3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:02:12.92 ID:vf3g1pfI0
冬休みも終わり、いよいよ私達三年生は卒業を控えていた。
この時期になると、周囲の雰囲気も受験を意識したものになり、それは私達けいおん部も例外ではなかった。
律「ムギー、ここの問題なんだけどさぁ・・・」
紬「えっと、これは・・・」
りっちゃんや唯ちゃんは最近、休み時間も問題と格闘する毎日だ。
というのも、二人には行きたい大学があるのだ。
澪ちゃんの推薦入学が決まっている大学だ。
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:04:47.94 ID:vf3g1pfI0
私も二人の勉強をサポートしている為、最近は部室にあまり行けてない。
梓ちゃんにはきっと寂しい思いをさせてしまってるだろう。
律「しっかし、驚いたよなー。澪があんな有名大学から推薦もらうなんて」
紬「澪ちゃんは成績も良いし、けいおん部の活動も評価されたみたいね」
律「チクショー!部長はあたしなのにー!絶対受かって見返してやるー!」
澪ちゃんの推薦入学の話を聞いたりっちゃんは、澪ちゃんを見返すためにと猛勉強を始めた。
すると唯ちゃんも、それなら私も一緒の大学がいいと言い出し、りっちゃんと同じ大学を目指し始めた。
律「まぁ、いくら勉強しても、さすがにムギの大学には、行けないよなぁ・・・」
実は私自身もとある有名女子大から推薦入学の話が来ていた。
紬「卒業しちゃうと私はみんなとお別れね・・・・・・寂しいわ・・・」
律「ま、お別れっつっても学校が別々になるだけで会えないわけじゃないけどな」
紬「・・・」
私はみんなに一つ嘘をついていた。
推薦入学の話が来ていたのは本当だ。
でも、実は私はそれを辞退していた。
私は、海外留学することが決まっていたのだ。
家の方針で、私は高校卒業後、イギリスに帝王学を学びに行くことになった。
もちろん、初めは反対した。
でも、私は琴吹グループ社長の一人娘。
我が儘なんて言ったら、どれだけの人に迷惑がかかるかも知っていた。
そのことを考えたら、私に反対する余地は、もう無かった。
紬「・・・・・・本当に、お別れなのかしら・・・」
律「え?何か言った?」
紬「・・・ううん、何でもないわ」
唯「りっちゃんりっちゃん、さっきの問題分かったよー」
先生に質問をしに職員室に行っていた唯ちゃんが帰ってきた。
唯ちゃんは勉強をすればとても出来るタイプだ。
最近の唯ちゃんの成績の向上には誰もが驚いている。
律「おー、こっちもムギに聞いたらわかったぜー」
りっちゃんだって確実に成績は伸びてきている。
きっとこの二人なら、合格できるだろうな。
律「はー、先が見えない戦いは辛いなー」
唯「うぅ~、部室でお菓子食べたいよ~」
紬「今日はダメよ。ちゃんと分かったところを復習しなきゃ」
私だって部室でみんなとお茶したいけど、二人のためだから仕方ない。
以前は部室で勉強していた時期もあったけど、イマイチ集中できないので今は教室を利用している。
でも、最近は本当にみんな一緒に顔をあわす機会がないな・・・。
律「しっかし、最近ホントにみんなと一緒に顔あわせてないよなー」
わっ、りっちゃんに心を読まれちゃった。
なんとなくだけど、嬉しかった。
律「梓ともあんまり会ってないし、明日あたりみんなで部室行くかぁ」
唯「さんせ~!ここんとこ勉強ばっかりで退屈だもんね!」
紬「・・・そうね、たまには息抜きしたほうがいいわね」
ガチャ
ちょうど澪ちゃんも教室に帰ってきた。
律「お、澪ちょうどよかった。明日だけどさぁ・・・」
私に残された時間は、少ない。
いつまでも隠し通せることではないのは分かっている。
でも、臆病な私には、みんなに打ち明ける勇気は、まだ無かった。
コンコン
家に帰り、一人部屋で考え事をしていると、ノック音が聞こえた。
父「紬・・・少しいいか?」
紬「はい、どうぞ、お父様」
父が扉を開け、部屋に入ってきた。
父「プライベートだから、普通の口調で構わんよ」
紬「・・・うん・・・わかったわ」
父「・・・まだお友達には言ってないのか」
紬「うん・・・」
父「そうか・・・」
少しの沈黙の後、父が再び口を開いた。
父「紬・・・どうしても、日本に残りたいか・・・?」
紬「・・・」
父「お前は、琴吹グループの一員である前に、私の大切な一人娘だ」
父「琴吹家の者は代々留学して実践を積むことになってるが・・・」
父「それでお前が不幸になるなら、私はそれを望まない」
紬「お父様・・・」
それは甘い誘い。
だって、私が日本に残りたいって言えば、私の望みは全て叶う。
これからも大切な仲間と一緒に過ごす事が出来る。
でも、ここで頷いてしまえば、きっとお父様に迷惑がかかる。
ううん、お父様だけじゃない。いろんな人に迷惑がかかってしまう。
紬「・・・・・・お父様」
紬「もう少し・・・もう少しだけ、考えさせてください・・・」
父「・・・紬・・・・・・すまない」
父は私に頭を下げた。
紬「お父様、やめて」
実の親に頭を下げられて気分が良いはずがない。
紬「悪いのは私。ごめんなさい。でも、もう少しだけ・・・時間がほしいの」
父「わかった・・・それじゃ」
父は私に目礼をし、部屋を出た。
一人になり、ベッドに横になると、いろいろな想いが頭の中をぐるぐるとかけ回った。
幼い頃に両親と遊んだ日々、お嬢様学校でのこと、そして三年間の高校生活―――
どれも大切な思い出だ。
でも、今の私は二兎を追うことは出来ない。
私はどうすればいいのだろう。
先ほどの父の誘いもあって、私の心は余計に渦巻いてしまっていた。
紬「みんな・・・・・・・・・」
考え事をしていたら、なんだか眠くなってきた。
もう、いいや。明日になったら・・・考えよう・・・。
・・・考えるのをやめたら、ほんの少しだけ、心が、楽になった、気がした。
こうして・・・・・・私はまた・・・・・・・・・嫌なこと・・・・・から・・・逃げ・・・て・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
「・・・ん・・・・・・」
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。
まだ意識ははっきりしないが、外は微かに明るくなっていた。
時計を見ると午前7時前。
そっか、あのまま眠っちゃったんだ・・・。
昨日のことを思い出しつつ、私はふらふらとバスルームへ向かった。
紬「・・・今日は・・・みんなに言えるかしら・・・・・・」
独り言をつぶやくと同時に、その程度の心構えでは到底言えるわけないことも、分かっていた。
律「ムギ、おーっす!」
澪「あ、おはようムギ」
紬「おはよう、二人とも」
教室に入るとりっちゃんと澪ちゃんの二人がお喋りをしていた。
唯ちゃんはまだ来ていない。寝坊してなければいいけど。
そんなことを考えつつも、私は早く放課後が来ないかそわそわしていた。
久しぶりに部室でみんなとお茶が出来る。
それだけで、私は救われるのだ。
放課後
けいおん部のメンバーが久々に部室に集まった。
紬「はい。皆さんお茶が入ったわ。ケーキもあるわよ♪」
梓「なんか久しぶりですね。ムギ先輩の入れたお茶を飲むの」
澪「ん、このケーキ美味いな」
律「いや~落ち着くねぇ~。ここんとこ勉強漬けだったからなぁ」
唯「ホントホント!きっとあのまま勉強してたら腐って納豆になっちゃうとこだったよ」
澪「勉強しても腐らないし納豆にもならんだろ・・・」
梓「やっぱりみんな忙しいんですね」
澪「さすがにこの時期はな。もっと部室にも顔を出したいんだが、二人の勉強も見ないといけないし」
律「澪とムギの力無しに、あたしに合格は不可能である!」
唯「ごめんね~あずにゃん。でも私たちは頑張ると決めたのです!」フンス
梓「心配ありません。今の時期を利用して、来年の新歓活動について色々練っているところですから」
律「お、やるねぇ~。さすが次期部長」
梓「わ、私が部長・・・・・・・・・ドキドキ」
来年は梓ちゃんが部長か。新入生が集まるといいな。
・・・梓ちゃんの部長姿を、私が見ることはないだろうけど。
澪「じゃ、お茶も済んだし、久々にみんなで演奏しないか?」
梓「そうですね。私も久々に皆さんと演奏したいです」
唯「えー!今はお茶の後の休憩タイムだよー」
律「そうだそうだー!」
澪「お茶の後に休憩取ってたら永遠に演奏しないだろっ!」
卒業したら、もうみんなと演奏も出来なくなる。
みんなと何か出来るのは、今だけ・・・。
紬「唯ちゃん、りっちゃん。私・・・みんなと演奏したいわ」
唯「あわわ、ムギちゃんまで」
律「ムギまでそう言うなら、仕方ない、やるかぁ」
まんざらでもない表情を浮かべながら、二人はセッティングに取り掛かった。
二人も本当は演奏したかったんだろうな。
・・・きっと、みんなとの演奏も、残りは数えるほど。
卒業したら、みんなと離れ離れ。
しかも私は、大切な友達に嘘をついてしまっている。
いろいろな雑念が頭に残ったまま、演奏が始まった。
・・・・・・
・・・・
・・
紬「あっ、ごめんなさい」
律「気にすんな。じゃ、今のとこもう一回な」
今日は、私のミスが多い。
やっぱり楽器は気持ちが出ちゃうな。
私が沈んでいるから、ミスも多くなるのは当然。
こんなんじゃみんなに迷惑かけちゃう。
そう思う一方で、ミスばっかりの演奏を、楽しんでしまっている私もいた・・・。
ジャガジャーン
律「あー疲れたー!」
澪「ふぅ・・・今日はこんなもんかな」
梓「そうですね」
冬は一日が短い。
外もすっかり暮れてしまった。
唯「お腹も空いたしか~えろっ」
澪「もう外も真っ暗だしそうするか」
紬「じゃあ私はここで」
唯「またね~ムギちゃ~ん♪」
梓「ムギ先輩、さようなら」
けいおん部では私だけ電車通学なので、ここでお別れ。
今日も、本当のことは言えなかった。
胸の痛みを残して、今日も私は家路を急いだ。
・・・・・・
・・・・
・・
律「・・・・・・・・・ムギ、行ったか?」
唯「・・・もう大丈夫だよ。りっちゃん、澪ちゃん」
澪「・・・あぁ、ありがとう、唯」
梓「・・・確かに皆さんの言うとおり、ちょっとおかしかったですね」
律「ここんとこ目に見えて落ち込んでるよなぁ」
澪「・・・きっと、自分だけ別の大学に進学することを気にしてるんだと思う」
唯「元気付けてあげたいね」
澪「そこで、ちょっと相談があるんだ。実は・・・・・・」
律「・・・・・・・・・おっ、いいねぇそれ」
梓「私も賛成です」
唯「うんうん、いい記念になるよ」
澪「そうと決まれば、さっそく明日の放課後、私が下見に・・・・・・・・・」
翌日
今日も澪ちゃんと一緒に二人に勉強を教える。
教え方は澪ちゃんのほうが上手なので、私はあくまでサポートだ。
でも、今日は澪ちゃんは放課後予定があるらしく、私一人で二人の勉強を見ることになった。
澪「ムギ、すまんな。あとは任せるよ」
紬「いいえ。こうしてみんなで勉強するのも楽しいわ」
律「べ、勉強が楽しいとおっしゃいましたよこのお方!」
唯「信じられませんねぇ!りっちゃん隊員!」
紬「唯ちゃん、今日もケーキ持ってきたわよ♪」
唯「りっちゃん隊員!今すぐ勉強しよう!」
律「くっ、買収するとは卑怯なっ」
なんだかんだで二人とも、勉強しだすと真面目に机に向かうので、私の出番はあまりない。
二人が問題を解く様子を眺めるだけ。
それでも飽きることはない。大切な友達との時間だから。
唯「・・・うーん、ムギちゃん、ここなんだけど・・・」
紬「どれどれ・・・?えっと、これはね・・・」
そういえば澪ちゃんの用事ってなんだったのかな。
残された時間で、澪ちゃんとも、どのくらい話せるだろう。
唯「・・・?ムギちゃん?」
紬「あっ・・・ごめんね、この問題はまず・・・」
勉強も一段落ついたので、休憩を取ることにした。
律「いや~、至福の時ですなぁ~」
唯「今日のケーキも美味しいね~♪」
紬「ふわぁ・・・・・・」
唯「あれ?ムギちゃん寝不足?」
紬「・・・うん、ちょっと眠いかな」
このところ、考えることが多すぎて眠りが浅いためだろう。
昨日だってきちんと寝なかったから、疲れが取れていない。
律「うーん、じゃあ今日はわかんないとこもそれほどなかったし、これでお開きにすっか」
紬「でも・・・」
律「だーいじょぶだって!ちゃんと家でも勉強するからさ!ムギは家で寝たほうがいいぞ!寝不足はお肌の天敵である!」
律「それに・・・・・・」チラッ
唯「っ!・・・そうだよぉムギちゃん、今日は無理しないほうがいいよっ!」
紬「そう、みんながそう言うなら・・・」
律「ゴミとかは片しとくからさ、あたしたちに任せて今日は帰れって!」
確かに、私がいつにも増してぼーっとしてて、みんなに心配かけちゃったら、それこそ勉強の邪魔になる。
紬「じゃあ・・・お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
私は鞄に荷物を詰め立ち上がった。
律「じゃあな、ムギ。また明日」
唯「ムギちゃんじゃーねー!ケーキ美味しかったよ!」
紬「じゃあね、二人とも。明日もケーキ、持ってくるわ」
・・・・・・
・・・・
・・
律「・・・・・・ふぅ、とりあえずムギは帰ったな。澪は何かいいの見つけられたかな」
唯「澪ちゃんに電話してみようか」
・・・、・・・
唯「・・・でないや」
律「澪はハマりだすと携帯の着信も気付かねーからな・・・。直接行ってみるか」
一面真っ白な世界。
ただただ何もない白い空間に、私と澪ちゃんだけがいる。
澪『ムギ。私はもう、行かなくちゃいけない』
紬『そんなの嫌。澪ちゃん、行かないで』
澪『どうしようもないことなんだ。ごめん・・・』
紬『どうして?どうして一緒にいてくれないの?』
澪『私たちはもう卒業する。卒業したら、けいおん部も無くなる。そうしたら、離れ離れだ』
紬『そんな・・・そんなの・・・嫌よ・・・』
澪『ムギ・・・』
紬『私、みんなと離れるのが怖い・・・』
紬『みんながいたから、私はずっとやっていけたの。みんなが一緒に笑ってくれたから、私は笑っていられたの』
紬『みんなが支えてくれたから、何も怖くなかった。みんなと離れることなんか、考えたことなかった』
紬『みんながいてくれれば、私はなんだって出来るわ。崖から飛び降りることだって出来る。空だって飛べる』
紬『でも、私は、みんながいないと何も出来ない。私が私でいることすら出来ない・・・』
紬『お願い・・・・・・一人にしないで・・・』
私は頭を下げた。
澪『ムギ・・・ごめんな』
澪『ムギがそう言ってくれるのはすごく嬉しい。でも、いつまでも一緒にはいられないんだ』
紬『そんな・・・澪ちゃん・・・・・・』
だんだん澪ちゃんの姿が遠くなっていく。
紬『澪ちゃん、澪ちゃぁん!』
澪『ムギ・・・さよなら・・・・・・』
行っちゃ嫌。お願い。一人にしないで。私を一人にしないで。
耳元で何かが震える音がする。
同時に、真っ白な世界が、歪みながら消えていく――――
・・・・・・
・・・・
・・
目を開けると、色のついた世界が広がっていた。
紬「・・・・・・・・・・・・ゆ・・・め・・・」
頭がぼーっとしている。体が疲れているのがわかる。
確か、帰ってすぐ、ベッドに倒れ込んだんだっけ・・・。今何時だろう・・・。
半ば無意識に携帯を手にとって初めて、携帯が振動していたことに気付いた。
紬「あ、電話・・・」
私は携帯を開け、通話ボタンを押した。
紬「もしもし・・・」
?「お!ムギか!?よかった!繋がった!」
紬「その声は・・・・・・りっちゃん?」
寝ぼけていて、誰からの電話なのかすら見ていなかった。
律「ムギ、大変なんだ!落ち着いて聞け!澪が・・・・・・・・・・・・」
紬「えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の頭の中は、再び真っ白になった。
澪ちゃんが、交通事故―――――
紬「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
私は走っていた。
行き先は澪ちゃんのいる病院。
りっちゃんが何かを言っていたが、よく覚えていない。
家を出てから気付いたけれど、車で送ってもらえばよかった。
そんなことも考えられないくらい気が動転していた。
澪ちゃん、お願い、無事でいて。
病院に着いて、澪ちゃんのいる病室を聞いた。
病院内は本当は走ってはいけないが、そんなことを気にしてはいられなかった。
私は全速力で澪ちゃんのいる病室へと走り、勢い良く扉を開けた。
紬「澪ちゃん!」
唯「!? ムギちゃん!!」
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!」
梓「ムギ先輩、落ち着いてください!」
律「ムギ落ち着け!澪は無事だ!」
紬「えっ!・・・・・・あっ・・・・・・・・・」
無事、という言葉を聞いて、私は力が抜けてその場で座り込んでしまった。
病室を見回してみると、唯ちゃん、りっちゃん、梓ちゃん、そして・・・澪ちゃんがいた。
澪「ムギ・・・・・・すまないな、心配かけて。でも、足を骨折しただけだ」
紬「よかった・・・・・・私・・・・・・・・・」
律「だからさっき電話で言ったろ、澪は無事だって」
紬「・・・・・・ごめん、なさい・・・気が・・・動転してしまって・・・・・・うっ・・・ひっく・・・」
私は溢れる涙を止めることが出来なかった。
澪ちゃんが、無事で、本当に良かった。
紬「・・・よかった・・・・・・澪ちゃんが・・・・・・いなくならないで・・・良かった・・・」
澪「ムギ・・・」
紬「私・・・みんなと離れ離れになるなんて・・・考えられない・・・・・・」
唯「ムギちゃん・・・」
律「ムギ・・・」
梓「ムギ先輩・・・」
澪「・・・ムギ、大丈夫だ。私たちはどこへも行かない。卒業したって・・・いつだって一緒だ」
紬「・・・・・・澪ちゃん・・・・・・・・・違うの。どこかへ行ってしまうのは・・・私なの・・・」
紬「私、実は・・・・・・・・・・・・海外へ・・・留学するの」
ついに言ってしまった。
みんなが驚いている。当然だろう。
みんなには、私は推薦が通ったという話をしているから。
紬「・・・ごめんなさい・・・・・・私・・・ずっと・・・嘘をついてて・・・・・・」
病室に沈黙が流れる。
少しの静寂の後、澪ちゃんが口を開いた。
澪「ムギ・・・すごいじゃないか!」
紬「えっ・・・?」
唯「うんうん、すごいよ!留学なんて!」
律「いやー驚いたなー!推薦でも十分驚いたけどな!」
梓「ムギ先輩・・・すごすぎです・・・」
私の予想とは裏腹に、病室は明るい雰囲気へと変わっていった。
紬「みんな・・・・・・何で・・・」
紬「・・・何で・・・そんなに・・・明るくいられるの・・・?」
紬「私は、みんなと離れたくない。一人ぼっちになりたくない。なのに、何で・・・」
澪「・・・ムギ・・・・・・」
しばらくみんな黙っていた。病室には私の泣き声だけが静かに響いていた。
ふと、澪ちゃんがゆっくり話し始めた。
澪「ムギ・・・お前は・・・一人なんかじゃない」
澪「確かに、卒業したらみんなと会う機会も減る。特にムギとは減ってしまうかもしれない」
紬「・・・」
澪「でも、私たちは・・・・・・ほら・・・親友だろ?会えなくなるくらいで・・・離れ離れになんか、ならない」
澪ちゃんは私の目をみて、はっきりと、こう言った。
澪「どんなに遠くにいても・・・私たち、放課後ティータイムは・・・いつも一緒だ」
紬「澪・・・ちゃん・・・・・・」
私は一人で勘違いをしていたのかもしれない。
私が離れてしまえば、みんなとはバラバラになってしまうと思っていた。
放課後ティータイムは終わってしまうと思っていた。
でも、そんなことは無かった。
今まで、仲間を、信じていなかった自分を、深く恥じた。
それと同時に、最高の仲間たちに、感謝をした。
私を、けいおん部に入れてくれて、ありがとう。
溢れる涙は、いつの間にか、嬉し涙へと変わっていた・・・。
澪「それに今は、携帯やインターネットもある。連絡したければ、いつだって出来るさ」
澪「なんなら、ムギに直接会いに行くことだって出来る。留学先が宇宙ってことはないだろ?」
紬「・・・イギリスよ」
唯「わ~、イギリス、いいねぇ~。何かカッコイイよ~」
律「今年は『放課後ティータイムライブ in イギリス』で決定だな~」
梓「外国でライブなんて・・・出来るわけないじゃないですか」
こんな簡単なこと、何で今まで言えなかったんだろう。
たとえ、世界のどこにいても、世界が崩壊しても、放課後ティータイムはいつまでも一緒だ。
みんながいてくれるから、私は、いつまでも頑張れるんだ。
紬「みんな・・・・・・・・・ありがとう」
数日後
早々に退院した澪ちゃんに連れられて、私たちはアクセサリーショップへとやってきた。
澪「ふぅ・・・やっと着いた」
紬「澪ちゃんお疲れ様」
唯「松葉杖ってちょっと楽しそうだよね~」
澪「全然楽しくなんかないぞ・・・疲れるだけだ」
律「そうだぞ唯、なんせ澪は自分の足の骨を折って痛い痛~い思いして松葉杖をついてるんだからな~」
澪「見えない聞こえない」
梓「馬鹿なことやってないで、さっさと中に入りますよ」
澪「確かこの辺に・・・・・・・・・おっ、あった。これこれ」
澪ちゃんが手にしたのは、ティーカップの形をしたストラップだった。
梓「うわぁ、可愛いですね」
律「へー、いいじゃん、これ」
唯「さすが澪ちゃん、センス抜群だね!」
澪「よし、じゃあこれを、5つ買おう」
紬「え?5つ?」
澪「・・・実はな、あの事故に会った日の前日、みんなで相談してたんだ」
澪「ムギをどうにか元気付けてやれないかって」
知らなかった。
私が落ち込んでいたのが、もうみんなにはとっくにバレていたんだ。
澪「で、みんなで何か一緒のものを買おうって私が提案したんだが・・・」
澪「下見に行ったらこのストラップを見つけてさ、すっごく可愛いと思ったんだ」
澪「でも・・・前に旅行のお土産でストラップ買ったし、かぶっちゃうなって考え事しながら歩いてたら・・・車にぶつかっちゃったよ」
紬「澪ちゃん・・・」
澪「前のは旅行のお土産だけど、今度のは、みんなの卒業記念として、このストラップ、買わないか?」
紬「・・・聞くまでもないわ。みんなと一緒なら、私、何だって嬉しい」
「ありがとうございましたー」
唯「えへへ、さっそくつけちゃった」
律「おっ、あたしだって負けるかー」
梓「勝ち負けってあるんですか・・・」
澪「ムギもつけたか?」
紬「うん・・・すっごく可愛い・・・」
澪「これで、私たちはいつまでも一緒だ」
紬「澪ちゃん・・・みんな・・・本当にありがとう」
その後、みんなでお喋りしながら帰った。
けいおん部のこと、受験のこと、卒業した後のこと。
久しぶりに、本当に久しぶりに、心から笑うことが出来た。
その日の夜、私はストラップを握り締めながら眠りについた。
いつもより、よく眠れた気がした。
3月末
唯ちゃんとりっちゃんは無事受験を突破し、澪ちゃんと同じ大学への進学が決まった。
そして、いよいよ私が旅立つ日。
空港には、みんなが見送りに来てくれた。
紬「それじゃ、ここでお別れね」
律「ムギ、向こうでも元気にやれよ!」
唯「ムギちゃ~ん、遊びにいくからね~」
梓「ムギ先輩、頑張ってくださいね」
澪「ムギ・・・いつでも連絡して来いよ」
紬「みんな、ありがとう。またね!」
私はみんなと別れを告げ、飛行機に乗り込んだ。
でも、私は寂しくない。
みんなは、いつも側にいてくれる。
ティーカップのストラップを握り締める。
飛行機が離陸し、日本がどんどん小さくなる。
でも、みんながいるから、私は、何も怖くない。
手の中にあるストラップを見つめながら、私はつぶやいた。
紬「みんな・・・ずっと、一緒だからね」
終わり
元スレ
私も二人の勉強をサポートしている為、最近は部室にあまり行けてない。
梓ちゃんにはきっと寂しい思いをさせてしまってるだろう。
律「しっかし、驚いたよなー。澪があんな有名大学から推薦もらうなんて」
紬「澪ちゃんは成績も良いし、けいおん部の活動も評価されたみたいね」
律「チクショー!部長はあたしなのにー!絶対受かって見返してやるー!」
澪ちゃんの推薦入学の話を聞いたりっちゃんは、澪ちゃんを見返すためにと猛勉強を始めた。
すると唯ちゃんも、それなら私も一緒の大学がいいと言い出し、りっちゃんと同じ大学を目指し始めた。
律「まぁ、いくら勉強しても、さすがにムギの大学には、行けないよなぁ・・・」
実は私自身もとある有名女子大から推薦入学の話が来ていた。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:08:58.12 ID:vf3g1pfI0
紬「卒業しちゃうと私はみんなとお別れね・・・・・・寂しいわ・・・」
律「ま、お別れっつっても学校が別々になるだけで会えないわけじゃないけどな」
紬「・・・」
私はみんなに一つ嘘をついていた。
推薦入学の話が来ていたのは本当だ。
でも、実は私はそれを辞退していた。
私は、海外留学することが決まっていたのだ。
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:11:38.13 ID:vf3g1pfI0
家の方針で、私は高校卒業後、イギリスに帝王学を学びに行くことになった。
もちろん、初めは反対した。
でも、私は琴吹グループ社長の一人娘。
我が儘なんて言ったら、どれだけの人に迷惑がかかるかも知っていた。
そのことを考えたら、私に反対する余地は、もう無かった。
紬「・・・・・・本当に、お別れなのかしら・・・」
律「え?何か言った?」
紬「・・・ううん、何でもないわ」
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:14:49.46 ID:vf3g1pfI0
唯「りっちゃんりっちゃん、さっきの問題分かったよー」
先生に質問をしに職員室に行っていた唯ちゃんが帰ってきた。
唯ちゃんは勉強をすればとても出来るタイプだ。
最近の唯ちゃんの成績の向上には誰もが驚いている。
律「おー、こっちもムギに聞いたらわかったぜー」
りっちゃんだって確実に成績は伸びてきている。
きっとこの二人なら、合格できるだろうな。
10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:17:46.07 ID:vf3g1pfI0
律「はー、先が見えない戦いは辛いなー」
唯「うぅ~、部室でお菓子食べたいよ~」
紬「今日はダメよ。ちゃんと分かったところを復習しなきゃ」
私だって部室でみんなとお茶したいけど、二人のためだから仕方ない。
以前は部室で勉強していた時期もあったけど、イマイチ集中できないので今は教室を利用している。
でも、最近は本当にみんな一緒に顔をあわす機会がないな・・・。
律「しっかし、最近ホントにみんなと一緒に顔あわせてないよなー」
わっ、りっちゃんに心を読まれちゃった。
なんとなくだけど、嬉しかった。
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:20:57.44 ID:vf3g1pfI0
律「梓ともあんまり会ってないし、明日あたりみんなで部室行くかぁ」
唯「さんせ~!ここんとこ勉強ばっかりで退屈だもんね!」
紬「・・・そうね、たまには息抜きしたほうがいいわね」
ガチャ
ちょうど澪ちゃんも教室に帰ってきた。
律「お、澪ちょうどよかった。明日だけどさぁ・・・」
私に残された時間は、少ない。
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:23:56.36 ID:vf3g1pfI0
いつまでも隠し通せることではないのは分かっている。
でも、臆病な私には、みんなに打ち明ける勇気は、まだ無かった。
コンコン
家に帰り、一人部屋で考え事をしていると、ノック音が聞こえた。
父「紬・・・少しいいか?」
紬「はい、どうぞ、お父様」
父が扉を開け、部屋に入ってきた。
父「プライベートだから、普通の口調で構わんよ」
紬「・・・うん・・・わかったわ」
14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:26:33.70 ID:vf3g1pfI0
父「・・・まだお友達には言ってないのか」
紬「うん・・・」
父「そうか・・・」
少しの沈黙の後、父が再び口を開いた。
父「紬・・・どうしても、日本に残りたいか・・・?」
紬「・・・」
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:29:44.00 ID:vf3g1pfI0
父「お前は、琴吹グループの一員である前に、私の大切な一人娘だ」
父「琴吹家の者は代々留学して実践を積むことになってるが・・・」
父「それでお前が不幸になるなら、私はそれを望まない」
紬「お父様・・・」
それは甘い誘い。
だって、私が日本に残りたいって言えば、私の望みは全て叶う。
これからも大切な仲間と一緒に過ごす事が出来る。
でも、ここで頷いてしまえば、きっとお父様に迷惑がかかる。
ううん、お父様だけじゃない。いろんな人に迷惑がかかってしまう。
紬「・・・・・・お父様」
紬「もう少し・・・もう少しだけ、考えさせてください・・・」
16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:32:50.40 ID:vf3g1pfI0
父「・・・紬・・・・・・すまない」
父は私に頭を下げた。
紬「お父様、やめて」
実の親に頭を下げられて気分が良いはずがない。
紬「悪いのは私。ごめんなさい。でも、もう少しだけ・・・時間がほしいの」
父「わかった・・・それじゃ」
父は私に目礼をし、部屋を出た。
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:35:21.87 ID:vf3g1pfI0
一人になり、ベッドに横になると、いろいろな想いが頭の中をぐるぐるとかけ回った。
幼い頃に両親と遊んだ日々、お嬢様学校でのこと、そして三年間の高校生活―――
どれも大切な思い出だ。
でも、今の私は二兎を追うことは出来ない。
私はどうすればいいのだろう。
先ほどの父の誘いもあって、私の心は余計に渦巻いてしまっていた。
紬「みんな・・・・・・・・・」
考え事をしていたら、なんだか眠くなってきた。
もう、いいや。明日になったら・・・考えよう・・・。
・・・考えるのをやめたら、ほんの少しだけ、心が、楽になった、気がした。
こうして・・・・・・私はまた・・・・・・・・・嫌なこと・・・・・から・・・逃げ・・・て・・・・・・・・・
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:38:41.64 ID:vf3g1pfI0
・・・・・・
・・・・
・・
「・・・ん・・・・・・」
目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。
まだ意識ははっきりしないが、外は微かに明るくなっていた。
時計を見ると午前7時前。
そっか、あのまま眠っちゃったんだ・・・。
昨日のことを思い出しつつ、私はふらふらとバスルームへ向かった。
紬「・・・今日は・・・みんなに言えるかしら・・・・・・」
独り言をつぶやくと同時に、その程度の心構えでは到底言えるわけないことも、分かっていた。
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:41:06.58 ID:vf3g1pfI0
律「ムギ、おーっす!」
澪「あ、おはようムギ」
紬「おはよう、二人とも」
教室に入るとりっちゃんと澪ちゃんの二人がお喋りをしていた。
唯ちゃんはまだ来ていない。寝坊してなければいいけど。
そんなことを考えつつも、私は早く放課後が来ないかそわそわしていた。
久しぶりに部室でみんなとお茶が出来る。
それだけで、私は救われるのだ。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:43:31.47 ID:vf3g1pfI0
放課後
けいおん部のメンバーが久々に部室に集まった。
紬「はい。皆さんお茶が入ったわ。ケーキもあるわよ♪」
梓「なんか久しぶりですね。ムギ先輩の入れたお茶を飲むの」
澪「ん、このケーキ美味いな」
律「いや~落ち着くねぇ~。ここんとこ勉強漬けだったからなぁ」
唯「ホントホント!きっとあのまま勉強してたら腐って納豆になっちゃうとこだったよ」
澪「勉強しても腐らないし納豆にもならんだろ・・・」
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:46:48.38 ID:vf3g1pfI0
梓「やっぱりみんな忙しいんですね」
澪「さすがにこの時期はな。もっと部室にも顔を出したいんだが、二人の勉強も見ないといけないし」
律「澪とムギの力無しに、あたしに合格は不可能である!」
唯「ごめんね~あずにゃん。でも私たちは頑張ると決めたのです!」フンス
梓「心配ありません。今の時期を利用して、来年の新歓活動について色々練っているところですから」
律「お、やるねぇ~。さすが次期部長」
梓「わ、私が部長・・・・・・・・・ドキドキ」
来年は梓ちゃんが部長か。新入生が集まるといいな。
・・・梓ちゃんの部長姿を、私が見ることはないだろうけど。
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:52:16.68 ID:vf3g1pfI0
澪「じゃ、お茶も済んだし、久々にみんなで演奏しないか?」
梓「そうですね。私も久々に皆さんと演奏したいです」
唯「えー!今はお茶の後の休憩タイムだよー」
律「そうだそうだー!」
澪「お茶の後に休憩取ってたら永遠に演奏しないだろっ!」
卒業したら、もうみんなと演奏も出来なくなる。
みんなと何か出来るのは、今だけ・・・。
紬「唯ちゃん、りっちゃん。私・・・みんなと演奏したいわ」
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:55:06.43 ID:vf3g1pfI0
唯「あわわ、ムギちゃんまで」
律「ムギまでそう言うなら、仕方ない、やるかぁ」
まんざらでもない表情を浮かべながら、二人はセッティングに取り掛かった。
二人も本当は演奏したかったんだろうな。
・・・きっと、みんなとの演奏も、残りは数えるほど。
卒業したら、みんなと離れ離れ。
しかも私は、大切な友達に嘘をついてしまっている。
いろいろな雑念が頭に残ったまま、演奏が始まった。
24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 18:58:02.43 ID:vf3g1pfI0
・・・・・・
・・・・
・・
紬「あっ、ごめんなさい」
律「気にすんな。じゃ、今のとこもう一回な」
今日は、私のミスが多い。
やっぱり楽器は気持ちが出ちゃうな。
私が沈んでいるから、ミスも多くなるのは当然。
こんなんじゃみんなに迷惑かけちゃう。
そう思う一方で、ミスばっかりの演奏を、楽しんでしまっている私もいた・・・。
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:02:10.69 ID:vf3g1pfI0
ジャガジャーン
律「あー疲れたー!」
澪「ふぅ・・・今日はこんなもんかな」
梓「そうですね」
冬は一日が短い。
外もすっかり暮れてしまった。
唯「お腹も空いたしか~えろっ」
澪「もう外も真っ暗だしそうするか」
26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:06:09.66 ID:vf3g1pfI0
紬「じゃあ私はここで」
唯「またね~ムギちゃ~ん♪」
梓「ムギ先輩、さようなら」
けいおん部では私だけ電車通学なので、ここでお別れ。
今日も、本当のことは言えなかった。
胸の痛みを残して、今日も私は家路を急いだ。
・・・・・・
・・・・
・・
律「・・・・・・・・・ムギ、行ったか?」
唯「・・・もう大丈夫だよ。りっちゃん、澪ちゃん」
澪「・・・あぁ、ありがとう、唯」
梓「・・・確かに皆さんの言うとおり、ちょっとおかしかったですね」
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:10:31.86 ID:vf3g1pfI0
律「ここんとこ目に見えて落ち込んでるよなぁ」
澪「・・・きっと、自分だけ別の大学に進学することを気にしてるんだと思う」
唯「元気付けてあげたいね」
澪「そこで、ちょっと相談があるんだ。実は・・・・・・」
律「・・・・・・・・・おっ、いいねぇそれ」
梓「私も賛成です」
唯「うんうん、いい記念になるよ」
澪「そうと決まれば、さっそく明日の放課後、私が下見に・・・・・・・・・」
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:12:55.36 ID:vf3g1pfI0
翌日
今日も澪ちゃんと一緒に二人に勉強を教える。
教え方は澪ちゃんのほうが上手なので、私はあくまでサポートだ。
でも、今日は澪ちゃんは放課後予定があるらしく、私一人で二人の勉強を見ることになった。
澪「ムギ、すまんな。あとは任せるよ」
紬「いいえ。こうしてみんなで勉強するのも楽しいわ」
律「べ、勉強が楽しいとおっしゃいましたよこのお方!」
唯「信じられませんねぇ!りっちゃん隊員!」
紬「唯ちゃん、今日もケーキ持ってきたわよ♪」
唯「りっちゃん隊員!今すぐ勉強しよう!」
律「くっ、買収するとは卑怯なっ」
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:15:51.99 ID:vf3g1pfI0
なんだかんだで二人とも、勉強しだすと真面目に机に向かうので、私の出番はあまりない。
二人が問題を解く様子を眺めるだけ。
それでも飽きることはない。大切な友達との時間だから。
唯「・・・うーん、ムギちゃん、ここなんだけど・・・」
紬「どれどれ・・・?えっと、これはね・・・」
そういえば澪ちゃんの用事ってなんだったのかな。
残された時間で、澪ちゃんとも、どのくらい話せるだろう。
唯「・・・?ムギちゃん?」
紬「あっ・・・ごめんね、この問題はまず・・・」
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:18:55.01 ID:vf3g1pfI0
勉強も一段落ついたので、休憩を取ることにした。
律「いや~、至福の時ですなぁ~」
唯「今日のケーキも美味しいね~♪」
紬「ふわぁ・・・・・・」
唯「あれ?ムギちゃん寝不足?」
紬「・・・うん、ちょっと眠いかな」
このところ、考えることが多すぎて眠りが浅いためだろう。
昨日だってきちんと寝なかったから、疲れが取れていない。
律「うーん、じゃあ今日はわかんないとこもそれほどなかったし、これでお開きにすっか」
33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:22:14.35 ID:vf3g1pfI0
紬「でも・・・」
律「だーいじょぶだって!ちゃんと家でも勉強するからさ!ムギは家で寝たほうがいいぞ!寝不足はお肌の天敵である!」
律「それに・・・・・・」チラッ
唯「っ!・・・そうだよぉムギちゃん、今日は無理しないほうがいいよっ!」
紬「そう、みんながそう言うなら・・・」
律「ゴミとかは片しとくからさ、あたしたちに任せて今日は帰れって!」
確かに、私がいつにも増してぼーっとしてて、みんなに心配かけちゃったら、それこそ勉強の邪魔になる。
紬「じゃあ・・・お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:26:49.58 ID:vf3g1pfI0
私は鞄に荷物を詰め立ち上がった。
律「じゃあな、ムギ。また明日」
唯「ムギちゃんじゃーねー!ケーキ美味しかったよ!」
紬「じゃあね、二人とも。明日もケーキ、持ってくるわ」
・・・・・・
・・・・
・・
律「・・・・・・ふぅ、とりあえずムギは帰ったな。澪は何かいいの見つけられたかな」
唯「澪ちゃんに電話してみようか」
・・・、・・・
唯「・・・でないや」
律「澪はハマりだすと携帯の着信も気付かねーからな・・・。直接行ってみるか」
35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:30:32.83 ID:vf3g1pfI0
一面真っ白な世界。
ただただ何もない白い空間に、私と澪ちゃんだけがいる。
澪『ムギ。私はもう、行かなくちゃいけない』
紬『そんなの嫌。澪ちゃん、行かないで』
澪『どうしようもないことなんだ。ごめん・・・』
紬『どうして?どうして一緒にいてくれないの?』
澪『私たちはもう卒業する。卒業したら、けいおん部も無くなる。そうしたら、離れ離れだ』
紬『そんな・・・そんなの・・・嫌よ・・・』
澪『ムギ・・・』
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:33:05.68 ID:vf3g1pfI0
紬『私、みんなと離れるのが怖い・・・』
紬『みんながいたから、私はずっとやっていけたの。みんなが一緒に笑ってくれたから、私は笑っていられたの』
紬『みんなが支えてくれたから、何も怖くなかった。みんなと離れることなんか、考えたことなかった』
紬『みんながいてくれれば、私はなんだって出来るわ。崖から飛び降りることだって出来る。空だって飛べる』
紬『でも、私は、みんながいないと何も出来ない。私が私でいることすら出来ない・・・』
紬『お願い・・・・・・一人にしないで・・・』
私は頭を下げた。
澪『ムギ・・・ごめんな』
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:36:20.79 ID:vf3g1pfI0
澪『ムギがそう言ってくれるのはすごく嬉しい。でも、いつまでも一緒にはいられないんだ』
紬『そんな・・・澪ちゃん・・・・・・』
だんだん澪ちゃんの姿が遠くなっていく。
紬『澪ちゃん、澪ちゃぁん!』
澪『ムギ・・・さよなら・・・・・・』
行っちゃ嫌。お願い。一人にしないで。私を一人にしないで。
耳元で何かが震える音がする。
同時に、真っ白な世界が、歪みながら消えていく――――
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:39:59.65 ID:vf3g1pfI0
・・・・・・
・・・・
・・
目を開けると、色のついた世界が広がっていた。
紬「・・・・・・・・・・・・ゆ・・・め・・・」
頭がぼーっとしている。体が疲れているのがわかる。
確か、帰ってすぐ、ベッドに倒れ込んだんだっけ・・・。今何時だろう・・・。
半ば無意識に携帯を手にとって初めて、携帯が振動していたことに気付いた。
紬「あ、電話・・・」
私は携帯を開け、通話ボタンを押した。
39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:42:59.46 ID:vf3g1pfI0
紬「もしもし・・・」
?「お!ムギか!?よかった!繋がった!」
紬「その声は・・・・・・りっちゃん?」
寝ぼけていて、誰からの電話なのかすら見ていなかった。
律「ムギ、大変なんだ!落ち着いて聞け!澪が・・・・・・・・・・・・」
紬「えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私の頭の中は、再び真っ白になった。
澪ちゃんが、交通事故―――――
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 19:48:41.06 ID:vf3g1pfI0
紬「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
私は走っていた。
行き先は澪ちゃんのいる病院。
りっちゃんが何かを言っていたが、よく覚えていない。
家を出てから気付いたけれど、車で送ってもらえばよかった。
そんなことも考えられないくらい気が動転していた。
澪ちゃん、お願い、無事でいて。
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:01:02.70 ID:vf3g1pfI0
病院に着いて、澪ちゃんのいる病室を聞いた。
病院内は本当は走ってはいけないが、そんなことを気にしてはいられなかった。
私は全速力で澪ちゃんのいる病室へと走り、勢い良く扉を開けた。
紬「澪ちゃん!」
唯「!? ムギちゃん!!」
紬「澪ちゃん!澪ちゃん!!」
梓「ムギ先輩、落ち着いてください!」
律「ムギ落ち着け!澪は無事だ!」
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:03:42.67 ID:vf3g1pfI0
紬「えっ!・・・・・・あっ・・・・・・・・・」
無事、という言葉を聞いて、私は力が抜けてその場で座り込んでしまった。
病室を見回してみると、唯ちゃん、りっちゃん、梓ちゃん、そして・・・澪ちゃんがいた。
澪「ムギ・・・・・・すまないな、心配かけて。でも、足を骨折しただけだ」
紬「よかった・・・・・・私・・・・・・・・・」
律「だからさっき電話で言ったろ、澪は無事だって」
紬「・・・・・・ごめん、なさい・・・気が・・・動転してしまって・・・・・・うっ・・・ひっく・・・」
私は溢れる涙を止めることが出来なかった。
澪ちゃんが、無事で、本当に良かった。
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:10:11.55 ID:vf3g1pfI0
紬「・・・よかった・・・・・・澪ちゃんが・・・・・・いなくならないで・・・良かった・・・」
澪「ムギ・・・」
紬「私・・・みんなと離れ離れになるなんて・・・考えられない・・・・・・」
唯「ムギちゃん・・・」
律「ムギ・・・」
梓「ムギ先輩・・・」
澪「・・・ムギ、大丈夫だ。私たちはどこへも行かない。卒業したって・・・いつだって一緒だ」
紬「・・・・・・澪ちゃん・・・・・・・・・違うの。どこかへ行ってしまうのは・・・私なの・・・」
紬「私、実は・・・・・・・・・・・・海外へ・・・留学するの」
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:17:33.42 ID:vf3g1pfI0
ついに言ってしまった。
みんなが驚いている。当然だろう。
みんなには、私は推薦が通ったという話をしているから。
紬「・・・ごめんなさい・・・・・・私・・・ずっと・・・嘘をついてて・・・・・・」
病室に沈黙が流れる。
少しの静寂の後、澪ちゃんが口を開いた。
澪「ムギ・・・すごいじゃないか!」
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:21:25.97 ID:vf3g1pfI0
紬「えっ・・・?」
唯「うんうん、すごいよ!留学なんて!」
律「いやー驚いたなー!推薦でも十分驚いたけどな!」
梓「ムギ先輩・・・すごすぎです・・・」
私の予想とは裏腹に、病室は明るい雰囲気へと変わっていった。
紬「みんな・・・・・・何で・・・」
紬「・・・何で・・・そんなに・・・明るくいられるの・・・?」
紬「私は、みんなと離れたくない。一人ぼっちになりたくない。なのに、何で・・・」
澪「・・・ムギ・・・・・・」
47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:25:26.80 ID:vf3g1pfI0
しばらくみんな黙っていた。病室には私の泣き声だけが静かに響いていた。
ふと、澪ちゃんがゆっくり話し始めた。
澪「ムギ・・・お前は・・・一人なんかじゃない」
澪「確かに、卒業したらみんなと会う機会も減る。特にムギとは減ってしまうかもしれない」
紬「・・・」
澪「でも、私たちは・・・・・・ほら・・・親友だろ?会えなくなるくらいで・・・離れ離れになんか、ならない」
澪ちゃんは私の目をみて、はっきりと、こう言った。
澪「どんなに遠くにいても・・・私たち、放課後ティータイムは・・・いつも一緒だ」
紬「澪・・・ちゃん・・・・・・」
48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:28:33.64 ID:vf3g1pfI0
私は一人で勘違いをしていたのかもしれない。
私が離れてしまえば、みんなとはバラバラになってしまうと思っていた。
放課後ティータイムは終わってしまうと思っていた。
でも、そんなことは無かった。
今まで、仲間を、信じていなかった自分を、深く恥じた。
それと同時に、最高の仲間たちに、感謝をした。
私を、けいおん部に入れてくれて、ありがとう。
溢れる涙は、いつの間にか、嬉し涙へと変わっていた・・・。
50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:33:46.68 ID:vf3g1pfI0
澪「それに今は、携帯やインターネットもある。連絡したければ、いつだって出来るさ」
澪「なんなら、ムギに直接会いに行くことだって出来る。留学先が宇宙ってことはないだろ?」
紬「・・・イギリスよ」
唯「わ~、イギリス、いいねぇ~。何かカッコイイよ~」
律「今年は『放課後ティータイムライブ in イギリス』で決定だな~」
梓「外国でライブなんて・・・出来るわけないじゃないですか」
こんな簡単なこと、何で今まで言えなかったんだろう。
たとえ、世界のどこにいても、世界が崩壊しても、放課後ティータイムはいつまでも一緒だ。
みんながいてくれるから、私は、いつまでも頑張れるんだ。
紬「みんな・・・・・・・・・ありがとう」
51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:36:20.80 ID:vf3g1pfI0
数日後
早々に退院した澪ちゃんに連れられて、私たちはアクセサリーショップへとやってきた。
澪「ふぅ・・・やっと着いた」
紬「澪ちゃんお疲れ様」
唯「松葉杖ってちょっと楽しそうだよね~」
澪「全然楽しくなんかないぞ・・・疲れるだけだ」
律「そうだぞ唯、なんせ澪は自分の足の骨を折って痛い痛~い思いして松葉杖をついてるんだからな~」
澪「見えない聞こえない」
梓「馬鹿なことやってないで、さっさと中に入りますよ」
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:41:39.52 ID:vf3g1pfI0
澪「確かこの辺に・・・・・・・・・おっ、あった。これこれ」
澪ちゃんが手にしたのは、ティーカップの形をしたストラップだった。
梓「うわぁ、可愛いですね」
律「へー、いいじゃん、これ」
唯「さすが澪ちゃん、センス抜群だね!」
澪「よし、じゃあこれを、5つ買おう」
紬「え?5つ?」
53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:45:14.84 ID:vf3g1pfI0
澪「・・・実はな、あの事故に会った日の前日、みんなで相談してたんだ」
澪「ムギをどうにか元気付けてやれないかって」
知らなかった。
私が落ち込んでいたのが、もうみんなにはとっくにバレていたんだ。
澪「で、みんなで何か一緒のものを買おうって私が提案したんだが・・・」
澪「下見に行ったらこのストラップを見つけてさ、すっごく可愛いと思ったんだ」
澪「でも・・・前に旅行のお土産でストラップ買ったし、かぶっちゃうなって考え事しながら歩いてたら・・・車にぶつかっちゃったよ」
紬「澪ちゃん・・・」
澪「前のは旅行のお土産だけど、今度のは、みんなの卒業記念として、このストラップ、買わないか?」
紬「・・・聞くまでもないわ。みんなと一緒なら、私、何だって嬉しい」
54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:49:57.73 ID:vf3g1pfI0
「ありがとうございましたー」
唯「えへへ、さっそくつけちゃった」
律「おっ、あたしだって負けるかー」
梓「勝ち負けってあるんですか・・・」
澪「ムギもつけたか?」
紬「うん・・・すっごく可愛い・・・」
澪「これで、私たちはいつまでも一緒だ」
紬「澪ちゃん・・・みんな・・・本当にありがとう」
55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:53:00.98 ID:vf3g1pfI0
その後、みんなでお喋りしながら帰った。
けいおん部のこと、受験のこと、卒業した後のこと。
久しぶりに、本当に久しぶりに、心から笑うことが出来た。
その日の夜、私はストラップを握り締めながら眠りについた。
いつもより、よく眠れた気がした。
56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 20:57:56.56 ID:vf3g1pfI0
3月末
唯ちゃんとりっちゃんは無事受験を突破し、澪ちゃんと同じ大学への進学が決まった。
そして、いよいよ私が旅立つ日。
空港には、みんなが見送りに来てくれた。
紬「それじゃ、ここでお別れね」
律「ムギ、向こうでも元気にやれよ!」
唯「ムギちゃ~ん、遊びにいくからね~」
梓「ムギ先輩、頑張ってくださいね」
澪「ムギ・・・いつでも連絡して来いよ」
57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/09/11(土) 21:01:35.68 ID:vf3g1pfI0
紬「みんな、ありがとう。またね!」
私はみんなと別れを告げ、飛行機に乗り込んだ。
でも、私は寂しくない。
みんなは、いつも側にいてくれる。
ティーカップのストラップを握り締める。
飛行機が離陸し、日本がどんどん小さくなる。
でも、みんながいるから、私は、何も怖くない。
手の中にあるストラップを見つめながら、私はつぶやいた。
紬「みんな・・・ずっと、一緒だからね」
終わり
紬「みんな・・・ずっと、一緒だからね」