1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 02:55:18.91 ID:Q5i0S/hx0
──もう、厭だ。
そう思った。
私が悪かったのかも知れない。
いつもいつも妹の憂に頼り、甘え、
自分では満足に身の周りの事をできないでいたのだ。
なら仕方ないとも考えた。
考えたけれどやっぱり──厭だった。
梓「唯先輩、顔色悪いですよ」
あずにゃんが私の顔を覗き込んで言った。
梓「何かあったんですか?」
唯「ちょっと、憂のことで……」
私は溜息を吐く。
このことを、相談しようかどうか迷っていた。
ただ家族の問題を、それも後輩に相談するのは
やはり躊躇ってしまう。
唯「ううん、やっぱりいいの」
首を振って話を切り上げようとすると
あずにゃんが心配な表情を私に向けて聞き質す。
梓「駄目ですよ。唯先輩、ちゃんと話してくれなくちゃ」
2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 02:56:59.72 ID:Q5i0S/hx0
唯「でも……」
梓「いいですか、話したくないなら無理には聞きませんけど
相談があるって言って私を呼び出したのは唯先輩なんですよ」
唯「それは、そうだけど」
梓「なら、話して下さい。
私で力になれるなら何でもしますし
話して楽になれるなら、その方が良いんじゃないですか?」
そうだ、話をしてもどうにもならないかもしれない
それでも誰かに愚痴を聞いてもらって楽になりたかったのだ。
だから憂のことを良く知っている、あずにゃんに相談を持ちかけたのだった。
唯「わかった。あのね──」
*
それは、私が中間テストの勉強でもしようかな──
などと柄にも無いことを考えて机に向かった時だった。
憂が私の部屋に入ってくるなり、
憂「お姉ちゃん、勉強しないの?」
と言ったのだ。
厭だな──そう思った。
勉強を、しようしようと思ってるところで
勉強しなさい──と言われると
勉強しようと云う気が削がれて厭だと感じることは誰にでもあると思う。
ただ私には、今するところだったのにやる気が無くなった──と言って
勉強をやめてしまうほど憂に反抗心があるわけではなかった。
唯「うん。今からするよ」
椅子に座って教科書とノートを開いてペンを握る。
それを見て憂も安心したのだろう。
憂「がんばってね。お姉ちゃん」
私に励ましの言葉を掛けて部屋を出て行った。
それからだろうか、憂はことあるごとに
私が何かをしようとすると
そのことを疑問形で聞いてくるようになった。
お風呂に入ろうと着替えを持って浴室に向かうところで
憂「お姉ちゃん、お風呂入らないの?」
ベッドに腰掛けてギターの練習を始めようかと云うときに、
憂「お姉ちゃん、今日はギターの練習しないの?」
私がアイスを食べようかなと冷凍庫を開けようとしたときに
憂「お姉ちゃん、アイス食べないの?」
リビングのソファに座ろうとしただけでも
憂「お姉ちゃん、座らないの?」
中腰になって今にも腰を下ろそうとしている私を見て憂は言うのだ。
──厭だ。
憂が嫌いな訳ではない。
寧ろ大好きだ。
こんな可愛い妹を持って私はなんて幸せなのだろうかと何時も思う。
ただ私が何かをしようとするたびに
一々そんなことを言われていたのでは気分が悪い。
その時ばかりは不愉快だと感じた。
でも、口に出して伝えることはしなかった。
──それでも憂が好きだから。
今までだって、妹に文句を言ったことなんて無かった。
よく家を留守にする両親の変わりに、
憂が家事から何まで全て一人でやっているのだ。
本来、姉である私が率先して家事をしなければならないのだろう。
しかし、ドジで失敗ばかりしてしまう私には
家事なんてまともに出来るはずも無かった。
結局は出来た妹の憂に甘えることになってしまったのだ。
憂も何も出来ない私に対して嫌味や文句を言うことも無い。
だから、私は益々憂に甘えてしまうのだった。
そうは云っても、何から何まで憂に聞かなきゃ行動できない訳ではないのだ。
私だって、自分のやりたいと思うことは自分からやるし自分で決められる。
なのに、自主的に何かをやろうとすると
憂が私に言うのだ。
──お姉ちゃん、~~しないの?
私が、自分で考えて自分で行おうとしているのに
そんなことを言われたのではまるで憂に言われてから行動している様で
本当に──厭だった。
*
梓「厭ですね。それは」
あずにゃんは真剣に私の話を聞いてくれていた。
梓「例えばお節介な人ってそう云うところありますよね。
買い物なんかに行くと、相手の好きなものを見るたびに
買わないの?食べないの?って聞く人とか」
唯「でも、憂の場合は──」
梓「はい。度が過ぎてる様に思います。
確かに、唯先輩は人から言われないと気が付けないところとかありますし
色々言いたくなる事も正直ありますよ。
それにしたって、憂は唯先輩がこれから何かをしようって態度を
見て言ってる訳じゃないですか。
おかしいですよ」
唯「そう、だよね。別に私が気にし過ぎてるってわけじゃないよね?」
梓「だと思いますよ。それって毎日言ってくるんですよね?」
唯「うん。毎日、何度も何度も。
それに、なんだか最近は──なんて言えばいいのか。
その、もっと変なんだよ」
梓「変って、どういう?」
唯「あのね、私も厭になって一度だけ憂に反発しちゃったんだよ」
梓「え?それって──」
唯「ううん。別に怒鳴ったり喧嘩したわけじゃないの。
私が何時ものようにアイス食べようかなって思って冷凍庫開けようとしたら──」
梓「憂が、アイス食べないの?──ってまた言ったんですか?」
唯「うん。でね私、今日はいいや──って」
梓「それで、どうなったんですか?」
唯「私が、何かしようって時には何も言わなくなった」
梓「じゃあ、いいじゃないですか」
唯「違うの。そうじゃなくて」
──もっと酷くなったのだ。
唯「そのね、今度は私が何かをしてる最中に憂が言う様になったの」
梓「えっ」
あずにゃんはあからさまに厭な顔をした。
きっと私も同じ表情だったはずだ。
唯「昨日も、お風呂に入ろうと思って浴室に入って湯船に体を沈めた直後だよ。
憂が、お姉ちゃん、お風呂入らないの?──って、そう言ったんだよ。
私、もう湯船に浸かってるし見れば判るでしょ?
ううん、そんなこと言う必要も無いはずだよね。
それで、今度はお風呂から上がって脱衣所に出たところで
お姉ちゃん、お風呂上がらないの?──って
おかしいでしょ?そんなの」
梓「もう、嫌がらせじゃないですか、それって」
唯「ご飯を食べるときもそう。
今までは私が料理を取り皿に盛った時とか
口に運ぼうとした時に憂は言ってたんだけど。
私が、ご飯を口に入れて食べてるにも関わらず
お姉ちゃん、ご飯食べないの?──なんて言うようになってさ」
梓「厭ですね」
唯「だから厭なんだってば」
その後は、憂の愚痴を散々言った。
相談と云うよりも、鬱憤を晴らしているだけになってしまった。
もとより、そのつもりではあったのだが
矢張り妹の悪口を言うのは後ろめたい。
罪悪感が募る結果になって、
憂鬱な気分を抱えてその日は部活を休んで家に帰ることにした。
家の玄関の前に立って少し考える。
きっと憂はもう帰宅しているのだろう。
重い気持ちで、重い玄関の扉を開けた。
唯「憂、た──」
憂「お姉ちゃん、ただいまは?」
唯「──だいま」
──何なの?何がしたいの?
憂「おかえり、お姉ちゃん」
──厭だよ。憂。
暫く玄関の土間に立って
厭な妹の顔を見つめていた。
──何か言ってよ。
諦めて、私が靴を脱いで上り框に足を掛けた時だった。
憂「お姉ちゃん、靴脱いで上がらないの?」
──見て判らない?
唯「憂……」
憂「何?お姉ちゃん」
唯「私、憂に言われなくても一人で出来るんだよ?」
憂「そう」
憂の言葉はそれだけだった。
何がいけなかったのだろう。
私が憂に何かしたのだろうか。
昔は憂に何か言われないと私は何も出来ないでいた。
ただ、憂に言われたとしても結局は憂が私の変わりに
事を済ませてしまうことになるのだが。
だからって、何で今更こんなことを──そうか。
きっと憂は私が自分から進んで何かをするのが気に食わないのだ。
何時も何時も憂に甘えていたから
今でも、これからもずっと私が憂に甘えていないと厭なのだ。
私だって憂に甘えるのは厭ではない。
厭ではないけれど、自分で出来ることは自分でやりたい。
でも憂はそれすらも許さないのだ。
私は階段を上がり自室に入る。
自分の部屋であっても安らぐことは出来なかった。
なぜなら、憂が扉の外で聞き耳を立てているからだ。
昨日もそうだった。
制服を脱いでブラウスのボタンを外し終えてから
憂は部屋の扉を開けて、
お姉ちゃん、着替えないの?──と声を掛けてくる。
反発してもう一度制服を着るのもおかしいし
何よりそのまま着替えてしまった方が手間は少ない。
憂もそれを見越して言っているのが私にもわかった。
結局、憂の言葉に従う形で私は着替えをすることになる。
厭だ。
私の自発的な行動を阻害されるのが厭だ。
それをさも憂の命令で行ったかのようにされるのが厭だ。
いや、実際には憂は命令口調で言ってこない。
常に疑問形で私に行動を促す。
たとえ命令されたとしても普通なら拒否することもできるのだろう。
しかし、私が既に行動に移してる時に言われるのだ
拒否することなどできるはずも無かった。
──もう、厭っ!
部屋の扉を憎しみを込めて見つめる。
唯「憂、居るんだよね?そこに」
返事は返ってこない。
唯「ねえ、私が何かしたかな?何か気に食わないことでもした?
私が悪かったなら謝るよ。だから、もうやめよう?」
──何か言ってよ憂。
唯「お願いだから。聞こえてるんでしょ?」
──答えてよ憂。
唯「もう、厭なのっ!
何から何まで憂の言うとおりにするのが本当に厭っ!
何で?私が嫌いなの?
嫌いならそう言ってよっ!
こんなことされるくらいなら憂に嫌われた方がマシだよっ!」
頭に血が上って喚いた。
唯「お姉ちゃんの言ってること判るよね?
憂が今までしてきたことが気に食わないのっ!
私が何かするたびに、私が何かしてる時に、何で一々変なこと聞くの?
見て判らないの?私が何してるか知ってて言ってるんでしょ?
厭なのっ!本当に厭っ!だからもうやめて欲しいのっ!」
どれだけ叫んでも憂は何も言わなかった。
それがまた厭だ。
喧嘩でも出来ればその方がいい。
それすら出来なくて本当に厭になって
床に敷いてある座布団を部屋の扉に向けて投げつけようと
掴み。腕を振って。手から離した時だった。
憂「お姉ちゃん、座布団投げないの?」
──なんで?なんで?なんで?
見えるはず無いのに。
扉は閉まったままなのに。
何で憂にわかるの?
私は足を踏み鳴らして扉に向かい
ノブを握り。捻り。扉を引き開ける。
憂「お姉ちゃん、ドア開けないの?」
──厭だ。厭だ。厭だ。
目の前に居る妹が──厭だ。
私は右手を振り上げる。
本当に厭になって初めて妹に手を上げようとした。
憂「お姉ちゃん、私を打ったりしないよね?」
──そんなこと言われたら……。
──そんな目で見られたら……。
──出来ないじゃない……。
妹に手を上げることは出来なかった。
厭な筈なのに。
脱力してベッドに横になると何もする気が起きない。
その日は、そのまま寝てしまった。
清涼な朝の空気。
眩しい日差しを浴びて清々しく目を覚ました。
本当に気持ちのいい朝だった。
目を開けて、上体を起こし伸びをした。
憂「お姉ちゃん──起きないの?」
憂がベッドの脇に立っていた。
私が起きるのをずっと待っていたのだろうか。
もしかすると、私が眠りに付いたときにも言ったのかもしれない。
お姉ちゃん、眠らないの?──と。
気持ちのいい目覚めだったのに──厭になった。
厭になって、何をしていいのかわからなくなって憂に聞いた。
唯「憂──私、どうしたらいいの?」
憂「着替えよっか?」
唯「そうだね」
──あぁ、なんだか楽になった。
初めからこうしていればよかったのかもしれない。
そうすれば、でも──やっぱり厭だな。
「厭な隙間」
──厭だ。
さっきから何度同じ事を思っただろう。
気に食わない。
苛々する。
とても、不快だった。
何時もと変わらない軽音部の部室で
ムギが淹れた紅茶をすすりながら
私は雑誌を広げて読んでいた。
その時、視界の上隅に違和感を感じたのだ。
視線だけを上げる。
目の前には唯が居るだけだ。
特段変わった様子ではない。
何時ものように、ただ机に頬杖を付いてぼうっとしているだけだ。
何かが気になる。
そう、口だ。
だらしなく半開きにした口が──上唇と下唇の間の中途半端な隙間が
──堪らなく厭だった。
開けるでもなく閉じるでもない半開きの口を見ていると苛々する。
閉じるなら確り口を閉じて欲しい。
開けるにしても何故、あれほど中途半端に開けるのだ。
それならば、喉の奥が見えるほど大口を開けてもらった方がすっきりするのに。
唯のだらしなく開いた口に
目の前にあるケーキを詰め込んで塞いでやりたくなる。
唯「どうしたの?澪ちゃん」
多分、私が険しい顔つきをしていたのだろう
唯は怪訝な表情を向けて聞いた。
澪「なんでもない」
何でも──と溜息と共に言った。
澪「唯はさっきからボーっとしてるけど、何か考え事か?」
唯「いやぁ、今日の夕ご飯は何かなぁって」
澪「唯らしいよ。でも、恥ずかしいから口は閉じような」
私は右の頬が引き攣るのを感じた。
こんな些細な事に私が腹を立てていると思われたくなくて
無理矢理に笑おうとした結果だった。
唯「えっ?嘘っ。ヨダレとか垂れてた?」
唯は鈍感だった。それを知っていながらも強くは言えなかった。
なにせ、本当に些細な事なのだから。
こんなことで唯と言い合いなんかして
部の空気を悪くしたのでは他の皆に申し訳が立たない。
澪「いや、そんなことはないけど、唯も女の子なんだから
そんなだらしなく口を開けるのはどうかなってさ」
唯「ごめん、ごめん。今度から気をつけるよ」
唯はそう言うと──また、口を半開きにして物思いに耽った。
──あぁ、ムカつく。
そもそも、唯が日頃から作り出す隙間が気に食わない。
扉はきちんと閉めないし、抽斗だってそうだ。
いつもいつも妙な隙間を作っては私を苛付かせる。
唯が何か物を置けば必ずどこかに隙間が出来る。
物と物の間、物と壁の間、物と床の間にだって隙間は出来るんだ。
唯が持ってくる本の類も、
中の紙が皺になっていたり折れ曲がっていたりして
隙間を作っている。
最初の頃は、
きちんとしろ──だとか
確り閉めろ──だとか
物は大事にしろよ──などと一々小言も言っていたが
結局は何も変わらなかった。
唯はアホで馬鹿で間抜けなのだ。
そう、間抜けだからあれほど隙間を作るのだろう。
きっと脳ミソも隙間だらけに違いない。
そんな想像をすると殊更厭になった。
もともと私だってそれほど神経質ではなかったのだ。
極度の綺麗好きと云うわけでもないし、
物が、何時も置いてある場所から
少しでも動いていると我慢できないといった事は無い。
ただ、一般レベルでだらしないのが嫌いなだけだった。
唯はだらしない人間だから結局私の目がそちらに向くのだろう。
それにしても唯のだらしなさは目に余る。
特に唯の作る隙間に腹が立つ。
そう思うと、唯のあらゆる部分が──隙間が気になりだした。
紐タイが弛んで襟元に出来た隙間。
袖口の隙間。
脇と腕の隙間、指と指の隙間すら憎らしく思う。
私は、今日何度目かの溜息をついて唯から目を逸らす。
何か、厭なものが視界の墨に入ってきた。
首を捻って視線を移す。
軽音部の部室として使われている音楽準備室と音楽室を繋ぐ扉。
その扉がほんの僅かに開き、
長細く凝った闇を湛えた──隙間があった。
澪「──あぁ、厭だ」
私は小さく呟いた。
*
和「何となくわかるわ」
私が一昨日の出来事を話すと和はそう言って頷いた。
和「それにしても、唯の悪口は頂けないわね」
判っている。それも承知で和に相談しているのだ。
正直私は参っていた。あれ以来隙間が気になってしょうがないのだ。
日常、目の触れる場所には必ず隙間がある。
一々そんなものに気を取られていたのでは神経も磨り減ると云うものだろう。
だから──だからその原因と隙間に対する怒りを唯に向けることで
何とか心の均衡を保とうとしていたのだ。
和「まぁ、私たち短い付き合いだけどさ。
澪が好き好んで人の悪口を言う様な人間じゃ無いって事ぐらい知ってるつもりよ」
澪「ごめん……」
和「謝ることなんて無いわよ。
澪がなんだか辛そうな顔してたから、相談に乗るわよって言ったのは私なんだし。
ただ、唯の幼馴染として一応言っておかないとって思ってね」
それで──と言って和は続けた。
和「それから隙間が気になりだしたのね」
澪「そうなんだよ。
その時はまだ、唯のだらしない行為で出来る隙間だけが厭なのかと思ってたけど。
普通はあって当たり前の隙間も気になりだしてさ」
和「例えば?」
澪「ベッドと床の隙間だったり、冷蔵庫と壁の隙間だったり、色々」
和「ふぅん。律に怖いDVDでも見せられたんじゃないの?」
澪「偶に無理矢理見せようとすることもあるけど、
そういう訳じゃないんだ」
和「そう?その手の怖い話しって昔からあるじゃない。
人が入れる筈の無い隙間に人間が挟まってこっちを見ていたとか
ベッドと床の隙間に──」
澪「いやッ」
思わず耳を塞いだ。
私は本当に怖い話しが苦手なのだ。
子供みたいだと皆は馬鹿にするが、怖いものは怖い。
和「ごめんごめん。悪かったわ」
和は私の腕に触れ優しい眼差しで慰めてくれた。
和「今の反応でも判ったけど。
隙間って暗くてよく見えないから何かが居るんじゃないかって云う様な
怖いって感じではないのよね?」
澪「怖いって云うより──」
和「厭な訳ね」
澪「そう。何が厭かって云うと。
その──和は視線とか感じたことある?」
和「それは誰だってあるでしょ。
私も電車に乗ってる時に誰かに見られてるなって思って顔を上げると、
向かいの席に座ってる人と目が合うって事が良くあるもの」
澪「でも良く考えるとそれって視界の隅で誰かの気配とか
視線とか捉えてるって事はないかな?」
和「実際はそうでしょうね。目は音を出すわけでも光を放出するわけでも無いからね。
光を受け取るだけで、その逆はありえないわ。
ただ角膜が光を反射するって事ぐらいはあるだろうけど
結局は視野角の墨の方で意識はしてないけれど、
誰かが居る、誰かがこっちを見てるって情報だけが伝わってくるんじゃないかしら。
だから視界に入らない場所とか何も無いところから視線を感じるなんてことは──」
澪「そう、なんだけど。感じるんだよ──視線」
和「何も無い隙間から?」
私は頭の重さに任せるように、こくりと頷いた。
*
あれから隙間が気になりだした。
大した理由も無く、そこに隙間があると云うだけで厭になる。
私の部屋は何処も彼処も隙間だらけだった。
普通は何処の家の何処の部屋でもそうなのだろう。
部屋には扉がある。
防音室でもなければ必ず扉の上下に隙間がある。
もちろん、きちんと閉めなければそれだけで隙間が出来上がる。
生活するために家具や物が置かれる。
例えば本棚だ。
本と本の僅かな隙間。
本と棚の隙間。
棚と床との本当に僅かな隙間。
勉強机も隙間だらけだ。
抽斗と抽斗の隙間。
机と壁、机と床の隙間。
カーテンとカーテンの隙間も気になる。
折り畳まれた衣類の隙間さえも。
立て付けの悪くなったクローゼットの隙間は最悪だ。
何よりも厭なのは──視線だった。
ありとあらゆる隙間からそれは感じた。
其処に隙間があると云うだけで
誰かに見られている感じがして実に不快だった。
吐き気がする。腹立たしくて隙間に向けて怒鳴りたくもなった。
怒りを抑えて、今度は隙間を凝視してみた。
──何か居るなら出て来い。
その時は恐怖よりも怒りの感情の方が勝っていた。
しかし、実際に何かが出てきたりしたら卒倒したことだろうと思う。
だとしても出てきてもらった方が私は楽になれたのだ。
幻覚でも良かった。
視線の正体が訳のわからないものならそれでもいいと
それで納得させてくれるならと考えていた。
結局、幾ら見つめていても何も出てこなかった。
ただ──隙間が息衝く様に視線を放っているだけだった。
堪らなくなって、部屋中の隙間を塞いだ。
隙間のある家具にはベッドのシーツや大きめのタオルを掛けて隙間を見えないようにし
細かい隙間には布を詰めたりガムテープで目張りをした。
それでも隙間は埋まることは無かった。
隙間を塞いでもどこかに境目は必ず現れる。
そこに隙間が──まるで増殖するかのように作られていく。
小一時間無駄な努力をした。
──もう、厭だ。
ベッドに体を投げ出すと──視線を感じた。
仰向けに寝転がってからそれに気がついた。
カーテンと窓の隙間と電灯カバーと天井の隙間だ。
怒りも湧かなかった。
心底厭になった。
脱力してそのまま目を閉じると直ぐに寝てしまった。
安らいだ。
寝ているときだけは隙間とその視線に悩まされることは無い。
ずっと目を閉じて意識を失ったままでいたかった。
しかし時間は止まることはない。
必ず朝はやってくる。
──目を開けるのが酷く厭だった。
*
和「視線──ね」
和は少し考えてから口を開いた。
和「それって、思い込みとかじゃないの?
さっきも言ったけど暗くて何があるかわからないわけでしょ。
勝手に変な想像をしちゃうとか」
澪「私もそう思って、隙間に懐中電灯で光を当ててみたんだ。
暗いのがいけない、何があるかわからないから私が視線を感じるんだと思って」
和「それで?」
澪「変わらなかった。
やっぱり明るくても隙間は隙間で、そこから視線を感じるんだ。
隙間の中を明るく照らして見て、何も無いってわかってるのに」
見られてる感じがする。
ただそれだけの事だと言ってしまえばそうだ。
害があるわけでもない、兎に角──厭なだけだ。
澪「和も言っただろ?
視線って誰かがこっちを見てるって視界の墨で捉えるから感じるものだって。
何も無いところから視線を感じるのって、やっぱり私がおかしいのかな?」
和「そうだとして、最近何かストレスになる事でもあった?」
もちろんある。
軽音部では毎日毎日律と唯に振り回されてばかりいる。
何を言っても暖簾に腕押しで私の言葉なんてまともに聞きもしない。
喧嘩になるのは嫌だったからきつい言い方は出来ないし
やり場の無い怒りは溜まる一方だ。
その不満が私に奇妙な感覚を齎しているのかもしれなかった。
和「少し気分転換でもした方がいいんじゃない?」
澪「そう、だよね。変な相談してごめん」
和「いいのよ。少しでも人に話して楽になれるならまた何時でも相談に乗るわよ」
澪「ありがとう、和」
今日は部活を休むことにした。
律にメールでそのことを伝えると
直ぐに学校を出た。
軽音部の誰とも会いたくない気分だった。
律と唯の顔を見るだけでストレスが溜まるような気がしたのだ。
早く家に帰ってシャワーを浴びてさっさと寝てしまおう。
その方が楽だ。
ありとあらゆる隙間から感じる視線は目を閉じれば消える。
視界に入らなければどうと云うことは無い。
ただ目を閉じて日常生活を送るのは難しいし、
隙間から目を逸らしても、私の視覚は別の隙間を捉えてしまう。
だから早く帰って寝るのが一番だ。
──早く、早く。
登下校路は今の私にとって最悪の環境だった。
教室や部室や自宅の部屋なら隙間の無い場所を探して
そちらを凝視するなり目を閉じてやり過ごせば何とかなる。
しかし家と学校を繋ぐ道行ではそうすることも出来ない。
下を向けば歩道に設けられた側溝の隙間が気になる。
上を見ても電線と電線とが幾つもの隙間を作っている。
密接した建物と建物の隙間もそうだ。
自動販売機と地面の厭な隙間。
石造りの塀が長く続く道。
ひび割れたコンクリート。
その全てから視線を感じる。
──厭だ。厭だ。厭だ。
橋を繋ぐ隙間を跨いだ。
やはり、見られている。誰かが見ている。
澪「いやッ!」
下から覗かれるのは本当に腹が立つ。
頭にきて隙間を踏みつけてやった。
そうすると、少しだけ気が晴れた気がした。
家に帰り制服を脱いで部屋着に着替えると
直ぐに浴室へと向かった。
部屋で机に向かって勉強をしていても
ちらちらと視界の隅に隙間が見えるのだ。
ただ目を瞑ってじっとしているのもいいが
同じ目を瞑るにしても湯船に浸かるか
眠ってしまった方が心が安らぐ。
脱衣所に入ると何か不快感を覚えた。
──知っている。この厭な感じを。
これは──視線だ。
脱衣所や浴室にも隙間はある。
視線も感じる筈だ。
ただ、今感じているこの不快感の先は何時もと違う。
──鏡だ。
洗面台の鏡から強い視線を感じる。
鏡に映り込んだ隙間だろうか?
違う──私だ。
私の視線を感じているんだ。
鏡に映る私を、私が見つめる視線。
あたりまえじゃないか──私が鏡を通して自分を見ているんだから。
でも──この不快感はなんだ?
とても厭なこの感じは
何時も隙間から感じていた視線と同じ──。
澪「──あっ」
鏡に映る私を見て漸く理解した。
何故、隙間から視線を感じるのか。
だって──だって、あるじゃないか。
──隙間が。上瞼と下瞼に挟まれた隙間には目が……。
だからきっと無くてはいけないんだ。
隙間には目が無くては。だから──。
洗面台に置かれた櫛を手に取る。
柄が細く尖った平べったい櫛。
その櫛の、細い隙間から小さな目が幾つも覗いていた。
隙間に並んだ幾つもの目が、私の目を真っ直ぐに見つめる。
その視線が──厭だ。厭だ。厭なんだ。
──見るなっ!見るなっ!見るなッ!
怒りに任せて櫛の歯を力をこめて握った。
歯は意外と柔らかくぽきぽきと軽い音を立てて砕け散った。
手を開くと、幾本もの歯の残骸が折り重なって作る隙間に──
──目が、目が、目が。
形も大きさも疎らな目が──私を凝視していた。
何をしても無駄だと悟った。
もう、どうすることも出来ないのだろうか。
鏡を見ると二つの眼が私を見ていた。
櫛の尖った柄の先端をゆっくりと顔の前に持ってくる。
──厭だよ。こんなの。
おしまいです。
最後に終わりを伝えないのは続くのか続かないのか
そんな厭な気分を味わってもらおう等と思ったからです。
ご存知の方もいますね。
京極夏彦「厭な小説」の「厭だ」って部分だけパクったわけだけど
内容は被ってない筈。
幾つか話を作ったけど形になったのこれだけです。
すみません。
元スレ
唯「でも……」
梓「いいですか、話したくないなら無理には聞きませんけど
相談があるって言って私を呼び出したのは唯先輩なんですよ」
唯「それは、そうだけど」
梓「なら、話して下さい。
私で力になれるなら何でもしますし
話して楽になれるなら、その方が良いんじゃないですか?」
そうだ、話をしてもどうにもならないかもしれない
それでも誰かに愚痴を聞いてもらって楽になりたかったのだ。
だから憂のことを良く知っている、あずにゃんに相談を持ちかけたのだった。
唯「わかった。あのね──」
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 02:58:12.94 ID:Q5i0S/hx0
*
それは、私が中間テストの勉強でもしようかな──
などと柄にも無いことを考えて机に向かった時だった。
憂が私の部屋に入ってくるなり、
憂「お姉ちゃん、勉強しないの?」
と言ったのだ。
厭だな──そう思った。
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 02:59:11.69 ID:Q5i0S/hx0
勉強を、しようしようと思ってるところで
勉強しなさい──と言われると
勉強しようと云う気が削がれて厭だと感じることは誰にでもあると思う。
ただ私には、今するところだったのにやる気が無くなった──と言って
勉強をやめてしまうほど憂に反抗心があるわけではなかった。
唯「うん。今からするよ」
椅子に座って教科書とノートを開いてペンを握る。
それを見て憂も安心したのだろう。
憂「がんばってね。お姉ちゃん」
私に励ましの言葉を掛けて部屋を出て行った。
それからだろうか、憂はことあるごとに
私が何かをしようとすると
そのことを疑問形で聞いてくるようになった。
お風呂に入ろうと着替えを持って浴室に向かうところで
憂「お姉ちゃん、お風呂入らないの?」
ベッドに腰掛けてギターの練習を始めようかと云うときに、
憂「お姉ちゃん、今日はギターの練習しないの?」
5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:00:19.08 ID:Q5i0S/hx0
私がアイスを食べようかなと冷凍庫を開けようとしたときに
憂「お姉ちゃん、アイス食べないの?」
リビングのソファに座ろうとしただけでも
憂「お姉ちゃん、座らないの?」
中腰になって今にも腰を下ろそうとしている私を見て憂は言うのだ。
──厭だ。
憂が嫌いな訳ではない。
寧ろ大好きだ。
こんな可愛い妹を持って私はなんて幸せなのだろうかと何時も思う。
ただ私が何かをしようとするたびに
一々そんなことを言われていたのでは気分が悪い。
その時ばかりは不愉快だと感じた。
でも、口に出して伝えることはしなかった。
──それでも憂が好きだから。
今までだって、妹に文句を言ったことなんて無かった。
よく家を留守にする両親の変わりに、
憂が家事から何まで全て一人でやっているのだ。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:01:14.05 ID:Q5i0S/hx0
本来、姉である私が率先して家事をしなければならないのだろう。
しかし、ドジで失敗ばかりしてしまう私には
家事なんてまともに出来るはずも無かった。
結局は出来た妹の憂に甘えることになってしまったのだ。
憂も何も出来ない私に対して嫌味や文句を言うことも無い。
だから、私は益々憂に甘えてしまうのだった。
そうは云っても、何から何まで憂に聞かなきゃ行動できない訳ではないのだ。
私だって、自分のやりたいと思うことは自分からやるし自分で決められる。
なのに、自主的に何かをやろうとすると
憂が私に言うのだ。
──お姉ちゃん、~~しないの?
私が、自分で考えて自分で行おうとしているのに
そんなことを言われたのではまるで憂に言われてから行動している様で
本当に──厭だった。
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:03:23.15 ID:Q5i0S/hx0
*
梓「厭ですね。それは」
あずにゃんは真剣に私の話を聞いてくれていた。
梓「例えばお節介な人ってそう云うところありますよね。
買い物なんかに行くと、相手の好きなものを見るたびに
買わないの?食べないの?って聞く人とか」
唯「でも、憂の場合は──」
梓「はい。度が過ぎてる様に思います。
確かに、唯先輩は人から言われないと気が付けないところとかありますし
色々言いたくなる事も正直ありますよ。
それにしたって、憂は唯先輩がこれから何かをしようって態度を
見て言ってる訳じゃないですか。
おかしいですよ」
唯「そう、だよね。別に私が気にし過ぎてるってわけじゃないよね?」
梓「だと思いますよ。それって毎日言ってくるんですよね?」
唯「うん。毎日、何度も何度も。
それに、なんだか最近は──なんて言えばいいのか。
その、もっと変なんだよ」
梓「変って、どういう?」
唯「あのね、私も厭になって一度だけ憂に反発しちゃったんだよ」
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:04:22.19 ID:Q5i0S/hx0
梓「え?それって──」
唯「ううん。別に怒鳴ったり喧嘩したわけじゃないの。
私が何時ものようにアイス食べようかなって思って冷凍庫開けようとしたら──」
梓「憂が、アイス食べないの?──ってまた言ったんですか?」
唯「うん。でね私、今日はいいや──って」
梓「それで、どうなったんですか?」
唯「私が、何かしようって時には何も言わなくなった」
梓「じゃあ、いいじゃないですか」
唯「違うの。そうじゃなくて」
──もっと酷くなったのだ。
唯「そのね、今度は私が何かをしてる最中に憂が言う様になったの」
梓「えっ」
あずにゃんはあからさまに厭な顔をした。
きっと私も同じ表情だったはずだ。
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:05:15.47 ID:Q5i0S/hx0
唯「昨日も、お風呂に入ろうと思って浴室に入って湯船に体を沈めた直後だよ。
憂が、お姉ちゃん、お風呂入らないの?──って、そう言ったんだよ。
私、もう湯船に浸かってるし見れば判るでしょ?
ううん、そんなこと言う必要も無いはずだよね。
それで、今度はお風呂から上がって脱衣所に出たところで
お姉ちゃん、お風呂上がらないの?──って
おかしいでしょ?そんなの」
梓「もう、嫌がらせじゃないですか、それって」
唯「ご飯を食べるときもそう。
今までは私が料理を取り皿に盛った時とか
口に運ぼうとした時に憂は言ってたんだけど。
私が、ご飯を口に入れて食べてるにも関わらず
お姉ちゃん、ご飯食べないの?──なんて言うようになってさ」
梓「厭ですね」
唯「だから厭なんだってば」
その後は、憂の愚痴を散々言った。
相談と云うよりも、鬱憤を晴らしているだけになってしまった。
もとより、そのつもりではあったのだが
矢張り妹の悪口を言うのは後ろめたい。
罪悪感が募る結果になって、
憂鬱な気分を抱えてその日は部活を休んで家に帰ることにした。
11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:05:59.39 ID:Q5i0S/hx0
家の玄関の前に立って少し考える。
きっと憂はもう帰宅しているのだろう。
重い気持ちで、重い玄関の扉を開けた。
唯「憂、た──」
憂「お姉ちゃん、ただいまは?」
唯「──だいま」
──何なの?何がしたいの?
憂「おかえり、お姉ちゃん」
──厭だよ。憂。
暫く玄関の土間に立って
厭な妹の顔を見つめていた。
──何か言ってよ。
諦めて、私が靴を脱いで上り框に足を掛けた時だった。
憂「お姉ちゃん、靴脱いで上がらないの?」
──見て判らない?
唯「憂……」
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:06:42.94 ID:Q5i0S/hx0
憂「何?お姉ちゃん」
唯「私、憂に言われなくても一人で出来るんだよ?」
憂「そう」
憂の言葉はそれだけだった。
何がいけなかったのだろう。
私が憂に何かしたのだろうか。
昔は憂に何か言われないと私は何も出来ないでいた。
ただ、憂に言われたとしても結局は憂が私の変わりに
事を済ませてしまうことになるのだが。
だからって、何で今更こんなことを──そうか。
きっと憂は私が自分から進んで何かをするのが気に食わないのだ。
何時も何時も憂に甘えていたから
今でも、これからもずっと私が憂に甘えていないと厭なのだ。
私だって憂に甘えるのは厭ではない。
厭ではないけれど、自分で出来ることは自分でやりたい。
でも憂はそれすらも許さないのだ。
私は階段を上がり自室に入る。
自分の部屋であっても安らぐことは出来なかった。
なぜなら、憂が扉の外で聞き耳を立てているからだ。
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:07:26.64 ID:Q5i0S/hx0
昨日もそうだった。
制服を脱いでブラウスのボタンを外し終えてから
憂は部屋の扉を開けて、
お姉ちゃん、着替えないの?──と声を掛けてくる。
反発してもう一度制服を着るのもおかしいし
何よりそのまま着替えてしまった方が手間は少ない。
憂もそれを見越して言っているのが私にもわかった。
結局、憂の言葉に従う形で私は着替えをすることになる。
厭だ。
私の自発的な行動を阻害されるのが厭だ。
それをさも憂の命令で行ったかのようにされるのが厭だ。
いや、実際には憂は命令口調で言ってこない。
常に疑問形で私に行動を促す。
たとえ命令されたとしても普通なら拒否することもできるのだろう。
しかし、私が既に行動に移してる時に言われるのだ
拒否することなどできるはずも無かった。
──もう、厭っ!
部屋の扉を憎しみを込めて見つめる。
唯「憂、居るんだよね?そこに」
返事は返ってこない。
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:08:11.15 ID:Q5i0S/hx0
唯「ねえ、私が何かしたかな?何か気に食わないことでもした?
私が悪かったなら謝るよ。だから、もうやめよう?」
──何か言ってよ憂。
唯「お願いだから。聞こえてるんでしょ?」
──答えてよ憂。
唯「もう、厭なのっ!
何から何まで憂の言うとおりにするのが本当に厭っ!
何で?私が嫌いなの?
嫌いならそう言ってよっ!
こんなことされるくらいなら憂に嫌われた方がマシだよっ!」
頭に血が上って喚いた。
唯「お姉ちゃんの言ってること判るよね?
憂が今までしてきたことが気に食わないのっ!
私が何かするたびに、私が何かしてる時に、何で一々変なこと聞くの?
見て判らないの?私が何してるか知ってて言ってるんでしょ?
厭なのっ!本当に厭っ!だからもうやめて欲しいのっ!」
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:08:54.78 ID:Q5i0S/hx0
どれだけ叫んでも憂は何も言わなかった。
それがまた厭だ。
喧嘩でも出来ればその方がいい。
それすら出来なくて本当に厭になって
床に敷いてある座布団を部屋の扉に向けて投げつけようと
掴み。腕を振って。手から離した時だった。
憂「お姉ちゃん、座布団投げないの?」
──なんで?なんで?なんで?
見えるはず無いのに。
扉は閉まったままなのに。
何で憂にわかるの?
私は足を踏み鳴らして扉に向かい
ノブを握り。捻り。扉を引き開ける。
憂「お姉ちゃん、ドア開けないの?」
──厭だ。厭だ。厭だ。
目の前に居る妹が──厭だ。
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:09:48.92 ID:Q5i0S/hx0
私は右手を振り上げる。
本当に厭になって初めて妹に手を上げようとした。
憂「お姉ちゃん、私を打ったりしないよね?」
──そんなこと言われたら……。
──そんな目で見られたら……。
──出来ないじゃない……。
妹に手を上げることは出来なかった。
厭な筈なのに。
脱力してベッドに横になると何もする気が起きない。
その日は、そのまま寝てしまった。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:10:44.93 ID:Q5i0S/hx0
清涼な朝の空気。
眩しい日差しを浴びて清々しく目を覚ました。
本当に気持ちのいい朝だった。
目を開けて、上体を起こし伸びをした。
憂「お姉ちゃん──起きないの?」
憂がベッドの脇に立っていた。
私が起きるのをずっと待っていたのだろうか。
もしかすると、私が眠りに付いたときにも言ったのかもしれない。
お姉ちゃん、眠らないの?──と。
気持ちのいい目覚めだったのに──厭になった。
厭になって、何をしていいのかわからなくなって憂に聞いた。
唯「憂──私、どうしたらいいの?」
憂「着替えよっか?」
唯「そうだね」
──あぁ、なんだか楽になった。
初めからこうしていればよかったのかもしれない。
そうすれば、でも──やっぱり厭だな。
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:17:12.87 ID:Q5i0S/hx0
「厭な隙間」
──厭だ。
さっきから何度同じ事を思っただろう。
気に食わない。
苛々する。
とても、不快だった。
何時もと変わらない軽音部の部室で
ムギが淹れた紅茶をすすりながら
私は雑誌を広げて読んでいた。
その時、視界の上隅に違和感を感じたのだ。
視線だけを上げる。
目の前には唯が居るだけだ。
特段変わった様子ではない。
何時ものように、ただ机に頬杖を付いてぼうっとしているだけだ。
何かが気になる。
そう、口だ。
だらしなく半開きにした口が──上唇と下唇の間の中途半端な隙間が
──堪らなく厭だった。
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:18:45.94 ID:Q5i0S/hx0
開けるでもなく閉じるでもない半開きの口を見ていると苛々する。
閉じるなら確り口を閉じて欲しい。
開けるにしても何故、あれほど中途半端に開けるのだ。
それならば、喉の奥が見えるほど大口を開けてもらった方がすっきりするのに。
唯のだらしなく開いた口に
目の前にあるケーキを詰め込んで塞いでやりたくなる。
唯「どうしたの?澪ちゃん」
多分、私が険しい顔つきをしていたのだろう
唯は怪訝な表情を向けて聞いた。
澪「なんでもない」
何でも──と溜息と共に言った。
澪「唯はさっきからボーっとしてるけど、何か考え事か?」
唯「いやぁ、今日の夕ご飯は何かなぁって」
澪「唯らしいよ。でも、恥ずかしいから口は閉じような」
私は右の頬が引き攣るのを感じた。
こんな些細な事に私が腹を立てていると思われたくなくて
無理矢理に笑おうとした結果だった。
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:19:50.00 ID:Q5i0S/hx0
唯「えっ?嘘っ。ヨダレとか垂れてた?」
唯は鈍感だった。それを知っていながらも強くは言えなかった。
なにせ、本当に些細な事なのだから。
こんなことで唯と言い合いなんかして
部の空気を悪くしたのでは他の皆に申し訳が立たない。
澪「いや、そんなことはないけど、唯も女の子なんだから
そんなだらしなく口を開けるのはどうかなってさ」
唯「ごめん、ごめん。今度から気をつけるよ」
唯はそう言うと──また、口を半開きにして物思いに耽った。
──あぁ、ムカつく。
そもそも、唯が日頃から作り出す隙間が気に食わない。
扉はきちんと閉めないし、抽斗だってそうだ。
いつもいつも妙な隙間を作っては私を苛付かせる。
唯が何か物を置けば必ずどこかに隙間が出来る。
物と物の間、物と壁の間、物と床の間にだって隙間は出来るんだ。
唯が持ってくる本の類も、
中の紙が皺になっていたり折れ曲がっていたりして
隙間を作っている。
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:21:08.87 ID:Q5i0S/hx0
最初の頃は、
きちんとしろ──だとか
確り閉めろ──だとか
物は大事にしろよ──などと一々小言も言っていたが
結局は何も変わらなかった。
唯はアホで馬鹿で間抜けなのだ。
そう、間抜けだからあれほど隙間を作るのだろう。
きっと脳ミソも隙間だらけに違いない。
そんな想像をすると殊更厭になった。
もともと私だってそれほど神経質ではなかったのだ。
極度の綺麗好きと云うわけでもないし、
物が、何時も置いてある場所から
少しでも動いていると我慢できないといった事は無い。
ただ、一般レベルでだらしないのが嫌いなだけだった。
唯はだらしない人間だから結局私の目がそちらに向くのだろう。
それにしても唯のだらしなさは目に余る。
特に唯の作る隙間に腹が立つ。
そう思うと、唯のあらゆる部分が──隙間が気になりだした。
紐タイが弛んで襟元に出来た隙間。
袖口の隙間。
脇と腕の隙間、指と指の隙間すら憎らしく思う。
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:22:15.02 ID:Q5i0S/hx0
私は、今日何度目かの溜息をついて唯から目を逸らす。
何か、厭なものが視界の墨に入ってきた。
首を捻って視線を移す。
軽音部の部室として使われている音楽準備室と音楽室を繋ぐ扉。
その扉がほんの僅かに開き、
長細く凝った闇を湛えた──隙間があった。
澪「──あぁ、厭だ」
私は小さく呟いた。
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:23:07.82 ID:Q5i0S/hx0
*
和「何となくわかるわ」
私が一昨日の出来事を話すと和はそう言って頷いた。
和「それにしても、唯の悪口は頂けないわね」
判っている。それも承知で和に相談しているのだ。
正直私は参っていた。あれ以来隙間が気になってしょうがないのだ。
日常、目の触れる場所には必ず隙間がある。
一々そんなものに気を取られていたのでは神経も磨り減ると云うものだろう。
だから──だからその原因と隙間に対する怒りを唯に向けることで
何とか心の均衡を保とうとしていたのだ。
和「まぁ、私たち短い付き合いだけどさ。
澪が好き好んで人の悪口を言う様な人間じゃ無いって事ぐらい知ってるつもりよ」
澪「ごめん……」
和「謝ることなんて無いわよ。
澪がなんだか辛そうな顔してたから、相談に乗るわよって言ったのは私なんだし。
ただ、唯の幼馴染として一応言っておかないとって思ってね」
それで──と言って和は続けた。
和「それから隙間が気になりだしたのね」
澪「そうなんだよ。
その時はまだ、唯のだらしない行為で出来る隙間だけが厭なのかと思ってたけど。
普通はあって当たり前の隙間も気になりだしてさ」
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:24:32.94 ID:Q5i0S/hx0
和「例えば?」
澪「ベッドと床の隙間だったり、冷蔵庫と壁の隙間だったり、色々」
和「ふぅん。律に怖いDVDでも見せられたんじゃないの?」
澪「偶に無理矢理見せようとすることもあるけど、
そういう訳じゃないんだ」
和「そう?その手の怖い話しって昔からあるじゃない。
人が入れる筈の無い隙間に人間が挟まってこっちを見ていたとか
ベッドと床の隙間に──」
澪「いやッ」
思わず耳を塞いだ。
私は本当に怖い話しが苦手なのだ。
子供みたいだと皆は馬鹿にするが、怖いものは怖い。
和「ごめんごめん。悪かったわ」
和は私の腕に触れ優しい眼差しで慰めてくれた。
和「今の反応でも判ったけど。
隙間って暗くてよく見えないから何かが居るんじゃないかって云う様な
怖いって感じではないのよね?」
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:25:40.91 ID:Q5i0S/hx0
澪「怖いって云うより──」
和「厭な訳ね」
澪「そう。何が厭かって云うと。
その──和は視線とか感じたことある?」
和「それは誰だってあるでしょ。
私も電車に乗ってる時に誰かに見られてるなって思って顔を上げると、
向かいの席に座ってる人と目が合うって事が良くあるもの」
澪「でも良く考えるとそれって視界の隅で誰かの気配とか
視線とか捉えてるって事はないかな?」
和「実際はそうでしょうね。目は音を出すわけでも光を放出するわけでも無いからね。
光を受け取るだけで、その逆はありえないわ。
ただ角膜が光を反射するって事ぐらいはあるだろうけど
結局は視野角の墨の方で意識はしてないけれど、
誰かが居る、誰かがこっちを見てるって情報だけが伝わってくるんじゃないかしら。
だから視界に入らない場所とか何も無いところから視線を感じるなんてことは──」
澪「そう、なんだけど。感じるんだよ──視線」
和「何も無い隙間から?」
私は頭の重さに任せるように、こくりと頷いた。
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:27:03.82 ID:Q5i0S/hx0
*
あれから隙間が気になりだした。
大した理由も無く、そこに隙間があると云うだけで厭になる。
私の部屋は何処も彼処も隙間だらけだった。
普通は何処の家の何処の部屋でもそうなのだろう。
部屋には扉がある。
防音室でもなければ必ず扉の上下に隙間がある。
もちろん、きちんと閉めなければそれだけで隙間が出来上がる。
生活するために家具や物が置かれる。
例えば本棚だ。
本と本の僅かな隙間。
本と棚の隙間。
棚と床との本当に僅かな隙間。
勉強机も隙間だらけだ。
抽斗と抽斗の隙間。
机と壁、机と床の隙間。
カーテンとカーテンの隙間も気になる。
折り畳まれた衣類の隙間さえも。
立て付けの悪くなったクローゼットの隙間は最悪だ。
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:28:13.72 ID:Q5i0S/hx0
何よりも厭なのは──視線だった。
ありとあらゆる隙間からそれは感じた。
其処に隙間があると云うだけで
誰かに見られている感じがして実に不快だった。
吐き気がする。腹立たしくて隙間に向けて怒鳴りたくもなった。
怒りを抑えて、今度は隙間を凝視してみた。
──何か居るなら出て来い。
その時は恐怖よりも怒りの感情の方が勝っていた。
しかし、実際に何かが出てきたりしたら卒倒したことだろうと思う。
だとしても出てきてもらった方が私は楽になれたのだ。
幻覚でも良かった。
視線の正体が訳のわからないものならそれでもいいと
それで納得させてくれるならと考えていた。
結局、幾ら見つめていても何も出てこなかった。
ただ──隙間が息衝く様に視線を放っているだけだった。
堪らなくなって、部屋中の隙間を塞いだ。
隙間のある家具にはベッドのシーツや大きめのタオルを掛けて隙間を見えないようにし
細かい隙間には布を詰めたりガムテープで目張りをした。
それでも隙間は埋まることは無かった。
隙間を塞いでもどこかに境目は必ず現れる。
そこに隙間が──まるで増殖するかのように作られていく。
小一時間無駄な努力をした。
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:29:01.85 ID:Q5i0S/hx0
──もう、厭だ。
ベッドに体を投げ出すと──視線を感じた。
仰向けに寝転がってからそれに気がついた。
カーテンと窓の隙間と電灯カバーと天井の隙間だ。
怒りも湧かなかった。
心底厭になった。
脱力してそのまま目を閉じると直ぐに寝てしまった。
安らいだ。
寝ているときだけは隙間とその視線に悩まされることは無い。
ずっと目を閉じて意識を失ったままでいたかった。
しかし時間は止まることはない。
必ず朝はやってくる。
──目を開けるのが酷く厭だった。
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:29:58.23 ID:Q5i0S/hx0
*
和「視線──ね」
和は少し考えてから口を開いた。
和「それって、思い込みとかじゃないの?
さっきも言ったけど暗くて何があるかわからないわけでしょ。
勝手に変な想像をしちゃうとか」
澪「私もそう思って、隙間に懐中電灯で光を当ててみたんだ。
暗いのがいけない、何があるかわからないから私が視線を感じるんだと思って」
和「それで?」
澪「変わらなかった。
やっぱり明るくても隙間は隙間で、そこから視線を感じるんだ。
隙間の中を明るく照らして見て、何も無いってわかってるのに」
見られてる感じがする。
ただそれだけの事だと言ってしまえばそうだ。
害があるわけでもない、兎に角──厭なだけだ。
澪「和も言っただろ?
視線って誰かがこっちを見てるって視界の墨で捉えるから感じるものだって。
何も無いところから視線を感じるのって、やっぱり私がおかしいのかな?」
和「そうだとして、最近何かストレスになる事でもあった?」
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:31:06.17 ID:Q5i0S/hx0
もちろんある。
軽音部では毎日毎日律と唯に振り回されてばかりいる。
何を言っても暖簾に腕押しで私の言葉なんてまともに聞きもしない。
喧嘩になるのは嫌だったからきつい言い方は出来ないし
やり場の無い怒りは溜まる一方だ。
その不満が私に奇妙な感覚を齎しているのかもしれなかった。
和「少し気分転換でもした方がいいんじゃない?」
澪「そう、だよね。変な相談してごめん」
和「いいのよ。少しでも人に話して楽になれるならまた何時でも相談に乗るわよ」
澪「ありがとう、和」
今日は部活を休むことにした。
律にメールでそのことを伝えると
直ぐに学校を出た。
軽音部の誰とも会いたくない気分だった。
律と唯の顔を見るだけでストレスが溜まるような気がしたのだ。
早く家に帰ってシャワーを浴びてさっさと寝てしまおう。
その方が楽だ。
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:31:53.15 ID:Q5i0S/hx0
ありとあらゆる隙間から感じる視線は目を閉じれば消える。
視界に入らなければどうと云うことは無い。
ただ目を閉じて日常生活を送るのは難しいし、
隙間から目を逸らしても、私の視覚は別の隙間を捉えてしまう。
だから早く帰って寝るのが一番だ。
──早く、早く。
登下校路は今の私にとって最悪の環境だった。
教室や部室や自宅の部屋なら隙間の無い場所を探して
そちらを凝視するなり目を閉じてやり過ごせば何とかなる。
しかし家と学校を繋ぐ道行ではそうすることも出来ない。
下を向けば歩道に設けられた側溝の隙間が気になる。
上を見ても電線と電線とが幾つもの隙間を作っている。
密接した建物と建物の隙間もそうだ。
自動販売機と地面の厭な隙間。
石造りの塀が長く続く道。
ひび割れたコンクリート。
その全てから視線を感じる。
──厭だ。厭だ。厭だ。
橋を繋ぐ隙間を跨いだ。
やはり、見られている。誰かが見ている。
澪「いやッ!」
48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:33:51.41 ID:Q5i0S/hx0
下から覗かれるのは本当に腹が立つ。
頭にきて隙間を踏みつけてやった。
そうすると、少しだけ気が晴れた気がした。
家に帰り制服を脱いで部屋着に着替えると
直ぐに浴室へと向かった。
部屋で机に向かって勉強をしていても
ちらちらと視界の隅に隙間が見えるのだ。
ただ目を瞑ってじっとしているのもいいが
同じ目を瞑るにしても湯船に浸かるか
眠ってしまった方が心が安らぐ。
脱衣所に入ると何か不快感を覚えた。
──知っている。この厭な感じを。
これは──視線だ。
脱衣所や浴室にも隙間はある。
視線も感じる筈だ。
ただ、今感じているこの不快感の先は何時もと違う。
──鏡だ。
洗面台の鏡から強い視線を感じる。
鏡に映り込んだ隙間だろうか?
違う──私だ。
50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:35:12.30 ID:Q5i0S/hx0
私の視線を感じているんだ。
鏡に映る私を、私が見つめる視線。
あたりまえじゃないか──私が鏡を通して自分を見ているんだから。
でも──この不快感はなんだ?
とても厭なこの感じは
何時も隙間から感じていた視線と同じ──。
澪「──あっ」
鏡に映る私を見て漸く理解した。
何故、隙間から視線を感じるのか。
だって──だって、あるじゃないか。
──隙間が。上瞼と下瞼に挟まれた隙間には目が……。
だからきっと無くてはいけないんだ。
隙間には目が無くては。だから──。
洗面台に置かれた櫛を手に取る。
柄が細く尖った平べったい櫛。
その櫛の、細い隙間から小さな目が幾つも覗いていた。
隙間に並んだ幾つもの目が、私の目を真っ直ぐに見つめる。
その視線が──厭だ。厭だ。厭なんだ。
59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 03:50:44.55 ID:Q5i0S/hx0
──見るなっ!見るなっ!見るなッ!
怒りに任せて櫛の歯を力をこめて握った。
歯は意外と柔らかくぽきぽきと軽い音を立てて砕け散った。
手を開くと、幾本もの歯の残骸が折り重なって作る隙間に──
──目が、目が、目が。
形も大きさも疎らな目が──私を凝視していた。
何をしても無駄だと悟った。
もう、どうすることも出来ないのだろうか。
鏡を見ると二つの眼が私を見ていた。
櫛の尖った柄の先端をゆっくりと顔の前に持ってくる。
──厭だよ。こんなの。
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2009/09/18(金) 04:04:13.80 ID:Q5i0S/hx0
おしまいです。
最後に終わりを伝えないのは続くのか続かないのか
そんな厭な気分を味わってもらおう等と思ったからです。
ご存知の方もいますね。
京極夏彦「厭な小説」の「厭だ」って部分だけパクったわけだけど
内容は被ってない筈。
幾つか話を作ったけど形になったのこれだけです。
すみません。
唯「厭な妹」