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SS速報VIP:P「有為転変のレガシー」
1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:12:51.21 ID:Zu4Oc0To0
●はじめに
これは、以前書かせていただいたSS P「離合集散のディスコード」の、
小鳥さんのお母さんがアイドルだったならば、という世界のifです。
また、2つ前のSSの、P「起死回生のST@RT」と、
「空」、「花」、「光」、「幸」という曲を知っていると、少し繋がるかもしれません。
「Steins;Gate」のクロスのような内容ではありません。
ここでの「P」とは、高木順二朗、黒井崇男の2人の事を指しています。
他、何か補足があれば、途中もしくは、最後に記載すると思います。
では、よろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1362467571
2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:17:14.16 ID:Zu4Oc0To0
[ ??? ]
『――――――――夢の先が、見つからない』
[ ??? ]
『…まだ、彼女に事務員をさせているのか』
「………」
『もう、彼女らのことは諦めたらどうだ』
「………」
『物事は移り変わる…有為転変、だ…』
「………私たちに」
「私たちに、その話をする権利は、ないんだ」
「…けれど…」
「…ましてや、もう1つの未来を想像することも、創造することも、もう、許されてはいない」
「…あの日、から…」
『………』
「私たちに、たった1つだけ、許されていることがあるとするなら――――」
「――――――『彼女』という…私たちの遺産を見守っていること、だけなのだから…」
『有為転変のレガシー』
[ 過去 ]
社長「ふむ、君たちが今年の新卒の新人だ…たった2人の」
高木「はい!よろしくお願いします!」
黒井「よろしくお願いします」
社長「だが…うちに新卒で入れるほどの能力を持っている…という事だ」
社長「熟練の業界人らの引き抜きをメインの採用としているが…これがはじめての新卒採用だ」
社長「期待している…我がプロダクションの期待の新人だよ」
社長「我がプロダクションに、利益と繁栄をもたらしてくれることを祈っている」
黒井「望むままに、結果をご覧にいれてみせます」
高木「ぼく…いえ、私も、頑張ります!」
社長「ははは…印象が正反対な2人だが、しかし、それがいいのかもしれないな」
社長「最初は細々とした書類事務からだが、君たちの能力ならばすぐにプロデューサーになるだろう」
社長「では、後は教育係の者に任せてある…もっと話をしたいところだが、急いでいて…すまないな」
黒井「いえ、ありがとうございました」
高木「ありがとうございました!」
パタン
高木「えーと…黒井さん、だよね?これから、よろしく」
黒井「ああ…私のことは、黒井で構わない…よろしく」
高木「これから力を合わせて頑張っていこう!…2人しかいないと、やはり心細くてね…ははは」
黒井「…私は1人でもこなしてみせる」
高木「す、すごい自信だな…」
黒井「…お前もそうだろう…この大手プロダクションに新卒で採用されるなど」
黒井「お前にも、秘めたる何かがあったからこそ採用されたのだ」
黒井「熟練の業界人でも入ることは容易い事ではない、このプロダクションに入ることは」
高木「…あー…私は自分にそんな能力があるとは思えないけど…ありがとう」
黒井「…ふん、そろそろ研修の時間だ…遅れてはいけない、とっとと行くぞ」
―――
――
―
―
――
―――
教育係「…以上で、書類事務、電話対応の説明を終了します、何か質問は」
黒井「ありません…ありがとうございました」
高木「わ、私も…あり…ません、ありがとうございました」
教育係「この業界では様々な文化にフィット出来る性質とスピードが問われますので…ご理解を」
黒井「…いえ、短時間ながらも、非常に理解しやすい説明でした」
教育係「ありがとうございます、それでは」
パタン
黒井「……おい、お前」
高木「…え?あ、ど、どうしたんだ?」ペラペラ
黒井「…先程の説明、理解しきれていないだろう…どこが分からない」
高木「いや、そんな…」
高木「……すまない、ここと…ここが、どうしても分からなくて…」
黒井「…貸してみろ」
黒井「ここに記載されている電話対応のマニュアルのこの部分については―――――」
高木「えーと…それだと、こういう場合ならどうかな?例えば――――」
黒井「そういう場合なら、前のページの対応を応用して―――――」
高木「…ああ…すまない、もう一度説明を頼む――――」
黒井「…わかった、では、こう例えよう…図に表すと、こうだ――――――」
―――
――
―
黒井「…以上だ…他に分からないところはあるのか」
高木「いや…もう、ない」
黒井「そうか、では私はこれで失礼する」
高木「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
黒井「……何だ、まだ分からないところがあるのか」
高木「そ、そうじゃなくて…私の為に、ありがとう、わざわざ…すまない、時間を取らせてしまって」
黒井「……何を勘違いしている」
高木「…え?」
黒井「私がお前に説明をしたのは、たった2人しか居ない新人で、後々私の足を引っ張らないためにだ」
黒井「その平凡な頭脳では、どこにやっていくにも苦労するだろうからな」
高木「……ふ、ふふ…そうか、うん…ありがとう」
黒井「…何を笑っている」
高木「いや…君が冷たい人なのか、優しい人なのか、分からなくてね…ははは」
高木「ああ、黒井…君はこの後、時間はあるかな」
黒井「私には目を通しておかねばならない書類が山積みなのだ…一刻も早く仕事を覚えたい」
高木「そ、そうか…すまない」
黒井「………何の」
黒井「何の用だ」
高木「あ、ああ…お礼に…一杯どうかな、って…君のことも、よく知らないから」
黒井「………ふむ」チラッ
黒井「1時間だけだ」
高木「……え?」
黒井「何度も言わせるな…1時間だけなら、付き合ってやる…私は忙しいのでな」
高木「あ、ありがとう!よし、私もすぐに書類を片付けるから……ああっ」バサッ
黒井「…何をやっているんだ、お前は」
―――
――
―
黒井「…誘っておいて…何だ、この安っぽい居酒屋は」
高木「す、すまない…就職の際にお金を殆ど使ってしまって…持ち合わせが少なくて…その」
黒井「まあ…いいだろう、だが、お前の奢りだ」
高木「うん、お互いのことも少し語ろう…今日は本当にありがとう」
黒井「それはもういい…行くぞ」
―――
――
―
高木「どうかな、値段のわりには美味しい肴もあったと思うんだけど」
黒井「……今度、私がまともな店を教えてやる…お前の常識が嘆かわしい」
高木「そ、そうか…期待にそえず、すまない…じゃあ、楽しみにしているよ」
黒井「………」
黒井「だが…こういう安っぽい味も、久しいが…悪くはなかった」
高木「…ふふ、はは…ありがとう、君はやはり、優しい男だね」
黒井「気持ちの悪いヤツだな」
高木「褒め言葉として、受け取っておこうかな」
黒井「ふん…では、私は帰るぞ」
高木「ああ」
社長「…ふむ、君たちも2日目にして凄まじいスピードで仕事を吸収しているね」
高木「はい!黒井が、昨日丁寧に教えてくれていたので…彼のおかげです」
社長「そうかそうか、もうそんなに仲良くなったのか…これは、心配も無用だな」
高木「ええ!」
社長「…そうだね、この業務に本格的に慣れたら、次はプロデューサーの付き添いをしてもらおうかな」
黒井「わかりました」
社長「これで、君たちの仕事に熱が入ることを期待しているよ」
高木「は、はい!もちろんです!頑張ります!」
社長「ああ、今回もすまないが…私は出てくるよ」
黒井「お疲れ様です」
高木「お疲れ様です!」
高木「…さて、仕事頑張らないとな、黒井!」
黒井「……当たり前だ…静かに仕事が出来ないのか、お前は…」カタカタ
高木「ご、ごめん…」カタカタ
―――
――
―
社長「では、本日はプロデューサーの付き添いを行ってもらう」
社長「契約や、契約書の作成などは電話対応や書類事務でひと通りこなしたと思うが」
社長「今日はとりあえず各プロデューサーの営業方法を学んでもらう」
社長「特にマニュアルがあるわけではない…見て学んで、応用してほしい」
高木「わかりました!」
黒井「わかりました」
社長「うんうん、いい返事だ…君たちは仕事も早い、きっとすぐに慣れるはずだ」
社長「では、下にプロデューサーを待たせている…行ってくれたまえ」
―――
――
―
―
――
―――
黒井「ただいま戻りました」
高木「戻りました!」
社長「ああ、どうだったかな、彼の手腕は身につきそうかな」
黒井「はい、見ているだけでも素晴らしいものでした」
社長「そうか…では、早いかもしれないが、これからは営業の仕事に回ってほしい」
社長「えーと…ああ、これがリストだ…長い付き合いの局、店舗のね」
社長「テレビ、ラジオ、キャンペーンガール、雑誌、地方…どれでも、取れるものから」
社長「我が社にはアイドルが溢れかえっているからね…仕事はあっても足りないくらいだ」
社長「取れるなら、好きなだけ取ってきてくれて構わないから、頼むよ」
社長「アイドルの長所短所など関係ない…何事も慣れなのだからね、ははは」
社長「プロデューサーも人員不足でね…彼女らは1人で仕事に行き、帰ってくる…担当アイドルは別だが」
社長「何かが一発当たれば、それで売っていけばいい…人気も出て、アイドルも満足だろう」
黒井「わかりました…ご希望にそえるよう」
高木「…はい」
社長「ま、明日からだ…帰って、やり方、出来事を整理しておくといい」
黒井「…失礼します」
高木「…黒井」
黒井「何だ?」
高木「私は…あの社長が、何か…好きになれそうにないんだ」
黒井「………」
黒井「アイドルの希望、長所を育成しようとしない点…か」
高木「うん…アイドルは、人を笑顔にさせたり…歌を歌って、みんなを元気づけたり」
高木「私は…そんな仕事だと思っているんだ」
高木「もちろん、何事も慣れ、って言うのは一理あると思ってる…その通りだから」
高木「…けど、アイドルの希望を無視して、仕事をさせるなんて…かわいそうだ」
高木「溢れかえって…なんて、まるで、モノのように…」
黒井「………確かに、1つ何かの拍子に売れたとしても…やがて流行は去っていく」
黒井「何かに秀でたわけでもなく、一度転落したら…もう、戻れはしないのだろう…」
黒井「この輝かしき、世界には」
高木「………」
黒井「………だが」
黒井「持てばいい、自分の担当アイドルを」
黒井「言っていただろう?担当アイドルは別だ、と」
黒井「お前がアイドルを担当し、秀でた才能を発掘し、それを武器にし、売れさせる…」
黒井「そうすれば、そのアイドルを起点に…プロダクションが、この業界が、変わっていく」
黒井「だが今は…あの社長の言う通り、どこも一時の流行に乗ることに必死なのだ…だから」
黒井「……だから、お前が、全ての原点、起点となればいい…そうだろう?…高木」
高木「やっと呼んでくれたか、名前を…これで君に、一歩近づいたかな…ははは」
高木「しかし、そうだな…」
高木「変化を、期待しちゃいけないな…自分で、変えていくんだ…みんなを、この業界を」
黒井「…その新たな視点、情熱、思想…それらが、お前がここにいる理由なのかもしれないな」
高木「そうであればいいけれどね…頑張ってみるよ、私にも、目標が出来たんだ」
黒井「…ふん…だが、トップに立つのは私だ…全てのトップになるのは、この、私だ」
高木「では、まさに私たちは仲間であり、ライバル…宿敵、といったところかな」
黒井「…私に仲間など、必要ない」
高木「そう言うな、黒井…君には悪いけど、私はもう既に友人のつもりなのだから」
黒井「本当にお前は、変な奴だな…」
高木「そうでもないと思うけれどね…ああ、そうだ、前に君が言ってた店に行きたいんだが」
高木「ほら、今日はだいぶ早く終わっただろう?ちょうどいいと思わないか」
高木「嘆かわしい常識の私に、いい店を教えてくれると言ってくれただろう?頼むよ」
黒井「………」
黒井「そうだな…これから営業に回る際、まともな店の1件でも知らねばな」
高木「ああ!」
―――
――
―
―
――
―――
黒井「ここだ」
高木「…バーか…えーと…Unamela?」
黒井「店の規模はまだ小さいが…いい店だ…必ず、大きくなるだろう…行くぞ」
・ ・ ・
高木「……すごく、おしゃれなお店だな…何か、緊張してしまうよ」
黒井「前を向いて黙って歩け…仕事の人間にボロが出る前に慣れておけ」
高木「あ、ああ…」
店員「………」コトッ
店員「……お久しぶりですね」
黒井「ああ…相変わらず君は、物覚えがいいようだな」
店員「そうでなくては、このような小さい店では厳しいですからね」
黒井「きっと、この店は大きくなる」
店員「ありがとうございます…そちらの方は?」
黒井「ああ、彼は… …まあ、友人だ…こういう所に慣れていない…何か」
店員「はい」
高木「この店は、ピアノバーなんですね」
店員「ええ、今は、まだ…歌ってくださる方はいらっしゃいませんが」コトッ
高木「ありがとうございます…こんな雰囲気の良いお店で、勿体無いな」
高木「この席からだと、ステージがよく見えるのに」
黒井「…すぐにここには人が集まるようになる」
高木「………」
高木「………だったら」
高木「だったら、私がいつか、アイドルを担当したら…ここで歌わせていただけませんか」
店員「それは、嬉しい限りですね」
黒井「…アイドルを、あのステージにか」
高木「うん…すごく、いいお店だ…ここで歌わせてあげられるぐらいに、有名になって」
高木「歌わせてあげたい…あの、ステージで」
高木「君も、どうかな…私たちが、アイドルを担当したら」
高木「どちらが早く、あそこに自分のアイドルを立たせてあげられるか…」
高木「勝負、だよ」
黒井「……ふ、ふふ…面白い」
黒井「いいだろう…受けよう、その、勝負を」
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「こんにちは…いや、こんばんは、かな」
店員「…お久しぶりですね」コトッ
高木「ありがとう…君とも、もう、長いね…ずいぶん、店も大きくなった」
店員「ええ…おふたりが足繁く通って頂いているおかげで」
高木「そう言ってくれると…彼は、黒井は、まだここに来るかな」
店員「…たまに、いらっしゃいますよ…いつもおふたりが座っていらっしゃった席で」
店員「ステージと、あなたが座っていた席を見て…軽く、氷を揺らしながら」
高木「そうか…」
店員「黒井社長とは…まだ」
高木「………」
店員「………すみません、忘れて下さい…」
高木「いや、いいんだ…こちらこそ、すまないな」
高木「少し、思い出していたんだよ…あの頃の、日々を」
―――
――
―
[ 過去・その後 ]
社長「君たちは恐るべきスピードで成長している…私ですら、驚きを隠せない…」
社長「…十分、1人1人にアイドルを任せても何ひとつ問題はないだろう」
社長「だが…君たちには2人で1人のアイドルを担当してもらう…資料だ」バサッ
社長「彼女らはこれから明らかにこの業界を動かしていく存在となれる、たった1人の逸材だ」
社長「いくら敏腕なプロデューサーでも1人では…恐らく、彼女の才能を発揮することは出来ないだろう…」
社長「だから、君たち2人で…だ」
社長「その彼女を、君たちに任せたい…プロデュースの権限は、君たちに一任する」
黒井「光栄です」
高木「はい!」
社長「彼女は既に奥の部屋で待機している…これからも、頼むよ」
・ ・ ・
コンコン
『はい』
高木「…こんにちは」ガチャッ
『お話は既にある程度、社長から伺っています…はじめまして』
黒井「こちらも、君の事はある程度書面上だが確認している…よろしく」
高木「えーと、私が高木で、彼が黒井だ」
『よろしくお願いします、高木プロデューサー、黒井プロデューサー』
高木「ああ、こちらこそよろしく!長いから、高木さん、黒井さん、とかでいいんじゃないかな」
黒井「それで構わない」
高木「それに、もっとくだけていても構わないんだよ」
『すみません…私、これが素で…失礼でしたら、改めます』
高木「いやいや、そんなことはないさ…緊張でもしていなければ、と思ってね」
『ふふっ…ありがとうございます。でも、私はこれが楽で』
黒井「では、記載事項の確認を行っていこう… …その前に、何か飲み物を」
『あ…よろしければ、私にやらせていただけませんか』
黒井「…君がか」
『ええ…あ、よろしければ、ですけれど…給湯室の場所は、伺っているので』
黒井「…構わない、では、お願いするとしよう」
『はい、では、少々』
パタン
高木「…黒井、間違っても不味い、とか言うんじゃないぞ」
黒井「不味ければ不味い、美味ければ美味い、それだけだ」
高木「……心配だ」
―――
――
―
『すみません、遅くなってしまって…』コトッ
『よろしければ、これからも淹れさせていただければ』
高木「うん、いい香りだ」
高木「………」チラッ
黒井「………ふむ」
黒井「………」
『どうでしょうか…』
黒井「…美味い」
黒井「これからも、お願いするとしよう」
『ありがとうございます…ふふ』
高木「ふう…」
黒井「では、確認をはじめよう」
―――
――
―
―
――
―――
黒井「以上だ…不備、補足、何か」
『いいえ、ありません』
黒井「わかった」
高木「あ!そうだ、聞くのを忘れていたよ…君は、アイドル活動で、何がしたいかな」
高木「これは、私の目標でもあってね…それを、尊重してあげたいんだ」
『………やりたいこと』
『………』
『……歌』
『歌を、歌いたいです…歌が好きで、アイドルに』
高木「うんうん、歌か!わかった、君に歌わせられるように、頑張るよ!」
黒井「ふむ…確かに資料にも歌唱力の欄は…満点か…」
黒井「君は、どこかで普段からレッスンを受けたりしているのか…でなければ」
黒井「どこかそういう所があるならば、記載しておくべき事柄だ」
『いえ…私、そういうところに行くお金はないので…』
『でも、歌が好きだから…普段から、よく歌っています』
『そのおかげかもしれませんね…ふふっ』
高木「すごく、いいね…好きな事が、長所だなんて…アイドルにぴったりじゃないか」
『そう言っていただけると、すごく嬉しいです』
黒井「…明日から、本格的にレッスン、活動を行っていく」
『わかりました』
黒井「今日はもう、帰ってもらっても構わない」
高木「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ…もう1つだけ、聞きたいことがあるんだった」
黒井「…何だ」
高木「大事なことなんだ…大事な」
『…はい?』
高木「君の夢は、何かな?」
高木「アイドルとしてでも…1人の女の娘としてでも構わない…夢を、聞きたい」
高木「君の望むがままの夢を、叶えてあげたい」
『………』
『………おふたりと』
『おふたりと、ずっと一緒に仕事が出来て…楽しく歌が歌えれば…私はそれだけで、幸せです』
『まだ、会って間もないけれど…私のために、一生懸命に』
『わたし、おふたりの期待にこたえられるよう、頑張りたいと思うので』
『小さな夢かもしれませんけど…今は、それが叶えば…私には十分です』
高木「…君は…」
高木「君は、いいアイドルになる…きっと、じゃない…絶対に」
高木「君を、絶対にトップアイドルにしてみせる、そして、叶えよう…その夢を」
高木「きっと、アイドルをやっていくうちに色々な夢を見る」
高木「――――私たちが、君の夢を叶え続ける…どこまでも、永遠に続く夢を見せるから」
『…では、ここからが夢のはじまりで…終わりは、どこにあるのでしょうか』
高木「…どうかな?ははは…私は、それらはきっと繋がって、どこまでも巡り巡ると…そう思う」
高木「言ったろう?どこまでも続く夢を見せる、と…だから、辞めなければ、いつまでも続くよ」
高木「終わりなんて、ないんだ」
高木「諦めさえ、しなければ」
黒井「…それに」
黒井「私も君をプロデュースするのだ…私がいる以上、そんな小さな夢では許されない」
黒井「そんなもの、すぐに叶えて、次の夢を見せてやる」
黒井「だから、もう次の夢を考えておけ」
『………』
『……ふふ…ふ、ふふっ…』
『…よかった』
『わたし、おふたりにプロデュースされることになって…本当に、よかった』
『最初は少し、不安な部分もあったけれど…今はもう、そんなものはありません』
『本当に、ありがとうございます』
『高木さん、黒井さん』
『これから、よろしくお願いします』
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「この写真も…まだ、綺麗なままだ…長い月日が、季節が、過ぎたと言うのに」
高木「毎日…フレームも、手入れしてくれているんだな…ありがとう」
店員「私も…彼女のファンですから、いつまでも…いつまでも」
高木「歳をとって…私は、私の想いを、次の世代に託した」
店員「…彼に、ですか」
高木「ああ…いつもの私の席に、あの角の席に座っていた、彼に」
高木「私や黒井は、もう、夢を見ることは出来ないし…許されてもいない」
高木「けれど…けれど」
高木「何も知らない彼なら、そんな彼だからこそ」
高木「私の見た、最後の夢を…彼に、継いでもらおうと思った」
高木「彼なら…きっと、何も言わずとも…そう、思うんだ」
高木「これが最後の…私のもう1つの――――」
高木「――――遺産、だよ」
―――
――
―
[ 過去・その後 ]
『おはようございます』
高木「……ああ、おはよう!ずいぶん、早いんだね」
『ええ…おふたりも、早いですね』
黒井「私たちは君のプロデューサーだから…当たり前だ」
高木「そういうことだよ」
『では、私はお茶を淹れてきますね』
高木「ありがとう、すまないな」
黒井「期待している」
高木「………」
高木「え!?き、君がそんな事を言うなんて…め、珍しいな…」
黒井「………悪くはないからな」
・ ・ ・
『お疲れ様です』コトッ
高木「ありがとう、やはり本当にいい香りだ…落ち着くね」
黒井「ありがとう」
高木「し、しかしデビュー直後とはいえ、アイドルにこんな事をさせるのは悪いな…」
『いえいえ、喜んでいただければ…それに、これは私が勝手にやっていることなので』
高木「ははは…頭があがらなくなりそうだよ」
高木「あ、そうだ、黒井…デビューしたてだから、話題が出来たらいいなと思って」バサッ
黒井「…ふむ、雑誌社のリストか…取材というわけか」
高木「うん、しかし…芸能雑誌に限らず、種類が多くてね…どこを選べばいいのかと思うんだ」
黒井「なるほど…お前にしては、悪くない考えだ」
高木「だろう?で、どれを選ぼうか…」
黒井「…そうだな…君は暇か」
『え?はい、3時間後にレッスンが入っているだけで、特に他には』
黒井「そうか…では、高木と君はこの雑誌を全て通読してもらう」
黒井「高木…お前の分の仕事は私が全て引き受ける…その中で、興味を惹かれた雑誌を選べ」
高木「わかった、すまない…協力してくれるかな」
『はい、もちろんですよ』
―――
――
―
黒井「………」カタカタ
高木「………」ペラペラ
『………』ペラペラ
『……あ』
『………』カリカリ
―――
――
―
『すみません、レッスンに行ってきます』
黒井「ああ、後で一度様子を見に行く」
高木「頑張って!」
『はい!では、失礼します』
パタン
―――
――
―
『すみません!戻りました』
高木「……はあ、終わった!」
黒井「今戻った…終わったか」
高木「ああ、君の書いてくれていたメモが役だってね…後半はスムーズだった」
『よかったです』
黒井「で…どうだ」
高木「うん、この雑誌なんかどうかな?ほら、見てみてくれ」
黒井「………ふむ」ペラペラ
黒井「…いいだろう、小さな雑誌社だが…ここを使うことにしよう」
黒井「特に、この記者のコラムが面白い…文章も上手い…新人とは思えない」
高木「そうそう、それ、すごく面白いよね…誰にでも分かるように書いてある」
『ええ、写真の配置も、センスというか…そういうのが、ありますよね』
黒井「そうだな…いずれここも大きく成長するのだろう…他の記者の記事も悪くない」
黒井「…では後で契約を取り付けよう…名前を控えておけ」
高木「わかった、えーと…どこだ…あ、あった」
高木「善澤さん、と言うらしい」
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「あの時の彼には、本当に感謝しているんだ」
高木「本当は、彼は書きたくて、伝えたくて、仕方がなかったはずなのに」
店員「善澤さん、ですか」
高木「…そうだ」
店員「あの方も…彼女のファンでしたから」
店員「だから…書かなかったのでしょう…記者として、ではなく…彼女の、1人のファンとして」
高木「私は…私も、黒井も、本当に…みなに支えてられていたんだな」
店員「当たり前ですよ…あの時のみなさんは、支えたくなるような存在でしたから」
店員「誰も彼もが憧れて、望んで、希望を託して…そんな存在でしたから」
店員「だから…書かなかった」
店員「…今ではもう、彼女の事を知る人もほとんどいません」
店員「今、彼女の事を知っているのは…この店に来る、大物の業界人の方々ぐらいでしょう」
店員「…しかし」
高木「…そんな彼らですら、知り得ない…幻のアイドル、と言われる彼女の引退の…」
高木「私たちだけが知っている…彼女の過去、引退したその理由…私たちの罪を…そして――――」
高木「―――その、真実を」
[ 過去・その後 ]
記者「本日はよろしくお願いします!善澤の上司です」
善澤「今回は、本当にありがとうございます…私のような」
高木「いえいえ、そんな謙遜しなくても…黒井が、とても褒めていましたよ」
善澤「え、あ、あの黒井さんがですか…それは、光栄です」
ガチャッ
黒井「遅れてしまって申し訳ない…契約が長引いてしまいまして」
記者「いえいえ!このプロダクションさんに私どもを使っていただけるだけで、ありがたい限りです!」
記者「黒井さんも、高木さんも業界で噂に…営業で素晴らしい評価を得ていらっしゃると」
記者「あのプロダクションに、さらに敏腕な方々がいらっしゃった、と」
高木「そんなことは…」
記者「あ、ああ!すみません、じゃあ善澤を、よろしくお願いします!取材がありますので、私はこれで」
黒井「ありがとうございました」
高木「お疲れ様でした!」
黒井「あなたが善澤さん…本日はどうも」
善澤「は、はい、こちらこそ!頑張って記事を書きますので…」
黒井「いえ」
善澤「…え?」
黒井「あなたがお考えになり、感じたことを、そのまま書いていただきたい」
黒井「先週のコラム、読ませていただいた…素晴らしい」
黒井「あのように、思ったことを、ただそのまま」
善澤「は、はい…それで、よろしければ」
黒井「私たちからの要望は以上です…取材の立ち会いはこの高木が」
黒井「そこの応接室に彼女が待機しているので、よろしくお願いします…高木」
高木「ああ!では、すみません、こちらへどうぞ…すぐにお茶をお持ちします」
―――
――
―
善澤「えと、では、本日取材を行わせていただく善澤と申します、よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
善澤「あー…えっと、まずは…その資料を、ああ…どこに」
『…ふふ、緊張していたのは、私だけではありませんでしたね』
善澤「え?あ…落ち着いていらっしゃるから、てっきりこういう事には慣れていらっしゃるのかと」
『いえ、そんな…私、今とっても緊張してるんです…でも、善澤さんのおかげで…ふふ』
善澤「………」
善澤「…あはは、そうですね。何か、焦っていたのかも…ありがとうございます」
善澤「では、はじめましょうか」
善澤「まず、アイドルになろう、と思った理由と言いますか…動機について」
『…やはり、歌が歌えるお仕事だからでしょうか』
善澤「将来的には、歌手などにも?」
『いえ、私はアイドルの道を進んでいきたいと思っています』
善澤「なるほど…何か理由が?」
『高木さんと黒井さんが、初めてお会いした時…言ってくださったから』
『絶対にトップアイドルにしてみせる』
『永遠に続く夢を見せるから …って』
『…わたし、それが嬉しくて』
『だから…かな、ふふっ』
『だから、頑張ろう、って…それに、気付いたんです』
『身近な人も、遠くにいる人も、みんな笑顔に出来る存在』
『それが、アイドルだって』
『そう思ったから…私は、アイドルの道を進んでいきたいと思っています』
善澤「…素晴らしいお考えだと思います…あ、他にも質問が出来たので、お願いします!えっと―――」
―――
――
―
善澤「本日は、ありがとうございました!」
高木「ありがとうございました!では、よろしくお願いします」
黒井「ありがとうございました」
パタン
高木「やはり、彼女にはアイドルの才能があると思う」
黒井「………」
高木「君もそう、思わないか」
黒井「…ああ」
―――
――
―
黒井「おはようございます」
高木「ああ、おはよう黒井…そういえば、今日、以前の取材の雑誌が来ているよ」
黒井「…既に目を通してある、問題はない…このまま発売されるのみだ」
高木「あ、相変わらず仕事が速いな…」
黒井「当たり前だ…自分の担当するアイドルなのだから」
高木「………」
黒井「…何だ」
高木「ははは、いや、なんと言うか…君も丸くなったな、と思っただけだ」
黒井「何を…私は何ら変わらない」
高木「ふふ、君が言うならそうなのかもな…はは」
高木「いい傾向だと思うよ」
社長「やあ、今日発売の彼女のインタビューが乗ってる雑誌、かなり好評のようじゃないか」
黒井「ええ、いくつか問い合わせが来ています…予定通りです」
社長「あえて写真を掲載しなかったのは、そのせいかな」
黒井「あの記者の文章の構成に加えて、素顔がわからないとなれば…興味を煽れるかと」
社長「君も、なかなか…」
社長「彼女は、いい種になる…私も数社からの問い合わせの対応をしたけれど、そう思った」
黒井「……種、ですか」
社長「そうだ…種だ、大きな、木になる…大きな木に」
社長「金のなる木、と言う名の木に…そう、思うだろう?黒井くん」
黒井「………」
黒井「………ええ」
黒井「社長」
黒井「………」
高木「やったぞ!黒井、これを見てくれ!今日までの問い合わせ、出演依頼のリストだ!」
高木「あの記事で、これだけの問い合わせが来てるんだ!彼女も彼も、やはりすごい人だったよ!」
高木「さらに歌もすごく上手だし…私もレッスンを見に行った時、驚いた」
高木「歌手のそれと変わりないし、それ以上と言っても十分に通用すると思ったから」
黒井「…見せてみろ」
高木「これだ、ほら、こことかこれもそうだ、それに…これもか、結構有名な番組もある」
高木「顔を出さないせいで、いち早く自分の番組で顔を出させたいと思っているのかもしれないな」
黒井「そうだろうな…だが、まだ顔は出さずにこのまま営業を続ける…このラジオ番組がいい」
黒井「そこで歌を披露し、彼女の実力を知らしめ、極限まで興味を煽り、価値を引き立たせる」
黒井「その時点で、彼女のCDデビューを行い…この有名音楽番組で、美麗な素顔を披露する」
黒井「これで、彼女は間違いなくトップに駆け上る…他の追随を許さないほどの、不動の存在に」
高木「…そうか、すごく…わくわくしてきた!なんというか…すごい、すごいよ!」
高木「私たちのはじめてプロデュースしたアイドルが、トップになることを考えると…ああ、もう!」
黒井「とにかく、このラジオ契約には私が向かう…不備のない詳細な契約書を作って」
黒井「お前はCDデビューのための…そうだな、ここの会社と交流をはかれ」
黒井「お前のその脳天気さならば、すぐに交流は深まるだろうからな」
黒井「だが、決して彼女の情報は漏らすな…決して、誰にも、どこにも…だ」
高木「わ、わかった…それじゃ、行ってくるよ!」
パタン
黒井「騒がしい奴だ…だが…ふっ」
黒井「丸くなった…か」
黒井「………」カタカタ
―――
――
―
黒井「本日の契約を担当させて頂きます、黒井です」
『ええ、よろしくお願いします…ぜひ、彼女にうちをお願いしたいのですが』
黒井「…条件を、飲んでいただければ」
『…条件、ですか?どのような』
黒井「彼女の情報を一切漏洩させないこと…こちらが判断したスタッフ以外の出入りの禁止、その2点です」
黒井「そちらの上司の方にすら、情報を漏らさないと約束していただけるなら」
『そ、そんな…そんなこと、今まで聞いたことも…』
黒井「既に数社からは約束の契約書をいただいています…即断即決でした、このように」ピラッ
黒井「それだけ、他の局は彼女の価値に深い理解があると私は認識しております」
黒井「当プロダクションとは長い付き合いだと伺っております…ですが、一切の妥協はありません」
黒井「現在、返事を保留しているのは、長いお付き合いがある、ただ、それだけの理由です」
『………』
『………わかりました』
『一切の情報漏洩の禁止、スタッフの件につきましても、この場で一筆』
『…契約を、お願いします』
黒井「………」
黒井「ありがとうございます」
黒井「ただいま戻りました」
社長「おかえり、契約はどうだったかな」
黒井「問題ありません、一筆と、契約書です…法的にも不備は」
社長「あの彼に条件を出して…首を縦に振らせたか」
社長「君は…君は、いずれ…」
社長「………」
高木「ただいま戻りました!」
黒井「お前…まさか飲んでいるのか…交流を深めろ、とは言ったが」
高木「ああ…何か行って話をしていたら、飲みに連れて行かれてしまってね…断れなくて」
高木「あ、でも、ほら…あそこの人の名刺、携帯の番号まで、全員もらってきたよ、ははは」
社長「君たちは成果をあげているから黙認しておくが…他の社員に見つからないようにな」
高木「す、すみません…本当に、すみません」
社長「ははは、いいんだよ…君たちは、よくやっているからね…どんな手段でも使ってくれ」
社長「どんな手段でも、だ」
高木「………」
高木「……あの」
黒井「……行くぞ、高木」
黒井「本日は、高木と約束がありますので…これで失礼致します」
社長「そうかそうか、それはすまなかったな、彼も飲んでいるんだ、君も楽しんできたまえ」
黒井「はい、それでは」
パタン
社長「………」
高木「ど、どうしたんだよ…黒井」
黒井「どうしたはお前だろう…酔っているのはいいが、発言する内容を考えたか」
黒井「お前は今、ヤツに逆らおうとしていたのだ、違うか」
高木「………」
黒井「いいか、よく考えろ…私もヤツは気に入らん…自分の私腹を肥やす事しか頭にない男など」
黒井「だが、それでもだ…今は耐えろ、そして考えろ、彼女の未来を、自分の事を」
黒井「お前があそこで発言していたら、彼女のこれからの活動にも響く…お前とて例外ではない」
高木「……なら、なら、どうしたらいい…社長は、彼女をモノだと思ってる」
高木「止めないと…彼女が」
黒井「それは…」
黒井「…………」
黒井「それは、私がどうにかする」
黒井「だから、それまで耐えろ」
黒井「必ず、私が…」
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「あの時黒井は…冷静でいようとしていたけれど…本当は、彼が1番怒りを抱えていたと思う」
高木「あの頃の私は…常に、彼女と黒井に支えられていてばかりだったのだ」
高木「私は支えているつもりで… …ああ、ああ…」
店員「………」コトッ
高木「すまない…っ、くっ、…はぁ…今日はどうにも…酔っているのかな」カラン
店員「…そういう時も、ありますよ」
高木「そう言われると…君が悪いわけではないけれど…その言葉に、溺れてしまいそうなんだ」
高木「私は…弱い人間だよ」
高木「その言葉に溺れて…私は、自分を見失いそうになる」
高木「いつか自分の罪を、正当化しそうで、怖いんだ…何も感じなくなってしまう、その時が」
高木「私は…どうしたら、あの時…彼女を救えたんだろう」
高木「あの時…私が、もっと…黒井のような、強い人間であったなら…」
高木「そう考えだすと…後悔が、思い出が…ずっと頭を巡るんだ…いつまでも、ぐるぐると」
高木「ああ、私は――――」
―――
――
―
[ 過去・その後 ]
黒井「本日も数社、雑誌取材を受けてもらう…1件はネット上の記事になるが」
黒井「一応事前に質問される事項については送付されてきている、目を通しておけ」
黒井「後は後日にCDのレコーディングを行う事になっているが…それはまた後日だ」
『レコーディング…ですか?』
黒井「ああ…だが、その話は後だ…そういうことがある、とだけ認識しておけ」
高木「…えっと…なんというか、どこも似たり寄ったりだね」
高木「 『歌への想い』、『これからの活動の指針、その意味』…なんというか…困ったな 」
『………』
『アイドルの活動…とか、歌に対する想いって…それらしい意味、って…ないと、ダメなんでしょうか』
『私…ただ、歌が好きで、人を笑顔に出来たら、そう思って…私、漠然としているから…』
『…すみません』
高木「あー…すまない、勘違いをさせてしまったな、別に君を責めているわけではないんだ」
高木「はじめて私たちに会った時…君は、『歌が好きだから』と言っていただろう?」
高木「私は、それでいいと思った…それに、君は後から、『人を笑顔にする存在だから』と、気付いた」
高木「そして君の想いは、『歌を歌って、人を笑顔に出来たら』という1つの夢のかたちになった」
高木「そんなふうに、意味や…自分の活動の答えなんて、後からついてくるものさ」
高木「必要なのは…ただ、そう思うその心じゃないかな」
高木「…って…ああ、ちょっと我ながらあれだね…すまない、元気づけられたら、と思って…はは」
『………』
『ありがとう、ございます』
『元気づけられました…本当に』
高木「そっか…それなら、よかった」
高木「君は人々を笑顔にする存在で…私たちは、その君を笑顔にする存在になれたらいいかな」
高木「私は、そう、思っているよ」
―――
――
―
―
――
―――
黒井「ありがとうございました」
記者「はい!こちらこそ…また、お願いします」
・ ・ ・
黒井「…どうだ」
『ただ、思った事を、そのまま』
黒井「…そうか、なら、いい」
『はい!』
黒井「さっき言ったレコーディングの話だが…君は歌詞を考えたりすることに興味はあるのか」
『歌詞…ですか』
黒井「ああ…何でもいい、何かに対する感情を、そのまま詞にするだけだ」
『…わ、私に…そんなことが出来るでしょうか…』
黒井「………」
黒井「…君はまた、何か勘違いをしているようだな」
黒井「…いいか、君はまだ何もない、種のような存在だ」
黒井「芽生えてすらいない君に最初から全てを期待などしてはいない」
黒井「私たちが行うのは君のプロデュース…君の支援を行う事だ」
黒井「種から芽生え蕾になり、いつの日か花になり…その時まで、私たちは君を全力でサポートする」
黒井「君はさも1人で全てを行うつもりでいるようだが…正しくは、私たちに出来るか、だ」
黒井「いいか…この私が君のプロデュースをしているのだ、失敗などは絶対にあり得ない」
黒井「この私がプロデュースをしている間は、君を不安にさせる要素は全て潰してやる」
黒井「わかったか?」
『………』
『ふふっ…わかりました』
『やっぱり…おふたりとも、思ってた通りの人』
『皆さん、似ていないとおっしゃいますけど…私から見たら、おふたりはそっくりです…ふふ』
『本当に、優しくて…頼りになって、…本当に…』
黒井「…無駄話はいい…わかったら、さっさと詞を書け」
『…はい、ありがとうございました!』
―――
――
―
『高木さん…それに、黒井さん』
『みんな、おふたりの事をあまりよく知らないから、気付かないのかもしれないけれど』
『似てない、って思うのかもしれないけれど』
『本当に、優しくて、あたたかいひとたち』
『何かに対する想いを、詞に…』
『………ふふっ』
『…そんなの、1つしかありません』
『いつも、ありがとうございます』
『わたしの、2人のプロデューサー』
『これからも』
『これからも、きっと――――』
『おはようございます』
高木「おはよう!昨日は取材が多くて疲れていただろう?だいじょうぶかな」
『はい、もうすっかり…おふたりのおかげですね』
黒井「私は別に、何かをした覚えはないがな」
高木「じ、実を言うと私もなんだ…覚えていなくて申し訳ないんだけど」
『おふたりには、気付かないうちに元気をもらっているんですよ』
黒井「…よく分からないが…そう言えば例の件、どうだ」
『はい!はじめてですけど、ただ思うままに、書いてみました』
高木「あ、もしかしてレコーディングの歌詞か?私にも見せてくれないか」
高木「どれどれ…うん、素敵な歌詞じゃないか!すごく、いいと思うよ」
高木「でもこの部分…これ、この前の…」
『ええ…黒井さんが、思った通りに、とおっしゃったので…ふふ』
黒井「…何だ?」ペラペラ
黒井「………」
黒井「…君は本当に…何を…」
高木「いいじゃないか、素敵な歌詞をプレゼントされたんだ…プロデューサー冥利に尽きるよ!」
黒井「…お前も…揃いも揃って」
高木「ははは」
黒井「では本日より、以前から説明をしていたレコーディングを行う」
黒井「歌詞に合わせた曲は既に出来上がっている…サンプルを君も聞いていたはずだ」
『はい、たくさん聞きました!私のはじめての曲で、歌詞ですから』
黒井「…歌詞の話はもういい…ある程度はつかんでいるんだろうな」
『えと…一応、大丈夫だと思います』
高木「期間はあるんだ、ゆっくりやっていこう」
黒井「2曲同時のレコーディングだ、時間があるとは言え…気を引き締めろ」
『はい!』
黒井「では全員書類は持っているな?重要書類は私が持っている…スケジュールは高木だが」
黒井「君は以前渡したスタジオの通行証は持っているだろうな」
『はい、ここに』
黒井「よし…高木、お前はいつまでやっているのだ」
高木「え?ああ…えと…すまない、スケジュールの手帳が…あれ?」
黒井「…貴様は昨日デスクの一番下の引き出しに入れていただろうが」
高木「…本当だ…何で私より知っているんだ…」
黒井「お前が愚鈍で足を引っ張るからだろう…とっとと行くぞ」
『ふ、ふふっ…ふふっ…す、すみません、今行きます…ふふ』
―――
――
―
黒井「では、最初に皆さんにお伝えされていると思いますが…彼女の情報については極秘で」
黒井「万が一にも…守られなかった、その時は…」
黒井「それでは、本日はよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
スタッフ「よろしくお願いします!」
スタッフ「ではまず、以前お渡ししたサンプルの確認から――――」
―――
――
―
・ ・ ・
高木「みな、彼女にみとれているね」
黒井「あれだけの容姿だ…相当目を引くだろう」
黒井「十分な歌唱力もある…極秘にしていても、いずれ少しずつ広まるだろう」
高木「…いいのか?」
黒井「断片しか無い情報ほど、気を惹くものはないのだよ」
―
――
―――
スタッフ「ありがとうございました!」
スタッフ「あ…でも、この曲…タイトルをお決めになっていらっしゃらないそうですが」
『はい…あ、そうだ…高木さん、黒井さん、すみません』
高木「ん?」
黒井「どうした」
『この2曲のタイトルを、おふたりに決めていただければ、と』
高木「え!?わ、私たちがかい?」
黒井「…何故だ」
『ふふ、そんなに驚かなくても…よろしければ…私の、はじめての曲ですから』
『おふたりに、と』
高木「ああ、えーと…ううむ、そうだな…君の未来を…うん、そ、そうだ!」
高木「決まったよ、こっちの曲のタイトルが」
黒井「私も、案はあがった…君には、ちょうどいいだろう」
『よかった…では、教えていただけますか?』
『その、タイトルを――――』
黒井「今日からはしばらくラジオだ…CD発売前の宣伝も兼ねて行っていく」
黒井「歌を披露するコーナーも設けられているが、歌うのはどちらも1番のみだ」
『わかりました』
高木「緊張することはないよ、私たちがついてる」
『おふたりがいらっしゃるときに、緊張はもう、しませんよ…心配なんてありませんから』
高木「嬉しいね」
黒井「それが終わったら以前の雑誌社の彼を呼んでいる…そこで発売前インタビューだ」
黒井「ラジオと雑誌では、内容は別の事を語れ…だが、内容が矛盾してはならない」
高木「出す情報を、2つに分けたらいいんだ、要するにね…そうすると、気になるだろう?」
『…あ、なるほど…わかりました!では、そのように』
『何というか…やっぱりプロデューサーだなー、って思いました…ふふっ』
高木「もちろん、担当アイドルだからね、当然さ」
『この調子で、いつまでもずっと上手くやっていけたら嬉しいです』
高木「ああ!いつまでもよろしく頼むよ?私はちょっと頼りないけれどね」
高木「な、黒井?」
黒井「………」
黒井「………ああ」
司会「では、本日は雑誌でも業界でも話題沸騰中の、あの方でーす!」
『よろしくお願いします』
司会「えと、このようなラジオ番組ははじめてだと伺ってますが」
『はい、すごく楽しみです…お仕事の話をいただいた時から、聞いていました』
司会「それはとっても嬉しいですね!あ、皆さん?本日最後には、発売前の曲を聞いて頂けます!」
司会「なんと、このラジオが全国で最も早い、しかも生歌で披露して頂けます!お楽しみに!」
司会「ではでは、はじめていきましょう!お便りも…い、いつもの何倍あるんでしょう?あはは」
司会「ではまず、ご存知でしょうが、名前からお伺いしていこうと思います――――」
―――
――
―
司会「お、お疲れ様でした!お便りの数がすごいので、次回にもしばらく持ち越しで行きます!」
司会「あ、すみませんスタッフさん、このお便りお願いします…ええ」
司会「今日はありがとうございました、次回もよろしくお願いします!すごい盛り上がりでした」
『それはよかったです…何か、気の利いたコメントが出来たらよかったのですが』
司会「いえいえ!むしろ、そのままのアイドルの素顔、という感じがとても好印象だと思います!」
『ふふっ…ありがとうございます、お疲れ様でした』
『………』
『………ふぅ』
黒井「………」
高木「ああ、そうだ…時間はあるかな」
『え?は、はい』
高木「ほら、黒井もだよ」
黒井「…なんだ」
高木「あのお店に行こうじゃないか!そろそろ、いい時期だと思うんだけど」
高木「さっきのラジオのディレクターさんと、善澤さんもこの前のお礼で呼んでみたんだけど…」
黒井「……ふむ…いいだろう」
高木「よし!決まりだ、黒井もずいぶん付き合いがよくなってきたな」
黒井「…ただの気まぐれだ」
『ふふっ…本当におふたりは、仲がよろしいですね』
黒井「…そんなことはない」
『…ここって、バー…ですよね?』
高木「ここはね、黒井に紹介してもらったんだ…お久しぶりです」
店員「お久しぶりです…そちらの方は?」
黒井「私たちの…仕事仲間、といったところだ」
『よ、よろしくお願いします!』
店員「ええ…とてもお綺麗な方ですね、モデル…か、芸能人の方でしょうか」
『え?いえいえ…ありがとうございます』
黒井「すまない、彼女の事は…聞かないでもらえるか」
店員「わかりました…つい」
高木「ははは、気持ちはよくわかります」
『もう…』
黒井「…そろそろ、いい頃だ」
黒井「すまないが、ステージを貸してもらえるだろうか」
黒井「ピアノは…私が弾こう」
店員「ええ…はじめて、ですよ…ありがとうございます」
黒井「君がどこまで成長したのか…私が見てやる」
『…ふふっ…はいっ』
―――
――
―
店員「…彼女…どこかで、聞いたような…ああ、ラジオで…なるほど」
黒井「…ああ」
黒井「すまないが、黙っておいてくれ」
店員「ええ」
黒井「…ありがとう」
店員「いえ…こんな素敵な歌をきかせていただいた、お礼ですよ」
店員「私も、ファンになりました」
『…どう、でしたか?』
高木「よかった…よかった、私の夢が、1つ叶ったよ」
高木「あそこで、自分の担当アイドルを歌わせるのが1つの目標だったから」
『よかった…緊張しました、こんな大きなステージで』
店員「あなたなら、すぐにうちの何十倍、何百倍も大きなステージで歌うことになりますよ」
『ありがとうございます』
善澤「ああ、すみません!遅れてしまって…あ、お揃いですね」
D「先ほどはありがとうございました!呼んで頂けて光栄です」
高木「いえいえ…今、彼女の曲が終わったところで」
高木「あ、すみません…彼らにも、何か」
店員「ええ」
『…黒井さん、もう1曲、お願いします』
黒井「…特に発声に異常はないようだが…これで最後だ、いいな」
『はい…では、お願いします』
―――
――
―
『……ふう』
善澤「…すごい、ですね…生で聞いて…圧倒されました」
善澤「熟練の歌手…と言っても…」
D「…これは、本当にすぐ人気が出ます…うちで最後に使ってもらえて、よかったかな?あはは」
D「いい思い出になりました…これからの業界を背負っていくアイドルの原点を見られたわけですから」
『…褒めすぎですよ?』
D「…え?いえいえ…本当にそう思ってるんですよ、一生モノですから!」
『決めました』
『みなさんで、写真を撮りましょう…思い出作りです!』
黒井「君の顔は…」
『いいんです!どこか、飾っておけるだけで…どこかに、私がいた事が、証明できるなら』
黒井「………」
黒井「…仕方が無いな…今回限りだ」
『はい!今回限りです!』
『では黒井さんはここ、その前にディレクターさんはしゃがんで…高木さんはここ、その前に善澤さん』
『って…カメラ…善澤さん、お持ちですか?』
善澤「あ、持ってますよ…すみません、店員さん、よろしければ」
善澤「えと…ここを持って、押すだけです、ええ」
店員「では、撮りますよ?こちらを向いて…」
パシャッ
社長「おかえり、遅かったね…さっきから、うちの電話が鳴り止まないんだ、はははは」
社長「そういえば、彼女は」
黒井「緊張していない、とは言っていましたが…レコーディング、雑誌、ラジオ」
黒井「精神的に少し、きているようで…タクシーを呼び高木に送らせました」
社長「ああ、そうか…次の仕事を入れてやろうと思っていたが…残念だな」
黒井「…仕事を?彼女は、私たちが担当をしているはずですが」
社長「……君は何を言っているんだ?」
社長「CDも未発売…メディア露出も数えるほど、素顔も晒していない彼女が」
社長「今、もっとも注目を集めているアイドルなのだよ」
社長「これは、もう会社ごとのプロジェクトにしようと思っているんだ」
社長「私も聞いたよ…あのCDを…試供品だったがね」
黒井「…社長…あれは、私のデスクに鍵をかけて置いておいたはずですが」
社長「…私はこの会社の社長なのだよ?この会社のものは、私のものだろう?」
社長「あれは…あれは…間違いなく売れる…社会に、万民に、広く知れ渡る…」
社長「そこにテレビ露出、さらなるCD化、彼女の軌跡のドラマ化…握手券、何でも」
社長「彼女は、金になる…金に、金に…たった数分のCMでも、何千万、何億という金に」
黒井「彼女は慣れない仕事で疲れています…どうか、少し羽を伸ばす時間を…」
社長「ははは、君らしくもない…いいかい、人気はいずれ崩れる…その時までにいくら稼げるか、だ」
社長「あのような若い子には、好きな額を渡してやればいい…きっと笑顔で引退する」
社長「私たちはただ、その仲介を行ってお金を貰う…ビジネスじゃないか」
社長「みんな、しあわせ」
社長「最高の、未来じゃないか」
黒井「…失礼します」
社長「ああ、これからも、よろしく頼むよ」
社長「黒井くん」
・ ・ ・
ポツポツ…
黒井「…雨か」
黒井「…高木には…恐らく…」
黒井「私が…やらねばならないのか」
『―――――どんな手段でも、だ』
黒井「…ふ、ふふ…ならば…貴様の言った通り…どんな手段でも使ってみせる…」
黒井「そして…彼女を、トップアイドルにしてやる…ふふ…はは」
黒井「それが、幸せな未来だと言うのなら…そのままに、だ」
黒井「…ふ、ふふ」
黒井「………」
prrrr!
「…もしもし」
黒井「…君か…私だ…黒井だよ」
「ああ…」
黒井「少し、いいか」
黒井「渋澤」
『さて!今週のCDランキング!1位は、なんと初登場、デビュー1曲目から1位2位に―――――』
『業界でも前々から噂になっていたあのアイドル!今後も活躍に―――――』
『今、若い人たちが聞いている曲に、ある傾向があります―――――』
『とあるアイドルの歌が、爆発的に売れており――――』
『また、素顔がわからないところも、魅力の1つと言われており―――――』
『有力な業界関係者からは、とても美人だと言う噂があるようですね?』
『さらに――――』
社長「ほら、次の仕事が入っているぞ!資料はまだか!使えないなお前は!」
社員「す、すみません!すぐに!」
社長「全く…何を休憩してる!営業に行け!」
社員「はい!」
社長「彼女の次の2曲があっただろう!?それの詳細は!?」
社員「え、えと…まだ、返事がなくて…レコーディング以降…その」
社長「バカか!あの曲も莫大な金を運んでくるのだ…死に物狂いで取りに行け!でなければ…」
社員「は、はい!」
善澤「すみません!黒井さんと、社長にお声をかけていただいて来ました善澤です」
社長「君か、よろしく頼む…彼女はあっちに…お客様が通るだろう!どけ!」
善澤「そ、そんな…大丈夫ですから」
社長「いえいえ、お気になさらず…まったく」
・ ・ ・
社員「………最近、社長、おかしいよ」
社員「…ああ…俺…他の所に行こうかなって」
社員「…もう、着いていけないよ」
社長「あ…そういえば、前、声をかけられたんだよな」
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「あの時に、正すべきだった…社長の、変わり様を」
高木「莫大な金を手にし…手が付けられなくなってしまった、あの社長を」
高木「日に日に減っていく社員を…見ては居られなかったが」
高木「あの人は…社長は、彼女を奴隷のように扱って…休む暇すら与えなかった」
高木「5分…10分、たったそれだけの休みですら…貴重な休みになっていった」
高木「だが…」
高木「彼女と、彼…黒井との約束を守るため…私は必死で耐えた」
店員「ええ…善澤さんから、一度…」
高木「…でも」
高木「長くは、持たなかった」
[ 過去・その後 ]
高木「最近疲れているだろう…どうにか、私から社長に聞いてみるよ…休めるように」
『い、いえ…大丈夫です…高木さんも黒井さんもお疲れなのに、私だけなんて…』
高木「いいかい、君は現場に立っていて、私は見ている側なんだ…違いすぎる」
黒井「それに…このまま行くと歌えなくなってしまう…連日、負担をかけ過ぎだ」
『本当に…大丈夫ですから』
『次の取材まで…まだ時間があるようなので、少し、休みます』
高木「うん…休んでくれ」
『ええ、では…』
パタン
高木「…彼女、以前のように笑わなくなってしまったな」
高木「黒井…私は…私は、これ以上は耐えられないよ…」
黒井「………」
高木「日に日に社員が減っていき…その分1人の負担する仕事が増えて」
高木「それとは別に彼女の仕事量は以前の3倍近くふくれあがっている…休む暇も、ずっとないんだぞ!?」
黒井「そんなことは…」
黒井「…そんなことはわかっている!」
高木「…っ…すまない…君が悪いわけでは、ないのに…」
黒井「…気にするな…私も、すまない…」
黒井「もう…彼女は持たない…限界だろう」
高木「どうする…どうしたら…彼女を救える」
社長「ああ、黒井くん、高木くん…ここにいたのか、探したよ」
高木「ど、どうかしたんですか?」
社長「善澤くんが来てて、取材なんだ…彼女は休んでいるだけなのだろう?すぐに呼んできてくれ」
社長「彼はそこの応接室にいる、なるべく早くに頼む」
黒井「…はい」
黒井「…もう、持たない、か…」
黒井「…高木…話がある」
―――
――
―
高木「ど、どうした…はじめてじゃないか…君から、なんて」
黒井「…彼女は、今…幸せだろうか」
高木「…私には…分からない」
高木「以前はきっと、幸せだったと思うんだ…私も君も」
高木「…けど…今は…」
黒井「…そうか」
黒井「…………」
高木「…どうかしたのか?」
黒井「…私は…全てを終わらせる」
高木「…な、何を言ってるんだよ…何で…どうしたんだ、いきなり」
黒井「…そのままの意味だ…もう、私には耐えられない」
黒井「この腐った会社にもだ…ここで働いているなど、虫酸が走る」
黒井「私はこの先1人でやっていく…それだけの資金援助も、コネクションも取り付けた」
高木「………」
黒井「…高木、お前とは、もう、これまでのようだな」
高木「…君は、間違っているよ」
黒井「…それがどうかは、これからすぐに分かるだろう」
高木「…もう、戻れないのか」
黒井「私は、お前のそういうところが気に入らないのかもしれない」
高木「………」
黒井「友情、仲間、絆… どれも、数値化出来ない非論理的なもの」
高木「君は」
黒井「昔は、少し考えもしたものだ、それが、必要ではないかと」
高木「なら―――」
黒井「―――今ではもう、私に必要のないものだ」
黒井「……だが、悪くはなかったと、思っている」
黒井「今までの、日々を」
黒井「…手放さざるをえなくなった未来は、後はお前がなんとかするがいい」
高木「て、手放さざるをえなくなった…って」
黒井「分からないようだな…なら、はっきり言ってやる…今の彼女にもう未来はない」
黒井「このまま進んでもヤツに食いつぶされ、停滞していては夢は永遠に叶わない」
黒井「進むことも、戻ることも、もう彼女には許されてはいない…なら…」
黒井「私は…自分のやり方が正しいことを立証するために、起業する」
高木「………」
高木「…1つだけ、いいかな」
高木「もし…もし、その未来を、取り戻せる時が来たら―――」
高木「力を貸してくれないか」
黒井「―――いいだろう」
黒井「だが…もう、全てを終わらせる準備は出来ている」
黒井「そして…」
黒井「…………」
高木「君は…まさか」
黒井「…お前がそれを知る必要はない」
黒井「これで終わりだ」
黒井「高木 順二朗」
パタン
黒井「…私は…私のやり方が正しいと…証明してみせる」
黒井「そして、きっと…きっと」
黒井「…だが、その前にやるべきことがある…」
prrrr!
「…はい」
黒井「渋澤…記事の準備は出来ているんだろうな」
「ええ…あれだけいただければ、十分に根回しも全て…しかし、どうも1人首を縦に振らないもので」
黒井「…誰だ、それは」
「善澤、とかいう記者で…どうにも」
黒井「………」
黒井「放っておけ…構わない」
黒井「貴様の取り分も好きなだけくれてやる…今後出る指示された情報は全て潰せ」
「わかりました…これからも、よろしくお願いしますよ」
「――――黒井社長」
・ ・ ・
黒井「…全ては…明日だ」
黒井「明日、全てが終わる…同時に、はじまるのだ…彼女の、新しい…」
黒井「…こんなやり方をして…彼女には、恨まれるだろう…未来永劫、ずっと…」
黒井「だが…私は、こんな方法でしか…君を」
黒井「そして…すまない、高木…」
黒井「我が、宿敵よ」
―――
――
―
prrrr!
prrrr!
prrrr!
黒井「…もしもし」
「く、黒井か!?…た、大変だ…わ、私は…大変なことを…」
黒井「…何の用だ」
「そ、それが…彼女が…彼女が…す、すまない…すまない、黒井…」
黒井「…どうした?何があった」
「き」
「消えたんだ…彼女が」
「1枚の、多分…涙に濡れたメモに、震えた字で―――」
『――――――――夢の先が、見つからない』
「そう、残して」
ブツッ
黒井「…くそ!くそ…くそっ…わ、私は…私は」
黒井「どうして…どうしてこんなことに…」
―――
――
―
黒井「おい!どうなってる!?」
高木「く、黒井…各所に連絡をとって探してもらってる…けど」
高木「なぜ…なぜ、こんな事に…」
高木「私にも彼女にも夢があって…それなのに…」
『――――歌を、歌いたいです』
高木「……彼女の…夢」
『――――歌が、好きだから』
高木「………」
高木「…そう…だった…」
黒井「…彼女の夢は、はじめに言っていた…」
『―――――――おふたりと、ずっと一緒に仕事が出来て』
『―――――――楽しく歌が歌えれば…私はそれだけで、幸せです』
黒井「…夢の、先…」
高木「そういう、ことだったんだ…」
黒井「彼女は…聞いていたのか、全てを」
高木「私たちが一緒に居られなくなる…それが、夢の終わりだったんだ…」
高木「彼女の、ささやかな夢さえ叶えてあげられなくて…何が、永遠の夢…だ」
高木「彼女は!私たちがずっと一緒に仕事が出来るよう…一緒に、歌が歌えるよう…!」
高木「ただ、ただ、それだけを思って…彼女は…!」
高木「まだ…まだ、彼女にしてあげたい事はいっぱいあるんだ…新しい曲も、色々…なのに…なのに」
高木「なのに…なのに…」
高木「…でも…」
高木「でも…ここじゃダメなんだ…彼女は、ここに居ると…ずっと、籠の鳥で…」
高木「………」
高木「………黒井」
黒井「お前も…決めたのか」
高木「…ああ…私も、起業するよ」
高木「彼女が帰ってきて…一緒に楽しく、仕事が出来るように…帰ってこれる場所を、作るよ」
高木「彼女が、ただ…ただ、自由に羽ばたけるように」
高木「そんな場所を、私は…作るよ」
高木「彼女は…彼女は、きっと帰ってくる」
黒井「…ああ、きっと、帰ってくる…」
黒井「…きっと…」
黒井「だから…もう、この事務所は…不要だ」
高木「…君は…やはり」
黒井「…見ていろ」
黒井「…私の出した、答えを」
―――
――
―
社長「…なぜ、君が私の席に座っているのかな」
社長「それに…彼女はどうなった、彼の取材を放り出して逃げ出して…まったく、使えない」
黒井「………」
社長「他の社員も居ないようだしな」
黒井「………前の質問からお答えしましょう」
黒井「…それは、私がここに座るべき人間だから、ですよ」
社長「ははは…確かに、君は非常に有能で…ここを継ぐに値する人間だが…まだ、その時ではないよ」
黒井「………後の質問にもお答えするとしよう」
黒井「彼女は…もう、戻ってこないだろう…彼は、高木は…戻ると信じているがな」
社長「黒井…きみ、言葉遣いが…!」
黒井「…黙れ」
黒井「いいか…聞け」
黒井「今が、全てを終わらせる…その時なのだ…!」
黒井「…そろそろ、時間か」
黒井「では…私は失礼しよう」
社長「き、君…!何を…」
黒井「会社が必要なくなったときには、そこのメモの番号にかけてくるがいい」
prrrr!
prrrr!
prrrr!
社長「な…なんだ、電話が…全ての電話が」
prrrr!
prrrr!
黒井「…私は、貴様を決して許しはしない…」
黒井「輝かしき未来を、奪おうとした…いや、奪った貴様を…だから」
prrrr!
黒井「かつて、言っていただろう…どんな手段でも、と」
prrrr!
黒井「私は、ただ、教えに従って…彼女にしたことと、同じ事をしたまでだ」
黒井「貴様は彼女を奴隷のように扱い、奪ったのだ…自由を、歌を、夢を、未来を…!」
黒井「たった1つの、彼女のささやかな願いすらも…」
黒井「進むことも戻ることも許されなくなった彼女は…それでも、それでも…」
黒井「………」
黒井「今度は、貴様が奪われる番だ…全てを、何もかも…血の一滴まで残しはしない」
黒井「絶対に、許しはしない…貴様も、貴様のようなクズも…全てを」
黒井「………」
黒井「それでは、さようなら」
黒井「…社長」
パタン
『――――次のニュースです』
『あの、業界で話題のアイドルが、惜しまれつつも、急遽、引退することが発表されました――――――』
『彼女の所属している大手プロダクションの社長が、裏では社員への――――』
『実際に、とある記者が入手した、社員へのインタビューの映像が―――――』
『「はい、確かに社長は…仕事が出来なければクビ、という話をちらつかせて――――」』
『「私の同僚は仕事がとってこれなかったりした時に社長から暴力を――――――」』
『――――このような側面もあり、さらに他にもこのプロダクション内で――――』
『これにより、プロダクション内で問題が起き、引退せざるを得なくなったとも推測が――――』
『ですが未だに、詳しい情報は―――――』
高木「…なんだ…これ」
高木「…これ…嘘と本当が…混ざって」
高木「…黒井」
prrrr!
prrrr!
「…もしもし」
高木「…黒井…見たよ、これは…君がやったのか」
「………」
高木「ほ、本当に君なのか…こ、これをやったのは―――――」
『ニュースの速報が入りました』
『先程名前があがった大手プロダクションが』
『新たに起業されたプロダクションに吸収されることが発表されました―――――』
高木「君は…彼女の…」
「………ああ」
『今詳細が入りました!そのプロダクション名は…前プロダクションの社員を率いた―――――』
「これは、復讐だよ」
『―――――――――「961プロダクション」に、吸収されるとのことです!』
ガチャッ
ツー ツー ツー
高木「………」
高木「………私は…彼すらも…」
高木「守れなかった、というのか………!」
―――
――
―
[ 現在 ]
店員「確かにあの時は、業界が騒然としていました…」
店員「…あの社長も、全てを失って…財産も、家族も、人間としての権利すらも」
店員「連日連夜メディアの視線に晒されて、何もかもを書かれて、そして…」
高木「………」
高木「だが…それも黒井の異常なまでの手腕…そして、彼の…善澤くんのおかげで収まった」
高木「彼が…彼女の名誉を守るため、メディアの餌食にならないために――――」
高木「――――すべての真実を、握りつぶしてくれた、そのおかげで…!」
[ 過去・失踪直後 ]
高木「か…彼女はどこに…あ、ご、ごめん…君、彼女はどこへ行ったか知らないかな?」
社員「えっと…さっきそこから出て行ったのは見たんですが、まだ戻ってきていませんか?」
高木「……そうか」
コンコン
善澤「はい!」
ガチャッ
高木「………」
善澤「…ど、どうしたんですか…」
高木「…………えた」
善澤「え?」
高木「彼女が…消えた」
高木「メモを、残して…」
善澤「き、消えた?ど、どうして…」
高木「…実は―――――」
―――
――
―
善澤「………なるほど…だから」
高木「…君は、何か知っているのか」
善澤「…雑誌社でもあまり評判がいいわけではない、渋澤という記者が、黒井さんと」
善澤「最近私のところにもしばらく彼女の事については控えるようにと…大金を持って」
善澤「…けど、失踪は黒井さんにとっても予想外だったはずです」
善澤「………」
[ 現在 ]
高木「その後あのニュースをみたとき…全てが分かった」
高木「彼の…黒井のやろうとしていたこと、全てを」
高木「彼は彼女を解放する為に、潰したのだ…プロダクションごと、全てを」
高木「そして私と彼女を巻き込まない為に…あんな事を言って」
高木「プロダクションを潰す前に…彼女は失踪してしまったのが、彼の唯一の誤算だったのだろう」
高木「…私が起業したのは、それから数ヶ月後だった」
―――
――
―
[ 過去・その後 ]
高木「やっと、私もプロダクションを建てることができた…」
高木「彼の会社は…この数ヶ月で比べ物にならないくらい、大きくなってしまったな」
善澤「…そうですね」
高木「今では…業界で知らぬ者はいない…超大手プロダクションに」
善澤「…ええ」
高木「君は…結局、書かなかったね」
善澤「………」
善澤「…書けるわけ、ないでしょう…」
善澤「私だって、彼女のファンだ…!今さら、彼女の名誉に泥を塗ることはしたくない…」
善澤「もし、書いてしまっては…まだメディアが報じ、今度は彼女が餌食になる…!」
善澤「確かに…黒井社長のした事は、報じるべきことかもしれません…!でも、この会社の成長の原因は…」
善澤「だから…黒井社長の気持ちも…私には、わかる…!だから…」
高木「………ああ」
高木「小さな、けれど未来あるアイドルが存在する、経営不振で廃業寸前のプロダクションと」
高木「悪名高い経営者のいるプロダクションの吸収、合併を繰り返し―――――――」
高木「―――――――彼が、全ての悪と希望を、取り込んでいるのだから…」
[ 現在 ]
高木「希望あるアイドルやプロダクションに手を貸し、悪意ある経営者を吸収し、浄化して」
高木「彼は善も悪も何もかも、無差別に取り込んでいって」
高木「そんな彼を、世間は暴君と呼ぶが…真実を知る者に、誰がそれを責められよう」
高木「…彼もまた、犠牲者なのだから」
店員「………」
店員「ただ…765プロダクションに961プロダクションが圧力や妨害をしているのは…やはり」
高木「………ああ、私には…そんな気がするんだ」
高木「経営の不安定な我が社を吸収し、救済しようとしている…そんな気が、ね」
高木「そして、彼女らの事は諦めろ…そう言っている気がするんだよ」
高木「だから、対立してしまうけれど…私は、彼を友達だと、ライバルだと、今でも思ってる」
高木「喜怒哀楽を共にした、仲間なのだから」
高木「そして…20年近く経ってから、ある女性と出会ったんだ」
―――
――
―
[ 過去・20数年後 ]
善澤「こんにちは、社長」
高木「ああ、君か…久し振りだね」
善澤「…最近、どうですか」
高木「今月も、赤字だ…我が社は、そろそろ」
高木「日々、引退したみなが手助けに来てくれたりしているというのに」
高木「私は、社員に給与すらも満足に払えないんだ…情けない話だよ」
善澤「では…」
高木「…会社をたたんだりは…しない、絶対に」
善澤「…よかった」
高木「これは、私たちの約束のようなものだ…この、写真も」
高木「………」
高木「そろそろ…事務所を小さなところに移転しようと思うんだ、我が社員の世話をした後にね」
善澤「…そうですか」
―――
――
―
「お疲れ様でした!社長」
高木「ああ、今日もありがとう…すまないな」
「いいっこなしですよ!では!」
「そうですよ?お疲れ様です!」
パタン
・ ・ ・
高木「………」
高木「少し、歩こうかな…事務所の移転先も、考えておきたい」
高木「………」
高木「このあたりも、ずいぶん変わってしまったな…」
高木「はじめて黒井とあったときは…居酒屋に行って、怒られたんだったかな」
高木「そして、彼女を連れて3人で…あのバーに行って…笑って」
高木「笑って…」
高木「そして…そして…っ、…そし、て」
高木「…ははは…私も涙もろくなって、しまったな…泣かないと、決めていたのに…っ」
高木「…どうして、だろう…今になって」
高木「ああ…」
高木「また、春が来るからだ」
高木「空に、花が舞う、春が」
高木「彼女と黒井と、はじめて出会った、春がくる」
高木「光が差して、幸せを運ぶ、春がくる…」
高木「だから…」
・ ・ ・
高木「…そういえば、この辺に昔行ってた居酒屋があったような…」
高木「…あ、あった…」
高木「ははは…変わっていないな、…おや?上は、空いているようだな…明日、見てみようかな」
高木「本当に、変わっていないな…」
高木「…たるき亭は」
―――
――
―
高木「もう、さくらが咲きはじめているのか…少しだけ、舞っているな」
高木「あたたかい陽ざしだ」
善澤「本当に、よかったんですか」
高木「…いいんだ」
高木「彼らと離れるのは寂しいけれど…彼らの生活を困窮させるわけには行かないよ」
高木「それに…今までより、ずっといい職場やプロダクションに行けたんだ」
善澤「…そうですか」
高木「私が…私が黒井のような手腕があれば、もっと上手く回ったかもしれないのだけれど、ね」
善澤「………すみません、社長も…」
高木「いいんだ…さて、今日からはじまるんだ、新しい765プロダクションが!」
高木「…と言っても、また社長1人のプロダクションだけど…ははは」
高木「一応ネット上での社員募集を行う告知はしてあるから…電話が来ればいいのだけど」
高木「…ま、あまり多くの給与が払えるわけではないから、祈るしかないな」
善澤「私も、また来ますよ」
高木「ああ!いつでも来てくれ」
高木「………」カタカタ
高木「………」カタカタ
高木「…ふう、どうにも、事務仕事は苦手だ…練習はしていたのに」
高木「お茶でも、いれようかな」
『――――よろしければ、私にやらせていただけませんか』
『――――では、私はお茶を淹れてきますね』
高木「………」
高木「………」コポコポ
高木「…私は…」
prrrr!
prrrr!
prrrr!
高木「あ…いけない、電話だ」
高木「もしもし?765プロダクションです」
『あ…もしもし?』
『そちらの、ネット上の社員募集を拝見させていただきまして』
『それで…面接を』
高木「………この、声………」
『もしもし?』
高木「え?あ、はい、ええ…では、明日の14時、765プロダクションで…はい」
高木「場所は…ええ、1階に居酒屋があるところの2階で、はい、そうです」
高木「お待ちしております…あ、すみません、お名前を伺っても」
『すみません、忘れていました』
『音無です』
『音無小鳥と、申します』
高木「………」
高木「わかり、ました…明日、お待ちしております」
ツー ツー ツー
高木「おと、なし…」
高木「あの声…それに、音無…」
―――
――
―
[ 翌日 13:30 ]
高木「………」チラッ
高木「……あ!私としたことが…お茶菓子なども、用意していないじゃないか…」
高木「でも面接だから… いや、やはり買っておこうかな…15分くらいなら大丈夫だろう」
パタン
・ ・ ・
[ 同日 13:45 ]
『765プロダクション…は、ここかな』
『あ、ここだ… こんにちは!』
『…誰も居ないのかしら…中で、待たせていただこうかな』
『えっと…履歴書、履歴書…きちんと、書いてあるわよね』
『うん、大丈夫…ふふっ…』
『~♪』
・ ・ ・
高木「はぁ、はぁ…遅くなってしまった…もう、来ているのだろうか」
『――――止めないで♪』
高木「……え」
高木「……な、なんで…」
『――――夢が朝になっても覚めないなら♪』
『――――明日を迎えにいってらっしゃい♪』
『………』
『…そろそろかし…ら…』
『………』
高木「………」
『す、すみません…勝手に上がって歌まで…』
高木「……きみ」
『は、はい!』
高木「その曲を、どこで…」
高木「世に出てもいない、曲なのに」
『こ、これは…お母さんが、よく、私に…』
高木「…そうか…」
高木「…ああ、面接はいいよ、事務員がとにかく足りなくて」
高木「とりあえず、明日からよろしくお願いします…今から、契約書を…」
『あ…はい!こちらこそ、よろしくお願いします!』
高木「うん…あ、最後に…いいかな」
『はい?』
高木「君は…歌うことは、好きかな」
『…えーと』
高木「ああ、いや、すまない…ちょっとした、興味本位でね…芸能事務所だから」
『………』
『…はい、好きですよ』
高木「それは…どうして?」
『人を、笑顔にできるから』
『ただ、それだけで…意味はないんです、でも…お母さんが、いつも言っていました』
『――――――――意味は後からついてくるものだから、って…ふふっ』
―――
――
―
『おはようございます!』
高木「ああ、おはよう」
『えーと…今日から勤務ですが、とりあえず何をすればよろしいですか?高木社長』
高木「…そうだね…とりあえず、移転してきて荷物が多いんだ…荷物の整理を手伝ってほしい」
『わかりました!』
高木「書類はここに、ファイルはそこの棚に並べてもらえるかな」
『はい、では、はじめていきますね』
―――
――
―
『…ふぅ、とりあえずひと通りは…あ、まだ一箱残ってた』
『…これ…CD、ですね』
高木「………」
高木「君に…謝らないといけないことがあるんだ」
『「空」…「花」…「光」…「幸」… あと、写真…ですか?』
『………』
『…これ…』
『お母さん…?』
高木「…ああ…昔、君のお母さんをプロデュースしていたのは…私なんだ」
高木「それと…あの有名なプロダクションの…黒井と、2人で、君のお母さんを」
高木「君の声…それに、歌…一目見た時から、すぐにわかった…その髪の色も」
『………』
『…ええ』
高木「…君…知っていたのか」
『…なんとなく…ですけど』
『ひとり暮らしを始める前に…家の押入れを整理していたら、出てきたんです』
『同じ写真と…高木 順二朗、黒井 崇男と書かれた名刺…それに』
『おふたりの、昔の業務記録を綴った…スクラップが…たくさん』
『お母さん…とっても歌が上手くて、私によく、歌ってくれていたんです』
『歌を歌っている時は…本当に、楽しそうに…夢を持った、女の娘のように』
『だから…』
『社長が謝ることは…きっと、ないんだと思います』
『だって、あれだけ楽しそうに歌えるんです…きっと、あれはお母さんの歌だったんでしょう』
高木「…ああ」
高木「だが――――」
『嫌な思い出がある歌を、あれだけ楽しそうに、歌えるでしょうか?…私なら、出来ません』
『だから、謝ることはないと思うんです…でも』
『その代わり、お母さんの事を…教えてもらえませんか?…あまり、よく知らなくて…』
高木「………」
高木「………ああ、もちろんだよ」
高木「何から、語ろうか…ああ、まずは、出会いからだね」
高木「あの日は今日のような、春だった――――――」
―――
――
―
高木「…これが、全てだよ…私の知っている、彼女の事の」
高木「『空』や『花』といったタイトルの曲を、君も、どこかで、きいたことがあるかもしれないな」
『………』
高木「私を責めても、構わないんだよ」
高木「何をされても、仕方が無いんだ…私は…今でも、ずっと、悔いているんだ」
『………』
高木「私たちは、彼女に舞台という、『空』を与え」
高木「彼女は、一躍『花』開かせた」
高木「けれど、『光』という未来を見せることが出来ず―――」
高木「―――――彼女を、『幸』せにすることは出来なかった」
高木「私には夢の先があったが、無理をしていた彼女に、それ以上歩くことは、苦痛だったのだ」
高木「それに…彼女の夢は、私たちが…」
高木「…だから、彼女は…だから、私は、君に――――」
『………ふふっ』
『………本当に、よかった』
『おふたりが、お母さんのプロデューサーで』
『わたしは、お母さんは幸せだったと思います』
『だから、何も責めたりはしません…ましてや、責める権利は、私にはありません』
『思いました』
『おふたりは、本当に…』
『本当に、優しくて、あたたかいひとたち』
『そう、思いました』
『わたしも、おふたりと同じように…アイドルを支えてゆきたいと思って…ここへ来て』
『今日から、よろしくお願いします』
『高木社長』
[ 現在 ]
店員「だいたい、は知っていましたが…」
店員「全ての詳細を聞くのは…はじめてです」
高木「音無くんと出会ったとき、思ったよ」
高木「受け継いでいるのだ、と」
高木「私たちの希望を、未来を」
高木「彼女の意思を」
高木「そして…」
高木「彼女の声を」
高木「彼女の、歌という、遺産を」
高木「音無くんのおかげで…少し、私は楽になったんだ」
高木「長年の…この気持ちが」
高木「今日のように…まだまだ、整理しきれない部分もある…けれど」
高木「彼女の事を信じて…とりあえず、前に進もうと思っているんだ」
高木「まだ、先も見えない…それでも」
高木「…音無くんも…彼も、事務所のみなも居る…私は、1人ではないのだから」
高木「だから…」
店員「…そろそろ、はじまるようですよ、今夜も」
高木「…ああ」
店員「いらっしゃいませ」コトッ
高木「…黒井…」
高木「………」
黒井「………」
高木「私は…負けないよ」
高木「765プロダクションは…私が、守るよ」
黒井「………好きに、するがいい」
黒井「私は、私のやり方が正しいと、証明するのみだ」
高木「…そうだな」
高木「…前に言っていた事を、覚えているかな…ずいぶん、昔の約束だけれど」
黒井「…『未来を、取り戻せる時が来たら』」
高木「ははは、覚えていてくれたんだな…」
黒井「……ああ」
黒井「忘れることなど、出来るわけがない…」
高木「…私たちの全ては、彼女が受け継いだ…私たちの、遺産として」
高木「受け継いで…いつまでも、受け継がれていく…人から人へ、世代を超えて」
高木「…そしてまた、はじまるんだ」
高木「有為転変の、未来が」
黒井「…つまり、音無小鳥が、未来を受け継いだ…そう、言いたいのか」
高木「ああ…だから、また、もう一度…どうかな」
高木「あの頃のように…また」
黒井「………ふん」
黒井「…その時が、来たら」
黒井「また――――」
『本日も、お越しいただきありがとうございます』
『また、心をこめて、歌います…みんなの、意思を継いで』
『何度でも何度でも…心をこめて、みなさんに、幸せを運べたなら』
『………』
『では…お願いします』
『幸』
『有為転変のレガシー』
おわり
●あとがき・補足 1/2
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
今回は、前述の通り P「離合集散のディスコード」の、小鳥さんのお母さんがアイドルであったなら、というifです。
公式発表でもそうらしく、コメントを拝見させていただいて、書いてみました。
ただ、非常に情報が少なく、各サイトの推測を参考に書かせて頂きました。
時系列、整合性がとれない部分が多くあると思いますが、すみません。
また、このSSも、P「起死回生のST@RT」で登場する『彼女』に、どちらも当てはまるように作成されています。
●あとがき・補足 2/2
本編に直接関係はありませんが、SSのタイトルはゲーム「Steins;Gate」を参考にさせていただいています。
語感がよく、個人的に格好いいと思ったため、使用しています。
一応、内容に合致するようなタイトルをつけているつもりです。
また、今まで書いた作品は、
P「流星の軌道」 P「起死回生のST@RT」 P「離合集散のディスコード」 今作 P「有為転変のレガシー」のみです。
これで全て以上です。ありがとうございました。
html化依頼を出させていただきます。
元スレ
[ ??? ]
『――――――――夢の先が、見つからない』
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:19:28.67 ID:Zu4Oc0To0
[ ??? ]
『…まだ、彼女に事務員をさせているのか』
「………」
『もう、彼女らのことは諦めたらどうだ』
「………」
『物事は移り変わる…有為転変、だ…』
「………私たちに」
「私たちに、その話をする権利は、ないんだ」
「…けれど…」
「…ましてや、もう1つの未来を想像することも、創造することも、もう、許されてはいない」
「…あの日、から…」
『………』
「私たちに、たった1つだけ、許されていることがあるとするなら――――」
「――――――『彼女』という…私たちの遺産を見守っていること、だけなのだから…」
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:20:27.69 ID:Zu4Oc0To0
『有為転変のレガシー』
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:21:37.07 ID:Zu4Oc0To0
[ 過去 ]
社長「ふむ、君たちが今年の新卒の新人だ…たった2人の」
高木「はい!よろしくお願いします!」
黒井「よろしくお願いします」
社長「だが…うちに新卒で入れるほどの能力を持っている…という事だ」
社長「熟練の業界人らの引き抜きをメインの採用としているが…これがはじめての新卒採用だ」
社長「期待している…我がプロダクションの期待の新人だよ」
社長「我がプロダクションに、利益と繁栄をもたらしてくれることを祈っている」
黒井「望むままに、結果をご覧にいれてみせます」
高木「ぼく…いえ、私も、頑張ります!」
社長「ははは…印象が正反対な2人だが、しかし、それがいいのかもしれないな」
社長「最初は細々とした書類事務からだが、君たちの能力ならばすぐにプロデューサーになるだろう」
社長「では、後は教育係の者に任せてある…もっと話をしたいところだが、急いでいて…すまないな」
黒井「いえ、ありがとうございました」
高木「ありがとうございました!」
パタン
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:22:51.38 ID:Zu4Oc0To0
高木「えーと…黒井さん、だよね?これから、よろしく」
黒井「ああ…私のことは、黒井で構わない…よろしく」
高木「これから力を合わせて頑張っていこう!…2人しかいないと、やはり心細くてね…ははは」
黒井「…私は1人でもこなしてみせる」
高木「す、すごい自信だな…」
黒井「…お前もそうだろう…この大手プロダクションに新卒で採用されるなど」
黒井「お前にも、秘めたる何かがあったからこそ採用されたのだ」
黒井「熟練の業界人でも入ることは容易い事ではない、このプロダクションに入ることは」
高木「…あー…私は自分にそんな能力があるとは思えないけど…ありがとう」
黒井「…ふん、そろそろ研修の時間だ…遅れてはいけない、とっとと行くぞ」
―――
――
―
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:24:20.05 ID:Zu4Oc0To0
―
――
―――
教育係「…以上で、書類事務、電話対応の説明を終了します、何か質問は」
黒井「ありません…ありがとうございました」
高木「わ、私も…あり…ません、ありがとうございました」
教育係「この業界では様々な文化にフィット出来る性質とスピードが問われますので…ご理解を」
黒井「…いえ、短時間ながらも、非常に理解しやすい説明でした」
教育係「ありがとうございます、それでは」
パタン
黒井「……おい、お前」
高木「…え?あ、ど、どうしたんだ?」ペラペラ
黒井「…先程の説明、理解しきれていないだろう…どこが分からない」
高木「いや、そんな…」
高木「……すまない、ここと…ここが、どうしても分からなくて…」
黒井「…貸してみろ」
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:25:19.40 ID:Zu4Oc0To0
黒井「ここに記載されている電話対応のマニュアルのこの部分については―――――」
高木「えーと…それだと、こういう場合ならどうかな?例えば――――」
黒井「そういう場合なら、前のページの対応を応用して―――――」
高木「…ああ…すまない、もう一度説明を頼む――――」
黒井「…わかった、では、こう例えよう…図に表すと、こうだ――――――」
―――
――
―
黒井「…以上だ…他に分からないところはあるのか」
高木「いや…もう、ない」
黒井「そうか、では私はこれで失礼する」
高木「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
黒井「……何だ、まだ分からないところがあるのか」
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:25:58.89 ID:Zu4Oc0To0
高木「そ、そうじゃなくて…私の為に、ありがとう、わざわざ…すまない、時間を取らせてしまって」
黒井「……何を勘違いしている」
高木「…え?」
黒井「私がお前に説明をしたのは、たった2人しか居ない新人で、後々私の足を引っ張らないためにだ」
黒井「その平凡な頭脳では、どこにやっていくにも苦労するだろうからな」
高木「……ふ、ふふ…そうか、うん…ありがとう」
黒井「…何を笑っている」
高木「いや…君が冷たい人なのか、優しい人なのか、分からなくてね…ははは」
高木「ああ、黒井…君はこの後、時間はあるかな」
黒井「私には目を通しておかねばならない書類が山積みなのだ…一刻も早く仕事を覚えたい」
高木「そ、そうか…すまない」
黒井「………何の」
黒井「何の用だ」
高木「あ、ああ…お礼に…一杯どうかな、って…君のことも、よく知らないから」
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:27:11.53 ID:Zu4Oc0To0
黒井「………ふむ」チラッ
黒井「1時間だけだ」
高木「……え?」
黒井「何度も言わせるな…1時間だけなら、付き合ってやる…私は忙しいのでな」
高木「あ、ありがとう!よし、私もすぐに書類を片付けるから……ああっ」バサッ
黒井「…何をやっているんだ、お前は」
―――
――
―
黒井「…誘っておいて…何だ、この安っぽい居酒屋は」
高木「す、すまない…就職の際にお金を殆ど使ってしまって…持ち合わせが少なくて…その」
黒井「まあ…いいだろう、だが、お前の奢りだ」
高木「うん、お互いのことも少し語ろう…今日は本当にありがとう」
黒井「それはもういい…行くぞ」
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:28:00.88 ID:Zu4Oc0To0
―――
――
―
高木「どうかな、値段のわりには美味しい肴もあったと思うんだけど」
黒井「……今度、私がまともな店を教えてやる…お前の常識が嘆かわしい」
高木「そ、そうか…期待にそえず、すまない…じゃあ、楽しみにしているよ」
黒井「………」
黒井「だが…こういう安っぽい味も、久しいが…悪くはなかった」
高木「…ふふ、はは…ありがとう、君はやはり、優しい男だね」
黒井「気持ちの悪いヤツだな」
高木「褒め言葉として、受け取っておこうかな」
黒井「ふん…では、私は帰るぞ」
高木「ああ」
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:28:51.90 ID:Zu4Oc0To0
社長「…ふむ、君たちも2日目にして凄まじいスピードで仕事を吸収しているね」
高木「はい!黒井が、昨日丁寧に教えてくれていたので…彼のおかげです」
社長「そうかそうか、もうそんなに仲良くなったのか…これは、心配も無用だな」
高木「ええ!」
社長「…そうだね、この業務に本格的に慣れたら、次はプロデューサーの付き添いをしてもらおうかな」
黒井「わかりました」
社長「これで、君たちの仕事に熱が入ることを期待しているよ」
高木「は、はい!もちろんです!頑張ります!」
社長「ああ、今回もすまないが…私は出てくるよ」
黒井「お疲れ様です」
高木「お疲れ様です!」
高木「…さて、仕事頑張らないとな、黒井!」
黒井「……当たり前だ…静かに仕事が出来ないのか、お前は…」カタカタ
高木「ご、ごめん…」カタカタ
―――
――
―
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:29:30.67 ID:Zu4Oc0To0
社長「では、本日はプロデューサーの付き添いを行ってもらう」
社長「契約や、契約書の作成などは電話対応や書類事務でひと通りこなしたと思うが」
社長「今日はとりあえず各プロデューサーの営業方法を学んでもらう」
社長「特にマニュアルがあるわけではない…見て学んで、応用してほしい」
高木「わかりました!」
黒井「わかりました」
社長「うんうん、いい返事だ…君たちは仕事も早い、きっとすぐに慣れるはずだ」
社長「では、下にプロデューサーを待たせている…行ってくれたまえ」
―――
――
―
―
――
―――
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:30:28.44 ID:Zu4Oc0To0
黒井「ただいま戻りました」
高木「戻りました!」
社長「ああ、どうだったかな、彼の手腕は身につきそうかな」
黒井「はい、見ているだけでも素晴らしいものでした」
社長「そうか…では、早いかもしれないが、これからは営業の仕事に回ってほしい」
社長「えーと…ああ、これがリストだ…長い付き合いの局、店舗のね」
社長「テレビ、ラジオ、キャンペーンガール、雑誌、地方…どれでも、取れるものから」
社長「我が社にはアイドルが溢れかえっているからね…仕事はあっても足りないくらいだ」
社長「取れるなら、好きなだけ取ってきてくれて構わないから、頼むよ」
社長「アイドルの長所短所など関係ない…何事も慣れなのだからね、ははは」
社長「プロデューサーも人員不足でね…彼女らは1人で仕事に行き、帰ってくる…担当アイドルは別だが」
社長「何かが一発当たれば、それで売っていけばいい…人気も出て、アイドルも満足だろう」
黒井「わかりました…ご希望にそえるよう」
高木「…はい」
社長「ま、明日からだ…帰って、やり方、出来事を整理しておくといい」
黒井「…失礼します」
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:31:24.70 ID:Zu4Oc0To0
高木「…黒井」
黒井「何だ?」
高木「私は…あの社長が、何か…好きになれそうにないんだ」
黒井「………」
黒井「アイドルの希望、長所を育成しようとしない点…か」
高木「うん…アイドルは、人を笑顔にさせたり…歌を歌って、みんなを元気づけたり」
高木「私は…そんな仕事だと思っているんだ」
高木「もちろん、何事も慣れ、って言うのは一理あると思ってる…その通りだから」
高木「…けど、アイドルの希望を無視して、仕事をさせるなんて…かわいそうだ」
高木「溢れかえって…なんて、まるで、モノのように…」
黒井「………確かに、1つ何かの拍子に売れたとしても…やがて流行は去っていく」
黒井「何かに秀でたわけでもなく、一度転落したら…もう、戻れはしないのだろう…」
黒井「この輝かしき、世界には」
高木「………」
黒井「………だが」
黒井「持てばいい、自分の担当アイドルを」
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:32:30.80 ID:Zu4Oc0To0
黒井「言っていただろう?担当アイドルは別だ、と」
黒井「お前がアイドルを担当し、秀でた才能を発掘し、それを武器にし、売れさせる…」
黒井「そうすれば、そのアイドルを起点に…プロダクションが、この業界が、変わっていく」
黒井「だが今は…あの社長の言う通り、どこも一時の流行に乗ることに必死なのだ…だから」
黒井「……だから、お前が、全ての原点、起点となればいい…そうだろう?…高木」
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:33:53.30 ID:Zu4Oc0To0
高木「やっと呼んでくれたか、名前を…これで君に、一歩近づいたかな…ははは」
高木「しかし、そうだな…」
高木「変化を、期待しちゃいけないな…自分で、変えていくんだ…みんなを、この業界を」
黒井「…その新たな視点、情熱、思想…それらが、お前がここにいる理由なのかもしれないな」
高木「そうであればいいけれどね…頑張ってみるよ、私にも、目標が出来たんだ」
黒井「…ふん…だが、トップに立つのは私だ…全てのトップになるのは、この、私だ」
高木「では、まさに私たちは仲間であり、ライバル…宿敵、といったところかな」
黒井「…私に仲間など、必要ない」
高木「そう言うな、黒井…君には悪いけど、私はもう既に友人のつもりなのだから」
黒井「本当にお前は、変な奴だな…」
高木「そうでもないと思うけれどね…ああ、そうだ、前に君が言ってた店に行きたいんだが」
高木「ほら、今日はだいぶ早く終わっただろう?ちょうどいいと思わないか」
高木「嘆かわしい常識の私に、いい店を教えてくれると言ってくれただろう?頼むよ」
黒井「………」
黒井「そうだな…これから営業に回る際、まともな店の1件でも知らねばな」
高木「ああ!」
―――
――
―
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:35:35.33 ID:Zu4Oc0To0
―
――
―――
黒井「ここだ」
高木「…バーか…えーと…Unamela?」
黒井「店の規模はまだ小さいが…いい店だ…必ず、大きくなるだろう…行くぞ」
・ ・ ・
高木「……すごく、おしゃれなお店だな…何か、緊張してしまうよ」
黒井「前を向いて黙って歩け…仕事の人間にボロが出る前に慣れておけ」
高木「あ、ああ…」
店員「………」コトッ
店員「……お久しぶりですね」
黒井「ああ…相変わらず君は、物覚えがいいようだな」
店員「そうでなくては、このような小さい店では厳しいですからね」
黒井「きっと、この店は大きくなる」
店員「ありがとうございます…そちらの方は?」
黒井「ああ、彼は… …まあ、友人だ…こういう所に慣れていない…何か」
店員「はい」
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:37:15.83 ID:Zu4Oc0To0
高木「この店は、ピアノバーなんですね」
店員「ええ、今は、まだ…歌ってくださる方はいらっしゃいませんが」コトッ
高木「ありがとうございます…こんな雰囲気の良いお店で、勿体無いな」
高木「この席からだと、ステージがよく見えるのに」
黒井「…すぐにここには人が集まるようになる」
高木「………」
高木「………だったら」
高木「だったら、私がいつか、アイドルを担当したら…ここで歌わせていただけませんか」
店員「それは、嬉しい限りですね」
黒井「…アイドルを、あのステージにか」
高木「うん…すごく、いいお店だ…ここで歌わせてあげられるぐらいに、有名になって」
高木「歌わせてあげたい…あの、ステージで」
高木「君も、どうかな…私たちが、アイドルを担当したら」
高木「どちらが早く、あそこに自分のアイドルを立たせてあげられるか…」
高木「勝負、だよ」
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:38:25.87 ID:Zu4Oc0To0
黒井「……ふ、ふふ…面白い」
黒井「いいだろう…受けよう、その、勝負を」
―――
――
―
[ 現在 ]
高木「こんにちは…いや、こんばんは、かな」
店員「…お久しぶりですね」コトッ
高木「ありがとう…君とも、もう、長いね…ずいぶん、店も大きくなった」
店員「ええ…おふたりが足繁く通って頂いているおかげで」
高木「そう言ってくれると…彼は、黒井は、まだここに来るかな」
店員「…たまに、いらっしゃいますよ…いつもおふたりが座っていらっしゃった席で」
店員「ステージと、あなたが座っていた席を見て…軽く、氷を揺らしながら」
高木「そうか…」
店員「黒井社長とは…まだ」
高木「………」
店員「………すみません、忘れて下さい…」
高木「いや、いいんだ…こちらこそ、すまないな」
高木「少し、思い出していたんだよ…あの頃の、日々を」
―――
――
―
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:40:56.19 ID:Zu4Oc0To0
[ 過去・その後 ]
社長「君たちは恐るべきスピードで成長している…私ですら、驚きを隠せない…」
社長「…十分、1人1人にアイドルを任せても何ひとつ問題はないだろう」
社長「だが…君たちには2人で1人のアイドルを担当してもらう…資料だ」バサッ
社長「彼女らはこれから明らかにこの業界を動かしていく存在となれる、たった1人の逸材だ」
社長「いくら敏腕なプロデューサーでも1人では…恐らく、彼女の才能を発揮することは出来ないだろう…」
社長「だから、君たち2人で…だ」
社長「その彼女を、君たちに任せたい…プロデュースの権限は、君たちに一任する」
黒井「光栄です」
高木「はい!」
社長「彼女は既に奥の部屋で待機している…これからも、頼むよ」
・ ・ ・
コンコン
『はい』
高木「…こんにちは」ガチャッ
『お話は既にある程度、社長から伺っています…はじめまして』
黒井「こちらも、君の事はある程度書面上だが確認している…よろしく」
高木「えーと、私が高木で、彼が黒井だ」
『よろしくお願いします、高木プロデューサー、黒井プロデューサー』
高木「ああ、こちらこそよろしく!長いから、高木さん、黒井さん、とかでいいんじゃないかな」
黒井「それで構わない」
高木「それに、もっとくだけていても構わないんだよ」
『すみません…私、これが素で…失礼でしたら、改めます』
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:42:50.99 ID:Zu4Oc0To0
高木「いやいや、そんなことはないさ…緊張でもしていなければ、と思ってね」
『ふふっ…ありがとうございます。でも、私はこれが楽で』
黒井「では、記載事項の確認を行っていこう… …その前に、何か飲み物を」
『あ…よろしければ、私にやらせていただけませんか』
黒井「…君がか」
『ええ…あ、よろしければ、ですけれど…給湯室の場所は、伺っているので』
黒井「…構わない、では、お願いするとしよう」
『はい、では、少々』
パタン
高木「…黒井、間違っても不味い、とか言うんじゃないぞ」
黒井「不味ければ不味い、美味ければ美味い、それだけだ」
高木「……心配だ」
―――
――
―
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:43:33.01 ID:Zu4Oc0To0
『すみません、遅くなってしまって…』コトッ
『よろしければ、これからも淹れさせていただければ』
高木「うん、いい香りだ」
高木「………」チラッ
黒井「………ふむ」
黒井「………」
『どうでしょうか…』
黒井「…美味い」
黒井「これからも、お願いするとしよう」
『ありがとうございます…ふふ』
高木「ふう…」
黒井「では、確認をはじめよう」
―――
――
―
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:44:26.72 ID:Zu4Oc0To0
―
――
―――
黒井「以上だ…不備、補足、何か」
『いいえ、ありません』
黒井「わかった」
高木「あ!そうだ、聞くのを忘れていたよ…君は、アイドル活動で、何がしたいかな」
高木「これは、私の目標でもあってね…それを、尊重してあげたいんだ」
『………やりたいこと』
『………』
『……歌』
『歌を、歌いたいです…歌が好きで、アイドルに』
高木「うんうん、歌か!わかった、君に歌わせられるように、頑張るよ!」
黒井「ふむ…確かに資料にも歌唱力の欄は…満点か…」
黒井「君は、どこかで普段からレッスンを受けたりしているのか…でなければ」
黒井「どこかそういう所があるならば、記載しておくべき事柄だ」
『いえ…私、そういうところに行くお金はないので…』
『でも、歌が好きだから…普段から、よく歌っています』
『そのおかげかもしれませんね…ふふっ』
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:45:38.62 ID:Zu4Oc0To0
高木「すごく、いいね…好きな事が、長所だなんて…アイドルにぴったりじゃないか」
『そう言っていただけると、すごく嬉しいです』
黒井「…明日から、本格的にレッスン、活動を行っていく」
『わかりました』
黒井「今日はもう、帰ってもらっても構わない」
高木「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ…もう1つだけ、聞きたいことがあるんだった」
黒井「…何だ」
高木「大事なことなんだ…大事な」
『…はい?』
高木「君の夢は、何かな?」
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:47:51.98 ID:Zu4Oc0To0
高木「アイドルとしてでも…1人の女の娘としてでも構わない…夢を、聞きたい」
高木「君の望むがままの夢を、叶えてあげたい」
『………』
『………おふたりと』
『おふたりと、ずっと一緒に仕事が出来て…楽しく歌が歌えれば…私はそれだけで、幸せです』
『まだ、会って間もないけれど…私のために、一生懸命に』
『わたし、おふたりの期待にこたえられるよう、頑張りたいと思うので』
『小さな夢かもしれませんけど…今は、それが叶えば…私には十分です』
高木「…君は…」
高木「君は、いいアイドルになる…きっと、じゃない…絶対に」
高木「君を、絶対にトップアイドルにしてみせる、そして、叶えよう…その夢を」
高木「きっと、アイドルをやっていくうちに色々な夢を見る」
高木「――――私たちが、君の夢を叶え続ける…どこまでも、永遠に続く夢を見せるから」
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:49:27.47 ID:Zu4Oc0To0
『…では、ここからが夢のはじまりで…終わりは、どこにあるのでしょうか』
高木「…どうかな?ははは…私は、それらはきっと繋がって、どこまでも巡り巡ると…そう思う」
高木「言ったろう?どこまでも続く夢を見せる、と…だから、辞めなければ、いつまでも続くよ」
高木「終わりなんて、ないんだ」
高木「諦めさえ、しなければ」
黒井「…それに」
黒井「私も君をプロデュースするのだ…私がいる以上、そんな小さな夢では許されない」
黒井「そんなもの、すぐに叶えて、次の夢を見せてやる」
黒井「だから、もう次の夢を考えておけ」
『………』
『……ふふ…ふ、ふふっ…』
『…よかった』
『わたし、おふたりにプロデュースされることになって…本当に、よかった』
『最初は少し、不安な部分もあったけれど…今はもう、そんなものはありません』
『本当に、ありがとうございます』
『高木さん、黒井さん』
『これから、よろしくお願いします』
―――
――
―
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/03/05(火) 16:51:05.35 ID:Zu4Oc0To0
[ 現在 ]
高木「この写真も…まだ、綺麗なままだ…長い月日が、季節が、過ぎたと言うのに」
高木「毎日…フレームも、手入れしてくれているんだな…ありがとう」
店員「私も…彼女のファンですから、いつまでも…いつまでも」
高木「歳をとって…私は、私の想いを、次の世代に託した」
店員「…彼に、ですか」
高木「ああ…いつもの私の席に、あの角の席に座っていた、彼に」
高木「私や黒井は、もう、夢を見ることは出来ないし…許されてもいない」
高木「けれど…けれど」
高木「何も知らない彼なら、そんな彼だからこそ」
高木「私の見た、最後の夢を…彼に、継いでもらおうと思った」
高木「彼なら…きっと、何も言わずとも…そう、思うんだ」
高木「これが最後の…私のもう1つの――――」
高木「――――遺産、だよ」
―――
――
―
32: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:19:31.92 ID:VDJXMF070
[ 過去・その後 ]
『おはようございます』
高木「……ああ、おはよう!ずいぶん、早いんだね」
『ええ…おふたりも、早いですね』
黒井「私たちは君のプロデューサーだから…当たり前だ」
高木「そういうことだよ」
『では、私はお茶を淹れてきますね』
高木「ありがとう、すまないな」
黒井「期待している」
高木「………」
高木「え!?き、君がそんな事を言うなんて…め、珍しいな…」
黒井「………悪くはないからな」
・ ・ ・
『お疲れ様です』コトッ
高木「ありがとう、やはり本当にいい香りだ…落ち着くね」
黒井「ありがとう」
高木「し、しかしデビュー直後とはいえ、アイドルにこんな事をさせるのは悪いな…」
『いえいえ、喜んでいただければ…それに、これは私が勝手にやっていることなので』
高木「ははは…頭があがらなくなりそうだよ」
33: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:21:34.10 ID:VDJXMF070
高木「あ、そうだ、黒井…デビューしたてだから、話題が出来たらいいなと思って」バサッ
黒井「…ふむ、雑誌社のリストか…取材というわけか」
高木「うん、しかし…芸能雑誌に限らず、種類が多くてね…どこを選べばいいのかと思うんだ」
黒井「なるほど…お前にしては、悪くない考えだ」
高木「だろう?で、どれを選ぼうか…」
黒井「…そうだな…君は暇か」
『え?はい、3時間後にレッスンが入っているだけで、特に他には』
黒井「そうか…では、高木と君はこの雑誌を全て通読してもらう」
黒井「高木…お前の分の仕事は私が全て引き受ける…その中で、興味を惹かれた雑誌を選べ」
高木「わかった、すまない…協力してくれるかな」
『はい、もちろんですよ』
―――
――
―
34: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:22:32.22 ID:VDJXMF070
黒井「………」カタカタ
高木「………」ペラペラ
『………』ペラペラ
『……あ』
『………』カリカリ
―――
――
―
『すみません、レッスンに行ってきます』
黒井「ああ、後で一度様子を見に行く」
高木「頑張って!」
『はい!では、失礼します』
パタン
―――
――
―
『すみません!戻りました』
高木「……はあ、終わった!」
黒井「今戻った…終わったか」
35: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:23:49.97 ID:VDJXMF070
高木「ああ、君の書いてくれていたメモが役だってね…後半はスムーズだった」
『よかったです』
黒井「で…どうだ」
高木「うん、この雑誌なんかどうかな?ほら、見てみてくれ」
黒井「………ふむ」ペラペラ
黒井「…いいだろう、小さな雑誌社だが…ここを使うことにしよう」
黒井「特に、この記者のコラムが面白い…文章も上手い…新人とは思えない」
高木「そうそう、それ、すごく面白いよね…誰にでも分かるように書いてある」
『ええ、写真の配置も、センスというか…そういうのが、ありますよね』
黒井「そうだな…いずれここも大きく成長するのだろう…他の記者の記事も悪くない」
黒井「…では後で契約を取り付けよう…名前を控えておけ」
高木「わかった、えーと…どこだ…あ、あった」
高木「善澤さん、と言うらしい」
―――
――
―
36: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:25:18.99 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
高木「あの時の彼には、本当に感謝しているんだ」
高木「本当は、彼は書きたくて、伝えたくて、仕方がなかったはずなのに」
店員「善澤さん、ですか」
高木「…そうだ」
店員「あの方も…彼女のファンでしたから」
店員「だから…書かなかったのでしょう…記者として、ではなく…彼女の、1人のファンとして」
高木「私は…私も、黒井も、本当に…みなに支えてられていたんだな」
店員「当たり前ですよ…あの時のみなさんは、支えたくなるような存在でしたから」
店員「誰も彼もが憧れて、望んで、希望を託して…そんな存在でしたから」
店員「だから…書かなかった」
店員「…今ではもう、彼女の事を知る人もほとんどいません」
店員「今、彼女の事を知っているのは…この店に来る、大物の業界人の方々ぐらいでしょう」
店員「…しかし」
高木「…そんな彼らですら、知り得ない…幻のアイドル、と言われる彼女の引退の…」
高木「私たちだけが知っている…彼女の過去、引退したその理由…私たちの罪を…そして――――」
高木「―――その、真実を」
37: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:26:46.04 ID:VDJXMF070
[ 過去・その後 ]
記者「本日はよろしくお願いします!善澤の上司です」
善澤「今回は、本当にありがとうございます…私のような」
高木「いえいえ、そんな謙遜しなくても…黒井が、とても褒めていましたよ」
善澤「え、あ、あの黒井さんがですか…それは、光栄です」
ガチャッ
黒井「遅れてしまって申し訳ない…契約が長引いてしまいまして」
記者「いえいえ!このプロダクションさんに私どもを使っていただけるだけで、ありがたい限りです!」
記者「黒井さんも、高木さんも業界で噂に…営業で素晴らしい評価を得ていらっしゃると」
記者「あのプロダクションに、さらに敏腕な方々がいらっしゃった、と」
高木「そんなことは…」
記者「あ、ああ!すみません、じゃあ善澤を、よろしくお願いします!取材がありますので、私はこれで」
黒井「ありがとうございました」
高木「お疲れ様でした!」
38: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:27:46.02 ID:VDJXMF070
黒井「あなたが善澤さん…本日はどうも」
善澤「は、はい、こちらこそ!頑張って記事を書きますので…」
黒井「いえ」
善澤「…え?」
黒井「あなたがお考えになり、感じたことを、そのまま書いていただきたい」
黒井「先週のコラム、読ませていただいた…素晴らしい」
黒井「あのように、思ったことを、ただそのまま」
善澤「は、はい…それで、よろしければ」
黒井「私たちからの要望は以上です…取材の立ち会いはこの高木が」
黒井「そこの応接室に彼女が待機しているので、よろしくお願いします…高木」
高木「ああ!では、すみません、こちらへどうぞ…すぐにお茶をお持ちします」
―――
――
―
39: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:28:42.67 ID:VDJXMF070
善澤「えと、では、本日取材を行わせていただく善澤と申します、よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
善澤「あー…えっと、まずは…その資料を、ああ…どこに」
『…ふふ、緊張していたのは、私だけではありませんでしたね』
善澤「え?あ…落ち着いていらっしゃるから、てっきりこういう事には慣れていらっしゃるのかと」
『いえ、そんな…私、今とっても緊張してるんです…でも、善澤さんのおかげで…ふふ』
善澤「………」
善澤「…あはは、そうですね。何か、焦っていたのかも…ありがとうございます」
善澤「では、はじめましょうか」
40: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:30:10.88 ID:VDJXMF070
善澤「まず、アイドルになろう、と思った理由と言いますか…動機について」
『…やはり、歌が歌えるお仕事だからでしょうか』
善澤「将来的には、歌手などにも?」
『いえ、私はアイドルの道を進んでいきたいと思っています』
善澤「なるほど…何か理由が?」
『高木さんと黒井さんが、初めてお会いした時…言ってくださったから』
『絶対にトップアイドルにしてみせる』
『永遠に続く夢を見せるから …って』
『…わたし、それが嬉しくて』
『だから…かな、ふふっ』
『だから、頑張ろう、って…それに、気付いたんです』
『身近な人も、遠くにいる人も、みんな笑顔に出来る存在』
『それが、アイドルだって』
『そう思ったから…私は、アイドルの道を進んでいきたいと思っています』
善澤「…素晴らしいお考えだと思います…あ、他にも質問が出来たので、お願いします!えっと―――」
―――
――
―
41: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:30:51.75 ID:VDJXMF070
善澤「本日は、ありがとうございました!」
高木「ありがとうございました!では、よろしくお願いします」
黒井「ありがとうございました」
パタン
高木「やはり、彼女にはアイドルの才能があると思う」
黒井「………」
高木「君もそう、思わないか」
黒井「…ああ」
―――
――
―
42: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:31:21.19 ID:VDJXMF070
黒井「おはようございます」
高木「ああ、おはよう黒井…そういえば、今日、以前の取材の雑誌が来ているよ」
黒井「…既に目を通してある、問題はない…このまま発売されるのみだ」
高木「あ、相変わらず仕事が速いな…」
黒井「当たり前だ…自分の担当するアイドルなのだから」
高木「………」
黒井「…何だ」
高木「ははは、いや、なんと言うか…君も丸くなったな、と思っただけだ」
黒井「何を…私は何ら変わらない」
高木「ふふ、君が言うならそうなのかもな…はは」
高木「いい傾向だと思うよ」
43: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:32:53.30 ID:VDJXMF070
社長「やあ、今日発売の彼女のインタビューが乗ってる雑誌、かなり好評のようじゃないか」
黒井「ええ、いくつか問い合わせが来ています…予定通りです」
社長「あえて写真を掲載しなかったのは、そのせいかな」
黒井「あの記者の文章の構成に加えて、素顔がわからないとなれば…興味を煽れるかと」
社長「君も、なかなか…」
社長「彼女は、いい種になる…私も数社からの問い合わせの対応をしたけれど、そう思った」
黒井「……種、ですか」
社長「そうだ…種だ、大きな、木になる…大きな木に」
社長「金のなる木、と言う名の木に…そう、思うだろう?黒井くん」
黒井「………」
黒井「………ええ」
黒井「社長」
黒井「………」
44: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:33:33.01 ID:VDJXMF070
高木「やったぞ!黒井、これを見てくれ!今日までの問い合わせ、出演依頼のリストだ!」
高木「あの記事で、これだけの問い合わせが来てるんだ!彼女も彼も、やはりすごい人だったよ!」
高木「さらに歌もすごく上手だし…私もレッスンを見に行った時、驚いた」
高木「歌手のそれと変わりないし、それ以上と言っても十分に通用すると思ったから」
黒井「…見せてみろ」
高木「これだ、ほら、こことかこれもそうだ、それに…これもか、結構有名な番組もある」
高木「顔を出さないせいで、いち早く自分の番組で顔を出させたいと思っているのかもしれないな」
黒井「そうだろうな…だが、まだ顔は出さずにこのまま営業を続ける…このラジオ番組がいい」
黒井「そこで歌を披露し、彼女の実力を知らしめ、極限まで興味を煽り、価値を引き立たせる」
黒井「その時点で、彼女のCDデビューを行い…この有名音楽番組で、美麗な素顔を披露する」
黒井「これで、彼女は間違いなくトップに駆け上る…他の追随を許さないほどの、不動の存在に」
高木「…そうか、すごく…わくわくしてきた!なんというか…すごい、すごいよ!」
高木「私たちのはじめてプロデュースしたアイドルが、トップになることを考えると…ああ、もう!」
45: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:34:34.19 ID:VDJXMF070
黒井「とにかく、このラジオ契約には私が向かう…不備のない詳細な契約書を作って」
黒井「お前はCDデビューのための…そうだな、ここの会社と交流をはかれ」
黒井「お前のその脳天気さならば、すぐに交流は深まるだろうからな」
黒井「だが、決して彼女の情報は漏らすな…決して、誰にも、どこにも…だ」
高木「わ、わかった…それじゃ、行ってくるよ!」
パタン
黒井「騒がしい奴だ…だが…ふっ」
黒井「丸くなった…か」
黒井「………」カタカタ
―――
――
―
46: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:35:15.60 ID:VDJXMF070
黒井「本日の契約を担当させて頂きます、黒井です」
『ええ、よろしくお願いします…ぜひ、彼女にうちをお願いしたいのですが』
黒井「…条件を、飲んでいただければ」
『…条件、ですか?どのような』
黒井「彼女の情報を一切漏洩させないこと…こちらが判断したスタッフ以外の出入りの禁止、その2点です」
黒井「そちらの上司の方にすら、情報を漏らさないと約束していただけるなら」
『そ、そんな…そんなこと、今まで聞いたことも…』
黒井「既に数社からは約束の契約書をいただいています…即断即決でした、このように」ピラッ
黒井「それだけ、他の局は彼女の価値に深い理解があると私は認識しております」
黒井「当プロダクションとは長い付き合いだと伺っております…ですが、一切の妥協はありません」
黒井「現在、返事を保留しているのは、長いお付き合いがある、ただ、それだけの理由です」
『………』
『………わかりました』
『一切の情報漏洩の禁止、スタッフの件につきましても、この場で一筆』
『…契約を、お願いします』
黒井「………」
黒井「ありがとうございます」
47: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:36:25.86 ID:VDJXMF070
黒井「ただいま戻りました」
社長「おかえり、契約はどうだったかな」
黒井「問題ありません、一筆と、契約書です…法的にも不備は」
社長「あの彼に条件を出して…首を縦に振らせたか」
社長「君は…君は、いずれ…」
社長「………」
高木「ただいま戻りました!」
黒井「お前…まさか飲んでいるのか…交流を深めろ、とは言ったが」
高木「ああ…何か行って話をしていたら、飲みに連れて行かれてしまってね…断れなくて」
高木「あ、でも、ほら…あそこの人の名刺、携帯の番号まで、全員もらってきたよ、ははは」
社長「君たちは成果をあげているから黙認しておくが…他の社員に見つからないようにな」
高木「す、すみません…本当に、すみません」
社長「ははは、いいんだよ…君たちは、よくやっているからね…どんな手段でも使ってくれ」
社長「どんな手段でも、だ」
高木「………」
高木「……あの」
黒井「……行くぞ、高木」
黒井「本日は、高木と約束がありますので…これで失礼致します」
社長「そうかそうか、それはすまなかったな、彼も飲んでいるんだ、君も楽しんできたまえ」
黒井「はい、それでは」
パタン
社長「………」
48: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:37:47.94 ID:VDJXMF070
高木「ど、どうしたんだよ…黒井」
黒井「どうしたはお前だろう…酔っているのはいいが、発言する内容を考えたか」
黒井「お前は今、ヤツに逆らおうとしていたのだ、違うか」
高木「………」
黒井「いいか、よく考えろ…私もヤツは気に入らん…自分の私腹を肥やす事しか頭にない男など」
黒井「だが、それでもだ…今は耐えろ、そして考えろ、彼女の未来を、自分の事を」
黒井「お前があそこで発言していたら、彼女のこれからの活動にも響く…お前とて例外ではない」
高木「……なら、なら、どうしたらいい…社長は、彼女をモノだと思ってる」
高木「止めないと…彼女が」
黒井「それは…」
黒井「…………」
黒井「それは、私がどうにかする」
黒井「だから、それまで耐えろ」
黒井「必ず、私が…」
―――
――
―
49: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:39:07.59 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
高木「あの時黒井は…冷静でいようとしていたけれど…本当は、彼が1番怒りを抱えていたと思う」
高木「あの頃の私は…常に、彼女と黒井に支えられていてばかりだったのだ」
高木「私は支えているつもりで… …ああ、ああ…」
店員「………」コトッ
高木「すまない…っ、くっ、…はぁ…今日はどうにも…酔っているのかな」カラン
店員「…そういう時も、ありますよ」
高木「そう言われると…君が悪いわけではないけれど…その言葉に、溺れてしまいそうなんだ」
高木「私は…弱い人間だよ」
高木「その言葉に溺れて…私は、自分を見失いそうになる」
高木「いつか自分の罪を、正当化しそうで、怖いんだ…何も感じなくなってしまう、その時が」
高木「私は…どうしたら、あの時…彼女を救えたんだろう」
高木「あの時…私が、もっと…黒井のような、強い人間であったなら…」
高木「そう考えだすと…後悔が、思い出が…ずっと頭を巡るんだ…いつまでも、ぐるぐると」
高木「ああ、私は――――」
―――
――
―
50: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:39:57.05 ID:VDJXMF070
[ 過去・その後 ]
黒井「本日も数社、雑誌取材を受けてもらう…1件はネット上の記事になるが」
黒井「一応事前に質問される事項については送付されてきている、目を通しておけ」
黒井「後は後日にCDのレコーディングを行う事になっているが…それはまた後日だ」
『レコーディング…ですか?』
黒井「ああ…だが、その話は後だ…そういうことがある、とだけ認識しておけ」
高木「…えっと…なんというか、どこも似たり寄ったりだね」
高木「 『歌への想い』、『これからの活動の指針、その意味』…なんというか…困ったな 」
『………』
『アイドルの活動…とか、歌に対する想いって…それらしい意味、って…ないと、ダメなんでしょうか』
『私…ただ、歌が好きで、人を笑顔に出来たら、そう思って…私、漠然としているから…』
『…すみません』
高木「あー…すまない、勘違いをさせてしまったな、別に君を責めているわけではないんだ」
51: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:40:40.16 ID:VDJXMF070
高木「はじめて私たちに会った時…君は、『歌が好きだから』と言っていただろう?」
高木「私は、それでいいと思った…それに、君は後から、『人を笑顔にする存在だから』と、気付いた」
高木「そして君の想いは、『歌を歌って、人を笑顔に出来たら』という1つの夢のかたちになった」
高木「そんなふうに、意味や…自分の活動の答えなんて、後からついてくるものさ」
高木「必要なのは…ただ、そう思うその心じゃないかな」
高木「…って…ああ、ちょっと我ながらあれだね…すまない、元気づけられたら、と思って…はは」
『………』
『ありがとう、ございます』
『元気づけられました…本当に』
高木「そっか…それなら、よかった」
高木「君は人々を笑顔にする存在で…私たちは、その君を笑顔にする存在になれたらいいかな」
高木「私は、そう、思っているよ」
―――
――
―
52: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:41:22.55 ID:VDJXMF070
―
――
―――
黒井「ありがとうございました」
記者「はい!こちらこそ…また、お願いします」
・ ・ ・
黒井「…どうだ」
『ただ、思った事を、そのまま』
黒井「…そうか、なら、いい」
『はい!』
黒井「さっき言ったレコーディングの話だが…君は歌詞を考えたりすることに興味はあるのか」
『歌詞…ですか』
黒井「ああ…何でもいい、何かに対する感情を、そのまま詞にするだけだ」
『…わ、私に…そんなことが出来るでしょうか…』
黒井「………」
黒井「…君はまた、何か勘違いをしているようだな」
53: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:42:15.70 ID:VDJXMF070
黒井「…いいか、君はまだ何もない、種のような存在だ」
黒井「芽生えてすらいない君に最初から全てを期待などしてはいない」
黒井「私たちが行うのは君のプロデュース…君の支援を行う事だ」
黒井「種から芽生え蕾になり、いつの日か花になり…その時まで、私たちは君を全力でサポートする」
黒井「君はさも1人で全てを行うつもりでいるようだが…正しくは、私たちに出来るか、だ」
黒井「いいか…この私が君のプロデュースをしているのだ、失敗などは絶対にあり得ない」
黒井「この私がプロデュースをしている間は、君を不安にさせる要素は全て潰してやる」
黒井「わかったか?」
『………』
『ふふっ…わかりました』
『やっぱり…おふたりとも、思ってた通りの人』
『皆さん、似ていないとおっしゃいますけど…私から見たら、おふたりはそっくりです…ふふ』
『本当に、優しくて…頼りになって、…本当に…』
黒井「…無駄話はいい…わかったら、さっさと詞を書け」
『…はい、ありがとうございました!』
―――
――
―
54: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:43:13.02 ID:VDJXMF070
『高木さん…それに、黒井さん』
『みんな、おふたりの事をあまりよく知らないから、気付かないのかもしれないけれど』
『似てない、って思うのかもしれないけれど』
『本当に、優しくて、あたたかいひとたち』
『何かに対する想いを、詞に…』
『………ふふっ』
『…そんなの、1つしかありません』
『いつも、ありがとうございます』
『わたしの、2人のプロデューサー』
『これからも』
『これからも、きっと――――』
55: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:43:52.61 ID:VDJXMF070
『おはようございます』
高木「おはよう!昨日は取材が多くて疲れていただろう?だいじょうぶかな」
『はい、もうすっかり…おふたりのおかげですね』
黒井「私は別に、何かをした覚えはないがな」
高木「じ、実を言うと私もなんだ…覚えていなくて申し訳ないんだけど」
『おふたりには、気付かないうちに元気をもらっているんですよ』
黒井「…よく分からないが…そう言えば例の件、どうだ」
『はい!はじめてですけど、ただ思うままに、書いてみました』
高木「あ、もしかしてレコーディングの歌詞か?私にも見せてくれないか」
高木「どれどれ…うん、素敵な歌詞じゃないか!すごく、いいと思うよ」
高木「でもこの部分…これ、この前の…」
『ええ…黒井さんが、思った通りに、とおっしゃったので…ふふ』
黒井「…何だ?」ペラペラ
黒井「………」
黒井「…君は本当に…何を…」
高木「いいじゃないか、素敵な歌詞をプレゼントされたんだ…プロデューサー冥利に尽きるよ!」
黒井「…お前も…揃いも揃って」
高木「ははは」
56: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:45:16.92 ID:VDJXMF070
黒井「では本日より、以前から説明をしていたレコーディングを行う」
黒井「歌詞に合わせた曲は既に出来上がっている…サンプルを君も聞いていたはずだ」
『はい、たくさん聞きました!私のはじめての曲で、歌詞ですから』
黒井「…歌詞の話はもういい…ある程度はつかんでいるんだろうな」
『えと…一応、大丈夫だと思います』
高木「期間はあるんだ、ゆっくりやっていこう」
黒井「2曲同時のレコーディングだ、時間があるとは言え…気を引き締めろ」
『はい!』
黒井「では全員書類は持っているな?重要書類は私が持っている…スケジュールは高木だが」
黒井「君は以前渡したスタジオの通行証は持っているだろうな」
『はい、ここに』
黒井「よし…高木、お前はいつまでやっているのだ」
高木「え?ああ…えと…すまない、スケジュールの手帳が…あれ?」
黒井「…貴様は昨日デスクの一番下の引き出しに入れていただろうが」
高木「…本当だ…何で私より知っているんだ…」
黒井「お前が愚鈍で足を引っ張るからだろう…とっとと行くぞ」
『ふ、ふふっ…ふふっ…す、すみません、今行きます…ふふ』
―――
――
―
57: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:46:06.03 ID:VDJXMF070
黒井「では、最初に皆さんにお伝えされていると思いますが…彼女の情報については極秘で」
黒井「万が一にも…守られなかった、その時は…」
黒井「それでは、本日はよろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
スタッフ「よろしくお願いします!」
スタッフ「ではまず、以前お渡ししたサンプルの確認から――――」
―――
――
―
・ ・ ・
高木「みな、彼女にみとれているね」
黒井「あれだけの容姿だ…相当目を引くだろう」
黒井「十分な歌唱力もある…極秘にしていても、いずれ少しずつ広まるだろう」
高木「…いいのか?」
黒井「断片しか無い情報ほど、気を惹くものはないのだよ」
58: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:46:52.36 ID:VDJXMF070
―
――
―――
スタッフ「ありがとうございました!」
スタッフ「あ…でも、この曲…タイトルをお決めになっていらっしゃらないそうですが」
『はい…あ、そうだ…高木さん、黒井さん、すみません』
高木「ん?」
黒井「どうした」
『この2曲のタイトルを、おふたりに決めていただければ、と』
高木「え!?わ、私たちがかい?」
黒井「…何故だ」
『ふふ、そんなに驚かなくても…よろしければ…私の、はじめての曲ですから』
『おふたりに、と』
高木「ああ、えーと…ううむ、そうだな…君の未来を…うん、そ、そうだ!」
高木「決まったよ、こっちの曲のタイトルが」
黒井「私も、案はあがった…君には、ちょうどいいだろう」
『よかった…では、教えていただけますか?』
『その、タイトルを――――』
59: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:47:34.01 ID:VDJXMF070
黒井「今日からはしばらくラジオだ…CD発売前の宣伝も兼ねて行っていく」
黒井「歌を披露するコーナーも設けられているが、歌うのはどちらも1番のみだ」
『わかりました』
高木「緊張することはないよ、私たちがついてる」
『おふたりがいらっしゃるときに、緊張はもう、しませんよ…心配なんてありませんから』
高木「嬉しいね」
黒井「それが終わったら以前の雑誌社の彼を呼んでいる…そこで発売前インタビューだ」
黒井「ラジオと雑誌では、内容は別の事を語れ…だが、内容が矛盾してはならない」
高木「出す情報を、2つに分けたらいいんだ、要するにね…そうすると、気になるだろう?」
『…あ、なるほど…わかりました!では、そのように』
『何というか…やっぱりプロデューサーだなー、って思いました…ふふっ』
高木「もちろん、担当アイドルだからね、当然さ」
『この調子で、いつまでもずっと上手くやっていけたら嬉しいです』
高木「ああ!いつまでもよろしく頼むよ?私はちょっと頼りないけれどね」
高木「な、黒井?」
黒井「………」
黒井「………ああ」
60: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:49:14.48 ID:VDJXMF070
司会「では、本日は雑誌でも業界でも話題沸騰中の、あの方でーす!」
『よろしくお願いします』
司会「えと、このようなラジオ番組ははじめてだと伺ってますが」
『はい、すごく楽しみです…お仕事の話をいただいた時から、聞いていました』
司会「それはとっても嬉しいですね!あ、皆さん?本日最後には、発売前の曲を聞いて頂けます!」
司会「なんと、このラジオが全国で最も早い、しかも生歌で披露して頂けます!お楽しみに!」
司会「ではでは、はじめていきましょう!お便りも…い、いつもの何倍あるんでしょう?あはは」
司会「ではまず、ご存知でしょうが、名前からお伺いしていこうと思います――――」
―――
――
―
司会「お、お疲れ様でした!お便りの数がすごいので、次回にもしばらく持ち越しで行きます!」
司会「あ、すみませんスタッフさん、このお便りお願いします…ええ」
司会「今日はありがとうございました、次回もよろしくお願いします!すごい盛り上がりでした」
『それはよかったです…何か、気の利いたコメントが出来たらよかったのですが』
司会「いえいえ!むしろ、そのままのアイドルの素顔、という感じがとても好印象だと思います!」
『ふふっ…ありがとうございます、お疲れ様でした』
『………』
『………ふぅ』
黒井「………」
61: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:50:09.47 ID:VDJXMF070
高木「ああ、そうだ…時間はあるかな」
『え?は、はい』
高木「ほら、黒井もだよ」
黒井「…なんだ」
高木「あのお店に行こうじゃないか!そろそろ、いい時期だと思うんだけど」
高木「さっきのラジオのディレクターさんと、善澤さんもこの前のお礼で呼んでみたんだけど…」
黒井「……ふむ…いいだろう」
高木「よし!決まりだ、黒井もずいぶん付き合いがよくなってきたな」
黒井「…ただの気まぐれだ」
『ふふっ…本当におふたりは、仲がよろしいですね』
黒井「…そんなことはない」
62: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:50:56.64 ID:VDJXMF070
『…ここって、バー…ですよね?』
高木「ここはね、黒井に紹介してもらったんだ…お久しぶりです」
店員「お久しぶりです…そちらの方は?」
黒井「私たちの…仕事仲間、といったところだ」
『よ、よろしくお願いします!』
店員「ええ…とてもお綺麗な方ですね、モデル…か、芸能人の方でしょうか」
『え?いえいえ…ありがとうございます』
黒井「すまない、彼女の事は…聞かないでもらえるか」
店員「わかりました…つい」
高木「ははは、気持ちはよくわかります」
『もう…』
黒井「…そろそろ、いい頃だ」
黒井「すまないが、ステージを貸してもらえるだろうか」
黒井「ピアノは…私が弾こう」
店員「ええ…はじめて、ですよ…ありがとうございます」
黒井「君がどこまで成長したのか…私が見てやる」
『…ふふっ…はいっ』
63: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:51:49.47 ID:VDJXMF070
―――
――
―
店員「…彼女…どこかで、聞いたような…ああ、ラジオで…なるほど」
黒井「…ああ」
黒井「すまないが、黙っておいてくれ」
店員「ええ」
黒井「…ありがとう」
店員「いえ…こんな素敵な歌をきかせていただいた、お礼ですよ」
店員「私も、ファンになりました」
『…どう、でしたか?』
高木「よかった…よかった、私の夢が、1つ叶ったよ」
高木「あそこで、自分の担当アイドルを歌わせるのが1つの目標だったから」
『よかった…緊張しました、こんな大きなステージで』
店員「あなたなら、すぐにうちの何十倍、何百倍も大きなステージで歌うことになりますよ」
『ありがとうございます』
64: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:52:36.46 ID:VDJXMF070
善澤「ああ、すみません!遅れてしまって…あ、お揃いですね」
D「先ほどはありがとうございました!呼んで頂けて光栄です」
高木「いえいえ…今、彼女の曲が終わったところで」
高木「あ、すみません…彼らにも、何か」
店員「ええ」
『…黒井さん、もう1曲、お願いします』
黒井「…特に発声に異常はないようだが…これで最後だ、いいな」
『はい…では、お願いします』
―――
――
―
65: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:54:27.12 ID:VDJXMF070
『……ふう』
善澤「…すごい、ですね…生で聞いて…圧倒されました」
善澤「熟練の歌手…と言っても…」
D「…これは、本当にすぐ人気が出ます…うちで最後に使ってもらえて、よかったかな?あはは」
D「いい思い出になりました…これからの業界を背負っていくアイドルの原点を見られたわけですから」
『…褒めすぎですよ?』
D「…え?いえいえ…本当にそう思ってるんですよ、一生モノですから!」
『決めました』
『みなさんで、写真を撮りましょう…思い出作りです!』
黒井「君の顔は…」
『いいんです!どこか、飾っておけるだけで…どこかに、私がいた事が、証明できるなら』
黒井「………」
黒井「…仕方が無いな…今回限りだ」
『はい!今回限りです!』
『では黒井さんはここ、その前にディレクターさんはしゃがんで…高木さんはここ、その前に善澤さん』
『って…カメラ…善澤さん、お持ちですか?』
善澤「あ、持ってますよ…すみません、店員さん、よろしければ」
善澤「えと…ここを持って、押すだけです、ええ」
店員「では、撮りますよ?こちらを向いて…」
パシャッ
66: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:55:48.06 ID:VDJXMF070
社長「おかえり、遅かったね…さっきから、うちの電話が鳴り止まないんだ、はははは」
社長「そういえば、彼女は」
黒井「緊張していない、とは言っていましたが…レコーディング、雑誌、ラジオ」
黒井「精神的に少し、きているようで…タクシーを呼び高木に送らせました」
社長「ああ、そうか…次の仕事を入れてやろうと思っていたが…残念だな」
黒井「…仕事を?彼女は、私たちが担当をしているはずですが」
社長「……君は何を言っているんだ?」
社長「CDも未発売…メディア露出も数えるほど、素顔も晒していない彼女が」
社長「今、もっとも注目を集めているアイドルなのだよ」
社長「これは、もう会社ごとのプロジェクトにしようと思っているんだ」
社長「私も聞いたよ…あのCDを…試供品だったがね」
黒井「…社長…あれは、私のデスクに鍵をかけて置いておいたはずですが」
社長「…私はこの会社の社長なのだよ?この会社のものは、私のものだろう?」
社長「あれは…あれは…間違いなく売れる…社会に、万民に、広く知れ渡る…」
社長「そこにテレビ露出、さらなるCD化、彼女の軌跡のドラマ化…握手券、何でも」
社長「彼女は、金になる…金に、金に…たった数分のCMでも、何千万、何億という金に」
67: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:56:32.36 ID:VDJXMF070
黒井「彼女は慣れない仕事で疲れています…どうか、少し羽を伸ばす時間を…」
社長「ははは、君らしくもない…いいかい、人気はいずれ崩れる…その時までにいくら稼げるか、だ」
社長「あのような若い子には、好きな額を渡してやればいい…きっと笑顔で引退する」
社長「私たちはただ、その仲介を行ってお金を貰う…ビジネスじゃないか」
社長「みんな、しあわせ」
社長「最高の、未来じゃないか」
68: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:57:28.83 ID:VDJXMF070
黒井「…失礼します」
社長「ああ、これからも、よろしく頼むよ」
社長「黒井くん」
・ ・ ・
ポツポツ…
黒井「…雨か」
黒井「…高木には…恐らく…」
黒井「私が…やらねばならないのか」
『―――――どんな手段でも、だ』
黒井「…ふ、ふふ…ならば…貴様の言った通り…どんな手段でも使ってみせる…」
黒井「そして…彼女を、トップアイドルにしてやる…ふふ…はは」
黒井「それが、幸せな未来だと言うのなら…そのままに、だ」
黒井「…ふ、ふふ」
黒井「………」
prrrr!
「…もしもし」
黒井「…君か…私だ…黒井だよ」
「ああ…」
黒井「少し、いいか」
黒井「渋澤」
69: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 14:58:41.90 ID:VDJXMF070
『さて!今週のCDランキング!1位は、なんと初登場、デビュー1曲目から1位2位に―――――』
『業界でも前々から噂になっていたあのアイドル!今後も活躍に―――――』
『今、若い人たちが聞いている曲に、ある傾向があります―――――』
『とあるアイドルの歌が、爆発的に売れており――――』
『また、素顔がわからないところも、魅力の1つと言われており―――――』
『有力な業界関係者からは、とても美人だと言う噂があるようですね?』
『さらに――――』
70: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:00:03.50 ID:VDJXMF070
社長「ほら、次の仕事が入っているぞ!資料はまだか!使えないなお前は!」
社員「す、すみません!すぐに!」
社長「全く…何を休憩してる!営業に行け!」
社員「はい!」
社長「彼女の次の2曲があっただろう!?それの詳細は!?」
社員「え、えと…まだ、返事がなくて…レコーディング以降…その」
社長「バカか!あの曲も莫大な金を運んでくるのだ…死に物狂いで取りに行け!でなければ…」
社員「は、はい!」
善澤「すみません!黒井さんと、社長にお声をかけていただいて来ました善澤です」
社長「君か、よろしく頼む…彼女はあっちに…お客様が通るだろう!どけ!」
善澤「そ、そんな…大丈夫ですから」
社長「いえいえ、お気になさらず…まったく」
・ ・ ・
社員「………最近、社長、おかしいよ」
社員「…ああ…俺…他の所に行こうかなって」
社員「…もう、着いていけないよ」
社長「あ…そういえば、前、声をかけられたんだよな」
―――
――
―
71: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:01:01.54 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
高木「あの時に、正すべきだった…社長の、変わり様を」
高木「莫大な金を手にし…手が付けられなくなってしまった、あの社長を」
高木「日に日に減っていく社員を…見ては居られなかったが」
高木「あの人は…社長は、彼女を奴隷のように扱って…休む暇すら与えなかった」
高木「5分…10分、たったそれだけの休みですら…貴重な休みになっていった」
高木「だが…」
高木「彼女と、彼…黒井との約束を守るため…私は必死で耐えた」
店員「ええ…善澤さんから、一度…」
高木「…でも」
高木「長くは、持たなかった」
72: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:02:17.32 ID:VDJXMF070
[ 過去・その後 ]
高木「最近疲れているだろう…どうにか、私から社長に聞いてみるよ…休めるように」
『い、いえ…大丈夫です…高木さんも黒井さんもお疲れなのに、私だけなんて…』
高木「いいかい、君は現場に立っていて、私は見ている側なんだ…違いすぎる」
黒井「それに…このまま行くと歌えなくなってしまう…連日、負担をかけ過ぎだ」
『本当に…大丈夫ですから』
『次の取材まで…まだ時間があるようなので、少し、休みます』
高木「うん…休んでくれ」
『ええ、では…』
パタン
高木「…彼女、以前のように笑わなくなってしまったな」
高木「黒井…私は…私は、これ以上は耐えられないよ…」
黒井「………」
高木「日に日に社員が減っていき…その分1人の負担する仕事が増えて」
高木「それとは別に彼女の仕事量は以前の3倍近くふくれあがっている…休む暇も、ずっとないんだぞ!?」
黒井「そんなことは…」
黒井「…そんなことはわかっている!」
高木「…っ…すまない…君が悪いわけでは、ないのに…」
黒井「…気にするな…私も、すまない…」
73: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:02:51.33 ID:VDJXMF070
黒井「もう…彼女は持たない…限界だろう」
高木「どうする…どうしたら…彼女を救える」
社長「ああ、黒井くん、高木くん…ここにいたのか、探したよ」
高木「ど、どうかしたんですか?」
社長「善澤くんが来てて、取材なんだ…彼女は休んでいるだけなのだろう?すぐに呼んできてくれ」
社長「彼はそこの応接室にいる、なるべく早くに頼む」
黒井「…はい」
黒井「…もう、持たない、か…」
黒井「…高木…話がある」
―――
――
―
74: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:05:04.27 ID:VDJXMF070
高木「ど、どうした…はじめてじゃないか…君から、なんて」
黒井「…彼女は、今…幸せだろうか」
高木「…私には…分からない」
高木「以前はきっと、幸せだったと思うんだ…私も君も」
高木「…けど…今は…」
黒井「…そうか」
黒井「…………」
高木「…どうかしたのか?」
黒井「…私は…全てを終わらせる」
高木「…な、何を言ってるんだよ…何で…どうしたんだ、いきなり」
黒井「…そのままの意味だ…もう、私には耐えられない」
黒井「この腐った会社にもだ…ここで働いているなど、虫酸が走る」
黒井「私はこの先1人でやっていく…それだけの資金援助も、コネクションも取り付けた」
75: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:05:49.59 ID:VDJXMF070
高木「………」
黒井「…高木、お前とは、もう、これまでのようだな」
高木「…君は、間違っているよ」
黒井「…それがどうかは、これからすぐに分かるだろう」
高木「…もう、戻れないのか」
黒井「私は、お前のそういうところが気に入らないのかもしれない」
高木「………」
黒井「友情、仲間、絆… どれも、数値化出来ない非論理的なもの」
高木「君は」
黒井「昔は、少し考えもしたものだ、それが、必要ではないかと」
高木「なら―――」
76: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:06:37.04 ID:VDJXMF070
黒井「―――今ではもう、私に必要のないものだ」
黒井「……だが、悪くはなかったと、思っている」
黒井「今までの、日々を」
黒井「…手放さざるをえなくなった未来は、後はお前がなんとかするがいい」
高木「て、手放さざるをえなくなった…って」
黒井「分からないようだな…なら、はっきり言ってやる…今の彼女にもう未来はない」
黒井「このまま進んでもヤツに食いつぶされ、停滞していては夢は永遠に叶わない」
黒井「進むことも、戻ることも、もう彼女には許されてはいない…なら…」
黒井「私は…自分のやり方が正しいことを立証するために、起業する」
高木「………」
高木「…1つだけ、いいかな」
高木「もし…もし、その未来を、取り戻せる時が来たら―――」
高木「力を貸してくれないか」
黒井「―――いいだろう」
77: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:07:20.40 ID:VDJXMF070
黒井「だが…もう、全てを終わらせる準備は出来ている」
黒井「そして…」
黒井「…………」
高木「君は…まさか」
黒井「…お前がそれを知る必要はない」
黒井「これで終わりだ」
黒井「高木 順二朗」
パタン
78: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:08:30.14 ID:VDJXMF070
黒井「…私は…私のやり方が正しいと…証明してみせる」
黒井「そして、きっと…きっと」
黒井「…だが、その前にやるべきことがある…」
prrrr!
「…はい」
黒井「渋澤…記事の準備は出来ているんだろうな」
「ええ…あれだけいただければ、十分に根回しも全て…しかし、どうも1人首を縦に振らないもので」
黒井「…誰だ、それは」
「善澤、とかいう記者で…どうにも」
黒井「………」
黒井「放っておけ…構わない」
黒井「貴様の取り分も好きなだけくれてやる…今後出る指示された情報は全て潰せ」
「わかりました…これからも、よろしくお願いしますよ」
「――――黒井社長」
・ ・ ・
黒井「…全ては…明日だ」
黒井「明日、全てが終わる…同時に、はじまるのだ…彼女の、新しい…」
黒井「…こんなやり方をして…彼女には、恨まれるだろう…未来永劫、ずっと…」
黒井「だが…私は、こんな方法でしか…君を」
黒井「そして…すまない、高木…」
黒井「我が、宿敵よ」
79: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:10:54.52 ID:VDJXMF070
―――
――
―
prrrr!
prrrr!
prrrr!
黒井「…もしもし」
「く、黒井か!?…た、大変だ…わ、私は…大変なことを…」
黒井「…何の用だ」
「そ、それが…彼女が…彼女が…す、すまない…すまない、黒井…」
黒井「…どうした?何があった」
「き」
「消えたんだ…彼女が」
「1枚の、多分…涙に濡れたメモに、震えた字で―――」
『――――――――夢の先が、見つからない』
「そう、残して」
80: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:11:23.63 ID:VDJXMF070
ブツッ
黒井「…くそ!くそ…くそっ…わ、私は…私は」
黒井「どうして…どうしてこんなことに…」
―――
――
―
黒井「おい!どうなってる!?」
高木「く、黒井…各所に連絡をとって探してもらってる…けど」
高木「なぜ…なぜ、こんな事に…」
高木「私にも彼女にも夢があって…それなのに…」
『――――歌を、歌いたいです』
高木「……彼女の…夢」
81: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:12:01.87 ID:VDJXMF070
『――――歌が、好きだから』
高木「………」
高木「…そう…だった…」
黒井「…彼女の夢は、はじめに言っていた…」
『―――――――おふたりと、ずっと一緒に仕事が出来て』
『―――――――楽しく歌が歌えれば…私はそれだけで、幸せです』
82: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:14:46.92 ID:VDJXMF070
黒井「…夢の、先…」
高木「そういう、ことだったんだ…」
黒井「彼女は…聞いていたのか、全てを」
高木「私たちが一緒に居られなくなる…それが、夢の終わりだったんだ…」
高木「彼女の、ささやかな夢さえ叶えてあげられなくて…何が、永遠の夢…だ」
高木「彼女は!私たちがずっと一緒に仕事が出来るよう…一緒に、歌が歌えるよう…!」
高木「ただ、ただ、それだけを思って…彼女は…!」
高木「まだ…まだ、彼女にしてあげたい事はいっぱいあるんだ…新しい曲も、色々…なのに…なのに」
高木「なのに…なのに…」
高木「…でも…」
83: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:15:23.25 ID:VDJXMF070
高木「でも…ここじゃダメなんだ…彼女は、ここに居ると…ずっと、籠の鳥で…」
高木「………」
高木「………黒井」
黒井「お前も…決めたのか」
高木「…ああ…私も、起業するよ」
高木「彼女が帰ってきて…一緒に楽しく、仕事が出来るように…帰ってこれる場所を、作るよ」
高木「彼女が、ただ…ただ、自由に羽ばたけるように」
高木「そんな場所を、私は…作るよ」
高木「彼女は…彼女は、きっと帰ってくる」
黒井「…ああ、きっと、帰ってくる…」
黒井「…きっと…」
黒井「だから…もう、この事務所は…不要だ」
高木「…君は…やはり」
黒井「…見ていろ」
黒井「…私の出した、答えを」
―――
――
―
84: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:15:51.54 ID:VDJXMF070
社長「…なぜ、君が私の席に座っているのかな」
社長「それに…彼女はどうなった、彼の取材を放り出して逃げ出して…まったく、使えない」
黒井「………」
社長「他の社員も居ないようだしな」
黒井「………前の質問からお答えしましょう」
黒井「…それは、私がここに座るべき人間だから、ですよ」
社長「ははは…確かに、君は非常に有能で…ここを継ぐに値する人間だが…まだ、その時ではないよ」
黒井「………後の質問にもお答えするとしよう」
黒井「彼女は…もう、戻ってこないだろう…彼は、高木は…戻ると信じているがな」
社長「黒井…きみ、言葉遣いが…!」
黒井「…黙れ」
黒井「いいか…聞け」
黒井「今が、全てを終わらせる…その時なのだ…!」
85: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:16:57.00 ID:VDJXMF070
黒井「…そろそろ、時間か」
黒井「では…私は失礼しよう」
社長「き、君…!何を…」
黒井「会社が必要なくなったときには、そこのメモの番号にかけてくるがいい」
prrrr!
prrrr!
prrrr!
社長「な…なんだ、電話が…全ての電話が」
prrrr!
prrrr!
黒井「…私は、貴様を決して許しはしない…」
黒井「輝かしき未来を、奪おうとした…いや、奪った貴様を…だから」
prrrr!
黒井「かつて、言っていただろう…どんな手段でも、と」
prrrr!
黒井「私は、ただ、教えに従って…彼女にしたことと、同じ事をしたまでだ」
黒井「貴様は彼女を奴隷のように扱い、奪ったのだ…自由を、歌を、夢を、未来を…!」
黒井「たった1つの、彼女のささやかな願いすらも…」
黒井「進むことも戻ることも許されなくなった彼女は…それでも、それでも…」
黒井「………」
黒井「今度は、貴様が奪われる番だ…全てを、何もかも…血の一滴まで残しはしない」
黒井「絶対に、許しはしない…貴様も、貴様のようなクズも…全てを」
黒井「………」
黒井「それでは、さようなら」
黒井「…社長」
パタン
『――――次のニュースです』
『あの、業界で話題のアイドルが、惜しまれつつも、急遽、引退することが発表されました――――――』
86: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:19:05.88 ID:VDJXMF070
『彼女の所属している大手プロダクションの社長が、裏では社員への――――』
『実際に、とある記者が入手した、社員へのインタビューの映像が―――――』
『「はい、確かに社長は…仕事が出来なければクビ、という話をちらつかせて――――」』
『「私の同僚は仕事がとってこれなかったりした時に社長から暴力を――――――」』
『――――このような側面もあり、さらに他にもこのプロダクション内で――――』
『これにより、プロダクション内で問題が起き、引退せざるを得なくなったとも推測が――――』
『ですが未だに、詳しい情報は―――――』
高木「…なんだ…これ」
高木「…これ…嘘と本当が…混ざって」
高木「…黒井」
prrrr!
prrrr!
「…もしもし」
87: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:19:44.99 ID:VDJXMF070
高木「…黒井…見たよ、これは…君がやったのか」
「………」
高木「ほ、本当に君なのか…こ、これをやったのは―――――」
『ニュースの速報が入りました』
『先程名前があがった大手プロダクションが』
『新たに起業されたプロダクションに吸収されることが発表されました―――――』
高木「君は…彼女の…」
「………ああ」
『今詳細が入りました!そのプロダクション名は…前プロダクションの社員を率いた―――――』
「これは、復讐だよ」
『―――――――――「961プロダクション」に、吸収されるとのことです!』
88: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:20:13.75 ID:VDJXMF070
ガチャッ
ツー ツー ツー
高木「………」
高木「………私は…彼すらも…」
高木「守れなかった、というのか………!」
―――
――
―
89: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:20:58.62 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
店員「確かにあの時は、業界が騒然としていました…」
店員「…あの社長も、全てを失って…財産も、家族も、人間としての権利すらも」
店員「連日連夜メディアの視線に晒されて、何もかもを書かれて、そして…」
高木「………」
高木「だが…それも黒井の異常なまでの手腕…そして、彼の…善澤くんのおかげで収まった」
高木「彼が…彼女の名誉を守るため、メディアの餌食にならないために――――」
高木「――――すべての真実を、握りつぶしてくれた、そのおかげで…!」
90: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:21:58.62 ID:VDJXMF070
[ 過去・失踪直後 ]
高木「か…彼女はどこに…あ、ご、ごめん…君、彼女はどこへ行ったか知らないかな?」
社員「えっと…さっきそこから出て行ったのは見たんですが、まだ戻ってきていませんか?」
高木「……そうか」
コンコン
善澤「はい!」
ガチャッ
高木「………」
善澤「…ど、どうしたんですか…」
高木「…………えた」
善澤「え?」
高木「彼女が…消えた」
高木「メモを、残して…」
善澤「き、消えた?ど、どうして…」
高木「…実は―――――」
―――
――
―
善澤「………なるほど…だから」
高木「…君は、何か知っているのか」
善澤「…雑誌社でもあまり評判がいいわけではない、渋澤という記者が、黒井さんと」
善澤「最近私のところにもしばらく彼女の事については控えるようにと…大金を持って」
善澤「…けど、失踪は黒井さんにとっても予想外だったはずです」
善澤「………」
91: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:22:50.89 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
高木「その後あのニュースをみたとき…全てが分かった」
高木「彼の…黒井のやろうとしていたこと、全てを」
高木「彼は彼女を解放する為に、潰したのだ…プロダクションごと、全てを」
高木「そして私と彼女を巻き込まない為に…あんな事を言って」
高木「プロダクションを潰す前に…彼女は失踪してしまったのが、彼の唯一の誤算だったのだろう」
高木「…私が起業したのは、それから数ヶ月後だった」
―――
――
―
92: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:24:10.69 ID:VDJXMF070
[ 過去・その後 ]
高木「やっと、私もプロダクションを建てることができた…」
高木「彼の会社は…この数ヶ月で比べ物にならないくらい、大きくなってしまったな」
善澤「…そうですね」
高木「今では…業界で知らぬ者はいない…超大手プロダクションに」
善澤「…ええ」
高木「君は…結局、書かなかったね」
善澤「………」
善澤「…書けるわけ、ないでしょう…」
善澤「私だって、彼女のファンだ…!今さら、彼女の名誉に泥を塗ることはしたくない…」
善澤「もし、書いてしまっては…まだメディアが報じ、今度は彼女が餌食になる…!」
善澤「確かに…黒井社長のした事は、報じるべきことかもしれません…!でも、この会社の成長の原因は…」
善澤「だから…黒井社長の気持ちも…私には、わかる…!だから…」
高木「………ああ」
高木「小さな、けれど未来あるアイドルが存在する、経営不振で廃業寸前のプロダクションと」
高木「悪名高い経営者のいるプロダクションの吸収、合併を繰り返し―――――――」
高木「―――――――彼が、全ての悪と希望を、取り込んでいるのだから…」
93: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:25:40.62 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
高木「希望あるアイドルやプロダクションに手を貸し、悪意ある経営者を吸収し、浄化して」
高木「彼は善も悪も何もかも、無差別に取り込んでいって」
高木「そんな彼を、世間は暴君と呼ぶが…真実を知る者に、誰がそれを責められよう」
高木「…彼もまた、犠牲者なのだから」
店員「………」
店員「ただ…765プロダクションに961プロダクションが圧力や妨害をしているのは…やはり」
高木「………ああ、私には…そんな気がするんだ」
高木「経営の不安定な我が社を吸収し、救済しようとしている…そんな気が、ね」
高木「そして、彼女らの事は諦めろ…そう言っている気がするんだよ」
高木「だから、対立してしまうけれど…私は、彼を友達だと、ライバルだと、今でも思ってる」
高木「喜怒哀楽を共にした、仲間なのだから」
高木「そして…20年近く経ってから、ある女性と出会ったんだ」
―――
――
―
94: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:26:50.54 ID:VDJXMF070
[ 過去・20数年後 ]
善澤「こんにちは、社長」
高木「ああ、君か…久し振りだね」
善澤「…最近、どうですか」
高木「今月も、赤字だ…我が社は、そろそろ」
高木「日々、引退したみなが手助けに来てくれたりしているというのに」
高木「私は、社員に給与すらも満足に払えないんだ…情けない話だよ」
善澤「では…」
高木「…会社をたたんだりは…しない、絶対に」
善澤「…よかった」
高木「これは、私たちの約束のようなものだ…この、写真も」
高木「………」
高木「そろそろ…事務所を小さなところに移転しようと思うんだ、我が社員の世話をした後にね」
善澤「…そうですか」
―――
――
―
95: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:27:40.25 ID:VDJXMF070
「お疲れ様でした!社長」
高木「ああ、今日もありがとう…すまないな」
「いいっこなしですよ!では!」
「そうですよ?お疲れ様です!」
パタン
・ ・ ・
高木「………」
高木「少し、歩こうかな…事務所の移転先も、考えておきたい」
高木「………」
高木「このあたりも、ずいぶん変わってしまったな…」
高木「はじめて黒井とあったときは…居酒屋に行って、怒られたんだったかな」
高木「そして、彼女を連れて3人で…あのバーに行って…笑って」
高木「笑って…」
高木「そして…そして…っ、…そし、て」
高木「…ははは…私も涙もろくなって、しまったな…泣かないと、決めていたのに…っ」
高木「…どうして、だろう…今になって」
高木「ああ…」
高木「また、春が来るからだ」
96: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:29:03.76 ID:VDJXMF070
高木「空に、花が舞う、春が」
高木「彼女と黒井と、はじめて出会った、春がくる」
高木「光が差して、幸せを運ぶ、春がくる…」
高木「だから…」
・ ・ ・
高木「…そういえば、この辺に昔行ってた居酒屋があったような…」
高木「…あ、あった…」
高木「ははは…変わっていないな、…おや?上は、空いているようだな…明日、見てみようかな」
高木「本当に、変わっていないな…」
高木「…たるき亭は」
97: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:29:42.57 ID:VDJXMF070
―――
――
―
高木「もう、さくらが咲きはじめているのか…少しだけ、舞っているな」
高木「あたたかい陽ざしだ」
善澤「本当に、よかったんですか」
高木「…いいんだ」
高木「彼らと離れるのは寂しいけれど…彼らの生活を困窮させるわけには行かないよ」
高木「それに…今までより、ずっといい職場やプロダクションに行けたんだ」
善澤「…そうですか」
高木「私が…私が黒井のような手腕があれば、もっと上手く回ったかもしれないのだけれど、ね」
善澤「………すみません、社長も…」
高木「いいんだ…さて、今日からはじまるんだ、新しい765プロダクションが!」
高木「…と言っても、また社長1人のプロダクションだけど…ははは」
高木「一応ネット上での社員募集を行う告知はしてあるから…電話が来ればいいのだけど」
高木「…ま、あまり多くの給与が払えるわけではないから、祈るしかないな」
善澤「私も、また来ますよ」
高木「ああ!いつでも来てくれ」
98: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:30:36.21 ID:VDJXMF070
高木「………」カタカタ
高木「………」カタカタ
高木「…ふう、どうにも、事務仕事は苦手だ…練習はしていたのに」
高木「お茶でも、いれようかな」
『――――よろしければ、私にやらせていただけませんか』
『――――では、私はお茶を淹れてきますね』
高木「………」
高木「………」コポコポ
高木「…私は…」
prrrr!
99: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:31:27.08 ID:VDJXMF070
prrrr!
prrrr!
高木「あ…いけない、電話だ」
高木「もしもし?765プロダクションです」
『あ…もしもし?』
『そちらの、ネット上の社員募集を拝見させていただきまして』
『それで…面接を』
高木「………この、声………」
『もしもし?』
高木「え?あ、はい、ええ…では、明日の14時、765プロダクションで…はい」
高木「場所は…ええ、1階に居酒屋があるところの2階で、はい、そうです」
高木「お待ちしております…あ、すみません、お名前を伺っても」
『すみません、忘れていました』
『音無です』
『音無小鳥と、申します』
100: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:32:07.28 ID:VDJXMF070
高木「………」
高木「わかり、ました…明日、お待ちしております」
ツー ツー ツー
高木「おと、なし…」
高木「あの声…それに、音無…」
―――
――
―
[ 翌日 13:30 ]
高木「………」チラッ
高木「……あ!私としたことが…お茶菓子なども、用意していないじゃないか…」
高木「でも面接だから… いや、やはり買っておこうかな…15分くらいなら大丈夫だろう」
パタン
・ ・ ・
[ 同日 13:45 ]
『765プロダクション…は、ここかな』
『あ、ここだ… こんにちは!』
『…誰も居ないのかしら…中で、待たせていただこうかな』
101: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:33:36.38 ID:VDJXMF070
『えっと…履歴書、履歴書…きちんと、書いてあるわよね』
『うん、大丈夫…ふふっ…』
『~♪』
・ ・ ・
高木「はぁ、はぁ…遅くなってしまった…もう、来ているのだろうか」
『――――止めないで♪』
高木「……え」
高木「……な、なんで…」
『――――夢が朝になっても覚めないなら♪』
『――――明日を迎えにいってらっしゃい♪』
『………』
『…そろそろかし…ら…』
『………』
高木「………」
『す、すみません…勝手に上がって歌まで…』
高木「……きみ」
『は、はい!』
高木「その曲を、どこで…」
高木「世に出てもいない、曲なのに」
102: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:34:41.42 ID:VDJXMF070
『こ、これは…お母さんが、よく、私に…』
高木「…そうか…」
高木「…ああ、面接はいいよ、事務員がとにかく足りなくて」
高木「とりあえず、明日からよろしくお願いします…今から、契約書を…」
『あ…はい!こちらこそ、よろしくお願いします!』
高木「うん…あ、最後に…いいかな」
『はい?』
高木「君は…歌うことは、好きかな」
『…えーと』
高木「ああ、いや、すまない…ちょっとした、興味本位でね…芸能事務所だから」
『………』
『…はい、好きですよ』
高木「それは…どうして?」
『人を、笑顔にできるから』
『ただ、それだけで…意味はないんです、でも…お母さんが、いつも言っていました』
『――――――――意味は後からついてくるものだから、って…ふふっ』
103: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:35:26.93 ID:VDJXMF070
―――
――
―
『おはようございます!』
高木「ああ、おはよう」
『えーと…今日から勤務ですが、とりあえず何をすればよろしいですか?高木社長』
高木「…そうだね…とりあえず、移転してきて荷物が多いんだ…荷物の整理を手伝ってほしい」
『わかりました!』
高木「書類はここに、ファイルはそこの棚に並べてもらえるかな」
『はい、では、はじめていきますね』
―――
――
―
『…ふぅ、とりあえずひと通りは…あ、まだ一箱残ってた』
『…これ…CD、ですね』
高木「………」
高木「君に…謝らないといけないことがあるんだ」
『「空」…「花」…「光」…「幸」… あと、写真…ですか?』
『………』
『…これ…』
『お母さん…?』
104: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:37:04.73 ID:VDJXMF070
高木「…ああ…昔、君のお母さんをプロデュースしていたのは…私なんだ」
高木「それと…あの有名なプロダクションの…黒井と、2人で、君のお母さんを」
高木「君の声…それに、歌…一目見た時から、すぐにわかった…その髪の色も」
『………』
『…ええ』
高木「…君…知っていたのか」
『…なんとなく…ですけど』
『ひとり暮らしを始める前に…家の押入れを整理していたら、出てきたんです』
『同じ写真と…高木 順二朗、黒井 崇男と書かれた名刺…それに』
『おふたりの、昔の業務記録を綴った…スクラップが…たくさん』
『お母さん…とっても歌が上手くて、私によく、歌ってくれていたんです』
『歌を歌っている時は…本当に、楽しそうに…夢を持った、女の娘のように』
『だから…』
『社長が謝ることは…きっと、ないんだと思います』
『だって、あれだけ楽しそうに歌えるんです…きっと、あれはお母さんの歌だったんでしょう』
高木「…ああ」
105: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:37:45.44 ID:VDJXMF070
高木「だが――――」
『嫌な思い出がある歌を、あれだけ楽しそうに、歌えるでしょうか?…私なら、出来ません』
『だから、謝ることはないと思うんです…でも』
『その代わり、お母さんの事を…教えてもらえませんか?…あまり、よく知らなくて…』
高木「………」
高木「………ああ、もちろんだよ」
高木「何から、語ろうか…ああ、まずは、出会いからだね」
高木「あの日は今日のような、春だった――――――」
―――
――
―
106: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:39:17.51 ID:VDJXMF070
高木「…これが、全てだよ…私の知っている、彼女の事の」
高木「『空』や『花』といったタイトルの曲を、君も、どこかで、きいたことがあるかもしれないな」
『………』
高木「私を責めても、構わないんだよ」
高木「何をされても、仕方が無いんだ…私は…今でも、ずっと、悔いているんだ」
『………』
高木「私たちは、彼女に舞台という、『空』を与え」
高木「彼女は、一躍『花』開かせた」
高木「けれど、『光』という未来を見せることが出来ず―――」
高木「―――――彼女を、『幸』せにすることは出来なかった」
高木「私には夢の先があったが、無理をしていた彼女に、それ以上歩くことは、苦痛だったのだ」
高木「それに…彼女の夢は、私たちが…」
高木「…だから、彼女は…だから、私は、君に――――」
107: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:40:16.63 ID:VDJXMF070
『………ふふっ』
『………本当に、よかった』
『おふたりが、お母さんのプロデューサーで』
『わたしは、お母さんは幸せだったと思います』
『だから、何も責めたりはしません…ましてや、責める権利は、私にはありません』
『思いました』
『おふたりは、本当に…』
『本当に、優しくて、あたたかいひとたち』
『そう、思いました』
『わたしも、おふたりと同じように…アイドルを支えてゆきたいと思って…ここへ来て』
『今日から、よろしくお願いします』
『高木社長』
108: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:41:45.95 ID:VDJXMF070
[ 現在 ]
店員「だいたい、は知っていましたが…」
店員「全ての詳細を聞くのは…はじめてです」
高木「音無くんと出会ったとき、思ったよ」
高木「受け継いでいるのだ、と」
高木「私たちの希望を、未来を」
高木「彼女の意思を」
高木「そして…」
高木「彼女の声を」
高木「彼女の、歌という、遺産を」
109: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:42:35.26 ID:VDJXMF070
高木「音無くんのおかげで…少し、私は楽になったんだ」
高木「長年の…この気持ちが」
高木「今日のように…まだまだ、整理しきれない部分もある…けれど」
高木「彼女の事を信じて…とりあえず、前に進もうと思っているんだ」
高木「まだ、先も見えない…それでも」
高木「…音無くんも…彼も、事務所のみなも居る…私は、1人ではないのだから」
高木「だから…」
110: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:43:38.93 ID:VDJXMF070
店員「…そろそろ、はじまるようですよ、今夜も」
高木「…ああ」
店員「いらっしゃいませ」コトッ
高木「…黒井…」
高木「………」
黒井「………」
高木「私は…負けないよ」
高木「765プロダクションは…私が、守るよ」
黒井「………好きに、するがいい」
黒井「私は、私のやり方が正しいと、証明するのみだ」
高木「…そうだな」
111: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:44:47.62 ID:VDJXMF070
高木「…前に言っていた事を、覚えているかな…ずいぶん、昔の約束だけれど」
黒井「…『未来を、取り戻せる時が来たら』」
高木「ははは、覚えていてくれたんだな…」
黒井「……ああ」
黒井「忘れることなど、出来るわけがない…」
高木「…私たちの全ては、彼女が受け継いだ…私たちの、遺産として」
高木「受け継いで…いつまでも、受け継がれていく…人から人へ、世代を超えて」
高木「…そしてまた、はじまるんだ」
高木「有為転変の、未来が」
黒井「…つまり、音無小鳥が、未来を受け継いだ…そう、言いたいのか」
高木「ああ…だから、また、もう一度…どうかな」
高木「あの頃のように…また」
黒井「………ふん」
黒井「…その時が、来たら」
黒井「また――――」
112: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:45:27.75 ID:VDJXMF070
『本日も、お越しいただきありがとうございます』
『また、心をこめて、歌います…みんなの、意思を継いで』
『何度でも何度でも…心をこめて、みなさんに、幸せを運べたなら』
『………』
『では…お願いします』
『幸』
113: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:46:07.67 ID:VDJXMF070
『有為転変のレガシー』
おわり
114: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:50:44.66 ID:VDJXMF070
●あとがき・補足 1/2
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
今回は、前述の通り P「離合集散のディスコード」の、小鳥さんのお母さんがアイドルであったなら、というifです。
公式発表でもそうらしく、コメントを拝見させていただいて、書いてみました。
ただ、非常に情報が少なく、各サイトの推測を参考に書かせて頂きました。
時系列、整合性がとれない部分が多くあると思いますが、すみません。
また、このSSも、P「起死回生のST@RT」で登場する『彼女』に、どちらも当てはまるように作成されています。
115: ◆Q3F88HDBmA 2013/03/06(水) 15:55:17.39 ID:VDJXMF070
●あとがき・補足 2/2
本編に直接関係はありませんが、SSのタイトルはゲーム「Steins;Gate」を参考にさせていただいています。
語感がよく、個人的に格好いいと思ったため、使用しています。
一応、内容に合致するようなタイトルをつけているつもりです。
また、今まで書いた作品は、
P「流星の軌道」 P「起死回生のST@RT」 P「離合集散のディスコード」 今作 P「有為転変のレガシー」のみです。
これで全て以上です。ありがとうございました。
html化依頼を出させていただきます。
SS速報VIP:P「有為転変のレガシー」