1: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 17:53:31.230 ID:U1RQvBCVD.net
喪黒「私の名は喪黒福造。人呼んで『笑ゥせぇるすまん』。
ただの『せぇるすまん』じゃございません。私の取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。
この世は、老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり。
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。
さて、今日のお客様は……。
重田鉄馬(39) 自動車会社社員
【自動運転車】
ホーッホッホッホ……。」
3: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 17:55:28.410 ID:U1RQvBCVD.net
ある日。住宅街。小学校の児童たちが、大人とともに集団下校をしている。
一同が青信号の横断歩道を渡り始めた時――。軽自動車が子供たちの列へと向かいつつある。
止まる気配のない軽自動車。恐怖の表情を浮かべる小学生たち。
新聞「集団登校の列に車突っ込む 男児1人死亡」
また、別の日。高速道路を走る高速バス。バスには大勢の乗客が乗っている。
高速バスがカーブを曲がろうとした時――。対向車線の方から、軽自動車がバスへと向かいつつある。
軽自動車を避けようとハンドルを切るバス運転手。しかし、軽自動車は止まりそうにない。
新聞「高速バス事故 6名が死亡、2名が軽傷」
とあるニュース番組。ニュース原稿を読む女性アナウンサー。
女性アナウンサー「……事故を起こした軽自動車には、ブレーキの不具合があったことが分かりました」
全国紙「ミライ自、軽自動車のブレーキに不備」「ミライ自、問題の軽自動車を回収へ」
東京。「ミライ自動車株式会社」本社。記者会見で頭を下げる経営陣たち。
全国紙「ミライ自動車、リコール隠しの疑い」「ミライ自、組織ぐるみで隠ぺいか」
住宅街、重田家。居間で朝食をとるミライ自動車社員・重田と妻。
居間にあるテレビのニュースが、ミライ自動車のリコール隠しを報道している。
重田の妻「あなたの会社、大変なことになっているようね」
重田「ああ。何てことをしてくれたんだと言いたくなる」
テロップ「重田鉄馬(39) ミライ自動車社員」
重田の妻「でも、ミライ自動車は一応大企業なんだからね」
「短気を起こして会社を辞めたりとか、絶対しないでよ。子供も生まれたばかりなんだし」
重田「分かってるって」
線路を走る満員電車。吊り革を持つ重田。
重田(俺はこの前まで、ミライ自動車の課長だった。あの出来事をやらかすまでは――)
彼は、例の出来事を回想する。
ミライ自動車本社。部長に呼ばれ、執務室で説教を受ける重田。
部長「重田君……。それにしても、君があんなことをするとは夢にも思わなかったよ」
重田「部長、どういうことですか?」
部長「とぼけるな!わが社によるリコール隠し、国土交通省に匿名で告発をしたのは君だろ」
「会社が極秘に調査した結果、告発は君がやったということが分かったんだよ!」
重田「で、ですが……。私はミライ自動車のためを思ってやったまでで……。何よりも、一連の事故で死者が相次いでいますし……」
部長「ふざけるな!!何がミライ自動車のためだ!!」
「わが社の評判を貶めるような真似をして、ただで済むと思うか!!」
場面は電車の中に戻る。
重田(あの告発をやったことで、俺は窓際部署に回されることになった)
ミライ自動車本社。とある部署がある部屋に入る重田。
重田「おはようございます」
社員A「おう、重田君……。おはよう」
部署には社員たちが集まっているものの、仕事をしている様子には見えない。
ノートパソコンでエロ画像を見る社員。競馬新聞を読む社員。化粧をするOL……。社員たちからは、退廃的な雰囲気が漂う。
社員B「なあに、重田さん……。すぐに慣れますよ。ずうっとここにいれば、居心地のよささえ感じますから」
社員C「そう、そう……」
重田(まるで、吹き溜まりのような部署だ……。俺がこんなところに飛ばされるなんて、夢にも思っていなかった)
夜。とある居酒屋。カウンターに座り、一人で酒を飲む重田。重田の隣には、喪黒福造がいる。
居酒屋にある液晶テレビには、ミライ自動車の不祥事のニュースが映っている。重田に話しかける喪黒。
喪黒「全く、ミライ自動車の隠蔽体質はひどいですねぇ。人の命を預かる企業にあるまじきものですよ」
重田「え、ええ……。誠にお恥ずかしい限りです」
喪黒「お恥ずかしい限りとは、どういうことですか?まさかあなた、ミライ自動車の社員なのですかねぇ?」
重田「そ、それは……」
居酒屋の中にいる客たちがどよめく。
居酒屋を去り、街を歩く喪黒と重田。
喪黒「さっきは申し訳ありません。私があんなことを言わなければ、あなたも肩身の狭い思いをせずに済んだでしょうに……」
重田「いいえ、過ぎてしまったことは仕方ありません。それにしても、なぜ私がミライ自動車の社員だと分かったのですか?」
喪黒「いやぁ……。仕事柄、長年、人間観察を行ってきた賜物ですよ。何しろ、私はこういう者ですから」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
重田「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
重田「聞いたことのないお仕事ですね……」
喪黒「私のやっていることは、ボランティアみたいなものです」
「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
「ほら……、あなたにも心にスキマがおありのはずでしょう?」
重田「ええ……、おっしゃる通りです」
喪黒「よろしかったら、相談に乗りましょうか?居酒屋であなたに迷惑をかけたお詫び替わりですよ」
BAR「魔の巣」。喪黒と重田が席に腰掛けている。
喪黒「ほう……。あのリコール隠しの告発を行ったのは、あなただったのですか」
重田「はい、そうです。そのせいで私は課長の職を解かれ、窓際部署に飛ばされました」
喪黒「重田さん。あなたは自分のやったことを後悔していますか?」
重田「いいえ……。私は自分の良心の感情に従ったまでのことです。今回の件では、多くの死者が出ましたから……」
喪黒「なるほど。どうやら、重田さんは正義感が強くて嘘がつけないお方のようですねぇ」
「しかし、今の会社にあなたの居場所はあるでしょうか?会社のためを思って告発をしたあなたに、こんな仕打ち……」
重田「組織とはそういうもんですよ」
喪黒「重田さん。ミライ自動車を辞めようと思ったことはありますか?」
重田「それはありません。何しろ、私には妻と子供がいますから……」
「大手企業のミライ自動車を辞めるのは、家族に迷惑がかかりますよ」
喪黒「重田さんは真面目な方ですねぇ。でも、今のままじゃあストレスがたまりますよ」
「そんなあなたに、いいものを紹介したいのですが……」
重田「いいもの?一体何ですか?」
喪黒「それは後のお楽しみですよ。日曜日にもう1度会いましょう。その時は、一緒にゴルフでもどうです?」
住宅街。重田の自宅の付近に、ある自動車がとまる。車から、喪黒が姿を現す。
門の前で、インターホンを押す喪黒。ゴルフ用具を持った重田が、喪黒を出迎える。
重田「まさか、この車が例の『いいもの』とでも言うんですか?」
喪黒「そうです。さあ、乗ってみましょう」
車に乗る2人。運転席には喪黒、助手席には重田がいる。
喪黒「狸ヶ原カントリークラブまで」
運転席「了解シマシタ」
喪黒の声を受け、車がひとりでに走り出す。重田が運転席を覗き込むと……。
重田「あっ、この車はハンドルがない!」
喪黒「ハンドルどころかペダルもありませんよ。なぜなら、この車は完全な自動運転車なのです」
「高度なAIと最新の技術が組み合わさっていますから、安心安全の車です」
重田「自動運転だって!?冗談じゃない!!アメリカでは自動運転の研究が盛んですけど、まだ問題が多いんですよ」
「こんな危険なものに誰が乗るんですか!!」
喪黒「これまで、この車を愛用してきたのは私ですよ。しかも、1度も事故が起きませんでした」
重田「で、ですが……」
喪黒「この車がゴルフ場までちゃんと着けば、安心安全の証明になりますよ。ねぇ、重田さん」
重田「は、はあ……」
道路を走る自動運転車。余裕な表情の喪黒と、不安な表情の重田。
自動運転車がカーブを曲がろうとする。対向車線の方には、大型トラックが見える。
重田(うわあ、危ない!!ぶつかる!!)
しかし、自動運転車は無難にカーブを曲がりきったようだ。両手を組み合わせ、祈る重田。
狸ヶ原カントリークラブ。敷地内には、ゴルフクラブを持った喪黒と重田がいる。
重田「いやぁ、無事に到着してよかったですよ。一時はどうなるかと思いましたよ」
喪黒「これで、自動運転車の安全性が証明されたでしょう。まさに論より証拠ですよ」
重田「はい……」
喪黒「ゆっくりゴルフでも楽しんで、嫌なことを忘れたらどうですか?」
重田「ええ、まあ……」
ゴルフを楽しむ喪黒と重田。重田が振り下ろしたクラブが、ボールに命中する。勢いよく飛んでいく打球。
喪黒「ナイスショット!!」
夕方。クラブハウス。重田と喪黒が大浴場で入浴している。
重田「今日は本当に楽しかったですよ。ありがとうございます、喪黒さん」
喪黒「どういたしまして……。この後、私の方からあなたに特別なプレゼントをしたいのですよ」
夜。道路を走る自動運転車。前の席にいる喪黒と重田。
喪黒「この自動運転車を、あなたにプレゼントしますよ」
重田「えっ、いいんですか!?なぜなら、あれは……」
喪黒「この車の安全性は、ゴルフ場へ無事に着いたことで証明されたでしょう?」
重田「で、ですが……。私は一応、自動車会社の正社員ですよ……」
「自社以外の車を保有するなんて、会社に対する裏切りに他ならないじゃないですか……」
喪黒「それがどうしたというんです?」
「ミライ自動車は、会社のためを思って例の告発をしたあなたにひどい仕打ちをしました」
「こんな会社に忠誠を尽くして何になるんです?会社の奴隷になる必要はありません」
重田「でも、私は会社を辞めたくても辞められないのですから……」
喪黒「会社を辞める必要はありません。面従腹背の態度を持ちながら、組織の中で個を貫くのです」
「重田さん。あなたは人間らしい誇りの気持ちと、反骨心を胸に秘めて生きるべきなのですよ」
重田「は、はい……」
マイクロチップが入った小さな瓶を重田に渡す喪黒。
重田「何ですか、これ?」
喪黒「マイクロチップです。これには、この自動運転車の設計図が記録されているのですよ」
重田「ええっ!?そんなものを私に託すんですか!?」
喪黒「はい。だから、あなたには私と約束していただきたいことがあります」
重田「約束!?」
喪黒「そうです。自動運転車はあなたのものですから、設計図は秘密にしておくべきなのです」
「従って、マイクロチップは誰にも渡してはいけませんよ。いいですね!?」
重田「わ、分かりました……。喪黒さん」
喪黒「この自動運転車は、あなたの誇りと反骨精神の象徴なのです。このことを忘れないでくださいよ」
ある日。スーパーで買い物を終え、自動運転車に乗ろうとする重田の妻。
物陰から、彼女と車をカメラで撮影するある男。カシャッ!!カメラの持ち主は、何と喪黒のようだ。
住宅街。重田の家の車庫に、自動運転車が入る。その瞬間も、喪黒がカメラで撮影する。カシャッ!!
ミライ自動車本社。応接室に呼ばれる重田。社長をはじめ重役たちを前にし、萎縮した様子になる重田。
机の上には、喪黒が撮影した写真がいくつも置かれてある。重田や彼の妻が、自動運転車を使用する様子の写真ばかりだ。
社長「重田君。これは一体どういうことだ?」
重田「…………」
社長「会社に不利になる告発を国交省に行い……。おまけに自社製品以外の車を愛用している……」
「これはわが社に対する重大な裏切り行為だ。理由次第によっては、君を解雇することも考えねばならん」
重田(俺を解雇するだと……!?)
重田の頭の中に、妻の言葉が思い浮かぶ。
(重田の妻「短気を起こして会社を辞めたりとか、絶対しないでよ。子供も生まれたばかりなんだし」)
重田(俺は、ミライ自動車を辞めるわけにはいかない……。家族に迷惑がかかるからだ……)
「すみません、社長……。実は……」
重苦しい表情で、一連のいきさつを話す重田。
社長「ほう……、自動運転車か。条件次第によっては、君の解雇を取りやめることも可能だ」
重田「その条件とは一体……」
社長「決まっているだろ。それはな……」
翌日。ミライ自動車本社、社長室。重田は、マイクロチップが入った瓶を社長に渡す。
社長「よくやった、重田君。この設計図さえ手に入れば、わが社は怖いものなしだ」
「一連の不祥事から立ち直り、自動車業界をリードするチャンスにさえなる」
重田「は、はあ……」
社長「君の解雇は取り消しだ。場合によっては、取締役への抜擢も検討するつもりだ」
重田「あ、ありがとうございます……」
社長「重田君の車にぜひ乗ってみたい。今度の休日に、君の自宅へ行こうと思う」
社長室を出て、廊下を歩く重田。重田の前に喪黒が姿を現す。
喪黒「重田鉄馬さん……。あなた約束を破りましたね」
重田「も、喪黒さん……!!」
喪黒「私は言ったはずですよ。マイクロチップは誰にも渡してはいけない……と」
重田「くっ……!!」
喪黒「それにも関わらず、あなたは社長にマイクロチップを渡してしまいましたねぇ」
重田「だ、だって……。私が自動運転車を持っていることが、経営陣に知られてしまいましたから……」
「重役たちに迫られて迷った挙句、会社に残ることを選んだ苦渋の決断だったんです!!」
喪黒「あの自動運転車は、あなたの誇りと反骨精神の象徴……。このことを忘れたのですか!?」
重田「喪黒さん……!私は、ミライ自動車を辞めるわけにはいきません!!」
「会社を辞めたら、妻と子供に迷惑がかかります!!だから……」
喪黒「いくら弁解しても無駄です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」
喪黒は重田に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
重田「ギャアアアアアアアアア!!!」
日曜日。重田家。玄関の前には、ミライ自動車の社長、社長秘書、部長がいる。2人を出迎える重田夫妻。
社長「重田君。約束通り、自動運転車に乗せて貰おうか?」
自動運転車に乗る一同。運転席には重田、助手席には部長、後部座席には社長と秘書がいる。
社長「おおっ、本当に動いたぞ!しかも、乗り心地も快適じゃないか!」
部長「重田君。君は本当に有能な社員だな。おかげで、私は君に追い越されるかもしれん……」
自動運転車が、ガードレールとカーブに近づく。車はそのまま無事に走り続けるかに見えたものの……。
ガードレールを飛び越え、車道から飛び出す自動運転車。
一同「な、何が起きたんだ!?」
自動運転車は宙に浮き続けた後、港に着陸する。走り続ける車。車のサイドガラスがひとりでに開く。
自動運転車の目の前に大海原が見えてくる。車は今にも、海へ突っ込みそうだ。
重田「おい、止まれ!!止まるんだ!!なぜ止まらない!!」
港を離れ、海の中へと潜る自動運転車。みるみる海の底へ向かって沈んでいく車。水でいっぱいになる車内。
苦悶の表情を浮かべ、溺れ続ける一同。しばらくした後、彼らは身体の動きが止まりぐったりとする。
ミライ自動車の本社前にいる喪黒。
喪黒「人々は、日ごろから自動車の恩恵を味わっていますし……。車なしでは社会のシステムが成り立ちません」
「しかしながら、車は時として凶器になることがありますし……。交通事故の犠牲者は今も後を絶ちません」
「それでも、人間が自動車を使い続ける以上……。車とどう付き合っていくかが重要になっていくでしょう」
「自動車は人の命を預かった乗り物であるということ……。これを忘れた時、車は恐ろしい凶器と化すのです」
「そう、ミライ自動車のリコール隠しや、重田さんたちが乗った自動運転車のように……。やっぱり、車は怖いですねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
元スレ
ある日。住宅街。小学校の児童たちが、大人とともに集団下校をしている。
一同が青信号の横断歩道を渡り始めた時――。軽自動車が子供たちの列へと向かいつつある。
止まる気配のない軽自動車。恐怖の表情を浮かべる小学生たち。
新聞「集団登校の列に車突っ込む 男児1人死亡」
また、別の日。高速道路を走る高速バス。バスには大勢の乗客が乗っている。
高速バスがカーブを曲がろうとした時――。対向車線の方から、軽自動車がバスへと向かいつつある。
軽自動車を避けようとハンドルを切るバス運転手。しかし、軽自動車は止まりそうにない。
新聞「高速バス事故 6名が死亡、2名が軽傷」
とあるニュース番組。ニュース原稿を読む女性アナウンサー。
女性アナウンサー「……事故を起こした軽自動車には、ブレーキの不具合があったことが分かりました」
4: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 17:57:16.807 ID:U1RQvBCVD.net
全国紙「ミライ自、軽自動車のブレーキに不備」「ミライ自、問題の軽自動車を回収へ」
東京。「ミライ自動車株式会社」本社。記者会見で頭を下げる経営陣たち。
全国紙「ミライ自動車、リコール隠しの疑い」「ミライ自、組織ぐるみで隠ぺいか」
住宅街、重田家。居間で朝食をとるミライ自動車社員・重田と妻。
居間にあるテレビのニュースが、ミライ自動車のリコール隠しを報道している。
重田の妻「あなたの会社、大変なことになっているようね」
重田「ああ。何てことをしてくれたんだと言いたくなる」
テロップ「重田鉄馬(39) ミライ自動車社員」
重田の妻「でも、ミライ自動車は一応大企業なんだからね」
「短気を起こして会社を辞めたりとか、絶対しないでよ。子供も生まれたばかりなんだし」
重田「分かってるって」
5: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 17:59:38.812 ID:U1RQvBCVD.net
線路を走る満員電車。吊り革を持つ重田。
重田(俺はこの前まで、ミライ自動車の課長だった。あの出来事をやらかすまでは――)
彼は、例の出来事を回想する。
ミライ自動車本社。部長に呼ばれ、執務室で説教を受ける重田。
部長「重田君……。それにしても、君があんなことをするとは夢にも思わなかったよ」
重田「部長、どういうことですか?」
部長「とぼけるな!わが社によるリコール隠し、国土交通省に匿名で告発をしたのは君だろ」
「会社が極秘に調査した結果、告発は君がやったということが分かったんだよ!」
重田「で、ですが……。私はミライ自動車のためを思ってやったまでで……。何よりも、一連の事故で死者が相次いでいますし……」
部長「ふざけるな!!何がミライ自動車のためだ!!」
「わが社の評判を貶めるような真似をして、ただで済むと思うか!!」
場面は電車の中に戻る。
重田(あの告発をやったことで、俺は窓際部署に回されることになった)
6: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:01:15.844 ID:BnS4wvUjD.net
ミライ自動車本社。とある部署がある部屋に入る重田。
重田「おはようございます」
社員A「おう、重田君……。おはよう」
部署には社員たちが集まっているものの、仕事をしている様子には見えない。
ノートパソコンでエロ画像を見る社員。競馬新聞を読む社員。化粧をするOL……。社員たちからは、退廃的な雰囲気が漂う。
社員B「なあに、重田さん……。すぐに慣れますよ。ずうっとここにいれば、居心地のよささえ感じますから」
社員C「そう、そう……」
重田(まるで、吹き溜まりのような部署だ……。俺がこんなところに飛ばされるなんて、夢にも思っていなかった)
夜。とある居酒屋。カウンターに座り、一人で酒を飲む重田。重田の隣には、喪黒福造がいる。
居酒屋にある液晶テレビには、ミライ自動車の不祥事のニュースが映っている。重田に話しかける喪黒。
喪黒「全く、ミライ自動車の隠蔽体質はひどいですねぇ。人の命を預かる企業にあるまじきものですよ」
7: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:03:08.125 ID:BnS4wvUjD.net
重田「え、ええ……。誠にお恥ずかしい限りです」
喪黒「お恥ずかしい限りとは、どういうことですか?まさかあなた、ミライ自動車の社員なのですかねぇ?」
重田「そ、それは……」
居酒屋の中にいる客たちがどよめく。
居酒屋を去り、街を歩く喪黒と重田。
喪黒「さっきは申し訳ありません。私があんなことを言わなければ、あなたも肩身の狭い思いをせずに済んだでしょうに……」
重田「いいえ、過ぎてしまったことは仕方ありません。それにしても、なぜ私がミライ自動車の社員だと分かったのですか?」
喪黒「いやぁ……。仕事柄、長年、人間観察を行ってきた賜物ですよ。何しろ、私はこういう者ですから」
喪黒が差し出した名刺には、「ココロのスキマ…お埋めします 喪黒福造」と書かれている。
重田「ココロのスキマ、お埋めします?」
喪黒「私はセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
重田「聞いたことのないお仕事ですね……」
8: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:05:15.925 ID:BnS4wvUjD.net
喪黒「私のやっていることは、ボランティアみたいなものです」
「心に何かしらのスキマを抱え、人生が行き詰まった人たちを救うための仕事ですよ」
「ほら……、あなたにも心にスキマがおありのはずでしょう?」
重田「ええ……、おっしゃる通りです」
喪黒「よろしかったら、相談に乗りましょうか?居酒屋であなたに迷惑をかけたお詫び替わりですよ」
BAR「魔の巣」。喪黒と重田が席に腰掛けている。
喪黒「ほう……。あのリコール隠しの告発を行ったのは、あなただったのですか」
重田「はい、そうです。そのせいで私は課長の職を解かれ、窓際部署に飛ばされました」
喪黒「重田さん。あなたは自分のやったことを後悔していますか?」
重田「いいえ……。私は自分の良心の感情に従ったまでのことです。今回の件では、多くの死者が出ましたから……」
喪黒「なるほど。どうやら、重田さんは正義感が強くて嘘がつけないお方のようですねぇ」
「しかし、今の会社にあなたの居場所はあるでしょうか?会社のためを思って告発をしたあなたに、こんな仕打ち……」
重田「組織とはそういうもんですよ」
9: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:07:12.517 ID:BnS4wvUjD.net
喪黒「重田さん。ミライ自動車を辞めようと思ったことはありますか?」
重田「それはありません。何しろ、私には妻と子供がいますから……」
「大手企業のミライ自動車を辞めるのは、家族に迷惑がかかりますよ」
喪黒「重田さんは真面目な方ですねぇ。でも、今のままじゃあストレスがたまりますよ」
「そんなあなたに、いいものを紹介したいのですが……」
重田「いいもの?一体何ですか?」
喪黒「それは後のお楽しみですよ。日曜日にもう1度会いましょう。その時は、一緒にゴルフでもどうです?」
住宅街。重田の自宅の付近に、ある自動車がとまる。車から、喪黒が姿を現す。
門の前で、インターホンを押す喪黒。ゴルフ用具を持った重田が、喪黒を出迎える。
重田「まさか、この車が例の『いいもの』とでも言うんですか?」
喪黒「そうです。さあ、乗ってみましょう」
車に乗る2人。運転席には喪黒、助手席には重田がいる。
10: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:09:23.024 ID:BnS4wvUjD.net
喪黒「狸ヶ原カントリークラブまで」
運転席「了解シマシタ」
喪黒の声を受け、車がひとりでに走り出す。重田が運転席を覗き込むと……。
重田「あっ、この車はハンドルがない!」
喪黒「ハンドルどころかペダルもありませんよ。なぜなら、この車は完全な自動運転車なのです」
「高度なAIと最新の技術が組み合わさっていますから、安心安全の車です」
重田「自動運転だって!?冗談じゃない!!アメリカでは自動運転の研究が盛んですけど、まだ問題が多いんですよ」
「こんな危険なものに誰が乗るんですか!!」
喪黒「これまで、この車を愛用してきたのは私ですよ。しかも、1度も事故が起きませんでした」
重田「で、ですが……」
喪黒「この車がゴルフ場までちゃんと着けば、安心安全の証明になりますよ。ねぇ、重田さん」
重田「は、はあ……」
道路を走る自動運転車。余裕な表情の喪黒と、不安な表情の重田。
11: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:11:16.708 ID:BnS4wvUjD.net
自動運転車がカーブを曲がろうとする。対向車線の方には、大型トラックが見える。
重田(うわあ、危ない!!ぶつかる!!)
しかし、自動運転車は無難にカーブを曲がりきったようだ。両手を組み合わせ、祈る重田。
狸ヶ原カントリークラブ。敷地内には、ゴルフクラブを持った喪黒と重田がいる。
重田「いやぁ、無事に到着してよかったですよ。一時はどうなるかと思いましたよ」
喪黒「これで、自動運転車の安全性が証明されたでしょう。まさに論より証拠ですよ」
重田「はい……」
喪黒「ゆっくりゴルフでも楽しんで、嫌なことを忘れたらどうですか?」
重田「ええ、まあ……」
ゴルフを楽しむ喪黒と重田。重田が振り下ろしたクラブが、ボールに命中する。勢いよく飛んでいく打球。
喪黒「ナイスショット!!」
12: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:13:12.758 ID:BnS4wvUjD.net
夕方。クラブハウス。重田と喪黒が大浴場で入浴している。
重田「今日は本当に楽しかったですよ。ありがとうございます、喪黒さん」
喪黒「どういたしまして……。この後、私の方からあなたに特別なプレゼントをしたいのですよ」
夜。道路を走る自動運転車。前の席にいる喪黒と重田。
喪黒「この自動運転車を、あなたにプレゼントしますよ」
重田「えっ、いいんですか!?なぜなら、あれは……」
喪黒「この車の安全性は、ゴルフ場へ無事に着いたことで証明されたでしょう?」
重田「で、ですが……。私は一応、自動車会社の正社員ですよ……」
「自社以外の車を保有するなんて、会社に対する裏切りに他ならないじゃないですか……」
喪黒「それがどうしたというんです?」
「ミライ自動車は、会社のためを思って例の告発をしたあなたにひどい仕打ちをしました」
「こんな会社に忠誠を尽くして何になるんです?会社の奴隷になる必要はありません」
重田「でも、私は会社を辞めたくても辞められないのですから……」
14: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:15:15.520 ID:BnS4wvUjD.net
喪黒「会社を辞める必要はありません。面従腹背の態度を持ちながら、組織の中で個を貫くのです」
「重田さん。あなたは人間らしい誇りの気持ちと、反骨心を胸に秘めて生きるべきなのですよ」
重田「は、はい……」
マイクロチップが入った小さな瓶を重田に渡す喪黒。
重田「何ですか、これ?」
喪黒「マイクロチップです。これには、この自動運転車の設計図が記録されているのですよ」
重田「ええっ!?そんなものを私に託すんですか!?」
喪黒「はい。だから、あなたには私と約束していただきたいことがあります」
重田「約束!?」
喪黒「そうです。自動運転車はあなたのものですから、設計図は秘密にしておくべきなのです」
「従って、マイクロチップは誰にも渡してはいけませんよ。いいですね!?」
重田「わ、分かりました……。喪黒さん」
喪黒「この自動運転車は、あなたの誇りと反骨精神の象徴なのです。このことを忘れないでくださいよ」
15: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:17:13.704 ID:BnS4wvUjD.net
ある日。スーパーで買い物を終え、自動運転車に乗ろうとする重田の妻。
物陰から、彼女と車をカメラで撮影するある男。カシャッ!!カメラの持ち主は、何と喪黒のようだ。
住宅街。重田の家の車庫に、自動運転車が入る。その瞬間も、喪黒がカメラで撮影する。カシャッ!!
ミライ自動車本社。応接室に呼ばれる重田。社長をはじめ重役たちを前にし、萎縮した様子になる重田。
机の上には、喪黒が撮影した写真がいくつも置かれてある。重田や彼の妻が、自動運転車を使用する様子の写真ばかりだ。
社長「重田君。これは一体どういうことだ?」
重田「…………」
社長「会社に不利になる告発を国交省に行い……。おまけに自社製品以外の車を愛用している……」
「これはわが社に対する重大な裏切り行為だ。理由次第によっては、君を解雇することも考えねばならん」
重田(俺を解雇するだと……!?)
重田の頭の中に、妻の言葉が思い浮かぶ。
(重田の妻「短気を起こして会社を辞めたりとか、絶対しないでよ。子供も生まれたばかりなんだし」)
16: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:19:27.490 ID:BnS4wvUjD.net
重田(俺は、ミライ自動車を辞めるわけにはいかない……。家族に迷惑がかかるからだ……)
「すみません、社長……。実は……」
重苦しい表情で、一連のいきさつを話す重田。
社長「ほう……、自動運転車か。条件次第によっては、君の解雇を取りやめることも可能だ」
重田「その条件とは一体……」
社長「決まっているだろ。それはな……」
翌日。ミライ自動車本社、社長室。重田は、マイクロチップが入った瓶を社長に渡す。
社長「よくやった、重田君。この設計図さえ手に入れば、わが社は怖いものなしだ」
「一連の不祥事から立ち直り、自動車業界をリードするチャンスにさえなる」
重田「は、はあ……」
社長「君の解雇は取り消しだ。場合によっては、取締役への抜擢も検討するつもりだ」
重田「あ、ありがとうございます……」
17: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:21:19.278 ID:BnS4wvUjD.net
社長「重田君の車にぜひ乗ってみたい。今度の休日に、君の自宅へ行こうと思う」
社長室を出て、廊下を歩く重田。重田の前に喪黒が姿を現す。
喪黒「重田鉄馬さん……。あなた約束を破りましたね」
重田「も、喪黒さん……!!」
喪黒「私は言ったはずですよ。マイクロチップは誰にも渡してはいけない……と」
重田「くっ……!!」
喪黒「それにも関わらず、あなたは社長にマイクロチップを渡してしまいましたねぇ」
重田「だ、だって……。私が自動運転車を持っていることが、経営陣に知られてしまいましたから……」
「重役たちに迫られて迷った挙句、会社に残ることを選んだ苦渋の決断だったんです!!」
喪黒「あの自動運転車は、あなたの誇りと反骨精神の象徴……。このことを忘れたのですか!?」
重田「喪黒さん……!私は、ミライ自動車を辞めるわけにはいきません!!」
「会社を辞めたら、妻と子供に迷惑がかかります!!だから……」
19: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:23:19.730 ID:BnS4wvUjD.net
喪黒「いくら弁解しても無駄です。約束を破った以上、あなたには罰を受けて貰うしかありません!!」
喪黒は重田に右手の人差し指を向ける。
喪黒「ドーーーーーーーーーーーン!!!」
重田「ギャアアアアアアアアア!!!」
日曜日。重田家。玄関の前には、ミライ自動車の社長、社長秘書、部長がいる。2人を出迎える重田夫妻。
社長「重田君。約束通り、自動運転車に乗せて貰おうか?」
自動運転車に乗る一同。運転席には重田、助手席には部長、後部座席には社長と秘書がいる。
社長「おおっ、本当に動いたぞ!しかも、乗り心地も快適じゃないか!」
部長「重田君。君は本当に有能な社員だな。おかげで、私は君に追い越されるかもしれん……」
自動運転車が、ガードレールとカーブに近づく。車はそのまま無事に走り続けるかに見えたものの……。
ガードレールを飛び越え、車道から飛び出す自動運転車。
一同「な、何が起きたんだ!?」
20: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/19(月) 18:26:33.894 ID:BnS4wvUjD.net
自動運転車は宙に浮き続けた後、港に着陸する。走り続ける車。車のサイドガラスがひとりでに開く。
自動運転車の目の前に大海原が見えてくる。車は今にも、海へ突っ込みそうだ。
重田「おい、止まれ!!止まるんだ!!なぜ止まらない!!」
港を離れ、海の中へと潜る自動運転車。みるみる海の底へ向かって沈んでいく車。水でいっぱいになる車内。
苦悶の表情を浮かべ、溺れ続ける一同。しばらくした後、彼らは身体の動きが止まりぐったりとする。
ミライ自動車の本社前にいる喪黒。
喪黒「人々は、日ごろから自動車の恩恵を味わっていますし……。車なしでは社会のシステムが成り立ちません」
「しかしながら、車は時として凶器になることがありますし……。交通事故の犠牲者は今も後を絶ちません」
「それでも、人間が自動車を使い続ける以上……。車とどう付き合っていくかが重要になっていくでしょう」
「自動車は人の命を預かった乗り物であるということ……。これを忘れた時、車は恐ろしい凶器と化すのです」
「そう、ミライ自動車のリコール隠しや、重田さんたちが乗った自動運転車のように……。やっぱり、車は怖いですねぇ」
「オーホッホッホッホッホッホッホ……」
―完―
喪黒福造「なぜなら、この車は完全な自動運転車なのです」 自動車会社社員「自動運転だって!?」