SS速報VIP:杏子「あいつが、居なくなった世界で」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1318483711/



1: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:28:32.04 ID:psu+yEAd0




「……食うかい?」





2: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:29:36.95 ID:psu+yEAd0


きっと、その言葉に労わりや慰め、励ましは無かった。

ただ、埋めたかっただけだ。
ぽっかりと胸に空いた、どうしようもない穴を。

埋まらないのはわかっていた。

父とも、母とも、妹とも―――『彼女』とも違う。
この少女は、それらとはまったく違う存在だ。

わかっていた。

物ならいくらでも替えがきく。
人はそうではない。

もしかしたら、理由が欲しかっただけかもしれない。
自分が今、この世界で生き続ける理由が。

何にせよ、手は差し伸べてしまった。
言葉は紡がれてしまった。

もう、そんなことはしないとしばらく前に誓ったはずなのに。




3: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:30:55.74 ID:psu+yEAd0








「……おい、さやかは―――さやかはどうした?」

さっきまで、一緒に戦っていた。
文句を言い合いながらも、一緒に戦っていた。

けれど。

あまりにも自然に。
まるで、最初から居なかったように。
忽然と、姿を消した。

「逝ってしまったわ―――」

マミの言葉に、背筋が粟立つ。
その先は、聞いてはいけない気がして。
聞けば、自分の中の何かが崩れてしまうような気がして。

けれど。

「円環の理に、導かれて」

それは、純然たる事実に違いなかった。




4: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:32:21.10 ID:psu+yEAd0


「畜生っ……!」

思い切り、手近な柱を殴りつける。
そうでもしないと、抑えがききそうになかった。

円環の理。
魔法少女という生き方の果てにあるもの。
魔法少女としての終わり。

まだ駆け出しのルーキーの……さやかには、縁遠いはずの言葉。

言ってしまえば、その認識が誤っていたというだけのこと。
世界が、あまりにも理性的で、冷酷で、非常であるだけ。
家族を失ったときに、そんなことはわかっていた。

けれど、そんな現実とは裏腹に、さやかは快活だった。
真っ直ぐだった、純粋だった、感情的だった。
だから、麻痺していた。

「……やっと、友達になれたのに」

その『痛み』を、忘れていた。




5: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:33:18.34 ID:psu+yEAd0


「……まどか、」

ぽつり、と呟いた声。
一瞬、誰の声なのかわからなかった。

暁美ほむら。
冷静で、理知的で、どこか冷めた様子の少女。

「……暁美さん?」

その単語が何かは、杏子にもマミにもよくわからなかった。
けれど、ほむらが流す涙。
大切に、けれど力強く握り締めたリボン。

きっと、さやかが消えたことで他の魔法少女のことを思い出したのだろう。
その程度しか、考えは及ばなかった。

及ぶはずも無い。
今、自分が立っている世界が同年代の―――ただ優しく、優しすぎた少女の願いによって作り変えられたなんて。

そんなこと、考えつくはずもないのだから。




6: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:34:43.51 ID:psu+yEAd0


「……帰りましょう」

返事は無い。
おう、ともええ、とも言わない。

マミとしては寂しかったが、仕方ない、と納得しておいた。
彼女自身、気持ちの整理が付いていないのだ。

魔法少女としてずいぶん生きてきて、ベテランの域に達している、との自覚もある程度はあった。
勿論、こういう場面も想定していた。
けれど。
いざその状況に直面してみれば、これだ。

杏子に、ほむらに慰めの言葉すら出ない。
動揺を抑えることすらできない。
情けないな、と自重する。

もっとも、そういう感情の動きが激しいからこそ、彼女たちは魔法少女なのだが。

数歩歩いて振り返ったマミの視界には、二人が付いて来る姿が映った。
そこはいつも通りで、少しだけほっとした。

今までは、もう一人居たのだけれど。




7: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:35:36.26 ID:psu+yEAd0






コトン、とケーキと紅茶を4人分置いた。
二人は座って、俯いたまま。
かける言葉も見つからない。

『……マミ』

頭に声が響いた。
足元を見れば、見慣れた白い小動物―――キュゥべえ、がこちらを見詰めていた。

『どうしたの、キュゥべえ?』

『悪いけど、僕はお暇させてもらうよ……僕が居ても、現実を突きつけることしかできないし』

『でも……あなたの分のケーキだって、』

『それは、さやかの分だろう?』

答えられない。

『君たちの感情は理解できないけど……こういう状況でどう考え、どう行動するかは知っている』

お見通しか、とマミは苦笑する。
こういう心の問題については、自分のほうが長けていると思ったのに。

『それじゃあ、失礼する……重く受け止めすぎて、君も消えてしまわないようにね』




8: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:36:49.98 ID:psu+yEAd0


デリカシーが無い、と文句を言おうとした。
だが、その姿はもう見当たらなかった。

「……いらねぇ」

俯いたまま、杏子が呟く。
表情は伺えない。
けれど、そんなものは直接見なくてもわかる。

「佐倉さん、」

「いらねぇ」

何も話したくない、ということだろう。
別に、マミを嫌っているとか、そういう話ではない。
ただ、余裕が無いだけ。

「……私も、ごめんなさい」

ほむらもまた、余裕の無い様子だった。
俯く二人に、マミがかけられる言葉は無い。

かち、かちとどこかの時計の音がひどくうるさく感じた。




9: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:38:44.08 ID:psu+yEAd0


一時間は経っただろうか。
否、数秒に過ぎないかもしれない。

しばらくして、ほむらが立ち上がった。

「……帰るわね、もう、夜も遅いし」

本音がそうでないことは、傍目にも明らかだった。
一人で考えて、泣いて、そうして疲れて寝てしまいたい。
自分ひとりで、心を落ち着かせたい。

そんな時には支えてあげなければいけない。
そう思っても、マミには出来そうも無かった。
自分だって、変わらないくせに。

呼び止めようと伸ばした手は力を失って、だらり、とぶら下がった。

「―――あたしも、帰るよ」

杏子も、顔をマミの方へ向けず立ち上がる。

いつもなら泊まっていきなさい、とでも言えただろう。
けれど、無理だ。

拒絶されただとか、深い溝があるとか、そういうものではない。
ただ、自分にそうする余裕が無い、というだけの話だった。

ゆっくりと、ドアが閉まる音だけが響いた。




10: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:39:40.12 ID:psu+yEAd0







「―――ん、」

目蓋越しに光を感じて、目を覚ます。
そのまま、ゆっくり身体を起こしてぽりぽりと頭を掻いた。

今は何時だ、と時計に目を向ける。

11時50分。
寝過ごしたな、と思った。
けれど、学校に通っていない杏子にとってはたいした問題ではない。
あえて言うなら、朝食を食べられなかったのが残念か。

「……行くか」

昼間、学校に行っている魔法少女の分までパトロール―――と、いうわけではない。
昨日まではやっていた。
さやかが居た時は、やっていた。

人のことを勝手に仲間扱いして、ライバル視して、頼み込んできて。
サボったときには、うるさく文句を言ってきて。
けれど、もう居ない。

別に、さやかが居ないからやらないわけではない。
ただ、何もする気が起きないのだ。

ふらふらと、夢遊病にでもかかっているかのごとく歩き出した。




11: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:40:44.85 ID:psu+yEAd0




ウィイン、と自動ドアが開き、流行りのBGMがかかっている店内に入っていく。
いらっしゃいませー、と店員だかバイトだかが言った気がしたが、杏子にとってはどうでも良かった。

コンビニらしく、調理済みの食品やパンやおにぎりが並んでいる。
どれにしようか、と思ったが、どれでもいいか、と思って手近なものに手を伸ばした。

『ちゃんとお金は払いなよー、盗んだ物なんておいしくないでしょ?』

目を見開いて、勢いよく振り向いた。
けれど、そこには誰も居ない。
居るはずはない。

自嘲した。
幻惑魔法の使い手が、幻聴を聴くなんて皮肉な話だ。

少しだけ、乾いた笑いが漏れた。
そうして、溜息が出た。

思っていた以上に、自分がさやかに影響されていることに呆れた。
首をふるふると横に振って、手近な商品を適当に選んだ。

長々とここに居ると、また聴こえてきそうだったから。




12: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:42:03.59 ID:psu+yEAd0


コンビニを出て、どこへともなく歩きながら適当なものを頬張る。

さやかは、盗んだものなどおいしくない、と言った。
今、口にしたのはさやかやマミが無理矢理押し付けてきた金で買ったものだ。

けれど。
何の味も、しなかった。

不良品を売っていたわけではない。
杏子がただ無心に、世界に流されている状態になっているというだけ。
そして、味が無くても気に留めることさえない。

ふらふらと、行くあてもなく歩く。
ゲーセンに行く気も起こらない。

ただただ、無心に歩くだけ。
幻聴は、聴こえなかった。

けれど。

もう、慣れきった魔獣の気配を感じた。




13: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:42:47.21 ID:psu+yEAd0


面倒だった。
億劫な気分だった。
いっそ、放っておこうかと思った。

だが、自然と足は魔獣の方へと向かっていた。

視界に魔獣を捉える。
そこに、血溜まりが広がっていた。
ああ、もう遅かったんだな、とどこか他人事のように思った。

しかし、杏子の視界の中で、緑色が蠢いた。
緑色の髪の、瞳の、服の少女。

相手のほうも気付いたのか、杏子の方に顔を向け、視線が交錯する―――瞬間、



魔獣が、緑の少女へと襲い掛かった。




14: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:43:32.16 ID:psu+yEAd0





そうして。

「―――あ?」

気付けば、槍を握っていた。
気付けば、赤の装束に身を包んでいた。
気付けば、目の前に消滅していく魔獣が居た。

気付けば、少女を背にして、魔獣を貫いていた。

「え、な……に……?」

何、というのはこちらが聞きたい、と杏子は思う。
まあ、無意識のうちに突っ込んでいただけのことなのだろうが。

「あいつの病気がうつったのかねぇ……あたしらしくもない」

仲間を倒された魔獣が、杏子に襲い掛からんとする。
仲間だとか、そういう意識があるのかはわからないけれども。

はぁ、とつまらなさそうに杏子は息を吐く。
直後。

多節棍と化した槍が、魔獣を瞬時に薙ぎ払った。




15: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:44:18.72 ID:psu+yEAd0


魔法少女の服装から、元の服装に戻る。
そうして、振り向いた。

少女は、杏子を見詰めている。
驚愕と、困惑と、恐怖と、安心と、不安のこもった瞳で。

同じか、と心の中で呟いた。
少女は一人。
自分も一人―――否、一人だろうか。

少なくとも、昨日までは違った気がする。

どちらにせよ。
その子犬のような、子羊のような、怯えたような、すがるような目から、逃れられない。

がさ、とコンビニの袋を少女へ差し出した。




16: ◆h4ONJivhRc 2011/10/13(木) 14:44:57.97 ID:psu+yEAd0






「……食うかい?」

―――そして、現在に至る。





26: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:39:10.09 ID:p2kapb3X0


ひとまず場所を移して、公園のベンチに座った。
今は、杏子の隣でもきゅもきゅと食べ物を頬張っている。

(……リス、いや、ハムスター?)

少女の名前は、ゆまといった。
無心に食事を続けていて、食欲旺盛なのだろう、と思える。
それは大いに結構だ。
よく食べよく運動し、よく寝て健康に育つことは悪いことではない。

異常なのは、少女の行動ではない。
取り巻いている、状況だ。

先ほどの血溜まりの中に、生きていたころの名残があった。
死体は二つ。
一つは男性、もう一つは女性のもの。

自然に、ゆまの両親であろうことに思い至る。




27: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:40:21.23 ID:p2kapb3X0


だが。
だとしたら。

(どうしてこいつは、こうも平然としていられる―――?)

そもそも、親でなく赤の他人だったのか。
いや、そうだとしてもおかしい。
こんな年端もいかない少女があの凄惨な光景を見て、ここまで落ち着いていられるわけがない。

ちら、と横目でゆまを見る。

むぐむぐ、と口の中をいっぱいにしながら、ぷるぷると泣きそうな顔で残っている食べ物を見つめている。

「誰も残すな、なんて言ってねーだろ……後はあたしが食うよ」

こくこく、と勢いよく縦に首を振って、ベンチに身体を落ち着けた。

「子供、だよなぁ……普通の」

まだ無防備で、無知で、無力で、純粋な子供だ。

ぱっと見た様子では、異常な所など見当たらない。




28: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:41:24.86 ID:p2kapb3X0


だが、人間には裏がある。
元々壮絶な環境に身を置いていたり、二人に恨みがあったのかもしれない。

そこまで考えて、やめた。
わざわざ他人の知られたくない秘密を聞き出そうとするほど、杏子は悪趣味ではない。
その上、自分の心で手一杯なのだ。
他人の厄介を引き受ける余裕は無い。

けれど。

「んむぅ……キョーコ?」

「……ハァ」

なぜだか、放っておけなかった。

こういう方面に長けていそうなマミは学校だ。
それまでどうにか、時間を潰さなければいけない。
わしゃわしゃと、頭を掻きながら、立ち上がった。

「んじゃ、行くか」

「行くって……どこ?」

ぴょこん、とゆまがそれに付き従う。

「どこってそりゃ……イケナイ所、だよ」




29: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:42:44.30 ID:p2kapb3X0






ちかちかとモニターの点滅が眩しい。
そこかしこの機械から発せられるBGMが耳障りだ。
落ち着きの無い場所。

けれど、だからこそ物事を考えずに居るにはちょうどいい場所かもしれない。

杏子がゆまの方に振り向けば、まるで上京したての田舎者のようにきょろきょろと辺りを見回していた。

「……まっさか、ゲーセンも知らないのかい?」

「げー、せん……?」

「マジか……一体どんな教育―――」

言いかけて、口を噤む。

「……悪い」

「ううん……」

やはり地雷だったか、と後悔する。
ゆまは俯き、二人の間に微妙な空気が流れる。

どうしようか、と考えあぐねて辺りを見渡して、

「……ほら、こっちだ」

「ふぇ……?」




30: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:44:23.52 ID:p2kapb3X0


山積みにされたぬいぐるみ。
上部から吊るされたアーム。

所謂クレーンゲームだとか、UFOキャッチャーだとかそういうものだ。

物珍しそうにゆまが覗き込んで―――ぱぁ、と表情が明るくなった。
その視線の先には、猫のぬいぐるみ。

「……それ、欲しいのかい?」

「うん!」

先ほどの気まずさはどこへやら、嬉しそうに頷く。
やっぱり子供だな、と心で呟きながら、小銭を握らせた。

「そんじゃ、やってみな」

「ん、ありがと、キョーコ!」

早速小銭を投入し、動かし始めるゆま。
杏子は溜息をつきながら、近くの壁に寄りかかった。

「ありがと、ねぇ……」

面倒事を機械に押し付けただけなのだが、と内心複雑な気分だった。




31: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:45:13.81 ID:p2kapb3X0


余談になるが、杏子はゲーセンを極めている、と言っても過言ではない。
少なくとも、同年代の少女の中では群を抜いているだろう。

まあ、普通の人々が学校や仕事に明け暮れている時間でも遊んでいるというアドバンテージあってのことだが。

ともかく、杏子はゲーセンの上級者であった。
当然クレーンゲームの経験もある。

そんな杏子に言わせれば、ここ見滝原のゲーセンのクレーンゲームは『ぬるい』。

原因をはっきり言ってしまうと、アームがしっかりしているのだ。
操作をきっちりとやれば初心者でも取れるように、との配慮だろう。
おかげでイライラして台バンするような輩も居ない。

ちなみに台バンといえばアーケードゲームである。
しかし、クレーンゲームでも叩いたり蹴ったりする輩は存在する。
そういう行動をしていると、大体店員に白い目で見られるのだが。

つまり、初心者であるゆまでもなんとかなるレベルだということが言いたい……の、だが。



どうやら、そうでもないらしかった。




32: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:46:16.48 ID:p2kapb3X0


「あ! あぅ……」

前後の位置を測りそこねて、アームが空振りする。
これは横から見ながら操作すればどうにかなるのだが。
まあ、慣れてくるとその必要もない。

「今度は……あれ?」

掴むには掴んだが、持ち上がらなかったらしい。
しっかりとホールドしないとすぐに落ちてしまう。

「やった、上がったー!」

今度はなんとか持ち上げる。
ゆっくりと、ぬいぐるみが上昇していく。
だが。

「―――無理、だな」

そう、杏子が呟いた直後。
アームが最上部に着いたとき、ガタン、と小さく揺れた。
そして。

「あぁ! うぅぅ……」

ぬいぐるみが、無情にも墜ちた。




33: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:47:20.49 ID:p2kapb3X0


今度の原因は、重心だ。
重さの釣り合いがついている場所を掴まないと、些細な揺れで落ちてしまう。

もっとも、これらの問題は慣れている杏子には有って無いようなものだ。
経験でカバーできる上に、アームの問題を考えなくていい分楽である。
そんな杏子にとって、この体たらくは見ていられないものがあった。

「ったく、しゃねーな……」

溜息をつきながら、杏子がゆまに歩み寄る。

「ホラ、代われ……取りたいのは、アレでいいんだな?」

「……ん」

「よしきた」

ゆまが頷くと、杏子の眼が鋭くなる。
目の前のことに、全力をそそぐ。

たとえ、杏子にとってどれだけ容易だったとしても。
容赦も、遠慮も、妥協もしない。

―――そして。




34: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:48:13.88 ID:p2kapb3X0


「わぁっ……!」

「ホラ、大事に持っときな」

「ありがと、キョーコ!」

杏子がに渡されたぬいぐるみを、満面の笑みで抱きしめるゆま。
その様子を見て、杏子も自然と、小さく笑った。

その様子は、ついさっきに両親が目の前で消えた少女には見えなくて。
その様子は、つい昨日に友人が消えうせてしまった少女には見えなくて。

きっと、この一瞬は、そのことを忘れていた。

記憶から、人物の記憶が消えたわけではない。
悲しみによる、心の痛み。
そういうものが、暖かな空間の、優しさに上書きされているだけの話。

きっと、冒涜だとか、裏切りだとか、そういうものではなかった。



「…………杏子、」




35: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:49:30.25 ID:p2kapb3X0


声の方に振り返れば、長い黒髪を揺らす少女が居た。
暁美ほむら。
いつも仏頂面で、どこか冷めた様子で―――昨日は、意外にも泣いていた。

「あんたか……なんでここに居るのさ」

「今日は午前中授業だったから、学校が早く終わったのよ……あなたこそ」

ちら、とほむらがゆまに視線を向ける。

「その幼女はどこから攫ってきたのかしら」

「なっ……攫ってねーって、たまたま魔獣に襲われてるトコに通りがかっただけさ」

「そう……まあ、そうでしょうね」

いつにも増してよくわからず、なんだか面倒臭かった。

「で、どうするの?」

「どうする、って何さ?」

「千歳ゆまの、今後の扱いよ」

「ああ……それならマミにでも相談するつもりさ。こういうの、得意そうだろ」

「……まあ、確かにそうね」




36: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:51:43.62 ID:p2kapb3X0


そこで、杏子は気付いた。

「……あんたがここに居るってことは、マミはもう家に居るよな?」

「でしょうね……全学年12時に下校だったし、職員会がどうとかで」

「あ、その辺の事情はどうでもいいから」

「……せっかちね」

居るなら居るで善は急げ、だ。
こういうことに慣れていない自分が、長々と世話をする必要もないだろう。

「そんじゃゆま、行くか」

「ん、あ……えっと、そっちの人は……」

ああ、まだ名乗ってなかったな、とようやく気付く。
そうしなくても会話が成立していたので、完全に忘れていた。

「暁美ほむらよ、よろしく」

ほむらが屈んで、ゆまに微笑みかける。

その様子が意外だったので、杏子は首を傾げた。





37: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:52:40.94 ID:p2kapb3X0


「よろしく、ほむら……おねえちゃん?」

「……オイ」

「何かしら」

「あたしは呼び捨てなのに、なんで『おねえちゃん』?」

「それは、まぁ……」

杏子をまじまじと見つめて、ほむらがくす、と笑った。

「……今なんか失礼なこと考えたろ」

「いいえ、別に? 不良っぽくて敬えないんじゃないかとか、そんなこと神に誓って言わないわ」

「今言ってるだろ……しばき倒すぞコノヤロウ」

「あら、乱暴ね……ゆま、そんな人は放っておいて行きましょう」

「うん!」

「ちょ……おまっ……ハァ」

どうしようもないな、と思っておとなしくそれについていく。

「……ん、あんた、髪飾り変えたのか?」




38: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:53:58.78 ID:p2kapb3X0


そう言うと、ほむらは振り返って、嬉しそうに笑った。

「あら、気付いたのね……そういう所に気の回る人はモテるわよ」

「興味無いってーの……」

「女性限定で」

「女だけかよ!?」

昨日まで鉄面皮で、最小限のコミュニケーションしか取っていなかった。
それが社交的になったと思えばコレだ。
傍目から見れば面白いが、弄られている杏子は困惑するしかない。

「……ったく」

「……ねぇ」

「ん?」

「似合ってる?」

「ああ、まあ……いいんじゃねーの」

「……ふふ、ありがとう」

そう言うと、見たことのないような満面の笑みを浮かべた。




39: ◆h4ONJivhRc 2011/10/14(金) 20:54:42.36 ID:p2kapb3X0


ぽりぽり、と頭を掻く。
なんだか今日は、調子を狂わされてばかりだ。

らしくもなく人を助け、らしくもなく子供の世話をして、らしくもなく仲間と馴れ合う。

仲間、と考えて少し背中がむず痒くなった。
なんにせよ、自分らしくない。

「……なんだかなぁ」

呟いた言葉は、虚空に霧散していく。
見上げた空は、雲ひとつなく真っ青だった。

自分には似つかわしくないな、なんて、詩人のように思いながら歩いていく。
けれど、それも悪くない、と思う自分自身が杏子の中に居た。



―――結局、ゆまがほむらに名乗っていないことは気付かなかった。




43: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:34:43.74 ID:BmmdhGzh0


「で、連れて来たの?」

「……おう」

「へぇ……」

マミと三人が、座して相対する。
まじまじ、とマミがゆまを見詰めた。
妙なプレッシャーを感じているのか、杏子とゆまが固まる。

しばらくして、沈黙を破ったのはマミだ。

「ふふっ……」

「……何さ」

「いえ、あなたらしくないと思って……むしろ、あなたらしいのかしら」

「なんだそりゃ……?」

杏子本人は首を傾げていたが、横でほむらが軽く頷いていた。




44: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:36:05.95 ID:BmmdhGzh0


「さて、どうしたものかしら……」

両親は死んでいて、特に身分を証明できる物も持っていない。
話を聞く限りでは、まともに育てられていないらしい。
学校にも通っていないだろうし、探そうとする人間が居るかどうかが疑問だ。

そう、マミが物思いにふけっていると、ゆまの視線に気付いた。
自分を見ているにしては、少し違和感を感じる。

まさか、と思い振り返った。

「―――ん、どうしたんだいマミ?」

「しゃ、しゃべった!?」

やっぱり、とマミは予想が的中したことが複雑だった。
ゆまには背後に居たキュゥべえが見えていたのだ。

「あぁ、あいつは宇宙人なのよ」

「へぇ……そうなんだ」

「宇宙『人』? 宇宙猫とかじゃなく……ってマジか?」

「ええ、マジよ」




45: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:37:02.35 ID:BmmdhGzh0


あっちの三人は何をやってるんだ、とマミは頭が痛くなった。
何はともあれ、キュゥべえが見えるということは、この幼い少女も。

「……キュゥべえ」

「ああ、なかなかの素質だ……もっとも、すぐ契約する必要も無さそうだけど」

「あら、それはどうして?」

そうだね、と言いながら、キュゥべえがマミの隣に走り寄る。

「そもそも、魔法少女が同じ街に三人も居ること自体が異常なんだ。グリーフシードの分け前を考えれば、ね」

「でも、そう私たちはそう切羽詰まっていないわよ? それに昨日までは―――」

言いかけて、口をつぐんだ。
咄嗟に杏子とほむらを見たが、ゆまと談笑していて聞いていない様子だった。

「……それはひとえに、君たちが優秀だからだよ。まあ、確かにそれもあるけどね」

「も、ってことは?」

「ああ、もう一つ理由がある。それは―――」

ごく、とマミが固唾を呑んで見詰める。




46: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:38:03.93 ID:BmmdhGzh0


「もっと成熟してくれた方が魔力も高くなるし、しばらく待ったほうがいいってことさ」

「……それだけ?」

「それだけだよ。ただ増やせばいいってものじゃないからねー」

拍子抜けして、がっかりするマミ。
もう少し壮大なもの期待していたらしい。
実は魔獣と心を交わせるだとか、そんな感じのやつを。

「だけど成熟っていうのもね……それ、なんていう紫の上計画なの?」

「紫の上……ああ、光源氏に攫われて、彼好みに調教された少女だったかい?」

「調……って、まあそれはさておき、どうするべきかしら」

どうも話が進展しない。
話を戻して、とにかく結論を出さなくては、と切り出した。
直後。

「……いっそのこと、マミが引き取ればいいじゃない」




47: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:38:50.52 ID:BmmdhGzh0


「……え?」

突拍子もない提案で、マミが固まる。

「とりあえず捜索願を誰かが出すまででも、置いてあげればいいんじゃないかしら」

「えっと、でも……」

「……然るべき所に預けても、やっていけるか心配でしょう?」

「まあ、そうね……」

そういうことは、マミには痛いほどわかる。
家族を失って、一人で生きることの辛さ。
そして、味方の居ないゼロの状態から集団の輪に入る難しさも。

そうでなくとも、放って置けるわけがない。
ちら、とゆまに目を向けた。

「……?」

純粋な、小動物のような瞳。
ふふ、とマミが苦笑した。




48: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:39:26.98 ID:BmmdhGzh0


「そう……そうよね。ええ、私が引き取るわ」

「そうかい、そんじゃ―――」

「待ちなさい」

役目は終わった、と言わんばかりに撤収しようとする杏子を引き止めるマミ。
強い口調だが、怒っているわけではない。

「もう遅い、でしょう?」

「お、おう、だから早く帰―――」

にっこり、と笑みを浮かべた。










「泊まっていきなさい」

「…………は?」

とぼけたような効果音が鳴りそうなリアクション。




49: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:40:04.35 ID:BmmdhGzh0


「そうね、泊まらせていただこうかしら」

「え……ちょ……」

「うん、みんないっしょ!」

「……ハァ」

どうやら味方は居ないらしい。
はぁ、と溜息をつくと、ぽん、肩に手を置かれた。

「ふふ、何事もみんな一緒がいいでしょう?」

「……そーかい」

もう面倒なので、反抗するのは諦めた。
それに、悪くない、と思ったのだ。
こんなぬるま湯のような、甘い時間を過ごすのも。

だが、同時に。

少しだけ背徳感と、胸を刺すような痛みを感じた。




50: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:40:37.22 ID:BmmdhGzh0


(……ああ、そっか)

そして、気付く。
気付いて、ようやく違和感を感じる。

(一人、足りないんだ)

ほむらの突拍子も無い発言に突っ込みを入れて。
ゆまに無駄に世話を焼いて。
マミの誘いに嬉々として乗って。

いつだって、ムードメーカーで。
いつだって、心配の種で。
いつだって突っかかってきた―――あいつが、居ない。

一度感じてしまえば、それはどうしようもなく存在を主張する。

あいつが居ないのに。
あいつは消えてしまったのに。

自分は、何をやっているんだろう。




51: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:41:09.58 ID:BmmdhGzh0


「―――杏子?」

ほむらに呼ばれ、はっと我を取り戻す。

「あ、ああ、悪い……」

「……あなた、なんだか変よ?」

「いや、あんたも大概だろ……今日は特に」

「そう……まあ、確かにそうでしょうね」

くる、とほむらが背を向ける。

「……マミを手伝ってくるわ」

「手伝う、って……何を?」

杏子が問うと、ほむらが訝しげな視線を向ける。

「さっき夕食の準備をする、って言ってたでしょ……聞いてなかったの?」

記憶に無い、ということは聞いていなかったらしい。
それほど物思いに耽っていたのだろうか。




52: ◆h4ONJivhRc 2011/10/16(日) 20:41:37.34 ID:BmmdhGzh0


「……なんにせよ、気負いすぎないようにしなさいね」

そう言って、ほむらはキッチンの方へと消える。
杏子は、その言葉を頭の中で反芻していた。

「……はは、」

力の抜けたように、その場で座り込む。
その様子が気になってか、ゆまが近寄り、杏子の顔を覗き込む。

「気負う、か……」

「……キョーコ?」

不安げな瞳で見詰めるゆま。
安心させようと、頭を撫でてやる。

「……ほんと、らしくない」

それは、行動のことだったか。
それとも、心のことか。
結局、結論を出さないままに、頭の隅へと追いやった。




56: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:39:35.00 ID:YVZz607w0


「ありがとう、手伝ってくれて」

「……気にしないで。ご馳走になるなら、少しくらい手伝わないと」

手伝う、と言っても付け合わせのサラダを作るだけだが。
メインもパスタで、お手軽なもの。
急に4人分用意しようとすれば、こういうメニューになるものだが。

「ふふ、嬉しいわね……何か、心境の変化でもあったの?」

「……ええ。自分の生きる目的が、変わる程度には」

そう言ったほむらの顔は、どこか寂しげだった。
けれど、何かを懐かしむような、愛おしむような顔。

「暁美、さん……?」

「ふふ、心配しなくても大丈夫よ……確かに目的は変わったけれど、私自身の根幹は変わっていないわ」

そして、と続ける。

「きっと、これからもそう。私は『彼女』の願いを胸に留めて、その想いを守り続ける」




57: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:40:23.84 ID:YVZz607w0


守る対象が、その命から想いに変わっただけのこと。
今、この瞬間に辿り着くまでに、命は犠牲にしてしまったけれど。
『彼女』は、過去も未来も無く、生も死も無い概念になってしまったけれど。

『彼女』はほむらに、想いを託した。
それを、ほむら自身が覚えている。

たとえ、世界から『彼女』が生きた痕跡が消えてしまっていても。
たとえ過ちを繰り返す、救いようのない世界だとしても。
この世界は、『彼女』が望んだものだから。

だからこそ、ほむらは戦い続ける。
たとえそれが無謀でも、無茶でも、無意味でも、無益でも。

それが『彼女』の願いであり、ほむら自身の願いでもあるから。

「……その子は、きっと幸せね」

「そう?」

「当然よ……だって、あなたにそんなに想われているんだもの」

「……そうね。そうだと嬉しいわ」

ふわり、とほむらが優しく笑った。
つられて、マミも自然と微笑んでいた。




58: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:41:27.37 ID:YVZz607w0


「……好きなのね、その子のこと」

「ええ、言葉では言い表せられないほどに、ね」

二人を結び付けているものは、何か。
友情か、絆か、愛情か。
きっと、そのどれでもなく、どれでもある。

言葉では言い表せられない、もっと純粋で、根本的な何か。

だからこそ、ほむらは『彼女』が、『彼女』の痕跡が消えたことも受け入れられる。
『彼女』はほむらの願いを否定し、同時に肯定することもできる。

そして、生き続ける。
何よりもほむらが望んだ『彼女』を犠牲にして得た、『彼女』が望んだ世界で。

それは、決して他の選択肢を見つけ出せないが故の諦観からのものではない。

『彼女』が示して。
ほむらがそれを信じて。
そうして選ばれた世界が、ここにある。

後悔は無い。
過去を振り返る必要はない。

未来にはきっと、二人で手を取り合える瞬間があると信じているから。




59: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:42:12.20 ID:YVZz607w0


「……ところで、鍋の方はいいの?」

「え―――あ!」

湯がふきこぼれかけているのを見て、慌てて鍋を熱する火力を下げる。

やはり少し抜けているな、とほむらは苦笑した。
マミの仲間への思いやりは人一倍だが、周りが見えないのが玉にキズだ。

ほむらは自分がマミの優しさに守られたことも知っているし、優しさがマミ自身を滅ぼしたことも知っている。
ゆえに、せめてこの世界では幸せであってほしい。

この世界では、マミは最期まで正義の味方でいられるだろう。
たとえ、悲壮な運命を背負っていたとしても。
最期まで、子供が夢見るヒーローのような、魔法少女でいられる。

そして、マミと同じく頼りになる、もう一人。

「……杏子は、大丈夫なのかしら」

ほむらの呟きに、マミが首を傾げる。

「佐倉さん?……ゆまちゃんじゃ、なくて?」

「……ええ」




60: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:42:57.92 ID:YVZz607w0


佐倉杏子は、利己的な少女だ―――否、そのはずだった。
実際は、そうでなかった。
他人に尽くすことによって、他人を傷つけることを恐れている。

諦めてしまっている。
そうして、自分のためだけに生きる。
その方が、自分も他人も傷つかないと思っている。

それが、これまでの佐倉杏子。

けれど、ほむらは繰り返し続ける時間の中で見てきた。
杏子と同じく、他人を想い、契約した少女―――美樹さやか。
さやかにかつての自分を重ね、自分と同じく利己的に生きる道に誘った。

さやかはそれを断った。
そうして一人で全て抱え込んで、呪いを孕んだ。
杏子はさやかを救おうとした。

結局、幸せな結末は訪れず―――杏子は、かつての自分に殉じる。

異なる結末もあったけれど、かつての杏子が救われることはなかった。
当然と言えば、当然だ。

それは一度、捨ててしまったのだから。




61: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:44:16.64 ID:YVZz607w0


そして今。
さやかは、消えてしまった。
杏子に救おうとする時間さえ与えずに。

きっとそれは杏子にとって残酷でも、さやかにとっては良かったのだろう。

「そうね……昨日に比べて元気になったとはいえ、佐倉さんは美樹さんと仲が良かったから」

この場に二人のどちらかが居れば、その言葉を否定したかもしれない。
今となっては一人は消えてしまっていて、もう一人には否定する気力も無いだろうが。

「後を追う、ということがないといいけれど」

「それならきっと、大丈夫。佐倉さんはゆまちゃんを助けたもの」

良心は消えていない。
だからきっと、生きる気力も失っていない。

できることは、そう信じることだけ。

ほむらは、ともかく杏子を信じることにした。
どうしようもない絶望が無いこの世界なら、きっと立ち直れると。




62: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:45:37.79 ID:YVZz607w0


ピピピ、と電子音が鳴った。
パスタの茹で時間のタイマーである。

マミが火力を落とし、菜箸でパスタを口に運び、硬さを確認する。

「……うん、上々ね。暁美さん、お皿取ってくれる?」

「ええ、わかったわ」

底が少し深い皿を棚から取り出しながら、ほむらは先程の会話を心中で反芻していた。

この世界には、確かに最悪の絶望は無いかもしれない。
杏子は、確かにゆまを助ける優しさを持っているかもしれない。

けれど。

いくら家族の死を目の当たりにしていても、元々杏子は普通の少女だ。
果たして、さやかの居ない世界に耐えられるのだろうか。

そこまで考えて、自分も元はどこにでもいる根暗な少女だったな、と苦笑した。




63: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:46:14.29 ID:YVZz607w0





杏子の視界の端で、ゆまとキュゥべえが遊んでいる。
否、ゆまにキュゥべえが遊ばれている。
キュゥべえが助けを求めてきた気がしたが、杏子は反応する気になれなかった。

現実が、現実として捉えられない。
どこかもやのかかった、夢のような感覚。

実際は、そうであってほしいという願望だ。

目が覚めたと思ったら、目の前にさやかが居て。
なんでこんなところで寝てるのさ、なんて言われて。
無愛想な返事を返したら、さやかが突っかかってきて。
言い争いになって。
馬鹿らしくなって。
そうして、お互い笑い合う。

けれど、そう願えば願うほど、それが願望に過ぎないという感覚は強くなる。
認めたくない現実が、嫌というほど襲い掛かってくる。

自分を保とうとすることで、逆に自分を傷つけているのだ。




64: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:46:47.51 ID:YVZz607w0


だとしたら。
どうして自分はあの時ゆまを助けたのだろう、と杏子は自問する。

別に、ゆまの生死を問題にしているのではない。
ゆまを助けるという行動を、何故取ったのか。

現実が嫌なら、なにもかもを無視していればいい。
魔獣が人を襲っていても、気にしなければいい。
そうして、何にも希望を持たず、何にも絶望せず。

ただ無気力に、無意味に生きていればいいだろうに。
どうして、そうしなかったのか。

結局、答えはわからない。
あの時、無意識にゆまを助けた意味も。
わざわざマミに引き渡すべく、世話を焼いた理由も。




どうして今でも自分が生き続けているのか、ということも。




65: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:47:38.76 ID:YVZz607w0


「お待ちどうさま、できたわよ!」

にこにこと、マミが微笑みながらリビングに戻ってくる。
その後ろにはほむら。
手にはパスタの入った皿の乗った盆。

「わぁ、おいしそう!」

「……ところで、僕の分はあるのかい?」

「お前はサラダだけで十分よ」

「あら暁美さん、わざわざキュゥべえの分も用意してくれたのね」

「これはありがたい……最近はずっとキャットフードだけだったからね」

「……感謝されても、複雑だわ」

一気に場が騒然とする。
そしてやはりこれは現実なんだな、と感慨深く杏子は思う。




66: ◆h4ONJivhRc 2011/10/18(火) 21:48:07.91 ID:YVZz607w0


「ほら、キョーコも!」

ゆまが杏子の袖を引き、その騒然たる輪に引き込む。

そうして、確信した。
ゆまは、自分を現実に繋ぎ止める鎖なのだと。
あの時ゆまを助けるという選択をした時点で、現実から逃れられなくなったのだということを。
そう、杏子は結論付けた。

結局、自分は流されるまま生きているのだ。

流されるまま生きて、流されるまま死ぬ。
一番楽な選択をしておいて、心から望む結末が手に入るわけがない。
ただ、海に浮かぶ木片のごとく、どこへともなく流れ着くのを待ち続けるだけ。

あがくことはない。
急ぐ必要はない。

袖を引く手を拒まず、けれど掴むことはない。

杏子を動かしているのは、最早杏子自身ではなかった。




71: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:45:25.68 ID:cc4KrkVu0


水音。
湯気。
泡。

「……ふぅ」

そんな中での杏子の溜息はそれなりに大きく響いた。

そう、ここは風呂。

風呂に浸かった時、リラックスした拍子に溜息をつく人はいる。
けれど、杏子の溜息の理由はそれではなかった。

「ふふ、かゆいところはございませんかー?」

マミ。

「んー、もうちょっとひだりー」

ゆま。

「……はぁ」

「あら、どうしたの杏子?」

そして、ほむら。




72: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:46:01.24 ID:cc4KrkVu0


それほど広くはない風呂に4人。
人口密度の高さにうんざりしていたのである。

なにも全員同時に入ることはないだろう、とは思ったが、その質問は野暮だろう。
口に出せば、マミのよくわからない理論が炸裂するに違いない。
それはそれで面倒だからどうでもいいか、というのが今の杏子の心中である。
なのでほむらの声も無視することにした。

それでも気になるものではある。
わざわざ窮屈な思いをする必要がどこにあるのか。
否、マミにとってはその窮屈さがいいのだろう、とも思う。

「なるほど、君たちの見立てどおりだね。マミは子供の世話が得意らしい。」

「ああ…………………ってオイ」

「何かな?」

平然と杏子に振り向き、やましいことなど何もないように返事をするキュゥべえ。

「……どうしてあんたがここにいるのさ」

「どうして、とはまた妙な質問だね……まあ、マミと一緒に入る習慣があるから、と言えば納得してくれるかい?」

そんなことだろう、とは思った。




73: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:46:44.69 ID:cc4KrkVu0


「―――あのさ、あんたがマミと一緒に風呂に入るのに、違和感とか感じねーの?」

「違和感、か……特に何も無いけれど?」

なんだか頭が痛くなった。
先刻ほむらが宇宙人だとか言っていたが、その辺りの関係で価値観が違うのかもしれない。
というか、他の誰もキュゥべえが一緒に入ることに違和感を感じないのはどうなのだろう。
そんなことを考えながら、杏子はまた溜息をつく。

「あらキュゥべえ、お前はまだ身体を洗っていないの?」

「ああ、まぁね……ほむら、君がやってくれるかい?」

「……仕方ないわね」

ザパァ、と水音を立ててほむらが湯船から出る。
水滴がその黒髪から、肢体から滴り、艶やかな印象を受けた。

異性同性構わずに魅了してしまいそうな姿だが、この場ではその限りではない。
ここに居る同性は付き合いもそれなりにあるか、未だ純粋な子供だ。
前者は今更そんな反応をするはずもなく、後者は美への執着が薄い。
異性などはこの場に居れば、蜂の巣か串刺しか爆死か全部かランダムで選べることだろう。
どちらでもない地球外生命体については、論ずるまでもない。




74: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:47:33.34 ID:cc4KrkVu0


「それじゃあ、流すわね?」

「はーい」

マミの言葉に応じ、ゆまが目を瞑る。
シャワーからお湯が降り注ぎ、マミがゆまの髪についた泡を流していく。

そんな中。
ある一点で、マミの目が止まった。

「…………っ」

「……マミ、おねえちゃん?」

ゆまの声で、はっと我に返る。

「どーしたの?」

「いえ……いえ、なんでもないわ」

精一杯の笑顔を浮かべながら、作業を再開する。
マミは一瞬事情を聞こうと思ったが、そんな勇気は無かった。




75: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:48:19.39 ID:cc4KrkVu0


「手馴れてるね、ほむら」

「……猫の世話をしたことがあるから」

「なるほど、それでかい」

こちらはこちらで、他愛も無く意味もない会話。
けれど、「以前」のほむらと比べると妙な光景である。

「……そこを執拗に洗うのはやめてくれないかな」

「あら、どうして? こんな触手の先端なんて、汚れが溜まりやすそうじゃない」

「触手って……まあ、間違ってはいないけれど」

そんなわりとどうでもいい光景を見ながら、杏子の意識はおぼろげになっていった。
何も考えることもなく、何も気にすることはなく。

間もなく、その意識はブラックアウトした。




76: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:49:05.54 ID:cc4KrkVu0






『ほら早く入りなよ! そんなびしょ濡れじゃ風邪引いちゃうでしょ!』

この声は、誰だったか。

『べ、別にいいっての……何であんた、あたしのことなんか気にかけてんのさ』

この声は、わかる。
自分の声だ。

『別に……気にかけてるわけじゃないよ』

ああ。

『なら……』

『……でも、マミさんがあんたのこと心配してるから、さ』

このお人よしは。

『なんだそりゃ……仲間が心配してるからって、武器を向けた相手を家に招くかよ』

『何よ……悪い?』

勝手に消えたくせに、こんなところで出てきやがるのか―――。




77: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:50:03.42 ID:cc4KrkVu0


『悪い、ってよりは馬鹿だね。 あんたは大馬鹿だよ』

『うぐ……はいはいどうせそうですよー、ほむらにも愚かって言われるし、マミさんにも自制しろって言われるしさ』

『……はっ』

『……何、笑ってんのよ』

『杏子だ』

『え?』

『佐倉杏子……自己紹介、してなかったろ』

『……ぷ』

『あ?』

『くく……あんたも人のこと言えないじゃん』

『……そーかい』




78: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:51:09.38 ID:cc4KrkVu0


そうして、雨の中で握手を交わした。

さやかは、昔のあたし自身だった。
正義の魔法少女なんてものを気取って、それを誇っている。
先輩であるマミにうれしそうに、犬みたいに付き従っている。

でも、そうでないことは心のどこかでわかっていた。
危なっかしいだとか、見てられないだとか、そういうものでなく。

ただ、自分が逃げた場所に立ち続けているさやかが羨ましかっただけなんだ。
自分よりずっと強く世界と向き合うさやかに憧れていたんだ。

『……あたしは美樹さやか。よろしくね、杏子』

『よろしく、ねぇ……ま、長続きすればいいけど』

『む、何それ! あたしだってちょっとずつだけど、強くなってるんだから!』

『あーあー、そーかい』

『もう、信じてないでしょー!』

思えば、どうしてあの時素直になれなかったのだろう。
あたしが居場所になれていたら、さやかは消えずに済んだかもしれないのに。

どうして、暖かな手の感触が嬉しかったことを隠してしまったのだろう。




79: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:51:59.59 ID:cc4KrkVu0




「…………」

ぱち、と目を開けばリビングの照明が視界を襲う。
杏子は手で覆うのも面倒で、そのまま起き上がった。

布団が敷いてあった。
一緒に寝られるように、との配慮だろう。
誰がそうしたのかは論ずる必要もあるまい。

「あら、起きたのね」

「マミ、か……これは、どういう?」

「あなた、お風呂に入ったまま寝ていたのよ。 のぼせてもいけないから運んでおいたけれど……」

迷惑だったかしら、と言いたげにマミが目線を送る。

「……いや、そういうことなら別にいいさ」

そう言って、布団の上に倒れ込んだ。
マミに背を向け、瞳を閉じる。

「……佐倉さん、」

「寝る」




80: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:52:51.86 ID:cc4KrkVu0


マミの目に映る杏子の背は、妙に小さく見えた。
けれど、それでも一切を拒絶しようとしていて。

「……ゆまちゃんの額に、火傷の痕があったわ」

返事がないということは、わかっている。

「まるで、煙草を押し付けたような痕が……ねえ、もしかして、」

「……さぁね」

実際、推測でしかない。
ゆま自身に聞いてみないことには、証明のしようがないことだ。

「そうだとしたら、あの子は両親に虐げられて……」

「……それをあたしに話して、どうすんのさ」

え、と虚を衝かれたようにマミが固まる。




81: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:53:52.29 ID:cc4KrkVu0


「まさか、『仕方ねーな、どうにかしてやるよ』なんて言うとでも思ってたのか?」

嘲るような声で杏子は返答する。
けれど、マミには自分が嘲られているように思えなくて。
杏子が、杏子自身を嘲っているように見えて。

「そんな面倒くせーこと勝手にやってな、あたしは意味もない馴れ合いなんてしねーよ」

マミは佐倉さん、と声をかけようとして、やめた。
本当は、面倒くさいなんて思っていないはずなのに。
『馴れ合い』だなんて、自分で言っていて辛いはずなのに。

きっと、もう繰り返したくないのだ。
一度希望を見出してしまって、その上で杏子は失ってしまった。
また失うくらいなら、深く関わらなければいい。

希望なんて最初から無ければ、絶望する必要は無いのだから。

「……私は、信じてるから」

それでも、ただ一言。

「佐倉さんが優しい子だっていうことは知ってるから……ね」

それだけは、言いたかった。




82: ◆h4ONJivhRc 2011/10/22(土) 19:55:04.93 ID:cc4KrkVu0



沈黙の後、マミはリビングから出て行った。
結局、自分は何をしているんだろう。
これではあの夢の、あの時と同じじゃないか。

けれど、だからこそ踏み出せなかった。
あの時と異なる選択をすることで、今があの時と同じだと言ってしまうようで。
それだけで、また失いそうで。
結局、自分の本心は伝えられなかった。

「うぜぇ……」

誰も居ない部屋で呟く言葉は、誰に向けたものか。
そんなことは、わかりきっている。

「……うざってぇ」

踏み出す勇気は無くて。
そのくせ、温もりだけは求めて。
どれだけ傲慢なんだ、と自嘲することしかできなかった。

思考を放棄し、心も体も眠りにつかせる。
考えれば考えるほど、悪い方に向かっていく気がしたから。










ただ、夜の間、心地良い温もりに包まれていたことを感じていた。




86: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:34:04.95 ID:UqSheG0c0


「―――――ん、」

目が覚める。
今は何時だろうか、と辺りを見回して、気付く。

ほむらと、マミが居ない。

そのことに一瞬寒気がした。
が、すぐにそれは止んだ。

「寝過ごした、だけか……」

よくよく考えれば、あの二人は学生だ。
きっと起こそうとしたけれど時間が足りなかったのか、気を遣って放置していたんだろう。

考えすぎだな、と自嘲した。
この調子で大丈夫なのか心配であるが、考えても仕方がない。

小さく溜息をついて、立ち上がる。

―――そうしようとして、止まる。

右腕に、重み。




87: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:34:58.46 ID:UqSheG0c0


「……あ?」

思わず、右腕に目を落とす。

へばりついていたのは、緑頭の幼女。
ああ、そういえばこいつも居たな、と思い返しながら引き剥がそうとする。
剥がそうとする自分の手が随分と相手を気遣っていて、妙な気分だった。
ただ、うっとうしいからそうしているだけのはずなのに。

「あぅ……」

小さく声を上げながら、ゆまはころん、と転がった。
それを見て、やっぱり小動物だな、と思う。
少なくとも、あの喋る白い毛玉よりはそれらしい。

それはそれとして時計を見ると9時を回った辺り。
まだ朝食を食べても罰はあたらない時間帯だろう。

ご丁寧に、テーブルにはラップをかけた朝食が二人分。
メニューはパンとサラダとスープ。
調味料やその他の飲み物は冷蔵庫にあるのだろう。

その脇に、メモが一枚。

大方自分宛だろうから、特に躊躇せず手に取った。




88: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:35:46.79 ID:UqSheG0c0


『ごめんなさい、佐倉さん!
 私と暁美さんは学校に行くから、ゆまちゃんのことはお願い
 
 朝食はテーブルの上に用意しておいたけど、足りなかったら冷蔵庫の中から適当に食べててほしいわ
 帰るのは夕方になりそうだからお昼は家にあるものでも、外食でも構わないわ
 ゲームセンターに行ってもいいけどはぐれないように、あと変な所に連れてかないように
 お金はこのメモの横に置いてあるけど、使いすぎないように
 それと、戸締りはしっかりね
                                            巴マミ』




89: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:36:30.82 ID:UqSheG0c0


「……保護者か」

ぽつり、と突っ込みを入れた。
メモのとおり、傍らに千円札が二枚置いてあることを確認しつつマミの今後を憂う。

しっかりしているのはいいが、この年で母親の雰囲気が出ているのは少し異常だ。
家族を早くに無くして、そうならざるを得なかったのは確かだろうが。

というか、マミが以前漏らしていたなんとなく感じる同級生との壁というのはこのせいではなかろうか。
その時は魔法少女という秘密を持っているからだと思っていたし、実際、マミにもそうだろうと言った。

だが、それだけでなく、こういうしっかりしすぎていて周りのように馬鹿になれていない所も原因である気がする。

と、すれば、男子学生からはよく言い寄られているのだろうか。
結婚すればいい嫁になるだろうし、あと胸もでかいし。

ああ、でももしかしたら年上の彼氏がいるとか噂されているかもしれない。
魔法少女の務めを果たすために毎日早くに下校しているだろうし―――

「―――キョーコ?」

「ん?……あ、おう」




90: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:38:02.70 ID:UqSheG0c0


存外思考の渦の奥深くまで潜っていたらしい。
おかげで、ゆまの接近にも気付かなかった。
というか、自分はマミのことを心配してどうする気なのだろうか。

「あー、歯ァ磨いて来な。あたしは準備してるからさ」

「……キョーコは、磨かないの?」

「ん、ああ……後で磨くよ」

「そっかー」

とてて、と洗面所へと駆けていった。

言ったとおり、自分は準備だ。
とりあえず冷蔵庫に向かっていく。
しかし、妙な話だ。

ゆまをマミに押し付けたと思ったら、結局自分が世話をする羽目になっている。
なんだかんだで自分は周りに流されているな、と少し呆れた。




91: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:38:51.16 ID:UqSheG0c0


冷蔵庫を開けると、ガタガタとペットボトル容器がぶつかる音が聞こえる。
魔法少女仲間内で毎回やっていた、反省会の分だろう。
一人暮らしにはあまり必要ない量だ。

「ジュースとドレッシングと……ジャム、と」

ブルーベリージャム、という表記で一瞬反応したあたり自分は何かの病気なんだろう。
その後色はさやかというよりほむらだよな、なんて思ったあたり重症だ。

「……ソウルジャム、ってか」

言っていて虚しくなった。
せめて親父くさい、とでも突っ込んでくれれば気が楽なのだが。

残念ながらその相手は、今はどこにも居ないのだけれど。
とにかく、深く考えないようにする。

そう自分に言い聞かせていること自体が、気にしていることの表れなのだろうが。
実際、その通りだった。

少しでも気を抜けば、暖かな思い出が、それに対する後悔が溢れ出してしまうのだ。




92: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:39:48.54 ID:UqSheG0c0


もきゅもきゅ、という効果音が聞こえそうな食べ方。
件の小動物より小動物らしい少女である。

この食卓に会話は無いが、別に険悪な雰囲気ではない。
話したくないからと、自分が威嚇しているわけでもない。

ただ、ゆまが食べることにいっぱいいっぱいなのだ。
その証拠に、今も喉に食べ物が詰まって、急いで飲み物を流し込んでいる。

「……急がなくていいってーの、特に用も無いしさ」

こくこく、と大きく首を縦に振る。

両親が生きていた時は、こうやって無理に急かされて食べていたのだろうか。
そうだとすれば、気に入らない。

詳しい事情は知らないが、ゆまは自分と違って家族に対する重大な裏切りなどしてはいないはずだ。
それなのに、何の恨みがあって自分の子供をないがしろにしていたのだろう。

ギリ、と無意識に奥歯を強く噛み締めていた。




93: ◆h4ONJivhRc 2011/10/24(月) 22:40:36.04 ID:UqSheG0c0


そこまで考えて、自分の矛盾に気付いた。
つい昨日、意味も無い馴れ合いはしないと言ったのに。
また、繰り返すつもりなのか。

「……はは」

「キョーコ……?」

「いや……なんでもない」

不思議そうにこちらを見詰めるゆまの瞳が、胸に小さな痛みを感じさせた。
今更そんなものを感じても、どうしようもないのに。

繰り返してはいけないのに。
繰り返してはいけないのに。

なんにせよ、そんな問答は無意味だ。
結論は、とうに出ているのだから。





――――――さて、これからどうしよう




100: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:36:14.40 ID:vGfApbVA0


「……はぁ」

自分の足で登校しておいて、学校に通う意味があるのか、なんて考える。
別に勉強が嫌になったとか、そういう話ではない。
勉強自体は真面目にやっている。

では、どういう理由でそんな考えに至ったのか。

包み隠さず言うと、話す相手が居ないのだ。
勿論話しかけてくる同級生は居るが、ただの同級生であって友人ではない。

『友人』のハードルが高くなっているのは、自分でも分かる。

時間を越えて出逢い続けた―――まどか、さやか、マミ、杏子。
関係が険悪な時間軸もあった。
けれど、私の中ではいつだって。

最愛の、親友で。
手のかかる、お調子者の友人で。
どんな時も頼りになる先輩で。
口は悪いけれど、根は優しい仲間。

そのどれもが欠如した空間は、なかなかに苦痛であった。




101: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:37:06.17 ID:vGfApbVA0


まどかは居ない―――ある意味、『居る』のかもしれないが、教室にしか居ないわけではない。
さやかは消えてしまった。
せめて彼女だけでも残っていたら、楽だったのだけれど。
マミは三年生で、同じ教室に居るわけがない。
杏子はそもそも学校に通っていない。

いっそサボって、杏子やゆまと過ごすのも一興だろう。
けれど、サボれば後が怖い。

まどかは優しい子だ。
私が学校に通わなくなってしまえば、絶対に気にする。
怒る、というだけなら別にいい。
けれど彼女の場合、泣いてしまう可能性が高い。

そんな事態は絶対に引き起こしてはならない。
私はまどかが望んだこの場所で生き、戦い続ける。

そうして再び出会うとき、最初に見る彼女の顔が泣き顔であってほしくない。

彼女が魔法少女たちにそう望んだように、笑顔でいて欲しい。




102: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:38:46.07 ID:vGfApbVA0


「―――ほむらさん、」

声をかけられ、はた、と気付く。
顔を上げた先に見えるのは、緑の髪。

「志筑……さん、何かしら」

フルネームで呼びそうになって、不自然だろう、と思って、やめた。

志筑仁美。
まどかやさやかと同じく、クラスメイト。
上条恭介に想いを寄せて、その影響でさやかと色々とあった、というのは記憶している。
魔法少女ではないので、繰り返した時間の中での関わりは薄かった。

「さやかさんの、ことなのですけれど……」

思いつめたような表情。
自分が上条恭介と共に居ることで、さやかが居なくなってしまったのかどうか、気にしているのだろう。

確かに、間接的にはそうかもしれない。




103: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:39:56.42 ID:vGfApbVA0


けれど、それでもさやかが仁美を責めることは無かった。
この世界での事情は知らないが、そう異なりはしないだろう。

「ごめんなさい、私は何も聞かされていないわ……」

「そう、ですか……」

ならば、私は彼女の決意に水を差すことはしない。
愛を捨てても守り抜いた、友情だけは失わせたくない。

「……でも、」

「?」

きっと、それこそが。

「彼女はたしかにあなたたちの幸せを願っていた……だから、あなたは幸せになりなさい」

私にできる彼女への感謝であり、せめてもの手向けだ。




104: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:40:42.79 ID:vGfApbVA0


「それは、ですが……」

「あなたならわかるはずよ……さやかの友人である、あなたには」

おろおろと彷徨っていた仁美の視線が、しっかりと私を見詰める。
ある意味これは、呪いの言葉だった。
幸せになるという義務を身勝手に押し付ける、強引な言葉。

けれど、それを理解した上で告げられる程度には、私は薄情だった。
それほど関わりの無いクラスメイトの心情を無視して、友人の意思を優先させる程度には。

「それじゃあ、また。私は用事があるから」

「……はい」

納得しかねているようだったが、仕方のないことだろう。

けれど、いつかは割り切らなければいけないとは思う。

死者を必要以上に気にかけることこそ、死者にとって苦痛であろうから。

生者を愛しているのなら、尚更だ。




105: ◆h4ONJivhRc 2011/10/26(水) 22:41:37.82 ID:vGfApbVA0


「……まあ、私が言えたことでもないけれど」

事実、私はこの世に居ない人を想って生きている。

言い訳がましく聞こえるだろうが、、それは別に不毛なことではないと思う。
少なくとも、それこそが生きる理由である私にとっては。

守りたい人は確かにいる。
共に戦う仲間も居る。

けれど、それはまどかが居て、居ないからこそ存在している。
彼女の望みが私の望み。
決して傀儡でなく、自ら彼女に寄り添う。

ゆえに私は生きて、戦い続ける。
彼女の願いを叶えるという、自分の意思で。

思考を振り切り、魔獣を探す。

その先に、彼女と手を取り合える未来があると信じて。




111: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:39:12.33 ID:o8EfDCdq0


結局、どこに出かけることもなかった。
昼食もインスタントの食品を、適当に消費しただけ。
どこに出かけよう、という気も起きないのだから仕方ない。

ゆまも、文句は言わなかった。
否、言わなかったこと自体は異常かもしれない。
一般的な子供なら、どこかへ行きたいという願望くらいは持っていいはずなのに。

恐らく、その原因は過去にあるのだろう。
マミが昨夜言っていた事も、両親の死への無関心さもそれを裏付ける。

ゆまは、両親に虐げられて生きてきた。
子供ながらに、必死で顔色を伺って。
たび重なる暴力に、ただ耐え続けて。

確信はない。
だが、あらゆる情報が、それに信憑性を持たせる。
限りなく、事実には近かった。

けれど。




112: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:40:10.96 ID:o8EfDCdq0


「……なあ、ゆま」

「ん……なに、キョーコ?」

きょとん、と純粋な目を向けてくる。
その手には、昨日取ったぬいぐるみ。

その表情を、壊したくなくて。
せっかく手に入れた平穏を、汚したくなくて。

「……いや、なんでもないよ」

結局、踏み出せない。
優しいわけではない。
ただ、勇気がないだけだ。

そう考えて溜息をついた、直後。

指に嵌めたソウルジェムが、反応を示した。




113: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:41:02.63 ID:o8EfDCdq0


がば、と勢いよく立ち上がる。
その様子に、ゆまが目をぱちくりと見開いた。

「き、キョーコ、どうしたの?」

「……魔獣だ」

名を聞いてもよくわからないのか、訝しげに眉をひそめる。

「あんたも昨日見ただろ、あの化け物だよ」

「化け、物…………ッ!」

気付いて、顔が青ざめる。
一応、両親を殺された相手だ。
憎むほどでなくても、恐怖を感じるのは自然なことだ。

反応を見てから、言った事を後悔した。
適当に別の用事だと言っておけば、動揺することもなかったろうに。




114: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:41:47.00 ID:o8EfDCdq0


その場に居辛くなって、早く行ってしまおうと思った。
けれど。

「あ……キョーコ……」

不安げな声。
あたしの袖を掴もうとして、途中で止めた。

はぁ、と苦笑しながら、その頭に手を乗せる。

「心配すんな……あたしは、絶対帰ってくるからさ」

「でも……!」

それでも、心配なのだろう。
ゆまの魔獣への印象は、両親の血溜まりと共にある。

あたしがそうなったりしないかどうか、なんて考えているんだろう。




115: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:42:27.04 ID:o8EfDCdq0


「大丈夫だよ、なんなら約束する。絶対に帰ってくる、ってね……ほら」

小指を差し出すと、不思議そうな顔をされた。

「指切りだよ……あんたも小指出しな」

「……?」

おずおず、と差し出された指と、自分の小指をしっかり結ぶ。
懐かしい感触だった。
昔、妹にもよくやってあげた。

「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼんのーます」

結局、あたしは家族を裏切ったようなものだけれど。

「ゆーびきった」

今度の約束は守ろうと、なんとなく思った。

離れても、指の感触は暖かかった。




116: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:43:08.03 ID:o8EfDCdq0


「……キョーコ、針千本も飲むの?」

「いや、そういうもんじゃねーから」

「じゃあ、お魚?」

「だから……例えだってーの。約束守らなかったらなんでもします、って意思表示さ」

「そっかぁ……」

しきりにゆまが、指切りをした手を見ている。
初めての体験で、興奮しているのだろうか。
ふ、と小さく笑みが漏れた。

ゆまがそうであるのが、なんとなく嬉しくて。
もしかしたら、妹に重ねているのかもしれない。
妹はもう二度と戻らないからこそ、ゆまは幸せにしたいのかもしれない。

「……それじゃ、行ってくるよ」




117: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:43:49.54 ID:o8EfDCdq0


「あ……待って!」

再び呼び止められて、疑問が湧く。
さっきのでは、信用してもらえなかったのだろうか。

「キョーコ……」

けれど、その表情は不安、というわけではなさそうだった。
むしろ、少しだけ嬉しそうで。

「―――いってらっしゃい」

そう言って、ふわり、と笑った。

それが、妙に照れくさくて。
やっぱり慣れないことはするもんじゃないな、なんて思いながら。

「……いってきます」

そんな一言しか、言うことができなかった。




118: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:44:23.27 ID:o8EfDCdq0






魔獣というのはどこにでも出る。
だが、なんだかんだで人も襲うのだから、人の集まる場所によく現れる。

そして、今回。
近所の子供が遊んでいそうな公園だ。
人気のない場所に現れるのも移動が面倒だが、こちらもある意味面倒だ。

「さて、と……ひーふーみー、三体か?」

既に魔法少女の装束は纏った。
手には最早馴染むに馴染んだ、愛用の槍。

敵は目の前。
準備は万端。

それならば。

「先手……必勝っ!」

試合でないからゴングはない。
ただの、殺し合いだ。




119: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:45:01.66 ID:o8EfDCdq0


ぐるん、と反応して、魔獣たちが振り向く。
だが。

「は―――おっせぇ!」

飛び上がり、その顔面を袈裟斬りの要領で、斬り捨てる。
背後に着地すれば、その魔獣が遅れてズズゥン、と音を立てながら倒れていった。

間髪入れずに、二体目の魔獣の足元を横薙ぎに切り裂く。
ぐらり、と体勢が少し崩れた。

その隙に槍を多節棍のように分離させ、ギャリリ、と頭部を鎖で縛り上げる。

「おお……りゃあっ!」

その魔獣を、力任せにもう一体へぶつける。
相手はたまらず、地面へと叩きつけられる。

「これで……終わりだよっ!」

槍を振り上げ、猛進する。
が、その瞬間に、視界の端。

自分に向けて、攻撃が放たれようとしていた。




120: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:46:00.91 ID:o8EfDCdq0


さあ、どうする。
避けるか、それとも―――

「……攻めるっ!」

構わず、突っ込んだ。
次の瞬間、光線が放たれた。

「つっ……!」

ヂヂヂ、と右腕の皮膚が焼けるような痛みに襲われる。
かすめた程度だったが、威力は決して低くなかった。

それでも、槍を突き出す。
魔獣たちの、顔面めがけて。

「だ、あぁぁぁあああああっ!!」

ザン、と勢いよく、二体仲良く突き刺さった。

「っし、これで……」

終わり、と呟こうとした―――瞬間。

背後に、もう一体。




121: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:46:41.62 ID:o8EfDCdq0


「っち、まずっ……!」

距離は零距離。
相手は既に準備済み。
今にも光線が放たれんとしている。

回避は間に合わない。
防御は心許ない。
けれど、それにすがるしかない。

せめて、致命傷は避けられるように。
魔法少女としては、ソウルジェムさえ無事ならいいのだが。
回復に使う魔力も馬鹿にならないし、ソウルジェムが砕ければ終いだ。

反射的に目を瞑ろうとして、そして。





紫の光が、眩く輝きながら飛来した。




122: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:47:22.98 ID:o8EfDCdq0


ズドン! と魔獣の顔面が吹き飛ばされる。
そうして、高速で風化するように消滅していく。

「……ほむら、か?」

能力から判断した名を呟くと、はぁ、と溜息が返ってくる。

「あなたらしくないわね、猪突猛進だなんて」

「……そうかい」

「まさか、あなた―――」

そこまで言って、ほむらは口を噤んだ。

「何さ?」

「……いえ、なんでもないわ」

また、そうかい、と返した。
特に興味も湧かなかったから。




123: ◆h4ONJivhRc 2011/10/27(木) 20:47:56.34 ID:o8EfDCdq0


「……怪我」

「え? ああ……このくらいなら、魔法でちょちょいだろ」

「駄目よ。魔力の無駄遣いだわ……マミの家に、救急セットくらいはあるわよね?」

「お、おう、そりゃ……」

「行くわよ」

「ちょ、待……ったく、なんだよ」

ぐいぐいと、そのまま腕を引かれる。

そうしながら、こいつはどうしていきなりこんな性格になったのだろう、と思った。
唯一無愛想な奴だったのに、またお人よしが増えてしまった。
これでは、自分の周りにはお人よししか居ないじゃないか。

自分もまた、人のことは言えないのかもしれないけれど。




129: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:17:50.45 ID:DA3BiRXZ0


バタム、と扉が閉まる。
たたた、と駆けてくる少女の足音がなんだか複雑だ。
なんとなく、居心地が悪い。

「おかえり! キョーコと……ほむらお姉ちゃん!」

「……ええ」

ふわ、とゆまが優しげな微笑を浮かべた。
驚いたのか、ほむらの反応が一瞬遅れる。

そして、あたしは。

「……キョーコ?」

「あ……お、おう」

ゆまから見ても、不審だろう。
けれど、自分としてはさり気なく。

右腕を、背に隠した。




130: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:18:26.20 ID:DA3BiRXZ0


疑問符を浮かべるゆまと、あせあせと取り繕おうとする自分。
そんな二人に挟まれたほむらはしばし逡巡し、ああ、と納得し。

にっこり、とどこか性格の悪そうな笑みを浮かべた。

おい馬鹿やめろ。

「ねえゆま。杏子は怪我をしているの……無茶な戦い方をしたせいで、ね」

「―――え? キョーコ、ほんと!?」

一気にゆまの瞳が潤んで、その眉が八の字に曲げられる。

「あ、いや……別にヤバイ怪我じゃねーしさ、ホラ、ちゃんと帰ってきてるし!」

「どうかしら……私が居なかったら、死んでいたかもしれないでしょう?」

くつくつと、さも可笑しそうに笑う。

コイツ、完全にからかってやがる……!

「……キョーコ、それってほんと?」

「あー、それは、だな……」

完全には否定できない、というのが痛い話だった。




131: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:18:59.47 ID:DA3BiRXZ0


「キョーコ……」

心配そうな顔で、こちらを見上げるゆま。
仕方ない、と溜息をつきながらその頭にぽん、と手を乗せる。

「あたしは今、ここにいる……生きてお前の前に居る。それじゃあ、不満かい?」

手を乗せられた頭を、ふるふる、と横に振った。
ふ、と小さく笑みを漏らしながら、ぽんぽんと頭を軽く撫でる。

「随分と、仲良くなったのね」

「……悪いかよ」

「いいえ? 悪くないと思うわ」

その通り、なのだろう。
現にその声は優しかった。

「とにかく、消毒ね……救急箱は確か、」

そう言って、奥に歩いていった。
ゆまが手をぎゅう、と握ってくる。
それに応えて、軽く握り返した。

やはり、その手は暖かかった。




132: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:20:06.44 ID:DA3BiRXZ0








「つっ……!」

「……我慢しなさい、このくらい日常茶飯事でしょ」

そうではあるが、戦いでの痛みと消毒での痛みは別物だ。

ちら、とその傷口を見る。
手の甲と、手首から15センチ程度までの皮膚がずたずたになっていた。
幸い内側のほうにはダメージはなく、見た目よりはひどくない。

「ゆま、テープを取ってくれる?」

「ん……これ?」

「そうよ、ありがとう」

ガーゼで傷口を押さえて、それを医療用のテープで止める。
手首の可動域も考えて、ガーゼは2枚。

「さて、と……」

「……包帯は、要るのか?」

「ガーゼが剥がれないように、よ……怪我の程度に関わり無く、使うときは使うのよ」

「……へぇ」




133: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:20:45.29 ID:DA3BiRXZ0


がちゃり、と扉の開く音が聞こえた。
恐らく、マミが帰ってきたのだろう。

「……ゆま、迎えてあげて?」

「うん、わかった!」

とんとんとん、と床を蹴って玄関に駆けていった。

「……いい子ね」

「どうだか……」

くるくる、と包帯を巻き終わって、手ごろなところで固定する。
少し動かしてみて、地味な圧迫感を感じた。
普段どおり、とはいかないらしい。

「……ねえ、杏子」

「ん?」

少しだけ冷たい声、というわけでもないが、なんとなく身構える。

「あなた、ちゃんと生きようとしてるわよね?」




134: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:21:29.16 ID:DA3BiRXZ0


あまりに唐突で、何を言われたのか一瞬、わからなかった。

「…………なんだよ、そりゃ」

「そうね……言い方を変えるわ杏子。あなたはちゃんと、『佐倉杏子』として世界を見てる?」

「そりゃ、どういう……」

「誰かに求められているからだとか、他の誰かの意思で行動を決めていないかしら?」

「……一体、何が言いたいのさ」

質問を質問で返せば、ほむらが悩ましげに首を横に振った。

「心当たりが無いのなら、重症ね……とにかく、よく考えなさい」

結局、わからなくて。
聞き出そうとした、瞬間。

「―――あら、佐倉さん怪我したの?」

上手い具合に、マミが入ってきた。




135: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:22:35.44 ID:DA3BiRXZ0


「……あぁ、まあちょっとヘマしてね」

「そう……」

口に手を当てて、マミが考え込む。
またろくでもないことでも考えているのだろうか、と思っているとびしぃ、と指を差された。

「佐倉さん!」

「お、おう?」

「今日からしばらく、魔獣退治は私か暁美さんと行くこと!」

まあ、マミらしい考えだ。
皆一緒がいい、という思考と心配する気持ちの融合、といったところか。

「……りょーかい」

「ふふ……約束よ?」

ぱち、とウインクが飛んでくる。
なんだか少しうんざりした。

「やく、そく……」




136: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:23:14.88 ID:DA3BiRXZ0


「ん、どーかしたのか、ゆま?」

「……ねえ、キョーコ」

呼べば、こちらの顔を見上げてくる。
なんだろう、と思いながら次の発言を待っていると。

「また、指切りするの?」

爆弾を、投下された。

「指……」

「切り……?」

きょとん、とほむらとマミがこちらを見てくる。
おいゆま、やめてくれ。

「うん、ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます、って杏子とやったよ!」

二人がゆまの方を見て、その後こちらに向き直った。
その表情が、変わる。
そう、なんだか―――微笑ましいものを、見るような表情に。




137: ◆h4ONJivhRc 2011/10/28(金) 23:23:51.37 ID:DA3BiRXZ0


やめろ。
そんな目で見るんじゃない。

「……そうね、昔はそんな感じのキャラだったわよね」

やめろマミ、ロッソ・ファンタズマは黒歴史だ。

「ええ、根は優しくて……純粋な子、なのよね……」

ほむら、ニヤニヤするんじゃない。

目線を下に向ければ、ゆまが小首を傾げていた。
そんな三者三様の反応を見ながら、溜息をつく。

「いっそ殺せ…………」

とりあえず、ゆまは悪くない。
やらかしたのは自分だ。





――――――教訓、慣れないことはしないこと。




142: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:30:26.89 ID:DIs0/Tk50


『ふぃー、つっかれたー!』

『……無茶な戦い方してるからだろーが、もうちょっと考えて戦えねーの?』

『うっ……はいはい悪かったですねー、どーせさやかちゃんは雑魚ですよー!』

『そこまで言ってねーよ……ただ他の奴から技を見て盗めってこった』

『できればやってるって……だけど、得物が全然違うでしょ?』

『……まあそりゃ、確かに』

『でしょ!? あーもう才能の無さがつらい! あたしってほんとバカー!』

『……なあ、』

『え、何?』

『まさか、マミやあたしが最初から今みたいに戦えてた、なんて思ってないよな?』





143: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:31:12.00 ID:DIs0/Tk50


『いや、さすがに経験無しだと今みたいにはいかない、とは……』

『マミはな、魔法少女になりたての時―――武器は、リボンだけだったらしいぞ』

『…………リボン? リボンって……アレ?』

『そ、アレだ』

『マジ……? って、そんなのでどうやって戦ってたのさ』

『さあ、ね。あたしと会ったときにはもう、銃使ってたし』

『はー、なるほどなるほど……』

『つまり、アンタも経験さえ積めばどうにでもなるって話だよ』

『ふむふむなるほど』

『……ちゃんと聞いてんのか?』

『おなかへったー』

『オイ……』





144: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:31:49.36 ID:DIs0/Tk50







『いやあ……やっぱり労働の後は甘いものだよね!』

『太るよ……』

『いや、あんたが言えることじゃないっしょー? いっつもあんなに食べてて』

『そりゃ……太らない体質、とか?』

『なん……だと……?』

『……いや、知らねーけどさ』

『むぅ……しかし気になる。一回服引っぺがして見てみないと―――』

『殴るよ?』

『サーイエッサー上官殿! 申し訳ありません!』

『なんだそりゃ……』

『……いやさ、なんていうか杏子との話してると楽っていうか、さ?』




145: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:32:50.81 ID:DIs0/Tk50


『それこそ、何さ……マミもほむらも、クラスメイトもあの坊やも居るじゃないか』

『マミさんは立派な先輩すぎるし、ほむらは鉄面皮だし、仁美は忙しいし、恭介は……ね?』

『同意を求められても、わからねーって……』

『……昔はそれほど意識せずに遊んでたんだけど、今はどうも愛とか恋とか―――わかっちゃうから、さ』

『…………』

『それに今更会うのも恩着せがましいっていうか、なんていうか、役不足っていうのかな……』

『……あんた、』

『さやか』

『え?』

『さやかって、呼んで?』

『あ、ああ――――――さや、か』




146: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:33:30.28 ID:DIs0/Tk50


『ありがと……なんだか湿っぽい話しちゃったなー、らしくない、さやかちゃんらしくないぞー!』

『……いいだろ、別に』

『へ……?』

『お互い弱みを見せ合ってさ、笑ったり、泣いたりするもんだろ、その―――なんだ、なんてーか、』

『……ほほう? いやーさやかちゃんなんのことかわからないなー! 杏子の口から教えて欲しいなー!』

『な……誰が言ってやるかっ!』

『おーおーかわいいねーそっぽむいちゃって! そんな子はあたしの嫁にしてやるー! うりうりー!』

『ちょ、ば……やめ、』

『ああもうこの腰周りたまんないよぉ! ほむらも仁美も受け入れてくれないから天国だわー!』

『やめろ変態! 第一あたしも受け入れてねーっての!』

『そんな生意気言っちゃってー! 杏子はあたしの嫁になるのだぁ!』




147: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:34:09.10 ID:DIs0/Tk50


ぱちり、とそこで目が覚める。

「……また、夢か」

今回は、まだ夜も明けていなかった。
起き上がらず、寝転がったまま考える。

本当に、あの馬鹿は暑苦しい奴だった。
勝手に人に絡んできて、楽だとか、嫁だとか言ったりして。
そんな馬鹿を、『友達』だなんて思っている自分も居て。

「友達、か」

口に出してみれば、簡単なものだ。
それなのに。
結局、それだけのことができなかった。

初めてさやかをそう言ったのは―――消えてしまったすぐ後だった。
勝手に消えた、なんてもう思えない。
結局、自分が踏み出せなかったことが諸悪の根源なんだ。

さやかの手は、いつだって自分に差し伸べられていたのに。





148: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:34:54.24 ID:DIs0/Tk50


右手を眼前に翳す。
それほどひどい怪我でもないが、包帯が巻かれている。
ほむらが巻いた、包帯。

あの後、ゆまに無駄な介護をされた。
骨折しているわけでもないというのに。

夕飯のシチューを『あーん』され、風呂は体の隅々まで洗われた。
反抗しようとしたが、ゆまが泣きそうだったので仕方なくやめた。

ほむらに助けられ、治療され。
マミに食べ物と居場所をもらって。
ゆまに、甲斐甲斐しく世話をされて。

自分は優しさに包まれている。
それに応じているだけ。
求められるままに行動しているだけ。

なんとなく、そんな自分が気に食わなかった。





149: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:35:45.37 ID:DIs0/Tk50





そうして、外の空気を吸いに行った。
と言っても、玄関のすぐ前だが。

マミとゆまを、起こさぬように。
ほむらは明日の授業に必要な教科書を取るためだとかで、今夜は帰っていた。

マミの家がある集合住宅からは、それなりに見滝原の景色が見えた。
さやかが、守ろうとした世界が。
さやかは、曲がりなりにも自分の信念を持っていた。

けれど、今の自分はどうだ。

他人と折衝を起こさず、円満に過ごしている?
違う、堕落して、何も求めていないだけだ。

本当は、思いやりがある?
求められているからそうしているだけで、自分の意思ではない。

「―――あたしは、」

「キョーコ……?」




150: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:36:34.39 ID:DIs0/Tk50


慌てて振り向くと、ゆまが目を擦りながら立っていた。

「……悪い、起こすつもりは無かったんだけどね」

「ん、いいよ……キョーコが居なくなっちゃったのか心配だったけど、ちゃんとここに居るから」

「なんだそりゃ……そんなに心配かい?」

「うん、だってキョーコ、目、離したら消えちゃいそうだもん」

なんだ、それは。
魔法少女の運命の話、ではないだろう。
それならば、自分だけ心配されているのが妙だ。

意志が弱い、ということだろうか、
なんにせよ、こんな幼い少女に心配されるのは情けない話だ。

「……はは、」

自嘲の笑みが、少し漏れた。




151: ◆h4ONJivhRc 2011/10/29(土) 22:37:45.93 ID:DIs0/Tk50


「キョーコ、一緒に居て、ね……」

「ちょっ……!」

ふら、と寝起きで倒れそうなゆまを支える。
まったく、心配させるのはどちらだ。

結局、自分が何をしたいのかはわからない。
それを見つけるためにこそ人は生きるのかもしれない。
だが、生憎自分は魔法少女で、その限りではない。

それでもいい、とも思った。
その日その時、生きる理由があれば生きていける。
今の自分が手にできる理由が、目の前にあった。

ならば。
様々な場所を行き来する渡り鴉のように。

自分の生きる理由は、ここにひとまず定めよう。




155: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:29:43.33 ID:Uy0mA5PW0


「……っし」

とんとん、と靴先で地面を叩いた後、伸びをする。

「んじゃ行くか、ゆま」

包帯の巻かれた右手はポケットに、左手はゆまに差し出す。
ダンス・パーティーで女性を誘うように。

「うん!」

その手を、曇りなき笑顔と共に握り返してくる。

やはりそれは暖かかった。
自分が死人で、ゆまが生者だからだろうか。

魔法少女だから死人、というわけではない。
生きる理由もなく生きるだけの、ただの彷徨うものだから。

生きる理由が本当に必要なものなのかも知らない。
ただ、なんとなくそう思っただけだ。




156: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:30:19.41 ID:Uy0mA5PW0


ぶらぶらと、あてもなく歩く。
平日だと言っても、人の通りはそれなりにあった。

「……どこか、行きたいところとかあるか?」

「うーん……無い、かな」

だろうな、とは思っていた。
なにせゲーセンを知らないのだ。

さて、そうなると行くべき場所が決められなくなってくる。

前回と同じくゲーセン、というのは金に限りがあるので難しい。
というか、ゆまがゲームに興味を示すかも問題だ。
下手をすれば、延々とUFOキャッチャーをする羽目になる。

金銭の消費を抑えた遊び方、というのがわからない。
こういうものは、マミや―――さやか、の得意分野だ。
水族館なり遊園地なり、入場料を払えば時間を潰せる場所などがあれば良いのだが。

生憎、自分はあまりそういう所を知らない。




157: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:31:00.08 ID:Uy0mA5PW0


結局、どうするかというと。

「……適当に、歩くか」

なんだかまともなデートプランを立てられない男の気分だ。
妙な例えかもしれないが、さやかからの受け売りなので自分としてはどうでもいい。

ちら、とゆまを見る。
特に残念がる様子は無かった。
むしろ嬉しそうに、あたしの腕にしがみついている。

傍から見れば、なんだろうか。

友人か、姉妹か、それとも恋人か。

まあ、妥当なところで二つ目だろう。
三つ目に見えた奴はきっと頭が沸いている。
別に同性愛がどう、というわけではないけれど。

そんな無駄なことを考えることが、現実を見ないということだろうか。




158: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:31:47.85 ID:Uy0mA5PW0


―――河川敷。

「ねえねえ、キョーコ」

くいくい、と服の裾を引かれる。

「ん……どうした?」

「アレ、なに?」

指差した先には、白くて細く、稼動する建造物。

「ああ……風力発電の風車だろ。あのプロペラ回して、電気作ってるんだとさ」

「ふーん……どうなってるのかな」

「さあ? あたしは専門家じゃねーから仕組みは知らないよ」

「そっかぁ……」

確か親父が、再生可能なんとかは自然に優しいからいいものだ、とか言っていたか。
今の時代には新しい考えが必要だ、と言うあの人らしい。




159: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:32:30.16 ID:Uy0mA5PW0


ゆまは物珍しいらしく、未だ食い入るように見詰めていた。

「将来は、環境学者かい?」

「……ふぇ!? べ、別にそういうことじゃ、」

何を考えていたのか知らないが、突然話しかけられて驚く。

こういう所はやはり子供だ。
しっかりしすぎていたり、忍耐力がありすぎたりするけれども。
なんとなく、それが嬉しかった。

わしわし、と乱暴にゆまの頭を撫でる。

「わ、う……キョーコ、なに?」

「んー、いや、別に?」

その後も、しばらく撫で続けた。
何の意味も無いけれど、単に楽しかったから。




160: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:33:15.52 ID:Uy0mA5PW0


「……お、丁度いいところに」

腹も減ってきた、お昼時。
クレープの屋台が目に入った。

「アレにすっか……ゆま、何がいい?」

「え? えっと……」

聞いてから、そういえば好みもちゃんとしているのだろうか、と思った。
勝手に選んで、嫌がられるのも御免こうむりたいものだが。

「チョコレート、で」

どうやら、杞憂に終わったらしい。
無難なものを選んだのかもしれないけれど。

「うし……おっちゃん、チョコレートのやつとアップルのやつ!」

店員、というか売っていたのは気前のいいおやじだった。
クレープ屋には珍しいだろうか、その辺りはよく知らない。
おっちゃん、という呼び名にも文句を言わずに、あいよ、と返してくれた。




161: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:34:05.22 ID:Uy0mA5PW0


へいお待ち、と二つ渡される。
本職は寿司屋とかラーメン屋なんじゃないかと思ったが、気にしないでおく。

「ほらよ」

「ん、ありがと!」

手近なベンチに腰掛ける。
もぐ、と一口含めば、林檎の風味がほのかに口の中に広がった。
見た目の割りにやるなあのおっさん、とそちらを見ると、したり顔で見返してきた。

前言撤回、地味にウザい。

しかし、だ。
こうしていると思い出す。
あいつともこういう風に、買い食いしたっけか―――

「……ん?」

視線を感じる。
考えるまでもなく、ゆまだとわかった。




162: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:34:58.80 ID:Uy0mA5PW0


自分の分を食べながら、こちらのクレープをちらちらと見ている。
それを見て、なんだか可笑しくなった。
ゆまが滑稽なんじゃない。
ゆまと精神年齢が同レベルな、あいつが可笑しいんだ。
あいつもまた、こういうことをしてきたから。

気付けば、くく、と笑っている自分が居た。

ゆまには変に見られるだろうか、なんて思いながら。
自分のクレープを、差し出した。

「……食うかい?」

少し遅れて、ゆまがこくん、と頷いて。
控えめに、一口だけ食んでいった。

「で、感想は?」

「……おいしい」

「そいつはよかった」

その後、自分も同じことをしたのは言うまでもない。




163: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:35:35.12 ID:Uy0mA5PW0


―――展望台。

街を見渡せる高さまであって、望遠鏡も配備されている。
普段は見ないような眺めに、ゆまはわあ、と声を上げていた。

ててて、と窓の方へと走っていく。
そこでまたゆまの子供らしさを感じて、くく、と笑った。

「いい景色だろ……ちなみに、マミの家はあっちだぞ」

「あ、ほんとだ見たことある!」

指差した先に、純粋な感情を抱く。
そんなゆまが面白くて。

周りに他の客は居ない。
なら、と思って望遠鏡に近づいた。

「……ゆま、」

「なに、キョーコ?」




164: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:36:18.63 ID:Uy0mA5PW0


シュン、と望遠鏡に魔力を込める。
こうやると地味にファンシーな外見になってしまうのだが、実用性は抜群だ。

「わあ……どうやったの!?」

「ああ、あたしはなんてーか……魔法使いなのさ」

「魔法、使い……」

きらきら、と目を輝かせる。
そういえば魔法少女について深くは説明してなかったな、なんて思う。
別に、知らないでもいい事柄だけれど。

ゆまは興味をマジカル望遠鏡に移し、その景色を楽しんでいた。

熱しやすく冷めやすいところは、やっぱり子供だな、とまた思う。

気付けば、陽は傾き始めていた。




165: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:37:11.44 ID:Uy0mA5PW0




そうして、帰路についた。
結局、特筆するようなことはなかった。

けれど、ゆまは笑っていた。
自分としてはそれで満足だったが、なんとなく気になった。

「なあ、ゆま」

「ん……キョーコ、なに?」

「今日は、楽しかった?」

「……うん、とっても!」

そうかい、とだけ返した。

気を遣っているのかもしれない。
けれど、それを聞くような無神経な真似はしたくなかった。




166: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:37:57.28 ID:Uy0mA5PW0


「……キョーコ、」

ぎゅう、と服の裾を引かれた。

「ゆまはね、本当に楽しかったよ?」

どうやら、見透かされていたらしい。
そもそもゆまは、虐待されていたんだった。
その中で、相手の表情から気持ちを読み取るのに長けていても不思議ではない。

「知りたいことをすぐに教えてくれて、仲良く並んでおいしいもの食べて、いろんな所を回って、」

目を瞑って、噛み締めるように述べていく。
それが、本当に大切な宝物のように。

「それだけで、嬉しかった。だって―――」

その続きを、告げられる前に。

「……あら、佐倉さん?」




167: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:38:40.36 ID:Uy0mA5PW0


ふと、背後からマミの声が聞こえた。

「おうマミ……と、ほむら。今帰り?」

「ええ、あなたたちも丁度そうみたいね」

「だな」

ならば一緒に帰ればいいか、なんてことを意味も無く考えた。
ゆまの手を引き、並んで歩く。

「マミおねえちゃん、今夜はなにー?」

「ふふ、今日もシチューだけど、一晩寝かせるともっとおいしくなるのよ?」

「わあ、楽しみ!」

どんな料理でも、楽しみだと言ってしまいそうだな、と水を差すようなことを考えた。
事情が事情だから、仕方ないのだけれど。

と、その時。

魔獣の気配に、ソウルジェムが反応した。




168: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:39:21.57 ID:Uy0mA5PW0


「―――近いわね」

「ええ……どうしようかしら」

マミがちら、とゆまに視線を向ける。
そうして、再び開かれた口から発せられたのは。

「佐倉さん、ゆまちゃんの護衛、お願いね?」

「……連れてくのかよ」

「一人で帰したり、誰か一人が連れ帰って、もし他の魔獣に会ったら?」

「全員一緒が安全、ってことか……ハァ、わかったよ」

「それじゃあお願いね、ナイトさん?」

ふん、と鼻を鳴らしてゆまの方に向き直る。

「ゆま、あたしの傍を離れるなよ」

「……うん!」




169: ◆h4ONJivhRc 2011/10/30(日) 21:40:24.66 ID:Uy0mA5PW0


フォーメーションはマミとほむらが前衛、あたしがゆまの護衛で後衛らしい。
怪我もしているから、と言われたが、この怪我は戦いにはそう影響しないだろう。
単にゆまと引き合わせると面白そうだとか、そういう理由だろう。

と、そこでそういえば、と思い出した。

「なあ、ゆま」

「え?」

「さっき、何て言おうとしたんだ?」

「……あ、ううん。別に、なんでもないよ」

そう言って、微笑み返してくる。
自分は、ゆまがそう言うならそうなんだろうとなんとなく納得した。
どうせまた、そのうち聞けばいいことだろうし。

ゆまの手は、ぎゅっとあたしの服を掴んで離そうとしなかった。




176: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:32:12.08 ID:GEDFPnji0


魔獣。
ローブを纏った聖人に見えなくも無い人型の『何か』。
それから察するに、人から生まれたものなのか。

その答は、わからない。
どこから来るのかも、目的も、正体も詳しくはわかっていない。

ただ、確かなのは―――ソレが、魔法少女の敵であり、生命線でもあること。

グリーフシード。
魔法少女の魂の穢れを浄化するもの。

それによって、魔獣を狩ることを義務化されているのだろうか、なんてことを考える。
まあ、『魔法少女』になるのを望んでおいて、悪との戦いのようなものが無いのも味気無いが。

魔獣が悪かどうかは別として。

なんにせよ、暇だった。

いつも戦う、というより狩っている相手の事情を考える程度には。




177: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:32:49.50 ID:GEDFPnji0


黒と金、あるいは紫と黄が舞う。
飛び交う銃弾、光の矢、光線。

一方的、といえた。
相手は鈍足のほぼ固定砲台にも感じる的。
対してこちらは高機動・高火力の戦闘機のようなもの。

数は8体と少なくはなかったが、それでも全く足りなかった。

「……すごい」

ゆまが感嘆の声を上げる。
前に見たときは自分が襲われていたので、まともに見るのは初めてだろう。

あとは、あたしよりもあの二人の戦い方の方が派手で、魔法少女『らしい』のもあるか。

「―――魔法少女」

一応、解説はしておく。
教えなかったことで、面倒なことになるのは頂けない。




178: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:33:42.95 ID:GEDFPnji0


「魔法を行使してあのバケモノ……魔獣と戦う奴らの名前さ」

「……二人と、キョーコもそうなの?」

「ああ……」

憧れるような目。
そうなってみたい、と思っているのだろう。
けれど、魔法少女はそれほど甘く、華やかなものではない。

知っている。
叶わない願いを叶えてしまうことが、どれほど条理に反したことか。
そしてその結果、何が待っているのかも。

自分は奇跡を望んで、一度絶望した。
奇跡はきっと自分の大切なものに必要だと思ったから。
けれど、奇跡は毒だった。

毒は自分の大切なものを殺してしまった。
そして、心も蝕んでいった。

人でないものになるというのは、そういうことなんだろう。




179: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:34:28.31 ID:GEDFPnji0


と、気付けば一体がこちらに向かってくる。
右手にゆまを抱き、左手でくるくると槍を回す。
一体相手ならば、片手のみで護衛対象連れ、というのは十分なハンデだった。

こちらの槍はただの近接戦用のものではない。
多節棍となり、自在なリーチで相手を穿つことができる。

が、その槍の出番は必要無かったらしい。

銃声が数発、数瞬後、魔弾が魔獣に風穴を開ける。
そして。

ズドン! と魔獣の上半身が紫光の矢に吹き飛ばされる。

矢、というか魔力の奔流だった。
まさに、必殺の一撃。

結局、仕事は無し。
周りに魔獣の気配も見受けられず、変身を解除する。

ころん、と足元に黒い塊が転がった。
それを億劫に思いながら拾い上げる。




180: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:35:19.55 ID:GEDFPnji0


「……それ、何?」

「ん、ああ……こいつはグリーフシードって言って、」

そこで、どうしたものか、と思った。
穢れを取る、と言っても分かりづらいだろう。

大体それだと、穢れが溜まると消滅する、という魔法少女の宿命まで教えなければならなくなりそうだ。
ソウルジェムが、魔法少女の魂だということも。

「……魔力を補充するためのものさ」

結局、無難な説明に落ち着く。
悪徳商法でもしている気分になったが、心配させるわけにもいかない。

ソウルジェムの指輪を宝石として具現化し、ゆまの眼前に差し出す。

「これはソウルジェム、魔力の源みたいなもんだけど、こいつにさっきのを近づけると―――」

穢れは殆ど見受けられなかったが、かちり、と接触させる。
そうして、グリーフシードが穢れを吸っていった。




181: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:36:05.28 ID:GEDFPnji0


「へぇ……」

純粋な興味、と取れる声だった。
けれど、それでいい。
魔法少女になろうとさえしなければ、心配させないためにもこれでいい。

「―――そして、使用済みのソレを回収するのは僕の役目さ」

聞き慣れた声が背後から聞こえた。
とりあえず、ひょい、とそちらを見ずにその黒い塊を投げる。

おー、とゆまの感心する様子が見えたので、恐らく見事キャッチしたのだろう。

「……甘いわね、杏子」

そしてこいつは何がしたいのだろう。
否、マミと自分の分の使用済みグリーフシードを抱えている時点で何をやるかはわかるけれども。

最近、以前にも増して『暁美ほむら』がわからない。
以前の鉄面皮で、皮肉屋で、無愛想であるほむら。
それもそれで扱い辛かったが、こちらはさらに面倒だ。




182: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:37:52.33 ID:GEDFPnji0


じゃら、と黒い塊が空中に舞う。
かなり分散していたので少し心配になって、さすがにキュゥべえに目を向ける。

とん、と地を蹴り宙を舞った。
そうして、あまりにも鮮やかに、背中の挿入部へと回収していく。

落ちたものを拾ったほうが早くないか、なんて野暮な突っ込みはしない。

「わあ……すっごい」

ゆまが見とれていた。
別にコレは、そういうものではないのだけど。

「まったく……暁美さん、キュゥべえはおもちゃじゃないのよ?」

「あら、アレは世界を股に掛ける営業マンよ? このくらいのこと、朝飯前よ」

「そうじゃなくて……」

「適度な運動は、ペットの健康に重要なことよ?」

「……なるほど、それなら」




183: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:38:39.08 ID:GEDFPnji0


それでいいのか、と思ったが、文句を言っても仕方が無い。

「……僕は別に、食べ過ぎて太ったりしないんだけどね?」

その呟きは自分にしか聞こえなかったようだが、黙っておいたほうが賢明だろう。
それを言っても、解決しないだろうから。

さらに食べても太らない、なんてマミが聞けば絞め殺しそうだ。
女性の敵だ、とかなんとか言いながら。

キュゥべえが犠牲になるのはいいが、こちらに飛び火するのは願い下げだ。
いきなりダイエットがどう、だとか言われてついでにこちらの食べる量もまで減らされてはかなわない。

そもそも食事をマミに任せている、という状況も妙なものだが。

しかし、そこはゆまのこともあり、今がベストではあるだろう。

ゆまが居なければ、どうしているかはわからないけれども。




184: ◆h4ONJivhRc 2011/11/01(火) 22:39:18.76 ID:GEDFPnji0


「……それじゃあ、私はこっちだから」

言って、ほむらが立ち止まる。

「ばいばい、ほむらおねえちゃん!」

「ええ、ばいばい」

ゆまに応えて、微笑みながら軽く手を振る。

「……あなたもまあ、無理はしないことね」

口調は相変わらずだが、声は優しい。
おかげで自分に言われたと、一瞬気付けなかった。

ただ、少し遅れて、おう、とだけ返した。
その後で、ほむらはマミと一言、二言交わして背を向ける。

夕日に向かって歩くその背は、以前よりも大きく見えた。




187: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:49:01.01 ID:zQ8iG91W0


すう、すうと小さな寝息をたてる、穏やかな寝顔。
ぷに、とその頬を突いてみる。
特に反応は無い。

けれどそれがなんだか可笑しくて、くく、と笑った。

「……すっかり仲良くなっちゃって、妬けちゃうわ」

「な―――べ、別に、仲良くなってなんか」

「あら、その割にはお互い、楽しそうだけど?」

「ぐ……」

マミの指摘も当然ではあったが、改めて言われると恥ずかしいものだ。
というか少し前に馴れ合いはしない、なんて言ったばかりなのに。

いささか意思が弱すぎやしないだろうか、と思う。
溜息をつけば、マミがくすくす、と笑った。




188: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:51:43.74 ID:zQ8iG91W0


「ふふ……だけど本当に妬けちゃうわね。しばらく前までは私のことマミさん、なんて呼んでたのに」

「よしてくれよ……そもそも今のあたしがそう呼んじゃ、気持ち悪いだろ?」

「あら、そうでもないわよ? まあ、呼び捨てっていうのも仲が良さそうでいいんだけれどね」

「……そうかい」

呆れるように言うと、そうよ、なんて微笑みながら返された。
一度は魔法少女の在り方で対立し、刃を向けたというのに。

けれど、よくよく考えればそれも、自分が一方的にやったことではある。
マミの優しさは、その時の自分にとって辛いものだったから。

「私たちが、また手を取り合えているのは彼女のおかげね」

彼女、とあえて名前を出さないことに感謝した。
あいつに関わる話をするたび、滅入っていては堪らない。

「……ああ」




189: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:52:49.82 ID:zQ8iG91W0


だからこそ、否定はしなかった。
確かに、事実ではあったから。

馬鹿正直に正義を振りかざすやつで。
最初は、対立して。
そうかと思えば、擦り寄ってきて。
なんだかんだで対立しながら信頼しあっていた、のかもしれない。

「ねえ、佐倉さん」

聞こうかどうか、少し逡巡する様子が見えた。
ちら、と目配せして構わない、とだけ伝える。

「……彼女のこと、まだ気にしてる?」

気にしているか、と聞かれれば。

「―――そうだね、まあ忘れることはない、かな」

そう、とだけマミは答えた。




190: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:53:50.59 ID:zQ8iG91W0


「悪いことだと、思うかい?」

「いいえ……そんなこと、ないと思うわ」

それ以上は、深く追求してこなかった。
今はそれでいい、と思う。
甘え、なのかもしれなかった。

どこかで現状に満足して、それ以上踏み込もうとしていないだけ。
さながら、風に揺られる蝋燭の火のような。

風に吹かれて形を変え、ひとたび強い風が吹けば、消えてしまいそうな。

吹き消されてもそれはそれでいい、と思うあたり自分は意思が弱いのだろう。

もっとも、ゆまのことがあるので、そうそう消えるわけにもいかないのだが。

逆に言えば、ゆまが居なければそういうことになるわけだ。




191: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:55:05.60 ID:zQ8iG91W0


「それにしても、すっかり仲良しさんね……まるで、ホントの姉妹みたい」

「……あんたとほむらの方が、おねえちゃん、なんて呼ばれてるだろ」

「あら、さっきも言ったでしょ? 呼び捨てって、仲が良くないとしないわよ」

「初対面からそうだったんだけど?」

「それじゃあ、あなたに惹かれる何かがあったんじゃないかしら」

何だそりゃ、と声に出しそうになった。

あたしとゆまは魔獣から助けたあの時が初対面だ。
それ以前に、記憶する限り面識は無い。

ならば何か、前世の結びつきとでもいうのだろうか。

それこそ馬鹿馬鹿しいし、信じるに足るものではない。




192: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:55:58.73 ID:zQ8iG91W0


しかし。

「……さあね」

何故か、否定はしなかった。

「あら、何か思い当たることでもあるの?」

「いや……別に」

実際、思い当たる、という程のものではない。
ただ、最初に助けた時。
無意識的に、ほぼ本能のレベルで助けていた。

きっと、それは確証になりえない。

他の理由なら、いくらでも考え付く。
人を助ける魔法少女だった昔のようにやってみただけ、だとか。
身を省みずに人助けをする、あの馬鹿を真似ただけだとか。

ただ、なんとなく気にかかっただけだ。




193: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:56:58.05 ID:zQ8iG91W0


「もう、寝ようか……ゆまを、起こすわけにもいかないだろ」

「ふふ……ええ、そうね」

ゆまを慈しむ言葉を吐くたびに、可笑しく思われている気がする。
まあ、あの馬鹿の時と違って甘やかしすぎだという自覚はあるが。

そんなマミと、ゆまに背を向けて寝転がる。

そうして、ふと思い当たった。
あいつが消えた夜はあんなに落ち込んでいたのに、今はそれも見る影がないな、と。

薄情だな、と皮肉に思う前に、不思議だった。

自分はあいつのことを多分、大切に思っていたはずなのに。
今も、その想いは消えていないというのに。

家族を失ったときのように、もっと自暴自棄になると思っていた。
けれど、そんなことはなかった。




194: ◆h4ONJivhRc 2011/11/02(水) 22:57:48.05 ID:zQ8iG91W0


どうしてだろう。
考えても、答えは出ない。

そもそも、今の自分の意思がはっきりしていないのだ。
目の前の現実に向き合うだけで、手一杯なのだろう。

ゆまのことを考えるのが限界で、そちらに頭が回っていないだけだろう。

とりあえずは、それで納得しておいた。

そうではないか、それだけではないのはなんとなくわかっていた。
しかし、自分にはわざわざそれを明らかにする余裕が無い。

どちらかというと、自分でそれに気付くことを拒否しているのだろう。
他人が指摘するまで、放置しているのだ。

結局また踏み出さず、流されていく。

弱い意志の心は、自然と夜の闇にまどろんでいった。




201: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:27:53.85 ID:JsI8h3lY0


ぱち、とどうしてか目が覚めた。
夢見が悪かったわけではない。
ただ単に、なんとなく目が覚めただけだ。

「―――?」

足りない、と思った。
それが、なんであるか。

考えようとして、自分の隣にあるはずの温もりが消えていることに気付いた。

「あの……馬鹿っ!」

また、夜は明けていなかった。
急いで、けれどマミを起こさぬよう玄関のほうへ躍り出る。

扉は開いていた。
目が覚めたのは、このせいか。
それとも温もりが無いことを感じて、なのか。




202: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:28:37.60 ID:JsI8h3lY0


玄関から出て廊下から身を乗り出し、人影を探す。
夜の闇の中で、影、というのも妙かもしれないが。
魔法少女の視力ならば、夜の闇でも十分に物は見える。

「居た―――!」

空を、星を見上げる、緑髪。

そこにゆまが居る、という事実だけに集中して。
階段やエレベーターを使おう、なんて思いつかなかった。

躊躇無く、飛び降りる。
それでもそのまま着地、なんて無茶はしない。
廊下の手すり、あるいは壁の部分というべきだろうか。

そこに足をかけ、各階ごとにブレーキをかけながら落下する。

とん、比較的穏やかに着地した。
魔法少女だからこそできる技で、普通の人間は真似しようにも不可能だが。




203: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:29:49.38 ID:JsI8h3lY0


気配を感じたのか、ゆまが振り返る。

「……何してんのさ」

問いに返ってくるのは、沈黙。
はぁ、と溜息をつく。

「人が居なくなるかの心配しといて、自分はふらふらしてんのな……ったく」

「―――夢、」

「あ?」

愚痴を言った先に、呟きがゆまから漏れた。

「パパとママがゆまのこと引っ張るの……お前も、こっちにこいって」

何よりも先に、苛立ちが来た。
生きているうちに、散々振り回しておいて。
死んだ後も、延々と呪うつもりなのか。




204: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:30:45.51 ID:JsI8h3lY0


「パパもママも、ゆまのことが嫌いなの」

親父達も、きっとそうなんだろう。
けれど、それは自業自得だった。

「ゆまも、パパとママは好きじゃなかった」

あたしは好きだった。
だから、壊してしまった。

「パパはいつも、家に居ないの」

親父と一緒に、教えを広めるために奔走したこともあった。

「ママはゆまに、いじわるするの」

おふくろは行動的過ぎる親父についていける、優しい人だった。

「きっとそれは、ゆまが弱いから―――」

「ゆま、」

続けられる前に、口を挟む。




205: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:31:34.72 ID:JsI8h3lY0


「もう、やめなよ」

それは、懇願だった。
何の罪も無く虐げられるゆまと、自ら家族を壊した自分。
どうしても、比べてしまって。

心の痛みは、ゆまへの同情か。
それとも、自分自身の罪悪感か。

けれど、諌めてもゆまの漏れ出す感情は止まらない。
一度溢れ出した泉を止めることはできない。

「キョーコ、」

そうして。

「わたし―――」

望まぬ、その一言が。

「魔法少女に、なりたい」

大気を、震わせた。




206: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:32:31.59 ID:JsI8h3lY0


ああ。
しまった、と思った。

どうしてしまった、なのかはわからなかったが。

「……魔法少女は、」

けれど、不思議と自分は饒舌だった。
それが良いのか悪いのか、わからないけれども。

「キュゥべえと契約することでなることができる。願いを一つ叶えることでね」

「願い、を……?」

ああ、と答えた声は、ほとんど空気が抜けただけのような音だった。
見極めて、どうしようというのか。

自分のために願おうと、他人のために願おうと、結局運命は同じ所に帰結するのに。




207: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:33:18.28 ID:JsI8h3lY0


しばし逡巡して、ゆまが口を開く。
律儀に答える必要がある、というわけではないのだけれども。

「……強くなりたい」

「強く?」

「きっと、強くなれば皆認めてくれるはずだから」

当然の願いといえば、そうなのだろう。
ゆまは親という強者に暴力を一方的に行使されていた。
それは自分が弱者だったから。

強者になれば、そうされることはない。
きっと自分は虐げられず、他人から必要とされて。
捨てられることなく、他人と共に生きることができる。

そんな幻想に、妄想にとりつかれている。

自分は強くなければいけないと、自分自身を呪っている。




208: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:34:15.22 ID:JsI8h3lY0


「なあ、ゆま―――強さって、なんだろうな?」

問いかけに、ゆまは咄嗟に答えが出ない。
待っていれば、物理的な力を答えとして示すだろう。
あたしが求めているのは、それじゃない。

「契約で叶える願いっていうのは、叶わないと認めちまったもんだ……叶えることを諦めたもんだ」

別に、願うこと自体を否定はしない。
戦争が世界から無くなりますように、なんて願うのは悪いことではない。
それに対して、自分から努力していければ尚良い。

「そいつは結局、現実からの逃避なのさ。現実がどれだけ残酷でも、傲慢でも、ね」

けれど、条理に反して願い事を叶えてしまう、ということは。
いわば、世界の理に反すること。
罪、と断じられるものでもないが、その代償はいずれ巡ってくる。

「だとしたら、魔法少女はただの弱者だ―――現実から目を背けた、ただの弱者だ」




209: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:34:59.63 ID:JsI8h3lY0


「……だからゆま、あんたはあたしたちみたいな馬鹿になるな」

人として、人のまま、人らしく生きる。
その方が、よほど強い。

悲劇をなかったことにするよりも、それをありのまま受け入れる方が。
何かをただ得てしまうよりも、地に這い蹲ってでも勝ち取るほうが。

それが良い事でも、悪い事でも。
重要なのは、結果でなく過程だ。

「人間でいられなかった、ただの弱虫になんて憧れるな」

そう、自分は弱虫だ。
もしかしたら希望はあるかもしれないのに、諦めて。

そうして、つくりものの希望にすがって。
払った代償は、あまりにも多くて。

結局、望んだものは手に入らなかった。
むしろ、その逆。
永遠に、手に入らないようにしてしまった。




210: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:35:53.27 ID:JsI8h3lY0


「で、でも―――」

「まずは、生きてみて……自分自身の努力で、勝ち取ってみな」

できなかった自分が、言えることでもないけれど。
否、できなかったからこそ、そう言えるのか。

分不相応な願いを叶えてしまえば、必ずそのしっぺ返しが来る。
他人の幸せを願えば他人に。
自分の幸せを願えば自分に。

結局、そういうものだ。
『あいつ』には、自分の為に願うのが正しいと言った。
『あいつ』は、他人の為に願うこと自体は間違いではないと言った。
きっと、そのどちらも正しいのだ。
間違っている、という考え自体が間違っているということなのだろうけど。

結果は変わらない。
代償を払う際に、いかに悲しまず、苦しまずいられるか。

全て自己完結すれば、目を背けられる、ということ。
悲しみを飲み干そうとするのでなく、背を向けるということ。
真正面から向き合わず、受け流してしまえばそれまで、というだけのことだ。




211: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:37:01.74 ID:JsI8h3lY0


罪を犯してほしくないのではない。
間違えてほしくないのではない。

ただ単に、その方法には代償が伴う、というだけの話。
それを受け止められるか、受け止められないかは本人次第だ。
そんな苦しみを、味わってほしくないだけ。

そんな様子を見たくない、なんて自分の願望でしかないのかもしれないけれど。

「じゃあ―――約束、して!」

「……約束?」

そう言って、小指を突き出される。
前に教えた、指切りの構え。

「ゆまが契約しないでいられるように、キョーコが約束、して!」

「約束……約束、ね。一体、どんな?」




212: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:37:47.20 ID:JsI8h3lY0


「何があっても、絶対帰ってきて! ずっと……ゆまの傍に居て!」

きっと、それはゆまが、契約の末に求めるものだ。
ようやく見つけた、自分の居場所。

それを、絶対に失わないための。

契約しなければ。
力を持たなければ。
それは消えるものだと、どこかで感じていて。

だから、求める。
確実ではないけれど、ずっと人間らしい方法で。

「―――ああ、約束だ」

差し出された指に、優しく自分の指を絡ませた。

ゆまが戦うというのなら。
不安に耐えながらも、そのまま生きていくというのなら。

自分もまた、戦わなければならないだろう。




213: ◆h4ONJivhRc 2011/11/03(木) 22:38:40.72 ID:JsI8h3lY0


「「ゆーびきーり」」

再び結んだ手は、やはり暖かかった。

「「げーんまーん」」

気付けば、頬が緩んでいた。

「「うーそつーいたーら」」

自分は、ゆまを守り抜く。

「「はーりせーんぼん」」

その心を守る為に、生き続ける。

「「のーます」」

きっとそれが、自分の望みでもあるだろうから。

「「ゆーびきった」」

―――眩い朝焼けが、夜の終わりを告げた。




217: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:18:28.79 ID:yPKFLqBE0


「―――今日はお出かけよ」

「……あ?」

朝食を終えてゆっくりしていると、マミが突然言い出した。

「ほら、ゆまちゃんの服、買わなきゃいけないでしょ?」

「まあ……確かに」

一応、今まではマミのお古なんかでどうにかしてきた。
だが、いかんせん他人のお古でしかない。
自分の服くらいは、買ってやりたい。

なんとなく、マミに申し訳ないな、と思った。
そう考えるあたり、過保護、というものなのだろうが。

「それに、あなたの分もね?」

「……はぁ、わかったよ」

どうせ、ゆまのお守りもする気があった。
ついて行くための条件ならば、致し方ない。




218: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:19:11.42 ID:yPKFLqBE0


ぴんぽーん、とインターホンが鳴った。
よっこらせ、と親父臭いことを考えながら立ち上がる。

それより早く、ゆまが玄関に走っていった。

そうして、がちゃり、と音がした後。

「おはよー、ほむらおねえちゃん!」

「ええ、おはよう」

そう聞こえてきて、客人を判別できた。

と言っても、いきなりマミの家に訪れるのは自分とゆまの他には、ほむらくらいだろう。
そもそも、マミが誘わないはずがない。

どうせまた皆一緒がいい、だとかいう理由のはずだ。

不思議と、それも悪くないと思ったけれど。




219: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:20:56.69 ID:yPKFLqBE0




ほむらとマミと手を繋ぎ、二人の間でスキップしながら歩くゆま。
その後ろを、やる気無さげに着いていく。

―――そんな予想を、していたのだけれど。

「♪」

「……」

現実は、どうだ。
昨日と同じくあたしの腕を抱いて、嬉しそうにしているゆま。

マミのように、何か買ってあげられるわけでもないのに。
ほむらのように、驚かせたりできるわけでもないのに。

ゆまは、何が楽しいのだろうか。

けれど、嫌な感じはしなかった。

むしろ、心地良い。
ゆまもきっと、満たされているのだろう。
なんとなく、そう思えた。

願望、というよりは確信に近かった。




220: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:21:32.25 ID:yPKFLqBE0


休日、ともなると人通りは多くなる。
車も人も目まぐるしく動き、まるで濁流の中に居るように錯覚する。

その濁流の中では、ゆまのような子供は弱者だ。

大人に蹴られ、倒れて踏まれるかもしれない。
トラックのような大きな車からは見えない。

保護されるべき対象、というわけだ。

「―――ん、」

ひょい、と歩いてくる人をさり気なく避ける。
考えている間にも人とすれ違う。

その度に避けて、この子供に怪我を負わせないようにする。

「ふふ……やっぱりナイトさんね?」

マミの口から、ナイトと聞くのは二度目だった。




221: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:22:08.38 ID:yPKFLqBE0


「……あのさ、どうしてナイトなのさ」

「あら、おかしいかしら……お姫様を守る騎士って、素敵でしょう?」

つまり、単に格好良いからということだ。

「似合わねぇ」

「えぇー? それじゃあ、何?」

少なくとも、騎士とかいう紳士的、淑女的な響きは似合わない。
もっとこう、荒々しくて、粗暴で。

「……用心棒、とか?」

「用心棒にもいろいろあるけど……あなたの言うそれだと、ゆまちゃん極道の娘?」

「あー、それは無い、な……」

さらしを巻いてバイクに乗って竹刀を振り回すゆま。
うん、無いな。




222: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:22:40.52 ID:yPKFLqBE0


「……ゆまは、いいよ」

「え?」

「は?」

「キョーコが一緒に居てくれるなら、ゆま……ゴクドーになる!」

ぴしぃ、と周囲の空気が凍った。
何あの子供、危なくない?だとか、あっちの子はもう極道なのか?なんて聞こえてくる。
本人はというと、瞳に炎をめらめらと燃やしている。

「……いや、ゆま。ただの喩えで、極道は結構どうでもいいからな」

「そ、そうよ? 佐倉さんが大切なのはわかるけど、極道に染まらなくてもいいのよ?」

「そっかぁ……じゃ、いいや」

熱しやすく、冷めやすい。
そんな子供の本能に感謝しながら、ほっと息を吐いた。




223: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:24:17.69 ID:yPKFLqBE0


「それにしても、本当に佐倉さんが大切なのね」

「うん、大切だよっ!」

ぎゅうう、と腕が強く抱きしめて、満面の笑みを浮かべるゆま。
それがなんだか、照れくさかった。

「羨ましいわね……お姉さんも、ゆまちゃんに抱きついてもらいたいわ」

「……マミおねえちゃんも、大好きだよ?」

「あら嬉しい、それじゃあ……来てくれる?」

言って、ゆまを迎えるマミ。
その豊満な胸に、緑の髪が包まれる。

「やわらかーい」

「あらあら……ダメよゆまちゃん、セクハラよ?」

そのやり取りは、悪くは無かった。
けれど、なんとなく、胸がむかむかとした。




224: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:25:02.25 ID:yPKFLqBE0


マミがそれを察したのか、ふふ、と微笑む。

「ごめんなさい、佐倉さん……あなたの大事なお姫様、だものね?」

「なっ……だから、姫とかじゃねーって!」

「でも、嫉妬はしたでしょ?」

「べ、別に、そんな……」

言い淀んでいると、腹部に衝撃が来た。
見れば、ゆまが飛びついてきていた。

「大丈夫だよ」

「いや、何が……」

「ゆまが一番好きなのは、キョーコだから!」

「なっ……」

「あらあら」




225: ◆h4ONJivhRc 2011/11/04(金) 22:25:39.48 ID:yPKFLqBE0


顔が熱い。
きっと、今のあたしの顔は林檎みたくなってるはずだ。
嬉しくない、というわけではない。
けれど、なんだか照れくさかった。

「―――ん?」

ふと、視線を感じた。
その主は、会話に入っていないもう一人。

「…………」

「……何さ?」

「いえ―――なんでもないわ」

一瞬見えた表情は、どことなく複雑で。
けれど、すぐに掻き消える。

特に気にもならなかったので、そうかい、とだけ返した。




230: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:23:20.17 ID:4E5bM+IV0


「……ど、どう?」

おずおず、とゆまが試着室のカーテンから姿を現す。

「あら……」

「これは……」

それを見て、ほむらとマミが感嘆の声を漏らす。
もっとも、ゆまにはその声が持つ意味はわからないようだったが。
それよりも、気にしているようだった。

あたしの感想を。

もじもじ、と何か言いたげにしながらも、待っている様子で。
自分はというと、どうしたものか、と頭を掻いて。

「……良いんじゃねーの」

そう言うと、ゆまの顔が、ぱぁ、と明るくなった。




231: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:24:10.39 ID:4E5bM+IV0


ゆまの服は、三人で相談の末選んだものだ。

その結果、あたしの服装と似たり寄ったりになったのは故意か偶然か。
あの二人のことなので、前者である気はする。

ちなみに猫耳のフード付きだ。
猫耳かどうかは、定かではない。
だが、ほむらが妙に猫耳をプッシュしていたので猫耳なのだろう。

どうしてそんなに推しているのか、とは聞いてみた。
しかし、それとなくはぐらかされ続けた。

結局ほむらが猫好きだから、ということになった。

それ以外の何かもまあ感じたが、わざわざ詮索することもないだろう。

それに、猫好きならそれはそれで面白い。
ただ、最近性格が変わったので、あまり意外でもない気がするが。




232: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:25:01.42 ID:4E5bM+IV0


「……で、どーする? それでいいのかい?」

と、問えば何を言ってるんだ、という目で見られた。
いや、どういうことだコレ。

「……はぁ、わかってないわね」

「何がわかってないってんのさ……」

「あなたが良い、って言ったのよ?」

「……おう?」

どういうことかわからず、首を傾げた。
なにがなんだかわからない。

「……あなたが言ったのなら、ゆまちゃんはそれにするに決まってるじゃない、ね?」

マミが促すと、ゆまはこくん、と頷いた。

「キョーコが褒めてくれたから、ゆま、これがいい!」




233: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:26:08.63 ID:4E5bM+IV0


結局、よくはわからなかった。
だが、ゆまは満面の笑みを浮かべていた。
ならば、それでいいのだろうと思った。

ふ、と小さく笑みが漏れた。

「後は、暁美さんと佐倉さんの分ね」

「……私はもう、選んでるわ」

かしゃん、とほむらが衣装のかかったハンガーを手に取る。

「あら……意外ね」

どことなく、ふわふわとした印象の服。
もう少しあっさり、とした感じのものを選ぶと思っていたので、意外だった。

別に、似合わないということはなかった。
しかし、なんとなく足りない、と感じた。
それが何なのか、わからなかったけど。




234: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:27:25.23 ID:4E5bM+IV0


どうやらマミもそう感じたらしく、どことなく複雑な目をしている。
それを見てか、ほむらがくす、と笑った。

「もう一つ―――付ければ、違和感は無くなるかしら?」

そう言って、赤いリボンを取り出す。

「……ああ、確かにそれは二つ必要ね」

マミと同じく、そう感じた。
違和感の正体はわからない。
別に、似合う似合わないの話ではない。

けれど、なんとなくパズルのピースがかちり、と嵌ったような。
そんな気がした。

最初からそういう設計図があるような。

元々、そういう服を着ていたツインテールの少女が居たかのような感覚。
名前も思い出せないので、きっと気のせいか、少しくらいしか接点の無い知り合いだろう。




235: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:28:19.55 ID:4E5bM+IV0


「それじゃあ―――佐倉さん、ね?」

ぎらり、とマミの目が獣のように光った、ように見えた。
少なくとも自分はそう錯覚した。
狩られる、と。

冷や汗が、頬をつたう。

「な、なあマミ。別にあたしの服はよくないか?」

「あら、遠慮しないでいいのよ?」

「い、いや遠慮じゃなくってさ……ほら、あたしこの服気に入ってるし!」

「でも、やっぱりバリエーションは必要よ? いろんな自分を試してみるのも、いいことだと思うわ」

目が笑っているのか笑っていないのか。
だが、自分はこのプレッシャーを知っている。
そう―――ティロ・フィナーレを撃つ、直前の緊張感。

殺られる。
ただ、その思考が脳裏を支配する。




236: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:29:24.64 ID:4E5bM+IV0


助けを求め、ほむらとゆまを見る。
ほむらは頼りにならない。
ならば、ゆま。
子供に助けを求める、というのは情けない話だが仕方ない。

が、それも叶わない。

「ねえ、ゆま……あなたはどうしたいの?」

「え? うぅん……」

少し考えたゆまの、その背をほむらが押した。

「おめかしした杏子、見たくない?」

「……うん、見たい!」

そうして、最後の希望も潰えた。
ギギギ、と壊れた人形のごとくマミの方に向き直る。

その顔は、にっこり、と笑っていた。




237: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:30:12.61 ID:4E5bM+IV0




ド畜生、どうしてこうなった。
もう少しマシな服だと思っていたのに。

「ねえ、まだなのかしら?」

普通の服ならば文句は無かった。
だが、そうではない。
先ほどのマミの様子からわかる通り、普通ではない。

「ふふ、恥ずかしいのかしらね」

ああ、そうだとも。
しかし勝手に選んでおいて他人事だ。
完全に遊んでいるのは事実ではあるのだろうが。

「キョーコー、まだー?」

全員による催促。
これ以上、どうしようもない。

やけになって、一気にカーテンを開けた。




238: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:31:17.38 ID:4E5bM+IV0


「いっそ殺せっ……」

似合わないのは自分が一番分かっている。
フリフリでフワフワで、これでもかというほど女の子らしさが溢れる服。

無駄に短いミニスカート。
魔法少女の衣装はまだあのヒラヒラがあるからいい。
だが、前からも後ろからも太腿が露になっている。

というか、魔法少女の衣装は戦闘用だからどうでも別に構わない。
だが、これは私服。
自分で好んで着る服、というもののはずだ。

「わあ、キョーコかわいい!」

「本当ね……あなたもう、しばらくそれで居なさいよ」

「確かにそれもいいわね。いつも大股開きであぐらなんてかいたりするし」

あちらの感想がどうであれ、自分としては着たくない。
あと、かわいいなんてゆまに言われたら色々終わりな気もする。




239: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:31:55.02 ID:4E5bM+IV0


「と……とにかくもう終わり! 着替えるぞ!」

あらもったいない、と言ったのはマミとほむらだったか。
無視してカーテンを閉める。

だが。

「んなっ!?」

緑が、その狭い空間へと乱入してくる。

「お、おいゆま……」

「……キョーコ」

ひし、とゆまがあたしの太腿を掻き抱く。
身長的に仕方ないのだが、実際こそばゆいことこの上ない。

その状態で、見上げられる。
どことなく、潤んだ瞳で。




240: ◆h4ONJivhRc 2011/11/06(日) 22:32:40.51 ID:4E5bM+IV0


「……ゆま、かわいいキョーコもっと見たい」

「いや、でも……」

「ダメ?」

ことん、と首を傾げる仕草に陥落した。

まったく、尻に敷かれるにも程がある。
ゆまが末恐ろしいのか。
それとも、自分が情けないのか。

多分両方だろうな、と思った。





―――結局その服を買って直後、近くで着替えてくることになったのは言うまでもない。




246: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:14:25.69 ID:ZV/Aahek0


「……ハァ」

数時間、魔獣と殺りあったくらいに疲れた。
むしろ、そちらの方がマシだろう。
体を動かすことは問題ない。
だが、この場合は神経がすり減らされる。

人とすれ違うごとに太腿を凝視され、風でスカートがなびかぬようたびたび押さえる。
そのせいで歩き方も妙なことになる。

くすくすと、それを見て面白がるほむらとマミ。

どうしてか楽しそうなゆま。
あたしが感情豊かに行動しているから嬉しい、ということにしておこう。
面白がっているのだとしたら、末恐ろしいにもほどがある。

さすがに今はまだ、純粋で居てほしい。

将来のことはどうこう言えない。
清濁合わせ呑んでこそ、人は人足りうるのだろうし。




247: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:15:02.07 ID:ZV/Aahek0


夕日が朱い。
帰途につきながら、そんなことを考える。
昔は、そんなことを思うことなんてなかった。

そんな余裕ができたのは、いつだったか。

「―――あら、それなら私に任せて?」

「やったぁ! ありがとー!」

見れば、ゆまがマミに抱きついていた。

「……何さ、一体?」

話の展開が読めず、問いかけてみる。
というか、自分はそれほどまでに思考に没頭していたのか。

「ふふ……秘密よ?」

ゆまがマミの背後に隠れ、マミの方からウインクが飛んでくる。

マミが隠したいのなら仕方ない。
どうせ、自分からしかバラさないだろうし。




248: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:15:53.79 ID:ZV/Aahek0


しかし、なんとなく除け者にされたような気分だ。
あたしが居ると不都合なことでもあるのだろうか。
不可解だが、どうしようもない。

同時に、もどかしくもあった。

過保護というより、依存なのだろうか。
心配している、のとは少し違う。

「……そうね、それじゃあ暁美さん、お願いね?」

「ええ、わかったわ」

「―――あ?」

がし、とほむらに腕を掴まれる。
同時にマミが力強いサムズアップ。

「それじゃあ行くわよ、杏子」

「ちょ、待っ……引っ張るな引っ張るなぁ!」

スカートをどうにか必死で押さえる。
やはりこの服はもう着たくないな、と再認識した。




249: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:17:03.37 ID:ZV/Aahek0


どうにか、体勢を持ち直す。

「ったく、いきなり何さ……魔獣か何か?」

「ええ―――まあ、そうね。荷物はマミに預けておいたから、パトロールは私たちの仕事よ」

「ふぅん……」

事実ではあるだろう。
方便、という意味も含んではいるが。

「……そういえば、右手の調子は?」

「ああ……まあ、おかげさまで、な」

「そう」

興味があるのか無いのか、わからない。
素っ気無いようにも感じるが、心配している気もする。

「まあ、ちょうど話したいこともあったし、良かったのかしら」

「……話したいこと?」

「それは帰る時に。戦闘で気が散っても困るでしょう?」

「そりゃ、ね」




250: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:17:52.54 ID:ZV/Aahek0







「……それでプレゼント、だったわね」

「うん、でもキョーコの好きなもの、わからないから……」

それが、杏子を引き離した理由だった。
実際、本人に言っていても特に問題は無い。
だが、マミとしては直前まで隠すのがセオリーだ。

こういうものは、サプライズ形式にした方が面白い。
主に杏子の反応が。
そう考えて、ほむらに頼んで杏子を連れて行かせたのだ。

「食べ物なら何でも、と言ってもあんまり難しい物はね……」

料理はゆまにとって、ハードルが高い。
そもそも、経験が無いだろう。

勿論、なんとしても作ろうと努力はするだろう。
しかし、それも限界がある。
妙なものを作って、杏子に気を遣わせるのもいけない。




251: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:18:37.10 ID:ZV/Aahek0


ならば、だ。
料理でなく、菓子ならば。
こだわり過ぎなければどうとでもなるだろう。

バレンタインなど、素人でもチョコを溶かして固めるくらいはやっている。

そうなってくると、どんな菓子を作るかだ。

無難なところで、クッキーやチョコレートだろうか。
そこまで思案して、ようやくマミは口を開く。

「……まずは、材料集めかしら」

「?」

「ゆまちゃん、お菓子は作ったことある?」

ふるふる、と首を横に振った。
まあ、当然だろう。

というか、恐らく劣悪な家庭環境の中で、そんな余裕があるはずもない。




252: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:19:10.84 ID:ZV/Aahek0


「それじゃあ、初挑戦ね」

「うまく、できるかな……」

不安を口にするゆま。
その頭に、ぽん、と優しく手が置かれる。

「大丈夫……お姉さんがついてるから、ね?」

「……うん!」

にっこり、と互いに笑い合う。

マミは本来、教えることが好きな方だ。
かつて、さやかに対しても嬉々として戦い方を教えてきた。

今回もまた、マミにとっても嬉しい展開だ。
彼女にとって人との関わりそのものが、喜びなのだから。




253: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:19:55.37 ID:ZV/Aahek0







「……さて、と」

魔力を開放し、纏う。
その色は『赤』。
戦闘用の装束を、瞬時に形成する。

「あら、もう変身してしまうの?」

「……あの服、嫌なんだって」

「残念ね……似合ってるのに」

「似合ってねーって……百歩譲って似合ってても、あたしの趣味じゃない」

「あんなに可愛いのに?」

「それが趣味じゃないんだってーの……」

着飾ることは趣味じゃない。
服は、できるだけ動きやすければそれでいい。




254: ◆h4ONJivhRc 2011/11/07(月) 22:20:48.14 ID:ZV/Aahek0


「まあ、魔獣も近いようだし、特に文句も無いわね」

そう言って、ほむらが紫を纏う。
どこかの制服にも見える、落ち着いたデザインの装束。
その手に持つのは、魔を穿つ弓。

「で、今日の作戦は?」

「あなたが陽動……と言っても、倒してくれて構わないわ。私はフォローに専念するから」

「りょーかい、っと」

要するに、こちらで合わせるから好きにしろ、ということだ。
つべこべ言われるよりはやりやすい。

魔獣の気配は六。
一人三体、と考えると楽な話だ。

もっとも、一人が二人になるだけで戦力は激増するので、単純計算自体正しくないのだが。

どちらにしろ、少し物足りない相手ではありそうだった。




259: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:37:40.34 ID:xUs+d3m00


「っし、あと一体……!」

着地し、すぐさま最後の一体に向き直る。
すかさずあちらも振り向き、対応する―――が、遅い。

紫の光が突き刺さり、ぐら、と体勢が崩れる。

やはり、ほむらのアシストは的確だ。
にい、と自然と口角が上がる。

体勢を崩した、魔獣。
その直上に、飛び上がる。

「これで―――」

突き出すは槍。
ある意味、相棒とも言えるソレで、魔を穿つ。

「終わりだよッ!」




260: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:38:26.16 ID:xUs+d3m00


ズン、と地響きが大気までも震わせる。
残ったのは、衝撃に砕けた地面。

魔獣は跡形も無く霧散する。

そんな様子から、アレも自然に生まれたものなのだろうか、なんて思ってみる。
しかし、その思案は無意味だ。
考えて、答えが出る物ではない。

「……うし」

必要なのは、今拾い上げた黒い小片。
グリーフシード、と言われるその品。

魔獣を倒せば落とし、ソウルジェムの穢れを取る。
そうしてその取りきった物は、キュゥべえが回収している。
出来過ぎているというべきか、都合がいいというべきか。

なんにせよ、それも無意味な思考であった。




261: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:39:31.03 ID:xUs+d3m00


「んじゃ、帰るか」

「……待ちなさい」

いつもより、少しだが棘を含んだ声だった。
訝しげに、そちらへと振り向く。

「……何さ」

「話がある、と言ったでしょう」

「ああ……そうだったね。二人で、じゃないと駄目なのかい?」

「ええ、まあ」

忘れていたことを特に咎める様子は無い。
では、普段より厳しい声の理由は恐らく。

その内容が重大だ、ということ。




262: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:40:19.64 ID:xUs+d3m00


「……杏子、あなたゆまのこと、どう思ってるの?」

「あ……? そりゃ、一体どういう」

「いいから」

ずい、と一歩踏み込まれる。

そう言われても、どうとも言えない。
が、大切に思っているのは確かだろう。
そんなこと、わざわざ口に出すことはないだろうが。

「……まあいいわ。日頃の行動で大体分かるし」

「じゃあどうして聞いたんだよ……」

これが話したいことだ、というなら拍子抜けだ。
もう既に、自分の中で答えは出ているだろうに。

だが、それでは終わらない。




263: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:41:12.11 ID:xUs+d3m00


「なら、さやかのことは?」

その名を聞いて、ぴくり、と自分の体が跳ねるのがわかった。
同時に目が見開かれ、ごくり、と固唾を嚥下する。

「それこそ、なんでだよ……どうしてあいつが出てくるのさ」

どうして、さやかなのか。
繰り返すな、とでも言いたいのか。
同じ過ちをもう、二度と。

「その反応で十分ね―――いえ、むしろそうでないほうが良かったのかしら」

「……どういうことさ」

煮え切らない返事ばかりで、苛立ちが募り始める。
それとも、焦りだろうか。

「なら、単刀直入に言わせてもらうわ」

その唇の動きを、目で追う。

「―――あなたは、美樹さやかと千歳ゆまを重ねている」




264: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:41:53.76 ID:xUs+d3m00


わけが、わからなかった。
その大気の振動の音を、脳内で反芻させる。

「……は、はは、何をいきなり、」

「最初は、あなた自身がさやかになろうとしているのかと思ったわ」

割り込み、ほむらがそのまま続ける。

「いえ……きっと元はそうだったのでしょうね。けれど危なっかしいあなたを見て、ゆまは手を差し伸べた」

さやかに、なろうと。
過去の自分を取り戻そうと、否、そうなろうと。

一度、叶わなかったことだ。
知らず知らずのうちに自分は、すでに重大な過ちを犯していたらしい。

「それ自体は悪いことではないわ。新しい居場所を見つけて、生きていけるならそれで構わない」




265: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:42:36.54 ID:xUs+d3m00


「―――けれど、あなたはゆまの中にさやかを見てしまった」

さやかと、ゆま。
危なげだ、という点では確かに似ているかもしれない。
だが。

「あいつとゆまは違うだろ……少なくとも、ゆまはあいつみたいに消えたりしない!」

ぜえ、ぜえと肩で息をする。
無意識に、声を荒らげていた。
それは、言いたくはないことを言ったからか。
それとも、内心で恐れている指摘を自分自身でしてしまったからか。

「いいえ、同じよ」

ほむらの指摘は、そこではない。
物理的な話ではない。

「少なくとも、あなたにとっては」




266: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:43:24.51 ID:xUs+d3m00


ぞわり、と背筋に寒気が走る。

これ以上聞いてはいけない。
踏み込んではいけない。
警鐘が頭の中で鳴っている。

しかし自分は流されるままに進むだけ。
止まることも、戻ることもせず。
ただ、他人に押されて引かれているだけ。

だからこそ、立ち止まれない。

「自分自身と妹―――どちらも、あなたが失った過去よ」

ああ、そうだな、と不思議なほどに納得した。

元々、さやかに過去の自分を重ねていた。

ゆまは確かに、今思えば妹に近い存在だ。
共に居ると、自分たちが姉妹であるかのように思ったこともある。




267: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:44:03.47 ID:xUs+d3m00


結局、そういうことだったのだ。
さやかを求めることも、ゆまを求めることも、幸せだった過去を求めるという点で同じ。
自分は家族が死んだあの日から、全く進んでいなかったのだ。

ようやく、理解した。

ゆまに与えている愛情、とでもいうものは。
さやかに与えるはずのもので、その対象が消えて、行き場を失っていたもの。
さやかに対する想いを、そのままゆまに向けているのだ。

そしてその根源は、さやかに向ける感情でも、ゆまに向ける感情でもない。
ただ、過去の幸福を夢見る独りよがりの感情。

そもそも自分は、二人と向き合えていなかったのだ。
二人を過去の幸福の象徴として、二人自体を見ていない。

さやかもゆまも、自分に感情を向けてくれていたというのに。
自分の感情はただの類似品で、偽物だった。




268: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:44:47.10 ID:xUs+d3m00


「……あなた自身は、過去のことを抜いても二人を想っているわ」

ほむらの言葉も、慰めにしか思えなかった。

「ゆまの幸せはあなたの傍にある……だけど、あなたの幸せがそこにあるとは限らない」

ゆまにとって求めるものはあたし自身だ。
だから、それで問題は無い。

だが、あたしは。
ゆまを過去の偶像にしている自分は、そうではない。
少なくとも、自分が本当はどうしたいかを見つけなくては。

過去は過去で、どうしようもない。
自分は今、どうしたいのか。

他人と向き合う前に、自分と向き合わなくてはならない。

ただ、それだけは理解できた。




269: ◆h4ONJivhRc 2011/11/08(火) 22:45:51.45 ID:xUs+d3m00


「……ごめんなさい、私も、偉そうに言える立場ではないのだけれど」

「いや……いいさ。おかげで目が覚めた」

自分が本当にやりたいこと。
他人にされるがままでなく、自分自身で考えての道。
それを見つけなければならないことが、理解できた。

「そのままの方が、あなたもゆまも笑えていたかもしれない」

「……かもね。だけどそれは偽物で、空虚な幸せだ―――だから、いいんだよ」

気丈に振舞ってみせれば、ほむらがさっと目を伏せた。
無理をしているのは、お見通しか。

「ゆまのことは、大事にしてあげて。あなたとあの子が、互いを大切に思っているのは本当だから」

「……ああ、わかってる」

太陽は沈んで、夜が始まる。
一番星は、見えなかった。




274: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:05:07.09 ID:QC5oAPaM0


「…………」

結局、何の結論も出ないまま日は変わった。
ゆまはマミと一緒に何かやっていて、今日はあまり言葉を交わしていない。
それが、有難かった。

どうせ話すことができても、自分は偽者の感情しか向けられない。

ほむらに指摘された、今なら分かる。
ゆまに向けていた感情は全て、家族やさやかへのものだ。

ゆまに対する行動は、ゆまへの感情からのものではない。

きっと、最初に助けたのも。
約束をしたことも。
共に街へと出て歩いた、あの時間も。

全て、総て、凡て、渾て。
家族か妹に向けるはずだった感情が成した所業。




275: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:05:59.57 ID:QC5oAPaM0


無意識的にゆまを助けたのは。
姉として守る対象だった、妹と重ねたからだ。

約束もまた、同じ。
自分の中で家族と同化させた存在を、傍に置きたかったから。

街を歩いた時は、さやかと重ねていた。
さやかと過ごした時間を比べることもした。
向けた感情が、さやかの時と同じものだったから。

―――否、さやかへの感情を、そのままゆまに向けていたから。

もう少し早く、ゆまと出会っていたらこうはならなかったのかもしれない。
さやかと共にゆまと出会っていれば、ゆまをゆまとして認識できていたかもしれない。

だが、もう遅い。
既に出会ってしまった。
さやかを失い、空っぽになっていたあたしと。




276: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:06:58.48 ID:QC5oAPaM0


「―――キョーコ?」

気付けば、ゆまの顔が目の前にあった。

「っ……!」

今だけは、話しかけられたくはなかった。
自分に話す資格があるかどうかも、疑問ではあるが。

「どうか、したの?」

「いや―――ちょっと、考え事さ」

少し声が上擦る。
その場しのぎで、そんなことしか言えない。

「……キョーコ、何か隠し事、してる?」

聡いやつだ、とこの期に及んで思う。
そんなことは、今まで度々思ったはずだ。

それだけ自分がゆま自身を見ていなかったということだろうか。




277: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:07:52.12 ID:QC5oAPaM0


だが、なんにせよその質問は都合がいい。

「そっちだって隠し事してんだろ……マミと組んで、何やってるのさ?」

「え、えぇと……それは、」

精一杯の反撃だった。
無理に笑顔を作って、どうにか軽い調子で言って。

幸いゆまは、子供だった。
目の前のことに全力で取り組み、他が疎かになりがちな。
だからこそ、どうにか誤魔化せる。

そんな考えをしている時点で、自分はゆま自身に非情だ。
弱みに付け込んで、自分の都合のいいように動かそうとする。

だが、その方がずっとマシな気がした。
赤の他人への感情を、ゆまにそのまま向けてしまうより。




278: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:08:50.90 ID:QC5oAPaM0


「で、でも! キョーコのこと、心配なんだから!」

「……心配、か」

「ほんとだよ! ゆまじゃ力になれないかもしれいけど……相談とか、してほしい!」

ゆまの、純粋な心遣いが痛い。

「それじゃあまた、約束しようか」

指を差し出せば、嬉しそうにそれと自分の指を絡ませる。
嫌われるほうが、余程マシかもしれない。
疑いもしないゆまを見て、そう感じた。

「ホントに困ったときは、ゆまに―――ほむらとマミにも相談する。自分で抱え込んだり、しない」

「うん、じゃあ……」

「……あぁ」

ゆびきりげんまん、とは唱えない。
代わりに、ゆまが唱えていた。

自分に対して、吐き気がした。




279: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:09:39.00 ID:QC5oAPaM0


唱え終わり、ゆまが手を離す。
嬉しそうに、あたしと結んだ自分の小指を握っていた。
それがまた、ずき、と胸に痛みを残した。

「……んじゃ、ちょっと出かけてくるよ」

なんとかして、ゆまと離れたかった。
共に居ることが、耐えられなかった。

「出かけるって、どこに?」

「それは……あー、ほむらのトコ、だな」

ゆまが不安がってもいけない、と思って知り合いの名前を出した。
言った後で、それもいいな、と思った。

結局、昨日はあのまま何も話せなかった。
ほむらと話すことによって、これからどうすればいいかが見えてくるかもしれない。
そんな期待があった。




280: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:10:39.07 ID:QC5oAPaM0


「……そっか、じゃあ、いってらっしゃい」

「ああ……いってきます」

自分は果たして、きちんと笑えているだろうか。
きっと、笑えていないだろう。
そう感じて、すぐにゆまに背を向ける。

ゆまはおそらくマミが居るであろう方へ駆けていく。
それを背に感じながら、玄関へと急ぐ。

手早く靴を履き、やや乱暴にドアを開け、外へと出る。
閉めると同時、ドアに寄りかかった。

ゆまとマミが、楽しそうに過ごしているであろう中のことを思いながら。
自分の醜さを、痛感していた。

そう、感傷に浸っていれば。

「―――あら、」

横から、声が割り込む。




281: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:11:44.43 ID:QC5oAPaM0


「……ほむら?」

一体どうして居るのだろうか、と疑問が湧く。

「ちょうど、あなたと話したいと思っていたのよ」

問いの前に、答えが返ってきた。

「……へぇ、何のことを?」

答えは、大体分かっていた。

「昨日のこと……気にしていないか、と思って」

気にしているのはそちらもだろう、とは思った。
むしろ、気付かせてもらえてこちらは感謝しているというのに。

「気にしてない……って言ったら、さすがに嘘になるか」

「……そう」




282: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:12:24.16 ID:QC5oAPaM0


「だけど、あんたは何も悪くない。あんたは本当のことを教えてくれただけなんだから、さ」

そう告げれば、ほむらは何か言いたげにしていた。
それを、手で制す。

これは元より自分の問題だ。
自分で気付き、自分で解決すべき問題だ。

だから、構わない。

ほむらが気にすることではない。

「……ごめんなさい」

「謝るなって……あんたらしくもない」

「……らしくない、というわけでもないわよ?」

「―――あ?」

ここまでしおらしいほむらなど、見たことはない。
だからこそ、その言葉には違和感があった。




283: ◆h4ONJivhRc 2011/11/10(木) 20:13:41.42 ID:QC5oAPaM0


「少し、昔話に付き合ってくれるかしら」

「昔、話……?」

「ええ、ここではなんだから、少し歩いて適当な場所でも探しながら」

「ふぅん……一体どういう話なんだい?」

そう言えば、ほむらは少し寂しそうに、はにかむように微笑んで。

「昔、というほどでもないし、特に面白い話でもないわ」

「……なんだそりゃ」

よくわからない、という反応をすれば、ほむらはまた微笑んで。

そう、ただの、とその唇が動いて。

「―――優しい少女達と、一人の馬鹿な少女の話よ」




287: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:52:34.40 ID:nEOHrpGD0


「―――絵空事だね」

そう言うと、ほむらはでしょうね、と返した。
表情は伺えなかったが、恐らくまた、寂しそうな顔をしているのだろう。

それでも、第一の感想はソレだった。

ほむらは一度あたし達と共に、『魔女』という化け物と戦っていて。
仲間にはもう一人、まどかという少女が居て。
化け物の正体は、魔法少女のなれの果てで。

絶望に、絶望に、絶望が重なって。
願いで得た力で、何度も同じ道程を繰り返して。

結局、ほむらに望まれたまどかが犠牲となり、世界は変わった。

絶望の果ての、最後の絶望が消えた世界に。
まどか自身が、全ての絶望を背負うことによって。

そんな、与太話でしかない。




288: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:53:25.62 ID:nEOHrpGD0


だが、しかし。

「けど、悪くない」

そうであるならいいな、と思う。

「あんたの言うとおりならさ……さやかは、一人ぼっちじゃないってことだろ?」

「……ええ、そうね」

ああ、今度は微笑んだな、と感じた。
相変わらず、表情は見えなかったけれど。

そう、さやかはもう、一人ではない。

消えてしまう前に傍には居たけれど、その心を癒すことはできなかった。
結局、自身の呪いを自分ひとりで背負い込んだまま、逝ってしまった。

けれど、以前の世界で友であったその、まどかならば。

きっとさやかの苦しみを、慟哭を包み込めるだろうと思えた。




289: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:54:16.81 ID:nEOHrpGD0


会ってもいない者を信用するというのは、妙な話だ。
だが、ほむらが信じている。
茶化すわけでもなく、皮肉るわけでもなく、純粋に。

ならば自分がそれを信じても構わないだろう。
そもそも自分が魔法少女なんてファンタジックな存在だ。
その実情は、甘いものでもないけれど。

そんな話があってもいい、と思うぐらいは許されるはずだ。
幸せな夢に浸れなくとも、見ることぐらいはできてもいいはずだ。

それは、願いに似ていた。

確信でも、憶測でもない。

ただ、そうであればいいな、という願望。
現実であろうが、夢幻であろうが。

どちらにしろ、そう望むだけ。




290: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:55:09.80 ID:nEOHrpGD0


「……ごめんなさい、長々と付き合わせてしまったわね」

「まあね―――だけど、得るものはあった」

「あら、どんな?」

「さあ、知らないね」

ほむらがこちらに向き、眉をひそめた。

「それを知るために足掻くんじゃねーの……未来のことなんて、誰にもわからないんだしさ」

「……良かった」

「あ?」

「あなた、ようやく笑ったわよ。とても自然に、ね」

言われて、口を押さえた。
どうやら無意識に、微笑んでいたらしい。




291: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:56:12.21 ID:nEOHrpGD0


「ふふ……」

「……くく、」

なんだか可笑しくなって、二人とも釣られるように、笑った。

「……あなたらしいと思うわ」

「何がさ?」

「未来のことなんてわからない、なんて楽天的であなたらしいと思わない?」

「……楽天的、ねぇ」

そういうものか、となんとなく納得した。
実際、自分本位でその日暮らしで生きてきた節はある。
わざわざ否定する必要もない。

きっと、楽天的でいいのだ。
過去は過ぎ去って、死んだものだ。
それをどうこうするなんて、できる筈もない。




292: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:56:44.63 ID:nEOHrpGD0


変えられるのは、選べるのは未来だけ。
自分ができることを、やるしかない。
それ以外を考えても、どうしようもない。

過去に対してできるのは、向き合うことだけ。
過去を忘れず、抱き続けることで未来へと進むことができる。

自分に足りないのは、そういうことなのだろう。

ぎし、と立ち上がろうと体に力を込めれば、座っていたベンチが軋む。

「んっ……」

ぐぐ、と全身で伸びをする。
長い間座っていたせいか、ぱきぱきと節々が鳴る。

「それじゃ、行くか」

「……ええ」




293: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:57:22.04 ID:nEOHrpGD0


行き先など知らない。
けれど、やることは決まっている。

いつものように、戦うだけ。
それは魔獣と、という意味だけではない。

現実と、運命と、世界と。
今、この瞬間と向き合うために。

纏う魔力は赤。
鮮血とも、陽光とも、とれる赤。

どちらと取るかは、絶望と希望、どちらかを望むかで決まる。

鮮血であろうと、そこから生を連想することもある。
暁とも、夕日ともとれる。

全ての感覚は個人に委ねられる。
黒に善を見出す者も居れば、白に悪を見出す者も居る。




294: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:58:26.58 ID:nEOHrpGD0


ならば、自分の眼前の、白き魔の聖人にも思える獣は悪なのだろうか。
それは違うな、とすぐに否定する。
善でも、悪でもない。
少なくとも、自分にとっては。

そう、味方でも、敵でもなく―――ただの、餌だ。

敵だろう、とその認識を否定する者を、自分は少なくとも二人知っている。
それで構わない。
自分にとってそう感じるだけで、それを押し付ける必要はない。

どちらにしろ、向かう先は同じなのだ。
ならば、争うこともない。
無益で、無粋で、野暮なことなど、することはない。

ただ、重要なのはそこにある現実。

眼前の魔獣は10体。
それに対する感想など、自分で抱えていればいい。

最近数が多いだとか、どちらにしろ数だけだとか、そういうことは、後で考えればいい。




295: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:59:07.10 ID:nEOHrpGD0


ふわり、と虚空へと舞った。
魔獣の頭上を通り過ぎ、その背後に着地する。

「―――よう」

意味も価値も返事も無い、それだけの一言。
敬意を表明しているわけではない。

ただの、食事の前の通過儀礼ですらない、気紛れ。

「それじゃ、さよならだ」

直後に、巻き起こるのは旋風。
ただし、岩を砕き、鉄をも両断する風。

多節棍と化した槍が、鞭のようにしなり―――魔獣を、豆腐でも切るように軽々と裂く。

にたり、と笑みが形作られた。




296: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 22:59:58.59 ID:nEOHrpGD0


矢を番えたほむらが、少し呆れたような顔をしていた。
まあ、独断専行は愚の骨頂だ。

けれど直後、微笑んだ。
あたしは元々、こういうじゃじゃ馬でしかない。

ほむらのように一意専心、居合いのごとく屠るのでなく。
マミのように華やかに、ワルツを踊るような戦いでなく。

さやかのように猪突猛進、乾坤一擲という風でもなく。

ただ飄々と戦い、喰らい尽くすだけ。

それが本来のあたしだろう。

その状態に戻って、ほむらとしては複雑なのだろう。
扱いにくく、けれどそうあるべきもの。

合わせてくれているあたり、受け入れてくれているのだろうが。




297: ◆h4ONJivhRc 2011/11/12(土) 23:01:00.26 ID:nEOHrpGD0


大気が炸裂する音とともに、紫光が放たれる。
正確無比の、必殺の矢。

受けた魔獣を見る必要は無い。
結果は分かっている。
背中のことは考えず、任せていればいいのだ。

「……は、」

魔獣から放たれる光をゆら、と避けながら笑う。

「足りない、ね」

口角が上がり、くつくつと笑い声が漏れる。
そう、まだ。
自分に生を、実感させるには、足りない。

「来なよBoars! 全力で可愛がってあげるからさぁ!!」




303: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:20:54.69 ID:Vo0A3tuq0


「―――それじゃあ、また」

「おう……別にここまで付き合ってもらわなくても良かったんだけど、ね」

結局魔獣をたいらげて、もとい、退治して。
マミの家の前までほむらは着いてきた。

「だって、あなたが帰らないとゆまが心配するでしょう?」

「……見張らなくても、ちゃんと帰るってのに」

「本当に?」

心配するように問い詰められれば、本当だ、と軽くは言えない。
けれど、自分は虚勢など張ってはいない。

「確かに、恐さっていうか罪悪感みたいなもんはあるけどさ……それでもゆまの幸せは、あたしの傍にあるんだろ?」

「……まあ、そういうことなら大丈夫ね」




304: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:21:33.54 ID:Vo0A3tuq0


くる、とほむらが背を向ける。

「だけど……無理はしないで。あなたが不幸になっても、ゆまは悲しむんだから」

「……ああ」

コツ、コツと靴音は少しずつ、小さくなっていった。
その方向に振り向きはしない。
自分が向かうべきは、こちらだ。

ドアノブに一瞬触れて、すぐに離して止まる。
目を瞑り、深く息を吸って、吐いて、目を開ける。

がちゃ、とドアを開けた。
そうして、一歩踏み入れる。

「―――?」

少しだけ、妙な感じがした。
ゆまならば玄関で待っているか、すぐに走り出て来ると思ったから。




305: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:22:25.72 ID:Vo0A3tuq0


まあいいか、と思って靴を乱雑に放り、とんとん、と中へ歩み入る。
ゆまにも、そういう時はあるだろうから。

そうして、リビングを覗き込んで。

「……よっ」

そう声をかけると、不自然にびく、と跳ねた。
そのまま、こちらを振り返る。

「き、キョーコ……」

目はおろおろと泳ぎ、手に何か持っていたが、急いで背に隠した。

「ん、何さ?」

「え、えっと、ね……」

くちをぱくぱくとさせて、何か言いかけては、やめていた。




306: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:23:10.48 ID:Vo0A3tuq0


ちら、とそのずっと後ろに目を向ければ、マミが微笑みながら見詰めている。
まあ、確かに健気ではあるけれども。

「っ……キョーコ!」

「お……おう?」

突然大きな声を上げられて、少したじろぐ。

「こ……これ!」

そう言って、小さな袋を差し出す。
緑のリボンで封をされた、クッキーの入った透明な袋。

ああ、受け取れ、ということなんだろうな、と感づいて、それを手に取る。
よく見ても、別段変わったものでもなかった。

ゆまを見れば、じい、と期待するような目つきでこちらを見ていた。
緊張しているような様子も見える。




307: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:24:00.08 ID:Vo0A3tuq0


どういうことだろうか、とマミを見れば、ただ頷かれた。
まあ、この状況ならやれることは、一つだろう。

リボンを解き、がさ、と袋の中に手を入れる。
特に妙なところの無いクッキーを手に取り、口に運んだ。

さく、と軽い感触と共に、甘みが広がる。

「……どう?」

「ん……おいしい、ね」

よかった、とは声に出さなかったが、表情がその心を語っていた。

「……ゆま」

「え?」

「ありがとね」




308: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:24:42.73 ID:Vo0A3tuq0


そう言うと、満面の笑みと共に頷いた。

あのクッキーは、ゆまが作ったものだ。
ある程度は、マミの助力があっただろうが。
それでも、ゆまが作ったものだ。

親から虐待され、愛を与えられず。
ただ、耐えるだけの日々で。
自分の意思で誰かの為に何かをする、なんて初めてだったろう。

穏やかな時間を共に過ごして、信頼していても。
きっと、否定されることは恐かったのだろう。

そんな中で、勇気を振り絞って、行動できたのだ。

自分よりも、ずっと強い。
賞賛と、感謝を送ってやりたかった。




309: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:25:30.91 ID:Vo0A3tuq0


その肩に手を置いて、少し躊躇った。
構わないのだろうか、と。
けれど、許されないことでも、別に問題は無いと思った。

「……キョーコ?」

―――きっと、抱きしめるくらいはしてもいいはずだ。

そう納得し、小さな背に腕を回した。
力は込めすぎず、優しく包み込んだ。
とくん、とくんと少し早い鼓動を感じる。

その体温は、今までよりもずっと暖かなものだった。

人と触れ合う喜び。
長らく忘れていたその感覚。

思うより、考えるより、それはずっと素晴らしいものだ。




310: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:26:11.72 ID:Vo0A3tuq0


「き、キョーコ!? あの……え、えっと……」

さすがに驚いているのか、ゆまがしどろもどろな声を出す。
抱きついたことはあっても抱きしめられたことはない。

その上、今まではこのようなストレートな感情表現はしなかった。

戸惑い、興奮、歓喜、そういうものが頭の中で渦巻いているのだろう。

ぽんぽん、と頭を撫でてやった。
そのまま、耳元で囁く。

「……ありがと」

感謝の言葉を、もう一度。
自分が与えられる想いは全て偽者だ。

けれど、ゆまは健気に感情を向けてくれる。
それが、ある意味愛しかった。




311: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:27:03.24 ID:Vo0A3tuq0


離れて、肩へと手を伸ばす。
ゆまの表情は、少し名残惜しそうだった。
求めるならば、いつでもやってあげるというのに。

安心させるよう、眼前で微笑めば、かぁ、と顔を赤くした。

その意味は羞恥か、それとも別の何かか。

自分の行動の源である感情は、確かに偽者だ。
けれど、それでも自分はゆまを大切に思っている。
ならばきっと、想ってもいいはずだ。

ゆまの想いに、応えてもいいはずだ。
望むことをしてあげてもいいはずだ。

ゆまを大切に思う感情そのものは、本物なのだから。




312: ◆h4ONJivhRc 2011/11/13(日) 22:27:48.19 ID:Vo0A3tuq0


そして、真に向き合う為にも、自分は自分を探さなければならない。
過去と真正面から向き合って、自分を知らなければならない。

自分だけでなく、ゆまのためにも。

「あらあら、佐倉さんったら大胆ね……」

「そうか? このくらい普通だと思うけど」

未来は変えられる。
だからこそ、自分の望む未来へと進んでいく為に。

その為に、過去と向き合う。

それが自分にとって必要なこと。
義務だとか、強制されるものではない。

自分の意思で、選び取ること。
それを、自分の意思で望んでいた。




317: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:38:31.74 ID:j3Yj+iFh0


すやすやと、穏やかにゆまが眠っている。
その向こうには、マミが。
マミと自分とで、ゆまを挟むように寝る。
ゆまと出会ってから、それが習慣となった。

能天気な顔だな、と呆れることはない。
むしろ、それでいいと思う。

今までゆまは、謂れのない暴力を受けてきた。
理不尽で、身勝手な現実にただ耐えてきた。

ならば、せめて今は幸せでも構わないはずだ。
希望と絶望の差し引きはゼロだ、といつか言った気がする。

ゆまはすでに、十分に絶望を見た。
今度は、希望を与えられる番だ。

自然と、顔がほころぶ。




318: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:38:58.20 ID:j3Yj+iFh0


しかし、自分はそれに甘んじてはいけない。
ただ流され、堕落するのではいけない。
自分の望む選択をしていけるように。

『―――なあ』

口を動かさず、精神で、脳で話しかける。

『おや、君から僕を呼ぶなんて珍しいね』

それに、答えが返ってくる。

いわゆるテレパシー、というやつだ。
別段、口を動かすのが面倒というわけではない。

単につまとマミを起こしたくないだけだ。
幸せそうな顔をして寝ているのを、わざわざ起こす必要もあるまい。

『……あんたさ、今まで契約してきた奴らの願いって覚えてるのか?』

『まあ、記憶はしているね……それがどうかしたのかい?』




319: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:39:33.03 ID:j3Yj+iFh0


『そう、か……』

必要性を感じない、とでも言って忘却しているようではない。
一応、聞いてみる価値はありそうだった。
収穫があるかどうかは、わからないけれども。

『なら、さやかと契約した時のことは覚えてるな?』

『ああ、勿論……願いは、上条恭介の腕を治すこと、だったね』

上条恭介。
さやかが想いを寄せていた少年。
その想いが愛か、友情か、憧れか、憐れみか、何なのか自分にはわからない。

『さやかは、願いを叶えて後悔してたか?』

『ふむ……全くしていない、とは言えないね』

『……はっきりしねーな』

『そう言われても、僕には感情が無いからね……事実から推測することしかできないよ』




320: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:40:03.66 ID:j3Yj+iFh0


その割には、感情あり気な行動もしている気がするのだけれど。
まあ、無いなりに理解しようとしているということなのだろう。

『人の感情は千変万化するものだ。しかも、それを表に出すとは限らない』

『……心変わりもするし、その上それが分からないから、真実を知るのは難しいってこと?』

『まあ、そうだね』

傍に居て、感情もあった自分も分かってはいない。
それなのに、このキュゥべえに聞くのも妙なことだ。

そう結論付けても、どうしたものか、と頭を抱えざるをえない。
他人に相談、というわけにもいかない。

ゆまはそもそも論外だ。
マミにも心配はさせられない。
ほむらには既に心配されているが、これ以上迷惑をかけるわけにもいくまい。




321: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:40:49.19 ID:j3Yj+iFh0


『―――だけどまあ、願い自体は本心からのものだったろうね』

ふと、そんな言葉が頭に直接響いた。

『どうして、そう言える?』

『簡単なこと、エントロピーの法則で……あ、人類にとっては簡単じゃあないかな?』

『……なら、簡潔に頼む』

『そうだね……』

言って、少し間があってから。

『契約で願いを叶えることは、条理を覆すことだ……それは分かっているね?』

『ああ、そりゃあね』

『その願いが生半可な感情から来たり、迷いがあると契約自体が成り立たなかったり、本来の資質を扱いきれない』

『……そんなことが?』

『まあね。そもそもエントロピーを凌駕することが契約の前提であるわけだし』





322: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:41:19.15 ID:j3Yj+iFh0


エントロピーがどう、というのはわからないが、なんとなくは把握した。

『資質の大きさ次第で例外もあるだろうけど、さやかはその限りではなかった』

『……つまり、さやかが心から願ったってのは事実なんだな?』

『そういうことさ。少なくとも、その時点では迷いは無かったはずだ』

『……そうか』

それなら、問題は無い。
その事実があるなら、十分だった。

『なら、この話は終わりだ……ところで、』

『どうしたんだい?』

『あんた、寝ないの?』

なんとなく、素朴な疑問を口にする。




323: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:42:04.26 ID:j3Yj+iFh0


『……寝る、という行為自体が僕には必要無いんだが』

まあ、そんなオチだろうとは思った。
だがしかし、そうであっても、だ。

『なら、どーしてここに居座ってんのさ?』

『おや、手厳しいね……』

『……そういうことじゃねーっての』

『ふむ、まあ確かにこういう空いた時間に魔法少女の勧誘をするのも悪くはないだろうね』

けれど、と続ける。

『この街は君たちで事足りている。わざわざ新人を増やす必要も無いんだよ』

『ふぅん……』

『第一、資質のあるゆまを勧誘していないだろう?』




324: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:42:33.70 ID:j3Yj+iFh0


それもそうだな、と納得した。

『他の街は?』

『一人で沢山の仕事をするより、多人数に割り振った方が効率が良いだろう?』

『ああ、なるほど』

答えとしては適切でないが、まあ、わからないでもない。
と、すると、だ。

『つまり、あんたは暇ってワケだ』

『……確かに、君たちの使用済みグリーフシードを回収するくらいだね』

仕事を回してもらえない、社会人のようにも思える。
スーツを着て、オフィスの窓際に追い遣られるキュゥべえを想像し、噴出しそうになった。




325: ◆h4ONJivhRc 2011/11/14(月) 22:43:05.07 ID:j3Yj+iFh0


『んじゃ、入るかい?』

言って、布団をずらし、誘ってみる。

『……共に寝る、というのも感情の理解に役立ちそうだね』

『面倒くせーやつ……』

しばらくして、猫と同程度のものが潜り込む感触がした。
そのままそれを、抱いてみる。

ゆまには及ばずとも、なかなかに良い感触がした。
物理的、というより精神的な差だろうが。

『それじゃ、おやすみ』

『ああ、そうだね、おやすみ』

事務的な声で、やはり感情はこもっていなかった。
けれど、そういうやりとりそのものが、意味のあるものなのだろう。




333: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:32:42.88 ID:lqx2O6cd0


「ふぅ……」

用を済ませ、トイレから出る。
そんな少女の髪は緑。
名前を、千歳ゆま。

彼女がマミの家に住まうようになって数日。
たった数日だが、家の構造を覚えるには十分な時間だ。
初めは右往左往していたが、今はすっかり慣れている。

そんなゆまは、現在上機嫌であった。
最近はずっと、それが続いているのであるが。

まあ、過去と現在はそもそも比べること自体が馬鹿馬鹿しい。
過去の環境は非常に劣悪であったのだから。

今の生活は、魔法少女などの特殊なキーワードを含んでいるが、それでも普通だ。
格段に裕福ではない。
しかし普通であるからこそ、彼女は今、幸せなのだろう。




334: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:33:23.42 ID:lqx2O6cd0


そして、その幸福の源、キーパーソンたる人物は―――

「―――あれ?」

居ない。
ゆまの瞳に映ったのは、誰も居ない居間。
きょろきょろ、と見回すも、目的の人物は見当たらない。

むぅ、と頬を膨らませるも、意味がないとわかっているので少しして、やめる。
ゆまは気に入らないことで暴れたり、怒鳴ったりするタイプの子供ではない。

その人物と出合った日に貰った猫のぬいぐるみを抱きしめ、ぽすん、と座る。

ゆまと彼女は、約束していた。
必ず、ゆまの傍に帰ってくると。
けれど、心配なものは心配だった。
不安の種は消えることは無い。

最早、ゆまにとってそれは生きることの根幹をなしているのだから。




335: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:34:01.11 ID:lqx2O6cd0






ゆまには、黙って出て来た。
心配されることは承知の上で、だ。

間違いであるとは思わない。
これは自分だけで向かうべき問題だ。
ゆまが背負う必要は無い。

無茶や無理、というものではない。
自分にとって、そうすべきものなのだ。
自分が進む為に、必要なことだ。

仲間を頼るだとか、そういう必要があるものではない。

自分自身の、心と向き合うことなのだから。

「―――あら、」




336: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:34:35.12 ID:lqx2O6cd0


聞き覚えのある、声。

「最近、よく鉢合わせするわね」

「……確かに」

ゲームセンター、街中、マミの家の前。
行動予測でもされているのか、と思うほどだ。

けれど目の前の少女―――ほむらにそういう様子は無い。
というか、それで何か利益が有るわけでもないだろう

「ところで、ゆまはどうしたの?」

「……家だよ」

「そう……」

詮索はしてこない。
信用しているのか、聞き辛いだけか。




337: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:35:27.33 ID:lqx2O6cd0


「―――道は、見つかった?」

「いや……まだ、だね」

「……そう」

進むべき道は、未だわからない。
だが、しかし。

「けど、手がかりは掴めたよ……その先に、どんな道があるかは知らないけど」

「……でしょうね。だけど、そういうものなんでしょう?」

「ま……そうだね」

未来のことは誰にも分からない。
自分自身の言葉が、ここで返ってきた。

ならば、迷う必要は無い。




338: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:35:58.48 ID:lqx2O6cd0


「何にせよ後悔の無いように、ね」

「……そりゃ、保証できないね」

「え?」

ほむらが、鳩が豆鉄砲でも喰らったような顔をする。
それを見て、ニイ、と口角が上がる。

「後悔ってのは、後で悔やむもんだろ? 未来でそうなるかなんて、わからないじゃんか」

「それは……」

「大事なのはその後どうするか……飲み干すか、溺れるか。その時に決めるのさ」

そう言えば、ほむらはふふ、と笑った。

「言うようになったわね……いえ、あなたらしいのかしら」




339: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:36:26.01 ID:lqx2O6cd0


「その『自分』を、今から探しに行くんだよ」

「ふふ……そうだったわね」

過去にとらわれていては動けない。
記憶に縛られていては進めない。
それは自分でなく、意思の無い人形に近い。

だからこそ、自分を見つけに行く。
自分の意思で、未来へ向かう為に。

「それじゃあ、健闘を祈ってるわ」

「……そりゃどーも」

手を振ってきたので、こちらも振り返す。

ほむらの背は、安心している様子が滲んでいた。




340: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:37:00.28 ID:lqx2O6cd0


しかし、だ。
自分らしさと言うと、思い出すものがある。

大量の料理、菓子。
『食べる』ことそのものが、自分らしい気もする。
けれど、そうではないのだろう。

不必要なほど食べることは、家族を失った虚無感を、何かで埋めたかった故の行動とも取れる。
そうだとすれば、それは自分の意思でなく、過去にとらわれてのことだ。
自分らしさの前では、邪魔なもの。

というか、原因がどうあろうと不要だ。

既に自分は満たされている。
想いに、現実に、未来に。
わざわざ、代用品を求める必要性が無いのだ。

この思考もまた、無駄なのかもしれないが。




341: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:37:52.51 ID:lqx2O6cd0




ともかく、目的の人物の家は知っていた。
『あいつ』との諍いの関係で、一度来ている。

インターホンを鳴らし、辺りを見る。
いわゆる金持ち、なのだろうか。
確かヴァイオリンがどう、とか言っていたか。

子供に楽器を買い与える余裕がある程度には、生活が豊かなのだろう。
全てのヴァイオリニストの家庭が、そうであるとは思わない。
しかし、この家は例外と言うわけでは無さそうだった。

「あら……」

がちゃ、とドアが開いて、優しげな雰囲気の女性が顔を出す。

そこまで来て、どうしようかと悩みだした。

「あー、えっと……」

「あの子のお友達、よね? ちょっと待っててくれるかしら……」




342: ◆h4ONJivhRc 2011/11/16(水) 22:38:42.74 ID:lqx2O6cd0


そう言って、答えを聞かずに奥へと下がっていく。
いくらなんでも、警戒心が無さ過ぎないか。
まあ、10代前半の少女を警戒する理由も無いのだけれど。

それにここはあのお人よしの関係者の家だ。
家族全員お人よしでもおかしくはない。
そうであるからこそ、『あいつ』も惚れたのだろうし。

そこで、再び扉ががちゃり、と開いた。

「あれ、君は……?」

「……よう」

見当もつかない、という風な顔だった。
実際、直接会ったことは無いのだから、当然だろうが。

「上条恭介、あんたに話がある」

「話……? いや、それよりも君は一体―――」

「美樹さやかの、話だ」




347: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:31:38.42 ID:pGdbEn/o0


無言。
会話無く、歩き続ける。

ちら、と振り返れば、上条恭介は素直に付いて来ていた。
やはりお人よしだな、と思う。
いくら相手が同年代でも、初対面の人間にホイホイ付いて行くのは無防備だ。

今回は特殊な事例、ということなのかもしれないが。
さやかの名前を出さなければ、警戒して付いて来なかったのかも知れない。
むしろ、さやかの名前が出た方が警戒するべきだとも思うが。

ともかく、自分にとっては都合が良かった。
目的を達成することに、という意味だけでない。

それだけこの少年にとって、さやかが大きな存在であるということも、だ。
クラスメイトか、幼馴染か、それとも別の、何かか。

どちらにしろ、さやかがこの少年の心のある程度の割合を占めているのは確かだった。




348: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:33:00.25 ID:pGdbEn/o0


「―――ところで、ソレは?」

上条恭介が持っている、妙に大きな荷物。

「ああ……これは、ね」

そう言って、少年は苦笑した。

まあ、言いたくないのなら聞かないが。

「……君は、さやかとどういう関係だったんだい?」

「関係、か……」

一瞬、『だった』という表現に引っかかった。
けれど、なんとなく気付いていてもおかしくはない。
詳しい事は、わかっていないだろうけど。

「……仲間、だったのかな」

「仲間、か……」

「あんたの方は?」




349: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:33:43.86 ID:pGdbEn/o0


「僕は……」

そう言って、少年は空を見上げた。
まるで、虚空に何かが存在するように。

「何にも、なれなかったな……結局、さやかに甘えてばかりで、何もしてあげられなかった」

「そうかい」

「正直、君が羨ましいよ」

「……あたしも、変わらないさ」

え、と呆気に取られた顔が見えた。

「結局、あいつには何も与えられなかった……同じだよ」

それ以上、言うことは無い。
自分の身の上話をするのが目的ではないのだから。

あちらも、この話題は詮索して来なかった。




350: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:34:29.28 ID:pGdbEn/o0




「……着いたよ」

「ここ、は……?」

ただの、駅のホームだ。
それ以上でも、それ以外でもない。
けれど。

「ここは、あいつが―――」

言いかけて、躊躇した。
それは恐れからか、罪悪感からか。
だが、止まりはしない。

「さやかが、消えた場所だ」

その直後の少年の―――上条恭介の表情は、なんとも言えなかった。
悲しみや疑問というより、悟り。

ああ、そうなのか、という感じの納得。




351: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:35:13.40 ID:pGdbEn/o0


「消えた、というのは?」

それでも、不可解な点はあるだろう。
その一言で、全て納得するわけもない。

「さやかは―――あいつは条理を覆して願いを叶えた。その代償を、受け入れたのさ」

「願い……代償……?」

少年が眉をひそめるが、言葉は止めない。

「ある意味、死人となって戦い続けること……そうして戦いの末にさやかは力を使い果たして、消えた」

言い終わると、空間が沈黙した。

絵空事だと、否定するのだろうか。
それとも、現実として受け止めて、苦悩しているのか。




352: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:36:12.31 ID:pGdbEn/o0


「……どうして、」

そうして、口を開く。

「どうして、さやかはそんな代償を払ったんだ……?」

「……それが、どうしても叶えたい願いだったからだろ」

「命を捨ててまで、叶えたい願いが有ったのか!? それは一体―――!!」

見た目に似合わず、声を荒らげる上条恭介。
自分はただ、すっと指で少年を指した。

「……え?」

「あんたの、腕だよ」

そう言えば、少年は自分の左腕をじっと見詰めた。
二、三度握ってみて、ああ、と溜息をついた。




353: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:37:03.62 ID:pGdbEn/o0


「そういうこと、か」

「……疑わないのかい?」

少年の瞳は、自嘲しているようだった。
自分のことを、責めているような瞳。

「さやかが言ったんだよ。奇跡も魔法もある、ってね……腕が治ったのは、その夜だった」

「奇跡、魔法、ね……」

実際、そんな美しい響きのモノではない。
絶対に、後から代償を負うことになる契約。

「今思えば、あの時のさやかの言葉には不思議な力強さが在った―――きっと、確信があったからなんだろう」

「だから、信じるって?」

「ああ……それなら、説明がつくからね」




354: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:37:35.83 ID:pGdbEn/o0


「はぁ……あたしの戯言かもしれないよ?」

「……そうかもしれないね」

そうして、少年はくく、と笑って、

「でも、君はさやかの仲間なんだろう?」

あのお人よしと、似たようなことを言った。
心配しているだとか、仲間だとかで。
そんな些細な理由で信頼してしまう。

けれど、それも悪くない、と思えた。
そう思う程度に、自分は毒されていた。

結局、自分がさやかに惹かれたのは、そういう生き方を望んでいたからだ。
叶わない理想だと思いながら、傍に居たいと願ったのだ。




355: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:38:09.56 ID:pGdbEn/o0


そう考えていれば、がちゃ、と音が聞こえた。

「……何してんのさ?」

「ここなら、届くかもしれないと思ってね……」

そこで、彼の持っていたものがヴァイオリンのケースだと初めて知った。
調弦なのか、数回音が鳴って、少年は頷いた。

「さやかのおかげで弾けるようになったんだから、直接聞いてもらいたかったんだけど、ね」

そう言って、苦笑した。
自分はそれに、そうかい、とだけ返した。

そうして、演奏が始まった。
直後に、旋律に懐かしさを覚える。



―――ああ、自分はこの曲を知っている。




362: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:54:03.23 ID:pGdbEn/o0


「A―――VE―――Mari―――a―――」

気付けば、口が動いていた。

「gra―――tia ple―――na―――」

少年は一瞬、驚いたが、そのまま続けた。

「Do―――minus te―――cum」

我の罪を許したまえ、ということではないだろう。
そういうタイプには見えない。

「be―――nedi―――cta tu―――in mu―――lie―――ribus」

歌っているのは喉でも腹でもない。
心そのものが、歌っている。

「e―――t benedi―――ctus fru―――ctus ve―――ntris tui Je―――sus」




357: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:39:58.87 ID:pGdbEn/o0


「Sa―――ncta Mari―――a Sa―――ncta Mari―――a Mari―――a」

さやかは、どう思うだろうか。

「o―――ra ora pro no―――bis no―――bis peccato―――ribus」

秘密を思い人にバラされて、怒るだろうか。
羞恥のあまり、顔を真っ赤に染めるだろうか。

「nu―――nc et in ho―――re」

それでもいい、と思う。

「in ho―――ra mortis nostrae」

どうあっても、互いに触れ合えないよりは。

「A―――men A―――men」

きっと、幸せな夢だと思える。




358: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:40:45.13 ID:pGdbEn/o0


弦の音と、声が止む。

まだ、家族が生きていたころ、聞いたことのあった曲。
歌を歌ったのは、何年ぶりだろうか。

「……歌」

「ん?」

「ありがとう」

「ああ……まあ、別に礼は要らないさ」

実際、自分も便乗したようなものだ。
礼を言うのはこちらの方だろう。

「届いた、かな?」

「さあね……けどまあ、信じてれば、そうなるんじゃねーの」

「……そうだね」




359: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:41:15.37 ID:pGdbEn/o0


なんにせよ、何かの区切りはついた気がする。
与えられるばかりだった自分が、さやかに与えた。

結果的に、さやかがどう思うかはわからないけれど。
それでも、自分の中で決着はついた。

さやかに対して、何もできなかったという後悔。
自分の中に巣食っていたソレが、取り払われたような気がする。

「……送っていこうか?」

「いや……どちらかと言えば、あたしが送る側だよ?」

「それは、どういう……?」

「奇跡や魔法、ってトコさ……あたしは、あんたより―――」




360: ◆h4ONJivhRc 2011/11/17(木) 23:42:26.34 ID:pGdbEn/o0


言いかけて、止める。

「どうか、したのかい?」

「いや……それよりさっさと帰りな」

「あ、ああ……」

少年は戸惑いながら、支度をして踵を返す。
そうして、振り返って。

「……ありがとう」

また、そう言った。
今度は、さやかのことを教えた礼だろう。
そんな言葉をかけられるほどのことは、していないのに。

「さて、と」

振り返れば、眼前には魔獣。

「野暮なコトが好きだよね、あんたら、さ―――!」

悉く、空気の読めない輩共だ。
赤の魔力を纏って、感情のままに地を蹴った。




365: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:09:48.11 ID:bIXAnOPu0


マミの家の扉の前。
すっかり陽は落ち、辺りは暗くなっていた。

心配しているだろうな、とあのお人よしたちのことを思い返す。
相当なお冠だろうか。
けれど、それはそれでいいと思えた。

そうして、扉を開く。

踏み入れれば、目と鼻の先にゆまが居た。
ぷくぅ、と頬を膨らませて仁王立ちしている。

「キョーコ! 一体どこ―――」

「ただいま」

二の句を告げられる、前に。
微笑んで、そう言った。




366: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:10:27.46 ID:bIXAnOPu0


「え……」

きょとん、と驚いて固まるゆま。
通り過ぎざまに、その頭にぽん、と手を置いた。

「き、キョーコ……なに?」

そう言われても、どう、ということは無い。
特に何か思ったわけではない。
ただ、そうしたいからそうした、それだけのこと。

くく、となんとなく可笑しくなって、笑った。
ゆまは、首を傾げていた。

「……ふふ、おかえりなさい」

そんなやり取りをしていると、マミの声が聞こえた。

「ああ、ただいま」

そう、答えていると、マミの後ろからほむらも出てくる。




367: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:11:43.92 ID:bIXAnOPu0


「それじゃあ待っててくれる? 今、ご飯の用意してくるから……」

マミが奥へと早足で消える。
それと入れ替わるように、ほむらが歩み寄ってくる。

「……なんだか、憑き物が落ちたような顔ね」

「へぇ、そうかい?」

「ええ、なんだか吹っ切れた顔よ」

そういうものだろうか、と首を捻る。
特に、自分としては変わった気はしないのだけれど。

「……なんの話?」

ゆまが訝しげに、割って入ろうとする。
あたしとほむらは、目で合図をして、

「「……秘密」」

口に人差し指を当てて、そう答えた。




368: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:12:36.96 ID:bIXAnOPu0


ゆまが知る必要は無い。
知って傷つく可能性はあっても、得をすることは無い。
だから、いいのだ。

「あーっ! ほむらおねえちゃんだけ知っててずるいー!」

「ふふ……残念だったわね」

「むぅ……」

「……別に、気にすることじゃねーさ」

「でも、キョーコのことは知っておきたいし……」

まったく、健気にもほどがある。
そこまで自分は、気にかけられるものではないのに。

「ゆまも、あのこと秘密にしてたろ?」

「う……それは……」




369: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:13:13.04 ID:bIXAnOPu0


意地の悪いことを言ってみると、素直な反応が返ってくる。
それがまた、面白くてたまらない。
安心させるようにかがんで、目線を合わせて頭を撫でてやる。

「秘密があったとしても、あたしはゆまの傍に―――今、ここに居る。それじゃ、不満かい?」

そう、自分はここに居る。
心だけは過去にあった今までとは違う。
心も体も、今、此処に在る。
それを感じている。

「……ううん、キョーコがいるなら、いい!」

まったく、ことごとく健気だ。
普通の子供なら、文句をたれるところだろうに。
だが、だからこそ、さやかや家族の幻影を重ねたのだろう。

リビングに行くついでに、手を繋いでやる。
そうすると、強く、ぎゅっと握り返してきた。




370: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:13:48.18 ID:bIXAnOPu0


「……そういえば右腕、治ったのね」

「ん、ああ……まあね」

そういえば包帯を外したのは、二人が学校に行ってからだったか。
元々、そこまで仰々しくするほどのものでもなかった。
軽くガーゼを当てれば良かったのだが、なにぶん動き回ることが多いので固定していただけ。

魔力の節約、なんて言っていたが、魔力も自然治癒にある程度関わっているんじゃないかと思う。
まあ、結局問題にならなかったから、どちらでもいいことだが。

傷が治ったのは、自分の心を在るべき場所に取り戻したからなのだろうか。
物理的な傷と、それが関係無いことはわかっている。

けれど、なんとなく思うのだ。

腕にあったその傷は、自分の心を表していたんじゃないかと。




371: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:14:28.66 ID:bIXAnOPu0


包帯を外すとき、なんとなく寂しくなったのは秘密だ。

「……キョーコ、」

「ん……どーした?」

ぎゅ、とゆまが服の裾を引いてくる。

「もう、怪我しないでね?」

「……ああ」

ぽん、とまた頭に手を置いてやる。

「傷だらけで帰ってきて、泣かれても困るしね?」

「な、泣かないもん! ぼろぼろで帰ってきたら、承知しないんだからー!」

「はは……肝に銘じとくさ」




372: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:15:21.41 ID:bIXAnOPu0


ゆまがむすぅ、と不機嫌そうにしているのを、頭を撫でてやった。

肝に銘じる、とは言ったが、怒られてもそれはそれでいいかな、なんて思う。
それもまた、心配されている証拠だ。
ゆまのいろんな表情を見るためなら、それもいいと思った。

「まあ、その辺はほむらやマミがどうにかしてくれるだろ」

「あら……他力本願?」

「そういうわけじゃねーけど……あんた、心配するなっつっても心配するくらいのお人よしだろ」

「……そうかしら」

「そーそー、肩の荷が下りた、って顔してるよ?」

そう言えば、ほむらが自分の顔をぺたぺたと触りだす。
そういうもんじゃねーだろ、と突っ込もうとしたが、面白いので放っておいた。




373: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:16:08.66 ID:bIXAnOPu0


「……それにしても、よく立ち直れたわよね」

「またか……引っ張りすぎだろ」

「引っ張るわよ……あなた、数日前には随分落ち込んでいたじゃない」

「そりゃ……あんたも、だろ?」

「あら、私はまどかの想いを受け止めたから、案外早く立ち直ったわよ?」

「どーだか……」

そこまで言って、ゆまが間に入ってくる。

「まどかって、誰?」

その問いに、ほむらは優しく微笑んだ。

「……私の、大切な人よ。そのうち、ゆまにも教えてあげるわ」

そう語るほむらの顔は満足げで、幸せそうで、けれどどこか寂しげだった。




374: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:17:06.59 ID:bIXAnOPu0


「……お待たせ、出来たわよー!」

マミが戻ってくると、わいわいと暖かな空間が賑わった。

どこか達観した雰囲気もあるけれど、実際は子供で。
まだまだ甘える相手も欲しいゆま。

鉄面皮だったり、ふざけていたりもするけれど。
心中では、他人を深く思いやっているほむら。

一歩引いた視点から、周囲を見て。
保護者のような存在として、皆を支えるマミ。

自分は確かに、しっかりとその本人たちを見ている。
誰かを重ねることなく、心から向き合っている。

ようやく自分は過去にとらわれず、世界と、未来と向き合える。

確かに、そう感じた。




375: ◆h4ONJivhRc 2011/11/19(土) 22:21:08.16 ID:bIXAnOPu0

















―――そんな時間はもう、残されていなかったのだけど。




383: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:44:16.39 ID:IhTdXqr+0


「魔獣の、軍勢……?」

「軍勢、という表現で足りるかどうか……あれはもう、水面や影のようなものだ」

「それは、どういう……」

「水面に石を投げても水面は消えず、影をいくら踏みつけても影は消えず―――つまりは、そういうことさ」

「……そんな」

「僕にとっても、あんなものは前代未聞だよ……言うなれば、」

「魔の祭典―――ワルプルギスの夜だね」

―――Time waits for no one

世界は、いつだって残酷だ




384: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:45:28.30 ID:IhTdXqr+0





「ぜぇっ……!」

それは雪崩か、河か、海か。
集団が、一つの生き物の体を成しているような。
ならば、自分はその舌の上に居るのだろうか。

進む先は魔獣の山であり、海。
退路も同じ。
視界を埋めるのは、全て魔獣。

けれど恐怖は感じない。
結局、そういうことなのだ。
自分の本質は変わらない。

くく、と声が漏れた。
あまりに滑稽だと。

心の根幹にあたる部分は簡単に変わるはずもない。
それだけの話だ。




385: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:46:03.42 ID:IhTdXqr+0


「―――キュゥべえッ!!」

その獣は、ここには居ない。
声が届くはずも無い。
テレパシーによる会話ならば、可能だけれども。
そういうことに頭が回らないくらいには、余裕が無い。

『……杏子』

「ゆまに、繋げられるな?」

『どうするつもりなんだい?』

「聞くなって……野暮だろ」

『……わかった』

ぶつん、と頭の中で回線が切り替わるような音がする。
そうして、すぐに。

『―――キョーコっ!!』

悲痛な、愛しい声が響いた。




386: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:46:46.96 ID:IhTdXqr+0


「……悪いな、ゆま」

会話の合間にも気は抜かない。
防戦一方となりながらも敵の攻撃をかわし、弾き、防いでいく。

『駄目だよキョーコ! だって約束……したでしょ!!』

約束。

『絶対に……ゆまのところに帰ってくるって!』

「ああ……」

確かに、そんなこともあった。
指切りなんて、懐かしいことまでした。
けれど。

「ごめんな、アレ、嘘なんだよ」

『え―――』

そう、嘘だ。
あの約束はさやかと家族の幻影にしたもの。
ゆまとしたものでは、ない。




387: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:48:00.67 ID:IhTdXqr+0


「嘘吐きなんだよ、あたしは―――軽蔑、しただろ?」

『……それでもっ!!』

ゆまの声に強い感情が乗っている。
きっと、あちらも口に出しているのだろう。

『嘘でも、嬉しかった……キョーコと居た時間は、他のどれよりずっとずっと楽しかった!』

自然と、口角が上がる。
ああ、自分は本当に嘘吐きだ。

『二人で出かけた時のこと……覚えてる?』

「……ああ」

風車を見て、クレープを食べて、展望台に上がって。
ただ、それだけで、特別なことなど何も無くて。

『ゆまはね、キョーコと一緒に出かけられただけで嬉しかったんだよ……?』




388: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:48:34.36 ID:IhTdXqr+0


ああ、あの時言いかけた言葉はそれだったんだな、と気付く。

『パパやママと出かけた時よりずっと! 本当じゃ、なくっても!』

声が震えている。
泣いているんだろう。

少しだけ、罪悪感が生まれた。
頭を撫でてやりたかった。
けれど、今自分が掴めるのは槍と虚空のみ。

『ぜんぶぜんぶ、キョーコが居たから! キョーコが居れば、それだけでいい!!』

自分は、幸せ者だ。
こんなにも、想いを向けてくれる人が居る。
けれど。

「……ごめんな」

告げる言葉は、他に無い。




389: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:49:01.84 ID:IhTdXqr+0


『キョー、コぉ……』

それは、懇願だった。
足にしがみついて、離れまいとするような執着の言葉。

「なあ、ゆま……あたしさ、死にそうなのに全然恐くないんだよ」

ぽつり、と呟きとして、それは発せられた。

「どーしてかな……元々未練が無かったのか、いや……違う、か」

ゆまと共に居たい、という想いは確かにある。
けれど、それ以上に。

「あっちに仲間が―――『友達』が居るから、かもしれない」

友達。
くすぐったい響きだ、なんて、今更ながらに思う。
けれど、どこか暖かくて。
なんとなく、切ない感じがする言葉だ。




390: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:49:36.59 ID:IhTdXqr+0


『……でもっ!』

再びゆまが声を荒らげる。
どうにかして、繋ぎとめようと。

『友達にはいつでも会いに行ける! でも、この世界にはいましか居られないんだよ!?』

確かに、そうかもしれない。

『人はいつか死ぬ……だけど、その『いつか』は『いま』じゃなくてもいいはずだよ!』

実際、そうなのだろう。

遅かれ早かれ人は死ぬ。
けれど、その時が最初から決められているわけではない。

だから、諦めるなと。
生き続けることはできると、そういうことなのだ。




391: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:50:09.33 ID:IhTdXqr+0


「……人なら、確かにそうなんだろうさ」

それでも、自分の吐く言葉は変わらない。

「あたしは、願いを叶えて人を捨てちまった……だからもう、いいのさ」

『違うよっ! キョーコは……キョーコは暖かくて優しい……立派な人だよ!』

「そうだとしても、同じさ」

人であるか、そうでないかなど、最早関係無い。

「あたしにとっての『いま』と『いつか』は、もう過ぎ去ったものだから、ね」

『いま』は家族が死んだ時に。
『いつか』はさやかが消えた時に。
どちらも、葬られてしまった。

今までは、生きる理由と同じく、死ぬ理由が無かっただけだ。
そこに、死が迫ってきている。
ただ、それだけの話だ。




392: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:51:15.40 ID:IhTdXqr+0


『駄目だよ……キョーコ……!』

ゆまの瞳から、涙が流れている。
拭っても拭っても、止まることはない。
目の前に居なくても、わかる。

「泣くなよ、ゆま」

『……なら、帰ってきて』

恨み言のようにも思える。
けれど、これはもっと純粋な。

『もう一回、抱きしめて! もう一回、頭を撫でて! ぼろぼろでもいいから、帰ってきてっ!!』

ああ。
それだけは、無理だ。

「……ごめんな」

『キョーコっ―――!!』

ぶつん、と。
そんな感覚が、声を遮った。

泣きながら手を伸ばすゆまが、目蓋の裏に見えた気がした。




393: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:52:07.02 ID:IhTdXqr+0


『もう、いいのかい?』

「ああ……」

これ以上は、必要ない。
自分の思いは変わらない。

「……キュゥべえ、ひとつ頼めるかい?」

『聞いてみないと、どうも言えないね……どんなことだい?』

「――――――」

それだけは、言っておきたかった。
あの優しい少女は、自分が恐れていることをやりかねないから。

『わかった……引き受けよう』

「ああ、それと」

『なんだい?』




394: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:52:35.74 ID:IhTdXqr+0


「今まで、ありがとね」

『……まったく、わけがわからないよ』

そう言って、ぶつん、と会話は切れた。
最後まであいつらしいな、と可笑しくて笑う。

「さって、と」

目の前には、むさ苦しい連中が詰め掛けている。

相手は無数。
無限でも有限でも、自分にとっては同じこと。
制限時間は、自分の魂が朽ちるまで。

どの程度持つものだろうか、と考えていれば。

ズドン、と数体が魔力の奔流に撃ち抜かれた。

「……杏子」




395: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:53:07.78 ID:IhTdXqr+0


「よう……生きてたんだね」

「あなたこそ」

皮肉も込めたのだが、真面目に返される。

「……マミは?」

「先に逝ったわ」

「そうかい」

感想は、それだけだった。
我ながら軽薄だな、とは思う。
心残りが、あるとすれば。

「最期には、立ち会ってやりたかったな……ああ、でも」

そういえば、だ。

「また、会えるんだっけか」




396: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:54:00.29 ID:IhTdXqr+0


「本当にそういうものとは、限らないわよ?」

「まあね……でも、そう考えたほうが楽しい、だろ?」

「……そうね」

言って、ほむらはふふ、と笑った。

「彼女は……最期まで、正義の味方で在り続けた。理想の魔法少女で在り続けた。だから……」

「ああ、きっと幸せだろうさ」

今回、魔獣に立ち向かおうと最初に決めたのはマミだった。
マミは年長者だが、寂しがりやだったり、脆い部分もある。
それでも、魔法少女で在り続けようとした。

たとえ消え去る運命でも。
消え去ることなど、心を殺すよりずっといいと信じて。

結局、正義に殉じた。




397: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:54:32.57 ID:IhTdXqr+0


「あなたは、どうするの?」

「……もちろん、逝くさ」

愚問だった。
すでに心は決まっている。

「ゆまのことは、いいの?」

「……いいんだよ」

それもまた、愚問だ。

「あんただって、逃げる気無いんだろ?」

「…………」

答えはない。
それ自体が答えだった。




398: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:55:25.33 ID:IhTdXqr+0


「なら、あたしの道は決まってる……マミが先に逝って、あんたも逝こうとしてるんだ」

仲間が立ち向かう。
すでに一人は己の信念に殉じた。

「なら……あたしも逃げるわけにはいかないだろ?」

「……そうよね」

ほむらは少し、嬉しそうに笑った。

「あなたって、そういう人だったわね」

「……そりゃどーも」

自分も、つられて笑った。
こういうのもまた、『友達』というやつなのだろうか。




399: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:55:54.47 ID:IhTdXqr+0


「……いこうか」

「ええ」

そう言って、互いに背を向ける。
二度と、振り返ることはない。

「―――『たった一つ、守りたいものを最後まで守り通せばいい』」

「なんだそりゃ?」

「……あなたの言葉よ」

「そうかい」

それで、何を伝えたかったのか。
頭ではわからない。
けれど、心には届いた気がする。




400: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 19:56:31.80 ID:IhTdXqr+0


「それじゃあ、また」

「ええ、また」

永遠の別離。
そして再会。
矛盾する二つの意味を内包する言葉を残して、ほむらは飛び立った。

しゅる、と黒いリボンを外す。
父親の十字架は左手で受け止め、槍と共に握る。

「―――さあ、」

祈るように、目を閉じた。

「一緒に往こう、さやか」

そうして、踏み込む。
魔がはびこる、死の海へと。




405: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:29:45.12 ID:IhTdXqr+0


「ふっ……!」

槍を突き出し、ちまちまと刺す暇はない。
常に多節棍の状態で振り回し、まとめて薙ぐ。

しかし、それでも隙は存在する。
背後で、魔獣が光線を放とうとするのを感じた。

「させるか、っての!」

勢いよく、足を地面に踏み込む。
震脚―――では、ない。

地面から現れたのは、巨大な槍。

それが、魔獣を下から上に突き通す。

「まだまだっ……!」

続いて二、三と槍が現出し、突き通した。




406: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:31:02.06 ID:IhTdXqr+0


魔獣の突き刺さった、天へと伸びる槍に飛び乗る。
自然と魔獣を見下ろす状態になる。

足場の少ない場所で止まっている自分は、さぞかし的に見えるだろう。
しかし、それはこちらも同じこと。
そのまま槍を伸ばし、地上を一掃する。

「っ、ぐっ……!」

力が足りず、途中で止まる。
それでも。

「ら、ぁぁあああああああああああっ!!」

力づくで、振り切る。

そうして、綺麗になった地表に降り立った。

「ぜぇ、はっ……!」




407: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:32:05.61 ID:IhTdXqr+0


完全に、肩で息をしている状況。
しかし休む暇は無い。
再び群れへと、海へと、森へと突き進む。

その槍の一振りでもって、薙ぎ払いながら。

連撃。
されど必殺。
殺し切れなければ、こちらが死ぬだけだ。

無抵抗に死ぬつもりで、ここに居るわけではない。

全力で戦って。
武器も、身体も満身創痍になって。
そうして、跡形も無く消える。

自分は、自分の心に殉ずるためにここに立っている。




408: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:32:55.37 ID:IhTdXqr+0


その攻撃は、何振り目だっただろうか。
その直後。

「づっ、あ……!」

右腕の肘部分が、撃ち抜かれる。
痛みは直後に感じただけで、すぐにおさまる。
ああ、治ったばかりなのにな、と余計なことが脳裏に浮かんだ。

痛覚の遮断だとか、そういうことをしたのではない。
身体がもう、痛みを感じようとしていないのだ。

「はっ……!」

そんな絶望的な状況でも、自分の口元に浮かぶのは、笑み。

「まだ、もう一本あるじゃねぇか……それに、足は両方付いてる!」

槍は振るえるし、走ることもできる。
諦めるには、まだ早い。




409: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:33:58.17 ID:IhTdXqr+0


「だ、ぁぁあああああああっ!!」

走る。
先ほどよりも、速く。

槍は多節棍としてはもう振るえない。
右腕はもう、ただの飾りだ。

片手では振り切れない。
ならば、槍のまま切り裂く。

もちろん、それだけでは足りない。

「けど―――まだ、コレがある!!」

地面から、巨大な槍を連続で現出させる。
その度に一体、また一体と宙に縫い付けられる。

さながら、串刺し公の処刑のごとく。




410: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:34:57.12 ID:IhTdXqr+0


正面に、今まさに光を放たんとする魔獣が居た。
切り裂くのでは、間に合わない。

「なら、よぉッ!」

瞬時に槍を伸ばし、その頭部を貫く。

しかし、槍を引き戻したその直後。

「―――あ?」

ぐら、と身体が傾いた。
反動、ではない。

見れば、左足から夥しい血が出ていた。
ああ、撃たれたんだな、と瞬時に理解する。
痛覚が薄れていて、感じなかったらしい。

倒れ伏そうとする自分に、多くの魔獣が攻撃を向けようとしているのがわかった。
その光を、見詰めながら、

「いいや―――お断りだッ!」




411: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:36:20.53 ID:IhTdXqr+0


地が割れ、勢いよく今までのものより巨大な槍が、多節棍の状態で自分を先端に乗せる。
衝撃で、数十の魔獣が吹き飛ばされた。

蹂躙され、蜂の巣にされ、死んでいくのはナンセンスだ。
自分にはまだ余力がある。

もう、ぶら下がっているだけの右手を、十字架を握りこんだ左手で掴む。
使い物にならない左足を乱暴に扱いながら、槍の上で屈む。

それは、今は懐かしい祈りの体勢に似ていて。

ふ、と自然と笑っていた。

「なあ、さやか……この世界にも、大切な人は居るけどさ」

呟きは、無意識に漏れていた。

「―――やっぱり、あんたが居ないとさみしいよ」

直後、魔力が爆ぜる。
赤、紅、朱―――それが、一切を飲み込んでいった。




412: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:37:26.02 ID:IhTdXqr+0


魔力の奔流。
ああ、自分は消えるんだな、という感覚。

そこに。

『―――杏子ちゃん』

聞き覚えは、無いけれど。
どうしてだか、懐かしい声。

ああ、と。
すぐに、誰だかわかった。

「まどか、か?」

『うん、久しぶり……って言っても、わかんないよね』

目を開けば、えへへ、とはにかむ桃色の髪の少女が居た。
周りの景色は、よくわからないものになっていて。
手足の傷は、無くなっていた。




413: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:38:17.89 ID:IhTdXqr+0


「あたしは消えた―――いや、これから消えるのか」

今際の際、というやつだろう。

『うん……お疲れ様。もう、休んでいいんだよ』

そう言って、まどかは優しく微笑んだ。
同じ年頃の少女のような外見であるのに、聖母のようにも見える。

「そうするさ……これで終わり、か」

思い返しても、呆気ないものだった。
けれど、最後は幸せだった。
それでいい。

そうして。

『……杏子』

待ち望んだ、声。

「ったく……」

苦笑しながら、声のほうに振り向く。

「おせーよ、ばか」




414: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:39:03.41 ID:IhTdXqr+0





「……逝ったね」

静止した空間で、キュゥべえがそう、呟いた。
直後、弾かれるように。
隣のゆまが、勢いよく立ち上がる。

「キュゥべえ、キョーコを―――!」

「残念だが、その願いだけは聞けない」

予想していた、という風に一蹴する。
わかっていた。
生き返らせて、だとか、そういう願いをすることはわかっていた。

「どうしてっ!!」

当然の疑問。
虚空を見上げながら、淡々とキュゥべえは告げる。

「遺言だよ、杏子のね」

「ッ!?」




415: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:40:00.31 ID:IhTdXqr+0


「『あたしのための契約だけはさせるな』……彼女は、そう言ったのさ」

「そんな……!!」

それが杏子の最期の願いだった。
もちろんキュゥべえに、それを守る義務は無い。
しかし。

「それに、円環の理に導かれてしまった以上、僕にはどうしようもない」

インキュベーターは知っていた。
円環の理に導かれた魔法少女は、どうやっても戻らないことを。

理由も知っていた。
神に等しい資質を持つ『まどか』による願いを、他の凡百が覆せるわけがない、ということを。

ゆまはただ、項垂れる。

少女の嘆きは声にもならず響きもせず、ただ、世界に掻き消された。




416: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:40:59.84 ID:IhTdXqr+0




願いの数だけ代償がある。
出会いの数だけ別れがある。
それがこの世界にとっての必然。

ただ、それだけの話だ。
悲劇でも、喜劇でもない。

ただの、世界の摂理。

ならば願いは代償と同義だ。
出会いは別れと等価だ。

喜びも、悲しみと等しく存在する。
ただ、それだけだ。

―――それでも






417: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:41:52.96 ID:IhTdXqr+0


「それでも、わたしは出会い続けたい」

たとえその先に悲しみがあってもそれを望む。

「出合わなければ良かった、なんて絶対に思わない」

それでは何も感じない。
ただ、空虚な『無』が在るだけ。

「別れは悲しみだけじゃなく……多くのものを残してくれる」

わたしは、別れがあったからこそここに居る。
そこで得たものから決意し、ここに居る。

別れがわたしを支えている。
大切な友達と交わした再会の約束のおかげで、わたしは絶望せず、ここに在る。

「だから出会うことは、間違いなんかじゃない……そうだよね」




418: ◆h4ONJivhRc 2011/11/20(日) 22:42:58.57 ID:IhTdXqr+0


「―――ほむらちゃん」

「うん……そうね、まどか」




424: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:08:15.95 ID:DgSjDShL0


「―――え―――ん」

声がする。

「ね――さ―――」

随分と喧しい声だ。
何か事件でもあったのか。

否、きっと違う。
聞き覚えがある。
というか、聞き慣れた声だ。

そう、この声は。

「―――姉さん!」

他ならぬ、妹のものだ。




425: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:08:46.51 ID:DgSjDShL0


ぱちり、と目を開く。
そこにあるのは、見慣れた教会の天井。

「ふぁ……」

身体を起こし、大きく欠伸をする。
どうやら、寝てしまっていたらしい。

「……姉さん」

「おう、おはようもも」

「おはよう、じゃなくて……」

赤い髪を三つ編みにして、前に垂らした髪型の少女。
名を、佐倉もも。
言うまでも無く、自分の妹だ。

けれど、なんとなくだが、とても懐かしいような気がした。
ももとは、いつも顔を合わせているというのに。




426: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:09:18.69 ID:DgSjDShL0


「ここで居眠りするのはみっともないって、父さんにいつも言われてるでしょ?」

「あー、悪い悪い、父さんには……」

「……黙っておくけど、今度は無いからね」

「はいはい、っと」

しかし、昔はやんちゃだったのに、今はめっきりおとなしくなった。
成長した、と言えば聞こえはいが、何故だか父親に似てきた気もする。
特に説教臭いところが。

「……ん、」

自分の枕元に、林檎の入った紙袋が置いてあった。
色付きがよく、艶やかだ。

「これは、どーしたのさ?」

「ああ……いつものおばあさんのおすそ分け。姉さんが林檎好きだから、って」




427: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:10:07.48 ID:DgSjDShL0


「……ふぅん」

「後で、お礼言いに行くのよ?」

「ああ、もちろん」

答えて、直後にととと、と足音がした。
その方に振り向けば、また見慣れた顔。

「キョーコっ!」

「わっぷ……こらこら、毎回抱きつくのはやめろって」

「えー、でもー」

「……ったく」

仕方ないな、と苦笑する。
ゆまはももに比べ、純粋なのか幼いのかこういうスキンシップが好きだ。




428: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:10:36.77 ID:DgSjDShL0


ゆまも、自分にとっては大事な妹だ。
初めて会ったとき、教会の前に捨てられていたゆまに、自分が手を差し伸べた。
それから色々とあって、父親が養子として迎えようと言ったんだったか。

頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。
昔ほひどいことをされていたようだが、今はせめて、幸せであってほしいと思う。

そこに、視線を感じた。

「ん……どうしたもも、羨ましいのかい?」

「……はっ!? べ、別にそんなこと、」

あたふた、と必死で取り繕うもも。
さすがに今の歳で甘えるのは、恥ずかしいのだろうか。
ならば、だ。

「―――そらっ!」

「きゃっ!?」




429: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:11:04.24 ID:DgSjDShL0


ゆまと一緒に、ももを腕の中に閉じ込める。

「ちょ、ちょっと姉さん、何を……!」

「いや、こうしてほしかったんだろ?」

「そ、そんなこと……」

「あはは、もも、顔真っ赤~」

「うう……」

ゆまに指摘されて、さらに顔が紅潮するもも。
それが面白く、可愛らしい。
笑いながら、さらに強く、抱きしめた。

その、背後。
がさ、という音が聞こえた。




430: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:11:32.84 ID:DgSjDShL0


「何だ……?」

振り向けば、ぴょん、と跳ねる白い影が見えた。
大きさからして、猫だろうか。

どんな手品か知らないが、林檎を持って、逃げていく。

「あいつ……っ!」

「キョーコ、どうしたの?」

ゆまとももから、ぱっと手を離す。
ももはなんだか、名残惜しそうだった。

「ちょっと行ってくる……夕飯までには帰るから!」

「え……姉さん?」

そう言って、林檎の紙袋を持って駆け出した。
丁度腹も減っていたし、運動には必要だ。

そうして、叫ぶ。

「あたしの林檎、返せ―――っ!」




431: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:12:17.16 ID:DgSjDShL0





「はぁ……チクショウ、どこ行った!」

まったく、逃げ足の速い。
本当に猫か、と思うほどに。

「……あら、あなたは」

「ん?」

声をかけられ、振り返れば、金髪の少女。
たしか、名前は。

「巴、マミ―――だったか?」

「ええ、覚えててくたのね」

「まあ、ゆまが世話になったし、な」

この前ゆまが迷子になったとき、ゆまに着いていてくれた。
ゆまはよく懐いていて、また会いたい、なんて言っていたか。




432: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:12:57.75 ID:DgSjDShL0


「悪いね……お礼をしたいんだけど、今忙しいし」

「あら、いいのよ別に。困ってる子が居るなら助けるのが普通でしょう?」

「でもなぁ……」

そう言って、腕の中にあるものの存在を思い出す。
それで足りるかどうかは別として、無いよりはマシだろう。

「……マミ」

「え、何……」

放り投げれば、ぱし、とマミの手の中に納まる。

「まあ……それでも食いな」

「……ええ、ありがとう」

その瞬間、白い影が視界の端に映った。

「―――見つけたっ! それじゃ、また!!」

「え、ええ……」

再び、走り出す。
なんだったのかしら、という声が背後で聞こえた。




433: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:13:47.69 ID:DgSjDShL0





「くそっ……確かこの辺りに、」

公園。
植木の中にでも入ったのか、また見失ってしまった。
先ほどまでは、視界に捉えていたのだが。

「どこ行っ……おわっ!?」

途端、急に右の袖を引かれる。
見れば、猫が引っ付いていた。

「白……じゃなくて黒、か」

林檎を抱えた腕でなかったのが幸いか。
しかし、地味に重い。

「こら! エイミー何やってるの!」

さらに、走り寄る人。
それによって、重みが取り払われた。




434: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:14:21.79 ID:DgSjDShL0


「……すいません、この子、急に走り出しちゃって」

「ああ、別にいいんだよ」

桃色の、気弱にも見える少女。
黒猫は、彼女の腕の中に納まった。
エイミー、というのが名前なのだろう。

「ほむらちゃん! 見つかったよー!」

そう言って呼べば、黒髪の少女が走り寄ってくる。
こちらはなんというか、理知的な感じがした。

「……良かった、怪我も無いわね」

「うん、この人に飛びついちゃってたの」

「そう、ごめんなさい……迷惑、かけたわね」

「いいっていいって、別に気にしてねーし」




435: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:15:13.25 ID:DgSjDShL0


それよりも、あの白猫だ。
いったい、どこへ行ったのやら。

「なあ、あんたら……白い猫、見なかったか?」

「白い猫、ですか……?」

「そ、勝手にあたしの林檎、盗んでったのさ」

うーん、と首を傾げる桃色の髪の少女。
まあ、元より期待はしていないのだけれど。

「……猫ではないけれど、それらしいものなら見たわよ」

「ほんとか!?」

「ええ、林檎を持っていたからきっと、探してるものだと思うけれど……あっちに行ったわ」

「ありがとな―――んじゃ、これやるよ!」

ぱし、と黒髪の、ほむらという少女が投げた林檎を受ける。
なんだかんだで盗まれた量より無駄にしているようにも思えるが、恩がある相手にはそれを返さなければ。




436: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:15:42.88 ID:DgSjDShL0




息を切らせ、辿り着いたのは駅。

「さぁ……どこだ!」

特に隠れるところも無い。
ここまで来れば、捕まえられるはずだろう。
それにしても、猫が林檎を運ぶとは、どうやっているのだろうか。

「いや、猫じゃないんだっけか」

先ほどの、ほむらという少女が言っていた。
というと、一体何なのだろうか。

「……ん?」

足先に、何かぶつかる。
それを見た瞬間、全身から力が抜けた。

「あんの野郎……」

林檎の芯。
随分と、綺麗に食べられていた。




437: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:16:20.72 ID:DgSjDShL0


つまり、まったくの徒労だったわけだ。
別件のものかもしれないが、そんな気がした。
溜息をつきながら、帰途につこうと踵を返す。
その、瞬間。

鮮やかな青が、視界に映った。

ベンチに座って俯く、青い髪の少女。
それに、なんだか既視感を感じて。

「―――なあ、」

気付けば、声をかけていた。

「何、してんのさ」

「別に……っていうか、あんたが何よ」

生意気な奴、と思ったが、自分も似たようなものか。
そもそも、どうして自分は声をかけたのか。




438: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:16:53.06 ID:DgSjDShL0


「そんなメソメソして、何かあったんだろ? 言ってみな」

「……どうして、見ず知らずの他人にそんなこと言われなきゃなんないの?」

「他人だから、だろ……親しい奴には、言えない事もあるもんさ」

一体、自分は何をやっているのか。
見ず知らずの他人に、ここまで入れ込んで。

「馬っ鹿みたい」

「そーかい」

なんとなく、他人ではない気がした。
いつか、どこかで会ったような。

「わぷっ……!?」

「ほら、泣きな……あたしは向こう向いてるから、誰も見てないよ」

「……ばか」

少女は、声を殺して泣いた。
自分はその頭を、妹やゆまにやるように撫でてやった。




439: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:17:29.71 ID:DgSjDShL0



しばらくして、胸を押された。
もういい、ということだろう。

「ごめん……いきなり泣き出したりしてさ」

「いいんだよ、別に。あたしが勝手にやったことだし」

「……馬鹿はあたしの方だった、かな」

そう言って、目尻を拭う背後の夕日に照らされた少女の顔に。
少しだけ綺麗だ、なんて思ってしまって。

「ありがと、あんたのおかげでなんか吹っ切れたよ」

「―――杏子だ」

「え?」

あんた、という呼び方が、なんだか気に入らなくて。

「佐倉杏子……あたしの、名前」

名前を、呼んでほしかった。




440: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:18:07.32 ID:DgSjDShL0


「杏子……そっか」

少女は、何故だかあたしの名前を嬉しそうに呼んだ。

「あたしはさやか……美樹さやかだよ、杏子」

「さやか、か」

なんとなく、しっくり来た。
その名前でないと、いけないような。
最初から、知っていたような。

この胸にある感情が何かはわからない。
けれど、それはきっと、悪いものではない。
むしろ、歓迎すべきものだ。

「それじゃあ、さやか」

差し出すは、想いの証。
自分のせめてもの、感情のカタチ。




441: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:18:47.39 ID:DgSjDShL0



その出会いは、進んだ先の未来なのだろうか。
それとも、分岐して並行し、決して交わらぬまた別の現在なのか。

問いの答えは出ない。
出るはずも無い。
前者なら喜劇、後者なら悲劇と取るのもまた、不毛なことだ。

少なくとも、彼女たちは今、幸福だ。
出合うべくして出合えたのだから。

その先には確実に別れがある。
けれどそれを悲しむ必要は無い。
別れは失うだけでなく、同時に何かを得ることなのだから。

現実を、事実を飲み干してしまえるか。
それは、彼女たちのこれから次第だろう。
今それを論じることは、野暮でしかないだろうが。

なにせ、それは未だ始まっていない。
終わりのことを考えるのは、もっと先のことでいい。

彼女たちの物語は、今、ここから始まるのだから。





442: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:19:16.06 ID:DgSjDShL0




「……食うかい?」






443: ◆h4ONJivhRc 2011/11/23(水) 23:20:21.05 ID:DgSjDShL0


これにて完結です
読んでくださった方々、まことにありがとうございました

我ながら蛇足だな、とは思いましたが、ラストの大まかな構想自体は早くから考え付いていたので
妹はハノカゲ版にドラマCDをブレンドしたらどうしてこうなった
さやかが泣いていた理由はまあ皆さんご存知彼と彼女がアレした感じで

しかし遅くなって申し訳ない
本当は月曜には投下する予定だったのだが、最終回近くになるほど次回作を思いつく病が発症して申し訳ない
見かけたら、あーまたコイツかとでも思ってください
しばらくは無いだろうが、また時間があれば書きそうなので
あとHTML化依頼はこちらでやっておきますので、ご心配なく

それでは長々と無駄な文章失礼しました
こんなものでも楽しんでいただければ幸いです



元スレ
SS速報VIP:杏子「あいつが、居なくなった世界で」