過去作
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
【モバマス】ほたるのひかりが眩しくて
【モバマス】安部菜々「ほたるちゃんの」日野茜「初仕事です!!」
【モバマス】悪魔とほたる
【モバマス】白菊ほたる「私は、黒猫が苦手です」
【モバマス】ありがちな終末
【モバマス】安部菜々と24人の千川ちひろ
白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし
【モバマス】ほたると菜々のふたりぐらし後編
白菊ほたるのコミュ2に日野茜が乱入してきた話
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【モバマス】悪魔とほたる
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【モバマス】ありがちな終末
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白菊ほたる「黄昏に迷い道」
【モバマス】面接官「ところで白菊さん。貴女、凄くエロいですね」白菊ほたる「え」
岡崎泰葉「ヴォカリーズ」
【モバマス】あの子の知らない物語
白菊ほたると不思議体験その2
【モバマス】響子「混ぜる」ほたる「混ざる」
~20時15分/女子寮・関裕美ルーム前~
泰葉「裕美ちゃーん(ノックノック)裕美ちゃんいるー?」
裕美「はーい?(ガチャ)あ、こんばんは泰葉ちゃん……って、え、なにそのおっきな袋」
泰葉「こんばんは裕美ちゃん。なんとこれ、中身はリンゴなんだ(カパッ)」
裕美「ほんとだ、袋の中いっぱい全部おりんごだ……! え、どうして」
泰葉「実は出先の駅で、リンゴ満載の大八車を牽いた辻野さんに出くわして」
裕美「なにしてるのあかりちゃん……!」
泰葉「売れないと大変だって言うし、モノも良いかなら買ったんだけど、この量抱えてマンションまで戻るのはちょっとキツいかなあと」
裕美「それで寮に来たんだ。泰葉ちゃんのマンション、ちょっと遠いもんね」
泰葉「うん。それでお裾分けついでに今日は裕美ちゃんの部屋に泊めてもらえたらなあって」
裕美「そういうことだったんだ」
泰葉「そういうことだったんだよ。ね、お願い」
裕美「いいけど、ちょっと狭いかも」
泰葉「散らかってるの? 気にしないよちょっとぐらい」
裕美「散らかってないもん! まあ、上がって?」
泰葉「うん、おじゃましまーす」
2: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)17:54:13 ID:tZL
ほたる「あ、泰葉ちゃんだ」
千鶴「泰葉ちゃんて直帰の予定じゃなかったっけ」
泰葉「あれっ、GBNS勢ぞろい? なんで? そして確かに狭い」
裕美「だから狭いって言ったでしょ? 千鶴ちゃん、ほたるちゃん、ちょっと寄ってあげてー」
ほたる「はーい(寄り寄り)」
千鶴「泰葉ちゃん裕美ちゃんの隣ね(詰め詰め)」
泰葉「おじゃまします……あっ、よく見たら2人とももうパジャマだ」
ほたる「はい。今日は裕美ちゃんのお部屋にお泊まりしにきたの」
千鶴「そうそう。新しいお仕事の話、聞かせてほしかったし」
泰葉「なんてことだ……私抜きでお泊まりなんて……仲間外れなんて……私悲しい(ヨヨヨ)」
裕美「だ、だって泰葉ちゃん今日は出先から直帰だって言ってたし、わざわざ呼び戻すのも悪いかなって」
ほたる「そうそう、お夕飯のとき急に決まったんです」
千鶴「別に仲間外れとかそういうのじゃ」
泰葉「あはは、解ってる解ってる」
裕美「ケロッとした顔で笑ってる……!?」
ほたる「さっきまで絶対泣いてる顔だったのに」
千鶴「さすが芸歴11年……!!」
泰葉「裕美ちゃん達がそんな性格悪いことしないって解ってるよ……で、改めて一緒にお泊まりしていい? 裕美ちゃんのお仕事の話も聞きたいし、おりんごの消費に協力してほしい」
裕美「もちろん、いいよ」
ほたる「それ、全部おりんごなんですか」
千鶴「結構な数だね……」
泰葉「いいでしょ。いくつか剥いてあげるからみんなで食べようよー」
裕美「あ、じゃあ私、果物ナイフ持ってくるね」
泰葉「大丈夫、手持ちがあるから(ピッ)」
裕美「あ、ほんとだ」
ほたる「用意いいんですね。さすが芸歴11年……!」
千鶴「なんでも芸歴に絡めて誉めるのもいかがなものか」
泰葉「さっき自分も芸歴がらみで誉めてたくせにー」
千鶴「あれはちゃんと芸事関連だったじゃない」
泰葉「あはは、確かに」
裕美「芸事……そっか、泰葉ちゃんにも、聞きたいな」
泰葉「私に?」
裕美「うん、あのね。私、今度のお仕事、ハロウィンで、ちょっと悪い子で」
泰葉「ああ、フレデリカさんたちと一緒なんだっけ。いいなあ、私もまたフレデリカさんとお仕事したいなあ」
千鶴「泰葉ちゃんは以前ご一緒したことがあったんだっけ」
泰葉「うん、バレンタインの時にちょっとね」
裕美「私たちがガーナに行ってる間に泰葉ちゃんもバレンタインのお仕事してたんですね……」
泰葉「ま、いろんなアプローチがあるよね……で、ハロウィン、魔物っぽい感じなんだっけ」
裕美「うん。でも……」
ほたる「裕美ちゃんすごくいい子だから悪い魔物がなかなかうまくできないんですって」
裕美「今回魔物なのに、なんていうか、うまく悪い感じって、難しくて……」
泰葉「あー」
千鶴「ねー」
ほたる「裕美ちゃんはいい子オブいい子ですものね」
裕美「そんなことないよ? ちゃんと悪いところも、きっと人並みにはあるもん」
千鶴「そういう正直なところがまたいい子だよね」
泰葉「芸歴11年でスレてしまった私にはまぶしすぎる輝きだね……」
裕美「もう、ふたりったら!(ぷくー)」
泰葉「ごめんごめん……じゃ、私なりのアドバイス。おりんご剥きながらでいい?」
裕美「うん、もちろん」
ほたる「あ、私お皿持ってきますね」
千鶴「それじゃ私は飲み物でも」
裕美「ふたりともありがとう」
ほたる「お皿持ってきました!」
千鶴「お茶用意しました!」
泰葉「じゃあさっそく剥いていきまーす(ショリショリ)」
裕美「わあ、上手……!」
ほたる「泰葉ちゃん、お料理上手でしたっけ」
泰葉「あんまり。でもまあ、試食するときに辻野さんがお手本見せてくれたからね(ショリショリ)」
裕美「それだけでこんなに?……すごい」
泰葉「観察と模倣は芸事の基本だもん……で、私としては、フレデリカさんを観察すればいいと思うな」
裕美「フレデリカさんを?」
泰葉「まじめに本当に『悪い』裕美ちゃんを見せたって、誰もうれしくないものね。特別な日に好き放題するモンスター、魔女……そんなものが魅力的に見えるのは、人間よりずっと奔放で自由、だからだよ」
裕美「自由……」
ほたる「自由な猫や鳥が、うらやましく見えたりする感じでしょうか」
千鶴「ほたるちゃんが言うとなんか重いなあ」
泰葉「でもまあ、そう。私たちが離れられないモラルや枠を飛び越えて、奔放に自由に振る舞う魔物が、かっこよくにも魅力的にも、ときに悪くも見えるってわけ……で、フレデリカさんは自由奔放の達人だからね」
裕美「うん、それはすごく解る」
千鶴「泰葉ちゃん、すごくフレデリカさんを買ってるんだね」
泰葉「もちろん。あれだけ自由で、人を振り回して、それがチャーミングに見える人ってなかなかいないものね。だから、フレデリカさんをよく観察して、いつもの裕美ちゃんよりちょっと自由になってみるといいと思うよ」
裕美「うん、解った。がんばって自由になる」
千鶴「あっ、これは苦労しそう」
ほたる「私たち、揃ってハメはずすのが苦手ですものね」
泰葉「それも経験、経験です……あと、そうだね。もひとつアドバイスするとしたら……」
裕美「何? 聞かせて」
泰葉「入れ込みすぎないことかな。ちょっと肩の力を抜いて、楽しむこと」
裕美「……それが、アドバイス?」
千鶴「ミス・プロ意識の泰葉ちゃんが入れ込みすぎるなとか言うとは思わなかった」
泰葉「大事な事だよ? はい、剥けました。おりんごどうぞ」
裕美「ありがとう……あ、おいしい(もしょもしょ)」
ほたる「でも、お仕事ですから。真剣でないといけないんじゃないでしょうか(もぐもぐ)」
千鶴「真剣であること、と入れ込みすぎないことは両立するでしょ? 自分を客観視してリラックスすることは、いつだって大事だよ」
泰葉「さすが千鶴ちゃんはいい事言う、その通り。このうさぎに切ったりんごを進呈いたしましょう」
千鶴「謹んで頂戴いたします」
泰葉「……裕美ちゃんもそうだけど、私たちこのごろ公演とか、演技のお仕事増えて来てるでしょ」
裕美「うん」
ほたる「4人一緒の公演、楽しかったです」
千鶴「そうそう、ふだんとは違う顔、自分の中にあるかも知れない顔。普段なら絶対言わないような言葉が、驚くぐらい自然に出てきたりね」
裕美「うん。新しい自分を発見するみたいで、とっても楽しいの」
泰葉「うん。演技は楽しいんだ……だけど、入れ込みすぎると戻ってこられなくなる人もいるからね」
裕美「戻って、こられない?」
泰葉「……知ってる? 舞台の上には魔物が住んでる、って話」
裕美「言葉だけは聞いたこと、あるような」
千鶴「ステージの上では思ってもみない事が起きる、って話だよね。練習では起こらないような失敗をしたり、予想もしないようなトラブルが起きたり。そういうのを『魔物』になぞらえてる話」
泰葉「ふつうはそういう意味だけどね……でも、本当に居るんだよ、魔物が」
ほたる「えっ」
泰葉「私は、見たことがあるの。その魔物を」
裕美「魔物って、え」
千鶴「冗談とかじゃないんだよね」
泰葉「もちろん」
裕美「……」
ほたる「……」
泰葉「興味津々て顔だね」
千鶴「正直気になる」
ほたる「私も」
裕美「だって、こんな言われかたしたら、気になっちゃうのしかたないじゃない」
泰葉「あはは、それはそうだよねえ」
裕美「もう、泰葉ちゃんたら……」
泰葉「じゃ、ハロウィンも近いことだし。私が見た魔物の話をしようかな。お茶とりんごは……」
ほたる「まだあります」
千鶴「貯蔵は十分です」
泰葉「よろしい……あれは私が、まだめちゃくちゃ生意気な子役だった7歳ぐらいのころ。当時のプロデューサーさんがね、観劇に連れてってくれたんだ」
千鶴「そのころから年上好きだったのかー……」
泰葉「違うからね? ……生意気だった私に喝を入れるためだったんだと思うよ。場末の劇場のチャンバラ劇でさ。正直、こんなの観ても意味ないじゃんとか思ってたなあ」
ほたる「7歳の泰葉ちゃん怖い……」
千鶴「まあ、そのくらいの歳の子って無限に生意気なもんだよね」
泰葉「そうそう。生意気盛りでねー……でも、もうその劇見て、大ショックを受けたの、私」
裕美「へえ」
泰葉「筋はお涙頂戴の時代劇で役者も平凡。大道具も小道具もちゃっちくて……でもね。主役が出てくると、変わったんだ、舞台が」
ほたる「変わった?」
泰葉「文字通り、地味な着流しのお侍さんが出てくると、その時だけ舞台が本物になったんだよ」
千鶴「……」
泰葉「袖から主役が出てくると、お芝居だったはずのチャンバラが本物になったの」
泰葉「その人がに語りかけられると、役者たちは本物の剣豪を前にしたように振る舞い出す。その人が刀を抜くと、竹光のはずの刀がぎらっと鉄のいろに輝いた」
泰葉「それまで大根だった役者たちが、本当に凶剣をおそれるような顔になる。舞台に緊張感が走る。斬られ役の斬られかたさえ変わる。その人はたった一人で、陳腐な脚本も、安いセットも、大根な共演者も制圧して、舞台を本物の『剣豪のいる場所』にしてしまったんだ」
ほたる「……すごい、話ですね」
泰葉「本当に凄かったよ……! 私はもうショック受けちゃってね。舞台が引けたら、無理言って舞台裏の、その人のところに駆けて行ったの。凄かったです、どうしたらあんなことができるんですかって。舞台が終わって疲れてるはずのその人に、勢い込んで聞いたなあ」
裕美「その泰葉ちゃん、ちょっと観てみたかった」
千鶴「それで、その人はなんて?」
泰葉「『大した事じゃない。舞台の刀は竹光だが、刀の重さがそこにあるように振る舞い、人を殺せるものを扱っていると信じて振る舞い、それを扱うための修練を積んだように振る舞えば――』」
泰葉「『舞台の上で竹光は真剣に、役者は剣豪に見えるのだ。そして本物の剣豪がそこに居ると周りに信じさせることができれば、周りは皆抜き身の剣を目の前にしたように振る舞わざるを得なくなる』って」
千鶴「……いや、それは、そうかもしれないけど、でも」
裕美「全然簡単なことじゃないよ。凄い事だよ」
泰葉「でも、その人はやったんだよ。ただひとり演技で、舞台を本物にしてみせたの。そういう演技の境地があるんだって、私に教えてくれたの」
ほたる「目を輝かせている泰葉ちゃんが、見えるみたいです……」
泰葉「えへへ、実際そうだったなあ……で、もう、それからはその人のところに通い詰め。舞台を観て、楽屋を訪ねて、話を聞いてね」
裕美「せ、積極的だったんだね……」
泰葉「だって、そんな役者さんに会ったの初めてだったからね。もう開眼!! ステキ!! その人のこともっと知りたい!! って感じだったよ私」
ほたる「熱烈です」
千鶴「今のプロデューサーさん一筋泰葉ちゃんの片鱗が見えるなあ」
泰葉「なんとでもおっしゃい。とにかくその人の事芸の秘訣を知りたかったからね」
裕美「……どんな人だったの?」
泰葉「無茶苦茶偏屈な人だったよ」
千鶴「そんな感じはした」
泰葉「いつも楽屋の隅っこで、1人で考え事をしているか、竹光をじっと眺めていてね。無口だったなあ」
ほたる「孤高の天才、って感じなんでしょうか」
泰葉「そういう感じでもあったし、単に人付き合いが嫌いだったのもあったみたい。劇団の他の人とも、個人的なつきあいは全然なかったって」
裕美「そんな人のところに何度も訪ねていって、いやがられなかった?」
泰葉「凄くいやがられた」
千鶴「そりゃそうでしょうよ」
泰葉「でもほら私、こうと決めたら梃子でも動かないでしょ」
ほたる「確かに」
泰葉「そのうちその人も根負けしたのか、色々私に話してくれるようになったの。考え方、話し方、目の配りかた。刀を持ってたらどう歩くのか。台本を読むってどういう事なのか……聞くこと聞くこと凄くて、参考になったなあ」
千鶴「ある意味、泰葉ちゃんのお師匠さんって訳だね」
泰葉「もちろん私は子役でチャンバラなんて縁がなかったけど、一事が万事。役をどうやって本物にするのか、役にどう入り込むのかって言うことは何にでも通じるからね。
千鶴「なるほど」
泰葉「もう、毎日真似したなあ。小道具の刀を貸してもらってね。これが本物の鉄だったら、肩はどんな風に下がるだろう。本当に人を殺せる刀を抜くとき、私はどんな顔をするだろう……って、めちゃくちゃ練習した」
裕美「……泰葉ちゃんにそこまでさせるほど凄い役者さんなら、私も観てみたいなあ」
ほたる「私もです。その劇場、どこにあるんですか?」
泰葉「その劇団はもう無いし、その人も今は行方不明」
千鶴「えっ」
ほたる「行方不明? 劇場が倒産とか……」
泰葉「そういうんじゃなくてね。本当に消えちゃったの」
裕美「消えた、って」
泰葉「……消える、何日か前にね。その人は言ったの。自分はまだまだだ、って」
裕美「どう考えても凄いよね?」
泰葉「私もそう言ったよ。でもね、その人は小道具の安っぽい刀を見ながら、言ったんだ」
千鶴「……なんて?」
泰葉「『もしも俺の演技が本物になって、この刀が本物だと客にも役者にも自分にも、そしてこの刀自身にも信じさせることができたなら、たとえ竹光でも本当に斬れるはずなのだ』って」
千鶴「いや、それは無理でしょ。そんなことが出来るのは、それこそ……あっ」
泰葉「……斬れるはずだって言った時のその人の目を、今でも覚えてるよ。人の目じゃなかった。魔物のような目だった」
ほたる「……」
泰葉「その人が消えたのは、その次の公演だった。舞台袖から出てきたときから、様子が違ってた。いつものように刀を抜いて、そして」
千鶴「……そして?」
泰葉「斬られ役にずばっと刀を振り下ろした。血しぶきが上がって、斬られ役が倒れて……その人は煙みたいに舞台の上から消えたの。深々と舞台に突き刺さった、血染めの竹光だけを残して……」
裕美「……」
千鶴「……」
ほたる「……どう、して」
泰葉「結局のところは解らない。私も、どうしてその人が消えたんだろうってずっと考えてた。刀を振る練習をずっと続けながらね」
千鶴「……答えは出た?」
泰葉「その人は、本物にしたかったんだと思う。偽物の刀を、安い大道具を、舞台を、自分の力で本物にしたかった……でも、千鶴ちゃんが言おうとした通りだよ。そんなことが出来るのは魔物だけ。そして、舞台は役を演じる人間たちの物であって、魔物のための場所じゃなかったんだ」
千鶴「……うん」
泰葉「きっとあの人は、役者としてのすべてを賭けてあの竹光を本物にした。そしてその瞬間、人間をはみ出して、魔物になって……だからあの舞台の上に、居られなくなってしまったんだ、って」
ほたる「……」
泰葉「もしかしたらあの人は、今でも自分が上がれる舞台を求めて、どこかをさまよっているのかも知れないね」
裕美「……ぐすっ」
泰葉「裕美ちゃん、泣いてるの」
裕美「だって、だって、その人が可哀想で」
千鶴「……怖い話だったけど、なんだか切ないですよね」
泰葉「あんまり真に受けなくていいよ。これ、作り話だから」
裕美「えーーーーっ!?」
泰葉「うわ、こんな大声あげる裕美ちゃん初めて見たかも」
裕美「えっ、だって、だって全然作り話をしてる感じじゃなかったのに!? えっ、今までの話全部嘘!?」
泰葉「ふふふ、一番最初に私の嘘泣きにだまされたのに、みんな警戒が足りないんじゃないかな?」
千鶴「すっかりだまされたよ、もう」
泰葉「ふふふ、ごめんね。でも、入れ込みすぎちゃダメだ、って言うのは本当だよ」
裕美「泰葉ちゃん」
泰葉「ちゃんと自分が演じてるって自覚をもって、本物になろうとしすぎちゃダメ。自分と役をきちんと切り分けるの。そうしないと、おかしな事になっちゃうからね」
千鶴「おかしな事?」
泰葉「すごく有名な番組でずっと医者役をやっていた人が居てね。飛行機で病人が出て『お客様のなかにお医者様はいらっしゃいませんか!!』って聞かれて、無意識に手をあげちゃったりしたらしいよ」
裕美「それは困る」
泰葉「さっきの人の話じゃないけどね。役に、自分の演技に影響を受けすぎちゃいけないってことだよね。裕美ちゃんは入れ込むたちだから、そこのところはちょっと注意してほしいな」
裕美「はい!!」
泰葉「いい返事だなあ(ジリリリリン)」
千鶴「裕美ちゃんのお返事は聞いてて気持ちいいよね……ってか泰葉ちゃん、スマホに着信」
泰葉「あ、本当だ……プロデューサーさんからか」
裕美「何の電話かな」
泰葉「明日の仕事の連絡かな。それともデートのお誘いかも」
千鶴「後者は絶対無い」
泰葉「解ってまーす……じゃごめん、ちょっと席外すね」
裕美「うん、ゆっくり話してきて」
泰葉「ありがと。また後でね」
千鶴「……はー、すっかりだまされたね」
裕美「ね。口調も表情も真剣そのもので、まさか嘘だなんて思わなかった」
千鶴「でも、ちょっとホッとしたかな。そんな人が居たら、可哀想だもの」
裕美「うん。本当に斬っちゃったのは怖いけど、役に入り込んで頑張って突き詰めた先に、どこにも居られなくなっちゃうなんて、可哀想すぎるよ」
ほたる「……」
裕美「……どうしたのほたるちゃん、青い顔して」
千鶴「そう言えば泰葉ちゃんの話の途中から、ずっと黙ってたね」
ほたる「……あれ見てください。泰葉ちゃんがおりんごを剥いてた果物ナイフ」
裕美「……これって」
ほたる「ペーパーナイフなんです。竹の、刃なんか、ついてない」
裕美「嘘。だって、これで、私たちの目の前でおりんご剥いて。最初に出した時だって、確かにちゃんとナイフで」
千鶴「……じゃあ、もしかして、さっきのあの話って」
ほたる「……はい」
裕美「……」
千鶴「……」
ほたる「……」
千鶴「……これは、私たちだけの秘密にしよう。あの話のことも。このペーパーナイフのことも」
裕美「う、うん」
ほたる「解りました。それがいいと思います」
泰葉「ただいまー。ごめんねお待たせしちゃって」
裕美(私たちは、笑って泰葉ちゃんを迎えました。竹のペーパーナイフには、気づかないふりをして)
裕美(泰葉ちゃんが本当にあのペーパーナイフで林檎を剥いたのか、それとも私たちを脅かすためにちょっとすり替えてみせたのか)
裕美(どっちだとしても、何故そんなことをして見せたのか、何故あの話を聞かせてくれたのか……それは私たちには、解りません。聞かない方がいい気がしたからです)
裕美(だから、このお話はそこでおしまいになりました。だけど……それから演技のお仕事をいただくたびに、私はふと、思い出すのです)
裕美(一本の竹光を本物の刀にしようとして居場所を失った、今もどこかをさまよっているかもしれない、着流し姿のお侍のことを……)
(おしまい)
元スレ
ほたる「あ、泰葉ちゃんだ」
千鶴「泰葉ちゃんて直帰の予定じゃなかったっけ」
泰葉「あれっ、GBNS勢ぞろい? なんで? そして確かに狭い」
裕美「だから狭いって言ったでしょ? 千鶴ちゃん、ほたるちゃん、ちょっと寄ってあげてー」
ほたる「はーい(寄り寄り)」
千鶴「泰葉ちゃん裕美ちゃんの隣ね(詰め詰め)」
泰葉「おじゃまします……あっ、よく見たら2人とももうパジャマだ」
ほたる「はい。今日は裕美ちゃんのお部屋にお泊まりしにきたの」
千鶴「そうそう。新しいお仕事の話、聞かせてほしかったし」
泰葉「なんてことだ……私抜きでお泊まりなんて……仲間外れなんて……私悲しい(ヨヨヨ)」
裕美「だ、だって泰葉ちゃん今日は出先から直帰だって言ってたし、わざわざ呼び戻すのも悪いかなって」
ほたる「そうそう、お夕飯のとき急に決まったんです」
千鶴「別に仲間外れとかそういうのじゃ」
泰葉「あはは、解ってる解ってる」
裕美「ケロッとした顔で笑ってる……!?」
ほたる「さっきまで絶対泣いてる顔だったのに」
千鶴「さすが芸歴11年……!!」
3: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)17:55:04 ID:tZL
泰葉「裕美ちゃん達がそんな性格悪いことしないって解ってるよ……で、改めて一緒にお泊まりしていい? 裕美ちゃんのお仕事の話も聞きたいし、おりんごの消費に協力してほしい」
裕美「もちろん、いいよ」
ほたる「それ、全部おりんごなんですか」
千鶴「結構な数だね……」
泰葉「いいでしょ。いくつか剥いてあげるからみんなで食べようよー」
裕美「あ、じゃあ私、果物ナイフ持ってくるね」
泰葉「大丈夫、手持ちがあるから(ピッ)」
裕美「あ、ほんとだ」
ほたる「用意いいんですね。さすが芸歴11年……!」
千鶴「なんでも芸歴に絡めて誉めるのもいかがなものか」
泰葉「さっき自分も芸歴がらみで誉めてたくせにー」
千鶴「あれはちゃんと芸事関連だったじゃない」
泰葉「あはは、確かに」
裕美「芸事……そっか、泰葉ちゃんにも、聞きたいな」
泰葉「私に?」
裕美「うん、あのね。私、今度のお仕事、ハロウィンで、ちょっと悪い子で」
泰葉「ああ、フレデリカさんたちと一緒なんだっけ。いいなあ、私もまたフレデリカさんとお仕事したいなあ」
千鶴「泰葉ちゃんは以前ご一緒したことがあったんだっけ」
泰葉「うん、バレンタインの時にちょっとね」
裕美「私たちがガーナに行ってる間に泰葉ちゃんもバレンタインのお仕事してたんですね……」
泰葉「ま、いろんなアプローチがあるよね……で、ハロウィン、魔物っぽい感じなんだっけ」
裕美「うん。でも……」
4: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)17:55:32 ID:tZL
ほたる「裕美ちゃんすごくいい子だから悪い魔物がなかなかうまくできないんですって」
裕美「今回魔物なのに、なんていうか、うまく悪い感じって、難しくて……」
泰葉「あー」
千鶴「ねー」
ほたる「裕美ちゃんはいい子オブいい子ですものね」
裕美「そんなことないよ? ちゃんと悪いところも、きっと人並みにはあるもん」
千鶴「そういう正直なところがまたいい子だよね」
泰葉「芸歴11年でスレてしまった私にはまぶしすぎる輝きだね……」
裕美「もう、ふたりったら!(ぷくー)」
泰葉「ごめんごめん……じゃ、私なりのアドバイス。おりんご剥きながらでいい?」
裕美「うん、もちろん」
ほたる「あ、私お皿持ってきますね」
千鶴「それじゃ私は飲み物でも」
裕美「ふたりともありがとう」
ほたる「お皿持ってきました!」
千鶴「お茶用意しました!」
泰葉「じゃあさっそく剥いていきまーす(ショリショリ)」
裕美「わあ、上手……!」
ほたる「泰葉ちゃん、お料理上手でしたっけ」
泰葉「あんまり。でもまあ、試食するときに辻野さんがお手本見せてくれたからね(ショリショリ)」
裕美「それだけでこんなに?……すごい」
泰葉「観察と模倣は芸事の基本だもん……で、私としては、フレデリカさんを観察すればいいと思うな」
裕美「フレデリカさんを?」
5: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)17:55:54 ID:tZL
泰葉「まじめに本当に『悪い』裕美ちゃんを見せたって、誰もうれしくないものね。特別な日に好き放題するモンスター、魔女……そんなものが魅力的に見えるのは、人間よりずっと奔放で自由、だからだよ」
裕美「自由……」
ほたる「自由な猫や鳥が、うらやましく見えたりする感じでしょうか」
千鶴「ほたるちゃんが言うとなんか重いなあ」
泰葉「でもまあ、そう。私たちが離れられないモラルや枠を飛び越えて、奔放に自由に振る舞う魔物が、かっこよくにも魅力的にも、ときに悪くも見えるってわけ……で、フレデリカさんは自由奔放の達人だからね」
裕美「うん、それはすごく解る」
千鶴「泰葉ちゃん、すごくフレデリカさんを買ってるんだね」
泰葉「もちろん。あれだけ自由で、人を振り回して、それがチャーミングに見える人ってなかなかいないものね。だから、フレデリカさんをよく観察して、いつもの裕美ちゃんよりちょっと自由になってみるといいと思うよ」
裕美「うん、解った。がんばって自由になる」
千鶴「あっ、これは苦労しそう」
ほたる「私たち、揃ってハメはずすのが苦手ですものね」
泰葉「それも経験、経験です……あと、そうだね。もひとつアドバイスするとしたら……」
裕美「何? 聞かせて」
泰葉「入れ込みすぎないことかな。ちょっと肩の力を抜いて、楽しむこと」
裕美「……それが、アドバイス?」
千鶴「ミス・プロ意識の泰葉ちゃんが入れ込みすぎるなとか言うとは思わなかった」
泰葉「大事な事だよ? はい、剥けました。おりんごどうぞ」
裕美「ありがとう……あ、おいしい(もしょもしょ)」
ほたる「でも、お仕事ですから。真剣でないといけないんじゃないでしょうか(もぐもぐ)」
千鶴「真剣であること、と入れ込みすぎないことは両立するでしょ? 自分を客観視してリラックスすることは、いつだって大事だよ」
泰葉「さすが千鶴ちゃんはいい事言う、その通り。このうさぎに切ったりんごを進呈いたしましょう」
千鶴「謹んで頂戴いたします」
6: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:10:34 ID:tZL
泰葉「……裕美ちゃんもそうだけど、私たちこのごろ公演とか、演技のお仕事増えて来てるでしょ」
裕美「うん」
ほたる「4人一緒の公演、楽しかったです」
千鶴「そうそう、ふだんとは違う顔、自分の中にあるかも知れない顔。普段なら絶対言わないような言葉が、驚くぐらい自然に出てきたりね」
裕美「うん。新しい自分を発見するみたいで、とっても楽しいの」
泰葉「うん。演技は楽しいんだ……だけど、入れ込みすぎると戻ってこられなくなる人もいるからね」
裕美「戻って、こられない?」
泰葉「……知ってる? 舞台の上には魔物が住んでる、って話」
裕美「言葉だけは聞いたこと、あるような」
千鶴「ステージの上では思ってもみない事が起きる、って話だよね。練習では起こらないような失敗をしたり、予想もしないようなトラブルが起きたり。そういうのを『魔物』になぞらえてる話」
泰葉「ふつうはそういう意味だけどね……でも、本当に居るんだよ、魔物が」
ほたる「えっ」
泰葉「私は、見たことがあるの。その魔物を」
裕美「魔物って、え」
千鶴「冗談とかじゃないんだよね」
泰葉「もちろん」
裕美「……」
ほたる「……」
泰葉「興味津々て顔だね」
千鶴「正直気になる」
ほたる「私も」
裕美「だって、こんな言われかたしたら、気になっちゃうのしかたないじゃない」
泰葉「あはは、それはそうだよねえ」
裕美「もう、泰葉ちゃんたら……」
7: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:10:59 ID:tZL
泰葉「じゃ、ハロウィンも近いことだし。私が見た魔物の話をしようかな。お茶とりんごは……」
ほたる「まだあります」
千鶴「貯蔵は十分です」
泰葉「よろしい……あれは私が、まだめちゃくちゃ生意気な子役だった7歳ぐらいのころ。当時のプロデューサーさんがね、観劇に連れてってくれたんだ」
千鶴「そのころから年上好きだったのかー……」
泰葉「違うからね? ……生意気だった私に喝を入れるためだったんだと思うよ。場末の劇場のチャンバラ劇でさ。正直、こんなの観ても意味ないじゃんとか思ってたなあ」
ほたる「7歳の泰葉ちゃん怖い……」
千鶴「まあ、そのくらいの歳の子って無限に生意気なもんだよね」
泰葉「そうそう。生意気盛りでねー……でも、もうその劇見て、大ショックを受けたの、私」
裕美「へえ」
泰葉「筋はお涙頂戴の時代劇で役者も平凡。大道具も小道具もちゃっちくて……でもね。主役が出てくると、変わったんだ、舞台が」
ほたる「変わった?」
泰葉「文字通り、地味な着流しのお侍さんが出てくると、その時だけ舞台が本物になったんだよ」
千鶴「……」
8: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:13:45 ID:tZL
泰葉「袖から主役が出てくると、お芝居だったはずのチャンバラが本物になったの」
泰葉「その人がに語りかけられると、役者たちは本物の剣豪を前にしたように振る舞い出す。その人が刀を抜くと、竹光のはずの刀がぎらっと鉄のいろに輝いた」
泰葉「それまで大根だった役者たちが、本当に凶剣をおそれるような顔になる。舞台に緊張感が走る。斬られ役の斬られかたさえ変わる。その人はたった一人で、陳腐な脚本も、安いセットも、大根な共演者も制圧して、舞台を本物の『剣豪のいる場所』にしてしまったんだ」
ほたる「……すごい、話ですね」
泰葉「本当に凄かったよ……! 私はもうショック受けちゃってね。舞台が引けたら、無理言って舞台裏の、その人のところに駆けて行ったの。凄かったです、どうしたらあんなことができるんですかって。舞台が終わって疲れてるはずのその人に、勢い込んで聞いたなあ」
裕美「その泰葉ちゃん、ちょっと観てみたかった」
千鶴「それで、その人はなんて?」
9: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:15:36 ID:tZL
泰葉「『大した事じゃない。舞台の刀は竹光だが、刀の重さがそこにあるように振る舞い、人を殺せるものを扱っていると信じて振る舞い、それを扱うための修練を積んだように振る舞えば――』」
泰葉「『舞台の上で竹光は真剣に、役者は剣豪に見えるのだ。そして本物の剣豪がそこに居ると周りに信じさせることができれば、周りは皆抜き身の剣を目の前にしたように振る舞わざるを得なくなる』って」
千鶴「……いや、それは、そうかもしれないけど、でも」
裕美「全然簡単なことじゃないよ。凄い事だよ」
泰葉「でも、その人はやったんだよ。ただひとり演技で、舞台を本物にしてみせたの。そういう演技の境地があるんだって、私に教えてくれたの」
ほたる「目を輝かせている泰葉ちゃんが、見えるみたいです……」
泰葉「えへへ、実際そうだったなあ……で、もう、それからはその人のところに通い詰め。舞台を観て、楽屋を訪ねて、話を聞いてね」
裕美「せ、積極的だったんだね……」
泰葉「だって、そんな役者さんに会ったの初めてだったからね。もう開眼!! ステキ!! その人のこともっと知りたい!! って感じだったよ私」
ほたる「熱烈です」
千鶴「今のプロデューサーさん一筋泰葉ちゃんの片鱗が見えるなあ」
泰葉「なんとでもおっしゃい。とにかくその人の事芸の秘訣を知りたかったからね」
裕美「……どんな人だったの?」
泰葉「無茶苦茶偏屈な人だったよ」
千鶴「そんな感じはした」
10: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:18:11 ID:tZL
泰葉「いつも楽屋の隅っこで、1人で考え事をしているか、竹光をじっと眺めていてね。無口だったなあ」
ほたる「孤高の天才、って感じなんでしょうか」
泰葉「そういう感じでもあったし、単に人付き合いが嫌いだったのもあったみたい。劇団の他の人とも、個人的なつきあいは全然なかったって」
裕美「そんな人のところに何度も訪ねていって、いやがられなかった?」
泰葉「凄くいやがられた」
千鶴「そりゃそうでしょうよ」
泰葉「でもほら私、こうと決めたら梃子でも動かないでしょ」
ほたる「確かに」
泰葉「そのうちその人も根負けしたのか、色々私に話してくれるようになったの。考え方、話し方、目の配りかた。刀を持ってたらどう歩くのか。台本を読むってどういう事なのか……聞くこと聞くこと凄くて、参考になったなあ」
千鶴「ある意味、泰葉ちゃんのお師匠さんって訳だね」
泰葉「もちろん私は子役でチャンバラなんて縁がなかったけど、一事が万事。役をどうやって本物にするのか、役にどう入り込むのかって言うことは何にでも通じるからね。
千鶴「なるほど」
泰葉「もう、毎日真似したなあ。小道具の刀を貸してもらってね。これが本物の鉄だったら、肩はどんな風に下がるだろう。本当に人を殺せる刀を抜くとき、私はどんな顔をするだろう……って、めちゃくちゃ練習した」
裕美「……泰葉ちゃんにそこまでさせるほど凄い役者さんなら、私も観てみたいなあ」
ほたる「私もです。その劇場、どこにあるんですか?」
泰葉「その劇団はもう無いし、その人も今は行方不明」
千鶴「えっ」
11: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:20:24 ID:tZL
ほたる「行方不明? 劇場が倒産とか……」
泰葉「そういうんじゃなくてね。本当に消えちゃったの」
裕美「消えた、って」
泰葉「……消える、何日か前にね。その人は言ったの。自分はまだまだだ、って」
裕美「どう考えても凄いよね?」
泰葉「私もそう言ったよ。でもね、その人は小道具の安っぽい刀を見ながら、言ったんだ」
千鶴「……なんて?」
泰葉「『もしも俺の演技が本物になって、この刀が本物だと客にも役者にも自分にも、そしてこの刀自身にも信じさせることができたなら、たとえ竹光でも本当に斬れるはずなのだ』って」
千鶴「いや、それは無理でしょ。そんなことが出来るのは、それこそ……あっ」
泰葉「……斬れるはずだって言った時のその人の目を、今でも覚えてるよ。人の目じゃなかった。魔物のような目だった」
ほたる「……」
泰葉「その人が消えたのは、その次の公演だった。舞台袖から出てきたときから、様子が違ってた。いつものように刀を抜いて、そして」
千鶴「……そして?」
泰葉「斬られ役にずばっと刀を振り下ろした。血しぶきが上がって、斬られ役が倒れて……その人は煙みたいに舞台の上から消えたの。深々と舞台に突き刺さった、血染めの竹光だけを残して……」
裕美「……」
千鶴「……」
ほたる「……どう、して」
泰葉「結局のところは解らない。私も、どうしてその人が消えたんだろうってずっと考えてた。刀を振る練習をずっと続けながらね」
千鶴「……答えは出た?」
12: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:20:52 ID:tZL
泰葉「その人は、本物にしたかったんだと思う。偽物の刀を、安い大道具を、舞台を、自分の力で本物にしたかった……でも、千鶴ちゃんが言おうとした通りだよ。そんなことが出来るのは魔物だけ。そして、舞台は役を演じる人間たちの物であって、魔物のための場所じゃなかったんだ」
千鶴「……うん」
泰葉「きっとあの人は、役者としてのすべてを賭けてあの竹光を本物にした。そしてその瞬間、人間をはみ出して、魔物になって……だからあの舞台の上に、居られなくなってしまったんだ、って」
ほたる「……」
泰葉「もしかしたらあの人は、今でも自分が上がれる舞台を求めて、どこかをさまよっているのかも知れないね」
裕美「……ぐすっ」
泰葉「裕美ちゃん、泣いてるの」
裕美「だって、だって、その人が可哀想で」
千鶴「……怖い話だったけど、なんだか切ないですよね」
泰葉「あんまり真に受けなくていいよ。これ、作り話だから」
裕美「えーーーーっ!?」
泰葉「うわ、こんな大声あげる裕美ちゃん初めて見たかも」
13: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:21:19 ID:tZL
裕美「えっ、だって、だって全然作り話をしてる感じじゃなかったのに!? えっ、今までの話全部嘘!?」
泰葉「ふふふ、一番最初に私の嘘泣きにだまされたのに、みんな警戒が足りないんじゃないかな?」
千鶴「すっかりだまされたよ、もう」
泰葉「ふふふ、ごめんね。でも、入れ込みすぎちゃダメだ、って言うのは本当だよ」
裕美「泰葉ちゃん」
泰葉「ちゃんと自分が演じてるって自覚をもって、本物になろうとしすぎちゃダメ。自分と役をきちんと切り分けるの。そうしないと、おかしな事になっちゃうからね」
千鶴「おかしな事?」
泰葉「すごく有名な番組でずっと医者役をやっていた人が居てね。飛行機で病人が出て『お客様のなかにお医者様はいらっしゃいませんか!!』って聞かれて、無意識に手をあげちゃったりしたらしいよ」
裕美「それは困る」
泰葉「さっきの人の話じゃないけどね。役に、自分の演技に影響を受けすぎちゃいけないってことだよね。裕美ちゃんは入れ込むたちだから、そこのところはちょっと注意してほしいな」
裕美「はい!!」
泰葉「いい返事だなあ(ジリリリリン)」
千鶴「裕美ちゃんのお返事は聞いてて気持ちいいよね……ってか泰葉ちゃん、スマホに着信」
泰葉「あ、本当だ……プロデューサーさんからか」
裕美「何の電話かな」
泰葉「明日の仕事の連絡かな。それともデートのお誘いかも」
千鶴「後者は絶対無い」
泰葉「解ってまーす……じゃごめん、ちょっと席外すね」
裕美「うん、ゆっくり話してきて」
泰葉「ありがと。また後でね」
14: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:21:45 ID:tZL
千鶴「……はー、すっかりだまされたね」
裕美「ね。口調も表情も真剣そのもので、まさか嘘だなんて思わなかった」
千鶴「でも、ちょっとホッとしたかな。そんな人が居たら、可哀想だもの」
裕美「うん。本当に斬っちゃったのは怖いけど、役に入り込んで頑張って突き詰めた先に、どこにも居られなくなっちゃうなんて、可哀想すぎるよ」
ほたる「……」
裕美「……どうしたのほたるちゃん、青い顔して」
千鶴「そう言えば泰葉ちゃんの話の途中から、ずっと黙ってたね」
ほたる「……あれ見てください。泰葉ちゃんがおりんごを剥いてた果物ナイフ」
裕美「……これって」
ほたる「ペーパーナイフなんです。竹の、刃なんか、ついてない」
裕美「嘘。だって、これで、私たちの目の前でおりんご剥いて。最初に出した時だって、確かにちゃんとナイフで」
千鶴「……じゃあ、もしかして、さっきのあの話って」
ほたる「……はい」
裕美「……」
千鶴「……」
ほたる「……」
15: ◆cgcCmk1QIM 20/10/23(金)20:22:22 ID:tZL
千鶴「……これは、私たちだけの秘密にしよう。あの話のことも。このペーパーナイフのことも」
裕美「う、うん」
ほたる「解りました。それがいいと思います」
泰葉「ただいまー。ごめんねお待たせしちゃって」
裕美(私たちは、笑って泰葉ちゃんを迎えました。竹のペーパーナイフには、気づかないふりをして)
裕美(泰葉ちゃんが本当にあのペーパーナイフで林檎を剥いたのか、それとも私たちを脅かすためにちょっとすり替えてみせたのか)
裕美(どっちだとしても、何故そんなことをして見せたのか、何故あの話を聞かせてくれたのか……それは私たちには、解りません。聞かない方がいい気がしたからです)
裕美(だから、このお話はそこでおしまいになりました。だけど……それから演技のお仕事をいただくたびに、私はふと、思い出すのです)
裕美(一本の竹光を本物の刀にしようとして居場所を失った、今もどこかをさまよっているかもしれない、着流し姿のお侍のことを……)
(おしまい)
岡崎泰葉「魔物はそこに居た」