私自身も楽しい。
そういえば、今日の帰りに白金さんにぬいぐるみを手渡された。
彼女曰く「白金会長人形」は、白金さん自身をモデルにした、デフォルメの入ったぬいぐるみだ。
しかし、外見は可愛く作られているのに、ディティールは非常に凝っている。これも彼女の性格なんだろう。
ぬいぐるみが着ているのはロゼリアの衣装で、その手触りからして私たちが実際に着用しているものと同じ材質を使っているだろうことがうかがえた。
しかし一番驚いたのは髪の毛だ。
どんな素材を使ったのか、白金さんの見事な黒髪を忠実に再現している。手触りも非常にさらさらしていて、シャンプーの香りまで漂うのだからすごい。なんという凝り性。
彼女に手渡されてから一番にそれが目についたから、髪を撫でながら思わずどんな素材を使っているのか聞いてしまった。
しかし白金さんはどこか恍惚とした表情で、「企業秘密……です」と言っていた。これもサプライズを楽しむ彼女の悪戯心なんだろう。
だから私もお礼を言って、それ以上は深く聞かずにそのぬいぐるみを貰うことにした。
260: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:47:32.78 ID:/TnOWcpU0
九月九日
通りすがる風景に、秋の陽はなんだかやけに鋭利だ。
この陽射しがさすのは私の肌か、いつかの雨にまみれた野晒しの古傷か。
止まない雨はないとは人は言うけれど、雨に打たれた過去がなくなる訳はない。
自分の首を絞めて、自分を追い詰めて。
引くに引けない場所にまで来て、ようやく私は本音を言えた。
とうとう本音を言ってしまった。
秋時雨が地を打つ。
古傷に雨粒の爆ぜた音が染み入って、思い出と呼ぶには汚れすぎた、腐ったドブ川みたいな感傷がのたうち回る。
それはいつしか雨避けからも転げ出て、痛みの雨に曝される。
悩み多き私の音に結実を。
声なき声には抵抗の扇動を。
悩み多き私の過去に終止符を。
陽が沈む。いつ終わるともしれないけれど、今日が確かに終わる宵。
耳鳴りみたいな感じで、
私の音が鳴って
私の音、がなって
頭痛みたいにわずらって、古傷みたいにはびこって、今日はずっと眠れない。
そういう夜を言葉と呼びたい。
……さめざめと降りしきる雨音にやけにアンニュイな気持ちになってしまった。こんな長い夜に詩集なんて読み耽るんじゃなかった。
けど、まぁ、こういう日もあるわよね。
ただ明日以降の私がこれを見たら確実にベッドをのたうち回ることになるから、眠りにつく前に上から塗りつぶしてしまおう。
261: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:48:52.21 ID:/TnOWcpU0
9月14日
お弁当パーティーも一週間後に差し迫った。
陽射しもだんだんと夏から遠ざかって、もうだいぶ柔らかくなってきた。これなら来週は心地のいい陽気の下でお弁当パーティーが開催されるだろう。そう思うと少し足取りが軽くなる。
しかし、どうにも白鷺さんは憂鬱そうだ。教室の自分の机に頬杖をついて、窓の外を眺めてため息を吐き出していた。
少し心配になったから彼女に声をかけてみた。すると、来週のパーティーが近づいてくるとどんどん不安になる、というようなことを言われた。
私は彼女を安心させようと「大丈夫よ。みんなそこまで手の込んだものや、闇鍋のようにとても食べられないようなものを作ってくる訳でもないんだから」と励ましたけれど、その言葉を聞いて白鷺さんはさらに深いため息を吐き出してしまった。
どうしたものか、と思っていると、
「紗夜ちゃんのそういうところに苦しめられているのか助けられているのか……」
なんてぼやいていた。なんのことだろうか?
分らなかったけれど、「まぁ、そうね。気分的には闇鍋そのものだけれど……花女の3年生5人だけなんだし、きっと何事もないわよね」と言って、白鷺さんはふっと肩の力を抜いてくれた。
だからきっとこれでよかったのだろう。あと、サプライズのことはちゃんと黙っていよう。
そう思って微笑んでいると、白鷺さんに不思議そうな顔で「どうしたの?」と言われた。
私は正直に、「白鷺さんの悩みが軽くなったことが嬉しいんですよ」と答えた。
するとどうしてか彼女は心底呆れ果てた顔になってしまった。
そして「気持ちは嬉しいけれど、そういうところよ、紗夜ちゃん」なんて言われたけれど、何のことだかさっぱり分からなかった。
262: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:50:24.64 ID:/TnOWcpU0
9月27日
いよいよ明日はお弁当パーティーだ。
天気予報も快晴で、気温は少しだけ高いけれど湿度は低いから、木陰に座ればとても気持ちのいい陽気だろう。
私もこの日の為に、羽沢さんのもとで6回ほど修行に励んだ。その成果を出す時だ。
……それにしても、料理教室の回数を重ねるごとに、だんだん羽沢さんの距離が近くなっているような気がする。
最初の料理教室では成人男性一人分くらいの距離を保っていたのに、一昨日の教室では拳ふたつ分くらいの距離をずっとキープしていたような覚えがあった。
けど、「そっちの方が教えやすいので……」と羽沢さんも言っていたし、そういうものなのだろう。
羽沢さんといえば、アフターグロウのみなさんもお弁当パーティーに参加するらしい。
さらに北沢さんはハローハッピーワールドのみなさんを誘ったというし、市ヶ谷さんも私とふたりきりになるとやたらソワソワしていたらか、ポッピンパーティーのみなさんに声をかけていそうだ。
それから日菜も「モカちゃんに聞いたよー! あたしとイヴちゃんと麻弥ちゃんも参加するよ!」と言っていたし、恐らく巴さん経由で宇田川さんや今井さんたちにも伝わっているだろうから、なんだかんだガールズバンドパーティーに参加した全員が集まるのかもしれない。
白金さんのサプライズでこんなにも多くの人を集めることが出来るというのは、間違いなく彼女の成長の証だろう。
私もそれに負けないように、羽沢さんに教わった、羽沢家一子相伝、社外秘の料理を振る舞うことにしよう。これは言ってみれば女子による女子の為のお弁当の勝負なのだから、出し惜しみなんてせずに全力で挑もう。みんなそうするはずだ。
……まぁ、日菜はケンタッ〇ーフライドチキンのクーポンを握りしめていたから、きっと出来合いのものを持ってくるでしょうけど。
ともあれ、もう明日のお弁当の下準備も全て終わっている。あとはしっかり眠って英気を養うだけだ。
気持ちのいい秋の空の下での、大人数でのお弁当パーティー。
こうして字にするだけでも楽しそうな響きをしている。明日が楽しみだ。
おわり
263: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2019/09/28(土) 20:53:25.39 ID:/TnOWcpU0
オチに納得がいかなかったので、>>221の期待に沿えているかは分かりませんが、後日談っぽいことでお茶を濁すことにしました。
これで正真正銘の終わりです。その先のことは僕は知りません。
こんなところにまでお付き合いいただきありがとうございました。
HTML化依頼出してきます。
SS速報VIP:【バンドリ】白鷺千聖「百合度を測定する機械」【コンマとか】