前作
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
白菊ほたると不思議体験その2
【モバマス】響子「混ぜる」ほたる「混ざる」
・諸星大二郎先生の『妖怪ハンター』とアイドルマスターシンデレラガールズのクロスオーバーSSです。
2: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:56:38 ID:7Mb
〇6月某日/某芸能プロダクション
「里帰り?」
「迷惑をかけてしまいますが、どうか、お願いします」
白菊ほたるが書類仕事でデスクに張り付けになったプロデューサーにそう頭を下げたのは、梅雨も盛りのある日の事だった。
なんとしてもアイドルになりたいと様々な不幸に抗って努力を続けた彼女の努力が実り、ようやくアイドル活動が軌道にのりはじめた矢先のことである。
「一体なぜ、そんな日に」
プロデューサーは困惑して、理由を問うた。
彼女が示した里帰りの日程は6月29の夜にこちらを出て、30日に故郷で一泊するというものだ。
6月30日は休日というわけでもないまったくの平日だ。よりによってなぜその日に、とプロデューサーが首をかしげたのも仕方のないことであったろう。
――それに、とプロデューサーはほたるの表情を伺った。
帰郷したいと訴え出てきたときから一貫して、ほたるの顔は暗かった。
アイドルとしてやっていく目処が立ち、久々に帰郷する――という事にしてはおかしいように思うのだ。
「身内に、よくないことでもあったのかい」
「そういうわけでは、ないんです」
「ではどうして」
「――ごめんなさい」
「責めてるんじゃないんだよ」
思いつめたような顔で頭を下げて黙っているほたるの姿に息をついて、プロデューサーはできるだけ穏やかに言葉をかけた。
「ほたるは根を詰めすぎるほうだし、たしかずいぶん長く帰郷していない。むしろ里帰りはいいと思う――ただ、色々と予定も入っているし、こちらの学校の事もあるだろう。どうしてか、が聞きたいだけだよ」
さすがに、そんな思いつめたような顔で帰るのは何故だ、とは聞けなかった。
緊張感のある沈黙。
「……故郷に戻って、祭りに出なくてはならないんです」
このままでは許可が貰えないかも知れないと考えたのだろう。ほたるはしぶしぶと事情を説明する。
「祭り?」
縁日、神輿、花火。
プロデューサーの持っている『祭り』のイメージはその程度の娯楽的なものに過ぎなかったから、思いつめた顔で帰る理由がそれか、と拍子抜けした思いである。
「楽しみにしている祭りなのかい」
「……そういうわけで、もないんですけど」
ほたるの目が曖昧に泳いだ。
「なら、別に無理して帰らなくても」
「私もそう思っていたんです。やめておこうかなって。でも――大事な、お祭りだから。戻らないと、迷惑をかけてしまうから」
「どんな祭りなんだ? 花火でもあがるのかな」
ほたるは可憐な唇をきゅっと結んで、黙り込んだ。
石みたいに頑なな顔だった。
ああ、これは頑として聞かないときの顔だ。
しばらくの付き合いで、プロデューサーはこれ以上問うても彼女が決して答えないだろう、と悟った。
そしておそらく許可しなかったとしても、彼女はなんとしてもその日に帰郷してしまうはずだ。
そうなると結局仕事に穴を開けてしまうことになるわけで――。
「仕方がない。解った。その日はスケジュールを開けておくよ」
「ありがとうございます!」
「切符なんかはちひろさんにお願いしておくから、あとで相談しておいてね」
ほっとして頭を下げるほたるに物わかりのいい顔で笑いかけて、プロデューサーはちひろに切符の調達を依頼するメールを発信した。
そこにひそかな私信を添えたことは、むろんほたるには内緒のことであった――。
〇6月29日夜/寝台特急サンライズ出雲・普通車指定席
帽子にサングラスというベタベタな変装をし、プロデューサーは早めに千川ちひろが彼のために調達した席に落ち着いた。
さりげないふりで視線を眺めれば、同じ車両、かなり前方の席に白菊ほたるのつややかな黒髪が見える。
――よかった、こちらには気づいていないな。
あの妙に理由を言い渋る感じ、かたくなな表情。
どうにもほたるの帰郷が気にかかるプロデューサー氏は、千川ちひろに白菊ほたるの帰郷のための旅券調達を依頼したとき、一緒に自分の旅券も調達しておいてくれるように私信を添えておいたのだ。
聞いても説明してはもらえないぐらいだから一緒について行くといえば嫌がるに決まっている。となればこっそり同行するしかない、というわけだ。
まあその休みを確保するためにいろいろとやっかいな条件を飲まされもしたのだが、それは帰ってから考えればいいことだ。
自分の席に早々に収まって動く気配のないほたるを探偵気分でちらちら眺めるプロデューサーだが、ほたるにはほとんど動きがない。
ほたるはもともと活発なほうでもないし、あんな暗い表情での帰郷となれば珍しい寝台列車の旅とはいえはしゃぐつもりにはなれないのだろう。
だいたい目的地ははっきりしているのだから、考えてみれば列車の中で何かが起きるわけでもありはすまい。
案外退屈な道中になるかも知れないと息をつき、プロデューサー氏はほたるから目を離して地図を広げた。
ちひろに申請した内容によれば、寝台列車でまず米子まで行き、そこで乗り換えて鳥取の奥地を目指すというのがほたるの大まかな計画だ。
ある程度列車で目的地に近づいたらバスをさらに何本か乗り継いで、ほたるの故郷である○○町××地区に到着するのは夕方近くになる予定だった。
○○町××地区――と言葉や書類上で触れていた時には気にもしていなかったが、地図で見るとその場所は随分と山の中にあるようだった。
○○町とはいうものの町の中心からは随分離れていて、他の地区とも随分遠い。山間の孤立した限界集落――プロデューサー氏は勝手にそんな光景を思い浮かべる。
泥臭い執念があるとはいえほたるの容貌はどちらかといえば垢抜けているし、服装も田舎っぽさとは無縁の瀟洒なものが中心だ。プロデューサーには、ほたるがそんな山奥の生まれだというのが何となく意外に思える。
――そういえば、ほたるが故郷の話をしたのを、聞いたことがなかったな。
今更ふと、そんなことを考える。
故郷を飛び出してアイドルになろうと上京してくる少女の中には故郷に軋轢を抱えている者も少なくはない。だからプロデューサーも詳しい事情を聞くことはなかったのだが、さて。
列車が動き出した。
あとはもう、目的地までできることは何もないはずだ。プロデューサー氏は早々に目を閉じる。
ごとごととレールの鳴る音を聞いていると、あっという間に眠気が押し寄せてくる。そういえば毎日残業ばかりで、こんな早い時間から休めることなど滅多にはなかったのだ。
一体ほたるが故郷を語りかたがらない理由は、果たして何だったのか。そして、それはあの沈んだ表情と関係があるのだろうか。巡らせようとした思考は眠気に紛れ、消えてゆく。
夢の中で、彼はほたるの悲しい顔を観たような気がしていた――。
○翌日/鳥取・白菊ほたるの故郷を目指す道中
実のところ、尾行の旅はえらく退屈だった。
最初のほうこそほたるに気付かれはしないか、ほたるに何かおかしな兆候はないか、いやそもそもほたると一緒の旅なんて大事故にでもなりはしないか……とドキドキしていたプロデューサーであるが、蓋を開けてみれば旅は平穏そのものだ。
まず――これはあまり良いことではないのだが――ほたるは道中もひどく思い詰めた様子で、周りへの注意をほとんど払っていなかった。
うつむいて考え込むほたるは道中割り当てられた自分の席から殆ど動くことはなかったし、周囲に人間を見もしなかったから、追跡は正直容易だったし、もう一つ。
ほたるの不運は少なくともこの道中に関しては少しも兆候が見られなかったのだ。
むしろこの時期だというのに天気はよく、乗り継ぎもスムーズ。席の確保も円滑で、こうした旅行にありがちなトラブルやストレスとは全く無縁で、気味が悪いほどだった。
うつむいたまま、思い詰めたまま、ほたるはどんどんと鳥取の奥に向かっていく。
バスに乗り換えたあたりから進路は人家の少ない方へ少ない方へと向かっていたし、二車線が一車線になり、ガードレールも枯れ葉とこびりついた苔に埋もれたような有様になる。
景色は右を見ても左を見ても植物か地崩れ防止ネットか苔まみれの擁壁かさもなくば復旧中の崖崩れ跡かという有様で、都会育ちのプロデューサーは本当にこの道の先に人が住んでいるのかと心配になったほどであるが、されはさておき。
ようやく最後の乗り継ぎが迫ってきたころ、プロデューサーはこの旅で初めて差し迫った問題に直面した。
田舎に向かい、いろいろな交通機関を乗り継いでいくうちに、だんだんと乗客は少なくなって行った。
そしてついに、この停留所で降りて山道ちを登ればほたるの故郷に到着するのだ――という段階になったその時、ついに乗客はほたると自分だけになってしまったのだ。
道中は背もたれに姿を隠すなどして怪しさ満点で隠れ通したプロデューサーだが、さすがに同じ停留所で降りてしまえば尾行がバレるどころではない。
どうしたものかと思案した末、プロデューサーはいったんほたるが降りる停留所をやり過ごして、ひとつ離れた停留所から引き返そうと決めた。
ちいさな旅行鞄ひとつ持ったほたるを置き去りにして、バスが停留所を離れていく。
その姿がなんとも心細げで、不安で――プロデューサーは次の停留所に到着すると早速引き返そうと考えたが、残念ながらそうは問屋がおろさない。
まず、次の停留所まではそこそこ離れていた。
さらに、田舎のバスは都会人には理解できないほど本数が少ないものなのだ。
いっそ同じ停留所で降りてしまえばよかったか、などと悔やんでももう遅い。
簡素なバス亭で苛々と時間を待ち、ようやくバスがやって来たのは空が暗くなりかけたころだった。
大慌てでバスに駆け込む。
そんなことをしても早くたどり着くわけではないと解っていても、そうせずにはいられなかったのだ。
静かだった車内に、プロデューサーの足音は余程派手に響いたのだろう。一番後ろの席にたった1人乗っていた黒い背広の男が、目を通していた本から顔を上げて『おや』とプロデューサーに視線を向けた。
「お、お騒がせしまして……」
見られると、不意に自分の行動が恥ずかしくなる。プロデューサーは赤面して男に頭を下げた。
「いや、気になさらず」
男は穏やかに受け流して再び本に目を落とす。
沢山の人間と会う仕事がら無意識に男の様子を観察して、プロデューサーは首を傾げた。
奇妙な、男だった。
黒い背広に黒い長髪。
見るからに頑健、という体格ではないが姿勢がよく、四肢も体幹もしっかりしている。
背広はそこそこ良いもので、読んでいる本は黄ばんだ古書だ。
教養のある人に見受けられるが、顔はそこそこ日に焼けていたし、手はホワイトカラーとは思えない節くれたものだった。
自分が今まで会ったことのある業種の人間ではないな。一体いくつだろう。ちょっとジュリーに似ているかも――などと考えているうちに、バスが動き出した。
このバスは先ほど自分が乗っていたバスより小さく、古かった。狭いバスで先ほど言葉を交わしたのに、わざわざ離れた席に座るのも嫌みっぽいか、などと思案を巡らせて、結局男のすぐそばの席につく。
苛々とした心のせいだろうか、それともバスが古いせいだろうか。
山道を進むバスは先に自分が乗っていたものより随分ゆっくりで、しかもよけいに揺れるように思われた。
「……このバスは、いつもこんなに客が少ないのでしょうかね」
かわり映えのしない景色と揺れるバスに辟易として、プロデューサーは背広の男にそう話しかける。
「そのようですね。この先の村の人間が行き来に使う程度で、外部のものはほとんど使わないと聞いています」
「村?」
さらりと答えてからプロデューサーの奇妙な顔に気がついたのだろう。背広の男はああ、と頷いて補足する。
「今は○○町××地区ですね。最初に見た資料の地名が頭に残っていたので、つい」
「資料ですか」
意外な言葉が出てきた。目を丸くするプロデューサーに、訳知りのように頷く男。
「ええ。偶然見つけたのものですがね――××地区は昭和の大合併まで、他の地域とほとんど行き来のない村だったのです。○○町の他の地域とは地形的にも隔絶しているし、ほとんど交流がなかったらしい」
「詳しいのですね」
本当に詳しい。プロデューサーの目が、さらに丸くなった。
「ああ、失敬。私はこういうものでして」
男が名刺を差し出した。
「ああ、ことらこそご挨拶が遅れまして」
慌てて名刺を交換してから、男の名刺を見る。
――K大考古学教授、稗田礼二郎。
なるほど考古学者だからああいう風貌なのか、と単純に納得すると、今度は職業柄の好奇心が頭をもたげてくる。
「大学の先生なのですか。村には、大学の用事で?」
「個人的な調査です」
稗田は手にしていた古書をかるく示して見せた。草書の表題はプロデューサーにはなんと書いてあるのか読みとれない。
「少々、変わった祭りがあると聞きまして。蘇民将来の説話に由来する物らしいのですが」
資料でみつけて興味を持ったが詳しいことがわからず、訪ねてみることにした、ということらしい。
「それでここまで。物好きですなあ」
「私からすると、貴方のほうがよほど物好きに見えますがね」
ややぶしつけなプロデューサーの言葉に、稗田は笑って応じる。
「芸能事務所の方ということだが、なぜこんな山奥に? アイドルの卵でも発掘に行くのですか」
「いえ、うちのアイドルを訪ねていくところでして」
ぶしつけなことを言った弱みで、かいつまんで事情を説明する。
自分の担当するアイドルが、祭りに出るために帰郷したこと。
思いつめた表情が気になって、つけることにしたこと――。
「祭りを行うために、各地に流出した住民が戻ってくる、という話は珍しくないことです」
稗田はなるほどと頷いて補足した。
「たとえば高知県と愛媛の県境近くに位置する別枝という集落でも、毎年秋葉神社の大祭を執り行うために各地に散った住民が集落に戻るといいます。土地を離れたとしても、その土地で産まれた住民には祭りを継承する義務がある……というわけですね」
「何故そこまで。引っ越した先には新しい生活があるものだ。べつだん引っ越し前の土地の祭りなんかに義理立てする必要はないでしょう」
「祭りという言葉は、本来は神を祀ること、その儀式です」
全く事情が飲み込めないプロデューサーに、穏やかに指摘する稗田。
「それは神が荒ぶるものにならぬよう祈ることであり、神との契約の更新でもある。人間の都合で勝手に中断できるものではないのです」
なんだ、教授というから理知的な人かと思ったらオカルトの話か――とぽかんとしたプロデューサーの様子に、稗田は笑う。
「しかし、貴方にこの土地の知り合いがいるのはありがたい。もしよろしければ、折を見てその彼女をご紹介いただけませんか。いくらかその祭りのことを――」
稗田の言葉はそこで途切れた。
バスが不意にバランスを崩し、停車したのだ。
◇
「パンクですな」
禿頭の運転手が、困った顔をする。
むろんパンクならスペアタイヤに替えれば良いことだ。
しかし――
「運悪く、スペアのほうもダメになっていまして。朝の点検ではなんともなかったんですがね」
バス会社に連絡して助けとスペアタイヤを寄越してもらうよう頼んだが、いつ届くかわからないのだという。
「だからこの路線は嫌なんです。道は悪いし、いつも運の悪いことばかり起きよる」
ぼやく運転手の言葉に、プロデューサーは悲しげに笑うほたるの顔を思い出した。
「しかし、だとすると、バスが動くのがいつになるかわからないな」
稗田が、難しい顔をした。
○同日21時/××地区へ向かう山道
中天に月がかかっていた。
バスを待つよりはと歩き出した稗田に付き合って歩き出して、もう随分になる。
「まだですかね」
ほたるの様子を早く確認したいという思いから同行したが、都会暮らしのプロデューサーには田舎の夜道は辛い。息はとっくに上がってしまっていた。
「もうすぐのようですよ」
対して稗田は健脚で、錆びた標識を確認しつつ、プロデューサーに手を貸す余裕まであるようだった。
「こらんなさい。ほら、明かりが見えてきた」
稗田の言う通り、道の前方がぼやりと明るい。
だが、その明るさが奇妙で、プロデューサーは首をかしげる。
「――電灯の明かりでは、ないようですね」
それは赤みをおびた、火の明るさのように見えた。
「もしかしたら、もう祭りが始まっているのかもしれません」
稗田の歩みが、早くなった。
◇
「そういえば」
灯りに向けて歩きながら、プロデューサーはふと気になっていたことを思い出した。
「稗田さんが昼間おっしゃっていた、ソミンショウライというのは、どんなものなんですか」
「蘇民将来の説話は、『備後国風土記』に記されているほか、祭祀起源譚として広く伝わっているものです」
平然と山道を進みながら、稗田は語る。
「あるところに兄弟が居た。貧しい兄は蘇民将来、裕福な弟は巨旦将来。あるとき、旅の途中で宿を乞うた武塔神を裕福な弟は邪険に断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした」
道の前がだんだん開けてきた。
稗田の語りは淡々と続いている。
「のちに蘇民将来の家を再訪した武塔神は、蘇民の娘に茅の輪を付けさせてこう言ったのです。『私は巨旦将来とその子孫を根絶やしにすることにした。だが蘇民とその子孫は、この茅の輪をつけていればその災厄を避けることができるだろう』と」
「恐ろしい神様ですね」
一度の過ちがきっかけで一族郎党を根絶やしにするとは、凄まじい話だ。
いや、それとも、神様というのはいつでもそんなものだっただろうか。
「その行いに基づいて、神が人間を2つに分ける。繁栄すべきものと絶えるべきものに――形は違えど、神の行いとしては繰り返し語られるものです。あるいは、神に備わった基本的な性質なのかもしれない」
静かに頷いて、稗田は話を続ける。だんだんと、前方の明かりが近づいてきた。
「ともかくその説話が元になって、輪抜けの祭りというものが生まれました。6月の末、大祓の日に大きな茅の輪を作り、皆で作法に従ってそれをくぐることで無病息災を祈るのだと――自分たちが蘇民将来の子孫であることを示して、荒々しい神の災厄が訪れないよう祈るわけです」
祭りとは、そこにある神が荒ぶるものにならぬよう祈ることでもあった。
プロデューサーはふと、稗田の言葉を思い出す。
そして、道が開けた。
◇
集落の入り口に、広場があった。
その周囲で、いくつものかがり火が焚かれている。
揺れる炎に照らし出される建物は、どれも老木のように歪み古びているように見えた。
威圧的で歪んだ建物ばかりが並ぶ光景に、プロデューサーはこれが現実の、令和という年に実在する町なのだろうかと我が目を疑いそうになったが、やがてすぐ、疑うべきは自分の目のほうだったと理解した。
広場の端に、コイン精米所があった。
営業で地方に行ったときなんども見かけた、どこにでもある形のものだ。
それが火のゆらめきと状況のせいで、異様な姿に見えていただけなのだ。
そう理解した瞬間、嘘のように集落の姿はまともに見えるようになった。
古い日本家屋、建て売りの住宅、田畑……どこにでもあるものばかりだ。
さっきまで見えていた異界のように歪んだ集落は、火のゆらめきと疲労した自分の頭の中にだけあった幻の光景でしかなかったのだ――もうどれほど見てもまともにしか見えない集落と広場を見つめて、しかしプロデューサーは本当にそうだろうか、と呟いた。
なにか、妙な胸騒ぎがするのだ。
「やはり、祭りはもう始まっていたようですね」
稗田が呟く。
――広場の中央に、茅でできた大きな輪があった。
白い衣装をまとい、のっぺりとした仮面をつけた人々が、次々にその輪をくぐってゆく。
左足からくぐり、輪を左に回る。
右足からくぐり、輪を右に回る。
そして最後にもう一度、輪を左足からくぐり、輪を左に回り――そうして、粛々と輪を離れてゆく。
なにか、ひどく重苦しい、いやな気配が、そこにあった。
場の雰囲気だけではない。
まるでなにか、ひどく巨大なものが自分の真上にいるような威圧感を覚えて、プロデューサーはしきりに首に手をやった。
「輪抜けの祭りのようだな」
稗田は難しい顔で呟く。
「輪のくぐり方の作法は、他の地方で見たものとさして変わらない。西日本にいくつもある祭りで、さして変わったものでもないが……」
「ほたる!?」
考え込む稗田を後目に、プロデューサーが驚きの声を上げた。
彼が追ってきたアイドル、白菊ほたるの姿が祭りの中にあった。
大人の背丈ほどの高さのやぐらの上に、白い装束の白菊ほたるが座っている。
――そして、縛られている。
縛られているといっても、形だけだ。
『身動きがとれない』という印として、やんわりと縄をかけられている、それだけだ。
だが――。
「稗田さん、あれも輪抜け祭りの形なんですか」
輪をくぐる祭りの中で、ほたるだけが動きを封じられている。
その異様さに、声が荒くなる。
プロデューサーの威勢に動じた様子もなく、しかし険しい顔で、稗田はそうか、と頷いた。
「――神は茅の輪を身に着けたものを殺さないと告げた。それ以外のものは根絶やしにするのだと。だがもし、すべてのものが茅の輪を潜る日が来たら、神の災厄はどこに向かうのだろう」
「稗田さん、何を言っているんですか」
突如思索に沈み込もうとする稗田にうんざりするプロデューサーの言葉を、しかし稗田は気にもしない。
「神は茅の輪で印をつけることで、殺すべきものとそうでないものを区別した。常世の神からすれば、現世の人間個々の差など区別がつくものではないからだ。区別するためには印が必要だった――しかしやがて神の設けたルールを利用した輪抜けの祭りが産まれ、それは広まって行ったのだ」
「なにが言いたいんだ、稗田さん」
「これは、『輪をくぐらない者を担保する祭り』なんですよ」
苛々としたプロデューサーの声に、稗田は淡々と答えた。
「祭りは広まり、誰でも輪を潜れるようになった。だが、もしすべての者が輪を潜る日が訪れれば巨旦将来の子孫は絶えたことになり、印は意味を失う……同時に、祭りがもたらしていた災厄除けの力も失われるのだ」
稗田のまなざしは、じっと祭りを見つめていた。
「祭りが力を保つためには、災厄が向かう先……輪を潜れぬ者。巨旦将来の子孫が絶えていない必要があるのです」
淡々と語るその表情がどこか常人ばなれしているようで、プロデューサーは息をのむ。
「おかしいじゃないですか。すべてが蘇民将来の子孫だということになれば、何の問題もないはずじゃないか」
「武塔神はもともと災厄をもたらす神だったのだ。蘇民の子孫を害さないと決めたのは、一夜の親切がもたらした気まぐれにすぎない……それから遙かな時が流れている」
プロデューサーの疑問に、しかし稗田の声は動揺すらしない。
「契約が切れたあと、荒ぶる神がどう振る舞うか、誰に予想ができますか。この祭りを考えたものは、その後に起こる変化を恐れたのですよ」
すっと背筋が冷えるのを感じて、プロデューサーは身動きが取れないようにされているほたるを見た。
決して茅の輪をくぐれないものとしてそこにいるほたるを見た。
私は不幸体質なんですと、悲しげに言うほたるの言葉を思い出した。
ほたるは、祭りのために戻らなくてはならないと言った。
だから。
プロデューサーは、叫びをあげた。
「待ちなさい!」
稗田の静止の待たず、走り出す。
祭りなぞ、さして意味のないことに思える。
ここに至るまでにほたるやその一族にどういう経緯があったのかなぞ、興味も無い。
オカルトは、信じたいとも思えない。
だが、皆がくぐれる輪をくぐることを禁じられてそこにいる白菊ほたるを見ていることは、彼にはできなかった。
雄たけびに唖然とする仮面の人々をかき分け、驚きに目を丸くする白菊ほたるを担ぎ上げる。
やめろと叫ぶ人々を蹴倒して、茅の輪に突き進んで、ほたるとともにそれを潜る。
そして、怒りを込めて茅の輪を打ち倒す。
――そのとたん、光が爆発した。
それはすべてを飲み込む、見たこともない輝きだった。
茅の輪が粉々に砕け、プロデューサーも、ほたるも、稗田も、仮面の村人たちも、すべてが自分をかばう暇すらなく光に飲み込まれていく。
ほたるを庇いながら茅の輪を中心に四方を薙ぎ払う力に翻弄され、意識を失うその直前。プロデューサーはなにか大きなものがそこから立ち去るような気配を、たしかに感じていた――。
○数ヶ月後/都内某所
「その後、どうですか」
秋もすっかり深まったころ、都内の喫茶店。
久々に再会した稗田礼二郎にそう問われて、プロデューサーは眉を寄せ、首を振った。
「やはり、何も覚えていないそうです」
「何も、ですか」
「はい。祭りのことも、その作法も、祀られていた『何か』についても――それが、ほたるだけでなく、村の人々もそうなんです。まるで最初からそんな祭りなんかなかったかのように」
それは奇妙な出来事だった。
あの集落で目覚めたあと、事件を覚えているのは稗田と自分だけだった。
事態が飲み込めずぽかんとしている2人を、集落の人々は、そしてほたるは歓迎し、多くのもてなしを受けたのだ。
先ほどまで行っていた祭りのことなど、もうすっかり忘れてしまったかのような顔をして――。
「――土地の生産や村の営みには、サイクルがあるものです」
しばらくの思案ののち、稗田は仮説を口にした。
「たとえば正月は、一年のエネルギーを年の初めに更新するための儀式です――同じように、過去に重大な出来事が記録されていたときは、それを再現することで力を更新しようとする」
何を言ってるのか半分も理解できず『はあ』と生返事するプロデューサーに苦笑して、稗田は仮説を続けた。
「祭りもそうだ。継続することで力を更新し、長く続くサイクルを維持しようとする。農耕民族にとって予想外の天候変動や事件は、忌むべきものなのだから」
「あいかわらず、稗田さんの言ってることは難しくてワケがわからない」
プロデューサーは稗田から目をそらして、店のテレビを見た。
そこでは白菊ほたるが踊り、歌っている。
あの出来事の後も、なにかとりたてて幸運になったわけではない。
不幸体質、と自嘲する彼女の体質は、いまもそこにある。
だが、ほたるはアイドルとして少しずつ成功し、友達を増やし、幸せを増しているようで――。
「だが、同じ出来事を再現して更新をつづけるということは、同じ流れを繰り返す、ということでもあるのかもしれない。神との契約に基づいた同じ輪の上を、ぐるぐると回り続けることなのかも――プロデューサーさん」
ふいに、稗田が真剣な面持ちでプロデューサーを見つめた。
「村人や彼女が何も覚えていないのは、そういう流れから解放されたからなのかもしれませんよ。貴方は茅の輪だけでなく、、彼らをからめとっていた運命の輪を破壊したのだ」
「どうでもいいことです」
そっけないぐらいあっさりと笑って、プロデューサーは答えた。
「あの子が笑っていられるなら、それだけでいいんです」
――テレビの中で、白菊ほたるの笑顔は、まぶしく輝いていた。
(おしまい)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
スレ立てのさい名前入力を忘れるなどお見苦しい点があったことをお詫び申し上げます。
元スレ
〇6月某日/某芸能プロダクション
「里帰り?」
「迷惑をかけてしまいますが、どうか、お願いします」
白菊ほたるが書類仕事でデスクに張り付けになったプロデューサーにそう頭を下げたのは、梅雨も盛りのある日の事だった。
なんとしてもアイドルになりたいと様々な不幸に抗って努力を続けた彼女の努力が実り、ようやくアイドル活動が軌道にのりはじめた矢先のことである。
「一体なぜ、そんな日に」
プロデューサーは困惑して、理由を問うた。
彼女が示した里帰りの日程は6月29の夜にこちらを出て、30日に故郷で一泊するというものだ。
6月30日は休日というわけでもないまったくの平日だ。よりによってなぜその日に、とプロデューサーが首をかしげたのも仕方のないことであったろう。
――それに、とプロデューサーはほたるの表情を伺った。
帰郷したいと訴え出てきたときから一貫して、ほたるの顔は暗かった。
アイドルとしてやっていく目処が立ち、久々に帰郷する――という事にしてはおかしいように思うのだ。
3: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:57:09 ID:7Mb
「身内に、よくないことでもあったのかい」
「そういうわけでは、ないんです」
「ではどうして」
「――ごめんなさい」
「責めてるんじゃないんだよ」
思いつめたような顔で頭を下げて黙っているほたるの姿に息をついて、プロデューサーはできるだけ穏やかに言葉をかけた。
「ほたるは根を詰めすぎるほうだし、たしかずいぶん長く帰郷していない。むしろ里帰りはいいと思う――ただ、色々と予定も入っているし、こちらの学校の事もあるだろう。どうしてか、が聞きたいだけだよ」
さすがに、そんな思いつめたような顔で帰るのは何故だ、とは聞けなかった。
緊張感のある沈黙。
「……故郷に戻って、祭りに出なくてはならないんです」
このままでは許可が貰えないかも知れないと考えたのだろう。ほたるはしぶしぶと事情を説明する。
4: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:57:41 ID:7Mb
「祭り?」
縁日、神輿、花火。
プロデューサーの持っている『祭り』のイメージはその程度の娯楽的なものに過ぎなかったから、思いつめた顔で帰る理由がそれか、と拍子抜けした思いである。
「楽しみにしている祭りなのかい」
「……そういうわけで、もないんですけど」
ほたるの目が曖昧に泳いだ。
「なら、別に無理して帰らなくても」
「私もそう思っていたんです。やめておこうかなって。でも――大事な、お祭りだから。戻らないと、迷惑をかけてしまうから」
「どんな祭りなんだ? 花火でもあがるのかな」
ほたるは可憐な唇をきゅっと結んで、黙り込んだ。
石みたいに頑なな顔だった。
ああ、これは頑として聞かないときの顔だ。
しばらくの付き合いで、プロデューサーはこれ以上問うても彼女が決して答えないだろう、と悟った。
そしておそらく許可しなかったとしても、彼女はなんとしてもその日に帰郷してしまうはずだ。
そうなると結局仕事に穴を開けてしまうことになるわけで――。
5: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:57:57 ID:7Mb
「仕方がない。解った。その日はスケジュールを開けておくよ」
「ありがとうございます!」
「切符なんかはちひろさんにお願いしておくから、あとで相談しておいてね」
ほっとして頭を下げるほたるに物わかりのいい顔で笑いかけて、プロデューサーはちひろに切符の調達を依頼するメールを発信した。
そこにひそかな私信を添えたことは、むろんほたるには内緒のことであった――。
6: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:58:51 ID:7Mb
〇6月29日夜/寝台特急サンライズ出雲・普通車指定席
帽子にサングラスというベタベタな変装をし、プロデューサーは早めに千川ちひろが彼のために調達した席に落ち着いた。
さりげないふりで視線を眺めれば、同じ車両、かなり前方の席に白菊ほたるのつややかな黒髪が見える。
――よかった、こちらには気づいていないな。
あの妙に理由を言い渋る感じ、かたくなな表情。
どうにもほたるの帰郷が気にかかるプロデューサー氏は、千川ちひろに白菊ほたるの帰郷のための旅券調達を依頼したとき、一緒に自分の旅券も調達しておいてくれるように私信を添えておいたのだ。
聞いても説明してはもらえないぐらいだから一緒について行くといえば嫌がるに決まっている。となればこっそり同行するしかない、というわけだ。
まあその休みを確保するためにいろいろとやっかいな条件を飲まされもしたのだが、それは帰ってから考えればいいことだ。
自分の席に早々に収まって動く気配のないほたるを探偵気分でちらちら眺めるプロデューサーだが、ほたるにはほとんど動きがない。
ほたるはもともと活発なほうでもないし、あんな暗い表情での帰郷となれば珍しい寝台列車の旅とはいえはしゃぐつもりにはなれないのだろう。
だいたい目的地ははっきりしているのだから、考えてみれば列車の中で何かが起きるわけでもありはすまい。
7: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:59:19 ID:7Mb
案外退屈な道中になるかも知れないと息をつき、プロデューサー氏はほたるから目を離して地図を広げた。
ちひろに申請した内容によれば、寝台列車でまず米子まで行き、そこで乗り換えて鳥取の奥地を目指すというのがほたるの大まかな計画だ。
ある程度列車で目的地に近づいたらバスをさらに何本か乗り継いで、ほたるの故郷である○○町××地区に到着するのは夕方近くになる予定だった。
○○町××地区――と言葉や書類上で触れていた時には気にもしていなかったが、地図で見るとその場所は随分と山の中にあるようだった。
○○町とはいうものの町の中心からは随分離れていて、他の地区とも随分遠い。山間の孤立した限界集落――プロデューサー氏は勝手にそんな光景を思い浮かべる。
泥臭い執念があるとはいえほたるの容貌はどちらかといえば垢抜けているし、服装も田舎っぽさとは無縁の瀟洒なものが中心だ。プロデューサーには、ほたるがそんな山奥の生まれだというのが何となく意外に思える。
――そういえば、ほたるが故郷の話をしたのを、聞いたことがなかったな。
8: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)20:59:32 ID:7Mb
今更ふと、そんなことを考える。
故郷を飛び出してアイドルになろうと上京してくる少女の中には故郷に軋轢を抱えている者も少なくはない。だからプロデューサーも詳しい事情を聞くことはなかったのだが、さて。
列車が動き出した。
あとはもう、目的地までできることは何もないはずだ。プロデューサー氏は早々に目を閉じる。
ごとごととレールの鳴る音を聞いていると、あっという間に眠気が押し寄せてくる。そういえば毎日残業ばかりで、こんな早い時間から休めることなど滅多にはなかったのだ。
一体ほたるが故郷を語りかたがらない理由は、果たして何だったのか。そして、それはあの沈んだ表情と関係があるのだろうか。巡らせようとした思考は眠気に紛れ、消えてゆく。
夢の中で、彼はほたるの悲しい顔を観たような気がしていた――。
9: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:01:14 ID:7Mb
○翌日/鳥取・白菊ほたるの故郷を目指す道中
実のところ、尾行の旅はえらく退屈だった。
最初のほうこそほたるに気付かれはしないか、ほたるに何かおかしな兆候はないか、いやそもそもほたると一緒の旅なんて大事故にでもなりはしないか……とドキドキしていたプロデューサーであるが、蓋を開けてみれば旅は平穏そのものだ。
まず――これはあまり良いことではないのだが――ほたるは道中もひどく思い詰めた様子で、周りへの注意をほとんど払っていなかった。
うつむいて考え込むほたるは道中割り当てられた自分の席から殆ど動くことはなかったし、周囲に人間を見もしなかったから、追跡は正直容易だったし、もう一つ。
ほたるの不運は少なくともこの道中に関しては少しも兆候が見られなかったのだ。
むしろこの時期だというのに天気はよく、乗り継ぎもスムーズ。席の確保も円滑で、こうした旅行にありがちなトラブルやストレスとは全く無縁で、気味が悪いほどだった。
うつむいたまま、思い詰めたまま、ほたるはどんどんと鳥取の奥に向かっていく。
バスに乗り換えたあたりから進路は人家の少ない方へ少ない方へと向かっていたし、二車線が一車線になり、ガードレールも枯れ葉とこびりついた苔に埋もれたような有様になる。
景色は右を見ても左を見ても植物か地崩れ防止ネットか苔まみれの擁壁かさもなくば復旧中の崖崩れ跡かという有様で、都会育ちのプロデューサーは本当にこの道の先に人が住んでいるのかと心配になったほどであるが、されはさておき。
10: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:01:46 ID:7Mb
ようやく最後の乗り継ぎが迫ってきたころ、プロデューサーはこの旅で初めて差し迫った問題に直面した。
田舎に向かい、いろいろな交通機関を乗り継いでいくうちに、だんだんと乗客は少なくなって行った。
そしてついに、この停留所で降りて山道ちを登ればほたるの故郷に到着するのだ――という段階になったその時、ついに乗客はほたると自分だけになってしまったのだ。
道中は背もたれに姿を隠すなどして怪しさ満点で隠れ通したプロデューサーだが、さすがに同じ停留所で降りてしまえば尾行がバレるどころではない。
どうしたものかと思案した末、プロデューサーはいったんほたるが降りる停留所をやり過ごして、ひとつ離れた停留所から引き返そうと決めた。
ちいさな旅行鞄ひとつ持ったほたるを置き去りにして、バスが停留所を離れていく。
その姿がなんとも心細げで、不安で――プロデューサーは次の停留所に到着すると早速引き返そうと考えたが、残念ながらそうは問屋がおろさない。
11: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:02:06 ID:7Mb
まず、次の停留所まではそこそこ離れていた。
さらに、田舎のバスは都会人には理解できないほど本数が少ないものなのだ。
いっそ同じ停留所で降りてしまえばよかったか、などと悔やんでももう遅い。
簡素なバス亭で苛々と時間を待ち、ようやくバスがやって来たのは空が暗くなりかけたころだった。
大慌てでバスに駆け込む。
そんなことをしても早くたどり着くわけではないと解っていても、そうせずにはいられなかったのだ。
静かだった車内に、プロデューサーの足音は余程派手に響いたのだろう。一番後ろの席にたった1人乗っていた黒い背広の男が、目を通していた本から顔を上げて『おや』とプロデューサーに視線を向けた。
「お、お騒がせしまして……」
見られると、不意に自分の行動が恥ずかしくなる。プロデューサーは赤面して男に頭を下げた。
「いや、気になさらず」
男は穏やかに受け流して再び本に目を落とす。
12: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:02:26 ID:7Mb
沢山の人間と会う仕事がら無意識に男の様子を観察して、プロデューサーは首を傾げた。
奇妙な、男だった。
黒い背広に黒い長髪。
見るからに頑健、という体格ではないが姿勢がよく、四肢も体幹もしっかりしている。
背広はそこそこ良いもので、読んでいる本は黄ばんだ古書だ。
教養のある人に見受けられるが、顔はそこそこ日に焼けていたし、手はホワイトカラーとは思えない節くれたものだった。
自分が今まで会ったことのある業種の人間ではないな。一体いくつだろう。ちょっとジュリーに似ているかも――などと考えているうちに、バスが動き出した。
このバスは先ほど自分が乗っていたバスより小さく、古かった。狭いバスで先ほど言葉を交わしたのに、わざわざ離れた席に座るのも嫌みっぽいか、などと思案を巡らせて、結局男のすぐそばの席につく。
苛々とした心のせいだろうか、それともバスが古いせいだろうか。
山道を進むバスは先に自分が乗っていたものより随分ゆっくりで、しかもよけいに揺れるように思われた。
13: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:02:55 ID:7Mb
「……このバスは、いつもこんなに客が少ないのでしょうかね」
かわり映えのしない景色と揺れるバスに辟易として、プロデューサーは背広の男にそう話しかける。
「そのようですね。この先の村の人間が行き来に使う程度で、外部のものはほとんど使わないと聞いています」
「村?」
さらりと答えてからプロデューサーの奇妙な顔に気がついたのだろう。背広の男はああ、と頷いて補足する。
「今は○○町××地区ですね。最初に見た資料の地名が頭に残っていたので、つい」
「資料ですか」
意外な言葉が出てきた。目を丸くするプロデューサーに、訳知りのように頷く男。
「ええ。偶然見つけたのものですがね――××地区は昭和の大合併まで、他の地域とほとんど行き来のない村だったのです。○○町の他の地域とは地形的にも隔絶しているし、ほとんど交流がなかったらしい」
「詳しいのですね」
本当に詳しい。プロデューサーの目が、さらに丸くなった。
「ああ、失敬。私はこういうものでして」
男が名刺を差し出した。
「ああ、ことらこそご挨拶が遅れまして」
慌てて名刺を交換してから、男の名刺を見る。
――K大考古学教授、稗田礼二郎。
14: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:03:12 ID:7Mb
なるほど考古学者だからああいう風貌なのか、と単純に納得すると、今度は職業柄の好奇心が頭をもたげてくる。
「大学の先生なのですか。村には、大学の用事で?」
「個人的な調査です」
稗田は手にしていた古書をかるく示して見せた。草書の表題はプロデューサーにはなんと書いてあるのか読みとれない。
「少々、変わった祭りがあると聞きまして。蘇民将来の説話に由来する物らしいのですが」
資料でみつけて興味を持ったが詳しいことがわからず、訪ねてみることにした、ということらしい。
「それでここまで。物好きですなあ」
「私からすると、貴方のほうがよほど物好きに見えますがね」
ややぶしつけなプロデューサーの言葉に、稗田は笑って応じる。
「芸能事務所の方ということだが、なぜこんな山奥に? アイドルの卵でも発掘に行くのですか」
「いえ、うちのアイドルを訪ねていくところでして」
15: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:03:43 ID:7Mb
ぶしつけなことを言った弱みで、かいつまんで事情を説明する。
自分の担当するアイドルが、祭りに出るために帰郷したこと。
思いつめた表情が気になって、つけることにしたこと――。
「祭りを行うために、各地に流出した住民が戻ってくる、という話は珍しくないことです」
稗田はなるほどと頷いて補足した。
「たとえば高知県と愛媛の県境近くに位置する別枝という集落でも、毎年秋葉神社の大祭を執り行うために各地に散った住民が集落に戻るといいます。土地を離れたとしても、その土地で産まれた住民には祭りを継承する義務がある……というわけですね」
「何故そこまで。引っ越した先には新しい生活があるものだ。べつだん引っ越し前の土地の祭りなんかに義理立てする必要はないでしょう」
「祭りという言葉は、本来は神を祀ること、その儀式です」
全く事情が飲み込めないプロデューサーに、穏やかに指摘する稗田。
「それは神が荒ぶるものにならぬよう祈ることであり、神との契約の更新でもある。人間の都合で勝手に中断できるものではないのです」
なんだ、教授というから理知的な人かと思ったらオカルトの話か――とぽかんとしたプロデューサーの様子に、稗田は笑う。
16: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:04:09 ID:7Mb
「しかし、貴方にこの土地の知り合いがいるのはありがたい。もしよろしければ、折を見てその彼女をご紹介いただけませんか。いくらかその祭りのことを――」
稗田の言葉はそこで途切れた。
バスが不意にバランスを崩し、停車したのだ。
◇
「パンクですな」
禿頭の運転手が、困った顔をする。
むろんパンクならスペアタイヤに替えれば良いことだ。
しかし――
「運悪く、スペアのほうもダメになっていまして。朝の点検ではなんともなかったんですがね」
バス会社に連絡して助けとスペアタイヤを寄越してもらうよう頼んだが、いつ届くかわからないのだという。
「だからこの路線は嫌なんです。道は悪いし、いつも運の悪いことばかり起きよる」
ぼやく運転手の言葉に、プロデューサーは悲しげに笑うほたるの顔を思い出した。
「しかし、だとすると、バスが動くのがいつになるかわからないな」
稗田が、難しい顔をした。
17: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:04:27 ID:7Mb
○同日21時/××地区へ向かう山道
中天に月がかかっていた。
バスを待つよりはと歩き出した稗田に付き合って歩き出して、もう随分になる。
「まだですかね」
ほたるの様子を早く確認したいという思いから同行したが、都会暮らしのプロデューサーには田舎の夜道は辛い。息はとっくに上がってしまっていた。
「もうすぐのようですよ」
対して稗田は健脚で、錆びた標識を確認しつつ、プロデューサーに手を貸す余裕まであるようだった。
「こらんなさい。ほら、明かりが見えてきた」
稗田の言う通り、道の前方がぼやりと明るい。
だが、その明るさが奇妙で、プロデューサーは首をかしげる。
「――電灯の明かりでは、ないようですね」
それは赤みをおびた、火の明るさのように見えた。
「もしかしたら、もう祭りが始まっているのかもしれません」
稗田の歩みが、早くなった。
◇
18: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:04:47 ID:7Mb
「そういえば」
灯りに向けて歩きながら、プロデューサーはふと気になっていたことを思い出した。
「稗田さんが昼間おっしゃっていた、ソミンショウライというのは、どんなものなんですか」
「蘇民将来の説話は、『備後国風土記』に記されているほか、祭祀起源譚として広く伝わっているものです」
平然と山道を進みながら、稗田は語る。
「あるところに兄弟が居た。貧しい兄は蘇民将来、裕福な弟は巨旦将来。あるとき、旅の途中で宿を乞うた武塔神を裕福な弟は邪険に断り、貧しい兄の蘇民将来は粗末ながらもてなした」
道の前がだんだん開けてきた。
稗田の語りは淡々と続いている。
「のちに蘇民将来の家を再訪した武塔神は、蘇民の娘に茅の輪を付けさせてこう言ったのです。『私は巨旦将来とその子孫を根絶やしにすることにした。だが蘇民とその子孫は、この茅の輪をつけていればその災厄を避けることができるだろう』と」
「恐ろしい神様ですね」
一度の過ちがきっかけで一族郎党を根絶やしにするとは、凄まじい話だ。
いや、それとも、神様というのはいつでもそんなものだっただろうか。
19: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:05:08 ID:7Mb
「その行いに基づいて、神が人間を2つに分ける。繁栄すべきものと絶えるべきものに――形は違えど、神の行いとしては繰り返し語られるものです。あるいは、神に備わった基本的な性質なのかもしれない」
静かに頷いて、稗田は話を続ける。だんだんと、前方の明かりが近づいてきた。
「ともかくその説話が元になって、輪抜けの祭りというものが生まれました。6月の末、大祓の日に大きな茅の輪を作り、皆で作法に従ってそれをくぐることで無病息災を祈るのだと――自分たちが蘇民将来の子孫であることを示して、荒々しい神の災厄が訪れないよう祈るわけです」
祭りとは、そこにある神が荒ぶるものにならぬよう祈ることでもあった。
プロデューサーはふと、稗田の言葉を思い出す。
そして、道が開けた。
◇
20: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:05:23 ID:7Mb
集落の入り口に、広場があった。
その周囲で、いくつものかがり火が焚かれている。
揺れる炎に照らし出される建物は、どれも老木のように歪み古びているように見えた。
威圧的で歪んだ建物ばかりが並ぶ光景に、プロデューサーはこれが現実の、令和という年に実在する町なのだろうかと我が目を疑いそうになったが、やがてすぐ、疑うべきは自分の目のほうだったと理解した。
広場の端に、コイン精米所があった。
営業で地方に行ったときなんども見かけた、どこにでもある形のものだ。
それが火のゆらめきと状況のせいで、異様な姿に見えていただけなのだ。
そう理解した瞬間、嘘のように集落の姿はまともに見えるようになった。
古い日本家屋、建て売りの住宅、田畑……どこにでもあるものばかりだ。
さっきまで見えていた異界のように歪んだ集落は、火のゆらめきと疲労した自分の頭の中にだけあった幻の光景でしかなかったのだ――もうどれほど見てもまともにしか見えない集落と広場を見つめて、しかしプロデューサーは本当にそうだろうか、と呟いた。
なにか、妙な胸騒ぎがするのだ。
「やはり、祭りはもう始まっていたようですね」
稗田が呟く。
21: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:05:54 ID:7Mb
――広場の中央に、茅でできた大きな輪があった。
白い衣装をまとい、のっぺりとした仮面をつけた人々が、次々にその輪をくぐってゆく。
左足からくぐり、輪を左に回る。
右足からくぐり、輪を右に回る。
そして最後にもう一度、輪を左足からくぐり、輪を左に回り――そうして、粛々と輪を離れてゆく。
なにか、ひどく重苦しい、いやな気配が、そこにあった。
場の雰囲気だけではない。
まるでなにか、ひどく巨大なものが自分の真上にいるような威圧感を覚えて、プロデューサーはしきりに首に手をやった。
「輪抜けの祭りのようだな」
稗田は難しい顔で呟く。
「輪のくぐり方の作法は、他の地方で見たものとさして変わらない。西日本にいくつもある祭りで、さして変わったものでもないが……」
「ほたる!?」
考え込む稗田を後目に、プロデューサーが驚きの声を上げた。
彼が追ってきたアイドル、白菊ほたるの姿が祭りの中にあった。
大人の背丈ほどの高さのやぐらの上に、白い装束の白菊ほたるが座っている。
――そして、縛られている。
22: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:06:11 ID:7Mb
縛られているといっても、形だけだ。
『身動きがとれない』という印として、やんわりと縄をかけられている、それだけだ。
だが――。
「稗田さん、あれも輪抜け祭りの形なんですか」
輪をくぐる祭りの中で、ほたるだけが動きを封じられている。
その異様さに、声が荒くなる。
プロデューサーの威勢に動じた様子もなく、しかし険しい顔で、稗田はそうか、と頷いた。
「――神は茅の輪を身に着けたものを殺さないと告げた。それ以外のものは根絶やしにするのだと。だがもし、すべてのものが茅の輪を潜る日が来たら、神の災厄はどこに向かうのだろう」
「稗田さん、何を言っているんですか」
突如思索に沈み込もうとする稗田にうんざりするプロデューサーの言葉を、しかし稗田は気にもしない。
「神は茅の輪で印をつけることで、殺すべきものとそうでないものを区別した。常世の神からすれば、現世の人間個々の差など区別がつくものではないからだ。区別するためには印が必要だった――しかしやがて神の設けたルールを利用した輪抜けの祭りが産まれ、それは広まって行ったのだ」
「なにが言いたいんだ、稗田さん」
「これは、『輪をくぐらない者を担保する祭り』なんですよ」
苛々としたプロデューサーの声に、稗田は淡々と答えた。
23: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:09:54 ID:7Mb
「祭りは広まり、誰でも輪を潜れるようになった。だが、もしすべての者が輪を潜る日が訪れれば巨旦将来の子孫は絶えたことになり、印は意味を失う……同時に、祭りがもたらしていた災厄除けの力も失われるのだ」
稗田のまなざしは、じっと祭りを見つめていた。
「祭りが力を保つためには、災厄が向かう先……輪を潜れぬ者。巨旦将来の子孫が絶えていない必要があるのです」
淡々と語るその表情がどこか常人ばなれしているようで、プロデューサーは息をのむ。
「おかしいじゃないですか。すべてが蘇民将来の子孫だということになれば、何の問題もないはずじゃないか」
「武塔神はもともと災厄をもたらす神だったのだ。蘇民の子孫を害さないと決めたのは、一夜の親切がもたらした気まぐれにすぎない……それから遙かな時が流れている」
プロデューサーの疑問に、しかし稗田の声は動揺すらしない。
「契約が切れたあと、荒ぶる神がどう振る舞うか、誰に予想ができますか。この祭りを考えたものは、その後に起こる変化を恐れたのですよ」
すっと背筋が冷えるのを感じて、プロデューサーは身動きが取れないようにされているほたるを見た。
決して茅の輪をくぐれないものとしてそこにいるほたるを見た。
私は不幸体質なんですと、悲しげに言うほたるの言葉を思い出した。
ほたるは、祭りのために戻らなくてはならないと言った。
だから。
プロデューサーは、叫びをあげた。
24: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:10:17 ID:7Mb
「待ちなさい!」
稗田の静止の待たず、走り出す。
祭りなぞ、さして意味のないことに思える。
ここに至るまでにほたるやその一族にどういう経緯があったのかなぞ、興味も無い。
オカルトは、信じたいとも思えない。
だが、皆がくぐれる輪をくぐることを禁じられてそこにいる白菊ほたるを見ていることは、彼にはできなかった。
雄たけびに唖然とする仮面の人々をかき分け、驚きに目を丸くする白菊ほたるを担ぎ上げる。
やめろと叫ぶ人々を蹴倒して、茅の輪に突き進んで、ほたるとともにそれを潜る。
そして、怒りを込めて茅の輪を打ち倒す。
――そのとたん、光が爆発した。
それはすべてを飲み込む、見たこともない輝きだった。
茅の輪が粉々に砕け、プロデューサーも、ほたるも、稗田も、仮面の村人たちも、すべてが自分をかばう暇すらなく光に飲み込まれていく。
ほたるを庇いながら茅の輪を中心に四方を薙ぎ払う力に翻弄され、意識を失うその直前。プロデューサーはなにか大きなものがそこから立ち去るような気配を、たしかに感じていた――。
25: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:12:58 ID:7Mb
○数ヶ月後/都内某所
「その後、どうですか」
秋もすっかり深まったころ、都内の喫茶店。
久々に再会した稗田礼二郎にそう問われて、プロデューサーは眉を寄せ、首を振った。
「やはり、何も覚えていないそうです」
「何も、ですか」
「はい。祭りのことも、その作法も、祀られていた『何か』についても――それが、ほたるだけでなく、村の人々もそうなんです。まるで最初からそんな祭りなんかなかったかのように」
それは奇妙な出来事だった。
あの集落で目覚めたあと、事件を覚えているのは稗田と自分だけだった。
事態が飲み込めずぽかんとしている2人を、集落の人々は、そしてほたるは歓迎し、多くのもてなしを受けたのだ。
先ほどまで行っていた祭りのことなど、もうすっかり忘れてしまったかのような顔をして――。
「――土地の生産や村の営みには、サイクルがあるものです」
しばらくの思案ののち、稗田は仮説を口にした。
「たとえば正月は、一年のエネルギーを年の初めに更新するための儀式です――同じように、過去に重大な出来事が記録されていたときは、それを再現することで力を更新しようとする」
何を言ってるのか半分も理解できず『はあ』と生返事するプロデューサーに苦笑して、稗田は仮説を続けた。
「祭りもそうだ。継続することで力を更新し、長く続くサイクルを維持しようとする。農耕民族にとって予想外の天候変動や事件は、忌むべきものなのだから」
26: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:13:13 ID:7Mb
「あいかわらず、稗田さんの言ってることは難しくてワケがわからない」
プロデューサーは稗田から目をそらして、店のテレビを見た。
そこでは白菊ほたるが踊り、歌っている。
あの出来事の後も、なにかとりたてて幸運になったわけではない。
不幸体質、と自嘲する彼女の体質は、いまもそこにある。
だが、ほたるはアイドルとして少しずつ成功し、友達を増やし、幸せを増しているようで――。
「だが、同じ出来事を再現して更新をつづけるということは、同じ流れを繰り返す、ということでもあるのかもしれない。神との契約に基づいた同じ輪の上を、ぐるぐると回り続けることなのかも――プロデューサーさん」
27: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:13:25 ID:7Mb
ふいに、稗田が真剣な面持ちでプロデューサーを見つめた。
「村人や彼女が何も覚えていないのは、そういう流れから解放されたからなのかもしれませんよ。貴方は茅の輪だけでなく、、彼らをからめとっていた運命の輪を破壊したのだ」
「どうでもいいことです」
そっけないぐらいあっさりと笑って、プロデューサーは答えた。
「あの子が笑っていられるなら、それだけでいいんです」
――テレビの中で、白菊ほたるの笑顔は、まぶしく輝いていた。
(おしまい)
28: ◆cgcCmk1QIM 20/02/02(日)21:14:14 ID:7Mb
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
スレ立てのさい名前入力を忘れるなどお見苦しい点があったことをお詫び申し上げます。
【モバマス×妖怪ハンター】茅の輪巡りて