SS速報VIP:【ミリマス】「アイドルの永吉さん」「図書委員の七尾」
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1: 伊丹 2020/05/29(金) 19:44:35.15 ID:GVX1V+Fr0




放課後。
オレ……永吉昴は学校の図書室に向かってる。
普段はあんまり行かないけど、今日はレッスンまで時間があるから、そこで暇潰しするんだ。



5月、中3に進級してクラス替えがあってもうひと月。
ウチの学園は6月のへんぴな時期に学園祭をやる予定で、
出し物や展示の準備に学校中がわちゃわちゃし始めてる。



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2: 伊丹 2020/05/29(金) 19:45:50.24 ID:GVX1V+Fr0




図書室の重たい扉を開けるけど、誰もいない。
オレは受付机に目を向けるけど、花瓶に生けてある花がそよ風に揺れてるだけ。
花瓶の下には、『季節の一輪』って花の名前が書いてある。




「…図書委員くらい、いてもいいと思うんだけど」




そんなつぶやきも、本の壁に吸い込まれる。
静かすぎて、キーーンって音が耳に刺さる。



みんな学園祭の準備で図書室なんか使わないんだろうな。
静かすぎてちょっと尻込みしちゃうけど、初志貫徹。
オレは窓際の席にドカッとすわって、鞄から雑誌を取り出してそれを眺める。







3: 伊丹 2020/05/29(金) 19:47:08.38 ID:GVX1V+Fr0





しばらくしたら、隣の裏倉庫からガタンッって大きな物音が聞こえる。





部屋があんまりにも静かだから、更に目立って聞こえて。
驚いて音の方、裏倉庫の扉の方を見ると、普段は閉まってる扉が開けられている事に今更気づく。



きゅ、きゅ、っていう上履きの音が大きくなる。
続いて倉庫から女子がひとり、大量の本を抱えてでてくる。



んしょ、んしょ、なんて声を出しながら運んでるもんだから、気になってその様子をジッと眺める。







4: 伊丹 2020/05/29(金) 19:47:51.26 ID:GVX1V+Fr0




「んしょ、と!休憩!あれ、永吉……さん?」



本を置いて、オレに気づくなりとてとて近づいて来る。

「め、珍しい……ですね!今日は男子に混じって野球しないんですか?」



同い年なのに、敬語で話すそいつ。
先月クラス替えがあって同じクラスになった女子。
図書委員に立候補してた。



普段、あんま絡まないヤツ。
多分、声かけられたの初めて。



たしか、七尾だったかな?
名前は……






5: 伊丹 2020/05/29(金) 19:49:04.65 ID:GVX1V+Fr0



「…ああ。今日は事務所から持ってきた雑誌を読みたくって。でも私物だし、センセに見つかったらマズイしさ」



ああ、と察したように七尾は笑う。
そいつはオレが開いてる雑誌のページを覗き込む。



「…あ、四条貴音!この間、映画みたんだ。キレイな人…。おんなじ事務所なんですか!」



噂が広まるのは早いもんで、
オレが先月765プロにスカウトされた話はあっという間に広まったみたい。
39人の新人アイドルをデビューさせるって企画らしいけど、まだ全員アイドルが揃ってないみたいで、
プロデューサーも逸材探しに毎日駆け回ってる。






6: 伊丹 2020/05/29(金) 19:50:43.11 ID:GVX1V+Fr0



「うん。今回はレースクィーン特集なんだ。クルマもすっげーよな!ほらこれ!」



よく見えるように手で持ってページを見せてやる。



「どれどれ……
ひゃあああ…!た、たしかに……すっごく、大胆ですね……」


「え?確かにクルマはすっげぇけど……あっ!」



間違えてあずさがすげぇポーズしてる水着グラビアページを見せちゃったぽい!
七尾は真っ赤な顔を両手で隠しながら、指の隙間からオレの方を見てて。



「な、永吉さんも同じ事務所なんだし、そんなお仕事するの?」


「い、いや!オレのはもうちょっとまとも…だと思う!わかんないけどさ…」


「へ、へー…」



まいったな…誤解されちゃったかな?
ちょっと目を泳がせてると、コイツがさっき運んできてた大量の本に気づく。






7: 伊丹 2020/05/29(金) 19:52:02.24 ID:GVX1V+Fr0



「そこの本、すげぇ量!お前、あんなに本読むの?」


やっぱ図書委員なだけあって、読むのも早いのかな。


「あはは、ちがいますよ〜!
先生から裏倉庫の古い蔵書を処分するから表に出しといてくれ、って頼まれちゃって!」


七尾はビッシリタイトルが書かれたメモをオレに見せる。


「え!この量をひとりでやらせてんの!」


「うん…。時間かけてもいいからって言われちゃったけど、量が多くて…んしょ!」


また危ない足取りで本を運ぼうとする。
コイツ、ヒトが良いんだろうなァ。





8: 伊丹 2020/05/29(金) 19:53:17.38 ID:GVX1V+Fr0




「……あー、見ちゃいれないよ!ほら、半分貸して!」

「え、そんな。永吉さん、悪いです!」



「いいって。んー……ならさ。
オレが雑誌持ってきてたの、センセにはナイショにしてな?
それが交換条件。いいだろ?」




オレは人差し指を唇に当てて、ウィンクする。




「あ……。あ、あはは!なんか、その仕草、アイドルっぽいですね…!
あー……なんか部屋、暑いですね……あはは…!」



少し頬を赤くして、目を逸して手で顔をパタパタ扇いでる。
そうかな?丁度いい陽気な気がするけど。






9: 伊丹 2020/05/29(金) 19:54:31.75 ID:GVX1V+Fr0





……


「しょっ…と!これで全部かな?」

腰に手を当てて台車の上に運んだ本の山を見る。


「アイドルと野球やってるだけありますね!
頼れる!さすが、『永吉クン』ですね♪」



「おいおい!なんか影でソレ言われてるっぽいけど、やめてくれよぉー!」


「あはは!でも永吉さん、女子に結構ファン多いんですよ?」


マジかー。嬉しいけど、女の子らしくなるためにアイドルやるのに、なんかしまらないよなぁ。






10: 伊丹 2020/05/29(金) 19:56:50.58 ID:GVX1V+Fr0




すると七尾は、両腕を後ろに回して、もじもじしながら聞いてくる。



「ね、ねぇ永吉さん。アイドルになるってどんな感じ?」

「どんな感じったって、オレまだスカウトされたばっかで、レッスンしかしてないしなぁ」

「そ、そっか」


七尾は目線を落として机の脚に靴をコツコツ当てる。



「ふーん。七尾、アイドル興味あるの?」


「え!わ、私がアイドルなんて、そんな恐れ多い!だって私、全然可愛くないし、運動音痴だし!」


「いや、なりたいかは聞いてないんだけど…」


「……ハッ!あうぅ…やぶへび……」


七尾は手近にあった本で顔を隠す。
野暮なこと聞いちゃったかな?





11: 伊丹 2020/05/29(金) 19:58:47.51 ID:GVX1V+Fr0



「……えっと、身近でアイドルやってる人いないし、
どんな感じでアイドルにスカウトされたのかなって気になって…」



本で顔を隠しながら、でも好奇心には勝てないのか、おずおず聞いてくる。



「ふーん。そういうことなら…」



時間もあるし。
図書室、他に生徒もいないし。
オレはスカウトされたときの話をしてやる。




……






12: 伊丹 2020/05/29(金) 20:01:07.46 ID:GVX1V+Fr0




「……っていう感じかな。別にフツーだろ?」

「プロデューサーさんを出会った場所に呼び出してスカウトの返事をするなんて……!
とっても素敵ですっ!ロマンチック……」



七尾は目をキラキラさせて宙を見つめてる。
そ、そうかな?



「きっとこれからたくさんの困難をプロデューサーさんと乗り越えていくうち、
いつしか二人にはアイドルとプロデューサーの関係を超えた愛が芽生え始めて……」


「はぁ!? あ、愛!?お前なにいってんの!」


「……ハッ!
す、すいません。物語の続きが気になってつい創造を…」



そーぞー?よく分かんないけど、こいつも相当変わってるな…。






13: 伊丹 2020/05/29(金) 20:03:00.45 ID:GVX1V+Fr0




「でも……永吉さん。アイドルなんて、思い切りましたね?正直ちょっと意外でした」


「オレ自身もさ、まだ現実感ないんだ。
だってアイドルって、いつもテレビで見てたかわいい女の子じゃん?そんなのにオレがなれるのかなって」


「でも、返事……したんですよね?」



七尾はオレの顔をイタズラに覗き込む。



「……うん。
元々兄ちゃんとアイドル番組良く見てて興味あったし。
プロデューサーとの出会いはグーゼンだったかもだけどさ。
でも、そんなグーゼンに飛び込んでみようって思ったんだ。


今オレ、なんかスゲーワクワクしてるんだ!
これから楽しいことがたくさん待ってるような、そんな気がしてさ」






14: 伊丹 2020/05/29(金) 20:04:25.68 ID:GVX1V+Fr0




そうしゃべるオレの顔を、七尾はじっと見つめてる。



「……ワクワク、楽しいこと、か。
すごいな永吉さんは。
例え偶然だって、新しい物語の1ページ目をめくる事ができたんだもん。
ちょっとだけ……羨ましい、かな」



そいつはそう言いながら、持ってる本の角を指でゆっくりなぞる。



「……いつかさ、七尾にもそんな偶然、起きるといいな!」


なんかしんみりしちゃったから、そんな気休めの言葉をオレは言う。



「あはは。起きるかな?
……うん。もしも起きたら……素敵だね!」



図書室には、オレたちしかいないから。
オレたちふたり、カラカラ笑い合う。






15: 伊丹 2020/05/29(金) 20:05:33.29 ID:GVX1V+Fr0






「さて、オレはそろそろ事務所行くよ!」

オレは雑誌を鞄に詰め込んで、席を立つ。



「うん。永吉さん、手伝ってくれてありがとう!」



オレはそれを聞いて、椅子を机に戻す手をピタッと止める。


「……なぁ、せっかく今日知り合えたんだしさ。
その、永吉さんはやめないか?」

「え!? じゃ、じゃあ……永吉ちゃん?」

「いや、そーじゃないだろ!名前!昴って呼んでくれよ」



「い、いきなり呼び捨て!?そんなの、失礼じゃ…。
すごい…!これが体育会系の距離の詰め方なの!?」


七尾はぶつぶつ言い始める。
何でもいいけど、早くしてくれよなー。






16: 伊丹 2020/05/29(金) 20:06:43.05 ID:GVX1V+Fr0



「…わ、わかりました!
でも、私だけでは恥ずかしいので、わ、私のことも名前で読んでくださいねっ!」


顔を赤く染めて、意を決したように話す七尾。



「あー……それはいいんだけどさ」

「…?」




「七尾の名前、覚えてないんだ…」





「……冗談ですよね?」

「ううん。マジ!」

オレは開き直って、ふんぞり返る。






17: 伊丹 2020/05/29(金) 20:08:21.24 ID:GVX1V+Fr0




「ええええー!だって同じクラスになってもう1ヶ月ですよ!
出席番号、私の前で、席だって後ろなのに……!!」




「なはは〜……悪い!いままで全然絡みなかったからさ!」


「ウチの担任の先生、朝フルネームで出席取るじゃないですか!
昴さんの後に呼ばれる名前…よーく、よーーく思い出してみてください…っ」



瞳をうるうるさせて、祈るようにオレを見る七尾。
そう言われてもなぁ…。



「うーーん、響きはなんとなーく。確か、結構かわいい名前だよな?」

「えっ!か、かわいい……!?私が……?も、もー!おだてても何も出ませんよー…えへへ♪」



いや、名前の話なんだけど。
でも、七尾は顔を赤くしてテレテレしてる。
こいつ、表情コロコロ変わっておもしろいなァ。






18: 伊丹 2020/05/29(金) 20:09:26.83 ID:GVX1V+Fr0



「……ハッ!そ、そんな簡単に懐柔されませんからっ!」


まだ口元が緩んでるけど、キリッと眉を吊り上げて詰め寄る
怪獣?うーん、よくわかんないけど。


「うーん、やっぱ思い出せないや!きっかけがあればイケそうなんだけどなァ」



「そんなぁ……私は前の席だし、いつかお話したいなって……。でも勇気なくて、ずっと…」

「え?なんだって?」


ボソボソしゃべるから聞き返すけど、
もういいです!ってプイってして取り合ってくれない。



「はぁ…本ばっかり読んでるしやっぱり私、影薄いのかなァ」



いじけたように、七尾は花瓶の花を指でつつく。






19: 伊丹 2020/05/29(金) 20:13:24.72 ID:GVX1V+Fr0




それを見て、ちょっとひらめく。
まずは、なんとか七尾の機嫌がなおしてもらわないと。
図書室を見回すと、6月にやる学園祭のチラシが目につく。




「じゃあさ、お詫びに図書委員主催の出し物、見に行くよ!それじゃだめか?」

「え?うちの朗読劇をですか?」

「ああ!なるべくたくさん連れてくるからさ!……な?」


体育会系の人が来るなら、委員活動の宣伝にもなるかな…
とかぶつぶつつぶやいてから、オレの方を見る。


「……ふぅ。分かりました。絶対来てくださいね?
席、後ろですから逃げられませんからね!」



七尾は呆れたように笑いながら、そう言う。
お許しは出たっぽい…かな?



……じゃ、せっかくだしプロデューサーも学園祭、誘ってみるのもいいかもな!







20: 伊丹 2020/05/29(金) 20:15:53.15 ID:GVX1V+Fr0





「じゃ、今度こそ行くわ!またな!」


オレは図書室の扉へ足を向けながら、後手に手を振る。


「はい!また、明日!なが………昴さんっ!」


ぎこちなくオレの名前を呼ぶ。

続いて、私のなまえは……!
って声を上げる。



けど続きをしゃべる前に、
オレは足を止めて振り返って、
図書室の静けさを破るように、声を上げる。






「またな!百合子!」








一瞬、驚いた顔をしたけど、
パァッと花が咲くみたいに、はい!って笑顔を見せる。
正解だったみたい。



その顔を見届けて、
オレは図書室から駆け出す。






21: 伊丹 2020/05/29(金) 20:17:26.64 ID:GVX1V+Fr0




百合子が触ってた、受付の花瓶の花。
季節の一輪。
百合の花。




それで、思い出したんだ。




七尾 百合子。
オレの後に呼ばれるその響きを、ぼんやり覚えてた。
花の名前の、女の子らしい、かわいい名前だったなぁ…ってさ!






22: 伊丹 2020/05/29(金) 20:19:40.30 ID:GVX1V+Fr0








昴さんが、勢いよく図書室から飛び出していった。
にぎやかだった図書室は、本来あるべき静けさを取り戻す。



私は図書委員の定位置……
受付机の椅子に座って、新しく借りてきた本を読みもせずに他ごとを考えていて。



さっきまでは全然知らなかった彼女、永吉 昴さんのこと。
それなのに今は、お互いに名前で呼ぶ仲になった。
そんなとてつもない変化が、信じられない。




彼女が最後に残していったハツラツとした声を反芻する。




私の名前、ホントは覚えてたのかな?
明日、背中突っついて聞いてみちゃおうかな?



なんてひとり、クスリ笑っちゃう。






23: 伊丹 2020/05/29(金) 20:22:11.72 ID:GVX1V+Fr0







「アイドル、かぁ…」





ぽつり、呟く。



走り去っていくときの、サラサラとなびく短い後ろ髪の動きを、
私の瞼のシャッターは、しかと捉えていて。




キレイだな、って思った。
そんな一瞬で、彼女が歩み始めたアイドルという道は、
きっと正しい道なんだ、と理解してしまって。






24: 伊丹 2020/05/29(金) 20:24:16.47 ID:GVX1V+Fr0



ーーー昴さん、言ってたな。
いつか、私にも、新しい物語が始まるといいなって。



あるのかな?私にも、そんな偶然。
本しか読んでない女の子に、こことは違う世界へといざなってくれる、
そんな素敵な出会いがーーー




「……あるわけ、ないよね!あはは…っ」




あんまりにも都合のいい、子供じみた妄想を打ち消すようにそう口にするけど、
気分は不思議と高翌揚していて。




朗読劇、昴さんが見に来てくれるなら。


お姫様が主人公で、王子様が出てきて。
楽しくて、ワクワクして。
ご都合主義だけど、とびきりのハッピーエンドを迎える、
そんな、私の大好きなおとぎ話がいいかもしれない。






25: 伊丹 2020/05/29(金) 20:24:51.90 ID:GVX1V+Fr0




ふわり、カーテンがなびく。
少し遅れて、暖かい風が図書室へ吹き込んでくる。
傍らの花瓶の花が揺れて、甘い香りを振りまく。
瞼を閉じて、しばしその香りを愉しむ。





彼女が残していった、甘やかな期待感に
今は、少しだけ微睡んでいよう。





瞼をゆっくりあけて、
私は手元の本の1ページ目を、静かにめくるーーー













26: 伊丹 2020/05/29(金) 20:28:48.13 ID:GVX1V+Fr0


ありがとうございました。
今回は、もしも同じ学校に通っていたとして、
ファーストコンタクトはどんな感じなのかな、というのを書いてみました。
普段の彼女たちの学校生活も想像のしがいがありました。

皆様のお暇つぶしになれたのであれば幸いです。



また、わたしの過去作です。
掲示板に貼ったものを加筆・修正しております。お暇があれば、ぜひ。

https://www.pixiv.net/member.php?id=4208213


元スレ
SS速報VIP:【ミリマス】「アイドルの永吉さん」「図書委員の七尾」