SS速報VIP:テッラ「困りましたねー」フィアンマ「言う程困ってもいないだろう」
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1: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/21(土) 23:15:20.29 ID:txl/hxTAO



・フィアンマさんとテッラさんがほんのりいちゃいちゃするお話(徐々に関係変化)

・時間軸不明(曖昧)

・テッラさんは男、フィアンマさんは両性具有

・このスレにおいて『右方のフィアンマ』は聖ピエトロ大聖堂『奥』に部屋を持ち、居住している

・一日1レスを目指して

・ほぼ全て会話文(台本)構成



※注意※
エログロ・ホモ描写が入る可能性があります。
安価スレではありませんが、書き込みに呼応した内容になる場合があります。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1342880120




5: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/21(土) 23:22:53.18 ID:5vaPZAUb0


テッラ「困りましたねー」

ざぁざぁと降る雨の中、緑の髪をした男がぼやく。
外に出てきたのはいいものの、傘は手元に無く。
傍らの、赤く長い髪を背中で一つに緩く結わえた青年は、退屈そうに空を見上げた。
二人揃って、大雨に辟易としながら、とある軒下で雨宿りをしつつぼやいているという訳である。

フィアンマ「言う程困ってもいないだろう」

テッラ「いや、濡れても確かにそうそう風邪は引きませんが…」

フィアンマ「まぁ、別に構わんがね。俺様はこのままでも」

そう素っ気なく返し、青年は欠伸を噛み殺す。
仕事は特に無い状況である以上、無理やりに帰る必要も無いのだ。
緑髪の男はしばらく悩んだ後、何事かを言った。
そして青年の方を見やると、優しく微笑みかける。

フィアンマ「そんな事に『光の処刑』を使うなよ。くだらん」

テッラ「貴方が濡れて風邪を引くよりはマシですねー」

フィアンマ「…未だに『あの日』の事を前提として、俺様の事を判断しているのか? 何年前の事だと思っているんだ」

テッラ「何年経過しても、貴方は私にとって大切な人です」

フィアンマ「…そうか」

ふ、と口元を弛ませ、青年―――フィアンマは外へと踏み出した。
大雨の中にも関わらず、身体が濡れる事は無い。
男性―――テッラが『人体』を上位に、『自然現象』を下位に、一時的に設定したからだ。
二人は友人ではない。そんな軽い間柄ではない。
テッラにとって、フィアンマは命の恩人であり。
フィアンマにとって、テッラはかつて救った子供。
互いにとって、互いは同僚でしかない。今は。
優秀な魔術師として、天使に近い身体を持つ二人は、そのメルヘンな響きとは裏腹に、纏う雰囲気以外はいたって普通の人間だ。
怪我をすれば血も出るし、日常生活の中で食事だって普通に摂取する。

二人は、聖ピエトロ大聖堂に帰ってきた。
フィアンマはいつものように『奥』へ戻ろうとしたのだが、テッラが引き止める。
右方のフィアンマに対して、このように気軽に話しかけられるのはテッラ位なものだ。

テッラ「少し、話をしませんか」

そんな穏やかな提案に対し、フィアンマは少しばかり悩む素振りを見せた後、穏やかな表情で頷いた。


場末のぼったくり店でも滅多にお目にかかれない不味いワインを不味そうに飲み。
卵やバターのほとんど使われていなさそうな、ぱさついたパンを美味しくなさそうに食べながら、テッラはため息を吐き出す。
必要に駆られ致し方なく執り行っている『儀式』的意味合いを持つ食事で、もう慣れはしたものの、嫌なものは嫌だ。

フィアンマ「そのように不味そうに食するのなら、もう少しばかりマシな食物を選んだらどうだ」

テッラ「いえ、あくまで儀式ですからねー。安く済ませたいのですよ。不味いですが」

フィアンマ「ご苦労な事だ」

食事机、テッラの向かいに座るフィアンマは、テッラの前に並べられた儀礼的な不味い食事とは打って変わり、質素に見えて豪華な食事を摂っている。
今口にしている生ハムのサラダは、値段に換算すると結構高価だ。
一口恵んでやろうか、とちらつかせるフィアンマに対して、テッラは笑って首を横に振る。
途端、彼はつまらなそうな表情を浮かべ、フィアンマはすりガラス窓越しに空模様を見つつ、サラダを食べた。

雨は、どうにもまだやみそうにない。



7: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/22(日) 03:17:58.60 ID:Wo68V/rd0



テッラ「そういえば、」

フィアンマ「ん?」

唐突な切り出しに、フィアンマは首を傾げる。
テッラの飲んでいるワインを、勝手に貰い受ける形でワイングラスを没収しつつの聞き返し。
儀式として必要量は摂取済みの為、苦笑しながらテッラは言葉を続けた。

テッラ「ヴェントはまだ戻らないようですねー?」

フィアンマ「方々に飛ぶよう言いつけてあるからな。まぁ、ヤツはその方が合っているよ」

前方のヴェント。
『神の火』を司る、元気過ぎる金髪の少年。
いや、年齢だけを取り上げれば青年ではあるのだが、何分童顔気味であること、元気溌剌としていて落ち着きが少ないこととで、少年に思えるのだ。
現在はローマ正教の方向性である『世界の管理と運営』という観点から、世界の内紛の仲裁に向かっている。
ついでにいえば布教も兼ねて。元気さと敬虔さが重なるとああなるのか、とフィアンマは考えている。
今のところ、科学サイドと衝突は無いし、他の宗教集団―――例えば、イギリス清教等との関係も悪くは無い。
有り体に言えば暇過ぎるのだ。故に、ヴェントを"遊ばせて"いる。
テッラから奪ったワインを不味そうに飲み、フィアンマは小さくため息をつく。

フィアンマ「…何時になれば『神の力』に適性のある人間が見つかるんだ。待ちの体勢というのも、なかなかどうして、疲れる」

テッラ「前代が死んでから中々見つかりませんからねー…」

後方のアックア。
青い髪をした壮年の男性だが、数年前に死んでしまって以来、『後方』の位置は空となっている。
力のある秘密、暗部組織である以上別段メンバーが一人欠けた程度で『神の右席』は揺らいだりなどしないものの、それでも気になる。
スカウト、などという馬鹿げた考えが一瞬思考を占拠し、テッラは頭を振って振り払った。
フィアンマとしては二十年以内に見つかればいいだろうという気軽な考え方ではあるが、手駒は多い方が良いとも思う。
だからといって、この二人が案じたところで見つかるというものでもないのだが。

不味いワインを飲み終え、空のワイングラスをテッラの前に戻して、フィアンマは暇を持て余した。
結わえていた髪を解くと、癖の無い長い髪が背中に広がる。
不要な食器やゴミを片付け、フィアンマはテッラを連れて『奥』へ行った。
聖ピエトロ大聖堂には、現在、この二人以外居ない。
ローマ教皇は慈善事業をしに行っているからだ。言うまでも無く、対外的アピールの為に。
『奥』の、本が詰まれた部屋で、椅子に腰掛け、フィアンマは退屈そうな表情を見せる。
何百年生きているとも知れない男は、どこまでも底が知れない。『神の右席』が名実共に『教皇の影の相談役』だった頃から、彼は『右方のフィアンマ』として君臨している。
その心は空虚で不安定であり、神以外何者も導でないことを、フィアンマの左隣に置かれた椅子へ座ったテッラはうっすらと理解している。
長く生きているにも関わらず彼の見目はどう見ても青年のそれではあるが、テッラは別段そこに疑問を抱いたことはない。
魔術的に解析するとすれば、とてつも長い文章になることだろう。

フィアンマ「思えば、お前と出かけた時にはいつも雨だな」

テッラ「雨男、というやつでしょうか」

雨男、晴れ男、などというものは、一般的には単なる迷信とされている。
だが、そこから意味合いを見つけ出し、術式まで組んで自然法則を捻じ曲げてしまうのが魔術(オカルト)の人間。
なので、割と真面目にそんな会話をしつつ、フィアンマとテッラは退屈と暇を会話によって潰す事にした。
別に、神に祈って時間を消費するのも悪くは無いが、テッラとしては好きな人と話をしていたいし、フィアンマはそもそも四六時中祈って辛さを感じない程にまで敬虔ではない。
やることがない、というのも、人間にとってはある意味苦痛だ。



9: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/22(日) 03:48:22.31 ID:Wo68V/rd0


金色の瞳を、壁掛け時計に向け、フィアンマは一層辟易したような表情を見せた。
時刻はまだ夕方にもなっていない。
長く生きてしまえばしまうほど、一日一日の価値は無くなる。
短い時間と限られているからこそ、人生は輝いて見えてくる。
フィアンマにとって、毎日とは堕落しないよう自らを戒める檻であり、楽しみはほとんど無い。
かつて拷問や殺人などといった凶行に快楽を見出してみようとも考えたものの、フィアンマにそのような猟奇的な趣味は似合わなかった。
テッラはそんなフィアンマをどうにか遊興に興じさせてみようとも考えるが、そもそも自分があまりそういった行為に精通していない。
彼は敬虔なローマ正教徒として、神父として、今も聖職者として清く正しく生きているのだ。
宗教的、魔術的知識を教えるのであればまだしも、遊びを教えられるほど、不真面目に生きてきてはいない。
となれば真面目な会話をするのも悪くは無い。だが、取り立てる程の話題は無く。
まして、そうは見えずとも、テッラは緊張している。フィアンマが怖いというわけではない。
前述した通り、フィアンマの事を好いているからだ。
どのような我侭を言われても笑顔で受け入れてしまうほどに。
無償の愛などという小綺麗なそれよりも、むしろ情愛と言い切ってしまった方が相応しいかもしれない。

テッラ「…退屈ですねー」

フィアンマ「何か良い暇潰しは考えつかんのか?」

テッラ「トランプは貴方がいつも全勝してしまいますし、他のボードゲームで貴方の知的レベルには敵いません」

フィアンマ「卑屈だな」

テッラ「事実です」

フィアンマ「何か話を聞こうにも、お前も俺様も外に出なくて良い方の人間、話題もあるまい。…チェスに付き合え」

テッラ「構いませんよー」

フィアンマは億劫そうに立ち上がり、長テーブルの上にチェス盤を置き、駒を並べていく。
テッラはその行動に対し、自分の座る椅子を反対側に置くことで協力した。
テッラに容赦してか、フィアンマの側にクイーンは無い。所謂ハンデ。片手落ち。
フィアンマは先攻をテッラに譲り、椅子に座り直して優雅に右脚を上にして脚を組んだ。
壁掛け時計が、無機質に時を刻んでいる。
テッラはしばし悩んだ後盤上の駒に手を伸ばし、移動させた。

フィアンマ「……お前は、今でも俺様の事が好きか」

テッラ「えぇ、大好きですよ」

一欠けらのパン。
導かれた教会。
フィアンマの気まぐれの中の気まぐれが引き起こした幸福。
テッラはそれらを思い浮かべながら、頷いた。
否定することなく照れ隠しも行わず好意を伝えてくるテッラの声に、フィアンマは小さく笑った。
彼にしては珍しく、人を馬鹿にしたような調子の無い笑顔だった。
笑みを浮かべたまま、フィアンマは駒を手にする。
霊装の役割すら果たす、『神の子』の如き右手で。

フィアンマ「…俺様も、お前の事は嫌いではないよ」

テッラ「…そうですか」

フィアンマの一言に、テッラは薄く微笑んだ。
好きな人からは、嫌いと言われるより、嫌いではないと言われた方が良いに決まっている。
テッラは、フィアンマにしてみれば短い時間(じんせい)を全て、フィアンマの為に捧げると決めている。
正確には、自分に希望をもたらしてくれた『―――――』に対して、というべきか。
本来神に捧げるべき命ではあるものの、神への想いすら凌駕してしまうほどに、テッラの愛は重い。
そんな愛を注がれつつも、フィアンマは一切気負わない。
彼には何も無い。バラバラになった心に、単純な感情の色は浮かばない。
大切な花に水を遣り、翌日には生けるでもなく千切りとって捨ててしまうような、そんな歪んで不安定な感情はあれど。
だからこそ、テッラはフィアンマからの情愛を期待しない。
フィアンマが幸福であれば、テッラも幸福なのだから。



11: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/22(日) 04:26:31.01 ID:Wo68V/rd0


駒が進み、盤上の戦況は刻々と変化していく。
三回連続で負け、いつも通りかと項垂れるテッラの様子を眺め、フィアンマはチェス盤その他諸々を定位置にしまったかと思うと、んー、と暇そうな声を出した。
勝つ事が分かっていても、圧倒的に勝利するというのは愉快ではあるものの、面白みが足りない。

フィアンマ「テッラ、雨を止ませろ」

テッラ「無茶振りですねー」

フィアンマ「中よりは外の方がまだ退屈が紛れるというものだ」

テッラ「それはそうかもしれませんが…」

フィアンマ「何とかして止ませろ」

そんな無茶な我侭を言うフィアンマの口元は愉しそうに歪んでいる。
無理難題を他人に振って、その反応を楽しんでいる顔だ。
悪趣味な、と思いつつも、テッラは反抗するでもなく、うーん、と悩んだ。
結局、いくら魔術でも雨を止ませる事など出来ないため、一般的な―――そう、お祈りをした。
斬新な手法でなかったことがつまらなかったのか、フィアンマは堪え切れなかった欠伸を小さく漏らす。
残念ながら、祈りは届く事は無く。雨脚が多少弱まっただけで、外に出るのには億劫な天気だ。
フィアンマは退屈だと言い残し、『奥』から出ると、大聖堂の中でも静かに祈る為の部屋へと消えた。
テッラは残念そうに肩を落とし、着いて行くでもなく、大聖堂の中を歩いて時間を潰した。

フィアンマは一人椅子に座り、ぼんやりとした表情でしばらく何も無い場所を見つめた後、目を閉じる。
祈るべきことは沢山ある。祈って救われるとは限らないが。
懺悔すべきことは何も無い。しいていえば、この間とある魔術師の『処分』許可書類を教皇にサインするよう命令した事位だ。
しかし、フィアンマが祈る事はといえば、一つしかない。

フィアンマ(早く神の御許へ逝かせてください)

即ち、自らの死。
何者からも取り残され、やがて期待をしないようになった彼が望むのは、永遠の眠りのみ。
だが、そう願えば願う程、何故だか死からは遠ざかる。
特別な力、それを具現化した右手。それらは幸運を引き寄せる。
死に損なって何百年。昔の事はもう思い出せない程、長い人生。
祈りを捧げているフィアンマはいつもと違い、弱い面が前面に出ている。
か弱い、とでも表現すれば良いのか、今にも突き崩されそうな、普段と真逆な雰囲気を纏い、フィアンマは静かに祈る。
ついでに、アックアの黙祷も忘れない。もっと前代の左方のテッラや、前方のヴェントも。教会で神父時代に育てていた子供達も。
長い髪を垂らし、黙々と祈る姿は、愛に満ちた聖女のようにも、苦悩する男性のようにも見える。




14: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/22(日) 21:40:08.93 ID:r7zvuLQA0


しばらく長いお祈りをし、やがて済ませたフィアンマは部屋から出た。
偶然にも、テッラと軽く接触する。簡単に言えば、ぶつかった。
謝罪をするでもなく、沈んだ表情で『奥』に行こうとしたフィアンマを見、テッラは声をかけようか悩んだ。
今までのパターンから考えれば、声を掛けない方が安全圏ではあるとは、知っている。
ただ、一歩踏み出す勇気が大きな変遷を、良くも悪くも呼び込む事を、テッラは理解していた。
故に、搾り出したような、しかし優しい響きを帯びた声を掛ける。

テッラ「フィアンマ」

フィアンマ「…何か、用か?」

テッラ「疲れていますか」

フィアンマ「…いや。そうでも、ないよ」

テッラ「…そうですか。では、少しだけ、私に時間を下さい」

フィアンマ「…構わんぞ。時間だけなら、有り余って困る程だからな」

皮肉気に笑って、フィアンマは小さく頷く。
二人分の足音が響いた。出たのは、外。
先ほどの強い雨ではなく、しとしとと降り続く雨。
夕方もとうに過ぎ、教皇も帰ってきた以上、大聖堂に用のある人間は居ない。
入り口近く、真っ暗な空模様を見上げ、フィアンマはため息を吐き出した。
何か、怨念にも似た何かと一緒に。

フィアンマ「………」

テッラ「………」

フィアンマ「…雨は、好きか?」

テッラ「地面が泥濘となり、歩き辛くなるので実用的には苦手ですが…神のもたらす自然の一つでもありますからねー」

フィアンマ「敬虔だな」

テッラ「ええ。神は私の標の一つですし」

フィアンマ「他にあるのか?」

テッラ「貴方ですねー」

フィアンマ「そうか」

しとしと、と雨はやまない。
段々暗くなってきた。夜が近い。



17: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/23(月) 13:59:17.40 ID:9aNjXw6AO


しばらく会話を続けたフィアンマとテッラは『奥』まで戻り。
現在、フィアンマは椅子に腰掛けたまま目を閉じて退屈を持て余し、テッラは執事か何かのように、入浴後のフィアンマの長い髪の水気をタオルで丁寧に取っている。
科学サイドの産物であるドライヤーを、テッラが好まないからだ。

テッラ「…目を閉じて髪を預けるという事は、命を預けるに等しいそうです」

フィアンマ「あぁ、首が近いからな」

テッラ「分かっていて、預けてくれているのですねー?」

フィアンマ「お前に俺様を殺す事は出来ないからな。というよりも、俺様は死ねない身体だ。…加えて、お前が俺様を殺す訳がないという確証がある」

テッラ「まぁ、その通りなんですがねー」

贅沢に乾いたタオルを使ってフィアンマの髪を優しく拭き、テッラはにこりと笑んだ。
普段は金属を擦ったかのような不快感を相手に与える男だが、神や天使、正しき同教徒には聖職者として、丁寧に、敬意を持って話す。
まして、フィアンマに対してはそれ以上に優しい話し方だ。
フィアンマはだからといって喜ぶでも嫌がるでもなく、ただ怠惰の罪に身を浸す様に、テッラに髪を拭かせた。

恋人のようで、それとは程遠く。
友人のようで、それとは少し違い。
相棒と呼ぶには、少々フィアンマとテッラの間に力量差があり過ぎる。

曖昧な関係で、互いにそれで納得と享受を得つつ、信頼と呼べる危うい信用を寄せ合って。

テッラ(どの道、聖職者の私では、彼…彼女…フィアンマと何か出来る訳でもありませんからねー…)





18: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/23(月) 21:55:22.66 ID:Th5B3rIR0


そんな事をぼんやりと思いつつ、テッラはフィアンマの髪を拭き終わり、タオルを片付けた。
そろそろ髪を切ろうか、などと考えながら、フィアンマは眠そうに目を細めた。
風呂上り特有のちょっとした眠気であり、湯冷めしてしまえば消え去るもの。
そうは理解していても、眠いものは眠い。フィアンマとて、少々人外のケが拭えないというだけで、人間な訳で。
フィアンマはベッドへ移動すると、どうするか悩んでいる様子のテッラを手招いた。
彼がいたく気まぐれで不安定であることを身をもって知っているテッラは、逆らう事無く近寄る。
そもそも嫌がったり抵抗する理由は一片たりとも無いのだが。

テッラ「はい?」

フィアンマ「枕元に座れ」

言われるがまま座ったテッラを見やり、脚を閉じるように言い。
ベッドに腰掛けたテッラの膝上に頭を乗せ、ベッドに横たわったフィアンマは目を閉じる。
このまま寝てしまっても構わない、と思っているのか、力の抜けた様子で。
日本人が一般的に想像しがちなそれとは少し違うが、これもまた膝枕の一つ。
男の、しかも肉のほとんどついていない膝枕では心地が悪いのではなかろうかと首を傾げるテッラの心配を余所に、フィアンマはゆっくりと呼吸を繰り返した。
眠ろうとしている時の、静かな息遣い。
フィアンマがこうして他人の前で無防備な姿を晒すことは希少だ。
テッラが盲目的にフィアンマを愛しているからこそ、そしてフィアンマがその事実を認識しているからこそ、このような状況が成立する。
安らいだ、というよりも疲れが出てしまっているような表情を見下ろし、テッラはそっとフィアンマの髪を撫でる。
だいぶ乾いてきた髪は柔らかで、さらさらとしていて、一切のクセが無く、透き通るような赤。

 フィアンマ
燃える赤を司る彼は、その名の通り、燃え盛るような炎の如き情念を持っている時がある。
時に人を怯えさせるその執念は、現在何処にも向いてはいないが。
いつかその感情を自分に向けてくれれば良いのに、などと、分不相応な事を、テッラは考える。
彼はいつだって孤独で、孤高だ。もしかしたら、彼はそれで納得しているのかもしれないが。

テッラ(しかし、それでは寂しいでしょう)

フィアンマ「ん…」

もぞ、と身じろぎ、フィアンマは寝返りを打つ。
そしてテッラの腹部の方へ身体を向け横向きになると、表情を和らげた。
彼の過去に何があったのか、テッラはうっすらとしか、知らない。
ただ、彼の過去をたった少しでも知っている人間は、テッラしか居ない。

テッラ(死ぬまでに、貴方を理解してあげられれば、良いのですがねー。…しかし、そもそも貴方は、そんな事を望んではいないのでしょうね)




20: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/24(火) 00:26:15.63 ID:+WWkJClF0


さらさらとした髪を指先で丁寧に梳き、テッラは静かにぼやく。
何度となく直接・間接的に伝えてきた感情を、言葉にして。

テッラ「…貴方を愛しています」

フィアンマ「……」

テッラ「貴方がたとえ、私を好いていなくとも」

フィアンマ「……」

テッラ「…信用してくださっているというだけで、信頼などしていなくとも」

フィアンマ「……」

テッラ「…私は、貴方の事が大好きです」

フィアンマ「……」

テッラ「ただの気まぐれ。それも、気まぐれ中の気まぐれであっても、私に手を差し伸べてくださった貴方の事が」

フィアンマ「……」

テッラ「かつて、『神の子』と同じ時代に生き、使徒に選ばれずとも、死ぬ時まで『神の子』自身を愛した人たちよりも、少々想いに醜さは残りますが」

フィアンマ「……」

テッラ「貴方は、私の事など、好きではないのでしょうが…これもまた気まぐれだとしても、貴方に触れられるだけで、私は幸せですねー」

フィアンマは、返事をしなかった。
代わりに、テッラの服を軽く握った。
少々幼さの垣間見える所作に微笑んで、テッラはフィアンマの頬にそっと触れた。
死人のように、とまではいかないが、かなり冷たい。
元々体温の低いフィアンマは、眠っていても体温は上昇しないらしい。








フィアンマ(……唯の気まぐれで、ここまでさせると思うのか。馬鹿なヤツだ)

浅い眠りの中。
彼は、そう一人ごちた。
心の中で。



22: むかしのはなし  ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/24(火) 01:00:30.19 ID:+WWkJClF0


ぼんやりと、昔の事を思い出す。
貴族とは程遠い、中の下、しかし一応は中流家庭に、私は産まれた。
毎日がそれなりに幸せだったのは、恐らく私が一人息子であり、両親が善性に満ち溢れていたからだろう。
長閑な日々が、いつまでも続いていけば良いと願うでもなく、むしろ続くであろうと思い込んで生きていた。
しかし、とある日に悲劇は起きた。
街の中でちょっとした暴動が起き、両親はそれに巻き込まれ、二人共死亡した。
ちょっとした暴動といっても、私が両親を喪った事自体には何ら変化無く。
その夜の内に、家賃を払えないだろうと言われ、大家にそう追い立てられるまま、私は外へ出た。
一夜にして家族も何もかも失った幼い私は、スリをして生計を立てることにした。
殴られる事もあった。怒鳴られるだけではすまなかった。罪を犯しているのだから当たり前だが。
勿論、成功すれば一斤のパンを、満腹になるまで好きに食べ散らかす事も出来た。
罪を犯す事に対して、特段恐怖は無かった。生きていくためには仕方のないことだと思い込み言い聞かせ。
しかし、成功すればする程、周囲は警戒する訳で。
やがて私は躍起になって犯罪を犯すようになった。主に盗みを。

そんな折、一人の青年の財布をスった。
青年は片手にパンの入った紙袋を持っており、細腕には手一杯のように思えた。
足の速さと身軽さに自信のあった小柄な私は、財布を持ったまま、そのまま逃走しようとしたのだが。

『すまないが、それは俺様の物じゃないんだ。返してもらうぞ』

私に財布をスられ呆気にとられていた筈の髪の長い青年は、一瞬で私の背後に回り、襟首を掴みあげた。
ひょい、と持ち上げられ、必死で財布を死守しようとする私の様子をひとしきり眺め、彼は楽しそうに笑った。
取って食われる、という発想にびくつく私の手から財布をもぎとり、彼は軽くしゃがみ、怯える私と視線を合わせ。
何か、愉快な動きをする玩具でも見るような瞳で、告白に微笑んでみせた。

『……殴るのか』
『ん?』
『…財布、盗ったから』

丁寧な話し方など分からず、スラングに近い崩れきったイタリア語で話す私とは対極に、彼は上品な口調で言葉を話し、緩く首を横に振る。
表情が一片した。万華鏡を覗き込んでいるかのように滑らかな落胆。
とても退屈そうな表情だった。人生全てに飽き飽きしていると言わんばかりの。
背中を少し過ぎ、ほとんど腰に届く位の長く綺麗な赤い髪を緩く一つに後ろで結んでいる彼は、前髪を揺らし、首を傾げて。

『その程度では殴らんよ。懺悔すれば赦される程度の悪行だしな。見たところ、家も無いのだろう?』
『………だから何だよ。っつか、懺悔なんかしねぇし。神様なんか信じたって、何も良い事ねえじゃねぇか』
『はは、そうだな。俺様もそう思うよ。…おいで』

時々教会で見かける優しい神父様のようだ、と思った。赤い服を纏っているのに。
言われるがまま、不思議と吸い寄せられるように手を引かれ、私達はとある教会に入った。
何か偉い立場にあったらしい彼は、神父を見下ろして退屈そうに話しかけ。
いたく動揺する神父を半ば脅すようにして、私の世話を見るよう、彼は掛け合ってくれた。



24: むかしのはなし  ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/24(火) 01:01:37.69 ID:+WWkJClF0


『あの、』
『…ん?』
『あ…』
『…俺様は忙しいんだ。何も用が無いのならもう行くぞ。…精々良い子にしていることだな。…あぁ、そうだ』

彼は思い出したかのように紙袋からパンを取り出し、私に向かって差し出した。
簡素なパンだった。噛み締める程に甘味の増すパンだった、と記憶している。

あの時。
ありがとう、と言えないままに、彼はその場から去っていった。
あの時彼女が手を差し伸べてくれなければ、教会に掛け合ってくれなければ、私は孤児として哀れにも一生を終えていただろう。
命の恩人。感謝してもしきれない、優しい人。それが気まぐれでも。
礼の言葉を求める事もせず、彼はさっさと居なくなってしまった。
その日以来、街の端々まで走り回っても、もう彼を見つける事は出来なくて。
いつかもう一度会ってお礼を言いたい、と考えた私は、懸命に神を信仰した。
天使のようなあの人にもう一度だけ会いたい。そして、お礼を言いたい。そう、想い。


やがて、私は『神の右席』に迎えられた。
『左方のテッラ』としての地位を獲得した。
長い長い年月がかかった。ローマ正教においても重要なポジションに見当たらなかった彼女は、『右方のフィアンマ』だった。
私の事を覚えていますか、と言った。覚えているよ、と彼は笑った。
たったそれだけのやり取りで心臓が跳ねた事で、私は彼に恋をしていたのだと知った。いや、しているのだと。
人が死ぬ度に、彼は子供のように悲しそうに泣いた。誰にも知られないように、神に祈りながら泣いていた。
ぼろぼろに砕けた心で泣き、何事も無かったかのように淡々と『右方のフィアンマ』として仕事をする。
不安定だ、と思った。そして同時に、どうにか支えてあげたい、とも。
記憶のある多重人格と呼んでも差し支えない程に、彼の心は別離していて。
自覚はあるのだと、彼は気にしない風に肩を竦めた。

そんな貴方を愛しているのだと告げた夜、彼は曖昧に笑ってみせた。

自分は、人を愛せるかどうか分からない。今まで傷つき過ぎてしまったから。喪い続けてきたから。
一生振り向かない、振り向けない恐れの方が大きいけれど、それでも自分を好きでいてくれるか。
いつか、ほんの少ししか想いに応えられる可能性の無いこんな人間を。

彼は自嘲する。何があったのか、私は知らない。知る必要も無い。
それでも構わない、と私は頷いた。彼が笑って幸せであれば、少しの間でも隣に居られれば。
彼の為に、幸福以外が絶滅した世界を、争いの無い世界を作りたいと、思う。願う。
『神の国』で、どうかこの人が幸せでありますように。そう祈り。

その為であれば、何を失っても構わない。
私自身の命さえ、どうでも良い。
ただ、私が死ぬと彼はまた泣いてしまうだろうから、出来るだけ生きた方が良いのだろう、とは思う。





―――願わくば、相手が私でなくとも、まったくもって構わないから…彼が、また誰かを愛せるようになりますように。



26: 昔の話  ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/24(火) 01:38:22.17 ID:+WWkJClF0


産まれた時、俺様はまだ、いたって普通の子供だった。
確かに性器が男女両方のものがある(=両性具有)だとか、そういう点では異常だったのかもしれないが。
身体的な欠陥点以外は、普通の子供だと思っていた。
その身に『世界を救える程の力』を内包しているとも、その身が『千年を生き続ける化け物』だとも知らずに。
周囲もそれを知らなかったから、盲目で産まれてきた子のように、少々過保護ながらも、普通に扱ってくれた。
両親は居なかった。母親が俺様を胎に宿している間に父親が不慮の事故で死に、母親は俺様を産むと同時に死んだ。
そもそも子供を産むのに耐え切れないと、そううっすらわかっていたにも関わらず産んだのだから、致し方ないというべきか。
だからといって悲劇の主人公ぶるつもりもなく、周囲の暖かな環境の中で、俺様は育てられた。
勉強もさせてもらえたし、お陰で字もちゃんと読める。
転機が訪れたのは、二十歳の時。周囲の子供より、遥かに発育が悪かった。
小柄、とはまた違い、歳をとっていないように見られた。
俺様の住んでいた村は、オカルト信仰が強かった。故に、俺様は化け物なのだろうという扱いを受けた。
実際、化け物だったのだから笑えない。
災いを恐れた村の老人達は、何度も謝りながら俺様を閉じ込めた。
簡単に言うと座敷牢のような場所。まるで現人神のような扱いを受けながら、長く過ごした。
やがて、そこに居る事にも飽きた俺様は、魔術を学ぶ事にした。
オカルトについて様々な文献を授けてくれる静かな環境で、何ら問題は無かった。


時代は変わり、ローマ正教へ身を寄せる事にした。
村で俺様の素性を知っているものは、いつしか誰一人居なくなっていた。
ローマ正教に入信し、神父となり、と同時に魔術師にもなった。
今は使っていない魔法名。世界を恨む言葉。

『神の右席』が発足した時、その時代で『神の如き者』の素質があったのは俺様だけだった。
故に、抜躍された。ひとまず揃えられたのは『右方』から。
『右方』、『前方』、『左方』、『後方』という順に決まっていった。
最初は教皇の相談役や雑用をやっていた。
ただ、問題が頻発し、その度に頼られ、泣きつかれ。
次第に『神の右席』の権力が高まっていった。教皇以上の地位へと変貌した。
戦争や病で死ぬ人間を見ながら、化け物だと時折罵られつつ生きる内に、いつしか俺様は『壊れて』しまった。
自覚があっても、そう簡単に直せるものでもなく。ただ、怠惰の罪にでも耽るように。
生き続ける間、『右方』以外の中身は入れ替えられていった。大概は中身の死亡によって。
俺様はどこまでいっても孤独だと察した。もう、それで構わないと。
そんな折、外に出た。その時の『前方』に何かほしいものはあるかと聞き、財布を借り受け。
そして、気まぐれを起こした。哀れな、スリをしてまで必死に生き延びようとする子供を、救ってやろうと思ったのだ。



救った子供は大人となり、『左方のテッラ』の座についた。
私の事を覚えていますか、と泣きそうな顔で問いかけられた。
覚えているよ、と小さく笑った。
大人になったあの日の子供は、俺様を愛しているのだと告げてきた。
どうせ、俺様を置いて逝くくせに。

『俺様は、人を愛せるかどうか分からない。今まで傷つけられ、喪い続けてきた。一生お前に対して振り向かない、振り向けない恐れの方が大きい。その事を重々承知の上で、それでも俺様を好きでいてくれるか。好きでいるというのか。いつか、ほんの少しばかりしか、お前の想いに応えられる可能性の無い、こんな人間を』
『構いません。貴方がどんな方であれ、私の想いは変化しません』
『そうか』
『はい』

ほんの少しだけ、期待をしてみようかと思った。
こんな浅薄な感情ばかりの、どうしようもない心でも、この子に切り売りできるなら。
只の人間だったのなら、きっと俺様は普通に想いに応えてやれるのに。
嬉しいと、素直に心から思えた筈なのに。
代わりに、今でも甘える事しか出来ない。寄りかかる事で、信頼を表現することしか。
ただ、それが信頼なのか、信用なのか、自分でも把握出来ない。
どうすれば良いのか。

ただ、お前と一緒に居ると、心地が良いんだ。苦しくないんだ。
もう少しだけ。








…もう、少し。
傍に居て欲しい思うのは、悪い事なのだろうか。



28: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/25(水) 20:37:09.05 ID:PN3A7Izy0


浅い眠りから、しばらくの間、それなりに深い眠りに堕ちて。
フィアンマが目を覚ますと、テッラはベッドに腰掛け、膝枕をした状態で、器用にも眠っていた。
疲れていたのだろうか、などとぼんやり思案しつつ、フィアンマは腕を伸ばし、眼前の緑髪を撫でる。
少々ごわついてはいるものの、さらさらとして触り心地はそこまで悪くも無い。
フィアンマ相手にテッラが警戒する必要も無い為、テッラは静かに眠っている。

フィアンマ(脚が痺れてしまいそうなものだが)

そんな事を思いつつも、フィアンマは頭を上げないし、離れようともしない。
彼の性格上口に出しはしないが、自分を心底好いてくれている人間と二人きりでいる状況は、心地が良いもので。

フィアンマ(俺様を長い間、今も一心に想い続けるお前の心に、醜さなどあるものか)

そんな事を考えながら、フィアンマは呑気に欠伸を漏らした。
眠気はもう残っていないものの、いまいちだるい。
何か食べるべきだろうか、と時間を確かめてみても、今は深夜。
とてもではないが、物を食べる時間などではない。
別段、体型が気になるだとかそんな乙女思考は持ち合わせていないが、身体に良くない。
まぁいいか、と面倒臭さを優先し、フィアンマは少し迷った後、テッラの手を握った。
所謂恋人繋ぎまではせず、ただ握ったのみで天井を見上げる。
一人分の寝息と一人分の穏やかな呼吸が合わさって、静かに部屋の中に響く。
思えば、フィアンマの長い長い人生の中で、こうして他人と二人きりで怯えられる事も無く時間を過ごした事は、無かった。
座敷牢に閉じ込められていた頃も、食事を届けに来てくれた青年と一言二言話すのみで、後は本と過ごしていたから。
悲壮感を覚える事は無い。それなりにマシな扱いだったと、フィアンマは思っている。

『世界を救える程の力』。

活用するつもりはない。
力を持っているからといって、世界を救わねばならないという理由も無いだろう。
これはいけないことだと、フィアンマは思っているが。
だからといって、フィアンマがこの世界に人生を尽くしたところで、見返りは無いのだ。
決して失いたくないものだって、ありは……。

フィアンマ(…どうだろうな。お前を喪ったところで、俺様の内面に変革が訪れるとも思えないのだが)

握ったままの手をやわやわと握り、フィアンマは天井をじっと見つめる。
この世界に大きな危機が訪れていることは、理解している。
何しろ、『神の右席』に座する者でさえ、自分以外は属性のズレや歪みに気付けていないのだから。
深刻だ、とは思うのだ。だからといって、その歪みを正すために全力を尽くす気にもなれない。
テッラを喪ったその時には、自分の何かが変わっているだろうか、と予想する。
そこまでの悲しみに囚われるか? そこまで、この男は自分にとって惜しい人間なのか?

フィアンマ(……ひとまず、しばらく安息の場所を失う事には間違い無いだろうな)



燃える赤を長い間象徴してきている男は、寂しそうに目を閉じた。



30: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/26(木) 23:54:02.30 ID:ZxxAiIm90


テッラが目を覚ますと、自分の左手に何か暖かいものがあることに気付いた。
少し低めの体温、几帳面に切り揃えられた爪、細い指先。
紛れも無く、右方のフィアンマその人の左手である。
その左手が、自らの左手を握る形となっていて。簡単に言うのであれば、手を繋がれていた。
普段は落ち着き払ってのんびりとしているテッラだが、こういった恋愛事の絡んだ羞恥には滅法弱い。
顔を真っ赤にする、とまではいかないものの、離せず握らず固まったテッラは、しばし思考の海に溺れる。
何がどうしてこんな事になったのだろうか。眠ってしまう前はこんな状態ではなかったけれど。
フィアンマは目を開け、心中でなにやら葛藤と混乱を繰り返しているテッラの様子を窺って、小さく笑った。
そして指を絡ませると、所謂恋人繋ぎにして再度目を閉じる。

テッラ「…フィアンマ」

フィアンマ「…俺様は今眠っているからなぁ。聞こえん」

テッラ「…意地の悪い人ですねー」

フィアンマ「喜ばれこそすれ、意地が悪いなどと評される謂れは無いな」

テッラ「……いつから起きていたのですか」

フィアンマ「今さっきだよ」

テッラ「まだ起きないのですねー?」

フィアンマ「今は深夜、まして起きる必要性も無い」

そう素っ気無く言い、フィアンマは欠伸を噛み殺した。
眠気は無いのだが、空気が澱んで、飽和している。
かといって換気をする気力もなく、二人は動かない。



32: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/27(金) 15:51:06.41 ID:wS9gGHc90


フィアンマ「…散歩に行く」

唐突に宣言をすると、フィアンマは起き上がる。
長く赤い髪がテッラの右肩にかかった。
フィアンマは手を離し、適当に髪を一つに結わえると、テッラを見やる。
いつも通りの退屈そうな表情に他ならなかった。

フィアンマ「お前も来るか?」

テッラ「行っても良いのですか?」

フィアンマ「別にお前の行動を制限する理由も無いからな」

目元を指で二度程擦り、フィアンマは立ち上がって欠伸を噛み殺した。
靴をしっかりと履き直し、思い出したように言葉を続ける。

フィアンマ「ついでに護衛も兼ねてもらおうか」

テッラ「騎士ごっこですねー」

フィアンマ「姫などという可愛らしい人間ではないが、守ってくれるのだろう?」

自分の手を汚すつもりなど毛頭無いフィアンマは、返事の内容を予測済みで、そう問いかける。
その思惑に応えるように、テッラは返事をしつつ立ち上がった。

テッラ「騎士様のように華麗かどうかはともかく、全力でお守りしますねー」

フィアンマ「頼もしい事だ」







外に出ると、雨は止んでいた。
教皇領からは、それなりに空が、星がよく見える。
大聖堂から少し離れた場所で、ぼんやりと星空を見上げ、フィアンマは虚ろな表情が晴れた。

テッラ「…貴方は星が好きですねー」

フィアンマ「あぁ。…星だけは、何百年経過してもほとんど変わらん」

唯一自分を置いていかないんだ、と言外に呟き、フィアンマは星を見つめた。
どの星を見つめているのかは、分からない。

フィアンマ「……したら…」

テッラ「…?」

フィアンマ「…いや、何でもない」


夜はまだ明けない。



34: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/27(金) 17:37:29.13 ID:wS9gGHc90


どれだけ星の位置が変化しても、見えなくなってしまっても、フィアンマにとって、空というものは、今のところ自らと同じような不変に等しい。
朝が来て、陽が昇りきり、夕陽が見え、夜が来る。
夜になれば、晴れていさえすれば、多少なりとも星が浮かぶ。
天体というスクリーン概念においての魔術には詳しいものの、そういった知識を除いても、フィアンマは空が好きだった。
人と違って、消え去ってしまうということは無い。一応は、そこに存在していてくれる。
一番好きなのは、雪が降っている時の空だったりするのだが。

フィアンマ(死んでいても、生きていても、人間はいつしか俺様から離れていく)

寿命が来れば、絶対に人は死ぬ。
これは生き物が産まれた時から存在する決定事項。
自分はその寿命が他人より長いだけなのだと、そう頭の中で理解してはいても、寂しいものは寂しい。

フィアンマ「…お前は早死にしそうだな?」

テッラ「儀式上呑んでいるワインの量はそんなに多くありませんよ?」

フィアンマ「いや、そういう訳ではないよ。勘だ」

テッラ「勘…ですか」

フィアンマ「お前の代わりを見つけるのは面倒なんだ、そう簡単に死ぬなよ」

テッラ「その為にも早く『光の処刑』を完成させませんとねー…」

フィアンマ「照準調整は」

テッラ「数度行いましたよ」

フィアンマ「手応えはあったのか?」

テッラ「微量ながら、といったところでしょうか。研究課題は山積みです」

フィアンマ「そうか」

瞬きもせずに空を見つめていたため、一度瞬きをすると、フィアンマは手の甲でぐし、と目元を擦った。
やや幼く可愛らしさを帯びた動作に、テッラは薄く笑みを浮かべる。

フィアンマ「…簡単に、死ぬなよ」

まるで先の未来を見通しているかのように、フィアンマはもう一度そう言った。
何か重みを帯びた声に、テッラは簡単な返事をする事が出来なかった。

テッラ(発言よりも、生きる努力、ですねー)




36: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/28(土) 14:07:06.78 ID:95CDcrJg0


二人は大聖堂へと戻ってきた。
もうすぐ夜が明ける。
フィアンマの『コーヒーが飲みたい』という言葉に従い、テッラはコーヒーを淹れた。
珈琲豆の何とも説明し難い良い匂いが辺りに漂う。
ブラックで飲むかどうか少し悩んだ後、フィアンマはボーションミルクを落として、軽くかき混ぜてから飲んだ。
豆から淹れたコーヒーの為、苦味は無い。ひとまず、身体は温まる。
本を片手にコーヒーを啜り、フィアンマは何か話しかけようと口を開いては、やはり何でもないと口を閉じた。

フィアンマ「、…」

テッラ「…どうかしましたか?」

フィアンマ「…いや、特に用は無い」

静かにコーヒーを啜り、フィアンマは首を横に振る。
そしてぼんやりとした表情で何かをしようとした。

フィアンマ「…、…」

テッラ「どうかしましたか?」

フィアンマ「いや、…また人が足りなくなるな」

そう言葉を漏らしたきり、フィアンマは口を噤んだ。







その日の午後。
今代の前方のヴェントの死亡の報告が届いた。
内紛の仲裁の最中に、という話らしい。
元々僻地へ向かった事で病にかかり、身体が弱っていたという理由もあるらしいが。
実に宣教師らしいといえばらしい死に方では、ある。
これで『右方』と『左方』しか、現在の『神の右席』には残っていない。
だが、最低でも『右方のフィアンマ』さえ残っていれば、『神の右席』という秘密組織自体は成立する。

フィアンマは一人で、静かに祈りを捧げていた。
また喪われてしまった。
予測はついていても、予想していても、悲しい。
寂しいものは、寂しい。
砕けた心ながらも更に傷つきつつも、死ぬその時まで『前方』の座についていた青年の死後の安息を祈り、フィアンマは独りで泣いた。

フィアンマ(予想は、ついて、いたのだが、)

誰も傍に置かず泣いて祈った後、しばらくフィアンマはぼんやりとしていた。
言いようも無く寂しかった。
だが、誰かに寄りかかろうとは思わない。
そんなフィアンマを見、声をかけようか悩んだ末に沈黙を守り抜いたテッラは静かに目を伏せた。

テッラ(また、泣いてしまいましたねー…)



38: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/29(日) 17:22:59.03 ID:ArExD6ZU0


それから、数日後。
秘密組織はまだ成立するとはいえ流石にこれは不味い事態だ、ということで、人材を見つける事にした。
ひとまずどこかもう『一方』を埋めなければならない。
『神の力』の性質がある人間であれば、『後方』の座に。
『神の火』の性質がある人間であれば、『前方』の座に。
しばらく探して見つかったのは、一人の女性。
日本人であり、とある悲劇に見舞われ、修道女としてローマ正教に所属していた。
世界を憎む瞳と世界を疎む瞳、その視線の先がかちり合った瞬間、ヴェントは得体の知れない悪寒を、フィアンマに対して覚えた。
新しい『前方のヴェント』。

ヴェント「…アンタが『右方』…元締めって事でいいワケ?」

フィアンマ「元締め、という言い方は好かんが」

肩を竦め、退屈そうな表情のフィアンマがヴェントに手渡したのは、とある霊装。
ヴェントの為に調整された、『天罰術式』を執行するために必要な霊装だった。
フィアンマが作ったのか、誰かが作ったものをヴェントに渡したのか、それはわからない。
悪意を集める方法は自分で考えろ、と言い捨てて。
フィアンマはヴェントに冷たくするでも優しくするでもなく、『奥』へと消えた。
残されたのは、左方のテッラと前方のヴェントのみ。

ヴェント(天罰、術式…か)

ヴェント「…アンタは、左方のテッラ、か」

テッラ「そうですねー。馴れ合いの集団ではありませんが、歓迎します。『前方のヴェント』」

ヴェント「……私は私の目的の為に動く。組織として動くよりは、自分の目的を最優先で動く」

テッラ「構いませんよ。そもそも、魔術師とはそんな生き物ですしねー」

かくいうテッラも、『フィアンマを守り、尽くす』という目的を最優先に置いている。
ヴェントは興味を失ったような顔をして、大聖堂から出て行った。
これから霊装を馴染ませ、微調整を行うつもりなのだろう。
テッラはヴェントを視線で見送った後、『奥』へと入った。

フィアンマは、ぼんやりとした表情で椅子に座っていた。
憔悴しているようにも、退屈を持て余しているようにも見える。

フィアンマ「…あの女は、弟を亡くしているそうだ。故に…科学サイドに復讐がしたい、と」

テッラ「子供のようですねー」

フィアンマ「そうだな。少なくとも、俺様には理解出来ん目的だ。…放っておいても、人は死ぬというのに」

そうぼやいて、フィアンマは右脚を上にして脚を組む。
何ともいえない気持ちになりながら、テッラは静かに近づいた。

テッラ「親しい人が死ぬというのは、寿命の短い者にとって苦しいものです」

フィアンマ「諦めがつくまで長く生きていれば別なのだが、な」

テッラ「とはいえ、貴方も悲しい事は、悲しいでしょう」

フィアンマ「そうだな。…この不安定さを、どうにかせねば」





40: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/07/30(月) 23:33:31.35 ID:5wHxzcoN0


深夜。
寝付けなかったフィアンマは、一人、『奥』でぼんやりと自分の人生を振り返っていた。
楽しいことも、気を許せる人間も、誰一人居なかった。
いや、もしかしたら居たかもしれないが、死んでしまった。

フィアンマ(……――――――)

今代の『左方のテッラ』の名を心中で呟いて、フィアンマは虚ろな表情で思う。
これ以上期待をして何になるのだろうか。
どうせ彼も死ぬのだから、傍に居て欲しいなどというこの感情は払拭すべきなのではないか。
そんなどうでもいい思考で時間を潰し、フィアンマはやがて思考を放棄した。
思考すら面倒になってしまった、と、そういう訳である。

フィアンマ「……別に、何も望まない」

何かを望めば、何かを失う事になる。
喪失感はいつまで経っても自分の心に傷や悲しみを残していく。
それならばもういっそ、全て諦めてしまったほうが。
しかし、そう割り切ってしまえる程、フィアンマは人間を捨てていなかった。

フィアンマ「……独りになるのが、嫌なだけなんだ」

独り言を部屋の中に響かせ、フィアンマは俯く。
前代のヴェントを喪ったショックが、まだ心の中で幅を利かせてしまっていて、どうにもならない。
期待の裏には絶望がある。失望がある。悲哀がある。
そうとわかっていて、だがしかし、希望を捨てられない。

フィアンマ(…チェスでもするか)

フィアンマはのろのろと立ち上がり、チェスセットをセットし始めた。
戦術に没頭してしまえば、個人的な感情は一時的に放置出来る。
全て並べたチェスセット、一人で静かにチェスを開始しながら、フィアンマは黒のキングを見つめた。
一人ぼっちの王様。
周りの駒は死んでいくばかり。
自分は絶対に死ねないのだ。

フィアンマ(……、…どうして、俺様はこんな身体に産まれてきてしまったのだろう)

久方ぶりに、彼は、世界を恨んだ。



42: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/01(水) 18:02:44.19 ID:VBHLjLDR0


よく晴れている、翌日午後。
右方のフィアンマは、聖ピエトロ大聖堂『奥』、且つ自らの私室にある簡素なベッドの上で目を覚ました。
昨日は色々と考えていたせいで明け方まで中々寝付けなかった為だ。
『神の右席』は有事の際にしか基本的に動かない。
故に、ローマ正教最大の頭脳にして最大の力を持つとはいえど、フィアンマは忙しいということがほとんどない。
フィアンマにとって、やるべきこととやることはイコールだ。
彼自体は空虚な人間の為、特別何か事を起こしたいという強い欲求はない。
不意に沸き起こる自殺願望や、それに基づく強い衝動にも耐え、ただ空白の時間を過ごしている。

フィアンマはしばらくぼんやりとした後、ひとまず、暇潰しをしようと考え、外に出た。
そして、マフィアよりもよほど慣れた様子で、裏路地へと消える。
『幸運』なことに、そこには弱った様子の子猫が居た。
フィアンマはほんの少しだけ迷った後猫に近寄り、しゃがみ、周囲の石を積み上げて猫を囲んだ後、右手を翳して何事かを呟く。
自らに宿る『力』を応用した即興の回復術式。
『神の如き者』を『座』に着かせ、その力でもって被術者を癒す。
本来人間に施すべき術式ではあるが、フィアンマは人助けをする気力はない。
元気になった子猫はみゃあ、と鳴き声を漏らし、フィアンマの手の甲へと頭をこすりつけて甘えた。

フィアンマ「…親は、居ないのか」

みー、と猫は応える。
フィアンマは子猫の頭を撫で、のろのろと立ち上がる。
そして足元に擦り寄って甘える子猫を蹴らないよう気をつけつつ、表通りへ出て行った。
ただ、誤算としては、猫がついてきてしまったことである。

フィアンマがゆっくりと歩く度に、とことこと着いてくる。
歩くのが遅いなりに、それでも懸命についてくる。
ふと気になったフィアンマが後ろを振り返ると、猫がお座りした状態で彼を見上げていた。
自分と同じ、オレンジがかった金色の瞳。

フィアンマ「…仕方が、ないな」

このままでは、車に轢かれる。それではあまりにも可哀想だ。
そんな気まぐれの中の気まぐれ、同情心でもって、フィアンマは猫をそっと抱き上げた。
悪気のない子猫はフィアンマの襟元にすりついて甘える。

フィアンマ「……、…数ヶ月だけ、だからな」

うにゃあ、と。
仔猫は、機嫌良さそうに鳴いた。



44: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/02(木) 22:46:01.76 ID:D+Rhmn3n0


仔猫を拾ったフィアンマは、聖ピエトロ大聖堂まで戻ってきた。
ついでに猫を飼うにあたって必要なものも適当に購入して。
大聖堂に戻るなり『奥』に籠ったフィアンマは子猫を入浴させ、今はのんびりとタオルで拭いてやっている。
顔に水がかからないよう警戒して洗ったからか、フィアンマを怖がる素振りは見せない。

フィアンマ「…お前の名前は、何にしようか」

甘い石鹸の香りのする仔猫を抱っこし、ぼんやりとした表情で、フィアンマはぼやく。
動物を飼育したことは、今まで一回しかなかったのだ。
故に、すぐ名前をつけることなど出来ず、悩むばかり。
と、一人の男がフィアンマに許可を取った後、入ってきた。

テッラ「おや、猫ですか」

フィアンマ「ついて来たからな。拾ってしまった。その内里親を見つけて譲渡するつもりではあるが」

テッラ「いっそ死ぬまで飼ってあげても良いような気がするのですがねー」

フィアンマ「良いんだよ。…あまり死ぬ瞬間は見たくないし、実感したくない」

ごろごろと喉を鳴らす子猫の顎の下をくすぐり、フィアンマはゆっくりと首を横に振る。
寂しさから動物を飼えば、いつかボロが出てしまう。

テッラ「ところで、名前は決めたのですか?」

フィアンマ「いいや。まだ決めていない」

子猫をあやし、椅子に腰掛け、フィアンマはそう素直に答えた。
苦笑して、続ける。

フィアンマ「愛着が湧き過ぎてしまっても困る。指示語で良いと思うのだが」

テッラ「『お前』等ですか? 少々寂しい気がしますがねー…」

残念そうな表情を浮かべ、テッラは猫を見る。
仔猫は人懐っこい性格なのか、じっとテッラを見つめて尻尾を立たせる。
甘える算段を立てているのか、と気づいたフィアンマは毛布を片付け、子猫を床に降ろす。
子猫は元気よく走り、テッラの足元ですりつき、甘えた。




45: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/04(土) 04:03:24.76 ID:mfGPhlBAO


テッラは少し考える素振りを見せた後、子猫を抱き上げる。
フィアンマと同じ色合いの、美しく可愛らしい瞳。
ごろごろ、と喉を鳴らす子猫を指先や手のひらで可愛がり、テッラはフィアンマの向かい側にある椅子へと腰掛ける。
子猫はマイペースな性格らしく、テッラの膝上で丸まって眠り始めた。
どうやら暖かくて心地良いらしい。
フィアンマはそんな子猫の様子を見やってくすりと笑い、ぼんやりとした表情でチェス盤に駒を並べていく。
眠る子猫の背中を撫で、子猫に対し、彼の同情という気紛れに救われた仲間意識のようなものを心中に浮かばせ、テッラはフィアンマの、チェスの駒を動かす手つきを眺めた。
白い指先、爪は神経質さを表現するかのように、きっちりと切り揃えられている。
箱庭療法に取り組む精神病患者の如く虚ろさを滲ませて、フィアンマは駒を好きに移動させていく。
ゆっくりとした瞬きがされる度に、長い睫毛が動いた。
睫毛の先に水滴が見えたような、まるで彼が泣いているように見えて、テッラは注意深くフィアンマの表情を見る。
しかし、泣いてなどはいない。

フィアンマ「…人は戦争を嫌がっておきながら、戦争が無ければ仲違いするな」

テッラ「共通の敵を作っている間は、嫌でも結束しますからねー」

フィアンマ「…で、あるならば。救世主というものは、全ての罪を請け負うべく戦争の引き金を引く人間の事も指すのかも、しれんな」

テッラ「…唐突に、何の話ですかねー?」

フィアンマ「いいや、深い意味は無いよ。ただの世間話さ」

短い眠りから目を覚ました子猫はぴょんとテッラの膝上から降り、フィアンマの足下にすりついて甘える。
彼の孤独を埋めるかのように、純粋無垢さを全面に出して。

フィアンマ「…お前は、ローマ正教徒を幸せにしたいのか」

テッラ「えぇ、もちろん。優劣をつける事は悪しき事ですが、ローマ正教徒の中でも、出来る事ならば、貴方に一番幸せになっていただきたいですねー」

フィアンマは足下でしきりに鳴く子猫を抱き上げ、優しく頭を撫でる。

フィアンマ「叶えば良いな、その夢が」

テッラ「その為の努力は、今一つまだ足りませんがねー」



46: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 02:32:50.03 ID:MZ7mNaDAO


それから数ヶ月経過して。
子猫を新しい里親に引き渡したフィアンマは、退屈を持て余していた。
言いようのない寂しさは残るものの、死別ではないため、そこまで心に影が差す事も無く。
結局、あの猫には最後まで名前を付けてやる事はしなかった。
それで構わないとも、フィアンマは思っている。 新しい飼い主の下で、新しい名前を付けられ、元気に生きていってさえくれるのならば、それで構わない。
加えて、新たに『後方』の座へと座る人間も決まった。
ウィリアム=オルウェル。
イギリス出身の魔術師且つ傭兵にして、聖人。
また、『神の右席』として得た能力は、ありとあらゆる罰を無効化する『聖母崇拝』術式。
元より聖人だったからこそ、発現したものかもしれない。
だが、フィアンマはそんな事はどうでも良かった。
どのみち、今の、自らが中心となって平定させたローマ正教を脅かす者など居ない。
居ない、筈なのだ。


テッラ「…何やら考えておられますが、大丈夫ですか?」

フィアンマ「…、あぁ。大丈夫だよ」

テッラに声をかけられ、フィアンマの意識が、思考の海より引きずり上げられる。
どうにも体調が優れないと、このように思考の海にはまりこむ。
良くない傾向だ、と頭を横に振り、フィアンマは一度咳をした。
頭が痛い。

フィアンマ「…風邪か」

テッラ「風邪ですねー」






48: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 12:51:33.98 ID:9T+BH3H/0


風邪というのは実に厄介な病気で、特効薬も、よく効く回復術式も無い。
強いて言えば免疫力を回復させる術式があるくらいなもの。
更に、一度認識したらどんどんと悪化していくという嫌な側面も持ち合わせている。
面倒に思いつつも、騒乱の無い今はゆっくり治しても問題の無い状況。
つまり、寝て治してしまうのが一番、ということだ。
という訳で、テッラにやや促されるまま、フィアンマはベッドへと横たわる。
世話をしなければならない猫はもう居ない。ずっと寝ていても問題はない。
けほ、と乾いた咳を漏らし、フィアンマはぼんやりとした表情で天井を見上げる。
そしてのろのろと腕を伸ばし、毛布を胸元まで引き上げた。
どうせ、この程度の病気では死なない事位わかりきっている。つまらない。

フィアンマ「…部屋から出たらどうだ。感染るぞ」

テッラ「構いませんねー」

フィアンマ「……物好きなヤツだ。放っておいても死なんよ」

テッラ「死ぬ死なないの問題ではありませんねー。食欲はありますか?」

フィアンマ「一切無いな」

テッラ「暑さ寒さ、どちらを強く感じますか?」

フィアンマ「悪寒だ」

医者のような丁寧な問いかけに淡々と答え、体の内側から湧き起こる発熱時特有の悪寒に吐き気すら覚えながら、フィアンマは目を閉じる。
不意に、フィアンマの身体にもう一枚毛布がかけられる。
暖かさが増した事に、わざわざ問うまでもなく、フィアンマはテッラがかけたものと認識した。
警戒心は無い。テッラにフィアンマが殺せないというのもあるが、それだけには限らず。
テッラはフィアンマの頭痛を和らげるように、優しく、眼前の赤く長い髪を撫でた。
切った事の無い髪は女性のように滑らかで、触り心地が良い。

フィアンマ「…眠れん。退屈だ。何か話せ」

テッラ「では、疑問を…貴方の髪は、何かの願掛けで伸ばしているのですか?」

フィアンマ「そうだな…否定はしないよ。…大切な人が、見つかるように、と」

テッラ「…大切な?」

フィアンマ「誰でも良いんだ。誰か、俺様の傍で幸せそうな笑みを浮かべてくれる人間なら、誰でも」

テッラ「……、」

フィアンマ「…今のところ、その地位はお前だよ」

テッラ「…私、ですか?」

フィアンマ「あぁ。…お前と居ると、心地が良い」

風邪による熱で浮かされた思考。
律しようと思えば律する事は出来たが、フィアンマは敢えて心中を吐露した。
神の次、もしくは神と同等な程に自分を敬い愛していると理解しているから、何を知られても怖くはない。

フィアンマ「だから、別の願掛けにした…」

テッラ「…別の願掛けとは、どのようなものですかねー?」

フィアンマ「…ん、…知りたいのか?」

テッラ「嫌でなければ、ですがねー」

ふふ、と中性的な顔立ちに柔らかい微笑みを浮かべ、フィアンマは首を傾げてみせる。
そんな様子にときめきを覚えつつ、テッラは静かに言葉を促す。



フィアンマ「…お前が、俺様を置いてさっさと死んでしまわないように、だよ」




50: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 15:51:15.02 ID:1/jLkoQr0


予想以上の言葉に思わず口を噤むテッラの様子を見るべく、フィアンマが目を開ける。
身体はかたかたと悪寒に嫌な震えを見せてはいるが、フィアンマの精神的な余裕は充分過ぎる程に残っていた。
嬉しいやら恥ずかしいやらドキドキとするやらで固まるテッラの様子を眺め、くすくすと彼は笑う。
悪気は無いし、からかっているつもりもないのだが、愉快なものを見ると笑ってしまうのだ。

テッラ「…揶揄ならやめていただきたいのですがねー」

フィアンマ「揶揄などしていないが」

ふふ、と楽しそうに笑って。
ゆっくり、だるそうに腕を毛布から出して、フィアンマはテッラの服を触る。
指先で意味もなくのんびりとなぞり、悪寒にぶるりと体を震わせ、高まってきた体温に眉を寄せつつも、静かに言う。

フィアンマ「お前は、俺様がどんな人間でも構わんのだろう」

テッラ「えぇ、勿論です」

フィアンマ「だから、好ましいんだ」

テッラは目を瞬かせ、表情を和ませる。
そして立ち上がると、一度部屋から出ていく。
戻ってきた手にあるのは所謂洗面器と氷水、それからタオル。
典型的な看病セット、というやつである。
黙々とタオルを濡らし、程よく濡らしたテッラは恐る恐るフィアンマの前髪を退け、丁寧に畳んだ冷たいタオルを乗せる。
タオルを見た瞬間から大体予想はついていたフィアンマはびくつくことなく受け入れ。

フィアンマ「…看病するつもりか?」

テッラ「それ以外に何があるというのです? 特別、我々『神の右席』が駆り出されるような有事も起こらないでしょう」

フィアンマ「そうかもしれんが、」

テッラ「私個人としても、こちらの方が有意義です」

フィアンマ「…馬鹿なヤツだ」

テッラ「何とでもご評価ください。私の行動で貴方の苦痛がほんの少しでも早く終わるのなら、それに越した事はありませんからねー」

フィアンマ「……」

寝首を掻かれる、という心配ではなく、テッラに風邪が感染る、という心配が先に立ち。
それはつまり、信頼だ。

フィアンマ(あぁ、そうか)

気まぐれで手を差し伸べた事はあくまできっかけに過ぎないけれど。
きっとこのように自分を大切に思ってくれる『誰か』がテッラで、自分は嬉しいのだ。
そう自覚し、フィアンマは天井を見つめる。
熱に浮かされているとはいえ、その程度で思考が阻害されることはない。

フィアンマ(俺様は、コイツが好きなのか。コイツが俺様を好きだという感情と、多少方向性は違えど)

熱を持った身体、その額を冷やされた心地良さから催す生理的な眠気に身を委ねながら、フィアンマはそう結論を出した。
自分が中途半端な身体である分、ローマ正教の教えそのものとしては良くないことだが、同性愛の部類にも関わらず、抵抗は無かった。
触れる事も触れられる事も嫌悪感はなく、安定を感じ。
どうか生きて傍に居て欲しいと願うのは。
一般的な恋人達のソレと同じだと、今更になって、何年もかけて、ようやく気づけた。
伝える前に、口を開きかけて、眠気に耐え切れず。フィアンマは意識を手放した。



52: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 15:52:27.62 ID:1/jLkoQr0



『…お前が、俺様を置いてさっさと死んでしまわないように、だよ』


勘違いをしてはいけない、とテッラは思う。
これもまた、きっと彼の気まぐれなのだ。
過剰な期待をして、重荷に感じさせてはいけない。
だけれど、それでも期待してしまうのは、人間の性というもの。
少しは好いていてくれているという自信位はあったが、それだって犬猫と変わらないものだろうとばかり思っていた。
気まぐれに触れてくるのも、触れさせてもらうのも、すべてが気まぐれ。
ただ、必ずしもそうではないのだろうか。少し、期待する。
テッラは途中タオルの温度を確かめ、温くなってしまう度に氷水に浸け、絞り、取り替える。
科学サイドの産物である冷却シップ(所謂冷えピタ)を使った方が楽ではあるのだが、一分一秒も傍を離れたくない。
テッラにとってフィアンマは想い人というだけでなく、命の恩人でもある。
色々と、様々な意味で、自分以上に幸せになって欲しいと、そう願っている。
虚ろで、不安定で、どうにも心がバラバラで。
それでも優しく、しかし誰にも知られないように密かに泣いて悲しみ嘆き。
誰にも頼ってこなかった、孤高の人。
そんな彼が自分に身を預け、世話を任せているということは、多少自惚れても良いのだろうか。
既に想いは伝えてあるし、日頃伝えているのだから、何も怖がる事などないのだが。
フィアンマは時折寝返りを打とうともぞついては、そのまま寝返りを打たずに終わる。
テッラは静かにフィアンマの様子を見守り、一刻も早く体調が良くなって欲しいと願うばかりだった。

フィアンマ「…、…」

テッラ「…はい?」

左方のテッラ、ではなく。
自分の本名を呼ばれ、テッラは首を傾げる。
フィアンマは口元を緩ませ、乾いた唇を舐めた。
何か自分が出演していて、且つ楽しい夢を見ているらしい、とテッラは判断した。
いたく喜ばしい事だ、と感じ取りながら。

テッラ「…私は死にません。約束します。出来る事ならば、寿命で死ぬその時までここに留まり、貴方を支えます」

願掛けの長い髪。
林檎のような甘い匂いを放つさらさらとした髪を撫で、タオルを取り替え、テッラは目を伏せる。
自分の寿命では、彼には追いつかない。どうしても、彼を置いていってしまう。
『光の処刑』が完成したその時は、どうにかすることはできないだろうか。どうにか、したい。
そう願い、テッラは何度も、飽きずにタオルや氷水を取り替えるのだった。





熱心且つ献身的な看護を受け、ベッドから逃げ出さず汗をかいたフィアンマはだいぶ体温が正常なそれまで下がり、だるそうながらも目を覚ました。
薬を服用していないにも関わらず、よくなったところを見ると風邪の中でもそんなに重病な部類ではなかったのだろう。
しかし、完治したということではなく。
だるく、汗はかいたものの、シャワーを浴びる事が出来る程には体調は良好でない。

テッラ「目が覚めましたか」

フィアンマ「…あぁ。身体がどうにも怠い」

テッラ「何か必要なものはありますか?」

フィアンマ「そうだな…身体を拭いてくれ」

テッラ「…、…身体、ですか」

フィアンマ「嫌なのか?」

テッラ「いえ、むしろ貴方が嫌なのかと思いましてねー」

フィアンマ「嫌ではないよ。お前相手であれば」

甘い睦言のような台詞なのに、雰囲気に甘味は付加されない。
緊張した様子を見せるテッラの表情を眺め、ベッドに手をついて、フィアンマは起き上がる。
そして、胸元に手をかけて、今にも脱ぎ始めそうな体勢で誘った。

フィアンマ「…脱がしては、くれんのか?」

悪魔の甘言の如きいやにいやらしい響きを帯びた声音に唇を舐め、テッラは頷いて、フィアンマの服へと手をかけた。



54: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 17:08:44.70 ID:Mo1bhrZ+0


別に脱がしたからといって、何か性行為に及ぶ訳ではない。
用意したのは石鹸水のお湯と、清潔な普通のお湯、タオル数個。
下着含め全ての服を脱いだフィアンマの体躯は白く、全体的に見れば細く。
秘部に関しては備わるべきものが両方共ついている為、まるで天使の如き。
好いている人の肌を見ればそれなりに興奮してしまうのはいくら聖職者とはいえ、テッラに関しては仕方が無いにしても。
問題はフィアンマの方の態度だ。貞操も羞恥も無い。

フィアンマ「そんなに目を逸らしていても出来んだろう」

テッラ「大丈夫、ですねー」

フィアンマ「何も大丈夫ではないが」

ほら、とテッラの、タオルを握る手、その手首を掴み。
導く先は、既に拭き終わっている上半身ではなく、下腹部の方向。
口達者にも関わらず、こうと決めたら口より先に手が出るのがフィアンマの悪癖だ。
テッラはといえば、どうすることも出来ないまま固まっている。
それをどうとったのか、フィアンマは自嘲するように嫌な笑みを浮かべてみせた。

フィアンマ「…やはり、半端者の身体は気味が悪いか?」

テッラ「そのような事はまったく考えていません」

きっぱりと言い切るテッラを見つめ、ゆっくりと首を傾げながら、フィアンマはテッラの手首を撫でる。
不思議そうな表情だった。
そんな反応を見、緊張が解けたのか、テッラは目元を和ませて言う。

テッラ「…好きな相手の身体がどうであれ、不気味がるなどありえませんねー。本当に好きであるならば、この反応が普通です」

フィアンマ「……、」

テッラ「神聖さを取り除いたにしても、気味が悪いなどとは思いませんでした。ただ、…直視すると、劣情を催しますのでねー…」

フィアンマ「…今なら、性行為をしてもノーカウントになるかもしれんぞ?」

テッラ「いえ、私は聖職者ですからねー」

あくまで聖職者という職業を貫くテッラにつまらなそうな表情を浮かべ、フィアンマは手首を離す。
テッラは少しばかり悩んだ後、ゆっくりとフィアンマの下腹部、及び下半身を拭き始める。
途中フィアンマの陰茎や陰核にタオルが触れ、互いにびくりとする様はまるで初めての性交のようで。

フィアンマ「…もしもの話をしようか。もし、お前が聖職者でなかったら、どうしていた?」

テッラ「…、致していたでしょうねー…」

フィアンマ「…まぁ、そうだろうな。…別に嫌ではないが」

テッラ「…、今のはどういう」

フィアンマ「…さて、身体も拭き終わった事だし、俺様はもう一度寝直すか」

テッラ(無理やりな誤魔化しですねー…)




56: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 18:38:42.49 ID:Mo1bhrZ+0



あれから、一年と数ヶ月。
今までと変化しない曖昧な距離感を保ちつつ、今現在、二人はチェスをしている。
別にテッラが接待試合をしている訳ではないのだが、試合結果はフィアンマの全勝。
一手を見る度に最適な場所に駒を動かしてくるので、テッラとしては非常に勝ちにくい。

フィアンマ「…そういえば、」

テッラ「はい?」

フィアンマ「…『法の書』の暗号法の解読をした修道女が居るそうだ」

テッラ「…残念ながら、始末の方向、ですかねー」

フィアンマ「間違いなくそうだろうな。俺様たちが動くような事ではないが…」

テッラ「何か、気がかりでも?」

フィアンマ「『幻想殺し』」

フィアンマの言葉に、テッラは駒に触れたまま視線を落とす。
何かを考えあぐねている様子で。

フィアンマ「…本人にそのつもりは無いのだろうが、結果的にはイギリス清教に有利になるように動いている」

テッラ「……」

フィアンマ「このままではバランスが崩れていく一方だ」

テッラ「…しかし、ひとまずは静観が一番でしょう」

フィアンマ「まぁ、多少使い潰し、あるいは使い捨てる予定ではあったのだから、人数が減ってしまう分には仕方がないのだが」

平穏を好むフィアンマは、面倒を嫌う。
しかし、先手を打って潰そうにも、上条当麻がもう少し騒ぎを起こしてくれなければ大義名分を作る事は出来ない。
短気なヴェント辺りに行かせようか、と算段を踏み、フィアンマはチェスの駒をゆっくりと動かす。

テッラ「…面倒ですねー」

フィアンマ「あぁ、面倒だとも」




58: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 18:39:07.01 ID:Mo1bhrZ+0



この短い時間だけで、一体どれだけの戦力が削られただろう。
最早、事態を悠々と静観している訳にもいかなくなった。

アウレオルス=イザード。
オルソラ=アクィナス。
リドヴィア=ロレンツェッティ。
ビアージオ=ブゾーニ。
アニェーゼ部隊。

使徒十字。
黄金錬金。
アドリア海の女王。
女王艦隊。

失った人材と失った霊装(一部はまだ機能しているが)は、どうにももう換えが利かない。
数による暴力という戦い方は熟慮しているフィアンマではあったが、こんなにも短期間で騒ぎが大きくなるとは思わなかった。
ここまでの騒動を起こされてしまっては、どうにもならない。
もう、暗部組織である『神の右席』がどうにかする他無い。

ヴェント「…さて、いつまでも見ているワケにもいかない」

フィアンマ「殺害するのは上条当麻。騒乱の元凶たる右腕を粉砕出来るのであれば、それでも問題はない」

ヴェント「言われなくてもわかってるわよ、そんなコト。……、…ついでに科学サイドもぶっ潰してくればまーるく収まる」

憎悪と敵意と、特殊な霊装。
『天罰術式』を携えたヴェントを見送りながら、フィアンマは次の段取りを考えていた。
考えたくもないが、考えておかなければならない。
万が一、ヴェントが負けてしまった場合は。

フィアンマ(後方のアックアに出てもらうとするか。それとも)

自分はなるべく出るべきではない。
何しろローマ正教二○億頂点の実力を持つのだ。
出るのは、他のありとあらゆる人材を食い潰してからで問題無い。

チェス盤の駒を弄り、フィアンマは長い髪を下ろした。
腰をとうに過ぎた長い髪。

テッラ「…早く片がつけば良いのですがねー」

面倒そうな語調で、テッラが言う。
フィアンマも、対して退屈そうに返した。

フィアンマ「…そうだな。さっさと終了して戻ってくるのであればそれで良い」




60: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/05(日) 18:40:04.26 ID:Mo1bhrZ+0



前方のヴェントは見事に敗北した。
惨めにも、気絶した状態でアックアに回収され、今は療養中となっている。
考えたくもない事態が本当に起きてしまった。

フィアンマ(神はそんなにも俺様が憎いか)

不快感を堪え、無表情で淡々と、フィアンマはテッラに命令した。
『C文書』。
ローマ正教の誇る『聖霊十式」の一つ。
「世界中の人に宣言したことを強制的に『正しい』と信じさせる」というもの。
ただしここでいう『正しい』とは『ローマ正教にとって正しい』ということだ。
しかし、ローマ正教徒は世界総数二○億を数える。
世界各地で容易に暴動が起こせてしまう、恐ろしい品だ。

フィアンマ「…手早く済ませ、早く戻れ」

テッラ「勿論ですねー」

のんびりとした口調に目を細め、フィアンマはぽつりと、呟くように言った。

フィアンマ「…俺様の期待を、裏切ってくれるなよ」

テッラ「はい」

にこ、と穏やかな笑みを浮かべて、霊装の調整を始めるテッラを見つつ、フィアンマは静かに祈っていた。
これ以上、いくら神とはいえど、自分から何も奪わないで欲しい。
これまでに充分、痛い思いも苦しい思いもしてきたじゃないか。
もう良いだろう。



テッラは黙々と準備を済ませ、一度深呼吸した。
自分とフィアンマが至るであろう『神聖の国』で争いが起きないよう、人を正しく導く。
争いが起きて、フィアンマが悲しい顔をするのはもう見たくない。
人々を平等に救い、否、少なくとも無事帰ってくれば、きっとフィアンマは安堵の笑みを浮かべてくれる。浮かべられる。
ヴェントは療養中。アックアは控え。
フィアンマが直接危機に晒される事は無いとわかっていれば、心配することなく行ける。
必ず戻って、フィアンマに会う。そして、帰還を喜んでもらう。
ひとまずの目的をしっかりと設定し、テッラはアビニョンへ向かった。




フィアンマは自らの長い髪を一つに結わえ、私室のベッドに腰掛けたまま、低い声で呟く。

フィアンマ「……、…もう、独りにしないでくれ。…帰ってきてくれ。お前が居てくれるなら、俺様は、…」



「もう、なにものぞまないから。かみさま、」



62: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:16:32.60 ID:oWEq1YoZ0


熾烈な戦いをどうにか生き抜いたテッラは、バチカン、聖ピエトロ大聖堂内を進んでいた。
歩幅は一定で、ゆとりのあるリズムだった。彼自身の精神性を表しているかのように、のんびりと。
気持ち的には駆け出したい位ではあるものの、焦らずとも、フィアンマに会う事は出来る。
『C文書』は損壊してもう回収出来ないが、『光の処刑』に関する手応えは多少感じられた。
また照準調整という少々面倒な作業は必要となるが、新しい可能性は見いだせたかもしれない。
フィアンマは今回の帰還を喜んでくれるだろうか。
作戦として多少の失敗は否めないものの、どうにか微笑んでくれると嬉しいのだが。
ロシア成教と正式に手を組む事も決定した。
これで、ローマ正教の名誉挽回、もとい、フィアンマを守る為の磐石な姿勢は築けたも同然。
ローマ正教徒、その中でも特にフィアンマを大事に思うテッラという男にとって、その事実だけで構わなかった。
テッラはただ、フィアンマの幸福を祈っている。

様々な事を思考しつつ帰ってきた実感と思考の海に浸っていたテッラの前に、一人の男性が現れた。

アックア「テッラ」

テッラ「ああ。アックアですか…」

会話の為に思考を中断するのは面倒だと思ったが、一応は返事をしつつ、テッラはアックアを睨みつける。

アックア「その様子だと、C文書は失われたようだな」

テッラ「ええ」

アックアの言葉に対し、テッラは悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。

テッラ「例の幻想殺しを使われましたので、回収は難しいでしょうねー」

アックア「それにしては、随分と上機嫌に見えるのだが」

テッラ「はは。アックア、そちらにも話は行っているんじゃないですか」

うっすらと。
微笑みながら、テッラは言葉を続ける。

テッラ「ロシア成教が、正式に我々と手を組む事に決定したと」

アックア「…我々はローマ正教徒である。本来ならば他宗派からの協力にそれほどすがるのは感心しないのだがな」

テッラ「ふふ。あくまで利用するだけですよ。向こうもそう思っているでしょうし」

テッラの表情は余裕そのもの。
折れた様子は見当たらない。

テッラ「今回のC文書の一件で、学園都市とイギリス清教は秘密裏に手を組んで行動しました。まぁ、もちろん、双方ともにそれを認めるようとはしないでしょうけど」

アックア「しかし重要なのは、その事実を知ったロシア成教がどう思うか、か」

テッラ「既に学園都市とイギリス清教とのあいだにはある種のパイプが築かれています。そこへ新参者のロシア成教が協力を申し出たところで、甘い蜜を吸えるとは限りません。この『戦争』において勝利者の利益を求めるロシア成教としては、科学サイドが勝ったところで自分達は面白くない……そう思ってしまったんでしょうねえ?」




64: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:16:52.69 ID:oWEq1YoZ0


現在、学園都市とローマ正教の戦力は拮抗している。
そこで重要なのは、イギリス清教やロシア成教のような、第三勢力の動向。
可能ならばイギリス清教もロシア成教も『魔術サイド』の協力者として招き入れるのが望ましい。
しかしイギリス清教は、すでに学園都市とのパイプを設けている。
これ以上科学サイドにつかれてしまっても困る。
しれを回避するためには、どうしてもロシア成教の目をこちらへ引き付ける必要があった。
そのためのC文書。
あの霊装を失ったのはマイナスだが、当初の目的は達成出来た。

テッラ「さて、これで『ローマ正教・ロシア成教』組と『学園都市・イギリス清教』組という構図が出来上がりましたねー。ま、学園都市とイギリス清教はそれぞれ違う世界の組織ですし、必ずそこに綻びが生じると思いますけどねー。ロシアとの協力を得られれば、日本へ侵攻するための足がかりは強固なものになります。喉元に刃を突きつけた状態……というところでしょうかねー。右方のフィアンマとも相談して、今後の兵の動かし方についても決めておいた方が良いかもしれません。本当はもう少し学園都市側の対応パターンを調べたり、幻想殺しの様子を見てみたかったのですが、まぁ良しとしましょう」

アックア「そうか。しかし、その前に、貴様に話がある」

アックアの厳しい語調に対し、テッラは気軽な調子で応答した。

テッラ「何ですか」

アックア「なに、簡単な事だ。貴様にしか扱えない特殊術式『光の処刑』……その照準調整のために、ローマ近郊の子供達や観光客を"使っている"という報告は真実か?」

テッラ「ええ、はい」

簡単に簡潔にあっさりと、テッラはそれを認めた。
ただし。


テッラ「取り立てて騒ぐような事なんですか、それ?」


テッラにとって、フィアンマは絶対的上位、その下がローマ正教徒、それ以外は人間ですらない猿としか感じられない。

アックア「……確か貴様は、世界全人類を平等に救う為に行動しているのではなかったのか。人々を信仰によって『神聖の国』へ導いた後、人はそこで派閥の問題を継続しないかを知りたがったから動いているのではなかったのか」

テッラ「ええ、ですから」

幼子が何故空は青いのと大人に聞いてきたかのような。
微笑ましくも馬鹿馬鹿しい。
不可解だと言わんばかりの態度で、テッラは答える。

テッラ「確かに私は世界全人類を平等に扱う気でいますが、そもそも異教徒は人間ではありません。アックア、あなたは書類をきちんとチェックしているのですか。私は対象がローマ正教徒でない事を入念に確認してから、照準調整用の『的』として採用していたつもりなのですが」

アックア「……、」

テッラ「ああ、もしかしてスペイン経由で『死刑に出来なかった凶悪犯罪者』を回してくるという話を気にしているのですか? 一応報告しておきますが、私はそちらへは手をつけていませんよ。彼らは十字ローマ正教派の信徒であり、この私が救うべき対象ですからねー。私の部下は人材確保というとすぐに犯罪者を持ち出してくる癖があるようですが、それはいけません。的として消費するならローマ正教徒以外の者でなければ」

テッラの基準は、ブレない。
これこそが彼においての『平等』。
異教徒という人間でないもの相手であれば、家畜として扱っても構わない。
ローマ正教で育ったからこその、歪んだ価値観。

テッラ「ヤツらは一度煉獄に堕ちた上で、その魂に付着した罪を洗い流す事で『神聖の国』への道を得るのです。その第一歩は我ら聖職者に命を明け渡す事にあるでしょう。それすら行えない者は、もはや煉獄に堕ちる資格もなく、永劫の地獄で苦しめられるだけなのです」

アックア「……そうか」

アックアは、短く告げる。

アックア「その術式を携えた頃より定期的にメンテナンスを行っていた、という事だな」

テッラ「さあ、そこをどいてくださいアックア。私にはやるべき事が山積みなのですよ。科学サイドに対する次の攻撃を考えなくてはいけませんし、私の優先魔術『光の処刑』も色々と改善点というか、癖のようなものが見つかってしまいましたからねー。また、照準の微調整が必要になりそうです」







アックア「いや、その前に一つだけやっておく事がある」



66: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:17:30.06 ID:oWEq1YoZ0


暗い私室のベッドの上。
右方のフィアンマは、昔の思い出をそのまま繰り返すような夢を、視ていた。




テッラ『困りましたねー』

土砂降りの中、テッラがぼやく。
外に出てきたのはいいものの、傘は手元に無く。
テッラの傍らで、フィアンマは退屈そうに空を見上げた。
二人揃って、大雨に辟易としながら、とある軒下で雨宿りをしつつ、ぼやいている。

フィアンマ『言う程困ってもいないだろう』

テッラ『いや、濡れても確かにそうそう風邪は引きませんが…』

フィアンマ『まぁ、別に構わんがね。俺様はこのままでも』

素っ気なく返して、フィアンマは欠伸を噛み殺す。
昔の夢だから。
仕事は特に無い状況であり、無理やりに帰る必要も無い。
テッラははしばらく悩んだ後、『設定』を『変更』した。
そしてフィアンマの方を見やると、優しく微笑みかける。
フィアンマは、呆れたような表情を浮かべた。

フィアンマ『そんな事に『光の処刑』を使うなよ。くだらん』

テッラ『貴方が濡れて風邪を引くよりはマシですねー』

フィアンマ『…未だに『あの日』の事を前提として、俺様の事を判断しているのか? 何年前の事だと思っているんだ』

テッラ『何年経過しても、貴方は私にとって大切な人です』

フィアンマ『…そうか』

俺様にとっても、そうだよ。

そうは言えないまま。

ふ、と口元を弛ませ、フィアンマは外へと踏み出した。
大雨の中にも関わらず、身体が濡れる事は無い。
テッラが『人体』を上位に、『自然現象』を下位に、一時的に設定したからだ。
二人は友人ではない。そんな軽い間柄ではない。
テッラにとって、フィアンマは命の恩人であり。
フィアンマにとって、テッラはかつて救った子供。
互いにとって、互いは同僚だった。あの時は。
今は違う。
恋愛という甘酸っぱい響きではないけれど、フィアンマにとって、テッラはかけがえのない人物となっていた。
優秀な魔術師として、天使に近い身体を持つ二人は、そのメルヘンな響きとは裏腹に、纏う雰囲気以外はいたって普通の人間で。
怪我をすれば血も出るし、日常生活の中で食事だって普通に摂取する。

フィアンマはそうそう死なないけれど、テッラは殺されればあっさりと死んでしまう。

どうか無事に帰ってきますように、とフィアンマは祈った。
神はその願いを聞き届けてくれた。

実に、残酷な方法で。



68: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:17:57.50 ID:oWEq1YoZ0


フィアンマと対面したのは、無残にも上下に裂かれたテッラの死体だった。
フィアンマは、無表情だった。何も無い。
もう、彼には何も残されていない。
最後の希望であったテッラさえ、喪ってしまった。
死体を清潔にする処理を行いながら、虚ろな表情で、フィアンマはテッラの死体を見つめていた。
まだ、何も伝えていなかった。
好きだとか、大切だとか、ちゃんと言えていなかった。
帰ってきたのなら、生きている内に会えたのなら、言おうと思っていた。
きっと言えると、そう思った。
でも、言えず仕舞いで、テッラの生は終えられてしまった。
フィアンマは、敢えてアックアを憎むような事はしなかった。
恨んで憎んだところで、何かが変わる訳でもない。
ただ、確かに、芽生えかけた大切な『何か』は、踏みにじられて枯れてしまった。
アックアは別室で果たし状を書いている。
処理はしてやる、と申し出、フィアンマはテッラの身体を、最高級のビロードで包んだ。
そして、ほのかに木の香りが漂う桐の箱に詰め。
最低限の、所謂死に化粧と呼ぶべき処理を済ませ、フィアンマはテッラの顔を見つめた。
閉じられた瞼が開く事は、もう二度と無い。


二度と。


フィアンマ「…無事に帰ってくる、という約束を果たしただけか」

死ぬ前に、会えなかった。
あの時起きていれば、会えたとも限らない。
どのみちこうなる運命だったのだろう、とは思う。
ただ、その一言で割り切れる程、フィアンマはもう、冷酷にはなれなかった。

用意してきたナイフは、いたく切れ味が良い。
別に後追いをする訳ではない。
フィアンマは長い長い後ろ髪を掴み、ナイフで真っ直ぐにすっぱりと切る。
セミロング程度になった、ほんの少し不揃いな髪。

フィアンマ「もう、願掛けをする必要もない。願う事など何も無い」

手にもった髪を、フィアンマは手のひらの上で燃やす。
テッラと一緒に死んでしまった、何か、自分の大切なものを、髪に託して。

フィアンマ「…お前さえ居てくれれば、何も要らなかったんだ」

やがて燃え尽き、ただのゴミとなったそれを床に落とし、フィアンマはタバコの火でも消すように踏み潰した。
そして再び膝をつき、箱の中を覗き込む。
ぽた、と床に水滴が落ちた。
目を瞬き、どこから発生している水なのだろうか、と、フィアンマはゆっくりと首を傾げる。
雫がやがて頬を伝い、首筋まで濡らしたところで、フィアンマはようやく自分が泣いている事に気づいた。

フィアンマ「ぁ…?」

どうして泣いているのか、わからなかった。
今までは悲しいと思い、その悲痛さに支配されるままに涙を流していた。
今は、ただひたすらに、喪失感だけなのに。
どうにも、涙がとまってくれそうになかった。息が、苦しい。

フィアンマ「…、そうか」

なるほど、とフィアンマは思った。
自分は、自分が思っていたよりもずっとずっと深く、テッラという、否、――――という男を大切に思っていたのだ。
心地良さに、依存していた面もあった。それは俗に信頼や愛情と呼ばれる。

フィアンマ「……そうか」

何を差し置いても自分を大切にしてくれる彼の事を、いつしか自分も大切に思っていたのだ。
そうだ。
有り体に言い切ってしまうのなら、大好きだったのだ。

フィアンマ「…お前さえ居て、くれれば」

神に祈った。
祈りは届いた。
だが、フィアンマがそれで救われる事は無かった。



70: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:18:18.91 ID:oWEq1YoZ0



『…貴方を愛しています』

信じないフリをした。

『貴方がたとえ、私を好いていなくとも』

期待しないフリをした。

『…信用してくださっているというだけで、信頼などしていなくとも』

何せ、長い生を言い訳にしてしまうような臆病者だったから。

『…私は、貴方の事が大好きです』

俺様も、大好きだったよ。
否、過去形にするには、まだ想いは強い。
でも、もう伝えられないから。
もう、何もしてやることは出来ないから。
代わりと言っては何だが、お前の意志は俺様が継ぐよ。

『世界を、人々を平等に救う』

それがお前の意志だったのなら、それは俺様が請け負う。
今まで数え切れない我が儘を言ってきたのだから、それは俺様が行うべきだ。
幸い、俺様が内包しているのは、『世界を救える程の力』。
出力端子となる右手や必要な知識一切、全て、得ようと思えば、目と鼻の先にある。
だから、世界を救い終えるまで。それか、夢半ばで俺様が死ぬその時まで。
待っていて欲しいとは言わないから。
見守っていて欲しいとも、言わないから。
次に会った時こそ、どうか落ち着いて言わせて欲しい。

俺様も、お前のことが好きだ、と。

お前と一緒に、感情などという下らない不必要なものは、先に見送る。
これ以降、俺様はもう一度として泣いたりしない。

お前が何よりも愛した、笑顔だけを浮かべて生きる。

「…審判のその日まで、今は安らかに眠れ」





俺様も、お前の笑顔が一番好きだったよ。



72: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 04:19:58.79 ID:oWEq1YoZ0


「…っ、…ふ…う、ぁ、…あああ、…」

ぼろぼろと大粒の涙を流し、フィアンマは項垂れる。
もう何も要らなかったのに。
これ以上何も要らないから、傍に居て欲しいと思っていたのに。
行き場の無い憤りをぶつけるように床を殴り、フィアンマは唇を噛み締める。
そして、箱の側面をそっと撫でて、笑った。
依然、変わらず涙を流しながらも、笑う。
もう、笑うことしか出来ないかのように。

「ぅ、…ぁあ…っく…あ…ぁは、はは、くっ、う、ははは、ふ、ははははあはははははははははははは!」

それは狂笑だった。
虚ろに生きることでどうにか耐え抜いた、虐げられし長い年月。
長く生きて尚、狂ってしまわないよう、どうにか自分でセーブしてきた。
しかし、もうどうにもならなかった。
期待をしてしまったから。幸せだったから。
言いようの無い程に、毎日が楽しかったから。
少なくとも、テッラと一緒に過ごしている間、フィアンマは人間らしかった。
笑って、寂しがって、怖がって。
あんな日々が、いつまでも続いていけばいいと願った。
しかし、そんな日々は、ここに穏やかでない終焉を迎えた。







一しきり笑ったフィアンマは涙を拭い、狂気に満ちた金色の瞳を、何か、嫌な熱で輝かせる。
まるで、何か憑き物があるかのように。
何か、取り憑きでもしたかのように。

「…困ったなぁ。まずは、どのように段取りを組むべきか」




74: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 22:01:15.42 ID:2UVK3/eS0


足りずに必要なものは、三つ。

上条当麻の右腕。
禁書目録の知識。
『神の力』の素体。

聖別されている地上の全ては、少し時間がかかるものの、操れるように用意して。
莫大な人手については、ロシア成教の人間を使えば良い。
そのためには、まずロシア成教の比較的上の方に居る人間を動かせば良い。
口先三寸での行動は得意だ。昔からやってきた。

そう考えを纏めたフィアンマは、箱を閉じ、アックアに預けた上で秘密裏に準備を始めた。


あっさりと世界を救って、彼の夢を叶えよう。
そう、心に決めて。




76: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 22:01:50.57 ID:2UVK3/eS0


アックアを憎まないようにしよう、と我慢した。
ウィリアム=オルウェルを苦しめてはいけないと、フィアンマは我慢した。
それでも、どうしても、我慢出来なかった。
テッラを彼から奪い取ったのは、葬ったのは、後方のアックア。
だから、フィアンマは遠まわしな復讐を実行することにした。
用意を済ませ、ローマ正教経由で世界会議を刺激し、イギリスを追い込んでやる。
もしかしたらテロが起こるかもしれないし、ウィリアム=オルウェル自身が特に大切に思っている第三王女は死ぬかもしれない。
何も騒ぎが起こらなければ、イギリスという国は崩壊する。
どちらに転んでも、アックアを悲しい気持ちにさせる。
それでも構うものか、とフィアンマは思う。
自分から、唯一の希望を奪った男の希望を奪って何が悪いというのか。
どのみちこの救済が全て済んだ時、そこに不幸などというものはない。
歪んだ救済願望は、復讐心に基づいてしまっているモノ。

フィアンマ「…俺様は間違っていない。そうだろう?」

間違ってなどいません。
記憶の中のテッラは、いつだってそうフィアンマに微笑みかけた。
だから、フィアンマは間違ってなどいない。
正されない間違いなどというものは、最早間違いとは呼ばれない。
たとえどれだけの人間を傷つける事になっても、フィアンマにとっては関係の無い事だ。
それまで、それなりに良く見えていた世界は、もう右方のフィアンマの視界に映らない。
テッラが考えていたよりももっともっと広範囲で人々を救おう。
そうしたら、きっとテッラは喜んでくれる。




78: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 22:02:36.23 ID:2UVK3/eS0




教皇「ユダは裏切りの後、強い自戒に駆られて首を吊ったそうだ。彼の世界は暗く寒く深く苦しく、どこを見回しても一縷の希望すら見えなかったのであろう。覚えておくが良い、これから貴様が味わうものの正体だ」

ローマ教皇の声を聞き流しながら、ぼんやりと、フィアンマは思う。
そんな術式に囚われる以前に、もう、自分には一縷の希望すら見当たらない。
暗く寒く深く苦しく。そんなものは、もう既に陥っている。
こんな歪んだ世界でも、どうにか手探りで見つけ出した優しい希望を簡単に奪われ。
もう、もたれかかって許されるたった一人の人間は、フィアンマにどこまでも優しかったあの聖職者は、居ない。

教皇「これより貴様を四○年ほど空転させる。ユダの陥った『己自身に対する孤独』を長く味わい、その未熟な精神を今一度研磨し直すが良い」

何百年と、そんな孤独に浸ってきた。
そうして臆病になり、たった一度のチャンスを逃した。
精神が未熟だというのは、認めてもいい。
だけれど。
この行為だけは、誰にも止めさせない。
これは、正しく弔ってもらえなかったテッラへの、手向けなのだから。

一三面体の中で、棒立ち状態のフィアンマの唇が、僅かに震えた。

教皇「やめておけ。曲がりなりにも私は教皇。今ここで振るう力とは二○○○年の時を経て、二○億もの信徒を支え導く神聖なもの。一人二人の傲慢で振り切れるようなものではない」

聖ピエトロ大聖堂は旧教勢力圏の中でも最大最高の要塞だ。
バチカン市国そのものが、ローマ教皇を何重にも補強する巨大霊装として機能する。

フィアンマ「ふん」

傲慢なのはどちらの方だ、とフィアンマは思う。
最早『神の右席』の下に置かれた傀儡が、『右方のフィアンマ』に意見すること自体、間違っている。

自然な調子で、フィアンマは言う。






フィアンマ「残念だが……たった二○億人、たかが二○○○年ではな」



80: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/08/06(月) 22:03:02.32 ID:2UVK3/eS0



フィアンマ「全部自分一人で受け止めた、か。大した野郎だ」

鼻歌を歌い、フィアンマは、ほとんど崩れてしまった聖ピエトロ大聖堂へ向かう。
明らかな機嫌の良さは、邪魔な障害を片付けたから。

フィアンマ(テッラ、ワガママを言うようだが、見ていてくれたか?)

見守っていて欲しいとは、言わないけれど。
どうしてだか、テッラが見ていてくれるような気がして。
だから、内心で呟いて、フィアンマは微笑む。
教皇よりも自分を上位に置いていた男なのだから、きっと微笑みかけてくれるはずだ。

フィアンマ(何があっても、俺様は諦めないよ。お前が叶えたかった夢を、叶えてやる)

莫大な悪意を宿した瞳を輝かせ、フィアンマはそう囁きかける。
何かが見える訳もないし、聞こえる訳でもない。そこに実感は無い。

フィアンマ(たとえ何を犠牲にしても、踏みにじっても)

自分の右手を見やり、男は楽しそうに笑う。
今まであまり使ってこなかったこの力は、今は亡き愛しい人の為に振るう。

フィアンマ(それが、今出来るお前への最大の愛情表現なのだから)






「楽しいな、―――。まるで、お前とばかり沢山やった、チェスみたいだ」










おわり。


元スレ
SS速報VIP:テッラ「困りましたねー」フィアンマ「言う程困ってもいないだろう」