2: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:33:42.88 ID:iOh5/+Pi.net
代行助かります。
ちょっぴり切ない系です。
3: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:34:47.24 ID:iOh5/+Pi.net
7月某日~
ミ-ンミンミンミ-……
穂乃果「ただでさえ暑いのに~もう。」
いつの間にか朝日がカーテンから漏れていた。
陽の光で目を細める。
時計が6:30を表示しているのを見て力なくカーテンを閉めた。
カラカラ
雑多なワンルームには布団が敷いてあり、籠城の様相を呈している。
つま先に缶が当たる。
穂乃果「なにこれ?あぁ、片付けなきゃ。」
客観的に見ると酷い生活だ。
私でも思う。
特に刺激のない毎日を繰り返していると、次第に休みの日でも外出する気が起きなくなってしまった。
昔は毎日あんなに頑張ってたのに。
今でもよく思い出す。
もちろん大学に入りたての頃はサークル活動とかは色々やってたが、何か違うと思っていたら遠い昔となっていた。
夢中になれるものが、何もない。
焦れば焦るほど夢は実体を薄める。
いつまで経っても次のステップに進めない自分が嫌になり、もう色々諦めてしまった。
穂乃果「も~こんなに散らかっちゃって。」
穂乃果「ん?あ、これ……」
机の上で倒れている写真たてを起こし、中を確認する。
穂乃果「卒業式の時撮った……」
海未ちゃんとことりちゃんと私が写っていた。
ミ-ンミンミンミンミ-……
朝からすごい勢いに気圧される。
そうか、もうセミが鳴く季節なんだなぁ、気付いたら高校を出て3回目の夏だ。
穂乃果「夏……部活で合宿に行ったきり特に思い出がないな。」
穂乃果「いや、受験の時の海未ちゃんは鬼だったな……」
判定ギリギリまで上げるプランとか言って相当絞られた思い出がある。
ことりちゃんが制してくれたけど、そんなこと言ってるから穂乃果が……といつもの掛け合いをしていたのが蘇る。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん……元気してるかなぁ。」
海未ちゃんは大学で弓道を、ことりちゃんは海外に留学して復職関係の勉強を頑張っているらしい。
高校卒業してから、2人とは会おうとはしているのだが、なかなか予定が合わずに結局会えないでいる。
まぁ、大学で高校の友達と疎遠になるってよく聞くしそんなもんかと思ってはいるんだけどね。
穂乃果「寂しいなぁ……」
少なくとも私たちはそんな散り散りになんてならないと思っていた。
ひとしきりため息をついた後、弛緩した頭に鞭を打つ。
部屋を綺麗にした後は夕方からのバイトのために睡眠を補給しなければならない。
穂乃果「……早く片付けちゃおう。」
そう思いおもむろに立ち上がった時、
ピロリン♪
穂乃果「ん?なんだろ。お母さん?」
8月12日~
ミ-ンミ-ンミ-ンミ-ンミ-……
穂乃果「で、明日から親戚のところに泊まるって?」
今私はお盆休みをもらって帰省している。
荷物をまとめて一階に降りるとお母さんが休んでいたので、話を切り出した。
ほのママ「そうなの。ごめんね穂乃果。」
穂乃果「いいけど、何かあったの?」
ほのママ「親戚の家がお盆の3日間で家を空けるから、その間犬の面倒を見るためにその家で寝泊まりして欲しいの。ご飯は大体あっちにあるみたいだから。」
穂乃果「それはLINEで見たよ。なんで私なの、雪穂は?」
ほのママ「雪穂は大学に入ったばっかりだし。ほら、穂乃果も息抜きになると思って。」
穂乃果「えーやだよぉ!あそこ暇だもん。」
昔行ったことがあるけど、そこはかなりの田舎で遊ぶところが何もなかった記憶がある。
雪穂「どうせ行かなくても暇なんでしょ。行ってきなよ。」
いつの間にか部屋に入っていた雪穂はそう言って私の隣に座る。
開口一番にイヤミとは姉を何だと思っているの全く……
穂乃果「ゆ、雪穂。聞いてたの。」
雪穂「今も自堕落な生活を送ってるんでしょ。」
穂乃果「そんなことない…よ?」
雪穂「お姉ちゃんが午前中から帰省するわけないもん。昼夜逆転してるからそうなるんじゃないの?今も眠そうだし。」
穂乃果「ぐぐ……」
雪穂「白状しちゃいなよ~。」
ほのママ「こらこら、その辺にして。穂乃果、お願いできない?」
ん~、あんまり気が向かないけどなぁ。
暇なのは本当だし……
穂乃果「分かったよ。」
ほのママ「ありがとうね。じゃあ親戚に連絡しておくわね。」
雪穂「楽しんでね。」
穂乃果「はいは~い。」
ジジジジジ……
とは言ったものの。
穂乃果「暑い!」
親戚の家に着いたはいいものの、駅から少し歩かなきゃいけないから、汗が体にまとわりつく。
穂乃果「田園風景も風情があると思った少し前の私を呪うよ……」
実際日差しが眩しすぎて景色に浸る時間がなかった。
とは言えようやく着いた……
余裕が出てきて辺りを見渡してみる。
ジジジジジ……
門をくぐると石畳が玄関まで伸びている。
家は和風の瓦屋根になっており、軒先にはメダカの壺があった。
そのそばには畑があり、奥には山が続いているのが見える。
耳をすませば鳥の鳴き声と川のせせらぎとこれまた心地よい音が響く。
鳴り響くセミの声、少し違う。
そしてそれを全てかき消すこの暑さ。
日差しを避けるように家に入る。
穂乃果「……おじゃましまーす。」
リビングに入りエアコンをつけ、机の上に置き手紙を見つける。
穂乃果ちゃん、今回はありがとう。
お母さんから聞いてると思うけど、お盆に家族でどうしても外せない用事があってね。それで家の番をして欲しいの。
あっちに住んでるとここは暇かもしれないけど、ゆっくり過ごしてね。
……
あとは犬の散歩やご飯の時間、量などが記されてあった。
穂乃果「そうだ、それが役目だった。」
庭に足を進め、小さい犬小屋を見つける。
迷ったものの覗いてみることにした。
ワン!!
穂乃果「うわっ!」
びっくりして尻餅をついてしまった。
まだあまりこちらに慣れてないみたい。
まずは警戒を解かないと。
穂乃果「実家に犬はいるけど、同じ感じで大丈夫かな。」
ともかく、置き手紙によるとまだ散歩の時間ではないので部屋に戻る。
穂乃果「さてと、何して過ごそうかな……」
昼食を済ませたあと、案の定暇になってしまった。
と、こうなることは想定内。
これを見越して本とかゲームとか娯楽を持ってきたんだ!
………
穂乃果「う~ん、なんか落ち着かないな。」
いつもの場所じゃないから当然か。
ゲームをやめ、縁側に向かう。
縁側からは家の近くの川が一望できた。
水の流れが心に染みる。
穂乃果「なんか、こんなゆっくりできるのっていつぶりだろう。」
そう言って仰向けになり物思いに耽る。
社会人に比べて自由な時間は多いし、1人の時間も多い。こういうぼ~っとした時間はいくらでもとれるはずなのに、
穂乃果「みんな元気かな~。」
こんな感傷的な気分になってしまう。
きっといつもの生活圏から外れているのが原因だろう。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、元気にしてるかなぁ。2人ともよく頑張ってて偉いや。」
穂乃果「今更顔向けできないよ。」
ため息は風鈴の音と共に、
風に乗ってどこかへ行ってしまった。
………
……
…
穂乃果「ふぁ~。おっと、夕方になっちゃった。」
穂乃果「あつっ!」
満腹感のせいか、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
それよりも、西日で焼けた肌に目がいく。
穂乃果「こりゃ変な跡着くぞ……」
後悔も束の間、
穂乃果「犬の散歩!」
私に課せられた任務に気づく。
時刻は5時前。
1時間と少し寝てしまっていたみたいだ。
すぐに犬小屋に向かい、首輪にリードをかける。犬は早く行こうと言わんばかりに尻尾を振り興奮している。
穂乃果「危なかった~、よし行こう。」
カナカナカナカナ…
散歩ルートがよくわからなかったので、土手を歩くことにした。
青々とした土手の下では澄んだ水が流れている。
少し霞む青い空、遠くを見ると進行形で発達する入道雲が見える。
圧倒された。
今日も暑かった証拠だ。
穂乃果「いや、まだちょっと暑いな……」
真昼で熱された空気に西日が容赦なく差し込んでくる。
そろそろ日も沈むだろうに、こうも暑いのか。
少し肌着がまとわりつき気持ち悪い。
犬は人間の不平も意に介さず気持ちよさそうに歩いている。
穂乃果「そんなにはしゃいで熱くないの?あこら!」
犬が茂みに入り虫を追いかける。
なんとか制御し進行方向を示す。
穂乃果「油断できないや。」
うちの子も元気だけど、この子も活発だ。
それでもこの子の操縦にも慣れてきた。
穂乃果「どこ歩こうかな……」
軽い山道を発見する。
ちょっと登ってみることにした。
最初は楽勝と思っていたが、奥に行くほど勾配が急になるのに加え、道がゴツゴツしておりかなり足にくる。
運動してなかった私には特にだ。
気づけば陽も沈んでおり、
もう引き返そうと振り返ると、
穂乃果「綺麗……」
そう呟いていた。
もう少し見晴らしのいいところへと足をすすめた。
いつのまにか茜色に染まった空には数羽の鳥が遊んでいる。
少し目を落とすと棚田があった。
青々とした稲が風に揺れる。
そして私の頬を通り過ぎた。
耳からはヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。
五感全てでこの景色を堪能していた。
見とれている間に、気づけば薄暮になってきた。
夜の山は灯りが少なくて全くの暗闇だ。
穂乃果「まずい、早く帰らなきゃ。」
…
半分ほど過ぎた時、手前からお婆ちゃんが向かってきていたらしい。気付いたときには私の横を抜けており、挨拶ができなかった。
穂乃果「ん、どうしたの?」
犬が歩みを止めていた。
穂乃果「ほら、帰るよ。」
なかなか言うことを聞いてくれず、半ば強引にその場を後にし、私は家へと向かった。
………
家に帰りシャワーを済ませ、夕飯の準備をする。カップ麺にしようかと思ったけど、せっかく食材を用意してくれていたので野菜炒めを作ることにした。
犬がガラス戸から何かを訴えかけてきてたので、餌やりもした。
穂乃果「さてと……」プシュ
ゴクゴク……
穂乃果「今日もビールがうまい!」
ありがたいことに、冷蔵庫にはビールも用意されていた。
穂乃果「高待遇だよ~。」
今日はいろんなことがあった。
新鮮な経験ができ、良い日だったと思う。
特にあの景色……写真撮っとけばよかった。
確かに娯楽は少ないところだけど、
こんな日があっても、悪くないかも。
~♪
穂乃果「電話だ。誰からだろ?」
ケータイには雪穂と示されていた。
穂乃果「もしもし?どうしたの?」
雪穂「楽しんでるかな~と思って。」
穂乃果「それだけ……?」
雪穂「いやいや、心配だったんだよ。また夜まで寝てないかなって。」
穂乃果「そこはなんとか。散歩にも行ったしね。」
雪穂「意外と満喫してるじゃん。」
穂乃果「まぁね~。」
雪穂「そりゃ良かったけど、夜遅くまで起きてちゃだめだよ~。」
穂乃果「お母さんみたいなこと言わないでよ!それだけならもう切るよ。」
雪穂「あ、お姉ちゃん。」
穂乃果「なに?」
雪穂「あ、いやごめん。おやすみ。」
穂乃果「ん?おやすみ~。」ピッ
穂乃果「なんだったんだろ……」
…
穂乃果「さて、そろそろ寝よう。いてて、飲みすぎちゃったな。」
つい調子に乗ってしまった。
1人で飲むのもいいけど、やっぱり喋り相手がいた方が楽しいんだよなぁ。
雪穂ともう少し話しておけば良かったかな。
でも雪歩も忙しいだろうしね。
穂乃果「とにかく寝る準備!」
洗い物を済ませて時計を見ると、日を跨ぎそうだったので、寝ることにした。
半ば倒れたように布団に飛び込み、本能に意識を任せた。
…
……
………
私たちの始まりの地、講堂。
コサージュ付きの制服を着た3人はステージに立っている。
ここでそれぞれ新たなステップを踏む。
その踏ん切りを付けるためにここへ来た。
私は2人に写真を撮ろうと言い、
1人は涙目で、
1人は微笑みで、
それに包まれた私は満面の笑みで、
「私たちはずっと友達だよ!」
「うん…!」
「もちろんです…!」
「せーのっ!」
「1!」
「2!」
「3!」
…
……
………
穂乃果「ぅう……」
昨日のお酒が残っているのか、少し頭が痛い。
それより……
穂乃果「今のって。」
間違いなく卒業式の記憶だった。
どうもここのところ思い出す。
照りつける朝日が日常に引き摺り込む。
やるせない気持ちを隠すため、水を飲みに行こうと台所に向かったが、
ピンポ-ン
インターホンに足を止められた。
穂乃果「ん、なんだろ。はーい!」
あ、私寝起きのまんまだった。
まぁいいか、宅配だろう。
ガラガラ
穂乃果「お待たせしまし……ってえぇ!?」
海未「お久しぶりです。穂乃果。」
…
……
………
8月初頭~
海未「ふっ。」
また、外れた。
コーチ「園田、どうした。最近調子悪いぞ。しっかりしてくれ。」
海未「す、すみません。」
私は大学に進み弓道部に入った。
一年生の頃から必死に努力し、2年生になるころには信頼されるような存在になることができた。
はずだった。
最近は重要な場面でのミスが目立ち、それを気にして練習にも支障をきたしている。
焦っていた。
次の試合は任されないんじゃないか、そんな不安は普段のフォームを崩すには十分だった。
海未「私がしっかりしなくては……期待に応えなくてはっ…!」
いつも通りにしようとしても、身体はそう上手く動いてくれない。
練習はほぼ毎日やってきた。改善策は既に何度も試した。
悩んでいるうちに練習が終わった。
居残り練習しなくてはと思い立った時、コーチが手招きをしていた。
コーチ「園田。監督がお呼びだ。監督室に行くように。」
ついにこの時が来た。
おそらくメンバーから外されるのだろう。
分かってはいたけど……
海未「はい……」
諦めはついていた。
試合でも練習でもこの様では、使い物になるはずがない。
これまで何のためにやってきたのか。
そう考えているうちに監督室に着いた。
海未「うっ…」
ノックができない。
この部屋に入ると全てが終わる気がして。
トントン
私は首を振り、頬を叩く。
掠れた喉を震わせる。
海未「失礼します。」
私が入ってきたことに気付いたのか、監督は座ったまま椅子を反転させこちら向きになる。
監督「最近、調子を落としているみたいだな。」
海未「うっ……」
やっぱりこのことか。
監督「調子が上がるまで部には来なくていい。」
海未「……え?」
監督「以上だ。」
海未「待って下さい!実力不足ならもっと練習してなんとかするので、退部だけは!」
監督「退部ではない。部には来なくていいと言ったのだ。」
海未「同じでは!?」
監督「今のお前は視野が狭い。道を極めるには技術だけではダメだ。」
海未「……意味がわかりません。」
監督「とにかく、話は以上だ。」
それ以降、監督は口を開いてくれなかった。
…
……
………
8月13日~
それから私は実家に帰った。
両親からは心配されたが、気に病んで欲しくないので笑ってかわした。
何もやる事もなく時間が経つ
自主練もめっきりやらなくなってしまった。
このままで良いのだろうか。
海未「視野が狭い……ですか。」
監督に言われたことを思い出す。
あの意味はどういうことだろうか。
海未「穂乃果……」
大切な友人の名を呟く。
卒業式以来会えてはいない。
部活が忙しいと誘いを断っていると、だんだん疎遠になってしまった。
よくある話だ。
それに、ことりも海外に行ってしまい、3人で会う機会を作る事も難しいだろう。
海未「寂しいですね……」
今更虫のいい話だ。
弱ってから求め始めたのでは、穂乃果にも失礼である。
海未「とにかく、このままでは身体が鈍ってしまいます。散歩にでも行きましょう。」
母に散歩に行く旨を伝え、玄関を後にする。
ジジジジジ-
何日振りの外は焼ける様な暑さで、蝉がそれを助長させていた。
強い日差しの下、適当に歩みを進めていると、神社に着いた。
海未「あぁ、懐かしい。ここで練習を始めたんですっけ。」
この階段の上で、3人はスクールアイドルを始めたのだ。
私はその記憶を眺め上げていた。
??「海未さん?」
誰かに呼びかけられ、回想から振り解かれた。
後ろを振り向くと、
海未「あなたは。」
雪穂「あ!やっぱ海未さんだ。」
雪穂が立っていた。
…
私は雪穂に久しぶりにうちへ来ないかと言われたので、それに応じることにした。
海未「ここに来たのも久しぶりですね。」
久しぶりに来た友達の家を前に、少し緊張する。
昔はよく通っていたものだ。
雪穂「お姉ちゃんはいないけど、ゆっくりしていってください。」
正直少し期待していた。
もしかしたらここでばったり会えるかなんて考えた。
やはり現実は上手くできていない。
海未「いえいえ、お気遣いなく。」
…
雪穂「ちょっと部屋を片付けてきます!」
穂むらに着くと、雪歩が勢い良く階段を登っていった。
その間に店番をしていた穂乃果のお母様とお話をしていると、雪穂に手招きをされた。
海未「お茶、ありがとうございます。」
雪穂「いえいえ。でも、どうして今こっちに帰ってきたんですか?」
海未「長くなりますが、大丈夫ですか?」
隠したほうがと考えもしたが、特に理由もないし、気分的に楽になりたいと思い、打ち明けることにした。
対する雪穂は少し緊張した様子だった。
雪穂「は、はい。」
海未「実は……」
…
雪穂「そんなことがあったんですね……」
海未「いけませんね。穂乃果に笑われてしまいます。」
自嘲し笑うが、雪穂の顔はまだ強張っており、気まずそうにこちらをうかがっている。
雪穂「あ、あの、海未さん。」
海未「なんですか?」
雪穂「お姉ちゃんと会ってくれませんか。」
海未「……え?」
意外な提案だった。
雪穂「お姉ちゃんは隠してるつもりかもしれないけど、昔より元気がないように感じるんです。」
雪穂「最近…….いや、大学行ってからですかね。」
海未「その、元気がないとは?」
雪穂「高校の時は夢に向かって一直線!みたいな感じだったのに、その力を感じないんですよ。」
海未「穂乃果も色々大人になったということでしょう。」
雪歩は斜め上を見つめて思案している様子だ。
雪穂「うーん、それとは少し違うような。」
雪穂「諦めのような…時折そんな目をするんです。」
……それには少し見覚えがある。
雪穂「これは勘なんですけど、元気がないのって、皆さんに、特にお二人に会えてないからなのかなって。」
海未「……」
雪穂「お姉ちゃん、ああ見えて繊細なところあるじゃないですか。1度後ろ向きになるとズルズルいくというか……」
海未「わかります。」
私がそう答えると雪穂は苦笑いを浮かべる。
雪穂「ですよね。なので、お姉ちゃんも会おうって言いづらくなってたんだと思います。」
雪穂「それで自嘲気味になってずるずるといってるのかなって。」
海未「なるほど……」
雪穂「すみません。確たる証拠はないんですけどね。」
雪穂「それで、今お姉ちゃんはおばの家にいるので、頼みにくいんですが、そちらに行ってはいただけないかと……」
海未「現状は分かりましたが、こっちじゃダメなのですか?」
雪穂「それは……海未さんの現状も聞きまして、気分転換にもなって良いんじゃないかなと思って……すみません偉そうなこと言って。」
海未「いえ、お気遣いありがとうございます。」
雪穂「もちろん海未さんがこっちの方がいいなら、全然大丈夫ですので……」
雪穂は申し訳なさそうに顔を赤らめている。
海未「雪穂、その住所を教えてください。」
雪穂「え……?」
海未「久しぶりに話してきます。穂乃果と。」
ぱあっと笑顔になる雪穂。
こういうところは穂乃果と姉妹だなと思う。
実際、断る理由がない。
昔からの親友に会う。たったそれだけのことである。
雪穂「ちょっと待ってください!紙を用意してきます!」
雪穂は私が返事をする前に階段を下ってしまった。
残された私は一つ心配事を思い浮かべる。
海未「こんな状態で会って、穂乃果は許してくれるでしょうか……」
…
……
………
海未「穂乃果、今起きたのですか?」
穂乃果「あ、えっと。そうなんだよ。」
えぇ~、海未ちゃんが来るなんて聞いてないよ!どうしよう。
一旦避難!
穂乃果「ご、ごめん上がってて!私顔洗ってくるから!」
海未「あ、ちょっと!」
呼び止める声を振り切り、洗面台へ急ぐ。
冷たい水に顔を思い切り浸ける。
寝ぼけた頭と焦りを一度リセットするために。
穂乃果「いやぁ参った。ちゃんと話せるかな。」
親友と再会する。
それだけのことなのに素直に喜べない自分がいることが1番嫌になる。
穂乃果「とりあえず戻らなきゃだよね。」
居間に戻ると、海未ちゃんは荷物を足元に置き、所在のなさそうに立っていた。
穂乃果「ま、まぁここに座ってよ。」
ぎこちなくなかったかな!今の私!
海未「は、はい。すみません。」
海未ちゃんも若干緊張している様子だ。
テーブルを挟んで向かい合わせになる。
穂乃果「……」
海未「……」
気まずさがこの空間を支配していた。
こういう雰囲気の時は早めに切り出そう。
でも、これは単純な疑問だ。
穂乃果「どうしてここが分かったの?」
海未「雪穂から教えてもらったんです。昨日バッタリ会いまして。」
なんで雪穂がここを?まぁいいか。
穂乃果「急だったからびっくりしたよ。」
海未「あ!す、すみません……」
穂乃果「い、いや、そんな迷惑だとか思ってないから!」
海未「な、なら良かったです。」
な、何だこのぎこちなさ。
穂乃果「ことりちゃんとは会ってるの?」
海未「いえ、ことりは海外ですし、一度断ってる留学のお誘いですから。気合も入ってるでしょう。」
穂乃果「そうだよね。やっぱ忙しいよね。」
やはり海外となると帰省も容易じゃないだろう。
穂乃果「ん、でも、海未ちゃんも部活で忙しかったんじゃなかったっけ。」
雪穂とバッタリ会ったのも、なぜなのか気になる。
海未「そうだったんですけどね。」
穂乃果「だった?」
海未「話が長くなるんですが……」
穂乃果「聞かせてよ。」
…
海未「それで、スランプになってるんです。練習すればするほど、色々考えてしまって。」
穂乃果「どんなことを考えるの?」
穂乃果「どんなことを考えるの?」
海未「外せば皆の期待を裏切るとか、私がしっかりしなくてはとかですかね。」
穂乃果「へぇ、責任感があるのは相変わらずだね。」
ドクン…
海未「結局、監督に呼ばれて視野が狭いと言われちゃいましたけどね。」
海未「それで部活を休むように言われたんです。」
そういうことか。
ドクン…
穂乃果「で、でも、驚いたなぁ。海未ちゃんなら壁なんてすぐ乗り越えちゃいそうなのに。」
海未「そんなことないです。視野が狭い……この答えがなかなか見つけ出せないんですから。」
穂乃果「すごいなぁ。」
ドクン…
穂乃果「穂乃果なんて、夢中になれることが見つからなくて、それで悩めることが羨ましいよ。」
いや。
穂乃果「私なんてずっと変わらない日々の繰り返しだよ。」
違う。
穂乃果「私はさ、そんな人からすごいと思われるようなことできてないんだ。」
海未「穂乃果……?」
止まれ…!
穂乃果「いろんなこと経験して、悩んで。」
やめて。
私の伝えたいことはこんな気持ちじゃなくて……
穂乃果「っ……!」
___これだけは言ったらだめだ。
穂乃果「海未ちゃんだって、部活ができなくなったからここにきたんじゃないの?」
あ____
海未ちゃんの顔が少し歪む。
ああ、もうなんで。
こんなことっ……!
とにかくこの場にいるとダメだ。
穂乃果「……犬の散歩に行かなきゃだ。ごめんね。」
海未「穂乃果……!」
視界の端に海未ちゃんが映る。
…そんな顔、しないでよ。
いや、私がそうさせたんだ。
私は弾かれるように家を飛び出した。
さよなら、海未ちゃんっ…!
…
穂乃果「ごめんなさい……」
犬は耳をコチラに向けて歩いている。
独り言が多いせいだ。
穂乃果「私ってほんと馬鹿だ。」
終わりだ。
私は言ってはいけないことを口走ってしまったんだから。
なんて償えば……
いや、そのチャンスを貰おうとするのもおこがましいだろう。
穂乃果「これからどうしよう。」
海未ちゃん、怒って帰っちゃったかな。
そうだとすると、私たちの関係はこれで本当に終わりになるだろう。
遠くの山際には見ると入道雲が発達しかけているのが見えた。
暑さを糧にみるみる大きくなっている。
……もっと、私も成長できたらいいのに。
穂乃果「こんな私はすみっこにポツンと浮かぶ夏空の綿雲かな。」
比較し、自嘲する。
あぁ、まずい。
涙が__
ワン!
穂乃果「うぉっ。」
犬がすごい力で引っ張ってきた。
こっちに行こう!という強い意志を感じた。
穂乃果「ついて行くからそんな引っ張らないで!」
潤んだ目を擦って犬の後を追った。
…
引っ張られるほど5分。
ここ掘れワンワンと辿り着いた場所は。
穂乃果「ここは……神社かな?」
湿った空気が鼻につく。
木に覆われた空の下には階段が続いている。
苔まみれの石の鳥居をつられるように潜った後には、
すこしちいさな社が見えた。
風で空がざわざわ鳴っている。
見上げると枝葉がうごめいている。
物音ひとつ立てては世界が壊れてしまう。
そんな気がした。
境内に入ると雰囲気は一層濃くなり、息苦しささえ覚えた。
犬はまた地面に鼻をつけ、リードを引っ張る。
穂乃果「こうなりゃ運命共同体だよ。」
おとなしくついて行くことにし、小走りで後を追う。
少し行った先の社の階段には小ぶりの老婆が腰掛けていた。
カナカナカナ…
…
……
………
8月初頭~
ことり「今日も疲れた~!」
私は海外留学し、服飾の勉強をしている。
それから3回目の夏だ。
未だに服飾のことはわからないことが多いし、高校時代にわがままいって先延ばししてくれた罪滅ぼしもあり、日本に帰る暇もないくらい熱心にやっているつもりだ。
そろそろコンテストがある。
イメージも大体できているし、先生にもokをもらっている。
今のところ順調。ではあるけど、やっぱり心残りはある。
『私たちずっと友達だよ!』
あの交わした約束が、頭をかすめる。
あの約束は守れているだろうか。
でも、決めたことなんだ。
私がこの道を選んだんだから。
みんなが背中を押してくれた道なんだから。
中途半端に帰ってきてもそれこそ穂乃果ちゃんたちに笑われちゃう。
ことり「あれ?」
携帯を覗くと海未ちゃんからメールが届いていた。
海未:ことり。お久しぶりです。そちらの調子はいかがですか?
ことり:まぁまぁだよ。どうしたの?
海未ちゃんから話しかけてくるだなんて珍しい。
ピロン
ことり「えぇ!早い!」
どうしちゃったんだろ海未ちゃん。
海未:そうですか。よかったです。
ことり:なにか用だったんじゃないの?
少し間があって
海未:日本に帰ってくることはできますか?
ことり:ちょっとこっちの方が忙しくて…ごめんね。
海未:いえ!それなら仕方ないです。
ことり:海未ちゃんも部活で忙しいんじゃないの?
海未:いえ、実は…
…
ことり:お盆あたりは予定が埋まっちゃってて……ほんとごめん。
海未:いえ、大丈夫ですよ。私も少しスッキリしましたし。話を聞いてくれてありがとうございました。
ことり:そんなの全然大丈夫だよ!
それからは他愛もない話をした。
…
ベッドに入って考える。
海未ちゃんも大変なんだなぁ。
少し心配だけど、海未ちゃんなら乗り越えるだろう。
強い子であるのは私が知ってる。
あと、穂乃果ちゃんは今頃どんな風に過ごしているんだろう。
それもすごく気になる。
それにしても、
ことり「楽しかったな。」
久々に話すと、思い出が芋づる式に出てきて眠れなくなってしまう。
私は会って話したくなってしまった。
ことり「いけないいけない。みんな頑張ってるんだし、コンテストに向かって頑張ろう!」
私は記憶を振り解き、睡眠に集中した。
…
……
………
昨日、海未ちゃんからこんなメールが来た。
海未:明日穂乃果と会ってきます。無理を承知で言うのですが、ことりも来ることはできませんか。
行きたい気持ちは山々だった。
前のこともあってか、高校の頃が夢に出てくるくらいだ。
ことり:行きたい気持ちはもちろんあるけど、やっぱり無理だよ。ごめんね。
そう答えるしかなかった。
海未ちゃんはまた無理を言ってすみません。
と言ったきり返信は来なくなった。
この後も予定があり、行かなきゃいけない。
ことり「行きたいなぁ……」
いやいや。
ことり「でもこれは、私が選んだ道だから。」
そうだ。
これは私が決めた道。
それにしても……
海未ちゃんと穂乃果ちゃんが何年かぶりに会うのか。
そこにいることができない寂しさもあるけど……
友人が久しぶりに会う。
これだけの事なのに、
この胸騒ぎはなんだろう。
…
ことり「ど、どうですか…」
先生「う~ん、良いんだけどね。こうビビッとこないかな。」
ことり「そうですか……」
と、返された服のイメージ図に目を落とす。
このところ良い反応が返ってこない。
焦りが脳を支配する。
ことり「あの、どこかダメなところを教えてください。」
先生「技術的なところは全く問題ないよ。ただこう、迷いっていうものを感じるな。」
ことり「迷い……?」
先生「思い当たるところがあるって顔だね。」
ことり「い、いえ!ちゃんと集中__」
先生「良かったら、話聞くよ?」
ことり「いや、ほんと個人的なことなので!」
先生「話したくないなら強制しないよ。ただ……力になりたいんだ。日本から離れて新しいことをするって並大抵の精神力じゃないとできないから。」
先生「今までよく頑張ってくれてるけど、心配だったんだ。君、突っ走りすぎ。」
先生「日本に一度帰った方がいい。悩みも、そのことだろう?」
ことり「なんでそれを……いや、今日も予定があるじゃないですか!」
先生が知り合いのデザイナーを呼んで一緒にご飯を食べることになっている。
その思いを無下にすることはできない。
先生「いや、こちらからキャンセルを頼むよ。」
ことり「そんな!それじゃ先生の面目が。」
先生「生意気なこと心配するね。そんなことは気にすることじゃないよ。」
口角を上げ、肘で腕を突かれる。
何とも様になる人だ。
先生「……それにほら、このリボン。ファーストライブのものじゃないかい?」
ことり「それは……」
先生「最近になって新しく追加されてたね、これが気になって調べてみたんだよ。」
先生はパソコンの画面を私に見せる。
私たち3人のファーストライブが映っていた。
先生「きっと彼女らとは特別な関係なんだろう。今まで拘束していた罪滅ぼしじゃないけど、会ってきなさい。」
ことり「でも、コンテストも近いから……」
先生「私が何とかギリギリまで粘ってみるよ。だからほら、行ってきなさい。」
それでも渋る私に先生は困ったなぁという感じで言う。
先生「自分が選んだ決断に責任を持つことも悪くないけどね、少しは自分の気持ちに素直にならなきゃ、潰れちゃうよ?」
先生「それに、チャンスの神様には前髪しかない。でしょ?」
先生はそう言ってウィンクしてみせた。
やはりこの人には敵わない。
ことり「……はい!ありがとうございます!」
…
荷物をまとめて外に出る。
ふと空を見上げてみた。
ことり「この青空の先に、2人はいるんだよね。」
視線の先には入道雲。
2人と見ればどんな違いがあるか今から楽しみだ。
私は少し小走りになりながら歩みを進めた。
カナカナカナ……
穂乃果「こんにちは。あ、こら、すみません!」
犬が老婆の膝に前足をかけ、尻尾をしきりに振っている。
言った後に気付く。
ひぐらしが鳴いている。
もうこんな時間になってたのか。
こんにちはで挨拶は合ってたかな。
老婆「こんにちは。お構いなく。」
隣にお座りと催促されたので、同様に腰掛けた。
穂乃果「どこかでお会いしましたっけ。」
自分でもわからないけど、
そう尋ね失礼だったかと焦り始めた。
穂乃果「い、いきなりすみません!」
老婆「いえいえ。」
行っておばあちゃんは黙ってしまったので、私も口を開けなくなってしまった。
一度こうなってしまうと、沈黙は止まらない。
犬もすっかりお座りをしている。
見上げると相変わらず空が鳴っていた。
地上へと風を送ってくれない。
それからしばらく沈黙が続いたが、おばあちゃんがこの空気を割いた。
老婆「若いって良いよねぇ。いろんなことが新鮮に思えるでしょう。」
穂乃果「ん、ん~そうですね。」
老婆「歯切れが悪いね。」
そう言って悪戯に笑う。
穂乃果「大したことじゃないんですけどね。なんて言うか、私には今目指す目標がないのでそんな若いすばらしさがあんまり分からないと言うか。」
老婆「目標って夢みたいなことかい?」
穂乃果「はい、そうですね。高校までは部活に受験にた目標があったんですけど、今はなかなか見つけられなくて。」
老婆「うんうん。」
穂乃果「今何かを頑張っている人を見ると私も頑張らなきゃと焦ってしまうんです。」
いくら言葉で取り繕おうが無駄だ。
原理はただの嫉妬なんだから。
老婆「私は焦らないでいいと思うけどねぇ。まぁ、話してみな。」
そんな感情をぶつけられてもお婆ちゃんは優しく耳を傾けてくれている。
穂乃果「それなのに行動に起こせない、そんな自分が嫌でっ……!悔しくてっ……」
気付けば頬が濡れていた。
思い出すのはさっきの光景だ。
老婆「……昔はその夢とやらをどうやって見つけていたんだい?」
穂乃果「……え?」
そういえば、とにかくあの時は廃校を阻止するとこで精一杯で……
老婆「とにかく今できることを精一杯にやってたんじゃないかい?」
老婆「決して他の人生と比べて見つけ出したわけじゃなかったはずだよ。」
穂乃果「そ、それはそうですけど、目標とかがないとやっぱ生きるうえでダメなんじゃ。」
老婆「ダメ……とな?」
穂乃果「生きる活力というか何というか…身体の底から湧いてくる力っていうのが今は無いんです。」
穂乃果「だから…これがないとこの先上手くいかないのかなって。」
そう言うとおばあちゃんは笑う。
老婆「それが全てじゃあないさ。」
老婆「夢はいわゆる指針さ。それによって今後の人生の行動が大まかに決まってしまう。」
穂乃果「でも!私の友達とかは目標を持って成長して……」
老婆「それは日々過ごしている中で覚悟を持って挑戦したいと思ったことなんじゃないかい?」
老婆「少なくとも、闇雲に見つけたものじゃないはずだよ。」
老婆「まだ若いのに、焦って決めた指針なんか続かないだろうし、この先の人生が凝り固まってしまう。」
老婆「とにかく今は目の前のことを精一杯する。これが大事だと思うけどねぇ。」
穂乃果「で、でも。」
お婆ちゃんは納得しない私をみて微笑み、続ける。
老婆「それに、夢は必ずしも良い結果になるわけではないんだ。」
穂乃果「でも、私はスクールアイドルを通じて……っ!」
『私、スクールアイドル…辞めます。』
そうだ。あの時も。
海未ちゃん。ことりちゃん。
μ'sのみんなはあの時__
なのに私は……!
老婆「今できることを精一杯頑張って、振り返った時に、あのおかげで頑張れたって思えるのが夢なんじゃないかねぇ。」
老婆「そしてそれを糧にまた頑張る。そういうことじゃないかと思うんだが、どうかい?」
穂乃果「………」
今思えば、『あの時あれがあったからここまで頑張れた』って言うことはできるけど、その当時は色々必死だったかも知れない。
老婆「夢、とか目標、とかは後から行動の理由になる。」
老婆「焦らなくて良い。今を精一杯生きている者が、かっこいい人だと私は思うね。」
そんなに焦らなくても、
夏は__また来るから。
そう言ってお婆ちゃんはニコッと笑った。
穂乃果「すみません。私行かなきゃです!」
老婆「ほう。どこへ?」
穂乃果「今を頑張ってる、かっこいい人のところへ!」
私はお婆ちゃんに深くお礼を言い、名残惜しそうな犬を連れて走り出した。
…
……
………
走って去る穂乃果を、私は追いかけられませんでした。
きっかけは私なのですから。
海未「動揺させてしまいましたね……」
ため息を拾うものはおらず、秒針の音が響く。
そうだ、穂乃果が出て何分経っただろうか。
心配になってきた。
海未「いや、なんて引き止めれば。」
立ちあがろうと腰を浮かせたところで力を失う。
そもそも、急に会ったらびっくりする方が普通だ。
選択を間違えたか。
来ないほうがよかったか。
迷いはこの場から動かず帰りを待つという答えを出した。
そうテーブルに目を伏せているとインターホンが鳴った。
海未「穂乃果……?」
いや、それならインターホンは鳴らさないはず。
神妙な面持ちでドアを開けた。
ことり「ようやく着いたよ……久しぶり、海未ちゃん!」
息を荒げている。急いできたのだろう。
海未「え!?こ、ことり!?」
ことりはこの反応になるのは想定内のようで、
ことり「ごめんね。急いでたから連絡もできなくて。」
とだけ告げた。
少し焦っている様子だ。
海未「あ、いや大丈夫ですけど……」
ことりは首を傾げ私の肩越しに玄関の奥を見渡す。
ことり「あぁ、遅かったかな……」
ことり「穂乃果ちゃん。どこかいっちゃった?」
海未「あ、そうなんです。私のせいで……やっぱり会わなかった方が。」
ことり「穂乃果ちゃんはいつ出てったの?」
間髪入れずにことりは聞いてきた。
少し気圧される。
海未「い、犬の散歩に行くと30分前くらいでしょうか。」
ことり「まだ遠くに行ってない……探そう。行くよ海未ちゃん。」
ことりが私の手を握り、走り出そうと踵を返した。
海未「いや、でもなんと呼び止めれば……」
でも、私はついていけない。
ことりの右手を両手で掴み、重心を後ろに移動させる。
ことり「海未ちゃん。」
そう言って振り返り、私を見つめる。
ことりの目は琥珀色に透き通っていた。
ことり「海未ちゃんは、何がしたくてここに来たの?」
皮肉ではない。
ことりは純粋に問いかけている。
私は……でも、穂乃果は。
海未「ですが穂乃果はやっぱり……」
ことり「違う。海未ちゃんの気持ちを聞かせて。」
海未「わ、私の気持ち……」
『視野が狭い』
『皆の期待こたえなくては』
内から出てくるのは他人や客観的な言葉だ。
それでも流れてくる感情の中に一つだけ見つけた。
そうだ。私は。
海未「私は、穂乃果と会って話がしたい……!それだけです。」
ことり「そうなんだね。」
そう言ってことりは笑い、
ことり「色々あると思うけど、一度自分の気持ちに素直になるのも大切だよ。」
ことり「何をやりたいか、何のためにやってるのか。それが原動力になるんじゃないかな。」
つられて私も笑う。
こんな簡単なことに気付かなかったなんて。
少し上を向き息を吐き出す。
目には夏の入道雲が見えた。
海未「ことり……あなたには助けられてばっかりです。」
ことり「そんなの、私だって。」
ことり「誰かが止まると誰かが引っ張る。それが私たちでしょ?」
海未「えぇ…!」
ことり「それでこそ海未ちゃんだよ!」
さぁ行こうと手を引くことり。
海未「変わりましたね。あなたも。」
ことり「私は何も変わってないよ。海未ちゃんだってそうでしょ?」
それはきっと……
海未「えぇ、穂乃果もですね!」
私はことりの手を強く握り返し、並んで走り始めた。
…
……
………
ミ-ンミンミンミ-……
穂乃果「暑……もう夕方かと思ってたのに。」
社を後にし、鳥居をくぐる。
無我夢中で走っているといつもの土手に戻ってきていた。
陽は少し傾いた程度で、まだまだ勢いがある。
不思議と流れる汗が嫌じゃない。
遠くの森の木々が揺れ風が通る。
夏髪が頬を切った。
来た道を振り返ると、
灰色の石の鳥居が見えた。
穂乃果「ありがとう。」
そう言って笑い、上を向く。
一つ深呼吸をしてみた。
夏の匂いが心地よい。
目を開けると青空が映る。
遠くの山陰を見ると雲が見えた。
そして、懐かしい声が聞こえる。
きっとあれは……
穂乃果「ってうわぁ!ことりちゃんもきてたんだね。」
尻もちをつきそうなくらい勢いよく抱きつかれた。
驚いた。3人が集合するなんて。
ことり「穂乃果ちゃん!久しぶり……!」
ことりちゃんは目に涙を浮かべて言う。
言葉と共に抱きしめる力が強くなった。
負けないくらい私も強く抱きしめる。
穂乃果「うん。久しぶりだね、ことりちゃん。」
ことりちゃんの肩から後ろを見渡し、海未ちゃんを発見する。
さっきのこともあって少し気まずそうにはしていたが、憑き物が取れたようなスッキリとした顔に見えた。
穂乃果「海未ちゃん。なにか変わった?」
海未「いえ、何も変わってはいませんよ。」
海未「ただ……」
穂乃果「ただ?」
海未「自分の気持ちに素直になれた。それだけです。」
穂乃果「海未ちゃん……!」
海未「穂乃果こそ、雰囲気が違いますが。」
穂乃果「まぁ、色々あってね。」
その話はまた後でするとして。
穂乃果「海未ちゃん。さっきは本当にごめんなさい。」
海未「あ、いえ、私も変に意識してしまってました。すみません。」
穂乃果「卑屈になって、海未ちゃんを傷つけちゃって……」
穂乃果「でもね、私も素直になれたよ。」
穂乃果「昔から変わらずみんなのことが好きって気付いたんだ……」
穂乃果「こんな簡単なことに気付くのに時間が経っちゃった。」
海未「えぇ、私も。」
ことり「そうだよ!いくら離れてても気持ちは変わらないんだから!」
ことりちゃんが2人の間に入り抱きよせる。
海未「あぁことり、痛いですよ。」
穂乃果「そんなこと言って満更でもなさそうだよ。」
ことり「2人ともかわいいっ!」
ひとしきり抱き合った後、3人で顔を見合わせる。
穂乃果「そうだ私、夢を見つけたよ!」
これは、漠然と人生が最終的にこうなってほしいっていう、願いだ。
穂乃果「この3人とまた、ここで会う。って夢なんだ。」
海未「穂乃果……」
ことり「穂乃果ちゃん…!」
いつ実現しようが問題ない。
距離は離れていても、想う強さは変わらない。
今を精一杯生きれば、きっとまた会える。
今日のように。
穂乃果「ねぇ、みんなのこれまでのこと、もっと詳しく聞かせてくれない?」
ことり「もちろん!穂乃果ちゃんのもねっ!」
穂乃果「うん。私の2年間もね。」
穂乃果「2人とも、一緒に帰ろう!」
2人は大きく頷き、並んで歩き始めた。
1人は嬉し涙を流しながら
1人は優しい微笑みで
1人は屈託のない笑顔で____
3人の上の夏空には、大きな入道雲ができていた。
きっとこの夏は、死ぬまで忘れないだろう。
ミ-ンミンミンミ-……
終わり
最初は2年生組が夏をわちゃわちゃ楽しむだけのSSを書きたかったのになぜか切ない系になってしまいました。
エピローグも少し書こうと思っているので、そこまで付き合っていただけたら幸いです。
その後忘れられたと思いすぐ側で拗ねていた犬を3人で河原に行って機嫌をとり、家に帰った。
そして、和室にある仏壇にお参りをし、茄子を使って置物を作った。
残りの1日は皆でこの夏を満喫したのだが、それはまた別のお話……
…
……
………
8/15夜~
お姉ちゃん達、楽しくやってるかな~。
急にことりさんから電話が来て、2人がどこにいるか知ってるって聞かれた時はびっくりしたけど。
久々にあの3人で会うんだ。きっと楽しんでるに違いない…はず。
私は自室で1人、思い悩んでいた。一昨日、私のお母さんが電話しているところを発見した。
何だったのと聞くと、お母さんは海未さんのお母さんと電話してたと答えた。
それと、海未さんがこっちに帰ってきていることを教えてもらい、今近場に出かけていることも知った。
海未さんの向かいそうなところへ行ってみて、会えなかったら仕方ないと考えていたけど、
そこに海未さんはいた。
慌てて自室に呼び、お姉ちゃんと会って欲しいと伝えたんだ。
……余計なお世話だったかな。
海未さんなら大したことはないと信じたいけど、話を聞いたところ精神的に不安定なところだ。
それにお姉ちゃんの今の不器用さが交わったら……?
ことりさんがきてくれたのは心強いけど、ことりさんでも対処することができなかったら……?
心配で一昨日に電話をかけた時、お姉ちゃんは大丈夫そうだったけど、結局重要なことは言い出せなかった。
昨日今日も電話はしようと思ったらできた。
でも、結果を聞くのが怖くて迷っているとこんな時間だ。
私、皆さんの力になれたのかな。
もう空は黒くなってしまった。
そろそろ帰ってくる頃かな。
ガラガラ
穂乃果「雪穂!」
雪穂「な、何急に!」
お姉ちゃんは玄関から駆けてきて部屋に入り、びっくりする間も与えない速さで抱きついてきた。
穂乃果「海未ちゃんから聞いたよ。ありがとうね。」
雪穂「いや、お礼を言われるようなことは。」
穂乃果「色々考えてくれてたんだね。」
雪穂「お姉ちゃん……」
穂乃果「雪穂にも迷惑かけちゃった。」
雪穂「……それには慣れてるから。」
穂乃果「えへへ、ただいま、雪穂。」
お姉ちゃんは優しく笑う。
私にとっては……別にどんな顔でも、どんな性格しててもお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだけどね。
でも、まぁ。
雪穂「おかえり、お姉ちゃん。」
良かった。うまくいったんだ。
海未さん、ことりさん、ありがとうございました。
私の肩でお姉ちゃんは涙を流している。つられて泣きそうになる。
海未「雪穂……」
ことり「感動だよぉ。」
雪穂「え!?いたんですか皆さん!」
辺りを見渡すとお姉ちゃんの奥にお二人が座っていた。
お姉ちゃんに夢中で全く気付かなかった……
ほのママ「グッ」
やられた。私の心配を返して欲しいよ全く…
すっかり涙も引っ込んでしまった。でもまぁ、この方が私たちらしいかな。
穂乃果「今日はみんなで泊まりだよ!」
雪穂「え?」
海未「花火もたくさんありますよ!」
ことり「スイカも買ってきちゃいました!」
穂乃果「雪穂も夏、楽しも?」
全く、ずるい人たちだ。
雪穂「うん!」
満面の笑みで私は頷いた。
…
ピピピピ…
穂乃果「ふぁ~、よく寝た~。」
カーテンを開け、朝日を確認し大きく背伸びをする。
あの日から蝉の声は勢いを減らしている。
穂乃果「いい夢見たなぁ。」
夢のように楽しかったあの時間。
もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。
ピロリン♪
ことり:写真
海未:素敵ですね!
穂乃果:絶対賞取れるよ!
ふふっ、夢じゃなくてよかった。
穂乃果「さぁ、今日も精一杯頑張ろう!」
部屋に新しく追加されたコルクボード。
そこには卒業式のものの横に、この夏の思い出が並んでいた。
…
海未「監督。お久しぶりです。」
何週間かぶりに監督室に足を踏み入れる。
同じ部屋なのに景色が全然違うように感じた。
監督「何の用だ。」
海未「私の至らない点が、ようやく見つかりました。」
海未「私、試合に出るようになってからというもの、私がこの部を引っ張らなくてはなど考えて込んでしまってたんです。」
海未「その視点も大切なんですが、もっと重要なことを見つけました。」
監督「ほう?」
海未「私が、この部で勝ち進んでいきたい。皆と切磋琢磨したい。」
海未「純粋に、そう思ったんです。」
監督「園田。部に戻りなさい。」
海未「監督!」
すると監督のそばにいたコーチがやれやれと言う感じで前に出てきた。
コーチ「監督、じゃあこれはもう破り捨てますよ。」
破かれる前に確認したそれには、辞表と書かれていた。
私が困惑していると、
コーチ「多分、監督も相当な覚悟を決めてあんなこと言ったんだと思う。園田が戻って来なかったらこれを提出してくれと頼まれてな。」
監督「まぁそんなことはもういい。早く練習へ行きなさい。」
期待しているぞ。そう言って椅子を回転させ背を向けた。
海未「はい!」
いつになってもいい。
必ずまた会いましょう。穂乃果、ことり。
…
ことり「先生っ!お土産です。」
出来上がったドレスを先生に預ける。
先生は目を丸くして答えた。
先生「…本当に良いよ。これは。」
先生「これじゃ私もすぐ用済みだね。」
ことり「いいえ、先生のおかげで期限ギリギリで済みましたし、まだまだ先生に教えていただきたいことばかりです。」
先生「いやぁ、それは照れるな。」
そう言って色んな角度から眺める。
先生「いやはや、恐ろしい子だ。」
椅子に座り頬杖をつく。こんな感動してくれるなんて初めてだ。
先生「日本で何があったの?」
ことり「あの時だけしかできないことを。尊敬する人たちと一緒に過ごしました。」
先生「私のとこにいるよりも定期的に日本に帰った方が君にとって良いんじゃないかと思えてきたよ……」
ことり「いやいや、先生も尊敬してますからね!」
そう言ってウィンクしてみせた。
先生「参った。ところで、タイトルは何だい?」
ことり「えっと、『夏空』です。」
皆が成長する土台はある。
それに気づけるかどうかだと思う。
進み続けた先に、皆がいる。
それじゃみんな、また会おうねっ!
完~
もともとこの板で書く者ではなかったので、至らない点など多々あったかと思いますが、皆さんの応援の言葉本当に励みになりました。
なんとかお盆が終わるまでに完成させることができて良かったです。
ありがとうございました。
元スレ
7月某日~
ミ-ンミンミンミ-……
穂乃果「ただでさえ暑いのに~もう。」
いつの間にか朝日がカーテンから漏れていた。
陽の光で目を細める。
時計が6:30を表示しているのを見て力なくカーテンを閉めた。
カラカラ
雑多なワンルームには布団が敷いてあり、籠城の様相を呈している。
4: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:35:34.98 ID:iOh5/+Pi.net
つま先に缶が当たる。
穂乃果「なにこれ?あぁ、片付けなきゃ。」
客観的に見ると酷い生活だ。
私でも思う。
特に刺激のない毎日を繰り返していると、次第に休みの日でも外出する気が起きなくなってしまった。
昔は毎日あんなに頑張ってたのに。
今でもよく思い出す。
もちろん大学に入りたての頃はサークル活動とかは色々やってたが、何か違うと思っていたら遠い昔となっていた。
夢中になれるものが、何もない。
焦れば焦るほど夢は実体を薄める。
いつまで経っても次のステップに進めない自分が嫌になり、もう色々諦めてしまった。
6: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:36:40.46 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「も~こんなに散らかっちゃって。」
穂乃果「ん?あ、これ……」
机の上で倒れている写真たてを起こし、中を確認する。
穂乃果「卒業式の時撮った……」
海未ちゃんとことりちゃんと私が写っていた。
ミ-ンミンミンミンミ-……
朝からすごい勢いに気圧される。
そうか、もうセミが鳴く季節なんだなぁ、気付いたら高校を出て3回目の夏だ。
7: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:38:01.35 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「夏……部活で合宿に行ったきり特に思い出がないな。」
穂乃果「いや、受験の時の海未ちゃんは鬼だったな……」
判定ギリギリまで上げるプランとか言って相当絞られた思い出がある。
ことりちゃんが制してくれたけど、そんなこと言ってるから穂乃果が……といつもの掛け合いをしていたのが蘇る。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん……元気してるかなぁ。」
海未ちゃんは大学で弓道を、ことりちゃんは海外に留学して復職関係の勉強を頑張っているらしい。
高校卒業してから、2人とは会おうとはしているのだが、なかなか予定が合わずに結局会えないでいる。
9: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:45:58.65 ID:iOh5/+Pi.net
まぁ、大学で高校の友達と疎遠になるってよく聞くしそんなもんかと思ってはいるんだけどね。
穂乃果「寂しいなぁ……」
少なくとも私たちはそんな散り散りになんてならないと思っていた。
ひとしきりため息をついた後、弛緩した頭に鞭を打つ。
部屋を綺麗にした後は夕方からのバイトのために睡眠を補給しなければならない。
穂乃果「……早く片付けちゃおう。」
そう思いおもむろに立ち上がった時、
ピロリン♪
穂乃果「ん?なんだろ。お母さん?」
10: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:47:12.65 ID:iOh5/+Pi.net
8月12日~
ミ-ンミ-ンミ-ンミ-ンミ-……
穂乃果「で、明日から親戚のところに泊まるって?」
今私はお盆休みをもらって帰省している。
荷物をまとめて一階に降りるとお母さんが休んでいたので、話を切り出した。
ほのママ「そうなの。ごめんね穂乃果。」
穂乃果「いいけど、何かあったの?」
11: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:48:52.80 ID:iOh5/+Pi.net
ほのママ「親戚の家がお盆の3日間で家を空けるから、その間犬の面倒を見るためにその家で寝泊まりして欲しいの。ご飯は大体あっちにあるみたいだから。」
穂乃果「それはLINEで見たよ。なんで私なの、雪穂は?」
ほのママ「雪穂は大学に入ったばっかりだし。ほら、穂乃果も息抜きになると思って。」
穂乃果「えーやだよぉ!あそこ暇だもん。」
昔行ったことがあるけど、そこはかなりの田舎で遊ぶところが何もなかった記憶がある。
12: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:50:40.49 ID:iOh5/+Pi.net
雪穂「どうせ行かなくても暇なんでしょ。行ってきなよ。」
いつの間にか部屋に入っていた雪穂はそう言って私の隣に座る。
開口一番にイヤミとは姉を何だと思っているの全く……
穂乃果「ゆ、雪穂。聞いてたの。」
雪穂「今も自堕落な生活を送ってるんでしょ。」
穂乃果「そんなことない…よ?」
雪穂「お姉ちゃんが午前中から帰省するわけないもん。昼夜逆転してるからそうなるんじゃないの?今も眠そうだし。」
穂乃果「ぐぐ……」
13: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 22:51:33.72 ID:iOh5/+Pi.net
雪穂「白状しちゃいなよ~。」
ほのママ「こらこら、その辺にして。穂乃果、お願いできない?」
ん~、あんまり気が向かないけどなぁ。
暇なのは本当だし……
穂乃果「分かったよ。」
ほのママ「ありがとうね。じゃあ親戚に連絡しておくわね。」
雪穂「楽しんでね。」
穂乃果「はいは~い。」
15: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:02:22.85 ID:iOh5/+Pi.net
ジジジジジ……
とは言ったものの。
穂乃果「暑い!」
親戚の家に着いたはいいものの、駅から少し歩かなきゃいけないから、汗が体にまとわりつく。
穂乃果「田園風景も風情があると思った少し前の私を呪うよ……」
実際日差しが眩しすぎて景色に浸る時間がなかった。
とは言えようやく着いた……
余裕が出てきて辺りを見渡してみる。
16: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:06:06.29 ID:iOh5/+Pi.net
ジジジジジ……
門をくぐると石畳が玄関まで伸びている。
家は和風の瓦屋根になっており、軒先にはメダカの壺があった。
そのそばには畑があり、奥には山が続いているのが見える。
耳をすませば鳥の鳴き声と川のせせらぎとこれまた心地よい音が響く。
鳴り響くセミの声、少し違う。
そしてそれを全てかき消すこの暑さ。
日差しを避けるように家に入る。
17: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:07:11.90 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「……おじゃましまーす。」
リビングに入りエアコンをつけ、机の上に置き手紙を見つける。
穂乃果ちゃん、今回はありがとう。
お母さんから聞いてると思うけど、お盆に家族でどうしても外せない用事があってね。それで家の番をして欲しいの。
あっちに住んでるとここは暇かもしれないけど、ゆっくり過ごしてね。
……
あとは犬の散歩やご飯の時間、量などが記されてあった。
穂乃果「そうだ、それが役目だった。」
庭に足を進め、小さい犬小屋を見つける。
迷ったものの覗いてみることにした。
18: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:07:54.86 ID:iOh5/+Pi.net
ワン!!
穂乃果「うわっ!」
びっくりして尻餅をついてしまった。
まだあまりこちらに慣れてないみたい。
まずは警戒を解かないと。
穂乃果「実家に犬はいるけど、同じ感じで大丈夫かな。」
ともかく、置き手紙によるとまだ散歩の時間ではないので部屋に戻る。
19: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:16:18.22 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「さてと、何して過ごそうかな……」
昼食を済ませたあと、案の定暇になってしまった。
と、こうなることは想定内。
これを見越して本とかゲームとか娯楽を持ってきたんだ!
………
穂乃果「う~ん、なんか落ち着かないな。」
いつもの場所じゃないから当然か。
ゲームをやめ、縁側に向かう。
縁側からは家の近くの川が一望できた。
水の流れが心に染みる。
20: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:19:12.50 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「なんか、こんなゆっくりできるのっていつぶりだろう。」
そう言って仰向けになり物思いに耽る。
社会人に比べて自由な時間は多いし、1人の時間も多い。こういうぼ~っとした時間はいくらでもとれるはずなのに、
穂乃果「みんな元気かな~。」
こんな感傷的な気分になってしまう。
きっといつもの生活圏から外れているのが原因だろう。
穂乃果「海未ちゃん、ことりちゃん、元気にしてるかなぁ。2人ともよく頑張ってて偉いや。」
穂乃果「今更顔向けできないよ。」
ため息は風鈴の音と共に、
風に乗ってどこかへ行ってしまった。
21: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:21:57.86 ID:iOh5/+Pi.net
………
……
…
穂乃果「ふぁ~。おっと、夕方になっちゃった。」
穂乃果「あつっ!」
満腹感のせいか、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。
それよりも、西日で焼けた肌に目がいく。
穂乃果「こりゃ変な跡着くぞ……」
後悔も束の間、
穂乃果「犬の散歩!」
私に課せられた任務に気づく。
時刻は5時前。
1時間と少し寝てしまっていたみたいだ。
すぐに犬小屋に向かい、首輪にリードをかける。犬は早く行こうと言わんばかりに尻尾を振り興奮している。
穂乃果「危なかった~、よし行こう。」
22: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:25:17.21 ID:iOh5/+Pi.net
カナカナカナカナ…
散歩ルートがよくわからなかったので、土手を歩くことにした。
青々とした土手の下では澄んだ水が流れている。
少し霞む青い空、遠くを見ると進行形で発達する入道雲が見える。
圧倒された。
今日も暑かった証拠だ。
穂乃果「いや、まだちょっと暑いな……」
真昼で熱された空気に西日が容赦なく差し込んでくる。
そろそろ日も沈むだろうに、こうも暑いのか。
少し肌着がまとわりつき気持ち悪い。
犬は人間の不平も意に介さず気持ちよさそうに歩いている。
23: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:26:32.54 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「そんなにはしゃいで熱くないの?あこら!」
犬が茂みに入り虫を追いかける。
なんとか制御し進行方向を示す。
穂乃果「油断できないや。」
うちの子も元気だけど、この子も活発だ。
それでもこの子の操縦にも慣れてきた。
穂乃果「どこ歩こうかな……」
軽い山道を発見する。
ちょっと登ってみることにした。
最初は楽勝と思っていたが、奥に行くほど勾配が急になるのに加え、道がゴツゴツしておりかなり足にくる。
運動してなかった私には特にだ。
24: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:27:47.69 ID:iOh5/+Pi.net
気づけば陽も沈んでおり、
もう引き返そうと振り返ると、
穂乃果「綺麗……」
そう呟いていた。
もう少し見晴らしのいいところへと足をすすめた。
いつのまにか茜色に染まった空には数羽の鳥が遊んでいる。
少し目を落とすと棚田があった。
青々とした稲が風に揺れる。
そして私の頬を通り過ぎた。
耳からはヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。
五感全てでこの景色を堪能していた。
25: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:30:28.41 ID:iOh5/+Pi.net
見とれている間に、気づけば薄暮になってきた。
夜の山は灯りが少なくて全くの暗闇だ。
穂乃果「まずい、早く帰らなきゃ。」
…
半分ほど過ぎた時、手前からお婆ちゃんが向かってきていたらしい。気付いたときには私の横を抜けており、挨拶ができなかった。
穂乃果「ん、どうしたの?」
犬が歩みを止めていた。
穂乃果「ほら、帰るよ。」
なかなか言うことを聞いてくれず、半ば強引にその場を後にし、私は家へと向かった。
26: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:31:51.82 ID:iOh5/+Pi.net
………
家に帰りシャワーを済ませ、夕飯の準備をする。カップ麺にしようかと思ったけど、せっかく食材を用意してくれていたので野菜炒めを作ることにした。
犬がガラス戸から何かを訴えかけてきてたので、餌やりもした。
穂乃果「さてと……」プシュ
ゴクゴク……
穂乃果「今日もビールがうまい!」
ありがたいことに、冷蔵庫にはビールも用意されていた。
穂乃果「高待遇だよ~。」
今日はいろんなことがあった。
新鮮な経験ができ、良い日だったと思う。
特にあの景色……写真撮っとけばよかった。
27: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:32:32.77 ID:iOh5/+Pi.net
確かに娯楽は少ないところだけど、
こんな日があっても、悪くないかも。
~♪
穂乃果「電話だ。誰からだろ?」
ケータイには雪穂と示されていた。
穂乃果「もしもし?どうしたの?」
雪穂「楽しんでるかな~と思って。」
穂乃果「それだけ……?」
雪穂「いやいや、心配だったんだよ。また夜まで寝てないかなって。」
穂乃果「そこはなんとか。散歩にも行ったしね。」
雪穂「意外と満喫してるじゃん。」
穂乃果「まぁね~。」
雪穂「そりゃ良かったけど、夜遅くまで起きてちゃだめだよ~。」
28: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:33:16.47 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「お母さんみたいなこと言わないでよ!それだけならもう切るよ。」
雪穂「あ、お姉ちゃん。」
穂乃果「なに?」
雪穂「あ、いやごめん。おやすみ。」
穂乃果「ん?おやすみ~。」ピッ
穂乃果「なんだったんだろ……」
…
穂乃果「さて、そろそろ寝よう。いてて、飲みすぎちゃったな。」
つい調子に乗ってしまった。
1人で飲むのもいいけど、やっぱり喋り相手がいた方が楽しいんだよなぁ。
雪穂ともう少し話しておけば良かったかな。
でも雪歩も忙しいだろうしね。
穂乃果「とにかく寝る準備!」
洗い物を済ませて時計を見ると、日を跨ぎそうだったので、寝ることにした。
半ば倒れたように布団に飛び込み、本能に意識を任せた。
29: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:35:44.68 ID:iOh5/+Pi.net
…
……
………
私たちの始まりの地、講堂。
コサージュ付きの制服を着た3人はステージに立っている。
ここでそれぞれ新たなステップを踏む。
その踏ん切りを付けるためにここへ来た。
私は2人に写真を撮ろうと言い、
1人は涙目で、
1人は微笑みで、
それに包まれた私は満面の笑みで、
「私たちはずっと友達だよ!」
「うん…!」
「もちろんです…!」
「せーのっ!」
「1!」
「2!」
「3!」
…
……
………
30: 名無しで叶える物語 2022/08/05(金) 23:37:18.13 ID:iOh5/+Pi.net
穂乃果「ぅう……」
昨日のお酒が残っているのか、少し頭が痛い。
それより……
穂乃果「今のって。」
間違いなく卒業式の記憶だった。
どうもここのところ思い出す。
照りつける朝日が日常に引き摺り込む。
やるせない気持ちを隠すため、水を飲みに行こうと台所に向かったが、
ピンポ-ン
インターホンに足を止められた。
穂乃果「ん、なんだろ。はーい!」
あ、私寝起きのまんまだった。
まぁいいか、宅配だろう。
ガラガラ
穂乃果「お待たせしまし……ってえぇ!?」
海未「お久しぶりです。穂乃果。」
43: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:48:37.91 ID:Fm2sOH6M.net
…
……
………
8月初頭~
海未「ふっ。」
また、外れた。
コーチ「園田、どうした。最近調子悪いぞ。しっかりしてくれ。」
海未「す、すみません。」
私は大学に進み弓道部に入った。
一年生の頃から必死に努力し、2年生になるころには信頼されるような存在になることができた。
44: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:49:14.75 ID:+h40J3ga.net
はずだった。
最近は重要な場面でのミスが目立ち、それを気にして練習にも支障をきたしている。
焦っていた。
次の試合は任されないんじゃないか、そんな不安は普段のフォームを崩すには十分だった。
海未「私がしっかりしなくては……期待に応えなくてはっ…!」
いつも通りにしようとしても、身体はそう上手く動いてくれない。
練習はほぼ毎日やってきた。改善策は既に何度も試した。
45: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:50:03.86 ID:52Klmx5u.net
悩んでいるうちに練習が終わった。
居残り練習しなくてはと思い立った時、コーチが手招きをしていた。
コーチ「園田。監督がお呼びだ。監督室に行くように。」
ついにこの時が来た。
おそらくメンバーから外されるのだろう。
分かってはいたけど……
海未「はい……」
諦めはついていた。
試合でも練習でもこの様では、使い物になるはずがない。
これまで何のためにやってきたのか。
46: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:51:52.79 ID:KFR6xMql.net
そう考えているうちに監督室に着いた。
海未「うっ…」
ノックができない。
この部屋に入ると全てが終わる気がして。
トントン
私は首を振り、頬を叩く。
掠れた喉を震わせる。
海未「失礼します。」
私が入ってきたことに気付いたのか、監督は座ったまま椅子を反転させこちら向きになる。
47: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:53:27.95 ID:BC7dQPPm.net
監督「最近、調子を落としているみたいだな。」
海未「うっ……」
やっぱりこのことか。
監督「調子が上がるまで部には来なくていい。」
海未「……え?」
監督「以上だ。」
海未「待って下さい!実力不足ならもっと練習してなんとかするので、退部だけは!」
49: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 22:54:57.83 ID:o+uBacCP.net
監督「退部ではない。部には来なくていいと言ったのだ。」
海未「同じでは!?」
監督「今のお前は視野が狭い。道を極めるには技術だけではダメだ。」
海未「……意味がわかりません。」
監督「とにかく、話は以上だ。」
それ以降、監督は口を開いてくれなかった。
50: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:01:09.27 ID:3EWQVOC8.net
…
……
………
8月13日~
それから私は実家に帰った。
両親からは心配されたが、気に病んで欲しくないので笑ってかわした。
何もやる事もなく時間が経つ
自主練もめっきりやらなくなってしまった。
このままで良いのだろうか。
海未「視野が狭い……ですか。」
監督に言われたことを思い出す。
あの意味はどういうことだろうか。
51: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:10:18.71 ID:kdCFEWkw.net
海未「穂乃果……」
大切な友人の名を呟く。
卒業式以来会えてはいない。
部活が忙しいと誘いを断っていると、だんだん疎遠になってしまった。
よくある話だ。
それに、ことりも海外に行ってしまい、3人で会う機会を作る事も難しいだろう。
海未「寂しいですね……」
今更虫のいい話だ。
弱ってから求め始めたのでは、穂乃果にも失礼である。
52: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:18:45.30 ID:kdCFEWkw.net
海未「とにかく、このままでは身体が鈍ってしまいます。散歩にでも行きましょう。」
母に散歩に行く旨を伝え、玄関を後にする。
ジジジジジ-
何日振りの外は焼ける様な暑さで、蝉がそれを助長させていた。
強い日差しの下、適当に歩みを進めていると、神社に着いた。
海未「あぁ、懐かしい。ここで練習を始めたんですっけ。」
53: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:21:03.00 ID:kdCFEWkw.net
この階段の上で、3人はスクールアイドルを始めたのだ。
私はその記憶を眺め上げていた。
??「海未さん?」
誰かに呼びかけられ、回想から振り解かれた。
後ろを振り向くと、
海未「あなたは。」
雪穂「あ!やっぱ海未さんだ。」
雪穂が立っていた。
56: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:30:00.99 ID:kdCFEWkw.net
…
私は雪穂に久しぶりにうちへ来ないかと言われたので、それに応じることにした。
海未「ここに来たのも久しぶりですね。」
久しぶりに来た友達の家を前に、少し緊張する。
昔はよく通っていたものだ。
雪穂「お姉ちゃんはいないけど、ゆっくりしていってください。」
正直少し期待していた。
もしかしたらここでばったり会えるかなんて考えた。
やはり現実は上手くできていない。
海未「いえいえ、お気遣いなく。」
…
57: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:33:56.55 ID:kdCFEWkw.net
雪穂「ちょっと部屋を片付けてきます!」
穂むらに着くと、雪歩が勢い良く階段を登っていった。
その間に店番をしていた穂乃果のお母様とお話をしていると、雪穂に手招きをされた。
海未「お茶、ありがとうございます。」
雪穂「いえいえ。でも、どうして今こっちに帰ってきたんですか?」
海未「長くなりますが、大丈夫ですか?」
隠したほうがと考えもしたが、特に理由もないし、気分的に楽になりたいと思い、打ち明けることにした。
対する雪穂は少し緊張した様子だった。
58: 名無しで叶える物語 2022/08/06(土) 23:36:08.59 ID:kdCFEWkw.net
雪穂「は、はい。」
海未「実は……」
…
雪穂「そんなことがあったんですね……」
海未「いけませんね。穂乃果に笑われてしまいます。」
自嘲し笑うが、雪穂の顔はまだ強張っており、気まずそうにこちらをうかがっている。
雪穂「あ、あの、海未さん。」
海未「なんですか?」
雪穂「お姉ちゃんと会ってくれませんか。」
海未「……え?」
意外な提案だった。
65: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:23:56.42 ID:Reyg+IUz.net
雪穂「お姉ちゃんは隠してるつもりかもしれないけど、昔より元気がないように感じるんです。」
雪穂「最近…….いや、大学行ってからですかね。」
海未「その、元気がないとは?」
雪穂「高校の時は夢に向かって一直線!みたいな感じだったのに、その力を感じないんですよ。」
海未「穂乃果も色々大人になったということでしょう。」
雪歩は斜め上を見つめて思案している様子だ。
雪穂「うーん、それとは少し違うような。」
66: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:24:59.49 ID:Reyg+IUz.net
雪穂「諦めのような…時折そんな目をするんです。」
……それには少し見覚えがある。
雪穂「これは勘なんですけど、元気がないのって、皆さんに、特にお二人に会えてないからなのかなって。」
海未「……」
雪穂「お姉ちゃん、ああ見えて繊細なところあるじゃないですか。1度後ろ向きになるとズルズルいくというか……」
海未「わかります。」
68: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:26:23.25 ID:Reyg+IUz.net
私がそう答えると雪穂は苦笑いを浮かべる。
雪穂「ですよね。なので、お姉ちゃんも会おうって言いづらくなってたんだと思います。」
雪穂「それで自嘲気味になってずるずるといってるのかなって。」
海未「なるほど……」
雪穂「すみません。確たる証拠はないんですけどね。」
雪穂「それで、今お姉ちゃんはおばの家にいるので、頼みにくいんですが、そちらに行ってはいただけないかと……」
69: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:28:26.15 ID:Reyg+IUz.net
海未「現状は分かりましたが、こっちじゃダメなのですか?」
雪穂「それは……海未さんの現状も聞きまして、気分転換にもなって良いんじゃないかなと思って……すみません偉そうなこと言って。」
海未「いえ、お気遣いありがとうございます。」
雪穂「もちろん海未さんがこっちの方がいいなら、全然大丈夫ですので……」
雪穂は申し訳なさそうに顔を赤らめている。
海未「雪穂、その住所を教えてください。」
70: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:29:52.24 ID:Reyg+IUz.net
雪穂「え……?」
海未「久しぶりに話してきます。穂乃果と。」
ぱあっと笑顔になる雪穂。
こういうところは穂乃果と姉妹だなと思う。
実際、断る理由がない。
昔からの親友に会う。たったそれだけのことである。
雪穂「ちょっと待ってください!紙を用意してきます!」
雪穂は私が返事をする前に階段を下ってしまった。
残された私は一つ心配事を思い浮かべる。
海未「こんな状態で会って、穂乃果は許してくれるでしょうか……」
71: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:32:49 ID:Reyg+IUz.net
…
……
………
海未「穂乃果、今起きたのですか?」
穂乃果「あ、えっと。そうなんだよ。」
えぇ~、海未ちゃんが来るなんて聞いてないよ!どうしよう。
一旦避難!
穂乃果「ご、ごめん上がってて!私顔洗ってくるから!」
海未「あ、ちょっと!」
呼び止める声を振り切り、洗面台へ急ぐ。
冷たい水に顔を思い切り浸ける。
寝ぼけた頭と焦りを一度リセットするために。
72: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:37:36 ID:Reyg+IUz.net
穂乃果「いやぁ参った。ちゃんと話せるかな。」
親友と再会する。
それだけのことなのに素直に喜べない自分がいることが1番嫌になる。
穂乃果「とりあえず戻らなきゃだよね。」
居間に戻ると、海未ちゃんは荷物を足元に置き、所在のなさそうに立っていた。
穂乃果「ま、まぁここに座ってよ。」
ぎこちなくなかったかな!今の私!
73: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:42:26 ID:Reyg+IUz.net
海未「は、はい。すみません。」
海未ちゃんも若干緊張している様子だ。
テーブルを挟んで向かい合わせになる。
穂乃果「……」
海未「……」
気まずさがこの空間を支配していた。
こういう雰囲気の時は早めに切り出そう。
でも、これは単純な疑問だ。
穂乃果「どうしてここが分かったの?」
74: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:43:08 ID:Reyg+IUz.net
海未「雪穂から教えてもらったんです。昨日バッタリ会いまして。」
なんで雪穂がここを?まぁいいか。
穂乃果「急だったからびっくりしたよ。」
海未「あ!す、すみません……」
穂乃果「い、いや、そんな迷惑だとか思ってないから!」
海未「な、なら良かったです。」
な、何だこのぎこちなさ。
75: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:44:11 ID:Reyg+IUz.net
穂乃果「ことりちゃんとは会ってるの?」
海未「いえ、ことりは海外ですし、一度断ってる留学のお誘いですから。気合も入ってるでしょう。」
穂乃果「そうだよね。やっぱ忙しいよね。」
やはり海外となると帰省も容易じゃないだろう。
穂乃果「ん、でも、海未ちゃんも部活で忙しかったんじゃなかったっけ。」
雪穂とバッタリ会ったのも、なぜなのか気になる。
76: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:44:46 ID:Reyg+IUz.net
海未「そうだったんですけどね。」
穂乃果「だった?」
海未「話が長くなるんですが……」
穂乃果「聞かせてよ。」
…
海未「それで、スランプになってるんです。練習すればするほど、色々考えてしまって。」
穂乃果「どんなことを考えるの?」
78: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:49:30 ID:Reyg+IUz.net
穂乃果「どんなことを考えるの?」
海未「外せば皆の期待を裏切るとか、私がしっかりしなくてはとかですかね。」
穂乃果「へぇ、責任感があるのは相変わらずだね。」
ドクン…
海未「結局、監督に呼ばれて視野が狭いと言われちゃいましたけどね。」
海未「それで部活を休むように言われたんです。」
79: 名無しで叶える物語(もんじゃ) 2022/08/07(日) 22:51:00 ID:Reyg+IUz.net
そういうことか。
ドクン…
穂乃果「で、でも、驚いたなぁ。海未ちゃんなら壁なんてすぐ乗り越えちゃいそうなのに。」
海未「そんなことないです。視野が狭い……この答えがなかなか見つけ出せないんですから。」
穂乃果「すごいなぁ。」
ドクン…
穂乃果「穂乃果なんて、夢中になれることが見つからなくて、それで悩めることが羨ましいよ。」
いや。
穂乃果「私なんてずっと変わらない日々の繰り返しだよ。」
80: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:51:41.47 ID:Reyg+IUz.net
違う。
穂乃果「私はさ、そんな人からすごいと思われるようなことできてないんだ。」
海未「穂乃果……?」
止まれ…!
穂乃果「いろんなこと経験して、悩んで。」
やめて。
私の伝えたいことはこんな気持ちじゃなくて……
穂乃果「っ……!」
___これだけは言ったらだめだ。
81: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:54:51.83 ID:Reyg+IUz.net
穂乃果「海未ちゃんだって、部活ができなくなったからここにきたんじゃないの?」
あ____
83: 名無しで叶える物語 2022/08/07(日) 22:56:31.17 ID:Reyg+IUz.net
海未ちゃんの顔が少し歪む。
ああ、もうなんで。
こんなことっ……!
とにかくこの場にいるとダメだ。
穂乃果「……犬の散歩に行かなきゃだ。ごめんね。」
海未「穂乃果……!」
視界の端に海未ちゃんが映る。
…そんな顔、しないでよ。
いや、私がそうさせたんだ。
私は弾かれるように家を飛び出した。
さよなら、海未ちゃんっ…!
88: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:34:24.56 ID:mS71CenZ.net
…
穂乃果「ごめんなさい……」
犬は耳をコチラに向けて歩いている。
独り言が多いせいだ。
穂乃果「私ってほんと馬鹿だ。」
終わりだ。
私は言ってはいけないことを口走ってしまったんだから。
89: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:35:29.73 ID:mS71CenZ.net
なんて償えば……
いや、そのチャンスを貰おうとするのもおこがましいだろう。
穂乃果「これからどうしよう。」
海未ちゃん、怒って帰っちゃったかな。
そうだとすると、私たちの関係はこれで本当に終わりになるだろう。
遠くの山際には見ると入道雲が発達しかけているのが見えた。
暑さを糧にみるみる大きくなっている。
……もっと、私も成長できたらいいのに。
穂乃果「こんな私はすみっこにポツンと浮かぶ夏空の綿雲かな。」
比較し、自嘲する。
あぁ、まずい。
涙が__
90: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:36:43.75 ID:mS71CenZ.net
ワン!
穂乃果「うぉっ。」
犬がすごい力で引っ張ってきた。
こっちに行こう!という強い意志を感じた。
穂乃果「ついて行くからそんな引っ張らないで!」
潤んだ目を擦って犬の後を追った。
91: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:38:16.13 ID:mS71CenZ.net
…
引っ張られるほど5分。
ここ掘れワンワンと辿り着いた場所は。
穂乃果「ここは……神社かな?」
湿った空気が鼻につく。
木に覆われた空の下には階段が続いている。
苔まみれの石の鳥居をつられるように潜った後には、
すこしちいさな社が見えた。
風で空がざわざわ鳴っている。
見上げると枝葉がうごめいている。
92: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:42:38.43 ID:mS71CenZ.net
物音ひとつ立てては世界が壊れてしまう。
そんな気がした。
境内に入ると雰囲気は一層濃くなり、息苦しささえ覚えた。
犬はまた地面に鼻をつけ、リードを引っ張る。
穂乃果「こうなりゃ運命共同体だよ。」
おとなしくついて行くことにし、小走りで後を追う。
少し行った先の社の階段には小ぶりの老婆が腰掛けていた。
カナカナカナ…
93: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:44:22.08 ID:mS71CenZ.net
…
……
………
8月初頭~
ことり「今日も疲れた~!」
私は海外留学し、服飾の勉強をしている。
それから3回目の夏だ。
未だに服飾のことはわからないことが多いし、高校時代にわがままいって先延ばししてくれた罪滅ぼしもあり、日本に帰る暇もないくらい熱心にやっているつもりだ。
そろそろコンテストがある。
イメージも大体できているし、先生にもokをもらっている。
94: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:46:29.98 ID:mS71CenZ.net
今のところ順調。ではあるけど、やっぱり心残りはある。
『私たちずっと友達だよ!』
あの交わした約束が、頭をかすめる。
あの約束は守れているだろうか。
でも、決めたことなんだ。
私がこの道を選んだんだから。
みんなが背中を押してくれた道なんだから。
中途半端に帰ってきてもそれこそ穂乃果ちゃんたちに笑われちゃう。
ことり「あれ?」
携帯を覗くと海未ちゃんからメールが届いていた。
95: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:47:29.13 ID:mS71CenZ.net
海未:ことり。お久しぶりです。そちらの調子はいかがですか?
ことり:まぁまぁだよ。どうしたの?
海未ちゃんから話しかけてくるだなんて珍しい。
ピロン
ことり「えぇ!早い!」
どうしちゃったんだろ海未ちゃん。
96: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:48:38.17 ID:mS71CenZ.net
海未:そうですか。よかったです。
ことり:なにか用だったんじゃないの?
少し間があって
海未:日本に帰ってくることはできますか?
ことり:ちょっとこっちの方が忙しくて…ごめんね。
海未:いえ!それなら仕方ないです。
ことり:海未ちゃんも部活で忙しいんじゃないの?
海未:いえ、実は…
97: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:49:31.39 ID:mS71CenZ.net
…
ことり:お盆あたりは予定が埋まっちゃってて……ほんとごめん。
海未:いえ、大丈夫ですよ。私も少しスッキリしましたし。話を聞いてくれてありがとうございました。
ことり:そんなの全然大丈夫だよ!
それからは他愛もない話をした。
…
ベッドに入って考える。
98: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:50:24.73 ID:mS71CenZ.net
海未ちゃんも大変なんだなぁ。
少し心配だけど、海未ちゃんなら乗り越えるだろう。
強い子であるのは私が知ってる。
あと、穂乃果ちゃんは今頃どんな風に過ごしているんだろう。
それもすごく気になる。
それにしても、
ことり「楽しかったな。」
久々に話すと、思い出が芋づる式に出てきて眠れなくなってしまう。
私は会って話したくなってしまった。
ことり「いけないいけない。みんな頑張ってるんだし、コンテストに向かって頑張ろう!」
私は記憶を振り解き、睡眠に集中した。
99: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:53:04.89 ID:mS71CenZ.net
…
……
………
昨日、海未ちゃんからこんなメールが来た。
海未:明日穂乃果と会ってきます。無理を承知で言うのですが、ことりも来ることはできませんか。
行きたい気持ちは山々だった。
前のこともあってか、高校の頃が夢に出てくるくらいだ。
ことり:行きたい気持ちはもちろんあるけど、やっぱり無理だよ。ごめんね。
そう答えるしかなかった。
海未ちゃんはまた無理を言ってすみません。
と言ったきり返信は来なくなった。
100: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:54:18.47 ID:mS71CenZ.net
この後も予定があり、行かなきゃいけない。
ことり「行きたいなぁ……」
いやいや。
ことり「でもこれは、私が選んだ道だから。」
そうだ。
これは私が決めた道。
それにしても……
海未ちゃんと穂乃果ちゃんが何年かぶりに会うのか。
そこにいることができない寂しさもあるけど……
友人が久しぶりに会う。
これだけの事なのに、
この胸騒ぎはなんだろう。
101: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:55:33.51 ID:mS71CenZ.net
…
ことり「ど、どうですか…」
先生「う~ん、良いんだけどね。こうビビッとこないかな。」
ことり「そうですか……」
と、返された服のイメージ図に目を落とす。
このところ良い反応が返ってこない。
焦りが脳を支配する。
ことり「あの、どこかダメなところを教えてください。」
先生「技術的なところは全く問題ないよ。ただこう、迷いっていうものを感じるな。」
102: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:57:08.31 ID:mS71CenZ.net
ことり「迷い……?」
先生「思い当たるところがあるって顔だね。」
ことり「い、いえ!ちゃんと集中__」
先生「良かったら、話聞くよ?」
ことり「いや、ほんと個人的なことなので!」
先生「話したくないなら強制しないよ。ただ……力になりたいんだ。日本から離れて新しいことをするって並大抵の精神力じゃないとできないから。」
先生「今までよく頑張ってくれてるけど、心配だったんだ。君、突っ走りすぎ。」
103: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 22:59:11.74 ID:mS71CenZ.net
先生「日本に一度帰った方がいい。悩みも、そのことだろう?」
ことり「なんでそれを……いや、今日も予定があるじゃないですか!」
先生が知り合いのデザイナーを呼んで一緒にご飯を食べることになっている。
その思いを無下にすることはできない。
先生「いや、こちらからキャンセルを頼むよ。」
ことり「そんな!それじゃ先生の面目が。」
104: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 23:00:24.54 ID:mS71CenZ.net
先生「生意気なこと心配するね。そんなことは気にすることじゃないよ。」
口角を上げ、肘で腕を突かれる。
何とも様になる人だ。
先生「……それにほら、このリボン。ファーストライブのものじゃないかい?」
ことり「それは……」
先生「最近になって新しく追加されてたね、これが気になって調べてみたんだよ。」
先生はパソコンの画面を私に見せる。
私たち3人のファーストライブが映っていた。
105: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 23:02:40.72 ID:mS71CenZ.net
先生「きっと彼女らとは特別な関係なんだろう。今まで拘束していた罪滅ぼしじゃないけど、会ってきなさい。」
ことり「でも、コンテストも近いから……」
先生「私が何とかギリギリまで粘ってみるよ。だからほら、行ってきなさい。」
それでも渋る私に先生は困ったなぁという感じで言う。
先生「自分が選んだ決断に責任を持つことも悪くないけどね、少しは自分の気持ちに素直にならなきゃ、潰れちゃうよ?」
先生「それに、チャンスの神様には前髪しかない。でしょ?」
先生はそう言ってウィンクしてみせた。
やはりこの人には敵わない。
ことり「……はい!ありがとうございます!」
106: 名無しで叶える物語 2022/08/08(月) 23:04:06.67 ID:mS71CenZ.net
…
荷物をまとめて外に出る。
ふと空を見上げてみた。
ことり「この青空の先に、2人はいるんだよね。」
視線の先には入道雲。
2人と見ればどんな違いがあるか今から楽しみだ。
私は少し小走りになりながら歩みを進めた。
114: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 22:54:32.49 ID:8wDhq5UN.net
カナカナカナ……
穂乃果「こんにちは。あ、こら、すみません!」
犬が老婆の膝に前足をかけ、尻尾をしきりに振っている。
言った後に気付く。
ひぐらしが鳴いている。
もうこんな時間になってたのか。
こんにちはで挨拶は合ってたかな。
老婆「こんにちは。お構いなく。」
隣にお座りと催促されたので、同様に腰掛けた。
115: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 22:55:11.70 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「どこかでお会いしましたっけ。」
自分でもわからないけど、
そう尋ね失礼だったかと焦り始めた。
穂乃果「い、いきなりすみません!」
老婆「いえいえ。」
行っておばあちゃんは黙ってしまったので、私も口を開けなくなってしまった。
一度こうなってしまうと、沈黙は止まらない。
犬もすっかりお座りをしている。
116: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 22:56:05.26 ID:8wDhq5UN.net
見上げると相変わらず空が鳴っていた。
地上へと風を送ってくれない。
それからしばらく沈黙が続いたが、おばあちゃんがこの空気を割いた。
老婆「若いって良いよねぇ。いろんなことが新鮮に思えるでしょう。」
穂乃果「ん、ん~そうですね。」
老婆「歯切れが悪いね。」
そう言って悪戯に笑う。
117: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 22:57:27.31 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「大したことじゃないんですけどね。なんて言うか、私には今目指す目標がないのでそんな若いすばらしさがあんまり分からないと言うか。」
老婆「目標って夢みたいなことかい?」
穂乃果「はい、そうですね。高校までは部活に受験にた目標があったんですけど、今はなかなか見つけられなくて。」
老婆「うんうん。」
穂乃果「今何かを頑張っている人を見ると私も頑張らなきゃと焦ってしまうんです。」
いくら言葉で取り繕おうが無駄だ。
原理はただの嫉妬なんだから。
118: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 22:57:56.78 ID:8wDhq5UN.net
老婆「私は焦らないでいいと思うけどねぇ。まぁ、話してみな。」
そんな感情をぶつけられてもお婆ちゃんは優しく耳を傾けてくれている。
穂乃果「それなのに行動に起こせない、そんな自分が嫌でっ……!悔しくてっ……」
気付けば頬が濡れていた。
思い出すのはさっきの光景だ。
老婆「……昔はその夢とやらをどうやって見つけていたんだい?」
穂乃果「……え?」
119: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:00:09.59 ID:8wDhq5UN.net
そういえば、とにかくあの時は廃校を阻止するとこで精一杯で……
老婆「とにかく今できることを精一杯にやってたんじゃないかい?」
老婆「決して他の人生と比べて見つけ出したわけじゃなかったはずだよ。」
穂乃果「そ、それはそうですけど、目標とかがないとやっぱ生きるうえでダメなんじゃ。」
老婆「ダメ……とな?」
穂乃果「生きる活力というか何というか…身体の底から湧いてくる力っていうのが今は無いんです。」
120: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:00:55.52 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「だから…これがないとこの先上手くいかないのかなって。」
そう言うとおばあちゃんは笑う。
老婆「それが全てじゃあないさ。」
老婆「夢はいわゆる指針さ。それによって今後の人生の行動が大まかに決まってしまう。」
穂乃果「でも!私の友達とかは目標を持って成長して……」
老婆「それは日々過ごしている中で覚悟を持って挑戦したいと思ったことなんじゃないかい?」
121: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:02:05.97 ID:8wDhq5UN.net
老婆「少なくとも、闇雲に見つけたものじゃないはずだよ。」
老婆「まだ若いのに、焦って決めた指針なんか続かないだろうし、この先の人生が凝り固まってしまう。」
老婆「とにかく今は目の前のことを精一杯する。これが大事だと思うけどねぇ。」
穂乃果「で、でも。」
お婆ちゃんは納得しない私をみて微笑み、続ける。
老婆「それに、夢は必ずしも良い結果になるわけではないんだ。」
122: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:02:48.73 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「でも、私はスクールアイドルを通じて……っ!」
『私、スクールアイドル…辞めます。』
そうだ。あの時も。
海未ちゃん。ことりちゃん。
μ'sのみんなはあの時__
なのに私は……!
老婆「今できることを精一杯頑張って、振り返った時に、あのおかげで頑張れたって思えるのが夢なんじゃないかねぇ。」
老婆「そしてそれを糧にまた頑張る。そういうことじゃないかと思うんだが、どうかい?」
123: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:03:47.71 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「………」
今思えば、『あの時あれがあったからここまで頑張れた』って言うことはできるけど、その当時は色々必死だったかも知れない。
老婆「夢、とか目標、とかは後から行動の理由になる。」
老婆「焦らなくて良い。今を精一杯生きている者が、かっこいい人だと私は思うね。」
そんなに焦らなくても、
夏は__また来るから。
そう言ってお婆ちゃんはニコッと笑った。
124: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:04:50.89 ID:8wDhq5UN.net
穂乃果「すみません。私行かなきゃです!」
老婆「ほう。どこへ?」
穂乃果「今を頑張ってる、かっこいい人のところへ!」
私はお婆ちゃんに深くお礼を言い、名残惜しそうな犬を連れて走り出した。
125: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:21:05.91 ID:8wDhq5UN.net
…
……
………
走って去る穂乃果を、私は追いかけられませんでした。
きっかけは私なのですから。
海未「動揺させてしまいましたね……」
ため息を拾うものはおらず、秒針の音が響く。
そうだ、穂乃果が出て何分経っただろうか。
心配になってきた。
海未「いや、なんて引き止めれば。」
126: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:21:39.21 ID:8wDhq5UN.net
立ちあがろうと腰を浮かせたところで力を失う。
そもそも、急に会ったらびっくりする方が普通だ。
選択を間違えたか。
来ないほうがよかったか。
迷いはこの場から動かず帰りを待つという答えを出した。
そうテーブルに目を伏せているとインターホンが鳴った。
海未「穂乃果……?」
いや、それならインターホンは鳴らさないはず。
128: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:22:35.23 ID:8wDhq5UN.net
神妙な面持ちでドアを開けた。
ことり「ようやく着いたよ……久しぶり、海未ちゃん!」
息を荒げている。急いできたのだろう。
海未「え!?こ、ことり!?」
ことりはこの反応になるのは想定内のようで、
ことり「ごめんね。急いでたから連絡もできなくて。」
とだけ告げた。
少し焦っている様子だ。
129: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:23:26.19 ID:8wDhq5UN.net
海未「あ、いや大丈夫ですけど……」
ことりは首を傾げ私の肩越しに玄関の奥を見渡す。
ことり「あぁ、遅かったかな……」
ことり「穂乃果ちゃん。どこかいっちゃった?」
海未「あ、そうなんです。私のせいで……やっぱり会わなかった方が。」
ことり「穂乃果ちゃんはいつ出てったの?」
間髪入れずにことりは聞いてきた。
少し気圧される。
130: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:25:30.11 ID:8wDhq5UN.net
海未「い、犬の散歩に行くと30分前くらいでしょうか。」
ことり「まだ遠くに行ってない……探そう。行くよ海未ちゃん。」
ことりが私の手を握り、走り出そうと踵を返した。
海未「いや、でもなんと呼び止めれば……」
でも、私はついていけない。
ことりの右手を両手で掴み、重心を後ろに移動させる。
ことり「海未ちゃん。」
そう言って振り返り、私を見つめる。
ことりの目は琥珀色に透き通っていた。
131: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:26:07.97 ID:8wDhq5UN.net
ことり「海未ちゃんは、何がしたくてここに来たの?」
皮肉ではない。
ことりは純粋に問いかけている。
私は……でも、穂乃果は。
海未「ですが穂乃果はやっぱり……」
ことり「違う。海未ちゃんの気持ちを聞かせて。」
海未「わ、私の気持ち……」
132: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:26:50.30 ID:8wDhq5UN.net
『視野が狭い』
『皆の期待こたえなくては』
内から出てくるのは他人や客観的な言葉だ。
それでも流れてくる感情の中に一つだけ見つけた。
そうだ。私は。
海未「私は、穂乃果と会って話がしたい……!それだけです。」
133: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:27:33.19 ID:8wDhq5UN.net
ことり「そうなんだね。」
そう言ってことりは笑い、
ことり「色々あると思うけど、一度自分の気持ちに素直になるのも大切だよ。」
ことり「何をやりたいか、何のためにやってるのか。それが原動力になるんじゃないかな。」
つられて私も笑う。
こんな簡単なことに気付かなかったなんて。
少し上を向き息を吐き出す。
目には夏の入道雲が見えた。
134: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:28:16.81 ID:8wDhq5UN.net
海未「ことり……あなたには助けられてばっかりです。」
ことり「そんなの、私だって。」
ことり「誰かが止まると誰かが引っ張る。それが私たちでしょ?」
海未「えぇ…!」
ことり「それでこそ海未ちゃんだよ!」
さぁ行こうと手を引くことり。
135: 名無しで叶える物語 2022/08/09(火) 23:29:12.99 ID:8wDhq5UN.net
海未「変わりましたね。あなたも。」
ことり「私は何も変わってないよ。海未ちゃんだってそうでしょ?」
それはきっと……
海未「えぇ、穂乃果もですね!」
私はことりの手を強く握り返し、並んで走り始めた。
140: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:18:18.83 ID:4PSzc5ZU.net
…
……
………
ミ-ンミンミンミ-……
穂乃果「暑……もう夕方かと思ってたのに。」
社を後にし、鳥居をくぐる。
無我夢中で走っているといつもの土手に戻ってきていた。
陽は少し傾いた程度で、まだまだ勢いがある。
不思議と流れる汗が嫌じゃない。
遠くの森の木々が揺れ風が通る。
夏髪が頬を切った。
来た道を振り返ると、
灰色の石の鳥居が見えた。
141: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:19:01.72 ID:4PSzc5ZU.net
穂乃果「ありがとう。」
そう言って笑い、上を向く。
一つ深呼吸をしてみた。
夏の匂いが心地よい。
目を開けると青空が映る。
遠くの山陰を見ると雲が見えた。
そして、懐かしい声が聞こえる。
きっとあれは……
穂乃果「ってうわぁ!ことりちゃんもきてたんだね。」
尻もちをつきそうなくらい勢いよく抱きつかれた。
驚いた。3人が集合するなんて。
142: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:20:01.80 ID:4PSzc5ZU.net
ことり「穂乃果ちゃん!久しぶり……!」
ことりちゃんは目に涙を浮かべて言う。
言葉と共に抱きしめる力が強くなった。
負けないくらい私も強く抱きしめる。
穂乃果「うん。久しぶりだね、ことりちゃん。」
ことりちゃんの肩から後ろを見渡し、海未ちゃんを発見する。
さっきのこともあって少し気まずそうにはしていたが、憑き物が取れたようなスッキリとした顔に見えた。
143: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:20:35.07 ID:4PSzc5ZU.net
穂乃果「海未ちゃん。なにか変わった?」
海未「いえ、何も変わってはいませんよ。」
海未「ただ……」
穂乃果「ただ?」
海未「自分の気持ちに素直になれた。それだけです。」
穂乃果「海未ちゃん……!」
海未「穂乃果こそ、雰囲気が違いますが。」
穂乃果「まぁ、色々あってね。」
144: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:22:04.00 ID:4PSzc5ZU.net
その話はまた後でするとして。
穂乃果「海未ちゃん。さっきは本当にごめんなさい。」
海未「あ、いえ、私も変に意識してしまってました。すみません。」
穂乃果「卑屈になって、海未ちゃんを傷つけちゃって……」
穂乃果「でもね、私も素直になれたよ。」
穂乃果「昔から変わらずみんなのことが好きって気付いたんだ……」
穂乃果「こんな簡単なことに気付くのに時間が経っちゃった。」
145: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:22:32.22 ID:4PSzc5ZU.net
海未「えぇ、私も。」
ことり「そうだよ!いくら離れてても気持ちは変わらないんだから!」
ことりちゃんが2人の間に入り抱きよせる。
海未「あぁことり、痛いですよ。」
穂乃果「そんなこと言って満更でもなさそうだよ。」
ことり「2人ともかわいいっ!」
ひとしきり抱き合った後、3人で顔を見合わせる。
146: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:24:27.92 ID:4PSzc5ZU.net
穂乃果「そうだ私、夢を見つけたよ!」
これは、漠然と人生が最終的にこうなってほしいっていう、願いだ。
穂乃果「この3人とまた、ここで会う。って夢なんだ。」
海未「穂乃果……」
ことり「穂乃果ちゃん…!」
いつ実現しようが問題ない。
距離は離れていても、想う強さは変わらない。
今を精一杯生きれば、きっとまた会える。
今日のように。
147: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:24:58.95 ID:4PSzc5ZU.net
穂乃果「ねぇ、みんなのこれまでのこと、もっと詳しく聞かせてくれない?」
ことり「もちろん!穂乃果ちゃんのもねっ!」
穂乃果「うん。私の2年間もね。」
穂乃果「2人とも、一緒に帰ろう!」
2人は大きく頷き、並んで歩き始めた。
148: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:25:37.20 ID:4PSzc5ZU.net
1人は嬉し涙を流しながら
1人は優しい微笑みで
1人は屈託のない笑顔で____
3人の上の夏空には、大きな入道雲ができていた。
きっとこの夏は、死ぬまで忘れないだろう。
ミ-ンミンミンミ-……
149: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:26:57.01 ID:4PSzc5ZU.net
終わり
150: 名無しで叶える物語 2022/08/10(水) 23:30:40.39 ID:4PSzc5ZU.net
最初は2年生組が夏をわちゃわちゃ楽しむだけのSSを書きたかったのになぜか切ない系になってしまいました。
エピローグも少し書こうと思っているので、そこまで付き合っていただけたら幸いです。
158: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:00:01.33 ID:cUTxuTDz.net
その後忘れられたと思いすぐ側で拗ねていた犬を3人で河原に行って機嫌をとり、家に帰った。
そして、和室にある仏壇にお参りをし、茄子を使って置物を作った。
残りの1日は皆でこの夏を満喫したのだが、それはまた別のお話……
159: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:03:54.34 ID:cUTxuTDz.net
…
……
………
8/15夜~
お姉ちゃん達、楽しくやってるかな~。
急にことりさんから電話が来て、2人がどこにいるか知ってるって聞かれた時はびっくりしたけど。
久々にあの3人で会うんだ。きっと楽しんでるに違いない…はず。
私は自室で1人、思い悩んでいた。一昨日、私のお母さんが電話しているところを発見した。
何だったのと聞くと、お母さんは海未さんのお母さんと電話してたと答えた。
それと、海未さんがこっちに帰ってきていることを教えてもらい、今近場に出かけていることも知った。
160: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:06:54.98 ID:cUTxuTDz.net
海未さんの向かいそうなところへ行ってみて、会えなかったら仕方ないと考えていたけど、
そこに海未さんはいた。
慌てて自室に呼び、お姉ちゃんと会って欲しいと伝えたんだ。
……余計なお世話だったかな。
海未さんなら大したことはないと信じたいけど、話を聞いたところ精神的に不安定なところだ。
それにお姉ちゃんの今の不器用さが交わったら……?
162: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:21:27.97 ID:cUTxuTDz.net
ことりさんがきてくれたのは心強いけど、ことりさんでも対処することができなかったら……?
心配で一昨日に電話をかけた時、お姉ちゃんは大丈夫そうだったけど、結局重要なことは言い出せなかった。
昨日今日も電話はしようと思ったらできた。
でも、結果を聞くのが怖くて迷っているとこんな時間だ。
私、皆さんの力になれたのかな。
もう空は黒くなってしまった。
そろそろ帰ってくる頃かな。
ガラガラ
穂乃果「雪穂!」
163: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:23:33.73 ID:cUTxuTDz.net
雪穂「な、何急に!」
お姉ちゃんは玄関から駆けてきて部屋に入り、びっくりする間も与えない速さで抱きついてきた。
穂乃果「海未ちゃんから聞いたよ。ありがとうね。」
雪穂「いや、お礼を言われるようなことは。」
穂乃果「色々考えてくれてたんだね。」
雪穂「お姉ちゃん……」
穂乃果「雪穂にも迷惑かけちゃった。」
164: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:26:48.58 ID:cUTxuTDz.net
雪穂「……それには慣れてるから。」
穂乃果「えへへ、ただいま、雪穂。」
お姉ちゃんは優しく笑う。
私にとっては……別にどんな顔でも、どんな性格しててもお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだけどね。
でも、まぁ。
雪穂「おかえり、お姉ちゃん。」
165: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:34:37.94 ID:cUTxuTDz.net
良かった。うまくいったんだ。
海未さん、ことりさん、ありがとうございました。
私の肩でお姉ちゃんは涙を流している。つられて泣きそうになる。
海未「雪穂……」
ことり「感動だよぉ。」
雪穂「え!?いたんですか皆さん!」
辺りを見渡すとお姉ちゃんの奥にお二人が座っていた。
お姉ちゃんに夢中で全く気付かなかった……
166: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:40:34.49 ID:cUTxuTDz.net
ほのママ「グッ」
やられた。私の心配を返して欲しいよ全く…
すっかり涙も引っ込んでしまった。でもまぁ、この方が私たちらしいかな。
穂乃果「今日はみんなで泊まりだよ!」
雪穂「え?」
海未「花火もたくさんありますよ!」
ことり「スイカも買ってきちゃいました!」
穂乃果「雪穂も夏、楽しも?」
全く、ずるい人たちだ。
雪穂「うん!」
満面の笑みで私は頷いた。
167: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:48:00.78 ID:cUTxuTDz.net
…
ピピピピ…
穂乃果「ふぁ~、よく寝た~。」
カーテンを開け、朝日を確認し大きく背伸びをする。
あの日から蝉の声は勢いを減らしている。
穂乃果「いい夢見たなぁ。」
夢のように楽しかったあの時間。
もしかしたら本当に夢だったのかもしれない。
168: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:54:03.81 ID:cUTxuTDz.net
ピロリン♪
ことり:写真
海未:素敵ですね!
穂乃果:絶対賞取れるよ!
ふふっ、夢じゃなくてよかった。
穂乃果「さぁ、今日も精一杯頑張ろう!」
部屋に新しく追加されたコルクボード。
そこには卒業式のものの横に、この夏の思い出が並んでいた。
169: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:55:37.20 ID:cUTxuTDz.net
…
海未「監督。お久しぶりです。」
何週間かぶりに監督室に足を踏み入れる。
同じ部屋なのに景色が全然違うように感じた。
監督「何の用だ。」
海未「私の至らない点が、ようやく見つかりました。」
海未「私、試合に出るようになってからというもの、私がこの部を引っ張らなくてはなど考えて込んでしまってたんです。」
海未「その視点も大切なんですが、もっと重要なことを見つけました。」
監督「ほう?」
170: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:56:21.55 ID:cUTxuTDz.net
海未「私が、この部で勝ち進んでいきたい。皆と切磋琢磨したい。」
海未「純粋に、そう思ったんです。」
監督「園田。部に戻りなさい。」
海未「監督!」
すると監督のそばにいたコーチがやれやれと言う感じで前に出てきた。
コーチ「監督、じゃあこれはもう破り捨てますよ。」
破かれる前に確認したそれには、辞表と書かれていた。
172: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 17:58:59.87 ID:cUTxuTDz.net
私が困惑していると、
コーチ「多分、監督も相当な覚悟を決めてあんなこと言ったんだと思う。園田が戻って来なかったらこれを提出してくれと頼まれてな。」
監督「まぁそんなことはもういい。早く練習へ行きなさい。」
期待しているぞ。そう言って椅子を回転させ背を向けた。
海未「はい!」
いつになってもいい。
必ずまた会いましょう。穂乃果、ことり。
173: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 18:04:16.66 ID:cUTxuTDz.net
…
ことり「先生っ!お土産です。」
出来上がったドレスを先生に預ける。
先生は目を丸くして答えた。
先生「…本当に良いよ。これは。」
先生「これじゃ私もすぐ用済みだね。」
ことり「いいえ、先生のおかげで期限ギリギリで済みましたし、まだまだ先生に教えていただきたいことばかりです。」
先生「いやぁ、それは照れるな。」
174: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 18:05:53.60 ID:cUTxuTDz.net
そう言って色んな角度から眺める。
先生「いやはや、恐ろしい子だ。」
椅子に座り頬杖をつく。こんな感動してくれるなんて初めてだ。
先生「日本で何があったの?」
ことり「あの時だけしかできないことを。尊敬する人たちと一緒に過ごしました。」
先生「私のとこにいるよりも定期的に日本に帰った方が君にとって良いんじゃないかと思えてきたよ……」
175: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 18:06:40.12 ID:cUTxuTDz.net
ことり「いやいや、先生も尊敬してますからね!」
そう言ってウィンクしてみせた。
先生「参った。ところで、タイトルは何だい?」
ことり「えっと、『夏空』です。」
皆が成長する土台はある。
それに気づけるかどうかだと思う。
進み続けた先に、皆がいる。
それじゃみんな、また会おうねっ!
176: 名無しで叶える物語 2022/08/13(土) 18:13:16.54 ID:cUTxuTDz.net
完~
もともとこの板で書く者ではなかったので、至らない点など多々あったかと思いますが、皆さんの応援の言葉本当に励みになりました。
なんとかお盆が終わるまでに完成させることができて良かったです。
ありがとうございました。
穂乃果「夏空の綿雲」