【モバマスss】あい、くるしい

【シャニマスss】FMTU【三峰結華】

【モバマスss】三船美優「Tail Light」

【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;酒鍋















1: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:13:14 ID:yo1

円香の感情が変わる、その前のいつかの日と言うイメージで書きました。
惹かれているのが自分でも気付いていない、そんな心情を表現したつもりですが、それがどれほど達成されたかは定かではありません。
でも好きなように書くか、と言う趣味を詰め込みました。その割に私としてはそこまで変な作品でもないかな、という気がしています。
良ければぜひ。よろしくお願いします。



2: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:13:31 ID:yo1

【街角】



 今日の空気は濡れていた。

 玄関のドアが閉まる音を後ろに、つま先を軽く地面に打ちつける。
 空を見ないように、目線をやや下に向けながら、駅までの道を一人歩く。
 何度も通った道のはずだが、最近は少し迷いそうになる。どこに行けばいいのか、それがわからなくなってしまうから。



3: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:13:43 ID:yo1

 景色はあの頃と何も変わらない。アスファルトは黒ずんだ灰色で、あの家に植えられた木は冬でも夏でも葉をつけることはない。工事現場に掲げられた『建設中』の文字は相変わらず煤けている。変わったことと言えば、せいぜい、コンビニの宣伝文句くらいだろうか。
 
 でも近頃、街の色は際立って虹彩を刺激するようになった。輪郭は鮮明になり、嘘のようにくっきりと事実(そのもの)を映し出す。死んでいたものが生き返ったように、なんて言ってしまうと大袈裟だけど。



4: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:13:55 ID:yo1

 道草の滴がアスファルトを小さく濡らし、すぐに乾いていく。
 緑は青の差し色が入ったかのように瑞々しい。
 それがより一層太陽からの光を際立たせているような気がして、思わず目線を空へとあげて立ち止まる。
 立ち上る入道雲の下半分に切れ目を入れるかのようにマンションが立ち並んでいる。目で見る大きさは、マンションの方がずっと大きい。それが錯覚だと気づいているから、馬鹿馬鹿しいと自嘲しながら、ただ見つめている。
 人の音は、大きいものも小さいものも平均されて、意味を消失(なく)している。自分に向けられた音があるかどうかもわからないけど、却ってそれが気楽でもある。ここには私一人しかいない。でも、そんな一人が数え切れないほどたくさんいるから、空箱はいっぱいに詰まっている。



5: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:14:08 ID:yo1

 手に持ったスマートフォンが振動した。誰からのどんなメッセージかなんてわかっているから、見るまでもない。見つめる雲の形は変わらず。しかしゆっくりと、周りに薄く広がった絹のような白が破れて、本来の空が顔を出す。遠く高い遥かでは風が吹いているようだ。

 もう一度、微かな振動を感じる。直感では、先ほどの送り主とは違う相手だろう。根拠はないけど、そう感じた。でも確かめる気にもならず、再び視線を下に傾け、歩き出す。

 駅はもうすぐ。反対方向へと向かう電車が出発した音が聞こえた。少し急ぐ必要があるのだけど、歩く速度は変えず、私は駅のホームへとたどり着いた。



6: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:14:20 ID:yo1

 ────蝉の鳴く頃が、すぐそこまで迫っていた日曜日の朝だった。



7: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:14:35 ID:yo1

【追越】



 街からほど近い、でも不思議と人混みのない海岸が今日の撮影場所だった。
 海から吹く風は、街のそれと違う種類の熱を帯びている。
 きらきらと、波間に光環が反射している。青と青の間に、白い雲が挟まっている。
 まだ少し早い夏の音が、波音として聞こえた気がした。



8: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:14:46 ID:yo1

「ああ、円香。おはよう」
「……おはようございます」
「──……」

 撮影の現場に着くと、見知ってしまった顔がへらりと笑顔を浮かべながらやってくる。
 カーナビを使うよりも、地図にペンで線を引くのを好むような、そんな生き方の男だ。
 声は普段より少しだけ高い。気持ちが昂っているのか、それとも昂らせているかの判断はつかないけど、少なくとも私とはミスマッチだ。それなのに、そんな男の気持ちが手に取るようにわかってしまったことが気に触る。



9: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:14:59 ID:yo1

「──……何考えているか、当ててあげましょうか。」
「え?」
「『私が挨拶を返してくれるなんて珍しいな』──そうじゃないですか?」
「え、ええと、その……」
「すぐに否定もできない、それくらい図星だったってことですか。別にどうでもいいですけど、結構無礼な評価だと思いますけどね。」
「い、いやその……う、嬉しいというか……」
「何が?」
「……円香から挨拶を返されるのが。」
「……気持ち悪い。」
「き、気持ち悪いは結構効くなぁ……」

 ははは、と苦笑いを浮かべながら「さて、それじゃあ」なんて言って話題を転換する。つまり今の会話に意味はなかったということだ。本題に入る前のおまじないの挨拶のような、適当に時間を埋めるための代替品。
 ──別に私も、そこに意味を求めたいわけではないけど。
 こんな茶番に付き合わされてしまった、いや、こんな茶番を自ら演じてしまったことが、一層気に触った。



10: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:15:12 ID:yo1

「今日の撮影は、昼頃には全部終わるんだ。円香のセリフは少ないけど、でもだからこそ、そこにしっかり意味を持たせてあげられるようにな。」
「……私みたいな脇役が目立っても、いいことないでしょ。」
「もちろん。意味を持たせるってのは、自分を強く主張しろってことじゃなくて、その世界に溶け込むようにってことさ。」
「……まあ、二言しかありませんし、台本は前後のシーンも合わせて読み込んでいますから。」
「お、じゃあ自信あるってことか?」
「──そんなこと、言ってないでしょ。それなりにこなすってだけ。」



11: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:15:53 ID:yo1

 余計なことを喋ってしまった気がする。これ以上は薮蛇かもしれない。
 しばらく撮影を眺めていると、やがて彼の向こうから、熱された鉄のようなまとまりのある声がした。その後、まばらにいくつもの音がわらわらと湧き出す。どうやら一つ前のシーンの撮影が終わったようだ。主演の俳優達が監督と一緒に映像を確認している。
 笑顔が浮かんでいるので、私の出番はもうすぐだろう。
 ペットボトルの水を二口流し込み、蓋を閉めて彼に手渡す。張り詰めた思いを瞬きと共に消費する。深い息と共に心中の表面を少しだけ吐き出して、一回咳払いをしてから、彼に告げる。

「それじゃ、そろそろ呼ばれそうなので。」
「ああ。──いってらっしゃい、円香。」
「────。」

 今度は言葉で返すことはしなかった。代わりに彼を一瞥し、それで返答の代わりにする。
 わずかな時間だが、一人で海岸を歩く。
 靴の音は砂に包まれ聞こえない。代わりに、ぱり、と小さく何かが割れた音が聞こえた。貝殻でも踏んだのだろうか。下を見ても、何があるかは見えなかった。



12: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:16:07 ID:yo1



「──お疲れ様、円香。いい出来だったんじゃないか?」
「別に。──でもまあ、あえて否定するほどでもないと思いますが。」
「そりゃあよかった。今日はこれで終わりだけど、どうする? 見学してくか?」
「……そうします。」

 そう返すと、この軽薄な男は夢に落ちたかのように笑って、そうか、という含みを持たせた言葉と共に水を差し出してくる。舌先くらいの水分を口に含むと、自分が思っていたよりも喉が乾いていたことに気がつかされた。そのままもう一口、今度はさっきより多くの水を流し込む。

「……よくやってるな。」

 声は半分くらい息と同化して消えていってしまう。もう半分が、背筋へと流れ込んできた。



13: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:16:27 ID:yo1

「……別に。仕事ですから」
「それがすごいんだよ。円香の年齢の女の子は、こんな仕事しないんだから」
「させているのはあなたでしょう……? 年齢だって関係ないし。」
「……うん。でも、それをきちんとこなしてくれる円香の姿は、頼もしく思うよ」
「……勝手にどうぞ。」
「……それと、少し申し訳なくもある。」
「……何が?」
「年齢なんて関係ないって言ったけどさ、俺はそう思わないんだ。
 学校に行って、勉強して、部活をして、友達と遊んで……休みの日だって、親御さんと遊びに出かけたり、いろんなことができるんだ。そして、もしできるんなら、しなきゃいけないんだと思う。……でもどうしたって俺は、その機会を奪ってしまっているから」
「──……。」



14: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:16:40 ID:yo1

「俺はアイドルみんなの、円香の人生に責任があると思うし、いろいろ考えることもあるんだよ。
 時間は俺にとっても、円香にとっても、誰にとっても平等だ。
 だからこそ、その価値が最も高まるようにしてあげなきゃいけない。
 後で振り返った時、それ以外の光が見えなくなるくらい、自分の歩んだ道が輝いて見えるように、そうしてあげたいと思うんだ。
 ……最近、円香が楽しそうにしているのが、だから、俺にはすごく嬉しい。」



15: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:17:06 ID:yo1

「…………御高説、お疲れ様です。はっきり言って、重いですよ。」
「うっ……ま、まあそうだよな……」

 興奮からなのか羞恥からなのか、彼の顔が少し赤くなっている。
 ──その色がきっと、この男の色彩(いろ)なのだろう。



16: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:17:22 ID:yo1

「────まあ。」
「────?」
「──どれだけ幸せでも、辛くても、楽しくても、悲しくても。
 いつかそれは、みんな泡のように消えていってしまうから。
 ……一緒に消えてくれるんだったら……」

 まあ、それなりに。
 悪くないです、なんて。
 伝えたらきっと、この男は喜ぶだろうから、伝えない。
 この人の中に私という履歴を残すのは、何故か少し、躊躇われる。
 癪だ、とか。悔しいとか、重いとか、気分が悪いとか、そんなことじゃなくて。
 ただ──痛みと引き換えに、彼から何かを引き出したくはない。

 そんな思いを抱いてしまうこと自体は癪だったけど、今生まれたこの想いを、忘れてはいけないと思った。



17: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:17:33 ID:yo1

「円香──?」
「……なんでもないです。あなたと話すのも飽きたので、海に浸かりに行って来ます。近くだったら問題ないでしょう?」
「え、あ、ああ……」
「────目が届かなくなったら、あなたが探しに来てください」

 最後の言葉を言い捨てるように、その場を後にした。
 返事は必要なかった。でもそんな時ばかり、お節介にやってくる。

「──いってらっしゃい。」

 その言葉が、妙に耳に残った。



18: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:17:46 ID:yo1



 空を見上げると、雲どうしがぶつかって、追い越していくのが見えた。
 本当はぶつかったときに組成が入れ替わっているのかもしれない。
 だから、衝突前の雲と、衝突後の雲は、もしかしたら全然違う生き物なのかもしれない。
 心のペダルを漕いで追いかける。せめてその後ろ姿が、見えなくなることがないように。
 
 雲が太陽に重なり、光を遮蔽する。
 私に届く光は、弱まった光をさらに希釈して最後に残った余り物。
 薄く、白く、広く。つまり、優しく伝搬(つた)わっている。

 夏の匂いが海からやってくる。
 波に触れると、その匂いが一層強くなった。

 振り返ると、風のように笑っている彼の姿があった。
 軽く手をあげたその合図は、「見えているよ」ということだろうか。
 思わず上がってしまった右手をごまかすように、左手で右手を掴み頭の後ろまで回す。

 泡沫の夢をまだ見ていたいなどと思うのは、過ぎた願いだろうか。



19: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:18:03 ID:yo1

【夏影】



 帰りは、車で送ってくれた。
 道中会話はなかった。
 窓から見る夜が一層暗く黒く塗られている。これも、最近気づいたことだ。

 昨日よりも今日の方がずっと。
 ということは、今日より明日の方がずっと。
 帰納的な推測は、始まりの日がないと締まらないのだけど。

 ──初(はじ)まりの日。その思い出は遠く、私自身覚えている日々は少ない。
 例えば、初めて離乳食を食べた時。
 例えば、初めて自分だけで立った時。
 例えば、初めて笑った時。
 そんな初めての始まりは、母親や父親が覚えているだけのものだ。
 ──もし、母や父が亡くなってしまったら、私に関するその記憶は、この世界から消え去ってしまう。
 私の初まりなんて、私が終わる前にだって消えてしまう、そんなものに過ぎない。

 でも、あの始まりは。
 「アイドル」なんて世界に足を踏み入れた、あの日は。
 目に入るも、何もかもの色彩が新たになった、あの日は。
 今日の美しい光景になんてまるで及ばない、あの日は。
 私が、私で決めたあの日は。

 ずっと残り続けるのかな、なんて柄にもないことを思う。



20: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:18:16 ID:yo1



 家の前で車が止まる。
 車から降り、社交辞令としての感謝を伝えると、また明日、なんて予定にないことを言う。
 スケジュールの把握も満足にできていないのか、と嫌味を言いたくなったがそれは堪えた。
 車の影が見えなくなるまでその場に佇み見送る。
 車が角を曲がった頃、スマートフォンに振動があった。

 ──開くと、そこには撮影に向かう直前の私の姿と、波と戯れている写真があった。

 はあ、と小さくため息をつく。
 ばかみたい、と返信しスマートフォンの灯りを消す。
 
 私の影が、夏に溶けていた。
 夜なのにはっきりと、その影は揺れていた。



21: 名無しさん@おーぷん 20/05/31(日)20:25:00 ID:yo1

以上です。
元ネタはジュディマリの「Over drive」です。この季節にぴったりですので、興味ある方はこちらも聞いてみてください。

円香のssは、他にこんなのも書いてました(pixivのリンクですが)。
『樋口円香はそう思う』
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=12735571

また、いつもは変なssばかり書いてます(最近の3つです)。
これらも含め、過去作もぜひよろしくお願いします。

【モバマスss】Tears【ライラ】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1590225891/l10


【シャニマスss】夏露に溶けた恋【八宮めぐる】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1589610010/l10


【シャニマス・モバマスss】透明を盗んで【浅倉透・辻野あかり】
https://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1588783043/l10




元スレ
【シャニマスss】夏影【樋口円香】