1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/27(金) 23:57:08.12 ID:ycsQbBxaO
屋上から夜空を見上げるその人は、まるで月の光を浴びているみたいでした
長い銀色の髪はその光を溜め込んだみたいに、薄く淡く輝いています
私は声をその後ろ姿を、ボーッと眺めていました
詩的で幻想的な、四条さんの後ろ姿を…
「萩原雪歩ではありませんか。どうしたのです?」
私の視線が痛かったのかなぁ?
四条さんに気付かれちゃいました
「えっと…夜風に当たりに…」
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:01:06.16 ID:WopP0hThO
「えっと…夜風に当たりに…」
四条さんを見るために
とは、さすがに言えませんでした
「卯月も終わりに近付いたとはいえ、夜風はまだ冷たいのですよ?」
「さ、寒いのは大丈夫です!えっと…私、12月生まれですから」
うぅ…
やっぱりおかしな言い訳ですよね
四条さんに苦笑いされちゃいました…
「隣、いいですか?」
何も言わずにコクリと頷いた四条さん
私は四条さんの隣に立ち、一緒に月を見上げました
「今日の月は細いですね」
「どんな形をしていようとも、同じ月なのです。わたくしにとっては」
「ご、ごめんなさい…」
四条さんとお話するときは、いまだに緊張しちゃいます
上手くお喋りできません…
「あなたも月がお好きなのですか、萩原雪歩?」
「え、えっと…」
緊張しちゃって
好きです
って即答することもできません
四条さん、また苦笑いしちゃってます…
「良いのです。わたくしも月は好きではありませぬゆえ」
「そう…なんですか?」
だけど、いつも月を見ているイメージが…
「月を見ていると思い出してしまいますから」
「何をですか?」
「古里のことなどを、です」
そういえば四条さんは、ふるさとから離れて東京で暮らしているんでした
出身地がどこなのかは、私だけじゃなく事務所の誰も知らないみたいです
京都だって言う人もいれば、外国の生まれだって言う人もいます
いま私が聞いても教えてくれそうにないなぁ…
「思い出してしまうのに、やっぱり見上げてしまうんですか?」
「…古里の皆からも、わたくしが見えるように」
何かの隠喩なのかなぁ?
私にはまだ、四条さんの真意は分かりそうもありません
「帰りたいって思いますか?」
「遠きにありて思うもの、と申します」
それってたしか、室生犀星の詩ですよね?続きは…
「そして悲しくうたうもの、ですか?」
「ええ…真にそのようなものです、古里とは」
ずっと東京で育ってきた私には、やっぱり分かりそうもありません…
「四条さんは強いです。私だったらきっと…生きていけないです」
「わたくしは強くなどありません。本当に強き人とは…萩原雪歩、あなたのような人のことを言うのです」
「わ、私ですかぁ!?」
そ、それはとっても過大評価です…
私なんてひんそーでちんちくりんでウジウジしてて…
あうぅ…
穴堀りたくなってきましたぁ…
そんなことを考えてたら、またまた苦笑いされちゃいました…
この15分くらいで3回目です…
「あなたは強き人です。ただ、まだ己に対して自信を持てぬだけです」
「そう…なのかなぁ…」
「はい。このまま修練を重ねていけば、やがてそれも解消されることでしょう」
たしかにそれは、私がアイドルを目指した動機でした
ダメダメな自分をちょっとでも変えたくて…
少しはマシになってきたかもしれないけど、やっぱりまだまだダメダメです…
「ふふ…」
ど、どうして笑ってるんですか、四条さん?
「あなたを見ていると飽きませんね。笑ったり泣いたり落ち込んだり」
「なんだか観察されてるみたいです…」
「いえ、そういうわけでは…」
ありません
とは言わない四条さん
もう私なんか羽化する前のトンボの幼虫でいいですぅ…
「わたくしはあなたを羨ましく思います、萩原雪歩」
「…私のどこがですか?」
「泣いたり落ち込んだりできるところです」
…そういえば、四条さんが泣いたり落ち込んだりする姿って見たことないです
そんな姿、想像もできないかも
いつも毅然としていて、自分の思う道を真っ直ぐに進んでいくイメージ
そんな四条さんは、私の憧れですから
も、もちろん変な意味じゃないですよ?
「念の為に言っておきますが、わたくしは物の怪の類ではありませんよ?」
「え?」
「人間ですから、泣くこともあれば落ち込むこともあります」
私の考えてたこと、読まれちゃったのかなぁ?
四条さんてすっごくカンが鋭いみたいですから
「ただ押さえ込んでしまうだけです。泣いた方が良いと分かっていても」
押さえ込んむ…
私にはぜったい無理だなぁ
やっぱり四条さんの方が強い気がします
「先ほどの詩の続きをご存知ですか?」
「室生犀星のですか?えっと…分からないです」
「よしやうらぶれて 異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや、と続くのです」
「そう…なんですか?」
「意味は分かりますね?」
つまり四条さんが言いたいのは…
たとえ物乞いにまで身を落としてしまっても、決してふるさとには帰らない
ってことなのかなぁ?
「わたくしは帰れないのです…ですが、わたくしが泣いているのが分かれば、古里の皆が心配してしまいます」
「だから押さえ込んでしまうんですか?」
「不器用なのです、わたくしは」
そう言ってまた月を見上げた四条さん
遠くの方では、電車の走る音が聞こえていました
無言になった2人の間に流れる空気に耐えられなくなった私は、お疲れ様の挨拶をしてから屋上をあとにしました
扉を閉めるときに見えた銀色の髪は、やっぱり淡く輝いていました
次の日の仕事終わり
時間は20時時を少し過ぎていて、外はすっかり暗くなっていました
私は昨日と同じように屋上へ…
って、私ったら、なんだかストーカーみたいですね
うぅ…訴えられたら負けちゃいそうです…
なるべく音を立てないように屋上のドアを開けると、夕べと同じ場所に立っている四条さんが見えました
月は昨日よりも少しだけ細くなっています
今日は気付かれる前に声をかけよう
そう思ったときでした
銀色の髪に包まれた頭をうなだれた四条さん
肩は小刻みに震え始めました
えっと…
泣いてる…のかなぁ?
だとしたら私…
どうしよう…
屋上の扉の前で立ちすくんでいる私
月灯りの下で肩を震わせている四条さん
まだ冷たい4月の夜風に乗って、微かな嗚咽も聞こえてきました
話しかけたとして、私に何か言えるとは思えないけど…
だけど、大切な人が泣いている姿を、これ以上見ていることはできませんでした
だから私、思い切って声をかけました!
「し、四条しゃん!」
…あうぅ
大事なとこで噛んじゃいましたぁ…
「は、萩原雪歩ですか?ええっとあの…わたくしは…」
よっぽど慌てちゃったんですね
四条さん、袖口で涙を拭ってます
「あの…ハンカチどうぞ」
私が差し出したハンカチを見ても、まだ袖口を使っている四条さん
だけど
「ひ、瞳が傷ついちゃいますぅ!」
自分でも何を言ってるのかよく分からない私の言葉にやっぱり苦笑いしながら、ハンカチを受け取ってくれました
四条さんが泣き止むまでの15分くらいの間、私は1人で月を見上げていました
「…お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
まだ少し涙声の四条さん
なるべく顔は見ないようにしました
泣いたあとの顔って、人には見られたくないですから…
「ちょっと…いえ、だいぶビックリしちゃいました」
だって四条さん、夕べは"押さえ込む"って言ってたから…
「…わたくしにもいろいろあるのです」
拗ねたようなその口調に、私はまたビックリしちゃいました
「やはりわたくしを物の怪の類だと思ってはいませんか?」
…泣いたあとでもカンは鋭いみたいです
「やっぱり悲しいですか?」
「いえ、悲しくはありません。ただ…」
「ただ?」
「愛おしいのです…何もかもが」
そう言い終わると、四条さんはまた泣き出してしまいました
私はまた戸惑ってしまったけど、こんなときどうすればいいかは分かります
私は自分よりも背の高い四条さんを抱きしめました
四条さんは身をかがめ、私の胸に顔をうずめて泣いています
小さく揺れている銀色の髪を、私はしばらくのあいだ撫で続けました
薄く淡く輝いている、銀色の髪を…
電車の音が何度か遠ざかったあと、四条さんは身体を起こしました
さっき渡したハンカチで、また目を拭っています
「手紙が届いたのです。古里にいるじいやから」
少し照れたように語り始めた四条さん
やっぱり恥ずかしいですよね
泣いてるところを見られるのは
突然屋上にきた私が悪いのかもしれませんけど…
「古里の皆のことが書かれていました。皆元気でやっている、そしてわたくしのことを見守っていると」
「じゃあ…嬉し涙だったんですか?」
「はい…悲しみ故の涙であれば押さえ込むこともできますが、嬉しさや愛おしさ故の涙は…」
我慢できなったんですね?
でもちょっとだけ分かります、その気持ち
自慢じゃないですけど、泣き慣れてますからね、私
嬉し涙って堪えきれないんですよね
それに、堪える必要も無いって思います
「じゃあ、四条さんの場合は…そして愛しくうたうもの、ですね?」
「ふふ…そうですね。それに、"愛しい"を"かなしい"と読むこともあるそうですから」
"愛しい"と書いて"かなしい"…
なんだか素敵な表現ですね、それ
「そういえば私、図書館で詩の続きを調べたんです」
「そうなのですか?」
「えっと…ひとり都の夕暮れに ふるさと思い涙ぐむ そのこころもて 遠き都にかえらばや 遠き都にかえらばや」
私が詩の続きを暗誦している間、四条さんは目を閉じて聞いていました
きっと、遠き都に思いを馳せていたんだと思います
もう帰ることはないと決めた、"かなしい"ふるさとに
「やはりあなたは強き人です、萩原雪歩」
目を開けた四条さんは、私に穏やかな微笑みを向けながら言いました
「そして優しい人です。あなたの胸の温かさを、わたくしは決して忘れません」
「い、いえ、そんな…」
ひんそーだったのは忘れてくださいね…
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
「それは…えっと…方丈記ですよね?」
「ええ。月も川と同じなのですよ。夜毎にその形を変えてゆきます。ですが…」
「ですが?」
「時がゆけば、月はまた同じ形に戻ってきます。川の流れとは違って」
たしかに…
一定の周期で満ち欠けしますよね、月って
「移ろいながらも変わらぬもの…月とはそのような存在でありましょう」
月に向かって手をかざしながら、まるで自分に言い聞かせるように呟いている四条さん
なんだか神秘的です
見とれてしまうくらいに…
「わたくしもそのようにありたいと願っています。たとえ物乞いに身を落とすことがあろうとも、わたくしのままでありたいと」
四条さんの凛とした声が、月に吸い込まれていったような気がしました
4月の夜風に乗って、ふわふわと
それからしばらくのあいだ、2人で月を見上げていました
また無言になっちゃったけど、今日は平気です
夜風に揺れた銀色の肩が、私の肩をくすぐっています
わたくしたちは友達ですよ
って言われてる気がしたけど、私の勘違いじゃなければいいな、えへへ…
遠くの方から、電車の走る音が聞こえました
銀色の月の光を浴びながら、私はその音が消えてしまうまで耳をすませていました
私の大切な、お友達の隣で
お し ま い
おしまい
やっぱり雪歩は難しい…
ちなみに初めてプロデュースしたのは雪歩でした
読み返してきます
元スレ
「えっと…夜風に当たりに…」
四条さんを見るために
とは、さすがに言えませんでした
「卯月も終わりに近付いたとはいえ、夜風はまだ冷たいのですよ?」
「さ、寒いのは大丈夫です!えっと…私、12月生まれですから」
うぅ…
やっぱりおかしな言い訳ですよね
四条さんに苦笑いされちゃいました…
5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:08:21.30 ID:WopP0hThO
「隣、いいですか?」
何も言わずにコクリと頷いた四条さん
私は四条さんの隣に立ち、一緒に月を見上げました
「今日の月は細いですね」
「どんな形をしていようとも、同じ月なのです。わたくしにとっては」
「ご、ごめんなさい…」
四条さんとお話するときは、いまだに緊張しちゃいます
上手くお喋りできません…
7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:13:08.23 ID:WopP0hThO
「あなたも月がお好きなのですか、萩原雪歩?」
「え、えっと…」
緊張しちゃって
好きです
って即答することもできません
四条さん、また苦笑いしちゃってます…
「良いのです。わたくしも月は好きではありませぬゆえ」
「そう…なんですか?」
だけど、いつも月を見ているイメージが…
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:18:06.08 ID:WopP0hThO
「月を見ていると思い出してしまいますから」
「何をですか?」
「古里のことなどを、です」
そういえば四条さんは、ふるさとから離れて東京で暮らしているんでした
出身地がどこなのかは、私だけじゃなく事務所の誰も知らないみたいです
京都だって言う人もいれば、外国の生まれだって言う人もいます
いま私が聞いても教えてくれそうにないなぁ…
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:25:47.59 ID:WopP0hThO
「思い出してしまうのに、やっぱり見上げてしまうんですか?」
「…古里の皆からも、わたくしが見えるように」
何かの隠喩なのかなぁ?
私にはまだ、四条さんの真意は分かりそうもありません
「帰りたいって思いますか?」
「遠きにありて思うもの、と申します」
それってたしか、室生犀星の詩ですよね?続きは…
「そして悲しくうたうもの、ですか?」
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:32:33.84 ID:WopP0hThO
「ええ…真にそのようなものです、古里とは」
ずっと東京で育ってきた私には、やっぱり分かりそうもありません…
「四条さんは強いです。私だったらきっと…生きていけないです」
「わたくしは強くなどありません。本当に強き人とは…萩原雪歩、あなたのような人のことを言うのです」
「わ、私ですかぁ!?」
そ、それはとっても過大評価です…
私なんてひんそーでちんちくりんでウジウジしてて…
あうぅ…
穴堀りたくなってきましたぁ…
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:39:33.86 ID:WopP0hThO
そんなことを考えてたら、またまた苦笑いされちゃいました…
この15分くらいで3回目です…
「あなたは強き人です。ただ、まだ己に対して自信を持てぬだけです」
「そう…なのかなぁ…」
「はい。このまま修練を重ねていけば、やがてそれも解消されることでしょう」
たしかにそれは、私がアイドルを目指した動機でした
ダメダメな自分をちょっとでも変えたくて…
少しはマシになってきたかもしれないけど、やっぱりまだまだダメダメです…
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:45:08.53 ID:WopP0hThO
「ふふ…」
ど、どうして笑ってるんですか、四条さん?
「あなたを見ていると飽きませんね。笑ったり泣いたり落ち込んだり」
「なんだか観察されてるみたいです…」
「いえ、そういうわけでは…」
ありません
とは言わない四条さん
もう私なんか羽化する前のトンボの幼虫でいいですぅ…
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:49:49.05 ID:WopP0hThO
「わたくしはあなたを羨ましく思います、萩原雪歩」
「…私のどこがですか?」
「泣いたり落ち込んだりできるところです」
…そういえば、四条さんが泣いたり落ち込んだりする姿って見たことないです
そんな姿、想像もできないかも
いつも毅然としていて、自分の思う道を真っ直ぐに進んでいくイメージ
そんな四条さんは、私の憧れですから
も、もちろん変な意味じゃないですよ?
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 00:56:32.02 ID:WopP0hThO
「念の為に言っておきますが、わたくしは物の怪の類ではありませんよ?」
「え?」
「人間ですから、泣くこともあれば落ち込むこともあります」
私の考えてたこと、読まれちゃったのかなぁ?
四条さんてすっごくカンが鋭いみたいですから
「ただ押さえ込んでしまうだけです。泣いた方が良いと分かっていても」
押さえ込んむ…
私にはぜったい無理だなぁ
やっぱり四条さんの方が強い気がします
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:05:30.12 ID:WopP0hThO
「先ほどの詩の続きをご存知ですか?」
「室生犀星のですか?えっと…分からないです」
「よしやうらぶれて 異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや、と続くのです」
「そう…なんですか?」
「意味は分かりますね?」
つまり四条さんが言いたいのは…
たとえ物乞いにまで身を落としてしまっても、決してふるさとには帰らない
ってことなのかなぁ?
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:14:14.43 ID:WopP0hThO
「わたくしは帰れないのです…ですが、わたくしが泣いているのが分かれば、古里の皆が心配してしまいます」
「だから押さえ込んでしまうんですか?」
「不器用なのです、わたくしは」
そう言ってまた月を見上げた四条さん
遠くの方では、電車の走る音が聞こえていました
無言になった2人の間に流れる空気に耐えられなくなった私は、お疲れ様の挨拶をしてから屋上をあとにしました
扉を閉めるときに見えた銀色の髪は、やっぱり淡く輝いていました
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:20:46.81 ID:WopP0hThO
次の日の仕事終わり
時間は20時時を少し過ぎていて、外はすっかり暗くなっていました
私は昨日と同じように屋上へ…
って、私ったら、なんだかストーカーみたいですね
うぅ…訴えられたら負けちゃいそうです…
なるべく音を立てないように屋上のドアを開けると、夕べと同じ場所に立っている四条さんが見えました
月は昨日よりも少しだけ細くなっています
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:23:58.36 ID:WopP0hThO
今日は気付かれる前に声をかけよう
そう思ったときでした
銀色の髪に包まれた頭をうなだれた四条さん
肩は小刻みに震え始めました
えっと…
泣いてる…のかなぁ?
だとしたら私…
どうしよう…
24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:32:30.40 ID:WopP0hThO
屋上の扉の前で立ちすくんでいる私
月灯りの下で肩を震わせている四条さん
まだ冷たい4月の夜風に乗って、微かな嗚咽も聞こえてきました
話しかけたとして、私に何か言えるとは思えないけど…
だけど、大切な人が泣いている姿を、これ以上見ていることはできませんでした
だから私、思い切って声をかけました!
「し、四条しゃん!」
…あうぅ
大事なとこで噛んじゃいましたぁ…
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:38:57.74 ID:WopP0hThO
「は、萩原雪歩ですか?ええっとあの…わたくしは…」
よっぽど慌てちゃったんですね
四条さん、袖口で涙を拭ってます
「あの…ハンカチどうぞ」
私が差し出したハンカチを見ても、まだ袖口を使っている四条さん
だけど
「ひ、瞳が傷ついちゃいますぅ!」
自分でも何を言ってるのかよく分からない私の言葉にやっぱり苦笑いしながら、ハンカチを受け取ってくれました
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:43:39.39 ID:WopP0hThO
四条さんが泣き止むまでの15分くらいの間、私は1人で月を見上げていました
「…お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」
まだ少し涙声の四条さん
なるべく顔は見ないようにしました
泣いたあとの顔って、人には見られたくないですから…
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:48:51.98 ID:WopP0hThO
「ちょっと…いえ、だいぶビックリしちゃいました」
だって四条さん、夕べは"押さえ込む"って言ってたから…
「…わたくしにもいろいろあるのです」
拗ねたようなその口調に、私はまたビックリしちゃいました
「やはりわたくしを物の怪の類だと思ってはいませんか?」
…泣いたあとでもカンは鋭いみたいです
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 01:58:12.89 ID:WopP0hThO
「やっぱり悲しいですか?」
「いえ、悲しくはありません。ただ…」
「ただ?」
「愛おしいのです…何もかもが」
そう言い終わると、四条さんはまた泣き出してしまいました
私はまた戸惑ってしまったけど、こんなときどうすればいいかは分かります
私は自分よりも背の高い四条さんを抱きしめました
四条さんは身をかがめ、私の胸に顔をうずめて泣いています
小さく揺れている銀色の髪を、私はしばらくのあいだ撫で続けました
薄く淡く輝いている、銀色の髪を…
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:02:51.99 ID:WopP0hThO
電車の音が何度か遠ざかったあと、四条さんは身体を起こしました
さっき渡したハンカチで、また目を拭っています
「手紙が届いたのです。古里にいるじいやから」
少し照れたように語り始めた四条さん
やっぱり恥ずかしいですよね
泣いてるところを見られるのは
突然屋上にきた私が悪いのかもしれませんけど…
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:09:05.81 ID:WopP0hThO
「古里の皆のことが書かれていました。皆元気でやっている、そしてわたくしのことを見守っていると」
「じゃあ…嬉し涙だったんですか?」
「はい…悲しみ故の涙であれば押さえ込むこともできますが、嬉しさや愛おしさ故の涙は…」
我慢できなったんですね?
でもちょっとだけ分かります、その気持ち
自慢じゃないですけど、泣き慣れてますからね、私
嬉し涙って堪えきれないんですよね
それに、堪える必要も無いって思います
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:14:39.11 ID:WopP0hThO
「じゃあ、四条さんの場合は…そして愛しくうたうもの、ですね?」
「ふふ…そうですね。それに、"愛しい"を"かなしい"と読むこともあるそうですから」
"愛しい"と書いて"かなしい"…
なんだか素敵な表現ですね、それ
「そういえば私、図書館で詩の続きを調べたんです」
「そうなのですか?」
38: 雪歩には奥華子の曲が合うよね。時かけの曲もカバー希望 2012/04/28(土) 02:20:48.04 ID:WopP0hThO
「えっと…ひとり都の夕暮れに ふるさと思い涙ぐむ そのこころもて 遠き都にかえらばや 遠き都にかえらばや」
私が詩の続きを暗誦している間、四条さんは目を閉じて聞いていました
きっと、遠き都に思いを馳せていたんだと思います
もう帰ることはないと決めた、"かなしい"ふるさとに
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:28:49.42 ID:WopP0hThO
「やはりあなたは強き人です、萩原雪歩」
目を開けた四条さんは、私に穏やかな微笑みを向けながら言いました
「そして優しい人です。あなたの胸の温かさを、わたくしは決して忘れません」
「い、いえ、そんな…」
ひんそーだったのは忘れてくださいね…
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:35:19.08 ID:WopP0hThO
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
「それは…えっと…方丈記ですよね?」
「ええ。月も川と同じなのですよ。夜毎にその形を変えてゆきます。ですが…」
「ですが?」
「時がゆけば、月はまた同じ形に戻ってきます。川の流れとは違って」
たしかに…
一定の周期で満ち欠けしますよね、月って
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:42:59.84 ID:WopP0hThO
「移ろいながらも変わらぬもの…月とはそのような存在でありましょう」
月に向かって手をかざしながら、まるで自分に言い聞かせるように呟いている四条さん
なんだか神秘的です
見とれてしまうくらいに…
「わたくしもそのようにありたいと願っています。たとえ物乞いに身を落とすことがあろうとも、わたくしのままでありたいと」
四条さんの凛とした声が、月に吸い込まれていったような気がしました
4月の夜風に乗って、ふわふわと
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:54:42.58 ID:WopP0hThO
それからしばらくのあいだ、2人で月を見上げていました
また無言になっちゃったけど、今日は平気です
夜風に揺れた銀色の肩が、私の肩をくすぐっています
わたくしたちは友達ですよ
って言われてる気がしたけど、私の勘違いじゃなければいいな、えへへ…
遠くの方から、電車の走る音が聞こえました
銀色の月の光を浴びながら、私はその音が消えてしまうまで耳をすませていました
私の大切な、お友達の隣で
お し ま い
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/28(土) 02:56:26.81 ID:WopP0hThO
おしまい
やっぱり雪歩は難しい…
ちなみに初めてプロデュースしたのは雪歩でした
読み返してきます
雪歩「月の光」