SS速報VIP:紬「はみんぐばーど」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1311586444/2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:35:44.75 ID:PNdIIEYCo
籠の中、そこに小さな雛鳥がいました。
その雛鳥は、生まれた時からずっと、籠の外の世界に憧れていました。
小さな籠の中で…雛鳥は、外の世界を夢見て、やがて大きくなって行きました。
それからしばらく、身体も羽も大きくなった小鳥は、やっと籠の外へ出ることが出来ました。
籠の外は窮屈な籠の中とは違い、とても広々としていました。
小鳥も、念願だった外の世界へ…その羽を広げ、優雅に空を飛びまわっていました。
でも、小鳥は知ってしまいました、その籠の外の世界に…窓がある事を。
そう、そこは籠の外の世界の、小さな部屋なのでした…。
窓に映る大きな青空と、その空を仲間と共に歌い、飛んで行く別の鳥を見て、小鳥は思いました。
この窓の外へ出てみたい…ここよりももっと大きな空を、大切な仲間と共に、自由に羽ばたきたい…と。
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:36:28.19 ID:PNdIIEYCo
某月某日、琴吹邸 大広間
紬父「えー、本日はみなさんお集まり頂き誠にありがとうございます」
父の挨拶でその日のパーティーは幕を開ける。
大勢の来賓が父の姿に注目し、私も凛々しく壇上に上がるその父の姿を、広間の端から見つめていた。
紬父「皆様のおかげで我が琴吹グループも今年で創立70周年を迎え、私も社長の座に就き、かれこれ10年…」
紬父「父より受け継いだ会社の為、私も未熟ながらに尽くして来た身ではありますが、その努力の甲斐もあり、何とか会社をここまで拡大させる事が出来ました」
紬父「今私がここにいられるのも、全てはこの場にお集まり頂いた大勢の方々のお力添えの賜物だと思っております」
重く、よく通った父の声が広間にこだまする。
そこにいるのはいつもの父ではなく、琴吹グループの代表としての父だった…。
紬父「そこでささやかではありますが、関係者の皆様への日頃の感謝の気持ちと、我が社のより一層の発展を願う意味合いで、本日はこのような催し物を開かせて頂きました…」
紬父「皆様、本日は大いに楽しんで行って下さい!」
―――パチパチパチパチ…!!
父の挨拶は大勢の拍手と共に終わりを迎えた。 そして、広間に集まっていた来賓が各々散開を始める。
奥に並べられた豪華な食事を取りに行く人、挨拶回りに向かう人、ゲストで来た大物アーティストに声をかけに行く人…その姿は様々だ。
私は壇上から降りた父に向かい、声をかける。
紬「お父様」
紬父「おお紬、待たせたな」
紬「いいえ、いつも以上に素晴らしい挨拶でしたわ」
紬父「フム…我ながら少し長引かせてしまったか…。 いや、歳を取るとどうしても話が長くなっていかんな、せっかく集まって頂いた来賓の方々を、退屈などさせていないと良いのだが…」
自慢の口髭をいじりながら父がぼやく。
紬「それは、大丈夫だと思いますわ」
紬父「だと…いいがな」
紬「ええ」
紬父「では、行こうか」
紬「…はい」
そして私は父に付き添い、来賓への挨拶回りに向かう。
―――戦前より音楽界と経済界にその名を広め、今日まで多くの音楽業界の発展に尽力して来た由緒ある家系『琴吹家』。
その琴吹家の長女であり社長の娘、それが私、琴吹紬。
学校では同級生に交じって勉学に、そして部活に励む一生徒に過ぎない私も、ここでは『社長令嬢』として、どうしても特別視される。
そんな立場の私だから、こういった催し物で、娘として父の顔を立てる為に挨拶回りをするのは、いつもの事だった。
声「社長…」
綺麗なドレスに身を包んだ貴婦人が父に声をかける。
その容姿からは長く財界に携わり、私の何倍も場馴れした雰囲気が良く伝わって来る。
凛々しくも気品ある顔立ちからもにじみ出るその貫録…私も同じ女性として憧れを抱く程だった。
女性「社長、本日はこのような素敵な会に招待して頂き…真にありがとうございます」
紬父「おお、これはこれは…わざわざ遠くからありがとうございます…」
女性「主人も社長からたくさんのお力添えをして頂きまして…わたくしの方からも、お礼申し上げます」
紬父「いえいえ、私も社長就任以来、あちらの社長には多くの面倒を見ていただきました。 社長の為でしたら…多少の尽力は惜しみませんよ」
女性「紬お嬢様も、以前お会いになった時よりも綺麗になられて…そのドレス、素敵ですわ」
紬「うふふ…ありがとうございます」
ドレスを翻し、私は女性にお辞儀をする。
紬「いつも父がお世話になってます」
女性「社長が羨ましいですわ…紬お嬢様のような素敵な娘さんを持って、お幸せで…」
紬「そんな、私なんてまだまだ未熟で…」
紬父「いやいや、親馬鹿ながら…良い娘を持ったと思いますよ」
女性「うふふっ…ええ、本当にお幸せそうで…それでは今後とも主人のこと、よろしくお願いします…」
紬父「ええこちらこそ、今日は、是非楽しんで行って下さい」
紬「本日は、父の為に遠くより足を運んで頂き、ありがとうございました」
女性「ええ、それではまた…」
そして最敬礼で女性を見送り、私と父は次の挨拶へ向かう。
男性「社長~! 今日はお招き頂きありがとうございます!」
女性「紬お嬢様も、ごきげんうるわしゅう…」
紬「こちらこそ、いつも父がお世話になってます」
紬父「みなさんお久しぶりです、本日は日頃の疲れを忘れ、大いに楽しんで行ってください!」
―――繰り返される挨拶と、毎度恒例の返事。
今に始まった事じゃないから…それももう、今はだいぶ慣れてきた…でも………
………高校に入って…“みんな”と過ごすようになって、その考えは、徐々に変わってきた。
紬「はぁ……」
父と少し離れた私は持っていた携帯を開き、先程唯ちゃんから送られたメールを見る。
件名:唯ちゃん
本文
見てみて~♪
澪ちゃんとあずにゃんのお風呂上りのツーショットだよ~☆
[画像]
唯ちゃんらしい、キラキラとした絵文字が可愛らしいメールに添付されていたのは、澪ちゃんと梓ちゃんの湯上りの可愛らしいパジャマ姿だった。
みんなの楽しそうな雰囲気が、写真越しに十二分に伝わって来る。
紬「あははっ、澪ちゃんも梓ちゃんも、可愛い~」
紬「………………」
紬「…私も…行きたかったな……」
今日は唯ちゃんの家で、部活のみんなと和ちゃん、それに憂ちゃんや純ちゃんを集めたお泊り会が開かれていた。
憂ちゃんと和ちゃんの手料理をみんなで食べて、りっちゃんと純ちゃんが持って来たゲームをやって、みんなで夜中まで楽しくお喋りをして…
………。
…考えただけで、みんなの楽しい姿が目に浮かんだ。
私も本当は行きたかった…でも、前々から今日のこのパーティーへの出席は決まっていたから……。
それに今日のパーティーは、日頃から父のお世話になってる方も多数見えられると言う事だけでなく。 父や母、また執事やメイドも含めた『琴吹家』の一員が一堂に介することが大きな意味を持つ。
そんな理由もあり、結局私は欠席も出来ず、今に至るのだった…。
…確かに、ふけちゃえれば、それは簡単だった。
でも、それは父の顔に泥を塗る事になる…
父と母には、今まで多くの我が儘を聞いてもらった。
念願だった桜高への入学を認めてくれた事もそうだし…合宿場として別荘や楽器を手配してくれた事…。 放課後のお茶会で使うティーカップやティーポット…他にも多くの道具を用意してくれた事…
そんな、私の多くの望みを聞いてくれた父や母の気持ちを…一時の誘惑で裏切る事なんて、私には出来なかった…
…だから、これは仕方のない事…
今の私には、こうした事でしか両親の恩に報いる事が出来ない…
それが少し悔しく、また、寂しくもあった……。
紬「……………」
…ぼんやりとそんな事を考えていた時、会場に来てた同年代の女の子たちと目が合った。
どの子も私と変わらない歳で、3人で集まり、すごく楽しそうにお喋りをしている。
…この子達なら、どうだろう。 歳の離れた大人じゃない…同い年のこの子達なら…
学校のみんなと同じように…楽しい話に、私も混ぜてくれるだろうか?
そんな淡い期待を込めて、私は彼女達に声をかけてみた。
女の子A「あ、ねえねえ見てみて、ほらあそこ…」
女の子B「琴吹家の紬さん…綺麗よねぇ…」
女の子C「ええ…さすがよね、あの優雅な雰囲気…私も見習わなくちゃ…!」
紬「あの…」
女の子A「は…はい!」(つ…紬さんに声掛けて貰えちゃった…!)
女の子B「紬さん…綺麗なドレス、お似合いですわぁ……あ、そのジュエルも素敵……」
女の子C「紬お嬢様、本日はわたくし達もお招き頂き、光栄です」
彼女達はとても丁寧で…そして…
すごく…余所余所しい口調で、私に言葉を返してくれた――――。
紬「……………え…ええ…」
女の子C「あの、どうかなさいました…か?」
紬「…いえ……」
……違う…こんなの…違う…………っ
こんなお喋り…私は……望んでなんか…。
紬「…本日はお集まり頂きありがとうございます、今日のパーティー、どうぞお楽しみください」
女の子A「は…はい! わざわざお声掛け頂き、ありがとうございます!」
女の子C「あ、そろそろダンスの時間ですわ…それでは、わたくしたちもこれで…」
女の子B「紬さん、それではまた後ほど…では」
社交的な会話を終え、いそいそと会場の雑踏に消える彼女達を、私は精一杯の作り笑顔で見送った。
紬「やっぱり…そうよね…」
…同年代の女の子も、変わらなかった。
考えてみれば当たり前の事なんだ…ここでは私は“琴吹財閥の令嬢”琴吹紬であり、高校生としての琴吹紬じゃないのだから…
―――やっぱり…ここには、誰もいない……。
私が心の底から安心して、肩書や家柄なんか気にせずに接してくれる人が…誰もいない…。
ここでの現実を改めて直視し、肩が重くなる……。
紬「……割り切らなきゃ…ここでは、私は…ただの高校生じゃないのだから…」
紬「私は紬…琴吹紬。 由緒ある家系、琴吹財閥の一人娘…」
自分に暗示をかけるように、私はその言葉を口にする…。
それが、今の私に出来る精いっぱいの強がりだった…。
―――
――
―
父と私の挨拶回りは続き、パーティーもまた続く。
いつしか会場にはワルツが流れるようになり、見慣れた広間は、立派な社交ダンスの会場と化していた。
広間の中心で母が父と優雅なダンスを踊り、それを囲むように、多くの男女がそれぞれ上手な踊りを披露していて…
紬(お父様もお母様も…綺麗…)
男A「あの、紬お嬢様…よろしければダンスのお相手をよろしいですか?」
ふと、白いスーツ姿の男性が私にダンスを申し込む。
紬「…ええ、私で良ければ、よろしくお願いします」
断るのもはばかられたので、私はダンスの誘いを受け入れた。
そして私は男性の手を取り、ダンスを踊る。
~♪ ―――♪…♪
優雅なメロディにステップを踏み、男性の手を取り、私は踊り続ける。
次第に、私と男性の踊りは、多くの眼差しを浴び始めて行き…
「さすが…他の子とは全然違うなぁ…いやはや、踊ってる男が羨ましい」
「素敵…」
「へへへ…次、ボクも踊ってもらおっと」
その視線を、声を意識しない様に、私はダンスに集中する…。
男A(美しい…)
紬「…? どうかしましたか?」
男A「いえ…すみません、お嬢様の美しさに、不覚にも見惚れてしまったようで…」
紬「うふふ、ありがとうございます」
男A「あの…もしよろしければ、この後もいかがでしょう?」
紬「申し訳ありません…まだ、来賓の方々への挨拶回りがありまして…」
男A「そうですか…いえ、こちらこそ失礼しました」
紬「踊りに誘って頂きありがとうございました…では…」
男A「ええ、それではまた後ほど…」
社交辞令を交わしてその場を後にする。 残念そうに項垂れた様子の男性が目に止まるけど、なるべく気にしないようにする。
…こう言った大きな場で、男性に声をかけられるのも今では珍しい事ではなかった。
でも、ここに集まる男性はそのほとんどは…私の事なんか見ていない…。
彼等が見ているのは…私の後ろにいる父や会社、そして私と共にいる事の優越感……そんな、下らない事だけだ。
そんな男性とのアフターな時間なんて…気乗りする筈がなかった…
…でも、今日はいつも以上に視線を多く集めてしまったようだった。
男B「紬さん、僕とご一緒に…いかがでしょう?」
男C「紬様、次は私といかがですか?」
男D「いやいや、ここは是非このボクと!」
紬「…すみません、先約がありまして…」
男D「そんなぁー」
…困ったな……。
断っても断っても、今日は多くの男の人に声をかけられる…。
こういう時はいつも、執事の斎藤が助けに来てくれるのだけど…
生憎と、今日はパーティー会場の設営や雑務に追われ、私の傍にいてくれる時間は非常に限られているらしい。
男C「少しだけでいいから、踊りましょうよっ」
紬「きゃっ…あ…あの……」
強引に手を引かれ、私は男性の前に立たされる。
…顔が近い…それになんだかお酒の匂いもするし……ど…どうしよう…。
強引に迫って来る男の顔を直視しない様にし、私は辺りを見回す…
すると、私の様子を見に来たのであろう、斎藤がこちらに向かって来てくれた。
斎藤「申し訳ありませんお坊ちゃま。 紬お嬢様もご多忙の身、それに今はどうもご気分が優れないようですので…これ以上は…」
男C「…む、お前、ボクに逆らうって言うのかよ?」
斎藤「いえ…決してそのような事は…」
男C「紬さんがボクと踊りたいって言ったんだよ! ただの執事が邪魔すんな!」
男が声を荒げて斎藤を威嚇する。
斎藤自身は慣れているのか、笑顔を崩さずにそれを受け流していた。
斎藤「ふむ、それは困りましたな…」
紬「斎藤…」
男C「そうだろ、だったら早く…」
斎藤「いえ、困ったのは、私ではなく、お坊ちゃまご自身の事でありまして…」
男C「…はぁ?」
斎藤「いえ、お坊ちゃまの家系は琴吹家に次いで由緒正しき家系…。 その跡取りであり、最も紬お嬢様に近しいとも言えるお坊ちゃまに、このような一面があるとは…旦那様の耳に入ればどうなる事か…」
男C「…何が言いたいんだよ、お前」
斎藤「実はですな…」
斎藤が男に耳打ちをする、声が小さくて聞き取れなかったけど、斎藤の言葉に、男が変に上機嫌になって行くのはよく分かった。
斎藤「…という事です、如何でしょう、ここは…後の事を考えてみては…?」
男C「そ…そっか……ボクの知らない所で、そんな話が…♪」
男C「紬さん、無理に誘ってごめんねぇ、またの機会を楽しみにしてるよ!」
男C「じゃあねぇ~♪ くひひっ…そんな…紬さんとお父様がそこまで考えてくれてるだなんて…♪」
そして、一方的に話を切り上げ、るんるんとした足取りで男は立ち去って行く。
紬「斎藤…一体何を話したの?」
斎藤「いえいえ…紬お嬢様のご心配成されるような事ではございませんよ…」
紬「でもあの人…すっごく勘違いしてたみたいだけど…?」
斎藤「まぁ、彼は弱い癖に酒好きですからな、あの調子なら潰れるまで飲み明かすでしょう」
斎藤「明日の朝には忘れてます、ですからご安心下さい」
紬「斎藤がそこまでいうのなら良いけど…」
いまいち納得はできない、けど、何とか解決はできたんだと、そういう事にしておこう…
斎藤「少し、外の空気を吸ってきてはいかがでしょう?」
紬「そうね…ええ、少し、外に出るわ」
斎藤「後ほどピアノの演奏があります、それまでにはお戻り下さい」
紬「ありがとう…それでは、またね」
私はそう斎藤に告げ、気分を変える為に外に出た。
―――
――
―
広間から少し離れたところ、中庭に私はいた。
…夜の涼しい風が髪をなびかせる、薄着の格好なのであまり長居は出来ないけど、窮屈なあのホールにいるよりかは全然楽だった。
紬「みんな…楽しんでるかしら?」
携帯を取出し、唯ちゃんに電話をかけてみる。
…長いコール音が続き、唯ちゃんは電話に出てくれた。
唯『もしもしー、ムギちゃん?』
紬「ええ。 唯ちゃんそっちはどうかしら、みんな楽しんでる?」
唯『うんうん! 今みんなで桃鉄やってて~~、なんと今、私トップなんだよ♪』
紬「…ももてつ?」
唯『あ…ゲームだよっ、みんなでできるゲーム、それをりっちゃんが持ってきてくれたんだーっ♪』
どうやら向こうは今、みんなでゲームをやっているようだった。
唯ちゃんの声の後ろから、ワイワイとした楽しい音と声がするのがよく分かる。
声『唯ーー! 次お前の番だぞーー!今度こそ逆転してやっから早くー!』
遠くから聞こえる声はおそらくりっちゃんだろう、受話器越しでも分かるぐらいに一際元気な声が唯ちゃんの名前を呼んでいるのが聞こえる。
唯『ちょっと待ってよー、今ムギちゃんと電話してて…』
律『ぬぁにーー?? 唯ー、ちょっと私にも変われぇぇ!』
そして…ガチャガチャとノイズが混じり、りっちゃんの元気な声が聞こえて来た。
律『よっすムギー☆』
紬「りっちゃんこんばんわ、みんな楽しそう…羨ましいわぁ」
律『まーねぇ、へへっ、ムギんとこもどう? 楽しんでる?』
紬「正直、あまりね…」
律『そっか……』
律『でも、今日はどうしても外せなかったんだろ?」
紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。 みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」
律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』
紬「うん、次は必ず参加するわ…」
律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』
紬「うふふっ、りっちゃんったら…うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」
律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』
紬「あははっ、頑張ってねー」
律『っと…あとさ、ムギ』
終わりかとおもった刹那、さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。
律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』
紬「………りっちゃん」
りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。
律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』
優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。
その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。
紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。 みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」
律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』
紬「うん、次は必ず参加するわ…」
律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』
紬「うふふっ、りっちゃんったら…うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」
律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』
紬「あははっ、頑張ってねー」
律『っと…あとさ、ムギ』
終わりかとおもった刹那、さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。
律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』
紬「………りっちゃん」
りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。
律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』
優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。
その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。
律『これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、誘拐だってやってやんよ♪』
そして、いつも通りの明るい声で、私を笑わせてくれる。
紬「もう、りっちゃんったら…………うん、ありがと…」
律『だから私、『頑張れ』なんて安い事は言わない、でも…『私達は、どんな事があってもムギの味方だ』って…それだけは言わせて』
紬「……うん、うん…りっちゃん…本当にありがとう……。じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」
律『あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』
最後もそう、いつものような笑い話を交えて、電話越しの友達は。私に元気を分けてくれた…。
その時、おそらく唯ちゃんだろう「りっちゃんの番だよ~~」と、りっちゃんを呼ぶ声が聞こえた。
律『っと…唯が呼んでるからもう切るよ。 じゃあムギ、また学校でな』
紬「ええ、長電話になっちゃってごめんね、みんなによろしくね」
律『あいよー♪ またなーっ』
…ピッ
そして、私は電話を終える。
最初はかえってみんなの邪魔をしてないかと不安だったが、そんな事は無さそうだった。
紬「―――りっちゃん…本当に、ありがとう……」
紬「…はぁ……」
電話が終わり、次の事を考えたらため息が出てしまった。
………分かってはいるけど…どうしても、気乗りしない…
どうして私はあそこにいないのだろう。
どうして私は、こんな所にいるのだろう…
そしてそんな日々は、これからも続くのだろうか…
分かってる…今更、抗えるような事じゃないって…分かっている
私が琴吹の娘であり、社長の娘である以上……それは抗えない運命なんだ。
私がお父様とお母様の娘である以上…それは仕方のない事なのだから…。
でも…それでも……私は………私は…。
……………
時間は過ぎ、私のピアノの演奏が始まるまで、あと30分。
きっと、さぞ暖かい拍手で迎えられるだろう。
…そして、そこにいる大勢の観客が、私を透かして見る父と母に、盛大な拍手を送るのだろう。
私の演奏は、父と母と、会社の威厳をより大きくし、父と母と、それに関係する全ての人の未来を輝かせるのだろう。
…でも、そこにいる『私』は『私』ではなく…権力者の娘。
『琴吹紬』という一人の女の子ではなく、財界に携わる一人の令嬢……琴吹財閥の令嬢、『琴吹紬』。
紬「……行きましょう…」
迷いを絶ち、私は歩く。 喧騒響くホールへ歩き出す。
……みんなに会ったら…たくさんの話を聞こう…そして、また…いっぱいのお菓子を持って、部活をやろう。
そう心に決め、私はピアノの前に立つ。
パーティーは続く…。
とても華やかで、とても寂しい宴は、まだまだ終わる気配を見せてはいなかった…
窓に映る空、そんな空を優雅に飛びまわる様々な鳥。
外の世界を眺め、その大きな世界に想いを寄せる小鳥。
そんな小鳥の元に、ある日、どこからか4匹の小鳥がやってきました。
綺麗な羽をしたその鳥達は、小鳥とお友達になりたいと言います。
お友達が欲しかった小鳥はとても大喜び、すぐに4匹の小鳥たちとお友達になりました。
毎日、部屋で歌うように遊ぶ小鳥達。
そして夕方になると、外にあるそれぞれの籠へ帰る小鳥たち。
小鳥の生活は。確実に満たされていきました。
…ですが、それでも小鳥は外の世界への憧れを忘れる事はできません。
日が経てば経つほどに…小鳥の外への憧れは強くなります。
外と部屋を結ぶ窓、その窓に映る大空を見て小鳥は思います。
私にこの窓は開けられない…。 けど、それでも、飛んでみたい……
この重い窓を開け…自由な空を、思いっきり飛びたい………
お友達と一緒にどこまでも…どこまでも…飛んで行きたい……
夜空を眺め、小鳥は今日も、一人寂しく鳴いていました……。
紬の部屋
紬「…ふぅ……」
パーティーも終わりを告げた夜中、着替えとシャワーを済ませた私はベッドで横になっていた。
いまいち寝つけないのでテレビを付けてみる…けど、この時間帯のテレビの内容はよく分からない。
よく見るタレントの笑い声を聞き流し、私は今日の事を思い返していた。
…綺麗なドレスやスーツを着た父の知り合い。
執拗に私に絡んだお坊ちゃま。
私が声をかけても余所余所しい態度で話をする女の子。
みんな、悪い人じゃない。 それは分かってる…
ただ、みんなの目から見える『私』は、本当の『私』じゃない。
みんなの中の私は、会社のトップの…由緒ある家系のお嬢様に過ぎない…。
――――みんな…本当の私を…知らない、知ろうとも、してくれない………。
紬「………本当の私…か」
本当の私ってなんだろう。
綺麗なドレスを着て、社長令嬢として振舞うのが私?
それとも、仲の良い女の子と一緒に勉強をしたり、部活をしたり…普通の女の子として振舞うのが…私?
―――分からない………。
ここにいると…何が本当の私なのか……分からない……。
紬「………………ふう…」
また、ため息を吐く。 答えの出ない考えが頭をぐるぐるとまわり、少し気分が悪い。
…その時、こんこんと、部屋をノックする音が聞こえた。
紬「………はい」
紬母「紬、まだ、起きてるかしら?」
声の主は、母だった。
紬「お母様…はい、どうかなさいましたか?」
紬母「開けても良いかしら?」
紬「ええ、どうぞ」
がちゃりと開いたドアから、寝間着に着替えた母が姿を覗かせる。
母の顔がほんのりと赤い気がするのは、おそらく父か来賓のお酒に付き添ったからだろう。
紬母「ごめんなさいね、こんな夜中に」
紬「いいえ、今日は、お疲れ様でした」
紬母「こっちこそね、斎藤から聞いたわ、その…大変だったわね…」
気落ちした顔で母は言う。 その顔からは、私への申し訳なさと心苦しさが感じ取れる…気がした。
……この家で私の事を理解してくれるのは…おそらくは母と斎藤だけだろう。
でも、いくら私の気持ちは理解してくれたとしても、それでも2人は琴吹の人間。
斎藤は主である父の為にその身を尽くすのは当然だし。 母も、琴吹家の主である父の支えとなるのは当然のことだ。
だから、私は二人に助けなんて求めない。
父があっての琴吹家だから…その父の足を引っ張るなんて事…できるはずがない。
それでも私には、私の本当の気持ちを察してくれている二人がいるだけで、とても救ってもらえている。
それだけで、私は救われているんだ…
紬「いいえ、斎藤のおかげで私は何ともなかったですし、大丈夫ですよ」
紬母「………紬、苦労をかけるわね…」
紬「いいえ…お母様、そんな顔をしないで下さい。 私…こんな私でも、お母様とお父様のお力添えが出来る事、とても嬉しいと思ってるんです」
紬母「……紬、その…ね」
母が何かを言いかけた、その時だった。
紬父「おおーーーっ! 紬、まだ起きてたか~!」
静かな廊下に響く父の声…。 やおら上機嫌なその声から、酒に酔っている事が容易に想像できた。
紬母「あなた…こんな深夜に大声で…」
父の声に母が怪訝そうな声を出す。
……昔からアルコールが好きで、酔ったらとにかく上機嫌になる父だった。
…私にはお酒の事はよく分からないし、酔った父もどこか可愛げがあるので嫌いではない。
けど…、いつも真面目な父があんなに変わるなんて…。 酔った父を見る度にアルコールの怖さがよく分かるのも本当だった。
私もお酒を飲む歳になったら、あんな風に変わるのだろうか?
紬「お父様、どうかなさいましたか?」
笑顔の父に向かい、私も笑顔で尋ねる。
紬父「いや、実はな、先程お客様よりありがたい話を聞いたんだよっ」
紬「あら、どんなお話でしょう?」
紬父「今度の土曜日、紬の誕生日だろう?」
紬「……はい、今度の2日です、それが?」
紬父「っふっふっふ…なんと、本日来て頂いた来賓の方々が、紬の誕生日を祝ってくれると言ってくれたんだよ!」
紬「…まぁっ」
父の声に私はとても驚いた………ふりをした。
酔って上機嫌になった父は、少し考えれば分かる事を、勿体ぶって言う癖があった。
そして、『本日来て頂いた来賓の方々が、私の誕生日を祝ってくれる』…その言葉が意味する事を、私は察してしまった…
おそらくその日に…父は………
紬父「――――それで、来月の2日に我が家でパーティーを開くことに決まったんだ」
………………やっぱり。
……また、パーティーだ。
今日いた来賓、その人達と、また顔を合わせる事になる。
私にとって大事な記念日…誕生日に、私はまた…あの人達と、顔を合わせるんだ…。
鏡を見ずとも表情が曇るのが自分でも分かる。 でも、それを父にも母にも悟られない様、私は振舞う。
紬父「早速斎藤にも準備を任せておかないとな…はっはっはっ」
紬母「…あなた、そんな勝手に…紬の事情も聞かず…!」
紬父「良いじゃないか、せっかく大勢の方が祝ってくれると言うんだ」
紬父「私も紬が喜ぶプレゼントを用意しておこう、紬、楽しみにしててくれ、な?」
強めの口調の母の声を受け流し、父はニコニコとした顔で私に語りかける。
そんな楽しそうな父の顔を見てしまっては、私も今更嫌だと言えるわけがない…
紬「……………」
紬母「……紬…」
紬「………お父様…」
感情を押し殺し、私は父に言う…。
出来る限りの笑顔で、父に微笑みながら…私は言う……
紬「…ありがとう…ございます、パーティー…楽しみにしてます…わ」
ぽつり…ぽつりと、言葉を紡ぐ。
我慢だ…我慢……父も、私の為を考えてくれるんだ……。
みんなが…私の誕生日を祝ってくれるんだ………。
その気持ちは大事にしなければ………。
感謝を…しなければ………。
紬父「ああ、紬の為に父さんも頑張ろう、私も母さんも、手伝ってくれるかな?」
紬母「…まったく……あなたは…」
紬「お母様…お父様は私の事を思ってくれて…」
紬母「…紬……」
紬「お母様…」
怪訝そうな表情の母をなだめる。
その気持ちを悟ってくれたのだろう、母も、それ以上を言う事は無かった…。
紬父「ああ、紬も明日は学校だろう、今日はもう…おやすみなさい」
紬「はい…ありがとうございます」
紬父「ふあぁ…私も眠くなってきたな…今日はもう休もう、母さんも今日は疲れただろう、一緒に休もうか?」
紬母「…………ええ」
紬「おやすみなさいませ、お母様、お父様」
紬父「おやすみ…紬」
父は一足先に部屋に戻る。
母も、私の顔を見て…申し訳なさそうな声で話してくれた。
紬母「…紬、本当に苦労を掛けるわね…」
紬「いいえ…お母様、私…お父様の気持ちも、来賓の皆様のお気持ちも、すごく嬉しいんです」
紬「こんな私でも、誕生日を祝ってくれる方がいて…すごく…すごく、幸せです」
その気持ちに嘘は無い。
でも、何故だろう…言ってる自分が、すごく…白々しく思えた…。
紬母「…紬、あなたは……本当に立派になったわ…」
紬母「紬がそこまで決めたのなら私も何も言いません、あなたのお誕生日、私も精一杯お祝いさせてもらうわね」
紬「…ありがとう…ございます」
紬母「それじゃ、おやすみなさい」
ばたんっ…と、扉が閉まる。
私はそのままベッドに横たわり、枕に顔を押し付ける…
紬「………………っ…ぅっっ…っう……っ…っ」
涙が溢れる…
何故だろう…止めようとしても…涙が…止まらない……
めでたい事なのに…楽しい事なのに………涙が…止まらない……っっ
なんで…私は…泣いているの?
どうして…私は………こんなに辛いの?
どうして…私は………どうして…………。
紬「……ぐずっ…うっ……ううぅぅぅ…っっ…!」
紬「う…ぁ……っっ……あっ……ぁぁぁ……っっ!」
理由のわからない涙が枕を濡らす。
私は……私…は………。
翌日放課後 部室
開け放した窓からはぬるい風が通る。
6月の終わりの異常な暑さ。 太陽はもう既に元気真っ盛りだった。
律「ぁ…暑い……」
澪「言うな……余計に暑くなる…」
唯「今年の暑さは堪えるねぇ…だめ、力出ないよぉぉ」
梓「唯先輩…気持ちは分かりますけど、練習しましょうよ…」
紬「みんな~、冷たいデザートが用意できたわよーっ」
ここ最近の暑さでばててるみんなに、一際元気な声で私は声をかけた。
…学校に来れば、昨日の事は忘れられる。
だから、もう昨日の涙の事なんて、私は気にしてはいなかった……。
そう…気にしてなんて……いなかった。
律「きたっ♪ 今日は何だろーな☆」
澪「さっきのダルさはどこ行ったんだ…?」
紬「今日はメロンのシャーベットを持って来たの~」
持って来たクーラーボックスからメロンのシャーベットを取出す。
先日のパーティーで来賓から貰ったもので、その人が言うには、それなりに高級なメロンだそうだ。
唯「わぁぁ~~♪ おっきなメロン~」
梓「…メロンをそのままシャーベットって、なんて贅沢な…」
澪「まさか、これ丸ごと一個が一人分なのか?」
紬「ええ、先日のパーティーで頂いた品なの、私ひとりじゃ食べきれないから、みんなにもおすそ分けしようかと思ってね」
澪「おみやげでこんな立派なの貰うんだ…すごいよな…ムギ」
律「へへっ…早く食べようぜぇ~」
紬「はいはい、少し待っててね~」
我慢しきれないりっちゃんをなだめ、全員分のシャーベットを机に並べる。
全員分を配り終えた時、顧問のさわ子先生が来たタイミングで、今日のお茶会は始まった。
―――
――
―
梓「お…おいしい…」
澪「でも、今日のデザートはいつもよりもその…気合、入ってるよな」
紬「はい、アイスティーも用意できたわよ♪」
唯「んんん…冷たくて美味しいいいい♪」
律「甘くて美味しひ…」
さわ子「……私、こんなに素敵なデザート、初めて食べたわぁ…♪」
紬「私には、これぐらいしかできないから…」
唯「そんな事ないよー、ムギちゃんのおかげで、みんなすっごく助かってるんだよっ」
律「そーだそーだ、ムギがいてくれたから、私達はこうして毎日美味しいデザートに……なんってね。 …でも、ムギのおかげで、放課後ティータイムは成り立ってるんだと思うよ」
澪「ああ、作曲もそうだし、毎年の合宿も綺麗な別荘用意してくれて…ムギには本当、感謝してるよ」
梓「ムギ先輩の作る曲…私達のレベルに合わせてくれて…でもちゃんとリフとか譜も良い感じに仕上がってて…すごく素敵だと思います」
唯「ムギちゃんのぽわぽわした所…私大好きだよぉ~♪」
さわ子「みんな褒めるわねぇ~。 ねえムギちゃん、もうちょっと自分に自信を持っても良いんじゃないかしら?」
紬「うふ…みんな…ありがとうっ」
心の底から嬉しかった…
私を令嬢としてじゃなく…私を『私』と見てくれるのは…ここにいるみんなだけなんだ…
それが、すごく…すっごく、嬉しかった……。
…ゆったりとした放課後が過ぎて行く…
私の、1日で一番素敵な時間が、穏やかに過ぎて行く…
このままいつまでも、いつまでも、こんな穏やかな日々が続けばいいな……
そう思いながら、シャーベットを口に運んでいた時だった。
女生徒「あの…琴吹さん」
部室のドアから同級生の女生徒が顔を覗かせる。
久しぶりに見たその顔は、1年生の頃、同じクラスだった女の子の顔だった。
紬「はい?」
女生徒「あの…今忙しい?」
紬「ううん、今は大丈夫よ」
女生徒「良かったぁ~~、いやねぇ、ちょーっと頼みたい事があるんだけど、今いいかな?」
紬「うん、分かったわ。 みんなごめんね、私、少し席を外すわね?」
律「あいよー、いってら~」
女生徒に連れられて、私は部室を後にする。
――――――――
律「そーいえばさ、ムギの誕生日ってもうじきだったよな?」
澪「確か、2日の土曜日だったよな」
唯「あ、あのさっ! もしよかったら、みんなでムギちゃんのお誕生日パーティー開かない?」
律「ああ、私もそう思ってたんだ~」
唯「いつかのクリスマス会みたいにさ、私んちでケーキとかプレゼントとか持ってきて、みんなでやろうよ!」
梓「いいですね、ムギ先輩、きっと喜んでくれますよ」
律「前のお泊り会、ムギは出席できなかったからな…来てくれるといいよな」
澪「…でもムギの予定、大丈夫かな?」
唯「戻ってきたら聞いてみようよっ」
梓「ええ、そうですねっ」
さわ子「あらあら、私は誘ってくれないのかしら?」
律「さわちゃんは…誘わなくても勝手に来るだろ?」
さわ子「…ふふっ、まぁねぇ~♪」
さわ子「それじゃ、私もう行くわね。 お茶会も良いけど、みんなたまには練習しなさいよ?」
一同「は~いっ」
―――
――
―
女生徒「ホント助かった…いやぁ琴吹さん、ありがとっ♪」
紬「ううん、それぐらいだったらお安い御用よ、じゃあ部活、頑張ってね」
女生徒と話を終え、私は部室へ戻る。
ちなみに内容はいたって簡単、うちにあるクラシックのCDを、何枚か借りたいと言う事だった。
紬「ただいまー」
唯「おかえり~~」
律「あのさムギ、今度の土曜日空いてるかな?」
紬「…あら? 何かあるのかしら?」
私は何気なく理由を尋ねる。
りっちゃんの言ったその言葉の意味が、どんな大きな意味を持っているのかも知らず、ついいつもの感覚で訪ねてしまっていた。
澪「実はさ…、今度の土曜日に、ムギの誕生日会を開こうって唯がさ」
………………。
澪ちゃんのその言葉に、一瞬思考が止まる。
今度の土曜日……私の…お誕生日……会?
………あれ、その日って…もう…………。
唯「ムギちゃん、この前のお泊り会来られなかったしさ…だから、今度はムギちゃんも一緒にどうかなって思って…」
………なんてタイミング。
もう少し…あと1日…この話をお父様よりも早く聞いていれば…
紬「その……ね……っ」
…私は大きく腰を折り、みんなに深く頭を下げる。
紬「ごめんなさいっっっ…!! その日は…私……っ…わたし…!」
平身低頭、まるですごく悪い事をした子供の様に、私は頭を下げてみんなに謝っていた。
申し訳なさと寂しさが混合して、昨日あれだけ流した涙が出そうになるのを必死で堪える…。
唯「む…ムギちゃん! そんな…そこまで謝らなくても…」
澪「そ…そうだよムギ、急に思いついた事だから、気にしなくていいんだよ?」
梓「ムギ先輩…とにかく、頭を上げて下さい…」
紬「ごめんなさい……ごめんなさい…みんな…」
みんなが私をフォローしてくれる…でも、今の私には……満足にみんなの顔を見れる自信が無かった…。
律「………もしかして、家の事情か何か?」
紬「…うん…大勢のお客さんを呼んでのパーティーって…昨日…お父様がね…」
唯「そ…そうだったんだ……ごめんねぇ…ムギちゃん、迷惑…だったよね?」
紬「そんなことないっ! 私の方こそごめんなさい…せっかく…せっかくみんながお祝いしてくれるって言うのに…っ!」
澪「ムギ……」
梓「ムギ先輩……」
紬「本当に…本当に……ごめん…なさい」
律「…………………」
澪「ま…まぁ、最初から予定があったんじゃあ…仕方ないよな…」
唯「…そうだね、翌日とか、落ち着いた時にやってもいいんだし…ね?」
梓「私、ムギ先輩に喜んでもらえるプレゼント、探しておきますねっ!」
律「…………」
みんなの優しさが胸を打つ…
どうして私は…こんなにもダメなんだ……
せっかくの友達の好意すら、満足に受け取れないのか…
なんで…私は……
それから、特に練習をする事もないまま、私達は帰る事になった。
事情を話してからみんなの表情が重苦しかったのが心苦しかった…。
こういう時、りっちゃんも唯ちゃんもいつもは場を明るくするために面白い事をやってくれるのだけど……そんな様子は微塵もなく…ただただ、重苦しい空気が続くだけだった…
何もかも私のせいだ…
みんなには…本当に申し訳ない事をしてしまった……
どうして…私は………
――――――――
帰り道
律「あ、私このあとムギと用事あったんだ、だからみんな、先に帰ってて貰っていい?」
紬「…?」
帰る途中、りっちゃんが思いがけない事を言う。
…このあと、予定なんかあったっけ?
唯「あれ、りっちゃんどうかしたの?」
律「ん~、ちょっと…ねぇ」
澪「なんだよ、私達に言えない事?」
律「んっふっふっふ…実は、私達愛し合っておりますのよ?」
紬「…え?」
りっちゃんの意外な一言に場の空気が固まる。
…どういう事?
唯「えぇ!? そうだったの??」
梓「まさか…2人がそんな関係だったなんて…」
澪「い…いつの間に…いつからだ? なあムギ、いつからそういう関係だったんだ???? なあっ?????」
紬「私にもさっぱり……え…えええ???」
澪ちゃんがしきりに私に詰め寄って来る。
私にも何が何やらさっぱりだ…りっちゃん…いきなり何を?
律「…っぷ……くくく……っ!」
みんなが困惑した表情をしている時、笑いを堪えていたりっちゃんが唐突に吹きだした。
律「なーんてウソウソ! もうみんなマジに受け取るなってっ!」
唯「…な、な~~んだ………」
梓「びっくりしましたよ…もう」
澪「ははは…わ、私は分かってたぞっ! 女の子同士なんて…そんなこと、普通は無いもんな…」
律「一番本気にしてた澪が言っても説得力ねえよ」
澪「……………っっ」
りっちゃんの突っ込みに顔を赤くして黙り込む澪ちゃん。
恥ずかしがりで可愛らしい、澪ちゃんらしい照れ方だった。
律「ま、冗談はさておいて…いやね、ちょっと曲の事でムギに相談があってさ」
唯「あ、そうだったんだ」
澪「そういう事か…うん、分かった」
梓「そういう事でしたらお邪魔しちゃ悪いですよね。 じゃあ、私達はこれで…」
澪「じゃあ律、また明日な」
律「おう、また明日~」
唯「ムギちゃんりっちゃん、ばいばーいっ!」
梓「ムギ先輩、今日は素敵なデザートありがとうございました」
紬「いいえ、またおみやげがあれば持って来るから、楽しみにしててね」
唯「ムギちゃん今日はごめんね、明日は練習しようねっ♪」
紬「いいえ、こちらこそごめんね…」
律「んじゃムギ、行こうか?」
紬「ええ、そうね」
そして、みんなと解散した私は、りっちゃんに連れられて歩き出す。
通学路を少し外れて歩いたそこは、普段来ない河川敷だった。
夏の夕日は遠くに浮かび、目の前の川を一面、真っ赤な夕日が染め上げる…
遠くの空は薄紫に染まり、星が微かに輝く。
夕闇に溶ける空は、そう遠くない時間で夜が来ることを伝えてくれていた…
私達は手頃なベンチに座り、しばらく2人で夕日を眺めていた…
律「ほいよ、炭酸で良かった?」
紬「わざわざありがとう、あ、お金…」
律「いいよいいよ、私の奢りでさ」
紬「…ありがとうね」
律「気にしないの、あ、開けれるよね?」
紬「うん…」
りっちゃんから渡された缶ジュースを開け、中身を一口飲み込む。
冷たい炭酸と果汁の香りが口内に広がり、思わず身震いする。
紬「んっ…く…美味しい…」
律「だろ? 私のお気に入りだよん」
紬「本当にりっちゃんは、私の知らない事をたくさん教えてくれるわ…ありがとう」
律「いいっていいって…あんまり褒められると照れるだろ?」
紬「それで、曲の話って…?」
律「ああごめん、それも嘘」
紬「…嘘?」
律「うん。 でも、ムギに聞きたい事があるってのは本当だよ」
紬「りっちゃん…」
そして、彼女の顔から笑顔が消え、真剣な面持ちで私を捉える…
律「…なあムギ、私達に隠してる事、無いか?」
紬「…そんな、みんなに隠してる事なんて…」
いきなり、何を言いだすんだろう…
私がみんなに隠し事なんて…ある筈がない。
律「…じゃあ、聞き方を変えるよ。 『私達に遠慮してる事』、無いか?」
紬「それは……」
確かに、それはあるにはある…でもそれを話した所でどうにかなるわけでもないし…
それにこれは私の家の問題であり、私個人の問題…そんな事に、りっちゃんを巻き込むなんて事……
律「…いやね、さっきから気になってたんだよなぁ…その…」
律「言いたい事…違うか、本当は言いたいんだろうけど、遠慮して言えないって感じがするっつーかさ」
律「澪もよくあるんだ、そーゆーの。 本当は何かを言いたいんだけど、それを言ってもどうにもならないし、言われた相手の事考えて、勝手に自分の中で押し込めて…結局後悔するって事がさ」
紬「…………」
律「今のムギ、そーゆー時の澪とそっくりの顔してるからさ」
紬「………りっちゃん…」
隠していたつもりだったけど…りっちゃんには全部見抜かれていた…
多分これは、誰にでもできるものじゃないと思う…
人一倍、友達の事を思いやれて空気を読める、りっちゃんだからこそ、出来る事…
部活の部長であり、私達のリーダーであり…私の自慢のお友達……
そんなりっちゃんだから、悟ってくれたんだろう………。
律「多分だけど…ムギ、本当は家で開かれるパーティー、嫌なんじゃないか?」
ほら…やっぱり。
思わず笑ってしまう。 この子は…どこまで、私の事を……。
紬「私…ね………わた…し………」
律「うん、ゆっくりでいいから話して…」
律「前にも言ったけどさ…私、ムギが落ち込んでる顔だけは見たくないんだ…」
律「それに、ムギは仲間だ。 放課後ティータイムの一員とか、同じクラスメイトとかじゃなくて…さ」
律「『琴吹紬』っていう、私にとって掛け替えの無い、大事な友達だから」
そしてりっちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
まるでお姉さんの様に優しく暖かい手が髪を撫でてくれる、その暖かさが…私に本心を告げる勇気を、与えてくれる……
紬「…っ…りっ…ちゃん………」
気付けば、また私は泣いていた…。
律「…ああ…」
堪えてた涙がぽとぽとと芝生に吸い込まれていく…
そして私は、少しずつ…小さな声で、彼女に本心を打ち明けて行った―――。
紬「私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ」
紬「私の…為に来てくれるって…言っても……誰も、私の事なんて……見て…くれてない……っっ」
紬「あの家で私は……ただのお嬢様で……私は…琴吹の…社長の娘で…っぅ…っうっ…」
律「…うん…うん……」
紬「もちろんね…嬉しくないわけじゃないの……私の為に遠くから来てくれる人もいるし…」
紬「私がいる事で……あの人達の為になるのなら…それでもいいって…最初は思えた…でもね……」
紬「でもね…違うの……あの人達が見てるのは…私なんかじゃなくって…私の後ろ……」
紬「私の後ろにいる…『琴吹』っていう…看板……」
紬「私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ」
律「……………」
それから、私は…思いの全てをりっちゃんに話した…
心の中で思っている事、心に仕舞っていた本音を…自分の中で仕方ないと割り切って…でも、割り切れなかった本心を、全て彼女にぶつけた…
彼女はそれを黙って聞いてくれて…時折、寂しそうに…頷いてくれて……
。
私の中の黒いモノを…彼女は全部…受け入れて…くれた……
律「……そっか………」
紬「りっちゃん…ごめんね……こんな事言われても…」
律「ストップ、それ以上言わないの」
紬「……うん…ごめん」
律「…ばかムギ、もっと早く話してくれればよかったのに」
紬「……うん…」
律「……でも、少しは楽になったろ?」
紬「……うん………」
律「……頑張ったな…ありがと、話してくれて…さ」
そして…そっと、私を抱きしめてくれる。
うっすらと香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐり…妙な感覚が全身に広がっていく………
紬「りっちゃん……その…人が…」
律「いいじゃない、唯だってよくやってるだろ?」
紬「でも…その……」
らしくない…というか、いつものりっちゃんとは違う一面で内心驚きだ。
…でも、すごく落ち着く……
強張っていた感情はどこかへ飛んでいき…とてもリラックスできる……。
律「へへへ…まあ、見てろって……」
りっちゃんは立ち上がり、夕日をバックに私に微笑みかけてくれる。
律「―――私が、なんとかしてやっから」
…にっこりと、どの夕日よりも眩しく、明るい笑顔で。
そう…私に言うのだった――――。
翌日
律「ん~~~~~…………アレをこうして…えっと…んん~、それともこうやった方がいいかな…?」
澪「律、何を考えてるんだ?」
律「んにゃ、ちょーっとねぇ」
梓「律先輩、またよからぬ事を考えてるんじゃ…」
律「よからぬ事なんて失敬な、友達の事を考えてたんだよ」
唯「それってムギちゃんの事?」
律「ああ、やっぱり気付いてた?」
唯「うん、なんとなくね~」
律「…なら早いか。 みんな、今から私が話す事、よーっく聞いてくれ」
一同が息を飲む。
そして、律の口から思いもよらぬ言葉が継げられた。
律「―――来週の土曜日、ムギを誘拐するぞ」
ある日小鳥は決心します。
この窓を開けたい…私も、あの大空を飛んでみたい……!
小鳥は窓を何とか開けようと頑張ります。
何度も何度も、その小さな身体を窓にぶつけます…。
けれど、どう頑張ってもその窓は一人では開けられない…。
決して開くことの無い窓を前に小鳥が絶望していたその時、仲間が来てくれました。
小鳥の願いを聞き入れた4匹は、力を合わせて窓に体当たりをします。
仲間と共に窓を開けようと、5匹の小鳥は窓に体当たりをします。
ギシギシと音を立て、窓は少しづつ…少しづつ、微かに開いて行きました………
ですが、どれだけ5匹が力を合わせても…決して窓が開き切る事はなかったのでした…。
7月2日 琴吹邸 大ホール
紬「…………はぁ…………」
この日が来てしまった。
本来であれば、私にとって最高に素敵で、とてもおめでたい日。 誕生日……。
でも、気分はすごく憂鬱で、気が重い…。
どうして私は、こんな所にいるのだろう……。
男「紬お嬢様、本日はお誕生日おめでとうございますっ!」
女「お祝いの品をお持ちしましたわ、是非受け取ってください…」
おじさん「社長もめでたいですなっ! 本日はお招き頂き光栄ですぞ!」
おばさん「琴吹家の更なる発展を祝し、乾杯させていただきますわ」
紬父「いやぁ~、みなさんありがとうございます!」
紬「みなさん、どうもありがとうございます…」
来賓が来るたびに繰り返される挨拶。 私も、笑顔を意識してそれに応えては見る…けど…。
……心なんかちっとも籠っちゃいない…それはもはや、定型業務のようなものだ……
来賓のニコニコ顔からもそう、『おめでとう』と言うその言葉の裏からは、父や私にただ気に入られようとする、そんな魂胆が見え隠れしている…。
紬「あの、ごめんなさいね、これを…」
メイド「はい、プレゼントですね、かしこまりました」
手渡されたプレゼントを近くのメイドに手渡す、あとで部屋に送って貰う事になっているが、中身は大体察しがついていた。
そのプレゼントのほとんどが高価な貴金属類に花束に、それぞれの会社の自慢の新作商品だったりするのだ。
それらの品々は、少なくとも私には要らないもの。
そもそも、今だって父や母の顔を立てる為に高価なドレスや宝石類を身に付けてはいるけど、それだって自分で選んだものではない。
メイクさんやメイドがコーディネートしてくれた、“私を一層際立たせる為”に選ばれたドレスや貴金属を、言われるがままに身に付けているだけだ。
紬「…………はぁ………」
誰にも気づかれぬよう、私はまたため息を吐く。
息を一つ吐き出すたびに心の重さはより一層重くなり、気分は全然晴れない……
こんな気分になるのであれば………やっぱりみんなと一緒にいた方が良かった…。
でも、やっぱり私は琴吹の娘で…………
…いや、もう考えるのはよそう、考えても、前みたいに堂々巡りになるだけだ…
…ただ、これだけは言えた。
――――私はこのパーティーを、心の底からは楽しんではいなかった…。
―――会いたい…みんなに…会いたい……
今は、それだけしか頭に浮かばなかった………。
――――――――――――
声「お嬢様」
紬「斎藤…」
心配そうな顔で私を見る斎藤に、私は作った笑顔で応える。
斎藤「ご気分が優れませぬか?」
紬「いいえ、大丈夫よ、ただ少し…夏バテ気味なだけだから…」
斎藤「あまり、ご無理をされぬよう…お嬢様に何かがあっては、この斎藤、旦那様に合わす顔がございませぬ……」
紬「…ええ、心配かけてごめんなさい」
斎藤「…今日は、私めにとっても記念すべき日でございます…」
斎藤「お嬢様が生まれる前より、私は琴吹家と旦那様と奥様に、そして…紬お嬢様に忠誠を誓っておりました、そして、それはこれからも変わらぬ所存でございます」
紬「ありがとう、あなたがいてくれたおかげで、私はすごく幸せよ…」
それは本心からだった。
生まれた時からずっと私を守ってくれて、今でも変わらず私の味方をしてくれる、まるで父代わりのような、大切な存在。
そしてこれからも、斎藤は私の味方でいてくれる……
そう…だからこそ、私は斎藤の前で泣き言は言えない。
歳を重ねた斎藤に、これ以上個人的な事で負担をかけさせるのはいけない事だと思うから。
斎藤「18歳のお誕生日…真におめでとうございます…」
さっと、斎藤がやや大き目の箱を渡してくれた。
紬「これは…?」
斎藤「ささやかではございますが、私からのバースデープレゼントでございます」
紬「まぁ…開けても良いかしら?」
斎藤「ええ、どうぞ…」
がさ…ごそ…
包装紙を丁寧に開ける。
紬「…わぁ…」
そこに入っていたのは、様々な駄菓子類だった。
以前、りっちゃんや唯ちゃんがくれた駄菓子類を、私は部屋で食べていたことがあって…それで、たまたま私の部屋に用事で部屋に上がった斎藤にそれを食べさせて見た事があったんだっけ…
みんながくれた駄菓子はとても美味しくて、私は嬉々としてそれを斎藤に勧めて…
きっと斎藤は覚えていてくれたのだろう、あの時の事を…。
紬「…くすっ、もう、何なのよこれ」
斎藤「おやおや、お気に召しませんでしたかな?」
紬「違う違う、そんなんじゃなくて……」
斎藤「私も色々と探しては見たのですが、あの時ほどお嬢様の喜んだ顔は見られなかったものでして」
斎藤「いや、私も驚きました、あれほどに美味しいお菓子が、まさかどれも10円辺りで買えるとは…」
紬「高いお菓子も美味しいけど…私は、こっちの方が好きよ」
…だって、これを食べていると、私はみんなと同じなんだって…実感できるんだもの…
紬「プレゼントは値段じゃないのよね…やっぱり」
斎藤「ええ、私も視野が狭かったようです……この歳になってみても、世間には、私の知らない事がまだまだありますな…」
紬「安くても、気持ちが籠もっていれば私は嬉しいわ…斎藤、本当にありがとう」
斎藤「お嬢様に喜んでもらえて、この斎藤、とても光栄でございます…」
紬「是非、今度一緒に食べましょ」
斎藤「ほっほっほ…そうですな、では、今度のお茶菓子にでもお出しいたしましょうか」
紬「うふふっ、ありがとう……えへへっ」
斎藤「やっと、笑って下さいましたな…」
紬「……うん、少しだけど、元気が出てきたわ…」
斎藤は、さっきまで憂鬱にしてた私を元気づけてくれた。
このプレゼントもきっと、今日の事を杞憂にしてた私の事を察して、わざわざ用意してくれたのだろう。
…ありがたい……。
パーティーが終わったら、あとでたくさん食べよう。
それを支えに、今はもう少しだけ元気でいよう…。
紬父「紬、そろそろ開宴の時間だ、今日の主役として舞台でお客様に挨拶なさい」
紬母「紬、緊張しないようにね?」
紬「ええ、行って参りますわ、お父様、お母様…」
父と母に案内され、私は舞台に上がる。
舞台に上がる私に向かい、たくさんの拍手と声援が飛び交う。
客「今日はまた一段と輝いてるなぁ~いや、是非お近付きになりたいもんだ…」
客「さすが、琴吹社長のお嬢様ですわぁ……」
客「娘さんもまた大人になり、そしてお美しくなられ……琴吹グループも安泰ですな…はっはっは!」
紬「……………」
司会「それでは、本日の主役であり、琴吹グループ社長の愛娘、紬お嬢様のご挨拶でございます」
100か200…それ以上の数の来賓に向かい、私は、凛とした声で言う。
紬「皆さん、本日は私の誕生日の為にお集まり頂き、ありがとうございます」
紬「父も母も…そして私も、お集まりいただいた皆様に祝福して頂き、非常に光栄です」
紬「お集まり頂いたささやかなお礼として、こちらも美味しいお酒と料理も多数用意させて頂きました。 本日は、大いに楽しんで行って下さい!」
―――パチパチパチパチ…!
司会「お嬢様、ありがとうございました。 では、続いて社長とその親族の皆さんからのご挨拶を…」
―――パーティーは始まったばかり。
相変わらずどこか寂しくて、気だるい感のある、でも、父と、琴吹にとって、とても大事な宴の夜は、こうして幕を開けた………。
―――
――
―
琴吹邸 大廊下
律「……」
人目を気にし、私はドアを一つ一つ開けて行く…
律「……ん~…ここも違うか…一体ムギのヤツどこにいるんだ?」
私の家の何倍もある大きい廊下にはいくつものドア。
そのドアの中の部屋の一つ一つが、まるでホテルの一室かのように整っていて、嫌でもここがお金持ちの屋敷なのだと言う事を認識させる。
ムギのやつ…いつもこんな部屋で生活してるのかよ…
唯「わぁ…おっきな絵…これ、いくらぐらいなんだろうね?」
後の唯がもの珍しそうに壁に掛けてある絵を見ている。
律「さぁ、でも、私らじゃ一生かかっても買えないぐらいの値段はするだろうな」
唯「それって…いくらぐらい…?」
律「ん~~……1億とか?」
唯「い…いちおくっ!?」
律「よくテレビとかじゃそれぐらい言うだろ?」
唯「それって…私のお小遣い何か月分なんだろう…??」
ひいふう…と指折り、唯は真剣な顔で金額を計算していた…。
この状況下でも相変わらずのマイペース、恐れ入るっつーか、唯らしいと言うか……
澪「おい律」
その時、私の後ろに引っ付いてる澪が怪訝そうな声で尋ねた。
律「んあ? どーした澪?」
澪「どうした? …じゃないっ!」
―――ごちんっ!
いきなりだった、澪お得意のゲンコツが私の頭を直撃する…。
頭の中を星が回り、目の前がクラクラする…………。
律「痛たた……もー、何怒ってんだよ~?」
澪「お前…自分が何してるのか分かってるのか??」
律「何って、家宅侵入…」
澪「さらりと恐ろしい事を言うな!!」
―――ごちーん!!
怒鳴り声と同時に間髪入れず炸裂する二度目のゲンコツ、今度はさっきのよりも威力が上回っていた………。
…こいつは…なんでこんなに怒っているんだ……?
律「……ぉぉぉおう…………」
唯「や、やめようよ澪ちゃん…」
澪「でも、唯……」
唯「りっちゃんだってムギちゃんの為にやってるんだよ、だから、分かってあげて?」
澪「…………唯……」
唯が澪をなだめる。
それで怒りの矛を引っ込めた澪は、不満そうにしながらもそれっきり何かを言う事は無かった。
梓「ですけど正直、私は反対です……」
唯「あずにゃん…」
律「梓、お前まで……」
梓「ムギ先輩の家の事はムギ先輩にしか解決できないと思いますし…やっぱり、赤の他人の私達が勝手に介入するのは…その…」
弱い口調ながらも正論をぶつける梓。
確かに、梓の言ってる事は正しいのかもしれない…でも、私はどうも梓のその意見には賛同できなかった。
律「梓、それ違う」
梓「……?」
律「私達は赤の他人なんかじゃない、私達は、ムギの親友だ」
梓「……………」
律「その親友が言ったんだ…『あんなパーティーは嫌だ』って…」
律「だから私は、ムギを助ける為にここにいるんだよ」
律「家族の為に、その家族に言いたい事も言えず…その家族の為に、心を折って従っているムギを助ける為にさ……」
梓「………………」
しばしの沈黙が続く。
そして、ふぅとため息をつき、やや納得した口調で梓は口を開いた。
梓「…ふぅ、分かりました、律先輩がそこまで言うんだったら私もう何も言いません……。 それに私だって、ムギ先輩の事情聞いたら、きっと何とかしたいって思うだろうし……私がムギ先輩だったら、そんなの嫌だっただろうし…」
律「…ああ、梓、ありがとな…」
言いながら、軽く梓の頭を撫でてやった。
くすぐったそうに照れ隠しをする後輩を見て、私はみんなに向き合う…
律「でも、いくらムギの為とは言っても、私が言い出した事だし、それにみんなを巻き込んで悪かったと思ってる」
律「何かあったら私が責任取るからさ……みんな、私を手伝ってくれないか?」
そう言って私は、両手を合わせて改めてお願いをしてみる。
澪「ったく…困った部長だよ、ほんと」
梓「でも、今日はいつもよりかっこいいと思いますよ…?」
唯「うんうん、りっちゃん、なんか今日はすごくかっこいいよ♪」
澪「言った事は守れよ? みんな、律を信じてるんだからさ」
律「おうよ、あたしの土下座の美しさは世界一ーっ! なんてなっ」
ちゃらけた表情で私はみんなに向き合う。
そして心の奥で、声には出さず、何度も感謝した…
律(―――みんな、ありがとうな。)
―――
――
―
唯「でもでも、まさかこんなにあっさり入れるとは思わなかったなぁ」
律「ああ、私もまさか、こうもすんなりさわちゃんのメイド服着て入れるとは思ってなかった」
唯「表にいたガードマンの人、私達をお手伝いのメイドさんだと思ってすんなり通してくれたもんねー」
澪「相当忙しい感じあったもんな…」
梓「だからって…こんな泥棒みたいな事……もう二度とやりたくないですけどね」
澪「言えてる…」
律「ま、さわちゃん様々って所だよな」
唯の言う通り、私達の今の格好は、さわちゃんが用意した衣装姿だった。
招待客でもない私達がここに入るには、急きょ採用されたメイドとして入り込む事ぐらいしか考えが付かなかったのだけれど…その目論見は当たっていたようだった…
入口にいたガードマンに通され、屋敷に入る事には成功できたけど…肝心のムギがどこにいるのかが分からない…
完全に道に迷ったかな…まさか、人ん家で迷子になるなんて、思っても見なかったなぁ…
そして…
声「あなた達、そんな所で何してるの??」
一同(びくっ)
背後からの声に振り返ると、そこには私達と似たようなメイド服を着た女の人が一人。
見たところ、ここのメイドさんのようだった。
澪「あ…あのその、私達は……」
梓「べ…別に怪しい者じゃ…」
焦った澪と梓が手をバタバタ振り、しどろもどろに答えている。
メイド「見ない顔だけど…もしかして、新人さん?」
唯「あ…あのその、私達はムギちゃ…んぐっ!?」
余計な事を言いそうになった唯の口を慌てて塞ぎつつ、困惑顔の澪と梓に目で合図する。
律(私に任せろ…)
唯澪梓(………)コクリッ
私を信じてくれたのか、澪も梓も唯も、黙って頷いてくれていた…
律「いやーすみません、そーなんですよぉ、私達今日からここで雇われたメイドなんですけどぉ~、道に迷ってしまいましてぇ~」
メイド「あら、そうだったの?」
律「はい、すみませぇ~ん」
いかにもなドジっ子声で私はメイドさんに答える。
…これで誤魔化せればいいけど……。
メイド「ん~、ここ広いからねぇ、まぁいいわ、それじゃこっちへお願いね?」
律「ラッキー、じゃあみんな、早くいこっ♪」
唯「う…うん! そうだね~」
澪「すみません、よろしくおねがいしますっ」
梓「わ、わざわざありがとうございます~♪」
メイド「いえいえ、今日は忙しいからしっかりお願いね?」
律「はいっ♪」
ふぅぅ…なんとか誤魔化せた…
…怪しまれたりしないか不安だったけど、どうにか大丈夫そうだった……
とにかく、これで目的地まで行けそうだな…
琴吹邸 大ホール
メイドさんに案内された私達はパーティー会場であるメインホールに通された。
律「うわ…でっか!」
唯「広いねぇ…もしかしたら、学校の講堂よりも広いんじゃないかな?」
梓「すごい…なんていうか……おとぎ話の世界に来たみたい…」
澪「これが…ムギの家…お嬢様としてのムギが住んでる世界なのか…」
澪も梓も唯も、その凄さに圧倒されていた。
かくいう私もこういう光景は、テレビぐらいでしか見た事がないからな…
今日みたいな感じじゃなかったら、多分子供みたいに騒いでは澪のゲンコツでも喰らってた事だろう。
ホールの至る所でキラキラと煌めく大小様々な飾り。 おそらく特注なのだろう、見た事もないような大きなケーキに、これまたテレビでしか見た事の無いような大きな七面鳥…。
そして、それを囲むように談笑している綺麗なドレスの女の人や、高級そうなタキシードにを包んだ男の人…。
それを見て、ここが私達の住む世界とは違う世界だってことを嫌でも実感させる。
―――間違いなくムギはここにいる、このホールのどこかで、寂しそうにしているに違いない。
会場をぐるりと見回すが、ここじゃ人が多すぎてムギがどこにいるのかが分からないな……
どうしたものかと思い考えていた時、メイドさんが私達に指示を飛ばす。
メイド「じゃああなた、早速だけど、向こうのお客様にこのワインをお届けして貰って良いかしら?」
澪「えっ? あ…はいっ!」
メイドさんがワインの置かれたトレイを澪に手渡す。 トレイの上には綺麗なグラスに赤々としたワイン、ラベルだけを見ても、そのワインが非常に高価なのがよく分かる。
澪「………………っ」
メイドさんからトレイを受け取った澪が、ぎこちない動作で男の人の元へ向かっていく。
カタカタとトレイを震わせる姿にこっちもヒヤヒヤする…
頼むから、盛大にひっくり返すなんてお約束、やめてくれよ………?
澪「ぁの…どう…ぞっ」
男「おっ、ああ、わざわざありがとう」
澪「…し、失礼…します……っ」
男「あの、大丈夫?」
澪「は…はぃ! 失礼ひますっ!」
律「―――あーらら…」
………あいつ、完全にここの空気に飲まれてるな…。
ま、無理もないか…向こうはムギのお父さんの客、って事は…、相応のお金持ちなわけだからなぁ…
しかもあいつ、あまり男慣れしてないからなー…
一人じゃ何やらかすか分かったもんじゃないな…。
メイド「そこのヘアピンの子とおさげの子はお料理を運んでちょうだい、カチューシャのあなたはあの長髪の子と一緒にお酒やお水をお客様にお配りしてくれる?」
唯「は…はいっ!」
梓「律先輩、どうするんですか?」
律「とりあえず私は澪と一緒にいるよ、何かあったらケータイで連絡するから、そっちもムギを見つけたら連絡ちょうだい!」
唯「うん、分かったよ!」
梓「律先輩、気を付けてくださいね?」
律「ああ、そっちこそドジ踏むなよ?」
梓「律先輩こそっ」
律「あいよー、じゃ、またあとでな!」
そして私は澪と、梓は唯とペアを組み、散開する。
仕事をしてるフリをしながらムギを探せば、必ず会えるだろう…。
ムギ、待ってろよ…! 必ず見つけて、お前の事捕まえてやっからな―――!
―――
――
―
父と母は外に出て行き、斎藤はあくせくとメイドらに指示を飛ばす。
そして私も、顔見知りの来賓と話をしている時だった。
男「紬お嬢様」
ふと、男の人に声をかけられた。
紬「…はい?」
声に振り向き、その男の人と対峙する。
背はやや高めで、ブランド物の白いスーツを得意気に着こなし、金髪に染め上げた髪は丁寧にセットされている。
その身体から微かに香る香水もブランド物だろう、靴もスーツもネクタイも、全てが一級品で、そこらの来賓とは一層違った雰囲気を存分にアピールしていた…
お酒が回って火照った顔をしていても、その気品は崩れることなく、むしろ大人な雰囲気を演出している様にすら感じられる。
…確かに、ぱっと見ただけなら、その人は十分かっこいい部類に入るのだろう。
街を歩いて声をかければ、大抵の女の子は一目惚れしてしまう、そんな感じがする。
でも、私はそうじゃない……むしろ、その人を一目見て嫌悪感すら抱いていた。
なんというか…伝わって来るんだ。
その人の全身から“欲しい物は何でも手に入れてきた”って言う嫌な空気が…。
とても欲深い…不気味な雰囲気が……。
………でも、この人どこかで…あぁ…!
……思い出した、確かこの人、数年前に立ち上げた会社でとても大きな成功を収めた若社長だ…
いつだったか、テレビでこの人を取り上げた特集が組まれていた番組があったけど、この人もここに来ていたのか…
社長「本日は、お誕生日おめでとうございます」
紬「え…ええ、ありがとうございますわ、社長さん」
笑顔を崩さぬよう、私は社長の世辞に答える。
向こうの笑顔も、一見すればとても清らかなものに見えるのかも知れない…けど、その裏にある不気味な匂いが拭いきれない。
…確かに、人は見た目では判断できない。 でも、私には分かった…この人は、あまり良い人じゃない…
…それは直感、こういう場で…腹の底で下らない事を企んでいる人たちから幾度となく声をかけられた私だからこそ思える、直感だった。
社長「しかし、近くで見るとやはりと言うか、いや…とてもお美しい……」
紬「あ、ありがとうございます…」
社長「プレゼントもご用意させていただきましたよ、とはいっても安物ですが、車を一台ね…。 アメリカの大手会社より取り寄せた新型です。 お気に召して頂ければ、僕も光栄ですよ」
紬「それは、わざわざ高価な物を…」
…そんな物、私はいらない…。
いくら高い車を持って来られても、同じ車なら、さわ子先生の車の方が何倍も安心できる…。
どうして、こう……値段が高ければ良いって概念の人が多いんだ、こういう人は…!
…それにさっきからこの人、私を見る眼が妙に嫌らしい。
まるで、獲物に狙いを定めた鷹のようにじっと私を見ていて……気持ち悪い……。
社長「どうでしょう? こんなパーティー抜け出して、僕と一緒に…2人きりのバースデーでも…」
小声で、私の耳元でそんな事を囁きながら…社長が私の肩に手を置く。
――――――ぞわっ…
何なんだ…この、すごく嫌な感じ………。
まるで、猛獣の爪が肩に食い込む感じだ…
―――やっぱりこの人…すごく怖い……!
紬「…あ…あの…すみません…っ!」
思わず社長の手を払いのけてしまった。
やってしまったと思い、私はすぐに謝る…けど…
紬「…あ…………すみません…私、まだ、お客様にご挨拶が……その………」
社長は私に払われた手を見る……
社長「……………これはこれは…失礼しました…」
若干の沈黙の後、社長は低く、重い声で答える…。
でも、その眼には謝罪の誠意なんて欠片も感じられない………。
むしろ、怒りを我慢するような…恐怖感しか無かった……。
社長「………チッ……でしたら、パーティーが終わった暁にでも…明日は日曜日、お嬢様も学校はお休みでしょう?」
紬「明日は…が…学校のお友達と予定が…」
社長「学校の友人とはいつでも会えますよ…明日ぐらい、良いでしょう…?」
社長「お嬢様の知らない甘美な大人の世界…僕が色々と案内して差し上げましょう……!」
社長が目線を合わせ、射抜くように鋭い眼光で私を捕える…
その威圧するような目線に震え、私は目を逸らす…。
そして、社長の腕が私を掴みかけた…その時だった…。
―――ガシャーーーン!!!
紬「ひっ…!」
一際大きな音が私のすぐ傍で響き、顔を上げると、そこには真っ赤なワインまみれになった社長の姿が……
…状況を察するに、メイドがワインの入ったトレイをひっくり返して、それが社長を直撃してしまったようだ。
社長「………………っっっっ!!!!!」
声「あ…あわわわわわわわわ………」
メイドの怯えたような声と、怒りで顔を真っ赤にする社長。
一触即発…いや、この手の男の人が怒り出したらどうなるか………そんな事、想像したくもなかった……。
男「…だぁぁぁ……テメェなんてことしてくれんだ!! このスーツ高かったんだぞ!!!!!!」
声「ご……ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」
必死で頭を下げて謝るメイドだけど…そんな事もお構いなく、社長はメイドを一方的に怒鳴り散らす。
社長「オイテメェ!! 俺を誰だと思ってやがるんだ…? 弁償しろよこのガキがぁ!!!」
声「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっっっ!!!」
紬「あ…あの社長、他のお客様もいらっしゃいます…! ですから、ここはどうか穏便に…!」
社長に向かい、メイドと一緒になって私は謝り…………え??
声「…………っっっ…ご…ごめんなさぃ…ごめんなさい……っっ!!」
紬「ゆい………ちゃん…?」
謝るメイドを見る。
そのメイドは、格好こそメイド服を着ていたけど…間違いなく、私の友達の唯ちゃんの姿だった……。
―――どうして…唯ちゃんがここに………どうして…どうして???
―――――――――――
律「ん~~……ムギ、どこだぁ~??
配膳と水配りの仕事を適当にこなしつつ、私と澪はムギを探す。
漏れ聞いた話では、メイドも執事も本当に人手が足りてないらしく、今はほとんどのメイドが厨房で料理を運び、また来賓のルームサービスに追われているらしい。
そして、今このホールにいるお手伝いさんは、私達を除けば数人の執事さんのみ。
そう、誰にも邪魔をされずにムギを探すには、今が絶好のチャンスだったんだ―――。
律「なぁ澪、ムギ見つかったか?」
澪「いや……私も探してるけどなかなか…」
律「ん~~~…ここじゃないのかな?」
ムギがこのホールにいないって可能性が頭を過った、その時だ…。
―――…ガシャーーン!!
声「ご…ごめんなさい!!」
律「ん…?」
何処かで何かをひっくり返したような音が聞こえた。
何事かと思ってその音の方を見ると、涙目の唯が男に怒鳴られているのが見えた。
男は全身ワインまみれで、その白いスーツには赤い染み…ああ、間違いない。 唯がワインを男にぶっ掛けてしまった事が十二分に伝わる状況だった。
律「わ…やば………!」
澪「律っ! 唯が…!」
律「ああ分かってる…澪、行くぞ!」
状況を察した私と澪は一目散に唯の元へ駆けつける。
騒ぎを聞いて来たのか、唯の近くにいた梓もすぐに現場に駆けつけてくれた。
社長「オイ……聞いてんのかよガキィ!!」
男が唯の胸倉を掴み上げ、真っ赤な顔で吠えている。
…うわ…こいつ酔ってんな…確かに、せっかく決めてきたスーツを台無しにされた気持ちも分からなくもないけど…それでもだ。
いくらなんでも…泣いてる女の子の胸倉を掴み上げて一方的に怒鳴り散らすなんて……どうかしてるぞ…!
唯「ご……ごめんなさい!!!! ごめんなさい!!!!!」
紬「やめて下さい!! 社長!! その子を許して上げてください!!!」
涙を流しながら、必死で許しを請う唯…
そんな唯の涙なんてお構いなしに怒鳴り散らす男…
その男の足元で、唯を許してくれと土下座で懇願するドレスの女の人の姿が見えた。
……いや違う、この人は…!
律「ムギ……!」
紬「…?…りっ…ちゃん…」
やっと見つけた…! ムギを見つけられた…!
綺麗なドレスを着飾り、私が見た事もない宝石を幾つも身に付けた親友は、その見た目だけはいつもとは違っていた…けど。
友達の為に懇願するその姿は、間違いなく私達の知るムギそのものだった…。
紬「りっちゃん……あの…その……」
律「事情は後で話す、とにかく、今はここを何とかしないとな……!」
社長「泣けば何とかなるとでも思ってんのか! アアァ!??」
唯「ごめんなさい……っっ!! ごめん…な…さい……っ…!!」
梓「律先輩…! 唯先輩が…唯先輩が…っっ!」
澪「律……怖いよ……あの人…怖い……!!」
律「ああ……! 分かってるさ…!」
梓も澪も、完全に男の気迫にすくみ上がっていた…
幸いっつーか、私はそれほど恐怖を感じていない。
つーかあんな怒鳴り声、ザ・フーのパフォーマンスに比べりゃ全然大した事ないからな…
…でも、それをモロに浴びてる唯はどうだ? 自分のドジであんだけ怒鳴られて…それでムギが必死になって謝って……。
ドジな癖に責任感だけは人一倍強いからな…ああああ…! …一体どうしたもんかな………!!
律「あの…お客様!!」
とにもかくにも、私は男の意識を唯から逸らそうと男に声をかける。
声をかけられた男は、その眼をそのまま私に向けて…
社長「アア!?」
と、凄む。 ………うわぁ……ブン殴りてえ……。
顔だけ見りゃ整ってる感じするけど、これじゃ完全にそこらのチンピラじゃないか。
こんな奴らを相手にいっつもパーティーやってたのか、ムギは…………。
そりゃ嫌気も差すわ…。 お金持ちのパーティーも、私の想像とは全然違ってたみたいだ…。
社長「んだよテメェ…!」
とにもかくにも、唯を解放した男は、今度は標的を私に定めたようだった。
横目で唯を見ると、梓と澪に抱えられ、シクシクと泣いてるのが確認できた。
ま、とりあえず目的は完了か…。
律「…っ…すみません、私も謝りますから…その子を許してあげては貰エマセンカ…」
平身低頭、とにかく平謝りで私は頭を下げる。 でも……。
社長「テメェなんかの土下座なんかいらねえんだよボケが」
…………………はぁ…
………あーーー、なんで私はこんなヤツに頭下げてんだろ……。
状況が状況なので仕方ないとは思うけど、私の性格上、やっぱりこれは苦手な事だ。
紬「…っっ…! 社長……! お願い…します!!」
社長「ハッ、テメェらガキがいくら頭下げようが、俺のスーツに着いたワインは取れたりしねェんだよ」
社長「謝っただけで済むんなら警察はいらねェんだよガキが…分かってんのか、アアァ??」
律「……っっ…ハイ、スミマセン…」
男は尚も凄む。
こういうヤツは毎回こうやって、立場の弱い人間をいたぶるのがとにかく好きなんだろう。
そこに歳とか性別は関係ない、自分より弱い人間をいたぶり、自分より強い人間を蹴落として、こういう奴は更に幅を利かせて行きやがるのだ…。
とことん性根の腐った…とんだクズだと…子供ながらに思ってしまう。
社長「謝罪ってのは誠意って形で表すのが大人の常識、それ分かってんのか、コラ」
律「……誠意と言いますと………やっぱり、弁償…」
社長「っは…甘ェよ。 オイ、お嬢」
紬「…はい……」
社長「メイドの責任は雇い主の責任、そうだろ?」
紬「はい…」
社長「じゃあ、ここはその雇い主である紬嬢が責任を取る、これでどうだ…?」
にやりと笑い、上から下まで舐め回す…まるで変態みたいな目でムギを見る男だ。
…………てか、今コイツなんて言った?
社長「紬嬢が1日俺の専属のメイドになる、それでこの件は無かったことにしてやるよ…!」
社長(これで上手くやりゃ…琴吹は俺のモンだ……!!)
…………………くっ…
………こいつ……こいつっっっ!
紬「わ……分かり…ました………」
…………この野郎…っっっ!!
紬「分かりました、私…何でもしますから……その子だけは……!!」
律「ムギ!!!! それ以上喋るなぁ!!!!」
……………っっ…もう、限界だった。
この男は、人の弱みに付け込んで…私の友達に何をやろうとしてんだ…!!
この場は堪えてやり過ごそうかと思ったけど…もう、そんな悠長な事言ってられっか!!!!
やっぱりこの野郎…一発ブン殴ってやんねーと……!
律「てんめぇ……!!」
私は男のしがらみを強引に振りほどき、拳を男に向けて繰り出す!
―――その時だ。
声「あっちです! 早く来て!!!」
執事「お客様、如何なされましたか??」
メイド「早くお召し物の替えを! 執事の方は大至急お風呂の用意をお願いします!!」
来賓の誰かが呼んでくれたのだろう、数人のメイドさんと執事さんが慌てて駆けつけてくれた。
っかし、えらく時間がかかったな…
メイド「料理なんて後回し! とにかく何人かこっちに来て頂戴! あと、お客様へのご説明と旦那様への報告! よろしくお願いね!」
メイド…長なのかな? テキパキと指示を出すメイドさんの指示に従い、数人の執事さんとメイドさんが動き回っている。
メイド長「お客様……大変申し訳ございませんでした!!! ホラ!! あなた達も謝って!!!!」
一同「…はい…すみません……でした……っ!」
メイド長さんに言われるがままに唯と澪と梓、それに私を含めた4人で男に頭を下げる。
社長「んな…オイ! まだ話は終わって!!」
執事「さあさあ、とにかく、お召し物をお預かりさせていただきます、お客様、どうぞこちらへ…」
社長「おいてめえ!! っく! 離せ!! 離しやがれ!!!!」
そして、男は最後まで声を荒げたまま、数人の執事さんに連れられてホールの外に消えて行った…。
―――
――
―
騒動が落ち着き、遅れて斎藤が私の元へ駆けつけてくれた…
斎藤「お嬢様…ご無事でしたか?」
紬「斎藤……もうっ!! 遅かったじゃない!!」
斎藤「申し訳ございません…厨房でトラブルがあったようでして…」
紬「まったく………私…すごく…すごく、怖かったんだからぁ!!」
怒り半分、嬉しさ半分で泣きじゃくり、私は斎藤の胸に抱きつく。
そんな私の背中をさすりながら、斎藤は優しい声で謝ってくれた……。
斎藤「申し訳ございません…」
紬「でも……ぐずっ……ありがとぅ…ありがとう……!」
斎藤「ええ……とにもかくにも、あの社長にはご退場頂きましょう」
紬「…でもっ…今回の不手際は…私の…」
斎藤「ご安心を…あの若社長がこの場に置いて働いた数々の無礼、それはここに居る何名ものお客様が見て下さいました」
斎藤「聞けば、既に何人かのお客様も迷惑を被ったそうで…立ち入りを禁ずる十分な理由は、既に整っておりますよ」
紬「……そう…なの?」
斎藤「ええ…。 まぁ、彼の力に頼り、強引に会社を拡大させたやり方は有名ですからな…これも、彼の社会勉強だと思いますよ…」
………そんな事が…。
あの人は、私や、私の友人だけでなく…ここに居る…何人もの人に…あんな事を…。
斎藤「後始末は我々にお任せください、この件は旦那様に報告し、二度と今回のような事が無いように努めます」
紬「…ええ…っ…お願い…ね…」
斎藤の言葉はとても心強く聞こえた。
それは、不安に怯える私の心を落ち着かせるのに、十分すぎるぐらいだった……。
でも、どうにも疑問が残る。
一体…どうして、唯ちゃんやりっちゃん、澪ちゃんに梓ちゃんがここに…?
―――
――
―
騒動が一段落着いた後、私達はメイド長さんにこってりと絞られていた…。
メイド長「まったくあなた達は…なんとかなったから良いものの…自分たちが何をしたか、分かっているの!?」
唯「はぃ……すみま…せん……」
紬「あの…メイド長…その子達は…」
メイド長「紬お嬢様、申し訳ございません…この度の不手際、私の責任でございます……本当に…本当に…申し訳ありませんでした…!」
ムギが口を挟むも、メイド長さんは変わらず、ムギの声を聞こうとはしてくれなかった…
そして、別のメイドさんの口から非常にまずい事が告げられる。
メイド「って言うか…その子達、誰です??」
メイド長「誰って…あら、言われてみれば、あなた達見ない顔ね?」
唯律澪梓「…ぎくっ………」
執事「……臨時で雇ったメイドだと、私はお聞きしましたが…?」
メイド長「確かに人手は足りてなかったけど…臨時のメイドを雇った覚えなんてないわよ…?」
執事「じゃあ………誰なんだ…キミ達は…??」
律「い…いや…その……あはははははっ!!」
私は渇いた笑いでその場を誤魔化そうとする…が、さすがに今回は無理なようだ…。
その時、数人の執事の間に緊張が走って…!
執事「………っっ!!! 総員、その少女達を囲め! 彼女達は侵入者だ!!」
――――バタバタバタバタ!!!
刹那、どこからかSPらしき人が出てきて、私達はあっという間に囲まれた……まるで、警察に包囲された犯罪者のようだ……。
澪「…ひぃぃっ!」
唯「わわ…ど…どうしよう……!!」
梓「律先輩……どーするんですか???」
律「んな事言われたって………」
思わず両手を上げて私達は固まる……。
あー、どうしよう………
SP「お客様はお下がりください!! こちらホール、侵入者を発見! 大至急応援を要請します! ハイ!」
SP「キミ達、両手を後頭部に付けてうつ伏せになるんだ! 早くしろ!!」
律「…ちぃ…」
SPの言われるがままに私達は従う……。
…完っ全に犯罪者かテロリストじゃん…これ……
紬「止めて!! その子達は…!!」
SP「お下がりくださいお嬢様! ここは危険です!!」
紬「みんな!!!」
ムギの静止の声も虚しく…私達は次々に拘束される。
澪「わ…私達は…ム…琴吹さんの友達で…!」
唯「そうなんです! だから別に怪しい者じゃ…!」
SP「だったら、どうして忍び込んだりなんかしたんだ!」
梓「それは…! その……っ!」
律「と…とにかく、理由を聞いてくれーーー!!」
SP「ええい! いいから…大人しくするんだ!」
っちぃ…ホント…どうしたもんかな…これ……!
―――
――
―
りっちゃん達を拘束するSPに向かい、私は必死で事情を説明しようとする。
確かに、どうしてみんながあんな格好でここにいるのかは分からない…でも、みんなに限って何か悪い事を企んでるなんて事は無い…絶対に無いんだ…!
紬「やめて…やめて!! みんな!!!」
SP「危険です! お嬢様、お下がりください!!」
私は尚も彼女達を解放して欲しいとSPに頼み込む…が、誰一人として聞く耳を持ってくれない…!
どうにかしなければと思っていた時、ホールの異変に気付いた父と母が様子を見に来てくれた…。
紬父「…一体どうした事だ、これは??」
紬母「外で騒動があったからと聞いてみれば…これは一体…」
SP「旦那様、奥様…ハッ、たった今、侵入者と思われる少女達を確保した所でございます!」
紬父「なんと……彼女達が?」
紬母「見たところ…紬とそう変わらない年頃だと言うのに…何かの間違いではないの?」
SP「いえ、臨時で雇われたメイドの振りをして屋敷に侵入したと…そう聞いております」
メイド「動かないで…! ボディチェックをさせてもらいます…」
律「わ…そこは……や…やめっ!!」
メイドの一人がりっちゃんのポケットに手を突っ込む。
ポケットから出したメイドのその手には…一枚の紙切れが握られていた…
メイド「旦那様、彼女達のポケットからこんな物が…!」
SP「これは…携帯電話に……何々『誘拐計画書』??…な…なんという…!」
紬父「キミ達は…一体……」
紬母「あなた………」
客「まぁ……聞きました? 誘拐犯ですって……こわいわぁ……」
客「なんと恥知らずな………」
客「薄汚い小娘らが………[ピーーー]ば良いのに…」
客「どうせ、育ちの悪い下劣な庶民でしょう? 庶民は庶民らしく細々と生きていれば良いのですよ…」
客「でもまぁ…良かったじゃないですか、僕たちにも、紬お嬢様にも何事もなくて…ね」
客「ええ、違いありません…!」
―――はっはっはっはっは!!!
紬「……………っっっ!」
何を好き放題言ってるんだ…この人達は……!
彼女達の事を何も知らないくせに…彼女達が…どれだけあなた達より素晴らしい子なのか…知りもしないくせに…………!!!
紬「…い……か…げんに………」
………もういい……。
琴吹とか、来賓の事だとか…父や母の事なんて…もういい………。
目の前で友達が……大事な人が酷い目に遭わされて…それを目の当たりにして…何もしないだなんて…
そんな事をしてまで……この『琴吹』って名前が大事だとは…私には思えない………!
紬「―――――いいかげんになさいッ!」
それは…この18年で生まれて初めて上げる怒鳴り声だった……。
息は上がり…酸欠で頭がふらつく…大声を出すのって…こんなにも疲れる事なのか。
だけど、これぐらいで終わらせるつもりは毛頭ない。
SP「紬お嬢様……」
紬父「紬……」
紬「彼女達は私の大事な学友です、誘拐犯でもなければ侵入者でもないわ……客人として扱いなさい!!」
律「ムギ……!」
唯「ムギちゃん……」
客「どうしたのかしら…紬お嬢様…」
みんなが意外そうな目で私を見る。
自分でも正直意外だ…それは他の人から見ればさぞ驚いた事だろう……。
だって私は…今……本気で怒っているのだから……!!
紬「彼女を離しなさい…」
SP「しかしお嬢さ…っ!?」
紬「もう一度言います…彼女を離 し な さ い … !」
SP「わ…分かりました……!」
間髪入れず唯ちゃんを拘束していたSPの腕を掴み上げる。
ギリギリと音を立て…SPの顔が一瞬歪んだように見えた…。
その、私のあまりの力に怯んだのだろう、SPが慌てて彼女を解放する。
律「ムギ……その…さ…」
唯「わふ…あ…あのねムギちゃん…これは……」
紬「ええ、みんな大丈夫よ…だから後で、何があったのか…理由を説明してね…?」
澪「ムギ…」
梓「ムギ先輩……」
紬父「紬…」
紬「お父様…お母様……信じて下さい…っ…彼女達が私の友達…放課後ティータイムのメンバーです…」
紬「私の掛け替えの無い……大切な“仲間”です…!」
紬母「あなた達が…紬の言っていた…学校のお友達…」
紬父「だったら、どうしてこのような事を…紬の誕生日を祝う為だったら…何も忍び込むような真似なぞしなくとも…」
紬「理由は分かりません…ですが、彼女達にはそうした理由がある筈です……」
私は彼女達に向き合い、優しい目で尋ねた。
紬「りっちゃん…唯ちゃん…澪ちゃん…梓ちゃん、それを聞かせて貰っても…良いかしら?」
澪「律……」
律「ああ、分かってる……ここまで騒ぎが大きくなったら…もう誤魔化しきれないもんな…」
唯「りっちゃん……私も…言うよ」
律「ふふっ、大丈夫だよ…言ったろ? 責任は取るって……。 ま、私に任せなって」
梓「律先輩………」
みんながりっちゃんを見る。 やっぱり発端は…りっちゃんだったのか……。
律「その前に…みなさん、私のせいで、琴吹さんのお誕生日会をめちゃくちゃにしてしまい…本当にすみませんでした…!!」
そして彼女は来賓に向かい、トレードマークのカチューシャを外し、深く頭を下げた…。
普段は楽しくて明るく、みんなを和ませてくれるムードメーカー…でも、真面目な時はとことん真面目、それが私達の部の部長であり、頼れるリーダーの本当の姿だった…
客「ふん…今更何を………」
客「汚らわしい…悪いと思っているのなら早く出て行けば良いのに…」
紬「…………っ」
彼女の謝罪に悪態を付いた来賓を無言で睨みつける。
客「……チッ…」
睨まれた何人かがばつの悪そうな顔をしてそっぽを向くが、もう気にはしない。
そして一通りの謝罪を済ませた彼女は、今度は父と母に向き合い、自己紹介を始めた…。
律「ム…紬さんのお父さん、お母さん、初めまして…紬さんの友達の、田井中律です」
唯「私、平沢唯です」
澪「秋山澪です…」
梓「中野…中野梓と申します」
紬父「こちらこそ…紬の父でございます…」
紬母「紬の母です…いつも、学校では紬がお世話になっているようで…」
唯「そ…そんな……私達の方こそムギちゃ…じゃなかった…紬さんにはお世話になっていて…」
紬「そんな…私の方が………」
律「まーまー…とりあえず、それは今置いといて…」
埒が明かないと思ったのか、一方的に会話を切り上げ、髪を下ろしたままでりっちゃんは本題に入った。
律「あの…今回…私達は『私達だけ』で、紬さんのお誕生日を開きたいと思ったんです」
紬父「キミ達だけ…で?」
律「はい……」
紬母「詳しく、聞かせて下さいますか…?」
律「はい…これ…全部、“私”が勝手に考えた事なんです…。 その…1ヶ月前にもあったんです…私達、紬さん以外のみんなで集まって、お泊り会を開いた事があって…」
律「でもそのお泊り会の日、紬さんはここでパーティーやってて…参加できなくて……それで……せめて誕生日ぐらいはと思って……私、計画したんです、紬さんのお誕生日会…」
律「紬さんの予定も聞かずに…一人で勝手に暴走して…。 いやぁ……後になって知った時は焦ったなぁ…だってその時には紬さん、もう家でパーティーやるって決まってたんだもんっ」
律「だから私焦って……んで、一方的に掻っ攫って来ちゃえばいいって考えて…あははっ!」
律「それで私、唯と梓と澪にこの事話して…私の手伝いさせたんです…そう…だから、悪いのは全部アタシ……この3人は全然関係ないんですよ?」
澪「律……お前……」
唯「りっちゃん……!」
梓「律先輩…」
紬「……………………」
―――――――――嘘だ。
りっちゃんは…明らかに嘘を吐いていた。
全部…りっちゃんが考えたなんて…そんな…事。
いや、仮にそこまでは信用できたとしても、あんなに優しくて…ちゃんとした考えの出来る彼女が…そんな短絡的な理由でこんな大事をやるなんて…彼女をよく知る私には到底信用できる話ではなかった……
―――でも、じゃあなんで、りっちゃんはそんな嘘を…?
…考えに考えてみる…りっちゃんの言葉の意味を…その、心理を……。
これまでの事で…りっちゃんが私を誘拐しようとする…その、本当の意味は……。
…え、“誘拐”……?
その時…私の頭を駆け巡る過去のやり取り…。
それを必死に思い出してみる……。
あれは…確か前のパーティーの時…電話で……
律『――――これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、“誘拐”だってやってやんよ♪』
紬「……じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」
律『―――あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』
……………あれ?
………も…もしかして…………。
そして…河川敷で私が泣いた時も……
紬『私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ』
紬『私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ』
律『へへへ…まあ、見てろって……』
律『―――私が、なんとかしてやっから』
そして、りっちゃんは…………!!!!
ああ……そうか…………全部、私が理由だったんだ……。
…私が……あの河川敷で…あんな泣き言を言わなければ……りっちゃんは…こんな事…考えもしないで……。
結局……全部…私が……私のせいで…全部…全部全部全部…ぜんぶっっ!!!
私が弱いから…………私が…家の事一つ、自分で解決できない…弱い人間だから………!!!
紬「…………っっく……うぅぅっっ…うっっっ…!!」
あまりの悔しさに涙が溢れだしてくる……
どこまで私は…どれだけの迷惑をみんなにかければ気が済むんだ………!
私はどこまで………ダメな人間…なんだ………!!
律「けれど、結局失敗はするし…それどころか、大勢の人に迷惑かけて…アタシったらホント…何やってんだろ…」
客「そんな…ふざけた理由で…誘拐なぞと…!」
客「なん…て、恥知らずな…! お…親の顔が見てみたいものだわ…!」
客「いくら紬お嬢様のご学友とはいえ…なんと常識知らずな…!」
客「紬お嬢様も…お可哀想に…お友達に恵まれなかったのですね………」
紬「………くっっ…な…何を…一体…何を言って…!!」
まだ言うのか…あの人達は。 彼女がどれだけ優しい気持ちでそれを言ったのか…それを汲み取ろうともしないで…よくも……よくも……
いや…それ以前に…人の謝罪も満足に聞き入れられないのか…あの人達は……?
斎藤「まぁまぁ…皆様落ち着き下さい…そのような汚らしい言葉、紳士淑女である貴女方には似合いませぬぞ?」
相も変わらず無神経な事をのたまう外野に喰ってかかりそうになった時、斎藤の手が私を肩を押さえ、そして優しい口調で彼等を宥める。
斎藤(お嬢様…堪えて下さいませ…田井中様の言葉の真意を汲み取ったのであれば…ここは私に免じて…堪えて下さいませ…!)
紬「斎藤……っ!」
紬(でも…あんな暴言…私はもう…耐えられない……!)
こんな状況でもりっちゃんは…一言も『私が泣いてたから』とか『私がパーティーに行くのを嫌がってたから』なんて私の不利になるようなことは言わず…それどころか、全部の責任を、自分一人で背負いこもうとしている…
そんな優しい子が…どうしてあんな罵りを受けなければならないの…? 悪いのは私なのに…どうして…あんなに酷い言葉をぶつけられなければならないの…??
我慢できず、斎藤の腕を振り解こうとした時、りっちゃんの繋いだ言葉が私にストップをかけた…。
律「……でも……」
律「でも、連れ出そうとして…私は正解だと思いました」
紬父「それは…一体どういう意味で…」
律「こんな所にいたら…きっと、紬さん……いや………“ムギ”は、笑って誕生日なんか迎えられやしなかった…こんな、こんな淀んだところに居たら…!」
律「お父さん…あの、ムギは今日…」
唯「…ムギちゃんのお父さん…! ムギちゃん、今日…笑ってましたか…?」
りっちゃんの言葉に被せるように…唯ちゃんが父に疑問の声を投げかける。
「…唯っ!」というりっちゃんの声を無視して、唯ちゃんはもう一度、同じ質問を父に投げかけた。
紬父「そ…それは……」
唯「私、今日初めてムギちゃんを見たんだけど……いつものムギちゃんじゃないんだ…。 確かに、今日のムギちゃんはすっごく綺麗なドレスを着て…見た事もないぐらいキラキラした宝石を付けてて…いつもの何倍も綺麗だと思います…」
唯「でも…今日のムギちゃん…全然楽しそうに見えないんだ…」
澪「あんなにお酒に酔った人がいて……それで…暴れるような人がいて…」
梓「来賓の方々もそうです…お誕生日の主役があんなに泣いてたのに…大人の人もいたのに…どうして誰も助けてくれなかったんですか?? どうして遠くから駆け付けた律先輩が、あの男の人に怒鳴られなければならなかったんですか???」
律「唯、澪…梓まで…それは私が……!」
澪(律一人ばっかカッコつけすぎ…私だってムギの友達なんだぞ…?)
唯(そうだよ…たまには私だってかっこいい事言ってみたいっ♪)
梓(みんな…律先輩と同じです…いえ…律先輩以上に、ムギ先輩の事…大好きなんですよ?)
律「ったく…私一人に任せとけば良かったのに…どうなっても知らないからな?」
澪「こうなったら一蓮托生だよ、そうだろ?」
唯「えへへ…また憂に怒られちゃうかもね…」
梓「どんと来いですっ♪」
律「まったく…みんなたくましく育っちゃって…りっちゃん嬉しいわっ」
そして、開き直ったかのような口調で3人は言葉を紡ぐ…
律「そうだなぁ…この中に、本当にムギの事を考えてきた人…どのくらいいるんだろうな?」
唯「なんか…みんなムギちゃんとムギちゃんのお父さんの顔色ばかり窺ってるって感じがしたよねぇ」
梓「でなければ、いくら強面の若社長だからって何もしないワケないですよね、大方会社同士のお付き合いに支障が出るって事で…見て見ぬふりでもしてたんでしょうけど…」
律「そもそも、女子高生に贈るプレゼントが揃いも揃って宝石とか花束とか…ハッ…今日びの女子高生が、そんなん送られたって喜びやしないってーの…」
唯「私、お誕生日のプレゼントなら心の籠った美味しいお菓子が良いなぁ~」
澪「昔から、プレゼントは値段よりも気持ちって言うもんなぁ」
梓「私なんて、去年唯先輩がくれた誕生日プレゼント、唯先輩のハグとキスだったんですよ?」
律「ははははっ! 唯、そりゃいくらなんでも手抜きすぎだって!!」
唯「ごめんねぇ…あの時はホラ、お小遣いピンチでさー」
―――それはもはや、謝罪とはかけ離れたものになっていた…。
そこにいたのはいつもの彼女達…。
私の大好きな…すごく…すごく……頼れる仲間…。
どんな時でも自分たちの輝きを貫き通す仲間…。
それが…放課後ティータイム―――――!!
客「だ…黙らぬか!! 小娘共が!!」
客「あなたのような庶民風情にワタクシ達の何が分かるって言うのよ!!」
客「そうだそうだ! 大体お前ら場違いなんだよ! 早く帰れ!! 消え失せろ!!」
梓「やです」
律「だって私らそもそも庶民だもん、そんな金持ちの理屈、分かるワケねえっしょ?」
梓「ここに居ていいのは…本心からムギ先輩のお誕生日を祝える方だけですよ」
律「それが出来ないってんなら…あたしらはこの場でムギを掻っ攫って行く」
客「社長! もうあんな小娘さっさとつまみ出しましょう! ホラSP何やってんだ! そこの小汚い娘共を追い出せよ!!!」
紬父「……………」
紬母「あなた…………」
紬父「紬、お前はどう思う…?」
父が私に尋ねる。
それは、私の意見に賛同してくれるのか…それとも、その逆なのだろうか…
だけど、私の答えはもう決まっている………!
紬「……ええ…彼女達の言う通りです」
……もう、私は迷わない。 何も怖くない。
私は、琴吹家の令嬢である以前に…琴吹紬という…一人の女の子なのだから…!!
涙も吹っ切れた私は来賓の前に立ち、今までに私が抱えていた…全ての想いを打ち明ける……!
紬「皆さん、そこまでにしてください…これ以上、私の友人を侮辱するのは誰であろうと許しません」
客「紬…お嬢様……!?」
紬父「紬……!」
紬母「……………」
紬「お父様、お母様……私は、ここに居る人たちが…好きではありません」
紬「今日は私のせっかくの誕生日…それなのに…ここに居る方々は、私の後ろにいるお父様と琴吹の家しか見えておらず…それどころか、私の…掛け替えの無い友人を上辺だけで見下し、罵倒し…庶民だからと差別をする、心の卑しい方達ばかりです…!」
紬「そんな人たちに囲まれて祝われるぐらいなら…私はこのような宴会、即刻中止すべきだと思います」
客「な……なんという…事を!!」
客「紬お嬢様まで…そのような………」
客の間から次々と動揺の声が飛ぶ。
そんなのをお構いなしに私は次々と言葉を繋げる……
今まで溜め込んできた鬱憤、後悔…我慢…その全てを、会場中の人間に聞こえるぐらいの大声で、言ってやる…。
―――――――
紬父「……そうか…………」
紬母「あなた…私は……」
紬父「いや…みなまで言うな…分かっておる……」
紬父「私も眼鏡が曇っていたようだな……娘と、その友人に言われるまで…娘の本心に気付けぬとは……!!!」
怒り心頭した父は、腕を大きく振り上げ…
――――――バキィィィ!!!
そして、自分の頬に、思いっきり拳を叩き込む…。
紬母「あなた……!」
紬「お父様…!」
紬父「母さん…私は、社長としても…親としても…間違っていたようだ…っ!」
紬母「あなたったら……」
母が父に歩み寄り…父の腫れた頬に手を差し出して…
―――パシンッ!!
…強烈な平手を一発、打った…
紬母「馬鹿ですね…そんな事で良ければ…私が紬に変わっていくらでもしてあげます…」
紬父「…はっはっは……これは、一本取られたな……」
紬母「紬、あなたの気持ちを無視して長い事振り回していた父さんと母さんを許してちょうだい…今まで、苦労を掛けたわね……本当に…本当にごめんなさい……」
紬「お母様…お父様……!」
紬父「田井中さん、パーティーを壊したのはキミ達ではない…これは、知らず知らずの内に、娘を営利目的に使っていた我等大人の問題だ」
紬父「だから、ここは私に責任を取らせてくれ…田井中さん、平沢さん、秋山さん…中野さん………」
紬母「後は、私達が何とかするから、あなた達はお出かけなさい…」
紬父「みなさん…紬の事、よろしくお願いいたしますぞ………!!」
律「おじさん……」
紬「……みんな…行こう!! 私の誕生日は、これからなのよ!!」
唯「ムギちゃん…うん、そうだよ!」
澪「ムギ、お帰り…」
紬「ただいま…澪ちゃん、みんな……!」
梓「そうと決まれば早く行きましょう! 唯先輩の家で、和先輩に憂に純…きっとさわ子先生も待ってくれてますよ!」
紬「ええ、そうね! わぁ…今からすごく…すごく楽しみだわ…!」
斎藤「ここは我々にお任せを…さぁお嬢様もお友達も、外に車を用意してあります、どうぞお乗り下さい!」
斎藤に連れられ、私達5人はホールを駆け足で出て行く。
お父様…お母様……斎藤…りっちゃん、唯ちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん……みんなみんな…ありがとう…ありがとう………!!!
紬母「紬!! 良いお友達を持てたわね…!! お母さん、正直驚いたわよ!」
紬父「皆さん、今度我が家へ是非遊びに来て下さい! 紬が学校で、皆さんとどんな学園生活を送っているのか…是非、お聞かせください!!」
律「はいっ! おじさん、ありがとうございました!!」
客「おいおい…どうすんだよコレ…?」
紬父「皆さんっ! 聞いての通り、娘の希望により今日のパーティーはここでお開きとさせて頂きます!! わざわざ遠方よりお越しいただいた方には誠に申し訳ありませんが! 娘のたっての希望という事ですので、何卒この場は寛容な心で受け入れてやってくだされ!!!」
客「お…オイ!! あんた、俺達が一体何のためにココに来たと思って…!」
紬父「申し訳ございません! ですが、この場は…どうかこの場だけはお納めください!!」
客「っざけんな!! 納得できるかこんな事! 大体、俺がここに来たのだってあんたとの取引をだな!」
紬父「……………ええい!! 黙らぬか小童が!!!!」
客「…な…なんだって……?」
紬父「この期に及んでまだ会社会社等と…そのような守銭奴にくれてやる言葉なぞ…一片たりとも無いッッッ!!!」
客「そんな事言って、どうなっても知らないからな!! 琴吹グループとの契約は金輪際打ち切らせて頂く!!」
紬父「構わぬ…欲目の為に心を捨てた者共の助けなど、元より必要ない…!」
客「強がりやがって…! 琴吹の様な小物が、ここに居る全員を敵に回して存続できると思うなよ…!」
紬父「私の会社を舐めるなよ…! 琴吹家の名はそう簡単には折れぬ…! 私の娘も…私も…琴吹の全ては、私が守る…!」
紬母「…あなた……。 …ふふふ……紬、あなたにも見せてあげたかったわ……」
紬母「―――――――私も見た事の無い…パパの一番かっこいい瞬間を…ね♪」
窓が開かないと知った時。 それでも小鳥達はめげず、何度も窓に体当たりを続けます。
羽が舞い、ぼろぼろになっても尚、小鳥たちは諦めません。
傷付く仲間を前に小鳥はもういい、もういいと…ついには泣き出してしまいます。
ですが、それでも仲間は、必ず小鳥を外へ連れて行くと言い、何度も窓にぶつかって行きました。
その光景を見ていた親鳥は思いました。
子供を守る為の窓が、いつの間にか、子供を縛り付ける牢になっていた事に気付いたのです。
懸命に窓を開けようとする5匹を見て、親鳥は互いに頷き、小鳥の為に力を添えようと誓います。
小鳥の身体を支える親鳥の大きな羽、その羽が、窓をこじ開けようと力をかけます…
そして、親鳥と5匹の小鳥、7匹の力が一つになったその時…
小鳥を閉じ込めていた窓は…静かに、そして大きく開かれたのでした…。
車の中
屋敷を抜け、慌てて車の中に乗り込んだ私達は、そのまま唯ちゃんの家に直行する。
紬「そこの交差点を左にお願いね」
運転手「かしこまりました…」
リムジンを器用に運転する使用人に指示を出し、私は助手席から後の座席を見回す。
唯ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん…全員が疲れた顔をしているけど…その表情には一切の曇りは無く、むしろ爽快感すら感じさせる…。
律「っかし…すごかったな……」
澪「…………………」
梓「なんかドラマみたいでしたね、私達っ♪」
唯「一時はどうなる事かと思ったけど…いやぁ……なんか…ねぇぇ?」
澪「………………」
紬「うふふっみんな…本当にヒーローみたいだったわよ?」
澪「………………」
律「澪もなんか言えよぉー? 表情固まってんぞー?」
おちゃらけた声でりっちゃんが澪ちゃんのお腹を肘でつつく。
確かに澪ちゃんだけさっきから笑顔のまま表情が固まっていて、まるでお人形か何かの様だった。
紬「澪ちゃん…どうかしたの?」
私の問いにぼそりと、か細い声で澪ちゃんは言う。
澪「……かった…」
律「な…なんだって???」
澪「こわかった………怖かった…怖かったぁぁぁぁぁ!!」
澪「もーーー!! 一時はどうなる事かと思ったんだからなお前ぇぇ!!」
澪ちゃんは風船が弾けるように感情を露わにし、りっちゃんに掴みかかる。
律「み…澪だって乗り気だったろ? それにあん時、一蓮托生って言ってたの澪だろ?」
澪「あれは…その……その場のノリって言うか…ううぅぅっっ!」
上げた声は次第に涙声に変わり…その綺麗な瞳が涙にまみれる……そして澪ちゃんはぽろぽろと涙をこぼし、泣いてしまった…。
律「ちょ…澪、んなマジ泣きしなくたって…」
梓「緊張が緩んでしまんたんですよね…澪先輩、頑張ってましたもんね」
澪「ぅぅうっ…ぐずっ…あ…梓は大丈夫なの…?」
梓「私も…ちょっぴり膝震えてます…あははっ」
梓ちゃんが澪ちゃんの手をさすり、安心させるようにその手を包み込む…。
私も助手席から後部座席に移り、澪ちゃんの隣に座って彼女を励ましてあげた。
紬「澪ちゃん…」
澪「みんな…良かった…っ! 無事でよかったっっ」
紬「私もよ……こうしてみんなが無事で、本当にうれしいわ……」
唯「私もワインをひっくり返しちゃったときはどうなったかと思ったけどね…」
紬「みんな、今日は…その…」
ごめんなさい……と言いかけた時…りっちゃんの声がそれを遮った。
律「ストーップ! ムギ、別に謝る事ないんだぜ?」
紬「でも…私のせいで…」
律「ムギのせいなんかじゃないよ、これは…私g」
唯「私達が考えた事なんだよっ!」
梓「確かに発案したのは律先輩ですけど、私達も計画に乗ったわけですからっ!」
澪「…だからこれは、みんなの責任だ…」
律「だぁー! お前らさっきから美味しいとこ持ってくなー!」
唯「りっちゃんにばっかり美味しいとこは持って行かせないもーん♪」
梓「そうですよー♪」
律「んにゃろぉ~~!」
痺れを切らしたりっちゃんが二人の脇を器用に抱え、思いっきりくすぐり始める。
唯「あはははっ! ちょっ! りっちゃんくすぐったいぃぃ!」
梓「うわぁぁっ、や…止めて下さいぃぃっ…ひゃっ!」
澪「あははは…まったくあいつらは…」
紬「……♪」
それを見ていた私もふと、いい事を思い付いたので、さりげなく澪ちゃんに抱きついてみる。
澪「な…ちょ…ムギ…へ?」
紬「………うふふ♪」
びっくりした様子で私を見る澪ちゃんだが、私はそんな澪ちゃんの身体をがっしりと抱え…。
そして、両腕と両手指を使って、澪ちゃんの身体を思いっきりまさぐり始めた。
紬「こちょこちょこちょこちょ~~♪」
澪「ひぃぃぃっっ!?!? む…ムギぃぃ??」
紬「こちょこちょこちょこちょ~~~~~♪」
澪「ちょ…や…やめ! ひゃっ……! も~~~~! た…助けてぇぇー!」
紬「あははははっっ♪」
唯「も~~~…か…勘弁してぇぇ~~っっっっ」
律「まだまだ…終わらせないかんな~♪」
澪「っっく…あはは…っ! も~、や…やめてくれぇ~~」
梓「律先輩ごめんなさいです…っっっ! だからもう…きゃっ! ごめんなさ~い!」
みんなが笑いあう…。
それはいつもの私の日常で…これからも変わらない事。
そう…これが私が一番望んでいた事………。
これが私の…一番の宝物………。
そうこうして笑い合ってる内に、リムジンは唯ちゃんの家に着いたのだった…。
―――
平沢邸
唯「ただいまぁ~~~」
一同「お邪魔しまーす!」
憂「…あ、帰って来た♪」
和「丁度いい時間ね…憂、そっちのお皿はどう?」
憂「うん、フライもできたし、和ちゃんはもう座っててくれても大丈夫だよ」
和「そう、それじゃ私、向こうで待ってるわね」
純「…む~~~……先生強すぎます…」
さわ子「はっはっは! 音ゲーで私に勝とうなんて100年早いわよっ!」
和「みんな~、唯達も帰って来たし、そろそろ片付けて…」
純「さわ子先生っ! もう一回っ!」
さわ子「おうよっ! 何べんでもかかってきなさいっ!」
和「あの…2人とも聞いてる?」
唯「ただいまぁ~♪」
律「ちーっす、みんな集まってる?」
唯がリビングのドアを開け放つ。
エアコンの効いた部屋からは美味しそうな香りが漂い、私達の空腹感を存分に刺激させる。
…今日の夕飯は先日に引き続き和と憂ちゃんの合作、それはその美味しそうな香りからも、味に十分な期待が出来る感じだった。
いや、必ずムギを連れて来るって大見得切った甲斐があったもんだな。
…あ~、腹減った~
憂「いらっしゃ…って…ええ??」
純「おおっ、ドレス姿にメイド衣装!」
さわ子「あらあら、まるでメイドさんに連れられたお姫様ねぇ、みんな気合入ってるじゃない?」
和「迎えに行くって言ってたけど、みんな、そんな格好で行って来たの??」
私達の姿を見た一同が素っ頓狂な声を上げる…
ま、普通の感覚で見れば、確かにメイド服姿の女が4人もいて、その中でキラキラの宝石類を身に付けたお嬢様がいれば…その光景はすさまじいモノになってるだろう…
実際問題、私も今まで自分がメイド衣装姿だったことをすっかり忘れていたわけだし…慣れってのは恐ろしい。
律「んあ…髪降ろしたまんまだった…」
慌ててカチューシャを取出し、髪を上げる私。 ふう、これで落ち着いた…
唯「と…とりあえず、うい、お着替え出してもらってもいいかな? その…5人分……」
憂「あ、うん! 分かった!」
唯と憂ちゃんのはからいで服を出してもらう。
若干サイズが合わなかったけど…この際我が儘は言ってられないよな…。
唯「ごめんね…私達の服じゃ澪ちゃんのサイズに合わないから、お父さんのやつだけど…」
澪「いや、いきなりだったし…仕方ないよ」
さわ子「あのメイド衣装は私が何とかしとくから、あとで私のトランクにでも積んで置きなさいな」
唯「うん、さわちゃんありがとうっ」
和「じゃあ…準備も済んだことだし、冷めないうちに頂きましょうか?」
憂「そうだね…ジュースもお酒も注ぎ終わったし…えと……」
律「じゃーここは、部長である私が司会を務めさせていただきまーす!」
唯「いよっ! りっちゃんさすがっ!」
律「でへへ…えーと、本日は急な催しでしたけど、まさか9人もの人が集まってくれるとは思いもしませんでした」
律「思えば…私がこの誕生会を思いついたのも…」
さわ子「りっちゃん前置きが長いわよー、せっかくのビールがぬるくなっちゃうでしょー?」
梓「そうですよー、お料理冷めちゃいますよ~」
律「だー…じゃあ、主役のムギ! 何か一言!」
みんなにに促され、私は始まりの音頭をムギに委ねる。
急に話を振られたムギだったけど、落ち着いた様子で、しっかりとした声で私達に向き合って言った…。
紬「みなさん……本日は、このような素敵なパーティーにお誘いいただき…まことにありがとうございます」
紬「これまで、色々なパーティーに参加してきた私ですけど…今日のそれは、今までのどのパーティーよりも素敵なパーティーだと思います……」
紬「本当に…本当に…んっ……っ」
唯「ムギちゃん、がんばってっ!」
憂「紬さん!」
純「ムギ先輩っ!」
涙を堪えるムギをみんなで励ます…そして、2~3の深呼吸の後ムギは強く言い切った―――!
紬「…ぅん…っ! えへへっ…みんな…ありがとう! 今日は思いっきり楽しんじゃおう…乾杯っっ!!」
一同「―――かんぱーーーーーい!!!!!!」
ムギのその一言で私達のパーティーは始まった。
私達が…ムギが本当に望んでいた…心暖まる誕生日パーティーが今、始まったんだ…!
―――
――
―
和「部屋暗くするわね、憂、ケーキを…」
憂「うんっ! 今持って来るね~♪」
さわ子「ふふん…私もケーキ作り手伝ったのよ?」
律「すげぇ、さわちゃんケーキ作れたんだ?」
和「…先生には、ケーキの上にイチゴを乗せてもらうお手伝いをお願いしたのよ」
さわ子「あ~ん、和ちゃんそれは言っちゃダメでしょー?」
律「私の言ったすげぇを返せっ! って…前にも無かったかこのやりとり…?」
そんなこんなで憂ちゃんが大きめのショートケーキを持って来る。
暗くした部屋にローソクの火が灯り、誕生日パーティー独特の雰囲気が私達を包み込んでいった。
憂「おもちゃのオルガンですけど、私、演奏してみますね」
さわ子「いいわねぇ、雰囲気出てていいんじゃないの?」
憂「いきます…♪」
~~~♪ ~~~♪
唯「はっぴーばーすでーとぅーゆー♪」
澪「ハッピーバースデートゥーユー…」
律「ハッピーバースデーディア…」
一同「―――ムギちゃーーーん!!!!」
梓「はっぴーばーすでーとぅーゆー…♪」
―――パチパチパチパチパチ!!!
紬「ありがとう…! みんな…ほんとうにありがとう……!!!」
唯「ほらほらムギちゃんっ! ローソク吹き消してっ」
紬「そ、そうね……えっと…すぅぅ…」
ふーっと、勢いよく息を吐きだし、ムギはローソクの火を消す。
―――なあムギ、お前がやりたかったパーティーって…きっとこう言う、どこの家庭でも普通にやる、そんなパーティーの事なんだよな。
これぐらいだったらさ、私達に言ってくれれば、いくらだってやってやれるよ。
だからもう、私達に遠慮して、自分一人で抱え込まなくてもいいんだ。
――そうだろ、ムギ…。
律「みんな! プレゼント持って来たよな!」
唯「もっちろん!」
梓「唯先輩、またキスとハグだけなんてオチじゃ…」
唯「ぶ~、そんなこと無いよぉ~」
律「まぁまぁ…じゃあ、まず和から!」
私はまず和に振る。
和「ええ…はい、どうぞ」
紬「わぁ…これは…?」
律「…これ、ハム?」
そう、和がカバンから取り出したのは、達筆なフォントで書かれた『特性燻製ハム』と呼ばれる物だった。
和「ハムをね、一応美味しいって好評なのよ?」
律「あのー生徒会長、ますますお歳暮加減に磨きがかかってる気がするんですけど…」
和「あら、そう?」
…なんか、違くないか、いいのかそれは…?
紬「和ちゃんありがとう! 美味しく頂くわねっ♪」
さわ子「私はこれよ、みんなで遊べる物が良いと思ってねぇ」
さわちゃんが革のカバンを取り出す、ジャラジャラとした音を立てて出てきたそれは、おおよそ女子高生には馴染みが薄い物で…。
律「って……これ麻雀牌じゃん! アンタはオヤジかっ!」
さわ子「えー、ダメだった?」
律「ドンジャラとかならともかくあんた……麻雀牌って…」
澪「なんていうか…相変わらずだな……」
律「まったくだ…私もこの二人のセンスだけはマネできねーよ……」
紬「私、一度でいいからまーじゃん、やってみたかったのよ…♪」
それから、唯と憂ちゃんからはペンケースと手製のキーホルダーが、澪は可愛いぬいぐるみ、梓と純ちゃんからはゲームソフトと漫画本が送られて…
そうそう、ちなみに私は、前にムギが好きだと言っていた駄菓子の詰め合わせをプレゼントした。
…確かに、どれも決して高価な物ではないのだけど、それでも、ムギはとても喜んでくれていた。
それでプレゼントも配り終え、私達のムギの誕生日パーティーは、本格的に盛り上がって行ったんだ―――。
――――――――――
さわ子「ねえねえムギちゃん、あの宝石、少しだけ触らせてもらっていいかしら…?」
紬「ええ、ふふっ、どうぞー」
さわ子「いやっほう! 私、一度でいいから高価な貴金属類を身に着けてみたかったの~♪」
律「さわちゃん似てなさすぎー」
さわ子「もう、いいじゃないっ! ねえねえ、どう、私キレイ?」
唯「なんていうか…成金のおば…」
さわ子「ゆーいーちゃん? 今度の衣装危ない水着にしてもいいのよー?」
唯「す…すみましぇん…」
憂(私、それ少し見てみたいかも…)
梓「ん、憂、どうかした?」
憂「な…なんでもっ…!」
律「やっぱり、あーゆーのはムギが一番似合ってるよ」
紬「ありがとう…でも、私はもう…いらないかな…」
紬(あんな宝石よりも輝いてる物…みんながたくさんくれたんだもの…)
――――――――――
梓「でもでも、あの時のムギ先輩かっこよかったです!」
律「あんな強そうなSPの腕を掴んで『彼女を離しなさい』だもんなぁ…なんていうか、覚醒したってああいう事を言うんだろうなぁ」
和「あら、そんなにすごかったの?」
律「そりゃもう! まぁ…でも本気で怒ったさわちゃんと澪には負けるかな…あははっ!」
澪さわ子「りーつーーーー(りーっちゃんーーー)」
律「ちょ…あれ? あーれーーー!」
澪「おでこに『肉』って書かれるのと、デコピン10連発どっちがいい?」
律「ゆ…許してくだしゃぃぃぃ!」
純「ご愁傷様です、律先輩…」
憂「あははっ…やっぱり、みんな揃ってると楽しいですねっ♪」
紬「ええ、そうねぇ~♪」
平沢邸 門前
声「…………あははっっ! ムギ腕相撲強すぎーっ!!」
声「っくぅ…教師魂舐めんじゃないわよー!」
声「ダイヤの指輪ぁ~~~~!!!! ……あへっ!?」
声「ぶいっ♪」
声「またまたムギの勝ちーー!! さわちゃんこれで20連敗だよもういーかげん諦めろって!」
声「むぅぅぅ~~~!!」
――――――――――
斎藤「如何なさいますか…奥様……」
紬母「……いえ…あれだけ楽しそうな声がしてるんですもの…私が割って水を差すのも悪いわ…」
斎藤「…心配は、無用でしたかな?」
紬母「全くね……斎藤、紬に連絡を、今はまだ家がめちゃくちゃなので、今日明日は帰ら無い方が良い…と」
斎藤「かしこまりました……」ピッピッピ…
斎藤「………どうぞ」
紬母「…斎藤……?」
斎藤「ここは、是非奥様の口より…お伝えください…」
紬母「…そうね……。 斎藤、車を出してちょうだい」
斎藤「かしこまりました…」
―――――――――
紬『もしもし?』
紬母「つむぎ…どう、楽しんでるかしら?」
紬『はい…おかげさまで…』
紬母「ええ…それは何よりね。 あの、今日はそちらの家にお邪魔なさい、こっちの家はまだまだ大変だしね」
紬『お母様……』
紬母「もうその呼び方も止しましょ…昔のように、ママと呼んでくれて良いのよ…」
紬『お母……いえ……ママ……』
紬母「…つむぎ………」
紬『ありがとうございます……それと、ごめんなさい…』
紬母「気にしなくて良いのよ…パパもママも、今回の事で色々と考える事があったと思うしね」
紬母「改めてお祝いさせて貰うわ…つむぎ、お誕生日おめでとう」
紬『ママ…』
紬母「ほんと、立派になったわね…あんなに素敵なお友達を見つけて…」
紬母「パパも言ってたけど…今度、是非お友達を我が家へ連れてきてちょうだい、ママ、腕によりをかけてご馳走作るわよ?」
紬『うふふ…ママのアップルパイ、すごく美味しいですから…楽しみです…えへへっ…』
紬母「それじゃ、お友達にもよろしくね…おやすみなさい」
紬『おやすみなさい…』
……ピッ…
紬母「……ふぅ………っ…」
斎藤「奥様……」
紬母「ねぇ斎藤……私は、紬の母として、立派だったのかしら…?」
斎藤「私めにはなんとも……ですが、今の奥様と旦那様がいてくれたからこそ…紬お嬢様はかのように、立派なお友達に巡り会えたものだと思っております」
斎藤「それに…私も琴吹家に仕えて10数年…今日ほど涙ぐましい事はございませんでした……。 今宵は18年前…そう、紬お嬢様が御生まれになられた時よりも、感動しておりますよ…」
紬母「あら、あなた泣いてるの?」
斎藤「奥様こそ…目が腫れておられるのではございませぬか?」
紬母「っはぁ…使用人にこんな事言ってるようじゃ、私もまだまだね…」
紬母「帰りましょう…紬がいつ帰っても良いように…家を片付けておかなきゃ……」
斎藤「ええ……」
―――
――
―
深夜 平沢邸
さわ子「……くか~~zzz おっちゃんもういっぱーい!…ぐがぁ~~zzz」
澪「すぅ…すぅ…zz」
純「む~~…ほうきじゃないよぉ~私だよぉ~」
梓「だ…だれがごき…ぶりですかぁ…ムニャムニャ…zzz」
和「………zzz」
―――…カタッ…
手洗いから出た私はみんなを起こさないよう慎重に布団まで戻る。
リビングに無造作に敷かれた布団に潜り込んだ時…隣で人が起きる気配がした…。
律「……ん…? ムギ?」
紬「あ、起こしちゃった…?」
隣にいたのはりっちゃんだった。
起こしてしまったか、悪い事しちゃったかな……。
律「…トイレか」
紬「うん…起こしちゃってごめんなさい…」
律「いいって…唯と憂ちゃんは…ああ、部屋だったな…」
紬「ええ…仲良く寝てるみたいよ」
律「まぁいいや……あのさムギ、明日…みんなで遊びに行かないか?」
紬「…明日?」
律「そ、ここにいる全員で、カラオケ行ったりボーリングしたり…夜まで遊び倒すんだ。 どう、楽しそうじゃない?」
紬「ええ…! 9人で遊ぶの…きっとすごく楽しいと思うわ…!」
これまでにも、私達5人に憂ちゃんや和ちゃんを交えて遊ぶ事は過去にもあった。
けれど、これだけの大人数で遊ぶなんて無かったから…今から明日の朝が待ち遠しいな…。
律「喜んでもらえて嬉しいよ…それじゃ、明日に備えて寝ておこう、な?」
紬「ええ…………。 ねえ…りっちゃん」
目の前にいる彼女に、私は真面目な口調で話しかける。
律「ん…どした?」
そして、照れる感情を抑えながら、一言だけ、私は彼女に言うのだった…。
紬「…私、りっちゃんの事、大好きよ…」
律「ぶっ…お…お前、何言って…」
紬「あら、だって私達、愛し合ってるんでしょ?」
くすりとはにかみ、照れる彼女を私は見つめる。
暗い部屋の中でも、彼女の顔が赤くなるのがよく分かった。
律「お…お前なぁ~~……あれは、あの時の冗談で……てか、私にそんな気は……」
紬「そっか……あーあ、りっちゃんが男の人だったら、私、りっちゃんのお嫁さんにしてもらおうと思ったのになぁ~」
律「ばかっ…」
それは照れ隠しなのか、はた冗談にまた怒ってしまったのか、寝返りを打ったりっちゃんはそれっきりこっちを向いてくれる事は無かった。
そして、最後に一言だけ、りっちゃんは私に向けて言ってくれた。
律「ムギ」
紬「…なーに?」
律「…おやすみ……」
紬「―――ええ、おやすみなさい…」
―――夜が更けていく。
でも、明日への期待に胸が踊る私は、まだしばらく眠れそうに無かった…。
今日は、色々な事があった…それはこれまでの退屈な毎日を、掛け替えの無い瞬間に変えてくれる一時で、何よりも素敵な1日…
私にとっても、みんなにとっても、一生忘れられない1日……
みんな……ありがとう…。
瞼にこみ上げるものを感じつつ、次第に私の意識はまどろみに溶けて行った………。
翌々日放課後 部室
唯「いやぁ~~~、昨日はすっごく楽しかったよね~♪」
梓「ボーリング、あまり良い点取れませんでした…」
律「チーム戦にした時のさわちゃんのマジ顔、傑作だったなぁ」
さわ子「仕方ないでしょ…勝負ごとになるとついつい……って……痛たたた………!」
律「やれやれ、もう筋肉痛とは…さわちゃんも歳だねぇ~」
さわ子「こらっ!」
―――ペシッ!
律「いったぁ……」
紬「ボーリングもカラオケもゲームセンターも…私、すごく楽しかったわ…♪」
澪「ああやって、みんなで遊ぶのも良いかもな」
唯「えへへっ、そうだ、またみんなで行こうよ♪」
澪「そうは言っても唯…受験勉強やってるのか…?」
唯「…あ…………だ、大丈夫だよっ! うんっ!」
梓「本当ですか…?」
律「んでさムギ、家は…大丈夫だったの?」
唯「そうだよね、あれだけ大騒ぎしちゃったから、やっぱり色々と揉めたりしたんじゃ…?」
紬「その事なんだけど、パパが言うには、もう私、パーティー行かなくても良いんだって♪」
律「へ~…って事は、許してくれたんだ?」
紬「ええ、前回の一件でパパも仕事付き合いを考えるって約束してくれたから…もう、私は琴吹の為に嫌な思いをしなくてもいいって…そう言ってくれたのよ」
唯「ムギちゃん、よかったねぇ~♪」
紬「ありがとう、みんなのおかげよ…」
律「そんな…でもさ、おとといからムギ、なんか雰囲気変わったよな?」
澪「ん~、なんていうか…前よりも元気になったって言うか……憑き物が落ちたって言うか…」
唯「違うよ、きっとあれが、本当のムギちゃんなんだよ…きっと……」
律「………ああ、そうだな………」
律「よーし、それじゃみんな…久々に練習、やるか!」
一同「おーーーっっ!!」
元気な声が音楽室にこだまする。
私の放課後が始まって行く。
窓の外を見上げると、そこには透き通る青空には大きな雲と、優雅に空を飛ぶ鳥の姿が見える。
その鳥を見送り、私は誓う。
みんながいれば大丈夫……どんな追い風だろうと、みんなといれば私は…乗り越えられる…。
大丈夫…私はもう、一人じゃない。
家には大好きなパパやママがいて…学校には、それ以上に大好きな仲間がいてくれる。
みんながいてくれる限り、私はきっと…もっと遠く……遥かな空にだって行ける………
だから、永遠に続かせよう、この日々を…輝きを失わぬよう、みんなで守っていこう…。
私は紬…琴吹紬。
軽音部の一員であり、仲間と共に大切な今を生きる女の子――。
親鳥に見送られ、小鳥は仲間と共に窓の外へ羽ばたきます。
無限に広がる大空へ、歌のように透き通る小鳥の鳴き声が響きます。
虹を越え、風を切り、雲を突き抜ける5匹の鳥。
それぞれの顔はどれも幸せに満ち溢れ、仲間と共に…どこまでも……どこまでも……大空を羽ばたいて行くのでした……。
おしまい
遅れました、これからちまちま投下して行きます~
某日 琴吹邸
ムギの誕生日から数週間。
期末試験も終えた私達は、前々から計画していたムギの豪邸に遊びに行く事となった。
…当然だけど今回はメイドの振りをして忍び込んだわけではない。 服装だってもちろん私服だしね。
律「いっやぁ……いつ見てもでっかいよなぁ~…」
眼前に見える屋敷の規模に思わず圧倒されてしまう。
大きな鉄製の門の向こうには綺麗な花畑が見え、庭師と思われる人が芝刈り機を器用に扱う姿が窺える。
あの時は色々あったけど…私達もよくこんな所に忍び込む気になれたもんだよな………
唯「ほんと、お金持ちって感じするよねぇ~」
梓「私、今更ながらに緊張して来ました……」
澪「呼び鈴は…これか?」
澪がインターホンを鳴らす。
ピンポーンと言うお馴染みの音がスピーカーから響き、門の端に備え付けられている監視カメラが私達を捕え始めた。
声「は~~い♪」
律「あ、あの、私達、琴吹さんの友達なんですけど…今日は…」
声「りっちゃんようこそ♪ 今出迎えをよこすからもう少し待ってて貰って良いかしら?」
律「は…はい! って、その声、ムギか?」
声「そうよ~♪」
スピーカーから聞こえてくる声は確かにムギのものだった。
やたらと明るいその声のトーンからも、ムギが今日のこの日を心待ちしていた事がよく分かるな…
声「お待たせいたしました」
待つ事数分。 門の奥から私達を迎えてくれたのは、一人の執事さんだった。
執事「さあさ、日差しが強いでしょう、どうぞこちらに…」
律「はい、お邪魔しまーす…」
唯「失礼しまーす」
ゴゴゴと言う重い音が響き、門が開く。
まるでRPGに出て来る城の門だ。
まさに城門とも呼べるそれを超え、私達はムギの家に入っていく…
……う~~ん、梓じゃないけど…ここまで丁寧にされるとやっぱり緊張してしまうなぁ…
澪「な…なぁ律…私達、こんな格好で良かったのかな…やっぱり、ちゃんと正装で着た方が良かったんじゃ…?」
律「今更そんな事言ってもしょうがねーだろ? それとも、澪だけ引き返すか?」
澪「そ…それだけは…」
涙目になる澪を諭し、私達は執事さんに連れられて庭園を歩いて行く。
唯「えへへ、憂に自慢しちゃお♪」パシャパシャッ
梓「唯先輩ったら緊張感なさすぎ…」
唯に至っては呑気なもので、ケータイで写真を撮りまくっていた。
…あー、あのマイペースさが羨ましいわ。
執事「そういえば、自己紹介がまだでしたな…私、琴吹家で執事をやっております、斎藤と申します。 以後、お見知りおきを…」
斎藤と名乗る執事さんは私達に振り返り、お辞儀をする。
以前ムギの家に電話を掛けた時に出た執事さんの名前も確か斎藤だったと思ったけど、この人が…。
律「琴吹さんの友達の、田井中です」
そして私に続き、唯達も自己紹介をする。
でも、前にあれだけの大暴れをしただけあってか、今更感があるな。
斎藤「ええ、皆様の子とはよく存じておりますよ…」
律「あちゃー、やっぱし、あれだけ騒ぎも起こせばそりゃ有名にもなってますか?」
斎藤「それはもう…琴吹家自慢のSP達の守備をを掻い潜り、見事紬お嬢様を拉致した事で有名に…」
律「んなっ? なんですと!?」
斎藤「冗談でございます」
律「って…冗談かよ!」
笑えねえ…真面目な顔してなんて事言うんだこの人は。
ってか、イメージと違う、この人実はこんなキャラなの?
斎藤「ですが、皆様のお話紬お嬢様より常々伺っております」
斎藤「それは先日の誕生日パーティーの折より一層伺うようになりまして…あれ以来、紬お嬢様の話は部活の事で持ち切りでございますよ」
唯「な…なんか照れちゃうなぁ~」
梓「ええ、なんていうか…くすぐったいです…」
澪「私達のした事、多分だけど、間違ってなかったよな…?」
斎藤「それに関しては、奥様も、そして私も思い悩んでいた事…ですが、それを打ち破ってくれたのが、皆様でした」
斎藤「私達はどうあがいても琴吹の人間、旦那様がいなければ私達の生は成り立たぬことと言っても過言ではありません…」
斎藤さんは遠い目でつぶやく。
斎藤「ですが皆様は、琴吹の格式や家柄などお構いなしに、紬お嬢様の為に邁進してくれました」
斎藤「そしてそれは、旦那様や私達だけではなく、来賓のお客様の心にも響いたのです」
斎藤「故に、お嬢様を縛り付けている”琴吹”という鎖は溶け、お嬢様は本来の素顔を取り戻すようになられました…」
斎藤「それは、田井中様や平沢様、秋山様、中野様、紬お嬢様のお友達がいてくれたからこそ出来た事。 私達では、決して成し得ぬことでした…」
斎藤「皆様、先日は真に…真に、ありがとうございました………」
律「そんな…私達は…」
唯「ムギちゃんが私達を助けてくれたからです…私達は何もしてません…」
澪「むしろ、ここのお宅に迷惑かけただけかもって思って…」
梓「そうですよ、頭を上げて下さい…私達、そんなすごい事、してません」
みんなが照れ隠しをする。
こんな年上の人に頭を下げて感謝されるなんて…生まれて初めてのことだった。
庭園を超え、玄関へ着く。
以前はガードマンに止められて誤魔化したけど、もうそんな事をする必要もない。
そして、ギギギ…と言う音を立て、その大きな扉が開け放たれた…。
空調が効き、大理石のタイルが敷き詰められた玄関からは微かにハーブの香りが漂い、改めてウチら庶民の家とは違うんだと言う事を実感させる。
紬父「ようこそ! みなさん、暑い中お疲れ様でした!」
紬母「あなたったら…ようこそ琴吹家へ、お待ちしておりましたわ」
玄関口から私達を出迎えてくれたのは、ムギのおとうさんとお母さんだった。
こうして2人を見ると、ムギがこの家の子供なんだと言う事がよく分かるな。
お父さんはとても風格があり、でもそれは威圧感とは違う…そう、威厳があるって言うのだろう。
そして、その大きく太い眉毛が、目の前の男性がムギの父親なんだと言う事を存分にアピールしていた。
お母さんもそうだ、整った顔立ちにムギそっくりのウェーブがかかった綺麗な金髪と、包み込まれるようにおっとりとした優しい雰囲気が。
こう見ると、ムギはお母さん似なんだと言う事がよく分かる。
『この親にしてこの子あり』って言うのは、まさにこの事を言うんだろうな。
紬父「よくぞお越しくださいました、ささ、荷物を持たせますので是非中へ!」
おじさんの呼びかけに奥からメイドさんが駆け付ける。
みんな最初は遠慮したけど、その圧倒される雰囲気に飲まれ、つい荷物を手渡してしまった。
律「すみません…お…お邪魔しまーす」
一同「お邪魔しまーす!」
挨拶を済ませ、私達は屋敷に入っていく。
廊下やエントランスの端には見た事もない美術品が所狭しと並んでいる…
それぞれが、海外の美術の教科書でしか見た事
…てか、以前着た時こんなのあったっけ?
澪「律…あれ…」
澪が端を指差す、そこには眉唾物のお宝の数々が…!
律「うお、あれ、キースの生写真じゃん!」
唯「あー、あの人の持ってるギター、ギー太だ♪」
澪「ジミー・ペイジだな、あっちには…わぁぁ!! ビートルズのレコードもある!」
梓「あのレコード、もう絶版でどこにも売ってないやつじゃないですか!!」
紬父「はっはっは、私の自慢の一品ですよ、よろしければ是非見てってください!」
さすが、音楽関係の社長の家だ…。 今日ここに来なければ、一生かかっても拝められないお宝がザクザクあるな…
軽音部員としての血が騒ぐ、あああ、もっと近くで見てたいなぁ~♪
律「梓、澪、唯…あとで、もっと見せて貰おうよ…な?」
梓「勿論です!!」
澪「ジャコ・パストリアスのブロマイド…写メでいいから映せないかな…」
唯「なんか不思議、ここにはギー太の兄弟がたくさんいるんだねぇ~」
紬母「こちらにどうぞ…」
おばさんの案内で私達は一つの部屋の前で立ち止まる。
紬父「他のお友達もお集まり頂いてますよ」
律「………他のお友達?」
そのフレーズに疑問を抱きつつも、私はがちゃりとそのドアを開ける。
そこにいたのは…まぁ、意外っちゃ意外なメンツだった
憂「このお菓子美味しい…♪ レシピ教えて貰って良いですか?」
純「~~♪ ~~♪ っっくううう!! まさかこのCD聞けるなんて…私来てよかった~~!!」
和「この本面白いわぁ、2~3冊借りてこうかしら?」
さわ子「…ん~~、これがヴェノア…素敵な味わいねぇ~」
ある人はソファーで、またある人は椅子に座り、私達よりも先に着いてたみんなは、既にくつろいでやがったのだ。
律「ってえ!! なんでみんないんのさ!」
唯「あれ? 憂?」
梓「純まで、どうしてここに?」
澪「和に先生まで…みんな来てたのか??」
声「私が招待したのよ、せっかくの機会だしね…♪」
奥からムギが姿を見せる。
唯「みんな誘われたのなら一緒に来たのにぃ~」
憂「ごめんね、私もついさっき紬さんに誘われて…」
さわ子「いきなり電話で起こされから何事かと思ったわよ、外出たら、マンションの前に大きなリムジンが停まってるんですもの…」
和「それで、私達も来ることにしたのよ…まぁ、いきなりで驚いたけど、貴重な体験をさせて貰ったわ」
純「家出る時、お母さん腰抜かしてました、あははっ」
そりゃまあそうだろう、普通の家の前にリムジンが停まったら、誰だって驚きもする。
律「ま、いつものメンツって感じだねぇ」
唯「ムギちゃん、今日は家に誘ってくれてありがとう♪」
梓「私、今日すっごく楽しみでした♪」
澪「おみやげ持って来たんだ、良かったら後で食べてくれ…駅前で買った安物だけどさ」
紬「私の方こそ来てくれてありがとう、今日もいっぱい楽しみましょ♪」
そして、全員が集まった所でおじさんが私達に向かって話し始める。
紬父「みなさんお集まり頂きありがとうございます! 紬の親として、皆様のような素敵な方々と巡り会えたこと、光栄に思いますぞ!」
紬「パパ、堅苦しい話はよしましょ?」
紬母「そうですよあなた…今日はいつものようなパーティーじゃないんですから」
紬父「っと…これは失礼…、それではみなさん、我が家だと思って存分に遊んで行って下さい!」
そして、私達は各々自由行動に移る
さて、何して遊ぼうかなぁ~~~♪
憂「紬さん、あの…厨房見せて貰ってもいいですか?」
紬「ええ、構わないわよ?」
憂「えへへっ、ありがとうございます♪」
憂ちゃんは分かりやすい、こんな屋敷の厨房なんて
これでまた、唯の夕飯に美味しいメニューが一つ加わるんだろう…そう考えると、羨ましい話だった
和「書庫とかもあるのかしら? もし良ければ、本を見せてもらいたいのだけれど…」
紬「ええと、今メイドに案内させるわね」
梓「ねえねえ純、あとでおじ様のコレクション見に行かない? すっごいレアなのいっぱいあったんだ」
純「うんっ! 行く行く~♪」
唯「澪ちゃん、さっきギー太を持ってた人の曲ってどれ?」
澪「レッド・ツェッペリンか…あああった、これだよ」
唯「へぇ~……私もいつか、こんな演奏できるようになるかな?」
律「練習すれば、いつかはなれるさ」
唯「うんっ! 私、この人を目標にする! ふんすっ!」
律「だ~ったらもっと練習して、かっこいい演奏できるようにならなとな?」
さわ子「そう言えばムギちゃん、あの麻雀牌は使ってるの?」
紬父「おお、あの牌は先生の物でしたか!」
さわ子「ええ、すみません、ほんの冗談のつもりだったんですけど…」
紬父「いえ…私も紬もあの類のゲームには目がなくてですな…いや、紬が打てるようになった暁には、卓を囲もうかと思っていたのですよ」
紬「前にパパと一緒に執事たちとやらせて貰いましたけど…私、漢字の牌しか集まらなくて…あれが普通なんですか?」
紬父「っはっはっは、さすがに初戦から四暗刻と大三元を上がるとは思わなかったわ、執事達の驚いた顔が忘れられんかったぞ!」
紬「すーあんこー?」
さわ子「それ役満よ、あなた…」
紬「やくまん?」
さすがムギ、福引で特賞を引き当てる引きの強さは伊達じゃなかったようだ。
―――
――
―
おだやかな時間が過ぎて行く。
最初は緊張しっぱなしだったけど、みんなと一緒にいるうちに、私はいつの間にか、ここがお金持ちの屋敷にいるんだって事をすっかり忘れていた…。
唯、澪、梓、純ちゃんらと一緒におじさんのコレクションを見ている時の事。
メイド長「あら、あなたは?」
律「あ、お邪魔してま~す」
メイド長「こちらこそ、先日はどうもね~」
澪「いえ、あの時はその…」
メイド長「いいのいいの、メイドの顔も把握してなかった私も悪かったし、今はお嬢様も幸せそうで何よりですよ」
メイド長「それよりも、あの時はみんな筋が良かったわよ? もしも働き先に困ったらいつでも言って。 みんな私が鍛えてあげるわっ、一流のメイドとして…ね♪」
律「あははは…その節は是非お願いしま~す」
…早くも就職先確保かなこりゃ。 就職難に困ったらムギに相談してみようかな…。
唯「………………ギー太…」
紬父「おや、平沢さん、いかがなさいましたか?」
唯「…あ、あの、このギター、私のと一緒だなって思ってまして」
紬父「それは、レスポールですか、そう言えば平沢さんが軽音部で使ってるギターも確か…」
唯「…はいっ、これと一緒なんです」
唯「あの、おじさん…」
紬父「…どうかなさいましたか?」
唯「私、最初軽音部に入ってこのギター買ったとき…その、お金が足りなくて、ムギちゃんに値切って貰ったんです」
紬父「…ええ、よく存じております」
唯「…負けて貰った分は、私、大人になってお金を稼ぐようになったら、必ずお返ししますっ!」
唯「だからそれまで、ギー太は大事にしますから、もう少しだけ、待ってて貰っても良いですか?」
紬父「…そんなに気を使って頂かなくとも良いのですよ?」
唯「ううん…やっぱり、そんな事できません」
唯「受けた恩は必ず返さないといけないって思うし、それにギー太にだって悪いから…」
唯「だから、お金が溜まったらちゃんと買って、ギー太を弾くのに相応しいギタリストになりますから、それまで待ってて下さいっ!」
紬父「………ええ、分かりました、その日を、いつまでも待っていますよ」
紬父「…娘は幸せですな…このような心の綺麗な友人に囲まれて、本当に親として鼻が高いですよ…」
どれだけの時間が経っただろうか。
色々見て回ってから、ムギのお母さんがアップルパイを焼いてくれたと言うので、私達はテラスに集まったんだった。
紬母「腕によりをかけて作ったわ、宜しければ是非召し上がってください」
大き目の皿に乗ったパイからリンゴの香ばしい香りがする。
ムギが入れてくれた紅茶も用意され、今日のティータイムはいつも以上に華やかなお茶会になりそうだった。
憂「あ、私もいくつかお菓子作ってみました、良かったら召し上がってください」
憂ちゃんが持って来た皿にはこれまたたくさんのクッキーとパンケーキが。
いかん……よだれが……。
紬「憂ちゃんごめんね? わざわざ作って貰っちゃって…」
憂「そんなとんでもない…私、あんなに素敵な厨房でお料理出来て、すごく楽しかったですよ♪」
紬母「手際の良さにメイドも感心してたのよ、ねえあなた、もし卒業したらうちでメイドとして働かない?」
憂「ありがとうございますっ! でも、私がいなくなったらお姉ちゃんが…」
律「あはははっ! まぁ、確かに憂ちゃんがいなくなったら唯が3日持たずに餓死するな」
唯「もー、私だってごはんぐらい作れるんだよ? …そりゃ憂ほど上手には出来ないけどさぁ~」
梓「…でも、今日は来てよかったです♪」
純「好きなジャズたくさん聴けて…こんなにおいしいお菓子食べれて…夢みたいだよね」
澪「でも夢じゃない…ムギがいてくれたら、私達は今日ここに集まれたんだ」
律「考えてみればさ、ムギがいなかったら今の私達って成り立ってなかったんだよな」
澪「ああ、ムギがいなかったら部員も集まらなかった」
唯「私も、ムギちゃんがいなかったらギー太にだって出会えなかったのかも知れないね」
律「放課後ティータイムの『ティータイム』って単語すら無かった、ムギがいなかったらお茶会も無かったわけだから、きっと違うバンド名だったかもしれないよな」
梓「きっと、合宿だってできませんでしたね…先輩がいなかったら練習とか、どうなってたんだろ?」
さわ子「作曲だって大変だったでしょうねー、きっと、この世に澪ちゃんの歌詞にあんなに綺麗な曲を乗せれるのは、世界でもムギちゃんだけだったでしょうからねぇ」
純「そう考えるとムギ先輩って、軽音部には絶対いなくちゃならない存在なんですね~」
紬「みんな………」
紬母「みなさん、娘の為にそこまで…ありがとうございます」
紬父「本当に…本当になんとお礼を申し上げれば良いものか…」
唯「お礼なんていいですよ、私達は、私達の気持ちでムギちゃんのお友達になったんだもん、ねームギちゃん♪」
紬「…うふふっ、でも、本当にみんなには感謝してるわよ」
紬「それに…ここにいる誰一人が欠けても、今の私達は成り立ってなかったと思うの」
紬「だから、ここにみんなが集まってくれたのも、私だけじゃない…みんながいてくれたからなのよ…」
律「へへへ、今日はムギが美味しいとこ持ってくのかぁ?」
和「律、茶化さないの」
律「ああ、悪かった悪かった」
紬父「でしたら…折り入ってお願いがあるのですが…みなさん、その演奏、是非私達にもお聴かせ願えないでしょうか?」
紬母「考えてみれば私達はまだ、皆さんのライブをまだ一度も見た事が無かったのよね」
紬「わぁ…! それいいかも! ねえみんな、ここで演奏してかない? 私やりたい! パパとママに、私達の演奏、聴かせてあげたい!」
唯「でもでも、私達、今日楽器持ってきてない…」
紬父「それはご安心を…こういう事もあろうかと、倉に一通りの楽器は完備しております」
紬母「当然すべて調律済みで、いつでも演奏できるようになってますわ」
律「て事は、すぐにでもライブできんじゃん♪」
唯「じゃあ、やってみようかな…♪」
さわ子「ここにあるって事は、当然どれも超に超が付く一級品でしょうしねぇ、滅多にない機会だから、触らせてもらうといいんじゃないの?」
さわ子「みんな本場中の本場、それも最高級の一品の楽器………か…。 あの、せっかくだし私も良いでしょうか?」
純「あ、私も弾いてみたいかも…」
紬父「ええ! それはもう、こちらからもお願いします!」
和「じゃあ、私と憂は観客としてみんなの演奏、聴いてるわね」
憂「うんっ! みんな、頑張ってね♪」
唯「えへへ…ムギちゃんのお父さん、ありがとうございますっ♪」
そして、私達はホールに場所を移す。
手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセッティングにさほど時間はかからなかった。
琴吹邸 楽器庫
紬「ここが琴吹家自慢の楽器庫よ、みんな好きなのを選んでね♪」
ムギの案内で通されたそこは『楽器庫』と呼ばれる所だった。
体育館並の広さのそこは24時間体制で空調が完備されており、毎週専門のスタッフを雇っているお陰で、常に最高のコンディションで楽器が保管されてると言う事だ。
中にはグランドピアノやらバイオリン、ハープやらのクラシックに使用される楽器から、琴や尺八、三味線と言った和楽器まで完備されており、まさに世界中の楽器がそこに存在してると言っても良いくらいだ。
そして、その一角に、バンド演奏に使われるギターやベースの保管スペースを見つけ、みんなでそこに向かう。
これだけの広さの倉庫に、これだけ多種多様な楽器を置いておけるとは…つくづくお金持ちの凄さを思い知らされる…。
唯「ん~、こっちのギー太も可愛いねぇ~」ジャンジャン…♪
澪「レフティのベースがこんなにたくさん…ここは天国だなぁ…」
純「ああぁぁ、もうどれにしようか悩むなぁ~~~」
律「私の中古のやつよりも何倍も高級な奴だぞこれ…こんなの本当に使わせて貰っていいのか…?」
さわ子「ん~~、この手に馴染むフィット感…昔の血が騒ぐわねぇ~♪」
梓「ムスタングムスタング…あ、あった……これです! やっぱりムッタンが良いです♪」
律「私も、手に馴染むしHipgigにしよう…って、結局みんな変わってないのな」
澪「そうだなぁ~」
律「ま、みんな馴染んだ奴が一番だよな…」
だあああ失礼、楽器庫に立ち寄った後にホールへ向かったと言う事にしてください…
楽器庫で選んだ楽器を運んでもらい、私達はホールに場所を移す。
セッティングに手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセットにも、さほど時間はかからなかった。
琴吹邸 ホール
―――ワイワイ…ガヤガヤ……
舞台袖からホールを見回す。
おかしいな…いつのまにこんなに客が来たんだ?
律「あのぉ…ムギさん、これは一体…」
唯「すごい数…私、こんな人数初めてだよ……」
澪「き…ききききききんちょ緊張ししししててててててて………!」ガクガクガクガク!!
梓「澪先輩! お…落ち着いて下さい!」
紬父「いやぁ、せっかくだったので屋敷にいる全使用人を呼んでみたのですよ! そしたらほら、この数で…はっはっは!」
紬「ざっと見て80人前後はいるわねぇ~、SPも呼んだらそれぐらいになっちゃったのよ♪」
純「って、防犯とかどーするんですか?」
斎藤「そこはご安心を…セキュリティレベルを最高のSレベルにして置きましたので、ネズミ一匹敷地内には入れませんよ」
律「いや…それどんだけですか………」
紬父「では、私も…」
紬母「みなさんの演奏、楽しみにしてますわ…♪」
そして、私達7人を残し、おじさんとおばさんは席へと下がって行った。
過去にやったライブのどれよりも大きな緊張感が場を包む…。
私も柄にもなく手が震える…、あああ~、こんなキャラじゃないのになぁ…
さわ子「とーにかく! こうまで行ったらもう退けないわよ、私と純ちゃんも協力するんだから覚悟決めて行くの、いい?」
さわちゃんがみんなに喝を入れる。 こういう時、大人の存在は頼りになるものだ。
さわ子「ほらりっちゃんも! 部長がそんなんでどうするの?」
律「……………………」
まぁ、さわちゃんの言う通りだ……。
ここで私がうろたえてたら…誰がみんなを支えるって言うんだよ…!
唯「…りっちゃん……」
梓「律先輩……」
みんなが私を見つめる……。
それは期待の証。 軽音部のリーダーとして、私の声をみんなが待っている…
律「うっし……じゃあ、みんな!!! やるぞ!!!!」
唯「うんっ!」
梓「やってやるです!!」
澪「……………やっぱり私…」
律「澪っ! 私達はいつか武道館で何千人って言う観客を相手にする夢を掲げてるんだぞ? こんな事で怯えててどーするってんだよ!」
澪「………………」
紬「澪ちゃん、終わったら、惜しいお茶を飲みましょう…ね?」
澪「……………うん、そう、だな……」
唯「澪ちゃん…!」
純「私、澪先輩と一緒に演奏するのに憧れてたんです、一緒に、頑張りましょう!」
澪「ああ…そう…だよな!」
律「よし、それじゃもう一息だ…あのさ、さわちゃん、言葉を借りていい?」
さわ子「……言葉?」
律「ああ………お前らと演奏出来て…私はサイッコーーーーーの気分だぜええええ!!!!」
さわ子「…っぷ……もう、気迫が足りないわよ…?」
書いてて思ったけど、観客80人って少なすぎるだろ俺のバカバカ……
さわ子「本場のシャウトってのは、こーゆーもんよ………!!!」
さわちゃんが大きく息を吸い込み…怒声と共に私達の心を揺さぶる…!
さわ子「オメエラァァァ!!!!! 今日は死ぬ気で行くぞおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!!!」
一同「オオオオオーーーーッッッ!!!!!」
さわちゃんの声に全員のボルテージが最高潮に高まって行く……!!
今だ、この勢いに任せて行くんだ……!!
律「ああ! 行くぞみんな!! 私達が…放課後だぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!!」
一同「オオーーーーッッ!!!」
掛け声とともに私達はステージに躍り出る。
そして、私達のライブが今、始まりを告げた………!
唯「ムギちゃんの家のみなさんこんにちわ!! 私達が、放課後ティータイムです!」
―――ワーワーワーワー!!
執事「あれが紬お嬢様のお友達かぁ」
メイド「可愛い…紬お嬢様が羨ましいわぁー!」
そして恒例通り、唯の司会でライブは盛り上がりを見せる。
唯「いつもは5人なんですけど、今日はなんと、純ちゃんとさわ子先生も来てくれました!」
さわ子「本日はよろしくお願いしまーす♪」
純「が…頑張りまーす!」
憂「純ちゃん! 先生! 頑張ってくださーい!」
和「みんなー、すごくかっこいいわよー!」
斎藤「ほっほっほ…私も、若い時を思い出しますなぁ」
紬父「いつだったか、母さんと行ったライブを思い出すな…」
紬母「2年目の結婚記念日でしたねぇ、あれは…」
紬父「ああ、確か、そうだったな…」
そして、メンバーの紹介を終えた唯は曲目を告げる。
唯「じゃあ、まずは有名なのから行こうかな…まずは、『翼をください』!」
それは純ちゃんがいる事を考慮してだろう、比較的楽な曲を選んだ辺り、気が利いているな…
そう、今回は予定を立てる時間もなかったうえに、軽音部じゃない純ちゃんがいる影響で、いつもの演奏ができない現状なのだ。
でもそれは純ちゃんの存在が邪魔ってわけじゃない。 むしろ逆。
純ちゃんの存在が…私達の演奏に色を立てる…一つでも多くの音が重なる事で…私達の音楽は…より一層の輝きを増すんだ……!
――――――――――
澪「彼女のフォローは私がやる、だから唯、お前はお前のやりたい曲を言ってくれ…それに私達は全力で応えるからさ…」
純「すみません……私が足引っ張って…」
梓「違うよ、純」
純「…………あずさ…」
唯「純ちゃん、演奏ができなくてもいいんだよ…大事なのは…『私達が純ちゃんと一緒に演奏する事』…それなんだよ……!」
純「唯先輩…ありがとうございます!」
――――――――――
唯「~♪♪…わんつーすりーふぉー!」
ドコドン…ジャラララーーン……♪
演奏が始まる…休日に開かれる私達の放課後が…今、幕を開けた……!!
~~~♪ ~~♪
唯「つばさーはためかーせーーー♪」
一同「行ーきーたーいー♪」
――――ワーワーワー!!
一曲目を終え、会場から大量の拍手が巻き起こる。
一曲目を無事終え、続いて2曲目…
澪(純ちゃん、なかなかだった、全然大丈夫だったよ?)
純(…えへへ…ありがとうございます!)
梓(純、次ふわふわ時間はどう?)
純(うん、それなら大丈夫、家で何回も聴いてたから…やれると思うよ!)
唯が司会で時間を繋ぎ、その間に私達は何を演奏するかを決める…
それは打ち合わせでもなんでもなく、即興で決まった流れ、いわばアドリブだ。
そのアドリブを難なくこなし、私達の息は完全に一つになる…!
阿吽の呼吸、いや、もはやシンクロと行っても良いぐらいだ……
そうだ…私達は、ここまで完璧になれるんだ…それが、私達放課後ティータイムなんだ……!!
梓(唯先輩……!)
梓が唯に合図を送り、唯が演奏の準備に入る。
律「じゃー次、ふわふわ時間!! ワンツースリー!」
~~♪ ~~♪
私のリズムに合わせ、唯、梓、さわちゃんのギターが音色を奏でる…
それに合わせるようにドラムが、ベースが、キーボードが音を奏で、その音が徐々に一つになって行く……。
澪「キミを見てると…いつもハートドキドキ♪」
唯「揺れる思いはマシュマロみたいにふーわふわ♪」
梓「いーつもがんばるー♪」
純「いーつもがんばるー♪」
―――♪ ――♪
ライブは続いて行く…
私達の放課後が……続いて行く………。
…それから4曲もの演奏をやり切り、2回のアンコールに応え、私達のライブは終わったんだった……。
唯「いっやぁぁぁぁ……なんとかなったね~♪」
紬「みんな、お疲れ様…♪」
澪「アドリブ…なかなかだったよ…」
律「唯も、だいぶライブ慣れしたんだな…すげーよ、お前ってやつはさ」
さわ子「みんなよく頑張ったわね、私も鼻が高いわよ
純「っっく…うん…私…わた…し……!」
梓「純もお疲れ様、すごかったよ? 純の演奏、私達と息ぴったりだった…」
澪「ああ、ほとんどフォローが必要なかった…さすが、厳しいジャズ研で鍛えられてるだけあったよ」
純「あずさぁぁ…みおせんぱい…ありが…ありがとぅ…ございます…ぅぅうっっ……!」
それは嬉し涙だろう…純ちゃんの涙は、とても輝いていた…。
私達に付き合ってくれた事に、私自身も、感謝の気持ちしか出てこなかった…。
紬父「みなさん…お疲れ様でした…! 不覚にも感動してしまいましたよ…」
紬母「みなさん、紬…最高のライブをありがとう…私達、幸せです…」
紬「パパ…ママ…」
憂「お姉ちゃん! 純ちゃん! 梓ちゃん! 紬さん! すごく…すごくかっこ良かったよ!」
純「憂…うんっ! 私達、やったよ!」
和「澪も律も先生もお疲れ様です、みんなお疲れ様…素敵だったわよ」
澪「和、ありがとう…!」
唯「やったね、ムギちゃん!」
紬「…うんっ!」
律「へへっ、放課後ティータイム…大 成 功 !! だよな?」
紬「ええ…もちろんよ!」
さわ子「みんなと演奏出来て、私も楽しかったわよ♪」
紬「パパ…ママ…これが、私の仲間です…」
紬「これが、私がこの学校で見つけた、宝物です…」
紬父「ああ…よく伝わったぞ……紬、よくやった」
紬母「あなたの親で、私達も鼻が高いわ…」
紬「パパ…ママ……っ!」
泣き声と共にムギが両親に抱きつく。
照れも恥じらいもなく親と抱き合うその姿を見て、思わず面食らったけど…。何故かその光景はとても綺麗なものに見えた…。
唯「なんか…邪魔しちゃ悪いね…」
律「そーだな…私達は一足先に行ってるか…」
梓「ですね…」
そして私達は一足先に舞台袖を抜ける。
振り返った時のムギの涙は、純ちゃんをそれとは違う輝きに満ちていた……
―――よかったな…ムギ…
そして、メイドさんたちが腕によりをかけて振舞ってくれた夕食を堪能し、日もすっかり落ちた頃、私達は帰る事になった。
唯「じゃあムギちゃん、今日はありがとう、また学校でね♪」
澪「おじさん、おばさん、素敵な時間をありがとうございました」
律「また、落ち着いた時にでも遊びに来るよ、みんなでさ」
紬「ええ…またいつでも遊びに来てね? 待ってるから」
紬父「みなさん、今日は本当にありがとうございました…」
紬母「素敵な休日でしたわ…これからも娘の事を、よろしくお願いします…」
純「じゃあ…私達はこれで、ムギ先輩、ありがとうございましたー!」
梓「おじさん、コレクション、また見せて下さい♪」
憂「おばさん、またレシピ教えてください、私、楽しみに待ってます♪」
和「じゃあ、私達はこれで…おやすみなさい」
紬父「ええ…今後も、娘と仲良くしてやって下さい…」
紬母「みなさん、また遊びに来てくれる事、心よりお待ちしてますわ」
紬「みんな、またねっ♪」
手を振り、さよならを告げる3人に向かい、私達はムギの家を後にする。
そして、門の前で停まっていた車にお邪魔し、私達はそれぞれの家路に着いたのだった…
――――――――
紬「行っちゃった…」
紬母「ねえ紬」
紬「…はい?」
紬母「今日は、ママと一緒に寝よっか?」
紬「そんな…もう18歳なのに?」
紬父「たまにはいいじゃないか…そう、子供の頃のように、親子3人で…な?」
紬「………ええ……それじゃ、今日ぐらいは…3人で…」
紬父「はははっ、まさか、この歳になって娘と一緒に寝られるとはな…」
紬母「もうっ、あなたったら…うふふっ♪」
紬「あははっ…あははははっ♪」
紬父「はっはっはっはっは……♪」
暖かい笑い声が響きあう…。
そこに少し前まで感じていた窮屈さは無く、ありのままの家族の姿があるだけだった……。
彼女達は、私を救ってくれただけじゃないんだ……。
みんなは、家の確執に囚われていた…パパとママも…救ってくれたんだ………。
みんな、大好きをありがとう。
みんなが大好き とっても大好き…
そしてその大好きは、みんなだけじゃない…パパとママにも言えるんだ。
最初は嫌っていた琴吹って名前も好きになれた……。 むしろ、今では誇りすら持つことが出来た。
それ全部、全部みんながいなければ始まらなかったこと。
みんな……ありがとう……
両親に囲まれた布団の中で…両親の温もりを感じながら…
私は、一番の幸せに包まれていきました……
紬「はみんぐばーど」 アフター
おしまい
終わりです、見てくれた方いたか分かりませんが、なんとか書き切りました。
即興故に細かいところでのエラーが目立ちましたね…言い訳はしませんが、クオリティの低下に繋がった感じが歯がゆいです…
即興でも次回はもうちょっと煮詰めて書こうかと思いました。
それでも良ければ、また見てってくださいませ。
では、おやすみなさいませ~
元スレ
某月某日、琴吹邸 大広間
紬父「えー、本日はみなさんお集まり頂き誠にありがとうございます」
父の挨拶でその日のパーティーは幕を開ける。
大勢の来賓が父の姿に注目し、私も凛々しく壇上に上がるその父の姿を、広間の端から見つめていた。
紬父「皆様のおかげで我が琴吹グループも今年で創立70周年を迎え、私も社長の座に就き、かれこれ10年…」
紬父「父より受け継いだ会社の為、私も未熟ながらに尽くして来た身ではありますが、その努力の甲斐もあり、何とか会社をここまで拡大させる事が出来ました」
紬父「今私がここにいられるのも、全てはこの場にお集まり頂いた大勢の方々のお力添えの賜物だと思っております」
重く、よく通った父の声が広間にこだまする。
そこにいるのはいつもの父ではなく、琴吹グループの代表としての父だった…。
紬父「そこでささやかではありますが、関係者の皆様への日頃の感謝の気持ちと、我が社のより一層の発展を願う意味合いで、本日はこのような催し物を開かせて頂きました…」
紬父「皆様、本日は大いに楽しんで行って下さい!」
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:37:04.02 ID:PNdIIEYCo
―――パチパチパチパチ…!!
父の挨拶は大勢の拍手と共に終わりを迎えた。 そして、広間に集まっていた来賓が各々散開を始める。
奥に並べられた豪華な食事を取りに行く人、挨拶回りに向かう人、ゲストで来た大物アーティストに声をかけに行く人…その姿は様々だ。
私は壇上から降りた父に向かい、声をかける。
紬「お父様」
紬父「おお紬、待たせたな」
紬「いいえ、いつも以上に素晴らしい挨拶でしたわ」
紬父「フム…我ながら少し長引かせてしまったか…。 いや、歳を取るとどうしても話が長くなっていかんな、せっかく集まって頂いた来賓の方々を、退屈などさせていないと良いのだが…」
自慢の口髭をいじりながら父がぼやく。
紬「それは、大丈夫だと思いますわ」
紬父「だと…いいがな」
紬「ええ」
紬父「では、行こうか」
紬「…はい」
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:37:56.93 ID:PNdIIEYCo
そして私は父に付き添い、来賓への挨拶回りに向かう。
―――戦前より音楽界と経済界にその名を広め、今日まで多くの音楽業界の発展に尽力して来た由緒ある家系『琴吹家』。
その琴吹家の長女であり社長の娘、それが私、琴吹紬。
学校では同級生に交じって勉学に、そして部活に励む一生徒に過ぎない私も、ここでは『社長令嬢』として、どうしても特別視される。
そんな立場の私だから、こういった催し物で、娘として父の顔を立てる為に挨拶回りをするのは、いつもの事だった。
声「社長…」
綺麗なドレスに身を包んだ貴婦人が父に声をかける。
その容姿からは長く財界に携わり、私の何倍も場馴れした雰囲気が良く伝わって来る。
凛々しくも気品ある顔立ちからもにじみ出るその貫録…私も同じ女性として憧れを抱く程だった。
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:39:06.11 ID:PNdIIEYCo
女性「社長、本日はこのような素敵な会に招待して頂き…真にありがとうございます」
紬父「おお、これはこれは…わざわざ遠くからありがとうございます…」
女性「主人も社長からたくさんのお力添えをして頂きまして…わたくしの方からも、お礼申し上げます」
紬父「いえいえ、私も社長就任以来、あちらの社長には多くの面倒を見ていただきました。 社長の為でしたら…多少の尽力は惜しみませんよ」
女性「紬お嬢様も、以前お会いになった時よりも綺麗になられて…そのドレス、素敵ですわ」
紬「うふふ…ありがとうございます」
ドレスを翻し、私は女性にお辞儀をする。
紬「いつも父がお世話になってます」
女性「社長が羨ましいですわ…紬お嬢様のような素敵な娘さんを持って、お幸せで…」
紬「そんな、私なんてまだまだ未熟で…」
紬父「いやいや、親馬鹿ながら…良い娘を持ったと思いますよ」
女性「うふふっ…ええ、本当にお幸せそうで…それでは今後とも主人のこと、よろしくお願いします…」
紬父「ええこちらこそ、今日は、是非楽しんで行って下さい」
紬「本日は、父の為に遠くより足を運んで頂き、ありがとうございました」
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:39:46.98 ID:PNdIIEYCo
女性「ええ、それではまた…」
そして最敬礼で女性を見送り、私と父は次の挨拶へ向かう。
男性「社長~! 今日はお招き頂きありがとうございます!」
女性「紬お嬢様も、ごきげんうるわしゅう…」
紬「こちらこそ、いつも父がお世話になってます」
紬父「みなさんお久しぶりです、本日は日頃の疲れを忘れ、大いに楽しんで行ってください!」
―――繰り返される挨拶と、毎度恒例の返事。
今に始まった事じゃないから…それももう、今はだいぶ慣れてきた…でも………
………高校に入って…“みんな”と過ごすようになって、その考えは、徐々に変わってきた。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:40:29.26 ID:PNdIIEYCo
紬「はぁ……」
父と少し離れた私は持っていた携帯を開き、先程唯ちゃんから送られたメールを見る。
件名:唯ちゃん
本文
見てみて~♪
澪ちゃんとあずにゃんのお風呂上りのツーショットだよ~☆
[画像]
唯ちゃんらしい、キラキラとした絵文字が可愛らしいメールに添付されていたのは、澪ちゃんと梓ちゃんの湯上りの可愛らしいパジャマ姿だった。
みんなの楽しそうな雰囲気が、写真越しに十二分に伝わって来る。
紬「あははっ、澪ちゃんも梓ちゃんも、可愛い~」
紬「………………」
紬「…私も…行きたかったな……」
今日は唯ちゃんの家で、部活のみんなと和ちゃん、それに憂ちゃんや純ちゃんを集めたお泊り会が開かれていた。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:41:32.24 ID:PNdIIEYCo
憂ちゃんと和ちゃんの手料理をみんなで食べて、りっちゃんと純ちゃんが持って来たゲームをやって、みんなで夜中まで楽しくお喋りをして…
………。
…考えただけで、みんなの楽しい姿が目に浮かんだ。
私も本当は行きたかった…でも、前々から今日のこのパーティーへの出席は決まっていたから……。
それに今日のパーティーは、日頃から父のお世話になってる方も多数見えられると言う事だけでなく。 父や母、また執事やメイドも含めた『琴吹家』の一員が一堂に介することが大きな意味を持つ。
そんな理由もあり、結局私は欠席も出来ず、今に至るのだった…。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:41:59.65 ID:PNdIIEYCo
…確かに、ふけちゃえれば、それは簡単だった。
でも、それは父の顔に泥を塗る事になる…
父と母には、今まで多くの我が儘を聞いてもらった。
念願だった桜高への入学を認めてくれた事もそうだし…合宿場として別荘や楽器を手配してくれた事…。 放課後のお茶会で使うティーカップやティーポット…他にも多くの道具を用意してくれた事…
そんな、私の多くの望みを聞いてくれた父や母の気持ちを…一時の誘惑で裏切る事なんて、私には出来なかった…
…だから、これは仕方のない事…
今の私には、こうした事でしか両親の恩に報いる事が出来ない…
それが少し悔しく、また、寂しくもあった……。
紬「……………」
…ぼんやりとそんな事を考えていた時、会場に来てた同年代の女の子たちと目が合った。
どの子も私と変わらない歳で、3人で集まり、すごく楽しそうにお喋りをしている。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:42:37.28 ID:PNdIIEYCo
…この子達なら、どうだろう。 歳の離れた大人じゃない…同い年のこの子達なら…
学校のみんなと同じように…楽しい話に、私も混ぜてくれるだろうか?
そんな淡い期待を込めて、私は彼女達に声をかけてみた。
女の子A「あ、ねえねえ見てみて、ほらあそこ…」
女の子B「琴吹家の紬さん…綺麗よねぇ…」
女の子C「ええ…さすがよね、あの優雅な雰囲気…私も見習わなくちゃ…!」
紬「あの…」
女の子A「は…はい!」(つ…紬さんに声掛けて貰えちゃった…!)
女の子B「紬さん…綺麗なドレス、お似合いですわぁ……あ、そのジュエルも素敵……」
女の子C「紬お嬢様、本日はわたくし達もお招き頂き、光栄です」
彼女達はとても丁寧で…そして…
すごく…余所余所しい口調で、私に言葉を返してくれた――――。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:43:18.01 ID:PNdIIEYCo
紬「……………え…ええ…」
女の子C「あの、どうかなさいました…か?」
紬「…いえ……」
……違う…こんなの…違う…………っ
こんなお喋り…私は……望んでなんか…。
紬「…本日はお集まり頂きありがとうございます、今日のパーティー、どうぞお楽しみください」
女の子A「は…はい! わざわざお声掛け頂き、ありがとうございます!」
女の子C「あ、そろそろダンスの時間ですわ…それでは、わたくしたちもこれで…」
女の子B「紬さん、それではまた後ほど…では」
社交的な会話を終え、いそいそと会場の雑踏に消える彼女達を、私は精一杯の作り笑顔で見送った。
紬「やっぱり…そうよね…」
…同年代の女の子も、変わらなかった。
考えてみれば当たり前の事なんだ…ここでは私は“琴吹財閥の令嬢”琴吹紬であり、高校生としての琴吹紬じゃないのだから…
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:43:57.82 ID:PNdIIEYCo
―――やっぱり…ここには、誰もいない……。
私が心の底から安心して、肩書や家柄なんか気にせずに接してくれる人が…誰もいない…。
ここでの現実を改めて直視し、肩が重くなる……。
紬「……割り切らなきゃ…ここでは、私は…ただの高校生じゃないのだから…」
紬「私は紬…琴吹紬。 由緒ある家系、琴吹財閥の一人娘…」
自分に暗示をかけるように、私はその言葉を口にする…。
それが、今の私に出来る精いっぱいの強がりだった…。
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:44:37.57 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
父と私の挨拶回りは続き、パーティーもまた続く。
いつしか会場にはワルツが流れるようになり、見慣れた広間は、立派な社交ダンスの会場と化していた。
広間の中心で母が父と優雅なダンスを踊り、それを囲むように、多くの男女がそれぞれ上手な踊りを披露していて…
紬(お父様もお母様も…綺麗…)
男A「あの、紬お嬢様…よろしければダンスのお相手をよろしいですか?」
ふと、白いスーツ姿の男性が私にダンスを申し込む。
紬「…ええ、私で良ければ、よろしくお願いします」
断るのもはばかられたので、私はダンスの誘いを受け入れた。
そして私は男性の手を取り、ダンスを踊る。
~♪ ―――♪…♪
優雅なメロディにステップを踏み、男性の手を取り、私は踊り続ける。
次第に、私と男性の踊りは、多くの眼差しを浴び始めて行き…
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:45:27.22 ID:PNdIIEYCo
「さすが…他の子とは全然違うなぁ…いやはや、踊ってる男が羨ましい」
「素敵…」
「へへへ…次、ボクも踊ってもらおっと」
その視線を、声を意識しない様に、私はダンスに集中する…。
男A(美しい…)
紬「…? どうかしましたか?」
男A「いえ…すみません、お嬢様の美しさに、不覚にも見惚れてしまったようで…」
紬「うふふ、ありがとうございます」
男A「あの…もしよろしければ、この後もいかがでしょう?」
紬「申し訳ありません…まだ、来賓の方々への挨拶回りがありまして…」
男A「そうですか…いえ、こちらこそ失礼しました」
紬「踊りに誘って頂きありがとうございました…では…」
男A「ええ、それではまた後ほど…」
社交辞令を交わしてその場を後にする。 残念そうに項垂れた様子の男性が目に止まるけど、なるべく気にしないようにする。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:46:11.90 ID:PNdIIEYCo
…こう言った大きな場で、男性に声をかけられるのも今では珍しい事ではなかった。
でも、ここに集まる男性はそのほとんどは…私の事なんか見ていない…。
彼等が見ているのは…私の後ろにいる父や会社、そして私と共にいる事の優越感……そんな、下らない事だけだ。
そんな男性とのアフターな時間なんて…気乗りする筈がなかった…
…でも、今日はいつも以上に視線を多く集めてしまったようだった。
男B「紬さん、僕とご一緒に…いかがでしょう?」
男C「紬様、次は私といかがですか?」
男D「いやいや、ここは是非このボクと!」
紬「…すみません、先約がありまして…」
男D「そんなぁー」
…困ったな……。
断っても断っても、今日は多くの男の人に声をかけられる…。
こういう時はいつも、執事の斎藤が助けに来てくれるのだけど…
生憎と、今日はパーティー会場の設営や雑務に追われ、私の傍にいてくれる時間は非常に限られているらしい。
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:46:59.70 ID:PNdIIEYCo
男C「少しだけでいいから、踊りましょうよっ」
紬「きゃっ…あ…あの……」
強引に手を引かれ、私は男性の前に立たされる。
…顔が近い…それになんだかお酒の匂いもするし……ど…どうしよう…。
強引に迫って来る男の顔を直視しない様にし、私は辺りを見回す…
すると、私の様子を見に来たのであろう、斎藤がこちらに向かって来てくれた。
斎藤「申し訳ありませんお坊ちゃま。 紬お嬢様もご多忙の身、それに今はどうもご気分が優れないようですので…これ以上は…」
男C「…む、お前、ボクに逆らうって言うのかよ?」
斎藤「いえ…決してそのような事は…」
男C「紬さんがボクと踊りたいって言ったんだよ! ただの執事が邪魔すんな!」
男が声を荒げて斎藤を威嚇する。
斎藤自身は慣れているのか、笑顔を崩さずにそれを受け流していた。
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:47:46.17 ID:PNdIIEYCo
斎藤「ふむ、それは困りましたな…」
紬「斎藤…」
男C「そうだろ、だったら早く…」
斎藤「いえ、困ったのは、私ではなく、お坊ちゃまご自身の事でありまして…」
男C「…はぁ?」
斎藤「いえ、お坊ちゃまの家系は琴吹家に次いで由緒正しき家系…。 その跡取りであり、最も紬お嬢様に近しいとも言えるお坊ちゃまに、このような一面があるとは…旦那様の耳に入ればどうなる事か…」
男C「…何が言いたいんだよ、お前」
斎藤「実はですな…」
斎藤が男に耳打ちをする、声が小さくて聞き取れなかったけど、斎藤の言葉に、男が変に上機嫌になって行くのはよく分かった。
斎藤「…という事です、如何でしょう、ここは…後の事を考えてみては…?」
男C「そ…そっか……ボクの知らない所で、そんな話が…♪」
男C「紬さん、無理に誘ってごめんねぇ、またの機会を楽しみにしてるよ!」
男C「じゃあねぇ~♪ くひひっ…そんな…紬さんとお父様がそこまで考えてくれてるだなんて…♪」
そして、一方的に話を切り上げ、るんるんとした足取りで男は立ち去って行く。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:49:27.88 ID:PNdIIEYCo
紬「斎藤…一体何を話したの?」
斎藤「いえいえ…紬お嬢様のご心配成されるような事ではございませんよ…」
紬「でもあの人…すっごく勘違いしてたみたいだけど…?」
斎藤「まぁ、彼は弱い癖に酒好きですからな、あの調子なら潰れるまで飲み明かすでしょう」
斎藤「明日の朝には忘れてます、ですからご安心下さい」
紬「斎藤がそこまでいうのなら良いけど…」
いまいち納得はできない、けど、何とか解決はできたんだと、そういう事にしておこう…
斎藤「少し、外の空気を吸ってきてはいかがでしょう?」
紬「そうね…ええ、少し、外に出るわ」
斎藤「後ほどピアノの演奏があります、それまでにはお戻り下さい」
紬「ありがとう…それでは、またね」
私はそう斎藤に告げ、気分を変える為に外に出た。
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:50:03.05 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
広間から少し離れたところ、中庭に私はいた。
…夜の涼しい風が髪をなびかせる、薄着の格好なのであまり長居は出来ないけど、窮屈なあのホールにいるよりかは全然楽だった。
紬「みんな…楽しんでるかしら?」
携帯を取出し、唯ちゃんに電話をかけてみる。
…長いコール音が続き、唯ちゃんは電話に出てくれた。
唯『もしもしー、ムギちゃん?』
紬「ええ。 唯ちゃんそっちはどうかしら、みんな楽しんでる?」
唯『うんうん! 今みんなで桃鉄やってて~~、なんと今、私トップなんだよ♪』
紬「…ももてつ?」
唯『あ…ゲームだよっ、みんなでできるゲーム、それをりっちゃんが持ってきてくれたんだーっ♪』
どうやら向こうは今、みんなでゲームをやっているようだった。
唯ちゃんの声の後ろから、ワイワイとした楽しい音と声がするのがよく分かる。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:51:11.07 ID:PNdIIEYCo
声『唯ーー! 次お前の番だぞーー!今度こそ逆転してやっから早くー!』
遠くから聞こえる声はおそらくりっちゃんだろう、受話器越しでも分かるぐらいに一際元気な声が唯ちゃんの名前を呼んでいるのが聞こえる。
唯『ちょっと待ってよー、今ムギちゃんと電話してて…』
律『ぬぁにーー?? 唯ー、ちょっと私にも変われぇぇ!』
そして…ガチャガチャとノイズが混じり、りっちゃんの元気な声が聞こえて来た。
律『よっすムギー☆』
紬「りっちゃんこんばんわ、みんな楽しそう…羨ましいわぁ」
律『まーねぇ、へへっ、ムギんとこもどう? 楽しんでる?』
紬「正直、あまりね…」
律『そっか……』
律『でも、今日はどうしても外せなかったんだろ?」
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:52:09.03 ID:PNdIIEYCo
紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。 みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」
律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』
紬「うん、次は必ず参加するわ…」
律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』
紬「うふふっ、りっちゃんったら…うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」
律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』
紬「あははっ、頑張ってねー」
律『っと…あとさ、ムギ』
終わりかとおもった刹那、さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。
律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』
紬「………りっちゃん」
りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。
律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』
優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。
その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:53:10.18 ID:PNdIIEYCo
紬「うん…お父様の付き添いでどうしてもね…。 みんなには悪い事したわ…この埋め合わせは必ずするから…本当、ごめんね?」
律『いいっていいって、そんなに気ぃ使わなくてもさ。 …でも、次はムギも一緒に…な?』
紬「うん、次は必ず参加するわ…」
律『へへっ…楽しみにしてる。 あぁそうそう、パーティーのおみやげ、よっろしく~♪』
紬「うふふっ、りっちゃんったら…うん、記念にメロンを貰ったから、それを今度部室に持って行くわね」
律『おおっ! 楽しみにしてるよ、それじゃ…唯のヤツをコテンパンにして来るぜぃ☆』
紬「あははっ、頑張ってねー」
律『っと…あとさ、ムギ』
終わりかとおもった刹那、さっきまでの明るい声とは裏腹に、真面目なトーンでりっちゃんは話を切り出した。
律『何かあったら、迷わず私に話してくれよ? 私、ムギの為ならなんだってやるから』
紬「………りっちゃん」
りっちゃんの言ったそれは、私の全てを悟った上で言ってくれる感じがした。
律『ムギの家の事だから、平凡な庶民を私達にとやかく言う事は出来ないんだろうけどさ…でも、ムギの落ち込んでる顔だけは、見たくないんだ』
優しく、励ますように、私の心に触れてくれる。
その言葉に目頭が熱くなる感覚を堪え、私は彼女の声に耳を傾ける…。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:54:34.32 ID:PNdIIEYCo
律『これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、誘拐だってやってやんよ♪』
そして、いつも通りの明るい声で、私を笑わせてくれる。
紬「もう、りっちゃんったら…………うん、ありがと…」
律『だから私、『頑張れ』なんて安い事は言わない、でも…『私達は、どんな事があってもムギの味方だ』って…それだけは言わせて』
紬「……うん、うん…りっちゃん…本当にありがとう……。じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」
律『あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』
最後もそう、いつものような笑い話を交えて、電話越しの友達は。私に元気を分けてくれた…。
その時、おそらく唯ちゃんだろう「りっちゃんの番だよ~~」と、りっちゃんを呼ぶ声が聞こえた。
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:55:13.80 ID:PNdIIEYCo
律『っと…唯が呼んでるからもう切るよ。 じゃあムギ、また学校でな』
紬「ええ、長電話になっちゃってごめんね、みんなによろしくね」
律『あいよー♪ またなーっ』
…ピッ
そして、私は電話を終える。
最初はかえってみんなの邪魔をしてないかと不安だったが、そんな事は無さそうだった。
紬「―――りっちゃん…本当に、ありがとう……」
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:55:42.29 ID:PNdIIEYCo
紬「…はぁ……」
電話が終わり、次の事を考えたらため息が出てしまった。
………分かってはいるけど…どうしても、気乗りしない…
どうして私はあそこにいないのだろう。
どうして私は、こんな所にいるのだろう…
そしてそんな日々は、これからも続くのだろうか…
分かってる…今更、抗えるような事じゃないって…分かっている
私が琴吹の娘であり、社長の娘である以上……それは抗えない運命なんだ。
私がお父様とお母様の娘である以上…それは仕方のない事なのだから…。
でも…それでも……私は………私は…。
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:56:40.71 ID:PNdIIEYCo
……………
時間は過ぎ、私のピアノの演奏が始まるまで、あと30分。
きっと、さぞ暖かい拍手で迎えられるだろう。
…そして、そこにいる大勢の観客が、私を透かして見る父と母に、盛大な拍手を送るのだろう。
私の演奏は、父と母と、会社の威厳をより大きくし、父と母と、それに関係する全ての人の未来を輝かせるのだろう。
…でも、そこにいる『私』は『私』ではなく…権力者の娘。
『琴吹紬』という一人の女の子ではなく、財界に携わる一人の令嬢……琴吹財閥の令嬢、『琴吹紬』。
紬「……行きましょう…」
迷いを絶ち、私は歩く。 喧騒響くホールへ歩き出す。
……みんなに会ったら…たくさんの話を聞こう…そして、また…いっぱいのお菓子を持って、部活をやろう。
そう心に決め、私はピアノの前に立つ。
パーティーは続く…。
とても華やかで、とても寂しい宴は、まだまだ終わる気配を見せてはいなかった…
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:57:12.78 ID:PNdIIEYCo
窓に映る空、そんな空を優雅に飛びまわる様々な鳥。
外の世界を眺め、その大きな世界に想いを寄せる小鳥。
そんな小鳥の元に、ある日、どこからか4匹の小鳥がやってきました。
綺麗な羽をしたその鳥達は、小鳥とお友達になりたいと言います。
お友達が欲しかった小鳥はとても大喜び、すぐに4匹の小鳥たちとお友達になりました。
毎日、部屋で歌うように遊ぶ小鳥達。
そして夕方になると、外にあるそれぞれの籠へ帰る小鳥たち。
小鳥の生活は。確実に満たされていきました。
…ですが、それでも小鳥は外の世界への憧れを忘れる事はできません。
日が経てば経つほどに…小鳥の外への憧れは強くなります。
外と部屋を結ぶ窓、その窓に映る大空を見て小鳥は思います。
私にこの窓は開けられない…。 けど、それでも、飛んでみたい……
この重い窓を開け…自由な空を、思いっきり飛びたい………
お友達と一緒にどこまでも…どこまでも…飛んで行きたい……
夜空を眺め、小鳥は今日も、一人寂しく鳴いていました……。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:57:42.87 ID:PNdIIEYCo
紬の部屋
紬「…ふぅ……」
パーティーも終わりを告げた夜中、着替えとシャワーを済ませた私はベッドで横になっていた。
いまいち寝つけないのでテレビを付けてみる…けど、この時間帯のテレビの内容はよく分からない。
よく見るタレントの笑い声を聞き流し、私は今日の事を思い返していた。
…綺麗なドレスやスーツを着た父の知り合い。
執拗に私に絡んだお坊ちゃま。
私が声をかけても余所余所しい態度で話をする女の子。
みんな、悪い人じゃない。 それは分かってる…
ただ、みんなの目から見える『私』は、本当の『私』じゃない。
みんなの中の私は、会社のトップの…由緒ある家系のお嬢様に過ぎない…。
――――みんな…本当の私を…知らない、知ろうとも、してくれない………。
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:58:14.84 ID:PNdIIEYCo
紬「………本当の私…か」
本当の私ってなんだろう。
綺麗なドレスを着て、社長令嬢として振舞うのが私?
それとも、仲の良い女の子と一緒に勉強をしたり、部活をしたり…普通の女の子として振舞うのが…私?
―――分からない………。
ここにいると…何が本当の私なのか……分からない……。
紬「………………ふう…」
また、ため息を吐く。 答えの出ない考えが頭をぐるぐるとまわり、少し気分が悪い。
…その時、こんこんと、部屋をノックする音が聞こえた。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 18:59:25.24 ID:PNdIIEYCo
紬「………はい」
紬母「紬、まだ、起きてるかしら?」
声の主は、母だった。
紬「お母様…はい、どうかなさいましたか?」
紬母「開けても良いかしら?」
紬「ええ、どうぞ」
がちゃりと開いたドアから、寝間着に着替えた母が姿を覗かせる。
母の顔がほんのりと赤い気がするのは、おそらく父か来賓のお酒に付き添ったからだろう。
紬母「ごめんなさいね、こんな夜中に」
紬「いいえ、今日は、お疲れ様でした」
紬母「こっちこそね、斎藤から聞いたわ、その…大変だったわね…」
気落ちした顔で母は言う。 その顔からは、私への申し訳なさと心苦しさが感じ取れる…気がした。
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:00:48.40 ID:PNdIIEYCo
……この家で私の事を理解してくれるのは…おそらくは母と斎藤だけだろう。
でも、いくら私の気持ちは理解してくれたとしても、それでも2人は琴吹の人間。
斎藤は主である父の為にその身を尽くすのは当然だし。 母も、琴吹家の主である父の支えとなるのは当然のことだ。
だから、私は二人に助けなんて求めない。
父があっての琴吹家だから…その父の足を引っ張るなんて事…できるはずがない。
それでも私には、私の本当の気持ちを察してくれている二人がいるだけで、とても救ってもらえている。
それだけで、私は救われているんだ…
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:01:27.72 ID:PNdIIEYCo
紬「いいえ、斎藤のおかげで私は何ともなかったですし、大丈夫ですよ」
紬母「………紬、苦労をかけるわね…」
紬「いいえ…お母様、そんな顔をしないで下さい。 私…こんな私でも、お母様とお父様のお力添えが出来る事、とても嬉しいと思ってるんです」
紬母「……紬、その…ね」
母が何かを言いかけた、その時だった。
紬父「おおーーーっ! 紬、まだ起きてたか~!」
静かな廊下に響く父の声…。 やおら上機嫌なその声から、酒に酔っている事が容易に想像できた。
紬母「あなた…こんな深夜に大声で…」
父の声に母が怪訝そうな声を出す。
……昔からアルコールが好きで、酔ったらとにかく上機嫌になる父だった。
…私にはお酒の事はよく分からないし、酔った父もどこか可愛げがあるので嫌いではない。
けど…、いつも真面目な父があんなに変わるなんて…。 酔った父を見る度にアルコールの怖さがよく分かるのも本当だった。
私もお酒を飲む歳になったら、あんな風に変わるのだろうか?
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:02:06.74 ID:PNdIIEYCo
紬「お父様、どうかなさいましたか?」
笑顔の父に向かい、私も笑顔で尋ねる。
紬父「いや、実はな、先程お客様よりありがたい話を聞いたんだよっ」
紬「あら、どんなお話でしょう?」
紬父「今度の土曜日、紬の誕生日だろう?」
紬「……はい、今度の2日です、それが?」
紬父「っふっふっふ…なんと、本日来て頂いた来賓の方々が、紬の誕生日を祝ってくれると言ってくれたんだよ!」
紬「…まぁっ」
父の声に私はとても驚いた………ふりをした。
酔って上機嫌になった父は、少し考えれば分かる事を、勿体ぶって言う癖があった。
そして、『本日来て頂いた来賓の方々が、私の誕生日を祝ってくれる』…その言葉が意味する事を、私は察してしまった…
おそらくその日に…父は………
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:02:40.02 ID:PNdIIEYCo
紬父「――――それで、来月の2日に我が家でパーティーを開くことに決まったんだ」
………………やっぱり。
……また、パーティーだ。
今日いた来賓、その人達と、また顔を合わせる事になる。
私にとって大事な記念日…誕生日に、私はまた…あの人達と、顔を合わせるんだ…。
鏡を見ずとも表情が曇るのが自分でも分かる。 でも、それを父にも母にも悟られない様、私は振舞う。
紬父「早速斎藤にも準備を任せておかないとな…はっはっはっ」
紬母「…あなた、そんな勝手に…紬の事情も聞かず…!」
紬父「良いじゃないか、せっかく大勢の方が祝ってくれると言うんだ」
紬父「私も紬が喜ぶプレゼントを用意しておこう、紬、楽しみにしててくれ、な?」
強めの口調の母の声を受け流し、父はニコニコとした顔で私に語りかける。
そんな楽しそうな父の顔を見てしまっては、私も今更嫌だと言えるわけがない…
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:03:13.30 ID:PNdIIEYCo
紬「……………」
紬母「……紬…」
紬「………お父様…」
感情を押し殺し、私は父に言う…。
出来る限りの笑顔で、父に微笑みながら…私は言う……
紬「…ありがとう…ございます、パーティー…楽しみにしてます…わ」
ぽつり…ぽつりと、言葉を紡ぐ。
我慢だ…我慢……父も、私の為を考えてくれるんだ……。
みんなが…私の誕生日を祝ってくれるんだ………。
その気持ちは大事にしなければ………。
感謝を…しなければ………。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:03:52.66 ID:PNdIIEYCo
紬父「ああ、紬の為に父さんも頑張ろう、私も母さんも、手伝ってくれるかな?」
紬母「…まったく……あなたは…」
紬「お母様…お父様は私の事を思ってくれて…」
紬母「…紬……」
紬「お母様…」
怪訝そうな表情の母をなだめる。
その気持ちを悟ってくれたのだろう、母も、それ以上を言う事は無かった…。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:04:26.35 ID:PNdIIEYCo
紬父「ああ、紬も明日は学校だろう、今日はもう…おやすみなさい」
紬「はい…ありがとうございます」
紬父「ふあぁ…私も眠くなってきたな…今日はもう休もう、母さんも今日は疲れただろう、一緒に休もうか?」
紬母「…………ええ」
紬「おやすみなさいませ、お母様、お父様」
紬父「おやすみ…紬」
父は一足先に部屋に戻る。
母も、私の顔を見て…申し訳なさそうな声で話してくれた。
紬母「…紬、本当に苦労を掛けるわね…」
紬「いいえ…お母様、私…お父様の気持ちも、来賓の皆様のお気持ちも、すごく嬉しいんです」
紬「こんな私でも、誕生日を祝ってくれる方がいて…すごく…すごく、幸せです」
その気持ちに嘘は無い。
でも、何故だろう…言ってる自分が、すごく…白々しく思えた…。
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:05:28.91 ID:PNdIIEYCo
紬母「…紬、あなたは……本当に立派になったわ…」
紬母「紬がそこまで決めたのなら私も何も言いません、あなたのお誕生日、私も精一杯お祝いさせてもらうわね」
紬「…ありがとう…ございます」
紬母「それじゃ、おやすみなさい」
ばたんっ…と、扉が閉まる。
私はそのままベッドに横たわり、枕に顔を押し付ける…
紬「………………っ…ぅっっ…っう……っ…っ」
涙が溢れる…
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:05:59.73 ID:PNdIIEYCo
何故だろう…止めようとしても…涙が…止まらない……
めでたい事なのに…楽しい事なのに………涙が…止まらない……っっ
なんで…私は…泣いているの?
どうして…私は………こんなに辛いの?
どうして…私は………どうして…………。
紬「……ぐずっ…うっ……ううぅぅぅ…っっ…!」
紬「う…ぁ……っっ……あっ……ぁぁぁ……っっ!」
理由のわからない涙が枕を濡らす。
私は……私…は………。
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:07:19.34 ID:PNdIIEYCo
翌日放課後 部室
開け放した窓からはぬるい風が通る。
6月の終わりの異常な暑さ。 太陽はもう既に元気真っ盛りだった。
律「ぁ…暑い……」
澪「言うな……余計に暑くなる…」
唯「今年の暑さは堪えるねぇ…だめ、力出ないよぉぉ」
梓「唯先輩…気持ちは分かりますけど、練習しましょうよ…」
紬「みんな~、冷たいデザートが用意できたわよーっ」
ここ最近の暑さでばててるみんなに、一際元気な声で私は声をかけた。
…学校に来れば、昨日の事は忘れられる。
だから、もう昨日の涙の事なんて、私は気にしてはいなかった……。
そう…気にしてなんて……いなかった。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:08:00.02 ID:PNdIIEYCo
律「きたっ♪ 今日は何だろーな☆」
澪「さっきのダルさはどこ行ったんだ…?」
紬「今日はメロンのシャーベットを持って来たの~」
持って来たクーラーボックスからメロンのシャーベットを取出す。
先日のパーティーで来賓から貰ったもので、その人が言うには、それなりに高級なメロンだそうだ。
唯「わぁぁ~~♪ おっきなメロン~」
梓「…メロンをそのままシャーベットって、なんて贅沢な…」
澪「まさか、これ丸ごと一個が一人分なのか?」
紬「ええ、先日のパーティーで頂いた品なの、私ひとりじゃ食べきれないから、みんなにもおすそ分けしようかと思ってね」
澪「おみやげでこんな立派なの貰うんだ…すごいよな…ムギ」
律「へへっ…早く食べようぜぇ~」
紬「はいはい、少し待っててね~」
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:08:33.64 ID:PNdIIEYCo
我慢しきれないりっちゃんをなだめ、全員分のシャーベットを机に並べる。
全員分を配り終えた時、顧問のさわ子先生が来たタイミングで、今日のお茶会は始まった。
―――
――
―
梓「お…おいしい…」
澪「でも、今日のデザートはいつもよりもその…気合、入ってるよな」
紬「はい、アイスティーも用意できたわよ♪」
唯「んんん…冷たくて美味しいいいい♪」
律「甘くて美味しひ…」
さわ子「……私、こんなに素敵なデザート、初めて食べたわぁ…♪」
紬「私には、これぐらいしかできないから…」
唯「そんな事ないよー、ムギちゃんのおかげで、みんなすっごく助かってるんだよっ」
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:09:11.44 ID:PNdIIEYCo
律「そーだそーだ、ムギがいてくれたから、私達はこうして毎日美味しいデザートに……なんってね。 …でも、ムギのおかげで、放課後ティータイムは成り立ってるんだと思うよ」
澪「ああ、作曲もそうだし、毎年の合宿も綺麗な別荘用意してくれて…ムギには本当、感謝してるよ」
梓「ムギ先輩の作る曲…私達のレベルに合わせてくれて…でもちゃんとリフとか譜も良い感じに仕上がってて…すごく素敵だと思います」
唯「ムギちゃんのぽわぽわした所…私大好きだよぉ~♪」
さわ子「みんな褒めるわねぇ~。 ねえムギちゃん、もうちょっと自分に自信を持っても良いんじゃないかしら?」
紬「うふ…みんな…ありがとうっ」
心の底から嬉しかった…
私を令嬢としてじゃなく…私を『私』と見てくれるのは…ここにいるみんなだけなんだ…
それが、すごく…すっごく、嬉しかった……。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:10:00.86 ID:PNdIIEYCo
…ゆったりとした放課後が過ぎて行く…
私の、1日で一番素敵な時間が、穏やかに過ぎて行く…
このままいつまでも、いつまでも、こんな穏やかな日々が続けばいいな……
そう思いながら、シャーベットを口に運んでいた時だった。
女生徒「あの…琴吹さん」
部室のドアから同級生の女生徒が顔を覗かせる。
久しぶりに見たその顔は、1年生の頃、同じクラスだった女の子の顔だった。
紬「はい?」
女生徒「あの…今忙しい?」
紬「ううん、今は大丈夫よ」
女生徒「良かったぁ~~、いやねぇ、ちょーっと頼みたい事があるんだけど、今いいかな?」
紬「うん、分かったわ。 みんなごめんね、私、少し席を外すわね?」
律「あいよー、いってら~」
女生徒に連れられて、私は部室を後にする。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:10:32.06 ID:PNdIIEYCo
――――――――
律「そーいえばさ、ムギの誕生日ってもうじきだったよな?」
澪「確か、2日の土曜日だったよな」
唯「あ、あのさっ! もしよかったら、みんなでムギちゃんのお誕生日パーティー開かない?」
律「ああ、私もそう思ってたんだ~」
唯「いつかのクリスマス会みたいにさ、私んちでケーキとかプレゼントとか持ってきて、みんなでやろうよ!」
梓「いいですね、ムギ先輩、きっと喜んでくれますよ」
律「前のお泊り会、ムギは出席できなかったからな…来てくれるといいよな」
澪「…でもムギの予定、大丈夫かな?」
唯「戻ってきたら聞いてみようよっ」
梓「ええ、そうですねっ」
さわ子「あらあら、私は誘ってくれないのかしら?」
律「さわちゃんは…誘わなくても勝手に来るだろ?」
さわ子「…ふふっ、まぁねぇ~♪」
さわ子「それじゃ、私もう行くわね。 お茶会も良いけど、みんなたまには練習しなさいよ?」
一同「は~いっ」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:11:31.49 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
女生徒「ホント助かった…いやぁ琴吹さん、ありがとっ♪」
紬「ううん、それぐらいだったらお安い御用よ、じゃあ部活、頑張ってね」
女生徒と話を終え、私は部室へ戻る。
ちなみに内容はいたって簡単、うちにあるクラシックのCDを、何枚か借りたいと言う事だった。
紬「ただいまー」
唯「おかえり~~」
律「あのさムギ、今度の土曜日空いてるかな?」
紬「…あら? 何かあるのかしら?」
私は何気なく理由を尋ねる。
りっちゃんの言ったその言葉の意味が、どんな大きな意味を持っているのかも知らず、ついいつもの感覚で訪ねてしまっていた。
澪「実はさ…、今度の土曜日に、ムギの誕生日会を開こうって唯がさ」
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:12:01.10 ID:PNdIIEYCo
………………。
澪ちゃんのその言葉に、一瞬思考が止まる。
今度の土曜日……私の…お誕生日……会?
………あれ、その日って…もう…………。
唯「ムギちゃん、この前のお泊り会来られなかったしさ…だから、今度はムギちゃんも一緒にどうかなって思って…」
………なんてタイミング。
もう少し…あと1日…この話をお父様よりも早く聞いていれば…
紬「その……ね……っ」
…私は大きく腰を折り、みんなに深く頭を下げる。
紬「ごめんなさいっっっ…!! その日は…私……っ…わたし…!」
平身低頭、まるですごく悪い事をした子供の様に、私は頭を下げてみんなに謝っていた。
申し訳なさと寂しさが混合して、昨日あれだけ流した涙が出そうになるのを必死で堪える…。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:12:33.47 ID:PNdIIEYCo
唯「む…ムギちゃん! そんな…そこまで謝らなくても…」
澪「そ…そうだよムギ、急に思いついた事だから、気にしなくていいんだよ?」
梓「ムギ先輩…とにかく、頭を上げて下さい…」
紬「ごめんなさい……ごめんなさい…みんな…」
みんなが私をフォローしてくれる…でも、今の私には……満足にみんなの顔を見れる自信が無かった…。
律「………もしかして、家の事情か何か?」
紬「…うん…大勢のお客さんを呼んでのパーティーって…昨日…お父様がね…」
唯「そ…そうだったんだ……ごめんねぇ…ムギちゃん、迷惑…だったよね?」
紬「そんなことないっ! 私の方こそごめんなさい…せっかく…せっかくみんながお祝いしてくれるって言うのに…っ!」
澪「ムギ……」
梓「ムギ先輩……」
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:13:14.84 ID:PNdIIEYCo
紬「本当に…本当に……ごめん…なさい」
律「…………………」
澪「ま…まぁ、最初から予定があったんじゃあ…仕方ないよな…」
唯「…そうだね、翌日とか、落ち着いた時にやってもいいんだし…ね?」
梓「私、ムギ先輩に喜んでもらえるプレゼント、探しておきますねっ!」
律「…………」
みんなの優しさが胸を打つ…
どうして私は…こんなにもダメなんだ……
せっかくの友達の好意すら、満足に受け取れないのか…
なんで…私は……
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:13:55.85 ID:PNdIIEYCo
それから、特に練習をする事もないまま、私達は帰る事になった。
事情を話してからみんなの表情が重苦しかったのが心苦しかった…。
こういう時、りっちゃんも唯ちゃんもいつもは場を明るくするために面白い事をやってくれるのだけど……そんな様子は微塵もなく…ただただ、重苦しい空気が続くだけだった…
何もかも私のせいだ…
みんなには…本当に申し訳ない事をしてしまった……
どうして…私は………
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:14:33.84 ID:PNdIIEYCo
――――――――
帰り道
律「あ、私このあとムギと用事あったんだ、だからみんな、先に帰ってて貰っていい?」
紬「…?」
帰る途中、りっちゃんが思いがけない事を言う。
…このあと、予定なんかあったっけ?
唯「あれ、りっちゃんどうかしたの?」
律「ん~、ちょっと…ねぇ」
澪「なんだよ、私達に言えない事?」
律「んっふっふっふ…実は、私達愛し合っておりますのよ?」
紬「…え?」
りっちゃんの意外な一言に場の空気が固まる。
…どういう事?
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:15:38.84 ID:PNdIIEYCo
唯「えぇ!? そうだったの??」
梓「まさか…2人がそんな関係だったなんて…」
澪「い…いつの間に…いつからだ? なあムギ、いつからそういう関係だったんだ???? なあっ?????」
紬「私にもさっぱり……え…えええ???」
澪ちゃんがしきりに私に詰め寄って来る。
私にも何が何やらさっぱりだ…りっちゃん…いきなり何を?
律「…っぷ……くくく……っ!」
みんなが困惑した表情をしている時、笑いを堪えていたりっちゃんが唐突に吹きだした。
律「なーんてウソウソ! もうみんなマジに受け取るなってっ!」
唯「…な、な~~んだ………」
梓「びっくりしましたよ…もう」
澪「ははは…わ、私は分かってたぞっ! 女の子同士なんて…そんなこと、普通は無いもんな…」
律「一番本気にしてた澪が言っても説得力ねえよ」
澪「……………っっ」
りっちゃんの突っ込みに顔を赤くして黙り込む澪ちゃん。
恥ずかしがりで可愛らしい、澪ちゃんらしい照れ方だった。
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:16:15.36 ID:PNdIIEYCo
律「ま、冗談はさておいて…いやね、ちょっと曲の事でムギに相談があってさ」
唯「あ、そうだったんだ」
澪「そういう事か…うん、分かった」
梓「そういう事でしたらお邪魔しちゃ悪いですよね。 じゃあ、私達はこれで…」
澪「じゃあ律、また明日な」
律「おう、また明日~」
唯「ムギちゃんりっちゃん、ばいばーいっ!」
梓「ムギ先輩、今日は素敵なデザートありがとうございました」
紬「いいえ、またおみやげがあれば持って来るから、楽しみにしててね」
唯「ムギちゃん今日はごめんね、明日は練習しようねっ♪」
紬「いいえ、こちらこそごめんね…」
律「んじゃムギ、行こうか?」
紬「ええ、そうね」
そして、みんなと解散した私は、りっちゃんに連れられて歩き出す。
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:17:38.57 ID:PNdIIEYCo
通学路を少し外れて歩いたそこは、普段来ない河川敷だった。
夏の夕日は遠くに浮かび、目の前の川を一面、真っ赤な夕日が染め上げる…
遠くの空は薄紫に染まり、星が微かに輝く。
夕闇に溶ける空は、そう遠くない時間で夜が来ることを伝えてくれていた…
私達は手頃なベンチに座り、しばらく2人で夕日を眺めていた…
律「ほいよ、炭酸で良かった?」
紬「わざわざありがとう、あ、お金…」
律「いいよいいよ、私の奢りでさ」
紬「…ありがとうね」
律「気にしないの、あ、開けれるよね?」
紬「うん…」
りっちゃんから渡された缶ジュースを開け、中身を一口飲み込む。
冷たい炭酸と果汁の香りが口内に広がり、思わず身震いする。
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:18:46.26 ID:PNdIIEYCo
紬「んっ…く…美味しい…」
律「だろ? 私のお気に入りだよん」
紬「本当にりっちゃんは、私の知らない事をたくさん教えてくれるわ…ありがとう」
律「いいっていいって…あんまり褒められると照れるだろ?」
紬「それで、曲の話って…?」
律「ああごめん、それも嘘」
紬「…嘘?」
律「うん。 でも、ムギに聞きたい事があるってのは本当だよ」
紬「りっちゃん…」
そして、彼女の顔から笑顔が消え、真剣な面持ちで私を捉える…
律「…なあムギ、私達に隠してる事、無いか?」
紬「…そんな、みんなに隠してる事なんて…」
いきなり、何を言いだすんだろう…
私がみんなに隠し事なんて…ある筈がない。
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:19:31.13 ID:PNdIIEYCo
律「…じゃあ、聞き方を変えるよ。 『私達に遠慮してる事』、無いか?」
紬「それは……」
確かに、それはあるにはある…でもそれを話した所でどうにかなるわけでもないし…
それにこれは私の家の問題であり、私個人の問題…そんな事に、りっちゃんを巻き込むなんて事……
律「…いやね、さっきから気になってたんだよなぁ…その…」
律「言いたい事…違うか、本当は言いたいんだろうけど、遠慮して言えないって感じがするっつーかさ」
律「澪もよくあるんだ、そーゆーの。 本当は何かを言いたいんだけど、それを言ってもどうにもならないし、言われた相手の事考えて、勝手に自分の中で押し込めて…結局後悔するって事がさ」
紬「…………」
律「今のムギ、そーゆー時の澪とそっくりの顔してるからさ」
紬「………りっちゃん…」
隠していたつもりだったけど…りっちゃんには全部見抜かれていた…
多分これは、誰にでもできるものじゃないと思う…
人一倍、友達の事を思いやれて空気を読める、りっちゃんだからこそ、出来る事…
部活の部長であり、私達のリーダーであり…私の自慢のお友達……
そんなりっちゃんだから、悟ってくれたんだろう………。
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:20:01.79 ID:PNdIIEYCo
律「多分だけど…ムギ、本当は家で開かれるパーティー、嫌なんじゃないか?」
ほら…やっぱり。
思わず笑ってしまう。 この子は…どこまで、私の事を……。
紬「私…ね………わた…し………」
律「うん、ゆっくりでいいから話して…」
律「前にも言ったけどさ…私、ムギが落ち込んでる顔だけは見たくないんだ…」
律「それに、ムギは仲間だ。 放課後ティータイムの一員とか、同じクラスメイトとかじゃなくて…さ」
律「『琴吹紬』っていう、私にとって掛け替えの無い、大事な友達だから」
そしてりっちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれた。
まるでお姉さんの様に優しく暖かい手が髪を撫でてくれる、その暖かさが…私に本心を告げる勇気を、与えてくれる……
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:20:31.19 ID:PNdIIEYCo
紬「…っ…りっ…ちゃん………」
気付けば、また私は泣いていた…。
律「…ああ…」
堪えてた涙がぽとぽとと芝生に吸い込まれていく…
そして私は、少しずつ…小さな声で、彼女に本心を打ち明けて行った―――。
紬「私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ」
紬「私の…為に来てくれるって…言っても……誰も、私の事なんて……見て…くれてない……っっ」
紬「あの家で私は……ただのお嬢様で……私は…琴吹の…社長の娘で…っぅ…っうっ…」
律「…うん…うん……」
紬「もちろんね…嬉しくないわけじゃないの……私の為に遠くから来てくれる人もいるし…」
紬「私がいる事で……あの人達の為になるのなら…それでもいいって…最初は思えた…でもね……」
紬「でもね…違うの……あの人達が見てるのは…私なんかじゃなくって…私の後ろ……」
紬「私の後ろにいる…『琴吹』っていう…看板……」
紬「私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ」
律「……………」
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:21:01.08 ID:PNdIIEYCo
それから、私は…思いの全てをりっちゃんに話した…
心の中で思っている事、心に仕舞っていた本音を…自分の中で仕方ないと割り切って…でも、割り切れなかった本心を、全て彼女にぶつけた…
彼女はそれを黙って聞いてくれて…時折、寂しそうに…頷いてくれて……
。
私の中の黒いモノを…彼女は全部…受け入れて…くれた……
律「……そっか………」
紬「りっちゃん…ごめんね……こんな事言われても…」
律「ストップ、それ以上言わないの」
紬「……うん…ごめん」
律「…ばかムギ、もっと早く話してくれればよかったのに」
紬「……うん…」
律「……でも、少しは楽になったろ?」
紬「……うん………」
律「……頑張ったな…ありがと、話してくれて…さ」
そして…そっと、私を抱きしめてくれる。
うっすらと香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐり…妙な感覚が全身に広がっていく………
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:21:31.07 ID:PNdIIEYCo
紬「りっちゃん……その…人が…」
律「いいじゃない、唯だってよくやってるだろ?」
紬「でも…その……」
らしくない…というか、いつものりっちゃんとは違う一面で内心驚きだ。
…でも、すごく落ち着く……
強張っていた感情はどこかへ飛んでいき…とてもリラックスできる……。
律「へへへ…まあ、見てろって……」
りっちゃんは立ち上がり、夕日をバックに私に微笑みかけてくれる。
律「―――私が、なんとかしてやっから」
…にっこりと、どの夕日よりも眩しく、明るい笑顔で。
そう…私に言うのだった――――。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:22:01.21 ID:PNdIIEYCo
翌日
律「ん~~~~~…………アレをこうして…えっと…んん~、それともこうやった方がいいかな…?」
澪「律、何を考えてるんだ?」
律「んにゃ、ちょーっとねぇ」
梓「律先輩、またよからぬ事を考えてるんじゃ…」
律「よからぬ事なんて失敬な、友達の事を考えてたんだよ」
唯「それってムギちゃんの事?」
律「ああ、やっぱり気付いてた?」
唯「うん、なんとなくね~」
律「…なら早いか。 みんな、今から私が話す事、よーっく聞いてくれ」
一同が息を飲む。
そして、律の口から思いもよらぬ言葉が継げられた。
律「―――来週の土曜日、ムギを誘拐するぞ」
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:22:48.57 ID:PNdIIEYCo
ある日小鳥は決心します。
この窓を開けたい…私も、あの大空を飛んでみたい……!
小鳥は窓を何とか開けようと頑張ります。
何度も何度も、その小さな身体を窓にぶつけます…。
けれど、どう頑張ってもその窓は一人では開けられない…。
決して開くことの無い窓を前に小鳥が絶望していたその時、仲間が来てくれました。
小鳥の願いを聞き入れた4匹は、力を合わせて窓に体当たりをします。
仲間と共に窓を開けようと、5匹の小鳥は窓に体当たりをします。
ギシギシと音を立て、窓は少しづつ…少しづつ、微かに開いて行きました………
ですが、どれだけ5匹が力を合わせても…決して窓が開き切る事はなかったのでした…。
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:24:06.33 ID:PNdIIEYCo
7月2日 琴吹邸 大ホール
紬「…………はぁ…………」
この日が来てしまった。
本来であれば、私にとって最高に素敵で、とてもおめでたい日。 誕生日……。
でも、気分はすごく憂鬱で、気が重い…。
どうして私は、こんな所にいるのだろう……。
男「紬お嬢様、本日はお誕生日おめでとうございますっ!」
女「お祝いの品をお持ちしましたわ、是非受け取ってください…」
おじさん「社長もめでたいですなっ! 本日はお招き頂き光栄ですぞ!」
おばさん「琴吹家の更なる発展を祝し、乾杯させていただきますわ」
紬父「いやぁ~、みなさんありがとうございます!」
紬「みなさん、どうもありがとうございます…」
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:25:12.42 ID:PNdIIEYCo
来賓が来るたびに繰り返される挨拶。 私も、笑顔を意識してそれに応えては見る…けど…。
……心なんかちっとも籠っちゃいない…それはもはや、定型業務のようなものだ……
来賓のニコニコ顔からもそう、『おめでとう』と言うその言葉の裏からは、父や私にただ気に入られようとする、そんな魂胆が見え隠れしている…。
紬「あの、ごめんなさいね、これを…」
メイド「はい、プレゼントですね、かしこまりました」
手渡されたプレゼントを近くのメイドに手渡す、あとで部屋に送って貰う事になっているが、中身は大体察しがついていた。
そのプレゼントのほとんどが高価な貴金属類に花束に、それぞれの会社の自慢の新作商品だったりするのだ。
それらの品々は、少なくとも私には要らないもの。
そもそも、今だって父や母の顔を立てる為に高価なドレスや宝石類を身に付けてはいるけど、それだって自分で選んだものではない。
メイクさんやメイドがコーディネートしてくれた、“私を一層際立たせる為”に選ばれたドレスや貴金属を、言われるがままに身に付けているだけだ。
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:25:40.80 ID:PNdIIEYCo
紬「…………はぁ………」
誰にも気づかれぬよう、私はまたため息を吐く。
息を一つ吐き出すたびに心の重さはより一層重くなり、気分は全然晴れない……
こんな気分になるのであれば………やっぱりみんなと一緒にいた方が良かった…。
でも、やっぱり私は琴吹の娘で…………
…いや、もう考えるのはよそう、考えても、前みたいに堂々巡りになるだけだ…
…ただ、これだけは言えた。
――――私はこのパーティーを、心の底からは楽しんではいなかった…。
―――会いたい…みんなに…会いたい……
今は、それだけしか頭に浮かばなかった………。
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:27:53.13 ID:PNdIIEYCo
――――――――――――
声「お嬢様」
紬「斎藤…」
心配そうな顔で私を見る斎藤に、私は作った笑顔で応える。
斎藤「ご気分が優れませぬか?」
紬「いいえ、大丈夫よ、ただ少し…夏バテ気味なだけだから…」
斎藤「あまり、ご無理をされぬよう…お嬢様に何かがあっては、この斎藤、旦那様に合わす顔がございませぬ……」
紬「…ええ、心配かけてごめんなさい」
斎藤「…今日は、私めにとっても記念すべき日でございます…」
斎藤「お嬢様が生まれる前より、私は琴吹家と旦那様と奥様に、そして…紬お嬢様に忠誠を誓っておりました、そして、それはこれからも変わらぬ所存でございます」
紬「ありがとう、あなたがいてくれたおかげで、私はすごく幸せよ…」
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:28:32.03 ID:PNdIIEYCo
それは本心からだった。
生まれた時からずっと私を守ってくれて、今でも変わらず私の味方をしてくれる、まるで父代わりのような、大切な存在。
そしてこれからも、斎藤は私の味方でいてくれる……
そう…だからこそ、私は斎藤の前で泣き言は言えない。
歳を重ねた斎藤に、これ以上個人的な事で負担をかけさせるのはいけない事だと思うから。
斎藤「18歳のお誕生日…真におめでとうございます…」
さっと、斎藤がやや大き目の箱を渡してくれた。
紬「これは…?」
斎藤「ささやかではございますが、私からのバースデープレゼントでございます」
紬「まぁ…開けても良いかしら?」
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:29:06.22 ID:PNdIIEYCo
斎藤「ええ、どうぞ…」
がさ…ごそ…
包装紙を丁寧に開ける。
紬「…わぁ…」
そこに入っていたのは、様々な駄菓子類だった。
以前、りっちゃんや唯ちゃんがくれた駄菓子類を、私は部屋で食べていたことがあって…それで、たまたま私の部屋に用事で部屋に上がった斎藤にそれを食べさせて見た事があったんだっけ…
みんながくれた駄菓子はとても美味しくて、私は嬉々としてそれを斎藤に勧めて…
きっと斎藤は覚えていてくれたのだろう、あの時の事を…。
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:30:05.33 ID:PNdIIEYCo
紬「…くすっ、もう、何なのよこれ」
斎藤「おやおや、お気に召しませんでしたかな?」
紬「違う違う、そんなんじゃなくて……」
斎藤「私も色々と探しては見たのですが、あの時ほどお嬢様の喜んだ顔は見られなかったものでして」
斎藤「いや、私も驚きました、あれほどに美味しいお菓子が、まさかどれも10円辺りで買えるとは…」
紬「高いお菓子も美味しいけど…私は、こっちの方が好きよ」
…だって、これを食べていると、私はみんなと同じなんだって…実感できるんだもの…
紬「プレゼントは値段じゃないのよね…やっぱり」
斎藤「ええ、私も視野が狭かったようです……この歳になってみても、世間には、私の知らない事がまだまだありますな…」
紬「安くても、気持ちが籠もっていれば私は嬉しいわ…斎藤、本当にありがとう」
斎藤「お嬢様に喜んでもらえて、この斎藤、とても光栄でございます…」
紬「是非、今度一緒に食べましょ」
斎藤「ほっほっほ…そうですな、では、今度のお茶菓子にでもお出しいたしましょうか」
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:30:52.72 ID:PNdIIEYCo
紬「うふふっ、ありがとう……えへへっ」
斎藤「やっと、笑って下さいましたな…」
紬「……うん、少しだけど、元気が出てきたわ…」
斎藤は、さっきまで憂鬱にしてた私を元気づけてくれた。
このプレゼントもきっと、今日の事を杞憂にしてた私の事を察して、わざわざ用意してくれたのだろう。
…ありがたい……。
パーティーが終わったら、あとでたくさん食べよう。
それを支えに、今はもう少しだけ元気でいよう…。
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:31:31.08 ID:PNdIIEYCo
紬父「紬、そろそろ開宴の時間だ、今日の主役として舞台でお客様に挨拶なさい」
紬母「紬、緊張しないようにね?」
紬「ええ、行って参りますわ、お父様、お母様…」
父と母に案内され、私は舞台に上がる。
舞台に上がる私に向かい、たくさんの拍手と声援が飛び交う。
客「今日はまた一段と輝いてるなぁ~いや、是非お近付きになりたいもんだ…」
客「さすが、琴吹社長のお嬢様ですわぁ……」
客「娘さんもまた大人になり、そしてお美しくなられ……琴吹グループも安泰ですな…はっはっは!」
紬「……………」
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:32:02.12 ID:PNdIIEYCo
司会「それでは、本日の主役であり、琴吹グループ社長の愛娘、紬お嬢様のご挨拶でございます」
100か200…それ以上の数の来賓に向かい、私は、凛とした声で言う。
紬「皆さん、本日は私の誕生日の為にお集まり頂き、ありがとうございます」
紬「父も母も…そして私も、お集まりいただいた皆様に祝福して頂き、非常に光栄です」
紬「お集まり頂いたささやかなお礼として、こちらも美味しいお酒と料理も多数用意させて頂きました。 本日は、大いに楽しんで行って下さい!」
―――パチパチパチパチ…!
司会「お嬢様、ありがとうございました。 では、続いて社長とその親族の皆さんからのご挨拶を…」
―――パーティーは始まったばかり。
相変わらずどこか寂しくて、気だるい感のある、でも、父と、琴吹にとって、とても大事な宴の夜は、こうして幕を開けた………。
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:32:32.92 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
琴吹邸 大廊下
律「……」
人目を気にし、私はドアを一つ一つ開けて行く…
律「……ん~…ここも違うか…一体ムギのヤツどこにいるんだ?」
私の家の何倍もある大きい廊下にはいくつものドア。
そのドアの中の部屋の一つ一つが、まるでホテルの一室かのように整っていて、嫌でもここがお金持ちの屋敷なのだと言う事を認識させる。
ムギのやつ…いつもこんな部屋で生活してるのかよ…
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:33:03.28 ID:PNdIIEYCo
唯「わぁ…おっきな絵…これ、いくらぐらいなんだろうね?」
後の唯がもの珍しそうに壁に掛けてある絵を見ている。
律「さぁ、でも、私らじゃ一生かかっても買えないぐらいの値段はするだろうな」
唯「それって…いくらぐらい…?」
律「ん~~……1億とか?」
唯「い…いちおくっ!?」
律「よくテレビとかじゃそれぐらい言うだろ?」
唯「それって…私のお小遣い何か月分なんだろう…??」
ひいふう…と指折り、唯は真剣な顔で金額を計算していた…。
この状況下でも相変わらずのマイペース、恐れ入るっつーか、唯らしいと言うか……
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:33:47.16 ID:PNdIIEYCo
澪「おい律」
その時、私の後ろに引っ付いてる澪が怪訝そうな声で尋ねた。
律「んあ? どーした澪?」
澪「どうした? …じゃないっ!」
―――ごちんっ!
いきなりだった、澪お得意のゲンコツが私の頭を直撃する…。
頭の中を星が回り、目の前がクラクラする…………。
律「痛たた……もー、何怒ってんだよ~?」
澪「お前…自分が何してるのか分かってるのか??」
律「何って、家宅侵入…」
澪「さらりと恐ろしい事を言うな!!」
―――ごちーん!!
怒鳴り声と同時に間髪入れず炸裂する二度目のゲンコツ、今度はさっきのよりも威力が上回っていた………。
…こいつは…なんでこんなに怒っているんだ……?
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:34:40.42 ID:PNdIIEYCo
律「……ぉぉぉおう…………」
唯「や、やめようよ澪ちゃん…」
澪「でも、唯……」
唯「りっちゃんだってムギちゃんの為にやってるんだよ、だから、分かってあげて?」
澪「…………唯……」
唯が澪をなだめる。
それで怒りの矛を引っ込めた澪は、不満そうにしながらもそれっきり何かを言う事は無かった。
梓「ですけど正直、私は反対です……」
唯「あずにゃん…」
律「梓、お前まで……」
梓「ムギ先輩の家の事はムギ先輩にしか解決できないと思いますし…やっぱり、赤の他人の私達が勝手に介入するのは…その…」
弱い口調ながらも正論をぶつける梓。
確かに、梓の言ってる事は正しいのかもしれない…でも、私はどうも梓のその意見には賛同できなかった。
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:35:38.59 ID:PNdIIEYCo
律「梓、それ違う」
梓「……?」
律「私達は赤の他人なんかじゃない、私達は、ムギの親友だ」
梓「……………」
律「その親友が言ったんだ…『あんなパーティーは嫌だ』って…」
律「だから私は、ムギを助ける為にここにいるんだよ」
律「家族の為に、その家族に言いたい事も言えず…その家族の為に、心を折って従っているムギを助ける為にさ……」
梓「………………」
しばしの沈黙が続く。
そして、ふぅとため息をつき、やや納得した口調で梓は口を開いた。
梓「…ふぅ、分かりました、律先輩がそこまで言うんだったら私もう何も言いません……。 それに私だって、ムギ先輩の事情聞いたら、きっと何とかしたいって思うだろうし……私がムギ先輩だったら、そんなの嫌だっただろうし…」
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:36:23.24 ID:PNdIIEYCo
律「…ああ、梓、ありがとな…」
言いながら、軽く梓の頭を撫でてやった。
くすぐったそうに照れ隠しをする後輩を見て、私はみんなに向き合う…
律「でも、いくらムギの為とは言っても、私が言い出した事だし、それにみんなを巻き込んで悪かったと思ってる」
律「何かあったら私が責任取るからさ……みんな、私を手伝ってくれないか?」
そう言って私は、両手を合わせて改めてお願いをしてみる。
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:38:12.40 ID:PNdIIEYCo
澪「ったく…困った部長だよ、ほんと」
梓「でも、今日はいつもよりかっこいいと思いますよ…?」
唯「うんうん、りっちゃん、なんか今日はすごくかっこいいよ♪」
澪「言った事は守れよ? みんな、律を信じてるんだからさ」
律「おうよ、あたしの土下座の美しさは世界一ーっ! なんてなっ」
ちゃらけた表情で私はみんなに向き合う。
そして心の奥で、声には出さず、何度も感謝した…
律(―――みんな、ありがとうな。)
83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:38:58.68 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
唯「でもでも、まさかこんなにあっさり入れるとは思わなかったなぁ」
律「ああ、私もまさか、こうもすんなりさわちゃんのメイド服着て入れるとは思ってなかった」
唯「表にいたガードマンの人、私達をお手伝いのメイドさんだと思ってすんなり通してくれたもんねー」
澪「相当忙しい感じあったもんな…」
梓「だからって…こんな泥棒みたいな事……もう二度とやりたくないですけどね」
澪「言えてる…」
律「ま、さわちゃん様々って所だよな」
唯の言う通り、私達の今の格好は、さわちゃんが用意した衣装姿だった。
招待客でもない私達がここに入るには、急きょ採用されたメイドとして入り込む事ぐらいしか考えが付かなかったのだけれど…その目論見は当たっていたようだった…
入口にいたガードマンに通され、屋敷に入る事には成功できたけど…肝心のムギがどこにいるのかが分からない…
完全に道に迷ったかな…まさか、人ん家で迷子になるなんて、思っても見なかったなぁ…
84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:39:31.21 ID:PNdIIEYCo
そして…
声「あなた達、そんな所で何してるの??」
一同(びくっ)
背後からの声に振り返ると、そこには私達と似たようなメイド服を着た女の人が一人。
見たところ、ここのメイドさんのようだった。
澪「あ…あのその、私達は……」
梓「べ…別に怪しい者じゃ…」
焦った澪と梓が手をバタバタ振り、しどろもどろに答えている。
メイド「見ない顔だけど…もしかして、新人さん?」
唯「あ…あのその、私達はムギちゃ…んぐっ!?」
余計な事を言いそうになった唯の口を慌てて塞ぎつつ、困惑顔の澪と梓に目で合図する。
律(私に任せろ…)
唯澪梓(………)コクリッ
私を信じてくれたのか、澪も梓も唯も、黙って頷いてくれていた…
85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:40:03.26 ID:PNdIIEYCo
律「いやーすみません、そーなんですよぉ、私達今日からここで雇われたメイドなんですけどぉ~、道に迷ってしまいましてぇ~」
メイド「あら、そうだったの?」
律「はい、すみませぇ~ん」
いかにもなドジっ子声で私はメイドさんに答える。
…これで誤魔化せればいいけど……。
メイド「ん~、ここ広いからねぇ、まぁいいわ、それじゃこっちへお願いね?」
律「ラッキー、じゃあみんな、早くいこっ♪」
唯「う…うん! そうだね~」
澪「すみません、よろしくおねがいしますっ」
梓「わ、わざわざありがとうございます~♪」
メイド「いえいえ、今日は忙しいからしっかりお願いね?」
律「はいっ♪」
ふぅぅ…なんとか誤魔化せた…
…怪しまれたりしないか不安だったけど、どうにか大丈夫そうだった……
とにかく、これで目的地まで行けそうだな…
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:40:59.08 ID:PNdIIEYCo
琴吹邸 大ホール
メイドさんに案内された私達はパーティー会場であるメインホールに通された。
律「うわ…でっか!」
唯「広いねぇ…もしかしたら、学校の講堂よりも広いんじゃないかな?」
梓「すごい…なんていうか……おとぎ話の世界に来たみたい…」
澪「これが…ムギの家…お嬢様としてのムギが住んでる世界なのか…」
澪も梓も唯も、その凄さに圧倒されていた。
かくいう私もこういう光景は、テレビぐらいでしか見た事がないからな…
今日みたいな感じじゃなかったら、多分子供みたいに騒いでは澪のゲンコツでも喰らってた事だろう。
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:41:32.06 ID:PNdIIEYCo
ホールの至る所でキラキラと煌めく大小様々な飾り。 おそらく特注なのだろう、見た事もないような大きなケーキに、これまたテレビでしか見た事の無いような大きな七面鳥…。
そして、それを囲むように談笑している綺麗なドレスの女の人や、高級そうなタキシードにを包んだ男の人…。
それを見て、ここが私達の住む世界とは違う世界だってことを嫌でも実感させる。
―――間違いなくムギはここにいる、このホールのどこかで、寂しそうにしているに違いない。
会場をぐるりと見回すが、ここじゃ人が多すぎてムギがどこにいるのかが分からないな……
どうしたものかと思い考えていた時、メイドさんが私達に指示を飛ばす。
メイド「じゃああなた、早速だけど、向こうのお客様にこのワインをお届けして貰って良いかしら?」
澪「えっ? あ…はいっ!」
メイドさんがワインの置かれたトレイを澪に手渡す。 トレイの上には綺麗なグラスに赤々としたワイン、ラベルだけを見ても、そのワインが非常に高価なのがよく分かる。
澪「………………っ」
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:54:29.90 ID:PNdIIEYCo
メイドさんからトレイを受け取った澪が、ぎこちない動作で男の人の元へ向かっていく。
カタカタとトレイを震わせる姿にこっちもヒヤヒヤする…
頼むから、盛大にひっくり返すなんてお約束、やめてくれよ………?
澪「ぁの…どう…ぞっ」
男「おっ、ああ、わざわざありがとう」
澪「…し、失礼…します……っ」
男「あの、大丈夫?」
澪「は…はぃ! 失礼ひますっ!」
律「―――あーらら…」
………あいつ、完全にここの空気に飲まれてるな…。
ま、無理もないか…向こうはムギのお父さんの客、って事は…、相応のお金持ちなわけだからなぁ…
しかもあいつ、あまり男慣れしてないからなー…
一人じゃ何やらかすか分かったもんじゃないな…。
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:55:50.04 ID:PNdIIEYCo
メイド「そこのヘアピンの子とおさげの子はお料理を運んでちょうだい、カチューシャのあなたはあの長髪の子と一緒にお酒やお水をお客様にお配りしてくれる?」
唯「は…はいっ!」
梓「律先輩、どうするんですか?」
律「とりあえず私は澪と一緒にいるよ、何かあったらケータイで連絡するから、そっちもムギを見つけたら連絡ちょうだい!」
唯「うん、分かったよ!」
梓「律先輩、気を付けてくださいね?」
律「ああ、そっちこそドジ踏むなよ?」
梓「律先輩こそっ」
律「あいよー、じゃ、またあとでな!」
そして私は澪と、梓は唯とペアを組み、散開する。
仕事をしてるフリをしながらムギを探せば、必ず会えるだろう…。
ムギ、待ってろよ…! 必ず見つけて、お前の事捕まえてやっからな―――!
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:57:23.24 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
父と母は外に出て行き、斎藤はあくせくとメイドらに指示を飛ばす。
そして私も、顔見知りの来賓と話をしている時だった。
男「紬お嬢様」
ふと、男の人に声をかけられた。
紬「…はい?」
声に振り向き、その男の人と対峙する。
背はやや高めで、ブランド物の白いスーツを得意気に着こなし、金髪に染め上げた髪は丁寧にセットされている。
その身体から微かに香る香水もブランド物だろう、靴もスーツもネクタイも、全てが一級品で、そこらの来賓とは一層違った雰囲気を存分にアピールしていた…
お酒が回って火照った顔をしていても、その気品は崩れることなく、むしろ大人な雰囲気を演出している様にすら感じられる。
…確かに、ぱっと見ただけなら、その人は十分かっこいい部類に入るのだろう。
街を歩いて声をかければ、大抵の女の子は一目惚れしてしまう、そんな感じがする。
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:58:21.77 ID:PNdIIEYCo
でも、私はそうじゃない……むしろ、その人を一目見て嫌悪感すら抱いていた。
なんというか…伝わって来るんだ。
その人の全身から“欲しい物は何でも手に入れてきた”って言う嫌な空気が…。
とても欲深い…不気味な雰囲気が……。
………でも、この人どこかで…あぁ…!
……思い出した、確かこの人、数年前に立ち上げた会社でとても大きな成功を収めた若社長だ…
いつだったか、テレビでこの人を取り上げた特集が組まれていた番組があったけど、この人もここに来ていたのか…
社長「本日は、お誕生日おめでとうございます」
紬「え…ええ、ありがとうございますわ、社長さん」
笑顔を崩さぬよう、私は社長の世辞に答える。
向こうの笑顔も、一見すればとても清らかなものに見えるのかも知れない…けど、その裏にある不気味な匂いが拭いきれない。
…確かに、人は見た目では判断できない。 でも、私には分かった…この人は、あまり良い人じゃない…
…それは直感、こういう場で…腹の底で下らない事を企んでいる人たちから幾度となく声をかけられた私だからこそ思える、直感だった。
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 19:59:43.45 ID:PNdIIEYCo
社長「しかし、近くで見るとやはりと言うか、いや…とてもお美しい……」
紬「あ、ありがとうございます…」
社長「プレゼントもご用意させていただきましたよ、とはいっても安物ですが、車を一台ね…。 アメリカの大手会社より取り寄せた新型です。 お気に召して頂ければ、僕も光栄ですよ」
紬「それは、わざわざ高価な物を…」
…そんな物、私はいらない…。
いくら高い車を持って来られても、同じ車なら、さわ子先生の車の方が何倍も安心できる…。
どうして、こう……値段が高ければ良いって概念の人が多いんだ、こういう人は…!
…それにさっきからこの人、私を見る眼が妙に嫌らしい。
まるで、獲物に狙いを定めた鷹のようにじっと私を見ていて……気持ち悪い……。
社長「どうでしょう? こんなパーティー抜け出して、僕と一緒に…2人きりのバースデーでも…」
小声で、私の耳元でそんな事を囁きながら…社長が私の肩に手を置く。
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:02:25.42 ID:PNdIIEYCo
――――――ぞわっ…
何なんだ…この、すごく嫌な感じ………。
まるで、猛獣の爪が肩に食い込む感じだ…
―――やっぱりこの人…すごく怖い……!
紬「…あ…あの…すみません…っ!」
思わず社長の手を払いのけてしまった。
やってしまったと思い、私はすぐに謝る…けど…
紬「…あ…………すみません…私、まだ、お客様にご挨拶が……その………」
社長は私に払われた手を見る……
社長「……………これはこれは…失礼しました…」
若干の沈黙の後、社長は低く、重い声で答える…。
でも、その眼には謝罪の誠意なんて欠片も感じられない………。
むしろ、怒りを我慢するような…恐怖感しか無かった……。
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:04:03.75 ID:PNdIIEYCo
社長「………チッ……でしたら、パーティーが終わった暁にでも…明日は日曜日、お嬢様も学校はお休みでしょう?」
紬「明日は…が…学校のお友達と予定が…」
社長「学校の友人とはいつでも会えますよ…明日ぐらい、良いでしょう…?」
社長「お嬢様の知らない甘美な大人の世界…僕が色々と案内して差し上げましょう……!」
社長が目線を合わせ、射抜くように鋭い眼光で私を捕える…
その威圧するような目線に震え、私は目を逸らす…。
そして、社長の腕が私を掴みかけた…その時だった…。
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:04:51.14 ID:PNdIIEYCo
―――ガシャーーーン!!!
紬「ひっ…!」
一際大きな音が私のすぐ傍で響き、顔を上げると、そこには真っ赤なワインまみれになった社長の姿が……
…状況を察するに、メイドがワインの入ったトレイをひっくり返して、それが社長を直撃してしまったようだ。
社長「………………っっっっ!!!!!」
声「あ…あわわわわわわわわ………」
メイドの怯えたような声と、怒りで顔を真っ赤にする社長。
一触即発…いや、この手の男の人が怒り出したらどうなるか………そんな事、想像したくもなかった……。
男「…だぁぁぁ……テメェなんてことしてくれんだ!! このスーツ高かったんだぞ!!!!!!」
声「ご……ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」
必死で頭を下げて謝るメイドだけど…そんな事もお構いなく、社長はメイドを一方的に怒鳴り散らす。
97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:05:40.18 ID:PNdIIEYCo
社長「オイテメェ!! 俺を誰だと思ってやがるんだ…? 弁償しろよこのガキがぁ!!!」
声「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいっっっ!!!」
紬「あ…あの社長、他のお客様もいらっしゃいます…! ですから、ここはどうか穏便に…!」
社長に向かい、メイドと一緒になって私は謝り…………え??
声「…………っっっ…ご…ごめんなさぃ…ごめんなさい……っっ!!」
紬「ゆい………ちゃん…?」
謝るメイドを見る。
そのメイドは、格好こそメイド服を着ていたけど…間違いなく、私の友達の唯ちゃんの姿だった……。
―――どうして…唯ちゃんがここに………どうして…どうして???
98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:06:51.12 ID:PNdIIEYCo
―――――――――――
律「ん~~……ムギ、どこだぁ~??
配膳と水配りの仕事を適当にこなしつつ、私と澪はムギを探す。
漏れ聞いた話では、メイドも執事も本当に人手が足りてないらしく、今はほとんどのメイドが厨房で料理を運び、また来賓のルームサービスに追われているらしい。
そして、今このホールにいるお手伝いさんは、私達を除けば数人の執事さんのみ。
そう、誰にも邪魔をされずにムギを探すには、今が絶好のチャンスだったんだ―――。
律「なぁ澪、ムギ見つかったか?」
澪「いや……私も探してるけどなかなか…」
律「ん~~~…ここじゃないのかな?」
ムギがこのホールにいないって可能性が頭を過った、その時だ…。
―――…ガシャーーン!!
声「ご…ごめんなさい!!」
律「ん…?」
何処かで何かをひっくり返したような音が聞こえた。
何事かと思ってその音の方を見ると、涙目の唯が男に怒鳴られているのが見えた。
男は全身ワインまみれで、その白いスーツには赤い染み…ああ、間違いない。 唯がワインを男にぶっ掛けてしまった事が十二分に伝わる状況だった。
99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:08:00.05 ID:PNdIIEYCo
律「わ…やば………!」
澪「律っ! 唯が…!」
律「ああ分かってる…澪、行くぞ!」
状況を察した私と澪は一目散に唯の元へ駆けつける。
騒ぎを聞いて来たのか、唯の近くにいた梓もすぐに現場に駆けつけてくれた。
社長「オイ……聞いてんのかよガキィ!!」
男が唯の胸倉を掴み上げ、真っ赤な顔で吠えている。
…うわ…こいつ酔ってんな…確かに、せっかく決めてきたスーツを台無しにされた気持ちも分からなくもないけど…それでもだ。
いくらなんでも…泣いてる女の子の胸倉を掴み上げて一方的に怒鳴り散らすなんて……どうかしてるぞ…!
100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:08:41.10 ID:PNdIIEYCo
唯「ご……ごめんなさい!!!! ごめんなさい!!!!!」
紬「やめて下さい!! 社長!! その子を許して上げてください!!!」
涙を流しながら、必死で許しを請う唯…
そんな唯の涙なんてお構いなしに怒鳴り散らす男…
その男の足元で、唯を許してくれと土下座で懇願するドレスの女の人の姿が見えた。
……いや違う、この人は…!
律「ムギ……!」
紬「…?…りっ…ちゃん…」
やっと見つけた…! ムギを見つけられた…!
綺麗なドレスを着飾り、私が見た事もない宝石を幾つも身に付けた親友は、その見た目だけはいつもとは違っていた…けど。
友達の為に懇願するその姿は、間違いなく私達の知るムギそのものだった…。
紬「りっちゃん……あの…その……」
律「事情は後で話す、とにかく、今はここを何とかしないとな……!」
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:09:52.42 ID:PNdIIEYCo
社長「泣けば何とかなるとでも思ってんのか! アアァ!??」
唯「ごめんなさい……っっ!! ごめん…な…さい……っ…!!」
梓「律先輩…! 唯先輩が…唯先輩が…っっ!」
澪「律……怖いよ……あの人…怖い……!!」
律「ああ……! 分かってるさ…!」
梓も澪も、完全に男の気迫にすくみ上がっていた…
幸いっつーか、私はそれほど恐怖を感じていない。
つーかあんな怒鳴り声、ザ・フーのパフォーマンスに比べりゃ全然大した事ないからな…
…でも、それをモロに浴びてる唯はどうだ? 自分のドジであんだけ怒鳴られて…それでムギが必死になって謝って……。
ドジな癖に責任感だけは人一倍強いからな…ああああ…! …一体どうしたもんかな………!!
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:10:43.20 ID:PNdIIEYCo
律「あの…お客様!!」
とにもかくにも、私は男の意識を唯から逸らそうと男に声をかける。
声をかけられた男は、その眼をそのまま私に向けて…
社長「アア!?」
と、凄む。 ………うわぁ……ブン殴りてえ……。
顔だけ見りゃ整ってる感じするけど、これじゃ完全にそこらのチンピラじゃないか。
こんな奴らを相手にいっつもパーティーやってたのか、ムギは…………。
そりゃ嫌気も差すわ…。 お金持ちのパーティーも、私の想像とは全然違ってたみたいだ…。
社長「んだよテメェ…!」
とにもかくにも、唯を解放した男は、今度は標的を私に定めたようだった。
横目で唯を見ると、梓と澪に抱えられ、シクシクと泣いてるのが確認できた。
ま、とりあえず目的は完了か…。
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:13:54.65 ID:PNdIIEYCo
律「…っ…すみません、私も謝りますから…その子を許してあげては貰エマセンカ…」
平身低頭、とにかく平謝りで私は頭を下げる。 でも……。
社長「テメェなんかの土下座なんかいらねえんだよボケが」
…………………はぁ…
………あーーー、なんで私はこんなヤツに頭下げてんだろ……。
状況が状況なので仕方ないとは思うけど、私の性格上、やっぱりこれは苦手な事だ。
紬「…っっ…! 社長……! お願い…します!!」
社長「ハッ、テメェらガキがいくら頭下げようが、俺のスーツに着いたワインは取れたりしねェんだよ」
社長「謝っただけで済むんなら警察はいらねェんだよガキが…分かってんのか、アアァ??」
律「……っっ…ハイ、スミマセン…」
男は尚も凄む。
こういうヤツは毎回こうやって、立場の弱い人間をいたぶるのがとにかく好きなんだろう。
そこに歳とか性別は関係ない、自分より弱い人間をいたぶり、自分より強い人間を蹴落として、こういう奴は更に幅を利かせて行きやがるのだ…。
とことん性根の腐った…とんだクズだと…子供ながらに思ってしまう。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:14:52.66 ID:PNdIIEYCo
社長「謝罪ってのは誠意って形で表すのが大人の常識、それ分かってんのか、コラ」
律「……誠意と言いますと………やっぱり、弁償…」
社長「っは…甘ェよ。 オイ、お嬢」
紬「…はい……」
社長「メイドの責任は雇い主の責任、そうだろ?」
紬「はい…」
社長「じゃあ、ここはその雇い主である紬嬢が責任を取る、これでどうだ…?」
にやりと笑い、上から下まで舐め回す…まるで変態みたいな目でムギを見る男だ。
…………てか、今コイツなんて言った?
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:17:20.18 ID:PNdIIEYCo
社長「紬嬢が1日俺の専属のメイドになる、それでこの件は無かったことにしてやるよ…!」
社長(これで上手くやりゃ…琴吹は俺のモンだ……!!)
…………………くっ…
………こいつ……こいつっっっ!
紬「わ……分かり…ました………」
…………この野郎…っっっ!!
紬「分かりました、私…何でもしますから……その子だけは……!!」
律「ムギ!!!! それ以上喋るなぁ!!!!」
……………っっ…もう、限界だった。
この男は、人の弱みに付け込んで…私の友達に何をやろうとしてんだ…!!
この場は堪えてやり過ごそうかと思ったけど…もう、そんな悠長な事言ってられっか!!!!
やっぱりこの野郎…一発ブン殴ってやんねーと……!
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:18:18.53 ID:PNdIIEYCo
律「てんめぇ……!!」
私は男のしがらみを強引に振りほどき、拳を男に向けて繰り出す!
―――その時だ。
声「あっちです! 早く来て!!!」
執事「お客様、如何なされましたか??」
メイド「早くお召し物の替えを! 執事の方は大至急お風呂の用意をお願いします!!」
来賓の誰かが呼んでくれたのだろう、数人のメイドさんと執事さんが慌てて駆けつけてくれた。
っかし、えらく時間がかかったな…
メイド「料理なんて後回し! とにかく何人かこっちに来て頂戴! あと、お客様へのご説明と旦那様への報告! よろしくお願いね!」
メイド…長なのかな? テキパキと指示を出すメイドさんの指示に従い、数人の執事さんとメイドさんが動き回っている。
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:18:57.90 ID:PNdIIEYCo
メイド長「お客様……大変申し訳ございませんでした!!! ホラ!! あなた達も謝って!!!!」
一同「…はい…すみません……でした……っ!」
メイド長さんに言われるがままに唯と澪と梓、それに私を含めた4人で男に頭を下げる。
社長「んな…オイ! まだ話は終わって!!」
執事「さあさあ、とにかく、お召し物をお預かりさせていただきます、お客様、どうぞこちらへ…」
社長「おいてめえ!! っく! 離せ!! 離しやがれ!!!!」
そして、男は最後まで声を荒げたまま、数人の執事さんに連れられてホールの外に消えて行った…。
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:21:27.32 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
騒動が落ち着き、遅れて斎藤が私の元へ駆けつけてくれた…
斎藤「お嬢様…ご無事でしたか?」
紬「斎藤……もうっ!! 遅かったじゃない!!」
斎藤「申し訳ございません…厨房でトラブルがあったようでして…」
紬「まったく………私…すごく…すごく、怖かったんだからぁ!!」
怒り半分、嬉しさ半分で泣きじゃくり、私は斎藤の胸に抱きつく。
そんな私の背中をさすりながら、斎藤は優しい声で謝ってくれた……。
斎藤「申し訳ございません…」
紬「でも……ぐずっ……ありがとぅ…ありがとう……!」
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:22:27.56 ID:PNdIIEYCo
斎藤「ええ……とにもかくにも、あの社長にはご退場頂きましょう」
紬「…でもっ…今回の不手際は…私の…」
斎藤「ご安心を…あの若社長がこの場に置いて働いた数々の無礼、それはここに居る何名ものお客様が見て下さいました」
斎藤「聞けば、既に何人かのお客様も迷惑を被ったそうで…立ち入りを禁ずる十分な理由は、既に整っておりますよ」
紬「……そう…なの?」
斎藤「ええ…。 まぁ、彼の力に頼り、強引に会社を拡大させたやり方は有名ですからな…これも、彼の社会勉強だと思いますよ…」
………そんな事が…。
あの人は、私や、私の友人だけでなく…ここに居る…何人もの人に…あんな事を…。
斎藤「後始末は我々にお任せください、この件は旦那様に報告し、二度と今回のような事が無いように努めます」
紬「…ええ…っ…お願い…ね…」
斎藤の言葉はとても心強く聞こえた。
それは、不安に怯える私の心を落ち着かせるのに、十分すぎるぐらいだった……。
でも、どうにも疑問が残る。
一体…どうして、唯ちゃんやりっちゃん、澪ちゃんに梓ちゃんがここに…?
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:23:18.44 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
騒動が一段落着いた後、私達はメイド長さんにこってりと絞られていた…。
メイド長「まったくあなた達は…なんとかなったから良いものの…自分たちが何をしたか、分かっているの!?」
唯「はぃ……すみま…せん……」
紬「あの…メイド長…その子達は…」
メイド長「紬お嬢様、申し訳ございません…この度の不手際、私の責任でございます……本当に…本当に…申し訳ありませんでした…!」
ムギが口を挟むも、メイド長さんは変わらず、ムギの声を聞こうとはしてくれなかった…
そして、別のメイドさんの口から非常にまずい事が告げられる。
メイド「って言うか…その子達、誰です??」
メイド長「誰って…あら、言われてみれば、あなた達見ない顔ね?」
唯律澪梓「…ぎくっ………」
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:24:26.54 ID:PNdIIEYCo
執事「……臨時で雇ったメイドだと、私はお聞きしましたが…?」
メイド長「確かに人手は足りてなかったけど…臨時のメイドを雇った覚えなんてないわよ…?」
執事「じゃあ………誰なんだ…キミ達は…??」
律「い…いや…その……あはははははっ!!」
私は渇いた笑いでその場を誤魔化そうとする…が、さすがに今回は無理なようだ…。
その時、数人の執事の間に緊張が走って…!
執事「………っっ!!! 総員、その少女達を囲め! 彼女達は侵入者だ!!」
――――バタバタバタバタ!!!
刹那、どこからかSPらしき人が出てきて、私達はあっという間に囲まれた……まるで、警察に包囲された犯罪者のようだ……。
澪「…ひぃぃっ!」
唯「わわ…ど…どうしよう……!!」
梓「律先輩……どーするんですか???」
律「んな事言われたって………」
思わず両手を上げて私達は固まる……。
あー、どうしよう………
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:25:37.73 ID:PNdIIEYCo
SP「お客様はお下がりください!! こちらホール、侵入者を発見! 大至急応援を要請します! ハイ!」
SP「キミ達、両手を後頭部に付けてうつ伏せになるんだ! 早くしろ!!」
律「…ちぃ…」
SPの言われるがままに私達は従う……。
…完っ全に犯罪者かテロリストじゃん…これ……
紬「止めて!! その子達は…!!」
SP「お下がりくださいお嬢様! ここは危険です!!」
紬「みんな!!!」
ムギの静止の声も虚しく…私達は次々に拘束される。
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:26:04.78 ID:PNdIIEYCo
澪「わ…私達は…ム…琴吹さんの友達で…!」
唯「そうなんです! だから別に怪しい者じゃ…!」
SP「だったら、どうして忍び込んだりなんかしたんだ!」
梓「それは…! その……っ!」
律「と…とにかく、理由を聞いてくれーーー!!」
SP「ええい! いいから…大人しくするんだ!」
っちぃ…ホント…どうしたもんかな…これ……!
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:27:23.41 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
りっちゃん達を拘束するSPに向かい、私は必死で事情を説明しようとする。
確かに、どうしてみんながあんな格好でここにいるのかは分からない…でも、みんなに限って何か悪い事を企んでるなんて事は無い…絶対に無いんだ…!
紬「やめて…やめて!! みんな!!!」
SP「危険です! お嬢様、お下がりください!!」
私は尚も彼女達を解放して欲しいとSPに頼み込む…が、誰一人として聞く耳を持ってくれない…!
どうにかしなければと思っていた時、ホールの異変に気付いた父と母が様子を見に来てくれた…。
紬父「…一体どうした事だ、これは??」
紬母「外で騒動があったからと聞いてみれば…これは一体…」
SP「旦那様、奥様…ハッ、たった今、侵入者と思われる少女達を確保した所でございます!」
紬父「なんと……彼女達が?」
紬母「見たところ…紬とそう変わらない年頃だと言うのに…何かの間違いではないの?」
SP「いえ、臨時で雇われたメイドの振りをして屋敷に侵入したと…そう聞いております」
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:28:34.64 ID:PNdIIEYCo
メイド「動かないで…! ボディチェックをさせてもらいます…」
律「わ…そこは……や…やめっ!!」
メイドの一人がりっちゃんのポケットに手を突っ込む。
ポケットから出したメイドのその手には…一枚の紙切れが握られていた…
メイド「旦那様、彼女達のポケットからこんな物が…!」
SP「これは…携帯電話に……何々『誘拐計画書』??…な…なんという…!」
紬父「キミ達は…一体……」
紬母「あなた………」
客「まぁ……聞きました? 誘拐犯ですって……こわいわぁ……」
客「なんと恥知らずな………」
客「薄汚い小娘らが………[ピーーー]ば良いのに…」
客「どうせ、育ちの悪い下劣な庶民でしょう? 庶民は庶民らしく細々と生きていれば良いのですよ…」
客「でもまぁ…良かったじゃないですか、僕たちにも、紬お嬢様にも何事もなくて…ね」
客「ええ、違いありません…!」
―――はっはっはっはっは!!!
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:29:39.02 ID:PNdIIEYCo
紬「……………っっっ!」
何を好き放題言ってるんだ…この人達は……!
彼女達の事を何も知らないくせに…彼女達が…どれだけあなた達より素晴らしい子なのか…知りもしないくせに…………!!!
紬「…い……か…げんに………」
………もういい……。
琴吹とか、来賓の事だとか…父や母の事なんて…もういい………。
目の前で友達が……大事な人が酷い目に遭わされて…それを目の当たりにして…何もしないだなんて…
そんな事をしてまで……この『琴吹』って名前が大事だとは…私には思えない………!
紬「―――――いいかげんになさいッ!」
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:30:57.60 ID:PNdIIEYCo
それは…この18年で生まれて初めて上げる怒鳴り声だった……。
息は上がり…酸欠で頭がふらつく…大声を出すのって…こんなにも疲れる事なのか。
だけど、これぐらいで終わらせるつもりは毛頭ない。
SP「紬お嬢様……」
紬父「紬……」
紬「彼女達は私の大事な学友です、誘拐犯でもなければ侵入者でもないわ……客人として扱いなさい!!」
律「ムギ……!」
唯「ムギちゃん……」
客「どうしたのかしら…紬お嬢様…」
みんなが意外そうな目で私を見る。
自分でも正直意外だ…それは他の人から見ればさぞ驚いた事だろう……。
だって私は…今……本気で怒っているのだから……!!
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:32:26.17 ID:PNdIIEYCo
紬「彼女を離しなさい…」
SP「しかしお嬢さ…っ!?」
紬「もう一度言います…彼女を離 し な さ い … !」
SP「わ…分かりました……!」
間髪入れず唯ちゃんを拘束していたSPの腕を掴み上げる。
ギリギリと音を立て…SPの顔が一瞬歪んだように見えた…。
その、私のあまりの力に怯んだのだろう、SPが慌てて彼女を解放する。
律「ムギ……その…さ…」
唯「わふ…あ…あのねムギちゃん…これは……」
紬「ええ、みんな大丈夫よ…だから後で、何があったのか…理由を説明してね…?」
澪「ムギ…」
梓「ムギ先輩……」
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:33:17.89 ID:PNdIIEYCo
紬父「紬…」
紬「お父様…お母様……信じて下さい…っ…彼女達が私の友達…放課後ティータイムのメンバーです…」
紬「私の掛け替えの無い……大切な“仲間”です…!」
紬母「あなた達が…紬の言っていた…学校のお友達…」
紬父「だったら、どうしてこのような事を…紬の誕生日を祝う為だったら…何も忍び込むような真似なぞしなくとも…」
紬「理由は分かりません…ですが、彼女達にはそうした理由がある筈です……」
私は彼女達に向き合い、優しい目で尋ねた。
紬「りっちゃん…唯ちゃん…澪ちゃん…梓ちゃん、それを聞かせて貰っても…良いかしら?」
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:34:07.64 ID:PNdIIEYCo
澪「律……」
律「ああ、分かってる……ここまで騒ぎが大きくなったら…もう誤魔化しきれないもんな…」
唯「りっちゃん……私も…言うよ」
律「ふふっ、大丈夫だよ…言ったろ? 責任は取るって……。 ま、私に任せなって」
梓「律先輩………」
みんながりっちゃんを見る。 やっぱり発端は…りっちゃんだったのか……。
律「その前に…みなさん、私のせいで、琴吹さんのお誕生日会をめちゃくちゃにしてしまい…本当にすみませんでした…!!」
そして彼女は来賓に向かい、トレードマークのカチューシャを外し、深く頭を下げた…。
普段は楽しくて明るく、みんなを和ませてくれるムードメーカー…でも、真面目な時はとことん真面目、それが私達の部の部長であり、頼れるリーダーの本当の姿だった…
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:34:46.79 ID:PNdIIEYCo
客「ふん…今更何を………」
客「汚らわしい…悪いと思っているのなら早く出て行けば良いのに…」
紬「…………っ」
彼女の謝罪に悪態を付いた来賓を無言で睨みつける。
客「……チッ…」
睨まれた何人かがばつの悪そうな顔をしてそっぽを向くが、もう気にはしない。
そして一通りの謝罪を済ませた彼女は、今度は父と母に向き合い、自己紹介を始めた…。
律「ム…紬さんのお父さん、お母さん、初めまして…紬さんの友達の、田井中律です」
唯「私、平沢唯です」
澪「秋山澪です…」
梓「中野…中野梓と申します」
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:35:38.57 ID:PNdIIEYCo
紬父「こちらこそ…紬の父でございます…」
紬母「紬の母です…いつも、学校では紬がお世話になっているようで…」
唯「そ…そんな……私達の方こそムギちゃ…じゃなかった…紬さんにはお世話になっていて…」
紬「そんな…私の方が………」
律「まーまー…とりあえず、それは今置いといて…」
埒が明かないと思ったのか、一方的に会話を切り上げ、髪を下ろしたままでりっちゃんは本題に入った。
律「あの…今回…私達は『私達だけ』で、紬さんのお誕生日を開きたいと思ったんです」
紬父「キミ達だけ…で?」
律「はい……」
紬母「詳しく、聞かせて下さいますか…?」
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:36:24.02 ID:PNdIIEYCo
律「はい…これ…全部、“私”が勝手に考えた事なんです…。 その…1ヶ月前にもあったんです…私達、紬さん以外のみんなで集まって、お泊り会を開いた事があって…」
律「でもそのお泊り会の日、紬さんはここでパーティーやってて…参加できなくて……それで……せめて誕生日ぐらいはと思って……私、計画したんです、紬さんのお誕生日会…」
律「紬さんの予定も聞かずに…一人で勝手に暴走して…。 いやぁ……後になって知った時は焦ったなぁ…だってその時には紬さん、もう家でパーティーやるって決まってたんだもんっ」
律「だから私焦って……んで、一方的に掻っ攫って来ちゃえばいいって考えて…あははっ!」
律「それで私、唯と梓と澪にこの事話して…私の手伝いさせたんです…そう…だから、悪いのは全部アタシ……この3人は全然関係ないんですよ?」
澪「律……お前……」
唯「りっちゃん……!」
梓「律先輩…」
紬「……………………」
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:37:48.52 ID:PNdIIEYCo
―――――――――嘘だ。
りっちゃんは…明らかに嘘を吐いていた。
全部…りっちゃんが考えたなんて…そんな…事。
いや、仮にそこまでは信用できたとしても、あんなに優しくて…ちゃんとした考えの出来る彼女が…そんな短絡的な理由でこんな大事をやるなんて…彼女をよく知る私には到底信用できる話ではなかった……
―――でも、じゃあなんで、りっちゃんはそんな嘘を…?
…考えに考えてみる…りっちゃんの言葉の意味を…その、心理を……。
これまでの事で…りっちゃんが私を誘拐しようとする…その、本当の意味は……。
…え、“誘拐”……?
その時…私の頭を駆け巡る過去のやり取り…。
それを必死に思い出してみる……。
あれは…確か前のパーティーの時…電話で……
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:38:21.96 ID:PNdIIEYCo
律『――――これでも一応部長なんだぜ、へへっ。 大切な部員の為なら、“誘拐”だってやってやんよ♪』
紬「……じゃあ、困ったときはりっちゃんに連れてって貰おうかな…?」
律『―――あははっ、世界中のどこへでも連れてってやるよ!』
……………あれ?
………も…もしかして…………。
そして…河川敷で私が泣いた時も……
紬『私…本当は……行きたくない……パーティー…行きたくない……っっ』
紬『私…もう……嫌だ…っ……琴吹の為に、楽しくもないパーティーに参加するの…嫌だ……っっ』
律『へへへ…まあ、見てろって……』
律『―――私が、なんとかしてやっから』
そして、りっちゃんは…………!!!!
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:38:48.49 ID:PNdIIEYCo
ああ……そうか…………全部、私が理由だったんだ……。
…私が……あの河川敷で…あんな泣き言を言わなければ……りっちゃんは…こんな事…考えもしないで……。
結局……全部…私が……私のせいで…全部…全部全部全部…ぜんぶっっ!!!
私が弱いから…………私が…家の事一つ、自分で解決できない…弱い人間だから………!!!
紬「…………っっく……うぅぅっっ…うっっっ…!!」
あまりの悔しさに涙が溢れだしてくる……
どこまで私は…どれだけの迷惑をみんなにかければ気が済むんだ………!
私はどこまで………ダメな人間…なんだ………!!
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:39:34.48 ID:PNdIIEYCo
律「けれど、結局失敗はするし…それどころか、大勢の人に迷惑かけて…アタシったらホント…何やってんだろ…」
客「そんな…ふざけた理由で…誘拐なぞと…!」
客「なん…て、恥知らずな…! お…親の顔が見てみたいものだわ…!」
客「いくら紬お嬢様のご学友とはいえ…なんと常識知らずな…!」
客「紬お嬢様も…お可哀想に…お友達に恵まれなかったのですね………」
紬「………くっっ…な…何を…一体…何を言って…!!」
まだ言うのか…あの人達は。 彼女がどれだけ優しい気持ちでそれを言ったのか…それを汲み取ろうともしないで…よくも……よくも……
いや…それ以前に…人の謝罪も満足に聞き入れられないのか…あの人達は……?
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:40:20.33 ID:PNdIIEYCo
斎藤「まぁまぁ…皆様落ち着き下さい…そのような汚らしい言葉、紳士淑女である貴女方には似合いませぬぞ?」
相も変わらず無神経な事をのたまう外野に喰ってかかりそうになった時、斎藤の手が私を肩を押さえ、そして優しい口調で彼等を宥める。
斎藤(お嬢様…堪えて下さいませ…田井中様の言葉の真意を汲み取ったのであれば…ここは私に免じて…堪えて下さいませ…!)
紬「斎藤……っ!」
紬(でも…あんな暴言…私はもう…耐えられない……!)
こんな状況でもりっちゃんは…一言も『私が泣いてたから』とか『私がパーティーに行くのを嫌がってたから』なんて私の不利になるようなことは言わず…それどころか、全部の責任を、自分一人で背負いこもうとしている…
そんな優しい子が…どうしてあんな罵りを受けなければならないの…? 悪いのは私なのに…どうして…あんなに酷い言葉をぶつけられなければならないの…??
我慢できず、斎藤の腕を振り解こうとした時、りっちゃんの繋いだ言葉が私にストップをかけた…。
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:40:47.64 ID:PNdIIEYCo
律「……でも……」
律「でも、連れ出そうとして…私は正解だと思いました」
紬父「それは…一体どういう意味で…」
律「こんな所にいたら…きっと、紬さん……いや………“ムギ”は、笑って誕生日なんか迎えられやしなかった…こんな、こんな淀んだところに居たら…!」
律「お父さん…あの、ムギは今日…」
唯「…ムギちゃんのお父さん…! ムギちゃん、今日…笑ってましたか…?」
りっちゃんの言葉に被せるように…唯ちゃんが父に疑問の声を投げかける。
「…唯っ!」というりっちゃんの声を無視して、唯ちゃんはもう一度、同じ質問を父に投げかけた。
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:41:31.31 ID:PNdIIEYCo
紬父「そ…それは……」
唯「私、今日初めてムギちゃんを見たんだけど……いつものムギちゃんじゃないんだ…。 確かに、今日のムギちゃんはすっごく綺麗なドレスを着て…見た事もないぐらいキラキラした宝石を付けてて…いつもの何倍も綺麗だと思います…」
唯「でも…今日のムギちゃん…全然楽しそうに見えないんだ…」
澪「あんなにお酒に酔った人がいて……それで…暴れるような人がいて…」
梓「来賓の方々もそうです…お誕生日の主役があんなに泣いてたのに…大人の人もいたのに…どうして誰も助けてくれなかったんですか?? どうして遠くから駆け付けた律先輩が、あの男の人に怒鳴られなければならなかったんですか???」
律「唯、澪…梓まで…それは私が……!」
澪(律一人ばっかカッコつけすぎ…私だってムギの友達なんだぞ…?)
唯(そうだよ…たまには私だってかっこいい事言ってみたいっ♪)
梓(みんな…律先輩と同じです…いえ…律先輩以上に、ムギ先輩の事…大好きなんですよ?)
律「ったく…私一人に任せとけば良かったのに…どうなっても知らないからな?」
澪「こうなったら一蓮托生だよ、そうだろ?」
唯「えへへ…また憂に怒られちゃうかもね…」
梓「どんと来いですっ♪」
律「まったく…みんなたくましく育っちゃって…りっちゃん嬉しいわっ」
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:42:16.02 ID:PNdIIEYCo
そして、開き直ったかのような口調で3人は言葉を紡ぐ…
律「そうだなぁ…この中に、本当にムギの事を考えてきた人…どのくらいいるんだろうな?」
唯「なんか…みんなムギちゃんとムギちゃんのお父さんの顔色ばかり窺ってるって感じがしたよねぇ」
梓「でなければ、いくら強面の若社長だからって何もしないワケないですよね、大方会社同士のお付き合いに支障が出るって事で…見て見ぬふりでもしてたんでしょうけど…」
律「そもそも、女子高生に贈るプレゼントが揃いも揃って宝石とか花束とか…ハッ…今日びの女子高生が、そんなん送られたって喜びやしないってーの…」
唯「私、お誕生日のプレゼントなら心の籠った美味しいお菓子が良いなぁ~」
澪「昔から、プレゼントは値段よりも気持ちって言うもんなぁ」
梓「私なんて、去年唯先輩がくれた誕生日プレゼント、唯先輩のハグとキスだったんですよ?」
律「ははははっ! 唯、そりゃいくらなんでも手抜きすぎだって!!」
唯「ごめんねぇ…あの時はホラ、お小遣いピンチでさー」
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:42:51.14 ID:PNdIIEYCo
―――それはもはや、謝罪とはかけ離れたものになっていた…。
そこにいたのはいつもの彼女達…。
私の大好きな…すごく…すごく……頼れる仲間…。
どんな時でも自分たちの輝きを貫き通す仲間…。
それが…放課後ティータイム―――――!!
客「だ…黙らぬか!! 小娘共が!!」
客「あなたのような庶民風情にワタクシ達の何が分かるって言うのよ!!」
客「そうだそうだ! 大体お前ら場違いなんだよ! 早く帰れ!! 消え失せろ!!」
梓「やです」
律「だって私らそもそも庶民だもん、そんな金持ちの理屈、分かるワケねえっしょ?」
梓「ここに居ていいのは…本心からムギ先輩のお誕生日を祝える方だけですよ」
律「それが出来ないってんなら…あたしらはこの場でムギを掻っ攫って行く」
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:43:41.85 ID:PNdIIEYCo
客「社長! もうあんな小娘さっさとつまみ出しましょう! ホラSP何やってんだ! そこの小汚い娘共を追い出せよ!!!」
紬父「……………」
紬母「あなた…………」
紬父「紬、お前はどう思う…?」
父が私に尋ねる。
それは、私の意見に賛同してくれるのか…それとも、その逆なのだろうか…
だけど、私の答えはもう決まっている………!
紬「……ええ…彼女達の言う通りです」
……もう、私は迷わない。 何も怖くない。
私は、琴吹家の令嬢である以前に…琴吹紬という…一人の女の子なのだから…!!
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:44:33.49 ID:PNdIIEYCo
涙も吹っ切れた私は来賓の前に立ち、今までに私が抱えていた…全ての想いを打ち明ける……!
紬「皆さん、そこまでにしてください…これ以上、私の友人を侮辱するのは誰であろうと許しません」
客「紬…お嬢様……!?」
紬父「紬……!」
紬母「……………」
紬「お父様、お母様……私は、ここに居る人たちが…好きではありません」
紬「今日は私のせっかくの誕生日…それなのに…ここに居る方々は、私の後ろにいるお父様と琴吹の家しか見えておらず…それどころか、私の…掛け替えの無い友人を上辺だけで見下し、罵倒し…庶民だからと差別をする、心の卑しい方達ばかりです…!」
紬「そんな人たちに囲まれて祝われるぐらいなら…私はこのような宴会、即刻中止すべきだと思います」
客「な……なんという…事を!!」
客「紬お嬢様まで…そのような………」
客の間から次々と動揺の声が飛ぶ。
そんなのをお構いなしに私は次々と言葉を繋げる……
今まで溜め込んできた鬱憤、後悔…我慢…その全てを、会場中の人間に聞こえるぐらいの大声で、言ってやる…。
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:45:30.93 ID:PNdIIEYCo
―――――――
紬父「……そうか…………」
紬母「あなた…私は……」
紬父「いや…みなまで言うな…分かっておる……」
紬父「私も眼鏡が曇っていたようだな……娘と、その友人に言われるまで…娘の本心に気付けぬとは……!!!」
怒り心頭した父は、腕を大きく振り上げ…
――――――バキィィィ!!!
そして、自分の頬に、思いっきり拳を叩き込む…。
紬母「あなた……!」
紬「お父様…!」
紬父「母さん…私は、社長としても…親としても…間違っていたようだ…っ!」
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:46:36.13 ID:PNdIIEYCo
紬母「あなたったら……」
母が父に歩み寄り…父の腫れた頬に手を差し出して…
―――パシンッ!!
…強烈な平手を一発、打った…
紬母「馬鹿ですね…そんな事で良ければ…私が紬に変わっていくらでもしてあげます…」
紬父「…はっはっは……これは、一本取られたな……」
紬母「紬、あなたの気持ちを無視して長い事振り回していた父さんと母さんを許してちょうだい…今まで、苦労を掛けたわね……本当に…本当にごめんなさい……」
紬「お母様…お父様……!」
紬父「田井中さん、パーティーを壊したのはキミ達ではない…これは、知らず知らずの内に、娘を営利目的に使っていた我等大人の問題だ」
紬父「だから、ここは私に責任を取らせてくれ…田井中さん、平沢さん、秋山さん…中野さん………」
紬母「後は、私達が何とかするから、あなた達はお出かけなさい…」
紬父「みなさん…紬の事、よろしくお願いいたしますぞ………!!」
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:47:46.21 ID:PNdIIEYCo
律「おじさん……」
紬「……みんな…行こう!! 私の誕生日は、これからなのよ!!」
唯「ムギちゃん…うん、そうだよ!」
澪「ムギ、お帰り…」
紬「ただいま…澪ちゃん、みんな……!」
梓「そうと決まれば早く行きましょう! 唯先輩の家で、和先輩に憂に純…きっとさわ子先生も待ってくれてますよ!」
紬「ええ、そうね! わぁ…今からすごく…すごく楽しみだわ…!」
斎藤「ここは我々にお任せを…さぁお嬢様もお友達も、外に車を用意してあります、どうぞお乗り下さい!」
斎藤に連れられ、私達5人はホールを駆け足で出て行く。
お父様…お母様……斎藤…りっちゃん、唯ちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん……みんなみんな…ありがとう…ありがとう………!!!
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:48:34.00 ID:PNdIIEYCo
紬母「紬!! 良いお友達を持てたわね…!! お母さん、正直驚いたわよ!」
紬父「皆さん、今度我が家へ是非遊びに来て下さい! 紬が学校で、皆さんとどんな学園生活を送っているのか…是非、お聞かせください!!」
律「はいっ! おじさん、ありがとうございました!!」
客「おいおい…どうすんだよコレ…?」
紬父「皆さんっ! 聞いての通り、娘の希望により今日のパーティーはここでお開きとさせて頂きます!! わざわざ遠方よりお越しいただいた方には誠に申し訳ありませんが! 娘のたっての希望という事ですので、何卒この場は寛容な心で受け入れてやってくだされ!!!」
客「お…オイ!! あんた、俺達が一体何のためにココに来たと思って…!」
紬父「申し訳ございません! ですが、この場は…どうかこの場だけはお納めください!!」
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:50:00.43 ID:PNdIIEYCo
客「っざけんな!! 納得できるかこんな事! 大体、俺がここに来たのだってあんたとの取引をだな!」
紬父「……………ええい!! 黙らぬか小童が!!!!」
客「…な…なんだって……?」
紬父「この期に及んでまだ会社会社等と…そのような守銭奴にくれてやる言葉なぞ…一片たりとも無いッッッ!!!」
客「そんな事言って、どうなっても知らないからな!! 琴吹グループとの契約は金輪際打ち切らせて頂く!!」
紬父「構わぬ…欲目の為に心を捨てた者共の助けなど、元より必要ない…!」
客「強がりやがって…! 琴吹の様な小物が、ここに居る全員を敵に回して存続できると思うなよ…!」
紬父「私の会社を舐めるなよ…! 琴吹家の名はそう簡単には折れぬ…! 私の娘も…私も…琴吹の全ては、私が守る…!」
紬母「…あなた……。 …ふふふ……紬、あなたにも見せてあげたかったわ……」
紬母「―――――――私も見た事の無い…パパの一番かっこいい瞬間を…ね♪」
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:51:19.32 ID:PNdIIEYCo
窓が開かないと知った時。 それでも小鳥達はめげず、何度も窓に体当たりを続けます。
羽が舞い、ぼろぼろになっても尚、小鳥たちは諦めません。
傷付く仲間を前に小鳥はもういい、もういいと…ついには泣き出してしまいます。
ですが、それでも仲間は、必ず小鳥を外へ連れて行くと言い、何度も窓にぶつかって行きました。
その光景を見ていた親鳥は思いました。
子供を守る為の窓が、いつの間にか、子供を縛り付ける牢になっていた事に気付いたのです。
懸命に窓を開けようとする5匹を見て、親鳥は互いに頷き、小鳥の為に力を添えようと誓います。
小鳥の身体を支える親鳥の大きな羽、その羽が、窓をこじ開けようと力をかけます…
そして、親鳥と5匹の小鳥、7匹の力が一つになったその時…
小鳥を閉じ込めていた窓は…静かに、そして大きく開かれたのでした…。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:52:08.78 ID:PNdIIEYCo
車の中
屋敷を抜け、慌てて車の中に乗り込んだ私達は、そのまま唯ちゃんの家に直行する。
紬「そこの交差点を左にお願いね」
運転手「かしこまりました…」
リムジンを器用に運転する使用人に指示を出し、私は助手席から後の座席を見回す。
唯ちゃん、りっちゃん、澪ちゃん、梓ちゃん…全員が疲れた顔をしているけど…その表情には一切の曇りは無く、むしろ爽快感すら感じさせる…。
律「っかし…すごかったな……」
澪「…………………」
梓「なんかドラマみたいでしたね、私達っ♪」
唯「一時はどうなる事かと思ったけど…いやぁ……なんか…ねぇぇ?」
澪「………………」
紬「うふふっみんな…本当にヒーローみたいだったわよ?」
澪「………………」
律「澪もなんか言えよぉー? 表情固まってんぞー?」
おちゃらけた声でりっちゃんが澪ちゃんのお腹を肘でつつく。
確かに澪ちゃんだけさっきから笑顔のまま表情が固まっていて、まるでお人形か何かの様だった。
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:52:37.64 ID:PNdIIEYCo
紬「澪ちゃん…どうかしたの?」
私の問いにぼそりと、か細い声で澪ちゃんは言う。
澪「……かった…」
律「な…なんだって???」
澪「こわかった………怖かった…怖かったぁぁぁぁぁ!!」
澪「もーーー!! 一時はどうなる事かと思ったんだからなお前ぇぇ!!」
澪ちゃんは風船が弾けるように感情を露わにし、りっちゃんに掴みかかる。
律「み…澪だって乗り気だったろ? それにあん時、一蓮托生って言ってたの澪だろ?」
澪「あれは…その……その場のノリって言うか…ううぅぅっっ!」
上げた声は次第に涙声に変わり…その綺麗な瞳が涙にまみれる……そして澪ちゃんはぽろぽろと涙をこぼし、泣いてしまった…。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:53:06.58 ID:PNdIIEYCo
律「ちょ…澪、んなマジ泣きしなくたって…」
梓「緊張が緩んでしまんたんですよね…澪先輩、頑張ってましたもんね」
澪「ぅぅうっ…ぐずっ…あ…梓は大丈夫なの…?」
梓「私も…ちょっぴり膝震えてます…あははっ」
梓ちゃんが澪ちゃんの手をさすり、安心させるようにその手を包み込む…。
私も助手席から後部座席に移り、澪ちゃんの隣に座って彼女を励ましてあげた。
紬「澪ちゃん…」
澪「みんな…良かった…っ! 無事でよかったっっ」
紬「私もよ……こうしてみんなが無事で、本当にうれしいわ……」
唯「私もワインをひっくり返しちゃったときはどうなったかと思ったけどね…」
紬「みんな、今日は…その…」
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:53:40.22 ID:PNdIIEYCo
ごめんなさい……と言いかけた時…りっちゃんの声がそれを遮った。
律「ストーップ! ムギ、別に謝る事ないんだぜ?」
紬「でも…私のせいで…」
律「ムギのせいなんかじゃないよ、これは…私g」
唯「私達が考えた事なんだよっ!」
梓「確かに発案したのは律先輩ですけど、私達も計画に乗ったわけですからっ!」
澪「…だからこれは、みんなの責任だ…」
律「だぁー! お前らさっきから美味しいとこ持ってくなー!」
唯「りっちゃんにばっかり美味しいとこは持って行かせないもーん♪」
梓「そうですよー♪」
律「んにゃろぉ~~!」
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:54:15.23 ID:PNdIIEYCo
痺れを切らしたりっちゃんが二人の脇を器用に抱え、思いっきりくすぐり始める。
唯「あはははっ! ちょっ! りっちゃんくすぐったいぃぃ!」
梓「うわぁぁっ、や…止めて下さいぃぃっ…ひゃっ!」
澪「あははは…まったくあいつらは…」
紬「……♪」
それを見ていた私もふと、いい事を思い付いたので、さりげなく澪ちゃんに抱きついてみる。
澪「な…ちょ…ムギ…へ?」
紬「………うふふ♪」
びっくりした様子で私を見る澪ちゃんだが、私はそんな澪ちゃんの身体をがっしりと抱え…。
そして、両腕と両手指を使って、澪ちゃんの身体を思いっきりまさぐり始めた。
紬「こちょこちょこちょこちょ~~♪」
澪「ひぃぃぃっっ!?!? む…ムギぃぃ??」
紬「こちょこちょこちょこちょ~~~~~♪」
澪「ちょ…や…やめ! ひゃっ……! も~~~~! た…助けてぇぇー!」
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:54:54.10 ID:PNdIIEYCo
紬「あははははっっ♪」
唯「も~~~…か…勘弁してぇぇ~~っっっっ」
律「まだまだ…終わらせないかんな~♪」
澪「っっく…あはは…っ! も~、や…やめてくれぇ~~」
梓「律先輩ごめんなさいです…っっっ! だからもう…きゃっ! ごめんなさ~い!」
みんなが笑いあう…。
それはいつもの私の日常で…これからも変わらない事。
そう…これが私が一番望んでいた事………。
これが私の…一番の宝物………。
そうこうして笑い合ってる内に、リムジンは唯ちゃんの家に着いたのだった…。
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:55:27.28 ID:PNdIIEYCo
―――
平沢邸
唯「ただいまぁ~~~」
一同「お邪魔しまーす!」
憂「…あ、帰って来た♪」
和「丁度いい時間ね…憂、そっちのお皿はどう?」
憂「うん、フライもできたし、和ちゃんはもう座っててくれても大丈夫だよ」
和「そう、それじゃ私、向こうで待ってるわね」
純「…む~~~……先生強すぎます…」
さわ子「はっはっは! 音ゲーで私に勝とうなんて100年早いわよっ!」
和「みんな~、唯達も帰って来たし、そろそろ片付けて…」
純「さわ子先生っ! もう一回っ!」
さわ子「おうよっ! 何べんでもかかってきなさいっ!」
和「あの…2人とも聞いてる?」
149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:58:41.40 ID:PNdIIEYCo
唯「ただいまぁ~♪」
律「ちーっす、みんな集まってる?」
唯がリビングのドアを開け放つ。
エアコンの効いた部屋からは美味しそうな香りが漂い、私達の空腹感を存分に刺激させる。
…今日の夕飯は先日に引き続き和と憂ちゃんの合作、それはその美味しそうな香りからも、味に十分な期待が出来る感じだった。
いや、必ずムギを連れて来るって大見得切った甲斐があったもんだな。
…あ~、腹減った~
150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 20:59:24.30 ID:PNdIIEYCo
憂「いらっしゃ…って…ええ??」
純「おおっ、ドレス姿にメイド衣装!」
さわ子「あらあら、まるでメイドさんに連れられたお姫様ねぇ、みんな気合入ってるじゃない?」
和「迎えに行くって言ってたけど、みんな、そんな格好で行って来たの??」
私達の姿を見た一同が素っ頓狂な声を上げる…
ま、普通の感覚で見れば、確かにメイド服姿の女が4人もいて、その中でキラキラの宝石類を身に付けたお嬢様がいれば…その光景はすさまじいモノになってるだろう…
実際問題、私も今まで自分がメイド衣装姿だったことをすっかり忘れていたわけだし…慣れってのは恐ろしい。
律「んあ…髪降ろしたまんまだった…」
慌ててカチューシャを取出し、髪を上げる私。 ふう、これで落ち着いた…
唯「と…とりあえず、うい、お着替え出してもらってもいいかな? その…5人分……」
憂「あ、うん! 分かった!」
唯と憂ちゃんのはからいで服を出してもらう。
若干サイズが合わなかったけど…この際我が儘は言ってられないよな…。
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:00:14.53 ID:PNdIIEYCo
唯「ごめんね…私達の服じゃ澪ちゃんのサイズに合わないから、お父さんのやつだけど…」
澪「いや、いきなりだったし…仕方ないよ」
さわ子「あのメイド衣装は私が何とかしとくから、あとで私のトランクにでも積んで置きなさいな」
唯「うん、さわちゃんありがとうっ」
和「じゃあ…準備も済んだことだし、冷めないうちに頂きましょうか?」
憂「そうだね…ジュースもお酒も注ぎ終わったし…えと……」
律「じゃーここは、部長である私が司会を務めさせていただきまーす!」
唯「いよっ! りっちゃんさすがっ!」
律「でへへ…えーと、本日は急な催しでしたけど、まさか9人もの人が集まってくれるとは思いもしませんでした」
律「思えば…私がこの誕生会を思いついたのも…」
さわ子「りっちゃん前置きが長いわよー、せっかくのビールがぬるくなっちゃうでしょー?」
梓「そうですよー、お料理冷めちゃいますよ~」
律「だー…じゃあ、主役のムギ! 何か一言!」
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:00:53.96 ID:PNdIIEYCo
みんなにに促され、私は始まりの音頭をムギに委ねる。
急に話を振られたムギだったけど、落ち着いた様子で、しっかりとした声で私達に向き合って言った…。
紬「みなさん……本日は、このような素敵なパーティーにお誘いいただき…まことにありがとうございます」
紬「これまで、色々なパーティーに参加してきた私ですけど…今日のそれは、今までのどのパーティーよりも素敵なパーティーだと思います……」
紬「本当に…本当に…んっ……っ」
唯「ムギちゃん、がんばってっ!」
憂「紬さん!」
純「ムギ先輩っ!」
涙を堪えるムギをみんなで励ます…そして、2~3の深呼吸の後ムギは強く言い切った―――!
紬「…ぅん…っ! えへへっ…みんな…ありがとう! 今日は思いっきり楽しんじゃおう…乾杯っっ!!」
一同「―――かんぱーーーーーい!!!!!!」
ムギのその一言で私達のパーティーは始まった。
私達が…ムギが本当に望んでいた…心暖まる誕生日パーティーが今、始まったんだ…!
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:01:33.14 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
和「部屋暗くするわね、憂、ケーキを…」
憂「うんっ! 今持って来るね~♪」
さわ子「ふふん…私もケーキ作り手伝ったのよ?」
律「すげぇ、さわちゃんケーキ作れたんだ?」
和「…先生には、ケーキの上にイチゴを乗せてもらうお手伝いをお願いしたのよ」
さわ子「あ~ん、和ちゃんそれは言っちゃダメでしょー?」
律「私の言ったすげぇを返せっ! って…前にも無かったかこのやりとり…?」
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:02:09.48 ID:PNdIIEYCo
そんなこんなで憂ちゃんが大きめのショートケーキを持って来る。
暗くした部屋にローソクの火が灯り、誕生日パーティー独特の雰囲気が私達を包み込んでいった。
憂「おもちゃのオルガンですけど、私、演奏してみますね」
さわ子「いいわねぇ、雰囲気出てていいんじゃないの?」
憂「いきます…♪」
~~~♪ ~~~♪
唯「はっぴーばーすでーとぅーゆー♪」
澪「ハッピーバースデートゥーユー…」
律「ハッピーバースデーディア…」
一同「―――ムギちゃーーーん!!!!」
梓「はっぴーばーすでーとぅーゆー…♪」
―――パチパチパチパチパチ!!!
紬「ありがとう…! みんな…ほんとうにありがとう……!!!」
唯「ほらほらムギちゃんっ! ローソク吹き消してっ」
紬「そ、そうね……えっと…すぅぅ…」
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:03:17.52 ID:PNdIIEYCo
ふーっと、勢いよく息を吐きだし、ムギはローソクの火を消す。
―――なあムギ、お前がやりたかったパーティーって…きっとこう言う、どこの家庭でも普通にやる、そんなパーティーの事なんだよな。
これぐらいだったらさ、私達に言ってくれれば、いくらだってやってやれるよ。
だからもう、私達に遠慮して、自分一人で抱え込まなくてもいいんだ。
――そうだろ、ムギ…。
律「みんな! プレゼント持って来たよな!」
唯「もっちろん!」
梓「唯先輩、またキスとハグだけなんてオチじゃ…」
唯「ぶ~、そんなこと無いよぉ~」
律「まぁまぁ…じゃあ、まず和から!」
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:04:04.49 ID:PNdIIEYCo
私はまず和に振る。
和「ええ…はい、どうぞ」
紬「わぁ…これは…?」
律「…これ、ハム?」
そう、和がカバンから取り出したのは、達筆なフォントで書かれた『特性燻製ハム』と呼ばれる物だった。
和「ハムをね、一応美味しいって好評なのよ?」
律「あのー生徒会長、ますますお歳暮加減に磨きがかかってる気がするんですけど…」
和「あら、そう?」
…なんか、違くないか、いいのかそれは…?
紬「和ちゃんありがとう! 美味しく頂くわねっ♪」
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:05:33.35 ID:PNdIIEYCo
さわ子「私はこれよ、みんなで遊べる物が良いと思ってねぇ」
さわちゃんが革のカバンを取り出す、ジャラジャラとした音を立てて出てきたそれは、おおよそ女子高生には馴染みが薄い物で…。
律「って……これ麻雀牌じゃん! アンタはオヤジかっ!」
さわ子「えー、ダメだった?」
律「ドンジャラとかならともかくあんた……麻雀牌って…」
澪「なんていうか…相変わらずだな……」
律「まったくだ…私もこの二人のセンスだけはマネできねーよ……」
紬「私、一度でいいからまーじゃん、やってみたかったのよ…♪」
それから、唯と憂ちゃんからはペンケースと手製のキーホルダーが、澪は可愛いぬいぐるみ、梓と純ちゃんからはゲームソフトと漫画本が送られて…
そうそう、ちなみに私は、前にムギが好きだと言っていた駄菓子の詰め合わせをプレゼントした。
…確かに、どれも決して高価な物ではないのだけど、それでも、ムギはとても喜んでくれていた。
それでプレゼントも配り終え、私達のムギの誕生日パーティーは、本格的に盛り上がって行ったんだ―――。
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:07:06.85 ID:PNdIIEYCo
――――――――――
さわ子「ねえねえムギちゃん、あの宝石、少しだけ触らせてもらっていいかしら…?」
紬「ええ、ふふっ、どうぞー」
さわ子「いやっほう! 私、一度でいいから高価な貴金属類を身に着けてみたかったの~♪」
律「さわちゃん似てなさすぎー」
さわ子「もう、いいじゃないっ! ねえねえ、どう、私キレイ?」
唯「なんていうか…成金のおば…」
さわ子「ゆーいーちゃん? 今度の衣装危ない水着にしてもいいのよー?」
唯「す…すみましぇん…」
憂(私、それ少し見てみたいかも…)
梓「ん、憂、どうかした?」
憂「な…なんでもっ…!」
律「やっぱり、あーゆーのはムギが一番似合ってるよ」
紬「ありがとう…でも、私はもう…いらないかな…」
紬(あんな宝石よりも輝いてる物…みんながたくさんくれたんだもの…)
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:08:03.13 ID:PNdIIEYCo
――――――――――
梓「でもでも、あの時のムギ先輩かっこよかったです!」
律「あんな強そうなSPの腕を掴んで『彼女を離しなさい』だもんなぁ…なんていうか、覚醒したってああいう事を言うんだろうなぁ」
和「あら、そんなにすごかったの?」
律「そりゃもう! まぁ…でも本気で怒ったさわちゃんと澪には負けるかな…あははっ!」
澪さわ子「りーつーーーー(りーっちゃんーーー)」
律「ちょ…あれ? あーれーーー!」
澪「おでこに『肉』って書かれるのと、デコピン10連発どっちがいい?」
律「ゆ…許してくだしゃぃぃぃ!」
純「ご愁傷様です、律先輩…」
憂「あははっ…やっぱり、みんな揃ってると楽しいですねっ♪」
紬「ええ、そうねぇ~♪」
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:09:07.30 ID:PNdIIEYCo
平沢邸 門前
声「…………あははっっ! ムギ腕相撲強すぎーっ!!」
声「っくぅ…教師魂舐めんじゃないわよー!」
声「ダイヤの指輪ぁ~~~~!!!! ……あへっ!?」
声「ぶいっ♪」
声「またまたムギの勝ちーー!! さわちゃんこれで20連敗だよもういーかげん諦めろって!」
声「むぅぅぅ~~~!!」
――――――――――
斎藤「如何なさいますか…奥様……」
紬母「……いえ…あれだけ楽しそうな声がしてるんですもの…私が割って水を差すのも悪いわ…」
斎藤「…心配は、無用でしたかな?」
紬母「全くね……斎藤、紬に連絡を、今はまだ家がめちゃくちゃなので、今日明日は帰ら無い方が良い…と」
斎藤「かしこまりました……」ピッピッピ…
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:10:15.04 ID:PNdIIEYCo
斎藤「………どうぞ」
紬母「…斎藤……?」
斎藤「ここは、是非奥様の口より…お伝えください…」
紬母「…そうね……。 斎藤、車を出してちょうだい」
斎藤「かしこまりました…」
―――――――――
紬『もしもし?』
紬母「つむぎ…どう、楽しんでるかしら?」
紬『はい…おかげさまで…』
紬母「ええ…それは何よりね。 あの、今日はそちらの家にお邪魔なさい、こっちの家はまだまだ大変だしね」
162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:11:32.30 ID:PNdIIEYCo
紬『お母様……』
紬母「もうその呼び方も止しましょ…昔のように、ママと呼んでくれて良いのよ…」
紬『お母……いえ……ママ……』
紬母「…つむぎ………」
紬『ありがとうございます……それと、ごめんなさい…』
紬母「気にしなくて良いのよ…パパもママも、今回の事で色々と考える事があったと思うしね」
紬母「改めてお祝いさせて貰うわ…つむぎ、お誕生日おめでとう」
紬『ママ…』
紬母「ほんと、立派になったわね…あんなに素敵なお友達を見つけて…」
紬母「パパも言ってたけど…今度、是非お友達を我が家へ連れてきてちょうだい、ママ、腕によりをかけてご馳走作るわよ?」
紬『うふふ…ママのアップルパイ、すごく美味しいですから…楽しみです…えへへっ…』
紬母「それじゃ、お友達にもよろしくね…おやすみなさい」
紬『おやすみなさい…』
……ピッ…
紬母「……ふぅ………っ…」
斎藤「奥様……」
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:12:06.53 ID:PNdIIEYCo
紬母「ねぇ斎藤……私は、紬の母として、立派だったのかしら…?」
斎藤「私めにはなんとも……ですが、今の奥様と旦那様がいてくれたからこそ…紬お嬢様はかのように、立派なお友達に巡り会えたものだと思っております」
斎藤「それに…私も琴吹家に仕えて10数年…今日ほど涙ぐましい事はございませんでした……。 今宵は18年前…そう、紬お嬢様が御生まれになられた時よりも、感動しておりますよ…」
紬母「あら、あなた泣いてるの?」
斎藤「奥様こそ…目が腫れておられるのではございませぬか?」
紬母「っはぁ…使用人にこんな事言ってるようじゃ、私もまだまだね…」
紬母「帰りましょう…紬がいつ帰っても良いように…家を片付けておかなきゃ……」
斎藤「ええ……」
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:12:43.43 ID:PNdIIEYCo
―――
――
―
深夜 平沢邸
さわ子「……くか~~zzz おっちゃんもういっぱーい!…ぐがぁ~~zzz」
澪「すぅ…すぅ…zz」
純「む~~…ほうきじゃないよぉ~私だよぉ~」
梓「だ…だれがごき…ぶりですかぁ…ムニャムニャ…zzz」
和「………zzz」
―――…カタッ…
手洗いから出た私はみんなを起こさないよう慎重に布団まで戻る。
リビングに無造作に敷かれた布団に潜り込んだ時…隣で人が起きる気配がした…。
律「……ん…? ムギ?」
紬「あ、起こしちゃった…?」
隣にいたのはりっちゃんだった。
起こしてしまったか、悪い事しちゃったかな……。
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:13:40.27 ID:PNdIIEYCo
律「…トイレか」
紬「うん…起こしちゃってごめんなさい…」
律「いいって…唯と憂ちゃんは…ああ、部屋だったな…」
紬「ええ…仲良く寝てるみたいよ」
律「まぁいいや……あのさムギ、明日…みんなで遊びに行かないか?」
紬「…明日?」
律「そ、ここにいる全員で、カラオケ行ったりボーリングしたり…夜まで遊び倒すんだ。 どう、楽しそうじゃない?」
紬「ええ…! 9人で遊ぶの…きっとすごく楽しいと思うわ…!」
これまでにも、私達5人に憂ちゃんや和ちゃんを交えて遊ぶ事は過去にもあった。
けれど、これだけの大人数で遊ぶなんて無かったから…今から明日の朝が待ち遠しいな…。
律「喜んでもらえて嬉しいよ…それじゃ、明日に備えて寝ておこう、な?」
紬「ええ…………。 ねえ…りっちゃん」
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:14:46.53 ID:PNdIIEYCo
目の前にいる彼女に、私は真面目な口調で話しかける。
律「ん…どした?」
そして、照れる感情を抑えながら、一言だけ、私は彼女に言うのだった…。
紬「…私、りっちゃんの事、大好きよ…」
律「ぶっ…お…お前、何言って…」
紬「あら、だって私達、愛し合ってるんでしょ?」
くすりとはにかみ、照れる彼女を私は見つめる。
暗い部屋の中でも、彼女の顔が赤くなるのがよく分かった。
律「お…お前なぁ~~……あれは、あの時の冗談で……てか、私にそんな気は……」
紬「そっか……あーあ、りっちゃんが男の人だったら、私、りっちゃんのお嫁さんにしてもらおうと思ったのになぁ~」
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:18:59.90 ID:PNdIIEYCo
律「ばかっ…」
それは照れ隠しなのか、はた冗談にまた怒ってしまったのか、寝返りを打ったりっちゃんはそれっきりこっちを向いてくれる事は無かった。
そして、最後に一言だけ、りっちゃんは私に向けて言ってくれた。
律「ムギ」
紬「…なーに?」
律「…おやすみ……」
紬「―――ええ、おやすみなさい…」
―――夜が更けていく。
でも、明日への期待に胸が踊る私は、まだしばらく眠れそうに無かった…。
今日は、色々な事があった…それはこれまでの退屈な毎日を、掛け替えの無い瞬間に変えてくれる一時で、何よりも素敵な1日…
私にとっても、みんなにとっても、一生忘れられない1日……
みんな……ありがとう…。
瞼にこみ上げるものを感じつつ、次第に私の意識はまどろみに溶けて行った………。
168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:19:33.55 ID:PNdIIEYCo
翌々日放課後 部室
唯「いやぁ~~~、昨日はすっごく楽しかったよね~♪」
梓「ボーリング、あまり良い点取れませんでした…」
律「チーム戦にした時のさわちゃんのマジ顔、傑作だったなぁ」
さわ子「仕方ないでしょ…勝負ごとになるとついつい……って……痛たたた………!」
律「やれやれ、もう筋肉痛とは…さわちゃんも歳だねぇ~」
さわ子「こらっ!」
―――ペシッ!
律「いったぁ……」
紬「ボーリングもカラオケもゲームセンターも…私、すごく楽しかったわ…♪」
澪「ああやって、みんなで遊ぶのも良いかもな」
唯「えへへっ、そうだ、またみんなで行こうよ♪」
澪「そうは言っても唯…受験勉強やってるのか…?」
唯「…あ…………だ、大丈夫だよっ! うんっ!」
梓「本当ですか…?」
169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:20:17.22 ID:PNdIIEYCo
律「んでさムギ、家は…大丈夫だったの?」
唯「そうだよね、あれだけ大騒ぎしちゃったから、やっぱり色々と揉めたりしたんじゃ…?」
紬「その事なんだけど、パパが言うには、もう私、パーティー行かなくても良いんだって♪」
律「へ~…って事は、許してくれたんだ?」
紬「ええ、前回の一件でパパも仕事付き合いを考えるって約束してくれたから…もう、私は琴吹の為に嫌な思いをしなくてもいいって…そう言ってくれたのよ」
唯「ムギちゃん、よかったねぇ~♪」
紬「ありがとう、みんなのおかげよ…」
律「そんな…でもさ、おとといからムギ、なんか雰囲気変わったよな?」
澪「ん~、なんていうか…前よりも元気になったって言うか……憑き物が落ちたって言うか…」
唯「違うよ、きっとあれが、本当のムギちゃんなんだよ…きっと……」
律「………ああ、そうだな………」
律「よーし、それじゃみんな…久々に練習、やるか!」
一同「おーーーっっ!!」
171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:21:21.03 ID:PNdIIEYCo
元気な声が音楽室にこだまする。
私の放課後が始まって行く。
窓の外を見上げると、そこには透き通る青空には大きな雲と、優雅に空を飛ぶ鳥の姿が見える。
その鳥を見送り、私は誓う。
みんながいれば大丈夫……どんな追い風だろうと、みんなといれば私は…乗り越えられる…。
大丈夫…私はもう、一人じゃない。
家には大好きなパパやママがいて…学校には、それ以上に大好きな仲間がいてくれる。
みんながいてくれる限り、私はきっと…もっと遠く……遥かな空にだって行ける………
だから、永遠に続かせよう、この日々を…輝きを失わぬよう、みんなで守っていこう…。
私は紬…琴吹紬。
軽音部の一員であり、仲間と共に大切な今を生きる女の子――。
172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 21:21:58.64 ID:PNdIIEYCo
親鳥に見送られ、小鳥は仲間と共に窓の外へ羽ばたきます。
無限に広がる大空へ、歌のように透き通る小鳥の鳴き声が響きます。
虹を越え、風を切り、雲を突き抜ける5匹の鳥。
それぞれの顔はどれも幸せに満ち溢れ、仲間と共に…どこまでも……どこまでも……大空を羽ばたいて行くのでした……。
おしまい
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 22:13:42.37 ID:PNdIIEYCo
遅れました、これからちまちま投下して行きます~
某日 琴吹邸
ムギの誕生日から数週間。
期末試験も終えた私達は、前々から計画していたムギの豪邸に遊びに行く事となった。
…当然だけど今回はメイドの振りをして忍び込んだわけではない。 服装だってもちろん私服だしね。
律「いっやぁ……いつ見てもでっかいよなぁ~…」
眼前に見える屋敷の規模に思わず圧倒されてしまう。
大きな鉄製の門の向こうには綺麗な花畑が見え、庭師と思われる人が芝刈り機を器用に扱う姿が窺える。
あの時は色々あったけど…私達もよくこんな所に忍び込む気になれたもんだよな………
唯「ほんと、お金持ちって感じするよねぇ~」
梓「私、今更ながらに緊張して来ました……」
澪「呼び鈴は…これか?」
澪がインターホンを鳴らす。
ピンポーンと言うお馴染みの音がスピーカーから響き、門の端に備え付けられている監視カメラが私達を捕え始めた。
187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 22:27:35.79 ID:PNdIIEYCo
声「は~~い♪」
律「あ、あの、私達、琴吹さんの友達なんですけど…今日は…」
声「りっちゃんようこそ♪ 今出迎えをよこすからもう少し待ってて貰って良いかしら?」
律「は…はい! って、その声、ムギか?」
声「そうよ~♪」
スピーカーから聞こえてくる声は確かにムギのものだった。
やたらと明るいその声のトーンからも、ムギが今日のこの日を心待ちしていた事がよく分かるな…
声「お待たせいたしました」
待つ事数分。 門の奥から私達を迎えてくれたのは、一人の執事さんだった。
執事「さあさ、日差しが強いでしょう、どうぞこちらに…」
律「はい、お邪魔しまーす…」
唯「失礼しまーす」
ゴゴゴと言う重い音が響き、門が開く。
まるでRPGに出て来る城の門だ。
まさに城門とも呼べるそれを超え、私達はムギの家に入っていく…
……う~~ん、梓じゃないけど…ここまで丁寧にされるとやっぱり緊張してしまうなぁ…
188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 22:36:08.58 ID:PNdIIEYCo
澪「な…なぁ律…私達、こんな格好で良かったのかな…やっぱり、ちゃんと正装で着た方が良かったんじゃ…?」
律「今更そんな事言ってもしょうがねーだろ? それとも、澪だけ引き返すか?」
澪「そ…それだけは…」
涙目になる澪を諭し、私達は執事さんに連れられて庭園を歩いて行く。
唯「えへへ、憂に自慢しちゃお♪」パシャパシャッ
梓「唯先輩ったら緊張感なさすぎ…」
唯に至っては呑気なもので、ケータイで写真を撮りまくっていた。
…あー、あのマイペースさが羨ましいわ。
執事「そういえば、自己紹介がまだでしたな…私、琴吹家で執事をやっております、斎藤と申します。 以後、お見知りおきを…」
斎藤と名乗る執事さんは私達に振り返り、お辞儀をする。
以前ムギの家に電話を掛けた時に出た執事さんの名前も確か斎藤だったと思ったけど、この人が…。
律「琴吹さんの友達の、田井中です」
そして私に続き、唯達も自己紹介をする。
でも、前にあれだけの大暴れをしただけあってか、今更感があるな。
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 22:45:22.21 ID:PNdIIEYCo
斎藤「ええ、皆様の子とはよく存じておりますよ…」
律「あちゃー、やっぱし、あれだけ騒ぎも起こせばそりゃ有名にもなってますか?」
斎藤「それはもう…琴吹家自慢のSP達の守備をを掻い潜り、見事紬お嬢様を拉致した事で有名に…」
律「んなっ? なんですと!?」
斎藤「冗談でございます」
律「って…冗談かよ!」
笑えねえ…真面目な顔してなんて事言うんだこの人は。
ってか、イメージと違う、この人実はこんなキャラなの?
斎藤「ですが、皆様のお話紬お嬢様より常々伺っております」
斎藤「それは先日の誕生日パーティーの折より一層伺うようになりまして…あれ以来、紬お嬢様の話は部活の事で持ち切りでございますよ」
唯「な…なんか照れちゃうなぁ~」
梓「ええ、なんていうか…くすぐったいです…」
澪「私達のした事、多分だけど、間違ってなかったよな…?」
斎藤「それに関しては、奥様も、そして私も思い悩んでいた事…ですが、それを打ち破ってくれたのが、皆様でした」
斎藤「私達はどうあがいても琴吹の人間、旦那様がいなければ私達の生は成り立たぬことと言っても過言ではありません…」
192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 22:58:14.80 ID:PNdIIEYCo
斎藤さんは遠い目でつぶやく。
斎藤「ですが皆様は、琴吹の格式や家柄などお構いなしに、紬お嬢様の為に邁進してくれました」
斎藤「そしてそれは、旦那様や私達だけではなく、来賓のお客様の心にも響いたのです」
斎藤「故に、お嬢様を縛り付けている”琴吹”という鎖は溶け、お嬢様は本来の素顔を取り戻すようになられました…」
斎藤「それは、田井中様や平沢様、秋山様、中野様、紬お嬢様のお友達がいてくれたからこそ出来た事。 私達では、決して成し得ぬことでした…」
斎藤「皆様、先日は真に…真に、ありがとうございました………」
律「そんな…私達は…」
唯「ムギちゃんが私達を助けてくれたからです…私達は何もしてません…」
澪「むしろ、ここのお宅に迷惑かけただけかもって思って…」
梓「そうですよ、頭を上げて下さい…私達、そんなすごい事、してません」
みんなが照れ隠しをする。
こんな年上の人に頭を下げて感謝されるなんて…生まれて初めてのことだった。
193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:12:23.59 ID:PNdIIEYCo
庭園を超え、玄関へ着く。
以前はガードマンに止められて誤魔化したけど、もうそんな事をする必要もない。
そして、ギギギ…と言う音を立て、その大きな扉が開け放たれた…。
空調が効き、大理石のタイルが敷き詰められた玄関からは微かにハーブの香りが漂い、改めてウチら庶民の家とは違うんだと言う事を実感させる。
紬父「ようこそ! みなさん、暑い中お疲れ様でした!」
紬母「あなたったら…ようこそ琴吹家へ、お待ちしておりましたわ」
玄関口から私達を出迎えてくれたのは、ムギのおとうさんとお母さんだった。
こうして2人を見ると、ムギがこの家の子供なんだと言う事がよく分かるな。
お父さんはとても風格があり、でもそれは威圧感とは違う…そう、威厳があるって言うのだろう。
そして、その大きく太い眉毛が、目の前の男性がムギの父親なんだと言う事を存分にアピールしていた。
お母さんもそうだ、整った顔立ちにムギそっくりのウェーブがかかった綺麗な金髪と、包み込まれるようにおっとりとした優しい雰囲気が。
こう見ると、ムギはお母さん似なんだと言う事がよく分かる。
『この親にしてこの子あり』って言うのは、まさにこの事を言うんだろうな。
194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:23:42.07 ID:PNdIIEYCo
紬父「よくぞお越しくださいました、ささ、荷物を持たせますので是非中へ!」
おじさんの呼びかけに奥からメイドさんが駆け付ける。
みんな最初は遠慮したけど、その圧倒される雰囲気に飲まれ、つい荷物を手渡してしまった。
律「すみません…お…お邪魔しまーす」
一同「お邪魔しまーす!」
挨拶を済ませ、私達は屋敷に入っていく。
廊下やエントランスの端には見た事もない美術品が所狭しと並んでいる…
それぞれが、海外の美術の教科書でしか見た事
…てか、以前着た時こんなのあったっけ?
195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:32:27.61 ID:PNdIIEYCo
澪「律…あれ…」
澪が端を指差す、そこには眉唾物のお宝の数々が…!
律「うお、あれ、キースの生写真じゃん!」
唯「あー、あの人の持ってるギター、ギー太だ♪」
澪「ジミー・ペイジだな、あっちには…わぁぁ!! ビートルズのレコードもある!」
梓「あのレコード、もう絶版でどこにも売ってないやつじゃないですか!!」
紬父「はっはっは、私の自慢の一品ですよ、よろしければ是非見てってください!」
さすが、音楽関係の社長の家だ…。 今日ここに来なければ、一生かかっても拝められないお宝がザクザクあるな…
軽音部員としての血が騒ぐ、あああ、もっと近くで見てたいなぁ~♪
律「梓、澪、唯…あとで、もっと見せて貰おうよ…な?」
梓「勿論です!!」
澪「ジャコ・パストリアスのブロマイド…写メでいいから映せないかな…」
唯「なんか不思議、ここにはギー太の兄弟がたくさんいるんだねぇ~」
196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:45:07.22 ID:PNdIIEYCo
紬母「こちらにどうぞ…」
おばさんの案内で私達は一つの部屋の前で立ち止まる。
紬父「他のお友達もお集まり頂いてますよ」
律「………他のお友達?」
そのフレーズに疑問を抱きつつも、私はがちゃりとそのドアを開ける。
そこにいたのは…まぁ、意外っちゃ意外なメンツだった
憂「このお菓子美味しい…♪ レシピ教えて貰って良いですか?」
純「~~♪ ~~♪ っっくううう!! まさかこのCD聞けるなんて…私来てよかった~~!!」
和「この本面白いわぁ、2~3冊借りてこうかしら?」
さわ子「…ん~~、これがヴェノア…素敵な味わいねぇ~」
ある人はソファーで、またある人は椅子に座り、私達よりも先に着いてたみんなは、既にくつろいでやがったのだ。
律「ってえ!! なんでみんないんのさ!」
唯「あれ? 憂?」
梓「純まで、どうしてここに?」
澪「和に先生まで…みんな来てたのか??」
197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:53:47.07 ID:PNdIIEYCo
声「私が招待したのよ、せっかくの機会だしね…♪」
奥からムギが姿を見せる。
唯「みんな誘われたのなら一緒に来たのにぃ~」
憂「ごめんね、私もついさっき紬さんに誘われて…」
さわ子「いきなり電話で起こされから何事かと思ったわよ、外出たら、マンションの前に大きなリムジンが停まってるんですもの…」
和「それで、私達も来ることにしたのよ…まぁ、いきなりで驚いたけど、貴重な体験をさせて貰ったわ」
純「家出る時、お母さん腰抜かしてました、あははっ」
そりゃまあそうだろう、普通の家の前にリムジンが停まったら、誰だって驚きもする。
律「ま、いつものメンツって感じだねぇ」
唯「ムギちゃん、今日は家に誘ってくれてありがとう♪」
梓「私、今日すっごく楽しみでした♪」
澪「おみやげ持って来たんだ、良かったら後で食べてくれ…駅前で買った安物だけどさ」
紬「私の方こそ来てくれてありがとう、今日もいっぱい楽しみましょ♪」
198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/25(月) 23:58:37.39 ID:PNdIIEYCo
そして、全員が集まった所でおじさんが私達に向かって話し始める。
紬父「みなさんお集まり頂きありがとうございます! 紬の親として、皆様のような素敵な方々と巡り会えたこと、光栄に思いますぞ!」
紬「パパ、堅苦しい話はよしましょ?」
紬母「そうですよあなた…今日はいつものようなパーティーじゃないんですから」
紬父「っと…これは失礼…、それではみなさん、我が家だと思って存分に遊んで行って下さい!」
そして、私達は各々自由行動に移る
さて、何して遊ぼうかなぁ~~~♪
199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:08:03.93 ID:CsR5sUtXo
憂「紬さん、あの…厨房見せて貰ってもいいですか?」
紬「ええ、構わないわよ?」
憂「えへへっ、ありがとうございます♪」
憂ちゃんは分かりやすい、こんな屋敷の厨房なんて
これでまた、唯の夕飯に美味しいメニューが一つ加わるんだろう…そう考えると、羨ましい話だった
和「書庫とかもあるのかしら? もし良ければ、本を見せてもらいたいのだけれど…」
紬「ええと、今メイドに案内させるわね」
梓「ねえねえ純、あとでおじ様のコレクション見に行かない? すっごいレアなのいっぱいあったんだ」
純「うんっ! 行く行く~♪」
唯「澪ちゃん、さっきギー太を持ってた人の曲ってどれ?」
澪「レッド・ツェッペリンか…あああった、これだよ」
唯「へぇ~……私もいつか、こんな演奏できるようになるかな?」
律「練習すれば、いつかはなれるさ」
唯「うんっ! 私、この人を目標にする! ふんすっ!」
律「だ~ったらもっと練習して、かっこいい演奏できるようにならなとな?」
200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:18:24.87 ID:CsR5sUtXo
さわ子「そう言えばムギちゃん、あの麻雀牌は使ってるの?」
紬父「おお、あの牌は先生の物でしたか!」
さわ子「ええ、すみません、ほんの冗談のつもりだったんですけど…」
紬父「いえ…私も紬もあの類のゲームには目がなくてですな…いや、紬が打てるようになった暁には、卓を囲もうかと思っていたのですよ」
紬「前にパパと一緒に執事たちとやらせて貰いましたけど…私、漢字の牌しか集まらなくて…あれが普通なんですか?」
紬父「っはっはっは、さすがに初戦から四暗刻と大三元を上がるとは思わなかったわ、執事達の驚いた顔が忘れられんかったぞ!」
紬「すーあんこー?」
さわ子「それ役満よ、あなた…」
紬「やくまん?」
さすがムギ、福引で特賞を引き当てる引きの強さは伊達じゃなかったようだ。
―――
――
―
おだやかな時間が過ぎて行く。
最初は緊張しっぱなしだったけど、みんなと一緒にいるうちに、私はいつの間にか、ここがお金持ちの屋敷にいるんだって事をすっかり忘れていた…。
201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:25:57.16 ID:CsR5sUtXo
唯、澪、梓、純ちゃんらと一緒におじさんのコレクションを見ている時の事。
メイド長「あら、あなたは?」
律「あ、お邪魔してま~す」
メイド長「こちらこそ、先日はどうもね~」
澪「いえ、あの時はその…」
メイド長「いいのいいの、メイドの顔も把握してなかった私も悪かったし、今はお嬢様も幸せそうで何よりですよ」
メイド長「それよりも、あの時はみんな筋が良かったわよ? もしも働き先に困ったらいつでも言って。 みんな私が鍛えてあげるわっ、一流のメイドとして…ね♪」
律「あははは…その節は是非お願いしま~す」
…早くも就職先確保かなこりゃ。 就職難に困ったらムギに相談してみようかな…。
202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:38:10.58 ID:CsR5sUtXo
唯「………………ギー太…」
紬父「おや、平沢さん、いかがなさいましたか?」
唯「…あ、あの、このギター、私のと一緒だなって思ってまして」
紬父「それは、レスポールですか、そう言えば平沢さんが軽音部で使ってるギターも確か…」
唯「…はいっ、これと一緒なんです」
唯「あの、おじさん…」
紬父「…どうかなさいましたか?」
唯「私、最初軽音部に入ってこのギター買ったとき…その、お金が足りなくて、ムギちゃんに値切って貰ったんです」
紬父「…ええ、よく存じております」
唯「…負けて貰った分は、私、大人になってお金を稼ぐようになったら、必ずお返ししますっ!」
唯「だからそれまで、ギー太は大事にしますから、もう少しだけ、待ってて貰っても良いですか?」
紬父「…そんなに気を使って頂かなくとも良いのですよ?」
唯「ううん…やっぱり、そんな事できません」
唯「受けた恩は必ず返さないといけないって思うし、それにギー太にだって悪いから…」
唯「だから、お金が溜まったらちゃんと買って、ギー太を弾くのに相応しいギタリストになりますから、それまで待ってて下さいっ!」
紬父「………ええ、分かりました、その日を、いつまでも待っていますよ」
紬父「…娘は幸せですな…このような心の綺麗な友人に囲まれて、本当に親として鼻が高いですよ…」
203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:49:04.05 ID:CsR5sUtXo
どれだけの時間が経っただろうか。
色々見て回ってから、ムギのお母さんがアップルパイを焼いてくれたと言うので、私達はテラスに集まったんだった。
紬母「腕によりをかけて作ったわ、宜しければ是非召し上がってください」
大き目の皿に乗ったパイからリンゴの香ばしい香りがする。
ムギが入れてくれた紅茶も用意され、今日のティータイムはいつも以上に華やかなお茶会になりそうだった。
憂「あ、私もいくつかお菓子作ってみました、良かったら召し上がってください」
憂ちゃんが持って来た皿にはこれまたたくさんのクッキーとパンケーキが。
いかん……よだれが……。
紬「憂ちゃんごめんね? わざわざ作って貰っちゃって…」
憂「そんなとんでもない…私、あんなに素敵な厨房でお料理出来て、すごく楽しかったですよ♪」
紬母「手際の良さにメイドも感心してたのよ、ねえあなた、もし卒業したらうちでメイドとして働かない?」
憂「ありがとうございますっ! でも、私がいなくなったらお姉ちゃんが…」
律「あはははっ! まぁ、確かに憂ちゃんがいなくなったら唯が3日持たずに餓死するな」
唯「もー、私だってごはんぐらい作れるんだよ? …そりゃ憂ほど上手には出来ないけどさぁ~」
204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 00:59:32.30 ID:CsR5sUtXo
梓「…でも、今日は来てよかったです♪」
純「好きなジャズたくさん聴けて…こんなにおいしいお菓子食べれて…夢みたいだよね」
澪「でも夢じゃない…ムギがいてくれたら、私達は今日ここに集まれたんだ」
律「考えてみればさ、ムギがいなかったら今の私達って成り立ってなかったんだよな」
澪「ああ、ムギがいなかったら部員も集まらなかった」
唯「私も、ムギちゃんがいなかったらギー太にだって出会えなかったのかも知れないね」
律「放課後ティータイムの『ティータイム』って単語すら無かった、ムギがいなかったらお茶会も無かったわけだから、きっと違うバンド名だったかもしれないよな」
梓「きっと、合宿だってできませんでしたね…先輩がいなかったら練習とか、どうなってたんだろ?」
さわ子「作曲だって大変だったでしょうねー、きっと、この世に澪ちゃんの歌詞にあんなに綺麗な曲を乗せれるのは、世界でもムギちゃんだけだったでしょうからねぇ」
純「そう考えるとムギ先輩って、軽音部には絶対いなくちゃならない存在なんですね~」
紬「みんな………」
紬母「みなさん、娘の為にそこまで…ありがとうございます」
紬父「本当に…本当になんとお礼を申し上げれば良いものか…」
205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 01:06:50.77 ID:CsR5sUtXo
唯「お礼なんていいですよ、私達は、私達の気持ちでムギちゃんのお友達になったんだもん、ねームギちゃん♪」
紬「…うふふっ、でも、本当にみんなには感謝してるわよ」
紬「それに…ここにいる誰一人が欠けても、今の私達は成り立ってなかったと思うの」
紬「だから、ここにみんなが集まってくれたのも、私だけじゃない…みんながいてくれたからなのよ…」
律「へへへ、今日はムギが美味しいとこ持ってくのかぁ?」
和「律、茶化さないの」
律「ああ、悪かった悪かった」
紬父「でしたら…折り入ってお願いがあるのですが…みなさん、その演奏、是非私達にもお聴かせ願えないでしょうか?」
紬母「考えてみれば私達はまだ、皆さんのライブをまだ一度も見た事が無かったのよね」
紬「わぁ…! それいいかも! ねえみんな、ここで演奏してかない? 私やりたい! パパとママに、私達の演奏、聴かせてあげたい!」
206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 01:16:26.36 ID:CsR5sUtXo
唯「でもでも、私達、今日楽器持ってきてない…」
紬父「それはご安心を…こういう事もあろうかと、倉に一通りの楽器は完備しております」
紬母「当然すべて調律済みで、いつでも演奏できるようになってますわ」
律「て事は、すぐにでもライブできんじゃん♪」
唯「じゃあ、やってみようかな…♪」
さわ子「ここにあるって事は、当然どれも超に超が付く一級品でしょうしねぇ、滅多にない機会だから、触らせてもらうといいんじゃないの?」
さわ子「みんな本場中の本場、それも最高級の一品の楽器………か…。 あの、せっかくだし私も良いでしょうか?」
純「あ、私も弾いてみたいかも…」
紬父「ええ! それはもう、こちらからもお願いします!」
和「じゃあ、私と憂は観客としてみんなの演奏、聴いてるわね」
憂「うんっ! みんな、頑張ってね♪」
唯「えへへ…ムギちゃんのお父さん、ありがとうございますっ♪」
そして、私達はホールに場所を移す。
手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセッティングにさほど時間はかからなかった。
207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 01:31:27.76 ID:CsR5sUtXo
琴吹邸 楽器庫
紬「ここが琴吹家自慢の楽器庫よ、みんな好きなのを選んでね♪」
ムギの案内で通されたそこは『楽器庫』と呼ばれる所だった。
体育館並の広さのそこは24時間体制で空調が完備されており、毎週専門のスタッフを雇っているお陰で、常に最高のコンディションで楽器が保管されてると言う事だ。
中にはグランドピアノやらバイオリン、ハープやらのクラシックに使用される楽器から、琴や尺八、三味線と言った和楽器まで完備されており、まさに世界中の楽器がそこに存在してると言っても良いくらいだ。
そして、その一角に、バンド演奏に使われるギターやベースの保管スペースを見つけ、みんなでそこに向かう。
これだけの広さの倉庫に、これだけ多種多様な楽器を置いておけるとは…つくづくお金持ちの凄さを思い知らされる…。
唯「ん~、こっちのギー太も可愛いねぇ~」ジャンジャン…♪
澪「レフティのベースがこんなにたくさん…ここは天国だなぁ…」
純「ああぁぁ、もうどれにしようか悩むなぁ~~~」
律「私の中古のやつよりも何倍も高級な奴だぞこれ…こんなの本当に使わせて貰っていいのか…?」
さわ子「ん~~、この手に馴染むフィット感…昔の血が騒ぐわねぇ~♪」
梓「ムスタングムスタング…あ、あった……これです! やっぱりムッタンが良いです♪」
律「私も、手に馴染むしHipgigにしよう…って、結局みんな変わってないのな」
澪「そうだなぁ~」
律「ま、みんな馴染んだ奴が一番だよな…」
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 01:43:02.75 ID:CsR5sUtXo
だあああ失礼、楽器庫に立ち寄った後にホールへ向かったと言う事にしてください…
楽器庫で選んだ楽器を運んでもらい、私達はホールに場所を移す。
セッティングに手慣れた執事さん達のお陰とみんなで手伝った事もあって、舞台のセットにも、さほど時間はかからなかった。
琴吹邸 ホール
―――ワイワイ…ガヤガヤ……
舞台袖からホールを見回す。
おかしいな…いつのまにこんなに客が来たんだ?
律「あのぉ…ムギさん、これは一体…」
唯「すごい数…私、こんな人数初めてだよ……」
澪「き…ききききききんちょ緊張ししししててててててて………!」ガクガクガクガク!!
梓「澪先輩! お…落ち着いて下さい!」
紬父「いやぁ、せっかくだったので屋敷にいる全使用人を呼んでみたのですよ! そしたらほら、この数で…はっはっは!」
紬「ざっと見て80人前後はいるわねぇ~、SPも呼んだらそれぐらいになっちゃったのよ♪」
純「って、防犯とかどーするんですか?」
斎藤「そこはご安心を…セキュリティレベルを最高のSレベルにして置きましたので、ネズミ一匹敷地内には入れませんよ」
律「いや…それどんだけですか………」
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 01:52:17.92 ID:CsR5sUtXo
紬父「では、私も…」
紬母「みなさんの演奏、楽しみにしてますわ…♪」
そして、私達7人を残し、おじさんとおばさんは席へと下がって行った。
過去にやったライブのどれよりも大きな緊張感が場を包む…。
私も柄にもなく手が震える…、あああ~、こんなキャラじゃないのになぁ…
さわ子「とーにかく! こうまで行ったらもう退けないわよ、私と純ちゃんも協力するんだから覚悟決めて行くの、いい?」
さわちゃんがみんなに喝を入れる。 こういう時、大人の存在は頼りになるものだ。
さわ子「ほらりっちゃんも! 部長がそんなんでどうするの?」
律「……………………」
まぁ、さわちゃんの言う通りだ……。
ここで私がうろたえてたら…誰がみんなを支えるって言うんだよ…!
唯「…りっちゃん……」
梓「律先輩……」
みんなが私を見つめる……。
それは期待の証。 軽音部のリーダーとして、私の声をみんなが待っている…
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:00:41.54 ID:CsR5sUtXo
律「うっし……じゃあ、みんな!!! やるぞ!!!!」
唯「うんっ!」
梓「やってやるです!!」
澪「……………やっぱり私…」
律「澪っ! 私達はいつか武道館で何千人って言う観客を相手にする夢を掲げてるんだぞ? こんな事で怯えててどーするってんだよ!」
澪「………………」
紬「澪ちゃん、終わったら、惜しいお茶を飲みましょう…ね?」
澪「……………うん、そう、だな……」
唯「澪ちゃん…!」
純「私、澪先輩と一緒に演奏するのに憧れてたんです、一緒に、頑張りましょう!」
澪「ああ…そう…だよな!」
律「よし、それじゃもう一息だ…あのさ、さわちゃん、言葉を借りていい?」
さわ子「……言葉?」
律「ああ………お前らと演奏出来て…私はサイッコーーーーーの気分だぜええええ!!!!」
さわ子「…っぷ……もう、気迫が足りないわよ…?」
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:01:33.07 ID:CsR5sUtXo
書いてて思ったけど、観客80人って少なすぎるだろ俺のバカバカ……
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:06:42.61 ID:CsR5sUtXo
さわ子「本場のシャウトってのは、こーゆーもんよ………!!!」
さわちゃんが大きく息を吸い込み…怒声と共に私達の心を揺さぶる…!
さわ子「オメエラァァァ!!!!! 今日は死ぬ気で行くぞおおおおおおおっっっっっっ!!!!!!!!!」
一同「オオオオオーーーーッッッ!!!!!」
さわちゃんの声に全員のボルテージが最高潮に高まって行く……!!
今だ、この勢いに任せて行くんだ……!!
律「ああ! 行くぞみんな!! 私達が…放課後だぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!!」
一同「オオーーーーッッ!!!」
掛け声とともに私達はステージに躍り出る。
そして、私達のライブが今、始まりを告げた………!
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:12:12.44 ID:CsR5sUtXo
唯「ムギちゃんの家のみなさんこんにちわ!! 私達が、放課後ティータイムです!」
―――ワーワーワーワー!!
執事「あれが紬お嬢様のお友達かぁ」
メイド「可愛い…紬お嬢様が羨ましいわぁー!」
そして恒例通り、唯の司会でライブは盛り上がりを見せる。
唯「いつもは5人なんですけど、今日はなんと、純ちゃんとさわ子先生も来てくれました!」
さわ子「本日はよろしくお願いしまーす♪」
純「が…頑張りまーす!」
憂「純ちゃん! 先生! 頑張ってくださーい!」
和「みんなー、すごくかっこいいわよー!」
斎藤「ほっほっほ…私も、若い時を思い出しますなぁ」
紬父「いつだったか、母さんと行ったライブを思い出すな…」
紬母「2年目の結婚記念日でしたねぇ、あれは…」
紬父「ああ、確か、そうだったな…」
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:22:27.10 ID:CsR5sUtXo
そして、メンバーの紹介を終えた唯は曲目を告げる。
唯「じゃあ、まずは有名なのから行こうかな…まずは、『翼をください』!」
それは純ちゃんがいる事を考慮してだろう、比較的楽な曲を選んだ辺り、気が利いているな…
そう、今回は予定を立てる時間もなかったうえに、軽音部じゃない純ちゃんがいる影響で、いつもの演奏ができない現状なのだ。
でもそれは純ちゃんの存在が邪魔ってわけじゃない。 むしろ逆。
純ちゃんの存在が…私達の演奏に色を立てる…一つでも多くの音が重なる事で…私達の音楽は…より一層の輝きを増すんだ……!
――――――――――
澪「彼女のフォローは私がやる、だから唯、お前はお前のやりたい曲を言ってくれ…それに私達は全力で応えるからさ…」
純「すみません……私が足引っ張って…」
梓「違うよ、純」
純「…………あずさ…」
唯「純ちゃん、演奏ができなくてもいいんだよ…大事なのは…『私達が純ちゃんと一緒に演奏する事』…それなんだよ……!」
純「唯先輩…ありがとうございます!」
――――――――――
唯「~♪♪…わんつーすりーふぉー!」
ドコドン…ジャラララーーン……♪
演奏が始まる…休日に開かれる私達の放課後が…今、幕を開けた……!!
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:31:57.05 ID:CsR5sUtXo
~~~♪ ~~♪
唯「つばさーはためかーせーーー♪」
一同「行ーきーたーいー♪」
――――ワーワーワー!!
一曲目を終え、会場から大量の拍手が巻き起こる。
一曲目を無事終え、続いて2曲目…
澪(純ちゃん、なかなかだった、全然大丈夫だったよ?)
純(…えへへ…ありがとうございます!)
梓(純、次ふわふわ時間はどう?)
純(うん、それなら大丈夫、家で何回も聴いてたから…やれると思うよ!)
唯が司会で時間を繋ぎ、その間に私達は何を演奏するかを決める…
それは打ち合わせでもなんでもなく、即興で決まった流れ、いわばアドリブだ。
そのアドリブを難なくこなし、私達の息は完全に一つになる…!
阿吽の呼吸、いや、もはやシンクロと行っても良いぐらいだ……
そうだ…私達は、ここまで完璧になれるんだ…それが、私達放課後ティータイムなんだ……!!
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:36:55.05 ID:CsR5sUtXo
梓(唯先輩……!)
梓が唯に合図を送り、唯が演奏の準備に入る。
律「じゃー次、ふわふわ時間!! ワンツースリー!」
~~♪ ~~♪
私のリズムに合わせ、唯、梓、さわちゃんのギターが音色を奏でる…
それに合わせるようにドラムが、ベースが、キーボードが音を奏で、その音が徐々に一つになって行く……。
澪「キミを見てると…いつもハートドキドキ♪」
唯「揺れる思いはマシュマロみたいにふーわふわ♪」
梓「いーつもがんばるー♪」
純「いーつもがんばるー♪」
―――♪ ――♪
ライブは続いて行く…
私達の放課後が……続いて行く………。
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:44:23.18 ID:CsR5sUtXo
…それから4曲もの演奏をやり切り、2回のアンコールに応え、私達のライブは終わったんだった……。
唯「いっやぁぁぁぁ……なんとかなったね~♪」
紬「みんな、お疲れ様…♪」
澪「アドリブ…なかなかだったよ…」
律「唯も、だいぶライブ慣れしたんだな…すげーよ、お前ってやつはさ」
さわ子「みんなよく頑張ったわね、私も鼻が高いわよ
純「っっく…うん…私…わた…し……!」
梓「純もお疲れ様、すごかったよ? 純の演奏、私達と息ぴったりだった…」
澪「ああ、ほとんどフォローが必要なかった…さすが、厳しいジャズ研で鍛えられてるだけあったよ」
純「あずさぁぁ…みおせんぱい…ありが…ありがとぅ…ございます…ぅぅうっっ……!」
それは嬉し涙だろう…純ちゃんの涙は、とても輝いていた…。
私達に付き合ってくれた事に、私自身も、感謝の気持ちしか出てこなかった…。
219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:50:53.41 ID:CsR5sUtXo
紬父「みなさん…お疲れ様でした…! 不覚にも感動してしまいましたよ…」
紬母「みなさん、紬…最高のライブをありがとう…私達、幸せです…」
紬「パパ…ママ…」
憂「お姉ちゃん! 純ちゃん! 梓ちゃん! 紬さん! すごく…すごくかっこ良かったよ!」
純「憂…うんっ! 私達、やったよ!」
和「澪も律も先生もお疲れ様です、みんなお疲れ様…素敵だったわよ」
澪「和、ありがとう…!」
唯「やったね、ムギちゃん!」
紬「…うんっ!」
律「へへっ、放課後ティータイム…大 成 功 !! だよな?」
紬「ええ…もちろんよ!」
さわ子「みんなと演奏出来て、私も楽しかったわよ♪」
220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 02:57:41.61 ID:CsR5sUtXo
紬「パパ…ママ…これが、私の仲間です…」
紬「これが、私がこの学校で見つけた、宝物です…」
紬父「ああ…よく伝わったぞ……紬、よくやった」
紬母「あなたの親で、私達も鼻が高いわ…」
紬「パパ…ママ……っ!」
泣き声と共にムギが両親に抱きつく。
照れも恥じらいもなく親と抱き合うその姿を見て、思わず面食らったけど…。何故かその光景はとても綺麗なものに見えた…。
唯「なんか…邪魔しちゃ悪いね…」
律「そーだな…私達は一足先に行ってるか…」
梓「ですね…」
そして私達は一足先に舞台袖を抜ける。
振り返った時のムギの涙は、純ちゃんをそれとは違う輝きに満ちていた……
―――よかったな…ムギ…
221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 03:05:50.96 ID:CsR5sUtXo
そして、メイドさんたちが腕によりをかけて振舞ってくれた夕食を堪能し、日もすっかり落ちた頃、私達は帰る事になった。
唯「じゃあムギちゃん、今日はありがとう、また学校でね♪」
澪「おじさん、おばさん、素敵な時間をありがとうございました」
律「また、落ち着いた時にでも遊びに来るよ、みんなでさ」
紬「ええ…またいつでも遊びに来てね? 待ってるから」
紬父「みなさん、今日は本当にありがとうございました…」
紬母「素敵な休日でしたわ…これからも娘の事を、よろしくお願いします…」
純「じゃあ…私達はこれで、ムギ先輩、ありがとうございましたー!」
梓「おじさん、コレクション、また見せて下さい♪」
憂「おばさん、またレシピ教えてください、私、楽しみに待ってます♪」
和「じゃあ、私達はこれで…おやすみなさい」
紬父「ええ…今後も、娘と仲良くしてやって下さい…」
紬母「みなさん、また遊びに来てくれる事、心よりお待ちしてますわ」
紬「みんな、またねっ♪」
手を振り、さよならを告げる3人に向かい、私達はムギの家を後にする。
そして、門の前で停まっていた車にお邪魔し、私達はそれぞれの家路に着いたのだった…
222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 03:12:19.47 ID:CsR5sUtXo
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紬「行っちゃった…」
紬母「ねえ紬」
紬「…はい?」
紬母「今日は、ママと一緒に寝よっか?」
紬「そんな…もう18歳なのに?」
紬父「たまにはいいじゃないか…そう、子供の頃のように、親子3人で…な?」
紬「………ええ……それじゃ、今日ぐらいは…3人で…」
紬父「はははっ、まさか、この歳になって娘と一緒に寝られるとはな…」
紬母「もうっ、あなたったら…うふふっ♪」
紬「あははっ…あははははっ♪」
紬父「はっはっはっはっは……♪」
暖かい笑い声が響きあう…。
そこに少し前まで感じていた窮屈さは無く、ありのままの家族の姿があるだけだった……。
彼女達は、私を救ってくれただけじゃないんだ……。
みんなは、家の確執に囚われていた…パパとママも…救ってくれたんだ………。
223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 03:19:43.08 ID:CsR5sUtXo
みんな、大好きをありがとう。
みんなが大好き とっても大好き…
そしてその大好きは、みんなだけじゃない…パパとママにも言えるんだ。
最初は嫌っていた琴吹って名前も好きになれた……。 むしろ、今では誇りすら持つことが出来た。
それ全部、全部みんながいなければ始まらなかったこと。
みんな……ありがとう……
両親に囲まれた布団の中で…両親の温もりを感じながら…
私は、一番の幸せに包まれていきました……
紬「はみんぐばーど」 アフター
おしまい
224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(千葉県) 2011/07/26(火) 03:22:50.32 ID:CsR5sUtXo
終わりです、見てくれた方いたか分かりませんが、なんとか書き切りました。
即興故に細かいところでのエラーが目立ちましたね…言い訳はしませんが、クオリティの低下に繋がった感じが歯がゆいです…
即興でも次回はもうちょっと煮詰めて書こうかと思いました。
それでも良ければ、また見てってくださいませ。
では、おやすみなさいませ~
SS速報VIP:紬「はみんぐばーど」