SS速報VIP:ニャル子「何なんですかその右手はぁ!」上条「オエー」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1345120077/1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:27:58.27 ID:ziXf3Bbpo
昨日VIPでさるくらって落としてしまったので、指摘されたどおりこっちでやることにしました
真尋×ニャル子が至高の方はブラウザバックを推奨します
では始めます
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1345120077
2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:28:35.12 ID:ziXf3Bbpo
―――
「――はっ、はっ、くそっ!」
私、上条当麻は今、未曾有の大ピンチに見舞われていた。
俺の目の前に立つのは怪物。
大きさは目測で軽く二メートルを超えていたが、姿はかろうじて人間の形をしている。
だが、あれが人間だとは絶対に思えない。
背中に生えている蝙蝠のような一対の羽根と、頭に生えている不規則に曲がった角、ゴムのようにつやのある黒い皮膚。
例えるならRPGに出てくる悪魔のような姿。
それらの要素が私は人間ではありません、と主張しているようだった。
俺はコンビニで夜食のカップ麺を買った帰り道にこの怪物と出会った。
最初は夜中に出歩く不審者程度に考えていて、出来る限り関わらないようにと来た道を逆走して避けたのだが、
走れば走るほど気配が近づいている気がした瞬間、俺はその異常に気付いた。
早く自分の学生寮に逃げ込むために全速力で帰り道を駆けた、がいくら走っても学生寮には辿り着くことはなかった。
道に迷ったのだ。裏道の一本一本全て把握しているいつもの通い慣れた道で。
あり得ない。なんだか全く知らない街でも歩いているような気分だった。
そんな風に逃げてるうちに、曲がり角を曲がった先が高くそびえ立つ壁、つまり行き止まりなんていう展開に陥ってしまう。
もう逃げられることはないのを悟ったのか、今まで見えなかったその追跡者の姿が闇の中から現れた。
悪魔のような外見をした怪物が。
そして今にいたる。
(……ちくしょう、どうする。どうする俺どうするよ俺っ!)
この絶体絶命の状況を打開すべく、そこまで良くない頭をフル回転させて考える。
そして今自分の持つ武器を確認する。
自分で言うのも悲しくなってくるが、俺は喧嘩慣れしている。
喧嘩慣れしていると言っても街の不良程度を一対一で勝てるかどうかのレベルなのだが。
だが、そんなバトルセンスが目の前の怪物に通じるとは到底思えない。
次に、俺は右の手のひら見た。この右手は特殊な右手だ。
幻想殺し。あらゆるものもそれが『異能の力』ならば問答無用に打ち消す力を持つ右手。
例をあげるなら、この学園都市で授業の一環である能力開発、それによって生み出される力『超能力』。
その超能力によって生み出された炎、電撃、爆発などの力を触れるだけで全て無にする。
それらが現在自分の持つ武器だ。
目の前に立ちふさがる怪物の姿を見る。
常識的に考えて、このような悪魔的な生物がこの現代社会に存在するだろうか。否、存在しない。
つまりこの目の前の怪物は、誰かは知らないがこの学園都市に住む能力者の能力によって生み出された非常識な存在。
すなわちそれは異能の力。
そう考えた俺は決断する。
(……この怪物を右手でぶん殴るッ!!)
もしあれが異能な存在だった場合、俺の右手の指先にでもちょこっと触れれば一瞬で消え去る。
たとえやつが人間では到底傷すら付けられない強靭な肉体を持っていようが、核爆弾が投下しても平然といられるようなバリアが張ってあったとしても。
それが異能の力によるものなら右手一つで打ち消せられる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
右手をヤツに触れさせるためには必ず近づかなければならない。
そのために俺は地面を思い切り蹴り、前へ飛び出す。
近づけば近づくほどヤツがどれだけ大きいか分かる。
だが、そんなことでビビっていられない。こっちは右手の指先一つさえ触れさせればダウンさせられるんだ。
「ウボァー!」
怪物が雄たけびを上げながら、長い爪を生やした腕をこちらに向けて伸ばしてくる。
あの手の形からして俺を取り押さえようとでもしているのだろう。
だがその速度は遅い、避けられる。
俺は体を屈めてその魔手から逃れた。
そして悪魔の懐へ入る。
「これでぇ、終わりだあああああああああああああああああっ!!」
バシッ。
怪物の腹部分に強烈な右ストレートを打ち込む。
しかしながら強烈と思っていたのは俺だけだったらしく、怪物は『何やってんだコイツ』みたいな感じに首を傾げていた。
右手で作った拳が痛む。それだけヤツの腹筋が硬かったのだろう。
だが俺の狙いはダメージを与えることじゃない。異能の力で出来た怪物を打ち消すことにある。
これでこの異形の怪物が――。
「…………………………………………………………あれ?」
消えなかった。おかしいな。
いつもならパキン、みたいな感じの音が鳴って何事もなかったかのように消えていくはずなのに。
学園都市頂点に立つレベル5の超強力な雷さえ打ち消した俺の右手は、このような化け物には通用しないのか!?
このまま近づいたままは危険と考え、俺はとっさに後ろへ下がろうとする、が。
「ウボァー!」
「うおっ!?」
怪物に捕まった。
巨大な手で左右から挟まれ動きを封じられる。
何とか抜け出そうと思い、必死にもがいた。
だが、すさまじい握力で束縛されており、身動きが全くと言っていいほど取れない。
すると、怪物の背中に生える一対の羽根が大きく広がった。
そしてそれを同時に上下に動かし始める。
地に着いていた足が急にアスファルトから離れた。
怪物が飛翔する。
(こ、これで俺の人生終わりなのかよ……)
事実まだ死んではいないが、生かされたところでこの悪魔に何をされるかわかったもんじゃない。
俺のこれからの生活は生き地獄になること間違いない。
全てがどうでもよくなった俺は、怪物の手の中でゆっくりと脱力した。
グシャ。
何か肉が潰れるような音がした。
「……って痛てっ!?」
俺はいつの間にか空中からアスファルトの地面に落下していた。
強打した尻を押さえながら、さきほどまで自分が居た空中を見上げてみる。
そこには自分に恐怖を与えながら追跡し追いつめ、最終的に捕獲までやり遂げやがった怪物が、先ほどと変わらない姿で宙に浮いていた。
いや、よく見ると微妙な変更点があった。
頭になにか棒状のものが生えていた。
生えてるというか刺さってんのか?
そんなことを考えていた次の瞬間。
ブシャアアアアアアッ。
怪物の頭部からなにか液体のようなものが、まさしく噴水がごとく噴き出す。
その五秒後ぐらいに怪物の体は徐々にぼやけていき、最終的には消滅していった。
俺はポカンとしながらの光景を眺めていた。
すると頭に生えていた棒状のものが、磁力を失ったマグネットのように重力に従いながら落下していく。
パシッ、と棒状のものを手に取る音が聞こえた。
棒状のものの落下地点を見てみる。
そこには一人の人影があった。
暗闇でよく見えないがシルエットからして先ほどのような化け物ではない。
唖然としつつ上条が謎のシルエットを眺めていると、突然空から光が降り注いだ。
先ほどまで雲に隠れていたのか、月が徐々に姿を現し闇夜に光を灯す。
降り注いだ光のおかげで今まで影になって見えなかったシルエットが次第に姿を現す。
「…………女……の子……?」
目の前に一人の少女が立っていた。
月光を受けて銀色に輝く腰まで伸びるロングヘアー。
その頭頂部にはくるっと弧を描く二束の髪の毛が風に揺れていた。
ところどころにブロック・チェックの柄がある、白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ている。
体格は小柄、多少幼さを残した顔は上条と同じ年頃の少女に見えた。
「……誰だ?」
俺は目の前に立つ少女へ尋ねた。
少女はにっこりと微笑み、手に持つ棒状のものをクルクルと片手でバトンのように回しながら、服の首の部分から背中へ入れる。
そして彼女は口を開く。
「こんばんは。いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプです」
こうして俺と少女は出会った。
―――
―――
ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
日曜日の朝から室内に鳴り響く不快感を煽る電子音。
人の安眠を妨げやがって、そう思いながら俺はその音源を思い切り右手で叩いて黙らせた。
ここで二度寝したらとんでもないことが起こりそうなので、俺は体を無理やり起こす。
眠たい目をこすりながら辺りを見渡す。
いつも通りの自分の部屋。
前方に見えるのは使い慣れたキッチン。
右手に見えますのは、今では型落ちしたハイビジョンテレビと見事にほぼ漫画や雑誌で埋め尽くされた本棚。
中央に置いてあるテーブルには少し高めのカップ麺の空の容器が転がっていた。
「…………夢……、だったのか……?」
脳内には昨晩あったことが鮮明に再生されていた。悪魔のような怪物に追われ、追い詰められ、捕獲され。
終いには得体の知らない少女に助けられるという、あまりにも現実味のないイベント。
だがその後自分は何をやったのか全く覚えていなかった。
「……は、ははは。そうだよな、夢だよな。あんな出来事が現実で起こるわけ――」
「ところがぎっちょん、夢ではないんですよねーこれが」
「……ちくしょう」
視界にこの女の子が映っていたが、どうせ蜃気楼かなんかだろうと思い現実逃避していた。
喋るところからしてどうやら本物のようだ。
「おはようございます当麻さん」
「つーかお前誰だよ何で俺の部屋に居やがるんだあの悪魔みてえな化け物はなんなんだどうやってあんな化け物倒しやがったんだなんで俺の名前知ってんだどうして──」
「ちょ、ちょ、ちょっと落ち着いてください当麻さん。一度に質問しすぎて寿限無みたいになってますよ」
「……とにかくお前は一体なんなんだ」
「昨晩もご挨拶させていただきましたが改めて……」
そう言うと少女はカーペットの上で正座し、
「私はニャルラトホテプと申します。這い寄る混沌なんぞやっています」
三つ指ついてお辞儀をした。礼儀正しい少女だ。
「にゃるらとほてぷ? はいよるこんとん?」
自己紹介くらい日本語でしてもらいたいものである。
一人鎖国状態の上条当麻からしたら、日常英会話ステップ1すら理解できるか危いのに。
「……えーと、にゃるらとほてぷさん?」
「あっ、どうぞ私のことは気楽にニャル子とでもお呼びください」
ニャル子? なんで見た目外国人の少女のニックネームが、主に日本の女性の名前に使われる『~~子』がついてんだ。
よく分からない事態に頭がますます混乱する。まあ、これからは彼女ことをニャル子と呼称しよう。
「まあ、詳しいことは後で話すとして──」
一度キッチンの方へ首を向け、再度こちらへ向き直す。
「そろそろEN残量が少なくなってきたので、補給コマンドをして欲しいのですが」
何を言っているのか分からないが、時間帯的に朝メシを食わせろこの野郎ってことだろう。
「……はぁ、わかったわかった。今からメシ作っからテレビでも見てろ」
少女は「はーい♪」と軽く返事をし、リモコンを操作してテレビを点ける。
画面には日曜朝七時から放送される戦隊ヒーロー物の特撮が流れていた。こういうの見るのは小学生の時以来だろうか。
「……おっといけねえ、メシ作らねえと」
いつの間にか見入ってしまっていたのに気付き、俺は腰かけていたベッドから立ち上がりキッチンへ足を進めた。
―――
―――
「―――つまりなんだぁ、クトゥルー神話ってヤツに出てくるニャルラトホテプという邪神のモデルは実はお前で」
「私じゃなくて別の個体ですよ、もぐもぐ……」
「そのニャルラトホテプは実はニャルラトホテプ星人っていう宇宙人で」
「はい、まぐまぐ……」
「宇宙連邦の中にある惑星保護なんとかって組織が、科学技術が水準に達してない地球を保護していて」
「連邦じゃなくて連合、なんとかじゃなくて機構です、ぱくぱく」
「宇宙犯罪組織が地球で大々的な取引をするという情報と、その犯罪組織に地球の現地民が狙われているという情報を手に入れて」
「ふむふむ、もきゅもきゅ」
「その取り引きを組織ごとぶっ壊すのと、その狙われている現地民を助けるために惑星保護きこなんとかから派遣されたエージェントがお前で」
「なんでそこまで言えて最後が言えないんですか。そこまできたら最後まで言いましょうよ」
「その狙われている現地民ってのが俺ってわけか」
「ザッツライト!」
「ふざけんじゃねえっ!!」
「わわわ、落ちついてください当麻さん」
俺は感情を抑えきれず、思わずテーブルを思いっきり叩いてしまった。
テーブルに置いてある、トーストの上に目玉焼きベーコンを乗せるだけもの。
つまり俺の朝食が叩いた振動でわずかながら宙に浮いた。
「なんで、俺が、狙われなきゃ、いけねえん、だ!!」
「お気持ちは分かりますが、私たちにも理由まではちょっと」
おっといけない。女の子相手に正直この態度はない、男として。
俺は軽く息を整え、質問内容を変えて再び問いかける。
「その宇宙犯罪組織とやらは具体的に何をする組織なんだ?」
「はい。基本的にはご禁制の品の取引ですね。スペース麻薬とかギャラクシーペット密輸、あと奴隷貿易とかも」
「それを聞いて一気に胡散臭さが増したなぁ……ん?」
スペースやらギャラクシーやら印象の強い言葉で隠れていたが、最後に気になる単語が一つあった。
「奴隷貿易……ってまさか」
「そうです。当麻さんは人身売買のために狙われているのです」
なんてこったい。奴隷貿易など歴史の授業とかで習ったくらいで、現実に遭遇したことなどない出来事だ。
そんなものが急に日常の中に入りこみ、俺は急激な恐怖を感じた。
「ちなみにその情報が間違いって言う可能性は?」
昨晩あんなことがあったのにも拘わらず、俺はわずかな希望にすがる。
「ゼロです。人身売買のリストにきちんと当麻さんの名前がありましたよ」
「……そうか」
「ちなみに私があなたの顔と名前を知っているのはそのリストのおかげです」
「そういやお前、初対面なのにガンガン俺のこと名前で呼んでたしな」
親族以外の人から名前で呼ばれるなど滅多にないので、何だか胸がこそばゆい。
そもそも学園都市に来てから名前で呼ばれたことあったっけ?
「他にも色々な情報を知っていますよ。設定年齢、生年月日、血液型、家族構成、通っている学校、クラス、成績などなど」
「個人情報保護法とはなんだったのか」
この調子なら今の俺の口座の暗証番号などもこの口から出てきそうで怖い。
「大丈夫です。当麻さんの個人情報は宇宙個人情報保護条例に基づいてきちんと我々が管理しています」
「なんでもかんでも頭に宇宙的な単語付ければいいと思うなよ」
「いえいえ。違和感を感じるのは地球人くらいで、私たちからしたらこれが普通ですよ? 英語で言うとインターナショナル」
限りなく胡散臭い話だが、昨晩の起こったことが夢のようなイベントのせいで信じたくなくても信じさせられる。
「……つーか俺って昨日の晩、お前にあの怪物から助けてくれたんだよな」
「はい。ちなみにあの怪物はナイトゴーントと言います。ただの雑魚なので気にしないでいいですよ」
どうやらあの怪物もこの少女の手にかかればスライムレベルらしい。
「あの時助けられた後の記憶が全くねえんだけど、あの後どうなったんだ?」
「ああ、あの後はどうやらお疲れだったようで、私の姿を確認したあとすぐに落ちましたよ」
「落ちた? 寝ちまったってことか?」
「そうです。そして私が丁重にこの部屋までお運びしましたよ。あとお着替えも…………ふぅ」
急に頬を赤らめ、小さく息を吐くニャル子。
「おい最後のなんだ。テメェ俺の体で何しやがった!」
「いえいえ他意はありませんよ。ただ疲れたので一息入れただけです」
「疲れる要素がどこにある……」
こんな話をしても不毛なだけなので、とにかく話を進めることにする。
「そういや一応お前も邪神なんだよな」
すっと気になっていたことがある。
クトゥルー神話という怪奇小説に出てくる邪神ニャルラトホテプ。
それのモデルが彼女と同じ種族らしい。
「はい、そうですけど」
「お前どう見ても邪神には見えねえよな」
どこからどう見てもただの女の子。
頭から足のつま先まで見ても、とても邪神というものには見えなかった。
「当麻さん。私がナイトゴーントを倒して当麻さんを助け出したことをもうお忘れですか?」
「それがどうしたんだよ」
「私はあの怪物を倒せる。つまり私は邪神ということになりませんか」
「いや、その理屈はおかしいだろ」
地球人の武器は知恵だ。その知恵から生まれた兵器こそ人間の力とも言える。
例えば小さいものからナイフや拳銃など、大きいものから戦車や戦艦など。
さらに言うなら持っているだけで他国への牽制となる歴史上最悪の兵器原子爆弾。
それらを使えばあのナイトゴーントくらいなら倒せそうな気がしないでもない。
つまりその理屈でいけば地球人は邪神ということになる。
「ふむ。では当麻さんに私が邪神である証拠を見せてあげましょう。ええと――」
そう言うとニャル子は部屋の中をキョロキョロとしだす。
現在CMが流れているテレビの画面に目が合うと、そこでにやっと笑みがこぼれた。
「このテレビに映っているタレントさんを見てくださいな」
「これってたしか一一一(ひとついはじめ)だったっけな」
最近テレビでよく話題に上がっているイケメンアイドルだ。
歌良し演技良しとあらゆるテレビ局から引っ張りだこである。
爽やかな笑顔で炭酸飲料の缶を持って、爽やかにそれを飲む。
もう何十回も見たCMなので正直嫌気が差す。
「こいつがどうかしたのか?」
「まあこの人の顔をよく見ててください」
「?」
言われた通りに俺は見たくもないイケメン野郎の顔を見た。
相変わらず爽やかなイケメンである。
ふと視界の端に入った鏡に映る自分の顔を見て、何だかやるせない気持ちになった。
そんなこんなでそのテレビCMが終わってしまい、ライダー的な特撮番組のBパートが始まった。
もう見ろと言われた顔がないので、俺は目線を元の位置へ持って行く。
「……おい、CM終わっちまったぞにゃる――」
俺は絶句した。
先程までニャルラトホテプが座っていた場所に一人の男が座っていたからだ。
サラッと流した茶髪に整った顔立ち。爽やかなイケメンスマイル。
紛れもなくテレビに映っていたアイドル一一一であった。
「えっ、あっ、はあ? な、何で一一一がこんなところに……?」
「ふっふっふ。どうですか当麻さん?」
「えっ?」
声もさきほどテレビで聞いた声と全く一緒だった。だが喋り方は全然違う。
どちらかというと先ほどまで会話していたニャルラトホテプのような口調だった。
「……ん? ……あれ?」
俺は目の前にいるアイドルをよく眺めてみた。
確かにこの整ったイケメンフェイスと甘いイケメンボイスは紛れもなく一一一である。
しかし俺は聞く。
「お前。もしかしなくてもニャル子か?」
「はい。あなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプですよ!」
男声でそのセリフはなんだか気持ち悪かった。
上条が何故彼をニャルラトホテプだと確信を持って尋ねたのか。
「つか変装すんなら首から下までちゃんとしろよ」
「いやーやっぱりそう思っちゃいますか?」
目の前にいる一一一の首から下がニャルラトホテプだったからだ。
ところどころにブロック・チェックの柄がある、白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ている。
立ったときの身長は大体自分と同じくらいか少し下くらいだろう。
つーかすごい気持ち悪い。女装をした一一一を見ているようですごくだ。
この画像をネットにアップしたら必ず「精巧なコラージュですね」とバッサリ斬られるだろう。
「流石に全身姿を変えるとなりますと、少々面倒臭いのですよねーあははは」
苦笑いをしながら一一一の顔をしたニャル子は手を顔の部分に持っていき、こちらからは顔が見えないようにする。
すると瞬きをした次の瞬間には、初めて会った時の顔である銀髪碧眼と少女に戻っていた。
「どうでしたか? これが無貌の神である私の力ですよ」
ふふん、と得意気な表情、要するにドヤ顔するニャルラトホテプ。
何故だか物凄く殴りたい衝動に駆られた。
だがそこはぐっと我慢する。女の子を殴る男なんて最低だっ!
「し、しかしすげえな。手品ってレベルじゃねえぞ」
「だから手品じゃなくて私のチカラですって! あ、ちなみにこの姿も能力で作ったものです」
この可愛らしい外国人のような容姿の少女は、どうやら作られた外見らしい。
「ま、まあとにかくお前が邪神だって事は信じよう」
あんな芸当を見せられたら信じたくなくても信じざるを得ない。
「というわけで、これから犯罪組織を潰すまで当麻さんの身は私、這い寄る混沌ニャルラトホテプがお守りしますよ」
少女が立ち上がり胸を張る。
見た目女の子だが、なぜだか妙な安心感があるのは一度助けられたからだろうか。
とにかく助けてくれるというなら、これほどありがたいことはない。
俺も立ち上がり、ニャル子と向かい合う。
「えっと……なんつうか、よろしく頼むな。ニャル子」
俺はすっと右手を出す。
「はい! お任せください当麻さん!」
意気揚々と向こうも右手を差し出す。そしてお互いの手を握り、握手の形になる。
その手は小さく柔らかい、まさしく女の子の手だった。
普段からそんな異性と手を触れるなど機会がないので、非常にドギマギしてしまう。
ふと前を見るとニャル子と目が合う。俺は反射的に目を逸らせてしまう。
年頃の男子なので、このような何気ないことでも恥ずかしく感じるものだ。
パキン!
俺の右手の宿る力。『幻想殺し』が何かに反応した。
何だ、と思いながら上条は背けていた目をもとの方向へ戻した。
「………………………え」
俺の目に映ったのものは先ほどニャル子と名乗っていた銀髪碧眼の少女ではなかった。
うねうねと蠢く触手のようなもの、ぱっくりと開いたグロテクスな口、禍々しい色をした霧。
まさしく邪神と言える怪物が目の前に鎮座していた。
「……えっ? あれ? 何で?」
何やら向こうも驚いているようで体をうねらせながら確認作業みたいなことを行っていた。
動くたびに体の皮膚の部分から毒ガスのようなものが吹出される。
右手を見る。その手が握っているのは女の子の手ではなく、生物的な生々しい触手だった。
「…………うっ!?」
思わず胃の中にあるものが食道を介して逆流してくる感覚になる。
俺は思わず手を離し、全速力でトイレへと駆け込む。
吐瀉物を部屋にばら撒くわけにはいかないのと、あの邪神をこれ以上視界に入れたくなかったからだ。
―――
―――
「――うう、ひどいですよ当麻さん……」
「……いや、その」
俺とニャル子は今、学校へ行くために通学路を歩いていた。
女子と一緒に登校なんて皆が憧れるシチュエーションだ。
だが、あんなことがあったあとなのでそんな浮かれることもできない。
「……何なんですかその右手は?」
「……ああこれか。この右手は触れたものが異能の力なら何でも打ち消せるっつぅもんなんだけど」
「つまり私の変身能力が異能扱いだったわけだと」
「つまりそういうわけだな」
「…………しくしくしくしく」
どうやら彼女をひどく傷つけてしまったようだ。
さっきまでの常にニコニコしてた明るい彼女はいない。
どんよりとしたオーラみたいなものが見えた気がした。
「ああっすまんすみませんすみませんでしたっ!」
俺は頭を下げて謝った。事故とはいえ悪いのは全部俺である。
「……ぐすん。あんな姿を見られたらもうお嫁に行けません……」
「……本当にごめんなさい」
俺はただ謝ることしかできない。
「……責任を」
「えっ」
「責任をとってください当麻さん!」
セキニンヲトッテクダサイ?
セキニンってあれですか、あの責任ですか?
全身に嫌な汗がにじみ出てくるのが分かる。
まさか、こんな歳でこんな時期にこんな台詞を聞くとは思わなかった。
恐らくこの瞬間、俺の顔はひどくひきつっていることだろう。
挙動不審な俺を見て、ニャル子はクスッと笑う。
「冗談ですよ冗談。そんな本気にしないでください」
「えっ、あれ、じょ、冗談……?」
「そうですよ、冗談」
ニャル子はニコッと微笑む。
その笑顔はさっきまでの明るく元気な少女のものだった。
俺は胸を撫で下ろした。冗談キツいぜまったく。
「……そういえば当麻さん。日曜日にわざわざ学校へ行くなんて優等生なんですね」
「えっ、あ、ああ。別に優等生ってわけじゃねえよ、成績悪いからこんな休日まで補習なんだよ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
「ふむ、だから休日潰してまで勉強をしに?」
「まあ、今日は半日のはずだからまだマシだな」
というかあらゆる俺の個人情報知ってんだから、これくらいの情報分かってんじゃねえか?
そんなことを思っていると──、
「はい。もちろん知ってましたよ」
「何で俺の考えてること分かんだよ」
会話するだけで気が抜けないヤツだ。
「つーか、お前までわざわざついてこなくてよかったのに」
「いえいえ私の任務は当麻さんの護衛なので、ちゃんと学校までついて行きますよ」
「でも追っ手は昨日倒したんだろ? だったらしばらく安全なんじゃねえのか」
「当麻さん。さっきも言いましたが、あのナイトゴーントは雑魚ですよ。あいつが死んでも代わりがいるんです」
そう言うとニャル子は俺の前に立ちふさがる。
そしてなにやら唐突に拳を握りしめ、構える。
「お前、何やって──」
「そこから一歩も動かないでくださいね当麻ぁ……さんっ!」
少女が俺に向かって正拳突きを放った。
反射的に目をつむってしまう。
グシャリ。
なにか鈍い音が後ろから聞こえてきた。
ゆっくりとまぶたを開いていく。
確かにニャル子の腕は俺に向かって伸びている。
だがそれは俺の頭の横を通っていた。
ニャル子も俺ではなく俺の後ろ辺りをその大きな瞳でじっと見つめていた。
俺も目だけを動かし、後方を確認する。
「ウボァー」
「おわっ!?」
俺の後ろには二メートルを優に越える大きさの怪物が立っていた。
背中に生える蝙蝠のような羽根と頭に付いた不規則に曲がった角、つやのあるゴムのような黒い皮膚。
昨晩、俺を散々追いかけてくれたナイトゴーントだった。
顔面にはニャル子の拳がめり込んである。
「よっ」
ただでさえ頭蓋骨に拳がめり込んでいるのにも関わらず、少女はさらに押し込む。
その勢いでナイトゴーントはものすごい距離を吹っ飛び、アスファルトの上を転がっていった。
ありゃ四、五十メートルは飛んだんじゃねえか。
※今さらだけど独自解釈があります
「ちっ、夜鬼か。面白くないですねー」
「や、夜鬼?」
「ナイトゴーントの別名ですよ。こっちの方が打ち込む文字数が少なくて楽なんですよ」
「お前は一体何を言っているんだ」
「グボァー!!」
ニャル子殴り飛ばされたナイトゴーントが立ち上がり雄叫びをあげた。
悪魔の叫びが街中に響き渡る。
俺は耳を塞ぎながらニャル子の方を見る。
「おいっ、これって大丈夫なのか? 他の人たちに気付かれんじゃねえの?」
「大丈夫です。いくら騒いだところで近隣の方々には迷惑になりませんから」
「どういうことだ」
「対象の周囲の狭い範囲だけ、空間の位相をずらす技術がありまして。対象のいる空間と外の空間は微妙にずれていますから、例えばその中でどんな奇行をしても外から見えませんし、物音一つ聞こえません」
「なるほど、わからん」
「簡単に言うと、中でナニしても外にはバレないご都合主義の結界ですね」
「よくわかんねえが大丈夫なんだな?」
「はい。この中で手榴弾を爆破させてもモーマンタイですよ」
「おいやめろ」
「ウボァー!」
一通り説明し終えるとナイトゴーントが飛びかかってくる。
律儀に話が終わるまで待っててくれたのか。
「夜鬼め。徹底的に叩いてやりましょう」
少女は再び構える。
「ではお見せしましょう。宇宙CQCの恐ろしさを」
「宇宙CQC?」
「Close Quarters Combat、近接格闘術のことです 」
「日本語で頼む」
「……ようするに接近戦で戦うための戦闘技術みたいなものですよ」
呆れ顔でこちらを向いて説明を始めたニャル子。
だが忘れてはいけない。前からはナイトゴーントがすごい速さでこっちに飛んできていることを。
「ニャル子! うしろー!」
「ん」
ニャル子が振り返ったときには、すでにナイトゴーントが長い爪を振りかざしていたあとだった。
「よっと」
ニャル子は何も臆することなく、足を振り子のようにして勢いをつけ、蹴り上げた。
ナイトゴーントの股間を。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
うまく文字で表せないような声で股間を押さえながらもだえ苦しむナイトゴーント。
やつの性別は分からないが、あそこが急所だったのは一目瞭然だ。
……なんか、俺も痛く、なってきたぞ。
ニャル子はさらにそこから後頭部へ踵落とし、そして物理法則を無視して顎にアッパーカットという鮮やかなコンボを決めた。
怪物は為す術もなく仰向けになって倒れ、体をぴくぴくとさせる。
「まだまだですよ。勝負はこれからです」
いや、勝負はもうついてるだろう。
俺はそうツッコミを入れようとしたが、それより早く少女は動き出した。
倒れた巨体の上に馬乗り状態になる。そしてニャル子は両手に大人の拳大の石を持つ。
どこから持ってきたんだあれ?
「では、覚悟はいいですか? もちろんよくなくても殴りますけど」
にやぁ、と口の端を歪め、両手に持った石を――振り下ろす。
バキッ、ゴキャ、プチャ、ボキッ、メキッ、パチャン、ゴリッ、グシャ――。
渇いた音が鳴り響く。ところどころ液体が飛び散る音も聞こえた。
俺はその光景を見ていないから分からないが、おそらく惨たらしい虐殺のシーンなのだろう。
なぜ見てないのかって? 逆に聞く、朝からこんなバイオレンスなもの見てどうすんだ。
というわけで俺は目を背けていた。
「あっはっはっはっははっははははっははははははっ! あなたが死ぬまで殴るのやめません」
ブチッ、メチャ、クチャ、ゴリュ、ペチャ、グチョリ、ボチャ、ブチャ――。
その渇いた効果音は次第に湿った効果音へと変化した。
おそらく砕けるものが全部砕けたのだと思う。
ナイトゴーントより悪魔のような笑い声が混じってる気がするが、おそらく気のせいだろ。
――――しばらくして。
「これぞ宇宙CQC!」
顔や着ている服に大量の黒い液体を浴びた少女が、アイドル顔負けのいい笑顔でサムズアップ。
その手からは体中に付着している液体と同じものがポタポタと垂れていた。
「……どっちが悪者かわかったもんじゃねえな」
「正義が勝つのではありません。勝った方が正義なのです!」
その言葉を聞いて俺はこいつが邪神だと改めて認識した。
「とまあ、こんな感じに敵が現れたら私が全力を持って排除しますので、当麻さんは安心して守られてくださいね」
俺は溜め息をつく。
本当にこいつに守られていいのだろうか。
実はこいつが悪の組織の幹部で、最後の最後に裏切るとかいう衝撃の展開が待ち受けているのではないか。
「いやいやそんなベタな展開あるわけないじゃないですかーやだー」
「俺の心を読むんじゃねえ」
そんな会話をしながら俺たちは学校へと向かった。
この先が思いやられる。まさしくこの言葉は今使うべきではないだろうか。
「あっ、ちなみに今のは一式で、私の宇宙CQCは一〇八式までありますから」
「あんな攻撃があと一〇七個も残ってんのかよ!」
一〇七回も使う機会がこないことを、俺は切に願った。
これはフリじゃねえぞ。絶対に来んなよ。
―――
―――
……おかしい。
「ほほー、ここが当麻さんの教室ですかー」
……おかしい。
「学園都市の学校と言っても案外普通なんですね」
……おかしい。
「あれ? どうしたんですか当麻さん。早く中に入りましょうよ」
「お前何でここにいるの?」
まるでわけがわからなかった。
俺たちは今、とある高校の新校舎の三階右から二つ目の位置にある教室前の入り口に。
つまり俺の通っている高校の俺の所属している一年七組のクラスの扉の前に立っていた。
「何でお前ここまでついてきてんだよ。部外者が校内に勝手に入ってくんなよ」
「いえいえ、私は当麻さんの関係者です。つまり部外者ではありません」
いや、その理屈はおかしい。
大体今日は日曜日。休日。授業参観や普通の授業日ですらない。
仮にニャル子が俺の親族だったとしても、そう易々と入っていいわけではない。
「つーか、お前本気で教室に入ってくるつもりか?」
「モチのロンです。私の任務は当麻さんの護衛ですしおすし」
「他にも方法あるだろ。 窓の外から見守るとか」
「私を日射病にして殺すおつもりですか」
お前ならそれくらいじゃ死なねえだろ、吸血鬼じゃあるまいし。
そんなことを思っていると、
「あれ? カミやん今日はやけに早いやんけ」
「オハヨーだぜいカミやん」
後ろから今一番聞きたくない声が聞こえた。
俺はゆっくりと首を回し、後ろへ向く。
「オ、オハヨウゴザイマスツチミカドサンアオガミピアスサン」
「なんやカミやん。そない敬語なんて似合わん言葉で挨拶なんかして」
「あまりの夏の暑さについに頭がやられたかにゃー」
この二人は俺の悪友、土御門元春と青髪ピアスだ。
金髪にサングラスをかけた変人が土御門。青髪で両耳にピアスをつけた変人が青髪ピアス。
今俺がもっとも出会いたくないヤツら。
「い、いや別におかしくはねえよ」
俺は少し距離を取りながら、
「ちょ、ちょっと俺と、トイレ行ってくるわ」
すごく嫌な予感がする。きっと不幸な展開になる。
だから、一刻も早くこの場から離れようとする。
だがしかし、
「当麻さん。誰なんですかこの人たち?」
すぐそばにいた少女に呼び止められる。
オーマイガー。
「あ?」
「は?」
俺は逃げ出した。
廊下で走ってはいけないというルールをガン無視で。
今なら百メートル走の世界新記録を叩き出せると俺は確信を持って言え──。
「「ダブルダイナミックエントリーィ!!」」
「あべし!?」
「当麻さん!?」
後ろから跳び蹴り×2を受け、逃げ切ることができなかった。
凄まじい衝撃に、俺は為す術なく廊下を転がる。
「おらっカミやんっ。いつの間にあんなカワイコちゃんゲットしやがった!?」
「ずるいでカミやん。どこのクラスの娘や? どこのクラスの娘なんや!?」
地面に転がった俺にさらに追い討ちをかける悪友二人。
蹴る殴ーるの連撃が俺を挟んで応酬される。
「ぐぼっ、お、ぶはっ、お前らっ! ぼはっ、おち、がぅ、落ち着けっ、げはっ」
「うるせー」「黙れ」「消えろリア充がっ」「滅びろ」
騒ぎを聞きつけてきたのか、教室の中から増援が現れて攻撃側に加勢する。
俺の必死の説得の言葉も怒鳴り声の中へとむなしく消えていった。
視界を暴力で覆い尽くされる中、わずかに銀髪の少女が瞳に映った。
「ぶほっ、にゃ、にゃるぐふっ、ニャル子、助けてくれー」
彼女の任務はあらゆる脅威に狙われる俺をその脅威から守ること。
おいニャル子、今こそ仕事の時間だぞ!
「…………、…………」
お手手のしわとしわを合わせて、それを額の辺りに持ってくる。
えっ、ナニそのジェスチャー。謝ってんのか? それとも逝ってらっしゃいってことかこの野郎。
こうして護衛に放置され、俺はただただその流れに身を任せるだけだった。
集団暴行団と書いてルビにクラスメートとつくものたちに虐げられる中、邪神にも見放された俺に天使が降臨した。
「は、はいはーいみなさんそこまでですよー。これから出席を取りますから教室に入って席についてくださーい!」
身長一三五センチメートル。下手したら幼稚園児に見られそうなピンク色の服と、ピンク色の髪が特徴。
ジェットコースター使用を身長面から断られたという伝説を持つ我らが担任。
見た目は子供、頭脳は大人のキャッチフレーズに見事に当てはまる熱血教師、月詠小萌先生がこの場を収めてくれた。
「……チッ、命拾いしたなカミやん」
「休み時間が楽しみやでー」
小萌先生の指示に従って教室に戻っていく荒くれども。
いやー、ホント助かった。真面目に死ぬかと思った。
「上条ちゃんも早く教室に入るですよ」
はーい、と適当に返事をして俺は立ち上がる。制服に付いた汚れを手で払う。
さーて教室に入るぞー、とその前に……。
「……おいニャル子」
「は、はいっ」
元気の良い返事をし、ビシッと気を付けをするニャル子。
その額にはだらだらと汗が流れていた。
「お前の任務って何だっけ?」
「当麻さんをお守りしつつ、地球に巣食う悪の組織を壊滅させることです」
「何で守らないの?」
「い、いえ。我々惑星保護機構は本来、保護対象である地球の現地民の方たちに極力接触してはいけないんですよ」
「つまりどういうことだ?」
「邪神に襲われるならまだしも、同じ人間同士の争いには武力介入できないんですよ」
『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』って言うでしょ、とニャル子が余計な説明を追加する。
なんだか俺たち地球人が馬鹿と言われてるみたいで少しムカついた。いや、俺は馬鹿だけど。
「……まあいいや。そういうことならしょうがねえな、許してやるよ」
「おおっー! さすが当麻さんです、心がギャラクシー広い!」
ようするに銀河系並に広いというわけだろうか。
「…………」
「どうかなさいました?」
「……いや、ちょっとな」
俺は今、何か違和感のようなものを感じていた。
具体的言うなら、さきほどの悪友二人に会ってから今までの間に。
違和感と言えばここにいるニャル子の存在、だがそう思ってもまだ心のつっかかり消えない。
「ま、いいや。じゃあ俺もそろそろ教室に行くとするかな。みんな待ってるし」
「そうですね。では行くとしましょう」
「オイ待てコラ」
教室に率先して入ろうとするニャル子の肩を掴んで止める。
もちろん同じ過ちは繰り返させないためにも左手でだ。
「きゃっ、何ですか急に? はっ、まさかこんなところでそんな……」
「だから何でついてくんだよ!」
「だから任務だとさっきから」
「さっきのを見てなぜこの中に入ろうとする。俺に対する嫌がらせかこの野郎」
「任務ですから」
「大体部外者のお前は教室どころか学校にすら入れないの! わかる?」
「その点は問題ないでげすよ当麻さん」
「……ほんとかよ?」
「当麻さん。私は変身や卑怯な手は使いますが嘘はつかないニャルラトホテプですよ。信じてください」
変身能力自体嘘の塊ではないのか?
そこにツッコミをいれようとしたが、教室内から小萌先生の呼ぶ声が聞こえたのであきらめた。
「まあいいや。これ以上面倒な展開にしないように頼むぞ」
「お任せください当麻さん」
にっこり笑顔で返事をする少女。
普通ならここで心がときめいたりするのだろうが、こいつの素性を知り過ぎてしまったのでそんな気持ちにはとてもなれなかった。
教室のドアをくぐり、窓際にちょうどいい席が見つかったのでそこに向かって足を進める。
その後ろをニャル子がひょこひょことついて来る。周囲からの視線が痛い。レーザービームでも撃ってきてんじゃねえのか。
空席に辿り着き、鞄を机の上に置いて席に着く。その隣に空いていた席にニャル子が堂々と座る。
つーか本当に大丈夫なのか?
「……ところで上条ちゃん。その隣の娘は一体誰なんですか?」
「え、ええっと……」
いきなりツッコまれた。
あっ、やべえ。これは完璧に俺が起こられるパターンだこれ。
マジでどうすんだニャル子さん。これ絶対音沙汰なしとはいかねえだろ。
「どこのクラスの生徒さんを連れてきたんですかぁ? 私には見覚えがないんですけど……」
「…………あれ?」
ここで上条はまた例の違和感を感じた。この心につっかかる不愉快になるこの感じ。
一体なんなんだこの感じは……。
(…………待てよ)
今までの会話を思い出す。大抵この異質な存在であるニャル子がトリガーとなって起こった会話だろ。
ニャル子は正真正銘の純粋な部外者だ。この学校の生徒でもないし、俺の親族でもない。
ん? 生徒……?
「…………先生」
「はい?」
「さっきの質問っておかしくないですか?」
「ほえ?」
「この場合の質問って『どこの学校からこんな娘連れ出してきたんですか?』じゃないんですか?」
「はい?」
「そもそも部外者を校内に入れた事を注意すべきでは?」
そもそも俺たちの事情を他人にバラすわけにはいかない。
それは分かっているが、このよくわからない現象が気になってしょうがなかった。
すると後ろ辺りの席から聞き慣れた声が聞こえた。
「カーミやーん。いくらなんでもそれはひどくないかにゃー?」
「はあ?」
その言葉の意図がよく分からない。何でそんな言葉がここで出てくる。
他のクラスメートたちも土御門と同じような反応をしていた。
「そもそも部外者ってなんやねん。部外者もなにも――」
俺はその言葉に思わず耳を疑った。
「――その娘、ウチの学校の生徒やろ?」
「えっ」
生徒? 誰がだ? ニャル子がか? どうしてそんな発想が出来る? 俺には理解できない。
だがこの教室内で青髪ピアスの言葉を疑問に思っていそうな人間はいないように見える。
俺は思わず口を開いた。
「はあっ!? お前ら一体何言って──あ」
ふとニャル子の席の方を向いた。そして俺は言葉を失う。
なんでみんながわけの分からないことを口走っていたのか、ようやく合点がいった。
俺の隣の席。そこにはウチの学校の制服を着た銀髪碧眼の外国人美少女が堂々と座っていた。
(い、いつの間に着替えやがった……?)
たしかにさっきまでは白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ていたはずだ。
だが一瞬だけ目を離したと思ったら、気付いたらすでに制服だった。
「……あ、あの、先生っ」
「は、はいっ?」
ニャル子が挙手し、先生を呼ぶ。
それにつられ小萌先生が返事をした。
「あのー、私先生の授業がとてもわかりやすいと当麻さんに聞いたんですよ」
「ほえっ?」
「はあ?」
いきなり俺の名前が出てきて思わず声を出してしまった。
ニャル子が怪訝な顔をしながらこちらを見てくる。
お前が面倒臭い状況を作ったんだからお前も協力しろ、そういうことだろう。
「あ、ああ、そういやそうだったな。すっかりボケてたぜ、夏って怖いなHAHAHAHA!」
とりあえずニャル子の話に合わせる。
さっきのやりとりは俺があまりの夏の暑さに頭がやられていたという設定した。
我ながら苦しい設定だと思う。
「だから、その。どうにか授業を受けたくて、それで……当麻さんに頼んだんです。授業を受けさせてくれないかって」
ん? なんか変な展開になってきたぞ。
「そしたら当麻さんが先生に頼んでくれるって言ってくれたので……その……」
おい。なんかそれ俺がかなりの優等生キャラって設定になってねえか?
俺はそんなキャラじゃねえはずなんだが……。
「……上条ちゃん。それは本当なのですか?」
「あ、その、ええっと……」
「当麻さん」
大きな碧色の瞳が俺を見つめていた。なんか怖い。
「は、はい……そうです」
呟くように言った。やはり嘘をつくというのは精神的にくるものがある。
俺はそのまま続けた。
「え、えっと先生。どうかこいつもこの補習の授業に参加させてもらえないでしょうか?」
「…………」
顎に手を当て、考え込む小萌先生。
やはり俺みたいな問題児がこんなこと言うわけないので怪しまれているのだろう。
こういうのは真面目で優等生な誰にでも手を差し伸べる勇者みたいな人がやるべきことだ。
先生が考え始めてから少し経って、
「……はいわかりました。オーケーですよ。あなたの授業の参加を認めます」
あっさり了承してくれた。こんな茶番に付き合ってくれるなんて、なんと良い先生だ。
「ほ、本当ですか先生!」
「はい、先生は迷える子羊ちゃんは大歓迎ですよ!」
そう言うと小萌先生は教科書を開き、鼻歌交じりに黒板に板書し始めた。
見るからして今日の授業内容のようだ。どうやらなんとか難を逃れたらしい。
ニャル子が顔をこっちに近付け、
「(よかったですね当麻さん)」
周りに聞こえないぎりぎりの大きさの声で話しかけてくる。
まあ、俺の耳元辺りに顔を近づけてるので周りにはどう見てもバレバレだろうがな。
適当に消しカスやシャーペンでも投げてくるんじゃないかと警戒したが、とくに投擲物はなかった。
「(よくねえよ。大体何で俺がこんなハラハラせねばならん)」
真面目にバレたらどうしようと、心臓がバクバクですごい汗をかいていた。
「(ところでどうですか私の制服姿。萌えますか?)」
「(知らねえよ。つーかどっから持ってきたんだその制服)」
「(お忘れですか、私は無貌の神ですよ)」
「(……あぁ、そういやそうだったな)」
ニャルラトホテプ星人の今朝見た変身能力を思い出しながら黒板の方へ顔を向ける。
あの一瞬で外見を変化させるとは便利な能力だな、と思う。
――つまり今この右手で触れればそれも一瞬で消え失せるわけか。
「すいません許してくださいもう勘弁してください」
「えっ? 何だ?」
なんでこいつ謝ったんだ?
いきなり頭を下げて謝ってきた。
まあ、この宇宙人の奇行など今さらなので、気に留めないことにする。
「では、青髪ちゃん! 教科書の七二ページの部分を読んでください!」
「先生ー! 教科書忘れましたー!」
「青髪ちゃん! あなたは授業を受ける気がちゃんとあるんですかっ?」
いろいろあったが授業は開始される。
この退屈な時間を感じながら、俺はのんきにあくびをした。
―――
───
キーンコーンカーンコーン。
一時間目終了の合図であるチャイムが校内で鳴り響く。
学級委員の青髪ピアスの号令で休み時間へと突入する。
「当麻さん当麻さん」
隣の席のニャル子さんが話しかけてくる。
「なんだよ」
「少し教室の外に出てきますね」
「おう」
「…………」
「……どうした。教室出るんじゃねかったのか?」
「あっ、いえ。てっきり『俺もついていく』みたいなこと言われるのかと思って」
「何だついてきて欲しかったのか?」
「そういうわけではないですが……」
「どうせトイレかなんかだろ? 場所分かるか?」
「えっと、別にトイレに行きたいわけでは……まあ、とにかくしばらくの間教室を空けますね」
休み時間が終わる前には戻ってきますから、と言い残し少女は教室の外へと出て行った。
つーか護衛の任務なのに俺から離れて大丈夫なのか。
まあ、向こうもこんな大勢の人の目がある中で俺を拉致、みたいなことはしないだろう。
そんなことを考えていると俺に近づく二つの影が……。
「やぁやぁカミやーん」
「とりあえず話聞かせてもらうとしようかにゃー」
さっき俺に集団暴行の被害に遭わせるきっかけを作った悪友二人だった。
俺は溜め息を交えながら、
「なにもお前らに話すことはもうねえよ。全部授業の最初に話した通りだ」
「嘘臭い話だにゃー」
まあ、嘘だしな。
「大体あの娘どこのクラスの生徒さんなん? 今まであんな派手な外国人系銀髪っ娘なんて見たことないんやけど」
そりゃあ元からこの学校の生徒じゃねえからな。
「そういえばあの娘、小萌センセの授業を受けたいからカミやんに近づいたわけなんやろ?」
「あ、ああそうだ」
これも嘘だ。
「じゃああの娘何でカミやんのこと名前で呼んどるん?」
そういえばそうだ。
何であのニャルラトホテプの少女は自分の事を名前で呼ぶのだろう。
初めて会った時から名前呼びだった気がする。
「外国の人って相手呼ぶときってファーストネームで呼ぶだろ。たぶんそれだろ」
あの外国人容姿を利用し、適当な言い訳で誤魔化す。
別にこの件は誤魔化す必要はない様な気もしないでもないが。
「にゃー。たしかにそれも一理あるかもかにゃー」
「カミやんのつく嘘にしては出来が良すぎる気がするしなー」
「どんだけ疑ってんだよテメェら」
まったく失礼な友人たちである。いつもの俺ならキレてたぞ。
今は大ペテン師上条さんなのでそんな愚かな真似は決してしない。
「ところで、そんな事より聞いて欲しい話があるんやけどなー」
「エラく唐突だな、何だよ?」
どうやら謎の銀髪美少女の話はこれで終わってくれるらしい。
俺としてもあまりに突っ込まれるとボロが出そうなので非常に助かる。
「最近ハマってるエロゲの話なんやけどなー」
「何だったっけ。たしかメインヒロインが幼なじみキャラの奴だったかにゃー」
このような話を学び舎で平然とする。こいつらはそういう人間である。
「そうそう。その幼なじみがすっごく可愛くてなー、ほぼ逝きかけたわー」
「幼なじみは負けフラグ。時代の最先端を走ってるのは妹キャラだぜい、義理ならなお良し」
「テメェは妹でメイドだったら何でもいいんだろうが」
土御門元春はシスコン兼メイド萌である。
ちなみに彼には義理の妹がいて、その娘は家政学校に通っているメイド見習いだ。非常に危険だ。
「まあまあ聞いてや! その幼なじみキャラはな──」
「ほほう。それは興味深い話ですな」
いきなり邪神が話の輪に強行突入してきた。
「おっ、もしかして話分かる方かいな。ええと──」
「地球のサブカル大好きニャルラトホテプと申します。どうぞニャル子とお呼びください」
初耳なんだが。
「てか、今話してるのはエロゲの話だぜい。決して王道アニメとかの話じゃないにゃー」
「大丈夫ですよ。むしろバッチコーイです!」
目をキラキラと輝かせながら(比喩じゃなく)頭のアホ毛をうねうね動かす(これも比喩じゃない)。
何となくその動きで真・ニャルラトホテプの触手などを思い出してしまい、軽く吐き気を──うぷっ。
「──で、子供の頃って好きな相手にイタズラしたりするやんか。それが現代になっても続けてしまってるってキャラなんやけどな」
「ほう、ツンデレの派生系ってわけかにゃー」
「どや、萌えるやろ?」
「却下。妹じゃない」
「テメェはそればっかじゃねえか」
「私もそれはないですねー。幼少時代には苦い思い出がありまして……」
こいつの幼少時代。それはとてもとても純粋な心を持った子供だったのだろう。
一体何が原因でこんな残酷で冷徹で歪んだ性格になってしまったのだろうか。
「何だぁ、もしかしてお前も好きな人にイタズラとかしてたのか?」
「いえ、どっちかといったらされた側です。それに好きな人というか完全アレは対立関係にありましたね」
「犬猿の仲ってやつか」
「はい。もう種族単位で対立関係にあるんですよね。私たちニャルラトホテプとクトゥグアは」
クトゥグア。おそらくそれも邪神か何かの名前だろう。
別に知ったところでどうにかなるわけではないが、一応その名前は覚えておこう。
よし復唱しよう。くとぅ……なんだっけ? くとぐあ? まあいいや。
ガララララ。
教室の前のスライド式のドアが開かれる。
見た目小学生の小萌先生がたくさんの用紙を持って教室に入ってきた。
「はーい休み時間は終わりですよー。軽く小テストをしますので席についてくださーい」
ええええええええっ!! とクラスに悲鳴がこだました。
―――
―――
キーンコーンカーンコーン。
「──しゃっあー終わったぁぁぁっ!」
四時間目の授業が終わってちょうど今昼休みだ。
それ以前に補習は午前で終了の予定なので、実質今は下校時刻である。
「では帰りましょうか当麻さん、できるだけ早くっ!」
何故だか物凄く早く帰りたがっているニャルラトホテプ。
「何そんな急いでんだ?」
「早く行きたいじゃないですかっ! アニメショップぅぅっ!!」
話を聞くと青髪ピアスたちに放課後アニメショップに行かないか、と誘われたらしい。
今までした会話の中でこの少女がサブカルチャーマニア、俗に言うオタクだという事はわかった。
彼女が言うには地球のサブカルチャは宇宙一とも言えるレベルらしい。
だから地球と言う青い星は全宇宙人の憧れの的だという。
ゆえにこの地球が保護された。なんだか情けなくなってくるな。
教科書やノートを鞄に入れ、帰り支度を済ませる。
それを手に持ち教室を出ようとした、が。
「あっ、上条ちゃんは馬鹿だから午後もちゃんと授業がありますからねー」
「…………は?」
なんだかすごく無慈悲な言葉を聞いた気がした。
「だから上条ちゃんは成績が他のみんなより著しく悪いので午後も授業があるですよ」
「えっ、何それ聞いてない」
「ちゃんと昨日の帰りに伝えましたよー? 今日は大学の講演会があるので午後の分は明日に回しますって」
「なん……だと……?」
一気に体全体にかかる疲れが倍増した気がした。
いや、気がしたじゃなくて現在進行形でどんどん増えていく。
「よかったやんカミやん。休日も小萌先生と過ごせるなんてホンマ羨ましいわー」
「ま、せいぜい頑張るんだぜいカミやん」
何でこいつらが帰れて自分は帰られないのか。
たまたまテストの点が悪かっただけでこの扱いなんて、不幸だ……。
「あれ? そういえばニャル子ちゃんどこいったん?」
そういえばニャル子の姿が見当たらない。
早く帰りたがっていたから先に帰ったのだろうか。
つまり、あいつは自分の仕事を放棄して趣味に走ったっつうことかこの野郎。
「じゃあなカミやん。また明日」
「アイウォントビーバック」
「じゃあな土御門」
青髪ピアスが親指を立てて何か言ってきたが、俺は無視して土御門に挨拶する
「カミやんひどい!」
適当に挨拶して悪友二人は教室から出て行き、そして教室の中は俺以外誰もいなくなった。
とりあえず疲れたので机に突っ伏してみる。
「……そういや昼メシ持ってきてねぇ」
午後も授業だったなど知らなかった(正確には覚えていなかった)ので、もちろん昼メシの準備などしていない。
これは面倒だがコンビニに買いに行くしかないようだ。
いつもなら禁止されてることだが休日くらい学校も許してくれるだろう。
そんなことを思いながら俺は席を立ち上がり、教室の後ろの出口がある方へ正対した。
「当麻さん」
「ん? ニャル子か」
いつの間にか目の前にニャル子が立っていた。正直びっくりする気力もない。
「お前帰ったんじゃなかったのか?」
「何を言うておりますか。私の任務は当麻さんの護衛ですよ、帰るわけないじゃないですか」
「じゃあどこに行ってんだよ?」
「ちょいとこれを作ってきたのですよ」
少女の差し出した手には二つの包みが握られていた。
「何だよこれ?」
「何って弁当ですよ弁当。私が愛情たっぷり込めて作った愛妻弁当ですよ!」
「そんなモンいつ作ってきたんだよ」
「愛妻の部分のツッコミはなしですかそうですか」
なにやらブツブツと呟いていた。
「いつ作ったかと言われましても、さっきウチに帰って作ったとしか言いようがありませんね」
「……は?」
「ですからさっきです、英語で言うとキルサイン」
「つまりどういうことだってばよ」
「だからそのままの言葉の意味です。さっき当麻さんの部屋に戻って調理してきました」
「そんな時間なかっただろ」
「ふっふっふ。クロックアップしたニャルラトホテプ星人は常識を遥かに超えたスピードで活動できるので問題ありません」
どうやらニャルラトホテプ星人の能力は変身だけではなかったようだ。
この宇宙人は果たしていくつ能力を持っているのだろうか。
宇宙CQCとやらはあと一〇七個も残っているが。
「というわけで屋上行きましょ屋上! せっかく学校に来たのですから、昼食は定番の屋上へ行きましょう!」
そう言うと包みを一つを俺に渡してきたのでそれを右手で受け取る。
そして少女は空いた手で俺の左手を握ってくる。
その手は邪神のように禍々しいものではなく、柔らかくて小さい女の子の手だった。
が、中身はあのうねうねである。素直に喜べない。
「では屋上にレッツらゴー!! ですよ!」
「……つーかこの学校の屋上って閉鎖してた気がすんだけど」
アニメや漫画などではよく屋上でお昼食べたり、屋上で憧れの先輩に告白、みたいなイベントはよく見る。
しかし現実は非常なものでほとんどの学校は屋上が閉鎖されていたり、立ち入り禁止になってたりする。
こういうところで理想と現実を学んだりするのだろう。
それを理解してやっと大人の階段を一歩上がる、みたいな。
「それでも絶対屋上に行くですよ!」
どんだけこいつは屋上に行きたいんだよ。
「だから閉鎖されてるって言って――」
「それでは参りましょう」
やはり俺の言葉を無視して俺の手を強引に引くニャル子。
一々屋上まで行ってから引き返すの面倒臭いな、そんなことを思いながら屋上を目指す。
―――
―――
――というわけで屋上への入り口の扉前に来たわけだが。
「……開かねえ」
案の定ドアノブを回しても回しきる前に鍵が妨害して開ける事が出来ない。
つまり、屋上で楽しくランチタイムが出来ないわけだ。
やはり俺の記憶は正しかった。無駄骨を折るとはこのことだろう。
「つーわけで屋上で昼メシは諦めろ」
「むむむ。当麻さん、ちょっとそこどいてください」
「……とりあえず何をするつもりか言ってみろ」
「決まってるでしょ? ぶち破るんですよ、サスペンスとかでよくあるあれです」
「ふざけんじゃねえ、右手でブン殴るぞコラ」
「いやいや冗談に決まってじゃないですかやだなーもう」
正直こいつなら止めなかったら本気でやっていただろ。
何のためらいもなく、ドカンと。
「では開けますねー」
とくにぶち破る素振りを見せることなく少女はドアの前に立つ。
「……では――」
特に何もせず少女はそのままドアノブを回す。
ガチャコ。
するとドアノブは鍵に妨害されることなく回り切り、扉が開いた。
「えっ、あれ、何で。たしかに鍵は閉まってたはずじゃ……」
「これが私の宇宙ピッキング技術の真の力ですぞ。じゃあ早く屋上に行きましょう」
「あ、おいっ」
何のためらいもなくニャル子は屋上へ出ていった。
どうやらピッキングは宇宙レベルになるとドアノブに触れただけで開錠できるらしい。
「何つー滅茶苦茶だよ宇宙人ってのは」
そう呟きながら俺もニャル子に続く。
――さて、何の問題もなく屋上に辿り着いた俺たちは、閉鎖されているはずなのになぜか設置されていたベンチに腰かけて風呂敷を広げていた。
風呂敷の中身は二段重ねの弁当箱だった。こんな弁当箱を家にあったっけ。
「うわぁ、何だこれ?」
一段目の弁当箱の蓋を開けると、あまりにも中身のインパクトが強くて思わずすっとんきょな声を上げてしまった。
弁当箱の隅までびっしりと桜でんぶ敷きつめられていて、中央にハート形にかたどられた白米がちょこんと置かれている。
普通これって逆じゃないか?
「……何を思ってこういう構成にしようと思ったんだ?」
「意外性を重視してみました」
なぜ弁当に意外性を重視させたんだこの宇宙人は。
「どうぞもう一つの方も開けてください」
二段目の蓋のオープンを催促してきた。これは二段目にも何か仕掛けてあるな。
警戒しながら俺は二段目の弁当箱の蓋に手をかける。
「……開けるぞ」
「どうぞ」
ごくり、と唾を飲み込み蓋を持ち上げた。
「…………あれ? 普通だ」
卵焼きにネギを加えたもの。
から揚げ。
アスパラガスのベーコン巻き。
ミニトマト。
スパゲティ。
栄養バランスの考えられた立派なお弁当だった。
ヘビとかカエルとかハチとかイナゴとか……。
漢字で書いたら虫偏が必ず付くようなモノの姿煮ぐらいまでは覚悟していたので拍子抜けしてしまう。
「ではどうぞ召し上がってください!」
「あ、ああ。じゃあいただきます」
ひとまず無難に卵焼きを箸でつかみ、それを口へと運ぶ。
「ん、ん。普通にうまいな」
「本当ですか!」
目をキラキラ輝かせるニャル子。
「ああ、中身が半熟になっていて良い。ネギがアクセントにもなってるし」
続いてアスパラガスのベーコン巻きを食べる。
これもうまい。絶妙な焼き加減だ。
次はミニトマト。
みずみずしくて油でこってりした口の中を直してくれる。
食べ物と食べ物のつなぎにはもってこいだった。
お次はスパゲティ。
この程良い甘さはナポリタンか。
何だか給食の時に食べたふやけたスパゲティを思い出して懐かしい気分になる。
「お前って料理うまいんだな」
「当麻さんに褒められるなんて……こんなに嬉しいことは無いです」
ニャル子が何故だか涙を滝のように流していた。比喩表現とかでなく漫画の描写みたいにどぱー、と。
料理を褒めてもらえたのがそんなに嬉しかったのか。今まで褒められたこと無かったんだろうな。
そんな事を思いながら箸でから揚げを掴む。すると、
「あっ! しまった」
から揚げを掴み損ない汚い屋上の床へと落ちてしまう。
世の中三秒ルールなんてものがあるが、それは土や埃でまみれた食品には適応されない。
我ながらもったいないことをしてしまった。もったいねえ……。
「わ、わりいニャル子」
「あ、別にいいですよ。代わりに私の分あげますから」
そう言うとニャル子は自分の分の弁当箱からから揚げを箸で掴む。
そしてそれをおもむろに俺の顔の近くに持ってきた。
「はい、あーんしてください」
「え?」
こ、これはあれか?
恋人とか仲の良い男女がやるあれなのか?
アニメや漫画とかではよく見るが現実世界では縁の無かったあれだったりするのか?
「どうしたんですか? 食べないんですか?」
きょとん、とした顔で首を傾げる。向こうは何も意識してない様子だった。
正直恥ずかしいが、仕方ないので応じることにした。
「あ、あーん」
口を開ける。その開いた口にから揚げが投入される。
口を閉じ、噛んでみるとから揚げ特有の肉汁が口内に広がった。
「う、うまい !」
絶品だった。肉質は柔らかいが弾力はある。味付けも完璧だった。
冷凍食品などと比べモノにならないし、下手すれば飲食店で作られたモノより格段に美味しいかもしれない。
「……しかし」
食べた物はおいしかったが食べさせ方に少し問題があった。
案の定、すごく恥ずかしかった。
この閉鎖された屋上で居るのは俺とニャル子の二人だけだが、なぜだかものすごく恥ずかしい。
「あれ? 当麻さんなんだか顔が赤いですよ」
「なっ」
たしかに自分の顔がだんだんと熱を帯びていくのがわかる。
よっぽど恥ずかしいことをしたのだと改めて再確認させられる。
いくら相手がうねうねの邪神だからと言って、今の見た目は普通の少女である。
「熱でもあるんじゃないですか?」
そう言うとニャル子は顔を近づけてきた。
「や、止めろ近づくんじゃねえっ! っつーかお前わかっててやってんだろっ」
「あら、バレちゃいましたか」
「いくら何でもあざとすぎんだろ」
「てへっ」
片目を閉じてウインクのような形にし、舌少し出した顔をするニャル子。
何だか無性に殴りたくなる顔だった。
「……ところでこれ何の肉だ?」
今口に入ってる肉を咀嚼しながら尋ねる。
牛肉にしてはコクがある。
豚肉にしてはあっさりしている。
鶏肉しては特有のパサつきがない。
かと言っては昔食べたことのある羊の肉と比べても臭みはない。
今まで食べたことのない肉だった。
「…………」
なぜだか首をこちらから逸らすニャルラトホテプ。
それにを見て俺は首を傾げる。するとある物体が視界に入ってきた。
「あっ、そういやこれ放置したままだったな」
汚い地面に先ほど自分が落とした唐揚げが転がっていた。
このまま放置しているわけにはいかないので、俺は右手でそれを拾い上げた。
バキン。
俺の右手が何かに反応した。
この感覚は超能力で出来たなにかに触れたときの感覚に似ている。
現在右手に絶賛接触しているのはニャル子特性の唐揚げだ。
つまりこの唐揚げは超能力的な何か、または宇宙人的な何か、つまり異能の力であったことになる。
唐揚げが消えてないことからそれ自体が異能なわけではなく、何か異能の力が唐揚げにかかっていたことになる。
「……おい。そこのこの場から一刻も早く離れようとしてるニャルラトホテプ星人」
「はいっ」
俺の様子からなにかを察したのか、ニャル子はコソコソと屋上の出口へとしゃがんで移動してた。
急に呼ばれてビックリしたのか、体をビクッとさせその反動で直立する。
「この唐揚げ何の肉だ? またはこの肉に何を仕掛けやがった」
「だ、大丈夫ですよ。何も仕掛けてありませんしキチンと食べられる安全なお肉ですよ」
この言動からこの肉は地球製の肉ではないことがなんとなく分かった。
「まあ唐揚げは地球外製なのはわかった。なら、ほかのはどうなんだ? ちゃんと地球製なんだろうな」
「…………」
やはり首ごと目をそらすニャルラトホテプ星人。
黒だ。確実にこの弁当箱の中身は全て純地球外製だ。
一応から揚げ以外の料理にも右手で触れてみたが、反応を示すのは謎の肉を使ったから揚げのみだった。
まあ、今さら反応をしたからってすでに腹の中にインしてしまっているのでもう遅いが。
「だ、大丈夫ですって。ちゃんと宇宙JASマークが付いてますから」
相変わらず言葉の頭に宇宙を付いた胡散臭いワードが出てきた。
おそらく本質的には日本のJASマークと意味は同じなのだろう。
つーかJASのJってJAPANのJじゃなかったか?
「……本当に大丈夫なんだろうな。人体に害はないんだろうな?」
「も、もちろんですとも! 何なら神に……いえ、邪神に誓いますよ!」
「自分に誓ってどうする」
相変わらず胡散臭さマックスの邪神である。
こいつの性格や今までの行動からして怪しさマックスだ。
正直、信じることができない、だが俺は――。
「わかった。じゃあお前を信じることにする」
そもそもニャル子の仕事は俺の護衛だ。
守る人間に害のある食べ物を食べさせて死なせてしまう、そんなヘマはしないだろう。
初めから殺すつもりならいくらでもチャンスはあったわけだし。
「ほ、ほんとですか当麻さん!!」
ぱぁ、と一気に表情が明るくなる。
無貌の神は本当に表情がコロコロ変わる。
「はぁ、じゃあ昼メシ再開するとしようぜ」
「はい!」
例えば今食べてるこれが、もし人間が食べたら即死するようなものだろする。
それが原因でたとえ俺が死んでも、最後の晩餐が可愛い女の子が作ったこんなにおいしい弁当ならそれも悪くないかな。
(――って何を考えてんだ俺はっ)
いかんいかん。
死因が邪神作の弁当なんて末代まで笑われる失態だぞ。
俺は首を振って余計な考えを飛ばし、再び弁当へと箸を伸ばした。
―――
―――
「ふぅ、食った食った」
俺たち二人は昼メシを休み時間を十五分ぐらい残して食べ終えた。
「ふわぁ、おなかがいっぱいになったら眠くなってきましたよー」
あくびをして眠そうなニャル子。頭を見るとアホ毛がへにょへにょになっていた。
「たしかにメシ食った後って眠いよなー」
「このまま授業をサボってお昼寝タイムといきたいところですねー」
「お前はもう授業ねえんだから寝てりゃいいじゃねえか」
午後の補習で犠牲になるのはそもそも俺だけだ。
「駄目ですよ。私のお仕事は当麻さんの護衛なんですから、ふわぁ」
「守られる側から言わせてもらうが、あくびしながら言われても安心感がねえよ」
空を見上げる。
巨大な飛行船がお腹の大画面に『今日の学園都市のニュース』を流しながら浮遊していた。
学園都市に外部からの不審者が現れたというニュースがディスプレイに映されている。
もしかしてこいつなんじゃねえのか、という不安にかられた。
だけど、後に流れた学園都市上層部が捜索の中止を発表したというニュースを見て俺はほっと胸をなでおろす。
「……そういやさぁニャル子」
「…………」
「……ニャル子?」
「……Zzz」
ベンチにちょこんと座って寝ている邪神が隣に居た。
器用に体を左右に傾かせることなく背もたれに垂直に背中を預けていた。
「起きろコラ」
軽く少女の眉間に手刀を振り落とす。
「Zzz……ひぎぃ!?」
「寝てんじゃねえよ! そして変な声を上げるな!」
「な、何の話をしてましたっけ?」
「いや、別にまだ話は始まってすらねえけど」
「では何の用なんですか? 人の安眠を邪魔するほど大事な御用なんでしょ?」
とりあえず仕事しろ、と言いたいところだがぐっと我慢する。
「ずっと気になってたんだけどわざわざ屋上まで来た理由は何なんだ?」
「えっと言いませんでしたっけ? 学園モノの定番なので屋上に行くと」
「それなら教室で机を向かい合わせて食うパターンでも良いじゃねえか。何でわざわざピッキングしてまで屋上?」
「…………」
「実はここまで来たのは何か理由があんじゃねえか?」
彼女は教室を出る時やけに屋上で昼飯を食べることを推していた。
だから何となくそうしなければいけない理由があったんじゃないか、そう思えて仕方がなかった。
俺の杞憂で終わってくれるならそれでいいが。
「……ふむ。さすが当麻さん、勘が鋭いですね。実はニュータイプなんじゃないですか?」
「俺には敵は見えねえぞ?」
「実はこの屋上に来たのにはちゃんとした理由があるんですよ」
「何だよその理由って」
「まあ、すぐにわかりますよ」
「はあ? 何だよそ――」
言い切る前に俺の言葉が途切れた。なぜか……。
這いずるようなプレッシャーみたいなものを背中から感じたからだ。
「おうおう来ましたねー敵さんが」
ニャル子の顔はこちらを向いていたが視線は少し上を向いていた。
すかさず俺も体全体で振り向いた。
「またおまえか」
思わず呟いてしまった。
視線の先には昨晩と今朝の二回も遭遇してしまったナイトゴーントがいた。
屋上に備え付けられている貯水タンクの上にヤンキー座りをしている。
「昼なのに夜鬼は活動できる。これってトリビアになりませんか?」
「ならねーよ。てか朝でも見たし今さら感が否めねえな」
こんなどうでも良い会話ができるくらい余裕なのは、あの夜鬼がRPGで言うスライムレベルの敵だからだ。
そんなこと言うなら自分で倒してみろよ、と言われたら無理だがニャル子にとってはワンパン余裕の雑魚である。
なのでほとんど危機感など感じなかった。
「つーか本当に大丈夫なのか? こいつらの姿本当に他のヤツらに見えてねえのか?」
「本当に大丈夫です。都合のよい結界が張ってあるので問題ありません。心配性ですね当麻さんは」
「本当に都合の良い結界だな」
ご都合主義万歳。
「うーむ、ここでいつも通り金的→追いうちのコンボで倒してもいいのですが……」
相変わらず悪役もビックリな残虐な攻撃方法を持つ正義の味方である。
というか女の子が金的とか言ってはいけません!
「今回は趣向を凝らしてカプセル怪獣に任せましょう」
「カプセル怪獣? 何だそりゃ?」
ニャル子は質問に答えることなく制服のスカートのポケットを探りだした。
しばらくして手がポケットから出てきた。
だが手には何もなくティッシュ一枚すら握られていない。
「あっれー? たしかに持ってきたはずなんですけどねえー」
そう言うといきなり制服のタイをほどきだした。
しゅるるる、という音とともにタイが重力に従い落ちていく。
そして何の躊躇なく胸当て部分を開き、その中を探り出す。
「ってニャル子さんっ!? 何をやってるのでございますですの!?」
今の今までぼぉと見てたが正気に戻った。
自分の手で自分を目隠しする。
ちらりとだが下着が見えた。黒だった。
いや、これは不可抗力だからな仕方がない、仕方がないんだ。
「何やってんですか当麻さん?」
指の隙間を開けてみるときっちりと制服を着こなしたニャルラトホテプが立っていた。
大学の受験会場に居てもおかしくないほどぴっちり着こなしている。
「お、お前がいきなりっ! 唐突にっ! 脱ぎ出すからだろっ!?」
「あっ、もしかして当麻さん照れちゃいましたか?」
「うっ、うっせー! 右手でブン殴んぞコラっ!」
「顔真っ赤にしちゃって、かわいいですねえ当麻さんは」
かわいいなんて言われたのは本当にいつぶりだろうか。
とにかく、言われなれない言葉に俺は少し戸惑ってしまう。
「さて、ではそろそろ本格的に戦うとしますか」
いつの間にかニャル子の手には球状の物が握られていた。
真ん中に一直線に区切られ、それぞれ色が違っていた。
そう、まるでモンスターボ――。
「当麻さん。これ以上言うと厄介なものを敵に回しますよ」
「何も言ってねえよ。つーか人の考えてること勝手に読んでんじゃねえ。読心能力でも使ってんのかお前は!」
「よし。では――」
渾身のツッコミを無視してニャル子はナイトゴーントと相対した。
そして手に持つボールを大きく振りかぶった。
おそらく前から見たらスカートが翻って下着が丸見えになるだろうくらい片足を高々と上げて。
「シャンタッ君、君に決めた!」
カプセルは思い切り地面に叩きつけられパリンという音とともに割れた。
着弾地点からは自分の視界を奪うほどのピンク色の煙が広がっていく。
たぶんあのカプセルの中に入っていたものだろう。
すると、唐突に暴風警報でも出るのではないかと思うくらい強い突風が巻き起こった。
風で煙があらゆる方向に撒き散らされていく。
最後までそれを見届けようと思ったが、余りの風の強さに思わず腕で顔を隠し、目を瞑ってしまう。
風がやむ。
腕を退け、瞑っていた目を見開く。
「…………なんだありゃ」
自分の目にあまりにも異質な光景に目を疑ってしまう。
視界を奪っていたピンク色の煙は晴れて無くなり、その代わりに一頭の巨大な生き物が見えた。
「…………」
「私の数あるペットの中の一匹、シャンタク鳥のシャンタッ君です」
「しゃんた……何だって?」
「シャンタッ君です。どうですか、かわいいでしょ?」
「ああ、たしかにかわいいな」
ただし名前に限る。
像のような巨体。馬のような頭部。
羽毛の代わりに鱗のようなものが体にびっしりと覆われていた。
そして夜鬼さんも愛用してる蝙蝠のような羽根を標準装備されている。
こんな巨大生物をかわいいというやつなど地球上捜してもおそらくいないだろう。
あ、ニャル子は人間じゃないからノーカンな。
「さあシャンタッ君行きなさい! 出来る限りむごったらしく殺して、鳥葬してあげなさい!」
「なぁ、時々お前に守られてて本当にいいのか激しく不安になる時があんだけど」
大体このようなセリフは吐いた方が負けるという世界の心理があるはずなんだが、どうやらこの宇宙人には関係な話のようだ。
「キシャー!」
「ウボォアー!」
二人の怪獣が咆哮する。どうやらさっきのセリフが戦闘開始の合図だったらしい。
貯水タンクの上で鎮座していたナイトゴーントもアップを終えたらしく良い汗をかいていた。色は紫色で気持ち悪かった。
シャンタッ君が飛翔する。羽ばたきの余波を受けて屋上に爆風が巻き起こった。
それと同時にナイトゴーントが羽根を大きく広げ、シャンタッ君に向かって滑空していく。
先に攻撃を仕掛けたのはナイトゴーントだった。
ナイトゴーントの『ひっかく』攻撃!
シャンタッ君は倒れた。
ナイトゴーントは444の経験値を得た。
「ん?」
あれ、俺の見間違いでなかったらシャンタッ君は一撃でダウンした。
サイズ差はMとL並に圧倒していたはずなのに。
そのおかしな現象を前にして頭を混乱させてるうちに、シャンタッ君は次第にどす黒くなっていき、最終的には無となった。
「っておい! シャンタッ君負けてんじゃねえか!」
「うーん、やっぱり駄目でしたか。対夜鬼戦の対戦成績が百戦九十九敗一引分なんですよね」
「なんじゃそりゃ!? 果てしなく勝率ゼロのヤツ使ってんじゃねえよ! つーかよくそんなんで引き分けれたなぁおい!」
「いやぁ、よくゲームとかで初期の数値は微妙ですがレベルが高くなってくうちに能力が急激に高くなるキャラクターっているじゃないですかぁ」
「リアルとゲームの区別を付けろ!」
まったく。こいつは真面目に仕事をする気があるのか本気で疑問に思う時がある。
こういうやつって職場で浮いてたりするんだよな、とニャル子がハブられてないか本気で心配になってきた。
「当麻さん……ほっといてください、ぐすん」
「だから心読むなって言っとるっちゅうに」
どうやら図星だったようだ。
「ウボァー!!」
シャンタッ君に勝利しご満悦なのか、空に向かって高らかに雄たけびをあげる。
これだけ大きい声をあげても一般人にはバレないとは結界さまさまだな。
「グ……ズ……ギャアアアアアム!! ギャアアアアアアアム!!」
「…………いくらなんでも興奮し過ぎだろ」
「ああ。これはアレですね、仲間を呼んでいるんですね」
「お前はそれ知ってて何でここで待機してんの?」
「いえ、ここで一気に経験値を稼いどこうかなと思いまして」
「さっきリアルとゲームの区別を付けろって言ったよな」
相変わらず緊張感のない邪神だった。
「でも当麻さん。仮にこのナイトゴーントがスライムと仮定したら私はレベルが99の勇者なわけです」
「だったらどうした」
「スライムが例え一万匹集まろうが勇者である私には決して勝つことができないわけで」
「それなら物量差で負けるだろ」
つーか、どっちかと言ったらこいつは勇者じゃなくて魔王だろ。
「とにかく倒してこい。今すぐ」
「ちぇー、わかりましたよ。では……ニャルラトホテプ、まかり通る!」
スカートを翻しながら駆けだすニャル子。
走りながら背中に左手を突っ込み、何か棒状の物を引き抜いた。
長さは大体六十センチでその先の部分が九十度に曲がっており、先端にV字の切れ込みが入っている。
たしかあんな感じの工具をどこかで見たことがある。何だっけか……。
「必殺! 私の宇宙CQC――」
気付いたらニャル子がナイトゴーントの目の前で、棒状の物を両手で持って大きく振りかぶっていた。
「――パート2ダッシュ!」
そしてニャル子はナイトゴーントの頭めがけて、棒状の物を思い切りフルスイングした。
するとどうだろう。夜鬼の首から上にあるものはバットで打たれたボールのようにどこかに飛んで行ってしまったではないか。
もちろん首から上が消えた本体からは、接続面から大量の黒い液体が吹き出てくるわけだ。
そう、まるで噴水のようにぷしゃー、と。
「……うっ」
先ほど食べた昼メシをリバースしそうになる。
何で食後にこんなバイオレンスな画を見なけりゃならん。
「ふう、片付きましたよ当麻さん」
「お前はもう少し王道的な敵の倒し方はできないのか?」
こいつが攻撃するといつも黒い液体が周りに飛び散っているような気がする。
ふと、ニャル子の持っている棒状のものに視線を移す。
先端からは黒い液体がポタポタと地面に垂れていた。おえ……。
「大丈夫ですか当麻さん?」
「大丈夫だからそれしまえ。その……名前が出てこないけど」
「ああこれですか。これは『名状しがたいバールのようなもの』です」
そうそうバールだ。
ん? こいつは今バールのようなものと言ったか。
「…………バールだろ?」
「名状しがたいバールのようなものです」
「いや、だからバ――」
「名状しがたいバールのようなものです」
どうやら突っ込まれたくない部分のようだ。
無表情のニャルラトホテプがそう表情で訴えている。
「つーか、こんなぐちゃぐちゃにして……後処理大丈夫なのか?」
誰かが屋上に来て、こんなスプラッタ映画のワンシーンみたいな光景を見たら発狂するだろう。
そして学校ぐるみ、いや、下手したら学園都市ぐるみで大騒ぎになる。
「ああ、そのことについては大丈夫ですよ。ほら」
そう言うとニャル子はバールのようなものを持ってない方の手の人差し指を、先ほどまで惨劇が広がっていた場所の方へ指す。
それにつられて視線をそちらに向ける。
「……あれ?」
あまりに予想外な光景に思わず間抜けな声を出してしまった。
そこにあるはずのもの。殺人現場のような惨たらし空間や首から上がないただ体液を垂れ流す肉塊がなくなってた。
まるで元からなかったかのように、薄汚く汚れた屋上の床が広がっているだけだった。
「どうなってやがんだ」
「ナイトゴーントもシャンタッ君と同じですよ。やられたら跡形もなく消え去っていくんですよ」
「随分と便利な設定だな」
結界といい、今回のことといい、この世界は邪神の都合の良いように出来ているようだ。
そんなことを考えていると遠くから何かが羽ばたく音が聞こえてきた。それも複数。
「おっ。来ましたね増援」
「結局、間に合わなかったのかよ」
音の聞こえる方を見てみると、ざっと数えて十匹くらいの夜鬼がこちらに向かって飛んできた。
「どうやらまだ勝利条件が青字になっていなかったようですね」
「お前が何を言っているのかわからないが、何となくふざけてることは分かるぞ」
そんなやり取りをしてる間にも俺たちはナイトゴーントに囲まれた。
これでは逃げるコマンドをしても回りこまれてしまう。
「大丈夫です。こんな雑魚ども逃げるまでもないですよ」
「だから何で心読めるんだよ。それも邪神の能力かなんかなのか」
「ええと、確かアレはここに入れといたはず……」
俺の疑問を無視してニャル子は探し物をし始める。
セーラー服の胸元を開け、手でその中を探り出す。またか。
「お前っ。そういうのどうにかならねえのかよっ」
ニャル子を視界に入れないように目を背けながら注意する。
健全な高校生男子にはこう何度もこのようなものを見せられると辛いものがある。
「あらぁ。まぁまぁ当麻さんってば顔真っ赤にしちゃって。ほんとかぁいいですねえ、お持ち帰りーしたいくらいです」
「何わけのわかんねえこと言って――」
ニャル子の方に向き直して、俺は一瞬で硬直した。
少女の手には何か楕円形の球体が握られていた。
表面は凹凸が目立ちゴツゴツとしている。
その外見は南国の果物パイナップル、英語で言うとパイナッポーに酷似していた。
先端にはいかにも引き抜けそうなピンが刺さっていた。
「…………あのーニャル子さん?」
「何ですか当麻さん?」
「何でせうかその丸いものは」
「『冒涜的な手榴弾』です」
頭に付いてる言葉の意味は分かりかねるが、後に付いた固有名詞の意味はよぉくわかった。
頭の中で自動的にマジカル手榴弾が始まる。手榴弾→爆弾→爆発→危険→死。
「おいぃぃぃぃっ!! 何そんな物騒なもん取り出してんだぁぁぁぁっ!! つーか何でそんなもん持ってきてんだぁぁぁぁっ!!」
「おうふっ。当麻さん。いつもよりツッコミが激しいですぞ」
「うるせえ黙れいいからしまえ俺は死にたくない!」
「大丈夫ですって当麻さん」
「あ?」
「ちゃんと『努力』と『幸運』を掛けときますから」
少女はピンを抜いて真上に投げた。手榴弾を。笑顔で。わけのわからないことを言いながら。
真上に投げられた手榴弾は上昇するための運動エネルギーを次第に使い果たしていき、ゼロになってから重力に従い真下に落下する。
落下地点はもちろん投擲者の居る場所。すなわち俺たちの立っている場所。
「――――――――」
辺りが一瞬で白い光に包まれた。鼓膜を大きく揺さぶる爆音とともに。
俺……死んだわ。
―――
―――
目を開ける。
白い光の中に山並みなど燃えてなかったが目から涙が出てくる。
強い光を受けたせいで視界がかなりぼやけていた。
耳を澄ませる。
はるかな海のとどろきの音なんて聞こえなかったが代わりに耳鳴りなら聞こえる。
巨大な音を聞いたせいでまともに聴覚が働かない。
だが、視力は三十秒ぐらい経ったときから徐々に回復してきた。
視力が元に戻り段々とぼやけたものも見えてくる。
「…………ってあれ? 生きてる?」
見えるようになった目で自分の体を一通り見る。
すると何と言う事でしょう。大きな怪我どころか傷一つ付いてないのです。
「どうなってやがんだ」
周りを見渡す。
そこにはさっきまで自分たちを囲んでいた邪神たちは居なく、代わりに何か破片みたいなものが転がっていた。
何か手のような形の破片も落ちていれば、足のような形の破片も落ちている。
俺はそれが何なのかを考えるのをやめた。
「――ですねー。やはりMAP兵器は敵が固まったときに使わないとーうんうん」
いつの間にか聴覚が回復し、少女の声が聞こえてきた。
相変わらずわけのわからないことを口走っている。
「……おい」
「ん? ああ当麻さん。どうかなさいましたか?」
「…………」
バコン。
俺は無言でニャルラトホテプの頭上、主につむじがある辺りを狙って思い切り右腕を振りかざした。
「痛ッ!? あ、あれ? 邪神バリアが効いてないぞう、ってアタマ痛ッ! アタマ絶対割れたこれ!」
相当痛かったのか地面をのたうち回るニャルラトホテプ。
その間スカートの中が見えたりしたが、そんなものに気を掛ける心の余裕が今の俺にはなかった。
「お前っ! ふざけんなよ! いきなりあんな兵器使うんじゃねえ! 殺す気か」
「い、いえ。あれはちゃんと当麻さんには被害が出ないように設定してましたから」
「思いっきり被害出てんじゃねえか。下手したら五感のうち二つ失ってたぞ!」
「す、すみませーん! そこまで想定出来てませんでしたー」
「すみませんで済んだらアンチスキルいらねえんだよ! 大体オマエはな――」
キーンコーンカーンコーン。
殺伐とした屋上にチャイムが鳴り響いた。
携帯電話を開く。時間からして予鈴のチャイムだ。
「ガタガタブルブル」
「……はぁ」
何だか馬鹿らしくってきた。
そろそろ教室に戻らないといけないし、今回はこれくらいで許してやることにする。
やり方に問題があったとしても彼女は自分のこと守ってくれているのだ。
「教室に戻ろうぜニャル子」
「え? 当麻さん」
「次から本当に気を付けてくれよ。お前の事は、その……頼りにしてんだからさ」
「当麻さん……」
正直頼りにしてるのは本当だ。
多少無茶や馬鹿はするけど今の俺にとっては本当に頼りになる存在だ。
現に彼女が居なかったら今ごろ自分はどうなっていただろう。想像しただけでも恐ろしい。
「ほら、行くぞ」
「は、はい! 了解しました当麻さん!」
満面の笑顔で俺の後ろに付いて来る。
これを邪神と言っても誰も信じない。そう思えるほどいい笑顔だった。
「……ぬふふふ。これもう完全にフラグが立ちましたね。エンディングが見えた!」
「うるせぇよ。立ってねえよそんなもん」
台無しだった。
「……つーか何でお前元の姿になってねえの? 俺は右手で殴ったはずなんだけど」
「ああ、おそらくあれにはタイムラグが存在するのでしょう。右手が頭から離れた瞬間再変身しました」
相当元の姿を見られたくねえんだろうな。まあ俺も見たくはねえけど。
そんなことを考えながら俺たちは屋上を出て、教室へ向かって階段を下りていく。
―――
―――
「あー、やっと補習が終わったー」
俺たちは午後の授業を終え、学校を出て寮までの帰路に立っていた。
空を見るとすっかり灼熱の夕日が輝いている。補習如きでここまで残されるとか不幸だ。
「ふわぁ、よく寝ました」
隣であくびしているニャル子は授業には参加していたが、授業時間の九割ほどは爆睡に充てられていた。
すぐ真横の席で寝息を立てられて、こちらからしては大変迷惑だったわけだが。
つーか、小萌先生一回もニャル子に注意してなかったな。違うクラスって設定だからって理不尽だ。
「さーて当麻さん。今からアニメショップにでも行きましょうか」
「断る」
「ええっー? 何でですかー。私とデートしましょうよ」
何が悲しくてアニメショップなんかでデートしなきゃいけねえんだ。
「今日はスーパーの特売があんだよ。卵がお一人様限定で一円なんだ。ちゃんとお前にも並んでもらうぞ」
知り合いと一緒にいるという利点は、こういうことに有効活用するべきだ。
「随分と所帯染みた高校生男子ですね」
「こちとら生活がかかってんだよ。貧乏学生舐めんなよ」
今週の食料確保のために行きつけのスーパーに向かう。
ただでさえ安いうえに毎日何かしら特売でさらに安い。
まさに貧乏学生のユートピアである。
しかも今回は上手くいけば卵二パックを二円で買うことが出来る。
しばらくタンパク質には困らねえな。
「~~♪ ん?」
意気揚々と歩いていると視界にとある少女が目に入った。
中学生くらいの女の子だ。
肩まで伸びる茶髪は夕日の光が反射して輝いている。
灰色のブリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーター。
たしか名門常盤台中学の制服だ。
「げっ。ビリビリ……!」
「あん?」
俺の天敵ビリビリ中学生こと御坂美琴と目が合ってしまった。
彼女は学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)のうちの第三位。
超電磁砲(レールガン)という異名を持つ電撃使いだ。
少女の周りにはなぜか目に見えるほどの電気が帯電していた。
「ちょっと。またビリビリって言ったぁ!? だから私には御坂美琴っ名前が……って聞いてる!?」
「不幸だ……」
俺は最悪の状況に頭を抱えた。
この少女と出会った日は必ず部屋に朝帰りする。別にそんな卑猥なことを朝までしているわけではない。
朝までリアル鬼ごっこをしている。こいつが鬼で俺が逃走者。
――つまり、今日の俺の卵二パックを手に入れるという夢は無に帰するということだ。
「……あのー、今日のところの鬼ごっこはマジで本気で真剣に勘弁してもらえないですかねえ?」
「何よそれ? なんか私がいつもアンタを追いかけてるみたいな言い草ね」
言い草も何も事実だろ。
「大体アンタは――ん?」
御坂はふと俺の隣にいる少女ニャル子を見た。
どうやら今の今まで気付いていなかったらしい。
「えっ? あんたって彼女いたの?」
「あれ? やっぱりそう見えちゃいますぅ? いやー、これはもうけっ――」
「いや、いないけど」
「当麻さん。そうきっぱり言わなくても」
滝のような涙を目から流している。
このアニメみたいな描写は得意の変身能力の応用なのだろうか。
「ま、まあ。アンタに彼女がいようがいまいが関係ないわ」
「だからいねえって言ってんじゃねえか。話聞けよ」
何だかとても嫌な予感がする。
例えるならロケット団がピカチュウと相対したときみたいな予感。
「今日こそ決着をつけようじゃない。この因縁今ここで終わらせてやるわ」
「因縁もなにも勝手にお前が言ってるだけじゃねえか」
「う、うるさい! 私が勝つまでこの戦いは終わらないのよ!」
「じゃあ俺の負けでいいよ。マイリマシタマイリマシター」
「……アンタってホント私の神経を逆撫でするのがうまいわよね」
少女の周囲にバリバリという音が聞こえてきた。
やばい、こいつすっごい怒ってるなんでだ!?
「お、落ち付けビリビリ! 話せば、話せばわかる!」
俺は必死の説得を試みる。
「だから私にはぁぁ、御坂美琴って名前があんのよぉぉぉ!!」
説得失敗。雷がまっすぐこちらへ飛んでくる。
俺は右手を構える。
彼女の放つ電撃は超能力、つまり異能の力で出来たもの。
いつも通りこの右手でひたすら打ち消すだけの作業、またこんなもんで青春の一ページを無駄に埋めんのかよ。
「…………ってあれ?」
しかし右手に電撃が届くことはなかった。
おかしいな、いつもならこうビリビリっと真っ直ぐ飛んでくるはずなのに。
「…………え?」
「さっきから黙って聞いてりゃ、何なんですかアンタは」
いつの間にか銀髪の少女には棒状のものが握られていた。
名状しがたいバールのようなもの。
彼女の宇宙CQCの中にある武器の一つだ。
彼女のバールのようなものに紫電のようなものが走っていた。
つまり、御坂の電撃が俺に届かなかったのはニャル子が防いでくれたからか。
「な、何よ。アンタには関係ないじゃない」
「関係は超ありますよ。私の仕事は当麻さんをお守りすることなんですから」
「守るって、アンタボティガードなんか雇ったの? なんで?」
「……いや、色々と太平洋の深海より深いわけが」
さすがに邪神に狙われているなんて言うわけにもかいかないしと適当にはぐらかす。
つーか話したところでなにそれ、と笑われて終わりだしな。
「もし。まだ当麻さんに危害を加えるつもりがあるというのなら、私が相手になりますよ」
バールのようなものを構え、御坂を睨みつける。
「……へー、おもしろいじゃない。この学園都市の能力者の中で頂点である超能力者(レベル5)。その中の第三位である私に喧嘩売るわけ?」
風で髪が揺れる度にバチバチと火花が散る。それを見てニャル子をにやりと笑う。
「はっ。世も末ですね。こんなガキんちょがトップだなんて。こんなのがレベル5だったら私のレベルは53万ですよ」
見下すように、嘲笑う。これはどう見ても挑発している。
つーかこいつ地球の現地民には極力接触できないんじゃなかったのか。接触どころか勝負を挑んでんだけどこいつ。
「ッ!? 上等じゃない! その減らず口を今すぐ叩けなくしてやるわよ!」
さすが中学生。こんな挑発にもあっさり乗った。
こうして邪神VS超能力者の夢の対決が今行われる!!
……俺買い物に行ってもいいですかね駄目ですかそうですか。
―――
―――
俺たちは人気のない河原に来ていた。以前俺と御坂が真面目に戦った場所だ。
こんな因縁とっとと終わらせたいから戦った、っつうのに何で今でも追われ続けているのかさっぱり理解できない。
夕陽を見るとさっき見たより位置が下がっていた。結局、特売を逃すことになりそうだ。
「……さて。そろそろ始めるとしましょうか。構えなさいよ」
ニャル子と御坂が対峙する。
「ふふふ。私の宇宙CQCに構えなどありませんよ。私にあるのはただ制圧前進のみですよ」
「はぁ? 何言ってんのよあんた」
相変わらず緊迫感と言うものがまるでない。
毎度思うがなんでこいつはこうも余裕なのだろう。
いくらニャル子が強いと言っても、御坂は超能力者(レベル5)。
正直あのナイトゴーントよりはるかに強いと思う。
だが彼女はとくに表情を変えることなく悠々としていた。
「じゃあ私から行かせてもらうわよ」
周辺の地面へ電気が流れていく。
抑えきれないものが周りに漏れていくように見える。
「いいでしょう。あなたの全ての攻撃を見事に凌いでみせましょう」
さっきと言ってることが真逆だった。制圧前進はどうした。
「避けられるものなら避けてみなさいよ!」
前方に電撃が放たれる。
それは全ての範囲を攻撃するように上下左右拡散していった。
普通ならあんなもの避けられない。
ばら撒かれた大量の砂を避けろというようなものだ。
だがニャル子は臆することなく、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァー!」
名状しがたいバールのようなものを目で追えない速度で振り回す。
あまりに速すぎてバールのようなものとそれを持つ手が何十本もあるように見える。
それが壁となって電撃が届く前に蹴散らされ、空中で分解されていった。
「ッ!! だったらこれならどうよ!」
御坂の額から電撃の槍が生み出された。
十億ボルトを超える電撃が空気を空気の層を食い破りながら一直線にニャル子へ向かう。
「ニャル子・ホームラン!」
バールのようなものをバットのように持ち、電撃の槍をボールに見立てて打ち返した。
電撃が明後日の方向へと流れていった。物理法則なんてあったもんじゃなかった。
「……へー。電撃は全部防がれちゃうってわけか」
「そうですよ。私にとってあなたの電撃は全部無駄無駄無駄ぁ!! なんですよ」
「じゃあ電撃はもう使わないことにするわ」
御坂が手を地面へと向けた。
地面から大量の黒い粉状のものが渦を巻きながら手のひらへ集まっていく。
集まったものが次第に形を整えていき、剣のようなものが出来上がる。
「……たしかあれって――」
御坂がその剣状のものを掴み、ニャル子へ向かって駆けだす。
「砂鉄で出来たソードよ。チェーンソーみたいに振動してるから――」
一瞬で直立しているニャル子との距離を縮め、砂鉄の剣を振りかざす。
「――ちょっと当たったら血が出るかも、ねッ!!」
剣は縦一直線に振られた。命中すれば頭のド真ん中から股の間まで真っ二つになるコースだ。
あの野郎。殺す気満々じゃねえか。まあ、電撃を撃ってる時点で殺す気満々だろうが。
「……よいしょ」
斬撃をひょいっと横にステップして避ける。
「――このぉ!」
振り下ろした刀身をそのままニャル子に向けて上斜めに振る。
「……こらしょ」
上半身だけを後ろに反らせてそれを避ける。
「――当たりなさいよ!」
インががら空きのニャル子の腹に向けて砂鉄の剣をフェンシングのように突く。
これ完璧殺すつもりだろ、あのビリビリ中学生め。
「……あらよっと」
あのバランスを崩し気味の無茶な体勢から、足首の力だけで剣の届かない後方まで飛んだ。
傍から見たらシュールな避け方だった。
「はぁ、はぁ、な、何で避けんのよ!」
そりゃ、当たったら痛いどころの騒ぎじゃないからに決まってるじゃないですか御坂さん。
「はっ。まさか剣を振れば、私の名状しが(ryと漫画のような鍔迫り合いが起こるとでも思ったんですか? これだから中学生は」
逆撫でするような口調は相手の集中力を切らせたりして、戦況を自分の有利にするためのものなのだろうか。
じゃないとこのニャルラトホテプという少女はすごく性格の悪いヤツという事になる。いや、なんとなくわかってるけど。
「どんなこうげきでも。あたらなければ。どうということはないんだなぁ。あずなぶる」
「……………………」
何だか御坂の体がぷるぷると震えている。
「……あああああ上等だコラ! 絶対意地でも攻撃当ててやるから覚悟しなさいッ!!」
マジギレしてた。こんな挑発に乗るなんてまだまだ子供だなぁと思った。
御坂は再びニャル子のいる方へ駆けた。
砂鉄の剣を体の横へ振りかぶっている。
これは横に振るという合図だな。わかりやすい。
「――オラァ!!」
豪快な掛け声を上げながら思い切り砂鉄の剣を横に振る。
しかしニャル子は軽く後ろに飛んでそれを避ける。
「……ふふっ。待ってたのよこの時を!」
いきなり砂鉄の剣の先端部分が鞭のように変形した。砂鉄の鞭は真っ直ぐニャル子へ向かって伸びていく。
でもこの程度の攻撃ならニャル子に普通に避けられるのではないか。そう思ったが、そんな疑問は一瞬で無くなった。
(そ、そうか。着地の瞬間か……!)
人間は地面に着地したとき、一瞬だけ動けない時間が出来る。
つまり、どんなに足腰を鍛えた人間でも必ずわずかに隙が生まれるわけだ。
御坂はその瞬間を狙って今このときに砂鉄の鞭を使ったのだ。
この不意打ちはいくらなんでもニャル子でも防御するしかないだろう、そう思っていた時期が俺にもありました。
「甘いっ! 甘い甘い甘いですよっ!」
結果、ニャル子はその攻撃を全て避けきった。
その回避方法について、ありのまま今起こったことを話そう。
ニャル子の足が地面に着地したと思ったら、すでにニャル子の足が上へ向いていて、代わりに空いた右手を地面へ付けて後ろに向かって回転していた。
何を言ってるのかわからねえと思うが、俺にも何が起こったのかさっぱりだった。
宇宙人だからとか、物理法則無視だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
まあ、ようするに御坂の砂鉄の鞭攻撃をバク転して避けた。
それを見て御坂がさらにしつこく追い打ちを加えるが、それもバク転しまくって避けきった。
ちなみに回避中はスカートがあられもないことになっていたのは些細な問題だ。
「甘いです。ほんと激甘ですよ! この前間違えて砂糖を一キロほど入れてしまったブラックコーヒー以上に甘いですよ!」
もはやそれはブラックではないだろ。
「私に攻撃を当てるつもりならゼロフレーム技くらい使わないと」
ゼロフレーム。つまり攻撃したと思ったら既に当たっていた、みたいな感じだろうか。
「…………」
御坂が黙りこむ。自分の技をことごとく避けられて、自信でも喪失しているのか?
「……ふふっ」
御坂は笑った。
ぎりぎり聞こえるかどうかの声で、たしかに少女は笑った。
そもそもあいつはあの程度で自信喪失するようなタマじゃねかったな。
「……いいわ。だったら見せてあげる。私のとっておきを」
「とっておき?」
そういうと御坂はブリーツスカートのポケットから何かを取り出す。
遠目だとよくわからないがおそらくゲーセンで使うコインだろうか。
「ねえ。『超電磁砲(レールガン)』って言葉、知ってる?」
「れーるがん? 自由さんの腰に付いてるアレですか?」
「お前は一体何を言っているんだ」
超電磁砲。
超能力者第三位の御坂美琴の二つ名。
詳しくは知らないが、軍の戦艦にも使われている艦載兵器の名前だった気がする。
「アンタがこれの発射の瞬間を確認したが最後、このコインがその体を貫くわ」
「ッ!? 御坂! テメェニャル子を殺すつもりかよ!」
我ながら今さらのセリフである。
「うっさい! アンタだけでもムカつくのに他のヤツにまで軽くあしらわれて……私のプライドがズタズタなのよっ!!」
こちらへ首を向け、噛みつくように叫んだ。
たしかに俺もニャル子のように御坂をあしらってきた。
正直お遊び程度のものだと思っていたが、どうやら本人は至って本気だったらしい。
たしかに今まで積み上げてきた努力の結晶をいとも簡単に打ち破られるのは相当ショックだったのだろう。
「だから……」
御坂が再びニャル子の方へ向く。
「これを避けられるもんなら――」
コインは親指で弾かれ、高く宙を舞い、次第に落下を始める。
御坂の周辺に今までにない程の電気が流れた。
彼女の視線の先には銀髪碧眼の少女。絶対に外すまいと狙いを定める。
「避けてみなさ――」
御坂のとっておき。超電磁砲が放たれる。
そう思った次の瞬間。
タラララーラー♪ タラララーラー♪ タラララーラー♪
軽快な電子音が河原に鳴り響く。
燃え上がったり、立ち上がったり、よみがえったりしそうな曲だった。
おそらくここにいる誰かが持っている携帯電話の着信音だろう。
ちなみに俺の携帯にはあんな着信音は入っていない。だから俺以外の二人のどちらかになる。
けどこんな空気の読めないことをするのは……。
「──あ、はいもしもし」
「やっぱりお前かい」
案の定ニャルラトホテプ星人だった。
チャリーン。
コインが地面に落下した音が聞こえた。
御坂がコインを取り損ねた、いや超電磁砲というくらいだから撃ち損ねた、か。
「…………」
彼女にとっても思わぬ展開だったらしく、呆気を取られているようだった。
「ちょっと誰ですか。ほんと今いいところなんですよ空気呼んでくだ――あっ、課長ですかどうもこんにちは。いえいえ、ちゃんと仕事してますって別にサボってたわけじゃないですよ。それより何ですかわざわざ眠ったまま電話してきて……あ、そういえばもうそんな時間ですね、了解です。今すぐせんめ……取り締まりに行きたいと思います。ではでは失礼します、はい」
会話の内容からしてニャル子の上司か何かだろう。
電話を終えると携帯を制服のポケットへとしまう。
「……もうそろそろいいかしら」
体中に電気が走り、拳を握りしめていて腕がプルプルと震えていた。
「あーそのーすみません。もう時間切れですので、このお遊びはドローというわけで」
「は、はあっ!?」
御坂が目を丸くした。
「ちょ、ちょっと! アンタまさか逃げるつもり!?」
「いえいえ逃げるなんてそれはありませんよ。それに逃げるという行為は負けている方が行うものでは?」
相変わらず言葉の中に挑発じみているもの残っている。
これはもうあいつ自身に染みついた戦い方なのだろう。
「……何が言いたいわけ?」
「私はどちらかと言えば勝っている方です。だから逃げるということにはなりません」
「な、何言ってんのよ! わ、私だって負けてないわよ」
「ナ、ナンダッテー」
無表情で驚いてんじゃねえよ。
「大体私まだアンタからの攻撃一発ももらってないもの。どっちかと言ったら攻めに転じてる私の勝ちでしょ」
「無駄に体力を消費しただけでしょ。それなら残り体力的に私の判定勝ちですよ」
「だからっ。私はまだ全然疲れて――」
「それに私が本気を出したら、アンタの首なんて一瞬で飛ばす事が出来るんですよ。英語で言うとワンターンキル」
「ッ!?」
ビクッ、と体を震わせる美琴。
彼女の額から汗を流し、目を大きく見開かせて、その場に凍りつくように立ちつくした。
「……お前何をやったんだよ」
「いえいえ。ただちょっとプレッシャー的なものを放ってみただけですよ」
「お前はそんなことまで出来たのかよ」
まったく底見えないなぁ、この宇宙人は。
「さぁ当麻さん! そろそろこの章も終わって最終章に突入しますよ」
「何だよ章って」
いつの間にかニャル子は俺の隣に立っていた。
強引に俺の腕を掴んで、お互いの腕を組ませる形になる。
二の腕辺りになにかやわらかいものを感じた。
「お、おまっ、む、むね、あたって……!」
「むふふー、当ててるんですよ」
いかにもテンプレみたいなことをし始めた宇宙人。
あざとすぎる。
「ま、待ちなさいよ!」
「おや。もう動けるようになったんですか」
「御坂。これ以上は不毛な争いだろ。もうやめようぜ」
「ここまで小馬鹿にされて、はいはいと引き返せるわけないじゃない!」
コインを高く打ち上げる。まだ超電磁砲を諦めてなかったのか。
俺はニャル子の腕をふりほどいて、とっさに前に出て右腕を構える。
超電磁砲なんてもん打ち消したことねえが、あれが異能の力による攻撃ならきっと――。
「あっ、大丈夫ですよ当麻さん。最初に言ったでしょ、『時間切れ』って――」
「はあ? こんな時に何言って――ッ!?」
違和感を感じた。
寒気というか怖気というか、とにかく背筋に嫌な感覚が走り抜けた。
その違和感の原因はなにか分からない。正体不明の力に心拍数が加速する。
ぎしっ、とどこかで軋む音が聞こえた。
「地球時間、西暦二〇〇X年七月○日。今、この時より星辰は正しい位置に付き――」
御坂の放ったコインが落ちてきた。それがちょうど御坂の構えた右手に重なる。
その瞬間、コインがオレンジ色に発光しこちらに向かって飛んで――。
「――ルルイエは浮上する」
――こなかった。
―――
―――
どんぶらこ、どんぶらこ。
俺たちは今海上をのんきに進んでいた。
海なんて本当にいつぶりだろう。しばらく来てなかった気もする。
だが今の海は俺の知っている海だはなかった。
「いやー、潮風が気持ちいいですねー」
潮風なんて吹いてない。精々移動する事による空気抵抗によって多少風を感じるくらいだ
「あっ、カモメが飛んでますよー生き生きしてますね」
生き生きしてない。むしろ剥製を見ているようで生気なんて感じない。
今起きてる事態を簡潔に言うと。
「時間が止まってる……か」
時間が停まる。
漫画とかでよくある現象だが、現実で再現してみるとすごく不気味である。
時間が止まっているので、もちろん風なんて吹かない。
時間が止まっているので、空を飛んでいるカモメは重力に引かれることなく空中を静止している。
時間が停止しているおかげで学園都市の検問も余裕で突破できた。
警備員たちがトランプでババ抜きをしていた。
最後の二枚の中からババを選ぶかどうかの寸前で時間が止まっている。
傍から見たらシュールな光景だった。
もちろん時間が止まったので、御坂の放った超電磁砲も飛んで来なかった。
超電磁砲を放った瞬間、どうやら今起きている時間停止が起こったらしく、コインはオレンジ色に発光しながらその場を静止した。
あのまま放っておいたら危険なので、止まっているコインは一応右手で触れておいた。
たぶん時間停止が終わった頃にはむなしくコインは地面に落ちていくだろう。
「……つーかどういう原理だっけかこれ?」
俺の隣に座っているニャル子に聞く。
「さきほど話したばかりなのにもう忘れたんですか?」
「元々俺の頭は良くねえからな」
「しょうがないですねえ、ならばもう一度説明してみましょうか」
少女はその場を立ち、説明モードへと移行する。
「ルルイエが浮上したので、地球……もとい銀河系の時間が静止しました」
「面倒臭がって説明雑になってんじゃねえか。つーかルルイエって何だよ」
「ルルイエとは簡単に言うと海底に沈んだ魔王の城みたいなものですよ」
あくまで地球でのクトゥルー神話の場合ですが、と付け加える。
「平たく言えば銀河系の惑星の位置がちょうどよくなったから、ルルイエが浮上して時間が止まったということです」
「それで何で時間が止まるんだ?」
「そういう設定だからです」
「だからどういうげん――」
「そういう設定だからです」
「設定ならしょうがないな」
「そうですね。しょうがないですね」
これ以上ツッコムのも面倒なので同意しておく。
今さら今起きてる状況の原理に矛盾に気付いても、すでに現象は起こってしまっているのでどうしようもない。
つまり聞くだけ無駄ということだ。
「それじゃあ何で俺たちは魔王の城に向かってんだよ。魔王でも倒そうってか?」
世界を支配する魔王を邪神が退治しに行くゲーム。
新しいな。これは売れるっ……わけがねえな、うん。
「魔王というより例の犯罪組織を潰しに行きます」
「ルルイエとやらが犯罪組織の拠点なのか?」
「いいえ。ルルイエはあくまで隠れ蓑。そもそも深海にある城をわざわざ拠点にする犯罪組織なんていませんよ」
「そうか? 俺からしたら絶対に捕まらねえからいいと思うが……」
「効率が悪いんですよ。ああいう連中はいかに効率よくご禁制のモノを売りさばくかですからね」
「そういやそうだな。いちいち海の中から宇宙へ飛び立つのは相当面倒だろからな」
「そもそも地球は我々が常に監視をしているので、そんな怪しい連中がいたらとっくにしょっぴかれてますよ」
そういえばこいつは一応惑星保護機構って機関に所属してる邪神だったな。
残虐で非道な攻撃方法や言葉遣いのせいですっかり忘れてしまっていた。
「隠れ蓑ってのは?」
「まあ、その質問は後ほど答えましょう」
「結構重要な部分を後回しにすんじゃねえ」
「あとで説明した方が分かりやすいんですよ。百聞は一見にしかずって言うでしょ?」
ようするに見た方が早いってことか。
たしかに馬鹿には聞かせるよりやらせた方が良いっていうしな。
「……馬鹿ですみません」
「い、いえいえ当麻さんは別に何も……」
顔の前で手をぱたぱたと振る。気にするなと言うことだろうか。
そういう気配りが出来るならもう少し敵にも優しくしてやれよと思う。
敵だから殲滅という考えは間違っているとは決して思わないが。
「……そういや海に出てから結構序盤で気になったことがあるんだけどよ」
「なんです?」
「この……俺たちが乗ってる魚みてえなこれはなんだよ」
地面を手で叩く。地面と言っても鱗の生えた地面。
つまりなにかしら魚介類の上に乗っているということになる。
周囲をざっと見渡す。
俺たちを乗せてる部分以外は海の中に浸かっているのだが、海面に映る影でなんとなく全体像はわかる。
人型だ。器用に手足を動かし平泳ぎで海を進む、ようするに人と魚が融合した半漁人だ。
人二人を乗せてもなおスペースが残るその背中からして、この生き物がいかに巨大か分かる。
「なにってルルイエ直行便の水上送迎タクシー『ダゴン君』ですよ」
「タクシーだったのかこれ……」
「ベリッシモかわいいでしょ?」
「俺にナマモノ趣味はねえよ」
宇宙人と地球人にはどうやら美的センス的なものが違いすぎるようだ。
半漁人が可愛いなど地球人には早すぎる境地である。
「ちなみにガールフレンドに『ハイドラちゃん』もいますから」
「絶対いらねえだろその情報って――はっくしょんっ!!」
あれ? なんか寒くね? 今夏だよね? サマーだよね?
気付いたら体中に鳥肌が立っており、全身がシバリングしていた。
まるでいきなり季節が変わって真冬にでもなったように。
真冬で夏服は地獄なわけで……。
「このダゴン君、どこに向かって、んだよ」
人間の体は正直だ。
さっきまでなにごともなく喋っていたのに、急に寒いと感じた瞬間唇がうまく動かなくなる。
「どこってルルイエですが」
「そうじゃ、なくて。地球のどの辺り、を泳いでんだよ」
「地球で言うなら大体南極辺りですかねー」
は? 今コイツなんて言った?
「南極ですよ南極。英語で言うとアン・アークティック」
しれっと言いやがったがここは南極らしい。
南の島は温かいとは言うが、限りなく南に行ったらそんな理論意味無し。
つーか、こいつ寒くねえのかよ。
「さ、寒い……」
「温めてあげましょうか? 人肌で」
「お前、人じゃ、ねえじゃねえか」
嬉しそうに両手を広げておいでおいでしてくる。
これも漫画とかでよく見るシチュエーションだ。
さすが邪神。心得てやがる。
「なんか、ねえのか。あべこべクリーム的な何か」
「私はネコ型ロボットじゃないですよ。そんなぽんぽんものは出せません」
服の中からバールのようなものや手榴弾を取り出すくせに何言ってんだ。
「精々『寒くても死なないクスリ』や『厳めしくても恐ろしい不凍ペプチド』くらいしかありませんよ」
「なんで、そんな怪しい、もんばっかなんだ、よ」
逆に言えばそんなよく分からないものがあの制服の中に入っているってことだよな。
真面目にあのポケットの中とか四次元に繋がってんじゃねえのか。
「とに、かく、その怪しい、薬品みてえなのなし」
「そうですねー、だったら当麻さんの周りだけ適正温度に変えときますね」
そう言うと指をパチンと鳴らす。
するとどうだろう。今までの肌に突き刺さるような寒さは無くなり、快適な気温へと変化した。
「す、すげえな。さすが宇宙人」
「お褒めに預かり光栄です」
温度調整も出来るなんて真面目に何者だよこいつ。
これからは無貌の神ではなく万能の神と呼んでやろうか。
そんなことを考えていると、
「あっ、見えてきましたよルルイエ」
少女が指を指す。
俺は首を動かしてその先を見てみる。
「……………………は?」
俺は思わず目を疑った。
目に映るのは確かに島だ。こんなものが深海に眠っていたのかと驚けるくらいに巨大な。
たしかに純粋にこの島だけ見れば魔王の城と言われても違和感はないだろう。
だが、俺の違和感はマックスだった。
「……これなんて遊園地?」
島には大きな山がある。それがイルミネーションされてるみたいに輝いていた。
地上からは曇り空を照らすように、天に向けて何本ものの光線が真っ直ぐ伸びている。
ヒューン、ドドーン!! パラパラパラ
花火みたいなものがどんどん空へ打ち上げられていき、空で色とりどりの光を放ちながら爆発する。
思わず「たまやー」とか「かぎやー」とか叫んでしまいそうになる。
「ここはルルイエランド。通称ルルイエ。宇宙一のテーマパークなんですよ」
「なん……だと……?」
魔王の城で犯罪組織の隠れ蓑と聞いて来てみたら遊園地だった。
こんな事態に陥る人間は世界で精々俺ぐらいだろう。
「ほら、その証拠に周りを見てください」
そう言われて俺は周囲を見渡した。
そこには数え切れないほどのダゴン君やらハイドラちゃんやらが泳いでいた。
進路からして全員ルルイエランドだろう。
ある水上タクシーの上をよく見てみる。
その上にはなんだかスライムのような液体の塊がふゆふゆと乗っていた。
他の水上タクシーも見てみた。
なんだか触手を絡ませまくった触手の塊がうねうねと乗っていた。
「……あいつら何?」
「ルルイエのお客さんですよ」
「つまり、あの上に乗ってるやつ全員宇宙人ってことか?」
「そういうことになりますね」
いつの間にか地球に大量の怪物が侵入して来ていた。
もしこれで時間が止まってなかったら世界中が大騒ぎだろう。
「そういや隠れ蓑って結局どういう意味なんだ?」
「木を隠すなら森の中と言うでしょ。ならば宇宙人が集まるところに隠れるのは当然でしょ?」
まあそんなところに隠れても私たちには無意味なんですけどねー、とニャル子が付け加える。
「連中はあそこでオークションを開いて、ご禁制の品を高値で取引するつもりなんですよ」
「そのオークション会場がその犯罪組織の拠点ってことか?」
「そうですね。だからそこを攻めて一気に事件解決というわけです」
そういえばこいつの任務は俺の護衛のほかにも犯罪組織の壊滅みたいなのもあったな。
犯罪組織を壊せば俺を狙うものもいなくなるので、結果的にニャル子の任務は完了することになる。
ゆえにここで守りから攻めへと転じたのだろう。
「と、言うわけでぱっぱと全滅させて、地球を堪能しようとしますかねー」
「いや、そこは帰れよ」
惑星保護機構に所属しているくせに惑星保護機構が決めたルールをガン無視する。
こいつの不真面目さはどうにかならないのか……。
―――
―――
「さあ、ここが宇宙の一大テーマパーク、ルルイエランドです!」
「……うぇ、気持ち悪りぃ。吐きそう……」
この島に上陸し、ニャル子がなぜか持ってた入場チケット二枚を使ってゲートをくぐった。
その先には夢の国なんてなかった。あったのはただの地獄だった。
「せっかく来たんですから遊んでいきますか?」
目がおかしくなりそうなくらい痛々しい緑色をした石畳。
街並みはよくテレビで見る錯覚トリックをそのまま立体化させたように不自然。
例えば建物の線を指でたどってみると、いつの間にかその線は道路の線になったり。
例えば建物の中を窓を覗いてみると、そこには別の街の風景があった。どこでもドアならぬどこでも窓だな。
「デートみたいでロマンチックですよね!」
上から下へ滝のように流れ出る水はなぜか上へ向かって流れている。
そんな無茶苦茶なものを見ていると、平均感覚が狂ってしまってものすごい吐き気に俺は苛まれた。
「何に乗ります? ちなみに一番人気のアトラクションは宇宙三大ジェットコースターと名高いマッドネスマウンテンですよ!」
さらに付け加えるならここに来ている観光客も問題だ。
(真)を一度見ているとはいえ、それと同等かそれ以上にグロテクスな怪物が周りをうねうねと歩いていた。
そんなもんが視界に入るだけで吐き気がマッハでゴーゴーである。
「……あれ? 当麻さん、どうかなされたんですか? ツッコミがないですよ」
「……悪いニャル子。俺もう駄目だわ」
「えっ。何を言って――」
「……ニャル子、俺はもう疲れたよ。だから……もうゴールしてもいいよね?」
俺は力尽き、抵抗する事もなく地面へと倒れていった。
「ちょ、ちょっと! しっかりしてくださいよ当麻さん!」
こんな場所、地球人にはまだ早すぎる。耐えきれる地球人は精々ピカソくらいだろ。
「――――! ――――!」
薄れゆく意識の中、ニャル子がなにかを言ってことは分かったが、何を言っているかは分からなかった。
そして俺はゆっくりと瞳を閉じて、眠りについていった。
―――
―――
…………あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?
たしか時間が止まってニャル子に海に連れられて……。
つーか、ここどこだ? なんか頭になんか妙に柔らかい感触が――。
「――あっ。気が付きましたか当麻さん」
「……んあ、ニャル子?」
目が覚めたと思ったら目の前にニャル子の顔があった。
二人の間には十センチも距離がない。
ニャル子の後ろに木で出来た背もたれのようなものが見えた。どうやら俺はベンチのようなものの上で寝ていたらしい。
「何やってんだお前?」
「いえいえ。当麻さんが気を失ってしまったので介抱をと」
「そっか……俺気を失ってたのか」
我ながら細い神経だと思う。たったあの程度の光景を眺めただけで気絶してしまうなんて。
「しょうがないですよ。たしかにあれは地球人にとっては少しばかりキツイ光景だったかもしれませんから」
あの光景を見て耐えられる地球人は十人に一人くらいの割合でしょうしね、とニャル子は言う。
それが分かってんなら初めから連れてくるな、つーか結構多いな耐性持ち。
「ですけどもう大丈夫ですよ。この辺なら地球人にも優しい初心者コースの場所なので」
「なんだよ初心者コースって」
周りを見渡すと木々や草花が生い茂っているのが分かった。
だがその葉の色は、適当に絵の具を用意してランダムに混ぜたような色をしていた。
見ていて不愉快なのは変わらないが、これならまだマシレベルだろう。
そんなことを思いながら適当に首を動かしながら、辺りを眺めてみる。
「…………んっ」
「は?」
なんか俺の首が動いたのと連動してニャル子からかすかに息が漏れた。
俺の後頭部に当たるこの柔らかいもの、もしかしてこれって――。
「――っどっせぇぇぇい!?」
「わっ!」
俺は全力で起きあがった。そして自分の頭のあったところを見る。
「……てて、テメェは一体何してやがったんだ」
「なにって膝枕ですよ膝枕。英語で言うとニーオブドリーム」
こ、こいつはホントなんでこんなよくわからねえことばっかすんだ?
地球人だからってからかって遊んでんのか? おのれ邪神め!
「どうでしたか私の膝枕は? 気持ちよかったですか?」
「……ノーコメントで」
たしかに正直気持ちよかったのかもしれない。が、そんなこと口が裂けても言えない。
そんなことを言ってこいつに何をされるのか分かったもんじゃねえ。
「そうですかーいやーよかったですかー」
この野郎。また人の心を勝手に読みやがったな。
ああ、もうニヤニヤしながらくねくね動くなうっとおしい。
「っつーか、とっととオークション会場とやらに行かなくてもいいのかよ」
今までの気を失ってしまうトラブルやこの茶番ですっかり忘れていたが、俺たちがここに来た目的は犯罪組織壊滅である。
こんな場所で遊んでる暇は本来はねえんじゃねえのか。
「ああその件なら大丈夫ですよ。そのオークション会場ならあちらにありますよ」
そう言ってニャル子は別の方向へと顔を向けた。
その方向にはあったのは何やら白い教会のような建物だった。
今までこのルルイエで見た建物は全部建築基準法を余裕で違反するようなものだったが、この建物はどう見ても普通だ。
つまり、逆にそれが怪しいというわけである。
「しかし本当にここにいんのかソイツら?」
「大丈夫です。すでに調査済みで裏も取れてます。それに――」
いきなりニャル子の美しい銀髪の中心に生えているアホ毛がピンと立った。
それはもう真っ直ぐ垂直にだ。
「この邪神レーダーにもこうビビッと、ヤツらの放つ邪神圧に反応しています」
そのアホ毛はレーダーだったのか。
「……てか今までそんなレーダー使ってるシーンあったっけ?」
「さーて当麻さーん。とっととヤツら潰しに行くとしましょうか!」
左手で右肩を押え、右腕をブンブン振り回しながら教会へ歩いて行く少女。
どうやらこれ以上ツッコンで欲しくないらしい。
ツッコンで欲しくねえならボケるんじゃねえと、俺は声を大にして言いたい。
「――あっ、そうだすっかり忘れてました」
なにか思い出したらしく、突然一八〇度旋回してこちらに向かってきた。
「これを渡すのを忘れてました。はいどうぞ」
少女がスカートのポケットから取り出したそれは黒い箱だった。
光を吸収しないからなのか、下手な黒色よりも真っ黒な感じがする。
大きさは十センチ四方ぐらいだろうか。どうやってあのポケットの中に入れたんだ?
「なんだよこれ」
俺が右手でそれに触れようとすると、
「あっ、念のために左手で受け取ってくださいな」
右手から逃げるように箱を届かない所へ移動させた。
つまりあれはなにか異能の力で出来た怪しい何かと言うことだろう。
「もう一度聞く。なんだよそれ」
「婚約指輪です」
頬を朱に染めながら黒い箱を差し出す。
「こ、婚約指輪ぁ!?」
と、突然何を言い出すんだこの邪神は!?
「おおっ。何だか予想外な反応」
「な、何でそんなもん今渡す必要あんだよ!」
「あっ、さっきのは冗談です。これはお守りですよ」
「お守り?」
なんだただのお守りか。
正直婚約指輪なんて渡されてもどうリアクションすればいいのか全く分かんねえからな。
「はい。これから突入するのは敵の本拠地のようなものです。何が起きるかわかりませんので、、いざという時のために保健……もとい保険です」
「何が入ってんだ?」
「ミミックです」
「ミミックってあれか。RPGの宝箱に潜む魔物的なあれか?」
「あ、いえ冗談です。とにかくいざという時以外は開けないでください。あと絶対に右手で触らないでくださいね」
「何でお前そんなに嘘ばっか付くの?」
「あ、いえ。……すみません」
「え、いや。別に謝んなくてもいいけど」
戸惑いながらも俺はその四角形を鞄に入れる。
普段から教科書は持って帰らずロッカーに突っ込んでたから余裕で入った。
「……では。いざ参るとしましょう。打倒当麻さんを狙いやがる犯罪組織!」
「今さらだけど俺が付いて行っていいのかよ?」
「どういうことですか?」
「お前からしたら俺は守らないといけない護衛対象だろ。だったら俺がいない方がのびのびと戦えんじゃねえのか?」
「大丈夫ですって。当麻さんは大人しく守られてりゃいいんですよ」
「それに当麻さんを残して私だけで壊滅させていったとしても、そのがら明きの時に狙われたらどうしようもないですしね」
「他のやつに頼めばいいじゃねえか。惑星保護機構ってのは組織なんだろ?」
「…………」
「あっ、悪りぃ。そういえばともだ――」
「これ以上言わないでください。私のライフポイントがゼロになりますよ!」
うるうると涙を流すニャル子。
今さらながら本当にこいつに守られていいのか?
決戦間近なのに不安な気持ちが湧いてくる俺だった。
―――
―――
「ウボァー!」
「ギャアアアアアアアム!!」
「ウボァアー!」
「グボアッー!」
「……ふむふむ。これはこれはすごい数ですね」
「そんなこと言ってる場合なのかよ」
俺たちは犯罪組織の拠点である教会へと乗り込んだ。
外から見たら小さな教会だったはずなのに、中に入ったら幅が四、五メートルほどある通路が奥に奥へと伸びていた。
何やら空間をあれこれする技術らしい。なるほどわからん。
その中に入ってしばらく進むと数えるのが面倒なくらいの数の雑兵A、もといナイトゴーントが現れた。
まるでこれ以上先に進ませないために俺たちを止めに来た感じだ。
つまり、あの先になにか惑星保護機構に見られては困るものがあるという暗示だろう。
「まあまあ、ナイトゴーントごときいくら集まったところで速攻全滅ですよ」
「ならとっととやってくれ」
「了解しましたー。では早速この冒涜的な手榴弾を――」
「オイ待てニャル子」
「何でしょうか?」
「数時間前に気を付けろって言ったよなぁ俺」
「はい。もちろん気をつけますよ。というわけで目と耳をふさいでくださいね当麻さん」
ゴツン。
「とりあえず手榴弾禁止な」
「しょ、しょんなー。この冒涜的な手榴弾は私の宇宙CQCの中で随一の威力を誇る――」
ガツン。
「…………ずびばぜん。もう使いまぜん」
手榴弾を懐にしまい、背中からバールのようなものを二本取り出した。
それを一本ずつ両手に持って、バトンのように回したあと構える。
「ここからは邪神無双の始まりですよ!」
そう言うとニャル子の姿が消えた。
バキッ! グシャ! ベチャ!
気付いたら少女はナイトゴーントの集団の中に突っ込んでいた。
三匹ほど首のないナイトゴーントもいたが気に留めないことにする。
ゴリッ! ベキッ! ゴバッ!
どんどんラバー質の腕やら足やら首やらが辺りに飛んでいく。
プシャー、と黒い液体が噴水のように噴き上がる。
「ふふふははははははははははっ!! 私のスペシャルな攻撃を受けてみなさい!」
なにやらニャル子の持っている武器がバールのようなものから別のものへと変わっていた。
一言で言うなら大剣。だがそれにしては機械的な外見で、柄から真っ直ぐと伸びる刃の刃先部分がきざきざになっていた。
ニャル子がなにか紐のようなものを引っ張るとヴォーンという機動音とともに刃が高速で駆動し始める。
「レッツパーリィ!!」
すごい勢いで周りに液体が撒き散っていく。
そしてどんどんナイトゴーントがバラバラの肉塊へと加工されていく。
これはひどい。俺はそっと目を背けた。
「ウボァー!!」
「おわっ!?」
一匹のナイトゴーントが俺の横を通り過ぎていった。
背中に生える一対の羽根を羽ばたかせながら、ものすごい速度で。
おそらくあのニャル子の起こす惨劇に耐えかねてからの逃走だろう。
「あははははははっ!! 逃げられると思ってやがるんですかぁ!?」
後ろでなにやら笑い声が聞こえる。
次のターゲットはあの逃げ去ったやつなのか。
許してやれよ、と思うのは普通はおかしいことなのだろうが、思ってしまったのだからしょうがない。
「──(名状しがたい)バァァァァァル(のようなもの)ブゥゥゥゥゥゥメラン!!」
またもや俺の横をなにかが取り過ぎていった。
さっき聞いたニャル子の必殺技名からして彼女が投げたなにかだろう。
よく見てみるとそれは高速回転する名状しがたいバールのようなものだった。
フゥーン、という風を切る音は電動丸ノコの回転する音を思い出す。
スパッ。
バールのようなものが的確にナイトゴーントの首の部分を通過した。
首が落下し、制御を失った胴体部分がそのまま空を滑空する。
それと同様にバールのようなものも暗闇の中へ消えていった。
「逃げ回っていても死ぬものは死ぬんですよ」
「……つーかブーメランなのに戻って来ねえのかよ」
「いやー、よくあるでしょ? ブーメランって言っておきながら戻ってこない技とか」
背けていた目を元に戻す。
目に映るのは死屍累々という四文字熟語の意味を的確に表現している光景だった。
辺りには黒い液体や夜鬼のパーツが散らばっていた。
だが、それらも気付いたら屋上の時のようにどす黒くなっていき、最終的には消えていく。
「では邪魔者も消えたところで先を進むとしますか」
「そうだな」
俺は前に足を一歩踏み出した。するとカラン、と足になにかが当たる音が聞こえた。
「……おいニャル子。これ落としてんぞ」
足元にあったのはニャル子の主兵器名状しがたいバールのようなものだった。
おそらく最初に持っていた二本のうち一本だろう。片方はブーメランとして虚空に消えていったしな。
俺はそれを右手で掴んで少女にさし出した。
「……これは右手には反応しないんだな」
「私の持ち物で勝手に実験しないでください」
悪いと、適当に謝りながらバールのようなものを渡す。
邪神の所有物だからといって異能というわけではないようだ。
まあ、ナイトゴーントは触れても消えなかったわけだし、なにか法則のようなものがあるのだろう。
「そうだ当麻さん。一つ話しておきたいことがあるのですがよろしいですか」
「何だよ。それ今話しておかないと駄目か?」
こんな敵地のど真ん中でゆっくりと会話など正直したくないのだが……。
「もちろんです!」
「そ、そうか」
力強いもの言いに思わずたじろいでしまう
「実は今回の事件、私の本来の担当ではなかったんですよ」
「本来の……じゃない?」」
「はい。本来の担当である私の同僚がかくかくしかじかありまして」
「おい。かくかくしかじかって言って伝わるのは二次元だけだぞ」
「で、上司に直接無理言ってこの事件の担当にしてもらったんですよ」
相変わらず俺の言葉は無視される。
「……つーか、何でわざわざ担当外の仕事を引き受けたんだよ。上司に直談判してまで」
「さっきも言いましたが、地球の我々から見たら憧れの的なんですよ」
「ああ、それ目当てでね。たしか普通じゃ入れねえって言ってたしなぁ」
「……まあ、その、それだけじゃないんですけどね」
「何だよ?」
「護衛対象のデータを見た時、こうビビッ! と、私にも敵が見える的な効果音がが鳴り響きました」
「お前から見たら俺は敵だったのかよ」
「いえいえ違いますよ。もうこれだから最近流行りの鈍感系ラノベ主人公はぁ」
「何だかよくわかんねえが、すげえ失礼な事を言われてる気がするぞ」
大体俺は主人公でもないし鈍感でもない。
全く失礼なヤツだ。
「そうですね、じゃあストレートにハッキリ言いましょう!」
「そうしてくれ。その方が俺も分かりやすい」
すぅはぁ、と深呼吸を始めるニャル子。
何をそんな緊張しているんだコイツは。
「では言います――」
ほんのりと顔を赤らめながら、ゆっくりと口を開いた。
「当麻さん。あなたを初めて見たときから一目惚れしました。好きです」
「……え?」
今なんて言った。
なんか告白のようなものが聞こえた気がするんだけど。
いや、これは聞き間違いだな。とりあえず一応確認はとってみよう。
「…………ニャル子。悪いけどもう一度言ってくれないか」
そう言うとさらに頬を赤らめ、体をもじもじし始めたニャル子。
おい。これってまさか。まさかのまさかなのか。
「……恥ずかしいけど、じゃあもう一回言いますね。当麻さん、大好きです♪」
「…………、…………」
告白された。
会って間もない女の子に告白された。
宇宙人に告白された。
邪神に告白された。
敵の本拠地の真っ只中で告白された。
これらの情報を整理するのには、俺の混乱した脳のキャパシティでは全然足りなかった。
「……当麻さん?」
お、落ち付け俺。相手はニャル子だぞニャルラトホテプだぞうねうねだぞ!
そこのところをよく考えてだな――。
「……ええと、お願いがあるのですけど、今は返事をしないで欲しいんです」
「え」
「その代わりに……この事件が解決したあとに改めて聞かせてください」
そう言ってニャル子は振り返り、奥へ奥へと足を進めていく。
「ニャル子……」
たしかに俺も頭の中を整理する時間が欲しかった。この提案は嬉しいものがある。
だが、その前に気になることが一つあった。
「つーか、これって死亡フラグじゃね?」
「あ、バレました?」
「こんな時に遊んでんじゃねえよテメェ」
敵の本拠地のど真ん中でこんなボケをかますなんて本当にこいつは……。
ん、待てよ。てことはさっきの告白は全部演技……。
クソッ、騙された! 高校生男子の純情な心を弄ばれた! 不幸だ!
「あ、その点については大丈夫ですよ。この気持ちは本物ですから」
「……あ? なんか言ったか?」
「ラノベ主人公特有の難聴スキルも持ってるなんて、さすが当麻さんですね。てか顔怖いです」
わけのわからないことを言っ逃げるように奥へと進んでいく邪神。
あー、もうわけわからん。
とにかくここにいても良いことなど1クォークもないので、俺はニャル子の後ろを歩いて付いて行った。
―――
―――
長い長い通路、終わりの見えない道路をひたすら歩いていく。
いつまで経っても前に映るのは薄暗い通路だけなので、体力的にも精神的にも参ってしまう。
そんな状態になりながらも奥へと進んでいくと、不意にその通路の終わりが見えた。
「や、やった。やっと出口が見えたっ」
「出口、というより入り口と言った方が正しいでしょうね」
ニャル子の顔がいつもより真剣みを帯びていた。
さすがにここまで来てボケをかます馬鹿ではなかったようだ。
今さっきわざと死亡フラグを立てるというボケをかましたばっかだが。
「当麻さん。私から離れないでくださいね」
「お、おう」
言われた通り俺はニャル子の後ろを付いていく。
いよいよ犯罪組織のヤツらとご対面ということだろう。
しかし、今さらだが女の子に守られるというのは男として情けないものがある。
通路を出ると、そこには広大な空間が広がっていた。
ドーム状の天井に大勢座れそうな観客席。
野球をするための球場と同等かそれ以上の面積の大きさがあった。
間違ってもこんなものが小さな教会の中に入るものではないだろう。
宇宙人の超絶技術にはもう笑うしかないな。
「……つか、誰もいねえな」
広場の端から端まで見回してみる。
これだけ広い空間があるのだから人一人、というか邪神の一匹でもいてもおかしくないのに。
「まさか実はこんなところに犯罪組織なんていませんでした、とかいうオチじゃねえよな?」
「それはないと思います」
「なんでだ?」
「今でもそこにひっそりと隠れてんでしょ? 出てきたらどうですか」
ニャル子が俺以外の誰かに話しかけていた。
まるですぐそこに他の生き物がいるかのように。
「ふふふはははははっ。よく気付いたなニャルラトホテプよ」
「!?」
気付かなかった。気付いたらやつはそこに立っていた。
立派な顎鬚をたくわえた、床まで届きそうな長い白髪が特徴の老人。
貝殻のような巨大ななにかの上に乗っている。
一体どこに居たってんだコイツは? さっきドーム全体を見渡したはずなのに……!
「ようこそ、主賓」
「ふふふ。ナイトゴーントをこき使ってるところからして、薄々は感づいていましたがね。ノーデンス」
「ノーデンス……あいつも邪神なのか?」
「はい。地球の小説だったら友好的で優しい存在と書かれていますが、あいつは悪そのものですよ」
邪神に良いも悪いもあるのか、と素朴な疑問が浮かんだが今はどうでもいいか。
「では、そろそろ闇のオークションを始めるとしよう」
ノーデンスが腕を上げるとともに、観客席から拍手喝采が起こる。
いつの間にか観客席には異形の化け物どもで満員御礼状態だった。
「随分と余裕ですね。わかってるんですか? 今からここにいる客含め、全員――私が皆殺しにするんですよ?」
とても正義の味方とは思えないセリフがポンポン出てくる。
今からこいつが寝返ってもなんの違和感もないな。
「ふん。こちらにはニャルラトホテプが来るという情報が既に入っているのだ。ならば対策の一つは立てるものではないかね?」
「おい。惑星保護機構の情報ダダ漏れしてんじゃねえか」
ふふん、と少女は余裕の表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ。別に情報が漏れたからって私が弱くなったわけじゃないでしょ?」
「いや、そういう問題じゃねえよ。俺の個人情報もしかしたら流出してんじゃねえのか!」
銀行に行ってお金を下ろそうとしたら、下ろすお金がないでござるって状況になってそうで怖い。
いや、絶対なってるって確信があるね、俺の不幸がこんなところで働かないわけがない。
「では対策を披露するとしよう」
ばっ、と老人が手を上げる。それと同時に今まで好き放題騒いでいた観客が一斉に黙る。
突然の出来事に戸惑っている中、厳格な老人の口がゆっくりと動き出す。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうと・んが痛っ! ぐああ・なふる・たぐん! いあ! くとぅぐあ! 」
「……なんかあのおっさん今噛まなかったか。俺の聞き間違いならそれでいいんだけど」
「いえ、聞き間違いではありませんよ。ちゃんとあのおっさんは噛みましたよ」
「ええい! 黙れ黙れ! あとで吠え面をかかせてくれる! 先生お願いします」
ノーデンスの乗った貝殻が横にスライドする。
今まで巨躯な老人に遮られていて見えなかった向こう側が今あらわになった。
そこには炎があった。
凄まじい熱で辺りの風景をゆらゆらと揺らしながら、炎の中からなにかが現れた。
パッと見は人間、しかも俺と同世代くらいに見える少女だった。
無表情で唇を横一文字に結んでいる。頭から生える髪の毛は炎のように真っ赤な色をしていた。
全身から絶えず火の粉を撒き散らしながら、神々しい光を秘めた瞳をこちらに向けながら歩いてくる。
「げっ、クトゥグア!」
隣にいる少女が心底嫌そうな声を出した。
クトゥグア。どこかで聞いたことある名前だった。
たしか今日の朝、一時間目の授業が終わったあとの休み時間ぐらいに。
「っつーかお前、何でそんな汗かいてんだよ」
「いえ。その……苦手なタイプなんですよクトゥグア……戦闘的な意味で」
「……マジかよ」
今まで無双をしてきたニャルラトホテプ。
こいつにも苦手なもんあったんだな。私を倒せるのは私だけです、とか言いそうなやつなのに。
「しかもあの個体は……クー子。よりによってあいつですか」
「クー子?」
「宇宙幼稚園、宇宙小学校と一緒だったんですけど、筆舌に尽くしがたい喧嘩をしてきました」
ここでもう一度学校でニャル子が言っていた言葉を思い出す。
「……待てよ。お前が学校で言ってた対立関係にあったやつってもしかして」
「そうです。クー子です」
「倒せんのか?」
「クトゥグアは苦手です」
「……そうか」
額に汗が流れてくるのが分かる。
これはもしかしてピンチってヤツではないのか?
これまでのナイトゴーント戦はニャル子の圧倒的な力のおかげでそれなりに余裕を持っていられた。
だが今回はそのニャル子でも勝てるか怪しい邪神。俺の心臓からバクバクと音が聞こえる。
「……どうすんだにゃる――」
「当麻さん危ない!」
突然俺の体が突き飛ばされた。
予期せぬことだったので、ただただ俺は床の上に背中から倒れるだけだった。
背面を床に強打し、肺の空気が一気に口から逃げていく。
「……ごほっ、ごほっ。て、テメェなにしやが――!?」
俺は目を疑った。
どれだけの数の敵が来ても澄まし顔で全滅さえて、超能力者(レベル5)である御坂さえ圧倒していた少女が。
クトゥグアと呼ばれる少女に喉元を掴まれ持ちあげられていることを。
こんな苦しそうな顔をしたニャル子なんて初めて見た。
「ふはははっ。続きは別の場所でするがよい」
そう言うとノーデンスは両手を前に突き出す。
すると手のひらから黒色の球体のようなものが発生した。
最初はソフトボールくらいの大きさだったのが、最終的には人一人はすっぽり入ってしまいそうな大きさになった。
あれは不味い。俺の本能がそう告げた。
「ではよろしく!」
紫電を弾けさせる黒球を放つ。
おそらく照準はニャル子。
気付いたとき、俺は立ち上がり走っていた。
「――ニャル子をっ、やらせるかよぉぉぉっ!!」
「ッ!?」
俺はニャル子を持ち上げるクトゥグアと呼ばれる少女に突撃した。
それなりに助走をつけたので、それなりには威力があるはずだ。
いきなり衝撃を受けたクトゥグアは持っていたもの、つまりニャル子を離してしまう。
「よし、あとはあれを――」
ノーデンスの放った黒球を右手で止めるために構えようとする。
――が、黒球が俺を飲み込む方が早かった。
「し、しまっ――」
俺の視界が黒一色に染まったのは一瞬だった。
―――
―――
「…………あー痛てて。どこだここは?」
寝ていた体を起こし、辺りを見回してみる。
何もなかった。一面は灰色でただ先の見えない広大な空間。
「どうして俺はこんなところに……?」
今どういった状況に置かれているのかを把握するために脳みそをフル回転させる。
たしか俺はクトゥグアに捕まったニャル子を助けるために突撃して……。
そしてノーデンスの放った黒い攻撃に飲み込まれて……。
あの老人の言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
『続きは別の場所でするがよい』
つまり俺はどこか別の場所に飛ばされたってことか。
ここがどこだかは全く分からないが、これが宇宙人特有の空間だってことはなんとなく分かる。
自分の体になにか異常がないか見てみた。
制服がところどころ汚れているが他にはこれといって問題は――。
「って、あっ! シャツの袖がなくなってやがる!」
俺の着ていた制服のシャツの右の半袖部分が破れてなくなっていた。
少し破れているでなく、破れてなくなっていた。
要するに右腕だけノースリーブ。ワイルドでも何でもねえな。
こいつは修復するのは面倒だなぁ、と俺は溜め息をついた。
「……さぁて、これからどうすっかな」
このなにが起こるか全く分からない謎の場所。
こんなところに長居する必要もないのでとっととトンズラするのが良いだろう。
だが、ここがどこだから分からないので下手に動くわけにもいかない。
ここはあの自分を護衛してくれているニャル子と言う少女。彼女の助けを待った方が良いのか?
色々考えている俺だったが、そういつまでも神は思考する時間を与えてくれなかった。
「ッ!?」
突然背後から熱気を感じた。それと同じように殺気のようなものだ。
それが何なのか確認するために、俺は体ごと振り向いた。
そこには2メートル大の紅蓮の炎が燃え盛っていた。
対峙するだけで体全体があぶられているような気になる。
その燃え盛る豪火の中から一人の少女が現れた。
「……ニャル子、じゃない?」
「確かクー子っつったか、クトゥグア星人」
炎から出てきたのはクトゥグアのというニャル子の天敵だった。
おそらくあの時にノーデンスの攻撃に巻き込まれてしまったのだろう。
「……そうか。あの時ニャル子を離してしまって」
顎に手を当てて何かを考えて込んでいる。
無表情で本当に何を考えているのか全く予想できない。
いきなり俺を殺しにかかる、みたいなことが起きるかもしれないので、俺は身構える。
「……少年」
「その少年ってのは俺のことか?」
「……少年以外に誰がいるの?」
「なんだよクトゥグア星人」
まだコミュニケーションを取ってくれるだけ、ナイトゴーントよりはマシだな。
だが、油断はできない。いつこいつが襲ってくるか分からない。
「……少年はニャル子にとってのなに?」
「は?」
何を言っているんだこいつは。なにってなんだちゃんと主語を使え。
「……早く答えて」
「何を知りたいんだよ」
「……ニャル子と少年の関係性について早く」
「ああ、あいつとの関係性か」
「……はよ」
「なにをそんなに急いでやがんだ。んーと……」
俺とあいつの関係。
それは単なる護衛と護衛対象じゃないのか?
ここに来る前に死亡フラグを立てるために告白ごっこをしたが、あれはどう見ても遊びだ。
つまり、あいつにとって俺はおもちゃかなんかじゃないのか。
「……護衛と護衛対象?」
色々考えたが結局一番無難な答えた。
つーか、こいつはそんなものを知って何がしたいんだ?
「……そう」
そうつぶやくとクトゥグアはまた考え込みだした。
そして十秒ほど考えて、こちらに目を向けてくる。
「……とりあえず少年には痛い目にあってもらう」
「は?」
えっ? こいつは何を言っているんだ?
そもそも俺はノーデンスってやつに奴隷という商品目的で狙われたはずだろ。
こいつはそのノーデンスの雇った用心棒ってところだろう。
その用心棒が商品を傷つけるってのか。
「…………」
クトゥグアの右手が空を切る。
普段ならなんてことない動作だ。だが向こうは殺る気満々の宇宙人だ。
俺の直感が告げている。この位置に立っていたらヤバいと。
その直感を信じ、俺は精一杯の力で前方へ飛び込んだ。
瞬間、自分のいた床に豪火が走った。
「いいっ!?」
全身に嫌な汗が流れる。
もしあの場所に突っ立っていたら今ごろ体は丸焦げだ。
そう思ったら体がぞーっとした。
「……お見事。よく避けられた」
声が近くから聞こえてきた。首を上へ向ける。
そこには棒状のなにかを持ったクトゥグアが立ってた。
長さ六十センチほどで先が九十度で曲がっており、先端のV字の切れ込みが入った金属の棒。
それはニャル子がよく使っていた名状しがたいバールのようなものと酷似していた。
「…………」
クトゥグアが無言でこちらの首目掛けてバールのようなものを振る。
俺はとっさに左腕を前に出してガードする。俺の左腕とバールのようなものが接触した。
「っぅ!?」
じゅー、と鉄板で肉を焼いているような音が聞こえた。
自分の左腕を良く見てみると、バールのようなものとの接触点から黒い煙のようなものが出ていた。
「ッがあああああああああああああああああああああっ!!」
反射的に左腕をバールのようなものから離す。接触していたところが赤黒く変色していた。
「……ふっ!」
あまりの痛さにバランスを崩した俺のわき腹に鋭い蹴りが入る。
抵抗する力もなく俺は、強力な一撃を受け十メートルほど床を転がった。
「……ごほっ、げほっ、げほっ」
一度にダメージを受け過ぎて、一気に体に疲れが襲いかかる。
目眩がする。耳鳴りがする。咳が出る。口から血が出る。
こんな短時間でここまで怪我をしたなんてこと生きてて早々ねえぞ。
「……あれ? まだ息がある」
クトゥグアがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
このまま寝転がっているだけじゃ殺される。
もはや限界に近い自分の体に鞭を打って、俺はふらつきながらも立ち上がった。
「……立てるんだ」
「ぜぇ、ぜぇ、ごほっごほっ!」
口の端から流れる流血を右手で拭う。
さて、ここからどうしたもんだ。
正面から立ち向かっても敵う気が一億分の一もしない。
「……っつーか、お前なんで俺を攻撃するんだ」
「……なんで?」
「お前らにとって俺は商品かなんかじゃねかったのか。それを殺しちまったら意味ねえじゃねえか」
とりあえずなんで攻撃されているのか理解できない。
それを聞かずに死んじまうなんて絶対に嫌だからな。いや、死ぬつもりはさらさらねえが。
「……少年はうそをついた」
「嘘?」
「……ニャル子と少年の関係性は護衛と護衛対象と言った」
「なんでそれが嘘ってことになるんだよ。俺は嘘なんて――」
「……わたしは知っている。ニャル子が少年に告白していたことを」
「ッ!?」
こいつどっからそんな情報を仕入れやがった。
あの場には俺達しかいなかったはずだが。まあどうせ宇宙的な超技術で覗いてたんだろう。
だけど俺はあの告白になんの返答もしていない。ましてあんな嘘の告白に意味なんて――。
「……だからわたしは少年を殺す。炙る。焼く」
「ぐっ!?」
ボオゥ!
少女の右手から巨大な火の玉が一瞬で現れた。
あまりに熱量が高すぎて場所が場所なら蜃気楼でも起きそうだった。
クトゥグアの右手が振るわれた。
瞬間、俺に向けて巨大な豪火が飛んできた。
「うおっ!?」
思わず横に飛んでその炎を避けた。
火の玉が床に着弾した瞬間、辺りに凄まじい爆発が起こった。
俺はそれに巻き込まれて吹き飛んだ。床を皮膚が破れるかと思うくらい転がっていく。
「はぁ、はぁ、無茶苦茶じゃねえか」
俺は考える。こんな絶対絶命で生き残る方法を。
思いつく方法はたった一つ。ニャル子が助けに来るのを待つ。
自分の護衛が任務の邪神ニャルラトホテプ。彼女が助けに来るのを待つしか生き残る道はない。
邪神の相手は邪神がするべきだ、そう俺は考える。
あいつはクトゥグアを相手にするのは苦手と言っていたが、何の取り得もない男子高校生が相手をするり遥かにマシだろ。
つまり、今俺がするべきことは――。
(助けが来るまで、生き延びるっ!!)
俺は全速力でクトゥグアの居る方向の真逆に向かって走り出す。
すでに体に多大なダメージを負っているが、まだ十分に動ける。
俺は逃げる。こんなのとまともに相対していたら、命がいくつあっても足りはしねえ。
「……逃げるの?」
クトゥグアが何か言っていたがそんなものに気を取られてる暇はない。
ただひたすら走るべし。と、次の瞬間。
俺の目の前に巨大な火柱が上がった。
例えるなら噴出花火の火をそのまま百倍くらいの大きさにしたみたいな。
「……私から逃げられると?」
「……ははっ。不幸だぁ」
こんな状況になったらみんなどうする? もう笑うしかねえよな。
とにかく俺は生き残るために精一杯努力しよう。そう思いました。
―――
―――
「……えーと、あれ? 何だか予定と違うんだけど」
「ちょっとノーデンス! 当麻さんをどこにやったんですか!?」
おかしい。たしかクトゥグアとニャルラトホテプを別空間に飛ばしたはずなのに。
なぜか用心棒であるクトゥグアと、商品である上条当麻がいなくなっていた。
代わりに一番厄介とされているニャルラトホテプ星人が目の前に立っている。
絶望しながらノーデンスは冷や汗をかいた。
「い、いや、あのね。本当はお前とクトゥグアを私のノーデンス時空に飛ばそうと思ってたんだけどね」
「ノーデンス時空……。やっかいなところに送り付けてくれましたね」
ノーデンス時空。味方の力二倍、相手の力半減とチートのような空間。
「……んまあ、とりあえず十分の九殺しで勘弁してあげますから今すぐノーデンス時空から当麻さんを連れ戻しなさい。あ、クー子の野郎は放置で」
「ふん。だが断らさせてもらおう」
「そんなこと言っていいんですか? 本来は全殺しの所を十分の九殺しで勘弁してあげるって言ってんですよ」
「それは私にメリットがない気がするのだがね」
「メリットならありますよ。第二の人生が歩めます。英語で言うとネクストワールド」
「それは第二というか新しく一からやり直せと聞こえるが」
「ちっ、まあいいでしょう。当麻さんはあとで助けるとして――」
少女が観客席の端から端までを見回す。
そして口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「とりあえずここにいるヤツらは全員MI・NA・GO・RO・SHIといきますか」
「やべえんじゃねえのか」「これは逃げた方が良いって」「お、俺は逃げるぞ」
観客席にいる怪物たちがざわめきだす。
本来はクトゥグアがニャルラトホテプを抑えて、その間にゆっくりとオークションをする予定だった。
だがニャルラトホテプはそこにいて、今から自分たちを皆殺しにすると言っている。
うろたえない方がおかしい状況である。
「静粛に!」
老人が皆を黙らせる。
その表情は絶体絶命の状況に置かれているのにもかかわらず、余裕の笑みだった。
「オークションは予定通り行う。だから諸君らは安心して見ていたまえ」
「なぁに寝言ほざいてんですか。今のあんたの状況分かってます?」
「貴様こそ分かっているのかね。あの少年の命を今私が握っているということを」
「ッ!? そんなハッタリに騙されると思ってんですか!」
「ハッタリではない。私はいつでもノーデンス時空にいるクトゥグアに指令を送ることができる」
「……つまり、当麻さんを生かして欲しかったらここは大人しく見てろ、と?」
少女の頬に一滴の汗が流れる。この状況は彼女にとってもあまり好ましくないようである。
ニャルラトホテプは少し考えたのち、力を抜いて腕をぷらんとさせる。
「ふふはははははははっ!! 物分かりがよくて助かるニャルラトホテプ星人」
会場の中心で高笑いを上げる。
それにつられて会場にいる観客たちも歓声を上げた。
(当麻さん。この場はどうにかしますから、どうか無事でいてください)
今の自分ではこの状況を打開することは難しい。
だから少女は今は少年の無事を祈ることしかできなかった。
―――
―――
「……はぁ、はぁ、ごほっ!」
「……少年。本当に少年は地球人?」
「何でそんなこと聞くんだ?」
「……このノーデンス時空は敵の力が半分に、味方の力が二倍になる。虚弱貧弱無知無能な地球人ならデコピンで脳震盪を起こすレベル」
「ははっ。そうならなくて残念だったな。こう見えてもそれなりに喧嘩慣れしてっからよ」
「……そう」
クトゥグアがバールのようなものを構え、地面を思い切り蹴った。
瞬時に俺との距離を詰めて、バールのようなものを振りかざす。
「このっ!」
俺はそれをしゃがんで避ける。
頭の上に炎でも通ったんじゃないかと思うくらいの熱量だった。
「…………」
続いてはしゃがんだ俺に向けての蹴り。俺はそれを両腕をクロスさせて防御する。
「ぐっ!?」
ミシミシ、と腕が軋む音がした。
防いだことを確認した少女は再びバールのようなものを振る。
まさかの不意打ちだったが俺はそれを無理やり後ろに飛んで避けた。
「……ちょこまかとうざい」
何とか目が慣れてきて避けられるようになってきた。
たしかにクトゥグアの攻撃はそこら辺の不良などと比べると圧倒的に早くて重い。
だが、動きにそれなりにパターンがあることに先ほど気付いた。
ここまで来るのに何度殴られたことか……。
「……いい加減燃えて」
少女の右手が横に振られる。
それと連動して空中に炎の波が発生した。
空気を食いつくしながら俺の居る方へと向かってくる。
「これくらいならよけ――ッ!?」
こんなときになにかに躓いた。
足元には俺の持っていた鞄が、中身を撒き散らしながら転がっていた。
「しまっ――!?」
バランスを崩した状態で炎の波が襲いかかってくる。
俺はいつもの癖でとっさに炎に向けて右手を構えた。
バキン!
炎の波が俺に辿り着くことなく、空中で分解された。
(……お、俺の右手が反応した……?)
た、助かった。こいつが反応しなかったら俺は今ごろ火だるまだ。
この異能の力を打ち消す右手、今は本当に感謝である。
「……ッ! ? 一体何をしたの?」
クトゥグアの無表情だったわずかに変化が見られた。
が、すぐに元の無表情に戻る。
「……よくわからないけどそろそろ私も本気を出す」
背中から何か飛び出してきたのが見えた。
「……私の宇宙CQC百式」
クトゥグアの後ろが一瞬光ったように見えた。
何か嫌な予感がし、とっさに俺は横に飛んだ。
オレンジ色に光る閃光が自分の居たところに照射される。
ジュウウウ、と床が溶解しドロドロの穴が開いていた。
「な、何だよそれ」
「精神感応型無線誘導式機動砲台『クトゥグアの配下』」
空中に赤く光る拳大の大きさのものが飛んでいた。
クトゥグアを中心に周りを回る姿はまるで衛星のようだ。
「なんじゃそりゃ」
「……要するに私の思い通りに動く砲台。ちなみに──」
自分の右の耳のすぐ横を熱いものが通った。
クトゥグアの機動砲台から発された熱線だ。
「熱っ!?」
「── 射程は無限大。インフィニットレンジ 」
「チートじゃねえか」
「……いって」
機動砲台がゆっくりとレーザーを発射しながらこちらへ向かってくる。しかも二基。
俺はそれをひたすら走り、飛び、しゃがみ、転んだりを繰り返し、二秒くらいの間隔で発射されるレーザーを回避する。
「……お嬢さん、お逃げなさい」
「俺はお嬢さんじゃ──っと危ねっ……ねえっ!」
俺は自分の右手を見る。
クトゥグアの炎攻撃は打ち消すことができた。つまり異能の力で操られる豪火だったのだろう。
もしかしたら、この射程無限のチートレーザー攻撃を右手で触れることで無効化させることができるかもしれない。
だが、正直打ち消せられたからなんだという話になる。
数が二機。つまり一つは防げられてももう一つは防げられない。
つまり出来る限り避ける方が絶対にいい。右手は緊急時の防御法とする。
「……少年。しつこい男は嫌われるよ」
「お前に嫌われてもどうも思わねえよっ!」
「……じゃあ死んで」
クトゥグアがそう呟くと機動砲台がさらに接近してきた。
今までは十メートルくらい離れた場所からレーザーを発射していたから何とか避けることかできた。
それが現在五メートルくらいにまで距離が詰まる。回避が今までの倍、いやそれ以上に困難になる。
近距離レーザーが襲いかかってきた。
「どおおおりゃあああああああああっ!!」
無駄に大声で叫びながら跳ぶ。
避けきれないと思ったものも無理矢理体を捻らせてでも避けた。
「く、くそっ」
次第に機動砲台との距離が詰まってきている気がする。
今にも手に届きそうなところに機動砲台が設置されているように見える。
このままではいつか攻撃に当たってしまう。
何か打開策のようなものを考えなければ俺は死ぬ。
必死に熱線の雨を避けながら思考を巡らせた。クトゥグアの言った言葉を思い出す。
精神感応型無線誘導式機動砲台。
自分の思った通りに動く機動砲台。
あの機械的な外見からしてあれ自体が異能というわけではないだろう。
地球でいう拳銃が宙を浮いて銃撃しているようなものだ。
つまり、機動砲台自体は異能でもなんでもない。
「つまり――」
「……そこっ」
左肩に何か熱いものを感じた。
「……は?」
機動砲台からの攻撃を避けることを忘れて、俺は左の肩を見る。
穴が開いていた。
「─────────!!」
左肩を押さえ、その場でうずくまる。声にならない激痛が左肩に走った。
「……やっと当たった」
クトゥグアの周りには二基の機動砲台がゆっくりと浮遊していた。
それらからレーザーを発射する様子は見られない。
「……こ、この野郎ォ……!」
クトゥグアを睨み付ける。
だが彼女は顔色一つ変えずに口を開く。
「……安心して。殺すつもりはない」
「さっき死ねっつったやつの言葉とは思えねえな……」
「……だけど半殺しにはする」
クトゥグアがどこからともなく取り出した名状しがたいバールのようなもの構える。
そしてそれを振り下ろす。
「──くそっ」
俺は後ろに飛んでそれを避ける。
その反動で後転しそのままの勢いで立ち上がった。
左肩には今まで味わったことのない激痛が走るが、そんなもの気にしてる暇はない。
今は動かないと死ぬ。
「……まだ動けるの? やっぱり足を撃ち抜いた方が良い?」
再び機動砲台が行動を開始する。砲台部分からオレンジの閃光が飛び出す。
「このっ」
バックステップしてそれを避ける。
レーザーは自分の足があった場所に突き刺さった。
さっきの言動から足に攻撃が来るのは明確だ。
そうとわかって足下をお留守にするわけがない。
「……消え失せろ俗物が」
「誰が、俗物だコラ!」
足下を重点的にレーザーが飛んでくる。
来る場所が分かる分、比較的に避けやすくなっている。
それでも辛いことには変わりはないが、その余裕を使い再び考えを巡らせる。
精神感応型無線誘導式機動砲台。
思い通りに動かせるというのは何かしらの方法であの機械に思考を送っているということ。
その方法について一つ思いつくものがあった。
精神感応能力(テレパス)。
離れた位置から相手に自分の考えを伝えることができる能力。
俺の住む街ではそんな能力を持った人間がたくさんいた。
おそらくあれもそれと同じようにクトゥグアが指示を機動砲台に送って動かさせている。
または、機動砲台がクトゥグアの思考と同調して動いているか。
「……それならやることは一つだっ!」
地表二メートルくらいの位置に機動砲台が一つ飛んでいた。
俺はそれに向かって全力で走る。
「……ッ!?」
俺の突然の奇行にクトゥグアが表情を変える。
が、すぐにその表情は元に戻った。
「……何をする気か知らないけど」
後ろから機動砲台が飛ぶ音が聞こえる。
おそらく後ろからレーザーを撃つつもりなのだろう。
ヒュン。
レーザーの発射音が聞こえた。
その瞬間、俺は前に跳び出し、それをかわす。
ちょうど熱戦は俺の立っていたところへと照射された。
前に飛んだ勢いを使い、前方の機動砲台との距離を詰める。
「……このっ」
前方の機動砲台の発射口がオレンジ色に輝く。
俺はそのとき本能が悟った。レーザーの狙いは――。
「──やらせるかよぉ!」
俺は思い切りしゃがんだ。頭が床に着きそうになくらい。
頭上をオレンジ色の熱線が走り去っていった。
外れてよかったと心臓がバクバクしているが、そんなもん気にしている暇はない。
しゃがんだときの足のバネを使い、機動砲台へ向かって飛んだ。
「……何をっ」
クトゥグアが俺の考えてることを察したのか、機動砲台を急上昇させる。
俺は右手を突き出す。
「──届けええええええええええええええっ!!」
空中に浮遊する機動砲台を右手が掴む。
バキン!
という音が鳴り、機動砲台の機能が停止いた。
「……わたしの機動砲台に……一体何を」
「ふふふ。ふふふははははははははははははははははははははははは──」
「ッ!?」
「──面白れぇ、面白れぇよクトゥグア」
「……何が?」
「精神感応型無線誘導式機動砲台『クトゥグアの配下』。こんなオモチャで俺を倒せると思ってたのかよ」
「……さっきまでその機動砲台から逃げ回ってた少年の言葉とは思えない」
「ああ、あれは仕方がねかったんだよ。情報が少なかったからな」
「……情報?」
「そうだ。そのオモチャの情報がな」
「…………」
「俺はその情報を手に入れるために、こいつを捕まえたわけだ」
「……私の機動砲台」
「そうだ。何でこいつがお前の支配下から外れたと思う」
「……まさか」
「そうだ。そのまさかだ。こいつに触れることで情報を分析し手に入れ、そして掌握した」
「……だけど。まだわたしには他の機動砲台が残っている」
「ああ違う違う。そうじゃなくて、クトゥグアの配下自体を掌握したっつってんだよ」
「……え? でも現にこの機動砲台は私の支配下に──」
「そりゃまだ奪ってねえからな。やろうとすればそれも……そうだなぁ――」
「お前が隠してる、残りのオモチャ全部の銃口をお前に向けることができるんだぜ?」
「……! どうしてそれを」
「言っただろ。掌握したって」
「…………」
機動砲台がクトゥグアの背中へと隠れていく。
「……こうして電源を切れば奪われないはず」
「……そうだな。そうすりゃ俺にはどうしようもねえ」
俺は右手に持つ機動砲台を床にたたきつけた。
グシャリ、と中身の部品を撒き散らしながら機動砲台は破壊された。
(あ、危ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!)
さっきまでの俺の強気な態度。というかキャラ崩壊に違和感感じた人がたくさんいると思う。
だが、実はあれはこの上条当麻様の超絶奇跡的なミラクル演技なのですよ。
実際はあの機動砲台に送られてるテレパス的なものを右手で妨害しただけで、別に掌握なんかしてない。ハッタリだ。
本当にこれは奇跡だ。もしあの機動砲台がラジコン的なものだったらゼロ距離でレーザーを受けてただろう。
あれが宇宙製で本当によかった、よかった……。
「……でもこれだけでは少年が有利になったわけじゃない。身体能力からして私の方が有利」
「……だろうな」
正直そうだと思う。
元からのスペックも段違いな上に、俺は左肩を負傷していて戦力が半分からそれ以下になってるだろう。
それに彼女の話によればノーデンス空間というものせいでさらに俺の力は半分。
正直勝てる気なんてさらさらしない。
だけど、俺は勝つことなんて考えちゃいない。
俺はニャル子が来るまで待つ。あいつが来るまで絶対に死んでたまるかってんだ。
「……少年を倒してニャル子のところへ行く」
「……ひとついいか」
「……何?」
「何でお前はそこまでニャル子に突っかかるんだ?」
ずっと疑問に思っていた。
彼女たちは種族単位で対立関係にある。
だが、それはあくまで同じ場所に居合わせたときのみだろう。
わざわざ星に乗りこんで『ニャルラトホテプは殲滅だ』みたいな感じではないと思う。
「……少年には関係ない」
「幼稚園、小学校とずっと対立関係だって聞いたけど、こんな時間が経ってるっつうのに何で今更。あいつに何か恨みでもあんのか」
「……別にそんなものはない」
「じゃあ何でだ。単にニャルラトホテプ星人とクトゥグア星人が対立関係にあったからか」
「…………」
なにか無表情で定評のあるクトゥグアの少女に焦りが見えた気がした。
わずかに顔をひきつらせて、汗をかいていて――。
「……お前。まさかとは思うが――」
俺は朝、青髪ピアスとした会話を思い出す。
エロゲの話なんて傍から見たら下らない話だが、おそらくその中に今の状況を表すヒントがあった。
『子供の頃って好きな相手にイタズラしたりするやんか。それが現代になっても続けてしまってるってキャラなんやけどな』
「――ニャル子のことが、その、好きなのか?」
「えっ!?」
クトゥグアの表情が驚愕一色に染まった。
わずかな表情の変化は見たことあるが、ここまでの変化は初めてだ。
つまり、これは正解ということか。
「……な、なんでそのことを少年が……?」
「お前あれだろ。どうせ素直に自分の気持ちを伝えられずに、気を引くためにあいつに突っかってんだろ」
「…………」
少女が黙りこむ。何だか怒られてうつむいている子供のようだった。
「今回のことだって、ニャル子がここに来るってわかってたからノーデンスのもとに付いたんだろ。以前と同じようにするために」
「……大体合ってる」
ってことは、こいつは未だにこんなくだらない方法でアイツと仲良くなろうと……。
「……たしかにわたしはニャル子と仲良くなりたい。だけど少年には関係な――」
「……うるせぇよ」
「……なに?」
「うるせぇっつってんだよクトゥグア!」
「……えっ?」
「そんなんでどうすんだよ! お前はあいつと、ニャル子と仲良くなりてえんだろ! そうなんだろ!?」
「……そ、その」
「だったら争いあってどうすんだよ! なんでそんな方法しか出来ねえんだ! ちゃんと自分の気持ちを伝えろよ『仲良くなりたい』って」
「で、でも──」
「でも、じゃねえよ。伝えたいことは言葉しなきゃ伝わらねえだろ」
拳で思いが伝わるのは武道家だけだ。
あいつらは殴り合った後、夕陽をバックに涙を流しながら分かり合うからな。
「……たぶんニャル子に私が何を言おうと通じない。私がクトゥグアだから」
「そりゃたしかに種族間の問題があるかもしれねえ。けど、そんなもんぶち壊していくのが大事なんじゃないのかよ」
「……ところで何で私が少年に説教されなきゃいけないの?」
「あん? 説教なんてしてるつもりはねえよ。これはあれだ……お前のためのアドバイスだ」
「……よけいなお世話。私はこれからニャル子のところへ行く。そしてアタックする…攻撃な意味と性的な意味両方で」
クトゥグアが二本の名状しがたいバールのようなものを懐から取り出した。
そしてバールのようなものの先から紅蓮の炎が噴き出す。
「だからそういうことするからニャル子に嫌われるんだろ!」
「……大丈夫。むしろそっちの方が興奮する、はぁ、はぁ」
だめだこいつ早くどうにかしないと。
そんな変な考えを持ってるからこんなややこしいことになるんじゃねえのか。
「……だから少年。そのために少年には倒れててもらう」
クトゥグアが飛び出す。一直線に俺のもとへ。砲弾のような速度で。
「あぁくそう。ニャルラトホテプだからとかクトゥグアだからとか、そんなくだらねえことでまともな方法を諦めるってんなら――」
左手に持つ名状しがたいバールのようなものが横に振られる。
かなりの大振りだったから簡単に避けることが出来た。
「テメェがそんな方法であいつと本当に仲良くなれると思ってんなら──」
もう一本の右手に持つバールのようなものが真っ直ぐ立てに振り下ろされる。
俺はそれを――。
ガッ。
「ッ!?」
避けない。
わずかにクトゥグアに接近して、ほとんど機能しなくなった左肩で右手ごとバールのようなものを受ける。
ズシン、と体全身が重圧がかかってくるのが分かるが、とっくに左肩の痛覚は消えてんだ、今さら恐れるもんはねえ!
突然の俺の起こしたアクションに驚いたのか、わずかながらに彼女にスキができる。
俺はそれを見逃さなかった。右の拳を握りしめる。
「――その幻想をぶち殺すっ!!」
俺の右手の拳が、少女の顔面に突き刺さった。
クトゥグアの体が床の上に叩きつけられて、地面を手足を投げ出しながらゴロゴロと転がっていった。
バキン!
俺の右手が反応したことに気付き、とっさにクトゥグアを見た。
人型の原型がだんだんと崩れていき、炎になっていき、最終的には宙に灰となって燃え尽きた少女が目に映った。
―――
―――
「さて、この生意気な小娘をどうしてくれようか」
じゅるり、と舌なめずりをする老人。
「なんですかぁ? まさか私に乱暴をするつもりですか、エロ同人誌みたいに」
うおおおおおおっ、と会場内で今までにない歓声が上がる。
あまりの声の大きさに建物全体が振動しているかのような錯覚に陥る。
「ふふふ。それはそれで面白いではないか。皆の者。何が好みだ?」
『触手ッ!!』『スライムッ!!』『ジュウカンジュウカンッ!!』
観客席から下品な発言が飛び交う。そんな光景を見ながら少女は呆れながら、
「なんですかぁこの必死さ。ここには童貞しかいやがらねえんですか?」
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「そんな発想しかできねえから一生童貞なんですよ」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに歯噛みする老人。
本当に童貞だったのかよ、と溜め息を吐くニャルラトホテプ。
(しかしこれは本当に不味いですね。このままでは私の貞操が危ないです。私の初めては当麻さんって決めているんですから)
こいつらを全滅させてもいいが、あの少年と一緒にいるクトゥグアの存在が一番厄介だ。
もし全滅させたのが彼女にバレたら、彼はどうなってしまうのか皆目見当がつかない。
(くぅぅぅ、なにか、なにか一発逆転の方法はないんですか?)
そんなことを考えるニャルラトホテプだが、状況は自分の不利で変わることがなかった。
が、この黒幕であるノーデンスに急に焦りが見えた。
「……な、なんだと。クトゥグアの邪神圧が……消えた……?」
どういったわけか知らないがクトゥグアの邪神圧が消えたらしい。
つまりあの少年に迫る脅威は消え去ったということだ。
その言葉をニャルラトホテプは聞き逃さなかった。
ニヤッ、と笑みをあげる。
「ノーデンス」
「は、はいぃ!」
「そういえばあなたは童貞だからそろそろ卒業式を挙げたいと思っていたんですよね?」
「えっ、あのー、そんなこと一言も――」
「思っていたんですよね?」
にこっ、と笑うニャルラトホテプ。
見た感じは普通の笑顔だが、内部から邪悪なオーラが溢れ出ているのがノーデンスにはわかった。
「はいそうです!! 卒業式を挙げたいれす!!」
「そうですかー。では私が挙げさせてあげましょう――」
指をボキボキと鳴らしながら、
「――人生の卒業式を、ね」
その一言とともに、観客席から一斉に気配が消えた。
「ありゃ、みんなもう逃げちまいましたか」
辺りを見渡す。さっきまで盛り上がっていた怪物たちはいなく、観客席には祭りの後のような悲壮感が漂っていた。
「お、追いかけなくてもよろしいので?」
「いえ。追いかけようにも厳密にはオークション前でしたからね。連中をしょっ引くには証拠が不十分なんですよ」
「な、ならオークション前ということで私も見逃して――」
「シャラップ!!」
「!?」
突然の大声に、老人の体がビクッとなる。
「あなたは別ですよノーデンス。あなたには逮捕状がちゃんと出ているんです」
「ならば早く逮捕してくれ!」
「だから私はあなたを粉々にぶち殺してやろうと思いまして」
「な、何でだ! ちゃんと逮捕状に従え!」
「ノーデンスなんていなかった。それでいいじゃないですか」
「ひいっ!」
急におびえ出した老人を見て、少女は嘲笑った。
「どうせだからあなたは私の全力で葬ってあげましょう」
「全力……?」
「はい。本来もしクトゥグアと対峙したときと思って取っておきましたが、もうやつはいないので使っちゃっていいでしょう」
「それって……つまり……」
「そうですね。仮に私とクー子を向こうへ送ったところで結果は変わらないということですね」
ニコリ、と笑って少女は構える。
「お見せしましょう――私の宇宙CQC、エンハンサー」
今日この瞬間、オークション会場に向けて何者かの手によって極太のビーム砲が発射された。
―――
―――
「……痛つつ」
今さら左肩の傷や、体中の痛みがぶり返ってくる。
俺はこの何もない空間で一人座り込んでいた。
受けたダメージもそれなりに大きいので、この広い空間を探索しようなどとは一切思わなかった。
「そういやこんなもんもらってたな」
持ち物が散乱した鞄の中に黒く光る十センチ四方の箱があった。
たしかニャル子がお守りと言って渡してきたものだった気がする。
お守りの力が欲しくなるくらいの事態に遭ったが結局使わなかった。
「…………」
ふと、自分の右手を見る。
クトゥグアは異能のチカラの塊だったらしく、俺の幻想殺しで触れることによって跡形もなく燃え尽きてしまった。
心に罪悪感が残る。いくら自己防衛だからといって、ただニャル子と友達になりたかった少女を殴り。
さらに言うなら俺の右手という存在が彼女の存在を殺してしまった。
「……くそったれ」
必ず救いの手があったはずだ。
こんな最悪なバッドエンドでなく、みんなで笑って終われるハッピーエンドが。
せめてもの救いとして、俺は弔いの言葉をクトゥグアにかけた。
「……あの世で元気でやれよ……クー子」
「……私、いつの間に死んだの?」
「ってあれ!? 何でお前生きてんの!?」
気付いたら後ろにクトゥグアと呼ばれる少女が立っていた。
思わずビックリして、手に持っていた箱をポケットに無理やり突っ込んだ。
別に隠すようなものでもなかったのだが。
「……失礼な。私は地球人のワンパンでくたばるようなやわな邪神じゃない」
「でもお前、俺の右手に触れて木端微塵に」
たしかに俺は見た。
俺の右手が反応し、クトゥグアの体は燃え尽きて灰になったのを。
「……あれはたしかにびっくりした。いきなり私の固定化が崩れるなんて」
「え?」
「……たしかに少年の右手は特殊。私の炎や機動砲台まで何でも壊す」
「いや、わけわかんねえんだけど」
「……とにかく私はあの程度では滅びない。炎がある限り何度でも蘇る。ニャル子への愛こそ私の夢だから」
「途中まで理解できたが最後の言葉のせいでよく分からなくなった」
宇宙人ってのはなぜこう話の中にボケを入れたがるのか。
そういうところはこいつとニャル子は似ている気がする。
「……まあ、それでも」
鼻から血が垂れてくる。
「……しょっちゅう鼻血は出すけど、物理的な衝撃で鼻血を出したのは久しぶり。痛い」
「ああ、なんつうか悪りぃ」
「……少年が謝ることはない。私の方が少年にもっとひどい怪我をさせた」
俺の方を見ながら少女は心配そうな目を向けてきた。
「これぐらいへっちゃらだって。この程度の怪我毎日のようにしてるぜ」
「……そう」
しばらくの間沈黙が俺たちを襲った。
エレベーターの中で二人きりになるような気まずさがある。
これは俺が何か話しかけた方がいいのか。それなら何を話そうか。
そんなことで頭を悩ませている時に、少女が話しかけてきた。
「……少年」
「何だ?」
「……私、ニャル子にこの思いを伝えたいと思う。暴力じゃなくてちゃんと言葉で」
「……そうだな、その方がいい」
俺はゆっくりと立ち上がり、クトゥグアの少女のいるところへ歩く。
「……少年?」
少女に左手を差し伸べた。
「じゃあ行こうぜ。ニャル子のところによ」
「……うん!」
少女がそう呼応して、その手を掴もうとする。
カコン。
何か物が落ちた音がした。俺はなんだと下を見る。
床にはニャル子からもらった黒い箱が落ちていた。
どうやら落ちた衝撃で箱のふたがオープンしているようだ。
つーかあれ開けてもよかったのか?
すると、黒い箱に異変が起こった。
「な、なんだこりゃ!?」
「……これは」
箱の中から闇が出てきた。
黒い煙とかじゃない、この質感はなんというか闇だ。
どんどん闇を吐き出し続ける箱。次第に闇はこの空間の一部を埋め尽くしていった。
「何だよこれ!!」
目の前に映る闇が俺の不安を煽る。思わず声を荒らげてしまった。
視界を覆った闇の中に、なにか三つの光のようなものが見えた。
形は細いひし形。一つは縦に、もう二つはやや斜め横に傾いている。
その光が急に細められた。
なぜだか見られているような気分になる。
(なんなんだよこれは!!)
―――
―――
オークション会場であるドームに視界が奪われるほどの砂煙がたちこめていた。
その中にポツンと立っている人影が一つ。
黒いスーツを下地に、肩や胸、腕や脚などに装甲を身につけている。
腰にはベルトが取り付けられており、頭にかぶっているフルフェイスタイプのヘルメットから変身ヒーローを連想させる。
「ふぅ。やっとこれで当麻さんを助けに行くことができますよー」
この軽い口調から分かるように、この見た目変身ヒーローはニャルラトホテプである。
彼女のこの姿はフルフォースフォームといい、ニャルラトホテプ星人のもっとも戦闘に適した形態だ。
つまり、本気モードというわけである。
「……ふむ。しかしこれは少しばかりやりすぎた感がありますね」
少女は目の前に開く巨大な穴を見下ろす。
これはフルフォースフォームで使える宇宙CQCエンハンサーの一つ、
『まったく原始的でかつ恐ろしいまでに祖先伝来のものである超中型ビームパイルバンカー』を放った跡だった。
この位置にはもともとノーデンスと呼ばれる老人がいたはずだ。
「ま、細かいことは置いといて、早く当麻さんを助けに行きたいんですけどねー」
現在、ノーデンス空間という恐ろしい世界に閉じ込められている少年。
クトゥグアの脅威が去ったといえ、地球人があんな場所に長時間いて無事にいられるとは思えない。
一刻も早く救助に行かねば、そう思うニャルラトホテプだった。
「しかし助けに行こうにも、こちらから助けに行く手段を私は持ち合わせていません」
このニャルラトホテプ星人のフルフォースフォームでさえも彼を助けに行くことはできなかった。
だが、それは今だけの話だ。
その方法を持っているのは今も向こうで助けを待っているだろう少年。
彼がその方法に気付いてくれれば――。
「――おっ」
唐突に少女の武骨な体が淡い光に包まれた。
目に刺さるような禍々しい光ではなく、心に安らぎを与える蛍火のような優しい光。
「さすが当麻さんです。グッドタイミング」
少女の反応からこれは少年がその方法に気付いたという証拠だった。
少女はにやり、と笑う。
「当麻さん、今会いに行きます!」
愛する彼を脳裏に浮かべながら、彼女はその場所へ飛んだ。
―――
―――
「とーうーまーさーん!!」
「……へぶっ!」
暗闇からなにか黒いものが飛び出してきた。
それは俺の隣にいたクトゥグアに激突する。
クトゥグアの小さな体は為す術なく床を転がっていった。
「…………、…………」
俺は目の前でなにが起こったのか理解できなかった。
急に箱から闇が出てきたと思ったら、中から黒い変身ヒーローのようなものが出てきた。
至極真っ当で何の特徴もない地球人である俺には理解の範疇を超えている。
「あっ、当麻さん! ご無事でしたか」
この軽快な口調、この聞き慣れた声。
「……お前。まさかニャル子か?」
「はい! いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプです」
そんなに時間は経ってないはずなのに、そのセリフには妙な懐かしさがあった。
どういう理屈か知らないがこの変身ヒーローはニャル子のようだ。
「――しかし」
黒い三つ目のヘルメットがこちらに顔をぐいっと近づけてくる。
「って当麻さんすごい怪我じゃないですか! これはあとで私がしっかりと治療してあげますからね……じゅるり。あっ、そういえばクー子の野郎はどこに行きましたか? いえ、居ないんならそれでいいんですが。えっ、この姿ですか? 知りたいですか? 知りたいですよねそれでは説明を――」
「一度に大量に喋るんじゃねえ」
俺は軽く右手でヘルメットを殴った。
バキン!
するとあの変身ヒーローのような姿から、いつもの制服を着込んだ銀髪碧眼の少女へ戻った。
「うう、せっかく助けに来たのにひどいです当麻さん」
頭を抱えながら涙目になる少女。
俺は気にせず質問する。
「そういやオークションはどうなったんだ?」
「ああ、主催者のノーデンスが灰になったので、観客席にいた邪神たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました」
「追わなくていいのかよ」
「厳密にはオークション開催前ですし、連中をしょっ引く法的証拠がないので仕方がないんですよ」
「そうか」
つまり、俺が狙われる理由がなくなったというわけだ。
これで俺は平和な生活を送れる。
そんなことを考えていると、何やらすごい熱気を感じた。
「……ん、ニャル子ぉ……」
「い、いいぃ!? く、クー子!」
クトゥグアの少女が鼻血を流しながら、ニャル子に這い寄っていた。
尋常じゃないくらいの鼻血の量だった。
「クー子……」
「……わかってる」
俺の呼びかけに少女は首を縦に振る。
そして彼女はニャル子の方へ向き、
「……ニャル子。私と仲良くしよ。わたしとちゅっちゅしよ」
「は?」
ん? なんか変な言葉が聞こえた気がしたんだが……。
あれ? こいつニャル子と友達になりたかったんだよな、あれ?
「……ニャル子好き、大好き。だから私とえっちしよ、一緒に赤ちゃんつく――」
クトゥグアの頭にバールのようなものが振り落とされた。
轟。
顔から地面にたたきつけられ、周りに赤い液体が飛び散る。
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ――。
クトゥグアの頭や体に何度も何度もバールのようなものが振り落とされる。
止めようかと思ったが、あまりのニャル子の形相に思わず息を飲んでしまった。
叩きつけられる度に少女の体小刻みに痙攣していく。
しばらくするとクトゥグアはピクリとも動かなくなった。
周りがまさしく血の海となっていて、俺は思わず目を背けた。
「……お、おい。ちょっと予想外だったけど、自分のことを好きって言ってくれてるやつにここまでしなくても……」
「す、すみません。少し取り乱してしまいました。あまりにもビックリしたもので」
「つーかこれ大丈夫なのか?」
「ああ、多分大丈夫だと思いますよ。この程度で死ぬようなやつだったらとっくの昔に私が殺してますよ」
「そう……なのか?」
正直ここまでされて生きているヤツの方がおかしい。
それくらい徹底的に叩きのめされている少女が心配で仕方がなかった。
いくら、こいつの人格が歪んでいるからと言っても……。
「……ニャル子ー」
バキッ。
何かが折れる音がした。
どうやらクトゥグアはまだ生きていたらしい。
だが、今は首が変な角度に曲がっている。ああ、死んだなこれ。
「ではそろそろこの空間を脱出するとしますかね」
「こいつほっといても良いのか?」
「私のことが好きだというならこの空間を脱出して、私のところに来てみなさい! あっはははははははははっ」
「鬼だな……」
鬼畜だ。なんでこんなやつとクトゥグアは仲良くなりたいのだろう。
それが疑問で疑問で仕方がなかった。
「では行きましょう」
クトゥグアのことが少し心配になり、足を止めた。
しかし俺はニャル子に強引に手をひかれ、為す術なく闇の中に。
しばらく黒い世界の中を歩くと、俺は現実の世界に戻ってこれた。
―――
―――
ルルイエが遠ざかっていく。
今度はハイドラちゃんに乗って俺たちはテーマパークをあとにした。
あの事件は結局犯罪組織の壊滅ということで解決となった。
その後、ひと段落ついたくらいにニャル子の超絶宇宙技術で治療を受けた。
すると一瞬で開いた穴は塞がり、不思議と疲れを感じなくなった。
治療を終えた後少女にアトラクションでも回りましょう! と誘われたが、また気を失っても困るので断った。
ニャル子は悲しそうな表情一つもせずに、俺の隣に座っていた。
別に遊びに行きたければ行けばいいのにと言ったが、彼女は『家に帰るまでが任務です』と言って俺から離れようとしなかった。
まったく妙なところで律儀なヤツだと思う。
その時間を使って、ニャル子といろいろな話をした。
聞かされた話の中に、今回の俺が犯罪組織に狙われていた理由についてというのがあった。
宇宙産のホモビデオ。つまりアッー的な男優として俺が適役だった。そんなくだらない理由。
もし、ニャル子が助けてくれずにそのまま捕まっていたら、と考えただけで背筋がぞっとした。
そんな感じに適当に会話しているうちに園内に蛍の光が流れた。
つまり営業時間の終了。
銀河系の時間を止めて浮上したルルイエランドはあっさりと終了の時を迎えた。
―――
―――
ダゴン君と変わらぬスピードで、ハイドラちゃんは海を進んだ。
そしてハイドラちゃんのおかげですぐに俺たちは東京にたどり着く。
そこからまた学園都市へと向かい、時間が止まって警備がざるとなった検問所を通って中に入った。
そこにいる警備員の人は出るときと変わらぬ格好でいた。改めて時間の停止を感じる光景だった。
時間の止まった街を歩きながら、俺たちは第七学区にある鉄橋まで来た。
この鉄橋を渡ればすぐに自分の住んでいる寮へとたどり着くことができる。
渡り始めてちょうど橋の真ん中に到着した辺りで、ニャル子は足を止めた。
何かと思い俺は後ろに振り向く。
「……当麻さん。そろそろお別れの時間が近づいてきました」
「お別れ?」
「はい。当麻さんを狙う犯罪組織も壊滅させましたし、そろそろルルイエが沈み、止まっていた時間が動き出します」
犯罪組織の壊滅、つまり任務完了。
それはもうニャル子はこの地球にいる必要がなくなるということを表していた。
「私、楽しかったです。たった一日だけでしたが当麻さんと一緒に過ごせて……」
一日。そういえば忘れていた。
俺とニャル子が出会ってまだ一日しか経っていない。
あまりにも密度が高すぎて、確実に一日よりは遥かに長い期間一緒にいたような錯覚をしていた。
「ああ、俺も色々と不幸な目にあったりしたけど、お前と一緒にいた時間は結構楽しかったぜ」
「そうですか。それなら私も頑張った甲斐があったものです」
にぱー、と笑顔を浮かべる少女だったが、その表情はどこか寂しさのようなものを感じられた。
全宇宙の憧れの存在である地球。
そことお別れのときが来たので悲しいのだろう。
たった一日だけ。だがそれでも彼女が自分にしてくれたことはとても大きいことだった。
俺はニャル子の目を見る。
「……ニャル子。ありがとうな、俺なんかを守ってくれて」
「当麻さん……」
「いろいろ問題を起こしてくれたりしたが、お前がいなかったら今の俺はいなかった」
俺は頭を下げて、
「短い間だったけど、本当にありがとうニャル子。お前に会えて本当によかった」
「……いえ。こちらこそありがとうございました。護衛対象が当麻さんで私も本当によかったと思います!」
さきほどの悲しみを秘めたものではない、本当に純粋な笑顔を見た。
何だかんだ言って、こいつには笑顔が似合っている。
別れの時くらいお互い笑顔でいたい。
そんな事を思っていると、この銀河系が時間停止した時と同じような感覚を感じた。
そろそろこの止まった時間も再び動き出すのだろう。
「……当麻さん。最後にお願いがあるんですが」
「なんだ?」
「あの時の返事……是非ともここで聞かせてくれませんか?」
「あの時の返事って……」
「ノーデンスと戦う前に言った、私の告白の返事です」
「ええっ!? あ、あれってお前、冗談だったんじゃないのかよ!?」
「いえ。私は本気です。初めて顔を見た時から一目惚れして、そして実際に会ってさらに好きになりました」
「…………」
「どうやら信じてないという顔ですね。ならばもう一度言いましょう。
少女はすぅと深呼吸をし。
「当麻さん。私ニャルラトホテプはあなたのことが好きです」
顔がものすごく熱くなっていくのがわかった。
おそらく今の俺の顔は真っ赤になっているだろう。
真剣な告白。そんなものを受けたことない俺はどうすればいいのか分からない。
「……当麻さん。返事、聞かせてもらえますか?」
「…………」
「…………」
俺は、俺はニャル子のことが――
―――
―――
七月十九日。
明日から夏休みという日で、終業式前だがクラスの中は異様なテンションに包まれていた。
それは悪友であるも青髪ピアスも例外ではない。
俺は自分の席に座って、頬杖をついて窓から外を眺めながら友人のハイテンショントークを適当に聞き流していた。
「そういやカミやん。今日ちょろっと朝早く学校へ来てここの生徒のことを調べたんやけどな」
「お前は朝早くから一体何をやってんだ」
「それでその中にニャルラトホテプって言う外国人生徒はいなかったんよ」
「……だろうな」
俺は青髪ピアスに聞こえないくらいの声で呟く。
彼女は本来この学校の生徒ではない。ましてこの地球という惑星の住人ですらない。
そんな少女の名前が学校の生徒の名前一覧に載っていたら、何のギャグだよと俺はツッコムだろう。
「それで多分あの名前は偽名だったと思うんよ。そもそもニャルラトホテプって想像上の邪神の名前やで」
「お前知ってたのかよ」
「そんなに詳しくはないんやけどな。ちょろっとかじった程度や」
「……それって面白いのか?」
「うーん、たしかに面白いとは思うんやけど、美少女好きのボクからしたらちょっとあれやなー」
青髪ピアスの少年が首を横に振る。
要するに彼にとっては美少女が出るかでないかが面白さの判断基準なんだろう。
そんなに美少女が好きなら一生ゲームをしたり漫画を読んだりしてればいいさ。
まあ、それはともかくとして俺はニャルラトホテプが出てくる物語というものに少し興味がわいた。
クトゥルー神話。
文章はあまり得意ではないが、夏休みだしちょうどいいだろう。
本屋にでも売っているのだろうか。それなら帰りにちょっと寄ってみるかな。
そんな事を思っていると、
「はいはーい! 皆さん席に付いてくださーい。ホームルームを始めますよー」
教室の前のドアから我らが担任小萌先生が入ってきた。
時計を見る。もうホームルームが始まるくらいの時間だった。
(そういえば土御門がいねえな)
いつもならこの時間までには来ている悪友土御門がまだ来ていなかった。
寮を出る時には留守だったからてっきり学校に来ていると思ったが、どうやら違ったようだ。
「終業式の前に、今日はちょっとビッグニュースがありますよー!」
「明日から夏休みでーすっていうギャグはやめてくださいねセンセ。もうみんな知ってますから」
「そんなんじゃないですー! というか先生はそんなギャグは言いません!」
頬を膨らませながら青髪ピアスを叱る。
うへへー、と気持ち悪い笑みをあげる友人がいた。
今すぐここに救急車を呼んだ方がいいんじゃねえか? 黄色い方の。
「実は、こんな時期だというのになんと転入生ちゃんが来ちゃいます」
クラスでおおっーという歓声が上がる。
転入生? 本当に何でこんな時期なんだ?
普通転入してくるってんなら、夏休み明けの始業式の時にくるはずだろ。
「喜べ野郎ども! 残念子猫ちゃん達。転入生ちゃんは女子ですよ」
俺の疑問をよそに小萌先生は続ける。
ひゃっほーい! と野太い歓声があがった。
先生はこの謎の転入生について何の疑問も持っていないのだろうか。
「では転入生ちゃんどうぞ!」
そう言うと、教室の引き戸が音を立てて開いた。
教室に転入生が入る。
転入生は一人の少女だった。
腰まで伸びた銀色のロングヘアーは蛍光灯の光を反射してキラキラ輝いている。
頭頂部にはくるりと弧を描く二束の髪。
その顔だちは日本人離れした作りをしており、瞳は綺麗で透き通るような碧をしていた。
「じゃあひとまず自己紹介ということで、黒板に名前を書いてください」
そう言われると転入生の少女はこくっと頷き、黒板にチョークを縦横無尽に走らせた。
そして黒板に名前を書き終えると、少女はチョークを置く。
『上条ニャルラトホテプ』
黒板にはそう書かれていた。
「上条ニャルラトホテプと申します。将来なりたい職業は……当麻さんのお嫁さんです、きゃっ」
ニャルラトホテプと名乗る少女は、頬をほんのりと赤く染めながら、両手を両頬に当てて恥ずかしがる動作を行った。
俺はその行動にものすごくあざとさを感じた。
突然の美少女によるお嫁さん発言で、クラスの視線を独り占めする俺。別にしたくはないんだが。
「……ははっ」
さあて、このあとどういう仕打ちを受けるか容易に想像できる。
できるだけ被害を減らすためにどういった言い訳をするか。
それをあと四十秒ほどで考えなければならない。
とにかく俺は呟いた。
「……不幸だ」
-完-
いろいろツッコミどころが多いと思いますがこれで終わります
ここまで見てくださったみなさんありがとうございました。
ではではノシ
元スレ
―――
「――はっ、はっ、くそっ!」
私、上条当麻は今、未曾有の大ピンチに見舞われていた。
俺の目の前に立つのは怪物。
大きさは目測で軽く二メートルを超えていたが、姿はかろうじて人間の形をしている。
だが、あれが人間だとは絶対に思えない。
背中に生えている蝙蝠のような一対の羽根と、頭に生えている不規則に曲がった角、ゴムのようにつやのある黒い皮膚。
例えるならRPGに出てくる悪魔のような姿。
それらの要素が私は人間ではありません、と主張しているようだった。
俺はコンビニで夜食のカップ麺を買った帰り道にこの怪物と出会った。
最初は夜中に出歩く不審者程度に考えていて、出来る限り関わらないようにと来た道を逆走して避けたのだが、
走れば走るほど気配が近づいている気がした瞬間、俺はその異常に気付いた。
早く自分の学生寮に逃げ込むために全速力で帰り道を駆けた、がいくら走っても学生寮には辿り着くことはなかった。
道に迷ったのだ。裏道の一本一本全て把握しているいつもの通い慣れた道で。
あり得ない。なんだか全く知らない街でも歩いているような気分だった。
そんな風に逃げてるうちに、曲がり角を曲がった先が高くそびえ立つ壁、つまり行き止まりなんていう展開に陥ってしまう。
もう逃げられることはないのを悟ったのか、今まで見えなかったその追跡者の姿が闇の中から現れた。
悪魔のような外見をした怪物が。
そして今にいたる。
(……ちくしょう、どうする。どうする俺どうするよ俺っ!)
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:29:01.20 ID:ziXf3Bbpo
この絶体絶命の状況を打開すべく、そこまで良くない頭をフル回転させて考える。
そして今自分の持つ武器を確認する。
自分で言うのも悲しくなってくるが、俺は喧嘩慣れしている。
喧嘩慣れしていると言っても街の不良程度を一対一で勝てるかどうかのレベルなのだが。
だが、そんなバトルセンスが目の前の怪物に通じるとは到底思えない。
次に、俺は右の手のひら見た。この右手は特殊な右手だ。
幻想殺し。あらゆるものもそれが『異能の力』ならば問答無用に打ち消す力を持つ右手。
例をあげるなら、この学園都市で授業の一環である能力開発、それによって生み出される力『超能力』。
その超能力によって生み出された炎、電撃、爆発などの力を触れるだけで全て無にする。
それらが現在自分の持つ武器だ。
目の前に立ちふさがる怪物の姿を見る。
常識的に考えて、このような悪魔的な生物がこの現代社会に存在するだろうか。否、存在しない。
つまりこの目の前の怪物は、誰かは知らないがこの学園都市に住む能力者の能力によって生み出された非常識な存在。
すなわちそれは異能の力。
そう考えた俺は決断する。
(……この怪物を右手でぶん殴るッ!!)
もしあれが異能な存在だった場合、俺の右手の指先にでもちょこっと触れれば一瞬で消え去る。
たとえやつが人間では到底傷すら付けられない強靭な肉体を持っていようが、核爆弾が投下しても平然といられるようなバリアが張ってあったとしても。
それが異能の力によるものなら右手一つで打ち消せられる。
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:29:27.70 ID:ziXf3Bbpo
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
右手をヤツに触れさせるためには必ず近づかなければならない。
そのために俺は地面を思い切り蹴り、前へ飛び出す。
近づけば近づくほどヤツがどれだけ大きいか分かる。
だが、そんなことでビビっていられない。こっちは右手の指先一つさえ触れさせればダウンさせられるんだ。
「ウボァー!」
怪物が雄たけびを上げながら、長い爪を生やした腕をこちらに向けて伸ばしてくる。
あの手の形からして俺を取り押さえようとでもしているのだろう。
だがその速度は遅い、避けられる。
俺は体を屈めてその魔手から逃れた。
そして悪魔の懐へ入る。
「これでぇ、終わりだあああああああああああああああああっ!!」
バシッ。
怪物の腹部分に強烈な右ストレートを打ち込む。
しかしながら強烈と思っていたのは俺だけだったらしく、怪物は『何やってんだコイツ』みたいな感じに首を傾げていた。
右手で作った拳が痛む。それだけヤツの腹筋が硬かったのだろう。
だが俺の狙いはダメージを与えることじゃない。異能の力で出来た怪物を打ち消すことにある。
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:30:06.99 ID:ziXf3Bbpo
これでこの異形の怪物が――。
「…………………………………………………………あれ?」
消えなかった。おかしいな。
いつもならパキン、みたいな感じの音が鳴って何事もなかったかのように消えていくはずなのに。
学園都市頂点に立つレベル5の超強力な雷さえ打ち消した俺の右手は、このような化け物には通用しないのか!?
このまま近づいたままは危険と考え、俺はとっさに後ろへ下がろうとする、が。
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:30:34.88 ID:ziXf3Bbpo
「ウボァー!」
「うおっ!?」
怪物に捕まった。
巨大な手で左右から挟まれ動きを封じられる。
何とか抜け出そうと思い、必死にもがいた。
だが、すさまじい握力で束縛されており、身動きが全くと言っていいほど取れない。
すると、怪物の背中に生える一対の羽根が大きく広がった。
そしてそれを同時に上下に動かし始める。
地に着いていた足が急にアスファルトから離れた。
怪物が飛翔する。
(こ、これで俺の人生終わりなのかよ……)
事実まだ死んではいないが、生かされたところでこの悪魔に何をされるかわかったもんじゃない。
俺のこれからの生活は生き地獄になること間違いない。
全てがどうでもよくなった俺は、怪物の手の中でゆっくりと脱力した。
グシャ。
何か肉が潰れるような音がした。
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:31:00.86 ID:ziXf3Bbpo
「……って痛てっ!?」
俺はいつの間にか空中からアスファルトの地面に落下していた。
強打した尻を押さえながら、さきほどまで自分が居た空中を見上げてみる。
そこには自分に恐怖を与えながら追跡し追いつめ、最終的に捕獲までやり遂げやがった怪物が、先ほどと変わらない姿で宙に浮いていた。
いや、よく見ると微妙な変更点があった。
頭になにか棒状のものが生えていた。
生えてるというか刺さってんのか?
そんなことを考えていた次の瞬間。
ブシャアアアアアアッ。
怪物の頭部からなにか液体のようなものが、まさしく噴水がごとく噴き出す。
その五秒後ぐらいに怪物の体は徐々にぼやけていき、最終的には消滅していった。
俺はポカンとしながらの光景を眺めていた。
すると頭に生えていた棒状のものが、磁力を失ったマグネットのように重力に従いながら落下していく。
パシッ、と棒状のものを手に取る音が聞こえた。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:31:26.56 ID:ziXf3Bbpo
棒状のものの落下地点を見てみる。
そこには一人の人影があった。
暗闇でよく見えないがシルエットからして先ほどのような化け物ではない。
唖然としつつ上条が謎のシルエットを眺めていると、突然空から光が降り注いだ。
先ほどまで雲に隠れていたのか、月が徐々に姿を現し闇夜に光を灯す。
降り注いだ光のおかげで今まで影になって見えなかったシルエットが次第に姿を現す。
「…………女……の子……?」
目の前に一人の少女が立っていた。
月光を受けて銀色に輝く腰まで伸びるロングヘアー。
その頭頂部にはくるっと弧を描く二束の髪の毛が風に揺れていた。
ところどころにブロック・チェックの柄がある、白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ている。
体格は小柄、多少幼さを残した顔は上条と同じ年頃の少女に見えた。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:31:53.47 ID:ziXf3Bbpo
「……誰だ?」
俺は目の前に立つ少女へ尋ねた。
少女はにっこりと微笑み、手に持つ棒状のものをクルクルと片手でバトンのように回しながら、服の首の部分から背中へ入れる。
そして彼女は口を開く。
「こんばんは。いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプです」
こうして俺と少女は出会った。
―――
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:32:19.67 ID:ziXf3Bbpo
―――
ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。
日曜日の朝から室内に鳴り響く不快感を煽る電子音。
人の安眠を妨げやがって、そう思いながら俺はその音源を思い切り右手で叩いて黙らせた。
ここで二度寝したらとんでもないことが起こりそうなので、俺は体を無理やり起こす。
眠たい目をこすりながら辺りを見渡す。
いつも通りの自分の部屋。
前方に見えるのは使い慣れたキッチン。
右手に見えますのは、今では型落ちしたハイビジョンテレビと見事にほぼ漫画や雑誌で埋め尽くされた本棚。
中央に置いてあるテーブルには少し高めのカップ麺の空の容器が転がっていた。
「…………夢……、だったのか……?」
脳内には昨晩あったことが鮮明に再生されていた。悪魔のような怪物に追われ、追い詰められ、捕獲され。
終いには得体の知らない少女に助けられるという、あまりにも現実味のないイベント。
だがその後自分は何をやったのか全く覚えていなかった。
「……は、ははは。そうだよな、夢だよな。あんな出来事が現実で起こるわけ――」
「ところがぎっちょん、夢ではないんですよねーこれが」
「……ちくしょう」
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:32:46.32 ID:ziXf3Bbpo
視界にこの女の子が映っていたが、どうせ蜃気楼かなんかだろうと思い現実逃避していた。
喋るところからしてどうやら本物のようだ。
「おはようございます当麻さん」
「つーかお前誰だよ何で俺の部屋に居やがるんだあの悪魔みてえな化け物はなんなんだどうやってあんな化け物倒しやがったんだなんで俺の名前知ってんだどうして──」
「ちょ、ちょ、ちょっと落ち着いてください当麻さん。一度に質問しすぎて寿限無みたいになってますよ」
「……とにかくお前は一体なんなんだ」
「昨晩もご挨拶させていただきましたが改めて……」
そう言うと少女はカーペットの上で正座し、
「私はニャルラトホテプと申します。這い寄る混沌なんぞやっています」
三つ指ついてお辞儀をした。礼儀正しい少女だ。
「にゃるらとほてぷ? はいよるこんとん?」
自己紹介くらい日本語でしてもらいたいものである。
一人鎖国状態の上条当麻からしたら、日常英会話ステップ1すら理解できるか危いのに。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:33:13.40 ID:ziXf3Bbpo
「……えーと、にゃるらとほてぷさん?」
「あっ、どうぞ私のことは気楽にニャル子とでもお呼びください」
ニャル子? なんで見た目外国人の少女のニックネームが、主に日本の女性の名前に使われる『~~子』がついてんだ。
よく分からない事態に頭がますます混乱する。まあ、これからは彼女ことをニャル子と呼称しよう。
「まあ、詳しいことは後で話すとして──」
一度キッチンの方へ首を向け、再度こちらへ向き直す。
「そろそろEN残量が少なくなってきたので、補給コマンドをして欲しいのですが」
何を言っているのか分からないが、時間帯的に朝メシを食わせろこの野郎ってことだろう。
「……はぁ、わかったわかった。今からメシ作っからテレビでも見てろ」
少女は「はーい♪」と軽く返事をし、リモコンを操作してテレビを点ける。
画面には日曜朝七時から放送される戦隊ヒーロー物の特撮が流れていた。こういうの見るのは小学生の時以来だろうか。
「……おっといけねえ、メシ作らねえと」
いつの間にか見入ってしまっていたのに気付き、俺は腰かけていたベッドから立ち上がりキッチンへ足を進めた。
―――
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:33:38.75 ID:ziXf3Bbpo
―――
「―――つまりなんだぁ、クトゥルー神話ってヤツに出てくるニャルラトホテプという邪神のモデルは実はお前で」
「私じゃなくて別の個体ですよ、もぐもぐ……」
「そのニャルラトホテプは実はニャルラトホテプ星人っていう宇宙人で」
「はい、まぐまぐ……」
「宇宙連邦の中にある惑星保護なんとかって組織が、科学技術が水準に達してない地球を保護していて」
「連邦じゃなくて連合、なんとかじゃなくて機構です、ぱくぱく」
「宇宙犯罪組織が地球で大々的な取引をするという情報と、その犯罪組織に地球の現地民が狙われているという情報を手に入れて」
「ふむふむ、もきゅもきゅ」
「その取り引きを組織ごとぶっ壊すのと、その狙われている現地民を助けるために惑星保護きこなんとかから派遣されたエージェントがお前で」
「なんでそこまで言えて最後が言えないんですか。そこまできたら最後まで言いましょうよ」
「その狙われている現地民ってのが俺ってわけか」
「ザッツライト!」
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:34:09.06 ID:ziXf3Bbpo
「ふざけんじゃねえっ!!」
「わわわ、落ちついてください当麻さん」
俺は感情を抑えきれず、思わずテーブルを思いっきり叩いてしまった。
テーブルに置いてある、トーストの上に目玉焼きベーコンを乗せるだけもの。
つまり俺の朝食が叩いた振動でわずかながら宙に浮いた。
「なんで、俺が、狙われなきゃ、いけねえん、だ!!」
「お気持ちは分かりますが、私たちにも理由まではちょっと」
おっといけない。女の子相手に正直この態度はない、男として。
俺は軽く息を整え、質問内容を変えて再び問いかける。
「その宇宙犯罪組織とやらは具体的に何をする組織なんだ?」
「はい。基本的にはご禁制の品の取引ですね。スペース麻薬とかギャラクシーペット密輸、あと奴隷貿易とかも」
「それを聞いて一気に胡散臭さが増したなぁ……ん?」
スペースやらギャラクシーやら印象の強い言葉で隠れていたが、最後に気になる単語が一つあった。
「奴隷貿易……ってまさか」
「そうです。当麻さんは人身売買のために狙われているのです」
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:34:36.84 ID:ziXf3Bbpo
なんてこったい。奴隷貿易など歴史の授業とかで習ったくらいで、現実に遭遇したことなどない出来事だ。
そんなものが急に日常の中に入りこみ、俺は急激な恐怖を感じた。
「ちなみにその情報が間違いって言う可能性は?」
昨晩あんなことがあったのにも拘わらず、俺はわずかな希望にすがる。
「ゼロです。人身売買のリストにきちんと当麻さんの名前がありましたよ」
「……そうか」
「ちなみに私があなたの顔と名前を知っているのはそのリストのおかげです」
「そういやお前、初対面なのにガンガン俺のこと名前で呼んでたしな」
親族以外の人から名前で呼ばれるなど滅多にないので、何だか胸がこそばゆい。
そもそも学園都市に来てから名前で呼ばれたことあったっけ?
「他にも色々な情報を知っていますよ。設定年齢、生年月日、血液型、家族構成、通っている学校、クラス、成績などなど」
「個人情報保護法とはなんだったのか」
この調子なら今の俺の口座の暗証番号などもこの口から出てきそうで怖い。
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:35:03.33 ID:ziXf3Bbpo
「大丈夫です。当麻さんの個人情報は宇宙個人情報保護条例に基づいてきちんと我々が管理しています」
「なんでもかんでも頭に宇宙的な単語付ければいいと思うなよ」
「いえいえ。違和感を感じるのは地球人くらいで、私たちからしたらこれが普通ですよ? 英語で言うとインターナショナル」
限りなく胡散臭い話だが、昨晩の起こったことが夢のようなイベントのせいで信じたくなくても信じさせられる。
「……つーか俺って昨日の晩、お前にあの怪物から助けてくれたんだよな」
「はい。ちなみにあの怪物はナイトゴーントと言います。ただの雑魚なので気にしないでいいですよ」
どうやらあの怪物もこの少女の手にかかればスライムレベルらしい。
「あの時助けられた後の記憶が全くねえんだけど、あの後どうなったんだ?」
「ああ、あの後はどうやらお疲れだったようで、私の姿を確認したあとすぐに落ちましたよ」
「落ちた? 寝ちまったってことか?」
「そうです。そして私が丁重にこの部屋までお運びしましたよ。あとお着替えも…………ふぅ」
急に頬を赤らめ、小さく息を吐くニャル子。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:35:29.59 ID:ziXf3Bbpo
「おい最後のなんだ。テメェ俺の体で何しやがった!」
「いえいえ他意はありませんよ。ただ疲れたので一息入れただけです」
「疲れる要素がどこにある……」
こんな話をしても不毛なだけなので、とにかく話を進めることにする。
「そういや一応お前も邪神なんだよな」
すっと気になっていたことがある。
クトゥルー神話という怪奇小説に出てくる邪神ニャルラトホテプ。
それのモデルが彼女と同じ種族らしい。
「はい、そうですけど」
「お前どう見ても邪神には見えねえよな」
どこからどう見てもただの女の子。
頭から足のつま先まで見ても、とても邪神というものには見えなかった。
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:35:55.77 ID:ziXf3Bbpo
「当麻さん。私がナイトゴーントを倒して当麻さんを助け出したことをもうお忘れですか?」
「それがどうしたんだよ」
「私はあの怪物を倒せる。つまり私は邪神ということになりませんか」
「いや、その理屈はおかしいだろ」
地球人の武器は知恵だ。その知恵から生まれた兵器こそ人間の力とも言える。
例えば小さいものからナイフや拳銃など、大きいものから戦車や戦艦など。
さらに言うなら持っているだけで他国への牽制となる歴史上最悪の兵器原子爆弾。
それらを使えばあのナイトゴーントくらいなら倒せそうな気がしないでもない。
つまりその理屈でいけば地球人は邪神ということになる。
「ふむ。では当麻さんに私が邪神である証拠を見せてあげましょう。ええと――」
そう言うとニャル子は部屋の中をキョロキョロとしだす。
現在CMが流れているテレビの画面に目が合うと、そこでにやっと笑みがこぼれた。
「このテレビに映っているタレントさんを見てくださいな」
「これってたしか一一一(ひとついはじめ)だったっけな」
最近テレビでよく話題に上がっているイケメンアイドルだ。
歌良し演技良しとあらゆるテレビ局から引っ張りだこである。
爽やかな笑顔で炭酸飲料の缶を持って、爽やかにそれを飲む。
もう何十回も見たCMなので正直嫌気が差す。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:36:22.16 ID:ziXf3Bbpo
「こいつがどうかしたのか?」
「まあこの人の顔をよく見ててください」
「?」
言われた通りに俺は見たくもないイケメン野郎の顔を見た。
相変わらず爽やかなイケメンである。
ふと視界の端に入った鏡に映る自分の顔を見て、何だかやるせない気持ちになった。
そんなこんなでそのテレビCMが終わってしまい、ライダー的な特撮番組のBパートが始まった。
もう見ろと言われた顔がないので、俺は目線を元の位置へ持って行く。
「……おい、CM終わっちまったぞにゃる――」
俺は絶句した。
先程までニャルラトホテプが座っていた場所に一人の男が座っていたからだ。
サラッと流した茶髪に整った顔立ち。爽やかなイケメンスマイル。
紛れもなくテレビに映っていたアイドル一一一であった。
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:36:53.28 ID:ziXf3Bbpo
「えっ、あっ、はあ? な、何で一一一がこんなところに……?」
「ふっふっふ。どうですか当麻さん?」
「えっ?」
声もさきほどテレビで聞いた声と全く一緒だった。だが喋り方は全然違う。
どちらかというと先ほどまで会話していたニャルラトホテプのような口調だった。
「……ん? ……あれ?」
俺は目の前にいるアイドルをよく眺めてみた。
確かにこの整ったイケメンフェイスと甘いイケメンボイスは紛れもなく一一一である。
しかし俺は聞く。
「お前。もしかしなくてもニャル子か?」
「はい。あなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプですよ!」
男声でそのセリフはなんだか気持ち悪かった。
上条が何故彼をニャルラトホテプだと確信を持って尋ねたのか。
「つか変装すんなら首から下までちゃんとしろよ」
「いやーやっぱりそう思っちゃいますか?」
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:37:22.11 ID:ziXf3Bbpo
目の前にいる一一一の首から下がニャルラトホテプだったからだ。
ところどころにブロック・チェックの柄がある、白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ている。
立ったときの身長は大体自分と同じくらいか少し下くらいだろう。
つーかすごい気持ち悪い。女装をした一一一を見ているようですごくだ。
この画像をネットにアップしたら必ず「精巧なコラージュですね」とバッサリ斬られるだろう。
「流石に全身姿を変えるとなりますと、少々面倒臭いのですよねーあははは」
苦笑いをしながら一一一の顔をしたニャル子は手を顔の部分に持っていき、こちらからは顔が見えないようにする。
すると瞬きをした次の瞬間には、初めて会った時の顔である銀髪碧眼と少女に戻っていた。
「どうでしたか? これが無貌の神である私の力ですよ」
ふふん、と得意気な表情、要するにドヤ顔するニャルラトホテプ。
何故だか物凄く殴りたい衝動に駆られた。
だがそこはぐっと我慢する。女の子を殴る男なんて最低だっ!
「し、しかしすげえな。手品ってレベルじゃねえぞ」
「だから手品じゃなくて私のチカラですって! あ、ちなみにこの姿も能力で作ったものです」
この可愛らしい外国人のような容姿の少女は、どうやら作られた外見らしい。
「ま、まあとにかくお前が邪神だって事は信じよう」
あんな芸当を見せられたら信じたくなくても信じざるを得ない。
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:37:48.15 ID:ziXf3Bbpo
「というわけで、これから犯罪組織を潰すまで当麻さんの身は私、這い寄る混沌ニャルラトホテプがお守りしますよ」
少女が立ち上がり胸を張る。
見た目女の子だが、なぜだか妙な安心感があるのは一度助けられたからだろうか。
とにかく助けてくれるというなら、これほどありがたいことはない。
俺も立ち上がり、ニャル子と向かい合う。
「えっと……なんつうか、よろしく頼むな。ニャル子」
俺はすっと右手を出す。
「はい! お任せください当麻さん!」
意気揚々と向こうも右手を差し出す。そしてお互いの手を握り、握手の形になる。
その手は小さく柔らかい、まさしく女の子の手だった。
普段からそんな異性と手を触れるなど機会がないので、非常にドギマギしてしまう。
ふと前を見るとニャル子と目が合う。俺は反射的に目を逸らせてしまう。
年頃の男子なので、このような何気ないことでも恥ずかしく感じるものだ。
パキン!
俺の右手の宿る力。『幻想殺し』が何かに反応した。
何だ、と思いながら上条は背けていた目をもとの方向へ戻した。
26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:38:15.66 ID:ziXf3Bbpo
「………………………え」
俺の目に映ったのものは先ほどニャル子と名乗っていた銀髪碧眼の少女ではなかった。
うねうねと蠢く触手のようなもの、ぱっくりと開いたグロテクスな口、禍々しい色をした霧。
まさしく邪神と言える怪物が目の前に鎮座していた。
「……えっ? あれ? 何で?」
何やら向こうも驚いているようで体をうねらせながら確認作業みたいなことを行っていた。
動くたびに体の皮膚の部分から毒ガスのようなものが吹出される。
右手を見る。その手が握っているのは女の子の手ではなく、生物的な生々しい触手だった。
「…………うっ!?」
思わず胃の中にあるものが食道を介して逆流してくる感覚になる。
俺は思わず手を離し、全速力でトイレへと駆け込む。
吐瀉物を部屋にばら撒くわけにはいかないのと、あの邪神をこれ以上視界に入れたくなかったからだ。
―――
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:38:41.64 ID:ziXf3Bbpo
―――
「――うう、ひどいですよ当麻さん……」
「……いや、その」
俺とニャル子は今、学校へ行くために通学路を歩いていた。
女子と一緒に登校なんて皆が憧れるシチュエーションだ。
だが、あんなことがあったあとなのでそんな浮かれることもできない。
「……何なんですかその右手は?」
「……ああこれか。この右手は触れたものが異能の力なら何でも打ち消せるっつぅもんなんだけど」
「つまり私の変身能力が異能扱いだったわけだと」
「つまりそういうわけだな」
「…………しくしくしくしく」
どうやら彼女をひどく傷つけてしまったようだ。
さっきまでの常にニコニコしてた明るい彼女はいない。
どんよりとしたオーラみたいなものが見えた気がした。
28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:39:11.29 ID:ziXf3Bbpo
「ああっすまんすみませんすみませんでしたっ!」
俺は頭を下げて謝った。事故とはいえ悪いのは全部俺である。
「……ぐすん。あんな姿を見られたらもうお嫁に行けません……」
「……本当にごめんなさい」
俺はただ謝ることしかできない。
「……責任を」
「えっ」
「責任をとってください当麻さん!」
セキニンヲトッテクダサイ?
セキニンってあれですか、あの責任ですか?
全身に嫌な汗がにじみ出てくるのが分かる。
まさか、こんな歳でこんな時期にこんな台詞を聞くとは思わなかった。
恐らくこの瞬間、俺の顔はひどくひきつっていることだろう。
29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:39:37.64 ID:ziXf3Bbpo
挙動不審な俺を見て、ニャル子はクスッと笑う。
「冗談ですよ冗談。そんな本気にしないでください」
「えっ、あれ、じょ、冗談……?」
「そうですよ、冗談」
ニャル子はニコッと微笑む。
その笑顔はさっきまでの明るく元気な少女のものだった。
俺は胸を撫で下ろした。冗談キツいぜまったく。
「……そういえば当麻さん。日曜日にわざわざ学校へ行くなんて優等生なんですね」
「えっ、あ、ああ。別に優等生ってわけじゃねえよ、成績悪いからこんな休日まで補習なんだよ」
自分で言ってて悲しくなってきた。
「ふむ、だから休日潰してまで勉強をしに?」
「まあ、今日は半日のはずだからまだマシだな」
というかあらゆる俺の個人情報知ってんだから、これくらいの情報分かってんじゃねえか?
そんなことを思っていると──、
30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:40:04.04 ID:ziXf3Bbpo
「はい。もちろん知ってましたよ」
「何で俺の考えてること分かんだよ」
会話するだけで気が抜けないヤツだ。
「つーか、お前までわざわざついてこなくてよかったのに」
「いえいえ私の任務は当麻さんの護衛なので、ちゃんと学校までついて行きますよ」
「でも追っ手は昨日倒したんだろ? だったらしばらく安全なんじゃねえのか」
「当麻さん。さっきも言いましたが、あのナイトゴーントは雑魚ですよ。あいつが死んでも代わりがいるんです」
そう言うとニャル子は俺の前に立ちふさがる。
そしてなにやら唐突に拳を握りしめ、構える。
「お前、何やって──」
「そこから一歩も動かないでくださいね当麻ぁ……さんっ!」
少女が俺に向かって正拳突きを放った。
反射的に目をつむってしまう。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:40:29.58 ID:ziXf3Bbpo
グシャリ。
なにか鈍い音が後ろから聞こえてきた。
ゆっくりとまぶたを開いていく。
確かにニャル子の腕は俺に向かって伸びている。
だがそれは俺の頭の横を通っていた。
ニャル子も俺ではなく俺の後ろ辺りをその大きな瞳でじっと見つめていた。
俺も目だけを動かし、後方を確認する。
「ウボァー」
「おわっ!?」
俺の後ろには二メートルを優に越える大きさの怪物が立っていた。
背中に生える蝙蝠のような羽根と頭に付いた不規則に曲がった角、つやのあるゴムのような黒い皮膚。
昨晩、俺を散々追いかけてくれたナイトゴーントだった。
顔面にはニャル子の拳がめり込んである。
「よっ」
ただでさえ頭蓋骨に拳がめり込んでいるのにも関わらず、少女はさらに押し込む。
その勢いでナイトゴーントはものすごい距離を吹っ飛び、アスファルトの上を転がっていった。
ありゃ四、五十メートルは飛んだんじゃねえか。
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:41:03.49 ID:ziXf3Bbpo
※今さらだけど独自解釈があります
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:41:30.52 ID:ziXf3Bbpo
「ちっ、夜鬼か。面白くないですねー」
「や、夜鬼?」
「ナイトゴーントの別名ですよ。こっちの方が打ち込む文字数が少なくて楽なんですよ」
「お前は一体何を言っているんだ」
「グボァー!!」
ニャル子殴り飛ばされたナイトゴーントが立ち上がり雄叫びをあげた。
悪魔の叫びが街中に響き渡る。
俺は耳を塞ぎながらニャル子の方を見る。
「おいっ、これって大丈夫なのか? 他の人たちに気付かれんじゃねえの?」
「大丈夫です。いくら騒いだところで近隣の方々には迷惑になりませんから」
「どういうことだ」
「対象の周囲の狭い範囲だけ、空間の位相をずらす技術がありまして。対象のいる空間と外の空間は微妙にずれていますから、例えばその中でどんな奇行をしても外から見えませんし、物音一つ聞こえません」
「なるほど、わからん」
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:41:56.73 ID:ziXf3Bbpo
「簡単に言うと、中でナニしても外にはバレないご都合主義の結界ですね」
「よくわかんねえが大丈夫なんだな?」
「はい。この中で手榴弾を爆破させてもモーマンタイですよ」
「おいやめろ」
「ウボァー!」
一通り説明し終えるとナイトゴーントが飛びかかってくる。
律儀に話が終わるまで待っててくれたのか。
「夜鬼め。徹底的に叩いてやりましょう」
少女は再び構える。
「ではお見せしましょう。宇宙CQCの恐ろしさを」
「宇宙CQC?」
「Close Quarters Combat、近接格闘術のことです 」
「日本語で頼む」
「……ようするに接近戦で戦うための戦闘技術みたいなものですよ」
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:42:24.39 ID:ziXf3Bbpo
呆れ顔でこちらを向いて説明を始めたニャル子。
だが忘れてはいけない。前からはナイトゴーントがすごい速さでこっちに飛んできていることを。
「ニャル子! うしろー!」
「ん」
ニャル子が振り返ったときには、すでにナイトゴーントが長い爪を振りかざしていたあとだった。
「よっと」
ニャル子は何も臆することなく、足を振り子のようにして勢いをつけ、蹴り上げた。
ナイトゴーントの股間を。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
うまく文字で表せないような声で股間を押さえながらもだえ苦しむナイトゴーント。
やつの性別は分からないが、あそこが急所だったのは一目瞭然だ。
……なんか、俺も痛く、なってきたぞ。
ニャル子はさらにそこから後頭部へ踵落とし、そして物理法則を無視して顎にアッパーカットという鮮やかなコンボを決めた。
怪物は為す術もなく仰向けになって倒れ、体をぴくぴくとさせる。
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:43:03.77 ID:ziXf3Bbpo
「まだまだですよ。勝負はこれからです」
いや、勝負はもうついてるだろう。
俺はそうツッコミを入れようとしたが、それより早く少女は動き出した。
倒れた巨体の上に馬乗り状態になる。そしてニャル子は両手に大人の拳大の石を持つ。
どこから持ってきたんだあれ?
「では、覚悟はいいですか? もちろんよくなくても殴りますけど」
にやぁ、と口の端を歪め、両手に持った石を――振り下ろす。
バキッ、ゴキャ、プチャ、ボキッ、メキッ、パチャン、ゴリッ、グシャ――。
渇いた音が鳴り響く。ところどころ液体が飛び散る音も聞こえた。
俺はその光景を見ていないから分からないが、おそらく惨たらしい虐殺のシーンなのだろう。
なぜ見てないのかって? 逆に聞く、朝からこんなバイオレンスなもの見てどうすんだ。
というわけで俺は目を背けていた。
「あっはっはっはっははっははははっははははははっ! あなたが死ぬまで殴るのやめません」
ブチッ、メチャ、クチャ、ゴリュ、ペチャ、グチョリ、ボチャ、ブチャ――。
その渇いた効果音は次第に湿った効果音へと変化した。
おそらく砕けるものが全部砕けたのだと思う。
ナイトゴーントより悪魔のような笑い声が混じってる気がするが、おそらく気のせいだろ。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:43:30.54 ID:ziXf3Bbpo
――――しばらくして。
「これぞ宇宙CQC!」
顔や着ている服に大量の黒い液体を浴びた少女が、アイドル顔負けのいい笑顔でサムズアップ。
その手からは体中に付着している液体と同じものがポタポタと垂れていた。
「……どっちが悪者かわかったもんじゃねえな」
「正義が勝つのではありません。勝った方が正義なのです!」
その言葉を聞いて俺はこいつが邪神だと改めて認識した。
「とまあ、こんな感じに敵が現れたら私が全力を持って排除しますので、当麻さんは安心して守られてくださいね」
俺は溜め息をつく。
本当にこいつに守られていいのだろうか。
実はこいつが悪の組織の幹部で、最後の最後に裏切るとかいう衝撃の展開が待ち受けているのではないか。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:44:12.71 ID:ziXf3Bbpo
「いやいやそんなベタな展開あるわけないじゃないですかーやだー」
「俺の心を読むんじゃねえ」
そんな会話をしながら俺たちは学校へと向かった。
この先が思いやられる。まさしくこの言葉は今使うべきではないだろうか。
「あっ、ちなみに今のは一式で、私の宇宙CQCは一〇八式までありますから」
「あんな攻撃があと一〇七個も残ってんのかよ!」
一〇七回も使う機会がこないことを、俺は切に願った。
これはフリじゃねえぞ。絶対に来んなよ。
―――
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:44:41.34 ID:ziXf3Bbpo
―――
……おかしい。
「ほほー、ここが当麻さんの教室ですかー」
……おかしい。
「学園都市の学校と言っても案外普通なんですね」
……おかしい。
「あれ? どうしたんですか当麻さん。早く中に入りましょうよ」
「お前何でここにいるの?」
まるでわけがわからなかった。
俺たちは今、とある高校の新校舎の三階右から二つ目の位置にある教室前の入り口に。
つまり俺の通っている高校の俺の所属している一年七組のクラスの扉の前に立っていた。
「何でお前ここまでついてきてんだよ。部外者が校内に勝手に入ってくんなよ」
「いえいえ、私は当麻さんの関係者です。つまり部外者ではありません」
いや、その理屈はおかしい。
大体今日は日曜日。休日。授業参観や普通の授業日ですらない。
仮にニャル子が俺の親族だったとしても、そう易々と入っていいわけではない。
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:45:07.64 ID:ziXf3Bbpo
「つーか、お前本気で教室に入ってくるつもりか?」
「モチのロンです。私の任務は当麻さんの護衛ですしおすし」
「他にも方法あるだろ。 窓の外から見守るとか」
「私を日射病にして殺すおつもりですか」
お前ならそれくらいじゃ死なねえだろ、吸血鬼じゃあるまいし。
そんなことを思っていると、
「あれ? カミやん今日はやけに早いやんけ」
「オハヨーだぜいカミやん」
後ろから今一番聞きたくない声が聞こえた。
俺はゆっくりと首を回し、後ろへ向く。
「オ、オハヨウゴザイマスツチミカドサンアオガミピアスサン」
「なんやカミやん。そない敬語なんて似合わん言葉で挨拶なんかして」
「あまりの夏の暑さについに頭がやられたかにゃー」
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:45:34.02 ID:ziXf3Bbpo
この二人は俺の悪友、土御門元春と青髪ピアスだ。
金髪にサングラスをかけた変人が土御門。青髪で両耳にピアスをつけた変人が青髪ピアス。
今俺がもっとも出会いたくないヤツら。
「い、いや別におかしくはねえよ」
俺は少し距離を取りながら、
「ちょ、ちょっと俺と、トイレ行ってくるわ」
すごく嫌な予感がする。きっと不幸な展開になる。
だから、一刻も早くこの場から離れようとする。
だがしかし、
「当麻さん。誰なんですかこの人たち?」
すぐそばにいた少女に呼び止められる。
オーマイガー。
「あ?」
「は?」
俺は逃げ出した。
廊下で走ってはいけないというルールをガン無視で。
今なら百メートル走の世界新記録を叩き出せると俺は確信を持って言え──。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:46:16.36 ID:ziXf3Bbpo
「「ダブルダイナミックエントリーィ!!」」
「あべし!?」
「当麻さん!?」
後ろから跳び蹴り×2を受け、逃げ切ることができなかった。
凄まじい衝撃に、俺は為す術なく廊下を転がる。
「おらっカミやんっ。いつの間にあんなカワイコちゃんゲットしやがった!?」
「ずるいでカミやん。どこのクラスの娘や? どこのクラスの娘なんや!?」
地面に転がった俺にさらに追い討ちをかける悪友二人。
蹴る殴ーるの連撃が俺を挟んで応酬される。
「ぐぼっ、お、ぶはっ、お前らっ! ぼはっ、おち、がぅ、落ち着けっ、げはっ」
「うるせー」「黙れ」「消えろリア充がっ」「滅びろ」
騒ぎを聞きつけてきたのか、教室の中から増援が現れて攻撃側に加勢する。
俺の必死の説得の言葉も怒鳴り声の中へとむなしく消えていった。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:46:42.41 ID:ziXf3Bbpo
視界を暴力で覆い尽くされる中、わずかに銀髪の少女が瞳に映った。
「ぶほっ、にゃ、にゃるぐふっ、ニャル子、助けてくれー」
彼女の任務はあらゆる脅威に狙われる俺をその脅威から守ること。
おいニャル子、今こそ仕事の時間だぞ!
「…………、…………」
お手手のしわとしわを合わせて、それを額の辺りに持ってくる。
えっ、ナニそのジェスチャー。謝ってんのか? それとも逝ってらっしゃいってことかこの野郎。
こうして護衛に放置され、俺はただただその流れに身を任せるだけだった。
集団暴行団と書いてルビにクラスメートとつくものたちに虐げられる中、邪神にも見放された俺に天使が降臨した。
「は、はいはーいみなさんそこまでですよー。これから出席を取りますから教室に入って席についてくださーい!」
身長一三五センチメートル。下手したら幼稚園児に見られそうなピンク色の服と、ピンク色の髪が特徴。
ジェットコースター使用を身長面から断られたという伝説を持つ我らが担任。
見た目は子供、頭脳は大人のキャッチフレーズに見事に当てはまる熱血教師、月詠小萌先生がこの場を収めてくれた。
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:47:08.91 ID:ziXf3Bbpo
「……チッ、命拾いしたなカミやん」
「休み時間が楽しみやでー」
小萌先生の指示に従って教室に戻っていく荒くれども。
いやー、ホント助かった。真面目に死ぬかと思った。
「上条ちゃんも早く教室に入るですよ」
はーい、と適当に返事をして俺は立ち上がる。制服に付いた汚れを手で払う。
さーて教室に入るぞー、とその前に……。
「……おいニャル子」
「は、はいっ」
元気の良い返事をし、ビシッと気を付けをするニャル子。
その額にはだらだらと汗が流れていた。
「お前の任務って何だっけ?」
「当麻さんをお守りしつつ、地球に巣食う悪の組織を壊滅させることです」
「何で守らないの?」
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:47:37.22 ID:ziXf3Bbpo
「い、いえ。我々惑星保護機構は本来、保護対象である地球の現地民の方たちに極力接触してはいけないんですよ」
「つまりどういうことだ?」
「邪神に襲われるならまだしも、同じ人間同士の争いには武力介入できないんですよ」
『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』って言うでしょ、とニャル子が余計な説明を追加する。
なんだか俺たち地球人が馬鹿と言われてるみたいで少しムカついた。いや、俺は馬鹿だけど。
「……まあいいや。そういうことならしょうがねえな、許してやるよ」
「おおっー! さすが当麻さんです、心がギャラクシー広い!」
ようするに銀河系並に広いというわけだろうか。
「…………」
「どうかなさいました?」
「……いや、ちょっとな」
俺は今、何か違和感のようなものを感じていた。
具体的言うなら、さきほどの悪友二人に会ってから今までの間に。
違和感と言えばここにいるニャル子の存在、だがそう思ってもまだ心のつっかかり消えない。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:48:04.19 ID:ziXf3Bbpo
「ま、いいや。じゃあ俺もそろそろ教室に行くとするかな。みんな待ってるし」
「そうですね。では行くとしましょう」
「オイ待てコラ」
教室に率先して入ろうとするニャル子の肩を掴んで止める。
もちろん同じ過ちは繰り返させないためにも左手でだ。
「きゃっ、何ですか急に? はっ、まさかこんなところでそんな……」
「だから何でついてくんだよ!」
「だから任務だとさっきから」
「さっきのを見てなぜこの中に入ろうとする。俺に対する嫌がらせかこの野郎」
「任務ですから」
「大体部外者のお前は教室どころか学校にすら入れないの! わかる?」
「その点は問題ないでげすよ当麻さん」
「……ほんとかよ?」
「当麻さん。私は変身や卑怯な手は使いますが嘘はつかないニャルラトホテプですよ。信じてください」
47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:48:30.33 ID:ziXf3Bbpo
変身能力自体嘘の塊ではないのか?
そこにツッコミをいれようとしたが、教室内から小萌先生の呼ぶ声が聞こえたのであきらめた。
「まあいいや。これ以上面倒な展開にしないように頼むぞ」
「お任せください当麻さん」
にっこり笑顔で返事をする少女。
普通ならここで心がときめいたりするのだろうが、こいつの素性を知り過ぎてしまったのでそんな気持ちにはとてもなれなかった。
教室のドアをくぐり、窓際にちょうどいい席が見つかったのでそこに向かって足を進める。
その後ろをニャル子がひょこひょことついて来る。周囲からの視線が痛い。レーザービームでも撃ってきてんじゃねえのか。
空席に辿り着き、鞄を机の上に置いて席に着く。その隣に空いていた席にニャル子が堂々と座る。
つーか本当に大丈夫なのか?
「……ところで上条ちゃん。その隣の娘は一体誰なんですか?」
「え、ええっと……」
いきなりツッコまれた。
あっ、やべえ。これは完璧に俺が起こられるパターンだこれ。
マジでどうすんだニャル子さん。これ絶対音沙汰なしとはいかねえだろ。
「どこのクラスの生徒さんを連れてきたんですかぁ? 私には見覚えがないんですけど……」
「…………あれ?」
48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:48:57.02 ID:ziXf3Bbpo
ここで上条はまた例の違和感を感じた。この心につっかかる不愉快になるこの感じ。
一体なんなんだこの感じは……。
(…………待てよ)
今までの会話を思い出す。大抵この異質な存在であるニャル子がトリガーとなって起こった会話だろ。
ニャル子は正真正銘の純粋な部外者だ。この学校の生徒でもないし、俺の親族でもない。
ん? 生徒……?
「…………先生」
「はい?」
「さっきの質問っておかしくないですか?」
「ほえ?」
「この場合の質問って『どこの学校からこんな娘連れ出してきたんですか?』じゃないんですか?」
「はい?」
「そもそも部外者を校内に入れた事を注意すべきでは?」
そもそも俺たちの事情を他人にバラすわけにはいかない。
それは分かっているが、このよくわからない現象が気になってしょうがなかった。
すると後ろ辺りの席から聞き慣れた声が聞こえた。
49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:49:23.99 ID:ziXf3Bbpo
「カーミやーん。いくらなんでもそれはひどくないかにゃー?」
「はあ?」
その言葉の意図がよく分からない。何でそんな言葉がここで出てくる。
他のクラスメートたちも土御門と同じような反応をしていた。
「そもそも部外者ってなんやねん。部外者もなにも――」
俺はその言葉に思わず耳を疑った。
「――その娘、ウチの学校の生徒やろ?」
「えっ」
生徒? 誰がだ? ニャル子がか? どうしてそんな発想が出来る? 俺には理解できない。
だがこの教室内で青髪ピアスの言葉を疑問に思っていそうな人間はいないように見える。
俺は思わず口を開いた。
「はあっ!? お前ら一体何言って──あ」
ふとニャル子の席の方を向いた。そして俺は言葉を失う。
なんでみんながわけの分からないことを口走っていたのか、ようやく合点がいった。
50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:49:51.91 ID:ziXf3Bbpo
俺の隣の席。そこにはウチの学校の制服を着た銀髪碧眼の外国人美少女が堂々と座っていた。
(い、いつの間に着替えやがった……?)
たしかにさっきまでは白と黒を逆にしたメイド服のようなものを着ていたはずだ。
だが一瞬だけ目を離したと思ったら、気付いたらすでに制服だった。
「……あ、あの、先生っ」
「は、はいっ?」
ニャル子が挙手し、先生を呼ぶ。
それにつられ小萌先生が返事をした。
「あのー、私先生の授業がとてもわかりやすいと当麻さんに聞いたんですよ」
「ほえっ?」
「はあ?」
いきなり俺の名前が出てきて思わず声を出してしまった。
ニャル子が怪訝な顔をしながらこちらを見てくる。
お前が面倒臭い状況を作ったんだからお前も協力しろ、そういうことだろう。
51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:50:18.86 ID:ziXf3Bbpo
「あ、ああ、そういやそうだったな。すっかりボケてたぜ、夏って怖いなHAHAHAHA!」
とりあえずニャル子の話に合わせる。
さっきのやりとりは俺があまりの夏の暑さに頭がやられていたという設定した。
我ながら苦しい設定だと思う。
「だから、その。どうにか授業を受けたくて、それで……当麻さんに頼んだんです。授業を受けさせてくれないかって」
ん? なんか変な展開になってきたぞ。
「そしたら当麻さんが先生に頼んでくれるって言ってくれたので……その……」
おい。なんかそれ俺がかなりの優等生キャラって設定になってねえか?
俺はそんなキャラじゃねえはずなんだが……。
「……上条ちゃん。それは本当なのですか?」
「あ、その、ええっと……」
「当麻さん」
大きな碧色の瞳が俺を見つめていた。なんか怖い。
「は、はい……そうです」
呟くように言った。やはり嘘をつくというのは精神的にくるものがある。
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:50:46.71 ID:ziXf3Bbpo
俺はそのまま続けた。
「え、えっと先生。どうかこいつもこの補習の授業に参加させてもらえないでしょうか?」
「…………」
顎に手を当て、考え込む小萌先生。
やはり俺みたいな問題児がこんなこと言うわけないので怪しまれているのだろう。
こういうのは真面目で優等生な誰にでも手を差し伸べる勇者みたいな人がやるべきことだ。
先生が考え始めてから少し経って、
「……はいわかりました。オーケーですよ。あなたの授業の参加を認めます」
あっさり了承してくれた。こんな茶番に付き合ってくれるなんて、なんと良い先生だ。
「ほ、本当ですか先生!」
「はい、先生は迷える子羊ちゃんは大歓迎ですよ!」
そう言うと小萌先生は教科書を開き、鼻歌交じりに黒板に板書し始めた。
見るからして今日の授業内容のようだ。どうやらなんとか難を逃れたらしい。
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:51:17.85 ID:ziXf3Bbpo
ニャル子が顔をこっちに近付け、
「(よかったですね当麻さん)」
周りに聞こえないぎりぎりの大きさの声で話しかけてくる。
まあ、俺の耳元辺りに顔を近づけてるので周りにはどう見てもバレバレだろうがな。
適当に消しカスやシャーペンでも投げてくるんじゃないかと警戒したが、とくに投擲物はなかった。
「(よくねえよ。大体何で俺がこんなハラハラせねばならん)」
真面目にバレたらどうしようと、心臓がバクバクですごい汗をかいていた。
「(ところでどうですか私の制服姿。萌えますか?)」
「(知らねえよ。つーかどっから持ってきたんだその制服)」
「(お忘れですか、私は無貌の神ですよ)」
「(……あぁ、そういやそうだったな)」
ニャルラトホテプ星人の今朝見た変身能力を思い出しながら黒板の方へ顔を向ける。
あの一瞬で外見を変化させるとは便利な能力だな、と思う。
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:51:51.70 ID:ziXf3Bbpo
――つまり今この右手で触れればそれも一瞬で消え失せるわけか。
「すいません許してくださいもう勘弁してください」
「えっ? 何だ?」
なんでこいつ謝ったんだ?
いきなり頭を下げて謝ってきた。
まあ、この宇宙人の奇行など今さらなので、気に留めないことにする。
「では、青髪ちゃん! 教科書の七二ページの部分を読んでください!」
「先生ー! 教科書忘れましたー!」
「青髪ちゃん! あなたは授業を受ける気がちゃんとあるんですかっ?」
いろいろあったが授業は開始される。
この退屈な時間を感じながら、俺はのんきにあくびをした。
―――
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:52:18.34 ID:ziXf3Bbpo
───
キーンコーンカーンコーン。
一時間目終了の合図であるチャイムが校内で鳴り響く。
学級委員の青髪ピアスの号令で休み時間へと突入する。
「当麻さん当麻さん」
隣の席のニャル子さんが話しかけてくる。
「なんだよ」
「少し教室の外に出てきますね」
「おう」
「…………」
「……どうした。教室出るんじゃねかったのか?」
「あっ、いえ。てっきり『俺もついていく』みたいなこと言われるのかと思って」
「何だついてきて欲しかったのか?」
「そういうわけではないですが……」
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:52:47.12 ID:ziXf3Bbpo
「どうせトイレかなんかだろ? 場所分かるか?」
「えっと、別にトイレに行きたいわけでは……まあ、とにかくしばらくの間教室を空けますね」
休み時間が終わる前には戻ってきますから、と言い残し少女は教室の外へと出て行った。
つーか護衛の任務なのに俺から離れて大丈夫なのか。
まあ、向こうもこんな大勢の人の目がある中で俺を拉致、みたいなことはしないだろう。
そんなことを考えていると俺に近づく二つの影が……。
「やぁやぁカミやーん」
「とりあえず話聞かせてもらうとしようかにゃー」
さっき俺に集団暴行の被害に遭わせるきっかけを作った悪友二人だった。
俺は溜め息を交えながら、
「なにもお前らに話すことはもうねえよ。全部授業の最初に話した通りだ」
「嘘臭い話だにゃー」
まあ、嘘だしな。
「大体あの娘どこのクラスの生徒さんなん? 今まであんな派手な外国人系銀髪っ娘なんて見たことないんやけど」
そりゃあ元からこの学校の生徒じゃねえからな。
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:53:15.75 ID:ziXf3Bbpo
「そういえばあの娘、小萌センセの授業を受けたいからカミやんに近づいたわけなんやろ?」
「あ、ああそうだ」
これも嘘だ。
「じゃああの娘何でカミやんのこと名前で呼んどるん?」
そういえばそうだ。
何であのニャルラトホテプの少女は自分の事を名前で呼ぶのだろう。
初めて会った時から名前呼びだった気がする。
「外国の人って相手呼ぶときってファーストネームで呼ぶだろ。たぶんそれだろ」
あの外国人容姿を利用し、適当な言い訳で誤魔化す。
別にこの件は誤魔化す必要はない様な気もしないでもないが。
「にゃー。たしかにそれも一理あるかもかにゃー」
「カミやんのつく嘘にしては出来が良すぎる気がするしなー」
「どんだけ疑ってんだよテメェら」
まったく失礼な友人たちである。いつもの俺ならキレてたぞ。
今は大ペテン師上条さんなのでそんな愚かな真似は決してしない。
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:53:47.38 ID:ziXf3Bbpo
「ところで、そんな事より聞いて欲しい話があるんやけどなー」
「エラく唐突だな、何だよ?」
どうやら謎の銀髪美少女の話はこれで終わってくれるらしい。
俺としてもあまりに突っ込まれるとボロが出そうなので非常に助かる。
「最近ハマってるエロゲの話なんやけどなー」
「何だったっけ。たしかメインヒロインが幼なじみキャラの奴だったかにゃー」
このような話を学び舎で平然とする。こいつらはそういう人間である。
「そうそう。その幼なじみがすっごく可愛くてなー、ほぼ逝きかけたわー」
「幼なじみは負けフラグ。時代の最先端を走ってるのは妹キャラだぜい、義理ならなお良し」
「テメェは妹でメイドだったら何でもいいんだろうが」
土御門元春はシスコン兼メイド萌である。
ちなみに彼には義理の妹がいて、その娘は家政学校に通っているメイド見習いだ。非常に危険だ。
「まあまあ聞いてや! その幼なじみキャラはな──」
「ほほう。それは興味深い話ですな」
いきなり邪神が話の輪に強行突入してきた。
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:54:18.57 ID:ziXf3Bbpo
「おっ、もしかして話分かる方かいな。ええと──」
「地球のサブカル大好きニャルラトホテプと申します。どうぞニャル子とお呼びください」
初耳なんだが。
「てか、今話してるのはエロゲの話だぜい。決して王道アニメとかの話じゃないにゃー」
「大丈夫ですよ。むしろバッチコーイです!」
目をキラキラと輝かせながら(比喩じゃなく)頭のアホ毛をうねうね動かす(これも比喩じゃない)。
何となくその動きで真・ニャルラトホテプの触手などを思い出してしまい、軽く吐き気を──うぷっ。
「──で、子供の頃って好きな相手にイタズラしたりするやんか。それが現代になっても続けてしまってるってキャラなんやけどな」
「ほう、ツンデレの派生系ってわけかにゃー」
「どや、萌えるやろ?」
「却下。妹じゃない」
「テメェはそればっかじゃねえか」
「私もそれはないですねー。幼少時代には苦い思い出がありまして……」
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:54:44.94 ID:ziXf3Bbpo
こいつの幼少時代。それはとてもとても純粋な心を持った子供だったのだろう。
一体何が原因でこんな残酷で冷徹で歪んだ性格になってしまったのだろうか。
「何だぁ、もしかしてお前も好きな人にイタズラとかしてたのか?」
「いえ、どっちかといったらされた側です。それに好きな人というか完全アレは対立関係にありましたね」
「犬猿の仲ってやつか」
「はい。もう種族単位で対立関係にあるんですよね。私たちニャルラトホテプとクトゥグアは」
クトゥグア。おそらくそれも邪神か何かの名前だろう。
別に知ったところでどうにかなるわけではないが、一応その名前は覚えておこう。
よし復唱しよう。くとぅ……なんだっけ? くとぐあ? まあいいや。
ガララララ。
教室の前のスライド式のドアが開かれる。
見た目小学生の小萌先生がたくさんの用紙を持って教室に入ってきた。
「はーい休み時間は終わりですよー。軽く小テストをしますので席についてくださーい」
ええええええええっ!! とクラスに悲鳴がこだました。
―――
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:55:11.16 ID:ziXf3Bbpo
―――
キーンコーンカーンコーン。
「──しゃっあー終わったぁぁぁっ!」
四時間目の授業が終わってちょうど今昼休みだ。
それ以前に補習は午前で終了の予定なので、実質今は下校時刻である。
「では帰りましょうか当麻さん、できるだけ早くっ!」
何故だか物凄く早く帰りたがっているニャルラトホテプ。
「何そんな急いでんだ?」
「早く行きたいじゃないですかっ! アニメショップぅぅっ!!」
話を聞くと青髪ピアスたちに放課後アニメショップに行かないか、と誘われたらしい。
今までした会話の中でこの少女がサブカルチャーマニア、俗に言うオタクだという事はわかった。
彼女が言うには地球のサブカルチャは宇宙一とも言えるレベルらしい。
だから地球と言う青い星は全宇宙人の憧れの的だという。
ゆえにこの地球が保護された。なんだか情けなくなってくるな。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:55:38.17 ID:ziXf3Bbpo
教科書やノートを鞄に入れ、帰り支度を済ませる。
それを手に持ち教室を出ようとした、が。
「あっ、上条ちゃんは馬鹿だから午後もちゃんと授業がありますからねー」
「…………は?」
なんだかすごく無慈悲な言葉を聞いた気がした。
「だから上条ちゃんは成績が他のみんなより著しく悪いので午後も授業があるですよ」
「えっ、何それ聞いてない」
「ちゃんと昨日の帰りに伝えましたよー? 今日は大学の講演会があるので午後の分は明日に回しますって」
「なん……だと……?」
一気に体全体にかかる疲れが倍増した気がした。
いや、気がしたじゃなくて現在進行形でどんどん増えていく。
「よかったやんカミやん。休日も小萌先生と過ごせるなんてホンマ羨ましいわー」
「ま、せいぜい頑張るんだぜいカミやん」
何でこいつらが帰れて自分は帰られないのか。
たまたまテストの点が悪かっただけでこの扱いなんて、不幸だ……。
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:56:06.78 ID:ziXf3Bbpo
「あれ? そういえばニャル子ちゃんどこいったん?」
そういえばニャル子の姿が見当たらない。
早く帰りたがっていたから先に帰ったのだろうか。
つまり、あいつは自分の仕事を放棄して趣味に走ったっつうことかこの野郎。
「じゃあなカミやん。また明日」
「アイウォントビーバック」
「じゃあな土御門」
青髪ピアスが親指を立てて何か言ってきたが、俺は無視して土御門に挨拶する
「カミやんひどい!」
適当に挨拶して悪友二人は教室から出て行き、そして教室の中は俺以外誰もいなくなった。
とりあえず疲れたので机に突っ伏してみる。
「……そういや昼メシ持ってきてねぇ」
午後も授業だったなど知らなかった(正確には覚えていなかった)ので、もちろん昼メシの準備などしていない。
これは面倒だがコンビニに買いに行くしかないようだ。
いつもなら禁止されてることだが休日くらい学校も許してくれるだろう。
そんなことを思いながら俺は席を立ち上がり、教室の後ろの出口がある方へ正対した。
64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:56:33.18 ID:ziXf3Bbpo
「当麻さん」
「ん? ニャル子か」
いつの間にか目の前にニャル子が立っていた。正直びっくりする気力もない。
「お前帰ったんじゃなかったのか?」
「何を言うておりますか。私の任務は当麻さんの護衛ですよ、帰るわけないじゃないですか」
「じゃあどこに行ってんだよ?」
「ちょいとこれを作ってきたのですよ」
少女の差し出した手には二つの包みが握られていた。
「何だよこれ?」
「何って弁当ですよ弁当。私が愛情たっぷり込めて作った愛妻弁当ですよ!」
「そんなモンいつ作ってきたんだよ」
「愛妻の部分のツッコミはなしですかそうですか」
なにやらブツブツと呟いていた。
65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:57:02.72 ID:ziXf3Bbpo
「いつ作ったかと言われましても、さっきウチに帰って作ったとしか言いようがありませんね」
「……は?」
「ですからさっきです、英語で言うとキルサイン」
「つまりどういうことだってばよ」
「だからそのままの言葉の意味です。さっき当麻さんの部屋に戻って調理してきました」
「そんな時間なかっただろ」
「ふっふっふ。クロックアップしたニャルラトホテプ星人は常識を遥かに超えたスピードで活動できるので問題ありません」
どうやらニャルラトホテプ星人の能力は変身だけではなかったようだ。
この宇宙人は果たしていくつ能力を持っているのだろうか。
宇宙CQCとやらはあと一〇七個も残っているが。
「というわけで屋上行きましょ屋上! せっかく学校に来たのですから、昼食は定番の屋上へ行きましょう!」
そう言うと包みを一つを俺に渡してきたのでそれを右手で受け取る。
そして少女は空いた手で俺の左手を握ってくる。
その手は邪神のように禍々しいものではなく、柔らかくて小さい女の子の手だった。
が、中身はあのうねうねである。素直に喜べない。
66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:57:31.50 ID:ziXf3Bbpo
「では屋上にレッツらゴー!! ですよ!」
「……つーかこの学校の屋上って閉鎖してた気がすんだけど」
アニメや漫画などではよく屋上でお昼食べたり、屋上で憧れの先輩に告白、みたいなイベントはよく見る。
しかし現実は非常なものでほとんどの学校は屋上が閉鎖されていたり、立ち入り禁止になってたりする。
こういうところで理想と現実を学んだりするのだろう。
それを理解してやっと大人の階段を一歩上がる、みたいな。
「それでも絶対屋上に行くですよ!」
どんだけこいつは屋上に行きたいんだよ。
「だから閉鎖されてるって言って――」
「それでは参りましょう」
やはり俺の言葉を無視して俺の手を強引に引くニャル子。
一々屋上まで行ってから引き返すの面倒臭いな、そんなことを思いながら屋上を目指す。
―――
67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:57:58.21 ID:ziXf3Bbpo
―――
――というわけで屋上への入り口の扉前に来たわけだが。
「……開かねえ」
案の定ドアノブを回しても回しきる前に鍵が妨害して開ける事が出来ない。
つまり、屋上で楽しくランチタイムが出来ないわけだ。
やはり俺の記憶は正しかった。無駄骨を折るとはこのことだろう。
「つーわけで屋上で昼メシは諦めろ」
「むむむ。当麻さん、ちょっとそこどいてください」
「……とりあえず何をするつもりか言ってみろ」
「決まってるでしょ? ぶち破るんですよ、サスペンスとかでよくあるあれです」
「ふざけんじゃねえ、右手でブン殴るぞコラ」
「いやいや冗談に決まってじゃないですかやだなーもう」
正直こいつなら止めなかったら本気でやっていただろ。
何のためらいもなく、ドカンと。
68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:58:24.95 ID:ziXf3Bbpo
「では開けますねー」
とくにぶち破る素振りを見せることなく少女はドアの前に立つ。
「……では――」
特に何もせず少女はそのままドアノブを回す。
ガチャコ。
するとドアノブは鍵に妨害されることなく回り切り、扉が開いた。
「えっ、あれ、何で。たしかに鍵は閉まってたはずじゃ……」
「これが私の宇宙ピッキング技術の真の力ですぞ。じゃあ早く屋上に行きましょう」
「あ、おいっ」
何のためらいもなくニャル子は屋上へ出ていった。
どうやらピッキングは宇宙レベルになるとドアノブに触れただけで開錠できるらしい。
「何つー滅茶苦茶だよ宇宙人ってのは」
そう呟きながら俺もニャル子に続く。
69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:58:54.90 ID:ziXf3Bbpo
――さて、何の問題もなく屋上に辿り着いた俺たちは、閉鎖されているはずなのになぜか設置されていたベンチに腰かけて風呂敷を広げていた。
風呂敷の中身は二段重ねの弁当箱だった。こんな弁当箱を家にあったっけ。
「うわぁ、何だこれ?」
一段目の弁当箱の蓋を開けると、あまりにも中身のインパクトが強くて思わずすっとんきょな声を上げてしまった。
弁当箱の隅までびっしりと桜でんぶ敷きつめられていて、中央にハート形にかたどられた白米がちょこんと置かれている。
普通これって逆じゃないか?
「……何を思ってこういう構成にしようと思ったんだ?」
「意外性を重視してみました」
なぜ弁当に意外性を重視させたんだこの宇宙人は。
「どうぞもう一つの方も開けてください」
二段目の蓋のオープンを催促してきた。これは二段目にも何か仕掛けてあるな。
警戒しながら俺は二段目の弁当箱の蓋に手をかける。
「……開けるぞ」
「どうぞ」
ごくり、と唾を飲み込み蓋を持ち上げた。
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:59:21.01 ID:ziXf3Bbpo
「…………あれ? 普通だ」
卵焼きにネギを加えたもの。
から揚げ。
アスパラガスのベーコン巻き。
ミニトマト。
スパゲティ。
栄養バランスの考えられた立派なお弁当だった。
ヘビとかカエルとかハチとかイナゴとか……。
漢字で書いたら虫偏が必ず付くようなモノの姿煮ぐらいまでは覚悟していたので拍子抜けしてしまう。
「ではどうぞ召し上がってください!」
「あ、ああ。じゃあいただきます」
ひとまず無難に卵焼きを箸でつかみ、それを口へと運ぶ。
「ん、ん。普通にうまいな」
「本当ですか!」
目をキラキラ輝かせるニャル子。
「ああ、中身が半熟になっていて良い。ネギがアクセントにもなってるし」
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 21:59:48.25 ID:ziXf3Bbpo
続いてアスパラガスのベーコン巻きを食べる。
これもうまい。絶妙な焼き加減だ。
次はミニトマト。
みずみずしくて油でこってりした口の中を直してくれる。
食べ物と食べ物のつなぎにはもってこいだった。
お次はスパゲティ。
この程良い甘さはナポリタンか。
何だか給食の時に食べたふやけたスパゲティを思い出して懐かしい気分になる。
「お前って料理うまいんだな」
「当麻さんに褒められるなんて……こんなに嬉しいことは無いです」
ニャル子が何故だか涙を滝のように流していた。比喩表現とかでなく漫画の描写みたいにどぱー、と。
料理を褒めてもらえたのがそんなに嬉しかったのか。今まで褒められたこと無かったんだろうな。
そんな事を思いながら箸でから揚げを掴む。すると、
「あっ! しまった」
から揚げを掴み損ない汚い屋上の床へと落ちてしまう。
世の中三秒ルールなんてものがあるが、それは土や埃でまみれた食品には適応されない。
我ながらもったいないことをしてしまった。もったいねえ……。
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:00:14.36 ID:ziXf3Bbpo
「わ、わりいニャル子」
「あ、別にいいですよ。代わりに私の分あげますから」
そう言うとニャル子は自分の分の弁当箱からから揚げを箸で掴む。
そしてそれをおもむろに俺の顔の近くに持ってきた。
「はい、あーんしてください」
「え?」
こ、これはあれか?
恋人とか仲の良い男女がやるあれなのか?
アニメや漫画とかではよく見るが現実世界では縁の無かったあれだったりするのか?
「どうしたんですか? 食べないんですか?」
きょとん、とした顔で首を傾げる。向こうは何も意識してない様子だった。
正直恥ずかしいが、仕方ないので応じることにした。
「あ、あーん」
口を開ける。その開いた口にから揚げが投入される。
口を閉じ、噛んでみるとから揚げ特有の肉汁が口内に広がった。
「う、うまい !」
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:00:40.59 ID:ziXf3Bbpo
絶品だった。肉質は柔らかいが弾力はある。味付けも完璧だった。
冷凍食品などと比べモノにならないし、下手すれば飲食店で作られたモノより格段に美味しいかもしれない。
「……しかし」
食べた物はおいしかったが食べさせ方に少し問題があった。
案の定、すごく恥ずかしかった。
この閉鎖された屋上で居るのは俺とニャル子の二人だけだが、なぜだかものすごく恥ずかしい。
「あれ? 当麻さんなんだか顔が赤いですよ」
「なっ」
たしかに自分の顔がだんだんと熱を帯びていくのがわかる。
よっぽど恥ずかしいことをしたのだと改めて再確認させられる。
いくら相手がうねうねの邪神だからと言って、今の見た目は普通の少女である。
「熱でもあるんじゃないですか?」
そう言うとニャル子は顔を近づけてきた。
「や、止めろ近づくんじゃねえっ! っつーかお前わかっててやってんだろっ」
「あら、バレちゃいましたか」
「いくら何でもあざとすぎんだろ」
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:01:06.73 ID:ziXf3Bbpo
「てへっ」
片目を閉じてウインクのような形にし、舌少し出した顔をするニャル子。
何だか無性に殴りたくなる顔だった。
「……ところでこれ何の肉だ?」
今口に入ってる肉を咀嚼しながら尋ねる。
牛肉にしてはコクがある。
豚肉にしてはあっさりしている。
鶏肉しては特有のパサつきがない。
かと言っては昔食べたことのある羊の肉と比べても臭みはない。
今まで食べたことのない肉だった。
「…………」
なぜだか首をこちらから逸らすニャルラトホテプ。
それにを見て俺は首を傾げる。するとある物体が視界に入ってきた。
「あっ、そういやこれ放置したままだったな」
汚い地面に先ほど自分が落とした唐揚げが転がっていた。
このまま放置しているわけにはいかないので、俺は右手でそれを拾い上げた。
バキン。
俺の右手が何かに反応した。
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:01:33.26 ID:ziXf3Bbpo
この感覚は超能力で出来たなにかに触れたときの感覚に似ている。
現在右手に絶賛接触しているのはニャル子特性の唐揚げだ。
つまりこの唐揚げは超能力的な何か、または宇宙人的な何か、つまり異能の力であったことになる。
唐揚げが消えてないことからそれ自体が異能なわけではなく、何か異能の力が唐揚げにかかっていたことになる。
「……おい。そこのこの場から一刻も早く離れようとしてるニャルラトホテプ星人」
「はいっ」
俺の様子からなにかを察したのか、ニャル子はコソコソと屋上の出口へとしゃがんで移動してた。
急に呼ばれてビックリしたのか、体をビクッとさせその反動で直立する。
「この唐揚げ何の肉だ? またはこの肉に何を仕掛けやがった」
「だ、大丈夫ですよ。何も仕掛けてありませんしキチンと食べられる安全なお肉ですよ」
この言動からこの肉は地球製の肉ではないことがなんとなく分かった。
「まあ唐揚げは地球外製なのはわかった。なら、ほかのはどうなんだ? ちゃんと地球製なんだろうな」
「…………」
やはり首ごと目をそらすニャルラトホテプ星人。
黒だ。確実にこの弁当箱の中身は全て純地球外製だ。
一応から揚げ以外の料理にも右手で触れてみたが、反応を示すのは謎の肉を使ったから揚げのみだった。
まあ、今さら反応をしたからってすでに腹の中にインしてしまっているのでもう遅いが。
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:01:59.45 ID:ziXf3Bbpo
「だ、大丈夫ですって。ちゃんと宇宙JASマークが付いてますから」
相変わらず言葉の頭に宇宙を付いた胡散臭いワードが出てきた。
おそらく本質的には日本のJASマークと意味は同じなのだろう。
つーかJASのJってJAPANのJじゃなかったか?
「……本当に大丈夫なんだろうな。人体に害はないんだろうな?」
「も、もちろんですとも! 何なら神に……いえ、邪神に誓いますよ!」
「自分に誓ってどうする」
相変わらず胡散臭さマックスの邪神である。
こいつの性格や今までの行動からして怪しさマックスだ。
正直、信じることができない、だが俺は――。
「わかった。じゃあお前を信じることにする」
そもそもニャル子の仕事は俺の護衛だ。
守る人間に害のある食べ物を食べさせて死なせてしまう、そんなヘマはしないだろう。
初めから殺すつもりならいくらでもチャンスはあったわけだし。
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:02:25.18 ID:ziXf3Bbpo
「ほ、ほんとですか当麻さん!!」
ぱぁ、と一気に表情が明るくなる。
無貌の神は本当に表情がコロコロ変わる。
「はぁ、じゃあ昼メシ再開するとしようぜ」
「はい!」
例えば今食べてるこれが、もし人間が食べたら即死するようなものだろする。
それが原因でたとえ俺が死んでも、最後の晩餐が可愛い女の子が作ったこんなにおいしい弁当ならそれも悪くないかな。
(――って何を考えてんだ俺はっ)
いかんいかん。
死因が邪神作の弁当なんて末代まで笑われる失態だぞ。
俺は首を振って余計な考えを飛ばし、再び弁当へと箸を伸ばした。
―――
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:02:52.44 ID:ziXf3Bbpo
―――
「ふぅ、食った食った」
俺たち二人は昼メシを休み時間を十五分ぐらい残して食べ終えた。
「ふわぁ、おなかがいっぱいになったら眠くなってきましたよー」
あくびをして眠そうなニャル子。頭を見るとアホ毛がへにょへにょになっていた。
「たしかにメシ食った後って眠いよなー」
「このまま授業をサボってお昼寝タイムといきたいところですねー」
「お前はもう授業ねえんだから寝てりゃいいじゃねえか」
午後の補習で犠牲になるのはそもそも俺だけだ。
「駄目ですよ。私のお仕事は当麻さんの護衛なんですから、ふわぁ」
「守られる側から言わせてもらうが、あくびしながら言われても安心感がねえよ」
空を見上げる。
巨大な飛行船がお腹の大画面に『今日の学園都市のニュース』を流しながら浮遊していた。
学園都市に外部からの不審者が現れたというニュースがディスプレイに映されている。
もしかしてこいつなんじゃねえのか、という不安にかられた。
だけど、後に流れた学園都市上層部が捜索の中止を発表したというニュースを見て俺はほっと胸をなでおろす。
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:03:18.58 ID:ziXf3Bbpo
「……そういやさぁニャル子」
「…………」
「……ニャル子?」
「……Zzz」
ベンチにちょこんと座って寝ている邪神が隣に居た。
器用に体を左右に傾かせることなく背もたれに垂直に背中を預けていた。
「起きろコラ」
軽く少女の眉間に手刀を振り落とす。
「Zzz……ひぎぃ!?」
「寝てんじゃねえよ! そして変な声を上げるな!」
「な、何の話をしてましたっけ?」
「いや、別にまだ話は始まってすらねえけど」
「では何の用なんですか? 人の安眠を邪魔するほど大事な御用なんでしょ?」
とりあえず仕事しろ、と言いたいところだがぐっと我慢する。
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:03:51.27 ID:ziXf3Bbpo
「ずっと気になってたんだけどわざわざ屋上まで来た理由は何なんだ?」
「えっと言いませんでしたっけ? 学園モノの定番なので屋上に行くと」
「それなら教室で机を向かい合わせて食うパターンでも良いじゃねえか。何でわざわざピッキングしてまで屋上?」
「…………」
「実はここまで来たのは何か理由があんじゃねえか?」
彼女は教室を出る時やけに屋上で昼飯を食べることを推していた。
だから何となくそうしなければいけない理由があったんじゃないか、そう思えて仕方がなかった。
俺の杞憂で終わってくれるならそれでいいが。
「……ふむ。さすが当麻さん、勘が鋭いですね。実はニュータイプなんじゃないですか?」
「俺には敵は見えねえぞ?」
「実はこの屋上に来たのにはちゃんとした理由があるんですよ」
「何だよその理由って」
「まあ、すぐにわかりますよ」
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:04:17.80 ID:ziXf3Bbpo
「はあ? 何だよそ――」
言い切る前に俺の言葉が途切れた。なぜか……。
這いずるようなプレッシャーみたいなものを背中から感じたからだ。
「おうおう来ましたねー敵さんが」
ニャル子の顔はこちらを向いていたが視線は少し上を向いていた。
すかさず俺も体全体で振り向いた。
「またおまえか」
思わず呟いてしまった。
視線の先には昨晩と今朝の二回も遭遇してしまったナイトゴーントがいた。
屋上に備え付けられている貯水タンクの上にヤンキー座りをしている。
「昼なのに夜鬼は活動できる。これってトリビアになりませんか?」
「ならねーよ。てか朝でも見たし今さら感が否めねえな」
こんなどうでも良い会話ができるくらい余裕なのは、あの夜鬼がRPGで言うスライムレベルの敵だからだ。
そんなこと言うなら自分で倒してみろよ、と言われたら無理だがニャル子にとってはワンパン余裕の雑魚である。
なのでほとんど危機感など感じなかった。
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:06:00.50 ID:ziXf3Bbpo
「つーか本当に大丈夫なのか? こいつらの姿本当に他のヤツらに見えてねえのか?」
「本当に大丈夫です。都合のよい結界が張ってあるので問題ありません。心配性ですね当麻さんは」
「本当に都合の良い結界だな」
ご都合主義万歳。
「うーむ、ここでいつも通り金的→追いうちのコンボで倒してもいいのですが……」
相変わらず悪役もビックリな残虐な攻撃方法を持つ正義の味方である。
というか女の子が金的とか言ってはいけません!
「今回は趣向を凝らしてカプセル怪獣に任せましょう」
「カプセル怪獣? 何だそりゃ?」
ニャル子は質問に答えることなく制服のスカートのポケットを探りだした。
しばらくして手がポケットから出てきた。
だが手には何もなくティッシュ一枚すら握られていない。
「あっれー? たしかに持ってきたはずなんですけどねえー」
そう言うといきなり制服のタイをほどきだした。
しゅるるる、という音とともにタイが重力に従い落ちていく。
そして何の躊躇なく胸当て部分を開き、その中を探り出す。
83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:06:27.86 ID:ziXf3Bbpo
「ってニャル子さんっ!? 何をやってるのでございますですの!?」
今の今までぼぉと見てたが正気に戻った。
自分の手で自分を目隠しする。
ちらりとだが下着が見えた。黒だった。
いや、これは不可抗力だからな仕方がない、仕方がないんだ。
「何やってんですか当麻さん?」
指の隙間を開けてみるときっちりと制服を着こなしたニャルラトホテプが立っていた。
大学の受験会場に居てもおかしくないほどぴっちり着こなしている。
「お、お前がいきなりっ! 唐突にっ! 脱ぎ出すからだろっ!?」
「あっ、もしかして当麻さん照れちゃいましたか?」
「うっ、うっせー! 右手でブン殴んぞコラっ!」
「顔真っ赤にしちゃって、かわいいですねえ当麻さんは」
かわいいなんて言われたのは本当にいつぶりだろうか。
とにかく、言われなれない言葉に俺は少し戸惑ってしまう。
84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:06:54.68 ID:ziXf3Bbpo
「さて、ではそろそろ本格的に戦うとしますか」
いつの間にかニャル子の手には球状の物が握られていた。
真ん中に一直線に区切られ、それぞれ色が違っていた。
そう、まるでモンスターボ――。
「当麻さん。これ以上言うと厄介なものを敵に回しますよ」
「何も言ってねえよ。つーか人の考えてること勝手に読んでんじゃねえ。読心能力でも使ってんのかお前は!」
「よし。では――」
渾身のツッコミを無視してニャル子はナイトゴーントと相対した。
そして手に持つボールを大きく振りかぶった。
おそらく前から見たらスカートが翻って下着が丸見えになるだろうくらい片足を高々と上げて。
「シャンタッ君、君に決めた!」
カプセルは思い切り地面に叩きつけられパリンという音とともに割れた。
着弾地点からは自分の視界を奪うほどのピンク色の煙が広がっていく。
たぶんあのカプセルの中に入っていたものだろう。
すると、唐突に暴風警報でも出るのではないかと思うくらい強い突風が巻き起こった。
風で煙があらゆる方向に撒き散らされていく。
最後までそれを見届けようと思ったが、余りの風の強さに思わず腕で顔を隠し、目を瞑ってしまう。
85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:07:27.40 ID:ziXf3Bbpo
風がやむ。
腕を退け、瞑っていた目を見開く。
「…………なんだありゃ」
自分の目にあまりにも異質な光景に目を疑ってしまう。
視界を奪っていたピンク色の煙は晴れて無くなり、その代わりに一頭の巨大な生き物が見えた。
「…………」
「私の数あるペットの中の一匹、シャンタク鳥のシャンタッ君です」
「しゃんた……何だって?」
「シャンタッ君です。どうですか、かわいいでしょ?」
「ああ、たしかにかわいいな」
ただし名前に限る。
像のような巨体。馬のような頭部。
羽毛の代わりに鱗のようなものが体にびっしりと覆われていた。
そして夜鬼さんも愛用してる蝙蝠のような羽根を標準装備されている。
こんな巨大生物をかわいいというやつなど地球上捜してもおそらくいないだろう。
あ、ニャル子は人間じゃないからノーカンな。
86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:08:01.02 ID:ziXf3Bbpo
「さあシャンタッ君行きなさい! 出来る限りむごったらしく殺して、鳥葬してあげなさい!」
「なぁ、時々お前に守られてて本当にいいのか激しく不安になる時があんだけど」
大体このようなセリフは吐いた方が負けるという世界の心理があるはずなんだが、どうやらこの宇宙人には関係な話のようだ。
「キシャー!」
「ウボォアー!」
二人の怪獣が咆哮する。どうやらさっきのセリフが戦闘開始の合図だったらしい。
貯水タンクの上で鎮座していたナイトゴーントもアップを終えたらしく良い汗をかいていた。色は紫色で気持ち悪かった。
シャンタッ君が飛翔する。羽ばたきの余波を受けて屋上に爆風が巻き起こった。
それと同時にナイトゴーントが羽根を大きく広げ、シャンタッ君に向かって滑空していく。
先に攻撃を仕掛けたのはナイトゴーントだった。
ナイトゴーントの『ひっかく』攻撃!
シャンタッ君は倒れた。
ナイトゴーントは444の経験値を得た。
87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:09:14.20 ID:ziXf3Bbpo
「ん?」
あれ、俺の見間違いでなかったらシャンタッ君は一撃でダウンした。
サイズ差はMとL並に圧倒していたはずなのに。
そのおかしな現象を前にして頭を混乱させてるうちに、シャンタッ君は次第にどす黒くなっていき、最終的には無となった。
「っておい! シャンタッ君負けてんじゃねえか!」
「うーん、やっぱり駄目でしたか。対夜鬼戦の対戦成績が百戦九十九敗一引分なんですよね」
「なんじゃそりゃ!? 果てしなく勝率ゼロのヤツ使ってんじゃねえよ! つーかよくそんなんで引き分けれたなぁおい!」
「いやぁ、よくゲームとかで初期の数値は微妙ですがレベルが高くなってくうちに能力が急激に高くなるキャラクターっているじゃないですかぁ」
「リアルとゲームの区別を付けろ!」
まったく。こいつは真面目に仕事をする気があるのか本気で疑問に思う時がある。
こういうやつって職場で浮いてたりするんだよな、とニャル子がハブられてないか本気で心配になってきた。
「当麻さん……ほっといてください、ぐすん」
「だから心読むなって言っとるっちゅうに」
どうやら図星だったようだ。
88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:09:51.21 ID:ziXf3Bbpo
「ウボァー!!」
シャンタッ君に勝利しご満悦なのか、空に向かって高らかに雄たけびをあげる。
これだけ大きい声をあげても一般人にはバレないとは結界さまさまだな。
「グ……ズ……ギャアアアアアム!! ギャアアアアアアアム!!」
「…………いくらなんでも興奮し過ぎだろ」
「ああ。これはアレですね、仲間を呼んでいるんですね」
「お前はそれ知ってて何でここで待機してんの?」
「いえ、ここで一気に経験値を稼いどこうかなと思いまして」
「さっきリアルとゲームの区別を付けろって言ったよな」
相変わらず緊張感のない邪神だった。
「でも当麻さん。仮にこのナイトゴーントがスライムと仮定したら私はレベルが99の勇者なわけです」
「だったらどうした」
89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:10:18.41 ID:ziXf3Bbpo
「スライムが例え一万匹集まろうが勇者である私には決して勝つことができないわけで」
「それなら物量差で負けるだろ」
つーか、どっちかと言ったらこいつは勇者じゃなくて魔王だろ。
「とにかく倒してこい。今すぐ」
「ちぇー、わかりましたよ。では……ニャルラトホテプ、まかり通る!」
スカートを翻しながら駆けだすニャル子。
走りながら背中に左手を突っ込み、何か棒状の物を引き抜いた。
長さは大体六十センチでその先の部分が九十度に曲がっており、先端にV字の切れ込みが入っている。
たしかあんな感じの工具をどこかで見たことがある。何だっけか……。
「必殺! 私の宇宙CQC――」
気付いたらニャル子がナイトゴーントの目の前で、棒状の物を両手で持って大きく振りかぶっていた。
「――パート2ダッシュ!」
90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:10:44.60 ID:ziXf3Bbpo
そしてニャル子はナイトゴーントの頭めがけて、棒状の物を思い切りフルスイングした。
するとどうだろう。夜鬼の首から上にあるものはバットで打たれたボールのようにどこかに飛んで行ってしまったではないか。
もちろん首から上が消えた本体からは、接続面から大量の黒い液体が吹き出てくるわけだ。
そう、まるで噴水のようにぷしゃー、と。
「……うっ」
先ほど食べた昼メシをリバースしそうになる。
何で食後にこんなバイオレンスな画を見なけりゃならん。
「ふう、片付きましたよ当麻さん」
「お前はもう少し王道的な敵の倒し方はできないのか?」
こいつが攻撃するといつも黒い液体が周りに飛び散っているような気がする。
ふと、ニャル子の持っている棒状のものに視線を移す。
先端からは黒い液体がポタポタと地面に垂れていた。おえ……。
「大丈夫ですか当麻さん?」
「大丈夫だからそれしまえ。その……名前が出てこないけど」
「ああこれですか。これは『名状しがたいバールのようなもの』です」
そうそうバールだ。
ん? こいつは今バールのようなものと言ったか。
91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:11:10.85 ID:ziXf3Bbpo
「…………バールだろ?」
「名状しがたいバールのようなものです」
「いや、だからバ――」
「名状しがたいバールのようなものです」
どうやら突っ込まれたくない部分のようだ。
無表情のニャルラトホテプがそう表情で訴えている。
「つーか、こんなぐちゃぐちゃにして……後処理大丈夫なのか?」
誰かが屋上に来て、こんなスプラッタ映画のワンシーンみたいな光景を見たら発狂するだろう。
そして学校ぐるみ、いや、下手したら学園都市ぐるみで大騒ぎになる。
「ああ、そのことについては大丈夫ですよ。ほら」
そう言うとニャル子はバールのようなものを持ってない方の手の人差し指を、先ほどまで惨劇が広がっていた場所の方へ指す。
それにつられて視線をそちらに向ける。
「……あれ?」
あまりに予想外な光景に思わず間抜けな声を出してしまった。
そこにあるはずのもの。殺人現場のような惨たらし空間や首から上がないただ体液を垂れ流す肉塊がなくなってた。
まるで元からなかったかのように、薄汚く汚れた屋上の床が広がっているだけだった。
92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:11:43.36 ID:ziXf3Bbpo
「どうなってやがんだ」
「ナイトゴーントもシャンタッ君と同じですよ。やられたら跡形もなく消え去っていくんですよ」
「随分と便利な設定だな」
結界といい、今回のことといい、この世界は邪神の都合の良いように出来ているようだ。
そんなことを考えていると遠くから何かが羽ばたく音が聞こえてきた。それも複数。
「おっ。来ましたね増援」
「結局、間に合わなかったのかよ」
音の聞こえる方を見てみると、ざっと数えて十匹くらいの夜鬼がこちらに向かって飛んできた。
「どうやらまだ勝利条件が青字になっていなかったようですね」
「お前が何を言っているのかわからないが、何となくふざけてることは分かるぞ」
そんなやり取りをしてる間にも俺たちはナイトゴーントに囲まれた。
これでは逃げるコマンドをしても回りこまれてしまう。
「大丈夫です。こんな雑魚ども逃げるまでもないですよ」
「だから何で心読めるんだよ。それも邪神の能力かなんかなのか」
「ええと、確かアレはここに入れといたはず……」
93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:12:40.49 ID:ziXf3Bbpo
俺の疑問を無視してニャル子は探し物をし始める。
セーラー服の胸元を開け、手でその中を探り出す。またか。
「お前っ。そういうのどうにかならねえのかよっ」
ニャル子を視界に入れないように目を背けながら注意する。
健全な高校生男子にはこう何度もこのようなものを見せられると辛いものがある。
「あらぁ。まぁまぁ当麻さんってば顔真っ赤にしちゃって。ほんとかぁいいですねえ、お持ち帰りーしたいくらいです」
「何わけのわかんねえこと言って――」
ニャル子の方に向き直して、俺は一瞬で硬直した。
少女の手には何か楕円形の球体が握られていた。
表面は凹凸が目立ちゴツゴツとしている。
その外見は南国の果物パイナップル、英語で言うとパイナッポーに酷似していた。
先端にはいかにも引き抜けそうなピンが刺さっていた。
「…………あのーニャル子さん?」
「何ですか当麻さん?」
「何でせうかその丸いものは」
「『冒涜的な手榴弾』です」
94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:13:08.41 ID:ziXf3Bbpo
頭に付いてる言葉の意味は分かりかねるが、後に付いた固有名詞の意味はよぉくわかった。
頭の中で自動的にマジカル手榴弾が始まる。手榴弾→爆弾→爆発→危険→死。
「おいぃぃぃぃっ!! 何そんな物騒なもん取り出してんだぁぁぁぁっ!! つーか何でそんなもん持ってきてんだぁぁぁぁっ!!」
「おうふっ。当麻さん。いつもよりツッコミが激しいですぞ」
「うるせえ黙れいいからしまえ俺は死にたくない!」
「大丈夫ですって当麻さん」
「あ?」
「ちゃんと『努力』と『幸運』を掛けときますから」
少女はピンを抜いて真上に投げた。手榴弾を。笑顔で。わけのわからないことを言いながら。
真上に投げられた手榴弾は上昇するための運動エネルギーを次第に使い果たしていき、ゼロになってから重力に従い真下に落下する。
落下地点はもちろん投擲者の居る場所。すなわち俺たちの立っている場所。
「――――――――」
辺りが一瞬で白い光に包まれた。鼓膜を大きく揺さぶる爆音とともに。
俺……死んだわ。
―――
95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:13:44.48 ID:ziXf3Bbpo
―――
目を開ける。
白い光の中に山並みなど燃えてなかったが目から涙が出てくる。
強い光を受けたせいで視界がかなりぼやけていた。
耳を澄ませる。
はるかな海のとどろきの音なんて聞こえなかったが代わりに耳鳴りなら聞こえる。
巨大な音を聞いたせいでまともに聴覚が働かない。
だが、視力は三十秒ぐらい経ったときから徐々に回復してきた。
視力が元に戻り段々とぼやけたものも見えてくる。
「…………ってあれ? 生きてる?」
見えるようになった目で自分の体を一通り見る。
すると何と言う事でしょう。大きな怪我どころか傷一つ付いてないのです。
「どうなってやがんだ」
周りを見渡す。
そこにはさっきまで自分たちを囲んでいた邪神たちは居なく、代わりに何か破片みたいなものが転がっていた。
何か手のような形の破片も落ちていれば、足のような形の破片も落ちている。
俺はそれが何なのかを考えるのをやめた。
96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:14:10.74 ID:ziXf3Bbpo
「――ですねー。やはりMAP兵器は敵が固まったときに使わないとーうんうん」
いつの間にか聴覚が回復し、少女の声が聞こえてきた。
相変わらずわけのわからないことを口走っている。
「……おい」
「ん? ああ当麻さん。どうかなさいましたか?」
「…………」
バコン。
俺は無言でニャルラトホテプの頭上、主につむじがある辺りを狙って思い切り右腕を振りかざした。
「痛ッ!? あ、あれ? 邪神バリアが効いてないぞう、ってアタマ痛ッ! アタマ絶対割れたこれ!」
相当痛かったのか地面をのたうち回るニャルラトホテプ。
その間スカートの中が見えたりしたが、そんなものに気を掛ける心の余裕が今の俺にはなかった。
「お前っ! ふざけんなよ! いきなりあんな兵器使うんじゃねえ! 殺す気か」
「い、いえ。あれはちゃんと当麻さんには被害が出ないように設定してましたから」
「思いっきり被害出てんじゃねえか。下手したら五感のうち二つ失ってたぞ!」
97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:14:41.92 ID:ziXf3Bbpo
「す、すみませーん! そこまで想定出来てませんでしたー」
「すみませんで済んだらアンチスキルいらねえんだよ! 大体オマエはな――」
キーンコーンカーンコーン。
殺伐とした屋上にチャイムが鳴り響いた。
携帯電話を開く。時間からして予鈴のチャイムだ。
「ガタガタブルブル」
「……はぁ」
何だか馬鹿らしくってきた。
そろそろ教室に戻らないといけないし、今回はこれくらいで許してやることにする。
やり方に問題があったとしても彼女は自分のこと守ってくれているのだ。
「教室に戻ろうぜニャル子」
「え? 当麻さん」
「次から本当に気を付けてくれよ。お前の事は、その……頼りにしてんだからさ」
「当麻さん……」
98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:15:08.16 ID:ziXf3Bbpo
正直頼りにしてるのは本当だ。
多少無茶や馬鹿はするけど今の俺にとっては本当に頼りになる存在だ。
現に彼女が居なかったら今ごろ自分はどうなっていただろう。想像しただけでも恐ろしい。
「ほら、行くぞ」
「は、はい! 了解しました当麻さん!」
満面の笑顔で俺の後ろに付いて来る。
これを邪神と言っても誰も信じない。そう思えるほどいい笑顔だった。
「……ぬふふふ。これもう完全にフラグが立ちましたね。エンディングが見えた!」
「うるせぇよ。立ってねえよそんなもん」
台無しだった。
「……つーか何でお前元の姿になってねえの? 俺は右手で殴ったはずなんだけど」
「ああ、おそらくあれにはタイムラグが存在するのでしょう。右手が頭から離れた瞬間再変身しました」
相当元の姿を見られたくねえんだろうな。まあ俺も見たくはねえけど。
そんなことを考えながら俺たちは屋上を出て、教室へ向かって階段を下りていく。
―――
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:38:57.95 ID:ziXf3Bbpo
―――
「あー、やっと補習が終わったー」
俺たちは午後の授業を終え、学校を出て寮までの帰路に立っていた。
空を見るとすっかり灼熱の夕日が輝いている。補習如きでここまで残されるとか不幸だ。
「ふわぁ、よく寝ました」
隣であくびしているニャル子は授業には参加していたが、授業時間の九割ほどは爆睡に充てられていた。
すぐ真横の席で寝息を立てられて、こちらからしては大変迷惑だったわけだが。
つーか、小萌先生一回もニャル子に注意してなかったな。違うクラスって設定だからって理不尽だ。
「さーて当麻さん。今からアニメショップにでも行きましょうか」
「断る」
「ええっー? 何でですかー。私とデートしましょうよ」
何が悲しくてアニメショップなんかでデートしなきゃいけねえんだ。
「今日はスーパーの特売があんだよ。卵がお一人様限定で一円なんだ。ちゃんとお前にも並んでもらうぞ」
知り合いと一緒にいるという利点は、こういうことに有効活用するべきだ。
「随分と所帯染みた高校生男子ですね」
「こちとら生活がかかってんだよ。貧乏学生舐めんなよ」
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:41:27.86 ID:ziXf3Bbpo
今週の食料確保のために行きつけのスーパーに向かう。
ただでさえ安いうえに毎日何かしら特売でさらに安い。
まさに貧乏学生のユートピアである。
しかも今回は上手くいけば卵二パックを二円で買うことが出来る。
しばらくタンパク質には困らねえな。
「~~♪ ん?」
意気揚々と歩いていると視界にとある少女が目に入った。
中学生くらいの女の子だ。
肩まで伸びる茶髪は夕日の光が反射して輝いている。
灰色のブリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーター。
たしか名門常盤台中学の制服だ。
「げっ。ビリビリ……!」
「あん?」
俺の天敵ビリビリ中学生こと御坂美琴と目が合ってしまった。
彼女は学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)のうちの第三位。
超電磁砲(レールガン)という異名を持つ電撃使いだ。
少女の周りにはなぜか目に見えるほどの電気が帯電していた。
「ちょっと。またビリビリって言ったぁ!? だから私には御坂美琴っ名前が……って聞いてる!?」
「不幸だ……」
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:42:00.39 ID:ziXf3Bbpo
俺は最悪の状況に頭を抱えた。
この少女と出会った日は必ず部屋に朝帰りする。別にそんな卑猥なことを朝までしているわけではない。
朝までリアル鬼ごっこをしている。こいつが鬼で俺が逃走者。
――つまり、今日の俺の卵二パックを手に入れるという夢は無に帰するということだ。
「……あのー、今日のところの鬼ごっこはマジで本気で真剣に勘弁してもらえないですかねえ?」
「何よそれ? なんか私がいつもアンタを追いかけてるみたいな言い草ね」
言い草も何も事実だろ。
「大体アンタは――ん?」
御坂はふと俺の隣にいる少女ニャル子を見た。
どうやら今の今まで気付いていなかったらしい。
「えっ? あんたって彼女いたの?」
「あれ? やっぱりそう見えちゃいますぅ? いやー、これはもうけっ――」
「いや、いないけど」
「当麻さん。そうきっぱり言わなくても」
滝のような涙を目から流している。
このアニメみたいな描写は得意の変身能力の応用なのだろうか。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:42:28.38 ID:ziXf3Bbpo
「ま、まあ。アンタに彼女がいようがいまいが関係ないわ」
「だからいねえって言ってんじゃねえか。話聞けよ」
何だかとても嫌な予感がする。
例えるならロケット団がピカチュウと相対したときみたいな予感。
「今日こそ決着をつけようじゃない。この因縁今ここで終わらせてやるわ」
「因縁もなにも勝手にお前が言ってるだけじゃねえか」
「う、うるさい! 私が勝つまでこの戦いは終わらないのよ!」
「じゃあ俺の負けでいいよ。マイリマシタマイリマシター」
「……アンタってホント私の神経を逆撫でするのがうまいわよね」
少女の周囲にバリバリという音が聞こえてきた。
やばい、こいつすっごい怒ってるなんでだ!?
「お、落ち付けビリビリ! 話せば、話せばわかる!」
俺は必死の説得を試みる。
「だから私にはぁぁ、御坂美琴って名前があんのよぉぉぉ!!」
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:43:16.12 ID:ziXf3Bbpo
説得失敗。雷がまっすぐこちらへ飛んでくる。
俺は右手を構える。
彼女の放つ電撃は超能力、つまり異能の力で出来たもの。
いつも通りこの右手でひたすら打ち消すだけの作業、またこんなもんで青春の一ページを無駄に埋めんのかよ。
「…………ってあれ?」
しかし右手に電撃が届くことはなかった。
おかしいな、いつもならこうビリビリっと真っ直ぐ飛んでくるはずなのに。
「…………え?」
「さっきから黙って聞いてりゃ、何なんですかアンタは」
いつの間にか銀髪の少女には棒状のものが握られていた。
名状しがたいバールのようなもの。
彼女の宇宙CQCの中にある武器の一つだ。
彼女のバールのようなものに紫電のようなものが走っていた。
つまり、御坂の電撃が俺に届かなかったのはニャル子が防いでくれたからか。
「な、何よ。アンタには関係ないじゃない」
「関係は超ありますよ。私の仕事は当麻さんをお守りすることなんですから」
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:44:26.55 ID:ziXf3Bbpo
「守るって、アンタボティガードなんか雇ったの? なんで?」
「……いや、色々と太平洋の深海より深いわけが」
さすがに邪神に狙われているなんて言うわけにもかいかないしと適当にはぐらかす。
つーか話したところでなにそれ、と笑われて終わりだしな。
「もし。まだ当麻さんに危害を加えるつもりがあるというのなら、私が相手になりますよ」
バールのようなものを構え、御坂を睨みつける。
「……へー、おもしろいじゃない。この学園都市の能力者の中で頂点である超能力者(レベル5)。その中の第三位である私に喧嘩売るわけ?」
風で髪が揺れる度にバチバチと火花が散る。それを見てニャル子をにやりと笑う。
「はっ。世も末ですね。こんなガキんちょがトップだなんて。こんなのがレベル5だったら私のレベルは53万ですよ」
見下すように、嘲笑う。これはどう見ても挑発している。
つーかこいつ地球の現地民には極力接触できないんじゃなかったのか。接触どころか勝負を挑んでんだけどこいつ。
「ッ!? 上等じゃない! その減らず口を今すぐ叩けなくしてやるわよ!」
さすが中学生。こんな挑発にもあっさり乗った。
こうして邪神VS超能力者の夢の対決が今行われる!!
……俺買い物に行ってもいいですかね駄目ですかそうですか。
―――
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:44:53.85 ID:ziXf3Bbpo
―――
俺たちは人気のない河原に来ていた。以前俺と御坂が真面目に戦った場所だ。
こんな因縁とっとと終わらせたいから戦った、っつうのに何で今でも追われ続けているのかさっぱり理解できない。
夕陽を見るとさっき見たより位置が下がっていた。結局、特売を逃すことになりそうだ。
「……さて。そろそろ始めるとしましょうか。構えなさいよ」
ニャル子と御坂が対峙する。
「ふふふ。私の宇宙CQCに構えなどありませんよ。私にあるのはただ制圧前進のみですよ」
「はぁ? 何言ってんのよあんた」
相変わらず緊迫感と言うものがまるでない。
毎度思うがなんでこいつはこうも余裕なのだろう。
いくらニャル子が強いと言っても、御坂は超能力者(レベル5)。
正直あのナイトゴーントよりはるかに強いと思う。
だが彼女はとくに表情を変えることなく悠々としていた。
「じゃあ私から行かせてもらうわよ」
周辺の地面へ電気が流れていく。
抑えきれないものが周りに漏れていくように見える。
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:45:29.16 ID:ziXf3Bbpo
「いいでしょう。あなたの全ての攻撃を見事に凌いでみせましょう」
さっきと言ってることが真逆だった。制圧前進はどうした。
「避けられるものなら避けてみなさいよ!」
前方に電撃が放たれる。
それは全ての範囲を攻撃するように上下左右拡散していった。
普通ならあんなもの避けられない。
ばら撒かれた大量の砂を避けろというようなものだ。
だがニャル子は臆することなく、
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァー!」
名状しがたいバールのようなものを目で追えない速度で振り回す。
あまりに速すぎてバールのようなものとそれを持つ手が何十本もあるように見える。
それが壁となって電撃が届く前に蹴散らされ、空中で分解されていった。
「ッ!! だったらこれならどうよ!」
御坂の額から電撃の槍が生み出された。
十億ボルトを超える電撃が空気を空気の層を食い破りながら一直線にニャル子へ向かう。
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:45:58.36 ID:ziXf3Bbpo
「ニャル子・ホームラン!」
バールのようなものをバットのように持ち、電撃の槍をボールに見立てて打ち返した。
電撃が明後日の方向へと流れていった。物理法則なんてあったもんじゃなかった。
「……へー。電撃は全部防がれちゃうってわけか」
「そうですよ。私にとってあなたの電撃は全部無駄無駄無駄ぁ!! なんですよ」
「じゃあ電撃はもう使わないことにするわ」
御坂が手を地面へと向けた。
地面から大量の黒い粉状のものが渦を巻きながら手のひらへ集まっていく。
集まったものが次第に形を整えていき、剣のようなものが出来上がる。
「……たしかあれって――」
御坂がその剣状のものを掴み、ニャル子へ向かって駆けだす。
「砂鉄で出来たソードよ。チェーンソーみたいに振動してるから――」
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:46:53.57 ID:ziXf3Bbpo
一瞬で直立しているニャル子との距離を縮め、砂鉄の剣を振りかざす。
「――ちょっと当たったら血が出るかも、ねッ!!」
剣は縦一直線に振られた。命中すれば頭のド真ん中から股の間まで真っ二つになるコースだ。
あの野郎。殺す気満々じゃねえか。まあ、電撃を撃ってる時点で殺す気満々だろうが。
「……よいしょ」
斬撃をひょいっと横にステップして避ける。
「――このぉ!」
振り下ろした刀身をそのままニャル子に向けて上斜めに振る。
「……こらしょ」
上半身だけを後ろに反らせてそれを避ける。
「――当たりなさいよ!」
インががら空きのニャル子の腹に向けて砂鉄の剣をフェンシングのように突く。
これ完璧殺すつもりだろ、あのビリビリ中学生め。
「……あらよっと」
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:47:31.86 ID:ziXf3Bbpo
あのバランスを崩し気味の無茶な体勢から、足首の力だけで剣の届かない後方まで飛んだ。
傍から見たらシュールな避け方だった。
「はぁ、はぁ、な、何で避けんのよ!」
そりゃ、当たったら痛いどころの騒ぎじゃないからに決まってるじゃないですか御坂さん。
「はっ。まさか剣を振れば、私の名状しが(ryと漫画のような鍔迫り合いが起こるとでも思ったんですか? これだから中学生は」
逆撫でするような口調は相手の集中力を切らせたりして、戦況を自分の有利にするためのものなのだろうか。
じゃないとこのニャルラトホテプという少女はすごく性格の悪いヤツという事になる。いや、なんとなくわかってるけど。
「どんなこうげきでも。あたらなければ。どうということはないんだなぁ。あずなぶる」
「……………………」
何だか御坂の体がぷるぷると震えている。
「……あああああ上等だコラ! 絶対意地でも攻撃当ててやるから覚悟しなさいッ!!」
マジギレしてた。こんな挑発に乗るなんてまだまだ子供だなぁと思った。
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:47:59.28 ID:ziXf3Bbpo
御坂は再びニャル子のいる方へ駆けた。
砂鉄の剣を体の横へ振りかぶっている。
これは横に振るという合図だな。わかりやすい。
「――オラァ!!」
豪快な掛け声を上げながら思い切り砂鉄の剣を横に振る。
しかしニャル子は軽く後ろに飛んでそれを避ける。
「……ふふっ。待ってたのよこの時を!」
いきなり砂鉄の剣の先端部分が鞭のように変形した。砂鉄の鞭は真っ直ぐニャル子へ向かって伸びていく。
でもこの程度の攻撃ならニャル子に普通に避けられるのではないか。そう思ったが、そんな疑問は一瞬で無くなった。
(そ、そうか。着地の瞬間か……!)
人間は地面に着地したとき、一瞬だけ動けない時間が出来る。
つまり、どんなに足腰を鍛えた人間でも必ずわずかに隙が生まれるわけだ。
御坂はその瞬間を狙って今このときに砂鉄の鞭を使ったのだ。
この不意打ちはいくらなんでもニャル子でも防御するしかないだろう、そう思っていた時期が俺にもありました。
114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:48:25.46 ID:ziXf3Bbpo
「甘いっ! 甘い甘い甘いですよっ!」
結果、ニャル子はその攻撃を全て避けきった。
その回避方法について、ありのまま今起こったことを話そう。
ニャル子の足が地面に着地したと思ったら、すでにニャル子の足が上へ向いていて、代わりに空いた右手を地面へ付けて後ろに向かって回転していた。
何を言ってるのかわからねえと思うが、俺にも何が起こったのかさっぱりだった。
宇宙人だからとか、物理法則無視だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
まあ、ようするに御坂の砂鉄の鞭攻撃をバク転して避けた。
それを見て御坂がさらにしつこく追い打ちを加えるが、それもバク転しまくって避けきった。
ちなみに回避中はスカートがあられもないことになっていたのは些細な問題だ。
「甘いです。ほんと激甘ですよ! この前間違えて砂糖を一キロほど入れてしまったブラックコーヒー以上に甘いですよ!」
もはやそれはブラックではないだろ。
「私に攻撃を当てるつもりならゼロフレーム技くらい使わないと」
ゼロフレーム。つまり攻撃したと思ったら既に当たっていた、みたいな感じだろうか。
「…………」
御坂が黙りこむ。自分の技をことごとく避けられて、自信でも喪失しているのか?
115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:49:00.64 ID:ziXf3Bbpo
「……ふふっ」
御坂は笑った。
ぎりぎり聞こえるかどうかの声で、たしかに少女は笑った。
そもそもあいつはあの程度で自信喪失するようなタマじゃねかったな。
「……いいわ。だったら見せてあげる。私のとっておきを」
「とっておき?」
そういうと御坂はブリーツスカートのポケットから何かを取り出す。
遠目だとよくわからないがおそらくゲーセンで使うコインだろうか。
「ねえ。『超電磁砲(レールガン)』って言葉、知ってる?」
「れーるがん? 自由さんの腰に付いてるアレですか?」
「お前は一体何を言っているんだ」
超電磁砲。
超能力者第三位の御坂美琴の二つ名。
詳しくは知らないが、軍の戦艦にも使われている艦載兵器の名前だった気がする。
116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:49:38.05 ID:ziXf3Bbpo
「アンタがこれの発射の瞬間を確認したが最後、このコインがその体を貫くわ」
「ッ!? 御坂! テメェニャル子を殺すつもりかよ!」
我ながら今さらのセリフである。
「うっさい! アンタだけでもムカつくのに他のヤツにまで軽くあしらわれて……私のプライドがズタズタなのよっ!!」
こちらへ首を向け、噛みつくように叫んだ。
たしかに俺もニャル子のように御坂をあしらってきた。
正直お遊び程度のものだと思っていたが、どうやら本人は至って本気だったらしい。
たしかに今まで積み上げてきた努力の結晶をいとも簡単に打ち破られるのは相当ショックだったのだろう。
「だから……」
御坂が再びニャル子の方へ向く。
「これを避けられるもんなら――」
コインは親指で弾かれ、高く宙を舞い、次第に落下を始める。
御坂の周辺に今までにない程の電気が流れた。
彼女の視線の先には銀髪碧眼の少女。絶対に外すまいと狙いを定める。
117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:50:04.41 ID:ziXf3Bbpo
「避けてみなさ――」
御坂のとっておき。超電磁砲が放たれる。
そう思った次の瞬間。
タラララーラー♪ タラララーラー♪ タラララーラー♪
軽快な電子音が河原に鳴り響く。
燃え上がったり、立ち上がったり、よみがえったりしそうな曲だった。
おそらくここにいる誰かが持っている携帯電話の着信音だろう。
ちなみに俺の携帯にはあんな着信音は入っていない。だから俺以外の二人のどちらかになる。
けどこんな空気の読めないことをするのは……。
「──あ、はいもしもし」
「やっぱりお前かい」
案の定ニャルラトホテプ星人だった。
118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:51:05.11 ID:ziXf3Bbpo
チャリーン。
コインが地面に落下した音が聞こえた。
御坂がコインを取り損ねた、いや超電磁砲というくらいだから撃ち損ねた、か。
「…………」
彼女にとっても思わぬ展開だったらしく、呆気を取られているようだった。
「ちょっと誰ですか。ほんと今いいところなんですよ空気呼んでくだ――あっ、課長ですかどうもこんにちは。いえいえ、ちゃんと仕事してますって別にサボってたわけじゃないですよ。それより何ですかわざわざ眠ったまま電話してきて……あ、そういえばもうそんな時間ですね、了解です。今すぐせんめ……取り締まりに行きたいと思います。ではでは失礼します、はい」
会話の内容からしてニャル子の上司か何かだろう。
電話を終えると携帯を制服のポケットへとしまう。
「……もうそろそろいいかしら」
体中に電気が走り、拳を握りしめていて腕がプルプルと震えていた。
「あーそのーすみません。もう時間切れですので、このお遊びはドローというわけで」
「は、はあっ!?」
御坂が目を丸くした。
119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:51:48.06 ID:ziXf3Bbpo
「ちょ、ちょっと! アンタまさか逃げるつもり!?」
「いえいえ逃げるなんてそれはありませんよ。それに逃げるという行為は負けている方が行うものでは?」
相変わらず言葉の中に挑発じみているもの残っている。
これはもうあいつ自身に染みついた戦い方なのだろう。
「……何が言いたいわけ?」
「私はどちらかと言えば勝っている方です。だから逃げるということにはなりません」
「な、何言ってんのよ! わ、私だって負けてないわよ」
「ナ、ナンダッテー」
無表情で驚いてんじゃねえよ。
「大体私まだアンタからの攻撃一発ももらってないもの。どっちかと言ったら攻めに転じてる私の勝ちでしょ」
「無駄に体力を消費しただけでしょ。それなら残り体力的に私の判定勝ちですよ」
「だからっ。私はまだ全然疲れて――」
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:53:11.39 ID:ziXf3Bbpo
「それに私が本気を出したら、アンタの首なんて一瞬で飛ばす事が出来るんですよ。英語で言うとワンターンキル」
「ッ!?」
ビクッ、と体を震わせる美琴。
彼女の額から汗を流し、目を大きく見開かせて、その場に凍りつくように立ちつくした。
「……お前何をやったんだよ」
「いえいえ。ただちょっとプレッシャー的なものを放ってみただけですよ」
「お前はそんなことまで出来たのかよ」
まったく底見えないなぁ、この宇宙人は。
「さぁ当麻さん! そろそろこの章も終わって最終章に突入しますよ」
「何だよ章って」
いつの間にかニャル子は俺の隣に立っていた。
強引に俺の腕を掴んで、お互いの腕を組ませる形になる。
二の腕辺りになにかやわらかいものを感じた。
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:54:33.71 ID:ziXf3Bbpo
「お、おまっ、む、むね、あたって……!」
「むふふー、当ててるんですよ」
いかにもテンプレみたいなことをし始めた宇宙人。
あざとすぎる。
「ま、待ちなさいよ!」
「おや。もう動けるようになったんですか」
「御坂。これ以上は不毛な争いだろ。もうやめようぜ」
「ここまで小馬鹿にされて、はいはいと引き返せるわけないじゃない!」
コインを高く打ち上げる。まだ超電磁砲を諦めてなかったのか。
俺はニャル子の腕をふりほどいて、とっさに前に出て右腕を構える。
超電磁砲なんてもん打ち消したことねえが、あれが異能の力による攻撃ならきっと――。
「あっ、大丈夫ですよ当麻さん。最初に言ったでしょ、『時間切れ』って――」
「はあ? こんな時に何言って――ッ!?」
違和感を感じた。
寒気というか怖気というか、とにかく背筋に嫌な感覚が走り抜けた。
その違和感の原因はなにか分からない。正体不明の力に心拍数が加速する。
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:54:59.37 ID:ziXf3Bbpo
ぎしっ、とどこかで軋む音が聞こえた。
「地球時間、西暦二〇〇X年七月○日。今、この時より星辰は正しい位置に付き――」
御坂の放ったコインが落ちてきた。それがちょうど御坂の構えた右手に重なる。
その瞬間、コインがオレンジ色に発光しこちらに向かって飛んで――。
「――ルルイエは浮上する」
――こなかった。
―――
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:55:42.17 ID:ziXf3Bbpo
―――
どんぶらこ、どんぶらこ。
俺たちは今海上をのんきに進んでいた。
海なんて本当にいつぶりだろう。しばらく来てなかった気もする。
だが今の海は俺の知っている海だはなかった。
「いやー、潮風が気持ちいいですねー」
潮風なんて吹いてない。精々移動する事による空気抵抗によって多少風を感じるくらいだ
「あっ、カモメが飛んでますよー生き生きしてますね」
生き生きしてない。むしろ剥製を見ているようで生気なんて感じない。
今起きてる事態を簡潔に言うと。
「時間が止まってる……か」
時間が停まる。
漫画とかでよくある現象だが、現実で再現してみるとすごく不気味である。
時間が止まっているので、もちろん風なんて吹かない。
時間が止まっているので、空を飛んでいるカモメは重力に引かれることなく空中を静止している。
時間が停止しているおかげで学園都市の検問も余裕で突破できた。
警備員たちがトランプでババ抜きをしていた。
最後の二枚の中からババを選ぶかどうかの寸前で時間が止まっている。
傍から見たらシュールな光景だった。
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:56:27.81 ID:ziXf3Bbpo
もちろん時間が止まったので、御坂の放った超電磁砲も飛んで来なかった。
超電磁砲を放った瞬間、どうやら今起きている時間停止が起こったらしく、コインはオレンジ色に発光しながらその場を静止した。
あのまま放っておいたら危険なので、止まっているコインは一応右手で触れておいた。
たぶん時間停止が終わった頃にはむなしくコインは地面に落ちていくだろう。
「……つーかどういう原理だっけかこれ?」
俺の隣に座っているニャル子に聞く。
「さきほど話したばかりなのにもう忘れたんですか?」
「元々俺の頭は良くねえからな」
「しょうがないですねえ、ならばもう一度説明してみましょうか」
少女はその場を立ち、説明モードへと移行する。
「ルルイエが浮上したので、地球……もとい銀河系の時間が静止しました」
「面倒臭がって説明雑になってんじゃねえか。つーかルルイエって何だよ」
「ルルイエとは簡単に言うと海底に沈んだ魔王の城みたいなものですよ」
あくまで地球でのクトゥルー神話の場合ですが、と付け加える。
「平たく言えば銀河系の惑星の位置がちょうどよくなったから、ルルイエが浮上して時間が止まったということです」
「それで何で時間が止まるんだ?」
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:57:05.17 ID:ziXf3Bbpo
「そういう設定だからです」
「だからどういうげん――」
「そういう設定だからです」
「設定ならしょうがないな」
「そうですね。しょうがないですね」
これ以上ツッコムのも面倒なので同意しておく。
今さら今起きてる状況の原理に矛盾に気付いても、すでに現象は起こってしまっているのでどうしようもない。
つまり聞くだけ無駄ということだ。
「それじゃあ何で俺たちは魔王の城に向かってんだよ。魔王でも倒そうってか?」
世界を支配する魔王を邪神が退治しに行くゲーム。
新しいな。これは売れるっ……わけがねえな、うん。
「魔王というより例の犯罪組織を潰しに行きます」
「ルルイエとやらが犯罪組織の拠点なのか?」
「いいえ。ルルイエはあくまで隠れ蓑。そもそも深海にある城をわざわざ拠点にする犯罪組織なんていませんよ」
「そうか? 俺からしたら絶対に捕まらねえからいいと思うが……」
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:57:44.95 ID:ziXf3Bbpo
「効率が悪いんですよ。ああいう連中はいかに効率よくご禁制のモノを売りさばくかですからね」
「そういやそうだな。いちいち海の中から宇宙へ飛び立つのは相当面倒だろからな」
「そもそも地球は我々が常に監視をしているので、そんな怪しい連中がいたらとっくにしょっぴかれてますよ」
そういえばこいつは一応惑星保護機構って機関に所属してる邪神だったな。
残虐で非道な攻撃方法や言葉遣いのせいですっかり忘れてしまっていた。
「隠れ蓑ってのは?」
「まあ、その質問は後ほど答えましょう」
「結構重要な部分を後回しにすんじゃねえ」
「あとで説明した方が分かりやすいんですよ。百聞は一見にしかずって言うでしょ?」
ようするに見た方が早いってことか。
たしかに馬鹿には聞かせるよりやらせた方が良いっていうしな。
「……馬鹿ですみません」
「い、いえいえ当麻さんは別に何も……」
顔の前で手をぱたぱたと振る。気にするなと言うことだろうか。
そういう気配りが出来るならもう少し敵にも優しくしてやれよと思う。
敵だから殲滅という考えは間違っているとは決して思わないが。
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:58:29.01 ID:ziXf3Bbpo
「……そういや海に出てから結構序盤で気になったことがあるんだけどよ」
「なんです?」
「この……俺たちが乗ってる魚みてえなこれはなんだよ」
地面を手で叩く。地面と言っても鱗の生えた地面。
つまりなにかしら魚介類の上に乗っているということになる。
周囲をざっと見渡す。
俺たちを乗せてる部分以外は海の中に浸かっているのだが、海面に映る影でなんとなく全体像はわかる。
人型だ。器用に手足を動かし平泳ぎで海を進む、ようするに人と魚が融合した半漁人だ。
人二人を乗せてもなおスペースが残るその背中からして、この生き物がいかに巨大か分かる。
「なにってルルイエ直行便の水上送迎タクシー『ダゴン君』ですよ」
「タクシーだったのかこれ……」
「ベリッシモかわいいでしょ?」
「俺にナマモノ趣味はねえよ」
宇宙人と地球人にはどうやら美的センス的なものが違いすぎるようだ。
半漁人が可愛いなど地球人には早すぎる境地である。
「ちなみにガールフレンドに『ハイドラちゃん』もいますから」
「絶対いらねえだろその情報って――はっくしょんっ!!」
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:58:57.25 ID:ziXf3Bbpo
あれ? なんか寒くね? 今夏だよね? サマーだよね?
気付いたら体中に鳥肌が立っており、全身がシバリングしていた。
まるでいきなり季節が変わって真冬にでもなったように。
真冬で夏服は地獄なわけで……。
「このダゴン君、どこに向かって、んだよ」
人間の体は正直だ。
さっきまでなにごともなく喋っていたのに、急に寒いと感じた瞬間唇がうまく動かなくなる。
「どこってルルイエですが」
「そうじゃ、なくて。地球のどの辺り、を泳いでんだよ」
「地球で言うなら大体南極辺りですかねー」
は? 今コイツなんて言った?
「南極ですよ南極。英語で言うとアン・アークティック」
しれっと言いやがったがここは南極らしい。
南の島は温かいとは言うが、限りなく南に行ったらそんな理論意味無し。
つーか、こいつ寒くねえのかよ。
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 22:59:28.77 ID:ziXf3Bbpo
「さ、寒い……」
「温めてあげましょうか? 人肌で」
「お前、人じゃ、ねえじゃねえか」
嬉しそうに両手を広げておいでおいでしてくる。
これも漫画とかでよく見るシチュエーションだ。
さすが邪神。心得てやがる。
「なんか、ねえのか。あべこべクリーム的な何か」
「私はネコ型ロボットじゃないですよ。そんなぽんぽんものは出せません」
服の中からバールのようなものや手榴弾を取り出すくせに何言ってんだ。
「精々『寒くても死なないクスリ』や『厳めしくても恐ろしい不凍ペプチド』くらいしかありませんよ」
「なんで、そんな怪しい、もんばっかなんだ、よ」
逆に言えばそんなよく分からないものがあの制服の中に入っているってことだよな。
真面目にあのポケットの中とか四次元に繋がってんじゃねえのか。
「とに、かく、その怪しい、薬品みてえなのなし」
「そうですねー、だったら当麻さんの周りだけ適正温度に変えときますね」
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:00:08.30 ID:ziXf3Bbpo
そう言うと指をパチンと鳴らす。
するとどうだろう。今までの肌に突き刺さるような寒さは無くなり、快適な気温へと変化した。
「す、すげえな。さすが宇宙人」
「お褒めに預かり光栄です」
温度調整も出来るなんて真面目に何者だよこいつ。
これからは無貌の神ではなく万能の神と呼んでやろうか。
そんなことを考えていると、
「あっ、見えてきましたよルルイエ」
少女が指を指す。
俺は首を動かしてその先を見てみる。
「……………………は?」
俺は思わず目を疑った。
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:00:38.64 ID:ziXf3Bbpo
目に映るのは確かに島だ。こんなものが深海に眠っていたのかと驚けるくらいに巨大な。
たしかに純粋にこの島だけ見れば魔王の城と言われても違和感はないだろう。
だが、俺の違和感はマックスだった。
「……これなんて遊園地?」
島には大きな山がある。それがイルミネーションされてるみたいに輝いていた。
地上からは曇り空を照らすように、天に向けて何本ものの光線が真っ直ぐ伸びている。
ヒューン、ドドーン!! パラパラパラ
花火みたいなものがどんどん空へ打ち上げられていき、空で色とりどりの光を放ちながら爆発する。
思わず「たまやー」とか「かぎやー」とか叫んでしまいそうになる。
「ここはルルイエランド。通称ルルイエ。宇宙一のテーマパークなんですよ」
「なん……だと……?」
魔王の城で犯罪組織の隠れ蓑と聞いて来てみたら遊園地だった。
こんな事態に陥る人間は世界で精々俺ぐらいだろう。
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:01:46.01 ID:ziXf3Bbpo
「ほら、その証拠に周りを見てください」
そう言われて俺は周囲を見渡した。
そこには数え切れないほどのダゴン君やらハイドラちゃんやらが泳いでいた。
進路からして全員ルルイエランドだろう。
ある水上タクシーの上をよく見てみる。
その上にはなんだかスライムのような液体の塊がふゆふゆと乗っていた。
他の水上タクシーも見てみた。
なんだか触手を絡ませまくった触手の塊がうねうねと乗っていた。
「……あいつら何?」
「ルルイエのお客さんですよ」
「つまり、あの上に乗ってるやつ全員宇宙人ってことか?」
「そういうことになりますね」
いつの間にか地球に大量の怪物が侵入して来ていた。
もしこれで時間が止まってなかったら世界中が大騒ぎだろう。
「そういや隠れ蓑って結局どういう意味なんだ?」
「木を隠すなら森の中と言うでしょ。ならば宇宙人が集まるところに隠れるのは当然でしょ?」
まあそんなところに隠れても私たちには無意味なんですけどねー、とニャル子が付け加える。
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:02:25.01 ID:ziXf3Bbpo
「連中はあそこでオークションを開いて、ご禁制の品を高値で取引するつもりなんですよ」
「そのオークション会場がその犯罪組織の拠点ってことか?」
「そうですね。だからそこを攻めて一気に事件解決というわけです」
そういえばこいつの任務は俺の護衛のほかにも犯罪組織の壊滅みたいなのもあったな。
犯罪組織を壊せば俺を狙うものもいなくなるので、結果的にニャル子の任務は完了することになる。
ゆえにここで守りから攻めへと転じたのだろう。
「と、言うわけでぱっぱと全滅させて、地球を堪能しようとしますかねー」
「いや、そこは帰れよ」
惑星保護機構に所属しているくせに惑星保護機構が決めたルールをガン無視する。
こいつの不真面目さはどうにかならないのか……。
―――
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:03:16.95 ID:ziXf3Bbpo
―――
「さあ、ここが宇宙の一大テーマパーク、ルルイエランドです!」
「……うぇ、気持ち悪りぃ。吐きそう……」
この島に上陸し、ニャル子がなぜか持ってた入場チケット二枚を使ってゲートをくぐった。
その先には夢の国なんてなかった。あったのはただの地獄だった。
「せっかく来たんですから遊んでいきますか?」
目がおかしくなりそうなくらい痛々しい緑色をした石畳。
街並みはよくテレビで見る錯覚トリックをそのまま立体化させたように不自然。
例えば建物の線を指でたどってみると、いつの間にかその線は道路の線になったり。
例えば建物の中を窓を覗いてみると、そこには別の街の風景があった。どこでもドアならぬどこでも窓だな。
「デートみたいでロマンチックですよね!」
上から下へ滝のように流れ出る水はなぜか上へ向かって流れている。
そんな無茶苦茶なものを見ていると、平均感覚が狂ってしまってものすごい吐き気に俺は苛まれた。
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:04:34.95 ID:ziXf3Bbpo
「何に乗ります? ちなみに一番人気のアトラクションは宇宙三大ジェットコースターと名高いマッドネスマウンテンですよ!」
さらに付け加えるならここに来ている観光客も問題だ。
(真)を一度見ているとはいえ、それと同等かそれ以上にグロテクスな怪物が周りをうねうねと歩いていた。
そんなもんが視界に入るだけで吐き気がマッハでゴーゴーである。
「……あれ? 当麻さん、どうかなされたんですか? ツッコミがないですよ」
「……悪いニャル子。俺もう駄目だわ」
「えっ。何を言って――」
「……ニャル子、俺はもう疲れたよ。だから……もうゴールしてもいいよね?」
俺は力尽き、抵抗する事もなく地面へと倒れていった。
「ちょ、ちょっと! しっかりしてくださいよ当麻さん!」
こんな場所、地球人にはまだ早すぎる。耐えきれる地球人は精々ピカソくらいだろ。
「――――! ――――!」
薄れゆく意識の中、ニャル子がなにかを言ってことは分かったが、何を言っているかは分からなかった。
そして俺はゆっくりと瞳を閉じて、眠りについていった。
―――
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:05:04.40 ID:ziXf3Bbpo
―――
…………あれ? 俺、今まで何してたんだっけ?
たしか時間が止まってニャル子に海に連れられて……。
つーか、ここどこだ? なんか頭になんか妙に柔らかい感触が――。
「――あっ。気が付きましたか当麻さん」
「……んあ、ニャル子?」
目が覚めたと思ったら目の前にニャル子の顔があった。
二人の間には十センチも距離がない。
ニャル子の後ろに木で出来た背もたれのようなものが見えた。どうやら俺はベンチのようなものの上で寝ていたらしい。
「何やってんだお前?」
「いえいえ。当麻さんが気を失ってしまったので介抱をと」
「そっか……俺気を失ってたのか」
我ながら細い神経だと思う。たったあの程度の光景を眺めただけで気絶してしまうなんて。
「しょうがないですよ。たしかにあれは地球人にとっては少しばかりキツイ光景だったかもしれませんから」
あの光景を見て耐えられる地球人は十人に一人くらいの割合でしょうしね、とニャル子は言う。
それが分かってんなら初めから連れてくるな、つーか結構多いな耐性持ち。
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:05:39.16 ID:ziXf3Bbpo
「ですけどもう大丈夫ですよ。この辺なら地球人にも優しい初心者コースの場所なので」
「なんだよ初心者コースって」
周りを見渡すと木々や草花が生い茂っているのが分かった。
だがその葉の色は、適当に絵の具を用意してランダムに混ぜたような色をしていた。
見ていて不愉快なのは変わらないが、これならまだマシレベルだろう。
そんなことを思いながら適当に首を動かしながら、辺りを眺めてみる。
「…………んっ」
「は?」
なんか俺の首が動いたのと連動してニャル子からかすかに息が漏れた。
俺の後頭部に当たるこの柔らかいもの、もしかしてこれって――。
「――っどっせぇぇぇい!?」
「わっ!」
俺は全力で起きあがった。そして自分の頭のあったところを見る。
「……てて、テメェは一体何してやがったんだ」
「なにって膝枕ですよ膝枕。英語で言うとニーオブドリーム」
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:06:15.71 ID:ziXf3Bbpo
こ、こいつはホントなんでこんなよくわからねえことばっかすんだ?
地球人だからってからかって遊んでんのか? おのれ邪神め!
「どうでしたか私の膝枕は? 気持ちよかったですか?」
「……ノーコメントで」
たしかに正直気持ちよかったのかもしれない。が、そんなこと口が裂けても言えない。
そんなことを言ってこいつに何をされるのか分かったもんじゃねえ。
「そうですかーいやーよかったですかー」
この野郎。また人の心を勝手に読みやがったな。
ああ、もうニヤニヤしながらくねくね動くなうっとおしい。
「っつーか、とっととオークション会場とやらに行かなくてもいいのかよ」
今までの気を失ってしまうトラブルやこの茶番ですっかり忘れていたが、俺たちがここに来た目的は犯罪組織壊滅である。
こんな場所で遊んでる暇は本来はねえんじゃねえのか。
「ああその件なら大丈夫ですよ。そのオークション会場ならあちらにありますよ」
そう言ってニャル子は別の方向へと顔を向けた。
その方向にはあったのは何やら白い教会のような建物だった。
今までこのルルイエで見た建物は全部建築基準法を余裕で違反するようなものだったが、この建物はどう見ても普通だ。
つまり、逆にそれが怪しいというわけである。
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:06:41.76 ID:ziXf3Bbpo
「しかし本当にここにいんのかソイツら?」
「大丈夫です。すでに調査済みで裏も取れてます。それに――」
いきなりニャル子の美しい銀髪の中心に生えているアホ毛がピンと立った。
それはもう真っ直ぐ垂直にだ。
「この邪神レーダーにもこうビビッと、ヤツらの放つ邪神圧に反応しています」
そのアホ毛はレーダーだったのか。
「……てか今までそんなレーダー使ってるシーンあったっけ?」
「さーて当麻さーん。とっととヤツら潰しに行くとしましょうか!」
左手で右肩を押え、右腕をブンブン振り回しながら教会へ歩いて行く少女。
どうやらこれ以上ツッコンで欲しくないらしい。
ツッコンで欲しくねえならボケるんじゃねえと、俺は声を大にして言いたい。
「――あっ、そうだすっかり忘れてました」
なにか思い出したらしく、突然一八〇度旋回してこちらに向かってきた。
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:08:19.07 ID:ziXf3Bbpo
「これを渡すのを忘れてました。はいどうぞ」
少女がスカートのポケットから取り出したそれは黒い箱だった。
光を吸収しないからなのか、下手な黒色よりも真っ黒な感じがする。
大きさは十センチ四方ぐらいだろうか。どうやってあのポケットの中に入れたんだ?
「なんだよこれ」
俺が右手でそれに触れようとすると、
「あっ、念のために左手で受け取ってくださいな」
右手から逃げるように箱を届かない所へ移動させた。
つまりあれはなにか異能の力で出来た怪しい何かと言うことだろう。
「もう一度聞く。なんだよそれ」
「婚約指輪です」
頬を朱に染めながら黒い箱を差し出す。
「こ、婚約指輪ぁ!?」
と、突然何を言い出すんだこの邪神は!?
「おおっ。何だか予想外な反応」
「な、何でそんなもん今渡す必要あんだよ!」
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:08:44.89 ID:ziXf3Bbpo
「あっ、さっきのは冗談です。これはお守りですよ」
「お守り?」
なんだただのお守りか。
正直婚約指輪なんて渡されてもどうリアクションすればいいのか全く分かんねえからな。
「はい。これから突入するのは敵の本拠地のようなものです。何が起きるかわかりませんので、、いざという時のために保健……もとい保険です」
「何が入ってんだ?」
「ミミックです」
「ミミックってあれか。RPGの宝箱に潜む魔物的なあれか?」
「あ、いえ冗談です。とにかくいざという時以外は開けないでください。あと絶対に右手で触らないでくださいね」
「何でお前そんなに嘘ばっか付くの?」
「あ、いえ。……すみません」
「え、いや。別に謝んなくてもいいけど」
戸惑いながらも俺はその四角形を鞄に入れる。
普段から教科書は持って帰らずロッカーに突っ込んでたから余裕で入った。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:09:11.52 ID:ziXf3Bbpo
「……では。いざ参るとしましょう。打倒当麻さんを狙いやがる犯罪組織!」
「今さらだけど俺が付いて行っていいのかよ?」
「どういうことですか?」
「お前からしたら俺は守らないといけない護衛対象だろ。だったら俺がいない方がのびのびと戦えんじゃねえのか?」
「大丈夫ですって。当麻さんは大人しく守られてりゃいいんですよ」
「それに当麻さんを残して私だけで壊滅させていったとしても、そのがら明きの時に狙われたらどうしようもないですしね」
「他のやつに頼めばいいじゃねえか。惑星保護機構ってのは組織なんだろ?」
「…………」
「あっ、悪りぃ。そういえばともだ――」
「これ以上言わないでください。私のライフポイントがゼロになりますよ!」
うるうると涙を流すニャル子。
今さらながら本当にこいつに守られていいのか?
決戦間近なのに不安な気持ちが湧いてくる俺だった。
―――
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:09:41.96 ID:ziXf3Bbpo
―――
「ウボァー!」
「ギャアアアアアアアム!!」
「ウボァアー!」
「グボアッー!」
「……ふむふむ。これはこれはすごい数ですね」
「そんなこと言ってる場合なのかよ」
俺たちは犯罪組織の拠点である教会へと乗り込んだ。
外から見たら小さな教会だったはずなのに、中に入ったら幅が四、五メートルほどある通路が奥に奥へと伸びていた。
何やら空間をあれこれする技術らしい。なるほどわからん。
その中に入ってしばらく進むと数えるのが面倒なくらいの数の雑兵A、もといナイトゴーントが現れた。
まるでこれ以上先に進ませないために俺たちを止めに来た感じだ。
つまり、あの先になにか惑星保護機構に見られては困るものがあるという暗示だろう。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:10:38.54 ID:ziXf3Bbpo
「まあまあ、ナイトゴーントごときいくら集まったところで速攻全滅ですよ」
「ならとっととやってくれ」
「了解しましたー。では早速この冒涜的な手榴弾を――」
「オイ待てニャル子」
「何でしょうか?」
「数時間前に気を付けろって言ったよなぁ俺」
「はい。もちろん気をつけますよ。というわけで目と耳をふさいでくださいね当麻さん」
ゴツン。
「とりあえず手榴弾禁止な」
「しょ、しょんなー。この冒涜的な手榴弾は私の宇宙CQCの中で随一の威力を誇る――」
ガツン。
「…………ずびばぜん。もう使いまぜん」
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:11:17.37 ID:ziXf3Bbpo
手榴弾を懐にしまい、背中からバールのようなものを二本取り出した。
それを一本ずつ両手に持って、バトンのように回したあと構える。
「ここからは邪神無双の始まりですよ!」
そう言うとニャル子の姿が消えた。
バキッ! グシャ! ベチャ!
気付いたら少女はナイトゴーントの集団の中に突っ込んでいた。
三匹ほど首のないナイトゴーントもいたが気に留めないことにする。
ゴリッ! ベキッ! ゴバッ!
どんどんラバー質の腕やら足やら首やらが辺りに飛んでいく。
プシャー、と黒い液体が噴水のように噴き上がる。
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:11:44.76 ID:ziXf3Bbpo
「ふふふははははははははははっ!! 私のスペシャルな攻撃を受けてみなさい!」
なにやらニャル子の持っている武器がバールのようなものから別のものへと変わっていた。
一言で言うなら大剣。だがそれにしては機械的な外見で、柄から真っ直ぐと伸びる刃の刃先部分がきざきざになっていた。
ニャル子がなにか紐のようなものを引っ張るとヴォーンという機動音とともに刃が高速で駆動し始める。
「レッツパーリィ!!」
すごい勢いで周りに液体が撒き散っていく。
そしてどんどんナイトゴーントがバラバラの肉塊へと加工されていく。
これはひどい。俺はそっと目を背けた。
「ウボァー!!」
「おわっ!?」
一匹のナイトゴーントが俺の横を通り過ぎていった。
背中に生える一対の羽根を羽ばたかせながら、ものすごい速度で。
おそらくあのニャル子の起こす惨劇に耐えかねてからの逃走だろう。
147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:12:30.24 ID:ziXf3Bbpo
「あははははははっ!! 逃げられると思ってやがるんですかぁ!?」
後ろでなにやら笑い声が聞こえる。
次のターゲットはあの逃げ去ったやつなのか。
許してやれよ、と思うのは普通はおかしいことなのだろうが、思ってしまったのだからしょうがない。
「──(名状しがたい)バァァァァァル(のようなもの)ブゥゥゥゥゥゥメラン!!」
またもや俺の横をなにかが取り過ぎていった。
さっき聞いたニャル子の必殺技名からして彼女が投げたなにかだろう。
よく見てみるとそれは高速回転する名状しがたいバールのようなものだった。
フゥーン、という風を切る音は電動丸ノコの回転する音を思い出す。
スパッ。
バールのようなものが的確にナイトゴーントの首の部分を通過した。
首が落下し、制御を失った胴体部分がそのまま空を滑空する。
それと同様にバールのようなものも暗闇の中へ消えていった。
「逃げ回っていても死ぬものは死ぬんですよ」
148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:13:16.86 ID:ziXf3Bbpo
「……つーかブーメランなのに戻って来ねえのかよ」
「いやー、よくあるでしょ? ブーメランって言っておきながら戻ってこない技とか」
背けていた目を元に戻す。
目に映るのは死屍累々という四文字熟語の意味を的確に表現している光景だった。
辺りには黒い液体や夜鬼のパーツが散らばっていた。
だが、それらも気付いたら屋上の時のようにどす黒くなっていき、最終的には消えていく。
「では邪魔者も消えたところで先を進むとしますか」
「そうだな」
俺は前に足を一歩踏み出した。するとカラン、と足になにかが当たる音が聞こえた。
「……おいニャル子。これ落としてんぞ」
足元にあったのはニャル子の主兵器名状しがたいバールのようなものだった。
おそらく最初に持っていた二本のうち一本だろう。片方はブーメランとして虚空に消えていったしな。
俺はそれを右手で掴んで少女にさし出した。
「……これは右手には反応しないんだな」
「私の持ち物で勝手に実験しないでください」
149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:13:48.35 ID:ziXf3Bbpo
悪いと、適当に謝りながらバールのようなものを渡す。
邪神の所有物だからといって異能というわけではないようだ。
まあ、ナイトゴーントは触れても消えなかったわけだし、なにか法則のようなものがあるのだろう。
「そうだ当麻さん。一つ話しておきたいことがあるのですがよろしいですか」
「何だよ。それ今話しておかないと駄目か?」
こんな敵地のど真ん中でゆっくりと会話など正直したくないのだが……。
「もちろんです!」
「そ、そうか」
力強いもの言いに思わずたじろいでしまう
「実は今回の事件、私の本来の担当ではなかったんですよ」
「本来の……じゃない?」」
「はい。本来の担当である私の同僚がかくかくしかじかありまして」
「おい。かくかくしかじかって言って伝わるのは二次元だけだぞ」
「で、上司に直接無理言ってこの事件の担当にしてもらったんですよ」
150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:14:41.78 ID:ziXf3Bbpo
相変わらず俺の言葉は無視される。
「……つーか、何でわざわざ担当外の仕事を引き受けたんだよ。上司に直談判してまで」
「さっきも言いましたが、地球の我々から見たら憧れの的なんですよ」
「ああ、それ目当てでね。たしか普通じゃ入れねえって言ってたしなぁ」
「……まあ、その、それだけじゃないんですけどね」
「何だよ?」
「護衛対象のデータを見た時、こうビビッ! と、私にも敵が見える的な効果音がが鳴り響きました」
「お前から見たら俺は敵だったのかよ」
「いえいえ違いますよ。もうこれだから最近流行りの鈍感系ラノベ主人公はぁ」
「何だかよくわかんねえが、すげえ失礼な事を言われてる気がするぞ」
大体俺は主人公でもないし鈍感でもない。
全く失礼なヤツだ。
「そうですね、じゃあストレートにハッキリ言いましょう!」
「そうしてくれ。その方が俺も分かりやすい」
151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:15:16.38 ID:ziXf3Bbpo
すぅはぁ、と深呼吸を始めるニャル子。
何をそんな緊張しているんだコイツは。
「では言います――」
ほんのりと顔を赤らめながら、ゆっくりと口を開いた。
「当麻さん。あなたを初めて見たときから一目惚れしました。好きです」
「……え?」
今なんて言った。
なんか告白のようなものが聞こえた気がするんだけど。
いや、これは聞き間違いだな。とりあえず一応確認はとってみよう。
「…………ニャル子。悪いけどもう一度言ってくれないか」
そう言うとさらに頬を赤らめ、体をもじもじし始めたニャル子。
おい。これってまさか。まさかのまさかなのか。
152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:16:04.20 ID:ziXf3Bbpo
「……恥ずかしいけど、じゃあもう一回言いますね。当麻さん、大好きです♪」
「…………、…………」
告白された。
会って間もない女の子に告白された。
宇宙人に告白された。
邪神に告白された。
敵の本拠地の真っ只中で告白された。
これらの情報を整理するのには、俺の混乱した脳のキャパシティでは全然足りなかった。
「……当麻さん?」
お、落ち付け俺。相手はニャル子だぞニャルラトホテプだぞうねうねだぞ!
そこのところをよく考えてだな――。
「……ええと、お願いがあるのですけど、今は返事をしないで欲しいんです」
「え」
「その代わりに……この事件が解決したあとに改めて聞かせてください」
そう言ってニャル子は振り返り、奥へ奥へと足を進めていく。
「ニャル子……」
153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:16:39.08 ID:ziXf3Bbpo
たしかに俺も頭の中を整理する時間が欲しかった。この提案は嬉しいものがある。
だが、その前に気になることが一つあった。
「つーか、これって死亡フラグじゃね?」
「あ、バレました?」
「こんな時に遊んでんじゃねえよテメェ」
敵の本拠地のど真ん中でこんなボケをかますなんて本当にこいつは……。
ん、待てよ。てことはさっきの告白は全部演技……。
クソッ、騙された! 高校生男子の純情な心を弄ばれた! 不幸だ!
「あ、その点については大丈夫ですよ。この気持ちは本物ですから」
「……あ? なんか言ったか?」
「ラノベ主人公特有の難聴スキルも持ってるなんて、さすが当麻さんですね。てか顔怖いです」
わけのわからないことを言っ逃げるように奥へと進んでいく邪神。
あー、もうわけわからん。
とにかくここにいても良いことなど1クォークもないので、俺はニャル子の後ろを歩いて付いて行った。
―――
154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:17:18.38 ID:ziXf3Bbpo
―――
長い長い通路、終わりの見えない道路をひたすら歩いていく。
いつまで経っても前に映るのは薄暗い通路だけなので、体力的にも精神的にも参ってしまう。
そんな状態になりながらも奥へと進んでいくと、不意にその通路の終わりが見えた。
「や、やった。やっと出口が見えたっ」
「出口、というより入り口と言った方が正しいでしょうね」
ニャル子の顔がいつもより真剣みを帯びていた。
さすがにここまで来てボケをかます馬鹿ではなかったようだ。
今さっきわざと死亡フラグを立てるというボケをかましたばっかだが。
「当麻さん。私から離れないでくださいね」
「お、おう」
言われた通り俺はニャル子の後ろを付いていく。
いよいよ犯罪組織のヤツらとご対面ということだろう。
しかし、今さらだが女の子に守られるというのは男として情けないものがある。
通路を出ると、そこには広大な空間が広がっていた。
ドーム状の天井に大勢座れそうな観客席。
野球をするための球場と同等かそれ以上の面積の大きさがあった。
間違ってもこんなものが小さな教会の中に入るものではないだろう。
宇宙人の超絶技術にはもう笑うしかないな。
155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:18:00.69 ID:ziXf3Bbpo
「……つか、誰もいねえな」
広場の端から端まで見回してみる。
これだけ広い空間があるのだから人一人、というか邪神の一匹でもいてもおかしくないのに。
「まさか実はこんなところに犯罪組織なんていませんでした、とかいうオチじゃねえよな?」
「それはないと思います」
「なんでだ?」
「今でもそこにひっそりと隠れてんでしょ? 出てきたらどうですか」
ニャル子が俺以外の誰かに話しかけていた。
まるですぐそこに他の生き物がいるかのように。
「ふふふはははははっ。よく気付いたなニャルラトホテプよ」
「!?」
気付かなかった。気付いたらやつはそこに立っていた。
立派な顎鬚をたくわえた、床まで届きそうな長い白髪が特徴の老人。
貝殻のような巨大ななにかの上に乗っている。
一体どこに居たってんだコイツは? さっきドーム全体を見渡したはずなのに……!
156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:18:36.58 ID:ziXf3Bbpo
「ようこそ、主賓」
「ふふふ。ナイトゴーントをこき使ってるところからして、薄々は感づいていましたがね。ノーデンス」
「ノーデンス……あいつも邪神なのか?」
「はい。地球の小説だったら友好的で優しい存在と書かれていますが、あいつは悪そのものですよ」
邪神に良いも悪いもあるのか、と素朴な疑問が浮かんだが今はどうでもいいか。
「では、そろそろ闇のオークションを始めるとしよう」
ノーデンスが腕を上げるとともに、観客席から拍手喝采が起こる。
いつの間にか観客席には異形の化け物どもで満員御礼状態だった。
「随分と余裕ですね。わかってるんですか? 今からここにいる客含め、全員――私が皆殺しにするんですよ?」
とても正義の味方とは思えないセリフがポンポン出てくる。
今からこいつが寝返ってもなんの違和感もないな。
「ふん。こちらにはニャルラトホテプが来るという情報が既に入っているのだ。ならば対策の一つは立てるものではないかね?」
「おい。惑星保護機構の情報ダダ漏れしてんじゃねえか」
ふふん、と少女は余裕の表情を浮かべた。
157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:19:02.44 ID:ziXf3Bbpo
「大丈夫ですよ。別に情報が漏れたからって私が弱くなったわけじゃないでしょ?」
「いや、そういう問題じゃねえよ。俺の個人情報もしかしたら流出してんじゃねえのか!」
銀行に行ってお金を下ろそうとしたら、下ろすお金がないでござるって状況になってそうで怖い。
いや、絶対なってるって確信があるね、俺の不幸がこんなところで働かないわけがない。
「では対策を披露するとしよう」
ばっ、と老人が手を上げる。それと同時に今まで好き放題騒いでいた観客が一斉に黙る。
突然の出来事に戸惑っている中、厳格な老人の口がゆっくりと動き出す。
「ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうと・んが痛っ! ぐああ・なふる・たぐん! いあ! くとぅぐあ! 」
「……なんかあのおっさん今噛まなかったか。俺の聞き間違いならそれでいいんだけど」
「いえ、聞き間違いではありませんよ。ちゃんとあのおっさんは噛みましたよ」
「ええい! 黙れ黙れ! あとで吠え面をかかせてくれる! 先生お願いします」
ノーデンスの乗った貝殻が横にスライドする。
今まで巨躯な老人に遮られていて見えなかった向こう側が今あらわになった。
158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:19:44.27 ID:ziXf3Bbpo
そこには炎があった。
凄まじい熱で辺りの風景をゆらゆらと揺らしながら、炎の中からなにかが現れた。
パッと見は人間、しかも俺と同世代くらいに見える少女だった。
無表情で唇を横一文字に結んでいる。頭から生える髪の毛は炎のように真っ赤な色をしていた。
全身から絶えず火の粉を撒き散らしながら、神々しい光を秘めた瞳をこちらに向けながら歩いてくる。
「げっ、クトゥグア!」
隣にいる少女が心底嫌そうな声を出した。
クトゥグア。どこかで聞いたことある名前だった。
たしか今日の朝、一時間目の授業が終わったあとの休み時間ぐらいに。
「っつーかお前、何でそんな汗かいてんだよ」
「いえ。その……苦手なタイプなんですよクトゥグア……戦闘的な意味で」
「……マジかよ」
今まで無双をしてきたニャルラトホテプ。
こいつにも苦手なもんあったんだな。私を倒せるのは私だけです、とか言いそうなやつなのに。
159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:20:39.72 ID:ziXf3Bbpo
「しかもあの個体は……クー子。よりによってあいつですか」
「クー子?」
「宇宙幼稚園、宇宙小学校と一緒だったんですけど、筆舌に尽くしがたい喧嘩をしてきました」
ここでもう一度学校でニャル子が言っていた言葉を思い出す。
「……待てよ。お前が学校で言ってた対立関係にあったやつってもしかして」
「そうです。クー子です」
「倒せんのか?」
「クトゥグアは苦手です」
「……そうか」
額に汗が流れてくるのが分かる。
これはもしかしてピンチってヤツではないのか?
これまでのナイトゴーント戦はニャル子の圧倒的な力のおかげでそれなりに余裕を持っていられた。
だが今回はそのニャル子でも勝てるか怪しい邪神。俺の心臓からバクバクと音が聞こえる。
「……どうすんだにゃる――」
「当麻さん危ない!」
160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:21:29.86 ID:ziXf3Bbpo
突然俺の体が突き飛ばされた。
予期せぬことだったので、ただただ俺は床の上に背中から倒れるだけだった。
背面を床に強打し、肺の空気が一気に口から逃げていく。
「……ごほっ、ごほっ。て、テメェなにしやが――!?」
俺は目を疑った。
どれだけの数の敵が来ても澄まし顔で全滅さえて、超能力者(レベル5)である御坂さえ圧倒していた少女が。
クトゥグアと呼ばれる少女に喉元を掴まれ持ちあげられていることを。
こんな苦しそうな顔をしたニャル子なんて初めて見た。
「ふはははっ。続きは別の場所でするがよい」
そう言うとノーデンスは両手を前に突き出す。
すると手のひらから黒色の球体のようなものが発生した。
最初はソフトボールくらいの大きさだったのが、最終的には人一人はすっぽり入ってしまいそうな大きさになった。
あれは不味い。俺の本能がそう告げた。
「ではよろしく!」
紫電を弾けさせる黒球を放つ。
おそらく照準はニャル子。
気付いたとき、俺は立ち上がり走っていた。
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:22:01.87 ID:ziXf3Bbpo
「――ニャル子をっ、やらせるかよぉぉぉっ!!」
「ッ!?」
俺はニャル子を持ち上げるクトゥグアと呼ばれる少女に突撃した。
それなりに助走をつけたので、それなりには威力があるはずだ。
いきなり衝撃を受けたクトゥグアは持っていたもの、つまりニャル子を離してしまう。
「よし、あとはあれを――」
ノーデンスの放った黒球を右手で止めるために構えようとする。
――が、黒球が俺を飲み込む方が早かった。
「し、しまっ――」
俺の視界が黒一色に染まったのは一瞬だった。
―――
162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:22:29.32 ID:ziXf3Bbpo
―――
「…………あー痛てて。どこだここは?」
寝ていた体を起こし、辺りを見回してみる。
何もなかった。一面は灰色でただ先の見えない広大な空間。
「どうして俺はこんなところに……?」
今どういった状況に置かれているのかを把握するために脳みそをフル回転させる。
たしか俺はクトゥグアに捕まったニャル子を助けるために突撃して……。
そしてノーデンスの放った黒い攻撃に飲み込まれて……。
あの老人の言っていた言葉が脳裏に浮かぶ。
『続きは別の場所でするがよい』
つまり俺はどこか別の場所に飛ばされたってことか。
ここがどこだかは全く分からないが、これが宇宙人特有の空間だってことはなんとなく分かる。
自分の体になにか異常がないか見てみた。
制服がところどころ汚れているが他にはこれといって問題は――。
「って、あっ! シャツの袖がなくなってやがる!」
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:23:33.10 ID:ziXf3Bbpo
俺の着ていた制服のシャツの右の半袖部分が破れてなくなっていた。
少し破れているでなく、破れてなくなっていた。
要するに右腕だけノースリーブ。ワイルドでも何でもねえな。
こいつは修復するのは面倒だなぁ、と俺は溜め息をついた。
「……さぁて、これからどうすっかな」
このなにが起こるか全く分からない謎の場所。
こんなところに長居する必要もないのでとっととトンズラするのが良いだろう。
だが、ここがどこだから分からないので下手に動くわけにもいかない。
ここはあの自分を護衛してくれているニャル子と言う少女。彼女の助けを待った方が良いのか?
色々考えている俺だったが、そういつまでも神は思考する時間を与えてくれなかった。
「ッ!?」
突然背後から熱気を感じた。それと同じように殺気のようなものだ。
それが何なのか確認するために、俺は体ごと振り向いた。
そこには2メートル大の紅蓮の炎が燃え盛っていた。
対峙するだけで体全体があぶられているような気になる。
その燃え盛る豪火の中から一人の少女が現れた。
「……ニャル子、じゃない?」
「確かクー子っつったか、クトゥグア星人」
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:24:29.86 ID:ziXf3Bbpo
炎から出てきたのはクトゥグアのというニャル子の天敵だった。
おそらくあの時にノーデンスの攻撃に巻き込まれてしまったのだろう。
「……そうか。あの時ニャル子を離してしまって」
顎に手を当てて何かを考えて込んでいる。
無表情で本当に何を考えているのか全く予想できない。
いきなり俺を殺しにかかる、みたいなことが起きるかもしれないので、俺は身構える。
「……少年」
「その少年ってのは俺のことか?」
「……少年以外に誰がいるの?」
「なんだよクトゥグア星人」
まだコミュニケーションを取ってくれるだけ、ナイトゴーントよりはマシだな。
だが、油断はできない。いつこいつが襲ってくるか分からない。
「……少年はニャル子にとってのなに?」
「は?」
何を言っているんだこいつは。なにってなんだちゃんと主語を使え。
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:25:22.77 ID:ziXf3Bbpo
「……早く答えて」
「何を知りたいんだよ」
「……ニャル子と少年の関係性について早く」
「ああ、あいつとの関係性か」
「……はよ」
「なにをそんなに急いでやがんだ。んーと……」
俺とあいつの関係。
それは単なる護衛と護衛対象じゃないのか?
ここに来る前に死亡フラグを立てるために告白ごっこをしたが、あれはどう見ても遊びだ。
つまり、あいつにとって俺はおもちゃかなんかじゃないのか。
「……護衛と護衛対象?」
色々考えたが結局一番無難な答えた。
つーか、こいつはそんなものを知って何がしたいんだ?
「……そう」
そうつぶやくとクトゥグアはまた考え込みだした。
そして十秒ほど考えて、こちらに目を向けてくる。
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:26:13.58 ID:ziXf3Bbpo
「……とりあえず少年には痛い目にあってもらう」
「は?」
えっ? こいつは何を言っているんだ?
そもそも俺はノーデンスってやつに奴隷という商品目的で狙われたはずだろ。
こいつはそのノーデンスの雇った用心棒ってところだろう。
その用心棒が商品を傷つけるってのか。
「…………」
クトゥグアの右手が空を切る。
普段ならなんてことない動作だ。だが向こうは殺る気満々の宇宙人だ。
俺の直感が告げている。この位置に立っていたらヤバいと。
その直感を信じ、俺は精一杯の力で前方へ飛び込んだ。
瞬間、自分のいた床に豪火が走った。
「いいっ!?」
全身に嫌な汗が流れる。
もしあの場所に突っ立っていたら今ごろ体は丸焦げだ。
そう思ったら体がぞーっとした。
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:27:02.33 ID:ziXf3Bbpo
「……お見事。よく避けられた」
声が近くから聞こえてきた。首を上へ向ける。
そこには棒状のなにかを持ったクトゥグアが立ってた。
長さ六十センチほどで先が九十度で曲がっており、先端のV字の切れ込みが入った金属の棒。
それはニャル子がよく使っていた名状しがたいバールのようなものと酷似していた。
「…………」
クトゥグアが無言でこちらの首目掛けてバールのようなものを振る。
俺はとっさに左腕を前に出してガードする。俺の左腕とバールのようなものが接触した。
「っぅ!?」
じゅー、と鉄板で肉を焼いているような音が聞こえた。
自分の左腕を良く見てみると、バールのようなものとの接触点から黒い煙のようなものが出ていた。
「ッがあああああああああああああああああああああっ!!」
反射的に左腕をバールのようなものから離す。接触していたところが赤黒く変色していた。
168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:28:18.81 ID:ziXf3Bbpo
「……ふっ!」
あまりの痛さにバランスを崩した俺のわき腹に鋭い蹴りが入る。
抵抗する力もなく俺は、強力な一撃を受け十メートルほど床を転がった。
「……ごほっ、げほっ、げほっ」
一度にダメージを受け過ぎて、一気に体に疲れが襲いかかる。
目眩がする。耳鳴りがする。咳が出る。口から血が出る。
こんな短時間でここまで怪我をしたなんてこと生きてて早々ねえぞ。
「……あれ? まだ息がある」
クトゥグアがゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
このまま寝転がっているだけじゃ殺される。
もはや限界に近い自分の体に鞭を打って、俺はふらつきながらも立ち上がった。
「……立てるんだ」
「ぜぇ、ぜぇ、ごほっごほっ!」
口の端から流れる流血を右手で拭う。
さて、ここからどうしたもんだ。
正面から立ち向かっても敵う気が一億分の一もしない。
169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:29:15.11 ID:ziXf3Bbpo
「……っつーか、お前なんで俺を攻撃するんだ」
「……なんで?」
「お前らにとって俺は商品かなんかじゃねかったのか。それを殺しちまったら意味ねえじゃねえか」
とりあえずなんで攻撃されているのか理解できない。
それを聞かずに死んじまうなんて絶対に嫌だからな。いや、死ぬつもりはさらさらねえが。
「……少年はうそをついた」
「嘘?」
「……ニャル子と少年の関係性は護衛と護衛対象と言った」
「なんでそれが嘘ってことになるんだよ。俺は嘘なんて――」
「……わたしは知っている。ニャル子が少年に告白していたことを」
「ッ!?」
こいつどっからそんな情報を仕入れやがった。
あの場には俺達しかいなかったはずだが。まあどうせ宇宙的な超技術で覗いてたんだろう。
だけど俺はあの告白になんの返答もしていない。ましてあんな嘘の告白に意味なんて――。
170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:30:03.97 ID:ziXf3Bbpo
「……だからわたしは少年を殺す。炙る。焼く」
「ぐっ!?」
ボオゥ!
少女の右手から巨大な火の玉が一瞬で現れた。
あまりに熱量が高すぎて場所が場所なら蜃気楼でも起きそうだった。
クトゥグアの右手が振るわれた。
瞬間、俺に向けて巨大な豪火が飛んできた。
「うおっ!?」
思わず横に飛んでその炎を避けた。
火の玉が床に着弾した瞬間、辺りに凄まじい爆発が起こった。
俺はそれに巻き込まれて吹き飛んだ。床を皮膚が破れるかと思うくらい転がっていく。
「はぁ、はぁ、無茶苦茶じゃねえか」
171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:30:54.97 ID:ziXf3Bbpo
俺は考える。こんな絶対絶命で生き残る方法を。
思いつく方法はたった一つ。ニャル子が助けに来るのを待つ。
自分の護衛が任務の邪神ニャルラトホテプ。彼女が助けに来るのを待つしか生き残る道はない。
邪神の相手は邪神がするべきだ、そう俺は考える。
あいつはクトゥグアを相手にするのは苦手と言っていたが、何の取り得もない男子高校生が相手をするり遥かにマシだろ。
つまり、今俺がするべきことは――。
(助けが来るまで、生き延びるっ!!)
俺は全速力でクトゥグアの居る方向の真逆に向かって走り出す。
すでに体に多大なダメージを負っているが、まだ十分に動ける。
俺は逃げる。こんなのとまともに相対していたら、命がいくつあっても足りはしねえ。
「……逃げるの?」
クトゥグアが何か言っていたがそんなものに気を取られてる暇はない。
ただひたすら走るべし。と、次の瞬間。
俺の目の前に巨大な火柱が上がった。
例えるなら噴出花火の火をそのまま百倍くらいの大きさにしたみたいな。
「……私から逃げられると?」
「……ははっ。不幸だぁ」
こんな状況になったらみんなどうする? もう笑うしかねえよな。
とにかく俺は生き残るために精一杯努力しよう。そう思いました。
―――
172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:31:55.21 ID:ziXf3Bbpo
―――
「……えーと、あれ? 何だか予定と違うんだけど」
「ちょっとノーデンス! 当麻さんをどこにやったんですか!?」
おかしい。たしかクトゥグアとニャルラトホテプを別空間に飛ばしたはずなのに。
なぜか用心棒であるクトゥグアと、商品である上条当麻がいなくなっていた。
代わりに一番厄介とされているニャルラトホテプ星人が目の前に立っている。
絶望しながらノーデンスは冷や汗をかいた。
「い、いや、あのね。本当はお前とクトゥグアを私のノーデンス時空に飛ばそうと思ってたんだけどね」
「ノーデンス時空……。やっかいなところに送り付けてくれましたね」
ノーデンス時空。味方の力二倍、相手の力半減とチートのような空間。
「……んまあ、とりあえず十分の九殺しで勘弁してあげますから今すぐノーデンス時空から当麻さんを連れ戻しなさい。あ、クー子の野郎は放置で」
「ふん。だが断らさせてもらおう」
「そんなこと言っていいんですか? 本来は全殺しの所を十分の九殺しで勘弁してあげるって言ってんですよ」
「それは私にメリットがない気がするのだがね」
173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:32:56.63 ID:ziXf3Bbpo
「メリットならありますよ。第二の人生が歩めます。英語で言うとネクストワールド」
「それは第二というか新しく一からやり直せと聞こえるが」
「ちっ、まあいいでしょう。当麻さんはあとで助けるとして――」
少女が観客席の端から端までを見回す。
そして口角を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。
「とりあえずここにいるヤツらは全員MI・NA・GO・RO・SHIといきますか」
「やべえんじゃねえのか」「これは逃げた方が良いって」「お、俺は逃げるぞ」
観客席にいる怪物たちがざわめきだす。
本来はクトゥグアがニャルラトホテプを抑えて、その間にゆっくりとオークションをする予定だった。
だがニャルラトホテプはそこにいて、今から自分たちを皆殺しにすると言っている。
うろたえない方がおかしい状況である。
「静粛に!」
老人が皆を黙らせる。
その表情は絶体絶命の状況に置かれているのにもかかわらず、余裕の笑みだった。
174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:33:46.24 ID:ziXf3Bbpo
「オークションは予定通り行う。だから諸君らは安心して見ていたまえ」
「なぁに寝言ほざいてんですか。今のあんたの状況分かってます?」
「貴様こそ分かっているのかね。あの少年の命を今私が握っているということを」
「ッ!? そんなハッタリに騙されると思ってんですか!」
「ハッタリではない。私はいつでもノーデンス時空にいるクトゥグアに指令を送ることができる」
「……つまり、当麻さんを生かして欲しかったらここは大人しく見てろ、と?」
少女の頬に一滴の汗が流れる。この状況は彼女にとってもあまり好ましくないようである。
ニャルラトホテプは少し考えたのち、力を抜いて腕をぷらんとさせる。
「ふふはははははははっ!! 物分かりがよくて助かるニャルラトホテプ星人」
会場の中心で高笑いを上げる。
それにつられて会場にいる観客たちも歓声を上げた。
(当麻さん。この場はどうにかしますから、どうか無事でいてください)
今の自分ではこの状況を打開することは難しい。
だから少女は今は少年の無事を祈ることしかできなかった。
―――
175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:34:56.40 ID:ziXf3Bbpo
―――
「……はぁ、はぁ、ごほっ!」
「……少年。本当に少年は地球人?」
「何でそんなこと聞くんだ?」
「……このノーデンス時空は敵の力が半分に、味方の力が二倍になる。虚弱貧弱無知無能な地球人ならデコピンで脳震盪を起こすレベル」
「ははっ。そうならなくて残念だったな。こう見えてもそれなりに喧嘩慣れしてっからよ」
「……そう」
クトゥグアがバールのようなものを構え、地面を思い切り蹴った。
瞬時に俺との距離を詰めて、バールのようなものを振りかざす。
「このっ!」
俺はそれをしゃがんで避ける。
頭の上に炎でも通ったんじゃないかと思うくらいの熱量だった。
「…………」
続いてはしゃがんだ俺に向けての蹴り。俺はそれを両腕をクロスさせて防御する。
176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:36:01.31 ID:ziXf3Bbpo
「ぐっ!?」
ミシミシ、と腕が軋む音がした。
防いだことを確認した少女は再びバールのようなものを振る。
まさかの不意打ちだったが俺はそれを無理やり後ろに飛んで避けた。
「……ちょこまかとうざい」
何とか目が慣れてきて避けられるようになってきた。
たしかにクトゥグアの攻撃はそこら辺の不良などと比べると圧倒的に早くて重い。
だが、動きにそれなりにパターンがあることに先ほど気付いた。
ここまで来るのに何度殴られたことか……。
「……いい加減燃えて」
少女の右手が横に振られる。
それと連動して空中に炎の波が発生した。
空気を食いつくしながら俺の居る方へと向かってくる。
「これくらいならよけ――ッ!?」
こんなときになにかに躓いた。
足元には俺の持っていた鞄が、中身を撒き散らしながら転がっていた。
「しまっ――!?」
177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:36:48.18 ID:ziXf3Bbpo
バランスを崩した状態で炎の波が襲いかかってくる。
俺はいつもの癖でとっさに炎に向けて右手を構えた。
バキン!
炎の波が俺に辿り着くことなく、空中で分解された。
(……お、俺の右手が反応した……?)
た、助かった。こいつが反応しなかったら俺は今ごろ火だるまだ。
この異能の力を打ち消す右手、今は本当に感謝である。
「……ッ! ? 一体何をしたの?」
クトゥグアの無表情だったわずかに変化が見られた。
が、すぐに元の無表情に戻る。
「……よくわからないけどそろそろ私も本気を出す」
背中から何か飛び出してきたのが見えた。
「……私の宇宙CQC百式」
178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:37:23.12 ID:ziXf3Bbpo
クトゥグアの後ろが一瞬光ったように見えた。
何か嫌な予感がし、とっさに俺は横に飛んだ。
オレンジ色に光る閃光が自分の居たところに照射される。
ジュウウウ、と床が溶解しドロドロの穴が開いていた。
「な、何だよそれ」
「精神感応型無線誘導式機動砲台『クトゥグアの配下』」
空中に赤く光る拳大の大きさのものが飛んでいた。
クトゥグアを中心に周りを回る姿はまるで衛星のようだ。
「なんじゃそりゃ」
「……要するに私の思い通りに動く砲台。ちなみに──」
自分の右の耳のすぐ横を熱いものが通った。
クトゥグアの機動砲台から発された熱線だ。
「熱っ!?」
「── 射程は無限大。インフィニットレンジ 」
「チートじゃねえか」
「……いって」
179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:38:25.14 ID:ziXf3Bbpo
機動砲台がゆっくりとレーザーを発射しながらこちらへ向かってくる。しかも二基。
俺はそれをひたすら走り、飛び、しゃがみ、転んだりを繰り返し、二秒くらいの間隔で発射されるレーザーを回避する。
「……お嬢さん、お逃げなさい」
「俺はお嬢さんじゃ──っと危ねっ……ねえっ!」
俺は自分の右手を見る。
クトゥグアの炎攻撃は打ち消すことができた。つまり異能の力で操られる豪火だったのだろう。
もしかしたら、この射程無限のチートレーザー攻撃を右手で触れることで無効化させることができるかもしれない。
だが、正直打ち消せられたからなんだという話になる。
数が二機。つまり一つは防げられてももう一つは防げられない。
つまり出来る限り避ける方が絶対にいい。右手は緊急時の防御法とする。
「……少年。しつこい男は嫌われるよ」
「お前に嫌われてもどうも思わねえよっ!」
「……じゃあ死んで」
クトゥグアがそう呟くと機動砲台がさらに接近してきた。
今までは十メートルくらい離れた場所からレーザーを発射していたから何とか避けることかできた。
それが現在五メートルくらいにまで距離が詰まる。回避が今までの倍、いやそれ以上に困難になる。
近距離レーザーが襲いかかってきた。
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:39:19.30 ID:ziXf3Bbpo
「どおおおりゃあああああああああっ!!」
無駄に大声で叫びながら跳ぶ。
避けきれないと思ったものも無理矢理体を捻らせてでも避けた。
「く、くそっ」
次第に機動砲台との距離が詰まってきている気がする。
今にも手に届きそうなところに機動砲台が設置されているように見える。
このままではいつか攻撃に当たってしまう。
何か打開策のようなものを考えなければ俺は死ぬ。
必死に熱線の雨を避けながら思考を巡らせた。クトゥグアの言った言葉を思い出す。
精神感応型無線誘導式機動砲台。
自分の思った通りに動く機動砲台。
あの機械的な外見からしてあれ自体が異能というわけではないだろう。
地球でいう拳銃が宙を浮いて銃撃しているようなものだ。
つまり、機動砲台自体は異能でもなんでもない。
「つまり――」
「……そこっ」
左肩に何か熱いものを感じた。
181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:40:14.41 ID:ziXf3Bbpo
「……は?」
機動砲台からの攻撃を避けることを忘れて、俺は左の肩を見る。
穴が開いていた。
「─────────!!」
左肩を押さえ、その場でうずくまる。声にならない激痛が左肩に走った。
「……やっと当たった」
クトゥグアの周りには二基の機動砲台がゆっくりと浮遊していた。
それらからレーザーを発射する様子は見られない。
「……こ、この野郎ォ……!」
クトゥグアを睨み付ける。
だが彼女は顔色一つ変えずに口を開く。
「……安心して。殺すつもりはない」
「さっき死ねっつったやつの言葉とは思えねえな……」
「……だけど半殺しにはする」
182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:40:55.13 ID:ziXf3Bbpo
クトゥグアがどこからともなく取り出した名状しがたいバールのようなもの構える。
そしてそれを振り下ろす。
「──くそっ」
俺は後ろに飛んでそれを避ける。
その反動で後転しそのままの勢いで立ち上がった。
左肩には今まで味わったことのない激痛が走るが、そんなもの気にしてる暇はない。
今は動かないと死ぬ。
「……まだ動けるの? やっぱり足を撃ち抜いた方が良い?」
再び機動砲台が行動を開始する。砲台部分からオレンジの閃光が飛び出す。
「このっ」
バックステップしてそれを避ける。
レーザーは自分の足があった場所に突き刺さった。
さっきの言動から足に攻撃が来るのは明確だ。
そうとわかって足下をお留守にするわけがない。
「……消え失せろ俗物が」
「誰が、俗物だコラ!」
184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:41:56.53 ID:ziXf3Bbpo
足下を重点的にレーザーが飛んでくる。
来る場所が分かる分、比較的に避けやすくなっている。
それでも辛いことには変わりはないが、その余裕を使い再び考えを巡らせる。
精神感応型無線誘導式機動砲台。
思い通りに動かせるというのは何かしらの方法であの機械に思考を送っているということ。
その方法について一つ思いつくものがあった。
精神感応能力(テレパス)。
離れた位置から相手に自分の考えを伝えることができる能力。
俺の住む街ではそんな能力を持った人間がたくさんいた。
おそらくあれもそれと同じようにクトゥグアが指示を機動砲台に送って動かさせている。
または、機動砲台がクトゥグアの思考と同調して動いているか。
「……それならやることは一つだっ!」
地表二メートルくらいの位置に機動砲台が一つ飛んでいた。
俺はそれに向かって全力で走る。
「……ッ!?」
俺の突然の奇行にクトゥグアが表情を変える。
が、すぐにその表情は元に戻った。
185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:43:08.45 ID:ziXf3Bbpo
「……何をする気か知らないけど」
後ろから機動砲台が飛ぶ音が聞こえる。
おそらく後ろからレーザーを撃つつもりなのだろう。
ヒュン。
レーザーの発射音が聞こえた。
その瞬間、俺は前に跳び出し、それをかわす。
ちょうど熱戦は俺の立っていたところへと照射された。
前に飛んだ勢いを使い、前方の機動砲台との距離を詰める。
「……このっ」
前方の機動砲台の発射口がオレンジ色に輝く。
俺はそのとき本能が悟った。レーザーの狙いは――。
「──やらせるかよぉ!」
俺は思い切りしゃがんだ。頭が床に着きそうになくらい。
頭上をオレンジ色の熱線が走り去っていった。
外れてよかったと心臓がバクバクしているが、そんなもん気にしている暇はない。
186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:44:13.00 ID:ziXf3Bbpo
しゃがんだときの足のバネを使い、機動砲台へ向かって飛んだ。
「……何をっ」
クトゥグアが俺の考えてることを察したのか、機動砲台を急上昇させる。
俺は右手を突き出す。
「──届けええええええええええええええっ!!」
空中に浮遊する機動砲台を右手が掴む。
バキン!
という音が鳴り、機動砲台の機能が停止いた。
187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:44:44.18 ID:ziXf3Bbpo
「……わたしの機動砲台に……一体何を」
「ふふふ。ふふふははははははははははははははははははははははは──」
「ッ!?」
188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:45:38.73 ID:ziXf3Bbpo
「──面白れぇ、面白れぇよクトゥグア」
「……何が?」
「精神感応型無線誘導式機動砲台『クトゥグアの配下』。こんなオモチャで俺を倒せると思ってたのかよ」
「……さっきまでその機動砲台から逃げ回ってた少年の言葉とは思えない」
「ああ、あれは仕方がねかったんだよ。情報が少なかったからな」
「……情報?」
「そうだ。そのオモチャの情報がな」
「…………」
「俺はその情報を手に入れるために、こいつを捕まえたわけだ」
「……私の機動砲台」
「そうだ。何でこいつがお前の支配下から外れたと思う」
「……まさか」
「そうだ。そのまさかだ。こいつに触れることで情報を分析し手に入れ、そして掌握した」
「……だけど。まだわたしには他の機動砲台が残っている」
189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:46:44.60 ID:ziXf3Bbpo
「ああ違う違う。そうじゃなくて、クトゥグアの配下自体を掌握したっつってんだよ」
「……え? でも現にこの機動砲台は私の支配下に──」
「そりゃまだ奪ってねえからな。やろうとすればそれも……そうだなぁ――」
「お前が隠してる、残りのオモチャ全部の銃口をお前に向けることができるんだぜ?」
「……! どうしてそれを」
「言っただろ。掌握したって」
「…………」
機動砲台がクトゥグアの背中へと隠れていく。
「……こうして電源を切れば奪われないはず」
「……そうだな。そうすりゃ俺にはどうしようもねえ」
俺は右手に持つ機動砲台を床にたたきつけた。
グシャリ、と中身の部品を撒き散らしながら機動砲台は破壊された。
190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:47:56.87 ID:ziXf3Bbpo
(あ、危ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!)
さっきまでの俺の強気な態度。というかキャラ崩壊に違和感感じた人がたくさんいると思う。
だが、実はあれはこの上条当麻様の超絶奇跡的なミラクル演技なのですよ。
実際はあの機動砲台に送られてるテレパス的なものを右手で妨害しただけで、別に掌握なんかしてない。ハッタリだ。
本当にこれは奇跡だ。もしあの機動砲台がラジコン的なものだったらゼロ距離でレーザーを受けてただろう。
あれが宇宙製で本当によかった、よかった……。
「……でもこれだけでは少年が有利になったわけじゃない。身体能力からして私の方が有利」
「……だろうな」
正直そうだと思う。
元からのスペックも段違いな上に、俺は左肩を負傷していて戦力が半分からそれ以下になってるだろう。
それに彼女の話によればノーデンス空間というものせいでさらに俺の力は半分。
正直勝てる気なんてさらさらしない。
だけど、俺は勝つことなんて考えちゃいない。
俺はニャル子が来るまで待つ。あいつが来るまで絶対に死んでたまるかってんだ。
「……少年を倒してニャル子のところへ行く」
191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:49:10.67 ID:ziXf3Bbpo
「……ひとついいか」
「……何?」
「何でお前はそこまでニャル子に突っかかるんだ?」
ずっと疑問に思っていた。
彼女たちは種族単位で対立関係にある。
だが、それはあくまで同じ場所に居合わせたときのみだろう。
わざわざ星に乗りこんで『ニャルラトホテプは殲滅だ』みたいな感じではないと思う。
「……少年には関係ない」
「幼稚園、小学校とずっと対立関係だって聞いたけど、こんな時間が経ってるっつうのに何で今更。あいつに何か恨みでもあんのか」
「……別にそんなものはない」
「じゃあ何でだ。単にニャルラトホテプ星人とクトゥグア星人が対立関係にあったからか」
「…………」
なにか無表情で定評のあるクトゥグアの少女に焦りが見えた気がした。
わずかに顔をひきつらせて、汗をかいていて――。
192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:50:03.25 ID:ziXf3Bbpo
「……お前。まさかとは思うが――」
俺は朝、青髪ピアスとした会話を思い出す。
エロゲの話なんて傍から見たら下らない話だが、おそらくその中に今の状況を表すヒントがあった。
『子供の頃って好きな相手にイタズラしたりするやんか。それが現代になっても続けてしまってるってキャラなんやけどな』
「――ニャル子のことが、その、好きなのか?」
「えっ!?」
クトゥグアの表情が驚愕一色に染まった。
わずかな表情の変化は見たことあるが、ここまでの変化は初めてだ。
つまり、これは正解ということか。
「……な、なんでそのことを少年が……?」
「お前あれだろ。どうせ素直に自分の気持ちを伝えられずに、気を引くためにあいつに突っかってんだろ」
「…………」
少女が黙りこむ。何だか怒られてうつむいている子供のようだった。
193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:50:32.41 ID:ziXf3Bbpo
「今回のことだって、ニャル子がここに来るってわかってたからノーデンスのもとに付いたんだろ。以前と同じようにするために」
「……大体合ってる」
ってことは、こいつは未だにこんなくだらない方法でアイツと仲良くなろうと……。
「……たしかにわたしはニャル子と仲良くなりたい。だけど少年には関係な――」
「……うるせぇよ」
「……なに?」
「うるせぇっつってんだよクトゥグア!」
「……えっ?」
「そんなんでどうすんだよ! お前はあいつと、ニャル子と仲良くなりてえんだろ! そうなんだろ!?」
「……そ、その」
「だったら争いあってどうすんだよ! なんでそんな方法しか出来ねえんだ! ちゃんと自分の気持ちを伝えろよ『仲良くなりたい』って」
「で、でも──」
194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:51:19.81 ID:ziXf3Bbpo
「でも、じゃねえよ。伝えたいことは言葉しなきゃ伝わらねえだろ」
拳で思いが伝わるのは武道家だけだ。
あいつらは殴り合った後、夕陽をバックに涙を流しながら分かり合うからな。
「……たぶんニャル子に私が何を言おうと通じない。私がクトゥグアだから」
「そりゃたしかに種族間の問題があるかもしれねえ。けど、そんなもんぶち壊していくのが大事なんじゃないのかよ」
「……ところで何で私が少年に説教されなきゃいけないの?」
「あん? 説教なんてしてるつもりはねえよ。これはあれだ……お前のためのアドバイスだ」
「……よけいなお世話。私はこれからニャル子のところへ行く。そしてアタックする…攻撃な意味と性的な意味両方で」
クトゥグアが二本の名状しがたいバールのようなものを懐から取り出した。
そしてバールのようなものの先から紅蓮の炎が噴き出す。
「だからそういうことするからニャル子に嫌われるんだろ!」
「……大丈夫。むしろそっちの方が興奮する、はぁ、はぁ」
だめだこいつ早くどうにかしないと。
そんな変な考えを持ってるからこんなややこしいことになるんじゃねえのか。
195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:51:52.75 ID:ziXf3Bbpo
「……だから少年。そのために少年には倒れててもらう」
クトゥグアが飛び出す。一直線に俺のもとへ。砲弾のような速度で。
「あぁくそう。ニャルラトホテプだからとかクトゥグアだからとか、そんなくだらねえことでまともな方法を諦めるってんなら――」
左手に持つ名状しがたいバールのようなものが横に振られる。
かなりの大振りだったから簡単に避けることが出来た。
「テメェがそんな方法であいつと本当に仲良くなれると思ってんなら──」
もう一本の右手に持つバールのようなものが真っ直ぐ立てに振り下ろされる。
俺はそれを――。
ガッ。
「ッ!?」
197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:52:38.02 ID:ziXf3Bbpo
避けない。
わずかにクトゥグアに接近して、ほとんど機能しなくなった左肩で右手ごとバールのようなものを受ける。
ズシン、と体全身が重圧がかかってくるのが分かるが、とっくに左肩の痛覚は消えてんだ、今さら恐れるもんはねえ!
突然の俺の起こしたアクションに驚いたのか、わずかながらに彼女にスキができる。
俺はそれを見逃さなかった。右の拳を握りしめる。
「――その幻想をぶち殺すっ!!」
俺の右手の拳が、少女の顔面に突き刺さった。
クトゥグアの体が床の上に叩きつけられて、地面を手足を投げ出しながらゴロゴロと転がっていった。
バキン!
俺の右手が反応したことに気付き、とっさにクトゥグアを見た。
人型の原型がだんだんと崩れていき、炎になっていき、最終的には宙に灰となって燃え尽きた少女が目に映った。
―――
198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:53:47.69 ID:ziXf3Bbpo
―――
「さて、この生意気な小娘をどうしてくれようか」
じゅるり、と舌なめずりをする老人。
「なんですかぁ? まさか私に乱暴をするつもりですか、エロ同人誌みたいに」
うおおおおおおっ、と会場内で今までにない歓声が上がる。
あまりの声の大きさに建物全体が振動しているかのような錯覚に陥る。
「ふふふ。それはそれで面白いではないか。皆の者。何が好みだ?」
『触手ッ!!』『スライムッ!!』『ジュウカンジュウカンッ!!』
観客席から下品な発言が飛び交う。そんな光景を見ながら少女は呆れながら、
「なんですかぁこの必死さ。ここには童貞しかいやがらねえんですか?」
199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:54:44.06 ID:ziXf3Bbpo
「どどどど童貞ちゃうわ!」
「そんな発想しかできねえから一生童貞なんですよ」
「ぐぬぬ……」
悔しそうに歯噛みする老人。
本当に童貞だったのかよ、と溜め息を吐くニャルラトホテプ。
(しかしこれは本当に不味いですね。このままでは私の貞操が危ないです。私の初めては当麻さんって決めているんですから)
こいつらを全滅させてもいいが、あの少年と一緒にいるクトゥグアの存在が一番厄介だ。
もし全滅させたのが彼女にバレたら、彼はどうなってしまうのか皆目見当がつかない。
(くぅぅぅ、なにか、なにか一発逆転の方法はないんですか?)
そんなことを考えるニャルラトホテプだが、状況は自分の不利で変わることがなかった。
が、この黒幕であるノーデンスに急に焦りが見えた。
「……な、なんだと。クトゥグアの邪神圧が……消えた……?」
どういったわけか知らないがクトゥグアの邪神圧が消えたらしい。
つまりあの少年に迫る脅威は消え去ったということだ。
その言葉をニャルラトホテプは聞き逃さなかった。
ニヤッ、と笑みをあげる。
200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:55:59.55 ID:ziXf3Bbpo
「ノーデンス」
「は、はいぃ!」
「そういえばあなたは童貞だからそろそろ卒業式を挙げたいと思っていたんですよね?」
「えっ、あのー、そんなこと一言も――」
「思っていたんですよね?」
にこっ、と笑うニャルラトホテプ。
見た感じは普通の笑顔だが、内部から邪悪なオーラが溢れ出ているのがノーデンスにはわかった。
「はいそうです!! 卒業式を挙げたいれす!!」
「そうですかー。では私が挙げさせてあげましょう――」
指をボキボキと鳴らしながら、
「――人生の卒業式を、ね」
その一言とともに、観客席から一斉に気配が消えた。
「ありゃ、みんなもう逃げちまいましたか」
辺りを見渡す。さっきまで盛り上がっていた怪物たちはいなく、観客席には祭りの後のような悲壮感が漂っていた。
201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:56:40.20 ID:ziXf3Bbpo
「お、追いかけなくてもよろしいので?」
「いえ。追いかけようにも厳密にはオークション前でしたからね。連中をしょっ引くには証拠が不十分なんですよ」
「な、ならオークション前ということで私も見逃して――」
「シャラップ!!」
「!?」
突然の大声に、老人の体がビクッとなる。
「あなたは別ですよノーデンス。あなたには逮捕状がちゃんと出ているんです」
「ならば早く逮捕してくれ!」
「だから私はあなたを粉々にぶち殺してやろうと思いまして」
「な、何でだ! ちゃんと逮捕状に従え!」
「ノーデンスなんていなかった。それでいいじゃないですか」
「ひいっ!」
202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:57:25.68 ID:ziXf3Bbpo
急におびえ出した老人を見て、少女は嘲笑った。
「どうせだからあなたは私の全力で葬ってあげましょう」
「全力……?」
「はい。本来もしクトゥグアと対峙したときと思って取っておきましたが、もうやつはいないので使っちゃっていいでしょう」
「それって……つまり……」
「そうですね。仮に私とクー子を向こうへ送ったところで結果は変わらないということですね」
ニコリ、と笑って少女は構える。
「お見せしましょう――私の宇宙CQC、エンハンサー」
今日この瞬間、オークション会場に向けて何者かの手によって極太のビーム砲が発射された。
―――
203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:58:55.62 ID:ziXf3Bbpo
―――
「……痛つつ」
今さら左肩の傷や、体中の痛みがぶり返ってくる。
俺はこの何もない空間で一人座り込んでいた。
受けたダメージもそれなりに大きいので、この広い空間を探索しようなどとは一切思わなかった。
「そういやこんなもんもらってたな」
持ち物が散乱した鞄の中に黒く光る十センチ四方の箱があった。
たしかニャル子がお守りと言って渡してきたものだった気がする。
お守りの力が欲しくなるくらいの事態に遭ったが結局使わなかった。
「…………」
ふと、自分の右手を見る。
クトゥグアは異能のチカラの塊だったらしく、俺の幻想殺しで触れることによって跡形もなく燃え尽きてしまった。
心に罪悪感が残る。いくら自己防衛だからといって、ただニャル子と友達になりたかった少女を殴り。
さらに言うなら俺の右手という存在が彼女の存在を殺してしまった。
「……くそったれ」
必ず救いの手があったはずだ。
こんな最悪なバッドエンドでなく、みんなで笑って終われるハッピーエンドが。
204: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/16(木) 23:59:44.75 ID:ziXf3Bbpo
せめてもの救いとして、俺は弔いの言葉をクトゥグアにかけた。
「……あの世で元気でやれよ……クー子」
「……私、いつの間に死んだの?」
「ってあれ!? 何でお前生きてんの!?」
気付いたら後ろにクトゥグアと呼ばれる少女が立っていた。
思わずビックリして、手に持っていた箱をポケットに無理やり突っ込んだ。
別に隠すようなものでもなかったのだが。
「……失礼な。私は地球人のワンパンでくたばるようなやわな邪神じゃない」
「でもお前、俺の右手に触れて木端微塵に」
たしかに俺は見た。
俺の右手が反応し、クトゥグアの体は燃え尽きて灰になったのを。
「……あれはたしかにびっくりした。いきなり私の固定化が崩れるなんて」
「え?」
205: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:01:14.39 ID:w/LpFpOoo
「……たしかに少年の右手は特殊。私の炎や機動砲台まで何でも壊す」
「いや、わけわかんねえんだけど」
「……とにかく私はあの程度では滅びない。炎がある限り何度でも蘇る。ニャル子への愛こそ私の夢だから」
「途中まで理解できたが最後の言葉のせいでよく分からなくなった」
宇宙人ってのはなぜこう話の中にボケを入れたがるのか。
そういうところはこいつとニャル子は似ている気がする。
「……まあ、それでも」
鼻から血が垂れてくる。
「……しょっちゅう鼻血は出すけど、物理的な衝撃で鼻血を出したのは久しぶり。痛い」
「ああ、なんつうか悪りぃ」
「……少年が謝ることはない。私の方が少年にもっとひどい怪我をさせた」
俺の方を見ながら少女は心配そうな目を向けてきた。
「これぐらいへっちゃらだって。この程度の怪我毎日のようにしてるぜ」
「……そう」
206: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:01:42.13 ID:w/LpFpOoo
しばらくの間沈黙が俺たちを襲った。
エレベーターの中で二人きりになるような気まずさがある。
これは俺が何か話しかけた方がいいのか。それなら何を話そうか。
そんなことで頭を悩ませている時に、少女が話しかけてきた。
「……少年」
「何だ?」
「……私、ニャル子にこの思いを伝えたいと思う。暴力じゃなくてちゃんと言葉で」
「……そうだな、その方がいい」
俺はゆっくりと立ち上がり、クトゥグアの少女のいるところへ歩く。
「……少年?」
少女に左手を差し伸べた。
「じゃあ行こうぜ。ニャル子のところによ」
「……うん!」
少女がそう呼応して、その手を掴もうとする。
カコン。
207: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:02:07.93 ID:w/LpFpOoo
何か物が落ちた音がした。俺はなんだと下を見る。
床にはニャル子からもらった黒い箱が落ちていた。
どうやら落ちた衝撃で箱のふたがオープンしているようだ。
つーかあれ開けてもよかったのか?
すると、黒い箱に異変が起こった。
「な、なんだこりゃ!?」
「……これは」
箱の中から闇が出てきた。
黒い煙とかじゃない、この質感はなんというか闇だ。
どんどん闇を吐き出し続ける箱。次第に闇はこの空間の一部を埋め尽くしていった。
「何だよこれ!!」
目の前に映る闇が俺の不安を煽る。思わず声を荒らげてしまった。
視界を覆った闇の中に、なにか三つの光のようなものが見えた。
形は細いひし形。一つは縦に、もう二つはやや斜め横に傾いている。
その光が急に細められた。
なぜだか見られているような気分になる。
(なんなんだよこれは!!)
―――
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:02:52.41 ID:w/LpFpOoo
―――
オークション会場であるドームに視界が奪われるほどの砂煙がたちこめていた。
その中にポツンと立っている人影が一つ。
黒いスーツを下地に、肩や胸、腕や脚などに装甲を身につけている。
腰にはベルトが取り付けられており、頭にかぶっているフルフェイスタイプのヘルメットから変身ヒーローを連想させる。
「ふぅ。やっとこれで当麻さんを助けに行くことができますよー」
この軽い口調から分かるように、この見た目変身ヒーローはニャルラトホテプである。
彼女のこの姿はフルフォースフォームといい、ニャルラトホテプ星人のもっとも戦闘に適した形態だ。
つまり、本気モードというわけである。
「……ふむ。しかしこれは少しばかりやりすぎた感がありますね」
少女は目の前に開く巨大な穴を見下ろす。
これはフルフォースフォームで使える宇宙CQCエンハンサーの一つ、
『まったく原始的でかつ恐ろしいまでに祖先伝来のものである超中型ビームパイルバンカー』を放った跡だった。
この位置にはもともとノーデンスと呼ばれる老人がいたはずだ。
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:03:30.67 ID:w/LpFpOoo
「ま、細かいことは置いといて、早く当麻さんを助けに行きたいんですけどねー」
現在、ノーデンス空間という恐ろしい世界に閉じ込められている少年。
クトゥグアの脅威が去ったといえ、地球人があんな場所に長時間いて無事にいられるとは思えない。
一刻も早く救助に行かねば、そう思うニャルラトホテプだった。
「しかし助けに行こうにも、こちらから助けに行く手段を私は持ち合わせていません」
このニャルラトホテプ星人のフルフォースフォームでさえも彼を助けに行くことはできなかった。
だが、それは今だけの話だ。
その方法を持っているのは今も向こうで助けを待っているだろう少年。
彼がその方法に気付いてくれれば――。
「――おっ」
唐突に少女の武骨な体が淡い光に包まれた。
目に刺さるような禍々しい光ではなく、心に安らぎを与える蛍火のような優しい光。
「さすが当麻さんです。グッドタイミング」
少女の反応からこれは少年がその方法に気付いたという証拠だった。
少女はにやり、と笑う。
「当麻さん、今会いに行きます!」
愛する彼を脳裏に浮かべながら、彼女はその場所へ飛んだ。
―――
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:04:16.15 ID:w/LpFpOoo
―――
「とーうーまーさーん!!」
「……へぶっ!」
暗闇からなにか黒いものが飛び出してきた。
それは俺の隣にいたクトゥグアに激突する。
クトゥグアの小さな体は為す術なく床を転がっていった。
「…………、…………」
俺は目の前でなにが起こったのか理解できなかった。
急に箱から闇が出てきたと思ったら、中から黒い変身ヒーローのようなものが出てきた。
至極真っ当で何の特徴もない地球人である俺には理解の範疇を超えている。
「あっ、当麻さん! ご無事でしたか」
この軽快な口調、この聞き慣れた声。
「……お前。まさかニャル子か?」
「はい! いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプです」
そんなに時間は経ってないはずなのに、そのセリフには妙な懐かしさがあった。
どういう理屈か知らないがこの変身ヒーローはニャル子のようだ。
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:05:03.26 ID:w/LpFpOoo
「――しかし」
黒い三つ目のヘルメットがこちらに顔をぐいっと近づけてくる。
「って当麻さんすごい怪我じゃないですか! これはあとで私がしっかりと治療してあげますからね……じゅるり。あっ、そういえばクー子の野郎はどこに行きましたか? いえ、居ないんならそれでいいんですが。えっ、この姿ですか? 知りたいですか? 知りたいですよねそれでは説明を――」
「一度に大量に喋るんじゃねえ」
俺は軽く右手でヘルメットを殴った。
バキン!
するとあの変身ヒーローのような姿から、いつもの制服を着込んだ銀髪碧眼の少女へ戻った。
「うう、せっかく助けに来たのにひどいです当麻さん」
頭を抱えながら涙目になる少女。
俺は気にせず質問する。
「そういやオークションはどうなったんだ?」
「ああ、主催者のノーデンスが灰になったので、観客席にいた邪神たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていきました」
「追わなくていいのかよ」
「厳密にはオークション開催前ですし、連中をしょっ引く法的証拠がないので仕方がないんですよ」
「そうか」
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:05:30.47 ID:w/LpFpOoo
つまり、俺が狙われる理由がなくなったというわけだ。
これで俺は平和な生活を送れる。
そんなことを考えていると、何やらすごい熱気を感じた。
「……ん、ニャル子ぉ……」
「い、いいぃ!? く、クー子!」
クトゥグアの少女が鼻血を流しながら、ニャル子に這い寄っていた。
尋常じゃないくらいの鼻血の量だった。
「クー子……」
「……わかってる」
俺の呼びかけに少女は首を縦に振る。
そして彼女はニャル子の方へ向き、
「……ニャル子。私と仲良くしよ。わたしとちゅっちゅしよ」
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:06:29.64 ID:w/LpFpOoo
「は?」
ん? なんか変な言葉が聞こえた気がしたんだが……。
あれ? こいつニャル子と友達になりたかったんだよな、あれ?
「……ニャル子好き、大好き。だから私とえっちしよ、一緒に赤ちゃんつく――」
クトゥグアの頭にバールのようなものが振り落とされた。
轟。
顔から地面にたたきつけられ、周りに赤い液体が飛び散る。
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ――。
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:07:06.92 ID:w/LpFpOoo
クトゥグアの頭や体に何度も何度もバールのようなものが振り落とされる。
止めようかと思ったが、あまりのニャル子の形相に思わず息を飲んでしまった。
叩きつけられる度に少女の体小刻みに痙攣していく。
しばらくするとクトゥグアはピクリとも動かなくなった。
周りがまさしく血の海となっていて、俺は思わず目を背けた。
「……お、おい。ちょっと予想外だったけど、自分のことを好きって言ってくれてるやつにここまでしなくても……」
「す、すみません。少し取り乱してしまいました。あまりにもビックリしたもので」
「つーかこれ大丈夫なのか?」
「ああ、多分大丈夫だと思いますよ。この程度で死ぬようなやつだったらとっくの昔に私が殺してますよ」
「そう……なのか?」
正直ここまでされて生きているヤツの方がおかしい。
それくらい徹底的に叩きのめされている少女が心配で仕方がなかった。
いくら、こいつの人格が歪んでいるからと言っても……。
「……ニャル子ー」
バキッ。
何かが折れる音がした。
どうやらクトゥグアはまだ生きていたらしい。
だが、今は首が変な角度に曲がっている。ああ、死んだなこれ。
215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:08:54.51 ID:w/LpFpOoo
「ではそろそろこの空間を脱出するとしますかね」
「こいつほっといても良いのか?」
「私のことが好きだというならこの空間を脱出して、私のところに来てみなさい! あっはははははははははっ」
「鬼だな……」
鬼畜だ。なんでこんなやつとクトゥグアは仲良くなりたいのだろう。
それが疑問で疑問で仕方がなかった。
「では行きましょう」
クトゥグアのことが少し心配になり、足を止めた。
しかし俺はニャル子に強引に手をひかれ、為す術なく闇の中に。
しばらく黒い世界の中を歩くと、俺は現実の世界に戻ってこれた。
―――
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:09:22.12 ID:w/LpFpOoo
―――
ルルイエが遠ざかっていく。
今度はハイドラちゃんに乗って俺たちはテーマパークをあとにした。
あの事件は結局犯罪組織の壊滅ということで解決となった。
その後、ひと段落ついたくらいにニャル子の超絶宇宙技術で治療を受けた。
すると一瞬で開いた穴は塞がり、不思議と疲れを感じなくなった。
治療を終えた後少女にアトラクションでも回りましょう! と誘われたが、また気を失っても困るので断った。
ニャル子は悲しそうな表情一つもせずに、俺の隣に座っていた。
別に遊びに行きたければ行けばいいのにと言ったが、彼女は『家に帰るまでが任務です』と言って俺から離れようとしなかった。
まったく妙なところで律儀なヤツだと思う。
その時間を使って、ニャル子といろいろな話をした。
聞かされた話の中に、今回の俺が犯罪組織に狙われていた理由についてというのがあった。
宇宙産のホモビデオ。つまりアッー的な男優として俺が適役だった。そんなくだらない理由。
もし、ニャル子が助けてくれずにそのまま捕まっていたら、と考えただけで背筋がぞっとした。
そんな感じに適当に会話しているうちに園内に蛍の光が流れた。
つまり営業時間の終了。
銀河系の時間を止めて浮上したルルイエランドはあっさりと終了の時を迎えた。
―――
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:10:52.23 ID:w/LpFpOoo
―――
ダゴン君と変わらぬスピードで、ハイドラちゃんは海を進んだ。
そしてハイドラちゃんのおかげですぐに俺たちは東京にたどり着く。
そこからまた学園都市へと向かい、時間が止まって警備がざるとなった検問所を通って中に入った。
そこにいる警備員の人は出るときと変わらぬ格好でいた。改めて時間の停止を感じる光景だった。
時間の止まった街を歩きながら、俺たちは第七学区にある鉄橋まで来た。
この鉄橋を渡ればすぐに自分の住んでいる寮へとたどり着くことができる。
渡り始めてちょうど橋の真ん中に到着した辺りで、ニャル子は足を止めた。
何かと思い俺は後ろに振り向く。
「……当麻さん。そろそろお別れの時間が近づいてきました」
「お別れ?」
「はい。当麻さんを狙う犯罪組織も壊滅させましたし、そろそろルルイエが沈み、止まっていた時間が動き出します」
犯罪組織の壊滅、つまり任務完了。
それはもうニャル子はこの地球にいる必要がなくなるということを表していた。
「私、楽しかったです。たった一日だけでしたが当麻さんと一緒に過ごせて……」
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:11:31.39 ID:w/LpFpOoo
一日。そういえば忘れていた。
俺とニャル子が出会ってまだ一日しか経っていない。
あまりにも密度が高すぎて、確実に一日よりは遥かに長い期間一緒にいたような錯覚をしていた。
「ああ、俺も色々と不幸な目にあったりしたけど、お前と一緒にいた時間は結構楽しかったぜ」
「そうですか。それなら私も頑張った甲斐があったものです」
にぱー、と笑顔を浮かべる少女だったが、その表情はどこか寂しさのようなものを感じられた。
全宇宙の憧れの存在である地球。
そことお別れのときが来たので悲しいのだろう。
たった一日だけ。だがそれでも彼女が自分にしてくれたことはとても大きいことだった。
俺はニャル子の目を見る。
「……ニャル子。ありがとうな、俺なんかを守ってくれて」
「当麻さん……」
「いろいろ問題を起こしてくれたりしたが、お前がいなかったら今の俺はいなかった」
俺は頭を下げて、
「短い間だったけど、本当にありがとうニャル子。お前に会えて本当によかった」
「……いえ。こちらこそありがとうございました。護衛対象が当麻さんで私も本当によかったと思います!」
219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:12:33.04 ID:w/LpFpOoo
さきほどの悲しみを秘めたものではない、本当に純粋な笑顔を見た。
何だかんだ言って、こいつには笑顔が似合っている。
別れの時くらいお互い笑顔でいたい。
そんな事を思っていると、この銀河系が時間停止した時と同じような感覚を感じた。
そろそろこの止まった時間も再び動き出すのだろう。
「……当麻さん。最後にお願いがあるんですが」
「なんだ?」
「あの時の返事……是非ともここで聞かせてくれませんか?」
「あの時の返事って……」
「ノーデンスと戦う前に言った、私の告白の返事です」
「ええっ!? あ、あれってお前、冗談だったんじゃないのかよ!?」
「いえ。私は本気です。初めて顔を見た時から一目惚れして、そして実際に会ってさらに好きになりました」
「…………」
「どうやら信じてないという顔ですね。ならばもう一度言いましょう。
少女はすぅと深呼吸をし。
220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:13:10.91 ID:w/LpFpOoo
「当麻さん。私ニャルラトホテプはあなたのことが好きです」
顔がものすごく熱くなっていくのがわかった。
おそらく今の俺の顔は真っ赤になっているだろう。
真剣な告白。そんなものを受けたことない俺はどうすればいいのか分からない。
「……当麻さん。返事、聞かせてもらえますか?」
「…………」
「…………」
俺は、俺はニャル子のことが――
―――
221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:13:54.65 ID:w/LpFpOoo
―――
七月十九日。
明日から夏休みという日で、終業式前だがクラスの中は異様なテンションに包まれていた。
それは悪友であるも青髪ピアスも例外ではない。
俺は自分の席に座って、頬杖をついて窓から外を眺めながら友人のハイテンショントークを適当に聞き流していた。
「そういやカミやん。今日ちょろっと朝早く学校へ来てここの生徒のことを調べたんやけどな」
「お前は朝早くから一体何をやってんだ」
「それでその中にニャルラトホテプって言う外国人生徒はいなかったんよ」
「……だろうな」
俺は青髪ピアスに聞こえないくらいの声で呟く。
彼女は本来この学校の生徒ではない。ましてこの地球という惑星の住人ですらない。
そんな少女の名前が学校の生徒の名前一覧に載っていたら、何のギャグだよと俺はツッコムだろう。
「それで多分あの名前は偽名だったと思うんよ。そもそもニャルラトホテプって想像上の邪神の名前やで」
「お前知ってたのかよ」
222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:14:54.05 ID:w/LpFpOoo
「そんなに詳しくはないんやけどな。ちょろっとかじった程度や」
「……それって面白いのか?」
「うーん、たしかに面白いとは思うんやけど、美少女好きのボクからしたらちょっとあれやなー」
青髪ピアスの少年が首を横に振る。
要するに彼にとっては美少女が出るかでないかが面白さの判断基準なんだろう。
そんなに美少女が好きなら一生ゲームをしたり漫画を読んだりしてればいいさ。
まあ、それはともかくとして俺はニャルラトホテプが出てくる物語というものに少し興味がわいた。
クトゥルー神話。
文章はあまり得意ではないが、夏休みだしちょうどいいだろう。
本屋にでも売っているのだろうか。それなら帰りにちょっと寄ってみるかな。
そんな事を思っていると、
「はいはーい! 皆さん席に付いてくださーい。ホームルームを始めますよー」
教室の前のドアから我らが担任小萌先生が入ってきた。
時計を見る。もうホームルームが始まるくらいの時間だった。
(そういえば土御門がいねえな)
いつもならこの時間までには来ている悪友土御門がまだ来ていなかった。
寮を出る時には留守だったからてっきり学校に来ていると思ったが、どうやら違ったようだ。
223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:15:58.08 ID:w/LpFpOoo
「終業式の前に、今日はちょっとビッグニュースがありますよー!」
「明日から夏休みでーすっていうギャグはやめてくださいねセンセ。もうみんな知ってますから」
「そんなんじゃないですー! というか先生はそんなギャグは言いません!」
頬を膨らませながら青髪ピアスを叱る。
うへへー、と気持ち悪い笑みをあげる友人がいた。
今すぐここに救急車を呼んだ方がいいんじゃねえか? 黄色い方の。
「実は、こんな時期だというのになんと転入生ちゃんが来ちゃいます」
クラスでおおっーという歓声が上がる。
転入生? 本当に何でこんな時期なんだ?
普通転入してくるってんなら、夏休み明けの始業式の時にくるはずだろ。
「喜べ野郎ども! 残念子猫ちゃん達。転入生ちゃんは女子ですよ」
俺の疑問をよそに小萌先生は続ける。
ひゃっほーい! と野太い歓声があがった。
先生はこの謎の転入生について何の疑問も持っていないのだろうか。
「では転入生ちゃんどうぞ!」
そう言うと、教室の引き戸が音を立てて開いた。
224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:16:38.23 ID:w/LpFpOoo
教室に転入生が入る。
転入生は一人の少女だった。
腰まで伸びた銀色のロングヘアーは蛍光灯の光を反射してキラキラ輝いている。
頭頂部にはくるりと弧を描く二束の髪。
その顔だちは日本人離れした作りをしており、瞳は綺麗で透き通るような碧をしていた。
「じゃあひとまず自己紹介ということで、黒板に名前を書いてください」
そう言われると転入生の少女はこくっと頷き、黒板にチョークを縦横無尽に走らせた。
そして黒板に名前を書き終えると、少女はチョークを置く。
『上条ニャルラトホテプ』
黒板にはそう書かれていた。
「上条ニャルラトホテプと申します。将来なりたい職業は……当麻さんのお嫁さんです、きゃっ」
225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:17:19.61 ID:w/LpFpOoo
ニャルラトホテプと名乗る少女は、頬をほんのりと赤く染めながら、両手を両頬に当てて恥ずかしがる動作を行った。
俺はその行動にものすごくあざとさを感じた。
突然の美少女によるお嫁さん発言で、クラスの視線を独り占めする俺。別にしたくはないんだが。
「……ははっ」
さあて、このあとどういう仕打ちを受けるか容易に想像できる。
できるだけ被害を減らすためにどういった言い訳をするか。
それをあと四十秒ほどで考えなければならない。
とにかく俺は呟いた。
「……不幸だ」
-完-
226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2012/08/17(金) 00:19:05.73 ID:w/LpFpOoo
いろいろツッコミどころが多いと思いますがこれで終わります
ここまで見てくださったみなさんありがとうございました。
ではではノシ
SS速報VIP:ニャル子「何なんですかその右手はぁ!」上条「オエー」