前作
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
白菊ほたると不思議体験その2
【モバマス】響子「混ぜる」ほたる「混ざる」
「プロデューサーさん。私、コーヒー買いに行ってきますね!!」
8thアニバーサリーイベントの開催を月末に控えたある夜のこと、千川ちひろはそう言い残し、鼻息荒く自分たちのオフィスを後にした。
後に残されたプロデューサー氏が何か言いかけたような気がするが、後ろ手にぴしゃりとドアを閉めてシャットアウト。
眉を寄せ頬を膨らせ足を踏みならし、プロデューサーさんの馬鹿プロデューサーさんの馬鹿と唸りを上げながら廊下をずんずん歩くその姿は、さながら大怪獣チヒロンである。
もし運悪く大怪獣チヒロンと行きあうものがいればその恐ろしさに思わず道を譲り、しかる後ちひろの様子とプロデューサー氏との関係のこじれについて興味本位の噂を広めたことだろう。
だが幸いなことに時計は20時30分を回ったところで、半数ほどのスタッフは退勤済。
そしてプロダクションに残っているスタッフもそれぞれのオフィスで残業の最中であったから、常夜灯に切り替わった廊下を進撃して階段を降り、消灯された玄関ホールの自販機前にたどり着くまでの間、大怪獣チヒロンは誰にも目撃されずにすんだのである。
しんと静まった空気に一息ついて自販機に硬貨を投入してから、ちひろは『微糖』と『無糖』の間で少し指を迷わせた。いかに大怪獣チヒロンといえど妙齢の淑女。なんだかこのごろキツくなって来た気がするタイトスカートには弱いものなのだ。
うろうろと指をさまよわせた末に、結局『いやほら書類仕事には脳に当分が必要ですから』とかなんとか自分に言いわけして微糖を2本買い、それを手にして伝わる暖かさにほっとして――それでようやくちひろは常の落ち着きを取り戻し、今更ながらにやってしまったと頭を抱えたのである。
2: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:22:46 ID:pSN
やってしまった、やってしまった。
ついに我慢が効かなくて爆発してしまった。
彼……プロデューサーさんだって、悪気があるわけじゃない。
なにか事情があるはずだというのは重々解ってる。
だから今日まで堪えて来たのに、少しでも彼の気晴らしを、とやってきたつもりだったのに。
それなのに、ここ連日の忙しさと陰鬱さを増していく彼の様子につい煮詰まって――爆発してしまったのだ。
相手がどうだろうと職場で爆発したりあたり散らしたりしない、なんていうのは社会人の常識じゃないか。
2人の大事なアイドルが晴れ舞台を迎えようという大事な時期なのに何やってるんだか――と嘆息してから、ちひろはナチュラルに『2人のアイドル』なんて考えてしまっている自分に気付いて、赤面する。
手の中には、コーヒーが2本。
爆発して飛び出したのに、無意識に彼の分のコーヒーも買ってしまっている。
それぐらいには長く、良い関係でやってきたんじゃないか。
それなのに、今更なにをやってるんだか。
手にしたコーヒーをしみじみ見つめ、ちひろはさて、これからどうしようかと思案した。
――千川ちひろが所属する芸能プロダクションは、毎年11月にアニバーサリーイベントを行うのが恒例だった。
プロダクション開設の日を記念し、活動を支えてくれたファンへこの1年の感謝をこめて開催されるそれは多数のアイドルが参加する大規模な屋外イベントであり、プロダクションとしてもかなり力を入れているものなのだ。
第8回となる今年、アニバーサリーイベントはグリーティングイベントとアニバーサリーライブの2部からなる、いつにもまして大規模なものとして計画されていた。
そして、この8thアニバーサリーイベントのメインメンバーの1人として抜擢されたのが、彼……プロデューサー氏が見出し、千川ちひろと二人三脚で育ててきたアイドル・白菊ほたるだったのだ。
4月に初めての握手会、5月のファーストシングル発売。今年は機会に恵まれてぐっと注目度を増しているとはいえ、若干13歳の彼女にとってこれはかなりの抜擢である。
もしかしたらこれは、白菊ほたるにとってさらなる飛躍の足がかりになるかもしれない。
彼女を担当するプロデューサー、そしてアシスタントの彼女・千川ちひろ。二人は白菊ほたるが最高の形でイベントを迎えられるよう、今日も夜まで残業コースで――そしてちひろは、その真っ最中に爆発してしまったというわけだ。
ちひろが後にしたオフィスでは置き去りにしたプロデューサー氏が今も山積みの書類と格闘している。
元来真面目で融通の効かない彼のことだ、仕事が一段落つくまで手を休めたりはしないはず。
片付けるべき仕事の量、そしてここ連日の彼の疲労を考えれば早いところ戻ってあげたいところだが、爆発して飛び出した手前すぐ戻るのは少々ばつが悪いし、だいたい今すぐ戻って平気な顔をできる自信がない。
――プロデューサーさんの馬鹿。
黙々と書類に取り組んでいるであろう彼の大きな背中と暗い顔を思い起こして、ちひろは唇を尖らせた。
寡黙な上に仕事にのめりこむタイプだとは承知していたが、ここ数ヶ月、彼のどんより曇った様子は少々度を超していた。
その彼の気持ちを少しはほぐそうと色々やったつもりが効果なし、煮詰まった部屋の空気、疲労、そしてなにをやっても石仏のごとく動かない暗い暗い彼の表情に、百戦錬磨のちひろも大爆発、というわけだ。
やってしまったと反省する一方で、腹の中にはまだ煮詰まった感情が渦を巻いている。
そんな状態で彼のところに戻りたくはない、という気持ちがあった。
それは確かに部屋の空気を悪くしているのは彼の方だが、それでも彼が少しでも気分良く仕事ができるよう支えるのがアシスタントである自分の役割だし、どうせなら彼のいい顔が見たい、と思うのだ。
間違っても、煮詰まったままで戻ってまた爆発、雰囲気と2人の関係を険悪化――なんて事態は避けたいじゃないか。
ほんの少しだけ遠回りしてこの気分を晴らして、それから少しすっきりした顔で彼の元に戻りたい。
そうすれば少しは、彼の気晴らしになるだろうか。気分転換のきっかけになるだろうか――ああいや、今朝私が活けた花にも、加湿器のアロマを疲労回復効果があるというヤツに変えたことにも気付いてなかったみたいだし、たぶんあの朴念仁は気づきもしないんじゃないだろうか。
だいたい様子がおかしくなる前からだいぶ鈍感だった気がするし。
なんだかうんざりした気持ちが蘇ってきて、肩が落ちる。
ちょっと長く休憩してやろう、そうしよう。向こうだって雰囲気を悪くしているって自覚はあるはずだ――ため息とともにそう決めて、千川ちひろはもう一度、『プロデューサーさんの馬鹿』と呟いた。
とはいえ時間はもう21時近い。
プロダクションの建物はすっかり消灯されていて、明かりがついているのは自分たちと同じように残業している部署のオフィスぐらいで建物内のカフェも売店もとっくに店じまいしてしまっているとなれば、気晴らしとは言ってもどうしたものか悩むところであった。
建物の外に出るのはやっぱりちょっと気が引けるし、ここで1人で缶コーヒーというのもなんだか侘びしい。
まだ残業で目を酷使することは確実なんだから、まさかスマホでレッツリズムというわけにもいかないし、さてどうしたものか。
少し座って目を閉じて音楽でも聞こうかしら、それとも屋上の鍵が開いていたら、冷たい空気でも吸いに出ようかしら……と候補を並べているうちに、ちひろの脳裏にふと、なじみの少女の姿が閃いた。
白菊ほたる。
――ひょっとしてあの子は、今日もまだ残っているのだろうか。
いや、きっとそうに違いない。
ほとんど確信に近い予感があって、ちひろは歩き出す。
缶の暖かさを感じながら階段を昇り、プロダクション所属のアイドルたちが使っているレッスン室に向うと、そこにはまだ灯りが灯っている。
ああ、やっぱり。
しみじみため息をついてからわずかに戸をすかして中を見れば、鏡の前でステップを踏む少女の背中が見えた。
間違いない、白菊ほたるだ。
いつごろからこうしているのかは解らないが、しっとり湿った髪やレッスンウエアを見れば、そこそこ長時間こうしているらしいことは間違いない。
となれば疲れてもいるだろうに、鏡越しに伺えるほたるの表情には一部の緩みも、疲れも見えない。
この集中力が彼女の武器ではあるのだけど。
ちひろはひとりごちて、眉を寄せた。
――白菊ほたるがこうして追加レッスンにいそしむ光景をみることは、夏以来ずいぶん増えていたように思う。
この建物と女子寮は渡り廊下で続いているから防犯上の問題はないし、限度をわきまえずにレッスンをやりすぎて潰れてしまうようなほたるでは無いはずだという信頼はある。
実際彼女は仕事と学業とレッスンを両立させて、デビュー以来病気知らずなのだから、その信頼は正しいのだろう。
だが、それでもこのごろの白菊ほたるは、少々危うく思える。
年頃の、楽しい事も多いであろう女の子が寸暇を惜しんでレッスンに打ち込む余裕のなさがまず心配であったし、追加レッスンの頻度が増したころからほたるがふと暗い顔を見せるようになっていたことも、ちひろには気がかりだった。
確かにもともと、白菊ほたるは暗い顔をすることが多い少女だった。
自分の不幸に苦しみ、何かを諦めようとする顔、悲しむ顔、絶望する顔……そんな顔は何度も見たことがある。
いろいろな不幸に道を閉ざされて、誰かを傷つけることを悲しんで、何度も何度も見せる顔。
それはいつも、何かにひどく打ち据えられたような痛みの表情だった。
だけど、ちひろが今気にしている表情は、すこし違う。
もう一度、レッスン室をのぞき込む。
鏡の中のほたるの顔に、今もその表情は浮かんでいる。
それはたとえるなら深く深く、何かを思い詰めているような。
のしかかった重圧に黙って耐えて、前に進もうとしている――そんな顔だ。
どうしてそんな顔をしているのか。ちひろに理由は解らない。
ただ、もしかして――。
ちひろには、ほたるにそんな顔をさせている原因が解るような気がしていた。
なぜならそれは、今自分の胸を苦しめているものと同じなのかもしれないかったから。
ここしばらく千川ちひろの胸を苦しめているもの。
そして、白菊ほたるにあんな顔をさせている原因かもしれないこと――。
それは、白菊ほたるを担当するプロデューサーの変調だった。
◆◆◆
どんよりとくらい顔でちひろを煮詰まらせた彼であるが、元々そういう人間だった訳ではない。
以前は寡黙ではあっても前向きな、一緒に仕事をしていて楽しい男だったのだ。
彼の様子がおかしくなりはじめたのが正確にいつごろだったか、ちひろには解らない。
ただ実際にその兆候に気付いたのは、彼が白菊ほたるを担当するようになってしばらく経ってからのこと――たぶん初めての握手会を成功させた、4月ごろの事だったと思う。
彼が見出したアイドル、白菊ほたるは一種呪いめいた不幸に翻弄される少女だった。
その彼女がステージの上で戦っていけるよう、プロデューサーは人員を集め、ちひろとともに様々な用意をして彼女の『不幸』に対処するための体制を作り上げた。
その体制のおかげでほたるのデビューイベントは無事成功。
その誠実さに胸を打たれたのか白菊ほたるは彼に深い信頼を寄せるようになったし、前向きになって儚げな魅力と歌声に明るさが加わったほたるの人気は右肩上がり。
そして4月、彼女は初の握手会に臨み、5月にはファーストシングル発売にこぎつけた。
細かいトラブルは後を絶たず決して順風満帆とは言えないが、その後もほたるの人気は伸び続け、グッズやCDの売り上げも堅調。
特に儚げな容姿を活かした写真集や凝った構図のポスター、プリントコンテンツは人気が高い。
その人気は、ほたるがアイドルを続ける上での大きな弱点――トラブルや不幸対策のために他のアイドルより多くの人員を配置する必要があり、人件費が嵩むという問題――をその売り上げで解消することに貢献している。
いくつもの事務所をつぶした『不幸の少女』をそれと知ってわざわざスカウトしてきた上に、過剰とも言える人員を投入するせいで一時危機に瀕していたプロデューサーの評価も、それに見合う『売り上げ』が示せたことで反転した。
たぶん彼は今年、表彰金の対象にもなるだろう。
そういう実利的なことを置いたとしても、ひたむきで優しい彼女はちひろと彼にとっても素直にかわいい、花開くまで守り育てたいと思える存在だ。
そんな彼女が成功し、夢に近づいてゆく。
自分たちへの信頼を深めてくれている。
プライベートでもかけがえのない仲間や友達を得て、幸せに近づいている。
蕾がほころび、花開こうとしている……。
そんな姿を見るのが、嬉しくないわけがあるだろうか。
そう、全ては全てうまく行っている。そのはずなのに。
それなのに彼は……プロデューサーは、上がり続けるほたるの人気と反比例するように、沈んだ顔を見せるようになって行ったのだ。
何か白菊ほたるのプロデュースに問題が起きているのかと聞くと、そんな事はないという。
では私生活になにかトラブルがあるのかと聞けば、それも違うと首を振る。
だが確かに、彼の様子はおかしかった。
ちひろは何度もさりげなく理由を聞き出そうとし、それができなくとも彼の気持ちを軽くしようと努力してきたが、どれも空振り。
むろん、彼は今も誠実そのもので白菊ほたるのプロデュースに取り組んでいるし、ほたるの前では決して暗い顔を見せることもない。
しかし、ほたるのいない場所……具体的にはちひろと2人きりのオフィスではふとした折りに見せる表情は陰影を増し、苦悩が深まっていることを伺わせる。
そして白菊ほたるもまた、彼の表情が暗さを帯びるにつれてあの深刻な表情を見せるようになって行ったのである。
ほたるは他人の苦しみに敏感な少女だし、不幸な事も多かった。
Pが隠しても、その暗い表情に気付いて心を痛めているのかもしれない。
自分と同じように、変調の理由をさりげなく問うたかもしれない。
そして彼がほたるにも同じように『何でもない』と答えていれば……
その答えはきっとほたるを苦しめただろう。
何故なら、理由のない暗さはほたるに様々な『悪いこと』を想起させたに違いないのだから。
もう、プロデューサーさんてば、大事なアイドルに暗い顔をさせて何やってるんですか。
自分は大人で、つきあいも長い。
彼がいたずらにへそを曲げるような人間ではない、何かまっとうな理由があるはずだと理解はするし、暗い表情にもできる限りは我慢をしようと思うことができる。まあ結局今日爆発したわけだけど。
だけど白菊ほたるにとっては、彼は頼みの綱じゃないか。
その彼がほたるに暗い顔をさせるのでは、本末転倒というものだ。
なんとかならないものだろうか、なんとかしてあげられることはないだろうか――と思案するものの、彼の気持ちを軽くできないか、さりげなく沈んだ表情の理由を聞き出せないかというちひろの配慮も試みもこの数ヶ月失敗ばかりで、正直手詰まりの状態なのだ。
とはいえ今度の8thアニバーサリーはほたるにとって今年一番の大舞台、できれば何の心配事もない状態でステージに上げてやりたい。
となればもう、強行突破でズバリと聞いてしまうべきだろうか。
それとも川島さんたちにお願いしてパーッと飲み屋を連れ回してもらうべきだろうか。
いや、いっそ少し過激なコスプレでリビドーに訴えかけてみようか。ならばバニーか。いや季節はちょっと早いがサンタコスも捨てがたい――。
「――あれっ、ちひろさん?」
コスプレのアイデアに頭をひねるうちに、隠れるのがおろそかになっていたのだろうか。鏡の中のほたると目が合った。
ぱちくりと目を瞬かせて振り返る彼女に、しまったと思ってももう遅い。ちひろは往生際わるく扉の影に隠れようとして間に合わず、バッチリほたるに目撃されてしまうのであった。
レッスンの邪魔をするつもりはなかったのだが、もうこうなれば仕方がない。
「こんばんは、ほたるちゃん。邪魔してしまって悪かったけど、あまり遅くまでの自主練は関心しませんよ?」
「ご、ごめんなさい。でも、どうしてもやりたい事があって……」
にっこり笑って謝罪と注意。ほたるは解りやすく縮こまる。その顔にはもうあの思い詰めた色はなく、年相応のあどけない表情が浮かんでいた。
「どうしてもやりたい事、ですか」
対してちひろはハテと首を傾げる。
「アニバーサリーライブが近くて張り切ってるのは解りますが、確かほたるちゃんは全体曲以外に新しく覚えなくちゃいけない振り付けはなかったと思うんですが」
実際ちひろは、少し意外だった。
思い詰めて、ずっと練習する。
悩んでいるから練習に没頭するという感覚はちひろにも理解できたし、実はほたるが度々居残って練習しているのはそういう事情なのだろう、と考えていたのだ。
だがほたるは、はっきりと『やるべきことがある』と言うのである。
アニバーサリーライブは本田未央、神谷奈緒、椎名法子、南条光、白菊ほたるの個々のステージと、その5人のメインメンバーが一同に会する合同のステージで構成されていて、当然合同ステージ用には新しい全体曲が準備されている。
当然その振り付けは物にしておかなくてはならないとはいえ、今回のイベントで白菊ほたるにはそれ以外に新曲があるわけではないし、振り付け師からは白菊ほたるの持ち歌について振り付けを変えたりする予定は無いと聞いている。
むろん反復訓練は必要としても、そうなると度々居残りしてまで『どうしても』やりたいことが、そうそう沢山あるとは思えないのだ。
「その……プロデューサーさんたちには、まだ内緒にしておいてくれますか」
「はい」
まあ内容次第では報告しなくてはいけないんですけど。
そんな内心はおくびにも出さないちひろの笑顔に、ほたるはほっとしたように口を開いた。
「今回私には新曲がなくて、いままでの曲も振り付けは同じです」
「そういう話ですね」
「それでその。トレーナーさんと振り付け師の方に、今までの曲のダンスを少し高度なものにできないかって、相談したんです」
「えっ」
「私はデビューからあまり時間がたっていないので、持ち歌の振り付けは簡単目になっています。だから……アニバに向けて、私も新しいことに挑戦できないかなって」
「……聞いてないですね、それ」
「ご、ごめんなさい……私に実力がなければそもそも考慮する余地がないって、マストレさんが。それで、宿題をクリアしたら、プロデューサーさんたちにかけあってもいいよ、って」
つまりそれが『どうしてもやりたい事』なわけだ、とちひろは得心した。
今回のアニバーサリーはほたるにとって初の大舞台だし、真の主役は今年シンデレラガールの座を獲得した本田未央だ。
振り付けを旧来のままとしたのはメインメンバーとは言え大舞台慣れしていないほたるに冒険をさせる必要はないだろう、まずは大舞台に慣れることか先決だというプロデューサーたちの判断だったのだ。
とはいえ余力があるならパフォーマンスを充実させるのは悪くない。
進行とのバランスというものがあるが、振り付けとレッスンはトレーナーや振り付け師の領分だ。
締め切りまでにほたるが『宿題』をこなせるなら検討し、そうでないなら旧来通りでといった選択はあっていいように思う。
だが、しかし。
「でも、初めての大舞台でしょう。どうしてそこまで」
ちひろは眉を寄せた。
「経験を積むことだって、大事です。まずは言われたことをきっちりこなして、次に」
「次じゃ、駄目なんです」
はっとするような決意の瞳に、ちひろは知らず言葉を飲み込んだ。
「今、ううん、いつでも、少しでも。上を目指していかなくちゃ駄目なんです」
あどけなさが消えて、瞳にあの覚悟が宿っていた。
『どうしてもトップアイドルになりたいんです。どんなに不幸でも』
初めて出会ったとき、ほたるが言っていたことを思い出す。
そのときと同じ思い詰めた覚悟の目に、ちひろは息をつく。
「……キリのいいところで切り上げてくださいね」
決意は堅い。おそらく止めても無駄だろうし、話の通りであれば無理と判断すれば即トレーナーが止めて、この話は無しになるはずだ。
「もしあまり遅くまで続けてるようなら、そのお話、差し止めちゃいますからね」
しかし、万が一にもやりすぎがあっては困る。いたずらっぽく笑ってちひろは軽く釘を刺す。
「は、はいっ」
効果はてきめん。ほたるは目を丸くしてこくこく頷く。
その様子が可愛らしくて、おもわずにやけて――ちひろはちょっとだけ、煮詰まっていた胸が軽くなっているのに気がついた。
――少しやり過ぎとも思えるけど、ほたるは自分の晴れ舞台に向けて準備を積み重ねているのだ。
この子が不安なく当日を迎えられるよう、私たちもがんばらなくちゃいけない。
気持ちがすっきり切り替わった。
「がんばってくださいね」
「はいっ」
短い挨拶を最後に、背を向ける。
さあがんばろう、そして戻ろう。
残業の山、そして同僚にして渦中の人物・プロデューサーが待つオフィスへ……
○21時20分/ちひろのオフィス
「ちひろさん、すみませんでした」
すっかり冷えたコーヒーを買い直してオフィスに戻ったちひろを出迎えたのは、開口一番の謝罪とともに直立不動の姿勢から深々と頭を下げるプロデューサーの姿だった。
不意打ちである。
ちひろのほうも戻ったらすぐに爆発したことを謝ろうと考えていたので、機先を制された格好だ。
「な、なんですか、もう」
なんだか格好がつかなくて『私のほうこそ』とかなんとかごにょごにょいいわけするが、聞いているのかいないのか、プロデューサーは頭を下げたままで動きもしない。
かなりの体格がある彼がそうしていると、けっこうな圧がある。どうしたものだろうかとちひろは僅かに思案して――。
「えい」
プロデューサーの耳に、そっとコーヒーの缶を触れさせた。
予想外のことにわっと驚いて顔を上げるプロデューサーに笑いかけて、ちひろも丁寧に頭を下げる。
「――私のほうこそ爆発しちゃってごめんなさい。困っちゃいますよね、あんなの」
「いえ、ちひろさんが怒るのは、仕方がなかったです。むしろ、今までよく我慢してくれたと思います」
迷惑をかけてすみませんとまた頭を下げてから、プロデューサーは肩を落とす。
「流石に、ちひろさんが飛び出したあとで反省したのです――雰囲気を悪くしていましたよね。気付いてはいたのですが――つい」
「つい?」
「外では気を張っているのですが、ちひろさんと2人になると、つい。気を許してしまって」
なるほど、私に気を許しているから、他には見せないものを出してしまっていたわけですか――とおもわずにんまりしそうになって、ちひろはいやいやそれで気分をよくするのはあまりにチョロすぎるでしょうダメ女ですか私はと自らを戒めた。
それに、これはいい機会だ。
「そこを謝るなら、ついでに理由も説明してくれませんか? どうしてずっと、暗かったのか」
コーヒーを差しだしながら水を向けてみる。
どうせなら彼の明るい顔が見たいし、自分にどうにかできることなら力を貸したい。
だからこのさいここですっかり白状してしまってほしいというのが偽らざるところだが、長いこと黙っていたのには理由もあるのだろう。彼は眉を寄せ、口を開こうかどうしようかと逡巡を見せる。
「もう、いいかげんにしてください」
受け取ろうともしないコーヒーを押しつけて、ちひろはややわざとらしくむくれて見せた。
「去年はほたるちゃんのグッズ、なかなかの売り上げでしたね。これなら来年も期待できそうじゃないですか」
「ええ、まあ」
煮え切らない顔で、プロデューサーが頷く。
また顔に暗さが戻ってきているような気がして、ちひろは声を強くした。
「なんですか、景気の悪い顔をして。ほたるちゃんが人気で、CDもグッズもたくさん売れて。自分のアイドルがこんなに売れてるのに、うれしくないんですか? ……ほたるちゃんだってきっと、プロデューサーさんに喜んでほしいって思ってますよ」
「うれしくないわけが、ありません」
「なら、どうして」
「……」
彼はうつむき、帰ってくるのは沈黙。
ちひろはずいと歩み寄って、すぐそばからプロデューサーの目を見上げた。
お互いの息づかいが、すぐそこに感じられる。そんな距離だ。
今もレッスンに励んでいるほたるの姿が、ちひろの脳裏に浮かんでいた。
だから。
「今日は一歩も引きませんよ――話してください。何がプロデューサーさんを、そんなに苦しめているのか」
「……かないませんね」
数分の見つめ合いで、先に根負けしたのはプロデューサーのほうだった。
目をそらして、頭を掻いて――ひどく深刻な面もちで、こんどは彼のほうからちひろの瞳を見る。
「ちひろさん」
「はい」
「これからの話は、内密の話として聞いてほしいんですが」
「……約束します」
はっきり頷くちひろに安心したのか、プロデューサーは一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから事の次第を語り始めた。
「――ほたるは、自分の不幸が他人を傷つけることを、本当におそれていますよね」
「誰かに触れたら不幸をうつしてしまうんじゃないかって、握手会をするのにもずいぶん時間がかかりましたものね」
それは事実だった。
白菊ほたるは、優しい――ちひろからすると、優しすぎると思えるような少女だった。
不幸とともに生きてきた彼女は、自分が不幸になることよりも自分の不幸に誰かを巻き込むことを恐れていた。
不幸が伝染るなんて言い方は、まるで小学生のイジメみたいだ。
だけどそれはほたるにとっては深刻な話で。
素手で誰かに触れることさえ最初はためらって。
だから最初の握手会にこぎつけるまでに、ほたるは相当に葛藤して。
たくさんの人に支えられて、ようやくそれを成し遂げることができたのだ。
――芸能界は、誰かを蹴落とす場所だ。
夢をもったたくさんの少女の夢を蹴落として、わずかな誰かが輝く、そんな場所。
だけどそんな場所にあって、人を不幸にしたくないと、誰かを幸せにしたいとほたるは叫ぶ。
それがちひろにはまぶしくて、可愛くてならなくて――だから。
「実はその懸念が正しくて、ほたると握手をしたりグッズを買ったりした者には、彼女の不幸が伝染していると――そう言ったら、どう思いますか」
「えっ」
我ながら間の抜けた声だ、とぼんやり考えながら、ちひろは柳眉をしかめた。
「冗談にしても、悪趣味ですよ」
睨むちひろ。だが見返すプロデューサーの目は、真剣そのもので――。
「もちろんそれはふつうの人間なら運が悪くなったとすら気付かない、ほんの数日で消えるような些細な不幸です」
虚を突かれて、考えがまとまらずないちひろを前に、プロデューサーは言葉を継ぐ。
ため込んできた暗いものを吐き出すような、そんな顔だった。
「――しかしもし、ほたるのグッズを100も200も買い占めて、値段をつり上げようと考える不心得者が居たとしたら……」
「……実際に起きていることなんですか」
嫌な予感を感じつつ、それでもちひろは聞かずにはいられなかった。
プロデューサーは、はっきりと頷いた。
「ほたるのファーストシングル発売記念のライブを、5月にやりました。このとき会場限定のグッズを転売目的で相当数買い込んだものがいて。フリーマーケットに高値で出品されていたものですが……」
「どう、なったんですか」
「見てください」
プロデューサーは自分のデスクにちひろを招き、モニタにいくつかのデータを表示して見せた。
おそるおそるのぞき込めば、それはいくつかのフリマサイトに出品される白菊ほたるのグッズのうち、定価を大きく越えて出品されているものについての統計だった。
こういう『転売屋』の存在は当然ちひろも把握している。近年は対策が取られつつあるが、それでも会場に直接来られなかったファンなどに対してある程度の需要はあり続け、そうした不心得な行為に出るものは後を絶たない。
そのアイドルが売れてグッズの競争率が上がれば上がるほど、ぼろい儲けをたくらむものが群がってくる――というのが現状だ。
だが。
「……減ってる……」
データは、白菊ほたる関連グッズの数の出展数が、どのフリマアプリでもある時を境にぐんぐんと減っていることを示していた。
それも、ただ減っているのではない。
一度出品したものが再び出品する率がかなり低い。
一度出品して儲けをだし、味を締めて投資とノウハウを増やして繰り返す――というのがこういうものの普通のパターンであろうから、買い占めに成功したものたちが次々脱落しているのは異常に見える。
100買えば百倍。
200買えば二百倍。
そんな単純な話ではないとしても、そんな事がもしあり得るのだとしたら、欲をかいて買い占めた者の身に何が起きたのか。
「……あれっ」
想像するのが恐ろしくてデータを手繰るうち、ちひろは奇妙な事に気がついた。
「これ、ほたるちゃんのグッズの売り出しが開始された直後から統計をとってありますね」
5月のイベントで大量の買い占めを行った者がいた、とプロデューサーは言った。
それをきっかけに気づいたというなら解るのだが、彼はまだ白菊ほたるがデビューしたばかり、そのグッズもほとんど引き合いがなかった時期からずっと、データをとり続けていたのだ。
「こういうことが起きる可能性があると、解っていましたから」
「……解っていた?」
「はい」
信じられない事を聞いた、という顔のちひろを後目に、プロデューサーははっきりと頷いた。
「ほたるを見つけた時から、彼女のこれまでについては詳しく調べました。ご両親やかつての同僚に話を聞き、これまで何が起きて来たかは、逐一です」
静かにデータを眺めながら、プロデューサーは言う。
「彼女の言う『不幸』が本物だということも、彼女が不幸を伝染させると恐れていたことが、ただの思いこみではないのだと言うことも解った上で、私は彼女をスカウトしたんです」
だから、彼女の初仕事にも万全な体制をしいた。
何が起きたとしても支えると決めていたから。
何かが起きる可能性があると、知っていたから。
だが、無数に売れるグッズを、ほたるとの握手を求めるすべての人を守ることなど、不可能だ。
それも、彼は、知っていた。
「おかげでいつの間にか、うちのアイドルグッズを転売しようと考える不心得者は綺麗さっぱり居なくなりました――偶然。これは偶然だと思いますか」
乾いた顔で笑う彼を、ちひろは呆然と見上げた。
言葉が出てこない。
かわりに彼は、饒舌だった。
いままで口を噤んできたことが、嘘みたいに。
「人を雇って情報を集めていますが、ふつうにグッズを購入したファンも、ささいな不幸に見回れる率は高いようです。熱心なファンは『ほたるポイントがたまった』なんて笑っていますがね」
だけど、その饒舌さは、明るさとは無縁のものだ。
「そんな『運の悪さ』は数日で消えてしまうようなもので、不心得なものが特別痛い目にあうこと以外は、気にすることでもないのかもしれない。むしろ会社としては有り難いぐらいだ。だけど……」
沈黙。
だがちひろには、彼がその先に続けたい言葉がわかる。
……ほたるがそれを知れば、どう思うか。
「……この事は、ほたるちゃんは」
「彼女のせいでは、ありませんから」
重苦しく、プロデューサーが言う。
「そういうことが起きる可能性があると知った上で、彼女をここまでつれてきたのは私です。こんなこと、彼女が知る必要はない。これは私が抱えているべきことなんです」
そうだ、伝えられるわけがない。
ちひろにも、それは痛いほど解る。
白菊ほたるがアイドルをやっていくためには、たくさんの人員が必要だ。
そのコストを埋め合わせたいと思うなら、他よりたくさんのグッズを売り、他のアイドルより稼がなくてはならない。
そうでなければ白菊ほたるは『不採算だ』として切り捨てられてしまうだろうし、そういう事情がなかったとしても、アイドルと商売は切っても切り離せない。
ほたるがアイドルとしてやって行きたいと思うなら、それは避けられないことなのだ。
「……だから、あんな顔してたんですね」
ようやく解った、とちひろは頷く。
もし知らせれば、ほたるはどれほど苦しむだろう。
どれほど傷つくだろう。
少しずつ、明るくなってきた表情を思い出す。
他愛のない喜びを大事に抱えて、幸せですと笑う姿を思い出す。
その顔に、自分がアイドルを続ける限り、今も誰かに不幸を手渡し続けているかもしれないのだと、突きつけることができるだろうか?
……きっと、できない。
それを知ったときのほたるの苦しみ想像して、ちひろはかぶりを振る。
それをささいなことだと割り切れる彼女だとは、とても思えない。
だから彼は黙ったのだ。
「……このことは、ここだけの話にしておきますね」
データの画面を閉じて、ちひろはそう話を締めくくった。
「お願いします」
相変わらずの暗い顔で、プロデューサーが頷く。
今ならちひろにも、彼がそんな重苦しい顔をしている理由がよくわかった。
何故ならちひろの胸中にも、彼の中にずっとあったのと同じ、重苦しいものが生じていたからだ。
本当なら、これは知らせるべきことなのかもしれない。
何故ならそれは、ほたるがアイドルをやろうと思うなら切り離せない事情だから。
そうなると解っていて、彼女をアイドルにしたのだから。
だけど、できない。
ほたるが苦しみに耐える顔を思い出す。
幸せをかみしめる顔を思い出す。
彼女が乗り越えてきたものを思い出す。
つまるところ、プロデューサーもちひろも、彼女に思い入れが強くなりすぎたのだ。
アイドルとプロデューサー、そしてそのアシスタント。自分たちの関係は本来ビジネスライクなものだ。
だから、黙っているなら黙っていればいい。
伝えるなら伝えて、覚悟を決めてしまえばいい。
それで彼女がどう思おうと、それは本来彼女が飲み込むべき事情だと、そう突き放して考えることが、もうプロデューサーにもちひろにもできなくなってしまっていたのだ。
あの儚げな少女に幸せになってほしい。
あの笑顔を守りたい。
いつか彼女が大きく花開くまで、守り育てたい――そう思ってしまっているのだ。
それはこの世界でやっていくには、甘すぎる考えかもしれなかった。
だけど――言えない。
そして、一度口を閉ざしてしまうと後はもう駄目だ。
グッズはその間にも売れ続け、ほたるの不幸が伝染して『小さな不幸』に見舞われている人は、増え続ける。
秘密はどんどん積み重なって、重くなって。秘密を抱えることの後ろめたさはどんどん大きくなって――口を開けなくさせるのだ。
だからプロデューサーは、黙って苦しんでいた。
そして今日から、それは自分も同じ事だ。
ポケットの中からすっかり冷めた缶を取り出して、ちひろはわびしさをかみしめた。
いや、秘密を抱えるのは、いい。
プロデューサーも抱えてきた重さだ、一緒に抱えるのだって、やぶさかではない。
ただどうしても残念なことがあった。
それはどうやらプロデューサーの、そしてほたるの気持ちを軽くしてやれる手段がなさそうだ、ということだ。
ほたるの不幸がわずかにしろ人に伝染するという事情がなくならない限り、プロデューサーは口を閉ざすしかない。
口を閉ざしている限り、プロデューサーの苦しみは消えないだろう。
そして、プロデューサーが苦しみを抱えている限り、その理由が解らない限り、ほたるもまた、プロデューサーの苦悩に心を痛め続けるだろう。
そして勿論、理由を伝えることなんてできるはずがなくて――。
堂々巡り、悪循環。
出口のない、袋小路。
そうだ、今も、ほたるちゃんは悩んでいるのに……
「――あれっ」
つい先ほどの、レッスンに取り組むほたるの顔を思い出して、ちひろは首をかしげた。
ずっとちひろは、ほたるがプロデューサーの変調を察して悩んでいるものだと思っていた。
だけど今日話した時の、あれは悩みの顔じゃなかったはずだ。
「あの、ちひろさん?」
「ちょっと黙っててください、いま大事な考え事してるんです」
ムムムと眉をよせて突如考え込むちひろを案じるプロデューサーだが、ちひろの返事は素っ気ない。
千川ちひろは考える。
悩めば、行き詰まれば、人は止まるものだ。
じっさい、プロデューサーさんがそうだったではないか。
ほたるのことで悩み、どうしようもなくて、そこから心が動いていない。
堂々巡りで、悩むばかりで。止まっているのだ。
だけど、ほたるのあの顔は、そうだったろうか?
あれは、悩んで止まっている顔だったろうか。
確かにふとみせる顔は暗かったけど。
思い詰めて、黙ることが増えていたけど。
だけど、まっすぐに前を見据えるような、あの瞳。
重圧に耐えて、前に進もうとするような、そんな顔。
『今、ううん、いつでも、少しでも。上を目指していかなくちゃ駄目なんです』
きっぱりとそう言ったときの、あの顔を思い出す。
ほたるは止まっていなかった。
自分で目標を見定めて、誰に言われなくても前へ、上へと進もうとしているのだ。
あれは、なすべき事が決まっている、そんな人間の姿ではなかったろうか。
そして、だとしたら、いったいそれは。
ちひろはほたるの姿をもう一度思い返して、あの時の会話を思い出して――。
「……あっ」
不意に、閃くものがあった。
思いかけず大きな声が出てしまってプロデューサー氏が目を丸くしたが、そんなのは目に入らない。ちひろはくるりと回れ右して、駆けだした。
「すみません、私ちょっとコーヒー買いに行ってきますね!」
「えっ、まだ飲んでさえいない」
「いいから!」
「何がいいのかさっぱり解らない!?」
駆け出す背中をプロデューサーの叫びが追いかけてくる。
あんな感情の入った声を聞いたのはいつ以来だったろう。
そんな場合でないと知りつつも、ちひろはどこか嬉しかった。
――もしかしたら、という思いがあった。
だって、ほたるは最初からそうだったじゃないか。
確かめるには、ほたるに聞くしかない。
だからプロデューサーさん、ごめんなさい。
もし違っていたら、一生かけて償いますから。
ええそりゃもう一生、身も心もです。
瞬間的にそんな覚悟を固めて、ちひろは駆けだしてゆく。
まだほたるがいるであろう、レッスン室へと。
○22時00分/レッスン室前
「あ、ちひろさん」
ヒールの足音高く駆けてきて、ちひろはレッスン室前でほたるに出くわした。
目を丸くする彼女からは、ほわっと優しいシャンプーの香りがする。どうやらレッスンを切り上げてシャワーを浴び、寮に戻るところだったようだ。
「ごめんなさい、何度も」
久々に全力疾走だった。ぜいぜいと息を整えながら謝罪する。だけど。
「――ほたるちゃんに、どうしても確認しておきたいことがあって。突然だけど。変なことだけど――いいかしら」
「私に、ですか」
ちひろの表情から真剣さが伝わったのか、ほたるはしばし間をおいてから『はい』と頷いた。
ありがとうと頭を下げてから、ちひろは大きく深呼吸して――
「もしかして、ほたるちゃんはプロデューサーさんが悩んでる理由を」
「はい、知ってます」
単刀直入な問いに、ほたるの答えもまたあっけないほど簡潔だった。
シャワーを浴びたばかりで上気していた顔に、かすかに寂しげな微笑みが浮かぶ。
「――私のアイドル活動や、握手や、物販。そんなもので私の不幸が伝染しているかもしれないんですよね」
わずかにうつむく白い顔。
「きっとそうだと、解っていました」
ああ、ああ、ああ。
そうだ、そうだ。あまりに単純な見落としだったじゃないか。
ちひろはその場にへたりこんだ。
自分の不幸が他人に及ぶと気に病んでいたのは、まずほたるだったじゃないか。
直接人に触れまいと、ずっと手袋までして過ごしていたのは、他ならぬほたるじゃないか。
そのほたるが自分が握手をすることの意味を、自分にゆかりの物を誰かが買うことが引き起こす可能性を、考えないわけがないじゃないか。
ほたるは最初から、プロデューサーが隠そうとしていた事に気付いていたのだ。
「最初から、解っていた、のよね?」
「はい」
迷いも怯みもなく、ほたるはきっぱりと頷いた。
「沢山すてきなことがあったけど、やっぱり、それで不幸が消えたわけじゃなくて。そこは、おまえのせいだって言われていた時のままで――それはきっと切り離せないものなんだって、思っていましたから」
そして、悲しげに下がる眉。
「私のグッズの種類がふえるたびに、プロデューサーさん、笑っているのになんだか苦しそうで――だから。ああ、やっぱりそうなんだって」
できれば。
ほんとうに、できれば、ちひろはほたるにこんな事を口にさせたくさなかった。
罪悪感が胸を苛む。
そして、罪悪感だけでなく、ちひろの胸には恐れがあった。
ほたるは、自分の不幸が人を苦しめることを、極端に恐れていた。
解っていて。
解っていて、それが実際に起きていると知っていて、それでも――。
「大丈夫、なの?」
そうだ。
それが起きると知って、ずっと続けてきた。
それが一体、どれほどほたるの心を苛んでいるのか。ちひろにはもう、見当もつかなくて。怖くて。ああ、それなのに。
「――はい」
ほたるは穏やかに、頷いたのだ。
「プロデューサーさんたちの、おかげです。苦しいけど、悲しいけど――でも、握手会に挑戦したおかげで、教えてもらいましたから」
「教えてもらった?」
理解が追いつかず、ちひろは鸚鵡返しに問い返す。そして――。
「私が渡しているものは、不幸だけじゃないんだって」
その笑顔があまりに優しくて、あまりに穏やかで、ちひろは何も言えなくなってしまうのだ。
「勇気を出して、握手会をして。不幸をうつすかもしれないって怖かったけど――でも、来てくれたひと、本当にうれしそうに、私の手を握ってくれたんです」
うれしそうに、宝物に触れるように、ほたるは自分の手を撫でた。
「あのとき、私はきっと――不幸だけじゃなくて。私がいつか見たあのアイドルみたいに、幸せも配れていたんです――ちひろさん」
「は、はい」
まだへたりこんだままだったちひろに、ほたるが手をさしのべる。ちひろがその手を取ると、ほたるの笑顔がまたまぶしくなった。
この子の笑顔は、こんなにこんなに、きれいだったかしら。
毎日見ているはずのその顔を、ちひろは思わずまじまじと見返した。
そして、ほたるの告白は、続く。
「――私は今もきっと、不幸です。それは一生、変わらないんだと思います」
はっきりした自覚の言葉。
だけどその調子は、諦めとも絶望とも無縁なもので。
「……でも、私は不幸なままで、沢山幸せにしてもらいました。プロデューサーさんや、ちひろさんや、プロダクションのみなさんや、ファンのみなさん。みんな、みんなにです。不幸なままでも幸せは増えるんだって、幸せはあげられるんだって、教えてもらったんです」
嘘偽りのない、感謝の言葉。
そして、ほたるの瞳に、あの覚悟が戻ってきた。
あれは暗さではなかったのだ、とちひろは今更ながらに気がついた。
あれは、いまほたるの目に浮かんでいるそれは、真剣さだった。
覚悟だった。
何かをやり通すと決めた、あまりに純粋な真剣さだったのだ。
「だから私、決めたんです」
ほたるは、宣言するように言う。
「どうするって、決めたの?」
ちひろは、問い返す。
「もっとたくさん、幸せを手渡せるアイドルになろうって。不幸を手渡すかもしれないのは怖いし、つらいけど――私が配る不幸なんか吹き飛ばせるぐらいたくさんの幸せを手渡せるアイドルに、一刻も早くなろう、って……そうでないと」
ほたるは祈るように、目を閉じた。
「――そうでないと、プロデューサーさんが安心できないから。私にいちばん幸せをくれた人を、幸せにできないから」
だから、寸暇を惜しんで自分を鍛えている。
だから、チャンスがあればより高みを目指している。
自分が与える不幸せを、自分の手渡す幸せで吹き飛ばすために。
プロデューサーが、何も心配しなくていいんだと思えるように……。
――ああ、そうだったのだ。
ちひろは、理解した。
自分たちは、ほたるを守りたいと思っていた。
傷つけたくないと思っていた。
白菊ほたるという蕾を守り、育てたいと思っていた。
だから――気がつかなかった。
「――ああ」
自然、笑顔になる。
「花はもう、咲いていたんですね」
守りたいと思っていた蕾は、もう美しい花を咲かせていた。
自分たちが思うよりずっと美しい、大輪の花になろうとしていたのだ。
――だったら。
ちひろは、ほたるの手を握りなおした。
「遅くなっちゃうけど、行きましょう」
「行くって、どこにですか」
ほたるの顔に、あたりまえの少女の戸惑いが浮かぶ。
ちひろは、いたずらっぽく笑ってみせた。
「その話、プロデューサーさんにしてあげてください」
えっ、とほたるが目を丸くした。
きっと、プロデューサーさんに言うつもりはなかったのだ。
だって、結果を出さないと安心させられないから。
言葉だけでは、足りないと思ったから。
だけど。
「ほたるちゃんが『こうなりたい』って姿があるなら、あの人に言ってあげなくちゃ。あの人の力を借りなくちゃ――だってあの人は、貴女のプロデューサーさんなんだから」
手をひいて、歩き出す。
そうだ。
ほたるは自分たちが思うより成長して、新しいステージに進みたがっている。
そのために、1人で戦おうとしている。
そんなのではダメだ。
そのために、あの人がいるんじゃないか。
そのために自分たちがいるんじゃないか。
ならば、今があの人が働くべきときだ。
2人ちぐはぐに進んでいる場合じゃない。
なりたい姿を話し合って、力を合わせる時じゃないか。
だから。
「ほたるちゃんが嫌だって言っても、絶対あの人のところに連れて行きますからね」
にっこり笑って手をひいて、ちひろは歩き出した。
――きっと8thアニバーサリーライブは、とてもすてきなイベントになるだろう。
ちひろはもう、それを確信していた。
(おしまい)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
元スレ
やってしまった、やってしまった。
ついに我慢が効かなくて爆発してしまった。
彼……プロデューサーさんだって、悪気があるわけじゃない。
なにか事情があるはずだというのは重々解ってる。
だから今日まで堪えて来たのに、少しでも彼の気晴らしを、とやってきたつもりだったのに。
それなのに、ここ連日の忙しさと陰鬱さを増していく彼の様子につい煮詰まって――爆発してしまったのだ。
相手がどうだろうと職場で爆発したりあたり散らしたりしない、なんていうのは社会人の常識じゃないか。
2人の大事なアイドルが晴れ舞台を迎えようという大事な時期なのに何やってるんだか――と嘆息してから、ちひろはナチュラルに『2人のアイドル』なんて考えてしまっている自分に気付いて、赤面する。
手の中には、コーヒーが2本。
爆発して飛び出したのに、無意識に彼の分のコーヒーも買ってしまっている。
それぐらいには長く、良い関係でやってきたんじゃないか。
それなのに、今更なにをやってるんだか。
手にしたコーヒーをしみじみ見つめ、ちひろはさて、これからどうしようかと思案した。
3: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:23:36 ID:pSN
――千川ちひろが所属する芸能プロダクションは、毎年11月にアニバーサリーイベントを行うのが恒例だった。
プロダクション開設の日を記念し、活動を支えてくれたファンへこの1年の感謝をこめて開催されるそれは多数のアイドルが参加する大規模な屋外イベントであり、プロダクションとしてもかなり力を入れているものなのだ。
第8回となる今年、アニバーサリーイベントはグリーティングイベントとアニバーサリーライブの2部からなる、いつにもまして大規模なものとして計画されていた。
そして、この8thアニバーサリーイベントのメインメンバーの1人として抜擢されたのが、彼……プロデューサー氏が見出し、千川ちひろと二人三脚で育ててきたアイドル・白菊ほたるだったのだ。
4月に初めての握手会、5月のファーストシングル発売。今年は機会に恵まれてぐっと注目度を増しているとはいえ、若干13歳の彼女にとってこれはかなりの抜擢である。
もしかしたらこれは、白菊ほたるにとってさらなる飛躍の足がかりになるかもしれない。
彼女を担当するプロデューサー、そしてアシスタントの彼女・千川ちひろ。二人は白菊ほたるが最高の形でイベントを迎えられるよう、今日も夜まで残業コースで――そしてちひろは、その真っ最中に爆発してしまったというわけだ。
ちひろが後にしたオフィスでは置き去りにしたプロデューサー氏が今も山積みの書類と格闘している。
元来真面目で融通の効かない彼のことだ、仕事が一段落つくまで手を休めたりはしないはず。
片付けるべき仕事の量、そしてここ連日の彼の疲労を考えれば早いところ戻ってあげたいところだが、爆発して飛び出した手前すぐ戻るのは少々ばつが悪いし、だいたい今すぐ戻って平気な顔をできる自信がない。
――プロデューサーさんの馬鹿。
黙々と書類に取り組んでいるであろう彼の大きな背中と暗い顔を思い起こして、ちひろは唇を尖らせた。
4: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:23:57 ID:pSN
寡黙な上に仕事にのめりこむタイプだとは承知していたが、ここ数ヶ月、彼のどんより曇った様子は少々度を超していた。
その彼の気持ちを少しはほぐそうと色々やったつもりが効果なし、煮詰まった部屋の空気、疲労、そしてなにをやっても石仏のごとく動かない暗い暗い彼の表情に、百戦錬磨のちひろも大爆発、というわけだ。
やってしまったと反省する一方で、腹の中にはまだ煮詰まった感情が渦を巻いている。
そんな状態で彼のところに戻りたくはない、という気持ちがあった。
それは確かに部屋の空気を悪くしているのは彼の方だが、それでも彼が少しでも気分良く仕事ができるよう支えるのがアシスタントである自分の役割だし、どうせなら彼のいい顔が見たい、と思うのだ。
間違っても、煮詰まったままで戻ってまた爆発、雰囲気と2人の関係を険悪化――なんて事態は避けたいじゃないか。
ほんの少しだけ遠回りしてこの気分を晴らして、それから少しすっきりした顔で彼の元に戻りたい。
そうすれば少しは、彼の気晴らしになるだろうか。気分転換のきっかけになるだろうか――ああいや、今朝私が活けた花にも、加湿器のアロマを疲労回復効果があるというヤツに変えたことにも気付いてなかったみたいだし、たぶんあの朴念仁は気づきもしないんじゃないだろうか。
だいたい様子がおかしくなる前からだいぶ鈍感だった気がするし。
なんだかうんざりした気持ちが蘇ってきて、肩が落ちる。
ちょっと長く休憩してやろう、そうしよう。向こうだって雰囲気を悪くしているって自覚はあるはずだ――ため息とともにそう決めて、千川ちひろはもう一度、『プロデューサーさんの馬鹿』と呟いた。
5: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:25:16 ID:pSN
とはいえ時間はもう21時近い。
プロダクションの建物はすっかり消灯されていて、明かりがついているのは自分たちと同じように残業している部署のオフィスぐらいで建物内のカフェも売店もとっくに店じまいしてしまっているとなれば、気晴らしとは言ってもどうしたものか悩むところであった。
建物の外に出るのはやっぱりちょっと気が引けるし、ここで1人で缶コーヒーというのもなんだか侘びしい。
まだ残業で目を酷使することは確実なんだから、まさかスマホでレッツリズムというわけにもいかないし、さてどうしたものか。
少し座って目を閉じて音楽でも聞こうかしら、それとも屋上の鍵が開いていたら、冷たい空気でも吸いに出ようかしら……と候補を並べているうちに、ちひろの脳裏にふと、なじみの少女の姿が閃いた。
白菊ほたる。
――ひょっとしてあの子は、今日もまだ残っているのだろうか。
いや、きっとそうに違いない。
ほとんど確信に近い予感があって、ちひろは歩き出す。
缶の暖かさを感じながら階段を昇り、プロダクション所属のアイドルたちが使っているレッスン室に向うと、そこにはまだ灯りが灯っている。
ああ、やっぱり。
しみじみため息をついてからわずかに戸をすかして中を見れば、鏡の前でステップを踏む少女の背中が見えた。
6: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:25:38 ID:pSN
間違いない、白菊ほたるだ。
いつごろからこうしているのかは解らないが、しっとり湿った髪やレッスンウエアを見れば、そこそこ長時間こうしているらしいことは間違いない。
となれば疲れてもいるだろうに、鏡越しに伺えるほたるの表情には一部の緩みも、疲れも見えない。
この集中力が彼女の武器ではあるのだけど。
ちひろはひとりごちて、眉を寄せた。
――白菊ほたるがこうして追加レッスンにいそしむ光景をみることは、夏以来ずいぶん増えていたように思う。
この建物と女子寮は渡り廊下で続いているから防犯上の問題はないし、限度をわきまえずにレッスンをやりすぎて潰れてしまうようなほたるでは無いはずだという信頼はある。
実際彼女は仕事と学業とレッスンを両立させて、デビュー以来病気知らずなのだから、その信頼は正しいのだろう。
だが、それでもこのごろの白菊ほたるは、少々危うく思える。
年頃の、楽しい事も多いであろう女の子が寸暇を惜しんでレッスンに打ち込む余裕のなさがまず心配であったし、追加レッスンの頻度が増したころからほたるがふと暗い顔を見せるようになっていたことも、ちひろには気がかりだった。
確かにもともと、白菊ほたるは暗い顔をすることが多い少女だった。
自分の不幸に苦しみ、何かを諦めようとする顔、悲しむ顔、絶望する顔……そんな顔は何度も見たことがある。
いろいろな不幸に道を閉ざされて、誰かを傷つけることを悲しんで、何度も何度も見せる顔。
それはいつも、何かにひどく打ち据えられたような痛みの表情だった。
7: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:26:31 ID:pSN
だけど、ちひろが今気にしている表情は、すこし違う。
もう一度、レッスン室をのぞき込む。
鏡の中のほたるの顔に、今もその表情は浮かんでいる。
それはたとえるなら深く深く、何かを思い詰めているような。
のしかかった重圧に黙って耐えて、前に進もうとしている――そんな顔だ。
どうしてそんな顔をしているのか。ちひろに理由は解らない。
ただ、もしかして――。
ちひろには、ほたるにそんな顔をさせている原因が解るような気がしていた。
なぜならそれは、今自分の胸を苦しめているものと同じなのかもしれないかったから。
ここしばらく千川ちひろの胸を苦しめているもの。
そして、白菊ほたるにあんな顔をさせている原因かもしれないこと――。
それは、白菊ほたるを担当するプロデューサーの変調だった。
◆◆◆
8: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:28:18 ID:pSN
どんよりとくらい顔でちひろを煮詰まらせた彼であるが、元々そういう人間だった訳ではない。
以前は寡黙ではあっても前向きな、一緒に仕事をしていて楽しい男だったのだ。
彼の様子がおかしくなりはじめたのが正確にいつごろだったか、ちひろには解らない。
ただ実際にその兆候に気付いたのは、彼が白菊ほたるを担当するようになってしばらく経ってからのこと――たぶん初めての握手会を成功させた、4月ごろの事だったと思う。
彼が見出したアイドル、白菊ほたるは一種呪いめいた不幸に翻弄される少女だった。
その彼女がステージの上で戦っていけるよう、プロデューサーは人員を集め、ちひろとともに様々な用意をして彼女の『不幸』に対処するための体制を作り上げた。
その体制のおかげでほたるのデビューイベントは無事成功。
その誠実さに胸を打たれたのか白菊ほたるは彼に深い信頼を寄せるようになったし、前向きになって儚げな魅力と歌声に明るさが加わったほたるの人気は右肩上がり。
そして4月、彼女は初の握手会に臨み、5月にはファーストシングル発売にこぎつけた。
細かいトラブルは後を絶たず決して順風満帆とは言えないが、その後もほたるの人気は伸び続け、グッズやCDの売り上げも堅調。
特に儚げな容姿を活かした写真集や凝った構図のポスター、プリントコンテンツは人気が高い。
その人気は、ほたるがアイドルを続ける上での大きな弱点――トラブルや不幸対策のために他のアイドルより多くの人員を配置する必要があり、人件費が嵩むという問題――をその売り上げで解消することに貢献している。
いくつもの事務所をつぶした『不幸の少女』をそれと知ってわざわざスカウトしてきた上に、過剰とも言える人員を投入するせいで一時危機に瀕していたプロデューサーの評価も、それに見合う『売り上げ』が示せたことで反転した。
たぶん彼は今年、表彰金の対象にもなるだろう。
そういう実利的なことを置いたとしても、ひたむきで優しい彼女はちひろと彼にとっても素直にかわいい、花開くまで守り育てたいと思える存在だ。
9: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:29:03 ID:pSN
そんな彼女が成功し、夢に近づいてゆく。
自分たちへの信頼を深めてくれている。
プライベートでもかけがえのない仲間や友達を得て、幸せに近づいている。
蕾がほころび、花開こうとしている……。
そんな姿を見るのが、嬉しくないわけがあるだろうか。
そう、全ては全てうまく行っている。そのはずなのに。
それなのに彼は……プロデューサーは、上がり続けるほたるの人気と反比例するように、沈んだ顔を見せるようになって行ったのだ。
何か白菊ほたるのプロデュースに問題が起きているのかと聞くと、そんな事はないという。
では私生活になにかトラブルがあるのかと聞けば、それも違うと首を振る。
だが確かに、彼の様子はおかしかった。
ちひろは何度もさりげなく理由を聞き出そうとし、それができなくとも彼の気持ちを軽くしようと努力してきたが、どれも空振り。
むろん、彼は今も誠実そのもので白菊ほたるのプロデュースに取り組んでいるし、ほたるの前では決して暗い顔を見せることもない。
しかし、ほたるのいない場所……具体的にはちひろと2人きりのオフィスではふとした折りに見せる表情は陰影を増し、苦悩が深まっていることを伺わせる。
そして白菊ほたるもまた、彼の表情が暗さを帯びるにつれてあの深刻な表情を見せるようになって行ったのである。
ほたるは他人の苦しみに敏感な少女だし、不幸な事も多かった。
Pが隠しても、その暗い表情に気付いて心を痛めているのかもしれない。
自分と同じように、変調の理由をさりげなく問うたかもしれない。
そして彼がほたるにも同じように『何でもない』と答えていれば……
その答えはきっとほたるを苦しめただろう。
10: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:29:24 ID:pSN
何故なら、理由のない暗さはほたるに様々な『悪いこと』を想起させたに違いないのだから。
もう、プロデューサーさんてば、大事なアイドルに暗い顔をさせて何やってるんですか。
自分は大人で、つきあいも長い。
彼がいたずらにへそを曲げるような人間ではない、何かまっとうな理由があるはずだと理解はするし、暗い表情にもできる限りは我慢をしようと思うことができる。まあ結局今日爆発したわけだけど。
だけど白菊ほたるにとっては、彼は頼みの綱じゃないか。
その彼がほたるに暗い顔をさせるのでは、本末転倒というものだ。
なんとかならないものだろうか、なんとかしてあげられることはないだろうか――と思案するものの、彼の気持ちを軽くできないか、さりげなく沈んだ表情の理由を聞き出せないかというちひろの配慮も試みもこの数ヶ月失敗ばかりで、正直手詰まりの状態なのだ。
とはいえ今度の8thアニバーサリーはほたるにとって今年一番の大舞台、できれば何の心配事もない状態でステージに上げてやりたい。
となればもう、強行突破でズバリと聞いてしまうべきだろうか。
それとも川島さんたちにお願いしてパーッと飲み屋を連れ回してもらうべきだろうか。
いや、いっそ少し過激なコスプレでリビドーに訴えかけてみようか。ならばバニーか。いや季節はちょっと早いがサンタコスも捨てがたい――。
「――あれっ、ちひろさん?」
11: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:29:54 ID:pSN
コスプレのアイデアに頭をひねるうちに、隠れるのがおろそかになっていたのだろうか。鏡の中のほたると目が合った。
ぱちくりと目を瞬かせて振り返る彼女に、しまったと思ってももう遅い。ちひろは往生際わるく扉の影に隠れようとして間に合わず、バッチリほたるに目撃されてしまうのであった。
レッスンの邪魔をするつもりはなかったのだが、もうこうなれば仕方がない。
「こんばんは、ほたるちゃん。邪魔してしまって悪かったけど、あまり遅くまでの自主練は関心しませんよ?」
「ご、ごめんなさい。でも、どうしてもやりたい事があって……」
にっこり笑って謝罪と注意。ほたるは解りやすく縮こまる。その顔にはもうあの思い詰めた色はなく、年相応のあどけない表情が浮かんでいた。
「どうしてもやりたい事、ですか」
対してちひろはハテと首を傾げる。
「アニバーサリーライブが近くて張り切ってるのは解りますが、確かほたるちゃんは全体曲以外に新しく覚えなくちゃいけない振り付けはなかったと思うんですが」
実際ちひろは、少し意外だった。
思い詰めて、ずっと練習する。
悩んでいるから練習に没頭するという感覚はちひろにも理解できたし、実はほたるが度々居残って練習しているのはそういう事情なのだろう、と考えていたのだ。
だがほたるは、はっきりと『やるべきことがある』と言うのである。
アニバーサリーライブは本田未央、神谷奈緒、椎名法子、南条光、白菊ほたるの個々のステージと、その5人のメインメンバーが一同に会する合同のステージで構成されていて、当然合同ステージ用には新しい全体曲が準備されている。
当然その振り付けは物にしておかなくてはならないとはいえ、今回のイベントで白菊ほたるにはそれ以外に新曲があるわけではないし、振り付け師からは白菊ほたるの持ち歌について振り付けを変えたりする予定は無いと聞いている。
むろん反復訓練は必要としても、そうなると度々居残りしてまで『どうしても』やりたいことが、そうそう沢山あるとは思えないのだ。
12: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:31:13 ID:pSN
「その……プロデューサーさんたちには、まだ内緒にしておいてくれますか」
「はい」
まあ内容次第では報告しなくてはいけないんですけど。
そんな内心はおくびにも出さないちひろの笑顔に、ほたるはほっとしたように口を開いた。
「今回私には新曲がなくて、いままでの曲も振り付けは同じです」
「そういう話ですね」
「それでその。トレーナーさんと振り付け師の方に、今までの曲のダンスを少し高度なものにできないかって、相談したんです」
「えっ」
「私はデビューからあまり時間がたっていないので、持ち歌の振り付けは簡単目になっています。だから……アニバに向けて、私も新しいことに挑戦できないかなって」
「……聞いてないですね、それ」
「ご、ごめんなさい……私に実力がなければそもそも考慮する余地がないって、マストレさんが。それで、宿題をクリアしたら、プロデューサーさんたちにかけあってもいいよ、って」
つまりそれが『どうしてもやりたい事』なわけだ、とちひろは得心した。
今回のアニバーサリーはほたるにとって初の大舞台だし、真の主役は今年シンデレラガールの座を獲得した本田未央だ。
振り付けを旧来のままとしたのはメインメンバーとは言え大舞台慣れしていないほたるに冒険をさせる必要はないだろう、まずは大舞台に慣れることか先決だというプロデューサーたちの判断だったのだ。
とはいえ余力があるならパフォーマンスを充実させるのは悪くない。
進行とのバランスというものがあるが、振り付けとレッスンはトレーナーや振り付け師の領分だ。
締め切りまでにほたるが『宿題』をこなせるなら検討し、そうでないなら旧来通りでといった選択はあっていいように思う。
だが、しかし。
13: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:31:51 ID:pSN
「でも、初めての大舞台でしょう。どうしてそこまで」
ちひろは眉を寄せた。
「経験を積むことだって、大事です。まずは言われたことをきっちりこなして、次に」
「次じゃ、駄目なんです」
はっとするような決意の瞳に、ちひろは知らず言葉を飲み込んだ。
「今、ううん、いつでも、少しでも。上を目指していかなくちゃ駄目なんです」
あどけなさが消えて、瞳にあの覚悟が宿っていた。
『どうしてもトップアイドルになりたいんです。どんなに不幸でも』
初めて出会ったとき、ほたるが言っていたことを思い出す。
そのときと同じ思い詰めた覚悟の目に、ちひろは息をつく。
「……キリのいいところで切り上げてくださいね」
決意は堅い。おそらく止めても無駄だろうし、話の通りであれば無理と判断すれば即トレーナーが止めて、この話は無しになるはずだ。
14: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:32:09 ID:pSN
「もしあまり遅くまで続けてるようなら、そのお話、差し止めちゃいますからね」
しかし、万が一にもやりすぎがあっては困る。いたずらっぽく笑ってちひろは軽く釘を刺す。
「は、はいっ」
効果はてきめん。ほたるは目を丸くしてこくこく頷く。
その様子が可愛らしくて、おもわずにやけて――ちひろはちょっとだけ、煮詰まっていた胸が軽くなっているのに気がついた。
――少しやり過ぎとも思えるけど、ほたるは自分の晴れ舞台に向けて準備を積み重ねているのだ。
この子が不安なく当日を迎えられるよう、私たちもがんばらなくちゃいけない。
気持ちがすっきり切り替わった。
「がんばってくださいね」
「はいっ」
短い挨拶を最後に、背を向ける。
さあがんばろう、そして戻ろう。
残業の山、そして同僚にして渦中の人物・プロデューサーが待つオフィスへ……
15: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:32:25 ID:pSN
○21時20分/ちひろのオフィス
「ちひろさん、すみませんでした」
すっかり冷えたコーヒーを買い直してオフィスに戻ったちひろを出迎えたのは、開口一番の謝罪とともに直立不動の姿勢から深々と頭を下げるプロデューサーの姿だった。
不意打ちである。
ちひろのほうも戻ったらすぐに爆発したことを謝ろうと考えていたので、機先を制された格好だ。
「な、なんですか、もう」
なんだか格好がつかなくて『私のほうこそ』とかなんとかごにょごにょいいわけするが、聞いているのかいないのか、プロデューサーは頭を下げたままで動きもしない。
かなりの体格がある彼がそうしていると、けっこうな圧がある。どうしたものだろうかとちひろは僅かに思案して――。
「えい」
プロデューサーの耳に、そっとコーヒーの缶を触れさせた。
予想外のことにわっと驚いて顔を上げるプロデューサーに笑いかけて、ちひろも丁寧に頭を下げる。
「――私のほうこそ爆発しちゃってごめんなさい。困っちゃいますよね、あんなの」
「いえ、ちひろさんが怒るのは、仕方がなかったです。むしろ、今までよく我慢してくれたと思います」
迷惑をかけてすみませんとまた頭を下げてから、プロデューサーは肩を落とす。
「流石に、ちひろさんが飛び出したあとで反省したのです――雰囲気を悪くしていましたよね。気付いてはいたのですが――つい」
「つい?」
「外では気を張っているのですが、ちひろさんと2人になると、つい。気を許してしまって」
16: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:32:56 ID:pSN
なるほど、私に気を許しているから、他には見せないものを出してしまっていたわけですか――とおもわずにんまりしそうになって、ちひろはいやいやそれで気分をよくするのはあまりにチョロすぎるでしょうダメ女ですか私はと自らを戒めた。
それに、これはいい機会だ。
「そこを謝るなら、ついでに理由も説明してくれませんか? どうしてずっと、暗かったのか」
コーヒーを差しだしながら水を向けてみる。
どうせなら彼の明るい顔が見たいし、自分にどうにかできることなら力を貸したい。
だからこのさいここですっかり白状してしまってほしいというのが偽らざるところだが、長いこと黙っていたのには理由もあるのだろう。彼は眉を寄せ、口を開こうかどうしようかと逡巡を見せる。
「もう、いいかげんにしてください」
受け取ろうともしないコーヒーを押しつけて、ちひろはややわざとらしくむくれて見せた。
「去年はほたるちゃんのグッズ、なかなかの売り上げでしたね。これなら来年も期待できそうじゃないですか」
「ええ、まあ」
煮え切らない顔で、プロデューサーが頷く。
また顔に暗さが戻ってきているような気がして、ちひろは声を強くした。
「なんですか、景気の悪い顔をして。ほたるちゃんが人気で、CDもグッズもたくさん売れて。自分のアイドルがこんなに売れてるのに、うれしくないんですか? ……ほたるちゃんだってきっと、プロデューサーさんに喜んでほしいって思ってますよ」
「うれしくないわけが、ありません」
「なら、どうして」
「……」
彼はうつむき、帰ってくるのは沈黙。
17: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:33:15 ID:pSN
ちひろはずいと歩み寄って、すぐそばからプロデューサーの目を見上げた。
お互いの息づかいが、すぐそこに感じられる。そんな距離だ。
今もレッスンに励んでいるほたるの姿が、ちひろの脳裏に浮かんでいた。
だから。
「今日は一歩も引きませんよ――話してください。何がプロデューサーさんを、そんなに苦しめているのか」
「……かないませんね」
数分の見つめ合いで、先に根負けしたのはプロデューサーのほうだった。
目をそらして、頭を掻いて――ひどく深刻な面もちで、こんどは彼のほうからちひろの瞳を見る。
「ちひろさん」
「はい」
「これからの話は、内密の話として聞いてほしいんですが」
「……約束します」
はっきり頷くちひろに安心したのか、プロデューサーは一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから事の次第を語り始めた。
18: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:33:37 ID:pSN
「――ほたるは、自分の不幸が他人を傷つけることを、本当におそれていますよね」
「誰かに触れたら不幸をうつしてしまうんじゃないかって、握手会をするのにもずいぶん時間がかかりましたものね」
それは事実だった。
白菊ほたるは、優しい――ちひろからすると、優しすぎると思えるような少女だった。
不幸とともに生きてきた彼女は、自分が不幸になることよりも自分の不幸に誰かを巻き込むことを恐れていた。
不幸が伝染るなんて言い方は、まるで小学生のイジメみたいだ。
だけどそれはほたるにとっては深刻な話で。
素手で誰かに触れることさえ最初はためらって。
だから最初の握手会にこぎつけるまでに、ほたるは相当に葛藤して。
たくさんの人に支えられて、ようやくそれを成し遂げることができたのだ。
――芸能界は、誰かを蹴落とす場所だ。
夢をもったたくさんの少女の夢を蹴落として、わずかな誰かが輝く、そんな場所。
だけどそんな場所にあって、人を不幸にしたくないと、誰かを幸せにしたいとほたるは叫ぶ。
それがちひろにはまぶしくて、可愛くてならなくて――だから。
「実はその懸念が正しくて、ほたると握手をしたりグッズを買ったりした者には、彼女の不幸が伝染していると――そう言ったら、どう思いますか」
「えっ」
19: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:33:55 ID:pSN
我ながら間の抜けた声だ、とぼんやり考えながら、ちひろは柳眉をしかめた。
「冗談にしても、悪趣味ですよ」
睨むちひろ。だが見返すプロデューサーの目は、真剣そのもので――。
「もちろんそれはふつうの人間なら運が悪くなったとすら気付かない、ほんの数日で消えるような些細な不幸です」
虚を突かれて、考えがまとまらずないちひろを前に、プロデューサーは言葉を継ぐ。
ため込んできた暗いものを吐き出すような、そんな顔だった。
「――しかしもし、ほたるのグッズを100も200も買い占めて、値段をつり上げようと考える不心得者が居たとしたら……」
「……実際に起きていることなんですか」
嫌な予感を感じつつ、それでもちひろは聞かずにはいられなかった。
プロデューサーは、はっきりと頷いた。
「ほたるのファーストシングル発売記念のライブを、5月にやりました。このとき会場限定のグッズを転売目的で相当数買い込んだものがいて。フリーマーケットに高値で出品されていたものですが……」
「どう、なったんですか」
「見てください」
プロデューサーは自分のデスクにちひろを招き、モニタにいくつかのデータを表示して見せた。
おそるおそるのぞき込めば、それはいくつかのフリマサイトに出品される白菊ほたるのグッズのうち、定価を大きく越えて出品されているものについての統計だった。
こういう『転売屋』の存在は当然ちひろも把握している。近年は対策が取られつつあるが、それでも会場に直接来られなかったファンなどに対してある程度の需要はあり続け、そうした不心得な行為に出るものは後を絶たない。
そのアイドルが売れてグッズの競争率が上がれば上がるほど、ぼろい儲けをたくらむものが群がってくる――というのが現状だ。
だが。
20: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:34:21 ID:pSN
「……減ってる……」
データは、白菊ほたる関連グッズの数の出展数が、どのフリマアプリでもある時を境にぐんぐんと減っていることを示していた。
それも、ただ減っているのではない。
一度出品したものが再び出品する率がかなり低い。
一度出品して儲けをだし、味を締めて投資とノウハウを増やして繰り返す――というのがこういうものの普通のパターンであろうから、買い占めに成功したものたちが次々脱落しているのは異常に見える。
100買えば百倍。
200買えば二百倍。
そんな単純な話ではないとしても、そんな事がもしあり得るのだとしたら、欲をかいて買い占めた者の身に何が起きたのか。
「……あれっ」
想像するのが恐ろしくてデータを手繰るうち、ちひろは奇妙な事に気がついた。
「これ、ほたるちゃんのグッズの売り出しが開始された直後から統計をとってありますね」
5月のイベントで大量の買い占めを行った者がいた、とプロデューサーは言った。
それをきっかけに気づいたというなら解るのだが、彼はまだ白菊ほたるがデビューしたばかり、そのグッズもほとんど引き合いがなかった時期からずっと、データをとり続けていたのだ。
「こういうことが起きる可能性があると、解っていましたから」
「……解っていた?」
「はい」
信じられない事を聞いた、という顔のちひろを後目に、プロデューサーははっきりと頷いた。
21: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:38:13 ID:pSN
「ほたるを見つけた時から、彼女のこれまでについては詳しく調べました。ご両親やかつての同僚に話を聞き、これまで何が起きて来たかは、逐一です」
静かにデータを眺めながら、プロデューサーは言う。
「彼女の言う『不幸』が本物だということも、彼女が不幸を伝染させると恐れていたことが、ただの思いこみではないのだと言うことも解った上で、私は彼女をスカウトしたんです」
だから、彼女の初仕事にも万全な体制をしいた。
何が起きたとしても支えると決めていたから。
何かが起きる可能性があると、知っていたから。
だが、無数に売れるグッズを、ほたるとの握手を求めるすべての人を守ることなど、不可能だ。
それも、彼は、知っていた。
「おかげでいつの間にか、うちのアイドルグッズを転売しようと考える不心得者は綺麗さっぱり居なくなりました――偶然。これは偶然だと思いますか」
乾いた顔で笑う彼を、ちひろは呆然と見上げた。
言葉が出てこない。
かわりに彼は、饒舌だった。
いままで口を噤んできたことが、嘘みたいに。
「人を雇って情報を集めていますが、ふつうにグッズを購入したファンも、ささいな不幸に見回れる率は高いようです。熱心なファンは『ほたるポイントがたまった』なんて笑っていますがね」
だけど、その饒舌さは、明るさとは無縁のものだ。
「そんな『運の悪さ』は数日で消えてしまうようなもので、不心得なものが特別痛い目にあうこと以外は、気にすることでもないのかもしれない。むしろ会社としては有り難いぐらいだ。だけど……」
沈黙。
だがちひろには、彼がその先に続けたい言葉がわかる。
……ほたるがそれを知れば、どう思うか。
「……この事は、ほたるちゃんは」
「彼女のせいでは、ありませんから」
重苦しく、プロデューサーが言う。
「そういうことが起きる可能性があると知った上で、彼女をここまでつれてきたのは私です。こんなこと、彼女が知る必要はない。これは私が抱えているべきことなんです」
22: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:38:52 ID:pSN
そうだ、伝えられるわけがない。
ちひろにも、それは痛いほど解る。
白菊ほたるがアイドルをやっていくためには、たくさんの人員が必要だ。
そのコストを埋め合わせたいと思うなら、他よりたくさんのグッズを売り、他のアイドルより稼がなくてはならない。
そうでなければ白菊ほたるは『不採算だ』として切り捨てられてしまうだろうし、そういう事情がなかったとしても、アイドルと商売は切っても切り離せない。
ほたるがアイドルとしてやって行きたいと思うなら、それは避けられないことなのだ。
「……だから、あんな顔してたんですね」
ようやく解った、とちひろは頷く。
もし知らせれば、ほたるはどれほど苦しむだろう。
どれほど傷つくだろう。
少しずつ、明るくなってきた表情を思い出す。
他愛のない喜びを大事に抱えて、幸せですと笑う姿を思い出す。
その顔に、自分がアイドルを続ける限り、今も誰かに不幸を手渡し続けているかもしれないのだと、突きつけることができるだろうか?
……きっと、できない。
それを知ったときのほたるの苦しみ想像して、ちひろはかぶりを振る。
それをささいなことだと割り切れる彼女だとは、とても思えない。
だから彼は黙ったのだ。
23: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:39:11 ID:pSN
「……このことは、ここだけの話にしておきますね」
データの画面を閉じて、ちひろはそう話を締めくくった。
「お願いします」
相変わらずの暗い顔で、プロデューサーが頷く。
今ならちひろにも、彼がそんな重苦しい顔をしている理由がよくわかった。
何故ならちひろの胸中にも、彼の中にずっとあったのと同じ、重苦しいものが生じていたからだ。
本当なら、これは知らせるべきことなのかもしれない。
何故ならそれは、ほたるがアイドルをやろうと思うなら切り離せない事情だから。
そうなると解っていて、彼女をアイドルにしたのだから。
だけど、できない。
ほたるが苦しみに耐える顔を思い出す。
幸せをかみしめる顔を思い出す。
彼女が乗り越えてきたものを思い出す。
つまるところ、プロデューサーもちひろも、彼女に思い入れが強くなりすぎたのだ。
アイドルとプロデューサー、そしてそのアシスタント。自分たちの関係は本来ビジネスライクなものだ。
だから、黙っているなら黙っていればいい。
伝えるなら伝えて、覚悟を決めてしまえばいい。
それで彼女がどう思おうと、それは本来彼女が飲み込むべき事情だと、そう突き放して考えることが、もうプロデューサーにもちひろにもできなくなってしまっていたのだ。
あの儚げな少女に幸せになってほしい。
あの笑顔を守りたい。
いつか彼女が大きく花開くまで、守り育てたい――そう思ってしまっているのだ。
24: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:39:27 ID:pSN
それはこの世界でやっていくには、甘すぎる考えかもしれなかった。
だけど――言えない。
そして、一度口を閉ざしてしまうと後はもう駄目だ。
グッズはその間にも売れ続け、ほたるの不幸が伝染して『小さな不幸』に見舞われている人は、増え続ける。
秘密はどんどん積み重なって、重くなって。秘密を抱えることの後ろめたさはどんどん大きくなって――口を開けなくさせるのだ。
だからプロデューサーは、黙って苦しんでいた。
そして今日から、それは自分も同じ事だ。
ポケットの中からすっかり冷めた缶を取り出して、ちひろはわびしさをかみしめた。
いや、秘密を抱えるのは、いい。
プロデューサーも抱えてきた重さだ、一緒に抱えるのだって、やぶさかではない。
ただどうしても残念なことがあった。
それはどうやらプロデューサーの、そしてほたるの気持ちを軽くしてやれる手段がなさそうだ、ということだ。
ほたるの不幸がわずかにしろ人に伝染するという事情がなくならない限り、プロデューサーは口を閉ざすしかない。
口を閉ざしている限り、プロデューサーの苦しみは消えないだろう。
そして、プロデューサーが苦しみを抱えている限り、その理由が解らない限り、ほたるもまた、プロデューサーの苦悩に心を痛め続けるだろう。
そして勿論、理由を伝えることなんてできるはずがなくて――。
堂々巡り、悪循環。
出口のない、袋小路。
そうだ、今も、ほたるちゃんは悩んでいるのに……
25: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:40:02 ID:pSN
「――あれっ」
つい先ほどの、レッスンに取り組むほたるの顔を思い出して、ちひろは首をかしげた。
ずっとちひろは、ほたるがプロデューサーの変調を察して悩んでいるものだと思っていた。
だけど今日話した時の、あれは悩みの顔じゃなかったはずだ。
「あの、ちひろさん?」
「ちょっと黙っててください、いま大事な考え事してるんです」
ムムムと眉をよせて突如考え込むちひろを案じるプロデューサーだが、ちひろの返事は素っ気ない。
千川ちひろは考える。
悩めば、行き詰まれば、人は止まるものだ。
じっさい、プロデューサーさんがそうだったではないか。
ほたるのことで悩み、どうしようもなくて、そこから心が動いていない。
堂々巡りで、悩むばかりで。止まっているのだ。
だけど、ほたるのあの顔は、そうだったろうか?
あれは、悩んで止まっている顔だったろうか。
確かにふとみせる顔は暗かったけど。
思い詰めて、黙ることが増えていたけど。
だけど、まっすぐに前を見据えるような、あの瞳。
重圧に耐えて、前に進もうとするような、そんな顔。
『今、ううん、いつでも、少しでも。上を目指していかなくちゃ駄目なんです』
きっぱりとそう言ったときの、あの顔を思い出す。
ほたるは止まっていなかった。
自分で目標を見定めて、誰に言われなくても前へ、上へと進もうとしているのだ。
あれは、なすべき事が決まっている、そんな人間の姿ではなかったろうか。
そして、だとしたら、いったいそれは。
ちひろはほたるの姿をもう一度思い返して、あの時の会話を思い出して――。
26: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:40:18 ID:pSN
「……あっ」
不意に、閃くものがあった。
思いかけず大きな声が出てしまってプロデューサー氏が目を丸くしたが、そんなのは目に入らない。ちひろはくるりと回れ右して、駆けだした。
「すみません、私ちょっとコーヒー買いに行ってきますね!」
「えっ、まだ飲んでさえいない」
「いいから!」
「何がいいのかさっぱり解らない!?」
駆け出す背中をプロデューサーの叫びが追いかけてくる。
あんな感情の入った声を聞いたのはいつ以来だったろう。
そんな場合でないと知りつつも、ちひろはどこか嬉しかった。
――もしかしたら、という思いがあった。
だって、ほたるは最初からそうだったじゃないか。
確かめるには、ほたるに聞くしかない。
だからプロデューサーさん、ごめんなさい。
もし違っていたら、一生かけて償いますから。
ええそりゃもう一生、身も心もです。
瞬間的にそんな覚悟を固めて、ちひろは駆けだしてゆく。
まだほたるがいるであろう、レッスン室へと。
27: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:40:40 ID:pSN
○22時00分/レッスン室前
「あ、ちひろさん」
ヒールの足音高く駆けてきて、ちひろはレッスン室前でほたるに出くわした。
目を丸くする彼女からは、ほわっと優しいシャンプーの香りがする。どうやらレッスンを切り上げてシャワーを浴び、寮に戻るところだったようだ。
「ごめんなさい、何度も」
久々に全力疾走だった。ぜいぜいと息を整えながら謝罪する。だけど。
「――ほたるちゃんに、どうしても確認しておきたいことがあって。突然だけど。変なことだけど――いいかしら」
「私に、ですか」
ちひろの表情から真剣さが伝わったのか、ほたるはしばし間をおいてから『はい』と頷いた。
ありがとうと頭を下げてから、ちひろは大きく深呼吸して――
「もしかして、ほたるちゃんはプロデューサーさんが悩んでる理由を」
「はい、知ってます」
単刀直入な問いに、ほたるの答えもまたあっけないほど簡潔だった。
シャワーを浴びたばかりで上気していた顔に、かすかに寂しげな微笑みが浮かぶ。
「――私のアイドル活動や、握手や、物販。そんなもので私の不幸が伝染しているかもしれないんですよね」
わずかにうつむく白い顔。
「きっとそうだと、解っていました」
28: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:40:59 ID:pSN
ああ、ああ、ああ。
そうだ、そうだ。あまりに単純な見落としだったじゃないか。
ちひろはその場にへたりこんだ。
自分の不幸が他人に及ぶと気に病んでいたのは、まずほたるだったじゃないか。
直接人に触れまいと、ずっと手袋までして過ごしていたのは、他ならぬほたるじゃないか。
そのほたるが自分が握手をすることの意味を、自分にゆかりの物を誰かが買うことが引き起こす可能性を、考えないわけがないじゃないか。
ほたるは最初から、プロデューサーが隠そうとしていた事に気付いていたのだ。
「最初から、解っていた、のよね?」
「はい」
迷いも怯みもなく、ほたるはきっぱりと頷いた。
「沢山すてきなことがあったけど、やっぱり、それで不幸が消えたわけじゃなくて。そこは、おまえのせいだって言われていた時のままで――それはきっと切り離せないものなんだって、思っていましたから」
そして、悲しげに下がる眉。
「私のグッズの種類がふえるたびに、プロデューサーさん、笑っているのになんだか苦しそうで――だから。ああ、やっぱりそうなんだって」
できれば。
ほんとうに、できれば、ちひろはほたるにこんな事を口にさせたくさなかった。
罪悪感が胸を苛む。
そして、罪悪感だけでなく、ちひろの胸には恐れがあった。
ほたるは、自分の不幸が人を苦しめることを、極端に恐れていた。
解っていて。
解っていて、それが実際に起きていると知っていて、それでも――。
「大丈夫、なの?」
29: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:41:23 ID:pSN
そうだ。
それが起きると知って、ずっと続けてきた。
それが一体、どれほどほたるの心を苛んでいるのか。ちひろにはもう、見当もつかなくて。怖くて。ああ、それなのに。
「――はい」
ほたるは穏やかに、頷いたのだ。
「プロデューサーさんたちの、おかげです。苦しいけど、悲しいけど――でも、握手会に挑戦したおかげで、教えてもらいましたから」
「教えてもらった?」
理解が追いつかず、ちひろは鸚鵡返しに問い返す。そして――。
「私が渡しているものは、不幸だけじゃないんだって」
その笑顔があまりに優しくて、あまりに穏やかで、ちひろは何も言えなくなってしまうのだ。
「勇気を出して、握手会をして。不幸をうつすかもしれないって怖かったけど――でも、来てくれたひと、本当にうれしそうに、私の手を握ってくれたんです」
うれしそうに、宝物に触れるように、ほたるは自分の手を撫でた。
「あのとき、私はきっと――不幸だけじゃなくて。私がいつか見たあのアイドルみたいに、幸せも配れていたんです――ちひろさん」
「は、はい」
まだへたりこんだままだったちひろに、ほたるが手をさしのべる。ちひろがその手を取ると、ほたるの笑顔がまたまぶしくなった。
この子の笑顔は、こんなにこんなに、きれいだったかしら。
毎日見ているはずのその顔を、ちひろは思わずまじまじと見返した。
30: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:43:42 ID:pSN
そして、ほたるの告白は、続く。
「――私は今もきっと、不幸です。それは一生、変わらないんだと思います」
はっきりした自覚の言葉。
だけどその調子は、諦めとも絶望とも無縁なもので。
「……でも、私は不幸なままで、沢山幸せにしてもらいました。プロデューサーさんや、ちひろさんや、プロダクションのみなさんや、ファンのみなさん。みんな、みんなにです。不幸なままでも幸せは増えるんだって、幸せはあげられるんだって、教えてもらったんです」
嘘偽りのない、感謝の言葉。
そして、ほたるの瞳に、あの覚悟が戻ってきた。
あれは暗さではなかったのだ、とちひろは今更ながらに気がついた。
あれは、いまほたるの目に浮かんでいるそれは、真剣さだった。
覚悟だった。
何かをやり通すと決めた、あまりに純粋な真剣さだったのだ。
「だから私、決めたんです」
ほたるは、宣言するように言う。
「どうするって、決めたの?」
ちひろは、問い返す。
「もっとたくさん、幸せを手渡せるアイドルになろうって。不幸を手渡すかもしれないのは怖いし、つらいけど――私が配る不幸なんか吹き飛ばせるぐらいたくさんの幸せを手渡せるアイドルに、一刻も早くなろう、って……そうでないと」
ほたるは祈るように、目を閉じた。
「――そうでないと、プロデューサーさんが安心できないから。私にいちばん幸せをくれた人を、幸せにできないから」
だから、寸暇を惜しんで自分を鍛えている。
だから、チャンスがあればより高みを目指している。
自分が与える不幸せを、自分の手渡す幸せで吹き飛ばすために。
プロデューサーが、何も心配しなくていいんだと思えるように……。
31: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:44:03 ID:pSN
――ああ、そうだったのだ。
ちひろは、理解した。
自分たちは、ほたるを守りたいと思っていた。
傷つけたくないと思っていた。
白菊ほたるという蕾を守り、育てたいと思っていた。
だから――気がつかなかった。
「――ああ」
自然、笑顔になる。
「花はもう、咲いていたんですね」
守りたいと思っていた蕾は、もう美しい花を咲かせていた。
自分たちが思うよりずっと美しい、大輪の花になろうとしていたのだ。
32: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:44:22 ID:pSN
――だったら。
ちひろは、ほたるの手を握りなおした。
「遅くなっちゃうけど、行きましょう」
「行くって、どこにですか」
ほたるの顔に、あたりまえの少女の戸惑いが浮かぶ。
ちひろは、いたずらっぽく笑ってみせた。
「その話、プロデューサーさんにしてあげてください」
えっ、とほたるが目を丸くした。
きっと、プロデューサーさんに言うつもりはなかったのだ。
だって、結果を出さないと安心させられないから。
言葉だけでは、足りないと思ったから。
だけど。
33: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:44:55 ID:pSN
「ほたるちゃんが『こうなりたい』って姿があるなら、あの人に言ってあげなくちゃ。あの人の力を借りなくちゃ――だってあの人は、貴女のプロデューサーさんなんだから」
手をひいて、歩き出す。
そうだ。
ほたるは自分たちが思うより成長して、新しいステージに進みたがっている。
そのために、1人で戦おうとしている。
そんなのではダメだ。
そのために、あの人がいるんじゃないか。
そのために自分たちがいるんじゃないか。
ならば、今があの人が働くべきときだ。
2人ちぐはぐに進んでいる場合じゃない。
なりたい姿を話し合って、力を合わせる時じゃないか。
だから。
「ほたるちゃんが嫌だって言っても、絶対あの人のところに連れて行きますからね」
にっこり笑って手をひいて、ちひろは歩き出した。
――きっと8thアニバーサリーライブは、とてもすてきなイベントになるだろう。
ちひろはもう、それを確信していた。
(おしまい)
34: ◆cgcCmk1QIM 20/02/15(土)22:47:12 ID:pSN
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
【モバマス】花は咲いていた