1: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:23:37 ID:YQA
腹ペコシスターに愛の施し──具体的には餌付けをするシリーズのやつです。
今回は冬にぴったりであろう料理を作ります。これはマジでめっちゃ美味い。
相変わらず個人の趣味全開って感じですが、よろしくお願いします。クリスマス編(当日)はまた後日!
2: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:24:31 ID:YQA
【オードブル:いくつになっても友達ってやつは】
◇
「子供時代からの友達」と「大人になってからの友達」は違うという。俺もそう思う。子供の頃はむつかしいことなど何にも考えずにただ遊びに身を任せる毎日であった。自然友人もそんな阿呆ばかりである。
自分がわずかばかりの知恵をつけたと思ったら、悲しいかな向こう側も対して役にも立たない無駄な知識をつけてきやがる。後は狸や狐もいかに、という化かし合いを演じる者も多い。☆
俺はそういう面倒臭いことはごめんだ。正確にいうと、そんなことは出来ないし、やらない。仕事の付き合いで結構。上辺で結構。休みになれば昔ながらの「本当の」友達に会いに行けば良い。それで十分だと思っていた。
しかしどうだろう。どうやら俺の目の前にいる男は───デカくてむさくて男くさいこの男は。俺のことを友達だと言うではないか。臆面もなく、邪心など何もないような笑顔で。それはもう気持ちよく、気持ちが悪いことを言い切る。☆
まったく、これだから阿呆は困るのである。こちらが握手をしようと手を差し出したら全力でハグしにきやがる。「気持ちが悪い」「やめろ」と泣こうが喚こうがお構いなしだ。
まったく、誰が好き好んでこんな奴の友達になんてなるものか。★
あえて言おう。こいつは親友であると。☆
○
「……腹減ったな……」
「わかります」
「………………シスター、随分お早いお帰りですね。まさに今5秒前に、10km離れた仕事場を出たという電話を終えたばかりでしたが……」
「その……少し悪しきモノの気配が感じられまして、『力』を使いましたので……少々因果が不安定になっているやもしれません……」
「へぇぇ、そうなんですか。」
そうなのか? しかし彼女がそう言っているのだから間違いあるまい。シスターは嘘つかない。もしシスターが嘘ついたら最近無い休みの中で無理くり進めているボケモンのセーブデータを消してもいい。つまり、人生を賭ける、ということだ。☆
「まだ17時を少し回ったとこでしたから夕飯なんの用意もできてません……今からちょっくら用意しますんで、ちとお待ちを……」
「あっその、お気になさらず……私、プロデューサーさんにご飯を食べさせてもらおうと
思って急いでいたわけでは……」
「……思ってなかったんですか?」
「……思ってなかったです。」
そうか。シスターが言うなら嘘ではあるまい。なんならカシオミニを賭けてもいい。ボケモンのセーブデータはちょっと掛け金が高すぎると思う。いくらなんでもそれはないな、うん。
★
「そ、その、プロデューサーさん。改めまして、クリスマス・イブなんですが……」
「はい、予定は空けていますよ。でも良いんですか? どこか良い店を予約しても……」
「と、とんでもありません! 確かにめくるめくような高級料亭やフレンチ・フルコースに舌鼓を打つのは誰しも期待してしまうことです。しかしそのような欲望の中においても、主を思い自らは貧なれども人々の幸せを祝うのがシスターとしての本懐とも言えるのですから……!」
「フライドチキンとかどうですかね……」
「お肉! ……あ。」
……まぁ、お肉は美味しいよな。天使だろうが悪魔だろうが肉をたくさん食えば大抵幸せだ。だからその反応は決して間違いではない……ただ、なんというか、その。決定的に話題のタイミングが悪かっただけだ。だからそんなに顔を赤らめることはない。☆
「うう……で、ですがプロデューサーさん。その日は、その……ふ、二人で。」
「は、はい。楽しみに、しております。」
「は、はい、わたし、少し外の空気を吸ってまいりますね。失礼します……」
……シスターがさらに顔を赤らめ爆弾を投下したのち、自分は早々と逃げ去ってしまう。最近シスターは随分と自分の感情に素直になってきた。いや、食欲に関しては昔からだが……そうではなく、感情を素直に打ち明けてくれるようになったと思う。
それは非常に嬉しいことだ。『アイドル』と『プロデューサー』として一定の信頼を築けている証であると俺には思えるからだ。そう思うとなんだか誇らしくなってくる。だから……もっと素直に俺に打ち開けてくれていいというか、頼ってくれていいというか。甘えてくれて、いい。
しかし問題なのはいつだって時と場合である。この場合はロケーションだ。★
彼女は部屋から出て外の空気を吸いに出かけた。では彼女がいた『部屋』とはどこか?それは当然プロデューサーたる俺が仕事をしている部屋というわけで、同僚たるプロデューサーも当然、その場には居合わせるわけである。
影が後ろで蠢く。心なしか部屋の温度が下がった気がする。猛烈な寒気を感じ後ろを振り向くと、これ以上ない虚無の顔に一筋涙を垂れ流しながら俺を見つめる友人の姿があった。一度見たら死ぬとかいう絵画に描かれてそうな雰囲気がある。とりあえずデカイ。そしてムサイ。
☆
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てどういうことだお前お前どういうことだちゃんと説明しろお前お前ちゃんと説明しろ」
「……俺がお前と出会ってから、今が一番怖いよ。」
「え?????? 何? 何? どういうこと? イブの日は俺ん家でスマブラ大会すんじゃねぇの!?!?!?」
「……すまん。」
「いや謝罪はいいからどうしてそんなことになったか言ってみ? 怒らないから言ってみ? ん?ん?」
「パワハラ発言のテンプレみたいなこと言ってるな……うわっ、まだ何も言っていないのに大の男がマジ泣きするな……ほらティッシュ……」
「ディっジュはいいがらざぁ……どういうことなんだよぉ……」
「……イブの日、誘われた。だから、スマブラ大会にはいけない。すまない。」
「え? いいの? いいの? 不戦敗になるよ? 不戦敗は自動的に最下位だよ? 俺煽るよ? 次の日会ったら俺めっちゃ煽っちゃうよ?」
「……それは……」
「嫌だろ? な?」
「特にどうでもいいというか……」
「なぁんでだよおおおおぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!う、ぐっす、うばあぁぁぁぁぁ……お、おまっお前も俺をおいっ置いてくのかよぉぉぉぉぉ……。えっぐ、ふはっ、スマブラしよって言ってたじゃんん……ううっ、ヒッグ…ゲホっゲホっ!!」☆
「結構どうでもいい約束だったがここまで泣かれると心にくるものがあるな……」
「俺たち友達だろぉ!?」
「友達が職場でガチ泣きしてる姿を見せられる立場になれ……! お前も辛いだろうが俺も辛い!」
「お疲れーうわっプロデューサー、何泣いてんの!? P、この惨状は一体どういうこと!?」
「ああ本田さん、いいところに来てくれた。ちょっとな……」
「ぎいてよ未央おおおおおおおおおおお!!!! こっこいつ、毎年クリスマスは俺とスマブラ大会してたのに、今年はデートに行くって!」
「べ、別にデートってわけじゃない……!」
「うっそ、P、ついにクラリス様とデート行くの……!? そうかぁ……やっとかぁ……やったねP! 楽しんできて!」
「みおおおおおおおおおおおおおおお!!! どぼじてえええええええええええええ!!!」
「はいはい、辛いね悲しいね寂しいね、でもお友達の幸せを祈ってあげることも大事だよね? そもそも約束はどっちが先にしたの? 先に約束があったならそれはちょっとかわいそうだけどねぇ……」
☆
「えっ俺別に約束したわけじゃないけど……」
「は?」
「だって毎年一緒だったからわざわざ約束しなくてもいいかなって……」
「……P、災難だったね。」
「……いや、俺も正直こいつがここまで楽しみにしてたんだということを知らずに……すまん……」
「うるさいやい! うう……何が辛いって朴念仁のこいつに先を越されたと言う事実が何より辛い……絶対先を越して煽ってやろうと思ったのにぃぃぃ……飲み会の時にスマホの待受を彼女とのツーショットに設定しといて自然な形で見せつけてやろうと思ってたのにぃ!」
「なんだこいつ正気か」
「私のプロデューサーの人間性が悲しすぎる」
「ふーんだ! もうお前のことなんか知るもんか! もう週末くらいしかスマブラ大会に呼んであげないからな! 飲み会でも割り勘するとき端数分をお前に押し付けてやる!」
「大の大人が『ふーんだ』とかちょっと見苦しいよ……もう30近いんだよ……」
「というか週末は呼んでくれるんだな、ありがとう。今度ポテチ持ってくわ」
「コンソメパンチで……」
「謎の嗜好アピール」☆
「うう……でもまぁ、まだ一人でスマブラできるだけ良いのかもしれない。後輩は地方で仕事だからな。」
「スマブラはするんだ……ってかウッソ、後輩Pさんお仕事なの? みゆみゆと付き合ってるんじゃ……」
「うわわわわ、そういうことをでかい声で言うな! 世間様には秘密なんだから……!」
「えーーーみゆみゆ可哀想……プロデューサー変わってあげれば良かったのに。」
「その日はお前らのトークショーとミニライブだろ。音響とか演出とかいろいろ話すことあるから担当が行くって決まりになってんだよ、規則で。」
「へーそうなんだー……なんか、悪いことしちゃったかも……」
「……そんなことないさ。悪いことって言うならそれを気にして目の前のお客さんに笑顔を届けられないことだ。ちゃんとアイドル、頼むぞ。」
「うん、そうだね……あーーーーそんなこと言ってたら未央ちゃんも明日バッチリ頑張らねばなりませんなぁ! 今日はいっぱい美味しいもの食べてゆっくりお風呂入って、たっぷり寝るとしますかねぇ。」
「そうしろそうしろ。くれぐれも道に落ちたあずきバーとか食うなよ?」
「食べないよ! 全部間違ってるよ、全部!」
☆
「ああ、そうだ。」
ぽん、とひらめきが降りてきた。冬だから寒いのか寒いから冬なのか。しかしそれを吹き飛ばすような料理があるではないか。冬の代名詞、体を温める最良最速の方法が。
「本田さん、シスターを探してきてやくれないか。多分屋上にいると思う。」
「うん、別にいいけど……どったの?」
「いや、シスターに作るご飯を思いついてね。……もし良ければ、本田さんも食べていくかい?」
「え、良いの!? やったー、食べてくよー! 急いで呼んでくるから待ってて!」
彼女は快活な笑顔を浮かべたまま飛ぶように軽やかにシスターを呼びに部屋を出る。したがって部屋には俺と鬼のような形相の大男だけが残されている。わかった、わかったから泣くな。そこそこ見れる顔なのに万年彼女ができないのは少し感情を出しすぎるからだと俺は思うぞ。
もちろん、それがお前の良いところでもあるんだが。
「……鍋。食うよな?」
目をパチクリと数回瞬かせた後、ぱあっと輝くような笑顔を見せる。まったく、返事を聞かなくても丸わかりだなお前は。もっと奥ゆかしくなれ。ポテチはのり塩も食え。飲み会の時一円単位で割り勘すんな。もっと友たる俺を敬え。
「食う!」
……知ってるって。まったく、しょうがない友達だ、お前は。
★
【メインディッシュ:酒鍋】
◇
冬の代名詞たる料理。それは鍋である。
鍋にも醤油ベース、味噌ベース、とんこつベース。はたまたキムチ鍋やカレー鍋などと言う変わり種もある。
今日作るのは鍋は鍋でも素材の味を一層活かしたシンプルな鍋。あ、鍋のシメに関してはかまびすしい議論があるが……ふふ。それは後のお楽しみにしておこう。
さて、それでは。体の芯から温まる『酒鍋』。作っていこうか。
☆
○
────材料は4人前で。まず、白菜500g(大体白菜1/3から1/2個だ)をザクッと切る。たまに白菜に黒い染みのようなものが見えることがあるが、これはポリフェノールが塊になってできたもので、害もなければ味も変わらない。気にせず切り進めていく。
────次に豚バラ肉400gを一口大に切る。細切れ肉でも肩肉でも良いが、鍋には豚バラが一番合う気がする。多分脂質か何かの問題だと思うが、詳しいことはよく知らない。
────女性は少し嫌がるかもしれないが……ニンニクを4かけ、潰して微塵切りにする。面倒ならチューブでいいが、やはり香りは生の方がずっといい。……今回の食材はこれだけ。シンプルだろう?
────まず、多めのごま油(大さじ5から6)でニンニクを炒める。ここに白菜と豚バラ肉を次々に投下していく。今回の料理で一番テンションが上がるところはここだったりする。無心に入れろ。肉と野菜だ。約束された勝利だ。
────さて、ここが今回の鍋のポイント。料理酒をどっぷり大さじ6から7ほど投入する。さらにみりんを大さじ2、白だし2ほど投入する。後は弱火で15分から20分ほど煮込む。これだけだ。白菜から水が出て、濃い酒の風味が香ってくる。ああ、もうすでに旨そう──!
そういえば、シスターたち遅いな? 屋上じゃなかったか……ああ、来た来た。どちらに行ってたんですか……って秘密? 乙女の? ……まあ、それなら仕方ないか。お、そろそろ煮えてきたかな。
────お好みで、万能ネギやゴマをふれば、出来上がり。肉と野菜の旨みを酒で出し、ごま油と白だしの風味と一緒にぎゅっと閉じ込めた『酒鍋』。さぁ、食べようか。
★
○
「さあどうだい、寄ってたかって食べてくんな。」
「うーーわーーー何これ、すっごい良い匂い……香りだけで旨味がわかる……」
「なぁ、もしかしてお前天才だったんじゃないか?」
「ようやく気づいたか。……さ、シスター。お箸です。ポン酢につけてもいいし、お塩で食べてもいい。個人的には柚子胡椒なんておすすめですよ。」
「ああ、ああ……今まで様々な料理を食べさせていただきましたが、その中でも一、二を争う食欲をそそる見た目と香り……それでは、白菜でお肉を包んで……ん、んんーーーーーっ!!」
「うおーーーー、なんだこれは!? 止まらん、箸が止まらんぞ!?」
「本当、これ……『旨味の暴力』って感じ……シンプルな具材だけにごまかしが効かないんだけど、これはもう本当に……っっはーーーー!! 美味しい! とにかく、めっちゃ美味しい!」
「俺も葵からこれを教わったときは衝撃だったよ……今までの鍋の概念にはなかった感じがするよな。それでただただ美味いという。一緒に食べてた響子もすげー興奮してた。」★
「……これ、本当に箸とまんないね……ってクラリス様食べるの早!?」
「はっ……!? も、申し訳ありません、あまりの美味しさに我を忘れて……」
「そうでしょうそうでしょう。そう思って鍋もう一つ用意しときました。これ温めてる間に、こっちの鍋でシメを作っちゃいましょうか。少し肉や白菜を残しといてくれ。」
「お、シメか。おじやとかか?」
「おじや、いいよなぁ。でもこの鍋は油が多くておじやには向かないんだ。そこで、今日の締めはこいつさ……!」
「これは……インスタントラーメン?」
「そう。鍋に水が少なくなってたら少し足して、ここにそのまま麺をドボン。このまま2分くらい待つ。最後に、付け合わせのスープや七味などを入れたら出来上がり。『油麺』だ。」
「これは……お水が少なかったからこそ、野菜やお肉の『濃い』旨味が麺によく絡むのですね……んーーー、美味しい!」
「やっぱお前天才だわ……」
「よせ、事実でも照れる。……味変として、ここにお酢とマヨネーズがある。どちらも禁断の味だ、心して食べてくれ……」
「おおう……本田未央、ここで引いてはアイドルが廃るというもの……両がけ、いかせてもらいます!」
────ずいぶん好評でよかった。鍋ってのはもちろんそれだけでも美味い。俺は白菜の最も美味い食べ方はこの鍋だと思う。でも、きっと美味しいのはそれだけじゃなくて。
美味しいといってくれる人がいて。手放しで喜んでくれる友人がいて。優しく微笑みながら肉を口に運ぶお茶目で柔らかな彼女がいて。一緒に鍋を囲む仲間がいるから、きっとこんなに美味しいのだろう。
お、もう一つの鍋ももう食べ頃かな。さっきは解説しててあまり食べられなかったから、今度はちゃんと────
────────いただきます。
☆
【デザート:夕空ノムコウ】
◇
───時は、少しだけ遡る。
○
「えーと、クラリス様クラリス様……お、いた。おーい、クラリス様ー!」
「未央さん。お仕事お疲れ様です。」
「お疲れ様ー。聞いたよ、イブの日。デートなんだって?」
「────デー……ト……。」
「あ、あれ……? ち、違った……?」
「────いえ。そう言われると、少し……そうですね。これは、デート、と呼ばれるものかもしれないと思ってしまいまして……」
★
「あ、自覚なかったんだ……隣、いい?」
「……はい、もちろん……ふふっ、私、時折未央さんのことが羨ましくなる時があります。」
「ぶっふぉ!? と、とと突然なんですかな……!?」
「……いえ。未央さんからは、『自由』の風を感じることが多いのです。」
「じ、自由……? あっれー、私、結構ちゃらんぽらんに生きてるかな……」
「いいえ。自由とは本来、責任が付き纏うものです。それを確かに果たしているからこその真の自由なのだと、私は思います。」
「……私は昔から神に仕えてまいりました。それを息苦しく感じたことはないのですが、自由に生きる同年代の友人の姿を見て……それを羨ましく思ったことがあるのです。」
「彼女たちはやはり真の意味で自由でした。それに伴う責任からも決して逃げなかった。あるときはその自由を守るために戦い、涙し、傷ついたこともあったと聞いています。……ですが彼女たちはそんな中ですら笑顔で過ごしていた。」
「私の神への仕え方は、大多数の人とは形が違うものでした。……どうでしょう。先ほど息苦しく感じたことはないと言いましたが、もしかしたら私は自分でそう思いたかっただけなのかもしれない。」
「今、この屋上から見ている景色……そこに遍く全ての人に、幸福が訪れるよう……私は祈り、願ってきました。」
「……でも。」
「……でも?」
★
「……でも、最近は。私の心が訴えかけてくるのです。『あの人』が笑っている姿を見たい、と。」
「それは全てのものに等しく救いを与える──私が仕えてきた神のあり方とは異なるものです。」
「私は、怖いのです。私自身が変わってしまうのが。」
「私は、怖いのです。私自身が変化を望んでいることを知っているから。」
「私は、怖いのです。私の知らない幸せに身を任せようとする、自分自身が。」
「────たまらなく、怖い。責任から逃げ出しそうになる、自分のことが。」
☆
「──────。」
「……申し訳ありません。いきなり、こんな話を。」
「……ううん。クラリス様でも、悩むんだなぁって。正直、意外だったなぁ。」
「人は皆悩み、迷います。それはもちろん私も例外ではありません。」
「うん。それはそうなんだけどさー。……クラリス様、今度は私の話に付き合ってもらってもいい?」
「ええ、もちろん、私で良ければ。どのような悩みを抱えていらっしゃるのでしょうか?」
「いやさ、悩みってほどでもないんだけど……私、結構友達は多い方だと思うんだよね。学校でも普段一緒に遊びいく友達とかいるし、クラスの男子にも『応援してるよ!』って言ってくれる子もいるんだ。」
「アイドルでもニュージェネのしまむーとかしぶりんとか。ポジパでもあーちゃんとかあかねちんとはすっごい仲良くしてもらってるしさ。サンセットノスタルジーとかトロピカル☆スターズとか……他にも、仲良くしてくれる人、結構いると思う。」
「最近さ、みゆみゆとウサミンとユニット組んだんだ。シュテルング・サーガって言うんだけど。ウサミンは17歳なのにいろんなこと知ってるし、みゆみゆは流石オトナの女性だーって思ったんだよね。すっごく綺麗でさ!」
「……でさ、ふと思ったんだよね。私はアイドルをさせてもらってるけど、一年、二年過ぎてどんどん大人になっていくと、学校の友達とも離れてっちゃうじゃん? 周りのアイドルの友達もいろんな道に進むんだと思う。」
「……それでもさ。ずっと、友達でいられるのかなって。 大人になっても、友達でいられるのかなって。さっき、プロデューサーさん達が話してるとこ見て、いいなーって。ああいう友達が、これからも作れるのかなって。」
☆
「……心配することはないと思いますよ。未央さんなら特に……」
「うーん、なんだろう。心配っていうかさ、想像が沸かないっていうかさ。今の私にとっての友達と、私が大人になってからの友達って、なんか違うのかなって。クラリス様がさっき言ってた『変化』じゃないけどさ。」
「……ずっとずっと、同じでいられるわけじゃないってわかってるけどさ。でも、ずっと変わらない友達っているのかなって。」
「……そうですね。その答えは、私にもわかりません。」
「だ、だよねぇ!? ごめんね、私こそ変なこと言って……あ、そうだ。プロデューサーさんがご飯作ってくれるって……」
★
「────でも、変わっていった先で再び自分を愛することができればそれで良いのかもしれません。」
「────じぶ、ん……を?」
「もし、未来の自分自身を愛せるのなら……その自分が好きになった人は、きっと心から愛せる人なのだろうと思います。」
「……そっか。何が好きかは、未来の自分にお任せしちゃって。」
「「自分が自分を好きであればいい。」」
「……ってことか。……そうかな。うん、そうかも。」
「これはあくまで私の意見に過ぎません。未央さんが不安なら、多くの大人の方にも意見を仰ぐべきだと思います。幸いこの事務所の皆さまは、そういった不安を蔑ろにされる方々ではありませんので。」
「……うん。でも、今のはなんか少し、未央ちゃんの心にじーんときたっていうかさ。……それでいいかもって、思えたかな。」
「……そうならば、幸いです。未央さんのこれからのゆく道に、神の御加護があらんことを願っています。」
「……うん、ありがと。…… さ、クラリス様早く行こう! 私お腹すいちゃったよ。今日は鍋らしいよ~!」
「お鍋ですか! それは身も心も温まる……ああ、行きましょう!」
☆
○
屋上の空からは夕日が沈むのが見えた。冬のそれは夏よりも色濃く感じる。吐く息の白さとあべこべに、世界は鮮やかな茜色に染まる。夕日の向こうには雲が薄く張っている。氷のように冷々と見える表面の形は見るたびに形を変えていく。
曇り空、雨空、雪空。空の様相は千変万化で、むしろ変わらない瞬間の方が珍しいとさえ思える。私たちはその雲に想いを馳せ、思案し、物思いに沈んでいく。
浮かんでは消え。
浮かんでは消えていく。
しかしそれを見ている私自身がそこに居れば。自分が自分を認識しさえすれば世界は元の形を保っている。自分が変わっていっても、周りが変わっていっても、時と場合が移ろっても、世界はきちんと、世界のままだということに気づいた。そういうことを、教えてくれたんだと思う。
いつかどこかの私が見ている世界は綺麗だろうか。今ここにいる私が見ている世界は綺麗だ。
私は階段を駆け下りる。
★
○
────しかし冬というものは寒いものである。冬だから寒いのか寒いから冬なのか、卵が先か鶏が先かいう議論に似ても似つかない議論が頭のなかでぐるぐる巡っている。
人間寒いことは体に毒だ。鹿児島生まれの彼女も「毒でしてー」と言っていた。その主語はもはや頭の中から消え失せていたが、俺のなけなしの頭をフル回転させて記憶の糸筋を掴み取ると、どうやらそのような文脈であったことがほのかに思い出される。
違うかもしれない。でも構わない。
『寒いならばそれなりの対策を施せば良い』と思うかもしれないが、しかしどのように厚着を重ね手袋をはめ耳当てを装着し首元にマフラーを巻いてもダメな時はダメなのである。
これは恐ろしいことだ。『なぜダメか? ダメだからである。』という論理も感情もへったくれもない厳然たる理不尽な事実を突きつけられた俺は如何にして後の時間を過ごせば良いか。
待ち人、未だ来ず。しかしその原因たるや複雑怪奇、直人(ただびと)には思いもよらぬ、しかし思えたところで何もできず。
そうして俺たちの聖夜は幕を開ける。いろいろ思うところはあるが、いろいろ大丈夫だと信じたい。こればかりは神頼みという不確定要素にすがるしかあるまい。
人の心。特に他人を想う心の行き先は個人個人の手に負えず。任せるは時流と気紛れ、そして幾ばくかの真心が起こす『奇跡』という名の安っぽいドラマである。
★
以上です。
皆さんのオススメの料理がありましたら教えていただけると嬉しいです(私が)。
今回のは今まで描いた料理の中でも抜群に美味いです。是非お試しください。やっぱ冬は鍋っすね。
クリスマス? 鍋食べてれば無敵です。
他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。
【モバマスss】三船美優「Tail Light」
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1576991861/l10
【オードブル:いくつになっても友達ってやつは】
◇
「子供時代からの友達」と「大人になってからの友達」は違うという。俺もそう思う。子供の頃はむつかしいことなど何にも考えずにただ遊びに身を任せる毎日であった。自然友人もそんな阿呆ばかりである。
自分がわずかばかりの知恵をつけたと思ったら、悲しいかな向こう側も対して役にも立たない無駄な知識をつけてきやがる。後は狸や狐もいかに、という化かし合いを演じる者も多い。☆
3: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:24:52 ID:YQA
俺はそういう面倒臭いことはごめんだ。正確にいうと、そんなことは出来ないし、やらない。仕事の付き合いで結構。上辺で結構。休みになれば昔ながらの「本当の」友達に会いに行けば良い。それで十分だと思っていた。
しかしどうだろう。どうやら俺の目の前にいる男は───デカくてむさくて男くさいこの男は。俺のことを友達だと言うではないか。臆面もなく、邪心など何もないような笑顔で。それはもう気持ちよく、気持ちが悪いことを言い切る。☆
4: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:25:08 ID:YQA
まったく、これだから阿呆は困るのである。こちらが握手をしようと手を差し出したら全力でハグしにきやがる。「気持ちが悪い」「やめろ」と泣こうが喚こうがお構いなしだ。
まったく、誰が好き好んでこんな奴の友達になんてなるものか。★
5: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:25:22 ID:YQA
あえて言おう。こいつは親友であると。☆
6: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:25:40 ID:YQA
○
「……腹減ったな……」
「わかります」
「………………シスター、随分お早いお帰りですね。まさに今5秒前に、10km離れた仕事場を出たという電話を終えたばかりでしたが……」
「その……少し悪しきモノの気配が感じられまして、『力』を使いましたので……少々因果が不安定になっているやもしれません……」
「へぇぇ、そうなんですか。」
そうなのか? しかし彼女がそう言っているのだから間違いあるまい。シスターは嘘つかない。もしシスターが嘘ついたら最近無い休みの中で無理くり進めているボケモンのセーブデータを消してもいい。つまり、人生を賭ける、ということだ。☆
7: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:25:59 ID:YQA
「まだ17時を少し回ったとこでしたから夕飯なんの用意もできてません……今からちょっくら用意しますんで、ちとお待ちを……」
「あっその、お気になさらず……私、プロデューサーさんにご飯を食べさせてもらおうと
思って急いでいたわけでは……」
「……思ってなかったんですか?」
「……思ってなかったです。」
そうか。シスターが言うなら嘘ではあるまい。なんならカシオミニを賭けてもいい。ボケモンのセーブデータはちょっと掛け金が高すぎると思う。いくらなんでもそれはないな、うん。
★
8: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:26:20 ID:YQA
「そ、その、プロデューサーさん。改めまして、クリスマス・イブなんですが……」
「はい、予定は空けていますよ。でも良いんですか? どこか良い店を予約しても……」
「と、とんでもありません! 確かにめくるめくような高級料亭やフレンチ・フルコースに舌鼓を打つのは誰しも期待してしまうことです。しかしそのような欲望の中においても、主を思い自らは貧なれども人々の幸せを祝うのがシスターとしての本懐とも言えるのですから……!」
「フライドチキンとかどうですかね……」
「お肉! ……あ。」
……まぁ、お肉は美味しいよな。天使だろうが悪魔だろうが肉をたくさん食えば大抵幸せだ。だからその反応は決して間違いではない……ただ、なんというか、その。決定的に話題のタイミングが悪かっただけだ。だからそんなに顔を赤らめることはない。☆
9: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:26:53 ID:YQA
「うう……で、ですがプロデューサーさん。その日は、その……ふ、二人で。」
「は、はい。楽しみに、しております。」
「は、はい、わたし、少し外の空気を吸ってまいりますね。失礼します……」
……シスターがさらに顔を赤らめ爆弾を投下したのち、自分は早々と逃げ去ってしまう。最近シスターは随分と自分の感情に素直になってきた。いや、食欲に関しては昔からだが……そうではなく、感情を素直に打ち明けてくれるようになったと思う。
それは非常に嬉しいことだ。『アイドル』と『プロデューサー』として一定の信頼を築けている証であると俺には思えるからだ。そう思うとなんだか誇らしくなってくる。だから……もっと素直に俺に打ち開けてくれていいというか、頼ってくれていいというか。甘えてくれて、いい。
しかし問題なのはいつだって時と場合である。この場合はロケーションだ。★
10: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:27:07 ID:YQA
彼女は部屋から出て外の空気を吸いに出かけた。では彼女がいた『部屋』とはどこか?それは当然プロデューサーたる俺が仕事をしている部屋というわけで、同僚たるプロデューサーも当然、その場には居合わせるわけである。
影が後ろで蠢く。心なしか部屋の温度が下がった気がする。猛烈な寒気を感じ後ろを振り向くと、これ以上ない虚無の顔に一筋涙を垂れ流しながら俺を見つめる友人の姿があった。一度見たら死ぬとかいう絵画に描かれてそうな雰囲気がある。とりあえずデカイ。そしてムサイ。
☆
11: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:27:37 ID:YQA
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てどういうことだお前お前どういうことだちゃんと説明しろお前お前ちゃんと説明しろ」
「……俺がお前と出会ってから、今が一番怖いよ。」
「え?????? 何? 何? どういうこと? イブの日は俺ん家でスマブラ大会すんじゃねぇの!?!?!?」
「……すまん。」
「いや謝罪はいいからどうしてそんなことになったか言ってみ? 怒らないから言ってみ? ん?ん?」
「パワハラ発言のテンプレみたいなこと言ってるな……うわっ、まだ何も言っていないのに大の男がマジ泣きするな……ほらティッシュ……」
「ディっジュはいいがらざぁ……どういうことなんだよぉ……」
「……イブの日、誘われた。だから、スマブラ大会にはいけない。すまない。」
「え? いいの? いいの? 不戦敗になるよ? 不戦敗は自動的に最下位だよ? 俺煽るよ? 次の日会ったら俺めっちゃ煽っちゃうよ?」
「……それは……」
「嫌だろ? な?」
「特にどうでもいいというか……」
「なぁんでだよおおおおぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!う、ぐっす、うばあぁぁぁぁぁ……お、おまっお前も俺をおいっ置いてくのかよぉぉぉぉぉ……。えっぐ、ふはっ、スマブラしよって言ってたじゃんん……ううっ、ヒッグ…ゲホっゲホっ!!」☆
12: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:28:07 ID:YQA
「結構どうでもいい約束だったがここまで泣かれると心にくるものがあるな……」
「俺たち友達だろぉ!?」
「友達が職場でガチ泣きしてる姿を見せられる立場になれ……! お前も辛いだろうが俺も辛い!」
「お疲れーうわっプロデューサー、何泣いてんの!? P、この惨状は一体どういうこと!?」
「ああ本田さん、いいところに来てくれた。ちょっとな……」
「ぎいてよ未央おおおおおおおおおおお!!!! こっこいつ、毎年クリスマスは俺とスマブラ大会してたのに、今年はデートに行くって!」
「べ、別にデートってわけじゃない……!」
「うっそ、P、ついにクラリス様とデート行くの……!? そうかぁ……やっとかぁ……やったねP! 楽しんできて!」
「みおおおおおおおおおおおおおおお!!! どぼじてえええええええええええええ!!!」
「はいはい、辛いね悲しいね寂しいね、でもお友達の幸せを祈ってあげることも大事だよね? そもそも約束はどっちが先にしたの? 先に約束があったならそれはちょっとかわいそうだけどねぇ……」
☆
13: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:28:37 ID:YQA
「えっ俺別に約束したわけじゃないけど……」
「は?」
「だって毎年一緒だったからわざわざ約束しなくてもいいかなって……」
「……P、災難だったね。」
「……いや、俺も正直こいつがここまで楽しみにしてたんだということを知らずに……すまん……」
「うるさいやい! うう……何が辛いって朴念仁のこいつに先を越されたと言う事実が何より辛い……絶対先を越して煽ってやろうと思ったのにぃぃぃ……飲み会の時にスマホの待受を彼女とのツーショットに設定しといて自然な形で見せつけてやろうと思ってたのにぃ!」
「なんだこいつ正気か」
「私のプロデューサーの人間性が悲しすぎる」
「ふーんだ! もうお前のことなんか知るもんか! もう週末くらいしかスマブラ大会に呼んであげないからな! 飲み会でも割り勘するとき端数分をお前に押し付けてやる!」
「大の大人が『ふーんだ』とかちょっと見苦しいよ……もう30近いんだよ……」
「というか週末は呼んでくれるんだな、ありがとう。今度ポテチ持ってくわ」
「コンソメパンチで……」
「謎の嗜好アピール」☆
14: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:29:54 ID:YQA
「うう……でもまぁ、まだ一人でスマブラできるだけ良いのかもしれない。後輩は地方で仕事だからな。」
「スマブラはするんだ……ってかウッソ、後輩Pさんお仕事なの? みゆみゆと付き合ってるんじゃ……」
「うわわわわ、そういうことをでかい声で言うな! 世間様には秘密なんだから……!」
「えーーーみゆみゆ可哀想……プロデューサー変わってあげれば良かったのに。」
「その日はお前らのトークショーとミニライブだろ。音響とか演出とかいろいろ話すことあるから担当が行くって決まりになってんだよ、規則で。」
「へーそうなんだー……なんか、悪いことしちゃったかも……」
「……そんなことないさ。悪いことって言うならそれを気にして目の前のお客さんに笑顔を届けられないことだ。ちゃんとアイドル、頼むぞ。」
「うん、そうだね……あーーーーそんなこと言ってたら未央ちゃんも明日バッチリ頑張らねばなりませんなぁ! 今日はいっぱい美味しいもの食べてゆっくりお風呂入って、たっぷり寝るとしますかねぇ。」
「そうしろそうしろ。くれぐれも道に落ちたあずきバーとか食うなよ?」
「食べないよ! 全部間違ってるよ、全部!」
☆
15: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:30:23 ID:YQA
「ああ、そうだ。」
ぽん、とひらめきが降りてきた。冬だから寒いのか寒いから冬なのか。しかしそれを吹き飛ばすような料理があるではないか。冬の代名詞、体を温める最良最速の方法が。
「本田さん、シスターを探してきてやくれないか。多分屋上にいると思う。」
「うん、別にいいけど……どったの?」
「いや、シスターに作るご飯を思いついてね。……もし良ければ、本田さんも食べていくかい?」
「え、良いの!? やったー、食べてくよー! 急いで呼んでくるから待ってて!」
彼女は快活な笑顔を浮かべたまま飛ぶように軽やかにシスターを呼びに部屋を出る。したがって部屋には俺と鬼のような形相の大男だけが残されている。わかった、わかったから泣くな。そこそこ見れる顔なのに万年彼女ができないのは少し感情を出しすぎるからだと俺は思うぞ。
もちろん、それがお前の良いところでもあるんだが。
「……鍋。食うよな?」
目をパチクリと数回瞬かせた後、ぱあっと輝くような笑顔を見せる。まったく、返事を聞かなくても丸わかりだなお前は。もっと奥ゆかしくなれ。ポテチはのり塩も食え。飲み会の時一円単位で割り勘すんな。もっと友たる俺を敬え。
「食う!」
……知ってるって。まったく、しょうがない友達だ、お前は。
★
16: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:30:37 ID:YQA
【メインディッシュ:酒鍋】
◇
冬の代名詞たる料理。それは鍋である。
鍋にも醤油ベース、味噌ベース、とんこつベース。はたまたキムチ鍋やカレー鍋などと言う変わり種もある。
今日作るのは鍋は鍋でも素材の味を一層活かしたシンプルな鍋。あ、鍋のシメに関してはかまびすしい議論があるが……ふふ。それは後のお楽しみにしておこう。
さて、それでは。体の芯から温まる『酒鍋』。作っていこうか。
☆
17: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:30:55 ID:YQA
○
────材料は4人前で。まず、白菜500g(大体白菜1/3から1/2個だ)をザクッと切る。たまに白菜に黒い染みのようなものが見えることがあるが、これはポリフェノールが塊になってできたもので、害もなければ味も変わらない。気にせず切り進めていく。
────次に豚バラ肉400gを一口大に切る。細切れ肉でも肩肉でも良いが、鍋には豚バラが一番合う気がする。多分脂質か何かの問題だと思うが、詳しいことはよく知らない。
────女性は少し嫌がるかもしれないが……ニンニクを4かけ、潰して微塵切りにする。面倒ならチューブでいいが、やはり香りは生の方がずっといい。……今回の食材はこれだけ。シンプルだろう?
────まず、多めのごま油(大さじ5から6)でニンニクを炒める。ここに白菜と豚バラ肉を次々に投下していく。今回の料理で一番テンションが上がるところはここだったりする。無心に入れろ。肉と野菜だ。約束された勝利だ。
────さて、ここが今回の鍋のポイント。料理酒をどっぷり大さじ6から7ほど投入する。さらにみりんを大さじ2、白だし2ほど投入する。後は弱火で15分から20分ほど煮込む。これだけだ。白菜から水が出て、濃い酒の風味が香ってくる。ああ、もうすでに旨そう──!
そういえば、シスターたち遅いな? 屋上じゃなかったか……ああ、来た来た。どちらに行ってたんですか……って秘密? 乙女の? ……まあ、それなら仕方ないか。お、そろそろ煮えてきたかな。
────お好みで、万能ネギやゴマをふれば、出来上がり。肉と野菜の旨みを酒で出し、ごま油と白だしの風味と一緒にぎゅっと閉じ込めた『酒鍋』。さぁ、食べようか。
★
18: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:31:43 ID:YQA
○
「さあどうだい、寄ってたかって食べてくんな。」
「うーーわーーー何これ、すっごい良い匂い……香りだけで旨味がわかる……」
「なぁ、もしかしてお前天才だったんじゃないか?」
「ようやく気づいたか。……さ、シスター。お箸です。ポン酢につけてもいいし、お塩で食べてもいい。個人的には柚子胡椒なんておすすめですよ。」
「ああ、ああ……今まで様々な料理を食べさせていただきましたが、その中でも一、二を争う食欲をそそる見た目と香り……それでは、白菜でお肉を包んで……ん、んんーーーーーっ!!」
「うおーーーー、なんだこれは!? 止まらん、箸が止まらんぞ!?」
「本当、これ……『旨味の暴力』って感じ……シンプルな具材だけにごまかしが効かないんだけど、これはもう本当に……っっはーーーー!! 美味しい! とにかく、めっちゃ美味しい!」
「俺も葵からこれを教わったときは衝撃だったよ……今までの鍋の概念にはなかった感じがするよな。それでただただ美味いという。一緒に食べてた響子もすげー興奮してた。」★
19: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:32:04 ID:YQA
「……これ、本当に箸とまんないね……ってクラリス様食べるの早!?」
「はっ……!? も、申し訳ありません、あまりの美味しさに我を忘れて……」
「そうでしょうそうでしょう。そう思って鍋もう一つ用意しときました。これ温めてる間に、こっちの鍋でシメを作っちゃいましょうか。少し肉や白菜を残しといてくれ。」
「お、シメか。おじやとかか?」
「おじや、いいよなぁ。でもこの鍋は油が多くておじやには向かないんだ。そこで、今日の締めはこいつさ……!」
「これは……インスタントラーメン?」
「そう。鍋に水が少なくなってたら少し足して、ここにそのまま麺をドボン。このまま2分くらい待つ。最後に、付け合わせのスープや七味などを入れたら出来上がり。『油麺』だ。」
「これは……お水が少なかったからこそ、野菜やお肉の『濃い』旨味が麺によく絡むのですね……んーーー、美味しい!」
「やっぱお前天才だわ……」
「よせ、事実でも照れる。……味変として、ここにお酢とマヨネーズがある。どちらも禁断の味だ、心して食べてくれ……」
「おおう……本田未央、ここで引いてはアイドルが廃るというもの……両がけ、いかせてもらいます!」
────ずいぶん好評でよかった。鍋ってのはもちろんそれだけでも美味い。俺は白菜の最も美味い食べ方はこの鍋だと思う。でも、きっと美味しいのはそれだけじゃなくて。
美味しいといってくれる人がいて。手放しで喜んでくれる友人がいて。優しく微笑みながら肉を口に運ぶお茶目で柔らかな彼女がいて。一緒に鍋を囲む仲間がいるから、きっとこんなに美味しいのだろう。
お、もう一つの鍋ももう食べ頃かな。さっきは解説しててあまり食べられなかったから、今度はちゃんと────
────────いただきます。
☆
20: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:32:44 ID:YQA
【デザート:夕空ノムコウ】
◇
───時は、少しだけ遡る。
○
「えーと、クラリス様クラリス様……お、いた。おーい、クラリス様ー!」
「未央さん。お仕事お疲れ様です。」
「お疲れ様ー。聞いたよ、イブの日。デートなんだって?」
「────デー……ト……。」
「あ、あれ……? ち、違った……?」
「────いえ。そう言われると、少し……そうですね。これは、デート、と呼ばれるものかもしれないと思ってしまいまして……」
★
21: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:33:03 ID:YQA
「あ、自覚なかったんだ……隣、いい?」
「……はい、もちろん……ふふっ、私、時折未央さんのことが羨ましくなる時があります。」
「ぶっふぉ!? と、とと突然なんですかな……!?」
「……いえ。未央さんからは、『自由』の風を感じることが多いのです。」
「じ、自由……? あっれー、私、結構ちゃらんぽらんに生きてるかな……」
「いいえ。自由とは本来、責任が付き纏うものです。それを確かに果たしているからこその真の自由なのだと、私は思います。」
「……私は昔から神に仕えてまいりました。それを息苦しく感じたことはないのですが、自由に生きる同年代の友人の姿を見て……それを羨ましく思ったことがあるのです。」
「彼女たちはやはり真の意味で自由でした。それに伴う責任からも決して逃げなかった。あるときはその自由を守るために戦い、涙し、傷ついたこともあったと聞いています。……ですが彼女たちはそんな中ですら笑顔で過ごしていた。」
「私の神への仕え方は、大多数の人とは形が違うものでした。……どうでしょう。先ほど息苦しく感じたことはないと言いましたが、もしかしたら私は自分でそう思いたかっただけなのかもしれない。」
「今、この屋上から見ている景色……そこに遍く全ての人に、幸福が訪れるよう……私は祈り、願ってきました。」
「……でも。」
「……でも?」
★
22: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:33:26 ID:YQA
「……でも、最近は。私の心が訴えかけてくるのです。『あの人』が笑っている姿を見たい、と。」
「それは全てのものに等しく救いを与える──私が仕えてきた神のあり方とは異なるものです。」
「私は、怖いのです。私自身が変わってしまうのが。」
「私は、怖いのです。私自身が変化を望んでいることを知っているから。」
「私は、怖いのです。私の知らない幸せに身を任せようとする、自分自身が。」
「────たまらなく、怖い。責任から逃げ出しそうになる、自分のことが。」
☆
23: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:33:48 ID:YQA
「──────。」
「……申し訳ありません。いきなり、こんな話を。」
「……ううん。クラリス様でも、悩むんだなぁって。正直、意外だったなぁ。」
「人は皆悩み、迷います。それはもちろん私も例外ではありません。」
「うん。それはそうなんだけどさー。……クラリス様、今度は私の話に付き合ってもらってもいい?」
「ええ、もちろん、私で良ければ。どのような悩みを抱えていらっしゃるのでしょうか?」
「いやさ、悩みってほどでもないんだけど……私、結構友達は多い方だと思うんだよね。学校でも普段一緒に遊びいく友達とかいるし、クラスの男子にも『応援してるよ!』って言ってくれる子もいるんだ。」
「アイドルでもニュージェネのしまむーとかしぶりんとか。ポジパでもあーちゃんとかあかねちんとはすっごい仲良くしてもらってるしさ。サンセットノスタルジーとかトロピカル☆スターズとか……他にも、仲良くしてくれる人、結構いると思う。」
「最近さ、みゆみゆとウサミンとユニット組んだんだ。シュテルング・サーガって言うんだけど。ウサミンは17歳なのにいろんなこと知ってるし、みゆみゆは流石オトナの女性だーって思ったんだよね。すっごく綺麗でさ!」
「……でさ、ふと思ったんだよね。私はアイドルをさせてもらってるけど、一年、二年過ぎてどんどん大人になっていくと、学校の友達とも離れてっちゃうじゃん? 周りのアイドルの友達もいろんな道に進むんだと思う。」
「……それでもさ。ずっと、友達でいられるのかなって。 大人になっても、友達でいられるのかなって。さっき、プロデューサーさん達が話してるとこ見て、いいなーって。ああいう友達が、これからも作れるのかなって。」
☆
24: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:34:15 ID:YQA
「……心配することはないと思いますよ。未央さんなら特に……」
「うーん、なんだろう。心配っていうかさ、想像が沸かないっていうかさ。今の私にとっての友達と、私が大人になってからの友達って、なんか違うのかなって。クラリス様がさっき言ってた『変化』じゃないけどさ。」
「……ずっとずっと、同じでいられるわけじゃないってわかってるけどさ。でも、ずっと変わらない友達っているのかなって。」
「……そうですね。その答えは、私にもわかりません。」
「だ、だよねぇ!? ごめんね、私こそ変なこと言って……あ、そうだ。プロデューサーさんがご飯作ってくれるって……」
★
25: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:34:32 ID:YQA
「────でも、変わっていった先で再び自分を愛することができればそれで良いのかもしれません。」
「────じぶ、ん……を?」
「もし、未来の自分自身を愛せるのなら……その自分が好きになった人は、きっと心から愛せる人なのだろうと思います。」
「……そっか。何が好きかは、未来の自分にお任せしちゃって。」
「「自分が自分を好きであればいい。」」
「……ってことか。……そうかな。うん、そうかも。」
「これはあくまで私の意見に過ぎません。未央さんが不安なら、多くの大人の方にも意見を仰ぐべきだと思います。幸いこの事務所の皆さまは、そういった不安を蔑ろにされる方々ではありませんので。」
「……うん。でも、今のはなんか少し、未央ちゃんの心にじーんときたっていうかさ。……それでいいかもって、思えたかな。」
「……そうならば、幸いです。未央さんのこれからのゆく道に、神の御加護があらんことを願っています。」
「……うん、ありがと。…… さ、クラリス様早く行こう! 私お腹すいちゃったよ。今日は鍋らしいよ~!」
「お鍋ですか! それは身も心も温まる……ああ、行きましょう!」
☆
26: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:34:51 ID:YQA
○
屋上の空からは夕日が沈むのが見えた。冬のそれは夏よりも色濃く感じる。吐く息の白さとあべこべに、世界は鮮やかな茜色に染まる。夕日の向こうには雲が薄く張っている。氷のように冷々と見える表面の形は見るたびに形を変えていく。
曇り空、雨空、雪空。空の様相は千変万化で、むしろ変わらない瞬間の方が珍しいとさえ思える。私たちはその雲に想いを馳せ、思案し、物思いに沈んでいく。
浮かんでは消え。
浮かんでは消えていく。
しかしそれを見ている私自身がそこに居れば。自分が自分を認識しさえすれば世界は元の形を保っている。自分が変わっていっても、周りが変わっていっても、時と場合が移ろっても、世界はきちんと、世界のままだということに気づいた。そういうことを、教えてくれたんだと思う。
いつかどこかの私が見ている世界は綺麗だろうか。今ここにいる私が見ている世界は綺麗だ。
私は階段を駆け下りる。
★
27: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:35:33 ID:YQA
○
────しかし冬というものは寒いものである。冬だから寒いのか寒いから冬なのか、卵が先か鶏が先かいう議論に似ても似つかない議論が頭のなかでぐるぐる巡っている。
人間寒いことは体に毒だ。鹿児島生まれの彼女も「毒でしてー」と言っていた。その主語はもはや頭の中から消え失せていたが、俺のなけなしの頭をフル回転させて記憶の糸筋を掴み取ると、どうやらそのような文脈であったことがほのかに思い出される。
違うかもしれない。でも構わない。
『寒いならばそれなりの対策を施せば良い』と思うかもしれないが、しかしどのように厚着を重ね手袋をはめ耳当てを装着し首元にマフラーを巻いてもダメな時はダメなのである。
これは恐ろしいことだ。『なぜダメか? ダメだからである。』という論理も感情もへったくれもない厳然たる理不尽な事実を突きつけられた俺は如何にして後の時間を過ごせば良いか。
待ち人、未だ来ず。しかしその原因たるや複雑怪奇、直人(ただびと)には思いもよらぬ、しかし思えたところで何もできず。
そうして俺たちの聖夜は幕を開ける。いろいろ思うところはあるが、いろいろ大丈夫だと信じたい。こればかりは神頼みという不確定要素にすがるしかあるまい。
人の心。特に他人を想う心の行き先は個人個人の手に負えず。任せるは時流と気紛れ、そして幾ばくかの真心が起こす『奇跡』という名の安っぽいドラマである。
★
28: 名無しさん@おーぷん 19/12/24(火)23:39:59 ID:YQA
以上です。
皆さんのオススメの料理がありましたら教えていただけると嬉しいです(私が)。
今回のは今まで描いた料理の中でも抜群に美味いです。是非お試しください。やっぱ冬は鍋っすね。
クリスマス? 鍋食べてれば無敵です。
他には最近こんなものを書いていました(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もよろしければぜひ。
よろしくお願いします。
【モバマスss】三船美優「Tail Light」
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1576991861/l10
【シャニマスss】FMTU【三峰結華】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1576156315/l10
【モバマスss】あい、くるしい
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1575806767/l10★
元スレhttps://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1576156315/l10
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1575806767/l10★
【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;酒鍋