──キャンピングカー──
果林「戻ったわよ」
彼方「果林ちゃんと……エマちゃん」
エマ「あはは……負けちゃった」
キャンピングカーに戻って生活エリアに入ると、彼方が大人しくソファで待っていた。エマの顔を見て驚く彼方。
彼方「そっかあ、エマちゃんが負けちゃうんだから、彼方ちゃんも勝てっこないよねえ」
エマ「そんなことないよ。わたしだって彼方ちゃんと戦うことになったら、勝てなかったかもしれないもん」
彼方「距離があればね~、だけどエマちゃんにはどっちみち当たらないと思うんだけど」
果林「私こそ、次やって勝てる保証はないわ。紙一重の戦いだったもの」
そんな話をしながら、私たちもソファに座る。
彼方「……ごめんね、果林ちゃん」
不意に、彼方が私に謝ってきた。
彼方「本当はわかってたんだあ。別な世界から連れてきたあの子を侑ちゃんにしたてるなんて、しちゃダメなんだって」
彼方「だけど侑ちゃんと遥ちゃんを失って、どうしようもなくなっちゃった。ダメなんだってわかってても、侑ちゃんに会いたくなっちゃった」
彼方「きっとこんなことに賛成してることが遥ちゃんに知られたら、怒られちゃうんだろうなあ」
彼方「果林ちゃんのほうが正しかったのに、果林ちゃんに全部押しつけちゃった。果林ちゃんを1人にしちゃった……だからごめんなさい」
果林「……私も、彼方には謝りたかったの。私がラボを出ようと思った時、エマに話はしたけれど、彼方のことは誘わなかった。あなたが遥ちゃんから離れたくないと思ったから」
果林「だけど結局は彼方と向き合うことから私が逃げただけなのよ。キチンと彼方と対話をしようともせず、彼方のことを省いてエマとラボを出ようとしたわ」
果林「そこはずっと謝りたくて……ごめんなさい」
384: 名無しで叶える物語 2021/11/22(月) 22:15:33.53 ID:XZjDGqoTp.net
エマ「果林ちゃんを1人にしちゃったのはわたしだってそうだよ。あの日果林ちゃんがわたしに声をかけてくれた時、果林ちゃんについていけなかった」
エマ「璃奈ちゃんとかすみちゃんの先輩として、2人のことは守ってあげたいって、2人ののぞみは叶えてあげたいって、そう思ってたの」
エマ「だからあの子を侑ちゃんにする計画だって、2人がそうのぞむならなんとか手伝ってあげたいって、そう思ったんだ」
わかってはいた。エマはエマで、あの2人のことを守ろうとしてくれていたんだ。もしも別世界の侑を探して、その子に侑の記憶を注ぎ込む計画が無ければ、あの2人が絶望のあまり自殺してしまっていた可能性は十分あるだろう。
果林「ただ、逆に言えば2人には感謝もあるの。璃奈ちゃんとかすみちゃんのそばにいてくれてありがとう。もし私たち3人ともラボを出ていれば、もっと2人は暴走していたかもしれない」
果林「それに1人になったのは致し方ないとは思うの。あの子を殺してしまった私の罪なんだから」
彼方「ちがうよ。前にも話したことあるけど、これは果林ちゃんだけの罪じゃないってば」
エマ「国内旅行にしようって提案した彼方ちゃんの罪。あの山に行こうと言ったわたしの罪。そしてあの山で迷子になった果林ちゃんの罪。3人の罪なんだよ」
久しく忘れていた。あの子が崖から落ちて、なす術ないまま救助された私に、エマと彼方はそう言ってくれたんだ。
彼方「ここで1人になって考えて……それで思ったの。今さらって思われるかもしれないけど……これからは彼方ちゃんにも背負わせてほしいんだあ」
エマ「……わたしも。璃奈ちゃんとかすみちゃんの心を少しでも晴らしてあげられるなら、今度は果林ちゃんに協力したい。そして、歩夢ちゃんたちのことも」
果林「そうね……いつかは歩夢たちのことも考えないといけない。彼方やエマが協力してくれるなら、これ以上はないわ」
こうして同期で顔を合わせたのはほぼほぼ1年ぶりだった。こうやってぶつかって、やっとわかり合うことができたみたいだった。まだ予断を許さない状況ではあるけれど、あたたかな時間を過ごすことができた。
ランジュ「戻ったわよ!」
ミア「全く、なんでボクまで……」
エマ「あれれ、ミアちゃん……?」
ランジュ「ミア、お腹が空いたみたいなの。さっきの料理は残ってないかしら?」
彼方「よ~し、それじゃあ彼方ちゃんが腕によりをかけてあげようじゃないか~!」
少しずつ広がってきた和解の輪。また賑やかになりそうだった。後はあの子を信じるしかない。
──ラボ3階──
所長室の扉を開く。中はかなり広い部屋になっていて、あちらこちらに精密機械や大型の装置が置いてあった。その正面、大型モニターの前にその人はいた。
白衣を着て、腰くらいまで伸びたピンク髪。背はほとんど知っている姿と変わらない。だけどその素顔は、無表情ながらわたしが知ってるその人よりもずっと暗く、絶望を感じさせた。
この人こそが、この世界の璃奈ちゃんなんだ。
あなた「一応はじめましてだね、璃奈ちゃん」
璃奈「……理解ができない。果林さんから私の目的を聞いていて、それでもこのラボに乗り込んでくるなんて」
あなた「璃奈ちゃんの苦しみ、正直想像もつかないよ。もし同好会のメンバーが死んでしまったら、私だってどうなるかわからない。簡単に気持ちがわかるなんて言えない」
あなた「だからこそ、璃奈ちゃんの役に立ちたいんだ。ほんの少しでも璃奈ちゃんの心が軽くなればいいなって思って」
あなた「でね、私の世界だと璃奈ちゃんは私と出会うよりも前に仲良くなった友達がいるんだ。机上の空論だけど、璃奈ちゃんはその子となら絶対に仲良くなれるし、少しでも心のもやもやが解ければいいなって」
璃奈「それでその人を紹介するためにここに来たの?ますますわからない。それくらいで解消できると思ってるなら、やっぱり全然わかってない」
愛「そう言わないで話だけ聞いてよ、りなりー」
愛ちゃんが会話に加わる。そしてその瞬間、ゾンビに出くわしたかと思うほど空気が凍りついた。
愛「どう?璃奈のあだ名。急に仲良くなれってこの子もだいぶ無茶ぶりなんだけどさ、仲良くなるにはこういうのがあった方がいいかなって思って」
璃奈「……その名前、知らない人の口から聞きたくない」
どうやら『りなりー』というワードが地雷だったみたいだ。そういえば果林さんが、侑さんは璃奈ちゃんをそう呼んでたって言っていた。
愛「知らない人かあ……やっぱ覚えてないよね。アタシとりなりー、初対面じゃないんだぜ。プレゼントだって貰ったんだから」
愛ちゃんはそう言うと、ポケットから何か紙のようなものを取り出した。
璃奈「あっ……」
愛「思い出した?」
それはお台場にあっただろうアミューズメント施設の割引券のようだった。
愛「あの時はいきなりでビックリしたまま受け取っちゃったけど、あの時のりなりーの様子からして、一緒に行こうって言わなかったこと、後悔したんだ」
愛「でも、それからりなりーは侑って子と出会って、スクールアイドルを初めて、相手に表情を伝えるボードを作って……別にアタシがいなくても大丈夫なんだ、杞憂だったんだって思ったの」
愛「だけど、あの子が亡くなったって聞いて、同好会の子たちがみんな暗くなって、スクールアイドルもやめちゃって……」
愛「もしあの時、この券をただ受け取るんじゃなくて一緒に行ってさ、りなりーと友達になれてたとしたら、少しはその悲しみに寄り添うことができたのかなって思ったんだ」
愛「卒業してからも、論文とかで一方的に知ってたよ。どんどん研究で成果を出してたのは素直にスゴいと思う。だけど、そうしなきゃいけないくらい、やっぱり辛かったのかなって……」
璃奈「思い出した……でもだから何?それを受け取らなかったらこうなってないとは思わない。侑さんが死んだ時点で、私はきっと同じ道を選んでる」
愛「まあ、自分のことを買いかぶりすぎかもしんないし、こっちの後悔を解消したいがための自己満足って言われちゃったらそれまでだと思う」
愛「けどさ、別世界では友達なんだって聞いて、やっぱりアタシの考えは間違ってもないのかなって思ったんだ」
愛「だから今日はさ、あの時できなかったことをやろうよ」
そう言って愛ちゃんは、自分の持っていた予備の銃を璃奈ちゃんの方に投げた。
璃奈「……どういうこと?」
愛「あそこってさ、結構本格的なシューティングゲームがあるんだ。あの時りなりーと一緒に行ってたら、きっとそれをやってたと思う」
愛「だから今日あの時の続き。この銃を使ってさ、愛さんと遊ぼうぜ!」
愛「ルールは簡単。よーいどんで撃ち合って、相手の身体に命中させたら1ポイント。どっちかが得点したら1度仕切り直して再スタートして、多くのポイントをとったほうが勝ち!」
愛「見たらさ、ここにも充電装置があるよね?まあ研究室も兼ねてるだろうから当然っちゃ当然なんだけど、だから弾切れの心配なく何試合でもできる」
愛「君には合間合間の充電を手伝ってもらおうかな。そうすればさ、10試合でも20試合でも、満足するまで遊べるわけよ」
璃奈「何試合もなんて必要ない。私があなたを撃てば、あとは侑さんの器を記憶装置まで連れていくだけ。それで私の計画は実現できる」
愛「確かに!愛さんが1回でも負けちゃうとそうなっちゃうか~、こりゃ頑張んないとな~!」
璃奈「私に武器を渡したこと、後悔させてあげる」
璃奈ちゃんはそう言って静かに銃を持った。フィジカルこそ愛ちゃんにはかなわないだろうけど、こっちの世界の璃奈ちゃんもミアちゃん同様ゲームは得意だ。愛ちゃんといい勝負をするかもしれない。
もし愛ちゃんが撃たれれば、次は私の番だ。それまでに何とか璃奈ちゃんの心を動かすような説得を考えなきゃ、私の意識は終わってしまう。
愛「じゃあ君はよーいどん係に任命するよ。そのほうが公平っしょ?」
璃奈「どっちでもいい。結果は変わらない」
あなた「わ、わかった。それじゃあ第1試合、よーい……どん!」
その瞬間、
璃奈「……!?」
愛ちゃんが消えた。
大きなモニターの前にはイスがあって、璃奈ちゃんは最初そこに座っていた。そしてモニターの反対側には、これまた大きなデスクがある。設計図やら数式などが書かれた紙が無造作に置かれていた。
愛ちゃんは合図を聞いた瞬間、姿勢を低くして猛スピードでデスクに接近した。あまりのスピードに一瞬愛ちゃんを見失い、消えたと錯覚したほどだ。
デスクに急接近した愛ちゃんはそのままデスクの影に隠れるような位置をとった。背はほとんど伸びていないだろう璃奈ちゃんの視線では、愛ちゃんの姿は黙示できないだろう。
ズキュウウン!!
愛ちゃんはそのまま飛び出して瞬間的に狙撃した。璃奈ちゃんは不意を突かれて胴体にもろに雷撃を受けてしまう。
璃奈「嘘……」ビリリッ
愛「まずは愛さんが1ポイントだね!」
愛ちゃんは複数の銃を持ってきていて、かすみちゃんとの戦いではランジュちゃんが使ったような安全装置を壊した銃を使っていた。
だけど突入前に聞いた時、愛ちゃん自身は基本的には普通の銃を使っているみたいで、改造銃は1つしか持ってきていないそうだ。
つまり今愛ちゃんが持っているのは普通の銃ということになる。なのに私は今、愛ちゃんがいつ安全装置を解除したのかもわからなかった。
あなた「ちょ、ちょっと待ってよ愛ちゃん。さっきまでと動きが全然違うんだけど……」
愛「そうかな?別にさっき手を抜いてたつもりはないんだけど……でも今は、なんだか調子がいいなって感じはするかも!」
もしかしたら愛ちゃんは、根っからの戦闘狂なのかもしれない。戦いを好む人の中には、長く戦いを愉しむ為に無意識で力をセーブしたりする人もいるらしい。
もしも愛ちゃんが無意識でかけているリミッターを、絶対に負けられない戦いというプレッシャーで外していたとしたら、あの鬼神のような動きも理解できる。
愛「さ、どんどん行くよ!」
璃奈ちゃんの痺れが取れるのを待って、仕切り直す。再び2人は向かい合ったけれど、璃奈ちゃんの雰囲気が少し変わっている。これが果林さんのよく言う殺意の感覚なのだろうか。
璃奈「次は、負けない」
愛「うんうん、かかってこい!」
あなた「それじゃあ第2試合、よーい……どん!」
今度は璃奈ちゃんが動いた。サッとテーブルを避けて愛ちゃんに接近する。これで璃奈ちゃんと愛ちゃんの間には視界を塞ぐようなものはなくなった。
愛ちゃんはというと、今度はその場で棒立ちしている。璃奈ちゃんが引き金を引こうと指にわずかに力が入った瞬間、愛ちゃんはゆらりと動いた。
璃奈「……こっち!」
璃奈ちゃんは冷静だった。雷撃が出ないほどわずかに引き金を引いて、愛ちゃんを動かすことに成功した。そのまま動いた先の愛ちゃんに向かって今度こそ引き金を引く。
ズキュウウン!!
だけど撃った先に愛ちゃんはいなかった。今度は先ほどと同じくらい素早い動きで回り込み、再び璃奈ちゃんの視界の外に出た。
璃奈ちゃんも察して姿勢を低くしながら振り返る。胴体への攻撃なら避けられただろう行動だけれど、愛ちゃんはさらに上手だった。
ズキュウウン!!
璃奈ちゃんの行動も読んだ上での腰付近をねらった雷撃は、またしても璃奈ちゃんの身体を撃ち抜いた。速度重視の1試合目と比べて、緩急がついた2試合目はますます手がつけられないように感じた。
愛ちゃん、思っていたよりも強い……!
────
──
璃奈「はぁ……はぁ……」ビリリッ
愛「よっしゃ、また愛さんの勝ちだね!」
5試合目が終わった。今のところ愛ちゃんの全勝だ。
決して璃奈ちゃんの動き自体が遅いわけじゃない。10年前とはいえスクールアイドルをやっていたわけだし、研究職であってもゾンビのいる世界で過ごしていれば俊敏性は高くなるだろう。
だけど愛ちゃんはそれどころじゃなかった。こっちの世界の愛ちゃんも運動神経が高いけれど、それと比べてもなお異次元のレベルだった。
愛「どうする?とりあえず5試合やったけど」
璃奈「……勝ち逃げなんて、させない」スチャッ
愛「よ~し、まだまだ遊ぶぞ~!」
こうして試合が再開された。6試合目は璃奈ちゃんの方がデスクを使って戦いをすすめていく。私だったら避けられないような不意打ちをするけど愛ちゃんには届かず、逆に頭がわずかに出た瞬間を狙われて愛ちゃんの勝ち。
7試合目、ここで初めて璃奈ちゃんが愛ちゃんの弾を避ける。その隙をついた見事なカウンターは、惜しくも愛ちゃんに軌道を読まれ、逆にカウンターを受けて愛ちゃんの勝ち。
8試合目、またも璃奈ちゃんは愛さんの緩急ある銃撃を読み切って回避し、再びカウンターに成功する。その雷撃は愛ちゃんの弾で相殺され、青白い光で一瞬視界が曇った瞬間を狙われて愛ちゃんの勝ち。
これで愛ちゃんが8戦全勝、圧倒的な力を見せつける。だけど璃奈ちゃんも、銃開発者としての意地か、それともゲーマーとしてのプライドか、どんどん愛ちゃんに食らいつくようになっている。
このままいけば、愛ちゃんが撃たれることになるかもしれない。
あなた「じゃあ、よーい……どん!」
9試合目が始まった。璃奈ちゃんは愛ちゃんに向かって走っていく。愛ちゃんもまた、璃奈ちゃんの方へ歩いていった。
不意に愛ちゃんがギアを上げて左に動いた。これまた緩急が効いていて私は一瞬見失いそうになったほどだけど、璃奈ちゃんは愛ちゃんの進行方向を完璧に察知して銃口を向ける。少しずつ愛ちゃんの動きが読まれているのかもしれない。
愛ちゃんはそうかと思えば急停止し、姿勢を低くして再度猛スピードで動き出した。そのアクションにも璃奈ちゃんは慌てずに愛ちゃんのことを追っていく。
ズキュウウン!!
愛ちゃんの行動の数手先を見据えたかのような雷撃に、思わず愛ちゃんもやや大きな回避行動をとった。愛ちゃんがすかさず撃ち返そうとした瞬間には、璃奈ちゃんがさらに愛ちゃんに近づいていた。
ズキュズキュウウン!!!!
愛ちゃんが近づいてきた璃奈ちゃんに雷撃を撃った直後、璃奈ちゃんも引き金を引いた。璃奈ちゃんは元から避けるつもりがなかったのか、そのまま雷撃に直撃する。
だけど、避けるアクションを挟まなかったことでより速く狙撃することができたこと、そしてかなり近づいて狙撃したことが功をそうした。
愛「いいね、やるじゃん……!」ビリリッ
璃奈ちゃんの雷撃が、初めて愛ちゃんに届いた。
2人の銃からマガジンを回収して充電をする。それまではその間特に会話もなかった2人だけど、初めて璃奈ちゃんが愛ちゃんに声をかけた。
璃奈「普通の動きとは思えない。Sランクの討伐経験、ある?」
愛「う~んどうだろ……相手が何ランクか一々気にしてられないからなあ」
璃奈「反射神経はエマさんにも勝ってる気がする。いつもその動きができれば、きっとSランクも問題ないはず」
愛「今日はなんだか調子がいい感じがするし、いっつもこうってわけにはいかないけどね」
もしかしたら、この戦いの中で璃奈ちゃんが愛ちゃんのことを認め始めているのかもしれない。
再び仕切り直して試合が始まる。璃奈ちゃんが試合を組み立てているように見えるけれど、最後の方で愛ちゃんに裏をかかれて負けてしまっていることが多い。よくて相打ちで、基本的には愛ちゃんに軍配が上がっている。
けれど、璃奈ちゃんも少しずつ愛ちゃんの攻略ができているみたいだった。最初は圧倒的なスピードに瞬殺されていた璃奈ちゃんだったけど、気づけば試合も長くなり、決着までに時間がかかることも増えていった。
そして21試合目。私の合図とほぼ同じタイミングで璃奈ちゃんの雷撃が放たれる。愛ちゃんは猛スピードでかわして回り込み、璃奈ちゃんの左後方に位置取って銃を構えた。
だけど、構えた銃を愛ちゃんが撃つことはなかった。
ズキュウウン!!
愛「……!?」ビリリッ
愛ちゃんが回り込んだ時、璃奈ちゃんは正面を向いたままだった。きっと愛ちゃんを見失ったんだと思ったんだけど、そうじゃなかった。
璃奈ちゃんは正面を向いたまま右腕だけ動かして、左脇の下から銃口だけ愛ちゃんに向けて、ノールックで狙撃をしたんだ。
愛ちゃんもきっと私と同じく、璃奈ちゃんが正面を向いたままだから見失ったと思ったんだろう。そして攻撃の構えをとった。だけど、だからこそ璃奈ちゃんのノールック射撃への反応が遅れたようだった。
璃奈「これまでのデータから、あのタイミングであの位置に銃撃を撃てば、その位置に移動すると思った」
20試合のデータを集約して、愛ちゃんの動きを完全に見切ったんだ。だからノールックで愛ちゃんに当てることができたようだった。
そのまま璃奈ちゃんは愛ちゃんのもとへ歩いていく。愛ちゃんが持っていた銃を拾って、マガジンを抜いた。これで愛ちゃんの痺れが回復しても攻撃ができない。
そのまま私の元へ歩いてくる。きっと私では璃奈ちゃんには敵わない。だけど今璃奈ちゃんの銃は残弾がない。隙をついて狙撃すれば、当てるまでいかなくても時間は稼げるだろう。
私の目の前まで来ると璃奈ちゃんの銃のマガジンを抜いた。さっき愛ちゃんの銃から抜いたマガジンを入れられればこの距離なら避けられない。私も覚悟を決めて自分の銃に手をかけようとしたとき、璃奈ちゃんが言った。
璃奈「充電、お願い」
あなた「う、うん。わかった」
璃奈ちゃんから2つのマガジンを受け取って充電する。
試合が始まる前、璃奈ちゃんは愛ちゃんを撃って私のことを記憶装置に連れて行くと言っていた。今は愛ちゃんが電撃でやられていて、璃奈ちゃんと私が1対1になる絶好の機会だったはずだ。
だけど璃奈ちゃんは私のことを狙撃しようともせず、試合のことを優先したようだった。
璃奈「今のは勝ったとはいえない。次からは見ないで撃つ方法も警戒されて上手くいかない。本当の意味で動きを読み切らないと、勝ちじゃない」
充電したマガジンを渡した時、璃奈ちゃんはそう言った。
やがて愛ちゃんも復帰して、また試合が再開される。璃奈ちゃんが言った通り、愛ちゃんは1敗を受けてますます集中が高まったようで、璃奈ちゃんの際どい狙撃にも素早く反応してかわしていた。
2人の試合は熾烈さを極め、気がつけば1時間くらい経っていた。やはり愛ちゃんの勝率は圧倒的だったけど、後半は璃奈ちゃんの狙撃が決まることも増えてきていた。
愛「いや~、遊んだな~」
璃奈「はぁ……はぁ……」
しまいには、大きな研究室の真ん中で、愛ちゃんと璃奈ちゃんは大の字になって横になっていた。愛ちゃんも璃奈ちゃんも汗だくで、その姿は河川敷で青春している高校生のようだった。
果林「……どういうことなの?」
後を追ってきた果林さんたちがやってきて、その光景に訝しんだほどだった。
あなた「果林さん、ランジュちゃん、無事だったんだね!」
ランジュ「当然よ!ランジュは強いんだから!」
果林「何とかね。キミも無事でよかったわ……」
あなた「それに、彼方さんやエマさんたちも……?」
彼方「いやあ、あなたのことを襲っておいてこんなことを言うのも変なんだけどさ、ちょっと心配で」
エマ「わたしも……」
ミア「別にボクはどっちでもよかったけどね。もともと侑って子には縁がないし……ただ、放っておくのも何となく気分が悪くてね」
かすみ「……」
あなた「かすみちゃんも、来てくれたんだね」
ミア「ここに来る途中にボクの研究室に寄ったら、かすみがそこにいたんだ」
あなた「ミアちゃんの研究室に?どうして……?」
ミア「ボクの研究室には記憶装置がある。そこに対象の人物を入れると、その人物の記憶を消して、任意の記憶を埋め込むことができる」
あなた「記憶装置のところ?それって……」
璃奈「……私を止めるつもりだった?」
かすみ「……うん」
かすみ「私は2回も先輩のことを狙った。どっちも本気だったし、もし私が勝ってたら先輩の存在は無くなってた。だけど先輩は、2回とも別れ際に私のことを気にかけてくれた」
かすみ「侑先輩じゃないけど、やっぱりこの人は、かすみんの大好きだった先輩にそっくりだから……だからりな子を止めようと思った」
あなた「かすみちゃん……」
璃奈「……かすみちゃん、エマさん、彼方さん、ミアちゃん」
璃奈「巻き込んでごめんなさい」
璃奈「侑さんは私の世界を広げてくれた人。だからあの人がいなくなった時、何もかもが真っ暗になった」
璃奈「どうしても、どうやってでも会いたくなった。こんなやり方、本当は良くないことなんてわかってて、でも止められなかった」
璃奈「だけど今日、久しぶりに何もかもを忘れて熱中できた。全然勝てない相手と真剣勝負をして、どんどん勝ちに近づいていって……」
璃奈「……楽しかった。熱くなった。きっと私と愛さんは、仲良くなるように運命づけられているような、そんな気がしたの」
璃奈「そしてこの人は、上手くいく保証なんてないのに、私のために愛さんを探して、勝算もないのにラボにまでやって来た」
璃奈「この人はすごい人。この人を元の世界から奪ってしまったら、きっと大変なことになる」
璃奈「……許してくれるなんて思わない。勝手にこの世界に連れてきて、危険なことをさせてしまった。本当にごめんなさい」
璃奈「そして果林さん、私と対立してでもこの人を守ってくれてありがとう」
璃奈「私は……計画を諦める」
あなた「璃奈ちゃん……許してくれるなんて思わないなんて言わないで。私は楽しかったよ。10年経ったみんなの姿が見れたことも、こんなに刺激的な世界に来れたことも」
あなた「こんなこと、璃奈ちゃんのすごい研究がなかったら体験できなかったことだよ。元の世界に戻ったら、きっとこの経験をもとにいろんな曲が作れると思うんだ。だからありがとう、璃奈ちゃん」
璃奈「……やっぱりすごい人。私に感謝をしてくれるなんて」
こうして、璃奈ちゃんたちラボのメンバーと、なんとか和解することができた。積もる話もあるから、今晩はラボの食堂でみんなでご飯を食べようなんて話をした。やっと平穏な日々が────
「楽しそうだね」
瞬間、声が聞こえた。果林さんとエマさん、愛ちゃんが素早く声の主に反応して武器をとる。全く気がつかないうちに、研究室の扉のそばに女の人が経っていた。
「同士討ちしてくれたら楽だったんだけど、こうなっちゃったんだね」
あなた「────歩夢……ちゃん……?」
背は少し伸びているし、知っている姿よりもやや痩せていて、目に生気がない。だけどあのシニヨンは間違いない。あの人こそ、この世界の上原歩夢だ。
歩夢ちゃんは私を一瞥するなり言った。
歩夢「……立っている時の重心の位置も、束ねた髪の本数も、左薬指の第一関節から第二関節までの長さも、何もかも違う」
歩夢「ふふっ、璃奈ちゃんたちはよくこんな偽物で満足しようと思ったね」
璃奈「……何をしに来たの?」
歩夢「あれ?最近ずっと私たちの動きを探ってたみたいだし、璃奈ちゃんみたいに頭のいい子ならわかると思ったんだけどなあ……」
声も少し大人びているようだけど、間違いなく歩夢ちゃんの声だ。だけどその口から出される言葉は、どこか毒々しいものだった。
歩夢「だけど、流石にこんなにみんな揃ってるなんて思わなかったよ。特に新旧の討伐隊がどっちもいるのは、いくら私でも少し分が悪いかな」
果林「へぇ……どちらか1人なら何とでもなるような言い方ね」
歩夢「そう言ったんだよ?だけど、計画が少しでも失敗する可能性があるなら、無理をする必要がないもんね」
璃奈「私がこの人を元の世界に戻せばいい。歩夢さんの計画はそれで────」
歩夢「できると思う?そこの女は腐っても侑ちゃんの紛い物なんだから、きっと私のことを放っておかないよ。敵対した璃奈ちゃんに会いに来るくらいなんだから」
歩夢ちゃんの計画……?歩夢ちゃんは侑さんを死の世界から呼び戻すためにゾンビを量産していたって話だったけど、それと私に何の関係が……?
歩夢「今日は仕切り直すことにするけど、次会った時が計画の最終段階だから、楽しみにしててね」
果林「歩夢の目的はわからないけれど、ここから逃げられるとは思わないことね!」
ズキュウウン!!
果林さんが歩夢ちゃんに向かって雷撃を放つ。タイミングも位置取りも完璧だったはずだったのだけど、雷撃は歩夢ちゃんに当たらなかった。
果林「消えた……?」
歩夢ちゃんが、忽然と姿を消してしまったから。
彼方「消えちゃった……」
かすみ「さっきまでそこにいたはずですよね?」
エマ「それに、どうやってここに入ってきたのかな?歩夢ちゃんの気配は、歩夢ちゃんが声をかける直前までどこにも無かったのに……」
ミア「ラボのセキュリティを掻い潜るとはね……」
ランジュ「ランジュにもわかるように説明してよ!何がどうなっていたの?」
あなた「……璃奈ちゃんは何か知ってるんだね?」
果林「計画って言ってたわよね?歩夢は一体何をするつもりなの?」
璃奈「……研究の合間に、ゾンビについてもっとよく知って、より良い武器や製品を作るために、私とミアちゃんで歩夢さんのことを調べてた」
璃奈「そうしたら最近、歩夢さんがゾンビじゃない、真の死者蘇生の方法を発見したことが判明したの」
愛「真の死者蘇生……?」
璃奈「蘇生させたい死者が亡くなった時点での年齢・身長・生年月日が全て一致している人物を依り代にすること。それが条件」
璃奈「ただ、年齢や身長はともかく、生年月日までが完全に一致していることなんてほとんどあり得ない。特にこの荒廃したこの世界で見つけるのは至難の業」
璃奈「まして歩夢さんが蘇らせたい人は、亡くなった時点で10代の女の子。そんな小さい子は基本的に海外に脱出して暮らしているから、よほどのことがない限り見つけることが出来ない」
璃奈「……だからきっと歩夢さんは、私の計画を利用することにしたんだと思う。侑さんと十中八九同じプロフィールを持った存在が現れるのを待っていた」
璃奈「それが、あなた」
身体が思わずぶるッと震える。歩夢ちゃんの目的もまた、璃奈ちゃん同様に私だったんだ。そして私を生贄にすることで、侑さんの復活を企んでいた。
ただ、理にはかなっている。人口が流出したこの世界で女子高生の女の子を片っ端からさらって試すよりは、侑さんと似た境遇を持つ存在が現れるのを待った方が確実だろう。
果林「璃奈ちゃんは、知っていても尚彼女をこの世界に連れてきたのね」
璃奈「私は私で、やっぱりどうしても侑さんに会いたかったから……だから、ごめんなさい」
あなた「ううん、さっきも言ったけど、私はもう気にしてないよ」
果林「私も責めるつもりはないわ。その資格もないだろうし……気を悪くしたならごめんなさい」
璃奈「だけど、私はもう計画を諦めた。だからこの部屋にある異空間転送装置を使って元の世界に戻れば、歩夢さんの計画は崩れる」
あなた「そうなんだね……だけど、それじゃあダメだよ」
果林「ねぇ、歩夢のことなら気にしなくてもいい。私たちで何とかしてみせる。だからキミは元の世界に戻ってもらえればそれでいいの」
あなた「だけど歩夢ちゃんは不思議な力を持っているみたいだよ。もし仮に私が元の世界に帰ったとしても、無理やり装置を起動させてまた私を連れてくるかもしれないでしょ」
あなた「もしかしたら装置を使うために璃奈ちゃんにひどいことをする可能性だってあるよね。だったら私は無責任に元の世界に戻るなんてできないよ」
かすみ「でもでも、そうやって侑先輩のことが危険な場所に行くことを私たちが止められなかったせいで、侑先輩は……」
あなた「大丈夫だよかすみちゃん。私にはみんながいる。みんなで協力して、歩夢ちゃんのことを助けてみせる!」
果林「キミのことだもの。どうせ説得はできないものね……なら私は協力する。歩夢たちの目を覚まさせてあげないとね」
愛「アタシはよくわかんないけどさ、乗り掛かった船ってヤツだし、手伝えるところは手伝うよ」
ランジュ「突然消えてしまうなんて、歩夢ってスゴイのね!決めたわ、ランジュもやるわよ!」
あなた「みんな……」
璃奈「私たちも出来る限り協力する。だけど、この世界には助けを求めてる人がたくさんいるから、ずっとついていって行動することはできないけど……」
あなた「そうだよね。ゾンビ騒動がおさまった訳でもないし、それは仕方ないよ」
彼方「でも歩夢ちゃんはどうやって消えちゃったのかなあ?そこがわからないと、助けるつもりでもやられちゃうかもしれないでしょ?」
璃奈「詳しいことはわからない。でも歩夢さんたちは世界を巡って、死者を蘇らせる方法を探していた。その中で、神話的な力を持つものを手にした可能性がある」
果林「……『神懸かり』ね」
あなた「かみがかり……?」
果林「ラボを出てから少しだけ調べたのよ。世界には神話上で語られる神の力を宿したモノがいくつかあるらしいって」
ミア「国立国会図書館で盗難にあった書物は、そのほとんどが高咲侑に関するものだったけど、残りは神懸かりについて記載されたものだったはず。まさか果林が……?」
果林「そこまではしないわよ。ただ私は彼女たちの日本での足取りを辿ろうとしたの。そしたら有名な神社をいくつも訪れていることがわかってね。その神社にあった文献から見つけたのよ」
エマ「車は盗んだよね?」
果林「……借りただけよ」
彼方「それじゃあ歩夢ちゃんは、その神懸かりの力を使ったってこと?」
ミア「果林が文献を盗んでいないならたぶんそうだね。ボク達が神懸かりについて詳しく知ることができないようにしたんだと思う」
あなた「どんな能力なんだろう?」
愛「見た限りは瞬間移動みたいな感じだったよね?」
璃奈「世界に色々神懸かりが散らばっていて、そのどれもが違う力を持っているみたい。だからどんな力なのかの詳細は不明」
ミア「そもそも、死者をゾンビにして蘇らせるなんて不可思議な力からして神懸かりの力だろうね」
かすみ「つまり、神懸かりの力を2つも持ってるってこと?」
ミア「これは推測だけど、死者蘇生についての力を見つけるために世界を巡って、その道中で手に入れた神懸かりを複数手にしていると見ていいだろうね」
璃奈「きっとしずくちゃんやせつ菜さんも、神懸かりの力を手にしているはず」
果林「つまり私たちは、未知の力と対峙をしなければならないのよね……」
ランジュ「いいじゃない。それくらいのほうがわくわくするわ」
愛「愛さんも燃えてきたよ~!念じたら死んじゃうみたいな力じゃなきゃ、何とかなるって!」
ミア「Unbelievable……ほんと、ラボに乗りこんでくるだけあるよ」
璃奈「それで、どうするの?歩夢さんの居場所はわからないし、能力についても調べがつかない。またいつ襲ってくるかもわからないし……」
彼方「慎重に調べて準備を整えなきゃだよね~。その間に向こうが攻めてきたら大変だけど……」
あなた「……ううん、それじゃあダメだよ。愛ちゃんとの約束を破ることになっちゃう」
果林「ちょっとまさかキミ────」
あなた「待ってなんかいられない。明日、歩夢ちゃん達に会いに行こう!」
かすみ「明日ですかあ!?」
あなた「ラボに来た時と同じだよ。向こうに万全の態勢を整わせる前にこっちから出向けばいいんだ。そうすればこっちにも勝機はあるよ」
エマ「でも、場所だってわかってないんだよ?」
あなた「そうなんだけど……でも、何となくわかるよ。歩夢ちゃんの能力が仮に瞬間移動として、その歩夢ちゃんが拠点に起きそうな場所。璃奈ちゃんを持ってしても、突き止められないような隠れ家になりそうな場所」
あなた「そして、わざわざシニヨンを作るくらい、あの当時の侑さんに縛られている歩夢ちゃんがアジトとして選びそうな場所────」
彼方「そこって……?」
あなた「────虹ヶ咲学園跡地だよ」
果林「……」
愛「ニジガク?でもあそこって確か、海に沈んでるはずじゃ……」
璃奈「だけど、あり得るかも。かすみちゃんたちがパトロールしていても見つけられなかったのも、海の上なら説明がつく。それにあそこは半分水没してるだけで、上の方はまだ生きている」
ミア「だけど、あんな海の上で生活できる?」
あなた「魚や貝を獲ることはできるだろうから、不可能じゃないとは思うよ。電気や火とかをどうしてるかはわからないけどね」
あなた「……本当はある程度調べがついていたんじゃないかなって思うんだけど、どうして話してくれなかったのかな、果林さん」
果林「……キミ、時々怖いくらいね」
果林さんは観念したようにそう言った。
あなた「やっぱり知ってたんだね。もう、全部話してくれるって言ってたのに……」
果林「知っていたといえば嘘になるわ。私も1年間歩夢たちの足取りを追っていて、そうじゃないかと思っただけなの。確証がなかったから、居場所が分からないといった言葉に嘘はないわ」
果林「でもどうして私が知ってるんじゃないかって気がついたの?」
あなた「果林さん、初めて会った日に虹ヶ咲のことを教えてくれたよね。歩夢ちゃんは虹ヶ咲の跡地にいるんじゃないかって思った時に、その時言ってた言葉を思い出したんだ」
果林【かつての私たちの学び舎は、攻撃を受けて半分水没してしまったのよ。今ではあそこに渡る手段は船しかないわ】
あなた「あそこに渡る手段は船しかない。逆にいえば、船さえ使えば向こうに行く手立てがあるってことを知ってる言い方だよね。それも、推論でもなく断定した言い方だった」
果林「言葉の綾かもしれないでしょう。そもそもこの世界に船があるかどうかもわからないでしょうに」
あなた「ところがそれも果林さんが教えてくれたんだよ」
果林【このコーヒーもね、日本で生産しているのよ。気温などの条件が厳しくて、小笠原諸島まで遠征して研究開発したらしいわ】
あなた「そんなところに行くんだもん。飛翔機なんかじゃ飛んで行けない。だからきっと船はあるはずだよ。まして小笠原諸島よりもずっと近い、あの場所にいけるような船はね」
果林「……まいったわね、私の負けよ。キミが極力興味を持たないようにあえて黙っていたわ」
ランジュ「じゃあ本当に海の上なのね!」
果林「確証がないのは本当よ。だけど、歩夢たちの動向を追っている時、昔あった風変わりなおばあさんに再会してね。その人が言っていたわ。虹ヶ咲に向かっていく船を見たことがあるって」
果林「この世界でそんなことをするような人、歩夢たちくらいしか考えられないもの」
愛「明日は海の上で未知なる力と対決だね!」
あなた「向こうが攻撃してくるのならそうなっちゃうかな。本当なら説得して和解したいところだけどね……」
ランジュ「話を聞いてもらうなら動きを止めるしかないもの。だったら対決になるわね」
果林「ふぅ、腹を括るしかないみたいね……璃奈ちゃん、急で申し訳ないのだけれど、すぐに用意できる船はあるかしら?」
璃奈「海上調査に使ってる船は、みんな手元にはない。今から作ると、少なくとも1ヶ月はかかる」
あなた「1ヶ月で出来ちゃうのもスゴイけど、流石に今そこまで待つわけにはいかないかなあ」
果林「そうね。向こうが来るのを待っているほうが、勝算は低いでしょうね」
ミア「仮に船が用意できたとして、誰が操縦するんだ?車と同じって訳にはいかないと思うよ」
愛「たぶん慣れれば操縦できると思うけど、1日でマスターすんのはいくらメカニック担当でもちょい厳しいかな」
璃奈「なら、今ある素体を使えばいい」
あなた「今ある素体?」
璃奈「そう。果林さんが持っていった車を、水中でも走れるように改造する。元々海だった訳じゃなくて、道があったところが攻撃で沈んだだけだから、それで目的地までは到達する」
ミア「Got it!それなら1日あれば改造できるね。流石璃奈だ」
璃奈「だけど……私たちが手伝えるのは、今のところそこまで。明日はあんまり協力できない」
かすみ「私たちはパトロールをやめるわけにはいきませんし、りな子たちはラボの研究員たちを放って出られないので……」
あなた「そうだよね……でも、向こうに行けるようにしてくれるだけでありがたいよ!」
彼方「ごめんねえ。もし外の様子が落ち着いていたらすぐに飛んで助けに行くからね」
エマ「わたしも!ビューンって飛んでいくよ!」
璃奈「もし誰かが現着できれば、私も映像を共有してサポートする」
あなた「心強いよ。ありがとう、みんな!」
ミア「それじゃあ早速取りかかろうか。愛、君はメカニック担当なんだろう?それなら少し手伝ってもらえるかな」
愛「もち!あの車はさっきちょこっとイジったから協力できると思うよ。ねっ、ランジュ」
ランジュ「当然よ。あの車の改造なら無問題ラ!」
あなた「あ、あのミアちゃん。もしも出来るならちょっと手伝って欲しいことがあってね……」
果林「私も、間に合うようなら璃奈ちゃんに作って欲しいものが……」
彼方「うんうん、それじゃあ彼方ちゃんはみんなのためにお夕飯の準備を頑張っちゃおうかな~」
かすみ「私も行きます。かすみんのより美味しいコッペパン、先輩に作ってみせますから」
エマ「わたしも、素敵な紅茶を用意しなきゃね」
それからは大忙しだった。璃奈ちゃんたちが車を改造してくれている合間に、ちょっとした打ち合わせをした。その間キッチンでは彼方さんを中心に料理が次々と出来上がっていたようだった。
その後みんなで食卓を囲んでご飯を食べる。私の世界のみんなの話をしたり、異空間についての興味深い話を聞いたり、ラボの研究員の人たちと交流をしたり、とても楽しかった。
夜もふけて、研究がある璃奈ちゃんたちを除いて、先に私たちは寝ることにした。車は最終調整中とのことで、ラボの仮眠室を使うことにする。
果林「……ありがとうね」
寝る直前、果林さんに声をかけられた。
果林「こんなふうに璃奈ちゃんやかすみちゃん、エマや彼方と話したり食事をしたりできるようになるなんて、正直もう出来ないと思ってたの」
果林「キミが来て本当に世界が変わったわ。だからありがとう」
あなた「……ふふ、まだ早いよ果林さん。明日には歩夢ちゃんたちともそうなると思うからさ」
果林「……そうね、そうなるように頑張りましょう」
あなた「うん。じゃあ、おやすみなさい」
果林「ええ、おやすみ……」
そう言ってしばらくの沈黙。気づけば意識が少しずつ、夢の世界に誘われていった。
────
──
菜々「全く、こんな状況で単独行動なんて……」
歩夢「ごめんね。ちょっとだけどうなったか興味があって」
菜々「無事だったのですから問題はありませんが……しかし、果たして上手くいくでしょうか?」
歩夢「来るよ。早ければ明日にでも」
しずく「どうしてわかるんですか?」
歩夢「わかるよ……あの子は全然違うけど、それでも別世界の侑ちゃんなんだから。それに、来るための情報は全部向こうは知ってるはずだもん」
菜々「来た時は、私たちで足止めをすればいいんですね」
歩夢「お願いするね。あの子を私の元に連れてきてくれればそれでいい。そうすれば、目的は達成されるから」
歩夢「ついに、ついに会えるよ……ねぇ、侑ちゃん……」ナデナデ
────
──
─
今日も私は山を登る。
この夢の最後に侑が落ちていくことを、頭の片隅では知りながら、
それでも侑と一緒にいる時間がたまらなく尊く、愛おしくて、
何を言っているのか、朝になれば思い返せないような会話をしながら、山を登る。
侑もきっと運命を知りながら、その場所へ向かって歩を進める。
そして今日もまた、侑は私の手を離れて落ちていく。
10年間、毎日毎日、落ちていく。
────
──
─
果林「はっ……はっ……」ガバッ
いつも通りの朝を迎える。けれど飛び込んできた風景はいつも通りじゃない。見上げたラボの天井は、私の日常が少しずつ変わり始めていることを示していた。
ふと横に目をやるとあの子の姿がない。昨日までの私なら、心配と不安で大慌てだっただろう。だけど今は違う。あの子は私の想像よりもずっと強く、芯のある子なのだ。
今度は身体を起こして周囲を見る。ランジュと愛が寝ている姿が見えた。反対側を向くと、エマや彼方、かすみちゃんの姿も見える。この3人は個人の部屋もあるのだけれど、昨日はみんなで寝ようと言う話になってここにいる。
璃奈ちゃんやミアの姿はない。研究職の2人はほとんど研究室にこもって研究や開発をしていて、眠くなった時に寝ているみたいだ。昨日も遅くまで作業をしていたし、本当に忙しそうだ。
ゆっくりと、なるべく音を立てないように起き上がる。そっと部屋を出て廊下へ出る。こんな世界でもなかったら、朝の空気を吸いに外に散歩に出たことだろう。とりあえず目が覚めてしまったので、1階の展示エリアに赴いてみる。
1階に降りると、コーヒーの香りが漂ってくる。一角にあるカフェコーナーで、あの子の姿を見つけた。
あなた「ああ、おはよう果林さん」
果林「おはよう。ずいぶん早いのね。何をしていたの?」
あなた「ちょっと考えがあって、ミアちゃんに協力してもらったことがあってね。その調整みたいなとこかな」
果林「考え……?」
あなた「うん。歩夢ちゃんは璃奈ちゃんよりもさらに危険そうだし、無策で突っ込むわけにもいかないからね」
果林「歩夢を止められるのは、たぶんキミだけだと思う。キミの策に期待しているわ。でもキチンと寝たの?」
あなた「大丈夫、このくらい平気だから。そうだ、果林さんにもコーヒー入れてあげるよ。ここの機械の使い方は璃奈ちゃんに聞いたんだ」
そう言って彼女はコーヒーの用意を始めた。こんな世界に来てもこれほど順応するんだから、やはり彼女は強い人だ。
あなた「うんできた。はい、果林さん」
果林「ありがとう……うん、美味しいわ」
あなた「どういたしまして。そういえば果林さんは車見た?」
果林「いえ。寝る前に最終調整をしていたらしいのは知っているけれど……」
あなた「私、気になっちゃって起きてすぐ見に来ちゃったけど、完成してたよ。こっちこっち」
私の愛車は1階の展示エリアの左方に駐車していて、璃奈ちゃんを中心に改造をしていた。彼女に手を取られ、その場所まで向かう。
果林「……すごいわね」
一目見て、思わず感動する。ここまで短期間で大幅な改造がされていた。ボディは耐水仕様になっていて、後ろの方には推進力を増すようなジェットがついていた。さらに上部にはすこし機械が追加されていた。
璃奈「おはよう」
ふと璃奈ちゃんの声がした。彼女もまた起きて降りてきたのだろうか。璃奈ちゃんは夜も遅くまで作業をしていたようなのだけれど、いつ寝ているのだろう。
あなた「璃奈ちゃん。おはよう」
果林「ありがとう璃奈ちゃん。また車がカッコよくオシャレになったわね」
璃奈「持てる力を結集させて改造したから、見た目だけじゃなくて実用性もバッチリ。ボディの加工とジェットの搭載で水陸どちらでもぐんぐん進む」
璃奈「車体の上のマシンは水から酸素を作ることができるから、仮に水中に閉じ込められたとしても安心。おまけに見えないけど車体の下にも強力なモーターを積んでるから、緊急時に浮上もできる」
璃奈「タイヤにも加工がされてるから、水面下の地面がデコボコでも問題なく進む。これだけ改造したんだから、きっと海底探索だってできるはず」
璃奈ちゃんが車の説明を淡々としてくれる。声色や表情に大きな変化はないけれど、説明をする璃奈ちゃんがどこか楽しげに感じるのは、彼女が闇を抜けたからなのだろう。
あなた「本当にありがとう、璃奈ちゃん。これなら向こうでもなんとかなりそうだよ!」
璃奈「科学にできないことはない。相手がどんな超常現象を使ってきたとしても、対策できる。どんと来い、超常現象!」
果林「そうね……未知数の力を相手にしても、璃奈ちゃんたちのアイテムを使えば、きっと立ち向かえるはずよね」
私は今まで通り、私のやるべきことを成すだけだ。そのための秘策も、璃奈ちゃんに用意してもらったのだから。
あなた「璃奈ちゃんが起きてきたってことは、そろそろみんなも起きてくるかな?それじゃあまた食堂に行こうか」
ラボ2階の食堂に着くと、何人か研究員の子たちがいた。正直ラボに行く時の不安要素にこの子たちの存在があった。討伐隊の1人が勝手に出て行ってしまったのだから、責められてもおかしくはないと思っていた。
ところが昨日の夕食の際には、それが杞憂だったことを知った。すごく心配をしてくれていたらしく、無事なことをむしろ喜ばれたくらいだった。
彼女たちにも挨拶をして、私たちは朝食の準備を始めた。昨日は彼方が腕によりをかけてご馳走を作ってくれたから、朝くらいはゆっくりしてもらうことにしよう。
しばらくするとミアが姿を見せた。彼女とはラボにいた頃に何度か見かけたことはあるけれど、特別親しいわけじゃなかったから、名前だけであの子の知り合いだとは気づけなかった。
それからゾロゾロと討伐隊のメンバーがやってきた。ちょうど良くパンも焼き上がったところなので、昨晩同様みんなで手を合わせて食べ始める。こんなにたくさんの仲間とご飯を食べられるようになったことは、とても感慨深い。
わだかまりはどこにも感じられず、昨日会ったばかりの愛やランジュも不思議と打ち解けていた。異世界で元々仲間だったというのもあるのだろうけれど、やはり輪を取り持つあの子の存在が大きいみたいだった。
しかし、ずっとゆっくりなどしていられない。朝食をとった後、璃奈ちゃんとミアは研究室に戻ると言った。
璃奈「困っている人たちに頼まれた道具の作成があるから、作業に戻らないと。本当はもっと手伝ってあげたいんだけど……」
あなた「ううん、虹ヶ咲に行けるようにしてくれただけでも十分だよ!璃奈ちゃん、ありがとう!」
ミア「一応通信機だけ渡しておくよ。困ったことがあったらココを押せばボクと通話できるから」
あなた「ありがとう、ミアちゃん!」
かすみ「私たちも一定のルートでパトロールしてて、今日私たちが来るのを待っている人たちがたくさんいるんです」
エマ「昨日も言ったけど、ルートを回りきったら手助けに飛んでいけると思うから、それまでがんばってね」
彼方「彼方ちゃんもラボのみんなのこと見てないといけないから……ごめんねぇ」
討伐隊はかなり忙しく、自由気ままにあちこちを飛び回って、襲われている人を助けるだけが仕事というわけにはいかない。一昨日のかすみちゃんや昨日の彼方が私たちを襲いにきたような、仕事を抱えていることも多い。
だから1日だけ離れて私たちの加勢をするというわけにもいかないようだった。もっとも忙しくさせたのは急に私が抜けて、各々の担当範囲が広まったことが原因なのだから申し訳ない。
あなた「みんなの気持ちは受け取ったよ。必ず歩夢ちゃんたちのことを助けてみせるから」
朝食の片付けをして、いよいよ虹ヶ咲に向かって出発する時が来た。ラボ1階に移動して車に乗り込む。
璃奈「……頑張って」
別れ際、璃奈ちゃんはそう言った。表情は相変わらずあまり変化はないけれど、そこにこめられた想いは確かに伝わった。
果林「……行ってくるわ」
こちらも一言だけ残してラボを後にする。この一言だけで、璃奈ちゃんには伝わったことだろう。
助手席にあの子を乗せ、虹ヶ咲に向けて出発した。耐水仕様に変更されたのに伴って内装も少し変更されていて、愛とランジュも運転エリアにいられるようになった。
あなた「それじゃあこれからの動きを確認しよう。向こうに着いた時の障害は少なくとも3つある。しずくちゃん、せつ菜ちゃん、そして歩夢ちゃん」
あなた「昨日の歩夢ちゃんの様子や神懸かりの話からして、みんな何かしらの超常的な力を使ってくると見ていいと思う」
ランジュ「だけどこっちには武器があるわ。璃奈たちから援助をもらったもの」
愛「アタシが持ってきた武器もまだあるし、それを使って戦えば戦えないこともないっしょ」
果林「あとは誰が誰を担当するかね。昨日と同じように1対1の構図を作っていきたいわね。どんな力かわからない以上、やっぱり1人を相手にして全滅は避けたいところだもの」
あなた「それに歩夢ちゃんの能力が、歩夢ちゃん個人じゃなくて空間そのものに干渉する能力だとしたら、きっと私たちを無理やり分断してくると思う。だから1対1を想定しておいたほうがいいと私も思うよ」
ランジュ「それだと1人余るわね。歩夢に2人がかりで挑むほうがいいかしら」
あなた「どうだろう……歩夢ちゃんは3人の中でもリーダー格みたいだし能力的にもかなり強そうだけど、3人で1番強いかどうかはわからないね」
あなた「だからそこは臨機応変にいきたいところだけど、たぶんそうはならないと思う」
愛「どゆこと?」
あなた「歩夢ちゃんたち3人で宗教組織を作ったってことは、歩夢ちゃんたちを信仰する信者の人たちもいるってことだよね。その人たちがもし虹ヶ咲にいれば、戦闘が増えるかもしれない」
果林「ラボの研究員たちみたいに非戦闘員が大半かもしれないけれど、それにしたって用心にこしたことないわね」
ランジュ「ミアみたいな子がいるかもしれないってことね」
あなた「うん。私の読みが正しければ、ミアちゃんと同じポジションでもう1人と戦うことになると思うから……」
愛「1対1で戦ったあとはどうしよっか?他の戦ってるみんなに助太刀にいったほうがいいよね?」
果林「……できればだけど、その人はそこにとどまってほしい」
ランジュ「どういうこと?」
果林「璃奈ちゃんたちと違って、あの子たちは侑の為に世界を壊してしまった。その負い目は間違いなくあると思うの」
果林「自分たちの計画が上手くいかないと悟れば、その責任をとるようなことをしかねないでしょう。ましてや周りは水に囲まれた陸の孤島……身を投げようとするかもしれない」
果林「それだけは……それだけはさせられないの。世界の敵であったとしても、私にとってはかつて共に高め合った仲間に変わりはないから……」
愛「うん、わかった」
ランジュ「ランジュも構わないわ」
果林「ごめんなさいね……キミはともかく、愛やランジュにとっては赤の他人で、3人のせいで危険な目にたくさんあったでしょうに、彼女たちのためにお願いをしてしまって」
愛「いいっていいって。アタシも昨日初めてみんなと会ったけどさ、上手く言えないけど、みんなとは波長が合う気がするんだ。きっと歩夢たちとも仲良くなれると思うから」
ランジュ「ランジュはゾンビにだってやられていないもの。歩夢たちに特別恨みもないわ」
果林「……ありがとう」
あなた「私からもありがとうだよ。無理やり巻き込んじゃったのにこんなに協力してくれて」
そんな話をしている間に、目的地付近に到着する。この子と初めて会った日にもここに来たが、今はもうあの時とは違う。
果林「じゃあ、行くわよ!」
覚悟を決めてアクセルを踏む。何が待ち受けるかわからない虹学へ向け、水の中へ。
あなた「わあっ……!」
車の全身が全て水の中に沈み、眼前に広がったのは海底に沈んだ都市の姿だった。道路はやはり総攻撃のせいかボロボロだけれど、意外と標識や建物なんかはそのままの姿で残っていた。
愛「まるでSFの世界じゃん!」
あなた「そうだね。崩壊した文明の跡地を探索みたいな感じで、ワクワクするよ」
ランジュ「外を歩いてみたいくらいね!」
水没した建物の間を、魚たちが泳いでいるのがとても幻想的な光景だった。そして魚以外にも、水の中に取り残されたゾンビたちも徘徊している。おそらくは泳げないCランクの個体だろう。
しばらく楽しい海底散歩を楽しんでいたが、やがて目的地が見えてきた。5年前に姿を消したはずの、虹ヶ咲学園の校門だ。門はそのまま開放されているから、先ほど見たゾンビはここから出てきたのだろう。
あなた「ここまで来て誰もいなかったらどうしよう?」
愛「あはは、いいじゃんそれはそれで。楽しいもん、この海中探索!」
果林「先に進んでみましょう。それでハッキリするでしょ」
再びアクセルを踏んで先へ進む。校舎の入り口のドアは壊れていたので、そのまま中へ。中はある程度吹き抜けのようになっているけれど、水は丁度2階部分まで届いていて、そこまで浮上できれば2階に上陸できそうだ。
果林「こういう時は確か────」
出発前、璃奈ちゃんに教えてもらった操作を実行する。すると車の下の方から音がして、車が徐々に浮き始めた。
ランジュ「きゃあ♡浮いたわ!」
果林「この車の力はこんなもんじゃ無いわよ!」
水面近くにあがってきたところで、さらにアクセルを踏み込む。ジェットの力と改造されたタイヤのパワーで、二階へ続く垂直の壁を登る。
ブウウン!
あなた「うわあ!」
果林「よっと……」
それに加えてこれまで培ってきたドライビングテクニックで、無事に2階のフロアに到達した。
車を降りて、懐かしの校舎に降り立つ。
あなた「運転お疲れ様、果林さん」
ランジュ「最後すごかったわ!あんな壁も登っちゃうのね!」
愛「水の浮力も当然手伝ってはいたんだけど、それにしたってすごいパワーだよね」
果林「感想はそのへんにしておきましょう。私たちはもう敵地にやってきたのよ」
車を出た瞬間から、禍々しい殺意を感じている。昨日歩夢と会った時と似た気配。
果林「……どうやらビンゴみたいね。間違いなくここに歩夢がいる」
あなた「やっぱりそうなんだね……」
愛「とりあえず進んでみよっか」
虹ヶ咲の校舎の中を歩く。あちこちにある窓から外の光がさしていて、電気はないようだけれど真っ暗ではない。
ランジュ「でも、その割には色々機械があるみたいね」
果林「ここに元々あった機械や、外から持ってきたものを分解したりして生活に使っているのかもね。みんな優等生だったから、それくらいできても不思議ではないもの」
あなた「あるいは、そういうのが得意な信者の人がいたのかもね」
果林「────!!」
カツンカツン…
不意に殺気を感知した。廊下の向こうのほうから誰かが歩いてくる。肩くらいの長さの黒髪の女性。おそらく同年代くらいだろう。
あなた「……やっぱりここにいると思ったよ」
「こちらも、報告を聞いてあなたが私を知っているのではないかと思っていましたが、案の定そうなのですね」
愛「何何?知り合い?」
あなた「うん。私のいる世界でスクールアイドルをやっているメンバーの1人で、ランジュちゃんの親友────」
果林「えっ……!?」
ランジュ「────三船栞子よ」
果林「栞子……確かランジュが日本に来たのはその子を探すためだって言ってたわね」
ランジュ「そうよ。でもどうしてこんな所にいるの?ランジュ、何度も連絡したじゃない!」
栞子「ある程度察しはつきませんか?私は何としてでも、姉さんにもう1度逢いたいんです」
あなた「もしかして薫子さんは、もう……」
栞子「私が生きていることに絶望して、姉さんと同じところへいこうとした時、手を差し伸べてくれたのが歩夢さんでした」
栞子「もう1度姉さんに逢える……その為なら私は何だってやります。歩夢さんの仰せのままに」
そう言って栞子といった子が、おもむろに杖を取り出した。かすみちゃんのマジカルステッキのような長めの杖で、先端には緑色に光る球体がついている。
栞子「侑さんの器だけお通りください。それ以外の方は、ここで私の相手になってもらいます」
ランジュ「……ここはランジュに任せてちょうだい」
果林「いいのね?」
ランジュ「相手が栞子だもの。ランジュが止めなきゃ誰が止めるのよ」
栞子「……人の話を聞かない癖はまだなおっていないのですね、ランジュ。私は器以外通さないと言ったのですよ」
栞子はそう言うと、持っていた杖を上にかかげた。次の瞬間、
あなた「……嘘」
1階を埋め尽くしていた水が、柱のように浮き上がってきた。
果林「もしかしてあの杖……神懸かり!?」
栞子「やはり神懸かりについてある程度は知っているのですね。これもあの人の報告にあった通り、果林さんが各地を巡ってたどり着いたのでしょう」
栞子「まあ少し違いますが、おおかた正解ですよ。厳密に言えば杖ではなく、この宝石が神の力を持っているのですが」
ランジュ「その色……夜明珠ね」
栞子「流石にランジュは知っていますか」
愛「これが、神懸かりの力……!!」
栞子「当然、これだけではありませんよ」
そう言うと、今度は杖を手前に振り下ろした。その動きに呼応するように、水の塊が私たち目掛けて飛んでくる。
愛「逃げるぞーっ!」
愛が私とあの子の手をとって全速力で走る。相変わらず頼もしいほどの反射神経だ。
あなた「果林さん!道案内お願い!」
果林「えっ……?」
あなた「どこにどう逃げるか、果林さんが全部決めて!」
果林「わ、わかったわ!じゃあこっち!」
あれほどの力を前にランジュを置いていくことは少し不安があった。だけどもう覚悟を決めたのだ。ランジュを信じるしかない。
あなた「必ず生きてまた会おうね!」
ランジュ「無問題ラ!ランジュに任せない!」
バシャーーン!
大量の水が廊下に叩きつけられ、やがてランジュと栞子の姿は見えなくなった。
栞子「逃しましたか……」
ランジュ「元々逃す気だったでしょ?」
栞子「へぇ、よくわかりましたね」
ランジュ「当然よ。ランジュは栞子の親友だもの」
栞子「夜明珠の力では歩夢さんの悲願であるあの人を傷つけてしまいかねませんからね。それに、足止めする人数は足りていますから」
栞子「それで、私の親友というランジュは、私をどうするつもりなのですか?」
ランジュ「決まってるわ、あなたの頭を冷やしてこんな危険なことをやめてもらうつもりよ」
栞子「危険なことなどありませんよ。私たちには神懸かりの力がある。例えゾンビたちが一斉に反旗を翻したとしても、負けようがありませんから」
ランジュ「……そんなにも凄いものなの?」
栞子「当然です。どうせ私の役割は足止めですから、少し説明してあげますよ。そうすればランジュも、私たちの邪魔をしようとは思わなくなるでしょうから」
栞子「歩夢さんたち……まぁランジュは知らないでしょうけど、彼女たちは神懸かりの力で死者蘇生はできないかと世界中を巡ることにしました。そして日本を出て最初に目をつけたのが中国です」
栞子「中国といえば、不老不死を熱心に探求した国です。秦の始皇帝が不死の薬を求めるあまり、水銀を口にして亡くなったという逸話は有名ですね」
栞子「それだけ死の超越を探求した国ですから、当然死者蘇生に関わるような伝説も残っています。この夜明珠が宿しているのはそんな神の力」
栞子「すなわち、玄武《シェンウー》の力です」
栞子「玄武は亀と蛇を合わせたような神獣で、朱雀や青龍、白虎と共に四神と呼ばれるほど日本でもよく知られた神の1柱」
栞子「そして玄武は、もともと『玄冥』という名で、冥界で神託を受け取って帰ってくるという伝説を持ちます。つまり、死の世界から戻ることができるのですよ」
栞子「歩夢さんたちは旅を続け、遂に玄武の力が秘められたこの夜明珠と出会いました。しかしこの宝珠に秘められていた力は、残念ながら冥界を行き来する力ではなかったのです」
栞子「代わりに秘められていたのは、『天亀水神』すなわち玄武の水の神としての神性でした。この夜明珠を扱えば、先程のように自分の周囲にある水を操ることができるのです」
栞子「いくらあなたが特別で、何でもできるとしても、この力の前では争うことなどできないのですよ、ランジュ」
ランジュ「あら、そのほうがワクワクするくらいよ。ランジュの力であなたのことを支配して、必ず正気に戻してみせるわ。覚悟なさい、栞子!」
栞子「あくまでも私と戦うつもりなのですね、いいでしょう……もっとも勝負はもう決まったようなものですが」
ランジュ「どういう────」
ズオオオォ…!
────
──
あなた「はぁ……はぁ……」
愛「ふぅ、何と撒けたかな?」
果林「もう、私の方向音痴を特殊能力みたいに使わないでちょうだい」
あなた「あはは……でもおかげで上手くいったよ。たぶん栞子ちゃんたちからはだいぶ離れられたと思うから」
愛「そいじゃあ歩夢を探しにいこうか。どの辺にいるのかな?」
果林「そうね……上の方からかなり禍々しい気配がするわ。とりあえず上の方を目指してみましょう」
階段を探して上を目指す。校舎の中は驚くほど静かで、もう少し信者やゾンビと遭遇するかと思ったのだけれど、その気配は感じられない。
果林「これだけ人がはけられているんですもの……ひょっとしたら私たち、誘い込まれたかもしれないわね」
愛「こっちの奇襲が読まれたってこと?」
あなた「……ない話じゃないかも。私が歩夢ちゃんの隠れ家を推測できたんだから、歩夢ちゃんも私の思考を読んできてもおかしくはないよ」
果林「考えてみれば、さっきの栞子の攻撃の時、殺意はあれど明確な攻撃意識は低かったように思う。もしかしたらここまで歩夢の計算通りなのかも……」
そんな話をしている時、再び強い殺意を感知する。静かで、だけど底が深いような敵意。
果林「来るわ……!」
カツンカツン…
黒い長めの髪を片方少し編み込んでいて、眼鏡をかけている。そして手には、弓。
あなた「せつ菜ちゃん……!」
菜々「……せつ菜は死にました」
低く、冷たい声で彼女は答える。
菜々「侑さんが死んでしまった、あの日から」
愛「……ここはアタシに任せて」
果林「任せていいのね?」
愛「うん。殺気の感知はカリンにしかできなさいからさ、アタシがここに残るのがベストだと思う」
菜々「……宮下愛さんですね」
愛「へぇ、覚えててくれたんだ。流石全校生徒の名前を覚えてるって噂があった生徒会長さんだ。スクールアイドルやってたって噂、本当だったんだね」
菜々「あなたほどの有名人、生徒会長でなくても知っていますよ。1シーズンに5つの都大会や予選に出場した選手は宮下さんくらいでしょう。部室棟のヒーローなどと呼ばれていたくらいですから」
愛「あはは、そんなことあったね」
菜々「……私の目的はあの人を歩夢さんの元へ誘導することです。宮下さんが残るのならそれで構いません。ただし────」
1度言葉を切って、菜々は弓を構えた。
菜々「あなたが歩夢さんの元へ行けないよう、この『ニーベルン・ヴァレナス』の餌食になってもらいます。覚悟してくださいね、宮下さん」
愛「いいじゃん、燃えてきたよ~!2人は先へ!」
あなた「愛ちゃん、どうか気をつけて!」
菜々と愛を残して、再び上を目指して先へ進む。
────
──
ズオオオォ…!
最初のランジュへの攻撃で、足元には大量の水が残っています。それを夜明珠で再び浮かせて、そのまま無数の水の弾丸を作り、一斉にランジュに向かって飛ばす算段です。
ランジュ「やるわね……!」
ズキュウウン!!
ある程度距離があるのですが、ランジュは強引に一撃撃ってきました。しずくさんからの情報によれば当たれば30秒ほど動きが停止する雷撃で、その間に私の武器は奪われてしまうでしょう。
射撃の腕は確かなようで、真っ直ぐに私へ向かって飛んできます。
サッ…
とはいえ距離があるので難なく避けられました。しかしそれもランジュは織り込み済みのようです。
ランジュ「ヤッ……!」サッ…
ランジュの攻撃を回避するために弾丸の操作がやや甘かったようで、全方位の攻撃であったものの、うまく掻い潜られてしまいました。
そのままランジュはこちらに向かって走ってきます。近寄れば夜明珠による広範囲攻撃を出せないとふんでのことでしょう。
栞子「甘いですよ、ランジュ!」
再び夜明珠を掲げました。先ほど利用した水を再び持ち上げ、今度は背後から、速度重視の高水圧のカッターを飛ばします。仮に避けたとしても足元の水で足を滑らせれば大きな隙になるでしょう。
バシュゥッ!
ランジュ「栞子なら後ろから来ると思ったわ!」
するとランジュは大きく跳躍し、背後の攻撃を避けました。だけどこの攻撃は仮に避けられても────
ランジュ「えいやあ!」ダッ
栞子「まさかっ……!」
ランジュは濡れた床ではなく、近くにあった柱を蹴ったのです。そしてその勢いのままこちらへ突っ込んできます。
ズキュウウン!!
さらに飛びながらこちらへの追撃。あの状況下でしっかりと私の胸を狙った攻撃……昔から変わらないランジュの天才ぶりは今なお健在みたいでした。
栞子「くっ……」
かがんで雷撃をやり過ごす。ですがその間にもランジュは私の近くの、濡れていない場所に降り立っていました。
ランジュ「これでさっきまでの水の攻撃はやりづらくなったでしょう。今度はランジュの番よ!」
そう言うとランジュは二丁の拳銃を構えました。確かにランジュの言う通り、これだけ近づかれては先程のような大雑把な攻撃は難しいでしょう。
栞子「ランジュの身体能力は確かですね。ですが私もこのままで負けるつもりはありません」
ランジュ「まだ何かあるのね?」
栞子「……玄武は亀の姿をしていることから、攻撃よりも防御のほうが得意な印象を持たれがちです。事実、軍神としての神性は白虎《バイフー》が担っています」
栞子「しかし玄武は漢字で『武』という文字を使用することから、武神としての神性も持っているのですよ。上手く信仰を得られなかったため知名度は低いですが、中国の四神では玄武が最も強いという考えもあるくらいです。つまり────」
夜明珠を振り、水が私の近くに結集する。超高密度の圧縮された水が鎧を形成して私の身体を包みます。
そして杖の周りにも高密度の水が結集して、如意棒のような武器を形成しました。
栞子「────こういうことです」
ランジュ「へえ……栞子も接近戦をしようっていうのね」
栞子「第二ラウンドですよ、ランジュ。これで完璧なあなたを完膚なきまでに叩きのめしてあげますから」
────
──
愛と別れ、再び上階を目指す。禍々しい殺意の方向を目指して進む。
あなた「歩夢ちゃんはどこだろう?」
果林「もう1つ上の階だとは思うのだけれど……それにしても妙ね」
あなた「妙……?」
果林「歩夢ちゃんの気配はするの。だけどいるはずのしずくちゃんの殺気が感じられない」
あなた「出かけているのかな?」
果林「……あまり考えにくいわね。仮にここが歩夢のアジトだとすれば、信者もゾンビもいない状況を作っている以上、私たちの訪問は想定しているはず。だとしたら幹部であるしずくちゃんは間違いなくいるはずなのだけれど」
その時、左の方で何かが光ったような気がした。次の瞬間、
果林「……!!」
ブンッ!
私の目の前で、一閃が振り下ろされた。
あなた「しずくちゃん……!?」
しずく「流石ですね。気配は完全に殺していたつもりですが、かつて討伐隊最強と謳われただけはあります」
果林「ふぅ……ここは私の出番みたいね」
あなた「果林さん……」
果林「正直、歩夢の闇を祓えるなら、それは私じゃなくてキミの役目だと思うの。たとえこの世界の歩夢とは親しくなかったとしても、キミが別世界の侑であるならばね」
果林「それに日本刀相手は少し心得ているから」
あなた「……絶対、死なないでね」
果林「お互いにね……さあ、行きなさい!」
彼女は走り出した。これが今生の別れにならないように、私もまずは目の前の敵をどうにかしなければ。
しずくちゃんは、彼女のことをすんなりとスルーした。恐らくしずくちゃんの役目は菜々と同じく、歩夢の元へあの子を誘うための、私の足止め係なのだろう。
しずく「あの人1人で、本当に歩夢さんに勝つつもりでいるんですか?」
果林「勝ち負けなんて関係ないのよ。あの子の目的は歩夢の説得。力で競り勝つ必要はない」
しずく「尚更無理ですよ。侑先輩本人ならともかく、あの人では」
果林「やってみないとわからないじゃない。あの子と歩夢にしても、私としずくちゃんにしても」
銃を抜いて構えると、しずくちゃんも刀を再び構えた。この世界で日本刀を扱う人間などほとんどいない。エマ以外では1人しかしらないほどに。
果林「私にここの情報を吹き込んだのはあなたね、しずくちゃん」
しずく「……ふふ、流石に気がつきましたか」
果林「これほどの迎撃態勢を整えられたのにも合点がいったわ。そっちはここの場所を私が知っていることを知っていたんだもの。しずくちゃんの変装と演技力で、老婆を演じていたのね」
おまけにしずくちゃんは気配を殺すことができるようだった。長年の生活で手にした感知は、しずくちゃんを目の前にしても尚機能しない。老婆を演じていたときに殺気で気付かなかったのはそういうことなのだろう。
しずく「変装と演技力ですか……2分の1正解ですね。確かに老婆を演じてはいたのですが、変装はこれっぽっちもしていないんですよ」
果林「……どういうこと?」
しずく「この刀の……神懸かりの力ですよ。これを使うと私は変装の必要なく老婆になりきることができるんです」
そう言ってしずくちゃんは刀を私に見せつけるようにふるった。
しずく「果林さんも聞いたことくらいはあるかもしれませんね。この刀の名は────天叢雲剣」
────
──
栞子「はっ……!」ブンブン
ランジュ「やるわね……!」
如意棒による攻撃をランジュに仕掛けて行きますが、流石の身のこなしで避けられます。
ランジュ「ランジュはよくわからないけど、武の神性?みたいなものは確かにあるようね。素晴らしい攻撃だわ、栞子」
栞子「お褒めいただき光栄ではありますが、そう言っていられるのも今のうちですよ」
さらに速度を上げた連撃。しかしこれでもまだランジュを仕留めるには至りません。それどころかランジュは、猛攻を避けながらこちらに一撃を加えようと、銃口をこちらに向けました。
ですがこれは、私の狙い通り。
栞子「……今ですっ!」
ボシュ!
ランジュ「きゃあっ……!!」
栞子「知らなかったのですか、ランジュ。如意棒は伸びるんですよ」
如意棒を形成していた水の一部を球形に変形させ、ランジュに向かって発射しました。バレーのスパイクのような水の弾丸を腹部に受け、ランジュはバランスを崩しよろけます。
その瞬間に如意棒を振りかぶり、ランジュに向かって振り降ろします。これでランジュは────
ズキュウウン!!
栞子「くっ……」
追撃は射撃によって阻まれました。ダメージを受けた直後での正確な射撃。流石にカウンターを狙って攻撃を受けたわけではなさそうですが、やはり一筋縄ではいきませんね。
ランジュ「いたぁい……やってくれたわね、栞子!」
栞子「もう少しダメージを負うと思っていたのですが……なかなか頑丈ですね」
ランジュ「当然よ!ランジュは特別なんだから」
あれくらいのダメージでは意味をなさないとなれば、やはり弾丸を使い切ったところを攻めるのがセオリー。
ランジュは二丁拳銃の使い手で、残弾は右手が1発、左手が2発。これを使い果たしたときがランジュへの最大の攻撃のチャンスです。
とはいえランジュもそれを理解しているはず。となれば残り少ない弾丸はフェイントを交えて使ってくるでしょう。
栞子「やっ……!」ブンブン
そうである以上、ランジュに何かをする隙を与えぬ攻撃を仕掛けることが得策です。そしてこちらが攻めれば、ランジュは私の攻撃を乱すために雷撃を撃ってくるでしょう。そうなれば弾数を減らすことにもつながります。
上から下へ、下から横へ。回転して回り込んでからの振り下ろし。武の神たる玄武の力がこもった鎧を纏っているため、スタミナ切れや攻撃の精度が落ちることもありません。
ランジュがここまでの身のこなしで攻撃を掻い潜るのは想定外でしたが、だとしても私の勝利に揺るぎはないでしょう。
ランジュ「そうね……これならどうかしら?」
ランジュはそう言うと少し距離をとって、持っていた左右の銃から手を離し、別々の手で持ち替えた。
これは二丁拳銃の名手である朝香果林さんのテクニック。おそらく彼女から学んだのでしょう。
確かにこれなら左右のどちらに残弾があるかを惑わせることができます。ですが、ランジュのデータは既に収集済みです。
栞子「その手が通用するか、試してみてくださいよ」
ランジュは私の連撃を危険ととらえたのか、少し距離をとって立ち回りはじめました。本来ランジュは狙撃手なので当然といえば当然なのですが、武の力を手にした私に離れた距離から雷撃を当てるのもまた至難の業でしょう。
そして離れすぎればまた大量の水での物量攻撃も可能になります。この状況下でランジュがあと3発以内に私に銃撃することなど、不可能に近いといえます。
より確実にランジュを仕留めるため、3発打ち切らせるのを待つことにします。元々こちらの狙いは敵チームの分断ですし、焦って攻める必要もありません。
その間にもランジュは、近づいたり離れたりを繰り返して、時折柱の影に身を隠しては現れたりなど、フェイントを織り混ぜています。ですが残弾を気にしてか、なかなか撃ってきません。
ランジュ「やっ!」
かと思えば、時折回し蹴りで牽制をしてきます。水の鎧もあるのでダメージはたいして負わないはずですが、何かランジュに策があると不味いのでここは避けて様子を見ることにしました。
ランジュ「もう……なかなかしぶといわね」
栞子「ランジュこそ、意外と辛抱がきくのですね。もっと考えなしに撃ってくるかと思ってましたよ」
ランジュ「なによう……言ったわね!」
ズキュウウン!!
少し挑発すると、ランジュは弾を撃ってきました。相変わらず射撃のコントロールは正確ですが、距離的にもタイミング的にも、避けるのは造作もありません。
しかしランジュの表情が変わります。まるで私の動きが狙い通りと言わんばかりの表情で口を開きました。
ランジュ「さあ栞子、ここからが勝負よ!」
ズキュウウン!!
ランジュが再び銃のトリガーを引きました。これで残弾は1。柱の陰で銃を入れ替えている可能性を考慮すると、左右のどちらかは現段階ではわかりません。
しかし、これまで正確に私の身体を捉えていたランジュによる弾道が、ここにきて下の方に逸れました。この角度では避けるまでもなく当たることはない────そう思った瞬間、ハッとして下に目をやりました。
私の足元には、水。
やられた!あのフェイントや回し蹴り、そして直前の雷撃は、私をこの場所に誘導するための策だったのでしょう。挑発してのせたつもりが、私の方がのせられていたなんて……!
走っても水源から抜けられる距離ではない。今すぐにでもここから足を離さなければならない。そう考えると同時に身体は動いていました。
栞子「くっ……!」
すなわち、跳躍。立ち幅跳びの要領で水源を抜けるしかありません。しかし、
ランジュ「もらったわ!」
ランジュが右手の銃を構えます。こちらの足が地面を離れれば、ランジュにとっては絶好の狙撃チャンスとなってしまうのです。
先ほどのように水の塊を放出して、飛んでくる雷撃を相殺することもできるでしょう。しかしランジュが右手の銃をフェイントとして使ってきた場合、タイミングをずらされ私に雷撃が当たってしまいます。
ランジュの言った通り、ここからの一瞬の駆け引きが勝敗をわけることになるでしょう。
雷撃が足元の水源に当たる直前に踏み切りました。宙に浮く私の身体と、それを目で追うランジュ。そして次の瞬間、ランジュはつぶやきました。
ランジュ「再见」
その瞬間、私の勝ちが決まりました。
気配を殺すことができ、天叢雲剣の副作用で姿を変えることもできる優秀な諜報員のしずくさんが、ランジュのことを教えてくれました。
ランジュが私を探して日本に来て、今回の目標と合流したうえでこちらに向かっているだろうと言う内容でした。
そしてランジュは二丁拳銃を使うこと、安全装置を解除しなくてすむように改造された銃を持っていることなどを話してくれました。
そしてランジュには、決め弾の時に『再见』と言う癖があることを教えてくれたのです。思えば昔ランジュがシューティングゲームをすると言って付き合わされたとき、クリアの瞬間そんなことを言っていた覚えがあります。
今ランジュは『再见』とつぶやき、トリガーを引こうとしています。つまりこの瞬間こそがランジュにとっての決めの一撃であり、あの右手の銃はフェイントではないということになります。
栞子「終わりにしましょう、ランジュ!」
ランジュがトリガーを引いた瞬間に、こちらも宙に浮いた状態で水を発射させます。これでランジュの残弾はゼロになり、私の勝利が────
────ランジュの弾が出てこない……!?
ランジュ「我赢了(私の勝ちよ)……!」
ズキュウウン!!
栞子「そんな……」ビリリッ
完全にタイミングをズラされ、宙に浮いた状態では避けることもままならず、ランジュの放った最後の攻撃は、私の身体を貫きました。
そのまま着地することもできなくなり、床に倒れ込みます。夜明珠は私の手から離れ、私の身体を纏っていた水の鎧も、ただの水に戻ってしまいました。
栞子「どうして……?」ビリリッ
ランジュ「栞子はランジュの親友だから、きっとランジュのクセを知っていると思ったわ。だから最後のフェイントで混ぜてみたの」
立ち位置の誘導、地形の利用、そして最後のフェイント……全てにおいてランジュにリードされたうえで私は負けました。ランジュの方が何枚も、私より上手だったということでしょう。
ランジュ「これはもらっていくわ」
ランジュはそう言って、私が落とした夜明珠の杖を拾いました。素の私の力でランジュから奪うことはできないのですから、私にはもう争う手段がありません。
ランジュ「どうしてこんなことをしちゃったのよ、栞子」
栞子「……先ほども言った通りですよ。姉さんにもう1度会うには、歩夢さんという方の力を借りるしかなかったのです」
ランジュ「栞子が危険なことをしてまで生き返って、薫子が喜ぶとでも思ったの?」
栞子「そんなの……わからないじゃないですか!姉さんは志半ばで倒れたに違いありません……!どんなことをしてでも生きたいと思っていてもおかしくないでしょう!」
ランジュ「わかるわ。薫子はそんなことを望むような人じゃないでしょう」
栞子「あなたに……ランジュに姉さんの何がわかるというのですか!私は姉さんの妹です!姉さんのことなら何だって────」
ランジュ「妹なのにどうしてわからないのよ!薫子は自由のようでいて、色んな人の助けになるようなことをしてきた人でしょう」
ランジュ「そんな薫子が、栞子に危険な目にあってほしくないってことくらい、赤の他人のランジュだってわかるわ」
ランジュ「歩夢って人たちがどんな人たちかは知らないけど、騙されてゾンビにさせられていたかもしれないでしょう。本当に薫子がそれを望んだなんて、本気で思っているの!?」
栞子「それは……」
よもやランジュにここまで叱責されるなど、想定外です。歩夢さんに力を貸すと決めたとき、そんな葛藤にも折り合いをつけたものだと思っていました。
しかし今ランジュに改めて突きつけられ、わからなくなってしまいます。果たして私は本当の意味で、姉さんに会いたいと思っていたのだろうか……
栞子「……くしゅん」
ランジュ「たいへん!びしょびしょだから風邪をひいてしまうかもしれないわね……でも無問題ラ!果林の車にはお風呂もあるって聞いたわ!そこであたたまりましょう!」
栞子「えっ……?」
ランジュ「そこで冷静になって、もう1度考えなさい。栞子が本当にすべきことは何なのかを」
ランジュにそう言われ、強引に腕を引かれてお風呂へと連行されていきました。
────
──
愛「ニーベルン……ってことは、北欧神話かな?」
菜々「おっしゃる通りです。私たちは世界中を旅して死者蘇生の道を探していました。その手がかりの1つが北欧神話です」
菜々「北欧神話には『エインフェリア』といって、戦死者の魂をヴァルハラに送りラグナロクに備えるという伝説があります」
菜々「そしてそのエインフェリア達は、ヴァルハラで戦いの訓練に明け暮れ、死んでは生き返ってを繰り返して終末の戦に備えていたと言われています」
菜々「その力が込められた神懸かりを探していたのですが、結局見つけることはできませんでした。ですがその過程で手にできたのがこの弓です」
菜々「北欧神話の神の力が秘められているということなのですが……」
不意にかいちょーが矢を射った。首を動かして矢を避ける。矢はそのまま後ろの壁に突き刺さった、その瞬間────
ボワッ!
刺さった箇所から、黒炎が上がった……!
菜々「蓋を開けてみれば神ではなく、神と対立した巨人の力、すなわちスルトの力でした」
菜々「……そういえば言い忘れましたが」
ビュオゥゥ…!
気づけばアタシの目の前に炎が迫ってきていた。
菜々「ニーベルン・ヴァレナスの炎は二段構えです」
愛「っぶない!」
炎の一閃をギリッギリでよける。炎は真っ直ぐ矢の刺さってる場所まで飛んでった。
菜々「……やはり驚異的な身体能力ですね。まさか初見でこれをかわすとは」
愛「矢の軌道上を時間差で炎が走るって感じだね、やらしい攻撃するじゃん」
矢が当たっても、着弾したときの炎に当たっても、それから時間差の炎に当たってもダメ。考えることが多くなりそうな攻撃だ。
愛「でも納得いったよ。ここで暮らそうと思ったら、電気は既存のものを流用すれば何とかなりそうだけど、採った食材の調理はどうするのか不思議だったんだ」
愛「でも神懸かりで炎を出せるんならそこもクリアできるってことだね」
菜々「料理にも暖を取るにも攻撃にも、炎は何にでも使えます。炎の発見と利用が人類を成長させたと言われるほどですから。その炎を扱う私に、討伐隊でもない宮下さんが勝てるはずなどありません」
愛「言ったな~……じゃあ当てて見てよ。アタシが全部かいちょーの攻撃をよけてみせるから」
菜々「今なおその名前で呼ぶのですか?会長などとっくの昔に退任していますよ」
愛「そっちだって部室棟のヒーローなんて名前掘り出して来たんじゃん。でも言い換えた方がいいなら……そうだね、せっつーなんてどう?」
愛「せつ菜って名前で活動してたんでしょ?結構かわいい感じのあだ名だと思うけどな~」
菜々「……せつ菜はもういないんです!あの人がいないこの世界で、その名を呼ばないでください!」
ビュッ!
せっつーがまた矢を射ってきた。速いは速いけどよけるのはそんなに難しくない。気にしないといけないのは、やっぱり時間差攻撃の方。
……3……4……5
ビュオゥゥ…!
せっつーの指から矢が放たれてからだいたい5秒くらいで炎が駆け抜けた。飛んだ矢の軌道上をキレイになぞって炎が走る。
この5秒っていうのが決まっているのか、それともせっつーが任意で決められるのかはまだわからない。
菜々「どんどんいきますよっ……!」
ビュッ! ビュッ!
こうなった時が厄介だ。どの矢がいつせっつーの手から離れたのかをそれぞれで覚えていないとマズい。しっかり意識してないと、矢を避けたタイミングで避けられない位置に炎が飛んでくることもあるだろうから。
……2……3……4……5
ビュオゥゥ…!
やっぱし射ってから5秒で炎がやってくる。軌道も間違いなく矢のルートとおんなじみたい。
仕掛けがこれだけなら、慣れれば対処できるはず。あとはいかにせっつーに攻撃をやめさせるか。1番簡単なのは武器を奪うってことのはず。
だからこっちも銃で応戦したいところなんだけど、こっちの銃が当たりそうな位置に近づくってことは、せっつーもアタシに攻撃を当てやすくなるってことだ。
……あれ、廊下の隅に矢が落ちてる。でもあんなところにせっつー射ってたっけ?
ふとせっつーの方を見ると、ほんのわずかに微笑んだように見えた。
菜々「その身に刻めっ……!」
────マズい!
ビュオゥゥ… ビュオゥゥ… ビュオゥゥ…!!!
射った瞬間を見ていない矢が落ちている理由。そんなのアタシが来る前にせっつーが射っていたから以外考えられない。
じゃあなんでアタシ達がいない廊下に矢を射る必要があるのか?その理由があるとすればそれは、せっつーが自分で炎が出てくる時間を決められた場合。
アタシ達が必ずここを通るという前提にはなるけど、あらかじめ何本も矢を射っておいて同時に作動するように時間を決めておけばどうなる?
……答えは、今みたいに縦横無尽に炎が行き交うことになる!
下、右、左と下、少し前進してしゃがんで、また下、上、左……ここでジャンプ。
あとほんの少しでも廊下の隅の矢に気づくのが遅れてたら、たぶんこんな冷静にはよけられてない。
菜々「……ここまでとは思いませんでしたよ宮下さん」
せっつーが何か言ってるけど、それどころじゃない。集中して行き交う炎を避けないと……ってヤバい、このタイミングでジャンプさせられたら次は左右から炎が……!
愛「くぅぅ……えいっ!」
とっさに腹筋にぐっと力を入れて脚を持ち上げる。その勢いで、何とか炎が当たらないように身体を捻った。
菜々「そんな……くっ……!」ビュッ!
せっつーはこの一連の流れで確実にアタシを仕留められると思ってたのか、連撃はここで止まった。すかさず追撃の矢を射ってくるけど、倒れながらもそれをよける。
菜々「想像以上ですね、まさかここまで……」
愛「あはは、このくらいよけらんなきゃこの国で生きていけないよ」
せっつーはかなり驚いているようだったけど、別に戦意を失ったわけじゃないみたいだった。ならどうにかしてせっつーに隙を作るしかない。
愛「今度はこっちからいくよ、せっつー!」
銃をしっかり握って、せっつーに向かって走る。まずはこっちより長い射程を持つせっつーに近づかないと始まらない。
そしたらせっつーは後退しながら矢を射ってきた。時間差攻撃はせっつーの任意で時間を決められることがわかったから、もう秒数を数えたりはしない。
だけど警戒はしっかりしないと。着弾時の火柱は今のところそれほど脅威には感じられないけど、アレもせっつーが自由に大きさや範囲を調節できる可能性だってある。
そして近づけば近づくほど、せっつーの矢を避けにくくなってしまう。当たれば矢と火を同時に受けちゃうことになるから、下手をすれば死んじゃう。
でも、そういう逆境がある時こそ燃えてきてしまう。昨日りなりーと対峙した時と同じように。
愛「みなぎってきた〜!!」
菜々「……!!」
テンションが上がると、不思議と身体が軽くなる。また1つギアを上げたら、せっつーは驚いたような顔でさらに後退した。だけどその差は縮まってきている。
菜々「大したものですね……運動能力が高いことはわかっていたつもりですが、まさかここまでかわされるとは……」
愛「えへへ、褒めても何もでないぜっ」
敵対している人物に褒められるのもまたテンションが上がる要因だった。1つ、また1つと、まるで重りを外していくかのような気分になってくる。
菜々「ですが、これ以上は寄らせません!」ビュッ!
せっつーがまた矢を射ってきた。火柱や軌道に注意しながらそれを避けようとした時、ふと気がついた。
飛んでくる矢のスピードが、みるみる落ちていくように感じたんだ。
高校生だった時、スポーツが好きでそれなりにできたから、助っ人を頼まれることが多かった。夏の大会に5つの種目で出場したこともあるくらい。
その時に何回か、特に敵がかなり強くて崖っぷちの状態の時に、周りの動きが遅くなったように感じたことがあった。
俗に言う『ゾーン』ってやつだったのかもしれない。
アタシ1人がゾーンに入ったところで、チームスポーツで勝ち上がれるほどではなかったけど、その瞬間の清々しさのようなものは何となく今も記憶に残ってる。
それと同じようなことが今起こってるんだ。矢のスピードに目が慣れただけなのかもしれないけど、さっきまでよりもかなり余裕を持ってよけることができるようになった。
今ならせっつーに雷撃が当てられる。そう直感できた。だけどせっつーが後退して逃げている間にゾーンの集中が切れるかもしれない。
そうならないように、こっちが展開を組み立てないと。
菜々「しぶといですね……!」ビュッ!
またせっつーが矢を射った。そのスピードもまたやけにゆっくりに感じる。
気がついたらアタシは、せっつーに背を向けていた。
菜々「何を……?」
頭で理解する前に身体が動いたような感じで、飛んできた矢の真ん中を右手でしっかりと掴む。
そのまま勢いを殺さないように身体を捻り、遠心力も使いながら、せっつーのほうに投げ返した。
矢は着弾してからの火柱と、その後の時間差の炎が特徴だ。だったら着弾する前にこっちがどうにかしてしまえばその脅威も減ってしまう。
菜々「そんな……!」
後退するせっつーの足がとまった。しゃがんで矢を回避する。
その瞬間にはもうアタシは全力でダッシュをしていた。再び立ちあがろうとしているせっつーとの距離がほとんど縮まっている。
この一瞬が勝負!銃の安全装置を素早く外して構える。逃げることを一旦諦めたようなせっつーと目があった。負けじと弓を構えてカウンターを狙っている。
ズキュウウン!!
ビュッ!
お互いの射撃をお互いが避ける。すかさず追撃を狙うけどせっつーはその瞬間的な隙を見てバックステップで距離をとりながら次の矢の用意をした。
だけどその瞬間に、さっきの矢の軌道上を炎が走り抜ける。アタシが掴んだ位置でUターンをして、まるでブーメランみたいにこっちに飛んでくる。
菜々「くっ……」
本来なら自分がその軌道上に入ることはないだろうせっつーが、大きく身体をそらして炎を避けた。慣れないことをしたせいか少しバランスを崩して身体が揺れた。
ズキュウウン!!
そこを狙った2撃目、決まっていてもおかしくはない狙いの攻撃だったけど、
菜々「うおおおお……!!」
せっつーもまた気迫のジャンプ、2撃目を飛び越えた。そのまま矢を射ってアタシの3撃目を封じるつもりみたいだ。
今のジャンプ、きっとせっつーもアタシと同じゾーンに近い状態にいる感じがした。直感的に、今のせっつーには雷撃は通じないと思った。
菜々「やっ……!」ビュッ!
そのまま宙で矢を放つせっつー。少しだけ距離を取られてはいたけど、アタシは構わずにせっつーに突進した。
矢は相変わらずゆっくりと飛んでくる。そのまま顔を20度くらい傾けて矢を避ける。矢はアタシの左耳のすぐ近くを通過したけど、アタシをかすめることはなかった。そのおかげでスピードは全く減速しなかった。
雷撃をやめたアタシの狙いは今この瞬間、矢を放った直後に宙に無防備に晒されたせっつーの右手!
パシッ
菜々「何を────」
愛「楽しかったぜ、せっつー、だけどここはアタシの勝ち!」
菜々「もしかしてこの構え……一本背負い……!?」
ズドンッ!
────
菜々「んん……うぅ……」
愛「おっ、せっつー起きた?」
菜々「あれ、私……」
愛「いやあ、愛さんちょっとやりすぎちゃってさあ、せっつーしばらく失神しちゃってたんだよね」
菜々「ああ、そうだったんですね……って宮下さん!?どうしてここに?」
愛「あちゃあ、もしかして記憶まで飛んじゃった?」
菜々「いえ、そうではなく……私を倒したのですから、果林さんたちを追っていくものだと思っていたんですが……」
愛「ああ、それはカリンと約束したから」
菜々「約束?」
愛「そっ。もしかしたら責任を取るなんて言って自殺しちゃうかもしれないから、倒した人のことを見張っててほしいんだって」
菜々「でも、だからといって他の方たちがやられてしまえば元も子もないのですよ。それなのにどうして……?」
愛「ん〜……アタシも明確な言葉で言い表せないんだけどさ、たぶん信じてるんだよ。カリンたちのこと」
愛「カリンもあの子も付き合ってまだ日が浅いけど、自分の運命と必死で戦ってる感じがした。自分のことがどうなっても周りを救いたいっていう意志を感じた」
愛「そういう芯が見えたから、ああ、任せられるなって思ったんだよね。根拠はないけど、やり遂げられる気がするっていうか」
菜々「なるほど……感覚だけでそこまで人を信じられるなんて、ギャルとは恐ろしいですね」
愛「よしてよ、もう20半ばだぜ」
菜々「宮下さんがここに残った理由はわかりました。ですが宮下さんとしてはそれでよかったのですか?」
愛「ん、どういうこと?」
菜々「その……私たちのせいで世界は壊れてしまったことに対して恨みや妬みがあれば、私たちが自殺してしまおうが宮下さんは構わないようにも感じるのですが……」
愛「……アタシもさ、なんとなくわかるから」
菜々「えっ……?」
愛「せっつーたちとは状況が逆だけどさ、アタシには絶対に死んでほしくない人がいて、その人のためなら何だってできるんだ」
愛「その人は、血は繋がってないけどおねーちゃんみたいな人でね、昔から病気がちだったから国外に逃げることができなかった」
愛「だからおねーちゃんを守るためにアタシもこの国に残った。おねーちゃんのためにゾンビだっていっぱい倒したし、ゾンビに触れて助けを求めに来た人を見殺しにしたこともあった」
愛「もしおねーちゃんが死んじゃったら……もしかしたらアタシも、世界を敵に回してでも生き返ってほしいって思ったかもしれない。それをおねーちゃんが望まないことなんてわかってても」
愛「きっとせっつーたちの絶望はアタシじゃ計り知れないほど深いんだろうから、まるっきりわかるとまでは言えないけど、それでもアタシにはちょっとだけわかる気がするんだ」
愛「確かにせっつーたちは世界をボロボロにしたし、そのせいで犠牲になった人もたくさんいる。でもせっつーたちの気持ちも少しわかるから、死んでもいいなんて思えないよ」
菜々「宮下さん……」
愛「だけどおねーちゃんを危険な目に合わせたことについては反省してよね。それは自殺なんて方法じゃなくて、ちゃんとした罪の償い方をしてほしいってアタシは思う」
菜々「……」
愛「すぐに答えは出さなくていいさ。まだ全部の決着がついたわけじゃないしね。今はもうちょっと横になってなよ。アタシがここにいるから」
菜々「では……お言葉に甘えて」
────
──
果林「天叢雲剣……別名草薙剣で、その昔に怪物八岐大蛇の体内から見つかったとされ、三種の神器の1つと言われているわね」
しずく「へぇ……驚きました。あまり勉強が好きではなかった果林さんがそこまで知っているなんて」
果林「学校の勉強は将来必要になるような気がしなかったから興味が持てなかっただけよ。確実に将来につながるものについてはキチンと勉強くらいするわよ」
しずく「なるほど。将来、つまり私たちと戦うことになる日が来ると思っていたわけですね」
果林「ええ。各地の寺院や遺跡を巡って、あなたたちの痕跡を追ったのよ。その過程で色々と勉強したわ」
しずく「では私たちが何を求めて旅をしていたのか、ある程度は知っているのですね」
果林「あなたたちが日本で探していたのは、イザナギの伝説ね」
しずく「ご名答です。はるか昔、イザナギは妻であるイザナミを求めて死後の世界である黄泉の国へと赴き、一悶着あったうえで生還しました」
しずく「そのことから、復活を果たすことを『よみがえり』と呼ぶようになったほどですね」
果林「イザナギの神懸かりが見つかれば死後の世界と繋がれると考えたわけね」
しずく「ええ。最も伝説になぞらえるのであれば、死後の世界の侑さんがこの地に戻ることはないのですが」
しずく「ともかくイザナギの神性を持った神懸かりを探していたのですが、結局のところみつかりませんでした。そしてその時見つけることができた神懸かりがこの一振りです」
果林「確か八岐大蛇を対峙したのはスサノオノミコトだったわね」
しずく「またしても正解です。この刀はスサノオが如き武の力が秘められています。後に見つかる夜明珠やニーベルン・ヴァレナスと比べると派手さにはかけますが、手にしたものに英雄的な力を授けます」
しずく「ところがこの天叢雲剣、なかなか厄介な妖刀でして、手にしたものを乗っ取ろうとしてくるのです。実際に歩夢さんや菜々さんはこの刀を扱うことができませんでした」
しずく「ですが私だけは、文献を読み込みスサノオノミコトの心情を理解し、彼になりきることができる私だけは、この刀を振るうことを許されたのです」
しずく「ですがこの身体でこの刀を扱うには戦闘の経験値が足りないようで、戦いのために使おうとすると、それを補うために私の身体は────」
しずく「少し老けます」シワシワ
しずくちゃんが刀を構えたとたん、身体にシワが刻まれた。みるみるうちに、以前会ったお婆さんの姿へと変わっていく。
しずく「それでは参ります」
声もしずくちゃんのものではなくなった。それにしずくちゃんは殺意を消すこともできる。なるほど通りで私が彼女の状態に気がつけないわけだ。
神懸かりによって英雄的な力を手にしたと言うしずくちゃんだけど、果たしてその老体でうまく戦うことができるのか……なんて考えは、瞬く間に覆される。
しずく「はっ……!」ブンッ!
疾い!運動能力がずば抜けていたエマよりもさらに疾い。それに天叢雲剣は当然真剣で、しずくちゃんは峰打ちなんて真似もしない。
当たれば間違いなく死ぬでしょう。
ズキュウウン!!
牽制の意味で1発。しずくちゃんはいとも簡単に避けてしまった。キチンと当たるビジョンを描いて有効に射撃をしなければ、あのスピードのしずくちゃんに当たることはない。
だけど私にとって一番厄介なのは、スピードでも、真剣峰打ちなしなら攻撃でもない。これだけの殺傷能力を持った攻撃を感知できないことだった。
普通なら、多少背を向けようと物陰に隠れようと、相手の位置関係や攻撃のタイミングは目視しないでも感知できていた。
ところが今回はそれができない。結果としてしずくちゃんから目を離すことはできないから、動きがだいぶ再現されてしまう。
しずくちゃんに有効そうな策は思いつくけれど、それが実行できるかどうかと実際に有効かどうかは別の話だ。
果林「まいったわね……私にとっての天敵じゃない」
視界にとらえていればかろうじて避けられるけど、あまりの疾さで一瞬でも姿を見失えば命はない。それは何とか避けないと。
幸いにも装備は万全だ。愛用の銃の他にも今回は予備の銃まであるからマガジン交換の手間はかからない。愛からもらった武器もあるし、璃奈ちゃんに作ってもらった切り札もある。
とはいえ無駄にはできないから、どれをいつ使うか慎重に考えないと。その組み立てをするために少しずつ後退していく。
しずく「距離を取って戦うつもりですね?射程持ちが近距離武器を相手に戦う定石ではありますが……これならどうでしょう?」
しずくちゃんは後退を始めた私を追ってくるのかと思ったのだけれど、逆にその場に立ち止まった。
一旦刀を鞘に戻すと、その場で素早く振り抜いた。次の瞬間、
ズバァァァァ!
果林「嘘でしょ……!!」
刀を振り抜いた衝撃波がこっちまで飛んできた。詳しくは知らないけど漫画やアニメでよくある『飛ぶ斬撃』というものだろう。ギリギリのところでしゃがんで回避する。
その斬撃は私の頭上を通過して壁に当たると、思いっきり壁に傷がついた。アレも当たれば命の保証はないでしょう。
しずく「刀が遠距離攻撃できないとは限りませんよ」
果林「やるじゃない……」
こうなってくると、ますます近距離戦闘は考えられない。そしてなるべくこの廊下から遮蔽物のある場所に逃げ込みたいところだ。
しずくちゃんの気配をとらえられない以上、目を離す可能性はあるけれど、しずくちゃんが刀を振りにくい場所に移動するほうがまだ生存率が高そうに思えたから。
幸いにもしずくちゃんが飛ぶ斬撃を連発してくることはなかった。まだ1度しか見ていないから断定はできないけれど、1度止まって構えてからでないと発動できないのかもしれない。
その後も高速で追ってくるしずくちゃんの斬撃をだましだましよけながら、ある部屋の扉が目に入ってきた。しずくちゃんを視界におさえつつ、その部屋の扉を開ける。
中は美術室のようだった。広めの部屋には机や椅子のほかに、キャンバスやデッサンに使っていたような置物なんかが無造作に転がっている。
これだけ物がごちゃついていれば、しずくちゃんも刀を振りにくくなるかもしれない。もちろん私が物につまづいて危機に陥る可能性もあるから気をつけなきゃいけないけれど。
しずく「逃がしませんよ!」
まもなくしずくちゃんが私を追って美術室に入ってくる。椅子や机で簡単なバリケードを作ろうとはしたのだけれど、そんな時間は全くなかった。
だけどしずかちゃんが来る前に、罠を1つ仕掛けることはできた。
しずく「なるほど……確かにこうも障害物があれば、私の刀やスピードを抑制できるかもしれませんね」
しずく「ですがそれは、神懸かりの力をなめすぎですよ、果林さん」
そう言うとしずくちゃんはフッと息を短く吐いて、ちょうど目の前にあった机に向かって刀を振り下ろした。
ズバッ!
机は木のほかに鉄のような金属が合わさってできていた。その机が、しずくちゃんの刀によって一刀両断されてしまった。
果林「英雄の力と言うだけあるじゃない……」
しずく「このくらい神の力を持ってすれば当然です。ここにある障害物など私が切り刻んでしまいますから、果林さんの身を守れるものなんてすぐになくなってしまいますよ」
場合によっては椅子の足の金属部分で太刀打ちしようかとも思ったけれど、そういうわけにもいかないみたい。
しずく「決めました。果林さんはこの舞台に相応しい芸術作品にしてさしあげましょう……果林さんにピッタリな、情熱的な血の赤を使って」
しずくちゃんは怪しげにそう笑うと、再び刀を振るってきた。椅子も画材もどんどん斬り伏せられていく。動きに関しての制限はできているものの、私が期待した刃の抑制には全く効果がでなかった。
もちろんただそれをボーッと見ているわけにもいかない。しずくちゃんの隙を狙いながらこちらも銃撃で応戦する。しかしややスピードは弱まったとはいえ当たるにまでは至っていない。
どうする?切り札をここで投入しないと危ないかもしれない。だけど今ノッているしずくちゃんには切り札も効果があるかどうかわからない。
できればしずくちゃんが少し動揺したところで有効に使いたいのだけれど、そのためにはどうしたらいいものか……
しずく「時間稼ぎご苦労様でした。この間に作戦を練るおつもりだったのでしょうが……もう私の勝ちは決まってしまいました」
机や椅子などはあらかた斬ってしまったしずくちゃんがそう言った。そして次にしずくちゃんは、教室の隅に置いてあった茶色の大きな袋のところへ歩いていった。
果林「何を……?」
しずく「果林さんが私の刀をかろうじて避けられているのは、私の姿を視認しているからです。今までの戦い方からも、なるべく私を見失わないような立ち振る舞いをしていましたね」
しずく「ですから、こうするんですよっ!」
しずくちゃんはその茶色の袋をもって宙に投げた。そしてすぐさま刀を構え、宙に浮いたその袋を斬った。
バァン!
中に入っていたのは白い粉だった。美術の時に使う石膏の粉末か何かだろう。視界は一瞬で白に染まり────
果林「マズい……!!」
その粉末にまぎれ、しずくちゃんは姿を消した。
しずくちゃんの気配は相変わらず感知できない。後方にいるとしてもどの位置から攻撃が来るかわからない。そして、視界が悪いからあえて前方から攻撃をされても気づかない可能性すらありえる。
私は、ここで死ぬのだろうか。
思えば、侑を殺したくせにのうのうとここまで生きているのがおかしかったのかもしれない。私が死んでしまうのは、罰なのだと考えればむしろ納得できてしまう。
……でも、本当にそれでいいの?
私が死ぬことについてはこの際諦めたとして、そうしたらどうなる?今も私の仲間は戦っているはず。その均衡が私のせいで崩れたら?互角だったはずの戦地にしずくちゃんが加勢して、仲間が負けてしまったら?
何の関係もなかったのに、巻き込まれたあの3人が死んでしまえば、私の罪はまた増えてしまう。そんなの────
果林「────絶対にイヤ!」
最初は敵意の感知なんてできなかった。だけど危機的な状況を何度も乗り越えることでいつのまにか身についたもののはずだ。
だから今しずくちゃんの感知ができないからって、感知を諦める理由にはならない。
研ぎ澄ませない、朝香果林!
今にしずくちゃんの刃が飛んでくるかもしれない。全身を集中させて、少しでも何かを感じ取れるように……
ドクン… ドクン…
自分の心音まで聞こえそうなほど、集中を高める。目は当てにならないから、もう閉じてしまった。そのかわりに耳を、鼻を、全身の神経に集中力を張り巡らせる。
果林「……!」
その時、左の後方でわずかに床を踏み締めるような音がした。そしてその辺りの空気が乱れるような感じがした。
ブンッ!
左後方約34度。猛スピードで突っ込んできたしずくちゃんが振り下ろした刃を、半身を翻してかわす。
しずく「馬鹿な……!」
果林「チェックメイトね、しずくちゃん!」
ズキュウウン!!
回避してすぐのカウンター。これで間違いなくしずくちゃんを仕留めるつもりだったのだけれど、
しずく「まさか、私の殺意が感知された……?」
果林「……しぶといわね」
流石英雄の力……あの距離での狙撃をまさか避けられるなんて想像以上だ。
果林「だけど視界も晴れてきたわ。これであなたを見失わないし、見失わなったとしてもあなたの攻撃は届かないわよ、しずくちゃん」
しずく「いったい、どうやって……」
果林「そんなに難しいことじゃないわ。しずくちゃんの感知ができないなら、空間全体の感知をすればいいのよ。床のわずかに軋む音や、誰かが動いた時の空気の乱れ……全身でそれらを感じ取れば、避けるのも造作もないわ」
少しバッタリを混ぜてしずくちゃんに告げる。またあれほどの集中をできるかと言われれば、絶対にできるという自信はない。だけどさもいつも出来ているかのような言い方をすれば、動揺を誘うことはできる。
そしてその動揺の隙を、私は待っていた。
果林「今度は私が攻める番よ!」
背負っていたリュックから切り札を取り出した。無骨で剥き出しの錆びた金属が見え隠れしている筒状の武器だ。
しずく「……それは?」
果林「あなたたちが日本中を旅してその刀を見つけたように、私もまた日本を旅して探し出したの」
果林「これは日本のある神社の奥地で見つけた、神懸かりの銃よ」
しずく「神懸かりの銃……?ハッタリですね。鉄砲の伝来は16世紀で、それ以前に日本に銃などありません。教科書にも載っていることですよ」
果林「あら、それじゃあしずくちゃんが持っているその天叢雲剣の存在は教科書に載っていたのかしら?神社の隅に封じられていた神懸かりの武器の記載が、教科書にあるとは思えないけど」
しずく「では、何の神の力が秘められているのですか?当然説明できますよね?」
果林「『生弓矢』って聞いたことがあるかしら。しずくちゃんの持つ天叢雲剣の持ち主であるスサノオ神とも関係のある武器なのだけれど」
しずく「……オオクニヌシが根の国から持ち帰ったスサノオの弓矢のことですね。それを使ってオオクニヌシは葦原中国を平定して日本国を創ったと言われています」
果林「流石によく知っているわね。オオクニヌシは国を作る過程で農業や医術を人々に教えたと言われていてね。この銃はそのうちの医術についての神性が秘められているわ」
しずく「医術……つまり撃たれた人が回復するということですか?」
果林「そう都合のいい物であればよかったのだけれどね……神の怪我をも治すこの銃は、人間にとっては効きすぎてしまうの。つまりこの生弓矢の弾丸に当たれば肉体の超再生に身体が追いつかず、逆に爛れてしまうわ」
果林「そんな危険な代物だったから、神社に封じられていたのでしょうね」
しずく「だとしても……それは生弓矢の伝説ですよね。生弓矢は、弓じゃないですか。そんな形の銃の訳がないです」
果林「銃の概念を知らない昔の人が、撃って何かが飛んでいくこれを見て弓と名付けただけのことじゃないかしら」
しずく「……っ」
しずくちゃんの顔に迷いが見え始めた。この銃が神懸かりかどうかに大きな意味はない。ただしずくちゃんが本物かもしれないと少しでも思ってくれるのなら、この銃の役目は十分果たされている。
果林「さて、覚悟なさい!」
ズキュウウン!!
引き金を引いた途端、銃口から雷撃が放たれる。その速度は、私が使っていた愛用の銃のおよそ2倍。
しずく「やはりっ……!!」
さっきまでの話は、しずくちゃんの言った通りハッタリだった。ラボで璃奈ちゃんに相談して用意してもらったそれっぽい見た目の武器で、もちろん神懸かりではない。
そもそも神懸かりが日本を旅した程度でごろごろ見つかるようなら、世界はもっと早くに大変なことになっていたはずだ。
とはいえそれなりの信憑性を持たせるためにはちゃんとした話をする必要があったから、神懸かりを調べる際に得た知識が役に立った。
神懸かりかも知れないと思わせたのは、しずくちゃんの動揺や注意を誘うほかに、斬るかどうか迷わせることができると思ったからだ。雷撃だと思っていれば回避一択だけど、弾丸ならあの刀で斬ることもできるはず。
結果しずくちゃんの意表をつくことができた。さっきまでよりも速い雷撃に対処できずに当たってしまえば私の勝ちなのだけれど、あいにくしずくちゃんはそう簡単に崩れない。
しずく「くっ……!」
得意の高速移動で雷撃を回避する。もちろん私もそれを読んでいるから、すかさず元々持っていた方の銃で追撃をする。
ズキュウウン!!
生弓矢もどきは安全装置がないから連写ができて、普通の銃同様3発まで撃てる。いくらしずくちゃんの動きが疾かろうと、足場には粉や斬られた物が乱雑している状態では、最後まで避けるのは難しいだろう。
ズキュウウン!! ズキュウウン!!
3つの銃をうまく使い分けてしずくちゃんを追い詰めていく。速度も違えばタイミングもズラしているというのに、それでもしずくちゃんは崩れない。
しずく「焦ってきているんじゃないですか?この一連で決められなければ、果林さんの負けですからね!」
そう言ってしずくちゃんは、回避しながら私のことを煽ってきた。だけどこれは余裕のあらわれではない。状況的に不利なのを悟っているからこちらのミスを誘っているんだ。
しずく「それとも、今にでもこちらから仕掛けに行っても────」
そう言ってしずくちゃんがこっちに向かってやってきそうになった瞬間、
しずく「……これは!?」
パーン!
しずくちゃんはバランスを崩して床に倒れた。その瞬間に刀はしずくちゃんの手を離れ、容姿も元のしずくちゃんのものに戻る。
しずく「確かこれは、宮下さんが開発した投擲用の武器……?」ビリリッ
果林「よく知っているわね。これはしずくちゃんがこの部屋に入ってくる直前に床に転がしておいたのよ」
しずく「転がしておいた……どうして?」ビリリッ
果林「どれだけ神の力に頼っていたとしても、扱っているのはしずくちゃんに他ならないわ。だとしたら、しずくちゃんがそもそも持っている能力はそのまま反映される」
しずく「私の能力……?」ビリリッ
果林「これがしずくちゃんが踏んでバランスを崩したその武器よ」
そう言ってポケットに控えていた武器を取り出した。ピンポン球くらいの球形の武器。
しずく「……!!」ビリリッ
果林「そう。あなたは致命的なほどに球技が苦手だった。役になりきっていても抗えないほどにね。私の方向音痴と同じで、それはしずくちゃんに染み付いて離れない能力」
しずく「それじゃああの生弓矢を騙った武器も、私をそこへ誘導するための囮……」ビリリッ
果林「ええ。しずくちゃんがピンポン球のような物が近くに落ちている位置に来れば、球を踏んで倒れると思ったの。これは忌々しい方向音痴といつまで経っても縁が切れない私だからこそ確信できたわ」
しずく「まさか……神の力を持った私が……」 ビリリッ
果林「ねえしずくちゃん……昔いた神々がいなくなったのはどうしてだと思う?」
しずく「……哲学ですか?」ビリリッ
果林「そう大そうな話じゃないわ。私はね、神は完璧ゆえに、それ以上成長することができなかったからだと思うの」
そんな話をしながら、落ちていた刀を拾う。
果林「人間にしてもそれ以外の生物にしても、餌をとる為、仲間を守るため、未熟ながらどうしたらいいか考えて進化をしてきた。だから成長を知らない神の力を超えることもあったんじゃないかと思う」
そう言って刀を、窓の外に投げた。そのまま海に沈み、波に流されて見つけることはできなくなるだろう。
果林「神の力はすごいけれど、未熟な者たちもまた成長や進化をして苦難を乗り越えることができる。そうやって神は淘汰されていった……そんな気がするのよ」
しずく「……私は神の力に頼りすぎたのでしょうか」ビリリッ
果林「だけどしずくちゃんは神じゃない、人間でしょ。これからいくらでも成長できる。そうやってこれから生きていきましょう」
しずく「私を……許すのですか?」
果林「私があなたたちを責めることなんてできないわよ……私があなたたちの人生を、あの子の人生を狂わせたんだから……」
しずく「果林さん……」
しずくちゃんの殺意が消えたのかはわからない。だけど痺れが切れてからも抵抗しない彼女を見て、しずくちゃんは今少しだけ成長できたのだと思えた。
────
──
果林さんと離れ、歩夢ちゃんを探して校内を歩き回る。もしかしたらどこかにゾンビが大量にいるんじゃないかなんて思っていたけど、あの寒気がしないから本当にいないみたいだった。
どこにいるかはわからないから、教室1つ1つ確認していく。机や椅子は当時のものが残っているけど、だいたいが破損したり変色していたりしていた。
中には爬虫類の死体がたくさん転がっているような部屋もあった。ウチの学校はたくさん同好会があるから、そのうちの1つが飼っていたものかもしれない。
そんな変わり果てた校舎を回りながら、ふと導かれるように、ある教室に入って行った。
歩夢「……いらっしゃい」
そこは音楽室。ほこりまみれのピアノの前に、歩夢ちゃんが座っていた。
あなた「歩夢ちゃん……」
私は果林さんみたいに感知はできないけど、歩夢ちゃんの目を見た瞬間にゾクっとするような恐怖を覚えた。その瞳に一切の光はなく、こちらを見ているようで虚空を見つめているような気がした。
歩夢「みんなのことを見捨てて、よくここまできたね」
あなた「見捨ててなんかない。みんなのことを信じて、任せてきたんだよ」
歩夢「……ウ・ソ・つ・き♡」
あなた「えっ────」
その瞬間、今の今までピアノの前に座っていた歩夢ちゃんが、気がつけば私の前に立っていた。私の喉のあたりを、ネコでも撫でるかのような手つきで触って言った。
歩夢「この脈拍、動揺してるでしょ。信じているつもりだけど、もしやられちゃったらどうかを考えると不安でいっぱいになるから、なるべく考えないようにしてるだけ」
歩夢「もし自分が置いてきたせいで果林さんたちが死んだらと思うと、どうかしちゃいそうになっちゃうもんね」
怖い……足がすくむ……この歩夢ちゃんはもう、私の知る歩夢ちゃんの優しさなんて微塵も感じられない。
自分の計画を履行するために、世界の仕組みすら壊してしまった張本人。
でも、私が諦めたら、その計画が実現してしまう。そしてみんなにも会えなくなる。そんなのは、絶対に認められない!
あなた「……!!」
ズキュウウン!!
歩夢「もう、危ないなあ……」
密着した状態なら当たると思ったのだけど、またしても歩夢ちゃんは瞬間移動でピアノの前に戻った。
歩夢「本当に私と戦うつもり?」
あなた「……あ、歩夢ちゃんが話を聞かないならね!」
恐怖心が消えた訳じゃない。でも、みんなが信じてここまで連れてきてくれたんだから、私が戦わないと!
歩夢「いいよ、相手になってあげる。だけどこれは没収ね」
あなた「えっ……?」
気がつけば私の耳につけていた通信装置が取られている。昨日ミアちゃんに渡されて、困った時に連絡する手段だったのだけど、歩夢ちゃんは踏んづけて破壊してしまった。
歩夢「これで2人っきりだね」
あなた「ぐっ……」
とりあえず銃を構える。元々ラボのみんなは忙しいから援軍を期待するわけにもいかなかったんだ。予定通り自分で戦えばいい。
策がないわけじゃない。でもその為にはまず歩夢ちゃんの動きを止める必要がある。だから雷撃を浴びせないといけない。
そのためには、歩夢ちゃんが何の神懸かりを持っているのかを知らないといけない。能力は瞬間移動みたいだけど、それを操っている武器か何かを奪えれば戦いは楽になるはず。
歩夢「無理だと思うよ」
歩夢ちゃんが何の脈絡もなく話しかけてきた。
歩夢「私が何かの神懸かりを持っていて、それを奪おうって考えてるよね」
図星だ。流石に違う世界とはいえ私の幼馴染だ。考えていることは読まれてしまう。
歩夢「確かに、ここにくるまでに会ったみんなは、それぞれ持っていた物に神懸かりが宿っていて、それを使って攻撃してきてたよね」
歩夢「だからそれを奪いたいって思うのは自然なこと。だけど私に限ってはそういうわけにはいかないんだ」
あなた「どういうこと……?」
歩夢「ふふっ。敵がそんなことを教えてくれるわけないよね。まあ……でもいっか。知ってどうなるわけじゃないもんね」
歩夢「わかったよ。少しだけ話をしてあげる。私の神懸かりについて」
歩夢「ん〜と……まず私たちが世界中を回って死者蘇生の術を見つける旅をしていたのは知ってるよね?それで私たちは日本、アジア、ヨーロッパと来て、アフリカの方に進出した」
歩夢「目的はエジプト。ミイラやピラミッド、死者の書……エジプトは昔から死に対して色々な考えを持っていたんだよね」
歩夢「そしてエジプトを旅していて……遂に見つけたの。冥界の神であるアヌビス神の神性を。だけど困ったことに、その神性はまだ何にも秘められていなかったの」
あなた「……どういうこと?」
歩夢「普通は武器や宝石なんかに神の力が宿ったものが神懸かりになるの。でもアヌビスの神性はどういう訳か、ある遺跡の最奥でただふわすわと漂っていたんだ」
歩夢「だけど私たちは神懸かりについてたくさん調べたから、その作り方に似たようなものを知っていたの。それにのっとって儀式を行った結果、アヌビスの神聖を宿すことができた」
歩夢「……私自身にね」
あなた「……!!」
なんという執着だろう。神の力をその身に宿すなんて、そんな恐ろしいことを歩夢ちゃんはやってのけたんだ。全ては侑さんを生き返らせる為に。
歩夢「冥界を司るアヌビスの力は、やっぱり死者をこの地へ呼び起こすことだったの。だけど試してみたら、状態は不完全だった」
歩夢「だからたくさん試行錯誤して遂に辿り着いたの。不完全な復活者が真にこの世に顕現できる方法を。でもそれには、対象者と同じ身長、年齢、生年月日の人を生贄にする必要があったの」
あなた「だから璃奈ちゃんの計画を利用して私を贄にしようとしたってことだね」
歩夢「そう。璃奈ちゃんの計画がどうなって、あなたの中身が変わろうと、そのプロフィールは変わらないでしょ。だからどっちみちあなたは侑ちゃんのための生贄になる運命だったの」
あなた「……だけど、歩夢ちゃん自身が神懸かりだったとして、その能力が死者蘇生なら、昨日から使っているその移動法は一体なんなの……?」
歩夢「ちょっとは自分で考えたらいいのに……でもいいよ。今日は特別気分がいいから教えてあげる」
歩夢「死者蘇生はアヌビスの力だけど、もう1つはアヌビス神が宿ったことで覚醒した私の能力。それは、自分を好きなものへと導く力」
あなた「そんな無茶苦茶な……能力が覚醒したなんて……」
歩夢「ふふっ、今さらじゃないかな。神懸かりの時点で十分無茶苦茶でしょ」
歩夢「アヌビスはね、冥界の神ではあるけど、死後の世界を牛耳るっていうよりは、死んだ人の罪をはかったり、冥界へ導いたりするような、そんな神なの」
歩夢「私はその『導く』という神性にあてられて能力が開花したの。そして気がつけば、私が好きだと思う場所に飛んでいくことができるようになった」
この歩夢ちゃんが大好きなもの……そのためなら何をしたって構わないと思うようなもの……そんなの1つしか考えられない。
あなた「高咲侑さん……」
歩夢「そう。だけど侑ちゃんは今この世界にはいない。だから私が侑ちゃんだと思っているものの場所に飛んでいくことができるようになったんだ」
あなた「……私ってことだね」
歩夢「言っておくけど、思い上がらないでよ?私はあなたと侑ちゃんを同一視しているわけじゃない。だけどあなたは侑ちゃん復活のための1番の鍵であることは間違いない」
歩夢「だからあなたの近くへ飛んで行くことができるの」
昨日の移動もそうだったんだ。あの部屋に瞬間移動してきたのは、私があそこにいたからなんだ。
歩夢「そしてもう1つ、この世界で私が侑ちゃんだと認識してるものがあるの」
そう言うと歩夢ちゃんはまたピアノの近くに瞬間移動した。そして、ピアノの鍵盤の上に置いてあった何かを持ち上げた。
あなた「それって……!!」
歩夢「侑ちゃんの遺骨だよ」ナデナデ
歩夢「ふつうの死者蘇生には、誰かの……だいたいは依頼者の血と、蘇生させたい人の身体の一部……髪の毛や血、骨なんかが必要になるの」
歩夢「それは完璧な死者蘇生でも同じ。だからあなたのほかにこの骨だって立派な侑ちゃんの礎なの。だからこの骨にも飛ぶことができる」
歩夢「私の好きなものが今この空間に2つあって、それぞれの半径約7メートルに渡って移動ができるんだ。だから私はこの空間を自由自在に飛び回ることができるの」
あなた「その為に墓をあばいたんだね……!」
歩夢「ピラミッドだって侵入したもん。それくらい何ともないよ」
昨日歩夢ちゃんがラボから消えたのは、ここにあった遺骨に飛んだからだ。それで一応の説明はつく。
こうなってくると最後の問題は、空間を自由に飛び回る歩夢ちゃんにどうやって銃を当てるかだ。全く気づかれない位置から最短で当てるしかないけど、助けも呼べないこの状況でどうすればいいんだろう。
幸いなことに歩夢ちゃんの能力は戦闘向きじゃない。ここで栞子ちゃんがやったような水責めや、菜々ちゃんしずくちゃんが持っていたような武器による攻撃があれば一大事だった。
歩夢「……本当に、あなたはわかりやすいね」
あなた「……?」
歩夢「私の能力に殺傷能力がないからって安心したような顔をしてる……腹が立つけど、あなたのことは手にとるようにわかるみたい」
歩夢「じゃあ、本当にそうか体験してみる?」
また歩夢ちゃんがピアノの前から消えた。と同時に、私の真横に現れた。
ドカッ
あなた「痛っ……!!」ドサッ
気づいた時には顔面を思いっきり殴られて床に叩きつけられていた。頭がガンガンして、口の中は錆びついたような味で満たされた。
歩夢「私だけじゃないけど、こんな世界でサバイバルしてるとね、力がつくんだよ。平和な世界で学生生活を送ってるようなあなたに、このフィジカルの差は埋められない」
あなた「はぁ……はぁ……」
侮っていたわけじゃない。でも歩夢ちゃんは素手でこれだけのダメージを与えることができるんだ。かたや私の武器は、動き回る相手には有効になりにくい銃だけ。
考えないと。その銃を当てるにはどうしたらいいのかを……
歩夢「少しは期待したんだけどなあ」
あなた「き、期待……?」
歩夢「初対面の人を巻き込んで、あの璃奈ちゃんを正気に戻して、こんなところまで来るんだもん。侑ちゃんには及ばないとしても、もっとすごい人なんだと思ってた」
歩夢「だけど実際に現れたあなたは、私にたった1発殴られて他に伏せるくらいあまりにも無力なんだもん。ガッカリだよ」
歩夢「少しは遊んであげてもいいかなって思ってたけど、なんだか飽きちゃった。ヌルゲーってあんまり好きじゃないから……終わらせてあげよっか」
途端に、禍々しい悪意のようなものを感じて吐きそうになる。ここまで重々しいものは、流石に果林さんでなくてもわかる。昨日ラボの1階でエマさんが放った殺気に近い。
歩夢ちゃんにもう1、2回殴られたら意識はなくなっちゃうだろう。そうなれば歩夢ちゃんは私を儀式にかけて侑さんを復活させてしまう。
あれだけ私のことを守ろうとしてくれた果林さんの想いを、私が誘った為に戦ってくれている愛ちゃんやランジュちゃんの気持ちを無碍にすることになる。
そうはさせない。何としてでも、歩夢ちゃんに1発おみまいしなければ!
歩夢ちゃんは私の考えを読むことができる。それは私が歩夢ちゃんの幼馴染である侑さんの別世界の存在だからだろう。
だったら、この世界の歩夢ちゃんの思考を読むことも私にはできるはずだ。歩夢ちゃんが私に攻撃する為に移動した瞬間、その移動先を読んで私が雷撃を撃てば、超至近距離の絶対に外さない射撃をぶつけることができる。
考えろ……歩夢ちゃんは最初は真前に現れて、次は真横に現れた。となればその次は真後ろから攻撃する可能性が高そうだ。私にとっての死角からの攻撃だから、万が一避けられるなんてことも考えづらい。
だけど歩夢ちゃんはそこまで読んでくると思う。それに、この歩夢ちゃんは煽り屋で、嫌味を言ったりすることが多い。
だからきっと、歩夢ちゃんの出現先は、あえての私の真正面……!
歩夢ちゃんが消えるその瞬間にトリガーを引く。
あなた「当たれ……!」
ズキュウウン!!
歩夢「残念でした」
真後ろから、歩夢ちゃんの声がした。
ドガッ!
あなた「がはっ……!!」
肩を思いっきり蹴られ、またしても無様にぶっ飛ぶ。銃はかろうじて落とさなかったけど、もう手に力はほとんど入らない。
歩夢「……頭狙ったんだけどなあ」
あなた「はぁ、はぁ……万が一に備えて、撃った直後に軽くジャンプをしたんだ。また頭を狙ってくると、思ったから……」
歩夢ちゃんの出現位置は読み外したけど、狙いをそらすことはできた。まさか脚がくるとまでは思わなかったけど、仮にジャンプしていなければモロに顔面にキックをうけて気を失っていただろう。
次の3発目、今度こそ当てなければ、銃弾がなくなってゲームオーバーだ。予備の銃もマガジンもあるけど、それに持ち帰る隙を歩夢ちゃんがくれるとは思わない。
次はどう来る?真正面、真横、真後ろときて……次は反対のサイド?でも別に4方向だけとは限らない。斜めからの攻撃を交えてくることだって考えられる。
だけど、きっとこの歩夢ちゃんはしてこない気がする。あえて4方向からの攻撃をして、当てられなかった私を煽りたいはずだ。
そして煽るのに最適なのは真正面。私がさっき外した場所にあえて位置どられれば、余計に私をおちょくることができる。
……の、逆だ。歩夢ちゃんはきっとその辺りまで読んでいるだろう。そしてさっきも私の読みの真逆をついてきた。つまり、連続で真後ろから攻撃、これだ!
ズキュウウン!!
歩夢「言ったでしょ。あなたの考えは手にとるようにわかるって」
またしても私の攻撃は無を貫いた。結果歩夢ちゃんは私の真正面に現れ、私の髪を鷲掴みにした。今度は殴り飛ばさす、こちらが失神するまで殴り続けるみたいだった。
私は、負けた。
歩夢「じゃあね、誰かさん」
歩夢ちゃんは思い切り腕を振りかぶって────
ブルンッ!
あなた「わっ……」
不意に私を掴んでいた手が消え、バランスを崩してその場に座り込んでしまった。歩夢ちゃんはまたピアノの方に飛んでいったみたいだった。
かわりに、私のそばには右手に刀を持った戦士が立っていた。心なしか強い殺意を放っているように感じる。
歩夢「……もうすぐだったのに」
あなた「エマさん……!」
気づかない内に音楽室の扉が開いていた。飛翔機でここにかけつけたエマさんが一瞬で助けに来てくれたんだろう。
エマ「あの子によく似た女の子を……こんなになるまで殴るなんて……変わったんだね」
歩夢「刀を持って斬りかかってくるようになった人に言われたくないよ、エマさん」
歩夢「それにしても、その子が持っていた通信機みたいなのは壊したはずなのに……どうして?」
エマ「壊したからこそだよ」
あなた「どういうこと……?」
エマ「ミアちゃんが渡したあの装置は、あなたにも言ってなかったけど緊急時の通信だけじゃなくて発信機も兼ねていたんだ」
エマ「ミアちゃんは研究室で自分の仕事をしながら常にあなたの発信を気にしていた。それなのに途中でその発信が切れちゃったの」
エマ「すぐに璃奈ちゃんを介してわたしたち討伐隊に連絡が来たんだ。まあその時にはもうわたしは自分の仕事を終わらせてたから、ここに向かってた途中なんだけどね」
エマ「……よく、がんばったね」ギュッ
エマさんがボロボロの私の身体を抱きしめてくれた。緊張の糸が緩んで、思わず涙が出そうになる。
エマ「あとは、わたしに任せてね」
そう言ってエマさんは再び刀を構えた。
あなた「歩夢ちゃんの能力は瞬間移動で、この部屋の範囲くらいだったらほとんど自由に飛び回れるみたい」
エマ「そうなんだ、教えてくれてありがとうね」
歩夢「わかったからって、何とかなると思ったら大間違いだよ」
歩夢ちゃんがまた消えて、エマさんの真後ろに出現した。そのまま腕を振ってエマさんに襲いかかる。
しかしエマさんは瞬時に歩夢ちゃんの場所を捕捉すると、類い稀なる身体能力でその攻撃をよけ、そのまま刀で反撃を繰り出す。
ブルンッ!
だけどそのエマさんの反撃も空振りに終わる。歩夢ちゃんはまたしても瞬間移動をしてエマさんの攻撃をかわした。
エマ「これは確かに、強敵だね……」
歩夢「それは私も認めるよ、エマさん。だけどこれならどうかな?」
すると歩夢ちゃんは、私やエマさんがいる場所とは全然違う方へ走り出した。その後勢いをつけて、
歩夢「はっ……!」
何もない空間に向かって飛び蹴りをした。かと思うと一瞬で姿を消し、エマさんの右前方に現れた。
ゲシッ
勢いを維持したまま移動することで、飛び蹴りはエマさんにダイレクトに命中した。
エマ「やるねえ、歩夢ちゃん」
歩夢「……化け物」
ブルンッ!
エマさんは肩の辺りに思いっきり飛び蹴りを受けたのに、多少ブレただけで倒れもしなかった。驚くべき体幹と肉体の強さだ。
あなた「すごいよ、エマさん!」
エマ「ありがとう。だけど……こっちの攻撃が当たらないと意味がないもんね。どうしようか……」
しばらく均衡状態が続いた。エマさんが刀を振るっては歩夢ちゃんが瞬間移動でそれを避け、歩夢ちゃんの攻撃はエマさんの身体能力でかわされるか受けられる。互いに有効打を与えられないでいた。
私もいつまでも倒れているわけにもいかない。2人の戦いの好きにマガジンを入れ替えて再び戦闘に加わろうとするけれど、エマさんとの急造タッグではうまく連携もできず、歩夢ちゃんに当てるには至らない。
歩夢「このままじゃあラチがあかないね。本当はここまでするつもりはなかったんだけど……」
そう言うと歩夢ちゃんは、ポケットから何かを取り出した。小さいながら鋭くとがったものだ。
エマ「ナイフ……?」
歩夢「そんな無粋なものじゃないよ。これは蛇の牙」
ここにくる途中にまた部屋を思い出した。あそこには大量の蛇の死体があって、ゾッとしたのを覚えている。あそこから拝借した武器なのだろうか。
あなた「エマさん気をつけて、もしかしたら毒があるかも……!」
仮にそうでなくとも、あれで切り裂かれれば流石のエマさんも致命傷をおってしまうだろう。こんな世界では医療が充実しているはずもないから、下手をすれば死んでしまう。
これでエマさんは、少なくとも攻撃を受けると言う行動がとりづらくなった。
歩夢「無駄な殺傷はしたくなかったけど……ここまできて私もこれ以上待ちたくないから」
エマ「この子を殴っておいてよくそんなことが言えるね」
歩夢「無駄な殺傷って言ったよね。長いこといるのにまだ日本語がわからないのかな?その子を殴ったり傷つけたりするのは、必要経費だって言ってるんだけど」
そう言って歩夢ちゃんとエマさんの死闘が再び始まった。エマさんはさっきよりも少し慎重に立ち回るようになったみたいで、歩夢ちゃんの牙による攻撃は悉くはずれているけれど、エマさんの攻撃もまた届いていないみたい。
このまま均衡が続くのかと思ったその時、
ピシッ
歩夢「……!?」
パリーーン!
窓ガラスから大きな音がしたかと思えば、みんな粉々になって割れてしまった。これだけの衝撃なのだから、上や下の階の窓も割れてしまっているだろう。
ガラスが割れた後、巨大な雷撃の塊が現れた。窓際の近くにあったものはその塊に包まれる。
エマ「もう……ずいぶん雑なんだから、彼方ちゃん」
彼方「いやあ、とにかく歩夢ちゃんに当てられればなあって思ったんだけどねえ」
窓の外には、飛翔機で漂っている彼方さんの姿があった。きっとランチャーで窓に向かって狙撃をして、その雷撃で窓ガラスは割れてしまったんだろう。
だけど窓ガラスが割れる音で歩夢ちゃんには勘付かれてしまったみたいで、あれだけの範囲攻撃をもってしても歩夢ちゃんに当てることはできなかった。
歩夢「また援軍かあ……」
彼方「これで3対1だねえ。流石の歩夢ちゃんでも厳しいんじゃないかなあ」
歩夢「その子は戦力にならないから実質的にはまだ2対1だもん。全然問題ないよ」
エマ「本当に?私の攻撃をかわしながら彼方ちゃんの空からの狙撃まで避けられるの?」
彼方「さっきはガラスがあったから避けられちゃったけど、今度はそうはいかないよ〜。直接床に当てれば歩夢ちゃんだって避けようがない。エマちゃんたちもろとも、だけどね」
彼方さんの出現で形勢は逆転したようだった。歩夢ちゃんの表情にも曇りが見え始めている。
歩夢「はぁ……こうなったら……」
あなた「歩夢ちゃんが移動に使う鍵はどちらもこの空間にあるから逃げることもできない。だから諦めて私の────」
歩夢「動かないで!」
歩夢ちゃんはまたしても瞬間移動をすると、私の真後ろに移動した。右手には例の牙を持っていて、それは今、
私の喉に突きつけられている。
歩夢「エマさん、彼方さん、一歩でも動いたらこの子を殺す。これは脅しなんかじゃなくて本気だから」
彼方「ありゃあ……」
エマ「……どうするつもり?」
歩夢「別の部屋に祭壇があって、そこにこの子を連れて行くの。そうすれば私の計画は完遂できる」
エマ「じゃあ、わたしたちが動いても動かなくてもその子は死んじゃうってことだよね」
歩夢「そうなるね。だけど私が殺したのと、エマさんたちのせいで死んだのとでは意味合いが変わってくるでしょ」
歩夢「自分のせいで殺してしまったと思っている人がどれだけの業を背負うか……同じ3年生ならよく知っているもんね」
エマ「それは……」
彼方「ねえ、仮に彼方ちゃんたちが動いたとして、歩夢ちゃんはその子を殺すメリットがないんじゃないの?」
歩夢「確かに私の計画が達成する日は遠くなっちゃう。だけど必ずこの子である必要もないんだよ。同条件の生贄を見つけることができればいいんだから」
歩夢「最悪私が産めば済むんだもん。誕生日を逆算して子種を仕込んで、同じ年齢になった時に生贄にすればいい。身長も何人か産めば同じになる子ができるかもしれない」
エマ「……本当に変わったんだね。自分の子供でそんなことを考えるようになるなんて」
歩夢「今のは極端な話だけど、この子が死ねば私の計画が潰れるわけじゃないってことだよ。そしてこの子が死ねば、エマさんたちみんなの心を折ることができる」
彼方「そっか〜、それじゃあ彼方ちゃんたち動かないねえ」
歩夢「……じゃあそこで大人しくしててよ。私はこの子と祭壇に行く」
彼方「うんうん、大人しくしてるよ〜。だってもう彼方ちゃんの仕事は終わってるから」
歩夢「……?」
バチン!
歩夢「……!?」ビリリッ
彼方「エマちゃん!」
エマ「うん!」
何が起こったのか理解できないまま、私はエマさんに再び抱きしめられた。後ろを見ると歩夢ちゃんが電気で痺れ、倒れていた。
歩夢「これはまさか……かすみちゃん……?」ビリリッ
かすみ「よくわかりましたね」
窓の外からかすみちゃんの声がした。飛翔機でこちらに向かってくる。
歩夢「かすみちゃんの武器の射程は半径3メートルだったはずなのに……」ビリリッ
かすみ「その通りです。このステッキは私を中心に半径3メートル以内で、同一空間内の遮蔽物を無視して攻撃することができます」
あなた「それなら廊下からこの位置は狙えないよね……じゃあどこから……?」
かすみ「今回の場合の遮蔽物とは、天井と床です」
歩夢「……!!」ビリリッ
あなた「そうか、下の階から……!」
彼方さんの攻撃で窓は割れていて、きっとその衝撃は下の階にも届いていたはず。つまりこの部屋と下の階の部屋は、どちらも窓の外を介して同一空間になっていたんだ。
遮蔽物を無視した任意の一点という条件を全てクリアして、歩夢ちゃんに悟られない死角からの攻撃。かすみちゃんだけにしかできない攻略法だ。
かすみ「1度動きを止められれば、効果が切れそうな段階でまた雷撃を与えて動きを止められます。あなたの負けですよ、歩夢さん」
歩夢「……私の首でもハネるの?」
あなた「まさか、そんなことはしないよ、歩夢ちゃん」
歩夢「だったら私は負けてない。説得なんてされないし、改心だってしない。隙を見て雷撃から逃げて、また立て直すから」
あなた「それでもいい。だけどどうするかはこれを聴いてからにしてほしいな」
歩夢「聴いてから……?」
あなた「私はみんなみたいに戦いが上手じゃないから……こういう形で歩夢ちゃんに伝えようと思う。だから聴いて」
スマートフォンを取り出して、そこに記録してあった音源を再生する。
そこに録音されているのは、昨日作った歩夢ちゃんに向けてのメッセージソングだ。昨日ミアちゃんに協力してもらって、色んな音を打ち込みしてある。
今まではみんなが歌うための曲を作ってきたけど今回は違う。これは、私から歩夢ちゃんへ送る歌だ。
あなた「〜〜〜♪♪♪」
これほどみんなが見ている前で歌うのは少し照れくさいけど、歌声だけは生で届かないといけないような気がして、この場で歌っている。
歩夢「……!!」ビリリッ
かすみ「これは……」
歩夢ちゃんの表情は髪で隠れて見えない。だけど討伐隊の3人の驚いたような顔が目に入った。
やがて歩夢ちゃんの痺れが切れたみたいだけど、歩夢ちゃんはその場に倒れたままだった。特にリアクションもないから、どういう感情でいるのかはわからない。
〜〜〜♪♪♪
歌が終わり、アウトロも流れて曲が終わった。しばらく部屋の中は静寂で包まれた。
あなた「えっと……どうだったかな?」
沈黙に耐えかねてそう聞いてしまう。不思議なことに、伝えたかった歩夢ちゃんだけじゃなくて討伐隊のみんなも唖然としているように見えた。
歩夢「……どうやったの?」
やがて歩夢ちゃんがつぶやいた。
あなた「昨日ミアちゃんに頼んで色んな音を再現できる装置を作ってもらったんだ。この世界の歩夢ちゃんは知らないと思うけど、ミアちゃんっていうのは────」
歩夢「そうじゃなくて!!」
歩夢ちゃんが不意に立ち上がった。
歩夢「どうやってその曲のことを知ったの?」
あなた「えっ……と?」
思っていたのとは違う反応がきて戸惑ってしまう。歩夢ちゃんが心を入れ替えてくれるか、さもなくばひどい歌だと罵られるかのどちらかだと思ったのに。
あなた「その曲のことを知った……って、どう言う意味?」
歩夢「果林さんから聞いたの?それとも璃奈ちゃん?それとも────」
かすみ「無理ですよ歩夢先輩。アレは音源にも残ってないんですから、歌詞くらいならともかく、メロディーまで教えてもらうなんてできっこありません」
かすみ「今の曲は紛れもなく、この人が作った曲なんです」
歩夢「そんな……」
あなた「ちょ、ちょっと待って。話が見えないんだけど……?」
かすみ「……今先輩が歌った曲は、侑先輩が音楽科に転科して初めて作った曲と全く同じなんです」
あなた「……えっ!?」
エマ「わたしたちの為の曲よりも先にできた、侑ちゃんが想いをこめて作った曲。恥ずかしいからってこの音楽室で1回だけみんなに聴かせてくれたの」
彼方「内容はわかりやすいほど歩夢ちゃんへの気持ちを歌ったものだったよね〜」
そうか、それと全く同じ曲を私が作って歌ったからこのリアクションなんだ。音楽を始めたての侑さんと今の私が同レベルなんて、少しだけ嫉妬しちゃう。
歩夢「……その曲は、侑ちゃんにしか作れないはず……侑ちゃんじゃなきゃ歌えないはず……それをあなたが歌っちゃったら……」
歩夢「あなたのことを認めなきゃいけなくなっちゃうじゃん……」ポロポロ
そう言って歩夢ちゃんは、泣き崩れてしまった。
────
──
果林「……終わったみたいね」
しずく「終わった……?」
果林「ええ。この学校を包んでいた最後の殺気が、今消えてしまったわ。せつ菜も歩夢も栞子という子も、みんな戦意を失ったみたい」
しずく「そうなんですね……」
果林「それじゃあみんなに会いに行きましょう。ランジュや愛とも合流して、歩夢のところに行きましょう。そして今までのことを、全部清算しましょう」
しずく「そんなことが、できるのでしょうか。私たちは世界を壊して、璃奈さんや果林さん達と対立してきました」
しずく「仮に果林さんが許してくれたとして、他の皆さんも同じかどうかわかりません」
しずく「歩夢さんやせつ菜さんも、戦意を失ったとはいってもどういう心境なのかはわかりませんから……」
果林「全てがすぐ綺麗に元通りとはいかないでしょう。だけどぶつかるしかないの。世界がこうなった以上、いがみあって生きていくのはナンセンスだわ」
果林「私たちは今まで距離をとってぶつかることから逃げていたの。あなたたちだけじゃなく、私も含めて。だからちゃんと向かい合って、お互いを許しあえるようになりましょう」
果林「それこそがきっと、侑の願いだと私は思うわ」
しずく「果林さん……」
長い、長い道のりだった。ほとんど丸10年、私たちはバラバラだった。それが今、やっと1つになろうとしている。
美術室を出て仲間たちを探す。途中の廊下で愛たちと合流し、車の中で話していたランジュたちを回収する。
ランジュにも愛にも、そしてせつ菜たちにも目立った怪我はなさそうだ。問題は心のほうだけど、それは歩夢たちと会ってから。
再び上の階を目指し、歩夢たちを探す。やがてかすかな殺意を感知した。さきほどまでの、空間を覆うような重苦しい殺意ではなく、小さくはっきりとした殺意。
これはきっと、歩夢が割り切れない想いでいるからだろう。あの子を殺したりする選択肢はないけれど、どこか完全には納得していないような、そんな気配に思えた。
やがてその小さな気配を辿っていくと音楽室に行き着いた。中で歩夢がすするように泣いていて、討伐隊の3人の姿も見える。あの子は口元に血が見えるけれど、命に別状はないみたいだった。
あなた「みんな、無事だったんだね……!」
果林「キミこそ……元気ではないみたいだけど、生きていて安心したわ」
愛「途中でおっきな音がしたけど、窓ガラスが割れる音だったのかなあ、ビックリしたよ」
栞子「いったいここで、どれほどの死闘が……」
エマ「彼方ちゃんのせいだもんね」
彼方「ええ〜、そのおかげでかすみちゃんの攻撃が決まったんだぜ〜?」
かすみ「だからって私のせいにはなりませんから!」
そんな世間話をしばししたところで、1つ咳払いをして本題に入る。
果林「つもる話があることでしょう。お互いがどんな戦いをしたか興味もあると思う。でもまずは、私たちの関係性を今一度整理しましょう。これからこの世界で生きていくために」
果林「これからの話は、キミや愛、ランジュと栞子にとっては退屈なものになるかもしれないわ。席を外してもらっても構わないのだけど……わがままを言えば、第三者として立ち会ってもらいたいの」
あなた「もちろん、私は構わないよ。半分当事者みたいなものだし」
栞子「私も関係者ではありますから、ここにいさせてください」
愛「アタシも構わないよ。ここまで関わっちゃったら、無関心ってわけにもいかないしね」
ランジュ「ランジュも聞いてるわ。別の世界ではお友達なんだから当然よ」
果林「そうしてもらえると助かるわ、ありがとう。それから……かすみちゃん、璃奈ちゃんとは通信できる?彼女にもこの話には加入してほしいの」
かすみ「わかりました、ちょっと待ってください」
かすみちゃんが持っている通信機を外して置いた。ほどなくして通信機から声が聞こえる。
璃奈『あー、あー……聞こえる?』
果林「ええ、聞こえるわ。それじゃあ始めましょうかしら」
果林「さて……まずは私からね。10年前、私は侑の手を離してしまい、そのせいで侑は死んでしまった。それは紛れもない事実だわ」
果林「それを許したくない人もいるだろうし、その感情はあたりまえのことだと思うわ。私に何かできる訳でもないから、今すぐに許してほしいなんて思わないし、一生許せないとしても仕方がないと思う」
果林「だけどこれからもこの世界で暮らしていくんだから、お互いの協力が必ず必要になる。だからそういう気持ちは抱えないで吐き出してほしいと思うの。言いにくいことでも、全部」
エマ「わたしは果林ちゃんだけのせいだと思ってないよ。あの山に行こうって誘ったのはわたしだから」
彼方「同じく、国内にしようって提案したのは彼方ちゃんだもん。もし最初の予定通り海外だったら、侑ちゃんが助けにいってああなることもなかったかもしれないから……」
菜々「……それについていえば、みなさんだけを責められないと私は思います。あの時、助けにいこうとする侑さんを止められなかったのですから」
あなた「でも……たぶん止めようがなかったと思う。私が同じ立場なら、やっぱり役に立たないってわかっててもじっとしていられないもん。みんながどれだけ説得しても聞かなかったかもしれないから」
璃奈『でも、それで割り切れるかどうかはまた別の問題』
ランジュ「どういうこと?」
璃奈『侑さんが死んでしまったのは果林さんだけのせいじゃない。それは頭で理解できていても、一番密接に関わった果林さんを許せるかどうかはその人によるってこと』
かすみ「……りな子の言う通り、私は正直完全に許しきれてないかもです」
かすみ「もちろん私も止められなかった側で、そのことをすっごく後悔してます。だから果林先輩はもっと後悔してるんだろうなっていうのもわかります」
かすみ「だけど先輩がこの世界に来た時、座標が予想よりもズレて、1番最初に果林先輩と出会ったのには何でよりにもよってって思いました」
かすみ「それで……先輩を手に入れるために果林先輩が侑先輩を殺したって……そういう言い方もしちゃいました……あの時は、すみませんでした……」
果林「謝らないで、かすみちゃん。傷つかなかったわけじゃないけど、かすみちゃんの事情もわかってるし、何より私自身が殺したようなものだって認識してるから」
歩夢「私もかすみちゃんと同じ。止められなかった自分が憎くて憎くてたまらない。だけど果林さんのことを心から許すことはできない」
果林「ええ、そこを無理に改めることはないと思う。私だって自分自身のことを許せないし、きっと侑にも許されてはいないのよ」
でなければ毎晩毎晩、呪いのようにあの日をリフレインする夢なんて見ないでしょうから。
愛「それはじゃあさ、時間が解決するのを待つしかないってことだね。無理に許す必要もないし、今後カリンのことを許せる日が来た時、過剰な仲直りをすることもないって感じかな」
『ただ、果林にはそれとは別に清算してもらいたいことがあるよ』
果林「その声……ミアちゃん?」
ミア『Right.ボクもやることが一段落したから混ぜてもらおうと思ってね』
あなた「清算してほしいことって?」
ミア『カリンが急にラボから抜けるもんだからさ、残った討伐隊の3人の仕事量がグッと増えたんだよ。そのせいでラボの護衛をボクが担わないといけないこともあった』
ミア『そこは一言謝るべきじゃない?』
果林「それはその通りね。私がもっとみんなと対話をしていれば、ここまで大ごとにならなかったのかもしれない。これも結局私がみんなとぶつかることから逃げたせいなのよね」
果林「ごめんなさい……」
あなた「あの、私からも1ついいかな?別に清算してほしいって訳じゃないけど、果林さんは色々と抱え込みすぎてた部分があると思うからさ、それはほどほどにしないとダメだと思う」
果林「そうね……善処するわ」
愛「カリンに言いたいことがある人は他にいる?……いなそうかな?」
果林「今言われたこと、私はしっかりと受け止める。さて、それじゃあ次は歩夢ちゃんたちの番ね」
果林「理由はどうあれ、世界の常識を打ち破って日本をボロボロにしてしまったことに間違いはないでしょう。歩夢ちゃんたちのせいで大変な目にあった人たちは多いはずよ」
果林「これからいがみ合わないためにも、思っていることは全部吐き出してもらえるかしら」
璃奈『私も侑さんに会うために世界の常識をひっくり返したり、この人にひどいことをしようとした。だから歩夢さんたちを責められない』
璃奈『だけど、ここにいるだけじゃない色んな人と交流して、やっぱり大変に思っている人たちはすごく多い』
愛「第三者としてアタシもだいたい同意かな。実際問題それでおねーちゃんが危険な目に何度かあったわけだし、個人個人で許せる人はいたとしても、この世界で頑張ってる生存者には何か一言あって然るべきじゃない?」
彼方「……正直、遥ちゃんのことは謝ってほしいな。死んだわけじゃないのはわかってるけど、もう2度と会話ができないかもしれないんだから」
エマ「わたしは実害を受けた訳じゃないけど、でもスイスの家族とはもう会えないと思うの。だからわたしも、そこについては謝ってもらいたいかな」
しずく「……すみませんでした」
菜々「……申し訳ありません」
歩夢「大切な人と会えなくなる苦しみは知っているはずなのにね……私の力が制御できなかったせいだよ。ごめんなさい……」
果林「話をしておくべきところはもう1つあるわ。今後の歩夢ちゃんの力についてよ」
歩夢「今後……」
果林「どういう流れでこの子を利用しないことになったかはわからないわ。だけど歩夢ちゃんの力が失われた訳じゃない。条件さえ揃えば侑の復活が実現できるでしょう」
果林「だけど、私としてはそれは間違っていると思う。死んだ侑に対しての冒涜だと考えているから。だから私としては、計画はもう終わりにしてほしいの」
果林「だけどそうなれば必然的にしずくちゃんや菜々たちの悲願も達成されないことになるわ。歩夢たちの死者蘇生に賛成なら、栞子の願いもね」
果林「死者蘇生の今後について、みんなの意見を聞かせてくれないかしら」
しずく「私は……侑先輩に2度と会うことができなくなるのは、やっぱり辛いです。ですけど世界をここまで巻き込んでしまうのは、やはり間違っていたのだと今は思います」
しずく「私は計画を破棄すべきだと思います。そしてこれからは、私たちが壊してしまった世界の復興に尽力をつくしたいです」
果林「しずくちゃん……」
栞子「……私も同じです。少し前に姉さんが亡くなったことを知り、跡を追おうとした私に手を差し伸べてくれたのが歩夢さんでした」
栞子「もう1度姉さんに会いたくて、そのためならなんでもできると思っていました。ですが私は、姉さんが愛した世界を台無しにする手伝いをしてしまっていたことに気がつきました」
栞子「本来……もう1度会うだなんてありえないことなのですから……私も真の死者蘇生を諦めます」
菜々「……侑さんは、私にとって大切な存在です。1度諦めたスクールアイドルの道に誘ってくれて、憧れだったラブライブ!のステージに立たせてくれました」
菜々「……憧憬、なのだと思っていました。大切な友人への尊敬の感情なのだと。ですが、失って初めて、私が侑さんに抱いていた感情の正体を知りました」
菜々「私は、侑さんに恋をしていたのだと思います」
あなた「な、菜々ちゃん……!?」
菜々の告白を聞き、別世界の侑であるあの子が動揺をする。だけどこの話を聞いて、私は特に驚きはなかった。
歩夢「……菜々ちゃんだけじゃないと思うけどね」
あなた「えっ……!?」
璃奈『否定はできない』
かすみ「好きでもなきゃ……ここまで必死になりませんよ」
あなた「そうなんだ……あ、あはは、この世界の侑さんって本当にすごい人だったんだね」
とはいえキミの性格や行動力から見るに、向こうの世界の私たちも恋愛感情を持っていてもおかしくはないように思えてしまうけど。
果林「続けて、菜々」
菜々「……私は、あの人に一言でも謝りたかったんです。私が強く止めていれば、侑さんは、侑さんは……」
菜々「……本当はわかっているんですよ。そんなことをしても侑さんが喜ぶはずなんてないと。きっと私に対して失望してしまうでしょう」
菜々「でも、それでも私は……侑さんに謝りたかったんです。自分が楽になるためのエゴでもなんでもいい、ただ一言……止められなくて、申し訳ありませんでしたと……」ポロポロ
果林「わかるわ……痛いほどわかる。だけどそれでも、こんな道を選んではいけなかった」
果林「その言葉は、最期の最期までとっておきましょう。いつか侑と同じ場所に逝ったとき、はじめてそれを言いましょう」
果林「それまでは懸命に生きるのよ。侑はきっとそれを望んでいるのだから」
菜々「…………はいっ……」
歩夢「……しずくちゃんも栞子ちゃんも菜々ちゃんも、計画は諦めるんだね」
果林「あなたはどう、歩夢?」
歩夢「……悪いけど、簡単には割り切れないよ。私1人さえいれば計画は実現できるから」
歩夢「この子はもう使わない。侑ちゃんと同じ心を持ったこの子をこれ以上傷つけるようなことできないから。だけど……計画を諦めるかは別の話」
璃奈『……ねえ、歩夢さん。世界がこうなった以上、復興していくとなれば歩夢さんの力が絶対に必要』
璃奈『歩夢さんのゾンビの知識を授けてくれれば、大きな発展のヒントになるかもしれない』
愛「発展のヒント?」
璃奈『そう。もしこの技術が完成すれば、どんな病や怪我からも復帰できるかもしれないから』
エマ「そんなこと、どうやって……?」
璃奈『歩夢さんが研究の末にたどり着いた真の死者蘇生の方法から考えると、Cランクのゾンビは身長や年齢、生年月日のいずれもが一致しない個体で、一致するごとに血色が良くなって人間に近づくと考えるのが妥当』
愛「なるほど、1個一致ならBランク、2個一致ならAランク、全部一致で真の死者蘇生って感じだね」
璃奈『だけど実際には、Aランクよりもさらに人間に近い見た目で、でもゾンビのままの個体が少なからず存在する』
あなた「Sランクのゾンビだね」
璃奈『もし、Sランクのゾンビが歩夢さんの想定しているものじゃないゾンビなのだとしたら、もっともっと研究していくことで、歩夢さんの知っているものとは全く別のやり方で元の人間に戻せる方法も見つかるかもしれない』
しずく「ですが特級相当のゾンビは能力が高いので、研究するのは至難の────」
彼方「……遥ちゃんだ」
しずく「────えっ?」
璃奈『そう。私たちが初めて観測したSランクゾンビである遥ちゃんは、私の研究室で大人しく眠っている。新しく捕獲しなくても、研究はできる』
璃奈『そしてもしゾンビの不死の力を治療に使えるのなら、悪性の腫瘍があろうと事故による身体欠損があろうと、正常な状態に戻せるかもしれない』
果林「なるほど……仮に腕を切断しなければならない状況の人が、一度ゾンビになってから腕を切断して、腕が再生したところで元に戻したりすることができるなら、医療は飛躍的に進歩するわね」
璃奈『それだけじゃない。今の太陽光とゾンビ水力発電だけでは、復興してからの生活がかなり大変。だけど神懸かりの力があれば、それも問題にならなくなる』
栞子「確かに私が持っていた夜明珠や菜々さんのニーベルン・ヴァレナスは発電の適性があるかもしれません」
璃奈『今すぐに割り切ることは出来ないかもしれない。だけど歩夢さんが力を貸してくれるなら、世界はきっと元通りにできる』
璃奈『そうすれば、時間はかかるかもしれないけど、歩夢さんたちのことを世界中の人が認めて許してくれると思う』
璃奈『だから歩夢さん。いつか力を貸してくれませんか』
璃奈ちゃんの言葉をうけて歩夢に目線が集まる。少しの静寂の後、歩夢がこたえた。
歩夢「……一晩考えさせて。その間に私がしなきゃいけないことを整理するから」
そう簡単に諦められるような話ではないのだろう。現に歩夢からは依然として小さな殺意が残っていた。だけどあのゾッとするような殺意はもう感じられない。歩夢も必死で変わろうとしているのかもしれない。
果林「……わかったわ、一晩待ちましょう。歩夢たちの件は1度このくらいにしましょうか」
果林「それじゃあ最後はラボのみんなね。最もラボのみんなは世界に対して役に立つことをしてきたから、清算するようなことはないといえばないのだけれど……」
果林「ただ、異空間からこの子を連れてきて、侑の記憶を注ぎ込もうとしていたわね。その主導者の璃奈ちゃんが放棄する選択をとったのだけれど、他のみんなはそれでも構わないかしら?」
果林「もちろん私としてもそうしてほしいところなのだけれどね。これも思っていることは全部出しておいた方がいいと思って」
エマ「わたしはもういいよ。それはいけないことなんだって、果林ちゃんたちに教えてもらったから」
彼方「彼方ちゃんも……いい加減目を覚まさないといけないかなって」
かすみ「……りな子が納得したならそれでいい。もちろん私だって侑先輩に会いたいけど……」
璃奈『……みんな、これまでついてきてくれて本当にありがとう。みんなのおかげで私は何とかやってくることができた』
璃奈『もう計画は放棄するけど……これからも私のラボで、私に協力してくれますか?』
「「「もちろん!!!」」」
璃奈『ありがとう……』
果林「ラボのみんなはまとまったみたいね。さて、それじゃあ最後の話をしましょう」
あなた「まだ何か話すことがあるの?」
果林「ええ……キミの処遇と、異空間接続についての話よ」
あなた「私の処遇……?」
果林「ええ。結論から言えば、キミは今すぐにでも元の世界に戻ることができる。璃奈ちゃんの異空間接続装置によってね」
果林「そしてキミが帰った後も、その装置を使えばいつでもキミに会うことができるし、キミの世界の私たちにも会うことができる」
あなた「そうなんだよね。私もみんなのことを連れてきたいって思ったんだ。もちろんゾンビは怖いけど、向こうのみんなもこっちのみんなに会いたいだろうし」
ランジュ「ランジュも別世界のランジュと会ってみたいわ!」
栞子「2人のランジュ……制御が難しそうですね」
ランジュ「なによう……」
果林「そう思って当然よね。私だって、向こうの私と話くらいしてみたいもの。だけど……私はそうしないほうがいいと思うの」
あなた「……どういう、こと?」
果林「まず1つは、元々は璃奈ちゃんがしていたのは時空間の研究だということ。つまり異空間と時間は密接に関わっている」
璃奈『異空間の観測の結果、この世界とあなたのいた世界とでは、進む時間の速度が違う』
ミア『こっちのほうが約3倍のスピードで時間が流れていて、向こうで1年たつ間に、こっちでは3年の時間が流れるようなんだ』
果林「昨日璃奈ちゃんと切り札を用意していたときそんな話を聞いてね。だから会おうとしても、私たちとあなたたちの認識のズレがどうしても生じてしまうの」
愛「でもさ、別にそれでもよくない?確かに時間の間隔が違うなら、会った時のテンションが合わないかもしれないけどさ、話してるうちにそのズレもなおってくると思わない?」
果林「もちろんそれはその通り。会うことの大きな障害にはなり得ないわ。だけどもう1つの問題と大きく関わってしまうの」
しずく「もう1つの問題……?」
果林「私たちは今、壊れてしまった世界を何とか元に戻そうとまとまりつつあるでしょう。そしていつの日か、日本が復興することができるかもしれない」
果林「そうなれば当然世界が日本の技術に注目する。そしてこの異空間接続の話が広まってしまう」
果林「この世界によく似た異空間が観測できて、その異空間と接続までできる。その世界にはこの世界とほとんど変わらない物資や人材がある……」
果林「そうなった時、私はいつか、その物資や人材をめぐって戦争が起こると考えているわ」
菜々「戦……争……!?」
果林「だってそうでしょう?地球上のさまざまな資源をめぐって戦争が繰り返されてきたけれど、もしも異空間に接続すれば、ほとんど倍の資源が手に入る」
果林「異空間相手に侵略戦争をしかければ、わざわざ地球の中で争いをしなくても多くを解決できる可能性があるわ」
果林「そして侵略戦争になれば、キミの済む世界はまず間違いなく敗北する。なぜなら、そっちの世界の3倍のスピードでこの世界は発展していくから」
果林「それに接続装置があるこっちのほうが侵略のタイミングを決められるんだもの。キミの住む世界が蹂躙されるかもしれない」
かすみ「そ、そんなこと、私たちがさせませんよ……!」
果林「私たちが生きている間はそうかもしれないわ。だけど私たちみんな死んでしまったら、それを止める人もいなくなるかもしれない」
果林「そして私たちの世界の方が早く時が刻むから、向こうの世界の私たちが生きている間に侵略戦争が始まる恐れがある」
愛「……つまりカリンが言いたいのは、そうならない為にその接続装置を壊すってこと?」
果林「ええ。『異空間の観測』については論文が出てしまっているからもう隠しようがないけれど、『異空間の接続』についての論文は幸いなことに出ていない」
果林「今ならまだ、日本が復興したとしても、世界には異空間に接続できることが広まらずにすむのよ」
彼方「だけどもしも壊したとしてさ、行ける方法があるって知っている人がいれば、また接続装置を作る人がいるかもしれないよ?璃奈ちゃんは実際装置を作ってるから、もう1回作ろ〜って思うかもしれないし」
果林「そうでしょうね。だけどそれについても心配はいらないわ。なぜなら璃奈ちゃんは記憶についても深く研究してくれているから」
あなた「ま、待ってよ果林さん……それじゃあ……」
果林「ええ。キミの世界を守る為に、異世界の接続についての記憶を消去すべきだと思うわ……キミ自身についての記憶もね」
あなた「どうして……?」
果林「キミの存在こそが、異世界の接続の証明だからよ。この計画を履行するのであれば、キミの記憶も消す必要があるのよ」
あなた「そんなの……そんなの嫌だよ!せっかくみんなと出会って、仲直りもして、これからって時なのに……」
あなた「会えなくなるだけじゃなくて……記憶までなくしちゃうなんて……」
愛「……実際のとこ、研究者としてりなりーはどう思う?」
璃奈『自分の研究の結晶が壊されるのは嫌だし、別世界のみんなに会えなくなるのも嫌』
璃奈『だけど……果林さんの指摘は正しいと思う。侵略戦争までいかなくても、例えば殺人鬼が潜伏先に選ぶとか、感染症にかかった人を隔離する場所として使うとか、悪用はいくらでもできる』
璃奈『研究者の意図とは違う方向に使われるのは昔からよくあることだけど、私の発明がそうなるのも嫌』
璃奈『それに、あなたの大好きな世界を危険に晒すことになるのは最も嫌』
歩夢「……私がいうのも変な話だけど、ゾンビがそっちの世界に行っちゃう可能性が少しでもあるなら、接続装置は壊した方がいいと思うな」
あなた「璃奈ちゃん……歩夢ちゃん……」
エマ「わたしは嫌だよ!会えなくなるだけで寂しいのに、記憶までなくしちゃうのは辛いよ……」
果林「なくしてしまえば苦しむこともないのよ。それまでは確かに辛いかもしれないけど……」
あなた「……急ぎじゃないとダメかな?」
果林「……どういうこと?」
あなた「私も、一晩考えさせてほしい。こんな大きいこと、今すぐには決断できないよ……」
璃奈『だけど、向こうの世界であなたを待っている人がいる。3日以上こっちにいるってことは、少なくとも丸一日、向こうのあなたの身体は抜け殻のようになっているはず』
あなた「もちろん早くみんなのところへ帰りたい。だけどこっちのみんなも同じくらい、私にとっては大切だから」
果林「……わかったわ。それじゃあ明日の朝、またこの話をして、それからキミを元の世界に戻しましょう。いいわね?」
少し重たい空気の中、みんなが頷いた。
それからは、今までの重い空気を打ち破るように、楽しい話をした。
あの子にこっちの世界のスクールアイドル活動の話をして、あの子から向こうの世界の私たちの話を聞いた。
私はあまり詳しく知らないこともあったけれど、彼女の世界で虹ヶ咲と一緒にイベントを開催したμ'sというグループは、こっちの世界では伝説級のスクールアイドルらしい。かすみちゃんやエマ、菜々は特にくいついて話を聞いていた。
また、璃奈ちゃんによればその内の1人が5年前の時点でロシアで外務大臣のようなものをしていたのだそう。ロシアが総攻撃に参加しなかったのはそういう理由もあるらしい。
さらにもう1つのAqoursというグループの一員も、今世界的に成功を収めているホテルグループのCEOで、逆境に立たされながらも親日活動を推し進めていたのだという。
全くすごい話だ。あの子の周りにはそれだけの人間が集まっているのだ。
ほどなく辺りは暗くなり、夕食の時間になった。かつての調理室には一通り調理器具が揃っていて、食材も昨日までに採っていたらしい魚介類があって、彼方が張り切って料理をしてくれた。
まもなく調理室で机を囲んで、みんなで手を合わせて食べ始める。璃奈ちゃんとミアは通信しながらだけど、みんなで食事をした。
日に日に人数が増えて夕食をとれることに、かなりの感慨を覚えた。だけど暗い空気は似合わない場所だったから、しんみりせずに会話に夢中になっていた。
あまり笑うことのなかったしずくちゃんや菜々、栞子も、少しずつ笑うようになっているみたいだった。
……明日にはあの子の記憶を全て忘れてしまうかもしれないということを、みんな考えないようにしていたんだろう。
夕食も終わり、まもなく就寝の時間になった。歩夢たちはいつも、旧部室で寝ていたらしい。
菜々「ソファや布団など、たくさんありますから好きに使ってください」
彼方「こんなにたくさんあるんだねえ」
しずく「時々支援者の方も利用していたので……その方達は真の死者蘇生の計画は知らない方たちばかりですから、仮に放棄するとしても問題にはならないはずです」
果林「さて、それじゃあ寝ましょうか。スペースもあまりないから、私は廊下で寝ることにするわ」
エマ「そんなに狭くはないと思うけど……?」
果林「いいのよ。それに歩夢たちがどうやって制御してるかは知らないけど、ここにゾンビがふらっと現れたら大変じゃない。私なら気配で飛び起きれるから、見張り役も兼ねて外にいるわ」
愛「アタシも付き合おうか?」
果林「お気遣いありがとう、でも大丈夫よ。それじゃあおやすみなさい」
そうして私は部屋を出た。中からは微かに声が聞こえてきていたが、みんな疲れているのか、まもなく聞こえなくなってしまった。
かくいう私も今日はだいぶ疲れたみたいだった。次第に瞼が重くなり、眠りの世界へと誘われていく────
────
──
「──ぱい、先輩っ!」
あなた「ううん……ん……?」
誰かに叩き起こされる。だけど外はまだ暗いままだ。
あなた「まだ夜だよ……どうしたの……?」
かすみ「大変なんです先輩!」
あなた「大変って……?」
かすみ「歩夢先輩が……いなくなってるんですっ……!」
────
──
1人、夜の中を歩く。
街灯もなく、空気の澄んだこの世界では、月や星がとても綺麗に見える。
……計画が叶わなくなった段階でこうすることは、はじめから決めていた。
だって私は、生きているだけでこの世界を危険にさらす存在だから。
だから私は山を目指す。
侑ちゃんが亡くなったあの山で、私も死ぬんだ。
みんなが寝静まったあたりのだいたい0時頃、私は目を開けた。
転移先として使える遺骨は私が持っているし、もう1つの転移先であるあの子はこの部屋にいる。加えて、外に出ようにも扉の向こうには果林さんがいる。
窓なんて開ければ、ここ数年戦いの中に身を投じてきた討伐隊のみんなが起きちゃうだろう。それに、仮にここから落ちたとしても海の上。あっという間に救助されちゃうだろう。
つまりここは完全に密室。私が死ぬことは許されない配置だ。
だけど元々、あの山以外で死ぬつもりはなかった。私の死に場所は侑ちゃんと同じところ。そうでないと侑ちゃんと同じところには逝けないような気がしたから。
だからもしもの為に別な転移先を用意していたんだ。お墓から回収した遺骨の一部を、あの山に近いところの廃墟に置いていた。
アヌビスによって目覚めた力を使って、そこへ転移する。こうして誰に気づかれることもなく移動した。そのまま建物を出て、夜の闇へ。
この転移先はしずくちゃんにも菜々ちゃんにも言っていない。言えば必ず反対されると思ったから。私たちは目的が合致していただけで、特別強い絆で結ばれているとは思えない。それでもきっとあの2人は私のことを止めるはず。
ほとんど一緒にいた2人に気づかれる恐れがあったから、そこまで近くの場所に設置することはできなかったけど、ここから何時間か歩けば山まで着くだろう。朝私がいないことに気づく頃には、もう追いつけないはず。
璃奈ちゃんは言っていた。私の研究と璃奈ちゃんの頭脳を合わせることで、ゾンビから元に戻す方法や革命的な治療方法が見つかるかもしれないと。
その可能性は確かにある気がする。特級相当……璃奈ちゃん曰くSランクのゾンビは私にも理解しきっていない部分がある。アプローチによってはゾンビになった人を元に戻すこともできるかもしれない。
そしてその理論が確立できれば、世界は私のことを許してくれるはずだと、そう言ってた。
だけど璃奈ちゃん、私は甘いと思うよ。
盗んだお金を全部返したとしても、その人の罪がなくなるわけじゃない。私がゾンビにした人たちが元に戻ったとしても、私が日本を住めない土地にして、多くの人の人生を狂わせた罪が消えるわけじゃない。
日本が復興するようなことがあれば、どうやったって私は断罪されるんだ。
それに、仮に死者蘇生の力が武器や宝石に宿った力なら、海に捨てたり山に埋めたりすればいい。だけど私自身が神懸かりなのだから、私が生きている限り力が残りつづける。
それを悪用しようと思えば……例えばゾンビを軍事利用しようとすれば、敵対する国を滅ぼすだけの力があると思う。
もしも私が断罪される前にそんな使い方をされれば……今よりももっと多くの人を危険にさらすことになっちゃう。
だから私は生きていたって意味がないんだ。ならせめて、侑ちゃんと同じような死に方がいい。
しずくちゃんと菜々ちゃんは私の力で洗脳していたということが書かれた遺書は常に持ち歩いている。これがあれば、あの2人が断罪される可能性は少ないはず。
そんなことを考えながら夜の道を歩き続け、いつしかあの山のふもとにたどり着いた。ある程度リサーチ済みではあるけど、どこがそこの場所なのかは登ってみないとわからない。
果林さんが迷って辿り着くような場所だから、かなり変な場所にあるのかもしれない。それでもきっと辿り着けるはず。侑ちゃんが行けたんだもん。私に行けないはずがない。
山を登り始める。この山はいくつかの登山道があるみたいで、1番近いところから入山した。山登り用の装備ではないけど、この世界でサバイバしているから体力に問題はなさそうだ。
まずは上に向かって、時折休憩を挟みながら山道を進む。次第に空気は薄くなり、息もあがってくる頃にはかなり高いところまで登ってきたみたいだった。
きっと晴れた昼間にはいい景色なんだろう。だけど真っ暗だからそんな感動はない。そもそも私は山を登りにきたんじゃなくて、死ぬために来たんだから、そんなことはどうでもよかった。
ある程度高いところまで来たら、その場所を探す。具体的にどんな場所なのかは果林さんの話でしか聞かなかったけど、侑ちゃんが関わった場所なんだからきっと見つけられるはず。
ある程度しらみつぶしに、あとは感覚の赴くままに散策する。あえて木々をかき分けたり、小川の向こうに行ったりして探していく。
やがて、ピンとくる場所にたどり着いた。直感がこの先だと言っている。もうすぐで侑ちゃんが落ちてしまった崖にたどり着く。
夜風に吹かれながら数時間。頭が冷えて思い直すこともなかった。もうすぐ、もうすぐで侑ちゃんと同じところへ────
果林「はあい、歩夢。こんなところで会うなんて奇遇じゃない」
────先客が、そこにいた。
歩夢「どうして……?」
果林「夢を見たの。いつもと同じ、侑がここから落ちる夢。だけどいつもと違って、最初からこの場所にいて、そして侑が落ちたの」
果林「そのタイミングで目が覚めたわ。そうしたら、中にいた歩夢の小さな殺意がフッと部室の中から消えたのを感じたの」
果林「その瞬間に理解したわ。夜になっても依然として残っていた歩夢の殺意の正体。あの子や私を許しきれないことからくるものだと思っていたけど、あれは歩夢自身への殺意だったのね」
果林「あとは直感ね。遺骨のうちのいくつかを別の場所に用意していたと考えれば脱出は可能になる。あとは歩夢があのタイミングで行きそうな場所はどこか……」
果林「自分への殺意を宿した歩夢ならきっと、侑と同じここを死に場所に選ぶはず」
果林「あなたがいつ死んでしまうかわからないから、誰かを起こしたり説明する時間が惜しくてね……それで1人だけでここに来たわけよ。間に合ってよかったわ」
歩夢「ここがわかってたとしても、果林さんがここまで迷わずに来れるなんて……」
果林「確かに私は信じられないくらいの方向音痴だわ。それは認める。だけど……この山の地理なら、きっとお台場よりも地元よりも詳しいでしょうね」
歩夢「どういうこと……?」
果林「……侑が落ちて10年になるわ。その間ずっと、毎晩毎晩夢を見たのよ。虹ヶ咲から侑と2人でこの山に登って、この場所で侑が落ちていく夢を」
果林「この場所を忘れるわけないじゃない」
歩夢「果林さん……」
果林「それじゃあ次は歩夢の話を聞かせてもらおうかしら。死のうと思った理由は何?」
歩夢「……私は生きていちゃいけない人間だから。私が生きていればアヌビスの力が残るんだもん。私の周りの人が許したって、世界中の人が許してくれるわけないよ」
歩夢「私の罪は消えないし、どのみち許されるはずないんだから、せめて侑ちゃんと同じように死にたいの……」
果林「なるほどね……確かに璃奈ちゃんの見立てほど上手くいかないかもしれない。いくら歩夢の力でゾンビが元に戻ったり、医療が飛躍的に進歩したとしてもね」
果林「日本が復興できたとして、歩夢へのバッシングは根強く残るでしょう。でも、それを背負って生きていかなきゃいけないのよ。それこそが私たちが受けるべき罰なのよ」
歩夢「私たち……?」
果林「当然でしょ。彼方やエマはグレーなところがあるけど、少なくとも私は歩夢と同じく罰を受けるべき存在だと思ってる」
果林「最初矢面に立たされるのは歩夢たち3人であっても、その原因が私であることはいずれ明らかになるわ。そうすれば私も痛烈な叩き方をされてしまう」
果林「それはしっかりと身に刻んで、でも折れずに生きて、世界の役に立たないといけないのよ。私たちが壊した世界を元に戻す為にも、侑想いを無碍にしない為にもね」
歩夢「侑ちゃんの、想い……」
果林「侑との最後の約束なの。みんなのことを守ってってね。だから誰も死なせはしないわ。歩夢を悪くいう人がたくさんいたとしても、私が必ず守ってみせる」
果林「それに今死んだら、私たちはきっと地獄逝きよ。しっかりと生きて償うものを償わないと、侑と同じ場所になって逝けっこない。それともアヌビスが憑いてる歩夢が今さら無神論者なんて言わないでしょう?」
果林「私がここまで言うのはね、決して自分への罪悪感や侑との約束の為だけじゃない。地元から出て、初めて真剣に熱中できるものに出会えた。仲間を知った」
果林「単純に、あなたたちが大切だからよ。だから何があっても守りたいの」
果林「だからお願いよ……私と一緒に帰りましょう?」
歩夢「果林さん……」
ビュオオォォ…!
歩夢「わっ……!」
ズルッ
果林さんの言葉に、少しずつ心の闇が溶かされていくようで、私も、もう少し生きてみようかなと思った瞬間だった。
急な突風に思わず身体のバランスを崩した。そのまま崖の方へ吸い込まれて────
パシッ
果林「歩夢っ!!!」
落ちていきそうなところで、果林さんに手をつかまれた。だけど運悪く身体はもうほとんど落ちかかっていて、果林さんも片手だけで支えているような状態だった。
歩夢「やっぱり……私が受けるべき罰は死なんだよ果林さん……」
果林「……何を言っているの?」
歩夢「こうなる運命なんだよ、私は……それに、このままじゃ果林さんだって落ちちゃうかもしれない。それだけは嫌なの!だから果林さん、お願いだから手を────」
果林「ふざけないで!!!」
歩夢「……!?」
果林「あなたの心で燻っていた最後の殺意が消えたのは感じてるの!自分のしたことと向き合って生きていこうと思った証拠よ!そんな馬鹿なことを言って諦めるなんて許さない!」
歩夢「でも、果林さんが────」
果林「甘く見ないで。私が何のために身体を鍛えていたと思う?ゾンビから逃げるため?あなたたちといつか対決するため?……違うわ」
果林「あの時侑の手を離したことを、死ぬほど後悔したから……よっ!!!」
不意に、私の身体が上へと引っ張られていく。果林さんはそのまま、片腕だけで私のことを崖上まで持ち上げてくれた。
果林「……痩せすぎよ、歩夢。それだけ食事が喉を通らないほどストレスだったんでしょう?もう、そんな生活は終わりにしましょう」
果林「自分としっかり向き合って、生きていきましょう。私と……いえ、私たちと」
しばらく沈黙があった。だけど、ここまでしてくれた果林さんのことは、心から信頼できると思ったから。
歩夢「……うん」
そう、答えた。
────
──
歩夢を助手席に乗せて虹ヶ咲まで戻る。空が少しずつ白んでいたけれど、まだみんなが起きてくる前には帰ることができたと思ったんだけど……
あなた「どこに行ってたの……!!!!!!」
部室に戻るなり、開口一番あの子に怒鳴りつけられる。
果林「あら……起きていたのね」
かすみ「ちょっと寒いなって思って起きたら、歩夢先輩がいなくて……みんなのことを起こしてたら果林先輩も外にいなくて……」
エマ「飛翔機で周辺を探しても見つからないし、みんなはパニックになっちゃうし……」
菜々「この方はもう気が気じゃないみたいで、この夜の中を泳いででも探しにいくって聞かなくて困っていたんです。ランジュさんが後ろから銃で撃っていなければどうなっていたか……」
果林「荒っぽいけど、ランジュらしいわね」
ランジュ「だってこの世界のこの子を止められなくてみんな後悔していたんでしょう?だったら撃って止めるのが効率的じゃない」
栞子「確かにそれはそうなのですが……それにしてもやり方ってものがありますからね、ランジュ」
愛「そんで、ダメもとでりなりーに連絡してみたんだよ。そしたら研究のために起きてたみたいで、果林の居場所を探ってくれたんだ」
果林「私の……?」
彼方「虹ヶ咲への突撃で何かあると悪いから、車を改造したタイミングで発信機もつけたんだって〜。それで少なくとも果林ちゃんの場所がわかったんだ」
しずく「聞けば例の山に向かっているというものですから、私たち心配で……もしかしたら歩夢さんはあそこで自殺するために果林さんを運転させたんじゃないかって……」
果林「ならどこに行っていたかは知っていたんじゃ────」
あなた「そういう問題じゃないよっ!!!」
歩夢「ねえ、私はあなたの幼馴染でもないし、あなたにひどいことだってしたのに、なんでそんなに────」
あなた「当たり前でしょ!私の幼馴染の名前が上原歩夢で、あなたの名前が上原歩夢なら、あなたは私の幼馴染だよ……!」
あなた「心配に決まってるじゃん……」ポロポロ
それから、あの子をなだめるのにかなり時間がかかった。本当に自殺しようとしたなんて言えば、また心配させるだけなので、ことが片付いたケジメに歩夢からあの山に行きたいと提案されたことにして誤魔化した。
特に討伐隊の3人には、音もなく歩夢が外に出たことをかなり訝しまれたけれど、なんとか取り繕うことができた。
かすみちゃんが起きてから、みんなは寝ずに私たちの帰りを待っていたらしい。そういう私と歩夢も何時間も寝ていないから、ひとまずはもう一眠りすることにした。
色々あった疲労感で、再び私は眠りの世界に堕ちていく……
────
──
─
果林「ううん……」
ふと気がつくと、私はまたあの崖にいた。だけどあたりの景色は霧ががっているのか、白いモヤのようなもので見ることはできない。
「久しぶり、果林さん」
不意に横から声がした。声のしたほうを振り向く。
果林「侑……?」
侑「元気にしてた……わけないよね、あはは」
これはきっと夢だ。いつもの侑が出てくる夢。だけどいつもと違って、侑の声が心臓にズシンと響いてきた。いつもは起きたら記憶に残っていないほどふわふわした会話なのに。
この侑は……もしかしたら本当に侑なのかもしれない。
果林「……はじめからわかっていたの?歩夢があそこで落ちるんじゃないかって」
侑「まあね。歩夢は私の幼馴染だし、それくらいするんじゃないかなって。もちろん私は歩夢に死んでほしくなかったからさ。それで果林さんに助けてもらおうと思ったの」
侑「でも果林さんってほら……道を覚えるのが苦手だったし、歩夢がいつ落ちるかもわからなかったからさ、ちょっと酷なやり方ではあったけど毎晩毎晩道を案内してたんだ……ごめんね」
果林「まったく……あなたに呪われていたかと思っていたのに、そういうことだったのね。でも、どうして私なの?それこそ歩夢の夢に出れば、止められたかもしれないのに」
侑「1つは果林さんが1番頼りになるかなって思ったからかな。うちはしっかりしてる子が多いけどみんな優しいから、厳しいことをあえて言ったりするようなことができるのは、果林さんくらいだし、そういう理由からだよ」
侑「それから……果林さんのことも心配だったから。歩夢ちゃん以外にもし死んじゃうようなことをするとしたら、きっと果林さんだと思った」
侑「もし果林さんが死のうとしてたら、こうやって出てきて止めようと思ってたんだ。だけど果林さんは責任感が強かったから、心配いらなかったけどね」
侑「でも果林さんに託してよかった。歩夢のことを助けることができたから。だからありがとう、果林さん」
果林「最後にあの子は自分の意志で生きることを選んだの。歩夢本人の力よ」
果林「……もしかして、別世界の侑が私の前に現れたのも、侑が私に憑いていたから?」
侑「どうなんだろう、そこまではわからないや。だけどそうかもしれないね。あの子が果林さんと出会ったのも、そういう運命だったのかも」
侑「……さて、果林さん」
果林「……」
侑「あれ、もしかして気づいてる?」
果林「……あなたの未練は解消されたもの。あなたはいるべき場所に戻らなきゃいけない」
侑「……うん。だからお別れだ」
果林「ねぇ────」
侑「言わなくてもいいよ。ずっと果林さんの中にいたんだからさ、何が言いたいかなんてわか────」
果林「だとしてもよ!聞いてほしいの、10年間ずっと、どうしても言いたかったの!」
果林「あの時助けてあげられなくて……本当にごめんなさい……」
侑「……どうしよっかな〜、なんてね。あのね果林さん。私全然怒ってないよ」
侑「そりゃあやりたいことはまだまだたくさんあった。歩夢ちゃんやかすみちゃんたちをラブライブ!のステージに立たせてあげたかったし、作りたい曲や衣装のアイデアもあった」
侑「だけど……結局私が死んだのは果林さんを無理に助けにいこうとしたせいだし、それなら果林さんが助かって本当によかったって思ってる」
侑「だから、謝らないで」
果林「侑……侑……!!」ボロボロ
侑「あはは、せっかくなら笑顔でお別れしようよ。せっかくの果林さんの素敵な顔が台無しだよ」
次第に、侑の身体が光に包まれていく。
侑「さて……もうみんなは大丈夫だと思うからそろそろ行くよ。すぐにこっちに来ちゃダメだからね?」
果林「ねぇ侑。最後にこれだけは聞かせて。これは夢の中なの?それとも現実なの?」
侑「もちろん夢の中の出来事だよ。だけどだからといって現実のことではないってわけにはならないと思うけど」
そう言って侑は天に登っていった。初めて崖から落ちずにいられたみたいだった。
─────
──ちゃん!
─林ちゃん!
エマ「果林ちゃん!!」
果林「……っ!?」ガバッ
エマ「もう、やっと起きたよ〜。夜通しで運転してるのはわかるけどさ、昨日の話の続きをするから12時には起きようって話してたじゃん」
エマ「もうみんな調理室に集まってご飯食べるところだよ。はやく果林ちゃんもいこう?」
エマに叩き起こされ、次第に状況を理解する。そういえばそうだった。あの子の処遇について話をしないといけないんだった。
不意に壁にかかっている時計が目にはいる。菜々か栞子あたりが直したのか、今なお時を刻んでいた。時刻は13時近くをさしていた。
果林「そう────」
私は悪夢から解放されたのだ。そして、侑とのお別れでもあった。
果林「私、10年ぶりに寝坊したのね……」ポロポロ
エマが言ったとおり、調理室には既にみんな集まっていていて、私とエマの到着を待っていたようだった。
席に着くと早速手を合わせて食べ始める。彼方とかすみちゃんが中心になって作ってくれた朝食は、身体に染み渡るような美味しさだった。その場にはいないけれど、璃奈ちゃんやミアとも通信をして食事をとる。
わいわいと会話をしながら、どこかしんみりとした空気が食卓を漂っていた。あの子とは今日限りでお別れだからだ。
私にとっては、2人の侑とのお別れを経験することになる。
あなた「それじゃあ、ちょっといいかな?」
食事も終わろうかというタイミングで、あの子から切り出した。
あなた「私、考えたんだ。異空間の接続について」
あなた「確かに、果林さんが指摘したことは否定できない。接続が残ることでいつか侵略された時、もし私の周りの人が被害を受けたらたまらないよ」
あなた「だから、接続手段を壊すことと、その記憶について消去してしまうことは……悲しいけど必要なのかなって思う」
わかってはいた。きっとあの子ならそういう選択をとるだろうということが。自分の繋がりを犠牲にしても、向こうの世界を守ろうとしている。
その決断に至るにはとても苦しい思いをしただろう。それでも彼女は覚悟を決めたのだ。なら私たちも覚悟を決めなくてはいけない。
あなた「……だけどね、こうして知り合ったみんなともう2度と会えなくなるのも、私は嫌だ」
あなた「だから……その折衷案を考えたの!これを見てほしい」
そう言うと彼女は持ってきていたスマートフォンをかざした。そこにはスクリーンショットがたくさん収められていた。
愛「それ、もしかして……」
あなた「うん。璃奈ちゃんの研究データや論文のスクショなんだ!」
あなた「侵略戦争になるんじゃないかっていう大きな問題点は、時の流れが違うことによって文化の発展に差がつくことだよね」
あなた「だから、その差をこのデータを使ってブーストをかけるんだよ!そして数年後に今度はこっちが異空間の接続装置や記憶を操る機械を開発する」
あなた「私たちの世界にそれだけの技術力があれば、一方的な侵略戦争にはなり得ない。つまりお互いにかなり被害が出るような大きな戦争になってしまうでしょ」
あなた「そうなれば、私たちの世界もこっちの世界も、無理やり戦争にできないような状態が出来上がる。つまり言葉による和平が築けると思うんだ」
愛「なるほどね……懸念点はその論文を理解できるような人がいるかってところだけど、それも問題ないわけか」
璃奈『向こうの私が、きっと実現する』
あなた「異空間の接続装置を壊して、記憶を消去しても、この論文を元にまたこっちに繋げて、みんなの記憶も呼び起こすんだ」
あなた「もしかしたら何年も先になっちゃうかもしれないけど……これならまたみんなに会えるし、戦争の心配も少なくなるでしょ!」
あの子は目をキラキラさせてそう言った。
果林「……はっきり言って、机上の空論ね。キミたちの世界が璃奈ちゃんのデータを元に急成長したとしても、3倍の時間が流れるこの世界より勝るとも限らない。結局いつかは戦争になる恐れは十分にある」
果林「だけど……キミになら賭けられる気がするわ。私たちみんな、キミの力でもう1度まとまることができたのだから」
歩夢「あなたたちがくるなら、私も頑張らなくちゃ。ゾンビの危険がなくなるように璃奈ちゃんと協力しないと」
しずく「歩夢さん……」
菜々「そうですね!」
みんなこうして変わろうとしているんだ。そのきっかけのあの子の力を、私たちが信じないでどうする。
璃奈『じゃあ決まりだね。みんなラボまで来て。異空間接続と記憶操作の装置を使う』
ラボへ向かうべく、みんなで私の車に乗り込んだ。かすみちゃんたちは飛翔機を持っているけれど、長い別れになるからあの子と話していたいと言い、同じく車に乗り込んだ。
何日か前まではずっと1人で運転していたものだから、これだけの人数を乗せるとなると流石にハンドルが重たく感じてくる。だけどそれは心地いい重さだった。目頭が熱くなるほどに。
はじめはぎゅうぎゅう詰めで生活エリアでみんなで話をしていたみたいで、私は1人運転をしていた。だけどそのうち、あの子の方からこっちの方に顔を出した。
果林「あら、みんなとおしゃべりするんじゃなかったの?」
あなた「みんなには果林さんのことも入ってるからね」
あなた「長かったような、あっという間だったような……そんな日々が終わっちゃうんだね。私、こんなに冒険みたいなことしたの初めてだよ。きっと戻ってからは曲や衣装のアイデアで溢れると思う」
あなた「それも最初に果林さんに会わなかったら体験できなかったし、そもそも帰ることができなかったから……だからありがとう、果林さん」
果林「礼なんてとんでもないわ。私だって、10年間止まっていた時がやっと動き出したんだもの。感謝なんていくらしてもしたりないわ」
それから、ほんの数分間だったけど、2人で話をした。彼女がこの世界に来た時も、こうして2人で話して、久しぶりに笑顔になれたのを思い出した。永遠にこの時間が続いてほしいと、ほんの少し考えてしまう。
それでもラボに到着する。彼女には帰るべき世界がある。だからさよならだ。侑とは笑顔で別れられなかったから、せめて彼女とは、しんみりせずに別れよう。そう思った。
璃奈ちゃんとミアはラボの3階で待っていた。既に異世界接続装置の準備がしてあった。
璃奈「手順を説明する。まずはあなたがこの装置の中に入る。あとは私がこのパネルで操作をすると、向こうの世界に戻れる。前回は想定してた座標がズレたみたいだけど、修正したから今回は完璧」
璃奈「そうしたらこの機械を壊す。思い返せないようにデータ類も全部消去。大変だと思うからみんなに手伝ってほしい」
璃奈「そうしたら次は記憶装置を使う。このラボにいる人みんなが接続のことを知ってるから、一旦みんな装置の部屋に集まって起動する。そうすればみんなの記憶から、接続装置とこの子についての記憶が消える」
あなた「装置の中……この扉を開けて中に入ればいいんだね」
璃奈「うん。だからこれで本当にお別れ」
あなた「お別れにはならないよ。たとえ何年かかってでも、必ず戻ってくるから。だからさよならじゃなくて、また今度、だよ」
彼女は笑ってそう言った。侑も涙は見せなかった。もちろん内心は辛くもあるのだろうが、それでも必ず帰ってくるという強い意志が成せる技なのだろう。
特に示し合わせた訳ではないけれど、みんなも笑っていた。よく見ればかすみちゃんやエマの目には涙がうっすら浮かんでいるようだけど、それでも泣き崩れることはなかった。
あなた「それじゃあみんな────」
果林「ねぇ」
あなた「……?」
チュッ
果林「……愛してるわ」
あなた「……!!??」
あの子が途端に顔を真っ赤にする。もしかしたら、侑と同一視してのことだと思ったのかもしれない。いや、その方が都合がいい。
侑のことは好きだった。いや、今だって好きだ。だけど私は、ずっとバラバラだった私たちをここまで繋いでくれた彼女が、1人だった私に寄り添ってくれた彼女を、たまらなく愛おしく感じていた。
私は、あなたのことが好きだ。
本当は言いたい。行かないで、もっと私と一緒にいて……叫びたいほどだった。だけど、せっかく彼女が笑顔で別れようとしているのだ。私はそれに応えなくちゃ。
この想いを伝えて、彼女を困らせるなんて、しちゃダメだ。だから私は、
果林「……さよなら」
そう言った。
────
──
装置が起動し、大きな光に包まれた後には、扉の向こうに彼女の姿はなかった。元の世界に帰ったようだった。
その瞬間、私は堪えきれずにその場に崩れ落ちた。それを合図にしたかのように、すすり泣くような声が聞こえてきた。みんなもきっと我慢できなかったのだろう。
しばらくはそうしていたが、次の作業が控えている。私たちは物理的に装置を破壊するグループと、文書やデータ上から接続装置の痕跡を消すグループとに分かれて作業した。
やがて装置はどんなものだったのか想像するのができないくらい粉々になった。璃奈ちゃん曰く、このガラクタが何だったのかなどは記憶装置が上手く補完してくれるのだと言う。
そして最後はラボの研究員もみな集まって、記憶装置の周りを囲んだ。この機会からは特殊なガスが噴き出し、それを吸った人があらかじめ設定させてあるとおりに記憶を失うのだという。
この技術を使えば、操作者の記憶が消さずに残ることもなく、みな均等に記憶を消すことができる。
やがて私はこの想いすら消してしまう。悲しいけれど、私が、そしてあの子が決めたことだ。
向こうの研究がどれだけ上手くいくかわからない。もしかしたら2度と会えないかもしれない。でも、それでもあの子を信じよう。
信じればきっと会える……そんな奇跡が、1度くらいおこったっていいだろう。
次第に視界が霧に包まれる。瞬間、走馬灯のようにあの子との想い出が駆け巡る。初めて会った、銃を突きつけた瞬間。演習場での戦い、かすみちゃんとの激闘、愛たちを探した旅、ラボへの潜入と、虹ヶ咲での死闘。
そして……あの子への想い。
薄れていく意識の中で、また涙がひとすじ溢れていくのを感じた。
ありがとう。
また会える日まで……
──9年後──
ブウウウゥゥゥン…
果林「ふぅ、荷物は全部届けたみたいだし、これで今日の作業は終わりね」
プルルルル
果林「はい、果林よ」
愛『おっつー、カリン』
果林「あら愛、どうしたの?」
愛『大阪エリアもだいぶ賑わってきたからさ、たまには遊びにおいでよ!栞子とランジュも誘ったからさ!』
果林「ねえ、私が車で行くのを知ってて言ってるの?」
愛『いいじゃん、一泊くらいしていきなよ〜』
果林「そんなことしてる余裕ないでしょう。今は北陸エリアの復興途中なんだもの。いくら人手があっても足りないくらいよ」
愛『じゃあこの際飲まなくたっていいからさ〜』
果林「はいはい、愛たちがこっちに来たら考えてあげるわ。それじゃあね」
プツン
果林「はぁ……悪いことしたわね。どこかで埋め合わせしないと……」
果林「でも確かに、最近働き詰めだからたまには息抜きもしなきゃかしらね。何か楽しいことでもあればいいのだけ……ん?誰かしら……?」
果林「……ゾンビはもういなくなったけど、このご時世にヒッチハイク?珍しいわね……」
ブロロロ…キキー!
果林「どうかしたの?」
「私のこと、覚えてる?」
果林「……」
「あはは、覚えてないってことはちゃんと記憶も封じたんだね。随分時間かかっちゃったからなぁ……でも大丈夫!なんたってウチの璃奈ちゃんが作ったこのドリンクを飲めば────」
ギュッ
「か、果林さん……!?」
果林「全部……全部思い出したわ……装置のことも、キミのことも……!!」ポロポロ
果林「おかえりなさい、あなた……!!」
あなた「ただいま、果林さん」
果林「私、10年ぶりに寝坊したのね……」
〜Fin〜
元スレ
エマ「果林ちゃんを1人にしちゃったのはわたしだってそうだよ。あの日果林ちゃんがわたしに声をかけてくれた時、果林ちゃんについていけなかった」
エマ「璃奈ちゃんとかすみちゃんの先輩として、2人のことは守ってあげたいって、2人ののぞみは叶えてあげたいって、そう思ってたの」
エマ「だからあの子を侑ちゃんにする計画だって、2人がそうのぞむならなんとか手伝ってあげたいって、そう思ったんだ」
わかってはいた。エマはエマで、あの2人のことを守ろうとしてくれていたんだ。もしも別世界の侑を探して、その子に侑の記憶を注ぎ込む計画が無ければ、あの2人が絶望のあまり自殺してしまっていた可能性は十分あるだろう。
果林「ただ、逆に言えば2人には感謝もあるの。璃奈ちゃんとかすみちゃんのそばにいてくれてありがとう。もし私たち3人ともラボを出ていれば、もっと2人は暴走していたかもしれない」
果林「それに1人になったのは致し方ないとは思うの。あの子を殺してしまった私の罪なんだから」
彼方「ちがうよ。前にも話したことあるけど、これは果林ちゃんだけの罪じゃないってば」
エマ「国内旅行にしようって提案した彼方ちゃんの罪。あの山に行こうと言ったわたしの罪。そしてあの山で迷子になった果林ちゃんの罪。3人の罪なんだよ」
久しく忘れていた。あの子が崖から落ちて、なす術ないまま救助された私に、エマと彼方はそう言ってくれたんだ。
彼方「ここで1人になって考えて……それで思ったの。今さらって思われるかもしれないけど……これからは彼方ちゃんにも背負わせてほしいんだあ」
エマ「……わたしも。璃奈ちゃんとかすみちゃんの心を少しでも晴らしてあげられるなら、今度は果林ちゃんに協力したい。そして、歩夢ちゃんたちのことも」
果林「そうね……いつかは歩夢たちのことも考えないといけない。彼方やエマが協力してくれるなら、これ以上はないわ」
こうして同期で顔を合わせたのはほぼほぼ1年ぶりだった。こうやってぶつかって、やっとわかり合うことができたみたいだった。まだ予断を許さない状況ではあるけれど、あたたかな時間を過ごすことができた。
ランジュ「戻ったわよ!」
ミア「全く、なんでボクまで……」
エマ「あれれ、ミアちゃん……?」
ランジュ「ミア、お腹が空いたみたいなの。さっきの料理は残ってないかしら?」
彼方「よ~し、それじゃあ彼方ちゃんが腕によりをかけてあげようじゃないか~!」
少しずつ広がってきた和解の輪。また賑やかになりそうだった。後はあの子を信じるしかない。
385: 名無しで叶える物語 2021/11/22(月) 22:20:50.86 ID:XZjDGqoTp.net
──ラボ3階──
所長室の扉を開く。中はかなり広い部屋になっていて、あちらこちらに精密機械や大型の装置が置いてあった。その正面、大型モニターの前にその人はいた。
白衣を着て、腰くらいまで伸びたピンク髪。背はほとんど知っている姿と変わらない。だけどその素顔は、無表情ながらわたしが知ってるその人よりもずっと暗く、絶望を感じさせた。
この人こそが、この世界の璃奈ちゃんなんだ。
あなた「一応はじめましてだね、璃奈ちゃん」
璃奈「……理解ができない。果林さんから私の目的を聞いていて、それでもこのラボに乗り込んでくるなんて」
あなた「璃奈ちゃんの苦しみ、正直想像もつかないよ。もし同好会のメンバーが死んでしまったら、私だってどうなるかわからない。簡単に気持ちがわかるなんて言えない」
あなた「だからこそ、璃奈ちゃんの役に立ちたいんだ。ほんの少しでも璃奈ちゃんの心が軽くなればいいなって思って」
あなた「でね、私の世界だと璃奈ちゃんは私と出会うよりも前に仲良くなった友達がいるんだ。机上の空論だけど、璃奈ちゃんはその子となら絶対に仲良くなれるし、少しでも心のもやもやが解ければいいなって」
璃奈「それでその人を紹介するためにここに来たの?ますますわからない。それくらいで解消できると思ってるなら、やっぱり全然わかってない」
愛「そう言わないで話だけ聞いてよ、りなりー」
愛ちゃんが会話に加わる。そしてその瞬間、ゾンビに出くわしたかと思うほど空気が凍りついた。
愛「どう?璃奈のあだ名。急に仲良くなれってこの子もだいぶ無茶ぶりなんだけどさ、仲良くなるにはこういうのがあった方がいいかなって思って」
璃奈「……その名前、知らない人の口から聞きたくない」
どうやら『りなりー』というワードが地雷だったみたいだ。そういえば果林さんが、侑さんは璃奈ちゃんをそう呼んでたって言っていた。
愛「知らない人かあ……やっぱ覚えてないよね。アタシとりなりー、初対面じゃないんだぜ。プレゼントだって貰ったんだから」
愛ちゃんはそう言うと、ポケットから何か紙のようなものを取り出した。
392: 名無しで叶える物語 2021/11/23(火) 23:39:58.26 ID:z5sLog+4p.net
璃奈「あっ……」
愛「思い出した?」
それはお台場にあっただろうアミューズメント施設の割引券のようだった。
愛「あの時はいきなりでビックリしたまま受け取っちゃったけど、あの時のりなりーの様子からして、一緒に行こうって言わなかったこと、後悔したんだ」
愛「でも、それからりなりーは侑って子と出会って、スクールアイドルを初めて、相手に表情を伝えるボードを作って……別にアタシがいなくても大丈夫なんだ、杞憂だったんだって思ったの」
愛「だけど、あの子が亡くなったって聞いて、同好会の子たちがみんな暗くなって、スクールアイドルもやめちゃって……」
愛「もしあの時、この券をただ受け取るんじゃなくて一緒に行ってさ、りなりーと友達になれてたとしたら、少しはその悲しみに寄り添うことができたのかなって思ったんだ」
愛「卒業してからも、論文とかで一方的に知ってたよ。どんどん研究で成果を出してたのは素直にスゴいと思う。だけど、そうしなきゃいけないくらい、やっぱり辛かったのかなって……」
璃奈「思い出した……でもだから何?それを受け取らなかったらこうなってないとは思わない。侑さんが死んだ時点で、私はきっと同じ道を選んでる」
愛「まあ、自分のことを買いかぶりすぎかもしんないし、こっちの後悔を解消したいがための自己満足って言われちゃったらそれまでだと思う」
愛「けどさ、別世界では友達なんだって聞いて、やっぱりアタシの考えは間違ってもないのかなって思ったんだ」
愛「だから今日はさ、あの時できなかったことをやろうよ」
そう言って愛ちゃんは、自分の持っていた予備の銃を璃奈ちゃんの方に投げた。
璃奈「……どういうこと?」
愛「あそこってさ、結構本格的なシューティングゲームがあるんだ。あの時りなりーと一緒に行ってたら、きっとそれをやってたと思う」
愛「だから今日あの時の続き。この銃を使ってさ、愛さんと遊ぼうぜ!」
393: 名無しで叶える物語 2021/11/23(火) 23:47:20.83 ID:z5sLog+4p.net
愛「ルールは簡単。よーいどんで撃ち合って、相手の身体に命中させたら1ポイント。どっちかが得点したら1度仕切り直して再スタートして、多くのポイントをとったほうが勝ち!」
愛「見たらさ、ここにも充電装置があるよね?まあ研究室も兼ねてるだろうから当然っちゃ当然なんだけど、だから弾切れの心配なく何試合でもできる」
愛「君には合間合間の充電を手伝ってもらおうかな。そうすればさ、10試合でも20試合でも、満足するまで遊べるわけよ」
璃奈「何試合もなんて必要ない。私があなたを撃てば、あとは侑さんの器を記憶装置まで連れていくだけ。それで私の計画は実現できる」
愛「確かに!愛さんが1回でも負けちゃうとそうなっちゃうか~、こりゃ頑張んないとな~!」
璃奈「私に武器を渡したこと、後悔させてあげる」
璃奈ちゃんはそう言って静かに銃を持った。フィジカルこそ愛ちゃんにはかなわないだろうけど、こっちの世界の璃奈ちゃんもミアちゃん同様ゲームは得意だ。愛ちゃんといい勝負をするかもしれない。
もし愛ちゃんが撃たれれば、次は私の番だ。それまでに何とか璃奈ちゃんの心を動かすような説得を考えなきゃ、私の意識は終わってしまう。
愛「じゃあ君はよーいどん係に任命するよ。そのほうが公平っしょ?」
璃奈「どっちでもいい。結果は変わらない」
あなた「わ、わかった。それじゃあ第1試合、よーい……どん!」
その瞬間、
璃奈「……!?」
愛ちゃんが消えた。
394: 名無しで叶える物語 2021/11/23(火) 23:57:50.58 ID:z5sLog+4p.net
大きなモニターの前にはイスがあって、璃奈ちゃんは最初そこに座っていた。そしてモニターの反対側には、これまた大きなデスクがある。設計図やら数式などが書かれた紙が無造作に置かれていた。
愛ちゃんは合図を聞いた瞬間、姿勢を低くして猛スピードでデスクに接近した。あまりのスピードに一瞬愛ちゃんを見失い、消えたと錯覚したほどだ。
デスクに急接近した愛ちゃんはそのままデスクの影に隠れるような位置をとった。背はほとんど伸びていないだろう璃奈ちゃんの視線では、愛ちゃんの姿は黙示できないだろう。
ズキュウウン!!
愛ちゃんはそのまま飛び出して瞬間的に狙撃した。璃奈ちゃんは不意を突かれて胴体にもろに雷撃を受けてしまう。
璃奈「嘘……」ビリリッ
愛「まずは愛さんが1ポイントだね!」
愛ちゃんは複数の銃を持ってきていて、かすみちゃんとの戦いではランジュちゃんが使ったような安全装置を壊した銃を使っていた。
だけど突入前に聞いた時、愛ちゃん自身は基本的には普通の銃を使っているみたいで、改造銃は1つしか持ってきていないそうだ。
つまり今愛ちゃんが持っているのは普通の銃ということになる。なのに私は今、愛ちゃんがいつ安全装置を解除したのかもわからなかった。
あなた「ちょ、ちょっと待ってよ愛ちゃん。さっきまでと動きが全然違うんだけど……」
愛「そうかな?別にさっき手を抜いてたつもりはないんだけど……でも今は、なんだか調子がいいなって感じはするかも!」
もしかしたら愛ちゃんは、根っからの戦闘狂なのかもしれない。戦いを好む人の中には、長く戦いを愉しむ為に無意識で力をセーブしたりする人もいるらしい。
もしも愛ちゃんが無意識でかけているリミッターを、絶対に負けられない戦いというプレッシャーで外していたとしたら、あの鬼神のような動きも理解できる。
愛「さ、どんどん行くよ!」
395: 名無しで叶える物語 2021/11/24(水) 00:05:14.95 ID:+FZ7G4TGp.net
璃奈ちゃんの痺れが取れるのを待って、仕切り直す。再び2人は向かい合ったけれど、璃奈ちゃんの雰囲気が少し変わっている。これが果林さんのよく言う殺意の感覚なのだろうか。
璃奈「次は、負けない」
愛「うんうん、かかってこい!」
あなた「それじゃあ第2試合、よーい……どん!」
今度は璃奈ちゃんが動いた。サッとテーブルを避けて愛ちゃんに接近する。これで璃奈ちゃんと愛ちゃんの間には視界を塞ぐようなものはなくなった。
愛ちゃんはというと、今度はその場で棒立ちしている。璃奈ちゃんが引き金を引こうと指にわずかに力が入った瞬間、愛ちゃんはゆらりと動いた。
璃奈「……こっち!」
璃奈ちゃんは冷静だった。雷撃が出ないほどわずかに引き金を引いて、愛ちゃんを動かすことに成功した。そのまま動いた先の愛ちゃんに向かって今度こそ引き金を引く。
ズキュウウン!!
だけど撃った先に愛ちゃんはいなかった。今度は先ほどと同じくらい素早い動きで回り込み、再び璃奈ちゃんの視界の外に出た。
璃奈ちゃんも察して姿勢を低くしながら振り返る。胴体への攻撃なら避けられただろう行動だけれど、愛ちゃんはさらに上手だった。
ズキュウウン!!
璃奈ちゃんの行動も読んだ上での腰付近をねらった雷撃は、またしても璃奈ちゃんの身体を撃ち抜いた。速度重視の1試合目と比べて、緩急がついた2試合目はますます手がつけられないように感じた。
愛ちゃん、思っていたよりも強い……!
402: 名無しで叶える物語 2021/11/24(水) 23:40:37.04 ID:+FZ7G4TGp.net
────
──
璃奈「はぁ……はぁ……」ビリリッ
愛「よっしゃ、また愛さんの勝ちだね!」
5試合目が終わった。今のところ愛ちゃんの全勝だ。
決して璃奈ちゃんの動き自体が遅いわけじゃない。10年前とはいえスクールアイドルをやっていたわけだし、研究職であってもゾンビのいる世界で過ごしていれば俊敏性は高くなるだろう。
だけど愛ちゃんはそれどころじゃなかった。こっちの世界の愛ちゃんも運動神経が高いけれど、それと比べてもなお異次元のレベルだった。
愛「どうする?とりあえず5試合やったけど」
璃奈「……勝ち逃げなんて、させない」スチャッ
愛「よ~し、まだまだ遊ぶぞ~!」
こうして試合が再開された。6試合目は璃奈ちゃんの方がデスクを使って戦いをすすめていく。私だったら避けられないような不意打ちをするけど愛ちゃんには届かず、逆に頭がわずかに出た瞬間を狙われて愛ちゃんの勝ち。
7試合目、ここで初めて璃奈ちゃんが愛ちゃんの弾を避ける。その隙をついた見事なカウンターは、惜しくも愛ちゃんに軌道を読まれ、逆にカウンターを受けて愛ちゃんの勝ち。
8試合目、またも璃奈ちゃんは愛さんの緩急ある銃撃を読み切って回避し、再びカウンターに成功する。その雷撃は愛ちゃんの弾で相殺され、青白い光で一瞬視界が曇った瞬間を狙われて愛ちゃんの勝ち。
これで愛ちゃんが8戦全勝、圧倒的な力を見せつける。だけど璃奈ちゃんも、銃開発者としての意地か、それともゲーマーとしてのプライドか、どんどん愛ちゃんに食らいつくようになっている。
このままいけば、愛ちゃんが撃たれることになるかもしれない。
403: 名無しで叶える物語 2021/11/24(水) 23:46:39.33 ID:+FZ7G4TGp.net
あなた「じゃあ、よーい……どん!」
9試合目が始まった。璃奈ちゃんは愛ちゃんに向かって走っていく。愛ちゃんもまた、璃奈ちゃんの方へ歩いていった。
不意に愛ちゃんがギアを上げて左に動いた。これまた緩急が効いていて私は一瞬見失いそうになったほどだけど、璃奈ちゃんは愛ちゃんの進行方向を完璧に察知して銃口を向ける。少しずつ愛ちゃんの動きが読まれているのかもしれない。
愛ちゃんはそうかと思えば急停止し、姿勢を低くして再度猛スピードで動き出した。そのアクションにも璃奈ちゃんは慌てずに愛ちゃんのことを追っていく。
ズキュウウン!!
愛ちゃんの行動の数手先を見据えたかのような雷撃に、思わず愛ちゃんもやや大きな回避行動をとった。愛ちゃんがすかさず撃ち返そうとした瞬間には、璃奈ちゃんがさらに愛ちゃんに近づいていた。
ズキュズキュウウン!!!!
愛ちゃんが近づいてきた璃奈ちゃんに雷撃を撃った直後、璃奈ちゃんも引き金を引いた。璃奈ちゃんは元から避けるつもりがなかったのか、そのまま雷撃に直撃する。
だけど、避けるアクションを挟まなかったことでより速く狙撃することができたこと、そしてかなり近づいて狙撃したことが功をそうした。
愛「いいね、やるじゃん……!」ビリリッ
璃奈ちゃんの雷撃が、初めて愛ちゃんに届いた。
409: 名無しで叶える物語 2021/11/25(木) 23:40:03.35 ID:gf0MR4cgp.net
2人の銃からマガジンを回収して充電をする。それまではその間特に会話もなかった2人だけど、初めて璃奈ちゃんが愛ちゃんに声をかけた。
璃奈「普通の動きとは思えない。Sランクの討伐経験、ある?」
愛「う~んどうだろ……相手が何ランクか一々気にしてられないからなあ」
璃奈「反射神経はエマさんにも勝ってる気がする。いつもその動きができれば、きっとSランクも問題ないはず」
愛「今日はなんだか調子がいい感じがするし、いっつもこうってわけにはいかないけどね」
もしかしたら、この戦いの中で璃奈ちゃんが愛ちゃんのことを認め始めているのかもしれない。
再び仕切り直して試合が始まる。璃奈ちゃんが試合を組み立てているように見えるけれど、最後の方で愛ちゃんに裏をかかれて負けてしまっていることが多い。よくて相打ちで、基本的には愛ちゃんに軍配が上がっている。
けれど、璃奈ちゃんも少しずつ愛ちゃんの攻略ができているみたいだった。最初は圧倒的なスピードに瞬殺されていた璃奈ちゃんだったけど、気づけば試合も長くなり、決着までに時間がかかることも増えていった。
そして21試合目。私の合図とほぼ同じタイミングで璃奈ちゃんの雷撃が放たれる。愛ちゃんは猛スピードでかわして回り込み、璃奈ちゃんの左後方に位置取って銃を構えた。
だけど、構えた銃を愛ちゃんが撃つことはなかった。
ズキュウウン!!
愛「……!?」ビリリッ
410: 名無しで叶える物語 2021/11/25(木) 23:50:25.53 ID:gf0MR4cgp.net
愛ちゃんが回り込んだ時、璃奈ちゃんは正面を向いたままだった。きっと愛ちゃんを見失ったんだと思ったんだけど、そうじゃなかった。
璃奈ちゃんは正面を向いたまま右腕だけ動かして、左脇の下から銃口だけ愛ちゃんに向けて、ノールックで狙撃をしたんだ。
愛ちゃんもきっと私と同じく、璃奈ちゃんが正面を向いたままだから見失ったと思ったんだろう。そして攻撃の構えをとった。だけど、だからこそ璃奈ちゃんのノールック射撃への反応が遅れたようだった。
璃奈「これまでのデータから、あのタイミングであの位置に銃撃を撃てば、その位置に移動すると思った」
20試合のデータを集約して、愛ちゃんの動きを完全に見切ったんだ。だからノールックで愛ちゃんに当てることができたようだった。
そのまま璃奈ちゃんは愛ちゃんのもとへ歩いていく。愛ちゃんが持っていた銃を拾って、マガジンを抜いた。これで愛ちゃんの痺れが回復しても攻撃ができない。
そのまま私の元へ歩いてくる。きっと私では璃奈ちゃんには敵わない。だけど今璃奈ちゃんの銃は残弾がない。隙をついて狙撃すれば、当てるまでいかなくても時間は稼げるだろう。
私の目の前まで来ると璃奈ちゃんの銃のマガジンを抜いた。さっき愛ちゃんの銃から抜いたマガジンを入れられればこの距離なら避けられない。私も覚悟を決めて自分の銃に手をかけようとしたとき、璃奈ちゃんが言った。
璃奈「充電、お願い」
411: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 00:06:53.80 ID:QKUowZ/tp.net
あなた「う、うん。わかった」
璃奈ちゃんから2つのマガジンを受け取って充電する。
試合が始まる前、璃奈ちゃんは愛ちゃんを撃って私のことを記憶装置に連れて行くと言っていた。今は愛ちゃんが電撃でやられていて、璃奈ちゃんと私が1対1になる絶好の機会だったはずだ。
だけど璃奈ちゃんは私のことを狙撃しようともせず、試合のことを優先したようだった。
璃奈「今のは勝ったとはいえない。次からは見ないで撃つ方法も警戒されて上手くいかない。本当の意味で動きを読み切らないと、勝ちじゃない」
充電したマガジンを渡した時、璃奈ちゃんはそう言った。
やがて愛ちゃんも復帰して、また試合が再開される。璃奈ちゃんが言った通り、愛ちゃんは1敗を受けてますます集中が高まったようで、璃奈ちゃんの際どい狙撃にも素早く反応してかわしていた。
2人の試合は熾烈さを極め、気がつけば1時間くらい経っていた。やはり愛ちゃんの勝率は圧倒的だったけど、後半は璃奈ちゃんの狙撃が決まることも増えてきていた。
愛「いや~、遊んだな~」
璃奈「はぁ……はぁ……」
しまいには、大きな研究室の真ん中で、愛ちゃんと璃奈ちゃんは大の字になって横になっていた。愛ちゃんも璃奈ちゃんも汗だくで、その姿は河川敷で青春している高校生のようだった。
果林「……どういうことなの?」
後を追ってきた果林さんたちがやってきて、その光景に訝しんだほどだった。
413: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 00:48:52.76 ID:QKUowZ/tp.net
あなた「果林さん、ランジュちゃん、無事だったんだね!」
ランジュ「当然よ!ランジュは強いんだから!」
果林「何とかね。キミも無事でよかったわ……」
あなた「それに、彼方さんやエマさんたちも……?」
彼方「いやあ、あなたのことを襲っておいてこんなことを言うのも変なんだけどさ、ちょっと心配で」
エマ「わたしも……」
ミア「別にボクはどっちでもよかったけどね。もともと侑って子には縁がないし……ただ、放っておくのも何となく気分が悪くてね」
かすみ「……」
あなた「かすみちゃんも、来てくれたんだね」
ミア「ここに来る途中にボクの研究室に寄ったら、かすみがそこにいたんだ」
あなた「ミアちゃんの研究室に?どうして……?」
ミア「ボクの研究室には記憶装置がある。そこに対象の人物を入れると、その人物の記憶を消して、任意の記憶を埋め込むことができる」
あなた「記憶装置のところ?それって……」
璃奈「……私を止めるつもりだった?」
かすみ「……うん」
かすみ「私は2回も先輩のことを狙った。どっちも本気だったし、もし私が勝ってたら先輩の存在は無くなってた。だけど先輩は、2回とも別れ際に私のことを気にかけてくれた」
かすみ「侑先輩じゃないけど、やっぱりこの人は、かすみんの大好きだった先輩にそっくりだから……だからりな子を止めようと思った」
あなた「かすみちゃん……」
416: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 01:21:43.49 ID:QKUowZ/tp.net
璃奈「……かすみちゃん、エマさん、彼方さん、ミアちゃん」
璃奈「巻き込んでごめんなさい」
璃奈「侑さんは私の世界を広げてくれた人。だからあの人がいなくなった時、何もかもが真っ暗になった」
璃奈「どうしても、どうやってでも会いたくなった。こんなやり方、本当は良くないことなんてわかってて、でも止められなかった」
璃奈「だけど今日、久しぶりに何もかもを忘れて熱中できた。全然勝てない相手と真剣勝負をして、どんどん勝ちに近づいていって……」
璃奈「……楽しかった。熱くなった。きっと私と愛さんは、仲良くなるように運命づけられているような、そんな気がしたの」
璃奈「そしてこの人は、上手くいく保証なんてないのに、私のために愛さんを探して、勝算もないのにラボにまでやって来た」
璃奈「この人はすごい人。この人を元の世界から奪ってしまったら、きっと大変なことになる」
璃奈「……許してくれるなんて思わない。勝手にこの世界に連れてきて、危険なことをさせてしまった。本当にごめんなさい」
璃奈「そして果林さん、私と対立してでもこの人を守ってくれてありがとう」
璃奈「私は……計画を諦める」
あなた「璃奈ちゃん……許してくれるなんて思わないなんて言わないで。私は楽しかったよ。10年経ったみんなの姿が見れたことも、こんなに刺激的な世界に来れたことも」
あなた「こんなこと、璃奈ちゃんのすごい研究がなかったら体験できなかったことだよ。元の世界に戻ったら、きっとこの経験をもとにいろんな曲が作れると思うんだ。だからありがとう、璃奈ちゃん」
璃奈「……やっぱりすごい人。私に感謝をしてくれるなんて」
こうして、璃奈ちゃんたちラボのメンバーと、なんとか和解することができた。積もる話もあるから、今晩はラボの食堂でみんなでご飯を食べようなんて話をした。やっと平穏な日々が────
「楽しそうだね」
瞬間、声が聞こえた。果林さんとエマさん、愛ちゃんが素早く声の主に反応して武器をとる。全く気がつかないうちに、研究室の扉のそばに女の人が経っていた。
「同士討ちしてくれたら楽だったんだけど、こうなっちゃったんだね」
あなた「────歩夢……ちゃん……?」
425: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 21:52:14.81 ID:QKUowZ/tp.net
背は少し伸びているし、知っている姿よりもやや痩せていて、目に生気がない。だけどあのシニヨンは間違いない。あの人こそ、この世界の上原歩夢だ。
歩夢ちゃんは私を一瞥するなり言った。
歩夢「……立っている時の重心の位置も、束ねた髪の本数も、左薬指の第一関節から第二関節までの長さも、何もかも違う」
歩夢「ふふっ、璃奈ちゃんたちはよくこんな偽物で満足しようと思ったね」
璃奈「……何をしに来たの?」
歩夢「あれ?最近ずっと私たちの動きを探ってたみたいだし、璃奈ちゃんみたいに頭のいい子ならわかると思ったんだけどなあ……」
声も少し大人びているようだけど、間違いなく歩夢ちゃんの声だ。だけどその口から出される言葉は、どこか毒々しいものだった。
歩夢「だけど、流石にこんなにみんな揃ってるなんて思わなかったよ。特に新旧の討伐隊がどっちもいるのは、いくら私でも少し分が悪いかな」
果林「へぇ……どちらか1人なら何とでもなるような言い方ね」
歩夢「そう言ったんだよ?だけど、計画が少しでも失敗する可能性があるなら、無理をする必要がないもんね」
璃奈「私がこの人を元の世界に戻せばいい。歩夢さんの計画はそれで────」
歩夢「できると思う?そこの女は腐っても侑ちゃんの紛い物なんだから、きっと私のことを放っておかないよ。敵対した璃奈ちゃんに会いに来るくらいなんだから」
歩夢ちゃんの計画……?歩夢ちゃんは侑さんを死の世界から呼び戻すためにゾンビを量産していたって話だったけど、それと私に何の関係が……?
歩夢「今日は仕切り直すことにするけど、次会った時が計画の最終段階だから、楽しみにしててね」
果林「歩夢の目的はわからないけれど、ここから逃げられるとは思わないことね!」
ズキュウウン!!
果林さんが歩夢ちゃんに向かって雷撃を放つ。タイミングも位置取りも完璧だったはずだったのだけど、雷撃は歩夢ちゃんに当たらなかった。
果林「消えた……?」
歩夢ちゃんが、忽然と姿を消してしまったから。
426: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 21:58:27.43 ID:QKUowZ/tp.net
彼方「消えちゃった……」
かすみ「さっきまでそこにいたはずですよね?」
エマ「それに、どうやってここに入ってきたのかな?歩夢ちゃんの気配は、歩夢ちゃんが声をかける直前までどこにも無かったのに……」
ミア「ラボのセキュリティを掻い潜るとはね……」
ランジュ「ランジュにもわかるように説明してよ!何がどうなっていたの?」
あなた「……璃奈ちゃんは何か知ってるんだね?」
果林「計画って言ってたわよね?歩夢は一体何をするつもりなの?」
璃奈「……研究の合間に、ゾンビについてもっとよく知って、より良い武器や製品を作るために、私とミアちゃんで歩夢さんのことを調べてた」
璃奈「そうしたら最近、歩夢さんがゾンビじゃない、真の死者蘇生の方法を発見したことが判明したの」
愛「真の死者蘇生……?」
璃奈「蘇生させたい死者が亡くなった時点での年齢・身長・生年月日が全て一致している人物を依り代にすること。それが条件」
璃奈「ただ、年齢や身長はともかく、生年月日までが完全に一致していることなんてほとんどあり得ない。特にこの荒廃したこの世界で見つけるのは至難の業」
璃奈「まして歩夢さんが蘇らせたい人は、亡くなった時点で10代の女の子。そんな小さい子は基本的に海外に脱出して暮らしているから、よほどのことがない限り見つけることが出来ない」
璃奈「……だからきっと歩夢さんは、私の計画を利用することにしたんだと思う。侑さんと十中八九同じプロフィールを持った存在が現れるのを待っていた」
璃奈「それが、あなた」
427: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:06:45.44 ID:QKUowZ/tp.net
身体が思わずぶるッと震える。歩夢ちゃんの目的もまた、璃奈ちゃん同様に私だったんだ。そして私を生贄にすることで、侑さんの復活を企んでいた。
ただ、理にはかなっている。人口が流出したこの世界で女子高生の女の子を片っ端からさらって試すよりは、侑さんと似た境遇を持つ存在が現れるのを待った方が確実だろう。
果林「璃奈ちゃんは、知っていても尚彼女をこの世界に連れてきたのね」
璃奈「私は私で、やっぱりどうしても侑さんに会いたかったから……だから、ごめんなさい」
あなた「ううん、さっきも言ったけど、私はもう気にしてないよ」
果林「私も責めるつもりはないわ。その資格もないだろうし……気を悪くしたならごめんなさい」
璃奈「だけど、私はもう計画を諦めた。だからこの部屋にある異空間転送装置を使って元の世界に戻れば、歩夢さんの計画は崩れる」
あなた「そうなんだね……だけど、それじゃあダメだよ」
果林「ねぇ、歩夢のことなら気にしなくてもいい。私たちで何とかしてみせる。だからキミは元の世界に戻ってもらえればそれでいいの」
あなた「だけど歩夢ちゃんは不思議な力を持っているみたいだよ。もし仮に私が元の世界に帰ったとしても、無理やり装置を起動させてまた私を連れてくるかもしれないでしょ」
あなた「もしかしたら装置を使うために璃奈ちゃんにひどいことをする可能性だってあるよね。だったら私は無責任に元の世界に戻るなんてできないよ」
かすみ「でもでも、そうやって侑先輩のことが危険な場所に行くことを私たちが止められなかったせいで、侑先輩は……」
あなた「大丈夫だよかすみちゃん。私にはみんながいる。みんなで協力して、歩夢ちゃんのことを助けてみせる!」
428: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:10:38.16 ID:QKUowZ/tp.net
果林「キミのことだもの。どうせ説得はできないものね……なら私は協力する。歩夢たちの目を覚まさせてあげないとね」
愛「アタシはよくわかんないけどさ、乗り掛かった船ってヤツだし、手伝えるところは手伝うよ」
ランジュ「突然消えてしまうなんて、歩夢ってスゴイのね!決めたわ、ランジュもやるわよ!」
あなた「みんな……」
璃奈「私たちも出来る限り協力する。だけど、この世界には助けを求めてる人がたくさんいるから、ずっとついていって行動することはできないけど……」
あなた「そうだよね。ゾンビ騒動がおさまった訳でもないし、それは仕方ないよ」
彼方「でも歩夢ちゃんはどうやって消えちゃったのかなあ?そこがわからないと、助けるつもりでもやられちゃうかもしれないでしょ?」
璃奈「詳しいことはわからない。でも歩夢さんたちは世界を巡って、死者を蘇らせる方法を探していた。その中で、神話的な力を持つものを手にした可能性がある」
果林「……『神懸かり』ね」
あなた「かみがかり……?」
果林「ラボを出てから少しだけ調べたのよ。世界には神話上で語られる神の力を宿したモノがいくつかあるらしいって」
ミア「国立国会図書館で盗難にあった書物は、そのほとんどが高咲侑に関するものだったけど、残りは神懸かりについて記載されたものだったはず。まさか果林が……?」
果林「そこまではしないわよ。ただ私は彼女たちの日本での足取りを辿ろうとしたの。そしたら有名な神社をいくつも訪れていることがわかってね。その神社にあった文献から見つけたのよ」
エマ「車は盗んだよね?」
果林「……借りただけよ」
彼方「それじゃあ歩夢ちゃんは、その神懸かりの力を使ったってこと?」
ミア「果林が文献を盗んでいないならたぶんそうだね。ボク達が神懸かりについて詳しく知ることができないようにしたんだと思う」
429: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:16:50.90 ID:QKUowZ/tp.net
あなた「どんな能力なんだろう?」
愛「見た限りは瞬間移動みたいな感じだったよね?」
璃奈「世界に色々神懸かりが散らばっていて、そのどれもが違う力を持っているみたい。だからどんな力なのかの詳細は不明」
ミア「そもそも、死者をゾンビにして蘇らせるなんて不可思議な力からして神懸かりの力だろうね」
かすみ「つまり、神懸かりの力を2つも持ってるってこと?」
ミア「これは推測だけど、死者蘇生についての力を見つけるために世界を巡って、その道中で手に入れた神懸かりを複数手にしていると見ていいだろうね」
璃奈「きっとしずくちゃんやせつ菜さんも、神懸かりの力を手にしているはず」
果林「つまり私たちは、未知の力と対峙をしなければならないのよね……」
ランジュ「いいじゃない。それくらいのほうがわくわくするわ」
愛「愛さんも燃えてきたよ~!念じたら死んじゃうみたいな力じゃなきゃ、何とかなるって!」
ミア「Unbelievable……ほんと、ラボに乗りこんでくるだけあるよ」
璃奈「それで、どうするの?歩夢さんの居場所はわからないし、能力についても調べがつかない。またいつ襲ってくるかもわからないし……」
彼方「慎重に調べて準備を整えなきゃだよね~。その間に向こうが攻めてきたら大変だけど……」
あなた「……ううん、それじゃあダメだよ。愛ちゃんとの約束を破ることになっちゃう」
果林「ちょっとまさかキミ────」
あなた「待ってなんかいられない。明日、歩夢ちゃん達に会いに行こう!」
430: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:23:33.47 ID:QKUowZ/tp.net
かすみ「明日ですかあ!?」
あなた「ラボに来た時と同じだよ。向こうに万全の態勢を整わせる前にこっちから出向けばいいんだ。そうすればこっちにも勝機はあるよ」
エマ「でも、場所だってわかってないんだよ?」
あなた「そうなんだけど……でも、何となくわかるよ。歩夢ちゃんの能力が仮に瞬間移動として、その歩夢ちゃんが拠点に起きそうな場所。璃奈ちゃんを持ってしても、突き止められないような隠れ家になりそうな場所」
あなた「そして、わざわざシニヨンを作るくらい、あの当時の侑さんに縛られている歩夢ちゃんがアジトとして選びそうな場所────」
彼方「そこって……?」
あなた「────虹ヶ咲学園跡地だよ」
果林「……」
愛「ニジガク?でもあそこって確か、海に沈んでるはずじゃ……」
璃奈「だけど、あり得るかも。かすみちゃんたちがパトロールしていても見つけられなかったのも、海の上なら説明がつく。それにあそこは半分水没してるだけで、上の方はまだ生きている」
ミア「だけど、あんな海の上で生活できる?」
あなた「魚や貝を獲ることはできるだろうから、不可能じゃないとは思うよ。電気や火とかをどうしてるかはわからないけどね」
あなた「……本当はある程度調べがついていたんじゃないかなって思うんだけど、どうして話してくれなかったのかな、果林さん」
果林「……キミ、時々怖いくらいね」
果林さんは観念したようにそう言った。
431: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:28:30.20 ID:QKUowZ/tp.net
あなた「やっぱり知ってたんだね。もう、全部話してくれるって言ってたのに……」
果林「知っていたといえば嘘になるわ。私も1年間歩夢たちの足取りを追っていて、そうじゃないかと思っただけなの。確証がなかったから、居場所が分からないといった言葉に嘘はないわ」
果林「でもどうして私が知ってるんじゃないかって気がついたの?」
あなた「果林さん、初めて会った日に虹ヶ咲のことを教えてくれたよね。歩夢ちゃんは虹ヶ咲の跡地にいるんじゃないかって思った時に、その時言ってた言葉を思い出したんだ」
果林【かつての私たちの学び舎は、攻撃を受けて半分水没してしまったのよ。今ではあそこに渡る手段は船しかないわ】
あなた「あそこに渡る手段は船しかない。逆にいえば、船さえ使えば向こうに行く手立てがあるってことを知ってる言い方だよね。それも、推論でもなく断定した言い方だった」
果林「言葉の綾かもしれないでしょう。そもそもこの世界に船があるかどうかもわからないでしょうに」
あなた「ところがそれも果林さんが教えてくれたんだよ」
果林【このコーヒーもね、日本で生産しているのよ。気温などの条件が厳しくて、小笠原諸島まで遠征して研究開発したらしいわ】
あなた「そんなところに行くんだもん。飛翔機なんかじゃ飛んで行けない。だからきっと船はあるはずだよ。まして小笠原諸島よりもずっと近い、あの場所にいけるような船はね」
果林「……まいったわね、私の負けよ。キミが極力興味を持たないようにあえて黙っていたわ」
ランジュ「じゃあ本当に海の上なのね!」
果林「確証がないのは本当よ。だけど、歩夢たちの動向を追っている時、昔あった風変わりなおばあさんに再会してね。その人が言っていたわ。虹ヶ咲に向かっていく船を見たことがあるって」
果林「この世界でそんなことをするような人、歩夢たちくらいしか考えられないもの」
432: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:31:25.77 ID:QKUowZ/tp.net
愛「明日は海の上で未知なる力と対決だね!」
あなた「向こうが攻撃してくるのならそうなっちゃうかな。本当なら説得して和解したいところだけどね……」
ランジュ「話を聞いてもらうなら動きを止めるしかないもの。だったら対決になるわね」
果林「ふぅ、腹を括るしかないみたいね……璃奈ちゃん、急で申し訳ないのだけれど、すぐに用意できる船はあるかしら?」
璃奈「海上調査に使ってる船は、みんな手元にはない。今から作ると、少なくとも1ヶ月はかかる」
あなた「1ヶ月で出来ちゃうのもスゴイけど、流石に今そこまで待つわけにはいかないかなあ」
果林「そうね。向こうが来るのを待っているほうが、勝算は低いでしょうね」
ミア「仮に船が用意できたとして、誰が操縦するんだ?車と同じって訳にはいかないと思うよ」
愛「たぶん慣れれば操縦できると思うけど、1日でマスターすんのはいくらメカニック担当でもちょい厳しいかな」
璃奈「なら、今ある素体を使えばいい」
あなた「今ある素体?」
璃奈「そう。果林さんが持っていった車を、水中でも走れるように改造する。元々海だった訳じゃなくて、道があったところが攻撃で沈んだだけだから、それで目的地までは到達する」
ミア「Got it!それなら1日あれば改造できるね。流石璃奈だ」
璃奈「だけど……私たちが手伝えるのは、今のところそこまで。明日はあんまり協力できない」
かすみ「私たちはパトロールをやめるわけにはいきませんし、りな子たちはラボの研究員たちを放って出られないので……」
あなた「そうだよね……でも、向こうに行けるようにしてくれるだけでありがたいよ!」
433: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:37:25.37 ID:QKUowZ/tp.net
彼方「ごめんねえ。もし外の様子が落ち着いていたらすぐに飛んで助けに行くからね」
エマ「わたしも!ビューンって飛んでいくよ!」
璃奈「もし誰かが現着できれば、私も映像を共有してサポートする」
あなた「心強いよ。ありがとう、みんな!」
ミア「それじゃあ早速取りかかろうか。愛、君はメカニック担当なんだろう?それなら少し手伝ってもらえるかな」
愛「もち!あの車はさっきちょこっとイジったから協力できると思うよ。ねっ、ランジュ」
ランジュ「当然よ。あの車の改造なら無問題ラ!」
あなた「あ、あのミアちゃん。もしも出来るならちょっと手伝って欲しいことがあってね……」
果林「私も、間に合うようなら璃奈ちゃんに作って欲しいものが……」
彼方「うんうん、それじゃあ彼方ちゃんはみんなのためにお夕飯の準備を頑張っちゃおうかな~」
かすみ「私も行きます。かすみんのより美味しいコッペパン、先輩に作ってみせますから」
エマ「わたしも、素敵な紅茶を用意しなきゃね」
それからは大忙しだった。璃奈ちゃんたちが車を改造してくれている合間に、ちょっとした打ち合わせをした。その間キッチンでは彼方さんを中心に料理が次々と出来上がっていたようだった。
その後みんなで食卓を囲んでご飯を食べる。私の世界のみんなの話をしたり、異空間についての興味深い話を聞いたり、ラボの研究員の人たちと交流をしたり、とても楽しかった。
夜もふけて、研究がある璃奈ちゃんたちを除いて、先に私たちは寝ることにした。車は最終調整中とのことで、ラボの仮眠室を使うことにする。
果林「……ありがとうね」
寝る直前、果林さんに声をかけられた。
果林「こんなふうに璃奈ちゃんやかすみちゃん、エマや彼方と話したり食事をしたりできるようになるなんて、正直もう出来ないと思ってたの」
果林「キミが来て本当に世界が変わったわ。だからありがとう」
あなた「……ふふ、まだ早いよ果林さん。明日には歩夢ちゃんたちともそうなると思うからさ」
果林「……そうね、そうなるように頑張りましょう」
あなた「うん。じゃあ、おやすみなさい」
果林「ええ、おやすみ……」
そう言ってしばらくの沈黙。気づけば意識が少しずつ、夢の世界に誘われていった。
434: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:49:27.45 ID:QKUowZ/tp.net
────
──
菜々「全く、こんな状況で単独行動なんて……」
歩夢「ごめんね。ちょっとだけどうなったか興味があって」
菜々「無事だったのですから問題はありませんが……しかし、果たして上手くいくでしょうか?」
歩夢「来るよ。早ければ明日にでも」
しずく「どうしてわかるんですか?」
歩夢「わかるよ……あの子は全然違うけど、それでも別世界の侑ちゃんなんだから。それに、来るための情報は全部向こうは知ってるはずだもん」
菜々「来た時は、私たちで足止めをすればいいんですね」
歩夢「お願いするね。あの子を私の元に連れてきてくれればそれでいい。そうすれば、目的は達成されるから」
歩夢「ついに、ついに会えるよ……ねぇ、侑ちゃん……」ナデナデ
435: 名無しで叶える物語 2021/11/26(金) 22:53:19.67 ID:QKUowZ/tp.net
────
──
─
今日も私は山を登る。
この夢の最後に侑が落ちていくことを、頭の片隅では知りながら、
それでも侑と一緒にいる時間がたまらなく尊く、愛おしくて、
何を言っているのか、朝になれば思い返せないような会話をしながら、山を登る。
侑もきっと運命を知りながら、その場所へ向かって歩を進める。
そして今日もまた、侑は私の手を離れて落ちていく。
10年間、毎日毎日、落ちていく。
450: 名無しで叶える物語 2021/11/28(日) 23:48:35.92 ID:5Hhf/eIyp.net
────
──
─
果林「はっ……はっ……」ガバッ
いつも通りの朝を迎える。けれど飛び込んできた風景はいつも通りじゃない。見上げたラボの天井は、私の日常が少しずつ変わり始めていることを示していた。
ふと横に目をやるとあの子の姿がない。昨日までの私なら、心配と不安で大慌てだっただろう。だけど今は違う。あの子は私の想像よりもずっと強く、芯のある子なのだ。
今度は身体を起こして周囲を見る。ランジュと愛が寝ている姿が見えた。反対側を向くと、エマや彼方、かすみちゃんの姿も見える。この3人は個人の部屋もあるのだけれど、昨日はみんなで寝ようと言う話になってここにいる。
璃奈ちゃんやミアの姿はない。研究職の2人はほとんど研究室にこもって研究や開発をしていて、眠くなった時に寝ているみたいだ。昨日も遅くまで作業をしていたし、本当に忙しそうだ。
ゆっくりと、なるべく音を立てないように起き上がる。そっと部屋を出て廊下へ出る。こんな世界でもなかったら、朝の空気を吸いに外に散歩に出たことだろう。とりあえず目が覚めてしまったので、1階の展示エリアに赴いてみる。
1階に降りると、コーヒーの香りが漂ってくる。一角にあるカフェコーナーで、あの子の姿を見つけた。
あなた「ああ、おはよう果林さん」
果林「おはよう。ずいぶん早いのね。何をしていたの?」
あなた「ちょっと考えがあって、ミアちゃんに協力してもらったことがあってね。その調整みたいなとこかな」
451: 名無しで叶える物語 2021/11/29(月) 00:28:03.28 ID:3pT9AaDKp.net
果林「考え……?」
あなた「うん。歩夢ちゃんは璃奈ちゃんよりもさらに危険そうだし、無策で突っ込むわけにもいかないからね」
果林「歩夢を止められるのは、たぶんキミだけだと思う。キミの策に期待しているわ。でもキチンと寝たの?」
あなた「大丈夫、このくらい平気だから。そうだ、果林さんにもコーヒー入れてあげるよ。ここの機械の使い方は璃奈ちゃんに聞いたんだ」
そう言って彼女はコーヒーの用意を始めた。こんな世界に来てもこれほど順応するんだから、やはり彼女は強い人だ。
あなた「うんできた。はい、果林さん」
果林「ありがとう……うん、美味しいわ」
あなた「どういたしまして。そういえば果林さんは車見た?」
果林「いえ。寝る前に最終調整をしていたらしいのは知っているけれど……」
あなた「私、気になっちゃって起きてすぐ見に来ちゃったけど、完成してたよ。こっちこっち」
私の愛車は1階の展示エリアの左方に駐車していて、璃奈ちゃんを中心に改造をしていた。彼女に手を取られ、その場所まで向かう。
果林「……すごいわね」
一目見て、思わず感動する。ここまで短期間で大幅な改造がされていた。ボディは耐水仕様になっていて、後ろの方には推進力を増すようなジェットがついていた。さらに上部にはすこし機械が追加されていた。
457: 名無しで叶える物語 2021/11/29(月) 23:41:24.66 ID:3pT9AaDKp.net
璃奈「おはよう」
ふと璃奈ちゃんの声がした。彼女もまた起きて降りてきたのだろうか。璃奈ちゃんは夜も遅くまで作業をしていたようなのだけれど、いつ寝ているのだろう。
あなた「璃奈ちゃん。おはよう」
果林「ありがとう璃奈ちゃん。また車がカッコよくオシャレになったわね」
璃奈「持てる力を結集させて改造したから、見た目だけじゃなくて実用性もバッチリ。ボディの加工とジェットの搭載で水陸どちらでもぐんぐん進む」
璃奈「車体の上のマシンは水から酸素を作ることができるから、仮に水中に閉じ込められたとしても安心。おまけに見えないけど車体の下にも強力なモーターを積んでるから、緊急時に浮上もできる」
璃奈「タイヤにも加工がされてるから、水面下の地面がデコボコでも問題なく進む。これだけ改造したんだから、きっと海底探索だってできるはず」
璃奈ちゃんが車の説明を淡々としてくれる。声色や表情に大きな変化はないけれど、説明をする璃奈ちゃんがどこか楽しげに感じるのは、彼女が闇を抜けたからなのだろう。
あなた「本当にありがとう、璃奈ちゃん。これなら向こうでもなんとかなりそうだよ!」
璃奈「科学にできないことはない。相手がどんな超常現象を使ってきたとしても、対策できる。どんと来い、超常現象!」
果林「そうね……未知数の力を相手にしても、璃奈ちゃんたちのアイテムを使えば、きっと立ち向かえるはずよね」
私は今まで通り、私のやるべきことを成すだけだ。そのための秘策も、璃奈ちゃんに用意してもらったのだから。
あなた「璃奈ちゃんが起きてきたってことは、そろそろみんなも起きてくるかな?それじゃあまた食堂に行こうか」
458: 名無しで叶える物語 2021/11/29(月) 23:51:26.37 ID:3pT9AaDKp.net
ラボ2階の食堂に着くと、何人か研究員の子たちがいた。正直ラボに行く時の不安要素にこの子たちの存在があった。討伐隊の1人が勝手に出て行ってしまったのだから、責められてもおかしくはないと思っていた。
ところが昨日の夕食の際には、それが杞憂だったことを知った。すごく心配をしてくれていたらしく、無事なことをむしろ喜ばれたくらいだった。
彼女たちにも挨拶をして、私たちは朝食の準備を始めた。昨日は彼方が腕によりをかけてご馳走を作ってくれたから、朝くらいはゆっくりしてもらうことにしよう。
しばらくするとミアが姿を見せた。彼女とはラボにいた頃に何度か見かけたことはあるけれど、特別親しいわけじゃなかったから、名前だけであの子の知り合いだとは気づけなかった。
それからゾロゾロと討伐隊のメンバーがやってきた。ちょうど良くパンも焼き上がったところなので、昨晩同様みんなで手を合わせて食べ始める。こんなにたくさんの仲間とご飯を食べられるようになったことは、とても感慨深い。
わだかまりはどこにも感じられず、昨日会ったばかりの愛やランジュも不思議と打ち解けていた。異世界で元々仲間だったというのもあるのだろうけれど、やはり輪を取り持つあの子の存在が大きいみたいだった。
しかし、ずっとゆっくりなどしていられない。朝食をとった後、璃奈ちゃんとミアは研究室に戻ると言った。
璃奈「困っている人たちに頼まれた道具の作成があるから、作業に戻らないと。本当はもっと手伝ってあげたいんだけど……」
あなた「ううん、虹ヶ咲に行けるようにしてくれただけでも十分だよ!璃奈ちゃん、ありがとう!」
ミア「一応通信機だけ渡しておくよ。困ったことがあったらココを押せばボクと通話できるから」
あなた「ありがとう、ミアちゃん!」
459: 名無しで叶える物語 2021/11/30(火) 00:04:25.91 ID:E4LywLx+p.net
かすみ「私たちも一定のルートでパトロールしてて、今日私たちが来るのを待っている人たちがたくさんいるんです」
エマ「昨日も言ったけど、ルートを回りきったら手助けに飛んでいけると思うから、それまでがんばってね」
彼方「彼方ちゃんもラボのみんなのこと見てないといけないから……ごめんねぇ」
討伐隊はかなり忙しく、自由気ままにあちこちを飛び回って、襲われている人を助けるだけが仕事というわけにはいかない。一昨日のかすみちゃんや昨日の彼方が私たちを襲いにきたような、仕事を抱えていることも多い。
だから1日だけ離れて私たちの加勢をするというわけにもいかないようだった。もっとも忙しくさせたのは急に私が抜けて、各々の担当範囲が広まったことが原因なのだから申し訳ない。
あなた「みんなの気持ちは受け取ったよ。必ず歩夢ちゃんたちのことを助けてみせるから」
朝食の片付けをして、いよいよ虹ヶ咲に向かって出発する時が来た。ラボ1階に移動して車に乗り込む。
璃奈「……頑張って」
別れ際、璃奈ちゃんはそう言った。表情は相変わらずあまり変化はないけれど、そこにこめられた想いは確かに伝わった。
果林「……行ってくるわ」
こちらも一言だけ残してラボを後にする。この一言だけで、璃奈ちゃんには伝わったことだろう。
465: 名無しで叶える物語 2021/11/30(火) 23:35:11.10 ID:E4LywLx+p.net
助手席にあの子を乗せ、虹ヶ咲に向けて出発した。耐水仕様に変更されたのに伴って内装も少し変更されていて、愛とランジュも運転エリアにいられるようになった。
あなた「それじゃあこれからの動きを確認しよう。向こうに着いた時の障害は少なくとも3つある。しずくちゃん、せつ菜ちゃん、そして歩夢ちゃん」
あなた「昨日の歩夢ちゃんの様子や神懸かりの話からして、みんな何かしらの超常的な力を使ってくると見ていいと思う」
ランジュ「だけどこっちには武器があるわ。璃奈たちから援助をもらったもの」
愛「アタシが持ってきた武器もまだあるし、それを使って戦えば戦えないこともないっしょ」
果林「あとは誰が誰を担当するかね。昨日と同じように1対1の構図を作っていきたいわね。どんな力かわからない以上、やっぱり1人を相手にして全滅は避けたいところだもの」
あなた「それに歩夢ちゃんの能力が、歩夢ちゃん個人じゃなくて空間そのものに干渉する能力だとしたら、きっと私たちを無理やり分断してくると思う。だから1対1を想定しておいたほうがいいと私も思うよ」
ランジュ「それだと1人余るわね。歩夢に2人がかりで挑むほうがいいかしら」
あなた「どうだろう……歩夢ちゃんは3人の中でもリーダー格みたいだし能力的にもかなり強そうだけど、3人で1番強いかどうかはわからないね」
あなた「だからそこは臨機応変にいきたいところだけど、たぶんそうはならないと思う」
愛「どゆこと?」
あなた「歩夢ちゃんたち3人で宗教組織を作ったってことは、歩夢ちゃんたちを信仰する信者の人たちもいるってことだよね。その人たちがもし虹ヶ咲にいれば、戦闘が増えるかもしれない」
果林「ラボの研究員たちみたいに非戦闘員が大半かもしれないけれど、それにしたって用心にこしたことないわね」
ランジュ「ミアみたいな子がいるかもしれないってことね」
あなた「うん。私の読みが正しければ、ミアちゃんと同じポジションでもう1人と戦うことになると思うから……」
466: 名無しで叶える物語 2021/11/30(火) 23:45:12.34 ID:E4LywLx+p.net
愛「1対1で戦ったあとはどうしよっか?他の戦ってるみんなに助太刀にいったほうがいいよね?」
果林「……できればだけど、その人はそこにとどまってほしい」
ランジュ「どういうこと?」
果林「璃奈ちゃんたちと違って、あの子たちは侑の為に世界を壊してしまった。その負い目は間違いなくあると思うの」
果林「自分たちの計画が上手くいかないと悟れば、その責任をとるようなことをしかねないでしょう。ましてや周りは水に囲まれた陸の孤島……身を投げようとするかもしれない」
果林「それだけは……それだけはさせられないの。世界の敵であったとしても、私にとってはかつて共に高め合った仲間に変わりはないから……」
愛「うん、わかった」
ランジュ「ランジュも構わないわ」
果林「ごめんなさいね……キミはともかく、愛やランジュにとっては赤の他人で、3人のせいで危険な目にたくさんあったでしょうに、彼女たちのためにお願いをしてしまって」
愛「いいっていいって。アタシも昨日初めてみんなと会ったけどさ、上手く言えないけど、みんなとは波長が合う気がするんだ。きっと歩夢たちとも仲良くなれると思うから」
ランジュ「ランジュはゾンビにだってやられていないもの。歩夢たちに特別恨みもないわ」
果林「……ありがとう」
あなた「私からもありがとうだよ。無理やり巻き込んじゃったのにこんなに協力してくれて」
そんな話をしている間に、目的地付近に到着する。この子と初めて会った日にもここに来たが、今はもうあの時とは違う。
果林「じゃあ、行くわよ!」
覚悟を決めてアクセルを踏む。何が待ち受けるかわからない虹学へ向け、水の中へ。
467: 名無しで叶える物語 2021/11/30(火) 23:56:25.35 ID:E4LywLx+p.net
あなた「わあっ……!」
車の全身が全て水の中に沈み、眼前に広がったのは海底に沈んだ都市の姿だった。道路はやはり総攻撃のせいかボロボロだけれど、意外と標識や建物なんかはそのままの姿で残っていた。
愛「まるでSFの世界じゃん!」
あなた「そうだね。崩壊した文明の跡地を探索みたいな感じで、ワクワクするよ」
ランジュ「外を歩いてみたいくらいね!」
水没した建物の間を、魚たちが泳いでいるのがとても幻想的な光景だった。そして魚以外にも、水の中に取り残されたゾンビたちも徘徊している。おそらくは泳げないCランクの個体だろう。
しばらく楽しい海底散歩を楽しんでいたが、やがて目的地が見えてきた。5年前に姿を消したはずの、虹ヶ咲学園の校門だ。門はそのまま開放されているから、先ほど見たゾンビはここから出てきたのだろう。
あなた「ここまで来て誰もいなかったらどうしよう?」
愛「あはは、いいじゃんそれはそれで。楽しいもん、この海中探索!」
果林「先に進んでみましょう。それでハッキリするでしょ」
再びアクセルを踏んで先へ進む。校舎の入り口のドアは壊れていたので、そのまま中へ。中はある程度吹き抜けのようになっているけれど、水は丁度2階部分まで届いていて、そこまで浮上できれば2階に上陸できそうだ。
果林「こういう時は確か────」
出発前、璃奈ちゃんに教えてもらった操作を実行する。すると車の下の方から音がして、車が徐々に浮き始めた。
ランジュ「きゃあ♡浮いたわ!」
果林「この車の力はこんなもんじゃ無いわよ!」
水面近くにあがってきたところで、さらにアクセルを踏み込む。ジェットの力と改造されたタイヤのパワーで、二階へ続く垂直の壁を登る。
ブウウン!
あなた「うわあ!」
果林「よっと……」
それに加えてこれまで培ってきたドライビングテクニックで、無事に2階のフロアに到達した。
468: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 00:09:18.60 ID:sgtgely+p.net
車を降りて、懐かしの校舎に降り立つ。
あなた「運転お疲れ様、果林さん」
ランジュ「最後すごかったわ!あんな壁も登っちゃうのね!」
愛「水の浮力も当然手伝ってはいたんだけど、それにしたってすごいパワーだよね」
果林「感想はそのへんにしておきましょう。私たちはもう敵地にやってきたのよ」
車を出た瞬間から、禍々しい殺意を感じている。昨日歩夢と会った時と似た気配。
果林「……どうやらビンゴみたいね。間違いなくここに歩夢がいる」
あなた「やっぱりそうなんだね……」
愛「とりあえず進んでみよっか」
虹ヶ咲の校舎の中を歩く。あちこちにある窓から外の光がさしていて、電気はないようだけれど真っ暗ではない。
ランジュ「でも、その割には色々機械があるみたいね」
果林「ここに元々あった機械や、外から持ってきたものを分解したりして生活に使っているのかもね。みんな優等生だったから、それくらいできても不思議ではないもの」
あなた「あるいは、そういうのが得意な信者の人がいたのかもね」
果林「────!!」
カツンカツン…
不意に殺気を感知した。廊下の向こうのほうから誰かが歩いてくる。肩くらいの長さの黒髪の女性。おそらく同年代くらいだろう。
あなた「……やっぱりここにいると思ったよ」
「こちらも、報告を聞いてあなたが私を知っているのではないかと思っていましたが、案の定そうなのですね」
愛「何何?知り合い?」
あなた「うん。私のいる世界でスクールアイドルをやっているメンバーの1人で、ランジュちゃんの親友────」
果林「えっ……!?」
ランジュ「────三船栞子よ」
478: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:24:38.65 ID:sgtgely+p.net
果林「栞子……確かランジュが日本に来たのはその子を探すためだって言ってたわね」
ランジュ「そうよ。でもどうしてこんな所にいるの?ランジュ、何度も連絡したじゃない!」
栞子「ある程度察しはつきませんか?私は何としてでも、姉さんにもう1度逢いたいんです」
あなた「もしかして薫子さんは、もう……」
栞子「私が生きていることに絶望して、姉さんと同じところへいこうとした時、手を差し伸べてくれたのが歩夢さんでした」
栞子「もう1度姉さんに逢える……その為なら私は何だってやります。歩夢さんの仰せのままに」
そう言って栞子といった子が、おもむろに杖を取り出した。かすみちゃんのマジカルステッキのような長めの杖で、先端には緑色に光る球体がついている。
栞子「侑さんの器だけお通りください。それ以外の方は、ここで私の相手になってもらいます」
ランジュ「……ここはランジュに任せてちょうだい」
果林「いいのね?」
ランジュ「相手が栞子だもの。ランジュが止めなきゃ誰が止めるのよ」
栞子「……人の話を聞かない癖はまだなおっていないのですね、ランジュ。私は器以外通さないと言ったのですよ」
栞子はそう言うと、持っていた杖を上にかかげた。次の瞬間、
あなた「……嘘」
1階を埋め尽くしていた水が、柱のように浮き上がってきた。
479: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:29:45.14 ID:sgtgely+p.net
果林「もしかしてあの杖……神懸かり!?」
栞子「やはり神懸かりについてある程度は知っているのですね。これもあの人の報告にあった通り、果林さんが各地を巡ってたどり着いたのでしょう」
栞子「まあ少し違いますが、おおかた正解ですよ。厳密に言えば杖ではなく、この宝石が神の力を持っているのですが」
ランジュ「その色……夜明珠ね」
栞子「流石にランジュは知っていますか」
愛「これが、神懸かりの力……!!」
栞子「当然、これだけではありませんよ」
そう言うと、今度は杖を手前に振り下ろした。その動きに呼応するように、水の塊が私たち目掛けて飛んでくる。
愛「逃げるぞーっ!」
愛が私とあの子の手をとって全速力で走る。相変わらず頼もしいほどの反射神経だ。
あなた「果林さん!道案内お願い!」
果林「えっ……?」
あなた「どこにどう逃げるか、果林さんが全部決めて!」
果林「わ、わかったわ!じゃあこっち!」
あれほどの力を前にランジュを置いていくことは少し不安があった。だけどもう覚悟を決めたのだ。ランジュを信じるしかない。
あなた「必ず生きてまた会おうね!」
ランジュ「無問題ラ!ランジュに任せない!」
バシャーーン!
大量の水が廊下に叩きつけられ、やがてランジュと栞子の姿は見えなくなった。
480: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:36:53.79 ID:sgtgely+p.net
栞子「逃しましたか……」
ランジュ「元々逃す気だったでしょ?」
栞子「へぇ、よくわかりましたね」
ランジュ「当然よ。ランジュは栞子の親友だもの」
栞子「夜明珠の力では歩夢さんの悲願であるあの人を傷つけてしまいかねませんからね。それに、足止めする人数は足りていますから」
栞子「それで、私の親友というランジュは、私をどうするつもりなのですか?」
ランジュ「決まってるわ、あなたの頭を冷やしてこんな危険なことをやめてもらうつもりよ」
栞子「危険なことなどありませんよ。私たちには神懸かりの力がある。例えゾンビたちが一斉に反旗を翻したとしても、負けようがありませんから」
ランジュ「……そんなにも凄いものなの?」
栞子「当然です。どうせ私の役割は足止めですから、少し説明してあげますよ。そうすればランジュも、私たちの邪魔をしようとは思わなくなるでしょうから」
栞子「歩夢さんたち……まぁランジュは知らないでしょうけど、彼女たちは神懸かりの力で死者蘇生はできないかと世界中を巡ることにしました。そして日本を出て最初に目をつけたのが中国です」
栞子「中国といえば、不老不死を熱心に探求した国です。秦の始皇帝が不死の薬を求めるあまり、水銀を口にして亡くなったという逸話は有名ですね」
栞子「それだけ死の超越を探求した国ですから、当然死者蘇生に関わるような伝説も残っています。この夜明珠が宿しているのはそんな神の力」
栞子「すなわち、玄武《シェンウー》の力です」
481: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:41:32.72 ID:sgtgely+p.net
栞子「玄武は亀と蛇を合わせたような神獣で、朱雀や青龍、白虎と共に四神と呼ばれるほど日本でもよく知られた神の1柱」
栞子「そして玄武は、もともと『玄冥』という名で、冥界で神託を受け取って帰ってくるという伝説を持ちます。つまり、死の世界から戻ることができるのですよ」
栞子「歩夢さんたちは旅を続け、遂に玄武の力が秘められたこの夜明珠と出会いました。しかしこの宝珠に秘められていた力は、残念ながら冥界を行き来する力ではなかったのです」
栞子「代わりに秘められていたのは、『天亀水神』すなわち玄武の水の神としての神性でした。この夜明珠を扱えば、先程のように自分の周囲にある水を操ることができるのです」
栞子「いくらあなたが特別で、何でもできるとしても、この力の前では争うことなどできないのですよ、ランジュ」
ランジュ「あら、そのほうがワクワクするくらいよ。ランジュの力であなたのことを支配して、必ず正気に戻してみせるわ。覚悟なさい、栞子!」
栞子「あくまでも私と戦うつもりなのですね、いいでしょう……もっとも勝負はもう決まったようなものですが」
ランジュ「どういう────」
ズオオオォ…!
482: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:47:20.23 ID:sgtgely+p.net
────
──
あなた「はぁ……はぁ……」
愛「ふぅ、何と撒けたかな?」
果林「もう、私の方向音痴を特殊能力みたいに使わないでちょうだい」
あなた「あはは……でもおかげで上手くいったよ。たぶん栞子ちゃんたちからはだいぶ離れられたと思うから」
愛「そいじゃあ歩夢を探しにいこうか。どの辺にいるのかな?」
果林「そうね……上の方からかなり禍々しい気配がするわ。とりあえず上の方を目指してみましょう」
階段を探して上を目指す。校舎の中は驚くほど静かで、もう少し信者やゾンビと遭遇するかと思ったのだけれど、その気配は感じられない。
果林「これだけ人がはけられているんですもの……ひょっとしたら私たち、誘い込まれたかもしれないわね」
愛「こっちの奇襲が読まれたってこと?」
あなた「……ない話じゃないかも。私が歩夢ちゃんの隠れ家を推測できたんだから、歩夢ちゃんも私の思考を読んできてもおかしくはないよ」
果林「考えてみれば、さっきの栞子の攻撃の時、殺意はあれど明確な攻撃意識は低かったように思う。もしかしたらここまで歩夢の計算通りなのかも……」
そんな話をしている時、再び強い殺意を感知する。静かで、だけど底が深いような敵意。
果林「来るわ……!」
カツンカツン…
黒い長めの髪を片方少し編み込んでいて、眼鏡をかけている。そして手には、弓。
あなた「せつ菜ちゃん……!」
483: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 22:52:09.41 ID:sgtgely+p.net
菜々「……せつ菜は死にました」
低く、冷たい声で彼女は答える。
菜々「侑さんが死んでしまった、あの日から」
愛「……ここはアタシに任せて」
果林「任せていいのね?」
愛「うん。殺気の感知はカリンにしかできなさいからさ、アタシがここに残るのがベストだと思う」
菜々「……宮下愛さんですね」
愛「へぇ、覚えててくれたんだ。流石全校生徒の名前を覚えてるって噂があった生徒会長さんだ。スクールアイドルやってたって噂、本当だったんだね」
菜々「あなたほどの有名人、生徒会長でなくても知っていますよ。1シーズンに5つの都大会や予選に出場した選手は宮下さんくらいでしょう。部室棟のヒーローなどと呼ばれていたくらいですから」
愛「あはは、そんなことあったね」
菜々「……私の目的はあの人を歩夢さんの元へ誘導することです。宮下さんが残るのならそれで構いません。ただし────」
1度言葉を切って、菜々は弓を構えた。
菜々「あなたが歩夢さんの元へ行けないよう、この『ニーベルン・ヴァレナス』の餌食になってもらいます。覚悟してくださいね、宮下さん」
愛「いいじゃん、燃えてきたよ~!2人は先へ!」
あなた「愛ちゃん、どうか気をつけて!」
菜々と愛を残して、再び上を目指して先へ進む。
484: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 23:02:00.93 ID:sgtgely+p.net
────
──
ズオオオォ…!
最初のランジュへの攻撃で、足元には大量の水が残っています。それを夜明珠で再び浮かせて、そのまま無数の水の弾丸を作り、一斉にランジュに向かって飛ばす算段です。
ランジュ「やるわね……!」
ズキュウウン!!
ある程度距離があるのですが、ランジュは強引に一撃撃ってきました。しずくさんからの情報によれば当たれば30秒ほど動きが停止する雷撃で、その間に私の武器は奪われてしまうでしょう。
射撃の腕は確かなようで、真っ直ぐに私へ向かって飛んできます。
サッ…
とはいえ距離があるので難なく避けられました。しかしそれもランジュは織り込み済みのようです。
ランジュ「ヤッ……!」サッ…
ランジュの攻撃を回避するために弾丸の操作がやや甘かったようで、全方位の攻撃であったものの、うまく掻い潜られてしまいました。
そのままランジュはこちらに向かって走ってきます。近寄れば夜明珠による広範囲攻撃を出せないとふんでのことでしょう。
栞子「甘いですよ、ランジュ!」
再び夜明珠を掲げました。先ほど利用した水を再び持ち上げ、今度は背後から、速度重視の高水圧のカッターを飛ばします。仮に避けたとしても足元の水で足を滑らせれば大きな隙になるでしょう。
バシュゥッ!
ランジュ「栞子なら後ろから来ると思ったわ!」
するとランジュは大きく跳躍し、背後の攻撃を避けました。だけどこの攻撃は仮に避けられても────
ランジュ「えいやあ!」ダッ
栞子「まさかっ……!」
ランジュは濡れた床ではなく、近くにあった柱を蹴ったのです。そしてその勢いのままこちらへ突っ込んできます。
485: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 23:08:24.97 ID:sgtgely+p.net
ズキュウウン!!
さらに飛びながらこちらへの追撃。あの状況下でしっかりと私の胸を狙った攻撃……昔から変わらないランジュの天才ぶりは今なお健在みたいでした。
栞子「くっ……」
かがんで雷撃をやり過ごす。ですがその間にもランジュは私の近くの、濡れていない場所に降り立っていました。
ランジュ「これでさっきまでの水の攻撃はやりづらくなったでしょう。今度はランジュの番よ!」
そう言うとランジュは二丁の拳銃を構えました。確かにランジュの言う通り、これだけ近づかれては先程のような大雑把な攻撃は難しいでしょう。
栞子「ランジュの身体能力は確かですね。ですが私もこのままで負けるつもりはありません」
ランジュ「まだ何かあるのね?」
栞子「……玄武は亀の姿をしていることから、攻撃よりも防御のほうが得意な印象を持たれがちです。事実、軍神としての神性は白虎《バイフー》が担っています」
栞子「しかし玄武は漢字で『武』という文字を使用することから、武神としての神性も持っているのですよ。上手く信仰を得られなかったため知名度は低いですが、中国の四神では玄武が最も強いという考えもあるくらいです。つまり────」
夜明珠を振り、水が私の近くに結集する。超高密度の圧縮された水が鎧を形成して私の身体を包みます。
そして杖の周りにも高密度の水が結集して、如意棒のような武器を形成しました。
栞子「────こういうことです」
ランジュ「へえ……栞子も接近戦をしようっていうのね」
栞子「第二ラウンドですよ、ランジュ。これで完璧なあなたを完膚なきまでに叩きのめしてあげますから」
486: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 23:14:02.54 ID:sgtgely+p.net
────
──
愛と別れ、再び上階を目指す。禍々しい殺意の方向を目指して進む。
あなた「歩夢ちゃんはどこだろう?」
果林「もう1つ上の階だとは思うのだけれど……それにしても妙ね」
あなた「妙……?」
果林「歩夢ちゃんの気配はするの。だけどいるはずのしずくちゃんの殺気が感じられない」
あなた「出かけているのかな?」
果林「……あまり考えにくいわね。仮にここが歩夢のアジトだとすれば、信者もゾンビもいない状況を作っている以上、私たちの訪問は想定しているはず。だとしたら幹部であるしずくちゃんは間違いなくいるはずなのだけれど」
その時、左の方で何かが光ったような気がした。次の瞬間、
果林「……!!」
ブンッ!
私の目の前で、一閃が振り下ろされた。
あなた「しずくちゃん……!?」
しずく「流石ですね。気配は完全に殺していたつもりですが、かつて討伐隊最強と謳われただけはあります」
果林「ふぅ……ここは私の出番みたいね」
あなた「果林さん……」
果林「正直、歩夢の闇を祓えるなら、それは私じゃなくてキミの役目だと思うの。たとえこの世界の歩夢とは親しくなかったとしても、キミが別世界の侑であるならばね」
果林「それに日本刀相手は少し心得ているから」
あなた「……絶対、死なないでね」
果林「お互いにね……さあ、行きなさい!」
彼女は走り出した。これが今生の別れにならないように、私もまずは目の前の敵をどうにかしなければ。
487: 名無しで叶える物語 2021/12/01(水) 23:25:17.17 ID:sgtgely+p.net
しずくちゃんは、彼女のことをすんなりとスルーした。恐らくしずくちゃんの役目は菜々と同じく、歩夢の元へあの子を誘うための、私の足止め係なのだろう。
しずく「あの人1人で、本当に歩夢さんに勝つつもりでいるんですか?」
果林「勝ち負けなんて関係ないのよ。あの子の目的は歩夢の説得。力で競り勝つ必要はない」
しずく「尚更無理ですよ。侑先輩本人ならともかく、あの人では」
果林「やってみないとわからないじゃない。あの子と歩夢にしても、私としずくちゃんにしても」
銃を抜いて構えると、しずくちゃんも刀を再び構えた。この世界で日本刀を扱う人間などほとんどいない。エマ以外では1人しかしらないほどに。
果林「私にここの情報を吹き込んだのはあなたね、しずくちゃん」
しずく「……ふふ、流石に気がつきましたか」
果林「これほどの迎撃態勢を整えられたのにも合点がいったわ。そっちはここの場所を私が知っていることを知っていたんだもの。しずくちゃんの変装と演技力で、老婆を演じていたのね」
おまけにしずくちゃんは気配を殺すことができるようだった。長年の生活で手にした感知は、しずくちゃんを目の前にしても尚機能しない。老婆を演じていたときに殺気で気付かなかったのはそういうことなのだろう。
しずく「変装と演技力ですか……2分の1正解ですね。確かに老婆を演じてはいたのですが、変装はこれっぽっちもしていないんですよ」
果林「……どういうこと?」
しずく「この刀の……神懸かりの力ですよ。これを使うと私は変装の必要なく老婆になりきることができるんです」
そう言ってしずくちゃんは刀を私に見せつけるようにふるった。
しずく「果林さんも聞いたことくらいはあるかもしれませんね。この刀の名は────天叢雲剣」
501: 名無しで叶える物語 2021/12/02(木) 23:45:17.31 ID:6d/xv+zMp.net
────
──
栞子「はっ……!」ブンブン
ランジュ「やるわね……!」
如意棒による攻撃をランジュに仕掛けて行きますが、流石の身のこなしで避けられます。
ランジュ「ランジュはよくわからないけど、武の神性?みたいなものは確かにあるようね。素晴らしい攻撃だわ、栞子」
栞子「お褒めいただき光栄ではありますが、そう言っていられるのも今のうちですよ」
さらに速度を上げた連撃。しかしこれでもまだランジュを仕留めるには至りません。それどころかランジュは、猛攻を避けながらこちらに一撃を加えようと、銃口をこちらに向けました。
ですがこれは、私の狙い通り。
栞子「……今ですっ!」
ボシュ!
ランジュ「きゃあっ……!!」
栞子「知らなかったのですか、ランジュ。如意棒は伸びるんですよ」
如意棒を形成していた水の一部を球形に変形させ、ランジュに向かって発射しました。バレーのスパイクのような水の弾丸を腹部に受け、ランジュはバランスを崩しよろけます。
その瞬間に如意棒を振りかぶり、ランジュに向かって振り降ろします。これでランジュは────
ズキュウウン!!
栞子「くっ……」
追撃は射撃によって阻まれました。ダメージを受けた直後での正確な射撃。流石にカウンターを狙って攻撃を受けたわけではなさそうですが、やはり一筋縄ではいきませんね。
502: 名無しで叶える物語 2021/12/03(金) 00:05:16.24 ID:qbA+RjcLp.net
ランジュ「いたぁい……やってくれたわね、栞子!」
栞子「もう少しダメージを負うと思っていたのですが……なかなか頑丈ですね」
ランジュ「当然よ!ランジュは特別なんだから」
あれくらいのダメージでは意味をなさないとなれば、やはり弾丸を使い切ったところを攻めるのがセオリー。
ランジュは二丁拳銃の使い手で、残弾は右手が1発、左手が2発。これを使い果たしたときがランジュへの最大の攻撃のチャンスです。
とはいえランジュもそれを理解しているはず。となれば残り少ない弾丸はフェイントを交えて使ってくるでしょう。
栞子「やっ……!」ブンブン
そうである以上、ランジュに何かをする隙を与えぬ攻撃を仕掛けることが得策です。そしてこちらが攻めれば、ランジュは私の攻撃を乱すために雷撃を撃ってくるでしょう。そうなれば弾数を減らすことにもつながります。
上から下へ、下から横へ。回転して回り込んでからの振り下ろし。武の神たる玄武の力がこもった鎧を纏っているため、スタミナ切れや攻撃の精度が落ちることもありません。
ランジュがここまでの身のこなしで攻撃を掻い潜るのは想定外でしたが、だとしても私の勝利に揺るぎはないでしょう。
ランジュ「そうね……これならどうかしら?」
ランジュはそう言うと少し距離をとって、持っていた左右の銃から手を離し、別々の手で持ち替えた。
これは二丁拳銃の名手である朝香果林さんのテクニック。おそらく彼女から学んだのでしょう。
確かにこれなら左右のどちらに残弾があるかを惑わせることができます。ですが、ランジュのデータは既に収集済みです。
栞子「その手が通用するか、試してみてくださいよ」
507: 名無しで叶える物語 2021/12/03(金) 23:45:05.72 ID:VEM4uML9p.net
ランジュは私の連撃を危険ととらえたのか、少し距離をとって立ち回りはじめました。本来ランジュは狙撃手なので当然といえば当然なのですが、武の力を手にした私に離れた距離から雷撃を当てるのもまた至難の業でしょう。
そして離れすぎればまた大量の水での物量攻撃も可能になります。この状況下でランジュがあと3発以内に私に銃撃することなど、不可能に近いといえます。
より確実にランジュを仕留めるため、3発打ち切らせるのを待つことにします。元々こちらの狙いは敵チームの分断ですし、焦って攻める必要もありません。
その間にもランジュは、近づいたり離れたりを繰り返して、時折柱の影に身を隠しては現れたりなど、フェイントを織り混ぜています。ですが残弾を気にしてか、なかなか撃ってきません。
ランジュ「やっ!」
かと思えば、時折回し蹴りで牽制をしてきます。水の鎧もあるのでダメージはたいして負わないはずですが、何かランジュに策があると不味いのでここは避けて様子を見ることにしました。
ランジュ「もう……なかなかしぶといわね」
栞子「ランジュこそ、意外と辛抱がきくのですね。もっと考えなしに撃ってくるかと思ってましたよ」
ランジュ「なによう……言ったわね!」
ズキュウウン!!
少し挑発すると、ランジュは弾を撃ってきました。相変わらず射撃のコントロールは正確ですが、距離的にもタイミング的にも、避けるのは造作もありません。
しかしランジュの表情が変わります。まるで私の動きが狙い通りと言わんばかりの表情で口を開きました。
ランジュ「さあ栞子、ここからが勝負よ!」
ズキュウウン!!
508: 名無しで叶える物語 2021/12/03(金) 23:56:00.67 ID:YpNp1Kszp.net
ランジュが再び銃のトリガーを引きました。これで残弾は1。柱の陰で銃を入れ替えている可能性を考慮すると、左右のどちらかは現段階ではわかりません。
しかし、これまで正確に私の身体を捉えていたランジュによる弾道が、ここにきて下の方に逸れました。この角度では避けるまでもなく当たることはない────そう思った瞬間、ハッとして下に目をやりました。
私の足元には、水。
やられた!あのフェイントや回し蹴り、そして直前の雷撃は、私をこの場所に誘導するための策だったのでしょう。挑発してのせたつもりが、私の方がのせられていたなんて……!
走っても水源から抜けられる距離ではない。今すぐにでもここから足を離さなければならない。そう考えると同時に身体は動いていました。
栞子「くっ……!」
すなわち、跳躍。立ち幅跳びの要領で水源を抜けるしかありません。しかし、
ランジュ「もらったわ!」
ランジュが右手の銃を構えます。こちらの足が地面を離れれば、ランジュにとっては絶好の狙撃チャンスとなってしまうのです。
先ほどのように水の塊を放出して、飛んでくる雷撃を相殺することもできるでしょう。しかしランジュが右手の銃をフェイントとして使ってきた場合、タイミングをずらされ私に雷撃が当たってしまいます。
ランジュの言った通り、ここからの一瞬の駆け引きが勝敗をわけることになるでしょう。
雷撃が足元の水源に当たる直前に踏み切りました。宙に浮く私の身体と、それを目で追うランジュ。そして次の瞬間、ランジュはつぶやきました。
ランジュ「再见」
その瞬間、私の勝ちが決まりました。
509: 名無しで叶える物語 2021/12/04(土) 00:05:58.87 ID:jOxsEKs+p.net
気配を殺すことができ、天叢雲剣の副作用で姿を変えることもできる優秀な諜報員のしずくさんが、ランジュのことを教えてくれました。
ランジュが私を探して日本に来て、今回の目標と合流したうえでこちらに向かっているだろうと言う内容でした。
そしてランジュは二丁拳銃を使うこと、安全装置を解除しなくてすむように改造された銃を持っていることなどを話してくれました。
そしてランジュには、決め弾の時に『再见』と言う癖があることを教えてくれたのです。思えば昔ランジュがシューティングゲームをすると言って付き合わされたとき、クリアの瞬間そんなことを言っていた覚えがあります。
今ランジュは『再见』とつぶやき、トリガーを引こうとしています。つまりこの瞬間こそがランジュにとっての決めの一撃であり、あの右手の銃はフェイントではないということになります。
栞子「終わりにしましょう、ランジュ!」
ランジュがトリガーを引いた瞬間に、こちらも宙に浮いた状態で水を発射させます。これでランジュの残弾はゼロになり、私の勝利が────
────ランジュの弾が出てこない……!?
ランジュ「我赢了(私の勝ちよ)……!」
ズキュウウン!!
栞子「そんな……」ビリリッ
完全にタイミングをズラされ、宙に浮いた状態では避けることもままならず、ランジュの放った最後の攻撃は、私の身体を貫きました。
そのまま着地することもできなくなり、床に倒れ込みます。夜明珠は私の手から離れ、私の身体を纏っていた水の鎧も、ただの水に戻ってしまいました。
栞子「どうして……?」ビリリッ
ランジュ「栞子はランジュの親友だから、きっとランジュのクセを知っていると思ったわ。だから最後のフェイントで混ぜてみたの」
立ち位置の誘導、地形の利用、そして最後のフェイント……全てにおいてランジュにリードされたうえで私は負けました。ランジュの方が何枚も、私より上手だったということでしょう。
510: 名無しで叶える物語 2021/12/04(土) 00:25:55.44 ID:jOxsEKs+p.net
ランジュ「これはもらっていくわ」
ランジュはそう言って、私が落とした夜明珠の杖を拾いました。素の私の力でランジュから奪うことはできないのですから、私にはもう争う手段がありません。
ランジュ「どうしてこんなことをしちゃったのよ、栞子」
栞子「……先ほども言った通りですよ。姉さんにもう1度会うには、歩夢さんという方の力を借りるしかなかったのです」
ランジュ「栞子が危険なことをしてまで生き返って、薫子が喜ぶとでも思ったの?」
栞子「そんなの……わからないじゃないですか!姉さんは志半ばで倒れたに違いありません……!どんなことをしてでも生きたいと思っていてもおかしくないでしょう!」
ランジュ「わかるわ。薫子はそんなことを望むような人じゃないでしょう」
栞子「あなたに……ランジュに姉さんの何がわかるというのですか!私は姉さんの妹です!姉さんのことなら何だって────」
ランジュ「妹なのにどうしてわからないのよ!薫子は自由のようでいて、色んな人の助けになるようなことをしてきた人でしょう」
ランジュ「そんな薫子が、栞子に危険な目にあってほしくないってことくらい、赤の他人のランジュだってわかるわ」
ランジュ「歩夢って人たちがどんな人たちかは知らないけど、騙されてゾンビにさせられていたかもしれないでしょう。本当に薫子がそれを望んだなんて、本気で思っているの!?」
栞子「それは……」
よもやランジュにここまで叱責されるなど、想定外です。歩夢さんに力を貸すと決めたとき、そんな葛藤にも折り合いをつけたものだと思っていました。
しかし今ランジュに改めて突きつけられ、わからなくなってしまいます。果たして私は本当の意味で、姉さんに会いたいと思っていたのだろうか……
栞子「……くしゅん」
ランジュ「たいへん!びしょびしょだから風邪をひいてしまうかもしれないわね……でも無問題ラ!果林の車にはお風呂もあるって聞いたわ!そこであたたまりましょう!」
栞子「えっ……?」
ランジュ「そこで冷静になって、もう1度考えなさい。栞子が本当にすべきことは何なのかを」
ランジュにそう言われ、強引に腕を引かれてお風呂へと連行されていきました。
518: 名無しで叶える物語 2021/12/04(土) 23:36:51.72 ID:VUVgT8bSp.net
────
──
愛「ニーベルン……ってことは、北欧神話かな?」
菜々「おっしゃる通りです。私たちは世界中を旅して死者蘇生の道を探していました。その手がかりの1つが北欧神話です」
菜々「北欧神話には『エインフェリア』といって、戦死者の魂をヴァルハラに送りラグナロクに備えるという伝説があります」
菜々「そしてそのエインフェリア達は、ヴァルハラで戦いの訓練に明け暮れ、死んでは生き返ってを繰り返して終末の戦に備えていたと言われています」
菜々「その力が込められた神懸かりを探していたのですが、結局見つけることはできませんでした。ですがその過程で手にできたのがこの弓です」
菜々「北欧神話の神の力が秘められているということなのですが……」
不意にかいちょーが矢を射った。首を動かして矢を避ける。矢はそのまま後ろの壁に突き刺さった、その瞬間────
ボワッ!
刺さった箇所から、黒炎が上がった……!
菜々「蓋を開けてみれば神ではなく、神と対立した巨人の力、すなわちスルトの力でした」
菜々「……そういえば言い忘れましたが」
ビュオゥゥ…!
気づけばアタシの目の前に炎が迫ってきていた。
菜々「ニーベルン・ヴァレナスの炎は二段構えです」
519: 名無しで叶える物語 2021/12/04(土) 23:45:12.57 ID:Kje4f4xTp.net
愛「っぶない!」
炎の一閃をギリッギリでよける。炎は真っ直ぐ矢の刺さってる場所まで飛んでった。
菜々「……やはり驚異的な身体能力ですね。まさか初見でこれをかわすとは」
愛「矢の軌道上を時間差で炎が走るって感じだね、やらしい攻撃するじゃん」
矢が当たっても、着弾したときの炎に当たっても、それから時間差の炎に当たってもダメ。考えることが多くなりそうな攻撃だ。
愛「でも納得いったよ。ここで暮らそうと思ったら、電気は既存のものを流用すれば何とかなりそうだけど、採った食材の調理はどうするのか不思議だったんだ」
愛「でも神懸かりで炎を出せるんならそこもクリアできるってことだね」
菜々「料理にも暖を取るにも攻撃にも、炎は何にでも使えます。炎の発見と利用が人類を成長させたと言われるほどですから。その炎を扱う私に、討伐隊でもない宮下さんが勝てるはずなどありません」
愛「言ったな~……じゃあ当てて見てよ。アタシが全部かいちょーの攻撃をよけてみせるから」
菜々「今なおその名前で呼ぶのですか?会長などとっくの昔に退任していますよ」
愛「そっちだって部室棟のヒーローなんて名前掘り出して来たんじゃん。でも言い換えた方がいいなら……そうだね、せっつーなんてどう?」
愛「せつ菜って名前で活動してたんでしょ?結構かわいい感じのあだ名だと思うけどな~」
菜々「……せつ菜はもういないんです!あの人がいないこの世界で、その名を呼ばないでください!」
ビュッ!
520: 名無しで叶える物語 2021/12/04(土) 23:57:03.74 ID:MNNLqVs+p.net
せっつーがまた矢を射ってきた。速いは速いけどよけるのはそんなに難しくない。気にしないといけないのは、やっぱり時間差攻撃の方。
……3……4……5
ビュオゥゥ…!
せっつーの指から矢が放たれてからだいたい5秒くらいで炎が駆け抜けた。飛んだ矢の軌道上をキレイになぞって炎が走る。
この5秒っていうのが決まっているのか、それともせっつーが任意で決められるのかはまだわからない。
菜々「どんどんいきますよっ……!」
ビュッ! ビュッ!
こうなった時が厄介だ。どの矢がいつせっつーの手から離れたのかをそれぞれで覚えていないとマズい。しっかり意識してないと、矢を避けたタイミングで避けられない位置に炎が飛んでくることもあるだろうから。
……2……3……4……5
ビュオゥゥ…!
やっぱし射ってから5秒で炎がやってくる。軌道も間違いなく矢のルートとおんなじみたい。
仕掛けがこれだけなら、慣れれば対処できるはず。あとはいかにせっつーに攻撃をやめさせるか。1番簡単なのは武器を奪うってことのはず。
だからこっちも銃で応戦したいところなんだけど、こっちの銃が当たりそうな位置に近づくってことは、せっつーもアタシに攻撃を当てやすくなるってことだ。
……あれ、廊下の隅に矢が落ちてる。でもあんなところにせっつー射ってたっけ?
ふとせっつーの方を見ると、ほんのわずかに微笑んだように見えた。
菜々「その身に刻めっ……!」
────マズい!
ビュオゥゥ… ビュオゥゥ… ビュオゥゥ…!!!
521: 名無しで叶える物語 2021/12/05(日) 00:11:17.98 ID:6w0ywmUtp.net
射った瞬間を見ていない矢が落ちている理由。そんなのアタシが来る前にせっつーが射っていたから以外考えられない。
じゃあなんでアタシ達がいない廊下に矢を射る必要があるのか?その理由があるとすればそれは、せっつーが自分で炎が出てくる時間を決められた場合。
アタシ達が必ずここを通るという前提にはなるけど、あらかじめ何本も矢を射っておいて同時に作動するように時間を決めておけばどうなる?
……答えは、今みたいに縦横無尽に炎が行き交うことになる!
下、右、左と下、少し前進してしゃがんで、また下、上、左……ここでジャンプ。
あとほんの少しでも廊下の隅の矢に気づくのが遅れてたら、たぶんこんな冷静にはよけられてない。
菜々「……ここまでとは思いませんでしたよ宮下さん」
せっつーが何か言ってるけど、それどころじゃない。集中して行き交う炎を避けないと……ってヤバい、このタイミングでジャンプさせられたら次は左右から炎が……!
愛「くぅぅ……えいっ!」
とっさに腹筋にぐっと力を入れて脚を持ち上げる。その勢いで、何とか炎が当たらないように身体を捻った。
菜々「そんな……くっ……!」ビュッ!
せっつーはこの一連の流れで確実にアタシを仕留められると思ってたのか、連撃はここで止まった。すかさず追撃の矢を射ってくるけど、倒れながらもそれをよける。
菜々「想像以上ですね、まさかここまで……」
愛「あはは、このくらいよけらんなきゃこの国で生きていけないよ」
せっつーはかなり驚いているようだったけど、別に戦意を失ったわけじゃないみたいだった。ならどうにかしてせっつーに隙を作るしかない。
愛「今度はこっちからいくよ、せっつー!」
530: 名無しで叶える物語 2021/12/06(月) 23:35:28.33 ID:1rUtgPAHp.net
銃をしっかり握って、せっつーに向かって走る。まずはこっちより長い射程を持つせっつーに近づかないと始まらない。
そしたらせっつーは後退しながら矢を射ってきた。時間差攻撃はせっつーの任意で時間を決められることがわかったから、もう秒数を数えたりはしない。
だけど警戒はしっかりしないと。着弾時の火柱は今のところそれほど脅威には感じられないけど、アレもせっつーが自由に大きさや範囲を調節できる可能性だってある。
そして近づけば近づくほど、せっつーの矢を避けにくくなってしまう。当たれば矢と火を同時に受けちゃうことになるから、下手をすれば死んじゃう。
でも、そういう逆境がある時こそ燃えてきてしまう。昨日りなりーと対峙した時と同じように。
愛「みなぎってきた〜!!」
菜々「……!!」
テンションが上がると、不思議と身体が軽くなる。また1つギアを上げたら、せっつーは驚いたような顔でさらに後退した。だけどその差は縮まってきている。
菜々「大したものですね……運動能力が高いことはわかっていたつもりですが、まさかここまでかわされるとは……」
愛「えへへ、褒めても何もでないぜっ」
敵対している人物に褒められるのもまたテンションが上がる要因だった。1つ、また1つと、まるで重りを外していくかのような気分になってくる。
菜々「ですが、これ以上は寄らせません!」ビュッ!
せっつーがまた矢を射ってきた。火柱や軌道に注意しながらそれを避けようとした時、ふと気がついた。
飛んでくる矢のスピードが、みるみる落ちていくように感じたんだ。
531: 名無しで叶える物語 2021/12/06(月) 23:44:44.41 ID:1rUtgPAHp.net
高校生だった時、スポーツが好きでそれなりにできたから、助っ人を頼まれることが多かった。夏の大会に5つの種目で出場したこともあるくらい。
その時に何回か、特に敵がかなり強くて崖っぷちの状態の時に、周りの動きが遅くなったように感じたことがあった。
俗に言う『ゾーン』ってやつだったのかもしれない。
アタシ1人がゾーンに入ったところで、チームスポーツで勝ち上がれるほどではなかったけど、その瞬間の清々しさのようなものは何となく今も記憶に残ってる。
それと同じようなことが今起こってるんだ。矢のスピードに目が慣れただけなのかもしれないけど、さっきまでよりもかなり余裕を持ってよけることができるようになった。
今ならせっつーに雷撃が当てられる。そう直感できた。だけどせっつーが後退して逃げている間にゾーンの集中が切れるかもしれない。
そうならないように、こっちが展開を組み立てないと。
菜々「しぶといですね……!」ビュッ!
またせっつーが矢を射った。そのスピードもまたやけにゆっくりに感じる。
気がついたらアタシは、せっつーに背を向けていた。
菜々「何を……?」
頭で理解する前に身体が動いたような感じで、飛んできた矢の真ん中を右手でしっかりと掴む。
そのまま勢いを殺さないように身体を捻り、遠心力も使いながら、せっつーのほうに投げ返した。
矢は着弾してからの火柱と、その後の時間差の炎が特徴だ。だったら着弾する前にこっちがどうにかしてしまえばその脅威も減ってしまう。
菜々「そんな……!」
後退するせっつーの足がとまった。しゃがんで矢を回避する。
その瞬間にはもうアタシは全力でダッシュをしていた。再び立ちあがろうとしているせっつーとの距離がほとんど縮まっている。
532: 名無しで叶える物語 2021/12/07(火) 00:01:03.91 ID:cb0MUgQBp.net
この一瞬が勝負!銃の安全装置を素早く外して構える。逃げることを一旦諦めたようなせっつーと目があった。負けじと弓を構えてカウンターを狙っている。
ズキュウウン!!
ビュッ!
お互いの射撃をお互いが避ける。すかさず追撃を狙うけどせっつーはその瞬間的な隙を見てバックステップで距離をとりながら次の矢の用意をした。
だけどその瞬間に、さっきの矢の軌道上を炎が走り抜ける。アタシが掴んだ位置でUターンをして、まるでブーメランみたいにこっちに飛んでくる。
菜々「くっ……」
本来なら自分がその軌道上に入ることはないだろうせっつーが、大きく身体をそらして炎を避けた。慣れないことをしたせいか少しバランスを崩して身体が揺れた。
ズキュウウン!!
そこを狙った2撃目、決まっていてもおかしくはない狙いの攻撃だったけど、
菜々「うおおおお……!!」
せっつーもまた気迫のジャンプ、2撃目を飛び越えた。そのまま矢を射ってアタシの3撃目を封じるつもりみたいだ。
今のジャンプ、きっとせっつーもアタシと同じゾーンに近い状態にいる感じがした。直感的に、今のせっつーには雷撃は通じないと思った。
菜々「やっ……!」ビュッ!
そのまま宙で矢を放つせっつー。少しだけ距離を取られてはいたけど、アタシは構わずにせっつーに突進した。
矢は相変わらずゆっくりと飛んでくる。そのまま顔を20度くらい傾けて矢を避ける。矢はアタシの左耳のすぐ近くを通過したけど、アタシをかすめることはなかった。そのおかげでスピードは全く減速しなかった。
雷撃をやめたアタシの狙いは今この瞬間、矢を放った直後に宙に無防備に晒されたせっつーの右手!
パシッ
菜々「何を────」
愛「楽しかったぜ、せっつー、だけどここはアタシの勝ち!」
菜々「もしかしてこの構え……一本背負い……!?」
ズドンッ!
538: 名無しで叶える物語 2021/12/08(水) 00:13:20.52 ID:jTuKav0Gp.net
────
菜々「んん……うぅ……」
愛「おっ、せっつー起きた?」
菜々「あれ、私……」
愛「いやあ、愛さんちょっとやりすぎちゃってさあ、せっつーしばらく失神しちゃってたんだよね」
菜々「ああ、そうだったんですね……って宮下さん!?どうしてここに?」
愛「あちゃあ、もしかして記憶まで飛んじゃった?」
菜々「いえ、そうではなく……私を倒したのですから、果林さんたちを追っていくものだと思っていたんですが……」
愛「ああ、それはカリンと約束したから」
菜々「約束?」
愛「そっ。もしかしたら責任を取るなんて言って自殺しちゃうかもしれないから、倒した人のことを見張っててほしいんだって」
菜々「でも、だからといって他の方たちがやられてしまえば元も子もないのですよ。それなのにどうして……?」
愛「ん〜……アタシも明確な言葉で言い表せないんだけどさ、たぶん信じてるんだよ。カリンたちのこと」
愛「カリンもあの子も付き合ってまだ日が浅いけど、自分の運命と必死で戦ってる感じがした。自分のことがどうなっても周りを救いたいっていう意志を感じた」
愛「そういう芯が見えたから、ああ、任せられるなって思ったんだよね。根拠はないけど、やり遂げられる気がするっていうか」
菜々「なるほど……感覚だけでそこまで人を信じられるなんて、ギャルとは恐ろしいですね」
愛「よしてよ、もう20半ばだぜ」
539: 名無しで叶える物語 2021/12/08(水) 00:19:43.45 ID:jTuKav0Gp.net
菜々「宮下さんがここに残った理由はわかりました。ですが宮下さんとしてはそれでよかったのですか?」
愛「ん、どういうこと?」
菜々「その……私たちのせいで世界は壊れてしまったことに対して恨みや妬みがあれば、私たちが自殺してしまおうが宮下さんは構わないようにも感じるのですが……」
愛「……アタシもさ、なんとなくわかるから」
菜々「えっ……?」
愛「せっつーたちとは状況が逆だけどさ、アタシには絶対に死んでほしくない人がいて、その人のためなら何だってできるんだ」
愛「その人は、血は繋がってないけどおねーちゃんみたいな人でね、昔から病気がちだったから国外に逃げることができなかった」
愛「だからおねーちゃんを守るためにアタシもこの国に残った。おねーちゃんのためにゾンビだっていっぱい倒したし、ゾンビに触れて助けを求めに来た人を見殺しにしたこともあった」
愛「もしおねーちゃんが死んじゃったら……もしかしたらアタシも、世界を敵に回してでも生き返ってほしいって思ったかもしれない。それをおねーちゃんが望まないことなんてわかってても」
愛「きっとせっつーたちの絶望はアタシじゃ計り知れないほど深いんだろうから、まるっきりわかるとまでは言えないけど、それでもアタシにはちょっとだけわかる気がするんだ」
愛「確かにせっつーたちは世界をボロボロにしたし、そのせいで犠牲になった人もたくさんいる。でもせっつーたちの気持ちも少しわかるから、死んでもいいなんて思えないよ」
菜々「宮下さん……」
愛「だけどおねーちゃんを危険な目に合わせたことについては反省してよね。それは自殺なんて方法じゃなくて、ちゃんとした罪の償い方をしてほしいってアタシは思う」
菜々「……」
愛「すぐに答えは出さなくていいさ。まだ全部の決着がついたわけじゃないしね。今はもうちょっと横になってなよ。アタシがここにいるから」
菜々「では……お言葉に甘えて」
540: 名無しで叶える物語 2021/12/08(水) 00:34:59.16 ID:jTuKav0Gp.net
────
──
果林「天叢雲剣……別名草薙剣で、その昔に怪物八岐大蛇の体内から見つかったとされ、三種の神器の1つと言われているわね」
しずく「へぇ……驚きました。あまり勉強が好きではなかった果林さんがそこまで知っているなんて」
果林「学校の勉強は将来必要になるような気がしなかったから興味が持てなかっただけよ。確実に将来につながるものについてはキチンと勉強くらいするわよ」
しずく「なるほど。将来、つまり私たちと戦うことになる日が来ると思っていたわけですね」
果林「ええ。各地の寺院や遺跡を巡って、あなたたちの痕跡を追ったのよ。その過程で色々と勉強したわ」
しずく「では私たちが何を求めて旅をしていたのか、ある程度は知っているのですね」
果林「あなたたちが日本で探していたのは、イザナギの伝説ね」
しずく「ご名答です。はるか昔、イザナギは妻であるイザナミを求めて死後の世界である黄泉の国へと赴き、一悶着あったうえで生還しました」
しずく「そのことから、復活を果たすことを『よみがえり』と呼ぶようになったほどですね」
果林「イザナギの神懸かりが見つかれば死後の世界と繋がれると考えたわけね」
しずく「ええ。最も伝説になぞらえるのであれば、死後の世界の侑さんがこの地に戻ることはないのですが」
しずく「ともかくイザナギの神性を持った神懸かりを探していたのですが、結局のところみつかりませんでした。そしてその時見つけることができた神懸かりがこの一振りです」
果林「確か八岐大蛇を対峙したのはスサノオノミコトだったわね」
しずく「またしても正解です。この刀はスサノオが如き武の力が秘められています。後に見つかる夜明珠やニーベルン・ヴァレナスと比べると派手さにはかけますが、手にしたものに英雄的な力を授けます」
しずく「ところがこの天叢雲剣、なかなか厄介な妖刀でして、手にしたものを乗っ取ろうとしてくるのです。実際に歩夢さんや菜々さんはこの刀を扱うことができませんでした」
しずく「ですが私だけは、文献を読み込みスサノオノミコトの心情を理解し、彼になりきることができる私だけは、この刀を振るうことを許されたのです」
しずく「ですがこの身体でこの刀を扱うには戦闘の経験値が足りないようで、戦いのために使おうとすると、それを補うために私の身体は────」
しずく「少し老けます」シワシワ
550: 名無しで叶える物語 2021/12/08(水) 23:50:20.75 ID:0lOYuAjCp.net
しずくちゃんが刀を構えたとたん、身体にシワが刻まれた。みるみるうちに、以前会ったお婆さんの姿へと変わっていく。
しずく「それでは参ります」
声もしずくちゃんのものではなくなった。それにしずくちゃんは殺意を消すこともできる。なるほど通りで私が彼女の状態に気がつけないわけだ。
神懸かりによって英雄的な力を手にしたと言うしずくちゃんだけど、果たしてその老体でうまく戦うことができるのか……なんて考えは、瞬く間に覆される。
しずく「はっ……!」ブンッ!
疾い!運動能力がずば抜けていたエマよりもさらに疾い。それに天叢雲剣は当然真剣で、しずくちゃんは峰打ちなんて真似もしない。
当たれば間違いなく死ぬでしょう。
ズキュウウン!!
牽制の意味で1発。しずくちゃんはいとも簡単に避けてしまった。キチンと当たるビジョンを描いて有効に射撃をしなければ、あのスピードのしずくちゃんに当たることはない。
だけど私にとって一番厄介なのは、スピードでも、真剣峰打ちなしなら攻撃でもない。これだけの殺傷能力を持った攻撃を感知できないことだった。
普通なら、多少背を向けようと物陰に隠れようと、相手の位置関係や攻撃のタイミングは目視しないでも感知できていた。
ところが今回はそれができない。結果としてしずくちゃんから目を離すことはできないから、動きがだいぶ再現されてしまう。
しずくちゃんに有効そうな策は思いつくけれど、それが実行できるかどうかと実際に有効かどうかは別の話だ。
果林「まいったわね……私にとっての天敵じゃない」
551: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 00:12:22.33 ID:Lp497kpGp.net
視界にとらえていればかろうじて避けられるけど、あまりの疾さで一瞬でも姿を見失えば命はない。それは何とか避けないと。
幸いにも装備は万全だ。愛用の銃の他にも今回は予備の銃まであるからマガジン交換の手間はかからない。愛からもらった武器もあるし、璃奈ちゃんに作ってもらった切り札もある。
とはいえ無駄にはできないから、どれをいつ使うか慎重に考えないと。その組み立てをするために少しずつ後退していく。
しずく「距離を取って戦うつもりですね?射程持ちが近距離武器を相手に戦う定石ではありますが……これならどうでしょう?」
しずくちゃんは後退を始めた私を追ってくるのかと思ったのだけれど、逆にその場に立ち止まった。
一旦刀を鞘に戻すと、その場で素早く振り抜いた。次の瞬間、
ズバァァァァ!
果林「嘘でしょ……!!」
刀を振り抜いた衝撃波がこっちまで飛んできた。詳しくは知らないけど漫画やアニメでよくある『飛ぶ斬撃』というものだろう。ギリギリのところでしゃがんで回避する。
その斬撃は私の頭上を通過して壁に当たると、思いっきり壁に傷がついた。アレも当たれば命の保証はないでしょう。
しずく「刀が遠距離攻撃できないとは限りませんよ」
果林「やるじゃない……」
こうなってくると、ますます近距離戦闘は考えられない。そしてなるべくこの廊下から遮蔽物のある場所に逃げ込みたいところだ。
しずくちゃんの気配をとらえられない以上、目を離す可能性はあるけれど、しずくちゃんが刀を振りにくい場所に移動するほうがまだ生存率が高そうに思えたから。
556: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:01:51.67 ID:Lp497kpGp.net
幸いにもしずくちゃんが飛ぶ斬撃を連発してくることはなかった。まだ1度しか見ていないから断定はできないけれど、1度止まって構えてからでないと発動できないのかもしれない。
その後も高速で追ってくるしずくちゃんの斬撃をだましだましよけながら、ある部屋の扉が目に入ってきた。しずくちゃんを視界におさえつつ、その部屋の扉を開ける。
中は美術室のようだった。広めの部屋には机や椅子のほかに、キャンバスやデッサンに使っていたような置物なんかが無造作に転がっている。
これだけ物がごちゃついていれば、しずくちゃんも刀を振りにくくなるかもしれない。もちろん私が物につまづいて危機に陥る可能性もあるから気をつけなきゃいけないけれど。
しずく「逃がしませんよ!」
まもなくしずくちゃんが私を追って美術室に入ってくる。椅子や机で簡単なバリケードを作ろうとはしたのだけれど、そんな時間は全くなかった。
だけどしずかちゃんが来る前に、罠を1つ仕掛けることはできた。
しずく「なるほど……確かにこうも障害物があれば、私の刀やスピードを抑制できるかもしれませんね」
しずく「ですがそれは、神懸かりの力をなめすぎですよ、果林さん」
そう言うとしずくちゃんはフッと息を短く吐いて、ちょうど目の前にあった机に向かって刀を振り下ろした。
ズバッ!
机は木のほかに鉄のような金属が合わさってできていた。その机が、しずくちゃんの刀によって一刀両断されてしまった。
果林「英雄の力と言うだけあるじゃない……」
しずく「このくらい神の力を持ってすれば当然です。ここにある障害物など私が切り刻んでしまいますから、果林さんの身を守れるものなんてすぐになくなってしまいますよ」
場合によっては椅子の足の金属部分で太刀打ちしようかとも思ったけれど、そういうわけにもいかないみたい。
しずく「決めました。果林さんはこの舞台に相応しい芸術作品にしてさしあげましょう……果林さんにピッタリな、情熱的な血の赤を使って」
557: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:10:51.41 ID:Lp497kpGp.net
しずくちゃんは怪しげにそう笑うと、再び刀を振るってきた。椅子も画材もどんどん斬り伏せられていく。動きに関しての制限はできているものの、私が期待した刃の抑制には全く効果がでなかった。
もちろんただそれをボーッと見ているわけにもいかない。しずくちゃんの隙を狙いながらこちらも銃撃で応戦する。しかしややスピードは弱まったとはいえ当たるにまでは至っていない。
どうする?切り札をここで投入しないと危ないかもしれない。だけど今ノッているしずくちゃんには切り札も効果があるかどうかわからない。
できればしずくちゃんが少し動揺したところで有効に使いたいのだけれど、そのためにはどうしたらいいものか……
しずく「時間稼ぎご苦労様でした。この間に作戦を練るおつもりだったのでしょうが……もう私の勝ちは決まってしまいました」
机や椅子などはあらかた斬ってしまったしずくちゃんがそう言った。そして次にしずくちゃんは、教室の隅に置いてあった茶色の大きな袋のところへ歩いていった。
果林「何を……?」
しずく「果林さんが私の刀をかろうじて避けられているのは、私の姿を視認しているからです。今までの戦い方からも、なるべく私を見失わないような立ち振る舞いをしていましたね」
しずく「ですから、こうするんですよっ!」
しずくちゃんはその茶色の袋をもって宙に投げた。そしてすぐさま刀を構え、宙に浮いたその袋を斬った。
バァン!
中に入っていたのは白い粉だった。美術の時に使う石膏の粉末か何かだろう。視界は一瞬で白に染まり────
果林「マズい……!!」
その粉末にまぎれ、しずくちゃんは姿を消した。
しずくちゃんの気配は相変わらず感知できない。後方にいるとしてもどの位置から攻撃が来るかわからない。そして、視界が悪いからあえて前方から攻撃をされても気づかない可能性すらありえる。
私は、ここで死ぬのだろうか。
思えば、侑を殺したくせにのうのうとここまで生きているのがおかしかったのかもしれない。私が死んでしまうのは、罰なのだと考えればむしろ納得できてしまう。
……でも、本当にそれでいいの?
私が死ぬことについてはこの際諦めたとして、そうしたらどうなる?今も私の仲間は戦っているはず。その均衡が私のせいで崩れたら?互角だったはずの戦地にしずくちゃんが加勢して、仲間が負けてしまったら?
何の関係もなかったのに、巻き込まれたあの3人が死んでしまえば、私の罪はまた増えてしまう。そんなの────
果林「────絶対にイヤ!」
558: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:24:59.37 ID:Lp497kpGp.net
最初は敵意の感知なんてできなかった。だけど危機的な状況を何度も乗り越えることでいつのまにか身についたもののはずだ。
だから今しずくちゃんの感知ができないからって、感知を諦める理由にはならない。
研ぎ澄ませない、朝香果林!
今にしずくちゃんの刃が飛んでくるかもしれない。全身を集中させて、少しでも何かを感じ取れるように……
ドクン… ドクン…
自分の心音まで聞こえそうなほど、集中を高める。目は当てにならないから、もう閉じてしまった。そのかわりに耳を、鼻を、全身の神経に集中力を張り巡らせる。
果林「……!」
その時、左の後方でわずかに床を踏み締めるような音がした。そしてその辺りの空気が乱れるような感じがした。
ブンッ!
左後方約34度。猛スピードで突っ込んできたしずくちゃんが振り下ろした刃を、半身を翻してかわす。
しずく「馬鹿な……!」
果林「チェックメイトね、しずくちゃん!」
ズキュウウン!!
回避してすぐのカウンター。これで間違いなくしずくちゃんを仕留めるつもりだったのだけれど、
しずく「まさか、私の殺意が感知された……?」
果林「……しぶといわね」
流石英雄の力……あの距離での狙撃をまさか避けられるなんて想像以上だ。
果林「だけど視界も晴れてきたわ。これであなたを見失わないし、見失わなったとしてもあなたの攻撃は届かないわよ、しずくちゃん」
しずく「いったい、どうやって……」
果林「そんなに難しいことじゃないわ。しずくちゃんの感知ができないなら、空間全体の感知をすればいいのよ。床のわずかに軋む音や、誰かが動いた時の空気の乱れ……全身でそれらを感じ取れば、避けるのも造作もないわ」
少しバッタリを混ぜてしずくちゃんに告げる。またあれほどの集中をできるかと言われれば、絶対にできるという自信はない。だけどさもいつも出来ているかのような言い方をすれば、動揺を誘うことはできる。
そしてその動揺の隙を、私は待っていた。
果林「今度は私が攻める番よ!」
559: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:33:36.14 ID:Lp497kpGp.net
背負っていたリュックから切り札を取り出した。無骨で剥き出しの錆びた金属が見え隠れしている筒状の武器だ。
しずく「……それは?」
果林「あなたたちが日本中を旅してその刀を見つけたように、私もまた日本を旅して探し出したの」
果林「これは日本のある神社の奥地で見つけた、神懸かりの銃よ」
しずく「神懸かりの銃……?ハッタリですね。鉄砲の伝来は16世紀で、それ以前に日本に銃などありません。教科書にも載っていることですよ」
果林「あら、それじゃあしずくちゃんが持っているその天叢雲剣の存在は教科書に載っていたのかしら?神社の隅に封じられていた神懸かりの武器の記載が、教科書にあるとは思えないけど」
しずく「では、何の神の力が秘められているのですか?当然説明できますよね?」
果林「『生弓矢』って聞いたことがあるかしら。しずくちゃんの持つ天叢雲剣の持ち主であるスサノオ神とも関係のある武器なのだけれど」
しずく「……オオクニヌシが根の国から持ち帰ったスサノオの弓矢のことですね。それを使ってオオクニヌシは葦原中国を平定して日本国を創ったと言われています」
果林「流石によく知っているわね。オオクニヌシは国を作る過程で農業や医術を人々に教えたと言われていてね。この銃はそのうちの医術についての神性が秘められているわ」
しずく「医術……つまり撃たれた人が回復するということですか?」
果林「そう都合のいい物であればよかったのだけれどね……神の怪我をも治すこの銃は、人間にとっては効きすぎてしまうの。つまりこの生弓矢の弾丸に当たれば肉体の超再生に身体が追いつかず、逆に爛れてしまうわ」
果林「そんな危険な代物だったから、神社に封じられていたのでしょうね」
しずく「だとしても……それは生弓矢の伝説ですよね。生弓矢は、弓じゃないですか。そんな形の銃の訳がないです」
果林「銃の概念を知らない昔の人が、撃って何かが飛んでいくこれを見て弓と名付けただけのことじゃないかしら」
しずく「……っ」
しずくちゃんの顔に迷いが見え始めた。この銃が神懸かりかどうかに大きな意味はない。ただしずくちゃんが本物かもしれないと少しでも思ってくれるのなら、この銃の役目は十分果たされている。
果林「さて、覚悟なさい!」
ズキュウウン!!
560: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:40:16.92 ID:Lp497kpGp.net
引き金を引いた途端、銃口から雷撃が放たれる。その速度は、私が使っていた愛用の銃のおよそ2倍。
しずく「やはりっ……!!」
さっきまでの話は、しずくちゃんの言った通りハッタリだった。ラボで璃奈ちゃんに相談して用意してもらったそれっぽい見た目の武器で、もちろん神懸かりではない。
そもそも神懸かりが日本を旅した程度でごろごろ見つかるようなら、世界はもっと早くに大変なことになっていたはずだ。
とはいえそれなりの信憑性を持たせるためにはちゃんとした話をする必要があったから、神懸かりを調べる際に得た知識が役に立った。
神懸かりかも知れないと思わせたのは、しずくちゃんの動揺や注意を誘うほかに、斬るかどうか迷わせることができると思ったからだ。雷撃だと思っていれば回避一択だけど、弾丸ならあの刀で斬ることもできるはず。
結果しずくちゃんの意表をつくことができた。さっきまでよりも速い雷撃に対処できずに当たってしまえば私の勝ちなのだけれど、あいにくしずくちゃんはそう簡単に崩れない。
しずく「くっ……!」
得意の高速移動で雷撃を回避する。もちろん私もそれを読んでいるから、すかさず元々持っていた方の銃で追撃をする。
ズキュウウン!!
生弓矢もどきは安全装置がないから連写ができて、普通の銃同様3発まで撃てる。いくらしずくちゃんの動きが疾かろうと、足場には粉や斬られた物が乱雑している状態では、最後まで避けるのは難しいだろう。
ズキュウウン!! ズキュウウン!!
3つの銃をうまく使い分けてしずくちゃんを追い詰めていく。速度も違えばタイミングもズラしているというのに、それでもしずくちゃんは崩れない。
しずく「焦ってきているんじゃないですか?この一連で決められなければ、果林さんの負けですからね!」
そう言ってしずくちゃんは、回避しながら私のことを煽ってきた。だけどこれは余裕のあらわれではない。状況的に不利なのを悟っているからこちらのミスを誘っているんだ。
しずく「それとも、今にでもこちらから仕掛けに行っても────」
そう言ってしずくちゃんがこっちに向かってやってきそうになった瞬間、
しずく「……これは!?」
パーン!
561: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 22:52:06.93 ID:Lp497kpGp.net
しずくちゃんはバランスを崩して床に倒れた。その瞬間に刀はしずくちゃんの手を離れ、容姿も元のしずくちゃんのものに戻る。
しずく「確かこれは、宮下さんが開発した投擲用の武器……?」ビリリッ
果林「よく知っているわね。これはしずくちゃんがこの部屋に入ってくる直前に床に転がしておいたのよ」
しずく「転がしておいた……どうして?」ビリリッ
果林「どれだけ神の力に頼っていたとしても、扱っているのはしずくちゃんに他ならないわ。だとしたら、しずくちゃんがそもそも持っている能力はそのまま反映される」
しずく「私の能力……?」ビリリッ
果林「これがしずくちゃんが踏んでバランスを崩したその武器よ」
そう言ってポケットに控えていた武器を取り出した。ピンポン球くらいの球形の武器。
しずく「……!!」ビリリッ
果林「そう。あなたは致命的なほどに球技が苦手だった。役になりきっていても抗えないほどにね。私の方向音痴と同じで、それはしずくちゃんに染み付いて離れない能力」
しずく「それじゃああの生弓矢を騙った武器も、私をそこへ誘導するための囮……」ビリリッ
果林「ええ。しずくちゃんがピンポン球のような物が近くに落ちている位置に来れば、球を踏んで倒れると思ったの。これは忌々しい方向音痴といつまで経っても縁が切れない私だからこそ確信できたわ」
しずく「まさか……神の力を持った私が……」 ビリリッ
果林「ねえしずくちゃん……昔いた神々がいなくなったのはどうしてだと思う?」
しずく「……哲学ですか?」ビリリッ
果林「そう大そうな話じゃないわ。私はね、神は完璧ゆえに、それ以上成長することができなかったからだと思うの」
そんな話をしながら、落ちていた刀を拾う。
果林「人間にしてもそれ以外の生物にしても、餌をとる為、仲間を守るため、未熟ながらどうしたらいいか考えて進化をしてきた。だから成長を知らない神の力を超えることもあったんじゃないかと思う」
そう言って刀を、窓の外に投げた。そのまま海に沈み、波に流されて見つけることはできなくなるだろう。
果林「神の力はすごいけれど、未熟な者たちもまた成長や進化をして苦難を乗り越えることができる。そうやって神は淘汰されていった……そんな気がするのよ」
しずく「……私は神の力に頼りすぎたのでしょうか」ビリリッ
果林「だけどしずくちゃんは神じゃない、人間でしょ。これからいくらでも成長できる。そうやってこれから生きていきましょう」
しずく「私を……許すのですか?」
果林「私があなたたちを責めることなんてできないわよ……私があなたたちの人生を、あの子の人生を狂わせたんだから……」
しずく「果林さん……」
しずくちゃんの殺意が消えたのかはわからない。だけど痺れが切れてからも抵抗しない彼女を見て、しずくちゃんは今少しだけ成長できたのだと思えた。
562: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:02:38.38 ID:Lp497kpGp.net
────
──
果林さんと離れ、歩夢ちゃんを探して校内を歩き回る。もしかしたらどこかにゾンビが大量にいるんじゃないかなんて思っていたけど、あの寒気がしないから本当にいないみたいだった。
どこにいるかはわからないから、教室1つ1つ確認していく。机や椅子は当時のものが残っているけど、だいたいが破損したり変色していたりしていた。
中には爬虫類の死体がたくさん転がっているような部屋もあった。ウチの学校はたくさん同好会があるから、そのうちの1つが飼っていたものかもしれない。
そんな変わり果てた校舎を回りながら、ふと導かれるように、ある教室に入って行った。
歩夢「……いらっしゃい」
そこは音楽室。ほこりまみれのピアノの前に、歩夢ちゃんが座っていた。
あなた「歩夢ちゃん……」
私は果林さんみたいに感知はできないけど、歩夢ちゃんの目を見た瞬間にゾクっとするような恐怖を覚えた。その瞳に一切の光はなく、こちらを見ているようで虚空を見つめているような気がした。
歩夢「みんなのことを見捨てて、よくここまできたね」
あなた「見捨ててなんかない。みんなのことを信じて、任せてきたんだよ」
歩夢「……ウ・ソ・つ・き♡」
あなた「えっ────」
その瞬間、今の今までピアノの前に座っていた歩夢ちゃんが、気がつけば私の前に立っていた。私の喉のあたりを、ネコでも撫でるかのような手つきで触って言った。
歩夢「この脈拍、動揺してるでしょ。信じているつもりだけど、もしやられちゃったらどうかを考えると不安でいっぱいになるから、なるべく考えないようにしてるだけ」
歩夢「もし自分が置いてきたせいで果林さんたちが死んだらと思うと、どうかしちゃいそうになっちゃうもんね」
怖い……足がすくむ……この歩夢ちゃんはもう、私の知る歩夢ちゃんの優しさなんて微塵も感じられない。
自分の計画を履行するために、世界の仕組みすら壊してしまった張本人。
でも、私が諦めたら、その計画が実現してしまう。そしてみんなにも会えなくなる。そんなのは、絶対に認められない!
あなた「……!!」
ズキュウウン!!
歩夢「もう、危ないなあ……」
密着した状態なら当たると思ったのだけど、またしても歩夢ちゃんは瞬間移動でピアノの前に戻った。
歩夢「本当に私と戦うつもり?」
あなた「……あ、歩夢ちゃんが話を聞かないならね!」
恐怖心が消えた訳じゃない。でも、みんなが信じてここまで連れてきてくれたんだから、私が戦わないと!
563: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:10:25.06 ID:Lp497kpGp.net
歩夢「いいよ、相手になってあげる。だけどこれは没収ね」
あなた「えっ……?」
気がつけば私の耳につけていた通信装置が取られている。昨日ミアちゃんに渡されて、困った時に連絡する手段だったのだけど、歩夢ちゃんは踏んづけて破壊してしまった。
歩夢「これで2人っきりだね」
あなた「ぐっ……」
とりあえず銃を構える。元々ラボのみんなは忙しいから援軍を期待するわけにもいかなかったんだ。予定通り自分で戦えばいい。
策がないわけじゃない。でもその為にはまず歩夢ちゃんの動きを止める必要がある。だから雷撃を浴びせないといけない。
そのためには、歩夢ちゃんが何の神懸かりを持っているのかを知らないといけない。能力は瞬間移動みたいだけど、それを操っている武器か何かを奪えれば戦いは楽になるはず。
歩夢「無理だと思うよ」
歩夢ちゃんが何の脈絡もなく話しかけてきた。
歩夢「私が何かの神懸かりを持っていて、それを奪おうって考えてるよね」
図星だ。流石に違う世界とはいえ私の幼馴染だ。考えていることは読まれてしまう。
歩夢「確かに、ここにくるまでに会ったみんなは、それぞれ持っていた物に神懸かりが宿っていて、それを使って攻撃してきてたよね」
歩夢「だからそれを奪いたいって思うのは自然なこと。だけど私に限ってはそういうわけにはいかないんだ」
あなた「どういうこと……?」
歩夢「ふふっ。敵がそんなことを教えてくれるわけないよね。まあ……でもいっか。知ってどうなるわけじゃないもんね」
歩夢「わかったよ。少しだけ話をしてあげる。私の神懸かりについて」
564: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:19:24.76 ID:Lp497kpGp.net
歩夢「ん〜と……まず私たちが世界中を回って死者蘇生の術を見つける旅をしていたのは知ってるよね?それで私たちは日本、アジア、ヨーロッパと来て、アフリカの方に進出した」
歩夢「目的はエジプト。ミイラやピラミッド、死者の書……エジプトは昔から死に対して色々な考えを持っていたんだよね」
歩夢「そしてエジプトを旅していて……遂に見つけたの。冥界の神であるアヌビス神の神性を。だけど困ったことに、その神性はまだ何にも秘められていなかったの」
あなた「……どういうこと?」
歩夢「普通は武器や宝石なんかに神の力が宿ったものが神懸かりになるの。でもアヌビスの神性はどういう訳か、ある遺跡の最奥でただふわすわと漂っていたんだ」
歩夢「だけど私たちは神懸かりについてたくさん調べたから、その作り方に似たようなものを知っていたの。それにのっとって儀式を行った結果、アヌビスの神聖を宿すことができた」
歩夢「……私自身にね」
あなた「……!!」
なんという執着だろう。神の力をその身に宿すなんて、そんな恐ろしいことを歩夢ちゃんはやってのけたんだ。全ては侑さんを生き返らせる為に。
歩夢「冥界を司るアヌビスの力は、やっぱり死者をこの地へ呼び起こすことだったの。だけど試してみたら、状態は不完全だった」
歩夢「だからたくさん試行錯誤して遂に辿り着いたの。不完全な復活者が真にこの世に顕現できる方法を。でもそれには、対象者と同じ身長、年齢、生年月日の人を生贄にする必要があったの」
あなた「だから璃奈ちゃんの計画を利用して私を贄にしようとしたってことだね」
歩夢「そう。璃奈ちゃんの計画がどうなって、あなたの中身が変わろうと、そのプロフィールは変わらないでしょ。だからどっちみちあなたは侑ちゃんのための生贄になる運命だったの」
あなた「……だけど、歩夢ちゃん自身が神懸かりだったとして、その能力が死者蘇生なら、昨日から使っているその移動法は一体なんなの……?」
歩夢「ちょっとは自分で考えたらいいのに……でもいいよ。今日は特別気分がいいから教えてあげる」
歩夢「死者蘇生はアヌビスの力だけど、もう1つはアヌビス神が宿ったことで覚醒した私の能力。それは、自分を好きなものへと導く力」
565: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:28:08.51 ID:Lp497kpGp.net
あなた「そんな無茶苦茶な……能力が覚醒したなんて……」
歩夢「ふふっ、今さらじゃないかな。神懸かりの時点で十分無茶苦茶でしょ」
歩夢「アヌビスはね、冥界の神ではあるけど、死後の世界を牛耳るっていうよりは、死んだ人の罪をはかったり、冥界へ導いたりするような、そんな神なの」
歩夢「私はその『導く』という神性にあてられて能力が開花したの。そして気がつけば、私が好きだと思う場所に飛んでいくことができるようになった」
この歩夢ちゃんが大好きなもの……そのためなら何をしたって構わないと思うようなもの……そんなの1つしか考えられない。
あなた「高咲侑さん……」
歩夢「そう。だけど侑ちゃんは今この世界にはいない。だから私が侑ちゃんだと思っているものの場所に飛んでいくことができるようになったんだ」
あなた「……私ってことだね」
歩夢「言っておくけど、思い上がらないでよ?私はあなたと侑ちゃんを同一視しているわけじゃない。だけどあなたは侑ちゃん復活のための1番の鍵であることは間違いない」
歩夢「だからあなたの近くへ飛んで行くことができるの」
昨日の移動もそうだったんだ。あの部屋に瞬間移動してきたのは、私があそこにいたからなんだ。
歩夢「そしてもう1つ、この世界で私が侑ちゃんだと認識してるものがあるの」
そう言うと歩夢ちゃんはまたピアノの近くに瞬間移動した。そして、ピアノの鍵盤の上に置いてあった何かを持ち上げた。
あなた「それって……!!」
歩夢「侑ちゃんの遺骨だよ」ナデナデ
566: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:37:12.51 ID:Lp497kpGp.net
歩夢「ふつうの死者蘇生には、誰かの……だいたいは依頼者の血と、蘇生させたい人の身体の一部……髪の毛や血、骨なんかが必要になるの」
歩夢「それは完璧な死者蘇生でも同じ。だからあなたのほかにこの骨だって立派な侑ちゃんの礎なの。だからこの骨にも飛ぶことができる」
歩夢「私の好きなものが今この空間に2つあって、それぞれの半径約7メートルに渡って移動ができるんだ。だから私はこの空間を自由自在に飛び回ることができるの」
あなた「その為に墓をあばいたんだね……!」
歩夢「ピラミッドだって侵入したもん。それくらい何ともないよ」
昨日歩夢ちゃんがラボから消えたのは、ここにあった遺骨に飛んだからだ。それで一応の説明はつく。
こうなってくると最後の問題は、空間を自由に飛び回る歩夢ちゃんにどうやって銃を当てるかだ。全く気づかれない位置から最短で当てるしかないけど、助けも呼べないこの状況でどうすればいいんだろう。
幸いなことに歩夢ちゃんの能力は戦闘向きじゃない。ここで栞子ちゃんがやったような水責めや、菜々ちゃんしずくちゃんが持っていたような武器による攻撃があれば一大事だった。
歩夢「……本当に、あなたはわかりやすいね」
あなた「……?」
歩夢「私の能力に殺傷能力がないからって安心したような顔をしてる……腹が立つけど、あなたのことは手にとるようにわかるみたい」
歩夢「じゃあ、本当にそうか体験してみる?」
また歩夢ちゃんがピアノの前から消えた。と同時に、私の真横に現れた。
ドカッ
あなた「痛っ……!!」ドサッ
気づいた時には顔面を思いっきり殴られて床に叩きつけられていた。頭がガンガンして、口の中は錆びついたような味で満たされた。
歩夢「私だけじゃないけど、こんな世界でサバイバルしてるとね、力がつくんだよ。平和な世界で学生生活を送ってるようなあなたに、このフィジカルの差は埋められない」
あなた「はぁ……はぁ……」
侮っていたわけじゃない。でも歩夢ちゃんは素手でこれだけのダメージを与えることができるんだ。かたや私の武器は、動き回る相手には有効になりにくい銃だけ。
考えないと。その銃を当てるにはどうしたらいいのかを……
568: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:47:00.81 ID:Lp497kpGp.net
歩夢「少しは期待したんだけどなあ」
あなた「き、期待……?」
歩夢「初対面の人を巻き込んで、あの璃奈ちゃんを正気に戻して、こんなところまで来るんだもん。侑ちゃんには及ばないとしても、もっとすごい人なんだと思ってた」
歩夢「だけど実際に現れたあなたは、私にたった1発殴られて他に伏せるくらいあまりにも無力なんだもん。ガッカリだよ」
歩夢「少しは遊んであげてもいいかなって思ってたけど、なんだか飽きちゃった。ヌルゲーってあんまり好きじゃないから……終わらせてあげよっか」
途端に、禍々しい悪意のようなものを感じて吐きそうになる。ここまで重々しいものは、流石に果林さんでなくてもわかる。昨日ラボの1階でエマさんが放った殺気に近い。
歩夢ちゃんにもう1、2回殴られたら意識はなくなっちゃうだろう。そうなれば歩夢ちゃんは私を儀式にかけて侑さんを復活させてしまう。
あれだけ私のことを守ろうとしてくれた果林さんの想いを、私が誘った為に戦ってくれている愛ちゃんやランジュちゃんの気持ちを無碍にすることになる。
そうはさせない。何としてでも、歩夢ちゃんに1発おみまいしなければ!
歩夢ちゃんは私の考えを読むことができる。それは私が歩夢ちゃんの幼馴染である侑さんの別世界の存在だからだろう。
だったら、この世界の歩夢ちゃんの思考を読むことも私にはできるはずだ。歩夢ちゃんが私に攻撃する為に移動した瞬間、その移動先を読んで私が雷撃を撃てば、超至近距離の絶対に外さない射撃をぶつけることができる。
考えろ……歩夢ちゃんは最初は真前に現れて、次は真横に現れた。となればその次は真後ろから攻撃する可能性が高そうだ。私にとっての死角からの攻撃だから、万が一避けられるなんてことも考えづらい。
だけど歩夢ちゃんはそこまで読んでくると思う。それに、この歩夢ちゃんは煽り屋で、嫌味を言ったりすることが多い。
だからきっと、歩夢ちゃんの出現先は、あえての私の真正面……!
歩夢ちゃんが消えるその瞬間にトリガーを引く。
あなた「当たれ……!」
ズキュウウン!!
569: 名無しで叶える物語 2021/12/09(木) 23:55:19.30 ID:Lp497kpGp.net
歩夢「残念でした」
真後ろから、歩夢ちゃんの声がした。
ドガッ!
あなた「がはっ……!!」
肩を思いっきり蹴られ、またしても無様にぶっ飛ぶ。銃はかろうじて落とさなかったけど、もう手に力はほとんど入らない。
歩夢「……頭狙ったんだけどなあ」
あなた「はぁ、はぁ……万が一に備えて、撃った直後に軽くジャンプをしたんだ。また頭を狙ってくると、思ったから……」
歩夢ちゃんの出現位置は読み外したけど、狙いをそらすことはできた。まさか脚がくるとまでは思わなかったけど、仮にジャンプしていなければモロに顔面にキックをうけて気を失っていただろう。
次の3発目、今度こそ当てなければ、銃弾がなくなってゲームオーバーだ。予備の銃もマガジンもあるけど、それに持ち帰る隙を歩夢ちゃんがくれるとは思わない。
次はどう来る?真正面、真横、真後ろときて……次は反対のサイド?でも別に4方向だけとは限らない。斜めからの攻撃を交えてくることだって考えられる。
だけど、きっとこの歩夢ちゃんはしてこない気がする。あえて4方向からの攻撃をして、当てられなかった私を煽りたいはずだ。
そして煽るのに最適なのは真正面。私がさっき外した場所にあえて位置どられれば、余計に私をおちょくることができる。
……の、逆だ。歩夢ちゃんはきっとその辺りまで読んでいるだろう。そしてさっきも私の読みの真逆をついてきた。つまり、連続で真後ろから攻撃、これだ!
ズキュウウン!!
歩夢「言ったでしょ。あなたの考えは手にとるようにわかるって」
またしても私の攻撃は無を貫いた。結果歩夢ちゃんは私の真正面に現れ、私の髪を鷲掴みにした。今度は殴り飛ばさす、こちらが失神するまで殴り続けるみたいだった。
私は、負けた。
歩夢「じゃあね、誰かさん」
歩夢ちゃんは思い切り腕を振りかぶって────
ブルンッ!
581: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:13:03.78 ID:rDJd5ffQp.net
あなた「わっ……」
不意に私を掴んでいた手が消え、バランスを崩してその場に座り込んでしまった。歩夢ちゃんはまたピアノの方に飛んでいったみたいだった。
かわりに、私のそばには右手に刀を持った戦士が立っていた。心なしか強い殺意を放っているように感じる。
歩夢「……もうすぐだったのに」
あなた「エマさん……!」
気づかない内に音楽室の扉が開いていた。飛翔機でここにかけつけたエマさんが一瞬で助けに来てくれたんだろう。
エマ「あの子によく似た女の子を……こんなになるまで殴るなんて……変わったんだね」
歩夢「刀を持って斬りかかってくるようになった人に言われたくないよ、エマさん」
歩夢「それにしても、その子が持っていた通信機みたいなのは壊したはずなのに……どうして?」
エマ「壊したからこそだよ」
あなた「どういうこと……?」
エマ「ミアちゃんが渡したあの装置は、あなたにも言ってなかったけど緊急時の通信だけじゃなくて発信機も兼ねていたんだ」
エマ「ミアちゃんは研究室で自分の仕事をしながら常にあなたの発信を気にしていた。それなのに途中でその発信が切れちゃったの」
エマ「すぐに璃奈ちゃんを介してわたしたち討伐隊に連絡が来たんだ。まあその時にはもうわたしは自分の仕事を終わらせてたから、ここに向かってた途中なんだけどね」
エマ「……よく、がんばったね」ギュッ
エマさんがボロボロの私の身体を抱きしめてくれた。緊張の糸が緩んで、思わず涙が出そうになる。
エマ「あとは、わたしに任せてね」
そう言ってエマさんは再び刀を構えた。
582: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:20:55.55 ID:rDJd5ffQp.net
あなた「歩夢ちゃんの能力は瞬間移動で、この部屋の範囲くらいだったらほとんど自由に飛び回れるみたい」
エマ「そうなんだ、教えてくれてありがとうね」
歩夢「わかったからって、何とかなると思ったら大間違いだよ」
歩夢ちゃんがまた消えて、エマさんの真後ろに出現した。そのまま腕を振ってエマさんに襲いかかる。
しかしエマさんは瞬時に歩夢ちゃんの場所を捕捉すると、類い稀なる身体能力でその攻撃をよけ、そのまま刀で反撃を繰り出す。
ブルンッ!
だけどそのエマさんの反撃も空振りに終わる。歩夢ちゃんはまたしても瞬間移動をしてエマさんの攻撃をかわした。
エマ「これは確かに、強敵だね……」
歩夢「それは私も認めるよ、エマさん。だけどこれならどうかな?」
すると歩夢ちゃんは、私やエマさんがいる場所とは全然違う方へ走り出した。その後勢いをつけて、
歩夢「はっ……!」
何もない空間に向かって飛び蹴りをした。かと思うと一瞬で姿を消し、エマさんの右前方に現れた。
ゲシッ
勢いを維持したまま移動することで、飛び蹴りはエマさんにダイレクトに命中した。
エマ「やるねえ、歩夢ちゃん」
歩夢「……化け物」
ブルンッ!
エマさんは肩の辺りに思いっきり飛び蹴りを受けたのに、多少ブレただけで倒れもしなかった。驚くべき体幹と肉体の強さだ。
あなた「すごいよ、エマさん!」
エマ「ありがとう。だけど……こっちの攻撃が当たらないと意味がないもんね。どうしようか……」
584: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:29:07.40 ID:rDJd5ffQp.net
しばらく均衡状態が続いた。エマさんが刀を振るっては歩夢ちゃんが瞬間移動でそれを避け、歩夢ちゃんの攻撃はエマさんの身体能力でかわされるか受けられる。互いに有効打を与えられないでいた。
私もいつまでも倒れているわけにもいかない。2人の戦いの好きにマガジンを入れ替えて再び戦闘に加わろうとするけれど、エマさんとの急造タッグではうまく連携もできず、歩夢ちゃんに当てるには至らない。
歩夢「このままじゃあラチがあかないね。本当はここまでするつもりはなかったんだけど……」
そう言うと歩夢ちゃんは、ポケットから何かを取り出した。小さいながら鋭くとがったものだ。
エマ「ナイフ……?」
歩夢「そんな無粋なものじゃないよ。これは蛇の牙」
ここにくる途中にまた部屋を思い出した。あそこには大量の蛇の死体があって、ゾッとしたのを覚えている。あそこから拝借した武器なのだろうか。
あなた「エマさん気をつけて、もしかしたら毒があるかも……!」
仮にそうでなくとも、あれで切り裂かれれば流石のエマさんも致命傷をおってしまうだろう。こんな世界では医療が充実しているはずもないから、下手をすれば死んでしまう。
これでエマさんは、少なくとも攻撃を受けると言う行動がとりづらくなった。
歩夢「無駄な殺傷はしたくなかったけど……ここまできて私もこれ以上待ちたくないから」
エマ「この子を殴っておいてよくそんなことが言えるね」
歩夢「無駄な殺傷って言ったよね。長いこといるのにまだ日本語がわからないのかな?その子を殴ったり傷つけたりするのは、必要経費だって言ってるんだけど」
そう言って歩夢ちゃんとエマさんの死闘が再び始まった。エマさんはさっきよりも少し慎重に立ち回るようになったみたいで、歩夢ちゃんの牙による攻撃は悉くはずれているけれど、エマさんの攻撃もまた届いていないみたい。
このまま均衡が続くのかと思ったその時、
ピシッ
歩夢「……!?」
パリーーン!
586: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:40:07.55 ID:rDJd5ffQp.net
窓ガラスから大きな音がしたかと思えば、みんな粉々になって割れてしまった。これだけの衝撃なのだから、上や下の階の窓も割れてしまっているだろう。
ガラスが割れた後、巨大な雷撃の塊が現れた。窓際の近くにあったものはその塊に包まれる。
エマ「もう……ずいぶん雑なんだから、彼方ちゃん」
彼方「いやあ、とにかく歩夢ちゃんに当てられればなあって思ったんだけどねえ」
窓の外には、飛翔機で漂っている彼方さんの姿があった。きっとランチャーで窓に向かって狙撃をして、その雷撃で窓ガラスは割れてしまったんだろう。
だけど窓ガラスが割れる音で歩夢ちゃんには勘付かれてしまったみたいで、あれだけの範囲攻撃をもってしても歩夢ちゃんに当てることはできなかった。
歩夢「また援軍かあ……」
彼方「これで3対1だねえ。流石の歩夢ちゃんでも厳しいんじゃないかなあ」
歩夢「その子は戦力にならないから実質的にはまだ2対1だもん。全然問題ないよ」
エマ「本当に?私の攻撃をかわしながら彼方ちゃんの空からの狙撃まで避けられるの?」
彼方「さっきはガラスがあったから避けられちゃったけど、今度はそうはいかないよ〜。直接床に当てれば歩夢ちゃんだって避けようがない。エマちゃんたちもろとも、だけどね」
彼方さんの出現で形勢は逆転したようだった。歩夢ちゃんの表情にも曇りが見え始めている。
歩夢「はぁ……こうなったら……」
あなた「歩夢ちゃんが移動に使う鍵はどちらもこの空間にあるから逃げることもできない。だから諦めて私の────」
歩夢「動かないで!」
歩夢ちゃんはまたしても瞬間移動をすると、私の真後ろに移動した。右手には例の牙を持っていて、それは今、
私の喉に突きつけられている。
歩夢「エマさん、彼方さん、一歩でも動いたらこの子を殺す。これは脅しなんかじゃなくて本気だから」
587: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:49:51.74 ID:3zL74nnQp.net
彼方「ありゃあ……」
エマ「……どうするつもり?」
歩夢「別の部屋に祭壇があって、そこにこの子を連れて行くの。そうすれば私の計画は完遂できる」
エマ「じゃあ、わたしたちが動いても動かなくてもその子は死んじゃうってことだよね」
歩夢「そうなるね。だけど私が殺したのと、エマさんたちのせいで死んだのとでは意味合いが変わってくるでしょ」
歩夢「自分のせいで殺してしまったと思っている人がどれだけの業を背負うか……同じ3年生ならよく知っているもんね」
エマ「それは……」
彼方「ねえ、仮に彼方ちゃんたちが動いたとして、歩夢ちゃんはその子を殺すメリットがないんじゃないの?」
歩夢「確かに私の計画が達成する日は遠くなっちゃう。だけど必ずこの子である必要もないんだよ。同条件の生贄を見つけることができればいいんだから」
歩夢「最悪私が産めば済むんだもん。誕生日を逆算して子種を仕込んで、同じ年齢になった時に生贄にすればいい。身長も何人か産めば同じになる子ができるかもしれない」
エマ「……本当に変わったんだね。自分の子供でそんなことを考えるようになるなんて」
歩夢「今のは極端な話だけど、この子が死ねば私の計画が潰れるわけじゃないってことだよ。そしてこの子が死ねば、エマさんたちみんなの心を折ることができる」
彼方「そっか〜、それじゃあ彼方ちゃんたち動かないねえ」
歩夢「……じゃあそこで大人しくしててよ。私はこの子と祭壇に行く」
彼方「うんうん、大人しくしてるよ〜。だってもう彼方ちゃんの仕事は終わってるから」
歩夢「……?」
バチン!
588: 名無しで叶える物語 2021/12/10(金) 23:55:08.93 ID:lID/XuXAp.net
歩夢「……!?」ビリリッ
彼方「エマちゃん!」
エマ「うん!」
何が起こったのか理解できないまま、私はエマさんに再び抱きしめられた。後ろを見ると歩夢ちゃんが電気で痺れ、倒れていた。
歩夢「これはまさか……かすみちゃん……?」ビリリッ
かすみ「よくわかりましたね」
窓の外からかすみちゃんの声がした。飛翔機でこちらに向かってくる。
歩夢「かすみちゃんの武器の射程は半径3メートルだったはずなのに……」ビリリッ
かすみ「その通りです。このステッキは私を中心に半径3メートル以内で、同一空間内の遮蔽物を無視して攻撃することができます」
あなた「それなら廊下からこの位置は狙えないよね……じゃあどこから……?」
かすみ「今回の場合の遮蔽物とは、天井と床です」
歩夢「……!!」ビリリッ
あなた「そうか、下の階から……!」
彼方さんの攻撃で窓は割れていて、きっとその衝撃は下の階にも届いていたはず。つまりこの部屋と下の階の部屋は、どちらも窓の外を介して同一空間になっていたんだ。
遮蔽物を無視した任意の一点という条件を全てクリアして、歩夢ちゃんに悟られない死角からの攻撃。かすみちゃんだけにしかできない攻略法だ。
かすみ「1度動きを止められれば、効果が切れそうな段階でまた雷撃を与えて動きを止められます。あなたの負けですよ、歩夢さん」
歩夢「……私の首でもハネるの?」
あなた「まさか、そんなことはしないよ、歩夢ちゃん」
歩夢「だったら私は負けてない。説得なんてされないし、改心だってしない。隙を見て雷撃から逃げて、また立て直すから」
あなた「それでもいい。だけどどうするかはこれを聴いてからにしてほしいな」
歩夢「聴いてから……?」
あなた「私はみんなみたいに戦いが上手じゃないから……こういう形で歩夢ちゃんに伝えようと思う。だから聴いて」
596: 名無しで叶える物語 2021/12/11(土) 23:48:59.82 ID:Xr31hiuJp.net
スマートフォンを取り出して、そこに記録してあった音源を再生する。
そこに録音されているのは、昨日作った歩夢ちゃんに向けてのメッセージソングだ。昨日ミアちゃんに協力してもらって、色んな音を打ち込みしてある。
今まではみんなが歌うための曲を作ってきたけど今回は違う。これは、私から歩夢ちゃんへ送る歌だ。
あなた「〜〜〜♪♪♪」
これほどみんなが見ている前で歌うのは少し照れくさいけど、歌声だけは生で届かないといけないような気がして、この場で歌っている。
歩夢「……!!」ビリリッ
かすみ「これは……」
歩夢ちゃんの表情は髪で隠れて見えない。だけど討伐隊の3人の驚いたような顔が目に入った。
やがて歩夢ちゃんの痺れが切れたみたいだけど、歩夢ちゃんはその場に倒れたままだった。特にリアクションもないから、どういう感情でいるのかはわからない。
〜〜〜♪♪♪
歌が終わり、アウトロも流れて曲が終わった。しばらく部屋の中は静寂で包まれた。
あなた「えっと……どうだったかな?」
沈黙に耐えかねてそう聞いてしまう。不思議なことに、伝えたかった歩夢ちゃんだけじゃなくて討伐隊のみんなも唖然としているように見えた。
歩夢「……どうやったの?」
やがて歩夢ちゃんがつぶやいた。
あなた「昨日ミアちゃんに頼んで色んな音を再現できる装置を作ってもらったんだ。この世界の歩夢ちゃんは知らないと思うけど、ミアちゃんっていうのは────」
歩夢「そうじゃなくて!!」
歩夢ちゃんが不意に立ち上がった。
歩夢「どうやってその曲のことを知ったの?」
597: 名無しで叶える物語 2021/12/12(日) 00:02:39.74 ID:6djBTMyOp.net
あなた「えっ……と?」
思っていたのとは違う反応がきて戸惑ってしまう。歩夢ちゃんが心を入れ替えてくれるか、さもなくばひどい歌だと罵られるかのどちらかだと思ったのに。
あなた「その曲のことを知った……って、どう言う意味?」
歩夢「果林さんから聞いたの?それとも璃奈ちゃん?それとも────」
かすみ「無理ですよ歩夢先輩。アレは音源にも残ってないんですから、歌詞くらいならともかく、メロディーまで教えてもらうなんてできっこありません」
かすみ「今の曲は紛れもなく、この人が作った曲なんです」
歩夢「そんな……」
あなた「ちょ、ちょっと待って。話が見えないんだけど……?」
かすみ「……今先輩が歌った曲は、侑先輩が音楽科に転科して初めて作った曲と全く同じなんです」
あなた「……えっ!?」
エマ「わたしたちの為の曲よりも先にできた、侑ちゃんが想いをこめて作った曲。恥ずかしいからってこの音楽室で1回だけみんなに聴かせてくれたの」
彼方「内容はわかりやすいほど歩夢ちゃんへの気持ちを歌ったものだったよね〜」
そうか、それと全く同じ曲を私が作って歌ったからこのリアクションなんだ。音楽を始めたての侑さんと今の私が同レベルなんて、少しだけ嫉妬しちゃう。
歩夢「……その曲は、侑ちゃんにしか作れないはず……侑ちゃんじゃなきゃ歌えないはず……それをあなたが歌っちゃったら……」
歩夢「あなたのことを認めなきゃいけなくなっちゃうじゃん……」ポロポロ
そう言って歩夢ちゃんは、泣き崩れてしまった。
598: 名無しで叶える物語 2021/12/12(日) 00:11:07.28 ID:6djBTMyOp.net
────
──
果林「……終わったみたいね」
しずく「終わった……?」
果林「ええ。この学校を包んでいた最後の殺気が、今消えてしまったわ。せつ菜も歩夢も栞子という子も、みんな戦意を失ったみたい」
しずく「そうなんですね……」
果林「それじゃあみんなに会いに行きましょう。ランジュや愛とも合流して、歩夢のところに行きましょう。そして今までのことを、全部清算しましょう」
しずく「そんなことが、できるのでしょうか。私たちは世界を壊して、璃奈さんや果林さん達と対立してきました」
しずく「仮に果林さんが許してくれたとして、他の皆さんも同じかどうかわかりません」
しずく「歩夢さんやせつ菜さんも、戦意を失ったとはいってもどういう心境なのかはわかりませんから……」
果林「全てがすぐ綺麗に元通りとはいかないでしょう。だけどぶつかるしかないの。世界がこうなった以上、いがみあって生きていくのはナンセンスだわ」
果林「私たちは今まで距離をとってぶつかることから逃げていたの。あなたたちだけじゃなく、私も含めて。だからちゃんと向かい合って、お互いを許しあえるようになりましょう」
果林「それこそがきっと、侑の願いだと私は思うわ」
しずく「果林さん……」
長い、長い道のりだった。ほとんど丸10年、私たちはバラバラだった。それが今、やっと1つになろうとしている。
599: 名無しで叶える物語 2021/12/12(日) 00:17:55.70 ID:6djBTMyOp.net
美術室を出て仲間たちを探す。途中の廊下で愛たちと合流し、車の中で話していたランジュたちを回収する。
ランジュにも愛にも、そしてせつ菜たちにも目立った怪我はなさそうだ。問題は心のほうだけど、それは歩夢たちと会ってから。
再び上の階を目指し、歩夢たちを探す。やがてかすかな殺意を感知した。さきほどまでの、空間を覆うような重苦しい殺意ではなく、小さくはっきりとした殺意。
これはきっと、歩夢が割り切れない想いでいるからだろう。あの子を殺したりする選択肢はないけれど、どこか完全には納得していないような、そんな気配に思えた。
やがてその小さな気配を辿っていくと音楽室に行き着いた。中で歩夢がすするように泣いていて、討伐隊の3人の姿も見える。あの子は口元に血が見えるけれど、命に別状はないみたいだった。
あなた「みんな、無事だったんだね……!」
果林「キミこそ……元気ではないみたいだけど、生きていて安心したわ」
愛「途中でおっきな音がしたけど、窓ガラスが割れる音だったのかなあ、ビックリしたよ」
栞子「いったいここで、どれほどの死闘が……」
エマ「彼方ちゃんのせいだもんね」
彼方「ええ〜、そのおかげでかすみちゃんの攻撃が決まったんだぜ〜?」
かすみ「だからって私のせいにはなりませんから!」
そんな世間話をしばししたところで、1つ咳払いをして本題に入る。
果林「つもる話があることでしょう。お互いがどんな戦いをしたか興味もあると思う。でもまずは、私たちの関係性を今一度整理しましょう。これからこの世界で生きていくために」
618: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 22:27:25.35 ID:T1EteSpSp.net
果林「これからの話は、キミや愛、ランジュと栞子にとっては退屈なものになるかもしれないわ。席を外してもらっても構わないのだけど……わがままを言えば、第三者として立ち会ってもらいたいの」
あなた「もちろん、私は構わないよ。半分当事者みたいなものだし」
栞子「私も関係者ではありますから、ここにいさせてください」
愛「アタシも構わないよ。ここまで関わっちゃったら、無関心ってわけにもいかないしね」
ランジュ「ランジュも聞いてるわ。別の世界ではお友達なんだから当然よ」
果林「そうしてもらえると助かるわ、ありがとう。それから……かすみちゃん、璃奈ちゃんとは通信できる?彼女にもこの話には加入してほしいの」
かすみ「わかりました、ちょっと待ってください」
かすみちゃんが持っている通信機を外して置いた。ほどなくして通信機から声が聞こえる。
璃奈『あー、あー……聞こえる?』
果林「ええ、聞こえるわ。それじゃあ始めましょうかしら」
果林「さて……まずは私からね。10年前、私は侑の手を離してしまい、そのせいで侑は死んでしまった。それは紛れもない事実だわ」
果林「それを許したくない人もいるだろうし、その感情はあたりまえのことだと思うわ。私に何かできる訳でもないから、今すぐに許してほしいなんて思わないし、一生許せないとしても仕方がないと思う」
果林「だけどこれからもこの世界で暮らしていくんだから、お互いの協力が必ず必要になる。だからそういう気持ちは抱えないで吐き出してほしいと思うの。言いにくいことでも、全部」
エマ「わたしは果林ちゃんだけのせいだと思ってないよ。あの山に行こうって誘ったのはわたしだから」
彼方「同じく、国内にしようって提案したのは彼方ちゃんだもん。もし最初の予定通り海外だったら、侑ちゃんが助けにいってああなることもなかったかもしれないから……」
菜々「……それについていえば、みなさんだけを責められないと私は思います。あの時、助けにいこうとする侑さんを止められなかったのですから」
あなた「でも……たぶん止めようがなかったと思う。私が同じ立場なら、やっぱり役に立たないってわかっててもじっとしていられないもん。みんながどれだけ説得しても聞かなかったかもしれないから」
612: 名無しで叶える物語 2021/12/13(月) 23:57:56.43 ID:awg4ickjp.net
璃奈『でも、それで割り切れるかどうかはまた別の問題』
ランジュ「どういうこと?」
璃奈『侑さんが死んでしまったのは果林さんだけのせいじゃない。それは頭で理解できていても、一番密接に関わった果林さんを許せるかどうかはその人によるってこと』
かすみ「……りな子の言う通り、私は正直完全に許しきれてないかもです」
かすみ「もちろん私も止められなかった側で、そのことをすっごく後悔してます。だから果林先輩はもっと後悔してるんだろうなっていうのもわかります」
かすみ「だけど先輩がこの世界に来た時、座標が予想よりもズレて、1番最初に果林先輩と出会ったのには何でよりにもよってって思いました」
かすみ「それで……先輩を手に入れるために果林先輩が侑先輩を殺したって……そういう言い方もしちゃいました……あの時は、すみませんでした……」
果林「謝らないで、かすみちゃん。傷つかなかったわけじゃないけど、かすみちゃんの事情もわかってるし、何より私自身が殺したようなものだって認識してるから」
歩夢「私もかすみちゃんと同じ。止められなかった自分が憎くて憎くてたまらない。だけど果林さんのことを心から許すことはできない」
果林「ええ、そこを無理に改めることはないと思う。私だって自分自身のことを許せないし、きっと侑にも許されてはいないのよ」
でなければ毎晩毎晩、呪いのようにあの日をリフレインする夢なんて見ないでしょうから。
愛「それはじゃあさ、時間が解決するのを待つしかないってことだね。無理に許す必要もないし、今後カリンのことを許せる日が来た時、過剰な仲直りをすることもないって感じかな」
『ただ、果林にはそれとは別に清算してもらいたいことがあるよ』
果林「その声……ミアちゃん?」
ミア『Right.ボクもやることが一段落したから混ぜてもらおうと思ってね』
あなた「清算してほしいことって?」
ミア『カリンが急にラボから抜けるもんだからさ、残った討伐隊の3人の仕事量がグッと増えたんだよ。そのせいでラボの護衛をボクが担わないといけないこともあった』
ミア『そこは一言謝るべきじゃない?』
果林「それはその通りね。私がもっとみんなと対話をしていれば、ここまで大ごとにならなかったのかもしれない。これも結局私がみんなとぶつかることから逃げたせいなのよね」
果林「ごめんなさい……」
619: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 22:35:21.37 ID:T1EteSpSp.net
あなた「あの、私からも1ついいかな?別に清算してほしいって訳じゃないけど、果林さんは色々と抱え込みすぎてた部分があると思うからさ、それはほどほどにしないとダメだと思う」
果林「そうね……善処するわ」
愛「カリンに言いたいことがある人は他にいる?……いなそうかな?」
果林「今言われたこと、私はしっかりと受け止める。さて、それじゃあ次は歩夢ちゃんたちの番ね」
果林「理由はどうあれ、世界の常識を打ち破って日本をボロボロにしてしまったことに間違いはないでしょう。歩夢ちゃんたちのせいで大変な目にあった人たちは多いはずよ」
果林「これからいがみ合わないためにも、思っていることは全部吐き出してもらえるかしら」
璃奈『私も侑さんに会うために世界の常識をひっくり返したり、この人にひどいことをしようとした。だから歩夢さんたちを責められない』
璃奈『だけど、ここにいるだけじゃない色んな人と交流して、やっぱり大変に思っている人たちはすごく多い』
愛「第三者としてアタシもだいたい同意かな。実際問題それでおねーちゃんが危険な目に何度かあったわけだし、個人個人で許せる人はいたとしても、この世界で頑張ってる生存者には何か一言あって然るべきじゃない?」
彼方「……正直、遥ちゃんのことは謝ってほしいな。死んだわけじゃないのはわかってるけど、もう2度と会話ができないかもしれないんだから」
エマ「わたしは実害を受けた訳じゃないけど、でもスイスの家族とはもう会えないと思うの。だからわたしも、そこについては謝ってもらいたいかな」
しずく「……すみませんでした」
菜々「……申し訳ありません」
歩夢「大切な人と会えなくなる苦しみは知っているはずなのにね……私の力が制御できなかったせいだよ。ごめんなさい……」
620: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 22:46:08.60 ID:T1EteSpSp.net
果林「話をしておくべきところはもう1つあるわ。今後の歩夢ちゃんの力についてよ」
歩夢「今後……」
果林「どういう流れでこの子を利用しないことになったかはわからないわ。だけど歩夢ちゃんの力が失われた訳じゃない。条件さえ揃えば侑の復活が実現できるでしょう」
果林「だけど、私としてはそれは間違っていると思う。死んだ侑に対しての冒涜だと考えているから。だから私としては、計画はもう終わりにしてほしいの」
果林「だけどそうなれば必然的にしずくちゃんや菜々たちの悲願も達成されないことになるわ。歩夢たちの死者蘇生に賛成なら、栞子の願いもね」
果林「死者蘇生の今後について、みんなの意見を聞かせてくれないかしら」
しずく「私は……侑先輩に2度と会うことができなくなるのは、やっぱり辛いです。ですけど世界をここまで巻き込んでしまうのは、やはり間違っていたのだと今は思います」
しずく「私は計画を破棄すべきだと思います。そしてこれからは、私たちが壊してしまった世界の復興に尽力をつくしたいです」
果林「しずくちゃん……」
栞子「……私も同じです。少し前に姉さんが亡くなったことを知り、跡を追おうとした私に手を差し伸べてくれたのが歩夢さんでした」
栞子「もう1度姉さんに会いたくて、そのためならなんでもできると思っていました。ですが私は、姉さんが愛した世界を台無しにする手伝いをしてしまっていたことに気がつきました」
栞子「本来……もう1度会うだなんてありえないことなのですから……私も真の死者蘇生を諦めます」
菜々「……侑さんは、私にとって大切な存在です。1度諦めたスクールアイドルの道に誘ってくれて、憧れだったラブライブ!のステージに立たせてくれました」
菜々「……憧憬、なのだと思っていました。大切な友人への尊敬の感情なのだと。ですが、失って初めて、私が侑さんに抱いていた感情の正体を知りました」
菜々「私は、侑さんに恋をしていたのだと思います」
621: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 22:55:27.48 ID:T1EteSpSp.net
あなた「な、菜々ちゃん……!?」
菜々の告白を聞き、別世界の侑であるあの子が動揺をする。だけどこの話を聞いて、私は特に驚きはなかった。
歩夢「……菜々ちゃんだけじゃないと思うけどね」
あなた「えっ……!?」
璃奈『否定はできない』
かすみ「好きでもなきゃ……ここまで必死になりませんよ」
あなた「そうなんだ……あ、あはは、この世界の侑さんって本当にすごい人だったんだね」
とはいえキミの性格や行動力から見るに、向こうの世界の私たちも恋愛感情を持っていてもおかしくはないように思えてしまうけど。
果林「続けて、菜々」
菜々「……私は、あの人に一言でも謝りたかったんです。私が強く止めていれば、侑さんは、侑さんは……」
菜々「……本当はわかっているんですよ。そんなことをしても侑さんが喜ぶはずなんてないと。きっと私に対して失望してしまうでしょう」
菜々「でも、それでも私は……侑さんに謝りたかったんです。自分が楽になるためのエゴでもなんでもいい、ただ一言……止められなくて、申し訳ありませんでしたと……」ポロポロ
果林「わかるわ……痛いほどわかる。だけどそれでも、こんな道を選んではいけなかった」
果林「その言葉は、最期の最期までとっておきましょう。いつか侑と同じ場所に逝ったとき、はじめてそれを言いましょう」
果林「それまでは懸命に生きるのよ。侑はきっとそれを望んでいるのだから」
菜々「…………はいっ……」
歩夢「……しずくちゃんも栞子ちゃんも菜々ちゃんも、計画は諦めるんだね」
果林「あなたはどう、歩夢?」
歩夢「……悪いけど、簡単には割り切れないよ。私1人さえいれば計画は実現できるから」
歩夢「この子はもう使わない。侑ちゃんと同じ心を持ったこの子をこれ以上傷つけるようなことできないから。だけど……計画を諦めるかは別の話」
622: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:06:44.29 ID:T1EteSpSp.net
璃奈『……ねえ、歩夢さん。世界がこうなった以上、復興していくとなれば歩夢さんの力が絶対に必要』
璃奈『歩夢さんのゾンビの知識を授けてくれれば、大きな発展のヒントになるかもしれない』
愛「発展のヒント?」
璃奈『そう。もしこの技術が完成すれば、どんな病や怪我からも復帰できるかもしれないから』
エマ「そんなこと、どうやって……?」
璃奈『歩夢さんが研究の末にたどり着いた真の死者蘇生の方法から考えると、Cランクのゾンビは身長や年齢、生年月日のいずれもが一致しない個体で、一致するごとに血色が良くなって人間に近づくと考えるのが妥当』
愛「なるほど、1個一致ならBランク、2個一致ならAランク、全部一致で真の死者蘇生って感じだね」
璃奈『だけど実際には、Aランクよりもさらに人間に近い見た目で、でもゾンビのままの個体が少なからず存在する』
あなた「Sランクのゾンビだね」
璃奈『もし、Sランクのゾンビが歩夢さんの想定しているものじゃないゾンビなのだとしたら、もっともっと研究していくことで、歩夢さんの知っているものとは全く別のやり方で元の人間に戻せる方法も見つかるかもしれない』
しずく「ですが特級相当のゾンビは能力が高いので、研究するのは至難の────」
彼方「……遥ちゃんだ」
しずく「────えっ?」
璃奈『そう。私たちが初めて観測したSランクゾンビである遥ちゃんは、私の研究室で大人しく眠っている。新しく捕獲しなくても、研究はできる』
璃奈『そしてもしゾンビの不死の力を治療に使えるのなら、悪性の腫瘍があろうと事故による身体欠損があろうと、正常な状態に戻せるかもしれない』
果林「なるほど……仮に腕を切断しなければならない状況の人が、一度ゾンビになってから腕を切断して、腕が再生したところで元に戻したりすることができるなら、医療は飛躍的に進歩するわね」
璃奈『それだけじゃない。今の太陽光とゾンビ水力発電だけでは、復興してからの生活がかなり大変。だけど神懸かりの力があれば、それも問題にならなくなる』
栞子「確かに私が持っていた夜明珠や菜々さんのニーベルン・ヴァレナスは発電の適性があるかもしれません」
623: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:16:24.79 ID:T1EteSpSp.net
璃奈『今すぐに割り切ることは出来ないかもしれない。だけど歩夢さんが力を貸してくれるなら、世界はきっと元通りにできる』
璃奈『そうすれば、時間はかかるかもしれないけど、歩夢さんたちのことを世界中の人が認めて許してくれると思う』
璃奈『だから歩夢さん。いつか力を貸してくれませんか』
璃奈ちゃんの言葉をうけて歩夢に目線が集まる。少しの静寂の後、歩夢がこたえた。
歩夢「……一晩考えさせて。その間に私がしなきゃいけないことを整理するから」
そう簡単に諦められるような話ではないのだろう。現に歩夢からは依然として小さな殺意が残っていた。だけどあのゾッとするような殺意はもう感じられない。歩夢も必死で変わろうとしているのかもしれない。
果林「……わかったわ、一晩待ちましょう。歩夢たちの件は1度このくらいにしましょうか」
果林「それじゃあ最後はラボのみんなね。最もラボのみんなは世界に対して役に立つことをしてきたから、清算するようなことはないといえばないのだけれど……」
果林「ただ、異空間からこの子を連れてきて、侑の記憶を注ぎ込もうとしていたわね。その主導者の璃奈ちゃんが放棄する選択をとったのだけれど、他のみんなはそれでも構わないかしら?」
果林「もちろん私としてもそうしてほしいところなのだけれどね。これも思っていることは全部出しておいた方がいいと思って」
エマ「わたしはもういいよ。それはいけないことなんだって、果林ちゃんたちに教えてもらったから」
彼方「彼方ちゃんも……いい加減目を覚まさないといけないかなって」
かすみ「……りな子が納得したならそれでいい。もちろん私だって侑先輩に会いたいけど……」
璃奈『……みんな、これまでついてきてくれて本当にありがとう。みんなのおかげで私は何とかやってくることができた』
璃奈『もう計画は放棄するけど……これからも私のラボで、私に協力してくれますか?』
「「「もちろん!!!」」」
璃奈『ありがとう……』
果林「ラボのみんなはまとまったみたいね。さて、それじゃあ最後の話をしましょう」
あなた「まだ何か話すことがあるの?」
果林「ええ……キミの処遇と、異空間接続についての話よ」
624: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:26:51.13 ID:T1EteSpSp.net
あなた「私の処遇……?」
果林「ええ。結論から言えば、キミは今すぐにでも元の世界に戻ることができる。璃奈ちゃんの異空間接続装置によってね」
果林「そしてキミが帰った後も、その装置を使えばいつでもキミに会うことができるし、キミの世界の私たちにも会うことができる」
あなた「そうなんだよね。私もみんなのことを連れてきたいって思ったんだ。もちろんゾンビは怖いけど、向こうのみんなもこっちのみんなに会いたいだろうし」
ランジュ「ランジュも別世界のランジュと会ってみたいわ!」
栞子「2人のランジュ……制御が難しそうですね」
ランジュ「なによう……」
果林「そう思って当然よね。私だって、向こうの私と話くらいしてみたいもの。だけど……私はそうしないほうがいいと思うの」
あなた「……どういう、こと?」
果林「まず1つは、元々は璃奈ちゃんがしていたのは時空間の研究だということ。つまり異空間と時間は密接に関わっている」
璃奈『異空間の観測の結果、この世界とあなたのいた世界とでは、進む時間の速度が違う』
ミア『こっちのほうが約3倍のスピードで時間が流れていて、向こうで1年たつ間に、こっちでは3年の時間が流れるようなんだ』
果林「昨日璃奈ちゃんと切り札を用意していたときそんな話を聞いてね。だから会おうとしても、私たちとあなたたちの認識のズレがどうしても生じてしまうの」
愛「でもさ、別にそれでもよくない?確かに時間の間隔が違うなら、会った時のテンションが合わないかもしれないけどさ、話してるうちにそのズレもなおってくると思わない?」
果林「もちろんそれはその通り。会うことの大きな障害にはなり得ないわ。だけどもう1つの問題と大きく関わってしまうの」
しずく「もう1つの問題……?」
果林「私たちは今、壊れてしまった世界を何とか元に戻そうとまとまりつつあるでしょう。そしていつの日か、日本が復興することができるかもしれない」
果林「そうなれば当然世界が日本の技術に注目する。そしてこの異空間接続の話が広まってしまう」
果林「この世界によく似た異空間が観測できて、その異空間と接続までできる。その世界にはこの世界とほとんど変わらない物資や人材がある……」
果林「そうなった時、私はいつか、その物資や人材をめぐって戦争が起こると考えているわ」
625: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:35:53.78 ID:T1EteSpSp.net
菜々「戦……争……!?」
果林「だってそうでしょう?地球上のさまざまな資源をめぐって戦争が繰り返されてきたけれど、もしも異空間に接続すれば、ほとんど倍の資源が手に入る」
果林「異空間相手に侵略戦争をしかければ、わざわざ地球の中で争いをしなくても多くを解決できる可能性があるわ」
果林「そして侵略戦争になれば、キミの済む世界はまず間違いなく敗北する。なぜなら、そっちの世界の3倍のスピードでこの世界は発展していくから」
果林「それに接続装置があるこっちのほうが侵略のタイミングを決められるんだもの。キミの住む世界が蹂躙されるかもしれない」
かすみ「そ、そんなこと、私たちがさせませんよ……!」
果林「私たちが生きている間はそうかもしれないわ。だけど私たちみんな死んでしまったら、それを止める人もいなくなるかもしれない」
果林「そして私たちの世界の方が早く時が刻むから、向こうの世界の私たちが生きている間に侵略戦争が始まる恐れがある」
愛「……つまりカリンが言いたいのは、そうならない為にその接続装置を壊すってこと?」
果林「ええ。『異空間の観測』については論文が出てしまっているからもう隠しようがないけれど、『異空間の接続』についての論文は幸いなことに出ていない」
果林「今ならまだ、日本が復興したとしても、世界には異空間に接続できることが広まらずにすむのよ」
彼方「だけどもしも壊したとしてさ、行ける方法があるって知っている人がいれば、また接続装置を作る人がいるかもしれないよ?璃奈ちゃんは実際装置を作ってるから、もう1回作ろ〜って思うかもしれないし」
果林「そうでしょうね。だけどそれについても心配はいらないわ。なぜなら璃奈ちゃんは記憶についても深く研究してくれているから」
あなた「ま、待ってよ果林さん……それじゃあ……」
果林「ええ。キミの世界を守る為に、異世界の接続についての記憶を消去すべきだと思うわ……キミ自身についての記憶もね」
626: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:46:04.36 ID:T1EteSpSp.net
あなた「どうして……?」
果林「キミの存在こそが、異世界の接続の証明だからよ。この計画を履行するのであれば、キミの記憶も消す必要があるのよ」
あなた「そんなの……そんなの嫌だよ!せっかくみんなと出会って、仲直りもして、これからって時なのに……」
あなた「会えなくなるだけじゃなくて……記憶までなくしちゃうなんて……」
愛「……実際のとこ、研究者としてりなりーはどう思う?」
璃奈『自分の研究の結晶が壊されるのは嫌だし、別世界のみんなに会えなくなるのも嫌』
璃奈『だけど……果林さんの指摘は正しいと思う。侵略戦争までいかなくても、例えば殺人鬼が潜伏先に選ぶとか、感染症にかかった人を隔離する場所として使うとか、悪用はいくらでもできる』
璃奈『研究者の意図とは違う方向に使われるのは昔からよくあることだけど、私の発明がそうなるのも嫌』
璃奈『それに、あなたの大好きな世界を危険に晒すことになるのは最も嫌』
歩夢「……私がいうのも変な話だけど、ゾンビがそっちの世界に行っちゃう可能性が少しでもあるなら、接続装置は壊した方がいいと思うな」
あなた「璃奈ちゃん……歩夢ちゃん……」
エマ「わたしは嫌だよ!会えなくなるだけで寂しいのに、記憶までなくしちゃうのは辛いよ……」
果林「なくしてしまえば苦しむこともないのよ。それまでは確かに辛いかもしれないけど……」
あなた「……急ぎじゃないとダメかな?」
果林「……どういうこと?」
あなた「私も、一晩考えさせてほしい。こんな大きいこと、今すぐには決断できないよ……」
璃奈『だけど、向こうの世界であなたを待っている人がいる。3日以上こっちにいるってことは、少なくとも丸一日、向こうのあなたの身体は抜け殻のようになっているはず』
あなた「もちろん早くみんなのところへ帰りたい。だけどこっちのみんなも同じくらい、私にとっては大切だから」
果林「……わかったわ。それじゃあ明日の朝、またこの話をして、それからキミを元の世界に戻しましょう。いいわね?」
少し重たい空気の中、みんなが頷いた。
627: 名無しで叶える物語 2021/12/14(火) 23:56:33.37 ID:T1EteSpSp.net
それからは、今までの重い空気を打ち破るように、楽しい話をした。
あの子にこっちの世界のスクールアイドル活動の話をして、あの子から向こうの世界の私たちの話を聞いた。
私はあまり詳しく知らないこともあったけれど、彼女の世界で虹ヶ咲と一緒にイベントを開催したμ'sというグループは、こっちの世界では伝説級のスクールアイドルらしい。かすみちゃんやエマ、菜々は特にくいついて話を聞いていた。
また、璃奈ちゃんによればその内の1人が5年前の時点でロシアで外務大臣のようなものをしていたのだそう。ロシアが総攻撃に参加しなかったのはそういう理由もあるらしい。
さらにもう1つのAqoursというグループの一員も、今世界的に成功を収めているホテルグループのCEOで、逆境に立たされながらも親日活動を推し進めていたのだという。
全くすごい話だ。あの子の周りにはそれだけの人間が集まっているのだ。
ほどなく辺りは暗くなり、夕食の時間になった。かつての調理室には一通り調理器具が揃っていて、食材も昨日までに採っていたらしい魚介類があって、彼方が張り切って料理をしてくれた。
まもなく調理室で机を囲んで、みんなで手を合わせて食べ始める。璃奈ちゃんとミアは通信しながらだけど、みんなで食事をした。
日に日に人数が増えて夕食をとれることに、かなりの感慨を覚えた。だけど暗い空気は似合わない場所だったから、しんみりせずに会話に夢中になっていた。
あまり笑うことのなかったしずくちゃんや菜々、栞子も、少しずつ笑うようになっているみたいだった。
……明日にはあの子の記憶を全て忘れてしまうかもしれないということを、みんな考えないようにしていたんだろう。
夕食も終わり、まもなく就寝の時間になった。歩夢たちはいつも、旧部室で寝ていたらしい。
菜々「ソファや布団など、たくさんありますから好きに使ってください」
彼方「こんなにたくさんあるんだねえ」
しずく「時々支援者の方も利用していたので……その方達は真の死者蘇生の計画は知らない方たちばかりですから、仮に放棄するとしても問題にはならないはずです」
果林「さて、それじゃあ寝ましょうか。スペースもあまりないから、私は廊下で寝ることにするわ」
エマ「そんなに狭くはないと思うけど……?」
果林「いいのよ。それに歩夢たちがどうやって制御してるかは知らないけど、ここにゾンビがふらっと現れたら大変じゃない。私なら気配で飛び起きれるから、見張り役も兼ねて外にいるわ」
愛「アタシも付き合おうか?」
果林「お気遣いありがとう、でも大丈夫よ。それじゃあおやすみなさい」
そうして私は部屋を出た。中からは微かに声が聞こえてきていたが、みんな疲れているのか、まもなく聞こえなくなってしまった。
かくいう私も今日はだいぶ疲れたみたいだった。次第に瞼が重くなり、眠りの世界へと誘われていく────
628: 名無しで叶える物語 2021/12/15(水) 00:05:07.66 ID:ihdS1Glbp.net
────
──
「──ぱい、先輩っ!」
あなた「ううん……ん……?」
誰かに叩き起こされる。だけど外はまだ暗いままだ。
あなた「まだ夜だよ……どうしたの……?」
かすみ「大変なんです先輩!」
あなた「大変って……?」
かすみ「歩夢先輩が……いなくなってるんですっ……!」
636: 名無しで叶える物語 2021/12/15(水) 23:36:12.06 ID:ANA7FEydp.net
────
──
1人、夜の中を歩く。
街灯もなく、空気の澄んだこの世界では、月や星がとても綺麗に見える。
……計画が叶わなくなった段階でこうすることは、はじめから決めていた。
だって私は、生きているだけでこの世界を危険にさらす存在だから。
だから私は山を目指す。
侑ちゃんが亡くなったあの山で、私も死ぬんだ。
637: 名無しで叶える物語 2021/12/15(水) 23:42:03.58 ID:ANA7FEydp.net
みんなが寝静まったあたりのだいたい0時頃、私は目を開けた。
転移先として使える遺骨は私が持っているし、もう1つの転移先であるあの子はこの部屋にいる。加えて、外に出ようにも扉の向こうには果林さんがいる。
窓なんて開ければ、ここ数年戦いの中に身を投じてきた討伐隊のみんなが起きちゃうだろう。それに、仮にここから落ちたとしても海の上。あっという間に救助されちゃうだろう。
つまりここは完全に密室。私が死ぬことは許されない配置だ。
だけど元々、あの山以外で死ぬつもりはなかった。私の死に場所は侑ちゃんと同じところ。そうでないと侑ちゃんと同じところには逝けないような気がしたから。
だからもしもの為に別な転移先を用意していたんだ。お墓から回収した遺骨の一部を、あの山に近いところの廃墟に置いていた。
アヌビスによって目覚めた力を使って、そこへ転移する。こうして誰に気づかれることもなく移動した。そのまま建物を出て、夜の闇へ。
この転移先はしずくちゃんにも菜々ちゃんにも言っていない。言えば必ず反対されると思ったから。私たちは目的が合致していただけで、特別強い絆で結ばれているとは思えない。それでもきっとあの2人は私のことを止めるはず。
ほとんど一緒にいた2人に気づかれる恐れがあったから、そこまで近くの場所に設置することはできなかったけど、ここから何時間か歩けば山まで着くだろう。朝私がいないことに気づく頃には、もう追いつけないはず。
639: 名無しで叶える物語 2021/12/15(水) 23:54:23.67 ID:ANA7FEydp.net
璃奈ちゃんは言っていた。私の研究と璃奈ちゃんの頭脳を合わせることで、ゾンビから元に戻す方法や革命的な治療方法が見つかるかもしれないと。
その可能性は確かにある気がする。特級相当……璃奈ちゃん曰くSランクのゾンビは私にも理解しきっていない部分がある。アプローチによってはゾンビになった人を元に戻すこともできるかもしれない。
そしてその理論が確立できれば、世界は私のことを許してくれるはずだと、そう言ってた。
だけど璃奈ちゃん、私は甘いと思うよ。
盗んだお金を全部返したとしても、その人の罪がなくなるわけじゃない。私がゾンビにした人たちが元に戻ったとしても、私が日本を住めない土地にして、多くの人の人生を狂わせた罪が消えるわけじゃない。
日本が復興するようなことがあれば、どうやったって私は断罪されるんだ。
それに、仮に死者蘇生の力が武器や宝石に宿った力なら、海に捨てたり山に埋めたりすればいい。だけど私自身が神懸かりなのだから、私が生きている限り力が残りつづける。
それを悪用しようと思えば……例えばゾンビを軍事利用しようとすれば、敵対する国を滅ぼすだけの力があると思う。
もしも私が断罪される前にそんな使い方をされれば……今よりももっと多くの人を危険にさらすことになっちゃう。
だから私は生きていたって意味がないんだ。ならせめて、侑ちゃんと同じような死に方がいい。
しずくちゃんと菜々ちゃんは私の力で洗脳していたということが書かれた遺書は常に持ち歩いている。これがあれば、あの2人が断罪される可能性は少ないはず。
そんなことを考えながら夜の道を歩き続け、いつしかあの山のふもとにたどり着いた。ある程度リサーチ済みではあるけど、どこがそこの場所なのかは登ってみないとわからない。
果林さんが迷って辿り着くような場所だから、かなり変な場所にあるのかもしれない。それでもきっと辿り着けるはず。侑ちゃんが行けたんだもん。私に行けないはずがない。
640: 名無しで叶える物語 2021/12/16(木) 00:03:45.67 ID:bBvSTbjKp.net
山を登り始める。この山はいくつかの登山道があるみたいで、1番近いところから入山した。山登り用の装備ではないけど、この世界でサバイバしているから体力に問題はなさそうだ。
まずは上に向かって、時折休憩を挟みながら山道を進む。次第に空気は薄くなり、息もあがってくる頃にはかなり高いところまで登ってきたみたいだった。
きっと晴れた昼間にはいい景色なんだろう。だけど真っ暗だからそんな感動はない。そもそも私は山を登りにきたんじゃなくて、死ぬために来たんだから、そんなことはどうでもよかった。
ある程度高いところまで来たら、その場所を探す。具体的にどんな場所なのかは果林さんの話でしか聞かなかったけど、侑ちゃんが関わった場所なんだからきっと見つけられるはず。
ある程度しらみつぶしに、あとは感覚の赴くままに散策する。あえて木々をかき分けたり、小川の向こうに行ったりして探していく。
やがて、ピンとくる場所にたどり着いた。直感がこの先だと言っている。もうすぐで侑ちゃんが落ちてしまった崖にたどり着く。
夜風に吹かれながら数時間。頭が冷えて思い直すこともなかった。もうすぐ、もうすぐで侑ちゃんと同じところへ────
果林「はあい、歩夢。こんなところで会うなんて奇遇じゃない」
────先客が、そこにいた。
653: 名無しで叶える物語 2021/12/17(金) 23:51:20.99 ID:/hKGQSAxp.net
歩夢「どうして……?」
果林「夢を見たの。いつもと同じ、侑がここから落ちる夢。だけどいつもと違って、最初からこの場所にいて、そして侑が落ちたの」
果林「そのタイミングで目が覚めたわ。そうしたら、中にいた歩夢の小さな殺意がフッと部室の中から消えたのを感じたの」
果林「その瞬間に理解したわ。夜になっても依然として残っていた歩夢の殺意の正体。あの子や私を許しきれないことからくるものだと思っていたけど、あれは歩夢自身への殺意だったのね」
果林「あとは直感ね。遺骨のうちのいくつかを別の場所に用意していたと考えれば脱出は可能になる。あとは歩夢があのタイミングで行きそうな場所はどこか……」
果林「自分への殺意を宿した歩夢ならきっと、侑と同じここを死に場所に選ぶはず」
果林「あなたがいつ死んでしまうかわからないから、誰かを起こしたり説明する時間が惜しくてね……それで1人だけでここに来たわけよ。間に合ってよかったわ」
歩夢「ここがわかってたとしても、果林さんがここまで迷わずに来れるなんて……」
果林「確かに私は信じられないくらいの方向音痴だわ。それは認める。だけど……この山の地理なら、きっとお台場よりも地元よりも詳しいでしょうね」
歩夢「どういうこと……?」
果林「……侑が落ちて10年になるわ。その間ずっと、毎晩毎晩夢を見たのよ。虹ヶ咲から侑と2人でこの山に登って、この場所で侑が落ちていく夢を」
果林「この場所を忘れるわけないじゃない」
歩夢「果林さん……」
654: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:02:35.37 ID:bsnzqJMdp.net
果林「それじゃあ次は歩夢の話を聞かせてもらおうかしら。死のうと思った理由は何?」
歩夢「……私は生きていちゃいけない人間だから。私が生きていればアヌビスの力が残るんだもん。私の周りの人が許したって、世界中の人が許してくれるわけないよ」
歩夢「私の罪は消えないし、どのみち許されるはずないんだから、せめて侑ちゃんと同じように死にたいの……」
果林「なるほどね……確かに璃奈ちゃんの見立てほど上手くいかないかもしれない。いくら歩夢の力でゾンビが元に戻ったり、医療が飛躍的に進歩したとしてもね」
果林「日本が復興できたとして、歩夢へのバッシングは根強く残るでしょう。でも、それを背負って生きていかなきゃいけないのよ。それこそが私たちが受けるべき罰なのよ」
歩夢「私たち……?」
果林「当然でしょ。彼方やエマはグレーなところがあるけど、少なくとも私は歩夢と同じく罰を受けるべき存在だと思ってる」
果林「最初矢面に立たされるのは歩夢たち3人であっても、その原因が私であることはいずれ明らかになるわ。そうすれば私も痛烈な叩き方をされてしまう」
果林「それはしっかりと身に刻んで、でも折れずに生きて、世界の役に立たないといけないのよ。私たちが壊した世界を元に戻す為にも、侑想いを無碍にしない為にもね」
歩夢「侑ちゃんの、想い……」
果林「侑との最後の約束なの。みんなのことを守ってってね。だから誰も死なせはしないわ。歩夢を悪くいう人がたくさんいたとしても、私が必ず守ってみせる」
果林「それに今死んだら、私たちはきっと地獄逝きよ。しっかりと生きて償うものを償わないと、侑と同じ場所になって逝けっこない。それともアヌビスが憑いてる歩夢が今さら無神論者なんて言わないでしょう?」
果林「私がここまで言うのはね、決して自分への罪悪感や侑との約束の為だけじゃない。地元から出て、初めて真剣に熱中できるものに出会えた。仲間を知った」
果林「単純に、あなたたちが大切だからよ。だから何があっても守りたいの」
果林「だからお願いよ……私と一緒に帰りましょう?」
歩夢「果林さん……」
ビュオオォォ…!
歩夢「わっ……!」
ズルッ
655: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:08:17.07 ID:bsnzqJMdp.net
果林さんの言葉に、少しずつ心の闇が溶かされていくようで、私も、もう少し生きてみようかなと思った瞬間だった。
急な突風に思わず身体のバランスを崩した。そのまま崖の方へ吸い込まれて────
パシッ
果林「歩夢っ!!!」
落ちていきそうなところで、果林さんに手をつかまれた。だけど運悪く身体はもうほとんど落ちかかっていて、果林さんも片手だけで支えているような状態だった。
歩夢「やっぱり……私が受けるべき罰は死なんだよ果林さん……」
果林「……何を言っているの?」
歩夢「こうなる運命なんだよ、私は……それに、このままじゃ果林さんだって落ちちゃうかもしれない。それだけは嫌なの!だから果林さん、お願いだから手を────」
果林「ふざけないで!!!」
歩夢「……!?」
果林「あなたの心で燻っていた最後の殺意が消えたのは感じてるの!自分のしたことと向き合って生きていこうと思った証拠よ!そんな馬鹿なことを言って諦めるなんて許さない!」
歩夢「でも、果林さんが────」
果林「甘く見ないで。私が何のために身体を鍛えていたと思う?ゾンビから逃げるため?あなたたちといつか対決するため?……違うわ」
果林「あの時侑の手を離したことを、死ぬほど後悔したから……よっ!!!」
不意に、私の身体が上へと引っ張られていく。果林さんはそのまま、片腕だけで私のことを崖上まで持ち上げてくれた。
果林「……痩せすぎよ、歩夢。それだけ食事が喉を通らないほどストレスだったんでしょう?もう、そんな生活は終わりにしましょう」
果林「自分としっかり向き合って、生きていきましょう。私と……いえ、私たちと」
しばらく沈黙があった。だけど、ここまでしてくれた果林さんのことは、心から信頼できると思ったから。
歩夢「……うん」
そう、答えた。
656: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:16:39.79 ID:bsnzqJMdp.net
────
──
歩夢を助手席に乗せて虹ヶ咲まで戻る。空が少しずつ白んでいたけれど、まだみんなが起きてくる前には帰ることができたと思ったんだけど……
あなた「どこに行ってたの……!!!!!!」
部室に戻るなり、開口一番あの子に怒鳴りつけられる。
果林「あら……起きていたのね」
かすみ「ちょっと寒いなって思って起きたら、歩夢先輩がいなくて……みんなのことを起こしてたら果林先輩も外にいなくて……」
エマ「飛翔機で周辺を探しても見つからないし、みんなはパニックになっちゃうし……」
菜々「この方はもう気が気じゃないみたいで、この夜の中を泳いででも探しにいくって聞かなくて困っていたんです。ランジュさんが後ろから銃で撃っていなければどうなっていたか……」
果林「荒っぽいけど、ランジュらしいわね」
ランジュ「だってこの世界のこの子を止められなくてみんな後悔していたんでしょう?だったら撃って止めるのが効率的じゃない」
栞子「確かにそれはそうなのですが……それにしてもやり方ってものがありますからね、ランジュ」
愛「そんで、ダメもとでりなりーに連絡してみたんだよ。そしたら研究のために起きてたみたいで、果林の居場所を探ってくれたんだ」
果林「私の……?」
彼方「虹ヶ咲への突撃で何かあると悪いから、車を改造したタイミングで発信機もつけたんだって〜。それで少なくとも果林ちゃんの場所がわかったんだ」
しずく「聞けば例の山に向かっているというものですから、私たち心配で……もしかしたら歩夢さんはあそこで自殺するために果林さんを運転させたんじゃないかって……」
果林「ならどこに行っていたかは知っていたんじゃ────」
あなた「そういう問題じゃないよっ!!!」
歩夢「ねえ、私はあなたの幼馴染でもないし、あなたにひどいことだってしたのに、なんでそんなに────」
あなた「当たり前でしょ!私の幼馴染の名前が上原歩夢で、あなたの名前が上原歩夢なら、あなたは私の幼馴染だよ……!」
あなた「心配に決まってるじゃん……」ポロポロ
658: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:25:26.98 ID:bsnzqJMdp.net
それから、あの子をなだめるのにかなり時間がかかった。本当に自殺しようとしたなんて言えば、また心配させるだけなので、ことが片付いたケジメに歩夢からあの山に行きたいと提案されたことにして誤魔化した。
特に討伐隊の3人には、音もなく歩夢が外に出たことをかなり訝しまれたけれど、なんとか取り繕うことができた。
かすみちゃんが起きてから、みんなは寝ずに私たちの帰りを待っていたらしい。そういう私と歩夢も何時間も寝ていないから、ひとまずはもう一眠りすることにした。
色々あった疲労感で、再び私は眠りの世界に堕ちていく……
────
──
─
果林「ううん……」
ふと気がつくと、私はまたあの崖にいた。だけどあたりの景色は霧ががっているのか、白いモヤのようなもので見ることはできない。
「久しぶり、果林さん」
不意に横から声がした。声のしたほうを振り向く。
果林「侑……?」
659: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:33:22.62 ID:bsnzqJMdp.net
侑「元気にしてた……わけないよね、あはは」
これはきっと夢だ。いつもの侑が出てくる夢。だけどいつもと違って、侑の声が心臓にズシンと響いてきた。いつもは起きたら記憶に残っていないほどふわふわした会話なのに。
この侑は……もしかしたら本当に侑なのかもしれない。
果林「……はじめからわかっていたの?歩夢があそこで落ちるんじゃないかって」
侑「まあね。歩夢は私の幼馴染だし、それくらいするんじゃないかなって。もちろん私は歩夢に死んでほしくなかったからさ。それで果林さんに助けてもらおうと思ったの」
侑「でも果林さんってほら……道を覚えるのが苦手だったし、歩夢がいつ落ちるかもわからなかったからさ、ちょっと酷なやり方ではあったけど毎晩毎晩道を案内してたんだ……ごめんね」
果林「まったく……あなたに呪われていたかと思っていたのに、そういうことだったのね。でも、どうして私なの?それこそ歩夢の夢に出れば、止められたかもしれないのに」
侑「1つは果林さんが1番頼りになるかなって思ったからかな。うちはしっかりしてる子が多いけどみんな優しいから、厳しいことをあえて言ったりするようなことができるのは、果林さんくらいだし、そういう理由からだよ」
侑「それから……果林さんのことも心配だったから。歩夢ちゃん以外にもし死んじゃうようなことをするとしたら、きっと果林さんだと思った」
侑「もし果林さんが死のうとしてたら、こうやって出てきて止めようと思ってたんだ。だけど果林さんは責任感が強かったから、心配いらなかったけどね」
侑「でも果林さんに託してよかった。歩夢のことを助けることができたから。だからありがとう、果林さん」
果林「最後にあの子は自分の意志で生きることを選んだの。歩夢本人の力よ」
果林「……もしかして、別世界の侑が私の前に現れたのも、侑が私に憑いていたから?」
侑「どうなんだろう、そこまではわからないや。だけどそうかもしれないね。あの子が果林さんと出会ったのも、そういう運命だったのかも」
660: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:40:57.22 ID:bsnzqJMdp.net
侑「……さて、果林さん」
果林「……」
侑「あれ、もしかして気づいてる?」
果林「……あなたの未練は解消されたもの。あなたはいるべき場所に戻らなきゃいけない」
侑「……うん。だからお別れだ」
果林「ねぇ────」
侑「言わなくてもいいよ。ずっと果林さんの中にいたんだからさ、何が言いたいかなんてわか────」
果林「だとしてもよ!聞いてほしいの、10年間ずっと、どうしても言いたかったの!」
果林「あの時助けてあげられなくて……本当にごめんなさい……」
侑「……どうしよっかな〜、なんてね。あのね果林さん。私全然怒ってないよ」
侑「そりゃあやりたいことはまだまだたくさんあった。歩夢ちゃんやかすみちゃんたちをラブライブ!のステージに立たせてあげたかったし、作りたい曲や衣装のアイデアもあった」
侑「だけど……結局私が死んだのは果林さんを無理に助けにいこうとしたせいだし、それなら果林さんが助かって本当によかったって思ってる」
侑「だから、謝らないで」
果林「侑……侑……!!」ボロボロ
侑「あはは、せっかくなら笑顔でお別れしようよ。せっかくの果林さんの素敵な顔が台無しだよ」
次第に、侑の身体が光に包まれていく。
侑「さて……もうみんなは大丈夫だと思うからそろそろ行くよ。すぐにこっちに来ちゃダメだからね?」
果林「ねぇ侑。最後にこれだけは聞かせて。これは夢の中なの?それとも現実なの?」
侑「もちろん夢の中の出来事だよ。だけどだからといって現実のことではないってわけにはならないと思うけど」
そう言って侑は天に登っていった。初めて崖から落ちずにいられたみたいだった。
661: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 00:52:09.27 ID:bsnzqJMdp.net
─────
──ちゃん!
─林ちゃん!
エマ「果林ちゃん!!」
果林「……っ!?」ガバッ
エマ「もう、やっと起きたよ〜。夜通しで運転してるのはわかるけどさ、昨日の話の続きをするから12時には起きようって話してたじゃん」
エマ「もうみんな調理室に集まってご飯食べるところだよ。はやく果林ちゃんもいこう?」
エマに叩き起こされ、次第に状況を理解する。そういえばそうだった。あの子の処遇について話をしないといけないんだった。
不意に壁にかかっている時計が目にはいる。菜々か栞子あたりが直したのか、今なお時を刻んでいた。時刻は13時近くをさしていた。
果林「そう────」
私は悪夢から解放されたのだ。そして、侑とのお別れでもあった。
果林「私、10年ぶりに寝坊したのね……」ポロポロ
671: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:05:34.10 ID:bsnzqJMdp.net
エマが言ったとおり、調理室には既にみんな集まっていていて、私とエマの到着を待っていたようだった。
席に着くと早速手を合わせて食べ始める。彼方とかすみちゃんが中心になって作ってくれた朝食は、身体に染み渡るような美味しさだった。その場にはいないけれど、璃奈ちゃんやミアとも通信をして食事をとる。
わいわいと会話をしながら、どこかしんみりとした空気が食卓を漂っていた。あの子とは今日限りでお別れだからだ。
私にとっては、2人の侑とのお別れを経験することになる。
あなた「それじゃあ、ちょっといいかな?」
食事も終わろうかというタイミングで、あの子から切り出した。
あなた「私、考えたんだ。異空間の接続について」
あなた「確かに、果林さんが指摘したことは否定できない。接続が残ることでいつか侵略された時、もし私の周りの人が被害を受けたらたまらないよ」
あなた「だから、接続手段を壊すことと、その記憶について消去してしまうことは……悲しいけど必要なのかなって思う」
わかってはいた。きっとあの子ならそういう選択をとるだろうということが。自分の繋がりを犠牲にしても、向こうの世界を守ろうとしている。
その決断に至るにはとても苦しい思いをしただろう。それでも彼女は覚悟を決めたのだ。なら私たちも覚悟を決めなくてはいけない。
あなた「……だけどね、こうして知り合ったみんなともう2度と会えなくなるのも、私は嫌だ」
あなた「だから……その折衷案を考えたの!これを見てほしい」
そう言うと彼女は持ってきていたスマートフォンをかざした。そこにはスクリーンショットがたくさん収められていた。
愛「それ、もしかして……」
あなた「うん。璃奈ちゃんの研究データや論文のスクショなんだ!」
672: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:10:57.39 ID:bsnzqJMdp.net
あなた「侵略戦争になるんじゃないかっていう大きな問題点は、時の流れが違うことによって文化の発展に差がつくことだよね」
あなた「だから、その差をこのデータを使ってブーストをかけるんだよ!そして数年後に今度はこっちが異空間の接続装置や記憶を操る機械を開発する」
あなた「私たちの世界にそれだけの技術力があれば、一方的な侵略戦争にはなり得ない。つまりお互いにかなり被害が出るような大きな戦争になってしまうでしょ」
あなた「そうなれば、私たちの世界もこっちの世界も、無理やり戦争にできないような状態が出来上がる。つまり言葉による和平が築けると思うんだ」
愛「なるほどね……懸念点はその論文を理解できるような人がいるかってところだけど、それも問題ないわけか」
璃奈『向こうの私が、きっと実現する』
あなた「異空間の接続装置を壊して、記憶を消去しても、この論文を元にまたこっちに繋げて、みんなの記憶も呼び起こすんだ」
あなた「もしかしたら何年も先になっちゃうかもしれないけど……これならまたみんなに会えるし、戦争の心配も少なくなるでしょ!」
あの子は目をキラキラさせてそう言った。
果林「……はっきり言って、机上の空論ね。キミたちの世界が璃奈ちゃんのデータを元に急成長したとしても、3倍の時間が流れるこの世界より勝るとも限らない。結局いつかは戦争になる恐れは十分にある」
果林「だけど……キミになら賭けられる気がするわ。私たちみんな、キミの力でもう1度まとまることができたのだから」
歩夢「あなたたちがくるなら、私も頑張らなくちゃ。ゾンビの危険がなくなるように璃奈ちゃんと協力しないと」
しずく「歩夢さん……」
菜々「そうですね!」
みんなこうして変わろうとしているんだ。そのきっかけのあの子の力を、私たちが信じないでどうする。
璃奈『じゃあ決まりだね。みんなラボまで来て。異空間接続と記憶操作の装置を使う』
673: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:15:44.41 ID:bsnzqJMdp.net
ラボへ向かうべく、みんなで私の車に乗り込んだ。かすみちゃんたちは飛翔機を持っているけれど、長い別れになるからあの子と話していたいと言い、同じく車に乗り込んだ。
何日か前まではずっと1人で運転していたものだから、これだけの人数を乗せるとなると流石にハンドルが重たく感じてくる。だけどそれは心地いい重さだった。目頭が熱くなるほどに。
はじめはぎゅうぎゅう詰めで生活エリアでみんなで話をしていたみたいで、私は1人運転をしていた。だけどそのうち、あの子の方からこっちの方に顔を出した。
果林「あら、みんなとおしゃべりするんじゃなかったの?」
あなた「みんなには果林さんのことも入ってるからね」
あなた「長かったような、あっという間だったような……そんな日々が終わっちゃうんだね。私、こんなに冒険みたいなことしたの初めてだよ。きっと戻ってからは曲や衣装のアイデアで溢れると思う」
あなた「それも最初に果林さんに会わなかったら体験できなかったし、そもそも帰ることができなかったから……だからありがとう、果林さん」
果林「礼なんてとんでもないわ。私だって、10年間止まっていた時がやっと動き出したんだもの。感謝なんていくらしてもしたりないわ」
それから、ほんの数分間だったけど、2人で話をした。彼女がこの世界に来た時も、こうして2人で話して、久しぶりに笑顔になれたのを思い出した。永遠にこの時間が続いてほしいと、ほんの少し考えてしまう。
それでもラボに到着する。彼女には帰るべき世界がある。だからさよならだ。侑とは笑顔で別れられなかったから、せめて彼女とは、しんみりせずに別れよう。そう思った。
674: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:20:06.75 ID:bsnzqJMdp.net
璃奈ちゃんとミアはラボの3階で待っていた。既に異世界接続装置の準備がしてあった。
璃奈「手順を説明する。まずはあなたがこの装置の中に入る。あとは私がこのパネルで操作をすると、向こうの世界に戻れる。前回は想定してた座標がズレたみたいだけど、修正したから今回は完璧」
璃奈「そうしたらこの機械を壊す。思い返せないようにデータ類も全部消去。大変だと思うからみんなに手伝ってほしい」
璃奈「そうしたら次は記憶装置を使う。このラボにいる人みんなが接続のことを知ってるから、一旦みんな装置の部屋に集まって起動する。そうすればみんなの記憶から、接続装置とこの子についての記憶が消える」
あなた「装置の中……この扉を開けて中に入ればいいんだね」
璃奈「うん。だからこれで本当にお別れ」
あなた「お別れにはならないよ。たとえ何年かかってでも、必ず戻ってくるから。だからさよならじゃなくて、また今度、だよ」
彼女は笑ってそう言った。侑も涙は見せなかった。もちろん内心は辛くもあるのだろうが、それでも必ず帰ってくるという強い意志が成せる技なのだろう。
特に示し合わせた訳ではないけれど、みんなも笑っていた。よく見ればかすみちゃんやエマの目には涙がうっすら浮かんでいるようだけど、それでも泣き崩れることはなかった。
あなた「それじゃあみんな────」
果林「ねぇ」
あなた「……?」
チュッ
果林「……愛してるわ」
あなた「……!!??」
あの子が途端に顔を真っ赤にする。もしかしたら、侑と同一視してのことだと思ったのかもしれない。いや、その方が都合がいい。
侑のことは好きだった。いや、今だって好きだ。だけど私は、ずっとバラバラだった私たちをここまで繋いでくれた彼女が、1人だった私に寄り添ってくれた彼女を、たまらなく愛おしく感じていた。
私は、あなたのことが好きだ。
本当は言いたい。行かないで、もっと私と一緒にいて……叫びたいほどだった。だけど、せっかく彼女が笑顔で別れようとしているのだ。私はそれに応えなくちゃ。
この想いを伝えて、彼女を困らせるなんて、しちゃダメだ。だから私は、
果林「……さよなら」
そう言った。
675: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:25:35.94 ID:bsnzqJMdp.net
────
──
装置が起動し、大きな光に包まれた後には、扉の向こうに彼女の姿はなかった。元の世界に帰ったようだった。
その瞬間、私は堪えきれずにその場に崩れ落ちた。それを合図にしたかのように、すすり泣くような声が聞こえてきた。みんなもきっと我慢できなかったのだろう。
しばらくはそうしていたが、次の作業が控えている。私たちは物理的に装置を破壊するグループと、文書やデータ上から接続装置の痕跡を消すグループとに分かれて作業した。
やがて装置はどんなものだったのか想像するのができないくらい粉々になった。璃奈ちゃん曰く、このガラクタが何だったのかなどは記憶装置が上手く補完してくれるのだと言う。
そして最後はラボの研究員もみな集まって、記憶装置の周りを囲んだ。この機会からは特殊なガスが噴き出し、それを吸った人があらかじめ設定させてあるとおりに記憶を失うのだという。
この技術を使えば、操作者の記憶が消さずに残ることもなく、みな均等に記憶を消すことができる。
やがて私はこの想いすら消してしまう。悲しいけれど、私が、そしてあの子が決めたことだ。
向こうの研究がどれだけ上手くいくかわからない。もしかしたら2度と会えないかもしれない。でも、それでもあの子を信じよう。
信じればきっと会える……そんな奇跡が、1度くらいおこったっていいだろう。
次第に視界が霧に包まれる。瞬間、走馬灯のようにあの子との想い出が駆け巡る。初めて会った、銃を突きつけた瞬間。演習場での戦い、かすみちゃんとの激闘、愛たちを探した旅、ラボへの潜入と、虹ヶ咲での死闘。
そして……あの子への想い。
薄れていく意識の中で、また涙がひとすじ溢れていくのを感じた。
ありがとう。
また会える日まで……
676: 名無しで叶える物語 2021/12/18(土) 22:32:07.79 ID:bsnzqJMdp.net
──9年後──
ブウウウゥゥゥン…
果林「ふぅ、荷物は全部届けたみたいだし、これで今日の作業は終わりね」
プルルルル
果林「はい、果林よ」
愛『おっつー、カリン』
果林「あら愛、どうしたの?」
愛『大阪エリアもだいぶ賑わってきたからさ、たまには遊びにおいでよ!栞子とランジュも誘ったからさ!』
果林「ねえ、私が車で行くのを知ってて言ってるの?」
愛『いいじゃん、一泊くらいしていきなよ〜』
果林「そんなことしてる余裕ないでしょう。今は北陸エリアの復興途中なんだもの。いくら人手があっても足りないくらいよ」
愛『じゃあこの際飲まなくたっていいからさ〜』
果林「はいはい、愛たちがこっちに来たら考えてあげるわ。それじゃあね」
プツン
果林「はぁ……悪いことしたわね。どこかで埋め合わせしないと……」
果林「でも確かに、最近働き詰めだからたまには息抜きもしなきゃかしらね。何か楽しいことでもあればいいのだけ……ん?誰かしら……?」
果林「……ゾンビはもういなくなったけど、このご時世にヒッチハイク?珍しいわね……」
ブロロロ…キキー!
果林「どうかしたの?」
「私のこと、覚えてる?」
果林「……」
「あはは、覚えてないってことはちゃんと記憶も封じたんだね。随分時間かかっちゃったからなぁ……でも大丈夫!なんたってウチの璃奈ちゃんが作ったこのドリンクを飲めば────」
ギュッ
「か、果林さん……!?」
果林「全部……全部思い出したわ……装置のことも、キミのことも……!!」ポロポロ
果林「おかえりなさい、あなた……!!」
あなた「ただいま、果林さん」
果林「私、10年ぶりに寝坊したのね……」
〜Fin〜
果林「私、10年ぶりに寝坊したのね……」