1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:05:06.25 ID:hsNfm7BD0.net
そう言って律はゆっくりと立ち上がった。
「やめろ! 律!」
澪が慌てて後ろから押さえつけた。
それに紬も加わる。
「離せよ!」
律は拘束を解こうともがく。
その顔は怒りに歪んでいた。
「あの、私。変なこと言ったかな」
唯がおずおずと口を開いた。
2: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:06:22.93 ID:hsNfm7BD0.net
「変なこと言ったかな、だ?」
律が鬼の形相で唯の言葉を繰り返した。
「お前は自分の言葉に、責任も持てないのか!」
両腕の拘束は解けそうもないので、目の前の机を蹴りあげる。
があん!と大きな音がした。
「ひっ」と唯が小さな悲鳴を漏らした。
「律!」「律ちゃん!」
澪と紬がそれを制す。
「少し落ち着けって!
平沢さんだって悪気があったわけじゃないだろ!」
「そうよ! だからやめて!」
律はギリギリと涙目の唯を睨み付けていたが、
「分かったよ」と体の力を抜いたので、
澪と紬の二人は安心して手を離した。
唯はボロボロと涙を流しながら、
しきりに「ごめんなさい」と謝っていた。
「頼むから、今日のところは帰ってくれないかな」
律が窓の外を見ながら言った。
唯が一言「ごめんなさい」と謝ると、
そちらを一瞥して「ちっ」と舌打ちをした。
「ひっ! ご、ごめんなさい!
お邪魔しました!」
うわずった声でそう言うと、
唯は荷物を掴み、パタパタと駆けていった。
澪と紬は黙ってその背中を見送ることしかできない。
律の後ろでバタン、と扉の閉まる音が聞こえた。
「ちっ、なんなんだよ。あいつは」
律の怒りはまだおさまっていないようだ。
「律」「律ちゃん」
二人はかける言葉も見つからず、
ただただ心配そうに律のことを見つめていた。
翌日。
登校中に紬は唯の姿を認めた。
「おはよう、平沢さん」
肩を叩き、後ろから声をかける。
唯は「ひぃ!」と悲鳴を上げると、そのまま固まってしまった。
棒立ちのまま、ゆっくりとした動作で後ろを振り返る。
「あ、あのあの。えっとぉ」
紬の姿を視認しても、何の言葉も出ないようだった。
カタカタと震え、目には涙が浮かんでいる。
「忘れちゃった? 琴吹紬です。
平沢唯ちゃん、おはよう」
にっこりと笑いながら言った。
「あの、こ、琴吹さん。お、おはようぅぅ」
唯は挨拶を返すと、ぎこちない笑顔を作った。
「ムギでいいわよ」
紬は変わらず笑顔のまま言った。
「あの、ム、ムギちゃん。じゃあ、私も、唯ちゃんで、いいよ」
「うふふ」とムギが笑う。
「唯ちゃんでいいのね。じゃあそう呼ぶわ、唯ちゃん」
「あはは、自分で唯ちゃんって言っちゃった」
唯もつられて笑った。
緊張もだいぶ解けてきたようだ。
並んで歩きだすと、紬は少し申し訳なさそうな顔を作った。
「昨日はごめんなさいね。律ちゃんも悪い人じゃないと思うんだけど、
好きなことに対してはすごく一生懸命な人だから」
まだ出会って数日だが、律の人間的な魅力は理解しているつもりだ。
昨日が初対面であった唯にも、あまり悪い印象は持たれたくない。
紬にはそういった思いもあった。
「あー、昨日のこと」
唯は顔ごと上を向いて立ち止った。
「どうしたの? 唯ちゃん」
数歩進んで後ろを振り返った紬が問いかける。
唯はその声で視線を戻すと、また歩き始めた。
「家に帰ってからもずっと考えてたんだけど、
なんで怒られたのか今も分かってなくて」
唯は「えへへ」と困ったような笑みを浮かべて言った。
横に並んで歩きながら、紬は考える。
「んー」としばらく思案していたが、
うまい表現は浮かばなかった。
「唯ちゃん。唯ちゃんの好きなものって何?」
紬は例え話に持っていくことにした。
「好きなもの?」
唯がきょとんとした顔をする。
「うーん」としばらく唸った後に、言葉を続けた。
「アイスと、憂の作ったハンバーグかなぁ。
憂っていうのは妹のことね。すっごくかわいいんだよぉ」
言って、うっとりとした顔を浮かべた。
「じゃあ例えばなんだけど、
憂ちゃんのハンバーグが、人に馬鹿にされたらどう思う?」
紬が言うと、唯は真剣な顔になった。
「憂のハンバーグを馬鹿にする人はいないと思うよ」
紬の目をまっすぐに見据えて言った。
「ごめんなさい。だから例えばの話よ」
両手を振って自らの発言をフォローする。
唯はぷいっと前を向いて歩いて行ってしまう。
「そんな”例えば”はないよ」
先程よりも歩くペースが速い。
怒らせてしまったのだろうか。
紬は後悔の色を顔に浮かべて、その後ろ姿を見送った。
「平沢さん!」
唯は校門をくぐったところで、前を歩いていた人から声をかけられた。
「昨日はごめんな」
その人は謝ったけど、顔に全然見覚えが無い。
誰だっけ、この人。
「昨日ってなんだっけ?」
唯は言った。
「え」とその人は絶句する。
「あれ、昨日けいおん部に来てくれた平沢さんだよね?
私、秋山だよ。秋山澪」
澪は自分のことを指さしながら言った。
「ああ、秋山さん」
唯はそう言ったきり、黙り込んでしまう。
二人はしばらく見つめ合った。
「え、えーと。あの。昨日はごめんな」
澪は唯の反応が欲しくてもう一度謝った。
「うん、いいよぉ」
唯はにっこりと笑う。
「それじゃあね、秋山さん」
踵を返して下駄箱の方へ歩いて行った。
「あ、ああ。じゃあな」
澪は去っていく唯の背中を見つめた。
向こうからもごめんなさいとか、あってもいいんじゃないかな。
トラブル起こしたわけだし。
釈然としない思いを胸に抱えたまま、澪も下駄箱に向かって歩き出した。
「どうしても、あと一人が見つからないなぁ」
律は座った椅子を後ろに傾けて、前後に揺らしながら言う。
「そうだな」
困ったような表情を浮かべた澪もそれに同調した。
紬は何か思案しているようで、
眉根を寄せてしきりに首をひねっている。
「ムギ、どうしたんだ」
律が問いかける。
「あのね」紬はようやく口を開いたが、
なかなか言葉が出てこないようだった。
律と澪は無言のまま続きを待った。
意を決したように、紬が顔を上げる。
「やっぱり、昨日の平沢さんを入れるべきだと思うのよ。
残り1週間で他の部員を探すのは、いささか無謀だわ」
紬はそう言ったが、その表情は明るいものではなかった。
「私は反対だね」
律がきっぱりと言う。
「わ、私も」
澪もやや控えめに紬の案を否定した。
「そう、よね」
紬の言葉には”仕方ないか”というニュアンスが込められていた。
3人は一様に俯いた。
外からは運動部の上げる声や鳥のさえずり、
工事現場の音などが響いてくる。
それらをBGMにして、時間は無為に過ぎていった。
そろそろ帰ろうか。
誰かがそう口を開きかけた。
そのとき。
ガリャリ。
部室のドアが音を奏でた。
新入部員か。
期待に胸を膨らませ、3人は一斉にドアの方へ向き直る。
「たのもー!」
意に反して、入ってきたのは唯であった。
「何の用だよ」
律がぶすっとした顔で言った。
唯は部室をキョロキョロと見回すと、
紬と澪に笑顔で手を振った。
「ムギちゃん、秋山さん。やっほー」
二人は苦笑いであいさつを返した。
「何の用だって聞いてるんだけど」
律は明らかに苛立っていた。
唯を睨み付けると、昨日のことを思い出し、舌打ちをした。
よくぬけぬけと来れたもんだ。
「あれ、まだ怒ってるの」
唯がきょとんとした顔で言った。
「な」律は絶句する。
唯が何を言っているのかわからず、
ただただ呆然としていた。
「最初の言葉が謝罪なら、許してやっても良かったけどな」
律が立ち上がった。
「律!」
澪が止めようとしてきたのを察知して、
律はそれを手で制し、首を振った。
「別に暴れたりしねーよ。
ちょっとこいつが分からないだけだ」
後ろにいる唯を親指で示しながら言った。
「あのなぁ、謝りに来たんなら分かるんだけどさ。
今日はいったい何しに来たんだよ」
律はため息をついた。
唯が首を傾げる。
「昨日謝ったじゃん。
私はあなたが謝るの聞いてないけどなぁ」
唯は不思議なものを見るような顔をしていた。
「謝る、だと?」
律は激昂した。
「私がか!?」
唯に掴みかかる。
「何するの!? 離して!!」
唯も抵抗するが、すぐに床に組み伏せられた。
「痛い! 痛いよ!」
律の下でもがく。
「なんで私が謝らなくちゃいけないんだ!!!」
そう言って律は自分の顔の横で拳を握った。
まずい。
呆然と成り行きを見ていた澪と紬は、弾かれたように席を立った。
「律!」「やめなさい!」
二人がかりで引きはがす。
「ふざけんな! 一発ぶん殴ってやる!」
律は二人に両脇を抱えられながらも暴れていた。
唯がゆっくりと立ち上がった。
「おい、お前! ぶん殴ってやるからこいよ!」
律が叫ぶ。
「やめろって!」「律ちゃん!」
相当な怒りなのが分かる。
二人でようやく抑え込めるほどのすごい力だった。
唯がそこへ近づいてくる。
目の前まで来ると、律に平手打ちをはなった。
バチン!と乾いた音が響くとともに、律の顔が右を向いた。
「さっきの、痛かったよ」
唯は律を睨み付けていた。
澪と紬は唖然とした。
「何、してんだよ」
両脇を抱えられたままの律が、
ゆっくりと正面へ向き直ると、
バチン!とまた乾いた音が響いた。
「ビンタだけど」
唯は睨み付けながら言う。
律の顔はまた右を向いていた。
「澪、ムギ。手を放せ」
律は右を向いたまま、静かに言った。
やや躊躇したが、二人は無言のまま手を放した。
拘束から解放されると、
ジンジンと痛む左頬にやおら手を当てた。
「ふざけんなよ、お前ぇぇぇえええ!!!!!」
律は自由になった体で、唯に突進した。
体当たりをして床に叩きつける。
「うぇ!」
唯の口から声が漏れた。
その上に馬乗りになる。
「お前、殺してやるよ」
真っ赤になった左頬をさすりながら、
律が震える声でそう言った。
右の拳を唯の顔面に向けて振り下ろした。
「ひっ!」唯は悲鳴を上げて、反射的に顔を逸らす。
ガチン。と固い物同士がぶつかる音がした。
「痛っ!」顔を歪めたのは律だった。
唯が避けたせいで、板張りの床を殴ってしまったのだ。
苦悶の表情を浮かべたまま左手で右の手首を掴むと、
額のあたりまで持ち上げて、必死に痛みに耐えていた。
皮膚が裂けて血がにじんでいる。
「いぎゃああああああああ!!!!!!!!!」
突然律が体を仰け反らせて絶叫を上げた。
「律!」異常を感じた澪が慌てて駆け寄ると、
唯が律の左の太ももに噛みついていた。
両腕で足を抱え上げ、
血走った目で白い肌に歯を食いこませている。
「お前! やめろ!」
澪が引きはがした時には、
律の太ももの肉が歯型状にめくれ上がっていた。
「うあああああ……」
仰向けに倒れた律が、
両手で目のあたりから頭を抱え込むようにして呻いている。
「大丈夫か! 律!」
澪が声をかけるがただ呻くばかりで反応はない。
「とにかく、止血しないと!」
紬が慌てて救急箱を取りにいった。
「うわぁ。ぺっぺっ」
ようやく立ち上がった唯は、口のまわりが血塗れだった。
ポケットから取り出したティッシュで口を拭い始める。
「お前、何考えてるんだよ」
澪は呆然としながらも、唯を睨み付けた。
「だって、その人が殴りかかってきたんでしょ。
正当防衛だよ。せーとーぼーえー」
そう言ってまた唾を吐いた。
「口の中が気持ち悪いよぉ」
眉根を歪ませると、うぇーと舌を出す。
「お前!」我慢しきれずに澪が掴みかかった。
「いだっ!」
澪の体が深く沈みこむ。
唯が澪の髪の毛を両手でつかみ、全体重をかけたためだ。
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
澪が悲鳴を上げながら体を上下させる。
唯は両手をブンブンと滅茶苦茶に振り回していた。
「やめてぇぇええええ!!!」
まるで踊っているかのように見える澪が、悲痛の叫びを上げる。
唯には耳などついていないのか、一向にやめる気配はない。
自分の頭の中からブチブチと音がするのを、澪は延々と聞かされ続けた。
部室にガシャン、という音が響いた。
紬が救急箱を落とした音だ。
「唯ちゃん、何してるの」
紬は口元を押さえ、ガタガタと震えている。
目の前にはひどい惨状が広がっていた。
床に座り込んだ澪の髪の毛を、
唯が両手でつかんで引っ張り上げている。
「あ、ムギちゃん。もうちょっとで終わるから待っててね」
唯は笑顔でそう言うと、澪の顔面に自身の膝をめり込ませた。
もう意識が無いのか何の反応もない。
その横に倒れている律も血塗れだった。
「やめて! 唯ちゃん!」
紬ははぁはぁと肩で息をする。
唯がパッと手を放すと、澪がその場に崩れ落ちた。
「なんで? ムギちゃん」
満面の笑みを浮かべて、紬の方へ向き直った。
「なんで、って」
紬はその答えを持ち合わせていなかった。
目の前にいる怪物を説得する術を。
「なんでもよ! なんでもいいからやめて!」
声の限りに叫ぶ。
なんとかして言葉を心に届かせないと。
紬は必死だった。
「ムギちゃんは面白いこと言うなぁ」
唯はおなかを抱えて笑った。
「最初に仕掛けてきたのはこの人たちなんだよ?
私は何も悪くないのに」
そう言うとまた、おなかを抱えた。
「だからって、ここまですることないじゃない!」
紬は足元の救急箱の中身をかき集めると、律に駆け寄った。
とりあえず止血しないと。
太ももの出血がとにかくひどかった。
スカートのお尻の部分は血でぐっしょりと濡れていた。
「あー、私も指切っちゃったからお願いしてもいい?」
唯が横から手を出してくる。
「何を」言っているの。
紬はそう言いかけたが、小さく悲鳴を上げた。
見ると両手の指がズタズタになっていて、
激しく出血していた。
親指の付け根は肉がえぐれて骨が見えそうになっている。
「秋山さんにやられたんだよ、これ」
唯はそう言って困ったような笑みを浮かべた。
「髪の毛引っ張ってたらこんなんなっちゃったんだ。
ひどいよね、秋山さん」
紬は恐怖を感じた。
体中がガタガタと震えて立ち上がることすらできない。
自分の体を抱きしめるようにして、
ただただ震えていた。
「ねぇ、早く手当てしてよぉ」
唯が催促するが、
紬は首を振るばかりで体を動かすことができない。
「なんで、いじわるするの?」
唯の顔からスッと表情が消えた。
「昔っからそうだよね。
みんな私のいじわるばっかり!」
足元に転がっていた椅子を拾い上げると、
澪に叩きつけた。
体がぐにゃんと跳ねる。
「なんで! なんでいじわるばっかするの!」
次は律に振り下ろした。
澪と違って意識があるのか、呻き声が漏れる。
「なんでなのぉ!!!」
唯はゼェゼェと肩で息をしていた。
しばらくして呼吸が落ち着くと、紬の方へ向き直る。
「ねぇ、なんで?」
「ごめんなさい。私にはどうすることもできなくて」
紬は病室のベッドに寝ている律に言った。
俯いたまま、目には涙をためている。
律は笑って、その謝罪を受けた。
「別にムギのせいじゃないよ。
お前が先生たちを呼んできてくれたおかげで、
私たち助かったんだし。なぁ?」
横で寝ている澪に同意を求めた。
「ああ。ムギのおかげで助かったよ」
澪はそう言ったが、悲しげな笑みを浮かべていた。
「そう」紬はさらに深く俯いた。
「まぁ、ムギにケガが無くて良かったよ」
律は包帯の巻かれた左の太ももを叩いて言った。
包帯が巻かれた先には、何もついていなかった。
「ねぇ、なんで?」
唯が近づいてくる。
「こ、来ないでよ」
紬は後ずさった。
「なんで?」
唯が近づいてくる。
「いや」
紬は後ずさった。
「どうして?」
唯が近づいてくる。
「いやあああああ!!!!!」
紬は叫ぶと部室のドアに向かって駆け出した。
「なんでかな」
唯はそう呟くと、床に転がっている椅子を拾った。
紬が数人の先生を引き連れて部室に戻ったとき、
もうそこは地獄絵図だった。
全身滅多打ちにされた二人が、
血塗れで倒れている。
澪はひどく髪の毛を引っ張られたせいだろうか。
頭皮が剥がれ、めくれ上がっていた。
律は頭をかばってそうなったのか、
両腕がおかしな方向に曲がっていた。
そして左の太ももに。
椅子の足が突き刺さっている。
二人とも死んでいるかのように見えた。
その横で。
血塗れの唯が自分の指に絆創膏を貼っていた。
しかし貼るそばから剥がれていくのか、
床に血塗れの絆創膏が十数枚も散らばっている。
ふと顔を上げ紬を認めると、笑顔を浮かべた。
「あ、ムギちゃん。
私不器用でうまく貼れないから、ムギちゃん貼ってくれる?」
「平沢さんね。中学に入学した頃から、
ひどいいじめにあっていたそうなのよ」
山中先生が悲しげな顔でそう言った。
「それでちょっと体調を崩していたみたいで、
高校入学と同時にようやく外に出れるようになったみたい。
今はまた、同じ病院に入院しているそうよ」
「そう、なんですか」
紬は神妙に話に聞き入っていた。
思い出すと、恐怖でまた体が震えだした。
山中先生が紬を優しく抱きしめる。
「琴吹さん。もう大丈夫だから。ね?」
紬の目に涙が溢れた。
「はい。ありがとうございます」
まだ震えはおさまらなかった。
「いつもサンキューな、ムギ」
「ありがとな」
紬が二人の病室にノートやプリント類を届けると、
律と澪はお礼を言った。
「ううん。もっと他に手伝えることがあったら言ってね」
にっこりと笑顔を作る。
「来年は、新入部員入るといいな」
律が言った。
「そうだな。もう廃部になっちゃったけど」
澪も続ける。
「かわいい新入生が入ったら、
新しく部を作りましょうよ」
紬が笑顔で手を叩いた。
「けいおん部って、名前は変えようか」
律が言うと、病室は静寂に包まれた。
「ま、まぁ、部の名前は新入生が入ってからでいいじゃないの」
紬が慌ててフォローする。
「私達だって、まだ入学したばかりなのよ?」
「そうだな」言って律は笑った。
「入学したと思ったら、また春休みに逆戻りなんてな」
澪が窓の外を見ながら言う。
「なぁ? せっかくの女子高生ライフだってのに、
休みの日にゴロゴロしてるだけなんていけねーぜ」
律は不満そうな顔をして、同じく窓の外を見た。
紬もつられて窓の外を見る。
もう完全に散ってしまった桜が、
緑の葉をたたえて風に揺れていた。
終わり
ここまで読んでくれた方、レスくれた方、ありがとうございました
元スレ
「変なこと言ったかな、だ?」
律が鬼の形相で唯の言葉を繰り返した。
「お前は自分の言葉に、責任も持てないのか!」
両腕の拘束は解けそうもないので、目の前の机を蹴りあげる。
があん!と大きな音がした。
「ひっ」と唯が小さな悲鳴を漏らした。
「律!」「律ちゃん!」
澪と紬がそれを制す。
「少し落ち着けって!
平沢さんだって悪気があったわけじゃないだろ!」
「そうよ! だからやめて!」
律はギリギリと涙目の唯を睨み付けていたが、
「分かったよ」と体の力を抜いたので、
澪と紬の二人は安心して手を離した。
唯はボロボロと涙を流しながら、
しきりに「ごめんなさい」と謝っていた。
5: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:07:34.44 ID:hsNfm7BD0.net
「頼むから、今日のところは帰ってくれないかな」
律が窓の外を見ながら言った。
唯が一言「ごめんなさい」と謝ると、
そちらを一瞥して「ちっ」と舌打ちをした。
「ひっ! ご、ごめんなさい!
お邪魔しました!」
うわずった声でそう言うと、
唯は荷物を掴み、パタパタと駆けていった。
澪と紬は黙ってその背中を見送ることしかできない。
律の後ろでバタン、と扉の閉まる音が聞こえた。
「ちっ、なんなんだよ。あいつは」
律の怒りはまだおさまっていないようだ。
「律」「律ちゃん」
二人はかける言葉も見つからず、
ただただ心配そうに律のことを見つめていた。
8: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:09:05.50 ID:hsNfm7BD0.net
翌日。
登校中に紬は唯の姿を認めた。
「おはよう、平沢さん」
肩を叩き、後ろから声をかける。
唯は「ひぃ!」と悲鳴を上げると、そのまま固まってしまった。
棒立ちのまま、ゆっくりとした動作で後ろを振り返る。
「あ、あのあの。えっとぉ」
紬の姿を視認しても、何の言葉も出ないようだった。
カタカタと震え、目には涙が浮かんでいる。
「忘れちゃった? 琴吹紬です。
平沢唯ちゃん、おはよう」
にっこりと笑いながら言った。
「あの、こ、琴吹さん。お、おはようぅぅ」
唯は挨拶を返すと、ぎこちない笑顔を作った。
9: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:11:14.83 ID:hsNfm7BD0.net
「ムギでいいわよ」
紬は変わらず笑顔のまま言った。
「あの、ム、ムギちゃん。じゃあ、私も、唯ちゃんで、いいよ」
「うふふ」とムギが笑う。
「唯ちゃんでいいのね。じゃあそう呼ぶわ、唯ちゃん」
「あはは、自分で唯ちゃんって言っちゃった」
唯もつられて笑った。
緊張もだいぶ解けてきたようだ。
並んで歩きだすと、紬は少し申し訳なさそうな顔を作った。
「昨日はごめんなさいね。律ちゃんも悪い人じゃないと思うんだけど、
好きなことに対してはすごく一生懸命な人だから」
まだ出会って数日だが、律の人間的な魅力は理解しているつもりだ。
昨日が初対面であった唯にも、あまり悪い印象は持たれたくない。
紬にはそういった思いもあった。
「あー、昨日のこと」
唯は顔ごと上を向いて立ち止った。
11: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:12:29.11 ID:hsNfm7BD0.net
「どうしたの? 唯ちゃん」
数歩進んで後ろを振り返った紬が問いかける。
唯はその声で視線を戻すと、また歩き始めた。
「家に帰ってからもずっと考えてたんだけど、
なんで怒られたのか今も分かってなくて」
唯は「えへへ」と困ったような笑みを浮かべて言った。
横に並んで歩きながら、紬は考える。
「んー」としばらく思案していたが、
うまい表現は浮かばなかった。
「唯ちゃん。唯ちゃんの好きなものって何?」
紬は例え話に持っていくことにした。
「好きなもの?」
唯がきょとんとした顔をする。
「うーん」としばらく唸った後に、言葉を続けた。
「アイスと、憂の作ったハンバーグかなぁ。
憂っていうのは妹のことね。すっごくかわいいんだよぉ」
言って、うっとりとした顔を浮かべた。
13: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:14:22.24 ID:hsNfm7BD0.net
「じゃあ例えばなんだけど、
憂ちゃんのハンバーグが、人に馬鹿にされたらどう思う?」
紬が言うと、唯は真剣な顔になった。
「憂のハンバーグを馬鹿にする人はいないと思うよ」
紬の目をまっすぐに見据えて言った。
「ごめんなさい。だから例えばの話よ」
両手を振って自らの発言をフォローする。
唯はぷいっと前を向いて歩いて行ってしまう。
「そんな”例えば”はないよ」
先程よりも歩くペースが速い。
怒らせてしまったのだろうか。
紬は後悔の色を顔に浮かべて、その後ろ姿を見送った。
15: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:15:56.96 ID:hsNfm7BD0.net
「平沢さん!」
唯は校門をくぐったところで、前を歩いていた人から声をかけられた。
「昨日はごめんな」
その人は謝ったけど、顔に全然見覚えが無い。
誰だっけ、この人。
「昨日ってなんだっけ?」
唯は言った。
「え」とその人は絶句する。
「あれ、昨日けいおん部に来てくれた平沢さんだよね?
私、秋山だよ。秋山澪」
澪は自分のことを指さしながら言った。
「ああ、秋山さん」
唯はそう言ったきり、黙り込んでしまう。
二人はしばらく見つめ合った。
18: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:17:49.98 ID:hsNfm7BD0.net
「え、えーと。あの。昨日はごめんな」
澪は唯の反応が欲しくてもう一度謝った。
「うん、いいよぉ」
唯はにっこりと笑う。
「それじゃあね、秋山さん」
踵を返して下駄箱の方へ歩いて行った。
「あ、ああ。じゃあな」
澪は去っていく唯の背中を見つめた。
向こうからもごめんなさいとか、あってもいいんじゃないかな。
トラブル起こしたわけだし。
釈然としない思いを胸に抱えたまま、澪も下駄箱に向かって歩き出した。
20: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:19:16.27 ID:hsNfm7BD0.net
「どうしても、あと一人が見つからないなぁ」
律は座った椅子を後ろに傾けて、前後に揺らしながら言う。
「そうだな」
困ったような表情を浮かべた澪もそれに同調した。
紬は何か思案しているようで、
眉根を寄せてしきりに首をひねっている。
「ムギ、どうしたんだ」
律が問いかける。
「あのね」紬はようやく口を開いたが、
なかなか言葉が出てこないようだった。
律と澪は無言のまま続きを待った。
意を決したように、紬が顔を上げる。
「やっぱり、昨日の平沢さんを入れるべきだと思うのよ。
残り1週間で他の部員を探すのは、いささか無謀だわ」
紬はそう言ったが、その表情は明るいものではなかった。
24: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:21:52.61 ID:hsNfm7BD0.net
「私は反対だね」
律がきっぱりと言う。
「わ、私も」
澪もやや控えめに紬の案を否定した。
「そう、よね」
紬の言葉には”仕方ないか”というニュアンスが込められていた。
3人は一様に俯いた。
外からは運動部の上げる声や鳥のさえずり、
工事現場の音などが響いてくる。
それらをBGMにして、時間は無為に過ぎていった。
そろそろ帰ろうか。
誰かがそう口を開きかけた。
そのとき。
ガリャリ。
部室のドアが音を奏でた。
新入部員か。
期待に胸を膨らませ、3人は一斉にドアの方へ向き直る。
「たのもー!」
意に反して、入ってきたのは唯であった。
26: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:23:37.70 ID:hsNfm7BD0.net
「何の用だよ」
律がぶすっとした顔で言った。
唯は部室をキョロキョロと見回すと、
紬と澪に笑顔で手を振った。
「ムギちゃん、秋山さん。やっほー」
二人は苦笑いであいさつを返した。
「何の用だって聞いてるんだけど」
律は明らかに苛立っていた。
唯を睨み付けると、昨日のことを思い出し、舌打ちをした。
よくぬけぬけと来れたもんだ。
「あれ、まだ怒ってるの」
唯がきょとんとした顔で言った。
「な」律は絶句する。
唯が何を言っているのかわからず、
ただただ呆然としていた。
27: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:25:24.77 ID:hsNfm7BD0.net
「最初の言葉が謝罪なら、許してやっても良かったけどな」
律が立ち上がった。
「律!」
澪が止めようとしてきたのを察知して、
律はそれを手で制し、首を振った。
「別に暴れたりしねーよ。
ちょっとこいつが分からないだけだ」
後ろにいる唯を親指で示しながら言った。
「あのなぁ、謝りに来たんなら分かるんだけどさ。
今日はいったい何しに来たんだよ」
律はため息をついた。
唯が首を傾げる。
「昨日謝ったじゃん。
私はあなたが謝るの聞いてないけどなぁ」
唯は不思議なものを見るような顔をしていた。
29: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:27:15.09 ID:hsNfm7BD0.net
「謝る、だと?」
律は激昂した。
「私がか!?」
唯に掴みかかる。
「何するの!? 離して!!」
唯も抵抗するが、すぐに床に組み伏せられた。
「痛い! 痛いよ!」
律の下でもがく。
「なんで私が謝らなくちゃいけないんだ!!!」
そう言って律は自分の顔の横で拳を握った。
まずい。
呆然と成り行きを見ていた澪と紬は、弾かれたように席を立った。
「律!」「やめなさい!」
二人がかりで引きはがす。
「ふざけんな! 一発ぶん殴ってやる!」
律は二人に両脇を抱えられながらも暴れていた。
32: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:29:30.05 ID:hsNfm7BD0.net
唯がゆっくりと立ち上がった。
「おい、お前! ぶん殴ってやるからこいよ!」
律が叫ぶ。
「やめろって!」「律ちゃん!」
相当な怒りなのが分かる。
二人でようやく抑え込めるほどのすごい力だった。
唯がそこへ近づいてくる。
目の前まで来ると、律に平手打ちをはなった。
バチン!と乾いた音が響くとともに、律の顔が右を向いた。
「さっきの、痛かったよ」
唯は律を睨み付けていた。
澪と紬は唖然とした。
「何、してんだよ」
両脇を抱えられたままの律が、
ゆっくりと正面へ向き直ると、
バチン!とまた乾いた音が響いた。
37: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:32:52.20 ID:hsNfm7BD0.net
「ビンタだけど」
唯は睨み付けながら言う。
律の顔はまた右を向いていた。
「澪、ムギ。手を放せ」
律は右を向いたまま、静かに言った。
やや躊躇したが、二人は無言のまま手を放した。
拘束から解放されると、
ジンジンと痛む左頬にやおら手を当てた。
「ふざけんなよ、お前ぇぇぇえええ!!!!!」
律は自由になった体で、唯に突進した。
体当たりをして床に叩きつける。
「うぇ!」
唯の口から声が漏れた。
その上に馬乗りになる。
「お前、殺してやるよ」
真っ赤になった左頬をさすりながら、
律が震える声でそう言った。
41: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:35:27.22 ID:hsNfm7BD0.net
右の拳を唯の顔面に向けて振り下ろした。
「ひっ!」唯は悲鳴を上げて、反射的に顔を逸らす。
ガチン。と固い物同士がぶつかる音がした。
「痛っ!」顔を歪めたのは律だった。
唯が避けたせいで、板張りの床を殴ってしまったのだ。
苦悶の表情を浮かべたまま左手で右の手首を掴むと、
額のあたりまで持ち上げて、必死に痛みに耐えていた。
皮膚が裂けて血がにじんでいる。
「いぎゃああああああああ!!!!!!!!!」
突然律が体を仰け反らせて絶叫を上げた。
「律!」異常を感じた澪が慌てて駆け寄ると、
唯が律の左の太ももに噛みついていた。
両腕で足を抱え上げ、
血走った目で白い肌に歯を食いこませている。
「お前! やめろ!」
澪が引きはがした時には、
律の太ももの肉が歯型状にめくれ上がっていた。
47: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:37:27.05 ID:hsNfm7BD0.net
「うあああああ……」
仰向けに倒れた律が、
両手で目のあたりから頭を抱え込むようにして呻いている。
「大丈夫か! 律!」
澪が声をかけるがただ呻くばかりで反応はない。
「とにかく、止血しないと!」
紬が慌てて救急箱を取りにいった。
「うわぁ。ぺっぺっ」
ようやく立ち上がった唯は、口のまわりが血塗れだった。
ポケットから取り出したティッシュで口を拭い始める。
「お前、何考えてるんだよ」
澪は呆然としながらも、唯を睨み付けた。
51: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:40:48.27 ID:hsNfm7BD0.net
「だって、その人が殴りかかってきたんでしょ。
正当防衛だよ。せーとーぼーえー」
そう言ってまた唾を吐いた。
「口の中が気持ち悪いよぉ」
眉根を歪ませると、うぇーと舌を出す。
「お前!」我慢しきれずに澪が掴みかかった。
「いだっ!」
澪の体が深く沈みこむ。
唯が澪の髪の毛を両手でつかみ、全体重をかけたためだ。
「痛い痛い痛い痛い!!!!」
澪が悲鳴を上げながら体を上下させる。
唯は両手をブンブンと滅茶苦茶に振り回していた。
「やめてぇぇええええ!!!」
まるで踊っているかのように見える澪が、悲痛の叫びを上げる。
唯には耳などついていないのか、一向にやめる気配はない。
自分の頭の中からブチブチと音がするのを、澪は延々と聞かされ続けた。
55: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:42:38.87 ID:hsNfm7BD0.net
部室にガシャン、という音が響いた。
紬が救急箱を落とした音だ。
「唯ちゃん、何してるの」
紬は口元を押さえ、ガタガタと震えている。
目の前にはひどい惨状が広がっていた。
床に座り込んだ澪の髪の毛を、
唯が両手でつかんで引っ張り上げている。
「あ、ムギちゃん。もうちょっとで終わるから待っててね」
唯は笑顔でそう言うと、澪の顔面に自身の膝をめり込ませた。
もう意識が無いのか何の反応もない。
その横に倒れている律も血塗れだった。
「やめて! 唯ちゃん!」
紬ははぁはぁと肩で息をする。
唯がパッと手を放すと、澪がその場に崩れ落ちた。
「なんで? ムギちゃん」
満面の笑みを浮かべて、紬の方へ向き直った。
60: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:44:01.66 ID:hsNfm7BD0.net
「なんで、って」
紬はその答えを持ち合わせていなかった。
目の前にいる怪物を説得する術を。
「なんでもよ! なんでもいいからやめて!」
声の限りに叫ぶ。
なんとかして言葉を心に届かせないと。
紬は必死だった。
「ムギちゃんは面白いこと言うなぁ」
唯はおなかを抱えて笑った。
「最初に仕掛けてきたのはこの人たちなんだよ?
私は何も悪くないのに」
そう言うとまた、おなかを抱えた。
64: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:45:15.70 ID:hsNfm7BD0.net
「だからって、ここまですることないじゃない!」
紬は足元の救急箱の中身をかき集めると、律に駆け寄った。
とりあえず止血しないと。
太ももの出血がとにかくひどかった。
スカートのお尻の部分は血でぐっしょりと濡れていた。
「あー、私も指切っちゃったからお願いしてもいい?」
唯が横から手を出してくる。
「何を」言っているの。
紬はそう言いかけたが、小さく悲鳴を上げた。
見ると両手の指がズタズタになっていて、
激しく出血していた。
親指の付け根は肉がえぐれて骨が見えそうになっている。
「秋山さんにやられたんだよ、これ」
唯はそう言って困ったような笑みを浮かべた。
「髪の毛引っ張ってたらこんなんなっちゃったんだ。
ひどいよね、秋山さん」
71: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:47:30.07 ID:hsNfm7BD0.net
紬は恐怖を感じた。
体中がガタガタと震えて立ち上がることすらできない。
自分の体を抱きしめるようにして、
ただただ震えていた。
「ねぇ、早く手当てしてよぉ」
唯が催促するが、
紬は首を振るばかりで体を動かすことができない。
「なんで、いじわるするの?」
唯の顔からスッと表情が消えた。
76: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:48:24.98 ID:hsNfm7BD0.net
「昔っからそうだよね。
みんな私のいじわるばっかり!」
足元に転がっていた椅子を拾い上げると、
澪に叩きつけた。
体がぐにゃんと跳ねる。
「なんで! なんでいじわるばっかするの!」
次は律に振り下ろした。
澪と違って意識があるのか、呻き声が漏れる。
「なんでなのぉ!!!」
唯はゼェゼェと肩で息をしていた。
しばらくして呼吸が落ち着くと、紬の方へ向き直る。
「ねぇ、なんで?」
79: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:49:33.60 ID:hsNfm7BD0.net
「ごめんなさい。私にはどうすることもできなくて」
紬は病室のベッドに寝ている律に言った。
俯いたまま、目には涙をためている。
律は笑って、その謝罪を受けた。
「別にムギのせいじゃないよ。
お前が先生たちを呼んできてくれたおかげで、
私たち助かったんだし。なぁ?」
横で寝ている澪に同意を求めた。
「ああ。ムギのおかげで助かったよ」
澪はそう言ったが、悲しげな笑みを浮かべていた。
「そう」紬はさらに深く俯いた。
「まぁ、ムギにケガが無くて良かったよ」
律は包帯の巻かれた左の太ももを叩いて言った。
包帯が巻かれた先には、何もついていなかった。
85: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:51:16.16 ID:hsNfm7BD0.net
「ねぇ、なんで?」
唯が近づいてくる。
「こ、来ないでよ」
紬は後ずさった。
「なんで?」
唯が近づいてくる。
「いや」
紬は後ずさった。
「どうして?」
唯が近づいてくる。
「いやあああああ!!!!!」
紬は叫ぶと部室のドアに向かって駆け出した。
「なんでかな」
唯はそう呟くと、床に転がっている椅子を拾った。
89: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:52:59.67 ID:hsNfm7BD0.net
紬が数人の先生を引き連れて部室に戻ったとき、
もうそこは地獄絵図だった。
全身滅多打ちにされた二人が、
血塗れで倒れている。
澪はひどく髪の毛を引っ張られたせいだろうか。
頭皮が剥がれ、めくれ上がっていた。
律は頭をかばってそうなったのか、
両腕がおかしな方向に曲がっていた。
そして左の太ももに。
椅子の足が突き刺さっている。
二人とも死んでいるかのように見えた。
その横で。
血塗れの唯が自分の指に絆創膏を貼っていた。
しかし貼るそばから剥がれていくのか、
床に血塗れの絆創膏が十数枚も散らばっている。
ふと顔を上げ紬を認めると、笑顔を浮かべた。
「あ、ムギちゃん。
私不器用でうまく貼れないから、ムギちゃん貼ってくれる?」
93: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:54:55.54 ID:hsNfm7BD0.net
「平沢さんね。中学に入学した頃から、
ひどいいじめにあっていたそうなのよ」
山中先生が悲しげな顔でそう言った。
「それでちょっと体調を崩していたみたいで、
高校入学と同時にようやく外に出れるようになったみたい。
今はまた、同じ病院に入院しているそうよ」
「そう、なんですか」
紬は神妙に話に聞き入っていた。
思い出すと、恐怖でまた体が震えだした。
山中先生が紬を優しく抱きしめる。
「琴吹さん。もう大丈夫だから。ね?」
紬の目に涙が溢れた。
「はい。ありがとうございます」
まだ震えはおさまらなかった。
95: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:56:59.33 ID:hsNfm7BD0.net
「いつもサンキューな、ムギ」
「ありがとな」
紬が二人の病室にノートやプリント類を届けると、
律と澪はお礼を言った。
「ううん。もっと他に手伝えることがあったら言ってね」
にっこりと笑顔を作る。
「来年は、新入部員入るといいな」
律が言った。
「そうだな。もう廃部になっちゃったけど」
澪も続ける。
「かわいい新入生が入ったら、
新しく部を作りましょうよ」
紬が笑顔で手を叩いた。
「けいおん部って、名前は変えようか」
律が言うと、病室は静寂に包まれた。
97: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 00:58:49.36 ID:hsNfm7BD0.net
「ま、まぁ、部の名前は新入生が入ってからでいいじゃないの」
紬が慌ててフォローする。
「私達だって、まだ入学したばかりなのよ?」
「そうだな」言って律は笑った。
「入学したと思ったら、また春休みに逆戻りなんてな」
澪が窓の外を見ながら言う。
「なぁ? せっかくの女子高生ライフだってのに、
休みの日にゴロゴロしてるだけなんていけねーぜ」
律は不満そうな顔をして、同じく窓の外を見た。
紬もつられて窓の外を見る。
もう完全に散ってしまった桜が、
緑の葉をたたえて風に揺れていた。
終わり
103: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2014/06/12(木) 01:02:06.39 ID:hsNfm7BD0.net
ここまで読んでくれた方、レスくれた方、ありがとうございました
律「お前今なんて言った?軽い音楽だ?」