2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:33:15.27 ID:hu4s8LF70
「おらおらぁっ、死にてーヤツからかかってこい!」
杏子が楽しそうに魔獣の群れに突っ込んでいく。
「滅びの鎮魂歌を――奏でましょう?」
その両脇に火線が走り、使い魔が次々とマミによって撃ち落とされる。
「やあああああっ!」
杏子の縛り上げた魔獣をさやかが吼えながら斬り捨てた。
「終わりね」
逃げだそうとした使い魔を弓矢で射抜いたほむらは髪を払った。
5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:35:35.05 ID:hu4s8LF70
結界が色を失い溶け消えていく。
「うん、かなりいい感じだね。みんなお疲れ様!」
ひとり魔法少女姿でないまどかが笑った。
ここは改編された世界。
すべての魔女がまどかに封印され、魔法少女の希望がエネルギーとして振り撒かれる世界。
祈りが絶望で終わらない世界。
この世界で5人の魔法少女は、戦い続ける。
「いやーさやかちゃん大活躍の巻! だったね!」
5人は魔獣退治後、マミの部屋で遅い夕食をとっていた。
「静かに食えよな阿呆さやか。マナー違反だぞ」
「あんたにマナー云々とかぜったい言われたくないんだけど。バカ杏子」
「はいはい二人の仲がいいのはわかったから食卓で武器を出さないで」
「「仲いい!? こいつと!?」」
お互いを指差してから、同時にそっぽを向く。
「「こっちから願い下げだっての!」」
「あはは……」
「まったくもう」
「――戦闘時にはもっと広く視界を保つようにしなさい。美樹さやか」
「はーい。ほむらは厳しいなー」
「あと体捌きがなってねーよ、前も言ったろ。強引に行き過ぎなんだよ」
「う゛っ……それは、次回の課題ということで……」
「ふたりとも、一度になんでもできるわけじゃないよ。まずは慣れて、それから意識するようにしていこう」
「ええ。まどかの言うとおりね」
「暁美さん、切り替え早すぎよ」
「おーっまどかぁ我が嫁よ!」
「さやかちゃん、次もがんばろうね」
「あのさー」
杏子がぽいと言葉を投げ入れた。
みながそちらを向く。
「さやかの訓練がいるんじゃないかと思うんだよな」
「訓練? あたしの?」
「それは、実戦ばかりでは危険だということかな、杏子ちゃん」
「危険つーか、えーと……、ばらつきが大きすぎるんだよな状況の。うん。ある程度、自分の型っつーか流れみてーなのを持っとくべきだと思う」
「確かにそれが理想的な習熟方法かもしれないわね。私や佐倉さんは実戦で否応なく経験を積んだけれど、可能ならそういった方法を取るべきかもしれない」
「訓練ってどんなの? 腕立て伏せ1000回とか? うさぎ跳びで風見野までとか?」
「そんなことしてどうなるのよ。まったくもって愚かね美樹さやか」
「はい! ほむら鬼教官!」
「誰が鬼教官よ!」
「アタシらそれぞれについて特訓すりゃいい。教え方もばらばらだろうし」
「それはいいね、杏子ちゃん。そうしよう」
「ええ。まどかの言うとおりね」
「そればっかりね暁美さん」
「じゃー決まりだな。さっそく明日から始めような、さやか!」
「ぅえー? あんたからなの?」
「あー? なんか文句あんのか」
「あら、美樹さやかは鬼教官の地獄のようなしごきを期待してるのかしら」
「ごめんなさい勘弁してください」
「じゃあはじめは、私とやりましょうか。美樹さん」
「よしきたマミさん! さやかちゃん、がんばっちゃいますからねーっ」
「んだよそれは」
「がんばってね、さやかちゃん」
「次はアタシだかんな!」
「私がとどめというわけね」
「怖い言い方するの辞めて!?」
帰宅してから、まどかは自室で日記を書いていた。
「あーさっぱりしたー」
風呂上がりの杏子が入ってきて、ぽすんとベッドに腰掛けた。
「杏子ちゃん、湯冷めするまえにパジャマ着たほうがいいよ」
杏子は諸事情から鹿目家に養子縁組され、法的にはまどかの姉となっている。
まどかの部屋にふとんを敷いて寝ているのである。
「あー、りょーかいー」
わしわしと髪をタオルで掻きながら下着姿の杏子はおざなりに返事。
「あのさー」
「ん?」
「前にさ、まどかに封印された呪いが滲みだしたものが魔獣だって、言ってたろ?」
「うん。……ん?」
まどかは杏子のいいたいことに気付いたようだった。
「杏子ちゃん。もしかして、だから特訓なんて言い出したの?」
まどかのほうを向いて杏子は強く頷いた。
「さやかは強くならなきゃなんねー。あいつが殺されちまう前に」
「……わかった。わたしも考えるよ」
まどかはじっと中空を見つめた。
翌夕、さやかは学校からマミの家へと向かった。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい。準備できてるわよ」
「わーい、ってマミさんその姿は!?」
「これぞレッスン・スタイル、『迷える子羊を導きし人の子』よ!」
マミは白のブラウスに薄灰色のタイトスカートという出で立ちである。
くい、と縁のないメガネを指で摘んだマミはにっこり笑った。
「似合ってます、さすがマミさん!」
さやか(というかエロすぎです)
「よかったねマミ。昨晩、一生懸命変身魔法をカスタマイズした甲斐があったじゃないか」
「キュゥべえ! それ言わないでよ!」
「いたんだあんた。ってマミさん、それ魔法なんですか!?」
「え、えへへ。実はそうなの。コスチュームにバリエーションがあるのもいいでしょう?
ほかにも、ウィザード・スタイル、プリンセス・スタイル、クラシカル・スタイルなんかがあるの」
「す、すごいですね」
「せっかくだから実際に美樹さんに見てもらいましょうか! まずはアイド――」
「ごっごめんなさいマミさん、先に特訓しましょう!」
「あっ、そ、そうね!」
嬉々として話していたマミはさやかに遮られて我に帰った。
「――さて。では、講義を始めるわね」
胸元から、おそらく魔法によって指し棒を取り出し、ピッと白板に向けた。
「魔法少女の戦い方は、次のようになっていると、私は考えているわ。
すなわち、相手への攻撃、相手の攻撃への対処、そしてその間を繋ぐ準備――そうね、装填とでもいいましょうか。
戦いは、このみっつの行動から成り立っているの」
「ふむふむ」
マミは筆記体でActionと書かれた円を指した。
「これらの行動にはいくつか選択肢があるわ。攻撃なら、様子見するような小手先の攻撃、とどめを刺すような大火力の一撃、広範囲への攻撃、みたいな感じね」
「なるほど」
「じゃあ美樹さん。攻撃への対処にはどんな選択肢があるでしょうか?」
「はい! 防御と、回避です!」
「そのとおりね。正解よ、美樹さん」
「よっしゃあっ」
「基本はそのふたつとして、あとは相殺や阻害なんかがあるわね。そして、いちばん大事なのが、装填よ」
マミは白板にLoadと書いた。
「大事なのは攻撃じゃないんですか?」
「もちろん攻撃も大事だけれど、この装填が上手なひとは、戦うのが上手い、つまり強い、ということなの」
「そうなんですか」
「具体的な話にしましょうか。まず私が魔獣と接敵する、私はマスケット銃を一丁取り出して構える」
実際に銃を出してマミは構えてみせた。
「これが装填。で、撃つ。これが攻撃」
さやかは相槌を打った。
「相手の攻撃を避ける。これが対処。次に装填」
マミが再び銃を手に取って構える。
「そして攻撃。どうかしら、なにか気付くところはある?」
ううん、とさやかは少し考えてから答えた。
「なんか、実際のマミさんの戦い方と比べると、テンポ悪いというか……」
「そのとおり! さすがね美樹さん。
今の例でいえば、まずたくさん銃を呼び出しておいて、撃ちながらもう一本を構える、というふうにすれば途切れなく攻撃を行えるわ」
「あ、それはたしかにマミさんのイメージかもです!」
「なんだか手前味噌な言い方になるけれど……、これが装填を工夫して上手に戦うということね」
「なるほど! 装填が大事ということがわかりました!」
「攻撃から攻撃へと、あるいは対処から攻撃へと、いかに素早く的確に繋げるか。
これを考えるのが装填を工夫するということで、上手に戦えるようになるということ」
マミは一息いれて笑った。
「私は、そう思うわ」
「マミさん教えるの上手ですね! わかりやすかったです」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ実践編ということで、パトロールにいきましょうか」
「了解です!」
小雨のなか、さやかはほむらと帰っていた。
「狭いわ美樹さやか」
ほむらの握る傘ではふたりははいりきらないのである。
「もうちょっと、もうちょっとそっち行ってよほむら! あたしもう肩濡れてるから!」
「興味ないわ。あとすぐそばでやかましいのよ」
「優しさが足りない!」
「静かにしなさい美樹さやか。だいたいどうして傘を持ってこないの。どれだけ貴方は愚かなの」
「傘を忘れたくらいで説教やめて!? あっ、そーれーとーもー? 美少女さやかちゃんと相合い傘して、照れてるのかなー?」
「今すぐ殺してあげるわ。美樹さやか……!」
「ぎゃーっへるぷみーっ!」
ほむらが一挙動で盾から引き抜いた拳銃を突き付けられ喚くさやか。
「なんつって傘パクっ!」
ほむらから傘を奪い取って、さやかは走り出した。
「ちょ、返しなさい! さやか! ――家はそっちじゃないわよ!」
…
帰宅したほむらはタオルで髪と服を雑に拭いた。
「……まったく、なんて愚かな、無駄に走って、とんでもない阿呆ね……」
「ぶつぶつ言ってないでタオルちょーだい。ほむら」
「すごく図々しい!? あぁもう、ちょっと待ちなさいよ」
ほむらが新しくタオルを取り出そうとすると、
「え? これでいいよ」
さやかはほむらの手からタオルを取って自分をぱたぱたと拭いた。
「………」
「はい、あんがと。つーかあたし、けっこう濡れたなー。ほむらハンガーある?」
「あるけど……、もしかして脱ぐの?」
「……なんか言い方やらしいな! ほむらのえっち」
「なっなにを、私はそんな……!」
「はいはいわかったからさっさと貸してよ」
「本当に図々しい!」
…
「さて、と」
ちゃぶ台を挟んでふたりは腰を下ろした。
ほむらは室内着で、さやかはほむらの私服を借りている。
「あれ? ほむらは変身しないの?」
「なんのことか知らないけれど、そういうのは巴マミだけよ」
「いやわかってんじゃん」
「当然の推測よ。どうせマミのことだからレッスン・スタイルとかいってたのでしょう」
「見抜いていらっしゃる……!」
「そんなことはどうでもいいのよ。巴マミからはどんなことを聞いたの」
さやかはマミの講義を要約した。
「実践編では考えながら戦ってたらひどいことになったんだけどね! てへっ」
「その気持ち悪い顔と仕種をやめなさい美樹さやか」
「ひどいよ!」
「ともかく、講義については特にいうことはないわね。まあ、そもそも私も巴マミの後輩なのだから、意見がなくて当然なのだけれど」
「そういえばそうだったね。なんで巴さんって呼ばないの? 前はそう呼んでたんでしょ」
さやかを一瞥するほむら。
「………。けじめ、みたいなものかしら」
「照れてるんでしょ」
「なっ、そ、そんなんじゃないわよ。ばか」
「ほむらはさー、もうちょっと肩のちから抜いてもいいんだよ?」
「なにを……」
「あんたさ、あたしらに悪いと思ってるでしょ。まだなんか遠慮してる」
「そんな、ことは」
ほむらはちゃぶ台に視線を落とした。
「隠しきれるもんじゃないって、そういうの。忘れろなんて言えないけどさ。
あたしが知ってるのはあたしが知ってるほむらだけなんだから、ううん、なんていうかなぁ」
さやかは宙に視線をさ迷わせて言葉を探す。
そして、見つけた! というふうに前に戻した。
ほむらも顔をあげる。
「あたしはほむらが好きだから!」
「はッ!?」
ほむらは盛大に動揺した。
「あんたのこと、キライになったりしないから、安心してよ。だから、あたしのこと好きになっていいんだよ?」
「な……」
「もちろんみんなもね!」
「………」
「どしたの?」
「……ばかさやか」
「なんだとうっ!? せっかくひとが素直に喋ってんのに! ばかほむら!」
「……ありがとう。さやか」
「えっ?」
「さぁそれじゃ、講義を始めるわよ!」
「いきなりやる気でたねオイ!」
「対魔獣戦における戦闘教義と、戦略戦術についてよ――」
公園で子供らと遊んでいた杏子はさやかから連絡を受けて学校へと移動した。
「よう」
「あ、杏子ちゃん」「はやいなー」「こんにちは」
「じゃ、さっそくさやかは借りてくな」
「さやかさん、なんの稽古かしりませんけど、がんばってくださいね」
「おうともさ! 仁美もね」
「ええ。それでは失礼します。ごきげんよう」
「さやかちゃん、杏子ちゃん。あんまり遅くなっちゃだめだよ」
「そりゃさやか次第だな」「それは杏子次第でしょ」
まどかは微笑んで、踵を返した。
ぶらぶらと歩き出した杏子に並んださやかが問い掛けた。
「どこ行くのさ」
「へへ。とっておきの場所、見つけたんだ」
楽しそうに笑いながら杏子は棒アイスをかじった。
「ん? 喰うかい?」
「いやいらんよ。寒いよ」
軟弱だな、と杏子はまた笑った。
「なに、前はバイトだったんだっけ」
「ああ。もうひとりのバイトが熱だしてな、おやっさんに駆り出された」
「なーんかあんたもすっかり馴染んでるんだねー」
「んあ? そうか?」
「まどかんとこでも特に問題ないみたいだし、……恭介とも仲いいし……」
「あー? なんだって?」
「なっなんでもない! ほら、早くしないと日が暮れちゃうよっ」
「なんだよ、ヘンなやつだな」
杏子が特訓場所に選んだのは陸橋下の工事現場だった。
工事はながらくストップしている。
「こんなところでなにすんの?」
怪訝そうなさやかに杏子は口の端を吊り上げた。
「決まってんだろ――」
変身し、槍を握る杏子。
「――つまんねーから、簡単にやられるなよ、さやか!」
「ちょっ、いきなりすぎ!」
「暁美さん、そのボウルとってくれるかしら」
「ええ」
放課後、マミとほむらはマミの家でお菓子を作っていた。
「ふふっ」
しゃかしゃかとクリームを泡立てながらマミが笑う。
「なによ巴マミ。気持ち悪いわよ」
「いえ……。暁美さんとこんなふうにお菓子作りするなんて、最初に会ったときには思いもしなかったなって」
「なっ……。そ、それは……」
「あの頃は私も大人げなかったわ。寂しくて、辛くて、でも虚勢をはって……」
「………」
「でも今は幸せだわ! 背中を預ける仲間がいて、一緒に過ごせる友達がいる」
子供みたいに笑うマミ。
「もう何も怖くないわ!」
「……私も幸せです、巴さん」
俯いてほむらが小さく呟く。
「え?」
「わっ私も、その……、いやでは、ないわ」
「ふふ。それはよかったわ」
頬を赤く染めながら、ほむらは相好を崩した。
――ぴんぽーん
「あら。鹿目さん着いたみたいね。暁美さん、出てもらえるかしら」
「ええ」
ぱたぱたと玄関に赴くほむら。
それから、無造作に覗き窓に目をあてた。
その目が大きく見開かれる。
「まどか!」
レンズの向こうで、まどかが血だまりの上に倒れていた。
「まどか!」
悲痛な声で名を呼びながらほむらが扉を開く。
まどかに駆け寄ろうと飛び出したほむらはなにかにぶつかって止まった。
「な……」
ほむらの目の前にいたのは魔獣。
目鼻のない仮面に黒装束を身につけた少女の姿をしている。
その魔獣の握った片刃の剣が、深々とほむらの腹に突き刺さっていた。
「あ……う……」
ぶわ、とほむらの顔に汗が浮かぶ。
魔獣が剣を手放して離れた。
膝を折り、横向けに倒れたほむらはまどかへ震える手を伸ばす。
「ま……どか……っ」
まどかへ近付こうと這いずるほむら。
床と服が血で汚れる。
「まど……か……、まどか……っ」
痛みもさっぱり感じないのに、目がかすむ。
まどかへと伸ばした手がなにも掴めないまま、意識が朦朧としていく。
「暁美さん?」
出てきたマミの目の前で、魔獣が影に沈んで姿を消した。
「――暁美さんッ!」
マミの叫びを最後に、ほむらは気を失った。
マミの部屋は重い空気に満たされていた。
マミ、さやか、杏子が座り込んでいる。
まどかとほむらは応急処置され、寝かされている。
さやかが目を覚まさないまどかの髪を撫でた。
「うん。魔獣の仕業だね、これは」
ほむらに寄り添うように分析していたキュウべぇが誰にいうともなく告げた。
「んなこたわかってんだ! なんで二人は目を覚まさないんだよ!」
勢いよく立ち上がった杏子を見上げるキュウべぇ。
「おそらく、暁美ほむらに刺さっていたという武器のせいだね」
「どういうことかしら。キュウべぇ」
「あのね、もう消えちゃったけど、あの武器は使い魔なんだと思う。その使い魔がまどかとほむらを浸蝕しているから、二人は目覚めないんだ。
正確には魂と肉体のリンクが切断されているというべきかな。どうやら【断ち切る】ことに特化した魔獣のようだね。その原理は僕にも不明だけれど――」
「どーすりゃいいんだよ!」
キュウべぇの言葉を遮って、杏子が火を吐いた。
「さやかもなんか言ってやれよ! ……さやか?」
さやかはゆっくりと顔を上げた。
杏子とマミが息を呑む。
「……絶対、ゆるさない……!」
ふたりが見たこともないさやかの表情は、ひとつの感情をはっきりと表していた。
それは、はっきりと、憎悪。
魔獣の気配を察知してマミ宅を飛び出していった三人に置いていかれた形のキュウべぇは意識を取り戻さない二人に目を向けた。
「やれやれ。今、魔法少女に絶望されると困るんだよね。祈りのエネルギーが取り出せないじゃないか」
ゆっくりと伏せるキュウべぇ。
そして呟く。
「ねえ。まどか、ほむら。魔法少女は電気羊の夢を見るのかい?」
「だああああああっ!」
咆哮とともにさやかが巨大な魔獣を両断。
すぐさま跳びあがって、長く伸びた魔獣の腕を回避する。
空中に作り出された魔法陣を蹴って宙を駆けるさやか。
「さやか! あぶねえっ」
杏子が叫ぶのと同時に、さやかの目前にいた使い魔が爆ぜた。
「ぅあっ!」
動きの止まったさやかに魚のような犬のような使い魔が襲い掛かる。
「美樹さん!」
マミがリボンを走らせて助けようとする。
しかしその前に、
「あああああああっ!」
さやかが使い魔を切り刻んだ。
そのまま魔獣に突貫し、まっぷたつにする。
「はぁっ、はぁっ……!」
荒い息をつくさやかの傷が修復されていく。
「お、おいさやか」
「……いなかったね。剣つかうやつ」
変身を解くさやか。
「美樹さん。気持ちはわかるけれど、ムリしちゃだめよ」
杏子とマミもそうした。
結界が消える。
「はやく、みつけなきゃ、まどかと、ほむらの、ために」
呼吸のあいまに言葉をはさむさやか。
「落ち着けバカ。焦ったって、見つかるわけじゃねーだろ」
さやかは俯いた。
「……ったら、……のよ……」
「あ?」
ばっとさやかが頭を上げる。
「見つからなかったら、どうすんのよ……っ!」
その瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れた。
「美樹さん……」
「見つからなかったらどうしよう。ひっく。ふたりが目を覚まさなかったらどうしよう」
さやかは両手で顔をおおってしゃがみこんだ。
「いやだよぅ……そんなの……」
「………っ」
杏子はどうしたらいいかわからなくて、それでもさやかを放っておけなくて、膝をついてゆっくりと抱きしめた。
幼いころに父にこうしてもらうと安心したことを思い出しながら。
「だいじょうぶ。きっとだいじょうぶだから」
「大丈夫? 美樹さん」
しばらくして泣き止んださやかは立ち上がった。
「はい……、すみません。パニクっちゃって」
「いいのよ。不安なのは私も一緒だもの。佐倉さん?」
杏子はまだしゃがんだままである。
「もちょっと、待って……」
嗚咽まじりに答えた杏子の頭をさやかが撫でる。
「それじゃあいったん戻りましょうか」
三人はそうした。
杏子がリビングに戻ってくると、マミがカップをさしだした。
「はい、ココアよ」
「おっサンキュー」
「親御さん、いいって?」
「ああ。まどかは寝ちまったってごまかしといた。週末でよかったな。とりあえずこれで二日もつ」
まどかは杏子といっしょにマミの家に泊まるということにしたのだ。
まどかとほむらは別室に移されている。
「さやかは?」
「お風呂はいってるわ。佐倉さんも入る?」
「はぁ!? んなわけねーだろ! な、なんでアタシがさやかと風呂に……」
「うふふ。美樹さんといっしょだなんて言ってないわよ?」
「だッ、この、マミぃ!」
「ずいぶん元気だね」
「さ、さやか」
「お風呂でHP全回復! さやかちゃん完全復活!」
「あーじゃあアタシはいってくるわ」
「そうね。……美樹さん、ちょっと手伝ってくれるかしら」
「はい! マミさん」
…
「ムリしやがって。あのバカ……」
シャワーを浴びる杏子の頬を水がながれていった。
「――さて、少し整理しましょうか」
軽い夕食を摂りながら、マミが話し出した。
「鹿目さんと暁美さんは魔獣に襲われた。ふたりともソウルジェムに異常はないけど、目を覚まさない」
「その原因がもぐもぐ使い魔によるもぐもぐ浸蝕だったな」
「ええ。襲った魔獣は剣を使う。仮面をつけた魔獣だったわ」
「仮面の。ふうん」
「あんにゃろーか。で、あいつをブッ倒せばもぐもぐ使い魔も消えてふたりはもぐもぐ起きるってわけだな」
「杏子あんた食べながらしゃべるのやめなさいよ」
「うるへーなあ」
「問題は特定の魔獣をどうやって探すか、よね。ううん、難題ね」
「………」
「とにかく手当たり次第に――」
「それじゃこっちが先に体力を失ってしまうわ。でも、たしかに受け身のままじゃ難しいわね……なにかこちらからアプローチできれば」
「――その必要はないね」
だしぬけにキュウべぇがぬるりと別室から現れた。
「キュウべぇ! あなたそこにいたの?」
「おい、今のどういう意味だよ」
「あんた、なんか方法があるっていうの?」
「ほむらに残っていた魔力を分析した結果、ふたりを襲った魔獣の詳細が判明した。その魔獣の原型は、」
キュウべぇがさやかを見据える。
「――おい、てめえっ」
「――美樹さやか。君だよ」
「え……」「キュウべぇ!?」
「だからね、ふたりを襲ったのは、美樹さやか、君の魔獣なんだよ」
「あたしの、魔獣……?」
「てめえッ」
怒鳴った杏子の槍が白い獣を貫いて絶命させた。
「魔獣というのは魔女を反転させた存在、というのが僕の立てた仮説さ。
鹿目まどかの願いによって彼女のなかに封印された魔女が、自らの対称性を備えた存在を作り出すことによってそれから逃れようとした結果なんだよ。
まどかの願いが適用されるのは魔女だけだからね」
だが窓枠に座っていた二体目が滔々と説明を続ける。
「魔女と魔法少女の魂は共通している。そして魔女と魔獣は鏡写しになった同一の存在だ。
つまり魔獣も魔法少女から生まれるということで、今回の魔獣はさやかが生み出したものだってことさ」
「え、えっ? どういう、こと?」
「やめろおっ! さやか、聞くなッ」
杏子が槍を振り回すが、キュウべぇはそれをするすると避けてテーブルに飛び乗った。
さやかを正面からのぞきこむ。
「キュウべぇ! だめよ!」
「まだわからないかい? じゃあもっと簡単に言おうか。まどかとほむらを傷付けたのは、君なんだよ」
「あたしが、ふたりを……? うそ……」
愕然とするさやか。
「もう黙れ!」
風を切る槍の穂先から逃れて、キュウべぇは物陰へと逃げ込む。
「ふたりの目を覚ましたければ、さやか、君が君自身を倒さなければならない」
そう言い残して、キュウべぇは姿を消した。
「……クソっ!」
杏子が槍をジェムに戻す。
「そうだったんだ……」
涸れ果てた声で呟くさやか。
「まどかとほむらを傷付けたのは、あたしだったんだ……」
「違うわ! 美樹さん、それは違う!」
マミがさやかに駆け寄る。
「魔女も魔獣も、けして貴女自身なんかじゃないわ! だって、貴女はふたりを傷付けようなんて、そんなこと望まないでしょう!」
ゆらりと顔をあげたさやかは濁った瞳でマミを見た。
「わかんないですよ。あたし、最初に会ったとき杏子を殺そうとしたんですもん」
「やめろさやか! あれはそんなんじゃねーだろ!」
「あたしにはそういう一面があるってことじゃん。それが魔獣になって、ふたりを……」
ふら、とさやかが立ち上がる。
「美樹さん!」「さやか!」
「――ついてこないで」
泣きそうな声でさやかは拒絶して、部屋を出ていった。
漂白された空間にまどかは浮かんでいた。
「ここは……」
なにもない。
なんの音もしない。
「ああ、そっか」
ここは因果律から隔絶した、概念の世界なのだ。
まどかの願いが作り出した、すべての魔法少女を救うという、概念の。
ふ、とひとつの光景がディスプレイのようにまどかの目の前に表示される。
「これは……、さやかちゃん?」
マミの部屋を飛び出したさやかが目元を拭いながら走っていく。
『サイテーだ、あたし……もう救いようがないよ……!』
隣に経緯が表示される。
「そんな……。あれをキュウべぇに明かされるなんて……」
反対側に、今後有り得る未来が幾通りも展開されていく。
まどかが目を通す前に、類似した表示が統合され、最終的には両手の指に余る数が残った。
そのなかでもっとも起こりうる確率の高い未来の光景を、まどかは見た。
「うそ……!」
黄昏れの古戦場で、さやかが自分自身の魔獣の剣に貫かれている。
抱き合っているように見えるほど、魔獣の剣は制服姿のさやかの腹に深く突き込まれていた。
足元には砕け散ったソウルジェム。
さやかの手からサーベルが落ちる。
「いや、いや! さやかちゃん!」
まどかは次の未来を参照するが、やはりさやかは魔獣に突き刺されている。
さやかが喀血し、魔獣の仮面にかかる。
『やっぱり、あたしはだめだなぁ……まどか、ほむら、ごめん……』
力無く自嘲し、さやかは絶命した。
次の未来ではさやかは魔獣と差し違えていた。
次も、その次も、どれもすべて結末は同じ。
最後の未来でもさやかは腹を貫かれて、だらりと魔獣に寄り掛かっている。
「いやだよ! さやかちゃんを助けなきゃ!」
だが、まどかはなにをすることもできない。
ここは因果から切り離されている。お互いに干渉は不可能なのだ。
ごぼ……
「な、なに……?」
まどかの足元、なにもないところから真っ暗な闇が滲み、広がる。
闇はぶわりと震えたかと思うと、人の形をとった。
かぱりと口が開く。
口のなかは不吉なまでに赤い。
《……たすけてあげようか》
その口から発せられた可憐な声に、まどかは背筋を震わせた。
「あなた、……魔女なの」
《わたしはあなた》
闇のシルエットは小さな少女である。
ふわりと膨らんだスカートが揺れた。
どうやら笑ったらしい。
《あらゆる魔女をその身に宿し、それらを封じる力を持ち、因果律からほとんど切り離されている――》
闇は小首を傾げた。
《そんな存在をなんと呼ぶの? あなたは人にして人でない。人の域に収まらない『部分』、それがわたし》
まどかは厳しい顔をしていたが、軽く深呼吸をして肩の力を抜いた。
「魔女と魔獣と魔法少女と概念のわたし、かぁ……」
まどかはふふっと笑った。
「あなたになにができるの? 未来を変えられるの?」
闇も口を半月状に歪めた。
《世界の条理なんか、覆してしまえばいい。何度だって。わたしのちからで》
「改編には大きな代償が必要だよ。世界に歪みが生じて、そしてそれは破滅を導く」
《なにを怖れているの? さやかちゃんを救うために、わたしにできることをするだけだよ》
「信じようよ」
まどかは強く頷いた。
「どんな未来だって、きっと変えられる。ひとの願いが奇跡を引き起こすんだって、わたし、信じてる」
《後悔するかもしれないよ? さやかちゃんを見殺しにしようとしてるんだよ?》
「決断するって、そういうことでしょ? 失うかもしれなくても、希望のために信じて決めるってことでしょ?」
闇は押し黙った。
「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、わたし、そんなのは違うって、何度でも言い返せるよ。きっといつまでも、言い張れる」
《……大きな希望を抱けば、そのぶんだけ絶望も深く、冥くなる。あなたの見た未来は変わったりしない。
さやかちゃんの死によって、あなたは絶望し、すべてを滅ぼそうとするよ》
今度はまどかが唇を引き結んだ。
《そもそもさやかちゃんが魔獣を倒せなければ、あなたはここに縛り付けられたままだよ。分が悪すぎる賭けだね》
ねっとりと闇がにやつく。
まどかは少し眉をひそめた。
《あなたがちからを使わないというなら、わたしはかまわないよ。ここですべてを見ているといい。すでに定められた、結末まで》
闇がほろほろとほどけるように消えていく。
《あなたが絶望するときに、また会おうね》
にやにや笑いだけが取り残されたように浮かんでいたが、それもほどなく溶けて消えた。
まどかは現在の表示に目を向けた。
「さやかちゃん。わたし、信じてるからね……」
行くあてもなく走っていたさやかは、川べりのベンチに座り込んだ。
背中をまるめ、両手で顔を覆う。
もういやだ、という声にならない呟き。
しばらくの間、川の流れる音だけがしていた。
「――さやか?」
呼ばれてはっと顔を上げる。
ベンチから少し離れたところに恭介が立っていた。
「恭介……」
怪訝そうな表情をしていた恭介だが、松葉杖をついて歩み寄る。
「やぁさやか、奇遇だね。隣、いいかい?」
黙ったままこくりと頷くさやか。
恭介はベンチに腰をおろして一息ついた。
「僕はよくここに来るんだ。リハビリにね。それにここって、なんだか懐かしくないかい」
空を見上げて恭介は笑った。
陽が傾きだしている。
「子供の頃、さやかはおばさんに叱られたらいつも公園のベンチで泣いてたよね。上級生とケンカしても木から落ちても泣かなかったのにさ。
子供の頃はどうしてあんなに親に叱られると悲しくなってしまうんだろうね」
さやかは視線を落とした。
「自分が、」
「ん?」
「自分が、悪い子になっちゃうのが、いやで、」
そのときの気持ちを思い出すような切れ切れのせりふ。
「きらわれたく、なくて。だから……」
「さやか。なにがあったんだい」
なんでもない調子で恭介が問い掛ける。
さやかはゆるゆると恭介を見た。
彼は変わらず空を見上げている。
さやかはまたうなだれた。
「あたし、サイテーだよ……今だって恭介に慰めてほしくてこんなこと言ってる……」
ぽん、とさやかの頭に手が乗せられた。
そのまま数度撫でられる。
「恭介……?」
「さやかはさ、自分に厳し過ぎるんだよ。弱音を吐いたっていいんだよ。泣いたっていいのさ」
恭介はさやかを見つめた。
さやかはどきりとして薄く頬を染める。
「入院していた僕に、さやかは元気をくれた。ずいぶんと助けられたんだ。だから、今度は僕がさやかに元気をあげる番さ」
そういって恭介はにこりと笑いかけた。
「あ、あのね、恭介」
「なんだいさやか」
「えっと、んと、あ、あたし、」
自らの気持ちを吐露しようとしたさやかの脳裏を、仮面の魔獣の姿がよぎる。
さやかははっとしてぶんぶんと首を振った。
「さやか?」
「ごめん、恭介。あたし、ちょっと用があるやつがいるの」
へへ、と照れ隠しに笑うさやか。
「そう。うん、やっぱりさやかは笑ってるほうが可愛いよ」
「かっかわ……!?」
「いってきなよ。さやかはさやかの思う通りにすればいい。僕はさやかが"悪い子"じゃないって知ってるからさ」
「恭介……、ありがとっ!」
勢いよく立ち上がったさやかは吹っ切れたような笑顔である。
恭介はふ、とその笑顔から目をそらして、
「その、さやか。今度、聞いてほしいことがあるんだ――」
言いながら再び振り仰ぐと、さやかはいなかった。
走り去りながらさやかは振り返って手を振る。
「じゃあまたねーっ」
恭介は苦笑しながら振り返した。
「相変わらずしまらないね、僕は……」
杏子ははやばやと明かりの点きだした繁華街を歩いていた。
杏子(あの魔獣はさやかの正義そのものだ)
仇のように鯛焼きを食いちぎる。
杏子(あいつひとりでケリつけなきゃ意味ねー)
「くそっ」
悪態をついた杏子のケータイが着信を告げる。
さやかからである。
杏子は足を止めて電話に出た。
「さやか!」
『ごめん杏子。世話かけちゃったね』
「なんだよ、らしくないじゃんかよ」
『決めたよ。あたし、ちゃんと向き合うよ』
決然としたさやかの声。
「………」
『あたしの魔獣を倒してみせるよ。信じて、待っててくれる?』
「ったく……、ったりめーだばーか」
『杏子……!』
「あんたはこのアタシが稽古つけてやったんだ。負ける訳ねー! 魔獣なんざ、ぶっ飛ばしてやれ!」
『うん! ……ありがと、杏子』
通話が切れた。
糸が切れたようにしゃがみこむ杏子。
震える声で、祈る。
「死ぬな……さやか……!」
「つまり、魔獣は美樹さんを狙っているということなの?」
マミは自室でキュウべぇと相対している。
「そうだね。あの魔獣はさやかの正義感そのものだ。正しさを押し通そうとする、実に幼稚な信念の権化なんだ。
魔獣はまず自らを封じるまどかを襲撃した。次は、最も許せない、唾棄すべき自分自身を抹殺しにかかるはずさ。
ほむらはただ居合わせただけだね」
「美樹さんの正義感……」
「そうさ。自らの欲望を抑圧していた理性、あるいは倫理観とでもいうのかな。
大切なひとを守るためならば、魔法少女だろうと戦うという、彼女のスタンスそのものが、彼女が打ち倒さなければならない魔獣なのさ」
白い獣はしっぽを揺らした。
「美樹さやかの内面ははすこぶるアンビヴァレントだ。
ひとのために戦うというヒーロー性と、意中の人間に愛してほしいというヒロイン性が葛藤している。
彼女はそのふたつの乖離ゆえに絶望し、魔女に堕ちるだろう」
「キュウべぇは! ……キュウべぇは、美樹さんが魔法少女じゃなくなったら困るんじゃないの!? エネルギーが、」
「はっきり言わせてもらえば美樹さやかのエネルギー変換効率は低くて実用性に欠けるんだ。
接続された因果も一般的な域を出ないし、つねに迷ったり悩んだりして祈りのエネルギーの放出もたいしたことないからね。
僕としてはどちらでもいいよ。なんにせよ、さやかは魔獣を倒せないと思うけどね」
「どうして、なの」
「あの魔獣は迷いを捨ててすべてを断ち切る。一方さやかは、心を揺らがせひとつを貫くことができない。
勝敗はあきらかだろう? 僕が君なら、さやかと協力して魔獣を倒すね」
「だめよ……。美樹さんは、ひとりで自らと戦わなければならないの」
ぎゅう、とマミの両手が握られる。
「それが君の選択なら、僕はなにもいわないよ。でも、」
キュウべぇは赤光差し込む窓から外を見た。
「――さやかは、死ぬよ」
病院の屋上に、さやかはいた。
「……よし、やるか」
両手を広げ、赤く燃える陽を見据えるさやか。
大きく息を吸って、
「あたしは、ここだああああっ!」
叫んだ。
一拍置いて、さやかは振り返る。
変身する。
「決着、つけようか」
長く伸びるさやかの影から、ずるりと魔獣が起き上がった。
さかしまの八分音符が描かれた仮面と黒装束。
アシンメトリーな髪型は、まさにさやかそのものである。
騎士の魔獣。その性質は【断罪】。
己の信じる正しさのためにあらゆるものを断ち切る。世界に自分しかいなくなるまで、夢のような正義のためにすべてを斬り捨て続けるだろう。
屋上が古戦場へと変容していく。
幾本も剣の突き立った荒野で、さやかと魔獣は向かい合った。
「あんた、まどかとほむらを、斬ったの」
【………】
「あんたはあたしの魔獣なの」
【………】
魔獣はすう、と剣を構えた。
「あたしは、負けないよ」
さやかも剣を構える。
どちらも同じ構えだ。
さやかは蒼色の衣装に白いマント。
仮面の魔獣は黒装束に同色のマフラー。
さやかは銀の剣を握り、魔獣は黒塗りの剣を握る。
【………】
双方、同時に土を蹴った。
「だあああああっ!」
振りかぶられたさやかの剣の軌道から身を逸らせて、魔獣が剣を疾らせる。
横薙ぎの一撃を前転してかわすさやか。
体勢を整えようとさやかのとった距離を息つく間もなく魔獣が詰める。
「!」
下段から噴き上がるような斬撃。
横っ跳びにそれを回避したさやかにさらなる追撃が迫る。
【………】
突き抜けるような切り払いをくぐり抜けてさやかが胴を狙う――
「え!?」
魔獣が片手をさやかの肩に置いて宙を舞った。
飛び越えざまに切り裂かれたさやかの腕の傷から血が溢れる。
「くっ!」
即座に刃創を治癒しながらさやかが振り返る。
着地した魔獣が右掌をさやかに向けた。
同時に、さやかの周囲に有刺鉄線が出現。
とっさに跳躍して有刺鉄線による捕縛を回避するさやか。
【斬る……!】
空中のさやかに追いついた魔獣がその剣を一閃。
「―――っ!」
なんとか防いださやかだが、衝撃のままに吹き飛ばされ荒野に叩きつけられる。
「にゃろー……」
治癒魔法を展開しながら立ち上がったさやか目掛けて魔獣が飛び込んでくる。
土煙を切り裂いて振るわれた剣をかわし、反撃に転じるさやか。
四肢で着地した魔獣へと斬りかかる。
結界に忍び込んだ杏子は張り巡らされた有刺鉄線の向こうにさやかと魔獣を見た。
さやかの振り回す剣をすべて紙一重でかわす魔獣。
「ばか、相手をよく見ろ……!」
魔獣の繰り出した的確な突きがさやかの剣と腕をすり抜けてさやかの頬を裂く。
牽制に剣を振りながら後退するさやか。
魔獣が投擲した剣を弾いたさやかへと、跳んだ魔獣が頭上から襲い掛かる。
「上だ!」
聞こえないのに叫んでしまう杏子。
その叫びが届いたかのように反応したさやかが防御しようと剣を掲げた。
しかし魔獣はさやかの目前に着地した。
さやかの胴はがらあきである。
「嘘だろ……ッ!」
さやかの反射的な動きよりも速く、魔獣の剣がその腹を貫いた。
杏子は有刺鉄線にしがみついて絶叫した。
「さやかああああああああッ!」
かしゃん、
という軽い音にマミは振り返った。
さやかのよく使うカップが、まっぷたつに割れていた。
「美樹さん、」
力無く立ち上がったマミは、カップだったものを注意深く拾う。
「美樹さん、死なないで――」
ぽろりとマミの瞳から涙が零れた。
「死なないでえええっ!」
概念空間。
予測されていた未来が現実のものとなってまどかの前に表示されていた。
「う、そ、でしょ……?」
魔獣の剣に磔にされ、動かないさやか。
その手からサーベルが落ちて、地面に突き刺さる。
「いやだ……、こんなの……あんまりだよ……」
うつむいて嗚咽を漏らすまどか。
「さやかちゃん、さやかちゃん……」
なんとか顔をあげ、涙を流しながら表示を見つめる。
その表示のなかで、だらりと垂れ下がっていたさやかの腕が、
ぴくりと動いた。
「――まどかとほむらを、」
自らを刺し貫く黒剣をぐっと握り、
「助けるから――、」
さやかは顔をあげた。
「――死んでなんか、いられないっての!」
魔獣の剣はさやかのソウルジェムを掠めただけだったのだ。
さやかが再びサーベルを抜き放つ。
【………!】
魔獣がなにかしようとする前にさやかの振るった剣がその両腕を切り落とした。
着地したさやかは治癒の魔法をかけながら、己を貫通していた剣を抜いて捨てる。
剣と腕がぼろぼろと崩れていく。
「なんかさ、」
完治した腹を撫でるさやか。
あとじさった魔獣の腕もぞりぞりと再構成されていく。
「あんたってほんとにあたしなんだなってわかった。なんとなくだけどさ」
さやかが笑う。
魔獣は構えた。
【……この世界って守る価値あるの】
滴るような暗い感情の沁みこんだ声。
【――教えてよ】
黒い風になって魔獣が迫る。
さやかも構えた。
【今すぐあんたが教えてよ】
「あるよ」
魔獣の強襲を鍔元で受け止めるさやか。
剣と剣が軋り叫ぶ。
「あたしが希望を持てるのは、大事なひとたちがいるからだもん」
【それって自分のためじゃん。そんなんじゃ正義の味方なんて、なれっこないよ】
「……あたしさ、ほんと言うと今も迷ってるんだ。ひとの為に戦いたい、でもあたしの気持ちを無視したりなんてできない、って」
【偽善者め……、お前だけは絶対に許さない】
魔獣がどこからともなく引きずり出した二本目の剣を振るう。
跳びすさってさやかも二本目を抜いた。
「言うとおりだよ。あたしって、ほんとバカ」
困ったように笑いながら、二本目をくるりと回して逆手に握るさやか。
やはり、魔獣も同じ構えである。
「でもさ、正義の味方のつもりで、まどかやほむらを傷付けたくないって思うんだ。だって、それって本末転倒じゃんか」
【まどかは魔女でほむらは裏切り者だ。悪は斬って断罪しなきゃならない】
猛然と魔獣が接近。
さやかも踏み出し、一撃目を躱して二撃目を防ぐ。
空振りした剣の刃を返して再度切り掛かろうとした魔獣の右腕をさやかが切り落とす。
「あたしは弱い。よくわかったよ」
跳び退きざまに袈裟掛けに切り裂こうとする魔獣。
それを身を開いて流したさやかが回転の勢いを乗せて魔獣の横腹をえぐる。
「マミさんみたいに器用じゃないし、杏子みたいに思い切れない。ほむらみたいに一生懸命にもなれない」
追撃しようとするさやかに、魔獣が再構成された腕を向ける。
出現した有刺鉄線がさやかの剣を受け止めた。
「まどかみたいに才能もないし、」
さらに背後に出現した有刺鉄線に縛られる前に、さやかが小さく跳躍。
魔獣を隔てる有刺鉄線を越えて、くるりと半回転する。
「自分を犠牲にしたりもできない!」
【あたしはお前とは違う魔法少女になる! あたしだけは自分のために魔法を使ったりしない!】
空中の魔法陣を踏み締めて逆さになって、さやかは双剣を振るった。
魔獣もそれを受け、捌き、攻める。
重い金属音が烈しく響く。幾度も。
「あたしは逃げてた! 自分の弱さから! でも、もう、逃げない!」
さやかが咆えながら突き込んだ剣が、魔獣の肩に刺さる。
同時に魔獣の剣がさやかの二の腕を切り裂き、骨を露出させる。
さやかは地面に降り立ち、治癒魔法を展開しながら距離をとった。
魔獣も同様である。
「だから、あたし今すごくわくわくしてるんだ」
さやかは実に獰猛な笑みを浮かべた。
「あたしはもっと強くなれるって、あんたよりも強くなれるってわかるもん」
剣を構えるさやかと魔獣。
「だって、あたしは今からあんたを倒すから!」
【――舐めるんじゃないわよ!】
完璧に同じタイミングで走り出したさやかと魔獣。
先に魔獣が剣を投げて仕掛ける。
躱したさやかに魔獣が跳びかかり、剣と剣が激突する。
「何度迷ったって、どれだけ悩んだって、」
さやかの腕を蹴って頭上へと舞い上がった魔獣から幾本もの有刺鉄線が迸る。
それを叩き切りながら跳んださやかの斬撃を回避した魔獣が両手の剣を閃かせる。
「そのたびに自分で選んで、あたしは決断してみせる!」
相手の攻撃よりも早く、さやかの左手が魔獣の首を掴んで振り回し、地面へと投げ捨てる。
【う……】
地面に突き立っていた朽ちた剣にすがって立ち上がろうとした魔獣を、
「――ごめん」
さやかの剣が貫いた。
ひざ立ちの魔獣と腰を落としたさやかが正面から見つめあう。
魔獣は肩を震わせた。その手から剣が落ちる。
【ふ、ふふ……悪を斬れなくなったあたしなんて、この世界には要らないってことか……】
「……………」
【それってつまり用済みってことじゃん……ならいいんだ……】
さやかが剣を抜いて捨てる。
ぐらりと上体をぐらつかせた魔獣がさやかにもたれかかる。
躊躇しながらさやかはその肩に触れた。
「違うよ」
魔獣の脚がばしゃりと音を立てて液化する。
さやかは魔獣を抱きしめた。
「用済みなんかじゃない。だってあんたはあたしなんだもん。あたしはあんたが必要なんだ」
【意味……わかんない……】
ぼとぼとと魔獣の指が落ちて黒い水溜りになる。
「あたしはちゃんと向き合うって決めたの。だから、あんたのこともあたしは受け入れるよ。弱いあたしに力を貸してよ」
【……報われ、なくたっていい、って、そう思ってたのに、なぁ……】
仮面で見えなくても、さやかには魔獣が笑っているように見えた。
【舞い上がっちゃってますね……あたし……】
ぶわりと魔獣がすべて液化し、ぐるぐるとさやかを中心に渦巻いたかと思うと、
「一緒にこの世界を守ろう」
それらがさやかに降り注いでじんわりと同化した。
さやかは嬉しそうに身震いして、笑った。
「さやかああああああああっ」
「うおっ杏子!? いたの!?」
変身を解いたさやかに駆け寄ってきた杏子が抱きつく。
結界がゆらゆらと消えていき、夕日が沈んでいく。
「よかった、よかったよう……っ」
「なに泣いてんのさ。よしよし」
さやかは杏子の頭を撫でた。
「あ、そうだマミさんに連絡しなきゃ」
杏子を撫でながらさやかはケータイを取り出した。
「さやかちゃん。わたしは信じてたよ」
概念空間でまどかはひとりごちた。
まどかは現実に引き戻されるのを感じた。
「よかった。因果まで【断ち切る】ことはできなかったみたいだね」
微笑むまどかの後ろでにやにや笑いが口を開いた。
《よかったね。さやかちゃんが死ななくて》
まどかは振り返る。
《でもね、またすぐに会えるよ》
「どういうこと」
《あなたが言ったんじゃない。改編の代償に、世界が滅びるって》
「……祈りのシステムは安定してるはずだよ」
《えへへ。そう思ってればいいなって》
「……………」
《それじゃあ、また明日――》
まどかの意識は、そこで切り替わった。
数日後。
さやかは恭介に呼び出されて静かな公園に来ていた。
ふたりでベンチに並んで座っている。
「ねえ。どうして私たち、こんなところで覗いているの」
「さやかちゃんの恋が成就する瞬間だからだよ、ほむらちゃん!」
「なんだかどきどきするわね……」
「なんでマミがどきどきすんだよ」
「私だって女の子だもの! こんなシーンでどきどきしたっていいでしょ!?」
「ちょ、ちょっとマミさん静かに!」
「やかましいわ巴マミ」
「あんたってほんと隠れるのとか向いてねえよなー」
「ご、ごめんなさい……」
「ほら。上条恭介がなにか硬い面持ちでさやかのことを見つめているわよ」
「ほむらもなんだかんだで楽しんでんじゃん」
「うるさいわね佐倉杏子……」
「えへへ。あっ、さやかちゃんが頷いてるよ! 上条君も笑ってる!」
「こっこれは、やっぱり、そ、そういうことなのかしらっ」
「だからなんでマミが焦ってんだよ」
「ああっ、ふたりが手を! 手をつないでる!」
「まどか、興奮しすぎよ」
「よかったねぇさやかちゃん……」
「はーん、めでたしめでたしかー」
「お赤飯を準備したほうがいいのかしら……」
「気が早すぎるというものよ巴マミ。……まぁ、ケーキでお祝いなんてのも、いいかもしれないわね」
「おめでとう! さやかちゃん!」
さやかは頬を染めて、最高の笑顔で恭介を見つめた。
「恭介、大好き!」
おしまい
ありがとうございました
元スレ
結界が色を失い溶け消えていく。
「うん、かなりいい感じだね。みんなお疲れ様!」
ひとり魔法少女姿でないまどかが笑った。
ここは改編された世界。
すべての魔女がまどかに封印され、魔法少女の希望がエネルギーとして振り撒かれる世界。
祈りが絶望で終わらない世界。
この世界で5人の魔法少女は、戦い続ける。
6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:37:52.60 ID:hu4s8LF70
「いやーさやかちゃん大活躍の巻! だったね!」
5人は魔獣退治後、マミの部屋で遅い夕食をとっていた。
「静かに食えよな阿呆さやか。マナー違反だぞ」
「あんたにマナー云々とかぜったい言われたくないんだけど。バカ杏子」
「はいはい二人の仲がいいのはわかったから食卓で武器を出さないで」
「「仲いい!? こいつと!?」」
お互いを指差してから、同時にそっぽを向く。
「「こっちから願い下げだっての!」」
「あはは……」
「まったくもう」
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:41:18.80 ID:hu4s8LF70
「――戦闘時にはもっと広く視界を保つようにしなさい。美樹さやか」
「はーい。ほむらは厳しいなー」
「あと体捌きがなってねーよ、前も言ったろ。強引に行き過ぎなんだよ」
「う゛っ……それは、次回の課題ということで……」
「ふたりとも、一度になんでもできるわけじゃないよ。まずは慣れて、それから意識するようにしていこう」
「ええ。まどかの言うとおりね」
「暁美さん、切り替え早すぎよ」
「おーっまどかぁ我が嫁よ!」
「さやかちゃん、次もがんばろうね」
11: 加筆ない。印つけるけど、最後らへん 2012/04/04(水) 18:45:27.67 ID:hu4s8LF70
「あのさー」
杏子がぽいと言葉を投げ入れた。
みながそちらを向く。
「さやかの訓練がいるんじゃないかと思うんだよな」
「訓練? あたしの?」
「それは、実戦ばかりでは危険だということかな、杏子ちゃん」
「危険つーか、えーと……、ばらつきが大きすぎるんだよな状況の。うん。ある程度、自分の型っつーか流れみてーなのを持っとくべきだと思う」
「確かにそれが理想的な習熟方法かもしれないわね。私や佐倉さんは実戦で否応なく経験を積んだけれど、可能ならそういった方法を取るべきかもしれない」
「訓練ってどんなの? 腕立て伏せ1000回とか? うさぎ跳びで風見野までとか?」
「そんなことしてどうなるのよ。まったくもって愚かね美樹さやか」
「はい! ほむら鬼教官!」
「誰が鬼教官よ!」
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:48:14.19 ID:hu4s8LF70
「アタシらそれぞれについて特訓すりゃいい。教え方もばらばらだろうし」
「それはいいね、杏子ちゃん。そうしよう」
「ええ。まどかの言うとおりね」
「そればっかりね暁美さん」
「じゃー決まりだな。さっそく明日から始めような、さやか!」
「ぅえー? あんたからなの?」
「あー? なんか文句あんのか」
「あら、美樹さやかは鬼教官の地獄のようなしごきを期待してるのかしら」
「ごめんなさい勘弁してください」
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:50:32.87 ID:hu4s8LF70
「じゃあはじめは、私とやりましょうか。美樹さん」
「よしきたマミさん! さやかちゃん、がんばっちゃいますからねーっ」
「んだよそれは」
「がんばってね、さやかちゃん」
「次はアタシだかんな!」
「私がとどめというわけね」
「怖い言い方するの辞めて!?」
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:54:37.42 ID:hu4s8LF70
帰宅してから、まどかは自室で日記を書いていた。
「あーさっぱりしたー」
風呂上がりの杏子が入ってきて、ぽすんとベッドに腰掛けた。
「杏子ちゃん、湯冷めするまえにパジャマ着たほうがいいよ」
杏子は諸事情から鹿目家に養子縁組され、法的にはまどかの姉となっている。
まどかの部屋にふとんを敷いて寝ているのである。
「あー、りょーかいー」
わしわしと髪をタオルで掻きながら下着姿の杏子はおざなりに返事。
16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 18:56:41.21 ID:hu4s8LF70
「あのさー」
「ん?」
「前にさ、まどかに封印された呪いが滲みだしたものが魔獣だって、言ってたろ?」
「うん。……ん?」
まどかは杏子のいいたいことに気付いたようだった。
「杏子ちゃん。もしかして、だから特訓なんて言い出したの?」
まどかのほうを向いて杏子は強く頷いた。
「さやかは強くならなきゃなんねー。あいつが殺されちまう前に」
「……わかった。わたしも考えるよ」
まどかはじっと中空を見つめた。
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:00:55.07 ID:hu4s8LF70
翌夕、さやかは学校からマミの家へと向かった。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい。準備できてるわよ」
「わーい、ってマミさんその姿は!?」
「これぞレッスン・スタイル、『迷える子羊を導きし人の子』よ!」
マミは白のブラウスに薄灰色のタイトスカートという出で立ちである。
くい、と縁のないメガネを指で摘んだマミはにっこり笑った。
「似合ってます、さすがマミさん!」
さやか(というかエロすぎです)
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:03:34.86 ID:hu4s8LF70
「よかったねマミ。昨晩、一生懸命変身魔法をカスタマイズした甲斐があったじゃないか」
「キュゥべえ! それ言わないでよ!」
「いたんだあんた。ってマミさん、それ魔法なんですか!?」
「え、えへへ。実はそうなの。コスチュームにバリエーションがあるのもいいでしょう?
ほかにも、ウィザード・スタイル、プリンセス・スタイル、クラシカル・スタイルなんかがあるの」
「す、すごいですね」
「せっかくだから実際に美樹さんに見てもらいましょうか! まずはアイド――」
「ごっごめんなさいマミさん、先に特訓しましょう!」
「あっ、そ、そうね!」
嬉々として話していたマミはさやかに遮られて我に帰った。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:06:56.43 ID:hu4s8LF70
「――さて。では、講義を始めるわね」
胸元から、おそらく魔法によって指し棒を取り出し、ピッと白板に向けた。
「魔法少女の戦い方は、次のようになっていると、私は考えているわ。
すなわち、相手への攻撃、相手の攻撃への対処、そしてその間を繋ぐ準備――そうね、装填とでもいいましょうか。
戦いは、このみっつの行動から成り立っているの」
「ふむふむ」
マミは筆記体でActionと書かれた円を指した。
「これらの行動にはいくつか選択肢があるわ。攻撃なら、様子見するような小手先の攻撃、とどめを刺すような大火力の一撃、広範囲への攻撃、みたいな感じね」
「なるほど」
「じゃあ美樹さん。攻撃への対処にはどんな選択肢があるでしょうか?」
「はい! 防御と、回避です!」
「そのとおりね。正解よ、美樹さん」
「よっしゃあっ」
22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:11:01.67 ID:hu4s8LF70
「基本はそのふたつとして、あとは相殺や阻害なんかがあるわね。そして、いちばん大事なのが、装填よ」
マミは白板にLoadと書いた。
「大事なのは攻撃じゃないんですか?」
「もちろん攻撃も大事だけれど、この装填が上手なひとは、戦うのが上手い、つまり強い、ということなの」
「そうなんですか」
「具体的な話にしましょうか。まず私が魔獣と接敵する、私はマスケット銃を一丁取り出して構える」
実際に銃を出してマミは構えてみせた。
「これが装填。で、撃つ。これが攻撃」
さやかは相槌を打った。
「相手の攻撃を避ける。これが対処。次に装填」
マミが再び銃を手に取って構える。
「そして攻撃。どうかしら、なにか気付くところはある?」
23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:14:12.20 ID:hu4s8LF70
ううん、とさやかは少し考えてから答えた。
「なんか、実際のマミさんの戦い方と比べると、テンポ悪いというか……」
「そのとおり! さすがね美樹さん。
今の例でいえば、まずたくさん銃を呼び出しておいて、撃ちながらもう一本を構える、というふうにすれば途切れなく攻撃を行えるわ」
「あ、それはたしかにマミさんのイメージかもです!」
「なんだか手前味噌な言い方になるけれど……、これが装填を工夫して上手に戦うということね」
「なるほど! 装填が大事ということがわかりました!」
「攻撃から攻撃へと、あるいは対処から攻撃へと、いかに素早く的確に繋げるか。
これを考えるのが装填を工夫するということで、上手に戦えるようになるということ」
マミは一息いれて笑った。
「私は、そう思うわ」
「マミさん教えるの上手ですね! わかりやすかったです」
「ふふっ、ありがとう。それじゃあ実践編ということで、パトロールにいきましょうか」
「了解です!」
24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:16:45.47 ID:hu4s8LF70
小雨のなか、さやかはほむらと帰っていた。
「狭いわ美樹さやか」
ほむらの握る傘ではふたりははいりきらないのである。
「もうちょっと、もうちょっとそっち行ってよほむら! あたしもう肩濡れてるから!」
「興味ないわ。あとすぐそばでやかましいのよ」
「優しさが足りない!」
「静かにしなさい美樹さやか。だいたいどうして傘を持ってこないの。どれだけ貴方は愚かなの」
「傘を忘れたくらいで説教やめて!? あっ、そーれーとーもー? 美少女さやかちゃんと相合い傘して、照れてるのかなー?」
「今すぐ殺してあげるわ。美樹さやか……!」
「ぎゃーっへるぷみーっ!」
ほむらが一挙動で盾から引き抜いた拳銃を突き付けられ喚くさやか。
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:20:30.32 ID:hu4s8LF70
「なんつって傘パクっ!」
ほむらから傘を奪い取って、さやかは走り出した。
「ちょ、返しなさい! さやか! ――家はそっちじゃないわよ!」
…
帰宅したほむらはタオルで髪と服を雑に拭いた。
「……まったく、なんて愚かな、無駄に走って、とんでもない阿呆ね……」
「ぶつぶつ言ってないでタオルちょーだい。ほむら」
「すごく図々しい!? あぁもう、ちょっと待ちなさいよ」
ほむらが新しくタオルを取り出そうとすると、
「え? これでいいよ」
さやかはほむらの手からタオルを取って自分をぱたぱたと拭いた。
「………」
26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:24:46.33 ID:hu4s8LF70
「はい、あんがと。つーかあたし、けっこう濡れたなー。ほむらハンガーある?」
「あるけど……、もしかして脱ぐの?」
「……なんか言い方やらしいな! ほむらのえっち」
「なっなにを、私はそんな……!」
「はいはいわかったからさっさと貸してよ」
「本当に図々しい!」
…
「さて、と」
ちゃぶ台を挟んでふたりは腰を下ろした。
ほむらは室内着で、さやかはほむらの私服を借りている。
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:28:35.98 ID:hu4s8LF70
「あれ? ほむらは変身しないの?」
「なんのことか知らないけれど、そういうのは巴マミだけよ」
「いやわかってんじゃん」
「当然の推測よ。どうせマミのことだからレッスン・スタイルとかいってたのでしょう」
「見抜いていらっしゃる……!」
「そんなことはどうでもいいのよ。巴マミからはどんなことを聞いたの」
さやかはマミの講義を要約した。
「実践編では考えながら戦ってたらひどいことになったんだけどね! てへっ」
「その気持ち悪い顔と仕種をやめなさい美樹さやか」
「ひどいよ!」
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:33:56.34 ID:hu4s8LF70
「ともかく、講義については特にいうことはないわね。まあ、そもそも私も巴マミの後輩なのだから、意見がなくて当然なのだけれど」
「そういえばそうだったね。なんで巴さんって呼ばないの? 前はそう呼んでたんでしょ」
さやかを一瞥するほむら。
「………。けじめ、みたいなものかしら」
「照れてるんでしょ」
「なっ、そ、そんなんじゃないわよ。ばか」
「ほむらはさー、もうちょっと肩のちから抜いてもいいんだよ?」
「なにを……」
「あんたさ、あたしらに悪いと思ってるでしょ。まだなんか遠慮してる」
「そんな、ことは」
ほむらはちゃぶ台に視線を落とした。
「隠しきれるもんじゃないって、そういうの。忘れろなんて言えないけどさ。
あたしが知ってるのはあたしが知ってるほむらだけなんだから、ううん、なんていうかなぁ」
さやかは宙に視線をさ迷わせて言葉を探す。
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:37:47.13 ID:hu4s8LF70
そして、見つけた! というふうに前に戻した。
ほむらも顔をあげる。
「あたしはほむらが好きだから!」
「はッ!?」
ほむらは盛大に動揺した。
「あんたのこと、キライになったりしないから、安心してよ。だから、あたしのこと好きになっていいんだよ?」
「な……」
「もちろんみんなもね!」
「………」
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:41:35.88 ID:hu4s8LF70
「どしたの?」
「……ばかさやか」
「なんだとうっ!? せっかくひとが素直に喋ってんのに! ばかほむら!」
「……ありがとう。さやか」
「えっ?」
「さぁそれじゃ、講義を始めるわよ!」
「いきなりやる気でたねオイ!」
「対魔獣戦における戦闘教義と、戦略戦術についてよ――」
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:47:32.16 ID:hu4s8LF70
公園で子供らと遊んでいた杏子はさやかから連絡を受けて学校へと移動した。
「よう」
「あ、杏子ちゃん」「はやいなー」「こんにちは」
「じゃ、さっそくさやかは借りてくな」
「さやかさん、なんの稽古かしりませんけど、がんばってくださいね」
「おうともさ! 仁美もね」
「ええ。それでは失礼します。ごきげんよう」
「さやかちゃん、杏子ちゃん。あんまり遅くなっちゃだめだよ」
「そりゃさやか次第だな」「それは杏子次第でしょ」
まどかは微笑んで、踵を返した。
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:52:55.98 ID:hu4s8LF70
ぶらぶらと歩き出した杏子に並んださやかが問い掛けた。
「どこ行くのさ」
「へへ。とっておきの場所、見つけたんだ」
楽しそうに笑いながら杏子は棒アイスをかじった。
「ん? 喰うかい?」
「いやいらんよ。寒いよ」
軟弱だな、と杏子はまた笑った。
「なに、前はバイトだったんだっけ」
「ああ。もうひとりのバイトが熱だしてな、おやっさんに駆り出された」
「なーんかあんたもすっかり馴染んでるんだねー」
「んあ? そうか?」
「まどかんとこでも特に問題ないみたいだし、……恭介とも仲いいし……」
「あー? なんだって?」
「なっなんでもない! ほら、早くしないと日が暮れちゃうよっ」
「なんだよ、ヘンなやつだな」
33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 19:56:31.08 ID:hu4s8LF70
杏子が特訓場所に選んだのは陸橋下の工事現場だった。
工事はながらくストップしている。
「こんなところでなにすんの?」
怪訝そうなさやかに杏子は口の端を吊り上げた。
「決まってんだろ――」
変身し、槍を握る杏子。
「――つまんねーから、簡単にやられるなよ、さやか!」
「ちょっ、いきなりすぎ!」
34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:03:48.49 ID:hu4s8LF70
「暁美さん、そのボウルとってくれるかしら」
「ええ」
放課後、マミとほむらはマミの家でお菓子を作っていた。
「ふふっ」
しゃかしゃかとクリームを泡立てながらマミが笑う。
「なによ巴マミ。気持ち悪いわよ」
「いえ……。暁美さんとこんなふうにお菓子作りするなんて、最初に会ったときには思いもしなかったなって」
「なっ……。そ、それは……」
「あの頃は私も大人げなかったわ。寂しくて、辛くて、でも虚勢をはって……」
「………」
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:07:50.09 ID:hu4s8LF70
「でも今は幸せだわ! 背中を預ける仲間がいて、一緒に過ごせる友達がいる」
子供みたいに笑うマミ。
「もう何も怖くないわ!」
「……私も幸せです、巴さん」
俯いてほむらが小さく呟く。
「え?」
「わっ私も、その……、いやでは、ないわ」
「ふふ。それはよかったわ」
頬を赤く染めながら、ほむらは相好を崩した。
38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:13:25.72 ID:hu4s8LF70
――ぴんぽーん
「あら。鹿目さん着いたみたいね。暁美さん、出てもらえるかしら」
「ええ」
ぱたぱたと玄関に赴くほむら。
それから、無造作に覗き窓に目をあてた。
その目が大きく見開かれる。
「まどか!」
レンズの向こうで、まどかが血だまりの上に倒れていた。
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:20:54.40 ID:hu4s8LF70
「まどか!」
悲痛な声で名を呼びながらほむらが扉を開く。
まどかに駆け寄ろうと飛び出したほむらはなにかにぶつかって止まった。
「な……」
ほむらの目の前にいたのは魔獣。
目鼻のない仮面に黒装束を身につけた少女の姿をしている。
その魔獣の握った片刃の剣が、深々とほむらの腹に突き刺さっていた。
「あ……う……」
ぶわ、とほむらの顔に汗が浮かぶ。
魔獣が剣を手放して離れた。
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:26:01.46 ID:hu4s8LF70
膝を折り、横向けに倒れたほむらはまどかへ震える手を伸ばす。
「ま……どか……っ」
まどかへ近付こうと這いずるほむら。
床と服が血で汚れる。
「まど……か……、まどか……っ」
痛みもさっぱり感じないのに、目がかすむ。
まどかへと伸ばした手がなにも掴めないまま、意識が朦朧としていく。
「暁美さん?」
出てきたマミの目の前で、魔獣が影に沈んで姿を消した。
「――暁美さんッ!」
マミの叫びを最後に、ほむらは気を失った。
42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:34:07.66 ID:hu4s8LF70
マミの部屋は重い空気に満たされていた。
マミ、さやか、杏子が座り込んでいる。
まどかとほむらは応急処置され、寝かされている。
さやかが目を覚まさないまどかの髪を撫でた。
「うん。魔獣の仕業だね、これは」
ほむらに寄り添うように分析していたキュウべぇが誰にいうともなく告げた。
「んなこたわかってんだ! なんで二人は目を覚まさないんだよ!」
勢いよく立ち上がった杏子を見上げるキュウべぇ。
「おそらく、暁美ほむらに刺さっていたという武器のせいだね」
「どういうことかしら。キュウべぇ」
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:40:10.47 ID:hu4s8LF70
「あのね、もう消えちゃったけど、あの武器は使い魔なんだと思う。その使い魔がまどかとほむらを浸蝕しているから、二人は目覚めないんだ。
正確には魂と肉体のリンクが切断されているというべきかな。どうやら【断ち切る】ことに特化した魔獣のようだね。その原理は僕にも不明だけれど――」
「どーすりゃいいんだよ!」
キュウべぇの言葉を遮って、杏子が火を吐いた。
「さやかもなんか言ってやれよ! ……さやか?」
さやかはゆっくりと顔を上げた。
杏子とマミが息を呑む。
「……絶対、ゆるさない……!」
ふたりが見たこともないさやかの表情は、ひとつの感情をはっきりと表していた。
それは、はっきりと、憎悪。
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:46:00.66 ID:hu4s8LF70
魔獣の気配を察知してマミ宅を飛び出していった三人に置いていかれた形のキュウべぇは意識を取り戻さない二人に目を向けた。
「やれやれ。今、魔法少女に絶望されると困るんだよね。祈りのエネルギーが取り出せないじゃないか」
ゆっくりと伏せるキュウべぇ。
そして呟く。
「ねえ。まどか、ほむら。魔法少女は電気羊の夢を見るのかい?」
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:52:56.43 ID:hu4s8LF70
「だああああああっ!」
咆哮とともにさやかが巨大な魔獣を両断。
すぐさま跳びあがって、長く伸びた魔獣の腕を回避する。
空中に作り出された魔法陣を蹴って宙を駆けるさやか。
「さやか! あぶねえっ」
杏子が叫ぶのと同時に、さやかの目前にいた使い魔が爆ぜた。
「ぅあっ!」
動きの止まったさやかに魚のような犬のような使い魔が襲い掛かる。
「美樹さん!」
マミがリボンを走らせて助けようとする。
48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 20:59:35.30 ID:hu4s8LF70
しかしその前に、
「あああああああっ!」
さやかが使い魔を切り刻んだ。
そのまま魔獣に突貫し、まっぷたつにする。
「はぁっ、はぁっ……!」
荒い息をつくさやかの傷が修復されていく。
「お、おいさやか」
「……いなかったね。剣つかうやつ」
変身を解くさやか。
「美樹さん。気持ちはわかるけれど、ムリしちゃだめよ」
杏子とマミもそうした。
49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:04:37.71 ID:hu4s8LF70
結界が消える。
「はやく、みつけなきゃ、まどかと、ほむらの、ために」
呼吸のあいまに言葉をはさむさやか。
「落ち着けバカ。焦ったって、見つかるわけじゃねーだろ」
さやかは俯いた。
「……ったら、……のよ……」
「あ?」
ばっとさやかが頭を上げる。
「見つからなかったら、どうすんのよ……っ!」
その瞳からぼろぼろと大粒の涙が零れた。
「美樹さん……」
51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:10:04.03 ID:hu4s8LF70
「見つからなかったらどうしよう。ひっく。ふたりが目を覚まさなかったらどうしよう」
さやかは両手で顔をおおってしゃがみこんだ。
「いやだよぅ……そんなの……」
「………っ」
杏子はどうしたらいいかわからなくて、それでもさやかを放っておけなくて、膝をついてゆっくりと抱きしめた。
幼いころに父にこうしてもらうと安心したことを思い出しながら。
「だいじょうぶ。きっとだいじょうぶだから」
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:16:21.69 ID:hu4s8LF70
「大丈夫? 美樹さん」
しばらくして泣き止んださやかは立ち上がった。
「はい……、すみません。パニクっちゃって」
「いいのよ。不安なのは私も一緒だもの。佐倉さん?」
杏子はまだしゃがんだままである。
「もちょっと、待って……」
嗚咽まじりに答えた杏子の頭をさやかが撫でる。
「それじゃあいったん戻りましょうか」
三人はそうした。
53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:22:14.10 ID:hu4s8LF70
杏子がリビングに戻ってくると、マミがカップをさしだした。
「はい、ココアよ」
「おっサンキュー」
「親御さん、いいって?」
「ああ。まどかは寝ちまったってごまかしといた。週末でよかったな。とりあえずこれで二日もつ」
まどかは杏子といっしょにマミの家に泊まるということにしたのだ。
まどかとほむらは別室に移されている。
「さやかは?」
「お風呂はいってるわ。佐倉さんも入る?」
「はぁ!? んなわけねーだろ! な、なんでアタシがさやかと風呂に……」
「うふふ。美樹さんといっしょだなんて言ってないわよ?」
「だッ、この、マミぃ!」
55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:28:02.46 ID:hu4s8LF70
「ずいぶん元気だね」
「さ、さやか」
「お風呂でHP全回復! さやかちゃん完全復活!」
「あーじゃあアタシはいってくるわ」
「そうね。……美樹さん、ちょっと手伝ってくれるかしら」
「はい! マミさん」
…
「ムリしやがって。あのバカ……」
シャワーを浴びる杏子の頬を水がながれていった。
56: >>54 ありがとう 2012/04/04(水) 21:34:39.47 ID:hu4s8LF70
「――さて、少し整理しましょうか」
軽い夕食を摂りながら、マミが話し出した。
「鹿目さんと暁美さんは魔獣に襲われた。ふたりともソウルジェムに異常はないけど、目を覚まさない」
「その原因がもぐもぐ使い魔によるもぐもぐ浸蝕だったな」
「ええ。襲った魔獣は剣を使う。仮面をつけた魔獣だったわ」
「仮面の。ふうん」
「あんにゃろーか。で、あいつをブッ倒せばもぐもぐ使い魔も消えてふたりはもぐもぐ起きるってわけだな」
「杏子あんた食べながらしゃべるのやめなさいよ」
「うるへーなあ」
57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:41:10.45 ID:hu4s8LF70
「問題は特定の魔獣をどうやって探すか、よね。ううん、難題ね」
「………」
「とにかく手当たり次第に――」
「それじゃこっちが先に体力を失ってしまうわ。でも、たしかに受け身のままじゃ難しいわね……なにかこちらからアプローチできれば」
「――その必要はないね」
だしぬけにキュウべぇがぬるりと別室から現れた。
「キュウべぇ! あなたそこにいたの?」
59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:47:46.16 ID:hu4s8LF70
「おい、今のどういう意味だよ」
「あんた、なんか方法があるっていうの?」
「ほむらに残っていた魔力を分析した結果、ふたりを襲った魔獣の詳細が判明した。その魔獣の原型は、」
キュウべぇがさやかを見据える。
「――おい、てめえっ」
「――美樹さやか。君だよ」
60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:53:43.29 ID:hu4s8LF70
「え……」「キュウべぇ!?」
「だからね、ふたりを襲ったのは、美樹さやか、君の魔獣なんだよ」
「あたしの、魔獣……?」
「てめえッ」
怒鳴った杏子の槍が白い獣を貫いて絶命させた。
「魔獣というのは魔女を反転させた存在、というのが僕の立てた仮説さ。
鹿目まどかの願いによって彼女のなかに封印された魔女が、自らの対称性を備えた存在を作り出すことによってそれから逃れようとした結果なんだよ。
まどかの願いが適用されるのは魔女だけだからね」
だが窓枠に座っていた二体目が滔々と説明を続ける。
61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 21:58:30.67 ID:hu4s8LF70
「魔女と魔法少女の魂は共通している。そして魔女と魔獣は鏡写しになった同一の存在だ。
つまり魔獣も魔法少女から生まれるということで、今回の魔獣はさやかが生み出したものだってことさ」
「え、えっ? どういう、こと?」
「やめろおっ! さやか、聞くなッ」
杏子が槍を振り回すが、キュウべぇはそれをするすると避けてテーブルに飛び乗った。
さやかを正面からのぞきこむ。
「キュウべぇ! だめよ!」
「まだわからないかい? じゃあもっと簡単に言おうか。まどかとほむらを傷付けたのは、君なんだよ」
「あたしが、ふたりを……? うそ……」
愕然とするさやか。
「もう黙れ!」
風を切る槍の穂先から逃れて、キュウべぇは物陰へと逃げ込む。
「ふたりの目を覚ましたければ、さやか、君が君自身を倒さなければならない」
そう言い残して、キュウべぇは姿を消した。
63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:04:42.82 ID:hu4s8LF70
「……クソっ!」
杏子が槍をジェムに戻す。
「そうだったんだ……」
涸れ果てた声で呟くさやか。
「まどかとほむらを傷付けたのは、あたしだったんだ……」
「違うわ! 美樹さん、それは違う!」
マミがさやかに駆け寄る。
「魔女も魔獣も、けして貴女自身なんかじゃないわ! だって、貴女はふたりを傷付けようなんて、そんなこと望まないでしょう!」
ゆらりと顔をあげたさやかは濁った瞳でマミを見た。
65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:10:30.12 ID:hu4s8LF70
「わかんないですよ。あたし、最初に会ったとき杏子を殺そうとしたんですもん」
「やめろさやか! あれはそんなんじゃねーだろ!」
「あたしにはそういう一面があるってことじゃん。それが魔獣になって、ふたりを……」
ふら、とさやかが立ち上がる。
「美樹さん!」「さやか!」
「――ついてこないで」
泣きそうな声でさやかは拒絶して、部屋を出ていった。
66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:15:07.66 ID:hu4s8LF70
漂白された空間にまどかは浮かんでいた。
「ここは……」
なにもない。
なんの音もしない。
「ああ、そっか」
ここは因果律から隔絶した、概念の世界なのだ。
まどかの願いが作り出した、すべての魔法少女を救うという、概念の。
ふ、とひとつの光景がディスプレイのようにまどかの目の前に表示される。
「これは……、さやかちゃん?」
マミの部屋を飛び出したさやかが目元を拭いながら走っていく。
『サイテーだ、あたし……もう救いようがないよ……!』
隣に経緯が表示される。
「そんな……。あれをキュウべぇに明かされるなんて……」
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:19:11.67 ID:hu4s8LF70
反対側に、今後有り得る未来が幾通りも展開されていく。
まどかが目を通す前に、類似した表示が統合され、最終的には両手の指に余る数が残った。
そのなかでもっとも起こりうる確率の高い未来の光景を、まどかは見た。
「うそ……!」
黄昏れの古戦場で、さやかが自分自身の魔獣の剣に貫かれている。
抱き合っているように見えるほど、魔獣の剣は制服姿のさやかの腹に深く突き込まれていた。
足元には砕け散ったソウルジェム。
さやかの手からサーベルが落ちる。
「いや、いや! さやかちゃん!」
まどかは次の未来を参照するが、やはりさやかは魔獣に突き刺されている。
さやかが喀血し、魔獣の仮面にかかる。
『やっぱり、あたしはだめだなぁ……まどか、ほむら、ごめん……』
力無く自嘲し、さやかは絶命した。
68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:24:11.49 ID:hu4s8LF70
次の未来ではさやかは魔獣と差し違えていた。
次も、その次も、どれもすべて結末は同じ。
最後の未来でもさやかは腹を貫かれて、だらりと魔獣に寄り掛かっている。
「いやだよ! さやかちゃんを助けなきゃ!」
だが、まどかはなにをすることもできない。
ここは因果から切り離されている。お互いに干渉は不可能なのだ。
ごぼ……
「な、なに……?」
まどかの足元、なにもないところから真っ暗な闇が滲み、広がる。
闇はぶわりと震えたかと思うと、人の形をとった。
かぱりと口が開く。
口のなかは不吉なまでに赤い。
《……たすけてあげようか》
その口から発せられた可憐な声に、まどかは背筋を震わせた。
「あなた、……魔女なの」
69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:27:55.57 ID:hu4s8LF70
《わたしはあなた》
闇のシルエットは小さな少女である。
ふわりと膨らんだスカートが揺れた。
どうやら笑ったらしい。
《あらゆる魔女をその身に宿し、それらを封じる力を持ち、因果律からほとんど切り離されている――》
闇は小首を傾げた。
《そんな存在をなんと呼ぶの? あなたは人にして人でない。人の域に収まらない『部分』、それがわたし》
まどかは厳しい顔をしていたが、軽く深呼吸をして肩の力を抜いた。
「魔女と魔獣と魔法少女と概念のわたし、かぁ……」
まどかはふふっと笑った。
「あなたになにができるの? 未来を変えられるの?」
闇も口を半月状に歪めた。
《世界の条理なんか、覆してしまえばいい。何度だって。わたしのちからで》
70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:32:08.41 ID:hu4s8LF70
「改編には大きな代償が必要だよ。世界に歪みが生じて、そしてそれは破滅を導く」
《なにを怖れているの? さやかちゃんを救うために、わたしにできることをするだけだよ》
「信じようよ」
まどかは強く頷いた。
「どんな未来だって、きっと変えられる。ひとの願いが奇跡を引き起こすんだって、わたし、信じてる」
《後悔するかもしれないよ? さやかちゃんを見殺しにしようとしてるんだよ?》
「決断するって、そういうことでしょ? 失うかもしれなくても、希望のために信じて決めるってことでしょ?」
闇は押し黙った。
「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、わたし、そんなのは違うって、何度でも言い返せるよ。きっといつまでも、言い張れる」
《……大きな希望を抱けば、そのぶんだけ絶望も深く、冥くなる。あなたの見た未来は変わったりしない。
さやかちゃんの死によって、あなたは絶望し、すべてを滅ぼそうとするよ》
今度はまどかが唇を引き結んだ。
71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:37:02.78 ID:hu4s8LF70
《そもそもさやかちゃんが魔獣を倒せなければ、あなたはここに縛り付けられたままだよ。分が悪すぎる賭けだね》
ねっとりと闇がにやつく。
まどかは少し眉をひそめた。
《あなたがちからを使わないというなら、わたしはかまわないよ。ここですべてを見ているといい。すでに定められた、結末まで》
闇がほろほろとほどけるように消えていく。
《あなたが絶望するときに、また会おうね》
にやにや笑いだけが取り残されたように浮かんでいたが、それもほどなく溶けて消えた。
まどかは現在の表示に目を向けた。
「さやかちゃん。わたし、信じてるからね……」
73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:41:26.08 ID:hu4s8LF70
行くあてもなく走っていたさやかは、川べりのベンチに座り込んだ。
背中をまるめ、両手で顔を覆う。
もういやだ、という声にならない呟き。
しばらくの間、川の流れる音だけがしていた。
「――さやか?」
呼ばれてはっと顔を上げる。
ベンチから少し離れたところに恭介が立っていた。
「恭介……」
怪訝そうな表情をしていた恭介だが、松葉杖をついて歩み寄る。
「やぁさやか、奇遇だね。隣、いいかい?」
黙ったままこくりと頷くさやか。
恭介はベンチに腰をおろして一息ついた。
「僕はよくここに来るんだ。リハビリにね。それにここって、なんだか懐かしくないかい」
空を見上げて恭介は笑った。
陽が傾きだしている。
75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:45:27.78 ID:hu4s8LF70
「子供の頃、さやかはおばさんに叱られたらいつも公園のベンチで泣いてたよね。上級生とケンカしても木から落ちても泣かなかったのにさ。
子供の頃はどうしてあんなに親に叱られると悲しくなってしまうんだろうね」
さやかは視線を落とした。
「自分が、」
「ん?」
「自分が、悪い子になっちゃうのが、いやで、」
そのときの気持ちを思い出すような切れ切れのせりふ。
「きらわれたく、なくて。だから……」
「さやか。なにがあったんだい」
なんでもない調子で恭介が問い掛ける。
さやかはゆるゆると恭介を見た。
彼は変わらず空を見上げている。
さやかはまたうなだれた。
「あたし、サイテーだよ……今だって恭介に慰めてほしくてこんなこと言ってる……」
76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:49:51.87 ID:hu4s8LF70
ぽん、とさやかの頭に手が乗せられた。
そのまま数度撫でられる。
「恭介……?」
「さやかはさ、自分に厳し過ぎるんだよ。弱音を吐いたっていいんだよ。泣いたっていいのさ」
恭介はさやかを見つめた。
さやかはどきりとして薄く頬を染める。
「入院していた僕に、さやかは元気をくれた。ずいぶんと助けられたんだ。だから、今度は僕がさやかに元気をあげる番さ」
そういって恭介はにこりと笑いかけた。
「あ、あのね、恭介」
「なんだいさやか」
「えっと、んと、あ、あたし、」
自らの気持ちを吐露しようとしたさやかの脳裏を、仮面の魔獣の姿がよぎる。
さやかははっとしてぶんぶんと首を振った。
「さやか?」
「ごめん、恭介。あたし、ちょっと用があるやつがいるの」
へへ、と照れ隠しに笑うさやか。
77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 22:56:45.38 ID:hu4s8LF70
「そう。うん、やっぱりさやかは笑ってるほうが可愛いよ」
「かっかわ……!?」
「いってきなよ。さやかはさやかの思う通りにすればいい。僕はさやかが"悪い子"じゃないって知ってるからさ」
「恭介……、ありがとっ!」
勢いよく立ち上がったさやかは吹っ切れたような笑顔である。
恭介はふ、とその笑顔から目をそらして、
「その、さやか。今度、聞いてほしいことがあるんだ――」
言いながら再び振り仰ぐと、さやかはいなかった。
走り去りながらさやかは振り返って手を振る。
「じゃあまたねーっ」
恭介は苦笑しながら振り返した。
「相変わらずしまらないね、僕は……」
78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:00:37.25 ID:hu4s8LF70
杏子ははやばやと明かりの点きだした繁華街を歩いていた。
杏子(あの魔獣はさやかの正義そのものだ)
仇のように鯛焼きを食いちぎる。
杏子(あいつひとりでケリつけなきゃ意味ねー)
「くそっ」
悪態をついた杏子のケータイが着信を告げる。
さやかからである。
杏子は足を止めて電話に出た。
「さやか!」
『ごめん杏子。世話かけちゃったね』
「なんだよ、らしくないじゃんかよ」
79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:04:57.50 ID:hu4s8LF70
『決めたよ。あたし、ちゃんと向き合うよ』
決然としたさやかの声。
「………」
『あたしの魔獣を倒してみせるよ。信じて、待っててくれる?』
「ったく……、ったりめーだばーか」
『杏子……!』
「あんたはこのアタシが稽古つけてやったんだ。負ける訳ねー! 魔獣なんざ、ぶっ飛ばしてやれ!」
『うん! ……ありがと、杏子』
通話が切れた。
糸が切れたようにしゃがみこむ杏子。
震える声で、祈る。
「死ぬな……さやか……!」
80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:09:04.77 ID:hu4s8LF70
「つまり、魔獣は美樹さんを狙っているということなの?」
マミは自室でキュウべぇと相対している。
「そうだね。あの魔獣はさやかの正義感そのものだ。正しさを押し通そうとする、実に幼稚な信念の権化なんだ。
魔獣はまず自らを封じるまどかを襲撃した。次は、最も許せない、唾棄すべき自分自身を抹殺しにかかるはずさ。
ほむらはただ居合わせただけだね」
「美樹さんの正義感……」
「そうさ。自らの欲望を抑圧していた理性、あるいは倫理観とでもいうのかな。
大切なひとを守るためならば、魔法少女だろうと戦うという、彼女のスタンスそのものが、彼女が打ち倒さなければならない魔獣なのさ」
白い獣はしっぽを揺らした。
81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:14:53.73 ID:hu4s8LF70
「美樹さやかの内面ははすこぶるアンビヴァレントだ。
ひとのために戦うというヒーロー性と、意中の人間に愛してほしいというヒロイン性が葛藤している。
彼女はそのふたつの乖離ゆえに絶望し、魔女に堕ちるだろう」
「キュウべぇは! ……キュウべぇは、美樹さんが魔法少女じゃなくなったら困るんじゃないの!? エネルギーが、」
「はっきり言わせてもらえば美樹さやかのエネルギー変換効率は低くて実用性に欠けるんだ。
接続された因果も一般的な域を出ないし、つねに迷ったり悩んだりして祈りのエネルギーの放出もたいしたことないからね。
僕としてはどちらでもいいよ。なんにせよ、さやかは魔獣を倒せないと思うけどね」
「どうして、なの」
82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:17:41.95 ID:hu4s8LF70
「あの魔獣は迷いを捨ててすべてを断ち切る。一方さやかは、心を揺らがせひとつを貫くことができない。
勝敗はあきらかだろう? 僕が君なら、さやかと協力して魔獣を倒すね」
「だめよ……。美樹さんは、ひとりで自らと戦わなければならないの」
ぎゅう、とマミの両手が握られる。
「それが君の選択なら、僕はなにもいわないよ。でも、」
キュウべぇは赤光差し込む窓から外を見た。
「――さやかは、死ぬよ」
83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:22:45.12 ID:hu4s8LF70
病院の屋上に、さやかはいた。
「……よし、やるか」
両手を広げ、赤く燃える陽を見据えるさやか。
大きく息を吸って、
「あたしは、ここだああああっ!」
叫んだ。
一拍置いて、さやかは振り返る。
変身する。
「決着、つけようか」
長く伸びるさやかの影から、ずるりと魔獣が起き上がった。
さかしまの八分音符が描かれた仮面と黒装束。
アシンメトリーな髪型は、まさにさやかそのものである。
騎士の魔獣。その性質は【断罪】。
己の信じる正しさのためにあらゆるものを断ち切る。世界に自分しかいなくなるまで、夢のような正義のためにすべてを斬り捨て続けるだろう。
屋上が古戦場へと変容していく。
幾本も剣の突き立った荒野で、さやかと魔獣は向かい合った。
「あんた、まどかとほむらを、斬ったの」
85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:29:26.22 ID:hu4s8LF70
【………】
「あんたはあたしの魔獣なの」
【………】
魔獣はすう、と剣を構えた。
「あたしは、負けないよ」
さやかも剣を構える。
どちらも同じ構えだ。
さやかは蒼色の衣装に白いマント。
仮面の魔獣は黒装束に同色のマフラー。
さやかは銀の剣を握り、魔獣は黒塗りの剣を握る。
【………】
双方、同時に土を蹴った。
86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:32:40.28 ID:hu4s8LF70
「だあああああっ!」
振りかぶられたさやかの剣の軌道から身を逸らせて、魔獣が剣を疾らせる。
横薙ぎの一撃を前転してかわすさやか。
体勢を整えようとさやかのとった距離を息つく間もなく魔獣が詰める。
「!」
下段から噴き上がるような斬撃。
横っ跳びにそれを回避したさやかにさらなる追撃が迫る。
【………】
突き抜けるような切り払いをくぐり抜けてさやかが胴を狙う――
「え!?」
魔獣が片手をさやかの肩に置いて宙を舞った。
飛び越えざまに切り裂かれたさやかの腕の傷から血が溢れる。
87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:35:35.38 ID:hu4s8LF70
「くっ!」
即座に刃創を治癒しながらさやかが振り返る。
着地した魔獣が右掌をさやかに向けた。
同時に、さやかの周囲に有刺鉄線が出現。
とっさに跳躍して有刺鉄線による捕縛を回避するさやか。
【斬る……!】
空中のさやかに追いついた魔獣がその剣を一閃。
「―――っ!」
なんとか防いださやかだが、衝撃のままに吹き飛ばされ荒野に叩きつけられる。
「にゃろー……」
治癒魔法を展開しながら立ち上がったさやか目掛けて魔獣が飛び込んでくる。
土煙を切り裂いて振るわれた剣をかわし、反撃に転じるさやか。
四肢で着地した魔獣へと斬りかかる。
88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:38:25.01 ID:hu4s8LF70
結界に忍び込んだ杏子は張り巡らされた有刺鉄線の向こうにさやかと魔獣を見た。
さやかの振り回す剣をすべて紙一重でかわす魔獣。
「ばか、相手をよく見ろ……!」
魔獣の繰り出した的確な突きがさやかの剣と腕をすり抜けてさやかの頬を裂く。
牽制に剣を振りながら後退するさやか。
魔獣が投擲した剣を弾いたさやかへと、跳んだ魔獣が頭上から襲い掛かる。
「上だ!」
聞こえないのに叫んでしまう杏子。
89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:42:08.56 ID:hu4s8LF70
その叫びが届いたかのように反応したさやかが防御しようと剣を掲げた。
しかし魔獣はさやかの目前に着地した。
さやかの胴はがらあきである。
「嘘だろ……ッ!」
さやかの反射的な動きよりも速く、魔獣の剣がその腹を貫いた。
杏子は有刺鉄線にしがみついて絶叫した。
「さやかああああああああッ!」
91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:47:05.12 ID:hu4s8LF70
かしゃん、
という軽い音にマミは振り返った。
さやかのよく使うカップが、まっぷたつに割れていた。
「美樹さん、」
力無く立ち上がったマミは、カップだったものを注意深く拾う。
「美樹さん、死なないで――」
ぽろりとマミの瞳から涙が零れた。
「死なないでえええっ!」
92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/04(水) 23:51:44.20 ID:hu4s8LF70
概念空間。
予測されていた未来が現実のものとなってまどかの前に表示されていた。
「う、そ、でしょ……?」
魔獣の剣に磔にされ、動かないさやか。
その手からサーベルが落ちて、地面に突き刺さる。
「いやだ……、こんなの……あんまりだよ……」
うつむいて嗚咽を漏らすまどか。
「さやかちゃん、さやかちゃん……」
なんとか顔をあげ、涙を流しながら表示を見つめる。
その表示のなかで、だらりと垂れ下がっていたさやかの腕が、
ぴくりと動いた。
97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:21:58.83 ID:n5odlOVB0
「――まどかとほむらを、」
自らを刺し貫く黒剣をぐっと握り、
「助けるから――、」
さやかは顔をあげた。
「――死んでなんか、いられないっての!」
魔獣の剣はさやかのソウルジェムを掠めただけだったのだ。
さやかが再びサーベルを抜き放つ。
【………!】
魔獣がなにかしようとする前にさやかの振るった剣がその両腕を切り落とした。
着地したさやかは治癒の魔法をかけながら、己を貫通していた剣を抜いて捨てる。
剣と腕がぼろぼろと崩れていく。
99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:25:48.94 ID:n5odlOVB0
「なんかさ、」
完治した腹を撫でるさやか。
あとじさった魔獣の腕もぞりぞりと再構成されていく。
「あんたってほんとにあたしなんだなってわかった。なんとなくだけどさ」
さやかが笑う。
魔獣は構えた。
【……この世界って守る価値あるの】
滴るような暗い感情の沁みこんだ声。
【――教えてよ】
黒い風になって魔獣が迫る。
さやかも構えた。
【今すぐあんたが教えてよ】
100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:29:34.91 ID:n5odlOVB0
「あるよ」
魔獣の強襲を鍔元で受け止めるさやか。
剣と剣が軋り叫ぶ。
「あたしが希望を持てるのは、大事なひとたちがいるからだもん」
【それって自分のためじゃん。そんなんじゃ正義の味方なんて、なれっこないよ】
「……あたしさ、ほんと言うと今も迷ってるんだ。ひとの為に戦いたい、でもあたしの気持ちを無視したりなんてできない、って」
【偽善者め……、お前だけは絶対に許さない】
魔獣がどこからともなく引きずり出した二本目の剣を振るう。
跳びすさってさやかも二本目を抜いた。
「言うとおりだよ。あたしって、ほんとバカ」
102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:33:28.17 ID:n5odlOVB0
困ったように笑いながら、二本目をくるりと回して逆手に握るさやか。
やはり、魔獣も同じ構えである。
「でもさ、正義の味方のつもりで、まどかやほむらを傷付けたくないって思うんだ。だって、それって本末転倒じゃんか」
【まどかは魔女でほむらは裏切り者だ。悪は斬って断罪しなきゃならない】
猛然と魔獣が接近。
さやかも踏み出し、一撃目を躱して二撃目を防ぐ。
空振りした剣の刃を返して再度切り掛かろうとした魔獣の右腕をさやかが切り落とす。
「あたしは弱い。よくわかったよ」
跳び退きざまに袈裟掛けに切り裂こうとする魔獣。
それを身を開いて流したさやかが回転の勢いを乗せて魔獣の横腹をえぐる。
「マミさんみたいに器用じゃないし、杏子みたいに思い切れない。ほむらみたいに一生懸命にもなれない」
追撃しようとするさやかに、魔獣が再構成された腕を向ける。
出現した有刺鉄線がさやかの剣を受け止めた。
103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:38:04.84 ID:n5odlOVB0
「まどかみたいに才能もないし、」
さらに背後に出現した有刺鉄線に縛られる前に、さやかが小さく跳躍。
魔獣を隔てる有刺鉄線を越えて、くるりと半回転する。
「自分を犠牲にしたりもできない!」
【あたしはお前とは違う魔法少女になる! あたしだけは自分のために魔法を使ったりしない!】
空中の魔法陣を踏み締めて逆さになって、さやかは双剣を振るった。
魔獣もそれを受け、捌き、攻める。
重い金属音が烈しく響く。幾度も。
「あたしは逃げてた! 自分の弱さから! でも、もう、逃げない!」
さやかが咆えながら突き込んだ剣が、魔獣の肩に刺さる。
同時に魔獣の剣がさやかの二の腕を切り裂き、骨を露出させる。
さやかは地面に降り立ち、治癒魔法を展開しながら距離をとった。
魔獣も同様である。
105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:43:32.77 ID:n5odlOVB0
「だから、あたし今すごくわくわくしてるんだ」
さやかは実に獰猛な笑みを浮かべた。
「あたしはもっと強くなれるって、あんたよりも強くなれるってわかるもん」
剣を構えるさやかと魔獣。
「だって、あたしは今からあんたを倒すから!」
【――舐めるんじゃないわよ!】
完璧に同じタイミングで走り出したさやかと魔獣。
先に魔獣が剣を投げて仕掛ける。
躱したさやかに魔獣が跳びかかり、剣と剣が激突する。
「何度迷ったって、どれだけ悩んだって、」
さやかの腕を蹴って頭上へと舞い上がった魔獣から幾本もの有刺鉄線が迸る。
それを叩き切りながら跳んださやかの斬撃を回避した魔獣が両手の剣を閃かせる。
「そのたびに自分で選んで、あたしは決断してみせる!」
108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:49:03.43 ID:n5odlOVB0
相手の攻撃よりも早く、さやかの左手が魔獣の首を掴んで振り回し、地面へと投げ捨てる。
【う……】
地面に突き立っていた朽ちた剣にすがって立ち上がろうとした魔獣を、
「――ごめん」
さやかの剣が貫いた。
ひざ立ちの魔獣と腰を落としたさやかが正面から見つめあう。
魔獣は肩を震わせた。その手から剣が落ちる。
110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 00:52:48.08 ID:n5odlOVB0
【ふ、ふふ……悪を斬れなくなったあたしなんて、この世界には要らないってことか……】
「……………」
【それってつまり用済みってことじゃん……ならいいんだ……】
さやかが剣を抜いて捨てる。
ぐらりと上体をぐらつかせた魔獣がさやかにもたれかかる。
躊躇しながらさやかはその肩に触れた。
「違うよ」
117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:14:37.03 ID:n5odlOVB0
魔獣の脚がばしゃりと音を立てて液化する。
さやかは魔獣を抱きしめた。
「用済みなんかじゃない。だってあんたはあたしなんだもん。あたしはあんたが必要なんだ」
【意味……わかんない……】
ぼとぼとと魔獣の指が落ちて黒い水溜りになる。
「あたしはちゃんと向き合うって決めたの。だから、あんたのこともあたしは受け入れるよ。弱いあたしに力を貸してよ」
【……報われ、なくたっていい、って、そう思ってたのに、なぁ……】
仮面で見えなくても、さやかには魔獣が笑っているように見えた。
【舞い上がっちゃってますね……あたし……】
120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:19:03.43 ID:n5odlOVB0
ぶわりと魔獣がすべて液化し、ぐるぐるとさやかを中心に渦巻いたかと思うと、
「一緒にこの世界を守ろう」
それらがさやかに降り注いでじんわりと同化した。
さやかは嬉しそうに身震いして、笑った。
121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:24:40.20 ID:n5odlOVB0
「さやかああああああああっ」
「うおっ杏子!? いたの!?」
変身を解いたさやかに駆け寄ってきた杏子が抱きつく。
結界がゆらゆらと消えていき、夕日が沈んでいく。
「よかった、よかったよう……っ」
「なに泣いてんのさ。よしよし」
さやかは杏子の頭を撫でた。
「あ、そうだマミさんに連絡しなきゃ」
杏子を撫でながらさやかはケータイを取り出した。
122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:29:25.21 ID:n5odlOVB0
「さやかちゃん。わたしは信じてたよ」
概念空間でまどかはひとりごちた。
まどかは現実に引き戻されるのを感じた。
「よかった。因果まで【断ち切る】ことはできなかったみたいだね」
微笑むまどかの後ろでにやにや笑いが口を開いた。
《よかったね。さやかちゃんが死ななくて》
まどかは振り返る。
125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:33:22.09 ID:n5odlOVB0
《でもね、またすぐに会えるよ》
「どういうこと」
《あなたが言ったんじゃない。改編の代償に、世界が滅びるって》
「……祈りのシステムは安定してるはずだよ」
《えへへ。そう思ってればいいなって》
「……………」
《それじゃあ、また明日――》
まどかの意識は、そこで切り替わった。
126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:36:58.79 ID:n5odlOVB0
数日後。
さやかは恭介に呼び出されて静かな公園に来ていた。
ふたりでベンチに並んで座っている。
「ねえ。どうして私たち、こんなところで覗いているの」
「さやかちゃんの恋が成就する瞬間だからだよ、ほむらちゃん!」
「なんだかどきどきするわね……」
「なんでマミがどきどきすんだよ」
「私だって女の子だもの! こんなシーンでどきどきしたっていいでしょ!?」
「ちょ、ちょっとマミさん静かに!」
「やかましいわ巴マミ」
「あんたってほんと隠れるのとか向いてねえよなー」
「ご、ごめんなさい……」
127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:41:40.54 ID:n5odlOVB0
「ほら。上条恭介がなにか硬い面持ちでさやかのことを見つめているわよ」
「ほむらもなんだかんだで楽しんでんじゃん」
「うるさいわね佐倉杏子……」
「えへへ。あっ、さやかちゃんが頷いてるよ! 上条君も笑ってる!」
「こっこれは、やっぱり、そ、そういうことなのかしらっ」
「だからなんでマミが焦ってんだよ」
「ああっ、ふたりが手を! 手をつないでる!」
「まどか、興奮しすぎよ」
「よかったねぇさやかちゃん……」
「はーん、めでたしめでたしかー」
「お赤飯を準備したほうがいいのかしら……」
「気が早すぎるというものよ巴マミ。……まぁ、ケーキでお祝いなんてのも、いいかもしれないわね」
「おめでとう! さやかちゃん!」
128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:46:16.30 ID:n5odlOVB0
さやかは頬を染めて、最高の笑顔で恭介を見つめた。
「恭介、大好き!」
おしまい
131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/04/05(木) 01:50:20.83 ID:n5odlOVB0
ありがとうございました
さやか「一緒にこの世界を守ろう」