1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:14:20.40 ID:J23kY1580
――――――――――――――――
冬休みが終わり大学寮に戻ってきた、余計な土産を持って。
いわゆる『正月太り』というやつだ。
否定したいけれど、体重計は嘘をつかない。
そういうわけで、最近は歩く姿勢を見直している。
コンビニへ行くとき、本屋へ行くとき。
そして、講義の時間が重なった幼馴染と歩くとき。
「みおー、ちょっと歩くの速くないか?」
「そうかな? いつも通りだぞ、律」
とは言ってみたけれど、
いつもより速くなっていることは否定できそうにない。
太陽が出ているものの、気温は低い。
建物の影になっていた場所は凍結しているようで、鈍い光を発している。
あまり力を入れないよう、慎重に脚を運んだ。
「お、スピード戻ったな」
「まだ凍ってるから、気をつけないとな」
「そうそう、澪しゃんは転ぶとき私を巻き添えにするからなー」
「あ、あれは……たまたま律がそばにいたから。根に持ってる?」
「うんにゃ、全然。――次はちゃんと支えるからさ」
2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:15:19.29 ID:J23kY1580
日差しのような笑みを受けながら、いつも通りに歩みを進める。
大学に入ってから、律と一緒に歩くことは少なくなった。
所属している学部が違うせいもあるし、交友関係の広がりも関係している。
今までは律にべったりだった、それは否めない。
高校時代からそのことは気にしていたけれど。
私も変わらないとな――。
そういう思いは無意識下にずっとあった。
表面化したのは、大学生という身分を得てからだろう。
なにしろ自由だ、高校みたいに決められた授業というものがない。
講義の取り方によっては昼過ぎまで寝ていてもいい。
早い人は三回生の前期で単位を取り終え、
必修のゼミやサークル以外は大学に来ないらしい。
律が講義をたくさん受けているのも、それを狙ってのことだろう。
ともかく、私は自分の早さで進んで行こうと思う。
「そういえば幸と菖は?」とたずねると。
「ん、先に行ったらしいぞ」という返事が返ってきた。
寮から大学は近い。
代わり映えのしない風景を横目に、律と並んで歩く。
考え事をしていると、あっという間にキャンパスに着いた。
守衛のおじさんに軽く会釈し、キャンパスに踏み入る。
メインストリート脇には枯れた木が等間隔に植えられていて、
白い雪が枝をうっすらと飾り立てている。
「澪、見てみろよ。ええと……アレだ!」
「なにが『アレ』なんだ?」
「えっと……『枯れ木もなんとかの賑わい』だよ!」
律にしては詩的だなと思いつつ、もう少し悩ませておくことにした。
今は枯れてしまっているが、秋には見事な紅葉を見せていた。
イチョウの黄色や、カエデの赤。
大学の建物は白いし、道は灰色だ。
その中で原色の木々はひと際目立っていた。
ふと思い出し、「紅葉きれいだったな……」という言葉が漏れる。
「思い出した! 『枯れ木も山の賑わい』だ」
「そうだな、律にしてはいいこと言うじゃないか」
「へいへい、わたしはどうせガサツですよーだ」
ガサツに見えて繊細な部分もある。
そんな部分もまた魅力なんだろう。
二人並んで灰色がかったキャンパスを歩む。
ときどきすれ違う人にぶつからないように。
しばらく歩いたのち、講堂の前に到着した。
「じゃあ澪、あとでなー」
「真面目に講義受けるんだぞ、律」
「わーかってるって。単位全部取ってやるからな」
律は背中を向けて私から遠ざかり、「じゃあな」と手を振ってみせる。
そして小走りになって、あっという間に視界の外へと消えた。
「――さて、どこにいるかな」
ドアを開けて講堂に入り、よく見知った姿を探し始める。
ふわっとしたロングヘアーに切りそろえられた前髪。
栗色がかった茶髪、そして高い身長。
講堂の階段を上りながら視線を左右に動かす。
しばらくうろうろして、窓側の列で彼女を見つけた。
「さち、おはよう」と、いつも通りのあいさつをする。
「……おはよう、澪」
「あれ? 寝不足?」
「そうじゃないけど……、いつも通り、かな」
彼女の名前は『林幸』という。
私は最初、『林さん』と呼んでいたけれど、
あるきっかけから『幸』と、下の名前で呼ぶことになった。
というより、呼ぶことにした。
「眠いって訳じゃ……ないんだけど」
睡眠時間に関係なく、彼女はいつもこんな口調だ。
幸の隣に腰を下ろし講義の準備を始める。
バッグからテキストやノート、その他諸々を取り出す。
手を動かしながら、「この講義終わったら学食行かないか?」と尋ねる。
「うん……、行こっか」と、二つ返事で答えてくれた。
「律も一緒に来るし、あやめもたぶん一緒だよ」
「そっか、菖もいるんだ……」
幸は表情に乏しいけれど、口元がわずかにゆるんでいることが確認出来た。
私と幸は『似たもの同士かな』と、心の中で密かに思っている。
使用楽器は共にベース、髪はロングで、どちらかというと引っ込み思案。
身長は私が160センチ、平均より少し高い。
ちなみに律は154センチ。
そして幸は168~9センチといったところだ。
彼女はそれをコンプレックスと思っているけれど。
そして、胸部の膨らみも人並み以上。
それはあまり気にしていないらしい。
「講義は午前中で終わっちゃうから暇なんだよなあ。幸、どうする?」
「どうって……あんまり考えてな――、教授来たよ」
幸は40歳過ぎであろう男性教授を見て、講義の準備を始めた。
私も準備を整え、90分に渡る講義に備える。
――――――――――――――――
キャンパスにはまだ雪が残っていて、灰色と白に染められている。
大勢の学生を横目に、学食へ行く道すがら。
「疲れたなー、幸」
「そうだね、やっぱり90分は長いと思う」
「そうだな、高校までは50分だったもんな」
「うん、でも慣れてきたかも」
「そう、何事も慣れだよな。律のドラムも走り気味だけど、ついていけるし」
「……自然に出て来たね、その話」
「ち、違うぞ! 今のは音楽の話で、別に律じゃなくて、その――」
幸の笑顔は、『別に否定しなくても』と語っているみたいだ。
「い、急ぐぞ! この時間帯は学食混むからな」
歩幅を広く、足早にキャンパスを進む。
幸も悠々とついて来て、賑わっている学食に踏み入った。
いつも通り学食は賑わっていた。
食事を乗せたトレーを持ちつつ席を探す。
出来れば律と菖の姿を確認したい。
当ても無く探していると。
「澪ちゃーん、さちー。こっちだよ」という声が聞こえた。
声の主は菖で、律も向かいの席にいる。
「先客ありだな、菖。律もついでに」
「おー、澪ちゃん。幸も久しぶり、って朝も会ったけど」
「なにおぅ! 澪、『ついでに』なんて。私たちの仲だろ?」
菖と律は、すでに食事に手を付けている。
受講した講堂と学食が近いからだろう。
私は律の、幸は菖の隣にそれぞれ座った。
「幸、今日のはあっさりしてるな」
「そうだね……、カロリー低目にしてみた」
「聞けよぅ!」と律の声。
無視するのも気が悪いと思い。
「律、後期もレポートたくさんあるんだろ?」
「う、うん」
「だったら、私も手伝うぞ」
言い終わるや否や律の表情が晴れて。
「ありがとうな、澪!」
と、感嘆符つきの返事をくれた。
食事を終えようとしたとき。
「ねえねえ、幸、澪ちゃん。このあと用事ある?」
と、菖が身を乗り出し。
私は「何もないけど」と答えて、幸は首を横に振った。
「じゃあさ、今から服買いに行かない? 冬物バーゲンやってるしさ!」
「私はいいけど、律は……」と、ちらりと目線を送る。
「いいよ、澪。三人で行ってこい。それにさ――」
私が聞き返そうとしたところに、律が。
「前に、『可愛い服着るぞ』って言ってたから、ちょうどいいだろ?」
「う、うん。出来れば律も一緒がよかったんだけど」
律はこの曜日、午後からの講義もとっている。
流石に自主休講をすすめるつもりはない。
「私もりっちゃん誘いたかったんだけど――講義あるからしょうがないよね」
菖のフォローが入り、みんなの同意をとる。
そうして、私と幸と菖は買い物。
律は講義という予定になった。
――――――――――――――――
菖に連れられ、服屋さん――もといセレクトショップにやってきた。
二階建てのビルを丸々占拠していて、
通りに面した箇所はガラス張りになっている。
一階はメンズのフロアなので、私たちは二階へと階段を進んだ。
服屋といえば個人経営、もしくはお手頃のチェーン店という先入観がある。
今いる店は全国チェーンだがお手頃ではなく、むしろ高い傾向らしい。
しかし今はバーゲンの時期。
タグには五割引きから七割引きされた値段のシールが貼られている。
「似合う! 似合うよ澪ちゃん。私のコーディネートも捨てた物じゃないね」
「そ、そうかな……。ちょっと恥ずかしい、かも」
試着室から出てきた私に、菖が歓声を送り。
幸は柔らかな表情を浮かべた。
髪をサイドでまとめ。
デニム地のホットパンツを履き、脚を八割方露出している。
そのままでは寒いので、黒のタイツで脚をカバー。
淡いピンクのTシャツを着て、その上に水色の袖なしパーカーを羽織った。
「澪、似合ってる……」
幸の感想もあってか、私も上機嫌になった。
あとの心配は値段だけ。
「えっと、いくらかな?」
とりあえず試着を終え、服のタグを確認する。
軒並み五割から七割引きなので、財布のダメージも許容範囲だ。
「しかし安くなってるな……、元値は結構するけど。菖、なんでだろ?」
「まあ、冬バーゲンも終盤だし。売れ残るよりはマシ、ってところかな。
それにね――、サイズが大きいから残ってる可能性も高いし」
「あ……そうか。私大きいから――」
私の返答に、菖と幸の表情が曇った気がした。
けれど、「二人ともスタイルいいよ! 気にすることないって」
と言う菖のフォローが入り、続けて。
「私を見なよ。背は低いし、ぺったんこだし。
コンプレックスは人それぞれだけど、私はそこまで気にしてない。
小さいからバーゲンの売れ残りもゲット出来るし、活用しないと」
幸の表情が和らぎ、いつもより芯のある声で。
「……そうだね、私も菖も平均から外れてるけど。
頑張ってみるよ。ありがと」
やっぱり確信した。
私と律、幸と菖。この組み合わせは似ているということを。
有り体に言えば『凸凹コンビ』。
そして、本質的なところは通じているのかなと一人納得した。
――――――――――――――――
冬は日が沈むのが早い。
夕日は長い影を作り、ビルをオレンジ色に染め上げている。
みんなで戦利品を確保し、店が立ち並ぶ通りを歩む。
真ん中に菖、左側に私、右側に幸。
「ふう、買った買った。満足満足。
澪ちゃんもニーソックス買えばよかったのに、絶対領域が見たかったなあ」
「そ、それは……えっと。太ももの肉が気になるというか、なんというか」
短めのボトムスと太ももの中ごろまでのニーソックスを合わせる。
すると、そのあいだに生脚がわずかに見える。
それを『絶対領域』と呼ぶらしい。
「ざんねーん」
私の脚がもう少し細ければ視野に入ってたんだけど。
ひとまず話題を変えることにして、菖の荷物を見つめながら。
「菖は大漁だな、両手一杯に持って。結局、幸も買ったんだな」
「……うん、たまにはいいかも」
幸は袋を片手に持ち、私を見つめながら呟く。
それにしても――。
ふとした疑問が浮かび、視線を落として二人の足元を見る。
幸の身長は168~9センチ。
菖の身長は151センチだったはず。
これだけ身長差があれば脚の長さも違うわけで、当然歩幅も違うだろう。
けれど、二人はそんなことお構いなしに歩く速さを合わせている。
脚の長さと歩く速さは関係ない。
当然と言えば当然の話で、特別な発見でもなんでもない。
でもそれが、私にはなぜだか愛おしく思えた。
――――――――――――――――
夕食を終えて寮の部屋に戻り、
ベッドの上に服を並べているとノックの音がした。
続けて、「入るぞ」と律の声。
「わかった」と答え、鍵を開けて中へ招き入れる。
律はベッドの上の服へ目をやり。
「おおっ! 結構買ったんだな。――で」
視線を服から私へ移し、「着ないのか?」と訴えかける。
最初にお披露目するのは律になったな――。
からかわれるか、ほめてくれるか。
どちらにせよ着替えることにした。
「で、感想はどうなんだ? 律」
昼間試着したときと同じ姿。
デニム地のホットパンツに黒のタイツ。
淡いピンクのTシャツを着て、水色の袖なしパーカーを羽織る。
髪はあえてまとめず、ストレートに流した。
「おーい、律」と呼びかけるも、ワンテンポ遅れて。
「ん、ああ……」
と、気の抜けた返事。
もしかして、『律は気に入ってくれないんじゃないか?』
そんな考えが頭をよぎるも、不意に。
「……可愛い」と、律にしては小さな声で感想を述べた。
「え?」
「だから、似合ってるって! いいよいいよ」
私の周囲をうろつきながら、じろじろ見つめて頷いている。
後ろにまわって、私の両肩に手を置き。
「ほら、自分で見ろよ」と鏡の前に私を促す。
鏡に映った私は見慣れない姿だけど、間違いなく私だった。
いつも眼鏡をかけている人間が、外したときのような違和感だろう。
「似合って、る……のかな?」
「間違いないって。どこに出しても恥ずかしくない! 自慢の娘だ」
一瞬、『お前は私のママか!』という言葉が出かけて。
「お母さんじゃあるまいし、ほめたってなにも出ないぞ」
「そんなんじゃないですわよ、澪ちゅわん」
「じゃあ何なんだ?」
「嬉しいんだよ」
皮肉を言われたり、からかわれたりするかと思ってたけど。
手放しでほめてくれて、その上『嬉しい』なんて言われた。
前にもこんなことがあった気がする。
「嬉しいって……、私のことなのに?」
「そうそう。澪の嬉しさは私のもの、私の嬉しさも私のもの」
「どこのアニメの台詞だ!」
私が逆の立場ならどういう反応をしただろうか。
律と同じく、『似合ってる』と言って『嬉しい』って思うんだろう。
――――――――――――――――
一週間後、またもや律と講義の時間が重なった。
この季節には珍しい陽気で、雪や路面の凍結は姿を消している。
気温は高くないけれど、暖かい日差しが私たちに降り注ぐ。
「澪、ひとつ疑問なんだけど」
「ん?」
「こないだのアレ、着ないのか?」
「ああ、アレな……」
まだ自分で見慣れていないせいもあるし、恥ずかしさも勝っている。
それに――。
「なんて言うかな……、服に見合う自分にならなきゃって思ったから」
「見合う自分?」
「そう。例えば……ダイエットとか」
「澪はそこまで太ってないと思うけどな。……まあいいや、頑張れ!」
律はそう言って、私の背中をポンと押してくれた。
――――――――――――――――
子どものころ、背が高い子は走るのが速いと思っていた。
『ねえ、りっちゃん』
『なあに、みおちゃん』
『わたし、りっちゃんよりかけっこはやいよ』
『なんで?』
『わたしのほうが、しんちょうたかいもん』
その考えは、運動会の徒競走で打ち砕かれた。
ゴールまであと少しのところで、律にテープを切られたからだ。
『はあ、はあ……。り、りっちゃんあしはやいね』
『わたしのほうがはやいでしょ?』と律が自慢げに言っていた。
別に自信を失ったわけじゃなく、『身長は関係ないんだな』と理解した。
律は普段から活発だし、いい意味で慌ただしい。
バンドをやろうと言われたときも、軽音部に入ろうと言われたときも。
いつも私の先を行っていた。
――――――――――――――――
今だって律は忙しいし、私とは違うんだろう。
「みおー、どした? 悩みごとか」
「――何も、悩んでないよ」
いつからだろう、律と同じ道を歩き始めたのは。
どちらからともなく、歩く速さを合わせ始めたのは。
歩幅自体は私のほうが広い。脚が長いから。
その分律は、歩調を速めて私に合わせている。
もしかしたら、私のほうが歩みを遅めていたのかもしれない。
「なあ、澪」
そんなことを考えているうちに、キャンパスが近づいてきた。
律は午後からも講義、先週と同じだ。
「澪ってば!」
「で、でかい声出すなよ」
「ちょこっとだけ頼みがあるんだけど」
律は後ろ手を組みながら先に進み、
私にほうへ振り向いて、「今度バイトやるんだよ」と視線を向ける。
「そうか。で、どこでバイトするんだ?」
「えっとな、ライブハウスとかに時々呼ばれる感じかな。開演の時期に」
「そっか、律も忙しいんだな。今に始まったことじゃないけど」
私の気づかないうちに、どんどん先に進んでしまうような。
そういう姿を見るのは嬉しい。
でも、私のそばから離れて行ってしまうような思いにも駆られる。
「それって、紀美さんの紹介か?」
「いや、自分で探したんだけど。それでさっきの頼みってのがさ……」
律はそう言いながらわずかにうつむき、しばらく沈黙したあと顔を上げた。
出てきた言葉は――。
「澪も一緒にバイトしないか?」
「え?」
間の抜けた声で答えたのち、色んな考えが浮かんでは消えた。
ライブハウスということは、ステージの設営と撤去だろう。
となると力仕事だから、ムギが一番向いている気がする。
律はなんでムギを誘わなかったのか?
それにああいうのは多人数でやるものだ。
当然スタッフやバイト間の連携も必要になる。
人見知りな私より、唯のほうが適任じゃないのか?
色々考えを巡らせたのち。
「ダイエットになるかな?」なんて、下心丸見えの反応をしてしまった。
「なる! 絶対に。だからバイトしようよー」
「人手って私だけでいいのか? 唯とかムギも誘ったほうが――」
「ん、えっとな……採用枠もあるし、こういうのは引く手あまただから、な」
律は両手を合わせ拝むような格好で。
「この通りだから、二人でやろうよ」
「とりあえず……、今回だけだからな」と答える、けれど――。
「よっしゃ、そうと決まれば連絡しとくからな」
今回だけじゃなく、律が誘ってくれるのならいつだって。
逆に私が誘ってみるのもいいかもしれない。
あれこれ話していると、もうキャンパスは目の前だ。
中に踏み入り、しばらく律と歩みを進めた。
キャンパスの雪化粧も落とされ、冬らしい乾燥した空気に包まれている。
路面も乾いているし転んだりする心配はなさそうだ。
メインストリート脇の枯れた木に目をやると、先週の雪は無くなっていた。
春になれば緑色の葉に覆われ、学生を出迎えてくれるだろう。
「なあ、律。さっきの話なんだけど。採用枠がどうとか言ってたな?」
「あ、ああー。うん、言ったっけな」
「知ってるぞ、こういうのは人数多いほうがいいって」
律はきっと嘘をついている。
スタッフの人から、『友達もよければ誘ってね』なんて言われているはず。
にも関わらず、律は私だけに声をかけてきた。
律がみんなにひと声かければ、もっと人数を集められたはずだ。
「言わせるのか? 恥ずかしいですわねー、澪ちゅわん」
「……じゃあ、いいよ。二人でやろうな」
あえて理由は聞かないでおく。
きっと、同じことを考えているから。
上機嫌な律を横目に歩きつつ、講堂の前に到着した。
律が「それじゃ……」と口を開き。
「またあとでな、澪。バイトの件もよろしく」と付け加えた。
「わかった。よろしく頼むよ」
「澪、居眠りするんじゃないぞー」
「私が居眠りしたことがあったか? それより――」
視線だけで釘を刺し、「わーかってるよ」という律の返事を引き出した。
私は背中を向け、講堂へ向かう。
律も背中を向け、講堂へ向かう。
背中に律を感じながら振り返ることはせず、宙に手を振ってみた。
私は一人歩きながら、今までのことを思い出す。
いつも律がリードしてくれていた。
が、それは思い込みかもしれない。
私がいたから律はあんなふうに振舞っていたのかも。
自意識過剰もいいとこだけど、
もしかしたら背中を押していたのかもしれない。
それとも――。
「二人並んで歩いてきたのかな?」
思わぬ言葉が口をついて出た。
歩く速さだけじゃなく生きていくことだって、二人並んで。
急に恥ずかしくなり、顔が熱を帯びた。
冬の空気が丁度よく顔を冷やしてくれる。
ゆるんだ顔を人に見られないよう、うつむき加減で講堂へ向かう。
目の前には道が広がっていて、どんな歩き方をしても自由だ。
それでも律がいるなら、どんな道を歩いても大丈夫だろう。
私たちは、同じ速さでここまで歩いてきたんだから。
おわり
これで終わりです、支援ありがとうございました。
元スレ
日差しのような笑みを受けながら、いつも通りに歩みを進める。
大学に入ってから、律と一緒に歩くことは少なくなった。
所属している学部が違うせいもあるし、交友関係の広がりも関係している。
今までは律にべったりだった、それは否めない。
高校時代からそのことは気にしていたけれど。
私も変わらないとな――。
そういう思いは無意識下にずっとあった。
表面化したのは、大学生という身分を得てからだろう。
なにしろ自由だ、高校みたいに決められた授業というものがない。
講義の取り方によっては昼過ぎまで寝ていてもいい。
早い人は三回生の前期で単位を取り終え、
必修のゼミやサークル以外は大学に来ないらしい。
律が講義をたくさん受けているのも、それを狙ってのことだろう。
ともかく、私は自分の早さで進んで行こうと思う。
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:16:57.90 ID:J23kY1580
「そういえば幸と菖は?」とたずねると。
「ん、先に行ったらしいぞ」という返事が返ってきた。
寮から大学は近い。
代わり映えのしない風景を横目に、律と並んで歩く。
考え事をしていると、あっという間にキャンパスに着いた。
守衛のおじさんに軽く会釈し、キャンパスに踏み入る。
メインストリート脇には枯れた木が等間隔に植えられていて、
白い雪が枝をうっすらと飾り立てている。
「澪、見てみろよ。ええと……アレだ!」
「なにが『アレ』なんだ?」
「えっと……『枯れ木もなんとかの賑わい』だよ!」
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:17:50.69 ID:J23kY1580
律にしては詩的だなと思いつつ、もう少し悩ませておくことにした。
今は枯れてしまっているが、秋には見事な紅葉を見せていた。
イチョウの黄色や、カエデの赤。
大学の建物は白いし、道は灰色だ。
その中で原色の木々はひと際目立っていた。
ふと思い出し、「紅葉きれいだったな……」という言葉が漏れる。
「思い出した! 『枯れ木も山の賑わい』だ」
「そうだな、律にしてはいいこと言うじゃないか」
「へいへい、わたしはどうせガサツですよーだ」
ガサツに見えて繊細な部分もある。
そんな部分もまた魅力なんだろう。
5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:18:41.04 ID:J23kY1580
二人並んで灰色がかったキャンパスを歩む。
ときどきすれ違う人にぶつからないように。
しばらく歩いたのち、講堂の前に到着した。
「じゃあ澪、あとでなー」
「真面目に講義受けるんだぞ、律」
「わーかってるって。単位全部取ってやるからな」
律は背中を向けて私から遠ざかり、「じゃあな」と手を振ってみせる。
そして小走りになって、あっという間に視界の外へと消えた。
「――さて、どこにいるかな」
ドアを開けて講堂に入り、よく見知った姿を探し始める。
ふわっとしたロングヘアーに切りそろえられた前髪。
栗色がかった茶髪、そして高い身長。
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:23:06.12 ID:J23kY1580
講堂の階段を上りながら視線を左右に動かす。
しばらくうろうろして、窓側の列で彼女を見つけた。
「さち、おはよう」と、いつも通りのあいさつをする。
「……おはよう、澪」
「あれ? 寝不足?」
「そうじゃないけど……、いつも通り、かな」
彼女の名前は『林幸』という。
私は最初、『林さん』と呼んでいたけれど、
あるきっかけから『幸』と、下の名前で呼ぶことになった。
というより、呼ぶことにした。
「眠いって訳じゃ……ないんだけど」
睡眠時間に関係なく、彼女はいつもこんな口調だ。
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:25:20.56 ID:J23kY1580
幸の隣に腰を下ろし講義の準備を始める。
バッグからテキストやノート、その他諸々を取り出す。
手を動かしながら、「この講義終わったら学食行かないか?」と尋ねる。
「うん……、行こっか」と、二つ返事で答えてくれた。
「律も一緒に来るし、あやめもたぶん一緒だよ」
「そっか、菖もいるんだ……」
幸は表情に乏しいけれど、口元がわずかにゆるんでいることが確認出来た。
私と幸は『似たもの同士かな』と、心の中で密かに思っている。
使用楽器は共にベース、髪はロングで、どちらかというと引っ込み思案。
身長は私が160センチ、平均より少し高い。
ちなみに律は154センチ。
そして幸は168~9センチといったところだ。
彼女はそれをコンプレックスと思っているけれど。
そして、胸部の膨らみも人並み以上。
それはあまり気にしていないらしい。
「講義は午前中で終わっちゃうから暇なんだよなあ。幸、どうする?」
「どうって……あんまり考えてな――、教授来たよ」
幸は40歳過ぎであろう男性教授を見て、講義の準備を始めた。
私も準備を整え、90分に渡る講義に備える。
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:26:49.63 ID:J23kY1580
――――――――――――――――
キャンパスにはまだ雪が残っていて、灰色と白に染められている。
大勢の学生を横目に、学食へ行く道すがら。
「疲れたなー、幸」
「そうだね、やっぱり90分は長いと思う」
「そうだな、高校までは50分だったもんな」
「うん、でも慣れてきたかも」
「そう、何事も慣れだよな。律のドラムも走り気味だけど、ついていけるし」
「……自然に出て来たね、その話」
「ち、違うぞ! 今のは音楽の話で、別に律じゃなくて、その――」
幸の笑顔は、『別に否定しなくても』と語っているみたいだ。
「い、急ぐぞ! この時間帯は学食混むからな」
歩幅を広く、足早にキャンパスを進む。
幸も悠々とついて来て、賑わっている学食に踏み入った。
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:28:06.77 ID:J23kY1580
いつも通り学食は賑わっていた。
食事を乗せたトレーを持ちつつ席を探す。
出来れば律と菖の姿を確認したい。
当ても無く探していると。
「澪ちゃーん、さちー。こっちだよ」という声が聞こえた。
声の主は菖で、律も向かいの席にいる。
「先客ありだな、菖。律もついでに」
「おー、澪ちゃん。幸も久しぶり、って朝も会ったけど」
「なにおぅ! 澪、『ついでに』なんて。私たちの仲だろ?」
菖と律は、すでに食事に手を付けている。
受講した講堂と学食が近いからだろう。
私は律の、幸は菖の隣にそれぞれ座った。
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:29:03.17 ID:J23kY1580
「幸、今日のはあっさりしてるな」
「そうだね……、カロリー低目にしてみた」
「聞けよぅ!」と律の声。
無視するのも気が悪いと思い。
「律、後期もレポートたくさんあるんだろ?」
「う、うん」
「だったら、私も手伝うぞ」
言い終わるや否や律の表情が晴れて。
「ありがとうな、澪!」
と、感嘆符つきの返事をくれた。
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:30:28.47 ID:J23kY1580
食事を終えようとしたとき。
「ねえねえ、幸、澪ちゃん。このあと用事ある?」
と、菖が身を乗り出し。
私は「何もないけど」と答えて、幸は首を横に振った。
「じゃあさ、今から服買いに行かない? 冬物バーゲンやってるしさ!」
「私はいいけど、律は……」と、ちらりと目線を送る。
「いいよ、澪。三人で行ってこい。それにさ――」
私が聞き返そうとしたところに、律が。
「前に、『可愛い服着るぞ』って言ってたから、ちょうどいいだろ?」
「う、うん。出来れば律も一緒がよかったんだけど」
律はこの曜日、午後からの講義もとっている。
流石に自主休講をすすめるつもりはない。
「私もりっちゃん誘いたかったんだけど――講義あるからしょうがないよね」
菖のフォローが入り、みんなの同意をとる。
そうして、私と幸と菖は買い物。
律は講義という予定になった。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:37:03.55 ID:J23kY1580
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菖に連れられ、服屋さん――もといセレクトショップにやってきた。
二階建てのビルを丸々占拠していて、
通りに面した箇所はガラス張りになっている。
一階はメンズのフロアなので、私たちは二階へと階段を進んだ。
服屋といえば個人経営、もしくはお手頃のチェーン店という先入観がある。
今いる店は全国チェーンだがお手頃ではなく、むしろ高い傾向らしい。
しかし今はバーゲンの時期。
タグには五割引きから七割引きされた値段のシールが貼られている。
「似合う! 似合うよ澪ちゃん。私のコーディネートも捨てた物じゃないね」
「そ、そうかな……。ちょっと恥ずかしい、かも」
試着室から出てきた私に、菖が歓声を送り。
幸は柔らかな表情を浮かべた。
髪をサイドでまとめ。
デニム地のホットパンツを履き、脚を八割方露出している。
そのままでは寒いので、黒のタイツで脚をカバー。
淡いピンクのTシャツを着て、その上に水色の袖なしパーカーを羽織った。
「澪、似合ってる……」
幸の感想もあってか、私も上機嫌になった。
あとの心配は値段だけ。
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:38:57.86 ID:J23kY1580
「えっと、いくらかな?」
とりあえず試着を終え、服のタグを確認する。
軒並み五割から七割引きなので、財布のダメージも許容範囲だ。
「しかし安くなってるな……、元値は結構するけど。菖、なんでだろ?」
「まあ、冬バーゲンも終盤だし。売れ残るよりはマシ、ってところかな。
それにね――、サイズが大きいから残ってる可能性も高いし」
「あ……そうか。私大きいから――」
私の返答に、菖と幸の表情が曇った気がした。
けれど、「二人ともスタイルいいよ! 気にすることないって」
と言う菖のフォローが入り、続けて。
「私を見なよ。背は低いし、ぺったんこだし。
コンプレックスは人それぞれだけど、私はそこまで気にしてない。
小さいからバーゲンの売れ残りもゲット出来るし、活用しないと」
幸の表情が和らぎ、いつもより芯のある声で。
「……そうだね、私も菖も平均から外れてるけど。
頑張ってみるよ。ありがと」
やっぱり確信した。
私と律、幸と菖。この組み合わせは似ているということを。
有り体に言えば『凸凹コンビ』。
そして、本質的なところは通じているのかなと一人納得した。
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:40:32.50 ID:J23kY1580
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冬は日が沈むのが早い。
夕日は長い影を作り、ビルをオレンジ色に染め上げている。
みんなで戦利品を確保し、店が立ち並ぶ通りを歩む。
真ん中に菖、左側に私、右側に幸。
「ふう、買った買った。満足満足。
澪ちゃんもニーソックス買えばよかったのに、絶対領域が見たかったなあ」
「そ、それは……えっと。太ももの肉が気になるというか、なんというか」
短めのボトムスと太ももの中ごろまでのニーソックスを合わせる。
すると、そのあいだに生脚がわずかに見える。
それを『絶対領域』と呼ぶらしい。
「ざんねーん」
私の脚がもう少し細ければ視野に入ってたんだけど。
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:42:10.06 ID:J23kY1580
ひとまず話題を変えることにして、菖の荷物を見つめながら。
「菖は大漁だな、両手一杯に持って。結局、幸も買ったんだな」
「……うん、たまにはいいかも」
幸は袋を片手に持ち、私を見つめながら呟く。
それにしても――。
ふとした疑問が浮かび、視線を落として二人の足元を見る。
幸の身長は168~9センチ。
菖の身長は151センチだったはず。
これだけ身長差があれば脚の長さも違うわけで、当然歩幅も違うだろう。
けれど、二人はそんなことお構いなしに歩く速さを合わせている。
脚の長さと歩く速さは関係ない。
当然と言えば当然の話で、特別な発見でもなんでもない。
でもそれが、私にはなぜだか愛おしく思えた。
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:49:09.08 ID:J23kY1580
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夕食を終えて寮の部屋に戻り、
ベッドの上に服を並べているとノックの音がした。
続けて、「入るぞ」と律の声。
「わかった」と答え、鍵を開けて中へ招き入れる。
律はベッドの上の服へ目をやり。
「おおっ! 結構買ったんだな。――で」
視線を服から私へ移し、「着ないのか?」と訴えかける。
最初にお披露目するのは律になったな――。
からかわれるか、ほめてくれるか。
どちらにせよ着替えることにした。
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:51:32.33 ID:J23kY1580
「で、感想はどうなんだ? 律」
昼間試着したときと同じ姿。
デニム地のホットパンツに黒のタイツ。
淡いピンクのTシャツを着て、水色の袖なしパーカーを羽織る。
髪はあえてまとめず、ストレートに流した。
「おーい、律」と呼びかけるも、ワンテンポ遅れて。
「ん、ああ……」
と、気の抜けた返事。
もしかして、『律は気に入ってくれないんじゃないか?』
そんな考えが頭をよぎるも、不意に。
「……可愛い」と、律にしては小さな声で感想を述べた。
「え?」
「だから、似合ってるって! いいよいいよ」
私の周囲をうろつきながら、じろじろ見つめて頷いている。
後ろにまわって、私の両肩に手を置き。
「ほら、自分で見ろよ」と鏡の前に私を促す。
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:52:59.74 ID:J23kY1580
鏡に映った私は見慣れない姿だけど、間違いなく私だった。
いつも眼鏡をかけている人間が、外したときのような違和感だろう。
「似合って、る……のかな?」
「間違いないって。どこに出しても恥ずかしくない! 自慢の娘だ」
一瞬、『お前は私のママか!』という言葉が出かけて。
「お母さんじゃあるまいし、ほめたってなにも出ないぞ」
「そんなんじゃないですわよ、澪ちゅわん」
「じゃあ何なんだ?」
「嬉しいんだよ」
皮肉を言われたり、からかわれたりするかと思ってたけど。
手放しでほめてくれて、その上『嬉しい』なんて言われた。
前にもこんなことがあった気がする。
「嬉しいって……、私のことなのに?」
「そうそう。澪の嬉しさは私のもの、私の嬉しさも私のもの」
「どこのアニメの台詞だ!」
私が逆の立場ならどういう反応をしただろうか。
律と同じく、『似合ってる』と言って『嬉しい』って思うんだろう。
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:57:59.58 ID:J23kY1580
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一週間後、またもや律と講義の時間が重なった。
この季節には珍しい陽気で、雪や路面の凍結は姿を消している。
気温は高くないけれど、暖かい日差しが私たちに降り注ぐ。
「澪、ひとつ疑問なんだけど」
「ん?」
「こないだのアレ、着ないのか?」
「ああ、アレな……」
まだ自分で見慣れていないせいもあるし、恥ずかしさも勝っている。
それに――。
「なんて言うかな……、服に見合う自分にならなきゃって思ったから」
「見合う自分?」
「そう。例えば……ダイエットとか」
「澪はそこまで太ってないと思うけどな。……まあいいや、頑張れ!」
律はそう言って、私の背中をポンと押してくれた。
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 20:59:16.96 ID:J23kY1580
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子どものころ、背が高い子は走るのが速いと思っていた。
『ねえ、りっちゃん』
『なあに、みおちゃん』
『わたし、りっちゃんよりかけっこはやいよ』
『なんで?』
『わたしのほうが、しんちょうたかいもん』
その考えは、運動会の徒競走で打ち砕かれた。
ゴールまであと少しのところで、律にテープを切られたからだ。
『はあ、はあ……。り、りっちゃんあしはやいね』
『わたしのほうがはやいでしょ?』と律が自慢げに言っていた。
別に自信を失ったわけじゃなく、『身長は関係ないんだな』と理解した。
律は普段から活発だし、いい意味で慌ただしい。
バンドをやろうと言われたときも、軽音部に入ろうと言われたときも。
いつも私の先を行っていた。
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:00:30.53 ID:J23kY1580
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今だって律は忙しいし、私とは違うんだろう。
「みおー、どした? 悩みごとか」
「――何も、悩んでないよ」
いつからだろう、律と同じ道を歩き始めたのは。
どちらからともなく、歩く速さを合わせ始めたのは。
歩幅自体は私のほうが広い。脚が長いから。
その分律は、歩調を速めて私に合わせている。
もしかしたら、私のほうが歩みを遅めていたのかもしれない。
「なあ、澪」
そんなことを考えているうちに、キャンパスが近づいてきた。
律は午後からも講義、先週と同じだ。
「澪ってば!」
「で、でかい声出すなよ」
「ちょこっとだけ頼みがあるんだけど」
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:02:10.60 ID:J23kY1580
律は後ろ手を組みながら先に進み、
私にほうへ振り向いて、「今度バイトやるんだよ」と視線を向ける。
「そうか。で、どこでバイトするんだ?」
「えっとな、ライブハウスとかに時々呼ばれる感じかな。開演の時期に」
「そっか、律も忙しいんだな。今に始まったことじゃないけど」
私の気づかないうちに、どんどん先に進んでしまうような。
そういう姿を見るのは嬉しい。
でも、私のそばから離れて行ってしまうような思いにも駆られる。
「それって、紀美さんの紹介か?」
「いや、自分で探したんだけど。それでさっきの頼みってのがさ……」
律はそう言いながらわずかにうつむき、しばらく沈黙したあと顔を上げた。
出てきた言葉は――。
「澪も一緒にバイトしないか?」
「え?」
間の抜けた声で答えたのち、色んな考えが浮かんでは消えた。
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:06:32.22 ID:J23kY1580
ライブハウスということは、ステージの設営と撤去だろう。
となると力仕事だから、ムギが一番向いている気がする。
律はなんでムギを誘わなかったのか?
それにああいうのは多人数でやるものだ。
当然スタッフやバイト間の連携も必要になる。
人見知りな私より、唯のほうが適任じゃないのか?
色々考えを巡らせたのち。
「ダイエットになるかな?」なんて、下心丸見えの反応をしてしまった。
「なる! 絶対に。だからバイトしようよー」
「人手って私だけでいいのか? 唯とかムギも誘ったほうが――」
「ん、えっとな……採用枠もあるし、こういうのは引く手あまただから、な」
律は両手を合わせ拝むような格好で。
「この通りだから、二人でやろうよ」
「とりあえず……、今回だけだからな」と答える、けれど――。
「よっしゃ、そうと決まれば連絡しとくからな」
今回だけじゃなく、律が誘ってくれるのならいつだって。
逆に私が誘ってみるのもいいかもしれない。
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:08:35.59 ID:J23kY1580
あれこれ話していると、もうキャンパスは目の前だ。
中に踏み入り、しばらく律と歩みを進めた。
キャンパスの雪化粧も落とされ、冬らしい乾燥した空気に包まれている。
路面も乾いているし転んだりする心配はなさそうだ。
メインストリート脇の枯れた木に目をやると、先週の雪は無くなっていた。
春になれば緑色の葉に覆われ、学生を出迎えてくれるだろう。
「なあ、律。さっきの話なんだけど。採用枠がどうとか言ってたな?」
「あ、ああー。うん、言ったっけな」
「知ってるぞ、こういうのは人数多いほうがいいって」
律はきっと嘘をついている。
スタッフの人から、『友達もよければ誘ってね』なんて言われているはず。
にも関わらず、律は私だけに声をかけてきた。
律がみんなにひと声かければ、もっと人数を集められたはずだ。
「言わせるのか? 恥ずかしいですわねー、澪ちゅわん」
「……じゃあ、いいよ。二人でやろうな」
あえて理由は聞かないでおく。
きっと、同じことを考えているから。
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:09:33.82 ID:J23kY1580
上機嫌な律を横目に歩きつつ、講堂の前に到着した。
律が「それじゃ……」と口を開き。
「またあとでな、澪。バイトの件もよろしく」と付け加えた。
「わかった。よろしく頼むよ」
「澪、居眠りするんじゃないぞー」
「私が居眠りしたことがあったか? それより――」
視線だけで釘を刺し、「わーかってるよ」という律の返事を引き出した。
私は背中を向け、講堂へ向かう。
律も背中を向け、講堂へ向かう。
背中に律を感じながら振り返ることはせず、宙に手を振ってみた。
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:12:41.22 ID:J23kY1580
私は一人歩きながら、今までのことを思い出す。
いつも律がリードしてくれていた。
が、それは思い込みかもしれない。
私がいたから律はあんなふうに振舞っていたのかも。
自意識過剰もいいとこだけど、
もしかしたら背中を押していたのかもしれない。
それとも――。
「二人並んで歩いてきたのかな?」
思わぬ言葉が口をついて出た。
歩く速さだけじゃなく生きていくことだって、二人並んで。
急に恥ずかしくなり、顔が熱を帯びた。
冬の空気が丁度よく顔を冷やしてくれる。
ゆるんだ顔を人に見られないよう、うつむき加減で講堂へ向かう。
目の前には道が広がっていて、どんな歩き方をしても自由だ。
それでも律がいるなら、どんな道を歩いても大丈夫だろう。
私たちは、同じ速さでここまで歩いてきたんだから。
おわり
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/03(金) 21:16:03.08 ID:J23kY1580
これで終わりです、支援ありがとうございました。
澪「同じ速さで」