SS速報VIP:フィアンマ「俺様というものがありながら…」上条「ふ、不幸だー!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1338609587/



1: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/02(土) 12:59:47.30 ID:OM/K3pHAO


・右方のフィアンマさんと上条さんが最終的に恋人になるお話

・時間軸不明、原作1巻より少し前

・フィアンマさんの(当スレにおいて本当の)性別を、スレの途中一度だけ安価(男・女・ふたなり)をとり、決めます→ホモスレ・NL・ふたなりスレの可能性有り

・基本はほのぼの進行…だと思われます

・キャラ崩壊(やや)注意

・>>1は遅筆


※注意※
ホモスレになる場合があります。
NLスレになる場合もあります。
ふたなりスレになる場合もあります。
エログロ展開の可能性があります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1338609587(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)




2: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/02(土) 13:00:44.35 ID:OM/K3pHAO




今日も今日とて不運不幸のバーゲンセール。
小テストのヤマ勘は外れまくるわ、体育でうっかり転けるわ、備品を片付けてる途中ボールが頭に直撃するわでロクな事が無い。
まぁ、慣れてますけど。俺はどうせそういう役回りだよ。
不幸の避雷針、なんてあだ名がつく位には。


「ただいまー」

鬱々と自嘲しながら今日もひとまず無事帰宅。
ただいまなんて言ったって上条さん一人暮らしだし、どうせ返してくれる奴なんか

「お帰り」

居ないんだけど…さ…?



「………、…はい?」
「…何だ。『ただいま』と言われたら『お帰り』、または『お帰りなさい』と返すのが当たり前だろう。至って常識的対応のつもりだったが、何か問題でも?」
「え? …あぁ、まぁ…そうだな、問題無いな…」
「風呂なら沸かしてあるが、先に入るか」
「ありがとうそうする、ってそうじゃねえよ! 誰だお前!」
「俺様の事を覚えていないのか…? 酷いヤツだ、あんなに弄んだ癖に…」
「弄ん…?! え、冤罪だ…いや、冤罪、なのか…?」
「まぁ、初対面なのだが」
「オイ!」

部屋に帰ると、ヨーロッパ系なお顔立ちをした男の方が俺のベッドに座ってました。
優雅に脚まで組んでました。
美青年の部類なので画になってますが、まったく嬉しくありません。
誰だよ。
今、初対面って言ってたよな?
にこやかなのに目が笑ってない不法侵入者と、とりあえず自己紹介しあう事にした。
何故だろう、物凄く不幸な予感がする。



3: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/02(土) 13:02:05.57 ID:OM/K3pHAO


「あー…それで、フィアンマ…だっけ? 何で正々堂々と家に入ってこれたんですか。壁とか窓とか無事なのに」
「壁や窓が無事とて、鍵まで無事とは限るまい?」
「か、ぎ…?」

急いで立ち上がり窓の鍵を触ってみると、溶けてました。
何やらこう、ガスバーナーの火でも強く押し付けられたかの様な、そんな感じで。
もう一度言おう、溶けてました。
つまり、使い物にならない訳で。

「修理代払え!!」
「言及すべきはそこか。弁償は別に構わんが」
「ああもう…治安悪いんですからね! 何も無いのに鍵が開いてるってだけで不埒な輩が入ってくるんだからな、この街は!」
「まぁ、少しは落ち着いたらどうだ」

どうどう、と俺を闘牛扱い気味に宥めようとしているフィアンマ(であってるはずだ、名前)は、名案が浮かんだとばかりに、にこりと笑みを浮かべた。
油の上に水を一滴垂らした時みたいに、何だか違和感のある笑みだ。
作り物みたいな感じ。

「治安が悪いのならば、ひとまず、俺様がこの家を守ろう。詫びだ」
「…たまらなく不幸だ…涙すら出ない?」

せめて可愛い…いや、この際そんなに可愛くなくてもいいから、せめて女の子だったらな…。
そしたら、もう少し歓迎出来た気がする…何が悲しくて一人称が「俺様」なんて雰囲気が既に電波っぽい外国人男性と同居しなきゃならないんだよ…。
うぅ、と打ち拉がれ俯く俺の肩に、ぽむ、と手が置かれる。
振り返れば満面の笑み(でも目が笑ってない)を浮かべたフィアンマが居て、首を傾げ言った。こう宣った。

「これから宜しく頼むぞ、上条当麻」


―――空って、こんなに曇ってたっけ(※今日は晴天です)



10: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/03(日) 15:32:32.01 ID:kIYCzVGR0



とりあえず、頭をすっきりさせるべく入浴。
切れかかってたシャンプー(詰め替えの買い置きはあったんだけど面倒臭くて詰めてなかった)が補充されていた上、水垢で何となく汚れてた容器一式とバスルームが綺麗に掃除されてました。
几帳面な性格なのかな、と思いつつ、いやいやここは感謝の念で絆される訳には…と自分に言い聞かせる。
でも逆に考えたら、性別さえ違えば結構上条さんのタイプ(=寮の管理人お姉さんタイプ、年上、綺麗好き、家庭的)な気が…だが、男だ。多分。残念ながら。
ってそうじゃないだろ、いまいち身元不明な不法侵入者だぞ、しっかりしろ上条当麻。

さっさと着替えて風呂場から出ると、フィアンマはベッドに居なかった。
現在、新しく出来た居候さん(=フィアンマ)は台所で絶賛調理中らしい。
どうやらパスタを作っているらしく、とっても良い匂いがしてきます。
多分匂い的にカルボナーラ。律儀なことに卵と生クリームから作ってる。
元々家にあった麺以外の材料はどうしたのかと聞いたら、実費で買いこんできたとの返答。
何か申し訳な…く思う必要はないよな、不法侵入者には変わりないんだし。
そういえば俺何で招いちゃったんだ、警備員に通報した方が良かったんじゃ…いいや、ほら、女の子じゃないって事は逆に考えればただのルームメイト、変な誤解されることも無いだろ。
家事を肩代わりしてくれる人間が出来たと思えば…って、何かこれじゃゲスな男みたいだな…そんな事ないか。
悶々と考えている内に出来上がったらしく、美味しそうなカルボナーラにシーフードサラダ、水の注がれたコップ、フォークがテーブルに並べられていた。

「…」
「あ…ありがとな?」
「…あぁ」

カーペットに直接座る事に抵抗があるのか、フィアンマは立ちつくしたまま微妙な表情で俺の方を見てきた。
とりあえずお礼を言って、座るように促してみる。
床に座るのは慣れていないらしく、やや困惑気味に俺の向かいで胡坐をかいた。
脚が長いからか座高はそんなに高くない。…くそ、羨ましい。

「い…いただきまーす」
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。……父と、子と、聖霊の御名によって、アーメン」
「……、…」

唐突なお祈りに一瞬固まってしまった。
いや、別に台詞的には十字教っぽかったけど、どこもおかしくなんかないけど、何というか、一瞬家のこの部屋が教会の一部になった様な気がした。
錯覚だよな?
フィアンマは顎下に指を宛がい何やら考え込んだ後、いただきますのポーズを取っている俺の姿を見、割と真面目な表情で首を傾げた。

「……イタダキマス?」
「慣れないなら無理しない方が良いと思うぞ」
「そうか。ならばやめておこう。無理に慣習を合わせる必要もあるまい」

真似をしようか迷ってぱっとやめたフィアンマを見やり、俺も食事を開始する事にした。

何というか、うまく言葉に出来ない位美味い。本当に旨い。
高級レストランのカルボナーラ(食った事ないけど)の様な、且つ家庭料理らしい温かみがあるというか(これは作った本人が目の前に居るからかもしれない)、とにかく美味で仕方が無いのだ。
まぁ、カルボナーラなんてコンビニに売ってるような出来合いのレトルトとか、既製品のソースを温めて茹でたスパゲッティーにぶっかけたの位しか食べた事が無い分、批評出来る程の肥えた舌は持ってないんだけど。
カルボナーラのよそわれた皿の一回り小さい皿によそわれたシーフードサラダも美味しい。
ドレッシングは家にあるもの(百円ショップで売ってる感じのシーザードレッシング)なんだけど、何か下味をつける為に一度炒めてあるシーフード(元は多分スーパーで買ってきたシーフードミックス)とよく冷えたレタスとの相性が良いというか。プチトマトとかも甘くて美味いんだけどさ。
すごく手間がかかってるというのも味わい深い様な…美味いかどうか聞いてこないし(慎み深いのか俺にあんまり興味が無いのか)。
思わず「全部美味い」と感嘆の声を漏らすと、フィアンマは俺の反応に僅かながら照れたのか、そっと目を伏せて食事を進めた。
思ったよりも良い奴なんだな、なんて思いつつ結構な勢いで平らげる。


………しまった、だからフィアンマは不法侵入者なんだよ!気を許しちゃ駄目だろ!



12: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/03(日) 15:33:07.74 ID:kIYCzVGR0


食後のお祈り(宗教なんて俺にはさっぱりわからないけど)をきっちり済ませたフィアンマは、テレビに興味が無いのか遠慮しているのか、俺の部屋で何をしているのか…分からない。見えないし。
何故分からないのかというと、皿洗いしてるからだ。
「俺様がやろうか」と提案してくれたのだが、丁重にお断りした。
あんなに美味しい物を作ってもらった上に皿洗いまで押しつけるのはちょっとな…と。
上条さんにも良心はあるんです。

食器洗いを終えて部屋に戻ると、フィアンマは俺の宿題を眺めていた。
そういや開きっぱなしだったっけ、英語のプリント。

「…字が汚いな」
「う…仕方ないだろ、日本人且つ英語の成績悪い高校生なんだから」
「自慢になっていないが。覚える気が無いのか?」
「いや、多少はあるけどさ…正直、英語なんて出来なくても生きていけるだろー、っていうのはある。不満って程でもないけど」
「英語を覚えれば他言語への取っ掛かりにもなる。覚えていて損な事は無いと思うが」
「ヨーロッパ圏の人にはわかりませんっ! そもそも系統が違うしさ」
「ならば、お前は中国語や韓国語といった近辺諸国で公用語として用いられるアジア系統の言葉が話せるのか?」
「違う、けど…」
「先進国且つ学園都市に居を構えているにも関わらず、住んでいる国を甘えの言い訳にするな。お前はやる気が無い、ただそれだけに過ぎん」
「うぐ…ハイ、その通りです…」

何故怒られているのか分からないが、物凄く叱られている。
小萌先生の様な『多分謝れば許してくれるだろう』という感じでも、災誤先生の様な『多分謝っても許してくれないだろう』といった感じでもない叱り方だ。しかし結構言葉選びがきつい。相手を追い詰める事を目的とした説教。
その後、さっぱり解けない文法の問題の解決方をさらっと横から教えてくれた辺り、やっぱり良い奴というか、優しい奴なのかもしれない。

寝る場所に困り、しばしの話し合いの末、俺はいつも通り(今日は)ベッドで、フィアンマは壁に背中をくっつけて体育座り状態で寝る事になった。
胃袋を掴まれるというのは恐ろしいもので、今日知り合ったばかりのフィアンマがそんな状態で寝るという状況が可哀想に思えた。ので、クッション(青ピが「くじ引きでもらったのはいいけど要らないから」という理由で寄越した、新品のまま放っておいた柔らかくて丸長いやつ…らしい)を贈呈。
中身は見てないけど、多分普通の抱き枕みたいな感じだと思う。
俺が寝ている間に何もありませんように、と思いつつ目を閉じる。
フィアンマが住み込み詐欺型スタイリッシュ強盗だったらどうしよう、最上級に不幸だ…なんて思いながらも、とりあえず善意を信じる事にしたのである。




14: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/03(日) 15:34:11.62 ID:kIYCzVGR0


『幻想殺し』には接触した。なかなかに好意的な振る舞いだったはずだ。現に、好意的な関係を構築出来ている。風呂の掃除や料理などといった布石を敷いた甲斐があったというものだ。
既にローマ正教からは俺様の捜索部隊が出ているだろうとは思うものの、だからといって戻る気にはなれない。
この長い…気の遠くなる程の長き年月、働いてきてやったつもりだ。
もう人の悪意や欺瞞、権力を欲しがる醜さを目にするのはうんざりだ。
そして俺様は生き続ける限り、『右方のフィアンマ』という立場から逃れる事は出来ない。
他の者と違い、代役が存在しないからだ。だからこそ、何百年もこの座に就いてきた。
逃れられない。この特殊な力と右腕がある限りは、いつまでも。

「…『完全な状態』にした『聖なる右』を用いて『世界を救う』などという事も考えてはみたが、現実的ではない。それより何より、…面倒だ」

ぼやいて、上条当麻を見やる。
『幻想殺し』。ありとあらゆる異能を打ち消す、恐るべきもの。
その効力は恐らく奇跡にまで至る。
そんな力を封じ込める事が出来ている腕を切断して”受け取る”事が出来れば、俺様の『聖なる右』は完全なものと化し、さぞ大変な事態を引き起こせるだろう。
しかし、だからどうだというのか。
神は既に一度ノアの大洪水を引き起こし、大水で人々の悪意や愚かさを洗い流した。
結局は無駄になってしまったが。人間は、変わらず醜いままだ。
例えば、『大天使』辺りを用いて四大属性の歪みを正す。その前に戦争を起こさせる。
そしてイギリスにある『禁書目録』辺りの知識を用いて、『聖なる右』の完全制御を行う。
その後『幻想殺し』を回収し、その腕を通し『聖なる右』の出力を完全に出来る様にして、戦争によって巻き起こる『悪意』を倒すべき敵として設定。
『神上』と呼ばれても相違ない状態になった上で、人々を管理して世界を救う。
馬鹿馬鹿しい。
歴史に残る行いかもしれないが、そうして人々を管理したところで、結局汚い心は消え去る事はない。
圧倒的な力による恐怖で抑えつけ、支配しても、人が至福で満たされる事はない。根本的な部分では。
ならばどうして、何の為に、俺様は『幻想殺し』と接触したのか。
答えは簡単明瞭だ。

「…お前の『絶対的な不運』と、俺様の『絶対的な幸運』。同じ空間にあれば、『相対的な幸運』になると、そう思わんか?」
「……すー」
「…別に、まぁ、『相対的な不運』でも構わんが。所謂平運になる事が出来れば、俺様の目的は達成だ。…少しの間でも良い、夢を見せてくれ」
「んー…むにゃ…」

ずっと、この『幸運』のせいで、俺様は不幸だった。
他人から見れば、籤を引けば必ず当たりや得をする内容のものを引き、如何なる事故に巻き込まれたとしても、一人で生還してきた俺様の人生は、幸せそうなものに見えるのかもしれないが。
人は必ず死ぬという『法』すらねじ伏せるこの右腕の性質故、俺様は千年の生を保証されている。
既に四百年余りを生きたが、それでもまだ、五百年程生きるべき月日が残っている。
どんなに周囲の人間が死に絶えても、病にかかって苦しんでも、俺様だけは必ず『幸運にも』免れた。
不完全なせいで、死者を蘇らせる事も、病人を癒す事も出来ない。
いつも、一人取り残される。その場しのぎで手を差し伸べても、助けても、目の前で死んでしまう。
下手をすれば、俺様が救いの手を差し伸べてしまったせいでより惨い死にかたをする人間も居た。
だからこそ、いつしか俺様は手を差し伸べる事をやめた。
何かを救う事はやめた。自分の幸福のみを考える事にした。
周囲の人間が苦しんでいても、泣いていても、無視をするようになった。
何も手に入れた事はない。全て須らく喪ってきた。故にもう手に入れようとは思わない。そうすれば、喪う事もない。
右腕を完全に切断された上で全身を粉々に砕かれでもすれば流石に死ねるのではないかと思いはするものの、やはり俺様も人間、死にたいと思ったからといってそうそう簡単に効果的な苦痛を自ら与えられるものでもないだろう。
うっかり死んでしまう事は怖くないが、自分で死に至るべく努力をするとなれば、相当の勇気が必要になる。
そこまでの勇気など無かった。
死に損ないとはいえ、幸せにはなりたい。
せめて、人生一度位、『幸運』ではない状態で生きてみたい。
そんな淡い期待を抱きつつ接触した『幻想殺し』は、思った以上に普通の少年だった。
何となく拍子抜けはしたものの、理論上は運の上がり下がりが減るはずだ。互いに。

「…光栄に思え、肉塊。俺様の運を押し付ける相手として選ばれたのだからな。…何て、な」

冗談めかして呟き、目を閉じる。

………ところで、このクッションに描かれていた妙にリアルな髪の毛と血走った目は何だ。
タグに『夢に出るホラー抱き枕 Ver.2』と書いてあるのだが。
快く明るい表情で寄越したというのに、嫌がらせだろうか。



21: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 17:44:12.23 ID:/cPiIBwO0


目が覚めると、横に抱き枕があった。
あれ?これ、昨日フィアンマに貸したヤツだったような…。

「!? うおおああっ!!」
「目が覚めたか」

しげしげと確かめていると、血走った目や髪の毛が見えた。一気に眠気が覚める。
そのタイミングを見計らったかのように、台所からひょこりとフィアンマが顔を覗かせた。
もしかして、怒ってるから俺の隣に、目覚めたらすぐ見る様設置したのか。
そう思いつつフィアンマの様子に目をやるも、昨日以上にフィアンマは上機嫌で声をかけてきた。
と、とりあえず謝ろう…事故だ、コレは。

「ごめん、これ友達からもらったヤツで、中身知らなくてさ…」
「構わん、抱き心地は別段悪く無かったぞ。今日は火曜日、特に祝日では無いのだから、学校だろう。朝食を済ませ、早く学校に向かう事だ」
「え…あぁ、うん」

俺だったら結構不幸な出来事だったと思うんだけど、何故だかフィアンマは機嫌が良い。
もしかして人に優しくされたことない奴だったり…?…何か可哀想だな…。
考え込んでないで飯食って学校行く用意しないと…。



不運だ、ツイてない。そんな感覚を得たのは、初めてだった。
上条は申し訳なさそうな顔をしつつ謝罪していたものの、俺様としてはそんなに嫌な出来事でもない。
むしろ、運の『中和』が垣間見えただけで充分だ。
このままいけば、良い事と悪い事が交互に起きる、まともなひと時を過ごせるかもしれない。
そう思うと自然と機嫌は良くなる。
不運である事が嬉しいなどと言えばマゾヒストの様だが、どちらかというと、初めて菓子を食した子供の様な感情だ。
不快まではいかずとも、心から残念だと、初めての感情を抱いた。
口先だけのマイナス感情ではない。明らかな作為による悪意ある行動でもない。
楽しいな、と思った。
単調な毎日や日照りが続くよりも、多少の変化がある日常や時折の雨が喜ばしい様に…楽しいな、と。

「行ってきます…慣れないな、何か」
「その内慣れるだろう。行ってらっしゃい」
「…よ、よし! 今日はそんなに不幸じゃない気がする! 行ってきいーい」

慌ただしく出て行った上条を見送り、玄関扉を閉じる。
あの様子で走って行くと、その内に道で転ぶだろう。ヤツにとってはそれも『不幸』の一部なのだろうか。自分で招いた行動のなれの果てのクセに。
批判的過ぎるのも良くないか、と思いつつ洗濯機に身体を向ける。テレビのリモコンの様に、スイッチを幾つか押し、この粉を投入すれば作業が始まる筈なのだが。
スイッチが多すぎる。粉の分量を記している部分が掠れて読めない。
…洗濯機…さっぱり分からん…思わぬ難敵…、実に不運だ。




23: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 17:44:50.59 ID:/cPiIBwO0


いつもより早めに出たせいか、数々の不幸(修復工事で通学ルートが使えなくて迂回させられるとか)はあったものの、早めに学校に着いた。
教室に入ると、机に身体を伏せている見慣れた青い髪。青髪ピアス。
俺の友達で、ものすごく女性の好みの範囲が広い変態だ。
俺こと上条当麻、コイツ…青髪ピアス、まだ来ていない友人である土御門元春は、まとめて三バカトリオ(デルタフォース)という何とも不名誉なグループ名をつけられている。成績が悪いから、なんだけどな。
むくりと起き上がった青ピ(青髪ピアスだと長いから普段はこう呼んでる)が俺を見、機嫌良く挨拶した。

「おはようカミやん、何や今日は早いなぁ」
「あー…まぁ、色々あってさ」
「ほほう? 機嫌ええなあカミやん。さては空から降ってくる系ヒロインとの邂逅を果たしたんやね!? 羨ましい!!」
「してねーよ!」

ガタッと席から立ち上がって紹介しろと迫ってくる青ピを宥めて自分の席につく。
ヒロインだったらどれだけ良いか。
あの性格がもう少し和らいで家事スキルそのままに女性だったらうっかり可能性もあるが、何分出会いが出会いだし、多分男だ。
考えれば考える程残念過ぎる。どうして俺はいつもこんな人間関係ばっかりだ…不幸だ。

「そういえばカミやん、今日が数学問題集締切日やけど、持ってきたん?」
「え…」

そういえば、問題集の目次のところに提出期限(つまり今日の日付)とページのどこからどこまでやるかを書いただけで、三連休中にやろうと思って結局…。
自分でも、顔から血の気が引いていくのが分かる。
成績が悪くつくことよりも、この問題集を出し忘れる事によって特別授業(放課後)が催されて呼びだされる事が辛い。

「ふ…不幸だ…今から一ページだけでもこなしてどうにか…ッ」
「あはは、やっぱりカミやんはカミやんやねー」
「どういう意味だソレ…って、あれ?」
「どうしたん?」

鞄に入りっぱなしだった問題集を取り出して開くと、調度課題に出された分だけ全部やってあった。
ちなみにやった記憶はない。
でも、此処に書かれているのは俺の筆跡…だけど、さっき青ピから言われて問題集の存在自体を思い出した俺が、まして三連休の間一度として鞄を開けなかった俺が、問題集を実はやっていて忘れていた、なんてそんな幸運な事はまずあり得ない。
俺以外の誰かが限りなく俺の筆跡を真似た上、やってくれた。そう考えるのが妥当。
そして、俺以外にこの問題集に触る事の出来た人間と、いえば。

「…青ピ。さっきの言葉訂正する」
「訂正?」
「ヒロインとは出会ってないけど、ヒーローとは出会ったかもしれない」




25: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 17:45:58.24 ID:/cPiIBwO0


結局のところ、俺様が洗濯機との戦いに挑む事は無かった。
何というか、得体が知れない音を出すじゃないか。コレは。

「…っくし、」

寒気も無いのにくしゃみが出た。
噂をされているのか、はたまた先程部屋掃除をした際の埃をうっかり吸いこんでしまったのか。
整理整頓に部屋掃除、買い出し、料理の下拵えと、やれそうな事は全てやってみたものの、そのせいでもうやる事が残っていない。退屈で堪らない。
まぁ、忙し過ぎて何一つままならないよりはまだマシか、と自己完結しながらベッドに身を預けて目を閉じる。
『幻想殺し』が帰ってくる前に起きれば問題ないだろう…。



「…ただいまー」
「……、…お帰り」

問題集を提出出来た為無事補習被害に遭う事なく帰宅。
フィアンマは昼寝していたのか、ちょっと髪が跳ねてる。ついでに言うと眠そうだ。

「問題集ありがとう、助かった」
「そうか…筆跡は最大限真似たつもりだが、あれで良いのか」
「あぁ、本当助かった」
「次からは怠らない事だ…夕食の用意をする」
「いや、その前にちょっと座ってくれ」

不思議そうな表情を浮かべるフィアンマを座らせて、とりあえずもう一度自己紹介。
昨日はテンパっていいで名前位しか聞いてなかったからな。

「…お前の職業って何なんだ?」
「……魔術師だが」
「まじゅ…?」
「…魔術師」
「…いんぐりっしゅぷりーず?」
「…I’m a Magician or Conjurer」
「ごめん分かんない」
「英語で言えと要求しておいて何だその体たらくは」
「違ぇよ! 魔術師って!せめて手品師って言えよ!」
「魔術はあるぞ?」
「ははーん、上条さんがバカだと知って馬鹿にしてるんだな? そうだろ」
「馬鹿にするのならば言葉で直接馬鹿にするが」
「それもどうかと思うぞ。…なら見せてみろよ、その魔術ってやつ」
「…」

我ながら不信感たっぷりな顔してると思う。
フィアンマはしばらく悩んだ後、指先に炎を灯した。
炎系能力者にはありがちな光景。

「別に珍しくも何ともないぞ、ソレ。学園都市ではよくある光景だしさ」
「その気になればこの部屋を燃やしつくす事も出来るが…」
「マジュツ?はよくわかんないけどさ、俺に何かするのは無駄だぞ。異能の力は全部この右手が消しちまうからな」
「ほう。興味深いな」
「消せるとはいえ、出来れば危険じゃない内容が好ましいけどな」
「しかし、ある程度派手でなければ信じないのだろう? …そうだな、こういうのはどうかな」

気分を害した、というよりも子供が玩具を次々見せていく時の様な楽しんでいる表情で、フィアンマが立ち上がる。
そのまま台所から、二つのコップに水を汲んで持ってきた。
蛇口を捻る音がしたし、どっちも水道水だろう。



27: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 17:46:17.60 ID:/cPiIBwO0


「さて、どちらかのコップを選んでもらおうか」
「じゃあー…こっち」

右を指差すと、フィアンマは左手に持っていたそっちのコップをテーブルに置き、右手でもう一つのコップを握ったまま、口の中で何か呟いてからコップの中の水に向かってそっと息を吹きかけた。

「まずそっちの水を一口飲め」
「あぁ、うん」

言われるままに一口飲んでみる。何ら変哲のない水道水の味がする。
特別美味しくもまずくもない。
俺が微妙に渋い顔をしているのを見届けた後、フィアンマはそっと自分の手にあったコップを差し出した。

「そちらの水と中身は同一だったものだ、飲んでみろ」
「ん、…」

受け取るままに、こくりと飲み下す。
マスカットの様な匂いと、アルコール臭。白ワイン?

「けほっ、何だよコレ」
「『神の子』はその奇跡によって水を葡萄酒へと変えた。変化させるべく必要なものは、『神の子』の奇跡の一言のみである。…葡萄酒だよ。白ワインと言った方が分かりやすいか。もしもお前の右手が奇跡を打ち消せると言うのならば、右手の指を突っ込んでもう一度飲んでみろ。俺様はその間にこっちの水を葡萄酒に変える。今度は赤ワインだ」

言われるがまま俺の右手…命名するとしたら『幻想殺し』の人差し指を水に突っ込んだ後もう一度飲む。何の変哲もない水道水の味だった。
フィアンマはさっき俺が渡したコップを右手で握ったまま、何やらぶつぶつと口の中でお祈りをしている。
その後息を吹きかけると、無色透明だった水道水が、みるみる内に赤ワイン特有の深い赤色に変化した。表面から奥底まで、段々と赤く染まっていく。
数分と経たない内に真っ赤になった液体の入ったコップを差し出し、フィアンマがくすりと笑う。
水を操るとか、温度を保つとか、そういう能力者は居るけど、味に変化を起こさせる様な能力者は居ない。
念には念を入れて自分の舌を触った後、赤い液体を飲み込む。
芳醇な赤葡萄の味と、アルコール臭がした。確実に赤ワインだ、これ。

「…これが魔術ってやつなのか?」
「一番無害な使い方だが、そうだな」
「俺の右手で消せるし、異能の力なんだな…手品じゃない」
「だからそうだと言っているだろう。分かったか? なら、もう良いか?」
「あぁ、うん…何かごめんな」
「気にする事は無い」

僅かに面倒臭そうな顔をしたフィアンマが、コップを手に台所へ消える。
十数分程して、良い匂いがしてきた。多分今日の晩飯も美味いんだろうな。

……ダメだ、すっかり馴染んでる…。




29: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 17:47:10.14 ID:/cPiIBwO0


ひき肉やトマトの缶詰といった材料から丁寧に作ったらしいボロネーゼ。
昨夜のカルボナーラに引き続いて物凄く美味い。
弁当作ってくれたりしないかな、と思う位に。流石に頼まないけどさ。
俺が一人暮らしに疲れ果てたサラリーマンか何かで、フィアンマが女の子だったら確実に勢いでプロポーズしてしまうレベルの美味さだと思う。

「今日も美味い」
「…そうか」

ふい、と目線を逸らす。やっぱり照れてんのか、コイツ。
無口な方なのか、食事中フィアンマはまったくもって喋らない。
沈黙に耐えかねてテレビを点けると、今学園都市で話題の『たっぷり練乳大福』について放送していた。
タレントが一口食べては美味しいと言ったり、お店に美味しさの秘訣を聞きにいくような、いたって普通の番組。
向かい側のフィアンマはそんなテレビ番組を見ながら、今の今まで据わりっぱなしだった目をきらきらと輝かせていた。

「…食いたいのか?」
「…、…別に、そういった訳ではない」
「目が輝いてたぞ」
「…気にかけるな」

フィアンマがそっぽを向いた。バツが悪そうな顔、といえばそれまでだが、僅かに顔が赤い。
多分俺より年上なんだろうなとは思うけど、甘い物に目を輝かせたり、それを恥じ入ったりして、何か子供みたいだ。
昨日は表情が作りものみたいで気味が悪いと思う部分もあったのに。
でもまぁ、人間の二面性なんてそんなもんだよな、と思いつつ可愛らしい一面に思わず和む。
そんなに高くないし、フィアンマが実費で買いこんでくれている材料費に比べれば物凄く安いので「明日、帰りに買ってこようか」と提案すると顔を真っ赤にしながらわたわたと慌てて「だから不要だと言っているだろう!」と突っぱねられた。
そんなに遠慮しなくたっていいのに。


今日はフィアンマがベッドで、俺は床(もといカーペット)に毛布敷いて寝る事にした。
一応学校に行く前に確かめたけど、財布には何ら変化はなかった。
とりあえず、ちょっと電波が多めに入ってるだけ、っていう解釈で良いんだよな…?
……フィアンマの言葉を信じるとしたら、実際は『魔術師』っていう職業なんだろうけどさ。ひとまず強盗とかじゃなくて安心。
そんな事を考えている内に眠くなってきた。まだ火曜日か…。










そろそろ俺様の居る場所の座標がローマ正教に割れる頃だろうな、とぼんやり思う。
今はまだ良好な関係を築けている『幻想殺し』は、一撃で死屍累々の山を築きあげられる俺様の姿に怯えるだろうか。
お人よしそうな雰囲気が漂っているので、受け入れる方向に出るのだろうか。
明日、もし捜索部隊とここでぶつかる事になったら、ひとまずやられ役に徹してみようか。
弱いと判断されれば『右席』を抜け…られる程、この世界は甘くない。
まぁ、『幻想殺し』が居ない間の暇つぶしに調度良い、適当に遊んでやろう。

……まだ、もう少しだけでも、此処に…居たい。



37: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 23:35:48.95 ID:p6L9h4AR0


朝、『幻想殺し』が起きるよりも先に目が覚める。
歳をとったからか、気付かない内に精神病でもかかっていたのか、俺様は短時間の睡眠しか必要としない。昼寝が好き、というのも寝覚めが良い要因の一つではあるが。
日本文化には幾度か触れているものの、未だに味噌汁とやらの良さが分からない。
カルボナーラを作った際余った生クリームの処理も兼ねて適当にスクランブルエッグを炒めていると、目が覚めたらしい『幻想殺し』が台所に来、申し訳なさそうな表情で感謝の言葉を口にする。
元より、居候とはこういった家事を請け負うか家に金を入れて置いてもらうかのどちらかという存在だろうに、律儀なヤツだ。
良心とやらがしっかりしているのかもしれない。

「…良いから座って食事を摂れ。そして学校に行け」
「本当にありがとな、美味いし助かる」
「そうか」

淡々と返事を返されて何が嬉しいのか、機嫌良く『幻想殺し』が笑む。
もう俺様には浮かべる事の出来ない、些細な事に対する幸せそうな笑顔。
まぁ、こういった笑顔は好きだ。目論見が上手くいった時の『大人らしい』笑みは嫌いだというだけで。
昨日に引き続き慌ただしく家を出て行った『幻想殺し』を見送り、食器を片づける。
とりあえず、この液体の石鹸をスポンジに含ませ、水を少量加えた上で握り、泡立てれば良いという事はよくわかった。

食器洗いを終え、幾度となく経験してきた魔術の気配に気がつく。
この家(正確には男子寮らしいが)だからこその、事前の準備。『人払い』…いや、この階は存在しないと知覚させるものなのだから、『まやかし』の術式と呼ぶべきか。

「…一人。『後方』、か。はは、俺様を連れ戻すに最適な人員を連れてきたものだ。どのみち、実力差はあるとはいえ、通常魔術では善戦の見込みがあるからな」

律儀なあの傭兵の事だ、俺様がこの家から出てくるのを静かに待っているのだろう。
となれば、いつまで経っても出ないのは失礼に当たるだろうか。
周囲に被害を出さない戦い方をしなければならないか、とぼんやり思う。
うっかり壊してしまったら…『幻想殺し』に謝罪をすれば許されるだろう。
そんな事を考えていたら、不意に悪戯心に火が点いた。

…死んだフリをしてみたら、どんな反応を返すのだろうか、ヤツは。




39: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 23:36:42.66 ID:p6L9h4AR0


特に何事も無く一日が終わった。
不幸な上条さんにしては珍しくラッキーデイだったと思う(一般の方にとっては当たり障りないなんて普通の日常だと思うが)。
なので、フィアンマに例の『練乳大福』を買って帰ろう、などと思っていたのだ。
思っていたのだが、運悪く絡まれてしまった。
スキルアウトだったら謝罪ダッシュで逃げれば良いんだが、この子はなかなかどうしてしつこい。
『第三位』に傷をつけたー、だか、プライドを侵害されたー、だか。
結局何がしたいの、と聞けば『勝負しろ』の一点張り。
じゃあ腕相撲な、と適当に返したところ、電撃を放たれた。咄嗟に右手で受け止める。

「危ないだろうが!?」
「ならちゃんと勝負しなさいよ!」

常盤台のエース…だっけ?
雷撃を躊躇なく俺に向けてきているこのビリビリ中学生は、御坂美琴という名前らしい。
中学生にありがちだよな、高校生に勝つのが憧れー、みたいな。
一発受けてやればいいだろうって?
静電気とは文字通りレベルが違うもんで、うっかり仮死状態に陥りそうだから、おちおち一発受けて気を鎮めさせるということも出来ない。

「またなー、ビリビリ中学生!」
「ビリビリ言うなーっ!」

適当に手をぶんぶん振って自宅へ向かいダッシュ。
ふふん、こう見えても上条さん、逃げ足の速さにだけは自信がありますことよ。

走り過ぎてゼェハァ言い情けなく息切れしながらもどうにか男子寮まで逃げ込み、自宅部屋目指して闊歩。
今日の晩飯何だろ、なんて、フィアンマに期待している俺が居る。
慣れちゃダメ…と自分に言い聞かせるのも飽きたし、…いいよな。
別に、一緒に居て息が詰まる程キツい性格って訳じゃないし、料理上手だし、掃除も完璧だし。
そんな事を考えつつ帰宅すると、俺の部屋の前に大男が立っていた。
巨大な金属棍棒(メイス…だっけ?)を持った、茶髪の白人。
その男の足元に横たわっているのは。
赤い赤い血だまりの中で、その赤い髪を浸らせているのは。
ぐったりと力なく倒れ伏しているのは。





「…フィアン、マ…?」






41: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 23:37:22.95 ID:p6L9h4AR0


俺の掠れた声に反応したのか、大男が振り向く。
険しい表情だった。メイスには、血液が付着している。
そんな事はどうでもよかった。あの血全てがフィアンマの血液だとすると、非常にまずい。
馬鹿な俺でもそれ位わかる。あのままだと、フィアンマは死んでしまう。
もしかしたら、もう死んでしまったかもしれない。だけど、今すぐ病院に担ぎ込めば助かるかもしれない。
震える拳を握り締め、大男を睨みつける。
自分を奮い立たせなければ、とてもじゃないが立ち向かえそうにない。

「フィアンマに、…何、しやがった…ッ!」
「言うまでもなく、拘束の布石―――悪い言い方をするならば、暴力である。……良い姿勢であるな。『人払い』を破って来たという事は、一般人ではあるまい。二度会う事は無いと思うが、名乗りは挙げておくべきであろう」

メイスの鋭い切っ先をフィアンマの背中に向けて、目の前の男が言う。
ロクに頭に入らないまま、前傾姿勢を取った。
もし、コイツが魔術師で魔術を使うなら、フィアンマが作ったワインと同じように、俺の右手で打ち消せるはずだ。
勝率はゼロじゃない。

「我が名は『後方のアックア』。私は聖人だ。無闇に喧嘩を売ると寿命を縮めるぞ、少年」
「関係ねぇよ、そんな事。お前がどんなヤツだって、お前より遥かに細くて小さい人間を虐げていい理由になんかならねえ」

フィアンマが、死にそうになっている。
見動き一つ出来ないまま、苦しんでいる。
俺が拳を握る理由なんて、それで充分過ぎる位にある。

「待ってろよ、フィアンマ。すぐ、病院に連れていってやるからな」

そう声をかけて、飛び込む。
映画のヒーローみたいには勝てないかもしれないけど、負ける訳にはいかない。
必ず、勝つ。




43: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 23:37:55.49 ID:p6L9h4AR0


細目で、戦闘状況を確認する。
回復術式は順調に稼働している。直に腹部の傷は治るであろう。
それにしても、だいぶ出血してしまったようだ。
体調的に問題は無いが、後の掃除が大変だろう。
哀れにも、『二重聖人』に単身で突っ込んだ『幻想殺し』は、アックアの腕に掴まれ、投げ飛ばされている。
ノーバウンドで吹っ飛んだ上、堅い壁に背中を叩きつけた挙句、胃液を吐きだした。
しかし、ふらふらとしながら、何度も立ちあがっている。
…何の為に。
…俺様の、為に?
まだ二日しか共に過ごしていない、如何に友好関係を築けているとはいえ、浅い。
それは命を賭ける理由にはならない。そんなに重いものではない。大切なものではない。
今すぐ俺様を見捨てて逃げ出してしまえば、アックアは俺様を連れ戻すだけで済むだろう。
というよりも、まぁ、『聖なる右』で一撃の内に倒してしまえばそれで良いのだが。
アックアは必死に手加減をしているらしく、中々気絶しない『幻想殺し』に内心焦っているのが手にとるように判る。
相も変わらず甘い男だ、と思いつつ口元が歪まないよう懸命に堪える。

かなりの実力行使に出たのか、氷の杭が『幻想殺し』へ向かって飛ぶ。
『幻想殺し』はやや慣れた様子で氷の杭を打ち消した。事前に予行練習でもしてきたかのように。

「っは、…効か、ねぇよ…!」
「……、…」

笑って挑発しながら、上条が壁に触れる。『まやかし』の術式だ。
パキィン、と金属の様な、何かが割れるような音がし、アックアの用意した術式(それ)は壊れた。

「道理でおかしいと思った。お前、存在がバレちゃいけないんだろ」
「……」
「普通、ここまでの爆音とかがしたら警備員が駆け付ける。でも、その気配はまるで無い。オマケに、さっさと俺を倒して用を済ませたいなら、そのバカデカい武器を使えばいい。だけどアンタは使わない。まるで、色んなものに気を遣っているみたいにな。これがその秘密って訳か」
「…その指摘、見事である。一時引くとしよう」

『幻想殺し』が指摘した通り、『神の右席』は余程の有事でなければ人目についてはならない。
俺様の様な『特殊ケース』は別として、アックアの様な実働系の人員は。
氷と水を応用した術式を用いてか、アックアはその体格に似合わぬ俊敏な動きで消えた。
『幻想殺し』が駆け寄ってくる。随分と情けない、泣きそうな顔だ。
人の死に慣れていない、子供の顔。俺様が遠い昔に失った不安感。

「病院、まだ開いてるだろうからさ…良い医者知ってるんだ、だから」
「大丈夫、だ…魔術で、治した」

そう答えると、『幻想殺し』が安堵の笑みを零す。少年らしいというべきか。
みるみる内に塞がっていく傷口に目を瞬かせる『幻想殺し』に運ばれる形で、部屋の中へと戻った。
自分で出血しておいて何だが、鉄臭い。

「本当に大丈夫なのか…?」
「問題は無い」

そもそも、俺様に死ぬという概念はまだ存在しない。存在すべきではないからだ。
もしここで『回復術式』を組み行使しなかったとしても、長い年月をかけて、俺様の身体は治り、また普通の生活を送れるようになる。
忌まわしき、定められた千年の生。未だ逃れられないモノ。

「……、…良かった。…本当に、良かった…」

恐らく、俺様の生を喜んだ人間の中で生きているのは、この世界でお前だけだぞ、『幻想殺し』。
物好きが。




45: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/04(月) 23:38:53.18 ID:p6L9h4AR0


程なくして、フィアンマの怪我は完治した。魔術ってすごいな。
大量出血した直後の症状も特になく、一安心。
部屋の前にある血液を二人で片づけて、部屋に戻る。
ようやく、いつもの雰囲気に戻ったような気がした。
血で汚れたフィアンマの服は洗濯機に入れ、代わりに俺の服を貸す。
ズボンは特に汚れていないので俺が普段学校に着て行ってるワイシャツだけ貸したのだが、手足の長さの問題で、俺が着てやるよりもずっと、シャツがオシャレに見える。ぐぬぬ。
…って、そんな事考えてる場合じゃない。

「…アックア、だっけ。アイツ、何なんだよ」
「……同僚だよ。勢い余って殺されかけたが、俺様を元あるべき場所へと帰そうとしている者だ」

そう話して、フィアンマは寂しそうな雰囲気で俯いた。
同僚に狙われている事が、悲しいのかもしれない。
……『あの時の俺』には両親が絶対的な味方でいてくれた。
だから、俺にはその気持ちは完全にはわからないけど、転校したせいで青ピに殺されそうになるようなものか、と勝手に解釈した。
そして周りもそれを止めないって事なんだろう。
そうやって解釈してみると、フィアンマが可哀想で仕方なくて、涙が出そうになった。
フィアンマが何したっていうんだよ。どうして誰も味方になってやらないんだ。
その『元あるべき場所』だか何だが知らないが、そこにフィアンマが大人しく居ないからって、こんな…傷つけられて良い理由になんてならない。
水をワインに変えた時のフィアンマの表情を思い浮かべて、今落ち込んでいるフィアンマの様子とを見比べる。
こんなのは、絶対におかしい。
どんな理由があったって、こんなに良いヤツが傷つけられていい訳がない。

「フィアンマ」
「…何だ」
「俺は、フィアンマの味方だ」
「…、…そうか」

諦めた様な表情で、目を伏せたままなあなあな態度でフィアンマが頷く。
小刻みに震えてる手を覆うように握りしめ、顔を上げたフィアンマとしっかりと視線を合わせた上で、もう一度宣言する。

「…何があっても、俺だけは、フィアンマの味方だからな」
「…そうか」

今度こそ、まともに取り合って。
嬉しそうな表情でもう一度、フィアンマは頷いた。




52: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/05(火) 16:41:33.02 ID:fCzfi03O0


その内回復する以上問題無いとはいえ、失血した事による悪寒のせいで指先だけが震えていたのをどうとったのか、『幻想殺し』に手を握られた。
両手で両手を握られたまま、その暑苦しさに思わず顔を上げる。

「…何があっても、俺だけは、フィアンマの味方だからな」
「…そうか」

馬鹿馬鹿しい宣言に、思わず笑みが浮かぶ。
何とも青臭い台詞だ。
しかし、この状況で俺様が一般人の女であればそれなりにくらっときたかもしれない。
恐らく自覚無しに異性にモテるタイプなのだろう、と適当に見当をつけている内に、『幻想殺し』が立ちあがる。

「よし、今日は上条さんが腕を振るうぞ。何か希望あるか?」
「何でも良い、希望はパスタだが」
「了解、ちょっと待っててくれよ」

先程アックアに立ち向かっていた時とはまるで別人ののほほんとした表情で『幻想殺し』は調理を始めた。
台所まで覗きに行こうか迷ったものの、安静にしろと煩い為中断。
暇を持て余し、せめて配膳をと考えたもののやはり安静にしろと煩い。

…俺様に何をしていろというのか。



54: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/05(火) 16:42:04.80 ID:fCzfi03O0


正直フィアンマより美味いパスタを作れる気がしなかったので、戸棚より発見したミックスを使ってチキンとマカロニのグラタンを作りました。
テーブルに並べたところで呼びかけたフィアンマは、やる事が無くて暇だったらしく、つまらなそうな顔をしている。
そんなに忙しい生活を送っていたのか、と呼びかけると、24時間で31時間分働く日が多かった、との返事。どんな仕事は分からないけど、上条さんだったらパンクしてるな。
「勤勉なんだな」、と思ったままに褒めると「性格だからな」と冷めた声で返された。
でも視線の先がうろうろしている辺り照れているのかもしれない。コイツ、割と照れ屋?

「いただきまーす」
「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。……父と、子と、聖霊の御名によって、アーメン」
「そのお祈りって決まってるものなのか?」
「必ず、というものでもないが。基本的に言う余裕があれば神に感謝の言葉を述べてから食物を頂くのが尋常だ」
「よくわかんないけど、敬虔なんだな」
「…いいや、そうでもないな。信仰心が歪んでいるとよく言われる」
「それってどういう」
「美味い」
「良かった、で、今のはどういう」
「また今度もう一度食べたい」
「ああうん作るけど、って聞けよ!」
「ん?」
「ん? じゃねーよ!こら!」

話を聞いていないというよりも明らかにはぐらかすつもりだ、コイツ。笑ってるし。
多分話したくない事なんだろう、その内話してくれるよな、と思いつつ、今はもう突っ込まない事にする。
俺の不幸っぷりを象徴する『あの事件』が起こって学園都市に来て以来、こうやって誰かと会話しながら飯食うのって、本当に本当に久しぶりだ。
明るい食卓っていいもんだな、なんてのんびりと思う。

「フィアンマって何が好きなんだ? 料理」
「洋食全般だが」
「そっか。和食は苦手なのか?」
「味噌汁の良さは分からん。生魚は食べられる…筈だ」
「そっか。甘いもの、好きなのか?」
「別に好きではない」
「残念だなー、せっかく冷凍庫の奥底からアイス発見したのに」
「…、…俺様には関係の無い事だ」
「後で食べようと思うんだけど、一人で一個は量が多いからさ、半分食べてくれないか?」
「…致し方あるまい、付き合ってやろう」

仕方なく、といった台詞だけど、そわそわとしているのが向かい側に座ってるとよくわかる。
本当に甘い物好きなんだな、と思わずぼやくと、「十字教徒とはマナの時代より甘味を好むものだ」とか何とか逆ギレされた。何故怒る。

食後、食器洗いを済ませてハイパーカップ(バニラ味)を半分に分けて小皿によそって、スプーンと一緒にフィアンマに渡した。
多分食べる様子を眺めたら怒るだろうからあまり見ないようにしつつ、でもチラ見で様子を窺うと、少しずつ食べてて和んだ。どうやら大事に食べているらしい。
普段は据わっている目が、アイスを食べている最中ずっと輝いている。
明日は何があっても絶対に練乳大福を買ってこよう。うん。



56: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/05(火) 16:43:03.71 ID:fCzfi03O0


ベッドで呑気に眠る『幻想殺し』の様子を少し離れた場所から眺めて一時間。
もう既に深夜の時間帯なのだが、どうにも寝つけそうにない。退屈だ。

「…しかし、最初からアックアが来るとはな」

人目を気にしてすんなり引き下がったこということは、ひとまず派遣したというだけ、と…そういう事だろう。
ローマ正教自体が危機に瀕する様な危機的状況であれば、まず俺様の身柄の確保よりも先に、解決の指示を仰いでくる筈だ。
どんな場所に居ても、どんな状態でも、俺様は『右方のフィアンマ』という立場にある。
そして、それは仕方が無い事だとも思っている。勿論、指示を仰がれれば最適な内容を考えて指示をする。

「…これが仕事人間というヤツか」

ふふ、と思わず笑った声が聞こえたのか、『幻想殺し』が身じろぐ。
うっかり起こしてしまっては可哀想か、と思い、ベランダに出る事にした。
どのみち眠れないのならば、いっそ徹夜してしまうのも悪くは無い。明日の午後も暇だろうし。
ガラガラ、といった音の立たないように静かにベランダを開け、出ると。
布団を干した時の様に、一人の少女が引っかかっていた。
むくり、と顔を上げた、小柄で華奢な少女。
緑色の瞳。銀の髪。
純白の布地に金の刺繍が施された修道服には見覚えがある。
とはいっても、文献上の代物。『歩く教会』。
物理・魔術を問わずどんな攻撃も無効化する、法王級の結界を持つ霊装。
トリノ聖骸布を複製した布地と教会の魔術的構造を集約した刺繍や裁縫などにより、「服の形をした教会」と称される。
故に『歩く教会』。
また、身を守ると同時にその存在を探知させないという効果もある。
そんな大層な防御霊装を身に着けなければならない人員ということは、余程の魔術師か、魔術的に意味合いを持つ人間のどちらかだ。
そしてこの少女は、恐らく後者に当たるだろう。
…むしろ両方と呼ぶべきかな。
一度会った事がある以上、素性はわかっている。

「おなかへった」
「…」
「おなかへったって言ってるんだよ?」
「……、…」
「お腹いっぱいご飯を食べさせてくれると、嬉しいな」

にこっ、という擬音をつけても問題は無い程の明るい笑顔で食事を要求してくる。
後ろで眠る『幻想殺し』を振りかえり。二秒だけ思考する。

「…良いだろう。ただし、家主は眠っている。静かに入る事だ。約束しろ」
「勿論なんだよ」

ひょい、と抱え上げ、部屋の中に招き入れた上で適当にカーペット上に座らせる。
…さて、食パン一斤分サンドイッチでも作れば満足するのだろうか。



58: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/05(火) 16:44:28.94 ID:fCzfi03O0


食事をして空腹が癒えたのか、先程よりも更に少女は元気になっている。
なるべく音を立てずに調理をしたからか、『幻想殺し』は未だすやすやと眠り続けている。

「ありがとう、いい人だね」
「『いい人』とは程遠いがな。で、あんな場所に引っかかっていた理由は何だ」
「ええと…魔術結社に追われていたんだよ」
「魔術結社?」
「魔術師の集まりの事。多分、私の頭の中にある魔術書を狙っているんだと思う」
「…いや、魔術結社が何たるか位は重々分かっているが。頭の中に魔術書…『禁書目録』か」
「…私を知ってるの?」
「一度会った事があるからな。お前は覚えていないだろうと思うが」
「まったく覚えていないんだよ…ごめんなさい」
「気にするな」
「でも、一応自己紹介はしておくね。私はIndex-Librorum-Prohibitorum(禁書目録)。所属はイギリス清教、第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』。シスター及び魔術師なんだよ。あなたは?」
「…嘘をついても構わないのだが、どのみちお前は忘れるだろうからな。素直に名乗っておこうか。Fiamma-destra(右方のフィアンマ)。所属はローマ正教『Sedile-di-destra-di-Dio(神の右席)』。魔術師だ」
「神の右席…?聞き覚えないんだよ。学園都市に魔術師が居るなんて意外かも」
「それは同時にこちらの台詞でもあるのだが」
「そ、それもそうだね!…えっと、ご飯ありがとう。またどこかで会う事があったら、」
「その頃にはお前は俺様の事を忘れているよ」
「そんなことないんだよ、絶対。私には『完全記憶能力』があるんだから!」
「そうか。だが、ローマ正教の者から振る舞いを受けた等と同僚に知られれば、キツく叱られるぞ」
「ふふん、全てを全て話さなければいい事なんだよ。フィアンマ、ありがとう」

そう微笑んで、『禁書目録』はベランダから出て行こうとした。俺様もそれをただ見送ろうかどうか悩んだ。
しかし、『禁書目録』を魔術結社に使用されてしまうと非常に厄介なことになる。
一○万三○○○冊の魔道書は、使いようによっては最低最悪の魔術兵器と化す。
小さな一つの魔術結社が、世界中を相手取って勝利出来る可能性すら秘めている。
もしその様な事態に発展すれば、俺様はこのような安息を貪ってはいられないだろう。
自分の為にも、ひいてはローマ正教のためにも、『禁書目録』はイギリスに送り届けるしかない。
まずは、その不埒な魔術結社を叩いてからだ。

「…ハッ、偉大なるローマ正教が収める世界に混乱生じる場合は、いかなる者であろうとその元凶を速やかに排除すべし、って所か。まぁ、混乱を生じさせる原因を先に叩いておけば、それで良いだろう。つくづく仕事から逃れられんな、俺様は。しかし、それで楽しければ、よしとしよう」
「え?」
「非常に面倒だが、俺様の為に、お前を護ってやる。『禁書目録』」

不思議そうな表情を浮かべる『禁書目録』を再び部屋に連れ戻し、そんな自分に思わずため息が漏れる。
もうすぐ夜明けという事もあり、『幻想殺し』がようやっと目を覚ました。

「フィアンマ…? 誰だ、その子…」
「『禁書目録』。俺様の…知り合いだ」
「おはようございます、なんだよ」





―――魔術と科学が再び交錯する時、物語は進展する。



66: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:45:00.74 ID:EwOAMu6k0


目が覚めたら、魔術師と名乗る電波さんが二人に増えてました。とりあえず自己紹介。
可愛いけど、ものすごくご飯を食べる女の子だ。
フィアンマは顔色一つ変えず黙々と食事をしている。

「それで…目次ちゃんだっけ?」
「そこはかとない悪意を感じるかも。インデックスでいいんだよ、とうま」
「じゃあ…インデックス。えーと、さっきの話もう一回してくれるか?」
「だから…」

魔術結社がどうこう言われても純粋な科学っ子の上条さんにはさっぱりわかりません。
とりあえず、フィアンマと同じで何かに狙われている…らしい。
やっぱり、『元あるべき場所』が重要なんだとか。
魔術師って皆追われてるもんなの?と聞き返すと、そんな事はないと二人から反論を受ける。解せません。
フィアンマが守るって言ってたけど、その魔術結社とやらはアックアみたいに強いヤツなのか、としか想像出来ない。
またフィアンマが血まみれになったら、死にかけたら…想像するだけで背筋に嫌な汗が伝う。
ただ、フィアンマ曰くインデックスを狙ってる魔術結社メンバー…は、アックア程強いことはまずあり得ないらしい。
そこまでの実力があるのならもっと早くにインデックスを捕まえているだろう、というのが理由だそうで。

「で、結局俺は何すればいいんだ?」
「今日一日学校を休んで俺様の傍に居てくれればいい」

どうして魔術に全然詳しくない俺が必要なのかいまいちわからなく、思わず不思議そうな顔をした事に気付いたのか、フィアンマがひそひそと言う。

「一応、お前の右手は盾として良い性能を誇るようだからな」
「なるほどな」
「……とうまとフィアンマは、もしかして恋人なの? その…科学の決まりは分からないけど、同性愛は、フィアンマがマズいと思うんだよ。ローマ正教以前の十字教的に」
「!?」
「別にそういった関係ではない。同居人且つ友人…で、良いのか?」
「あぁうん、友達でいいけどさ」
「安心したかも」

俺の右手で魔術(昨日の氷とか)を壊せば、確かに二人は傷つかない。
どうやら命がかかってるみたいだし、一日学校を休む位どうってことないよな。
残念ながら、学校側にその言い訳が通用する程学園都市は甘くないので、体調不良という理由にて欠席連絡。
小萌先生に涙声で『大丈夫なのですか上条ちゃん、学校が終わった後先生お見舞いに行きますからねー』と言われたものの、風邪が感染るのは申し訳ないと嘘をついてお断り。

「そういえばインデックス、面白い服着てるよな」
「これは『歩く教会』っていってね、物理・魔術を問わずどんな攻撃も無効化する、法王級の結界を持つ霊装なんだよ」
「へー。すごいな」
「むむ、とうま、信じてないでしょ。馬鹿にしてるね?」
「すごいじゃないか」
「そこはかとなく馬鹿にしてるねっ!」
「じゃあ俺の右手なら傷ついたりすんのかな」
「ふふん、そんな普通の人間の右手で傷つくようなヤワな服じゃないんだよ、摘む事も許されるかどうか」
「上等だコラ!」




68: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:46:16.13 ID:EwOAMu6k0


魔術結社がどうやって『歩く教会』の場所を突き止めているのか分からない。
まずまったくもって外部の者がサーチ魔術を組んで引き当てる事は不可能。
となれば、『禁書目録』の身内の者だろうか。
そして、一人一人が強大な力を持っているのならば遠隔制御霊装でも狙って『禁書目録』を『使用』すればいい。
といっても、そんな荒業が可能なのは俺様の少し下レベルの魔術師でなければ不可能だろう。
そう考えれば、自ずと魔術結社のメンバー像がうっすらとしたものながら見えてくる。
学園都市に忍び込むのならば、恐らく実働部隊(もしくは構成メンバー全員とも考えられるが、大人数の場合はこう呼称した方が良いだろう)が一人か二人。
つまり、俺様が撃退するのは、その一人か二人だけでいい。
まぁ最も、『聖なる右』の前では何十何百何千人居ようが、一振りで薙ぎ払える以上問題はないのだが…不安定な戦力である以上、空中分解してしまっては困る。なるべく温存したい。
そんな事を考え、思考をすっきりさせたところでふと『禁書目録』と『幻想殺し』が急激に静まった事が気になり、そちらを見やる。

「ひっ…」
「ま、…待て、待て待てインデックス、ここまで破れるとは思わないだろ?」
「やってくれたな、上条当麻…面倒事を増やしやがって。ふざけるなよ、クソッたれが」
「フィアンマさん!? 口調が崩れてますのことよ!?」
「きゃああああああああ!!!」
「わあああごめんごめんごめんんんん!!」

……、…問題。何故、『禁書目録』の『歩く教会』が粉々に破壊されているのか?
……、…解答。『幻想殺し』がその右手で『歩く教会』に触れたから。




70: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:46:57.87 ID:EwOAMu6k0


最早使えぬ布切れと化した『歩く教会』を、ひとまず安全ピンでもって服の形に体裁を整える。
毛布に包まったまま羞恥に泣いている『禁書目録』は『幻想殺し』が慰めるべく近づこうとする度に噛みつくぞという脅迫と共に歯をギラつかせている。
別に良いのかもしれないが、修道女兼魔術師の攻撃方法としては少々下品じゃないか?
そんな様子に『幻想殺し』は困惑と軽い恐怖とに壁際で落ち込んでいる。
常の状態であれば慰めの一言をかけてやっても良かったのだが、『歩く教会』の見目修復作業でそれどころではない。
確かに『幻想殺し』に悪気は無かったのだろうし、『禁書目録』も俺様も、『歩く教会』には防護結界としての意味合い以外にサーチ魔術を避けるという事を説明しなかった分、完全に非は無かったとはいえない。
だが、この展開にはため息を吐かざるを得ない。思わず暴言が出た位だ。

「…もしかして上条さん、とってもまずい事しちゃったのか? フィアンマ」
「そうだ。『禁書目録』を狙う魔術結社に餌をちらつかせるどころかリボンまでかけてプレゼントしてくれたのだから。…はは、今日はラッキーデイだな。俺様は今日眼前にある男の頭を力いっぱい殴りつけても神はお赦しくださるだろう」
「よくわかんねえけど…うぐ、本当にすいませんでした!!」
「謝罪は俺様でなくそこの女にするんだな。…『禁書目録』、一応服の形には成ったが、これを着るといい。最早魔術的防護策ではないが、軽い防御術式を施しておいた。物理的な攻撃は防げんかもしれないが、魔術的な攻撃には対応しているはずだ。今手元にある材料では『歩く教会』程の防御術式は組む事が出来ん」
「うぅ…ありがとうなんだよ、フィアンマ…とうま、後ろ向いててほしいかも」

もぞもぞと着替えをする『禁書目録』の身体に特に興味は無い為、『幻想殺し』に視線を移す。
言う程腸が煮えくりかえっていないのは、所詮他人事だからだろうか。

「その右手は如何なる異能の力も壊す。…自覚しているのならば、気をつけて使え」
「…はい。…ごめんな? フィアンマ」
「…仕出かしてしまった事は仕方あるまい」
「フィアンマ…許してくれるのか」
「戦場では盾として役に立ってもらうぞ。手が滑って唐突に魔術攻撃へお前の身体を向けるかもしれんが、頼んだ」
「まだ怒ってる!?」




72: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:47:35.12 ID:EwOAMu6k0


家に被害が出るのは困る、ということで。
面倒臭そうなフィアンマに続いて俺、インデックスの順番で廊下に出たのだが、またしても大男が立っていた。待ち伏せしていたらしい。
漆黒の神父服を着こんでいるものの、顔立ちは意外に幼い。14歳くらい…か?
その手に凶器は無い…と思う。

「戦闘態勢に思えるが…その少女を引き渡して見逃されるか、ここで燃やしつくされるか。選ばせてあげるよ。僕としては、前者の方をオススメするけどね」

警戒して前に出ようとした俺を、フィアンマが制する。
フィアンマの表情は変わらず面倒臭そうなものだ。

「生憎、人の意見を聞いてコロコロ決定を変える様な性格をしていないものでな。後者を選ばせてもらおうか」
「そうか、残念だよ。我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)」
「俺様は…名乗る必要は、無さそうだな。悪いが、スプリンクラーを探してきてくれ。見つけたら稼働させればいい。いいか、スプリンクラーだぞ。非常用のアレだ」
「え? あ、あぁ」

言われるがまま、『禁書目録』の前に立っているフィアンマを一度だけ振り返り、走りだす。
よくわからないけど、スプリンクラーを作動させればいいんだよな。

「灰は灰に―――
 (AshToAsh)
  ―――塵は塵に―――
   (DustToDust)
   ―――吸血殺しの紅十字!!
  (SqueamishBloody Rood) 」
「ほう、初歩的だな。しかし、まぁ、炎を司るこの俺様に炎を向けるという事がどれだけ恐ろしいことか、その身で覚えてもらおうか。最も、俺様は面倒極まりない上に弱点のあるルーン魔術が嫌いでな。生身でいかせてもらおう」

後ろで火炎瓶でも割れたみたいに、熱風が俺の背後まで迫ってくる。
フィアンマは大丈夫なのか。インデックスは。二人とも火傷しませんように。
そんな事を祈りながら、スプリンクラーを探して走る。
さっさと見つけないと…!



74: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:48:04.35 ID:EwOAMu6k0


俺様に手加減をしている場合ではないと判断したのか、目の前の赤髪の少年は鋭い眼光を俺様に向けてくる。
しかし、殺気が足りない。この程度では、俺様を殺す事は出来ない。
この俺様の後ろ側に居る女を、盗る事は出来ない。

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ(MTWOTFFTOIIGOIIOF)
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり(IIBOLAIIAOE)
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり(IIMHAIIBOD)
その名は炎、その役は剣(IINFIIMS)
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ(ICRMMBGP)」
「…『魔女狩りの王(イノケンティウス)』、か。その意味は、必ず」
「殺す」

俺様の言葉尻を補う形で言った神父は、刺々しい『魔女狩りの王』を突撃させてくる。

「暑いのは好かん」

ぼやきつつ、蜃気楼で宛先を彷徨わせる。
経験が足りないらしい、神父は殺意を漂わせながら俺様と『禁書目録』の正確な位置を探っている。
次の布石を敷かなければならないか、と面倒に思ったところで、ベルが鳴り響くと共に雨が降った。正確には、スプリンクラーの水。

「…早かったな」

その力の源であるルーンを濡らされ無効化されてしまってはどうにもならない『魔女狩りの王』は、あっという間に消え失せる。
フロア全体が濡れてしまっては、最早これ以上戦闘を続ける事は出来ないだろう。

「とりあえず、ここは一旦下がってみてはどうだ?」
「ッ…」

予想外の展開に、神父は駆けて行き、立ち去った。
『禁書目録』は緊張が一気に解けたらしく、安堵の表情で俺様を見上げてくる。

「あ、ありがとう…」
「…言っただろう、俺様の為だと。ついでに言えば、俺様ではなくあの少年に感謝する事だ」
「とうまの事?」
「そうだよ。スプリンクラーを稼働させるという働きをしてくれなければ、勝てなかったのだからな」

真っ赤な嘘をついてみたのだが信じてしまったらしい『禁書目録』は笑顔で頷いている。
出し惜しみをしていただけなのだが。



76: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:48:45.14 ID:EwOAMu6k0


「し、死ぬかと、おも、思った」
「ご苦労、休んでいいぞ」

ダッシュで家に戻ってくると、フィアンマとインデックスは呑気に紅茶を飲んでいた。
俺の分と思わしきハンバーグがテーブルの真ん中にラップをかけて置いてある辺り、二人は昼食を済ませたんだろう。
…上条さんの頑張りって一体…。

「スプリンクラーなんて、何か意味あったのか?」
「お陰で助かった」
「とうまとフィアンマは命の恩人なんだよ」

さっぱり事情が掴めないが、どうやら二人共スプリンクラーのお陰で助かったらしい。
言われるがままに走ってコック捻ったけど、役に立って良かった。


フィアンマが言うには、もう一人位魔術師が襲いに来てもおかしくないとの事。
事態を静観していた以上、今さっき来た魔術師よりも実力は上だろう、と。

「…という訳で、三人で外に出ようと思うのだが」
「何でみすみす危害を加えられに行く必要があるんだよ」
「『歩く教会』が壊れてしまっている以上、何処に居ても同じだ。部屋を壊されたくはないだろう? 少なくとも、俺様は嫌だ」
「ごめんね、とうま、フィアンマ…本当に、ごめ…」
「泣くなって大丈夫大丈夫…、…まぁ、そうなるか」

提案したフィアンマ自身、渋い顔をしている。
多分あんまり外に出たくない、と、そっちの方だと思う。
魔術師と戦う事を怖がってる感じじゃない。

「さて、行こうか。何なら上条当麻、お前は留守番していても構わんぞ」
「いや、行くよ。言っただろ、俺はフィアンマの味方だって」
「…ふん、そうか」




78: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:49:11.21 ID:EwOAMu6k0



外に出て歩く内、大半はインデックスのおやつと食事で終わったような気がする。
見事な食いっぷりにちょっと和んだ。
ちなみに何でそんなに出費があっても困らないかと言うと、金が尽きそうになる度にフィアンマがスクラッチでさらりと三万円位当てたりしたからだ。
毎回毎回示し合わせたかのように宝くじが当たる。フィアンマもそれは自覚済みのようだ。
あんまり嬉しそうな顔はしないけど。幸運が嫌い、なんだろうか。
そんなこんなで一日が終わりに差し掛かる…陽も落ちた頃。
俺達は誘導されたかのように、まったくもって人気の無い公園へとやって来ていた。

「…『禁書目録』は、返していただきます」

そこに居たのは、一人の女性だった。
長い髪をポニーテールに括り、Tシャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ、
腰のウエスタンベルトには七天七刀という奇抜なファッション。
…何というか、エロい。
なんて、考えてる場合じゃない。
ここは、俺がフィアンマを守らないと。正確にはインデックスを守るってことだけど。
そのために此処まで来たんだ。
勇み足でフィアンマの前に出る。負ける訳にはいかない。

「ふざけんなよ、インデックスは嫌がってんじゃねえか。魔術結社だか何だか知らないが、テメェらみたいな手段を選ばないヤツに、渡してたまるかよ」
「そうですか。では、戦うしかないようですね。推して参ります」

無機質な冷たさを感じさせる無表情で、女性が日本刀を俺に向けてくる。
大丈夫だ、あのアックアとかいうヤツよりは弱い筈だ。
そう思っていた。が、次の瞬間。
視界が、ブレた。吐き気がする。




80: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:50:03.96 ID:EwOAMu6k0


アックアの時と同じ様に、というべきか。
刀の鞘で素早く鳩尾を突かれた『幻想殺し』は、ノーバウンドでどこまでも吹っ飛んでいった挙句、壁に背中を強く打ちつけた。
最初から容赦の無いヤツだ、と思いつつ、目の前の女を見遣る。
無表情を装ってはいるが、その瞳は悲しみと絶望に満ちている。
俺様の嫌いな顔だ。幾度となく目にしてきた、悲劇の前兆。

「…『禁書目録』を引き渡してください。そうすれば、この様な乱暴はしません」
「如何にも作った、と言わんばかりの無表情だな。ところどころ、感情が見え隠れしているぞ? 大方、この女と友人といった間柄か何かか。やりたくないと、口にこそしていないものの、傷つける事すら躊躇しているだろう」
「な…」
「どうした。『禁書目録』は渡さんぞ。さぁ、俺様を倒してみせろ」

微笑みながらの挑発に腹を立てたのか覚悟を決めたのか、女が今度は俺様の方へ突っ込んでくる。
この速さは尋常ではない。
かといって、加速させるための特別な術式を行使しているとは思えない。
つまり、『聖人』。
世界に20人といないと言われる、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ人間。
偶像の理論により、『神の力の一端』をその身に宿すことができる。
具体的には、聖人の証『聖痕』(スティグマ)を開放した場合に限り、 一時的に人間を超えた力を使うことができる。
特に魔術を使用していない状態でも幸運など何らかの加護が存在するらしい者。
その能力は一般的な魔術師が太刀打ちできるような次元には無く、 精鋭集団である『騎士団』の一部隊すら単機で容易に壊滅させることが可能。
本来であれば、勝率の極端に低い相手とされる。人でありながら人ならざる才能を持つ相手など、相対したくなどない。
敵に回したくない性質の者である事は確かだ。
何しろ次元が違う。勝てるはずがないと、そう思ってしまう。


        ・・・・・・・
あくまで、それが一般的な魔術師であれば、の話だが。

「残念だよ、本当に残念だ。しかし、まぁ、誇るが良い。この俺様にまともな戦闘の意思を示させた時点で、お前は実に優秀な魔術師だよ」
「はぁっ!」
「お前が優秀であればある程、俺様の力も強くなるんだよ。申し訳ないな」

俺様が『聖なる右』を用いてこの女に対して、どう攻撃し、どう防御すればいいのか。
右手を軽く、振るだけ。それだけでいい。
振れば当たる。触れれば終わる。ありとあらゆる努力は、必要無い。

そして、戦闘は終了した。



……俺様を守ろうとしてくれた『幻想殺し』には、少々悪い事をしてしまっただろうか。



82: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:50:41.56 ID:EwOAMu6k0


全身に走る痛みに耐えながら公園に戻ると、既に戦闘が終了していた。
インデックスもフィアンマも無事だった。思わず身体の力が抜けそうになる。
まったく動きが見えなかった。

「フィアンマ、大丈夫か…?」
「大丈夫だ。この女は、どうやら『禁書目録』を利用しに来た訳ではないらしいぞ」

のんびりと言ったフィアンマが、その腕の細さとは裏腹に、ひょい、と軽く女性を抱え上げる。
どうやら俺の家に持ち帰るらしい。
どんどん俺の家が狭くなってきているような…不幸だ。



家に着くと、廊下に居たあの大男も居たため、全員中に入り、俺の家で話し合いをする事になった。
女性の方は神裂火織、神父の方はステイル=マグヌスという名前らしい。
インデックスの友達兼同僚だったけど、記憶を消した直後、インデックスが逃げ出してしまった為に回収しに来たと。
何でも、インデックスは『完全記憶能力者』故に魔導書図書館(フィアンマが生きる図書館と説明してくれた)の役目を負わされ、その膨大な知識量の為に脳の85%が使用され、残りの15%で生きているのだとか。
その為に一年以上の記憶を保っておく事が出来ず、記憶を消去しなければ命にも関わる。
フィアンマはどうでも良いという表情で、残りの二人は至極真面目な表情で、インデックス本人は落ちこんだ表情で、そう確認した。

「いやいや、あり得ないだろ。どこの漫画のトンデモ設定だよ、ソレ」
「僕達を馬鹿にしているのか?」
「私たちはいたって真剣に」
「違う違う。あり得ないんだよ、人間の脳の構造上、そんな事」
「…はい?」

神裂が不可解そうな表情で俺を見る。
続いてステイルも、疑いの目で俺を見た。
だけど、そんな事あり得ない。如何に馬鹿な俺だってそれ位わかる。

「人間の脳には、『エピソード記憶』と『知識記憶』…っていうのがあるんだよ。エピソードっていうのは、たとえば誰と一緒に過ごしたとか、パレード見て楽しかった、とか。知識の方は、さっきお前達が言ってた魔術書の事だろ? それにしたって、知識記憶がエピソード記憶を圧迫して死んじまうなんて、あり得ないって。エピソードと知識は、領域が違う。そこにはしっかりとした仕切りがあるって想像してくれ」
「では、…インデックスは…」
「知識の内85%が使用されているにしても、残りの15%は知識記憶の領域だし、そのせいでエピソード記憶消さないと脳が壊れる、なんて無い。パソコンじゃあるまいし」
「だが、実際彼女は僕達が渋って記憶を消さなかった時、苦しんでいた。それは嘘じゃない!」
「…『首輪』か何か、じゃないのか?」

黙って聞いていたフィアンマが、唐突に口を開いたかと思えば意味不明な事を言った。
神裂とステイルは石の様に固まっている。
雷でも落ちたかのような表情。

「特別な霊装が、彼女の体に組み込まれていて…だから、脳を圧迫…?」
「そういう事になるだろうな。もしくはそういった術式か。そもそも、一年きっかり…というのはいくら何でもおかしいとは思わなかったのか? 霊装や術式でそう設定していたのならば時限爆弾並みの正確さで起動するとは思うが」
「そんな、…では、私たちはずっと…騙されて…」
「…ッ、…あの女狐…!!」

ショックを受けている神裂に、たたみかけるようにフィアンマがそう囁く。
がくりと膝をついた魔術師二名を見下ろし、不安気な表情を浮かべるインデックスを一瞥した後、フィアンマは俺を見ながらにこりと微笑んだ。
ゲームでもしているかのような、楽しそうな表情。
嫌な予感がする。とてつもなく不幸な予感が。

「人助けをしないか? するだろう?」
「…何か…不幸だ…」


インデックスには我慢してもらって、ペタペタと身体を触る。
どこに術式、もしくは霊装とやらがあるかわからないからだ。
どっちの言葉も上条さんには馴染みの無いものだけど。
フィアンマの科学的説明だと、術式は超能力を使うための演算を数式で表したもの、霊装は特殊な超能力を扱う為に必要だったりするもの、らしい。アバウトな説明だった。
そして俺の右手『幻想殺し』は、そういった術式を崩し、霊装を粉々に出来るとか。
…『歩く教会』は霊装だったそうで。申し訳ない。
どうにも見つからないので、最終的に体内を探る事に。
とはいっても上条さんは男だしインデックスは女の子。
安全圏から攻略していこう、とインデックスの口の中に指を突っ込んだところで、奥の方で何かゴツリとしたものに当たる。
全員で警戒しながらその硬い物に指先が触れた瞬間、パキィイン、と。
ガラスが砕けた様な甲高い音がして、俺の身体は吹っ飛ばされた。
最近吹っ飛ばされてばっかりな気がするんだ。

「…警告、『首輪』の破壊が確認されました。敵性排除のため、これより『自動書記』を起動します」

無機質な、ロボットの様な声で。
インデックスは、冷酷に宣戦布告した。




84: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:51:21.93 ID:EwOAMu6k0


『自動書記(ヨハネのペン)』。
自動セキュリティでもあり、 その真価は、記憶から魔道書の中身を知ろうとしたり、 『首輪』に干渉した者を自動的に排除する所にある。
その際、一時的に魔力を解放し、10万3000冊の知識から敵対者の魔術を解析し、
最適な対抗手段を持って対象を破壊する。
事前準備が必須の魔術戦における中で、即興で専用の対抗魔術を組上げることすら可能。
そんな魔神の如き力を振るう少女に対して、神裂は刀を抜く。
ステイルは既に撒いてあるルーンを意識しながら、魔力を練り上げる。
そこに敵意を感じ取った少女―――否、『自動書記』は、迎撃の術式を展開していく。

「『救われぬ者に救いの手を(Salvere000)』―――『唯閃』!!」

魔法名と魔術の術式名を叫び、攻撃に出る神裂を視界に移し、『自動書記』は軽く首を傾げる。
少女らしい仕草。

「警告、第一三章第二節。複数混合術式の特定に成功しました。不足点を他宗教の概念で補ったものと判明。…警告、第二十九章第三十三節。『ペクスヂャルヴァの深紅石』――――完全発動まで九秒」
「…がっ、ああああああああ!!!」

残酷な宣言。
九秒後、神裂は痛みに叫び、地面に倒れた。
骨の関節を強制的にズラされているような、とてつもない激痛が身体中を襲っている。
そんな神裂を庇う様に前へ出たステイルは、守ると決めていた少女へ明らかな敵意を持って相対する。

「『我が名が最強である理由をここに証明する(Fortis931)』―――世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ(MTWOTFFTOIIGOIIOF)
それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり(IIBOLAIIAOE)
それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり(IIMHAIIBOD)
その名は炎、その役は剣(IINFIIMS)
顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ(ICRMMBGP)
その意味は、必ず殺す…『魔女狩りの王』!」

教皇級の威力を持った炎が、インデックスに向かって突っ込んでいく。
手加減してはいられない。そんなことをすれば、真っ先に死ぬだけだ。
『自動書記』の目に連動して動く魔法陣、そして部屋全体を覆うような空間の裂け目が展開される。
その『自動書記』が『魔女狩りの王』に目を引き付けられている内に、上条は単身で駆けていく。
一見自殺行為に思えるものの、むしろ、上条がインデックスの身体に再度触れて魔術をぶち壊さなくては、この戦いは終わらない。

「――警告、第二二章第一節。炎の魔術の術式を逆算に成功しました。
曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明。
対十字教用の術式を組み込み中……第一式、第二式、第三式。
命名、『神よ、何故私を見捨てたのですか』完全発動まで十二秒」

『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』と善戦していた『魔女狩りの王』が、発射された赤黒い光線によって噛みちぎられる。
再生力の一気に弱まった『魔女狩りの王』を尻目に、『自動書記』は上条の姿を捉える。

「警告、第三四章第三節。最も敵性の高い敵を認識しました。
上記の敵は解析不能。よって、『聖ジョージの聖域』より連なる『竜王の殺息』によって対処します。
完全発動まで三秒」

圧倒的な恐怖に、それでもやると決めたから、上条は更に一歩踏み込んだ。
僅かながら復活した神裂が、『竜王の殺息』の軌道を上条に直撃しないよう避けるべく、水の魔術を放つ。
水の勢いは『自動書記』の足場を崩し、神裂の思惑通り、『竜王の殺息』は天井を突き抜けていった。上条へは向かわない。

「こんな右手でも、人を救えるなら…神様。アンタが居るかどうかはどうでもいい。けど、インデックスのこの不幸を、アンタが与えて、それで構わないってんなら―――まずは、その幻想をぶち殺す!」

上条が握りしめた拳が、『自動書記』―――インデックスの顔に、当たる。
再びガラスが砕ける様な音がして、インデックスはその場にバタリと倒れこんだ。
天井からは、ひらひらと天使の羽の様なものが舞っている。
『竜王の殺息』で破壊された物質が、光の羽と化したのだ。
上条には魔術の事は未だによくわからない。だが、ひどく嫌な予感がした。
気付けば身体が動いていた。無数の羽の一枚ですらインデックスの身体には触れないよう、上条がその身体で、インデックスを覆う。
覆いかぶさって、庇う。
そんな事をすれば自分に羽がかぶさるというのに。
ただ、フィアンマに「インデックスを救うと約束したから」、たったそれだけの理由で。
上条は知らない事だが、この羽を一枚でも体に受けてしまえば、人体が酷く傷つく。
頭に受ければ、脳細胞に酷い損傷を受け、記憶を喪ってしまうだろう。永久に。
本当であれば、そうなるはずだった。
『自動書記』に勝利するなどという奇跡が起こった以上、この場に、神は微笑みかけたりしない。
もう、奇跡は起こらない。
そのはず、だった。



86: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 01:53:22.51 ID:EwOAMu6k0










戦う様子を見ながら、ぼんやりと考えていた。
何故こいつ等は、他人の為に戦う事が出来るのか。
何故『幻想殺し』は、俺様に言われるがまま、『禁書目録』を救うと決めたのか。
そしてどうして、『光の羽』から守ろうとするのか。
あの羽は、恐らく凶器だ。触れれば重傷を得るだろう。
なのに何故、完全に救おうとするのか。得体のしれない攻撃は、さぞ恐怖だろうに。


あぁ、そうか。
俺様と、約束してくれた、からか。
俺様を、信じてくれたから、なのか。
ならば、実に何百年振りに、他人の為にこの『右腕』を振るうべき日が来たのだ。
俺様の、唯一の味方で居てくれると言って。
そうして愚直なまでに俺様の生を喜んでくれた人間のために、この余りある『幸運』を使い果たしてでも、守るべき時が来たのだ。
上条当麻。お前を守る、その時が。











「『Miraculum001(この奇跡は全てを救う)』。…名乗らずとも、魔術は使えるのだがな」

右方のフィアンマが、右手を振る。
ただそれだけで、上条の身体の上に必殺の腕にして絶対的な防御である『聖なる右』が出現した。
人を殺し、倒し、脅す為の力だった。人を守るために使われたのは初めてのこと。
『光の羽』はやがて全て舞い落ち、消えた。一枚たりとも、誰に直撃することなく。
何一つ悲劇は起きないまま。

戦いは、終わった。



94: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 16:15:43.17 ID:FxzpFfJT0


気が付くと、消毒臭い空間に居た。
何処だ。辺りを見回すも、一面真っ白。
身体を起こすと酷く痛む。腹には包帯が巻いてあって。
とりあえずもう一度横たわって、天井を見つめ。
家じゃないよな、と尚キョロついていると、ガラガラと音がした。
きょとん、としたフィアンマと、目が合う。
そうか、ここ病院か。で、フィアンマはちょうど入ってきたと。
インデックス庇わないと、って思って、そのまま疲れで意識飛んだから分からなかったけど。

「…目が、覚めたのか」
「あぁ、うん…インデックスと、神裂と、ステイルは?」
「イギリスに帰った。これから上司を『首輪』の件で糾弾するそうだ。直接会えなくて申し訳ないが、これを渡してくれと言われた」

そう言ってフィアンマが差し出したのは、一通の手紙。
真っ白い封筒に、ちょっとへたくそな平仮名で『とうまへ』と書いてある。
可愛いけど…インデックスが書いたのかな?コレ。

「ありがとな、後で読む。…ところで俺、何日位眠ってたんだ?」
「『あの日』を含めず二日続けて、ずっとだが」
「……」

手紙を簡易テーブルに置いて、思わず言葉を失う。
要するに三日間学校に行ってない訳で。
このままでは夏休みがきっちり補習でなくなるだろう。そんな気がする。
簡易テストか何かしてもらって、勘弁していただくしかない。
不幸だ…と落ち込んでいる俺に、畳みかける様にフィアンマが言う。

「部屋の修理および弁償代、大変な事になっていたぞ。天井も突き抜けたし、莫大な金額だった」
「…不幸だ…不幸過ぎる…」
「…安心しろ。危うく借金地獄になるところだったが、もう返した」

持ち前の運で、と自嘲気味にフィアンマが笑った。
また宝くじかよ、とたまらず起き上がり、突っ込みかけたところで、抱きしめられた。
誰に、ってそりゃあ…フィアンマに。

「…フィアンマ?」
「…良かっ、た」
「……、…」
「軽い怪我で…本当に、…良かった、」
「フィアンマ…」

泣くのを我慢している時みたいに、フィアンマの肩が震える。
顔は見えない。仕方ないので、頭を撫でてみる。
意外にも拒否をしないまま、俺の肩にフィアンマが頭をもたれる。
何かシャンプーの匂いがする。

「…大丈夫。上条さんはこの通り生きてるし、何かやたら腹が痛い以外は元気だし」
「それは肋骨を数本折ったからだ。…俺様の都合に巻き込んで、…申し訳ない」
「いいよ。だってさ、俺がフィアンマの味方になるって決めたのも、インデックスを助けるって決めたのも、そうフィアンマと約束して守ったのも、俺自身が決めた事だから。後悔してねえし、謝られる必要もない。だから大丈夫」
「……、…」
「それと、上条当麻なんてフルネーム呼びやめてくれよ、何か堅いだろ。当麻でいいって」
「…、当麻」
「うん?」
「…当、麻」
「だから何だよ」
「…あり、がとう」
「何が?」
「俺様の味方で居ると、言ってくれて。実際…味方になって、くれて」
「いいって、そんなの」

な?と微笑みかけてみたはいいものの何が気に障ったのか、泣きそうな顔をしているフィアンマに頭をはたかれた。
『もっと自分を大切にしろ』、らしい。
十分してたつもりなんだけどな。
さっきの巻き込んでおいてどうこうって言った時のしおらしい態度はどこいったんでせうか。ロシアかどこかですか。
散々ポカポカと(本気ではない)俺をタコ殴りして満足したフィアンマは、機嫌良く病室から出て行った。飲み物を買いに行ってくれるそうで。
肋骨が折れたらしく動くと腹が痛い俺としてはありがたい。
そういえば部屋の修復借金肩代わりしてくれたんだよな…感謝しないと。




「…で、何で買ってきたのが『いちごおでん』と『めかぶカフェオレ』なんだよ」
「まともなラインナップが無くてな」
「だからって何で…」
「普通の緑茶と紅茶もあるが。当たりが出たので一本ずつもらった」
「そっちを先に出してくれよ!!」
「お前はめかぶが好きなのだとばかり…」
「好きじゃねーし! 俺そんな事一言も言ってないからな!?」



96: 『魔導図書館便り』  ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 16:17:20.03 ID:FxzpFfJT0


とうまへ

にほんごってむずかしいから、ひらがなでゆるしてくれるとうれしいな。
あと、こうごちょうのほうがいいかなっておもったから、こんなぶんしょうなんだよ。
ごはんとかおやつとか、いっぱいごちそうになったうえ、めいわくをかけちゃってほんとうにごめんね。
おへやもこわしちゃったし、けがもさせてしまって、ほんとうにごめんなさい。
でも、とうまとふぃあんまとあそべて、たのしかった。
またがくえんとしにいくことがあったら、こんどはふつうにかんこうしたいかも。
そのときは、またいっしょにあそんでくれるとうれしいな。
いましばらく、わたしの『くびわ』のけんもあってれんらくできないけど、きっと、そのうちまたれんらくするね。
てんにましますわれらがちちのごかごが、とうまとふぃあんまへ、とわにふりそそぎますように。

                                         
                                       いんでっくすより



98: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 16:18:03.31 ID:FxzpFfJT0


退院して家に帰ると(結局何だかんだで一週間学校を休んでしまった)、あの戦いは嘘だったかのように、何事もなかったかのような…まぁ、要するにいたって今まで通り普通の我が家だった。
とはいえ後処理に追われていたらしいフィアンマ曰く、かなり家の中は滅茶苦茶に荒れてしまっていたらしい。
天井とか壊れた箇所、物品は金の力でどうにかしたものの、片付けやら掃除やらは全部フィアンマがやったそうで。
そういえば、心なしか要らない物が減った気がする。部屋がすっきりしているような。

「そういえば入院費…、また金欠か…」
「”また”とは、引っかかる言い方をするな。経験済みなのか?」
「残念ながらそうなんだよ。この通り、不運なばっかりに怪我しまくるからさ」

ため息が出て仕方ない。
フィアンマの優しい心遣いにより食費は困らないとしても、無駄な物は買えないだろう。
元々そんなつもり無いけど、IDで管理されてる学園都市生徒がそういった支払いを踏み倒す事はほぼ不可能だ。
確実にバレる。

「仕方がない、俺様が返済するか」
「いや、いいよ。俺の部屋だしさ」
「元はと言えば俺様の決定に巻き込んだ事が原因だ、俺様にも返済義務がある」
「義理堅いのはいい事だけどさ、本当大丈夫だって」
「少し出てくる」
「俺も行く」

相変わらずフィアンマは俺の話をあんまり真剣に聞いてない。
挙句の果てに一人で外に行こうとしたので、思わずフラッシュバックした記憶と共に冷や汗が出る。

「お前は病み上がりだろう。無理せずとも、」
「してない」
「俺様は子供ではない」
「でも、狙われてるのは変わらないだろ。インデックスを助けたって、フィアンマの問題が解決した訳じゃない」
「俺様を守ると、いった姿勢は勇敢で大変結構な事だが、ボロ負けじゃないか」
「でも、さ。盾位になら、なるだろ?」
「…一週間前の言葉を根に持っているのか? あれは冗談だよ」
「そうじゃない。…とにかく、俺の知らないところでフィアンマが血まみれになってるのは、俺が嫌なんだよ。とりあえずその場に居れば、フィアンマを抱えて病院に行く位のことが出来る」
「…、やけに食い下がるな」
「放っておくと上条さん以上に危険な目に遭うとわかりましたからね」
「…そうかい」

ふい、とそっぽを向いたので、頬を右手で引っ張る事にした。

…まぁ、またポカポカと殴られたんですけどね。



100: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 16:18:38.83 ID:FxzpFfJT0


返済すべき入院費を僅かばかり上回る位の金額をフィアンマが引き当てた為、銀行で振り込み。
あっという間の返済。多分、幸運に見放されてる俺には一生不可能だと思う。
ちなみに、フィアンマが言うには俺の右手(『幻想殺し』)が赤い糸とか、神様の加護とか、幸運とか、そういった福音(神様が引き起こす異能の力、でもいいのか)を打ち消してしまうのだ、と思われるそうで。
ちなみにフィアンマは俺の性質と真逆の右手(正確には身体の中にある魔術の術式)を持つらしい。
つまり、神様の加護とか幸運とかそういったものばかりを引き寄せる右手。
ただ、その強大過ぎる幸運のせいでロクな目に遭ってはこなかった、と。
詳しくは語らなかったけど、俺が不運なせいで『あの事件』が起こったように、フィアンマにもそんな事があったのだろう。
現在進行形で、フィアンマは不幸だしな。決めつけは、良くないんだろうけど。

「そういえば練乳大福、店内カフェでも食べられるらしいぞ。ケーキもあるって」
「…そうか」

興味無い、と言わんばかりの表情だが、さっきからケーキ店の前を通る度にそわついているのは知ってる。
何でそこまでして頑なに甘い物好きを隠そうとしているのかは分からない。
そんなに恥ずかしい事でもないような…あ、でも俺だったら少し恥ずかしいような。
甘い物って女の子が好むイメージあるからな。そこを気にしてるのか。

「あー、上条さん何だかケーキ食べたくなってきた気がするー、でも一人で入るのは気が引けるなー、どうしよっかなー」
「…お前がどうしてもと言うなら、付き合うが」
「どうしても食べたいような気がする」
「…その気の回りが周囲の女へ向かえば問題無くモテるのだろうな、お前は」
「? 何か言ったか?」
「いいや、何も」

何かごにょっと言われた気がするけど、追及したところではぐらかされるだろうから諦める事にする。
注文したのは、練乳大福4つ(小さめのサイズだったので、一人二個ずつという流れになった)、アイスレモンティー、アイス抹茶オレ、ティラミス、ミルクプリン。
牛乳と練乳を使ったデザートが売りだからか、どれもこれも美味い。
大福は粉が手につかないようにと配慮してか、紙に包まれて出てきた。
見た目としては、ミニハンバーガーみたいな感じ。
向かい側のフィアンマは幸せいっぱいといった雰囲気を醸し出し、両手で大福を持って少しずつ食べている。
ハムスターがヒマワリの種食べる時みたいな姿勢。
そんな前屈みでもないか。

「…美味いのか?」
「…悪くはない。当麻がどうかは別として、少なくとも、俺様の口には合うぞ」
「そっか、良かった。プリンが思いの他甘かったから、俺は大福一個でいいや。余った分、食べてくれよ」
「良いのか…?」
「無駄にしちゃうのも勿体ないしさ」
「…ならば、もらっておこうか。…ありがとう、当麻」
「……、…え、…あぁ…うん」

目が輝くどころか、ぱぁっと効果音が付きかねない程幸せそうな柔らかな笑みを浮かべたフィアンマの顔に一瞬見惚れかけ、危うくグラスを落とすところだった。危ない。
なまじ顔立ちが整っている上に髪が長くて中性的な分、角度によっては女の子に見える。
俺にそんな趣味は無いけどな。絶対無い。うん。
機嫌良い時とか真面目な場面でだけ、フィアンマは俺を当麻と呼ぶ事にしたようだ。



……現金な対応に、嬉しいような、嬉しくないような。



102: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/06(水) 16:19:35.43 ID:FxzpFfJT0


帰り際、ビリビリ中学生を見つけた。
後輩なのか友達なのか、ツインテールの子と楽しそうに会話していて安心した。
ほら、街中で唐突に電撃放つ様な奴だから、友達とか居ないんじゃないかって少し心配してたんだよな。
良かった良かった。それに、友達と一緒ならもし俺を見つけても襲撃しに来ないだろ。
そんな事を思いつつ和みながら振り返ると、フィアンマが木陰にしゃがみ込んでいた。
まさか食い過ぎで気持ち悪くなったんじゃ…。

「お、おい…大丈夫か?」
「にゃー」
「猫?」
「見ての通り捨て猫の様だ。飼いたいのだが」
「駄目です」
「何故だ」

てっきり吐き気にしゃがんでいたのかと思ったら、段ボールの中の猫を撫でていたらしい。
柄からして三毛猫。一歳になっているかどうか怪しい程幼い子猫だ。
性別は…流石に顔見ただけじゃ分からないな。
段ボールにはお決まりの様に『拾ってあげてください』と黒いマジックペンで書いてある。
フィアンマは既に三毛猫を飼う気満々なのか抱っこしてあやしていた。

「飼う」
「駄目」
「理由は」
「家にそんな余裕ありません」
「余裕とは作るものだ」
「そんな無茶な!?」
「お願い当麻」
「可愛く言ったって駄目!」
「…頼む」
「う…」
「媚びても頼んでも駄目か。となれば、少々手荒い方法を採用するしかあるまい」
「分かった、飼う、飼っていいから!」

別にフィアンマは強面ではない(むしろそれと対極な優男系の顔立ちな)のだが、その容姿に見合わない、とてつもない威圧感を感じた。
重圧感というべきか、逆らったら一瞬で殺されるんじゃないかと思わせる程の、逆らってはいけないオーラ。
仕方なく項垂れて許可すると、フィアンマは嬉しそうな顔で三毛猫の頭を撫でていた。
一気に威圧感が霧散していき、思わず身体の力が抜けた。
心の底からほっとする、なんて経験は、普通に生きていたらそんなにないと思う。




……それにしても、猫に付ける名前が『ベツレヘム』っていうのは、どうかと思うぞ。



113: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:18:25.72 ID:sn+54eDL0


猫用ミルクやら猫用オムツやらを買いこんで帰宅。
フィアンマはというと、夕飯の下ごしらえを終えて暇なのか、ベツレヘムを風呂に入れている。
時々「暴れるな」「にゃああああ!!」とか聞こえる辺り、抵抗されてるんだろう。
猫って自分の意思で水浴びる時以外風呂とか嫌いだもんな。
手伝おうかと思うも、二人風呂場に入ったら確実に狭いからな…。
飼いたいって言いだしたのはフィアンマだし、その辺りは責任持ってもらおう。
約三十分後、風呂場から出てきたフィアンマはだいぶ疲れた表情だった。
幸いにして服とか手の甲とかは引っ掻かれていないようだけど。

「あー…水、飲むか?」
「………いただこうか」

ぐったりとしているフィアンマに水の入ったコップを差し出すと、みるみる内に飲み干されていく。いい飲みっぷりだなぁ、なんて思ったり。
ベツレヘムは自分にぬるま湯を浴びせかけたフィアンマを警戒しているのか、先程の懐き様はどこへやら、尻尾を丸めて床に丸まっている。
怖がっているのだろうか。

「…ベツレヘムー」
「…みー」
「フィアンマはな、お前を綺麗にしてくれたんだぞ?」
「…にー」

俺の人語が通じる訳もなく、ベツレヘムは尻尾を丸めたまま微動だにしない。
ただ、鳴き声が子猫にしては低い辺り、不満を表現しているんだろう。
仕方がないので餌で釣る事にした。
猫用ミルク(何か人間用のと違って猫の身体に良いらしい)を温めて、皿に空けてベツレヘムの傍に設置。
ベツレヘムは尻尾をピンと立てた後すんすんと匂いを嗅ぎ、俺が離れると同時にぴちゃぴちゃと飲み始めた。可愛い。
フィアンマは既に水を飲み終わっていたのか、夕食の本格的な準備に取り掛かっているようだ。

「今日は何作るんだ?」
「アマトリチャーナだが」
「甘…?」
「甘くはない。イタリア語だ。…というよりも、材料を見ればわかるだろう。本格的なものを作る気力は無い以上、大概は代用品なのだがね」

フライパンの中身は厚切りベーコンとスライスした玉ねぎ。
いまいちわからないけど、カルボナーラみたいにパスタソースの一種って事で良いんだよな?

「…もしかして、パスタしか作れないのか?」
「『禁書目録』が居る時、ハンバーグを作っただろう」
「あ、そっか。じゃあパスタとハンバーグと…他には?」
「洋食全般は努力次第、といったところか。特別料理という行為が好きな訳でもないからな」
「てっきり料理好きなのかと思ってた」
「料理が好きならばもっと凝った物を作っているよ」
「最初から手作りする時点で充分凝ってると思うぞ…」
「昔は既製品等が無かったからな…レトルトだの何だの」
「…フィアンマって、何歳なんだ?」
「…秘密だ」
「教えてくれよ、気になるだろ」
「おっと玉ねぎが焦げそうだ、ホールトマトの缶詰を開けなければ。玉ねぎ達の管理は頼んだぞ」
「おい!」

木べらを俺にバトンタッチして話を聞かないフリをするフィアンマ。
わざとらしい誤魔化し。でも、腹は立たない。
そこまで気になってる情報でもない、っていうのもあるけど、この一週間の間で、フィアンマが他人な感じがしなくなったからかもしれない。
だったら何なんだよ、って聞かれたら、やっぱり他人だって答えるしかないけどさ。
でも、フィアンマは俺に似てる気がする。どこか他人だって気がしない。
気のせいなのかもしれないけど、同じような右手を持ってるんだ。
どこかしら似てて当たり前だよな。

「…あ…あーん」
「あー…って食べないからな!! 騙されません上条さんは!」
「何だ、つまらんな」
「つまらなくない」
「面白味のない男だ。果汁ゼロパーセントのジュースも真っ青というものだ」
「上条さんが万年レベル0って事実にかけてるのかこの野郎。そこまで言うか普通…いいのか、泣くぞ? そろそろ上条さん泣いちゃうぞ?」
「泣くのか? 良いぞ、泣いても。思う存分泣け、採取した上調味料にしてくれる」
「っああもう…不幸だーー!!」

もし悪戯心からだとしても、ホールトマトを徐にスプーンで掬ってあーんするのはやめてください。
それはアイスじゃありません。



115: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:18:57.54 ID:sn+54eDL0


「…まったく。風呂場では手こずらせやがって、この野郎」
「にゃー」

上条当麻は一時間程前に眠っている。
「明日こそ学校に行く、行かないと、行かなければなりません三段活用」などと述べていたので国語の教科書を読み返せといった記憶がある。
この部屋で未だ眠れていないのは俺様と、本日拾ってきた猫のベツレヘムだけだ。

「…ここだけの話をすると、子供の頃、城を建てたら『ベツレヘムの星』と名付けようと、そう決めていたんだ」
「みぃ」
「結局今の今まで城を建てた事は無いのだが」
「にー」
「ちなみに『ベツレヘム』は『神の子』が産まれた聖なる場所だ」
「にゃあ」
「…まぁ、猫であるお前には関係の無い話か」

ごろごろと喉を鳴らして甘えてくるベツレヘムは、有り体に言ってしまえば可愛い。
愛くるしいとは正にこの事か。
こういった無邪気過ぎる生き物を見ていると、かつて教会で育てていた(そして最期を看取った)子供たちの事を思い出す。
彼らは今頃審判の時まで静かに眠っているのだろうと、俺様はそう信じている。

「…人懐っこいな、お前は」
「にぃ」

耳裏を掻いてやると心地良いのか、一層掌に頭を擦りつけてくる様はひたすらに可愛らしい。
世界の穢れも怖さも何も知らない、動物や幼子だからこそ実現出来る、純粋無垢の様子。
俺様も子供の頃は、こんな様子だっただろうか。
あの人にとって俺様は、こんな風に見えていたのだろうか。

「…俺様もな、お前と同じように…捨てられていた、子供なんだ」
「にゃー」
「お前と同じように、良い人に拾ってもらった。…いや、正確には違うかな。俺様は良い人ではないから」
「みゃあ」
「とても、優しい人だった。歳をとるのが遅い俺様の事を気味悪がる事もなく、いつも笑顔で接してくれた」
「にー」
「あの人と同じように神父になり、ある一定の…まぁ、今の見目から変わらなくなっても、あの人は変わらず、俺様を普通の子供扱いしてくれた」
「にゃ」
「とはいっても、あの教会が随分寂れていたからな。俺様…つまり、子供一人位しか養えなかったから、そして一人だったからこそ愛されたのかもしれんが」
「ふみぃ」
「…それを考慮すれば、俺様はそんなに不幸ではなかったのかもしれんな」
「にゃあ」
「最期を看取った時、ずっと首に掛けていたロザリオをくれたのだが…長い年月の内に、どこかへ行ってしまった。後悔しているよ。あの人がこの世界に生きていた事を証明する唯一の品だったのだから。…最早血に塗れたこの手では、触る資格など無いからこそ、紛失してしまったのかもしれないが」
「みー」
「…はは、それで慰めているつもりなのか?」

頬を舐めてくるベツレヘムの背中を撫でる。こそばゆい。
柔らかく美しい毛並みだと思う。

「…俺様が他人の為に魔法名を名乗ったのは、『あの人』と上条当麻だけだ。四百年生きてたった二人だ。少ないだろう。俺様の心が冷えきっているからだな」
「にゃー」
「……昔話ばかりしていても、アレだ。眠るとしよう」
「にゃぁ…」



117: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:19:26.69 ID:sn+54eDL0


朝、猫パンチされまくって目が覚めた。
びっくりして起きたせいでベッドからカーペットに激突。
そんな俺の顔の上にベツレヘムが着地。
…不幸だ。朝からこの連続不幸は酷い。
唯一良い出来事といえば、フィアンマがいつも通り美味い飯を作ってくれた事位で。
「美味しい」と例のごとく伝えてみると、「…ん」と返ってきた。照れ臭そうに。
インデックスを助けた時の事件以来、冷たい返答が返ってこなくなった気がする。

「じゃあ行ってきます」
「だいぶ慣れたようだな」
「何か雰囲気がさ。慣れた」
「そうか。行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます。何か欲しい物あるか?」
「特には無いが」
「そっか。じゃあアイス買ってくるな」
「要らん、人の話を聞け」
「またまた照れちゃってー」
「人体を用いたアイスクリームというのは、どの様な味がするのだろうな? 非常に興味があるのだが」
「すいませんでしたマジで行ってきます」

からかい過ぎると目が据わり直す、という事が判明したので、今後は控えるようにしようと思った。
いや、ちゃんとアイス買って帰るんだけどな。
あの大事そうに食べる姿は何というか、目に優しい。



119: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:20:44.75 ID:sn+54eDL0


時は流れて、八月二○日、午後六時一○分。
真夏の夕暮れ、補習を終えた上条は、非常にだるそうな様子で帰り道を歩いていた。
通常、『夏休みの補習』と呼ばれるモノは夏休みの初日に行われるものなのであり、実際上条のクラスでも補習は七月一九日から七月二八日にかけて行われた。
にも関わらず何故上条が余計に補習を受けたのかというと、それは単に出席日数を稼ぐためだったり、低い低い成績を僅かながらでも向上させるためだったりする。
上条本人は面倒臭いしそんな『夏休み期間のこの時間学校に来て勉強したら少し成績を良くしてあげよう』週間に学校へ行くよりも、家でのんべんだらりと学生らしく夏季休暇を満喫していたかったのだが、同居人にせかされて仕方なく、渋々行ったのである。
どうにか反論を試みた上条だが、(知らないとはいえ)世界会議の流れを裏から動かせる程弁が立ち頭の回る男に一介の男子学生が勝てる筈もなく。
非常にお断りしたかったのだが、というより実際お断りしたのだが、フィアンマの熱に負けて行った。実に情けない様である。
ちなみにフィアンマが成績を少しでも良くしろ、学校へ行け、と言った理由には自分が学校に行った事が無いからという親が子供にやりがちな理想の押しつけであったりする。
仕方がないので帰宅した後のフィアンマの手料理に期待してふらふらと歩く上条。
そんな上条は、路上に立つジュースの自販機の前で茫然と立ち尽くしていた。

「あー…」

ゾンビ映画に出てくる下っ端ゾンビの様な声を出している上条少年。
理由は、飲み物が欲しいが為に眼前の自販機へ二千円札(これしか手持ちが無かった)を突っ込んだところ、以来この馬鹿自販機がウンともスンとも言ってくれなくなったから、だった。
確かに二千円札は珍しかったにしてもせめて返金してくれよ、と心の中で絶叫しながら、上条はガッタンガッタンと壊れんばかりにお釣りのレバーを動かす。
不幸過ぎる。
とはいえここで自販機を揺らしたり蹴ったりすれば警報が鳴ることは分かっている。
残念過ぎる展開、ある意味上条らしい展開ともいえる状況に項垂れる上条の後ろから、カツッと革靴の足音が聞こえた。

「ちょろっとー。自販機の前でボケッと突っ立ってんじゃないわよ。ジュース買わないならどくどく。こちとら一刻でも早く水分補給しないとやってらんないんだから」

そう声をかけられたと思ったら、女の子の柔らかい手が上条の腕を掴み、ぐいぐいと横に押した。
曲がりなりにも上条は青春年代を過ごす学園都市の一般男子だ。
普段ならば多少でもドキリとするだろうけれども、今は暑さと絶望とに思考が占められそれどころではなかった。
半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカート。
肩まである茶色い髪に、化粧は必要ない程度にデフォルトで整った顔立ち。
常盤台中学の電撃姫とも呼ばれる学園都市第三位、『超電磁砲』と呼ばれる御坂美琴だ。
最も、上条の中ではそんな事はどうでもよく、自分にやたら突っ込んでくる勝負好きな女の子としか思っていないのだが。

「久しぶりだなビリビリ」
「ビリビリ言うな!」

暑いにも関わらず御坂はそれなりに元気で、その勢いをそのまま雷撃の槍として上条に向ける。
当然の事ながら、咄嗟に右手を構えて消す上条。
不服そうな御坂の様子にため息をつきながら、上条は残念過ぎる自販機を指差した。

「コイツ、金飲み込むっぽいぞ」
「知ってるわよ」
「賽銭箱みたいだよな。…金入れんの? 確実に金呑み込まれちまうぞ」
「クソ馬鹿。裏技があんのよ、お金入れなくってもジュースが出てくる裏技がね」

不思議そうな表情を浮かべながらも、長年の経験により、上条は不幸の予感をビリビリと身体中で感じていた。
大変嫌な予感がする。
『裏技』というくらいだから日常的に何度も使っているんだと思う。
繰り返し言うが、上条は二千円札を自販機に呑みこまれた。
この自販機がそんな誤作動を起こしてしまうのは。

「常盤台中学内伝、おばーちゃん式ナナメ四五度からの打撃による故障機械再生法!」

ちぇいさーっ! という何とも冷や汗が出そうな程に愉快な叫びと共に、御坂はスカートのまま自販機の側面に上段蹴りを叩きこむ。
ズドン! という轟音。
そして、自販機の中で何やらガタゴトと音が響き…やがて、取り出し口に缶ジュースが出現した。
「ボロっちいからジュース固定してるバネが緩んでるのよねー。何のジュースが出てくるか選べないのが難点だけど―――ってアンタどうしたの?」
「何でもないです」

清々しい程の棒読みで応対する上条。
スカートの下は体操服の短パンだった、どうしてだか、夢を壊された気分だった。

「ていうか常盤台中学『内伝』って事は、常盤台のお嬢様はみんなこんな事やってんのか」
「女子校なんてそんなもんよ。女の子に対して夢見んなよ!」
「……、」

それはとてもシビアな現実だ、と上条は思う。

「そうではなく。テメェらが毎日毎日こんな事してっから自販機が壊れちまったんじゃないのかなーと、そう言いたいんです上条さんは!!」
「いいじゃんよー。なに怒ってんのよ、別にアンタに実害ある訳じゃないでしょ?」
「……、」
「あん? そういや何でアンタこの自販機が金喰い虫だって気付……、ひょっとして、呑まれた?」
「……、」

悲しみを湛えた上条の瞳に、思わず御坂は閉口する。
一気に暗くなった空気を変えるべく、御坂はにこりと笑った。



121: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:21:01.00 ID:sn+54eDL0

「よーし、ではケータイの写真メール使って間抜けの顔を世界に送信―――ってジョーク! ジョーク! じりじりとすり足で間合い測るな恐いから!」

思わず間合いを測っていた上条はため息をつき、全身から力を抜いた。
どのみち八つ当たりをしても二千円は戻らない。
元々あの二千円は学生寮で上条の帰りを待っている居候の赤い魔術師にアイスかケーキでも買ってやっかなー、と思って財布に入れていたモノだが、そんな事を考えても仕方ない。
負け犬は負け犬らしく帰巣本能に従おう、と上条は肩を落として御坂に背を向ける。
そんな上条の煤けた背中を見て、御坂は両手を腰に当てたまま心底つまらなそうにため息をついた。

「ちょっと待ちなさいよアンタ。んで、一体いくら呑みこまれた訳?」
「……、言わない。言えない。言いたくない」

上条は目の前の少女を見る。
いつもの襲撃パターンプラス彼女の台詞から考えて、『二千円なくしましたー』と言って『まぁかわいそうに!』という展開には繋がらないと思った。
『がっはっはわっはっは!』と戦国武将みたいな笑いが返ってくるような気がしたのだ。
しかし、御坂は何か責任らしいものを感じているのか、ちょっと真剣な顔になった。

「笑わない、約束する。ついでに言うなら呑まれたお金は取り返すわよ」

何ですかその親切スキルは! と上条は思わず目を輝かせる。
そもそも御坂が自販機に蹴りを入れまくっていたからこんな事態になっている、と考えなくもなかったが、彼女を責めるというのも何だが大人げないので上条は口に出さずやめておく。
自販機に二千円もの大金を呑まれた馬鹿、というレッテルを貼られる事に少し脅える上条ではあったが、御坂の『笑わないって。ホントに笑わないから。ホントのホントに笑わないって!』というセリフに負ける形で白状することにした。

「……、にせんえん」
「二千円? なんでそんなハンパな額突っ込んでんのよ?」

そう言ってから、御坂はハタと気がつく。

「待って、二千円? ひょっとして二千円札!? うわ見たい、超見たい! まだ絶滅してなかったんだ二千円札! あはははは! そりゃ自販機だってバグるわよ、今時二千円札なんてコンビニのレジん中にも入ってないってば、あっはっはっはっは、ひーっ!」

妙な方向にヒートアップする御坂を見て上条は、嘘つき、と叫びかけ、堪えると頭を抱えた。だから二千円札なんて言いたくなかったのだ。
自販機で使ったのも両替の意味合いが強い。
完璧な笑みを浮かべるデパートの店員さんすら一瞬確かに『うっ』という顔をする、それが二千円札である。

「ほほう。ではその二千円札が出てくる事を祈って。……千円札が二枚とか出てきたら招致しないわよこのポンコツ」

御坂は自販機の正面に立ち、右掌をゆっくりと硬貨の投入口へ突き付ける。
ふと、疑問に思った上条が問う。

「けどお前、どうやって自販機から金を取り戻すんだ?」
「どうやってって、」

御坂はキョトンとした顔をして。

「こうやって」

瞬間、御坂の掌から雷じみた青白い火花が飛び出て自販機に直撃した。




123: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:21:56.14 ID:sn+54eDL0


どこをどう走ったかはあんまり覚えていない。
きっと一○分くらいは全力疾走した、と上条は断言する。
気がつけば、上条は繁華街のバスの停留所のベンチに座っていた。
ぐったりと脱力しながら夕焼けに染まる八月の空を眺めている。
一面オレンジ色の空には飛行船が浮かんでいて、飛行船のお腹にくっついた大画面は筋ジストロフィーの病理研究を行っていた水穂機構が業務撤退を表明しました、と今日の学園都市ニュースを垂れ流していた。

「愉快に現実逃避してないでジュース持ちなさいってば。元々アンタの取り分でしょ?」

上条の隣に座っている御坂は大量のジュースを上条の方へポイポイ投げつけながら、呆れたようにため息をついた。
彼女はくるくると回る風力発電のプロペラを眺めている。
『チカラの制御を間違えた』事で少し落ち込んでいるのかもしれない。
何しろあの馬鹿自販機は黒い煙を噴き出した上に警報とジュースを大量に撒き散らしたのだ。
今度こそ完全な故障である。

「……、なんかこのジュースを受け取った瞬間に傍観者から共犯者へ成長進化しそうで恐い上条さんですが。っていうかポイポイ投げんな―――って熱っ! 何でホットおしるこが混じってんだ!?」
「誤作動狙いなんだからジュースの種類までは選べないのよ」
「この『黒豆サイダー』とか『きなこ練乳』には明らかに悪意を感じるんですが!?」
「ああん? 生ぬるいわねー。『ガラナ青汁』と『いちごおでん』の二大地獄がやってこなかっただけでも美琴さんの強運に感謝しなさいっての」

それもそうか、と上条はぼんやり思う。
この学園都市は、言い換えてしまうと実験都市だ。
無数に存在する大学や研究所などでつくられた商品の実施テストとして、街のいたる所には生ごみの自動処理や自律走行する警備ロボットなどの実験品が満ち溢れている。
コンビニの棚や自販機に並ぶラインナップもまたしかり。

「…しかりなのだが、やはり学生たちは同じお金を払って買っているんだという事実が何故偉い人には分からないのかと問い詰めたい」
「いいじゃんいいじゃん、一歩でも前に進もうとする夢と意欲に満ち溢れてて。あ、『ヤシの実サイダー』飲まないんだったらもらうわよ」

御坂は、上条の腕の中から気味の悪いジュースを一本引き抜く。

「大っ体さー、このジュース一本にしてもどうだけど、アンタってば逃げ腰すぎんのよ。なんつーか、ホントはつよいくせに自分は弱いと思いこんでバカを見るって感じ? そーゆーの見てると一言モノ申したくなる美琴さんなのよねー」
「……、思いっきり的外れなコト言ってるヤツに限って妙に偉そうなのは何なんだろうな?」
「なにおう?」

御坂はタチの悪い酔っ払いのように上条を見る

「……、んなに間違ったこと言ってないと思うんだけど。弱いヤツがびくびくしながら生きるってのはアリだし強いヤツが威張って生きるのも道理だと思うわよ。だけどアンタは違うでしょ? この学園都市でも七人しかいない超能力者、その一人を軽々とねじ伏せるほどの『力』を持ちながら、一体どうして街のゴロツキだの首輪の外れたチワワだのに追いかけられて街中を逃げ回ってんのよ?」
「うーん…」

右手について詳しく話すべきか迷った上条は、とりあえず曖昧に話を合わせる事にした。

「アンタは、この超電磁砲の御坂美琴を打ち負かしたことをもっと誇示するべきなのよ。そうでなければアンタが打ち負かしたこの私に申し訳が立たない。だってそうでしょ? これから私はみんなに一生こう思われるのよ。『あの御坂美琴は、あんな街のゴロツキや首輪の取れたチワワに追い回されるような男に負けたのか』ってね」

御坂はヤシの実サイダーを口に含む。

「アンタはこの私に勝利した。ならば最低限、勝者としての責任ぐらいは取ってもらわないと困るのねん。この私が、学園都市でも七人しか存在しないこの超能力者の一人が、私はこんな男に負けたんだぞって胸を張って正々堂々と宣言出来る程度にはね」
「はー…江戸時代のブシドー精神じゃあるまいし……」

いたって面倒臭そうな態度をとる上条に、御坂は思わず腕を組む。
そのまま、ご立腹です、という感じで息を吐いた。



125: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:22:22.11 ID:sn+54eDL0


「しっかしアンタもムカつくわよね。あれどこの少年マンガから引っ張ってきた訳? 自分からは決して殴らず、相手に散々殴らせておいて全弾完璧にガードする、なんて手法。キザったらしくてムカつくくせに確かに効果があるってんだから許せないわ」
「いやいや、それは八つ当たりでせう」
「…ま、自信を持ったら持ったで嫌なヤツなのよね。あー、散々言ったら気が済んだ。ほれ、ジュースお飲み。美琴センセー直々のプレゼントだなんてウチの後輩だったら卒倒してるのよん」
「卒倒だぁ? こんな食品衛生法ギリギリの缶ジュースなんてもらって喜ぶヤツがいるかよ。大体少女マンガじゃねーんだから女子校でレンアイなんざありえねーだろ」
「……、いや。少女マンガ程度なら可愛らしいんだけどね」

何故か御坂は目を逸らす。

「色々あるんですよー、むしろどろどろ? 私が常盤台ん中でなんて呼ばれてるか教えてあげよっか? 引いちゃうわよーん」

うふぇへあはー、と御坂は力なく笑っていたのだが。

「お姉様?」

不意に辺りに響き渡った、鈴のような少女の声に御坂は背中に氷でも突っ込まれたような顔をした。
ひくり、と口の端が大きく歪む。
ぐっ、と突然の衝撃に上条の喉が詰まる。
何だそれは、と上条が全力で振り返ると、ちょっと離れたところに、御坂と同じ制服を着た中学一年生位の女の子が立っていた。
茶色い髪をツインテールにしたその女の子は、胸の前で両手を組んで目をキラキラさせている。

「まぁ、お姉様! まぁまぁお姉様! 補習なんて似合わない真似をしていると思ったらこのための口実だったんですのね!」

上条が隣を見ると、御坂は両手で頭を抱えてうなっていた。
『幻想殺し』以外何ら力を持ち合わせない上条だったが、『ツッコミ禁止』という御坂の心の叫びが伝わってくるような気がした。
御坂は頭痛を押さえるように頭に手をやりながら、謎少女に向かって話しかける。
そういえばこの子は、この間御坂が楽しそうに会話していた子じゃなかっただろうか、と上条は思う。

「ええっと、念の為に聞くけど。『このため』とは『どのため』を言っているのかしら?」
「決まっています。そこの殿方と密会するためでしょう?」

バチン、と御坂の髪の毛から火花が散った。
が、ツインテールの少女は気にしない。
今度は茫然としている上条の方を見ると、にっこり満面の笑みを浮かべ、恐るべきスピードでベンチへ近づいてきた。
思わず上条がベンチから腰を浮かす前に、少女は上条の手を掴んで両手で包む。

「初めまして殿方さん。わたくし、お姉様の『露払い』をしている白井黒子といいますの」
「はぁ」
「ちなみに、この程度でドギマギしているようでは浮気症の危険性がありましてよ?」

ぶっ、と上条が噴き出しそうになる。
と、隣に座っている御坂がゆらりと立ちあがって。

「あー、んー、たー、はー。このヘンテコが私の彼氏に見えんのかぁ!」

微妙に人の心を傷つける言葉と共に、御坂の前髪から雷撃の槍が発射される。
しかし、青白い火花が直撃する寸前に、白井黒子は上条から手を離した。
次の瞬間、前触れもなくその姿が虚空に消える。

「ちっ、空間移動なんぞ使いやがって。変なウワサ流したら承知しないわよちくしょう!」

御坂は何もない空に向かって次々と雷撃を撃つ。
超能力クラスのビリビリに道行く人々の視線が集中する。
うわこれどうしよう、と上条が一人頭を抱えていると、不意にベンチの後ろから声が飛んできた。

「お姉様?」


またか、と上条が振り返ると。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ベンチの後ろに、もう一人御坂美琴が立っていた。



127: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:23:26.03 ID:sn+54eDL0


「は?」

そこに立っていたのは、『御坂美琴』で間違いないと思う。
肩まである茶色い髪に整った顔立ち、白い半そでブラウスとサマーセーターとプリーツスカート。
背格好から服装や小物に至るまで、何もかもが完璧な『御坂美琴』がそこに立っている。
上条は隣に視線を移したが、やはりまったく同様。
唯一の違いといえば、ベンチの後ろに立っている少女は水泳ゴーグルのようにおでこの辺りに暗視ゴーグルらしきものを引っ掛けている。
そして瞳に宿る感情の色は一点に集中せず、常に視界に移るモノ全てを追いかけているような、焦点の曖昧な瞳がじっと御坂の後頭部を追っている。

「…って、え? 増えてる!? 御坂2号!」

上条はギョッとした。
二人の『御坂美琴』を交互に見る。
ベンチの隣に座る方は同じくギョッとしたような顔を、ベンチの後ろに立つ方はそんな彼らを見ても無表情のままだ。

「で…どちらさま?」

後ろを振り返ったままの上条による呟きに。
ベンチの後ろに立つ少女は首を動かさず、目だけを走らせて上条を見た。

「妹です、とミサカは間髪いれずに答えました」
「……、」

おかしな口調だな、と思ったものの、上条は口には出さないことにした。
上条の周囲にはおかしな口調で喋る人間が多すぎる。
自分もその一人であることに気づいていない上条だったが。

「けど、御坂ナントカで一人称はミサカなの? 御坂ミサカじゃねーんだからさ、そこは普通名前の方を使うモンなんじゃねーのか。家ん中でも呼び名がミサカじゃ混乱しない?」
「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します。」
「……、」

まさか本当にミサカミサカではないにしろ、何やら奇妙な不文律があるようだ。
上条は助け舟を求めるように隣に座る御坂の顔を見たが、そこでまたもやギョッとした。
御坂はなぜか黙り込んで自分の妹(らしいそっくりさん)を睨んでいる。

「そ、そっか妹か。けど似てんなー。身長体重もおんなじレベルじゃねーの?」

御坂は妹を睨み続けている。

「遺伝子レベルで同質ですから、とミサカは答えます。次いで、女性に向かって体重の話題を振るのは礼儀知らずだと心の中で呟きました」
「遺伝子レベルってことは双子ちゃんか。ふーん、一卵性双生児ってのは初めて見るけど、ここまで似るモンなんだなー。んで、その双子ちゃんが何の用事? 姉ちゃんと帰んの?」

御坂はずっとずっと妹を睨み続けている。

「馴れ馴れしい人だなこの軽薄野郎、という本音は呑み込んでミサカは質問に応じます。ミサカを中心とする半径六○○メートル以内の領域にて、ミサカと同等のチカラを確認したため気になって様子を見に来たのですが……」

一卵性双生児なら、似たような能力が発言することは十分に考えられる。
と、考えられるのだが…上条はいい加減に御坂の視線が恐くなってきた。
コイツって授業参観で家族の顔とか友達に見られるの嫌なタイプなのかな、などと上条は呑気に考える。

「……現場には壊れた自販機、そして大量のジュースを持つあなた達。まさかお姉様が窃盗の片棒を担ぐとは思っていなかった、とミサカは舌打ちします」

御坂妹は直立不動のまま、言葉を続ける。

「一体いかなる方法でお姉様を懐柔したのですか、とミサカは念のために事情聴取してみます」

変な疑いをかけられてしまったので、会話を続けるしかない。

「おい、主犯はコイツ一人で俺は傍観者だ」
「虚偽の発言は犯罪に当たります、とミサカは答えます。対象に電子をぶつけ、その反射率から自販機表面を計測した結果、最も新しく付着した指紋はあなたのものである事が判明しました、とミサカは動かぬ証拠を突き付けます」
「ウソっ! んな事まで分かんの電撃使いって!?」
「ウソです、とミサカは正直に答えます」
「……」
「……」

もうやだ、と上条は御坂妹を見たまま隣の御坂の肩をチョイチョイと引っ張る。
しかし、いつまで経っても隣にいる御坂は何も告げない。
おかしいな、と上条は思う。
いつものやりとりから読み取れるに、彼女は人が頼まなくてもひとりでにしゃべり続けるタイプの人間だという事はよくわかる。
その御坂が自分の事を言われて無言を保ち続けるだなんて事があり得るのだろうか?

「……?」

上条は何気なく隣に座っている御坂の方を見る、と。


「―――アンタ! 一体どうしてこんな所でブラブラしてんのよ!!」



129: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:24:13.94 ID:sn+54eDL0


黙っていた御坂が、いきなり、爆撃みたいな怒鳴り声をあげた。
うわ、と上条は横合いからのつんざくような叫び声に、思わずのけ反りそうになる。
女の子特有の甲高い声が耳の穴を突き抜け、何か…カキ氷を大量に食べた後のような感覚が上条を襲う。
御坂は一言だけ怒鳴りつけると、また黙り込んだ。
まるで御坂妹の意見を待つかのように。
落雷の後のような、空白染みた静寂が辺りを一時的に支配する。
御坂妹は直立不動のまま、ぼんやりした視線を御坂の目に向ける。

「何かと問われれば、研修中です、とミサカは簡潔に答えます」
「けん、」

御坂は背中を打たれたように息を詰まらせ、それから目を逸らした。
何かブツブツと呟いているが、上条の耳まで届かない。

「??? 研修中って、妹さんは風紀委員にでも入ったのか?」

学生の身分で『研修』と聞くと、真っ先に思い浮かぶのは『風紀委員』だろう。
御坂の力を見ればわかる通り、能力とは下手なナイフよりも高い殺傷能力を誇る。
二三○万もの能力者を抱える学園都市では、当然ながら暴走した能力者に対する専門機関が存在する。
暴走した能力者を抑える役職は、次世代兵器を使う教師陣による『警備員』と、各学校の選出による能力者の『風紀委員』だ。
『警備員』も『風紀委員』も、元は一般の教師や生徒。
従って、彼らがプロを名乗るようになるまでに、九枚の契約書へのサイン、一三種類の適性試験、四か月に及ぶ研修を突破しなければならない。
御坂は顔の前で両手をパン、と合わせると、何故だか上条の顔からバッチリ目を逸らして。

「ぁ。あー、風紀委員? あーあーそれよそれ。そーゆー事だからこーゆー事になっていろいろ大変でねー、いろいろ。むしろぼろぼろ?」

素敵な程に胡散臭い声でそう言った。

「おい。何だかいきなりオレオレ詐欺並みに情報量が減ってんぞお前のトーク」
「へ、減ってないわよ。ちゃんとくっきりはっきりぼっきり話してるわよ」

御坂は、それから自分の妹を見て。

「色々積もる話があるから、色々。おい妹、ちょろっとこっちにきてみよーかー?」
「は? いえミサカにもスケジュールはあります、と―――」
 ・・・・・・・・
「いいからきなさい」

妙に平坦な声が、上条には何か気にかかった。
特に御坂が何かをした訳ではない。ただ、自分の妹の顔を見て、にこやかに一言告げただけ。
しかし、その一言。そこに込められた得体のしれない感情の渦が、上条の芯を貫く。
上条は御坂を見た。そこには、ごく普通の中学生の顔しかない。

「んじゃ、私たちはこっちの道だから。アンタも寮の門限とか気にしなさいよ」

御坂はベンチに座ったままの上条はそのままに、自分の妹の肩に自分の腕をまわした。
まったく見分けのつかない少女二人が、広い通りを歩いていく。
上条は御坂の後を追おうか迷って…やっぱりやめた。
ベンチに腰かけ、夕空に浮かぶ飛行船を眺めながらぼんやりと呟く。




「複雑な……、……。……ご家庭、なのかなぁ?」



131: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:24:42.74 ID:sn+54eDL0


御坂がベンチの上へ山のように置いていってくれた缶ジュースの多さに重みを計算しながら、上条はげんなりと項垂れる。
しかし、運ばねばなるまい。捨てるという選択肢は、貧乏性のしみついている上条には概念ごと存在しないのだ。
そんなこんなで赤い夕暮れの中を両腕いっぱいにジュースを抱えてふらふら帰路につく上条当麻であった。
学生寮ばかりが並ぶ住宅街の道は細く、車の量も少ない。
だからといって油断していると、いきなり車庫からバックしてきた車の尻に撥ね飛ばされそうになったりするものだ。
いくら不幸な上条でも、学生寮まであと五分という場所で轢き殺されて笑っていられるほど心は病んでないし、広くもない。
お家に帰るまでが遠足です、と上条は気を引き締めると共にジュースを抱え直す。
冷たいジュースに体温を奪われ、上条は『クソ暑い日本の夏の中、凍傷寸前まで追い詰められなければならないのか』、と心の中で嘆く。
そんな事を考えていた上条は、ふと足元にテニスボールが落ちている事に気がついた。
誰かが遊んだまま放っておいたのだろうか、と上条は思う。

「っとっと」

危うくテニスボールを踏んづけそうになった上条は、上げた足を止め、ちょっと横にずらして避けようとした。
したのだが。
刹那、不意に風が吹いて。
コロコロと転がるボールは見計らったかのように、地面と上条の足の隙間へと滑りこむ。

「い! ちょっと待てこらーっ!」

すでに体重をかけて下そうとしていた足が止められるはずもなく。
見事に全体重をかけてボールを踏んづけた上条は、勢いよく仰向けに倒れこむ。
大量のジュースのせいで受身すらとれなかった。
思いきり背中を打った上条は、肺から空気を吐き出してその辺をのたうちまわる。
不幸だ、とぼやくだけの酸素すらない。

「く、くそ…俺が一体何をしたってんだ……、」

ぜーはー言いながら上条はようやく体を起こす。
結構な範囲に散らばった一九本のジュースを眺めて絶望的な気分になる。
またあの六キロ強の荷物を抱えてる歩くのか、と投げ槍な気持ちになる上条だったが、かといって打開策がある訳でもなし。
結局、一人寂しくジュースを回収する以外に道はないのだった。
ジュースを拾っていた上条の真上に、ふと、影が落ちる。
おや?と上条が思わず顔を上げると。

目の前に御坂美琴が立っていた。



133: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:25:19.69 ID:sn+54eDL0


「…必要ならば手を貸しますが、トミサカはため息混じりに提案します」
「はい?」

接近されたが故に見えた御坂美琴(?)のぱんつが見えそうな状況にしばしドキドキとしていた上条は、きょとんとしながら首を傾げる。
しばし考え込んだ後、上条はようやく御坂の手に暗視ゴーグルが引っかかっている事に気付いた。

「あーなんだ、妹の方か。お前、本当に美琴に似てるよな」
「……、美琴、ですか、とミサカは問い返します。ああ、お姉様の事ですか」
「他に誰が居るんだっつの」

相変わらずマイペースだな、と上条は考え。

「……、そっか、妹か。道理で短パンからクラスチェンジしてた訳だ」
「短……?」
「いやこっちの話! つ、つーか、そう! そのゴッツイ軍用ゴーグルは何なの?」
「ミサカはお姉様とは異なり電子線や磁力線の流れを目で追う才能がないので、それらを視覚化する器具が必要なのです、とミサカは懇切丁寧に説明しました」
「……、」

敬語にすれば何でも丁寧になると思うなよ、と上条は心中でひっそりと呟く。

「気温と湿度が高かったので装備をはずしていましたが、必要性を感じるならば装着しましょう、とミサカは提案します」

御坂妹は一人でブツブツ言いながらゴーグルをおでこに引っ掛ける。

「ん、あれ? けどお前、さっき姉貴に連れてかれなかったっけ?」
「ミサカはあちらから来ただけですが、と指差します」

御坂妹は通りの向こうを指差す。見当違いの方向だった。
上条は疑問を感じる。

「それよりも散らばったジュースはどうするのですか、とミサカは問います。このままでは道路交通法に接触して一五万円以下の罰金を受ける恐れもありますが、とも付け加えます」
「……そりゃ悪かったな。すぐ回収するからどっか行け」

別に御坂妹が嫌みや皮肉で言っているのではないことくらい上条にも分かるが、『周囲の迷惑だからさっさとやれ』と言われるのは何となく癪に障る。
上条が無言でジュースの缶を一つずつ拾っていると、おもむろに御坂妹はこう提案した。

「必要ならばミサカも手を貸しますが、とミサカは進言します」
「あん? 別に良いよ俺がやるし。大体お前が手伝う必要性なんてどこにもねーだろ」

ちょうどその時、タイミング悪く住宅街に軽トラックがやってきた。
軽トラックは上条達の前で乱暴に停車すると、いかにも機嫌悪そうにクラクションを鳴らす。
結局、二人で黙々と素早く拾う羽目になった訳である。
申し訳なさに、上条はぽつりと言った。

「悪りぃね。後でなんかコンビニデザートとか一品奢るからそれで勘弁、――っ!」

そんな事を言っていた上条は、御坂妹の姿を改めて見た瞬間、思わず息をとめた。
無防備にしゃがみこんだ御坂妹は、特に短いスカートへ気を配ってはいない。
両足の合間から何か白と青のシマシマがこっそりと覗いていた。今再びのぱんつ。
今回はばっちりしっかり完璧に見えてしまった。
御坂妹はしゃがみ込んだまま無表情で上条の顔を見上げる。

「……、何か? とミサカは確認をとります」
「いや、何でもないですよ? 何でもありませんですよ?」
「その割に、瞳孔の拡大、呼吸の乱れ、脈拍の以上などが検出されていますが、とミサカは客観的評価を下します。結論として、あなたは緊張状態にあるのではないですか?とミサ」
「いや何でもないです! 本当にすいませんっ!」

何に対して謝罪しているのですか、といった様子で御坂妹はぼんやりと首を傾げた。
ジュースの回収が終わり、軽トラックは怒っていますといった感じで乱暴に発車。
御坂妹ははためくスカートを手で押さえようともしない。
姉妹の区別の付け方が分かった気がする、と上条はため息をついた。
スカートの下に短パンを装備する御坂はこんなに無防備ではないだろう。

「それで、このジュースはどこまで運べば良いのでしょうか、とミサカは両手いっぱいにジュースを抱えて問いかけます」
「あん? いーよこれぐらい俺一人で運べるし」
「それで、このジュースはどこまで運べば良いのでしょうか、とミサカは催促します」
「だから良いって良いって、お前が運ぶ義理とか「早くしなさい」

鋭い声に上条は諦めて御坂妹に荷物持ちをしてもらう事にした。



135: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:26:57.73 ID:sn+54eDL0


横綱が一人乗ったらワイヤーがちぎれます、という感じのオンボロエレベーターに乗って、上条と御坂妹は七階に向かう。
キンコーン、とチャチな電子音と共にエレベーターが七階に到着する。
上条の学生寮の形はまんま長方形なので、エレベーターを出れば直線通路しかない。
その直線通路の先、上条の部屋のドアの前の辺りだけ、金属の手すりが妙に新しくなっていた。
炎を使って手すりを吹っ飛ばしたステイルのせいである。
良く見ると壁や床も所々が新しくなっている。
と、上条宅のドアの前にフィアンマがしゃがみこみ、三毛猫に手を伸ばしてじゃれついていた。
三毛猫は心地よさそうに床の上をころころ転がっている。

「……っつか、何やってんだ…? おい! どしたん、部屋のカギでもなくして締め出されたのか?」

上条が声をかけると、フィアンマは上条の方を見た。

「いや、三毛猫にノミがついたから取っているというだけだ」

のんびりと語ったフィアンマは、上条が抱えているジュースの山を眺めて首を傾げる。

「それで、そのちょっとした山は何だ。水道水が飲めない程残念な胃袋をしている訳でもあるまい」
「色々あったんだ。甘いヤツはフィアンマにやるよ」
「そうか」

淡々とした返答を返すフィアンマは上条の横で同じようにジュースを抱えている御坂妹へ視線を向け、ため息混じりにぼやく。

「…はぁ。…女を連れ込みたいというのは分かるが、せめて俺様に一言言ってくれても良いんじゃないのか?」
「別にそんなんじゃねーしたとえそんなラッキーな事が起こったとしたらちゃんとフィアンマに言うっての! 人を考えなしにみたいに言うんじゃありません!」

上条はジュースを抱えたまま言い返し、ふと聞き返す。

「……、それより聞き捨てならねー事言ってなかったか? 三毛猫にノミがついてるってどういう事?」
「あぁ」

フィアンマは一度頷いて。

「ある朝起きたらベツレヘムがノミだらけ、という訳でな。恐らくお前の布団は残念且つ大変な事になっていると思うぞ」
「思うぞ、じゃねーよ! 猫とか布団の中に入れてんじゃねえ、ただでさえ抜け毛で大変な事になるんだからな! っつか何か身体のあちこちがカユいなーとか思ってたら原因はそこかーっ! 道理で最近お前が壁際で寝たがるはずだよ!」
「あまりにも酷くて掃除する気にもなれん」

うわあー、と上条は絶叫する。

「つまり部屋は放ったらかしなのかよ!? 増殖したノミの魔窟んなってんじゃねーのか!! だから外にいたのかちくしょう!」

上条の目の前にはドアノブがあるが、開ける事は戸惑われた。
そんな上条の様子を意に介す様子もなく、フィアンマはポケットの中に手を突っ込み、何かゴソゴソと探し始めた。


「……ってフィアンマ、それでお前は何だってポケットから緑の葉っぱとか取り出してんだよ?」
「セージだ。案外その辺りに生えているものなのだが、知らないのか?」
「……、」

セージ。
シソ科の多年草で地中海地方原産。
葉はサルフィア葉と呼んで薬用として用い、また香辛料や観賞用として栽培される事もある。

「で、薬草なんか取り出して何すんの? HP回復のためにもぐもぐ食べるのか?」
「ヒットポイントに何の関係があるんだ。お前の妙な発言は時折理解に苦しむが、セージには浄化作用がある。これを用い、魔女学の如くノミを追い払う所存なのだが」
「……、大変嫌な予感がしてきたんだが。その葉っぱ、猫に食わすのか? ノミに食わすのか?」
「いいや。セージに火を点けてベツレヘムを煙で燻してノミを追い払う」
「………………………」
「部屋の中で物を燃やすのは非常識だ。それはいかんからな」
「……あり得ないだろ! ベツレヘム燃やす気か!」
「冗談だよ。ひとまずどうすれば良いか迷って外に出しただけだ」
「…はぁあ…」




137: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:27:21.50 ID:sn+54eDL0


それまで黙っていた御坂妹が、唐突に口を開いた。

「まずはジュースを降ろした方が良いのでは、とミサカは荷物を抱えながら提案します」
「そうだな、床に置いちゃっていいや。悪いね、お礼に一本好きなのやるけど」
「必要ありません、とミサカは返答します。それで、床に置いても構わないのですね、七階という高さがありますので地面へ落とさないよう気をつけてください、とミサカは作業を進めながら警告します」

理路整然とした一流のソムリエ染みた御坂妹の動きに、フィアンマは懐かしむかのように目を細めて呟く。

「…まるでウィンザー城の近衛侍女の様だな」

特に反応する事もなく、御坂妹は続ける。

「それで、その猫についての対処法ですが――――」
「なんか知ってんの?」
「――――知っているも何も、素直に市販用のノミ取り薬を使用する事をお勧めします、とミサカは助言します。粉状の薬で、猫の体表面に振りかける事でノミを落とすタイプのものがあるはずです」
「……。けど、薬だもんな。結局有害っぽくねーか?」

生後一年を満たない子猫に対して思うのは、妥当な意見だ。
たとえ時間割りに薬物投与を組み込んでいる学園都市の学生が言ったとしても。
だが、御坂妹は特に気にする様子もなく。

「この世に有害でない薬など存在しません、とミサカは間髪いれずに返答します。ノミの被害と薬の被害なら前者の方が深刻でしょう、とミサカは補足説明します」
「……、」

確かに、病気の方が辛ければ薬を飲むのは当たり前だ。
理屈としては十分分かるものの、床の上をゴロゴロ転がっている三毛猫を見るとどうも理屈以外の何かが納得できそうにない。
いやもちろん、あの三毛猫がゴロゴロしているのは一刻も早く身体についたノミを落とすためなのだが。


……結局のところ、御坂妹が掌から電気を出してノミを駆除してくれた訳で。

それでは、用が済みましたから――――と御坂妹は感謝の言葉も聞かずに背を向けて立ち去ってしまう。
少女の後ろ姿を視線で追っていたフィアンマはやがてのんびりとした調子でぼやいた。
棒読みで。

「科学的ノミ退治法とはすごいな」

もののついでなので、上条もぼやいてみる。
こちらは割と本気で。

「魔術的ノミ退治法は、冗談だけに済ませておいてくださいね?」



139: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:27:56.30 ID:sn+54eDL0


翌日の夕暮れ。

「ありゃ?」

上条は古本屋の紙袋を手に店を出たところで、思わず立ち止まって小首を傾げた。
色々あって待たせていた御坂妹がどこにもいない。待っているはずなのだが。
無理矢理に黒猫を預けた事に腹を立ててどこかへ行ってしまんだろう、と上条は自己完結した。
黒猫だけが、地面の上にポツンと残されていた。
上条はビクビクしている黒猫を抱き上げ、何気なく辺りを見回した。
不意に、路地だけが何故だか気になる。何か引っかかる。
何が引っかかるのだろう、と上条は原因を探すべくよくよく路地の入口を見つめてみる。
……女の子の靴が片方、無造作に転がっていた。

「……、?」

上条は黒猫を抱えたまま、路地の入口へと近づいた。
ぞわぞわ、と嫌な予感がした。悪寒にも似た、ソレ。
片方だけ転がった靴は、サイズの小さい革靴。学校指定っぽい、サイズの小さい茶色い革靴だ。
特に汚れてもいない清潔な靴は、ここに放置されてさほど時間が経過していないことを意味していた。
ゆっくりと進む。
進む。
進んで、進む。

暗がりの向こうに、何かが転がっているのが見えた。
正確には、誰かが倒れているのが。
二本の足が見える。足の周りには、プラスチックに似た破片やバネのようなもの―――何か、オモチャの残骸みたいなものが。
進む。







御坂妹は、死体となって転がっていた。



141: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/07(木) 19:30:15.68 ID:sn+54eDL0
















「それで、何か言うべき事はないのか? 返答によってはお前の身体をアイスクリームに変える準備は既にしてきているぞ」

病院のベッドの上、絶え間なく向けられる威圧感と緊張に上条は冷や汗をだらだらと垂れ流しながら、これはさすがに状況説明しなければなるまいと決意した。
とはいっても、話したらマズいだろうとか、御坂に申し訳が立たないと思われる事は適当にはぐらかし、ぼやかして。

御坂美琴という、いつも自分に突っかかってくる明るくて可愛い少女の事。
そんな彼女の妹の事。
妹さんにはたくさん秘密があった事。
そしてその秘密故に、殺される運命にあった事。
救いたいと、そう思った事。
御坂美琴と一対一で決闘してようやく介入する許可を得た事。
学園都市第一位と死に物狂いで戦った事。
結局、妹さん達は救えたらしいという事。
そんな何だかんだがあって、心身共に疲れ果てた上怪我をしたので入院となった事。
そして御坂美琴からクッキーをもらいました、と。
命の危機は数回ありましたが、もう一件落着です、と。

そこまで聞き届けたフィアンマは実に優しく、元神父らしい柔らかで完璧な笑顔を向けた後、思い切り、割と容赦なく上条の鳩尾に向かってグーパンを喰らわせた。
うぐぉ!? と妙な叫びをあげ、気絶寸前で息絶え絶えな上条を見下ろし、フィアンマは小さくため息を吐き出す。
安堵の息、とも取れるゆるやかなため息。

「おぐ…今回はシャレや冗談で済まない傷なん…げほっ」
「…心配、しただろう」
「…、…」

低い声でそう遮る様に告げられ、病人に向かっていきなり何をするのかと反論していた上条は口を開いたまま、黙り込んだ。
少しだけ、考える。
自分は、フィアンマが自分の知らない場所でまた”あんな風に”なっていたら、嫌だと思った。
せめて事情を知れていたら、別だけれど。
今回の自分はどうか。フィアンマには着いていくと言って、味方でいると言って、その実自分はフィアンマを遠ざけて勝手に、何も知らせず無茶をした。
フィアンマがどんな気持ちでいたのか。
脳内で立場をそっくりそのまま自分に置き換えてみれば、想像に難くない。

「…ごめん」
「…心配した」
「う…」
「俺様の唯一の味方が、俺様の知らない所で死んでいたら…どう思う」
「…考えが足りなかった」
「どのみち、立場的に考えて、俺様に介入は出来なかったが。心構えというものがあるだろう」
「……」
「俺様の味方で居てくれると言うのなら、あまり無茶や無理をするな。…それに、お前に対して、俺様は味方で居るつもりだぞ。たとえお前が間違っていても、それを援護する。何をするにしても、最大限援助する」
「フィアンマ、」
「だから、俺様に何も告げないまま、独りにしないでくれ。…死ぬな」
「うん、ごめんな」

ごめん、ともう一度だけ心の底より謝罪しながら、上条は手すりに掴まってのろのろと起き上がり、一番に守りたいと決めている人物を抱き締める。
また泣きそうな顔をさせてしまった、という罪悪感や申し訳なさと共に。
抱きしめられたフィアンマはといえば所在なさ気に手を動かし、あてもなく彷徨わせ。
やがて、そっと、おずおずと、甘えるかの様に…抱きしめ返した。



150: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:01:29.15 ID:hLy9UE6U0


八月二八日、天気超晴れ。
おにいちゃーん、という女の子のミルキーボイスで高校生―――上条当麻は目を覚ます。

「……、何だ。今の?」

上条は半分寝ぼけたまま、うっすらと目を開けた。
身体にかけていたはずのタオルケットは横合いでくしゃりと丸まっているのが見える。
女の子の声は、ドアの向こうから聞こえたようだった。
横倒しの視界に映るのは六畳一間の和室。
床はボロボロの畳張り、天井には古めかしい四角い電灯カバー付き蛍光灯。
油っぽい汚れのついた押入れの襖に家のトイレにでも使われていそうな簡単なカギのついた木のドア。
ここは学生寮の一室ではない。学園都市の中ですらない。
一般世界・神奈川県某海岸、海の家『わだつみ』の二階にある客室なのである。
別の部屋にはそれぞれ、上条の両親やフィアンマも居るはずだ。

「……、そっかー。『外』来てたんだっけかー」

上条は眠気に揺らぐ頭で、ブツブツと独り言を漏らす。
上条の住む『学園都市』は、東京西部に存在する。
よって、内陸に位置する学園都市の住人にとって、本物の海ほど縁の遠いものはないのだ。
そして、学園都市では機密保持と各種工作員による生徒の拉致の恐れを考慮し、極力学生を街の外へ出す事を好まない。
さらには保証人まで必要ときている。
しかし、今回のケースは異例だった。
普通は学生が申請書を書いて『外に出してください』と先生にお願いするのだが、上条は先生から『外行けアホ』と命令されたのである。
上条は一週間程前に、学園都市で最強の超能力者を倒していた。
夏休みで生徒間の交流も少ないというのに、その情報はあっという間に街中へと広まった。
それで上条当麻の地位が飛躍的に向上したかというと、決してそうではなく。
むしろ、最強を倒した無能力者のバカを倒せば最強になれるのか、という意見でもって、腕に覚えのある街の不良さん達が大々的な人間狩りを開始してしまったのだ。
この騒ぎに頭を抱えたのは学園都市の偉い人。
ひとまず情報統制で騒ぎは治めるから、それまで無用な混乱を生まぬようどこかへ行ってくれたまえクソバカ…といった、まぁ、そんな事情でこんな所である。

「…はー」

上条は大きく欠伸をした。
今年は太平洋沿岸で巨大クラゲが大発生したおかげで、猛暑にも拘わらず海の客足はゼロに等しかった。
そうでなくても、外出には保証人の同行が義務付けられている。
保証人といってもようは親。
可愛い女の子や綺麗なお姉さんとならばまだしも、何が悲しくてこの歳で両親と海辺ではしゃがなくてはならないのか。
だが、この程度で終わったのならばよしとしなければなるまい。
学園都市最強の超能力者を倒した事で、上条は研究所単位の大きなプロジェクトを中止に追い込んだ。
お偉い方の中には上条を目の敵にしている者もいる可能性がある。
それでも上条に大きな圧力が加わらないのは、一方通行劇はの噂によって街中の目が上条に向けられ、研究者たちが大っぴらな行動をとればすぐに知られてしまうから、という理由があるからだろう。
とはいえ、寝ぼけ気味な上条にはいまいち緊張感というものがない。
ぼんやりと一人、向かいの部屋で珍しく自分よりもゆっくりと眠っているだろう赤い魔術師の事を思い浮かべる。
彼は部類で言うなら『カッコイイ』『青年』だろう。
そしてそんな相手の水着姿を見て『まことによい夏の思い出になりました』と感涙するのは健全な男子としてはどうかと思う。
まぁ、水着を勧めても断固として断られたので、その心配はないのだが。
ちなみに、その赤い魔術師は当初、海の家『わだつみ』までやってくる予定が不明瞭だった。
彼は留守番しようか悩んだのだ。
三毛猫と一緒に一時的に独り暮らしをするか、と。
考えてみれば当然の話、その赤い魔術師は学園都市の人間ではない。
いわば密入国しているような状況で、そんな青年がノコノコと国境線へ向かえば警備員に捕まるかもしれない。
外出許可の書類だって申請できないのだ。
しかし、上条は決意している。何があっても今度こそフィアンマを守ってみせると。
魔術を使う場面は水をワインに変える奇跡のみしか目撃しておらず、アックアによって血まみれにされた(正確にはフィアンマの悪戯心に基づく極端な手加減のせい、という理由でああなったのだが、上条はそのことを知らない)様子から、上条の中でフィアンマは現実とかけ離れてか弱いイメージと化している。
自分が居ない間に神裂やステイルを退けた事実はすっぽりと頭から抜けていて。
例えば、産まれてこの方一度も女性を見た事が無い王子が隣国の御姫様に抱く容姿から性格立ち居振る舞いまで完璧過ぎる女性像イメージのように。
もしくは、未だに日本にはサムライがカタナを持ってチョンマゲスタイルにて街中を歩いていると思い込んでしまっている外国人のように。
傍から見ればそれは無いだろうと笑ってしまいそうな認識であっても、当の本人にとっては深刻な、そしてしっかりとした考えなのだ。
…もしかすると、上条当麻は『幻想殺し』さえなければその強固な『自分だけの現実』をもって、レベルの高い能力者になっていたかもしれない。

留守番という方向性で話がまとまり、やや寂しそうに「行ってらっしゃい」と笑った赤い魔術師の様子にとうとう上条は(父性本能的な何かだと思いたい何かが)耐えられなくって。
結果、密入国に挑戦してみた。
簡単に言えばタクシーを呼んで、フィアンマには後部座席の下に身を潜めてもらう状態でゲートをくぐってみた。
こんな安い方法でいけるのか大丈夫かと上条は思っていたが、そこは『右方のフィアンマ』の本気。
機械を誤魔化すその場しのぎではなく、根本の部分から人心を狂わせ惑わせる魔術の腕。
天文学的確率によって起こりうる奇跡。
そして、そういった確率の低い奇跡を引き起こす事こそ、フィアンマの専売特許。
熱源探知や磁気透視へ見事引っかかったにも関わらず、ゲート管理をしている警備員は特に反応せず、上条に発信器(無痛注射針なので痛みは無い)を注射し、無事ゲートをくぐった、という訳である。



152: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:02:16.31 ID:hLy9UE6U0


うつらうつらと考えていた上条は、再びまどろみへと身を委ねようとする。
夏休み中普通に朝型行動を半ば強制されていた上条にとって、今は存分に眠る時だ。
溶けた飴の様な睡魔に甘んじる上条だったが、その時また『おにーちゃーん、おーきろー』という女の子のステキボイスがドアを突き抜けて廊下の方から飛んできた。
まだ朝ですよー…うるさいなもう、と上条は思った。
巨大クラゲ大発生で海の客足はゼロのはずだったのにな?、なんてついでに思いながら。
ふと疑問に感じた瞬間、ズバーン!! という大音響とともに部屋のドアが開け放たれた。
何だ何だ何ですか!? と上条がくるまっていたタオルケットの中から顔を出そうとする前に、トコトコと女の子らしい、体重の軽い足音が近づいてきて。

「ほーら、いつまで寝てんのよう、おにーちゃーん! 起きろ起きろ起きろ!」

可愛らしい女の子のドリームボイスと共に、衝撃のボディブレス。
げぼぁ!? と腹の辺りに直撃した女の子の全体重に上条は悲鳴を上げる。
マンガやギャルゲーではお馴染みの動作だが、ようはプロレス技なのである。
上条はタオルケットの中で咳き込みながら、動揺する。
自分に妹は居ない。こんな事をされるいわれはない。
冷静に、今タオルケット越しに腰の辺りへ触れている柔らかい質感が女の子のどこの部分なのかを考えると頭に血が上って倒れてしまいそうな気もしたが、今の上条にそこまで考える余裕はない。
とにかく眠い、一刻も早くこの間違いドッキリにどうにか片をつけたい。
上条は、一度腹筋に力を込める。

「……、誰だテメェは? 誰だテメェはおんどりゃあ!!」

叫び。バネ仕掛けの人形のように勢いよく起き上がって。
上条の上に乗っかっていた体重は、きゃあ!? という悲鳴をあげて転がる。
ちくしょう誰だ人の貴重な安眠タイムを台無しにしやがったのは、と怒り心頭な上条は、自分の上から転げ落ちた女の子を見る。

畳の上に転がっていたのは、御坂美琴だった。



154: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:03:34.54 ID:hLy9UE6U0


「いったぁ。ちょっとー、それがせっかくおこしに来てやった妹に対する態度なわけ?」

その赤いキャミソールを着た女の子は、可愛らしく(本当に、真実本当に彼女には似合っていない)尻もちをついたまま(彼女のアイデンティティを綺麗に壊しかねない)ほっぺたを膨らませてちょっと拗ねたような顔を作る。

「ど、――――」

どういう事なの、と上条の眠気が一気に吹っ飛んだ。
御坂美琴。能力開発の名門、常盤台中学のエース。
学園都市で七人しかいない超能力者の一人。
強度の電撃使いで怒りっぽいが実は泣きむしっぽい。
とある事件をきっかけに、上条には一つ借りがある訳だが、その話をすると問答無用で顔を真っ赤にしてビリビリしてくる。
勿論、彼女は上条の妹(実・義理問わず)ではない。
上条は訳がわからないまま、とりあえず御坂に話しかけてみる。

「え、なに? え? お前も量産型妹の件で学園都市から追い出されたクチでせう? ってか、ここは学園都市から追い出された人間が集められる島流しみたいなトコなのか?」
「はぁ。ナニ言ってんの? 私がおにーちゃんの側にいるのがそんなにおかしいの?」
「気持ち悪っ! だからさっきからお前ナニ媚びてんの!? テメェそういうポジションから世界で最も…うん、最も遠い位置に君臨してたはずだろーが!」

なによう! と分かりやすい顔で怒る御坂に、上条の全身が鳥肌を立てる。
唖然としたまま、色々と考えてみた。
…上条と同じく学園都市から外出を命令された御坂の早朝ドッキリ。多分そうだ。
または御坂の量産型妹が何やらバグった。しかしこちらは、ステキフラグの立たない上条にとってあり得ないだろう。
…もし、あり得たら? …悪くない…というよりもむしろ…。
はっ!? と数秒間沈黙していた上条は、即座に現実へと戻る。
夏が見せた幻想を振り払うべく、上条は絶叫した。

「うばあ! コーコーセーをなめるない! このようなチューガクセーの挑発系早朝ドッキリごときで動揺する上条当麻と思うてか!!」
「おにーちゃん、朝からテンション高すぎるよ?」
「くそ、人を勝手に『オンナノコからオニイチャンと呼ばれる事に喜びを覚える人』に分類しやがって! 大体何なんですか『おにーちゃん』って。お前の設定上『お兄ちゃん』なのか『お義兄ちゃん』なのか! あっ、ちくしょうオチが読めた! お義兄ちゃんだと思ってたら最後の最後で実はお兄ちゃんだったから攻略不可能ですって、そんな伏線だろ!」
「はぁ、一体朝からナニ星人とチャンネリングしてるんだか。何でも良いでしょ、呼び方なんて。おにーちゃんはおにーちゃんなんだから」
「良かないわ! 何だってテメェが俺の妹になってんだよ!」
「んー?」

御坂は、よくわからない、といった様子で人差し指を自分のほっぺたに当てる。

「私がおにーちゃんの妹である事に、なんか理由が必要なわけ? …よっこいしょ。ほらほら、そんなに元気なら起きる。朝ごはん食べるから一階に下りといでー」

とてつもなく自然な感じで、御坂はぱたぱたと足音を立てて去っていった。
どうなってるんだろう? と上条はちょっと出口のドアを眺めてみる。
廊下の突き当たりの階段へ向かったところで、後ろからがちゃりとドアが開く音が聞こえた。

「おはよう当麻。ん? おい、後ろ寝癖がひどいぞ」

父親の声だった。
上条刀夜。
どこか当麻に似た顔立ちの無精ひげで三○代中盤の男は、実は結構大きな外資系企業の営業で、月に三度は海外へ出張している。
その生き方を反映しているのか、精悍だがどこか理知的な雰囲気が漂っていた。
とはいえ、上条にとって父親は父親。普通に挨拶する。

「んー……おはよー―――って、あれ?」

振り返った瞬間、上条はギョッとした。

「? どうした当麻?」

上条の父、上条刀夜は眉をひそめた。
その父親はひとまずおいておくとして。
上条は違和感の元凶、刀夜の隣に立っている人物に目を向けた。

「久しぶり、インデックス…よく着たな、こんな所まで。もうあの問題は片付いたのか? …っていうより、お前ナニ着てんの?」

そう、刀夜の隣には銀髪で緑目の外国人少女が立っている。
普段の上条であれば『白いシスター』なんて表現していただろうが、今のインデックスは白い修道服を着ていなかった。
魔術的加護が無くても(正確には上条が壊してしまっても)あの修道服にこだわっていたのに、妙なものだ。
この暑いのに足首まである薄手の長い半そでワンピース、カーディガンは肩に引っ掛け、頭には鍔広の大きな白い帽子。
はっきり言う、極めて活動的な彼女には圧倒的に似合わない。
どこの病弱キャラor避暑地のお嬢様だと問いかけたいが、そういえば上条の母・上条詩菜がこんな恰好をしていたような気がする。

「どっからそんな服手に入れてきた訳?」

上条の問いに対し、何を言っているんだと言わんばかりの顔で、刀夜は上条の顔を見る。

「当麻。母さんが自分の服を着ている事がそんなに不思議なのか?」




156: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:04:10.30 ID:hLy9UE6U0


はい? と上条は刀夜の顔を見る。
刀夜は自分の隣に立っている少女を見て、間違いなく『母さんが』と言った。
どっからどう見ても一四歳以下のギンパツ不思議外国人を見て。

「え、なに? ひょっとして父さん、アンタそいつが母さんに見えるとでも?」
「当麻、それ以外の何に見える?」
「待て、ちょっと待て。何だよその身代わりの術は? ボケるにしてもそれはないって。そこまでボケられちゃうとどこからどうツッコんで良いのか全然わからない」
「当麻。お前は母さんの一体どこが納得いかないと言うんだ?」
「どこがって言ったら全部だ全部! その姿かたちで『母さん』はありえねーだろ!!」

ビシビシと上条に指差された一四歳以下の少女は自分の服を軽く摘んで。

「あら。あらあら、当麻さん的には母さんのセンスが許せないのね」
「こら当麻。母さん哀しそうな顔してるだろ」
「そこじゃねーよテメェどっからどう見ても俺より年下だろうが! たとえこれが小学校の文化祭の演劇だとしてもテメェに『高校生の子を持つ母』の配役は絶対無謀!」
「あら。あらあら、当麻さん的には母さん歳より若く見えるのかしら」
「こら当麻。母さん嬉しそうな顔してるだろ」

あーもーっ! と上条は頭を抱える。
認める。自分の母親の外見年齢は二○代後半に見えるだろう。自分も時々そう思う。
しかし、いくら何でも見た目一四歳以下のインデックスを使った代わり身の術に騙されるほど、上条当麻は馬鹿でも親不孝でもない。

「何だ当麻、いきなり頭を抱えて。思春期特有の不安感に襲われたのか? それなら父さんがインドに出張した時に買ってきた厄除けっぽいお守りをあげよう」
「何だよいいよお守りなんて信じてねーしどうせ下町の向上とかで大量生産したモンなんだろ―――って何だ!? このどっからどう見ても男性器にしか見えない掌サイズの石像は!」
「いや父さんもサッパリなんだが、なんか宗教的なお守りらしい」
「ナニから守ってくれんだよ!? こんなのストラップ代わりにケータイにぶら下げてたら変なあだ名がつけられるどころか下手したら逮捕されるわ!」
「何だ当麻、海外土産は肌に合わないか。それなら国内のにするか。父さんこの前秋田に出張した時に買ってきたものなんだけどな」
「今度は何だ……ってまた男性器かよ! 木彫りの! 下ネタ好きの小学生か!」
「むう。出張明けに会社に持って行った時は爆笑の渦だったんだけどなぁ」
「ナニ無自覚にセクハラの領域に足突っ込んでんだよバカ親父!」

と、いきなり上条の横合いのドアががちゃりと開いた。
ほら、当麻が騒がしくしたから起こしちゃったみたいだぞ、と刀夜は言う。
フィアンマ? と上条がそちらへ目を向ける。

いつも通りの赤い衣装を纏った青年が、部屋から出てきた。




158: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:04:53.43 ID:hLy9UE6U0


「もう朝か。今朝は余分に眠ってしまったようだな」
「ふぃ…」
「…ん? あぁ、おはよう。朝からやたらと騒がしいが、何かあったのか?」
「ああ…」
「どうした、そんなに虚ろな目をして。騒ぎ過ぎるから疲れたのでは「フィアンマぁああ!! まともなのはお前だけだよおおおお!!」

耐えてきたものを吐き出すように、上条は勢い良くフィアンマに抱きつく。
訳もわからず抱きつかれ困惑しきっているフィアンマの様子を見、刀夜と病弱お嬢セット(長いワンピースにカーディガン+巨大帽子込み)装備のインデックスは微笑ましそうに互いの顔を見合わせて微笑む。
当麻は一人っ子だからお兄ちゃんに憧れがあるのかなー、なんて様子で。
そんな上条の両親(?)を見、フィアンマは一瞬激しい動揺を表に出しそうになったものの何とか堪える。
笑ってはいけない、これは何か大魔術でも引き起こされたのだろう、と、何とか真剣に考察することで我慢して。





狭い木の階段を下りる。
海の家『わだつみ』一階は板張りの広い空間。
潮風が直接吹き抜ける良い部屋だ。
店の一角には時代遅れのアーケードゲームの筺体がいくつか置いてあり、道路側の入り口近くには壁を切り取るように、カウンターのようなものが設置されている。
妹を名乗る謎の電撃少女、御坂美琴は部屋の中央にいくつか散乱しているちゃぶ台(丸テーブルと呼ぶべきなのか?)の一つを陣取って、つまらなそうに雑誌を読んでいた。
テーブルの下では短いキャミソールから伸びた二本の細い足がパタパタ動いている。
近くにテレビは設置してあるが、電源は点いていない。
カウンターには誰も居ない。
客商売としてそれはオーケーなのかと上条は首を捻ったが、その時、海側の出口の方からしょう油が焦げるような匂いが漂ってきた。
『?』と上条がそっちを見ると、出口からちょっと離れた砂浜の上で炭火+金網で何かを焼いているらしい長身の男の背中が見えた。

「あ、おじさんいた。テレビ聞いてきてテレビテレビ」

御坂がそんな事を言いながらテーブルの下で足をバタつかせる。
上条はふと疑問に思った。
確かに海の家の店主は背が高くて無愛想で、一見するとちょっと恐いかもしれない。
だが、その髪はあんな肩まであるほどの長髪で、その上真っ赤に染められていたものだったか?
あの、と上条はそれでもペタペタと板張りの床を歩み、店主さんの方へ接近する。
赤髪長髪の店主さんは振り返る。
Tシャツにハーフパンツに首からタオルを引っ掛けたその人物は。

魔術師ステイル=マグヌスだった。




160: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:05:25.78 ID:hLy9UE6U0


「!!?」

上条の頭はここに混迷を極めた。
身長二メートル強、赤髪長髪の英国人は、炎を自在に操り人間を殺す事を何とも思わないような、魔術師(上条の中で魔術師は二種類ある。自分にとってフィアンマの様な平和的魔術師とそうでない魔術師。ステイルは後者に当たる)とかいう別世界の人間だ。

「おう、随分早いお目覚めだな。まだ海は冷ってぇぞ。それともあれか、昨日も暑かったから寝られなかったクチかい?」

だが、トウモロコシを焼く炭火に団扇で風を送りながら魔術師は言う。

「おにーちゃーん! もう聞いた? テレビ聞いたー? ほら点けちゃうからねーっ!」

御坂美琴が電源を押したらしい。
音量がやけに大きく離れた所に居る上条の元までテレビの声が聞こえてくる。

『えー、現場の古森ですー。本日未明、都内の新府中刑務所から脱獄した死刑囚、火野神作の行方は現在も掴めていないようでー、周辺の中学校などでは部活動を緊急で中止にするなど緊迫した空気が伝わってきます!』

レポーターさんの名前は古森さんのはずである。
でも、何だかテレビの中からは聞きなれた舌足らずの担任教師の声が聞こえてきたような気がした。

「まさか、おいウソだろ! 何で小萌先生が!」

慌ててダッシュしてテレビの前まで辿りつくと、ブラウン管の中に身長一三五センチ、外見年齢一二歳の女教師がマイクを握ってニュースの原稿を読んでいた。
最早、ドッキリなんてスケールは超越してしまっている。
チャンネルを次々と替えていくと、お色気系ニュースキャスターと扱われる『おじいちゃん』や、某国大統領として戦争の正しさを縁雑す『茶髪ガングロ女子高生』らが映っている。
何かがおかしい。早朝ドッキリかと思っていたのだが、そうではない。
なら、何なんだろう?
インデックスが母親を名乗り、ステイルが海のオヤジとなって。
まるで、みんなの『中身』と『外見』がそっくり入れ替わったような。
どういう理屈で?
そこで、上条は頭を抱えた。
現実的に科学的に考えるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。



162: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:05:55.87 ID:hLy9UE6U0


たとえ目の前の現実が理解不能でも、時間は止まらずに進む。
海で遊ぶという予定を組み上げてしまった刀夜、インデックス、御坂。
一人混乱中の上条はさっさと海パンに着替えて来いと命令され、浜に行ってパラソル立てて来いと厳命され、何だかよくわからないままに砂浜に突き立てたパラソルの下、レジャーシートの上で一人ぼっちで体育座りをしていた。
挨拶してバタバタ。
もうキレる事すら疲れてしまい。
楽しそうな(そして明らかに何かがおかしい)三人組の様子を眺め、上条は小さくため息をついた。
多分、フィアンマは出てこないだろう。
水着は買ってないし、日焼け止めは持っていないだろうし。
仕方ない、水に触れて気分転換でも、と上条はオモチャのスコップ片手にゆらりと波打ち際へと走りつつ、その途中で内心、こんなすこぶる平和な事で悩んでて大丈夫なのか、なんか大変な事を見過ごしているのでは、と思っていると。

「うにゃーっ! カミやーん、やっと見つけたんだぜーい!」

いきなり奇怪な猫ボイスが飛んできた。
何が奇怪かと問われれば、その猫ボイスもさることながら、それが女性ではなく男性の声だった、という所だろう。

「つ、土御門?」

土御門元春。
上条の学生寮の隣人で、クラスメイト。
妙に腕が長いのが特徴で、だらりと下げた手が膝に届くほど。
高い背丈に短い金髪をツンツンに尖らせ、地肌に直接アロハシャツ+ハーフパンツ、薄い青のサングラスをかけ、首には金の鎖のオマケつきとなると『ガラの悪いボクサー崩れの用心棒』という感じだが、実は不良っぽくしているのは少しでも女の子にモテたいというだけで、メイド服標準装備の義理の妹、土御門舞夏には甘々のダメ兄貴だったりする。

「って、ちょっと待てよ。何でお前がここにいるんだよ! どうやって学園都市の『外』に出たんだ、ひょっとして舞夏も一緒なのか!」
「何気にウチの妹を勝手に呼び捨てにしないで欲しいんだが、そんな事を言及している暇もナシ。カミやん、一個確認するけど…お前はオレが『土御門元春』に見えてるぜよ?」

上条には土御門の意図が読めない。

「はぁ? ナニ言ってんだお前、そんな事よりどうやって街の『外』に―――」
「となると、いや、まさかにゃー……ま、いいか。とにかくカミやん、ここから逃げ湯。ここは危ない。何が危ないって、もうすぐ怒りに我を失ったねーちんが来襲してくる辺りが激ヤバぜよっ!」

土御門は一生懸命上条を逃そうと努力した…のだが。
しかし、もう遅い。

「上条当麻! あなたがこの入れ替わりの魔術―――『御使堕し』を引き起こした事は分かっています! 今から三つ数えますからその間に戻しなさい!」

神裂火織。『聖人』にして、インデックスの『友達』だった、女性。




164: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:06:28.16 ID:hLy9UE6U0


実は魔術師だった隣人兼クラスメート、土御門元春。
俺の周囲には魔術師多過ぎるんじゃないか、などと思いつつ、上条は長い長い説明を受けた。
要するに、今の状態は、原因不明の魔術(術式。まだ未完成らしい)による椅子取りゲーム状態。
椅子取りゲームの椅子は参加者全員分揃っている訳ではない。
弾かれた人間は天上―――天使が据わっていた椅子に座る事になる、と。
術者を倒す、もしくは『儀式場』を崩さねば制限時間が来て、人が魔法で焼かれるとか、とにかく大変な事になるらしい。
そしてその『歪み』は上条を中心点にして世界中に広まっている。
それでいて、上条は無事。実はフィアンマも無事なのだが。
世界中にコンピュータウイルスをばらまくクラッカーだって自分のパソコンにだけはウイルスを流さないという理屈からして当然の事ながら、上条は怪しまれている。
『距離』と『結界』によって。もしくは上条の右手の様な『特別な状態』の人間以外は逃れられない『御使堕し』。
と、上条は話の流れから解釈した。
なぜか、魔術師と名乗っているフィアンマは上条の中で数には入っていない。
理由は、同じような右手を持っているからだ。
謎の溢れる上条基準ではセーフなのである。
…この異常に気づけたのはほんの一握り。


危うく海パンの中を探られそうになり半泣きムカムカモードの上条は怪しげな隣人と神裂から距離を取りつつ、かろうじて死守した海パンを押さえながら手負いの獣の様な目で土御門や神裂を見たのだった。
一応、身の潔白は、証明されたのである。




166: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:06:50.49 ID:hLy9UE6U0


それから、色々あった。
とにかく色々あったのだ。
刺されそうになったり、上条は色々な事件に遭遇した。
そして、一つの答えにたどり着く。
上条詩菜がインデックスに『入れ替わって』しまったのは分かる。
上条当麻や右方のフィアンマが幻想殺しや『聖なる右』といった特別な右手のおかげで『入れ替わって』いないのも、分かる。
けれど。
・・・・・・・・・・・・・・・・
上条刀夜は、入れ替わっていない。

そして、上条のような幻想殺しを持っている訳でもない。
世界中のあらゆる人間が『御使堕し』の影響に呑まれていないとおかしいと言うのならば、そしてこれが人為的な『術』で、コンピュータウイルスと同じく、放った本人だけは無傷だというならば。

「ちくしょう……、」

上条当麻は、認めたくなかった。
それでも、もう可能性はそれしかなかった。

「ちくしょう!!」

犯人は、上条刀夜だった。
そう思い至ってしまった自分が、上条当麻は憎たらしくて仕方なかった。




168: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:07:22.70 ID:hLy9UE6U0


赤い衣装を纏う魔術師の少女―――ミーシャ=クロイツェフは犯人を追いつめる事に何のためらいも見せなかった。火野神作の腕を折り、疑いのある上条には容赦なくノコギリを首に押し当てた。
・・・・・・・・・・・・・・
上条刀夜にも、あれをやるのか?
刀夜が一体どういう理屈で『御使堕し』を引き起こしたのかは知らないけど。
上条当麻の父親に向かって、容赦なくカナヅチや釘抜きを振り下ろすっていうのか。

「ちくしょう、ふざけやがって…」

彼女は、ためらわない。
ミーシャ=クロイツェフは最初から、そのためにやってきたのだから。
『御使堕し』の犯人を殺す事で、問題を解決しようとしていたのだから。

「……ふざけやがって、ちくしょう!!」

上条は、絶叫する。
怒りをぶつけるべき相手は、すでにここにはいなかった。




170: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:07:49.18 ID:hLy9UE6U0






空白。





紡がれるべき戦いと物語とは、特段この場に記すものではない。





172: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/08(金) 22:09:55.29 ID:hLy9UE6U0


また病院か。と、フィアンマはため息をついた。浅く、浅く。
また病院か。と、上条当麻はため息をついた。深く、深く。
日常に戻っては戦いに巻き込まれているような、と、二人同時にため息をつく。
何よりも深いため息。

「家ぶっ壊されちゃったよ…」
「……、…まぁ、仕方あるまい。『御使堕し』の儀式場だったのならば」
「!? 何で知って…」
「ハッタリだ。しかし、そうか。…仕方あるまい」
「…そういやフィアンマは、何してたわけ」
「ん? 『神の力』の美しさに見惚れながら感動して涙目だったが」
「……、…」
「冗談だよ、『神の力』が何をするか見ていただけだ。…事情を知っていたならば何かしら助け舟を出してくれても良いじゃないか、と言わんばかりの顔をしてくれるな。お前が一人で立ち向かおうとしていたのならばそうしたさ」
「……」
「睨むな睨むな。魔術師側に素性がバレるのはあまりよくないんだよ、俺様は」
「あ…そっか、そういやそうだったな」
「それに、誰が、何人死のうとも俺様には関係ないからな。お前さえ生きていれば、それで問題は無い。たとえ『神の力』によって世界が滅亡寸前まで滅茶苦茶になったとしても、俺様は当麻さえ生きていればそれで構わん」

『幻想殺し』が側にある状態を継続する限り自分は幸福なのだから、とまでは言わず。
さらりと。
夕飯の献立を説明するかのような軽さでの発言に、上条は背筋に寒気を感じた。
どこか歪んでいる。どこか、おかしい。
そこに優しさや慈愛といった何かは宿っているはずなのに。
上条一人を救うために世界を壊す事にも頓着しない、そんなイメージを彷彿とさせるギャップ。
底抜けの明るさと昏い狂気が、発言の内容の重さと軽々しさが合致しないのが、やたらと不気味で。
どうにか我慢して、上条はぎこちなく笑む。

「あー…ありがとう?」
「……まったく」

再びため息をついて、フィアンマは伸びをした。
にこ、と上条に笑いかける。そこに悪意は無い。
安心感と無償の愛に満ちた優しい微笑み。
人間の中では唯一上条に対して、フィアンマは普通の青年として接しているのだ。

・・・・・・・・・・
唯一上条に対してのみ。


「…良かったよ、お前が生きていて。本当に、良かった」
「…心配かけてごめんな」
「家に帰ってから思う存分殴るとしよう」
「さらりと酷い事を?! いいですか、頭を殴られたら馬鹿になるんですからね!」
「元々馬鹿だろう?」
「この野郎…ッ、やるかコラ!」
「やるか? 良いぞ、調度こちらも温まってきたところだ」
「ごめんなさい」
「ふん」




180: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 15:39:28.41 ID:mmOcAqpJ0



唐突だが、上条当麻は風邪を引いた。
夏休みが終わった頃、夏バテが抜けずにダウンという事はあっても、風邪をひく事はまずないとされている時期に、だ。
新学期早々始業式こそまともに行ったものの、金曜日にダウンしてしまった。
補習も無く遊べる筈だった土日の休日が自業自得で消えてしまった訳である。
不幸だ、不幸過ぎる、と項垂れる上条の様子を見ながら、フィアンマは甲斐甲斐しく世話をしていた。
それはもう、『神の右席』時代の彼―――まだ抜けられてはいないのだから、真面目にやっていたと呼ぶべき時期の彼を知っている者には、まず想像出来ない事態だろう。
あの傍若無人なフィアンマが、まるで他人の少年の看病を一生懸命にしているのだから。
しかし、『神の右席』の座に着く前のフィアンマを知る人間は(既にこの時代には生きていないものしか居ないが)、恐らく納得するだろう。
彼は元々孤児出身の敬虔な神父だったのだ。神父時代には、何人もの子供を育て上げた。
今でこそその考えに思考の歪みは存在しているものの、基本的に彼は世界全てを平等に愛している。
たとえその愛情にいくつかの種類があり、銃をこめかみに突き付けながら微笑みかけているかのようなどこか狂っている愛情だとしても、確かに愛してはいるのだ。
ちなみにかつてペスト(肺ペスト)で自らが大切に育てていた子供たちを全員死別という形で喪った彼は、親しい人間が(たとえ微熱でも)熱を出し魘され起き上がれないという状況がトラウマである。
『右方のフィアンマ』になって以来今までは親しい人間が居なかった分問題は無かったのだが、現在は上条当麻を(『幻想殺し』があるというのも理由の一つではあるが)大切に思っている。
それはもう、世界が人類が全てが崩壊し死して尚、上条当麻さえ隣に居れば機嫌よく鼻唄を唄える程の愛情深さだ。
どう考えても異常な方向に存在する愛情。
かといってそこに恋愛感情はあるのかと問われると、そうではないのだが。
そして上条当麻は、現在進行形でどうしようどうすれば良いと非常にテンパっていた。
微熱とはいえかったるいので色々とフィアンマに任せ(上条に言わせると病気だからいいよな、という『甘え』)ていたら、前述のトラウマのせいでフィアンマが泣きだしてしまったからである。
勿論上条少年がそんな裏事情を知る筈もなく、自分の右手を握って泣いているフィアンマを見ても、自分に責任を求め困惑しながらもどうにか慰めようと努力するしかない訳で。
一々スポーツドリンクを買いに行ってもらったりお粥を作ってもらったりしたのがそんなにマズかっただろうか、と上条はいつになく思考をフル回転させる。
随分と前に提示したように、上条当麻の中で右方のフィアンマという存在は、現実の力と反比例して『最優先して守るべき』『か弱い』存在だ。
魔術師に追われ襲われる立場という認識も相俟って、上条の中でフィアンマはその辺の女の子よりも弱いというイメージがついている。そんな事実は一切ないが。
そんな存在が隣で(恐らく自分のせいで)泣いているのに体調が悪いからという理由で思考放棄出来る程、上条は子供にも人でなしにもなれなかった。
というよりも、お人よしだからである。この一言につきる。
トラウマに怯えるフィアンマはいつになく取り乱し、痛い程に強く上条の右手を握っている。
『幻想殺し』があるが故に、『神の子』の奇跡を応用した治癒魔術を行使する事さえままならない。
無力感に一層鬱状態に陥りながら泣いているフィアンマを見上げ、思考停止気味に上条は頑張って考える。

「っ、…ふ…当、麻」
「あー…えっと、ごめん…?」
「謝る、な」

とりあえず自分が悪い事をしてしまったのだろうと結論付けた上条は心からの謝罪をする。
謝罪の受け取り手たるフィアンマにとって『熱を出している大切な子供からの謝罪の言葉』はそのまま死別へのイメージへと繋がる。
より一層悲しげな表情でぼろぼろと涙を流すフィアンマの様子にもうどうすればいいのかさっぱりわからんと冷や汗をかき混乱しながら、上条はだるさを圧してのそりと起き上がる。
長い睫毛は大量の滴で濡れ、白い頬には涙の跡がついている。
トラウマ(=過去の記憶)から来る再生された恐怖によって今にも嘔吐しかねない程顔色を真っ青にしているフィアンマは起き上がった上条に気付かず、静かに項垂れた。

きっとまた死んでしまうのだ。
きっとまた独りぼっちになってしまうのだ。
こんな事ならやっぱり執着するんじゃなかった。
期待するべきではなかった。
こんな右腕何の役にも立たないじゃないか。

自戒と自虐とに思考を埋め尽くされるフィアンマの頭へ、ぽふりと上条の手が乗せられる。
道に迷った子供へ母親がするように、上条はそのまま数回フィアンマの頭を撫でた。
ようやく顔を上げたフィアンマと視線を合わせ、未だ眼前の青年が泣いている理由は分からないままに、上条当麻は慢性的な頭痛に力なく笑って、掠れた声で言う。

「大丈夫、俺は不幸な割に、そう簡単には死ねないからさ」




182: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 15:40:34.41 ID:mmOcAqpJ0


結局、上条当麻の風邪は土日の間で治ったものの、見事フィアンマへ二次感染してしまい。
ちょうど特別授業の期間(=午前授業)だったので早く帰れ看病出来るだけマシだったものの、上条の気分は晴れない。

「…何か申し訳ねえ」

はー、とため息をつきながら、家に入る。
二次感染したフィアンマは上条よりも症状が重く、けほけほと咳き込んだり、熱が微熱と高熱を行ったり来たりしていた。
何度も咳をしていれば当然声が出なくなる訳で。

「…ただいま」
「…、…」
「ああ、いや無理しなくていいって」
「…」

仕方がないので筆談―肉声間の会話。
現在は微熱を出した状態でぐったりとしているフィアンマにスポーツドリンクを飲ませ、上条はふと思いついた内容をそのまま言葉にして提案する。

「ずっと熱出してるし、汗まみれで気持ち悪いだろ。着替えるだけってのもあれだし、身体拭くよ」
「………、…」

甲斐甲斐しく世話をしてくれた人間同じだけ恩を返したい、と思うのは普通の感性をしている人間であればごく普通の事で。
別に気を遣わなくて良いと首を横に振るフィアンマの様子に苦笑し、上条は身体を拭く用意(タオル数枚に洗面器二つ。片方は石鹸水、もう片方は普通のぬるま湯)をし、慣れない手つきでフィアンマの服を脱がす。
長引く風邪の症状による疲れで抵抗する気力も無いのか、そもそも警戒や羞恥心が上条相手に発揮されないからか、フィアンマは天井を見つめて閉口した。
上条は爪でうっかり引っ掻いたりしないよう気をつけ、汗で濡れたフィアンマの服達を脱がすという『作業』に取り掛かる。



全て脱がした後のフィアンマの身体つきは、





199: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 18:31:44.66 ID:mmOcAqpJ0


全て脱がした後のフィアンマの身体つきは、 いたって普通の青年のソレだった。
四百年余りを生きた人間とは思えない事が既に異常な身体ではあるが、上条はそんな事は知らないので、特に訝しがる事なく濡れタオルで体を拭いていく。
まずは石鹸水(ボディソープを溶かしたもの)に浸して軽く絞ったタオルで身体の隅々まで拭き、お湯に浸して軽く絞ったタオルで同じ様に拭く。
最後に乾いたタオルで水気を拭き取って終了。
歳が多少自分と違うとはいえものすごくご立派様だったな、やっぱり外国人だからかな等と考えつつ上条はテキパキと服を着せていく。
ズボンや上物まで、フィアンマが身にまとっている普段着は汗で汚れてしまったため、クリーニングに出す事に。
当然着る物を他に持っていないフィアンマは上条の服をどうにか着る事になる。
身長の差故、細い脚は上条のズボンでも穿けたものの、だいぶ短くなっている。
これはそろそろ買わないといけないかもしれない、と既にフィアンマと長く住む事が脳内で決まっている上条は心中でぼやく。
最初の頃の警戒心はどこへやら。

「とう、ま…何処へ行くんだ、」

黙したまま咳も治まり喉の調子がまともになったフィアンマが、おずおずと呼びかける。
普段の傲岸不遜な態度とは打って変わり、弱弱しい声だ。
珍しくそこに演技は入っていない。
呼びかけられた方の上条はといえば、台所にお粥を作りに行こうとしていただけなのだが。

「何処にって、台所」
「行くな」
「いやでも、」
「行くなと、言っている」
「だってさ、」
「聞こえんのか…行くな、」

今にも投げつけんばかりに目覚まし時計を握るフィアンマを見てこれは不味いと判断した上条は即座にベッド脇へと戻る。
フィアンマは癇癪持ちでは無いものの、切羽詰まった状況で説得という手段を使う程聖人君子ではない。
右方のフィアンマが、人の意思を変更させるために暴力という手段を用いる。
そこで『右手』を振るおうと、もしくは魔術を使おうとされないだけ、上条は特別扱いなのだ。
最も、当の少年に向かってその事実を告げたところで首を傾げられるだけなのだろうが。
フィアンマは近寄ってきた上条を見上げて、その少年らしい作りの右手首をそっと握る。
そのまま見目に似合わず体調に合わない強い力で上条をベッドの中に引きずり込み、微熱故熱っぽい吐息を漏らし、やや荒い息遣いで引きずり込んだ少年を見つめる。
何だ何だと身を竦ませながらも拒絶する事無く、上条はフィアンマを見つめ返す。

「……、…どこにも、いくな」
「…、…台所だぞ?」
「いいから、行かないでくれ。…側に居てくれ。どうせ俺様を置いて逝くのだから、一分一秒でも長く俺様の傍に居ろ」

掠れた声で紡がれた文句はどことなく甘みを帯びていて、ちょっと惚れっぽい女性であればくらりとノックダウンするところだ。
しかしそんな発言とは裏腹に、金色の瞳に甘さは無い。
喩えて言うのならば、自分の玩具を盗られそうな子供のように。
愛情や信頼というよりもむしろ、依存と執着と呼ぶに相応しい視線。
前述の通り、フィアンマは上条当麻に恋情を抱いている訳ではない。
恋情から派生する可愛らしい嫉妬や束縛よりももっと深い、この男の根本の部分において最も暗く昏い部分が、『上条当麻という少年を失う恐れ』に反応しているのだ。
うっすらとした笑みは何の目的で浮かべられたものなのか、真意を読み取る事は出来ない。
恐らくフィアンマは、上条の存在を自分の傍に留めておくためならばありとあらゆるものを利用するだろう。
上条当麻の四肢―――否、『幻想殺し』を除いた三肢を切り落としてでも。
上条当麻が興味を向ける可能性のある人間を全て殺してでも。
上条当麻を自分の元から奪おうとする世界を壊してでも。
現に強い握力で圧迫され今にもちぎり取られてしまいそうな上条の右手が、その事を証明する。
離してくれと言う事も出来ないまま、上条は固まって閉口している。
怖い、と上条は思った。
フィアンマが怖いというよりも、その二面性が怖いというべきか。
幾ら風邪で心細いにしても、自分を引きとめようとする姿勢はどこか異常だ。
緊張と恐怖からカラカラに渇く喉に命令を送り、どうにか上条はおずおずと口を開く。

「わ、かった…此処に、居るからさ…大丈夫、な? 安心しろって」
「………、……すまない。少し、寂しかっただけだ」

威圧感と狂気を伴った何かが瞬時に霧散する。
憑き物が落ちたように―――と表現するには、少々まだ異様な熱がある。
取り繕ったかのような儚い笑顔は、作りものの様に綺麗で、よく出来ていた。
そっと上条の手を離し、落ち込み気味の声でフィアンマがそう弁解する。
その言葉が本当か嘘かはたまた半分が嘘で半分が本当なのかもわからないまま、上条は曖昧な笑みを浮かべた。

「まぁ、風邪だとそうなるよな。腹減ってないか?」
「大丈夫だ…というよりも、まだ食欲は無い」
「そっか。じゃあ、後でゼリーでも買ってくる」
「あぁ…今は、まだ傍に居てくれ」

段々と落ち込んでいくフィアンマは、上条の服をそっと握る。
先程の恐ろしい熱はすっかり消え失せ、後に残るはしおらしい、いつも通りよりもう少しばかり可愛い程度の様子だけだ。
そんな様子にほっと一息つきながら、上条はフィアンマを抱きしめてやる。
自分の両親が昔そうしてくれたように、フィアンマの風邪の苦しみが少しでも精神的に減るように。



―――そんな上条当麻の右手首には、強く強く握りしめていたフィアンマの手指の形をした、青紫色の痣があった。




201: とある救世主候補の独白  ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 18:32:50.94 ID:mmOcAqpJ0



『幻想殺し』が、上条当麻が傍に居てくれるだけで、とても幸せな気分だ。
だから、なるべく上条当麻には嫌われないようにしよう。
作り物だろうが何だろうが構わないから優しい笑顔を浮かべて接しよう。
上条当麻が笑っていられるように、全力を尽くそう。
誰にも邪魔等させるものか、誰にも渡すものか。
何があっても上条当麻は誰にも殺させはしない。
殺すならば俺様の手で直々に手を下す。
この世界に存在するもの全てを敵に回してでも守りきってみせる。
俺様から離れる事を許容するつもりはない。
ようやく見つけた久しぶりの大切な者なのだ、渡す訳にはいかない。
もし、上条当麻が俺様から逃げ出そうとしたら?
『幻想殺し』を除いた肢体を切り取って大事にしまっておこう。
うっかりカビが生えてしまわないよう丁寧に取り扱って、魔術的な加護もかけよう。
俺様を拒絶しなかった腕、俺様と一緒に歩いてくれた脚、全て大事にとっておく。
きっとその時は俺様以外に大事なものがあるのだから、それも壊しに行かなければならない。
俺様には最早上条当麻しか幸福になる手立てが存在しないのだから、これ位の努力は当たり前、といったところだろう。
勿論悪戯に傷つけるつもりはない、睡眠薬でも使って眠らせた上で、眠っている内に何もかも終わらせる。
精神を壊された上条当麻はそれでも俺様を受け入れてくれるだろうか。
きっと受け入れてくれるはずだ、何しろお人よしなのだから。
俺様はただ、俺様から引き離そうとする誘惑を断ち切ってやるというだけで、何ら悪い事をしていないのだから。
俺様という幸運の塊と共に居る時のみ、上条当麻という不運の塊は幸せになれる。
だから、俺様以外の人間は、上条当麻にどうしても必要なものではない。
そうだ、突き詰めて言うのならば、俺様を救って幸福にしてくれた上条当麻を救ってやりたいだけなのだ。
人間は汚い。醜い。悪意ばかりで、綺麗な部分等ほとんど無い。
あるとしてもそれは自分の体面を良く見て欲しいが故のアクセサリーや仮面といったものばかりで、本当の善性ではない。
救わなければならない。何を犠牲にしても。
無論、その汚らしい人間が上条当麻を穢し、俺様から無理矢理引きはがそうと画策しない限りは、酷い事はしない。
部屋全体が汚くなければ、大方清潔である限りは、多少の汚れにも目を瞑れるというもの。
しかしそこにカビが生えたりだとか、埃が転がったりだとか、そういった事態に陥った場合は部屋掃除をしなければならないように。
上条は優しいから、俺様を赦してくれるだろう?

世界中の誰よりも愛おしい上条当麻。
神の加護が俺様と当麻にだけ降り注げば良いのに。
とはいえ神は当麻を救ってくれないようなので、俺様が救う事にする。

もう決めた。





205: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 18:35:38.28 ID:mmOcAqpJ0

ようやくフィアンマの熱が下がり食欲が出たため、一緒にアイスとゼリーを食べた。
例の如く幸せそうな顔をしてくれて少し和む。
怖いなんて思っちゃいけねえよな。フィアンマは俺の大切な友達なんだし。
友達以上親友未満というか…うーん。
とにかく、大事である事は確かだ。
フィアンマは林檎のゼリーが好きなのか、食事代わりだというのにものすごく大事そうに、少しずつ食べている。

「また買うし、そんな少しずつ食べなくても」
「飽食の時代に育った人間には分からんかもしれんが、食物は貴重だ。いつでも食べられるという発想は捨てておいた方が良い。かといって食べられる時に限界まで食べておこうというのも『暴食』の大罪にあたり褒められた事ではないが、戦争でも起きればすぐに食糧など底をつく。特に日本なんかはな」
「戦争なんて昔の事だろ」
「温故知新という言葉を知らんのか。歴史を見てみろ、大体同じ事の繰り返しだ。個人が争い、国が争って戦争があり、落ち着けば発展や復興が始まり、安息の時を過ごした後、個人が争って、国が争い戦争を起こす。現代の政治家は無能ばかりと嘆くが、時代が経過して振り返ってみると昔の政治家もさほど変わらん」

何か重みがある言葉だ…二○代っぽいんだけど、本当は何歳なんだ。
お決まりの年齢を聞いてみても軽々とかわされ。



…ちくしょう、いつか絶対に暴いてやるからな!




214: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 21:41:28.97 ID:qQx5WOXZ0



お互い風邪を引いて以来また一層素直になったフィアンマに昼の弁当を作ってもらった上条当麻は、現在進行形で悪友からの質問責めにたじろいでいた。
とはいえ土御門元春は珍しく欠席しており、質問責めし続けているのは青髪ピアスなのだが。

「ああもうどうでもいいだろそんなの!」
「えー、気になるやん。あ、ええ事思いついた、カミやん家特攻すればええのか」
「アイツ多分全体的に人嫌いだからやめてくれ」
「あの最強フラグブレイカーマッチポンプカミやんがそこまで思いやるやと…なぁなぁ、カミやんが男と思ってるだけで実は男装の麗人とかそういうオチやないの?」
「れっきとした男だよ、残念ながら。女ならどれだけ良いか、結婚するレベルだと思うよ」
「しかしあれやね、掃除から料理から何から…そこまで家事やるって普通やないよ、もしかしてカミやんに気があるんと違う? ははぁ、流石カミやん、とうとう男相手にもフラグを立てるとは恐れ入るわぁ」
「んな訳ねーだろ!」

そうきっぱりと否定し、冷凍食品が一つたりとも使われていない完全手作りのお弁当を食しながらも、上条は内心青髪ピアスの発言を半ば認めていたりする。
ただ、フィアンマから感じ取れる自分への愛情(と呼んで良いのだろうか)は、何か…普通のモノとは違う、と感じている。
恋愛なんてものはした事無いものの、異常さ位は感じ取っている。
それでも拒めないのは、きっと上条にとってフィアンマが、唯一気兼ねなくずっと一緒に居られる人間だからだろう。




216: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 21:42:09.47 ID:qQx5WOXZ0


上条当麻という少年は、産まれてから今まで一度も恋をした事が無い。
幼稚園の頃からその不幸を気味悪がられ、物心がついてしばらくした頃にはマスコミの力によって化け物扱いされ、『あの事件』―――借金を抱えた男が『お前が悪い』と言って包丁をまだ幼かった上条の腹に突き刺した忌まわしき事件―――があり、むしろ人間全体が大嫌いだった。
今でも基本的に人を好きだとは思わない。友人は別だが、それでもやはり完全に気を許せている訳ではない。
学園都市第一位に立ち向かい、彼は御坂美琴のヒーローとなった。

しかし、そこに確かな意思があったかというと微妙なところだ。
良心に反する行動をしたくないから助けているというだけで、贖罪のような意味合いしかない。
俺の不幸に巻きこんでしまったから、不幸な俺の傍に居て不幸が移ってしまったのだから助ける、救いの手を差し伸べる。
たったそれだけ。
上条当麻という人間は、ヒーローでもなければ心優しき聖人君子でも無い。
記憶を失ってまっさらになったりした訳ではない彼は、ある意味でフィアンマと同じく歪んでいる。
自分のせいで他人が不幸になってしまう。
自分が不幸にしなくて済むのは、自分と同じような右手(などの事情や特異体質)を持っていて、且つ、絶対的な幸運か何かを保障されている人間だけ。
そうでなければ、この右手は存在するだけで周囲の人間を不幸にしてしまう。
むしろ、上条当麻という人間が存在するだけで、周囲の人間を不幸せにする。
決してそんな事は無いのだが、上条当麻本人はそう他人から言われ続けて幼少期を生きた。
幼少期の記憶を忘れられるはずもなく、上条の中にそれは真実として根付いてしまっている。
右方のフィアンマが『自分はこの右手故に幸運だから孤独である』という思い込みの真実と同じように、上条当麻は『自分はこの右手故に不運だから孤独である(べき)』と思い込みの真実を構築している。
最も、上条自身に自分はおかしいと考えている節は一切ない。
自分の不幸は仕方のない事。たとえ怨まれても何をされても。
しかし、他人が不幸になっているのは許せない。
自分のせいで不幸になっている状態は、嫌だ。だから助ける。
周囲の人間は過去、彼の事を『マッチポンプしているようだ』と捉えた。
不幸を振りまいて、それでいて助け、その優越感に浸る気持ちの悪い子供だと。
現在の周囲の人間は、彼の事を『優しいヒーローだ』と捉える。
自分が不幸故に巻き込まれた事件を助け、それで安心出来る優しさが確かにある子供だと。
まったくの的外れだ。
上条当麻は助けたくて助けているのではない。
救いたくて救っているのではない。
否、彼が救うと決めた、”自分と同じような右手(などの事情や特異体質)を持っていて、且つ、絶対的な幸運か何かを保障されている人間”だけは別だが、それ以外はすべて、上条当麻は無意識からくる『不可抗力』によって助けている。
誰が悪いのかと問えば、昔彼を虐げ抜いた周囲の他人だろう。
両親以外味方になってやらなかった、あの頃の記憶が悪いのだろう。
実のところを話せば、フィアンマが上条に執着するように、上条もフィアンマに執着している。
上条にとってフィアンマは、『安心して傍に居られる』人間なのだから。
自分の右手が打ち消しても打ち消しても消える事の無いフィアンマの幸運に安らぎを得ているのだ。
他の人間では代わりにならない。
他の人間では、上条の中で『不幸にしてしまう』人間なのだから。
だからこそ、上条はフィアンマから離れたくない。
ただし、上条当麻の場合、その不安や恐怖、執着に依存といったものは普段出てこない。
上条当麻がそういった醜い部分を表出させるのは、フィアンマが心身のどちらかを傷つけられた時だけだ。
他の者が傷つけられたとして、上条当麻はただ一生懸命に救おうとする。
他の者が傷つけられても構わない、という幻想をぶち”壊す”ために。
フィアンマが傷つけられた時、上条当麻は怒りの感情と共に救おうとする。
自分を幸福にしてくれる唯一の人間を傷つけても構わない、という幻想をぶち”殺す”ために。



―――上条当麻は、異常だ。



218: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 21:42:51.14 ID:qQx5WOXZ0


弁当の時間何とか青髪ピアスの追究を掻い潜った上条は眠い午後の授業を終え…賭けに巻き込まれていた。
賭け…賭博といってもそんなに重大な内容ではなく、トランプで大富豪をして、大富豪はファーストフードを奢ってもらえ、大貧民がその金額を半分、貧民と富豪がそれぞれその金額の半分の半分を出す、という微笑ましい内容である。
帰り仕度をしていたはずなのにあれよあれよと巻き込まれていた上条当麻は予想通りというか何というか、とにかく大敗としか言いようのないありさまだった。
相変わらず弱すぎだろ俺、と項垂れながら帰宅した上条を出迎えたのはいつも通りのフィアンマだった。
やたらに落ち込む上条の様子に首を傾げつつ、フィアンマは冷たい麦茶を注いだコップを差し出す。
バキュームカーも真っ青の勢いで麦茶を飲みほし、上条はのんびりと伸びをした。

「あー、ただいま」
「お帰り。何かあったか」
「いや、何も。…むしろ何か起こってくれれば良かったんだけどな」
「…?」

余談だが、上条が賭けを(巻き込まれたとはいえ)まともにやった理由の一部には『フィアンマにファーストフード店のシェイクを持って帰ってやろう』なんてものがあったりした。
惨敗してしまった今ではそんな目的などどうでも良い事なのだが。
夕飯のメニューは上条の希望通り肉じゃがと金平ごぼうだったので、どん底だった少年のテンションは鰻登り。
それとは反対に和食のあまり好きでないフィアンマはローテンション気味だったりする。
兎にも角にも呑気な空気の中、どこか感覚のズレた男二人はのどかな幸せを噛み締めるのだった。




220: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/10(日) 21:43:25.83 ID:qQx5WOXZ0


夕食中「大富豪にボロ負けしたんだ」と言ってしまった上条には食後テレビを見る時間が与えられず、急遽右方のフィアンマによる大富豪講座に出席する事となってしまった。
幸いにしてボロっちいながらもトランプが一枚も欠ける事無くあったので、買いに行く必要は無く済んだのだが。
慣れた様子でトランプを切るフィアンマの様子はさながらディーラーのようで、上条は感心の意思と共に見守る。
配られたと仮定する手札は上条の負けた手札とほぼ同じもの。
場に置く順番を習い、今度はこのようにコツを踏まえてやってみようと思う上条と、そんな様子を眺めて笑むフィアンマの二人は、さながら似ていない仲良しの兄弟のようだ。

「…前さ」
「ん?」
「誰が、何人死のうとも自分には関係ない。俺さえ生きていれば、それで問題は無い。たとえ天使のせいで世界が滅亡寸前まで滅茶苦茶になったとしても、フィアンマは俺さえ生きてればそれで構わない、って言っただろ」
「あぁ、言ったな。認めよう」
「俺以外の他人も、大事じゃないのか?」
「…お前は、勝つ為に場へ捨てたトランプのカードやゴミ札達に、一々申し訳ないだとか、捨ててしまって悔しいだとか、そんな事を思うのか?」
「は? …いや、思わないけど」
「それと同じ事だよ。お前という勝利さえ見えていれば、日常生活の中で視界に入ってくる雑兵のゴミ札に気を払う必要等無い。人生というゲーム中に破れようが何だろうが、勝てればそれで良いだろう」
「それって、…寂しい、生き方じゃないか?」
「……寂しいなどと感じた事は、無いが」

平然と嘘をつくフィアンマを見ながら、上条は困ったように笑う。

「俺なら、寂しいけどな。…あ、でも俺は家に帰ったらフィアンマが居るし寂しくは無いか、今は」
「………」

うんうん、と幸せそうに微笑んでそう口にする上条に、フィアンマは思わず固まった。
てっきり説教でもされるのかと億劫に思っていたのだ。

「…フィアンマは、いつか、さ。その…『あるべき場所』に、戻るのか?」
「…戻る事には、なるだろうな」
「…俺は、嫌だな」
「……、…」
「…嫌だ。我儘かもしんないけど」

悲しそうな表情で駄々をこね、上条が押し黙る。
しばらく時計の秒針が進む音のみが部屋に響き…やがて、フィアンマが沈黙を破った。

「…俺様も、嫌だ。…お前と、一緒に居たい。戻りたくない」

こちらもやはり、駄々をこねるような言い方だった。
世界の流れを掌握し、絶大なる力を誇るあの右方のフィアンマが、だ。
暖房の存在を知った人間が、今更ランプ一つで雪の中に戻りたくないように。
冷房の存在を知った人間が、外の風のみで涼む方法を馬鹿馬鹿しく思ってしまうように。
上条当麻(右方のフィアンマ)という安らぎ(幸福)を得た右方のフィアンマ(上条当麻)は、今更不幸に戻りたくないのだ。
生活水準はどこまでも上げていけるが、下げる事は出来ない。

どことなく柔らかで甘いドルチェの様な雰囲気に耐えかね、フィアンマが立ち上がる。
そのまま一言告げて風呂場に消えるも、上条が引き止める事は無く。
二人の顔が赤かったのかどうか、それは神のみぞ知る。



慌ただしい一日が、終わった。



227: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/12(火) 23:59:42.56 ID:s8neicfi0


補習の無い土曜の正午。
常よりも遅く起きた上条は、隣で珍しく眠り続けるフィアンマの様子、もとい寝顔を眺めている。
何故どちらかがベッド、どちらかが壁際でというスタイルで無くなったのかというと、ひとえにベツレヘムが原因だったりする。
布団に入れればノミが発生する子猫。
となれば、当然壁際で眠る事になる。
しかしこの子猫いたく悪戯好きに育ってしまい、壁際で寝ている人間(それが上条であってもフィアンマであっても)に向かって悪気なく猫ぱんちや引っ掻きをしてくるので、敢え無く二人共ベッドで寝る羽目になったと、そういう訳だ。

「…睫毛長いなー…」
「……」

フィアンマの寝顔を眺めながら、上条が静かにぼやく。
絹の様に手触りの良いセミロングの赤い髪は枕に広がり、閉じられた瞼から伸びる睫毛は長い。
白い肌に、整った顔立ち。少しこけた頬だけが不健康さを醸し出している。
抱きしめたら折れそうな、程ではないものの、あまり鍛えているようには見えない体躯は細く、脚は長い。
モデルにでもなれそうなスタイルの良さだ。
鼾をかかないどころか寝息が静か過ぎて、まるで死人の様なフィアンマの頬に触れてみると、やはり死体の様に冷たい。
もしかしてマジで死んじゃねえの、と上条が焦ったところで、今の今まで閉じられていた目が開く。
金色の瞳には何の感情も籠らないまま、上条を見上げる。
そのまま、酷薄に笑いかけた。

「…おはよう」




229: 『Sogno di un giovane』  ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 00:01:52.66 ID:DH7BmNja0


十年程前の記憶、だろうか。
散歩をして、一時的に拾いものをした時の想い出。

パンを盗んだ少年が、東洋人の少年にぶつかり、そのまま走り去っていく。
・・・・
不運にも勢い良くぶつかられた少年はその場に尻もちをつき、咄嗟に地面へついた手が痛かったのか、じわりと瞳に涙を滲ませた。
イタリアには観光の為に訪れたのか、東洋人らしい黒髪の容姿を除いても、あまりここら辺りの風景に馴染んでいない。
住んでいると、不思議と人種に関わらず馴染むものだ。
気まぐれからそっと手を差し伸べてしゃがむこむと、その少年(5歳程だろうか。東洋人は見目が若いのでいまいち判別がつかない。だいぶ幼い以上、少年ではなく幼児と呼ぶべきなのか?)は俺様の手を見つめた後、涙目でふるふると首を横に振った。

「お、おにいさん…お、れにさわると…ふこうがうつる、から、だめ。ばっちいんだ、おれ」
「…そんな事は無い。不運や幸運とは他人に感染するものではない」
「…でも、」
「良いから、掴んでみろ。言葉が通じているのなら」

お兄さん、と慣れない(様子で)イタリア語で言い、困ってしまったのか日本語で話す少年。
どうやら日本人の子供らしい。迷子にでもなったのだろうか。
こちらも合わせて日本語で話してやると安心したのか、おずおずと小さな手が伸ばされる。
握った手は小さく、幼子のソレだった。
手を触られた事がそんなに嬉しかったのか、しかしどこか申し訳なさそうな表情で、その少年は手を握ったり開いたりする。
・・
右手を。

「……」

落ち込んだ様子の少年は、俺様の手に触れていていいのかどうか、といった様子で口ごもる。
手をしっかりと右手で握り歩き出すと、不安げな瞳が俺様を見上げてくるのを感じる。

「…どこいくの?」
「警察…と言いたいところだが、此処の警察は無能だからな」
「?」
「腹が減っているのだろう。お兄さんとご飯を食べようか」
「しらないひとについてっちゃだめっておとうさんが」
「しかし、あそこに立ち止まっていても悪い人に攫われるだけだ。此処一帯の治安は決して良くない」
「ちあん?」
「安全か、そうでないかの目安の事だ」

俺様を信じる事にしたらしい少年の細く小さい指が、俺様の指にそっと絡んでくる。
さて今の状態はどう見えているのだろうか、等と思いつつ、子供の歩幅及び歩行速度に合わせてゆっくりと歩く。
やがてカフェに到着したところで、向かい合わせに座る。
少年は来慣れないのか、きょろきょろと辺りを見回した後、こちらを見つめている。
小さいメニューを手渡すと、恐る恐る開いた後、ようやく子供らしく目を輝かせた。

「…おいしそう」
「何を頼んでも構わん」
「ほんと? いいの?」
「あぁ。その代わり、しばらく俺様の話し相手になってくれ。といっても、正確には違うかな。お前が話したい事を好きなように話してくれればそれで良い」
「……、おれのおはなし、きっとつまんないよ?」
「良いんだ。いつも俺様は一人で仕事をしているから、誰かの話を聞きたい」
「…んと、…えっと…あっ」

話そうとした途端に、くきゅるる、と少年の腹から可愛らしい音が鳴る。
うぅ、と恥ずかしそうな表情を浮かべる少年に注文するよう促して、自分もコーヒーを注文した。
どうしてこんな気まぐれを起こしたのか、思い出せない。
少年はパンナコッタとアイスココアを注文し、届くまでそわそわと待つ。
笑みを浮かばせながらドキドキとした子供の様子は心から微笑ましい。
注文した物が全てテーブルに並べられた後。
少年はようやく、おずおずと、自分の話をし始めた。




231: 『Sogno di un giovane』  ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 00:03:52.35 ID:DH7BmNja0


「おれ、みんなから『やくびょうがみ』っていわれてるんだ」
「不幸を運んでくるとされる日本の神の一柱か」
「うん…おれがちかよると、まわりにふこうがうつっちゃうんだ。それで、おれがはなれると、みんなのふこうもおれについてくる。だから、まわりのこは、みんなおれにすなとか、いしとかなげておいはらうんだ。どうしてかな。…どうして、おれはともだちできないんだろう。おれが、わるいこだからかな」

目を伏せて語る内、少年は段々と暗い表情になっていく。
ただ、空腹は事実の為、パンナコッタは順調に少年の胃袋へと消えていく。

「…先程も言ったが、そんな事は無い。不運や幸運とは他人に感染するものではない」
「おにいさんにはわからないよ」
「分かるさ。…嫌というほどに、分かる」
「……」
「…俺様は、絶対に幸運になれる右手を持っているんだ。調度、お前の右手と正反対だな」
「そう、なの?」
「あぁ、ここで物騒な事件の一つでも起きればすぐに証明出来る」
「…でも、こううんならしあわせじゃないの?」
「…幸福では、ないな。…幸運や不幸は、非常に自己中心的な感覚だ」
「?」
「例えば、…そうだな。お前の両親…父親や母親と、お前の三人、他にも沢山の人が、電車に乗っているとするだろう」
「うん」
「そうして乗っていたら、ある時急に電車が線路を外れて崖に落ちてしまう。両親も他の沢山の人も皆怪我をしたり死んでしまう」
「しぬ、ってなに?」
「もう二度と動かず、話せなくなる事だ」
「……」
「…だが、お前一人だけは、幸運にも怪我は無く、一人無傷で生き残る。これは、幸運だが、幸福か?」
「…ううん、しあわせじゃない、そんなの。ふこうだ」
「……まぁ、そういう事だ」
「おにいさんも、おれとおんなじなんだね」
「…そう、だな。酷く似ている事は、認める」
「でも、おにいさんはわるいこじゃない」
「……、…あぁ、そうだ。悪い子ではない。だから、お前も悪い子ではないんだよ。純粋な子供に、疫病神等居るものか」
「…ほんと?」
「どんなにお前が不幸でも、不運でも、言われも無い暴言を吐かれても、お前は良い子だ。何も悪くない。お前のせいではない。不運は、他人に感染するものではない。分けられないものだ。だから、お前は悪くないよ。この俺様が、保証する」

自分に言い聞かせるかのように言葉を紡いで、思わず笑った。
自分とこの少年が同じパターンである訳が無いのに。

「…うそじゃない、よね? じゃあ、やくそく!」
「…約束?」
「うん。おれ、ずっとおかあさんやおとうさんいがいとやってみたかったんだ。ゆびきりげんまーん、って」
「指きり…?」
「うん。こうやって、こゆびとこゆびを…んしょ、」

唐突に何やら提案した少年が、自分の右手小指と、俺様の右手小指を絡ませる。
そのまま緩やかに一、二度程振って、子供の遊び唄を唄う。

「ゆーびきーりげんまん、うそついたら…うーん」
「…続きが思い出せないのか?」
「ううん、そうじゃないんだ。うそついたらはりせんぼんのまなきゃいけないんだけど、おにいさんいいひとだから、はりのんでほしくないなぁって」
「…優しいな」
「そ、うかなぁ? …うーん、じゃあこうしよう」
「何だ?」
「ゆーびきーりげんまん、うそついたら…おにいさんがおれのおよめさんになる!」
「…お兄さんと呼び、相手方の性別を理解しておいて嫁にするとは一体どういう事だ」
「だっておにいさんおれにやさしいし、びじんだもん。およめさん、だめ?」
「…まぁ、良いか」
「おれ、あしたかえっちゃうけど、また、もしいたりあにきたら、おにいさんのこと、さがすからね」
「…そうか。無理はするなよ」
「うん! おれはおにいさんをさがす、やくそく…ゆーびきーりげんまん、うそついたら…おれがおにいさんのおよめさんになる!」
「嫁に拘るな」


子供の戯言は、いつだって綺麗事ばかりで、ステンドグラスの様に美しい。
少年は明るく笑って、絡めていた小指を離した。
出来もしない約束を交わしたあの少年は、一体誰だったのか――――――。




233: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 00:05:02.00 ID:DH7BmNja0


「酷い雨だ」

ベランダの窓を叩く雨の音に耳を澄ませそう呟きながら、フィアンマがむくりと起き上がる。
確かに酷い雨だ。
残念な気分に思わず笑い声を零しながら、同じく俺も起き上がった。

「これじゃ洗濯は出来ないなー」
「部屋の中に干せば良いだろう。多少部屋が狭くなるが」
「ただでさえ雨降ってるのにこれ以上湿っぽいのはな…うーん」

ぐし、と目元を擦り、堪え切れない欠伸が漏れる。
ベツレヘムはいつも通り元気一杯で、どこか「ごはーん」と聞こえる鳴き声(実際には「ごあーん」って感じだけど)を出しながら、拾い主であるフィアンマの膝上へ飛び乗る。
小さな頭を指先で撫でてやりながら、フィアンマは欠伸を噛み殺した。
ベツレヘムを抱っこしたまま立ちあがったフィアンマは、台所に消え、調理を始めたのだろう。
俺はそんな様子を見送った後、土日の間に出された課題を片付けるべく、ようやく立ちあがったのだった。

何だか懐かしい夢を見た気がする。
子供の頃、唯一優しくしてもらった記憶。
今思い返すと知らない人に着いていった俺はだいぶ無防備だと思ったが、あの時のあの人は優しかった。
だけど、流石に十年前位の記憶ともなると思い出せなくて。
あの時の曖昧な記憶があるから、俺はアイスココアが未だに大好きだったりする。





―――あの人は、一体誰だったんだろう。



235: 『次回予告』  ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 00:05:52.80 ID:DH7BmNja0




「とりあえず、その右手を寄越すのか死んでくれるのか、ハッキリしてくれると助かるんだケドなー」
ローマ正教最暗部『神の右席』――――前方のヴェント



「…『偽善使い(フォックスワード)』でも何でも、好きなように呼べば良い。でも、俺が振りまいた不運で不幸になったヤツを見捨てられる程、俺は非情になんて…なれない」
学園都市『無能力者』(レベル0)・『幻想殺し』――――上条当麻



「……道に、迷った」
ローマ正教最暗部『神の右席』――――右方のフィアンマ




243: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:47:02.72 ID:oOsxLQip0


九月三○日。
豪雨の中、上条当麻はゲーセン内にて、雨宿りがてらここ数カ月のドタバタとした毎日について考察していた。
八月三一日にはアステカの魔術師と交戦した。
御坂美琴と、その周囲の世界を守ってくれと言われたので、『俺は御坂が困ってれば助けるし、困ってなければ助けない。俺はヒーローなんかじゃない。どうしても守りたいならお前が勝手に守れば良いだろ、俺に押し付けんな馬鹿野郎』などと言葉を返した記憶がある。
暴言を吐いたにも関わらず、アイツはにこやかに去っていった。
ちなみにその日の午後、上条はフィアンマに携帯を買ってあげた(正確には二人で契約をしに行った、というべきであろうか)。
メールの打ち方を数時間かけて教えて以来、お昼頃、時々メールが来る。
内容は洗濯が終わっただとか、お昼はちゃんと食べられたのかだとか(これは上条が不運なあまり弁当をひっくり返していないだろうかというフィアンマの心配からきている)、ベツレヘムが唐突に毛玉を吐いただとか、そういった微笑ましい内容だ。
ただ、やはり打ち慣れないのか時々残念な誤字が入っているのを見、上条はたまらなく表情が弛みそうになる。
そんな気持ちの悪い表情を青髪ピアスや吹寄制理といったクラスメートに突っ込まれる度、上条はキリッという効果音が付きかねない程に顔の筋肉を引き締める。
そんな事が続いたせいか、上条当麻には好きな女が居るのだともっぱらの噂と化している。
九月一日には、シェリーという魔術師と交戦した。
友達を復讐の言い訳に使うな、だか何だか綺麗事を言ったような記憶がある。
あの日、風斬という女の子と友達になった。
右手で触ると消えてしまうという分やりにくかったが、大人しくて優しくて、とっても良い子だった記憶がある。
『法の書』事件では、オルソラというシスターを助けに行く為、単身で『アニェーゼ部隊』に特攻しに行った。
結果的には救えたものの、またロクに事情を告げず勝手に怪我をした為、フィアンマから鳩尾へ盛大な蹴りを入れられたのは記憶に新しい。あれは容赦が無かった。
髪を掴まれて『怒るぞ』と真顔で言われた時には、上条はここで命が終わるかと思った。
もう既に怒ってるじゃないか、という言葉は、結局口に出せないまま。
大覇星祭では、『使徒十字』を用いた学園都市侵攻をどうにか阻止し、しまいにはイタリアのキオッジアまで行った。
『アドリア海の女王』の発動を止める為に行ったのだが、本当に死ぬとしか思えなかった。
十字架に押し潰され、息絶え絶えになりながらも頭にあったのは、「必ず学園都市に帰ってフィアンマに『ただいま』と言いたい」、ただそれだけだった。
他の人を助けるより先に自分の願いが先に来るような人間だから、こうして不運を振りまいてしまうのだ、と上条は思う。
この数ヶ月間、阻止したのはローマ正教絡みの事件ばかりだ。
フィアンマはローマ正教徒だと、上条は日常の中で聞いた。
しかし当のフィアンマは属しているそこに執着していないのか一切気にする様子は無く、ただ上条を出迎えるだけなのだが。
そんな過去の出来事を振り返り、上条は天井を見上げる。
実を言うと、外食すべくフィアンマを呼び出したので、こうして時間を潰していたという訳なのだ。
ゲーセンの近くにあるファーストフード店に呼び出したのだが、果たして迷わず来られるのだろうか。
口に出さないまでもとてつもない心配で脳内を満たし、上条当麻はゲームセンターから出ていく。
そんな上条の心配に呼応するかのように、フィアンマはビニール傘を手に、豪雨ではなくなったとはいえ依然降り続ける雨の為人通りが少ない表通りをゆっくりとしたスピードで歩きながら、首を傾げてぼやいていた。


「……道に、迷った」




245: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:47:28.02 ID:oOsxLQip0


九月三○日、午後六時三三分。
学園都市の第三ゲートを『神の右席』の一人、『前方のヴェント』が物理的に突破。
同時刻より正体不明の攻撃が発動、治安維持を務める警備員、及び風紀委員に甚大な被害を及ぼす。
警備が手薄になった結果、ヴェントの手によって統括理事会の内の三名が殺害される。
同日、午後七時二分。
学園都市統括理事長アレイスターはヴェントを止めるために、未完成の虚数学区・五行機関の使用を決定。
雨の降り注ぐ夜の街で、木原数多率いる『猟犬部隊』が行動開始。
彼らの目的は検体番号二○○○一号『打ち止め』の回収。
その障害になると判断された一方通行への強襲を木原数多自身が行い、これに成功。
学園都市最強の超能力者と言われる彼をほぼ完璧な形で無力化。
しかし、彼ら『猟犬部隊』はここで一つのミスを犯した。


「助けて……」


それは、一人の少女を取り逃がした事。
そして、その声が。


「あの人を助けて! ってミサカはミサカは頼みこんでみる!!」

ユガンダヒーロー
とある少年の耳に届いたという事だった。




247: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:48:14.44 ID:oOsxLQip0


上条当麻と打ち止めは立ち尽くしていた。
二人とも傘も差していない。
黒い詰襟の下に赤系のシャツを着ている上条も、青系のワンピースの上に男物のワイシャツを羽織っている打ち止めもずぶ濡れで。
彼女のおでこにくっついている電子ゴーグルもびっしょりだったが、軍用なのであまり問題は無いのかもしれない。
小さな少女に案内されたのは、地下牢の出入り口からさして離れてもいない、大きな通りの一角だった。
最終下校時刻と共に電車やバスもなくなったためか、真っ暗になった道路に人影は一切ない。
少なくとも、二本の足で立って歩く、普通の人影は。

「――、」

地面には複数の人間が倒れていた。
雨足の強くなった夜空の下、水溜りへ身体を沈めているかのような、黒一色で統一された男達が転がっている。
街灯の光を照り返すは合成素材の装甲服。
薄い水膜に浸されているのは禍々しいサブマシンガンだ。
ヘルメットや伸縮性の高いマスクで顔面を覆ったその格好は、どう考えても一般人ではない匂いを漂わせていた。
火の爆ぜる音が、聞こえる。
男達が倒れている所からそう距離も離れていない位置に、グシャグシャにひしゃげたワンボックスがある。
それが薪となっているようだ。
自動車はガードレールを突き破って、歩道の真ん中に停まっている…というよりも、飛び散っていた。原型を失っている。
打ち止めは倒れている男の一人を指差した。
顔を真っ青にしたまま、彼女は言う。

「この人たちに襲われたの、ってミサカはミサカは本当の事を言ってみる」

本当だよ、と彼女は繰り返した。
上条は改めて、倒れている男達に目を向ける。

「……、…」

警備員では、ない。
全身黒ずくめという戦闘装備にごまかされそうだったが、よく観察してみると、普通の警備員の装備とは規格が違うように思える。
最も上条は軍事関係者ではない。
パッと見ただけで型番でも分かるほど詳しい知識も無いので断言出来ないのだが…。
当の襲撃者達の方がバタバタと倒れている。
状況が掴めない。
上条は打ち止めの方を見て。

「ここで襲われてたのって、お前の知り合いなんだろ?」
「そうだよ、ってミサカはミサカは答えてみたり」
「これって、そいつが返り討ちにしたって事なのか…?」
「それはないかも、ってミサカはミサカは首を横に振ってみる。あの人は気が短くてケンカっ早いから、あれだけやられたのに仕返しがこれっぽっちだなんて考えられないもん、ってミサカはミサカは簡単に推測してみたり

どんなヤツなんだよソイツ、と上条は心中でツッコむ。
だが、能力者は無敵ではない。
打ち止めの知り合いがどんな能力を使うかは知らないが、超能力者の超電磁砲などというイレギュラーでない限り、訓練された集団に銃器で襲われた場合、返り討ちには出来ないだろう。
無能力者の上条に言えた事ではないが、能力者というのは基本的に学生なのだ。
その力も『学校の中では通用する』程度のものだと考えて差し支えない。
こんな戦場にポンと投げ出されても、何も出来ない。
機転を利かせれば、というのも、そもそも『機転を利かせる』だけの心の余裕が無ければ不可能だ。
そんな風に覚悟を決めて戦うなど、ただの学生にはできないだろう。
とにかく通報しよう、警備員に協力を仰ごう、と上条はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。



249: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:48:41.19 ID:oOsxLQip0


「……?」

しかし、ボタンを押す直前で、上条は携帯電話から顔を上げた。

これだけの事が起きれば、誰の耳にも届いているはずなのに。
遠くから見たって火事が発生しているのは分かるはずなのに。
上条が携帯電話を使うまでもなく、既に誰かが通報しているのが普通のはずなのに。
野次馬だって集まっていないとおかしいはすなのに。

上条は辺りを見回す。
明かりの消えた街。
騒ぎの起きない、徹底して静寂に包まれた景色。
もしも。
騒がないのでなく、騒げないのだとしたら。
建物の中では、あの警備員達のようにたくさんの人間が倒れているとしたら。
人為的な攻撃なのか、意図のない減少なのか。
それすらも明らかにされない、完璧なまでに自己主張のない非常事態。
一番怖いのは、その静けさなどではない。
上条が問題に気付いた時には、すでにシロアリが木の柱を食い潰したかのように学園都市の機能が停止に追い込まれつつあったという事実だ。
それは期末試験の最中に居眠りしてしまって、『残り時間あと一○分』という試験管の声で目を覚ました状況にも近い。
チンモク  マチ
白紙の答案を前に、少年の全身から脂汗が噴き出る。
この街では今何が起きているのか。
そこで、身動きの取れない上条の視界で、動きがあった。
打ち止めは倒れた男達の傍に屈みこんで、装備品をいじくっていた。
その彼女が、突然何かに気付いたように顔を上げると、慌てて上条の居る方へ走ってきたのだ。
彼女は雨水で濡れた手で彼の手を掴むと、ぐいぐいと引っ張り始める。
まるでデパートのオモチャ売り場へ親を連れて行こうとするようにも見えた。

「早く、ってミサカはミサカは警戒を促してみる」

それにしては、異様に切迫した声。

「ヤツらがきた、ってミサカはミサカは路地裏へ体を隠しながら警告してみたり!」

打ち止めに引っ張られるまま、上条はすぐ近くに停めてあった路上駐車の自動車の陰に隠れた。
ガロロロ、と低いエンジン音が響いてきた。
ヘッドライトを点けていない奇妙な黒いワンボックスが、やってきた。
完全武装の黒ずくめの男達は、警備員にも、友好的にも見えなかった。
むしろ、上条達が隠れている事を発見すれば、即座に銃弾を撃ち込んできそうな緊張感が伝わってくる。
手には証拠隠滅用の道具。見つかれば…口にしたくもない結果が待ち受けているだろう。
何としても逃げなければ。
そう思う上条の足は小刻みに震え、水面に小さな波紋を作っていた。
盾にしている車の下をくぐって、その向こう側にまで。
しかし、これぐらいで気付かれるはずがない。
降り注ぐ雨粒だって水溜りを叩いているのだがら、この暗さであれば目を凝らしても水溜りの様子など観察出来ない。
だから大丈夫だ、と上条は祈るように考えていたのだが。

グルリ、と。
少し離れた所にいる黒ずくめ達が、一斉にこちらを見た。



251: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:49:08.19 ID:oOsxLQip0


どうにかファミレスまで逃げてきた上条当麻と打ち止めは、柱の陰に隠れていた。
明かりの消えたファミレス店内に、恐ろしいほどの沈黙が満たされる。
絶望的な三○秒間だった。
あまりのストレスに脳の構造が崩れるかと思った。
しかし、柱の陰に隠れて息を殺している上条は、そこで異変に気付いた。
いつまで経っても男達がやって来ない。
ファミレスに踏み込んできた黒ずくめの連中は、上条や打ち止めの位置を大雑把に確認しているはずだ。
ロクな武器も持っていない事だって分かっているだろう。
銃器と装甲服で身を固めた集団が、わざわざ丸腰の高校生や女の子に警戒して、じっとしている訳もない。
安易に動くのは危険だ。
けれど、早く動かなければチャンスを失うかもしれない。

「……、」

密着するほど近くに居る打ち止めが、心細そうにこちらのシャツを、ぎゅっと掴んできた。
彼女の小さな手の存在が、かろうじて上条の平常心を守る手助けとなる。
さらに、そのまま三○秒が経過した。
目立った物音はない。
割れた窓から雨が吹き込む音だけが、妙に上条の耳につく。
息を殺す。
目を瞑る。
時を待つ。
そして、動きがあった。

「ハッアァーイ♪ びっくりしちゃったカナ。怖がってないで出ておいでー?」





253: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:49:40.43 ID:oOsxLQip0


聞こえてきたのは、甲高い女の声だった。
上条からでは、自分が盾にしている柱のせいで顔を確認できない。
どこにいるかもわからない。
ただ、さっきまで上条達を追いつめていた黒ずくめ達は、できるだけ自己主張を避け、音も声も出さずに最速でこちらを殺そうとしていた。
言ってしまえば、可能な限り無駄を省いた、最低限の行動しかとっていない。
それに対して、女の声は正反対だった。
そもそも声を出して自分の存在をアピールする時点で、黒ずくめの行動パターンとは異なる。
男女の区別どころか人間かどうかも分からない、影のような存在からは最も遠いコマンドのような気がする。
かといって安易に出て行くのも危険な気がした。
そもそも声の主は誰なのだ。

「ハハッ。怖がってるなぁ。ま、あんだけピンチってたら仕方がないでしょうけどね。でもさー、こっちにも事情があるからさー、あんまり言うコト聞いてくれないとー」

女の声は笑いながら続ける。
こちらの動揺や警戒などお構いなしといった調子で、あっけらかんとした声で。

「グッチャグチャの塊にすんぞコラ」
「ッ!!」

上条は打ち止めの身体を抱いて、とっさに柱の陰から飛び出して床の上へ伏せた。
轟音が、響く。
見えない一撃が、ついさっきまで盾にしていた柱を横に薙いだ。
攻撃が当たったのは柱の中央らしく、くの字にへし折れた柱は、そのまま二つになって壁まで飛んでいった。
あまりの速度に、砲弾のように壁を食い破ってバラバラに散らばる。
建物全体が震えた。
骨組みそのものが崩れたのか、鋭い音を立てて店内のガラスが砕け散る。
上条は打ち止めを庇ったまま、視線を走らせた。
明かりの落ちたメインフロアの中央に、女が一人立っていた。
外からの街灯の光が、わずかにそのシルエットを照らしている。
妙な女だった。
服装は、中性ヨーロッパの女性が着ていたようなワンピースにも見える。
髪は全て頭で束ねた布で覆われ、毛の一本も見えなかった。
顔は、口も鼻も瞼にもピアスが取り付けられていて、バランスが崩れているほどだった。
目元には強調するようなキツい化粧が施されていて、威圧感が余計に増していた。
そして、女の子。
フィアンマがこの場に居れば「アイツが女の子? 冗談だろう」とでも言うのだろうが、それは余談である。
そこには、全長一メートルを超す巨大なハンマーが握られていた。
グリップの中ほどから先端にかけては、鋭い有刺鉄線がグルグル巻きにしてあった。
柄を掴まれないための防御策か、それとも儀礼的な装飾なのか。
確かに殴られれば痛いでは済まないだろうが、かといってサブマシンガンを手にして装甲服で身を固めている集団に、あれだけで勝てるとも思えない。
にも拘わらず、一体何をどうしたのか、黒ずくめの男達は女の周囲に転がっていた。
意識のある者は一人もいないようだ。
どうやって無力化させたのか。
情報の不足が、不気味さをより強調させている。
分かるのは一つ、彼女もまた、上条達の味方ではないということだけ。

「お前は…」

上条は低い声で尋ねながら、打ち止めの上から起きて、立ちあがった。
対して、女は正体不明のハンマーを軽く揺らしながら、静かに告げた。

「『神の右席』の一人、前方のヴェント」

ヴェントと名乗った女は、イタズラのように舌を出す。

「目標発見。とりあえず、その右手を寄越すのか死んでくれるのか、ハッキリしてくれると助かるんだケドなー。といっても提案をしてみただけでさー、私、細かい作業嫌いなんだよね。まぁそんなワケで、さっさとぶっ殺されろ上条当麻」

舌に取り付けられた細い鎖がじゃらじゃらと落ちた。


―――その先端にあったのは、唾液に濡れた小さな十字架。



255: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:50:22.67 ID:oOsxLQip0


真っ暗闇のファミレス店内は、異様な緊張に包まれていた。
上条当麻は、ヴェントと名乗った女と対峙している。

(前方…? 後方のアックアと同じような名乗り方…だけど、目的はフィアンマじゃなくて俺みたいだな)

この女が魔術勢力の人間なら、先程と違って幻想殺しの出番となる。
しかし、だからといって安心できる訳がなかった。
ヴェントの実力が本物なら、彼女はサブマシンガンで武装した四人を声も漏らさず一瞬で殲滅出来る腕前を持っているのだ。
幻想殺しうんぬんの前に、瞬殺される危険すらある。
それに。
倒れている黒ずくめたちの様子をじっくり見た訳ではないが、怪我も出血もない状態は、今まで見てきた『意識のない人達』とあまりに酷似している。
もしもこの二つが同一のものだとすれば、学園都市全域の都市機能を麻痺させているのはまさに目の前のヴェントなのだ。
たった一人で科学サイドの頂点を潰しにかかる女。
そう考えると、目の前の人物の危険度は黒ずくめ達の比ではない。

「緊張しなくても大丈夫ダヨ?」

じゃらじゃらと鎖を揺らしながら、ヴェントは告げた。

「痛みなんて感じるヒマもないんだから」

ヴェントは、右手に持っている有刺鉄線つきのハンマーを無造作に振るう。
横殴りの一撃。
上条までの距離は、軽く五メートル以上も離れていたはずだった。

悪寒に襲われ、今まで庇っていた打ち止めを突き飛ばし、咄嗟に身をかがめた上条の真上を、何かが突き抜けた。
その正体は細かい破片を呑みこんだ風の塊だ。
空気を食い、壁を破り、細かい残骸を中心部に巻き込み、途中から鈍い色に変化し、空気の鈍器が右から左へ、広範囲に渡って突き抜ける。
ガゴン!! と建物全体が斜めに傾いた。
ハンマーを振り回して飛ぶ道具を撃ち出す魔術か、と上条は判断して、血の気が引いていく。
そんな上条の耳に、パラパラという欠片が降る音が聞こえる。
周りには一般客も倒れているという事を、まったく気に留めていない動きだった。

「隠れてろ、打ち止め!!」

突き飛ばされた状態から起き上がろうとした打ち止めに、上条は叫ぶ。
彼女が四角い柱の陰へ移動するのを確認しつつ、上条は歯噛みする。
ヴェントは止まらない。
さらに後ろに下がりながら二度、三度とハンマーを縦に横にと適当に振っていく。
じゃらんじゃらん、と舌に繋がる鎖が振り回されるように揺れていく。
ハンマーの軌道は、いずれも舌の鎖を掠めるような危うい軌道だった。
現に数回、オレンジ色の火花が散っている。
ほんの数ミリ狙いがズレれば舌と鎖とを繋ぐピアスを引き千切るはずだが、ヴェントの表情には余裕さえある。
ヴェントのハンマーが、空気を引き裂いていく。
ゴッ!! という爆音が耳を打つ。
破壊の嵐が巻き起こった。
その波紋はぐったりしている客にまで及び、上条は吐きそうな程の罪悪感を覚えたが、自分の方へと飛んでくる風の鈍器に対処するのが精一杯だった。
上条の右手に触れた途端、空気の鈍器は弾けて消える。
幻想殺し。
あらゆる異能の力を打ち消すこの能力がなければ、彼の身体はとっくに砕けているだろう。
風の塊は、ただまっすぐに飛ぶだけではない。
右や左からカーブを描いて上条の進路を塞ぐ事もあれば、足を止めた彼の頭上から真下へと突き落とす一撃もある。

「ハハッ、流石はウワサの右手。よく頑張ってついてくるねぇ!!」

ヴェントは笑いながら、ハンマーを上から下へと思い切り振り下ろした。
それに伴って、破壊の嵐が巻き起こる。

「た、て!」




257: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:50:57.44 ID:oOsxLQip0

上条は慌てて右手を頭上に掲げた。
しかし、風の塊は。
・・・・・・・・
右から左へと横へ一気に突き抜けてきた。

「……ッ!!」

上条の全身から冷や汗が噴き出す。
とっさに背中を反らし、上半身だけを後ろへ下げる。
ゴォッ!! という嫌な音が顔の前を突き抜け、鼻先の皮膚がわずかに削り取られた。
真横の壁が音を立てて砕け散る。
ただでさえ斜めにズレていた天井が、さらに危うい震動を発した。
何故、ハンマーと攻撃の軌道にズレが発生しているのか。
上条の頭に疑問が湧くが、ヴェントがいちいち答えるはずがない。

「ぎゃははははははっ!! たっのしぃーい!!」

動きに合わせてヴェントの舌についた長い鎖が左右に揺れる。
その先端に取り付けられた十字架が、ギラリと不自然な光を放った。
チカチカと、二度三度にわたって点滅が続く。
そこでヴェントは、あてが外れたといった顔で眉をひそめた。

「なるほどなるほど」

轟音を立て、次々と荒い風の攻撃を打ちながら、ヴェントは興味深そうに頷いた。
完全にあしらわれている。たった五メートルの距離が詰められない。

「幻想殺し、って言ったっけ? その右手、報告にあった通り効き目バツグンみたいねぇ。所々に織り交ぜてる私の『本命』が全く効いてないわ!」

本命? と右手を振り回しながら、上条は相手の言葉について考える。
幻想殺しの報告があった、というのも気になる。
ローマ正教の中で、上条当麻の重要度が変わってきているのかもしれない。

「しっかし、こんだけじゃ良く分からないし……よし、試してみるか」
「?」
「こうすんだよっ!!」

ヴェントは腹の底から叫ぶと、手にあったハンマーを手前から横方向に振るった。
ボッ!! という轟音と共に、空気の鈍器が生み出される。
上条から狙いを大きく逸らし、テーブルに突っ伏したまま気を失っている一般客へと。

「テメェ!!」

とっさに、飛び込むように右手を突きだした。
客の頭のわずか手前で空気の鈍器が右手の先に触れ、四方八方へ吹き飛ばされる。
その一撃には、ゾッとするほどの威力が含まれていた。
ヴェントは興味深そうに目を細める。

「……へぇ、そうなってんのねぇ。意外に使い勝手は悪そうに見えるけど?」

戦力調査か、と上条は思った。
ヴェントは幻想殺しの具体的な効果範囲でも調べているのかもしれない。

「すみませーん」

今のところ、攻撃は防ぎ続けているが、ヴェントの顔に焦りはない。

「なーんか痛みを感じる間もなくってのは無理みたい。コイツは直接ぶっ殺さなくっちゃあ、ね。意識が残ってると無茶イタイっつーか、こりゃショックで死ぬでしょうね。だから幸せになりたかったらマゾにでも目覚めてね?」

じゃらん、という鎖の擦れる音。
舌に取り付けられた鎖の軌道をなぞるように、攻撃が、飛んで、くる。
誘導されるかの、ように。




259: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:51:37.41 ID:oOsxLQip0

「まさか……その鎖の十字架!!」

上条は右手で風の武器を握り潰しながら叫ぶ。
応じるようにヴェントは笑った。

「やーん、バレちゃったーっ!?」

さらに、十字架のアクセサリをつけた長い鎖が縦横無尽に軌道を描いていく。
ヴェントが鎖に掠めるようにハンマーを振るたびに、鎖のラインをなぞるようなルートを辿って空気の鈍器が飛んでくる。
分かっていても防ぎ辛い。
少しでも視覚を騙されれば、反応が遅れて体を切断されてしまう。

「くそっ!!」
「あらん。何だか面倒臭くなってきちゃったなオイ」

ゴッ!! と一層強く風の鈍器が襲いかかってきた。
その上、鈍器は直接上条を狙わず、わずか手前の床に落としてきた。
床材がめくれあがり、大量の木片へと変貌し、鋭い破片となって上条の身体に襲いかかる。

「ぎっ、ァァああああああッ!?」

一か所を刺されるのではなく、全身を叩かれた。
上条はそのままゴロゴロと転がり飛ばされ、いつの間にか、打ち止めのすぐ後方まで押しやられていた。
ハッと、上条は床から顔を上げる。
柱の陰に隠れたはずの打ち止めが、立ちあがってこちらへ駆け寄ろうとしている。

「逃げろ!!」
「んふ」

上条の絶叫に、ヴェントは楽しそうに楽しそうに笑った。
彼女の攻撃なら、柱ごと打ち止めを叩き潰すのも難しくはない。
打ち止めは動かない。
動けないのか、自分の意思で動かないのか、上条には分からない。
このままでは、彼女の小さな体は無惨な肉塊に変わってしまう。

「くそっ!!」

上条は床から走り出すと、突っ立っている打ち止めを床へ突き飛ばした。
彼女が倒れるのと、ヴェントの攻撃が放たれるのは同時だった。
ここは危険過ぎる。
打ち止めを一刻も早くここから避難させなければ。

「行け!! 早く!!」

上条は叫んだが、打ち止めは茫然としながらも、首を横に振った。
見捨てたくはないのだろう。

「早く!! 助けを呼んできてくれ!!」

だから上条は、叶うはずもない偽りの目的を与えた。
そこまで言われて、彼女はようやくふらふらと立ちあがった。
しかし、転んだ拍子にポケットの中身が散らばったらしい。
床に、オモチャのように見える甘い味のグロスや可愛らしい子供用の携帯電話が落ちているのを見て、打ち止めはもう一度屈みそうになる。

「拾うな!!」

上条の絶叫に彼女は肩を震わせ、小さな足で走っていった。
割れた窓から道路へ出ていく。
その背中は焦燥に駆られ、ほとんど自失しているようにも見えた。
標的を一人逃したヴェントだが、その顔に苛立ちはない。
むしろ愉快そうに笑いながら、上条に話しかける。

「アンタって残酷ねぇ。あーんな小さな子供にとって、暗闇の中をあてもなく逃げ続けるって相当の重荷だと思うけど。恐怖でガチガチになって壊れ始めてるかもね。そんな目に遭わせるぐらいなら、一緒に殺してあげた方が幸せなんじゃなーい?」

その声に、上条は思わず床に唾を吐いた。
コイツは最悪だ。

「……重荷なんか背負わせねえよ」

改めて右手の拳を握りしめ、彼は告げる。
楽しそうに笑っているヴェントに向けて。

「俺が迎えに行けば何の問題もねえ。だから俺は死なない」
「アラ楽しい♪ でもでも、五臓六腑をシェイクして人肉ジュースにしてもおんなじセリフを言えるかしらーん?」

ハンマーを振り回す音が響く。舌の鎖がじゃらりと揺れる。

「まぁ、こっちの標的はアンタなワケだし、異教の猿に煩わされんのもムカつくし。素直に逃げないってんなら狙いやすくて大助かりなんだけどさあ!!」

さらに複数の風の鈍器が吹き荒れ、ファミレス店内が無造作に破壊されていく。



261: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:52:04.99 ID:oOsxLQip0


お前はやり過ぎた。ローマ正教を敵に回したんだよ、と告げられて。
止まないヴェントの攻撃にどうにか耐えていた上条は、目の前の光景を前に、殴りかかろうとする体勢で思わず立ち止まっていた。
血の塊が、ぼたぼたと床にこぼれていく。
間違いなく、鮮血。
彼は、赤色の噴き出した一点を、茫然と見る。

今まで勝ち誇っていた、ヴェントの口元を。

「ごっ……」

彼女は体をくの字に折り曲げ、口に両手を当てて、ごぼごぼと短く咳き込んだ。
そのたびに、指の隙間からぬめぬめとした重たい液体がこぼれていく。

「が、は、ああ」

ふらふらとした動きで、一歩、二歩、と後ろへ下がる。
その仕草に、これまでの余裕はなかった。
演技をしているようには見えない。本当に苦しんでいるように思える。
突然の出血に、上条は冷水を浴びせられたように思考が遮断されかけて。

(魔術の副作用とかか? コイツには悪いけど、チャンスかもしれない)

意識が戻った。
苦しんでいる人間に拳を振るうのは大いに抵抗があるが、ハッキリ言えば綺麗事を並べているだけの余裕が無い。
倒せる時に倒さなければ、こいつはさらに多くの犠牲を遊び半分で巻き起こすだろう。
それに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
上条当麻にとって、この女は守らなくていい人間だ。
上条は歯を食いしばり、覚悟を決めると、右拳を握りしめた。

「ぐ、ァァあああッ!!」

だが、その前にヴェントはぐるりと方向転換すると、見当違いの方へ有刺鉄線を巻いたハンマーを振り回した。
舌の鎖を掠める軌道を取り、鎖とハンマーが火花を散らす。
今までの軽々しい雰囲気はない。
酔っ払いが殴りかかるような乱雑で暴力的な動きだった。
重たい破壊音と共に、壁に大穴が空く。
ヴェントはそちらへと走っていく。
追いすがる上条に牽制の攻撃を二発、三発と放ちながら、彼女は建物の外へと飛び出して行った。

「……、」

正直、追うべきなのか、逃げてもらって助かったのか、良く分からない状況だ。

ヴェントは建物の外から、この店ごと上条を潰すような事はしなかった。
他の客に気を遣うような性格をしているとは思えない。
恐らく身に起きた異変に対処するのが精一杯で、他の事にまで頭が回らないのだろう。
上条は、降りかかってきた問題を、少しずつ整理していく。

『神の右席』。
前方のヴェント。
そして、ローマ正教。




263: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:52:38.60 ID:oOsxLQip0


フィアンマは雨の街中、何やら騒がしい音にも一切頓着せず、靴音を響かせるかのようにして歩いていた。
デパートの側面には、広々とした大画面が取り付けられている。
そこにはニュースが流れていた。
フィアンマはニュースを見つつ、状況を一瞬で把握する。

『現在、突発的に意識を失う人が出ている、という報告が――――』

状況を読みこんだフィアンマは、やりこみ過ぎて飽きたゲームを売る時の持ち主のように、ぼんやりと呟いた。

「…『天罰術式』。…前方のヴェント、か。侵攻、といったところかな?」

呑気にぼやきながら、しかし瞳には剣呑とした光を灯しながら、ゆっくりと歩いていく。
彼は、学園都市などどうでも良いと思っている。
肝心なのは、上条当麻ただ一人の生死だ。

「…さて、アレイスターはどの程度動いているのか。…継続的な魔術に対しての『策』位は施していると思うが…あぁ、」

カツ、カツ、と靴音を鳴らし、自らの存在を隠しもせずに歩く。
このままヴェントと鉢合わせたとして、フィアンマは指先一つで勝利出来る。
魔術的なサーチには一切引っかかってくれない少年を探して、右方のフィアンマは歩いていく。

「…気分が悪い。これが『策』か」

体の内側から圧迫するような強悪な感覚に、フィアンマはふと立ち止まって呟く。
これ以上強い魔術を使っている場合、吐血してしまうだろうと判断して、過去自らが組み上げ現在まで敷きっ放しだった結界レベルの『防御魔術』を一時解除する。
解除するついでに、重いだけでさして役に立たないビニール傘を適当に投げ捨てた。
幾らか和らいだ体調に、フィアンマは深く深くため息をつく。

「…何をまた助けているのかはわからんが…何処に居るんだ、当麻」




265: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:53:10.26 ID:oOsxLQip0


上条当麻は『電話の声』のアドバイス通り、夜の鉄橋に走ってきた。
しかしそこにいたのは打ち止めではなかった。
『神の右席』。
前方のヴェント。

「なっ…テメェ!!」

上条が吼えると、ヴェントは振り向きざまに巨大なハンマーを振るった。
風の鈍器が雨を食い破り、上条はそれを右手で弾き飛ばす。
両者の間に、見えない緊張が支配する。

「何でテメェがここにいる! 打ち止めをどこにやった!?」

上条の叫びに、ヴェントはわずかに眉をひそめた。
それから答える。

「わざわざ殺されに来たてコト?」

上条が両手で顔を守った時には、すでにヴェントはどこにもいなかった。

(……消えた? って、まさか!!)

慌てて彼は手すりに駆け寄る。
しかしその先を覗き込んでも、はるか下にはごうごうと音を立てて流れる黒い川しかなかった。
雨のせいでかなり増水している。
まさか、あそこに落ちたのだろうか。
それとも何らかの魔術を使ったのか。
ヴェントは、上条当麻を殺すために、わざわざ学園都市を襲撃したはずだ。
にも拘わらず、最大の標的である上条を、完璧に捨て置いていた。
上条は視線を、手すりの下から正面へと移した。
ヴェントの眺めていたものを確かめるために。

「……嘘だろ」




267: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:53:47.36 ID:oOsxLQip0

そこに現れたのは、圧倒的且つ絶対的な力で周囲を破壊する天使。
ヴェントが顔色を変えたということは、あれはローマ正教が用意したものではないということか。
学園都市の中には魔術組織が潜んでいるというのか。
それとも、科学サイドであるはずの学園都市が、あの天使を光臨させたというのか。
状況を理解出来ない上条など放っておいて、遠くにある天使の翼はゆっくりと動く。
一際大きな翼と翼の間で、得体のしれない放電のような光が瞬いて。
数秒遅れた後、爆音が全身を打つ・。
爆薬でも仕掛けてあったかのように物質が巻き上げられ、その衝撃波だけでも甚大な被害が重ねられていく。
鉄橋全体が、天使の出現時と同様、またもギシギシという不気味な音を立てていた。
ここにいる事に身の危険を感じる。

『電話の声』は、嘘だと行った。
そちらはもうすぐ片付くと、そう言った。
だから、自分はあの『天使』を止めなければならない、と、上条はそう思う。

「死ぬなよ」
『互いにな』

電話を切って、それをポケットにしまって、上条は顔を前に上げる。
多くのビルを切り崩した『天使』は、その偉容をまざまざと見せつけていた。




269: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:54:38.65 ID:oOsxLQip0


御坂美琴の協力を受け『猟犬部隊』の攻撃をかわして走り、上条当麻は爆心地に居た。
見慣れた第七学区の一角。
子供だけでは作れない、一種独特の整えられた大人の素敵な空間。
そこは、まるで砂場に作ったお城を壊したような、瓦礫の廃墟に変わり果てていた。
前方のヴェント。
彼女の特殊な攻撃を喰らって動けなくなった人達はたくさんいたはずだ。
そんな中で、大規模の倒壊が起きた。
あの瓦礫の山の中に、一体どれだけの人が埋まっているのか。
上条にはもう想像がつかない。
レスキューの到着が遅れているが、もしやってきたとして、どれだけの人間を救出できるのだろう。
神経が麻痺する。
上条はふらふらとした動きで、爆心地のさらに中心点へ目をやった。

そこにいるのは、一人の天使。

本体は普通の人間と同じサイズだ。
それに対して翼の方の縮尺があまりにも巨大すぎて、まるで翼の塊に人間が呑みこまれそうになっているように見えた。
灰色の粉塵も、土砂降りの雨も、その全てを吹き飛ばすように、彼女の翼は眩い光を放っていた。
全長は一○メートルから一○○メートル。
乱雑に伸びる雑草のように統一性のない、鋭く尖った巨大な翼が、何本も何十本も小柄な少女の背中に接続されている。
上条から一○○メートル近く離れた所にいる『天使』は、彼に対して横へとゆっくり移動していた。
か細い二本の足で歩いているだけのはずだが、少女が一歩一歩を踏み出すごとに、ズン……という低い震動が伝わってくる。
少女。
風斬氷華。
長い髪の少女だった。
黒の中に、わずかな茶色の混じった綺麗な髪。
基本は腰まで伸ばしているのだが、一房だけ頭の横で縛って垂らしていた。
気弱そうな顔立ちを隠すような眼鏡に、スカートの長さもいじっていない学校指定の青いブレザー。
その中で、赤いネクタイがアクセントとなっている。
上条当麻が知っているはずの少女だった。
気弱で泣き虫で、悪党を殴る事にさえためらうような、そんな女の子のはずだった。
しかし。
今、上条が見ているものは、そうした風斬氷華の像から明らかにかけ離れていた。
頭はグラリと垂れ、半開きの唇からは半端に舌が飛び出ていた。
見開かれた眼球は、機械のレンズが細かい文字を追うようにフラフラと不規則いn揺れている。
顔を濡らす雨水と涎が混ざり合い、彼女の制服の胸元をべっとりと濡らしていた。
しかし、そのぬめった光と感触を得ても、風斬はピクリとも動かない。
何十もの巨大な翼。人間離れした雰囲気。壁のような存在感。
それらはミーシャ=クロイツェフにも似ていた。
しかし、目の前にいる大天使は彼女よりもさらに不自然で、歪んでいた。
彼女の顔に感情はなかった。
不気味にふらつく目玉は、涙の一滴も流していなかった。
流す事すら、許されていなかった。
何らかの制約によって。
酷い、光景だった。
これでは死体を見ている方がまだマシかもしれない。
止めなければならないと、今一度上条は心の底からそう思った。
理由など、いらなかった。

「風斬ィィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」

上条は思わず叫んでいた。
どこかを目指して歩いていた風斬の足が、ピタリと止まる。
その首が、ゆっくりと上条の方を向こうとする。
ガリガリガリッ!! という金属を擦るような音と共に、風斬の頭上にあった天使の輪が高速回転した。
輪の外側にびっしりとついている鉛筆ぐらいの棒が、一気に輪へと突き刺さる。
悲鳴のような音が聞こえた。
風斬の首の動きが強制的に止められ、ぎぎぎ、と震えた。
歯車の目が詰まったように、彼女の首が元の向きへと戻されていく。
不自然に首をねじったまま、風斬は再びゆっくり歩き出す。
目隠した人間の背中に焼けた鉄板を押し付けて誘導していくような、そんな行為に見えた。
止めてやりたい、助けてやりたい、と上条は思う。
だが、彼は風斬の身体には触れられない。
幻想殺しは、風斬という幻想をも問答無用で砕いてしまうのだから。

「ちくしょう……ッ!」

上条は歯を食いしばり、役立たずの右手を瓦礫の壁へと叩きつけた。
此処に埋まっている人達も助けられない。
ああして異変に襲われた風斬も救えない。
あまりにも自分が小さすぎて、どうしようもなく惨めだった。
そんな彼の耳へ、新たな足音が聞こえてきた。
目の前にある不幸が、さらに別の不幸を招き寄せるように。


「おやおや。大罪人同士、キズの舐め合いでもやってるトコだったかしら」



271: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:55:02.14 ID:oOsxLQip0


上条は振り返る。
そこにいるのは、大昔のワンピースの原型みたいな衣装を身にまとった、顔中ピアスだらけの女。
学園都市の都市機能のほとんどを奪い、その中を悠々と歩いて上条を殺しにやってきた、『神の右席』という組織の一員。
前方のヴェント。
彼女の手には、有刺鉄線を巻いた巨大なハンマーが握られている。
病気なのか、それ以外に何らかの理由があるのか、ヴェントの口元からは赤い血が垂れ、雨に打たれた衣服のあちこちにも染みを作っていた。
それでも、ヴェントの表情は変わらない。
無数のピアスによって顔のパランスが崩れ始めているヴェントは、その武器を片手にニヤニヤと笑う。
侮蔑と嘲りに満ちた、同じ人間に向けているとは思えないような笑みを。

「せっかく後回しにしてやろうって考えてたのに、自分から殺されに来ちゃったの。コレ以上悲惨なモンを見たくないから先にぶっ潰して欲しいってコトかな」
「風斬はやらせない」
「へぇ。あんなモンに対しても情が湧くんだ。とんだ博愛主義者よねぇ。黙示録の登場する『特大の淫婦』よりも醜く汚れた冒涜の象徴だってのに。そこらの変態でも流石にアレは受け入れられないと思うわよ」
「テメェ!! 撤回しろ!!」
「ナニについて? もしかしてー、普段がああじゃないとか言うつもり? 馬鹿馬鹿しい、私はソイツを見るのは今日が初めてだけど、あの学園都市の長が街の全部を遣って無害で役に立たないものを作るとでも思ってんの。莫大な価値や戦力があるんだよ。むしろアンタが今まで見てきたモノの方が未完成不完全のイレギュラーだったんでしょ。…私は『神の右席』の一員として、ソコの怪物を見過ごすワケにはいかない。ま、こっちだってロクな手段じゃないケド、その怪物は、その私達ですら認められない。ソイツは、十字架を掲げる全ての人々を嘲笑う、冒涜の塊―――消滅すべき者なのよ」

上条は少しだけ黙って、全てについて考えた。
それから言った。

「もう一度だけ、繰り返しても良いか」
「ナニを?」

「撤回しろ、クソ野郎」




273: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:55:34.05 ID:oOsxLQip0


へぇ、とヴェントは楽しそうに笑う。

「意外にカワイイ所があるじゃない。イイでしょう、気持ちぐらいは汲んでやるわ。どのみち、アンタ達は順番に殺していく予定だし、仲良く一緒に殺してアゲル」

彼女にとってはそれが最大の譲歩なのだろう。
上条に言わせれば、唾を吐き捨てたくなるほどの低条件だが。

「もしかして、その怪物に救援でも求めてる? だったら無駄よ。二人がかりであっても、私には勝てない」

ヴェントは楽しげな調子でそう告げた。

「知ってる? 『天使』ってのは、元々自分の意思が無い。完全なる神様の道具なのよ」

ヴェントは嘲笑うように告げた。

「ソイツが誤作動を起こしたり、別の命令系が混線したりすると、堕天使とかって呼ばれる存在になる。一番有名なのは『光を掲げる者』の造反よね。この一機の『不具合』に引きずられて、天界に配備されていた全天使の三分の一が混線を起こし、戦争と化してしまった」

さて、と彼女はハンマーでゴリゴリとアスファルトを擦りながら言う。
上条の目を見て、言う。

「そこの怪物は、神聖かな? ソレとも堕落かしらん?」
「ッ」
「言うまでもなく堕天使だと思うが、人間の作った人形である以上仕方あるまい」
「…?」

思わず言葉に詰まった上条に代わって、男の声が含み笑いすら交えた声でそう応えた。
状況がわからないまま、上条は振り返り、ヴェントは目を見開く。



―――積まれた瓦礫の上に、一人の赤い青年が腰かけていた。



275: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:56:52.84 ID:oOsxLQip0


「………、…」
「…フィアンマ…何で…此処は危ないぞ、逃げろ!」
「そんなに心配せずとも、問題は…おっと」

先程の残酷に嘲るような笑みとは打って変わり、怒りの感情を前面に出したヴェントが、ハンマーを振るう。
舌から長く伸びる鎖の軌道を掠って飛ぶ攻撃は真っ直ぐフィアンマに飛んでいく。
右方のフィアンマはといえば、軽く首を振ってかわした。
後ろの瓦礫が大きな音を立てたのを感じながら、フィアンマは瓦礫によって築かれた椅子から飛び降り、上条の右隣に立った。
そのまま左手を伸ばし、驚いたまま目を瞬かせる上条を制する。
一歩前に出ると、フィアンマは目の前の女を見、くすりと笑った。

「科学嫌いも、ここまでくるとあまり笑えんぞ、ヴェント」
「…裏切り者が。『右方』の位置にありながら科学サイドに寝返った愚か者が、気易く私に話しかけてんじゃないわよ。異教の猿より不愉快だわ」
「別に、そういう訳ではないのだがね。科学サイドの為に働いた事は無いぞ?」
「そんな事はどうだって良い。アンタが元の位置に居ればここまでの事態には発展しなかった」
「果たしてそれはどうかな。そもそも、俺様一人が居ないだけで崩壊しかける組織というのも、脆弱過ぎないか?」
「……、どうせ戻る気は無さそうね。殺す」
「俺様を殺す、か。興味深いものだ。いちいち『アレ』を使うまでもない。無力化で充分、といったところか」

そう言うと共に、ヴェントはハンマーを構え、フィアンマはもう一歩だけ前に出て。
次の瞬間、フィアンマはヴェントの顎の下へ、体を滑り込ませていた。
左拳がヴェントの腹部へ突き刺さり、嘔吐感に息を詰まらせながら、ヴェントは肺の中の空気を全て吐きだした。
空中を舞う十字架と長い鎖に目をやる事なく、フィアンマはそっと手を伸ばして鎖の一部を掴んだ。
殴りを入れられた事で体が吹っ飛んでいくヴェントの身体と、細い鎖。
どちらにより重みがあるかと言えば、当然前者で。
ブチュリ、と嫌な音を立ててピアスが千切れ、ヴェントは叫ぶ事も出来ないまま強い痛みに身悶え吹っ飛び、やがて瓦礫に背中をぶつけた。
じゃらり、と自分の手から垂れ下がっているピアスを見やり、フィアンマは背後に居る上条へと放り投げる。
上条は困惑しながらも、その鎖を右手で握った。
最早これで、『天罰術式』は有効ではない。
地面に強く頭をぶつけ、意識が定かではないヴェントを一瞥し、フィアンマは風斬氷華に近寄っていく。
『防御術式』を再度設定したからか、嘔吐感がこみ上げる。
ぺっ、と血の混じった唾液を吐き出し、フィアンマは風斬氷華の頭へ右手で触れる。
少しずつ羽が崩れ始め、『天使』らしさが失われていく。

「…まぁ、一応処理位は良いかな、と思うのだが。俺様は『神の如き者』を司るしな、堕天使の処分もせねばなるまい」

不穏な台詞の割に、風斬氷華へ暴力や右腕を振るう訳でもなく、フィアンマは手を離した。
無機質な『天使』としての風斬氷華は徐々に崩壊していく。
フィアンマの行った事は、ゲームソフトのディスクを何かで無理やりプログラムコードを読み込み、ゲーム側から無茶苦茶にハッキングをかけて、プログラミングコードの頭に一々セミコロンをつけて無効化したようなものだ。
フィアンマは風斬氷華から離れ、上条の右隣まで戻ってきた。
ヴェントは少し遠くで倒れている。気を失ってしまったようだ。

「……、…フィアンマ?」
「ん?」
「…え、何だ、今の」
「何の事を言っているのかさっぱりわからん、主語を話せ」

か弱いとばかり思っていたフィアンマが、即座に場を鎮静化させたという事実。
上条当麻の思考能力はオーバーフローを起こしていたのだが、先程フィアンマが地面へと吐き捨てた唾液を見、一気に思考がクリアになる。




277: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:57:44.49 ID:oOsxLQip0

「オイ、大丈…ッ!?」

言いかけた瞬間、目の前のコンクリートの山が突然砕け、上条の視界が灰色の粉塵で覆われた。
上条は目を庇うように手を当てて、思わず後ろへ下がった。
バランスを失った瓦礫が崩れたとか、そういうレベルではない。
まるで爆弾でも使ったように、残骸の山の一つ一つが丸ごと吹き飛ばされていた。
爆心地に突き立っていたのは、風力発電のプロペラだった。
無造作に引きぬいて投げつけてきたのか、瓦礫吹き飛ばしたクレーターのど真ん中に、柱の半分ほどが埋まっていた。
電柱のように巨大な柱が、だ。
一体どんな腕力があればこんな事が出来るのか、と上条は愕然していたが、

(!! ……ヴェントは!?)

慌てて周囲を見回す。
先程まで倒れていたはずのヴェントがどこにもいない。
しかし代わりに、上条は別のものを発見した。
少し離れた所に、一人の男が立っている。

「テメェは!!」

条件反射的にフィアンマの前に立って庇う形になった上条がいきなり攻撃的に叫んだのは、男がぐったりしたヴェントを片手で抱えていたからだ。
青系の長袖のシャツの上に、更に白い半袖シャツを着重ねている。
ズボンは通気性の良さそうな、薄手のスラックスだった。
スポーティな格好ではあるが、元気さはない。
壮年の男性が好むゴルフウェアを連想させた。
シックな黒い傘と合わせて、上条のような高校生には出せない静かで揺るぎない気配で満たされている。
後方の、アックア。
以前フィアンマを連れ戻すべく上条へも暴力を振るった一人の男。

「……ヴェントを離せ」

上条は、アックアに対してその一言を突き付けた。

「……学園都市の負傷者を助ける方法でも聞き出す気かね」
「そうだ」

彼は、答えた。

「ここでヴェントを離したとして、科学サイドに捕縛されれば間違いなく処刑だな」
「ッ!!」

アックアの言葉に、上条は身を固くした。
そんな彼の様子に、アックアは笑みを深くする。
まるで七夕の短冊に記された願い事を読んでいる大人のような目だ。

「それが貴様の右手で破壊されている以上、ヴェントはもう『天罰』を使えん。制圧された人間もすぐに回復するだろう。今はそれで学園都市の平穏を守れたという事で安心しておけ」
「…、…」
「フィアンマ」
「…何だ?」
「貴様が敵対するというのならば、私も貴様と戦うのみである」
「そうか。好きにしろ、俺様は流れのままに身を任せるという不変の所存でしかない」
「…では、失礼する」

ダン!! という地面を蹴る凄まじい音が聞こえた。
上条が瞬きした時には、もうアックアとヴェントはどこにもいなかった。
前後左右のどちらへ走ったかもわからない。
あるいは上に飛んだのかもしれない。
ともかく、上条に分かるのは桁違いの速さだという事だけだ。
倒しても戦いが終わっても、問題は解決しない。
それどころか、さらに大きな戦いを招いているだけのような気がする。

(どうにか、しないと…)

ローマ正教。
学園都市。

(ちくしょう。この流れを、必ず止めるんだ……)

土砂降りの雨の中、上条は夜空を見上げて口の中で呟いた。
黒い雲が晴れる気配は、ない。




279: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/13(水) 19:58:34.33 ID:oOsxLQip0


『天使』でなくなった風斬氷華に上条が『お前は変わらず大切な友達だ』と言って、数時間。
帰宅した上条は、ベッドで優雅に脚を組むフィアンマをカーペットに座って見上げ、見つめていた。
所謂ジト目、というやつである。

「…もしかしてフィアンマ、滅茶苦茶強いのか?」
「……俺様はか弱いが」
「嘘だ」
「お前の解釈によるだろう。ああ、勝てて良かった」

白々しいひと言を口にするフィアンマに脱力しながら、上条は立ち上がる。
雰囲気が真面目なものへと変化した。

「学園都市は、世界各国で、『魔術』というコードネームを冠する科学的超能力開発機関があって、そこから攻撃を受けた事になってる」
「先程のニュースか。ローマ正教は学園都市の内部で『天使』の存在を確認。十字教の宗教的教義に反する冒涜的な研究が行われているとして、ローマ教皇自らが学園都市を非難した―――という内容だったかな?」
「あぁ。…どうなっちまうんだろう?」
「具体的に言って欲しいのか?」
「…」
「第三次世界大戦でも引き起こされるだろう。互いの勢力に一切の譲歩の姿勢が見られん」
「フィアンマは、どうするんだ」
「んん? どうするとは、何を?」
「『元あるべき場所』ってのは、『神の右席』の事だろ。もし魔術の方に戻るなら、今しかない」
「……」
「…戦争が起きるかどうかは別として、フィアンマは身の振り方を考えなきゃならないだろ。…どうするんだ」
「俺様は、科学でも魔術でもない、お前の傍にただ身を寄せる。それだけだ」
「………」
「学園都市に守ってもらうつもりも、ましてローマ正教に守ってもらうつもりもない。もし守ってもらうとするならば、もしくは守るとするならば、それはお前だけだよ、『幻想殺し』…上条当麻」
「…フィアンマ…大丈夫、なのか?」
「大丈夫な訳がないだろう。しかし、まぁ、行きたい方向へ行き、やりたい事をやるだけだ」


争いが、始まろうとしていた。
学園都市とローマ正教の正面対立。
世界で三度目になるかもしれない、大きな大きな戦争が。




285: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/14(木) 17:59:50.14 ID:Cles622J0


真面目な話を終えて、十数分後。
上条当麻は、カーペットに座り直し、全身を襲う疲労感を上回る羞恥とテンパりとに黙り込んでいた。

(『俺様は、科学でも魔術でもない、お前の傍にただ身を寄せる。それだけだ』って、俺の傍にだけずっと居たい、って事で…何か、何か…ッ!)

右方のフィアンマはといえば、上条の様子を見ながら首を傾げていた。
何やら口ごもって喋り出さない上条を観察する事にも飽きたのか、フィアンマはベッドに座ったまま上体を後ろに倒し、ぽふりとベッドを占領する形で横たわった。
すくっと唐突に立ちあがった上条に気付く事なく、フィアンマは電灯を見つめている。
フィアンマが何を考えているのかは誰にも読み取れはしないものの、そこに悲壮感は無い。
そもそもフィアンマはローマ正教に固執していないからだ。
属するにちょうど良い、というだけであって、心からローマ正教に身も心も捧げている訳ではない。
一時期は確かに捧げていたかもしれないが、今は違う。
完全に離反してでも上条の傍に居たいと、自分の幸せこそを最優先に考えているからだ。
ゆらりと立ちあがった上条は、フィアンマの身体を跨ぐ形で座る。
特に重くは無いものの上条に押し倒された形となり、フィアンマは上条のどこか赤みがかった顔に視線をやりながら、首を傾げた。

「…何だ?」
「フィ、アンマ」
「…だから、何だ」
「もしかして、さ」
「ん?」

自惚れてはいけない、と思いつつ、上条は問いかける。
乾いた雑巾を無理矢理絞るようにして、勇気を捻出して。

「…お前、俺の事好きなの?」
「……、…いや、」

否定が続くであろう言葉の調子に捉え、上条は黙り込む。
それと同時に、こんな質問をしてむしろ嫌われるのではないか、と思い返し上条は冷や汗をかいた。

「……お前が傍に居てくれると、幸せな気分には、なる。事実、幸せだ。だから、離れたくないとは、思う。誰にも渡したくないとも、思う。世界中の誰よりも、お前が最も愛おしく思える。だが、これが恋情なのかどうかは、俺様自身には判別がつかない」

困った調子で紡がれる言葉は、そっくりそのまま愛の告白だった。
少なくとも、普通の高校生である上条には、そうとしか聞こえない。
これはただの執着であるのだが、解釈としては恋情を含んだ愛でも間違ってはいないのかもしれない。

「え…あ、…」
「…人に質問をしたのだから、こちらからも問わせてもらおうか。お前は、俺様が好きなのか?」

フィアンマから返された質問の言葉に、しばし上条は黙り込む。
真剣に考える。
男と男だとか、そういうモラルは一切合財かなぐり捨てて、考える。
恋愛とは何か。

恋愛とは、性感情を伴い、心と心がふれあう男女の人間関係の事。
愛とは、友情と情熱と、それから、関わり合い。
恋愛とは、仲良くなりたい、助けたい、二人きりになりたい、という思い。

上条当麻の人間においての右方のフィアンマという存在は、その要素に見事合致するものだ。
若干情熱や性感情は控えめかもしれないが、こうして関わって、助けたいと思っている。
そして出来る事なら、フィアンマと二人きりでいたい、それが幸せだと、上条は感じている。
だからこそ、自信を持って言える。
常識や世間体や、そんな下らないものを放り出して。



「……、…好きだよ。大好きに決まってんだろ。お前より好きだと思ったヤツなんか居ねえよ」



287: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/14(木) 18:00:50.35 ID:Cles622J0


「……、……」
「…フィアン、マ?」

真剣に告白の言葉を吐いてしまえば、後は返事を待つだけで。
先程まで顔を赤くしていた上条はすっかり落ち着きを取り戻し、黙り込んでしまったフィアンマの様子を見る。
フィアンマは、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
その年齢といつもの落ち着きからは考えられない程の動揺っぷりだった。
何故かというと、フィアンマは恋をした事が無いからだ。
また、そういった意味合いで好かれて嬉しいと思った事が無かった。
孤児として、物心がついた頃に教会に拾われ、父親代わりの神父に愛されて育ちはしたし、その容姿から女性にも男性にも好かれたのだが、当の本人、フィアンマはその頃敬虔な神父であり。
女性とは結婚出来ないために拒み、男性との恋愛など宗教的に以ての外だと拒絶して。
一度も恋情を抱かれて嬉しいと思った事はないまま、やがて『神の右席』に属するようになり、自然と外界との接触を断ってしまえば、そのような感情を向けられる事もなく。
フィアンマ自身長い年月生きる内に周囲への興味を失った。
上条に興味を抱いた事すら久しぶりなのだ。
そして右方のフィアンマは、恋愛に加えて性的接触にも疎い。
何をすれば子を為せるか位は知っているものの、自慰をする事すら興味は無かった。
そんな何もかもに淡白だった人間が唯一大切に思う人間から愛の告白を受ければどう思うか、火を見るよりもそれは明らかだ。
嬉しいに決まっている。そして同時に恥ずかしい。
自分で良いのか、今相手方に抱いている感情は恋なのか、きっと恋なのだろう、と。
上条少年の一言により、昏い狂気を帯びただけの執着は、恋愛感情にまで一瞬で昇華されたのだった。
流石フラグメイカーというべきか。
特に騙したという訳でも利用する訳でもなく、むしろ両想いになるという事において上条のその才能は生かされたので、結果オーライというべきか。
恋愛感情を唐突に自覚させられたフィアンマとしてはたまったものではない。
先程の上条とは比較にならない程にテンパり、無意味に口を動かしては、言葉が出てこない。
長年この世界を裏から動かしてきた程の秀で過ぎている頭が、思考が、まるでうまくいかない、ダメになってしまっている。

「お、俺…俺様は、…」
「フィアンマ、ええと…だ、大丈夫か? 顔、ものすごく赤くなってるぞ」
「…クソッたれ、離れろ!」

フィアンマは手近にあったタオルケットを掴み、丸めたかと思えば、勢いよく上条の顔へと投げつけた。
へぶっ!? という間抜けな声を出して、毛布と共に上条は床へと倒れこむ。
床はカーペットのため特に痛いという訳でもなく、上条は毛布を被ったまま、元気にジタバタと暴れる。
恋する乙女でなく恋する少年であっても、好きな相手の態度一つで疲労度が軽減するのだ。
前方のヴェントと戦った際の疲労はどこへやら、上条は今先のフィアンマの態度と表情ですっかり元気に満ち溢れている。

「俺様、は…別に、…違…」
「ぷはっ! …あの、さ。別に生活に変化は無いけど、良かったら付きあって欲しいな、なんて上条さんは思う訳なんですけへぶぁ!? 物を投げんぶぇっ!」
「う、るさい、黙れこの野郎、何て事をしてくれる!」

羞恥に顔を赤くしたまま、涙目でフィアンマが枕やら目覚まし時計やらを手当たり次第上条に投げつけていく。
最早ヒステリーの領域に慌てながらも、上条は毛布でその砲弾達をいなす。
先程のヴェントの風の砲弾に余波に比べれば直撃しても痛くはない。
とうとう投げるものが無くなったフィアンマは上条から毛布をはぎ取ったかと思うとおもむろに身にまとい、ベッド壁際に座って俯いた。
膝を抱えて座る姿は拗ねているかのようで、やや幼く見える。



289: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/14(木) 18:01:20.10 ID:Cles622J0


「…フィアンマ?」
「…面倒な事をしてくれたな」
「え?」
「気付かなければ良かったものを、わざわざ自覚させやがって」

上条が近寄っておずおずと声を掛けると、フィアンマは深くため息を交えてそうぼやく。
何が何だかわからず首を傾げる上条を振り返り、毛布を捨て置くと、フィアンマはズイと身を乗り出し、上条と顔を近づける。
どうにか落ち着いたものの、それは表面上だけであり、内心は未だパニックだったりする。

「……、…」
「…良いだろう。恋人になってやっても、構わん。ただし、」
「ただし?」
「この俺様と付き合うのだからな。別れる時には死ぬ覚悟をしろ」

淡々と告げるフィアンマの表情は(パニックを隠すべく)非常に硬く、ともすれば今すぐ『神の如き者』の聖剣でもかざしかねない雰囲気を醸し出していたが、上条はその言葉や態度に恐怖ではなく情愛を感じた。
あばたもえくぼ、というヤツであろうか。恋愛感情の恩恵。
或いは、慣れとも言う。日常生活の恩恵。
あくまで照れ隠しの淡々とした物言いであり、この態度は人を脅迫するためのものではない、と上条が理解しているからかもしれない。

「別れなきゃいいんだろ? 俺はフィアンマが好きだし、他のヤツなんか…あー…」

どうでも良い、と言い切るには良心が痛み口ごもる上条の様子を見、ようやっとパニックの落ち着いたフィアンマは体勢を元に戻してベッド上に座り、楽しそうに口元を弛ませる。
とても柔らかな笑みだ。それも珍しく作り物ではない、本来の素直な笑顔。

「…そうか」
「……、…」
「…先に言っておくが」
「?」
「一切いやらしい事はせんぞ」
「え」
「え、ではない」
「せっかく恋人と同棲してるのに一切駄目って! ご無体過ぎるだろ!」
「具体的に何をする気だったんだお前は」
「け、健全ですよ?」
「嘘をつけ」
「口にキスしたいなーとかそういう至って健全な内容ですよ? はい」
「キ、…」

再び顔を赤くするフィアンマにまた物を投げられるのかと身構える上条の予想とは違い、フィアンマは俯いて上条の服裾を握った。
上条は首を傾げ、フィアンマの表情を窺おうとする。
表情を読まれる前に、フィアンマは口ごもり気味に、且つ上目遣いに告げた。
顔は、未だ赤い。


「……俺様の唾液は、美味くないと思うぞ」



291: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/14(木) 18:01:50.01 ID:Cles622J0



これが青ピの言うエロゲヒロインにありがちなあざとさというやつか、と上条は思った。
無論フィアンマはかわいこぶって評価を得るよりも(嘘の)泣き落としや脅迫、説得を得意としている事位上条はよくわかっている。
ベツレヘムを飼う飼わないの口論で既に経験済みだ。
恐らく今でも彼に凄まれたら何も言えなくなってしまうだろう。
本人もそれを自覚済みで、脅迫を交渉材料に用いたりする。
…つまり、フィアンマの今の行動及び言動は完全に素、という訳で。

「…今宵の上条さんはちょっぴり勇者ですよ」
「…何の話だ?」
「何なんだよ。狙ってんのか」
「だから何の話をしているんだ」

上条の発言の意図が分からず羞恥よりも困惑の方が思考を覆ったフィアンマが、ちゃんと顔をあげて上条の様子を窺おうとする。
その『チャンス』を逃さず、そして何ら了承取る事無く、少年はフィアンマに口付けた勢いでベッドへと押し倒した。




293: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/14(木) 18:02:38.25 ID:Cles622J0


出身国では挨拶がてら頬に口づける事はあれど、フィアンマ自身は子供の時以来その慣習は行っていない。
挨拶の軽い頬へのソレですらほとんどした事の無い人間が、唇で交わすキスを上手にいなせる訳も無く。

「ん、…」

ぼふりと音を立てて、二人分の体重がベッドに預けられ、沈み込む。
上条はフィアンマの顔の横に手をつき、慣れない様子でキスをしたまま、舌を伸ばす。
そのままゲームや漫画の見よう見まねで、フィアンマの口内をくすぐった。
こそばゆいような、背筋をくすぐられているかのような、そして酷く背徳的な感覚に襲われな、抵抗の一つすら出来ないまま(正確には実力行使での抵抗を出来る程普段の上条には冷酷になれないというべきか)青年は小さく体を震わせる。
寒さに身を縮こませる雪山遭難者の様な体勢をとるフィアンマの髪をおずおずと撫でて、上条はより一層深く口付けた。
甘いような、酸っぱいような、レモンのような、そうでもないような。
互いの唾液が混じり合った味の判別も出来ないまま、ファーストキスを終えた二人の間に、銀糸が引く。
ぷつり、と糸が切れた辺りで、上条は目を開けた。
フィアンマは上条の服裾を強く強く、拳で言えば血が出る程に強力な力で握っている。
ドキドキとしながら、上条はそっと体を離した。
上条が離れた事で緊張が解けたのか、身体にまったく力の入らないフィアンマはごろんと身体を動かし、横向きでそっぽを向く。
そのまま目を閉じてしまった辺り、このまま寝てしまう考えなのだろう。

「……」
「……」

上条もその様子に倣い、フィアンマの隣に横たわった。
しかし上条にはそっぽを向く理由やそこまでの羞恥は無い為、抱きつくような形で、フィアンマを後ろから抱きしめる。

「…本当に、好きなんだ」
「……、…分かっている。…、…俺様も、…好きだ」

もごもごと言葉を返し、自分の腹部にある上条の手を、フィアンマはそっと握る。
そして自然な動きで指を絡ませ、目を閉じたままゆっくりと呼吸ペースを整えていく。

「…おやすみ、フィアンマ」
「……おやすみ、…当麻」



301: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/15(金) 19:54:14.97 ID:UWguH+/q0


「…なぁ、フィアンマ」

寝つけない少年が、そっと呼びかける。
フィアンマは思考を一時中断し、恋人繋ぎをしたままの手はそのままに、何用かと聞き返す。

「…『神の右席』って、どんな組織なんだ? 魔術結社の一つなのか?」
「役割が違う。ある意味間違ってはいないが。…必要に応じて『右方』以外の中身を入れ替え、世界を平定するために動いている。ローマ教皇の相談役とされていた。…今も便宜上相談役という名義ではあるが、実際には圧倒しているよ。ピラミッド社会に組み込まれない最上位の魔術師の集まりだ」
「一番実権があるってことか」
「あぁ、そうだ。…『神の右席』…『右方』に属する俺様の一言と幾つかの動きで数カ月以内に戦争を引き起こすことも出来るし、逆もまた然り。他の『左方』『前方』『後方』でもそれなりに代わりは出来るはずだが」
「大変な役目なんだな」
「…どうしたんだ、急に」
「いや、何でもない」

絡ませた指、握る手の力を強め、上条はフィアンマの背中に顔を埋める。
逃がさないとでも言うかのように強く強く手を握って、ぽつりと呟いた。

「……俺って本当駄目な奴だな」
「…?」
「そんな重要な職業だって分かってて尚、フィアンマには家に居て欲しいって思うんだから」
「はは。…心配せずとも、傍に居る」

フィアンマは馬鹿らしいとでも言わんばかりに明るく笑って。

・・・・・
嘘を吐いた。


「…そっか、良かった。そう、だよな。恋人になったんだし」
「…良いから、早く寝ろ。明日も学校があるだろう」
「学校は壊れてなかったもんなー…」

はー、といたく残念そうな声を出す上条の頭を小突き、フィアンマは眠るように促す。
嘘がバレてしまう前に。
自分の表情を見られてしまう前に。

   ウソ
この幻想が壊されてしまう前に、少年を眠りに就かせなければならない。

「…じゃあ、今度こそおやすみ」
「…あぁ、おやすみ」

上条当麻は、眠りに就いた。



303: ◆H0UG3c6kjA 2012/06/15(金) 19:56:31.44 ID:UWguH+/q0


上条の息遣いが睡眠時特有の緩やかなものへと変化したのを聞き届け、フィアンマはそっと絡んでいた指を解き、手を離す。
それからなるべく音を立てないよう気をつけながらベッドから抜け出て、部屋の中で思考を纏めた。
いつだって誰かを切り捨ててきた、冷酷にして確実な考え方を変えないまま。
自分の幸せと、少年の期待を切り捨てて、少年の住む世界を守る為。
一つの決断を済ませたフィアンマは、何か激情を堪えた声で言う。

「…好きだと、気付いてしまった。これは、お前への裏切りだ。…だが…好きだから、俺様はお前を守りたいんだ。身勝手なものだが、許せとは言わん。赦してくれ」

少し乱れた毛布を上条の身体に掛け直し、フィアンマは声を抑えて小さく笑った。
作り物めいてはいないが、そこには悲哀が漂っている。
肩辺りまで毛布をしっかりと掛けてやるフィアンマの姿は、見目は若者ながらもどこか父親の体を成していた。
何も知らぬまま眠り続ける上条を尻目に、フィアンマは辺りを見回した。
やがて見つけたレポート用紙の内、二枚だけ丁寧にちぎり取ると、床に転がっていたボールペンを手に取ると、書き置きを書き始める。
簡素な文章だった。
あまりにも簡素で完結過ぎるが故に、第三者から見れば、それが手紙だとはとても分からないだろう。
失敗したメモ書きは、バラバラに千切って破って、ゴミ箱の中へと捨てた。
出来あがった手紙のようなレポート用紙は、文章を内にする形で二つに折り、そっとテーブルに置く。
上条が目を覚ました時、気付いて読んでくれるよう、心の中で祈って。
右方のフィアンマは最後に一度だけ振り返り、追い縋ろうとしたベツレヘムの頭をしゃがみこんで撫で、目を伏せた後、再び立ち上がり。





―――此処へ来た時と同じように、ベランダの窓から、音を立てずに出て行った。



305: [ ◆H0UG3c6kjA 2012/06/15(金) 19:59:03.35 ID:UWguH+/q0

当麻へ

ずっと一緒に居 と言ったのに、嘘 吐い すまない。
俺様は 麻が好きだ。恋愛感情を自覚させられる前から、大 きだったのだと思う。
文字通り世界を敵 回してでも、 当 だけ傍に居てくれればそれで良いと思っていた。
ただの執着ならばそう思っているだけで良かった。
しかし、恋愛として、 情として認識 た以上、そういう訳にもいかない。
臆病 故に、勇気が湧かず、顔を わせて別れの 葉を言う事は出来なかった。
すまない。
たった数カ月の間だったが、楽 かった。 せだった。
これ以上の幸せなど、どこにも落ちてはいないだろう。
何があっても、誰に命じられる事無く俺様を守ろうとしてくれた 麻の事が、最初は不可 なだけだった。
今なら分かる。 なら、どうして当麻が俺様を守ろ としてくれたのか。
力 あるからでも、理 がある らでもなく、好意からだったということが。
何百 も前、子供を育てていた時には理解していたはずの情 だということが。
この様 別れ では、恐らく納得はいかないだろう。憎ん くれて構わない。
恨んでも、怒っても、 いになってしまっても、最早構わない。
ただ、言い をする もりはないが、俺様はお前の住 この世界を守りたいと思った。
たとえこうして離 る事で俺様が不幸になったとしても、それで平和を取り戻せるなら、そして当麻が って過ごせるなら
、 れで良いかと思う。思える。
でも、出来れば、事態が落ち着いたら…戻ってこれたら…もう一 抱きしめ て欲しいとは、思う。
戦争を めてくれてありがとうと、そう褒め くれたら嬉しい、などと。
それが叶わない、叶う きでない自分 手でどうしようもない我儘だという事位、分かってはいる。

お前はどうしようもなく不 だから、戦争が起きれば真っ先に砲弾を けてしまうかもしれない。
 様はこの右 故に幸運で、人の身でありながら、千年の 息を確約さ ている。
だから、当麻の方が俺様より く死ぬ事位理解してはいる。しかし、そんな死に方をされ のは嫌だと思ったんだ。
きっと、俺様と過ごしたこの数ヶ月間は か何かだったのだと、思って欲しい。
そして出 る事なら、俺様とは似ても似つかぬ優しく て素敵な 人を 作って 欲しい。

今まで

ありが と う

(ところどころ水滴で滲んでいる為、文字の歪みがあり、正確な内容は不明)




308: アスタリス 2012/06/15(金) 20:00:37.49 ID:UWguH+/q0


目を覚ますと、フィアンマは何処にも居なかった。
最初は風呂場かトイレか台所か、と適当に考えながら起き上がって横を見ると、テーブルの隣にレポート用紙があった。
二つに折ってある。
こんな時間から買い物なんて変だな、なんてなるべく良い方向に考えて、考えて。
開いた紙に書いてあったのは、綺麗な日本語の文章が少しだけ。

『当麻へ 今まで世話になった。ずっと一緒に居るというのは、嘘だ。この数カ月の事は忘れてしまえ。学校へはしっかりと行け』

「…ふざ、けんなよ」

思わず暴言を吐いた。
こんな少しの文章しか書いてないメモ程度で納得しろっていうのか。
確かに想いは通じ合っていたはずだ。あれは嘘じゃなかった。
いつから嘘の用意をしていたのかすら、分からない。
床に転がっていたゲルインクボールペンで書かれた内容のようだが、だいぶ乾いている。擦っても消えないし、歪まない。
きっと何時間も前に書いたものなんだろう。

「ッ…ふざ、けんな…!!」

床を殴っても、苛立ちは消えない。
視界が歪む。俺、泣きそうなのか?
心のどこかで、フィアンマはこういった本気の嘘は吐かないと信じていた。
いつまでも一緒で、幸せでいられると、勝手に思っていた。
一緒にやりたい事がいっぱいあった。
教えたい事も、知りたい事も、言いたい言葉も。
泣いているからか乱れる呼吸で立ち上がる。
今何処に居るかはわからないけど、学園都市中を走って捜し回れば、まだ間に合うかもしれない。

外に出る。
ゲートに近い場所から捜す。
昨日散々走り回ったお陰で足が重いが、そんな事は言っていられない。
走って、人に特徴を聞いて回る。
誰もそんな人間は見ていないと言う。
捜しても、探しても、見つからない。見つかる気配すらない。
あんな文章じゃ納得できる訳ないだろ。
どうして。
すっと一緒に居てくれるって言ったじゃねぇか、それなのに。

結局どうやっても見つからず、学校をサボって家に帰る。
無気力なままテレビを点けると、学園都市―ローマ正教間が和解の方向に向かっている、という事実だけが流されていた。
不意に、フィアンマの言葉を思い出す。

「…帰った、のか」

思わず、呟く。
違う可能性もあるし、むしろ違う可能性の方が高い。
でも、フィアンマが居なくなった事と、たった一日で、昼間の、一度の会議のみで世界間の問題が解決の方向へ大幅に動くだなんて、あり得ない事に関連性が無いとは思えない。
もしもフィアンマが何かをして今流されているニュースの功績をあげたのだとしたら、それはつまり戦争を食い止めたって事だ。

「…わかんねぇけどな」

走り過ぎて体力が尽きたのか、頭がうまく回ってくれない。
ふと、ゴミ箱の中に滅茶苦茶に破れた紙片を見つけた。
拾い上げると、文字が書いてある。
あの手紙(とも呼べないメモ)の下書きか、と思いつつも、少しでも多くフィアンマの居たという証拠が欲しくて、セロテープで地味に繋ぎ合わせていく。

「……、…っ」

徐々に完成していく一枚のレポート用紙は、きっと手紙にしようか悩んで悩んで、諦めて破ったものなんだろう。

筆圧が、強かった。
涙が滲んでいた。

「ちくしょう…」

泣かせたくなかったのに、俺が気付かず引きとめられなかったばかりに、あちこち飛び回って不特定多数を助けたばかりに、こんな選択をさせた上、泣かせてしまった。

「畜生…ッ!!」





314: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/16(土) 17:26:14.21 ID:eTdQAV7b0



フィアンマが出て行って、もう三年になる。気付けば大学一年生だ。
短文の手紙とパズルみたいになっていた(そして解いた)メモは、無くさない様家の中でも鍵のかかる箱に入れてある。
あれからも何度か困った人間を見つけたが、その度に無視をした。
勿論、あからさまに俺のせいだったり、簡単に済みそうな問題だったら手は貸してるけど、魔術関係の事は手を出さない事にした。我慢する事に決めた。
その度に重く罪悪感が胸にのしかかっても、我慢した。
俺が動くと、『幻想殺し』の価値が上がる事がわかったから。
また戦争が起きそうになれば、フィアンマが苦労するような気がして。
他の困った人間とフィアンマの苦しみを天秤にかけて、俺は後者をとった。

「…『偽善使い(フォックスワード)』でも何でも、好きなように呼べば良い。でも、俺が振りまいた不運で不幸になったヤツを見捨てられる程、俺は非情になんて…なれない。…なんて、胸張って他人に言える位、心は温かかったはずなのにな、表面だけ」

元々偽善者だったんだから、無理をやめただけだ。
だから、目立たないように、動かないように。
冷たくなった気がする、と何人かの友人に言われたものの、そんな事は無いよと嘘をついて笑った。
最近は危うく戦争になりかけた状況も治まり、学園都市もローマ正教もいがみ合う事無く(かといって仲良くなった訳でもないけど)、自分達のゾーンに大人しく収まった。
俺だけが原因だったなんてそんな大それた事を言うつもりはないけど、『幻想殺し』が戦争の発端になりかけた事は事実で。
かといって右手を切り落とすなんて出来る訳もなくて、今日まで生きている。
別に遠慮しているという訳でもないものの、未だに俺には恋人が居ない。
いや、本当はフィアンマが恋人なんだから、居ないという表現はおかしいのかもしれない。
フィアンマは、『この数カ月の事は忘れてしまえ』と言った。
無理に決まっている。もう三年も経つってのに、一切忘れられない。

ベツレヘムを撫でる度、猫と戯れるフィアンマを思い出す。
何かを食べる度、フィアンマの作った飯が食いたいと思い。
映画のキス描写を見るだけで、フィアンマとしたキスを思い出す。

そんな状態で次の恋に行ける訳もなく。
そもそも、好きなヤツ居ないんだけどさ。
今では高校生の御坂美琴に告白されたが、丁重にお断りした。
付き合えば少しでもフィアンマの事を忘れられるかと思ったけど、それじゃ御坂に対して失礼過ぎると思ったからだ。
毎朝口うるさく言われたのを思い出しながら、何があっても必ず学校へは行くようにした。
課題が難しくても、弱音は吐かないようにした。
一生懸命勉強すればする程、フィアンマが笑って褒めてくれるような、そんな気がして。
初恋は叶わないというジンクスがあると聞いて、思わず泣きそうになった。
時々ケーキを二人分買って帰宅して、初めて『そういえばもう俺しか居なかったんだっけ』なんて思ったりもする。
きっと、もう会えないんだろうと、分かってる。
分かってるのに、希望を捨てられない。
そんな希望を抱かせない為にフィアンマは手紙に余計な事を書かなかったのに、メモを読み返す度、やっぱり諦められないと感じる。
ごめんな、フィアンマ。
素敵な恋人を作って欲しい、と願ってくれたのに、俺には叶えられそうにないみたいだ。

「…よし、ちょっと暇つぶしでもしてきますかー」

勉強を沢山したからか、今だと中の中位には表現される。少しでもフィアンマに相応しい人間になりたいだなんて、少し思っていたりする。
小萌先生は『上条ちゃんが急に天才児になったのですー?!』なんて驚かれたっけ、懐かしい。
のんびりと伸びをして、余計な事を考えないようにした。
考えたってフィアンマが戻ってきてくれる訳じゃない。



316: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/16(土) 17:26:39.97 ID:eTdQAV7b0


コンビニで立ち読みをして、飲み物を買って帰る事が最近の俺の趣味と化している。
前だったら勉強に追われてそれどころじゃなかったんだけど、大学生になってからは気楽なものだ。

「…」

此処のコンビニは立ち読みするヤツが多いので店長が諦めているのか、特に注意される事も無い。
でも冷やかしは良くないよな、と思ってお茶ペット一本とお菓子一つ位は買って帰る事にしている。
将来の事は、まだあんまり考えてない。
能力はまず発現しないし、無能力者が就くべき仕事に適当に定着すれば良いかな、と思っている。
教師とか、保育士とか、その辺で良いかな、と思ってる。
多分向いてるだろうし。

「ありがとうございましたー」

店員の声を聞き流して外に出る。
冷房がうっすら効いていた店内と違って、外は微妙に蒸し暑い。
『樹形図の設計者』が壊れたせいで、学園都市の天気予報は確実じゃなくなった。
理由は…何だっけ、とにかく壊れたらしい。
どうでも良いか、と結論を出して帰宅すると、家の前に一人の男性が立っていた。
インターフォンを鳴らすか鳴らすまいか迷っているのか、手を伸ばそうとしては戸惑いがちに目を伏せて、手を引く。
やがて諦めたのか出口へ向かった男と、家の中へ向かっていた俺とが向かい合う。
目が合う。顔が、よく見える。息が詰まって、言葉がうまく出てこない。

「…、…」
「……」

二人して黙りこくった後、男を我が家に招いた。
二人並んでベッドに座る。テレビは点いてないから、完全な無音だ。
コンビニのビニール袋をテーブルに適当に置いて、深呼吸する。
A級ホラー映画でも見た後みたいに落ち着かない気分で、口を開く。
喉が渇いて、口の中が張り付いてカラカラで、うまく言葉が出てこない。
言いたい事は沢山あった。責め立ててやるつもりだった。
それよりももっと、沢山好きだと言いたかった。言おうと思っていた。
でも、どの言葉も出てこなくて、ようやく言えたのはありきたりの言葉だった。

「…お帰り、フィアンマ」




318: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/16(土) 17:27:30.29 ID:eTdQAV7b0


ローマ正教『神の右席』右方のフィアンマとして、やるべき事をやった。
本格的な流れでない以上、戦争させずに止める術はある。
一部に脅しを入れ、一部に協力を請い、チェスの駒を一手ずつ動かす事で最終的にチェックメイトを宣言するように、慎重に。
まず良い文句を考えるのに数時間、動くのに二時間。
会議中の答弁・発言させる内容を事前に考え、方向性を決め。
ローマ正教側としてはなるべく平穏でいたいというアピールを継続的に続けた。
仮に戦争した場合、学園都市側が勝利するだろう。今の状態では、戦力が足りなさ過ぎる。
そう内部に言い聞かせ、教皇さんを使って流れを変えた。
戦争反対派の内何人かを公開処刑する事で黙らせ、二年半以内に会議を終わらせる事が出来た。
同盟を組む訳ではないのだから、友好姿勢を見せる必要は無い。
どうにか戦争が起きないよう、平定させる事には成功した。
だから褒められるべきだとは、思わない。
きっと当麻には嫌われてしまったのだろうと、思った。
恋人になったその日の内に出て行き、一切連絡を寄越さないような人間を、それでも尚どんな聖人なら愛せるというのだろうか。
そうは考えても、会いたい、と思った。
もう一度だけ会って、顔を見て、声を聞けたら、それで満足しよう。
自分と会話してくれなくて構わない、もう二度と姿を現すなと言われれば、それこそ本望だ。
嫌われる事には慣れてきた。
切り捨てたモノに恨み言を投げかけられるのも。
そんな覚悟で学園都市に来て、当麻の家の前まで来た。
インターフォンを鳴らす直前、急激に勇気が萎んでいくのを感じる。
もし、新しい恋人と共に住んでいるのならば、迷惑ではないのか。
本当に憎まれる気があるのなら、こうして接触を持とうとするのは間違っているのではないのか。
裏切りを働き嘘を吐いた人間が、こうして被害者の前に姿を現すべきではないのではなかろうか。
思い直せば直す程、益々インターフォンを鳴らせなくなる。

「……、…未練がましい」

ぽつりと吐き捨てる。誰も聞いてはいないだろう。
きっと会わない方が良い。当麻の為には、もう俺様はこれ以上彼の人生に踏み込んではいけない。
そう自己完結して帰るべき踵を返したところで、黒髪の男と目が合う。
記憶の中よりもずっと身長が伸びてより凛々しい顔立ちになったものの、ほとんど変わりはしない。
首を絞められたかのように息が詰まって、言葉が出てこなかった。
許されなくても、謝ろうと思っていた。
そしてさっさと別れを告げようと決めていた。
決断済みの事は何でもすぐにやる自分が、戸惑っていた。
躊躇する内に部屋の中へと招かれ、二人並んでベッドに腰かける。
どんな罵詈雑言が飛んでくるだろうか。シンプルに嫌悪感を表すのだろうか。
何を言われたとしても笑い飛ばすか無表情で受け止め憎悪の象徴であろうと心に決めた俺様の予想とは違い、当麻は渇いた喉から無理矢理出したような掠れた声で、出迎えてくれた。

「…お帰り、フィアンマ」
「………、…ただい…ま…」

どうにか返した相槌は、震えていた。
自分でも感情の制御が出来ない。
お帰り、だなんて。
歓迎されているみたいじゃ、ないか。




320: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/16(土) 17:28:03.78 ID:eTdQAV7b0


三年前とまったく見目の変わらない(そして自分の方が身長が高くなってしまった)フィアンマの様子を見つめ、上条は曖昧な笑みを浮かべた。
泣きそうな子供が我慢して親に見せるかのような、酷く歪な笑みだった。

「…お帰り」

もう一度だけ言って、上条はフィアンマを抱きしめる。
自分よりも体格の良くなった少年の様子を窺ったフィアンマは、窒息させんばかりに強く抱きしめてくる腕の力を感じつつ、どうにか右腕だけを出し、上条の頬を撫でた。
数十秒強く強く抱きしめた後、上条は思い出したように手を伸ばし、コンビニ袋の中からストレートティーのペットボトルを取りだし、蓋を開けてフィアンマに差し出す。
ほんの少し躊躇した後フィアンマはペットボトルを受け取って三口程飲んだ後、上条にペットボトルを返す。
上条はペットボトルの中身半分を飲み干し、蓋を閉めたボトルを床に転がした。

「…ただいま」

渇きの治まった喉で、フィアンマがそう言葉を返す。
何か決意を定めるように深呼吸した後、重ねて問いかけた。

「俺様を、恨んでいるか。身勝手で、我儘で、お前を騙し裏切った、こんな男を」
「…少し、恨んでた。でも、フィアンマは帰ってきてくれただろ。だから、良い」

簡潔に答えた上条の優しい表情に、フィアンマは目を瞬かせた。
予想と何もかも違う展開に、深く息を吐き出しながら、問いかける。

「…恋人は、作っていないのか」
「俺の恋人はフィアンマだけだよ。あの時から、ずっとそうだ」
「……、…忘れろと、言っただろう」
「そのつもりだったけど、やっぱり駄目だった。何をしてても、フィアンマの事を思い出すから、駄目だった。それに、好きなヤツも居ない」
「………」
「全部水に流すってのは、流石に無理だし、多少は怒ってる。でも、一緒に居てくれれば良いよ」
「…赦して、くれるのか」
「あの時それが一番良い選択だと思ったなら仕方ないだろ」

あっけらかんと言う上条だったが、この三年間の絶望と孤独を思い返しているのか、瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
そんな様子に色々と思うところがあったのか、フィアンマは手を伸ばし、上条の頭を撫でた。
何度も、慈しむ様に撫でながら、謝罪の言葉を口にする。
謝罪の言葉を紡がれる度に、上条は受け入れる姿勢を見せた。
会えただけで良い、これからは一緒に居てくれるならそれで良い、だからもう離れないでいてくれるなら、ただそれだけで構わない。
どちらにも責任があると泣いて、謝って。






―――――十三年前のように、指きりをした。



322: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/16(土) 17:29:20.09 ID:eTdQAV7b0


感動の再会を果たしたところで、上条はフィアンマに何度も口付け始めた。
経験値は結局増やしていないものの年齢故か、数年前よりも、もう少しだけ、余裕と技量の発達したキスだった。
羞恥心が過剰にくすぐられながらもフィアンマは拒絶せず、目を閉じて応える。
細い腕が上条の背中に回り、抱き寄せる形でベッドへと深く沈み込む。
高校生の様に顔を赤くした上条の手がフィアンマの服にかかった時点で、フィアンマは緩く首を横に振って初めて拒否の姿勢を見せた上、起き上がる。

「…ごめん、嫌だったか?」
「そうではない」

不思議そうな顔をする上条の頭を小突いて、フィアンマは小さくため息をついた。
男女の関係で無い以上、なし崩しにセックスへ持ち込んでも綺麗には始められないし終わらない事位知っている。
故に、『下準備』が必要なのだ。あえて口に出すまでもない『準備』が。
上条は一瞬でそれを理解したのか、閉口してぺこりと頭を下げる。謝罪の姿勢だ。
そんな様子を見て、先程まで据え膳だったはずの青年はくすくすと笑う。
そのまま立ち上がってシャワールームに消えるフィアンマを見送った上条は、ぐぬぬと残念そうに、さながらお預けを喰らった犬のごとく物欲しそうな表情で項垂れるのだった。




333: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:42:14.80 ID:vQJ1YrSb0



入浴と『下準備』を終えたフィアンマは、やや緊張した面持ちで上条の隣に横たわる。
上条はといえば先程までごろごろとベッド上で転がりながらフィアンマが戻ってくるまで自らの内に宿る色欲の悪魔と戦って何とか自慰を堪えていたのだが、フィアンマが戻ってきた瞬間横たわったまま神妙な顔になった。
別段、上条はゲイという訳ではない。
かといってバイセクシャルでもなく、しかし、ノーマルかどうかと聞かれれば微妙なところだ。
女性の身体に興奮をしても、実際に恋をしたのはフィアンマという男性ただ一人に対してだけなのだから。
故に、こういった性行為において、上条はソロプレイ位しか経験が無い。
受け手側のフィアンマはソロプレイすら未経験なため、お互いがガチガチに緊張してしまっている。
先程の甘い雰囲気は片隅に追いやられ、何か事務作業の手順講座開始前のような、身近なものでいえばテストが配られる前というか、そんな妙な緊張感が漂ってしまっている。
どちらも未経験(=童貞)である場合本来は年上であるフィアンマが率先して事を起こさなければならないのだが、前述の通り、彼の場合一人遊びすらした事が無く、またこういった行為に興味が無かった為、知識が極端に薄い。
勿論、同性に組み敷かれるという状況は(恋人同士でなければ)屈辱的なものだし、衛生的にどうすれば良いか、どのようなプレイをすればより被害者(受け手)に屈辱と悲しみを与えられるか位は、拷問の一種として心得てはいる。
だが、実際にそんな拷問を行った事はないし、された事も無いのだ。

「…痛いと、思うか?」
「え? っああ、…多分…」
「…そうか。…多少の痛みならば我慢は出来る。容量を大幅に超えた場合は嘔吐する可能性もあるが、気にせず続けろ」
「無理に決まってんだろ! あなたは上条さんを何だと思っているんですか! 」
「獣」
「…間違ってないデス」

ずーん、と落ち込む上条の様子を微笑ましく思いつつ、フィアンマはツンツンとしていない髪を撫で弄る。
高校生の頃は女の子の気を引きたいがためにワックスをつけて立たせていた髪型も、そういった目的意識自体が無くなったために今は何もつけていない。
ウニの様で多少面白みがあったのだが、などとやや失礼な事を思いつつ、フィアンマは片手で上条の髪をいじり、もう片手は自分の服にかけ、ゆっくりと脱ぎ始める。
一度緊張が崩れてしまえば先程と同じ様な甘い雰囲気が漂うのみで、未知の行為に対しての恐怖感も和らぐというもの。

「…風邪引いて身体拭いた時は何とも思わなかったけど」
「ん?」
「結構白い、というかすごく白いよな、肌」
「人種としても、生活環境としても、日焼けしなくて当たり前だろう」
「相変わらず外嫌いなのか?」
「不名誉な問いかけ方をするな。日焼けは好かん」
「日焼けすると痛くなるタイプなのか」
「そうだな、だから外に出るならば雪国が良いと思う位だ」
「そんなに嫌なのかよ」
「我慢出来ん程ではないが、好んで日焼けしたがるという訳でもない、というだけだ」

行為は恥ずかしいにしても、同性の前で服を脱ぐのが恥ずかしい、という程二人共考えは女性的でなく。
むしろ二人して裸になったはいいものの、何をどこから始めれば良いのか分からず、この気まずさに上条は黙り込む。

「…潤滑油は無いのか」
「ある…けどさ」
「怖気づいたのか? やめるのならば今だぞ」
「いや、そういう訳でもない」
「なら何だ」

羞恥心が一周して開き直ったのか、動揺する素振りを見せずにフィアンマはじっと上条の瞳を見つめる。
上条はしばし言い淀んだ後、もごもごと口の中で何事か言ってから口を開いた。

「俺で、良いのかって」
「…」
「…待ってたって言えば調子は良いけど、女々しいって事だしさ。せっかくフィアンマが願ってくれたのに、新しい恋人も作れなかった。この歳まで童貞だし」
「俺様は、ずっと当麻に会いたかったが。それを女々しいとは思っておらん」
「…え?」
「…好きな人間に会いたいと思って何が悪い。…あのメモを読んでしまったのか…しかし、恋人とは誰かに祈られて無理やり作るものではない。ついでにいえば、童貞はむしろ誇るべき事だと思うぞ。これは俺様がローマ正教徒だからかもしれんが」
「……」
「……なるほど、なるほど? 俺様の覚悟を無駄にするつもりか。此処で使わんのなら、その不要な棒は叩き斬るぞ」
「!? ごめんなさい大丈夫ですやりますむしろやらせてください」

落ち込みから一転してひっと息を呑んでビクつく上条の様子を眺めて笑ったフィアンマは、まだ萎えたままの上条のソレをやんわりと握る。



335: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:42:32.45 ID:vQJ1YrSb0

少し悩む素振りを見せた後、先端を刺激し、そのカウパー液を用いて緩く扱き始めたその手の動きは拙く、上条を満足させるにはとても足りない。
とはいえ、されている方の上条はといえば、初恋相手にして久方ぶりに自分の下へと戻ってきてくれた恋人が一生懸命自分に(手とはいえ)奉仕してくれているのだから、嬉しいやら恥ずかしいやら幾つか感情の入り混じったものにより、性的興奮を覚える訳で。
半勃ち状態から段々と硬く熱く勃起していく上条の性器をゆるゆると扱き、フィアンマはおずおずと表情を窺う。

「…痛くは、ないか」
「大丈夫…だけど、ちょっと、何というか、じれったい」
「そう、か…」

どうすべきか、としばし迷った後、ぱっと手を離したフィアンマは身体を起こし、不思議そうな表情を浮かべる上条の脚の間に座る。
そのままベッドに膝をつくと先程まで扱いていた上条のソレへ顔を近づけたかと思うと、慣れない様子で先端を口に含んだ。
途端に痛い位に勃起したソレの竿部分を指先で撫で、効果があった事に安心したのか、淫欲に基づく行為とは裏腹に邪気の無い笑みを浮かべるフィアンマの顔を見た上条はより一層興奮することとなる。
頭を押さえつけるのはダメだ、と欲情した男性がやりがちな行為を堪えるべく、上条はベッドシーツを握りしめる。
一見してどちらが受け手なのか分からなくなるような体勢だ。

「フィ、アンマ…ちょ、っと待っ…出そう、なんだけ、ど」
「……、ん」

流石に男のプライドに関わるだろうと考えたフィアンマは口にこそ出さなかったものの、幾ら何でも早過ぎないだろうかと小首を傾げた。
愛撫の手が止まり調子を取り戻した上条が、再びフィアンマを引っ張り、押し倒した。
そのまま首筋や肩、鎖骨にかけて数度口づける。
特段味がする訳でもなく、愛情を表現するだけの行為に、くすぐったそうに青年は笑い声を零した。

「当、麻」
「ん…好きだ、会いたかった、ずっと待ってた」
「…律儀に、ずっと信じていたのか」
「諦められなかったんだよ、何度も言うようだけど」
「っ、は…そう、か。…俺様も、会いたかった、…寂し、かった…」
「フィアンマが居なくなったせいで不幸に戻ったんだからな」
「裏を返せば、俺様が居た時は幸せだったのか」
「幸せだったよ。今も、フィアンマが居るから幸せだ。…何か恥ずかしいな」
「閨の甘言等、どのカップルも恥ずかしいものだ、第三者に聞かせる内容ではないからな」
「前々から思ってたけど、一々表現が古めかしかったり今時だったり不安定だよな?」
「色々混ざってしまっているからな。前者の方だと自負しているが」
「…結局何歳なの?」
「………」

こしょこしょ、と耳打ちされた年齢に言葉を失いつつも、上条は甘えるようなフィアンマへの愛撫を続行する。
だいぶ年下の恋人から継続的に与えられるこそばゆい刺激に身じろぎながらも、急かす事無く、むしろ本願だったとばかりにフィアンマはこの状況を享受する。



337: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:42:56.49 ID:vQJ1YrSb0


長い間冷えきっていた感情は、当麻と過ごす内に暖められた。
どこまでも淡白な揺らがぬ感情は、当麻によって色付けされた。
笑ってくれるだけでとても幸せな気分だった。
自分の為に怒ってくれる人が居て、幸福だった。
だから、傷つけられて欲しくないと思った。
そして、俺様だけを見て欲しいとも思った。
自分の幸せのためにやっていた事は、気付けば当麻と俺様との、二人の幸福のためにやっていた。
最初は好意的に接してもらうための、溶け込むべく、好印象を与える為の『手段』でしかなかった調理も、当麻が美味だと嬉しそうな顔をしてくれるから、作るようになっていた。
自分の欲求のみで飼い始めた子猫(現在はもう成猫だが)も、当麻が可愛がる姿に安らぎを覚えた。
『幻想殺し』を持つ人間であれば、誰でも良いと思っていた。
違った。
『幻想殺し』を持っているかどうかは切欠に過ぎず、触れ合う内に、上条当麻本人を好きになっていった。
何も望まないから、永遠に当麻と二人でいられたら良いと、そう願う位に。
嫌われても良いだなんて、嘘だ。
二度と姿を現すなと言われて本望だなんて、偽証だ。
だからこそ俺様は、今こんなにも嬉しく感じているし、幸福で堪らない。
ずっと待っていてくれてありがとう、だなんて言葉は、どうにも恥ずかしくて言えそうにないから。
せめて、この三年分を足してこれから先愛する事で、癒せるだろうか。





339: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:43:32.63 ID:vQJ1YrSb0


ぼんやりと思考するフィアンマの臀部を撫でた上条の手、その指先が後孔に触れる。
自分でもそう何度も触らない場所にある他人の指の感触に肩を震わせる青年に、上条はそっと唇を重ねた。
大丈夫、と声を出さずに言う。
何が大丈夫なのかは両者分かっていないものの、フィアンマは小さく頷いた。
上条は腕を伸ばし、潤滑油―――無香料のローションボトルを手に取る。
中身が少し減っているのは、悲しい事実ながら、ソロプレイにちょっぴり使ったからだったりする。
改めて記すが、上条当麻は童貞だ。自慰位しか経験がない。
ボトルの蓋を開け、逆さまにすると、中身である粘ついたローションが、ボトルを持っていない方の上条の掌に注がれていく。
ととと、と酒をグラスに注ぐような呑気さでローションの大半を掌に開けた上条はボトルを枕元に戻し、しばらく人肌、つまりは自らの体温でローションを温める。
愛あるセックスの描かれた某エロ本に倣った結果の行動であるが、幸いにしてその行動は現実の性行為に即していた。
温めたローションをフィアンマの後孔に塗りつけると同時に、上条は人差し指を挿入する。
女性の陰部と違い、そもそもが排泄器官である以上ひとりでに濡れてくれないそこには十分過ぎる程の、過分な潤滑油が必要だ。
本来あり得ない場所に人の指が入っている、という異物感と違和感に軽い吐き気を覚えるフィアンマの様子に眉を下げ、上条は数度軽く口づける。
頬から、首筋まで。安心させるように、何度も。
あやすような、宥める様な口づけと共に、挿入した人差し指をゆっくりと抜き差しする。ローションによって痛みこそないものの、指が動く度に卑猥な音が部屋に響き、気持ちの悪い感覚がフィアンマを継続的に襲う。
体内にある違和感に唇をきつく噛み締めて耐える青年の顔色は無理をしているからか非常に悪い。

「や、やっぱりやめた方が…」
「はは。…切断されたいのか?」
「!!」

上条の行為中断提案が思いやりからくるものだと理解しつつも、フィアンマは失笑混じりに断った。
身体は拒否を示していても、精神は受容を肯定している。
痛いから、苦しいから、だからどうだというのか。
自分という人間自体にはさほど価値を感じないフィアンマはそう考えている。
ここでやめる理由は、ない。

「…思うがまま、好きにやってみろ。女ではないのだから、多少手荒に扱ったところで問題は無い」

突き放すような語調、しかしその内容は配慮しなければと焦り頑張る上条に許しを与えるものだ。
上条は口ごもり、フィアンマの瞳を見詰めた後、人差し指が既に挿入されているソコに中指を追加挿入した。

「い、っ…」
「…ごめん」
「気に、するな」

息の根を止めかねない圧迫感に内壁を引き攣らせ、フィアンマは緩く首を横に振る。
あまり伸びず、切りもしなかったセミロングの髪がシーツ上で広がり、動く。
顔立ちは整い過ぎているが故に女性的な側面も持ち合わせており、端正な顔を歪め苦しむ表情は、嗜虐的な性癖を別段持ち合わせていない上条でさえ、興奮を覚える。
上条はローションを指に絡ませ、引き攣る内壁へ塗りこむかの様に、ローションを絡ませてはその指をゆっくりと抜き差ししている。
フィアンマが意識して身体の力を抜いているからか、上条の指は鬱血する程締め付けられる事は無い。
好きなようにやれ、と言われてもそもそもやり方に工夫を施すまでもなく基礎のなっていない上条は性教育の内容を懸命に脳内で回想しながら、軽く指を折り曲げる。
びく、とフィアンマの身体が震えた。

「ッ…!」
「あ、痛いのか…?」
「ち、がう…」

思わず上条が心配の言葉をかけるも、青年は首を横に振って否定した。
じゃあ何で、と問いかけそうになったところで上条は黙り込み、快楽を与えるに有効であったと理解する。
高校生の頃よりも無神経さが抜けたからこその進歩かもしれない。
指を折り曲げ、しこりの様な箇所を擦り上げると、本人の意思とは関係なく青年の身体が震え、性器はそそり勃つ。
勃起不全治療の為に刺激される事の多い箇所を、そうと知らずに指先で弄りながら、上条は青年の細腰を空いている腕でそっと抱く。
強制的に快感が与えられているからか、先程よりも自然と尻穴に籠められた力が抜けている。
内側にようやく馴染んだローションによって淫らな音を立てるソコをなるべく見ないように(見たらうっかり吐精する可能性があるため)しながら、上条は指先での愛撫を続ける。
性器から受け取る性的快感すら知らない青年はそれ以上に経験も予測もまったくつかない身体の内側から湧き起こ痺れる様な快楽に翻弄され、唇を噛んでも堪え切れない喘ぎ声が漏れる。

「は、ぁ…ぅ、…当、ま、当麻、」
「な、何だ…?」
「好き、だ」
「……、…俺も、好きだよ」

ドキドキとしながら言葉を返した上条の頭から背中にかけて、褒めるかのようにフィアンマが二度程撫でる。
身体の感覚と精神を少し切り離す事で心の余裕に余幅が出来たのか、フィアンマは深呼吸しながらより一層身体の力を抜く。
感覚を元に戻したところで、下半身から全身に向かって走る電撃のような快感に身悶える姿を見ながら、上条は確実に興奮が高まっていた。
そもそも、十代の少年がこんなにも前戯に時間をかけるという事がまずあり得ない。
その点では、上条はとてつもなく忍耐力のある少年だといえよう。
そんな上条少年だったが、高まり過ぎた興奮に最早これ以上我慢できる状態にはなく、指を唐突に引き抜いたかと思えば避妊及び性病予防器具を装着する事なく、いきり勃っている男性器、その先端を和らいだ尻穴へと宛がう。

「…、…」
「良い、よな?」
「…好きにやれと、言ったはずだ」

自分のモノよりも多少細く短いといえど日本人の平均よりは少し大きい、指よりは遥かに太いソレの感触と熱に身体を強張らせながらも、臆する事無くフィアンマは言葉を発する。
優しくしろとも言わずそれが激痛を与うる肉の凶器だとしても構わず拒まず一心に受け入れる姿勢は、どこか救世主のそれに似ていた。



341: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:44:02.75 ID:vQJ1YrSb0


グイ、と勢いづけて、上条の性器が挿入される。
熱した鉄塊を突き入れられたかの様な衝撃に何とか嘔吐せぬよう堪え、胃液の代わりにこみ上げてきた涙を拭う事もせず、フィアンマは軽く噎せるのみで上条の背中に腕を回して抱き寄せる。
女性器ではなく尻穴であるため、挿入されている側であるフィアンマはだいぶ自由な呼吸を制限されるような少々無理のある体勢で犯されていた。
上条は理性が崩壊し、その事に気付けないまま、腰を動かし始める。
先端のカリ部分が幾度も、強く、しこり―――前立腺を擦り上げる。
指とは比べ物にならない質量、そんなモノに、少し刺激するだけで快感を及ぼされる箇所を押し潰さんばかりに刺激され、青年は我慢する事なく、体面を気にする事なく喘ぎ声を零した。

「い、っあああ…! ん、っあ…ひっ、う」
「はぁっ…は、」

愛ゆえに気にしないようにしていてもやはり同性に組み敷かれるというのは同性愛者ではないフィアンマに矜持の根本的な部分へ屈辱を与え、その喘ぎ声には甘さと泣きとが入り混じっている。
ぐぐ、と背中に立てられる爪によって与えられる痛みに脂汗をかきながらも、上条は己の欲望に従って腰を動かし、突き上げる。
壊れ崩れ蕩け溶けかかった理性の片隅で、ほんの少しでもフィアンマに快楽を感じさせるべく、上条は浅く挿入した状態で腰を動かす。

「も、やめ…い、うあ…ッ!」
「嫌、だ」

思わず弱音を吐きながら上条の身体を押しのけようとした腕を掴み、そのままベッドに縫い止めると上条は淫欲にギラつく視線をフィアンマに向けながら、勢いを変えず突き続ける。
許容量を遥かに超えた快感はもはや暴力と化し、青年の思考能力を奪うと共に呼吸を浅くさせ、身体的な余裕も追い詰めていく。
性的暴力と呼んでも差し支えない程の行為を続けながら、上条は視界で主張する唇をやや乱暴に奪う。
全て貪る様な激しい口づけと行為とに、ここまで彼を追いつめたのは自らが過去突き放した罪深さ故かとうっすら考えながら、窒息寸前の状態でフィアンマは喘ぐ。
怖いと思ってはいけない。これは自分が招き寄せた事案なのだから。
自分の性格に備わる寛大さを最大限引き出し、拒絶の言葉を吐かない様耐えきりながら、フィアンマは上条を見上げた。
体内にある質量がその容積を増し、破裂せんばかりに脈打っている。

「っは、んぁ、ああっ、う、っ…、あっ、ぐ」
「ん、…はぁっ…はぁ、はっ…」

何か迷う上条の様子を見、青年は薄く、蟲惑的な笑みを浮かべて色っぽく囁いた。
ゾクリ、と背筋を震わせ、上条はフィアンマの身体を強く抱き寄せると共に、性器を引き抜かないまま射精した。
下腹部内へぶちまけられた熱湯の様な白濁に眉をひそめ、フィアンマは安堵の息を吐き出す。
上条は射精して落ち着きを取り戻したのか、申し訳なさそうな表情でフィアンマを見遣り。

「ごめん、中…その、…本当ごめん」
「謝る、な。…気は、済んだか?」

先程の熱狂は消え去りしょんぼりとしつつ自分を抱きしめたまま離れない上条の背中をさすり、青年は笑みを浮かべながら問いかける。
上条は頷きかけ、密着した互いの下半身に視線をやった後、首を横に二回振った。

「まだダメだ」
「俺様はいい、」
「よくない」
「っあ、」

自己に忠実で基本的に他を省みないというのが、右方のフィアンマと上条当麻両者に共通した精神的な気質である。
つまり、言いかえれば、徹底しないと気が済まないのである。
この場で徹底されていないのは、フィアンマの性欲処理。
青年の遠慮…というよりも嫌がっている声を歯牙にもかけず、少年は青年の男性器に対して直接的な愛撫を開始したのだった。



343: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 14:44:53.67 ID:vQJ1YrSb0














一晩中”愛し合った”翌日の午後。
上条当麻は台所から聞こえる包丁の音で目を覚ました。
料理をしてくれているのだろうか、と思いつつ適当に服を身に付け(絶え間ない責めにフィアンマが失神した後、上条は踏ん張って自分と彼とにシャワーを浴びさせ、ベッドに倒れるように眠った)、フィアンマに近寄る。
機嫌良さそうに鼻唄を唄う様子とは裏腹に怒りが表面化しているのか、フィアンマは正しい持ち方とは程遠い…逆手で包丁を持ち、鶏ムネ肉へ勢いよく突き刺して切断している。
1パック498円の大き目な鳥ムネ肉の入ったお徳用パックは明日賞味期限の為一昨日買ったが冷蔵庫に置きっ放しだったものであり、肉特有の赤い汁がパックに染み出している。
肉を取り出した時に恐らくその汁(水気の多い血液)だと思うのだが、フィアンマの頬には血液が付着し、白い頬をうっすらと、羞恥ではなく物理的な意味で赤く染めている。

「…おはよう、当麻」

包丁片手ににこっと微笑むフィアンマの姿は、いつものスーツの上に白色でフリルのついた可愛らしいエプロン(高校卒業の折りに悪ふざけがてら青髪ピアスがくれたもので適当に放置していた)を身につけており、新妻にありがちな様相だ。
細身で髪もセミロングという長さだからか、角度によってはスレンダーな女性にも見えるし、よく似合っている。
問題は、そのエプロンに多量の血液が付着していることと、頬にも水気の多い血液があり、血の滴る包丁を逆手に握りしめたまま、上条を見つめる目が笑っていないというところだ。

「良い夢は見れたか?」
「ごめんなさい!!」
「俺様は嫌だし要らんと言ったのだがな」
「ごめんなさい本当に全部上条さんが悪かったので包丁を置いてください」
「謝る必要はないんだぞ? 俺様は当麻を醜い獣に変えてしまう性欲の根本を切り取ってやろうと思っただけなのだから。これは優しさだよ」
「すいませんでした申し訳ありませんっ」

怯えて後ずさる上条を包丁片手に追い詰めるフィアンマの姿は地獄の王も真っ青な程に威圧感を放ち、非常に恐ろしい。

「…ふん。分かれば良い」

ぷい、とそっぽを向いたフィアンマは包丁を正しく持ち、頬を拭った上で調理を再開する。
エプロンと包丁に血液を付けた事、頬に血の汁を付着させる、といった行為は上条の恐怖心を煽り立てるためのもの(加えて悪趣味な冗談)で、無駄に鶏肉を傷つけている訳ではなく、フィアンマはいたって普通に親子丼を作っていた。
傍らには溶き卵や醤油、砂糖等があり、その調味料からも内容が推測できる。

「…ありがとな」
「ん…?」
「何ていうか…その、色々」
「要領を得ない発現は慎んでもらおうか。意味がわからん」
「……フィアンマの飯がまた今日から食えるかと思ったらちょっと涙出てきた」
「…馬鹿だな、お前は」
「馬鹿とは何ですか馬鹿とは…っ」

玉ねぎ等材料一式を鍋に入れ、フィアンマは楽しそうに微笑んで上条の頬へと口付けた。
上条は自分がようやく自分らしく戻れたな、と安心し、ようやく満たされ直した幸せに、弛みっぱなしの笑みを浮かべるのだった。




350: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 22:17:38.54 ID:eQj4aEle0


フィアンマと上条当麻が同棲を再開して、数年。
『神の右席』は平和故に今まで以上に動きを潜めており、フィアンマはこの数年間一度としてイタリアには帰っていない。
学園都市の地理にもだいぶ慣れたフィアンマは、単独で買い出しに出かけ、数時間と経たない内に帰宅した。
そして夕飯の支度を終えた後、一通の素敵な手紙を発見する。

上条当麻はといえば、フィアンマが自分の傍に戻ってきて以来、自分らしさを取り戻していた。
例えば、人助けをするだとか。
例えば、ラッキースケベに遭遇するだとか。
恋人が居ても、むしろ恋人が居るからかは不明なものの、その優しさと包容力とで、上条当麻は非常に”モテる”。
大きな要因としては、上条が男女わけ隔てなくのんびりと優しく接するからだろう。
男性からは信頼を、女性からは好意を得る好青年、そんな上条は現在教職に就いている。
中学校の担任教師をしている上条は、時折女子生徒から告白される時がある。
多少人間不信が改善されたとはいえ依然としてフィアンマ一筋の上条はなるべく相手を傷つけない様にして丁重に丁寧に断っているのだが、ラブレターを教職員ゲタ箱に入れられてしまっては仕方がなく持って帰る訳で。
幸い逆恨みする生徒は一人も居らず、上条もそんな善意に甘えて直接的な告白には直接的な断りを、ラブレターにはお断りの手紙を返している。
お断りの手紙といっても本題にはあまり触れていないものだ。
やましい事は一切書かれていない。
そんな鉄壁のガードにも関わらず未だにラブレターを寄越されたりする上条は本当に生粋のフラグメイカーなのだろう。
本人は、こけそうになった生徒を助けるのは当然のことだと考えているだけなのだが。
そして、フィアンマは現在、可愛らしい封筒から中身が飛び出している―――上条宛てのラブレターの表面を撫でていた。

「ただいまー」
「お帰り、当麻。食事にするか? 風呂にするか? それとも俺様と話し合いをするか? むしろせねばならんよお前は」

機嫌良く帰宅した上条はフィアンマと視線を合わせ、最近は笑っている事の多かった優しい瞳ではなく、恐ろしさを帯び笑っていない金色の瞳を見るなり身体を強張らせた。

「…っ」
「肉塊。そこに座れ」
「はい」

もしフィアンマが女性であれば、上条当麻は対外的に確実に恐妻家と呼ばれることだろう。
姿勢正しく正座をする上条の様子を見ながら、フィアンマは優雅な動きでベッドへと腰かけた。
そのまま右脚を上にして脚を組む。
にっこりと微笑みながら手紙を見せ、フィアンマは首を傾げる。
小首を傾げるといういたって普通の動作だが、上条にとってその動作は死神が鎌を構えているようにしか見えなかった。
冷や汗が顔どころではなく全身を伝っていく。

「俺様というものがありながら…不貞行為を働くとは良い度胸だ。こうして文面でれっきとした証拠まで残すとはな」
「ち、違うんだフィアンマ、話しを聞けって、な?」
「まぁ、俺様は男だからな。女体を求めて風俗に手を出すのは一向に構わんよ。心まで明け渡してはいないのだからな。しかし、あれだよ。これは商売女のものとは程遠いと見る、どう言い訳を聞かせてくれるんだ? 楽しみだ」
「と、とりあえず、それは学校の生徒がゲタ箱に」
「ほう、自らが教職に就いているというのに、その学校の生徒と…大したものだ、見下げるよ」
「だから違うんだって!」
「違う違うの一点張りでは何も変わらんぞ」
「一方的にいただいたというかですね、」
「返事の書きかけがあったぞ。密通する気だったのだろう?」
「そんな訳ねぇだろ!」
「吐くなら今の内だぞ。切り落とされる肉の量が前菜かメインディッシュかが決まる大事な問答だ」

フィアンマの右腕から、歪にもう一本の腕のような物がメキメキと剥離していく。
いつでも振れるぞ、と言わんばかりに右手を掲げて見せるフィアンマの気を宥めるべく、上条は深呼吸してベッドに飛び込んだ。
手紙はフィアンマの手から離れて床にはらりと落ち、上条はフィアンマが攻撃に出る前にフィアンマの右手を自らの右手で握る。

「聞けって!」
「……」
「あれは、生徒が勝手に下駄箱に入れたやつなんだって。今までも何度か貰ってるけど、その度にお断りしてる」
「……」
「俺が嘘ついてるかどうか位、フィアンマなら分かるだろ?」
「…それは、わかるが」
「…俺はフィアンマしか好きじゃないし、浮気する気力も度量も無い。そもそも浮気したらフィアンマが傷つくしな」
「当麻…」
「…分かってくれたか? フィアンマ」

ほっとする上条を見上げ、フィアンマは指先で上条の頬に触れた。
先程のような何もかも覆い隠すようなにっこりとした笑顔では無いものの、にこりとやや硬い笑顔を浮かべて、赤き青年はそっと囁いた。


「……まぁ、この俺様を不安にさせたのだから、今夜のカレーは当麻の分だけ激辛にはなるだろうな」
「…ふ、不幸だー!」


不幸だと叫ぶ黒髪の青年は、それでも幸福そうに、楽しそうな笑顔を浮かべていた。







おわり



352: 『エピローグ』  ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 22:18:27.80 ID:eQj4aEle0


学園都市ではない、日本のとある街の、とある病院で。
七十代後半だと思われる白髪の老人が、病院のベッドで横たわったまま、傍らに居る青年を見上げる。

「…フィアンマ」
「…ん?」

似てはいませんが祖父と孫です、とでも言われれば納得してしまいそうな程に、老人と青年との見目から読み取れる年齢は離れている。
実際には青年の方が年上なのだが、そう言っても信じる者はほとんど居ないだろう。
潤いの無い老人の―――上条の手を握り、青年―――右方のフィアンマは、静かに目を伏せる。
何十年も共に過ごしたが、しかし、それでもたった何十年。
最低でも後三百年は生きる計算になるフィアンマは、上条と出会った時の容姿のまま、さほど変化の無いまま、上条を看取る。

「…ごめんな、寂しくさせて、さ」
「……、…慣れているからな」
「ごめん…」
「構わんよ。お前と過ごせたこの長い間、楽しかった。この記憶さえあれば、これからどんなに単調でつまらない日々でも耐えられるというものだ」

泣きそうな顔で無理やりに笑う青年の顔を、上条はのろのろとした手つきで優しく撫でる。
職人が作り上げたかの様に美青年の体に整えられているフィアンマの容姿は、上条が少年だった頃から、本当に、本当に何も変わっていない。

「生まれ変わったら、フィアンマの事、探しに行くからさ。約束、」
「…守れない約束を、するな。生まれ変わりなどない、人生は一度きりだ」
「それ、は…フィアンマがローマ正教徒、だからだろ…日本人は、生まれ変わり、結構信じてるから、さ」

握っていた手が、指きりの形で提示される。
青年は少し迷った後、老人の約束に応えた。
老人が少年だった頃、指きりをして、約束を破ったフィアンマは彼の嫁の様な立場となった。
老人が青年だった頃、指きりをして、フィアンマは彼が死の淵にあるこの瞬間と共に居る、約束を守った。
二度の約束を経て今再び交わされる三回目の約束はきっと双方叶えられないものだ。
仮に生まれ変わりなんてものがあったとしてもその人間に前世の記憶は無いのだから。
そうと分かっていて尚、フィアンマは期待と希望を作るために指きりをした。
童唄を囁くように唄い、絡めた指をそっと離す。

「俺、来世も『幻想殺し』持って産まれてくるから、さ」
「無理を言うな。次代の『幻想殺し』が同じ魂に付くとは限らん」
「それでも、だよ。運命なんて、さ、人の意思で決める事だろ。宿命も、自分で決める事だ」
「…、…」

再び手を握り直し、フィアンマは小さく頷いた。

「信じるぞ、当麻」
「あぁ、…げほっ、」

けほけほと咳き込む上条の胸元を撫で、フィアンマはそっと目を閉じさせる。

上条当麻という一人の老人はしばらく噎せた後、目を閉じたまま、穏やかに長く息を吐き出して。



――――静かに息を引き取った。




354: 『One-act nella Chiesa』  ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 22:19:28.14 ID:eQj4aEle0


一人の青年が、普段の赤いスーツではなく、珍しく黒い神父服を纏い、とある教会の席で聖書を読んでいた。
ぼんやりとした表情は、何か大切なものを失ったかのような、絶え間ない喪失感と絶望に満ちていた。
そんな時、唐突に教会の扉が開く。
パタリと聖書を閉じて、フィアンマは振り返った。

「おにいさん!」
「…、…どうした?」
「かみさまのおはなししてくれよ」

幼い少年が教会に入ってきたかと思うと、青年に近寄ってきた。
にこにこと屈託の無い笑みを浮かべる少年の頭をそっと数回撫でて、つられたように薄く微笑む。
この少年は孤児であり、児童養護施設で暮らしているのだが、施設近くにあるこの教会に時折訪れる。
その時は決まってフィアンマがこの教会に居る時だ。
偶然が、必然か。
運命が人の意思によって変えられ定まっていくのなら、偶然などこの世には存在しないのだから、必然というべきか。
この少年の右手には、特殊な力が宿っている。
どんなに不可思議な力でも、触れるだけで壊してしまうという特別なものだ。

たとえば、超能力によって生み出された電撃だとか。
たとえば、魔術によって生み出されたワインだとか。

そんな『異能の力』を完膚無きまでに消し去るその右手は、『幻想殺し』と呼ぶべきだろう。

「きょうこそおしえてもらうからな、おにいさんのとし」
「断る」
「なんでー!」
「何でもだ」

むむー、と頬を膨らませる少年の頭を撫でて穏やかに宥めながら、フィアンマは立ちあがった。

「着替えてくる。何か食べたいものはあるか?」
「パンナコッタとアイスココア!」
「そうか。此処で待っておいで」
「はーい」




―――三度目の約束が果たされたのかどうか、それは神のみぞ知るところである。




356: ◆2/3UkhVg4u1D 2012/06/17(日) 22:22:55.24 ID:eQj4aEle0

以上で当スレは終了となります。

上条さんがヤンデレなフィアンマさんから逃げようと頑張る安価スレを立てる可能性がありますので、もし見かけた時お付き合いいただければ幸いです。



短い間でしたが、お付き合い、及び閲覧いただき本当にありがとうございました。


元スレ
SS速報VIP:フィアンマ「俺様というものがありながら…」上条「ふ、不幸だー!」