SS速報VIP:垣根「言ってるだろう、俺に常識は通用しねえって」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1337168114/1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:35:15.13 ID:1rgOThAPo
キーンコーンカーンコーン……
「それでは、今日の授業はここまでです。」
チャイムの音と共に、教師が退屈な授業の終了を告げる。
ようやく、待ちに待った放課後だ。
俺はいそいそとランドセルに荷物を詰め込み、帰宅の準備を始めた。
「こら、垣根君!貴方は今日、掃除当番でしょ!」
帰ろうとする俺に、クラスの女子が怒鳴りつけてくる。
「おおっと、こええこええ。」
だが、そんなことで怯む俺ではなかったのだ!
「悪いな!掃除当番は掃除をすることとか、そんな常識、俺には通用しねえんだ!」
「あっ、コラ、待ちなさーーーい!!!」
クラスの女子の言葉を背に受け、俺はランドセルを背負うと一目散に教室を飛び出した。
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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:39:48.92 ID:1rgOThAPo
「ふう、ここまで来れば大丈夫だろう。」
遠巻きに校門を見つめつつ、俺は勝ち誇った顔で汗を拭った。
もっともこれで、明日の朝の会の議題は決定しただろうが。
朝の会、帰りの会とは恐ろしいイベントだ。
クラスに一人はいるチクリ魔が、一度誰かの「悪行」をその場で告発すれば、
それがどんなに些細なことでも、たちまちそいつを裁く魔女裁判が開廷しちまう。
そこには弁護人はいねえ。
いるのは告げ口と断罪が趣味みたいな検事(チクリ魔)と、
明日は我が身と知らずに吊し上げを望む傍聴人 (クラスメイト)と、
検事の言葉を鵜呑みにするだけの無能な裁判長(担任)だけだ。
考えるだけでウンザリしてきやがる。
まあいい。
別に有罪になったところで火刑になるわけじゃあない。
食らってもせいぜいが担任のお小言だろうし、その程度で掃除をサボれるなら軽いもんだ。
そう思い直すと俺は、早速遊びに出かけるため、家路を急いだ。
俺は自宅に荷物を置き、早速公園にやってきていた。
さて、今日は何をして遊ぶか。
一人で遊ぶか、友人でも呼ぶか。
そんなことを考えていたら、
「ん、ありゃあ……」
公園の隅に、気になるものを見つけた。
数人の少年達が、誰かを取り囲んでいた。
時折そいつに罵声を浴びせたり、蹴りを入れたりしていた。
喧嘩か……?いや、あれはいじめだろう。
少年達が取り囲んでいるのは一人しかいない上、そいつはまるで無抵抗だ。
普段の俺ならくだらねえ連中だと捨て置いていたところだが、
明日俺に待ち受けているであろう魔女裁判のことを思い出すと、
いじめられている奴が何だか他人に思えず、いじめている奴らに無性にムカついてきた。
俺は奴らにこっそり近づき、
「オラァ!!!」
「ぐはぁっ!!!」
いじめっ子の一人の頭を、思い切り殴りつけた。
俺に殴られたいじめっ子が、無様に地面に顔をぶつけた。
「な、なんだぁ、テメェは?」
突然の事態に、不意打ちを食らったいじめっ子が、起き上がって俺を睨み付けてきた。
「悪を許さない正義のヒーロー……でどうだ?」
俺はニヒルな笑みを浮かべつつ返答した。
「ふざけるな!不意打ちとかきたねえ真似しといて、何が正義だ!」
「俺にそんな常識は通用しねえ。最も効率のいい方法をとっただけだ。
大体集団で弱いものいじめをするテメエらみてえなクズ共に、
きたねえだの何だのと言われる筋合いはねえな。」
いじめっ子の主張を俺は軽く聞き流す。
俺は常識が通用しないが、常識はずれではない。
「なめやがってこの野郎……この人数に勝てると思っていやがるのか……!?」
「謝るなら今のうちだぜ……!!!」
別のいじめっ子達が、敵意を露にして俺を睨んできた。
相手は3人か。まあ、何とかなるか……な?
しかし、何てひねりの無い台詞だ。三下の悪党そのものだな。
「俺に意見を聞く前に、自分自身で考えてみたらどうだ?
大体勝てる確信があるなら、四の五の言わずにかかってくりゃあいいだろ。
それとも何か?テメエら揃いも揃って、
『ごめんなさい勝てないです許して』
なんて、戦う相手からの勝利のお墨付きが欲しいのか?
だとしたらとんだチキン共だな。道理でいじめなんてくだらねえことをするわけだ。」
「「「野郎、なめやがってぇぇぇ!!!」」」
俺の安い挑発に、いじめっ子共は仲良く乗ってきた。
しかも仲良くひねりの無い買い言葉でハモりやがった。
「ハッハァ!!!ムカついたんならとっととかかって来いよ!!!
あいにくこっちはそれ以上にムカついてんだからよぉ!!!」
さあ、楽しい楽しい戦いの始まりだ!
と思っていたら、あっという間に終わってしまった。
つーかこいつら弱すぎ。
「「「ご、ごめんなさい勝てないです許して……」」」
3人はべそをかきながら地べたに這い蹲って俺に降参と謝罪の言葉を向けてきた。
それすらもさっきの俺の台詞の使いまわしときているのだから、実に哀れな奴らだ。
主に頭が。
「もういじめなんてくだらねえことはしねえか?」
「「「しませんしません!!!」」」
「その言葉忘れんなよ。もしまた俺の前でやってみろ。
その時はみっちりと『再教育』してやるからよぉ……!!!」
「「「ヒイイイ!!!」」」
俺が精一杯の脅しをかけると、3人は豚のような悲鳴を上げながら逃げていった。
「ふん、カス共が。おい、お前、立てるか?」
俺は先ほどまでいじめられていた奴に話しかけ、手を差し出した。
「ひっく、ひっく……え?」
すると、それまで蹲って泣きじゃくっていたそいつが、顔を上げた。
意外なことに、そいつは女だった。
歳は俺よりも大分下だろう。5歳前後ってとこか?
背も小さく、大人しそうな顔立ちの、見るからにか弱い少女だった。
あいつら、こんな小さなガキを集団でいじめていたのか。
つくづくムカつく連中だった。もう一発位殴ってやればよかった。
「あ、あの人達は……?」
少女が真っ赤な目を擦りながら聞いてきた。さっきのいじめっ子達のことだろう。
「ああ、あの馬鹿共は俺が退治した。だから安心しろ。」
俺は少女の顔の汚れを拭きつつ、努めて優しく言ってやった。
「あ、ありがとうございます……」
すると少女は、照れくさそうにお礼を言ってきた。
「気にすんな。俺がムカついたからそうしただけだ。
それに嬢ちゃんみたいな可愛い娘に、泣き顔は似合わないぜ。
女の一番の化粧は、笑顔なんだからよ。」
俺は少女の頭を撫でながら、さらりとそう言って見せた。
決まったなこれは。
「あ、あはは、お兄さん、意外と面白い人ですね。
そんなクサイ台詞を真顔で言うなんて、恥ずかしくないんですか?」
少女は先ほどまでの泣き顔から一転して、ケラケラと笑い出した。
「……心配すんな、自覚はある。」
とはいえ、ちょっと傷ついたぞ。意外とはっきりものを言うガキだな。
ま、笑顔になったんなら、別に構わないか。
「ところで嬢ちゃんは、何であいつらにいじめられていたんだ?
見たところ知り合いってわけでもなさそうだったが。」
俺はとりあえず、疑問に思ったことを口にしてみた。
「あ、聞いてくださいよ!あれはあの人達が悪いんですよ!」
少女は先ほどとは変わって、頬を膨らませて主張を始めた。
「あの人達、突然公園に来て砂場に入り込んで、
『ここは俺達のもんだ!!』とか言って、遊んでいた子供達を追い出したんですよ!
それで私が、
『公園の施設は皆のものですよ。誰かが独り占めしていいものではありません。』
って、抗議したら……」
「『ガキが生意気言ってんじゃねえ』とでも返されて、袋にされたって訳か……」
「うっ……」
少女が黙りこむ。どうやら図星だったらしい。
大人しそうな顔をしているくせに、意外と無鉄砲な奴だった。
「で、でも、私は間違っていませんよね!?
それに、言うじゃないですか。『正義無き力は暴力』って。
私は、そんなものを振るう悪を見過ごせなかったんです!」
「『力無き正義は無能』という言葉もあるだろうが。
大体お前、俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ?
正義を振りかざす力もねえくせに、無茶すんじゃねえよ。」
少女の弁に、俺は呆れたように論した。
「うっ……そ、それでも!」
少女は俺の言葉にまたしても黙りこみそうになったが、
「それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。」
そう、はっきりと、力強い笑みで答えた。
「…………!!!!!」
不覚にも、俺は少女の笑顔に一瞬ドキリとさせられた。
ちっ、俺はこんな年下のガキ相手に何を考えているんだ!?
「(でもこいつ、よく見ると可愛いな……)」
だ、か、ら、俺は何を考えているんだ!!!
「?どうしたんですか、お兄さん?」
唐突に頭を掻き毟り始めた俺に、少女が怪訝な視線を向けた。
「と、ところで嬢ちゃん、名前は?」
俺は何とか思考を切り替えようと、違う話題を振った。
何かこのガキには微妙に振り回されている気がする。
「私ですか?『かざり』です。『ういはる かざり』。」
そんな俺の気も知らない少女は、笑顔で自分の名前を告げた。
「『かざり』か。漢字はどう書くんだ?」
「え、えっとですね……」
少女は手近な木の枝を拾い、地面に漢字を書き始めた。
……が、まだきちんと書けないらしく、地面には漢字とはかけ離れた謎の記号が描かれた。
「……貸してみろ。……えーと、こうか?」
見かねた俺は、少女から枝を受け取り、読みと記号から推察して地面に字を書いた。
『初春 飾利』
「あ、そうです!それで合ってます!」
少女…飾利は、それそれと連呼した。
本当に正解だろうな?と内心思ったが、考えても正解が出るわけではない以上、
本人の言葉を信じることにした。
「じゃあ、お兄さんの名前は何ていうんですか?」
「俺か?『垣根 帝督』だ。漢字ではこう書く。」
飾利の問いに答えつつ、俺は自分の名前を地面に書いた。
「……変な名前。」
「自覚はあるが、面と向かって言われると堪えるものがあるな……」
くそ、こんな名前を付けた両親に無性にムカついてきた。
「じゃあ、垣根さん……」
「帝督でいい。名字で呼ばれるのはあまり好かねえ。いいだろ、『飾利』。」
俺はあえて少女を名前で呼んだ。お互い様だという意思表示だ。
「そうですか、じゃあ帝督、私はもう帰ります。早く帰らないとお母さんが心配しますし。」
「いきなり呼び捨てかよ、別にいいけど……しかしまあ、確かにガキは帰る時間だな。」
気がつけば日が沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
結局今日は、馬鹿どものお仕置きと、ガキの相手で潰しちまった。
「おう、なら俺も帰るわ。悪い男に引っかかるなよ。」
俺も飾利に背を向け、帰路につくことにした。
「はーーーい。」
……あいつ、意味分かって頷いてんのか?
翌日の朝。
俺は、昨日会った少女のことをぼんやりと考えていた。
初春飾利。
昨日俺がいじめっ子から助けてやった少女。
小さくて弱っちい身体に、強い正義感を秘めた少女。
大人しそうな顔に似合わず、意外とはっきりものを言う少女。
昨日出会ったばかりで、大して深い仲でもない。
俺が気にかける義理も無い相手ではあった。
それでも、一度縁を持ってしまえば、程度の差はあれ気にかけてしまうのが人間だ。
「あいつ、また無茶をしていじめられちゃいねえだろうな……?」
ふと、そんなことを考えた。
そうなると、もうそれが気にかかって仕方がなかった。
「今日の放課後、またあの公園に行ってみるか……」
もっとも、行ったところで今日も会えるとは限らない。
それでも、何もしないでじっとしているよりは、少しは落ち着くというものだ。
こんなことを考えるとは、まったく、らしくもない。
「皆さん、席に着いてください。」
そんなことを考えているうちに、担任が教室に入ってきた。
それまで騒がしかった教室が、すぐに静かになる。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき。それでは朝の会を始めます。」
学級委員長のやる気のない号令に、皆黙々と従う。
「はい、それでは始めましょう。何か変わったことはありませんでしたか?」
「はい。」
「はい、チクリ魔(仮名)さん。」
「昨日垣根君が掃除をサボって帰ってましたー。」
「うげっ。」
クラスの連中に一斉に睨まれ、俺は思わず間抜けな声を出した。
すっかり忘れてた。
「本当ですか、垣根君。詳しく話を聞かせてもらいますよ。」
担任もこちらを向いてくる。
完全に非難の目だ。
あーあ、やっぱこうなっちまうのかよ。
空が夕焼け色に染まり始めたころ、俺は一人で下校していた。
あの後、俺は朝の会でそのまま魔女裁判にかけられた。
俺はなすすべも無く有罪を言い渡され、教室の掃除を一人でやらされることになった。
俺が悪いのだから仕方ないとはいえ、意外に重い罰には少々ムカついた。
ちくしょう、あのブス、今度下駄箱に青大将でも入れてやる。
俺は毒づきながら昨日行った公園に向かった。
程なくして、俺は昨日の公園に着いた。
公園を見渡すと、遊んでいる子供の姿は見えなかった。
皆既に帰ってしまったのだろう。
気付けば時刻は、午後5時を過ぎようとしていた。
考えてみれば無理もない、こんな時間まで遊ぶガキはいないだろうしな。
「チッ、無駄足だったな。」
俺は踵を返し、再び帰ろうとした時、
「あいつ……」
公園のベンチに、飾利を見つけた。
飾利は俺の姿には気付いていないのか、一人で夕焼け空を呆然と眺めていた。
俺は無言で飾利の側に歩み寄る。
やがて向こうも気付いたらしく、こちらに向かって手を振り始めた。
「もう、帝督ったら遅いですよ。私、待ちくたびれました。」
非難がましい言葉とは裏腹に、飾利は笑顔だった。
声も、どこか弾んでいた。
「待ち合わせをした覚えはねえ。つーかお前いつからそこにいた?」
俺は飾利の横に座り、そっけなく答えた。
「えーと、幼稚園から帰ってすぐでしたから、2時頃ですね。」
「そんな時間から俺を待ってたってのか、お前は……」
「はい。」
淀みなく答える飾利に、俺は呆れてしまった。
「全く、来るかどうかも分からねえ相手をこんな遅くまで待ちやがって……
俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
まさか来るまで待っているつもりじゃなかっただろうな。
こんな時間にわざわざ来ちまう俺も俺だが。
「でも、帝督は来てくれたじゃないですか。」
飾利は俺の質問にキョトンとして、そんなことを言いだした。
「そりゃたまたまだ。それに俺は俺が来なかったときの話を聞いているんだ。」
「来なかった時のお話なんて意味が無いですよ。
私は帝督を待っていて、帝督は来てくれた。大事なのはそこですよ。」
俺はもう苦笑する他無かった。
可能性の話は関係なく、今起こっていることが大事か。
ガキらしいといえばらしいのかも知れねえが……。
「お前って、俺以上に常識が通用しねえ奴なのかもな……」
「あ、それはないです。
私は帝督と違って、あんなクサい台詞、真顔で吐けませんから。」
「独り言を耳聡く聞いてんじゃねえよ。」
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」
「アホ。今何時だと思ってる。ガキはおうちに帰る時間だ。」
「ええ~。」
飾利は心底残念そうな顔をした。
こいつ、本気でこれから俺と遊ぶつもりだったのか?
「ええ~じゃねえだろ、当たり前だ。じゃあ、俺も帰るからな。」
「うう……」
飾利はまだ不満そうであった。
これでは今日は大人しく帰っても、また同じ様に待ち続けられかねなかった。
仕方が無いので俺は、
「……あー、分かった。じゃあこれからは待ち合わせをするか。」
妥協案を提示することにした。
「え、ホントですか!?」
先程までの不満げな面から一転、飾利は嬉しそうな顔をした。
どうやらこれなら納得してくれそうだ。
「ああ、それならお互い無駄に待つ必要も無くなるだろう。」
「そ、それじゃあ、明日はいつ頃待ち合わせをします!?」
いきなり明日かよ……別にいいけど。
「そうだな、なら、3時頃にここに集合でどうだ?」
「そうですね、じゃあそれでいいです。」
やれやれ、これでやっと帰れるな。
しかしまあ、妙に懐かれちまったもんだ。
「じゃあ、私はもう帰ります。また明日会いましょう!」
飾利がベンチから立ち上がり、出口に向かって歩こうとした。
「あ、ちょっと待て!」
「どうしました?」
俺の制止に、飾利は立ち止まってこちらを振り向いた。
「あー、もうこんな時間だろ。家はどこだ?送っていってやるよ。」
俺の提案に、飾利は一瞬驚いたようだったが、
「そうですか、じゃあ、お願いします。」
屈託の無い笑顔で、そう答えた。
あの日以来、俺と飾利は、頻繁に会っては遊ぶようになった。
始めは妙な奴に懐かれてどうしたものかと思っていたが、
こいつとの付き合いも、次第に悪くは無いと思うようになっていた。
飾利は、面白い少女だった。
歳相応の無邪気さやあどけなさを見せるかと思えば、
正義感が強く、時に熱血漢とも無鉄砲とも取れるところも見せる。
能天気なようで意外と頭も回り、時折ちらりと黒さも覗かせる。
一緒にいてなかなかに退屈しない。
もっとも、一緒にいる理由はそれだけではなかったが。
「あっ、帝督。今日は約束より早かったですね。」
今日も俺達は、いつもの公園で待ち合わせをしていた。
俺の姿に気付いた飾利が、こちらに駆け寄ってきた。
「おう、今日は掃除をサボって一目散にここに来たからな。」
俺はニヤリと笑い、飾利の頭を撫でてやった。
「もう、早く来てくれたのは嬉しいですけど、当番はきちんとしなきゃ駄目ですよ。」
飾利は嬉しそうにしながらも、俺に小言を言ってきた。
「ふっ、俺は常識の通用しねえ男。掃除当番なんて型にはまった制度で、俺を縛ることはできねえんだよ。」
「正直、何を言っているのか全然分かりません。とにかく、今度からはサボっちゃ駄目ですよ。」
俺のボケを、歯に衣着せない突っ込みで一蹴する飾利。
おおむね、いつもの俺達であった。
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」
「ああ、実はこの前『いいところ』を見つけた。今日はそこに行くぞ。」
「いいところですか?一体どんなところですか?」
「そいつは行ってのお楽しみだ。ほら、ぐずぐずするな。」
そう言うと俺は、飾利の手を握り、歩を進めた。
「わっとっと。分かりましたから、待ってくださ~い。」
飾利はバランスを崩しそうになりながら、俺に手をひかれて後をついてきた。
「着いたぞ。ここだ。」
公園からしばらく歩き、俺達は目的の場所に着いた。
「うわあ……」
その景色を見た飾利が、感嘆の声を上げた。
そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、小さな花畑だった。
「す、凄いです……こんな場所いつの間に見つけたんですか?」
「この前散歩しているときに、偶然な。どうだ、いい場所だったろう?」
「はい!とっても!」
飾利は心底嬉しそうに答えた。
これだけ喜んでくれると、わざわざ教えてやった甲斐があるな。
「うふふー、きれーい、いいかおりーーー」
飾利は無邪気にはしゃいでいる。
俺はというとその横で、いくらかの花を摘んで、あるものを作っていた。
「何を作っているんですか?」
飾利が俺の手元を覗きこんできた。
「ん、ちょっと待ってろ。もうすぐできるからよ……」
ここをこうして……と、よし、できた。
「ほら、ちょっと屈め。」
「?はい……」
俺は怪訝な表情で屈んだ飾利の頭に、
摘んだ花で編んだ冠を被らせてやった。
「ふわあ……帝督、こういうものも作れたんですか。
普通男の子って、こういうのは出来ないと思っていましたが。」
俺が作った冠は、マーガレットの花で編んだオーソドックスなものだ。
冠が解けてくる様子はない。なかなかうまくできたようだ。
飾利は目を丸くして、頭の冠に手をやっていた。
「俺にそんな常識は通用しねえ。この位、俺には造作もねえんだよ。」
口ではそう言ったが、本当は女の子の気を引くためにこっそり練習していた。
まさか初めて披露するのがこいつとは、夢にも思わなかったがな。
「へえ~、帝督のことですから、てっきり女の子の気を引くために練習していたのかと思いましたけど。」
あ、あれ、見透かされている?
「えへへ、でも嬉しいです。ありがとうございます。」
飾利は少し照れたように笑い、俺に礼を言ってきた。
「おう……」
俺は素っ気なく返事をしたが、内心は図星を突かれたこともあり、少し焦っていた。
こいつ、わざとやってねえだろうな?
「ねえ帝督、私にもこれの作り方、教えてください。」
よほど冠が気に入ったのか、そんなことを言ってきた。
「ああ、いいぜ。まずは……」
俺は手元のクローバーを摘み、実際にやって見せた。
「えっと、ここを…こうして……」
飾利も同じようにクローバーを摘み、俺の手を見つつ挑戦を始めた。
「………………」
「……!…………!!!」
手元のクローバーを編むのに集中している飾利と、それを見つめる俺。
しばし、沈黙が訪れた。
「なあ、飾利……」
やがて俺が、口を開いた。
「何ですか?」
飾利は手を止めずに俺の言葉に反応した。
「お前は将来、なりたいものはあるのか?」
特に深く考えず、そんなことを口にした。
「……そうですね、特に、考えたことはないです。」
飾利は相変わらず手元に集中しつつ、そう答えた。
「そうなのか?俺のダチ共は割とそういうのを口にするぞ。
男ならプロスポーツ選手や医者、女なら花屋やケーキ屋ってな感じだな。
どいつもこいつも荒唐無稽な夢だが。」
「帝督、私以外に友達がいたんですか?」
「泣かすぞ、クソガキ。」
さらりと毒を吐きやがって。
「……んー、でも、やっぱり今はまだ分からないですね。
それに、私が大人になるのは、まだ先の話ですから。
なら、そんな先の話より、私は今を精いっぱい生きたいですし。」
飾利は、そんな答えになっていない答えを返してきた。
「今が良ければそれでいいってか。随分刹那的な考えをするんだな、お前は。」
俺は呆れたように溜息をついた。
「そういう意味じゃないんですよ。
将来のことを考えるのはとても大事なことだと思います。
でも、今の私はまだその材料が足りてないと思うんです。
自分の興味があるものは何なのか、自分は何が得意なのか……
そういったことも知らずに、ただ今見えるものだけで将来のことを考えても、あまり意味がないと思うんですよ。」
そう話す間も、飾利は手を止めない。
「それに、子供の今しか出来ないことも沢山あると思うんです。
それこそ、それを経験せずに大人になったらきっと後悔するようなことも。
だから今は、先走って将来に不毛な思いを巡らせるよりも、
将来に繋がるものを沢山経験するために、今この時を精いっぱい生きたいんです。
……と、できました。」
そう言い終えると、飾利はクローバーの冠を掲げた。
「へえ、初めてにしては悪かねえな。」
少々不格好ではあったが、一応体裁は保たれているといった感じだった。
それにしても、こいつも能天気なようで、意外としっかり考えているんだな。
「……あ、そういえば、一つだけあったかもしれません。なりたいもの。」
ふと思いついたように、飾利が声をあげた。
「何だ?言ってみろ。」
「え、ええとですね……夢と言いますか……何と言いますか……その、ひどく抽象的でしかないんですけど……」
飾利はしまったと言わんばかりの顔で、しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
「何でもいいから言ってみろよ。別に笑わねえから。」
「う……その……s…きn…y……ん。」
「聞こえねえよ、もっとでけえ声で言え。」
飾利は顔を真っ赤にしながら、
「その、『素敵なお嫁さん』。」
そんな、予想もしなかったことを言いやがった。
「『お嫁さん』ときたか。なるほど。こりゃあ確かに抽象的だ。」
「わ、悪いですか?女の子なら誰でも一度は、素敵なお嫁さんに憧れるものですよ。」
飾利は顔を赤くしたまま、拗ねた様に言ってきた。
どうやら俺に馬鹿にされていると思っているようだ。
「別に悪かねえよ。ただ、お前はたまに女の子らしいことを言うなって思っただけだ。」
「うう、やっぱりなんだか馬鹿にされている気がします……」
やれやれ。気難しいお嬢さんだ。
しかしこいつがお嫁さんねえ。
このじゃじゃ馬の手綱を取れる男なんているのか?
もしいるなら見てみたいもんだが…………
………………
………………………………
「なあ、飾利……」
「どうしました、帝督?」
「………………いや、何でもねえよ。」
「?????」
そうだ、何でもない。
それに、飾利の言う通り、俺達が大人になるのはまだ先だ。
それならこいつの言う通り、もう少し今この時を満喫することにするか。
その時はそう思っていた。
ずっととは言わずとも、もう少し続くと思ってはいた。
だが俺の、
俺達の、
この心地いい時間は、
思ったよりも早く、終焉を迎えた。
それは、ある日のこと。
学校で友達と、いつものように馬鹿な会話に興じていたら、突然担任に呼ばれた。
俺は今日はどんなことで怒られるのかとうんざりしながら職員室に向かった。
職員室に入ると、担任が神妙な顔をしていた。
今までに見たことのない顔だった。
少々気にはなったが、さっさとすませて遊びたかった俺は担任に話しを促した。
「で、話って何すか?」
担任は俺の億劫そうな発言をよそに、神妙な顔のまま、予想もしなかったことを告げた。
「垣根君、落ち着いて聞くんだ……」
「君のご両親がつい先ほど、亡くなったそうだ。」
俺はその日は早退し、駆けつけた親戚と、遺体が安置されている病院に向かった。
病院に着き、霊安室に向かう。
そこには、かつて俺の親父とお袋『だったもの』が安置されていた。
何でも親父とお袋は、今朝方車で出かけた後、
無茶なスピードで追い越しをしていた対向車線からの車と正面衝突し、
そのまま帰らぬ人となったらしい。
事故は相当悲惨なものだったのだろう。
それらは、全身が拉げた、できの悪いマネキンのようになっていた。
別に、何の感慨も無かった。
悲しいとも、寂しいとも感じなかった。
俺は両親とはあまり仲は良くなかった。
そもそも二人とも仕事であまり家にいなかったので、関わりも薄かった。
最近は顔もろくに合わせていなかった。
そんな奴らが死んだところで、「ああ、そう。」としか思わなかった。
俺にとって重要な問題は、別のところにあった。
親父とお袋が死んだということで、俺の家には親戚が多数集まっていた。
中には、「こんな奴いたか?」というような自称親戚も多数いた。
そいつらは皆、可哀想にだの、辛かっただろうと、俺に同情的な言葉を向けてきた。
だが、そのいずれも、本心からの言葉とは思えなかった。
大体俺は、両親が死んで、辛いだの、悲しいだのと言った覚えは無い。
態度に出したことも無い。
事実そうは思っていなかったから。
そんなことにも気付かず、上辺だけの同情の言葉を並べること自体、
俺のことなどどうでもいいという本心の表れだと思った。
事実、葬式が済み、それでも尚連中は、連日俺の家にやってきた。
そして、連日同じ議題で、感情的な討論を続けていた。
それは、遺産の分配がどうだの、俺の身柄は誰が引き取るだの、俗物的な議題だった。
そしてその話し合いに、俺は全く呼ばれなかった。
俺が何の話だと聞いても、子供には難しい、関係ない話だと取り合わない。
なるほど、どうあっても俺に意見を挟ませたくはないらしい。
それもそうか。
親父達がいくら溜め込んでいたかは知らねえが、俺が介入すれば遺産の分配は荒れる。
いくら俺がガキといっても、実子である以上その意見が民事で全く受け入れられない訳はねえ。
なら、最初から俺の存在を抜きにして、『公平』な話し合いをしたほうがいいだろう。
それに、俺という穀潰しを誰が引き取るかも議題として白熱しているようだ。
ただのババ抜きでも、リスクがでかいとああも白熱できるんだな。
別に親父達の遺産になど興味はない。
相続争いでも何でも勝手にやっていればいい。
だが、この状況では、俺の辿れる道は限られてくるのは問題だ。
どこかの親戚の家に引き取られて煙たがられながら生きるか、
どこかの孤児院にでもぶち込まれて厄介払いされるか、
まあ、そんなところだろう。
いずれにしてもろくなものじゃねえし、どれも御免だ。
だから俺は、一つの抜け道を自分で作った。
自分の道は自分で選ぶ。
そっちへ進むための策も用意した。
後は頃合いを見て、それを実行するだけだ。
ある日の深夜。
「おじさん、夜分遅くにすみませんが、少しよろしいでしょうか。」
俺は2枚の切り札を携え、家に(勝手に)宿泊している、親戚の男の部屋を訪ねた。
親戚どもの討論の際にリーダーシップを発揮していた男だ。
「……帝督君か。入りたまえ。」
ややあって、部屋の中から声が聞こえた。
「何の用だい?私は昼間大事な話をして、少し疲れているんだ。手短に頼むよ。」
ほう、俺を家から追い出し、親父達の遺産をふんだくる為の算段が大事な話ときたか。
よく言うぜ。
「すみません。しかし、僕の今後についてのご相談がありまして。勿論、手ぶらで伺ったわけではありません。」
俺は男への侮蔑を隠し、手に持っていたものを見せた。
「おや、それは……」
男は俺の手にあるものを見て、顔を綻ばせた。
それは、以前俺が親父の書斎からくすねた、ビンテージものの高級酒だった。
「これは、僕が父の書斎を整理していた際に見つけたものです。
おじさんはお酒が好きと伺いましたので、僕の話を聞いていただく代わりに、こちらを差し上げようかと。
ご覧の通り、父はこれを一口も飲まぬまま、あの世に行ってしまいましたので。」
「う、うむ、座りたまえ。話はそちらをいただきながらゆっくり聞こう。」
よし、何とか交渉の席に着けた。
「……ふぅーーー、うまい。それで、どこまで話したかな?」
男はグラスに注がれた酒を一気に呷り、赤らんだ顔でこちらを向いた。
「はい、僕の今後の住居、転校先についての話ですが……」
「おお、そうだったそうらった。ところで君もどうだい?」
「いえ、僕はまだ子供ですので、お酒は結構です。」
「そうらったな、残念残念。はぁっはっはっはっ!!」
俺の話をどこまで聞いているやら、男は下品に笑った。
俺が持ってきた酒は、相場価格ウン十万はする値打ちものだった。
しかもこれのアルコール度数は50度を上回る。
それを酒屋で投売りされている安酒のごとく、味わうことなく飲み続けていた。
既に瓶の中身は、半分ほどに減っていたし、男の呂律も所々回らなくなっている。
この男は、品も無く、ものの価値も推し量れず、挙句酒に飲まれる愚者であった。
まあ、その方が今の俺には好都合なんだが。
さて、そろそろ頃合いだ。
「話を戻します。その件について、是非僕のほうからおじさんにお願いしたいことがあるのですが。」
そう言って俺は、机の上に一冊の資料を提示した。
「それは何だい?」
「はい。これは、『学園都市の生徒募集要項』です。」
「学園都市……確か超能力者を量産しているとかいう噂の……」
男は酒の回った頭で、おぼろげな記憶を拾っているようだ。
「はい。僕は、この学園都市内部の学校に編入したいと思っています。
僕はまだ子供です。両親を亡くした今は、誰かに頼って生きていくしかありません。
しかし、その為に親戚の方々にご迷惑をおかけしたくありません。
また、我儘は承知ですが、教育環境が期待できない孤児院にも行きたくはありません。
ですので、その点を考慮すると、僕が学園都市に行くことが最良と考えました。
お願いします、どうか僕が学園都市にいくことをお許しください。」
俺は深々と頭を下げた。
これは半分本当、半分嘘。
親戚に関しては、単にこんな連中に煙たがられて生きるのが御免なだけだ。
「むう、しかし、結局入学金や、内部での生活費等は我々の誰かが出すんだろう?
我々に迷惑をかけたくないという発言と矛盾していないかい?」
男が渋い顔で聞いてくる。金の話には敏感な奴め。
「入学金に関しては確かに仰るとおりです。
しかし、そこに入学する学生は、学園都市内の学生寮に入寮して生活し、
更に生活費は、奨学金と、授業の一環として行われる超能力の開発、
及びそれを用いての研究協力の報酬によって賄われるそうです。
ですので、おじさんには入学金の捻出と、後見人として名義の貸与のみをお願いただきたいのです。
その代わり、入学後の僕の扶養義務は、一切を放棄していただいて構いません。
また、両親の遺産相続、及びこの家の管理等の一切は、親戚の方々に決めていただければと思っております。」
長々と説明したが、要するに俺の要求はこうだ。
「入学金を互いの手切れ金として、俺を学園都市に捨てろ」
男は、これを快諾した。
酩酊状態であったこともあるだろうが、入学金程度のはした金で、
目の上のたんこぶだった俺を排除できるという案が魅力的に映ったのだろう。
俺の提示する書類を熟読することなく、次々にサイン、捺印をしていった。
俺の方もせいせいする。
学園都市に行けば幸福になれるとも限らねえが、少なくともあのまま流されるままになるよりはましだろうし、納得もいく。
……ただ、一つだけ、心残りはあった。
何が心残りかって?
決まっている、飾利のことだ。
人間、生きていれば、出会いもあるし、別れもある。
誰もが同じ思想、同じ能力を持っているわけではない。
それらは歳を経るごとに顕著になっていくし、それ故に皆いつかは各々の信じる道へ進み、違う道を歩んでいく。
俺達の場合は、それがほんの少し、他より早かったというだけだ。
元々どうしようもなかった。
両親が勝手に死んだあの日から、俺がここを去るのは決定された様なものだ。
だから、自ら学園都市に行くと決めたことに後悔などなかった。
だが、そんな理屈では割り切れない、一つの思いがあった。
いや、回りくどい言い方はなしだ。自分の言葉で正直に言ってやる。
自分に言い聞かせるため。
「俺は、垣根帝督は、初春飾利という一人の少女のそばに、ずっと居たかった。」
それは、独りよがりな告白。
それを言うべき相手はおろか、俺以外の誰も聞いていない独白。
だが、今この場においては、それでも十分だった。
こうして言葉にして出すことで、その気持ちをより強く実感し、確信を持つことができた。
言霊というやつだろうか。
だが、こうして自分の気持ちに確信が持てた以上、迷うことはない。
俺は、俺の信じる道をただ邁進するだけだ。
恥ずかしい?クサい?そんなこと、知ったことじゃねえ。
何せ俺は、常識の通用しない男だからな。
数日後。
男との交渉を終え、学園都市に編入する準備を始めた俺は、
その合間を見て飾利と会う約束をしていた。
「よう、待たせたな。」
いつもの公園で、ベンチに座っていた飾利に、俺は声をかけた。
「……遅いですよ、帝督。」
飾利は俺の顔を見上げ、沈んだ顔でぼそりと呟いた。
頭には、自分で編んだものか、花で作った冠が乗っている。
以前に作っていたときに比べ、また上達したようだった。
「そう言うな。こっちは引越しの準備もあって今忙しいんだ。」
「!!!」
引越しという言葉を聞くと、飾利は一層暗い顔になった。
「……どうしても、行っちゃうんですか?」
「ああ。」
「引き止めても、無駄ですか?」
「無駄だな。もう手続きは済んだし。」
「そうですか……」
それきり飾利は、また暗い顔で黙り込んだ。
風が頭の花を揺らし、目に溜まっていた涙の雫を数滴飛ばした。
別れを惜しんでいるのは何も俺だけではないと思うと、
それが非常に嬉しく、またそれ故に一層この別れを辛いものにした。
「泣くなよ。何もこれで会えなくなると決まったわけじゃねえんだし。」
俺は努めて明るく振舞い、飾利の頭を撫でた。
そうしないと、俺まで泣いてしまいそうだった。
「はい……ぐすっ……うううう」
そう言ったそばから泣きやがる。やれやれだ。
俺は飾利が落ち着くまで、優しく頭を撫で続けた。
「なあ飾利、俺がどこに行くか、覚えているか?」
「はい、学園都市……ですよね?」
少し落ち着いたのだろう。目元を擦りつつ飾利は答えた。
「そうだ、学園都市だ。
聞いた話じゃあの街の科学技術は、こっちの世界よりもずっと先を行くんだそうだ。
それこそお前がいつか言っていた『将来に繋がる体験』って奴が沢山できるだろう。」
俺の言葉を、飾利は黙って聞いていた。
「俺はそこで、できる限りのことを学んでやる。勉強だけじゃねえ、様々なことをだ。」
これは俺の独り言に近い。だが、同時に誓いでもある。
「そしていつか、お前のところに必ず戻ってくる。だからその時は……」
「俺の嫁に来い。」
「………………」
俺の告白に、飾利は一瞬呆気にとられていたが、やがて、
「…………っぷぷっ、あはははははっ!!!!!」
……盛大に、笑い飛ばしやがった。
「あ、テメェ何笑っていやがる!!!こっちは本気だってのによ!!!」
このガキ、さっきまで泣いてやがったくせに、俺の告白に笑いやがったな!!!
「ご、ごめんなさい……こんな時まで帝督はクサい台詞を吐くなあって思ったら、おかしくって……」
「なんて奴だ……俺がどんな気持ちで今のセリフを言ったと……」
ああ、こうして笑われると、何だか無性に恥ずかしい。
「だ、だから、謝っているじゃないですかぁ。それに……」
「それに、何だ?」
「これでも私、とっても嬉しいんですよ。」
「何だと?なら、返事はイエスか!?」
俺は飾利の両肩を掴んで、興奮気味に答えを迫った。
「いいえ、返事は『ノー』です。お断りします。」
「何だそりゃ!?」
嬉しいと言っておきながら結局ノーかよ!意味が分かんねえよ!
「お、落ち着いてください。話は最後まで聞くものですよ。」
「ほう、言ってみろ。」
「はい。えーと、おほん。」
俺の言葉に、飾利は咳払いをして、答え始めた。
「あのですね、そう言ってくれるってことは、帝督は私のことが好きってことですよね?
私も帝督のことが大好きですから、それはとっても嬉しいです。」
飾利は少し顔を赤くして、しかしはっきりした口調で言葉を紡ぐ。
「でも、この前も言ったように、私はまだ子供です。
まだまだ経験も、知識も足りません。
だから、帝督のお嫁さんになるとかならないとか、そういう大事なお話は、
今の私にはまだ答えを出すだけの能力が無いと思うんです。
だから、今の時点では、答えは『ノー』なんです。」
「だが、それなら答えは『保留』じゃないのか?何であえて明確に『ノー』なんだ?」
実際はどちらも似たようなものかも知れないが、それでも聞かずにはいられなかった。
「それはですね、こっちのほうがむしろ大きな理由なんですが……」
飾利は舌を出して悪戯っぽく笑い、
「私、そんなに長く待てません。
大人になるまで帝督に会えないなんて、そんなの嫌です。
ですから……
私も、いつか学園都市に行きます。」
そんなことを、言いやがった。
「お前……」
「勿論、今すぐには無理だと思います。
まだ私は小学校にも入っていませんし、両親にも相談しないといけません。
でも、いずれ必ず行きます。そして、帝督に会いに行きます。
だから、今日のお話の続きは、その時にしましょう。」
全く、かなわねえ。
「分かったよ、お前がそういうなら仕方ねえ。だが、その時には必ず、お前に『イエス』と言わせてやるからな。」
「ふふ、期待しないで待っていますよ。」
「それじゃあ帝督……はい。」
飾利が、右手の小指を立てて差し出してきた。
「指切りかよ、こういうところは子供なんだよな……」
俺は苦笑しつつも、同じように手を差し出し、
「約束だ。また会おうぜ。」
「はい、約束です。」
指切りを交わした。
それが、俺が飾利と交わした、最後の言葉だった。
俺が学園都市に来て、幾許かの時が過ぎた。
この街に来て間もなく、俺も他の学生達と同様、能力開発を行った。
学園都市の能力者といっても、その能力は様々だ。
念動力、発電能力、瞬間移動、透視能力、etc……
超能力と聞いて想像する能力は、どれも魅力的に映る。
一体俺にはどんな能力が宿ったのか。
身体検査の前日は、柄にもなく高翌揚していた。
そして、俺に宿った能力は……
「な、何だこりゃ?」
何だか訳の分からない物質を、作りだす能力であった。
俺の作りだす物質は、何とも不可思議であった。
決まった形を持たない。
固くも柔らかくもない。
温かくも冷たくもない。
この世界の物質とは思えなかった。
少なくとも、俺自身こんなものは見たことも、聞いたこともなかった。
この物質、及び俺の能力名は、正体が不明ということから、
観測不可能な物質の総称である『暗黒物質(ダークマター)』の名をそのまま付けられた。
研究価値は高そうということで、俺は特例として大能力者の評価を与えられた。
だが、別にこの物質を使って、俺は何をやれるというわけでもない。
物質そのものの応用価値も未知数だ。
日常生活では異能力者程度の電撃使いの方が余程利便性が高いだろう。
大能力者待遇という恵まれた措置を受けはしたが、発電能力だの、瞬間移動だの、
もっと超能力らしい派手なものを期待していただけに、少しがっかりではあった。
「やれやれ、今日の授業はこれで終わりか。」
ある日の昼食の後、俺はそんなことを呟いた。
「いいよな、垣根。俺達はこれからが長いってのに。」
横で一緒に飯を食っていた友人は、ため息をつきながらそう返した。
身体検査の後、俺は学園都市の指定した学校に正式に編入した。
ただ、他の学生と違い、俺は能力開発の授業は無かった。
俺の作る暗黒物質は、未だその正体が不明だった。
そんなものを作る俺の能力の開発方法など、誰にも分からなかった。
だからある程度解析が進み、開発の方針が立つまでは、
俺にとって開発のコマは、研究者に暗黒物質を提供して帰るだけの時間だった。
そんなわけで、午後一杯が開発の授業であるこの日は、俺にとっては半ドン同然だった。
「んなこと言ってもよ、開発の方針が立つのなんていつになるんだって話だろ。
それまで能力開発ができずに作ったものを提供するだけなんて、暇でしょうがねえ。
これじゃあ外の学校にいたときと変わらねえだろう。」
「いいじゃないか。心に暇がある生き物。なんと素晴らしい!」
「お前、それ言いたかっただけだろ。」
「まあ冗談はさておき、そんな自分を持て余しているお前にいい案があるぞ。」
「何だいシンイチ?」
「誰がシンイチだ。まあ暇つぶしというわけにはいかないだろうけど……
お前、『風紀委員』でもやってみたらどうだ?」
「風紀委員ねえ……」
俺は複雑な顔をして、友人のほうを見た。
「どうよ?お前って体力も腕力も結構あるし、意外と向いているんじゃないか?」
友人はニヤニヤしながら俺に勧めてくる。
「つってもありゃ、要するにボランティアの雑用係だろ。
そのくせ任命されるにはいくつもの適正試験と長え研修をパスしなけりゃならねえ。
仕事の上でも不良生徒達には逆恨みされる。
労力の割にあわねえし、そんなもん暇つぶしには向かねえだろう……」
『それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。』
「……!!!」
「どうした、垣根?」
「いや、何でもねえ。」
俺は一呼吸置き、もう一度考える。
「悪くねえな、その案。」
そう言って、友人にニヤリと笑い返した。
「お。意外だな。てっきり『他にいい案はねえのか』とでも言うと思ったが。」
「最初はそう思ったがな。……それも一興と思い直したんだ。」
「そうか。なら確か近々募集があるみたいだったから、情報を集めて置いたらどうだ?」
「おう、そうしてみるぜ……」
キーンコーンカーンコーン……
そうしているうちに、予鈴が響いた。
「おっと、そろそろ午後の授業だな。じゃあ、俺はもう帰るわ。」
「ああ。また明日。」
そう言って、俺は友人と別れた。
さてと、帰る前に校内の掲示板でも確認してみるか。
その後、俺は風紀委員の募集に応募し、適正試験と研修をパスして、正式に任命された。
風紀委員は治安維持組織だが、やることはそれほど大したものではない。
学校周辺における探し物の依頼、諍いの仲裁、放課後に徘徊する生徒の取り締まり。
時折万引き犯のような軽犯罪者の取締りなどもやることはあるが、基本的にはまさに雑用係であった。
だが、これがなかなか充実していやがる。
確かに地味な活動ばかりだし、労力の割には報われないところが多かった。
それでも、時折仕事の上で感謝を向けられると、
自分が大なり小なり誰かの役に立っているという実感ができて、嬉しく思った。
「やれやれ、俺がこんなことを考えるとは、飾利に毒されたのかね。」
あいつがここにいたら、俺と同じように風紀委員に入っただろうか。
……無理かな。
あいつ身体能力は低かったし、適正試験の体力テストで落とされるのがオチだろう。
ぼんやりと考えていたら、完全下校時刻を伝える放送が響く。
風紀委員の任務も、今日はこれにて終了だ。
「っと。俺もそろそろ帰るとするか。」
今日も疲れた。帰って一杯引っかけるか。
……酒じゃねえぞ。俺は未成年だし、風紀委員だし。
「ん?あれは……」
すっかり暗くなった帰り道を歩いていると、道路の向こうに人影を見つけた。
俺と同い年くらいの、一人の少女だった。
長めの茶髪が特徴的で、顔立ちは遠目に見ても端正であることが分かった。
だが、何やら様子がおかしかった。
もう完全下校時刻はとうに過ぎたというのに、少女は寮のある地域とは反対方向に歩いていた。
急いでいる様子でもなかったので、忘れ物を取りに行ったというわけでもなさそうだ。
さては夜遊びか。
全く、可愛い顔して悪い奴だな。
だが、俺に見つかったのが運の尽きだ。きっちり注意して、寮に送ってやる。
そう思い俺は、サービス残業のために少女の後を追うことにした。
「えーと、確かこっちに行ったな。」
俺は少女の後を追い、路地裏に入り込んだ。
てっきり繁華街に遊びに行くものかと思いきや、少女は人目に付かない場所に入り込んでいった。
やがて少女は、郊外にある廃ビルの中に入っていった。
一体何が目的なんだ。
逢引にしては随分ムードの無い場所だが……
ここにいても分かるわけではない。俺もビルに入ることにした。
中に入ってしばらくして、廊下の向こうから声が聞こえるのに気付いた。
声は少女のものと思われる女の声と、複数人の男の声。
何やら争っているようにも聞こえる。
おいおい、もしかしてあの少女、かなりピンチなんじゃねえの。
今ならまだ、ここから逃げ出すことも可能だろう。
だが、あの少女がこの後ここで悲惨な目に遭っても寝覚めが悪い。
何より一度こういう現場に出くわしておきながら、放っておくことはできなかった。
「頼むから無事でいてくれよ……」
俺はそう祈りつつ、声のする方向に近づいていった。
「風紀委員だ!テメェら大人しくしろ!!!」
俺は彼らの声が聞こえた部屋に押し入り、腕章を見せ付けた。
「あん?誰だお前?」
部屋の中に立っていた人物がこちらを向く。先程の少女だった。
だが、先程とは違う点があった。
少女の全身は、真っ赤な液体で汚れていた。
それだけではない。
この部屋全体が、真っ赤な液体で覆われていた。
辺りに漂う臭いから、それが血であることがすぐに分かった。
「あーあ、どうすんだよこれ、一般人に見つかっちまってよ。
しかもよりによって風紀委員かよ、めんどくせえ。
ったく、お前らクズはクズらしく、とっととぶち殺されてりゃいいってのに、
無駄に抵抗してくるからこうなるんじゃねえか。」
少女は俺の姿を見て、さも面倒そうにぼやいていた。
床には、いくつもの物体が転がっていた。
それは、人間の死体だった。
あちこちのパーツが欠損してはいたが、断面からはみ出る臓物はまだ新しく、
それらの死体が先程まで生きていたことをうかがわせた。
「おいおい、一体どうなっていやがる……!!!」
俺は声と表情こそ冷静を装ったが、
実際は凄惨極まりない光景と咽返る様な死臭に、今にも嘔吐しそうであった。
「う、うあ……」
床に転がっていた男が呻き声をあげる。
その男も、身体のあちこちが欠損していたが、まだ息があったようだ。
「何だ、まだ生きているのがいたのか。」
少女は声を聞くと、息も絶え絶えの男の元に歩み寄った。
「ぐげっ!!!」
「あのなあ、一般人を消すってのは、テメェらみてえに殺して死体片付けてはいおしまいとはいかねえんだよ!!!
証拠の隠滅やら警備員共を誤魔化すのやらにどれだけの手間と金がかかるか分かってんのか!!!???
しかもそれを誰がやると思ってやがるんだ!!!
最期の最期まで手間掛けさせやがってこのウジ虫どもがよおおお!!!!!」
少女が男の頭を踏みつけ、恐ろしい声で恫喝した。
「ヒィ!た、頼む……助k」
「豚が人間の言葉を喋るな。消えろ。」
男が命乞いの言葉を言い終わらぬうちに、少女はビームの様な攻撃で男の頭を消し飛ばした。
首の断面から、真っ赤な血が噴き出し、少女の身体を更に赤く染めた。
「さてと、後はお前か……」
男を殺し終えた少女が、こちらを向いた。
端正な顔に恐ろしく残虐な笑みを浮かべて。
「ぐ……」
「悪く思うなよ、こっちも仕事なんだ。恨むならこんなところにノコノコ入ってきたテメェを恨めよ。」
少女がゆっくりと、こちらに向かって歩み寄ってきた。
俺は、目の前の少女が何者だとか、
少女は何故男達を殺していたのだろうとか、
今ここで風紀委員として俺はどうするべきなのかとか、
そんなことは一切分からなかったし、考える余裕などありはしなかった。
だが一つだけ、分かったことがある。
目の前の少女は、恐ろしい怪物だ。
話して分かる相手ではない。
戦って勝てる相手ではない。
今すぐこの場を去らないと、間違いなく殺される。
「ちっ、くしょおおおおおおおお!!!!!!」
俺は、恥も見栄も外聞もなく、その場から、一目散に逃げ出した。
「おいおい、さっき部屋に踏み込んできた時の威勢はどうした!!!???
無様にケツまくって逃げてんじゃねえぞタマナシヘナチン野郎があああ!!!!」
少女は後ろから罵声を投げつけ、あの恐ろしいビームを撃ちながら追いかけてきた。
「うおっっっ!!!」
ビームが紙一重のところで俺の真横を掠めて行った。
通り道にあったコンクリートの壁は、綺麗に消し飛んでいた。
あんなものを食らえば、俺も先程の男達の二の舞だ。
「冗談じゃねえ……こんなところで死んでたまるかよ……!!!」
[ピーーー]ない、死ぬわけにはいかない。
俺は迫りくる恐怖を生への執着で必死に塗りつぶし、竦みそうな足を進めていた。
「よし、ここを抜ければ……」
少女の追跡を必死で掻い潜り、俺は階段付近にまでやってきた。
ここを出たらすぐ、警備員に連絡しねえと。
あの少女をこのままにはしてはおけねえし、そもそも俺の命も危ない。
だが、次の角を曲がったところで、
「!!!マジ、かよ……!!!」
階段が、瓦礫で塞がれていた。
先ほどからの少女のビームで、ビルが崩れたのだろうか。
これでは、この階段を使うことは出来そうもなかった。
この廃ビルでエレベーターなど作動しているわけがない。
窓から飛び降りるにはあまりに高すぎる。
もう一か所の階段があるだろう方向からは、少女が追いかけてくる。
「オラオラオラァァァ!!!無様に隠れてんじゃねえぞこの皮被りが!!!
出てきて少しは抵抗してみせろってんだよ!!!
ただ吹き飛ばすだけじゃつまらねえんだからよおおお!!!」
少女の声が近付くとともに、破壊音が響いてくる。
どうやら周囲の部屋を確認次第片っ端から消し飛ばしているようだった。
完全に袋小路だった。
「クソッタレ、腹を括るしかねえな……!!!」
俺はすぐ近くの部屋に逃げ込み、身を潜めていた。
ここまで逃げてくる間に、気付いたことがあった。
あの少女の放ってくるビームは、威力は恐ろしいが、弾幕状には放ってこない。
おそらく一発ごとの照準調整を精密にやらないといけないのだろう。
なら、そこに付け入る隙があるかもしれない。
俺は息を殺し、少女がこの部屋に入ってくるのを待った。
「さあーて、残るはこの部屋だけか。一体どこに隠れているのかにゃーん?」
静かな部屋に、無機質な靴音と、少女の恐ろしい声が響く。
少女はゆっくり歩き、俺の姿を探していた。
やがて俺が隠れている瓦礫の陰に近づいてきた。
「(今だ!!!)」
俺は少女に暗黒物質を投げつけた。
これで攻撃できるわけではない。隙を作るだけのただのハッタリだ。
「!!!」
俺は少女が暗黒物質を避けようとする、その一瞬の隙をついて、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「チッ、しまった!!!!!」
少女に殴りかかった。
が、
「なーんてな、見え見えなんだよダボが。」
俺の拳は、いとも簡単に少女に受け止められてしまった。
「ふん!!!」
少女は俺の腕を掴み、そのまま片手で俺を壁際に投げつけた。
「ぐふっ!!!」
一瞬息ができなくなり、俺は咳きこんだ。
体勢を立て直す暇もなく、俺は少女に片手で胸倉を掴まれ、そのまま吊り上げられた。
「ぐっ……」
「私に『原子崩し』を撃たせなけりゃ勝機があるとでも思ったか?
肉弾戦に持ち込めば何とかなるとでも思ったか?
当てが外れて残念だったな。
別に能力なんぞ使わなくても、テメェごときこの身一つで十分なんだよ!!!」
少女が俺を壁に叩きつけ、拳を俺の腹に突き刺した。
「が、っ……!!!」
それは、少女の可憐な風貌からは想像もできないほど重い拳だった。
「ゲフッ!がはっ!ごほっ!」
少女の拳が、膝が、俺の全身に降り注ぐ。
そのたびに俺は、くぐもった声をあげた。
「ひゃははははは!!!散々手間取らせてくれたんだ!!!
楽には殺してやらねえぞ!!!!!」
月明かりに照らされた薄暗い廃ビルの一室に、少女の狂った高笑いがしばし響き渡った。
「ふん、適当に汗もかいたし、そろそろ片付けて帰るか。」
少女はぽつりと呟き、俺を床に投げ捨てた。
「……ぐ…………」
全身ズタボロの俺は、受け身も取れず、そのまま叩きつけられた。
「じゃあな。」
少女が俺に、例のビームを撃ちこもうとしている。
ああ、あれを食らえば、俺は跡形もなく消し飛ぶだろうな。
俺はどこかぼんやりと、目前に迫る『死』を眺めていた。
「(すまねえな、飾利……どうやら俺はここで死んじまうらしい……)」
「(最期にもう一度、お前に会いたかったな……)」
俺はゆっくりと目を閉じた。
直後、少女の手元からビームが撃ちだされた。
そのまま、俺の意識は闇に落ちて行った。
……???なんだ、こりゃあ?
俺は気が付けば、何もない真っ暗な空間にいた。
光も、音もない。
俺の意識だけがそこにあるような状態だった。
俺はどうなったんだ?
あのまま死んで、死後の世界ってやつに来ちまったのか?
だとすれば、あの世ってのは随分退屈なところなんだな。
そんなことを考えていたら、目の前の空間に人影が出現した。
自分の姿すら確認できないこの空間の中で、何故だかそいつの姿だけがはっきり認識できた。
俺は、その人影に見覚えがあった。
「(飾利……)」
目の前のそいつは、確かに飾利の姿をしていた。
いつか見た時と同じく、天使の様な微笑みを浮かべて。
勿論目の前のこいつが飾利のわけはない。大方、幻の類だろう。
本人は今も学園都市の外で暮らしているのだから。
だが、わざわざ飾利の姿を取って俺の前に出現するとは、幻のくせにサービスが行き届いてやがる。
「(どうせだったら、その姿のまま俺に愛の言葉でも囁いてくれれば、もっと有難いんだがな……)」
この期に及んでまだそんなことを考える自分に自嘲しつつ、目の前の『飾利』に目を向けた。
やがて『飾利』は口を開き、言葉を紡ぎだした。
『…………fhbdosfhvn .xghhloaifhdhnvg;asroltjs;,c/zsdrpt6i435fnva:/ou4hrnw;ngwo;o5ujhtwnfg;se5uj;tfnsgr8g5h48g48h4sh4d9w
4yt5yh465fdg1m,987t/9hg578mkf;eofjirhfs;a5ojwethgdrys87d5f4rj4hr6857hsd6r5hsr848h8y……ht.fdyhty,mfghjtgybnghklshbncs
logroesdr124j5nfhdtdfbfdhgdyygbdhw3ggt…………』
な、何だ?こいつは何を言ってやがる???
目の前の『飾利』が発した言葉は、何らの法則性も見出せない、理解不能な言語だった。
全く意味が分からねえ。そもそも意味なんかあるのか?
俺の困惑と呆れをよそに、『飾利』はなおも意味不明の言葉を紡ぎ続けた。
すると、『飾利』の背中から何かが広がった。
それは、天使の様な6枚の白い翼だった。
その翼を見た瞬間、俺の中の何かが覚醒した。
さっきまで意味が分からなかった『飾利』の言葉が、手に取るように理解できた。
俺は『飾利』の発する異界の言語を、頭の中でこの世界の言語に翻訳していく。
翻訳した言語は、式の様なもので書き表すことができた。
普段の俺であれば見ただけで頭痛を起こしたであろうほどの膨大かつ難解な方程式。
だが、今の俺はそれらを、自分でも驚くほどの速度で解析していった。
やがて全ての式を解析し、解に辿りついた。
その瞬間、再び俺の意識は闇に落ちて行った。
「テ、テメェ何なんだそれは……?」
少女の声が聞こえる。
先ほどまでとは違う、驚愕と、狼狽の混じった声色だった。
「(……俺は、まだ生きているのか?)」
さっきの幻は、実際の時間にしてみればほぼ一瞬だったようだ。
全身の痛みに意識が覚醒させられる。
相変わらず全身ガタガタで、ろくに動けそうもない。
あの瞬間、『飾利』が俺に伝えたもの。
それは、教科書に書いてあることを悉く否定する、奇天烈な物理法則と、それらを加不足なく解き明かす方程式だった。
「(あの一瞬、確かに俺は、それら全てを理解した……)」
今この瞬間もそれらを覚えているし、理解できている。
だが、そいつが一体何だって言うんだ?
そもそも何故俺は生きている。
目の前の少女が、俺を殺すことを中断するとは思えない。
そう思い、俺はゆっくりと目を開き、少女の声がした方を向いた。
そこに映ったのは、
「何なんだよテメェのその翼はよおおおおお!!!!!!」
信じられないものを見たとばかりに絶叫する少女と、
俺を包み込むようにして防御していた、自分の背中から生えた、天使の様な白い翼だった。
俺の背中に生えていた翼は、さっき見た『飾利』に生えていたそれと、瓜二つであった。
おいおい、確かに何なんだこいつは?
俺はあれか?実は死んでて天使にでもなってたのか?
だが全身の痛みが、そんな馬鹿な考えを吹き飛ばす。
それでもこの翼は、紛れもなく俺のものだった。
その証拠に、俺の頭には翼越しに膨大な量の情報が流れ込んできていた。
そこから得られる情報は、五感から得られるそれを遥かに超えた量と質だった。
この世界の有様が手に取るように分かる。
この翼は、この翼を構成する『モノ』は、まるで超越者の『眼』だった。
俺は翼から取り入れた情報を元に演算を行い、翼を『振るった』。
「うおっ!!!」
ただそれだけで、少女の身体は木の葉のように宙を舞った。
少女はそのまま、地面に叩きつけられた。
「な、なめてんじゃねえぞこのメルヘン野郎が!!!」
少女が起き上がり、ビームを放ってくる。
だがそれも、俺の翼には傷一つつけることはできなかった。
「どうなってやがる!!!???
私の『原子崩し』で貫けないものだと!?
そんなもの、見たことも、聞いたこともねえよ!!!!!」
少女が悔しげにわめき散らす。
俺は今この瞬間、全てを理解していた。
『飾利』の告げた奇天烈な物理法則の意味を。
俺の能力の本質を。
形勢は完全に逆転した。
もはやこの少女は、満身創痍の今の俺にすら、脅威とはなりえない。
「ちきしょおおお!!!!!
こうなりゃこのビルをぶっ壊して、テメェを生き埋めにしてやんよおおお!!!!」
少女は怒りで完全に我を失い、所構わずビームを撃ちまくった。
「(まずいな……早々にケリをつけねえと本当に生き埋めだ……)」
俺は倒れたまま更に演算を組み、少女を攻撃する準備を立てた。
その時、
「そこまでにしておきたまえ、麦野嬢。そのままでは君も、私達も生き埋めになる。」
部屋に入ってきた何者かの声が、俺達の手を止めた。
入ってきたのは、白衣を纏った、いかにも学者然とした風貌の、白髪の小男だった。
男の後ろには、さっき少女が虐殺していた男達と同じくらいに武装した連中が、数人控えていた。
「『メンバー』……統括理事長の狗が、横からしゃしゃり出てきて何の用だ?」
少女が忌々しげに男を睨み付ける。
「何、つい先程その統括理事長から緊急命令が下されてね。
そこに倒れている少年を『回収』に来たのだよ。」
白髪の男は少女の視線を受け流し、淡々と回答していく。
「ふむ……」
白髪の男は部屋を見渡し、床に落ちていたものを手袋越しに拾い上げた。
それは、先程俺の翼から抜け落ちたものだろうか、白い羽根のようなものだった。
「なるほど、実に興味深い。こうして観察するだけでも退屈しない。
先の報告書に目を通した時には、浪漫を感じたと同時に懐疑も生じたが、
これならば『この世界に存在しない物質』と言われても納得がいく。
これが『暗黒物質』か。いや、既にその言葉本来の意味合いからは離れている。
同じ『ダークマター』でも、こちらはむしろ『未元物質』と言ったところか。」
白髪の男は、一人納得したように頷いていた。
「博士、そろそろ……」
「うむ、そうだな。垣根少年を『回収』したまえ。」
白髪の男の命令を聞き、武装集団が俺を担架のようなものに乗せ始めた。
「おいテメェら、何私を無視して話を進めてやがる?
そいつは私がこの手で引き裂いてぶち殺してやるって決めてんだ。
邪魔するようならテメェらから消し炭にしてやってもいいんだぞ?」
少女が男達に殺意の篭もった視線を投げつけた。
それだけで武装集団達は短く悲鳴を上げたが、白髪の男はまるで動じた様子が無かった。
「そう急くことは無いよ、麦野嬢。今の君では彼に勝てない。
それに私達にも彼を害しようという意向は無い。
ここで私達と事を荒立て、アレイスターに目を付けられても、得はあるまい。」
「チッ……!!!」
少女は一瞬忌々しげに顔を歪めたが、それ以上は食いつかなかった。
「おい。お前、垣根とか言ったな。」
少女が白髪の男から視線を外し、俺のほうを向く。
「今日のところはこの辺にしておいてやる。
だがな、覚えておけ。
お前はいつかこの私が、麦野沈利がこの手で直々にぶち殺しに来てやる。」
少女は一方的にそう言うと、この場を去っていった。
「さて、では我々も引き上げるとするか。」
白髪の男達も、俺を担架で運び出し、この場を後にした。
俺の長い夜は、もう少し続きそうであった。
今日はこの辺で。
指摘があったけど、『暗黒物質』表記は別に間違えてたわけじゃないんだ。
まあ、博士を『未元物質』のゴッドファザーにしたかったから以上の理由は無いんだけど。
あの後俺は、こいつらに運ばれて、どこかの建物に連れて行かれた。
察するに、こいつらの隠れ家といったところだろう。
そこで俺は、医務室の様なところに通され、応急処置を受けた。
「傷の方はどうだね、垣根少年。」
先程の白髪の男…博士が医務室にやってきた。
「ああ、まだあちこち痛むが、大分ましにはなった。」
「そうか。それなら何よりだ。」
「で、何で俺をここに連れてきた?
お前らどう見ても俺を助けに来たようには見えねえぞ。
統括理事長の命令だのと言っていたが、正直キナ臭えとしか思えねえ。」
「それだけ口が利けるなら十分だろう。では、これを預けておこう。」
そう言うと博士は、通信機のようなものを取り出し、手近な机に置いた。
「そいつはアレイスター…統括理事長に直接繋がるようになっている。
私はすぐに退室するから、君一人で会話するといい。」
博士はそう言いつつ、出口に向かい、言葉通りすぐに退室した。
「…………」
俺は通信機のスイッチを入れ、向こうと繋がるのを待った。
通信機はすぐに、相手と繋がった。
『はじめまして、垣根帝督。通信機越しで失礼だが、自己紹介しておこう。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。』
通信機から相手の声が聞こえる。人物像が全く想起出来ない、得体の知れない声だった。
この男(それとも女か?性別すら見当がつかねえ)が統括理事長か。
しかし、アレイスター=クロウリーときたか。
科学の総本山たるこの学園都市の親玉のくせに、
20世紀最高の黒魔術師なんてオカルト野郎と同姓同名を名乗るとは、なかなかふざけた野郎だ。
「垣根帝督だ。まどろっこしいことは好きじゃねえから、単刀直入に聞く。俺に何の用だ?」
『焦ることは無い。物事には順序というものがある。』
アレイスターは、幼子を諭すように語り掛けてきた。
「御託はいい。とっとと答えろ。」
俺は苛立ち紛れに吐き捨てた。
俺としては、こんな得体の知れない野郎との会話など、速やかに切り上げたかった。
『ふむ。まあいいだろう。ではまず君の作り出す物質についてだが、あれについて分かったことがある。』
「何だ?」
『あれは、「本来この世界に存在しない物質」だ。
それゆえこの世界の物理法則には従わないし、
既存の物質も干渉を受けると、同様に異界の物理法則に従って振舞う。
博士は「未元物質」と表現していたが、なかなか云い得て妙だ。
君の能力は、「未元物質を作り出し、操作する」ものといっていい。』
「そいつはまた、常識の通用しねえ能力だな。」
本能では理解できていても、実際に言葉にされると、なんとも信じがたい話だ。
しかし、そんな科学ともオカルトともつかない代物まで「科学」として取り扱っちまうとは、
学園都市の科学力は、本当に恐ろしい。
『それと、先程の君と原子崩しとの戦闘データを元に、勝手ながら簡易的に君の身体検査を行ってみたよ。
結果、強度は「5」と評価された。』
いつの間にそんなことしてやがった。
『しかも君のデータは実に素晴らしいものだったよ。
同じ超能力者でも、第三位以下とは一線を画すほどのものだった。
これなら「第二候補(スペアプラン)」としても十分及第点に到達している。
おそらく君以上の能力者は、この学園都市において
「第一候補(メインプラン)」…第一位を除いて他にはいない。』
「待て、『第一候補(メインプラン)』に『第二候補(スペアプラン)』だと?その『プラン』ってのは、一体どういうものだ?」
『今の君は、知らなくていいことだ。』
「ふざけるな。さっきの『博士』とか呼ばれていた奴みてえなキナ臭え連中を駒に使っていた奴のことだ。
その『プラン』はおそらく、いや、間違いなくろくでもねえものに決まっているだろう。」
『否定はしないよ。』
「なら尚更ふざけるなだ。
そんな得体の知れねえ、しかも絶対にろくでもねえ『プラン』とやらに、
たとえ『第二候補』という形でも、俺が協力するとでも思ったか?
いや、その前に、風紀委員である俺が見過ごすとでも思ったか?」
俺が超能力者の第二位と評価されたこととか、
俺が『第一候補』である第一位の保険の人材に過ぎないとか、
そんな瑣末な話はどうでも良かった。
学園都市の親玉が、そんなふざけたことを考えている野郎だという事実が、一番の問題だ。
『ふう。君から進んで協力を申し出てくれれば一番良かったのだが、やはりそううまくはいかないものだな。』
「いい加減にしろ。俺はもう帰るぞ。
もちろんその後、テメェがろくでもねえことを考えているキチガイ野郎だってことも、
風紀委員や警備員達に報告してやる。そうすりゃ、テメェも終わりだ。」
これ以上この異常者と話すことなんざねえ。
俺はまだ痛む身体を起こし、通信機のスイッチを切ろうとした。
『仕方ないな。それならば、交渉人の力を借りざるを得ない。』
そんな俺に、アレイスターはそんなことを言いやがった。
「交渉人だと?無駄だ。誰に説得されようが、俺はテメェに協力する気はねえ。」
『ふむ、交渉人というのはいささか大げさな物言いだったな。
ただ君の親しい人達を、交渉の場に召喚するだけなのだから。
だがそうすれば、君とてもう少し私の話を聞く気になるだろう?』
「!!!このクソ外道が……!!!!!」
その言葉の意味を理解し、俺は奥歯を強く噛み締めた。
何が交渉人だ。どこまでもふざけやがって。
そいつはつまり、人質ってことじゃねえか。
『そのように評されたのは初めてではないから分かっているよ。
だが、私は私の信じる幻想のために、歩みを止めるわけにはいかないのだよ。』
「ほざけ!!!そこまでして進める『プラン』に、何の意味がある!!!
そんなどこまでもふざけくさった幻想、ぶち壊したほうがましだ!!!」
『君の言う通りだとも思う。しかしそれでも、私には必要なものなのだよ。』
俺の罵倒にも、アレイスターは何の感情も窺えない口調で答えた。
『少し頭を冷やしたまえ、垣根帝督。
それとも、誰か交渉人をこれから連れてきた方が、頭は冷えるかい?
例えば、外の世界に置いてきた、君の友達などどうだ?
そう、名前は確か、初春飾利……だったかな?』
「テメェ、どこまで本気で言ってやがる……!!!!!」
飾利の名前を聞いて、俺の頭は冷えるどころか、我を忘れるほどに沸騰した。
『全て本気だよ。外の世界にも我々の協力者は多数いる。
彼らの力を借りれば、外の世界の少女の一人、拉致するのは容易い。
もっとも彼女は学園都市への入学を希望しているようだから、
今すぐ召喚する必要は無いかもしれないな。
勿論その際は、統括理事長として彼女の入学を歓迎するさ。』
「この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
飾利に手を出してみろ!!!!!
テメェら全員、愉快な死体にするくらいじゃすまさねえぞ!!!!!!!」
俺は傷に響くのにも構わず、腹の底から吼えた。
憎悪だけで人が殺せるのなら、通信機の向こうにいるクソ野郎は、一体何度殺せるだろうか。
『いくら吼えても詮無きことだよ、垣根帝督。
そもそも君に選択の余地など無い。
君も、君の大事な友達の運命も、私のさじ加減でどうとでもできるのだから。』
「……なら、そうして俺を脅して、お前は俺に何をさせようってんだ?」
俺は出来る限り冷静に言葉を搾り出した。
もちろんそれは表面上の話で、腹の中の怒りは、収まるどころか膨張を続けていた。
『君には、博士の率いる「メンバー」に所属してもらう。
そこで君は、私の指示の元に、学園都市の治安維持に従事してもらう。
そこで活動を続ければ、君の能力も一層鍛えられるだろうしね。
そうそう、先程君と交戦した原子崩しも、同様の組織を率いているのだよ。』
それで合点がいった。
あの少女が行っていたのは、虐殺という名の治安維持活動だったのだ。
そして通信機の向こうの相手、アレイスターも、俺に同様の活動を要求している。
まさか風紀委員として活動していた俺が、そんな汚れ仕事を強要されるとはな。
だが、かといって選択の余地も無かった。
ならば、毒を食らわば皿までだ。
「……アレイスター。俺からも要求がある。」
『何だい?』
「俺をそちら側に引き込むのなら、新しく組織を作らせろ。」
『ほう?』
「その組織は、有事の際や、俺でなけりゃならねえ任務であればお前からの指示に従う。
だが、そうでない任務に関しては、ある程度選り好みさせてもらう。
それと、組織の構成員の候補生達の資料も寄越せ。無ければ作って寄越せ。
構成員も俺が自分で選んでスカウトする。」
『ふむ、私としては君がこちらの思惑通りに働いてくれれば、
君の要求を飲むことは問題ないが、どういうつもりだ?』
アレイスターは疑問を投げかけてきた。
分からないからというよりは、分かっていてあえて俺の口に出させたいという様子だった。
「ハッ、決まっているだろう。」
「いつかテメェの寝首を掻くためだ。」
『それは興味深いな。そうでなくては私も面白くない。』
アレイスターは、少しだけ感情を覗かせる声で話した。
その感情は、『愉悦』だった。
『いいだろう。君の要求通りに手配しよう。辞令は後日君の元に通達する。今日はゆっくり休みたまえ。』
アレイスターとの通信は、そこで途切れた。
「通信は終わったようだね。」
通信が切れると同時に、博士が部屋に入ってきた。
「少し残念だよ。私としては君の能力は大変興味深かったから、是非私の元で働いてほしかったのだが。」
「盗み聞きかよ、趣味が悪いな。」
「最後の方だけだよ。頃合かと思って訪ねた際に、偶然聞いただけだ。」
俺の嫌味に、博士は薄く笑った。
「そろそろ夜が明ける。アレイスターが君に用意した新しい住居まで部下に送らせよう。
今日はそこでゆっくり休むといい。
君とは近いうちにまた会うだろう。では、ごきげんよう、垣根少年。」
そう一方的に言い、博士はまた部屋を出て行った。
俺はこの日、学園都市第二位という称号を得た代わりに、日の当たる世界での生存権を失った。
あれから、何年かの時が過ぎたある日。
「ぎゃあ!」
薄暗い路地裏で、俺は数人の男達を追い詰めていた。
男達は、学園都市の機密事項を秘密裏に入手し、それを外の世界に売り飛ばそうとしていた。
そこを例によって迎電部隊あたりに掴まれ、俺達に抹殺命令が下されたというわけだ。
「ケッ、雑魚が。もう終わりかよ。歯応えのねえ。」
俺はいとも簡単に男達を始末し、最後の一人を追い詰めた。
「ま、待ってくれ!まだ情報は流してねえ!もうこんなことはしねえ!だk」
男の言葉を待たず、俺は翼で男の心臓を貫いた。
「うっし、今日のお仕事、完了。」
あの後、俺の元にアレイスターから辞令が通達された。
内容は、組織の立ち上げの命令、及びそれへの所属命令だ。
組織の活動内容は、既存のものでも様々ではある。
治安維持、情報統制、不穏分子の監視と粛清、アレイスターの小間使い。
ただ、どの組織も血生臭い荒事によりそれを行うものが大半であった。
そうした汚れ仕事を請け負う組織を、上層部はまとめて「暗部組織」と呼んでいた。
俺は奴から送られてきた候補生のリストを元に、
俺以外の主要構成員3名と、裏方の連中をスカウトし、新しい暗部組織を立ち上げた。
組織名は「スクール」。
まともな学生生活を送れなくなった俺には、皮肉な組織名だった。
「おっ…と。」
仕事を終えたところで、タイミング良く俺の携帯が鳴る。
「俺だ。ちょうど今仕事が終わったところだ。」
『お疲れ様。私達の方もさっき済んだわ。
これから第三学区のアジトに向かうから、そこでミーティングをしましょう。』
「おう。じゃあ、今すぐ行くぜ。」
俺は翼を広げ、目的の場所に文字通り飛んで行った。
「よう、全員揃っているようだな。」
俺がアジトに着くと、俺以外の主要構成員達は既にくつろいでいた。
「おかえりなさい。ふふ、あなたが一番遅かったわね。」
ソファに腰かけていた派手なドレスの少女…心理定規が、こちらにウインクしてきた。
「お疲れ様です、垣根さん。」
冷蔵庫を漁っていたゴーグルの男も、手を止めずにこちらを向く。
「……では、そろそろ始めるのか。」
銃の手入れを行っていた男…砂皿緻密は、こちらを見ずに呟いた。
「じゃあ、今日のミーティングだ。……といっても、作戦の最終確認くらいだがな。」
俺はスクールを立ち上げ、構成員を募った時、重要視した点がある。
1つ目は、無闇に堅気の連中に手を出さないように配慮できること。
汚れ仕事とはいえ、俺達は学園都市を支える裏方スタッフの様なこともやっている。
邪魔をする奴なら別だが、基本的に一般人には手を出さないことを不文律としていた。
2つ目は、リーダーである俺を信じ、指示に忠実に従えること。
組織の中で意見が分裂すると、全体の統制に支障が出てくる。
そして3つ目。これが一番重要なことだが、
俺と共に、アレイスターと戦う覚悟があることだ。
そうして集まったのが、こいつらというわけだ。
砂皿だけは緊急補助の人材なのでその限りではないが、
腕っ節と依頼者への忠実性は信頼できる男だと俺が判断したため、今ここにいる。
俺が為すべきことは1つ。アレイスターとの直接交渉権を得て、その席で奴をぶっ倒すことだ。
だが、それは手段であって目的ではない。
全ては、暗部に落ちたあの日、俺が俺自身に課したたった一つの、だが絶対の誓いのために。
あいつを、飾利を守るために。
飾利が本当にこの街に来たのかは知らない。
少なくとも暗部においてはその名は聞こえてこない。
ただ出来れば、この深い闇を抱える街には来ていてほしくはなかった。
だが、あいつが今どこでどうしていようとも、アレイスターの監視下にいるのは間違いない。
あいつを守りきるためには、奴を倒すことは避けられない。
そのために俺は、これまで準備をしてきた。能力を鍛えてきた。
その過程で、この手を血で真っ赤に染め上げてきた。
殺した人間の数など、とうに両の手で数え切れなくなっていた。
今の俺を見たら、飾利は何と思うだろうか。
俺を恐れるだろうか。
俺を嫌うだろうか。
俺を非難するだろうか。
俺を、止めてくれるだろうか。
だが、もう俺は、後戻りの出来ないところまで来てしまった。
血に染まったこの手では、二度とあいつの頭を撫でてやれないだろう。
闇に曝され続けたこの身体では、二度とあいつと共に陽の当たる世界を歩けないだろう。
それでもいい。
この手であいつの頭を撫でてやれなくても、あいつの敵を[ピーーー]ことはできる。
たとえ共に歩いていけなくても、あいつが陽だまりの元で笑っていられるならば、俺はそれだけで救われる。
恐れられても構わない。
嫌われても構わない。
非難されても構わない。
まして、止めてくれることなど願わない。
あいつが、飾利が幸せなら。ずっと笑っていられるなら。
俺は地獄に落ちても構わない。
計画実行を間近に控えたある日、俺は、一人で街中を歩いていた。
現場の今一度の下見と、高揚しがちな気分を落ち着けるためだ。
街中には、多くの学生が溢れていた。
誰もが今この時を、精一杯楽しんでいるのだろう。
彼らの多くは、この街の深い闇など知らずに生きているのだろう。
そして、それが幸せであることに気付いていないのだろう。
「それでですね、その時白井さんったら御坂さんに―」
「あはは、白井さんったら相変わらずなんだから―」
俺の前を、2人の少女が歩いていた。
少女達もまた、楽しそうに談笑していた。
俺はすれ違う際、彼女らにつられて少しだけ微笑んだ。
「……ひゃー、今の人、凄いかっこよかったねー。学園都市にも、あんなイケメンがいたんだー。」
「……」
「あれ、どうしたのさ初春?ボーっとしちゃって?」
「……あっ、ごめんなさい佐天さん。今の人が友達に似ていたものでしたから。」
「え?初春って男の、しかもあんなイケメンの友達なんていたの?」
「はい、小さい頃、外の世界にいた頃の友達ですけどね。
私より随分前に彼は学園都市に行っちゃって、それきり会っていませんけど。
キザで、かっこつけで、ちょっと意地悪で……でも大好きな男の子でした。
別れ際には、その…告白までされちゃいました。
『いつかお前のところに戻って来る。その時には嫁に来い』なんて。」
「へえ、いつか迎えに来るとか、なかなかロマンチックな人だね。
でも今も学園都市にいるなら、そのうち運命の再会とかしちゃったりして?
いやいや、初春もなかなか隅におけないねーこのこのーーー。」
「ちょ、ちょっとー、からかわないでくださいよ佐天さーーーん。」
すれ違った少女達が後ろで何やら話していたが、俺にはもう聞こえなかった。
10月9日 学園都市第七学区 窓の無いビル
「ふむ、とうとう彼が動き始めたか……」
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、
アレイスター=クロウリーは、そんなことを呟いた。
「エイワス。」
「何だい、アレイスター。」
アレイスターが虚空に呼びかけると、そこに人間のような存在が出現した。
「大した用事ではないよ。ただ、少し話し相手が欲しくてね。多少時間をいただくが、いいだろうか。」
「元より私に時間の概念はない。君の気が済むまで付き合おう。」
「そうか。」
淡々と答えるエイワスに、アレイスターも短く返事をした。
「どうやら、『スクール』が動き始めたようだ。
あの日私の寝首を掻くと息巻いていた彼だが、とうとう準備が出来たようだな。
彼らはピンセットを強奪し、それを用いて滞空回線から私の情報を入手し、
それを元にその後私の元にやってくる手はずのようだ。
つい先程、いくつかの暗部組織を『スクール』討伐に向かわせたよ。」
自身の統治する街でクーデターを起こされたというのに、アレイスターには微塵も狼狽する様子は無い。
まるで、自分の観た映画の話でもしているかのようであった。
「随分と悠長に構えているが、いいのかい?
彼はこの街の第二位であり、『プラン』の第二候補だろう。
彼の行動を、そう簡単に鎮圧できるとは思えないが。」
「『メンバー』……博士では無理だろうね。『アイテム』の原子崩しでも無理だろう。
むしろ彼らに止められる様では、第二候補として落第だ。
彼を止められるとしたら、おそらく一方通行くらいのものだろう。」
エイワスの問いに、アレイスターは、さも当然と言った風に答えた。
「『グループ』に今回の案件を通達した以上、彼と一方通行が対峙する可能性は高い。
そうなれば、敗者はおそらく死ぬことになるだろう。
だが、その勝者がどちらであっても、絶対能力者とはいわずとも次のレベルに進める。
そうなれば、『プラン』は更に短縮できる。」
「第一候補と第二候補による血塗られた切磋琢磨か。随分と贅沢な選定方法だな。
だが、もし勝者が垣根帝督であった場合、彼は間違いなく君を殺しに来るだろう。
そうなれば、『プラン』の短縮どころか、最悪破綻すらありえるのではないかい?」
「仔細無い。滞空回線からの情報を元に彼らの実力を分析してみたが、
現段階で垣根帝督が勝利する可能性は極めて低い。
現在の一方通行の状態を差し引いても、彼らの間には尚絶対的と言っていい程の壁がある。
それに、万が一彼が勝利して、私を殺しに来たとしても、私自身が相手をすれば鎮圧は容易い。
むしろ彼が第二候補の域を超えて、第一候補に相応しい力を身につけたかを見極めるいい機会になる。
もし私がそのまま殺されたとしたら……それはそれで一興だ。」
どこからどこまで本気で言っているのか。
それはアレイスター本人にしか分からないことだった。
「一方通行に殺されるか、私に殺されるか、それとも私を殺し、更なる闇の底に沈むか。
いずれにせよ、垣根帝督に待っているのは絶望の未来だけだ。
……いや、もし『彼女』が介入すれば、全く違う結末もありうるかもしれない。
その可能性は、まさしく那由他の彼方だが。」
「彼女?……ああ、『彼女』か。」
アレイスターの言葉の意味に気付き、エイワスもそれに同意した。
「そう、彼女だよ。
彼とは対照的に、学園都市を表の世界から守る者。
自身のホームグラウンドでは、超能力者にも比肩し得る、学園都市の守護神。
一方通行以外に未元物質を止めることが出来るであろう唯一の存在。」
「さて、ここから事態はどう動くか……」
同日 スクールのアジト
計画は順調だった。
アレイスターの情報網を掴むために必要だった『ピンセット』も奪取した。
俺達を粛清に来た『メンバー』や『アイテム』の連中も返り討ちにしてやった。
『ピンセット』で掴み取った滞空回線からはある程度の情報も入手できた。
こちらも無傷とはいかなかったが、許容範囲だ。
だが、それでもあの野郎に近づくには足りなかった。
やはり野郎に近づくには、あの男を避けては通れない。
学園都市第一位、一方通行。
アレイスターの『プラン』の中核に座る『第一候補』。
あの男を殺し、俺が第一候補の座に就く。
だが、奴との戦いに時間をかけすぎると、アレイスターが俺の鎮圧に飾利を持ち出しかねない。
今は俺を泳がせているんだろうが、そうなってしまえばその時点で俺の負けだ。
なら、野郎が重い腰を上げる前に一方通行を殺す。
第一候補に俺が座っちまえば、野郎は俺を易々と殺せねえし、蔑ろにもできねえ。
必然、俺も奴に近づくチャンスができる。
そして野郎が交渉に飾利を引き合いに出す前に、直接野郎と謁見し、野郎を殺す。
別に奴と戦って負ける気はしねえが、正面から戦うと面倒かもしれねえ。
だったら、一方通行をより速やかに、確実に殺すために、奴のアキレス腱を狙えばいい。
既に調べは付いている。なら後は行動に移すのみだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、標的の元に向かった。
俺は標的―最終信号を探して、とあるオープンカフェに来ていた。
その中で、馬鹿でかいパフェを貪っていた少女を見つけた。
間違いない。最終信号と一緒にいた風紀委員の少女だ。
だが、近くに最終信号の姿はない。
まあいい。それならあの少女に直接場所を聞く。
素直に教えればそれでよし。
そうでなければ……容赦はしない。
「失礼、お嬢さん。」
俺は少女に近づき、出来る限り怪しまれないように営業スマイルを浮かべ、声をかけた。
「はぁ。どちら様ですか?」
俺の言葉に少女も気づき、パフェを食べる手を止め、こちらを向いた。
少女は、セーラー服を着てはいたが、幼さの全く抜けきっていない顔は、まだランドセルの方が似合いそうだった。
「(このガキ、飾利と同い年くらいか……)」
そのあどけない顔に、ふと俺は、あいつの姿を重ねた。
きっと目の前の少女は、この街の闇など知りもしないで生活しているのだろう。
目の前にいる男が、学園都市第二位という外道だということにも、気づいていないのだろう。
俺の問いに対する答え如何で、自分の命運が決まることにも気づいていないのだろう。
今から自分がこの少女にしようとしていることを考え、少しだけ気が引けた。
それでも止めようと考えないあたり、やはり俺は外道なのだろう。
「垣根帝督。人を捜しているんだけど。」
俺は営業スマイルを絶やさず、少女に最終信号の写真を見せた。
少女は最初、酷く驚いた様子だったが、俺の顔を見つめると、少し悲しそうな顔をした。
だがすぐにその表情は消え、写真を凝視し始めた。
やがて俺と写真を交互に見比べ、首を横に振って、
「いいえ、残念ですけど、見ていないですね。」
言ってはならない答えを口にした。
ああ、残念だ。
こいつは今、嘘をつきやがった。
だったら仕方ねえ、お前は俺の敵だ。
容赦はしねえ。
「そうか。だったらもう少し自分で捜してみるよ。ありがとう。」
俺は少女に笑いかけた後、そのまま踵を返した。
「はい……あ、あの、あなt」
「あ、その前に一ついいかな?」
少女が何かを言いかけたが、俺はそれを聞かず、振り向きざまに、
「テメェが最終信号と一緒にいた事は分かってるんだよ、クソボケ」
少女の身体を、思い切り蹴りつけた。
少女の小柄な身体が、地面に投げ出された。
少女は何が起きたかをすぐには把握できなかったらしく、目を白黒させていた。
それでも本能的に起き上がろうとする少女の右肩を、俺は力任せに踏みつけた。
「うぎっ、ああああああああああああ!!!!!!」
少女が激痛に顔を歪め、凄まじい悲鳴を上げた。
何とか逃れようと身をよじるが、俺の足から逃れるほどの力は出せないようだった。
「テメェが嘘をついてることに気付いていないとでも思ったか?甘ぇんだよ。
俺はこれでも一般人には手を出さない主義なんだが、自分の意思で俺の邪魔をするなら話は別だ。
さあ、最終信号の居場所を教えろ。そうすればすぐに解放してやる。」
「うああああああああああああああ!!!!!!」
そう言葉を続ける間も、俺は足に力をこめ続ける。
少女の肩からゴキリと音が鳴ると、少女は更に苦痛の声を上げた。
どうだ、痛いだろう、辛いだろう、苦しいだろう、悔しいだろう。
だから、早く喋っちまえ。
俺は脅迫と甘言を足にこめて、更に少女を蹂躙する。
良心というものが痛まないわけではなかった。
たった一人の少女を守ると誓いながら、そのためにそいつと同じくらいの歳の少女を蹂躙する自分を蔑みもした。
それでも、俺は立ち止まるわけにはいかなかった。
たとえ何をしてでも、俺の一番大事なものを守るために。
「どうだ、そろそろ喋る気になったか?」
俺は少女に、再び言葉での交渉を行う。
これは最後通牒だと、言外に強い脅しを込めて。
だが、それでも少女は、俺に屈することは無かった。
「…………」
「……、なに……?」
俺は、少女の言葉に眉を顰め、不快感を露わに睨みつける。
「聞こえ、なかったんですか……」
少女は、苦痛に顔を歪め、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもなお俺を真っ向から睨みつけて、
「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。」
もう一度、俺への協力を拒む言葉を口にした。
大した度胸だ。
自分が殺されるかもしれないと分かっていながら、なおもこうして俺の前に立ちはだかろうとする。
だが俺には理解できない。誇りと生死を秤にかけるなど、愚かとしか言いようがない。
「何でだ。何でお前はそこまでして俺の邪魔をする。
あのガキはお前には何の関係も無い筈だろう。
お前が身を挺してまで守る義理も無いだろう。
答えろ。殺す前に聞いておいてやる。」
「……あなたは、悪党ですよね?あの子をさらおうとするのも、悪事の為ですよね?」
俺の問いに、少女はなおも気丈な態度を崩さず、逆に俺に問いかけた。
「そうだ。」
俺は躊躇いなく答えた。そんな厳然たる事実、否定する術も理由もなかった。
「なら、それだけで理由は十分です。
私は、風紀委員ですから。今のあなたに、協力することなんてできません。
『己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし』
これは、風紀委員の心得の一つです。この言葉通り、私は、私の信念に従っただけです。」
その言葉は、嫌というほど聞いている。かつて俺も、風紀委員だったから。
まさか、こんなところで再び聞くとは、思いもしなかった。
「ほう、この期に及んでそれだけ言えるとは大した奴だ。
だが、『力なき正義は無能』という言葉を知らなかったようだな。
正義を行使する力もねえ奴が、俺みてえな力のある悪党に楯突いたのが間違いだったんだよ。」
もう話すことはねえ。こいつとはここでお別れだ。
俺は少女の肩から足を放し、頭を踏み砕くために振り上げた。
その瞬間。
「そうですね。確かに、そうだったかも知れません。それでも、」
「それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力がなくても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。
あなたはこの街に来て、変わってしまったのかもしれませんが、
私の信念は、今も昔も変わっていませんよ、『帝督』。」
目の前の少女の姿と、俺の記憶にある『少女』の姿が、完全に重なった。
俺は少女の言葉に、姿に動揺し、足元が狂ってしまった。
少女の頭を踏み砕くはずだった足は、その数cm横の地面を踏みしめた。
なぜこの少女があいつと重なる。
なぜこの少女があいつの言葉を知っている。
そもそもこの少女は、今俺を何と呼んだ。
馬鹿な、まさか、こいつは、この少女は。
俺は狼狽しながら少女を見下ろした。
ふと見ると、少女のスカートのポケットから何かが転げ落ちていた。
それは、少女の生徒手帳だった。
それには、少女の顔写真と、学校と、名前が記載されていた。
『第七学区立柵川中学校 1年○組 初春飾利』
「え……、あ……、か、飾利…………???」
その名前を見て、俺は信じられない思いで、その名を呼んだ。。
「帝督…やっぱりあなたは、帝督だったんですね。」
俺の呼びかけに、飾利はボロボロの身体のまま、俺に笑いかけた。
その笑顔は、遠い昔に見た、俺の記憶の中の飾利そのままだった。
俺は、何をしていた?何をしようとしていた?
俺の目の前にいる少女は、俺が殺そうとしていた少女は。
だが、錯乱状態にあった俺に、
「……ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」
更なる追い打ちが、振りかかった。
「もっと面白いことして盛り上がろォぜ。悪党の立ち振る舞いってのを教えてやるからよォ。」
追い打ちを仕掛けてきたのは、一人の少年だった。
その少年は、雪の様に白い肌と髪に、鮮血の様に紅い瞳を持った、
学園都市最強の怪物だった。
ずっと邪魔になっていたはずの相手だった。
誘き出そうとしていたはずの相手だった。
殺してやろうと思っていたはずの相手だった。
それなのに、そのはずなのに、俺は、一方通行を前にして、呆然としていた。
完全な錯乱状態にあった今の俺には、奴のことなど考えることなどできなかった。
俺は何故、目の前の少女を殺そうとした。
最終信号の誘拐を邪魔立てしたからだ。
俺は何故、最終信号を誘拐しようとした。
一方通行の野郎を効率良く殺すためだ。
俺は何故、一方通行を殺そうとしていた。
アレイスターの『プラン』の第一候補に座るためだ。
俺は何故、第一候補に座ろうと思った。
アレイスターとの直接交渉権を得るチャンスを掴むためだ。
俺は何故、アレイスターとの直接交渉権を欲した。
野郎の懐に入り込み、寝首を掻くためだ。
俺は何故、アレイスターを殺そうと思った。
野郎の手から、飾利を守るためだ。
ならば、何故俺は、守ろうと誓った少女を、自らの手で殺そうとした。
幾度も自問自答を行い、その度に不毛な堂々巡りを繰り返す。
何をするべきか、せざるべきか、もはやそれすらも分からなかった。
「どォした。黙ってねェでかかって来いよ。それとも、俺を前にして怖気づいたか、チンピラ。」
一方通行が挑発してくるが、俺の耳には入らない。
「う、あ、あ、……」
錯乱の末に、俺は翼を広げ、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
目の前にいた一方通行に、訳も分からず襲い掛かった。
俺は本能のままに、未元物質の力を一方通行に全力でぶつけた。
並みの能力者はおろか、超能力者ですら防げないであろう圧倒的な一撃。
だが、その攻撃は、一方通行に傷一つ付けることは出来なかった。
一方通行に向けたはずの攻撃は反射され、逆に俺に対して牙を向いた。
激痛が、嘔吐感が、目眩が、容赦なく俺の身体を襲う。
「あああああああああああああああああ!!!!!」
それでも俺は立ち上がり、一方通行に攻撃を再開した。
一方通行はベクトル操作の能力により、自身に有害物を除去する反射の膜を施している。
反射の膜は、俺の繰り出す攻撃を全て受け流し、俺に向けて反射していった。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
普段の俺であれば、未元物質を介して反射の膜を解析しようとしただろう。
そうすれば、反射をすり抜ける法則を見つけられたかも知れないし、そこに活路を見出せたかもしれない。
だが、錯乱状態の俺は、何も考えず、ただ自分の力を闇雲に一方通行にぶつけ続け、
その度に自ら傷ついていくだけだった。
それは、戦いとすら呼べない行為だった。
事実、俺は一方通行を敵とは認識していなかった。
それどころか、俺は自分が何をしているのかすら分かっていなかった。
それは、幼子が駄々をこねるのにも等しい行為だった。
「…………何やってンだ、オマエ?」
一方通行は、そんな俺を見据えたまま、蔑むような視線を向けていた。
「……が、は…………」
気が付けば俺は、地面に倒れ伏していた。
全身ボロボロで、指の一本すら動かせなかった。
意識も酩酊状態のように朦朧としており、とても能力を使えそうもなかった。
ぼんやりとした視界には、一方通行が歩を進めてくる様子が映っている。
おそらくあの一歩一歩が、俺の余命のカウントダウンなのだろう。
やがて足音が止まり、一方通行が俺の目の前に立った。
「……………………」
一方通行が懐から拳銃を取り出し、俺の頭に銃口を向けた。
銃口は俺の頭部からわずか数十cm程度。外しようがない距離だった。
おそらく一発だけで、俺の生命活動は停止するだろう。
「……解せねェな。」
そして、銃口を向けたまま、一方通行はポツリともらした。
「悪党には悪党なりの信念や美学があるはずだ。
俺にすらあるンだ。オマエみてェなクズ野郎にも、何かしらその類のモンはあるはずだ。
そォでもなけりゃ、学園都市に反旗を翻そォなンて考えるはずもねェ。
実際、クソガキを拉致ろォとしたり、アイツを庇った関係ねェガキも殺そォとしたり、
いかにも三下の悪党らしい、目的のためには手段を選らばねェ下衆な信念を見せてたじゃねェか。」
俺は、地面に無様に伏したまま、一方通行の言葉を聞いていた。
「だが、さっきのオマエの戦い、ありゃ何だ?
俺への殺意も敵意も、オマエ自身の信念も美学も、何一つ感じられなかった。
まるで癇癪を起こしたガキを見てるよォだった。
俺には、オマエが何をしたかったのか、一切理解できねェよ。」
一方通行は、吐き捨てるように言った。
一方通行の言う通りだった。
俺は一体、何をやっていたんだ。
飾利を守ると誓い、そのためにアレイスターへの反逆を企て、ここまでやってきた。
だが、結局俺はアレイスターを殺すどころか、野郎との謁見すら果たせなかった。
あまつさえ、この手で飾利を殺そうとすらしてしまった。
無様だ。喜劇だ。滑稽だ。自分で自分に嗤えてくる。
「まァいい、俺にはどォでもいいことだ。
こいつでオマエの頭をハジけば、俺の仕事は終わりだ。
じゃァな、俺もいずれ地獄(そっち)に行くだろォから、先に行って待ってろよ。」
死を実感するのは、これが二度目だった。
そして今度こそ、もうどうにもならないだろう。
たった一つの大事なものを守ろうと誓っておきながら、
それを自らの手で壊そうとした道化には、お似合いの末路だ。
だが、一方通行が引き金を引き、俺の頭を撃ち抜く前に、
「待ってください!!!」
誰かが、俺と一方通行の間に割って入ってきた。
一人の少女だった。
頭に花飾りをあしらい、セーラー服を纏った、小柄な少女だった。
膝はガクガクと震え、立っているだけでやっとという様子だった。
だらりと垂れ下がった右腕が、酷く痛々しかった。
俺がずっと想いを寄せていた少女。
俺が何に変えても守りたかった少女。
結局は守り切れず、あまつさえ殺意すら向けてしまった少女。
「か、飾……利…………?」
初春飾利が、俺と一方通行の間に立ちはだかるように、そこに立っていた。
「どけ。そこのゴミを片付けられねェだろ。」
「嫌です!!!」
一方通行の冷たい声にも、飾利は一歩も引かずに言い返した。
「事情もろくに知らねェガキが俺の手を煩わせるンじゃねェ。
……もォ一度だけ言うぞ。『どけ』。」
一方通行が飾利を睨みつけ、もう一度同じことを言った。
だが、先ほどとは比較にならない程の威圧感を放っていた。
刃物の様に鋭く、炯炯とした紅い双眸、
静かな、だが有無を言わせぬ迫力を孕んだ声、
何より、全身から吹き出す、暴力的かつ圧倒的な覇者の風格。
あれをその身に受ければ、暗部の人間といえども恐怖に竦みあがるだろう。
まして、表世界でぬくぬくと生きている連中が耐えられるはずがない。
これが学園都市第一位、一方通行か。
俺とでは次元が違いすぎる。
こんな怪物に俺は勝つつもりでいたのか。
我ながら思い上がりも甚だしかった。
だが、その異次元の怪物を前にしてもなお、
「いいえ、どきません!!!あなたにこの人は殺させません!!!」
飾利は、己の意見を曲げることはなかった。
「何でだ?何でオマエはそォまでしてそいつを庇う?
オマエが庇おォとしているのは最低のクズ野郎だ。
事実、オマエ自身も豚畜生みてェに殺されかけただろォ?
なのに何で、そンなガタガタの身体を引きずってまでそいつを庇おォとする?」
その通りだ。飾利がしていることは、正気の沙汰ではない。
自分を殺そうとしたクソ野郎を庇うために、満身創痍の身体を引きずり、
学園都市最強の怪物に真正面から立ち向かっている。
何故こいつはそこまでできる?信念を貫くとかそういうレベルの話ではない。
一方通行も同様の疑問を持った筈だ。
だが、飾利の語る理由は、この上なく単純明快だった。
「何でですって?そんなの、当たり前じゃないですか!」
「大好きな男の子が殺されそうになっているのに、黙っていることなんか出来ません!!!」
「馬……鹿…野……郎、……俺なん…か…に……構う…な。早く……、逃げ…ろ。」
俺は声を振り絞り、飾利に逃げるよう呼びかけた。
さっきは殺そうとしていたくせに、よくもぬけぬけと言えたものだ。
「それはできません。今ここから立ち去ったら、二度とあなたに会えなくなりますから。」
「何……言っ…てや……が……る。そん…な…場合じ…ゃ……」
だが、俺の言葉を、飾利は聞き入れない。
「……帝督、私、ずっと帝督のことを捜していたんですよ。
そして、あなたを捜すために、私はこの街でのあなたの足跡を追いました。
あなたがかつて風紀委員だったこと。
学園都市第二位の超能力者になっていたこと。
……そして、その日を境に、行方をくらましてしまっていたこと。」
飾利は、ゆっくりと、静かに語る。
「その後あなたがどうしているかは、全く分かりませんでした。
『垣根帝督』という学生について一般生徒が閲覧できる情報の限界は、
『未元物質という能力を持つ、第二位の超能力者』ということまで。
合法非合法問わず、あらゆる手段を用いてあなたのことを調べ上げましたが、有益な情報は得られませんでした。
長点上機学園に在籍しているとあっても、学籍上だけの話で登校してはいない。
住所も、連絡先も、全てが出鱈目。本当にお手上げでした。」
そいつは当然だ。
学園都市の暗部、それも最深部に近いところにいる俺の情報が、そう易々と調べられるはずがない。
「でも、それでもようやく、こうして会えましたね。
お久しぶりです、帝督。私、ずっとずっと、あなたに伝えたいことがありました。
あなたと別れた日から、何度も何度も自分に問いかけて、ようやく確信を持てた、私の気持ち。
あなたに会えたなら、真っ先に伝えようと思っていた、私の想い。」
飾利は、俺の方を振り向き、憔悴しきった顔に精一杯の笑みを作り、
「私、初春飾利は、垣根帝督のことを、愛しています。」
そう、はっきりと口にした。
それは、俺がずっと渇望していたもの。
幾度夢に見たか分からないほど欲したもの。
それは、暗部に落ちてからも変わらなかった。
そして、その度に俺には資格が無いと、自分に言い聞かせてきた、手に入るはずのないもの。
「飾……利……お…前……」
「ですから、こんなところであなたを死なせるわけにはいきません。
あなたと一緒にしたいこと、話したいことが沢山あるんですから。」
それなのに。こんな最期の最期に、それが手に入るとは。
この瞬間、間違いなく俺は、幸福の絶頂にいた。
同時に、俺が今なすべきことをする覚悟が決まった。
「ア……一…方通…行……」
「……何だ?」
俺の呼びかけに、それまで俺達の様子を静観していた一方通行が返事をする。
「俺を……殺せ。」
俺が、今この場で、一方通行に殺されること。
俺の命と引き換えに、飾利をアレイスターの監視から解放してやること。
それが、俺が飾利にしてやれる、最後のことだった。
「て、帝督!!!あなたは何を言っているんですか!!!???」
飾利が悲鳴に近い声をあげ、俺の元に寄ってきた。
「……聞…け、…飾…利。お前…は、……学園…都…市か…ら、監…視され…てい…る。
アレイ…スター…が、……統括…理事…長が……、俺を…働か…せ…る…ため…に。
だが、……俺が…こ…こで死…ね…ば、……お前…を監視…す…る理由が…なく…なる。
だか…ら……」
「そんな言葉、聞きたくありません!私は、帝督とずっと一緒にいたいんです!!!」
「頼…む……聞き…分け…て…くれ……」
飾利は嫌だ嫌だと俺に縋りついて泣きじゃくっていた。
お前に気付かず、お前を殺しかけた俺を、俺の様な悪党を、そんなにも想ってくれるのか。
本当に、俺には過ぎた幸福だ。冥土の土産としては十二分に過ぎる。
「今生の別れは済ンだかァ?ならさっさとそこをどけ。」
一方通行が無慈悲に言い放つ。
「嫌です、止めてください!!!この人を殺さないでください!!!」
飾利は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、なおも俺と一方通行の間に立ちふさがる。
「止め…ろ、……飾利…。もう、……いい。もう……いい…ん…だ。」
そうだ、俺はもう、十分に満たされた。これ以上を望むなど、許されるはずがない。
「駄目です!私を置いて勝手に死ぬなんて、そんなこと絶対に許しません!!!」
それでも飾利は、どこまでも自分を曲げなかった。
「あーあ、全くよォ。
片方は自分を殺せとほざくし、もォ片方はそォはさせないと邪魔をする。
めンどくせェ連中だ。なら、もォこれでいいだろォ。」
一方通行は心底面倒そうに呟くと、拳銃をしまい、代わりに首筋のチョーカーに手を掛けた。
「えっ……。」
そして、飾利に近づき、その首筋に手を添えた。
その瞬間、飾利は糸の切れた人形の様に、そのまま倒れ伏した。
「テ、…テメ…ェ、……飾利…に…何…を…した……」
「あァー、『殺した』。」
俺の問いに、一方通行が、この上なく単純な事実を告げた。
「な……!!!」
「俺もオマエらのせいで朝から仕事で疲れてンだよ。
なのにこンなめンどくせェ押し問答をしてたら、いつまで経っても休めねェ。
ならいっそ、オマエら二人とも殺した方が手っ取り早いだろォ。
一般人の死体回収やら証拠隠滅やらは手間がかかるだろォが、
そいつは下っ端の仕事だ。俺には関係ねェ。」
一方通行はやれやれと首を振る。
「う、嘘……だろ……飾…利……」
俺は飾利の亡骸を呆然と見つめていた。
怒りと、悲しみと、憎しみで、訳が分からなくなっていた。
だが、指一本動かせない今の俺では、仇を討つどころか、亡骸に手を伸ばすことすらできなかった。
「こ、こ…の野…郎……この野……郎……!!!!!
殺…し…てや……る。……殺し……て…やる……!!!!!」
それでも涙の溢れる瞳に、ありったけの殺意を込めて、一方通行を睨みつけた。
「そォいきり立つな。オマエもすぐ殺してやるからよォ。」
一方通行は俺の様子など気にも留めない様子で俺の元に近づき、首筋に手を伸ばす。
「じゃァな。あの世で勝手に仲良くやってろよ、クソ野郎共。」
そして、俺の意識もそこで途切れた。
「あァー、土御門か?俺だ。今仕事が終わったところだ。
すぐに迎えを寄こせ。場所は……だ。
それと、死体回収班も一緒に寄こせ。二人分の回収だ。
俺も疲れてンだ。連中にとっとと来ねェとぶち殺すっつっとけ。」
10月12日 学園都市某学区 喫茶店
そこには、3人の少女達が屯していた。
しかし、彼女達の顔は暗い。
彼女達の共通の友人が、先日から行方不明になっていたためだ。
「今日で3日か……。佐天さん、黒子、何か進展はあった?」
活発そうな顔立ちのショートカットの少女、御坂美琴は、浮かない顔で口を開いた。
「いいえ、全く。相変わらず学校には顔を出していませんし、寮にも戻っていません。
携帯に連絡しても梨の礫ですし、私を含め、誰にも行き先を告げていませんでした。」
御坂の手前に座っていた長い黒髪の少女、佐天涙子は、ため息をつきながら答えた。
「私の方も同じですわ。方々で目撃証言を募ってみましたけれど、
どうにもちぐはぐで、信頼できそうな情報はありませんでした。」
同じく御坂の隣に座っていたツインテールの少女、白井黒子も、首を横に振った。
「そう……私の方も監視カメラの映像履歴を調べてみたけど、
映っているものは見つからなかったわ。
……本当、初春さんったら、どこに行っちゃったんだろう。」
二人の報告を聞き、御坂も大きくため息をついた。
また、その場が重い空気で満たされた。
「ま、まあまあ、二人とも、そんなに気落ちすることないんじゃないですか!
ああ見えて初春は強かなところがありますし、そのうちひょっこり帰って来ますって!」
場の空気を少しでも明るくしようと、佐天は努めて明るく振舞った。
だが、根拠も無く大丈夫と言い切るあたり、空元気であることは明らかだった。
「そ、そうよね!考えすぎかもね!」
それでも、彼女の気持ちを察して、御坂は少しだけ明るい表情になった。
おそらく誰よりも心配しているはずの彼女がこうして気丈に振舞っているのだから、
自分も落ち込んでいるわけにはいかないと思ったからだ。
しかし、白井だけは、相変わらず表情を曇らせたまま、何かを考え込んでいた。
「ど、どうしたの、黒子?そんな怖い顔して?」
「……すみません、お姉様。ただ少し、引っかかることがありまして。
……お姉様、本当に初春が映っていた映像は『無かった』のですか?」
御坂が白井に声をかけると、白井はかなり真剣な様子で問い詰めてきた。
その様子に、御坂も少々気圧された。
「え、ええ。初春さんが行方不明になった10月9日の映像履歴は、可能な限り調べたけど、影も形も無かった。
それは、絶対に間違いなかったわ。」
御坂の言葉に嘘はなかった。
彼女は自らの能力をもって学園都市中のカメラをハッキングし、全ての映像を調べ上げていた。
超能力者たる自分が、その過程で調査漏れなどやらかすはずがないという確信もあった。
「そうでしたか。ではやはり不自然ですわ。]
だが、白井の疑問点は、そこではなかった。
「どういうこと、白井さん?」
佐天は、分からないといった様子で白井に問う。
「私も先程申し上げたように、方々から目撃証言を募りました。
その過程で有益な情報は得られませんでしたが、
それらしい人物を目撃した方が『いないわけではなかった』のです。
なのに、お姉様は監視カメラの履歴を調べても『影も形も無かった』と仰いました。
これは、どう考えても不自然ではありませんの?」
「そ、そうね……」
「た、確かに……」
白井の指摘に、二人も同意する。
「初春があの日、一日中自室にいたわけではないことは分かっておりますの。
初春が常に監視カメラの死角を歩き続けるとは考えにくい。
それに、目撃者全員がカメラの死角をカバーした証言をするというのも不自然。
それでも、こう考えれば辻褄は合いますわ。
初春は監視カメラに映っていなかったのではなく……」
「まさか……」
「それって……」
二人も、白井の考えを予測し、息を呑んだ。
「「「何者かが、監視カメラの映像履歴に細工を施した。」」」
「で、でも何でそんな必要が?初春の行動の痕跡を消して、何の意味があるの?」
佐天は空元気を出す余裕も無くなり、狼狽した様子で疑問をぶつけた。
「いえ、さすがにそこまでは……それでも、証言の中に、気になるものがありましたの。」
白井がそう言うと、御坂も佐天も、静かに耳を傾けた。
「お二人とも、あの日、大規模な能力者同士のぶつかり合いがあったのはご存知でしょう?」
二人はそれに頷いた。
あの日、学園都市のとある地域で、二人の能力者の争いがあった。
彼女らはそこに居合せたわけではなかったが、映像越しに現場を見てその異常性は感じていた。
現場一帯の破壊規模も異常だったが、
それ以上に死者はおろか、目立った負傷者すら誰もいなかったというのが異常だった。
「現場に居合わせた方の証言によりますと、
争っていたのは、二人の能力者らしき人物だったそうですの。
一人は、ホストの様な風貌の長身の殿方、
そして、もう一人は、白髪に紅い瞳をした、痩せぎすの殿方だったそうですの。」
白井の口調に、佐天は嫌な予感を感じ取った。
「その中心で、初春らしき少女が二人の間に割って入っていった。ということでしたの。」
そして、それは的中してしまった。
「そ、そんな!!!白井さんも知っているでしょう!?
あの現場の光景は尋常じゃありませんでしたよ!!!
戦闘技能のない初春が、何でそんなところに!!!???」
「……私にも分かりませんの。直接、その場に居合わせたわけではありませんし。
第一、この証言もどこまでが真実なのか、定かではありません。」
白井は佐天の悲鳴に近い声を受け流し、更に続けた。
「ただ、これを信じるなら……その争いは、白髪の殿方の圧勝だったそうですの。
そして、白髪の殿方が長身の殿方を殺そうとした時、初春がその殿方を庇った。
その後、その殿方と口論になった末、昏倒させられ、連れ去られた。
……というのがその方の証言でしたけれど。」
「じ、じゃあ、早く助けにいかないと!!!風紀委員や警備員は何をしているんですか!!!???」
「落ち着いてください佐天さん。……それに、ここからが奇妙な点ですの。」
今にも掴みかからんばかりの勢いの佐天を制し、白井は続けた。
「別の方の証言では、初春は現場近くのオープンカフェで、
その長身の殿方の方から暴行を受けていた。とも伺いましたの。
いくらあの初春でも、自分を暴行した人物を身を呈して庇うというのは些か不自然ではありませんこと?
それに、争った二人についても、事件についても詳しい報道は一切されていない。
初春の捜索についても、警備員は『あの事件において行方不明者はいない』の一点張り。
どうにもちぐはぐで、一体何が真実かそうでないのか、全く分かりませんの。」
「そんな……じゃあ結局、何一つ手がかりはないってこと……」
佐天はとうとう意気消沈し、白井もまた黙り込んでしまった。
だが、二人ともすぐに、妙な雰囲気に気付いた。
「「御坂さん(お姉様)?」」
御坂美琴が、先ほどから一言も喋らず、黙り込んだままだった。
顔面は蒼白どころか、土気色を呈していた。
「……私、そいつを知ってるかも……」
二人に呼ばれ、ようやく御坂は、言葉を絞り出した。
「そいつ?そいつとは、どちらの殿方ですの?」
「白髪の、紅い目をした男……」
「ど、どんな人なんですか?御坂さんの知り合いですか!?」
二人に問われ、御坂はその答えを口にした。
「学園都市第一位、一方通行……」
「だ、第一位!?お姉様、それは本当ですの!?」
「じ、じゃあ初春は、その第一位に誘拐されちゃったかもしれないってこと!?」
「……分からない。けど、そんな特徴的な風貌の男、アイツ以外に思いつかない。」
狼狽する白井と佐天とは対照的に、御坂はなおも土気色の顔のままだった。
「お姉様、……その第一位の殿方は、どの様な方ですの?」
白井が恐る恐る尋ねた。
「恐ろしい奴よ。
粗暴で、残虐で、冷徹で、人を殺すことに一切の躊躇いを持たない悪魔よ。
さっきの証言だと、昏倒させられたって言ってたけど、もしかしてそれは……」
御坂は、その先に言葉が続かなかった。
言えば、本当にそうなってしまいそうな気がした。
「そ、その人を倒して、初春を助けられないんですか?
いくら第一位といっても、御坂さんだって第三位ですし、戦って勝てないことも……」
今度は佐天が尋ねた。
少しでも不安を払拭したいという意図が見える質問だった。
「強いなんてものじゃないわ。私とでは次元が違いすぎる。
正直、アイツが本格的に絡んでいたとしたら、……私ではどうしようもない。
私なんかが挑んでも、何もできず、虫けらの様に殺されるだけ。」
「そんな……」
二人は絶句した。
御坂の実力は、二人とも良く知っていたし、また信頼していた。
その御坂に、そこまで言わせるとは、第一位とはどれほどの怪物なのか。
「で、でも、まだ一方通行が絡んだと決まったわけじゃない。
今私達に出来ることは、少しでも初春さんの情報を集めることくらいでしょう。
だから、ね、元気出していきましょう。」
御坂はそう言って、今度は明るく笑った。
だが、御坂を含め、その場の全員が、言い知れぬ不安を拭い去れずにいた。
行方不明の初春飾利。
ちぐはぐな目撃証言。
不自然な報道規制と監視カメラの映像。
その後ろに見え隠れする、学園都市第一位の影。
「(初春、一体どこでどうしてるのよ……?)」
佐天涙子は、誰にでもなく一人呟いた。
「……ん?ここは……?」
気が付けば俺は、見たことのない部屋のベッドに横たわっていた。
「て、帝督!!!気が付いたんですね!!!」
ふと見ると、部屋に入ろうとしていた飾利が、俺の元に駆け寄ってきた。
俺に縋りつき、目には涙を溜め、よかった、よかったと繰り返していた。
……って、飾利?
「待て、ここはどこだ?何でお前は生きている?何で俺も生きている?」
そうだ。俺はあの時、飾利と共に一方通行に殺された筈だ。
殺される瞬間のこともはっきり覚えている。
だが、全身に走る痛みや、肉体の感覚は、紛れもなく現実だ。
「え、えっと……帝督の言っていることが、いまいち分からないんですが……」
混乱する俺を見て、飾利は困ったように頬を掻いた。
じゃあ分かることだけでいい。今の俺達がいる状況を教えろ。」
「はい。まず、今日の日付ですけど、10月12日です。
あの白い男の人…一方通行さんでしたっけ?
あの方が、私達を眠らせた後、ここに運び込んでくださったらしいです。
私はすぐに意識が戻ったんですけど、帝督は、それからずっと目を覚まさなくて、
私、心配で心配で……」
「俺は3日間も眠ったままだったのか……というかあの野郎、俺達を殺すとか言っときながら、謀りやがったな。」
「あ、あはは……」
俺の不機嫌そうな顔を見て、飾利は愛想笑いを浮かべた。
「それと、私達がいる場所ですが、
一方通行さんが仰るには、『グループ』の隠れ家の一つ……らしいです。
『グループ』というのが、私にはよく分かりませんが、察するに組織名でしょうか?
隠れ家の場所は教えてくれませんでしたし、外に出るのも、許してもらえなかったんですけど。」
なるほど、要するに俺達は、奴らに捕まったというわけか。
その証拠に、俺の身体は、怪我の治療こそ施されていたが、『ピンセット』は没収されていた。
だが、その割には俺も、飾利も拘束されているわけではない。
飾利はともかく、俺を拘束しないのは無用心というものだろう。
「それとですね。一方通行さんに外に出られない理由を伺ったんですけど、
『オマエらは上層部のクソ共に狙われる可能性があるから、外には出せねェ。
だからほとぼりが冷めるまで、当分ここで死ンでろ。』ということでした。
どうにも、私には意味がよく分からなかったんですが。」
俺もどういうことだと悩んでいると、部屋に何者かが入ってきた。
「よう。目が覚めたようだな、垣根帝督。」
「ケッ……」
それは、一方通行と、サングラスにアロハシャツを纏った、金髪の大男だった。
金髪の男には見覚えがあった。
資料で見たことがある。『グループ』のリーダー格、土御門元春。
性格は冷酷非情、恐ろしく狡猾な頭脳と、優れた格闘術を併せ持つ男だったはずだ。
「どういうことだ?何故『グループ』は、俺を生かしている?
何故、こいつ共々、俺を保護するような真似をした?」
「どういうことも何も、お前の言う通りだ。
一方通行が、上層部の連中からお前達を匿うために、こうして保護したんだよ。」
俺の詰問に、土御門は明快に答えた。
「何だと?一方通行が俺達を匿ってくれた?ますます訳が分からねえ。
こいつが俺を生かす理由が見つからねえ。第一、殺すと明言したくせによ。」
「何だ?お前そんなことを言ってたのか。素直じゃないな。嘘吐きは俺だけじゃなかったってことか。」
「オマエと一緒にすンじゃねェよ、胸糞悪ィ。
俺はあン時、ただとっとと仕事を終わらせて帰って寝てェと思っただけだ。
それに、嘘は言ってねェ。俺はコイツらを当分ここから出す気はねェ。
俺がコイツらにここで死ンでることを強要してンだから、俺が殺したのと同じだろォ。」
一方通行が不機嫌そうに顔を歪め、そっぽを向いた。
「まあこいつはこう言ってるが、本心ではお前達のことを心配していたんだ。
とりあえず、意識が戻って良かったな。とだけは言っておいてやる。」
「俺の意見を捏造すンなクソボケ。そのグラサン叩き割ンぞ。」
軽い笑いを浮かべる土御門と、更に不機嫌そうにする一方通行。
こいつらのどこからどこまで信用すればいいのか、俺は計りかねた。
「じゃあ、俺達はお前の様子を見に来ただけなんで、この辺で退散する。
この隠れ家のセキュリティは完璧だから、安心してゆっくり休むといい。
そっちのお嬢ちゃんとも、積もる話があるだろうしな。」
そう言うと土御門は、一方通行を連れてさっさと部屋を出て行った。
「………………」
「………………」
部屋の中に、しばし静寂が訪れた。
「「お、おいっ!(あ、あのっ!)」」
俺は飾利に話しかけようとしたが、見事に被ってしまった。
「あ、て、帝督からお先にどうぞ。」
「あ、ああ、そうか。」
俺はあたふたしつつ、先に話すことにした。
いかん、どうもタイミングがずれてる。
「あ……その、お前のその腕だが……」
俺は飾利の右腕に目をやる。腕を吊った姿が何とも痛々しかった。
「あ、これですか?大丈夫ですよ。
治療班の方が仰るには、肩が外れただけで折れてはいなかったそうですから。
安静にしていれば、後遺症も無く回復できるそうです。」
「そうか、その……謝ってすむ話じゃないが、……本当にすまなかった。
あの時俺は、本気でお前を……」
「……いいんですよ。もう。
帝督も、私も、今ここにこうして生きています。だから、それで十分です。」
飾利はそう言って、健気に笑顔を作る。
そんな飾利を見ると、胸が締め付けられる思いだった。
「……今度は、私が話していいですか?」
「……ああ。」
俺の返事を聞くと、飾利は、静かに語り始めた。
「あの日、あなたに声をかけられた時、名乗られた時は、私、本当に驚きました。
ずっと捜していたはずの人が、突然現れたんですから。
でも、あなたは私に気付かないし、
あの子を捜していると言っていたあなたはどう見ても悪人でしたし、
その上、私に気付かずに私を殺そうとするし……あの時は凄く痛かったですし、怖かったです。
でもそれ以上に、私の知っている帝督はもういないんだって思って、凄く悲しかったです。」
本当に、俺は馬鹿だ。
何で、こんな大事なことに気が付かなかったんだ。
「それでもせめて、私が誰だったか気付いてほしくて、あなたに呼びかけたんです。
あの時あなたは、確かに私に気付いて、名前を呼んでくれましたよね。思い留まってくれましたよね。
あの時私、とても安心しました。
だって、あの時のあなたの顔は、遠い昔の記憶の中のあなたそのままでしたから。」
それは違う。
あの時までの俺は、紛れも無い外道でしかなかった。
飾利が呼びかけてくれなければ、永遠にあのままだったろう。
「あなたは変わってしまってなんかいなかった。
昔の、私の知っている、私の大好きな帝督のままだった。
ですから、私の気持ちも変わりませんでした。」
「さあ、今度はあなたの返事を聞かせてください。」
そう言ってきた飾利の表情は、とても穏やかで、とても魅力的だった。
「俺の……返事?」
「はい。あの時のあなたは、自分が死ぬと言うばかりで、返事をしていません。
ですから、今ここで、私の告白への返事を聞かせてください。」
俺の返事だと。そんなもの、決まっている。
だが、俺は本当に、自分の正直な気持ちを述べていいのか。
「……飾利。俺が今までこの街で何をしてきたか、分かっているのか。」
俺もまた、静かに語り始めた。
「……詳しくは分かりませんけど、大凡の想像は付きます。」
「いや、実際はお前の想像を遥かに超える。
俺はこの街の闇に落ちて以来、様々な汚れ仕事を請け負ってきた。
文字通りの、血で血を洗う凄惨な世界に身を置いていた。
何人をこの手に掛けたかなんて、とうに忘れちまった。」
「…………」
飾利もまた、黙って俺の話を聞いていた。
「分かったか。一方通行の言う通り、俺は最低のクズ野郎なんだ。
お前のそばにいても、お前をきっと不幸にしちまう。いや、既に不幸にしちまってる。
だから、俺は、お前の気持ちには……」
そうだ。俺にそんな資格は無い。どんなに欲しくても、受け取ることなど出来ない。
「……帝督、それは本当に、帝督の本心ですか?」
だが、そんな俺に飾利は、俺の顔を見据えて聞いてきた。
その表情は、悲しそうなものではなく、むしろ咎めるようなものだった。
「そ、それは……」
違う。と言いたかった。でも、言うわけにはいかなかった。
「いいんですよ。今まで帝督が何をしてきたとしても。
あなたのことですから、何か止むを得ない事情もあったんでしょう。
だって、あなたはあの頃から、何も変わっていないんですから。」
そんな俺の心を見透かしたように、飾利は表情を緩め、今度は優しい口調になった。
「私はあなたの全てを受け入れます。
あなたが犯した罪は、私が半分背負います。
あなたが陽だまりの元を歩けないのなら、私があなたを照らします。」
「飾利……」
まるで悪童を諭す母親のように、飾利は俺を優しく諭す。
決意が鈍る。自分の本心をぶちまけたくなる。
「だから、自分を偽る必要なんか無いんです。
どうか、あなたの正直な気持ちを聞かせてください。
垣根帝督。私の、愛しい人……」
そう言って飾利は、もう一度、穏やかに微笑んだ。
「はあ、昔お前には散々クサい台詞を吐くだの、恥ずかしくないのかだの言われたが、
今のお前の台詞も、大概だったぞ。」
俺は薄く笑い、少々茶化すように言ってやった。
「あら、だとしたら私も帝督に毒されたんだと思いますよ。」
飾利もさらりと言い返してくる。冗談であることが分かっているから。
まったく、大した女だ。
「……なら、いいんだな。俺の気持ちを伝えても。」
「はい。いつでもどうぞ。心の準備は万端です。」
飾利は表情を整え、空いている左手では握り拳を作った。
そんな身構えるもんなのか?
「おう。だったら、……これが俺の返事だ。」
「えっ!……んんっ……!!!」
俺は飾利を自分の方に引き寄せ、飾利の唇を自分の唇で塞いだ。
暫くして、俺達は唇を離した。
「どうだ、伝わったか?」
俺は飾利に向かって、ニヤッと笑って見せた。
飾利は、しばらく惚けていたが、やがて火がついたように顔を赤くした。
「な、な、な……て、帝督!いきなりな、何をするんですか!!!」
「何って、そりゃあ、俺の気持ちを伝えただけだ。」
「だ、だったら!く、口で言えばいいじゃないですか!そんな、いいいきなりキ、キ…………」
飾利の顔はもう茹で蛸のようになり、声も小さくなっていった。
やべえ、何だこの可愛い生き物。
「そう照れるなよ。好き同士なんだから別に構わねえだろ。それとも何だ?お前は嫌だったのか?」
俺はニヤニヤしながらからかうように言う。
「そ、そういうことではなくてですね!
私はこういうの、は、初めてだったんですよ!!!それをこんな、不意打ちみたいに……」
「何だ、お前初めてだったのか。そいつは光栄だな。
まあそれならいいだろ。俺も初めてだし。何なら初めてついでに更に続きもするか?」
「も、もう!!!前言撤回です!!!やっぱり私は帝督なんかに毒されていません!!!この脳内お花畑!!!」
飾利は頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
そんな仕草すら、愛らしくて堪らなかった。
「あー、悪かったよ。機嫌直してくれ。」
俺は飾利を抱き寄せ、よしよしと頭を撫でてやった。
飾利はまだ頬を膨らませていたが、満更でもなさそうだった。
「……だったら。」
飾利が俺の顔を、甘えるように見上げてきた。ああ、これは必殺の角度だ。
しかも、
「もう一度、今度はちゃんと、キスしてください。」
こんなことを言われては、俺ももうお手上げだ。
「まったく、飾利は甘えん坊だな。」
「い、いいじゃないですか。やっと帝督に会えたと思ったのに、あんな痛くて怖い目にあって……
それでもこうして気持ちが通じ合えたんですから。
それに、私の方が年下なんですし、少しくらい甘えたっていいじゃないですか。」
そう言って甘えてくる飾利も、実に愛らしかった。
やばいな、こんなに幸せでいいのか、俺。
「よし、じゃあ、目を閉じろ。」
俺は飾利と向き合い、指示を出す。
「はい……」
飾利も、俺の指示通りに目を閉じる。顔は相変わらず赤い。
俺も、飾利の唇に、ゆっくりと自分の唇を近づけた。
そして、互いの唇が数cmまで近づいたところで、
「……ちょっとお二人さん。イチャイチャするのは結構だけど、いい加減私のことにも気付いたらどうかしら。」
ドアのところに立っていた、派手なドレスを纏った少女が声をかけてきて、
「「へっ!!!???」」
俺達二人は、揃って間抜けな声を上げた。
ドアのところに立っていたのは、『スクール』の同僚、心理定規の女だった。
いつからそこにいたのか、俺達の方をジロリと睨んでいた。
「メ、心理定規さん!どうも、こんにちは!」
飾利が弾かれた様に俺から距離をとった。
恥ずかしさゆえの行動とは分かっていても、これはショックだった。
「ええ、こんにちは。あなたは今日もこの人のところに来てたのね。」
心理定規は、そんな飾利を一瞥し、素っ気なく挨拶を返した。
「メ、心理定規……お前何でここに?」
「あなた達と同じ。『グループ』に保護されたのよ。
あの日アジトを出た後、『グループ』の胡散臭い笑みを浮かべた男…海原光貴だったかしら。
彼に襲撃されて、その時に言われたのよ。
『貴女方のリーダー、垣根帝督は、我々「グループ」の一方通行が粛清致しました。
貴女も大人しく投降してください。
我々には、貴女に危害を加える意向も、上層部に引き渡す意向もありません。』ってね。
全てを信じたわけじゃなかったけど、下手に抵抗しても無駄だと思って、その場は大人しく捕まったのよ。」
「そ、そうか。大変だったな。」
心理定規は、何故かカリカリした様子で捲し立て、
俺はというと、思わぬところでの思わぬ相手との再会に、しどろもどろになっていた。
「そ、それなのに!『グループ』のアジトに連れて来られたら、
粛清されたはずのリーダーは意識不明とはいえ何故か生きてるし、
その間は一般人の女の子が付きっきりで看病してるし、
今日だって気が向いたからお見舞いに来てあげたのに、
意識が戻ったあなたは、私を無視してその女の子とイチャイチャしてるし!」
「お、落ち着け、心理定規!お前は一体、何に対して怒っているんだ?」
俺は少々慌てて、心理定規を宥めた。
というか、こいつがこんな感情を露にするところなんか初めて見た。
いつも余裕のある態度を崩さない奴のはずだったんだが。
「フン、別に怒ってなんていないわよ!あなたは私なんかにお構いなく、その娘とイチャイチャしてれば!?」
いや、どう見ても怒ってんじゃねえか。
気付けと言ったりお構いなくと言ったり、何か言ってることも支離滅裂だし。
「何よ……私のことは見向きもしなかったくせに。」
「ん、何か言ったか?」
心理定規が何事か呟いたようだが、俺には聞き取れなかった。
「……いいえ、別に。あなたには関係のないことよ。
ねえ、それよりこのバカップルどうにかならないの?こんな人達と一緒に隠れ住むなんて、目の毒なんだけど。」
心理定規は俺から視線を外すと、ドアの向こうに声をかけた。
……え、ドアの向こう?
「そう言ってやるな。お前達の元リーダーだろう。もっとも、目の毒という点については、俺も同意見だが。」
「本当、若いっていいわね。ちょっと妬けちゃうわ。」
「全くです。彼らを見ていると、自分も御坂さんとあんな風に……などと、叶わぬ夢を見ずにはいられませんね。」
「あの世で勝手に仲良くやってろとは確かに言ったが、まさかここまでとはな。」
心理定規が呼びかけると、『グループ』全員が、ぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
「な、て、テメェら、いつからそこにいやがった!?」
「俺はさっき部屋を出てからずっとここにいた。」
「私はあなた達がお互い話しかけようとして被ったところから。」
「自分も結標さんとほぼ同じ辺りからですね。」
「俺は土御門の馬鹿に付き合わされた。」
「全員ほぼ最初から聞いてやがったのか!!!」
何て奴らだ!特に土御門!テメェさっき退散するとか言ってたろうが!さらりと嘘吐きやがって!
「はわわわわ…………」
あーあ、飾利が顔を真っ赤にして縮こまっちまった。
仕方ないので俺は、飾利を胸元に抱き寄せ、顔を隠してやった。
「いやーお熱いお熱い。こいつは確かにこっちまで当てられるな。」
「ふふ……」
「(ニコッ)」
土御門が茶化すと、結標と海原が生温かく見守るような笑みを俺達に向けてきた。
止めろそれ、無性にムカつく。
「フン……」
「…………」
いや、かといって心理定規みたいにそんなジト目を向けられても困るんだが。
一方通行に至っては、底冷えするくらい冷たい視線を俺にだけ向けてくるし。
「ちきしょう……テメェら傷が全快したら覚えてろよ。」
俺は苛立ち紛れに連中を睨みつけた。
「そう苛立つな。守るべき存在、大事な存在がいるということは、力の源になる。
俺達『グループ』も、それぞれそういう存在がいて、そのために戦っているという点においては共通している。
お前にとっては、そのお嬢ちゃんがそうなんだろう?」
土御門が急に真面目な顔になり、俺に問いかけてくる。
それは、自分の大事なものを、自分の全てをかけて守ろうとする者の面構えだった。
見れば、『グループ』のどいつも、同じ面構えをしていた。
なるほど、こいつらも、俺と同じだったのか。
「ああ、その通りだ。俺はこいつを守るためならば、命だって惜しくはねえ。」
俺は飾利を抱きしめる手に力を込め、土御門の問いに答えた。
「…………」
飾利もまた、無言で俺の胸に身体を預けてきた。
「フン、なら今度は、精々死に物狂いでそのガキを守ってやることだな。
自分の大事なモンを自分でブチ壊そォとするなンて馬鹿な真似、二度とするンじゃねェぞ。」
「ケッ、テメェに言われるまでもねえよ。」
一方通行もニヤリと笑い、俺に言い放ってきた。
こいつもまた、『妹達』の件があっただけに、何かしら思うところがあるのかもな。
「ねえ帝督……」
飾利が俺に身を預けたまま、甘えるような声を出した。
「何だ、飾利?」
俺もまた、優しく飾利に声をかけた。
「この数日、いろいろなことがありすぎて、まだちょっと処理が追いつかないんですが……
それでも、これだけははっきりしているので、言わせてください。」
「私、とっても幸せです。」
「……そうか、俺もだ。」
「うふふ……。帝督、好き……大好きです。」
飾利はそう言うと、俺の胸に顔をうずめた。
「やれやれ……」「あらまあ……」「困りましたね……」「もう……仕方ない人達」「ハン……」
それを見て連中も、また始まったとばかりに呆れた顔をした。
まあムカつくことはムカつくが、今回だけは許してやる。
何せ、一度は諦めたはずの願いが、ようやく叶ったんだからな。
11月上旬 学園都市某学区 『グループ』の隠れ家
「……暇だな。」
「……そうですね。外の世界は戦争で大変だったみたいですけど。」
俺と飾利は、隠れ家の一室で、二人で寛いでいた。
俺達がここに身を寄せてから、1ヶ月ほどが経った。
あの後、『グループ』は俺から奪った『ピンセット』を使って上層部の機密事項を調べ、連中を出し抜くために動いていた。
だが、そいつはどうやら失敗だったようだ。
10月17日の作戦の後、ここに戻ってきたのは3人だけだった。
『グループ』は『ピンセット』からの情報を元に、統括理事会のメンバー、潮岸のシェルターに乗り込んだらしいが、
途中何者かの襲撃を受けて、気が付けば全員昏倒させられていたらしい。
誰もその時の状況を把握できておらず、更に目覚めた時には一方通行も行方不明になっていたそうだ。
更にその翌日には、ロシア側から学園都市へ宣戦布告がなされ、そこから第三次世界大戦の開戦ときたもんだ。
戦争自体は先月末、学園都市側の圧勝で終結したが、俺達がここで『死んで』いる間に、外は随分大変なことになっていた。
「……皆さん、ご無事でしょうか?」
飾利は心配そうにぼそりと呟いた。
「あいつらは外見以上にタフな野郎共だ。万が一にも死にはしねえだろう。」
そんな飾利に、俺は素っ気なく答えた。
第三次世界大戦の開戦後、『グループ』は全員、ここに一度も戻って来ていなかった。
一方通行は相変わらず行方知れず、他の連中も戦時下で独自に行動を起こすと言って出て行ったきりだから、
俺達『死人』はどうすることもできずここに引きこもるしかなかった。
食料の備蓄や、電気水道といった最低限の設備はあるから、そういった意味で困ることは無かったが。
だが、こんな薄暗い隠れ家に居続けるのもいい加減ウンザリしてきた。
せっかく飾利がいても、ここじゃあデートも出来ねえし。
トントン……
そんなことを思っていたら、不意に部屋のドアがノックされた。
「空いてるぞ。」
俺が返事をすると、そいつは無遠慮に部屋に入り込んできた。
「よォ、久しぶりだな。」
「ア、一方通行!?」
入ってきたのは、行方不明中だったはずの一方通行だった。
「一方通行さん!今までどこに行ってらしたんですか!?」
飾利が驚いた様子のまま、一方通行に聞いた。
「ン、ちっと野暮用があったンで、ロシアまでな。」
「マジか。いねえと思ったら、戦争の最前線に行ってたのかよ。」
何の用だったか知らねえが、ご苦労なことだ。
それにしても、この化物を相手にした連中には、ご愁傷様としか言えねえな。
ん、そういえばこいつ……
俺はふと気が付き、一方通行の顔を凝視した。
「あァ?オマエ人の顔を何ジロジロ見てやがる?」
「いや……。一方通行、お前顔つきが変わったな。向こうで何かあったか?」
そうだ。こいつは以前に見た時に比べ、明らかに雰囲気が違っていた。
うまくは言えねえが、何か憑き物が落ちたというか、一皮剥けたというか。
「オマエに教える義務はねェよ。」
「そうか。なら俺も敢えて詳しくは聞かねえ。だが、何か得るものはあったようだな。」
「……別に大したモンじゃねェ。」
一方通行は遠回しに肯定した。なるほど、どうやら俺の気のせいではなかったようだ。
「そンなことはどォでもいいンだ。俺はオマエらに言うことがあって来たンだよ。」
一方通行は話を打ち切り、俺達に向き直って、
「オマエら、今すぐここを出て行け。」
それだけを端的に告げた。
「何だと?どういうことだ?」
俺は一方通行の発言に、驚き半分、期待半分に突っ込んだ。
「そのまンまだ。つい先日、俺が上層部のクソ共と取引したンだよ。
結果、学園都市の暗部は全て解体、暗部の連中が取られていた人質も全員解放された。
それでも暗部に留まりたがる『新入生(馬鹿共)』もいたが、俺達がお仕置きしてやった。
そンな訳で『グループ』も解散、この隠れ家も放棄する。
よってオマエらみてェな無駄飯食らいを飼っとく金も場所も、もォここにはねェンだ。」
「と、言うことは……」
飾利が明るい表情でその意味するところを聞き返した。
「あァ、オマエらにはそろそろ『生き返って』もらう。」
そして一方通行は、期待通りの答えを返した。
「マジか……」
一方通行は軽く言ってのけたが、俺は思わず絶句した。
あの上層部と取引し、暗部まで解体しただと。そんなことができるのか。
「表に出るための車の手配はしてやった。あの心理定規とか言う女は既に出た。
俺の言うことが信じられねェなら、今すぐ外に出て自分で確かめてみろ。」
俺自身暗部に長く身を置いてきただけに、確かに俄かには信じ難かった。
だが、一方通行がこんな嘘を言うとも思えなかった。
「いや、疑いはしねえよ。」
だから、こいつがそう言うからには、真実なのだろう。
「帝督!ようやく私達、外に出られるんですね!!!」
「うおっ!!!」
飾利が満面の笑顔で、俺に抱きついてきた。
俺は転びそうになりながらも、何とかそれを受け止めた。
「久々に見たが、オマエらは相変わらずなンだな……まァいい、行くぞ。」
一方通行は呆れたように溜息をつき、俺達についてくるよう促した。
暫く歩いて、俺達は隠れ家の地下駐車場に着いた。
「じゃァ、俺はもォ行くぞ。遅くなると同居人共がうるせェンでな。
オマエらはそっちの車に乗って、第七学区まで送ってもらえ。」
そう素っ気なく言うと、一方通行は指を指したのとは別の車に乗り込もうとした。
「あ、ちょっと待て、一方通行!」
そんな一方通行を、俺は呼びとめた。
「何だ?」
一方通行は一旦立ち止まり、俺の方に向き直った。
「……お前には色々世話になっちまったな。正直、感謝している。今度会ったらコーヒーでも奢るぜ。」
なんだかんだで、こいつがいなけりゃ、今の俺達の状況はなかったかもしれねえしな。
「ハッ、冗談はよせ。オマエと面を突き合わせてたら、極上のブルーマウンテンも泥水みてェな味わいになっちまう。」
俺の誘いに、一方通行は口元を少しだけ緩め、いつもの様に憎まれ口を叩いてきた。
「まあそう言うな、俺も礼がしたいんだよ。それにその時にはこいつも連れていく。
少しくれえ不味いコーヒーでも、砂糖とミルクで甘味を付ければ、案外飲めるもんだぜ。」
「生憎俺はブラック派だ。大体その場合、甘ェのはオマエだけだろォが。」
「違いねえ。」
そう言って俺達は、お互いニヤリと笑いあった。
「話はそれだけか?なら俺は今度こそ行くぞ。」
そう言うと一方通行は、再び踵を返した。
「ああ。……一方通行、ありがとよ。」
「一方通行さん、ありがとうございました!」
俺達二人の言葉に、一方通行は振り向かず、片手を挙げて合図をし、車に乗り込んだ。
そして、一方通行を乗せた車は発進し、すぐに見えなくなった。
「さて、俺達も行くか。」
「はい!」
そして、俺達もまた手を繋ぎ、用意された車に乗り込んだ。
「うわ……もう夜じゃねえか。」
第七学区の某所に着いた頃には、辺りは既に真っ暗になっていた。
空はよく晴れており、幾つもの星が輝いていた。
「でも久しぶりに外に出たので気持ちいいですね。……ところで、帝督はこれからどうするんですか?」
飾利は俺の顔を見上げながら尋ねてきた。
「そうだな。寝床に関しては当面は適当なホテルにでも泊まるつもりだが、いつまでもそれもな。
……あ、そう言えば、お前の調査によると、俺は長点上機に在籍してるんだっけか?」
「はい、確かにそうでした。登校した記録はありませんでしたが。」
「まあ実際してねえし、そもそも書類上だけだったろうからな。
だがまあ、折角在籍しているなら、『復学』してみるか。
住居も確保できるし、思えばもう何年もまともな学生生活なんざ送ってねえし。」
「いいと思いますよ。それに、折角ですから風紀委員にも復帰してはどうですか?
一度資格を得れば、学校が変わっても継続されますし。」
飾利も笑顔で勧めてくる。よし、決まりだな。
「なら、早速明日から手続きを始めるとするか。
それと風紀委員については第二位の権限を使って、お前と同じ支部に配属されるようにしてやる。」
おお、久しぶりの学生生活に、飾利と一緒に風紀委員の活動か。
夢が広がるな。今から楽しみだ。
「えっ!そ、それはちょっと……」
飾利はびくりとし、先程から一転して苦笑いになった。
「何だよ、いいじゃねえか。それともお前は、俺と一緒じゃ嫌なのか?」
「そ、そうではありませんけど、その、白井さん達に何て言われるか……」
そう話す飾利の歯切れは悪い。なるほど、同僚達の目が気になるのか。
まあ、俺には関係のねえ話だな。
「別にいいじゃねえか。まあ立ち話もなんだし、続きはホテルででも話し合うか。」
そう言って俺は、飾利の手を引き、適当なホテルを探すために歩き出そうとした。
「へ?私はこれから自分の寮に帰るつもりなんですけど……
もう一ヶ月はほったらかしですし、どうなっているかも分からないので……」
飾利はおろおろしながら、俺の手に引かれていた。
「駄目だ。一方通行は暗部を解体したと言ってたが、まだ留まりたがる馬鹿がいるとも言ってたろ。
だから本当に安全と確信できるまでは、俺が直接ついてお前の護衛をする。
そんな訳でお前も俺とホテルに泊まるぞ。安心しろ、最初は優しくしてやるから。」
「全然安心できませんよ!下心が見え見えじゃないですか!!!」
「心配するな、自覚はある。」
やれやれ、お固い奴だ。ま、そこがまた可愛いんだがな。
さて、如何にしてこいつをベッドに連れ込むか。そんなことを考えていたら……
「「「な、う、初春(さん)!?」」」
後ろから3人の中学生に呼び止められた。
「え、さ、佐天さん!?御坂さんに、白井さんも、こんな時間にどうしたんですか!!!???
もう最終下校時刻もとっくに過ぎてますよ!?」
飾利は酷く驚いた様子で少女達の方を見ていた。どうやら知り合いらしいな。
俺も少女達の顔をまじまじと見つめた。
ほう、まだ中学生とはいえ、全員なかなかの上玉だな。もっとも、飾利には及ばねえが。
「いや、どうしたって、それはこっちの台詞だよ!
初春ったら、独立記念日以来、突然行方不明になっちゃって!
誰にも行き先を告げてないし、携帯に連絡しても音沙汰がないし、皆心配してたんだよ!!!」
「そうよ!私なんか初春さんを捜して学園都市中の監視カメラをハッキングしたのに、影も形も無かったんだから!
それがいきなりこうしてふらりと帰って来るなんて、一体今までどこに行ってたのよ!?」
「え、そ、それは……その……」
飾利と同じセーラー服を着た長い黒髪の少女と、常盤台の制服を着たショートカットの少女の詰問に、飾利はたじたじになっていた。
って、このショートカットの女、もしかして『常盤台の超電磁砲』か?
飾利の奴、何気に凄えコネがあるんだな。
「しかもその隣にいる殿方はどなたですの!?
手なんか繋いで、あまつさえ向かおうとしていたのはホテル街ではありませんでしたの!?
貴女という人は、な、何たるふしだらな!!!」
「ち、違うんですよ、この人は、あのお……ていうか白井さんにふしだらとか言われたくないんですけど!」
常盤台の制服を着たツインテールの少女も、飾利に喰ってかかった。
しかし気圧されながらも毒を吐く飾利も、流石と言うか、相変わらずと言うか。
やれやれ、ここは俺が収めてやるか。
「どうもお嬢さん方、いつもうちの飾利がお世話になっていたみたいだな。
俺は垣根帝督。こいつの彼氏だ。以後よろしく頼むぜ。」
俺は決め顔を作り、これ見よがしに飾利を抱きよせ、少女達に挨拶した。
「あ、これはご丁寧にどうも。私、柵川中学1年の佐天涙子です。初春とはクラスメイトで親友の間柄でして……」
「常盤台中学1年、白井黒子と申しますの。初春は友人である他、風紀委員の同僚でもありますの。以後お見知りおきを……」
「(ん、垣根帝督……?)」
黒髪の少女と、ツインテールの少女が、俺につられて同じように名乗ってきた。
「「って、ええええええええええええええええええ!!!!!」」
そして、一瞬の間の後、盛大に叫び声を上げた。
「え、ち、ちょっと初春!?どういうこと!!!???
この少しアウトローな感じのイケメンが初春のか、彼氏!?
一体どこで、いつの間に見つけてきたのよ!?
ていうか初春、行方不明になってた間に一体何があったのよ!!!???」
「初春……貴女が行方不明になっている間、私達がどれほど貴女を案じていたと思って?
その間、貴女がするべき風紀委員の仕事に追われて、私がどれほど苦労したと思って?
それなのに貴女は、そんな私達をよそに殿方と懇意になり、あまつさえその方とホテルに向かおうとするなど……!
私だって、まだお姉様とはそのような仲に発展しておりませんのに……!!!」
黒髪の少女…涙子ちゃんは興奮した様子で飾利に問い詰め、
ツインテールの少女…白井は、呪詛のように何事かを唱えながら飾利を睨んでいた。
「わわわ、ちょっと佐天さん、そんないっぺんに聞かないでください!
白井さんも、ずっといなかったことは謝りますから、そんなに睨まないでください!!!
あと怒りのポイントがずれてませんか!?
帝督からも、ちゃんと説明してくださいよ!!!」
飾利はそんな彼女らにおたおたしながら、俺に助けを求めた。
「かーーーーー!!!『飾利』に『帝督』だってよ!!!もう名前で呼び合う仲かよ!!!
もう何なんだよ、初春ったら私の知らない間にえらい遠くまで行っちゃってさーーー!!!」
涙子ちゃんは顔に手を当て、大げさな口調で捲くし立てた。
「全くですわ、恋愛沙汰で初春に後れを取るなど、予想だにしませんでしたの!
お姉様も驚かれましたわよね……お姉様?」
白井の振りに、『超電磁砲』御坂美琴は、ゆっくりと顔を上げ、
「だ……」
「だ?」
「騙されちゃ駄目よ、二人とも!!!」
唐突にそんなことを言い出した。
「おいお前、『常盤台の超電磁砲』……だよな?騙されちゃ駄目とは人聞きが悪いが、どういう意味だ?」
俺は少々不機嫌に御坂に詰め寄った。
「ふん、黒子や佐天さんは騙せても、私は騙せないわよ。
恋人だとか何だとか言っちゃって、初春さんの失踪事件も、アンタが初春さんを誘拐したってのが本当のところなんでしょう?
ひょっとして一方通行もグルだったりするかしら?正直に言ったらどう?」
しかし御坂も、俺から目をそらさずそんなことを言う。
「初対面の相手を頭から犯罪者扱いとは、随分舐めたガキだな。
だがその口ぶり、それに一方通行の名前を出すあたり、どうやら俺が何者かは知っているようだな?」
「凄んだって無駄よ、垣根帝督。それとも、学園都市第二位、『未元物質』って呼んだ方がいいかしら?」
俺の威圧にも御坂は臆した様子もなく、不敵に笑い、俺のもう一つの名を呼んだ。
「う、うえええええ!!!???このお兄さんが、だ、第二位!?」
「お姉様、それは本当なんですの!!!???」
涙子ちゃんと白井が、目を見開いてこちらを見てきた。
「ええ、一方通行らしき男が初春さんの失踪に絡んでいるかもと聞いた後、もしかしたら他の超能力者もと思って調べたのよ。
第二位の情報について確実に真実といえそうなのは名前と能力名くらいだけだったけど、こいつで間違いは無いでしょうね。
偶然怪しい人間と同姓同名の人物が初春さんといるなんてのも不自然だし、
そもそもこんな変な名前、そうそう見つかるものじゃないしね。」
ほっとけ、どうせ俺は変な名前だよ。
くそ、こんな名前をつけた両親にまたムカついてきた。連中、とっくの昔に土の下だが。
「確かに学園都市第二位、『未元物質』とは俺のことだが、そいつがどうした?
俺が飾利の彼氏だってことは、紛れもねえ事実だし、誘拐したなんて事実もねえ。
なのにそうして俺を疑うからには、確かな根拠でもあるんだろうな、三下?」
俺も負けじと御坂を睨み返した。
確かに俺も飾利の失踪と無関係ではないんだが、こいつの意図するような形ではないしな。
「ふ、根拠ですって?そんなの決まってるじゃない。」
御坂は薄く笑い、そして、
「アンタの、その見た目よ!!!」
「…………はあ?」
俺を指差し、自信満々に、そんな頓珍漢なことを言い出した。
「おい、俺の見た目が根拠だと?どこがどう怪しいのか言ってみやがれ。」
俺は苛立ちを隠さず、御坂を更に睨んだ。
初対面の相手をいきなり見た目だけで誘拐犯呼ばわりなど、正気ではない。
というか普通に失礼なガキだな。
「全てに決まっているじゃない!大体、第二位ってだけで十分キナ臭いってのに!
そのホスト崩れみたいなチャラチャラした風貌、餓えた獣みたいにぎらついた瞳、
どこをとっても悪人のそれじゃないの!!!
そんな見た目のアンタが、真面目で大人しい初春さんの彼氏だなんて嘘、バレバレ過ぎて笑っちゃうわ!!!」
だが御坂は、そう断言しやがった。
何なのこいつ?何でそこまで自信満々に言えるの?というか凄えムカつくんだけどこいつ。
「あ、あの……御坂さん?」
飾利が困ったように御坂に問いかけた。
「いいのよ初春さん、みなまで言わなくても。すぐに私がこいつを片付けて、解放してあげるから。」
だが御坂は、全く話を聞かずに一人で勝手に自己完結しつつ、電撃を展開し、臨戦態勢を見せた。
ホント何なのこいつ?人の話を何一つ聞こうとせずに戦おうとしてるんだけど。
つーか超電磁砲が超能力者唯一の良識人って話、絶対嘘だろ!立派に人格破綻者じゃねえか!
こいつに比べりゃ、一方通行の方が余程良識があるぞ!
「ちょっと待て御坂、話せば分かる!だから落ち着け!なあ、涙子ちゃんに白井も、こいつを止めてくれよ。」
俺は助けを求める視線を、涙子ちゃんと白井にも向けた。
「お黙りなさいこの不埒者!あなたのような輩は、この私の能力で、サボテンにしてさしあげますわ!」
「初春の敵は私の敵!超能力者の第二位がなんぼのもんだってのよ!
無能力者だからって舐めないでよね、私も戦う時は戦うのよ!」
だが、白井は太ももに仕込んだホルダーから金属製の矢を取り出し、
涙子ちゃんはどうやって隠し持っていたのか、自称無敵の不良少年よろしく、背中から金属バットを引き抜いて構え、
それぞれ臨戦態勢を見せた。
おいおい、最近の女子中学生は皆人の話を聞かないもんなの?
「あわわ……て、帝督、どうしましょう!?」
「うーん、そうだな……」
別に俺がその気になれば、こいつら全員を倒すのは容易い。
だが、飾利の目の前でこいつの友達と戦うのも気が進まない。
かと言って、話して分かる雰囲気とは到底思えない。
なら、やっぱこれしかないよな。
「仕方ねえ、逃げるぞ飾利。しっかり掴まってろ。」
「きゃっ……!」
三十六計逃げるに如かず。
俺は両腕で飾利を抱えると、翼を展開した。
「あっコラ、待ちなさいこの犯罪者ーーー!!!!!」
「初春ーーー!明日はちゃんと学校に来なさいよーーー!!!
ここ一カ月のこと、垣根さんのこと、聞きたいことは山ほどあるんだからねーーー!!!」
「風紀委員の仕事もサボるんじゃありませんわよーーー!
貴女の為に仕事は山ほど残してありますのよーーー!!!」
そして、少女達の叫び声を背に、夜の空へと飛び立った。
同時刻 第七学区 窓の無いビル
「やれやれ……彼は随分と楽しそうだな。」
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、
アレイスター=クロウリーは、滞空回線からの情報を閲覧しつつ呟いた。
「そのようだな。しかし良かったのかい?第二候補とはいえ、彼を手放してしまって。」
虚空に現出したエイワスが、そんな疑問をアレイスターに向けた。
「構わないさ。暗部も解体され、彼を繋ぎとめるための『守護神』すら、今は彼の手にある。
無理に彼を再び第二候補に据え置こうとすれば、おそらく少なくない被害が出る。
現段階での一方通行の成長度に問題が無い以上、彼にそこまでする価値はないよ。
もっとも、理由はそれだけではないがね。」
「ほう?」
エイワスが相槌を打つと、アレイスターはどこか愉快そうに語りだした。
「これでも私は彼に感服しているんだよ。
私の予測では、彼はあの日、初春飾利を殺しかけたことに気付くことなく、一方通行に挑み、そして殺されるはずだった。
だが彼は、ギリギリのところで気付き、踏みとどまった。あまつさえ、最終的には私の手から彼女を奪還してさえ見せた。
今の彼は、まさしく奇跡と呼べる未来の積み重ねの上に生きていると言っていい。」
「奇跡とは、君らしくもない表現を使うものだな。
通常起こり得ないと言って差し支えない程の、極小の可能性を観測し、現出させるのが超能力の根本のはずだろう?
彼はこの街の第二位だ。奇跡と呼べる極小の可能性を観測し、現出させたとしても、然程の不思議はないのでは?」
「確かに、あなたの言う通りかもしれないな。
だが、だからこそ、彼らの行きつく先にも、興味が出てきたんだよ。
奇跡と呼べる現在を築いた彼らが、この先どの様な未来を築くのか。
それは輝かしいものかもしれないし、深い闇に包まれたものかもしれない。
だが、いずれにしても、大変に興味深い。」
「それも、『プラン』のサンプルとしてかい?」
「いや、私個人が、興味があるというだけだよ。」
エイワスの問いに、アレイスターはそう答えた。
「少し意外だな。君のことだから、これすらもサンプルにするのかと思ったが。」
エイワスは感情の窺えない表情のまま、本当に意外そうに呟いた。
「忘れてもらっては困る。私とて人間だよ、エイワス。
『プラン』のことのみを考えているわけではないし、時折娯楽も欲しくはなる。
それに、ここまで暗部で働いてきた彼への、労いの意味も無いわけではない。」
「…………」
アレイスターの言葉に、エイワスは暫し黙り込んだ。
「どうかしたかい、エイワス?」
「いや……君がその様な人間らしいことを言うなど、いつ以来だったかと考えただけだ。
……君に会うのは随分久しぶりだな、『エドワード・アレクサンダー・クロウリー』。」
「……懐かしい名で呼んでくれるな、エイワス。」
エイワスにそう呼ばれると、アレイスターは少しだけ、彼にしては珍しく微笑んだ。
「おー、やっぱ空は気持ちいいぜ。お前もそう思うだろ?」
今宵は雲ひとつない晴天。俺はご機嫌で学園都市の上空を飛行していた。
「はあ……」
だが、飾利は何故か暗い表情で、溜息をついていた。
「どうしたってんだよ、シケた面しやがって。」
「こういう顔にもなりますよ。明日学校に行ったら、佐天さんに何を聞かれることやら。
それに学校にも、風紀委員の同僚達にも、この一カ月のことをどう説明すればいいものやら。
御坂さんの誤解も解かないといけませんし……」
「そうクヨクヨすんな。可愛い顔が台無しだ。
涙子ちゃんなら、心配しなくても正直に話せばいいんじゃねえのか?
親友だって言ってたし、あの娘なら御坂と違って物分かりはよさそうだしよ。」
「そ、そうですね……」
飾利の表情に少しだけ明るさが戻った。そうそう、そう来なくちゃよ。
「学校や風紀委員の方は、俺がついていって説明すればいい。
第二位の俺と知りあって、能力開発において協力を求められたとか適当こいとけば平気だろう。
それでも誤魔化せなけりゃあ、俺が力づくで黙らせる。
御坂の誤解は……あいつの目の前でキスでもすりゃあ解決じゃねえ?」
「な、何だか更なる問題が発生しそうなんですが……」
若干苦笑いが混じったようだが、まあ瑣末なことだ。
「細けえことはいいんだよ。とりあえず夜も遅いし、腹も減ったし、早く適当なホテルを探すぞ。
とっとと見つけて、飯食って、風呂入って、そんでその後は恋人同士の営みだ!」
そうよ、俺にとってはそっちの方が重要な問題だ。
「だから、私は一緒に泊まるとは一言も言っていませんよ!!!
もう降ろしてください!私は自分の寮に帰りますから!!!」
「うわっ!馬鹿、暴れんな!!!ここは空中だぞ!!!」
月明かりが照らす幻想的な夜の学園都市。
その上空で、俺達二人は暫し無粋なもみ合いをしていた。
「はあ……どうしてあなたは、いつもこうなんですかね……」
しばしのもみ合いの後、飾利は疲れた様に溜息をついた。
「仕方ねえよ、これが俺なんだからよ。そんな奴に惚れたお前も悪い。それによ……」
溜息をつく飾利に、俺はニヤリと笑ってやった。
「そうですね、あなたには、帝督には……」
飾利は呆れた様な、でもどこか楽しげな笑いを浮かべ、俺の言葉を待った。
俺が何を言おうとしているか分かったようだ。さすがは俺の女だ。
「言ってるだろう、俺に常識は通用しねえって。」
おわり
>>1です。
これにて終わりじゃあああ!!!!!
当初の予定を遥かに上回る長さになってしまったが、何とか完結できたわ。
俺はちょっと帝春を書きたかっただけなのに、こんなに長引き、更にラブコメシーンを書くことになるとは予想だにしなかった。
だが、ここまで俺の妄想に付き合ってくれたお前らには、この>>1、喜びで感謝の言葉もない。
また俺が一筆書いた時には、どうか俺の妄想へのお付き合いをお願いしたい。
それではお前ら、ここまで付き合ってくれてありがとう、そしてお疲れ。
元スレ
「ふう、ここまで来れば大丈夫だろう。」
遠巻きに校門を見つめつつ、俺は勝ち誇った顔で汗を拭った。
もっともこれで、明日の朝の会の議題は決定しただろうが。
朝の会、帰りの会とは恐ろしいイベントだ。
クラスに一人はいるチクリ魔が、一度誰かの「悪行」をその場で告発すれば、
それがどんなに些細なことでも、たちまちそいつを裁く魔女裁判が開廷しちまう。
そこには弁護人はいねえ。
いるのは告げ口と断罪が趣味みたいな検事(チクリ魔)と、
明日は我が身と知らずに吊し上げを望む傍聴人 (クラスメイト)と、
検事の言葉を鵜呑みにするだけの無能な裁判長(担任)だけだ。
考えるだけでウンザリしてきやがる。
まあいい。
別に有罪になったところで火刑になるわけじゃあない。
食らってもせいぜいが担任のお小言だろうし、その程度で掃除をサボれるなら軽いもんだ。
そう思い直すと俺は、早速遊びに出かけるため、家路を急いだ。
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:41:46.26 ID:1rgOThAPo
俺は自宅に荷物を置き、早速公園にやってきていた。
さて、今日は何をして遊ぶか。
一人で遊ぶか、友人でも呼ぶか。
そんなことを考えていたら、
「ん、ありゃあ……」
公園の隅に、気になるものを見つけた。
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:47:08.54 ID:1rgOThAPo
数人の少年達が、誰かを取り囲んでいた。
時折そいつに罵声を浴びせたり、蹴りを入れたりしていた。
喧嘩か……?いや、あれはいじめだろう。
少年達が取り囲んでいるのは一人しかいない上、そいつはまるで無抵抗だ。
普段の俺ならくだらねえ連中だと捨て置いていたところだが、
明日俺に待ち受けているであろう魔女裁判のことを思い出すと、
いじめられている奴が何だか他人に思えず、いじめている奴らに無性にムカついてきた。
俺は奴らにこっそり近づき、
「オラァ!!!」
「ぐはぁっ!!!」
いじめっ子の一人の頭を、思い切り殴りつけた。
俺に殴られたいじめっ子が、無様に地面に顔をぶつけた。
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:51:14.36 ID:1rgOThAPo
「な、なんだぁ、テメェは?」
突然の事態に、不意打ちを食らったいじめっ子が、起き上がって俺を睨み付けてきた。
「悪を許さない正義のヒーロー……でどうだ?」
俺はニヒルな笑みを浮かべつつ返答した。
「ふざけるな!不意打ちとかきたねえ真似しといて、何が正義だ!」
「俺にそんな常識は通用しねえ。最も効率のいい方法をとっただけだ。
大体集団で弱いものいじめをするテメエらみてえなクズ共に、
きたねえだの何だのと言われる筋合いはねえな。」
いじめっ子の主張を俺は軽く聞き流す。
俺は常識が通用しないが、常識はずれではない。
「なめやがってこの野郎……この人数に勝てると思っていやがるのか……!?」
「謝るなら今のうちだぜ……!!!」
別のいじめっ子達が、敵意を露にして俺を睨んできた。
相手は3人か。まあ、何とかなるか……な?
しかし、何てひねりの無い台詞だ。三下の悪党そのものだな。
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:53:08.54 ID:1rgOThAPo
「俺に意見を聞く前に、自分自身で考えてみたらどうだ?
大体勝てる確信があるなら、四の五の言わずにかかってくりゃあいいだろ。
それとも何か?テメエら揃いも揃って、
『ごめんなさい勝てないです許して』
なんて、戦う相手からの勝利のお墨付きが欲しいのか?
だとしたらとんだチキン共だな。道理でいじめなんてくだらねえことをするわけだ。」
「「「野郎、なめやがってぇぇぇ!!!」」」
俺の安い挑発に、いじめっ子共は仲良く乗ってきた。
しかも仲良くひねりの無い買い言葉でハモりやがった。
「ハッハァ!!!ムカついたんならとっととかかって来いよ!!!
あいにくこっちはそれ以上にムカついてんだからよぉ!!!」
さあ、楽しい楽しい戦いの始まりだ!
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:55:49.04 ID:1rgOThAPo
と思っていたら、あっという間に終わってしまった。
つーかこいつら弱すぎ。
「「「ご、ごめんなさい勝てないです許して……」」」
3人はべそをかきながら地べたに這い蹲って俺に降参と謝罪の言葉を向けてきた。
それすらもさっきの俺の台詞の使いまわしときているのだから、実に哀れな奴らだ。
主に頭が。
「もういじめなんてくだらねえことはしねえか?」
「「「しませんしません!!!」」」
「その言葉忘れんなよ。もしまた俺の前でやってみろ。
その時はみっちりと『再教育』してやるからよぉ……!!!」
「「「ヒイイイ!!!」」」
俺が精一杯の脅しをかけると、3人は豚のような悲鳴を上げながら逃げていった。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 20:58:39.33 ID:1rgOThAPo
「ふん、カス共が。おい、お前、立てるか?」
俺は先ほどまでいじめられていた奴に話しかけ、手を差し出した。
「ひっく、ひっく……え?」
すると、それまで蹲って泣きじゃくっていたそいつが、顔を上げた。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:01:39.64 ID:1rgOThAPo
意外なことに、そいつは女だった。
歳は俺よりも大分下だろう。5歳前後ってとこか?
背も小さく、大人しそうな顔立ちの、見るからにか弱い少女だった。
あいつら、こんな小さなガキを集団でいじめていたのか。
つくづくムカつく連中だった。もう一発位殴ってやればよかった。
「あ、あの人達は……?」
少女が真っ赤な目を擦りながら聞いてきた。さっきのいじめっ子達のことだろう。
「ああ、あの馬鹿共は俺が退治した。だから安心しろ。」
俺は少女の顔の汚れを拭きつつ、努めて優しく言ってやった。
「あ、ありがとうございます……」
すると少女は、照れくさそうにお礼を言ってきた。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:02:57.79 ID:1rgOThAPo
「気にすんな。俺がムカついたからそうしただけだ。
それに嬢ちゃんみたいな可愛い娘に、泣き顔は似合わないぜ。
女の一番の化粧は、笑顔なんだからよ。」
俺は少女の頭を撫でながら、さらりとそう言って見せた。
決まったなこれは。
「あ、あはは、お兄さん、意外と面白い人ですね。
そんなクサイ台詞を真顔で言うなんて、恥ずかしくないんですか?」
少女は先ほどまでの泣き顔から一転して、ケラケラと笑い出した。
「……心配すんな、自覚はある。」
とはいえ、ちょっと傷ついたぞ。意外とはっきりものを言うガキだな。
ま、笑顔になったんなら、別に構わないか。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:05:19.72 ID:1rgOThAPo
「ところで嬢ちゃんは、何であいつらにいじめられていたんだ?
見たところ知り合いってわけでもなさそうだったが。」
俺はとりあえず、疑問に思ったことを口にしてみた。
「あ、聞いてくださいよ!あれはあの人達が悪いんですよ!」
少女は先ほどとは変わって、頬を膨らませて主張を始めた。
「あの人達、突然公園に来て砂場に入り込んで、
『ここは俺達のもんだ!!』とか言って、遊んでいた子供達を追い出したんですよ!
それで私が、
『公園の施設は皆のものですよ。誰かが独り占めしていいものではありません。』
って、抗議したら……」
「『ガキが生意気言ってんじゃねえ』とでも返されて、袋にされたって訳か……」
「うっ……」
少女が黙りこむ。どうやら図星だったらしい。
大人しそうな顔をしているくせに、意外と無鉄砲な奴だった。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:06:58.38 ID:1rgOThAPo
「で、でも、私は間違っていませんよね!?
それに、言うじゃないですか。『正義無き力は暴力』って。
私は、そんなものを振るう悪を見過ごせなかったんです!」
「『力無き正義は無能』という言葉もあるだろうが。
大体お前、俺が止めなかったらどうするつもりだったんだ?
正義を振りかざす力もねえくせに、無茶すんじゃねえよ。」
少女の弁に、俺は呆れたように論した。
「うっ……そ、それでも!」
少女は俺の言葉にまたしても黙りこみそうになったが、
「それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。」
そう、はっきりと、力強い笑みで答えた。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:09:22.56 ID:1rgOThAPo
「…………!!!!!」
不覚にも、俺は少女の笑顔に一瞬ドキリとさせられた。
ちっ、俺はこんな年下のガキ相手に何を考えているんだ!?
「(でもこいつ、よく見ると可愛いな……)」
だ、か、ら、俺は何を考えているんだ!!!
「?どうしたんですか、お兄さん?」
唐突に頭を掻き毟り始めた俺に、少女が怪訝な視線を向けた。
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:13:08.83 ID:1rgOThAPo
「と、ところで嬢ちゃん、名前は?」
俺は何とか思考を切り替えようと、違う話題を振った。
何かこのガキには微妙に振り回されている気がする。
「私ですか?『かざり』です。『ういはる かざり』。」
そんな俺の気も知らない少女は、笑顔で自分の名前を告げた。
「『かざり』か。漢字はどう書くんだ?」
「え、えっとですね……」
少女は手近な木の枝を拾い、地面に漢字を書き始めた。
……が、まだきちんと書けないらしく、地面には漢字とはかけ離れた謎の記号が描かれた。
「……貸してみろ。……えーと、こうか?」
見かねた俺は、少女から枝を受け取り、読みと記号から推察して地面に字を書いた。
『初春 飾利』
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:15:05.93 ID:1rgOThAPo
「あ、そうです!それで合ってます!」
少女…飾利は、それそれと連呼した。
本当に正解だろうな?と内心思ったが、考えても正解が出るわけではない以上、
本人の言葉を信じることにした。
「じゃあ、お兄さんの名前は何ていうんですか?」
「俺か?『垣根 帝督』だ。漢字ではこう書く。」
飾利の問いに答えつつ、俺は自分の名前を地面に書いた。
「……変な名前。」
「自覚はあるが、面と向かって言われると堪えるものがあるな……」
くそ、こんな名前を付けた両親に無性にムカついてきた。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/16(水) 21:16:54.01 ID:1rgOThAPo
「じゃあ、垣根さん……」
「帝督でいい。名字で呼ばれるのはあまり好かねえ。いいだろ、『飾利』。」
俺はあえて少女を名前で呼んだ。お互い様だという意思表示だ。
「そうですか、じゃあ帝督、私はもう帰ります。早く帰らないとお母さんが心配しますし。」
「いきなり呼び捨てかよ、別にいいけど……しかしまあ、確かにガキは帰る時間だな。」
気がつけば日が沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
結局今日は、馬鹿どものお仕置きと、ガキの相手で潰しちまった。
「おう、なら俺も帰るわ。悪い男に引っかかるなよ。」
俺も飾利に背を向け、帰路につくことにした。
「はーーーい。」
……あいつ、意味分かって頷いてんのか?
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:34:34.18 ID:zFxr7JLpo
翌日の朝。
俺は、昨日会った少女のことをぼんやりと考えていた。
初春飾利。
昨日俺がいじめっ子から助けてやった少女。
小さくて弱っちい身体に、強い正義感を秘めた少女。
大人しそうな顔に似合わず、意外とはっきりものを言う少女。
昨日出会ったばかりで、大して深い仲でもない。
俺が気にかける義理も無い相手ではあった。
それでも、一度縁を持ってしまえば、程度の差はあれ気にかけてしまうのが人間だ。
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:35:30.45 ID:zFxr7JLpo
「あいつ、また無茶をしていじめられちゃいねえだろうな……?」
ふと、そんなことを考えた。
そうなると、もうそれが気にかかって仕方がなかった。
「今日の放課後、またあの公園に行ってみるか……」
もっとも、行ったところで今日も会えるとは限らない。
それでも、何もしないでじっとしているよりは、少しは落ち着くというものだ。
こんなことを考えるとは、まったく、らしくもない。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:40:13.34 ID:zFxr7JLpo
「皆さん、席に着いてください。」
そんなことを考えているうちに、担任が教室に入ってきた。
それまで騒がしかった教室が、すぐに静かになる。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき。それでは朝の会を始めます。」
学級委員長のやる気のない号令に、皆黙々と従う。
「はい、それでは始めましょう。何か変わったことはありませんでしたか?」
「はい。」
「はい、チクリ魔(仮名)さん。」
「昨日垣根君が掃除をサボって帰ってましたー。」
「うげっ。」
クラスの連中に一斉に睨まれ、俺は思わず間抜けな声を出した。
すっかり忘れてた。
「本当ですか、垣根君。詳しく話を聞かせてもらいますよ。」
担任もこちらを向いてくる。
完全に非難の目だ。
あーあ、やっぱこうなっちまうのかよ。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:41:50.64 ID:zFxr7JLpo
空が夕焼け色に染まり始めたころ、俺は一人で下校していた。
あの後、俺は朝の会でそのまま魔女裁判にかけられた。
俺はなすすべも無く有罪を言い渡され、教室の掃除を一人でやらされることになった。
俺が悪いのだから仕方ないとはいえ、意外に重い罰には少々ムカついた。
ちくしょう、あのブス、今度下駄箱に青大将でも入れてやる。
俺は毒づきながら昨日行った公園に向かった。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:42:44.73 ID:zFxr7JLpo
程なくして、俺は昨日の公園に着いた。
公園を見渡すと、遊んでいる子供の姿は見えなかった。
皆既に帰ってしまったのだろう。
気付けば時刻は、午後5時を過ぎようとしていた。
考えてみれば無理もない、こんな時間まで遊ぶガキはいないだろうしな。
「チッ、無駄足だったな。」
俺は踵を返し、再び帰ろうとした時、
「あいつ……」
公園のベンチに、飾利を見つけた。
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:45:37.61 ID:zFxr7JLpo
飾利は俺の姿には気付いていないのか、一人で夕焼け空を呆然と眺めていた。
俺は無言で飾利の側に歩み寄る。
やがて向こうも気付いたらしく、こちらに向かって手を振り始めた。
「もう、帝督ったら遅いですよ。私、待ちくたびれました。」
非難がましい言葉とは裏腹に、飾利は笑顔だった。
声も、どこか弾んでいた。
「待ち合わせをした覚えはねえ。つーかお前いつからそこにいた?」
俺は飾利の横に座り、そっけなく答えた。
「えーと、幼稚園から帰ってすぐでしたから、2時頃ですね。」
「そんな時間から俺を待ってたってのか、お前は……」
「はい。」
淀みなく答える飾利に、俺は呆れてしまった。
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 21:51:11.54 ID:zFxr7JLpo
「全く、来るかどうかも分からねえ相手をこんな遅くまで待ちやがって……
俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
まさか来るまで待っているつもりじゃなかっただろうな。
こんな時間にわざわざ来ちまう俺も俺だが。
「でも、帝督は来てくれたじゃないですか。」
飾利は俺の質問にキョトンとして、そんなことを言いだした。
「そりゃたまたまだ。それに俺は俺が来なかったときの話を聞いているんだ。」
「来なかった時のお話なんて意味が無いですよ。
私は帝督を待っていて、帝督は来てくれた。大事なのはそこですよ。」
俺はもう苦笑する他無かった。
可能性の話は関係なく、今起こっていることが大事か。
ガキらしいといえばらしいのかも知れねえが……。
「お前って、俺以上に常識が通用しねえ奴なのかもな……」
「あ、それはないです。
私は帝督と違って、あんなクサい台詞、真顔で吐けませんから。」
「独り言を耳聡く聞いてんじゃねえよ。」
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 22:01:27.76 ID:zFxr7JLpo
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」
「アホ。今何時だと思ってる。ガキはおうちに帰る時間だ。」
「ええ~。」
飾利は心底残念そうな顔をした。
こいつ、本気でこれから俺と遊ぶつもりだったのか?
「ええ~じゃねえだろ、当たり前だ。じゃあ、俺も帰るからな。」
「うう……」
飾利はまだ不満そうであった。
これでは今日は大人しく帰っても、また同じ様に待ち続けられかねなかった。
仕方が無いので俺は、
「……あー、分かった。じゃあこれからは待ち合わせをするか。」
妥協案を提示することにした。
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 22:04:04.00 ID:zFxr7JLpo
「え、ホントですか!?」
先程までの不満げな面から一転、飾利は嬉しそうな顔をした。
どうやらこれなら納得してくれそうだ。
「ああ、それならお互い無駄に待つ必要も無くなるだろう。」
「そ、それじゃあ、明日はいつ頃待ち合わせをします!?」
いきなり明日かよ……別にいいけど。
「そうだな、なら、3時頃にここに集合でどうだ?」
「そうですね、じゃあそれでいいです。」
やれやれ、これでやっと帰れるな。
しかしまあ、妙に懐かれちまったもんだ。
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/17(木) 22:05:03.58 ID:zFxr7JLpo
「じゃあ、私はもう帰ります。また明日会いましょう!」
飾利がベンチから立ち上がり、出口に向かって歩こうとした。
「あ、ちょっと待て!」
「どうしました?」
俺の制止に、飾利は立ち止まってこちらを振り向いた。
「あー、もうこんな時間だろ。家はどこだ?送っていってやるよ。」
俺の提案に、飾利は一瞬驚いたようだったが、
「そうですか、じゃあ、お願いします。」
屈託の無い笑顔で、そう答えた。
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 20:56:48.05 ID:agNjdrWPo
あの日以来、俺と飾利は、頻繁に会っては遊ぶようになった。
始めは妙な奴に懐かれてどうしたものかと思っていたが、
こいつとの付き合いも、次第に悪くは無いと思うようになっていた。
飾利は、面白い少女だった。
歳相応の無邪気さやあどけなさを見せるかと思えば、
正義感が強く、時に熱血漢とも無鉄砲とも取れるところも見せる。
能天気なようで意外と頭も回り、時折ちらりと黒さも覗かせる。
一緒にいてなかなかに退屈しない。
もっとも、一緒にいる理由はそれだけではなかったが。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 20:58:41.84 ID:agNjdrWPo
「あっ、帝督。今日は約束より早かったですね。」
今日も俺達は、いつもの公園で待ち合わせをしていた。
俺の姿に気付いた飾利が、こちらに駆け寄ってきた。
「おう、今日は掃除をサボって一目散にここに来たからな。」
俺はニヤリと笑い、飾利の頭を撫でてやった。
「もう、早く来てくれたのは嬉しいですけど、当番はきちんとしなきゃ駄目ですよ。」
飾利は嬉しそうにしながらも、俺に小言を言ってきた。
「ふっ、俺は常識の通用しねえ男。掃除当番なんて型にはまった制度で、俺を縛ることはできねえんだよ。」
「正直、何を言っているのか全然分かりません。とにかく、今度からはサボっちゃ駄目ですよ。」
俺のボケを、歯に衣着せない突っ込みで一蹴する飾利。
おおむね、いつもの俺達であった。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 20:59:55.98 ID:agNjdrWPo
「それで帝督、今日は何をして遊びますか?」
「ああ、実はこの前『いいところ』を見つけた。今日はそこに行くぞ。」
「いいところですか?一体どんなところですか?」
「そいつは行ってのお楽しみだ。ほら、ぐずぐずするな。」
そう言うと俺は、飾利の手を握り、歩を進めた。
「わっとっと。分かりましたから、待ってくださ~い。」
飾利はバランスを崩しそうになりながら、俺に手をひかれて後をついてきた。
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:01:48.18 ID:agNjdrWPo
「着いたぞ。ここだ。」
公園からしばらく歩き、俺達は目的の場所に着いた。
「うわあ……」
その景色を見た飾利が、感嘆の声を上げた。
そこは、色とりどりの花が咲き乱れる、小さな花畑だった。
「す、凄いです……こんな場所いつの間に見つけたんですか?」
「この前散歩しているときに、偶然な。どうだ、いい場所だったろう?」
「はい!とっても!」
飾利は心底嬉しそうに答えた。
これだけ喜んでくれると、わざわざ教えてやった甲斐があるな。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:03:18.40 ID:agNjdrWPo
「うふふー、きれーい、いいかおりーーー」
飾利は無邪気にはしゃいでいる。
俺はというとその横で、いくらかの花を摘んで、あるものを作っていた。
「何を作っているんですか?」
飾利が俺の手元を覗きこんできた。
「ん、ちょっと待ってろ。もうすぐできるからよ……」
ここをこうして……と、よし、できた。
「ほら、ちょっと屈め。」
「?はい……」
俺は怪訝な表情で屈んだ飾利の頭に、
摘んだ花で編んだ冠を被らせてやった。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:05:10.35 ID:agNjdrWPo
「ふわあ……帝督、こういうものも作れたんですか。
普通男の子って、こういうのは出来ないと思っていましたが。」
俺が作った冠は、マーガレットの花で編んだオーソドックスなものだ。
冠が解けてくる様子はない。なかなかうまくできたようだ。
飾利は目を丸くして、頭の冠に手をやっていた。
「俺にそんな常識は通用しねえ。この位、俺には造作もねえんだよ。」
口ではそう言ったが、本当は女の子の気を引くためにこっそり練習していた。
まさか初めて披露するのがこいつとは、夢にも思わなかったがな。
「へえ~、帝督のことですから、てっきり女の子の気を引くために練習していたのかと思いましたけど。」
あ、あれ、見透かされている?
「えへへ、でも嬉しいです。ありがとうございます。」
飾利は少し照れたように笑い、俺に礼を言ってきた。
「おう……」
俺は素っ気なく返事をしたが、内心は図星を突かれたこともあり、少し焦っていた。
こいつ、わざとやってねえだろうな?
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:06:37.44 ID:agNjdrWPo
「ねえ帝督、私にもこれの作り方、教えてください。」
よほど冠が気に入ったのか、そんなことを言ってきた。
「ああ、いいぜ。まずは……」
俺は手元のクローバーを摘み、実際にやって見せた。
「えっと、ここを…こうして……」
飾利も同じようにクローバーを摘み、俺の手を見つつ挑戦を始めた。
「………………」
「……!…………!!!」
手元のクローバーを編むのに集中している飾利と、それを見つめる俺。
しばし、沈黙が訪れた。
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:08:20.73 ID:agNjdrWPo
「なあ、飾利……」
やがて俺が、口を開いた。
「何ですか?」
飾利は手を止めずに俺の言葉に反応した。
「お前は将来、なりたいものはあるのか?」
特に深く考えず、そんなことを口にした。
「……そうですね、特に、考えたことはないです。」
飾利は相変わらず手元に集中しつつ、そう答えた。
「そうなのか?俺のダチ共は割とそういうのを口にするぞ。
男ならプロスポーツ選手や医者、女なら花屋やケーキ屋ってな感じだな。
どいつもこいつも荒唐無稽な夢だが。」
「帝督、私以外に友達がいたんですか?」
「泣かすぞ、クソガキ。」
さらりと毒を吐きやがって。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:11:50.61 ID:agNjdrWPo
「……んー、でも、やっぱり今はまだ分からないですね。
それに、私が大人になるのは、まだ先の話ですから。
なら、そんな先の話より、私は今を精いっぱい生きたいですし。」
飾利は、そんな答えになっていない答えを返してきた。
「今が良ければそれでいいってか。随分刹那的な考えをするんだな、お前は。」
俺は呆れたように溜息をついた。
「そういう意味じゃないんですよ。
将来のことを考えるのはとても大事なことだと思います。
でも、今の私はまだその材料が足りてないと思うんです。
自分の興味があるものは何なのか、自分は何が得意なのか……
そういったことも知らずに、ただ今見えるものだけで将来のことを考えても、あまり意味がないと思うんですよ。」
そう話す間も、飾利は手を止めない。
「それに、子供の今しか出来ないことも沢山あると思うんです。
それこそ、それを経験せずに大人になったらきっと後悔するようなことも。
だから今は、先走って将来に不毛な思いを巡らせるよりも、
将来に繋がるものを沢山経験するために、今この時を精いっぱい生きたいんです。
……と、できました。」
そう言い終えると、飾利はクローバーの冠を掲げた。
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:13:46.72 ID:agNjdrWPo
「へえ、初めてにしては悪かねえな。」
少々不格好ではあったが、一応体裁は保たれているといった感じだった。
それにしても、こいつも能天気なようで、意外としっかり考えているんだな。
「……あ、そういえば、一つだけあったかもしれません。なりたいもの。」
ふと思いついたように、飾利が声をあげた。
「何だ?言ってみろ。」
「え、ええとですね……夢と言いますか……何と言いますか……その、ひどく抽象的でしかないんですけど……」
飾利はしまったと言わんばかりの顔で、しどろもどろになりながら言葉を紡いだ。
「何でもいいから言ってみろよ。別に笑わねえから。」
「う……その……s…きn…y……ん。」
「聞こえねえよ、もっとでけえ声で言え。」
飾利は顔を真っ赤にしながら、
「その、『素敵なお嫁さん』。」
そんな、予想もしなかったことを言いやがった。
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:15:29.04 ID:agNjdrWPo
「『お嫁さん』ときたか。なるほど。こりゃあ確かに抽象的だ。」
「わ、悪いですか?女の子なら誰でも一度は、素敵なお嫁さんに憧れるものですよ。」
飾利は顔を赤くしたまま、拗ねた様に言ってきた。
どうやら俺に馬鹿にされていると思っているようだ。
「別に悪かねえよ。ただ、お前はたまに女の子らしいことを言うなって思っただけだ。」
「うう、やっぱりなんだか馬鹿にされている気がします……」
やれやれ。気難しいお嬢さんだ。
しかしこいつがお嫁さんねえ。
このじゃじゃ馬の手綱を取れる男なんているのか?
もしいるなら見てみたいもんだが…………
………………
………………………………
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/20(日) 21:17:07.94 ID:agNjdrWPo
「なあ、飾利……」
「どうしました、帝督?」
「………………いや、何でもねえよ。」
「?????」
そうだ、何でもない。
それに、飾利の言う通り、俺達が大人になるのはまだ先だ。
それならこいつの言う通り、もう少し今この時を満喫することにするか。
その時はそう思っていた。
ずっととは言わずとも、もう少し続くと思ってはいた。
だが俺の、
俺達の、
この心地いい時間は、
思ったよりも早く、終焉を迎えた。
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:27:14.63 ID:vLaUGEUOo
それは、ある日のこと。
学校で友達と、いつものように馬鹿な会話に興じていたら、突然担任に呼ばれた。
俺は今日はどんなことで怒られるのかとうんざりしながら職員室に向かった。
職員室に入ると、担任が神妙な顔をしていた。
今までに見たことのない顔だった。
少々気にはなったが、さっさとすませて遊びたかった俺は担任に話しを促した。
「で、話って何すか?」
担任は俺の億劫そうな発言をよそに、神妙な顔のまま、予想もしなかったことを告げた。
「垣根君、落ち着いて聞くんだ……」
「君のご両親がつい先ほど、亡くなったそうだ。」
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:29:18.10 ID:vLaUGEUOo
俺はその日は早退し、駆けつけた親戚と、遺体が安置されている病院に向かった。
病院に着き、霊安室に向かう。
そこには、かつて俺の親父とお袋『だったもの』が安置されていた。
何でも親父とお袋は、今朝方車で出かけた後、
無茶なスピードで追い越しをしていた対向車線からの車と正面衝突し、
そのまま帰らぬ人となったらしい。
事故は相当悲惨なものだったのだろう。
それらは、全身が拉げた、できの悪いマネキンのようになっていた。
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:29:43.39 ID:vLaUGEUOo
別に、何の感慨も無かった。
悲しいとも、寂しいとも感じなかった。
俺は両親とはあまり仲は良くなかった。
そもそも二人とも仕事であまり家にいなかったので、関わりも薄かった。
最近は顔もろくに合わせていなかった。
そんな奴らが死んだところで、「ああ、そう。」としか思わなかった。
俺にとって重要な問題は、別のところにあった。
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:31:36.16 ID:vLaUGEUOo
親父とお袋が死んだということで、俺の家には親戚が多数集まっていた。
中には、「こんな奴いたか?」というような自称親戚も多数いた。
そいつらは皆、可哀想にだの、辛かっただろうと、俺に同情的な言葉を向けてきた。
だが、そのいずれも、本心からの言葉とは思えなかった。
大体俺は、両親が死んで、辛いだの、悲しいだのと言った覚えは無い。
態度に出したことも無い。
事実そうは思っていなかったから。
そんなことにも気付かず、上辺だけの同情の言葉を並べること自体、
俺のことなどどうでもいいという本心の表れだと思った。
事実、葬式が済み、それでも尚連中は、連日俺の家にやってきた。
そして、連日同じ議題で、感情的な討論を続けていた。
それは、遺産の分配がどうだの、俺の身柄は誰が引き取るだの、俗物的な議題だった。
そしてその話し合いに、俺は全く呼ばれなかった。
俺が何の話だと聞いても、子供には難しい、関係ない話だと取り合わない。
なるほど、どうあっても俺に意見を挟ませたくはないらしい。
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:32:29.69 ID:vLaUGEUOo
それもそうか。
親父達がいくら溜め込んでいたかは知らねえが、俺が介入すれば遺産の分配は荒れる。
いくら俺がガキといっても、実子である以上その意見が民事で全く受け入れられない訳はねえ。
なら、最初から俺の存在を抜きにして、『公平』な話し合いをしたほうがいいだろう。
それに、俺という穀潰しを誰が引き取るかも議題として白熱しているようだ。
ただのババ抜きでも、リスクがでかいとああも白熱できるんだな。
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:33:53.39 ID:vLaUGEUOo
別に親父達の遺産になど興味はない。
相続争いでも何でも勝手にやっていればいい。
だが、この状況では、俺の辿れる道は限られてくるのは問題だ。
どこかの親戚の家に引き取られて煙たがられながら生きるか、
どこかの孤児院にでもぶち込まれて厄介払いされるか、
まあ、そんなところだろう。
いずれにしてもろくなものじゃねえし、どれも御免だ。
だから俺は、一つの抜け道を自分で作った。
自分の道は自分で選ぶ。
そっちへ進むための策も用意した。
後は頃合いを見て、それを実行するだけだ。
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:36:54.95 ID:vLaUGEUOo
ある日の深夜。
「おじさん、夜分遅くにすみませんが、少しよろしいでしょうか。」
俺は2枚の切り札を携え、家に(勝手に)宿泊している、親戚の男の部屋を訪ねた。
親戚どもの討論の際にリーダーシップを発揮していた男だ。
「……帝督君か。入りたまえ。」
ややあって、部屋の中から声が聞こえた。
「何の用だい?私は昼間大事な話をして、少し疲れているんだ。手短に頼むよ。」
ほう、俺を家から追い出し、親父達の遺産をふんだくる為の算段が大事な話ときたか。
よく言うぜ。
「すみません。しかし、僕の今後についてのご相談がありまして。勿論、手ぶらで伺ったわけではありません。」
俺は男への侮蔑を隠し、手に持っていたものを見せた。
「おや、それは……」
男は俺の手にあるものを見て、顔を綻ばせた。
それは、以前俺が親父の書斎からくすねた、ビンテージものの高級酒だった。
「これは、僕が父の書斎を整理していた際に見つけたものです。
おじさんはお酒が好きと伺いましたので、僕の話を聞いていただく代わりに、こちらを差し上げようかと。
ご覧の通り、父はこれを一口も飲まぬまま、あの世に行ってしまいましたので。」
「う、うむ、座りたまえ。話はそちらをいただきながらゆっくり聞こう。」
よし、何とか交渉の席に着けた。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:38:23.68 ID:vLaUGEUOo
「……ふぅーーー、うまい。それで、どこまで話したかな?」
男はグラスに注がれた酒を一気に呷り、赤らんだ顔でこちらを向いた。
「はい、僕の今後の住居、転校先についての話ですが……」
「おお、そうだったそうらった。ところで君もどうだい?」
「いえ、僕はまだ子供ですので、お酒は結構です。」
「そうらったな、残念残念。はぁっはっはっはっ!!」
俺の話をどこまで聞いているやら、男は下品に笑った。
俺が持ってきた酒は、相場価格ウン十万はする値打ちものだった。
しかもこれのアルコール度数は50度を上回る。
それを酒屋で投売りされている安酒のごとく、味わうことなく飲み続けていた。
既に瓶の中身は、半分ほどに減っていたし、男の呂律も所々回らなくなっている。
この男は、品も無く、ものの価値も推し量れず、挙句酒に飲まれる愚者であった。
まあ、その方が今の俺には好都合なんだが。
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:39:43.23 ID:vLaUGEUOo
さて、そろそろ頃合いだ。
「話を戻します。その件について、是非僕のほうからおじさんにお願いしたいことがあるのですが。」
そう言って俺は、机の上に一冊の資料を提示した。
「それは何だい?」
「はい。これは、『学園都市の生徒募集要項』です。」
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:41:26.82 ID:vLaUGEUOo
「学園都市……確か超能力者を量産しているとかいう噂の……」
男は酒の回った頭で、おぼろげな記憶を拾っているようだ。
「はい。僕は、この学園都市内部の学校に編入したいと思っています。
僕はまだ子供です。両親を亡くした今は、誰かに頼って生きていくしかありません。
しかし、その為に親戚の方々にご迷惑をおかけしたくありません。
また、我儘は承知ですが、教育環境が期待できない孤児院にも行きたくはありません。
ですので、その点を考慮すると、僕が学園都市に行くことが最良と考えました。
お願いします、どうか僕が学園都市にいくことをお許しください。」
俺は深々と頭を下げた。
これは半分本当、半分嘘。
親戚に関しては、単にこんな連中に煙たがられて生きるのが御免なだけだ。
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:43:42.10 ID:vLaUGEUOo
「むう、しかし、結局入学金や、内部での生活費等は我々の誰かが出すんだろう?
我々に迷惑をかけたくないという発言と矛盾していないかい?」
男が渋い顔で聞いてくる。金の話には敏感な奴め。
「入学金に関しては確かに仰るとおりです。
しかし、そこに入学する学生は、学園都市内の学生寮に入寮して生活し、
更に生活費は、奨学金と、授業の一環として行われる超能力の開発、
及びそれを用いての研究協力の報酬によって賄われるそうです。
ですので、おじさんには入学金の捻出と、後見人として名義の貸与のみをお願いただきたいのです。
その代わり、入学後の僕の扶養義務は、一切を放棄していただいて構いません。
また、両親の遺産相続、及びこの家の管理等の一切は、親戚の方々に決めていただければと思っております。」
長々と説明したが、要するに俺の要求はこうだ。
「入学金を互いの手切れ金として、俺を学園都市に捨てろ」
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:44:49.62 ID:vLaUGEUOo
男は、これを快諾した。
酩酊状態であったこともあるだろうが、入学金程度のはした金で、
目の上のたんこぶだった俺を排除できるという案が魅力的に映ったのだろう。
俺の提示する書類を熟読することなく、次々にサイン、捺印をしていった。
俺の方もせいせいする。
学園都市に行けば幸福になれるとも限らねえが、少なくともあのまま流されるままになるよりはましだろうし、納得もいく。
……ただ、一つだけ、心残りはあった。
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:46:05.32 ID:vLaUGEUOo
何が心残りかって?
決まっている、飾利のことだ。
人間、生きていれば、出会いもあるし、別れもある。
誰もが同じ思想、同じ能力を持っているわけではない。
それらは歳を経るごとに顕著になっていくし、それ故に皆いつかは各々の信じる道へ進み、違う道を歩んでいく。
俺達の場合は、それがほんの少し、他より早かったというだけだ。
元々どうしようもなかった。
両親が勝手に死んだあの日から、俺がここを去るのは決定された様なものだ。
だから、自ら学園都市に行くと決めたことに後悔などなかった。
だが、そんな理屈では割り切れない、一つの思いがあった。
いや、回りくどい言い方はなしだ。自分の言葉で正直に言ってやる。
自分に言い聞かせるため。
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:47:40.74 ID:vLaUGEUOo
「俺は、垣根帝督は、初春飾利という一人の少女のそばに、ずっと居たかった。」
69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:48:38.65 ID:vLaUGEUOo
それは、独りよがりな告白。
それを言うべき相手はおろか、俺以外の誰も聞いていない独白。
だが、今この場においては、それでも十分だった。
こうして言葉にして出すことで、その気持ちをより強く実感し、確信を持つことができた。
言霊というやつだろうか。
だが、こうして自分の気持ちに確信が持てた以上、迷うことはない。
俺は、俺の信じる道をただ邁進するだけだ。
恥ずかしい?クサい?そんなこと、知ったことじゃねえ。
何せ俺は、常識の通用しない男だからな。
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:49:52.36 ID:vLaUGEUOo
数日後。
男との交渉を終え、学園都市に編入する準備を始めた俺は、
その合間を見て飾利と会う約束をしていた。
「よう、待たせたな。」
いつもの公園で、ベンチに座っていた飾利に、俺は声をかけた。
「……遅いですよ、帝督。」
飾利は俺の顔を見上げ、沈んだ顔でぼそりと呟いた。
頭には、自分で編んだものか、花で作った冠が乗っている。
以前に作っていたときに比べ、また上達したようだった。
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:50:53.13 ID:vLaUGEUOo
「そう言うな。こっちは引越しの準備もあって今忙しいんだ。」
「!!!」
引越しという言葉を聞くと、飾利は一層暗い顔になった。
「……どうしても、行っちゃうんですか?」
「ああ。」
「引き止めても、無駄ですか?」
「無駄だな。もう手続きは済んだし。」
「そうですか……」
それきり飾利は、また暗い顔で黙り込んだ。
風が頭の花を揺らし、目に溜まっていた涙の雫を数滴飛ばした。
別れを惜しんでいるのは何も俺だけではないと思うと、
それが非常に嬉しく、またそれ故に一層この別れを辛いものにした。
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:52:34.84 ID:vLaUGEUOo
「泣くなよ。何もこれで会えなくなると決まったわけじゃねえんだし。」
俺は努めて明るく振舞い、飾利の頭を撫でた。
そうしないと、俺まで泣いてしまいそうだった。
「はい……ぐすっ……うううう」
そう言ったそばから泣きやがる。やれやれだ。
俺は飾利が落ち着くまで、優しく頭を撫で続けた。
「なあ飾利、俺がどこに行くか、覚えているか?」
「はい、学園都市……ですよね?」
少し落ち着いたのだろう。目元を擦りつつ飾利は答えた。
「そうだ、学園都市だ。
聞いた話じゃあの街の科学技術は、こっちの世界よりもずっと先を行くんだそうだ。
それこそお前がいつか言っていた『将来に繋がる体験』って奴が沢山できるだろう。」
俺の言葉を、飾利は黙って聞いていた。
「俺はそこで、できる限りのことを学んでやる。勉強だけじゃねえ、様々なことをだ。」
これは俺の独り言に近い。だが、同時に誓いでもある。
「そしていつか、お前のところに必ず戻ってくる。だからその時は……」
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:53:04.92 ID:vLaUGEUOo
「俺の嫁に来い。」
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:53:31.74 ID:vLaUGEUOo
「………………」
俺の告白に、飾利は一瞬呆気にとられていたが、やがて、
「…………っぷぷっ、あはははははっ!!!!!」
……盛大に、笑い飛ばしやがった。
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:54:37.27 ID:vLaUGEUOo
「あ、テメェ何笑っていやがる!!!こっちは本気だってのによ!!!」
このガキ、さっきまで泣いてやがったくせに、俺の告白に笑いやがったな!!!
「ご、ごめんなさい……こんな時まで帝督はクサい台詞を吐くなあって思ったら、おかしくって……」
「なんて奴だ……俺がどんな気持ちで今のセリフを言ったと……」
ああ、こうして笑われると、何だか無性に恥ずかしい。
「だ、だから、謝っているじゃないですかぁ。それに……」
「それに、何だ?」
「これでも私、とっても嬉しいんですよ。」
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:55:29.25 ID:vLaUGEUOo
「何だと?なら、返事はイエスか!?」
俺は飾利の両肩を掴んで、興奮気味に答えを迫った。
「いいえ、返事は『ノー』です。お断りします。」
「何だそりゃ!?」
嬉しいと言っておきながら結局ノーかよ!意味が分かんねえよ!
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:56:44.45 ID:vLaUGEUOo
「お、落ち着いてください。話は最後まで聞くものですよ。」
「ほう、言ってみろ。」
「はい。えーと、おほん。」
俺の言葉に、飾利は咳払いをして、答え始めた。
「あのですね、そう言ってくれるってことは、帝督は私のことが好きってことですよね?
私も帝督のことが大好きですから、それはとっても嬉しいです。」
飾利は少し顔を赤くして、しかしはっきりした口調で言葉を紡ぐ。
「でも、この前も言ったように、私はまだ子供です。
まだまだ経験も、知識も足りません。
だから、帝督のお嫁さんになるとかならないとか、そういう大事なお話は、
今の私にはまだ答えを出すだけの能力が無いと思うんです。
だから、今の時点では、答えは『ノー』なんです。」
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:58:10.47 ID:vLaUGEUOo
「だが、それなら答えは『保留』じゃないのか?何であえて明確に『ノー』なんだ?」
実際はどちらも似たようなものかも知れないが、それでも聞かずにはいられなかった。
「それはですね、こっちのほうがむしろ大きな理由なんですが……」
飾利は舌を出して悪戯っぽく笑い、
「私、そんなに長く待てません。
大人になるまで帝督に会えないなんて、そんなの嫌です。
ですから……
私も、いつか学園都市に行きます。」
そんなことを、言いやがった。
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/21(月) 21:59:28.81 ID:vLaUGEUOo
「お前……」
「勿論、今すぐには無理だと思います。
まだ私は小学校にも入っていませんし、両親にも相談しないといけません。
でも、いずれ必ず行きます。そして、帝督に会いに行きます。
だから、今日のお話の続きは、その時にしましょう。」
全く、かなわねえ。
「分かったよ、お前がそういうなら仕方ねえ。だが、その時には必ず、お前に『イエス』と言わせてやるからな。」
「ふふ、期待しないで待っていますよ。」
「それじゃあ帝督……はい。」
飾利が、右手の小指を立てて差し出してきた。
「指切りかよ、こういうところは子供なんだよな……」
俺は苦笑しつつも、同じように手を差し出し、
「約束だ。また会おうぜ。」
「はい、約束です。」
指切りを交わした。
それが、俺が飾利と交わした、最後の言葉だった。
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:26:54.27 ID:Wi3a/Y4uo
俺が学園都市に来て、幾許かの時が過ぎた。
この街に来て間もなく、俺も他の学生達と同様、能力開発を行った。
学園都市の能力者といっても、その能力は様々だ。
念動力、発電能力、瞬間移動、透視能力、etc……
超能力と聞いて想像する能力は、どれも魅力的に映る。
一体俺にはどんな能力が宿ったのか。
身体検査の前日は、柄にもなく高翌揚していた。
そして、俺に宿った能力は……
「な、何だこりゃ?」
何だか訳の分からない物質を、作りだす能力であった。
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:29:32.91 ID:Wi3a/Y4uo
俺の作りだす物質は、何とも不可思議であった。
決まった形を持たない。
固くも柔らかくもない。
温かくも冷たくもない。
この世界の物質とは思えなかった。
少なくとも、俺自身こんなものは見たことも、聞いたこともなかった。
この物質、及び俺の能力名は、正体が不明ということから、
観測不可能な物質の総称である『暗黒物質(ダークマター)』の名をそのまま付けられた。
88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:31:24.79 ID:Wi3a/Y4uo
研究価値は高そうということで、俺は特例として大能力者の評価を与えられた。
だが、別にこの物質を使って、俺は何をやれるというわけでもない。
物質そのものの応用価値も未知数だ。
日常生活では異能力者程度の電撃使いの方が余程利便性が高いだろう。
大能力者待遇という恵まれた措置を受けはしたが、発電能力だの、瞬間移動だの、
もっと超能力らしい派手なものを期待していただけに、少しがっかりではあった。
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:32:56.78 ID:Wi3a/Y4uo
「やれやれ、今日の授業はこれで終わりか。」
ある日の昼食の後、俺はそんなことを呟いた。
「いいよな、垣根。俺達はこれからが長いってのに。」
横で一緒に飯を食っていた友人は、ため息をつきながらそう返した。
身体検査の後、俺は学園都市の指定した学校に正式に編入した。
ただ、他の学生と違い、俺は能力開発の授業は無かった。
俺の作る暗黒物質は、未だその正体が不明だった。
そんなものを作る俺の能力の開発方法など、誰にも分からなかった。
だからある程度解析が進み、開発の方針が立つまでは、
俺にとって開発のコマは、研究者に暗黒物質を提供して帰るだけの時間だった。
そんなわけで、午後一杯が開発の授業であるこの日は、俺にとっては半ドン同然だった。
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:33:43.21 ID:Wi3a/Y4uo
「んなこと言ってもよ、開発の方針が立つのなんていつになるんだって話だろ。
それまで能力開発ができずに作ったものを提供するだけなんて、暇でしょうがねえ。
これじゃあ外の学校にいたときと変わらねえだろう。」
「いいじゃないか。心に暇がある生き物。なんと素晴らしい!」
「お前、それ言いたかっただけだろ。」
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:36:01.42 ID:Wi3a/Y4uo
「まあ冗談はさておき、そんな自分を持て余しているお前にいい案があるぞ。」
「何だいシンイチ?」
「誰がシンイチだ。まあ暇つぶしというわけにはいかないだろうけど……
お前、『風紀委員』でもやってみたらどうだ?」
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:38:19.21 ID:Wi3a/Y4uo
「風紀委員ねえ……」
俺は複雑な顔をして、友人のほうを見た。
「どうよ?お前って体力も腕力も結構あるし、意外と向いているんじゃないか?」
友人はニヤニヤしながら俺に勧めてくる。
「つってもありゃ、要するにボランティアの雑用係だろ。
そのくせ任命されるにはいくつもの適正試験と長え研修をパスしなけりゃならねえ。
仕事の上でも不良生徒達には逆恨みされる。
労力の割にあわねえし、そんなもん暇つぶしには向かねえだろう……」
『それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力が無くても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。』
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:39:11.00 ID:Wi3a/Y4uo
「……!!!」
「どうした、垣根?」
「いや、何でもねえ。」
俺は一呼吸置き、もう一度考える。
「悪くねえな、その案。」
そう言って、友人にニヤリと笑い返した。
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:41:00.05 ID:Wi3a/Y4uo
「お。意外だな。てっきり『他にいい案はねえのか』とでも言うと思ったが。」
「最初はそう思ったがな。……それも一興と思い直したんだ。」
「そうか。なら確か近々募集があるみたいだったから、情報を集めて置いたらどうだ?」
「おう、そうしてみるぜ……」
キーンコーンカーンコーン……
そうしているうちに、予鈴が響いた。
「おっと、そろそろ午後の授業だな。じゃあ、俺はもう帰るわ。」
「ああ。また明日。」
そう言って、俺は友人と別れた。
さてと、帰る前に校内の掲示板でも確認してみるか。
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:42:29.35 ID:Wi3a/Y4uo
その後、俺は風紀委員の募集に応募し、適正試験と研修をパスして、正式に任命された。
風紀委員は治安維持組織だが、やることはそれほど大したものではない。
学校周辺における探し物の依頼、諍いの仲裁、放課後に徘徊する生徒の取り締まり。
時折万引き犯のような軽犯罪者の取締りなどもやることはあるが、基本的にはまさに雑用係であった。
だが、これがなかなか充実していやがる。
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:44:11.82 ID:Wi3a/Y4uo
確かに地味な活動ばかりだし、労力の割には報われないところが多かった。
それでも、時折仕事の上で感謝を向けられると、
自分が大なり小なり誰かの役に立っているという実感ができて、嬉しく思った。
「やれやれ、俺がこんなことを考えるとは、飾利に毒されたのかね。」
あいつがここにいたら、俺と同じように風紀委員に入っただろうか。
……無理かな。
あいつ身体能力は低かったし、適正試験の体力テストで落とされるのがオチだろう。
97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/23(水) 23:44:58.76 ID:Wi3a/Y4uo
ぼんやりと考えていたら、完全下校時刻を伝える放送が響く。
風紀委員の任務も、今日はこれにて終了だ。
「っと。俺もそろそろ帰るとするか。」
今日も疲れた。帰って一杯引っかけるか。
……酒じゃねえぞ。俺は未成年だし、風紀委員だし。
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:05:03.28 ID:+VJVaTs+o
「ん?あれは……」
すっかり暗くなった帰り道を歩いていると、道路の向こうに人影を見つけた。
俺と同い年くらいの、一人の少女だった。
長めの茶髪が特徴的で、顔立ちは遠目に見ても端正であることが分かった。
だが、何やら様子がおかしかった。
もう完全下校時刻はとうに過ぎたというのに、少女は寮のある地域とは反対方向に歩いていた。
急いでいる様子でもなかったので、忘れ物を取りに行ったというわけでもなさそうだ。
さては夜遊びか。
全く、可愛い顔して悪い奴だな。
だが、俺に見つかったのが運の尽きだ。きっちり注意して、寮に送ってやる。
そう思い俺は、サービス残業のために少女の後を追うことにした。
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:06:40.79 ID:+VJVaTs+o
「えーと、確かこっちに行ったな。」
俺は少女の後を追い、路地裏に入り込んだ。
てっきり繁華街に遊びに行くものかと思いきや、少女は人目に付かない場所に入り込んでいった。
やがて少女は、郊外にある廃ビルの中に入っていった。
一体何が目的なんだ。
逢引にしては随分ムードの無い場所だが……
ここにいても分かるわけではない。俺もビルに入ることにした。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:08:37.10 ID:+VJVaTs+o
中に入ってしばらくして、廊下の向こうから声が聞こえるのに気付いた。
声は少女のものと思われる女の声と、複数人の男の声。
何やら争っているようにも聞こえる。
おいおい、もしかしてあの少女、かなりピンチなんじゃねえの。
今ならまだ、ここから逃げ出すことも可能だろう。
だが、あの少女がこの後ここで悲惨な目に遭っても寝覚めが悪い。
何より一度こういう現場に出くわしておきながら、放っておくことはできなかった。
「頼むから無事でいてくれよ……」
俺はそう祈りつつ、声のする方向に近づいていった。
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:09:53.04 ID:+VJVaTs+o
「風紀委員だ!テメェら大人しくしろ!!!」
俺は彼らの声が聞こえた部屋に押し入り、腕章を見せ付けた。
「あん?誰だお前?」
部屋の中に立っていた人物がこちらを向く。先程の少女だった。
だが、先程とは違う点があった。
少女の全身は、真っ赤な液体で汚れていた。
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:13:10.64 ID:+VJVaTs+o
それだけではない。
この部屋全体が、真っ赤な液体で覆われていた。
辺りに漂う臭いから、それが血であることがすぐに分かった。
「あーあ、どうすんだよこれ、一般人に見つかっちまってよ。
しかもよりによって風紀委員かよ、めんどくせえ。
ったく、お前らクズはクズらしく、とっととぶち殺されてりゃいいってのに、
無駄に抵抗してくるからこうなるんじゃねえか。」
少女は俺の姿を見て、さも面倒そうにぼやいていた。
床には、いくつもの物体が転がっていた。
それは、人間の死体だった。
あちこちのパーツが欠損してはいたが、断面からはみ出る臓物はまだ新しく、
それらの死体が先程まで生きていたことをうかがわせた。
「おいおい、一体どうなっていやがる……!!!」
俺は声と表情こそ冷静を装ったが、
実際は凄惨極まりない光景と咽返る様な死臭に、今にも嘔吐しそうであった。
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:15:36.06 ID:+VJVaTs+o
「う、うあ……」
床に転がっていた男が呻き声をあげる。
その男も、身体のあちこちが欠損していたが、まだ息があったようだ。
「何だ、まだ生きているのがいたのか。」
少女は声を聞くと、息も絶え絶えの男の元に歩み寄った。
「ぐげっ!!!」
「あのなあ、一般人を消すってのは、テメェらみてえに殺して死体片付けてはいおしまいとはいかねえんだよ!!!
証拠の隠滅やら警備員共を誤魔化すのやらにどれだけの手間と金がかかるか分かってんのか!!!???
しかもそれを誰がやると思ってやがるんだ!!!
最期の最期まで手間掛けさせやがってこのウジ虫どもがよおおお!!!!!」
少女が男の頭を踏みつけ、恐ろしい声で恫喝した。
「ヒィ!た、頼む……助k」
「豚が人間の言葉を喋るな。消えろ。」
男が命乞いの言葉を言い終わらぬうちに、少女はビームの様な攻撃で男の頭を消し飛ばした。
首の断面から、真っ赤な血が噴き出し、少女の身体を更に赤く染めた。
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:17:29.01 ID:+VJVaTs+o
「さてと、後はお前か……」
男を殺し終えた少女が、こちらを向いた。
端正な顔に恐ろしく残虐な笑みを浮かべて。
「ぐ……」
「悪く思うなよ、こっちも仕事なんだ。恨むならこんなところにノコノコ入ってきたテメェを恨めよ。」
少女がゆっくりと、こちらに向かって歩み寄ってきた。
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:19:23.15 ID:+VJVaTs+o
俺は、目の前の少女が何者だとか、
少女は何故男達を殺していたのだろうとか、
今ここで風紀委員として俺はどうするべきなのかとか、
そんなことは一切分からなかったし、考える余裕などありはしなかった。
だが一つだけ、分かったことがある。
目の前の少女は、恐ろしい怪物だ。
話して分かる相手ではない。
戦って勝てる相手ではない。
今すぐこの場を去らないと、間違いなく殺される。
「ちっ、くしょおおおおおおおお!!!!!!」
俺は、恥も見栄も外聞もなく、その場から、一目散に逃げ出した。
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:20:48.26 ID:+VJVaTs+o
「おいおい、さっき部屋に踏み込んできた時の威勢はどうした!!!???
無様にケツまくって逃げてんじゃねえぞタマナシヘナチン野郎があああ!!!!」
少女は後ろから罵声を投げつけ、あの恐ろしいビームを撃ちながら追いかけてきた。
「うおっっっ!!!」
ビームが紙一重のところで俺の真横を掠めて行った。
通り道にあったコンクリートの壁は、綺麗に消し飛んでいた。
あんなものを食らえば、俺も先程の男達の二の舞だ。
「冗談じゃねえ……こんなところで死んでたまるかよ……!!!」
[ピーーー]ない、死ぬわけにはいかない。
俺は迫りくる恐怖を生への執着で必死に塗りつぶし、竦みそうな足を進めていた。
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:21:45.02 ID:+VJVaTs+o
「よし、ここを抜ければ……」
少女の追跡を必死で掻い潜り、俺は階段付近にまでやってきた。
ここを出たらすぐ、警備員に連絡しねえと。
あの少女をこのままにはしてはおけねえし、そもそも俺の命も危ない。
だが、次の角を曲がったところで、
「!!!マジ、かよ……!!!」
階段が、瓦礫で塞がれていた。
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:23:52.67 ID:+VJVaTs+o
先ほどからの少女のビームで、ビルが崩れたのだろうか。
これでは、この階段を使うことは出来そうもなかった。
この廃ビルでエレベーターなど作動しているわけがない。
窓から飛び降りるにはあまりに高すぎる。
もう一か所の階段があるだろう方向からは、少女が追いかけてくる。
「オラオラオラァァァ!!!無様に隠れてんじゃねえぞこの皮被りが!!!
出てきて少しは抵抗してみせろってんだよ!!!
ただ吹き飛ばすだけじゃつまらねえんだからよおおお!!!」
少女の声が近付くとともに、破壊音が響いてくる。
どうやら周囲の部屋を確認次第片っ端から消し飛ばしているようだった。
完全に袋小路だった。
「クソッタレ、腹を括るしかねえな……!!!」
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:25:16.87 ID:+VJVaTs+o
俺はすぐ近くの部屋に逃げ込み、身を潜めていた。
ここまで逃げてくる間に、気付いたことがあった。
あの少女の放ってくるビームは、威力は恐ろしいが、弾幕状には放ってこない。
おそらく一発ごとの照準調整を精密にやらないといけないのだろう。
なら、そこに付け入る隙があるかもしれない。
俺は息を殺し、少女がこの部屋に入ってくるのを待った。
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:26:52.15 ID:+VJVaTs+o
「さあーて、残るはこの部屋だけか。一体どこに隠れているのかにゃーん?」
静かな部屋に、無機質な靴音と、少女の恐ろしい声が響く。
少女はゆっくり歩き、俺の姿を探していた。
やがて俺が隠れている瓦礫の陰に近づいてきた。
「(今だ!!!)」
俺は少女に暗黒物質を投げつけた。
これで攻撃できるわけではない。隙を作るだけのただのハッタリだ。
「!!!」
俺は少女が暗黒物質を避けようとする、その一瞬の隙をついて、
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「チッ、しまった!!!!!」
少女に殴りかかった。
が、
「なーんてな、見え見えなんだよダボが。」
俺の拳は、いとも簡単に少女に受け止められてしまった。
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:29:16.97 ID:+VJVaTs+o
「ふん!!!」
少女は俺の腕を掴み、そのまま片手で俺を壁際に投げつけた。
「ぐふっ!!!」
一瞬息ができなくなり、俺は咳きこんだ。
体勢を立て直す暇もなく、俺は少女に片手で胸倉を掴まれ、そのまま吊り上げられた。
「ぐっ……」
「私に『原子崩し』を撃たせなけりゃ勝機があるとでも思ったか?
肉弾戦に持ち込めば何とかなるとでも思ったか?
当てが外れて残念だったな。
別に能力なんぞ使わなくても、テメェごときこの身一つで十分なんだよ!!!」
少女が俺を壁に叩きつけ、拳を俺の腹に突き刺した。
「が、っ……!!!」
それは、少女の可憐な風貌からは想像もできないほど重い拳だった。
「ゲフッ!がはっ!ごほっ!」
少女の拳が、膝が、俺の全身に降り注ぐ。
そのたびに俺は、くぐもった声をあげた。
「ひゃははははは!!!散々手間取らせてくれたんだ!!!
楽には殺してやらねえぞ!!!!!」
月明かりに照らされた薄暗い廃ビルの一室に、少女の狂った高笑いがしばし響き渡った。
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:31:31.88 ID:+VJVaTs+o
「ふん、適当に汗もかいたし、そろそろ片付けて帰るか。」
少女はぽつりと呟き、俺を床に投げ捨てた。
「……ぐ…………」
全身ズタボロの俺は、受け身も取れず、そのまま叩きつけられた。
「じゃあな。」
少女が俺に、例のビームを撃ちこもうとしている。
ああ、あれを食らえば、俺は跡形もなく消し飛ぶだろうな。
俺はどこかぼんやりと、目前に迫る『死』を眺めていた。
「(すまねえな、飾利……どうやら俺はここで死んじまうらしい……)」
「(最期にもう一度、お前に会いたかったな……)」
俺はゆっくりと目を閉じた。
直後、少女の手元からビームが撃ちだされた。
そのまま、俺の意識は闇に落ちて行った。
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:33:29.97 ID:+VJVaTs+o
……???なんだ、こりゃあ?
俺は気が付けば、何もない真っ暗な空間にいた。
光も、音もない。
俺の意識だけがそこにあるような状態だった。
俺はどうなったんだ?
あのまま死んで、死後の世界ってやつに来ちまったのか?
だとすれば、あの世ってのは随分退屈なところなんだな。
そんなことを考えていたら、目の前の空間に人影が出現した。
自分の姿すら確認できないこの空間の中で、何故だかそいつの姿だけがはっきり認識できた。
俺は、その人影に見覚えがあった。
「(飾利……)」
目の前のそいつは、確かに飾利の姿をしていた。
いつか見た時と同じく、天使の様な微笑みを浮かべて。
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:34:43.62 ID:+VJVaTs+o
勿論目の前のこいつが飾利のわけはない。大方、幻の類だろう。
本人は今も学園都市の外で暮らしているのだから。
だが、わざわざ飾利の姿を取って俺の前に出現するとは、幻のくせにサービスが行き届いてやがる。
「(どうせだったら、その姿のまま俺に愛の言葉でも囁いてくれれば、もっと有難いんだがな……)」
この期に及んでまだそんなことを考える自分に自嘲しつつ、目の前の『飾利』に目を向けた。
やがて『飾利』は口を開き、言葉を紡ぎだした。
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:39:00.17 ID:+VJVaTs+o
『…………fhbdosfhvn .xghhloaifhdhnvg;asroltjs;,c/zsdrpt6i435fnva:/ou4hrnw;ngwo;o5ujhtwnfg;se5uj;tfnsgr8g5h48g48h4sh4d9w
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120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:39:57.18 ID:+VJVaTs+o
な、何だ?こいつは何を言ってやがる???
目の前の『飾利』が発した言葉は、何らの法則性も見出せない、理解不能な言語だった。
全く意味が分からねえ。そもそも意味なんかあるのか?
俺の困惑と呆れをよそに、『飾利』はなおも意味不明の言葉を紡ぎ続けた。
すると、『飾利』の背中から何かが広がった。
それは、天使の様な6枚の白い翼だった。
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:42:17.68 ID:+VJVaTs+o
その翼を見た瞬間、俺の中の何かが覚醒した。
さっきまで意味が分からなかった『飾利』の言葉が、手に取るように理解できた。
俺は『飾利』の発する異界の言語を、頭の中でこの世界の言語に翻訳していく。
翻訳した言語は、式の様なもので書き表すことができた。
普段の俺であれば見ただけで頭痛を起こしたであろうほどの膨大かつ難解な方程式。
だが、今の俺はそれらを、自分でも驚くほどの速度で解析していった。
やがて全ての式を解析し、解に辿りついた。
その瞬間、再び俺の意識は闇に落ちて行った。
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:43:17.65 ID:+VJVaTs+o
「テ、テメェ何なんだそれは……?」
少女の声が聞こえる。
先ほどまでとは違う、驚愕と、狼狽の混じった声色だった。
「(……俺は、まだ生きているのか?)」
さっきの幻は、実際の時間にしてみればほぼ一瞬だったようだ。
全身の痛みに意識が覚醒させられる。
相変わらず全身ガタガタで、ろくに動けそうもない。
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:45:10.79 ID:+VJVaTs+o
あの瞬間、『飾利』が俺に伝えたもの。
それは、教科書に書いてあることを悉く否定する、奇天烈な物理法則と、それらを加不足なく解き明かす方程式だった。
「(あの一瞬、確かに俺は、それら全てを理解した……)」
今この瞬間もそれらを覚えているし、理解できている。
だが、そいつが一体何だって言うんだ?
そもそも何故俺は生きている。
目の前の少女が、俺を殺すことを中断するとは思えない。
そう思い、俺はゆっくりと目を開き、少女の声がした方を向いた。
そこに映ったのは、
「何なんだよテメェのその翼はよおおおおお!!!!!!」
信じられないものを見たとばかりに絶叫する少女と、
俺を包み込むようにして防御していた、自分の背中から生えた、天使の様な白い翼だった。
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:49:44.10 ID:+VJVaTs+o
俺の背中に生えていた翼は、さっき見た『飾利』に生えていたそれと、瓜二つであった。
おいおい、確かに何なんだこいつは?
俺はあれか?実は死んでて天使にでもなってたのか?
だが全身の痛みが、そんな馬鹿な考えを吹き飛ばす。
それでもこの翼は、紛れもなく俺のものだった。
その証拠に、俺の頭には翼越しに膨大な量の情報が流れ込んできていた。
そこから得られる情報は、五感から得られるそれを遥かに超えた量と質だった。
この世界の有様が手に取るように分かる。
この翼は、この翼を構成する『モノ』は、まるで超越者の『眼』だった。
俺は翼から取り入れた情報を元に演算を行い、翼を『振るった』。
「うおっ!!!」
ただそれだけで、少女の身体は木の葉のように宙を舞った。
少女はそのまま、地面に叩きつけられた。
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:50:45.48 ID:+VJVaTs+o
「な、なめてんじゃねえぞこのメルヘン野郎が!!!」
少女が起き上がり、ビームを放ってくる。
だがそれも、俺の翼には傷一つつけることはできなかった。
「どうなってやがる!!!???
私の『原子崩し』で貫けないものだと!?
そんなもの、見たことも、聞いたこともねえよ!!!!!」
少女が悔しげにわめき散らす。
俺は今この瞬間、全てを理解していた。
『飾利』の告げた奇天烈な物理法則の意味を。
俺の能力の本質を。
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:51:45.73 ID:+VJVaTs+o
形勢は完全に逆転した。
もはやこの少女は、満身創痍の今の俺にすら、脅威とはなりえない。
「ちきしょおおお!!!!!
こうなりゃこのビルをぶっ壊して、テメェを生き埋めにしてやんよおおお!!!!」
少女は怒りで完全に我を失い、所構わずビームを撃ちまくった。
「(まずいな……早々にケリをつけねえと本当に生き埋めだ……)」
俺は倒れたまま更に演算を組み、少女を攻撃する準備を立てた。
その時、
「そこまでにしておきたまえ、麦野嬢。そのままでは君も、私達も生き埋めになる。」
部屋に入ってきた何者かの声が、俺達の手を止めた。
入ってきたのは、白衣を纏った、いかにも学者然とした風貌の、白髪の小男だった。
男の後ろには、さっき少女が虐殺していた男達と同じくらいに武装した連中が、数人控えていた。
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:52:48.21 ID:+VJVaTs+o
「『メンバー』……統括理事長の狗が、横からしゃしゃり出てきて何の用だ?」
少女が忌々しげに男を睨み付ける。
「何、つい先程その統括理事長から緊急命令が下されてね。
そこに倒れている少年を『回収』に来たのだよ。」
白髪の男は少女の視線を受け流し、淡々と回答していく。
「ふむ……」
白髪の男は部屋を見渡し、床に落ちていたものを手袋越しに拾い上げた。
それは、先程俺の翼から抜け落ちたものだろうか、白い羽根のようなものだった。
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:54:05.77 ID:+VJVaTs+o
「なるほど、実に興味深い。こうして観察するだけでも退屈しない。
先の報告書に目を通した時には、浪漫を感じたと同時に懐疑も生じたが、
これならば『この世界に存在しない物質』と言われても納得がいく。
これが『暗黒物質』か。いや、既にその言葉本来の意味合いからは離れている。
同じ『ダークマター』でも、こちらはむしろ『未元物質』と言ったところか。」
白髪の男は、一人納得したように頷いていた。
「博士、そろそろ……」
「うむ、そうだな。垣根少年を『回収』したまえ。」
白髪の男の命令を聞き、武装集団が俺を担架のようなものに乗せ始めた。
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:55:27.81 ID:+VJVaTs+o
「おいテメェら、何私を無視して話を進めてやがる?
そいつは私がこの手で引き裂いてぶち殺してやるって決めてんだ。
邪魔するようならテメェらから消し炭にしてやってもいいんだぞ?」
少女が男達に殺意の篭もった視線を投げつけた。
それだけで武装集団達は短く悲鳴を上げたが、白髪の男はまるで動じた様子が無かった。
「そう急くことは無いよ、麦野嬢。今の君では彼に勝てない。
それに私達にも彼を害しようという意向は無い。
ここで私達と事を荒立て、アレイスターに目を付けられても、得はあるまい。」
「チッ……!!!」
少女は一瞬忌々しげに顔を歪めたが、それ以上は食いつかなかった。
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:57:04.82 ID:+VJVaTs+o
「おい。お前、垣根とか言ったな。」
少女が白髪の男から視線を外し、俺のほうを向く。
「今日のところはこの辺にしておいてやる。
だがな、覚えておけ。
お前はいつかこの私が、麦野沈利がこの手で直々にぶち殺しに来てやる。」
少女は一方的にそう言うと、この場を去っていった。
「さて、では我々も引き上げるとするか。」
白髪の男達も、俺を担架で運び出し、この場を後にした。
俺の長い夜は、もう少し続きそうであった。
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/24(木) 21:59:10.46 ID:+VJVaTs+o
今日はこの辺で。
指摘があったけど、『暗黒物質』表記は別に間違えてたわけじゃないんだ。
まあ、博士を『未元物質』のゴッドファザーにしたかったから以上の理由は無いんだけど。
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:03:03.56 ID:YaJKQ5lmo
あの後俺は、こいつらに運ばれて、どこかの建物に連れて行かれた。
察するに、こいつらの隠れ家といったところだろう。
そこで俺は、医務室の様なところに通され、応急処置を受けた。
「傷の方はどうだね、垣根少年。」
先程の白髪の男…博士が医務室にやってきた。
「ああ、まだあちこち痛むが、大分ましにはなった。」
「そうか。それなら何よりだ。」
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:08:54.78 ID:YaJKQ5lmo
「で、何で俺をここに連れてきた?
お前らどう見ても俺を助けに来たようには見えねえぞ。
統括理事長の命令だのと言っていたが、正直キナ臭えとしか思えねえ。」
「それだけ口が利けるなら十分だろう。では、これを預けておこう。」
そう言うと博士は、通信機のようなものを取り出し、手近な机に置いた。
「そいつはアレイスター…統括理事長に直接繋がるようになっている。
私はすぐに退室するから、君一人で会話するといい。」
博士はそう言いつつ、出口に向かい、言葉通りすぐに退室した。
「…………」
俺は通信機のスイッチを入れ、向こうと繋がるのを待った。
通信機はすぐに、相手と繋がった。
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:13:57.20 ID:YaJKQ5lmo
『はじめまして、垣根帝督。通信機越しで失礼だが、自己紹介しておこう。
学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーだ。』
通信機から相手の声が聞こえる。人物像が全く想起出来ない、得体の知れない声だった。
この男(それとも女か?性別すら見当がつかねえ)が統括理事長か。
しかし、アレイスター=クロウリーときたか。
科学の総本山たるこの学園都市の親玉のくせに、
20世紀最高の黒魔術師なんてオカルト野郎と同姓同名を名乗るとは、なかなかふざけた野郎だ。
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:20:54.36 ID:YaJKQ5lmo
「垣根帝督だ。まどろっこしいことは好きじゃねえから、単刀直入に聞く。俺に何の用だ?」
『焦ることは無い。物事には順序というものがある。』
アレイスターは、幼子を諭すように語り掛けてきた。
「御託はいい。とっとと答えろ。」
俺は苛立ち紛れに吐き捨てた。
俺としては、こんな得体の知れない野郎との会話など、速やかに切り上げたかった。
『ふむ。まあいいだろう。ではまず君の作り出す物質についてだが、あれについて分かったことがある。』
「何だ?」
『あれは、「本来この世界に存在しない物質」だ。
それゆえこの世界の物理法則には従わないし、
既存の物質も干渉を受けると、同様に異界の物理法則に従って振舞う。
博士は「未元物質」と表現していたが、なかなか云い得て妙だ。
君の能力は、「未元物質を作り出し、操作する」ものといっていい。』
「そいつはまた、常識の通用しねえ能力だな。」
本能では理解できていても、実際に言葉にされると、なんとも信じがたい話だ。
しかし、そんな科学ともオカルトともつかない代物まで「科学」として取り扱っちまうとは、
学園都市の科学力は、本当に恐ろしい。
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:25:49.19 ID:YaJKQ5lmo
『それと、先程の君と原子崩しとの戦闘データを元に、勝手ながら簡易的に君の身体検査を行ってみたよ。
結果、強度は「5」と評価された。』
いつの間にそんなことしてやがった。
『しかも君のデータは実に素晴らしいものだったよ。
同じ超能力者でも、第三位以下とは一線を画すほどのものだった。
これなら「第二候補(スペアプラン)」としても十分及第点に到達している。
おそらく君以上の能力者は、この学園都市において
「第一候補(メインプラン)」…第一位を除いて他にはいない。』
「待て、『第一候補(メインプラン)』に『第二候補(スペアプラン)』だと?その『プラン』ってのは、一体どういうものだ?」
『今の君は、知らなくていいことだ。』
「ふざけるな。さっきの『博士』とか呼ばれていた奴みてえなキナ臭え連中を駒に使っていた奴のことだ。
その『プラン』はおそらく、いや、間違いなくろくでもねえものに決まっているだろう。」
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:27:15.23 ID:YaJKQ5lmo
『否定はしないよ。』
「なら尚更ふざけるなだ。
そんな得体の知れねえ、しかも絶対にろくでもねえ『プラン』とやらに、
たとえ『第二候補』という形でも、俺が協力するとでも思ったか?
いや、その前に、風紀委員である俺が見過ごすとでも思ったか?」
俺が超能力者の第二位と評価されたこととか、
俺が『第一候補』である第一位の保険の人材に過ぎないとか、
そんな瑣末な話はどうでも良かった。
学園都市の親玉が、そんなふざけたことを考えている野郎だという事実が、一番の問題だ。
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:29:09.89 ID:YaJKQ5lmo
『ふう。君から進んで協力を申し出てくれれば一番良かったのだが、やはりそううまくはいかないものだな。』
「いい加減にしろ。俺はもう帰るぞ。
もちろんその後、テメェがろくでもねえことを考えているキチガイ野郎だってことも、
風紀委員や警備員達に報告してやる。そうすりゃ、テメェも終わりだ。」
これ以上この異常者と話すことなんざねえ。
俺はまだ痛む身体を起こし、通信機のスイッチを切ろうとした。
『仕方ないな。それならば、交渉人の力を借りざるを得ない。』
そんな俺に、アレイスターはそんなことを言いやがった。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:31:09.55 ID:YaJKQ5lmo
「交渉人だと?無駄だ。誰に説得されようが、俺はテメェに協力する気はねえ。」
『ふむ、交渉人というのはいささか大げさな物言いだったな。
ただ君の親しい人達を、交渉の場に召喚するだけなのだから。
だがそうすれば、君とてもう少し私の話を聞く気になるだろう?』
「!!!このクソ外道が……!!!!!」
その言葉の意味を理解し、俺は奥歯を強く噛み締めた。
何が交渉人だ。どこまでもふざけやがって。
そいつはつまり、人質ってことじゃねえか。
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:33:51.28 ID:YaJKQ5lmo
『そのように評されたのは初めてではないから分かっているよ。
だが、私は私の信じる幻想のために、歩みを止めるわけにはいかないのだよ。』
「ほざけ!!!そこまでして進める『プラン』に、何の意味がある!!!
そんなどこまでもふざけくさった幻想、ぶち壊したほうがましだ!!!」
『君の言う通りだとも思う。しかしそれでも、私には必要なものなのだよ。』
俺の罵倒にも、アレイスターは何の感情も窺えない口調で答えた。
『少し頭を冷やしたまえ、垣根帝督。
それとも、誰か交渉人をこれから連れてきた方が、頭は冷えるかい?
例えば、外の世界に置いてきた、君の友達などどうだ?
そう、名前は確か、初春飾利……だったかな?』
「テメェ、どこまで本気で言ってやがる……!!!!!」
飾利の名前を聞いて、俺の頭は冷えるどころか、我を忘れるほどに沸騰した。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:35:36.84 ID:YaJKQ5lmo
『全て本気だよ。外の世界にも我々の協力者は多数いる。
彼らの力を借りれば、外の世界の少女の一人、拉致するのは容易い。
もっとも彼女は学園都市への入学を希望しているようだから、
今すぐ召喚する必要は無いかもしれないな。
勿論その際は、統括理事長として彼女の入学を歓迎するさ。』
「この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
飾利に手を出してみろ!!!!!
テメェら全員、愉快な死体にするくらいじゃすまさねえぞ!!!!!!!」
俺は傷に響くのにも構わず、腹の底から吼えた。
憎悪だけで人が殺せるのなら、通信機の向こうにいるクソ野郎は、一体何度殺せるだろうか。
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:38:46.96 ID:YaJKQ5lmo
『いくら吼えても詮無きことだよ、垣根帝督。
そもそも君に選択の余地など無い。
君も、君の大事な友達の運命も、私のさじ加減でどうとでもできるのだから。』
「……なら、そうして俺を脅して、お前は俺に何をさせようってんだ?」
俺は出来る限り冷静に言葉を搾り出した。
もちろんそれは表面上の話で、腹の中の怒りは、収まるどころか膨張を続けていた。
『君には、博士の率いる「メンバー」に所属してもらう。
そこで君は、私の指示の元に、学園都市の治安維持に従事してもらう。
そこで活動を続ければ、君の能力も一層鍛えられるだろうしね。
そうそう、先程君と交戦した原子崩しも、同様の組織を率いているのだよ。』
それで合点がいった。
あの少女が行っていたのは、虐殺という名の治安維持活動だったのだ。
そして通信機の向こうの相手、アレイスターも、俺に同様の活動を要求している。
まさか風紀委員として活動していた俺が、そんな汚れ仕事を強要されるとはな。
だが、かといって選択の余地も無かった。
ならば、毒を食らわば皿までだ。
「……アレイスター。俺からも要求がある。」
『何だい?』
「俺をそちら側に引き込むのなら、新しく組織を作らせろ。」
『ほう?』
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:40:36.42 ID:YaJKQ5lmo
「その組織は、有事の際や、俺でなけりゃならねえ任務であればお前からの指示に従う。
だが、そうでない任務に関しては、ある程度選り好みさせてもらう。
それと、組織の構成員の候補生達の資料も寄越せ。無ければ作って寄越せ。
構成員も俺が自分で選んでスカウトする。」
『ふむ、私としては君がこちらの思惑通りに働いてくれれば、
君の要求を飲むことは問題ないが、どういうつもりだ?』
アレイスターは疑問を投げかけてきた。
分からないからというよりは、分かっていてあえて俺の口に出させたいという様子だった。
「ハッ、決まっているだろう。」
「いつかテメェの寝首を掻くためだ。」
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:42:00.30 ID:YaJKQ5lmo
『それは興味深いな。そうでなくては私も面白くない。』
アレイスターは、少しだけ感情を覗かせる声で話した。
その感情は、『愉悦』だった。
『いいだろう。君の要求通りに手配しよう。辞令は後日君の元に通達する。今日はゆっくり休みたまえ。』
アレイスターとの通信は、そこで途切れた。
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/25(金) 22:43:41.93 ID:YaJKQ5lmo
「通信は終わったようだね。」
通信が切れると同時に、博士が部屋に入ってきた。
「少し残念だよ。私としては君の能力は大変興味深かったから、是非私の元で働いてほしかったのだが。」
「盗み聞きかよ、趣味が悪いな。」
「最後の方だけだよ。頃合かと思って訪ねた際に、偶然聞いただけだ。」
俺の嫌味に、博士は薄く笑った。
「そろそろ夜が明ける。アレイスターが君に用意した新しい住居まで部下に送らせよう。
今日はそこでゆっくり休むといい。
君とは近いうちにまた会うだろう。では、ごきげんよう、垣根少年。」
そう一方的に言い、博士はまた部屋を出て行った。
俺はこの日、学園都市第二位という称号を得た代わりに、日の当たる世界での生存権を失った。
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:24:57.02 ID:xPzeoFsio
あれから、何年かの時が過ぎたある日。
「ぎゃあ!」
薄暗い路地裏で、俺は数人の男達を追い詰めていた。
男達は、学園都市の機密事項を秘密裏に入手し、それを外の世界に売り飛ばそうとしていた。
そこを例によって迎電部隊あたりに掴まれ、俺達に抹殺命令が下されたというわけだ。
「ケッ、雑魚が。もう終わりかよ。歯応えのねえ。」
俺はいとも簡単に男達を始末し、最後の一人を追い詰めた。
「ま、待ってくれ!まだ情報は流してねえ!もうこんなことはしねえ!だk」
男の言葉を待たず、俺は翼で男の心臓を貫いた。
「うっし、今日のお仕事、完了。」
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:26:06.26 ID:xPzeoFsio
あの後、俺の元にアレイスターから辞令が通達された。
内容は、組織の立ち上げの命令、及びそれへの所属命令だ。
組織の活動内容は、既存のものでも様々ではある。
治安維持、情報統制、不穏分子の監視と粛清、アレイスターの小間使い。
ただ、どの組織も血生臭い荒事によりそれを行うものが大半であった。
そうした汚れ仕事を請け負う組織を、上層部はまとめて「暗部組織」と呼んでいた。
俺は奴から送られてきた候補生のリストを元に、
俺以外の主要構成員3名と、裏方の連中をスカウトし、新しい暗部組織を立ち上げた。
組織名は「スクール」。
まともな学生生活を送れなくなった俺には、皮肉な組織名だった。
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:27:07.06 ID:xPzeoFsio
「おっ…と。」
仕事を終えたところで、タイミング良く俺の携帯が鳴る。
「俺だ。ちょうど今仕事が終わったところだ。」
『お疲れ様。私達の方もさっき済んだわ。
これから第三学区のアジトに向かうから、そこでミーティングをしましょう。』
「おう。じゃあ、今すぐ行くぜ。」
俺は翼を広げ、目的の場所に文字通り飛んで行った。
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:28:33.79 ID:xPzeoFsio
「よう、全員揃っているようだな。」
俺がアジトに着くと、俺以外の主要構成員達は既にくつろいでいた。
「おかえりなさい。ふふ、あなたが一番遅かったわね。」
ソファに腰かけていた派手なドレスの少女…心理定規が、こちらにウインクしてきた。
「お疲れ様です、垣根さん。」
冷蔵庫を漁っていたゴーグルの男も、手を止めずにこちらを向く。
「……では、そろそろ始めるのか。」
銃の手入れを行っていた男…砂皿緻密は、こちらを見ずに呟いた。
「じゃあ、今日のミーティングだ。……といっても、作戦の最終確認くらいだがな。」
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:30:18.44 ID:xPzeoFsio
俺はスクールを立ち上げ、構成員を募った時、重要視した点がある。
1つ目は、無闇に堅気の連中に手を出さないように配慮できること。
汚れ仕事とはいえ、俺達は学園都市を支える裏方スタッフの様なこともやっている。
邪魔をする奴なら別だが、基本的に一般人には手を出さないことを不文律としていた。
2つ目は、リーダーである俺を信じ、指示に忠実に従えること。
組織の中で意見が分裂すると、全体の統制に支障が出てくる。
そして3つ目。これが一番重要なことだが、
俺と共に、アレイスターと戦う覚悟があることだ。
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:32:30.18 ID:xPzeoFsio
そうして集まったのが、こいつらというわけだ。
砂皿だけは緊急補助の人材なのでその限りではないが、
腕っ節と依頼者への忠実性は信頼できる男だと俺が判断したため、今ここにいる。
俺が為すべきことは1つ。アレイスターとの直接交渉権を得て、その席で奴をぶっ倒すことだ。
だが、それは手段であって目的ではない。
全ては、暗部に落ちたあの日、俺が俺自身に課したたった一つの、だが絶対の誓いのために。
あいつを、飾利を守るために。
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:34:21.47 ID:xPzeoFsio
飾利が本当にこの街に来たのかは知らない。
少なくとも暗部においてはその名は聞こえてこない。
ただ出来れば、この深い闇を抱える街には来ていてほしくはなかった。
だが、あいつが今どこでどうしていようとも、アレイスターの監視下にいるのは間違いない。
あいつを守りきるためには、奴を倒すことは避けられない。
そのために俺は、これまで準備をしてきた。能力を鍛えてきた。
その過程で、この手を血で真っ赤に染め上げてきた。
殺した人間の数など、とうに両の手で数え切れなくなっていた。
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:36:09.42 ID:xPzeoFsio
今の俺を見たら、飾利は何と思うだろうか。
俺を恐れるだろうか。
俺を嫌うだろうか。
俺を非難するだろうか。
俺を、止めてくれるだろうか。
だが、もう俺は、後戻りの出来ないところまで来てしまった。
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:39:37.47 ID:xPzeoFsio
血に染まったこの手では、二度とあいつの頭を撫でてやれないだろう。
闇に曝され続けたこの身体では、二度とあいつと共に陽の当たる世界を歩けないだろう。
それでもいい。
この手であいつの頭を撫でてやれなくても、あいつの敵を[ピーーー]ことはできる。
たとえ共に歩いていけなくても、あいつが陽だまりの元で笑っていられるならば、俺はそれだけで救われる。
恐れられても構わない。
嫌われても構わない。
非難されても構わない。
まして、止めてくれることなど願わない。
あいつが、飾利が幸せなら。ずっと笑っていられるなら。
俺は地獄に落ちても構わない。
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:42:38.54 ID:xPzeoFsio
計画実行を間近に控えたある日、俺は、一人で街中を歩いていた。
現場の今一度の下見と、高揚しがちな気分を落ち着けるためだ。
街中には、多くの学生が溢れていた。
誰もが今この時を、精一杯楽しんでいるのだろう。
彼らの多くは、この街の深い闇など知らずに生きているのだろう。
そして、それが幸せであることに気付いていないのだろう。
「それでですね、その時白井さんったら御坂さんに―」
「あはは、白井さんったら相変わらずなんだから―」
俺の前を、2人の少女が歩いていた。
少女達もまた、楽しそうに談笑していた。
俺はすれ違う際、彼女らにつられて少しだけ微笑んだ。
162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:44:47.66 ID:xPzeoFsio
「……ひゃー、今の人、凄いかっこよかったねー。学園都市にも、あんなイケメンがいたんだー。」
「……」
「あれ、どうしたのさ初春?ボーっとしちゃって?」
「……あっ、ごめんなさい佐天さん。今の人が友達に似ていたものでしたから。」
「え?初春って男の、しかもあんなイケメンの友達なんていたの?」
「はい、小さい頃、外の世界にいた頃の友達ですけどね。
私より随分前に彼は学園都市に行っちゃって、それきり会っていませんけど。
キザで、かっこつけで、ちょっと意地悪で……でも大好きな男の子でした。
別れ際には、その…告白までされちゃいました。
『いつかお前のところに戻って来る。その時には嫁に来い』なんて。」
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:46:28.38 ID:xPzeoFsio
「へえ、いつか迎えに来るとか、なかなかロマンチックな人だね。
でも今も学園都市にいるなら、そのうち運命の再会とかしちゃったりして?
いやいや、初春もなかなか隅におけないねーこのこのーーー。」
「ちょ、ちょっとー、からかわないでくださいよ佐天さーーーん。」
すれ違った少女達が後ろで何やら話していたが、俺にはもう聞こえなかった。
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:49:25.93 ID:xPzeoFsio
10月9日 学園都市第七学区 窓の無いビル
「ふむ、とうとう彼が動き始めたか……」
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、
アレイスター=クロウリーは、そんなことを呟いた。
「エイワス。」
「何だい、アレイスター。」
アレイスターが虚空に呼びかけると、そこに人間のような存在が出現した。
「大した用事ではないよ。ただ、少し話し相手が欲しくてね。多少時間をいただくが、いいだろうか。」
「元より私に時間の概念はない。君の気が済むまで付き合おう。」
「そうか。」
淡々と答えるエイワスに、アレイスターも短く返事をした。
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:51:18.33 ID:xPzeoFsio
「どうやら、『スクール』が動き始めたようだ。
あの日私の寝首を掻くと息巻いていた彼だが、とうとう準備が出来たようだな。
彼らはピンセットを強奪し、それを用いて滞空回線から私の情報を入手し、
それを元にその後私の元にやってくる手はずのようだ。
つい先程、いくつかの暗部組織を『スクール』討伐に向かわせたよ。」
自身の統治する街でクーデターを起こされたというのに、アレイスターには微塵も狼狽する様子は無い。
まるで、自分の観た映画の話でもしているかのようであった。
「随分と悠長に構えているが、いいのかい?
彼はこの街の第二位であり、『プラン』の第二候補だろう。
彼の行動を、そう簡単に鎮圧できるとは思えないが。」
「『メンバー』……博士では無理だろうね。『アイテム』の原子崩しでも無理だろう。
むしろ彼らに止められる様では、第二候補として落第だ。
彼を止められるとしたら、おそらく一方通行くらいのものだろう。」
エイワスの問いに、アレイスターは、さも当然と言った風に答えた。
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:53:29.78 ID:xPzeoFsio
「『グループ』に今回の案件を通達した以上、彼と一方通行が対峙する可能性は高い。
そうなれば、敗者はおそらく死ぬことになるだろう。
だが、その勝者がどちらであっても、絶対能力者とはいわずとも次のレベルに進める。
そうなれば、『プラン』は更に短縮できる。」
「第一候補と第二候補による血塗られた切磋琢磨か。随分と贅沢な選定方法だな。
だが、もし勝者が垣根帝督であった場合、彼は間違いなく君を殺しに来るだろう。
そうなれば、『プラン』の短縮どころか、最悪破綻すらありえるのではないかい?」
「仔細無い。滞空回線からの情報を元に彼らの実力を分析してみたが、
現段階で垣根帝督が勝利する可能性は極めて低い。
現在の一方通行の状態を差し引いても、彼らの間には尚絶対的と言っていい程の壁がある。
それに、万が一彼が勝利して、私を殺しに来たとしても、私自身が相手をすれば鎮圧は容易い。
むしろ彼が第二候補の域を超えて、第一候補に相応しい力を身につけたかを見極めるいい機会になる。
もし私がそのまま殺されたとしたら……それはそれで一興だ。」
どこからどこまで本気で言っているのか。
それはアレイスター本人にしか分からないことだった。
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/26(土) 19:56:10.29 ID:xPzeoFsio
「一方通行に殺されるか、私に殺されるか、それとも私を殺し、更なる闇の底に沈むか。
いずれにせよ、垣根帝督に待っているのは絶望の未来だけだ。
……いや、もし『彼女』が介入すれば、全く違う結末もありうるかもしれない。
その可能性は、まさしく那由他の彼方だが。」
「彼女?……ああ、『彼女』か。」
アレイスターの言葉の意味に気付き、エイワスもそれに同意した。
「そう、彼女だよ。
彼とは対照的に、学園都市を表の世界から守る者。
自身のホームグラウンドでは、超能力者にも比肩し得る、学園都市の守護神。
一方通行以外に未元物質を止めることが出来るであろう唯一の存在。」
「さて、ここから事態はどう動くか……」
177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:12:01.85 ID:tcgTymYso
同日 スクールのアジト
計画は順調だった。
アレイスターの情報網を掴むために必要だった『ピンセット』も奪取した。
俺達を粛清に来た『メンバー』や『アイテム』の連中も返り討ちにしてやった。
『ピンセット』で掴み取った滞空回線からはある程度の情報も入手できた。
こちらも無傷とはいかなかったが、許容範囲だ。
だが、それでもあの野郎に近づくには足りなかった。
やはり野郎に近づくには、あの男を避けては通れない。
学園都市第一位、一方通行。
アレイスターの『プラン』の中核に座る『第一候補』。
あの男を殺し、俺が第一候補の座に就く。
178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:19:01.16 ID:tcgTymYso
だが、奴との戦いに時間をかけすぎると、アレイスターが俺の鎮圧に飾利を持ち出しかねない。
今は俺を泳がせているんだろうが、そうなってしまえばその時点で俺の負けだ。
なら、野郎が重い腰を上げる前に一方通行を殺す。
第一候補に俺が座っちまえば、野郎は俺を易々と殺せねえし、蔑ろにもできねえ。
必然、俺も奴に近づくチャンスができる。
そして野郎が交渉に飾利を引き合いに出す前に、直接野郎と謁見し、野郎を殺す。
別に奴と戦って負ける気はしねえが、正面から戦うと面倒かもしれねえ。
だったら、一方通行をより速やかに、確実に殺すために、奴のアキレス腱を狙えばいい。
既に調べは付いている。なら後は行動に移すのみだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、標的の元に向かった。
179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:20:25.72 ID:tcgTymYso
俺は標的―最終信号を探して、とあるオープンカフェに来ていた。
その中で、馬鹿でかいパフェを貪っていた少女を見つけた。
間違いない。最終信号と一緒にいた風紀委員の少女だ。
だが、近くに最終信号の姿はない。
まあいい。それならあの少女に直接場所を聞く。
素直に教えればそれでよし。
そうでなければ……容赦はしない。
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:23:01.44 ID:tcgTymYso
「失礼、お嬢さん。」
俺は少女に近づき、出来る限り怪しまれないように営業スマイルを浮かべ、声をかけた。
「はぁ。どちら様ですか?」
俺の言葉に少女も気づき、パフェを食べる手を止め、こちらを向いた。
少女は、セーラー服を着てはいたが、幼さの全く抜けきっていない顔は、まだランドセルの方が似合いそうだった。
「(このガキ、飾利と同い年くらいか……)」
そのあどけない顔に、ふと俺は、あいつの姿を重ねた。
きっと目の前の少女は、この街の闇など知りもしないで生活しているのだろう。
目の前にいる男が、学園都市第二位という外道だということにも、気づいていないのだろう。
俺の問いに対する答え如何で、自分の命運が決まることにも気づいていないのだろう。
今から自分がこの少女にしようとしていることを考え、少しだけ気が引けた。
それでも止めようと考えないあたり、やはり俺は外道なのだろう。
181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:24:19.94 ID:tcgTymYso
「垣根帝督。人を捜しているんだけど。」
俺は営業スマイルを絶やさず、少女に最終信号の写真を見せた。
少女は最初、酷く驚いた様子だったが、俺の顔を見つめると、少し悲しそうな顔をした。
だがすぐにその表情は消え、写真を凝視し始めた。
やがて俺と写真を交互に見比べ、首を横に振って、
「いいえ、残念ですけど、見ていないですね。」
言ってはならない答えを口にした。
182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:25:53.07 ID:tcgTymYso
ああ、残念だ。
こいつは今、嘘をつきやがった。
だったら仕方ねえ、お前は俺の敵だ。
容赦はしねえ。
「そうか。だったらもう少し自分で捜してみるよ。ありがとう。」
俺は少女に笑いかけた後、そのまま踵を返した。
「はい……あ、あの、あなt」
「あ、その前に一ついいかな?」
少女が何かを言いかけたが、俺はそれを聞かず、振り向きざまに、
「テメェが最終信号と一緒にいた事は分かってるんだよ、クソボケ」
少女の身体を、思い切り蹴りつけた。
183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:27:30.87 ID:tcgTymYso
少女の小柄な身体が、地面に投げ出された。
少女は何が起きたかをすぐには把握できなかったらしく、目を白黒させていた。
それでも本能的に起き上がろうとする少女の右肩を、俺は力任せに踏みつけた。
「うぎっ、ああああああああああああ!!!!!!」
少女が激痛に顔を歪め、凄まじい悲鳴を上げた。
何とか逃れようと身をよじるが、俺の足から逃れるほどの力は出せないようだった。
「テメェが嘘をついてることに気付いていないとでも思ったか?甘ぇんだよ。
俺はこれでも一般人には手を出さない主義なんだが、自分の意思で俺の邪魔をするなら話は別だ。
さあ、最終信号の居場所を教えろ。そうすればすぐに解放してやる。」
「うああああああああああああああ!!!!!!」
そう言葉を続ける間も、俺は足に力をこめ続ける。
少女の肩からゴキリと音が鳴ると、少女は更に苦痛の声を上げた。
184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:29:58.41 ID:tcgTymYso
どうだ、痛いだろう、辛いだろう、苦しいだろう、悔しいだろう。
だから、早く喋っちまえ。
俺は脅迫と甘言を足にこめて、更に少女を蹂躙する。
良心というものが痛まないわけではなかった。
たった一人の少女を守ると誓いながら、そのためにそいつと同じくらいの歳の少女を蹂躙する自分を蔑みもした。
それでも、俺は立ち止まるわけにはいかなかった。
たとえ何をしてでも、俺の一番大事なものを守るために。
185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:31:18.93 ID:tcgTymYso
「どうだ、そろそろ喋る気になったか?」
俺は少女に、再び言葉での交渉を行う。
これは最後通牒だと、言外に強い脅しを込めて。
だが、それでも少女は、俺に屈することは無かった。
「…………」
「……、なに……?」
俺は、少女の言葉に眉を顰め、不快感を露わに睨みつける。
「聞こえ、なかったんですか……」
少女は、苦痛に顔を歪め、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでもなお俺を真っ向から睨みつけて、
「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。」
もう一度、俺への協力を拒む言葉を口にした。
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:33:59.55 ID:tcgTymYso
大した度胸だ。
自分が殺されるかもしれないと分かっていながら、なおもこうして俺の前に立ちはだかろうとする。
だが俺には理解できない。誇りと生死を秤にかけるなど、愚かとしか言いようがない。
「何でだ。何でお前はそこまでして俺の邪魔をする。
あのガキはお前には何の関係も無い筈だろう。
お前が身を挺してまで守る義理も無いだろう。
答えろ。殺す前に聞いておいてやる。」
「……あなたは、悪党ですよね?あの子をさらおうとするのも、悪事の為ですよね?」
俺の問いに、少女はなおも気丈な態度を崩さず、逆に俺に問いかけた。
「そうだ。」
俺は躊躇いなく答えた。そんな厳然たる事実、否定する術も理由もなかった。
187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:37:19.15 ID:tcgTymYso
「なら、それだけで理由は十分です。
私は、風紀委員ですから。今のあなたに、協力することなんてできません。
『己の信念に従い、正しいと感じた行動を取るべし』
これは、風紀委員の心得の一つです。この言葉通り、私は、私の信念に従っただけです。」
その言葉は、嫌というほど聞いている。かつて俺も、風紀委員だったから。
まさか、こんなところで再び聞くとは、思いもしなかった。
188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:41:32.02 ID:tcgTymYso
「ほう、この期に及んでそれだけ言えるとは大した奴だ。
だが、『力なき正義は無能』という言葉を知らなかったようだな。
正義を行使する力もねえ奴が、俺みてえな力のある悪党に楯突いたのが間違いだったんだよ。」
もう話すことはねえ。こいつとはここでお別れだ。
俺は少女の肩から足を放し、頭を踏み砕くために振り上げた。
その瞬間。
「そうですね。確かに、そうだったかも知れません。それでも、」
「それでも私は、正義でありたいですから。
たとえ私に力がなくても、悪を見過ごす理由にはなりませんから。
あなたはこの街に来て、変わってしまったのかもしれませんが、
私の信念は、今も昔も変わっていませんよ、『帝督』。」
目の前の少女の姿と、俺の記憶にある『少女』の姿が、完全に重なった。
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:44:46.03 ID:tcgTymYso
俺は少女の言葉に、姿に動揺し、足元が狂ってしまった。
少女の頭を踏み砕くはずだった足は、その数cm横の地面を踏みしめた。
なぜこの少女があいつと重なる。
なぜこの少女があいつの言葉を知っている。
そもそもこの少女は、今俺を何と呼んだ。
馬鹿な、まさか、こいつは、この少女は。
俺は狼狽しながら少女を見下ろした。
ふと見ると、少女のスカートのポケットから何かが転げ落ちていた。
それは、少女の生徒手帳だった。
それには、少女の顔写真と、学校と、名前が記載されていた。
190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:46:39.82 ID:tcgTymYso
『第七学区立柵川中学校 1年○組 初春飾利』
191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:50:54.73 ID:tcgTymYso
「え……、あ……、か、飾利…………???」
その名前を見て、俺は信じられない思いで、その名を呼んだ。。
「帝督…やっぱりあなたは、帝督だったんですね。」
俺の呼びかけに、飾利はボロボロの身体のまま、俺に笑いかけた。
その笑顔は、遠い昔に見た、俺の記憶の中の飾利そのままだった。
俺は、何をしていた?何をしようとしていた?
俺の目の前にいる少女は、俺が殺そうとしていた少女は。
だが、錯乱状態にあった俺に、
「……ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」
更なる追い打ちが、振りかかった。
「もっと面白いことして盛り上がろォぜ。悪党の立ち振る舞いってのを教えてやるからよォ。」
追い打ちを仕掛けてきたのは、一人の少年だった。
その少年は、雪の様に白い肌と髪に、鮮血の様に紅い瞳を持った、
学園都市最強の怪物だった。
192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:54:15.55 ID:tcgTymYso
ずっと邪魔になっていたはずの相手だった。
誘き出そうとしていたはずの相手だった。
殺してやろうと思っていたはずの相手だった。
それなのに、そのはずなのに、俺は、一方通行を前にして、呆然としていた。
完全な錯乱状態にあった今の俺には、奴のことなど考えることなどできなかった。
193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:56:25.09 ID:tcgTymYso
俺は何故、目の前の少女を殺そうとした。
最終信号の誘拐を邪魔立てしたからだ。
俺は何故、最終信号を誘拐しようとした。
一方通行の野郎を効率良く殺すためだ。
俺は何故、一方通行を殺そうとしていた。
アレイスターの『プラン』の第一候補に座るためだ。
俺は何故、第一候補に座ろうと思った。
アレイスターとの直接交渉権を得るチャンスを掴むためだ。
俺は何故、アレイスターとの直接交渉権を欲した。
野郎の懐に入り込み、寝首を掻くためだ。
俺は何故、アレイスターを殺そうと思った。
野郎の手から、飾利を守るためだ。
ならば、何故俺は、守ろうと誓った少女を、自らの手で殺そうとした。
194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:58:03.73 ID:tcgTymYso
幾度も自問自答を行い、その度に不毛な堂々巡りを繰り返す。
何をするべきか、せざるべきか、もはやそれすらも分からなかった。
「どォした。黙ってねェでかかって来いよ。それとも、俺を前にして怖気づいたか、チンピラ。」
一方通行が挑発してくるが、俺の耳には入らない。
「う、あ、あ、……」
錯乱の末に、俺は翼を広げ、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
目の前にいた一方通行に、訳も分からず襲い掛かった。
195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 20:59:24.30 ID:tcgTymYso
俺は本能のままに、未元物質の力を一方通行に全力でぶつけた。
並みの能力者はおろか、超能力者ですら防げないであろう圧倒的な一撃。
だが、その攻撃は、一方通行に傷一つ付けることは出来なかった。
一方通行に向けたはずの攻撃は反射され、逆に俺に対して牙を向いた。
激痛が、嘔吐感が、目眩が、容赦なく俺の身体を襲う。
「あああああああああああああああああ!!!!!」
それでも俺は立ち上がり、一方通行に攻撃を再開した。
196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:01:13.87 ID:tcgTymYso
一方通行はベクトル操作の能力により、自身に有害物を除去する反射の膜を施している。
反射の膜は、俺の繰り出す攻撃を全て受け流し、俺に向けて反射していった。
「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
普段の俺であれば、未元物質を介して反射の膜を解析しようとしただろう。
そうすれば、反射をすり抜ける法則を見つけられたかも知れないし、そこに活路を見出せたかもしれない。
だが、錯乱状態の俺は、何も考えず、ただ自分の力を闇雲に一方通行にぶつけ続け、
その度に自ら傷ついていくだけだった。
それは、戦いとすら呼べない行為だった。
事実、俺は一方通行を敵とは認識していなかった。
それどころか、俺は自分が何をしているのかすら分かっていなかった。
それは、幼子が駄々をこねるのにも等しい行為だった。
「…………何やってンだ、オマエ?」
一方通行は、そんな俺を見据えたまま、蔑むような視線を向けていた。
197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:02:40.40 ID:tcgTymYso
「……が、は…………」
気が付けば俺は、地面に倒れ伏していた。
全身ボロボロで、指の一本すら動かせなかった。
意識も酩酊状態のように朦朧としており、とても能力を使えそうもなかった。
ぼんやりとした視界には、一方通行が歩を進めてくる様子が映っている。
おそらくあの一歩一歩が、俺の余命のカウントダウンなのだろう。
やがて足音が止まり、一方通行が俺の目の前に立った。
198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:05:12.46 ID:tcgTymYso
「……………………」
一方通行が懐から拳銃を取り出し、俺の頭に銃口を向けた。
銃口は俺の頭部からわずか数十cm程度。外しようがない距離だった。
おそらく一発だけで、俺の生命活動は停止するだろう。
「……解せねェな。」
そして、銃口を向けたまま、一方通行はポツリともらした。
「悪党には悪党なりの信念や美学があるはずだ。
俺にすらあるンだ。オマエみてェなクズ野郎にも、何かしらその類のモンはあるはずだ。
そォでもなけりゃ、学園都市に反旗を翻そォなンて考えるはずもねェ。
実際、クソガキを拉致ろォとしたり、アイツを庇った関係ねェガキも殺そォとしたり、
いかにも三下の悪党らしい、目的のためには手段を選らばねェ下衆な信念を見せてたじゃねェか。」
俺は、地面に無様に伏したまま、一方通行の言葉を聞いていた。
「だが、さっきのオマエの戦い、ありゃ何だ?
俺への殺意も敵意も、オマエ自身の信念も美学も、何一つ感じられなかった。
まるで癇癪を起こしたガキを見てるよォだった。
俺には、オマエが何をしたかったのか、一切理解できねェよ。」
一方通行は、吐き捨てるように言った。
199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:07:18.86 ID:tcgTymYso
一方通行の言う通りだった。
俺は一体、何をやっていたんだ。
飾利を守ると誓い、そのためにアレイスターへの反逆を企て、ここまでやってきた。
だが、結局俺はアレイスターを殺すどころか、野郎との謁見すら果たせなかった。
あまつさえ、この手で飾利を殺そうとすらしてしまった。
無様だ。喜劇だ。滑稽だ。自分で自分に嗤えてくる。
200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:08:54.94 ID:tcgTymYso
「まァいい、俺にはどォでもいいことだ。
こいつでオマエの頭をハジけば、俺の仕事は終わりだ。
じゃァな、俺もいずれ地獄(そっち)に行くだろォから、先に行って待ってろよ。」
死を実感するのは、これが二度目だった。
そして今度こそ、もうどうにもならないだろう。
たった一つの大事なものを守ろうと誓っておきながら、
それを自らの手で壊そうとした道化には、お似合いの末路だ。
だが、一方通行が引き金を引き、俺の頭を撃ち抜く前に、
「待ってください!!!」
誰かが、俺と一方通行の間に割って入ってきた。
201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/28(月) 21:10:50.84 ID:tcgTymYso
一人の少女だった。
頭に花飾りをあしらい、セーラー服を纏った、小柄な少女だった。
膝はガクガクと震え、立っているだけでやっとという様子だった。
だらりと垂れ下がった右腕が、酷く痛々しかった。
俺がずっと想いを寄せていた少女。
俺が何に変えても守りたかった少女。
結局は守り切れず、あまつさえ殺意すら向けてしまった少女。
「か、飾……利…………?」
初春飾利が、俺と一方通行の間に立ちはだかるように、そこに立っていた。
207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:31:23.91 ID:YJ7UftPwo
「どけ。そこのゴミを片付けられねェだろ。」
「嫌です!!!」
一方通行の冷たい声にも、飾利は一歩も引かずに言い返した。
「事情もろくに知らねェガキが俺の手を煩わせるンじゃねェ。
……もォ一度だけ言うぞ。『どけ』。」
一方通行が飾利を睨みつけ、もう一度同じことを言った。
だが、先ほどとは比較にならない程の威圧感を放っていた。
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:34:02.99 ID:YJ7UftPwo
刃物の様に鋭く、炯炯とした紅い双眸、
静かな、だが有無を言わせぬ迫力を孕んだ声、
何より、全身から吹き出す、暴力的かつ圧倒的な覇者の風格。
あれをその身に受ければ、暗部の人間といえども恐怖に竦みあがるだろう。
まして、表世界でぬくぬくと生きている連中が耐えられるはずがない。
これが学園都市第一位、一方通行か。
俺とでは次元が違いすぎる。
こんな怪物に俺は勝つつもりでいたのか。
我ながら思い上がりも甚だしかった。
だが、その異次元の怪物を前にしてもなお、
「いいえ、どきません!!!あなたにこの人は殺させません!!!」
飾利は、己の意見を曲げることはなかった。
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:36:45.99 ID:YJ7UftPwo
「何でだ?何でオマエはそォまでしてそいつを庇う?
オマエが庇おォとしているのは最低のクズ野郎だ。
事実、オマエ自身も豚畜生みてェに殺されかけただろォ?
なのに何で、そンなガタガタの身体を引きずってまでそいつを庇おォとする?」
その通りだ。飾利がしていることは、正気の沙汰ではない。
自分を殺そうとしたクソ野郎を庇うために、満身創痍の身体を引きずり、
学園都市最強の怪物に真正面から立ち向かっている。
何故こいつはそこまでできる?信念を貫くとかそういうレベルの話ではない。
一方通行も同様の疑問を持った筈だ。
だが、飾利の語る理由は、この上なく単純明快だった。
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:38:10.55 ID:YJ7UftPwo
「何でですって?そんなの、当たり前じゃないですか!」
「大好きな男の子が殺されそうになっているのに、黙っていることなんか出来ません!!!」
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:39:28.72 ID:YJ7UftPwo
「馬……鹿…野……郎、……俺なん…か…に……構う…な。早く……、逃げ…ろ。」
俺は声を振り絞り、飾利に逃げるよう呼びかけた。
さっきは殺そうとしていたくせに、よくもぬけぬけと言えたものだ。
「それはできません。今ここから立ち去ったら、二度とあなたに会えなくなりますから。」
「何……言っ…てや……が……る。そん…な…場合じ…ゃ……」
だが、俺の言葉を、飾利は聞き入れない。
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:45:40.46 ID:YJ7UftPwo
「……帝督、私、ずっと帝督のことを捜していたんですよ。
そして、あなたを捜すために、私はこの街でのあなたの足跡を追いました。
あなたがかつて風紀委員だったこと。
学園都市第二位の超能力者になっていたこと。
……そして、その日を境に、行方をくらましてしまっていたこと。」
飾利は、ゆっくりと、静かに語る。
「その後あなたがどうしているかは、全く分かりませんでした。
『垣根帝督』という学生について一般生徒が閲覧できる情報の限界は、
『未元物質という能力を持つ、第二位の超能力者』ということまで。
合法非合法問わず、あらゆる手段を用いてあなたのことを調べ上げましたが、有益な情報は得られませんでした。
長点上機学園に在籍しているとあっても、学籍上だけの話で登校してはいない。
住所も、連絡先も、全てが出鱈目。本当にお手上げでした。」
そいつは当然だ。
学園都市の暗部、それも最深部に近いところにいる俺の情報が、そう易々と調べられるはずがない。
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:47:31.43 ID:YJ7UftPwo
「でも、それでもようやく、こうして会えましたね。
お久しぶりです、帝督。私、ずっとずっと、あなたに伝えたいことがありました。
あなたと別れた日から、何度も何度も自分に問いかけて、ようやく確信を持てた、私の気持ち。
あなたに会えたなら、真っ先に伝えようと思っていた、私の想い。」
飾利は、俺の方を振り向き、憔悴しきった顔に精一杯の笑みを作り、
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:49:15.57 ID:YJ7UftPwo
「私、初春飾利は、垣根帝督のことを、愛しています。」
そう、はっきりと口にした。
215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:53:44.27 ID:YJ7UftPwo
それは、俺がずっと渇望していたもの。
幾度夢に見たか分からないほど欲したもの。
それは、暗部に落ちてからも変わらなかった。
そして、その度に俺には資格が無いと、自分に言い聞かせてきた、手に入るはずのないもの。
「飾……利……お…前……」
「ですから、こんなところであなたを死なせるわけにはいきません。
あなたと一緒にしたいこと、話したいことが沢山あるんですから。」
それなのに。こんな最期の最期に、それが手に入るとは。
この瞬間、間違いなく俺は、幸福の絶頂にいた。
同時に、俺が今なすべきことをする覚悟が決まった。
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 21:57:58.06 ID:YJ7UftPwo
「ア……一…方通…行……」
「……何だ?」
俺の呼びかけに、それまで俺達の様子を静観していた一方通行が返事をする。
「俺を……殺せ。」
俺が、今この場で、一方通行に殺されること。
俺の命と引き換えに、飾利をアレイスターの監視から解放してやること。
それが、俺が飾利にしてやれる、最後のことだった。
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:00:47.40 ID:YJ7UftPwo
「て、帝督!!!あなたは何を言っているんですか!!!???」
飾利が悲鳴に近い声をあげ、俺の元に寄ってきた。
「……聞…け、…飾…利。お前…は、……学園…都…市か…ら、監…視され…てい…る。
アレイ…スター…が、……統括…理事…長が……、俺を…働か…せ…る…ため…に。
だが、……俺が…こ…こで死…ね…ば、……お前…を監視…す…る理由が…なく…なる。
だか…ら……」
「そんな言葉、聞きたくありません!私は、帝督とずっと一緒にいたいんです!!!」
「頼…む……聞き…分け…て…くれ……」
飾利は嫌だ嫌だと俺に縋りついて泣きじゃくっていた。
お前に気付かず、お前を殺しかけた俺を、俺の様な悪党を、そんなにも想ってくれるのか。
本当に、俺には過ぎた幸福だ。冥土の土産としては十二分に過ぎる。
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:02:32.85 ID:YJ7UftPwo
「今生の別れは済ンだかァ?ならさっさとそこをどけ。」
一方通行が無慈悲に言い放つ。
「嫌です、止めてください!!!この人を殺さないでください!!!」
飾利は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、なおも俺と一方通行の間に立ちふさがる。
「止め…ろ、……飾利…。もう、……いい。もう……いい…ん…だ。」
そうだ、俺はもう、十分に満たされた。これ以上を望むなど、許されるはずがない。
「駄目です!私を置いて勝手に死ぬなんて、そんなこと絶対に許しません!!!」
それでも飾利は、どこまでも自分を曲げなかった。
219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:04:19.21 ID:YJ7UftPwo
「あーあ、全くよォ。
片方は自分を殺せとほざくし、もォ片方はそォはさせないと邪魔をする。
めンどくせェ連中だ。なら、もォこれでいいだろォ。」
一方通行は心底面倒そうに呟くと、拳銃をしまい、代わりに首筋のチョーカーに手を掛けた。
「えっ……。」
そして、飾利に近づき、その首筋に手を添えた。
その瞬間、飾利は糸の切れた人形の様に、そのまま倒れ伏した。
220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:05:13.60 ID:YJ7UftPwo
「テ、…テメ…ェ、……飾利…に…何…を…した……」
「あァー、『殺した』。」
俺の問いに、一方通行が、この上なく単純な事実を告げた。
221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:09:39.17 ID:YJ7UftPwo
「な……!!!」
「俺もオマエらのせいで朝から仕事で疲れてンだよ。
なのにこンなめンどくせェ押し問答をしてたら、いつまで経っても休めねェ。
ならいっそ、オマエら二人とも殺した方が手っ取り早いだろォ。
一般人の死体回収やら証拠隠滅やらは手間がかかるだろォが、
そいつは下っ端の仕事だ。俺には関係ねェ。」
一方通行はやれやれと首を振る。
「う、嘘……だろ……飾…利……」
俺は飾利の亡骸を呆然と見つめていた。
怒りと、悲しみと、憎しみで、訳が分からなくなっていた。
だが、指一本動かせない今の俺では、仇を討つどころか、亡骸に手を伸ばすことすらできなかった。
「こ、こ…の野…郎……この野……郎……!!!!!
殺…し…てや……る。……殺し……て…やる……!!!!!」
それでも涙の溢れる瞳に、ありったけの殺意を込めて、一方通行を睨みつけた。
222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:10:50.94 ID:YJ7UftPwo
「そォいきり立つな。オマエもすぐ殺してやるからよォ。」
一方通行は俺の様子など気にも留めない様子で俺の元に近づき、首筋に手を伸ばす。
「じゃァな。あの世で勝手に仲良くやってろよ、クソ野郎共。」
そして、俺の意識もそこで途切れた。
223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/29(火) 22:12:08.44 ID:YJ7UftPwo
「あァー、土御門か?俺だ。今仕事が終わったところだ。
すぐに迎えを寄こせ。場所は……だ。
それと、死体回収班も一緒に寄こせ。二人分の回収だ。
俺も疲れてンだ。連中にとっとと来ねェとぶち殺すっつっとけ。」
229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:29:09.10 ID:cznTVi1lo
10月12日 学園都市某学区 喫茶店
そこには、3人の少女達が屯していた。
しかし、彼女達の顔は暗い。
彼女達の共通の友人が、先日から行方不明になっていたためだ。
230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:30:33.67 ID:cznTVi1lo
「今日で3日か……。佐天さん、黒子、何か進展はあった?」
活発そうな顔立ちのショートカットの少女、御坂美琴は、浮かない顔で口を開いた。
「いいえ、全く。相変わらず学校には顔を出していませんし、寮にも戻っていません。
携帯に連絡しても梨の礫ですし、私を含め、誰にも行き先を告げていませんでした。」
御坂の手前に座っていた長い黒髪の少女、佐天涙子は、ため息をつきながら答えた。
「私の方も同じですわ。方々で目撃証言を募ってみましたけれど、
どうにもちぐはぐで、信頼できそうな情報はありませんでした。」
同じく御坂の隣に座っていたツインテールの少女、白井黒子も、首を横に振った。
231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:31:36.52 ID:cznTVi1lo
「そう……私の方も監視カメラの映像履歴を調べてみたけど、
映っているものは見つからなかったわ。
……本当、初春さんったら、どこに行っちゃったんだろう。」
二人の報告を聞き、御坂も大きくため息をついた。
また、その場が重い空気で満たされた。
232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:32:47.39 ID:cznTVi1lo
「ま、まあまあ、二人とも、そんなに気落ちすることないんじゃないですか!
ああ見えて初春は強かなところがありますし、そのうちひょっこり帰って来ますって!」
場の空気を少しでも明るくしようと、佐天は努めて明るく振舞った。
だが、根拠も無く大丈夫と言い切るあたり、空元気であることは明らかだった。
「そ、そうよね!考えすぎかもね!」
それでも、彼女の気持ちを察して、御坂は少しだけ明るい表情になった。
おそらく誰よりも心配しているはずの彼女がこうして気丈に振舞っているのだから、
自分も落ち込んでいるわけにはいかないと思ったからだ。
しかし、白井だけは、相変わらず表情を曇らせたまま、何かを考え込んでいた。
233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:35:18.91 ID:cznTVi1lo
「ど、どうしたの、黒子?そんな怖い顔して?」
「……すみません、お姉様。ただ少し、引っかかることがありまして。
……お姉様、本当に初春が映っていた映像は『無かった』のですか?」
御坂が白井に声をかけると、白井はかなり真剣な様子で問い詰めてきた。
その様子に、御坂も少々気圧された。
「え、ええ。初春さんが行方不明になった10月9日の映像履歴は、可能な限り調べたけど、影も形も無かった。
それは、絶対に間違いなかったわ。」
御坂の言葉に嘘はなかった。
彼女は自らの能力をもって学園都市中のカメラをハッキングし、全ての映像を調べ上げていた。
超能力者たる自分が、その過程で調査漏れなどやらかすはずがないという確信もあった。
「そうでしたか。ではやはり不自然ですわ。]
だが、白井の疑問点は、そこではなかった。
234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:36:25.97 ID:cznTVi1lo
「どういうこと、白井さん?」
佐天は、分からないといった様子で白井に問う。
「私も先程申し上げたように、方々から目撃証言を募りました。
その過程で有益な情報は得られませんでしたが、
それらしい人物を目撃した方が『いないわけではなかった』のです。
なのに、お姉様は監視カメラの履歴を調べても『影も形も無かった』と仰いました。
これは、どう考えても不自然ではありませんの?」
「そ、そうね……」
「た、確かに……」
白井の指摘に、二人も同意する。
235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:37:38.59 ID:cznTVi1lo
「初春があの日、一日中自室にいたわけではないことは分かっておりますの。
初春が常に監視カメラの死角を歩き続けるとは考えにくい。
それに、目撃者全員がカメラの死角をカバーした証言をするというのも不自然。
それでも、こう考えれば辻褄は合いますわ。
初春は監視カメラに映っていなかったのではなく……」
「まさか……」
「それって……」
二人も、白井の考えを予測し、息を呑んだ。
「「「何者かが、監視カメラの映像履歴に細工を施した。」」」
236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:39:26.24 ID:cznTVi1lo
「で、でも何でそんな必要が?初春の行動の痕跡を消して、何の意味があるの?」
佐天は空元気を出す余裕も無くなり、狼狽した様子で疑問をぶつけた。
「いえ、さすがにそこまでは……それでも、証言の中に、気になるものがありましたの。」
白井がそう言うと、御坂も佐天も、静かに耳を傾けた。
「お二人とも、あの日、大規模な能力者同士のぶつかり合いがあったのはご存知でしょう?」
二人はそれに頷いた。
あの日、学園都市のとある地域で、二人の能力者の争いがあった。
彼女らはそこに居合せたわけではなかったが、映像越しに現場を見てその異常性は感じていた。
現場一帯の破壊規模も異常だったが、
それ以上に死者はおろか、目立った負傷者すら誰もいなかったというのが異常だった。
237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:41:47.66 ID:cznTVi1lo
「現場に居合わせた方の証言によりますと、
争っていたのは、二人の能力者らしき人物だったそうですの。
一人は、ホストの様な風貌の長身の殿方、
そして、もう一人は、白髪に紅い瞳をした、痩せぎすの殿方だったそうですの。」
白井の口調に、佐天は嫌な予感を感じ取った。
「その中心で、初春らしき少女が二人の間に割って入っていった。ということでしたの。」
そして、それは的中してしまった。
238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:44:43.03 ID:cznTVi1lo
「そ、そんな!!!白井さんも知っているでしょう!?
あの現場の光景は尋常じゃありませんでしたよ!!!
戦闘技能のない初春が、何でそんなところに!!!???」
「……私にも分かりませんの。直接、その場に居合わせたわけではありませんし。
第一、この証言もどこまでが真実なのか、定かではありません。」
白井は佐天の悲鳴に近い声を受け流し、更に続けた。
「ただ、これを信じるなら……その争いは、白髪の殿方の圧勝だったそうですの。
そして、白髪の殿方が長身の殿方を殺そうとした時、初春がその殿方を庇った。
その後、その殿方と口論になった末、昏倒させられ、連れ去られた。
……というのがその方の証言でしたけれど。」
「じ、じゃあ、早く助けにいかないと!!!風紀委員や警備員は何をしているんですか!!!???」
「落ち着いてください佐天さん。……それに、ここからが奇妙な点ですの。」
今にも掴みかからんばかりの勢いの佐天を制し、白井は続けた。
239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:47:08.18 ID:cznTVi1lo
「別の方の証言では、初春は現場近くのオープンカフェで、
その長身の殿方の方から暴行を受けていた。とも伺いましたの。
いくらあの初春でも、自分を暴行した人物を身を呈して庇うというのは些か不自然ではありませんこと?
それに、争った二人についても、事件についても詳しい報道は一切されていない。
初春の捜索についても、警備員は『あの事件において行方不明者はいない』の一点張り。
どうにもちぐはぐで、一体何が真実かそうでないのか、全く分かりませんの。」
「そんな……じゃあ結局、何一つ手がかりはないってこと……」
佐天はとうとう意気消沈し、白井もまた黙り込んでしまった。
だが、二人ともすぐに、妙な雰囲気に気付いた。
「「御坂さん(お姉様)?」」
御坂美琴が、先ほどから一言も喋らず、黙り込んだままだった。
顔面は蒼白どころか、土気色を呈していた。
「……私、そいつを知ってるかも……」
二人に呼ばれ、ようやく御坂は、言葉を絞り出した。
240: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:47:50.93 ID:cznTVi1lo
「そいつ?そいつとは、どちらの殿方ですの?」
「白髪の、紅い目をした男……」
「ど、どんな人なんですか?御坂さんの知り合いですか!?」
二人に問われ、御坂はその答えを口にした。
「学園都市第一位、一方通行……」
241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:48:40.35 ID:cznTVi1lo
「だ、第一位!?お姉様、それは本当ですの!?」
「じ、じゃあ初春は、その第一位に誘拐されちゃったかもしれないってこと!?」
「……分からない。けど、そんな特徴的な風貌の男、アイツ以外に思いつかない。」
狼狽する白井と佐天とは対照的に、御坂はなおも土気色の顔のままだった。
242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:52:33.27 ID:cznTVi1lo
「お姉様、……その第一位の殿方は、どの様な方ですの?」
白井が恐る恐る尋ねた。
「恐ろしい奴よ。
粗暴で、残虐で、冷徹で、人を殺すことに一切の躊躇いを持たない悪魔よ。
さっきの証言だと、昏倒させられたって言ってたけど、もしかしてそれは……」
御坂は、その先に言葉が続かなかった。
言えば、本当にそうなってしまいそうな気がした。
「そ、その人を倒して、初春を助けられないんですか?
いくら第一位といっても、御坂さんだって第三位ですし、戦って勝てないことも……」
今度は佐天が尋ねた。
少しでも不安を払拭したいという意図が見える質問だった。
「強いなんてものじゃないわ。私とでは次元が違いすぎる。
正直、アイツが本格的に絡んでいたとしたら、……私ではどうしようもない。
私なんかが挑んでも、何もできず、虫けらの様に殺されるだけ。」
「そんな……」
二人は絶句した。
御坂の実力は、二人とも良く知っていたし、また信頼していた。
その御坂に、そこまで言わせるとは、第一位とはどれほどの怪物なのか。
243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/05/31(木) 22:54:34.72 ID:cznTVi1lo
「で、でも、まだ一方通行が絡んだと決まったわけじゃない。
今私達に出来ることは、少しでも初春さんの情報を集めることくらいでしょう。
だから、ね、元気出していきましょう。」
御坂はそう言って、今度は明るく笑った。
だが、御坂を含め、その場の全員が、言い知れぬ不安を拭い去れずにいた。
行方不明の初春飾利。
ちぐはぐな目撃証言。
不自然な報道規制と監視カメラの映像。
その後ろに見え隠れする、学園都市第一位の影。
「(初春、一体どこでどうしてるのよ……?)」
佐天涙子は、誰にでもなく一人呟いた。
248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 19:59:12.14 ID:LTMHRcJoo
「……ん?ここは……?」
気が付けば俺は、見たことのない部屋のベッドに横たわっていた。
「て、帝督!!!気が付いたんですね!!!」
ふと見ると、部屋に入ろうとしていた飾利が、俺の元に駆け寄ってきた。
俺に縋りつき、目には涙を溜め、よかった、よかったと繰り返していた。
……って、飾利?
「待て、ここはどこだ?何でお前は生きている?何で俺も生きている?」
そうだ。俺はあの時、飾利と共に一方通行に殺された筈だ。
殺される瞬間のこともはっきり覚えている。
だが、全身に走る痛みや、肉体の感覚は、紛れもなく現実だ。
「え、えっと……帝督の言っていることが、いまいち分からないんですが……」
混乱する俺を見て、飾利は困ったように頬を掻いた。
249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:00:38.34 ID:LTMHRcJoo
じゃあ分かることだけでいい。今の俺達がいる状況を教えろ。」
「はい。まず、今日の日付ですけど、10月12日です。
あの白い男の人…一方通行さんでしたっけ?
あの方が、私達を眠らせた後、ここに運び込んでくださったらしいです。
私はすぐに意識が戻ったんですけど、帝督は、それからずっと目を覚まさなくて、
私、心配で心配で……」
「俺は3日間も眠ったままだったのか……というかあの野郎、俺達を殺すとか言っときながら、謀りやがったな。」
「あ、あはは……」
俺の不機嫌そうな顔を見て、飾利は愛想笑いを浮かべた。
250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:02:31.89 ID:LTMHRcJoo
「それと、私達がいる場所ですが、
一方通行さんが仰るには、『グループ』の隠れ家の一つ……らしいです。
『グループ』というのが、私にはよく分かりませんが、察するに組織名でしょうか?
隠れ家の場所は教えてくれませんでしたし、外に出るのも、許してもらえなかったんですけど。」
なるほど、要するに俺達は、奴らに捕まったというわけか。
その証拠に、俺の身体は、怪我の治療こそ施されていたが、『ピンセット』は没収されていた。
だが、その割には俺も、飾利も拘束されているわけではない。
飾利はともかく、俺を拘束しないのは無用心というものだろう。
251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:05:15.05 ID:LTMHRcJoo
「それとですね。一方通行さんに外に出られない理由を伺ったんですけど、
『オマエらは上層部のクソ共に狙われる可能性があるから、外には出せねェ。
だからほとぼりが冷めるまで、当分ここで死ンでろ。』ということでした。
どうにも、私には意味がよく分からなかったんですが。」
俺もどういうことだと悩んでいると、部屋に何者かが入ってきた。
「よう。目が覚めたようだな、垣根帝督。」
「ケッ……」
それは、一方通行と、サングラスにアロハシャツを纏った、金髪の大男だった。
252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:06:23.30 ID:LTMHRcJoo
金髪の男には見覚えがあった。
資料で見たことがある。『グループ』のリーダー格、土御門元春。
性格は冷酷非情、恐ろしく狡猾な頭脳と、優れた格闘術を併せ持つ男だったはずだ。
「どういうことだ?何故『グループ』は、俺を生かしている?
何故、こいつ共々、俺を保護するような真似をした?」
「どういうことも何も、お前の言う通りだ。
一方通行が、上層部の連中からお前達を匿うために、こうして保護したんだよ。」
俺の詰問に、土御門は明快に答えた。
253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:10:17.23 ID:LTMHRcJoo
「何だと?一方通行が俺達を匿ってくれた?ますます訳が分からねえ。
こいつが俺を生かす理由が見つからねえ。第一、殺すと明言したくせによ。」
「何だ?お前そんなことを言ってたのか。素直じゃないな。嘘吐きは俺だけじゃなかったってことか。」
「オマエと一緒にすンじゃねェよ、胸糞悪ィ。
俺はあン時、ただとっとと仕事を終わらせて帰って寝てェと思っただけだ。
それに、嘘は言ってねェ。俺はコイツらを当分ここから出す気はねェ。
俺がコイツらにここで死ンでることを強要してンだから、俺が殺したのと同じだろォ。」
一方通行が不機嫌そうに顔を歪め、そっぽを向いた。
254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:11:57.25 ID:LTMHRcJoo
「まあこいつはこう言ってるが、本心ではお前達のことを心配していたんだ。
とりあえず、意識が戻って良かったな。とだけは言っておいてやる。」
「俺の意見を捏造すンなクソボケ。そのグラサン叩き割ンぞ。」
軽い笑いを浮かべる土御門と、更に不機嫌そうにする一方通行。
こいつらのどこからどこまで信用すればいいのか、俺は計りかねた。
「じゃあ、俺達はお前の様子を見に来ただけなんで、この辺で退散する。
この隠れ家のセキュリティは完璧だから、安心してゆっくり休むといい。
そっちのお嬢ちゃんとも、積もる話があるだろうしな。」
そう言うと土御門は、一方通行を連れてさっさと部屋を出て行った。
「………………」
「………………」
部屋の中に、しばし静寂が訪れた。
255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:13:09.25 ID:LTMHRcJoo
「「お、おいっ!(あ、あのっ!)」」
俺は飾利に話しかけようとしたが、見事に被ってしまった。
「あ、て、帝督からお先にどうぞ。」
「あ、ああ、そうか。」
俺はあたふたしつつ、先に話すことにした。
いかん、どうもタイミングがずれてる。
256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:14:36.74 ID:LTMHRcJoo
「あ……その、お前のその腕だが……」
俺は飾利の右腕に目をやる。腕を吊った姿が何とも痛々しかった。
「あ、これですか?大丈夫ですよ。
治療班の方が仰るには、肩が外れただけで折れてはいなかったそうですから。
安静にしていれば、後遺症も無く回復できるそうです。」
「そうか、その……謝ってすむ話じゃないが、……本当にすまなかった。
あの時俺は、本気でお前を……」
「……いいんですよ。もう。
帝督も、私も、今ここにこうして生きています。だから、それで十分です。」
飾利はそう言って、健気に笑顔を作る。
そんな飾利を見ると、胸が締め付けられる思いだった。
257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:16:42.83 ID:LTMHRcJoo
「……今度は、私が話していいですか?」
「……ああ。」
俺の返事を聞くと、飾利は、静かに語り始めた。
「あの日、あなたに声をかけられた時、名乗られた時は、私、本当に驚きました。
ずっと捜していたはずの人が、突然現れたんですから。
でも、あなたは私に気付かないし、
あの子を捜していると言っていたあなたはどう見ても悪人でしたし、
その上、私に気付かずに私を殺そうとするし……あの時は凄く痛かったですし、怖かったです。
でもそれ以上に、私の知っている帝督はもういないんだって思って、凄く悲しかったです。」
本当に、俺は馬鹿だ。
何で、こんな大事なことに気が付かなかったんだ。
258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:18:01.89 ID:LTMHRcJoo
「それでもせめて、私が誰だったか気付いてほしくて、あなたに呼びかけたんです。
あの時あなたは、確かに私に気付いて、名前を呼んでくれましたよね。思い留まってくれましたよね。
あの時私、とても安心しました。
だって、あの時のあなたの顔は、遠い昔の記憶の中のあなたそのままでしたから。」
それは違う。
あの時までの俺は、紛れも無い外道でしかなかった。
飾利が呼びかけてくれなければ、永遠にあのままだったろう。
259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:19:13.60 ID:LTMHRcJoo
「あなたは変わってしまってなんかいなかった。
昔の、私の知っている、私の大好きな帝督のままだった。
ですから、私の気持ちも変わりませんでした。」
「さあ、今度はあなたの返事を聞かせてください。」
そう言ってきた飾利の表情は、とても穏やかで、とても魅力的だった。
260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:21:24.93 ID:LTMHRcJoo
「俺の……返事?」
「はい。あの時のあなたは、自分が死ぬと言うばかりで、返事をしていません。
ですから、今ここで、私の告白への返事を聞かせてください。」
俺の返事だと。そんなもの、決まっている。
だが、俺は本当に、自分の正直な気持ちを述べていいのか。
261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:22:28.64 ID:LTMHRcJoo
「……飾利。俺が今までこの街で何をしてきたか、分かっているのか。」
俺もまた、静かに語り始めた。
「……詳しくは分かりませんけど、大凡の想像は付きます。」
「いや、実際はお前の想像を遥かに超える。
俺はこの街の闇に落ちて以来、様々な汚れ仕事を請け負ってきた。
文字通りの、血で血を洗う凄惨な世界に身を置いていた。
何人をこの手に掛けたかなんて、とうに忘れちまった。」
「…………」
飾利もまた、黙って俺の話を聞いていた。
262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:24:23.19 ID:LTMHRcJoo
「分かったか。一方通行の言う通り、俺は最低のクズ野郎なんだ。
お前のそばにいても、お前をきっと不幸にしちまう。いや、既に不幸にしちまってる。
だから、俺は、お前の気持ちには……」
そうだ。俺にそんな資格は無い。どんなに欲しくても、受け取ることなど出来ない。
「……帝督、それは本当に、帝督の本心ですか?」
だが、そんな俺に飾利は、俺の顔を見据えて聞いてきた。
その表情は、悲しそうなものではなく、むしろ咎めるようなものだった。
「そ、それは……」
違う。と言いたかった。でも、言うわけにはいかなかった。
「いいんですよ。今まで帝督が何をしてきたとしても。
あなたのことですから、何か止むを得ない事情もあったんでしょう。
だって、あなたはあの頃から、何も変わっていないんですから。」
そんな俺の心を見透かしたように、飾利は表情を緩め、今度は優しい口調になった。
263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:26:17.25 ID:LTMHRcJoo
「私はあなたの全てを受け入れます。
あなたが犯した罪は、私が半分背負います。
あなたが陽だまりの元を歩けないのなら、私があなたを照らします。」
「飾利……」
まるで悪童を諭す母親のように、飾利は俺を優しく諭す。
決意が鈍る。自分の本心をぶちまけたくなる。
「だから、自分を偽る必要なんか無いんです。
どうか、あなたの正直な気持ちを聞かせてください。
垣根帝督。私の、愛しい人……」
そう言って飾利は、もう一度、穏やかに微笑んだ。
264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/02(土) 20:27:31.19 ID:LTMHRcJoo
「はあ、昔お前には散々クサい台詞を吐くだの、恥ずかしくないのかだの言われたが、
今のお前の台詞も、大概だったぞ。」
俺は薄く笑い、少々茶化すように言ってやった。
「あら、だとしたら私も帝督に毒されたんだと思いますよ。」
飾利もさらりと言い返してくる。冗談であることが分かっているから。
まったく、大した女だ。
「……なら、いいんだな。俺の気持ちを伝えても。」
「はい。いつでもどうぞ。心の準備は万端です。」
飾利は表情を整え、空いている左手では握り拳を作った。
そんな身構えるもんなのか?
「おう。だったら、……これが俺の返事だ。」
「えっ!……んんっ……!!!」
俺は飾利を自分の方に引き寄せ、飾利の唇を自分の唇で塞いだ。
271: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 20:58:36.28 ID:0hbbRHj5o
暫くして、俺達は唇を離した。
「どうだ、伝わったか?」
俺は飾利に向かって、ニヤッと笑って見せた。
飾利は、しばらく惚けていたが、やがて火がついたように顔を赤くした。
「な、な、な……て、帝督!いきなりな、何をするんですか!!!」
「何って、そりゃあ、俺の気持ちを伝えただけだ。」
「だ、だったら!く、口で言えばいいじゃないですか!そんな、いいいきなりキ、キ…………」
飾利の顔はもう茹で蛸のようになり、声も小さくなっていった。
やべえ、何だこの可愛い生き物。
272: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:00:55.25 ID:0hbbRHj5o
「そう照れるなよ。好き同士なんだから別に構わねえだろ。それとも何だ?お前は嫌だったのか?」
俺はニヤニヤしながらからかうように言う。
「そ、そういうことではなくてですね!
私はこういうの、は、初めてだったんですよ!!!それをこんな、不意打ちみたいに……」
「何だ、お前初めてだったのか。そいつは光栄だな。
まあそれならいいだろ。俺も初めてだし。何なら初めてついでに更に続きもするか?」
「も、もう!!!前言撤回です!!!やっぱり私は帝督なんかに毒されていません!!!この脳内お花畑!!!」
飾利は頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向いた。
そんな仕草すら、愛らしくて堪らなかった。
273: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:02:10.68 ID:0hbbRHj5o
「あー、悪かったよ。機嫌直してくれ。」
俺は飾利を抱き寄せ、よしよしと頭を撫でてやった。
飾利はまだ頬を膨らませていたが、満更でもなさそうだった。
「……だったら。」
飾利が俺の顔を、甘えるように見上げてきた。ああ、これは必殺の角度だ。
しかも、
「もう一度、今度はちゃんと、キスしてください。」
こんなことを言われては、俺ももうお手上げだ。
274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:03:55.77 ID:0hbbRHj5o
「まったく、飾利は甘えん坊だな。」
「い、いいじゃないですか。やっと帝督に会えたと思ったのに、あんな痛くて怖い目にあって……
それでもこうして気持ちが通じ合えたんですから。
それに、私の方が年下なんですし、少しくらい甘えたっていいじゃないですか。」
そう言って甘えてくる飾利も、実に愛らしかった。
やばいな、こんなに幸せでいいのか、俺。
275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:05:09.34 ID:0hbbRHj5o
「よし、じゃあ、目を閉じろ。」
俺は飾利と向き合い、指示を出す。
「はい……」
飾利も、俺の指示通りに目を閉じる。顔は相変わらず赤い。
俺も、飾利の唇に、ゆっくりと自分の唇を近づけた。
そして、互いの唇が数cmまで近づいたところで、
「……ちょっとお二人さん。イチャイチャするのは結構だけど、いい加減私のことにも気付いたらどうかしら。」
ドアのところに立っていた、派手なドレスを纏った少女が声をかけてきて、
「「へっ!!!???」」
俺達二人は、揃って間抜けな声を上げた。
276: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:06:15.69 ID:0hbbRHj5o
ドアのところに立っていたのは、『スクール』の同僚、心理定規の女だった。
いつからそこにいたのか、俺達の方をジロリと睨んでいた。
「メ、心理定規さん!どうも、こんにちは!」
飾利が弾かれた様に俺から距離をとった。
恥ずかしさゆえの行動とは分かっていても、これはショックだった。
「ええ、こんにちは。あなたは今日もこの人のところに来てたのね。」
心理定規は、そんな飾利を一瞥し、素っ気なく挨拶を返した。
277: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:08:37.22 ID:0hbbRHj5o
「メ、心理定規……お前何でここに?」
「あなた達と同じ。『グループ』に保護されたのよ。
あの日アジトを出た後、『グループ』の胡散臭い笑みを浮かべた男…海原光貴だったかしら。
彼に襲撃されて、その時に言われたのよ。
『貴女方のリーダー、垣根帝督は、我々「グループ」の一方通行が粛清致しました。
貴女も大人しく投降してください。
我々には、貴女に危害を加える意向も、上層部に引き渡す意向もありません。』ってね。
全てを信じたわけじゃなかったけど、下手に抵抗しても無駄だと思って、その場は大人しく捕まったのよ。」
「そ、そうか。大変だったな。」
心理定規は、何故かカリカリした様子で捲し立て、
俺はというと、思わぬところでの思わぬ相手との再会に、しどろもどろになっていた。
278: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:14:20.22 ID:0hbbRHj5o
「そ、それなのに!『グループ』のアジトに連れて来られたら、
粛清されたはずのリーダーは意識不明とはいえ何故か生きてるし、
その間は一般人の女の子が付きっきりで看病してるし、
今日だって気が向いたからお見舞いに来てあげたのに、
意識が戻ったあなたは、私を無視してその女の子とイチャイチャしてるし!」
「お、落ち着け、心理定規!お前は一体、何に対して怒っているんだ?」
俺は少々慌てて、心理定規を宥めた。
というか、こいつがこんな感情を露にするところなんか初めて見た。
いつも余裕のある態度を崩さない奴のはずだったんだが。
「フン、別に怒ってなんていないわよ!あなたは私なんかにお構いなく、その娘とイチャイチャしてれば!?」
いや、どう見ても怒ってんじゃねえか。
気付けと言ったりお構いなくと言ったり、何か言ってることも支離滅裂だし。
「何よ……私のことは見向きもしなかったくせに。」
279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:16:50.26 ID:0hbbRHj5o
「ん、何か言ったか?」
心理定規が何事か呟いたようだが、俺には聞き取れなかった。
「……いいえ、別に。あなたには関係のないことよ。
ねえ、それよりこのバカップルどうにかならないの?こんな人達と一緒に隠れ住むなんて、目の毒なんだけど。」
心理定規は俺から視線を外すと、ドアの向こうに声をかけた。
……え、ドアの向こう?
「そう言ってやるな。お前達の元リーダーだろう。もっとも、目の毒という点については、俺も同意見だが。」
「本当、若いっていいわね。ちょっと妬けちゃうわ。」
「全くです。彼らを見ていると、自分も御坂さんとあんな風に……などと、叶わぬ夢を見ずにはいられませんね。」
「あの世で勝手に仲良くやってろとは確かに言ったが、まさかここまでとはな。」
心理定規が呼びかけると、『グループ』全員が、ぞろぞろと部屋の中に入ってきた。
280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:18:58.49 ID:0hbbRHj5o
「な、て、テメェら、いつからそこにいやがった!?」
「俺はさっき部屋を出てからずっとここにいた。」
「私はあなた達がお互い話しかけようとして被ったところから。」
「自分も結標さんとほぼ同じ辺りからですね。」
「俺は土御門の馬鹿に付き合わされた。」
「全員ほぼ最初から聞いてやがったのか!!!」
何て奴らだ!特に土御門!テメェさっき退散するとか言ってたろうが!さらりと嘘吐きやがって!
281: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:20:38.84 ID:0hbbRHj5o
「はわわわわ…………」
あーあ、飾利が顔を真っ赤にして縮こまっちまった。
仕方ないので俺は、飾利を胸元に抱き寄せ、顔を隠してやった。
「いやーお熱いお熱い。こいつは確かにこっちまで当てられるな。」
「ふふ……」
「(ニコッ)」
土御門が茶化すと、結標と海原が生温かく見守るような笑みを俺達に向けてきた。
止めろそれ、無性にムカつく。
「フン……」
「…………」
いや、かといって心理定規みたいにそんなジト目を向けられても困るんだが。
一方通行に至っては、底冷えするくらい冷たい視線を俺にだけ向けてくるし。
282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:23:25.57 ID:0hbbRHj5o
「ちきしょう……テメェら傷が全快したら覚えてろよ。」
俺は苛立ち紛れに連中を睨みつけた。
「そう苛立つな。守るべき存在、大事な存在がいるということは、力の源になる。
俺達『グループ』も、それぞれそういう存在がいて、そのために戦っているという点においては共通している。
お前にとっては、そのお嬢ちゃんがそうなんだろう?」
土御門が急に真面目な顔になり、俺に問いかけてくる。
それは、自分の大事なものを、自分の全てをかけて守ろうとする者の面構えだった。
見れば、『グループ』のどいつも、同じ面構えをしていた。
なるほど、こいつらも、俺と同じだったのか。
283: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:26:09.19 ID:0hbbRHj5o
「ああ、その通りだ。俺はこいつを守るためならば、命だって惜しくはねえ。」
俺は飾利を抱きしめる手に力を込め、土御門の問いに答えた。
「…………」
飾利もまた、無言で俺の胸に身体を預けてきた。
「フン、なら今度は、精々死に物狂いでそのガキを守ってやることだな。
自分の大事なモンを自分でブチ壊そォとするなンて馬鹿な真似、二度とするンじゃねェぞ。」
「ケッ、テメェに言われるまでもねえよ。」
一方通行もニヤリと笑い、俺に言い放ってきた。
こいつもまた、『妹達』の件があっただけに、何かしら思うところがあるのかもな。
284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:27:26.43 ID:0hbbRHj5o
「ねえ帝督……」
飾利が俺に身を預けたまま、甘えるような声を出した。
「何だ、飾利?」
俺もまた、優しく飾利に声をかけた。
「この数日、いろいろなことがありすぎて、まだちょっと処理が追いつかないんですが……
それでも、これだけははっきりしているので、言わせてください。」
「私、とっても幸せです。」
285: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:28:34.54 ID:0hbbRHj5o
「……そうか、俺もだ。」
「うふふ……。帝督、好き……大好きです。」
飾利はそう言うと、俺の胸に顔をうずめた。
「やれやれ……」「あらまあ……」「困りましたね……」「もう……仕方ない人達」「ハン……」
それを見て連中も、また始まったとばかりに呆れた顔をした。
まあムカつくことはムカつくが、今回だけは許してやる。
何せ、一度は諦めたはずの願いが、ようやく叶ったんだからな。
287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:36:15.17 ID:0hbbRHj5o
11月上旬 学園都市某学区 『グループ』の隠れ家
「……暇だな。」
「……そうですね。外の世界は戦争で大変だったみたいですけど。」
俺と飾利は、隠れ家の一室で、二人で寛いでいた。
俺達がここに身を寄せてから、1ヶ月ほどが経った。
あの後、『グループ』は俺から奪った『ピンセット』を使って上層部の機密事項を調べ、連中を出し抜くために動いていた。
だが、そいつはどうやら失敗だったようだ。
288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:37:23.95 ID:0hbbRHj5o
10月17日の作戦の後、ここに戻ってきたのは3人だけだった。
『グループ』は『ピンセット』からの情報を元に、統括理事会のメンバー、潮岸のシェルターに乗り込んだらしいが、
途中何者かの襲撃を受けて、気が付けば全員昏倒させられていたらしい。
誰もその時の状況を把握できておらず、更に目覚めた時には一方通行も行方不明になっていたそうだ。
更にその翌日には、ロシア側から学園都市へ宣戦布告がなされ、そこから第三次世界大戦の開戦ときたもんだ。
戦争自体は先月末、学園都市側の圧勝で終結したが、俺達がここで『死んで』いる間に、外は随分大変なことになっていた。
289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:39:48.35 ID:0hbbRHj5o
「……皆さん、ご無事でしょうか?」
飾利は心配そうにぼそりと呟いた。
「あいつらは外見以上にタフな野郎共だ。万が一にも死にはしねえだろう。」
そんな飾利に、俺は素っ気なく答えた。
第三次世界大戦の開戦後、『グループ』は全員、ここに一度も戻って来ていなかった。
一方通行は相変わらず行方知れず、他の連中も戦時下で独自に行動を起こすと言って出て行ったきりだから、
俺達『死人』はどうすることもできずここに引きこもるしかなかった。
食料の備蓄や、電気水道といった最低限の設備はあるから、そういった意味で困ることは無かったが。
だが、こんな薄暗い隠れ家に居続けるのもいい加減ウンザリしてきた。
せっかく飾利がいても、ここじゃあデートも出来ねえし。
290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:40:44.61 ID:0hbbRHj5o
トントン……
そんなことを思っていたら、不意に部屋のドアがノックされた。
「空いてるぞ。」
俺が返事をすると、そいつは無遠慮に部屋に入り込んできた。
「よォ、久しぶりだな。」
「ア、一方通行!?」
入ってきたのは、行方不明中だったはずの一方通行だった。
291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:43:01.71 ID:0hbbRHj5o
「一方通行さん!今までどこに行ってらしたんですか!?」
飾利が驚いた様子のまま、一方通行に聞いた。
「ン、ちっと野暮用があったンで、ロシアまでな。」
「マジか。いねえと思ったら、戦争の最前線に行ってたのかよ。」
何の用だったか知らねえが、ご苦労なことだ。
それにしても、この化物を相手にした連中には、ご愁傷様としか言えねえな。
ん、そういえばこいつ……
俺はふと気が付き、一方通行の顔を凝視した。
「あァ?オマエ人の顔を何ジロジロ見てやがる?」
「いや……。一方通行、お前顔つきが変わったな。向こうで何かあったか?」
そうだ。こいつは以前に見た時に比べ、明らかに雰囲気が違っていた。
うまくは言えねえが、何か憑き物が落ちたというか、一皮剥けたというか。
292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:44:32.86 ID:0hbbRHj5o
「オマエに教える義務はねェよ。」
「そうか。なら俺も敢えて詳しくは聞かねえ。だが、何か得るものはあったようだな。」
「……別に大したモンじゃねェ。」
一方通行は遠回しに肯定した。なるほど、どうやら俺の気のせいではなかったようだ。
「そンなことはどォでもいいンだ。俺はオマエらに言うことがあって来たンだよ。」
一方通行は話を打ち切り、俺達に向き直って、
「オマエら、今すぐここを出て行け。」
それだけを端的に告げた。
293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:46:35.86 ID:0hbbRHj5o
「何だと?どういうことだ?」
俺は一方通行の発言に、驚き半分、期待半分に突っ込んだ。
「そのまンまだ。つい先日、俺が上層部のクソ共と取引したンだよ。
結果、学園都市の暗部は全て解体、暗部の連中が取られていた人質も全員解放された。
それでも暗部に留まりたがる『新入生(馬鹿共)』もいたが、俺達がお仕置きしてやった。
そンな訳で『グループ』も解散、この隠れ家も放棄する。
よってオマエらみてェな無駄飯食らいを飼っとく金も場所も、もォここにはねェンだ。」
「と、言うことは……」
飾利が明るい表情でその意味するところを聞き返した。
「あァ、オマエらにはそろそろ『生き返って』もらう。」
そして一方通行は、期待通りの答えを返した。
294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:47:54.91 ID:0hbbRHj5o
「マジか……」
一方通行は軽く言ってのけたが、俺は思わず絶句した。
あの上層部と取引し、暗部まで解体しただと。そんなことができるのか。
「表に出るための車の手配はしてやった。あの心理定規とか言う女は既に出た。
俺の言うことが信じられねェなら、今すぐ外に出て自分で確かめてみろ。」
俺自身暗部に長く身を置いてきただけに、確かに俄かには信じ難かった。
だが、一方通行がこんな嘘を言うとも思えなかった。
「いや、疑いはしねえよ。」
だから、こいつがそう言うからには、真実なのだろう。
295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:48:55.56 ID:0hbbRHj5o
「帝督!ようやく私達、外に出られるんですね!!!」
「うおっ!!!」
飾利が満面の笑顔で、俺に抱きついてきた。
俺は転びそうになりながらも、何とかそれを受け止めた。
「久々に見たが、オマエらは相変わらずなンだな……まァいい、行くぞ。」
一方通行は呆れたように溜息をつき、俺達についてくるよう促した。
296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:50:17.50 ID:0hbbRHj5o
暫く歩いて、俺達は隠れ家の地下駐車場に着いた。
「じゃァ、俺はもォ行くぞ。遅くなると同居人共がうるせェンでな。
オマエらはそっちの車に乗って、第七学区まで送ってもらえ。」
そう素っ気なく言うと、一方通行は指を指したのとは別の車に乗り込もうとした。
「あ、ちょっと待て、一方通行!」
そんな一方通行を、俺は呼びとめた。
297: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:53:05.35 ID:0hbbRHj5o
「何だ?」
一方通行は一旦立ち止まり、俺の方に向き直った。
「……お前には色々世話になっちまったな。正直、感謝している。今度会ったらコーヒーでも奢るぜ。」
なんだかんだで、こいつがいなけりゃ、今の俺達の状況はなかったかもしれねえしな。
「ハッ、冗談はよせ。オマエと面を突き合わせてたら、極上のブルーマウンテンも泥水みてェな味わいになっちまう。」
俺の誘いに、一方通行は口元を少しだけ緩め、いつもの様に憎まれ口を叩いてきた。
「まあそう言うな、俺も礼がしたいんだよ。それにその時にはこいつも連れていく。
少しくれえ不味いコーヒーでも、砂糖とミルクで甘味を付ければ、案外飲めるもんだぜ。」
「生憎俺はブラック派だ。大体その場合、甘ェのはオマエだけだろォが。」
「違いねえ。」
そう言って俺達は、お互いニヤリと笑いあった。
298: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 21:54:25.85 ID:0hbbRHj5o
「話はそれだけか?なら俺は今度こそ行くぞ。」
そう言うと一方通行は、再び踵を返した。
「ああ。……一方通行、ありがとよ。」
「一方通行さん、ありがとうございました!」
俺達二人の言葉に、一方通行は振り向かず、片手を挙げて合図をし、車に乗り込んだ。
そして、一方通行を乗せた車は発進し、すぐに見えなくなった。
「さて、俺達も行くか。」
「はい!」
そして、俺達もまた手を繋ぎ、用意された車に乗り込んだ。
299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:00:18.54 ID:0hbbRHj5o
「うわ……もう夜じゃねえか。」
第七学区の某所に着いた頃には、辺りは既に真っ暗になっていた。
空はよく晴れており、幾つもの星が輝いていた。
「でも久しぶりに外に出たので気持ちいいですね。……ところで、帝督はこれからどうするんですか?」
飾利は俺の顔を見上げながら尋ねてきた。
「そうだな。寝床に関しては当面は適当なホテルにでも泊まるつもりだが、いつまでもそれもな。
……あ、そう言えば、お前の調査によると、俺は長点上機に在籍してるんだっけか?」
「はい、確かにそうでした。登校した記録はありませんでしたが。」
「まあ実際してねえし、そもそも書類上だけだったろうからな。
だがまあ、折角在籍しているなら、『復学』してみるか。
住居も確保できるし、思えばもう何年もまともな学生生活なんざ送ってねえし。」
300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:03:17.76 ID:0hbbRHj5o
「いいと思いますよ。それに、折角ですから風紀委員にも復帰してはどうですか?
一度資格を得れば、学校が変わっても継続されますし。」
飾利も笑顔で勧めてくる。よし、決まりだな。
「なら、早速明日から手続きを始めるとするか。
それと風紀委員については第二位の権限を使って、お前と同じ支部に配属されるようにしてやる。」
おお、久しぶりの学生生活に、飾利と一緒に風紀委員の活動か。
夢が広がるな。今から楽しみだ。
301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:05:20.87 ID:0hbbRHj5o
「えっ!そ、それはちょっと……」
飾利はびくりとし、先程から一転して苦笑いになった。
「何だよ、いいじゃねえか。それともお前は、俺と一緒じゃ嫌なのか?」
「そ、そうではありませんけど、その、白井さん達に何て言われるか……」
そう話す飾利の歯切れは悪い。なるほど、同僚達の目が気になるのか。
まあ、俺には関係のねえ話だな。
「別にいいじゃねえか。まあ立ち話もなんだし、続きはホテルででも話し合うか。」
そう言って俺は、飾利の手を引き、適当なホテルを探すために歩き出そうとした。
「へ?私はこれから自分の寮に帰るつもりなんですけど……
もう一ヶ月はほったらかしですし、どうなっているかも分からないので……」
飾利はおろおろしながら、俺の手に引かれていた。
302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:07:28.61 ID:0hbbRHj5o
「駄目だ。一方通行は暗部を解体したと言ってたが、まだ留まりたがる馬鹿がいるとも言ってたろ。
だから本当に安全と確信できるまでは、俺が直接ついてお前の護衛をする。
そんな訳でお前も俺とホテルに泊まるぞ。安心しろ、最初は優しくしてやるから。」
「全然安心できませんよ!下心が見え見えじゃないですか!!!」
「心配するな、自覚はある。」
やれやれ、お固い奴だ。ま、そこがまた可愛いんだがな。
さて、如何にしてこいつをベッドに連れ込むか。そんなことを考えていたら……
「「「な、う、初春(さん)!?」」」
後ろから3人の中学生に呼び止められた。
303: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:08:59.78 ID:0hbbRHj5o
「え、さ、佐天さん!?御坂さんに、白井さんも、こんな時間にどうしたんですか!!!???
もう最終下校時刻もとっくに過ぎてますよ!?」
飾利は酷く驚いた様子で少女達の方を見ていた。どうやら知り合いらしいな。
俺も少女達の顔をまじまじと見つめた。
ほう、まだ中学生とはいえ、全員なかなかの上玉だな。もっとも、飾利には及ばねえが。
304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:10:55.96 ID:0hbbRHj5o
「いや、どうしたって、それはこっちの台詞だよ!
初春ったら、独立記念日以来、突然行方不明になっちゃって!
誰にも行き先を告げてないし、携帯に連絡しても音沙汰がないし、皆心配してたんだよ!!!」
「そうよ!私なんか初春さんを捜して学園都市中の監視カメラをハッキングしたのに、影も形も無かったんだから!
それがいきなりこうしてふらりと帰って来るなんて、一体今までどこに行ってたのよ!?」
「え、そ、それは……その……」
飾利と同じセーラー服を着た長い黒髪の少女と、常盤台の制服を着たショートカットの少女の詰問に、飾利はたじたじになっていた。
って、このショートカットの女、もしかして『常盤台の超電磁砲』か?
飾利の奴、何気に凄えコネがあるんだな。
305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:13:19.20 ID:0hbbRHj5o
「しかもその隣にいる殿方はどなたですの!?
手なんか繋いで、あまつさえ向かおうとしていたのはホテル街ではありませんでしたの!?
貴女という人は、な、何たるふしだらな!!!」
「ち、違うんですよ、この人は、あのお……ていうか白井さんにふしだらとか言われたくないんですけど!」
常盤台の制服を着たツインテールの少女も、飾利に喰ってかかった。
しかし気圧されながらも毒を吐く飾利も、流石と言うか、相変わらずと言うか。
やれやれ、ここは俺が収めてやるか。
306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:16:06.15 ID:0hbbRHj5o
「どうもお嬢さん方、いつもうちの飾利がお世話になっていたみたいだな。
俺は垣根帝督。こいつの彼氏だ。以後よろしく頼むぜ。」
俺は決め顔を作り、これ見よがしに飾利を抱きよせ、少女達に挨拶した。
「あ、これはご丁寧にどうも。私、柵川中学1年の佐天涙子です。初春とはクラスメイトで親友の間柄でして……」
「常盤台中学1年、白井黒子と申しますの。初春は友人である他、風紀委員の同僚でもありますの。以後お見知りおきを……」
「(ん、垣根帝督……?)」
黒髪の少女と、ツインテールの少女が、俺につられて同じように名乗ってきた。
「「って、ええええええええええええええええええ!!!!!」」
そして、一瞬の間の後、盛大に叫び声を上げた。
307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:18:12.38 ID:0hbbRHj5o
「え、ち、ちょっと初春!?どういうこと!!!???
この少しアウトローな感じのイケメンが初春のか、彼氏!?
一体どこで、いつの間に見つけてきたのよ!?
ていうか初春、行方不明になってた間に一体何があったのよ!!!???」
「初春……貴女が行方不明になっている間、私達がどれほど貴女を案じていたと思って?
その間、貴女がするべき風紀委員の仕事に追われて、私がどれほど苦労したと思って?
それなのに貴女は、そんな私達をよそに殿方と懇意になり、あまつさえその方とホテルに向かおうとするなど……!
私だって、まだお姉様とはそのような仲に発展しておりませんのに……!!!」
黒髪の少女…涙子ちゃんは興奮した様子で飾利に問い詰め、
ツインテールの少女…白井は、呪詛のように何事かを唱えながら飾利を睨んでいた。
308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:22:07.66 ID:0hbbRHj5o
「わわわ、ちょっと佐天さん、そんないっぺんに聞かないでください!
白井さんも、ずっといなかったことは謝りますから、そんなに睨まないでください!!!
あと怒りのポイントがずれてませんか!?
帝督からも、ちゃんと説明してくださいよ!!!」
飾利はそんな彼女らにおたおたしながら、俺に助けを求めた。
「かーーーーー!!!『飾利』に『帝督』だってよ!!!もう名前で呼び合う仲かよ!!!
もう何なんだよ、初春ったら私の知らない間にえらい遠くまで行っちゃってさーーー!!!」
涙子ちゃんは顔に手を当て、大げさな口調で捲くし立てた。
「全くですわ、恋愛沙汰で初春に後れを取るなど、予想だにしませんでしたの!
お姉様も驚かれましたわよね……お姉様?」
白井の振りに、『超電磁砲』御坂美琴は、ゆっくりと顔を上げ、
「だ……」
「だ?」
「騙されちゃ駄目よ、二人とも!!!」
唐突にそんなことを言い出した。
309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:32:06.20 ID:0hbbRHj5o
「おいお前、『常盤台の超電磁砲』……だよな?騙されちゃ駄目とは人聞きが悪いが、どういう意味だ?」
俺は少々不機嫌に御坂に詰め寄った。
「ふん、黒子や佐天さんは騙せても、私は騙せないわよ。
恋人だとか何だとか言っちゃって、初春さんの失踪事件も、アンタが初春さんを誘拐したってのが本当のところなんでしょう?
ひょっとして一方通行もグルだったりするかしら?正直に言ったらどう?」
しかし御坂も、俺から目をそらさずそんなことを言う。
「初対面の相手を頭から犯罪者扱いとは、随分舐めたガキだな。
だがその口ぶり、それに一方通行の名前を出すあたり、どうやら俺が何者かは知っているようだな?」
「凄んだって無駄よ、垣根帝督。それとも、学園都市第二位、『未元物質』って呼んだ方がいいかしら?」
俺の威圧にも御坂は臆した様子もなく、不敵に笑い、俺のもう一つの名を呼んだ。
310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:34:24.14 ID:0hbbRHj5o
「う、うえええええ!!!???このお兄さんが、だ、第二位!?」
「お姉様、それは本当なんですの!!!???」
涙子ちゃんと白井が、目を見開いてこちらを見てきた。
「ええ、一方通行らしき男が初春さんの失踪に絡んでいるかもと聞いた後、もしかしたら他の超能力者もと思って調べたのよ。
第二位の情報について確実に真実といえそうなのは名前と能力名くらいだけだったけど、こいつで間違いは無いでしょうね。
偶然怪しい人間と同姓同名の人物が初春さんといるなんてのも不自然だし、
そもそもこんな変な名前、そうそう見つかるものじゃないしね。」
ほっとけ、どうせ俺は変な名前だよ。
くそ、こんな名前をつけた両親にまたムカついてきた。連中、とっくの昔に土の下だが。
311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:36:14.04 ID:0hbbRHj5o
「確かに学園都市第二位、『未元物質』とは俺のことだが、そいつがどうした?
俺が飾利の彼氏だってことは、紛れもねえ事実だし、誘拐したなんて事実もねえ。
なのにそうして俺を疑うからには、確かな根拠でもあるんだろうな、三下?」
俺も負けじと御坂を睨み返した。
確かに俺も飾利の失踪と無関係ではないんだが、こいつの意図するような形ではないしな。
「ふ、根拠ですって?そんなの決まってるじゃない。」
御坂は薄く笑い、そして、
「アンタの、その見た目よ!!!」
「…………はあ?」
俺を指差し、自信満々に、そんな頓珍漢なことを言い出した。
312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:38:03.20 ID:0hbbRHj5o
「おい、俺の見た目が根拠だと?どこがどう怪しいのか言ってみやがれ。」
俺は苛立ちを隠さず、御坂を更に睨んだ。
初対面の相手をいきなり見た目だけで誘拐犯呼ばわりなど、正気ではない。
というか普通に失礼なガキだな。
「全てに決まっているじゃない!大体、第二位ってだけで十分キナ臭いってのに!
そのホスト崩れみたいなチャラチャラした風貌、餓えた獣みたいにぎらついた瞳、
どこをとっても悪人のそれじゃないの!!!
そんな見た目のアンタが、真面目で大人しい初春さんの彼氏だなんて嘘、バレバレ過ぎて笑っちゃうわ!!!」
だが御坂は、そう断言しやがった。
何なのこいつ?何でそこまで自信満々に言えるの?というか凄えムカつくんだけどこいつ。
313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:41:19.31 ID:0hbbRHj5o
「あ、あの……御坂さん?」
飾利が困ったように御坂に問いかけた。
「いいのよ初春さん、みなまで言わなくても。すぐに私がこいつを片付けて、解放してあげるから。」
だが御坂は、全く話を聞かずに一人で勝手に自己完結しつつ、電撃を展開し、臨戦態勢を見せた。
ホント何なのこいつ?人の話を何一つ聞こうとせずに戦おうとしてるんだけど。
つーか超電磁砲が超能力者唯一の良識人って話、絶対嘘だろ!立派に人格破綻者じゃねえか!
こいつに比べりゃ、一方通行の方が余程良識があるぞ!
314: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:44:20.59 ID:0hbbRHj5o
「ちょっと待て御坂、話せば分かる!だから落ち着け!なあ、涙子ちゃんに白井も、こいつを止めてくれよ。」
俺は助けを求める視線を、涙子ちゃんと白井にも向けた。
「お黙りなさいこの不埒者!あなたのような輩は、この私の能力で、サボテンにしてさしあげますわ!」
「初春の敵は私の敵!超能力者の第二位がなんぼのもんだってのよ!
無能力者だからって舐めないでよね、私も戦う時は戦うのよ!」
だが、白井は太ももに仕込んだホルダーから金属製の矢を取り出し、
涙子ちゃんはどうやって隠し持っていたのか、自称無敵の不良少年よろしく、背中から金属バットを引き抜いて構え、
それぞれ臨戦態勢を見せた。
おいおい、最近の女子中学生は皆人の話を聞かないもんなの?
315: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:45:49.22 ID:0hbbRHj5o
「あわわ……て、帝督、どうしましょう!?」
「うーん、そうだな……」
別に俺がその気になれば、こいつら全員を倒すのは容易い。
だが、飾利の目の前でこいつの友達と戦うのも気が進まない。
かと言って、話して分かる雰囲気とは到底思えない。
なら、やっぱこれしかないよな。
「仕方ねえ、逃げるぞ飾利。しっかり掴まってろ。」
「きゃっ……!」
三十六計逃げるに如かず。
俺は両腕で飾利を抱えると、翼を展開した。
316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:47:08.41 ID:0hbbRHj5o
「あっコラ、待ちなさいこの犯罪者ーーー!!!!!」
「初春ーーー!明日はちゃんと学校に来なさいよーーー!!!
ここ一カ月のこと、垣根さんのこと、聞きたいことは山ほどあるんだからねーーー!!!」
「風紀委員の仕事もサボるんじゃありませんわよーーー!
貴女の為に仕事は山ほど残してありますのよーーー!!!」
そして、少女達の叫び声を背に、夜の空へと飛び立った。
317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:47:49.99 ID:0hbbRHj5o
同時刻 第七学区 窓の無いビル
「やれやれ……彼は随分と楽しそうだな。」
男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』、
アレイスター=クロウリーは、滞空回線からの情報を閲覧しつつ呟いた。
「そのようだな。しかし良かったのかい?第二候補とはいえ、彼を手放してしまって。」
虚空に現出したエイワスが、そんな疑問をアレイスターに向けた。
318: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:49:17.84 ID:0hbbRHj5o
「構わないさ。暗部も解体され、彼を繋ぎとめるための『守護神』すら、今は彼の手にある。
無理に彼を再び第二候補に据え置こうとすれば、おそらく少なくない被害が出る。
現段階での一方通行の成長度に問題が無い以上、彼にそこまでする価値はないよ。
もっとも、理由はそれだけではないがね。」
「ほう?」
エイワスが相槌を打つと、アレイスターはどこか愉快そうに語りだした。
319: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:53:11.25 ID:0hbbRHj5o
「これでも私は彼に感服しているんだよ。
私の予測では、彼はあの日、初春飾利を殺しかけたことに気付くことなく、一方通行に挑み、そして殺されるはずだった。
だが彼は、ギリギリのところで気付き、踏みとどまった。あまつさえ、最終的には私の手から彼女を奪還してさえ見せた。
今の彼は、まさしく奇跡と呼べる未来の積み重ねの上に生きていると言っていい。」
「奇跡とは、君らしくもない表現を使うものだな。
通常起こり得ないと言って差し支えない程の、極小の可能性を観測し、現出させるのが超能力の根本のはずだろう?
彼はこの街の第二位だ。奇跡と呼べる極小の可能性を観測し、現出させたとしても、然程の不思議はないのでは?」
「確かに、あなたの言う通りかもしれないな。
だが、だからこそ、彼らの行きつく先にも、興味が出てきたんだよ。
奇跡と呼べる現在を築いた彼らが、この先どの様な未来を築くのか。
それは輝かしいものかもしれないし、深い闇に包まれたものかもしれない。
だが、いずれにしても、大変に興味深い。」
「それも、『プラン』のサンプルとしてかい?」
「いや、私個人が、興味があるというだけだよ。」
エイワスの問いに、アレイスターはそう答えた。
320: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:55:24.99 ID:0hbbRHj5o
「少し意外だな。君のことだから、これすらもサンプルにするのかと思ったが。」
エイワスは感情の窺えない表情のまま、本当に意外そうに呟いた。
「忘れてもらっては困る。私とて人間だよ、エイワス。
『プラン』のことのみを考えているわけではないし、時折娯楽も欲しくはなる。
それに、ここまで暗部で働いてきた彼への、労いの意味も無いわけではない。」
「…………」
アレイスターの言葉に、エイワスは暫し黙り込んだ。
「どうかしたかい、エイワス?」
「いや……君がその様な人間らしいことを言うなど、いつ以来だったかと考えただけだ。
……君に会うのは随分久しぶりだな、『エドワード・アレクサンダー・クロウリー』。」
「……懐かしい名で呼んでくれるな、エイワス。」
エイワスにそう呼ばれると、アレイスターは少しだけ、彼にしては珍しく微笑んだ。
321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 22:58:18.22 ID:0hbbRHj5o
「おー、やっぱ空は気持ちいいぜ。お前もそう思うだろ?」
今宵は雲ひとつない晴天。俺はご機嫌で学園都市の上空を飛行していた。
「はあ……」
だが、飾利は何故か暗い表情で、溜息をついていた。
「どうしたってんだよ、シケた面しやがって。」
「こういう顔にもなりますよ。明日学校に行ったら、佐天さんに何を聞かれることやら。
それに学校にも、風紀委員の同僚達にも、この一カ月のことをどう説明すればいいものやら。
御坂さんの誤解も解かないといけませんし……」
「そうクヨクヨすんな。可愛い顔が台無しだ。
涙子ちゃんなら、心配しなくても正直に話せばいいんじゃねえのか?
親友だって言ってたし、あの娘なら御坂と違って物分かりはよさそうだしよ。」
「そ、そうですね……」
飾利の表情に少しだけ明るさが戻った。そうそう、そう来なくちゃよ。
322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 23:01:31.09 ID:0hbbRHj5o
「学校や風紀委員の方は、俺がついていって説明すればいい。
第二位の俺と知りあって、能力開発において協力を求められたとか適当こいとけば平気だろう。
それでも誤魔化せなけりゃあ、俺が力づくで黙らせる。
御坂の誤解は……あいつの目の前でキスでもすりゃあ解決じゃねえ?」
「な、何だか更なる問題が発生しそうなんですが……」
若干苦笑いが混じったようだが、まあ瑣末なことだ。
323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 23:05:54.13 ID:0hbbRHj5o
「細けえことはいいんだよ。とりあえず夜も遅いし、腹も減ったし、早く適当なホテルを探すぞ。
とっとと見つけて、飯食って、風呂入って、そんでその後は恋人同士の営みだ!」
そうよ、俺にとってはそっちの方が重要な問題だ。
「だから、私は一緒に泊まるとは一言も言っていませんよ!!!
もう降ろしてください!私は自分の寮に帰りますから!!!」
「うわっ!馬鹿、暴れんな!!!ここは空中だぞ!!!」
月明かりが照らす幻想的な夜の学園都市。
その上空で、俺達二人は暫し無粋なもみ合いをしていた。
324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 23:10:11.89 ID:0hbbRHj5o
「はあ……どうしてあなたは、いつもこうなんですかね……」
しばしのもみ合いの後、飾利は疲れた様に溜息をついた。
「仕方ねえよ、これが俺なんだからよ。そんな奴に惚れたお前も悪い。それによ……」
溜息をつく飾利に、俺はニヤリと笑ってやった。
「そうですね、あなたには、帝督には……」
飾利は呆れた様な、でもどこか楽しげな笑いを浮かべ、俺の言葉を待った。
俺が何を言おうとしているか分かったようだ。さすがは俺の女だ。
「言ってるだろう、俺に常識は通用しねえって。」
おわり
327: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(秋田県) 2012/06/09(土) 23:33:31.47 ID:0hbbRHj5o
>>1です。
これにて終わりじゃあああ!!!!!
当初の予定を遥かに上回る長さになってしまったが、何とか完結できたわ。
俺はちょっと帝春を書きたかっただけなのに、こんなに長引き、更にラブコメシーンを書くことになるとは予想だにしなかった。
だが、ここまで俺の妄想に付き合ってくれたお前らには、この>>1、喜びで感謝の言葉もない。
また俺が一筆書いた時には、どうか俺の妄想へのお付き合いをお願いしたい。
それではお前ら、ここまで付き合ってくれてありがとう、そしてお疲れ。
SS速報VIP:垣根「言ってるだろう、俺に常識は通用しねえって」