1: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:17:05.80 ID:wIw/M24uO
「えぇっとぉ…」
携帯電話を耳に当てたまま、辺りをキョロキョロ
「…諏訪湖?」
「諏訪湖?長野のですか?」
「そうみたいです…」
4: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:19:57.98 ID:wIw/M24uO
おかしいわねぇ…
渋谷駅から代々木駅まで行くつもりだったのだけれど…
「今日のレッスンはお休みで構いませんから。ちゃんと帰ってこれますよね?」
「私、子供じゃありませんよ、律子さん」
「全然説得力無いんですけど…」
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
「いえ、現在進行形で心配してるんですけど」
その言葉には返答せずに電話を切った
私、そんなに信用無いのかしら?
長野ってことは…
東に向かえばいいのよね?
せっかくだから、諏訪湖の周りを散歩していこうかしら?
湖面の凍結した諏訪湖は、どこか静謐な佇まい
「あらぁ?あれは何かしら?」
10分ほど歩いた所に、それは立っていた
「赤旗?」
氷に覆われた湖を背に、風を受けてはためく赤い旗
それはずいぶんと色褪せてしまっていた
あの映画監督さんは…
えぇっとぉ…
確か台湾の…
そう、候考賢さん
候さんの作品に出てきそうな、どこか懐かしい風景
「何かの目印かしら?」
傍らに置かれた看板には
「氷に乗ってはダメですよ?」
という内容の注意書き
…残念
乗れないのね、氷
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
赤旗に寄り添うようにして湖面を眺めていると、おばあちゃんに声をかけられた
横にいるおじいちゃんは、きっと旦那様よね?
「うふふ。湖に見とれてしまっていました」
「まぁまぁ、寒いだろうに」
「大丈夫です。ところでおばあちゃん、あの赤旗は?」
「あぁ。それはね、『スケートできません』って意味さ」
「スケート?湖で、ですか?」
「ここ何年かはずっと赤旗だけどねぇ」
「そうなんですか」
「滑れるときは白旗。もっとも、もう白旗が立つことは無いんだろうけどねぇ。危ないから」
「おばあちゃんもここで滑ったんですか?」
「ずーっと昔にね。そのときは下駄スケートだったよ。モンペ履いてね」
刃の付いた下駄を履いて湖の上を滑る、モンペ姿の女の子たち
たまに転んでも、はにかみながらすぐに立ち上がる
そしてまた滑り始めて…
素敵な光景だなぁ
「お嬢ちゃん、旅行かい?」
「あ、いえ…迷子になってしまって」
「迷子?どこから来たんだい?」
「東京です。気付いたらここにいました」
「アハハ、面白いお嬢ちゃんだねぇ」
「うふふ、そうですね」
あの人に出会ってから、私は迷ってばかり
真っ直ぐ歩きたいのに、気がつくと反対方向…
いまだって、あの人からの電話を待っている
「向かえにきてください」
って言いたくて
…言えないんでしょうけどね、きっと
「もうすぐ日が暮れるけど、宿は決まってるのかい?」
「いえ、すぐに帰るつもりだったので…」
「良かったらウチにお泊まりよ」
「いえ、ご迷惑でしょうから」
「なぁに、じいさんと二人暮らしだから、気兼ねしなくてもいいんだよ」
おじいちゃんに目線を移すと…
右手の親指を立てて、ニッコリ笑っていた
「…では、一晩だけご厄介になります」
「うん。それじゃ行こうかね」
歩き出したお二人の後を歩きながら、湖を振り返ってみた
赤い旗はまだ、風にはためいていた
案内されたのは二階建てのおウチ
古いけれど、大事に使われてきたのがよくわかるおウチだった
「築62年になるかねぇ。じいさんと結婚した年に建てた家だから」
62年…
62年前のある日、ここに新しい家が建った
それから今日まで、お二人の嬉しかったことや悲しかったことを見守り続けてきた
そしていつか、お二人の最後の時も…
「さぁ、お上がり。客間に案内するからね」
「はい、お邪魔します」
おウチの中も、やっぱり大事に使い込まれていた
案内された客間は、私には勿体ないくらい広くて立派だった
途中のスーパーで買ったお泊まりセットを置き、律子さんにメールを送る
ちゃんと明日には帰るから、心配しないでくださいね、っと
すぐに返信がきた
「のんびり待ってます」
だって
呆れてるのかなぁ?
ちゃんとお土産買って帰りますからね
「お嬢ちゃん、先にお風呂入っておいで。その間に夕飯の支度するから」
「そんな。お二人より先に入るわけには…」
「いいんだよ。お嬢ちゃんはお客さんなんだから。じいさんも文句言う人じゃないから」
そういう扱いに慣れてないから、戸惑ってしまったけれど…
「…わかりました。お先に頂きます」
ここはご好意に甘えるべき、よね?
「わぁ…」
五右衛門風呂、って言うのかしら?
大きなお釜みたいな湯船
さすがに、薪で沸かすわけではないみたいだけれど
うふふ
なんだか、時代劇の登場人物になったみたい
髪をショートにしてから、お風呂の時間がだいぶ短くなったのよね
乾かすのもラクだし
事務所の子たちはロングヘアが多いから、短くしたらちょっとだけ目立つかな、って
誰に対してかは…
うふふ、内緒です
「お先に頂きました」
お風呂からでて居間に行くと、おばあちゃんの手料理がテーブルの上に並べられていた
ワカサギの南蛮漬けに炙った鶏肉
山菜のおこわに、それから…
「あぁ、それは出汁巻き玉子だよ」
「おばあちゃんすごいです!」
「…いや、造ったのはじいさんなんだけどね」
「え?おじいちゃん?」
照れくさそうにテレビを見つめるおじいちゃん
「この人、元板前でねぇ。お嬢ちゃんが泊まるからって張り切っちゃって」
「そうなんですか、おじいちゃん?」
「…知らねぇ」
私とおばあちゃんは、顔を見合わせて笑っちゃった
可愛いですね、おじいちゃん
「お酒も呑むかい?」
「え?じゃあ、少しだけ」
お猪口に注がれた熱燗から、日本の香りがした
私が生まれるずっと前の、懐かしい日本の香り
それはお二人が守ってきたこのおウチのように、優しくて凛としていた
「おじいちゃん、どうぞ」
お酌したときも、私の方を見ようとしないおじいちゃん
「まったくこの人は、年甲斐もなく!」
って叱っているおばあちゃん
いいなぁ、こういうの
「おじいちゃんはおばあちゃんのどこを好きになったんですか?」
少し酔ってきたから、思い切って聞いてみた
おばあちゃんの困った顔、可愛いかったなぁ
でもおじいちゃん
「…昔は可愛らしかったんだよ、昔は」
はヒドいですよ?
「おばあちゃんは?」
「口が上手かったんだ、この人」
「え?」
「あのとき口車に乗って部屋まで着いていったのが悪かったんだね」
「あ、あの、おばあちゃん?」
酔ってますね、おばあちゃん
恥ずかしいから、そこから先は言わないでください…
「お嬢ちゃんはどうなんだい?べっぴんだからモテるだろ?」
「え?うーん…そういうのが苦手で…」
「奥手なんだねぇ」
「はい…お恥ずかしいですけど」
「恥ずかしくなんてないさ。ウチの孫娘なんてハタチ過ぎで二人の子持ちだよ」
「まぁ…」
「しかも種違いのね」
え?た、たね?
えぇっとぉ…
タ、タネ?
「お嬢ちゃんを見てるとなんだか安心するよ。大和撫子って言うのかねぇ?」
「いえ、そんな立派なものでは…」
「胸はたいそう立派だけどね。アハハハ」
…おばあちゃん、もうお酒は止めましょう
「ごめんなさい。ちょっと酔い醒ましに」
お酒とおばあちゃんのせいで顔が熱くなったから、縁側に出てみた
冷たいはずの夜風がどこか心地いい
そのとき、おばあちゃんから借りた浴衣の袖口に入れていた携帯電話が鳴った
…プロデューサーさん
「…もしもし」
「あずささんですか?」
「はい」
「律子から聞きました。ちゃんと帰ってこれますか?」
「…迎えに」
「はい?ちょっと電話が遠いみたいですけど」
「…大丈夫です。ちゃんと帰れます」
「ホントですか?俺、迎えに行きましょうか?」
「…バカ」
「え?すいません、よく聞こえなくて」
迎えに来られたら…
どんな言葉が飛び出してしまうか自分にもわからない
だからもう一度だけ、その人に向けて呟いた
「…バカ。おやすみなさい!」
「え?あの…」
一方的に電話を切ると、何故だか涙が出てきた
声の途絶えた携帯電話には私の熱が移っていて、少しだけ熱かった
居間に戻ると、おばあちゃんに心配されちゃった
「どうしたんだい?誰に泣かされたの?」
「いえ…自分で泣いてるんです」
帰る場所があるから迷子になれるんだな、って
それがやっとわかったから
「…今度は二人でおいで」
そう呟いたおじいちゃんは、やっぱり私を見ようとはしてくれなかった
でも、ありがとう、おじいちゃん
食器を洗おうとしたら、お二人から叱られちゃった
お客さんにそんなことさせられない、って
ありがとうございます、お二人とも
ここにも私の帰る場所ができたって、そう思っても良いんですよね?
肩を寄せ合って食器を洗うお二人を見ていたら、私の頭は自然と下がった
お二人におやすみなさいを言ってから客間に戻ると、急に眠気が襲ってきた
呑みすぎよね、私?
布団に潜り込んで目を閉じると、昼間見た赤い旗が浮かんできた
風に揺られながら小さくはためく旗
明日帰る前に、もう一度見ておこう…
6時にセットした携帯のアラームで目が覚めた
起き上がって服を着替え、丁寧に浴衣を畳んだ
きっとおばあちゃんもそうしてきたように、丁寧に丁寧に
「おはよう、お嬢ちゃん」
「おはようございます、おばあちゃん」
客間に備え付けられた三面鏡を見ながら髪をセットしていると、おばあちゃんが入ってきた
「はい、これ。電車の中でお食べ」
「まぁ…すみません」
「気にしなくていいよ。造ったのはじいさんだから」
「…うふふ」
おばあちゃんが好きになったのは、口が上手かったからだけじゃないですよね? 言うと照れちゃうだろうから、私は何も言わずにおばあちゃんを抱きしめた
「大丈夫かい?ちゃんと駅まで行ける?」
「はい。もう大丈夫です」
やっぱり心配されちゃうのよね、私
そんなにヒドいかしら?
「…またおいで」
「はい、おじいちゃん。お身体に気をつけて」
「お嬢ちゃんもな」
最後まで朴訥としていたおじいちゃん
あの人にちょっとだけ似ているかな?
「おばあちゃんもお元気で」
「うん。じいさんより先には死ねないからね。この人、寂しがるから」
「…余計なこと言うんじゃねぇ」
「うふふ。ではお二人とも」
なんでだろう?
"ありがとう"でも"さようなら"でもなく、ごく自然にその言葉を口にしていた
「行ってきます」
って
昨日と同じ場所に立ち、湖面を背負った赤い旗を眺めた
目を閉じて想像してみる
小さな男の子が、もっと小さな女の子の手を引きながら駆けてくる
もう一方の手には、二足のスケート靴
今日は白旗だから
優しいおじいちゃんとおばあちゃんは、その光景に目を細めている
そのお二人の姿が、私と誰かさんに重なって…
目を開けると、赤い旗が小さく揺れていた
もう少しだけ、私は迷子になります
そして本当に迷ったら、またここに来ます
二つの"帰る場所"を繋ぐ、色褪せた赤い旗
私が見つけた、いつかの風景
お し ま い
あらぁ、終わりなんですかぁ?
はい、終わりです、あずささん
さて、読み返してきます
元スレ
おかしいわねぇ…
渋谷駅から代々木駅まで行くつもりだったのだけれど…
「今日のレッスンはお休みで構いませんから。ちゃんと帰ってこれますよね?」
「私、子供じゃありませんよ、律子さん」
「全然説得力無いんですけど…」
「大丈夫です。ご心配おかけしました」
6: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:22:03.69 ID:wIw/M24uO
「いえ、現在進行形で心配してるんですけど」
その言葉には返答せずに電話を切った
私、そんなに信用無いのかしら?
長野ってことは…
東に向かえばいいのよね?
7: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:24:22.82 ID:wIw/M24uO
せっかくだから、諏訪湖の周りを散歩していこうかしら?
湖面の凍結した諏訪湖は、どこか静謐な佇まい
「あらぁ?あれは何かしら?」
10分ほど歩いた所に、それは立っていた
「赤旗?」
10: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:28:42.12 ID:wIw/M24uO
氷に覆われた湖を背に、風を受けてはためく赤い旗
それはずいぶんと色褪せてしまっていた
あの映画監督さんは…
えぇっとぉ…
確か台湾の…
そう、候考賢さん
候さんの作品に出てきそうな、どこか懐かしい風景
11: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:30:54.40 ID:wIw/M24uO
「何かの目印かしら?」
傍らに置かれた看板には
「氷に乗ってはダメですよ?」
という内容の注意書き
…残念
乗れないのね、氷
13: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:34:01.47 ID:wIw/M24uO
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
赤旗に寄り添うようにして湖面を眺めていると、おばあちゃんに声をかけられた
横にいるおじいちゃんは、きっと旦那様よね?
「うふふ。湖に見とれてしまっていました」
14: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:36:24.37 ID:wIw/M24uO
「まぁまぁ、寒いだろうに」
「大丈夫です。ところでおばあちゃん、あの赤旗は?」
「あぁ。それはね、『スケートできません』って意味さ」
「スケート?湖で、ですか?」
「ここ何年かはずっと赤旗だけどねぇ」
15: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:39:04.12 ID:wIw/M24uO
「そうなんですか」
「滑れるときは白旗。もっとも、もう白旗が立つことは無いんだろうけどねぇ。危ないから」
「おばあちゃんもここで滑ったんですか?」
「ずーっと昔にね。そのときは下駄スケートだったよ。モンペ履いてね」
16: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:41:12.70 ID:wIw/M24uO
刃の付いた下駄を履いて湖の上を滑る、モンペ姿の女の子たち
たまに転んでも、はにかみながらすぐに立ち上がる
そしてまた滑り始めて…
素敵な光景だなぁ
18: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:43:35.88 ID:wIw/M24uO
「お嬢ちゃん、旅行かい?」
「あ、いえ…迷子になってしまって」
「迷子?どこから来たんだい?」
「東京です。気付いたらここにいました」
「アハハ、面白いお嬢ちゃんだねぇ」
「うふふ、そうですね」
19: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:46:23.47 ID:wIw/M24uO
あの人に出会ってから、私は迷ってばかり
真っ直ぐ歩きたいのに、気がつくと反対方向…
いまだって、あの人からの電話を待っている
「向かえにきてください」
って言いたくて
…言えないんでしょうけどね、きっと
20: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:49:08.03 ID:wIw/M24uO
「もうすぐ日が暮れるけど、宿は決まってるのかい?」
「いえ、すぐに帰るつもりだったので…」
「良かったらウチにお泊まりよ」
「いえ、ご迷惑でしょうから」
「なぁに、じいさんと二人暮らしだから、気兼ねしなくてもいいんだよ」
21: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:52:37.96 ID:wIw/M24uO
おじいちゃんに目線を移すと…
右手の親指を立てて、ニッコリ笑っていた
「…では、一晩だけご厄介になります」
「うん。それじゃ行こうかね」
歩き出したお二人の後を歩きながら、湖を振り返ってみた
赤い旗はまだ、風にはためいていた
23: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:55:58.91 ID:wIw/M24uO
案内されたのは二階建てのおウチ
古いけれど、大事に使われてきたのがよくわかるおウチだった
「築62年になるかねぇ。じいさんと結婚した年に建てた家だから」
62年…
24: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 22:58:30.43 ID:wIw/M24uO
62年前のある日、ここに新しい家が建った
それから今日まで、お二人の嬉しかったことや悲しかったことを見守り続けてきた
そしていつか、お二人の最後の時も…
25: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:03:39.86 ID:wIw/M24uO
「さぁ、お上がり。客間に案内するからね」
「はい、お邪魔します」
おウチの中も、やっぱり大事に使い込まれていた
案内された客間は、私には勿体ないくらい広くて立派だった
途中のスーパーで買ったお泊まりセットを置き、律子さんにメールを送る
ちゃんと明日には帰るから、心配しないでくださいね、っと
30: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:10:17.95 ID:wIw/M24uO
すぐに返信がきた
「のんびり待ってます」
だって
呆れてるのかなぁ?
ちゃんとお土産買って帰りますからね
32: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:14:48.47 ID:wIw/M24uO
「お嬢ちゃん、先にお風呂入っておいで。その間に夕飯の支度するから」
「そんな。お二人より先に入るわけには…」
「いいんだよ。お嬢ちゃんはお客さんなんだから。じいさんも文句言う人じゃないから」
そういう扱いに慣れてないから、戸惑ってしまったけれど…
「…わかりました。お先に頂きます」
ここはご好意に甘えるべき、よね?
33: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:18:50.49 ID:wIw/M24uO
「わぁ…」
五右衛門風呂、って言うのかしら?
大きなお釜みたいな湯船
さすがに、薪で沸かすわけではないみたいだけれど
うふふ
なんだか、時代劇の登場人物になったみたい
36: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:23:25.76 ID:wIw/M24uO
髪をショートにしてから、お風呂の時間がだいぶ短くなったのよね
乾かすのもラクだし
事務所の子たちはロングヘアが多いから、短くしたらちょっとだけ目立つかな、って
誰に対してかは…
うふふ、内緒です
37: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:28:11.28 ID:wIw/M24uO
「お先に頂きました」
お風呂からでて居間に行くと、おばあちゃんの手料理がテーブルの上に並べられていた
ワカサギの南蛮漬けに炙った鶏肉
山菜のおこわに、それから…
「あぁ、それは出汁巻き玉子だよ」
「おばあちゃんすごいです!」
「…いや、造ったのはじいさんなんだけどね」
39: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:31:33.80 ID:wIw/M24uO
「え?おじいちゃん?」
照れくさそうにテレビを見つめるおじいちゃん
「この人、元板前でねぇ。お嬢ちゃんが泊まるからって張り切っちゃって」
「そうなんですか、おじいちゃん?」
「…知らねぇ」
私とおばあちゃんは、顔を見合わせて笑っちゃった
可愛いですね、おじいちゃん
41: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:36:40.72 ID:wIw/M24uO
「お酒も呑むかい?」
「え?じゃあ、少しだけ」
お猪口に注がれた熱燗から、日本の香りがした
私が生まれるずっと前の、懐かしい日本の香り
それはお二人が守ってきたこのおウチのように、優しくて凛としていた
42: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:39:08.49 ID:wIw/M24uO
「おじいちゃん、どうぞ」
お酌したときも、私の方を見ようとしないおじいちゃん
「まったくこの人は、年甲斐もなく!」
って叱っているおばあちゃん
いいなぁ、こういうの
43: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:42:04.29 ID:wIw/M24uO
「おじいちゃんはおばあちゃんのどこを好きになったんですか?」
少し酔ってきたから、思い切って聞いてみた
おばあちゃんの困った顔、可愛いかったなぁ
でもおじいちゃん
「…昔は可愛らしかったんだよ、昔は」
はヒドいですよ?
44: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:46:16.46 ID:wIw/M24uO
「おばあちゃんは?」
「口が上手かったんだ、この人」
「え?」
「あのとき口車に乗って部屋まで着いていったのが悪かったんだね」
「あ、あの、おばあちゃん?」
酔ってますね、おばあちゃん
恥ずかしいから、そこから先は言わないでください…
46: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:51:10.85 ID:wIw/M24uO
「お嬢ちゃんはどうなんだい?べっぴんだからモテるだろ?」
「え?うーん…そういうのが苦手で…」
「奥手なんだねぇ」
「はい…お恥ずかしいですけど」
「恥ずかしくなんてないさ。ウチの孫娘なんてハタチ過ぎで二人の子持ちだよ」
「まぁ…」
「しかも種違いのね」
え?た、たね?
えぇっとぉ…
タ、タネ?
47: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:54:11.98 ID:wIw/M24uO
「お嬢ちゃんを見てるとなんだか安心するよ。大和撫子って言うのかねぇ?」
「いえ、そんな立派なものでは…」
「胸はたいそう立派だけどね。アハハハ」
…おばあちゃん、もうお酒は止めましょう
48: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/19(木) 23:57:10.81 ID:wIw/M24uO
「ごめんなさい。ちょっと酔い醒ましに」
お酒とおばあちゃんのせいで顔が熱くなったから、縁側に出てみた
冷たいはずの夜風がどこか心地いい
そのとき、おばあちゃんから借りた浴衣の袖口に入れていた携帯電話が鳴った
…プロデューサーさん
49: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:01:11.77 ID:aTmqWJ6dO
「…もしもし」
「あずささんですか?」
「はい」
「律子から聞きました。ちゃんと帰ってこれますか?」
「…迎えに」
「はい?ちょっと電話が遠いみたいですけど」
「…大丈夫です。ちゃんと帰れます」
51: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:06:50.25 ID:aTmqWJ6dO
「ホントですか?俺、迎えに行きましょうか?」
「…バカ」
「え?すいません、よく聞こえなくて」
迎えに来られたら…
どんな言葉が飛び出してしまうか自分にもわからない
だからもう一度だけ、その人に向けて呟いた
「…バカ。おやすみなさい!」
「え?あの…」
一方的に電話を切ると、何故だか涙が出てきた
声の途絶えた携帯電話には私の熱が移っていて、少しだけ熱かった
54: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:13:13.37 ID:aTmqWJ6dO
居間に戻ると、おばあちゃんに心配されちゃった
「どうしたんだい?誰に泣かされたの?」
「いえ…自分で泣いてるんです」
帰る場所があるから迷子になれるんだな、って
それがやっとわかったから
「…今度は二人でおいで」
そう呟いたおじいちゃんは、やっぱり私を見ようとはしてくれなかった
でも、ありがとう、おじいちゃん
55: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:18:02.34 ID:aTmqWJ6dO
食器を洗おうとしたら、お二人から叱られちゃった
お客さんにそんなことさせられない、って
ありがとうございます、お二人とも
ここにも私の帰る場所ができたって、そう思っても良いんですよね?
肩を寄せ合って食器を洗うお二人を見ていたら、私の頭は自然と下がった
57: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:23:53.43 ID:aTmqWJ6dO
お二人におやすみなさいを言ってから客間に戻ると、急に眠気が襲ってきた
呑みすぎよね、私?
布団に潜り込んで目を閉じると、昼間見た赤い旗が浮かんできた
風に揺られながら小さくはためく旗
明日帰る前に、もう一度見ておこう…
58: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:28:35.53 ID:aTmqWJ6dO
6時にセットした携帯のアラームで目が覚めた
起き上がって服を着替え、丁寧に浴衣を畳んだ
きっとおばあちゃんもそうしてきたように、丁寧に丁寧に
「おはよう、お嬢ちゃん」
「おはようございます、おばあちゃん」
客間に備え付けられた三面鏡を見ながら髪をセットしていると、おばあちゃんが入ってきた
59: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:31:52.15 ID:aTmqWJ6dO
「はい、これ。電車の中でお食べ」
「まぁ…すみません」
「気にしなくていいよ。造ったのはじいさんだから」
「…うふふ」
おばあちゃんが好きになったのは、口が上手かったからだけじゃないですよね? 言うと照れちゃうだろうから、私は何も言わずにおばあちゃんを抱きしめた
60: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:35:41.03 ID:aTmqWJ6dO
「大丈夫かい?ちゃんと駅まで行ける?」
「はい。もう大丈夫です」
やっぱり心配されちゃうのよね、私
そんなにヒドいかしら?
「…またおいで」
「はい、おじいちゃん。お身体に気をつけて」
「お嬢ちゃんもな」
最後まで朴訥としていたおじいちゃん
あの人にちょっとだけ似ているかな?
63: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:39:39.09 ID:aTmqWJ6dO
「おばあちゃんもお元気で」
「うん。じいさんより先には死ねないからね。この人、寂しがるから」
「…余計なこと言うんじゃねぇ」
「うふふ。ではお二人とも」
なんでだろう?
"ありがとう"でも"さようなら"でもなく、ごく自然にその言葉を口にしていた
「行ってきます」
って
65: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:45:30.02 ID:aTmqWJ6dO
昨日と同じ場所に立ち、湖面を背負った赤い旗を眺めた
目を閉じて想像してみる
小さな男の子が、もっと小さな女の子の手を引きながら駆けてくる
もう一方の手には、二足のスケート靴
今日は白旗だから
優しいおじいちゃんとおばあちゃんは、その光景に目を細めている
そのお二人の姿が、私と誰かさんに重なって…
67: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:51:16.83 ID:aTmqWJ6dO
目を開けると、赤い旗が小さく揺れていた
もう少しだけ、私は迷子になります
そして本当に迷ったら、またここに来ます
二つの"帰る場所"を繋ぐ、色褪せた赤い旗
私が見つけた、いつかの風景
お し ま い
71: ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ 2012/01/20(金) 00:52:43.45 ID:aTmqWJ6dO
あらぁ、終わりなんですかぁ?
はい、終わりです、あずささん
さて、読み返してきます
「あずささん、いまどこですか!?」