2: ぬし 2021/03/07(日) 15:15:19.17 ID:+gvF3m5y.net

「グラスは全員に行き渡りましたか?それでは、新入社員五名の配属を祝して──」

「「「かんぱーーーーーい!!!」」」


ガヤガヤ…


「今年も新卒入ってきてよかったよねー。一昨年より前は本当に異動の受け入ればっかりだったから、またすぐ新卒来なくなっちゃうんじゃないかと思ったわー」

「これも、最初に採った女の子の評判がすこぶるよかったおかげだよね。ね、上原さん」

歩夢「あ、あはは…ありがとうございます」

「物腰は柔らかいし仕事にも積極的で物覚えもいいでしょ、誰にでも丁寧だし相手を立てることもできる、それになにより──」

「「可愛い!!」」



3: ぬし 2021/03/07(日) 15:18:31.48 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「せ、先輩達ってば…」

「いやいや、ホントに。結局若くて可愛い子は強いんだよ。上原さんはそれに加えて中身もいいから完璧なの。おかげでやっと技術課が対等に話すようになってくれたよね」

「そうそう。事務屋にはおばさんしかいないからって舐めくさってねー」

歩夢「…あ、先輩。新卒の子達、こっちに挨拶に来てくれるみたいですよ」

「お!」

「待ってました!」

新卒「すみません、今、お時間よろしいでしょうか」キチッ

「もちろんいいよ、座って座って。そんなに緊張しないで、おばさん達相手なんだから気楽にしてよ。なに飲んでるの?」

新卒「私はビール苦手なので、レモンサワーを…」

新卒「この子、ビール飲んだらすぐ赤くなっちゃうんですよ」

新卒「も、もう、言わないで!」



4: ぬし 2021/03/07(日) 15:21:54.66 ID:+gvF3m5y.net

「うんうん、みんな元気でいいね」

「ほら、後ろの子もこっちに座って。まずは私達から自己紹介しよっか。えっと──」

歩夢「あ!」

歩夢「ごめんなさい、写真撮ってもいいですか?」アセ

「あー…そうね、そんな時間か」

新卒「?」

新卒「なんですか?」

「集合写真より先に、しかも自己紹介前に写真撮ることになっちゃったね」

新卒「その…」

「気にしないで。上原さん、この子だけど、ちょっと日課みたいなものでね。せっかくだから新卒ちゃん達と撮った方がいいでしょ?」

歩夢「はい、ぜひ。みんな、自己紹介前にごめんね。一枚だけ撮らせてくれる──?」



5: ぬし 2021/03/07(日) 15:25:07.40 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「ありがとうございます。ちょっと連絡するので、先に自己紹介始めておいてもらっていいですか。すぐに戻りますね」

「うん。じゃ、私からしようかな」

新卒「…あの……?」チラ


歩夢 スマスマ…


「すごくいい子なんだけど、ちょっとだけ、変わった子でね」

新卒「上原先輩、なにされてるんですか?」

「飲み会に参加してる間ね、三十分ごとに写真撮って送るのよ」

新卒「誰にですか?」

「……同棲してる恋人さんに。詳しくは踏み込まなかったけど、前に少し聞いた話では──」


「過去の自分への、戒め…だって」

………
……




6: ぬし 2021/03/07(日) 15:28:18.65 ID:+gvF3m5y.net

「二軒目行く人はこっち集まってー」

新卒「上原先輩、行かないんですか?」

歩夢「あ、ごめんね。帰るって連絡しちゃったから」

新卒「えー、つまんなーい。上原先輩ともっとお話ししたい~!ね、先輩…」

歩夢「うん」

新卒「!」パァ…

歩夢「また明日、いっぱい話そうね」ニコッ

新卒「え…」



7: ぬし 2021/03/07(日) 15:31:41.09 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「すみません、それじゃ、これで帰りますね。お疲れ様でした」ペコ

「ああうん、お疲れ様。また明日ね」

「上原さんまた明日~」ノシ

新卒「………」

「…あれは、そういうものだと思ってあげて」ポン

新卒「! でも…」

「『帰るって連絡しちゃった』上原さんは、絶対についてきてくれないから。私達も何度か無理やり連れていこうとしちゃったこともあるけど…ねえ?」

「…ね」コクン

「相手の線引きが見えたら安易に越えようとしないのも、社会人として大切なことよ」

新卒「…わかりました」

………
……




9: ぬし 2021/03/07(日) 15:35:00.28 ID:+gvF3m5y.net

『飲み会終わったよ。これから帰るね』

『侑ちゃん:わかった。気をつけてね』


併せて送った帰路ルートの電車は、あと十一分で発車する。

大宮行で神田まで行って、六分後の中央線快速に乗り換えて三十分弱。

23分に駅に着くから、35分には家に着く。

そしたら、明日の朝まではずっと侑ちゃんと二人きり。

侑ちゃんも、私も、誰にも会わない。

不安にさせることなんか一つもない。

侑ちゃんを泣かせたり傷つけたりすることなんか一つもない。

だって、私はずっと侑ちゃんの隣にいるんだから。

お仕事とどうしても断れない用事の間以外は、ずっと。

だから、もう大丈夫。

大丈夫なの。



13: ぬし 2021/03/07(日) 15:54:55.83 ID:+gvF3m5y.net

書き込めないので画像で失礼します

https://i.imgur.com/UJAqZmD.jpg

lovelive-010067-013




14: ぬし 2021/03/07(日) 16:00:03.81 ID:+gvF3m5y.net

*

耐熱皿に移した牛皿を電子レンジに入れて『おまかせ』ボタンを押す。

やっぱり歩夢がいないと、自分だけのためにごはんを作ろうとは思えないや。


『歩夢:新卒歓迎会中だよ。右の四人が新卒で、右から二番目の子がうちの課なの』

『歩夢が写真を送信しました』


チンが終わらないうちに返信しちゃおう。


『歩夢も後輩二人目かあ。立派な先輩社員だね!』


ずる、と冷蔵庫にもたれかかって座り込む。

時計を見ると、18時36分。

20時半には終わるって言ってたから、あと三回連絡があるかな。



17: ぬし 2021/03/07(日) 16:04:06.36 ID:+gvF3m5y.net

飲み会とか、人と会うときとか。

歩夢は、三十分ごとにその場で写真を撮って送ってくれる。

一緒にいる相手と周りの状況がよくわかるように画角を選んで。

それで、私は思うんだ。

ああ、歩夢は今こうしてるんだな、聞いてた予定の通りだな、って。

用事が済んだら『今から帰るね』のメッセージと、乗換アプリのスクショを送ってくれる。

何時何分の電車でどんなルートで帰ってくるよ、と。

それで、私は思うんだ。

なるほど、この電車で帰ってくるなら、歩夢は何分に家に帰ってくるんだな、って。



18: ぬし 2021/03/07(日) 16:07:26.17 ID:+gvF3m5y.net

とっくにチンが終わっていた牛皿はまだ温かくて、缶ビールと適当につまむのにちょうどいい。

牛皿だけ買って帰るくらいなら、もう牛丼食べてっちゃえばよかったかな。

まっすぐ帰る癖がついてるせいで、咄嗟に寄り道したりするの苦手なんだよね。

まあ、人に会わないで済むならその方が気楽かもしれないけど。

予定外のことがあると、どうしても色々考えちゃうもんね。

色々考えちゃうと、焦って判断ミスしやすくなるし…ね。

焦って判断ミス、か。


侑「……それは、言い訳にしてもお粗末なんじゃないかなあ」


次の連絡に返したらさっとシャワーを浴びよう。

浴槽にお湯を溜めるのは、その後でいいや。

………
……




20: ぬし 2021/03/07(日) 16:10:50.58 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「ただいまぁ」

侑「お帰りなさい、歩夢」

歩夢「侑ちゃんっ」タタッ


ギュウゥッ


侑「おー、よしよし。寂しかったねー」ナデナデ

歩夢「ん~~~~っ」スリスリ

侑「新卒ちゃん達はどうだった?」

歩夢「うん、みんな真面目な感じでよさそうだったよ」

侑「あはは。歩夢に真面目って言われるんなら、相当なんだろうなー」

歩夢「どういう意味?」

侑「そのまんまの意味だよ。お風呂、沸かしてるけど」

歩夢「むー、ちょっとごまかしたでしょ?…ありがとう。でも、後でいいや」

歩夢「ね」スリ…

侑「……うん」ギュ

………
……




21: ぬし 2021/03/07(日) 16:14:22.23 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「失礼しまーす」チャポ…


一足先に浴槽へ浸かっていた私を追って、身体を洗い終えた歩夢が嬉しそうに脚の間に入ってくる。


侑「歩夢~」ギュ

歩夢「もう、侑ちゃんってば甘えんぼさんなんだから」


腰に腕を回して歩夢の背中にもたれかかる。

うなじに張り付いた髪が艶めかしくて、鎮まったばっかりの感情がまたざわつく。


侑「あゆむ」ン

歩夢「侑ちゃん」チュ


器用に上半身を捻って、口づけをくれる。


侑「はあ、幸せ…」

歩夢「うふふ。私も」



22: ぬし 2021/03/07(日) 16:18:03.34 ID:+gvF3m5y.net

お互いに体重を預け合い、湯気の中に溶ける香りをゆっくりと吸い込んでは息を吐く。

用事があってまっすぐ家に帰れなかった日は、決まって歩夢は体温が高くなるし匂いも少しだけ強くなる──私がそう感じているだけなのかもしれないけど。

歩夢が帰るなりお互いを腕の中に閉じ込めて、もつれ合い、求め合う。

歯を立てて、舌を這わせ、香りをむさぼり、鳴かせ、鳴かされ、溺れる──溺れる。

そうして相手の全てを確かめた後、二人でゆっくりお風呂に入る。

そんな、普段より濃く歩夢を感じられる日のまぐわいが、私は大好きだ。

今日も私が歩夢だけのものであることを、攻めて、受けて、思い知る。

………ううん、違うな。


侑「…そうやって、戒めてるんだ」

歩夢「え、なあに?」

侑「……なんでもないよ。ね、歩夢。もう一回」ン

歩夢「もー、また火が着いたって知らないんだからね」チュ


幸せでい続けることが、私の罰だから。

*



23: ぬし 2021/03/07(日) 16:21:43.03 ID:+gvF3m5y.net

──────
────
──

かすみ『侑せんぱ~~~い!』ブンブン

侑『あ、かすみちゃん!』タタタ

かすみ『お久しぶりですねぇ、大学はどうですか?』

侑『うん、すっごく楽しいよ。周りはみんな小さな頃から音楽やってきた人たちばっかりだから、ついていくのに必死だけどね』

かすみ『あんまり一生懸命になり過ぎて、楽しいって気持ちを忘れちゃだめですよ。侑せんぱいは頑張り屋さんだから心配です』

侑『あはは…うん、気をつけるよ。ありがとう』

愛『お、ゆうゆー!かすみーん!』

侑『愛ちゃんだ!お~~い!』ノシ

かすみ『りな子も一緒にいますね!』ノシ

璃奈 ノシ

侑『楽しみだね、しずくちゃんの演劇』

かすみ『はい。でも、残念ですね──歩夢せんぱい達』


あの日は、演劇サークルに入ったしずくちゃんに観劇の招待を受けて、久しぶりにみんなで集まった。

どうしても都合がつかなかった、歩夢と果林さん以外。

──
────
──────



25: ぬし 2021/03/07(日) 16:25:32.05 ID:+gvF3m5y.net

*

すっかりはしゃぎ疲れた侑ちゃんがうつ伏せになったまま動かなくなってしまった頃、一通のラインが来た。


『果林さん:土曜日荻窪の方に行くんだけど、午後は予定ある?』


歩夢「…!」


土曜日。

なんの予定もない。

果林さんは多忙でなかなか会えないので、こうして連絡してくれるのは珍しい。

久し振りに果林さんに会えると思うと嬉しくて、すぐに返信する。


『特にないですよ』



26: ぬし 2021/03/07(日) 16:29:15.68 ID:+gvF3m5y.net

『果林さん:そう、よかった。二時には用事が済むと思うんだけど、そっちまで行った方がいい?』

『荻窪駅ですよね?近いので平気ですよ』


と返してから、


『待ち合わせがいきなり新宿に変更になっても困っちゃいますから』


と加える。

少しだけ間が空いて、


『果林さん:中央線くらい迷わずに乗れるわよ!』


歩夢「…うふふっ」



27: ぬし 2021/03/07(日) 16:32:48.17 ID:+gvF3m5y.net

『どうでしょうね。渋谷から代々木に行く山手線だって、どっちに乗ればいいか迷ってませんでしたっけ』

『果林さん:だってホームが違うんだもの』

『ちなみに、どっち回りに乗るんですっけ?』

『果林さん:右向きの方でしょ』


歩夢「やっぱり荻窪から動かずに待っておいてもらった方がよさそうだよね」クス


それから一言か二言交わして、簡潔に連絡を終える。

気兼ねなく会える相手は本当に少ないから、果林さんは貴重な存在だ。

だって、果林さんは──果林さんだけは────



28: ぬし 2021/03/07(日) 16:36:08.91 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「…………っ」


ふと、頭が痛む。

私もお風呂でのぼせちゃったのかもしれない。


歩夢「私も寝ようっと」


侑ちゃんの足先にまでお布団をかけてから、部屋の明かりを消す。


歩夢「…楽しみだねえ、果林さんに会えるの」ナデ…


すやすやと寝息を立てる侑ちゃんは、今日も私の隣にいる。

*



29: ぬし 2021/03/07(日) 16:39:37.76 ID:+gvF3m5y.net

──────
────
──

侑『うえっ……ひぐっ……っく…』


子どもみたいに泣きじゃくる侑ちゃん。

いつの間にか外は暗くなっていて、街灯の片鱗だけが弱々しく差し込む。

嗅ぎ慣れた二人きりのものに、甘ったるいニオイが混じる室内。

私はなにも言えないまま膝の上で固めた拳が、痛いほどに熱いなと感じていた。

噛み締めた唇の隙間からは荒々しく息が漏れ続けて、涙がこぼれないようにするのが精いっぱいだった。

一粒こぼれれば、きっともう止められないから。

全身が心臓になったみたいに強く脈を打って、今にも意識が飛んでしまいそうで。

私には、私を守るためにできることが一つしかなかった。


歩夢『……………………侑、ちゃん』


鋭く息を呑む声、

聞こえないふりをして、私は頭を床にこすり付けた。


歩夢『………ごめん、なさい……………』


そのとき私の名前を呼んだ掠れた声を、生涯忘れることは、きっとない。

──
────
──────



30: ぬし 2021/03/07(日) 16:42:51.93 ID:+gvF3m5y.net

*

土曜日


歩夢「果林さん!」トン

果林「ああ、やっと会えたわ」ホッ

歩夢「もう。改札の前で待っててくださいって言ったのに、どうしてこんなところにいるんですか」

果林「いえ、だって、改札の前にいた人達がみんなこっちに向かってたから…」

歩夢「それは私達の待ち合わせには関係ないことですよ」

果林「そうだけど…」

歩夢「やっぱり荻窪待ち合わせにしておいてよかった」

果林「電車に乗るんだったら間違えないもの」

歩夢「信じられないな~」

果林「ちょっと歩夢…!って、あなたまでそんな目で見ないでよ──侑」

侑「あはは、相変わらずだなーと思ってさ。久し振り、果林さん」

果林「久し振り。悪いわね、わざわざ来てもらっちゃって」

侑「ううん、全然いいよ。二駅だし」

歩夢「果林さんがこっちに来るよりも確実だし」ボソ

果林「こら、歩夢。聞こえてるわよ」

歩夢「えへへ」



31: ぬし 2021/03/07(日) 16:46:05.61 ID:+gvF3m5y.net

カフェ


侑「今日は撮影で?」

果林「ううん、今日は全然別。お世話になってた美容師さんがお店をオープンしたからそのお祝いと、お客さん第一号になってきたのよ」

侑「あー!すっごくオシャレだなーと思ったらそういうことだったんだ」

歩夢「じゃあ、午前中は美容院にいたんですね」

果林「そ。どう?センスいいでしょう」

歩夢「とっても。なんてお店ですか?」

果林「…英語のね、あの…」

ゆうぽむ「「………」」

果林「ショップカード貰ったからあげるわ。ぜひ行ってみて」スッ

歩夢「ありがとうございます!」

侑「果林さん、これ、ローマ字じゃない?『Chou-cho』って、普通に『ちょうちょ』なんじゃ…」ジッ

果林「い、いいでしょもう!ほら、注文しましょうよ!」

侑「はーい」

………
……




32: ぬし 2021/03/07(日) 16:49:31.77 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「そういえば、あれ見ましたよ。シプラのジーンズ特集!」

果林「あら、よく見つけたわね」

侑「果林さんスタイルいいからジーンズすっごく映えるよね。あれ見て買いたくなったけど、私、結局あんまり身長伸びなかったからさぁ」シュン

歩夢「まーまー、侑ちゃんは小さく可愛いのがいいんじゃない」ヨシヨシ

侑「私だってかっこよくなりたいのにー!」

果林「そうねえ。シプラはメインターゲット的に侑と合うサイズの取扱いが少ないと思うけど、じゃなければ合わせやすいジーンズを揃えてるサイトがあるから、後で送りましょうか?」

侑「ほんと!?ぜひ送って!」パァ

果林「そうそう、シプラといえば、この間彼方からも連絡があってね」

侑「!」

歩夢「…!」

果林「『モデルさんに惹かれてジーンズ買っちゃったよ~』ってわざわざ手紙をくれて、」


ガタッ



33: ぬし 2021/03/07(日) 16:53:16.38 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「すみません、ちょっと私、お手洗いに行ってきますね」タタタ

果林「え?ええ」

侑「あ、歩夢…」

果林「…私に『相変わらず』なんて、よく言えたわね」ハァ

侑「…うん」

果林「みんなとほとんど連絡取ってないらしいじゃない」

侑「そう、だね」

果林「休日はいつも二人で?」

侑「よっぽどのことがない限りはね」

果林「私はよっぽどのことなのね」

侑「果林さんは、ほら、特別だから」

果林「…あなた達の関係だもの、余計な口出しする気はないけど」

侑「そういう表情には見えないけどなあ」ハハ…


笑って見せると、果林さんはこれ見よがしに溜め息を吐いてからコーヒーを口に運んだ。

「じゃ、彼方の話はやめときましょうか」と呟くので、「うん」と返す。

歩夢が席に戻ってきたのは、たっぷり十分以上経ってからのことだった。

*



34: ぬし 2021/03/07(日) 16:56:50.03 ID:+gvF3m5y.net

──────
────
──

歩夢『……金曜日、飲み会になっちゃった』

侑『そうなんだ。珍しいね、楽しんでおいでよ──』

歩夢『っ本当は行きたくないんだよ、でもどうしても断りきれなくって!』バッ

侑『え、うん、そっか。でもせっかく行くなら…』

歩夢『今聞いてるメンバーはね、科の子が二人と、そのサークル繋がりの子が三人。後で名前とか聞いて教えるから』

侑『そ、そこまでしなくても…』

歩夢『場所も送ってもらったの。えっとね…ここ。二時間で切り上げるから、帰るときには連絡するからね』

侑『…うん、わかった』

歩夢『……侑ちゃん、私、嘘なんかついてないよ。本当だよ…』

侑『────………っ、うん…わかってる。信じてるよ』

歩夢『ほんとだよ…ほんとに、嘘なんか…ついてない…』カタ…

侑『…大丈夫だよ、歩夢』ギュ

歩夢『侑ちゃん……侑ちゃん………』カタカタ…


あの日から、歩夢はとても怖がりになった。


侑『──ごめんね、歩夢────』ギュッ…

──
────
──────



37: ぬし 2021/03/07(日) 17:00:14.75 ID:+gvF3m5y.net

果林「それじゃあ、またね。楽しかったわ」

歩夢「ここ、行ったら写真送りますね!」


貰った美容院のショップカードを振って見せると、果林さんは嬉しそうに目を細めた。


果林「ええ、ぜひ。ああそうだ、ジーンズのサイト、後で歩夢に送っとくからね」

侑「うん、ありがとう」

歩夢「またこっちに来るときは連絡してくださいね」

果林「歩夢達も。うちの傍まで来たら連絡してちょうだい」

歩夢「もちろん!」

果林「二人とも、気をつけて帰ってね」

ゆうぽむ「「………」」キョトン

ゆうぽむ「「…ふふっ」」

果林「?」



38: ぬし 2021/03/07(日) 17:03:51.80 ID:+gvF3m5y.net

歩夢「果林さんこそ、途中まで送っていかなくて平気ですか?」

果林「なっ…!平気に決まってるでしょ、もう!」

侑「乗換わかんなくなったらいつでも電話してね」

果林「絶対しませんーっ」


うーっと子どもっぽく睨まれてしまう。

うふふ、果林さんってば普段がかっこいいだけに、こうしてからかいたくなっちゃう。


歩夢「それじゃあ、また」


東京行に乗り込んだ姿を見送ってから、侑ちゃんと手を繋ぐ。


歩夢「ここ、さっそく来週行ってみない?」

侑「いいね。ちょうどそろそろ美容院行きたかったんだ~」

歩夢「侑ちゃんどんな髪型にしてもらおうかなあ」

侑「え!?自分の髪型じゃなくて!?」

歩夢「私はなんでもいいもん。侑ちゃんの方が大事だから」

侑「そ、そうかなあ…」


困惑する侑ちゃんの髪型を好きにいじっていると、電車はすぐにやってきた。

………
……




39: ぬし 2021/03/07(日) 17:07:32.09 ID:+gvF3m5y.net

侑「あゆむー……手ぇ…」パタ

歩夢「はいはい」ギュ

侑「まだ寝ないの…?」

歩夢「ううん、もう寝よっか。電気消すね」

侑「うん…」


侑ちゃんはなにかもごもごと話しかけてくれるけど、もう相当眠いようで、うつ伏せも相まってほとんど聞き取れない。

やがてすうすうと寝息を立て始めたので、少し硬い髪を撫でる。

一度眠ってしまった侑ちゃんは滅多に起きない。

横髪を掻き分けると、小さな耳が現れる。

平熱が高いせいで、だいたいいつも赤くなっていて熱っぽいよね。

唇を触れさせるとじんわりと熱を感じる。


歩夢「…果林さん、会うたびに綺麗になっていくね」



40: ぬし 2021/03/07(日) 17:10:54.49 ID:+gvF3m5y.net

吐息がくすぐったかったのか、唇の感触に反応したのか、耳がぴくりと震える。


歩夢「みんな、みんな、キレイなままでいられたらよかったのにね」


耳の帯びる熱が増したような気がするのは、私の吐息が熱いからかもしれない。


歩夢「キレイなのは、果林さんだけだね」


繋いだ手に、きゅ、と力がこもる。


歩夢「行けばよかった」


歯を立てる。


歩夢「行かせなきゃよかった」


ん、と高く細い声が漏れる。


歩夢「そしたら、私はあんなこと──」



歩夢「────侑ちゃんは────あんな、こと────……っ」

*



41: ぬし 2021/03/07(日) 17:14:48.73 ID:+gvF3m5y.net

*

朝。

いつも通りうつ伏せで目を覚ます。

横を見ると、私の左手を両手で包んで眠る歩夢の顔。

ほんとは頭を撫でたりしたいけどこの体勢じゃどうしようもないから、歩夢が起きるまでぼうっと寝顔を眺めて過ごす。


歩夢 スゥ…


「寝てるときの顔なんて眺めないで!」って怒られちゃうけどね。

幸せそうに眠る顔を見られるのが、本当に嬉しいんだ。

もう、歩夢の寝顔に涙の跡を見つけることはなくなったから。


──歩夢「みんな、みんな、キレイなままでいられたらよかったのにね」


たとえ、涙が涸れちゃっただけだとしても。



42: ぬし 2021/03/07(日) 17:16:19.94 ID:+gvF3m5y.net

あの日、歩夢も一緒に行けていれば。


──歩夢「行けばよかった」


あの日、私も行けない理由があったなら。


──歩夢「行かせなきゃよかった」


なにも、間違わずに済んだのに。



43: ぬし 2021/03/07(日) 17:19:42.02 ID:+gvF3m5y.net

人に、ましてや友人に会わないで済むならその方が気楽だなんて言いたくないけど。

友人同士だからといって、全てが予定通りに、想定通りに進むとは限らないから。

色々考えようとすると、かえって焦る。

焦って、判断ミスしちゃったりする。

そんなお粗末な言い訳はないとわかっていても、ね。


侑「────────」


泣きたかったのは、私じゃない。

謝るべきだったのは、歩夢じゃない。

私も、歩夢も、そうすることしかできなかっただけ。



44: ぬし 2021/03/07(日) 17:22:53.36 ID:+gvF3m5y.net

怖くて、怖くて、言えなかった。

私がなにより真っ先に言わなくちゃいけなかったことを。

歩夢が、言ったとき。


──歩夢「……………………侑、ちゃん………ごめん、なさい……………」


歩夢が私の隣にいるためにはそうするしかなかったのだと、わかったから。

私はその罪を一生背負っていくことに決めた。

これからも歩夢の隣にいるためには、そうするしかなかった。



47: ぬし 2021/03/07(日) 17:25:55.17 ID:+gvF3m5y.net

私が背負うべき全ての責任を歩夢が背負う。

その罰を、私は背負う。

歩夢を失うことに比べれば、そんなのは罰にもならない。

だから私は、その他の全てをなげうとう。

電話帳アプリなんて必要なくて。

トークルームは一つしかなくて。

歩夢と仕事を往復するだけの、単調な日常。


侑「好きだよ、歩夢」


残る全ての時間の使い方は、二度と間違えない。

私は歩夢と一緒に生きていく。

一生。



終わり



48: ぬし 2021/03/07(日) 17:27:29.62 ID:+gvF3m5y.net

途中、投下に手間取った部分があり失礼いたしました
また遅くなりましたが代行ありがとうございました

ハッピーで甘々なゆうぽむばっかりだったので、ちょっと陰のあるものを書きました



61: ぬし 2021/03/07(日) 19:00:08.71 ID:+gvF3m5y.net

すみません、自己完結し過ぎていたかもしれないと反省しました
蛇足を承知で補足を書いたので短いですが投下します

念のため、ご自身の責任で以降はお目通しください



62: ぬし 2021/03/07(日) 19:01:50.07 ID:+gvF3m5y.net

──────
────
──

歩夢『……………………侑、ちゃん………』


ひゅ、と喉が詰まるのが自分でもわかった。

だめだ。

泣いてる場合じゃないんだ。

私が、私が……歩夢に、言わなくちゃいけないこと……




歩夢『ごめん、なさい……………』


侑『…………!』

侑『……あゆ、む…』


なんで。

どうして、歩夢が、謝るの…?

だって──だって────


歩夢を傷つけたのは私なのに。

私が、浮気したのに。

──
────
──────



63: ぬし 2021/03/07(日) 19:04:20.79 ID:+gvF3m5y.net

──────
────
──

かすみ『最っ高でしたねえ!』

菜々『すごかったですね、しずくさん。私、幕が降り始めるまで演劇を観ているのだということをすっかり忘れてしまっていました…』ウットリ

愛『ねーねー、みんなこの後なんか用事あるん?せっかくみんな集まったんだし軽くごはんでも行こーよ!』

かすみ『あっ、愛せんぱいナイスアイディアです!』

愛 ニヤッ

かすみ『!』ギクッ

愛『そう?ナイス愛ディアだった?ねね、愛さん、ナイス愛ディアだった?』グイグイ

かすみ『あ~~~んっ、失言しましたぁ!助けてください侑せんぱぁ~い!』ヒーンッ

侑『あはは…』

エマ『果林ちゃん、まだ終わりそうにないって。歩夢ちゃんはどう?』

侑『あ、うん。歩夢も全然、八時くらいまでかかるって言ってたから』

彼方『そっかぁ、残念…でもこんな機会なかなかないし、彼方ちゃんもごはん賛成~』

璃奈『八人で、近くの焼肉屋さん予約できたよ。しずくちゃんのお片付けが終わるのを見越して三十分後に』

『『『──仕事早っ!!?』』』

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64: ぬし 2021/03/07(日) 19:06:02.68 ID:+gvF3m5y.net

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ガヤガヤ………


しずく『だから言ってやったんですよ。「文句があるなら舞台の上で決着をつけましょう!」って』

菜々『おーっ、男らしいです!学年一つで軽んじられるというのは腹が立ちますもんね!』

彼方『しずくちゃんは女の子だけどね~。……で、勝っちゃったんだ』

しずく『はいっ!審査に入ってくださった先輩達から満場一致の勝利判定を頂いて、今回の役を勝ち取りました!』

愛『ん~~~っ、さっすがしずくぅ!愛さん誇らしいよ!』ムギューッ


侑『…みんな出来上がってるなあ』ヒク

璃奈『侑さん、お酒弱いの?』スッ

侑『わかんない、あんまり呑まないから。でも…楽しくはなってきちゃったぁ…』

璃奈『…お水、飲む?』

侑『璃奈ちゃんは?ね、一緒にこれ呑も!』

璃奈『えっと、』

侑『注文しちゃお!すみませーん!』

璃奈『あ、……もう。侑さん、ここタッチパネル式』ス…


ガヤガヤ……

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65: ぬし 2021/03/07(日) 19:07:34.32 ID:+gvF3m5y.net

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…………♪


エマ『あれ、誰か電話鳴ってない?』

彼方『ん~…どれどれ……』ゴソ

彼方『侑ちゃんのですなー』っスマホ ヒョイ

しずく『侑せーんぱ~い、電話ですよぉ~』ユサユサ

侑 スピー

かすみ『寝ちゃって、可愛いですぅ…♡』ツンツン


『着信: 歩夢』………♪


彼方『………どうしよっか』

エマ『歩夢ちゃんなら、出た方がいいと思うけど…』

彼方『彼方ちゃんが出ようか?』

璃奈『侑さん起こすのがいいと思う』


『着信: 歩夢』………ピタ


エマ『あ、止んじゃった…』

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67: ぬし 2021/03/07(日) 19:09:18.66 ID:+gvF3m5y.net

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『23:22』


『不在着信: 31件』


侑『………っ』サー…


嘘だ。

嘘だ。

私、なんで、こんなところにいるんだっけ。

………ううん、覚えてる。

お酒をたくさん呑んじゃって途中の記憶はないけど、みんなと解散した辺りの記憶はある。

何人かずつに分かれてそれぞれ駅に向かって、駅に着いてからもホームごとに分かれて、それで──二人で帰ることになったんだ。

お互いに酔っちゃってたから、自然と支え合うみたいに腕を組んで、座席が二つ並んで空いてたから寄り添って座って、


侑『……………っ……』


すぐに帰る支度を済ませたけれど、部屋に満ちる残り香が、どうしても消えてくれなかった…

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68: ぬし 2021/03/07(日) 19:11:13.52 ID:+gvF3m5y.net

──────
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最寄り駅に着くなり走って帰った。

カバンから鍵を取り出す時間も惜しくて、乱暴に鍵穴へ差し込んでガシャガシャと振り回す。

右に、左に、焦る手が何度も何度も回して、ようやく鍵の開け方を思い出す。

やっと解錠された扉をもどかしく引っ張って、


侑『────ただいま歩夢っ、ごめん──


玄関マットに正座して、

壁に頭をもたれた歩夢が、虚ろな目で出迎えてくれた。


歩夢『……お帰りなさい、侑ちゃん…』ニヘ…

──
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69: ぬし 2021/03/07(日) 19:12:45.81 ID:+gvF3m5y.net

──────
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──

それから何時間経っただろう。

後悔、

後悔。

歩夢を傷つけてしまった、

なんで?

なんで、いいと思ってしまったんだろう。

歩夢のことを忘れてたわけじゃない、

お酒を呑み過ぎてしまったのがいけなかった?

演劇を観にいくって予定だったんだから、その後のごはんに行くのは歩夢に相談するべきだった?

そもそも、歩夢が行けないんだから私だって行かなきゃよかったんだ。

ごめん──

ごめん────

傷つけたくなんかなかった。

歩夢を傷つけるくらいなら、他の誰のことだってどうでもよかったのに──

歩夢──ごめんね──

たった一言、そう言わなくちゃいけないのに。

歩夢の顔を見ることもできず、私は、気づけばしゃくり上げて泣いていた…

──
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70: ぬし 2021/03/07(日) 19:14:32.42 ID:+gvF3m5y.net

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──

意味がわからなかった。


歩夢『ごめん、なさい……………』


どうして、歩夢が謝るの…?

悪いことをしたのは私、

歩夢を傷つけたのは私、

浮気したのは──歩夢じゃない、私なのに…!


侑『…歩夢』

歩夢 ビクッ…

侑『……違う、違うよ…歩夢。謝らなくちゃいけないのは私、ごめん……本当にごめんね…歩夢がいるのに、私──』

歩夢『────いやぁぁあっ!!』

侑『っ…!』


歩夢は私の言葉を遮るように叫ぶと、両手で耳を塞いで頭を振った。



71: ぬし 2021/03/07(日) 19:16:04.69 ID:+gvF3m5y.net

歩夢『いやだ………いや、うそ………』

侑『…あ、歩夢……?』

歩夢『うそだ……うそ、うそだよね…?侑ちゃん……』ガシ…

侑『うそ?嘘って、歩夢、なにが……』

歩夢『侑ちゃんが…侑ちゃん、が、私じゃない人に触れたなんて、うそだよね……うそでしょ…?』

侑『あゆ、む…』

歩夢『やだ、やだ、やだ……信じないよ。信じないもん。侑ちゃんが私じゃない………うっ…』ガク…

侑『あ、歩夢…!?』

歩夢『やだ………やだ…』ツ──


歩夢『侑ちゃん、行かないで、他の人のところなんて…私の隣に、ずっと……いて…』ポロポロ…


侑『──────』


私は歩夢の隣にいるから、なんて、どの口が言えるの。

こんなにも傷つけて、苦しめて、怖がらせて、

私が歩夢の隣にいるから、なんて、嘘にしか聞こえない。

だったら──


侑『……だったら──どうしたらいいのぉ──っ……』グス…



72: ぬし 2021/03/07(日) 19:17:40.08 ID:+gvF3m5y.net

ぐす、ぐす、ぐす、ぐす…………

街灯の明かりが自然光に代わってきた頃、二人分の啜り泣く声が落ち着いてきた。

信じてほしい。

私は歩夢のことを嫌いになったりしてないし、これからもならない。

離れるつもりなんか全くない。

……だけど、それはもうどんな言葉を重ねても伝わらない。

歩夢はこれから先、私がいなくなることに怯えながら生きていくことになる。

私の笑顔は偽物なんじゃないか、

本当は他の誰かに向けられているんじゃないか、

そうして怯えながらも、私のことを好きなせいで離れられないまま。

苦しみながら生きていく──

たった一回の過ちが、こんなに歩夢を苦しめることになるなんて。

私は──どれだけバカなんだ──

歩夢がこれから背負っていく苦しみは、全部私が背負うべきものなのに。

全部、私が────


侑『…!』



74: ぬし 2021/03/07(日) 19:20:07.34 ID:+gvF3m5y.net

歩夢は、その覚悟をしたの…?

一晩越えて黒く暗い地獄に変わってしまった部屋の中で、歩夢の言葉を思い出す。

もし、歩夢がそのつもりで言ったんだとしたら。

ううん、考えて出した答えじゃなかったとしても、そっちの方がまだマシだって、歩夢が無意識にそういうことにしたいって望んだんだとしたら──


──歩夢『ごめん、なさい……………』


侑『……………歩夢…』

歩夢 ビクッ…


私に…いや。

歩夢に残された道がそれしかないんだとしたら。

私は、


侑『…歩夢』

歩夢『…………なに…?』


その罰を背負っていく。


侑『二度と、浮気なんかしないでね。次はないからね』

歩夢『──────……………!』


歩夢 ツー…… ………ニヘ…


歩夢『はい………はいっ……!ありがとう、ありがとう侑ちゃん……ごめんなさい…ごめんなさい………二度としないから、私を、捨てないで…一生かけて隣にいるから……!』

歩夢『侑ちゃんの、望む通りに────』



終わり



75: ぬし 2021/03/07(日) 19:22:02.29 ID:+gvF3m5y.net

今度こそ終わりです、
客観視できていませんでした、すみません

途中ご指摘いただいたよう投下規制に引っかかったのはアスタリスクが原因でした
最後になりましたが、原因を考えてくださってありがとうございました


元スレ
【SS】侑「単調な日常」