SS速報VIP:まどか「だってわたしは、魔法少女……鹿目まどかだから」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1355407558/1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:05:58.48 ID:2b4Nvpqro
プロローグ
――――――――――
夢を見ていた。 最近よく見るようになった、奇妙な夢だ。
見渡す限り真っ白な空間に、一人の女の子が横たわっている。
わたしはその子のすぐ横に、寄り添うように伏せていた。
「――――――」
彼女は消え入りそうな声で何か言うけれど、何を言っているのかは聞き取れない。
「――――――」
でもその声で、わたしは彼女が、ほむらちゃんであることに気づく。
思えば最初からずっと、ほむらちゃんはわたしに顔を向けていたのに……
なぜかその時まで、わたしはそれに気が付かない。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1355407558
2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:07:34.01 ID:2b4Nvpqro
そして唐突に、わたしは知ってしまう。
もう、ほむらちゃんの命が永くないこと。 それなのに、わたしに出来ることは何もないこと。
でも、彼女はそれを…… 死んでしまうことを、どこか喜んでいること。
「――――――」
ほむらちゃんは幸せそうな笑顔で、わたしに何かを話しかける。
相変わらず何を言っているのかはわからないけど、でもそれが、自慢話のようなものであることはわかる。
これから死ぬんだよ、羨ましいでしょう? とでも言うように、少し得意げな顔をして、それからにっこり笑うから。
わたしはそれが悲しくて、悔しくて仕方がないのに、涙は一滴も出ない。
何かを言うことも出来ないし、顔を歪ませることすら出来ない。
ただ、ほむらちゃんの顔を見つめていることしかできない。
「――――――」
ほむらちゃんは、そんなわたしの頭を撫でてくれる。
だけどそれからすぐに、動かなくなってしまう。
わたしはそれを、ただずっと見つめている。
そんな夢だった。
――――――――――
1
――――――――――
例えば、幽霊が見える体質の人。 いわゆる霊感がある人。
まどか「…………」
まどか『……ねえ、キュゥべえ』
QB『6分28秒』
まどか『嘘…… もっと経ってるよね?』
QB『嘘じゃないよ』
まどか「…………」
そういう体質なのに、お化けに対して何も出来ない人。
お経も知らないし、御札も持ってないし、超能力も特にない。
もし幽霊に目をつけられたら、震えながらお寺に駆け込むしか出来ない。
ただ、見えるってだけの人。
まどか『ねえキュゥべえ…… あとどれくらいで来ると思う?』
QB『なんとも言えないね』
QB『最短距離で来れば、10分かからないと思うけど』
まどか『で、でもマミさんの家って、そんなに遠くないよね?』
QB『この時間は外で見回りをしてることが多いから、あまり関係ないよ』
まどか「…………」
QB『あ、ちなみにさっきの質問は3回目だね』
まどか「…………」
それが、今のわたしだった。
まどか『ねえ…… 外にいる魔獣ってさ』
まどか『わたしが不味そうだったら、見逃してくれたりしないのかな……?』
QB『前例はないね』
まどか「…………」
QB『ちなみにこの質問は4回目さ』
まどか「…………」
……どうしてこうなっちゃうんだろう。
…………………………
マミ「良い? 鹿目さん」
マミ「近ごろは妙に瘴気が濃いから、夜は一人で出歩いちゃダメよ?」
数日前、マミさんから言われたことが今になって身にしみる。
瘴気が濃い、というのがどういう状態なのかは想像がつかないけれど、
平たく言えば、最近「魔獣」の発生する確率が上がってきているらしい。
もちろん、そんな状況で外に出ようとは思わない。
でも、気がついたら家を抜けだしてしまっていたのだから仕方がない。
何かとてつもない悪夢を見て飛び起きたとこまでは覚えているけど、そこから先の記憶は無かった。
キュゥべえが危険を知らせる声にはっとして我に返ると、何故かパジャマのまま素足に靴を履いて、
深夜の誰もいない道をとぼとぼ歩いていた。
なぜそんな行動をとっていたのか、自分の身に何が起こっていたのか……
キュゥべえなら知っているかもしれないが、今はそれを確認している余裕も無い。
まどか『キュゥべえ…… まだ、外にいるの?』
QB『うん、すぐ近くに居るよ』
まどか「…………」
とっさに近くの公衆トイレへ飛び込んだは良いものの、逃した獲物を探しているのか、
あの「魔獣」がこの辺りから離れる様子は当分無いようだ。
立て付けが悪くてぴったり閉まらないドアの隙間から、慎重に外をうかがってみる。
まどか「……っ!」
一瞬声を上げそうになったのを、辛うじてこらえる。
キュゥべえの言うとおりすぐ近く、それも本当に目と鼻の先に、彼は居た。
それは一見すると、普通の人間のようにも見えた。
灰色のローブのようなものをまとった、男性の人影。
若いとも、お年寄りともつかない顔は文字通りモザイクがかかったようになっていて、
厳しく引き締められた口元だけが、街灯に照らされぼんやり浮かび上がっている。
ただ、人間にしてはあまりにも背が高い。 というより、全体的に大きい。
どう見ても2メートル以上はあるのっぽの怪物が、手を伸ばせば届きそうな場所に突っ立っている。
ゲームやお話の中では日常茶飯事でも、実際に遭遇してみると信じられないほど圧迫感があった。
魔法少女という名前には多少のあこがれがあったけれど、
こんなものと戦わなければならないなら、わたしにはどの道無理だったかもしれない。
まどか『……ね、ねえキュゥべえ』
たまらず目を逸らし、胸に抱いた白い猫のような動物に話しかける。
話すといっても、この状況じゃ声は出せない。 この不思議な生き物は、いわゆるテレパシーを使えるのだ。
本当なら、魔法少女の才能が無い人間にはテレパシーはおろか、姿を見ることすらできないのだけど、
何故かわたしはその例に当てはまらないらしい。
QB「…………」
まどか『えっと、ここに隠れてから何分くらいたったかな?』
QB「…………」
まどか『……? キュゥべえ?』
QB「…………」
……おかしい。 何の反応も無い。
別にこんなことを聞いたところで何か変わるわけではないけれど、
この状況で話し相手すら居なくなってしまったら、とても正気を保っていられない。
物音をなるべく立てないように気をつけながら、わたしはキュゥべえの体を揺さぶった。
まどか『キュゥべえ…… どうしたの? 返事してよ!』
QB『……ああ、ごめんねまどか』
まどか『! やだもう…… びっくりさせないで』
QB『向こうとの通信に集中したくてね、ちょっと距離がギリギリだったものだから』
まどか『向こう……?』
わたしがその言葉の意味を理解するよりも早く、止まっていた状況が動き出す。
もうすっかり聞き慣れた声が、テレパシーではなく、直接周囲に響き渡った。
マミ「――待たせたわね、鹿目さんっ!!」
…………………………
魔法少女は、「魔獣」を狩る力を持った人たちのことだ。
その身体能力は数倍にも高められ、さらには魔法によって傷を癒すことさえできる。
しかしそんな彼女たちも、流石に素手であの怪物に立ち向かうわけじゃない。
槍や弓矢など、それぞれが独自の武装をもって戦いに挑む。
ベテランの魔法少女であるマミさんは、銀色の単発銃を武器としている。
そしてやっぱり今晩も、駆けつけた彼女が手にとったのは銃だった。
まどか「マミさん!」
扉を押し開けて外を見ると、ちょうどさっきの魔獣の正面に、その半分ほどしかない小さな影が立っていた。
彼女はこちらを一瞥し、まるでスカートを払うような動作で右手を後ろに振り上げる。
その細い手が一瞬黄色い閃光に包まれたかと思うと、既にしっかりと魔法の武器が握られていた。
それは確かに銃器の類だったけれど、普段使っている細長いライフルとは似ても似つかない、奇妙な形状をしている。
持ち手が極端に長く、反対に銃身は短い。 銃というよりは、ハンマーのような形だ。
実際、マミさんはそれを鈍器として扱うつもりのようだった。
マミ「……えいっ!!」
ぼんやりと立ちつくしている魔獣に一瞬で詰め寄り、くるりと一回転しながら
その短く巨大な銃身の撃鉄側を渾身の力で叩きこむ。
もちろん、ただ殴っただけではない。
その銃身が敵に触れる寸前に、相手とぶつかるのとは反対側、つまり銃口から巨大な弾丸が放たれる。
そしてそのまま、銃とマミさんのすぐ近くで、それは容赦なく炸裂した。
魔法による爆発の衝撃波を受けて、それ自体が銃弾のように加速したハンマーが魔獣の体に叩きつけられる。
ひょろりとした長い体が、綺麗にくの字を描きながらまっすぐに吹き飛んでいった。
一瞬遅れて伝わってきた破裂音が、耳と体を打つ。
マミさん自身もその衝撃を受け止めきれなかったのか、しばらくその場で回転した後、半ば武器を投げ捨てるようにして
こちらへ駆け寄ってきた。
マミ「鹿目さん!」
まどか「あ……っと」
マミ「大丈夫? 怪我はない?」
まどか「は、はい…… ちょっと音にびっくりしただけです」
マミ「そう…… 間に合って良かったわ」
いくら自分で起こした爆発とはいえ、流石にさっきの行動は無茶だったのだろう。
マミさんの衣服は左側が少し焼け焦げ、グローブは破れて血が滴っていた。
遠距離から撃つことも出来たのに、あえてわたしから引き離すことを優先してくれた結果だ。
マミさんは一度左右に首を振ると、帽子の位置を直しながらわたしに向き直った。
マミ「良い? 鹿目さん、落ち着いてよく聞いてね」
まどか「はい……?」
マミ「本当なら、あなたのそばを離れたくはないんだけど……」
マミ「……今日出現した魔獣は、一体じゃないみたいなの」
まどか「え? でも……」
わたしが見たのは一体だけだった、と言いきる前に、マミさんは先程の魔獣が飛んでいった方を指さした。
マミ「あっちの方に、多分……さっきのも合わせて10くらいは居るわね」
まどか「……!」
マミ「それも、こっちに向かってゆっくり移動しているわ」
マミ「おそらく、あの一体はただの斥候だと思う」
まどか「そしたら、マミさんは……!」
マミ「大丈夫、私ひとりでも十分倒せる量よ」
マミさんは小さく笑って、自分の胸を軽く叩いてみせた。
間に合ったことに安心したのか、さっきまでの焦りは一切ない。
それでもどこか、声には不安そうな響きが交じっているようだった。
マミ「……でも、あなたを守りながら戦うのはちょっと厳しいかもしれない」
マミ「だから私が向こうに行ったらすぐに、走ってここから離れなさい」
マミ「わかった?」
まどか「……はいっ!」
マミ「じゃあそろそろ行くわね……キュゥべえ! 後は頼んだわよ!」
キュゥべえからの返答を待たず、マミさんは暗闇に向かって駆けていった。
それとほぼ同時に、腕の中にあった感触がするりと抜け落ちる。
キュゥべえは音も立てずに着地すると、少し離れてから振り返った。
冷たい深紅色の両眼が、暗い道路の上でぼんやりと光る。
QB「ほら、僕らも行こうよまどか!」
わたしははっとして、慌ててキュゥべえの後を追いかけた。
…………………………
QB「――まどか! 次の角を右に曲がって!」
公衆トイレのあった公園からずっと走り通して、そろそろ足がもつれるようになったころ。
すぐとなりを涼しい顔で並走していたキュゥべえが、急に声を張り上げた。
まどか「えっ!? げほっ……で、でもまっすぐ行かないと、家に……」
わたし達がさっきの魔獣に出くわしたのは、家からそう遠くない細い道だった。
でも必死で逃げている内に、家から少し離れた公園までたどり着いてしまっていたらしい。
しかも、マミさんが飛び込んでいった暗がりは正にわたしが走って来た方向で、つまりは家への帰り道でもあった。
そこから離れようとして走れば、必然的に家からは遠のいてしまう。
だからわたし達は、マミさんが戦っている道路を大きく回りこむようにして家に向かっていた。
当然、走らなければならない距離は行きの倍以上にもなる。
ただでさえそんな回り道をしているのに、キュゥべえが曲がれと言った方向は、家とはまるで正反対だった。
QB「そろそろ疲れてきているだろうけど、仕方がないよ。 我慢してくれ」
まどか「そん……ぜえっ、そんな……はあっ、はあっ……」
QB「だってまどか…… 正面に見える、あの民家の屋根を見てみなよ」
まどか「へっ……?」
わたしはその曲がり角の辺りで、半ば立ち止まって息を整えながら、言われるままに前を向いた。
民家と言っても、あの辺りの建物はみんなそうだ。 ただ民家の屋根と言われても、どれを指すのかすぐにはわからない。
それでも、キュゥべえが何を言いたいのかは、はっきり理解できた。
今わたしが立っている場所の、少し奥の方にある家の屋根の上に、それは居た。
身の丈2メートル以上は優にある灰色の巨人が、体を折るようにして下の道を覗き込んでいる。
ここにきて新たに湧いてきた魔獣は、下を通る獲物を、わたしを待ち構えていた。
QB「だからまっすぐ進むのは無理だよまどか…… まどか? 聞いているのかい?」
走らなければならない。 すぐにここから離れなければならない。
わかっているのに、体が動かない。
走っている途中は気にならなかった汗が、顔を伝って垂れていくのが感じられた。
顎まで流れて来た末に、しずくとなってアスファルトへ落ちる。
その瞬間、モザイクがかかった魔獣の首が、ぐるりと回ってこちらを向いた。
気がつくと、わたしは無我夢中で走っていた。
隣を走るキュゥべえが鋭く叫ぶ。
QB「次の三叉路を左へ曲がって! また新手だ!」
今度は余計な口を挟まず、言われた通りに左へ進む。
後ろのほうで、何かが呻くような音が聞こえた。
振り向いて確認する勇気は無い。
前を向いたまま、ひたすら走り続ける。
既に、街の風景は見慣れないものになっていた。
魔獣たちを避けている内に、普段はあまり行かない方まで来てしまったようだ。
何時になったら家に帰れるのか、いよいよわからなくなってきた。
随分と長い外出になったけれど、家族にはもう気づかれてしまっているだろうか。
走りすぎて朦朧としてきた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
QB「――まどか! 気をつけて!」
キュゥべえの声が頭に響き、わたしははっとして顔を上げた。
目の前は一直線の細い道路だ。 横道も曲がり角も無い。
……その少し先に、いつのまにか灰色の巨大な影が立ちふさがっている。
慌てて振り返ると、追いかけてきた方の魔獣はもうすぐそこまで迫っていた。
すでに、見上げないと全体が見えないくらいの距離だ。
まどか「……あ」
思わず立ち止まった途端、足が唐突に動かなくなった。
まどか「え? わっ……」
糸が切れたように膝が折れ、その場で為す術もなく尻餅をつく。
……ろくに運動もしない体には、既に限界が来ていたようだ。
QB「まどか、立って! 触れられる前に逃げるんだ!」
まどか「……っ!」
無理だよ、と叫ぶ余裕すら無い。
酷使し続けた足はがくがく震え、まるで体から切り離されたように少しも動かせなかった。
後ろに突っ張った腕も、体を支えるのに精一杯で這うことさえできない。
唯一動く顔をあげ、眼の前に迫った敵を見上げる。
真正面から見ると、ドアの隙間から覗いたのよりも、その異常な大きさが目についた。
人間のような形をしてはいるが、決してそうではない。
屍肉みたいな肌の色や、表情を感じられない顔がどうしようもなくそれを示している。
しかしあくまで、その動作は人間のように……それはゆっくりと、衣服の隙間から長く痩せこけた腕をつきだした。
QB「――伏せてまどか!」
折り曲げた肘がアスファルトにぶつかり、小さな痛みが走る。
構わず腕に力を込めても、重い下半身が枷になって動けない。
仮に動けたとしても、うしろには既にもう一体の敵が待ち構えているのだろう。
もう逃げることはできない。
それなのに、魔獣はしばらくの間、寝転んだようになったわたしに手を差し伸べたまま突っ立っていた。
少し腰を曲げれば手の届く距離に居るにもかかわらず、その最後の一歩を踏み出そうとしない。
まるで何かに気を取られているかのように、口を少し開けたまま、ぼんやりと遠くの方を見つめている。
まどか「……あっ!」
汗が流れこんでぼやけた目を擦り、もう一度見上げた時、わたしは初めてそれに気がついた。
モザイクのようなもので覆われた頭の真ん中に、いつの間にか何かが突き刺さっている。
あまり長くない棒状のもので、その形は矢に近い。
それ自身がぼんやりと光っているにも関わらず、濃い紫色の矢は、背景の夜空にすっかり溶け込んでいた。
「――遅れてごめんなさい、まどか」
背後から、親友の声が聞こえたその瞬間。
それまでしぶとく立っていた魔獣は、無数の矢で剣山のようになりながら、音も立てずに倒れこんでしまった。
…………………………
QB「いやあ、ギリギリだったねほむら」
ほむら「……あなたが自分の足で駆けまわっていれば、もう少し早く来れたかもしれないわ」
魔獣の残骸はしばらくモザイクの塊のような状態で道路に横たわっていたが、
やがてモザイクの欠片が小さくなり、最後にはいくつかの小さな立方体が転がるのみになっていた。
彼女たちがグリーフシードを呼ぶそれを拾い集めながら、ほむらちゃんは肩に乗ったキュゥべえを睨みつけた。
QB「それは無茶というものだよ、僕にはまどかの道案内という仕事があったんだからね」
ほむら「わかってるわよ……少し言ってみただけ」
彼女はわたしのクラスメイトで、友人の一人で、魔法少女でもある。
ただ、そのことを知ってはいたものの、彼女の魔法少女としての姿を見るのはこれが初めてだった。
紫色のシンプルな服を着て、黒い弓を左手に握っている。
さっきまで広げていた奇妙な翼のようなものは、どこにどうたたみこんだのか、既に見えなくなっていた。
全体的に黒っぽく落ち着いた色合いの中で、長い黒髪をまとめたリボンだけが可愛らしく派手なピンク色をしている。
それは彼女がもっとも大事にしているリボンで、普段から常に身に着けているものだった。
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「どうしたの? まだ痛むところがあるかしら?」
まどか「あ、ううん……さっき治してくれたので全部だよ」
まどか「あんまり怪我したわけでも無いし」
ほむら「……そう。 良かった」
まどか「……ねえ、ほむらちゃんはキュゥべえのことが嫌い?」
ほむら「別に……? 好きでもないけど」
まどか「……そっか」
QB「きゅっぷい?」
キュゥべえがきょとんとした顔でこちらを見る。
感情があまり無いというのを自覚するだけあって、魔法少女からの評価にも興味が無いらしい。
それよりも、と前置きして、キュゥべえは小さく首を傾げながら言った。
QB「まどか、君はどうしてこんな夜中に外出したんだい?」
まどか「えっ?」
QB「急に起きたと思ったらそのまま家を飛び出して、とりあえずついていったんだけど」
QB「途中話しかけても何も返事をしないし、ずっと疑問に思っていたんだ」
まどか「あ……それは」
ほむら「そうね……私にも聞かせて欲しいわ」
ほむら「最近瘴気が濃いということは、あなたにも連絡が行っていたと思うけど?」
まどか「……それが、よく覚えてなくて」
正直に白状すると、ほむらちゃんは少し呆れたような、困ったような目でわたしを見た。
それでも本当に覚えてないのだから仕方がない。
まどか「ほ、ほら……夜中に起きだしちゃう病気とかあるでしょ?」
QB「夢遊病のことかい? でも僕が見ていた限りでは、意識ははっきりしていたよ」
QB「僕の言葉には返事をしなかったけど、しゃべってもいた」
まどか「え? そんなの全然覚えてないよ……どんなことを言ってたの?」
QB「魔法少女達の名前を呟いていたかな……具体的に言うと、マミ、杏子、そして一番よく言っていたのはほむらだね」
ほむら「私……?」
QB「ああ、そういえばさやかの名前は言っていなかったね。 何か思いだせたかい?」
わたしは黙って首を横に振った。
キュゥべえの話の中で覚えているのは、夜中に飛び起きたということだけだった。
ほむらちゃんたちの名前を言った覚えも、外に出かけた覚えもない。
QB「それと、随分焦った様子で言っていた言葉が一つあるよ」
まどか「それも、誰かの名前?」
QB「いや、ただ一言――」
でも。
その次にキュゥべえが言ったことは――別にそれを覚えていたというわけではないけれど、それでも何か、
わたしにとっては重要なことだったらしい。
らしいというのは、それを聞いた途端、頭を殴られたような衝撃が走って……
わたしはそのまま、気を失ってしまったそうだ。
わたしは翌朝目が覚めてから、そのことをキュゥべえから聞いた。
そして何度も反芻してみたけれど、まだ、それが何なのかは思い出せてはいない。
QB「――ワルプルギスの夜、と」
――――――――――
2
――――――――――
マミ「……それで、頭の方はどう? まだ痛むかしら?」
魔獣に追い掛け回された、二日後の昼休み。
例のテレパシーを通じて、わたしは学校の屋上に呼び出されていた。
まどか「いえ、大丈夫です」
まどか「……起きた時には、もうどこも痛くなくって」
まどか「それから一回も、痛くなったりはしてません」
マミ「それは良かったわ…… きっと、暁美さんが治療してくれたのね」
マミさんは虚空から取り出したティーカップに紅茶を注ぎながら、どこか申し訳なさそうな表情をした。
自分ひとりで対処しきれず、後輩の手を借りたことを気にしているのかも知れない。
こちらとしては彼女も命の恩人には変わりないけれど、それを口にだすのは思いとどまった。
この生真面目な先輩は、そんなふうに慰めようとすればなおさら落ち込んでしまうだろう。
マミ「あなたから連絡が来た時、一応暁美さんと佐倉さんにも伝えておいたのよ」
マミ「最近、なぜか大量に発生することが多かったから…… もしかしたらって思って」
マミ「そしたら案の定、ってわけ」
まどか「……あれ、普通じゃないんですか?」
マミ「明らかな異常事態だったわ」
マミ「あんなにぽこぽこ出てくるなんて…… 私が今まで見た中でも最大規模よ」
マミ「全部退治するのに、昨日は朝までかかったんだから」
まどか「原因は……何か、あるんですか?」
マミ「今、佐倉さんに調べてもらってるところ」
まどか「そうですか……」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
マミさんはこの妙な状況について何か考えこんでいるのか、真剣な顔をしてカップを睨んでいる。
その表情からは普段の柔らかさが消え去り、隠し切れない緊張が見て取れた。
恐ろしい何かが明確に近づいてきているのに、その正体がまるでわからない。
その恐怖と不安が、長い間戦ってきたはずの彼女をひどく焦らせているのだろう。
まどか「……あの、マミさん」
それでも、わたしはそれが落ち着くのを待ってはいられなかった。
どうしても聞きたいことがあったからだ。
マミ「何かしら?」
まどか「その…… 今日も、ほむらちゃんが……学校休んでるんですけど」
まどか「何か、聞いてませんか?」
マミ「……暁美さんなら、佐倉さんとは別に、何か調べることがあるとか言っていたような」
まどか「そう、ですか……」
まどか「……あの、なんとかして会えませんか?」
マミ「会えませんかって……携帯電話の番号とか、知らないの?」
まどか「出ないんです、昨日から……家も留守にしてるみたいで」
マミ「あら…… でも、暁美さんには珍しくないことだし、そんなに急がなくてもすぐ会えるでしょう?」
まどか「なるべく早く、聞きたいことがあるんです」
マミ「どんなこと?」
まどか「それは……」
――ワルプルギスの夜。
一昨日の晩――深夜だったので正確には昨日の早朝だが――わたしはその言葉を聞いて気を失った。
なんでもないような言葉なのに、なぜそこまでショックを受けたのか…… 今になっても、まだ何も思い出せない。
それでも、それがわたしにとって大切な言葉だということは変わらないし、自分でもそういう気がしていた。
だから、どうしてもそれが何なのかを思い出したい。
そしてその手がかりになりそうな人は、ほむらちゃんしか居なかった。
キュゥべえには色々聞いてみたけど、一昨日聴いた以上のことは知らないらしい。
わたしを家に送り届けた後、ずっと連絡が取れないのは何か知っているのかもしれないし、それに……
あの時わたしが一番多く口にしていた名前は、彼女だったそうだから。
マミ「……鹿目さん? どうかした?」
まどか「えっ? あっ……大したことじゃないんですけど」
マミ「そう……? あっ、そうだ」
マミさんが軽快に指を鳴らす音が、静かな昼休みの屋上に鳴り響く。
少しびっくりしてそちらを見ると、さっきまで持っていたティーカップがたちまち細かい光の粒になって、
跡形もなく消え失せてしまった。
マミ「そんなに会いたいなら、あなたも明日家に来たらどうかしら?」
マミ「佐倉さんが探してきた情報を、私の部屋に集まって発表することになってるの」
マミ「……たぶん、暁美さんも来ると思うわ」
まどか「! ……でも、いいんですか? わたし、魔法少女でも無いのに……」
マミ「あなたの場合は、ちょっと事情が特殊でしょう?」
マミさんはベンチから立ち上がると、小さく伸びをした。
休み時間の終わりを告げる鐘の音が、壁の向こうでぼんやりと鳴るのが聞こえる。
マミ「あなたは魔獣も、キュゥべえも見ることができる。 テレパシーも通じる」
マミ「ただ契約することだけができない…… でも彼らを感じられるということは、相手にとっても注意を引くものよ」
まどか「狙われやすい、ってことですか?」
マミ「ええ…… 一昨日のようなことがまた起きないとも限らないし」
マミ「もしそうなったら、私ひとりじゃ力不足かもしれないし…… やっぱり、あなた自身も、色々知っておくべきだと思うわ」
まどか「はい! ……ありがとうございます」
マミ「べ、別にお礼をされるようなことはしてないけど……?」
まどか「……あの時、助けてもらったお礼です。 まだ、言ってなかったから」
マミ「! ……ああ、そのこと?」
マミ「……ふふ、どういたしまして」
マミさんは少し困ったような、でも嬉しそうな笑顔を浮かべて、こめかみのあたりを軽く叩いてみせた。
ふと同じところを触ってみると、さっきお辞儀をしたせいかヘアピンの位置がずれている。
……きっと今は、わたしも彼女と同じような顔をしているだろう。
慌ててヘアピンを直しながら、わたしはそんなことを考えた。
――――――――――
3
――――――――――
わたしには、魔法少女の知り合いが4人いる。
いや、居た、と言うべきだろうか。
というのも、その内一人は、もうこの世には居ないのだ。
彼女はわたしの親友で、かけがえのない存在だった。
彼女を失ってからもう結構経つけれど、未だにベッドに入るたび、彼女のことを思い出してしまう。
いや、むしろいつまでもこうして思い出していたいから、忘れたくないから、
わたしはこのヘアピンをつけているのだろう。
…………………………
彼女……美樹さやかが唐突に居なくなったのは、ほむらちゃんが転校してきてからすぐの事だったと思う。
その頃のわたしは彼女が契約していたことも、魔法少女の存在すらも知らなかった。
今思えば、その失踪の少し前に起きた奇跡――当時小さな記事となって新聞の片隅を飾ったりもした、
ある天才少年の劇的な復活が、そこに関係していたのは間違い無いだろう。
といって、彼女の幼馴染であった彼にその責任を求めるわけにはいかないし、
また当時のわたしがそれを知ったところで、何になるということもない。
ただわたしや、その他魔法少女というものに縁のない彼女の知り合いにとっては、
彼女が突然姿を消して、もう二度と帰ってこないという事実だけがあるのだった。
あの時のわたしの動揺と言ったら……一週間以上もふさぎ込んでいたように思う。
わたしにとって、友人の存在は想像していたより遥かに大きいものだった。
あの時ほむらちゃんが頻繁にわたしを訪ねてきてくれなかったら、慰めてくれなかったら……
もしかすると、今も立ち直れていなかったかもしれない。
しかし、彼女を失った悲しみや喪失感の裏には、常にもやもやとした疑念のようなものがあった。
彼女には家出をするような理由は無いし、状況もそれにはそぐわない。
何者かに誘拐されただとか、そういった事件に巻き込まれたにしても、何か違和感が拭えない。
友人や家族のおかげで回復していくにつれ、わたしの中でその疑問はだんだん大きく、無視できないものになっていった。
そしてついにわたしは家を飛び出して、彼女の失踪した場所にたどり着き――
そこで初めて、キュゥべえと出会った。
彼は何もかも知っていた。
魔法少女のことも、彼女が何を願い、何を為すために契約を交わしたのかも、その最期のことも……全てを話してくれた。
まもなくわたしは彼を通して、マミさんと、その仲間でさやかちゃんの友達でもあった杏子ちゃんと知り合った。
そして、ほむらちゃんも魔法少女だったことを、その時初めて知った。
彼女は全て知っていながら黙っていたことを謝って、わたしにさやかちゃんが残した唯一の遺品を差し出した。
わたしはそれを見てやっと、かけがえのない親友を一人、永遠に失ってしまったことを理解した。
その日わたしが泣き止むまで、ずっとほむらちゃんが抱きしめていてくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
…………………………
こうして、それまで何もつけていなかったわたしの髪に、小さなヘアピンが加わることになった。
それから何度か、マミさんの部屋にお邪魔したり、魔法少女に関する話を聞いたりしたけれど、
わたしは契約ができないということもあって、直接魔獣と出会ったことは無かった。
それが今になっていきなり大量の魔獣に襲われたのは、何かが起こる前触れなのだろうか?
そして、その直後に現れた……ワルプルギスの夜、という言葉は何を示しているのだろう?
襲われてから3日後の日曜日。
わたしはその答えを知るために、マミさんのすむマンションへと向かっていた。
――――――――――
4
――――――――――
まどか「お邪魔しま……あっ」
マミさんの部屋に入った途端、いつもの紅茶の香りに混じって、甘い匂いが鼻を突いた。
遅れないようになるべく早く来たつもりだったが、主役は既に到着しているらしい。
急いで居間に通じるガラス戸を開けると、テーブルの向こう側に彼女は居た。
お菓子が大量に入ったコンビニ袋を周りに並べ、背中を丸めてうずくまっている。
どうやら、テーブルの上に座り込んだキュゥべえと何かを話し合っているようだ。
声をかけていいものか迷っていると、向こうの方から気づいて声をかけてきた。
杏子「……? お、まどかじゃん」
まどか「杏子ちゃん……ごめん、待たせちゃったかな?」
杏子「いや、今はほむら待ち。 ……ていうか、こんなに急いで来なくたってよかったのに」
QB「まだ最後の作業が終わってないしね」
杏子「うっせ」
杏子ちゃんがキュゥべえの耳を引っ張った拍子に、一枚の紙がテーブルから落ちた。
拾い上げてみると、どうやら見滝原の地図のようだ。
所々に赤いペンで点が書き込まれ、その右上に小さく日付が付け加えられている。
その中で、2日前の日付が書かれた点だけが大量に、しかも密集して打たれていた。
まどか「……あ、これわたしが魔獣に会ったところだ」
杏子「ん? ああ、それはここ最近の魔獣の出現位置だよ」
QB「魔獣の発生は自然的なものだからね。 これからの予測を立てるには、データをまとめる必要があったのさ」
まどか「ふーん…… やっぱり、あの時のはすごかったんだね」
QB「この地域だと、ここ10年でも最大規模だよ」
杏子「ま、そのへんは後で話すからさ。 それより、ちょっと話があるんだけど」
まどか「……? 何?」
杏子「…………」
地図を受け取ると、杏子ちゃんはキュゥべえを無造作に放り投げ、わたしの方へ向き直った。
その表情は意外なほどに真剣で、目には隠し切れない不安が現れている。
わたしはその場に腰を下ろして、次の言葉を待った。
杏子「あいつの……ほむらのことなんだけどさ」
まどか「ほむらちゃんの……?」
杏子「いや、思いすごしだったら良いんだけど、あいつって……」
杏子ちゃんがなにか言いかけたその時、背後でドアが開く音がした。
見ると、大きめのお盆をかかえたマミさんがひょっこりと顔をのぞかせている。
マミ「紅茶とケーキの用意できたわよ……あら、鹿目さん。 何の話してるの?」
杏子「あっ……ごめん、やっぱ後で」
彼女はさっと顔を赤らめて、急いで地図とキュゥべえに向き直ると、それきりそのことには触れなかった。
…………………………
部屋のインターホンが再び鳴ったのは、ちょうどお昼ごろのことだった。
わたしがドアを開けて迎え入れると、彼女は少し驚いたようにわたしの顔を見つめた。
ほむら「まどか? どうしてあなたまで……」
まどか「マミさんが、わたしも話を聞いておいた方がいいって」
ほむら「……そう」
まどか「それと……あの時のこと、ほむらちゃんにも聞いておきたかったから」
ほむら「倒れた時のこと?」
まどか「うん、どうしても気になってて」
ほむら「…………」
ほむらちゃんはしばらくの間、何かを考えこんでいるように、じっと黙っていた。
人形のように整った顔はどこまでも無表情で、相変わらず何の感情も読み取れない。
しかしふと、その白い頬がうっすらピンク色に染まって――
――気がつくと、彼女はいつの間にかすぐそばまで近づいてきていた。
中指に銀色の指輪をはめた細い手が、わたしの髪を優しく、繊細な手つきで撫でる。
突然のことにびっくりして硬直していると、彼女はわたしの耳のあたりに触れたまま、
少しかすれた、小さな声でささやいた。
ほむら「あなたは、このヘアピンをつけるまで……何もしていなかったの?」
まどか「え? ……う、うん」
ほむら「もっとおしゃれをしてみたいと思ったことは無い? そう……リボンなんて、似合うと思うわ」
まどか「……ほむらちゃん?」
彼女はさっと手を引いて、小さくうつむいた。
その顔はさっきまでと同じ無表情を通していたけれど、伏せた視線には動揺が現れている。
ほむら「……何も」
まどか「え?」
ほむら「あの晩は、倒れたあなたを家に運んだだけで…… キュゥべえが知っている以上のことは、何も言えないわ」
まどか「あ…… そ、そうなんだ」
ほむら「役に立てなくて、ごめんね」
まどか「いいよ……そんな、気にしないで」
ほむら「……ありがとう」
ほむらちゃんはそう言ったきり、また黙りこんでしまった。
どう声をかけていいかわからずにぼんやり突っ立っていると、後ろの方からもどかしそうな声が響いてきた。
杏子「おい! もう始めてもいいかい、お二人さん?」
…………………………
杏子「結論から言うと、これは自然災害みたいなもんだね」
杏子ちゃんはテーブルの上に例の地図を広げて、細長いお菓子で指しながら説明を始めた。
テーブルを囲んで座ったわたしたちの視線が、地図の上のある点に集中する。
杏子「昨日一日使って、キュゥべえと一緒に魔獣の出現位置を調べてたわけなんだけど……」
杏子「まず、ここが二日前湧きだした魔獣の群れの、最初の一匹が出た場所な」
マミ「鹿目さんが襲われた道路ね」
杏子「そう、ドンピシャさ。 あいつらはあんまり動かないし、迎えに行った形になるね」
まどか「えっ? そ、そうなんだ……」
マミさんが不思議そうな顔でこちらを見た。
もちろん、魔獣の出る位置を予想することなんてわたしには出来ない。
マミ「引かれていた、ということかしら……? 家を出た時の記憶は無いんでしょう?」
まどか「はい……」
マミ「……やっぱり、あなたも来てよかったわね」
ほむら「…………」
杏子「……まあ、まどかがなんでそんな丁度いいとこに居合わせたかも気になるけど」
杏子「そっちはとりあえず置いとくとして……ちょっと見てな」
チョコレートで覆われたお菓子の先端が地図上を滑り、別の点に移動する。
杏子「魔獣の出現は一体じゃないことが多い。 どうも連鎖してるっぽいんだけど、だから最初の一匹が重要なんだよね」
杏子「それで、今まで出てきた日の、最初の位置を日付順に辿ってくと……」
まどか「……あ」
お菓子は幾つもの点の上を通過しながら、地図の上に一つの図形を描いているように見える。
その図形が見滝原を覆うくらいの大きさになった時、杏子ちゃんはお菓子を口にくわえて、
代わりに指輪をはめた手をかざしてみせた。
するとその軌跡をなぞるように、赤く細長い光が浮かび上がり、再び図形を描き出す。
今度は、さっきは指していなかった点まで含まれていた。
ほむら「……渦巻き、に見えるわね」
それは一昨日の点を中心として、見滝原全体を覆う巨大な渦だった。
渦を形作る線はあちこちで分岐したり、途切れたりしているが、それでも明らかに方向性を持って伸びている。
杏子「そ。 こいつらは二日前のこの1点に向かって、渦を巻きながら集まってきてんのさ」
マミ「集まってる……でも、さっきは自然災害って」
QB「自然災害のようなものさ。 この行動は彼らの意思では無いからね」
まどか「どういうこと?」
QB「魔獣たちは人間を襲い、エネルギーを収集する」
QB「その目的は未だ不明瞭だけど、どうやら好みのようなものはあるらしい」
杏子「あいつらは絶望とか、悪意とか、そういう暗い感情が集まる場所に優先して出るんだ」
杏子「その仕組みもわかってないけど……ま、美味いんだろうね、その方が」
杏子ちゃんはそう言うと、くわえていたお菓子を頬張った。
口がふさがった彼女の代わりに、今度はキュゥべえが説明役を引き受ける。
QB「でも、魔獣の出現にはもう一つの要素が関係している。 それが瘴気さ」
QB「魔獣が出現すると、その場の空気が魔力を帯びて瘴気となる。 それが濃いと、その場に魔獣が出現しやすくなる」
まどか「だから、一度に何匹も出てくるんだ」
マミ「それは聞いたことがあるわね……でも、放っておけば薄くなって消えちゃんでしょう?」
QB「まあね。 でも、少しは残る」
QB「それが気流の関係などで集まると、そのルートに魔獣が出てくる確率が上がることもあるんだ」
QB「そして極稀に、負の感情を抱く人間、濃い残留瘴気による魔獣の出現の連鎖が歯車となって」
QB「その挙句にある地点での大量発生を引き起こすことがある」
まどか「それが……一昨日のあれってこと?」
QB「いや、あれはただの前触れさ」
QB「消えなくなった瘴気はもう街全体を覆い尽くしている」
QB「その中でも一際濃くなった中心で、小さな爆発が起こっただけのようだね」
過去10年以内でも最大の大量発生が、これから起こるさらに大きな災害の前座に過ぎない。
あまりに衝撃的な事実に、その場がしんと静まり返る。
杏子「……実は、こういう例は過去にもあったらしくてね」
杏子「百年に一度もあれば多い方だけど、きちんと記録も残ってる」
杏子「そしてそのほとんどの記録に、ああいう前触れが起こったって記述があるんだよ」
ほむら「……猶予は、あとどれくらいあるのかしら?」
杏子「記録によれば、前触れが起きてからだいたい一週間……あと4、5日だな」
マミ「5日……その間に、なんとかみんなを避難させることはできないのかしら?」
QB「無理だね。 人々が恐慌状態になれば、それがきっかけになってしまうかもしれないし」
QB「それに、発生する魔獣を片端から倒さなければ、魔獣たちはより勢いづいてしまう。 逃げることはできないのさ」
マミ「迎え撃つしか無い……ということね」
まどか「ま、魔法少女って、みんなの他には居ないの? 三人だけじゃ……」
杏子「一応、知ってるだけの魔法少女には連絡してきたけど……それでも、この見滝原全体を覆うほどの規模だしねえ」
QB「彼女たちが協力してくれても、一番激しく発生するこの中心部は、君等だけでやるしかないだろうね」
まどか「そんな……」
避けられない大災害に対して、たった三人で立ち向かわなければならない。
理不尽な現実を前にして、それでも、彼女たちは希望を捨てては居ないようだった。
ほむら「……でも、やるしか無いんでしょう?」
杏子「まあね……あたしは覚悟を決めてきたよ」
マミ「……そうね、私たちにしかできないことだもの、やるしかないわね」
マミ「それに、私達は一人じゃないから……きっとなんとかなるわ! ね、キュゥべえ?」
QB「この大発生がどれくらいの規模になるかはまだわからないけど、君たちは歴代の魔法少女の中でも優秀な方だ」
QB「切り抜けられる可能性は十分にあると思うよ」
杏子「へえ、あんたがそういうこと言うくらいなら、心配は要らないね?」
マミ「よし! そうと決まれば、まずは準備を初めましょうか」
マミ「まだ私達の知らない魔法少女も居るだろうし、そんなに大規模なら作戦を立てておいた方が良いでしょう……」
マミ「……あ、そういえば」
マミ「ねえ佐倉さん、この現象は、昔の記録にも残ってるって言ってたわよね?」
杏子「ん? ああ、そうだけど」
マミ「何か、名前とか付けられてないのかしら? 今のままじゃ呼びにくいし」
杏子「ああ……確かあったよ。 えっと……」
ほむら「――ワルプルギスの夜」
杏子「そうそう、それだ……って、何だよ、知ってたわけ?」
思いがけない言葉に、はっとしてほむらちゃんを見る。
その顔は相変わらずの無表情で、何の感情も読み取ることはできなかった。
ほむら「……いいえ」
ほむら「なんとなく……そうなんじゃないかと思っただけよ」
――――――――――
5
――――――――――
杏子「……そういえばさ」
作戦会議が終わった後の帰り道。
会合が予想よりも長くなってしまったせいで、あたりはもう薄暗い。
そのため、三日前のようなことが起こらないよう、杏子ちゃんがわたしを送り届けてくれることになっている。
しばらくは無言で歩いていたけれど、半分くらい来たところで、突然彼女が口を開いた。
杏子「さっき、ほむらが来た時なんか喋ってたよね?」
まどか「え? う、うん」
杏子「何話してたわけ?」
まどか「わたしが襲われた時のことを……ちょっと」
杏子「……そうか」
杏子ちゃんはポケットから取り出したお菓子の包みを開けて、おもむろに食べ始めた。
その横顔には、どこか不安そうな色が見て取れる。
こんな状況なら当然のことだろうけど、なぜかわたしはそれが気になった。
食べ終わるのを待って、今度はこちらから声をかける。
まどか「ねえ」
杏子「うん?」
まどか「今朝、何か話しかけてたよね? あれ、なんて言おうとしてたの?」
杏子「……ああ、あれか」
まどか「確か、ほむらちゃんがどうって……」
杏子「あー……」
彼女は困ったように頬を掻きながら、次のお菓子を手にとった。
包み紙を取って、しかし口に入れる前に話し始める。
杏子「……考えすぎかもしれないけど」
杏子「昨日、キュゥべえと一緒に街をまわってた時、あいつに会ってさ」
まどか「ほむらちゃんに? ……どこで?」
杏子「確か、学校の辺りだったかな」
まどか「学校? でも、昨日はほむらちゃん休みだったよ」
杏子「あたしが見たのは夜中だからな、授業を受けに来たわけじゃないんだろうね」
まどか「忘れ物でもしたのかな……?」
杏子「多分違うと思う。 ……わんわん泣いてたし」
思わず立ち止まって、杏子ちゃんの後ろ姿を呆然と見つめる。
……ほむらちゃんが、泣いていた? 学校で?
まどか「どうして……」
理由も無く体が震えた。 得体のしれない不安に、飲み込まれそうになる。
……いや、本当はその理由を知っているのだろう。
それがどうしても思い出せないから、なおさら恐ろしく感じているのだろう。
杏子「ん? 何か心当たりでもあんの?」
まどか「え……あ、ううん」
それでも、わたしは思い出したくなかった。
思い出すのが怖かった。
そのことを思い出せば、何もかもが崩れてしまうような、そんな気がしていた。
まどか「ちょっと、意外だっただけ……」
杏子「……そっか」
杏子ちゃんは再び前を向いて歩き出した。
その手には、いつのまにか新しいお菓子が握られている。
少し距離を開けたまま、その背中に付いて行く。
杏子「そんくらいで大騒ぎするなんて、バカみたいだって思うだろ?」
まどか「そんなこと無いよ……」
杏子「いや……ちょっと神経質になってるんだ、あいつが……居なくなってから」
まどか「…………」
杏子「そういえばあいつも、よく隠れてああいう風に泣いてたな……ってさ」
杏子「考えすぎだって思うけど、でも…… これ以上、仲間が消えてくのが嫌なんだ」
杏子「そうやって、いつか一人になったら……きっと、寂しいと思うからさ」
とうとう封を切られないまま、お菓子がポケットに戻される。
街灯に照らされた杏子ちゃんの背中は、思っていたよりずっと小さく見えた。
まどか「……大丈夫、居なくなったりなんてしないから」
気がつけば、勝手に口が動いていた。
それは彼女に向けた言葉なのか、自分に向けた独り言なのかもはっきりしない。
それでも、言わなければ気がすまなかった。
まどか「ほむらちゃんも……マミさんも、杏子ちゃんだって」
まどか「もう、もう誰も消えたりなんかしないから……」
まどか「……そんなこと、わたしがさせないから」
まどか「だから、杏子ちゃんも……そんなふうに思わないで」
杏子ちゃんが驚いたような顔でこちらを見ている。
何の力も無いこんなわたしが大口を叩いたことに、呆れているのかもしれない。
お前に何がわかるのかと、不愉快に思っているのかもしれない。
しかし彼女は、さわやかに笑って…… お菓子を一つ、投げてよこした。
杏子「あんたもさ……居なくなったり、すんなよ?」
まどか「……うんっ!」
わたしが強くうなずくと、彼女は照れくさそうに前を向いて、もう一度歩き出した。
それからわたしの家に着くまで、杏子ちゃんは一言も口を利かなかったけれど――
次から次にお菓子を頬張る横顔は、どこか満足気に見えた。
――――――――――
6
――――――――――
早めに布団の中に入って、目を閉じたはずだった。
次に目を開けた時、わたしは空を飛んでいた。
ぼやけた視界は真っ青に染まり、頬を緩やかな風が撫でている。
体中がふわふわとした感覚に包まれて、上下の感覚すらも曖昧だった。
地面からどれくらい離れているのだろう?
風が吹き荒れる音がひっきりなしに聞こえてくるのに、なぜか体はあたたかい。
絵本の1ページに出てくるような、白い雲の上に横たわっている自分を想像した。
もちろん、そんなことはありえないけれど。
「――目、覚めた?」
頭上から聞こえる声に、寝ぼけた頭が現実へ引き戻される。
目をちゃんと開いて見ると、そこは空色の壁紙が貼られた小さな部屋のようだった。
敷物も天井も、視界の隅に見える扉も全てが青い。
しかも天井は藍色、床は空色というようにそれぞれが微妙に異なった色をしていて、
その鮮やかな濃淡が、この部屋をより空のイメージに近づけていた。
「ふふっ、驚いたでしょー。 さっきまで、部屋で寝てたんだもんね」
どこか聞き覚えのある声が、再び上から降ってくる。
どうやら、彼女に背を向ける形で膝枕をされているようだ。
寝返りをうってそちらを向くと、やはり見覚えのある顔がそこにあった。
まどか「……さやか、ちゃん」
さやか「うん。 久しぶり、まどか」
彼女は部屋の色に合わせたのか、青い制服のようなものを着ていること以外は
最後に会った時から何も変わっていなかった。
肩のあたりで切りそろえた髪も、悪戯っぽい笑顔も、何もかも昔のままだった。
まどか「久しぶり、じゃないよもう……いつも勝手なんだから」
もう一度寝返りをうって、さやかちゃんのお腹のあたりに顔を埋める。
背中に手を回して抱きつくようにすると、服越しに彼女の体温が伝わってきた。
……あたたかい。 まるで生きているように。
だからこそ、これが現実では無いことを再確認する。
不安な時や、辛い時。 こうして彼女の夢を見ることは、珍しくもないことだった。
いつまでたってもわたしは弱いままで、だから別れたはずの友だちにまで頼ってしまうのだ。
さやか「おっ? しばらく会わない内に、まどかも甘えん坊になったねー」
まどか「……ねえ、さやかちゃん」
さやか「んー?」
まどか「知ってる? 今……みんな大変なんだよ」
さやか「ああ……ワルプルギスの夜、って奴?」
まどか「……そう」
さやか「もしあたしが居たら、そのくらいぱぱーっと!……は無理だろうけど」
さやか「きっと、手助けくらいはできたと思うんだけどな……ごめんね、肝心な時に居なくってさ」
まどか「……本当だよ」
みっともない弱音を吐いて、さらに深く顔を埋める。
青いスカートの端に、いつの間にか小さな水玉模様ができていた。
まどか「わたしは……杏子ちゃんだって、もっと一緒に居たかったのに」
まどか「一緒に、生きていて欲しかったのに」
まどか「どうして……死んじゃったの? さやかちゃん……」
さやか「……ごめんね」
さやか「でも――」
まどか「……えっ?」
小さな痛みが、頬に走った。
それはどう見ても、さやかちゃんがわたしの頬を軽くつねったからに他ならないのだけど――
さやか「でも……だからこそ、あたしはまどかをここに呼んだんだよ」
――どうして、夢の中で痛みを感じるのだろう?
さやか「へへ……夢だと思った?」
さやか「残念。 正真正銘、本物のさやかちゃんでした」
…………………………
さやか「……もう、落ち着いた?」
隣に腰掛けたさやかちゃんが、わたしの顔を覗きこみながら問いかける。
まどか「う、うん……もう、大丈夫」
突然の再会から、数分ほど経っただろうか。
なぜさやかちゃんが、そしてわたしがここに居るのか? ここは一体どこなのか?
聞きたいことも話したいこともたくさんあったけれど、今の今まで、話は一時中断したままだった。
わたしはあまりにショックな事態に混乱して、とても話を聞ける状態では無かったからだ。
情けない話だけれど、そこまで責められるようなことでも無いと思いたい。
まどか「でもまさか、もう一度こうやって会えるなんて……思ってなかったよ、さやかちゃん」
……なにせ、こんな状況なのだから。
さやか「あはは……まーね、驚くのも無理ないよね」
さやか「魔法少女は、その力を使い果たした時……」
まどか「この世から消えちゃう、でしょ?」
さやか「そ。 ……自分が消える、っていうのがどんなことかはよくわからなかったけど」
さやか「それでも、もう後なんて無いんだ、って……思ってたからなー、あたしも」
さやか「まさか、こんなことになるなんてねー……」
さやかちゃんは真っ白なソファの背に体を預け、頭の後ろに手を回した。
すると、何かに気がついたらしい。
はっとした表情をして再び身を起こし、わたしの頭のあたりを見つめている。
さやか「そうだ……ねえまどか、話をする前にちょっと良い?」
まどか「何?」
さやか「その、ヘアピンさ。 あたしのでしょ?」
まどか「え?……あっ」
笑顔で手を差し出す彼女に一瞬戸惑いながら、すぐにその意味に気付く。
わたしはヘアピンを外して、彼女に手渡した。
さやか「サンキュ。 ……ずっと持ってたんだね」
まどか「ごめんね、勝手に使ったりして」
さやか「ううん、いいよ。 でも、たぶん邪魔になっちゃうからね、これ」
まどか「え……?」
彼女は手の中のヘアピンを弄びながら、しばらくの間、
何かを言いかけてやめたり、じっと考え込んだりを繰り返していた。
どのように話そうか、言葉を選んでいるようだ。
やがて考えがまとまったのか、さやかちゃんはヘアピンを素早く自分の髪に差して、
私の方へと向き直った。
さやか「例えば、このヘアピンとか」
さやか「あたしの家族とか、部屋とかカバンとか……まどかとの思い出とか」
さやか「そういうものはみんな、あたしが生きていた証拠になる。 でしょ?」
まどか「え? う、うん……」
さやか「でも、あたしは魔法少女として死んで、元いた世界からは消えて無くなった」
まどか「……うん」
さやか「これって、結構おかしいことなんだよね」
……おかしい、だろうか。
さやかちゃんは存在しないにも関わらず、その痕跡は残っている。
確かに、言われてみればすこしおかしいかもしれないけれど。
さやか「この世……っていうのも変な言い方だけど」
さやか「まどかの住んでる宇宙は、一つの大きな輪になって回ってるの」
まどか「輪?」
さやか「例えば、雨が降って川になって、海に流れて蒸発して、また雲になっていくみたいに」
さやか「色んなことが輪になって繋がってる。 ……だから、誰かが得をすれば、絶対に誰かが損をする」
さやか「あたしたちはそういう仕組みになってた、はずなんだけどね」
まどか「さやかちゃんは……違うの?」
さやか「そう、あたしみたいな魔法少女だけは、そこから外れてるってわけ」
さやか「本当なら、契約するときに奇跡を願ったぶん、誰かを呪わずにはいられない」
さやか「でもその前に、ツケを払わされる前に、輪っかの中からはじき出されちゃえば……」
奇跡の代価を、払わずに済む。 世界に対して、何のマイナスも抱かずに済む。
上手いようだけど、どこか自己犠牲的な論理。
結局は、全てを抱えて消え去る運命の悲しい契約。
さやか「円環の理……って、マミさんは言ってたっけ」
さやか「あたしたちは、奇跡を望む代わりに、そうやって消えることになった」
さやか「で、実際にあたしは……消えた」
まどか「…………」
さやか「……でも、実は完全に消えたわけじゃない」
まどか「え?」
さやか「言ったでしょ? この世は輪っかになって、何もかもが繋がってるって」
さやか「本当に消えるってことは、そういう繋がりが全部なくなる、ってこと。 でもあたしはそうなってない」
さやか「記憶とか、形見とか、そういうもので……まだ、繋がってる」
さやか「それが全部消えちゃわない限り、あたしたちは本当に消滅したことにはならないってわけ」
それは大きな円環から伸びた、細い糸のように魔法少女たちを繋ぎ止める。
本来ならば、それすら残らなかったのだろう。 何の痕跡も残さずに、消えてしまうはずだったのだろう。
それでも、完全になりきれない理は、それを切ることができなかった。
なぜ、円環の理が完全でなくなったのかは――あるいは、それこそ本当の奇跡だったのかもしれない。
まどか「じゃあ、さやかちゃんは……」
さやか「うん、あたしも宙ぶらりんになって、ぎりぎり引っかかってるわけ。 ま、このヘアピンは返してもらったけど」
さやか「でも……あたしはいろんなものを残してきたつもりだよ」
さやか「魔法少女として助けてきた人々とか、友だちの記憶の中にも」
さやか「……恭介の腕にだって、あたしが残ってる」
最後に彼の名前を口にした時、さやかちゃんの顔が一瞬陰ったような気がした。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐに晴れやかな笑顔へと変わる。
さやか「まどかだって、覚えててくれたもんね?」
まどか「……うん」
さやか「だから、簡単には切れない…… ここは、そういう魔法少女たちがたどり着く場所」
さやか「有るっていうことと、無いっていうことの隙間―― 魔法少女の、死後の世界だよ」
まどか「死後の……」
消えたはずのさやかちゃんが居る時点で当たり前のことだったかもしれない。
しかし明確に口に出してみて、初めて実感する。
ここは、この小さな青い部屋は、死者しか入ることのできない場所なのだ。
ということは……
まどか「……じゃあ、わたしは死んだの?」
さやか「ううん、そうじゃないよ」
思い切って聞いてみると、あっさり否定された。
いつ死んでもおかしくない状況ではあるし、覚悟を決めていただけに肩透かしを食らったような気分だ。
同時に、少なからず安心もしていた。 死んでいたわけではなかった、最悪の事態は免れた……と。
まどか「ならどうして……」
さやか「……それは」
しかし現実はいつも、予想できる範囲には収まってくれないものだ。
さやか「それは、これがまどかの力だからだよ」
まどか「ちから……?」
平穏で幸せな生活を求めても。
さやか「契約した時の祈りによって決まる、それぞれの魔法少女に固有の特別な魔法……」
さやか「あたしなら治癒、杏子なら幻惑。 そして、あんたのはこれ」
そのために、いくら自分を押し殺したとしても。
さやか「『消えて無くなってしまったものとつながる』――それが、まどかの魔法ってわけ」
まどか「ま、魔法、って……そんな、それじゃわたし……!」
さやか「……そうだよ」
いつかは、向き合わなくてはならない。
さやか「あんたは……もうずっと前から、魔法少女なの」
…………………………
突然、視界が真っ暗になる。
黒一色の背景に、色々な映像が流れ、消えていく。
たくさんの少女たちが契約を交わし、戦い、そして死んでいった。
わたしが知っている顔もあれば、知らない顔もある。
そして、ある少女の死を最後に、映像は途切れてしまう。
その時間は多分ほんの一瞬だったけれど、全てを理解するには十分だった。
さやか「辛いのはわかってる。 でも今それを思い出さなくちゃ、あんたはきっと後悔する」
さやかちゃんの声がぼんやりと頭に響く。
わたしはいつの間にか目を閉じていた。
再び訪れた暗闇の中に、もう一度彼女の顔が浮かぶ。
さやか「全部、思い出して……まどか」
それを見て、わたしは再確認する。
あの、契約の時のこと。 そしてもうひとつ……それとは別に交わした、『約束』のこと。
さやか「あんたには――」
まどか「わかってるよ、さやかちゃん」
目を開くと、さやかちゃんは今にも泣きだしそうな顔をして立っていた。
その目線の先には、壁一面を占領するほど大きな扉がある。
わたしは、その向こうに何があるのかを知っている。
まどか「わたしには……ううん」
円環の理。 ――本当の鹿目まどかが、そこに居るのだ。
まどか「……僕には、やらなくちゃならないことがあるんだね」
――――――――――
7
――――――――――
かつて――という言い方をすれば、少しおかしな話になるけど――この世界には、鹿目まどかという少女が居た。
けどそれは、「僕」のことではない。
今まで物語の中心に居た、既に魔法少女であった鹿目まどかとは別の存在だ。
彼女が存在していた世界は既に改変されているので、僕と彼女の間に時間的な順序というものは存在しない。
しかし彼女のために僕が生まれたのだから、彼女の方がオリジナルであることは疑いもない。
僕、つまり『リボンを付けていない方のまどか』は――ただの偽物なのだ。
この偽まどかが存在している世界の、どこにその発端があるのか…… 僕にも明確な判断はつかない。
僕が初めてほむらと出会った時か、その死を看取った時か。
それとも、鹿目夫妻の間に、本来産まれるはずのない長女が誕生した時だろうか。
その全てが、重要な要素ではあるだろう。
でも、僕はあの瘴気の濃い、騒がしい夜に彼女と話した瞬間こそ――この話の始まりにふさわしいと思う。
その時初めて、僕は鹿目まどかという存在について知ったのだから。
…………………………
僕は元々、キュゥべえと呼ばれていた。
正確にはインキュベーター。 魔法少女の候補たちと契約し、その魂をソウルジェムに変換する者たちだ。
姿形は人間とはかけ離れているけれど、知的生命体であることは共通している。
しかしその知性においても、僕らと人間との間には大きな隔たりがあった。
人間ならば誰しも持っているであろう「感情」を、僕らは持ち得ないのだ。
だからこそ、僕らはこうして地球まで遠征し、感情の生み出すエネルギーを採取するために
魔法少女の契約を交わしているのだが……
しかしながら、僕らにも知的好奇心というものは存在する。
知らないことを知ろうとする、より多くの知識を蓄えようとする傾向。
喜んだり悲しんだりということが殆ど無い僕だって、気になることは知りたいと思うのだ。
そしてそれは、暁美ほむらという魔法少女が頻繁に口にする、ある言葉に対しても向けられた。
――まどか、って誰のことだい?
あの夜、ソウルジェムの浄化をしている彼女の背中に向かって、僕はこう問いかけた。
それ以前から、彼女がその名を口にするたびに気になっては居たのだ。
彼女の周りには同じ名前の人物は居なかったし、過去までさかのぼったとしてもそれは同じだった。
それなのに、彼女がその名前を呟いたのは一度や二度では無い。
全く架空の人物である可能性ももちろん考慮したけれど、鹿目タツヤという、
「まどか」と同じ姓を持つ少年がその名を知っていたことから、その線は薄いと判断せざるを得なかった。
存在しないはずの人物。 しかし名前だけは知られている。
この奇妙な現象に、僕は少しばかり好奇心を持った。
それ自体は、特におかしなことでも何でもない。 実際、興味のレベルは低い方だった。
でもその好奇心は、ちょうど暇そうにしていた彼女へ
ちょっと質問をするくらいの行動を僕に起こさせるには、十分なものだったのだ。
――私の友達よ
彼女は簡潔に、そう答えた。 僕は最初、彼女が嘘をついたのだと思った。
だから、そんな名前の人物は君の周りには存在しないよ、と指摘した。
すると彼女はため息をついて、鹿目まどかに関する、とても信じがたい物語を語って聞かせてくれたのだ。
…………………………
簡単に言えば、それはこの世界が改変されたものである、という話だった。
そしてその大いなる改変は、鹿目まどかという少女の契約によって行われたらしい。
改変される前後の世界では魔法少女のシステムに若干の違いがあり、
少女たちはそれに対して少なからず不満を抱いていた。
それが原因となって、まどかやほむら、その周りの魔法少女たちと僕らとの間に様々ないざこざが起きた結果、
類まれな素質を持ったまどかが、この世界の変革を願って契約をした。
その祈りは間違いなく世界を変え、今のこの世界が誕生した。
しかしその代償に、鹿目まどかは自らの存在を否定する形で消滅し、ただの概念となってしまった……
筋の通った話ではある。 でもそれが事実だと証明する方法は無い。
だから僕も、それを完全に信用したというわけではなかった。
けれど、あの時。
そのまどかという概念について知ってしまったあの瞬間から、僕は彼女と繋がりを持ってしまったのかもしれない。
この世に存在しないはずの者であっても、それを覚えている誰かが居れば、完全に消えたわけではない。
鹿目まどかは世界の改変の果てに消滅したはずだが、ほむらはその名を知っている。 形見のリボンさえ持っている。
だから、本当に消えさってしまったというわけでは無いのかもしれない。
ほむらの記憶を楔にして、世界という円環の外に、かろうじてまどかという存在を残しているのかもしれない。
そしてあの夜から、僕もその楔の一つとなった。
……だからこそ、僕は変わることができたのかもしれない。
…………………………
――これで、終わりみたいね
それは僕が暁美ほむらと出会ってから、数年後のことだった。
霧が立ち込める小さな泉の畔で、魔獣の群れと戦った時。
彼女は最後の魔獣を倒した後、そのまま倒れ伏してしまった。
そばに寄って声をかけると、彼女は消え入りそうな声で言った。
――もう、体が動かないのよ
彼女が何を言いたいのかはわかっていた。
僕はインキュベーターだから、魔法少女については誰よりも詳しい。
そしてこの何年か、ずっと彼女のそばに居たから……彼女のことも、一番よく知っていた。
彼女の体はとっくに、限界を迎えていたのだ。
駄目だよ。
口をついて出たのは、そんな言葉だったと思う。
まだ駄目だ、まだ……君は戦わなくちゃならない。
そう、契約したじゃないか。
自分でもあまりに非論理的すぎて、何を言っているのかよくわからなかった。
それでも言わなければならない気がした。 彼女を引き止めなければならない気がした。
――ごめんなさい……でも、もう許して
そう言いながら、彼女は笑っていた。 幸せそうに笑っていた。
まるで自慢話のように。
これから死ぬんだよ、羨ましいでしょう? とでも言うように、少し得意げな顔をして、それからにっこり笑うんだ。
何かをしなければ、と思った。 でももうどうしようもない。
グリーフシードはもう無いし、あったとしてもとても足りない。
他の魔法少女なら、魔法で彼女を癒すことも出来たかもしれないが……
その時、彼女はもう一人だった。
さやかも、マミも、杏子も……もうとっくの昔に死んでしまっていた。
――これで、やっとあの子に会える
彼女はそんな僕の頭を、優しく撫でてくれた。
でも、それからすぐに、動かなくなってしまった。
おかしな話だけど。
僕はその時初めて、自分の中で感情が目覚めていたことに気がついた。
…………………………
僕らと人間との間には、大きな隔たりがあった。
人間ならば誰しも持っているであろう「感情」を、僕らは持ち得ない。
しかし、例外はある。
そもそも僕らが全く感情を持たないのであれば、どうしてこのシステムを作り上げられるというのだろう?
僕らの中にも、極めて稀な精神疾患として――感情を持つものは居たのだ。
しかしなぜ、僕が……その疾患を抱えることになったのか、はっきりとはわからない。
前に言った通り、まどかという存在を知り、繋がりをもってしまったからなのか。
長い間一人の魔法少女のそばに居続けたために、その影響を受けていたからなのか。
それともこれこそが、契約によって起こされる紛い物では無い、本当の奇跡というものなのだろうか?
わからない。 わかった所で、何かが変わるというわけでもない。
もう何もかも、起こってしまった後なのだから。
彼女の死を看取った後、僕が何をしたのかは……もうわかるだろう?
僕は自分自身と契約し、その魂を小さな宝石へと変えた。
そして気がつくと、あの青い部屋に僕は居た。
正確に言えば、あの部屋にあった扉の向こうに入り込んでいた。
消えたはずの……鹿目まどかの腕に抱かれて。
…………………………
『あなたにとっては、はじめましてだね……キュゥべえ』
そこには、彼女と僕しか居なかった。
薄紅色のやさしい光で満ちていて、けれど、他には何も無い。
家具も、壁も、上下も、時間さえ無い。
ただそこには彼女が居て、その腕の中に僕が居た。
QB「君は?」
そう問いかけると、彼女はにっこりと笑った。
『ほむらちゃんから聞いてない?』
QB「……そうか、君がまどかなんだね」
長い髪に、白いドレス。 そして彼女のトレードマークである、2本のリボン。
ほむらの話していた通りの姿だ。
彼女こそ、世界を変えるほどの力を持った最大の魔法少女――鹿目まどかなのだ。
まどか『そうだよ……ふふ、なんだか懐かしいな』
QB「え?」
まどか『だって、キュゥべえと話すことなんて……もう無いと思ってたから』
QB「……ああ、そうだね」
QB「感情を持たない僕らには、契約なんて出来るはずもないからね……」
まどか『でも、あなたはここに来たよ』
まどか『ほむらちゃんと出会って、心を持って……ただのキュゥべえじゃなくなって』
まどか『……あなたは、何を望んだの?』
QB「僕は……」
頭の中に、彼女の顔が浮かんだ。 死の間際に浮かべた、最後の笑顔。
QB「……僕は、君をここから出すために来た」
自分自身との契約に、僕が願ったことはとても単純だった。
QB「僕はもう一度彼女の、暁美ほむらの笑顔が見たい」
でもそれは、僕には出来ない。
彼女にあんな顔をさせられるのは、きっとただ一人しか居ないのだろう。
まどか『…………』
QB「それには、君が居なくちゃだめなんだ……まどか」
QB「だから世界を再び作り変えて、彼女のそばに君が居る世界へ戻す」
QB「そのために、僕はここに来たんだ」
それさえ出来れば、僕はどうなっても構わない。 それ以上は何も望まない。
大切な人を失う悲しみも、その笑顔を見ることのできる喜びも、みんな――彼女から貰ったものなのだから。
彼女のために差し出せるならそれで良い。
でも、僕にはそれすら許されはしなかった。
まどか『……それは、無理だよ』
QB「どうして……!」
まどか『あなたはたくさんの少女と契約を結んできた。 だから、とても強い力を持っているの』
まどか『けど、それでもまだ……世界そのものを変えるには、力が足りないから』
QB「あ……」
埋めることの出来ない溝が、まどかと僕の間にはあった。
存在の壁を無理矢理超えて、彼女と出会うことまでは出来る。
しかし、そこから引きずり出すには……力が足りない。
僕には、はじめから不可能だったのだ。
まどか『……でも』
QB「え?」
まどか『わたしの、体だけなら……有ったことにできるかも』
気がつくと、僕は彼女の顔を真正面から見つめていた。
さっきまで僕を抱き上げていた彼女の手は、今は僕の手を掴んで――
――手?
まどか『わたしのリボンは、ほむらちゃんと一緒に残すことが出来た』
まどか『だから、わたしの魂は無理でも……』
まどか『物質としての体だけなら、あなたの力でもなんとか持っていけるかもしれない』
まどか「でも、魂は…… っ!!」
喉から出た声は、目の前の彼女と同じものだった。
声だけではない。 腕も、足も、顔も、何もかもが……鹿目まどかのものだった。
まどか『その体を、あなたにあげる』
背後で、扉が開く音がした。
そこに吸い込まれるような感覚と共に、僕とまどかの距離が開いていく。
まどか「時間、切れ……?」
まどか『あなたのソウルジェムは、わたしが預かっておくね』
まどか『わたしと強くつながることのできるあなたなら、ここからでも体を動かすのに問題は無いと思うから』
まどか「駄目だ、まどか……待って!」
まどか『大丈夫だよ、濁らないようにしておくもの』
まどか「違う、そうじゃない! 僕は、僕じゃ彼女を……!」
まどか『――大丈夫だよ』
まどか『ほむらちゃんの声があなたに届いて、あなたを変えたように』
まどか『あなたの声が、ほむらちゃんに届くのなら……きっと奇跡は起こせるから』
まどか『それでもいつか、これが必要になった時は……またここに来て』
まどか「…………」
扉に近づいていく僕に、まどかは小さく微笑みかけた。
その手の中には、透明なソウルジェムが握られている。
まどか「でも君は……それでも良いのかい?」
まどか「僕がまどかになってしまえば、君が戻ることは万が一にも無くなるよ」
まどか『……そうだなあ』
まどか『じゃあ、体をあげる代わりに……わたしと約束してくれる?』
まどか「約束……?」
まどか『そう。 契約ってほどじゃないけど、約束』
そして、扉を通り抜ける瞬間。
僕とまどかは、一つの約束をした。
まどか『……ほむらちゃんを、皆を、最後まで守ってあげて』
まどか「わかった……約束するよ、まどか」
…………………………
そして、世界は再び改変された。
といっても、鹿目まどかがやった時ほど大掛かりなものではなかった。
ただ、鹿目詢子と鹿目知久の間に……本来は産まれるはずのなかった命が、誕生したにすぎない。
しかしそのために、一部の記録や記憶は書き換わった。
その中でもっとも大きかったのは、僕自身の記憶だろう。
僕は真実を封印し、一人の人間として――鹿目まどかとして、この十数年間を生きてきた。
ほむらに必要なのはキュゥべえでは無くて、まどかに他ならない。
僕の記憶が蘇れば、それが台無しになる……だから、僕はそれを思い出すまいと必死だった。
けれど、思い出さなければならないこともあった。
それこそが、この『ワルプルギスの夜』なのだ。
…………………………
まどか「……ほむらちゃんは数年間の間、たった一人で戦ってきたの」
青く巨大な扉の前で、僕は自分の記憶の封を解きはじめた。
すぐそばにはさやかちゃんが居るが、さっきの口ぶりからして、彼女は全て知っているのだろう。
まどか「さやかちゃんも、マミさんも、杏子ちゃんも……とっくに消えてしまった後だった」
しかもその内、マミさんと杏子ちゃんが居なくなったのはほぼ同時だった。
さやかちゃんの死は、その願いの性質上どうしても避けられないものだったけれど……こちらはそうではない。
まどか「……ワルプルギスの夜」
そう、この時だ。
この日起こった大発生こそが――全ての分岐点となる。
まどか「この日、二人の仲間を同時に失ったほむらちゃんは……次第に病んでいった」
まどか「一人で戦うことの辛さ、寂しさ」
まどか「それを癒してくれる人は、周りに居なかったから」
さやか「……でも、まだ変えられるよ」
さやかちゃんは扉を指さして、僕の肩に触れた。
さやか「あの向こうに、あんたのソウルジェムがある。 ……あたしは無理だけど、あんたならこの扉を開けられる」
さやか「今から変身して戦えば、きっと結末を変えられるはずだよ」
その顔は真剣で……全て知っているはずなのに、まだ僕のことを考えてくれている。
そのことが嬉しかった。 それを嬉しいと思えることも、嬉しかった。
まどか「……もう、『夜』は始まっているの?」
さやか「ここと向こうとじゃ、時間の流れが違うけど……まだ始まってはいないみたい」
まどか「じゃあ、まだ間に合うんだね」
さやかちゃんが力強く頷く。
僕はそれに頷き返して、扉に手を添えた。
だけどそれを押す前に、ずっと聞きたかったことを聞こうと思った。
まどか「……ねえ、さやかちゃん」
さやか「ん、何?」
まどか「さやかちゃんは……契約して、そのために消えちゃったこと」
まどか「後悔、してない?」
彼女は一瞬驚いたような顔して、困ったような笑みを浮かべた。
さやか「ぜーんぜん! 後悔なんて、あるわけない……って、言えたら良いんだけどね」
さやか「……本当はさ、今でもちょっとだけ、悔しいなって思うことがあるんだ」
まどか「…………」
さやか「あたしが、治したのに……どうして、あいつの側にいるのがあたしじゃないんだろ、って」
まどか「……じゃあ」
さやか「でもね、まどか」
言いかけた言葉を遮るように、彼女は続ける。
その顔は泣きそうで、でも笑っていた。
さやか「あたしは、契約して良かったって思ってるよ」
さやか「誰かのために願って、裏切られて、悲しくって、後悔して……でもそれが当たり前なんだ」
さやか「だって、こんなに悔しいのは……私が、恭介を好きだからだもん」
まどか「さやかちゃん……」
さやか「……だから、契約して良かったと思う」
さやかちゃんは僕の後ろにまわって、その両手を肩に置いた。
一瞬振り返ろうと思ったけれど、すぐに思い直して前を向く。
さやか「まどか……あんたも、後悔することがあるかもしれない」
まどか「……うん」
さやか「こんなこと、願わなきゃ良かったって思うかもしれない」
まどか「うん」
さやか「でも、願うことも、希望を懐くことも、間違いじゃない……そう思える日がきっと来るから」
さやか「だから、最後まで諦めないで。 ……わかった?」
まどか「……うん!」
さやか「よし! じゃあ……行ってらっしゃい!」
まどか「わっ……!?」
勢い良く背中を押されて、すこしつまづきながら――
まどか『……いらっしゃい。 久しぶりだね』
僕は再び、ここへ来た。
――――――――――
8
――――――――――
やさしい光で満ちた、何もない空間。
前に来た時と変わらない光景の真ん中に、まどかは居た。
その手には、透明な宝石のはまったソウルジェムがのっている。
まどか『これが必要な時が、来たんだね』
まどか「……うん」
彼女は僕が頷くのを見ると、ソウルジェムを乗せた手のひらを差し出した。
それを受け取ろうとして伸ばした手を、不意に掴まれる。
ソウルジェムを挟むように握手したまま、彼女は静かに口を開いた。
まどか『まだ、覚えてる?』
まどか「え?」
まどか『……約束』
契約した時に、彼女と交わした約束。
それがあったからこそ、僕は今ここに居る。
まどか「……うん、覚えてるよ」
本当は全て忘れたはずだった。 僕じゃなくなるために。
ほむらちゃんに必要なのは、僕じゃなくて鹿目まどかだったから。
それでも、忘れることが出来なかったこと。
まどか「ほむらちゃんも、マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも」
まどか「パパも、ママも、タツヤも、学校や街のみんなも」
まどか「僕の……ううん、わたしの、大切な人たちだから」
まどか「だから……この約束だけは忘れられない」
彼女と繋いだ手を、指を絡めてしっかり握り直す。
もう、引き離されないように。
まどか「わたしは戦うよ」
まどか「あなたとわたしの、大事なものを守るために」
まどか「だってわたしは、魔法少女……鹿目まどかだから!」
合わせた手のひらの隙間から、桃色の光が溢れ出る。
やがて光は形を変え、わたしたち二人を包み込む。
まどか「………!」
わたしが着ているパジャマも、彼女の白いドレスも、溶けるように消えて光の一部になる。
裸になった彼女の肩越しに、見たこともない形の文字が流れていくのが見えた。
まるで洗濯機の中に放り込まれたように、わたしも彼女もぐるぐる回る。
流れる文字と光の中でもつれ合いながら、彼女は楽しそうに笑う。
彼女につられて、わたしも笑っていた。
まどか『……ありがとう』
ぽんっ、と何かが弾けるような感覚と共に、彼女と繋いだ手が白いグローブに覆われる。
彼女と交差した足には赤い靴が現れ、
彼女に抱きしめられた体は、いつの間にか可愛らしいフリルのついた服を纏っていた。
最後に、額へ軽くキスをされてから――
まどか『みんなをよろしくね……もう一人の、わたし』
わたしは走りだした。
あの時、変えたいと思った未来じゃない―― もう一つの未来を、描くために。
…………………………
私は今までに二回ほど、死にかけたことがある。
もちろん魔法少女である以上、命の危険にさらされることは少なくない。
でも、本当に死んだと思ったのはこの二回だけだ。
一度目は契約した時。
家族とドライブ中に事故にあって、本当に死ぬ寸前だった。
でもその時に起こした奇跡で、私は魔法少女になった。
それは、もうそんな奇跡を使うことができなくなったということでもある。
二度目は、少し前の話。
病院に現れたとある魔獣と戦った時に…… 一瞬の気の緩みが原因で。
あの時は、暁美さんと仲間になった直後で浮かれていたのかもしれない。
その暁美さんが助けてくれたおかげで今の私があるのだから、あれはきっと、あるべき失敗だったのだと思うけれど。
でも私はあの時から、もう二度とこんな事態には陥らないと決めた。
戦場では、ほんの少しの油断もあってはならない。
たとえ敵の拘束に成功しても、背中を守ってくれる仲間が居たとしても。
……いえ、後ろに仲間が居るからこそ、気を抜くことはできない。
みんなを残して、死ぬことは許されない。
そう誓ったのだ。
それなのに。
もう二度と気を抜かないと決めたはずなのに。
恥ずかしい話だけれど、私は圧倒されてしまっていたのだ。
今までに見たこともないような数に。
数…… そう、数だ。
真の意味での量に、質はもはや関係ない。
自分がどれほど強くなっても。
絶対に気を抜くまいと、どれだけ集中しても。
そんなものは、もう関係ないのだ。
私は……私という存在は、結局たった一つで。
それが2つの力に勝ったとしても、3つの力には敵わない。
それだけの話だったのだろう。
ワルプルギスの夜。
それはまさに地獄絵図だった。
道路を、屋根を、地を、いや、空までも覆い尽くさんばかりの……大量の魔獣たち。
視界は全て灰色に塗りつぶされ、夜空の黒さえ見えはしない。
私は何もできなかった。
戦わなければならないのに。
その場に跪き、流れる涙を拭うことすらできなかった。
私は……圧倒されていたのだ。
一面灰色の世界を舞う、何百、何千もの――魔法少女たちに。
赤、青、黄、紫、ピンク、それに白。
色とりどりという表現がぴったりの、可愛らしい衣装を纏った少女たち。
しかも、様々な色をしているのは衣服だけでは無い。
肌が白いもの、黒いもの。 金色の髪、茶色の髪、真っ黒な髪。
あちこちで上がるかけ声だって、私と同じ言葉のものは少ないくらいだ。
その日本語でさえも、ときどき聞いたこともないような単語が混じっている。
これは、夢だろうか?
突然現れた魔法少女たちは、まるで古い映写機でうつされた映画のようにぼんやりと光り、
時折その姿が揺らいでいる。
あまりにも非現実的で、夢のような光景だ。
だけど……まだ私は目覚めているし、ちゃんと生きている。
だって、さっきまでの戦いで負った傷が、まだ痛むから。
「――――?」
しかしその傷も、たった今目の前に降り立った魔法少女によって跡形もなく消されてしまう。
彼女は何やら外国語で――たぶんイタリア語だと思う――何かを言っている。
「――――」
それに何も言い返せずに居ると、彼女は再び笑顔で声をかけ、戦場へと戻っていった。
……イタリア語は、正直全くわからない。
でも私には、彼女が何を言ったのかわかっていた。
――大丈夫?
――心配しないで、私が守ってあげる
衣服も、武器も、国も、言葉も、時代さえ違う。
けれど、その瞳に込められた思いは、その武器を構えた理由は同じなのだから。
ただ、この地獄から――人々を守ること。
仲間を守ること。
なぜなら私たちは……魔法少女なのだから。
「過去に消えていった魔法少女を、一時的にこの世界へ呼び戻す……」
「……これが、わたしの魔法なんです」
そして、振り返れば仲間がもう一人。
いつの間にか、私はその優しさに包まれていた。
「だからもう、大丈夫ですから……泣かないでください、マミさん」
…………………………
あたしの親父は牧師だった。
いわゆる神様に仕える職業って奴だ。
当然、親父は神様を信じていた。
あたしだって、昔は信じてたと思う。 いや、家族はみんな信じてた。
でも裏切られた。
だからみんな死んだ。
その時から、あたしは神様を信じるのをやめた。
神様は自分を信じる者を助けたりなんてしない。
親父は首を吊ったし、家族はみんな死んだし、あたしは今、この有様だ。
もう、魔獣がすぐそこまで来てる。
でも、瓦礫に挟まって身動きが取れない。 ……武器も砕かれちゃった。
新しい武器を作り出すほどの魔力も、もう残ってない。
マミとも、ほむらとも……もうずっと連絡がつかない。
もうすぐ、あたしもみんなの仲間入りをするだろう。
……でも、神頼みはしない。
神様は信じていないから。 神様は裏切るから。
裏切る? ……いや、違うな。
裏切ったのはあたしだ。
親父はあたしが絶望させて、家族はあたしが死なせて……あたしは自業自得なんだ。
みんな……みんなあたしのせいなんだろうか。
大事な家族も、かけがえの無い仲間も、一人ずつ消えていって。
最後に、あたしだけ取り残される。
それが、あたしに与えられた罰なんだろうか。 全部あたしが悪いんだろうか。
……だとしても、もうどうでも良い。 どうせ、それももうすぐ終わる。
誰かに置いて行かれるのは、もうたくさんだ。
このまま死んだとしても、ずるずる生き残るよりずっとマシかもしれない。
すぐ目の前に、魔獣の手が差し出されているのが見える。
だけどあたしは、何もせずに目を閉じた。
もう、みんなの所に行きたかったから。
「……この程度で、諦めちゃうわけ?」
でも。
それでもまだ、あたしは楽になれないんだ。
「もっと強いと思ってたんだけどな…… ま、仕方がないから一緒に戦ってあげるよ」
馬鹿で、偉そうで、おせっかいで、大切な……友達が。
「……一人ぼっちは、寂しいもんね?」
それを許してくれないんだ。
――――――――――
9
――――――――――
知らなかった、と言えば嘘になる。
改変される前の世界の記憶も、何度も繰り返した一ヶ月のことも、彼女からもらったリボンも……
私はみんな持っていた。
そしてそれが、この世界にまどかが居るということと矛盾しているのも、わかっていた。
だから、知らなかったと言えば嘘になる。
そのことに、気付いていなかったわけが無い。
今この世界に居る鹿目まどかが、私の知る彼女では無いということ。
そして、私は結局あの子を守れなかったのだということ。
気付いていなかったわけじゃない。
でも、出来れば考えたく無い可能性ではあった。
だから私は目を背けてきた。
彼女は最後に契約してしまったけれど、でもなぜか――例えば奇跡が起こって、消えてしまうことは無かった。
そう思い込んできた。
そんな都合のいい奇跡なんて無いことを、知っているはずなのに。
……ワルプルギスの夜。
私には随分縁の深い言葉だけど、それを彼女が知ることはあり得ない。
だからあの夜の出来事は矛盾であり、矛盾である故に私の認識を根底から揺るがした。
膨らんだ不安と疑念はすぐに無視できないものになり、私にはそれを否定する証拠がどうしても必要だった。
私はそれを、前の世界と今の世界の間で不変であるはずのもの――つまり私が彼女と出会うより前の記録に求めた。
そのために、役所や学校、彼女の家にさえも、久々の不法侵入を試みた。
そしてその結果、私はついにごまかすことができなくなった。
調査の中で明らかになったのは、彼女の過去が、私の知るものとは食い違っているという事実だけだった。
例えば彼女には、産まれてから今に至るまで、髪にリボンを付けていた時期が無いということ。
幼少の頃は感情に乏しく、両親から心配されていたこと。
中学に上がるまでは、あらゆる方面で非常に成績が良かったこと。
もちろんそれだけでは無い。 行事の時などに撮られた写真の内容。 作文の文体。 得意科目と苦手科目。
何もかも……私の知っている彼女とは異なっていた。
私にはそれが耐えられなかった。
どうしようもなく悲しかったし、悔しかった。
なぜあの子はまどかじゃないんだろう、とさえ思った。
彼女は私の前から消えさってしまった。 死ぬまで彼女に会うことはない。
それを理解しても、結局受け入れることはできなかった。
……それでも。
たとえ全て嘘だったとしても。 偽物だったとしても。
私は――
…………………………
バタフライ効果……だっただろうか。
内容はおぼろげにしか覚えてないけど、昔どこかでそんな言葉を見かけたことがある。
蝶の羽ばたきのように小さな風でも、いつか天候に大きな影響を与えるかもしれない。
それと同じように、ごくわずかな差であっても――例えば、一人の少女が存在するか否かといった程度のことでも、
過去を改変することは、未来に予想以上の違いをもたらすことがあるらしい。
前の世界でも、わたしはこの大災害――ワルプルギスの夜を経験した。
だから、魔法少女たちの配置や、そこからどう動くかについても当然知っている。
一時間ほど前、この世に戻ってきたわたしは、まずマミさんの戦っている場所へ向かった。
当時、もっとも発生数の多い地点を担当していたのがマミさんだったからだ。
あたり一面を覆い尽くすほどの魔獣に苦戦したマミさんは、その時キュゥべえだったわたしを通して、
すぐ近くで戦っているほむらちゃんに援護を求めた。
わたしはほむらちゃんの肩にくっついていたから、その後どれくらいマミさんが戦っていたのかはわからない。
だけどわたし達が到着した時には、既に抜け殻しか残っていなかった。
それからほむらちゃんは杏子ちゃんと合流して、残りの魔獣たちと戦った。
最終的には全ての魔獣を倒すことに成功したけれど、その戦果の大部分は、杏子ちゃんの自爆魔法によるものだった。
わたしはこの結果を覆すために、おおまかな計画を立てた。
わたしの固有魔法を使えば、全ての魔獣を駆逐すること自体は難しくない。
けど、端から順に倒している間に誰か一人でも死んでしまっては意味が無い。
そこで、まずもっとも危険なマミさんの救助に全力を注ぎ、その後近くにいるほむらちゃんを援護する。
その間、出現数の一番少ない場所で戦っている杏子ちゃんはさやかちゃんに任せておいて、
マミさんたちの安全を確保した後に杏子ちゃんと合流する。
この中で、マミさんを助け、杏子ちゃんの元にさやかちゃんを送り込むのには成功した。
しかし…… ほむらちゃんは、未だに見つけられていなかった。
…………………………
まどか「……えいっ!」
わたしは鍵のかかったドアを蹴破って、既に廃墟となっているビルの中に飛び込んだ。
間髪入れず、すぐ側に突っ立っていた魔獣にステッキを突き刺し、さらに引き抜きながら弓に変化させて矢を放つ。
それがもう一体の魔獣に刺さったのを確認してから、背後に迫った三体目の魔獣を蹴り飛ばして距離を取り、
再び矢を放って止めを刺す。
自分の体が借り物であることを意識してしまえば、それを意のままに操るのは難しいことでは無かった。
まどかのものとは違う、キュゥべえとしての冷徹さが効率のいい戦い方を教えてくれる。
あまり好ましくない過去でも、記憶を取り戻すのは悪いことばかりでは無かったようだ。
まどか「ほむらちゃん!! 聞こえたら返事をして!」
廃墟の暗闇に向かって、あらん限りの声で叫ぶ。
返事は無かった。 しかしこの先を捜索しないわけには行かない。
濃密な瘴気のせいでキュゥべえさえも魔法少女の位置を把握できない中、
彼女がどこに居るのかはまったくわからないのだ。
声を出せない状況にある可能性も、もちろん無視することはできない。
彼女が最後に向かったというこの一帯を、虱潰しに探して回るしか方法は無いのだ。
…………………………
魔獣の出現状況が、前の世界と異なっている。
さやかちゃんからの報告を受けて初めて、わたしはこの異変に気がついた。
マミさんの居た地域には大した差が無かったものの、杏子ちゃんの担当区域では明らかに魔獣の数が増えている。
そしてこの変化は、ほむらちゃんの行動にも影響を与えたらしい。
わたし達がほむらちゃんの居るべき場所にたどり着いた時、既に彼女の姿は無かった。
……バタフライ効果。
おそらくわたしの存在が、回りまわってこの変化を引き起こしたのだろう。
その結果、彼女の行方は完全にわからなくなってしまっていた。
…………………………
まどか「ほむらちゃん! げほっ、げほっ……ほむらちゃんっ!!」
人気のない通路に、わたしの声だけが虚しく反響する。
どこかで火事がおきているのか、通路には白煙が充満していた。
当然見通しは悪く、数メートル先も満足に見えない。
この白い壁の向こうに彼女が居るのかどうか、入ってみなければわからないだろう。
まどか「……でも、もう時間がない」
キュゥべえが最後にほむらちゃんの位置を確認した時から、既に一時間は経過している。
この一帯は魔獣の発生数が比較的少ないものの、一人だけで持ちこたえるにはギリギリの時間だ。
もしこの通路の中に彼女が居なければ、さらに時間をロスすることになる。
まどか「先に他の場所を……いや、でも」
まどか「……仕方ないか」
迷っている間にも時間は過ぎていく。
わたしは悩むのをやめて、とりあえず他の場所を回ることにした。
なるべく早く移動するため、渾身の力を込めて足を振り下ろ――
まどか「……うわっ!?」
――そうとした場所に、2つの光が浮かんでいる。
それが小動物の両目だということに気付くと同時に、わたしはバランスを崩して真後ろに倒れこんだ。
後頭部がアスファルトに直撃し、目の前が真っ白になる。
心のなかでまどかに謝りながら激痛に悶えていると、おなかの上に重みを感じた。
おそらくは先ほどの動物――続けて聞こえた唸り声から察するに、猫のようだ――が乗っているのだろう。
まどか「っ……?」
ゆっくりと目を開くと、真っ黒な猫がきょとんとした顔で覗き込んでいた。
こちらの気も知らずに悠然としている猫を見ていると、いつの間にか緊張が緩んでくる。
まどか「……そうだよね、焦ったって仕方ないか」
話しかけてみると、猫はそれに答えるように、小さく鳴き声をあげた。
その拍子に、何かが猫の口から転がり落ちる。
まどか「ん? これって……」
猫を下ろしながら拾い上げて見ると、それは小さな黒い立方体だった。
それは魔獣の残骸からのみ得られる、魔法少女の必需品。
ソウルジェムに溜まった穢れを取り除くために使われる、モザイクの欠片のようなもの――
まどか「……グリーフシード?」
毛色に同化していて気が付かなかったが、おそらく猫がくわえていたものだろう。
わたしの足元に落ちていたものを、餌かなにかだと思って拾いに来たのかもしれない。
慌てて周囲の地面を見渡すと、他にも煙に紛れて転がっているものが幾つかある。
魔獣の残骸から出来るものがあるということは、ここで魔獣が狩られたということに他ならない。
だけど、わたしはまだこの場所で魔獣を倒しては居ない。
固有魔法で呼び出した過去の魔法少女たちは、全員マミさんの居るあたりで戦っているはずだ。
まどか「ってことは……ほむらちゃんが?」
それ以外に考えられない。
そしてもしそうならば、彼女はこの通路の先に居ることになる。
まどか「……っ!!」
わたしは今度こそ地面を蹴り、白い壁の中へ飛び込んでいった。
…………………………
――夢を見ていたような気がする。
見渡す限り真っ白な空間に、私は横たわっていた。
半分閉じた視界の真ん中には、消えてしまったはずの彼女が見える。
彼女はぽろぽろと涙を流しながら、膝にのせた私の顔をのぞき込んでいた。
とうとう終わりが来たのだろうか。
私はこの戦いで命を落とし、彼女の元へ行くのだろうか。
そんな可能性を振り払うように――彼女は私を強く抱き締めた。
「良かった…… 今度は、間に合ったんだね」
彼女の胸から直接伝わってくる鼓動が、私を現実に引き戻す。
私は魔獣との戦いの最中、少し気を失ってしまっていたらしい。
まだ体のあちこちが痛むけれど、命にかかわるような傷は無いようだ。
だから今目の前に居る彼女は、この世界の――もう一人のまどかなのだろう。
「……ねえ、ほむらちゃん」
「わたしね、未来から来たんだよ」
彼女は私の耳に口を寄せて、小さな声で話し始めた。
表情は見えないけれど、泣いているのだけはわかる。
「あなたと出会って、たくさんのことを教えてもらって、色んなあなたを見てきた」
「だけど最後まで、わたしは何も伝えられなくて……何の助けにもなれなくて」
「だからもう一度あなたと会うために、ここに来たの」
「わたしは……あなたの知ってるまどかじゃないんだよ」
震える声で語られるのは、私の知らない事実。
でもそれは、私がよく知っている感情でもある。
「ごめんね……わけ分かんないよね……失望するよね」
「ほむらちゃんにとってのわたしは、大切な人の偽物でしか無いんだもんね」
「でも、わたしにとってのあなたは……」
言葉を切り、彼女は一層強く私を抱きしめた。
私はそれに込められた思いを知っている。
知っているけれど、それを受け取る側になったことはない。
激しい感情に、少し戸惑う。
それでも、不思議と拒絶する気は起こらなかった。
「……わたしは、ずっと自分のことを忘れてた」
「ほむらちゃんも、マミさんたちも、みんな戦っているのに……思い出したくなかった」
「……怖かったんだ。 あなたに、嫌われるのが」
「でも、もう戦わなくちゃ」
腕に込められた力が緩み、彼女の体が私から離れていく。
燃えるような深紅の光が宿る目に、既に涙は浮かんでいなかった。
「……あなたを守る」
「それが、わたしが自分自身と交わす最後の契約だから」
「わたしはどう思われても構わない。 ほむらちゃんが生きていてくれればそれで良い」
「それでもどうか――お願いだから」
「あなたをわたしに守らせて」
彼女は落ちていた弓を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。
白い闇の中に、2つの紅い瞳が揺らめく。
わたしはそれを見つめたまま、ふらつく足に力を込めて立ち上がり――
――左手に握っていた弓を、彼女の方へ向けた。
…………………………
ほむら「――それには及ばないわ」
ほむらちゃんの冷静な声が、狭い通路に響き渡る。
その意味を理解する前に、紫色の閃光が顔のすぐ脇を通り抜けていった。
まどか「……っ!」
振り向きながら矢をつがえ、そのまま撃つ。
後ろから近づいていた魔獣は、狙いをつける必要すら無いほど近くに居た。
胸に2本目の矢を受け、魔獣の体が大きくのけぞる。
駄目押しに足元を蹴り払うと、そのまま地面に倒れこんでしまった。
追撃をかけるまでも無く、モザイクの欠片が空中に散り始める。
ほむら「……あなたと出会って、どれくらいになるかしら?」
まどか「えっ?」
いきなり背後から質問を浴びせかけられ、あわてて振り返る。
ほむらちゃんは弓を構えながら、通路の奥に目を配っていた。
まどか「えっと……三ヶ月、くらいかな」
その背中に答えを返しつつ、自分も反対側の通路に視線を戻す。
ほむら「そう…… もう、そんなに前のことなのね」
まどか「……それほど長くは、無いよ」
ほむら「そうかもしれないわね…… でも私にとっては、一ヶ月でも十分長いわ」
彼女と背中合わせになりながら、言葉を交わした。
顔は見えないけれど、表情はなんとなく想像がつく。
ほむら「……私は覚えてる。 あなたと会った時のこと」
まどか「彼女のときとは……違ってた?」
ほむら「ええ、色々ね。 やっぱり、あなたはその髪型が一番似合ってるわよ」
まどか「…………」
ほむら「……まるで昨日のことみたいね」
まどか「……そうだね」
ほむら「でも、全部覚えてる。 あなたと、みんなと過ごした時間……」
ほむら「……たとえあなたが嘘をついていたとしても、この三ヶ月間が嘘になるわけじゃない」
ほむら「あなたがまどかじゃなくても……私の友達であることに変わりはないわ」
思わず振り返ると、彼女もこちらを向いていた。
その背中には、いつのまにか大きな翼が広がっている。
空間の裂け目のようなそれに、周囲の白煙が吸い込まれては消えていく。
ほむら「だから、私は戦い続ける」
ほむら「あの子が守りたいと思ったからじゃない。 私が、守りたいと思うから」
ほむら「あなたや……大切な仲間たちが居る、この世界を」
煙が晴れ、クリアになった闇の中で、わたしは彼女と向き合った。
その肩越しに見える敵の群れも、今は目に入らない。
ただ彼女だけを見て、彼女の言葉だけに聞き入っていた。
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「だからあなたに、守られるだけでいるつもりは無いわ」
ほむら「でも……もし、良かったら」
ほむら「……一緒に、戦ってくれる?」
そう言って、彼女はにっこりと笑った。
いつか、わたしが願ったこと。 魂と引換えに望んだもの。
わたしの心が、生まれた理由。
まどか「……うん!」
力強く頷いて、わたしは彼女に背を向けた。
もう少し見ていたかったけれど、そうもいかない。
せっかちな魔獣たちは通路にひしめき合い、既に灰色の壁となって押し寄せてきている。
まだ……夜は明けていなかった。
それでも。
それでも、負ける気がしない。
もう、挫けるなんてあり得ない。
だって――
まどか「行くよっ! ほむらちゃん!」
ほむら「ええ! ……まどか!」
――今はもう、君が居るから。
――――終わり
ここで一応、話としては終わりです 最後まで読んでくれてありがとうございました
でもこのあと、ちょっとしたおまけがあるので それが終わってからhtml化依頼を出します
気付いてくれた人も居るかもしれないけど、これ一応OP再現SSなんで……
そのおまけが無いとちょっと抜けがあることになるというか 長々とすみませんね
エピローグ
――――――――――
雲ひとつ無い、真昼間の晴天。
その中を、ピンク色の風船が横切っていく。
さやか「綺麗だなあ……」
こうして青空を見上げていると、思わずそんな言葉が口に出る。
……女子中学生が言うような台詞じゃ無いな。
それでも、綺麗なことに変わりはないけど。
頬を撫でる風に混じった、瑞々しい草の匂いも。
足元の方から微かに聞こえる、川の流れる音も。
何もかもが心地いい。
今までは気が付かなかったけど、この世は本当に綺麗だ。
さやか「さて……そろそろ行かなきゃかな?」
いつまでもこうして居たいけど、流石にそれはまずいかもしれないし。
このままほっとけば、北海道辺りまでなら余裕で飛んで行きそうだ。
足を振り上げて勢い良く立ち上がると、体中から草が落ちてきた。
マントだけは軽く払って、後はそのままにしておく。
多分、風で飛ばされていくだろう。
きゃー。 たーすーけーてー。
……上のほうから、なにやら間の抜けた叫び声が聞こえてくる。
むしろ、それ以外は何も聞こえない。
休日の昼間だっていうのに、川原の土手には他に誰も居なかった。
さやか「いっちにっ、さんしっ……と」
軽く準備体操をしてから、ブーツのつま先で地面を小突く。
用意ができたらクラウチングスタートの姿勢をとって、頭の中でカウント開始。
3。
2。
1。
さやか「……せーのっ!」
おもいっきり地面を蹴って、川に向かって走りだす。
そのまま少し助走してから、あたしは大きくジャンプした。
魔法で強化された足が、あたしの体を数メートルも跳ね上げる。
普通の人間ならまず味わうことがないような浮遊感を、しばし楽しむ。
だけどあたしは魔法少女。 この程度では終わらない。
加速が止まり、体が落ち始めるその前に。
あたしは膝を折り曲げて、もう一度振り下ろした。
その瞬間、足元に青い魔法陣が現れる。
構わず足を振りぬくと、壁を蹴るような感触と共に、再び体が加速した。
――これぞ秘技、多段ジャンプ!
さやか「……おっ! 追いついた!」
そのまま空中を飛び跳ねて行くと、さっきの風船が見えてきた。
いや、あれは風船ではない。
……服がパンパンに膨らんで、ロケットのように吹き飛んではいるけれど。
元はれっきとした魔法少女なのだ。
さやか「まどかー! 待っててね、今助けてあげるから!」
空中で一回転し、その勢いでマントから剣を引き抜く。
まどかがぎょっとした顔でこちらを見る。
さーやーかーちゃーん。 やーめーてー。
……許してまどか。 もうこれ以外に方法は無いの。
あたしは魔法陣を蹴って加速しながら、思い切って剣を突き出した。
その切っ先が、まどかの服に刺さった瞬間。
さやか「……うわっ!?」
穴から吹き出した空気が、あたしとまどかの両方を吹き飛ばした。
……あれ? おかしいな。
もっとおだやかに、ぷしゅー、って萎むと思ってたんだけどな……
…………………………
道具に頼らず、一人だけで空を飛べる人間はそうそう居ないだろう。
でも、空も飛べないような魔法少女は滅多に居ないと思う。
魔法少女と一口に言っても、その魔法や武器は色々だ。
だから魔法少女はあれが出来る、これが出来ると一概に言うことはできない。
それでも、空中でジャンプしたり、翼をはやしたり、何かを飛ばして、その上に乗ってみたり。
空をとぶための色々な方法を、何一つ使うことができない魔法少女というのは……流石に珍しい。
そして、鹿目まどかはそのうちの貴重な一人だった。
空を飛ぶだけじゃない。 簡単な治療、探索、その他もろもろの基本的な魔法。
そのすべてが、まどかの苦手分野なのだ。
箒で空を飛ぼうとすれば、スピードを制御できず電柱に衝突し。
風船のように浮こうと思えば、さっきのアレと化し。
雲のような物を出して上に乗ろうとすれば、間違って蜘蛛の大群を出し。
召喚の固有魔法を生かそうとすれば、何故か犬が出るわ謎のクリーチャーが出るわ……
どうやら、あの固有魔法は魔法少女以外に使うと安定しないらしい。
あ、でもカラスを出した時はちょっと飛べてたかも。 すぐ落っこちたけど。
マミ「なんて言うのかしら……考え方がちょっと硬いのよね」
マミ「あまり理屈っぽくて男性的な思考は、魔法を使うのには適さないのよ」
とはマミさんの言葉。
仲間内ではもっとも多彩な魔法を扱えるマミさんでさえ、匙を投げるほどの不器用っぷり。
戦闘にかけては誰も敵わないくらい強いけれど、それ以外はからっきし。
それが魔法少女としての、まどかだった。
…………………………
まどか「もう……刺すなんて酷いよさやかちゃん……」
まどかが突っ込んでいった廃工場は、衝撃で滅茶苦茶になっていた。
床と天井には穴が空き、その周りは八割方が瓦礫になっている。
……その下から聞こえてくるにしては、随分緊張感の無い声だけど。
さやか「あはは……ごめんごめん」
まどか「まあ、どの道落っこちるしかなかったけどね……そっちは、怪我とか無い?」
さやか「あたしは、魔法陣踏みながらちょっとずつ降りたから……」
まどか「……そう」
まどかの声に、少し悲しそうな響きが混じる。 あれ、傷つけちゃったかな。
どうやら、まどか自身はこの不器用さを結構気にしているみたいだ。
便利な固有魔法を使えるんだから、そんなに気にしなくても良いのに。
というか、瓦礫の下に埋まってる人から体の心配をされるとは思わなかった……
さやか「ええっと……これ、どかそうか?」
まどか「ううん、大丈夫。 ちょっと離れててね」
言われた通りに離れると、瓦礫がいくつか転がり落ちてきた。
出来上がった隙間から、まどかがするりと這い出てくる。
元々体と魂が別物だからか、こうして上手く体を扱うことだけは得意らしい。
さやか「ていうかそっちこそ怪我は……って、あんた凄いことになってるね」
まどか「え? ……うわっ」
土煙の中から現れたまどかの服は、元の形からは想像もつかないほど露出度が上がっていた。
スカートは半分以上が千切れて無くなり、お腹の部分に開いた――というかあたしが開けた――穴からは、ちらりとお臍が覗いている。
ストッキングを履いていたはずの足には糸くずのようなものが引っかかってるだけで、靴も片方なくなっていた。
しかし一番ショッキングなのは……そんな壊滅的な破れ方をした服の下にある、
まどかの肌の方には傷一つ付いていないということだ。
さやか「……何をどうすれば、そんな状態になれるわけ?」
まどか「ぶつかる瞬間に体を捻って、衝撃を逃したりとか……」
さやか「それでなんとかなるもんなの!?」
まどか「えへへ……大事な体だもん、粗末に扱えないよ」
さやか「いやそういう問題じゃないんだけど……まあいいか」
さやか「っていうか、そこまで出来るんだったら魔法くらい使えなくても良いじゃん」
まどか「……そう、かなあ」
さやか「なんでそんなに気にしてるわけ?」
まどか「べ、別に……」
まどかは困ったように目をそらして、そのまま黙りこんでしまった。
もっと上手く話を逸らせばいいものを……妙に素直で単純なところは、いつまでたっても変わらない。
……そういえば、前にもこんな風にはぐらかされたことがあったっけ。
この前の特訓の……正体不明のクリーチャーを出してマミさんに怒られた時だったかな。
杏子には早々に見捨てられ、マミさんにも匙を投げられ。
じゃあなんでほむらを呼ばないのかって聞いたら――
――なるほど。
さやか「ふふん、やっぱりそうなんだあ……」
まどか「え? ……何が?」
さやか「いや、前は自分のこと僕って呼んでたしさ、口調も少年っぽい感じだったし」
さやか「やっぱりあんたって、中身は男の子だったんだねー、ってさ」
まどか「!?……なんでそうなるの!?」
さやか「え? だって……あれでしょ? 好きな娘の前ではカッコつけたい、っていう……」
一瞬ぽかんとした顔になって、すぐにみるみる赤くなる。
本当にわかりやすい子だ。
まどか「ちっ……ち、違うよ! そういうのじゃないからっ!!」
さやか「はいはい応援してるよ」
まどか「だから! わたしはただ……」
さやか「あ、それより一回変身解いたほうが良いんじゃない? 風邪引くよ?」
まどか「……もうっ!」
まどかはソウルジェムに手を当てて、何やらつぶやきながら目を閉じた。
白い光と赤い光が交じり合い、ピンク色になってまどかの全身を包む。
さやか「……あれ? 解かないの?」
まどか「こ、これくらい……魔法で直せるよっ!」
どうやらムキになっているらしい。 可愛い奴だ。
もちろん、ただでさえ不器用なまどかが、気が散った状態でそんな魔法を使えるわけがないけど。
……光が消えた後には、なぜかちょっとエロい下着姿のまどかが立っていた。
まどかの悲痛な泣き声が、がらんとした廃墟に虚しく響いた。
…………………………
さやか「……って感じかなー」
青い壁紙が貼られた、小さな部屋。
そのまん中に添えつけられた真っ白なソファに座って、あたしは今日の出来事をまどかに……
……円環の理と呼ばれている方のまどかに、なるべく詳しく話していた。
まどか『……そっか』
さやか「やっぱり、男っぽい所があるから魔法が上手く使えないのかな?」
まどかの方はソファに座らず、ふわふわと浮いている。
その姿はどこかの女神さまのように荘厳だけど、ころころ変わる表情はあっちのまどかと大差ない。
笑ったり、驚いたり……そして話が終わった今は、少し悲しそうに目を伏せていた。
まどか『それもあるんじゃないかな……でも一番大きな理由は、あの子の感情がまだ不完全だからだと思う』
さやか「不完全?」
まどか『そう。 ……元々、色々な偶然が重なって生まれただけの不安定な心だったから』
まどか『まだ、あの子は人間と全く同じ感情を持ってるわけじゃないの』
さやか「そう、なんだ……」
さやか「……茶化して、悪かったかな」
まどかは何も言わずに、曖昧な笑みを浮かべた。
……それにどんな意味があるのか、あたしにはわからない。
しばらくして、まどかが口を開く。
まどか『……そういえば、どうだったの? 上條くんのこと……』
さやか「ああ……やっぱりあたし達は、魔法少女以外には見えないみたい」
まどか『……そっか』
さやか「……世の中、そう上手くいかないね」
ソファの背もたれに寄りかかって、綺麗なスカイブルーの天井を見上げる。
ついさっきまで見ていた空にそっくりで、でもやっぱりどこか違う色。
照明も無いのになぜか明るい天井は、あの空ほど眩しくは無かった。
まどか『そうだね……不都合ばっかりで、なかなか上手くはいかないね』
でもね、と前置きしてから、まどかの靴が壁を蹴る。
ふわふわと部屋の中を漂って、天井を見ているあたしと目があった。
まどか『それでも……あの子は絶望しないよ、絶対に』
さやか「どういうこと?」
まどか『あの子はまだ色々な感情を持ってないけど……その中には絶望もあるの』
まどか『だから諦めるっていうことを理解できない。 どんな絶望的な状況でも、希望を捨てられない』
まどか『そんな彼女だからこそ、あの固有魔法を使っても平気で居られるの』
さやか「そう、か……悪いことばかりじゃ、ないんだ」
後ろのほうで、扉が開く音がした。
古い映写機が止まりかけているように、まどかの体が明滅する。
まどか『そう……融通のきかない世界だけど、それでも悪いことばかりじゃないよ』
まどか『……あの子のおかげで、こうやってさやかちゃんとも話せるようになったしね』
まどかの姿が消えるのと同時に、開いていた扉がばたんと閉じる。
再び静かになった青い部屋で、あたしはいつものように天井を見上げた。
ふと思い立って目をつぶってみると、まぶたの裏にさっきまで見ていた空が広がる。
さやか「……そうだね」
……どこからか、バイオリンの音が聞こえてくる。
もうそんな時間か……
あたしはこのまま、少しだけ眠ることにした。
――――――――終わり
これで終わりです 最後まで見てくれてありがとうございました
元スレ
そして唐突に、わたしは知ってしまう。
もう、ほむらちゃんの命が永くないこと。 それなのに、わたしに出来ることは何もないこと。
でも、彼女はそれを…… 死んでしまうことを、どこか喜んでいること。
「――――――」
ほむらちゃんは幸せそうな笑顔で、わたしに何かを話しかける。
相変わらず何を言っているのかはわからないけど、でもそれが、自慢話のようなものであることはわかる。
これから死ぬんだよ、羨ましいでしょう? とでも言うように、少し得意げな顔をして、それからにっこり笑うから。
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:08:31.10 ID:2b4Nvpqro
わたしはそれが悲しくて、悔しくて仕方がないのに、涙は一滴も出ない。
何かを言うことも出来ないし、顔を歪ませることすら出来ない。
ただ、ほむらちゃんの顔を見つめていることしかできない。
「――――――」
ほむらちゃんは、そんなわたしの頭を撫でてくれる。
だけどそれからすぐに、動かなくなってしまう。
わたしはそれを、ただずっと見つめている。
そんな夢だった。
――――――――――
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:10:12.83 ID:2b4Nvpqro
1
――――――――――
例えば、幽霊が見える体質の人。 いわゆる霊感がある人。
まどか「…………」
まどか『……ねえ、キュゥべえ』
QB『6分28秒』
まどか『嘘…… もっと経ってるよね?』
QB『嘘じゃないよ』
まどか「…………」
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:11:17.25 ID:2b4Nvpqro
そういう体質なのに、お化けに対して何も出来ない人。
お経も知らないし、御札も持ってないし、超能力も特にない。
もし幽霊に目をつけられたら、震えながらお寺に駆け込むしか出来ない。
ただ、見えるってだけの人。
まどか『ねえキュゥべえ…… あとどれくらいで来ると思う?』
QB『なんとも言えないね』
QB『最短距離で来れば、10分かからないと思うけど』
まどか『で、でもマミさんの家って、そんなに遠くないよね?』
QB『この時間は外で見回りをしてることが多いから、あまり関係ないよ』
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:12:17.61 ID:2b4Nvpqro
まどか「…………」
QB『あ、ちなみにさっきの質問は3回目だね』
まどか「…………」
それが、今のわたしだった。
まどか『ねえ…… 外にいる魔獣ってさ』
まどか『わたしが不味そうだったら、見逃してくれたりしないのかな……?』
QB『前例はないね』
まどか「…………」
QB『ちなみにこの質問は4回目さ』
まどか「…………」
……どうしてこうなっちゃうんだろう。
…………………………
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:13:51.56 ID:2b4Nvpqro
マミ「良い? 鹿目さん」
マミ「近ごろは妙に瘴気が濃いから、夜は一人で出歩いちゃダメよ?」
数日前、マミさんから言われたことが今になって身にしみる。
瘴気が濃い、というのがどういう状態なのかは想像がつかないけれど、
平たく言えば、最近「魔獣」の発生する確率が上がってきているらしい。
もちろん、そんな状況で外に出ようとは思わない。
でも、気がついたら家を抜けだしてしまっていたのだから仕方がない。
何かとてつもない悪夢を見て飛び起きたとこまでは覚えているけど、そこから先の記憶は無かった。
キュゥべえが危険を知らせる声にはっとして我に返ると、何故かパジャマのまま素足に靴を履いて、
深夜の誰もいない道をとぼとぼ歩いていた。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:15:06.58 ID:2b4Nvpqro
なぜそんな行動をとっていたのか、自分の身に何が起こっていたのか……
キュゥべえなら知っているかもしれないが、今はそれを確認している余裕も無い。
まどか『キュゥべえ…… まだ、外にいるの?』
QB『うん、すぐ近くに居るよ』
まどか「…………」
とっさに近くの公衆トイレへ飛び込んだは良いものの、逃した獲物を探しているのか、
あの「魔獣」がこの辺りから離れる様子は当分無いようだ。
立て付けが悪くてぴったり閉まらないドアの隙間から、慎重に外をうかがってみる。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:16:01.64 ID:2b4Nvpqro
まどか「……っ!」
一瞬声を上げそうになったのを、辛うじてこらえる。
キュゥべえの言うとおりすぐ近く、それも本当に目と鼻の先に、彼は居た。
それは一見すると、普通の人間のようにも見えた。
灰色のローブのようなものをまとった、男性の人影。
若いとも、お年寄りともつかない顔は文字通りモザイクがかかったようになっていて、
厳しく引き締められた口元だけが、街灯に照らされぼんやり浮かび上がっている。
ただ、人間にしてはあまりにも背が高い。 というより、全体的に大きい。
どう見ても2メートル以上はあるのっぽの怪物が、手を伸ばせば届きそうな場所に突っ立っている。
ゲームやお話の中では日常茶飯事でも、実際に遭遇してみると信じられないほど圧迫感があった。
魔法少女という名前には多少のあこがれがあったけれど、
こんなものと戦わなければならないなら、わたしにはどの道無理だったかもしれない。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:17:29.76 ID:2b4Nvpqro
まどか『……ね、ねえキュゥべえ』
たまらず目を逸らし、胸に抱いた白い猫のような動物に話しかける。
話すといっても、この状況じゃ声は出せない。 この不思議な生き物は、いわゆるテレパシーを使えるのだ。
本当なら、魔法少女の才能が無い人間にはテレパシーはおろか、姿を見ることすらできないのだけど、
何故かわたしはその例に当てはまらないらしい。
QB「…………」
まどか『えっと、ここに隠れてから何分くらいたったかな?』
QB「…………」
まどか『……? キュゥべえ?』
QB「…………」
……おかしい。 何の反応も無い。
別にこんなことを聞いたところで何か変わるわけではないけれど、
この状況で話し相手すら居なくなってしまったら、とても正気を保っていられない。
物音をなるべく立てないように気をつけながら、わたしはキュゥべえの体を揺さぶった。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:18:43.28 ID:2b4Nvpqro
まどか『キュゥべえ…… どうしたの? 返事してよ!』
QB『……ああ、ごめんねまどか』
まどか『! やだもう…… びっくりさせないで』
QB『向こうとの通信に集中したくてね、ちょっと距離がギリギリだったものだから』
まどか『向こう……?』
わたしがその言葉の意味を理解するよりも早く、止まっていた状況が動き出す。
もうすっかり聞き慣れた声が、テレパシーではなく、直接周囲に響き渡った。
マミ「――待たせたわね、鹿目さんっ!!」
…………………………
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:20:29.86 ID:2b4Nvpqro
魔法少女は、「魔獣」を狩る力を持った人たちのことだ。
その身体能力は数倍にも高められ、さらには魔法によって傷を癒すことさえできる。
しかしそんな彼女たちも、流石に素手であの怪物に立ち向かうわけじゃない。
槍や弓矢など、それぞれが独自の武装をもって戦いに挑む。
ベテランの魔法少女であるマミさんは、銀色の単発銃を武器としている。
そしてやっぱり今晩も、駆けつけた彼女が手にとったのは銃だった。
まどか「マミさん!」
扉を押し開けて外を見ると、ちょうどさっきの魔獣の正面に、その半分ほどしかない小さな影が立っていた。
彼女はこちらを一瞥し、まるでスカートを払うような動作で右手を後ろに振り上げる。
その細い手が一瞬黄色い閃光に包まれたかと思うと、既にしっかりと魔法の武器が握られていた。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:21:32.04 ID:2b4Nvpqro
それは確かに銃器の類だったけれど、普段使っている細長いライフルとは似ても似つかない、奇妙な形状をしている。
持ち手が極端に長く、反対に銃身は短い。 銃というよりは、ハンマーのような形だ。
実際、マミさんはそれを鈍器として扱うつもりのようだった。
マミ「……えいっ!!」
ぼんやりと立ちつくしている魔獣に一瞬で詰め寄り、くるりと一回転しながら
その短く巨大な銃身の撃鉄側を渾身の力で叩きこむ。
もちろん、ただ殴っただけではない。
その銃身が敵に触れる寸前に、相手とぶつかるのとは反対側、つまり銃口から巨大な弾丸が放たれる。
そしてそのまま、銃とマミさんのすぐ近くで、それは容赦なく炸裂した。
魔法による爆発の衝撃波を受けて、それ自体が銃弾のように加速したハンマーが魔獣の体に叩きつけられる。
ひょろりとした長い体が、綺麗にくの字を描きながらまっすぐに吹き飛んでいった。
一瞬遅れて伝わってきた破裂音が、耳と体を打つ。
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:22:46.94 ID:2b4Nvpqro
マミさん自身もその衝撃を受け止めきれなかったのか、しばらくその場で回転した後、半ば武器を投げ捨てるようにして
こちらへ駆け寄ってきた。
マミ「鹿目さん!」
まどか「あ……っと」
マミ「大丈夫? 怪我はない?」
まどか「は、はい…… ちょっと音にびっくりしただけです」
マミ「そう…… 間に合って良かったわ」
いくら自分で起こした爆発とはいえ、流石にさっきの行動は無茶だったのだろう。
マミさんの衣服は左側が少し焼け焦げ、グローブは破れて血が滴っていた。
遠距離から撃つことも出来たのに、あえてわたしから引き離すことを優先してくれた結果だ。
マミさんは一度左右に首を振ると、帽子の位置を直しながらわたしに向き直った。
マミ「良い? 鹿目さん、落ち着いてよく聞いてね」
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:23:52.54 ID:2b4Nvpqro
まどか「はい……?」
マミ「本当なら、あなたのそばを離れたくはないんだけど……」
マミ「……今日出現した魔獣は、一体じゃないみたいなの」
まどか「え? でも……」
わたしが見たのは一体だけだった、と言いきる前に、マミさんは先程の魔獣が飛んでいった方を指さした。
マミ「あっちの方に、多分……さっきのも合わせて10くらいは居るわね」
まどか「……!」
マミ「それも、こっちに向かってゆっくり移動しているわ」
マミ「おそらく、あの一体はただの斥候だと思う」
まどか「そしたら、マミさんは……!」
マミ「大丈夫、私ひとりでも十分倒せる量よ」
マミさんは小さく笑って、自分の胸を軽く叩いてみせた。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:25:25.88 ID:2b4Nvpqro
間に合ったことに安心したのか、さっきまでの焦りは一切ない。
それでもどこか、声には不安そうな響きが交じっているようだった。
マミ「……でも、あなたを守りながら戦うのはちょっと厳しいかもしれない」
マミ「だから私が向こうに行ったらすぐに、走ってここから離れなさい」
マミ「わかった?」
まどか「……はいっ!」
マミ「じゃあそろそろ行くわね……キュゥべえ! 後は頼んだわよ!」
キュゥべえからの返答を待たず、マミさんは暗闇に向かって駆けていった。
それとほぼ同時に、腕の中にあった感触がするりと抜け落ちる。
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:26:03.94 ID:2b4Nvpqro
キュゥべえは音も立てずに着地すると、少し離れてから振り返った。
冷たい深紅色の両眼が、暗い道路の上でぼんやりと光る。
QB「ほら、僕らも行こうよまどか!」
わたしははっとして、慌ててキュゥべえの後を追いかけた。
…………………………
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:27:42.23 ID:2b4Nvpqro
QB「――まどか! 次の角を右に曲がって!」
公衆トイレのあった公園からずっと走り通して、そろそろ足がもつれるようになったころ。
すぐとなりを涼しい顔で並走していたキュゥべえが、急に声を張り上げた。
まどか「えっ!? げほっ……で、でもまっすぐ行かないと、家に……」
わたし達がさっきの魔獣に出くわしたのは、家からそう遠くない細い道だった。
でも必死で逃げている内に、家から少し離れた公園までたどり着いてしまっていたらしい。
しかも、マミさんが飛び込んでいった暗がりは正にわたしが走って来た方向で、つまりは家への帰り道でもあった。
そこから離れようとして走れば、必然的に家からは遠のいてしまう。
だからわたし達は、マミさんが戦っている道路を大きく回りこむようにして家に向かっていた。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:29:00.69 ID:2b4Nvpqro
当然、走らなければならない距離は行きの倍以上にもなる。
ただでさえそんな回り道をしているのに、キュゥべえが曲がれと言った方向は、家とはまるで正反対だった。
QB「そろそろ疲れてきているだろうけど、仕方がないよ。 我慢してくれ」
まどか「そん……ぜえっ、そんな……はあっ、はあっ……」
QB「だってまどか…… 正面に見える、あの民家の屋根を見てみなよ」
まどか「へっ……?」
わたしはその曲がり角の辺りで、半ば立ち止まって息を整えながら、言われるままに前を向いた。
民家と言っても、あの辺りの建物はみんなそうだ。 ただ民家の屋根と言われても、どれを指すのかすぐにはわからない。
それでも、キュゥべえが何を言いたいのかは、はっきり理解できた。
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:30:08.73 ID:2b4Nvpqro
今わたしが立っている場所の、少し奥の方にある家の屋根の上に、それは居た。
身の丈2メートル以上は優にある灰色の巨人が、体を折るようにして下の道を覗き込んでいる。
ここにきて新たに湧いてきた魔獣は、下を通る獲物を、わたしを待ち構えていた。
QB「だからまっすぐ進むのは無理だよまどか…… まどか? 聞いているのかい?」
走らなければならない。 すぐにここから離れなければならない。
わかっているのに、体が動かない。
走っている途中は気にならなかった汗が、顔を伝って垂れていくのが感じられた。
顎まで流れて来た末に、しずくとなってアスファルトへ落ちる。
その瞬間、モザイクがかかった魔獣の首が、ぐるりと回ってこちらを向いた。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:31:12.38 ID:2b4Nvpqro
気がつくと、わたしは無我夢中で走っていた。
隣を走るキュゥべえが鋭く叫ぶ。
QB「次の三叉路を左へ曲がって! また新手だ!」
今度は余計な口を挟まず、言われた通りに左へ進む。
後ろのほうで、何かが呻くような音が聞こえた。
振り向いて確認する勇気は無い。
前を向いたまま、ひたすら走り続ける。
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:32:37.80 ID:2b4Nvpqro
既に、街の風景は見慣れないものになっていた。
魔獣たちを避けている内に、普段はあまり行かない方まで来てしまったようだ。
何時になったら家に帰れるのか、いよいよわからなくなってきた。
随分と長い外出になったけれど、家族にはもう気づかれてしまっているだろうか。
走りすぎて朦朧としてきた頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
QB「――まどか! 気をつけて!」
キュゥべえの声が頭に響き、わたしははっとして顔を上げた。
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:33:49.97 ID:2b4Nvpqro
目の前は一直線の細い道路だ。 横道も曲がり角も無い。
……その少し先に、いつのまにか灰色の巨大な影が立ちふさがっている。
慌てて振り返ると、追いかけてきた方の魔獣はもうすぐそこまで迫っていた。
すでに、見上げないと全体が見えないくらいの距離だ。
まどか「……あ」
思わず立ち止まった途端、足が唐突に動かなくなった。
まどか「え? わっ……」
糸が切れたように膝が折れ、その場で為す術もなく尻餅をつく。
……ろくに運動もしない体には、既に限界が来ていたようだ。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:36:28.43 ID:2b4Nvpqro
QB「まどか、立って! 触れられる前に逃げるんだ!」
まどか「……っ!」
無理だよ、と叫ぶ余裕すら無い。
酷使し続けた足はがくがく震え、まるで体から切り離されたように少しも動かせなかった。
後ろに突っ張った腕も、体を支えるのに精一杯で這うことさえできない。
唯一動く顔をあげ、眼の前に迫った敵を見上げる。
真正面から見ると、ドアの隙間から覗いたのよりも、その異常な大きさが目についた。
人間のような形をしてはいるが、決してそうではない。
屍肉みたいな肌の色や、表情を感じられない顔がどうしようもなくそれを示している。
しかしあくまで、その動作は人間のように……それはゆっくりと、衣服の隙間から長く痩せこけた腕をつきだした。
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:42:01.25 ID:2b4Nvpqro
QB「――伏せてまどか!」
折り曲げた肘がアスファルトにぶつかり、小さな痛みが走る。
構わず腕に力を込めても、重い下半身が枷になって動けない。
仮に動けたとしても、うしろには既にもう一体の敵が待ち構えているのだろう。
もう逃げることはできない。
それなのに、魔獣はしばらくの間、寝転んだようになったわたしに手を差し伸べたまま突っ立っていた。
少し腰を曲げれば手の届く距離に居るにもかかわらず、その最後の一歩を踏み出そうとしない。
まるで何かに気を取られているかのように、口を少し開けたまま、ぼんやりと遠くの方を見つめている。
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:47:11.84 ID:2b4Nvpqro
まどか「……あっ!」
汗が流れこんでぼやけた目を擦り、もう一度見上げた時、わたしは初めてそれに気がついた。
モザイクのようなもので覆われた頭の真ん中に、いつの間にか何かが突き刺さっている。
あまり長くない棒状のもので、その形は矢に近い。
それ自身がぼんやりと光っているにも関わらず、濃い紫色の矢は、背景の夜空にすっかり溶け込んでいた。
「――遅れてごめんなさい、まどか」
背後から、親友の声が聞こえたその瞬間。
それまでしぶとく立っていた魔獣は、無数の矢で剣山のようになりながら、音も立てずに倒れこんでしまった。
…………………………
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/13(木) 23:55:52.12 ID:2b4Nvpqro
QB「いやあ、ギリギリだったねほむら」
ほむら「……あなたが自分の足で駆けまわっていれば、もう少し早く来れたかもしれないわ」
魔獣の残骸はしばらくモザイクの塊のような状態で道路に横たわっていたが、
やがてモザイクの欠片が小さくなり、最後にはいくつかの小さな立方体が転がるのみになっていた。
彼女たちがグリーフシードを呼ぶそれを拾い集めながら、ほむらちゃんは肩に乗ったキュゥべえを睨みつけた。
QB「それは無茶というものだよ、僕にはまどかの道案内という仕事があったんだからね」
ほむら「わかってるわよ……少し言ってみただけ」
彼女はわたしのクラスメイトで、友人の一人で、魔法少女でもある。
ただ、そのことを知ってはいたものの、彼女の魔法少女としての姿を見るのはこれが初めてだった。
28: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/13(木) 23:59:04.23 ID:2b4Nvpqro
紫色のシンプルな服を着て、黒い弓を左手に握っている。
さっきまで広げていた奇妙な翼のようなものは、どこにどうたたみこんだのか、既に見えなくなっていた。
全体的に黒っぽく落ち着いた色合いの中で、長い黒髪をまとめたリボンだけが可愛らしく派手なピンク色をしている。
それは彼女がもっとも大事にしているリボンで、普段から常に身に着けているものだった。
まどか「……ほむらちゃん?」
ほむら「どうしたの? まだ痛むところがあるかしら?」
まどか「あ、ううん……さっき治してくれたので全部だよ」
まどか「あんまり怪我したわけでも無いし」
ほむら「……そう。 良かった」
29: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/14(金) 00:03:39.93 ID:9ysba6wso
まどか「……ねえ、ほむらちゃんはキュゥべえのことが嫌い?」
ほむら「別に……? 好きでもないけど」
まどか「……そっか」
QB「きゅっぷい?」
キュゥべえがきょとんとした顔でこちらを見る。
感情があまり無いというのを自覚するだけあって、魔法少女からの評価にも興味が無いらしい。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 00:07:18.86 ID:9ysba6wso
それよりも、と前置きして、キュゥべえは小さく首を傾げながら言った。
QB「まどか、君はどうしてこんな夜中に外出したんだい?」
まどか「えっ?」
QB「急に起きたと思ったらそのまま家を飛び出して、とりあえずついていったんだけど」
QB「途中話しかけても何も返事をしないし、ずっと疑問に思っていたんだ」
まどか「あ……それは」
ほむら「そうね……私にも聞かせて欲しいわ」
ほむら「最近瘴気が濃いということは、あなたにも連絡が行っていたと思うけど?」
まどか「……それが、よく覚えてなくて」
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 00:09:55.90 ID:9ysba6wso
正直に白状すると、ほむらちゃんは少し呆れたような、困ったような目でわたしを見た。
それでも本当に覚えてないのだから仕方がない。
まどか「ほ、ほら……夜中に起きだしちゃう病気とかあるでしょ?」
QB「夢遊病のことかい? でも僕が見ていた限りでは、意識ははっきりしていたよ」
QB「僕の言葉には返事をしなかったけど、しゃべってもいた」
まどか「え? そんなの全然覚えてないよ……どんなことを言ってたの?」
QB「魔法少女達の名前を呟いていたかな……具体的に言うと、マミ、杏子、そして一番よく言っていたのはほむらだね」
ほむら「私……?」
QB「ああ、そういえばさやかの名前は言っていなかったね。 何か思いだせたかい?」
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 00:13:01.93 ID:9ysba6wso
わたしは黙って首を横に振った。
キュゥべえの話の中で覚えているのは、夜中に飛び起きたということだけだった。
ほむらちゃんたちの名前を言った覚えも、外に出かけた覚えもない。
QB「それと、随分焦った様子で言っていた言葉が一つあるよ」
まどか「それも、誰かの名前?」
QB「いや、ただ一言――」
でも。
その次にキュゥべえが言ったことは――別にそれを覚えていたというわけではないけれど、それでも何か、
わたしにとっては重要なことだったらしい。
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 00:13:49.10 ID:9ysba6wso
らしいというのは、それを聞いた途端、頭を殴られたような衝撃が走って……
わたしはそのまま、気を失ってしまったそうだ。
わたしは翌朝目が覚めてから、そのことをキュゥべえから聞いた。
そして何度も反芻してみたけれど、まだ、それが何なのかは思い出せてはいない。
QB「――ワルプルギスの夜、と」
――――――――――
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:25:41.21 ID:9ysba6wso
2
――――――――――
マミ「……それで、頭の方はどう? まだ痛むかしら?」
魔獣に追い掛け回された、二日後の昼休み。
例のテレパシーを通じて、わたしは学校の屋上に呼び出されていた。
まどか「いえ、大丈夫です」
まどか「……起きた時には、もうどこも痛くなくって」
まどか「それから一回も、痛くなったりはしてません」
マミ「それは良かったわ…… きっと、暁美さんが治療してくれたのね」
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:27:01.95 ID:9ysba6wso
マミさんは虚空から取り出したティーカップに紅茶を注ぎながら、どこか申し訳なさそうな表情をした。
自分ひとりで対処しきれず、後輩の手を借りたことを気にしているのかも知れない。
こちらとしては彼女も命の恩人には変わりないけれど、それを口にだすのは思いとどまった。
この生真面目な先輩は、そんなふうに慰めようとすればなおさら落ち込んでしまうだろう。
マミ「あなたから連絡が来た時、一応暁美さんと佐倉さんにも伝えておいたのよ」
マミ「最近、なぜか大量に発生することが多かったから…… もしかしたらって思って」
マミ「そしたら案の定、ってわけ」
まどか「……あれ、普通じゃないんですか?」
マミ「明らかな異常事態だったわ」
マミ「あんなにぽこぽこ出てくるなんて…… 私が今まで見た中でも最大規模よ」
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:29:58.76 ID:9ysba6wso
マミ「全部退治するのに、昨日は朝までかかったんだから」
まどか「原因は……何か、あるんですか?」
マミ「今、佐倉さんに調べてもらってるところ」
まどか「そうですか……」
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
マミさんはこの妙な状況について何か考えこんでいるのか、真剣な顔をしてカップを睨んでいる。
その表情からは普段の柔らかさが消え去り、隠し切れない緊張が見て取れた。
恐ろしい何かが明確に近づいてきているのに、その正体がまるでわからない。
その恐怖と不安が、長い間戦ってきたはずの彼女をひどく焦らせているのだろう。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:31:39.38 ID:9ysba6wso
まどか「……あの、マミさん」
それでも、わたしはそれが落ち着くのを待ってはいられなかった。
どうしても聞きたいことがあったからだ。
マミ「何かしら?」
まどか「その…… 今日も、ほむらちゃんが……学校休んでるんですけど」
まどか「何か、聞いてませんか?」
マミ「……暁美さんなら、佐倉さんとは別に、何か調べることがあるとか言っていたような」
まどか「そう、ですか……」
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:34:19.57 ID:9ysba6wso
まどか「……あの、なんとかして会えませんか?」
マミ「会えませんかって……携帯電話の番号とか、知らないの?」
まどか「出ないんです、昨日から……家も留守にしてるみたいで」
マミ「あら…… でも、暁美さんには珍しくないことだし、そんなに急がなくてもすぐ会えるでしょう?」
まどか「なるべく早く、聞きたいことがあるんです」
マミ「どんなこと?」
まどか「それは……」
――ワルプルギスの夜。
一昨日の晩――深夜だったので正確には昨日の早朝だが――わたしはその言葉を聞いて気を失った。
なんでもないような言葉なのに、なぜそこまでショックを受けたのか…… 今になっても、まだ何も思い出せない。
それでも、それがわたしにとって大切な言葉だということは変わらないし、自分でもそういう気がしていた。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:36:33.98 ID:9ysba6wso
だから、どうしてもそれが何なのかを思い出したい。
そしてその手がかりになりそうな人は、ほむらちゃんしか居なかった。
キュゥべえには色々聞いてみたけど、一昨日聴いた以上のことは知らないらしい。
わたしを家に送り届けた後、ずっと連絡が取れないのは何か知っているのかもしれないし、それに……
あの時わたしが一番多く口にしていた名前は、彼女だったそうだから。
マミ「……鹿目さん? どうかした?」
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:39:21.55 ID:9ysba6wso
まどか「えっ? あっ……大したことじゃないんですけど」
マミ「そう……? あっ、そうだ」
マミさんが軽快に指を鳴らす音が、静かな昼休みの屋上に鳴り響く。
少しびっくりしてそちらを見ると、さっきまで持っていたティーカップがたちまち細かい光の粒になって、
跡形もなく消え失せてしまった。
マミ「そんなに会いたいなら、あなたも明日家に来たらどうかしら?」
マミ「佐倉さんが探してきた情報を、私の部屋に集まって発表することになってるの」
マミ「……たぶん、暁美さんも来ると思うわ」
まどか「! ……でも、いいんですか? わたし、魔法少女でも無いのに……」
マミ「あなたの場合は、ちょっと事情が特殊でしょう?」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:42:53.81 ID:9ysba6wso
マミさんはベンチから立ち上がると、小さく伸びをした。
休み時間の終わりを告げる鐘の音が、壁の向こうでぼんやりと鳴るのが聞こえる。
マミ「あなたは魔獣も、キュゥべえも見ることができる。 テレパシーも通じる」
マミ「ただ契約することだけができない…… でも彼らを感じられるということは、相手にとっても注意を引くものよ」
まどか「狙われやすい、ってことですか?」
マミ「ええ…… 一昨日のようなことがまた起きないとも限らないし」
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:46:02.32 ID:9ysba6wso
マミ「もしそうなったら、私ひとりじゃ力不足かもしれないし…… やっぱり、あなた自身も、色々知っておくべきだと思うわ」
まどか「はい! ……ありがとうございます」
マミ「べ、別にお礼をされるようなことはしてないけど……?」
まどか「……あの時、助けてもらったお礼です。 まだ、言ってなかったから」
マミ「! ……ああ、そのこと?」
マミ「……ふふ、どういたしまして」
マミさんは少し困ったような、でも嬉しそうな笑顔を浮かべて、こめかみのあたりを軽く叩いてみせた。
ふと同じところを触ってみると、さっきお辞儀をしたせいかヘアピンの位置がずれている。
……きっと今は、わたしも彼女と同じような顔をしているだろう。
慌ててヘアピンを直しながら、わたしはそんなことを考えた。
――――――――――
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:49:41.77 ID:9ysba6wso
3
――――――――――
わたしには、魔法少女の知り合いが4人いる。
いや、居た、と言うべきだろうか。
というのも、その内一人は、もうこの世には居ないのだ。
彼女はわたしの親友で、かけがえのない存在だった。
彼女を失ってからもう結構経つけれど、未だにベッドに入るたび、彼女のことを思い出してしまう。
いや、むしろいつまでもこうして思い出していたいから、忘れたくないから、
わたしはこのヘアピンをつけているのだろう。
…………………………
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:52:09.45 ID:9ysba6wso
彼女……美樹さやかが唐突に居なくなったのは、ほむらちゃんが転校してきてからすぐの事だったと思う。
その頃のわたしは彼女が契約していたことも、魔法少女の存在すらも知らなかった。
今思えば、その失踪の少し前に起きた奇跡――当時小さな記事となって新聞の片隅を飾ったりもした、
ある天才少年の劇的な復活が、そこに関係していたのは間違い無いだろう。
といって、彼女の幼馴染であった彼にその責任を求めるわけにはいかないし、
また当時のわたしがそれを知ったところで、何になるということもない。
ただわたしや、その他魔法少女というものに縁のない彼女の知り合いにとっては、
彼女が突然姿を消して、もう二度と帰ってこないという事実だけがあるのだった。
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 20:55:33.19 ID:9ysba6wso
あの時のわたしの動揺と言ったら……一週間以上もふさぎ込んでいたように思う。
わたしにとって、友人の存在は想像していたより遥かに大きいものだった。
あの時ほむらちゃんが頻繁にわたしを訪ねてきてくれなかったら、慰めてくれなかったら……
もしかすると、今も立ち直れていなかったかもしれない。
しかし、彼女を失った悲しみや喪失感の裏には、常にもやもやとした疑念のようなものがあった。
彼女には家出をするような理由は無いし、状況もそれにはそぐわない。
何者かに誘拐されただとか、そういった事件に巻き込まれたにしても、何か違和感が拭えない。
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 21:00:54.76 ID:9ysba6wso
友人や家族のおかげで回復していくにつれ、わたしの中でその疑問はだんだん大きく、無視できないものになっていった。
そしてついにわたしは家を飛び出して、彼女の失踪した場所にたどり着き――
そこで初めて、キュゥべえと出会った。
彼は何もかも知っていた。
魔法少女のことも、彼女が何を願い、何を為すために契約を交わしたのかも、その最期のことも……全てを話してくれた。
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 21:01:58.20 ID:9ysba6wso
まもなくわたしは彼を通して、マミさんと、その仲間でさやかちゃんの友達でもあった杏子ちゃんと知り合った。
そして、ほむらちゃんも魔法少女だったことを、その時初めて知った。
彼女は全て知っていながら黙っていたことを謝って、わたしにさやかちゃんが残した唯一の遺品を差し出した。
わたしはそれを見てやっと、かけがえのない親友を一人、永遠に失ってしまったことを理解した。
その日わたしが泣き止むまで、ずっとほむらちゃんが抱きしめていてくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
…………………………
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/14(金) 21:04:43.78 ID:9ysba6wso
こうして、それまで何もつけていなかったわたしの髪に、小さなヘアピンが加わることになった。
それから何度か、マミさんの部屋にお邪魔したり、魔法少女に関する話を聞いたりしたけれど、
わたしは契約ができないということもあって、直接魔獣と出会ったことは無かった。
それが今になっていきなり大量の魔獣に襲われたのは、何かが起こる前触れなのだろうか?
そして、その直後に現れた……ワルプルギスの夜、という言葉は何を示しているのだろう?
襲われてから3日後の日曜日。
わたしはその答えを知るために、マミさんのすむマンションへと向かっていた。
――――――――――
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:19:11.12 ID:TG4QCoZTo
4
――――――――――
まどか「お邪魔しま……あっ」
マミさんの部屋に入った途端、いつもの紅茶の香りに混じって、甘い匂いが鼻を突いた。
遅れないようになるべく早く来たつもりだったが、主役は既に到着しているらしい。
急いで居間に通じるガラス戸を開けると、テーブルの向こう側に彼女は居た。
お菓子が大量に入ったコンビニ袋を周りに並べ、背中を丸めてうずくまっている。
どうやら、テーブルの上に座り込んだキュゥべえと何かを話し合っているようだ。
声をかけていいものか迷っていると、向こうの方から気づいて声をかけてきた。
60: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/15(土) 21:24:30.92 ID:TG4QCoZTo
杏子「……? お、まどかじゃん」
まどか「杏子ちゃん……ごめん、待たせちゃったかな?」
杏子「いや、今はほむら待ち。 ……ていうか、こんなに急いで来なくたってよかったのに」
QB「まだ最後の作業が終わってないしね」
杏子「うっせ」
杏子ちゃんがキュゥべえの耳を引っ張った拍子に、一枚の紙がテーブルから落ちた。
拾い上げてみると、どうやら見滝原の地図のようだ。
所々に赤いペンで点が書き込まれ、その右上に小さく日付が付け加えられている。
その中で、2日前の日付が書かれた点だけが大量に、しかも密集して打たれていた。
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:31:32.26 ID:TG4QCoZTo
まどか「……あ、これわたしが魔獣に会ったところだ」
杏子「ん? ああ、それはここ最近の魔獣の出現位置だよ」
QB「魔獣の発生は自然的なものだからね。 これからの予測を立てるには、データをまとめる必要があったのさ」
まどか「ふーん…… やっぱり、あの時のはすごかったんだね」
QB「この地域だと、ここ10年でも最大規模だよ」
杏子「ま、そのへんは後で話すからさ。 それより、ちょっと話があるんだけど」
まどか「……? 何?」
杏子「…………」
地図を受け取ると、杏子ちゃんはキュゥべえを無造作に放り投げ、わたしの方へ向き直った。
その表情は意外なほどに真剣で、目には隠し切れない不安が現れている。
わたしはその場に腰を下ろして、次の言葉を待った。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:35:40.10 ID:TG4QCoZTo
杏子「あいつの……ほむらのことなんだけどさ」
まどか「ほむらちゃんの……?」
杏子「いや、思いすごしだったら良いんだけど、あいつって……」
杏子ちゃんがなにか言いかけたその時、背後でドアが開く音がした。
見ると、大きめのお盆をかかえたマミさんがひょっこりと顔をのぞかせている。
マミ「紅茶とケーキの用意できたわよ……あら、鹿目さん。 何の話してるの?」
杏子「あっ……ごめん、やっぱ後で」
彼女はさっと顔を赤らめて、急いで地図とキュゥべえに向き直ると、それきりそのことには触れなかった。
…………………………
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:42:07.47 ID:TG4QCoZTo
部屋のインターホンが再び鳴ったのは、ちょうどお昼ごろのことだった。
わたしがドアを開けて迎え入れると、彼女は少し驚いたようにわたしの顔を見つめた。
ほむら「まどか? どうしてあなたまで……」
まどか「マミさんが、わたしも話を聞いておいた方がいいって」
ほむら「……そう」
まどか「それと……あの時のこと、ほむらちゃんにも聞いておきたかったから」
ほむら「倒れた時のこと?」
まどか「うん、どうしても気になってて」
ほむら「…………」
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:47:22.64 ID:TG4QCoZTo
ほむらちゃんはしばらくの間、何かを考えこんでいるように、じっと黙っていた。
人形のように整った顔はどこまでも無表情で、相変わらず何の感情も読み取れない。
しかしふと、その白い頬がうっすらピンク色に染まって――
――気がつくと、彼女はいつの間にかすぐそばまで近づいてきていた。
中指に銀色の指輪をはめた細い手が、わたしの髪を優しく、繊細な手つきで撫でる。
突然のことにびっくりして硬直していると、彼女はわたしの耳のあたりに触れたまま、
少しかすれた、小さな声でささやいた。
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:52:30.62 ID:TG4QCoZTo
ほむら「あなたは、このヘアピンをつけるまで……何もしていなかったの?」
まどか「え? ……う、うん」
ほむら「もっとおしゃれをしてみたいと思ったことは無い? そう……リボンなんて、似合うと思うわ」
まどか「……ほむらちゃん?」
彼女はさっと手を引いて、小さくうつむいた。
その顔はさっきまでと同じ無表情を通していたけれど、伏せた視線には動揺が現れている。
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 21:57:13.38 ID:TG4QCoZTo
ほむら「……何も」
まどか「え?」
ほむら「あの晩は、倒れたあなたを家に運んだだけで…… キュゥべえが知っている以上のことは、何も言えないわ」
まどか「あ…… そ、そうなんだ」
ほむら「役に立てなくて、ごめんね」
まどか「いいよ……そんな、気にしないで」
ほむら「……ありがとう」
ほむらちゃんはそう言ったきり、また黙りこんでしまった。
どう声をかけていいかわからずにぼんやり突っ立っていると、後ろの方からもどかしそうな声が響いてきた。
杏子「おい! もう始めてもいいかい、お二人さん?」
…………………………
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:04:29.22 ID:TG4QCoZTo
杏子「結論から言うと、これは自然災害みたいなもんだね」
杏子ちゃんはテーブルの上に例の地図を広げて、細長いお菓子で指しながら説明を始めた。
テーブルを囲んで座ったわたしたちの視線が、地図の上のある点に集中する。
杏子「昨日一日使って、キュゥべえと一緒に魔獣の出現位置を調べてたわけなんだけど……」
杏子「まず、ここが二日前湧きだした魔獣の群れの、最初の一匹が出た場所な」
マミ「鹿目さんが襲われた道路ね」
杏子「そう、ドンピシャさ。 あいつらはあんまり動かないし、迎えに行った形になるね」
まどか「えっ? そ、そうなんだ……」
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:09:09.58 ID:TG4QCoZTo
マミさんが不思議そうな顔でこちらを見た。
もちろん、魔獣の出る位置を予想することなんてわたしには出来ない。
マミ「引かれていた、ということかしら……? 家を出た時の記憶は無いんでしょう?」
まどか「はい……」
マミ「……やっぱり、あなたも来てよかったわね」
ほむら「…………」
杏子「……まあ、まどかがなんでそんな丁度いいとこに居合わせたかも気になるけど」
杏子「そっちはとりあえず置いとくとして……ちょっと見てな」
69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:12:37.08 ID:TG4QCoZTo
チョコレートで覆われたお菓子の先端が地図上を滑り、別の点に移動する。
杏子「魔獣の出現は一体じゃないことが多い。 どうも連鎖してるっぽいんだけど、だから最初の一匹が重要なんだよね」
杏子「それで、今まで出てきた日の、最初の位置を日付順に辿ってくと……」
まどか「……あ」
お菓子は幾つもの点の上を通過しながら、地図の上に一つの図形を描いているように見える。
その図形が見滝原を覆うくらいの大きさになった時、杏子ちゃんはお菓子を口にくわえて、
代わりに指輪をはめた手をかざしてみせた。
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:15:10.44 ID:TG4QCoZTo
するとその軌跡をなぞるように、赤く細長い光が浮かび上がり、再び図形を描き出す。
今度は、さっきは指していなかった点まで含まれていた。
ほむら「……渦巻き、に見えるわね」
それは一昨日の点を中心として、見滝原全体を覆う巨大な渦だった。
渦を形作る線はあちこちで分岐したり、途切れたりしているが、それでも明らかに方向性を持って伸びている。
杏子「そ。 こいつらは二日前のこの1点に向かって、渦を巻きながら集まってきてんのさ」
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:18:54.80 ID:TG4QCoZTo
マミ「集まってる……でも、さっきは自然災害って」
QB「自然災害のようなものさ。 この行動は彼らの意思では無いからね」
まどか「どういうこと?」
QB「魔獣たちは人間を襲い、エネルギーを収集する」
QB「その目的は未だ不明瞭だけど、どうやら好みのようなものはあるらしい」
杏子「あいつらは絶望とか、悪意とか、そういう暗い感情が集まる場所に優先して出るんだ」
杏子「その仕組みもわかってないけど……ま、美味いんだろうね、その方が」
杏子ちゃんはそう言うと、くわえていたお菓子を頬張った。
口がふさがった彼女の代わりに、今度はキュゥべえが説明役を引き受ける。
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:21:21.40 ID:TG4QCoZTo
QB「でも、魔獣の出現にはもう一つの要素が関係している。 それが瘴気さ」
QB「魔獣が出現すると、その場の空気が魔力を帯びて瘴気となる。 それが濃いと、その場に魔獣が出現しやすくなる」
まどか「だから、一度に何匹も出てくるんだ」
マミ「それは聞いたことがあるわね……でも、放っておけば薄くなって消えちゃんでしょう?」
QB「まあね。 でも、少しは残る」
QB「それが気流の関係などで集まると、そのルートに魔獣が出てくる確率が上がることもあるんだ」
QB「そして極稀に、負の感情を抱く人間、濃い残留瘴気による魔獣の出現の連鎖が歯車となって」
QB「その挙句にある地点での大量発生を引き起こすことがある」
まどか「それが……一昨日のあれってこと?」
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:24:32.64 ID:TG4QCoZTo
QB「いや、あれはただの前触れさ」
QB「消えなくなった瘴気はもう街全体を覆い尽くしている」
QB「その中でも一際濃くなった中心で、小さな爆発が起こっただけのようだね」
過去10年以内でも最大の大量発生が、これから起こるさらに大きな災害の前座に過ぎない。
あまりに衝撃的な事実に、その場がしんと静まり返る。
杏子「……実は、こういう例は過去にもあったらしくてね」
杏子「百年に一度もあれば多い方だけど、きちんと記録も残ってる」
杏子「そしてそのほとんどの記録に、ああいう前触れが起こったって記述があるんだよ」
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:27:01.34 ID:TG4QCoZTo
ほむら「……猶予は、あとどれくらいあるのかしら?」
杏子「記録によれば、前触れが起きてからだいたい一週間……あと4、5日だな」
マミ「5日……その間に、なんとかみんなを避難させることはできないのかしら?」
QB「無理だね。 人々が恐慌状態になれば、それがきっかけになってしまうかもしれないし」
QB「それに、発生する魔獣を片端から倒さなければ、魔獣たちはより勢いづいてしまう。 逃げることはできないのさ」
マミ「迎え撃つしか無い……ということね」
まどか「ま、魔法少女って、みんなの他には居ないの? 三人だけじゃ……」
杏子「一応、知ってるだけの魔法少女には連絡してきたけど……それでも、この見滝原全体を覆うほどの規模だしねえ」
QB「彼女たちが協力してくれても、一番激しく発生するこの中心部は、君等だけでやるしかないだろうね」
まどか「そんな……」
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:30:06.85 ID:TG4QCoZTo
避けられない大災害に対して、たった三人で立ち向かわなければならない。
理不尽な現実を前にして、それでも、彼女たちは希望を捨てては居ないようだった。
ほむら「……でも、やるしか無いんでしょう?」
杏子「まあね……あたしは覚悟を決めてきたよ」
マミ「……そうね、私たちにしかできないことだもの、やるしかないわね」
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:34:45.36 ID:TG4QCoZTo
マミ「それに、私達は一人じゃないから……きっとなんとかなるわ! ね、キュゥべえ?」
QB「この大発生がどれくらいの規模になるかはまだわからないけど、君たちは歴代の魔法少女の中でも優秀な方だ」
QB「切り抜けられる可能性は十分にあると思うよ」
杏子「へえ、あんたがそういうこと言うくらいなら、心配は要らないね?」
マミ「よし! そうと決まれば、まずは準備を初めましょうか」
マミ「まだ私達の知らない魔法少女も居るだろうし、そんなに大規模なら作戦を立てておいた方が良いでしょう……」
マミ「……あ、そういえば」
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:39:27.39 ID:TG4QCoZTo
マミ「ねえ佐倉さん、この現象は、昔の記録にも残ってるって言ってたわよね?」
杏子「ん? ああ、そうだけど」
マミ「何か、名前とか付けられてないのかしら? 今のままじゃ呼びにくいし」
杏子「ああ……確かあったよ。 えっと……」
ほむら「――ワルプルギスの夜」
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/15(土) 22:39:59.85 ID:TG4QCoZTo
杏子「そうそう、それだ……って、何だよ、知ってたわけ?」
思いがけない言葉に、はっとしてほむらちゃんを見る。
その顔は相変わらずの無表情で、何の感情も読み取ることはできなかった。
ほむら「……いいえ」
ほむら「なんとなく……そうなんじゃないかと思っただけよ」
――――――――――
89: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/16(日) 21:34:06.28 ID:qOnJAuSYo
5
――――――――――
杏子「……そういえばさ」
作戦会議が終わった後の帰り道。
会合が予想よりも長くなってしまったせいで、あたりはもう薄暗い。
そのため、三日前のようなことが起こらないよう、杏子ちゃんがわたしを送り届けてくれることになっている。
しばらくは無言で歩いていたけれど、半分くらい来たところで、突然彼女が口を開いた。
杏子「さっき、ほむらが来た時なんか喋ってたよね?」
まどか「え? う、うん」
杏子「何話してたわけ?」
まどか「わたしが襲われた時のことを……ちょっと」
杏子「……そうか」
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:38:17.30 ID:qOnJAuSYo
杏子ちゃんはポケットから取り出したお菓子の包みを開けて、おもむろに食べ始めた。
その横顔には、どこか不安そうな色が見て取れる。
こんな状況なら当然のことだろうけど、なぜかわたしはそれが気になった。
食べ終わるのを待って、今度はこちらから声をかける。
まどか「ねえ」
杏子「うん?」
まどか「今朝、何か話しかけてたよね? あれ、なんて言おうとしてたの?」
杏子「……ああ、あれか」
まどか「確か、ほむらちゃんがどうって……」
杏子「あー……」
彼女は困ったように頬を掻きながら、次のお菓子を手にとった。
包み紙を取って、しかし口に入れる前に話し始める。
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:40:49.88 ID:qOnJAuSYo
杏子「……考えすぎかもしれないけど」
杏子「昨日、キュゥべえと一緒に街をまわってた時、あいつに会ってさ」
まどか「ほむらちゃんに? ……どこで?」
杏子「確か、学校の辺りだったかな」
まどか「学校? でも、昨日はほむらちゃん休みだったよ」
杏子「あたしが見たのは夜中だからな、授業を受けに来たわけじゃないんだろうね」
まどか「忘れ物でもしたのかな……?」
杏子「多分違うと思う。 ……わんわん泣いてたし」
思わず立ち止まって、杏子ちゃんの後ろ姿を呆然と見つめる。
……ほむらちゃんが、泣いていた? 学校で?
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:44:32.41 ID:qOnJAuSYo
まどか「どうして……」
理由も無く体が震えた。 得体のしれない不安に、飲み込まれそうになる。
……いや、本当はその理由を知っているのだろう。
それがどうしても思い出せないから、なおさら恐ろしく感じているのだろう。
杏子「ん? 何か心当たりでもあんの?」
まどか「え……あ、ううん」
それでも、わたしは思い出したくなかった。
思い出すのが怖かった。
そのことを思い出せば、何もかもが崩れてしまうような、そんな気がしていた。
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:47:46.60 ID:qOnJAuSYo
まどか「ちょっと、意外だっただけ……」
杏子「……そっか」
杏子ちゃんは再び前を向いて歩き出した。
その手には、いつのまにか新しいお菓子が握られている。
少し距離を開けたまま、その背中に付いて行く。
杏子「そんくらいで大騒ぎするなんて、バカみたいだって思うだろ?」
まどか「そんなこと無いよ……」
杏子「いや……ちょっと神経質になってるんだ、あいつが……居なくなってから」
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:50:30.41 ID:qOnJAuSYo
まどか「…………」
杏子「そういえばあいつも、よく隠れてああいう風に泣いてたな……ってさ」
杏子「考えすぎだって思うけど、でも…… これ以上、仲間が消えてくのが嫌なんだ」
杏子「そうやって、いつか一人になったら……きっと、寂しいと思うからさ」
とうとう封を切られないまま、お菓子がポケットに戻される。
街灯に照らされた杏子ちゃんの背中は、思っていたよりずっと小さく見えた。
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:54:44.57 ID:qOnJAuSYo
まどか「……大丈夫、居なくなったりなんてしないから」
気がつけば、勝手に口が動いていた。
それは彼女に向けた言葉なのか、自分に向けた独り言なのかもはっきりしない。
それでも、言わなければ気がすまなかった。
まどか「ほむらちゃんも……マミさんも、杏子ちゃんだって」
まどか「もう、もう誰も消えたりなんかしないから……」
まどか「……そんなこと、わたしがさせないから」
まどか「だから、杏子ちゃんも……そんなふうに思わないで」
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/16(日) 21:57:53.18 ID:qOnJAuSYo
杏子ちゃんが驚いたような顔でこちらを見ている。
何の力も無いこんなわたしが大口を叩いたことに、呆れているのかもしれない。
お前に何がわかるのかと、不愉快に思っているのかもしれない。
しかし彼女は、さわやかに笑って…… お菓子を一つ、投げてよこした。
杏子「あんたもさ……居なくなったり、すんなよ?」
まどか「……うんっ!」
わたしが強くうなずくと、彼女は照れくさそうに前を向いて、もう一度歩き出した。
それからわたしの家に着くまで、杏子ちゃんは一言も口を利かなかったけれど――
次から次にお菓子を頬張る横顔は、どこか満足気に見えた。
――――――――――
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 20:44:40.35 ID:34yvgLg7o
6
――――――――――
早めに布団の中に入って、目を閉じたはずだった。
次に目を開けた時、わたしは空を飛んでいた。
ぼやけた視界は真っ青に染まり、頬を緩やかな風が撫でている。
体中がふわふわとした感覚に包まれて、上下の感覚すらも曖昧だった。
地面からどれくらい離れているのだろう?
風が吹き荒れる音がひっきりなしに聞こえてくるのに、なぜか体はあたたかい。
絵本の1ページに出てくるような、白い雲の上に横たわっている自分を想像した。
もちろん、そんなことはありえないけれど。
103: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/17(月) 20:45:46.56 ID:34yvgLg7o
「――目、覚めた?」
頭上から聞こえる声に、寝ぼけた頭が現実へ引き戻される。
目をちゃんと開いて見ると、そこは空色の壁紙が貼られた小さな部屋のようだった。
敷物も天井も、視界の隅に見える扉も全てが青い。
しかも天井は藍色、床は空色というようにそれぞれが微妙に異なった色をしていて、
その鮮やかな濃淡が、この部屋をより空のイメージに近づけていた。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 20:48:20.48 ID:34yvgLg7o
「ふふっ、驚いたでしょー。 さっきまで、部屋で寝てたんだもんね」
どこか聞き覚えのある声が、再び上から降ってくる。
どうやら、彼女に背を向ける形で膝枕をされているようだ。
寝返りをうってそちらを向くと、やはり見覚えのある顔がそこにあった。
まどか「……さやか、ちゃん」
さやか「うん。 久しぶり、まどか」
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 20:50:56.02 ID:34yvgLg7o
彼女は部屋の色に合わせたのか、青い制服のようなものを着ていること以外は
最後に会った時から何も変わっていなかった。
肩のあたりで切りそろえた髪も、悪戯っぽい笑顔も、何もかも昔のままだった。
まどか「久しぶり、じゃないよもう……いつも勝手なんだから」
もう一度寝返りをうって、さやかちゃんのお腹のあたりに顔を埋める。
背中に手を回して抱きつくようにすると、服越しに彼女の体温が伝わってきた。
……あたたかい。 まるで生きているように。
だからこそ、これが現実では無いことを再確認する。
不安な時や、辛い時。 こうして彼女の夢を見ることは、珍しくもないことだった。
いつまでたってもわたしは弱いままで、だから別れたはずの友だちにまで頼ってしまうのだ。
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 20:53:45.42 ID:34yvgLg7o
さやか「おっ? しばらく会わない内に、まどかも甘えん坊になったねー」
まどか「……ねえ、さやかちゃん」
さやか「んー?」
まどか「知ってる? 今……みんな大変なんだよ」
さやか「ああ……ワルプルギスの夜、って奴?」
まどか「……そう」
さやか「もしあたしが居たら、そのくらいぱぱーっと!……は無理だろうけど」
さやか「きっと、手助けくらいはできたと思うんだけどな……ごめんね、肝心な時に居なくってさ」
まどか「……本当だよ」
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 20:58:47.34 ID:34yvgLg7o
みっともない弱音を吐いて、さらに深く顔を埋める。
青いスカートの端に、いつの間にか小さな水玉模様ができていた。
まどか「わたしは……杏子ちゃんだって、もっと一緒に居たかったのに」
まどか「一緒に、生きていて欲しかったのに」
まどか「どうして……死んじゃったの? さやかちゃん……」
さやか「……ごめんね」
さやか「でも――」
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:02:26.73 ID:34yvgLg7o
まどか「……えっ?」
小さな痛みが、頬に走った。
それはどう見ても、さやかちゃんがわたしの頬を軽くつねったからに他ならないのだけど――
さやか「でも……だからこそ、あたしはまどかをここに呼んだんだよ」
――どうして、夢の中で痛みを感じるのだろう?
さやか「へへ……夢だと思った?」
さやか「残念。 正真正銘、本物のさやかちゃんでした」
…………………………
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:08:35.73 ID:34yvgLg7o
さやか「……もう、落ち着いた?」
隣に腰掛けたさやかちゃんが、わたしの顔を覗きこみながら問いかける。
まどか「う、うん……もう、大丈夫」
突然の再会から、数分ほど経っただろうか。
なぜさやかちゃんが、そしてわたしがここに居るのか? ここは一体どこなのか?
聞きたいことも話したいこともたくさんあったけれど、今の今まで、話は一時中断したままだった。
わたしはあまりにショックな事態に混乱して、とても話を聞ける状態では無かったからだ。
情けない話だけれど、そこまで責められるようなことでも無いと思いたい。
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:10:24.53 ID:34yvgLg7o
まどか「でもまさか、もう一度こうやって会えるなんて……思ってなかったよ、さやかちゃん」
……なにせ、こんな状況なのだから。
さやか「あはは……まーね、驚くのも無理ないよね」
さやか「魔法少女は、その力を使い果たした時……」
まどか「この世から消えちゃう、でしょ?」
さやか「そ。 ……自分が消える、っていうのがどんなことかはよくわからなかったけど」
さやか「それでも、もう後なんて無いんだ、って……思ってたからなー、あたしも」
さやか「まさか、こんなことになるなんてねー……」
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:13:37.25 ID:34yvgLg7o
さやかちゃんは真っ白なソファの背に体を預け、頭の後ろに手を回した。
すると、何かに気がついたらしい。
はっとした表情をして再び身を起こし、わたしの頭のあたりを見つめている。
さやか「そうだ……ねえまどか、話をする前にちょっと良い?」
まどか「何?」
さやか「その、ヘアピンさ。 あたしのでしょ?」
まどか「え?……あっ」
笑顔で手を差し出す彼女に一瞬戸惑いながら、すぐにその意味に気付く。
わたしはヘアピンを外して、彼女に手渡した。
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:16:31.60 ID:34yvgLg7o
さやか「サンキュ。 ……ずっと持ってたんだね」
まどか「ごめんね、勝手に使ったりして」
さやか「ううん、いいよ。 でも、たぶん邪魔になっちゃうからね、これ」
まどか「え……?」
彼女は手の中のヘアピンを弄びながら、しばらくの間、
何かを言いかけてやめたり、じっと考え込んだりを繰り返していた。
どのように話そうか、言葉を選んでいるようだ。
やがて考えがまとまったのか、さやかちゃんはヘアピンを素早く自分の髪に差して、
私の方へと向き直った。
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:20:46.67 ID:34yvgLg7o
さやか「例えば、このヘアピンとか」
さやか「あたしの家族とか、部屋とかカバンとか……まどかとの思い出とか」
さやか「そういうものはみんな、あたしが生きていた証拠になる。 でしょ?」
まどか「え? う、うん……」
さやか「でも、あたしは魔法少女として死んで、元いた世界からは消えて無くなった」
まどか「……うん」
さやか「これって、結構おかしいことなんだよね」
……おかしい、だろうか。
さやかちゃんは存在しないにも関わらず、その痕跡は残っている。
確かに、言われてみればすこしおかしいかもしれないけれど。
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:24:25.20 ID:34yvgLg7o
さやか「この世……っていうのも変な言い方だけど」
さやか「まどかの住んでる宇宙は、一つの大きな輪になって回ってるの」
まどか「輪?」
さやか「例えば、雨が降って川になって、海に流れて蒸発して、また雲になっていくみたいに」
さやか「色んなことが輪になって繋がってる。 ……だから、誰かが得をすれば、絶対に誰かが損をする」
さやか「あたしたちはそういう仕組みになってた、はずなんだけどね」
まどか「さやかちゃんは……違うの?」
さやか「そう、あたしみたいな魔法少女だけは、そこから外れてるってわけ」
さやか「本当なら、契約するときに奇跡を願ったぶん、誰かを呪わずにはいられない」
さやか「でもその前に、ツケを払わされる前に、輪っかの中からはじき出されちゃえば……」
奇跡の代価を、払わずに済む。 世界に対して、何のマイナスも抱かずに済む。
上手いようだけど、どこか自己犠牲的な論理。
結局は、全てを抱えて消え去る運命の悲しい契約。
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:29:36.19 ID:34yvgLg7o
さやか「円環の理……って、マミさんは言ってたっけ」
さやか「あたしたちは、奇跡を望む代わりに、そうやって消えることになった」
さやか「で、実際にあたしは……消えた」
まどか「…………」
さやか「……でも、実は完全に消えたわけじゃない」
まどか「え?」
さやか「言ったでしょ? この世は輪っかになって、何もかもが繋がってるって」
さやか「本当に消えるってことは、そういう繋がりが全部なくなる、ってこと。 でもあたしはそうなってない」
さやか「記憶とか、形見とか、そういうもので……まだ、繋がってる」
さやか「それが全部消えちゃわない限り、あたしたちは本当に消滅したことにはならないってわけ」
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:32:50.80 ID:34yvgLg7o
それは大きな円環から伸びた、細い糸のように魔法少女たちを繋ぎ止める。
本来ならば、それすら残らなかったのだろう。 何の痕跡も残さずに、消えてしまうはずだったのだろう。
それでも、完全になりきれない理は、それを切ることができなかった。
なぜ、円環の理が完全でなくなったのかは――あるいは、それこそ本当の奇跡だったのかもしれない。
まどか「じゃあ、さやかちゃんは……」
さやか「うん、あたしも宙ぶらりんになって、ぎりぎり引っかかってるわけ。 ま、このヘアピンは返してもらったけど」
さやか「でも……あたしはいろんなものを残してきたつもりだよ」
さやか「魔法少女として助けてきた人々とか、友だちの記憶の中にも」
さやか「……恭介の腕にだって、あたしが残ってる」
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:37:55.85 ID:34yvgLg7o
最後に彼の名前を口にした時、さやかちゃんの顔が一瞬陰ったような気がした。
しかしそれは本当に一瞬で、すぐに晴れやかな笑顔へと変わる。
さやか「まどかだって、覚えててくれたもんね?」
まどか「……うん」
さやか「だから、簡単には切れない…… ここは、そういう魔法少女たちがたどり着く場所」
さやか「有るっていうことと、無いっていうことの隙間―― 魔法少女の、死後の世界だよ」
まどか「死後の……」
消えたはずのさやかちゃんが居る時点で当たり前のことだったかもしれない。
しかし明確に口に出してみて、初めて実感する。
ここは、この小さな青い部屋は、死者しか入ることのできない場所なのだ。
ということは……
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:42:00.28 ID:34yvgLg7o
まどか「……じゃあ、わたしは死んだの?」
さやか「ううん、そうじゃないよ」
思い切って聞いてみると、あっさり否定された。
いつ死んでもおかしくない状況ではあるし、覚悟を決めていただけに肩透かしを食らったような気分だ。
同時に、少なからず安心もしていた。 死んでいたわけではなかった、最悪の事態は免れた……と。
まどか「ならどうして……」
さやか「……それは」
しかし現実はいつも、予想できる範囲には収まってくれないものだ。
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:44:29.53 ID:34yvgLg7o
さやか「それは、これがまどかの力だからだよ」
まどか「ちから……?」
平穏で幸せな生活を求めても。
さやか「契約した時の祈りによって決まる、それぞれの魔法少女に固有の特別な魔法……」
さやか「あたしなら治癒、杏子なら幻惑。 そして、あんたのはこれ」
そのために、いくら自分を押し殺したとしても。
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:45:51.97 ID:34yvgLg7o
さやか「『消えて無くなってしまったものとつながる』――それが、まどかの魔法ってわけ」
まどか「ま、魔法、って……そんな、それじゃわたし……!」
さやか「……そうだよ」
いつかは、向き合わなくてはならない。
さやか「あんたは……もうずっと前から、魔法少女なの」
…………………………
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:49:59.96 ID:34yvgLg7o
突然、視界が真っ暗になる。
黒一色の背景に、色々な映像が流れ、消えていく。
たくさんの少女たちが契約を交わし、戦い、そして死んでいった。
わたしが知っている顔もあれば、知らない顔もある。
そして、ある少女の死を最後に、映像は途切れてしまう。
その時間は多分ほんの一瞬だったけれど、全てを理解するには十分だった。
さやか「辛いのはわかってる。 でも今それを思い出さなくちゃ、あんたはきっと後悔する」
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:51:38.75 ID:34yvgLg7o
さやかちゃんの声がぼんやりと頭に響く。
わたしはいつの間にか目を閉じていた。
再び訪れた暗闇の中に、もう一度彼女の顔が浮かぶ。
さやか「全部、思い出して……まどか」
それを見て、わたしは再確認する。
あの、契約の時のこと。 そしてもうひとつ……それとは別に交わした、『約束』のこと。
さやか「あんたには――」
まどか「わかってるよ、さやかちゃん」
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/17(月) 21:52:55.98 ID:34yvgLg7o
目を開くと、さやかちゃんは今にも泣きだしそうな顔をして立っていた。
その目線の先には、壁一面を占領するほど大きな扉がある。
わたしは、その向こうに何があるのかを知っている。
まどか「わたしには……ううん」
円環の理。 ――本当の鹿目まどかが、そこに居るのだ。
まどか「……僕には、やらなくちゃならないことがあるんだね」
――――――――――
128: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/18(火) 21:03:01.08 ID:j6me6aPvo
7
――――――――――
かつて――という言い方をすれば、少しおかしな話になるけど――この世界には、鹿目まどかという少女が居た。
けどそれは、「僕」のことではない。
今まで物語の中心に居た、既に魔法少女であった鹿目まどかとは別の存在だ。
彼女が存在していた世界は既に改変されているので、僕と彼女の間に時間的な順序というものは存在しない。
しかし彼女のために僕が生まれたのだから、彼女の方がオリジナルであることは疑いもない。
僕、つまり『リボンを付けていない方のまどか』は――ただの偽物なのだ。
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:07:36.97 ID:j6me6aPvo
この偽まどかが存在している世界の、どこにその発端があるのか…… 僕にも明確な判断はつかない。
僕が初めてほむらと出会った時か、その死を看取った時か。
それとも、鹿目夫妻の間に、本来産まれるはずのない長女が誕生した時だろうか。
その全てが、重要な要素ではあるだろう。
でも、僕はあの瘴気の濃い、騒がしい夜に彼女と話した瞬間こそ――この話の始まりにふさわしいと思う。
その時初めて、僕は鹿目まどかという存在について知ったのだから。
…………………………
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:10:22.35 ID:j6me6aPvo
僕は元々、キュゥべえと呼ばれていた。
正確にはインキュベーター。 魔法少女の候補たちと契約し、その魂をソウルジェムに変換する者たちだ。
姿形は人間とはかけ離れているけれど、知的生命体であることは共通している。
しかしその知性においても、僕らと人間との間には大きな隔たりがあった。
人間ならば誰しも持っているであろう「感情」を、僕らは持ち得ないのだ。
だからこそ、僕らはこうして地球まで遠征し、感情の生み出すエネルギーを採取するために
魔法少女の契約を交わしているのだが……
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:12:10.48 ID:j6me6aPvo
しかしながら、僕らにも知的好奇心というものは存在する。
知らないことを知ろうとする、より多くの知識を蓄えようとする傾向。
喜んだり悲しんだりということが殆ど無い僕だって、気になることは知りたいと思うのだ。
そしてそれは、暁美ほむらという魔法少女が頻繁に口にする、ある言葉に対しても向けられた。
――まどか、って誰のことだい?
あの夜、ソウルジェムの浄化をしている彼女の背中に向かって、僕はこう問いかけた。
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:14:00.44 ID:j6me6aPvo
それ以前から、彼女がその名を口にするたびに気になっては居たのだ。
彼女の周りには同じ名前の人物は居なかったし、過去までさかのぼったとしてもそれは同じだった。
それなのに、彼女がその名前を呟いたのは一度や二度では無い。
全く架空の人物である可能性ももちろん考慮したけれど、鹿目タツヤという、
「まどか」と同じ姓を持つ少年がその名を知っていたことから、その線は薄いと判断せざるを得なかった。
存在しないはずの人物。 しかし名前だけは知られている。
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:15:30.82 ID:j6me6aPvo
この奇妙な現象に、僕は少しばかり好奇心を持った。
それ自体は、特におかしなことでも何でもない。 実際、興味のレベルは低い方だった。
でもその好奇心は、ちょうど暇そうにしていた彼女へ
ちょっと質問をするくらいの行動を僕に起こさせるには、十分なものだったのだ。
――私の友達よ
彼女は簡潔に、そう答えた。 僕は最初、彼女が嘘をついたのだと思った。
だから、そんな名前の人物は君の周りには存在しないよ、と指摘した。
すると彼女はため息をついて、鹿目まどかに関する、とても信じがたい物語を語って聞かせてくれたのだ。
…………………………
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:19:16.54 ID:j6me6aPvo
簡単に言えば、それはこの世界が改変されたものである、という話だった。
そしてその大いなる改変は、鹿目まどかという少女の契約によって行われたらしい。
改変される前後の世界では魔法少女のシステムに若干の違いがあり、
少女たちはそれに対して少なからず不満を抱いていた。
それが原因となって、まどかやほむら、その周りの魔法少女たちと僕らとの間に様々ないざこざが起きた結果、
類まれな素質を持ったまどかが、この世界の変革を願って契約をした。
その祈りは間違いなく世界を変え、今のこの世界が誕生した。
しかしその代償に、鹿目まどかは自らの存在を否定する形で消滅し、ただの概念となってしまった……
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:21:46.76 ID:j6me6aPvo
筋の通った話ではある。 でもそれが事実だと証明する方法は無い。
だから僕も、それを完全に信用したというわけではなかった。
けれど、あの時。
そのまどかという概念について知ってしまったあの瞬間から、僕は彼女と繋がりを持ってしまったのかもしれない。
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:22:47.45 ID:j6me6aPvo
この世に存在しないはずの者であっても、それを覚えている誰かが居れば、完全に消えたわけではない。
鹿目まどかは世界の改変の果てに消滅したはずだが、ほむらはその名を知っている。 形見のリボンさえ持っている。
だから、本当に消えさってしまったというわけでは無いのかもしれない。
ほむらの記憶を楔にして、世界という円環の外に、かろうじてまどかという存在を残しているのかもしれない。
そしてあの夜から、僕もその楔の一つとなった。
……だからこそ、僕は変わることができたのかもしれない。
…………………………
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:26:58.41 ID:j6me6aPvo
――これで、終わりみたいね
それは僕が暁美ほむらと出会ってから、数年後のことだった。
霧が立ち込める小さな泉の畔で、魔獣の群れと戦った時。
彼女は最後の魔獣を倒した後、そのまま倒れ伏してしまった。
そばに寄って声をかけると、彼女は消え入りそうな声で言った。
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:29:05.14 ID:j6me6aPvo
――もう、体が動かないのよ
彼女が何を言いたいのかはわかっていた。
僕はインキュベーターだから、魔法少女については誰よりも詳しい。
そしてこの何年か、ずっと彼女のそばに居たから……彼女のことも、一番よく知っていた。
彼女の体はとっくに、限界を迎えていたのだ。
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:31:25.31 ID:j6me6aPvo
駄目だよ。
口をついて出たのは、そんな言葉だったと思う。
まだ駄目だ、まだ……君は戦わなくちゃならない。
そう、契約したじゃないか。
自分でもあまりに非論理的すぎて、何を言っているのかよくわからなかった。
それでも言わなければならない気がした。 彼女を引き止めなければならない気がした。
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:35:30.76 ID:j6me6aPvo
――ごめんなさい……でも、もう許して
そう言いながら、彼女は笑っていた。 幸せそうに笑っていた。
まるで自慢話のように。
これから死ぬんだよ、羨ましいでしょう? とでも言うように、少し得意げな顔をして、それからにっこり笑うんだ。
何かをしなければ、と思った。 でももうどうしようもない。
グリーフシードはもう無いし、あったとしてもとても足りない。
他の魔法少女なら、魔法で彼女を癒すことも出来たかもしれないが……
その時、彼女はもう一人だった。
さやかも、マミも、杏子も……もうとっくの昔に死んでしまっていた。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:40:25.22 ID:j6me6aPvo
――これで、やっとあの子に会える
彼女はそんな僕の頭を、優しく撫でてくれた。
でも、それからすぐに、動かなくなってしまった。
おかしな話だけど。
僕はその時初めて、自分の中で感情が目覚めていたことに気がついた。
…………………………
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:43:33.35 ID:j6me6aPvo
僕らと人間との間には、大きな隔たりがあった。
人間ならば誰しも持っているであろう「感情」を、僕らは持ち得ない。
しかし、例外はある。
そもそも僕らが全く感情を持たないのであれば、どうしてこのシステムを作り上げられるというのだろう?
僕らの中にも、極めて稀な精神疾患として――感情を持つものは居たのだ。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:46:43.02 ID:j6me6aPvo
しかしなぜ、僕が……その疾患を抱えることになったのか、はっきりとはわからない。
前に言った通り、まどかという存在を知り、繋がりをもってしまったからなのか。
長い間一人の魔法少女のそばに居続けたために、その影響を受けていたからなのか。
それともこれこそが、契約によって起こされる紛い物では無い、本当の奇跡というものなのだろうか?
わからない。 わかった所で、何かが変わるというわけでもない。
もう何もかも、起こってしまった後なのだから。
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:49:25.67 ID:j6me6aPvo
彼女の死を看取った後、僕が何をしたのかは……もうわかるだろう?
僕は自分自身と契約し、その魂を小さな宝石へと変えた。
そして気がつくと、あの青い部屋に僕は居た。
正確に言えば、あの部屋にあった扉の向こうに入り込んでいた。
消えたはずの……鹿目まどかの腕に抱かれて。
…………………………
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:52:06.10 ID:j6me6aPvo
『あなたにとっては、はじめましてだね……キュゥべえ』
そこには、彼女と僕しか居なかった。
薄紅色のやさしい光で満ちていて、けれど、他には何も無い。
家具も、壁も、上下も、時間さえ無い。
ただそこには彼女が居て、その腕の中に僕が居た。
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:52:45.00 ID:j6me6aPvo
QB「君は?」
そう問いかけると、彼女はにっこりと笑った。
『ほむらちゃんから聞いてない?』
QB「……そうか、君がまどかなんだね」
長い髪に、白いドレス。 そして彼女のトレードマークである、2本のリボン。
ほむらの話していた通りの姿だ。
彼女こそ、世界を変えるほどの力を持った最大の魔法少女――鹿目まどかなのだ。
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:55:21.96 ID:j6me6aPvo
まどか『そうだよ……ふふ、なんだか懐かしいな』
QB「え?」
まどか『だって、キュゥべえと話すことなんて……もう無いと思ってたから』
QB「……ああ、そうだね」
QB「感情を持たない僕らには、契約なんて出来るはずもないからね……」
まどか『でも、あなたはここに来たよ』
149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 21:58:38.86 ID:j6me6aPvo
まどか『ほむらちゃんと出会って、心を持って……ただのキュゥべえじゃなくなって』
まどか『……あなたは、何を望んだの?』
QB「僕は……」
頭の中に、彼女の顔が浮かんだ。 死の間際に浮かべた、最後の笑顔。
QB「……僕は、君をここから出すために来た」
自分自身との契約に、僕が願ったことはとても単純だった。
QB「僕はもう一度彼女の、暁美ほむらの笑顔が見たい」
150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:02:26.10 ID:j6me6aPvo
でもそれは、僕には出来ない。
彼女にあんな顔をさせられるのは、きっとただ一人しか居ないのだろう。
まどか『…………』
QB「それには、君が居なくちゃだめなんだ……まどか」
QB「だから世界を再び作り変えて、彼女のそばに君が居る世界へ戻す」
QB「そのために、僕はここに来たんだ」
それさえ出来れば、僕はどうなっても構わない。 それ以上は何も望まない。
大切な人を失う悲しみも、その笑顔を見ることのできる喜びも、みんな――彼女から貰ったものなのだから。
彼女のために差し出せるならそれで良い。
でも、僕にはそれすら許されはしなかった。
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:05:44.18 ID:j6me6aPvo
まどか『……それは、無理だよ』
QB「どうして……!」
まどか『あなたはたくさんの少女と契約を結んできた。 だから、とても強い力を持っているの』
まどか『けど、それでもまだ……世界そのものを変えるには、力が足りないから』
QB「あ……」
埋めることの出来ない溝が、まどかと僕の間にはあった。
存在の壁を無理矢理超えて、彼女と出会うことまでは出来る。
しかし、そこから引きずり出すには……力が足りない。
僕には、はじめから不可能だったのだ。
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:08:38.55 ID:j6me6aPvo
まどか『……でも』
QB「え?」
まどか『わたしの、体だけなら……有ったことにできるかも』
気がつくと、僕は彼女の顔を真正面から見つめていた。
さっきまで僕を抱き上げていた彼女の手は、今は僕の手を掴んで――
――手?
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:11:28.61 ID:j6me6aPvo
まどか『わたしのリボンは、ほむらちゃんと一緒に残すことが出来た』
まどか『だから、わたしの魂は無理でも……』
まどか『物質としての体だけなら、あなたの力でもなんとか持っていけるかもしれない』
まどか「でも、魂は…… っ!!」
喉から出た声は、目の前の彼女と同じものだった。
声だけではない。 腕も、足も、顔も、何もかもが……鹿目まどかのものだった。
まどか『その体を、あなたにあげる』
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:15:10.91 ID:j6me6aPvo
背後で、扉が開く音がした。
そこに吸い込まれるような感覚と共に、僕とまどかの距離が開いていく。
まどか「時間、切れ……?」
まどか『あなたのソウルジェムは、わたしが預かっておくね』
まどか『わたしと強くつながることのできるあなたなら、ここからでも体を動かすのに問題は無いと思うから』
まどか「駄目だ、まどか……待って!」
まどか『大丈夫だよ、濁らないようにしておくもの』
まどか「違う、そうじゃない! 僕は、僕じゃ彼女を……!」
まどか『――大丈夫だよ』
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:18:33.77 ID:j6me6aPvo
まどか『ほむらちゃんの声があなたに届いて、あなたを変えたように』
まどか『あなたの声が、ほむらちゃんに届くのなら……きっと奇跡は起こせるから』
まどか『それでもいつか、これが必要になった時は……またここに来て』
まどか「…………」
扉に近づいていく僕に、まどかは小さく微笑みかけた。
その手の中には、透明なソウルジェムが握られている。
まどか「でも君は……それでも良いのかい?」
まどか「僕がまどかになってしまえば、君が戻ることは万が一にも無くなるよ」
まどか『……そうだなあ』
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:21:43.94 ID:j6me6aPvo
まどか『じゃあ、体をあげる代わりに……わたしと約束してくれる?』
まどか「約束……?」
まどか『そう。 契約ってほどじゃないけど、約束』
そして、扉を通り抜ける瞬間。
僕とまどかは、一つの約束をした。
まどか『……ほむらちゃんを、皆を、最後まで守ってあげて』
まどか「わかった……約束するよ、まどか」
…………………………
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:26:18.31 ID:j6me6aPvo
そして、世界は再び改変された。
といっても、鹿目まどかがやった時ほど大掛かりなものではなかった。
ただ、鹿目詢子と鹿目知久の間に……本来は産まれるはずのなかった命が、誕生したにすぎない。
しかしそのために、一部の記録や記憶は書き換わった。
その中でもっとも大きかったのは、僕自身の記憶だろう。
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:28:13.61 ID:j6me6aPvo
僕は真実を封印し、一人の人間として――鹿目まどかとして、この十数年間を生きてきた。
ほむらに必要なのはキュゥべえでは無くて、まどかに他ならない。
僕の記憶が蘇れば、それが台無しになる……だから、僕はそれを思い出すまいと必死だった。
けれど、思い出さなければならないこともあった。
それこそが、この『ワルプルギスの夜』なのだ。
…………………………
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:31:39.15 ID:j6me6aPvo
まどか「……ほむらちゃんは数年間の間、たった一人で戦ってきたの」
青く巨大な扉の前で、僕は自分の記憶の封を解きはじめた。
すぐそばにはさやかちゃんが居るが、さっきの口ぶりからして、彼女は全て知っているのだろう。
まどか「さやかちゃんも、マミさんも、杏子ちゃんも……とっくに消えてしまった後だった」
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:34:05.59 ID:j6me6aPvo
しかもその内、マミさんと杏子ちゃんが居なくなったのはほぼ同時だった。
さやかちゃんの死は、その願いの性質上どうしても避けられないものだったけれど……こちらはそうではない。
まどか「……ワルプルギスの夜」
そう、この時だ。
この日起こった大発生こそが――全ての分岐点となる。
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:35:50.77 ID:j6me6aPvo
まどか「この日、二人の仲間を同時に失ったほむらちゃんは……次第に病んでいった」
まどか「一人で戦うことの辛さ、寂しさ」
まどか「それを癒してくれる人は、周りに居なかったから」
さやか「……でも、まだ変えられるよ」
さやかちゃんは扉を指さして、僕の肩に触れた。
さやか「あの向こうに、あんたのソウルジェムがある。 ……あたしは無理だけど、あんたならこの扉を開けられる」
さやか「今から変身して戦えば、きっと結末を変えられるはずだよ」
162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:37:36.88 ID:j6me6aPvo
その顔は真剣で……全て知っているはずなのに、まだ僕のことを考えてくれている。
そのことが嬉しかった。 それを嬉しいと思えることも、嬉しかった。
まどか「……もう、『夜』は始まっているの?」
さやか「ここと向こうとじゃ、時間の流れが違うけど……まだ始まってはいないみたい」
まどか「じゃあ、まだ間に合うんだね」
さやかちゃんが力強く頷く。
僕はそれに頷き返して、扉に手を添えた。
だけどそれを押す前に、ずっと聞きたかったことを聞こうと思った。
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:40:18.55 ID:j6me6aPvo
まどか「……ねえ、さやかちゃん」
さやか「ん、何?」
まどか「さやかちゃんは……契約して、そのために消えちゃったこと」
まどか「後悔、してない?」
彼女は一瞬驚いたような顔して、困ったような笑みを浮かべた。
さやか「ぜーんぜん! 後悔なんて、あるわけない……って、言えたら良いんだけどね」
さやか「……本当はさ、今でもちょっとだけ、悔しいなって思うことがあるんだ」
まどか「…………」
さやか「あたしが、治したのに……どうして、あいつの側にいるのがあたしじゃないんだろ、って」
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:42:22.01 ID:j6me6aPvo
まどか「……じゃあ」
さやか「でもね、まどか」
言いかけた言葉を遮るように、彼女は続ける。
その顔は泣きそうで、でも笑っていた。
さやか「あたしは、契約して良かったって思ってるよ」
さやか「誰かのために願って、裏切られて、悲しくって、後悔して……でもそれが当たり前なんだ」
さやか「だって、こんなに悔しいのは……私が、恭介を好きだからだもん」
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:45:22.40 ID:j6me6aPvo
まどか「さやかちゃん……」
さやか「……だから、契約して良かったと思う」
さやかちゃんは僕の後ろにまわって、その両手を肩に置いた。
一瞬振り返ろうと思ったけれど、すぐに思い直して前を向く。
さやか「まどか……あんたも、後悔することがあるかもしれない」
まどか「……うん」
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/18(火) 22:46:29.74 ID:j6me6aPvo
さやか「こんなこと、願わなきゃ良かったって思うかもしれない」
まどか「うん」
さやか「でも、願うことも、希望を懐くことも、間違いじゃない……そう思える日がきっと来るから」
さやか「だから、最後まで諦めないで。 ……わかった?」
まどか「……うん!」
さやか「よし! じゃあ……行ってらっしゃい!」
まどか「わっ……!?」
勢い良く背中を押されて、すこしつまづきながら――
まどか『……いらっしゃい。 久しぶりだね』
僕は再び、ここへ来た。
――――――――――
174: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/19(水) 22:08:48.82 ID:BqZJZBAZo
8
――――――――――
やさしい光で満ちた、何もない空間。
前に来た時と変わらない光景の真ん中に、まどかは居た。
その手には、透明な宝石のはまったソウルジェムがのっている。
まどか『これが必要な時が、来たんだね』
まどか「……うん」
175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:09:38.69 ID:BqZJZBAZo
彼女は僕が頷くのを見ると、ソウルジェムを乗せた手のひらを差し出した。
それを受け取ろうとして伸ばした手を、不意に掴まれる。
ソウルジェムを挟むように握手したまま、彼女は静かに口を開いた。
まどか『まだ、覚えてる?』
まどか「え?」
まどか『……約束』
176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:11:03.09 ID:BqZJZBAZo
契約した時に、彼女と交わした約束。
それがあったからこそ、僕は今ここに居る。
まどか「……うん、覚えてるよ」
本当は全て忘れたはずだった。 僕じゃなくなるために。
ほむらちゃんに必要なのは、僕じゃなくて鹿目まどかだったから。
それでも、忘れることが出来なかったこと。
まどか「ほむらちゃんも、マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも」
まどか「パパも、ママも、タツヤも、学校や街のみんなも」
まどか「僕の……ううん、わたしの、大切な人たちだから」
まどか「だから……この約束だけは忘れられない」
177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:12:53.36 ID:BqZJZBAZo
彼女と繋いだ手を、指を絡めてしっかり握り直す。
もう、引き離されないように。
まどか「わたしは戦うよ」
まどか「あなたとわたしの、大事なものを守るために」
まどか「だってわたしは、魔法少女……鹿目まどかだから!」
178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:13:46.44 ID:BqZJZBAZo
合わせた手のひらの隙間から、桃色の光が溢れ出る。
やがて光は形を変え、わたしたち二人を包み込む。
まどか「………!」
わたしが着ているパジャマも、彼女の白いドレスも、溶けるように消えて光の一部になる。
裸になった彼女の肩越しに、見たこともない形の文字が流れていくのが見えた。
まるで洗濯機の中に放り込まれたように、わたしも彼女もぐるぐる回る。
流れる文字と光の中でもつれ合いながら、彼女は楽しそうに笑う。
彼女につられて、わたしも笑っていた。
179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:14:37.32 ID:BqZJZBAZo
まどか『……ありがとう』
ぽんっ、と何かが弾けるような感覚と共に、彼女と繋いだ手が白いグローブに覆われる。
彼女と交差した足には赤い靴が現れ、
彼女に抱きしめられた体は、いつの間にか可愛らしいフリルのついた服を纏っていた。
最後に、額へ軽くキスをされてから――
まどか『みんなをよろしくね……もう一人の、わたし』
わたしは走りだした。
あの時、変えたいと思った未来じゃない―― もう一つの未来を、描くために。
…………………………
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:17:41.49 ID:BqZJZBAZo
私は今までに二回ほど、死にかけたことがある。
もちろん魔法少女である以上、命の危険にさらされることは少なくない。
でも、本当に死んだと思ったのはこの二回だけだ。
一度目は契約した時。
家族とドライブ中に事故にあって、本当に死ぬ寸前だった。
でもその時に起こした奇跡で、私は魔法少女になった。
それは、もうそんな奇跡を使うことができなくなったということでもある。
181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:19:37.39 ID:BqZJZBAZo
二度目は、少し前の話。
病院に現れたとある魔獣と戦った時に…… 一瞬の気の緩みが原因で。
あの時は、暁美さんと仲間になった直後で浮かれていたのかもしれない。
その暁美さんが助けてくれたおかげで今の私があるのだから、あれはきっと、あるべき失敗だったのだと思うけれど。
でも私はあの時から、もう二度とこんな事態には陥らないと決めた。
182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:20:38.24 ID:BqZJZBAZo
戦場では、ほんの少しの油断もあってはならない。
たとえ敵の拘束に成功しても、背中を守ってくれる仲間が居たとしても。
……いえ、後ろに仲間が居るからこそ、気を抜くことはできない。
みんなを残して、死ぬことは許されない。
そう誓ったのだ。
それなのに。
もう二度と気を抜かないと決めたはずなのに。
183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:25:23.89 ID:BqZJZBAZo
恥ずかしい話だけれど、私は圧倒されてしまっていたのだ。
今までに見たこともないような数に。
数…… そう、数だ。
真の意味での量に、質はもはや関係ない。
自分がどれほど強くなっても。
絶対に気を抜くまいと、どれだけ集中しても。
そんなものは、もう関係ないのだ。
私は……私という存在は、結局たった一つで。
それが2つの力に勝ったとしても、3つの力には敵わない。
それだけの話だったのだろう。
184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:28:11.53 ID:BqZJZBAZo
ワルプルギスの夜。
それはまさに地獄絵図だった。
道路を、屋根を、地を、いや、空までも覆い尽くさんばかりの……大量の魔獣たち。
視界は全て灰色に塗りつぶされ、夜空の黒さえ見えはしない。
私は何もできなかった。
戦わなければならないのに。
その場に跪き、流れる涙を拭うことすらできなかった。
私は……圧倒されていたのだ。
一面灰色の世界を舞う、何百、何千もの――魔法少女たちに。
185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:30:11.19 ID:BqZJZBAZo
赤、青、黄、紫、ピンク、それに白。
色とりどりという表現がぴったりの、可愛らしい衣装を纏った少女たち。
しかも、様々な色をしているのは衣服だけでは無い。
肌が白いもの、黒いもの。 金色の髪、茶色の髪、真っ黒な髪。
あちこちで上がるかけ声だって、私と同じ言葉のものは少ないくらいだ。
その日本語でさえも、ときどき聞いたこともないような単語が混じっている。
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:32:11.03 ID:BqZJZBAZo
これは、夢だろうか?
突然現れた魔法少女たちは、まるで古い映写機でうつされた映画のようにぼんやりと光り、
時折その姿が揺らいでいる。
あまりにも非現実的で、夢のような光景だ。
だけど……まだ私は目覚めているし、ちゃんと生きている。
だって、さっきまでの戦いで負った傷が、まだ痛むから。
187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:33:31.00 ID:BqZJZBAZo
「――――?」
しかしその傷も、たった今目の前に降り立った魔法少女によって跡形もなく消されてしまう。
彼女は何やら外国語で――たぶんイタリア語だと思う――何かを言っている。
「――――」
それに何も言い返せずに居ると、彼女は再び笑顔で声をかけ、戦場へと戻っていった。
188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:39:29.61 ID:BqZJZBAZo
……イタリア語は、正直全くわからない。
でも私には、彼女が何を言ったのかわかっていた。
――大丈夫?
――心配しないで、私が守ってあげる
衣服も、武器も、国も、言葉も、時代さえ違う。
けれど、その瞳に込められた思いは、その武器を構えた理由は同じなのだから。
ただ、この地獄から――人々を守ること。
仲間を守ること。
なぜなら私たちは……魔法少女なのだから。
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:40:26.87 ID:BqZJZBAZo
「過去に消えていった魔法少女を、一時的にこの世界へ呼び戻す……」
「……これが、わたしの魔法なんです」
そして、振り返れば仲間がもう一人。
いつの間にか、私はその優しさに包まれていた。
「だからもう、大丈夫ですから……泣かないでください、マミさん」
…………………………
190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:45:11.73 ID:BqZJZBAZo
あたしの親父は牧師だった。
いわゆる神様に仕える職業って奴だ。
当然、親父は神様を信じていた。
あたしだって、昔は信じてたと思う。 いや、家族はみんな信じてた。
191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:45:55.20 ID:BqZJZBAZo
でも裏切られた。
だからみんな死んだ。
その時から、あたしは神様を信じるのをやめた。
神様は自分を信じる者を助けたりなんてしない。
親父は首を吊ったし、家族はみんな死んだし、あたしは今、この有様だ。
もう、魔獣がすぐそこまで来てる。
でも、瓦礫に挟まって身動きが取れない。 ……武器も砕かれちゃった。
新しい武器を作り出すほどの魔力も、もう残ってない。
マミとも、ほむらとも……もうずっと連絡がつかない。
もうすぐ、あたしもみんなの仲間入りをするだろう。
192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:49:29.16 ID:BqZJZBAZo
……でも、神頼みはしない。
神様は信じていないから。 神様は裏切るから。
裏切る? ……いや、違うな。
裏切ったのはあたしだ。
親父はあたしが絶望させて、家族はあたしが死なせて……あたしは自業自得なんだ。
みんな……みんなあたしのせいなんだろうか。
大事な家族も、かけがえの無い仲間も、一人ずつ消えていって。
最後に、あたしだけ取り残される。
それが、あたしに与えられた罰なんだろうか。 全部あたしが悪いんだろうか。
193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 22:54:15.65 ID:BqZJZBAZo
……だとしても、もうどうでも良い。 どうせ、それももうすぐ終わる。
誰かに置いて行かれるのは、もうたくさんだ。
このまま死んだとしても、ずるずる生き残るよりずっとマシかもしれない。
すぐ目の前に、魔獣の手が差し出されているのが見える。
だけどあたしは、何もせずに目を閉じた。
もう、みんなの所に行きたかったから。
194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/19(水) 23:00:17.14 ID:BqZJZBAZo
「……この程度で、諦めちゃうわけ?」
でも。
それでもまだ、あたしは楽になれないんだ。
「もっと強いと思ってたんだけどな…… ま、仕方がないから一緒に戦ってあげるよ」
馬鹿で、偉そうで、おせっかいで、大切な……友達が。
「……一人ぼっちは、寂しいもんね?」
それを許してくれないんだ。
――――――――――
202: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/20(木) 21:42:30.45 ID:owJF4dbao
9
――――――――――
知らなかった、と言えば嘘になる。
改変される前の世界の記憶も、何度も繰り返した一ヶ月のことも、彼女からもらったリボンも……
私はみんな持っていた。
そしてそれが、この世界にまどかが居るということと矛盾しているのも、わかっていた。
だから、知らなかったと言えば嘘になる。
そのことに、気付いていなかったわけが無い。
今この世界に居る鹿目まどかが、私の知る彼女では無いということ。
そして、私は結局あの子を守れなかったのだということ。
203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 21:45:00.93 ID:owJF4dbao
気付いていなかったわけじゃない。
でも、出来れば考えたく無い可能性ではあった。
だから私は目を背けてきた。
彼女は最後に契約してしまったけれど、でもなぜか――例えば奇跡が起こって、消えてしまうことは無かった。
そう思い込んできた。
そんな都合のいい奇跡なんて無いことを、知っているはずなのに。
204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 21:47:03.14 ID:owJF4dbao
……ワルプルギスの夜。
私には随分縁の深い言葉だけど、それを彼女が知ることはあり得ない。
だからあの夜の出来事は矛盾であり、矛盾である故に私の認識を根底から揺るがした。
膨らんだ不安と疑念はすぐに無視できないものになり、私にはそれを否定する証拠がどうしても必要だった。
私はそれを、前の世界と今の世界の間で不変であるはずのもの――つまり私が彼女と出会うより前の記録に求めた。
そのために、役所や学校、彼女の家にさえも、久々の不法侵入を試みた。
そしてその結果、私はついにごまかすことができなくなった。
205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 21:49:45.06 ID:owJF4dbao
調査の中で明らかになったのは、彼女の過去が、私の知るものとは食い違っているという事実だけだった。
例えば彼女には、産まれてから今に至るまで、髪にリボンを付けていた時期が無いということ。
幼少の頃は感情に乏しく、両親から心配されていたこと。
中学に上がるまでは、あらゆる方面で非常に成績が良かったこと。
もちろんそれだけでは無い。 行事の時などに撮られた写真の内容。 作文の文体。 得意科目と苦手科目。
何もかも……私の知っている彼女とは異なっていた。
206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 21:53:10.48 ID:owJF4dbao
私にはそれが耐えられなかった。
どうしようもなく悲しかったし、悔しかった。
なぜあの子はまどかじゃないんだろう、とさえ思った。
彼女は私の前から消えさってしまった。 死ぬまで彼女に会うことはない。
それを理解しても、結局受け入れることはできなかった。
……それでも。
たとえ全て嘘だったとしても。 偽物だったとしても。
私は――
…………………………
207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 21:56:43.31 ID:owJF4dbao
バタフライ効果……だっただろうか。
内容はおぼろげにしか覚えてないけど、昔どこかでそんな言葉を見かけたことがある。
蝶の羽ばたきのように小さな風でも、いつか天候に大きな影響を与えるかもしれない。
それと同じように、ごくわずかな差であっても――例えば、一人の少女が存在するか否かといった程度のことでも、
過去を改変することは、未来に予想以上の違いをもたらすことがあるらしい。
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:01:36.80 ID:owJF4dbao
前の世界でも、わたしはこの大災害――ワルプルギスの夜を経験した。
だから、魔法少女たちの配置や、そこからどう動くかについても当然知っている。
一時間ほど前、この世に戻ってきたわたしは、まずマミさんの戦っている場所へ向かった。
当時、もっとも発生数の多い地点を担当していたのがマミさんだったからだ。
あたり一面を覆い尽くすほどの魔獣に苦戦したマミさんは、その時キュゥべえだったわたしを通して、
すぐ近くで戦っているほむらちゃんに援護を求めた。
わたしはほむらちゃんの肩にくっついていたから、その後どれくらいマミさんが戦っていたのかはわからない。
だけどわたし達が到着した時には、既に抜け殻しか残っていなかった。
それからほむらちゃんは杏子ちゃんと合流して、残りの魔獣たちと戦った。
最終的には全ての魔獣を倒すことに成功したけれど、その戦果の大部分は、杏子ちゃんの自爆魔法によるものだった。
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:04:27.61 ID:owJF4dbao
わたしはこの結果を覆すために、おおまかな計画を立てた。
わたしの固有魔法を使えば、全ての魔獣を駆逐すること自体は難しくない。
けど、端から順に倒している間に誰か一人でも死んでしまっては意味が無い。
そこで、まずもっとも危険なマミさんの救助に全力を注ぎ、その後近くにいるほむらちゃんを援護する。
その間、出現数の一番少ない場所で戦っている杏子ちゃんはさやかちゃんに任せておいて、
マミさんたちの安全を確保した後に杏子ちゃんと合流する。
この中で、マミさんを助け、杏子ちゃんの元にさやかちゃんを送り込むのには成功した。
しかし…… ほむらちゃんは、未だに見つけられていなかった。
…………………………
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:11:47.76 ID:owJF4dbao
まどか「……えいっ!」
わたしは鍵のかかったドアを蹴破って、既に廃墟となっているビルの中に飛び込んだ。
間髪入れず、すぐ側に突っ立っていた魔獣にステッキを突き刺し、さらに引き抜きながら弓に変化させて矢を放つ。
それがもう一体の魔獣に刺さったのを確認してから、背後に迫った三体目の魔獣を蹴り飛ばして距離を取り、
再び矢を放って止めを刺す。
自分の体が借り物であることを意識してしまえば、それを意のままに操るのは難しいことでは無かった。
まどかのものとは違う、キュゥべえとしての冷徹さが効率のいい戦い方を教えてくれる。
あまり好ましくない過去でも、記憶を取り戻すのは悪いことばかりでは無かったようだ。
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:15:43.87 ID:owJF4dbao
まどか「ほむらちゃん!! 聞こえたら返事をして!」
廃墟の暗闇に向かって、あらん限りの声で叫ぶ。
返事は無かった。 しかしこの先を捜索しないわけには行かない。
濃密な瘴気のせいでキュゥべえさえも魔法少女の位置を把握できない中、
彼女がどこに居るのかはまったくわからないのだ。
声を出せない状況にある可能性も、もちろん無視することはできない。
彼女が最後に向かったというこの一帯を、虱潰しに探して回るしか方法は無いのだ。
…………………………
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:19:18.44 ID:owJF4dbao
魔獣の出現状況が、前の世界と異なっている。
さやかちゃんからの報告を受けて初めて、わたしはこの異変に気がついた。
マミさんの居た地域には大した差が無かったものの、杏子ちゃんの担当区域では明らかに魔獣の数が増えている。
そしてこの変化は、ほむらちゃんの行動にも影響を与えたらしい。
わたし達がほむらちゃんの居るべき場所にたどり着いた時、既に彼女の姿は無かった。
……バタフライ効果。
おそらくわたしの存在が、回りまわってこの変化を引き起こしたのだろう。
その結果、彼女の行方は完全にわからなくなってしまっていた。
…………………………
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:23:21.87 ID:owJF4dbao
まどか「ほむらちゃん! げほっ、げほっ……ほむらちゃんっ!!」
人気のない通路に、わたしの声だけが虚しく反響する。
どこかで火事がおきているのか、通路には白煙が充満していた。
当然見通しは悪く、数メートル先も満足に見えない。
この白い壁の向こうに彼女が居るのかどうか、入ってみなければわからないだろう。
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:26:46.01 ID:owJF4dbao
まどか「……でも、もう時間がない」
キュゥべえが最後にほむらちゃんの位置を確認した時から、既に一時間は経過している。
この一帯は魔獣の発生数が比較的少ないものの、一人だけで持ちこたえるにはギリギリの時間だ。
もしこの通路の中に彼女が居なければ、さらに時間をロスすることになる。
まどか「先に他の場所を……いや、でも」
まどか「……仕方ないか」
215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:31:23.75 ID:owJF4dbao
迷っている間にも時間は過ぎていく。
わたしは悩むのをやめて、とりあえず他の場所を回ることにした。
なるべく早く移動するため、渾身の力を込めて足を振り下ろ――
まどか「……うわっ!?」
――そうとした場所に、2つの光が浮かんでいる。
それが小動物の両目だということに気付くと同時に、わたしはバランスを崩して真後ろに倒れこんだ。
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:35:22.51 ID:owJF4dbao
後頭部がアスファルトに直撃し、目の前が真っ白になる。
心のなかでまどかに謝りながら激痛に悶えていると、おなかの上に重みを感じた。
おそらくは先ほどの動物――続けて聞こえた唸り声から察するに、猫のようだ――が乗っているのだろう。
まどか「っ……?」
ゆっくりと目を開くと、真っ黒な猫がきょとんとした顔で覗き込んでいた。
こちらの気も知らずに悠然としている猫を見ていると、いつの間にか緊張が緩んでくる。
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:38:18.21 ID:owJF4dbao
まどか「……そうだよね、焦ったって仕方ないか」
話しかけてみると、猫はそれに答えるように、小さく鳴き声をあげた。
その拍子に、何かが猫の口から転がり落ちる。
まどか「ん? これって……」
猫を下ろしながら拾い上げて見ると、それは小さな黒い立方体だった。
それは魔獣の残骸からのみ得られる、魔法少女の必需品。
ソウルジェムに溜まった穢れを取り除くために使われる、モザイクの欠片のようなもの――
まどか「……グリーフシード?」
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:41:05.97 ID:owJF4dbao
毛色に同化していて気が付かなかったが、おそらく猫がくわえていたものだろう。
わたしの足元に落ちていたものを、餌かなにかだと思って拾いに来たのかもしれない。
慌てて周囲の地面を見渡すと、他にも煙に紛れて転がっているものが幾つかある。
魔獣の残骸から出来るものがあるということは、ここで魔獣が狩られたということに他ならない。
だけど、わたしはまだこの場所で魔獣を倒しては居ない。
固有魔法で呼び出した過去の魔法少女たちは、全員マミさんの居るあたりで戦っているはずだ。
219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:44:19.36 ID:owJF4dbao
まどか「ってことは……ほむらちゃんが?」
それ以外に考えられない。
そしてもしそうならば、彼女はこの通路の先に居ることになる。
まどか「……っ!!」
わたしは今度こそ地面を蹴り、白い壁の中へ飛び込んでいった。
…………………………
220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:51:14.55 ID:owJF4dbao
――夢を見ていたような気がする。
見渡す限り真っ白な空間に、私は横たわっていた。
半分閉じた視界の真ん中には、消えてしまったはずの彼女が見える。
彼女はぽろぽろと涙を流しながら、膝にのせた私の顔をのぞき込んでいた。
とうとう終わりが来たのだろうか。
私はこの戦いで命を落とし、彼女の元へ行くのだろうか。
そんな可能性を振り払うように――彼女は私を強く抱き締めた。
「良かった…… 今度は、間に合ったんだね」
221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:52:35.60 ID:owJF4dbao
彼女の胸から直接伝わってくる鼓動が、私を現実に引き戻す。
私は魔獣との戦いの最中、少し気を失ってしまっていたらしい。
まだ体のあちこちが痛むけれど、命にかかわるような傷は無いようだ。
だから今目の前に居る彼女は、この世界の――もう一人のまどかなのだろう。
「……ねえ、ほむらちゃん」
「わたしね、未来から来たんだよ」
彼女は私の耳に口を寄せて、小さな声で話し始めた。
表情は見えないけれど、泣いているのだけはわかる。
222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 22:57:36.69 ID:owJF4dbao
「あなたと出会って、たくさんのことを教えてもらって、色んなあなたを見てきた」
「だけど最後まで、わたしは何も伝えられなくて……何の助けにもなれなくて」
「だからもう一度あなたと会うために、ここに来たの」
「わたしは……あなたの知ってるまどかじゃないんだよ」
震える声で語られるのは、私の知らない事実。
でもそれは、私がよく知っている感情でもある。
223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:00:16.90 ID:owJF4dbao
「ごめんね……わけ分かんないよね……失望するよね」
「ほむらちゃんにとってのわたしは、大切な人の偽物でしか無いんだもんね」
「でも、わたしにとってのあなたは……」
言葉を切り、彼女は一層強く私を抱きしめた。
私はそれに込められた思いを知っている。
知っているけれど、それを受け取る側になったことはない。
激しい感情に、少し戸惑う。
それでも、不思議と拒絶する気は起こらなかった。
224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:03:32.49 ID:owJF4dbao
「……わたしは、ずっと自分のことを忘れてた」
「ほむらちゃんも、マミさんたちも、みんな戦っているのに……思い出したくなかった」
「……怖かったんだ。 あなたに、嫌われるのが」
「でも、もう戦わなくちゃ」
腕に込められた力が緩み、彼女の体が私から離れていく。
燃えるような深紅の光が宿る目に、既に涙は浮かんでいなかった。
225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:06:59.72 ID:owJF4dbao
「……あなたを守る」
「それが、わたしが自分自身と交わす最後の契約だから」
「わたしはどう思われても構わない。 ほむらちゃんが生きていてくれればそれで良い」
「それでもどうか――お願いだから」
「あなたをわたしに守らせて」
彼女は落ちていた弓を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。
白い闇の中に、2つの紅い瞳が揺らめく。
わたしはそれを見つめたまま、ふらつく足に力を込めて立ち上がり――
――左手に握っていた弓を、彼女の方へ向けた。
…………………………
226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:13:25.63 ID:owJF4dbao
ほむら「――それには及ばないわ」
ほむらちゃんの冷静な声が、狭い通路に響き渡る。
その意味を理解する前に、紫色の閃光が顔のすぐ脇を通り抜けていった。
まどか「……っ!」
振り向きながら矢をつがえ、そのまま撃つ。
後ろから近づいていた魔獣は、狙いをつける必要すら無いほど近くに居た。
胸に2本目の矢を受け、魔獣の体が大きくのけぞる。
駄目押しに足元を蹴り払うと、そのまま地面に倒れこんでしまった。
追撃をかけるまでも無く、モザイクの欠片が空中に散り始める。
227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:18:50.99 ID:owJF4dbao
ほむら「……あなたと出会って、どれくらいになるかしら?」
まどか「えっ?」
いきなり背後から質問を浴びせかけられ、あわてて振り返る。
ほむらちゃんは弓を構えながら、通路の奥に目を配っていた。
まどか「えっと……三ヶ月、くらいかな」
その背中に答えを返しつつ、自分も反対側の通路に視線を戻す。
228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:23:11.49 ID:owJF4dbao
ほむら「そう…… もう、そんなに前のことなのね」
まどか「……それほど長くは、無いよ」
ほむら「そうかもしれないわね…… でも私にとっては、一ヶ月でも十分長いわ」
彼女と背中合わせになりながら、言葉を交わした。
顔は見えないけれど、表情はなんとなく想像がつく。
229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:24:38.25 ID:owJF4dbao
ほむら「……私は覚えてる。 あなたと会った時のこと」
まどか「彼女のときとは……違ってた?」
ほむら「ええ、色々ね。 やっぱり、あなたはその髪型が一番似合ってるわよ」
まどか「…………」
ほむら「……まるで昨日のことみたいね」
まどか「……そうだね」
ほむら「でも、全部覚えてる。 あなたと、みんなと過ごした時間……」
ほむら「……たとえあなたが嘘をついていたとしても、この三ヶ月間が嘘になるわけじゃない」
ほむら「あなたがまどかじゃなくても……私の友達であることに変わりはないわ」
230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:28:35.24 ID:owJF4dbao
思わず振り返ると、彼女もこちらを向いていた。
その背中には、いつのまにか大きな翼が広がっている。
空間の裂け目のようなそれに、周囲の白煙が吸い込まれては消えていく。
ほむら「だから、私は戦い続ける」
ほむら「あの子が守りたいと思ったからじゃない。 私が、守りたいと思うから」
ほむら「あなたや……大切な仲間たちが居る、この世界を」
231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:33:33.15 ID:owJF4dbao
煙が晴れ、クリアになった闇の中で、わたしは彼女と向き合った。
その肩越しに見える敵の群れも、今は目に入らない。
ただ彼女だけを見て、彼女の言葉だけに聞き入っていた。
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「だからあなたに、守られるだけでいるつもりは無いわ」
ほむら「でも……もし、良かったら」
ほむら「……一緒に、戦ってくれる?」
232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:36:19.78 ID:owJF4dbao
そう言って、彼女はにっこりと笑った。
いつか、わたしが願ったこと。 魂と引換えに望んだもの。
わたしの心が、生まれた理由。
まどか「……うん!」
力強く頷いて、わたしは彼女に背を向けた。
もう少し見ていたかったけれど、そうもいかない。
せっかちな魔獣たちは通路にひしめき合い、既に灰色の壁となって押し寄せてきている。
まだ……夜は明けていなかった。
233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:37:18.26 ID:owJF4dbao
それでも。
それでも、負ける気がしない。
もう、挫けるなんてあり得ない。
だって――
まどか「行くよっ! ほむらちゃん!」
ほむら「ええ! ……まどか!」
――今はもう、君が居るから。
――――終わり
234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/20(木) 23:40:24.45 ID:owJF4dbao
ここで一応、話としては終わりです 最後まで読んでくれてありがとうございました
でもこのあと、ちょっとしたおまけがあるので それが終わってからhtml化依頼を出します
気付いてくれた人も居るかもしれないけど、これ一応OP再現SSなんで……
そのおまけが無いとちょっと抜けがあることになるというか 長々とすみませんね
242: ◆T4SUG8REFC3M 2012/12/24(月) 21:25:17.41 ID:X6DOBiSWo
エピローグ
――――――――――
雲ひとつ無い、真昼間の晴天。
その中を、ピンク色の風船が横切っていく。
さやか「綺麗だなあ……」
こうして青空を見上げていると、思わずそんな言葉が口に出る。
……女子中学生が言うような台詞じゃ無いな。
それでも、綺麗なことに変わりはないけど。
243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:28:59.67 ID:X6DOBiSWo
頬を撫でる風に混じった、瑞々しい草の匂いも。
足元の方から微かに聞こえる、川の流れる音も。
何もかもが心地いい。
今までは気が付かなかったけど、この世は本当に綺麗だ。
さやか「さて……そろそろ行かなきゃかな?」
いつまでもこうして居たいけど、流石にそれはまずいかもしれないし。
このままほっとけば、北海道辺りまでなら余裕で飛んで行きそうだ。
244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:31:04.88 ID:X6DOBiSWo
足を振り上げて勢い良く立ち上がると、体中から草が落ちてきた。
マントだけは軽く払って、後はそのままにしておく。
多分、風で飛ばされていくだろう。
きゃー。 たーすーけーてー。
……上のほうから、なにやら間の抜けた叫び声が聞こえてくる。
むしろ、それ以外は何も聞こえない。
休日の昼間だっていうのに、川原の土手には他に誰も居なかった。
245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:32:58.47 ID:X6DOBiSWo
さやか「いっちにっ、さんしっ……と」
軽く準備体操をしてから、ブーツのつま先で地面を小突く。
用意ができたらクラウチングスタートの姿勢をとって、頭の中でカウント開始。
3。
2。
1。
さやか「……せーのっ!」
おもいっきり地面を蹴って、川に向かって走りだす。
そのまま少し助走してから、あたしは大きくジャンプした。
246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:35:58.76 ID:X6DOBiSWo
魔法で強化された足が、あたしの体を数メートルも跳ね上げる。
普通の人間ならまず味わうことがないような浮遊感を、しばし楽しむ。
だけどあたしは魔法少女。 この程度では終わらない。
加速が止まり、体が落ち始めるその前に。
あたしは膝を折り曲げて、もう一度振り下ろした。
その瞬間、足元に青い魔法陣が現れる。
構わず足を振りぬくと、壁を蹴るような感触と共に、再び体が加速した。
――これぞ秘技、多段ジャンプ!
247: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:38:13.64 ID:X6DOBiSWo
さやか「……おっ! 追いついた!」
そのまま空中を飛び跳ねて行くと、さっきの風船が見えてきた。
いや、あれは風船ではない。
……服がパンパンに膨らんで、ロケットのように吹き飛んではいるけれど。
元はれっきとした魔法少女なのだ。
248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:40:49.46 ID:X6DOBiSWo
さやか「まどかー! 待っててね、今助けてあげるから!」
空中で一回転し、その勢いでマントから剣を引き抜く。
まどかがぎょっとした顔でこちらを見る。
さーやーかーちゃーん。 やーめーてー。
……許してまどか。 もうこれ以外に方法は無いの。
あたしは魔法陣を蹴って加速しながら、思い切って剣を突き出した。
その切っ先が、まどかの服に刺さった瞬間。
249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:43:11.42 ID:X6DOBiSWo
さやか「……うわっ!?」
穴から吹き出した空気が、あたしとまどかの両方を吹き飛ばした。
……あれ? おかしいな。
もっとおだやかに、ぷしゅー、って萎むと思ってたんだけどな……
…………………………
250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:45:38.47 ID:X6DOBiSWo
道具に頼らず、一人だけで空を飛べる人間はそうそう居ないだろう。
でも、空も飛べないような魔法少女は滅多に居ないと思う。
魔法少女と一口に言っても、その魔法や武器は色々だ。
だから魔法少女はあれが出来る、これが出来ると一概に言うことはできない。
それでも、空中でジャンプしたり、翼をはやしたり、何かを飛ばして、その上に乗ってみたり。
空をとぶための色々な方法を、何一つ使うことができない魔法少女というのは……流石に珍しい。
そして、鹿目まどかはそのうちの貴重な一人だった。
251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:48:33.57 ID:X6DOBiSWo
空を飛ぶだけじゃない。 簡単な治療、探索、その他もろもろの基本的な魔法。
そのすべてが、まどかの苦手分野なのだ。
箒で空を飛ぼうとすれば、スピードを制御できず電柱に衝突し。
風船のように浮こうと思えば、さっきのアレと化し。
雲のような物を出して上に乗ろうとすれば、間違って蜘蛛の大群を出し。
召喚の固有魔法を生かそうとすれば、何故か犬が出るわ謎のクリーチャーが出るわ……
どうやら、あの固有魔法は魔法少女以外に使うと安定しないらしい。
あ、でもカラスを出した時はちょっと飛べてたかも。 すぐ落っこちたけど。
252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:52:04.22 ID:X6DOBiSWo
マミ「なんて言うのかしら……考え方がちょっと硬いのよね」
マミ「あまり理屈っぽくて男性的な思考は、魔法を使うのには適さないのよ」
とはマミさんの言葉。
仲間内ではもっとも多彩な魔法を扱えるマミさんでさえ、匙を投げるほどの不器用っぷり。
戦闘にかけては誰も敵わないくらい強いけれど、それ以外はからっきし。
それが魔法少女としての、まどかだった。
…………………………
253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:56:06.24 ID:X6DOBiSWo
まどか「もう……刺すなんて酷いよさやかちゃん……」
まどかが突っ込んでいった廃工場は、衝撃で滅茶苦茶になっていた。
床と天井には穴が空き、その周りは八割方が瓦礫になっている。
……その下から聞こえてくるにしては、随分緊張感の無い声だけど。
さやか「あはは……ごめんごめん」
まどか「まあ、どの道落っこちるしかなかったけどね……そっちは、怪我とか無い?」
さやか「あたしは、魔法陣踏みながらちょっとずつ降りたから……」
まどか「……そう」
254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 21:59:03.60 ID:X6DOBiSWo
まどかの声に、少し悲しそうな響きが混じる。 あれ、傷つけちゃったかな。
どうやら、まどか自身はこの不器用さを結構気にしているみたいだ。
便利な固有魔法を使えるんだから、そんなに気にしなくても良いのに。
というか、瓦礫の下に埋まってる人から体の心配をされるとは思わなかった……
さやか「ええっと……これ、どかそうか?」
まどか「ううん、大丈夫。 ちょっと離れててね」
言われた通りに離れると、瓦礫がいくつか転がり落ちてきた。
出来上がった隙間から、まどかがするりと這い出てくる。
元々体と魂が別物だからか、こうして上手く体を扱うことだけは得意らしい。
255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:01:47.64 ID:X6DOBiSWo
さやか「ていうかそっちこそ怪我は……って、あんた凄いことになってるね」
まどか「え? ……うわっ」
土煙の中から現れたまどかの服は、元の形からは想像もつかないほど露出度が上がっていた。
スカートは半分以上が千切れて無くなり、お腹の部分に開いた――というかあたしが開けた――穴からは、ちらりとお臍が覗いている。
ストッキングを履いていたはずの足には糸くずのようなものが引っかかってるだけで、靴も片方なくなっていた。
しかし一番ショッキングなのは……そんな壊滅的な破れ方をした服の下にある、
まどかの肌の方には傷一つ付いていないということだ。
256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:03:56.62 ID:X6DOBiSWo
さやか「……何をどうすれば、そんな状態になれるわけ?」
まどか「ぶつかる瞬間に体を捻って、衝撃を逃したりとか……」
さやか「それでなんとかなるもんなの!?」
まどか「えへへ……大事な体だもん、粗末に扱えないよ」
さやか「いやそういう問題じゃないんだけど……まあいいか」
257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:06:29.75 ID:X6DOBiSWo
さやか「っていうか、そこまで出来るんだったら魔法くらい使えなくても良いじゃん」
まどか「……そう、かなあ」
さやか「なんでそんなに気にしてるわけ?」
まどか「べ、別に……」
まどかは困ったように目をそらして、そのまま黙りこんでしまった。
もっと上手く話を逸らせばいいものを……妙に素直で単純なところは、いつまでたっても変わらない。
258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:10:35.28 ID:X6DOBiSWo
……そういえば、前にもこんな風にはぐらかされたことがあったっけ。
この前の特訓の……正体不明のクリーチャーを出してマミさんに怒られた時だったかな。
杏子には早々に見捨てられ、マミさんにも匙を投げられ。
じゃあなんでほむらを呼ばないのかって聞いたら――
――なるほど。
さやか「ふふん、やっぱりそうなんだあ……」
259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:14:00.13 ID:X6DOBiSWo
まどか「え? ……何が?」
さやか「いや、前は自分のこと僕って呼んでたしさ、口調も少年っぽい感じだったし」
さやか「やっぱりあんたって、中身は男の子だったんだねー、ってさ」
まどか「!?……なんでそうなるの!?」
さやか「え? だって……あれでしょ? 好きな娘の前ではカッコつけたい、っていう……」
一瞬ぽかんとした顔になって、すぐにみるみる赤くなる。
本当にわかりやすい子だ。
まどか「ちっ……ち、違うよ! そういうのじゃないからっ!!」
260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:17:54.13 ID:X6DOBiSWo
さやか「はいはい応援してるよ」
まどか「だから! わたしはただ……」
さやか「あ、それより一回変身解いたほうが良いんじゃない? 風邪引くよ?」
まどか「……もうっ!」
まどかはソウルジェムに手を当てて、何やらつぶやきながら目を閉じた。
白い光と赤い光が交じり合い、ピンク色になってまどかの全身を包む。
261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:20:27.23 ID:X6DOBiSWo
さやか「……あれ? 解かないの?」
まどか「こ、これくらい……魔法で直せるよっ!」
どうやらムキになっているらしい。 可愛い奴だ。
もちろん、ただでさえ不器用なまどかが、気が散った状態でそんな魔法を使えるわけがないけど。
……光が消えた後には、なぜかちょっとエロい下着姿のまどかが立っていた。
まどかの悲痛な泣き声が、がらんとした廃墟に虚しく響いた。
…………………………
262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:24:40.21 ID:X6DOBiSWo
さやか「……って感じかなー」
青い壁紙が貼られた、小さな部屋。
そのまん中に添えつけられた真っ白なソファに座って、あたしは今日の出来事をまどかに……
……円環の理と呼ばれている方のまどかに、なるべく詳しく話していた。
まどか『……そっか』
さやか「やっぱり、男っぽい所があるから魔法が上手く使えないのかな?」
まどかの方はソファに座らず、ふわふわと浮いている。
その姿はどこかの女神さまのように荘厳だけど、ころころ変わる表情はあっちのまどかと大差ない。
笑ったり、驚いたり……そして話が終わった今は、少し悲しそうに目を伏せていた。
263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:27:31.91 ID:X6DOBiSWo
まどか『それもあるんじゃないかな……でも一番大きな理由は、あの子の感情がまだ不完全だからだと思う』
さやか「不完全?」
まどか『そう。 ……元々、色々な偶然が重なって生まれただけの不安定な心だったから』
まどか『まだ、あの子は人間と全く同じ感情を持ってるわけじゃないの』
さやか「そう、なんだ……」
さやか「……茶化して、悪かったかな」
まどかは何も言わずに、曖昧な笑みを浮かべた。
……それにどんな意味があるのか、あたしにはわからない。
しばらくして、まどかが口を開く。
264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:33:06.08 ID:X6DOBiSWo
まどか『……そういえば、どうだったの? 上條くんのこと……』
さやか「ああ……やっぱりあたし達は、魔法少女以外には見えないみたい」
まどか『……そっか』
さやか「……世の中、そう上手くいかないね」
ソファの背もたれに寄りかかって、綺麗なスカイブルーの天井を見上げる。
ついさっきまで見ていた空にそっくりで、でもやっぱりどこか違う色。
照明も無いのになぜか明るい天井は、あの空ほど眩しくは無かった。
まどか『そうだね……不都合ばっかりで、なかなか上手くはいかないね』
265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:39:40.07 ID:X6DOBiSWo
でもね、と前置きしてから、まどかの靴が壁を蹴る。
ふわふわと部屋の中を漂って、天井を見ているあたしと目があった。
まどか『それでも……あの子は絶望しないよ、絶対に』
さやか「どういうこと?」
まどか『あの子はまだ色々な感情を持ってないけど……その中には絶望もあるの』
まどか『だから諦めるっていうことを理解できない。 どんな絶望的な状況でも、希望を捨てられない』
まどか『そんな彼女だからこそ、あの固有魔法を使っても平気で居られるの』
266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:44:50.70 ID:X6DOBiSWo
さやか「そう、か……悪いことばかりじゃ、ないんだ」
後ろのほうで、扉が開く音がした。
古い映写機が止まりかけているように、まどかの体が明滅する。
まどか『そう……融通のきかない世界だけど、それでも悪いことばかりじゃないよ』
267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:48:17.15 ID:X6DOBiSWo
まどか『……あの子のおかげで、こうやってさやかちゃんとも話せるようになったしね』
まどかの姿が消えるのと同時に、開いていた扉がばたんと閉じる。
再び静かになった青い部屋で、あたしはいつものように天井を見上げた。
ふと思い立って目をつぶってみると、まぶたの裏にさっきまで見ていた空が広がる。
さやか「……そうだね」
268: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:50:52.36 ID:X6DOBiSWo
……どこからか、バイオリンの音が聞こえてくる。
もうそんな時間か……
あたしはこのまま、少しだけ眠ることにした。
――――――――終わり
269: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/12/24(月) 22:52:29.78 ID:X6DOBiSWo
これで終わりです 最後まで見てくれてありがとうございました
SS速報VIP:まどか「だってわたしは、魔法少女……鹿目まどかだから」