曜「頼りにしてます、鞠莉ちゃん先生!」

鞠莉「ふたりのクリスマス作戦」

曜「我が家の忘年会」

曜「あけましておめでとう、鞠莉ちゃん先生!」

鞠莉「心を癒すその唇に」

鞠莉「いとつきづきし」

曜「平成最後だよ、鞠莉ちゃん先生!」

曜「鞠莉ちゃんとマザーズデイ」

鞠莉「曜とのなかよし温泉旅行記」

曜「紫陽花の鞠莉ちゃん」

鞠莉「スウィート・リベンジ」

曜「サラダ記念日」

曜「憧れは淡く身を包んで」

曜「鞠莉ちゃんのレモンな思い出」

曜「鞠莉ちゃんと放課後デート」

曜「鞠莉ちゃんとのレモンな生活」

曜「待ち人、来ること遅し」

曜「鞠莉ちゃん先生とお泊り勉強会」

鞠莉「クリスマス・アフター・クリスマス」

曜「お料理がしたい?」鞠莉『イエース!』







1: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:34:56 ID:QFQ5tH6T.net

ようまり。



2: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:35:43 ID:QFQ5tH6T.net

4月初旬。
柔らかな朝日が差し込む部屋の中で、私はまだおろしたての匂いがする新しい制服に腕を通した。

曜「よし、と」

鏡に写る自分を見て、細部を確認する。
真新しい制服を着るのはなんだか新鮮で、気持ちが引き締まるとも言えるし、まだまだ馴染んでいないとも言える。

それは制服だけじゃなく、4月からの新しい環境に対しても同じだ。

通い始めたばかりの統合先の学校――静真高等学校。

Aqoursをはじめとする浦の星のみんなと一緒だし、従姉妹の月ちゃんをはじめ、ライブの時から私たちを応援してくれている生徒も沢山いるけれど、まっさらな状態からのスタートには変わりがない。

新しい季節、新しい学校、新しい学年、新しい友達、そして新しい制服に、ようやく気持ちと身体が慣れ始めてきたところなんだ。



3: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:36:11 ID:QFQ5tH6T.net

制服と同様にくすみ一つない通学カバンを肩にかけ、鏡の横にくるっと振り向く。

曜「準備完了。行ってきます、今日も頑張るよ」

視線の先にあるのは、ポールハンガーに掛けられた浦の星女学院の制服。
この制服に挨拶をしてから部屋を出るというのが、春から新しく加わった私の日課だ。

制服はクリーニングを済ませてあって、いつでも着られる状態になっている。

もう袖を通すことはないであろう、この制服を表に出している理由は、心の中のセンチメンタリズムが抜けきらないから――というわけではない。



4: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:36:40 ID:QFQ5tH6T.net

この制服と共に、私たちは浦の星の最後の一年を全力で駆け抜けた。沢山の想い出と未来への願いが詰まった、物言わぬ大切な相棒。

たとえ着る機会が無くなっても、新たな道を進む私のことを、静かに優しく見守っていてくれているような。
うまく言えないけど、そんな気がするんだ。

曜「そうだよね、鞠莉ちゃん」

だけど、海外へと旅立った、憧れの人の名前を不意に呟いてしまったのは、私のセンチメンタリズムなのかもしれなかった。



5: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:37:10 ID:QFQ5tH6T.net

……………………………………

新学期と新生活で、なにもかもが慌ただしく過ぎ去った、その週の土曜日。
心地よい春の陽気の中、私は部屋でベッドに寝転がって、ひとり時間を持て余していた。

本来ならば、スクールアイドルとしてすぐにでも再始動したいところだけど、統合に伴う調整や部活の新設手続きに、色々と時間がかかっているんだって。

そんな宙ぶらりんな状態だと、たまの休みもなんだか落ち着かない。退屈っていうか、体を動かしたくて、うずうずしてきちゃう。

曜「Aqoursは私の一部、か。確かに、そうなのかも」

前に月ちゃんが言っていたことを思い出す。スクールアイドルとしてのリズムや気構えが、私の中にしっかりと刻まれているってことなのかもしれない。



6: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:39:21 ID:QFQ5tH6T.net

曜「とは言え、こうして横になってるだけじゃ、なにも始まらないよね」

体を起こして立ち上がる。
巣篭もりしたまま考え込むより、動いて気持ちを切り替える方がきっと有意義だ。

せっかくの休日なんだし、お天気も最高。こんな日は、アテもなくぶらぶらとお出かけするのも悪くない。
春ならではの、贅沢な時間の使い方ってやつだと思う。

曜「よしっ」

やることが決まってしまえば、あとは簡単。前から気になってたお店のことなんかを考えながら、鼻歌まじりで身支度を整えていく。

曜「うーん、どっちも捨てがたい…」

羽織るのものはどちらがいいかを鏡の前で決めかねていると、机の上に置いたスマホがぶるぶると振動した。



7: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:39:56 ID:QFQ5tH6T.net

その小刻みに揺れる音を聞いて「そっか、誰かを誘うって手もあったな」なんて思いながら、服選びをいったん保留して、早く出ろと催促するスマホを手に取った。

曜「あっ!」

画面に映った発信者の名前と顔写真を見て、私はスマホを耳へと押し当てた。

曜「もしもし!」

鞠莉『はぁい、曜!』

電話口から返ってきたのは、明るく通る澄んだ声。数週間ぶりに聞く、鞠莉ちゃんの声だった。



8: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:40:12 ID:QFQ5tH6T.net

曜「鞠莉ちゃん!」

鞠莉『久しぶり!ふふっ、変わりはなさそうね。声でわかるわ』

曜「鞠莉ちゃんの方こそ、元気そうだね!」

鞠莉『もちろん!マリーはいつだって、とびっきりシャイニーなんだから!』

曜「あははっ、だよね!」

声も言い回しも、私がよく知っている、いつもの鞠莉ちゃんだった。



9: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:40:33 ID:QFQ5tH6T.net

曜「電話なんて珍しいね、今日はどうしたの?」

鞠莉『ああ、実はね』

曜「うんっ」

鞠莉『ちょっと用事があって、日本に帰って来てるの』

曜「そうなんだ!…えっ?」

いま、なんて言った?

鞠莉『それでね。今、曜の家の前なんだけど、居る?』

曜「ええっ!?」

急いでベランダに飛び出して、下を覗き込む。

鞠莉「あっ、曜!チャオー!」

電話越しではなく、直接声が届いた。鞠莉ちゃんは車の側に立って、私を見つけて手を振っていた。



10: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:40:57 ID:QFQ5tH6T.net

曜「ま、鞠莉ちゃん、本当に!?」

鞠莉「下まで来れるー?」

曜「待ってて、今行くよ!」

ビックリが収まらないまま、踵を返して家の中に。
持ったままのスマホからは『慌てずにね!』という声が聞こえたけど、私にはそんな余裕はなかった。

はやる気持ちで一気に階段を駆け下る。足を靴に押し込むようにして履くと、まごつく手つきで玄関の鍵を開けた。

曜「鞠莉ちゃんっ!」

鞠莉「曜、シャイニー!」

外は春の空気がいっぱいで、その笑顔はひときわに輝いて見えた。



11: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2020/04/18(土) 23:41:47 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「慌てなくて良いっていったのに。可愛い格好が台無しよ?」

くすくすと笑ってから、鞠莉ちゃんは「もしかして、予定があった?」と続けた。私が外行きの服を着ていたからだろう。

私は首を横に振って「気晴らしに出かけるつもりだったから、予定ってわけじゃないよ」と伝えると、「そう、良かった」と軽く笑った。

曜「びっくりしたよ。いきなりどうしたの?用事があるって言ってたけど」

鞠莉「いい質問ね。それを説明するのは簡単だけど」

鞠莉ちゃんは車のキーを取り出すと。

鞠莉「せっかくの春らしい良い天気だから、ドライブしながら話さない?」

キーホルダーのリングに指をかけて、器用にくるっと回転させた。金属部分が太陽を反射して、キラリと光った。



12: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:42:36.41 ID:QFQ5tH6T.net

……………………………………

鞠莉「曜って、春が似合うのね」

信号待ちの車内、ハンドルを握る鞠莉ちゃんが、助手席の私に微笑みかける。

曜「そう、かな?」

鞠莉「見覚えがない着こなしだなって思ったけど、それもそのはずよね。去年の今頃って言ったら、私たちは出会ったばかりだったんだもの」

ああ、確かに。出会ったときの記憶が頭に浮かんでくる。

鞠莉『シャイニー!』

浜辺で練習中の私たちのところに、ヘリで突然やってきた、一歳上の生徒兼理事長さん。

色んな意味でマイペースな人だなって思っていたけど、こんなに深い付き合いになるなんて、その頃は予想もしてなかったよ。



13: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:42:54.01 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「初めて見る春色の曜、とっても可愛いわ」

曜「えへへっ…」

服のことを褒められて嬉しいはずなのに、間近からの視線がどうにも気恥ずかしい。

鞠莉「あ、照れてる照れてる」

曜「べ、別に照れてるわけじゃ」

鞠莉「シャイなところは変わってないのね」

曜「うー…あ、ほら前、青だよ」

鞠莉「おっと」

ワンテンポ遅れて車が発進する。会話の間が空いて、私は密かに胸をなでおろした。



14: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:43:33.36 ID:QFQ5tH6T.net

曜「こほん。ところで、さっき言ってた帰ってくる用事って、どんな用事なの」

私は本題を切り出してみた。同じ話題が続いて、またタジタジにされるのはご勘弁だし、なにより一番聞きたかったことだ。

鞠莉「ふふっ、よくぞ聞いてくれマーシタ」

なぜか自信満々の鞠莉ちゃん。
わざわざイタリアから帰国するくらいだし、この反応からすると、きっとよほどの理由があるに違いない。

鞠莉「実はね。一昨日、ダイヤから連絡が来たのよ」

曜「ダイヤちゃんから?」

鞠莉「ええ。桜が満開だって」

曜「ああ…ん?」



15: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:43:44.29 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「だからね、桜が満開で見頃だって教えてくれたのよ。それを聞いたら、もう居ても立ってもいられなくて」

んんん?待って、話を整理してみよう。

曜「ええっと、要するに鞠莉ちゃんは、桜を見たくって日本に帰ってきたってこと?」

鞠莉「そうよ」

曜「それだけのために、はるばるイタリアから?」

鞠莉「もっちろん。帰ってくるには充分な理由でしょ?」

さらっと事もなげに答える。
さすが鞠莉ちゃん。自由奔放のスケールが違うし、同時に不思議な説得力がある。

鞠莉「なぁに、急に笑って。おかしかった?」



16: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:44:18.33 ID:QFQ5tH6T.net

曜「あははっ、ごめんごめん、嬉しくてさ。本当変わらないね、鞠莉ちゃんは」

鞠莉「曜も変わってないわ。と言いたいところだけど、少し大人になったかな。新しい学校はどう?」

曜「少しずつ慣れてきたよ。スクールアイドルも、もうすぐ再開する予定なんだ」

鞠莉「色々大変だったけど、今は先生や保護者も応援してくれているそうね。月から聞いてるわ」

曜「月ちゃん?月ちゃんとやりとりしてるの?」

思わぬ人の名前が出てきた。



17: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:44:39.67 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「私からお願いしたの。新しい環境でのみんなの様子を教えて欲しい、その頑張りを支えてあげて欲しいってね」

曜「そうだったんだ…」

自分も海外での生活が始まったばかりで大変だろうに。遠く離れたところから、今でも私たちのことを見守ってくれていたなんて。

鞠莉「月って本当に良い子ね、さすが曜の従姉妹だわ。曜のことも色々教えてくれたのよ」

曜「私のこと?どんな風に?」

鞠莉「曜ちゃんはいつも元気だけど、鞠莉さんに会えなくて時々寂しそうです、って」

曜「うええっ!?」

ちょ、ちょっと月ちゃん、なにを言ってくれちゃってるの!?



18: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:45:03.68 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「ふふーん。そのリアクションを見る限り、あながち間違いってわけでも無さそうですねぇ、寂しんぼさん?」

曜「か、からかわないでよっ」

鞠莉「そういう嘘がつけないキュートなところ、好きよ?」

曜「も、もう勘弁してってば。桜を見る前に、こっちが赤くなっちゃうよ」

鞠莉「桜は別に赤くないと思うけど、まあ良いわ。からかうのはこのくらいにしておきましょうか」

曜「ひどい。やっぱりからかってたんだ」

鞠莉「おっと失礼、やり直すわ。曜って嘘がつけなくて、とってもキュートよね!」

曜「そこからやり直さないでよ、もーっ!」

あたふたする私と、鞠莉ちゃんの笑い声。「ブランクを感じさせない」なんてよく言うけれど、賑やかな会話とともに、車は街を走っていく。



19: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:45:24.87 ID:QFQ5tH6T.net

曜「桜かあ。ドタバタしてて、今年はゆっくり見てる余裕なかったなぁ。結構走ってるけど、どこかアテがあるの?」

鞠莉「以前ね、といっても子供の頃の話だけど、果南やダイヤとお花見した場所があるの。山の上にある小さな公園で、花を見るならそこがいいかなって」

曜「へー、そんなところが」

どこの公園だろう、ちょっと思い当たらなかった。

曜「お菓子とか買う?」

鞠莉「んー、今日はいいかな。桜の中をお散歩出来れば、それでいいの」

曜「そっか、そうだね」

春の日差しの中、車は街を抜けて、郊外の坂道へと差し掛かった。
楽しい会話は続いていたけれど、道中見かける桜の木が、どれもこれも葉桜になっていることだけが、唯一の気がかりだった。



20: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:46:04.66 ID:QFQ5tH6T.net

……………………………………

曜「こんなところに、公園があったんだ」

そこは、公園と呼ぶにはシンプルすぎる所だった。
小さな園内には建物や遊具などはなく、均等に植栽された桜の木の近くに、いくつかの小さなベンチが設置されていた。

公園の外側は木々に囲まれていて、ここには街の音も届かない。小高いところに位置するためか、空気も少し冴えていた。

確かに、穴場と言えばそうなんだと思う。桜のシーズンになると、地元の人がひとときばかりの花見を楽しむような、そんなささやかな場所なのだろう。

桜のシーズン、ならば。



21: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:46:19.99 ID:QFQ5tH6T.net

並木はすでに葉桜になっていた。私たち以外に訪れる人はなく、春風らしくないひんやりとした風が、桜の葉を揺らす音だけが静かに響いていた。

管理や掃除が行き届いているのか、散った花びらすら残っていない。花だけじゃなくて、匂いも、風も、春の気配はどこにも感じられなかった。

鞠莉「すっかり葉桜ね。東京よりもこっちの方が開花が早いって事、忘れてた」

私が言葉を見つけられずにいると、鞠莉ちゃんがくるっとこちらを向いた。

鞠莉「大急ぎで帰国して、曜を連れ出したっていうのに。我ながらうっかりさんね」

テヘペロ、とおどけて話す鞠莉ちゃんは、残念そうなそぶりを私に見せない。

曜「鞠莉ちゃん…」

私はどんな顔をしたらいいのか、何を話すべきなのか、わからなかった。



22: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:47:00.69 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「そんな声を出さないの。せっかくの春なのに、もったいないわ」

曜「だって…鞠莉ちゃんが帰って来てくれたのに。桜、一緒に見たかったのに…」

肩を落とす私に、鞠莉ちゃんは少し困ったように笑った。

鞠莉「それは残念だけど…でも、葉桜も綺麗だと思わない?」

青々とした桜の木を見上げたまま、鞠莉ちゃんは続ける。

鞠莉「花もいつかは散ってしまう。それは寂しいことかもしれないけど、その後にはこうして若葉が芽吹く。新緑がきらめいて、新しい季節の訪れを教えてくれる」



23: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:47:28.97 ID:QFQ5tH6T.net

そして、私の方へもう一度振り向いて。

鞠莉「それってなんだか、新たなステージへ向かう私たちを、応援してくれているみたいじゃない?」

曜「新しい、ステージ…」

私は俯く顔を上げた。散る花びらと芽吹く若葉――桜の木の移り変わりが、私たち自身の状況と重ね合わさった。

鞠莉「それをこうやって、曜と二人で見ることが出来た。私ね、日本に帰って来て、本当に良かったって思ってるの」

満開の葉桜を背に微笑む鞠莉ちゃんは、木漏れ日よりもキラキラと輝いていた。

曜「鞠莉ちゃん…」

そんな姿が少しだけ、ほんの少しだけ寂しそうに見えるのは、やはり私の中のセンチメンタリズムの仕業なのだろうか。



24: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:48:01.49 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「さ、堪能したところで、そろそろ帰ろっか」

そう促して、鞠莉ちゃんは手を後ろで組んで歩き始めた。私もそれに続いた。満たされたような気持ちと、少しの心残りを胸に抱いて。
さほど時間は経っていないはずなのに、風は少し冷たくなっていた。

曜「…?」

ふと、私は歩みを止めて振り返った。

鞠莉「ん、どうしたの?」

曜「いや、何か聞こえたような気がして…」

鞠莉「そう?私にはわからなかったけど」

見つめる先は、公園の外側を囲む木々。目立ったものは見当たらないし、歩道から外れたその奥に、何かがあるようにも思えない。



25: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:48:27.59 ID:QFQ5tH6T.net

曜「…!」

鞠莉「きゃっ、よ、曜?」

だけど次の瞬間、私は鞠莉ちゃんの手を握って歩き出していた。

鞠莉「ちょ、急にどうしたの?そっちは公園の外よ、なにもないわ」

わかってる。でも、きっとそうじゃない。
どうしてそう思ったのか、自分でもわからない。私の鼻が匂いを捉えたのか、あるいは特技の体感天気予報のおかげか。

はたまた五感以外の何かで感じ取ったのかもしれないけど、そんなのは、もうどうでもよかった。
私は確信めいた気持ちに突き動かされて、木の間を進んでいった。

そして、見つけたんだ。



26: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:48:51.56 ID:QFQ5tH6T.net

曜「あそこ、ほらっ!」

鞠莉「一体なにが…あ…!」

鞠莉ちゃんが息を飲んだ。信じられないと言った様子で、私が示す先を見つめている。

鞠莉「わぁ…!」

曜「咲いてる!咲いてるよ!」

木々に囲まれた外周部の一角で、大きな一本の桜の木が、全身に白い花をたたえて咲き誇っていた。陽の光が射し込んで、まるでスポットライトのように木を照らしていた。

鞠莉「すごい、綺麗…」

繋いだ手を離すことも忘れて、私たちはしばらくの間、満開の桜に心を震わせていた。



27: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:49:20.09 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「でも、どうして。他の桜は散ってしまっていたのに、どうしてこの木だけは花が残っているの?」

曜「花が、残る…」

その表現を、最近どこかで聞いた覚えがある。いつだったか、確か、梨子ちゃんと教室で話しているときに――

曜「――そうか、ヤマザクラだよ!」

鞠莉「ヤマザクラ?」

曜「前に梨子ちゃんが教えてくれたんだ。ソメイヨシノより開花が遅くて、淡い色の花が最後まで残ってるのが特徴だって!」

鞠莉「花が…それで、この桜だけが」

ここは人の手が入っている様子はない。場所的にも外れているし、種類の違いから考えると、この桜はきっと自生したものなんだと思う。



28: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:49:53.24 ID:QFQ5tH6T.net

曜「待っててくれたんだ、呼んでくれたんだよ、私たちを!」

興奮気味の私は、もはや湧き上がる嬉しさを抑えることはできなかった。

鞠莉ちゃんが帰ってきたのも、私が予定なく家にいたのも、この公園を選んだのも、ただ一つ残った桜を見ることができたのも、偶然がいくつか重なっただけに過ぎないのかもしれない。

でも、いや、だからこそ。

鞠莉「曜…」

曜「だって、鞠莉ちゃんが会いに来てくれたんだもん、そうに違いないよ!」

私は心から信じて、それを伝えることができるんだ。



29: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:50:52.11 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「…そうね。きっと、そうなのかも」

すっかり舞い上がった私に、鞠莉ちゃんはにこっと笑って応えてくれた。

その笑顔を見て、最近のセンチメンタリズムの正体――不意に鞠莉ちゃんの名前を呟いてしまう理由が、ようやくわかったような気がした。

私は多分、鞠莉ちゃんと同じ春を迎えたかったんだ。それが叶わぬ願いだってわかっていながらも、心のどこかでずっと、きっと。

鞠莉ちゃんが車の中で言ってくれたように、私にとっても今の鞠莉ちゃんは、初めての季節の鞠莉ちゃんだったから。



30: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:51:18.75 ID:QFQ5tH6T.net

曜「そうだ、まだ言ってなかったね」

鞠莉「ん?」

曜「私もね、春の鞠莉ちゃんに会えて、すごく嬉しい!」

鞠莉「!」

私たちの間を風が通り過ぎた。
柔らかな春風は私たちの髪を撫でた後、咲き誇る桜の木を揺らして、花びらをキラキラと舞い散らせた。

曜「わあ…!」

降り注ぐ桜の花が、私たちを包み込む。
そんなきらめく光景に、心を奪われてしまったせいだろう。

鞠莉「…綺麗ね。本当に素敵だわ」

曜「うん!」

優しい笑みを浮かべた鞠莉ちゃんの白い頬が、薄い桜色に染まっていたけれど、桜吹雪に感動していた私には、ちょっとわからなかった。



31: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:52:19.17 ID:QFQ5tH6T.net

……………………………………

静かで満ち足りた時間を過ごした後、私たちは車へと戻ってきた。
エンジンをかけるとカーオーディオからゆったりとした音楽が流れてきて、私たちの帰りを迎えてくれた。

鞠莉「あんなサプライズがあるなんて、思ってもみなかったわ」

嬉しそうに話す鞠莉ちゃんの頭には、桜の花びらがくっついている。まるで髪飾りみたいだけど、どうやら本人はまだ気付いてないみたいだ。

曜「本当だよね。素敵な『贈り物』もあったみたいだし」

鞠莉「…!」

曜「ん…?」

その反応は私が期待したものとは違っていた。鞠莉ちゃんはなぜか驚いた顔をして、視線を少し泳がせている。
私が頭の花びらのことを教えてあげると、ミラーで確認して「あ、ああ…」とだけ答えた。

曜「鞠莉ちゃん?」

髪についた花びらを取った後も、鞠莉ちゃんは車を出発させる様子はない。オーディオは、既に次の曲へと切り替わっていた。



32: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:53:14.25 ID:QFQ5tH6T.net

少しの沈黙の後、鞠莉ちゃんはふぅ、と息をついて。

鞠莉「実はね。今回帰って来たのは、桜を見るためだけじゃないの」

曜「あれ、そうだったの?」

鞠莉ちゃんの話を意外に感じている自分がいた。お花見のための帰国なんて、冷静に考えれば突飛な話なんだけど、鞠莉ちゃんらしくもあったからてっきりそうだとばかり。

鞠莉「うん…誕生日、だから」

曜「誕生日?」

鞠莉ちゃんの答えは、これまた予想外のことだった。
誕生日、なんのことだろう。言葉としてはわかるけど、意味が頭の中で繋がらない。

鞠莉「えっとね、去年は曜の誕生日をお祝いできなかったでしょ」



33: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:55:01.75 ID:QFQ5tH6T.net

曜「…えっ、誕生日って、私の?」

鞠莉「この時期に誕生日と言ったら、他にないじゃない」

曜「た、確かに、もうすぐ誕生日だけど」

今度は私が慌てる番だった。
えっ、私のために鞠莉ちゃんが、ええっ?

鞠莉「仕方ないとは言え、去年お祝いできなかったことが、ずっと私の中で引っかかってて。本当なら誕生日の当日に、去年の分も合わせてお祝いしたかったんだけど、大学が始まったらそんな余裕もなさそうで…」

鞠莉ちゃんはシートベルトを外して、後部座席に身を乗り出すと、保護するようにかけられたブランケットの下から包みを取って、大事そうに持ち直した。



34: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:55:36.46 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「だからね。今日はちょっと早めのバースデープレゼントを渡しに来たの」

曜「わ…」

差し出してくれた包みを、私はおずおずと受け取った。
上品な無地の包装がされていて、中のものは見えなかったけど、大きさや持った感じから布製品、おそらく衣服かなにかだと思う。

鞠莉「中が何かは、帰ってから見て。少し早いけど、誕生日おめでとう」

そんな優しく言われたら、もう、なんて言ったらいいのかわからない。サプライズなのは一体どっちの方なのさ。
胸の奥がじーんとして、私は包みをそっと抱き寄せた。

曜「ありがとう、嬉しい…大事にするよ」



35: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:56:00.09 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「ケーキじゃなくて、ごめんだけどね。それと、もう一つ」

曜「もう一つって、これの他にもあるの?」

鞠莉「ええ、ちょっとしたものだけど。手を出して」

私が右手を差し出すと、重ねるように自分の手を置いて、小さな何かをそっと預けた。
私は目を見張った。

曜「これって…!」

手の中にあったのは、車のキーだった。
鞠莉ちゃんが私の家の前で見せてくれたのと同じもので、キーホルダーにはうちっちーの小さな人形が取り付けられ、私の練習帽子を連想させる「YOU」と書かれた帽子をかぶっている。



36: 名無しで叶える物語 2020/04/18(土) 23:57:33.08 ID:QFQ5tH6T.net

鞠莉「この子のスペアキーよ。いい車だし、愛着もあるんだけど、流石にイタリアまで連れていくわけにはいかないからね」

曜「でも…」

鞠莉「免許は当然これからだろうけど、私の代わりに使って欲しいの。この子のこと、お願いね」

曜「そんな…ダメだよ、こんな」

私は首を横に振った。
この車は特別だ。ラブライブの決勝前、私たちAqoursはこの車に揺られながら、雨雲の向こうにある星の輝きを見つけた。
大切な思い出が詰まった、大切な車なんだ。

曜「私なんかが、受け取れないよ」



37: 名無しで叶える物語 2020/04/19(日) 00:01:31.14 ID:GG7xFrTY.net

私が視線を落としていると、鞠莉ちゃんは頬に指を当てて「うーん」と考える仕草をした。

鞠莉「さっきね、私は愛着があるって言ったけど、この子は相棒、あるいは恩人みたいなものだって思ってるの」

曜「相棒…」

鞠莉ちゃんは目を閉じて、懐かしそうに続ける。

鞠莉「あの日はあんなに雨が降っていたのに、私たちは星に出会うことができた。私は今でも、みんなの願いが空に届いたからだって信じてる。そして、それができたのも、この子が空に連れて行ってくれた、導いてくれたからなんだって」

曜「…うん」

相棒という単語を聞いて、私はハンガーにかけた浦の星の制服のことを思い起こした。
この車も、制服も、私たちのことを見守ってくれている――

鞠莉「それなのに、誰にも乗ってもらえず、陽の当たらない車庫の中でひとりぼっちなんて可哀想でしょ?たまにでいいから、私に代わってこの子を連れ出してあげて欲しいの」

Aqoursのみんなと一緒にね――鞠莉ちゃんは言葉の最後をそう結んだ。

曜「…本当に、私でいいの?鞠莉ちゃんの代わりが、私なんかで」

鞠莉「曜がいい。あなたに託すわ」

曜「…!」

私はキーをぎゅっと握りしめる。心は決まった。顔を上げて、鞠莉ちゃんに正面から向き合う。

曜「わかった。確かに、受け取ったよ」

優しい視線を受け止め、見つめ返す。今度はまっすぐに、しっかりと。
鞠莉ちゃんは嬉しそうに、ゆっくりと頷いてくれた。



38: 名無しで叶える物語 2020/04/19(日) 00:02:21.36 ID:GG7xFrTY.net

鞠莉「免許が取れたら連絡して。こちらで手続きするようにしておくから。そしていつか、私を乗せてドライブに連れていってね」

曜「うん!私、頑張って免許取る!」

鞠莉「ふふっ。エンストはご勘弁、ですよ?」

曜「えへへっ…千歌ちゃん家の前でドッタンバッタンさせてた鞠莉ちゃんが、それ言う?」

鞠莉「あら、急に可愛くない。さっきのキュートな曜はどこに行ったのかしら」

ニヤリと笑う鞠莉ちゃん。うっ、これは嫌な予感がする。

鞠莉「あの時の曜にカムバックしてもらうためにも、初めからもう一回やり直しましょうか。曜ってば、嘘がつけなくてシャイでキュートで、春物がよく似合っていて」

曜「も、もうその話はいいからーっ!」

鞠莉ちゃんの笑い声と私の叫び声が、小さな車内に響き渡った。



39: 名無しで叶える物語 2020/04/19(日) 00:04:13.98 ID:GG7xFrTY.net

……………………………………

4月も下旬になり、少しずつ夏の足音を感じるようになってきた、ある日のこと。
私は買ってきたばかりの参考書を広げて机に向かっていた。
参考書と言っても、内容は数学や英語じゃない。これは運転免許の学科試験対策本だ。

18歳を迎えて、いよいよ運転免許が取れる年齢になった。教習所に通い始めるのは、もう少し状況が落ち着いてからにするつもりだけど、スムーズに免許を取りたいから、今から予習をしておこうと思ったんだ。

曜「普段の勉強だったら、ここまでしないのにね」

コルクボードに下げた車のキー、そこにぶら下がった小さなうちっちーと目があった。

鞠莉『夏はこっちでしばらく過ごせそうなの。向こうはバカンスが長いからね』

ドライブの帰り道、鞠莉ちゃんが言っていたことを思い出す。

鞠莉『それにね、葉桜って秋になると紅葉して凄く綺麗なんだって。秋のお花見、きっとしましょうね』

私の新しい目標は、夏休みまでに免許を取って、鞠莉ちゃんと一緒にいろんな所を車で旅すること。

曜「今しかできないこと、今だからできることを、しておかなくちゃ」

そう、やるべきことはいっぱいあるんだ。スクールアイドル、水泳、進路、車の運転を覚えること。
そして、もう一つ――



40: 名無しで叶える物語 2020/04/19(日) 00:07:54.51 ID:GG7xFrTY.net

曜「よし、頑張るぞー!」

ぐっとペンを握りしめ、やる気スイッチをオンにして問題文に立ち向かう。なになに、『青色の灯火は、進めの意味である』?

曜「これはそのとおりだね!青信号は前進ヨーソロー、私でも知ってる常識だよ!」

意気揚々と丸をつけて解説ページを開く。
流石にこれは間違えようがないと思っていた。
なのに、そこに書かれていたのは。

『間違い。状況を確認して進むことができる、の意味である』

曜「ええっ、嘘ぉ!?」

まさかの答えに、私は思わず声を上げた。
窓からは初夏の風が優しく吹き込んで、私の髪と参考書を揺り動かした。

ポールに掛けた浦の星の制服と、鞠莉ちゃんからのプレゼント――私のために仕立てられた乗馬服も、風に揺られていた。
キーホルダーのうちっちーもゆらゆらと揺れて、鞠莉ちゃんに代わって笑っているみたいだった。



終わり



41: 名無しで叶える物語 2020/04/19(日) 00:08:09.23 ID:GG7xFrTY.net

全弾撃ち尽くしました。曜ちゃんお誕生日おめでとうようまりです。

↓は前に書いたものです。よろしければ併せてお願いします。

曜「ポケットサイズ・ランチタイム」

ありがとうございました。


元スレ
曜「葉桜の季節に」