1: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 22:48:14.16 ID:mpxlwI1v.net

型月オマージュ
設定適当
死ネタ、グロネタあるかも
ゆうぽむ? せつ(なな)ぽむ? あいせつぽむ?
書きため基本なしの亀更新

たったら書く。



3: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 22:49:22.06 ID:mpxlwI1v.net

 夏が過ぎ、本格的に夜が長くなってきたとある日の夕方、呼び鈴で歩夢は目を覚ました。

歩夢「……」

 ピンポーン、ピンポーンと連続で押される呼び鈴。

 最初は面倒くさくて、居留守を決め込もうとしたが、数回に渡りならされる。

 その鳴らし方で犯人の目星がついた歩夢は、その音に嫌気がさし、スマホにメッセージを打ち込む。

【うるさいよ。勝手に入って】



7: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 22:55:22.38 ID:mpxlwI1v.net

 メッセージに既読がつくと同時に玄関のカギが開く音。

愛「やっほー、歩夢―! 材料持ってきたからもんじゃやるよー!」

菜々「お邪魔します。うわ、真っ暗……歩夢さん、ちゃんと電気はつけないとダメですよ?」

 点けられた電気に目がくらむが、それも一瞬。

 現在歩夢が住んでいるのは1Kのアパート。歩夢が寝返りをうてば玄関から入ってきた二人がすぐに確認できた。

歩夢「たった今起こされたの……。愛ちゃん、呼び鈴連打するのやめてよ、合鍵、何のために渡してるの?」

愛「ごめんごめん。お詫びに愛さん特製最強もんじゃ作るからさ。ほら、起きた起きた」

 愛は悪びれる様子なくそう言うと、キッチンの棚上に置いてある、小さな部屋に似合わない少し大きめのホットプレートの箱を取り、部屋の中央に置かれたローテーブルの上にいそいそと設置をして行く。



12: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:06:23.66 ID:mpxlwI1v.net

 気怠そうに起き上がり、歩夢は一つ伸びをする。

 そんな歩夢を見て、何かを思い出したかのように、菜々が少し窘めるよう口を開いた。

菜々「そう言えば、歩夢さん。かすみさんから聞きましたよ? 今日学校サボったって。駄目じゃないですか、ちゃんと行かなくては」

歩夢「……ごめんね、せつ菜ちゃん。今日はまた調子が悪くて……」

菜々「おや……なら、歩夢さんはまだまだ退院したばかりですし仕方がないですね。かすみさんには私からも言っておきましょう」

歩夢「ありがとう、せつ菜ちゃん」

愛「菜々っち、だまされちゃだめだよー? もう三か月は経つんだから。歩夢ー、ちゃんと最低限の出席日数確保しないと、卒業できないぞー?」

 相変わらず歩夢には甘いなと、思ったが、口には出さない。そんなことはないと否定されるだけだから。



15: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:12:07.23 ID:mpxlwI1v.net

 ホットプレートを設置し終わった愛は、台所に戻り、持ってきた袋からもんじゃの材料を取り出した。

 そして、当たり前のように引き出しから包丁とまな板、ざるを取り出して下準備を始める。

 菜々もそれを見て、戸棚から人数分の皿とはがしを取り出す。

歩夢「大丈夫だよ、愛ちゃん。ちゃんと、行く気はあるから」

愛「……ならいいけど、留年なんてしたら、ゆうゆも悲しむよ、きっ――――――」

 愛はしまった。と自分の失言にキャベツを切る手を止めた。

 皿とはがしを用意していた菜々も、顔を伏せ、何も言わない。



19: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:31:39.14 ID:mpxlwI1v.net

 不自然な沈黙ののち、歩夢はクスリと一つ笑った。

歩夢「そうだね、侑ちゃんに「歩夢ー、なにやってんのー?」なんて叱られちゃいそう」

 歩夢の反応に、愛と菜々は内心一つため息をついた。

歩夢「大丈夫。来月にライブもやるんだし、明日の午後病院だから休日練習には出れないけど、明々後日には同好会にも顔を出すよ。そのために夏休みは全部補修も受けたんだし」

菜々「そうですよ。それでこそ歩夢さんです。少しの遅れなんて、あっという間に取り戻しちゃってください。応援してますし、いってくださればなんでも協力します」

愛「もちろん、愛さんもね!」

歩夢「ふふ、ありがとう。二人とも」



22: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:37:49.05 ID:mpxlwI1v.net

 愛と菜々は歩夢の反応に安心した。

愛「ほら、じゃあ、愛さん特製もんじゃを食べて、英気を養おうか! 愛さんだけに、愛情たっぷりだよ!」

菜々「愛さん、早く焼いてください。私、このために昼食抜いて、授業中もお腹なって恥ずかしい思いしたんですから」

歩夢「いや、そこはちゃんと食べようよせつ菜ちゃん……」

 そのままコーラで乾杯した三人は愛特製のもんじゃ焼きに舌鼓を鳴らすのだった。

 そして、三人の腹も膨れ、もんじゃもあと数口を残すところで、愛が思い出したかのように二人に尋ねた。

愛「そういえば、最近お台場で話題の事件、知ってる?」



25: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:51:25.80 ID:mpxlwI1v.net

歩夢「…………事件……?」

菜々「最近話題の、女子高生連続昏倒記憶喪失事件ですか?」

 なにその無駄に長く、そのままな事件名と歩夢は突っ込みたくなったが、逆に言えばわかりやすいかと突っ込むのをやめた。

愛「菜々っち、そうそれ! 愛さん、久々にあった愛友から聞いたんだ。不謹慎だけど、その事件名まんまで少し笑っちゃったよ」

 そこから愛の説明が始まった。

 曰く―――――――

 有名になったのはここ最近だが、最初の事件は約一年前。
 
 時刻は明け方。裏路地で昏倒している女子高生が発見された。



26: 名無しで叶える物語 2021/09/17(金) 23:57:02.31 ID:mpxlwI1v.net

 すぐさま発見者が警察に通報、病院に搬送。

 幸いにも、少女は直ぐに意識を取り戻した。

 そして、意識を取り戻した少女に警察は話を聞こうとしたが、それはできなかった。

 その少女には事件前後の記憶がなかったのだ。

 少女には首に強い力で絞められたような跡が残っていたため、警察はそのショックだろうとそれ以上少女には追求せず、その跡から犯人を割り出そうとした。

 しかし、少女の首のあとは科捜研の調査で一致する物体が見つからず、現場からは犯人の指紋、足跡などの証拠も見つけることができなかった。

 さらに、周りも人通りの少ない裏路地だったことから目撃者もなし。



28: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 00:17:06.32 ID:KUJG4adB.net

 警察がお手上げ状態になっていた2か月後、また同様に事件が、お台場で起きた。

 被害者は、同じく女子高生で、一回目の被害者と同じ絞首痕で、同様に、事件前後の記憶がなかった。 

愛「そんで、先月までに廃墟や、裏路地とかで昏倒している女子高生が合計8人だっけなぁ、発見されてるんだって。幸い、死んじゃった子とかはいないみたいだよ」

菜々「それは……怖いですね……」

愛「でしょでしょ? もう愛さんもりなりーたちが心配でさー」

菜々「それは確かに……皆さんにはあまり遅い時間まで出歩かないように言っておかなくてはいけませんね」

愛「そうだね。アタシたちも一応気を付けないと……ねー、歩夢」

 愛は歩夢に話しかけるが返事がない。



31: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 00:28:05.11 ID:KUJG4adB.net

 愛と菜々が揃って歩夢を見ると、ベッドによりかかり、静かに寝息を漏らしていた。

 愛と菜々は顔を見合わせ、微笑む。

愛「もー……歩夢ー、食べてすぐ寝ると牛になるよー。『もー』だけに」

菜々「やっぱりまだまだ体調が回復しきってないんですよ、寝かせてあげましょう」

愛「……そうだね。愛さん特製もんじゃもたくさん食べてくれたし……このまま寝かせてやるか」

菜々「では、後片付けは私が。愛さん、お風呂、先に借りてきちゃいますか?」

愛「いや、愛さんは今日はこのまま帰るよ。明日朝から店番なんだ」

菜々「おや、そうだったんですか」



33: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 00:35:35.28 ID:KUJG4adB.net

愛「そうそう。平日学校で手伝えない分土日くらいは朝から手伝いたいからね」

菜々「ご立派です」

愛「ありがとう。それに、ゆうゆにももんじゃ作った時に、おいしいって言わせたいからね、修行しなきゃ」

 菜々は、つい、顔をそらし、力ない返事をしてしまった。

菜々「……そう……ですね……」

愛「……」

菜々「……」



35: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 00:40:47.65 ID:KUJG4adB.net

愛「明日は、病院ついていくの?」

菜々「そうですね」

愛「じゃあ、エマっちによろしく言っといてよ。あと――――――ゆうゆにも」

菜々「はい、わかりました」

愛「……菜々っち、歩夢のこと、よろしくね」

菜々「はい」

 じゃあ、と愛はそのまま帰って行った。

 部屋に残された菜々は、眠る歩夢を起こさぬように、もんじゃ焼きの後片付けをし、なんとなく、テレビをつけた。

 歩夢を起こさぬよう、消音に設定し、字幕をつけ、今日のニュースをぼーっと眺める。



37: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 01:03:28.67 ID:KUJG4adB.net

 そして、23時を少し過ぎたころ、菜々は明日の朝食をどうしようと思い立ち、冷蔵庫を開けた。何もなかった。

菜々「……やっぱり、何もないですよね……」

 菜々はそのまま顔を横に向ける。そして、綺麗なキッチンを見て、泣きたくなった。

菜々「……コンビニでパンでも買ってきますか……」

 適当に歩夢の上着を借りて羽織り、部屋から出て、自らのキーケースから鍵を取り出し施錠する。

 少しそのまま歩くと、風の冷たさを感じた。

 菜々は先ほどニュースで今夜は少し冷えると言っていたのを思い出し、まだ残暑の季節なのに、薄手の上着で賄いきれないほど寒いのかと、真っ暗の中、コンビニへの道を急ぐ。

 そして、暫く歩くと違和感を持った。 



49: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 19:59:52.28 ID:KUJG4adB.net

最初に書き忘れましたが、時空的にはアニガサキを参照しているのでしお子たちの出番は有りません。

~本編~
菜々「だれも……いない……?」

 菜々が現在歩いているのは、それなりに大きく、きれいに整備された道だった。

菜々(おかしい……もう23時とはいえ、ここらはマンションも多い住宅地……たまたまでしょうか……)

 駅からもほど近い住宅街で、現在は金曜日。時間は遅いが、まだまだ人が歩いていてもおかしくはないはずの道に、菜々以外の人の存在が感じられなかったのである。

 道沿いのマンションやアパートからも、生活音が感じられなかった。

 まるで、不思議の国にでも入り込んでしまったかのように。

 菜々はそのままコンビニを目指すが、一歩、また一歩と進むごとに恐怖を覚える。

菜々(こんなことなら歩夢さんを起こしてついてきてもらえばよかった……)

 菜々はため息をつき、その足をさらに速める。

 そして、暫く歩くと、不意に視界の端に裏路地に入っていく人影のようなものを菜々は捉えた。



52: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 20:22:13.59 ID:KUJG4adB.net

 菜々は先ほど愛と話した事件を思い出した。

菜々(こんな時間にあんな場所を通ろうと?)

 菜々はもしあれが女子高生だったらと不安になった。

菜々「いえ、誰であろうと、このような時間に大通り以外を通るのは危険です。止めなくては――――――」

 菜々がその裏路地へ足を向けようとすると、後ろから肩に手を置かれた。

菜々「―――――――――」

 驚き、大きく心臓が跳ねた。

 声にならない声を上げる菜々。

 そのまま驚きと恐怖のあまり、動けずに硬直する。



54: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 20:45:02.06 ID:KUJG4adB.net

 しかし、身構えた耳に届いたのは、聞きなれた、優しい声だった。

歩夢「せつ菜ちゃん、どうしたの?」

 ドクンドクンと大きく脈打ってた心臓は、その後ろから聞こえた声を聴くことで徐々に正常に戻って行った。

 手の主は、歩夢だった。

菜々「歩夢さん……驚かせないでください!」

歩夢「え? なんかごめんね?」

 驚きと恐怖を隠すように、大げさに怒る菜々に、歩夢は思わず反射的に謝った。

 そして、菜々はそのまま口を開こうとしたが、驚きのあまり、言葉が出なかった。

 周りから集まる視線。

 菜々は周りを見渡し、改めて驚いた。

 先ほどまで一人だったはずの大通りに、大通りの名にふさわしい数の人が歩いていたのだ。

 人々は何事かと歩夢と菜々を見ながら、歩みを止めることはなく、視線を向けている。



56: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 21:26:48.61 ID:KUJG4adB.net

歩夢「せつ菜ちゃん?」

 歩夢に呼ばれ、はっと我に返った菜々。

菜々「いえ、すみません。少し驚いて大げさに怒ってしまいました」

歩夢「ううん、大丈夫だよ。」

 そう言って微笑む歩夢を見て、先ほどの景色の変化など気にならないほどに菜々はうれしくなった。

菜々(ああ、やはりこの笑顔は変わらない――――――) 

歩夢「けど、一人で出歩くなんて駄目だよ? さっき愛ちゃんも言ってたでしょ? この辺り最近危ないんだから」



58: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 21:45:07.70 ID:KUJG4adB.net

菜々「あ、ちゃんと聞いてたんですね」

歩夢「途中までね。お腹いっぱいで眠たくなっちゃったけど……」

 恥ずかしそうに微笑む歩夢に、菜々もつられて微笑む。

 が、それも一瞬。菜々はハッと視界の端に入った裏路地を見て、思い出した。先ほど見た人影を――――――。

 菜々は慌ててその裏路地の入口へと向かい、立ち止まる。

 その裏路地は不自然なほど暗く、まるで、先の見えない闇がどこまでも広がっているようだった。

菜々(暗くてよく見えません。……気のせい……だったのでしょうか……?)

 確かめるように、二歩、三歩と、奥へ進む。



60: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 21:57:28.19 ID:KUJG4adB.net

 その闇へ一歩、さらに一歩。

 進むごとに、菜々は再び不思議な感覚に陥った。

 最初ははっきりしていた足取りが、少しずつ、はっきりしてこなくなり、どんどんと目の前が真っ暗になっていく。

歩夢「せつ菜ちゃん? どうしたの?」

 後ろから聞こえた歩夢の声。その声で、菜々は再び我に返った。

 菜々は今の感覚は何だろうかと疑問が湧いたが、きっと暗い裏路地が怖くなってしまったのだろうと、自己完結し、入り口側へと戻る。

菜々「……すみません、人影を見た気がしたのですが、気のせいだったようです。行きましょう」

歩夢「……そっか」



62: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:06:11.61 ID:KUJG4adB.net

 歩夢の横を通り過ぎ、裏路地から出ていく菜々。

 歩夢「やっぱり、呼ばれてるのかな……?」

 歩夢のつぶやきは聞こえていなかった。

 菜々はそのまま裏路地から大通りへと出てゆき、歩夢がそれを確認し、改めて暗い裏路地の虚空を睨みながら、ポケットに隠し持っていたものを取り出した。

 それは細く砕けたガラスで、歩夢はそれにハンカチを巻いて簡素なナイフを作成していたのだ。

 歩夢は何もないはずの裏路地を改めてジッと睨みつける。

歩夢「……見えた……希先生の言う通りだ……」

 歩夢に見えているものは、線。



64: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:14:59.20 ID:KUJG4adB.net

 3か月前に目覚めてから、人、建物、草木等など、歩夢の目に見えるもの全てに線が引かれていた。

 それは、当たり前に万物に存在するが、本来人には見えてはいけないもの。

 『死』だと、歩夢はカウンセラーと名乗る女性から説明を受けた。

 その“『死』(人には見えてはいけないもの)”を、歩夢は見ることのできたのだ。

 そして――――――本来何もないはずの裏路地にも――――――目の前の闇にも線が浮かんでいる。そこに隠された何かがあることを示すように――――――。

 歩夢は線を、ガラスのナイフでなぞり切る。すると、目の前から何かが霧散する気配を歩夢は感じた。

 同時に、さっきまで真っ暗だったはずの裏路地に月明かりふんわりと降りてきて抜けた先の通りが見えるほどに裏路地全体が明るく照らされた。



66: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:18:46.42 ID:KUJG4adB.net

 歩夢はそのまま空を見上げた。

 先ほどまで何も見えなかったはずのビルの間には、窮屈そうに青白く輝く月が収まっていた。

 ああ――――――月がきれいだよ、侑ちゃん――――――。
 
菜々「歩夢さん、何かありましたか? ……あれ? この裏路地、こんなに明るさありましたっけ?」

 今度は歩夢が我に返る番だった。裏路地からなかなか出てこない歩夢を心配し、菜々が裏路地を覗き込んだのだ。

歩夢「あ……せつ菜ちゃん、これなんだろうって拾ってたんだ……誰かが踏んだら危ないし、どうしよう……」



67: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:20:55.04 ID:KUJG4adB.net

 歩夢は菜々の疑問をごまかすかのように、困ったよう笑いながら、ガラスのナイフを菜々に差し出す。

菜々「おや、結構大きなガラスですね。見た限り、近くに割れた窓なのは見えませんし……とりあえず、コンビニに持って行って捨ててもらいましょう、私が持ちますよ」

 菜々はそう言うと、歩夢からガラスを受け取り、行きましょうかと再び裏路地から出て行った。

 歩夢は菜々の背中を見送り、一度振り返って再びジッと、空を見上げた。

菜々「あゆむさーん?」

歩夢「今行くー」

 菜々に呼ばれ、歩夢は裏路地からようやく出て行った。

 歩夢が見上げていた空には、白い月明かりに紛れ、白い服を着た少女が浮いていたのだった。



69: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:48:12.27 ID:KUJG4adB.net

~幕間~
菜々「そういえば、私がよくコンビニに向かってるとわかりましたね?」

歩夢「実はせつ菜ちゃんがカギをかけてくれた音で起きたの。出てったのに荷物はおきっぱだし、せつ菜ちゃん泊りに来るといつも朝食用意してくれてるんだから予想はつくよ。けど、次からはちゃんと起こしてね?」

菜々「はい。申し訳ありません。」

 そのまま買い物を済ませ、二人が帰宅していると、二人の横に1台のパトカーが止まった。そして、中から中肉中背の人のよさそうな警察官が話しかけてきた。

警察1「こんばんは。二人とも、お話いいかな?」

菜々「はい。いかがされましたか?」

警察2「最近この辺り物騒でしょ? だから、いろいろな人に声かけてるの。今降りるから、念のため身分証とか持ってたら見せてもらっていいかな? 時間は取らせないから」

 助手席から、少し若め警察官が警察手帳を提示しながら言うと、菜々は二つ返事で了承した。



70: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 22:56:58.39 ID:KUJG4adB.net

歩夢「私、財布とか家だから身分証とか持ってないんですけど……」

警察1「別にお二人が何かしたからってわけではないから大丈夫ですよ。あくまで記録なので」

歩夢「……犯人、やっぱり見つからないんですか?」

警察1「ニュースの通りです。私たちにできることは、こうして毎日のパトロールで、次の犠牲者が出ないようにすることだけ、歯がゆいです」

歩夢「そうなんですね。お疲れ様です。ご無理はなさらないように」

警察1「お優しい言葉、感謝いたします。私たちも皆さんが早く安心して生活できるよう精一杯務めるので」

警察2「先輩、終わりましたよ。深夜徘徊で補導はしなくて大丈夫です」

警察1「おお、そうか。ではお二人とも、お気をつけて」

 二人の警察官はそう言うと、パトカーに乗り込んで、去って行った。



72: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:01:54.58 ID:KUJG4adB.net

菜々「やっぱり、警察の人たちも大変そうですね」

歩夢「そうだね」

菜々「本当に……早く犯人が見つかるといいのですが……」

 不安そうに言う菜々の言葉を聞いて、歩夢は呟く。

歩夢「……本当に捕まえられる犯人ならいんだけどね……」

菜々「え? 歩夢さん、何か仰いましたか?」

歩夢「ううん、何でもないよ。それより、早く帰ろう? 明日に備えて早く寝なきゃ」

菜々「あれだけ寝て、よく寝れますね」

 クスリと笑みをこぼした菜々に歩夢はわざとらしく怒る。

歩夢「それ、どういう意味かなー?」

菜々「きゃー、歩夢さんが怒りましたー」

歩夢「こら、せつ菜ちゃんー!」

 二人はそのまま笑い合いながら帰宅するのだった。



73: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:17:05.31 ID:KUJG4adB.net

次の日
エマ「歩夢ちゃん! 菜々ちゃん!」

 病院に着くなり、出迎えてくれたのは二人の先輩であるエマだった。

 エマは病院の入口で二人を見つけるなり駆け寄って、ギュッと二人をまとめて抱きしめた。

歩夢「エマさん、お出迎えありがとうございます」

菜々「エマさん、こんにちは。ボランティアお疲れ様です」ペカー

 菜々と歩夢もエマを抱き返しながら挨拶をする。

 エマは月に2度、歩夢の通院日に合わせてボランティアを西木野総合病院で行っていた。

 というのも、現在歩夢がカウンセリングを受けている先生がこの西木野記念病院の時期院長の友人で、同時にエマの父親の恩人の弟子だからと歩夢は聞いている。

 最初聞いたときは、世の中狭すぎると思ったが、実際にそういう繋がりがあると言われれば信じるしかなく、先生もしゃべっていて楽しい人なので、歩夢は気にしないことにした。

 因みに、エマがボランティアをしている理由は、歩夢の介助と先生の助手、そして見舞いを目的に病院に通う内にに入院している子供たちに懐かれ、遊んだり、共に歌ったりしている姿を見た看護師たちや真姫に依頼されたからだ。。



74: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:23:27.34 ID:KUJG4adB.net

エマ「菜々ちゃんありがとー。歩夢ちゃんも元気? イタイイタイなところない?」

歩夢「エマさん、私は子供じゃないんですから……」

 少し赤くなりながらいう歩夢に、エマは少し寂しそうな、悲しそうな表情で申し訳なさそうに言う。

エマ「ごめんね? けど、歩夢ちゃんは三か月前まで寝たきりだったからついつい心配で……」

歩夢「うっ……それは……」

 歩夢はバツが悪そうに下を向いた。

菜々「ふふ、歩夢さん。エマさんもこう言ってくださってるんですから、いろいろしてもらいましょう」

歩夢「うん。じゃあ、いろいろお願いしちゃおうかな?」

歩夢がそう言うと、エマは眼を輝かせた。



77: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:37:55.21 ID:KUJG4adB.net

エマ「うん、何でも言ってね! あ、とりあえず受付しちゃおー。歩夢ちゃん、診察券と保険証貸して」

歩夢「あ、はい。お願いします」

 受付に向かったエマを見送りながら、歩夢は一つため息を付いた。

歩夢「改めて、たくさん心配かけちゃったんだなぁって実感しちゃうね……」

菜々「それはそうですよ。エマさんだけじゃありません。彼方さんも、果林さんも、かすみさんも、しずくさんも、璃奈さんも、愛さんも、私も、全員がお二人のことを心配してました……」

歩夢「せつ菜ちゃん……」

菜々「だから、本当に良かった。歩夢さんだけでも――――――」

エマ「歩夢ちゃーん。真姫先生もう空いてるから診察室にどうぞって。脳外科だから5号室だよ」



80: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:49:50.34 ID:KUJG4adB.net

 受付から歩夢を呼ぶエマの声に、菜々はすべてを言うことなく止めた。

菜々「歩夢さん、呼ばれてますよ」

歩夢「うん、ありがとう。せつ菜ちゃんはどこで待ってる?」

菜々「私は、侑さんのお見舞いに行ってきます」

歩夢「お見舞い? ……ああ、そういえば、ここなんだっけ?」

 ひどく冷たく言う歩夢に、菜々はゾッとした。

 理由はわからなかったが、侑の見舞いに言うというと歩夢はひどく不機嫌になるのを、菜々は失念していた。

菜々「え、ええ。そのあとはこの周辺を適当にぶらぶらしてるので、終わったら連絡をください」



81: 名無しで叶える物語 2021/09/18(土) 23:59:39.36 ID:KUJG4adB.net

歩夢「うん、わかった。ありがとう、せつ菜ちゃん。じゃあ、行ってくるね」

 歩夢はそう言うと、見送る菜々に手を振り、エマと共に診察室に入った。

歩夢「失礼します」

真姫「……こんにちは。久しぶりね、歩夢」

 歩夢を待っていたのは、西木野真姫。歩夢の主治医で妙齢の女性。伝説のスクールアイドルグループの一員で、最初は他人の空似だと思っていた歩夢は本人と知ってひどく驚いた。

歩夢「お久しぶりです、真姫先生」

真姫「どう? その後の調子は? 手術跡が痛むとか、運動しにくいとか、食べ物の味がわからないとか、そんなことはない?」



82: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 00:13:39.27 ID:WsXesyFM.net

歩夢「たま頭痛に襲われるのと、『線』が見えること以外は特には」

歩夢の言葉に、真姫はため息を付いた。

真姫「やっぱり、それは治らないのね……」

そして、封筒から数枚のレントゲン写真を取り出し、歩夢に見やすいようにホワイトボードに張り付ける。

真姫「歩夢、何度も説明したけど、もう一度、一応、説明するわ。二年前の事故で打ち付けたあなたの頭に行われた手術は成功した。そして、前回の経過観察まで見ている限り、損傷個所などはなく、医学上は、あなたの脳は正常な状態の筈なの」

希「しかし――――――成功したにもかからず、歩夢ちゃんは定期的な頭痛に襲われ、さらに、落書きのような『線』が見えてるという」

 奥から、もう一人女性が入ってきた。

 優し気な瞳の女性。自称カウンセラーで、歩夢のもう一人の主治医。真姫の友人にして、エマの父親の恩人の弟子。



84: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 00:28:40.82 ID:WsXesyFM.net

歩夢(あらためて思い出すととすごい変な繋がり……)

真姫「希……」

歩夢「希先生、こんにちは」

希「こんにちは、歩夢ちゃん」

真姫「希、この子の目、なんとかする方法見つかったの?」

希「いやーそれが師匠と連絡が取れないんよ……姉弟子とそのお兄さんも探してくれてはいるけど、ちょっと訳アリの身だからどこにいるやら……」

真姫「なによそれ……それ本当に師匠なの?」

希「一応? 占いとか教えてくれたのも師匠やし、その時にその目についても聞いたんよ。その姉弟子のお兄さんの奥さんが同じ目もってるんやて」



85: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 00:41:30.17 ID:WsXesyFM.net

真姫「なによそれ、私聞いてないんだけど。それに、ならその奥さんに対処法聞けばいいじゃない」

希「それが無理なんよ、その人は元々特殊な人で、歩夢ちゃんみたいに『線』が常に見えるんじゃなくて、見る見ないをコントロールできるみたいで……」

真姫「ナニソレイミワカンナイ」

希「ただ、これは前回も伝えたけど、こうも言ってた。その目は脳にすごい負担をかけてるものらしいんよ、見ちゃいけないものを見てるんだから当然やね。そして――――――」

 このままじゃ脳と精神がすり減って死んでしまう。

希「だから歩夢ちゃん、あんまりその目で人を見ちゃだめだよ? そして、無理に“何か”を見ようとしちゃだめ。いい?」

歩夢「……わかりました」

歩夢がうなずくと、希は心配そうに歩夢を撫でた。

希「歩夢ちゃん、本当に、大丈夫?」

歩夢「ええ、大丈夫です。私には、大切な仲間と幼馴染がついてますから……」

 歩夢は振り返り、ずっと泣きそうな顔で話を聞いていたエマに微笑んだ。



86: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 00:50:16.97 ID:WsXesyFM.net

 一方、菜々はとある病室に来ていた。

 ベッドの上に眠るのは、高咲侑。歩夢の最も大切な人。そして、菜々にとっても大切な親友だった。

菜々「お久ぶりです。侑さん……今日で歩夢さんが先に目覚めてから三か月が経ちましたよ……」

 菜々はそう言うと、両手で侑の手を包んだ。

 菜々「皆待ってます。早く侑さんも目覚めてください。二年は寝すぎですよ……」

 菜々は眠ったまま、少し当時より大人びた侑の顔を見て、泣きたくなった。

 そして、二年前の事故を思い出すのだった。



89: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 01:09:17.86 ID:WsXesyFM.net

~二年前~
時刻は夕方。

その日、マネージャーである侑も同行し、スクールアイドル部の皆は基礎体力アップのために校外を走っていた。

その道中のことだった。

最後尾を談笑しながら走っていた歩夢と侑は二人同時に見つけてしまった。公園から飛び出したボールと、それを追いかけ、公園を飛び出した少年を。緩やかなカーブの向こうから、車が猛スピードで少年に向かっていくのを。

二人が車道に飛び出したのは同時だった。

少年に駆け寄った侑と歩夢は車のスピードからよけきれないと判断すると、左右から少年を抱きしめた。

そして、響く衝撃音と飛び散る赤。

車は大型車で、スピードも出ていたため、歩夢と侑は大きく吹き飛ばされた。

少年は奇跡的に無傷だったが、二人の怪我は酷かった。



90: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 01:16:13.43 ID:WsXesyFM.net

 しかし、命こそ助かったが、そこから約二年間、二人は眼を覚まさなかった。
 
 全力は尽くしたが、いつ目覚めるかはわからない。医師は悔しそうに二人の両親に告げていたのを、菜々は覚えていた。

 そこからは、本当に長かった。

 果林たち三年生たちが卒業し、菜々たち二年生は三年生に進級した。

 この際に、歩夢と侑も、特例で進級をさせてもらえた。

 また一年が経ち、菜々と愛が卒業した。

 この時に優木せつ菜はいなくなった。

 そして、今年の六月。

 歩夢が眼を覚ました。

 居なくなったはずの優木せつ菜は歩夢の中だけに存在していた。



92: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 01:28:55.63 ID:WsXesyFM.net

菜々「ほかのメンバーは皆さんもう菜々と呼んでくれますが、歩夢さんだけは、どうしても菜々と呼んでくれないのですよ、何でですかね、侑さん……」

 菜々の問に、侑は答えない。

菜々(歩夢さんが来てくれたら――――――けど、歩夢さんは……)

 歩夢が目覚めて、リハビリ後に最初にしたこと。それは侑への面会だった。

 ここからの話は、菜々が見舞いの際に会った西木野真姫から聞いた話である。

 両親に連れられて侑の病室に入ると、歩夢は絶望したかのような表情をした。

 そして、ゆっくりと侑に近づくと、布団を力任せにはがしたという。

 何をするのかと、その場の全員が驚いた。

 そして、眠る侑の全身を確認したのちに、歩夢は眼から大粒の涙を流して病室を飛び出した。



95: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 01:45:59.45 ID:WsXesyFM.net

 真姫が慌ててそれを追うと、屋上のフェンスに凭れ掛って歩夢は大声で泣いていた。

 真姫がどうしたのかと尋ねると、歩夢が大声で縋りつくように真姫が理解できないようなことを叫んだという。

 それは歩夢が力尽きて気絶するまで続いた。

 その数日後、真姫の紹介でやってきた東條希がカウンセリングをし、歩夢は少し回復した。

 しかし、その後頑なに侑の病室に現れることはなく、また、退院後も侑を思い出してしまうからと、両親に無理を言って、虹ヶ咲学園の近くの格安アパートを借り、一人暮らしを始めたのだった。

 退院後、一度同好会メンバー全員で侑の見舞いに行こうと提案したが、歩夢は首を縦に振ることはなく、エマ経由で希からのドクターストップもかかったため、菜々は侑の見舞いに関することを歩夢に言うのは避けていたのだが、先ほどはぽろっと漏らしてしまったのだ。

菜々「大丈夫ですよね、歩夢さんは侑さんのことは普段の言動からとても大切にしていることがわかります。だから――――――」

 ――――――また皆で笑い合えますよね?

 菜々は侑に問わず、静かに涙を流すのだった。



99: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 02:07:50.35 ID:WsXesyFM.net

あくまで歩夢たち中心の物語で、型月側やゲストのμ'Sはこれ以上登場人物は増やさない予定なので、構想通り行けば3万字くらいだと思います。

年齢に関しては一応警察官の職質で深夜徘徊が許させる年齢ということでちょっと触れてました。



109: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 22:42:39.60 ID:WsXesyFM.net

~幕間~
エマ母「私たちの家はね、元々魔術が使えたの」

 幼いころ、絵本を読んでいると、母はエマにそう言った。

 あの時は、確か2000年代後半、過去に魔女狩りによって処刑された女性の名誉回復裁判が行われたころのこと。

 エマはそれを聞いて、自分にも魔法が使えるのかと興奮しながら母に尋ねたが、母は首を横に振った。

 もうヴェルデ家の魔術は失われたものとなっていたのだ。

 エマはそれにひどくショックを受け、数日の間拗ねたのを思い出した。

 以上のことは、父に頼まれて届け物をした女性、後に歩夢のカウンセラーとなる東條希の姉弟子、黒桐鮮花から自分は魔術師だと聞いて思い出した話だった。



111: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 23:06:49.43 ID:WsXesyFM.net

エマ(そうだ、何でわすれてたんだろう……)

 エマは届物を終えると、すぐに自らの住むアパートへと帰り、押入れを探る。

 半年前に虹ヶ咲学園の寮を卒業と出た際に、あまり使わないものをまとめたダンボールの中で、エマは目的の物を見つけた。

 厳重に絞められた綺麗な装飾箱。それはエマが幼い頃に祖母に貰ったもので、エマが気まぐれに日本に来る際に持ってきたものだった。

 そして、今まで忘れていたが、エマがそこに入れたのは、幼い頃からの宝物だった。

 箱を開け、中身を確認する。

 中から出てきたのは古びた一冊の本。

 過去にヴェルデ家の祖先が使った魔術が書かれた書物だった。

 幼い頃、自分の先祖が魔術を使えたと聞き、いつかこっそり練習しようと実家の書庫から持ち出し、この宝箱に入れっぱなしにして忘れていたものだった。



113: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 23:18:57.01 ID:WsXesyFM.net

エマ(……お母さんもお父さんも、魔術なんて興味ないからなぁ……)

 今の今まで放置されたことを感謝しつつ、本のページをめくる。

 そして、その中に一つの魔術をエマは見つけたのだった。

エマ「これなら……もしかしたら侑ちゃんも歩夢ちゃんも……」

 エマは魔術書を鞄にいれて病院に急いだ。

 ギリギリ面会時間内に入れたエマは侑の病室まで行くと、目的のページを開く。



114: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 23:33:17.31 ID:WsXesyFM.net

 そこに書かれていたのは、寝ている者の魂と会話をする魔術。

 書物曰く、寝ている肉体から離れた魂は本能的に聞かれた問いに答えるため秘密を聞く際になどに使われたらしい。

エマ(もし魂と直接会話ができて、起こすことができれば……)

 そんな願いを込めて、エマは眼をつむり、祈るように書物に書かれた呪文を詠唱する。

エマ(私たちの一族はもう魔術を使えないらしいけど、もし使えるなら……お願いします、ご先祖様……)

 そして、詠唱が終わり、エマはゆっくりと目を開ける。

 そのまま少し待ってみるが、何か起こる様子はなかった。



116: 名無しで叶える物語 2021/09/19(日) 23:39:35.56 ID:WsXesyFM.net

エマ「そうだよね……私には、何もできないんだね……」

 エマは涙を一つ流した。

 自分は何を勝手に盛り上がっていたのだろう。こんなことで本当に侑と歩夢を救うことができると本当に思ったのかと。

エマ「ごめんね、隣で変なこと呟いてて、怖かったよね……侑ちゃん。次来るときはお詫びに皆のCD、持ってくるね」

エマ(歩夢ちゃんの顔も見ていこう……)

 エマは病室から出て行った。
 
 それからすぐのことだった。

 侑が一瞬、本当に一瞬だが淡く輝いた。

 その輝きは、誰にも気付かれることはなかった。

 上原歩夢が目を覚ましたのは、この出来事から約1年後のことだった。



117: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 00:14:18.03 ID:FbNo2dbo.net

おまけ
再び現在の病室にて

歩夢「希先生、そういえば魔術ってなんですか?」

希「色々な流派や種類があるから必ずしもそうですとは言えないけど、体内、もしくは外界に流れる魔力で発現する術のことよ~。因みに意外と万能じゃないんやで。
あと、人によって相性とかも大きいんよ」

歩夢「誰でも使えるものなんですか?」

希「誰にもは使えないんよ。魔術回路(マジックサーキット)っていう特殊な神経を持ってないと駄目だし、持ってたとしてもそれを使える状態にしないとダメ。使えるようにするきっかけは本人次第。
魔術の良し悪しはこれを体に持っている数で決まるよ」

希「因みにうちは魔術回路は持ってないから魔術は使えないんよ」

歩夢「え?」

真姫「あなた……魔術師の弟子じゃないの?」

希「弟子だけど、無いものは無いからねー。けどしつこくお願いしたら占いは教えてもらえたんよ」

歩夢「それってただの追っかけ……」



118: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 00:31:13.58 ID:FbNo2dbo.net

~本編~
月曜日の放課後、歩夢は愛の指導の下ダンスレッスンを行っていた。

愛「1・2・3・4、1・2・3・4」

 手拍子に合わせて愛がカウントし歩夢はそれに合わせてステップを刻む。

歩夢「はぁ……はぁ……」

愛「最後、ポーズ!」

 顔の横で両手を広げ、動きを静止させる。

 そして、数秒その体制をキープしたのち、歩夢は真剣な表情で愛に問う。

歩夢「……正直、どうだった?」

愛「うーん……動きは悪くないんだけど、所々きつくない? 病み上がりだし、やっぱり少しスローテンポの曲の方がいいんじゃないかな?」

歩夢「……基礎体力の方の問題ってこと?」



120: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 00:43:33.97 ID:FbNo2dbo.net

愛「それだけかはわからない。けど、今のままじゃ歩夢がこの曲を歌いながら踊り切るイメージが湧かない」

歩夢「……そっか」

愛「ねえ、他の曲じゃダメなの? 『Dream with You』とかさ」

 歩夢は首を横に振った。

歩夢「この曲じゃないとダメなの。この曲は――――――」

 最後に侑ちゃんが用意してくれた曲だから――――――

 愛は驚き、目を張った。

愛「え? ゆうゆが?」

 歩夢は力強くしっかりと頷いた。



121: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 00:55:10.45 ID:FbNo2dbo.net

歩夢「私もあの日の練習前に渡されたんだ。今の――――――事故にあう直前の私のイメージにピッタリだって。だから、私は証明したい、私は寝ていた二年に負けてない。この曲を歌うにふさわしいスクールアイドル上原歩夢だって」

愛「歩夢……」

歩夢「だから愛ちゃん。改めてお願い、私に力を貸して」

 歩夢は真剣な表情でそう言うと、愛に手を差し出した。

 愛はその真剣な顔の歩夢に見つめられ、困惑したように頬をかいた。

愛「……本当は無理させたくないから止めた方がいいはずなんだけどね……アタシも菜々っちのこと言えないや」

 ぼそりと呟いたその言葉は歩夢に届かなかったらしく、歩夢は首を傾げた。



122: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 01:11:35.16 ID:FbNo2dbo.net

愛「いいよ、愛さんが歩夢のために練習メニュー組んであげる。アタシが協力する以上、中途半端なステージになんてさせないからね」

 愛はそう言うと、歩夢の手を握った。

歩夢は嬉しそうに微笑み、ありがとうと礼を述べた。

愛「けど、なんで急にそんなやる気になったの?」

歩夢「うーん……ちょっとね……」

 バツが悪そうに言う歩夢に、愛は不安になった。

愛「……土曜日、病院でなにかあった?」

歩夢「えっとね、土曜日に付き添いしてくれたエマさんが私をすごい心配してくれてたの。それでね、この二年間、本当に心配されてたんだなって改めて実感してね?」



124: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 01:21:46.78 ID:FbNo2dbo.net

愛「そりゃそうだよ。皆すごい心配してた。仕事の関係でなかなか会いに来れないけど、果林だって可能なら毎日でも歩夢の顔みたいってこの間電話で嘆いてたし」

歩夢「え?」

愛「あ、これ内緒って言われてたんだった……アタシが言ったって、果林には内緒ね?」

歩夢「あ、うん……。でね、話を戻すと、次のライブをお礼のライブにしたいんだ」

愛「お礼のライブ?」

歩夢「そう。皆へ、心配してくれてありがとうございましたって伝えるライブ」

愛「なるほどなるほど、すっごいいいじゃん」

歩夢「ありがとう。愛ちゃんならそう言ってくれると思ったんだ」



126: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 01:48:13.33 ID:FbNo2dbo.net

 歩夢は嬉しそうに微笑んだ。

歩夢「あ、とはいっても、私には歌うことくらいしかできなから、全力で新しい曲を歌って前に進んでます。って伝えることしかできないんだけど……」

少し恥ずかしそうに言う歩夢に、愛は首を横に振った。

愛「それが何より歩夢らしいんだよ。一歩一歩、コツコツ進んで、その時にできることを全力でするが歩夢でしょ? そんな歩夢を、私たちは見たいんだよ」

歩夢「愛ちゃん……うん、ありがとう」

愛「じゃあ、そのためには練習頑張らないとね。歩夢、もっかい通しでやってみる?」

歩夢「うん、お願い」

 練習を再開する二人。

 そんな二人を見守る影が、三つあった。



127: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 01:55:37.83 ID:FbNo2dbo.net

かすみ「なんだ……歩夢先輩元気そうじゃないですかぁ。これはあとで練習サボったことおこらないといけませんねぇ」

しずく「ふふ、かすみさんってば、金曜日土曜日って歩夢さんのことすごい心配してたくせにそんなこと言っちゃって」

 からかうようにいうしずくの言葉に、かすみは顔を赤くした。

かすみ「なっ……練習サボる人の心配なんてするわけないじゃないですか! しず子、部長をからかうのもいい加減にしてください!」

 明らかに照れ隠しで怒鳴るかすみ。そんなかすみに追い打ちをかけるように、璃奈がスマホを取り出した。

璃奈「さて、ここに三か月前に歩夢さんが目覚めた時に撮影した動画があります」璃奈ちゃんボード『ニヤッ』

 再生ボタンを押すとそこから聞こえてきたのは、かすみの声だった。



128: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 01:58:45.37 ID:FbNo2dbo.net

かすみ『あゆむせんぱぁあああい! ぼんどうにじんぱいしたんでずがらヴぇえええ!』

歩夢『かすみちゃん、心配かけてごめんね』

璃奈が流した動画には大号泣し、もはや何を言っているかわからないかすみが歩夢に抱き着き頭を撫でられている様子が収められており、それを見たかすみはさらに顔を赤くした。

かすみ「りな子ぉおおおおおおおお! 」

璃奈「やっべ、かすみちゃん怒った」璃奈ちゃんボード『クールに去るぜ』

追いかけっこを始め二人の背中を見て、しずくは嬉しそうに微笑んだ。

しずく「本当に、歩夢さんだけでも帰ってきてくれてよかった」

しずくは二人がいなくなった後の同好会の様子を思い出した。



138: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 15:01:20.85 ID:FbNo2dbo.net

 果林と菜々――――――せつ菜を中心に、同好会の活動は再開したが、皆は事故のショックを隠せずにいた。

 あるものは事故を忘れるように練習の強度を上げた。

 ある者はバイト、家の手伝いを理由に部に顔を出す頻度が減った。

 それでも同好会は完全にばらばらになることはなかった。

 歩夢と侑が戻ってくると皆が心のどこかで信じていたからだ。

 ある後輩は、自分の特技を生かし、自分の曲よりも尊敬する先輩の曲をライブで歌い続けた。

 理想のヒロインを演じきって、皆にその先輩を覚えていてほしいと思いを込めて。

 しかし、残酷にも時は過ぎ、歩夢たちが目覚めるのを待つ間に、二年の時が経過してしまった。

 同好会メンバーは、段々と卒業をしていった。



139: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 15:05:39.19 ID:FbNo2dbo.net

 自分たちも、このまま卒業し、歩夢と侑が戻ってくる場所がなくなってしまうのではないか。当時の一年生たち三人はそのような不安を抱えていた。

それでも信じ続けた結果、二年目に奇跡は起きた。

 歩夢が帰ってきたのだ。

 その知らせを受け、全員が喜んだ。

 動画に残されているのはかすみだけだが、しずくも、璃奈も泣きながら歩夢に抱きしめられた。

 一番酷かったのは、エマで、かすみのように大号泣ではなかったが、泣きながら、ずっと歩夢を抱え、撫で続けていた。

 歩夢が戻ってくれば、次は侑。しずくは真っ先に歩夢にともに侑の部屋へ見舞いに行こうと提案をしたが、その時はドクターストップがかかり、後日となった。



140: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 15:21:15.30 ID:FbNo2dbo.net

 そして、その数日後、歩夢が侑と対面したが、すぐに部屋から出て行き、その後の面会も拒否をしている、ということを菜々から聞き、全員が驚いた。

 歩夢にとって、侑は何よりも優先すべき存在ということは、同好会全員の共通認識だった。

 そんな歩夢が侑を拒絶した。

 しかも、見舞いを提案した菜々に、これまで聞いたことがない冷たい声で、とくれば、何かあったとしか思えなかったが、歩夢は目覚めたばかりで、再開はほんの数秒。しかも、侑は寝たきり。

 何かがあるはずもなく、メンバーは全員が混乱した。

 その後、歩夢はすぐに退院し、一人暮らしを始めた。

 その週末にはすぐに退院と引っ越し祝いのパーティが行われた。

 歩夢は菜々からの報告が嘘かのように、明るく、優しく、皆の記憶の中の歩夢のままだった。



142: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 15:47:01.94 ID:FbNo2dbo.net

 パーティは穏やかに進み、もうすぐお開きというところで、果林が皆を代表して歩夢に提案をした。

果林「ねえ、歩夢。一度、皆で侑のお見舞いに行かない?」

歩夢「…………」

 笑顔を張り付けたまま歩夢は固まった。

果林「あなたがこうして目覚めたんだもの。どうせなら、また全員で集まりたいわ、侑も含めて――――――」

歩夢「それは無理です」

 全てを言う前に、歩夢は返答した。先ほどまでの笑みが嘘のように、無表情となった歩夢のその返答に含まれているのは、拒絶。

 菜々に聞いていたとはいえ、いざ目の当たりにすると全員が驚いた。エマを除いて。

 それでも、すぐに我に返った果林は続けて歩夢に頼んだ。

果林「歩夢、お願い。侑はあなたをとても大切に思っていた。だから――――――」



143: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 15:54:02.50 ID:FbNo2dbo.net

エマ「駄目だよ、果林ちゃん」

 今度はエマが果林の言葉を遮った。

エマ「侑ちゃんのお見舞いは、カウンセラーの先生からストップがかかってるの」

果林「……そういえば、歩夢の先生は、エマの知り合いだったわね」

エマ「そうだよ」

果林「……わかったわ。歩夢ごめんなさいね、病み上がりなのに無理させるような提案をして……」

 頭を下げた果林に、歩夢は首を横に振る。

歩夢「頭を上げてください。私、今、本当にうれしいんです」



145: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 16:19:57.52 ID:FbNo2dbo.net

果林「うれしい?」

 歩夢は先ほどまでの表情が嘘のように、優しく微笑んだ。

歩夢「二年もたってて、皆大人っぽくなってて……果林さんなんてさらに美人になってて、私なんかの雲の上の存在にも見えてたんです。けど――――――こうやって侑ちゃんも大切にしてくれている果林さんをみて、あ、果林さんは優しくてかっこいい果林さんのままなんだなぁ――――――って」

果林「歩夢……」

胸から込み上げる思いに従い、果林は歩夢を抱きしめた。

果林「当たり前でしょ。私はいつまでもあなたの先輩の朝香果林よ。いつだって、あなたの手の届く場所にいるわ」

エマ「あ、果林ちゃんズルい! 私も歩夢ちゃん抱きしめる!」



146: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 16:22:30.55 ID:FbNo2dbo.net

愛「愛さんも混ぜろー! りなりー、行くよ!」

 エマと愛が抱き着くのを合図に、自分も、自分もと、同好会メンバーが次々と歩夢を抱きしめる。

彼方「皆―、あんまりはしゃぐとお隣さんに怒られちゃうよ?」

 彼方がそう窘めると同時に、隣の部屋から壁をドンと叩かれ、ビクリと全員の肩が跳ねあがった。

 そのまま全員で顔を見合わせ、笑いあったのが、しずくの記憶には新しかった。

 だからこそ、しずくは腑に落ちてなかった。

しずく(歩夢さんは侑さんに会うのをなぜこんなにも拒否するんだろう……)

 思い返して、しすくは決心した。歩夢に直接聞こうと。



150: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 22:28:07.19 ID:FbNo2dbo.net

 思い返して、しずくは決心した。歩夢に直接聞こうと。

~放課後~
練習が終わり、歩夢が愛と共にアパートに帰ると、電気がついていた。

愛「あれ? 菜々っち来てる?」

歩夢「みたいだね……」

愛は当たり前のように合鍵でカギをあけ、電気のついた部屋に入る。

愛「ただいまー、菜々っち?」

歩夢「部屋主より先に家に入る友人……」

 しかし、二人を出迎えたのは、予想外の人物だった。

彼方「あ、歩夢ちゃん、愛ちゃん。おかえりー」

歩夢「え?」

愛「あれ? カナちゃん?」



154: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 22:57:15.44 ID:FbNo2dbo.net

彼方「彼方ちゃんだよー、歩夢ちゃんも愛ちゃんも元気してる?」

愛「元気元気! カナちゃんも久しぶりだね」

菜々「お二人とも、お帰りなさい」

 彼方の奥から、エプロンをつけた菜々が顔を出し、歩夢と愛の顔から血の気が引いた。

歩夢「せ、せつ菜ちゃん、ただいま……」

菜々「お二人を待ってる間に彼方さんに習いながら料理を作りました。早く上がって、手を洗ってください」

歩夢「う、うん……」

 ぎこちない動きで部屋に上がる歩夢と、何も言わない愛に彼方は耳打ちする。

彼方「大丈夫、隠し味入れる暇がないくらいにちゃんと見てたから」

 歩夢と愛はほっと胸をなでおろした。



155: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 23:31:30.08 ID:FbNo2dbo.net

 その後、菜々特製の夕飯に舌鼓を打ちながら彼方やその妹である遥の近状を尋ねるのだった。

歩夢「じゃあ、東雲高校は今は部活時間が制限されてるんですね」

彼方「そうなんだよね~、遥ちゃんも今年が最後だからってすごい気合入ってたけどこのご時世だからねー。犯人、早く捕まってほしいよー」

愛「本当にね。けど、そういうカナちゃんだって気を付けてよ? 今はたまたま女子高生が対象なだけで、カナちゃんだって犯人に襲われちゃうかもしれないんだから」

彼方「ふふふ、それは大丈夫―! 彼方ちゃんは最近秘密兵器を手に入れたのだ」

 にやりと笑みを浮かべ、スマホを操作して一枚の画像を三人に見せる。

 そこに映っていたのは、綺麗な紫色の小さな軽自動車とそれに寄りかかるようにポーズをとる果林、エマ、彼方の三人だった。



156: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 23:32:32.75 ID:FbNo2dbo.net

菜々「軽自動車ですね……彼方さん、まさか……!」

彼方「ふふふ、ご想像の通り、この子、彼方ちゃんの愛車なんだぜ……」

愛「マジで?」

彼方「マジだよ~。毎月少しずつ貯金して、ようやく買えたんだ~。もちろん中古だけどね。けど、これで遥ちゃんやお母さんの送り迎えができるぜぃ」

歩夢「彼方さんすごい!」

彼方「ありがとー。実は今日も近くまでは乗ってきてるんだ~。バイト先が近くだから、停めさせてもらってるの」

 因みにオーナーにはちゃんと許可取ってるよと胸を張った。

愛「えーいいなぁ。帰り乗せてよー」

菜々「ズルいです愛さん、私も是非!」

彼方「よいぞよいぞ」



158: 名無しで叶える物語 2021/09/20(月) 23:52:11.62 ID:FbNo2dbo.net

 車に興味を持たれうれしいのか、上機嫌の彼方。

 そんな彼方とは裏腹に、歩夢は疎外感に襲われていた。高校生にとって、車は大人運転する乗り物である。その車の運転を彼方はしているのだ。その事実が、改めて二年という時の流れを感じさせていた。

 歩夢は自らのその疎外感から目をそらすように、上機嫌の彼方に別の話題を振る。

歩夢「そういえば、彼方さん。今日はどうしたんですか? 遊びに来てくれるなら言ってくれればお菓子とか用意したのに。彼方さんならいつでも大歓迎なんですから」

愛「確かに。カナちゃん今日はどうしたの? 菜々っちに料理を教えに来たわけじゃないでしょ?」

菜々「そうでした。私も夕飯を作ろうとしたタイミングで彼方さんが急に訪ねてきたのでびっくりしたのですよ。てっきり歩夢さんと事前にお約束があったのかと」

彼方「おっと、そうだった。菜々ちゃんに一生懸命料理教えてたから忘れちゃってた。このままじゃ後輩の御家にお夕飯御馳走になりに来ただけの先輩になっちゃうとこだったよー」



159: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 00:14:04.03 ID:/t2Q96C6.net

 歩夢と愛は心の中でお礼を言いながら、カバンを漁る彼方の様子を見守った。

彼方「はいこれ、エマちゃんからお届け物です」

 そう言って彼方が取り出したのは、細長い木箱。

歩夢「エマさんから?」

 歩夢はその箱を受け取るとしげしげと見つめる。

彼方「正確には、歩夢ちゃんのカウンセラーの先生からだって」

 歩夢はそれを聞くと、急ぎ箱を開けた。

 愛と菜々、そして彼方も興味深そう箱を覗き込んでいる。

 箱の中に鎮座していたのは、鞘に納められたナイフだった。

菜々「これは……」

愛「ナイフ?」



160: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 00:24:05.82 ID:/t2Q96C6.net

 歩夢はそれを取り出し、鞘から抜いてみると、刃の部分は黒く、ライトに反射し、プラスチック特有の輝きを放っている。

歩夢「軽い……これ、プラスチックでできてる……」

彼方「ダミーナイフってやつだね~、サバイバルゲームなんかでよく使われる奴だ」

愛「カナちゃん詳しいね」

彼方「彼方ちゃんが今バイトしてるのそういう施設なんだー。結構お給料いいんだよー。アナウンスしたいりー、たまに人数足りない時とかお客さんに交じって参加したりー、楽しいよー」

菜々「しかし……なぜこれを歩夢さんに?」

歩夢「……底に手紙が入ってる」



162: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 00:39:55.69 ID:/t2Q96C6.net

 ぼそりとつぶやいた言葉は三人に聞こえなかったようで、歩夢は菜々たちの興味がナイフへ集中している内に、手紙を箱から抜き取り、こっそりと部屋の隅に移動して読み始めた。

希『歩夢ちゃんへ

  姉弟子が歩夢ちゃんの話を聞いて、お守りとして、そのルーンの刻まれたダミーナイフをくれました。

  使わないことが一番ですが、その『眼』をもっている以上、何かに巻き込まれてしまう可能性は捨てきれません。

  そんなときに、そのナイフを使ってください。

  姉弟子曰く、急造品なので効力は一回ですが、その効果は――――――』

 歩夢はそこまで読み終えると、着信音が部屋に響いた。



163: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 00:45:33.17 ID:/t2Q96C6.net

 響いた着信音は二つ。

 片方は愛の、もう片方は歩夢のスマホからだった。

愛「ごめん、りなりーから」

 そう言うと、愛は部屋の隅に移動し、スマホを耳に当てた。

 歩夢も手紙をたたんでポケットにしまい、スマホの画面を確認する。

歩夢「……かすみちゃん?」

 歩夢はなぜか嫌な予感がした。その予感に呼応するように、愛も少し不安げな、心配をするような声を上げた。

愛「え? それ何時ごろから?」

 歩夢はその嫌な予感が杞憂であればいいのにと思いながら、通話ボタンを押し、電話を耳に当てた。

歩夢「……もしもし?」



166: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 01:07:22.30 ID:/t2Q96C6.net

かすみ「あ、歩夢先輩? しず子、そっちに行ってませんか?」

 慌てた様子のかすみの声。

 きっと演技だ。

 今回はどんないたずらを考えているのだろうか、どうかすみを叱ろうか、と考えながらいつも通りに返答する。

 ――――――心臓の鼓動が、不安でやけにうるさく感じた

歩夢「来てないよ? 何かあった?」

 歩夢は声が震えないように、静かに尋ねた。

 ――――――この不安は気のせいだと、自分に言い聞かせた。

かすみ「二時間くらい前から、しず子と連絡が取れないんです!」

歩夢「そうなの? けど、しずくちゃんのお家は鎌倉だし、もしかしたら電車で寝過ごしちゃってるのかも――――――」

かすみ「違うんです!」



167: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 01:13:13.54 ID:/t2Q96C6.net

 歩夢の声を遮った電話越しの怒鳴り声。

それは愛のスマホからも聞こえた。

菜々「今の……かすみさん? 璃奈さんと一緒にいるようですが……」

 菜々と彼方も不安そうな表情で、通話をする愛と歩夢を交互に見つめる。

 そんな不安げな視線に気づかないようにしながら、歩夢は思考をプラスに持って行こうとする。

歩夢(かすみちゃん、実は友達思いだから、不安になってるだけだよね。そうだよ、お台場がこんななんだもん。少し普段より大げさに心配しても仕方がないよ)

そうに違いないと、歩夢は自分に言い聞かせる。

――――――心臓の音が、彼方に、菜々に、電話越しのかすみに聞こえるのではないかと考えるほど大きく聞こえる

しかし、無情にも、かすみの言葉は、その希望を打ち砕いた。

かすみ「今日、歩夢先輩に聞きたいことがあるからって! 迷惑承知で終電ギリギリになるようにって! 二時間前までりな子の家に一緒にいたんです! しず子は今――――――」

 全てを聞く前に、歩夢は菜々が持っていたナイフを奪取し、靴を履き、家を飛び出した。

かすみ「ここに――――――お台場にいるんです!」

かすみの絶叫と共に、歩夢が飛び出した玄関から冷たい風が入り込んできた。



176: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 21:48:53.63 ID:/t2Q96C6.net

~本編~
菜々「歩夢さん!」

 歩夢の後を追い、菜々も慌てて部屋を飛び出した。

愛「歩夢! 菜々っち!」

 飛び出した二人に声をかけるが、止まる様子はなく、足音は遠ざかって行った。

 愛は無意識に舌打ちを一つし、スマホで璃奈に確認する。

愛「りなりー、かすみんと歩夢、通話繋がってる?」

璃奈『かすみちゃん、歩夢さんとの通話は……』

かすみ『切られちゃいました……』

璃奈『繋がってない。愛さん、私たちも――――――』

愛「絶対ダメ!」



177: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 21:59:05.99 ID:/t2Q96C6.net

 愛は璃奈に怒鳴った。

 愛は普段璃奈に対して甘い。本人は菜々が歩夢に甘いというが、それ以上に璃奈に対して甘かった。溺愛していると言っても過言ではなかった。

 そんな愛が、璃奈に対して怒鳴った。

璃奈はそれに対し、本人の想像以上に大きな衝撃を受けた。

 しかし、その一言で同時に冷静にもなった。

愛「りなりーもかすみんも友達思いなのはよく知ってる。けど、何があるかわからない。二人とも絶対に外出ちゃだめだよ? しずくはアタシたちで探すから……いいね?」

 愛は今度は璃奈に優しく諭、璃奈は小さく愛にごめんなさいと謝った。

愛「うん、アタシも怒鳴ってごめんね。歩夢たちとさっさとしずく見つけるから、待ってるんだよ」

愛はそう言って通話を切った。



178: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 22:20:20.70 ID:/t2Q96C6.net

愛「カナちゃん!」

彼方「しずくちゃんがいなくなったんだよね、ちゃんと聞いてたよ。で、彼方ちゃんはどうすればいいかな? ここでしずくちゃん待ちながら皆の連絡係になった方がいい?」

愛「流石カナちゃん、話が早い! それに加えて、カナちゃんに頼みたいのはもう一つ。エマっちへの連絡。どうせカリンといるんでしょ? 二人でりなりーの家に向かってもらって、りなりーとかすみんを安心させてあげるように伝えて」

 愛も上着を着て、玄関で靴ひもを結びながら彼方に要求する。

彼方「OK。警察への連絡は?」

愛「あー……とりあえず一旦待ってもらっていいかな? ああやって飛び出したってことは、歩夢にあてがあると思うんだ」

彼方「わかったよ。歩夢ちゃんの城は、彼方ちゃんが全力で守ってるぜ」

愛「そんなこと言って寝ないでよ? あ、あとこれ預けとく。歩夢の部屋の合鍵」

彼方「え? 君たちいつのまにそんな関係になったの?」

愛「冗談言ってる場合じゃないよ! それに菜々っちも持ってるから! 行ってきます!」



180: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 22:43:10.11 ID:/t2Q96C6.net

彼方「……三角関係……いや、侑ちゃんもいるから四角関係? 歩夢ちゃん、罪な女だねぇ……なんて、現実逃避してる場合じゃないんだよね……」

 彼方はすぐさまエマに電話をかけた。

彼方「あ、エマちゃん? うん、歩夢ちゃんに例のものは渡したよ。でね、今どこにいる? 大変なことが起きちゃったんだ――――――」

 一方、歩夢を追いかけて飛び出した菜々は、歩夢を見失っていた。

 最初はすぐ後ろをついて行ってたのだが、歩夢は病み上がりとは思えないほどの速度で通りを駆け抜け、あっという間に突き放されてしまったのだ。

菜々(歩夢さん、どちらに……)

 菜々が周りを見渡しながら走っていると、ポケットの中でスマホが震えた。

 立ち止まり、スマホを確認すると、電話の主は愛。

 菜々はすぐさま通話ボタンを押した。



181: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 22:51:11.60 ID:/t2Q96C6.net

菜々「すみません愛さん。歩夢さんを見失ってしまいました。」

愛『え? 見失った?』

菜々「はい……お恥ずかしい限りです……」

愛『とりあえず合流しよう。今どこにいる? 位置情報頂戴』

菜々「わかりました、すぐに送ります」

 そして、位置情報アプリを操作し、愛に位置情報を送ってそのまま待機する。

菜々「そうだ、直前まで連絡を取っていたのなら――――――」

菜々は愛を持つ間、かすみに電話をかけた。

菜々「かすみさん、菜々です」

かすみ『菜々先輩、しず子は? しず子はみつかったんですか?』



183: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 23:37:39.83 ID:/t2Q96C6.net

菜々「いえ、残念ながら……なので、しずくさんと最後にどんな会話をしてたのか教えていただけませんか? 探すヒントになるかもしれないので」

かすみ『しず子との会話ですか? そうですね……特に変わった会話はしてなかったと思います』

菜々「どんな些細な会話でもいいんです。メッセージでのやり取りですか? 通話ですか?」

かすみ『そうですか……えっと、してたのは通話です。しず子がなんか月曜日だけど人通りが少なく感じて怖いって電話してきたので、大通り通りなよって話はしました。通ってたみたいですけど……。あと、たしか今日は肌寒いとか……しず子が寂しくないように色々三人で話してました』

菜々「そうですか……確かに、しずくさんはあまりこちらに土地勘もありませんし、変な通りを使うとは思えませんね……」

かすみ『あ、そういえば……通話が切れる直前、変なこと言ってました。電波が悪かったのか、うまく聞こえなかったんですが――――――』

 裏路地に入る人影がどうとかって――――――

菜々「……え?」



185: 名無しで叶える物語 2021/09/21(火) 23:47:42.13 ID:/t2Q96C6.net

 菜々が思い出したのは、金曜の夜のこと

菜々(あの夜は、異様に寒く感じて――――――)

 歩夢の部屋から出てすぐに、肌寒さを感じて、少し厚手の上着を借りなかったことを後悔した。

菜々(人通りも少なくて――――――)

 人の気配が感じられない大通り、生活音がしないマンションやアパート。まるで、不思議の国にでも入り込んでしまったかのようだと、菜々はあの時考えた。


菜々「何より、あの人影――――――」

 ――――――こんな時間にあんな場所を通ろうと? 見つけた人影に対してそう疑問に思い、ついて行こうとしたところを歩夢に止められた。



187: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 00:01:22.09 ID:Gkf9tSMQ.net

かすみ『あと、最後に、暗い、怖い、これ以上進めないって……』

 菜々は背筋が凍った。

 体験していた。

 だからわかってしまった。

 自分はまさに、その被害者になりかけていた。

 その事実が、菜々にあの時の恐怖を思い出させた。

かすみ『最初は、いつものしず子のいたずらだと思ったんです……けど……ネタバラシの電話も来ないで、こっちから電話しても通じなくって……それでそれで、どうすればいいかわからなくなって、気が付けば時間だけ過ぎてて――――――慌てて歩夢先輩に――――――』

 耳に当てている筈のスマホから聞こえる声が、遠く感じた。

 そんな菜々を我に返したのは、電話越しの、鼻をすする音だった。



188: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 01:02:06.37 ID:Gkf9tSMQ.net

 電話越しに泣く後輩。

 菜々が恐怖を払拭するきっかけは、それだけで十分だった。

菜々(かすみさん……そうだ、私はあの時、歩夢さんに助けてもらったじゃないですか。そうです、後輩を安心させてあげれないで、何が先輩ですか!)

 菜々は携帯を一度ポケットにしまい、両手で頬を叩いた。

 震える足、震える手。

 そんなもの、菜々の大好きの前では些細な問題だった。

 大好きな後輩たちを助ける、それだけで菜々は行動できた。

菜々「かすみさん、私も、歩夢さんも、愛さんも、全力を尽くします。だから、璃奈さんと待っていてください」

かすみ『ななせんぱい』

 菜々はかすみを安心させるよう、小さく微笑んで、通話を切った。



189: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 01:07:50.52 ID:Gkf9tSMQ.net

 そして、菜々は改めてかすみからの情報と、自らの体験を思い返しながら考えを整える。

菜々(あれはつい先日の出来事。つまり、あれと似た感覚がある場所に行けば、そこにしずくさんがいる……そして――――――きっと、そこに歩夢さんも――――――)

 金曜日に歩夢が菜々に声をかけたタイミングは冷静に思い返すと、完璧なタイミングだった。と、菜々は思った。

 その他にも、なかなか裏路地から出てこない歩夢。わざわざ持ちやすくハンカチで巻いたガラス、帰りがけのつぶやき、思い返せばキリがなかった。

菜々(偶然かもしれない。けど、偶然にしてはできすぎている。何より、エマさんから届けられたあのナイフ―――――)

菜々「歩夢さん……あなたは……」

愛「菜々っちー」

 そして、歩夢について考えていると、愛が菜々に追いついてきた。

菜々「愛さん……」

愛「ごめんね、待たせて。じゃあ、歩夢を追おうか」

菜々「わかりました。愛さん、走りながらでいいのでお耳に入れたいこと――――――」

菜々は愛へ走りながらかすみから聞いたしずくの情報と自らの体験を話すのだった。



196: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 23:13:19.08 ID:Gkf9tSMQ.net

菜々「――――――ということなんです」

愛「菜々っち、それもっと早く教えてよ!」

 菜々から聞いた情報は愛を動揺させるのには十分すぎる内容だった。

 走りながらだというのに、ツッコミのボリュームが思わず大きくなり、駆け抜ける二人へ通行人も思わず視線を向けた。

菜々「すみません。今の今まであの状況に疑問を持っていなかったので……」

 お恥ずかしいかぎりですと、菜々はなぜ気付かなかったのかと、羞恥で顔が少し赤くなった。

愛「けど、その菜々っちの状況としずくの状況がまったく同じっていうのは確かに気になるね。しかも、歩夢は今回真っ先に動いた」

菜々「はい、私を助けてくれたのも、偶然ではないと思うのです」

愛「だね。歩夢はきっと何か知っているんだよ。疑問はたくさんあるから、はりきってはっきりさせようか!」

菜々「……そのだじゃれは少々無茶かと……」シマラナイナァ……

愛「あ、やっぱり?」



198: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 23:33:56.80 ID:Gkf9tSMQ.net

菜々「しかし、私もあの感覚は覚えているとはいえ、いったいどう探したものか……一応歩夢さんが向かったと思われる方向で璃奈さん宅へ向かうように走っていますが……」

愛「りなりーの家まで結構あるからね……そうだ! ヘイ、りなりーに電話して!」

菜々「え、あ、璃奈さんへですか?」

 菜々が慌ててスマホをポケットから取り出そうとするのを愛が笑って止める。

愛「違う違う。ワイヤレスイヤホン、こういう時に通信できるようにつけといたんだ。――――――あ、りなりー?

璃奈『愛さん、どうしたの?』

愛「うん、願いがあるんだ。大体でいいんだけど、りなりーの家から歩夢の家まで大通りを使った徒歩ルートの候補と、しずくがりなりーの家を出てから通話が切れるまでの時間を頂戴」

璃奈『わかった。すぐに送る』

愛「ありがとー。もうすぐエマっちとカリンがそっちに行ってくれるはずだから、おとなしく待ってるんだよ」

璃奈『わかった……愛さん、しずくちゃんをお願い』

愛「うん、愛さんにお任せってね!」



200: 名無しで叶える物語 2021/09/22(水) 23:56:01.77 ID:Gkf9tSMQ.net

 愛が通話を切るとすぐにスマホが震えた。

ポケットから取り出し、メッセージアプリの画面を確認し、愛の口角が上がった。

スマホには、要求通りのルート候補と、しずくが璃奈の家を出てから通話終了までの時間で割り出したしずくの所在候補地を丸で囲んだ地図が送られてきた。

愛「流石りなりー! 要求以上! パーフェクト! もう愛してる、愛だけに!」

 菜々も隣からスマホを覗き込み、感嘆の声を上げた。

菜々「なるほど、確かにこれでやみくもに探さないで済みますね! ここからも近いですし、さっそく向かいましょう!」

 愛と菜々は改めて通りを駆ける。

 暫く駆け、もう少しで第一の候補地と言ったところで、菜々は寒気を感じた。

 走って熱くなっている体を芯から冷やすような寒さ。あの日以上に強いが、それは確かに感じたことがあるものだった。



201: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 01:04:49.33 ID:vRBlhFjz.net

菜々「……愛さん、感じます。たぶんこの近くに――――――あいたっ!」

 菜々が愛に話しかけようとすると、愛が突然立ち止まった。

 その背中にぶつかった菜々は愛の背中に花から突撃した形になり、その痛みに涙目になりながら尋ねる。

菜々「愛さん、いったいどうしたんですか……?」

 菜々が話しかけるが、愛から返答はない。

菜々「愛さん……?」

 菜々の呼びかけに、愛は答えない。

 そして、愛は動き出したかと思うと、ゆっくりと180度方向転換をした。

 予期せぬ形で愛と向き合う菜々。

 愛の顔を見ると、その眼は虚ろで、意識が感じられなかった。

 そして、菜々の存在など気にしないように、元来た道を戻ろうとする。



203: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 01:26:12.07 ID:vRBlhFjz.net

菜々「愛さん? しっかりしてください、愛さん!?」

 戻ろうとする愛を引き留めながら菜々は気が付いた。

 この道を歩いている人々が、この道を通ろうとすると引き返している。

 そして、その眼は皆、今の愛のように、まるで意識がない。ただただ命令されたロボットのようだった。

菜々「愛さん、しっかりしてください……愛さん!」

 意識の戻らない愛。

 菜々は状況に対する恐怖と、しずくと歩夢を早く探さなくてはという焦りから無意識に、思いっきり右手を振りかぶった。

 響く音と、右手に走った痛み。

菜々「あ――――――」

菜々(やってしまいました……)



204: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 01:33:21.00 ID:vRBlhFjz.net

 頬を張られ、動きを止めた愛。

 なかなか動き出さぬ愛を心配し、菜々は愛を呼んだ。

菜々「あ……愛さん?」

 菜々が愛の顔を覗き込むと、その瞳にだんだんと光が戻ってきた。それと同時に、愛がプルプルと震え、左頬を抑えた。

愛「……痛い……あれ? なんか頬っぺたすごい痛いんだけど……なんで? 愛さん泣きそう……」

 意識が戻ったことに安心した菜々はほっと胸をなでおろしたが、そんな暇はないと、急いで謝り、愛の手を取り走り出す。

菜々「愛さん、よかった……申し訳ありません。緊急事態ゆえに、叩いてしまいました。理由は進みながら話すので、行きましょう!」

愛「え? 菜々っちが叩いたの? 何で? え? え?」

 突然の痛みと、菜々の告白に、混乱しながらもついていく愛。

 しかし、周りの状況を見ればこの道が普通でないことに愛もすぐに気が付いた。



206: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 01:56:35.79 ID:vRBlhFjz.net

愛「これって……」

菜々「愛さんも周りの皆さんと同じ状況でした。私はなぜか正気だったので、愛さんを正気に戻そうとしてるうちに……」

愛「なるほど……愛さん本当にびっくりしたよ……イタカッタシ……」

 愛の小さく付け足した声が聞こえ、菜々は改めて謝った。

愛「けど、菜々っちは何で大丈夫だったんだろうね?」

菜々「一回あの体験をしたことで、耐性でもついたのでしょうか……? 今も、なんとなくですが、あの時の恐怖を感じた何かを感じますし……」

愛「大丈夫なの?」

菜々「はい! 今は愛さんもいますし、心強いです!」

 菜々が見せた笑みはせつ菜の時代によく見たペカーと効果音が聞こえそうなもので、愛は懐かしく感じた。それと同時に気が付いた。自らの手をつかむ菜々の手が震えていたことに。



207: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 02:09:48.04 ID:vRBlhFjz.net

愛「菜々っち、何かあれば、愛さんが守ってあげるからね!」

 菜々の手を握り返しながら、愛が言う。

菜々「……ありがとうございます。私も、愛さんを守ります。そして、歩夢さんもしずくさんも……」

愛「そうだね!」

 二人がそのまま通りを進むと、菜々が今まさに、ビルの間の小道に入ろうとする歩夢を見つけた。

菜々「愛さん、あそこ!」

愛「え? 歩夢!」

 愛が大声で呼ぶと、歩夢が二人の方に振り返った。

歩夢「愛ちゃん!? せつ菜ちゃん!?」

 驚いて、立ち止まる歩夢。そんな歩夢に駆け寄っていく二人。

菜々「よかった、追いついた――――――」

歩夢「二人とも、来ちゃダメぇえ!」



208: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 02:14:56.96 ID:vRBlhFjz.net

 歩夢は慌てながら二人に大声で制止しを促す。

 それと同時だった。

 歩夢の背後の小道に広がる暗闇から二本の白い手が伸びできた。

愛・菜々「「え?」」

それは二人に巻き付くと、二人を闇の中へと引きずり込もうとする。

 歩夢は急いでナイフを抜き、その白い手の『線』を切り裂こうするが、その不意打ちに反応しきれなかった歩夢をあざ笑うかのように、二人の姿は暗闇の中へ消えていった。

 歩夢は悔しそうに奥歯をかみしめ、二人を追うように、自らもその暗闇の中へと飛び込むのだった。



216: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 22:20:54.11 ID:vRBlhFjz.net

 愛と菜々が白い腕に巻かれていたのはあまり長くはない時間だった。

 眼を開けている筈なのに何も見えない、暗闇としか形容できない空間を抜けた菜々と愛を待っていたのは、白く輝く何かだった。

 普段ならば何も気にするほどではない淡い輝きだったが、二人は暗闇を抜けたばかりの状態。そのまぶしさに、思わず目を細めた。

 そして、それと同時に、二人をここまで拉致してきた白い腕にポイと放り出される。

 菜々はお尻を地面に打ち付け、愛は倒れるように転び、小さく悲鳴をあげた。

 打ち付けた個所を撫でながら立ち上がる二人。

 立ち上がるまでの時間で目が慣れてきた二人は、その輝きを放つ何かの方へ顔を向けた。

 そして、その光景に目を張った。

 そこにいたのは、長髪の、白い服を着た女性。

 二人が見たのは、その女性が、二人の後輩に――――――気絶する桜坂しずくに馬乗りになって首を絞めている光景だった。



218: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 22:39:29.52 ID:vRBlhFjz.net

愛「しずく!」

 愛は気が付けば駆け出していた。

 それと同時に愛の呼び声で二人に気が付いたのか、女性はしずくの首から手を放し、上半身を起こした。

 それを好機と見た愛は、しずくに対して馬乗りになる女性に向かって飛び蹴りを放つ。

愛「アタシたちの大事な後輩に、何してんのよぉおおおおお!

菜々「ラ〇ダーキック!?」

 加速のついた愛の全体重が乗った飛び蹴り。それは女性をぶっ飛ばす――――――ことはなかった。

菜々・愛「「え?」」

 愛の体は、女性の体を通り過ぎた。いや、すり抜けた。

 驚きのあまり、愛は着地に失敗し、殺しきれなかった勢いのせいで数回地面を転がったが、持ち前の反射神経と運動能力ですぐさま体制を立て直した。



219: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 22:56:57.82 ID:vRBlhFjz.net

 菜々は目の前の光景を疑った、こんなことがありえるのかと……。

愛「菜々っち、今の……」

 女性は改めて自らをすり抜けていった愛を少し見つめたのちに、何かを考えるようなそぶりをして立ち上がった――――――いや、“浮き上がった”。

 愛と菜々は自らの目を疑った。よくよく見れば、女性には足がないのだ。

菜々「まさか――――――」

愛「幽霊っていうこと?」

 菜々は改めてその幽霊を観察する。



221: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:03:12.60 ID:vRBlhFjz.net

 浮き上がった身長は、そんなに自らと変わらない気がした。

 そして、その顔立ちは、目元は見えないが、なんとなく同じ年くらいだと印象を受ける。

菜々(いえ、幽霊の時点でおいくつかはわからないのですが……。しかし、この方、なにか――――――)

 ――――――懐かしい感じがする。

 この、なぜか感じる懐かしさ、それは、愛も同様に感じていた。

愛「アンタ……何者?」

 幽霊を警戒する菜々と愛。

 愛の質問には答えずに幽霊は二人を一度交互に見つめると、菜々の方をみて、口角を上げた。



222: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:17:35.79 ID:vRBlhFjz.net

 その瞬間、菜々の背筋に冷たいものが走った。

菜々(こちらを見て、笑った?)

 寒いはずなのに、脂汗がにじむ。ごくりと、菜々は大げさに唾を飲み込んだ。

愛「ちょっとー、愛さんを無視しないでよー。あ、何にも『ゆう』ことない? 『幽』霊だけに?」

 愛は菜々が見つめられた瞬間、嫌な予感がした。

 愛は幽霊の気が引ければいいなと軽い気持ちで言ったダジャレ。

 そのダジャレに反応し、幽霊はピクリと動きを止めた。

 そして、片手で自らの顔を覆って肩をプルプルと震わせた。



225: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:31:05.98 ID:vRBlhFjz.net

愛(やっば……くだらないこと言って怒らせた……?)

 愛はすぐさまに、動き出せるように膝から力を抜いて、構えた。

 しかし、幽霊の反応は、二人の予想外の物だった。

 “笑った”のだ。
 
 天を仰ぐように、口を開けて全身を震わせている様子はまさに大笑いする人そのものだった。

 そして、幽霊が出していないのか出ていないのかはわからないが、その声は菜々と愛の耳には聞こえなかった。

 しかし、その笑いに合わせ、その空間内の空気、左右のビルの窓や、縦樋、地面までもが大きく揺れた。

 その大きな揺れは立っていられないほどで二人はバランスを崩し、地面に膝をついた。



226: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:45:14.00 ID:vRBlhFjz.net

 そして、一頻り笑ったのちに、幽霊は口角を上げたまま改めて菜々を見た。

 その次の瞬間だった。

 幽霊は一瞬で地面に膝をつく菜々の目の前まで迫ると、その首をつかんで体をゆっくりと持ち上げだす。

菜々「――――――っ!」

 菜々は苦しさのあまりに無意識に幽霊の手をつかもうと手を動かすが、相手は幽霊のため当然つかめない。

 同時に、少しでも地面に足をつけようと、足を思いっきり延ばして抵抗をするが、それも無意味だった。

 徐々に宙に浮かされる体。

 菜々はなんとか愛に助けを求めようと、苦しさで瞑っていた目を開く。

 そして、幽霊と目が合い、その顔を見て、菜々は驚きのあまりに動きを止めるのだった。

愛「菜々っち!」



227: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:47:49.92 ID:vRBlhFjz.net

 一方の愛は体制を立て直し、菜々を助けに向かおうとしていた。

 しかし、それはできなかった。

 何かが、愛を上から抑えつけた。

愛「え?」

 驚きで声が漏れたのは、自分が地面に体を縫い付けられたことを認識してからだった。

 愛は首を回し、自らの背中を確認するが、そこには何もない。

 しかし、自らの体は確実にそこに何かあると認識していた。

愛(ヤバい、ガチだ――――――)

 愛が菜々の方を見ると、眼を見開いた菜々が、何故か抵抗をやめていた。

 ――――――それと同時だった。



228: 名無しで叶える物語 2021/09/23(木) 23:54:27.58 ID:vRBlhFjz.net

菜々の背後の暗闇が突然裂け、光が入りこんだ。

その光をと共に、ナイフを構えた歩夢が空間に入りこんできた。

幽霊は突然の訪問者に、思わず菜々の首を掴んでいた手を離した。

それと同時に、愛は自らの拘束が解かれたのがわかり、急いで立ち上がる。

歩夢は驚く幽霊にまっすぐに向かいながらナイフを振る。

愛「歩夢、ダメ! そいつ、幽霊だからナイフは――――――」

 次の瞬間、愛はその眼を疑った。

 歩夢が、ナイフで、幽霊の脇腹を切り裂いたのだ。

 すり抜けたのではなく、確かに歩夢のナイフは幽霊を切った。



230: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 00:03:15.74 ID:kDE46LuK.net

『――――――』

 声にならない悲鳴を、幽霊は上げて、今切られたばかりの脇腹を抑えた。

 その事実が、愛が見た光景を現実だと認識させる証拠にもなった。

 歩夢は、距離をとった幽霊に追撃はしなかった。

 幽霊が離した菜々を倒れる前に抱きかかえることを選んだからだ。
 
菜々「歩夢さん……?」
 
 力なく自らを呼ぶ菜々に歩夢は安心し、息を一つ吐いた。

歩夢「よかった、間に合った……。せつ菜ちゃん、遅くなってごめんね?」



232: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 00:14:25.71 ID:kDE46LuK.net

 菜々を安心させようと、微笑む歩夢。

 その笑顔を見て、菜々は恐怖による体の強張りがなくなっていくのを感じた。

 そして、それと同時に、自らが歩夢に抱きかかえられていることに気が付き、顔を赤くして、歩夢から離れた。

菜々「すみません歩夢さん!」

歩夢「大丈夫だよ、せつ菜ちゃん。愛ちゃんも無事?」

 歩夢の体から離れ、謝る菜々に、歩夢は首を横に振った。

 そして、続いて歩夢に呼ばれ、愛は我に返った。

愛(そうだ、今は呆けてる場合じゃない)

愛「アタシも大丈夫! 歩夢、ナイスタイミング!」

 愛は怪我がないことをアピールしようと歩夢にピースサインを作って見せた。

歩夢「よかった……しずくちゃんも気絶してるだけみたいだし、一安心かな?」



233: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 00:30:44.35 ID:kDE46LuK.net

 歩夢はそう言うと、ナイフを持ち直し切っ先を先ほどから脇腹を抑えながら顔を下に向けて何やら口をブツブツと動かす幽霊に向けた。

 そして、キッと睨むように幽霊に視線を向けると、幽霊の体にも『線』がしっかりと見えた。

 瞳が熱くなり、頭が少し痛くなるが、お構いなしに、顔を上ない幽霊を睨み続ける。

歩夢「本当に……幽霊にも見えるんだなぁ……『線』って……幽霊も死ぬなんて、本当に不思議だね?」

 歩夢の発言に、菜々は慌てて歩夢の腕をつかんだ。

菜々「歩夢さん、ダメです。この方は――――――」

 菜々は歩夢の目を見た。愛にも、歩夢の眼は見えていた。

 『死』を見る歩夢の目は、虹色に輝いていた。

 その輝きに見蕩れて、言葉を失った菜々。

 そんな菜々にわかってるからと言って、改めて幽霊を見る歩夢。



235: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 00:36:34.11 ID:kDE46LuK.net

 ブツブツと何かを言う幽霊の言葉はいつのまにかにその空間に木霊するように、何度も、はっきり聞こえる声量になっていた。

 菜々も、愛も、はっきりと聞き取った。

 その声は確かに、自分たちのよく知る大切な仲間の声で、よく知っている言い方で、大切なものを呼ぶように、“歩夢”と呼んでいた。

『歩夢――――――歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢『歩夢―――――――――――

 身震いするようなその声に、歩夢は心底嬉しそうに微笑んだ。

 そして、愛と菜々が見蕩れるような、妖艶な表情で、愛おしそうに、幽霊に言うのだった。

歩夢「やっと会えたね、侑ちゃん――――――」

 幽霊も――――――高咲侑も、顔を上げ、嬉しそうに、歩夢と名前を呼び続けるのだった。



244: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 23:24:00.38 ID:kDE46LuK.net

 菜々と愛は、この一日で、自分たちが何度驚いたかを、何度恐怖したかを、もはや思い出せないでいた。

 何度目を見開いたか、そして、驚くたびにそれ以上の驚き、恐怖するたびにそれ以上の恐怖が襲ってきて、もう表情筋も疲れたし、体中痛いし、感覚がマヒしてきていた。

 菜々はもしこの状況がライトノベルや小説だったら、同じような表現ばかりで、読者は飽き飽きしていることだろう。などとくだらないことを現実逃避で考えてしまった。

 しかし、事実は小説よりも奇なり。

 そんな摩訶不思議な状況が続きに続いて、最後に襲ってきた一番の衝撃に、菜々はもう考えることをやめたくなっていた。

 自分たちを襲ってきた相手が、仲間で親友だと思っていた人物だったという事実を、受け入れたくなかった。



245: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 23:37:19.99 ID:kDE46LuK.net

 しかし、菜々の脳は、聞こえてくる声が、見えてしまったその顔が、その幽霊を、侑だと認識していた。

愛「ゆうゆ……なの……?」

 愛も、歩夢のつぶやきと幽霊の声を聴いて、気付かぬうちにつぶやいていた。
 
 その呟きが聞こえたのか、侑は歩夢の名を呼ぶのをやめ、愛を見た。

 俯き気味だった先ほどまでは見えなかった顔が、上を向いたことによって、はっきりと見えた。

 その顔は、確かに高咲侑だった。

 しかし、その瞳にかつての輝きはなく、虚ろに、愛を見つめたのちに、すぐに歩夢の方へ向き直ってしまった。

 愛はショックを受けた。



246: 名無しで叶える物語 2021/09/24(金) 23:48:24.50 ID:kDE46LuK.net

 自分は侑を親友だと思っていた。侑が目覚めれば、また笑い合えると思っていた。

 しかし、目の前にいる侑は自分などまるで知らないとでも言わんばかりに眼中になかった。

 侑は歩夢へ向き直ると、再び、まるで壊れたカセットレコーダーのように歩夢の名を切り返し呼んだ。

歩夢「……やっぱり……侑ちゃんは私の知ってる侑ちゃんじゃないんだね……ううん、エマさんが言ってたっけ? 本能で話す魔術だって……あなたも、侑ちゃんの一面なんだよね……」

侑『歩夢! 歩夢! 歩夢! 歩夢! 歩夢! ――――――』

歩夢「うれしいなぁ――――――私、こんなに思われてたんだ。けど、だからこそ――――――」



249: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 00:22:35.37 ID:PErDPtzf.net

 歩夢は目の前にナイフを構えた。

歩夢「私はあなたを――――――殺さなくちゃいけない」

 歩夢は笑い続ける侑に向かって走り出した。

 侑はそれを見て、一瞬きょとんとしたが、すぐさま虚ろな目を輝かせた。

侑『歩夢、遊ぼう!』

 侑がそう言うと、侑の背後の空間が歪み、そこから菜々と愛を攫った白い二本の腕が現れた。

 歩夢はその腕を注視し、ナイフで線を切り裂こうとする。

 しかし、強力な『眼』を持っていても、歩夢も所詮ナイフの扱いは素人。

 片方はうまく線を切れたが、もう片方の手に掴まれてしまい、空中へと持って行かれる。

 まるで、高い高いでもするかのように。



251: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 00:46:41.94 ID:PErDPtzf.net

歩夢「――――――このッ!」

 幸いにも、掴まれたのは腰。

 両腕の自由を奪われなかった歩夢は白い手にナイフを突き立てた。

 侑は苦痛に顔を歪め、歩夢を放り投げた。

 歩夢はビルの壁に打ち付けられ、3メートルほどの高さから重力に従って落下した。

 ぐしゃりと、人からしてはいけない音が、歩夢からした。

愛「歩夢!」

 地面に落下した歩夢に駆け寄る愛。



253: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 01:10:03.17 ID:PErDPtzf.net

 しかし、侑がそれを許さなかった。

 侑は愛が歩夢に近付こうとするのを見ると、侑はそれを阻止せんと、愛と歩夢の間に立ち、愛をジッと睨みつける。

愛「クッ……ゆうゆ……」

愛(……何で……!)

 記憶に残る侑の顔が、脳裏を駆け抜けた。その記憶の中の侑と現在の侑が同じだと認めたくない愛は心の中で叫んだ。

 何で――――何で――――何で――――!

 愛は拳を握りしめた。



254: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 01:47:06.05 ID:PErDPtzf.net

 何で侑はこんなことをしているのか。

 何で侑は自分を認識してくれないのか。

 何で侑は幽霊になっているのか。

 何で歩夢は幽霊を斬れるのか。

 何で、何で、何で、何で、何で――――――

 疑問は尽きない。

愛(けど、それも今この状況を何とかしないと――――――)

菜々「侑さん、こっちです!」

 にらみ合う侑と愛の横から、菜々の声が響いた。



256: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 02:20:39.88 ID:PErDPtzf.net

侑と愛が菜々を見る。愛は菜々の姿を見て、懐かしくなった。

菜々は、髪型を弄り、スクールアイドル【優木せつ菜】の姿をしていた。

菜々「私です、せつ菜です!」

 侑は無表情で菜々を――――――せつ菜を見つめている。

 その隙にと菜々は愛に視線を合わせ、頷いた。

 愛は音を立てぬように、気絶をしているしずくを回収しながら、歩夢の元へと急いだ。

愛「歩夢、大丈ぶ――――――」

 愛は歩夢の姿を見て、言葉を失った。



258: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 02:43:20.29 ID:PErDPtzf.net

 一方、侑と対峙した菜々は不気味な状況にあった。

 菜々を見つめたまま、侑が動かないのだ。

 もしや、この格好を見て懐かしくなってくれたのではないか、そう思った菜々は侑に話しかけることにした。

菜々「侑さん? 私です、せつ菜です。お久しぶりですね、お会いしたかった――――――」

侑「――――――菜」

菜々「え?」

侑『せつ菜ぁあああああ!』

 その声に込められた感情は、怒り。

 最初に襲われた時は、きっとそこにいたから。

 しかし、今回は明らかに違った。明らかな敵意を持って、菜々は――――――せつ菜は侑に首を掴まれた。

 馬乗りになられ、首を絞められる。

 それと同時に、菜々は自らの体から力が抜けていく感覚に襲われた。

 抵抗したいのに、体に力が入らない。

 菜々はただただ自らを憎悪の眼差しで睨みながら首を絞めてくる侑を見上げながら何故と、涙を流す他なかった。



265: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 11:17:03.61 ID:PErDPtzf.net

菜々(侑さん……私は何かしてしまったでしょうか……)

 涙で侑の顔がぼやけてきた。

 それを拭おうかと思ったが、体中の力は既に抜けきり、菜々は自分の手足を動かすのも億劫になっていた。

 菜々は自分が何かしてしまったなら、侑が、それで気が済むならば、このまま侑にすべてを委ねようか、そう考えた時だった。

歩夢「――――――させないよッ!」

 歩夢の声と同時に侑の表情が痛みで歪んだ。

 菜々に夢中になっていた侑の右肩に、肩で息をした歩夢がナイフを突き立てていた。

歩夢(……一撃で決めたかったけど……ふらついて外しちゃった。けど――――――)



276: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 12:16:22.50 ID:PErDPtzf.net

 歩夢の体には“一つも傷はなかった”が、戦闘の疲れと『眼』の反動で応じる頭痛とで満身創痍だった。しかし、それでも最後の力を振り絞り、侑をしっかりとその『眼』に捉える。

歩夢「このまま殺させてもらうよ、侑ちゃん!」

 歩夢の虹色の瞳には、『直死の魔眼』には幽霊であるはずの侑の『死』がはっきりと見えていた。

 肩口から胴体に向けて伸びる『線』をなぞらんと腕に力を込めた。

侑『歩夢……クッ!』

 侑は歩夢を呆気にとられた表情で見た。

 そして、このままでは不味いと自らその肩を引きちぎるように侑は菜々の上から離れた。

 侑から取れた右腕が光となって霧散するのを見て、歩夢は悔しそうに顔を歪めた。

 支えを失った歩夢はバランスを崩し、そのまま崩れ落ちる。

 受け身も取れずに、そのまま菜々の真横に転がるのだった。



268: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 11:53:14.25 ID:PErDPtzf.net

菜々「あゆむ……さん……」

 力の入らない体に何とかカツを入れ、袖口で涙を拭うと、菜々は何とか上半身を起こし、歩夢を助け起こそうとする。

歩夢「侑……ちゃん……ッ――――――」

 歩夢は先ほど以上にひどい頭痛に襲われた。

 『直死の魔眼』とは、本来普通の人間に発現していいものでない。

 そして、この眼に見えている『死』とは厳密には『寿命』で、その『寿命』には『生命の寿命』だけでなく『存在の寿命』も含まれている。

 『生命の寿命』は人間も生物のため、比較的に理解できる。

 しかし、今歩夢が見ている侑は『幽霊』という、未知の存在であるため本来ならば『死』を理解できない。

 幽霊を【そこに存在するから生きている】と無理矢理思い込んで『死』を見ていた。

 元々一般人である歩夢の脳は『死』に対する処理能力にも限界があり、その上でさらに無理をしている状態。

 その負担が、頭痛と精神的疲労という形で顕著に表れるのは当然だった。



269: 名無しで叶える物語 2021/09/25(土) 11:53:47.42 ID:PErDPtzf.net

 歩夢は侑をしっかり見ようとするが、疲労の所為か、侑の姿をしっかりと捉えることができず、霞んだ姿しか見えない。

 歩夢は菜々に支えられながら虚ろながらも、悔しさと悲しみが入り混じった目で、侑を見つめていた。瞳は元に戻っていた。

歩夢の視線を追い、菜々も侑を見た。

 そして、先ほどまでの虚ろな目でなく、悲しそうな目をした侑と目が合った。

菜々「侑さん……?」

侑『歩夢……せつ菜ちゃん……愛ちゃん……しずくちゃん……』

 侑はその場にいる全員を順番に見たのちに、上空へと浮き上がり、こちらが何かを言う前にどこかに消えていったのだった。



279: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 00:11:36.17 ID:UX71q7us.net

しずく「……ここは……」

 しずくが目を覚ますと、真っ白な天井と左右から心配そうに自分を見つめるかすみと璃奈の姿が目に入った。

 かすみと璃奈は目を覚ましたしずくと目が合うと、涙を流しながらしずくに抱き着いた。

かすみ「しず子!」

璃奈「しずくちゃん!」

しずく「えっ? かすみさん? 璃奈さん? どうしたの?」

 状況を飲み込めず、抱きしめられたしずくは赤くなりながら二人に問うが、かすみも璃奈もしずくを抱きしめるばかりで何も答えてはくれない。

 そして、その様子を見ていた果林と彼方、エマは顔を見合わせ、微笑んだ。

果林「よかったわ……しずくちゃんが無事で」



281: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 01:04:09.39 ID:UX71q7us.net

彼方「けどびっくりしたよー。歩夢ちゃんの家で待機してたら愛ちゃんから迎えきてって連絡きたからさー。慌てて行ったら居たのは歩夢ちゃんの主治医さんの真姫先生としずくちゃんでー、しずくちゃんをこの病院に運んでって言われるしー」

果林「そこが不思議なのよね。歩夢たちは先にカウンセラーの先生の車でこの病院に来ていたのでしょう? 何故、襲われたはずのしずくちゃんでなくて、歩夢を優先したのかしら……?」

彼方「しかも、二年生二人以外面会禁止でしょ? エマちゃん、何か聞いてない?」

エマ「ううん、私も何があったかは聞いてないんだ」

エマ(歩夢ちゃんの『眼』関連だろうけど――――――私も専門家ではないし……歩夢ちゃん、大丈夫かなぁ……)

しずく「皆さん! いらっしゃったなら、かすみさんと璃奈さんを何とかしてください!」

 壁際でこちらを見守る三人に気付いたしずくが助けを求め、果林がやれやれとベッドに近付いた。

果林「ほら、二人とも、しずくちゃんが目覚めてうれしいのはわかるけど、そろそろお医者様と警察の方を呼ばないといけないのだから離れなさい」

エマ(あ、そうだ。しずくちゃんが目覚めたって、愛ちゃんに連絡しないと――――――)



282: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 01:32:34.56 ID:UX71q7us.net

 エマからの知らせは、すぐに愛のスマホに届いた。

愛「しずく、目を覚ましたって」

 ベッドに座る歩夢と菜々、そして、二人の検査のために病室にいる真姫と希はその知らせを受け、胸を撫でおろした。

愛「じゃあじゃあ……改めて話してもらえるんだよね? ゆうゆのこと、歩夢のこと、全部!」

 歩夢は目に包帯を巻き、視界を完全に封じている。

 しかし、歩夢は包帯の上からでも自分を射抜くような愛の視線を感じていた。

 歩夢「希先生……二人に話します」

希「……それがええね……」

歩夢「……もう二人にはこれ以上隠してられないからね……話すね、私のこと、侑ちゃんのこと――――――」



284: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 01:59:15.48 ID:UX71q7us.net

まずは私の眼と、歩夢は包帯を外した。

そして、愛と菜々に見せるように、ゆっくり『眼』を開く。

歩夢「……私の眼はね、モノの『死』が見えるんだ。……真姫先生、何か硬くて壊れてもいいの、ありませんか?」

真姫「そこのボールペンなら斬ってもいいわよ」

 歩夢は礼を言うと、希にナイフを借りると、病室に備え付けてあったにボールペンに見えた『線』にナイフを通した。

 まるでバターでも切るかのように、ナイフは簡単にボールペンを両断した。

 その光景を見て驚く愛と菜々の顔を見ながら歩夢は続ける・

歩夢「すべてのモノには終わりがある。人はもちろん、動物にも、こういうボールペンみたいなちょっとしたものから建物にまで。私の目は、それが終わるまでの時間を――――――「寿命」を『線』としてみることができるみたいなの。……それこそ、幽霊のものもね」

愛「だから、あのゆうゆの幽霊も斬れたの?」



285: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 02:12:44.78 ID:UX71q7us.net

歩夢「うん。私には見えた。だから斬れたの。ただ、こんな能力に目覚めちゃったからすごい疲れちゃうんだ……」

 使用時のデメリットなどは、あえて詳しくは説明しない。

 そして、能力の説明が終わると、隣でおとなしく話を聞いていた菜々の感情(中二心)が爆発した。

菜々「なんですか、そのチート能力! なんでも斬れるなんて……まるでライトノベルです! 地獄の番犬デ〇マスターです! 主人公です! 歩夢さんかっこよすぎです!」

希「どうどう……」

 隣のベッドから、興奮した菜々が身を乗り出して歩夢に詰め寄ろうとし、希に抑えられる。

 歩夢「せつ菜ちゃん落ち着いて……。たしかに、この『眼』はすごいかもしれないけど、侑ちゃんに手も足も出なかったのを見ての通り、目で見える線を斬れなきゃ意味がないの」

菜々「はっ……なるほど、強すぎる力には制約が付き物と! まさにそういうことですね!」

歩夢「う、うん……」

 瞳を輝かせながら話を聞く菜々の勢いに押されながら歩夢は頷いた。



287: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 02:29:04.98 ID:UX71q7us.net

菜々「やっぱり能力に目覚めたのは三か月前からですか?」

歩夢「そ、そうだね……昏睡から目が覚めたら視界は『線』だらけだし、二年も寝てたから皆は大人っぽくなってるしで、希先生に説明受けるまではずっと混乱してたなぁ……」

菜々「そうなんですね! あの時はうれしさのあまりに取り乱してしまい、すみませんでした! それで――――――」

 菜々の勢いに呆気に取られていた愛だが、このままでは話が進まないので、次の質問をしようと、雰囲気を変えるために一つ咳払いをした。

 それに気付いた菜々は興奮で周りが見えなくなっていたことに少し恥ずかしくなり、顔を赤くしながらベッドに座り直す。

希(アイドルの話をした後の花陽ちゃんみたいな反応しとる。かわええなぁ)

愛「じゃあ、とりあえず質問その2。あのゆうゆは何?」

歩夢「うーん……そうだなぁ……」

 歩夢は少し考える素振りをしたのちに、希へと耳打ちをした。それに対し希は頷いた。

歩夢「それについても、先に説明しなきゃいけないことがあるから、それから先に説明するね。ねえ、愛ちゃん。「魔法」って、あると思う?」

 歩夢の問を、愛も菜々も、最初は理解することができなかった。

菜々・愛「「……え?」」



297: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 22:00:44.63 ID:UX71q7us.net

 呆気にとられた二人に今度は希が魔術について簡単に説明をした。

愛「文明で再現できないものが「魔法」で、文明で再現をできてしまうものが「魔術」……」

希「せやね、例えば現代なら火を起こすのはライターがあればできるし、電気だって、発電機があるやろ? 怪我の治療も病院でできる。だから、魔力でそれをしても「魔術」。厳密にいえば他にも色々分類は有るらしいけど、それだけ覚えておけばええかな。」

歩夢「私に怪我がなかったのも魔術による効果だよ。私が希さんから受け取ったナイフには簡単に言うと身代わりになってくれる魔術が付与されてたんですよね、そのおかげで助かりました」

愛「なるほどね、あんなひどい音がしたのに怪我一つないからびっくりしちゃったよ」

歩夢「とはいっても、痛みは体中に残ってたから気絶しちゃったし、そのあともフラフラだったけどね」

 愛が歩夢に駆け寄った際に驚いたのは、音と洋服の破れや傷に反して歩夢の体が綺麗だったからで、あの後愛は混乱しながらも歩夢を起こし続けたのだ。



298: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 22:10:49.70 ID:UX71q7us.net

 その結果、ぼろぼろながらも、菜々に馬乗りになる侑へ奇襲の一撃を入れることができた。

希「魔術も万能ってわけじゃないんよ、できることはできるし、できないことはできない。個人との相性も大きいしね」

 希の説明が終わると、菜々が再び声を上げた。

菜々「チート能力の次は魔法! 魔術! ハリー・〇ッター! スレイ〇ーズ! オー〇ェン! 事実は小説よりも奇なり! しかも、その末裔が我が同好会の先輩にいらっしゃったなんて……!」

 興奮やまない菜々の様子に周りは引きつった笑いを浮かべた。

真姫「この子……自分が危なかったって自覚あるの……?」

歩夢「自分の大好きなことになると止まらないです。普段は生徒会長も務めてたくらいには真面目なんですが……」

希「菜々ちゃん見てると花陽ちゃんが浮かんでくるね、ウチは嫌いじゃないよ、この子。かわええやん」

愛「希先生も大物だね……」

 コソコソと話す四人に気付かず菜々は憧れの未知の世界への思いを巡らせていた。



300: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 22:34:34.46 ID:UX71q7us.net

愛「そ、そういえば、この説明は何でアタシたちにされたの? ゆうゆの件と、やっぱり関係あるんだよね……?」

 わざとらしく大きな声で尋ねた愛の言葉で菜々は我に返った。

菜々「おっと、そうでした。つまり……侑さんがあのようなお姿だったのも何らかの魔術の効果、ということでしょうか」

歩夢「そういうこと。けど……それについて説明する前に、一つ約束をして欲しいの。今から話すことは、エマさんには内緒にして欲しいんだ」

愛「エマっちに?」

菜々「エマさんは魔術のことを御存じなのでしょう? なのに話しては駄目なのですか?」

歩夢「うん、絶対に話さないで」

愛「……わかった」

菜々「わかりました、歩夢さんがそこまでおっしゃるのなら話しません」

 歩夢の強い意志を感じ取ったのか、二人は頷いた。そして、そんな二人に歩夢は礼を述べてから話し始めた。



301: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 22:56:25.11 ID:UX71q7us.net

歩夢「じゃあ、まず最初に今現在の侑ちゃんについて……二人も疑問に思ってたよね? 何で私が侑ちゃんのお見舞いに行かないか」

 その言葉に、事情を知っている真姫と希は俯いた。

 菜々と愛は真姫と希の表情、そして、これまでの歩夢の話から一つの結論にたどり着いた。いや、たどり着いてしまった。

 その予想が合ってないことを祈りつつ、歩夢の答えを待つ。

 歩夢は悲しみと悔しさが混じったよう目をして、一度俯いた。

 自分の足にかかっている布団を握りしめ、肩を震わせる。

歩夢(言いたくないな……けど、二人には言わなくちゃいけないんだ……)

 歩夢の言葉を待つ、菜々と愛。

 歩夢は意を決し、顔を上げた。

 歩夢の口から発せられた言葉は、二人が予想していた答えと、同じだった。

歩夢「二人とも、あの病室にいる侑ちゃんはね、もう……死んでいるの……あそこにあるのは、侑ちゃんの死体なの……」



304: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 23:14:26.82 ID:UX71q7us.net

 歩夢の瞳から流れた涙。

 愛は、帰ってきた最悪の答えに、何も言えなかった。

 そして、歩夢が目覚めてからの行動を思い返す。

愛(確かに……歩夢は明確にゆうゆについて触れることはなかった……そして、あの会話――――――)

 愛が思い出したのは、二つの会話。

【歩夢「この曲じゃないとダメなの。この曲は――――――“最後”に侑ちゃんが用意してくれた曲だから――――――」】

【果林「あなたがこうして目覚めたんだもの。どうせなら、また全員で集まりたいわ、侑も含めて――――――」
歩夢「それは無理です」】

愛(ずっと……その瞳で見た真実を……一人で抱えていたの?)

 愛も、気が付けば涙を流していた。

 目の前でこの悲しい秘密を孤独に抱えていた親友と、亡くなった親友を思って泣いていた。



306: 名無しで叶える物語 2021/09/26(日) 23:39:19.06 ID:UX71q7us.net

菜々「け、けど――――――」

 一方の菜々はその事実を簡単には受け入れたくなかった。

 だから、思いついたように先日お見舞いに行った際の侑の様子を話す。

菜々「侑さんはちゃんと成長していました。二年前より髪が伸びたり、大人っぽくなったり、肉付きだって――――――」

菜々(――――――肉付きが良くなった?)

 菜々は自分の言葉に違和感を持った。

真姫「私も、希に言われるまで全く気付かなかったわ。意識不明者は確かにその程度によって成長したりすることもある。けど、高咲侑のように脳死レベルの人間で明確に筋肉の付き方とかそのまま成長というのはあり得ない」

希「きっと、暗示や幻術の一種やろうね……自らの死を悟らせないための……」

菜々「では、あと心電図! あれは――――――」



307: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 00:13:29.61 ID:eUly492J.net

 ただの現実逃避だと、菜々はわかっていた。

 それでも、その答えを聞かなくては、納得ができなかった。

希「それも、霊体の侑ちゃん。魂食い……いや、エナジードレインになるんかな? まあ、“食事”やね。女子高生たちから吸収したエネルギーで、肉体を保存してるんやろ」

歩夢「実は、希先生にあった直後に、侑ちゃんの病室に希先生と真姫先生と行ってるの。その時に気が付いたんだ。侑ちゃんの体を包む結界と、その結界に、どこかからエネルギーが送られてきてるって」

希「それとさっき言ったように、暗示か幻術を組み合わせ、自らの生を偽装してる」

 希は涙を貯める菜々の眼をはっきり見ながら言う。

希「菜々ちゃんは、昨日やられたやろ?」

 菜々は希の言葉に、ハッと思い出した。

 昨日、侑に首を抑えつけられた際に、体中から力が抜けていくような感覚があったのを。



309: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 00:27:03.04 ID:eUly492J.net

菜々「侑さん……」

 菜々はようやく顔を伏せた。

 菜々の目から流れた涙が、菜々の頬を伝って落ち、白い布団に黒いシミを作ってゆく。

 歩夢も、先ほどから流れ続ける涙で、しゃべるどころではなかった。

 希は立ち上がり、立ち尽くしながら泣く愛の背中を押した。

希「ほら、三人で思いっきり泣きな。悲しい時は、思いっきり泣いていいんよ」

 愛は押された勢いのままに静かになく歩夢と菜々を無理矢理に抱きしめた。

 歩夢と菜々もそれに体を任せるように体を寄せ、互いを抱きながら大声で泣いた。

 そして、暫く泣いたのち、愛と菜々は改めて希と歩夢に話を聞かせてくれと頼むのだった。



311: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 00:43:01.18 ID:eUly492J.net

希「じゃあ、再開していこうか。むしろ、本題はここからやしね。その前に、質問とかある?」

真姫「じゃあ、私からいい?」

希「はい、真姫ちゃん!」

真姫「高咲侑はいつ死んだの?」

希「正確な日時まではわからないけど、たぶん最初の事件の直前くらいじゃないかな?」

菜々「やはり、侑さんは死んでしまったから現れたのでしょうか?」

 菜々の問に、希は首を横に振った。

希「たぶん、それは違うかな。おそらくだけど、元々ギリギリだった肉体から魂が飛び出したから、侑ちゃんは死んでしまったんよ」

愛「魂が飛び出した?」

 愛の問に、歩夢は俯いた。

希「せやね。じゃあ、まずそれから説明しようか。一年前、高咲侑ちゃんの身に何が起きたかを――――――」

 希はエマが一年前に使用し、発動すらしていないと思っている魔術の説明をするのだった。



319: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 22:16:31.78 ID:eUly492J.net

愛「魂と対話をする魔術……それって現代で再現可能?」

希「霊視やネクロマンスに当たるんやないかな……姉弟子曰く、エマちゃんの御家の魔術は治癒関係が多いみたいやし……。本来魔術にはある程度秘匿性があるから魔術師になれなかったウチには師匠もざっくりしか説明してくれてないんよ」

愛「なるほどなるほど。愛さん理系だから魔術について説明されても理解できる気はしないなぁ。けど、エマっちがまさかそんなことをしてたなんて……」

希「それだけ、エマちゃんも二人に目覚めて欲しかったってことやね」

真姫「しかし……その結果、エマ・ヴェルデのその暴発した魔術によって、魂が飛び出たことにより、高咲侑は死に、不完全な幽霊の高咲侑が誕生した」

 真姫の言葉に、愛と菜々は顔を伏せた。

 エマは侑を救うつもりで、藁にも縋る想いで魔導書を開き、それに望みをかけたのに、逆の結果を招いてしまったのだから。

菜々(歩夢さんがエマさんに絶対言わないでと言ったのは、こういうことだったのですね……)



321: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 22:27:36.43 ID:eUly492J.net

真姫「あ……」

 顔を伏せた二人を見て、真姫はしまったと思った、自身の言い方が直球すぎた、と。

真姫「……念のためフォローしとくと、どちらにしろ、高咲侑は正直長くはなかった。だから、幻術だったけど、あそこまで回復したのは奇跡だと院内でも噂になってたのよ」

 真姫の言ったことは侑の両親にも一回伝えられていた事実だった。

 それは、歩夢も入院中に、侑の両親が一度見舞いに来た際に聞いていた。

 それはもう嬉しそうに話していたのを覚えていた。

歩夢「真姫先生、それは違います」

 だからこそ、歩夢は真姫の言葉を否定する。

 この場にいる誰よりも死を理解している歩夢が否定する。

歩夢「……事実はどうであれ、医学的に、侑ちゃんはまだ死んでいません。エマさんは誰も殺していません。だから――――――私が侑ちゃんを殺すんです」



324: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 23:05:28.04 ID:eUly492J.net

 歩夢の目は決意に満ちていた。

 そんな決意に満ちた歩夢の言葉を否定したのは、愛と菜々だった。

愛「ねえ、待ってよ、歩夢。だめだよ、ゆうゆは大切な幼馴染でしょ? なのに殺すなんて……」

菜々「そうですよ……なにか他の方法はないんですか? 歩夢さんの持ち霊になってもらう、とか。話して成仏してもらう、とか――――――」

愛「そうだよ、幽霊ゆうゆを殺さない方法ってないの?」

希「ないね」

 菜々と愛の言葉を、希が否定する。

希「エマちゃんの使った魔術は本能の解放も含まれてる。菜々ちゃん、君たちも対峙したからわかるやろ? 理性のない魂は怪物になるしかないんよ。話は、通じない」

愛「けど……なら、せめて他の専門家へ依頼するとか……」

歩夢「それだけは、絶対ダメ」



326: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 23:19:56.96 ID:eUly492J.net

 本音を言うと、歩夢も侑を殺したくはなかった。

 侑の目覚めを待っている人々のことを思うと、心が痛かった。

 希に言えば、姉弟子を通して自分以外に幽霊を退治できる専門家などを呼ぶこともできるだろう。

 しかし、この役目を歩夢は他の誰にも譲る気はなかった。

 侑を殺すことができるからこそ、生まれた歩夢の欲望(わがまま)のために。

歩夢「侑ちゃんは私が、私のために殺したいの。侑ちゃんは、きっと怪物になんてなりたくないと思う。
 それを止めるのが私って、侑ちゃんの最後の瞬間に深く刻み込まれるのが私って、本当に素敵じゃない?
 そのために――――――侑ちゃんを止めるために、神様は私にこの『眼』をくれたんだよ」

 歩夢はにっこりと満面の笑みを浮かべながら言う。

 その狂気すら感じさせる笑みに、愛と菜々は何も言えなくなった。

歩夢(それに……どうせ、私も長くはないんだし……)



329: 名無しで叶える物語 2021/09/27(月) 23:41:09.99 ID:eUly492J.net

真姫「ちなみにだけど、高咲侑の幽霊を殺さないで、病室にかけられている……幻術? 暗示?と肉体の保存をしてる結界を歩夢が殺した場合はどうなるの?」

希「それこそ、歩夢ちゃんが瞬殺されるくらいの、本物の化け物が誕生するだけやね。吸収したエネルギーを全て自分のためだけに使えるんやから。
 どれくらいかはわからないけど、今はエナジードレインをしたエネルギーを肉体保存に回してるからこそ、侑ちゃんは動けないとも言えると思うんよ」

 待ち伏せ型の狩猟動物状態やね、と希は付け足した。

真姫「なるほどね……だからこそ、獲物も自分より弱いけど、ある意味エネルギッシュな女子高生に絞ってるのかしら?」

希「まあ、えり好みはしてるみたいやけどね」

 希はそう言うと、歩夢の前に十一枚の写真を置いた。

 それを拾い上げてみる歩夢。

歩夢「これは……?」

希希「前に頼まれてた、この一年の被害者リスト。十二人目と十三人目はよく知ってるからいらないやろ?」

歩夢「……ニュースより多いんですが……」



332: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 00:10:07.24 ID:Wh3Tdam9.net

希「今のところそういう被害にあった子はいないとはいえ、余計な詮索を商売にする人間も仰山おるからね。そういうのが嫌で隠してる人もおるんよ」

歩夢「……なるほど」

菜々「十三人目ってもしかして私ですか?」

愛「まあ、記憶は抜け落ちてないけど、そうだよね。希せんせー、これも暗示?」

希「おそらくね、師匠に連絡さえつけば全部一発で説明してくれるんやろうけど」

 愛はなるほどと頷いたのちに、歩夢、菜々と共に写真を覗き込む。

愛「お、おう……」

菜々「これは……」

歩夢「侑ちゃん……わかりやすすぎるよ……」



333: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 00:21:52.83 ID:Wh3Tdam9.net

 三人は写真を見て、反応に困った。

 侑の被害者リスト、その被写体は見事に、全員、清楚、清純、真面目、品行方正という言葉が似合いそうな美少女ばかりだった。

愛「うわ……皆、髪とか染めたこととかなさそう……。制服もすごいしっかり着てるよ!」

菜々「こちらの方は卒業する直前に見たことがあります。A・ZU・NAに憧れているとサインを求められました」

歩夢「え、卒業直前って――――――私が寝てる間もA・ZU・NAで活動してくれてたの?」

愛「そうだよー、菜々っちもしずくも、歩夢が帰ってくる場所を守るって張り切ってたんだから」

菜々「結局、私が卒業して解散となってしまいましたが――――――」

歩夢「そんなことないよ、せつ菜ちゃん、うれしい! 大好き!」



337: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 00:39:00.41 ID:Wh3Tdam9.net

 感極まって菜々に抱き着く歩夢。菜々は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうな顔をし、私も大好きですとぎこちない手で歩夢を抱き返すのだった。

希「A・ZU・NAって? 歩夢ちゃんから聞いてた限りだと、ニジガクってソロメインやないの?」

愛「積極的に活動してたわけじゃないけど、一応少人数ユニット活動もしてたんですよ。メンバーは、まさにゆうゆに襲われた二人と歩夢! 正統派で清純な王道ヒロインユニット!」

 愛はそう言って、スマホを取り出し二年前に三人で活動中のA・ZU・NAの画像を希と真姫に見せた。
 
希「懐かしいなぁ、うちらもユニットは組んでたね、真姫ちゃん」

真姫「そうね、エリーとにこちゃんをまとめるのがたいへ――――――」

 愛の見せた画像を見て二人は固まった。

希「お、おう……」

真姫「これは確かにわかりやすいわね……襲われた子たちも黒髪とか、ヒロインって感じの子ばかりだし……」

 画像を見た二人も、反応に困っていた。



346: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 21:44:15.36 ID:Wh3Tdam9.net

歩夢「まったくもう、侑ちゃんったら!」

 プンプンなど可愛らしい擬音語が似合いそうな様子で頬を膨らます歩夢を愛がなだめた。

希「まあまあ、そういう意味じゃ、歩夢だってゆうゆの好みなのは間違いないんだからさ。昨日会ったゆうゆだって歩夢に会ってチョー喜んでたじゃん!」

歩夢「あれ、喜んでたって言っていいのかな……」

 愛の歩夢は苦笑する。

 現在、部屋には歩夢と愛の二人だけ。

 検診があるからと真姫が出てゆき、希もカウンセラーとしてしずくもとへ向かうとのことだったので、しずくを心配していた菜々がそれに着いて行った。

 愛は歩夢が心配だからと残った。

愛「けど、本当に清楚な子ばかり。見てよ、歩夢。さっき菜々っちがサイン渡したって子、髪型はせっつー時代とお揃いだよ」

歩夢「ふふ、本当だ。せつ菜ちゃん、今はこの髪型してくれないもんね……昨日は私たちを助けるためにこの髪型してくれたけど……」



348: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 21:58:38.03 ID:Wh3Tdam9.net

愛「あれは懐かしかったなー。アタシも卒業ライブ以来だから、半年ぶりだったかな? 卒業ライブの菜々っち、神がかってたんだよ、『髪』だけにね!」

歩夢「もう、愛ちゃんったら」

 クスリと微笑む歩夢。

 その笑顔につられて、愛も微笑んだ。

 昨日の夜が嘘のような穏やかなひと時だった。

愛「けど、びっくりした。ゆうゆ、なんで菜々っちに執着したんだろ?」

歩夢「え? あ・……うーん……わからないなぁ。けど、そういう意味じゃせつ菜ちゃんも侑ちゃんの好みだし……」

 曖昧に逃げようとする歩夢に、愛は苛立ちを覚えた。

愛(……………やっぱり、とぼけるよね……)

 そして、昨日のことがあったからこそ、愛はこのひと時を壊さなくてはいけなかった。
 
愛「……ねえ、歩夢。さっき菜々っちは言わなかったけど、アタシたちはさ、聞いてるんだ」

 歩夢は愛の声から、戯れが消えたのを感じ取った。



349: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 22:12:17.88 ID:Wh3Tdam9.net

 病室の空気が、ピンと張りつめ、愛の真剣さを物語っている。

歩夢「……何を?」

愛「ゆうゆが菜々っちを――――――せっつーに明確な敵意を持って呼んだんだ、『せつ菜』ってね」

歩夢「!」

愛「気絶した歩夢は、聞いてないよね」

 愛の言った通り、侑が菜々に馬乗りになってエナジードレインをした瞬間、歩夢は気絶したため、そのことを知らなかった。その声を、聞いていなかった。

 沈黙を肯定とみなし、愛は続ける。

愛「そして、さっきの被害者リストの写真……とくにさっき話した子の写真を見て、愛さんはとある仮説を立てた。ねえ、歩夢? ゆうゆは最初から、菜々っちを――――――」

 ――――――優木せつ菜をターゲットにしてない?



352: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 23:25:31.78 ID:Wh3Tdam9.net

愛「清楚、清純、正統派。一見そんな子ばかりで見境ない気がするけど、中川菜々、もしくは優木せつ菜を中心に考えると、それぞれサイドテイルか三つ編み、合宿の時みたいな二つのおおさげ髪型、髪色とか、身長とか、ウチの生徒だったりとか、共通点が見えてくる」

歩夢「……しずくちゃんは?」

愛「しずくだって、髪は少し菜々っちより明るいけど、暗闇で見ちゃえばほぼ黒髪。しかも、ずっと同じユニットでやってきた者同士だし、しゃべり方とか含めて、雰囲気が、元々似てるよ」

歩夢「……確かに、そう考えると偶然にしてはできすぎてるね。けど、侑ちゃんはせつ菜ちゃんを知っているんだから、直接狙えば――――――」

愛「ゆうゆって、今理性ないんでしょ? なら、多少なら間違えるかなって……」

歩夢「この間違いは多少かなぁ?」

愛「……やっぱり無理がある?」

歩夢「かなりね、こじつけのレベルじゃないかな?」

 愛はだよねーと言って、菜々が先ほどまで寝ていたベッドに両手を広げて倒れた。

 病室の張りつめた雰囲気が緩んだのを、歩夢は感じた。



353: 名無しで叶える物語 2021/09/28(火) 23:39:00.19 ID:Wh3Tdam9.net

歩夢「けど、侑ちゃんの狙いがせつ菜ちゃんって意見には私も賛成かな」

 歩夢の言葉に、愛は驚き、上半身を起こした。

歩夢「愛ちゃん、だるまみたい」

 くすくす笑う歩夢を愛はジト目で睨みつける。

歩夢「ごめんね、私も確証ないけど、まさか愛ちゃんも同じ考えとは思わなくて」

愛「……で、歩夢はいつからゆうゆの狙いがせっつーだと思ってたわけ? 土曜日には気が付いてたんでしょ、慌てて菜々っち追いかけたみたいだし?」

歩夢「私が二回目の侑ちゃんの死体確認をしてすぐだったかな? 丁度その事件の被害者が、さっきのせつ菜ちゃんの髪型の子だったの。で、その次の子は“菜々”ちゃんに似ててね。それでもしかしてって思ったんだ」

愛「それで、希せんせーに被害者の写真を頼んでたんだ」

歩夢「どうしてもネットだけじゃ被害者保護法の関係で情報を集めきれなくて」



355: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 00:08:07.85 ID:FnezmFHS.net

愛「あ……確かに、希せんせーも言ってたけど、被害者が亡くなったりとか、乱暴されてないとはいえ、面白おかしくニュースにする人もいるからね……」

歩夢「そうだね。だから今までももしかしたら程度だったの。けど、今日見た写真と、今愛ちゃんから聞いた侑ちゃんの様子からたぶん八割くらい……確定だと思う」

愛(なるほどなるほど。じゃあ、歩夢の「侑ちゃん……わかりやすすぎるよ……」ってセリフは、好みが、じゃなくて、狙いがってことだったんだ……)

 愛は、歩夢は侑のことをよく理解しているなと、改めて二人の絆の強さを感じた。

愛(確かに、ゆうゆが成仏した後に自分が友達を殺してたなんて知ったら、すごい後悔しちゃうよね……。
 まったく……歩夢は優しすぎるよ……。
 自分のためって言いつつ、結局、【人間として】のゆうゆを守るために、エマっちの心を守るために、菜々っちを守るために、ゆうゆを殺そうとしてるんだから……)

 しかし、その優しさこそが歩夢の強さであることを、愛は知っている。

 だからこそ、その強い友人が傷つかないで済む方法がないかと、愛は状況の整理と情報収集に努めるのだった。。

愛「と、なると、あとはゆうゆが菜々っちを狙う動機だね」



357: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 00:17:34.93 ID:FnezmFHS.net

歩夢「あ、それはわかるよ!」

愛「お、流石ゆうゆ博士の歩夢!」

歩夢「もう、愛ちゃんったら、揶揄って」

 少し照れたようにはにかみ、体をくねらせた歩夢に、愛は「で、動機は?」と改めて尋ねた。

歩夢「侑ちゃんがせつ菜ちゃんを狙う動機……それはね」

愛「うんうん!」

歩夢「ズバリ!」

 そこまで言って、露骨に歩夢のテンションが落ちた。

歩夢「侑ちゃんが……せつ菜ちゃんのことが好きだからだよ……」

愛「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」

愛(ナニヲイッテイルンダコノオンナハ?)

 自分で言って自分で落ち込んだ歩夢を見ながら、愛の思考は暫し停止するのだった。



359: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 00:30:52.10 ID:FnezmFHS.net

 あまりのショックに、思考が停止していた愛。

歩夢「愛ちゃん、大丈夫?」

 その意識が戻ったのは、歩夢が固まった自分を心配そうに覗き込んだことに気が付いてからだった。

愛「あ、はい。大丈夫です」

歩夢「何で敬語なの……?」

 歩夢の問に答える余裕は、今の愛に無かった。

愛(え? 落ち着け、宮下愛。うん、きっと聞き間違いだよ……そうだよ、きっと気のせい。あんだけ大きな感情をぶつけあってて、周りから見てもすごいわかりやすかった愛情をぶつけられてた歩夢がゆうゆからの愛情が他に向いてるなんて勘違いしているはずない。そうだよ、愛さんの耳が『イヤー』な聞き間違いしただけだよ)

改めて思考をまとめ、愛は自分の聞き間違いだと己に言い聞かせながら歩夢に問う。

愛「ごめん。あまりにショックだったから再確認させてほしいんだけど、誰が誰を好きだって?」

歩夢「もう……何度も言わせないでよ、愛ちゃんの意地悪……侑ちゃんがせつ菜ちゃんを!」



362: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 00:46:25.49 ID:FnezmFHS.net

愛(聞き間違いであって欲しかった……)

 愛は天を仰いだ。

 しかし、そんな天を仰いだ愛を待っていたのは、さらにショックな発言だった。

歩夢「可愛さ余って憎さ百倍ってことわざもあるでしょ? きっと、侑ちゃんはそんな状況だと思うんだ。
せつ菜ちゃんのことが好きで好きで仕方がなくて、その好きな気持ちが今のエネルギーを求める本能と組み合わさっちゃって、せつ菜ちゃんを食べて、己のモノにしたいって衝動になっちゃってると思うの! どうかな、愛ちゃん! 名推理でしょ!?」

 饒舌な歩夢に、愛は何も言うことができなかった。

 一応、筋は通っていた。しかし、それは根本的な矢印の向きが間違ってるためにあり得なかった。

 その矢印の向きが間違っている筈がないと思っている歩夢に、愛は憐みの目を向けるのだった。

歩夢「しかも、せつ菜ちゃんも私が目覚めた後も侑ちゃんのことお見舞いに来たり、侑ちゃんのこと好きみたいだから、もしかしたらこの後改めて侑ちゃんに出会ったら気の迷いで一緒に心中しちゃうかもしれないし!」

愛「ねえよ!」

 流石にこの場にいない親友の名誉のために、つっこんだ。



363: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 00:58:47.49 ID:FnezmFHS.net

歩夢「なんで無いって言いきれるの!?」

 声を荒げる歩夢に、愛も声が大きくなる。

愛「菜々っちは他に好きなやついるの! アタシは散々その相談受けてるの!」

歩夢「そうなの!?」

愛「そうなの!!」

 そっかと安心した様子の歩夢に対して、愛にはドッと疲れが押し寄せてきた。

 そして、今まで散々してきた菜々のアプローチが一切本人に届いてないことに愛は驚愕した。

愛(顔赤らめたり、積極的に泊まったり、菜々っちもかなりわかりやすかったと思うんだけどなぁ……。
 ゆうゆのお見舞いに関しては、ゆうゆが目覚めないと歩夢が悲しむからって優しさからだし……。
 歩夢って、もしかして自分に対しての好意に鈍感なの? いや、あれで気づかないのは『どーかん』と思う。鈍感だけに……)



365: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 01:15:25.25 ID:FnezmFHS.net

 頭を抱える愛の思考で、何かが引っかかった。

愛(待って、たしか、菜々っちが一応アプローチを始めたのはSIFが終わった直後だから、ゆうゆも知ってたよね……?)
そして、歩夢は菜々っちの急接近をアプローチとは受け取らず、純粋に菜々っちと仲良くしてた。このことは――――――)

 ――――――同好会全員が気が付いていた。

 その事実に気付き、かけていたピースがハマるような感覚を愛は得た。

愛(そうだよ! あのアプローチにはゆうゆも気付いていた。だから、ゆうゆもゆうゆで歩夢に色々話してたし、あの歩夢が最後に貰ったって曲だってその一環だ!)

 愛の中でまた一つの仮説が生まれた。

愛(本能が増幅したゆうゆに狙われた菜々っち。そして、ゆうゆの思考はそういう意味じゃ二年前から止まっている。つまり――――――)

愛「恋敵の排除か」

 その事実に気が付いた愛は口角を上げた。

 少なくとも、歩夢の負担を一つ減らせそうだ、と。



374: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 21:10:34.80 ID:FnezmFHS.net

希「菜々ちゃん、体は大丈夫? もし少し辛いようだったら遠慮なく言ってくれてええからね」

菜々「はい、ありがとうございます。むしろ、今の私に歩調を合わせていただいて、申し訳ないです……」

希「ええんよ、患者さんのサポートも、御医者様のお仕事。まあ、正確には、ウチは雇われのカウンセラーやけどね」

 真姫ちゃんが融通利かせてくれてるんよと、希は付け足した。

希「あ、ちゃんと大学院まで出たから国家資格は持っとるよ、見る?」

菜々「……希さん……本当に魔術師さんのお弟子さんなんですか……?」

希「正直にぶっちゃけちゃうと、ウチは師匠のファンで、たまに雇われるお手伝いさん程度かなぁ……。歩夢ちゃんにはただの追っかけって言われちゃってるんよ」

菜々「おっかけ……」

希「師匠、人形作家さんでね、ほら」



375: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 21:20:29.86 ID:FnezmFHS.net

菜々「……え? この方、人形なんですか?」

希「せやで、関節部分とかよくみてみ?」

 希が見せてきた画像に、菜々は驚愕した。

 そこには人間と言われても疑わないほどに、精巧な黒髪の日本人女性を模した人形が写っていた。

 言われてよくよく見てみると、確かに関節部に線が見えていた。

希「たまたま寄った人形展やったんだけど、そこでその大和撫子な人形に一目惚れしてな、ネットでその話をしてたら、姉弟子のお兄さんと知り合ってん。
 そしたら、元々姉弟子のお兄さんは師匠の事務所で働いてたっていうんよ!
 まあ、そこからいろいろあって、師匠と知り合えて、魔術師の才能はなかったから占い教えてもらったのと、こうしてたまにお手伝いを頼まれる中になったってわけ」

菜々「は、はあ……」

 たぶん、その色々は話しちゃいけないことなのだろうなと察しながら、菜々は曖昧な返事をした。



377: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 22:06:00.81 ID:FnezmFHS.net

希「で、ここならこんな話もできるくらいやし、そろそろええんやない?」

 希は近くにあったベンチを指さした。

希「なんか、ウチに聞きたいことあったんやないの? それとも、今の説明聞いて、無駄かと思っちゃった?」

 意地悪く笑みを浮かべた希につられ、菜々もクスリと笑みをこぼす。

菜々「……やはり、ばれていましたか」

希「じゃなきゃ、ウチにわざわざ着いてこないかなって」

菜々「では、少しお時間いただいてもよろしいですか?」

希「ええよ、ウチになんでも話してみ」

 そして、ベンチに座り、菜々は昨晩の最後に見た侑の様子を話すのだった。



379: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 22:37:34.35 ID:FnezmFHS.net

希「うーん……菜々ちゃんの話を聞いただけだと何とも言えんね……」

 菜々の話を聞いた希も、情報が少なく、判断をしかねていた。

菜々「そうですよね……。残念ながら、本当に最後の一瞬だけだったので、私も定かではないんです。
 もしかしたら、少しでも理性の部分が残っているのでは……と思ったのですが……」

希「けど、魔術書にはあくまで本能の解放って書いてあったみたいやしなぁ……」

『なら、魔術書の方が間違っていた可能性だってあるぞ』

 突然聞こえてきた声に、菜々と希は驚き、あたりを見渡すが、人影はない。

『ここだ、ここ。カバンの中だ。希、早く出せ』

 希は慌ててカバンを開け、声の主を探す。

 そして、希が取り出したのは、15センチほどの小さな人形だった。



380: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 22:55:14.58 ID:FnezmFHS.net

菜々「人形がしゃべってる?」

 菜々は目を輝かせ、その人形を見つめている。

『ほう……この光景を見て目を輝かせるのか……アイツといい、希といい、私の人形に魅せられた奴には本当に変なのしかいないな……』

 呆れたように言う人形の声に、希はジト目で尋ねた。

希「師匠、今までなんで連絡くれなかったんです? しかも、サンプルって渡してきた人形通して連絡やなんて……」

『そう言うな。私だって色々忙しかったんだ。お前の連絡を見た後にスマホで連絡を返せないほどにな』

 さて――――――人形がそう言った後に、菜々は人形から視線を感じた。

『君が、上原歩夢――――――ではなさそうだな……希、魔術のことを話してたからには関係者なのだろうが、あまり大声で言うなよ?』



382: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 23:30:44.38 ID:FnezmFHS.net

希「大丈夫ですよ。魔術なんて、こういっちゃあれやけど、誰も信じてないですし、ここはこの病院の次期院長公認のサボり場だから誰も来ません。ウチもここで人におうたことないですし」

『まったく、相変わらず楽天家だな……まあいい。それよりも、先ほどのヴェルデの魔術の話の続きだ。君、名前は?』

菜々「私は中川菜々と申します。先ほどの、魔道書が間違っているとはどういう……」

『そのままの意味だ。私もまだヴェルデの書物は見てないが、あの家系は元々治癒を得意とする医師のようなことをしていた家系だ。そんな家が、わざわざ魂を呼び出す魔術で人の秘密なんて暴くと思うか? いや、しないだろう。
 では、いつ使われたか……おそらくは今回と同じような場合だ』

菜々「……死に際の話すことができない人と会話をする手段……ですか?」

『そうだ。死に際、もしくは何らかの理由により意識不明となった者との会話のためだろう。
 私には関係のないことだが、死の間際の人間が、わざわざ他人に対して嘘をつくか? まあ、吐くこともあっただろうが、大半は本心を言うんじゃないか?

 そして、一部の嘘を吐く人間も――――――果たしてひどい嘘ばかりを吐いただろうか?

 酒好きで素行が悪かった男だって、自分を支えた女がいた場合、死の間際には嘘でも愛してるというかもしれない。

 資産家で自分の子供のために一銭も使ったことないケチな人間が、死の間際に子供のために金を貯めてたと見栄を張って嘘を吐いたかもしれない。

 そもそもで、死を受け入れられず暴れた者もいただろうが、それは本当に人間にの持つ死に対する恐怖の本能だろう』

菜々「その様々な様子から、ヴェルデ家のご先祖様には理性でなく本能話しているように見えたと?」

『まあ、ただの推理だがな』



383: 名無しで叶える物語 2021/09/29(水) 23:46:20.29 ID:FnezmFHS.net

『しかし、あの家は人の好い家系のようだ、良くも悪くもな。あり得ない話じゃない』

 魔術師に向いてないよと、吐き捨てるように言った。

 その言葉の後に人形から息を長く吐く音が聞こえた。

 タバコかな、と希は呟いた。

『そして、だからこそ、私はその可能性は捨てきれないと考える。魔術師も所詮、根本は人間だ。そして、魔術師という輩は身内というものにとことん甘いんだ』

菜々「……だとしたら、侑さんの意識は……」

『エナジードレインでエネルギーが満ちている際にはあるかもな。しかし、エネルギーが尽きるほどに自我はなくなり、自己保存の本能が強くなるのだろう。
被害者たちを殺し切らなかったのも、自己保存の本能が満たされ、自我が戻ったからだと考えるとつじつまが合う。
人間には、簡単に人を殺せない。
完全に化け物になったなら、加害者は完全にエネルギーを吸い取り尽くして殺しているよ。それを全てエネルギーに回すためにな』



385: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 00:12:41.95 ID:f8US1CO3.net

菜々は先ほどとは別の意味で目を輝かせた。

菜々「そうなんですね! なら、私たちのエネルギーでそれを繰り返せば――――――」

『それは無理だ』

 人形から聞こえた否定に、菜々はえっ、と人形を見つめ直す。

『加害者が人間からその姿になって一年たっているらしいが、普通の人間なら、現在の自分の姿と本来の人間の姿とのギャップ。そして、自らの理性のなくなる瞬間への恐怖で精神が相当まいっているだろう。

 自らの体を保存しているのも現在の自分の否定のためだ。
 
 時間が経てば経つほど、その子の理性はなくなり、化け物でいる時間も長くなる。そして……人間に戻れない以上、その子は最終的に化け物になるしかない』

希「……菜々ちゃん、国語の授業で、山月記って習わなかった?」



388: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 00:37:38.29 ID:f8US1CO3.net

菜々「山月記……習いました。歌人になれなかった主人公が虎になってしまったお話ですね」

希「そうやね。山月記のテーマは『理想と現実』。

 歌人になれなかった主人公は自分を認められず、否定し続けて虎になった。

 この物語を作者、中島敦は太平洋戦時中にの作品を書いたんよ。

 つまり、その時代に戦っていた兵士たちの理想(日常)と現実(戦場)の葛藤を「歌人」と「虎」で表現し、現実に負けるな、人間を殺すだけの化物(虎)になるなってことを書き表しているんよ

 状況はちょっと違うけど、現在の侑ちゃんはこの作品と一緒。理想と現実とのギャップに負けそうになって、化物になろうとしてる」

菜々「侑さんの……現実と理想……」

『そうだ、彼女の現実と理想だ。君が先ほど言おうとしたアイディアは、本当に彼女のためのものか?』

 菜々は頭を殴られたような衝撃を受けた。

菜々(そうだ……私は結局私の理想をかなえようとしかしていない……私の独りよがりでしかない……)



390: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 01:00:00.48 ID:f8US1CO3.net

 菜々は立ち上がった。

 そして、人形に頭を下げた。

菜々「ありがとうございます、先生。私は人間の高咲侑さんの意思を確かめることにします」

(先生……か……)

『ほう、どうするつもりだ?』

菜々「先ほどの先生が予想してくださった状況なら、侑さんに話を聞いてもらえるかもしれない……直接聞いてみます!」

『……危険だぞ、お前は一度狙われてるんだ、もう一度エネルギーをすわれるかもしれない。私の予想が間違っていれば、そのまま殺されるぞ?』

菜々「その時は……どうすればよろしいでしょうか……?」

 先ほどまでの力強さはどこに行ったのか。困った様子の菜々の言葉に、人形は噴出した。そして、大きな声で愉快そうに笑った。

『面白い娘だ。希、私がお前に渡した御守りを一つその子に渡してやれ! 一回くらいなら身代りになるだろ』

希「わかりました、渡しときます」

菜々「ありがとうございます!」

『いいさ、この分は希の報酬から引いとくから』

希「えっ!?」

 菜々は希にも嬉しそうに頭を下げた。

希(……まあええか……仲間を思う気持ちは、ウチにもようわかる……)



391: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 01:09:01.40 ID:f8US1CO3.net

希「じゃあ、御守りは後で渡すから、菜々ちゃんは先にしずくちゃんの病室に行っててくれへん? ウチは師匠と話してから向かうわ」

 菜々はわかりましたと返事をすると、嬉しそうにしずくの病室に向かった。

 その後姿が見えなくなったのを確認した希は、険しい表情で人形に話しかける。

希「……よくそんなに口がまわりますね……」

『前半のたとえ話やそれを踏まえた推理は所詮出鱈目だが、後半の話は一応確証あるぞ。本物の化物に出会ったことがあるからな』

希「本物の化物……ウチには想像もできません」

『それでいい。お前はお前として表で生きればいいんだ』

希「……魔術師なんてろくなのがいないっていいますけど、師匠は人が好いですよね……」

『言っただろ? 魔術師は身内に甘いんだ』

 人形越しにクスリと笑い声が聞こえた気がして希も口元を緩める

希「光栄です。で、例のモノは?」



392: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 01:13:37.34 ID:f8US1CO3.net

『ああ、それに関してはもう用意してある。しかし、渡すのはこの事件がすべて終わってからだ』

希「そんな! 早くしないと歩夢ちゃんが――――――」

『さっきの娘、中川菜々か。彼女も含めて、加害者に挑む気満々なんだろ? この件を彼女たちが自身で決着をつけたいと願っているなら、私たちはただの邪魔者だ。もう少し、傍観者でいるべきだろう』

希「しかし――――――」

『安心しろ、いざという時は私がなんとかしてやる』

 人形は、それ以降何も言わなくなった。

 何も言わなくなった人形に、希はぽつりとつぶやくのだった。

希「……約束ですよ?」



403: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 22:40:33.48 ID:f8US1CO3.net

しずく【女子高生連続昏倒記憶喪失事件の犯人が逮捕されたみたいです】

 その知らせがあったのは、菜々と歩夢が侑と一戦交えた後に一日検査入院から退院した週末の夕方だった。

 いつものように、歩夢のアパートで愛特製もんじゃ(せつあゆ退院スペシャルバージョン)を食していると、三人のスマホが震えた。

 おそらく同好会のグループへのメッセージだろうと愛が代表し、アプリを開くと、しずくからこのメッセージが届いていたのだ。

愛「!?」

 愛は思わず口に入れていたもんじゃを吹き出しかけたが、それは必死にとどまり、コーラで流し込んだ。

 酷く驚いた表情の愛に、菜々も取り出したスマホを、歩夢の方に差し出しながら共に覗き込む。

 そして、メッセージを見て、目を見開くのだった。

愛「え? これどうゆうこと!? ゆうゆ捕まったの!? 幽霊なのに!?」

歩夢「どうしよう、私まだ侑ちゃん殺してないよ!? 捕まっちゃったのにどうやって殺そう!?」



406: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 22:55:11.86 ID:f8US1CO3.net

菜々「歩夢さん、言ってることが物騒です! 落ち着いてください! 愛さんも!」

 この事件が侑の仕業と知っているだけに慌てだした二人をなだめる菜々。

 その間にも、メッセージの通知音が部屋に響が、三人の声にかき消される。

愛「てか幽霊なのにゆうゆなんで捕まってるの? ゴーストバスターズでも現れたの!?」

歩夢「そうだよ! 侑ちゃんのおっちょこちょい! だから幼稚園の時にも――――――」

菜々「だから、お二人とも落ち着いて! 愛さんその手のボケは私の役目です! とりあえずしずくさんに詳しく話を――――――」

 ドンっと、隣の部屋から壁を殴られ、三人は体を跳ねさせた。

 そのまま硬直する三人。

 暫くの沈黙ののち、二人より先に我に返った菜々が咳払いをした。



408: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 23:08:30.26 ID:f8US1CO3.net

菜々「とりあえず、しずくさんのメッセージの続きを見ましょう」

愛・歩夢「「はい……」」

 ホットプレートを保温に設定し、三人は揃って菜々のスマホを覗き込む。

菜々「お二人とも自分のスマホで見てくださいよ……」

歩夢「ごめんね、せつ菜ちゃん。私のスマホ、この前の侑ちゃんとの戦闘で画面割られたから見にくくて……」

愛「純粋にくっ付く二人がうらやましくて。まあ、愛さんたちはトリオなんだし、スマホを『とり』か『こ』んでみてもいいじゃない!」

歩夢「……私たちだから気付くけど、そのダジャレ相当無理ない?」

愛「……ゆうゆなら爆笑だもん……」

菜々「ほら、いつまでも漫才してないで、続き見ますよ」



411: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 23:31:01.98 ID:f8US1CO3.net

 三人がメッセージを追うと、最初に彼方が【これで遥が練習再開できる】と喜んだ後に、かすみが【後輩を応援しろと】怒っていた。

 その下には残りのメンバーからそれぞれ【よかった】、【一安心】などの書き込みがあった。

 その書き込みの下に、しずくが事件の犯人について書き込んでいた。

 曰く、犯人はお台場在住の20代整体師の男性。

 路地裏で気絶した女子高校生ににじり寄っているところを警察官に取り押さえられた。

 スマホに過去の被害者の盗撮画像が保存していたとのこと。

 容疑を全面的に認めており、逮捕は確定。

 被害者であるしずくを安心させるよう、一足先に連絡をくれた、とのことだった。

歩夢「……侑ちゃんじゃない?」

 三人は顔を見合わせ、首を傾げた。



414: 名無しで叶える物語 2021/09/30(木) 23:58:34.29 ID:f8US1CO3.net

愛「違うでしょ。私たちはちゃんとゆうゆが犯人だって知ってるんだから」

歩夢「冷静に考えるとしたら、侑ちゃんがエナジードレインをした後に火事場泥棒してたって感じじゃないかな?」

菜々「……あれ? 全ての事件、完全に侑さんの犯行で確定なのでしたっけ? では、容疑を全面的に認めているのは何ででしょう?」

 愛と歩夢は、侑の真の狙いと、今回逮捕された犯人(仮)の正体がわからないことについての二つの意味で何も言えなかった。

三人「「「……」」」

菜々は、「詳しく聞いてみましょう」と言って、【しずくさん。犯人について、警察の人々は他に何かおっしゃっていませんでしたか?】と打ち込んだ。

 すぐに、しずくからの返信があった。

しずく【そういえば……少し精神的に不安定のようだったので、被害者の皆さんが無事でよかったと言われました。なんでも、“虚ろな目で、覇気が本当に無い”ようです。一応顔写真も送ってくださったのですが、私も気絶をして覚えていないので……】

彼方【歩夢ちゃんたちが駆け付けた時にはすでに居なかったんだよね】

果林【もしかしたら、足音が聞こえたからあわてて逃げたのかもしれないわよ? 本当に無事でよかった】



416: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 00:19:19.24 ID:zQDPTAPf.net

果林【それに、捕まってくれてよかったわ。このままじゃ来週の歩夢のライブも中止になるところだったのだから】

果林【せっかく私が侑の残したイメージを基に衣装のデザインを担当したのに】

 まだまだスマホは通知を告げているが、三人は顔を上げて互いに顔を見合わせた。

愛「……ゆうゆがやったとしたら、暗示?」

菜々「……便利ですね、暗示……」

歩夢「侑ちゃん、普段ならエナジードレインする時に人払いの結界と意識混濁の結界張ってるみたいだけど、ワザと人払いしないで、スケープゴートにするターゲット探してたんだろうなぁ……。
 結界って空中に『線』が見えるだけだから見にくいんだよね……」

愛・菜々「「え?」」

歩夢「え?」

愛「そんなのまで見えるの?」

歩夢「そうだよー? もうあっちこっちに見えて大変なんだから……」

 そう言うと、歩夢は大げさにため息をついてみせた。

菜々(だからあんなに好きだった料理までしなくなってたんですね……理由はわかりましたが、家主が全く使わないあの綺麗なキッチンを見るとショックです……)



419: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 00:44:10.65 ID:zQDPTAPf.net

菜々「―――――あれ? ってことは、土曜日に私が迷い込んでたのも侑さんの結界で合ってたのですか」

歩夢「そうだよ。私、すっごい慌ててせつ菜ちゃん、追いかけたんだから。
 最初に人払いの結界壊して、せつ菜ちゃんと合流して、その後に裏路地の結界切って……こう考えると、あの時は先に結界を壊したから侑ちゃんが警戒して出てこなかったのかな?」

菜々「歩夢さん、私のために……」

 感動し、意識がトリップしてる菜々を無視し、愛は話を続ける。

愛「けど、こうして聞くと、犯人さんかわいそうだね……ゆうゆも証拠写真捏造してまでスケープゴートを作らなくても……」

歩夢「そっちに関しては、幼馴染の直感だけど、憐れまないで大丈夫じゃないかな?」

愛「……どういうこと?」

歩夢「火のないところに煙は立たないってこと。こんなご時世に、男性とはいえ、真夜中に、わざわざ裏路地になんて理由もなく入っていく?」



421: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 01:10:06.21 ID:zQDPTAPf.net

愛「……確かにそいつは盲点だった。愛さん反省」

 とぼけるように頭を叩いて見せた愛に、歩夢は微笑んだ。

歩夢「けど、だとしても、わざわざこのタイミングで事件を収束させようとした理由がわからないんだよね……気まぐれなのかな……?」

 歩夢は手を顎に当て、考える様なそぶりを見せた。

 それに反応したの、復活した菜々だった。

菜々「理由ですか? そんなのわかり切っているではありませんか! 侑さんが本能から大好きなもののためですよ!」

 自信満々に言う菜々は、スマホを弄り、二人も見慣れた画面を――――――虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のライブ告知ページを見せるのであった。



422: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 01:16:16.16 ID:zQDPTAPf.net

 一方、同時刻、お台場。
 
 ビルに腰掛けるよう侑が街を見下ろしていた。

 事件の影響もあり、普段よりは少ないが、それでも、多くの人々が街を行きかっていた。

 そんな人々を見つめる侑の耳に、声が届く。

「ねえねえ、速報来たんだけど、例の事件の犯人捕まったって!」

「本当に? じゃあ、来週の歩夢ちゃんのライブ中止にならないで済むかな?」

「きっとやってくれるよ! 楽しみだなー私、歩夢ちゃんの歌が好きで、虹ヶ咲入ったんだよねー。二年ぶりの復活ライブが中止なんてなってたらショックだったなぁ――――――」

 見慣れた制服の女生徒二人を目線で見送りながら、侑は優しい目で口元を緩めた。

 そして、歩夢――――――と消えそうな声で呟くのだった。



431: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 23:26:29.12 ID:zQDPTAPf.net

月曜日

歩夢「ど、どうでしょうか……」

 少し照れた様子で服飾同好会試着室から出てきた歩夢を見て、せつ菜は顔を赤らめながら見蕩れ、エマは目を輝かせた。

 白を基調とした右肩にペリースの付いたノースリーブの上着とそれに合わせたスカート。

 これまでの衣装が姫だとしたら、次のライブのために用意したこの衣装は姫騎士。可憐さの中に凛々しさや勇ましさ見出せるデザインとなっている。

エマ「すごーい、歩夢ちゃん似合ってる! エモエモだよー!」

果林「流石は私ね、服飾同好会の子たちもいい仕事をしてくれたわ」

 細部までチェックした後に、満足気に頷く果林。

 そして、自らのデザインを形にしてくれた服飾同好会の皆に、ありがとうとお礼を言うと、服飾同好会の面々が顔を赤らめながら「褒められた」、「果林様のためなら」と小声で喜びを露わにしている。



432: 名無しで叶える物語 2021/10/01(金) 23:37:58.63 ID:zQDPTAPf.net

歩夢「なんか……今までの衣装とがらりと変わって、少し恥ずかしいですね……私には少しかっこよすぎませんか?」

 照れたようにはにかむ歩夢に、果林はゆっくり近づき、その頬を撫でた。

果林「そんなことないわ。歌詞も見せてもらったけど、これ以上ないくらいに二年前寝たきりになる前から……いいえ、“今の歩夢”にふさわしい衣装よ」

歩夢「果林さん……本当にありがとうございます。こんな素敵な衣装をデザインして頂いて……」

果林「私こそ、あなたにこの衣装を着てもらえて嬉しいわ。けど、そのお礼を受け取るのは三分の一だけにしておくわね。あとの三分の二は服飾同好会の皆と、侑に言ってあげなさい」

 果林の言葉で、メッセージアプリへの果林の書き込みを思いだし、歩夢は尋ねた。

歩夢「そういえば、この衣装、侑ちゃんのアイディアを形にしたって……」

果林「ええ、二年前には相談を受けていたの。曲と一緒にこの衣装のデザインも渡したいって。なのにあんなことになって……」

 果林は腕組をし、悔しそうに爪を噛もうとしたが、気付いたエマに優しく窘められる。



434: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 00:00:51.61 ID:BNti3OmI.net

果林「ゴホン……私はこの二年、ずっとあなたがこの衣装を着て踊る姿を夢見てたわ。
 もう一つの夢の、その衣装を着た歩夢を侑と一緒に応援するって夢はまだかなわないけど、私はまだあきらめてないわよ?」

 窘められた気恥ずかしさをごまかすかのように、わざとらしく咳をし、歩夢に微笑みかけた。

 歩夢は、そして、真実を知ってしまった菜々は一瞬、胸にずきりと痛みが走ったが、それでも表情を崩すことはしない。

歩夢は果林に微笑み返し、侑ちゃんのことも気にしてくださってありがとうございます。と返答した。

果林「さて、あとは細かい動きを見ながら細部修正ね。エマ、レッスン室の準備はできている?」

エマ「愛ちゃんから連絡来てるよー、いつでも大丈夫だって」

果林「じゃあ、移動ね。歩夢、一通り踊ってもらうけど、違和感があればすぐに言いなさい。あまり時間もないのだから。皆、また来るわね」

 歩夢に上着を羽織らせ、果林は鼻歌を歌いながら服飾同好会の部室から出て行った。



436: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 00:20:21.54 ID:BNti3OmI.net

エマ「本番まで待ちきれなんだなぁ、果林ちゃん。二年間、そのデザインずっと大事にしまってたんだよ? 歩夢ちゃんが目覚めたらすぐに作れるようにって」

 エマは「私もそのデザイン好きだよ」と付け足した。

 歩夢は礼を言うと、菜々と共に服飾同好会の皆にお礼を言ってレッスン室へ移動した。

 移動したレッスン室で待っていたのは、愛、かすみ、しずくの三人。

歩夢「あれ? 璃奈ちゃんは?」

愛「りなりーは音響関係とモニター関係の確認のために会場で映像研究会の皆と打ち合わせ。こっちに顔出せないって。その代わりに歩夢の家でもんじゃする約束したからよろしく!」

 サムズアップする愛に、菜々は「私も行きます」と手を上げた。

歩夢「別にいいけど……せめて先に家主に了解取ってよ……。それに、もんじゃは金曜日も食べたよね?」

 愛の事後報告に、歩夢は力なく突っ込む。

愛「合鍵貰ってるってことは、実質歩夢の家ってアタシの家じゃない?」

菜々「はっ! ……では、私も合鍵を貰ってるので、歩夢さんの家は私の家でもあった? つまり……愛さんと私と歩夢さんでルームシェア!?」

歩夢「せつ菜ちゃんもボケに乗っからないで! 合鍵回収するよ!」



438: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 00:41:31.45 ID:BNti3OmI.net

 怒る歩夢にそういわれると、それはまずいと、二人は直ぐに土下座をして謝った。

 そんな三人の様子を見ながら、果林がクスリと笑みをこぼす。

果林「ルームシェア、楽しいわよ。私の場合は特に、仕事が終わって返れば絶世の美女が出迎えてくれるんだから。ねえ、エマ」

エマ「果林ちゃん、そんなことでごまかされないからね? 晩御飯何がいい?」

 顔を赤らめ、体をくねらせながら尋ねたエマの様子を見ていたかすみとしずくが引いていた。

かすみ「うわぁ……」

しずく「果林さん、ちゃんと働いてるはずなのに、ダメンズと尽くすチョロインの会話だね……」



440: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 01:03:23.82 ID:BNti3OmI.net

 改めて、歩夢のリハーサルを始めた一同。

かすみ「……ていうか、モデル業で不定休の果林先輩はともかく、エマ先輩、菜々先輩、愛先輩は当たり前のように学園に遊びに来てますが、大学大丈夫なんですか? 特にお二人。話聞くと毎日歩夢先輩の家に居るような気が……」

 ふと思い出したかのように、鏡の前で果林と打ち合わせをする歩夢に合うようにカメラを弄りながらかすみが尋ねた。

愛「あ、そりゃアタシたちは後期始まったばかりだからのんびりだし」

菜々「大学生の夏休みって長いんですよ。約二か月間あります。先々週が後期最初の授業でしたね、先週の二回目の授業出れていないものが多いので、各授業の教授に検査入院をしたと説明しないと……」

 ため息を吐いた菜々の方を見て、愛は「愛さんは愛友にプリントは頼んだ」と笑って言った。

かすみ「え、大学生ずるい……」

果林「準備できたわ。かすみちゃん、お願いね」

かすみ「あ、はい」

愛「じゃあ、ミュージック、スタート!」



442: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 01:21:58.91 ID:BNti3OmI.net

 かすみがカメラを回し、愛が音楽を流す。

 踊り始めた歩夢の様子を、皆が集中しながら眺めていた。

 来れる日は愛が付きっ切りでダンスレッスンをした成果が出ているのか、その動きは、三か月前まで寝たきりだった人間のモノとは思えなかった。

 しかし、所々まだまだぎこちない部分はあるのを、愛は見逃さない。

 修正箇所をあぶりだしながら、愛は歩夢を真剣に見つめ続ける。

 さらにその背後から、歩夢をみて驚きを隠せていなかったのが、しずくだった。

しずく「歩夢さん、本当にすごいです……。普段はあんなに女の子らしいのに、こうしてパフォーマンスをすると、目が離せなくなって、歩夢さんしか目に入らなくなっちゃって……」

エマ「侑ちゃんが作ってくれた曲だからかな? すっごく気合が入ってるよね。もうエモエモでやばたにえんだよー!」

しずく「……その日本語、誰から教わったんですか……?」

エマ「愛ちゃんだよー」

 しずくはちらりと、歩夢を真剣に見つめる愛の方を見て、ため息を一つ吐いた。あとで彼方へチクろうと胸に誓いながら。

 そして、それと同時に、侑の名を聞いたことで、話そうと思っていたことがあったのを、しずくは思い出した。



444: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 01:41:10.04 ID:BNti3OmI.net

しずく「エマさん、くだらない話をしてもいいですか?」

エマ「ん? いいよーどうしたの?」

 しずくはお礼を言って、話だした。

しずく「私が襲われた日なのですが、気絶していた時に、夢を見たんです」

エマ「夢?」

しずく「はい。最初出てきたのは魔女になった侑さんで、私は何故か侑さんに攫てたんです」

エマ「魔女さんの侑ちゃんが出てきたんだー。きっとエモエモだったんだろうなぁ。……侑ちゃん私の夢にもでてこないかなぁ」

 微笑みながら、うらやましそうに言うエマに、しずくもつられて微笑む。

しずく「きっと出てきてくれますよ。
 それで続きなのですが、侑さんは私を何故か拘束しているんです。私は訳も分からず混乱しているのですが、そこに、勇者の歩夢さんと、格闘家の愛さんと魔法使いので、せつ菜さんの格好をした菜々さんが助けに来てくれたんです」

 エマはそこまで聞いて、「え?」と少し驚いた様子をした。



445: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 02:04:52.21 ID:BNti3OmI.net

 話すのに夢中なしずくはそれに気付かずに続きを話す。

しずく「結果的に私は夢の中もで助けられたんですが、現実でも歩夢さんたち三人に助けられてたって知って不思議な気持ちになったんです。夢だったのに――――――」

 もしかしたら、本当にあったことなんじゃないか、って。

 そう続けたしずくの言葉で、エマは意識が遠くなるような感覚を覚えた。

しずく「もちろん、犯人は違いましたし、侑さんは今も寝たままです。けど、どこか現実のような……とにかく不思議な夢だったので、誰かに話したかったんです。ごめんなさい、と突然このようなお話をして……」

 しずくの謝罪で我に返ったエマはどこかぎこちないながらも、気にしないでと返した。

エマ「結局はぐらかされちゃったみたいだけど、歩夢ちゃんに侑ちゃんについて聞きたいって思ってたから犯人さんとして侑ちゃんが出てきちゃったんだよ」

しずく「そうですよね……私ったらまだ混乱しているのかもしれないです……」

 少し照れたようなしずくの頭をエマは「まだ無理して色々考えない方がいいよ」と言って優しく撫でてあげた。

 いつの間にか、曲は止まっていた。

愛「よし、じゃあ、歩夢! 次はそのままステージパフォーマンス! ファンに愛してるって叫ぼう!」

歩夢「えぇ!?」



447: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 02:15:35.94 ID:BNti3OmI.net

 そして、そのまま愛が歩夢を煽り、ステージパフォーマンスの練習へと変わっていた。

愛「何驚いてるの? 感謝のライブなんでしょ? なら、待っててくれたファンに愛くらい叫ばないと」

かすみ「そうですよ、歩夢先輩! 今日子とかすっごい喜びますよ!」

歩夢「そ、そういうものかなぁ」

果林「そういうものよ、ほら、ファンの皆に向けて言ってみなさい」

歩夢「……みんなー! 愛してるよー……」

 果林に後押しされ、顔を赤らめながら叫ぼうとした歩夢だったが、羞恥心にまけ、段々と声が小さくなっていった。

愛「ほら、照れない! リピートアフターミー!」

 声を大きく吸い、愛は声を張る。

愛「皆―! 愛してるよー!」

 愛はニシシと笑った後に、歩夢に挑発的な視線を送る。

 歩夢はまだ顔が赤く、首を横に振る。

 ほう……と、愛が意地悪い笑みを浮かべた。



448: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 02:26:00.06 ID:BNti3OmI.net

 そして、愛はかすみに耳打ちをする。

 かすみはふむふむと数回頷いたのちに、愛のように意地悪い笑みを浮かべた。

 そして、大きく息を吸い、大きな声で、愛を叫んだ。

 侑に。

かすみ「侑せんぱぁあい! かわいいかわいいかすみんが愛してますよー!」

 歩夢は驚きの表情を見せた後に、愛をキッと睨みつける。

 それに対し、愛は再び挑発的な視線をぶつけた。

 その視線にムッとした歩夢も、大きく息を吸い込んだ。

 愛は誰にもバレぬように、スマホの録画ボタンを押した。

歩夢「侑ちゃん、愛してるよ!」

 自棄だった。そして安い挑発に乗ってしまった後悔と告白に対しての羞恥心から叫んだ後に歩夢の顔が真っ赤に染まった。

 果林は感心したように笑い、菜々は、ムッとした後に、「歩夢さん、次は私にお願いします!」と頼むのだった。



450: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 02:38:26.23 ID:BNti3OmI.net

 そんなやり取りを見て、エマは笑みをこぼし、しずくの背中を押した。

エマ「ほーら、また愛ちゃんたちがおもしろそうなこと始めたよ。わたしたちも混ぜてもらおう?」

しずく「……またかすみさんと愛さんはくだらないこと……」

 しずくも、口ではそう言いつつも、顔はにやけていた。

 そして、そのままもみくちゃにされる歩夢を中心とした輪の中へしずくも入ってゆく。

しずく「歩夢さん、私も歩夢さんのこと大好きなので、ぜひ愛してると! 菜々さんと二人でA・ZU・NA頑張っていたんですよ!」

歩夢「えぇ!? しずくちゃんまで!?」

菜々「まさかのダークホース!?」

愛「意外、それは桜坂しずく!」

 エマは皆の中心で、困惑しながらも笑みを浮かべる歩夢を見て、先ほど自分の中に浮かんだ考えを否定した。

エマ(そうだよね、あるはずない。あの術が成功なんてしているわけがない。侑ちゃんは病院で眠りつづけている。けど――――――万が一―――――)

果林「エマー? エマも歩夢に愛してるって言ってもらいましょ?」

 果林に呼ばれ、エマは万が一の考えを忘れるように、首を横に振った。

 そして、笑顔で果林に頷くと、「わたしもまぜて」と輪の外から全員を抱きしめるのだった。



456: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 23:21:23.69 ID:BNti3OmI.net

しずく「はい、歩夢さん。これ、果林さんから頼まれていた殺陣用の模造刀です。もう使わないもので、ある程度雑に扱っても大丈夫なので、ライブで思いっきり振り回しちゃってください」

歩夢「ありがとう、しずくちゃん! 助かるよ!」

 ライブまであと4日となった火曜日、今日も今日とて最後の追い込みをする歩夢。

 その休憩時間にしずくが持ってきたのは、短めの西洋剣。スモールソードと呼ばれる剣を模したものだが、歩夢からしたらただの剣なので名称などはどうでもよかった。

しずくがこの剣を用意した理由。それは前日の衣装合わせをした際の、果林の何気ない一言だった。

果林「せっかくかっこいい恰好してるのだもの、剣とか持たせたら、さらにそれっぽくならないかしら……」

 この一言に賛同したのがしずくである。

 しずくはすぐに演劇部の部室に向かい、そこから演劇用の模造刀を取ってきて、歩夢へ持たした。



458: 名無しで叶える物語 2021/10/02(土) 23:51:39.57 ID:BNti3OmI.net

 しずくはすぐに演劇部の部室に向かい、そこから演劇用の模造刀を取ってきて、歩夢へ持たせた。

 その姿が皆に好評で、尚且つ、模造刀も元々演劇用に用意したものため、本物より短く軽く、踊っていても腰でしっかり固定されているので、気になるが邪魔というほどではない。

 間奏の間に観客のペンライトと一緒に振れば盛り上がりそうなどの意見も出たため、しずくに用意してもらうこととなったのだ。

 歩夢はそれを鞘から引き抜くと中から銀色に輝く刀身が現れた。

 昨日その場に居なかった璃奈が目を輝かせる。

璃奈「かっこいい、私もゲームでよく見るやつ」璃奈ちゃんボード『おおー』

しずく「アニメや漫画原作の作品も上演するから、それ用に購入してるんだよ」

 なるほどと、璃奈が頷き、歩夢は少し戸惑いがちにしずくに尋ねる。

歩夢「え、これ本当に貰っていい奴なの? 凄く綺麗だよ?」



460: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 00:07:04.87 ID:GjDT7zw9.net

しずく「はい! 最近はもっと安全な素材で、軽くて綺麗ないい模造刀を使うから、古い奴は倉庫の肥やしになっちゃってて……。それでも、こういう風に十分綺麗だし、倉庫の肥やしになるのはもったいないので、顧問の先生に許可も取ってスクールアイドル同好会の備品として頂いちゃいました」

歩夢「そうなんだ」

璃奈「これ一応金属みたいだし、演技とは人に対して振るのは怖いかも」璃奈ちゃんボード『眼鏡クイッ』

かすみ「これは部長としてお礼を言いに行かなくてはいけませんね。しず子、今から行くよ」

しずく「え? 今からいくの?」

かすみ「お礼は早い方がいいじゃん! りな子、私たちちょっと行ってくるから、下の子たちの練習、見てあげてて」

璃奈「OK、私に任せろ」璃奈ちゃんボード『キリッ』

かすみ「歩夢先輩は、最後の追い込み、頑張ってくださいね! くれぐれも、無理はしないようにしてくださいよ!」

 その場から去っていく三人を見送り、歩夢は改めてその剣を軽く見つめた後に、二、三回振ってみた。

 程よく重く、程よく長いそれは、どこか歩夢の手になじんだ。

歩夢「これなら、もしかして――――――」

 歩夢の呟きは、風にかき消された。



462: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 00:28:44.42 ID:GjDT7zw9.net

 そして同時刻、大学の終わった愛と菜々は歩夢の部屋へ集まっていた。

菜々「はぁ……」

愛「すごい盛大にため息吐くね、菜々っち。幸せ逃げるよ?」

菜々「はい、すみません……」

愛「昨日結局「愛してる」って歩夢に言ってもらえなかったからって落ち込まないでよ。ゆうゆが特別なのはわかってたことじゃん? オンリー『ユー』な『ゆうゆ』ってね」

菜々「うるさいですよ、あんな唐突な子芝居なんかして……歩夢さんの気持ちの確認なら私のいないところでしてくださいよ……」

 睨むように言う菜々に、愛は誤魔化すこともせずにまるで悪戯がばれた子供のような笑みを浮かべた。

愛「あ、ばれてた」

菜々「おそらく果林さんにも……私に歩夢さんを諦めさせるために言わせたとでも思っているのではないですか? 【諦めるには早いわよ】ってメッセージ来てましたし……余計なお世話です! 諦めてなんてたまりますか! 幼馴染がなんですか!」

 怒り、興奮する菜々に、愛は内心呆れつつ突っ込んだ。

愛(そこまで言うならヘタレまずを治しなよ……何回も二人きりにしてあげてるのに進展しないし……)

 声に出さないのは、せめてもの情けだった。



464: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 01:15:33.45 ID:GjDT7zw9.net

愛(いや、けど……一応ゆうゆが起きないから遠慮してた? うーん……まだ判断しかねるなぁ……アプローチするくらいなら相手にアドバンテージあったしハンデだった気もするけど菜々っち真面目だし……)

菜々「あ、そういえば……果林さんと言えば朝連絡があったんです」

愛「え? 菜々っちも?」

 思い出したかのように言う菜々に、思考を中止し、愛も反応した。自らにも連絡は来ていた。

菜々「はい。昨日の夜から様子がおかしかったとのことで」

愛「あー、同じ内容。今朝もカリン起こしたら行き先も言わずに出かけたって言ってた」

愛「……どう思う?」

 エマの様子がおかしいという連絡だけで、二人はイヤに緊張した。

 だから、こうして歩夢のいない時間に集まった。



466: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 01:31:16.47 ID:GjDT7zw9.net

 まさか同じ内容と思ってなかった二人は、少しほっとした。秘密を共有できる相手がいるだけで心強かった。

 落ち着きを取り戻した菜々は思い出すように口を開く。

菜々「ありえないと思います。先々週の……私たちが侑さんと対峙した週の土日から昨日までの丸々一週間以上、エマさんとの接触は最低限でした。
まあ、私たちの入院中、エマさんは歩夢さんに付きっ切りでしたがあれだけ注意してる歩夢さんが自ら口が滑らせるとも思えませんし……」

愛「希せんせーも言わないだろうね……」

菜々「となると……」

愛「もし気付かれたとしたら昨日だね……何かおかしな会話したっけ?」

菜々「してないとは思いますが……すみません、昨日は歩夢さんのダンスに夢中で……」

愛「アタシも……けど、なら余計にわからないね。もし変な会話があればいくらあの状態でも覚えてると思うし……」

 エマとしずくの会話を知らない二人は、頭を抱えた。

 しかし、このまま考えているだけでは時間の無駄だと、愛は一旦切り替えることにした。



468: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 01:42:59.28 ID:GjDT7zw9.net

愛「とりあえず、エマっちは歩夢の『眼』のことを知っているわけだし、もし何かあればエマっちから歩夢にきくでしょ。その様子がないってことは、違う悩みかもしれないし」

菜々「そうですね……もしくは今週末がライブなので聞くのを保留しているのか……」

愛「どっちにしろ、決戦はライブの後だね。ゆうゆも先週の金曜日にご飯食べたばかりだから暫くおとなしいだろうし」

菜々「その言い方はいかがなものかと……まあ、確かにそういう意味では時間は確かにありがたいですが……。
ともかく、私たちも、歩夢さんのサポートに徹しましょう。さあ、歩夢さんが帰ってくる前にご飯の支度を――――――」

愛「菜々っち、アタシが作るから菜々っちはテレビでも見てて」

 立ち上がろうとする菜々を、愛は必死に止めるのであった。



470: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 01:58:36.22 ID:GjDT7zw9.net

 また場所は変わり、西木野総合病院。

 その屋上で、希は電話をしていた。

希「そうなんよー、この前の動画の子、今週末ライブでね? ――――――うん、URL送るから、見てあげてーな。きっと気に入ると思うから――――――うん、わざわざ連絡ありがとうね。ウチももうすぐそっちに復帰できるから、それまでしっかりやるんよ? ――――――ちゃん昔からぬけてるからねぇ……じゃあ、またね、ファイトやで」

 希は電話を切ると、「かわらんなぁ」と通話履歴を見ながら微笑んだ。

そして、屋上の入口の方を見た。

希「ごめんな、待たせて。本業の方の電話でね……。朝も診察で会えんでごめんね? で、何の用なん、エマちゃん?」

 入口にいたエマ・ヴェルデは、神妙な顔つきで、希に話しかけるのであった。

エマ「希さん、お聞きしたいことがあります―――――――」

 そして一日。

果林「昨日の感じだと、もう少し肩口を直して――――――」

服飾同好会『わかりました。全体のバランスはこのままで?』

果林「そうね……このまま行きましょうか――――――」



471: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 02:04:39.00 ID:GjDT7zw9.net

 また一日。

かすみ「今週金曜日の夕方からライブをやりまーす、是非見に来てくださいね!」

しずく「5時開始でーす」

「チラシ一枚ください!」

「歩夢ちゃん以外もでるんですか?」

しずく「あ、はい。ありがとうございます! 歩夢さんだけでなくて他の新人の子たちも――――――」

璃奈「当日の音響は、これでOK」

「璃奈ちゃん、映像機器やステージのモニターもOKだよ」

璃奈「皆、ありがとう」璃奈ちゃんボード『にっこりん』

 また一日とすぎ――――――

彼方「今日は彼方ちゃん特製ディナーだよー! 歩夢ちゃん、明日は応援行くから、頑張ってね!」

歩夢「ありがとうございます!」

菜々「私も少しお手伝いしました――――――」

愛「うまっ! うますぎてうまになっちゃう!」

――――――
――――
――
 10月某日(金)午後五時。

 虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、上原歩夢復活ライブ、開催



478: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 19:12:08.06 ID:GjDT7zw9.net

かすみ「みなさーん!! こんばんはー!」

 かすみのMCに校舎前に作った特設会場の観客たちは声を上げて答える。

 二年前に、皆と侑にあの曲を歌ったステージと同じ場所。

 この場所で歌うことは、歩夢きっての希望だった。

かすみ「皆のプリンセス、かすみんだよー!」

「「「「「「「「「「かすかすー!」」」」」」」」」

かすみ「かすかすじゃなくてかすみんですぅ!」

「「「「「「「「「「かわいいよぉー!」」」」」」」」」

かすみ「えへっ、ありがとー!」

 お決まりのコーレスで場を温めたかすみは、そのまま満足気に頷いた。



479: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 19:24:10.79 ID:GjDT7zw9.net

かすみ「うんうん。皆さん元気ですねー! 最近暗いニュースとかばかりでしたが、かわいいかすみんを見て、元気になっちゃいましたかー!」

「「「「「「「「「「いぇえええい!」」」」」」」」」」

かすみ「かすみんのこと、だいすきー?」

「「「「「「「「「「いぇえええい!」」」」」」」」」」

かすみ「もーう、かすみんったら罪づくりなお・ん・な! よーし、じゃあ、このまま一曲――――――」

しずく「こらこら」

 かすみは「えっ?」と驚いたような、とぼけたような表所を見せ、しずくがそれにイヤイヤとサイレントでツッコミを入れて会場の笑いを誘う。

かすみ「じゃあ、改めて一曲――――――」

しずく「いやいやいやいや。駄目だよ、かすみさん。今日はかすみさんのライブじゃないでしょ?」

かすみ「え? 違うんですかぁ!?」

 また会場から笑い声が漏れた。



481: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 19:35:28.63 ID:GjDT7zw9.net

 ステージ裏でその声を聴きながら、歩夢は自分の出番に備えていた。

 果林に貰った衣装は、まだ着ていない。

璃奈「歩夢さん、打ち合わせ通り、『Awakening Promise』のイントロがかかったら二人が歩夢さんの紹介をする。歩夢さんはそれに合わせて歌いながら歩いて、中央までお願い」

歩夢「うん。確認ありがとう、璃奈ちゃん」

璃奈「歩夢さんが歌い終わって、コーレスしてはけた後、新人の子たちが4人歌うから、その間に衣装チェンジ。衣装に関しても、果林さんが待機してくれてるからに何も心配しなくていい」

 時間はたっぷりあると、璃奈はサムズアップをした。

 このタイムテーブルは、新人たちのお披露目も兼ねたが、主に、ライブが久々の歩夢の体調を考慮してのものだった。

歩夢「ごめんね、気を使ってもらっちゃって」

 歩夢は自らの後ろに構える後輩たちに微笑みかけた。



482: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 19:47:56.30 ID:GjDT7zw9.net

歩夢「皆も、今日は楽しもうね」

 あまり交流はなかったが、後輩たちの中には歩夢に憧れてスクールアイドルになった後輩もいたし、戻ってきてからも一生懸命に練習する姿を見て憧れを持った後輩もいた。そのためか、後輩たちも、嬉しそうに返事をする。

 歩夢はそれに嬉しそうに微笑み、璃奈と共にステージ袖へ移動を開始する。

歩夢「そう言えば、璃奈ちゃんは音響テントじゃないんだね?」

璃奈「私はこれ」

 璃奈が取り出したのは小型のドローン。

璃奈「私はステージ袖で歩夢さんを見守りながらこれの操作。後でネットにupする用」

歩夢「そうなんだ。よろしくね」

 璃奈は任せろと、力強く頷き、璃奈ちゃんボード『むん』を顔の前に持ってきた。



484: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 19:56:14.06 ID:GjDT7zw9.net

菜々「歩夢さん!」

 そして、ステージの直前。

 歩夢を待っていたのは、菜々、愛、果林、エマ、彼方だった。璃奈もとことこと小走りでその中に加わり、六人は片手を上げて微笑んだ。

「「「「「「いってらっしゃい」」」」」」

 歩夢は笑顔で「行ってきます」と答え、皆とハイタッチをした。イントロが流れる中、ステージへ続く階段を上る。

歩夢(聞いていてね、侑ちゃん――――――)

かすみ「それではさっそくお聞きいただきましょう! 戻ってきた私たちの真心を! 一曲目! 上原歩夢先輩で、『Awakening Promise』!」

 急ぎ足で戻ってくるかすみとしずく。

 対照的に袖から出た歩夢はゆっくりと歩きながら歌いだす。

 そして、すれ違いざまに二人ともハイタッチをして、歩夢はステージの中央へ堂々と向かうのだった。



485: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 20:00:55.41 ID:GjDT7zw9.net

 歩夢の姿を心配そうに見守る同好会の一同。

 そんな心配など必要ないと言わんばかりに、歩夢は二年前と遜色のないパフォーマンスを披露する。

 その姿を見て、菜々は、しずくは、かすみは、涙を流した。

 他の皆も、感極まった表情で歩夢を見つめていた。観客の中にも、歩夢を心配そうに見ている者もいたが、曲が終わるころには、そんな顔は、一つもなくなっていた。

 曲が止まり、肩で息をしながらポーズをとる歩夢。

 最後に歩夢が笑顔を見せると同時に、会場から大きな歓声が上がった。

 一瞬、その声量に呆気にとられた歩夢。

 しかし、すぐに我に返り、満面の笑みで、負けないくらいに声を出した。

歩夢「地球のみんなぁ―! ただいまぁー!」



488: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 22:08:46.26 ID:GjDT7zw9.net

 歩夢のコーレスが終わり、入れ替わりで今度はかすみと後輩の一人がMCとしてステージに立った。

 戻ってきた歩夢を、彼方とエマが労っている。

彼方「歩夢ちゃん……よかった……本当によかった……」

エマ「うん、本当にいいステージだったよ……」

歩夢「二人とも、ありがとうございます」

 歩夢に抱き着き、頭を撫でまわすエマと彼方に、果林が注意をする。

果林「ほら、感極まるのはライブが全部完全に終わってから! メインは次の曲なんだから、衣装チェンジ、二人も手伝って」

 彼方とエマは返事をすると、歩夢から離れ、設置された簡易控室となっているテントへとその背中を押す。



489: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 22:16:33.52 ID:GjDT7zw9.net

璃奈「私も、後輩の子たちの映像も撮影の確認しないと……」

愛「じゃあ、愛さんもそれ手伝うよ」

 そう言うと愛と璃奈はステージ観客席側へと向かって行った。

菜々「……私は、歩夢さんの様子でも……」

 歩夢の入って行った控室へ入ろうとする菜々は不意に寒気を感じた。

菜々(おっと……やはりもう秋だからでしょうか、冷えてきましたね……。歩夢さん、汗かいていましたし……大丈夫でしょうか――――――)

しずく「あ、ごめんね、ありがとう」

「大丈夫ですか、しずく先輩。急に寒くなったなんて……」

菜々(え?)

 入口にかけた手を止め、菜々はしずくの方を見た。



490: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 22:38:03.56 ID:GjDT7zw9.net

 後輩からカーディガンを借りているようで、それを着てなお、少し体を震わせている。

「最近寒暖差もあるし、風邪かもしれませんよ? 次のMCまで控えテントで休んでいてください」

しずく「うん、そうさせてもらうね」

 菜々の横を通り、テントに入ろうとするしずく。菜々が入口を開けると、しずくは「ありがとうございます」と言って中へ入って行った。

 菜々はその背中を見送ると、速足でステージから離れた。

 そして、先ほどまで歩夢のライブで高ぶっていた感情が完全に落ち着くと、侑の気配を感じた。

菜々(やはり……侑さん、歩夢さんのライブを……!)

 虹ヶ咲学園はお台場にあり、幽霊になった今の侑にとっても活動圏内だ。来ていても不思議ではない。

 菜々は、感じるのが三回目のこの嫌な気配をたどり、校舎内へと入ってゆくのだった。



492: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 23:30:56.86 ID:GjDT7zw9.net

 その気配は上からきていた。
 
 菜々はゆっくりと、その気配に従って校舎を上ってゆく。

 校舎の奥に進むごとに、強くなる気配に足が止まりそうになるが、それ以上に菜々は侑に合わなくてはと足を進めるのだった。

 そして、菜々がたどり着いたのは、屋上。

 扉を開け、足を踏み入れる。

 屋上は暗いが、それ故に、ステージの証明がより鮮明に見えた。

 ステージ自体は背面になるため、アイドルのパフォーマンスは見ることができないが、歌声はここまで届いている。
 
 そして、そのステージを見下ろすよに、高咲侑が屋上の端に浮いていた。

菜々「侑さん……」

 菜々の声に反応し、侑は振り向いた。

 そして、二年前と変わらない声で、優しく語り掛けた。

侑『いらっしゃい、せつ菜ちゃん。歩夢、いいステージだったね……』



494: 名無しで叶える物語 2021/10/03(日) 23:57:23.33 ID:GjDT7zw9.net

 同時刻、控えテント。

 衣装替えが終わり、テントから出ようとした歩夢はカーディガンを羽織り、控室の隅で震えるしずくに気が付いた。

歩夢「しずくちゃん、どうしたの?」

しずく「歩夢さん……すみません。なんだか寒気が収まらなくて……風邪かもしれないので、あまり近づかないほうが……」

歩夢「寒気……?」

 しずくの様子に、歩夢が妙な引っ掛かりを覚えると、愛と璃奈がテントに入ってきた。

璃奈「歩夢さん、そろそろスタンバイを――――――」

 歩夢にスタンバイを促す璃奈と一緒に入ってきた愛が、テント内を見つめ、首を傾げた。

愛「あれ? 菜々っちは?」

歩夢「え?」

 嫌な予感がした。

 ドクンドクンと、自分の心臓の鼓動がライブ前の緊張以上に大きく聞こえるのを、歩夢は感じた。



495: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 00:04:09.75 ID:0Sjxy/gQ.net

果林「こっちには来てないわよ? 外にいないの?」

愛「ううん。てっきり歩夢と一緒にいるものとばかり……」

かすみ「しず子、大丈夫? MC、他の子に代わってもらったから、ゆっくり休んで?」

 困ったような顔をした愛と果林。そんな二人に、MCが終わったかすみと一緒にテントに入ってきたテントの連絡係をしてくれている後輩が話しかけた。

「あ、菜々さんなら先ほど一人で校舎に入って行かれましたよ」

果林「校舎? 何かあったのかしら……」

歩夢「……ッ!」

 歩夢はそれを聞くと、慌ててテントから抜け出し、ジッと校舎を見つめはじめた。

歩夢「せつ菜ちゃん……どこ……どこにいるの?」

 どこか様子のおかしい歩夢の様子に、皆も揃ってテントから出てきた。

 歩夢の様子を心配そうに見つめる愛とエマ意外の同好会メンバー。



497: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 00:11:23.42 ID:0Sjxy/gQ.net

歩夢(…………痛っ! 頭痛が……)

 暫く校舎を見上げていると、歩夢は不意に頭痛に襲われた。

 『死』を見ることにより起きた拒否反応の頭痛だ。

 歩夢はそれをお構いなしに校舎を見上げ続ける。

 そして、すぐに見つけた。屋上から空間にはみ出ている不自然な『線』を。

歩夢(侑ちゃん!)

 剣が揺れぬよう、鞘を抑えながら、衣装のまま歩夢は校舎へと向かう。

愛「歩夢!」

 そんな歩夢を追いかけようと、愛も駆けだそうとした。そんな愛をエマが止めた。

エマ「待って!」
 
 愛は立ち止まり、早く歩夢を追いたいという苛立ちを隠すことなく、なんだと言わんばかりに、エマを睨みつける。



498: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 00:28:46.06 ID:0Sjxy/gQ.net

 一方のエマもその視線に負けないと言わんばかりに愛を睨みつけるように見つめていた。

 一触即発とも言わんばかりにその空気に、周りにいた同好会メンバーは不安そうに二人を見つめた。

 口を開いたのは、エマだった。

エマ「歩夢ちゃんが向かった先に、侑ちゃんはいるの?」

 愛は驚き、目を見開く。

 他のメンバーもその発言驚き、果林がエマに問おうとした。

果林「エマ、何を言っているの? 侑は――――――」

愛「……いつから、気が付いてたの?」

 下を向き、震えた声で問う愛の姿を見て、皆はまさかと思った。

エマ「今週の月曜日に、しずくちゃんとの会話で違和感を持ったんだ。しずくちゃん、侑ちゃんに攫われて、愛ちゃんたち三人に助けられる夢を見たんだって。現実の状況と同じ夢を」

愛「それだけで……?」



500: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 00:44:02.91 ID:0Sjxy/gQ.net

エマ「もちろん、それだけじゃないよ? わたしは歩夢ちゃんの『眼』のことを知ってる。……元々おかしいと思ってたんだ、なぜ希さんが歩夢ちゃんを侑ちゃんに会わせないのかとか。歩夢ちゃんは『眼』を使いすぎるとどうなるか知ってるのに、あの日……しずくちゃんが襲われた日に酷使していたのかな……とか」

 愛はエマの疑問はもっともだと思った。

 しかし、それ以上に、最後のエマの言葉が気になり、それは直ぐにどうでもよくなった。

愛「……『眼』を使いすぎるとどうなるか……って何? 頭痛がするだけじゃないの?」

 愛の問に、エマは横に首を振った。

 そして、同時に確信した。

エマ「やっぱり侑ちゃんは来てるんだね。……詳しく話すよ。わたしが知る、歩夢ちゃんの『眼』のこと」

 愛は頷いた。

 そして、エマは二人の会話を聞き、愕然と立ち尽くす他の皆の方を向き、口を開いた。



501: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 00:53:48.84 ID:0Sjxy/gQ.net

エマ「皆も、ついてきて。侑ちゃんのこととか、歩夢ちゃんのこととか、全部……話すから……」

 そう言うと、エマと愛は歩夢を追うように校舎に入って行った。

 果林、彼方、しずく、璃奈がそれに続く。

 かすみは近くにいた後輩に、場をつないでくれと頼み、それと同時に、目に付いた紙袋を抱え、校舎へと入っていくのだった。



509: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 22:22:28.42 ID:0Sjxy/gQ.net

エマ「――――――以上が、わたしと愛ちゃんが知っていた、歩夢ちゃんと侑ちゃんの秘密だよ……」

 廊下を進みながらエマの口から告げられた内容に、6人はショックを受け、愛以外の5人は簡単には理解できなかった。

かすみ「エマ先輩の魔術の影響で侑先輩が幽霊になり……」

彼方「このままじゃ侑ちゃんが化物になっちゃうから、何でも殺せる目を持ってる歩夢ちゃんが殺そうとしている……」

果林「そんな侑のターゲットは菜々で……」

しずく「この間私を襲った犯人も侑さん……」

璃奈「……それ……菜々さんの考えた新しい小説……?」

 璃奈のツッコミにエマは苦笑した。

エマ「だったらよかったけど、現実なんだ……」

 エマ自身も簡単に信じてもらえるとは思っていなかった。

 しかし、それでも話さなくてはいけなかった。

 この場にいる全員には、知る権利があると思ったし、知ってもらわなくてはいけないと思ったから。



511: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 22:33:57.22 ID:0Sjxy/gQ.net

果林「……それを話したのは、侑を殺した罪の告白をしたいから? それとも……歩夢のため?」

 最初に口を開いたのは、果林だった。

 真剣な眼差しで、面食らった顔をしたエマを見つめながら、問う。

エマ「……果林ちゃんは、勉強ができないのに、頭いいよね……」

 微笑んで、「半々かな」と付け足して、エマは語り始める。

エマ「わたしはわたしの欲望のために、侑ちゃんに生きてもらおうとしたけど、殺してしまった。そして、わたしにはそのアフターケアができないの。わたしには幽霊の侑ちゃんを殺してあげることはできないからね……」

エマ「けど、歩夢ちゃんには『直死の魔眼』がある。歩夢ちゃんの『眼』は、生きているのなら神様だって殺せる『眼』。あの『眼』なら、侑ちゃんを殺すことができる……わたしの罪を、背負ってもらっちゃうの……これから歩夢ちゃんが犯す罪は余計なことをしてしまったわたしの罪」

愛「それは違う!」

 愛はその言葉を否定した。



512: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 22:42:51.87 ID:0Sjxy/gQ.net

愛「主治医の真姫先生は言ってたよ。どちらにしろ、ゆうゆは長くなかった、って。それに、歩夢も言ってた。エマっちのおかげで、ゆうゆが幽霊として生きてくれたから再会できたって、って!」

 愛の言葉に、エマは礼を言った。

エマ「けど……それでも侑ちゃんの最終的な死因がわたしであることには変わらない。だから、これは私の罪なの」

 自らに戒めるように言うエマ。そんなエマに果林はもう一つの理由について尋ねた。

果林「……もう一つの、歩夢のためっていうのは?」

エマ「……だって……歩夢ちゃん、侑ちゃんが死んでいたことを知っていたから――――――生きている真似をしている死体を見たくないからって侑ちゃんのお見舞いに一回も行ってないんだもん。そんな状態で、侑ちゃんが亡くなったとして、何も知らない皆はどう思った? 特に果林ちゃん」

果林「……確かに……何も知らなければ、私は歩夢を責めたでしょうね……。「何故生きている内に侑に会ってあげなかったの」って」



513: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 22:46:39.76 ID:0Sjxy/gQ.net

 エマは予想通りの回答に、儚げに微笑んだ。

エマ「でしょ? わたしはそう思われるのが嫌だから皆に話したの」

 エマはそう言うと、再び前を向いた。

 歩夢が走り出す直前、どこを見ていたかは覚えていた。

 そこを目指し、一同は走り続ける。

 走りながら、愛はエマから聞いた『眼』についての秘密を脳内で復唱する。

愛(『眼』を使いすぎると、精神と脳に負担がかかりすぎて、精神が崩壊するか脳が焼き切れて廃人になる?)

愛「そんなの聞いてないよ、歩夢――――――」



515: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 22:58:31.30 ID:0Sjxy/gQ.net

 場所は変わり、屋上。

 菜々と侑が会話を始めたのは、歩夢が、同好会メンバーが屋上に侑がいることに気付くよりも少し前の時間だった。

侑『いらっしゃい、せつ菜ちゃん。歩夢、いいステージだったね……』

 二年前と変わらない様子で、侑は菜々に話しかけた。

 だから菜々も、二年前と同じように返した。

菜々「ええ、とても素晴らしいステージでした。けど、ここからではよく見えなかったのでは?」

侑『うん。だから、歩夢が歌ってる間は、浮いてステージの側面に回り込んでいたんだ。そのせいでしずくちゃんとせつ菜ちゃんに気付かれちゃったみたいだけどね』

 苦笑する侑に、菜々もつられて微笑む。

菜々「そうだったんですね、てっきり意図的に呼び出されたものかと」



517: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 23:12:58.84 ID:0Sjxy/gQ.net

 その言葉を聞き、信じられないようなものを見る眼で菜々を見る侑。

侑『……私の狙いがわかっててきたの?』

菜々「あれだけの殺意を向けられれば、誰でも気が付きます」

 菜々の言葉に、侑はそっかぁと言って、倒れる様な動きをした。

侑『うーん……けど、今回は本当にそのつもりはなかったんだ。……歩夢の、大切な幼馴染のライブを見たかっただけ』

 見上げる侑と見下ろす菜々の視線が、バチリとぶつかった。

 菜々は侑の顔を見て、改めて微笑んだ、意識が在ってよかった、と。

 微笑む菜々に、侑は苛立ちを、己の内から沸き上がる衝動を感じた。

 そして、浮き上がって、瞬時に菜々の眼前まで迫る。

 突然の出来事に驚いた顔をした菜々を睨みながら、首に左腕をかけた。エナジードレインは、まだしない。



518: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 23:27:04.99 ID:0Sjxy/gQ.net

侑『本当に何しに来たの? 私、せつ菜ちゃんに会いたくなかったんだけど……』

 侑の睨みに負けじと、菜々も侑を挑発するかのように睨み返す。

菜々「私はお会いしたかったですよ?」

侑『襲った理由でも知りたい?』

 侑の問に、菜々は勢い良く頷いた。

菜々「はい。私自身、侑さんとは仲が良かったと思っていました。あの合宿の夜の音楽室での語り合いは今も鮮明に覚えています」

 私の大好きを肯定してくれて、本当にうれしかった。と菜々は心の底からの本心を口にした。

 侑の瞳が、かすかに揺れた。

菜々「だからこそ、私は納得できません」

侑『納得?』



520: 名無しで叶える物語 2021/10/04(月) 23:56:46.35 ID:0Sjxy/gQ.net

菜々「あなたは、あなた自身の大好きを傷付けようとしています。もちろん、私の――――――優木せつ菜のことではありません。歩夢さんのことです」

 歩夢の名が出ると、侑はピクリと肩を震わせた。

 そして、侑は顔を伏せ、『歩夢』と小さく呟いた。

菜々「歩夢さんは、今、あなたを殺そうとしています! もちろん、憎いからじゃありません! あなたが大好きだからです! あなたが化物になってしまうと思っているからです! あなたに――――――せめて人間として死んで欲しいと思っているからです!」

 畳かけるように、菜々は目の前にいる侑に叫ぶ。

 菜々の叫びはまだまだ終わらない。

菜々「けど、強がっているけど、歩夢さんは優しい方です! あなたを殺したら心に傷を負うことでしょう! 私はそんな歩夢さんを見たくない! 歩夢さんが大好きだから! それに、大切な仲間が大好きな人に殺される姿だって見たくありません! だから――――――意識のあるうちに未練を教えてください。人として逝ってください」

 菜々は自らが残酷なことを言っていることを自覚していた。

 結局、侑の意思を尋ねると言っても、最終的には死ねと言っているのだから。



523: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 00:29:11.10 ID:Ov0cvPN4.net

菜々(侑さんを生かす方法は、結局ない。なら、私は少しでも生きている歩夢さんが心の傷が浅くなる方法を選ぶ)

 何も言わない侑を睨むように見つめ続ける菜々。

暫くすると、おもむろに、侑が口を開いた。

侑『私ね、初めてこの姿になった時に見たの、目の前で地面に寝転ぶ高校生だったの……』

 そこから、侑はぽつりぽつりと、これまでのことを話し出した。

侑『気が付いたらそこにいて、「あれ? ここどこだろう」って思った。私は歩夢と共に事故にあったはずなのに、いるのは場所は裏路地。もうどうしようってパニックになったんだ。

侑『とりあえず救急車呼ぼうと思ったんだけど、私は何故か今着ている白いワンピースしか着てなくて、スマホもどこにもない。

侑『そこで気が付いたんだけど、おまけに足もなければなんと浮いてる。まあ、今思うと、パニックになってたとは言え、最初に気付けよ私って感じなんだけどね……』



525: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 00:35:53.38 ID:Ov0cvPN4.net

 侑は少し苦笑した。

侑『私が私の状況を受け入れられずにうろうろしているところに、お巡りさんがやってきたんだ。

侑『私は思わずお巡りさんって叫びながら飛びつこうとしたんだけど、こんな状態だし、もちろんすり抜けた

侑『え? 今は何で触れるかって? 念力って言えばいいのかな? 手に体の力を集めれば、私が広げてる空間内なら触れるようになるってことに気が付いたの。

侑『……え? 魔術に結界? 菜々ちゃん昔からそう言うの好きだね。……え? 本当なの? しかも、私がこの姿になったのはエマさんの魔術? ……そっか、なら、エマさんにはお礼を言わないとね……。

侑『でね、話を戻すと、私は結局どうすればいいかわからないで、お台場の街をうろうろしてたんだ。何故かお台場から出ようとすると引き戻されるように戻ってきちゃうんだよね……。

侑『で、暫くうろうろしてるとね、私のお腹がすくんだ……。

侑『そう。人間みたいにお腹がすくの。するとね? もうしょうがないの』



527: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 00:53:54.92 ID:Ov0cvPN4.net

侑『最初はね、どうすればいいかわからないで、ただただ裏路地でじっとしてた。

侑『するとだんだん意識がなくなって、「ああ、もうだめかな……」なんて思ってたところに、目の前に綺麗な黒い髪の、清楚そうな……まさにせつ菜ちゃんみたいな女の子が通りかかった。私の意識は、そこで一度途絶えた。私の中の人間は、一度消えたの。

侑『気が付くと、目の前でその女の子が気絶してて、お腹が膨れていた。

侑『その時理解したんだ。「あ、これやったの、私だ」――――――ってね。

侑『正直、私は怖くなった。

侑『そこからは、多分知ってるんじゃないかな?

侑『私はできる限り耐えようとしたんだけど、どうしてもお腹がすく。そして我慢しようとするんだけど、どうやら、私は我慢ができないらしくてね?

侑『せつ菜ちゃんみたいな女の子を見ると、目の前が真っ暗になるの。食らいつくしてやろうって思うの。そして……気が付いたら、私は女の子に馬乗りになってるんだ

侑『そのたびに、私は飛び退いてた。そうやって人間に戻った時に、化物としての自分の行為の後を見るのが、ものすごくつらかったんだ……』



537: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 21:52:16.95 ID:Ov0cvPN4.net

侑『正直ね、最近自分が人間だか、化物だかわからない時があるの

侑『最初は自分が人間だってはっきり意識できたんだけど、今は自分が何なのかわからない。こうやってせつ菜ちゃんの首を絞めていれば、思考だって読み取れるからね。まあ、そう驚かないでよ、傷つくからさ

侑『それに、こうやって人間か化物かわからなくなってきた時に気が付いたことがあるんだ。歩夢のことと……せつ菜ちゃん、あなたのことだよ』

 自分語りを始めてから、侑は初めて顔を上げた。

 その顔は、狂気じみた笑みを浮かべていた。

侑『私は最初、感情なんて全部忘れて、化物になる方が幸せだと思っていた。

けど違った。だって、せつ菜ちゃんを―――――――私の大好きを応援してくれると言ったくせに! 私から大好きを! 歩夢を奪う敵を消せるんだから! そうすれば――――――』

 人間の私がいなくなっても、化物の私だろうと、歩夢は私を想い続けてくれるはず――――――。

 侑の呟いた自らの未練は、菜々の耳にだけ入り、静かに闇夜に消えていくのだった。



538: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 21:59:29.46 ID:Ov0cvPN4.net

菜々「ふ……ざけ……」

 聞こえてきた声に、侑は気が付いたようにせつ菜の首を絞める力を緩めた。

侑『ああ、ごめんね、せつ菜ちゃん。苦しかったよね。
 思考を読むのもいいけど、結局頭を探るってより、思い浮かんだことがわかるって感じだから、肝心なこととか、何が言いたいかとかは伝わってこないんだよね……いいよ、話してごらんよ』

 数回息を吸い込み、十分な量の酸素を確保した後に、菜々は侑を鼻で笑った。

菜々「ふざけないでください。幻滅しましたよ、侑さん」

侑『は?』

菜々「歩夢さんに想い続けて欲しい? 想いも告げずに? それこそ、自分本位のわがままです」

 菜々はいつかの逆ですねと心の中で呟いた。

 それが侑に伝わったのか、侑は顔を背けた。



540: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 22:23:39.89 ID:Ov0cvPN4.net

菜々「あなたは今、あなたの大好きを貫いていません! 大好きをぶつけないのはただの逃げです!」

侑『……逃げ?』

 侑は改めて菜々に殺気の籠った視線を戻した。

侑『今……逃げって言った?』

菜々「ええ、言いました。そんなのは逃げだと! そんなことでどうするのですか! 歩夢さんの心が本当にそんなことでつなぎとめることができると思っているのですか!?」

侑『せつ菜ちゃんに……何が……』

 殺気は増すばかりだが、菜々はそのような些細な問題は気にしていなかった。

菜々「歩夢さんが目覚めても侑さんが寝たきりだったので、遠慮していましたが、あなたがそんななら、もういいです!」

 目の前にいる恩人に――――――高咲侑に自らの大好きをぶつけ、宣戦布告する。

菜々「私は、私の大好き歩夢さんに伝えます! 私の大好きを正面からぶつけます。一回だけじゃありません、何回もです! 歩夢さんの心の中には今はきっとあなたしかいない! けど、いつかあなたに勝って見せます! 歩夢さんの唯一無二であるあなたに!」



543: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 22:45:55.83 ID:Ov0cvPN4.net

 菜々が力強くと言い放つと、再び侑に首を絞められた。

侑『せつ菜ちゃんに、何がわかる……!!』

 低く、唸るように、明らかな敵意の籠った声を侑は出した。首に延ばされた手に込められた力も先ほどまでのポーズでなく、本気で菜々の息を止めんばかりの力だった。

侑『こんな姿になって、歩夢が愛してくれるはずないじゃない! 歩夢に愛されていいはずないじゃない!』

菜々(それは違います!)

 菜々は侑に対し、思考をぶつける。

 侑はそれを即否定した。

侑『違わない! 違わなくていい!』

 菜々はその言葉にハッとした。

 侑から、やっと聞くことのできた本心だった。



544: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 22:56:30.40 ID:Ov0cvPN4.net

菜々(私の考えは、やはり甘かった……せめて、侑さんと歩夢さんが最後に想いを伝え合えたら……そんな浅はかな考えだった。けど――――――)

侑『だから、こんな私だから、もう、化物の私だから、いいよね?』

菜々(侑さん、あなたはまさか……ああ言いながら最初から……けど、そ……れは……)

侑『せつ菜ちゃん〈恋敵で親友〉も――――――連れて逝っていいよね――――――』

菜々(歩夢さんの大好きの否定です――――――)

 侑が菜々の首をへし折らんと、最後の力を込めた。

「駄目だよ、侑ちゃん――――――」

 屋上に響いた声と足音。菜々と侑は声の主の方を向いた。

 その刹那、菜々を掴む腕に向かって振り下ろされる剣。



546: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 23:08:59.86 ID:Ov0cvPN4.net

 侑は菜々から手を放し、瞬時に距離をとった。

 倒れかけた菜々を、純白の姫騎士が抱きかかえる。

 自分(侑)の想像した、自ら(侑)の願望が、目の前で、自分以外(菜々)を抱きしめている。

菜々(あ……ゆむさん……)

 酸欠状態の、虚ろな目で、歩夢を見つめるせつ菜に歩夢は声をかけた。

歩夢「……せつ菜ちゃん、何してるの?」

 歩夢の声に込められたのは、怒り。

歩夢「言ったよね? 私が侑ちゃんを殺(愛)す、って……だから、邪魔をしないで」

 歩夢はそう言うと、菜々を地面に優しく寝かせる。

菜々(歩夢さん、侑さんは――――――)



548: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 23:25:58.00 ID:Ov0cvPN4.net

 声を出したいが、力強く潰されていた喉から声が出てくれない。

 菜々はそのまま侑へ向き直る歩夢の背中を見つめ、涙を流すしかなかった。

歩夢「おまたせ、侑ちゃん」

 笑みを浮かべながら侑と対峙する歩夢。それとは対照に、侑は顔を伏せ、そして、尋ねた。

侑『……歩夢、その姿……』

歩夢「あ、これ? 果林さんや服飾同好会の皆が作ってくれたんだ? 似合う?」

 歩夢は侑が衣装に気付いてくれたことが嬉しく、その姿を侑に見せつけるように、両腕を広げて見せた。

歩夢「せつ菜ちゃんたちも似合うって言って――――――」

 そのまま嬉しそうに話し続ける歩夢の言葉を、侑が遮った。

侑『なんでせつ菜ちゃんの名前が真っ先に出てくるの? せつ菜ちゃんの方が大事なの!?』

 侑の問いに、歩夢はきょとんとした顔をした。せつ菜の名が出たのは、本当に偶然だった。



551: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 23:43:42.61 ID:Ov0cvPN4.net

歩夢「違うよ」

 さも当然のように言う歩夢。今しているのは衣装の話なのだから。

 その反応が、侑をさらに苛立たせた。

侑『なら、そこ退いてよ! せつ菜ちゃんを連れて逝かせてよ!』

 歩夢もそのセリフにピクリと反応する。

 そして、先ほどの笑みとは違う、怒りの含まれた笑みを浮かべた。

歩夢「侑ちゃんこそ、ダメだよ。人間はね、殺したいからで、人を殺しちゃダメなんだよ」

 窘める様な物言いの歩夢に、苛立ちを隠せない侑

侑『何それ……なら、私にはもう関係ない!』

歩夢「あるよ」

侑『ないよ! 私は化物なんだから!』



553: 名無しで叶える物語 2021/10/05(火) 23:58:08.91 ID:Ov0cvPN4.net

 肩で息をしながら叫んだ侑に、歩夢は目を見開いた。

 そして、侑は左掌を歩夢に向けた。

 歩夢の目が見えない何かの『線』をとらえる

侑『どいて、歩夢。どかないのなら、歩夢相手でも容赦しない。私の最後の我儘、貫かせてもらうよ』

 決意と狂気に満ちた侑の瞳を見ながら、「なら」、と歩夢は自らの胸に手を当てた。

歩夢「じゃあ、私は、私の我儘で侑ちゃんにせつ菜ちゃんを殺してほしくない。ううん、誰であろうと、殺してほしくない」

 それにね、と歩夢は付け足す。



554: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 00:18:16.19 ID:ab6WSIMY.net

歩夢「せつ菜ちゃんと――――――ううん、“菜々”ちゃんと、愛ちゃんは、侑ちゃんの居なかったこの三か月の心の拠り所だった。だから――――――簡単に連れて逝かせるわけにはいかないの、二人には――――――ううん、同好会の皆には、ちゃんとこの世界を生きて欲しいの」

 死が見えるからこそ、生きていることが尊いことだと知った。

 生きているだけで幸せなこの世界での生を生きている皆には全うしてほしい。

 それが、今の歩夢の願いだった。

侑『歩夢……』

歩夢「だからね、それでも侑ちゃんが菜々ちゃんを殺したいと言うなら、私が侑ちゃんを殺す」

歩夢(侑ちゃんには、侑ちゃんのままでいて欲しいから)

歩夢もゆっくりと、剣を構えた。

そして、自らの『眼』でしっかりと侑の『死』を見ながら宣言する。

歩夢「侑ちゃん、私が……あなたの死だよ……」



563: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 22:02:30.57 ID:ab6WSIMY.net

 暫し見つめ合った後、動き出したのは同時だった。

 歩夢は足に力を入れ、コンクリートを蹴り、侑へと迫る。

 一方の侑は歩夢に向けていた左腕に力を込めた。

 見えない何かが飛んでくることが、『線』で分かった。

 速度がそこまでなかったそれを、歩夢はあっさりと避けた。

 侑は驚きで目を張った。

 『直死の魔眼』の情報は、菜々の思考を読み取った際に浮かんできたため既に侑にあった。

 しかし、知識があるのと実際にみるのは違う。

 なんでも殺せるというのは比喩じゃなかったのか、たとえそれが、見えないものだろうと……と侑が驚いている間に、歩夢は既に間合いに入っていた。



564: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 22:16:18.37 ID:ab6WSIMY.net

 侑の『線』を目掛け、振られる剣。

 その一撃は、侑に確かに当たった。

 いや、生きていたら当たっていた。

 侑が飛び上がったことで、その一撃は『線』から外れ、剣は侑をすり抜けた。

歩夢「――――――ッ!」

 最初の一撃であり、最高のチャンスだった。

 歩夢は悔しさから声にならない声が漏れた。

 歩夢は空ぶった右手を構え直し、歩夢は踊るように体を反転させる。

 侑から離れることはしない。

 離れた方が、不利なことは、以前侑に負けた際に覚えていた。



566: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 22:41:45.75 ID:ab6WSIMY.net

 一方の侑は、今の一撃に恐怖を感じていた。

 その恐怖に対する反射で浮き上がったことによってたまたま歩夢の斬撃が『線』からずれただけのことだった。

 侑はそのまま歩夢に左手を伸ばそうとするが、歩夢の追撃がそれを許してくれない。

 幸い、歩夢は『眼』こそ人間離れしているが、その身体能力は一般人であり、剣の腕だって素人同然。侑にそれを避けること自体はたやすかった。

 それでも、歩夢が繰り出す斬撃がすべて必殺の一撃であることには変わりなく、侑は歩夢の攻撃を避けることを最優先に考え行動する。

 避ける。距離を取る。そして、手を伸ばすか念力を使おうとする。

 しかし、発動するまでに、歩夢は侑に瞬時に迫ってきた。

侑(こっちだって、意外と力使うのに集中しなきゃいけないんだよ……それに……)

 侑は歩夢の攻撃を避けながら、歩夢に斬られて以来再生できない右腕を見た。



568: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 22:56:58.33 ID:ab6WSIMY.net

 正気に戻る直前、せつ菜に馬乗りになり、エナジードレインに夢中になっていた際に不意打ちで切断された右腕は、いくら力を流そうとしようと、再生しなかった。

侑(私、化物だよ? なのに再生できないってなに? 子供のころ見てたアニメにだって、こんなチート能力なかったよ……)

 そんな力があっては、歩夢に対して左腕を伸ばすことは憚られた。

 では、いっそうのこと歩夢が届かないぐらいに浮き上がってみようか、と侑は考えたが、その考えは、目の前に迫る歩夢の顔を見た瞬間に引っ込んだ。

侑(ああ……歩夢が、あの優しくて陽だまりのような歩夢が、私をこんな真剣な眼差しで射抜いてくる。こんな表情……私しか知らないんだろうなぁ)

 侑は胸から込み上げてくるものを感じ、顔がにやけるのを必死に抑えた。

 それと同時に感じる、意識の奥からの恐怖は、侑に生の実感を与えていた。

――――――ああ、自分は生きている、と。



569: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 23:10:09.76 ID:ab6WSIMY.net

 侑は自分が死んでいるのに生きているなど、矛盾しているなと、思ったが、そもそも自分の意識がこうしてあること自体が摩訶不思議なのだからと気にしないことにした。

 一方の歩夢は頭の芯に響くような痛みを感じた。

 『眼』を使いすぎた拒否反応である。

歩夢はその痛みをごまかすように、侑に話しかけた。

歩夢「喧嘩、SIFの直前以来かな?」

 歩夢からそのような話題が提供されるとは思っていなかった侑は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後に、懐かしいねと言った。

侑『最初に私の部屋に来た時、話の途中なのに、歩夢ったら私のこと急に押し倒してくるんだもん、びっくりしちゃったよ』

 意地悪くにやけながら言う侑に対し、歩夢の顔は真っ赤に染まった。



571: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 23:37:42.97 ID:ab6WSIMY.net

 そして、無言で、今までで一番鋭い斬撃を繰り出す。

 それをギリギリで避ける侑。

侑『危なっ! 酷いよ歩夢! 事実を言っただけじゃん』

歩夢「なんであの時のこと言うの! 侑ちゃんなんて死んじゃえ!」

 顔を赤くしたまま、再び剣を振る歩夢。

 それを避け、余裕が出て来たのか、念力を放つ侑。
 
 歩夢は横に転がることで、それを避ける。

 コンクリートが、少しえぐれた。

 その光景を見ながら、ゾッとした歩夢に、今度は侑の手が伸びてくる。

 歩夢は体制の整わないまま、その手に剣を振り下ろすが、その斬撃を警戒した侑はそれを大げさに避けた。



573: 名無しで叶える物語 2021/10/06(水) 23:50:03.43 ID:ab6WSIMY.net

 その隙にと、歩夢は立ち上がりながら侑に向かって一直線に駆ける。

 侑はそれを追撃しようと、伸びた手を戻し、歩夢に備えた。

 気が付けば、最初の表情はどこへやら。二人は笑っていた。

 笑顔で喧嘩(殺し合い)をしていた。

 体の力が戻り、起き上がれるようになった菜々はその光景を、涙を流しながら、ずっと眺めていた。

菜々「……て……さい……」

 再び歩夢に頭痛が走り、顔を歪め、バランスを崩した。

 それを好機と見た侑は再び左腕を歩夢の首を掴まんと伸ばす。



574: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 00:02:28.18 ID:ItPDRAWr.net

菜々「やめて……ください……」

 ふらふらと立ち上がり、ゆっくり歩きだす菜々。

 歩夢はバランスを崩しながらも、ぎりぎりで左腕を首の前に持って行くことに成功した。

侑(しまった――――――)

 このままでは、助け起こす形になってしまうと、侑が手を引こうとするが、その前に、歩夢が転びながら剣を侑の腕に振り上げた。

 その一撃は侑の左腕上の『線』を切り裂き、侑の左腕はそのまま光となって霧散した。

肩からコンクリートに崩れ落ちる歩夢と、無防備となり、その場で立ち尽くす侑。

侑(……ああ……これで、終わりか……楽しかったな……)



576: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 00:23:24.69 ID:ItPDRAWr.net

 無防備となった侑に、すぐに立ち上がった歩夢が雄たけびを上げ、剣先を侑に向けながら迫る。

菜々「もう、やめてください!」

 菜々も力の入らない体に鞭を打って、地面を蹴った。

 もう、大好きな二人が殺し合うのを、菜々はもう見たくなかった。

 それと同時だった。

愛「歩夢、ゆうゆ!」

 愛は二人の名前を呼びながら、屋上の扉を勢い良く開けた。

 そして、その後ろから現れた璃奈が小型ドローンを上にかかげる。

愛「この声を聴けッ!!」

『侑ちゃん、愛してるよッ!!』

 愛がスマホの再生ボタンを押すと同時に、大きな音で、ドローンのスピーカーから響いたのは、月曜日に愛が録画した歩夢の告白だった。

歩夢・侑「『え?」』

 場違いな音声に呆気にとられ、思わず二人は固まった。



579: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 00:35:43.81 ID:ItPDRAWr.net

 歩夢の顔は同時に羞恥で赤く染まった。

 その固まった歩夢に、菜々が横から思いっきり抱き着いた。

 無防備になっていた歩夢には菜々を支えるすべがなく、そのまま後ろへと押し倒される。

 そして背中を打った痛みで歩夢は我に返った。

歩夢「菜々ちゃん、なにを――――――」

 先ほどの音声の羞恥心を誤魔化すように、自らを押し倒した菜々に文句を言おうとしたが、それをやめた。

 菜々は歩夢の胸元に縋るように、涙をぼろぼろに流しながら、「もう、やめてください」と消えそうな声で呟いていた。

 歩夢はなんとなく気恥ずかしくなり、視線を侑に移した。

 侑も歩夢の上で泣きじゃくる菜々を慈愛の瞳で見つめていた。



580: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 00:40:51.68 ID:ItPDRAWr.net

 歩夢の視線に気が付いた侑は苦笑を浮かべた。

 それにつられて、歩夢も苦笑する。

 もう先ほどの続きをできるような空気ではなくなっていた。

 歩夢は菜々の体を支えながら上半身を起こすと、菜々を抱きしめながら頭を優しく撫でた。

歩夢「大丈夫だよ。もう、喧嘩はおしまい。だから……早く泣き止んで、菜々ちゃん」

 菜々を抱きしめる歩夢に寄り添うように、まるでなくなった両手で二人を抱きしめるように、侑も屈んだ。

 そんな三人の元に、愛たちが駆け寄ってくるのだった。



589: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 22:35:26.82 ID:ItPDRAWr.net

彼方「本当に、侑ちゃん……?」

璃奈「侑さん、すり抜ける……」璃奈ちゃんボード『目が点』

侑『うん。久しぶりだね、彼方さん、璃奈ちゃん』

 菜々を慰める歩夢と愛から少し離れたところで、同好会メンバーに囲まれる侑。

 璃奈は侑の体を触ろうとするが、触れないことに驚きを隠せずに、何度も確認するように、手を行ったり来たりさせていた。

かすみ「本当に……侑先輩なんですよね……」

侑「そうだよ。かすみちゃんは、さらに可愛くなったね」

 二年前と変わらない笑顔に、かすみは感涙する。

 そのまま感情の高ぶりのままに、侑の名を呼びながら抱きしめようとするが、当然のごとくすり抜け、向かい側にいた果林に抱きとめられた。



590: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 22:53:16.99 ID:ItPDRAWr.net

果林「気持ちはわかるけど……目の前で璃奈ちゃんが何に驚いているのかを思い出しなさい?」

かすみ「けど、気が付いたら体が動いちゃってたんですよぉ~!」

 そんなかすみの様子を見て微笑んだ後に、侑はしずくと向き合う。

 皆より少し離れた場所にいたしずくの瞳には、かすかに戸惑いと畏怖が見て取れた。

 記憶にはないが、体は侑にされたことを覚えていたようである。

しずく「侑さん……」

侑『しずくちゃん、この間は、怖い思いさせてごめんね……』

 しずくに頭を下げる侑。

 しずくは目を見開いた。

 そして、先ほどかすみに見せていた笑顔を思い出し、かすかに笑みをこぼす。

 確かに、この幽霊は高咲侑なのだと……。



592: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 23:06:47.79 ID:ItPDRAWr.net

 しずくはわざとらしくため息を吐いて見せた。

しずく「もう、侑さんったら、私が侑さん好みの清楚な女の子だからって、おそっちゃだめですよ? もちろん、他の人もです」

 そのまま戯けて言うしずくに、侑は一瞬きょとんとした後に、噴出した。

侑『うん、もう襲わないよ! しずくちゃんおそったら、他の人じゃ満足――――――』

 冗談を言う侑の頬すれすれに、背後から剣が突き出された。

 侑がゆっくりと振り向くと、笑みを浮かべた歩夢が立っていた。

 しかし、その笑顔に込められていたものは、明らかな怒りと殺意。

歩夢「侑ちゃん……? 後輩にセクハラはやめようね……? 次は『線』を斬るよ?」

侑『は、はぃ……』

 侑の返事に満足したのか、歩夢は剣を納めた。



595: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 23:18:42.66 ID:ItPDRAWr.net

 その背後には、苦笑する愛と、ジト目で侑を見つめる菜々が立っていた。

 菜々の目は、まだ少し赤かった。

 侑はわざとらしく咳ばらいをし、最後に、先ほどからジッと自らを見つめるエマと向き合う。

 そんなエマを心配そうに見つめる果林。

 その視線に気が付いたエマは首を横に振った。隣に来なくていいと。

 エマの瞳は、今にも泣き出しそうなほど揺れていた。

 しかし、まっすぐに、侑と歩夢を射抜いていた。

エマ「ごめんなさい。侑ちゃん。歩夢ちゃん」

 ゆっくりと、エマが頭を下げた。

エマ「わたしの我儘のせいで、二人には余計な悲しみを背負わせた。本来なら犯さなくていい罪を重ねさせてしまった。二人に……本当につらい思いをさせちゃった……」

 エマの目から、涙が零れ落ちた。

エマ(泣いちゃダメ。二人の方が辛いんだから、わたしは泣いちゃダメなのに――――――)



597: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 23:31:16.38 ID:ItPDRAWr.net

侑『エマさん、顔を上げてください』

 侑の声に従い、エマは顔を上げた。

 顔を上げたエマを待っていたのは、歩夢の抱擁だった。

歩夢「ありがとうございます、エマさん」

 何が起きたか理解できずにいるエマに、侑が追い打ちを言わんばかりに頭を下げて礼を言った。

侑『ありがとう、エマさん』

 エマは侑と歩夢の言葉を拒絶するように、さらに涙を流し、歩夢を押し返し、首を横に振った。

エマ「違う! わたしはお礼を言われるようなことをしていない! 何でこんなことをしたんだっ! って、二人は怒っていいんだよ! こんな体にしてっ!って、わたしを……憎んでくれていいんだよ……やさしくしてくれなくて、いいんだよ……わたしを……ゆるさないでいいんだよ……」

 エマは膝から崩れ落ち、そのまま顔を上げることができなくなった。

 そんなエマの前にかしづく歩夢と侑。

 エマはびくりと、体を震わせた。



598: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 23:39:45.49 ID:ItPDRAWr.net

侑『エマさん、本当に、私は感謝してるんだ。たしかに、悪いこともしちゃったし、この体になったことを嘆く日もあった。
 けど――――――本来もう死んでて、二度と会えないはずだった歩夢と、皆と、こうして話ができてる。これって、奇跡以外の何物でもないと思うんだ。だから――――――私に最後の時間をくれて、本当にありがとう』

歩夢「私も、エマさんがいなきゃ侑ちゃんが死んだことを目覚めた時に知って、絶望してたかもしれません。それこそ、もしかしたら自殺とかしてたかも……」

エマ「けど――――――」

 顔を上げ、何かを言いかけたエマの口を、歩夢の人差し指で塞ぐ。

歩夢「「けど」はなしです。侑ちゃんを殺す? 本望です。きっとそのために……私はこの『眼』を持って目覚めたんです」

侑『あ、私もそれは本望。殺されるなら歩夢がいいや。それに、歩夢がいないところで死ぬなんて、心配で、心配で……。死んでも死にきれないよ』

 迷いなく言い切る歩夢と、大げさに言う侑に、エマは思わず吹き出した。

エマ(侑ちゃんも、歩夢ちゃんも本当に御互いのことが大好きなんだな……)



600: 名無しで叶える物語 2021/10/07(木) 23:56:54.72 ID:ItPDRAWr.net

歩夢「それ、どういう意味?」

侑『そのままの意味だよ、歩夢は昔からね――――――』

菜々「二人ともそれくらいで」

愛「ホント、最初はどうなるかと思ったけど、幽霊になってもゆうゆはゆうゆだね」

 喧嘩を始めた二人と、それを宥める菜々と愛。

 そんな様子を見つめるエマを左右に彼方と果林が座り込んだ。

エマ「ねえ、果林ちゃん、彼方ちゃん。わたし……人殺しなのに殺した相手に許されちゃった。どうすればいいかな……?」

彼方「うーん……いいんじゃない? 許されちゃえば」

果林「そうよ、いいじゃない。ほかでもない侑が言ってるのよ?」

エマ「……二人とも軽いね……」



602: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 00:29:14.44 ID:1hkSWdKQ.net

果林「だって、当事者同士の問題でしょ? それに、私が難しいことを考えられると思う?」

彼方「彼方ちゃんは、正直元気な歩夢ちゃんと侑ちゃん見れたからそれでいいかなぁ、ってなっちゃった~」

エマ「……二人とも、わたしに甘いよね……」

侑『エマさん! もう一つ!』

 三人で話していると、侑が大きな声で、エマを呼んだ。

侑『最後に、目の前で歩夢の歌が聞ける! ありがとう、エマさん!』

 これ以上ない笑顔でお礼を言う侑の姿を見て、鼻の奥がツーンと痛み出したエマは、再び顔を伏せた。

愛「今、りなりーとかすみんが支度してくれてるんだ! ここでライブして、下のモニターに映像届けるんだって!」

璃奈「このドローンは私特製。少し暗かろうと、鮮明な映像をお届け。マイクも最新式を装備している」璃奈ちゃんボード『ドヤッ』

彼方「なるほどね、しずくちゃんたちが会話に混ざってこないのはこういうことだったか……」

かすみ「下の子たちが頑張って時間をつないでくれていたんです。お客さんも待ってるから早く支度しないとなので、皆さんも準備してください!」



604: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 00:45:48.62 ID:1hkSWdKQ.net

 かすみは持って来た自分の荷物から、人数分のブレードを取り出し、光らせた。

 せっかくの歩夢の復活ライブだったので、万が一忘れた人がいたらと、貸すように持ってきたものだった。

 彼方と果林はエマを立たせ、屋上中央へ立ち、準備をする歩夢の元まで駆けよると、かすみからブレードを貰い、それをピンクに光らせる。

 皆がブレードを光らせると、かすみはインカムをつけた。

 そして、璃奈の合図とともにしゃべりだす。

かすみ「会場の皆さん! 大変長らくお待たせいたしましたぁ。少しトラブルがあったので、会場からでなく、別の特設会場からお送りしております! 皆さん本当にごめんなさい。かすみんが、今度お詫びのステージをするので、その時を楽しみに待っていてくださいね!」

 かすみの声に合わせ、校門付近から、大きな声が聞こえてきた。

 お客さんは、まだまだ歩夢のことを待っていてくれていたようだった。

 そして、璃奈の合図と同時にカメラが自身に向けられると、歩夢は頭を下げた。



605: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 01:03:46.07 ID:1hkSWdKQ.net

歩夢「皆さん、改めまして、上原歩夢です。お待たせしてしまって、ごめんなさい。……この曲は、私の大切な人が私のために作ってくれた曲です。
 その、大切な人に捧げます。聞いてください、『Say Good-Bye 涙』」

 歩夢が歌い、踊りだす。

 しずくは、彼方は、かすみは、愛は、菜々はその音楽に合わせてペンライトを振る。

 可憐さと力強さを掛け合わせたそのパフォーマンスは、モニター越しだろうと、観客を魅了していた。

 そのパフォーマンスを、侑もすごいすごいと興奮を隠せない様子で、目を輝かせながら見ている。

 そして、その隣でペンライトを振っていた果林は小さく微笑み、小さくペンライトを振るエマに耳打ちする。

果林「そうだ、エマ。私からもお礼を言っておくわ」

エマ「え?」

果林「言ったでしょ? 私、あの衣装を着た歩夢を侑と応援するのが夢だったの」



608: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 01:21:40.22 ID:1hkSWdKQ.net

 エマは服飾同好会で、歩夢に言っていたことを思い出した。

果林「ありがとう、エマ。私の夢をかなえてくれて……」

 果林は一つウィンクをして、歩夢のパフォーマンスへと視線を戻した。

 エマも、滲んだ視界の端を気にしないように、歩夢のパフォーマンスへと集中するのだった。

 間奏になると歩夢は剣を抜き、横に振って観客を煽る。会場では、それに合わせ、実際にペンライトが振られていた。

 そして、剣を抜いたままパフォーマンスを続ける。

 剣を持ったことで、動きが変則的になるが歩夢はぶれることがない。

 そのまま曲が終わり、肩で息をしながら、歩夢はポーズをとる。

 そして、ポーズを崩し、剣を鞘へと収めると、画面へ向けて一礼した。

歩夢「上原歩夢でした! 皆さん、本日はありがとうございました!」

 会場から、大きな拍手が聞こえてきた。



609: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 01:34:52.51 ID:1hkSWdKQ.net

 璃奈がカメラを、スタンバイしていたしずくとかすみへと移した。

かすみ「以上で本日の虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会のライブは終了です。皆さん、楽しんでくれましたかぁ!」

 会場から、声が響いてくる。

 そのままかすみとしずくが〆の挨拶をする横で、歩夢はこめかみ付近を抑え、頭痛に耐えようと肩で息をしていた。

 そんな歩夢を支える愛と菜々。そして、心配そうに見つめる他のメンバー。

 暫くして、頭痛が収まり、息の整った歩夢は二人に礼を言うと、背筋を伸ばした。

 そして、目の前で浮いている侑の「お疲れ様、かっこよかったよ」の言葉に、満面の笑みで「ありがとう」と返した。

 そして、それと同時に、戻ってくるかすみ、しずく、璃奈。

 十人は、何もしゃべらない。
 
 気が付いていた。これが、十人で揃う最後の時間だと――――――。



616: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 22:39:40.00 ID:1hkSWdKQ.net

 沈黙の中、歩夢は無言で剣を抜いた。

 侑は歩夢の前に移動した。

 その顔は穏やかで、どこか満足気だった。

 ゆっくりと剣を構えようとする歩夢を止めたのは、侑に話しかけた菜々だった。

菜々「侑さん……」

侑『せつ菜ちゃん……ううん、菜々ちゃん。もう邪魔しないでよ? それとも? 私と心中してくれる気になった?』

 冗談めかして言う侑に、菜々は優しく微笑んだ。

菜々「しませんよ……私への嫉妬の殺意を、“自殺”に利用するあなたなんかのために、死んでたまりますか」

侑『……自殺ね。確かにそうかも。私は最初から歩夢に殺されるつもりだったし。相思相愛だね、歩夢』

 微笑んだ侑に、微笑み返す歩夢。

 優しい幼馴染は、自分が人を殺そうとすれば止めてくれるだろう。他人のために動くだろうと、予想していた、そしてその通りだったことが、侑には誇らしかった。



618: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 22:55:37.04 ID:1hkSWdKQ.net

 菜々はそのまま頭を下げた。

菜々「しかし、先ほどの私の行為は、お二人の覚悟を踏みにじるものでした。それを謝罪させてください。ごめんなさい」

 侑が首を横に振った。

侑『あそこで止めてくれたおかげで、私はこうして歩夢の曲を聴けて、皆にお見送りしてもらえる。結果オーライだよ』

歩夢「私も、『Say Good-Bye 涙』」聞いてもらえてうれしかったな」

侑「それにしても、果林さんは完璧だよ。私のイメージ通りの衣装を再現してくれて、私も歩夢に抱きしめら――――――」

 侑に褒められ、当然と言いたげな表情をしつつも頬を赤く染める果林。

 侑は、果林を褒めると同時に思い出した。歩夢に抱きしめられる菜々の姿を。

侑『……菜々ちゃん、やっぱり心中していい?』



620: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 23:21:35.34 ID:1hkSWdKQ.net

歩夢「侑ちゃん!」

 いい加減にしろと言わんばかりに、怒鳴る歩夢。

 侑はそれに即座に謝った。

 そんな二人の光景を見て、笑う一同。

 ひとしきり笑い合うと、侑は何も言わずにその場にいる同好会メンバー一同と一人ずつ順番に視線を合わせた。

 そして、最後に歩夢と視線を合わせた。

侑「歩夢、苦しくなってきちゃった……。そろそろお願い」

歩夢「うん。わかった。けどその前に、私から皆にお願いがあるんだ」

 歩夢が皆を見渡して言う。

愛「お願い?」

歩夢「うん。皆で踊りたいの。10人での最後の思い出に」



622: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 23:31:52.90 ID:1hkSWdKQ.net

 歩夢の提案に、侑が目を輝かせた。

侑『え、何それすごい見たい!』

果林「けど、私たちの今の格好はバラバラ。それに、二年前に引退している私たちは、上手く踊れるかわからないわよ? それでもいいの?」

歩夢「うまく踊る必要なんてないですよ、私たちが確かにここで揃っていたことを胸に刻み込みたいんです」

 歩夢の言葉に、果林が一つため息を吐いた。

果林「わかったわ。二年程度じゃ私の実力が衰えないことを魅せてあげる」

 果林の言葉をきっかけに、皆は賛同の声を上げる。

エマ「うんうん。侑ちゃんに最高のお見送りを提供しよう!」

璃奈「もともと私たちはバラバラ。恰好なんて些細な問題」

かすみ「なら、侑先輩に一番刻み込まれるのはかすみんですね。はりきっちゃいますよー!」

しずく「このメンバーでまた踊れるなんて、私もうれしいです」

彼方「……はーやれやれ。これは久しぶりに彼方ちゃんも本気を出すしかないね~。因みに曲はどうするの?」

 皆の賛同を得らえれた歩夢は嬉しそうに礼を言った。

歩夢「ありがとうございます! 曲は、せっかく屋上にいるからこの曲で――――――」



624: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 23:45:41.50 ID:1hkSWdKQ.net

 歩夢を中心に、盛り上がる一同、しかし、菜々と愛には胸に引っかかるものがあった。

璃奈「愛さん、どうかした?」

 険しい表情で歩夢を見つめる愛に、心配そうに話しかける璃奈。

愛「ううん、何でもないよ、りなりー。踊るの久しぶりだから少し心配なだけ」

璃奈「大丈夫、私が愛さんの分も踊る」璃奈ちゃんボード『むん』

 愛はそんな璃奈の頭を撫でて、ありがとうとお礼を言った。

愛(別に歩夢の顔色も悪くないし、強がってるわけじゃない。大丈夫……)

 そして、念のためにと、愛は璃奈に断ってスマホを取り出し、希に侑がこれから旅立つと報告をするのだった。

 一方菜々は、一人のためのライブ準備が終わりけのタイミングで歩夢に話しかけた。

歩夢「どうしたの、菜々ちゃん」

菜々「歩夢さん、これ……」

 菜々が歩夢に差し出したのは、希から受け取ったお守り。結局使うことなく、ポケットに仕舞われたままだったもの。



626: 名無しで叶える物語 2021/10/08(金) 23:55:41.04 ID:1hkSWdKQ.net

菜々「侑さんへの最後のライブです。成功するようにと……お守り変わりだと思ってポケットにでも入れておいてください」

 歩夢はそれを受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。

歩夢「ありがとう。最後のライブ、成功させようね!」

 そう言うと、歩夢は踊りを確認している三年生たちの元へと歩いて行った。

菜々(お守りも渡しましたし、きっと大丈夫でしょう。侑さんへのラストライブ、成功させなくては……)

 そして、全ての確認が終わると、あらためて、侑と歩夢は対峙した。

侑『歩夢の提案のおかげで、私、最高の気分で旅立てそう。皆も、最後まで私の我儘を聞いてくれてありがとう』

 侑は穏やかな顔で皆に礼を言うと、剣を持つ歩夢に頷いた。

 今度こそと、侑の『死』を見つめながら剣を構える歩夢。

 その手に、次々と手が添えられた。



628: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:02:59.82 ID:edo1QCEb.net

 歩夢は驚き、横を見る。

 菜々が、愛が、エマが、果林が、彼方が、しずくが、かすみが、璃奈が歩夢と共に、手を添えていた。歩夢だけには背負わせない。と。

 その皆の姿を見て、侑は満面の笑みを浮かべた。

侑『ありがとう……』

 その言葉を合図に、歩夢がかけ声を出す

歩夢「行こう! 9色の虹を咲かせに!」

 皆と共に突き出した剣。

 歩夢の『眼』には、剣が侑の『死』を貫いたのが、はっきりわかった。

 光があふれ、消えだす侑を見ながら、皆は走り、配置に付く。

 璃奈が曲を流すと、部長として、かすみはたった一人の観客に曲名を告げた。

かすみ「侑先輩に捧げます! 聞いてください、『虹色Passions!』」



630: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:19:09.13 ID:edo1QCEb.net

 皆が踊り歌いだす。

 侑はその光景に見蕩れた。

 二年ぶりのパフォーマンスは相変わらずバラバラだった。

 かわいく、情熱的で、元気で、綺麗で、皆バラバラなはずなのに、それが何故かまとまり、一つのパフォーマンスになっていて。

 二年ぶりのものとは思えないほど、魅力的だった。

 皆の動きは、まるでずっと一緒にいたかのようだった。

侑(違う、ずっと一緒だったんだ……立場が変わっても、場所が離れても、成長しても、私たちは、心がずっと一緒にいたんだ!)

 侑はそれがとてもうれしかった。

 皆は、変わらずに、自分にとって最高のアイドルたちだった。

 侑は皆がパフォーマンス中だというのに、声で叫んだ。

侑『皆、今までありがとう、大好きだよ!』



631: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:24:19.24 ID:edo1QCEb.net

菜々(私も、大好きです)

愛(愛さんも大好きだよ)

果林(私もよ、侑)

エマ(わたしも大すき)

彼方(彼方ちゃんも、大好きだよ~)

しずく(侑さん、私も大好きです)

かすみ(先輩、大好きです)

璃奈(私も、侑さんのこと大好き)

 心の中で全員が叫んだ。

 それを踊りに、歌に乗せ、侑に届ける。



633: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:38:14.74 ID:edo1QCEb.net

 歩夢も消えゆく侑を見ながらも笑顔でパフォーマンスを続ける。

 侑が安心して逝けるように。

 最後まで、侑にとって、一番のスクールアイドルでいるために。

歩夢(私も……大好きだよ、侑ちゃん)
 
 もうすぐに消えそうになる侑へ想いを、歌へ、踊りへ乗せて伝える。

 曲は既に、大サビへと差し掛かっていた。

 歌い続ける皆を、消えるその瞬間まで見逃さぬよう目をそらさない侑。



634: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:48:27.08 ID:edo1QCEb.net

 ――――――よかった、最高の景色を連れて逝ける。

 ――――――最後に、この光景を見れてよかった。

 ――――――最後に、皆と笑いあえてよかった。

 ――――――最後に、皆に見送られてよかった。

 曲が終わり、歩夢たちはポーズをとった。

 侑は、光になって消えていた。

 ――――――最後に――――――

 皆はポーズを解いて、侑が消えていった空を見上げていた。

 果林「逝っちゃったわね……」

 彼方「うん」

 エマは涙でぐしゃぐしゃになりながら果林とエマに支えられ、かすみとしずくはそれぞれ泣きながら抱き合い、涙を流す璃奈を、愛は支えていた。

 菜々も無言で空を見上げた。

菜々(侑さん……また天国でお会いしましょう……)

 ――――――皆と歌って踊れてよかった。



637: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 00:57:18.84 ID:edo1QCEb.net

 静かな屋上に、どさりと、何かが倒れたような音が響いた。

 その瞬間、嫌な予感が、菜々の胸をよぎる。

 急いで後ろを振り向いた。

 眼に映った光景を、菜々は信じたくなかった。

 歩夢が、目から血を流しながら倒れていた。

菜々「歩夢さん!」

 屋上に響く絶叫。

歩夢(――――――侑ちゃん、私もいっしょに――――――)

 その絶叫を遠くに感じながら、歩夢は意識を完全に手放した。

 そして――――――高咲侑の死亡が確認されてから5か月の時が過ぎ、中川菜々は高咲侑の眠る墓を訪れていた――――――。



646: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 23:06:14.09 ID:edo1QCEb.net

菜々(ここに来るのは三回目ですね……)

 菜々は花を挿し、線香に火をつけた。

 そして、手を合わせながら墓に眠る侑へ挨拶をする。

菜々(侑さん、先々週の卒業式の日以来ですね。今日は春らしい陽気の日です。そろそろ、桜が咲き始めましたが、今年は例年よりも、少し早いそうですよ)

 菜々は報告すると立ち上がり、辺りを見渡す。

菜々「……ここでは、ないのですね。……侑さんに会いに来ていると思ったのですが……」

 風が吹き、菜々の髪が舞った。

 菜々は小さく悲鳴を上げたが、それも一瞬。風は直ぐに止んだ。

 風に舞い、乱れた髪をかき分けると、不意に手に当たる感触。

 柔らかいそれを指先で摘まんで取ってみると、桜の花びらだった。



647: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 23:18:35.06 ID:edo1QCEb.net

 改めて、よくよく辺りを見渡してみると、お寺の奥に、桜の木がちょこんとピンク色の頭を出しているのが見えた。

 それと同時に視界の端に映った見慣れた赤みがかった髪。

菜々「歩夢さん!」

 菜々が名を呼ぶと、歩夢は菜々に気が付いた。

 その“緑の瞳”で菜々を見つめながらゆっくりと近づいてきた。

歩夢「あれ? 菜々ちゃん、なんでここに?」

菜々「何で……ではないですよ。今日は卒業ライブではないですか。なのに朝から歩夢さんと連絡が取れないって、しずくさんに言われて探しに来たんですよ?」

 首をかしげる歩夢に、菜々は少し怒ったようにジト目で言うが、それが余計に歩夢を混乱させた。

 歩夢「え? 私、ちゃんと侑ちゃんのお墓参りに行ってから会場に直接行くね。ってかすみちゃんに言ったよ?」



650: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 23:35:47.76 ID:edo1QCEb.net

 今度は菜々が混乱した。

 そして、歩夢に断ってスマホを確認する。

 かすみに連絡すると、すぐに返信が来た。

かすみ【ごめんなさ~い。しず子に伝え忘れちゃってました(てへぺろ)。まだまだ時間には余裕があるので、ゆっくり来てくださっていいですよ(ハート】

菜々(違う、わざとです……!)

 気を使ったつもりかもしれないが、余計なお世話だった。

 あとでかすみとしずくに説教しなくてはと心に誓った菜々はポケットにスマホをしまう。

 そして、しゃがみこんで、目を瞑って手を合わせる歩夢の横顔を見つめる。

 風が吹き、二人分になった線香の煙が揺られて消えた。



652: 名無しで叶える物語 2021/10/09(土) 23:46:56.43 ID:edo1QCEb.net

歩夢「侑ちゃん、今日が私の卒業ライブなんだ……ちゃんと見ててね……」

 最後にそうそう呟くと、歩夢は立ち上がった。

 そして、歩夢も視界の端に桜の木をとらえ、時の流れの速さを感じていた。

歩夢(侑ちゃんへのラストライブから、……本当にあっという間だったな……)

歩夢「……ねえ、菜々ちゃん。もう一回話していいかな? あの日のこと――――――」

 なんとなくまだライブ会場に行く気にはなれなかった。誰かと話したかった気分の歩夢は菜々に尋ねた。

 菜々もそれを察してか、いくらでもどうぞと返事をする。

 歩夢は微笑み、菜々へ小さくお礼を言うと、侑への、自分のためのラストライブのあとに体験した不思議な話を語り始めるのであった。



653: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 00:00:48.16 ID:Hqtmt1zu.net

 ―――――――歩夢が目覚めたのは、暗闇の中だった。

 左右を見渡してもか自分の姿がなんとなく確認できるのみで、一筋の光もなく、浮いているのか、落ちているのか、飛んでいるのか、ふわふわとした不思議な感覚だった。

 しかし、これが現実でないことはわかった。

 自らの体に衣装に、体に、『死の線』が見えなかったから。

歩夢(やっぱり……私も、死んじゃったんだ……)

 自らをふと見た瞬間に見えた線が濃くなり、頭痛の頻度が多くなっていた。

 そして、それに加え、今日は目が熱くなる感覚が多くあった。

 そして、『Say Good-Bye 涙』を歌い終わった直後に、「あ、自分は今日死ぬんだ」となんとなく感じた。

 だから、歩夢はその場で皆にお願いをした。最後に皆でライブをしたいと、最高の景色を見たいと。

 その最高の思い出を連れてこれた歩夢の胸は充実感であふれていた。



655: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 00:09:05.87 ID:Hqtmt1zu.net

 しかし、どこかぽっかりと何かが空いているような感覚もあった。

 その空洞が、さよならを言わなかった心残りであることに、歩夢は気が付いていた。

歩夢(皆、ありがとう。最後にこんな形で逝っちゃって、ごめんなさい……)

 歩夢は涙を流し、その不思議な感覚に身を委ねようとした。

 声が聞こえたのは、それからすぐだった。

侑『歩夢はお馬鹿だね』

 目を開き、体を起き上がらせる。

 声の主は、侑は、気が付けば目の前にいた。



658: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 00:24:45.05 ID:Hqtmt1zu.net

侑『なんか様子がおかしいと思ってたら、まさか自分も死んじゃうつもりだったなんて……』

 呆れた様子で手を組む侑の姿を見て、歩夢は改めて涙を流した。

歩夢「侑ちゃん……なんでここにいるの?」

侑『歩夢を死なせないため』

 はっきりと言い切った侑に、歩夢は優しく微笑む。

歩夢「ありがとう。けど、私も死んじゃったよ?」

 侑は首を横に振った。

侑『死なないよ、歩夢はこれからも生きるの。生きて、ちゃんと幸せになってほしい。そのために、少し呪いをかけてきたから……』

 歩夢は「呪い?」と首を傾げた。

侑「なんでもない、こっちの話」

侑(本当はイヤだけど、心の底から嫌だけど、歩夢の一番は、永久欠番は私だし……歩夢を幸せにしてくれるなら許す……)



661: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 00:43:52.22 ID:Hqtmt1zu.net

 歩夢は「そっか」と、返事をすると、そのまま自分の状況を伝える。

歩夢「けど、私の『眼』には結局『直死の魔眼』があるから、すぐに侑ちゃんのところへくることになるよ?」

 侑は、「そんなことか」と呟いた。そして、歩夢の名を呼んだ。

歩夢「なに、侑ちゃ――――――」

 歩夢が返事をする前に、侑は思いっきり歩夢を抱きしめた。

侑『そんな祝福(呪い)は私が連れてってあげる』

 歩夢は「できるの? そんなこと」と穏やかに聞いた。

侑『できるよ、だって幼馴染だもん。だから、大丈夫。歩夢はしっかりと、歩夢の人生を送って。そして……寿命までたくさんのときめきを探して、それを全部私に教えて』

 歩夢も侑を抱きしめ返し、涙を流しながら何度も、頷いた。

 侑はそれに満足気に頷くと、そのまま歩夢の肩に顔を乗せる。

侑『私も、最後に夢が叶ったな。この姿の歩夢に抱きしめてもらえた……』



665: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 01:00:59.07 ID:Hqtmt1zu.net

歩夢『私も、言い忘れてた……こんな素敵な衣装を考えてくれて、ありがとう』

 果林さんに怒られるところだったとはにかむ歩夢に、侑もつられて微笑む。

 そして、侑は歩夢の肩から顔を外すと、自らの唇を、歩夢の唇に合わせた。

 歩夢は目を見開く。

 唇を離した侑は満面の笑みで、歩夢の名を呼んだ。歩夢、と大切なものを自らの胸に刻み込むように、言うのだった。

侑『最高に可愛い私の自慢の幼馴染! 世界一愛してる!』

 世界で一番欲しかった言葉。

 歩夢は涙を流し、「私も愛してる」と返すのだった。



669: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 01:15:41.24 ID:Hqtmt1zu.net

 そして、そのまま光に包まれて、歩夢は目を覚ました。

 歩夢の視界は再び暗闇に包まれていた。

 しかし、頭への圧迫感が、足に感じる重みが、ここは現実だと、歩夢へ教えていた。

 体を起こすと、声が聞こえた。

「おや、目が覚めたか」

 聞こえてきたのは、聞いたことがない声だった。

歩夢「あなたは?」

「私は魔術師だよ。君の主治医の師匠……と言った方がわかりやすいか?」

歩夢「希先生の……」

「そうだ。希とヴェルデの娘から君の話は聞いていたからな。この病室にいると聞いて、顔を出させてもらったよ」

歩夢「あなたはすごい人だと聞いています。そんな人がわざわざ私のお見舞いに?」

「いや、今日のメインは残念ながら君じゃない。さっき死亡が確認された高咲侑について西木野真姫から人形作家として依頼を受けていてね。幻術が効かなかった君には見えていただろう? 君も思い出したくはないだろうから詳しくは語らないが、髙咲侑の死体の本当に姿が」

 歩夢は、ゆっくりと頷いた。



671: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 01:26:03.70 ID:Hqtmt1zu.net

「高咲侑が“成仏”したことにより、肉体と病室への魔力の供給がなくなると、現れるのは、本当の高咲侑だ。綺麗な体が突然あんな状態になったらおかしいだろ?
 その帳尻合わせのために、私が高咲侑そっくりの人形を作り、死体とすり替えたのさ。もちろん、火葬の段階で再びすり替えるがね。
 ほら、『直死の魔眼』を持つなら、君にも見えているのだろう? ここに、本物の高咲侑を一時保護してある」

 歩夢は首を傾げた。

 歩夢の視界は、暗闇だった。

「ん? 見えているのだろう。その『眼』の力は視界でなく脳で理解するものだ。話によると、目が完全に潰れたようだが、それでも『死』は理解できているはずだ」

 歩夢は首を横に振った。

 そして、息をのむような音と、ツカツカと自らに近寄ってくる足音。

 「みるぞ」との宣言と同時に、歩夢は顔を包まれた。

「ばかな……本当に無くなっているのか? 目が一度潰れても、アイツは見えていた……いや、確か君はあの時一度脳が焼き切れていたようだな。同時に魔力にも包まれていたようだし……」

 『直死の魔眼』がなくなっている。そう言われた歩夢は侑とのやり取りを思い出した。



673: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 01:45:53.36 ID:Hqtmt1zu.net

歩夢「本当に……連れて逝ってくれたんだ」

「……何か身に覚えがあるのか?」

 尋ねられ、問いに答える歩夢は、先ほど経験した、不思議なやり取りを話すのだった。。

「……なるほど。高咲侑が『直死の魔眼』を連れて逝った……ね」

歩夢「信用できませんよね……」

 すこし気恥ずかしそうに言う歩夢。そんな歩夢に返ってきた言葉は、肯定の言葉だった

「いや、信じるさ。この世には、まだまだ科学だろうと魔術だろうと証明できない現象というものはたくさんある。
それに、そういう意味じゃ高咲侑の能力はエナジードレインだ。最後の最後に残った力を振り絞って、『力』だけ道連れにしたのかもしれないぞ。
 姿が見えなくなったからって、完全に残滓が消えたとも限らないしな」

 まあ、戯言だ。と付け足した。歩夢はそれに思わず微笑んだ。



676: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 02:03:15.90 ID:Hqtmt1zu.net

歩夢「ありがとうございます。そう言われて、あの侑ちゃんはやっぱり本物だったんだって思えてきました」

 歩夢は、口には出さないが、希が言っていた言葉を思い出す。師匠はロマンチストなんだ、と。

 暫くの沈黙ののちに、再び歩夢は話しかけられた。

「さて、では君も元気なようだし、君メインの話をしようか。実は、月曜日に希経由でヴェルデの娘から魔道書を渡す代わりに君に魔眼の能力を封じれる物を作ってくれと取引を持ち掛けられていた」

 歩夢はその言葉に驚いた。まさかエマがそのようなことをしてくれていると、思ってもみなかったからだ。

「まあ、君の『力』はなくなってしまったので、普通に考えればこの取引は無効だろう。しかし、私は魔術関連のコレクターでな。彼女の持つ魔道書も是非とも欲しい。
そこでだ……君に目を作ろうじゃないか」

歩夢「目を……ですか?」

「ああ、その潰れた目の代わりに、私は光を与えてやる。それなら、ヴェルデの娘も納得するだろう」



678: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 02:15:36.14 ID:Hqtmt1zu.net

 歩夢は迷わず即答した。

歩夢「エマさんがそれでいいと仰れば、是非お願いします。私は、この世界でたくさんのときめきを探さなきゃいけないんです」

 見えないが、彼女がほほ笑んだ気がした。

「よし、交渉成立だ。今日の所は失礼するが、またすぐに君の主治医の一人として現れるよ。希も一緒にね。」

 何か要望はあるかと尋ねられ、歩夢は少し考えた後に、一つ思いつき、ためらいながらも尋ねた。

歩夢「あの……可能なら、侑ちゃんと同じ瞳の色にしていただけると嬉しいです」

「わかった。お安い御用さ」

 歩夢の近くから、気配が離れた。

「じゃあ、おやすみ。上原歩夢。今日は疲れたろう? 今は夜中だ。君ももう一度休むといい」

 病室のドアが開かれる音がした。

 そのまま出ていくかと思われた足音が止まり、再び彼女が口を開く。

「そうだ、少し訂正だ。
 君が生きている件については、君の足に突っ伏している子に感謝しておけ。私が渡した御守りのおかげで、脳が焼き切れないで、死なずにすんだのだからな」



680: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 02:30:07.43 ID:Hqtmt1zu.net

 今度こそ、扉の閉まる音が部屋に響いた。

 歩夢は足元の感触を頼りに手を伸ばし、触り当てた頭を細心の注意を払いながら撫でる。

歩夢「ありがとう。菜々ちゃん」

 そして、無事歩夢の眼の手術も終わり、今日まで、歩夢は緑色の瞳で過ごしていた。

 ここまで菜々に話して、歩夢は改めてあの三か月は怒涛だったと思い返す。

歩夢「ごめんね、長々と話しちゃって。ここに来たら、なんだか話したくなっちゃって」

 歩夢の言葉に、菜々は首を横に振った。

菜々「いいえ、私は好きですよ。今のお話。歩夢さんと侑さんの絆の強さを感じられます」

 いつもの、満面の笑みで言う菜々に、歩夢もつられて微笑み返しながらお礼を言う。

 そして、「そろそろ行こうか」と二人は歩き始めた。

 その道中で、歩夢が不意に菜々に話しかける。



682: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 02:46:14.69 ID:Hqtmt1zu.net

歩夢「ねえ、菜々ちゃん。実は最近ね。私、希さんとその上司にバイトに誘われているの。カウンセラーの方じゃなくて、本業の方ね」

 菜々は首を傾げた。

菜々「バイト……ですか?」

歩夢「うん。もしかしたら、それが私に新しいときめきを与えてくれるかもしれないんだ」

菜々「新しいときめきですか。それは素敵ですね、どのようなお仕事なのですか?」

歩夢「それはまだ秘密。けど……もし決まったら、菜々ちゃんに最初に聞いて欲しいなって思って」

 笑顔の歩夢に、菜々は見とれた。

 そして、不意に思い出す。

 歩夢が倒れ、病院に搬送された後、あの歩夢の眠っていた病室には、実は同好会メンバー全員が揃っていた。

 真姫の計らいで病室に居座らせてもらったが、疲れもあり、一人、また一人と眠りへと落ちてゆく中で、菜々は最後まで起き続けていた。

 そして、最終的に菜々も眠りに落ちてしまったが、その際に夢を見た。

 夢には、侑が出てきた。



683: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 02:59:04.92 ID:Hqtmt1zu.net

侑『私が歩夢の一番だけど、生きている間の一番を菜々ちゃんに譲ってあげる。もちろん、歩夢次第だけどね。だから――――――歩夢を幸せにしてあげてよ、私には、もうできないから』

 菜々はその言葉を思い出し、立ち止まった。

 立ち止まった菜々に、歩夢は小さく菜々ちゃん? と呼びかける。

菜々(生きている間? 何をおっしゃってるんですか。死んだあとだって、私が歩夢さんの一番になって見せます。天国で惚気まくって見せます)

 少し強めの風が吹いた。

 それと同時に菜々は自分の背中が押されたように感じた。

 早くしろとせかされてる気がしたが、今じゃないと拒否する。

 歩夢は、ライブを控えているのだからと。

 その代わりに、自分は逃げないぞと、宣言する。

 歩夢に、そして背中を押した誰かに――――――。

菜々「歩夢さん、今日のライブが終わったら、私も聞いていただきたいことが――――――」



690: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 21:23:28.34 ID:Hqtmt1zu.net

~エピローグ~
 五年の時が過ぎた。

 都内某所の喫茶店、ハルカカナタのテラス席で歩夢は一冊の本を読んでいた。

愛「ごめん、歩夢。待った?」

 そんな歩夢の元にコーヒーを持って現れる、愛。

 本を閉じたテーブルの上に置いた歩夢は、目から来る疲労感で、一つ長く息を吐いた。そして、顔を上げ、目の前に座る愛に大丈夫だよ、と告げる。

愛「あ、それ今日発売のレジェンドオブニジガクのリメイク」

 愛は歩夢が置いた本を手に取り、パラパラとページをめくる。

愛「まさかこの年になってレジェンドオブニジガクのリメイクを読めるなんて……流石は“優木せつ菜”大先生」

 からかうように言いながら、本を歩夢に返す。

 優木せつ菜がスクールアイドルからラノベ作家へと姿を変えて再び表世界へと姿を現したのは、約1年前のことだった。

 元人気スクールアイドルということと、少年心を擽る文章が話題となり、期待の新人作家として期待されている。

 そんな優木せつ菜の最新作が、今歩夢の読んでいた『レジェンドオブレインボー』。

 歩夢の昏睡直前、スクールアイドル時代にせつ菜がファン投票企画で執筆したTRPG風ノベル『レジェンドオブニジガク』のリメイク作品。



692: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 21:33:51.73 ID:Hqtmt1zu.net

 作品の存在は知っていたが、まさかリメイクされ、昨日に菜々に渡されるとは思っていなかった歩夢は、面を食らったのを思い出した。

歩夢「うん、こんな内容だなんて思わなかったから、本当にびっくりした」

愛「……で、読んでみてどうだった?」

 愛の問いにどのように答えるか考えながら、表紙に描かれた、ピンク髪の御姫様を指先で一つ撫でる。

 その容姿は、高校時代の自分よくしていた恰好を思い起こさせた。

歩夢「……私、この頃からせつ菜ちゃんに愛されてて、今は菜々ちゃんに愛されて、幸せだな、って」

愛「じゃあ、何で昨日の菜々っちの告白を断ったの?」

 愛はなんてことないことを聞くような、いつもの調子のまま聞いた。

 愛がそんな調子なので、歩夢もいつもの調子で返した。

歩夢「うーん……いつも通り内緒じゃだめ?」

愛「そうだねぇ……流石に10回目だし、そろそろ聞きたいかなぁ」



695: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 21:56:52.40 ID:Hqtmt1zu.net

 ダメか、と歩夢は心の中で呟いた。

 これまでは、こう言うと、愛も「そっか」とだけ言って話が終わったのだが、流石に回数が回数なのでそうはいかないのだろう。

 歩夢も腹をくくることにした。

歩夢「正直ね、菜々ちゃんのことは、それこそ、侑ちゃんと同じくらいにとっくに大好きなの」

 歩夢の言葉に、愛は特に驚いたような顔はしなかった。

 だからこそ、愛は毎回この質問をしてきたのだと、歩夢はこの時に気が付いた。

歩夢「そもそもでね、私がスクールアイドルになるきっかけがせつ菜ちゃんだったんだ。思えば、侑ちゃんという存在が大きすぎたからそれに隠れていただけで、その頃から少なからず惹かれている部分はあったと思う。
 それに加えて、あの三か月間にはたくさん支えてくれて……命も救われちゃって。私の卒業ライブの後だって、こんな私に、たくさんの大好きを伝えてくれた……」

 実は告白も10回よりも少し多いんだ、と歩夢が付け足すと、愛は少し驚いた顔をした。



697: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:12:47.98 ID:Hqtmt1zu.net

 歩夢はそれに小さく微笑んで、少し冷めてきたコーヒーに口をつけた。

 そして、ほーっと、少し長めに小さく息を吐く。

歩夢「気が付けば……私の中で大きくなり過ぎていた菜々ちゃんの存在に、怖くなっちゃってた。
 私はこのまま菜々ちゃんを好きって認めちゃっていいのかな……って。
 菜々ちゃんを愛し、愛されることで、私は侑ちゃんを忘れないかな……って
 仮に忘れないとしても、侑ちゃんを忘れられない私は、菜々ちゃんにふさわしいのかな……って」

 どこか遠くを見つめるよう、歩夢は言う。

 愛は、この時に思った。

 やっぱり、歩夢は優しすぎる、と。

 難しく考えず、もう少し今の自分の心のままに生きて欲しい、と。

愛「歩夢がゆうゆ忘れるなんて、できるわけないじゃん。そんなの同好会メンバー全員が知ってるよ」

 だからこそ、愛の口から出た言葉は呆れたような言葉になった。

 歩夢はそう言われると、一瞬きょとんとした後に、優しく微笑んで、ありがとうとお礼を言った。



699: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:38:32.75 ID:Hqtmt1zu.net

歩夢「昨日、菜々ちゃんに言われたんだ。「私は侑さんを想い続けられる歩夢さんを好きになったんです」って……」

 私は、今のままでいいのかな。と歩夢は付け足すように呟いた。

愛「いいんじゃない? アタシも、歩夢のこと大好きだし」

 歩夢は、そっか。と穏やかな笑みを浮かべた。

 それと同時に、歩夢のスマホから着信音が鳴り出した。

 歩夢は着信を切ろうとしたが、愛はいいよと電話に出るように促す。

 歩夢は愛に礼を言うと、電話に出た。

歩夢「はい。あ、穂乃果さん。……え? ブッキング? しかも穂乃果さんこの後TVでライブがあるから時間もずらせないんですか? ……わかりました。私が向かいます。はい――――――」

 そのあと、数回やり取りをし、歩夢は電話を切った。

 歩夢は電話を切るなり、目の前の愛に頭を下げた。

歩夢「愛ちゃん、ごめん。社長に頼まれごとしちゃって……」

愛「いいよ、大丈夫。少し聞こえたから。大変そうだね、スクールアイドルの相談員は」



701: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:42:20.15 ID:Hqtmt1zu.net

 歩夢は現在、スクールアイドルをサポートする会社に勤めていた。

 5年前に伝説のスクールアイドルグループの元リーダーが会社を立ち上げ、スクールアイドルのカウンセリングや、練習場所の紹介、衣装作成や作曲についての相談、合同練習会の企画やその補助。会社HPでのスクールアイドルの紹介などなど、活動の幅は様々だった。

 歩夢は希(曰く、この会社でのカウンセラーが本業)と社長に誘われ、その会社で、相談員の一員として日々スクールアイドルたちや、それを目指す少女たちと交流する日々を送っている。

 歩夢が誘われた理由は、社長曰く希に勧めらえれて見たライブで可能性を感じ、歩夢を気にったからとのことだった。

愛「お仕事、頑張って」

 歩夢は荷物をまとめると、愛にお礼を言って立ち上がり、店内のカウンターにいる彼方にごちそうさまでしたと言った。(ちなみに料金は先払い)。

 彼方は「また来てね」といつもの笑顔で歩夢に手を振り、歩夢もそれに手を振り返す。

歩夢「ごめんね、愛ちゃん。この埋め合わせは必ずするね」

 愛は「気を付けてね」と走り去る歩夢の背中を見送った。



702: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:45:24.78 ID:Hqtmt1zu.net

 そして、歩夢が背中が見えなくなると誰にでもなく呟いた。

愛「……まったく……やっとくっつくは、あの二人は……。本当にさ……独占したいのはわかるけど。歩夢があれだけ臆病なの、君が甘やかしたせいだぞ」

 ねえ、ゆうゆ。と心の中で呟くと同時に、そうかもねと聞こえたような気がした。

 吹いてきた風も、まるでケラケラと笑っているようだと、愛は思った。

 愛は呆れたようにため息を吐き、店内の彼方にコーヒーのお代わりと、いいニュースがあるよと言うのだった。

そして、それと同時に愛は、せつぽむ応援同好会という名のグループにメッセージを入れる。

愛【速報、せつぽむ。やっとくっつきそう】

 愛のメッセージに、すぐに複数人が反応した。



703: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:48:28.29 ID:Hqtmt1zu.net

 そして、数十分後に歩夢がたどり着いたの、原宿にあるカフェ。

歩夢「ここ……だよね……?」

 スマホに送られてきた待ち合わせ場所の店名と看板を照らし合わせ、確信を持った歩夢は、カフェの窓に映った自分を見て、前髪を整える。

 窓の向こうには小さなフクロウがいた。このお店のペットなのだろう。

 歩夢がそのフクロウに小さく手を振ると、フクロウが片翼を広げた。

 まるで「いらっしゃい」とでもいうように。

 小さく微笑んだ歩夢は、よしと、気合を入れてドアに手をかけた。

 その瞬間、小さく風が吹いた。

 頑張れ――――――と聞こえた気がした。

 カフェのドアを開けた。いらっしゃいと、カウンターの奥にいる女性に言われた。マスターだろうか。

 すぐに眼鏡をかけた女の子が歩夢に一名様ですか、と尋ねてきた。歩夢が待ち合わせだと言うと、女の子は角の席で談笑する少女5人組に向けて、お姉ちゃんと声をかけた。



704: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:53:09.38 ID:Hqtmt1zu.net

 オレンジ髪の女の子が最初に振り向き、歩夢を見るなり、立ち上がって挨拶をした。

 それに続き、他の4人も立ち上がって歩夢に頭を下げる。

 顔を上げた少女たちの瞳が、重なった。

 記憶の中のせつ菜と、愛と、かすみと、しずくと、璃奈と、彼方と、果林と、エマと。

 懐かしくなると同時に、歩夢の胸が高鳴る。

 ああ、この子たちはどんなときめきを持っているのだろう、と。

 歩夢は笑顔で、5人の少女に挨拶をした。

歩夢「こんにちは。ご依頼いただきました、相談員の上原歩夢です。今日は皆のときめきを教えてくれるとうれしいな」

歩夢(この世界には、『死』があふれている。それ故に、突然何かを失うこともあるだろう。それを知っているからこそ、私は今を精一杯生きて、歩み続ける)

 ときめきにあふれた、この世界を――――――。



705: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 22:56:25.57 ID:Hqtmt1zu.net

以上で完結です。

三万字程度のつもりが、気が付けば十万字……どうしてこうなった(白目)

説明も多く、読みづらい部分もあったと思いますが約三週間お付き合い頂き、ありがとうございました。



710: 名無しで叶える物語 2021/10/10(日) 23:19:34.20 ID:Hqtmt1zu.net

元スレ
歩夢「侑ちゃん、私が……あなたのタヒだよ……」