SS速報VIP:風子「風待ち鳥は空を見ていた」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1339236685/



1: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 19:11:25.71 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
 色々あったが、今となっては青春のひとコマだろう。

 卒業式を間近に控え、私たちは家路に就いている。
 河川敷の上、少し高くなった道路を進む。
 私となっちゃんと英子ちゃんの三人で。

 今日は本当に楽しかった、今までこんなにはしゃいだ日はなかっただろう。
 軽音部のみんなが私たちの教室でライブを行ってくれた。
 和ちゃんがみんなの指揮をとり、協力して実現したライブ。

 私は――私たちは、ずっと忘れないだろう。
 今日のライブだけじゃなく、修学旅行や学園祭はもちろん。
 受験勉強に苦しんだのだっていい思い出だ。

 二人の背中を見つめながら、軽い足取りで歩く。

 鞄が軽い、もう教科書を入れる必要は無いから。
 履き慣れたローファーともお別れ、もう履くことは無いかな。
 着慣れた制服ともお別れ、卒業式ではちゃんと前を留めよう。
 掛け慣れた眼鏡は、もう少し付き合ってもらおう。
 髪は長いままでいいかな、今は染める気も無いし。

 なっちゃんが英子ちゃんに、「今日の風子ご機嫌だね」と耳打ちをした。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1339236685(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)




7: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:01:59.44 ID:bzATqBdvo

 宙に浮いたような足取りで二人へと近づき。

「だって、本当に楽しかったんだよ。そう思うよね? 二人とも」

 なっちゃんが「はいはい」と言いながら私の頭を撫で、
 英子ちゃんがそれに対し、「夏香、風子を子ども扱いしないの」と促した。

「今日だけは怒らないから。子ども扱いしても」

「いいの? もうちょっと可愛がってあげようかな?」

 なっちゃんにからかわれながら家路に就く。残す行事は卒業式だけだ。

 あのころは思いもしなかった、こんな気分で卒業を迎えられるなんて。
 といっても三ヶ月ほど前の事。ほんの少し落ち込んだだけ。

 今日は空が青い、空気も澄んでいる。

 あのころの空は灰色だった、冬だったせいもあるけれど。
 きっと私は、濁った目で空を見ていたんだと思う。

 真っ直ぐ見つめられず、不安から目を背けたかった。
 でもそれが出来なくて、立ちすくむしか方法がなかった。

「風子ってば」

 なっちゃんの声で我に返り、「お、怒ってないよ」と反応する。

「いや、なんか黙ってたから……。怒らせちゃったかなって」




8: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:03:06.70 ID:bzATqBdvo

「ううん、違うの。色々思い出してただけ」と、目を伏して首を横に振った。

 崩れた髪を整えながら二人と一緒に歩く。

 私の『色々思い出してただけ』という言葉には触れず、
 二人は静かに寄り添ってくれる。

「よっぽどライブが楽しかったのね」

 英子ちゃんがそう話し掛けてきたけれど、
 私が今浮かべている笑顔は二人によるものだった。

「それも……あるかな」

 含みのある言い方をして前へと向き直り、少し顔を下げた。




9: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:03:39.05 ID:bzATqBdvo

 三ヶ月前の私なら、素直にライブを楽しめただろうか。
 とてもそうは思えない。
 それ以前に、『さわ子先生に何かしたい』という言葉も出なかっただろう。

 ――このクラスになって本当に良かった。

 ここにいるなっちゃんと英子ちゃんだけじゃない。
 唯ちゃん、秋山さん、田井中さん、琴吹さん。
 そして和ちゃん。
 それに、あまり話さなかった子まで大切に思っている。

「――それでさ、風子」

「えっ?」

「このまま真っ直ぐ帰る? それとも寄り道してく?」

「どうしようかな」

「まあ……人に聞くってことは、私が寄り道したいってことなんだけどね」

 なっちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべてこっちに振り向いた。

「決まりでいいかしら? 風子も」

 英子ちゃんが同意を促して、私も「うん」と首を縦に振った。




10: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:04:07.53 ID:bzATqBdvo

 先を行く二人を見つめながら、私はもう一度空を見上げた。
 二月にしては澄み切った空だ。
 卒業式までこの天気が続けばいい。

 未来のことはわからない。でも、今の私は満ち足りている。
 これで志望校に受かっていれば言うことなしだろう。
 気になるけれど、合格発表は卒業式のあとだ。

「なっちゃん、英子ちゃん」

「ん? どうしたの、風子」

 なっちゃんは私のほうに向き直り。
 英子ちゃんは顔だけをこっちに向けた。

「えっと……」

 何かを伝えようと思った、上手く言葉に出来ない何かを。
 でもそれは、浮かんだと同時に霧散してしまう。

「いい、天気だね」

 やっと出た言葉が天気の話だなんて、私はどこか抜けている。




11: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:04:49.30 ID:bzATqBdvo

「どこ行こっか?」

 抜けているのを取り繕うように、少し慌てて声を出した。

「ハンバーガー食べに行こうよ」と、素早いなっちゃんの回答。

 英子ちゃんも「そうね」とうなづき、
 私たちはハンバーガー屋さんへ足を向けた。

 再び空へ視線を投げると、一羽の鳥が空を飛んでいた。
 名前はわからないけど、青い空を水平に横切っている。

 私はもう一度あのときの空を思い出し、静かに歩みを進めた。

――――――――――――――――




12: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:05:17.41 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 図書室の窓枠越しに空を見ていると、一羽の鳥がそこを横切った。
 外には灰色の空が広がっていて、十二月ということを実感させる。

 放課後の時間、私たち受験生は勉強をして過ごすことになる。
 とはいえ、自宅で勉強すると集中力を保てない子が多い。

 そういうわけで、私はなっちゃんと英子ちゃんの三人で図書室にいる。
 左隣に座っているなっちゃんに数学の質問を受けている最中だ。

「風子、ここはなんで高さが5になるの?」

「ここは正弦定理を使って、斜辺の高さから計算するの」

「なるほど、じゃあこれは――」

 この学校の図書室は窓が広くて好きだ、
 日差しが辺り一面に差し込んでくる。
 高い天井は開放感を与え、堅苦しい思考を開放してくれそうだ。
 木製の床と白塗りの壁が上手く調和して、
 落ち着いた雰囲気を出している。




13: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:05:43.64 ID:bzATqBdvo

「夏香、そろそろ自分で考えたらどう?」

 私の正面に座っている英子ちゃんがすかさず口を開き、
 なっちゃんは決まりが悪そうに答える。

「なんで私にはきつく当たるかなあ、英子は。
 宿題だって見せてくれないし……」

「夏香はちゃんとして来てるじゃない。何を見ようっていうの?」

「いや、言ってみただけ。私も優しくされたいなって――」

「夏香は自分で出来てるでしょ。
 私が宿題見せたりするのは自分で出来なかった子だけよ」

「うん、そういうのうらやましいなって思っただけ」

「そもそも、夏香はやれば出来るじゃない。
 国語なんてクラスでも上位でしょ?」




14: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:06:11.09 ID:bzATqBdvo

 割り込んでいいものかと思ったが、すでに言葉が先走っていた。

「まあまあ英子ちゃん、人に教えるのって自分の勉強のためにもなるんだよ」

「そう――、それならいいけど。あんまり夏香を甘やかしちゃ駄目よ」

 英子ちゃんに見つめられながら、自分の後ろめたさから目を反らせた。

 そういえば、『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
 という言葉を聞いたことがある。
 嫌な言葉だけど、いつかは向き合わないといけないのかもしれない。

「さっすが! 風子は優しいなあ」

 なっちゃんに微笑み返した顔は、きっと不自然になっているだろう。




15: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:06:52.29 ID:bzATqBdvo

 正面に向き直ると、本棚の隙間から近づいてくる人影に気付いた。
 見慣れた赤い眼鏡、和ちゃんだ。

「英子、ここいいかしら?」

「いいわよ、座って」

 遅れてやってきた和ちゃんが私の左斜め前に座る。
 着席するや否や、
 なっちゃんが主人を見つけた飼い犬のように身を乗り出した。

「和、おっそーい。おかげでお母さんに怒られたんだよ?」

「あら、そう」

 主人は飼い犬を軽くあしらって鞄から参考書とノートを取り出し、
 付箋の貼ってあるページを開いた。

 英子ちゃんに対する『お母さん』という愛称はどうかと思う。
 言われている本人が不快に思っていないのなら、それでいいんだろうけど。




16: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:07:22.58 ID:bzATqBdvo

 もともと私は数学が得意なほうではなかった。
 かといってどうにもならないほど苦手なわけではない。

 やはりみんなで勉強をしているからだろう。
 自分では解決出来なかった問題でも、
 人の協力でいとも簡単に解けることがある。

 和ちゃんは理数系に強いところがある。
 その影響なのか、人に教えられるレベルにまで理解が高まった。

「こうなったら和に見せてもらうからね」

「そう、丁重にお断りするわ」

「夏香、あんまり人のことを覗き込むのは感心しないわね」

 やっぱり楽しい、みんなとワイワイしているのは。
 このまま続けばいいと思わずにいられない。




17: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:07:51.48 ID:bzATqBdvo

 夕日が差し込み、図書室の一角をオレンジ色に染めている。
 黒い影とのコントラスト。

 その様子に目を奪われていると、
 なっちゃんの手が止まっていることに気付いた。
 これはそろそろ言い出すころかなと、私は一人納得し手を休める。

「そろそろ切り上げてさ、この辺でどっか遊びに行こうよ」

「夏香、私たち受験生なのよ」

 英子ちゃんはこう言うものの、
 なんだかんだで付き合ってしまうことはわかっている。
 私もその一人だ。




18: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:08:47.49 ID:bzATqBdvo

「わかってるって。じゃあさ、本屋だけ行こう」

「ちょうどいいわね、買いたい本があったのよ」

 和ちゃんも乗り気のようだ。
 英子ちゃんも「しょうがないわね」とひと言つぶやく。

「夏香、少し寄るだけだからね。風子はどうする?」

「私も行くよ、ちょっと勉強疲れてきたかなって」

 半分は本当だけど、もう半分はみんなに合わせたことも否定出来ない。
 それに、『みんなと長く過ごしたい』という気持ちもあった。

「よっし! じゃあ今日の勉強おーわりっと」

「そう、私は帰ってからも勉強するわ」

 和ちゃんは相変わらずマイペースといったところだ。




19: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:09:44.51 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 本屋に入り真正面の手帳コーナーを眺める。
 様々な手帳を見ながら『もう十二月なんだな』と、
 時間の流れを意識して、足は文庫コーナーへ向かった。

「私漫画見てくるね」

 なっちゃんはそう言って本棚の間を抜けて漫画コーナーへ行った。
 英子ちゃんと和ちゃんは幅の広い通路から雑誌コーナーへ向かった。

 ――さて、どうしようか。

 赤茶色の背表紙を目で追い、
 今は古典文学を読むような気分じゃないな。
 芸能人やマンガ調の表紙を見ながら、
 日本文学で装丁だけ変えて再販って増えたな。

 などと脳内でつぶやきつつ、淡い色の背表紙を目に留める。
 棚から取り出し表紙を見る。
 長い髪の女の子が空を見上げている絵だ。
 青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空。
 その絵は水彩調で優しげな印象を与える。

 直感を信じてこれにしよう。




20: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:10:10.76 ID:bzATqBdvo

 早々にレジを済ませ鞄に放り込み、
 漫画コーナーをうろついているなっちゃんに声を掛けた。

「なっちゃん何買うの?」

「欲しかった新刊が売ってなかったんだけど……」

「私は文庫本買ったよ」

「いいなあ、風子は」

 どうやら無かったらしい。
 無駄足になったのかな。

「そんなこともあるよね」「発売してるはずなのに」
「通販は?」「直接買いたいの」

 こんなやりとりをしながら、二人で雑誌コーナーへ向かった。




21: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:10:46.84 ID:bzATqBdvo

 雑誌コーナーに足を運ぶと、和ちゃんと英子ちゃんの姿を見つけた。
 棚にはライフスタイル、料理、暮らし、といったラベルが貼られている。

「風子、私雑誌見てくる」

 なっちゃんはまたふらりとファッション誌のコーナーへ行ってしまった。

「二人とも何読んでるの?」

 私が後ろから話し掛けると、和ちゃんが振り向いて答えた。

「料理の雑誌よ」

 そういえば和ちゃんは自分で弁当を作ってきてるんだった。
 私は料理を出来ないわけではないけど、弁当を作るほどの意欲はない。

「その本買うの?」

「そうよ、弟と妹に作ってあげるの」

 弟と妹の存在、彼女の性格を形作った一因だろう。
 面倒見のいい人柄、真面目過ぎるわけでもなく柔軟な一面もある彼女。

「ところで風子、焼き海苔をメインにした料理って無いかしら?」

 こんな一面もある。




22: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:11:17.54 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 私たちは本屋をあとにし、しばらく歩いた。
 雑貨屋、服屋、ファーストフード店、誘惑に耐えつつときには耐えられず。

 徐々に店も少なくなり、住宅の数が目立つようになった。
 行きかう人も減ってきている。

 荷物を抱えたなっちゃんが、英子ちゃんと和ちゃんに声を掛ける。

「じゃあ私たちこっちだから、また明日ね」

 私となっちゃんが同じ方向、英子ちゃんと和ちゃんが同じ方向だ。
 私も続けて「じゃあね」と言い、
 方向の違う二人もそれぞれ挨拶を返した。




23: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:11:50.77 ID:bzATqBdvo

 二人と別れたあと、なっちゃんと夕焼けの道を歩いた。
 荷物を持ってあげようかなと思いつつ、
 そこまでするのは変だなと考え直し、
 当たり障りのない話題を振りながらしばらく歩いた。

 こうして帰れるのもあと数ヶ月か、
 わかってはいるけど、違う大学に進むということを改めて意識してしまう。

「風子どうしたの、悩み事? 相談に乗ろっか?」

「無いよ、悩みなんて。なっちゃんこそ勉強とか困ってない?」

「私は上手く気分転換してるからね。本当に何もない?」

「あ、り、ま、せ、ん! 私だって子供じゃないんだから」

 悩みが無いというのは嘘だし、子供じゃないというのも嘘だ。

「そっか……、ならいいけど」

 会話もそこそこに「それじゃ風子、また明日」「じゃあね」
 と挨拶を交わし、道を分かれ、それぞれの家路を進んだ。




24: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:12:23.45 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 夕食を終えてお風呂に浸かっていると、
 昼間何を考えていたのかわからなくなりそうだ。

 浴槽の淵に両腕を乗せ、その上に頭を置いてみる。
 洗い場を眺めながら今日一日を振り返ってみた。

 放課後は勉強だ……やっぱりみんなで勉強するとはかどる。
 そのあと本屋に行って、色々まわって。

 そう、『楽しい』って思って『このまま続けばいい』って思ったんだ。

 あと数ヶ月で離れ離れになる、みんな違う大学へ行くから。

 少し体が冷えてきた、もう一回肩まで浸かろう。




25: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:13:15.81 ID:bzATqBdvo

 晩御飯を食べる、お風呂に入る、勉強に取り掛かる。
 受験が終わるまでこのリズムは崩さないだろう。

 合格するために勉強する、第一志望に合格しみんなと離れ離れになる。
 まるで一人になるために勉強してるみたいだ。

 そんなことを考えてる場合じゃない、簡単な微分積分も手に付かない。
 とりあえず今日のノルマは達成しないと。

 なんだか気持ちが沈んでいる、上手く解消出来そうにない。

 明日は一人で勉強したほうがよさそうだ。




26: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:13:50.19 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 たまには一人で勉強するのもいいものだ、教室には人一人居ない。
 オレンジ色が教室を染めている。椅子、机、教壇、それに私。
 幻想的ではないけれど心が落ち着く。

 今日はこれぐらいにしておこう。
 そう思い左側を向くと、夕日が目に飛び込んできた。
 まるで朝日みたいな強さだ。
 冬は空気が澄んでいる、そのせいで余計まぶしく見えるのだろう。

 とっさに左腕で影を作り、夕日が目に入らないようにした。
 そうしている内に見慣れた人影が入り口に現れた。

「和ちゃん今帰るの?」

 私に気付いたようで、こちらに向いて「そうよ」と返事をした。
 彼女もまた夕日を浴び影を伸ばして、オレンジ色に染まっている。

「生徒会室に寄ってたら時間かかっちゃって。風子も帰るの?」

 私が「うん」とうなづくと和ちゃんは「少し待ってて」と返事をした。
 用意が済むまで唯ちゃんの席に、
 つまり和ちゃんの後ろの席に腰掛けて待つことにした。




27: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:14:19.21 ID:bzATqBdvo

「もうすぐ卒業だね」

 何気なく話し掛けた、この時期の学生はそれが挨拶だという風に。
 彼女は「そうね」と軽く言いまた用意に戻った。

 和ちゃんと唯ちゃんは別々の大学に進学するという。

「ねえ、唯ちゃんと離れて寂しくない?」

 さらに問いかけた。こんなこと聞いても仕方ない、
 私の寂しさが紛れるわけでもないのに。

「そうね、寂しくないと言えば嘘になるわ。
 でも仕方ないわよ、それぞれの人生だもの」

 それぞれの人生、確かにそうだろう。
 二人は十年以上の月日を過ごして来たはずだ、
 それを簡単に割り切れるものだろうか。

 私はわずか二年で動揺しているというのに。

「和ちゃんにはわからないよ、私の気持ちなんて」




28: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:14:50.15 ID:bzATqBdvo

 思わず棘のある言い方をしてしまったが、もう取り消せない。

「風子?」

 和ちゃんの声が変わった、いつもの様な明瞭とした声ではない。
 かすかな戸惑いを含んだ声。私はかまわず言葉を続けた。

「そういえば言ってなかったね。一年のとき……友達いなかったの」

 和ちゃんは黙っていた、こんなことを言われても困るだけだろう。
 放課後の静けさが強く感じられる。

「もちろん中学のころはそんなことなかったよ。
 でも高校に入ってから上手く話しかけられなくって。
 気付いたら一人になっちゃった」




29: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:15:24.60 ID:bzATqBdvo

「そう、だったの……」

 ようやく和ちゃんが口を開いた。
 沈黙に耐え切れなかったのだろう。
 それは私も同じ事で、話を続けずにはいられなかった。

「同じ中学の子もいなかったし寂しかった。
 これからどうなるんだろうって思ってた。
 二年になってからなっちゃんと英子ちゃんが友達になってくれて、
 それから学校が楽しくなってきたの」

 彼女の顔を見ないように、目を合わせないようにしていた。

「三年になって和ちゃんとも友達になったし、
 このクラス、今までで一番居心地いいと思う。
 でも、もうすぐ卒業なんだね……」

 こんなことを話して彼女はどう思っただろうか、
 私の話している間、力のない相槌を打っていた。




30: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:16:36.15 ID:bzATqBdvo

「ごめんねこんな話しちゃって、迷惑だったよね?」

「そんなことないわよ。他の誰かに話した?」

 私は目を閉じてうつむいて、涙がこぼれないようにしていた。
 それでも声を出して平気なフリをした。

「ううん、でもなっちゃんと英子ちゃんはわかってると思う」

 よせばいいのに、私はまた弱音を吐いた。

「どうしよう、こんな気持ちのまま卒業出来ないよ……」

 視界がわずかに滲む、我慢しないと。
 こんな所で泣いて、同情してもらって、そんな所が子どもなんだろう。

 沈黙が長い、何か言って欲しい。
 私は机の上で手を組んだりしながらそわそわしていた。

 彼女のことだから、気の利いた一言を探しているんだろう。
 寂しさなんて吹き飛ばしてくれるような言葉を。




31: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:17:11.58 ID:bzATqBdvo

「……ごめんなさい風子、私は何も言えないわ。寂しいのは一緒だもの。
 生徒会長失格ね、友達一人励ませないなんて」

 ――和ちゃんも私と同じなんだ。

 彼女はずっとマイナスの感情を抑えてきたのかもしれない。
 生徒会長として学生の手本になろうとして。
 私が彼女にこんな表情をさせてしまったのだろうか。

 その表情が泣くまいと我慢してた私に、涙と心無い言葉をこぼさせた。

「そんなこと……言わないでよ。いつもみたいに、しっかりしてよ……」

「……ねえ、風子」

 静かで優しい声、これも初めて聞いた。
 あたたかい何かが手を包む。
 すぐに彼女の手だとわかった。

「これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ」




32: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:17:49.85 ID:bzATqBdvo

 手の冷たい人は心が温かいと言われている。

 ――じゃあ和ちゃんの手はどうして温かいんだろう。

 夕日は顔をひそめ、蛍光灯の明かりが教室を支配している。

 視線を落とすと、机が涙で濡れていた。
 そういえばここは唯ちゃんの席だった、拭いておかないと。
 机を濡らしたことを謝るべきだろうか、
 それよりも和ちゃんを悲しませたことを謝るべきかもしれない。

 遠くのほうで「じゃあね」「また明日ね」と聞こえた、
 部活帰りの生徒だろう。




33: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:18:21.64 ID:bzATqBdvo

 長い沈黙のあと、最初に口を開いたのは私だった。

「私たちも、帰ろう」

「……そうね」

――――――――――――――――

 荷物をまとめ、薄暗い廊下に出た。
 窓枠の影を踏みながら歩いたが、交わす言葉は無かった。

 校舎を出て民家を数軒通り過ぎ、横断歩道に差し掛かる。
 赤信号を見つめながら、車の音を聞いていた。

 でも、彼女の声は聞こえない。
 視界の端には眼鏡を掛けた横顔が写るだけ。

 もしかしたら、彼女を傷つけたのかもしれない。
 人に嫌われるのは怖い。
 でもそれより怖いのは、人を傷つけたかもしれないことだ。




34: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:18:56.05 ID:bzATqBdvo

 赤信号を見つめながら、意識は彼女の方に向いていた。

「風子、意外だと思うだろうけど、唯は案外しっかりしてるの。
 試験勉強と平行して演芸大会の練習もしてたのよ。
 あ、演芸大会ってのはギターの発表のことね」

「うん……、そうだね」

 信号が青に変わり同時に歩き出す。
 急に口を開いた彼女に、どんな反応をすればいいのかわからなかった。

「受験勉強だって頑張ってるのよ。軽音部のみんなのおかげだけどね」

 どうして急に唯ちゃんのことを話し始めたんだろう。
 考えても憶測に過ぎないので聞き役に徹することにした。




35: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:19:22.28 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 和ちゃんと別れたあと、彼女の言動を気にしていた。
 やっぱり寂しいのだろうか。
 唯ちゃんと違う大学へ行くことが。

 等間隔に並ぶ街路樹を横目に家路を急いだ。

 こうして人の心配をするのは、私にも心配事があるからかもしれない。
 これがいい傾向なのか悪い傾向なのかはわからない。

 ただ心が晴れてくれればいい。
 私にせよ彼女にせよ、そう願わずにはいられなかった。




36: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:19:57.47 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 眠れない。
 十二時にはベッドに潜りこんだのに、時計の短針は3の数字を指していた。

 家族を起こさないよう台所へ行き、
 冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出し、コップに汲んで喉に流し込んだ。

 少しでも気分を紛らわせるため水を飲む。
 いつからだろう、心を落ち着かせるために水を飲むことを覚えたのは。

 同じ建物で家族が眠っているのに、世界中で一人だけみたいだと感じた。

 もう一杯汲み、部屋まで持っていくことにした。
 少し落ち着こうと思いテレビを付けてみたが、
 ただのノイズか欧米の街並みが映っているだけだった。




37: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:20:35.95 ID:bzATqBdvo

 時計の短針は3と4の間、長針は真下を指している。

 ベッドに潜り眠気を待ってみるが、一向に訪れない。
 このまま寝ずに学校へ行こうか。

 私がこうしている間にも、みんなはどんどん先に行ってしまう。
 みんなが特別速いわけではない、私がついて行けないだけ。

 喉元の不安感を押し流すように、もう一口水を飲んだ。

 気になるのは和ちゃんのこと、
 彼女なりにけじめをつけようとしていたのかもしれない。
 幼馴染の唯ちゃんのことやクラスのみんなのことを。




38: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:21:15.16 ID:bzATqBdvo

 時刻は午前四時を過ぎ、カーテンの隙間からは空が見えている。
 空は薄い藍色に染まり、朝の訪れを予感させた。

 無防備に空を見ていた私に、小さな物音が飛び込んだ。
 泥棒と思ったけど、おそらく新聞配達だろう。

 だいたい、『寂しい』なんて感情は胸に留めておけばよかったんだ。
 みんな多かれ少なかれそんな感情は持ってるんだから、
 ただ表に現さないだけ。

 胸が痛い、心臓ではなく心が。
 人の心は脳にあるというけど、今はそんな気がしなかった。

 ――卒業するのはみんな同じなのにどうして私だけ。

 そんな思いが頭をよぎる。
 こんなに不安を感じるのは何が原因なんだろう。




39: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:21:45.38 ID:bzATqBdvo

 午前五時さすがに眠い。
 でも今寝たら学校に行けなくなる。
 いや少しでも寝ておいたほうがいい。
 徹夜はしたことがある寝なくても大丈夫。
 そうじゃなくて体に悪いから寝ておいたほうがいい。
 だから寝たら起きれないんだってば。
 一日ぐらい休んでもいい。
 体調が悪いわけでもないのに休むのは気が引ける。
 そんなふうに考えるの嫌だな。
 少しぐらい気を抜いてもいい。
 勉強が遅れるとかそんな心配じゃない。
 恥ずかしいから。
 自分が情けないから。
 ただ気持ちの問題。
 だって自分が嫌いなんだから。
 そんなことない頑張ってる。
 自分を認めてあげてもいい。
 そもそも自分に価値なんてない。
 価値は作り出すものって本で読んだけど。
 じゃあ作り出せない人はどうすればいいんだろう。
 ああ嫌だこんなこと考えるのは。
 もう寝よう頭を休めよう。
 目が覚めれば全部忘れるよ。




40: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:23:10.25 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 結局和ちゃんとはよそよそしいまま、三日が過ぎた。

 そのあいだ私は、夜中に鬱々と考え朝方に眠り、
 学校では集中出来ない日々が続いていた。

 私はなっちゃんと英子ちゃんと、和ちゃんは軽音部のみんなと一緒にいる。
 表面的には何も変わっていない。

 何人が気付いているだろう、私と和ちゃんがよそよそしくなったことに。
 なっちゃんと英子ちゃんは気付いているとして、唯ちゃんはどうだろうか。
 和ちゃんと距離が近い分敏感かもしれない。




41: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:23:39.66 ID:bzATqBdvo

 昼休みの教室では昼食を終えたあと、みんな思い思いの時間を過ごしている。
 勉強する子、談笑する子、本を読む子、トランプに興じる子。
 その一方私は机に座り、置物のようにじっとしていた。

 頭の中に泥が詰まっているような感覚、ただの寝不足だと思うことにした。

「どうしたの風子? 具合悪いの?」

 なっちゃんの問いにも「なんでもないよ」と返した。

 あれ以来ずっと気にしていた。
 なぜあんな話をしてしまったんだろう、『みんなと離れて寂しい』だなんて。
 まるで小学生のようなワガママ、自分が恥ずかしくなる。
 その上、和ちゃんまで惑わせてしまった。

「だって弁当残してたじゃない」

「ダイエットしてるから残したんだよ」

 もっとマシな嘘を付けないのだろうか、私は。

「嘘付いてるよ風子、保健室行こ。
 顔色悪いし目の下にクマ出来てる。休んでた方がいいよ」




42: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:24:44.31 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 なっちゃんに手を引かれ、保健室の前までやってきた。

「誰もいないみたいだね、入っちゃおうよ」

 中に入ると薬品の匂いが漂ってきた。
 ずいぶん久しぶりだ、この匂いを嗅ぐのは。
 ベッドが二つあり、その周りにはピンク色のカーテンがあしらわれている。

「やっぱり戻るよなっちゃん、私は大丈夫だから」

「どうせ今戻っても自習だよ、それより体が大事」

 手を引かれベッドのそばに連れてこられたときには、
 反論する気も失せていた。




43: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:25:19.29 ID:bzATqBdvo

「それじゃあ、休むよ」

 上着を脱いで、手を差し出している彼女に手渡した。

「風子、眼鏡も」

 完全に忘れていた、眼鏡を掛けたまま寝ようとするなんて。
 外した眼鏡を渡し布団に潜り込んだ。

「眼鏡取ったとこ初めて見たかも、カーテン閉めるね」

 彼女はピンク色のカーテンを閉め、
 空いているベッドに腰掛けると、横たわる私に話しかけた。

「何があったか知らないけど、少しは私たちのこと頼ってくれてもいいんだよ」

 そうは言っても頼る気にはなれなかった。
 これは個人的な問題、気持ちの問題なんだから。

「一人で抱え込もうとしてるでしょ、話すだけでも楽になるよ」

「うん……」

 あくまで話すだけ、少しでも気持ちが晴れるならそれでいいと思った。




44: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:26:32.49 ID:bzATqBdvo

「放課後和ちゃんと話してたの、もうすぐ卒業だねって。
 そしたら私、卒業するのが寂しいって、和ちゃんの前で泣いちゃった。
 私ね……一年のとき友達居なかったの。
 話す子が居なかったわけじゃないけど。
 友達って言えるのは……たぶん、一人も居なかった」

 白い天井を向き、彼女を横目で見ながら話を続けた。

「二年になってから、なっちゃんと友達になって。
 それから英子ちゃんとも友達になって。
 あのときなっちゃんが隣の席でよかった。
 話し掛けてくれなかったら今も一人だったかも」




45: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:28:14.94 ID:bzATqBdvo

 今彼女が隣にいるのは、あのとき話し掛けてくれたからだ。
 席が一つずれていたらどうだっただろうか。

 きっかけは何だっていい、こうしてそばにいてくれるんだから。

「だから……ありがとう。友達になってくれて嬉しかった」

「大げさだよ風子。恥ずかしいなあ」

 彼女は少し照れた様子で顔を背けた。

「ごめんね、でも今なら言えると思ったんだ」

 今の内に言っておいたほうがいい、あとで後悔する前に。

「恵まれてるよね、私は。
 なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる」

 ――それなのに。




46: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:29:19.35 ID:bzATqBdvo

「それなのに卒業するのが寂しいだなんて……。
 ワガママだよね、自分が嫌になっちゃう」

 こぼれた涙が枕を濡らした、文字通りの意味で。

「私どうしちゃったのかな、こんなことで落ち込むなんて」

「風子、さわちゃ……山中先生に相談してみたら?」

「え?」

 思いがけない提案だった、山中先生が出てくるなんて。

「さわ……先生はここの卒業生だし。人生の先輩だし、ね」




47: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:29:50.00 ID:bzATqBdvo

「でも……」

 思わず口ごもった。相談するのが嫌なわけじゃない。
 なんとなくみんなに悪い気がしてしまったから。

「もしかして私たちに遠慮してる? 全然気にする事ないよ。
 風子は人に頼ること覚えてもいいと思うよ。
 みんなに優しくするだけじゃなくて」

 でも、人に頼るってどうすればいいんだろう。
 今まで我慢してた分のツケが回ってきたような気分だ。

「さてと」

 なっちゃんはそう言いながら立ち上がり、スカートを整えた。

「じゃ、そろそろ教室戻るね」

「なんか……ありがとう、なっちゃん」

「少し寝たほうがいいよ、風子。それじゃ」

 彼女を見送ったあと、目を閉じ布団をかぶり、睡魔に身をゆだねた。




48: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:30:39.56 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

「……ん」

 薄目を開き最初に飛び込んできたのは、ピンク色のカーテンだった。
 しばらくまどろんだのち、周りの状況を確認することにした。

 枕の感触がいつもと違う、かすかだけど薬品の匂いがする。
 寝てるはずなのに靴下を履いている。
 それに、太腿から下に直接布団の感触があった。
 着ているのはパジャマではなく、制服だった。

 保健室にいる、やっと思い出した。三時間ほど眠っていただろうか。




49: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:31:44.80 ID:bzATqBdvo

「風子やっと起きたわね」

「わぁっ!」

 急に話しかけられ心臓が高鳴ったが、すぐに英子ちゃんだとわかった。
 上体を起こし呼びかけに答える。

「ビックリしたよ英子ちゃん」

「ごめん、よく寝てたから。はい、これ」

 差し出されたのは私の鞄だった。

「教科書は教室に置きっぱなしだけどね」

「もう放課後だから今日はこのまま帰ったほうがいいわよ。
 勉強しないでゆっくり休んだら?」

 わざわざ教室まで戻らなくてもいいように持ってきてくれたのか。
 彼女はいつもこう、お節介で親切で、本当に優しい。




50: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:32:17.75 ID:bzATqBdvo

「ありがとう、私恵まれてるね」

「何かあったの? 風子」

「ううん、何でも」

 彼女は無理に聞き出してこない、そういったところも優しい。

「じゃあそろそろ帰るよ」

 そう言って帰り仕度を始めた私に、彼女が心配そうに尋ねてきた。

「一人で大丈夫なの?」




51: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:33:27.42 ID:bzATqBdvo

「もう平気」

「風子、あんまり無理しないでね」

 私は笑顔を作り少し強がって見せた。もう大丈夫、心配要らないよと。

 無理はしていない、きっとそうだ。
 今だって大丈夫、一人で帰れる。

「ねえ、英子ちゃん――」

 出かかった声を抑えることはせず、すぐに言葉を続けた。

「やっぱり一緒に帰ろう」

「そうね、夏香呼んでくるわ」




52: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:34:44.17 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 『三年二組高橋風子さん、進路指導室まで来て下さい』

 弁当を食べたあと数人で談笑していると、
 山中先生の声で校内放送がかかった。
 私は「ちょっと行ってくるね」と言い教室をあとにした。

 廊下を歩み階段を下り、指導室の扉の前に立つ。
 ドアを二回ノックし、先生の返事を待ってから中に入った。

 指導室には初めて入ったがドラマでみる取調室みたいだ。
 でも窓が広くて明るい。
 白く透き通ったカーテンが閉められていて、
 プライバシーもある程度確保出来そうだ。

「高橋さんこっちよ」

「失礼します」

「じゃ、そこに座って」

 机も角ばった物ではなく、卵のように丸みをおびている。
 先生に向かい合って座ると意外に近く、少し手を伸ばせば肩に届きそうだ。




53: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:35:21.61 ID:bzATqBdvo

「先生、どういった話でしょうか? あまり身に覚えが無いんですけど」

「進路の話じゃないの、飴なめる?」

 そう言って飴が三個差し出された。
 白い包み紙には赤と青の模様が水玉のように配置されている。
 そこには可愛く舌を出した女の子がデザインされていた。

「はい、あとでいただきます」

 甘い味を想像しながら制服のポケットにしまいこんだ。
 話とはなんだろう、進路じゃないとすれば素行の話だろうか。
 さすがに制服の着方の話ではないだろう。
 そんなことを思いながら先生を見つめた。

「高橋さん。渡り鳥って仲間がケガしたときどうすると思う?」

 嫌な想像が頭をかすめた、仲間に置いていかれる渡り鳥。
 自分と重ねてしまうのは考えすぎだろうか。

「……置いて行かれると思います」




54: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:36:00.25 ID:bzATqBdvo

「それがね、違うのよ。ケガして地上に降りるとき、
 他の鳥が付き添ってあげるんですって。
 意外でしょう?
 自然って厳しいと思ってたけどそうでもないみたい」

 何を言いたいのか意図がつかめない、
 鳥の生態を聞いたところで役に立つんだろうか。

「先生、いったい何の話ですか?」

「ある生徒から相談があってね、
 友達に卒業するのが寂しいって言われたらしいの。
 そのとき自分は何も言ってあげられなかったって」

「先生、ある生徒って……」

「それで私の所に相談に来たってわけ、力になってやって欲しいってね。
 いい友達を持ったわね高橋さん」

 ――ああ、私の知らない所で動いてくれている。

 彼女はいつもこうなんだろうか、それに比べて私は何も出来ていないのに。

「真鍋さんよ」




55: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:36:52.16 ID:bzATqBdvo

 ――なんで、先生も和ちゃんもなっちゃんも英子ちゃんも。

「どうしてですか! なんでみんな優しくしてくれるんですか!」

 行き場の無い感情が口をついて出た。
 わからない、自分にそんな価値があるのかどうか。

「みんなに親切にしてきたからよ。その分が今返ってきたの」

「違うんです、私が優しくするのは――」

 かっこいい理由なんて無い、もっと後ろ向きな理由。

「……嫌われたくないんです、傷つきたくないだけなんです」

 結局は自分の弱さから出た行動なんだろう。
 それだけじゃないかもしれない、でも何が本当かわからなかった。

 視線を下げ、泣きそうになるのをこらえながら、
 ずっと、無機質な机を見ていた。

「一人にはなりたくないんです」




56: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:37:27.05 ID:bzATqBdvo

「聞いて高橋さん」

「……聞いてます」

 母親になだめられる子どもの様で、自分が惨めに思えてきた。

「あなたの優しさは弱さから出たものなのかもしれない。
 ……いいわ、それでも。嫌われたくないって思うのは当たり前よ」

「でもね、優しくする理由はそれだけじゃないと思うわ。
 あなたが気付いてないだけ、きっと他にもあるのよ」




57: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:38:18.52 ID:bzATqBdvo

「一つだけお願い。
 あなたが大人になって強くなっても、優しいままでいて欲しいの。
 本当に強い人っていうのは優しさも持ってるはずだから」

「でも私……、どうすれば強く、どうすれば大人になれますか?」

 私はようやく顔を上げ、重々しく口を開いた。

「難しいわね、かくいう私も立派な大人じゃないし。
 一つ言えるのはやるべき事をやる事かしら」

 やるべき事とは一体なんだろう。受験生にとってはやはり勉強だろうか。

「勉強だけというわけじゃないのよ、大事だけどね」




58: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:39:11.19 ID:bzATqBdvo

「本を読んでみるのもいいかもね、
 学校で習うことなんてほんの一握りなんだから。
 知識が広がるわ、あなたはもう知ってるかもしれないけど」

「それ以上に人と関わってみる事ね、苦手だって思ってるでしょう?
 大丈夫よ、時間が掛かっても絶対慣れてくるから」

「旅行してみるのもいいわね。卒業旅行とか考えてみたらどう?」

「必要だと思ったらなんでもやってみなさい、自分のためになるわ。
 身に付けるべき知識、築くべき人間関係、積極的な意志、
 ブランド品より価値のあるものよ」

 先生は私の目をじっと見つめて、付け加えるように。

「こういうのが揃ったらどうなると思う?
 きっとあなた無敵よ、本当にいい女になるわ」




59: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:39:54.81 ID:bzATqBdvo

「――さて、話はおしまい。年をとると説教臭くなって嫌ね」

 まだ若いのに、学生に囲まれるとそう感じるのだろうか。

「先生は若くて綺麗です、説教臭くもありません」

「あら上手ね」

「あなたとはもっと早く話したかったわ。
 気付かなかったの、色々考えてたんだなって」

 そんな素振りは見せなかったし、訴えかけもしなかった。
 気付かないというのは当然だろう。

「ごめんなさい」

 そうつぶやいた先生は少し弱々しく見えた。

「どうして謝るんですか?
 私が平気なフリしてただけなのに。先生は悪くないです」

「……ありがとう。先生っていうのは意外と生徒を見てるの。
 だからこそなの、気付いてあげたかったなって」




60: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:40:24.03 ID:bzATqBdvo

 私はあまり目立つ方ではない、それは自覚している。
 でも見ていてくれた、私の事を。
 大勢の生徒としてではなく私を。

「このクラスには問題児が多くてね、ついつい気を取られちゃうの。
 でもちゃんと見てるわ、あなたのこと」

「……ありがとうございます」

「大丈夫、私はいつでも味方よ」




61: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:41:44.11 ID:bzATqBdvo

 なんだか恥ずかしくなって、思い出したように声を発した。

「えっと……相談があるんですけど」

「ごめんね私ばかり喋ってて、卒業のことね?」

 わずかながら気は楽になっていた。
 今ここで話を聞いていられるのはみんなのおかげ。
 不安ばかり見つめて、手に入れたものに気付こうとしなかった。

「卒業するのが嫌なわけじゃないんです、
 こんな気持ちのまま卒業するのが嫌なんです」

 結局は気持ちの問題、いつだってそうだ。
 一年のとき周りと馴染めなかったこと、
 そのことが尾を引いているのかもしれない。

「私は成長出来ていないのかもしれません、
 中身は一年生のときのままなんです。
 だから……みんなと違って寂しいなんて思ったりするんです」

「それは違うわ、高橋さん」




62: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:42:44.17 ID:bzATqBdvo

 先生が迷いの無い声で話し、言葉を続けた。

「人は変わろうとするとき不安になるの、それが証拠よ。
 でもあなたなら大丈夫、心が痛いってこと知ってるでしょう?
 そんな人ほど強くなれるわ」

「それとね、私の経験から言わせてもらえば、
 卒業しても友達は友達のままよ。
 同窓会とかで会ったりするとね、
 何年も離れてたのに昨日も会ってたような気になるの」

 先生はわずかに視線を落として柔らかい表情を見せた。
 もしかして高校時代を思い出しているのだろうか、その仕草が可愛く見えた。

「そういうものなんですか? 私には想像つきませんけど」

「そうよ、時間や距離なんて関係ないの」




63: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:43:15.51 ID:bzATqBdvo

「少し楽になった? 私の経験談じゃ駄目だったかしら」

「いえ、そんなことありません。ありがとうございます」

「もう少しここに居る? 昼休みが終わるまで居てもいいのよ」

「もう行きます。ありがとうございました」

 今はとりあえず一人になりたい。
 感情を上手く処理できなくて混乱しそうだ。

「そう、いつでも待ってるわ」




64: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:44:04.76 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 指導室をあとにした私は、一人になれる場所を探していた。
 色んな言葉が頭に渦巻いている。
 泣きそうなのを見られないように、顔は上げないまま、上目遣いで歩く。

 『これだけは言えるわ。卒業してもずっと友達よ』

 和ちゃんだって寂しいのにこんな言葉を掛けてくれた。
 私こそ励ましてあげないと、友達なんだから。

 『少しは私たちのこと頼ってくれていいんだよ』

 なっちゃんは面倒見がいい、みんなにも頼られている。
 頼ろうとしなかったのはただの意地だ。

 私は、『自分でなんとかしなきゃ』『迷惑になるんじゃないか』
 といった思いで何も言えなかった。
 人に頼るのも勇気がいる。




65: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:44:37.57 ID:bzATqBdvo

 保健室、ここはどうだろうか。かすかに人の気配がする、だめだ。
 階段を昇って上に行こう。

 『風子、あんまり無理しないでね』

 英子ちゃんの前で自分を偽った、無理なんかしていないのは嘘だ。
 弱い自分を認めたくないから強がった。

 理科室、離れたところでも声が聞こえる。次はどうしよう、見つからない。

 昼休みの廊下は賑やかだ。
 このままだと『二組の高橋さんが廊下で泣いてた』、
 なんてことになりかねない。




66: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:45:31.15 ID:bzATqBdvo

 上手い具合に空き教室があった。
 昼だというのに薄暗いのはカーテンが閉められているからだろう。
 ここは本当に人が居ないんだなと安心する。

「うぅ……」

 ドアを閉めた途端涙があふれてきた。
 そのまま壁に背中をあずけ、重力に従いその場にうずくまった。

 誰が置いたのだろうか、
 隅の段ボール箱には丸められたポスターが入っている。




67: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:46:24.44 ID:bzATqBdvo

「せんせぇ……」

 『大丈夫、私はいつでも味方よ』

 私を見てくれていないと思っていた。
 でも違ってた、ちゃんと一人一人を見てくれていた。

「……っく、……っう」

 制服の袖が濡れるのもかまわず、顔を押さえた。

 ハンカチがあったことを思い出し、制服のポケットから取り出す。
 そのまま顔に当てて泣き続けた。
 手を拭く以外に使ったのは初めてかもしれない。




68: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:47:35.49 ID:bzATqBdvo

 ハンカチをしまったとき、ポケットに入ったままの飴に気付いた。
 まだ涙は止まらないけど一つ食べることにした。

 両端を引っ張り包み紙を開き、手のひらに乗せ口に放り込んだ。

 口内で転がし、少しずつ舐め、そのうち甘い味が染み出した。

 甘いものは元気を出してくれる、単純だけどそう実感した。
 先生はそう思って飴をくれたのだろうか。

 立ち上がってスカートの後ろを手で掃い、
 ドアの前に人の気配がないことを確認する。

 念のためもう一度目元を拭いドアを開ける。

 心なしか、廊下が明るく見えた。




69: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:49:19.81 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 教室に戻り、席に座っている和ちゃんと唯ちゃんに声を掛けた。

「和ちゃん、唯ちゃん」

 伝えたいことは色々あった、『ありがとう』とか『ごめんなさい』とか。

「えっと……」

 言葉だけで気持ちは伝わらない、
 そんな思いが私に似つかわしくない行動をとらせた。
 右手を和ちゃんの肩に、左手を唯ちゃんの肩に乗せ、二人を励ます。

「受験頑張ろうね」




70: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:51:02.43 ID:bzATqBdvo

 目を丸くする和ちゃん、顔を明るくする唯ちゃん。
 私もきっと笑っているだろう。

「そうだ、これあげるね」

 私はポケットに入ったままの飴を取り出し、二人に差し出した。

「あ、ペロちゃんだ! ありがとう風子ちゃん」

「頂いておくわ」

 二人の返事を聞き、私はすぐに踵を返した。




71: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:53:33.17 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 それからは吹っ切れたのだろうか。
 寝付きもよくなり、その分朝が清々しくなった。
 学校でもいつものように、いや、前より少し元気になれた気がした。

 そんなある日のことだ、
 唯ちゃんに袖を引っ張られ空き教室に連れて来られたのは。

「唯ちゃん、何の用かな?」

「えっとね、ちょっとお礼言いたくて来てもらったの」

「飴のことなら先生にもらった物だから、お礼言われることじゃないよ」

「うん、おいしかったよ。……じゃなくて和ちゃんのことなんだ」

 和ちゃんの名前を聞いて一瞬たじろいだ。
 余計なことを言ったり泣いてしまったり、
 私が和ちゃんを動揺させたことは否めないだろう。

「あ……ごめんね、唯ちゃん。
 私、和ちゃんに変なこと言って困らせちゃったんだ。
 そのことだったら本当にごめんね」

 唯ちゃんは「風子ちゃんのせいじゃないよ」と首を振って。

「和ちゃんはいつも通りだったよ。
 でもなんとなくわかっちゃうんだ、ちょっとおかしいなって」




72: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:54:40.26 ID:bzATqBdvo

「なんかね、私のことばっかり聞いてくるんだ。
 『勉強進んでる?』とか、『一人暮らし大丈夫?』とか。
 たぶん心配してくれてるんだろうけど――」

 いつも和ちゃんはクラス全体のことを考えている。
 でも、個人に肩入れすることもあるだろう。幼馴染ならなおさらだ。

「でもね、和ちゃん自分のことあんまり話さなくなって。
 『どうしたの?』って聞いてみたけど、
 『どうもしないわ』って言うだけだったんだ」

「それがね、こないだ風子ちゃんが飴くれたときから、元に戻ったかなって」

「風子ちゃんのおかげだよ、ありがとう」

 何気ない一言で傷付けたり。
 本当に和ちゃんには悪いことをした。
 唯ちゃんにお礼を言われて、少しは帳消しになったかなと思いつつ。

「そう言ってくれるなら……嬉しい、かな」

 ここは素直に気持ちを伝えておこう。




73: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:57:12.60 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 唯ちゃんと別れ、家に帰ってから、ある一つのことを考えていた。
 食事中でも、入浴中でも、勉強中でも考えていた。

 私に何か出来ることは無いだろうか。

 この『何か』というのはまだ形が無く、私の中でもやもやしている。
 でも『誰か』に向けてというのははっきりしている。

 山中先生に向けてだ。
 それはもしかしたら、クラスメイトのみんなも含んでいるかもしれない。

 この気持ちというのは、いつか聞いた言葉。
 『人のために何かをするのは見返りを期待しての行動だ』
 という言葉通りかもしれない。
 ただの自己満足でもかまわない。




74: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 21:59:26.25 ID:bzATqBdvo

 眼鏡を外し、ベッドに潜り思いを巡らす。
 『先生のために、みんなのために』ということを。

 形に残る物がいいのか、残らない物がいいのか。
 渡す時期も場所もまだ決めていない。

 ここまで考えて間違いに気付いた。
 また一人で抱え込んでいる。
 なっちゃんがいて英子ちゃんがいて和ちゃんがいる、みんながいる。

 なっちゃんに言われた通り、人に頼ってみればいい。

 とはいえ今は受験勉強に専念しないと。
 ひと段落するまでは考えを眠らせておこう。




75: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:01:40.16 ID:bzATqBdvo

 いつか眠れない夜があった。
 今日もあの夜に似ているかもしれない。
 あのときは世界中で一人だけみたいだと感じていた。

 でも今はそんなこと思わない。
 みんながいてくれると感じられるからだ。

 一人で生きてきたわけじゃないし、
 そう感じたときも一人じゃなかったはずだ。

 みんなが居てくれるんだから、
 高校生活の最後を悔いのないように過ごさないと。

 勉強だけじゃない、それ以外のことも。
 自分にしか出来ないこともあるはずだ。

 卒業までのわずかな時間、これからのことに思いを馳せつつ。
 私は静かに目を閉じて、明日を迎える眠りについた。




76: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:04:29.47 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 何かに集中していると時間は早く過ぎるものだ。
 勉強、模擬試験、復習、規則正しいサイクルで日々は過ぎていく。

 教室はいつもより賑やかだった。
 久しぶりの登校日ということもあるだろう。
 合格の喜びを分かち合っている子たちも居るし、
 卒業旅行の話をしてる子たちも居る。

 自分の席に荷物を置いて、二つ右隣の宮本さんに「おはよう」と挨拶をした。
 それから和ちゃんの席へ行って声を掛ける。

「この前言ってた『さわ子先生に何かしたい』って話、
 みんなにも聞いてみようと思うんだけど」

「いいわね、それ」

 和ちゃんの賛成も得て教壇の前まで移動し、
 改めてみんなに向かって声を出す。

「みんなちょっといい?
 卒業式の日にクラス全員で、
 さわ子先生に何かしたいんだけど、何がいいと思う?
 あ、コレもちろん先生には内緒で」

 そう言った瞬間、教室の空気が変わった。
 それまでみんなバラバラの話をしていたのに、
 急にさわ子先生の話題に切り替わった。




77: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:06:20.70 ID:bzATqBdvo

 みんなで話し合った結果、寄せ書きを贈ろうということに決まった。
 和ちゃんも乗り気のようで、色紙やマーカーの注文もしてくれるそうだ。

 『やっぱりみんなさわ子先生が好きなんだな』と、今回のことで実感した。

 どんなものが出来上がるかわからないけれど、先生も喜んでくれるだろう。
 みんなの『好き』という気持ちを集めたものだから、喜ばないはずがない。

 色紙に何を書くかは決めて無い。
 変に飾ったりせず素直な気持ちを伝えるつもりだ。

 きっと、他のみんなも同じ気持ちで寄せ書きを書くだろう。




78: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:10:07.32 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 白い色紙が色とりどりのメッセージで埋まり始めたころ、
 軽音部のみんなが卒業旅行から帰ってきた。
 行った先はなんとロンドンだ。
 一般的な高校生からすると高嶺の花と言えるだろう。
 なんと、そこで演奏も行ったらしい。

 今日は登校日で、みんなが卒業までの時間を過ごしている。
 全員が揃う機会というのはあと数回もないだろう。
 もし色紙が書けなくとも、卒業式の日に書くという手もある。

 教室のどこからか、『軽音部の演奏を教室で聴きたい』という声が上がった。
 その声はあっという間に広まり、
 みんなも乗り気になって山中先生に相談することになった。




79: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:11:56.10 ID:bzATqBdvo

 軽音部のみんなが職員室から戻ってきて、
 部長である田井中さんが口を開く。

「さわちゃんに聞いて来たんだけど、早朝ならいいみたいだぜ。どうする?」

「もちろんオッケーだよ」「いつするの? 楽しみー」「秋山さんの演奏!」

 みんな大はしゃぎで、私も表には出さないまでも内心喜んでいた。
 もう一度彼女たちの演奏を聴けるというのは、やっぱり嬉しい。
 私に音楽的な知識は無いし、演奏の技術も評価出来ない。
 それでも、彼女たちの演奏には力があると思う。

 教室でのライブが楽しみだ。




80: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:13:30.09 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 ライブの当日、私も準備に取り掛かる。
 机を並べての即席ステージ、黒板には軽音部のみんなを称えるメッセージ。

 ステージ上に機材が運び込まれ、いよいよライブらしくなってきた。
 軽音部のみんなは内履きの底を丁寧に拭いている。
 机が汚れたら拭けばいいんだけど、気を遣っているんだろう。

 彼女たちはステージに立ち、楽器のセッティングを始めた。
 しばらくしてから配置について、唯ちゃんがマイクで声を出す。

「放課後ティータイムです。ロンドンから帰ってきました!」

 いよいよライブの始まりだ。




81: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:14:55.84 ID:bzATqBdvo

「――それでね、最後の日さわちゃんが……」

 唯ちゃんの話も長引いてきたころ、田井中さんが控えめな声で話し掛ける。

「おーい、そろそろ始めるぞ」

「ごめんごめん」

「それでは最初の曲!」と、唯ちゃんが後ろを振り向き合図をする。

 私はステージに向かって左側に陣取り、
 隣のなっちゃんと静かに最初の音を待った。




82: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:17:14.90 ID:bzATqBdvo

 ドラムのスティックを打ち鳴らす音と同時に、
 田井中さんの「ワン、ツー、スリー」という掛け声。
 最初にイントロが聴こえてきて、ギターの音色が教室に響く。

 それから飛んできたのは音の塊だ。
 『聴こえてきた』のではなく『飛んできた』。
 音は空気の振動だけど、まるで物体のように飛来した。

 その塊に圧倒され、私は仰け反りそうになる。
 なんとか直立したまま演奏に耳を澄ませた。

 次に聴こえてきたのは唯ちゃんの歌声。
 ギターの音とはまるで違って、優しく私たちに語り掛けるように歌う。
 とてもやわらかくて、ふわふわした声だ。

 気付けば体が動いて、自然に手拍子を送っていた。
 一緒に歌いたくなる気分だ。




83: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:19:43.16 ID:bzATqBdvo

 あっという間に数曲が終わり、今度は秋山さんの歌声が聴こえてきた。
 しっかりとした声で、力強く歌い上げる。
 普段の彼女は恥ずかしがり屋だけど、舞台の上に立ったときは輝いて見える。
 学園祭の演劇やライブ、あのときは本当にかっこよかった。

 次に聴こえてきたのは琴吹さんの歌声。
 ありきたりな表現だけど、妖精みたいだと感じた。
 キーボードの鍵盤ひとつひとつには妖精が宿っているという。
 それを反映したような彼女の歌声に魅了される。

 再び秋山さんのボーカルになり、しっとりとした声が響く。
 彼女のベースの音色も合わさって、
 教室は五月の雨のように落ち着いた雰囲気に包まれた。




84: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:21:03.74 ID:bzATqBdvo

 ライブは進行し、ステージ上から音の波が押し寄せてくる。

 唯ちゃんのギターからは音があふれ、教室全体に響き渡る。
 梓ちゃんのギターは上手く寄り添い、二人の音色が調和する。
 田井中さんのドラムはリズムを刻み、みんなの土台となる。
 秋山さんのベースは静かに響き、根底の流れを作る。
 琴吹さんのキーボードは綺麗な音色で、曲の輪郭を彩る。

 五人のうち誰が欠けても成り立たない演奏。
 それに唯ちゃんの歌声が合わさり、
 キラキラの宝石箱をひっくり返したような曲になっている。

 私たちが希望し、準備を整えた教室で。
 これ以上は無いようなライブが繰り広げられている。
 観客である私たちまで一緒になって、このステージを成り立たせている。

 手拍子、掛け声、体の揺さぶり、みんなでこのライブを楽しんでいる。
 こんなに一体感を感じたことはなかった。




85: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:26:20.80 ID:bzATqBdvo

 間奏の部分で唯ちゃんと梓ちゃんが向かい合い、お互いの演奏を見合う。
 二本のギターが音を奏で、特別な音色を作り出した。

 不意に音の数が減り、唯ちゃんの優しい歌声が強調される。
 同時に奏でられるのは琴吹さんのキーボード。
 続いてギターの旋律が合流する。

 数秒後、急に音が爆発した。
 それに押し出されるように、
 唯ちゃんがステージから躍り出て私たちと同じ高さに立つ。

 演奏はまだ終わらない。
 さらに盛り上がって、曲は最高潮を迎える。

 唯ちゃんの歌声が伸びる、演奏が続く。
 いつの間にか山中先生と堀込先生も教室に入っている。
 堀込先生は演奏を止めに来たんだろう、でもそれは無理な話だ。

 いつか先生に聞いた『無敵』という言葉が思い浮かんだ。
 今ここに居る私たちというのは、それに近いのではないだろうか。
 軽音部のみんなは輝いて見えるし、観客である私たちも空間の一部だ。

 もう奇跡としか言いようがなかった。
 そして、それを成し遂げたのが私たちだということ。
 今日のライブを一生忘れることはないだろう。

 気付けば目元には雫がたまり、あふれ出して頬を濡らしている。
 私には、それが汗なのか涙なのかわからなかった。




86: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:29:57.57 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 もうすぐ高校生活が終わる、私は上手くやってこれただろうか。
 特に大きな事件もなく平穏に過ごせたことは喜ぶべきなのだろう。
 一年のころは周囲と打ち解けられず寂しい思いをした。
 今となっては仕方のないことだけれど。

 卒業式の朝、部屋の窓を開けてみると少し肌寒かった。
 でも風が気持ちいい。
 しばらく目を閉じて頬にあたる風を感じていた。

 優しい風が吹いたとき、人は少しだけ嬉しくなる。
 私もそんな風のようになれたらいい。
 そう考えれば風子という名前も悪くない。

 外の道路には街路樹が等間隔に並んでいる。
 窓からぼんやり眺めていると、
 鳥がその間を低く飛び、高く舞い上がって枝に止まった。

 その目線の先には、青空が広がっている。




87: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:31:44.79 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 卒業式とはいっても、朝の教室はいつも通りだ。

 寄せ書きは鮮やかな色彩で飾られていた。
 中央には『大好きなさわ子先生へ』という言葉。
 その周りには感謝の言葉、色んな記号、可愛い絵。
 秩序の無い花壇の様な色紙だ。

 見てると気持ちがあったかくなる。
 これを先生に渡せることが嬉しい、みんなに提案してよかった。

 まだ空白があるけれど、これは軽音部のためのスペースだ。
 色紙をなっちゃんに渡し、和ちゃんに話し掛ける。

「寄せ書きいつ渡そうかな?」

「式のあと教室で卒業証書渡されるから、そのときがいいんじゃないかしら」

「そうだね、和ちゃん渡す?」

「風子が渡すべきだと思うわ、きっかけは風子だもの」




88: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:33:55.76 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 講堂の前、女性教師が生徒たちに号令をかける。

「それでは、在校生は卒業生に花を付けて下さい」

 雲がかかってはいるもののよく晴れた空、
 桜の木にはかすかに色が付いていた。
 朝は寒いと思っていたが、陽射しにあたたかさを感じる。

 私も一年前は卒業生に花を付けていた。
 目の前の二年生も一年後には付けられる立場になる。

 私は今どんな顔をしているだろう、
 少しは先輩らしい表情になっているだろうか。
 そう思いながら眺めていると、彼女のぎこちない動作に気付いた。




89: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:35:22.61 ID:bzATqBdvo

「あんまり焦らなくてもいいよ、時間あるから」

 小さく言うと、彼女の表情が和らいだ。
 待っている間、かすかな桜色を見上げ、
 淡い色が木を埋め尽くす姿を思い浮かべていた。

「卒業おめでとうございます」

「ありがとう、ご苦労様」

 付け終わったあとの表情を見て、私にも笑みがこぼれる。

 わかった気がする、
 人に優しくするのはこんな顔が見たかったからかもしれない。
 それを見て少し嬉しくなる、それだけで十分。

 彼女が三年に上がるころ、桜は満開になるだろう。




90: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:39:23.63 ID:bzATqBdvo

 みんな花を付けられ、講堂へ向かおうとしたころ、
 唯ちゃんたちを見つめている女の子に気付いた。
 軽音部の唯一の後輩である梓ちゃんだ。

 彼女にも思うところがあるのだろう。
 風がスカートを巻き上げたが、気にも留めない様子だった。

「風子ー、何してんのー」

 なっちゃんが呼んでいる、そろそろ行かないと。

 なぜだろう、今日は人のことが気になる。
 悪い意味ではなく、きっといい意味で。

 梓ちゃんを気にしつつ講堂へと向かった。




91: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:42:52.91 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 卒業式自体はつつがなく終わった。
 式が終わり、卒業証書を配り終わったあとの教室、
 山中先生が名残惜しそうに教壇に立つ。

「みんな、卒業証書に名前の間違いはないわね。
 各自確認したら大事にしまって持って帰ってね。
 それでは……皆さんの高校生としての生活は以上をもって終了となります」

「えーと……私にとっては初めて受け持った担任クラスでしたが、
 みんな元気でこの日を迎えることが出来てよかったです。
 卒業してもみんな……。元気でね」

 静寂と呼ぶべき空気が教室を包む。
 でも、それを打ち破る必要がある。

「じゃあ……解散」

 今だ、声を出さないと。




92: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:44:52.68 ID:bzATqBdvo

「先生! あの……私達から先生に感謝を込めて渡したいものがあります」

 そこまで言ったあと、先生の「え……」という声で気が付いた。

「今、持ってるの誰だっけ?」

 肝心なことを忘れていた。
 なっちゃんに渡してそれから……。
 そんな私に唯ちゃんが助け舟を出してくれた。

「はいっ、私、私」

 元気な声に救われ、私も精一杯の声で。

「じゃあ、唯ちゃん贈呈お願いします」

 先生と馴染み深い彼女に任せるとしよう。




93: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:47:39.67 ID:bzATqBdvo

「ちゃーんちゃーんちゃ、ちゃーんちゃーん」

「それ、優勝旗返還」

 すかさず清水さんの訂正が入った。
 唯ちゃんが照れくさそうに答える。

「でへへ……」

「山中先生、お世話になりましたっ」

「もしかして式の間、持ってたのは……」

「これですっ」

「ありがとう」

 先生はそう言って、色紙をじっと見つめた。

「大切にするね」

「さわちゃーんありがとう」と歓声があがる。

「私……私こそ……。
 本当にありがとう。
 初めての担任がこのクラスでよかった」




94: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:50:14.60 ID:bzATqBdvo

 私もこのクラスでよかったと心から思っている。

「卒業してもまた、遊びにきてね」

 山中先生はそう言ってしばらく間を置き。

「お前らが来るのを待ってるぜー!」とライブにも負けない声を叩きつけた。

 なんて大きな声だろう。
 教室の外どころじゃない、隣のクラス、さらにその隣まで聞こえるような声。

「よっ、さわちゃん!」

 中島さんが声を上げたが、先生に比べればかわいいものだ。

 なんにせよ、これで上手く行ったと思える。
 みんな笑顔で卒業出来るだろう。




95: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:52:40.28 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 教室の出口には和ちゃんと軽音部の四人が集まっていた。
 五人の手には黒い筒が握られている。
 卒業証書、それは桜高に居たという証拠だ。
 これがあれば、どんな困難にも打ち勝てそうな気がしてくる。

「風子、私たちもう行くね」

 和ちゃんが声を掛けてきて、私なりに声を張って答えた。

「うん、みんな元気でね」

 唯ちゃんが筒を片手に挨拶をする。

「風子ちゃんまたね」

 田井中さんが「なっちゃんも元気でな」と言って、
 なっちゃんは「りっちゃんも元気でね」と返した。

 手を振ってみんな笑って別れる、次会うときもきっと笑顔で会えるだろう。
 いつになるかはわからない、胸を張って会えるように準備をしておこう。

「私たちも帰ろっか?」

 そう話し掛けると、
 なっちゃんは「ちょっと待ってて」と言い黒板のほうへ近づいて行った。




96: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:53:45.06 ID:bzATqBdvo

「夏香、何してるの?」

 すでに黒板には先生へのメッセージであふれている。
 『大好き』とか『ありがとー』とか『おつかれ』とか。
 『卒業おめでとう』という言葉を囲むように。

 なっちゃんがチョークを片手に話し始めた。

「英子さ、高校でやり残したことってある?」

「私は無いわね」

「さすがお母さ……、っと風子は?」




97: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:54:43.24 ID:bzATqBdvo

 黒板には彼女の字で『さわちゃん』と書かれている。

「えっと……」

 一年のとき、いろいろと絡んでくれる子たちがいた。
 それなのに上手く話せなくって、結局心を開けなかった。
 やり残したというわけではないが、そのときに心を開いていれば……。

「私は――」

 やめておこう、今満足してるんだから。
 過去を振り返ってもしょうがない。
 月並みな思いだけど事実だった。

「みんなに会えてよかった」




98: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 22:59:05.40 ID:bzATqBdvo

 なっちゃんは黒板に『サイコー』と付け加え、チョークを置いて言う。

「私ね、山中先生をさわちゃん、って呼んでみたかったんだ。
 だから黒板に書くの、『さわちゃんサイコー』ってね」

「そういえば寄せ書きには『山中先生』って書いてたよね」

 彼女は視線を窓の外に向け、整った横顔を見せた。

「さすがに形に残るから書けなかったよ」

 こういうところが彼女らしい。
 基本的には真面目という印象だがまれに無邪気な顔を見せる。
 私もときどき子供っぽいといわれる。
 そして英子ちゃんはお母さんなどと呼ばれる。




99: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:01:48.80 ID:bzATqBdvo

「ふふっ」

 家族みたいだ、私が妹でなっちゃんがお姉さん、英子ちゃんがお母さん。

「何? 風子、今の笑いは」

 なっちゃんが、続いて英子ちゃんが私の顔をのぞき込んだ。

「ううん、何でも」

 ――今更だけど会えてよかったな、二人に。




100: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:04:29.66 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――

 しばらく校舎を見て周り、私たち三人は外へ出た。
 青色の絵の具に、気持ち程度橙色を混ぜた空だ。

「見てあれ! 飛行機雲!」

 なっちゃんの声で上を向き、長く伸びた雲を見上げる。
 そのまま校舎に目線を移動させ音楽室を探した。
 あそこには軽音部のみんながいるはずだ、おそらくは和ちゃんと山中先生も。




101: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:06:26.50 ID:bzATqBdvo

 彼女たちのことだ、きっと悲しい別れにはしないだろう。

 ――何だかうらやましいな軽音部って。

「おーい、風子ー」

 後ろ髪を引かれるというのはこのことだろうか。
 そう思うのは前に進もうとしているからかもしれない。

「風子、もう行くわよ」

 髪が揺れるのを感じた。
 少し冷たくて冬の空気が残っている風、でも悪くない風だ。

 向こうで二人が待っている。
 私は校舎に別れを告げ前に向き直った。

「わかった、今行く」

 ――今日吹いた風でみんなが高く飛べますように。

 そう願いながら、ずっと空を見ていた。




102: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:07:31.99 ID:bzATqBdvo

――――――――――――――――――――――――――――――――

 真鍋 和様

 初夏の風もさわやかな今日このごろ、いかがお過ごしですか。

 この度は同窓会へのお誘いありがとうございます。
 葉書にてお伝えいたしました通り、参加させていただきます。
 またみんなに会える日を楽しみにしています。

 くれぐれも体調を崩されませぬようご自愛下さい。




103: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:09:46.87 ID:bzATqBdvo

 堅苦しいのはここまでに致しまして、
 そちらの状況はいかがでしょうか?
 私はまあまあ上手くやっています。

 一般的に大人と呼ばれる年齢は過ぎましたが、
 まだまだ自覚の足りない日々です。
 そちらはいかがでしょうか?

 大人になって面倒も増えました。
 でも学生時代とは違った風景が見えることを楽しく思っています。
 私の速度は遅く、置いていかれることもしばしばですが、
 着実に進んでいるという実感もあります。




104: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:12:14.38 ID:bzATqBdvo

 駄文はこれまでにして、一つお知らせがあります。
 近々、私の本が出版されることになりました。

 書く際には私たちの高校時代をモチーフにしました、
 もちろん脚色はしてあります。

 特別な事件もなく平穏に過ごした日々でしたが、
 心動かされる出来事もありました。

 書いた動機というのは、
 そういうものを知ってもらいたかったのかも知れません。




105: ◆I38.07w0MY 2012/06/09(土) 23:15:22.44 ID:bzATqBdvo

 貴女に限って大丈夫だとは思いますが、
 くれぐれも無理はなさらずにお体に気を付けて下さい。

 余談が長くなりました、そろそろ筆を置くとします。

 そうそう、本のタイトルを忘れていましたね。





――――風待ち鳥は空を見ていた――――

                         高橋風子
――――――――――――――――――――――――――――――――


 おわり



元スレ
SS速報VIP:風子「風待ち鳥は空を見ていた」