1: 2022/09/26(月) 20:11:35.97 ID:7o7OsLMn.net
四季メイ
2: 2022/09/26(月) 20:12:58.31 ID:XKvrlj5h.net
――メイ、メイ。
メイ「う、うーん…」
――メイ、起きて。
メイ「んん…あれ、私…」
四季「やっと起きた。おはよう」
メイ「四季…ふぁぁ、おはよー…ん?」
四季「今日のメイはお寝坊さん」
メイ「待て待て待て。どうしてお前が私の部屋にいるんだ」
四季「メイに会いに来たから」
メイ「はぁ?なんでだよ」
四季「メイに会いたかったから」
メイ「答えになってない!」
四季「おかしなことを言う。メイに会いたい以上の理由なんて、あるわけがない」
メイ「わけわかんねぇ、一体何が目的で…いや、そもそもどうやってここに」
四季「メイ」
メイ「っ!?」
四季「メイ、私の目を見て」
メイ「な、なんだってんだ、急に…」
四季「メイにもっと見て欲しい。もっと知って欲しい。私のことを、私の気持ちを」
メイ「お、おい、本当にどうしたんだよ。今のお前、なんか変だぞ」
四季「メイ、可愛い」
メイ「はあっ!?」
四季「可愛い、可愛い。すごく可愛い。可愛い」
メイ「う、うるせぇ!やめろ!可愛いって言うんじゃねぇ!」
四季「ちゃんと私を見て。私の声を聞いて」
メイ「やめろって言ってる…っ、なんだこれ、四季から視線を外せない…!?」
四季「それでいい。メイはいい子」
メイ「身動きも取れない…なんだよ、なにがどうなってんだ!?」
四季「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い」
メイ「やめろ、それ以上言うな、やめてくれ…!」
四季「メイ――」
「可愛い」
メイ「や、やめろーっ!!!!」
……………………………………
メイ「うわああっ!?」
四季「やっと起きた、大丈夫?」
メイ「はあっ、はあっ、し、四季…?」
四季「心配した、ずっとうなされていたから…」
メイ「はぁ、はぁ…ゆ…夢…?」
四季「怖い夢を見たの?」
メイ「よく思い出せない…けど…不思議な感じだった。懐かしいような、くすぐったいような…」
四季「メイ…」
メイ「…悪い。少しの間、こうさせてくれ」
四季「うん。メイ、可愛い」
メイ「言うなっての、恥ずかしいんだから…」
四季「照れ屋さんなところはさらなり」
メイ「枕草子みたいに言うんじゃねぇよ…」
四季「いい子。おいで」
メイ「んぅ…」
ああ、あったかい。こうやって四季の腕の中に包まれていると、すごく落ち着くんだ。
四季「メイ、大好き」
澄んだ声が耳をくすぐる。四季の体温が心地よくて、私は身を預けたまま、うとうとしてしまう。
四季「メイ、メイ――」
沈みゆく意識の中で、ふと気付く。
四季「――――」
私は…なんで四季は、私の部屋にいるんだ?
……………………………………
四季「メイ?」
メイ「っ!?」
ここは、私の家の…リビング…?
四季「起きたばかりですぐ寝ちゃうなんて、寝不足?」
メイ「あ…ああ、悪い、ぼーっとしてた」
四季「朝ごはん、もうすぐできるけど、食べられる?」
メイ「もちろん、食べる食べる」
四季「本日のメニューはトーストとサラダ。ジャムはお好みのブルーベリー」
メイ「そりゃ最高。あ、手伝うよ」
四季「いいから、そのまま待っていて。お寝坊さん」
メイ「ちぇっ」
こう言われては仕方ないので、大人しくテーブルで待つことにする。
手際よく朝食の準備をする四季は、どこか楽しそうに見える。
トースターの音、窓から差し込む陽の光、エプロン姿の四季。どれもこれも、見慣れた朝の光景だ。
四季「お待たせ」
メイ「おお、美味そう。あれ、ジャム変えたのか?」
四季「変えてみた。お値段の割に美味しいって評判」
メイ「それはぜひ試してみなきゃだな」
テーブルの向かいに四季が座り、二人揃っていただきます。トーストにたっぷりとジャムを塗ってかぶりつく。カリッとした音と食感がたまらない。
メイ「んんっ、んまい!」
その様子を見ていた四季が軽く笑い、自分のトーストに口をつけた。これまたカリッとした良い音が響いて、満足げに小さく頷く。
四季「評判は正しかった。焼き加減も抜群」
メイ「へへ、とびっきりの朝ごはんだな――ん?」
二口目を頬張ったところで、ふと気付く。妙に視野が狭いというか、周囲の様子がぼやけて、曖昧な感じがする。四季と朝ごはんだけは、はっきりと見えるのに。
四季「どうしたの?」
寝起きだからかなと、目を擦ってみたけれど…違う、寝ぼけ眼のせいじゃない。他のものに注意を向けることができない…いや、認識することができないんだ。
メイ「なん…」
「なんだよ、これは」と言ったつもりが、言葉になっていなかった。空気が急に薄くなったかのように、音も、光も、この場にある全てのものが遠のいて、輪郭を失っていく。
メイ「し、き…」
私はかろうじて四季の名前を口にした。それが精一杯だった。
四季「メイは可愛い。天使みたい」
薄れていく感覚の中で、四季の声だけがはっきりと聞こえた。深い霧に落ちていくように、私は意識を手放した。
……………………………………
メイ「…うわあっ!?」
四季「メイ、大丈夫?」
メイ「えっ…あれ、ここは…」
ぼんやりした頭と目で辺りを見回す。焚き火、森、テント、小川、湖――
四季「慣れないアウトドアで疲れちゃった?」
隣に腰掛けた四季が心配そうに覗いている。アウトドア…そうだ、思い出した。今日は四季の趣味に付き合って、湖のほとりにキャンプしに来たんだった。
メイ「悪い。なんつーか、久々だからさ、こういうの」
「でも、楽しいぞ」と付け足すと、ホッとしたように笑みを浮かべてくれた。徐々に意識がはっきりしてくる。小川のせせらぎ、森を流れる風、静かに波打つ湖――すごく良い雰囲気の場所だ。
四季「夏も、もう終わる」
焚き火を見つめたまま、四季が呟く。
四季「ここは星がとても綺麗に見える」
辺りはいつの間にか夜になっていた。四季も私も、その変化に違和感を抱くことはなかった。焚き火だけが変わらずパチパチと音を立てている。
四季「だから、メイと一緒に来たかった」
四季はケトルを手に取ってマグへと注いだ。ふわり、とコーヒーの香りが立ち上る。
メイ「夜なのにコーヒーか?」
四季「心配ない、ディカフェ。星を見ながらのコーヒーは格別」
二つあるマグの片方を取ると「メイはこっち。お砂糖は二つ入れてある」と私に差し出した。
メイ「ありがと。いただく」
ふぅふぅしながら、湯気がたなびくマグカップに口をつける。熱い。けど、甘くて苦くて美味しい。
四季「ほら、星が輝いている」
メイ「わ…!」
コーヒーから空へと視線を向けると、その先には雲一つない満天の星が広がっていた。しばらくの間、私は喋ることを忘れていた。私たちを包み込むような、静かに響き渡る星の歌声――
メイ「すげえな」
四季「圧巻」
メイ「きっとここでしか見られない光景だな」
四季「うん。メイと一緒に来たかった」
メイ「ああ、本当に――」
四季の言葉に頷こうとした。そのとき、ぐらり、と視界が揺れた。
メイ「くっ…またかよ」
呟いたが、やはり声にならなかった。いつの間にか周囲を霧が満たしていた。目の前がぼんやりして、頭がくらくらする。焚き火はなおも燃え続けていた。
四季「メイ、私は――」
四季が何か言ったようだけど、私には聞き取ることができなかった。頭の中が雲がかって、なにもかもが白く塗りつぶされていく。
四季「――――」
まどろみの中に、深く深く解けていくみたいに。
……………………………………
目を開くと、そこには何もない空間が広がっていた。薄暗さと静けさだけが満ちていて、私はその中で揺られていた。私はここが水の中だと直感した。
私は怖いとも、不思議だとも思わなかった。水の中なのに、しっかりと息も出来ていた。
メイ「さっき飲んだのは熱いお茶じゃなくて、コーヒーだってのに」
ん、さっきってなんだ?
メイ「わけわかんねぇ」
記憶は曖昧だけど、頭ははっきりしていた。水面からはかなり離れているようで、光さえ届かない。私の体はゆっくりと、ひそやかに、下へ下へと沈んでいく。誰かがこっちに来いって、呼んでいるみたいに。
メイ「誰か…そうだ、四季は…あいつもどこかにいるのか?」
ふと、水底へと目を凝らす。視界の端の方で何かが小さく光ったような気がする。星かな。
メイ「いや、水中に星は無いよな」
でも、海の星って書いて、ヒトデって読むんだったか?
私が『星』に近付くにつれて光は小さくなり、徐々にシルエットがはっきりしてくる。ああ、あれはきっと――視力は悪い方だけど、見間違えたりなんかしない。忘れるはずがない。
メイ「見つけたぞ。なんだよお前、そんなところで」
四季は水底で揺られていた。本を抱きしめ、良い夢でも見てそうな優しい寝顔で、ふわふわと流れに身を預けている。
メイ「なるほどな、ここが四季のお昼寝スポットってわけか」
静かな場所が好きなのは知ってるし、心安らげるということもわかってる。
メイ「だけどさ。ここはあまりにも殺風景だし…お前にはちょっと寂しすぎるんじゃないか?」
そのとき、上から一筋の光が差し込み、真っ暗だった水底を照らし出す。四季はゆっくりと目を開けて、二人の視線が交わる。
まるで、おとぎ話の眠り姫みたいだ。四季の顔を見て、そんなことを思ったりした。
四季「あなたは私に光をくれた」
声が聞こえた。口元は軽く笑みを浮かべたままだけど、四季が語りかけてくるのがわかる。
四季「あなたは私の世界を広げてくれた」
私も同じだ。迷っていた私の手を取って、四季が一緒に新しい世界に飛び込んでくれたから。
四季「メイに会えて嬉しい」
メイ「私もだ」
私は手を伸ばして、四季の手に触れた。四季はそっと握り返してくれた。私たちはやっと微笑み合った。二人を照らす光と色が広がっていく――
……………………………………
消毒液のにおいがする。試験管の音、誰かが歌う声、匂い、ぬくもり。
メイ「ん、んん…」
四季「メイ、起きた?」
メイ「四季…ここは…」
四季「科学室。私が来た時には寝ていた」
メイ「あ…これ、四季の白衣」
四季「他にかけるものがなかったから。毛布とかの代わり」
メイ「そっか…ありがとな」
四季がじっと見つめている。無表情だけど、心配している顔だ。
メイ「別に、なんてことねーよ」
四季「それならいい」
メイ「でも、なんだか長い夢を見てたみたいだ」
四季「夢。良い夢だった?」
メイ「どうかな。私、夢ってすぐ忘れる方だから」
四季「良い夢だったと思う」
メイ「えっ?」
四季「メイの寝顔、どことなく嬉しそうだった」
メイ「あ…」
四季「いい顔すぎて、写真、撮るの忘れた」
メイ「…ふふ、そっか。四季が言うなら、そうかもな」
四季もくすっと小さく笑って、火にかけたケトルに向き直る。
メイ「――ああいうのに憧れてるのかな、私」
四季「なにか言った?」
メイ「いや、ただの寝言だよ」
四季「コーヒーを淹れる。飲む?」
メイ「頼むよ。あ、砂糖は」
四季「わかってる。お砂糖は二つ」
そうだよ。私も四季と一緒の時間を過ごせることが、本当に嬉しいんだ。
終わり
――メイ、メイ。
メイ「う、うーん…」
――メイ、起きて。
メイ「んん…あれ、私…」
3: 2022/09/26(月) 20:14:14.91 ID:XKvrlj5h.net
四季「やっと起きた。おはよう」
メイ「四季…ふぁぁ、おはよー…ん?」
四季「今日のメイはお寝坊さん」
メイ「待て待て待て。どうしてお前が私の部屋にいるんだ」
5: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:15:16.85 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイに会いに来たから」
メイ「はぁ?なんでだよ」
四季「メイに会いたかったから」
メイ「答えになってない!」
7: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:16:19.02 ID:XKvrlj5h.net
四季「おかしなことを言う。メイに会いたい以上の理由なんて、あるわけがない」
メイ「わけわかんねぇ、一体何が目的で…いや、そもそもどうやってここに」
四季「メイ」
メイ「っ!?」
9: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:17:31.47 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイ、私の目を見て」
メイ「な、なんだってんだ、急に…」
四季「メイにもっと見て欲しい。もっと知って欲しい。私のことを、私の気持ちを」
メイ「お、おい、本当にどうしたんだよ。今のお前、なんか変だぞ」
10: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:19:22.73 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイ、可愛い」
メイ「はあっ!?」
四季「可愛い、可愛い。すごく可愛い。可愛い」
メイ「う、うるせぇ!やめろ!可愛いって言うんじゃねぇ!」
11: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:20:40.57 ID:XKvrlj5h.net
四季「ちゃんと私を見て。私の声を聞いて」
メイ「やめろって言ってる…っ、なんだこれ、四季から視線を外せない…!?」
四季「それでいい。メイはいい子」
メイ「身動きも取れない…なんだよ、なにがどうなってんだ!?」
12: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:22:34.25 ID:XKvrlj5h.net
四季「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い」
メイ「やめろ、それ以上言うな、やめてくれ…!」
四季「メイ――」
「可愛い」
メイ「や、やめろーっ!!!!」
13: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:23:56.35 ID:XKvrlj5h.net
……………………………………
メイ「うわああっ!?」
四季「やっと起きた、大丈夫?」
メイ「はあっ、はあっ、し、四季…?」
四季「心配した、ずっとうなされていたから…」
14: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:25:08.37 ID:XKvrlj5h.net
メイ「はぁ、はぁ…ゆ…夢…?」
四季「怖い夢を見たの?」
メイ「よく思い出せない…けど…不思議な感じだった。懐かしいような、くすぐったいような…」
四季「メイ…」
15: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:26:13.86 ID:XKvrlj5h.net
メイ「…悪い。少しの間、こうさせてくれ」
四季「うん。メイ、可愛い」
メイ「言うなっての、恥ずかしいんだから…」
四季「照れ屋さんなところはさらなり」
16: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:27:40.47 ID:XKvrlj5h.net
メイ「枕草子みたいに言うんじゃねぇよ…」
四季「いい子。おいで」
メイ「んぅ…」
ああ、あったかい。こうやって四季の腕の中に包まれていると、すごく落ち着くんだ。
17: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:29:50.86 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイ、大好き」
澄んだ声が耳をくすぐる。四季の体温が心地よくて、私は身を預けたまま、うとうとしてしまう。
四季「メイ、メイ――」
沈みゆく意識の中で、ふと気付く。
四季「――――」
私は…なんで四季は、私の部屋にいるんだ?
18: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:31:47.15 ID:XKvrlj5h.net
……………………………………
四季「メイ?」
メイ「っ!?」
ここは、私の家の…リビング…?
四季「起きたばかりですぐ寝ちゃうなんて、寝不足?」
19: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:33:07.53 ID:XKvrlj5h.net
メイ「あ…ああ、悪い、ぼーっとしてた」
四季「朝ごはん、もうすぐできるけど、食べられる?」
メイ「もちろん、食べる食べる」
四季「本日のメニューはトーストとサラダ。ジャムはお好みのブルーベリー」
21: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:34:35.85 ID:XKvrlj5h.net
メイ「そりゃ最高。あ、手伝うよ」
四季「いいから、そのまま待っていて。お寝坊さん」
メイ「ちぇっ」
こう言われては仕方ないので、大人しくテーブルで待つことにする。
22: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:36:04.05 ID:XKvrlj5h.net
手際よく朝食の準備をする四季は、どこか楽しそうに見える。
トースターの音、窓から差し込む陽の光、エプロン姿の四季。どれもこれも、見慣れた朝の光景だ。
四季「お待たせ」
メイ「おお、美味そう。あれ、ジャム変えたのか?」
24: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:38:26.59 ID:XKvrlj5h.net
四季「変えてみた。お値段の割に美味しいって評判」
メイ「それはぜひ試してみなきゃだな」
テーブルの向かいに四季が座り、二人揃っていただきます。トーストにたっぷりとジャムを塗ってかぶりつく。カリッとした音と食感がたまらない。
メイ「んんっ、んまい!」
25: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:41:36.90 ID:XKvrlj5h.net
その様子を見ていた四季が軽く笑い、自分のトーストに口をつけた。これまたカリッとした良い音が響いて、満足げに小さく頷く。
四季「評判は正しかった。焼き加減も抜群」
メイ「へへ、とびっきりの朝ごはんだな――ん?」
二口目を頬張ったところで、ふと気付く。妙に視野が狭いというか、周囲の様子がぼやけて、曖昧な感じがする。四季と朝ごはんだけは、はっきりと見えるのに。
26: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:44:26.65 ID:XKvrlj5h.net
四季「どうしたの?」
寝起きだからかなと、目を擦ってみたけれど…違う、寝ぼけ眼のせいじゃない。他のものに注意を向けることができない…いや、認識することができないんだ。
メイ「なん…」
「なんだよ、これは」と言ったつもりが、言葉になっていなかった。空気が急に薄くなったかのように、音も、光も、この場にある全てのものが遠のいて、輪郭を失っていく。
27: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:46:24.83 ID:XKvrlj5h.net
メイ「し、き…」
私はかろうじて四季の名前を口にした。それが精一杯だった。
四季「メイは可愛い。天使みたい」
薄れていく感覚の中で、四季の声だけがはっきりと聞こえた。深い霧に落ちていくように、私は意識を手放した。
28: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:48:29.17 ID:XKvrlj5h.net
……………………………………
メイ「…うわあっ!?」
四季「メイ、大丈夫?」
メイ「えっ…あれ、ここは…」
ぼんやりした頭と目で辺りを見回す。焚き火、森、テント、小川、湖――
29: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:50:45.23 ID:XKvrlj5h.net
四季「慣れないアウトドアで疲れちゃった?」
隣に腰掛けた四季が心配そうに覗いている。アウトドア…そうだ、思い出した。今日は四季の趣味に付き合って、湖のほとりにキャンプしに来たんだった。
メイ「悪い。なんつーか、久々だからさ、こういうの」
「でも、楽しいぞ」と付け足すと、ホッとしたように笑みを浮かべてくれた。徐々に意識がはっきりしてくる。小川のせせらぎ、森を流れる風、静かに波打つ湖――すごく良い雰囲気の場所だ。
30: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:52:23.55 ID:XKvrlj5h.net
四季「夏も、もう終わる」
焚き火を見つめたまま、四季が呟く。
四季「ここは星がとても綺麗に見える」
辺りはいつの間にか夜になっていた。四季も私も、その変化に違和感を抱くことはなかった。焚き火だけが変わらずパチパチと音を立てている。
四季「だから、メイと一緒に来たかった」
31: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 20:54:42.07 ID:XKvrlj5h.net
四季はケトルを手に取ってマグへと注いだ。ふわり、とコーヒーの香りが立ち上る。
メイ「夜なのにコーヒーか?」
四季「心配ない、ディカフェ。星を見ながらのコーヒーは格別」
二つあるマグの片方を取ると「メイはこっち。お砂糖は二つ入れてある」と私に差し出した。
32: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:04:08.27 ID:XKvrlj5h.net
メイ「ありがと。いただく」
ふぅふぅしながら、湯気がたなびくマグカップに口をつける。熱い。けど、甘くて苦くて美味しい。
四季「ほら、星が輝いている」
メイ「わ…!」
コーヒーから空へと視線を向けると、その先には雲一つない満天の星が広がっていた。しばらくの間、私は喋ることを忘れていた。私たちを包み込むような、静かに響き渡る星の歌声――
33: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:05:50.22 ID:XKvrlj5h.net
メイ「すげえな」
四季「圧巻」
メイ「きっとここでしか見られない光景だな」
四季「うん。メイと一緒に来たかった」
メイ「ああ、本当に――」
四季の言葉に頷こうとした。そのとき、ぐらり、と視界が揺れた。
34: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:08:03.12 ID:XKvrlj5h.net
メイ「くっ…またかよ」
呟いたが、やはり声にならなかった。いつの間にか周囲を霧が満たしていた。目の前がぼんやりして、頭がくらくらする。焚き火はなおも燃え続けていた。
四季「メイ、私は――」
四季が何か言ったようだけど、私には聞き取ることができなかった。頭の中が雲がかって、なにもかもが白く塗りつぶされていく。
四季「――――」
まどろみの中に、深く深く解けていくみたいに。
35: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:09:42.16 ID:XKvrlj5h.net
……………………………………
目を開くと、そこには何もない空間が広がっていた。薄暗さと静けさだけが満ちていて、私はその中で揺られていた。私はここが水の中だと直感した。
私は怖いとも、不思議だとも思わなかった。水の中なのに、しっかりと息も出来ていた。
メイ「さっき飲んだのは熱いお茶じゃなくて、コーヒーだってのに」
ん、さっきってなんだ?
メイ「わけわかんねぇ」
36: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:11:38.70 ID:XKvrlj5h.net
記憶は曖昧だけど、頭ははっきりしていた。水面からはかなり離れているようで、光さえ届かない。私の体はゆっくりと、ひそやかに、下へ下へと沈んでいく。誰かがこっちに来いって、呼んでいるみたいに。
メイ「誰か…そうだ、四季は…あいつもどこかにいるのか?」
ふと、水底へと目を凝らす。視界の端の方で何かが小さく光ったような気がする。星かな。
メイ「いや、水中に星は無いよな」
でも、海の星って書いて、ヒトデって読むんだったか?
37: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:13:12.64 ID:XKvrlj5h.net
私が『星』に近付くにつれて光は小さくなり、徐々にシルエットがはっきりしてくる。ああ、あれはきっと――視力は悪い方だけど、見間違えたりなんかしない。忘れるはずがない。
メイ「見つけたぞ。なんだよお前、そんなところで」
四季は水底で揺られていた。本を抱きしめ、良い夢でも見てそうな優しい寝顔で、ふわふわと流れに身を預けている。
メイ「なるほどな、ここが四季のお昼寝スポットってわけか」
38: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:15:28.01 ID:XKvrlj5h.net
静かな場所が好きなのは知ってるし、心安らげるということもわかってる。
メイ「だけどさ。ここはあまりにも殺風景だし…お前にはちょっと寂しすぎるんじゃないか?」
そのとき、上から一筋の光が差し込み、真っ暗だった水底を照らし出す。四季はゆっくりと目を開けて、二人の視線が交わる。
まるで、おとぎ話の眠り姫みたいだ。四季の顔を見て、そんなことを思ったりした。
39: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:16:47.71 ID:XKvrlj5h.net
四季「あなたは私に光をくれた」
声が聞こえた。口元は軽く笑みを浮かべたままだけど、四季が語りかけてくるのがわかる。
四季「あなたは私の世界を広げてくれた」
私も同じだ。迷っていた私の手を取って、四季が一緒に新しい世界に飛び込んでくれたから。
40: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:20:19.67 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイに会えて嬉しい」
メイ「私もだ」
私は手を伸ばして、四季の手に触れた。四季はそっと握り返してくれた。私たちはやっと微笑み合った。二人を照らす光と色が広がっていく――
41: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:21:45.12 ID:XKvrlj5h.net
……………………………………
消毒液のにおいがする。試験管の音、誰かが歌う声、匂い、ぬくもり。
メイ「ん、んん…」
四季「メイ、起きた?」
メイ「四季…ここは…」
42: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:23:07.98 ID:XKvrlj5h.net
四季「科学室。私が来た時には寝ていた」
メイ「あ…これ、四季の白衣」
四季「他にかけるものがなかったから。毛布とかの代わり」
メイ「そっか…ありがとな」
43: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:24:07.51 ID:XKvrlj5h.net
四季がじっと見つめている。無表情だけど、心配している顔だ。
メイ「別に、なんてことねーよ」
四季「それならいい」
メイ「でも、なんだか長い夢を見てたみたいだ」
44: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:25:10.76 ID:XKvrlj5h.net
四季「夢。良い夢だった?」
メイ「どうかな。私、夢ってすぐ忘れる方だから」
四季「良い夢だったと思う」
メイ「えっ?」
45: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:26:08.16 ID:XKvrlj5h.net
四季「メイの寝顔、どことなく嬉しそうだった」
メイ「あ…」
四季「いい顔すぎて、写真、撮るの忘れた」
メイ「…ふふ、そっか。四季が言うなら、そうかもな」
46: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:27:13.16 ID:XKvrlj5h.net
四季もくすっと小さく笑って、火にかけたケトルに向き直る。
メイ「――ああいうのに憧れてるのかな、私」
四季「なにか言った?」
メイ「いや、ただの寝言だよ」
47: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:28:36.51 ID:XKvrlj5h.net
四季「コーヒーを淹れる。飲む?」
メイ「頼むよ。あ、砂糖は」
四季「わかってる。お砂糖は二つ」
そうだよ。私も四季と一緒の時間を過ごせることが、本当に嬉しいんだ。
終わり
48: 名無しで叶える物語 2022/09/26(月) 21:30:05.27 ID:XKvrlj5h.net
元スレ四季「夢の彼方で」
曜「まあそんなことは気にしないしないで」