1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:12:46.16 ID:GZvWpoHa0
気がつけば、蝉の代わりに秋の虫達の歌声が聞こえるようになった。
こんな仕事をしていると忘れてしまいがちだが、今日は祝日。秋分の日だったそうだ。
言われてみれば確かに、夜が明ける時間もだいぶ早くなったと思う。
さて。
直帰していい、とは言われているけど。
あまり悩むこともなく、私はもう一つの家に寄ることにした。
家族を失った私が出会った、かけがえのない家族に会いに。
千早「ただいま」
春香「おかえりなさっ……い、千早ちゃん」
……私を見るなりそんな顔をされると、選択を間違えた気がするから止めてほしいのだけど。
2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:13:57.03 ID:GZvWpoHa0
小鳥「おかえりなさい、千早ちゃん。スケジュールの確認?」
千早「いえ……春香の顔を見にきたのですが、嫌われてしまったみたいで」
春香「ええっ!?」
ああ、音無さんの目が輝いた。
あれは新しいおもちゃを貰った子どもの目だと、よく律子が言っている。
小鳥「そうなのよね。春香ちゃん、最近は私とお話してても上の空で」
千早「ええ。音無さんなら分かってもらえると思ってました」
春香「千早ちゃん? 私、嫌いとかそういうのじゃあ……」
春香は私たちの顔を交互に見ながら、ぶつぶつとなにか呟いている。
そんな姿も可愛いから、春香は卑怯ね、と時々感じることがある。
小鳥「春香ちゃんはあんな様子だし、二人で話しましょうか」
千早「ありがとうございます。せっかくですから、少し愚痴を聞いてもらえますか?」
小鳥「いいわよ。お菓子、用意するわね」
この人はいつ仕事をするんだろう。
さすがに、悪乗りをしすぎたかもしれない。これ以上は春香がかわいそうだ。
会話に加わろうとして、かなり挙動不審になっている。
千早「音無さん。春香の分も、お願いしますね」
小鳥「ふふ、分かってるわよー」
サムズアップをこちらに向けて、給湯室へと歩いていく。
パソコンの画面はどうやら動画サイトのようだが、それを諫めるのは私の役目ではない。
春香「千早ちゃん……?」
千早「ごめんなさい。春香が私を見て残念そうな顔をするものだから、つい」
春香「うぅ……そうだよね、やっぱりそんな顔してたよね……」
本当に、表情がコロコロと変わる子だ。
そんな風に感情を表に出せることが羨ましくて、何度か相談したことがある。
そのたびに春香は、私の真似なんかしちゃダメだよ、と苦笑するのだ。
春香「私、千早ちゃんが嫌いになったわけじゃないんだよ?」
千早「分かってる。私も春香のこと、嫌いになんてならないわよ」
春香「ありがとう、そうだよね……はぁ」
また、ため息。
そのため息の理由に、私は気づいてはいたけれど。
そのことについて、私からは聞かないようにしていた。
親友の悩みだ。話を聞いて理解して、助けることができたらとは思う。
けれど。その悩みに助言できるほど、私には恋愛経験というものが無い。
ラブソングも歌うのだから、1回ぐらいは経験した方がいい。
そんなセクハラ紛いの話を、プロデューサーには何度かされたけれど。
あの人自身は、自分がどれだけ朴念仁か気づいているのだろうか?
春香「……あのね、千早ちゃん」
私からは聞かない、とは言ったけれど。
結局のところ、私は何度も春香の恋愛相談を受けている。
誰かに話を聞いてもらうだけで、楽にはなるのだそうだ。
さすがに、デートの約束に関して3時間電話をしたときは気が滅入ったけれど。
千早「プロデューサーのこと、待ってたんでしょう?」
春香「うん。でもね、千早ちゃんだからって別にガッカリしたわけじゃなくて」
千早「いいわよ、もうそのことは」
音無さん、顔が緩んでます。もう少し隠してください。
キーボード、さっきから触ってませんよね?
春香「私って、やっぱり魅力が無いのかなあ……」
千早「そんなことないわよ。春香はかわいいもの」
こんなとき、春香の魅力をはっきりと言葉で表せないのがもどかしい。
出てくるのは、かわいいとか優しいとか、手垢の付いた言葉ばかり。
水瀬さんや四条さんなら、もっとうまく春香を形容できるだろう。
春香「私なんて全然だよ! 美希とか雪歩とかの方が、すっごく美人だもん」
千早「春香はかわいいわよ。私よりもずっと」
歌姫だなんて呼ばれるようになっても……
結局私は、歌が無ければ何も出来ない、ただの雛鳥なのかもしれない。
―――――
律子「それで、頼んでいた書類はできたんですか?」
小鳥「あと1時間……いや、30分で……」
春香「案の定、だね」
千早「ええ。いつもの光景」
2人で顔を見合わせて、苦笑い。
でも、ゆっくり春香の話を聞くような雰囲気ではなくなってしまった。
千早「あの……邪魔したら悪いですし、私達外に出てますね」
小鳥「えっ千早ちゃん!? お願い、あたしを置いていかないで……」
自業自得です。私達が何かしたわけではありませんよ?
千早「行きましょう、春香」
春香「うん。今の時間、ちょうど夕焼けが綺麗なんだよね」
屋上に出ると、ひんやりとした風が頬を撫でていく。
ビル群の合間に夕日が浮かんでいて、空を真っ赤に染めていた。
春香「わ、すずし……今度のオフに衣替えしなくっちゃ」
千早「そうね。また春香に、秋服選んでもらおうかしら」
春香「いいね、行こうよ! 千早ちゃんはやっぱり、シックなのが似合うかなー」
千早「好きにしていいわよ? 春香が選んでくれるならハズレは無いでしょうし」
春香「そんな、照れるなあもう……」
千早「……きれいね、夕焼け」
春香「……うん。明日は、いい天気になりそう」
そのまま、会話が途切れる。
夕日に照らされた春香の横顔は、何かを言い出そうと1人格闘しているのが分かる。
春香「……」
この状態で話しかけると、別の話題に移ってしまうことは学習できた。
だから、春香の踏ん切りがつくまで、私は黙って寄り添うことにしている。
隣にいるのが仕事相手なら、きっとものすごく気まずいだろう。
でも不思議と、私はこうしている時間が嫌いではない。
春香「プロデューサーさんにとっては」
どれくらい経っただろう。
太陽がビルに隠れて見えなくなった頃、春香が口を開いた。
春香「やっぱり、アイドルは恋愛対象じゃないのかな」
確かにあの人は私に、事務所の皆は娘のようなものだと、言ったことがある。
でも。それは多分、765のプロデューサーとしての言葉だ。
千早「プロデューサーに、そう言われたの?」
春香「……ううん。でも、そんな気がするんだ」
ぽつり、ぽつりと。
春香はゆっくり、言葉を搾り出していく。
デートだと思っていたのは自分だけで、あの人は買い物に付き合っただけと思っていること。
美希のアプローチを避け続ける彼を見て、自分に自信がもてなくなったこと。
ここ数日、怖くて仕事以外の話をできていないこと。
春香の目尻から、光るものが頬を伝う。
気づいた春香は手の甲で拭ったあと、
春香「……あはは、また愚痴になっちゃった。ごめん、千早ちゃん」
そう言って、寂しげに微笑んだ。
……今度、あの人に1回平手打ちぐらいしても構わないだろうか。
千早「……春香流格言、その一!」
春香「えっ!? えーと……急がーばーまっすく進んじゃお?」
……そんな、直立不動で歌うことはないと思うのだけど。
少し吹き出してしまったけれど、おかげで私の緊張もほぐれたような気がする。
千早「春香は、それでいいんじゃないかしら」
歌になぞらえて励ますくらいしか、できない私だけど。
そんな私が今も歌い続けているのは、目の前にいる少女のおかげだから。
千早「ちゃんと、言ってみたらいいと思うのよ。春香の想いを」
春香「でも……迷惑だったら、どうしようって」
千早「今のままじゃ、春香が辛いままでしょう?」
この子は、そういう子なのだ。
周囲の人間を支えることばかりで。自分は、何も言わずに荷物を背負っている。
本人がそれに気づいていない節があるのが、どうにももどかしい。
千早「美希みたいに……とまではいかなくても、もう少し強引に行ってもいいんじゃないかしら」
春香「そう、かな?」
千早「少しぐらいわがままな方が、女はかわいいらしいわよ?」
確か、水瀬さんが高槻さんに、そんなことを言っていたと思う。
春香「じゃあ……デート、申し込んでみようかな。この間の、リベンジで」
千早「応援してるわ。男の人がどうすれば喜ぶのかは、分からないけど」
絶対に相思相愛になれる、なんて軽々しく言うことはできない。
どうすればうまくアピールできるか、そんなアドバイスもできない。
でも。
……放っておけない。私はもう、春香をほっとかない。
いつか春香にそうされたように。私も少し迷惑なくらい、春香を見ていよう。
千早「もし万が一、プロデューサーが春香を異性として見なかったとしても」
春香から、たくさん勇気をもらったから。
だから今度は、私が彼女の背中を押そう。
千早「その時は、また何時間でも話してくれていいから」
甘いものでも食べながら、ね。
春香「――そうだね。ありがと、千早ちゃん!」
……ああ、敵わないな。
アイドルを始めて、数年。
今の私の歌なら、人の心に少しは届く。そんな自負はあったのだけど。
千早「こちらこそ。頼りにしてるわよ、春香のこと」
笑顔一つだけで、ここまで心が揺さぶられるなんて。
春香はすごい。
この子はたぶん、まだそのことを自覚できていないけど。
事務所に戻って、帰ってきていた萩原さんから温かいお茶を貰って。
千早「春香、終電は?」
春香「うん、まだ大丈夫。いざとなったら、送ってもらおうかなって」
千早「そう。頑張って、春香。明日の生っすかに響かないようにね」
春香「あはは……善処します」
頭をかいて笑う春香に、また明日、と告げて帰路に着く。
ふと、あのどこか頼りなさげな顔が浮かんだ。
私たちの大黒柱。春香の想い人。
私よりもあの人のいる方が、春香が楽しそうなのは少し……
そう、少しだけ癪だけれど。
別に、春香が私を嫌ったわけじゃないんだ。
私は春香が好きで、春香も私が好きで。何かが変わることもない。
だったら一番の親友として、これからもあの子の隣を歩こう。
千早「……乙女よ、大志をいだーけ……」
少し調子の外れた歌が、アスファルトに吸い込まれていく。
空を見上げる。
夕闇の中に、半分の月がぼんやりと浮かんでいた。
終わり
はるちははBUMPが似合うなと思いました(こなみかん)
曲聴きながら書いたってだけでだいぶ薄まりましたが
書き方変えてみたけど慣れないことはするもんじゃないですねこれ
元スレ
小鳥「おかえりなさい、千早ちゃん。スケジュールの確認?」
千早「いえ……春香の顔を見にきたのですが、嫌われてしまったみたいで」
春香「ええっ!?」
ああ、音無さんの目が輝いた。
あれは新しいおもちゃを貰った子どもの目だと、よく律子が言っている。
小鳥「そうなのよね。春香ちゃん、最近は私とお話してても上の空で」
千早「ええ。音無さんなら分かってもらえると思ってました」
春香「千早ちゃん? 私、嫌いとかそういうのじゃあ……」
春香は私たちの顔を交互に見ながら、ぶつぶつとなにか呟いている。
そんな姿も可愛いから、春香は卑怯ね、と時々感じることがある。
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:16:28.45 ID:GZvWpoHa0
小鳥「春香ちゃんはあんな様子だし、二人で話しましょうか」
千早「ありがとうございます。せっかくですから、少し愚痴を聞いてもらえますか?」
小鳥「いいわよ。お菓子、用意するわね」
この人はいつ仕事をするんだろう。
さすがに、悪乗りをしすぎたかもしれない。これ以上は春香がかわいそうだ。
会話に加わろうとして、かなり挙動不審になっている。
千早「音無さん。春香の分も、お願いしますね」
小鳥「ふふ、分かってるわよー」
サムズアップをこちらに向けて、給湯室へと歩いていく。
パソコンの画面はどうやら動画サイトのようだが、それを諫めるのは私の役目ではない。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:18:22.57 ID:GZvWpoHa0
春香「千早ちゃん……?」
千早「ごめんなさい。春香が私を見て残念そうな顔をするものだから、つい」
春香「うぅ……そうだよね、やっぱりそんな顔してたよね……」
本当に、表情がコロコロと変わる子だ。
そんな風に感情を表に出せることが羨ましくて、何度か相談したことがある。
そのたびに春香は、私の真似なんかしちゃダメだよ、と苦笑するのだ。
春香「私、千早ちゃんが嫌いになったわけじゃないんだよ?」
千早「分かってる。私も春香のこと、嫌いになんてならないわよ」
春香「ありがとう、そうだよね……はぁ」
また、ため息。
7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:20:28.55 ID:GZvWpoHa0
そのため息の理由に、私は気づいてはいたけれど。
そのことについて、私からは聞かないようにしていた。
親友の悩みだ。話を聞いて理解して、助けることができたらとは思う。
けれど。その悩みに助言できるほど、私には恋愛経験というものが無い。
ラブソングも歌うのだから、1回ぐらいは経験した方がいい。
そんなセクハラ紛いの話を、プロデューサーには何度かされたけれど。
あの人自身は、自分がどれだけ朴念仁か気づいているのだろうか?
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:22:29.43 ID:GZvWpoHa0
春香「……あのね、千早ちゃん」
私からは聞かない、とは言ったけれど。
結局のところ、私は何度も春香の恋愛相談を受けている。
誰かに話を聞いてもらうだけで、楽にはなるのだそうだ。
さすがに、デートの約束に関して3時間電話をしたときは気が滅入ったけれど。
千早「プロデューサーのこと、待ってたんでしょう?」
春香「うん。でもね、千早ちゃんだからって別にガッカリしたわけじゃなくて」
千早「いいわよ、もうそのことは」
音無さん、顔が緩んでます。もう少し隠してください。
キーボード、さっきから触ってませんよね?
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:25:48.55 ID:GZvWpoHa0
春香「私って、やっぱり魅力が無いのかなあ……」
千早「そんなことないわよ。春香はかわいいもの」
こんなとき、春香の魅力をはっきりと言葉で表せないのがもどかしい。
出てくるのは、かわいいとか優しいとか、手垢の付いた言葉ばかり。
水瀬さんや四条さんなら、もっとうまく春香を形容できるだろう。
春香「私なんて全然だよ! 美希とか雪歩とかの方が、すっごく美人だもん」
千早「春香はかわいいわよ。私よりもずっと」
歌姫だなんて呼ばれるようになっても……
結局私は、歌が無ければ何も出来ない、ただの雛鳥なのかもしれない。
11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:29:22.48 ID:GZvWpoHa0
―――――
律子「それで、頼んでいた書類はできたんですか?」
小鳥「あと1時間……いや、30分で……」
春香「案の定、だね」
千早「ええ。いつもの光景」
2人で顔を見合わせて、苦笑い。
でも、ゆっくり春香の話を聞くような雰囲気ではなくなってしまった。
千早「あの……邪魔したら悪いですし、私達外に出てますね」
小鳥「えっ千早ちゃん!? お願い、あたしを置いていかないで……」
自業自得です。私達が何かしたわけではありませんよ?
千早「行きましょう、春香」
春香「うん。今の時間、ちょうど夕焼けが綺麗なんだよね」
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:31:48.54 ID:GZvWpoHa0
屋上に出ると、ひんやりとした風が頬を撫でていく。
ビル群の合間に夕日が浮かんでいて、空を真っ赤に染めていた。
春香「わ、すずし……今度のオフに衣替えしなくっちゃ」
千早「そうね。また春香に、秋服選んでもらおうかしら」
春香「いいね、行こうよ! 千早ちゃんはやっぱり、シックなのが似合うかなー」
千早「好きにしていいわよ? 春香が選んでくれるならハズレは無いでしょうし」
春香「そんな、照れるなあもう……」
千早「……きれいね、夕焼け」
春香「……うん。明日は、いい天気になりそう」
そのまま、会話が途切れる。
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:33:45.90 ID:GZvWpoHa0
夕日に照らされた春香の横顔は、何かを言い出そうと1人格闘しているのが分かる。
春香「……」
この状態で話しかけると、別の話題に移ってしまうことは学習できた。
だから、春香の踏ん切りがつくまで、私は黙って寄り添うことにしている。
隣にいるのが仕事相手なら、きっとものすごく気まずいだろう。
でも不思議と、私はこうしている時間が嫌いではない。
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:35:59.58 ID:GZvWpoHa0
春香「プロデューサーさんにとっては」
どれくらい経っただろう。
太陽がビルに隠れて見えなくなった頃、春香が口を開いた。
春香「やっぱり、アイドルは恋愛対象じゃないのかな」
確かにあの人は私に、事務所の皆は娘のようなものだと、言ったことがある。
でも。それは多分、765のプロデューサーとしての言葉だ。
千早「プロデューサーに、そう言われたの?」
春香「……ううん。でも、そんな気がするんだ」
ぽつり、ぽつりと。
春香はゆっくり、言葉を搾り出していく。
デートだと思っていたのは自分だけで、あの人は買い物に付き合っただけと思っていること。
美希のアプローチを避け続ける彼を見て、自分に自信がもてなくなったこと。
ここ数日、怖くて仕事以外の話をできていないこと。
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:41:12.44 ID:GZvWpoHa0
春香の目尻から、光るものが頬を伝う。
気づいた春香は手の甲で拭ったあと、
春香「……あはは、また愚痴になっちゃった。ごめん、千早ちゃん」
そう言って、寂しげに微笑んだ。
……今度、あの人に1回平手打ちぐらいしても構わないだろうか。
千早「……春香流格言、その一!」
春香「えっ!? えーと……急がーばーまっすく進んじゃお?」
……そんな、直立不動で歌うことはないと思うのだけど。
少し吹き出してしまったけれど、おかげで私の緊張もほぐれたような気がする。
千早「春香は、それでいいんじゃないかしら」
歌になぞらえて励ますくらいしか、できない私だけど。
そんな私が今も歌い続けているのは、目の前にいる少女のおかげだから。
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:43:42.65 ID:GZvWpoHa0
千早「ちゃんと、言ってみたらいいと思うのよ。春香の想いを」
春香「でも……迷惑だったら、どうしようって」
千早「今のままじゃ、春香が辛いままでしょう?」
この子は、そういう子なのだ。
周囲の人間を支えることばかりで。自分は、何も言わずに荷物を背負っている。
本人がそれに気づいていない節があるのが、どうにももどかしい。
千早「美希みたいに……とまではいかなくても、もう少し強引に行ってもいいんじゃないかしら」
春香「そう、かな?」
千早「少しぐらいわがままな方が、女はかわいいらしいわよ?」
確か、水瀬さんが高槻さんに、そんなことを言っていたと思う。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:45:42.77 ID:GZvWpoHa0
春香「じゃあ……デート、申し込んでみようかな。この間の、リベンジで」
千早「応援してるわ。男の人がどうすれば喜ぶのかは、分からないけど」
絶対に相思相愛になれる、なんて軽々しく言うことはできない。
どうすればうまくアピールできるか、そんなアドバイスもできない。
でも。
……放っておけない。私はもう、春香をほっとかない。
いつか春香にそうされたように。私も少し迷惑なくらい、春香を見ていよう。
千早「もし万が一、プロデューサーが春香を異性として見なかったとしても」
春香から、たくさん勇気をもらったから。
だから今度は、私が彼女の背中を押そう。
千早「その時は、また何時間でも話してくれていいから」
甘いものでも食べながら、ね。
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:46:59.76 ID:GZvWpoHa0
春香「――そうだね。ありがと、千早ちゃん!」
……ああ、敵わないな。
アイドルを始めて、数年。
今の私の歌なら、人の心に少しは届く。そんな自負はあったのだけど。
千早「こちらこそ。頼りにしてるわよ、春香のこと」
笑顔一つだけで、ここまで心が揺さぶられるなんて。
春香はすごい。
この子はたぶん、まだそのことを自覚できていないけど。
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:48:24.25 ID:GZvWpoHa0
事務所に戻って、帰ってきていた萩原さんから温かいお茶を貰って。
千早「春香、終電は?」
春香「うん、まだ大丈夫。いざとなったら、送ってもらおうかなって」
千早「そう。頑張って、春香。明日の生っすかに響かないようにね」
春香「あはは……善処します」
頭をかいて笑う春香に、また明日、と告げて帰路に着く。
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:50:52.83 ID:GZvWpoHa0
ふと、あのどこか頼りなさげな顔が浮かんだ。
私たちの大黒柱。春香の想い人。
私よりもあの人のいる方が、春香が楽しそうなのは少し……
そう、少しだけ癪だけれど。
別に、春香が私を嫌ったわけじゃないんだ。
私は春香が好きで、春香も私が好きで。何かが変わることもない。
だったら一番の親友として、これからもあの子の隣を歩こう。
千早「……乙女よ、大志をいだーけ……」
少し調子の外れた歌が、アスファルトに吸い込まれていく。
空を見上げる。
夕闇の中に、半分の月がぼんやりと浮かんでいた。
終わり
24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/23(日) 01:53:43.93 ID:GZvWpoHa0
はるちははBUMPが似合うなと思いました(こなみかん)
曲聴きながら書いたってだけでだいぶ薄まりましたが
書き方変えてみたけど慣れないことはするもんじゃないですねこれ
千早「真っ赤な空を見ただろうか」