1: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:00:15.174 ID:HaaUBLkF0.net
術師「5円玉を見て下さい……」
女「…………」
術師「君はだんだん眠くなる、眠くなる、眠くなーる……」ブラーン…
5円玉を振り子のように動かす。
女「むにゃ……」
女「すぅ、すぅ、すぅ……」
術師「フフフ……眠ってしまったようだな」
女(ホントは起きてるけどね……)
2: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:04:15.292 ID:HaaUBLkF0.net
術師「フフフ……」
女(フフフじゃないよ。ほら、なんかしてみなさいよ)
術師「いい寝顔だなぁ……」
女(いやいや、寝顔観賞してどうすんの。せっかく私無防備なのに。アタックチャンスでしょうが)
術師「見てたら……」ウト…
術師「俺まで眠くなってきた……」
女(あんたが寝てどうする!)
術師「5円玉を見て下さい……」
女「…………」
術師「君は俺のいうことなら、どんないうことでも聞く……」ブラーン…
5円玉を振り子のように動かす。
女「う、ん……」
女「命令して下さい……なんでもします……」
術師「フフフ……今日も絶好調だな」
女(さて、どんな命令してくれるの?)ワクワク
術師「頼みがある」
女「はい……」
術師「俺と一緒にこのDVDを観て欲しい」
女「はい……?」
術師「催眠術をテーマにしたホラー映画らしいんだけど、一人で観るの怖くてさ……」
女(わざわざ催眠かけないでも普通に頼めば付き合ってやるっての!)
結局、女は催眠術にかかったふりをしつつ、映画に付き合った。
…………
……
術師「さて、劇場に行こうか」
女「うん」
すると、隣人のおばさんに出くわす。
おばさん「あら、お出かけ?」
女「はい、これから催眠ショーがあるんで」
おばさん「じゃあ、私に一つかけてみてよ。ウォーミングアップ代わりに」
術師「いいですよ。それじゃ……あなたはアントニオ猪木になーる。なーる……」ブラーン…
おばさん「元気ですかーッ! 1、2、3、ダーッ!」
女(おばちゃん、付き合ってくれてありがとうね)
― 劇場 ―
二人はコンビを組んで、この劇場で『催眠ショー』を披露している。
客足は上々であり、ファンも多い。
術師「立ってるの疲れたから、座ってもいい?」
女「ダメに決まってるでしょ! 大勢お客さんいるんだから!」
アハハハハ…
術師「だったら君を椅子にして座ることにする!」
女「ええっ!」
術師「君は椅子になる。椅子になる。椅子になーる……」ブラーン…
女「椅子になります……」ウト…
オオッ…
術師「ブリッジして椅子になーる……」
女(ブリッジ!? なかなか無茶振りしてくるじゃない!)
「はい……なります」
美しいブリッジをする女。
術師「フフフ……椅子になったか。じゃ、よっこらせと」ドシッ
女(ふぐっ!?)
術師「いかがでしょう? 見事彼女は椅子になりました~!」
オオッ……
パチパチパチパチパチパチ…
しかし、拍手をよそに必死に耐えていた。
女(き、キツイ……早く降りて! 早く降りろ!)
催眠ショーは続く。
女「あんたなんか大嫌い!」
術師「ひどい……こういう時は平和の象徴ハトに来てもらおう」
女「ハトなんかどこにいるのよ?」
術師「君にハトになってもらう。ハトになれ、ハトになれ……」ブラーン…
女(おいおいおい、マジですか!)
ちなみにショーでの掛け合い、完全にアドリブなのでどんな催眠をかけてくるのか女も分かっていない。
女「ポッポーッ!」
女「クルルルル、ポッポーッ! ポッポーッ!」バタバタ
術師「ハトになりましたー!」
パチパチパチパチパチ…
女「ポッポーッ!」
(20歳過ぎた女がハトのモノマネって……自分で選んだ道だけどさ)
術師「これで催眠ショーは終わりです! ありがとうございましたー!」
女「ありがとうございましたー!」
パチパチパチパチパチパチ…
当然、観客からはこういう声が挙がる。
「私にもかけてー!」 「僕にもー!」 「催眠術かかりたーい!」
術師「いいですよ!」
女「ダメダメダメ! 催眠術は訓練を受けた人じゃなきゃ、かけちゃいけないの!
それじゃみなさん、また会う日まで~!」
術師(なんでいつも断るんだろう……?)
青年「……フン!」
……
二人の出会いはある合コンであった。
どこにでもある5対5の合コン。
友達にどうしてもといわれたので参加したが、女は乗り気ではなかった。
ワイワイ…
「休日なにしてんのー?」 「君かわいいね」 「お酒ジャンジャン飲もうよ!」
女「はぁ……」
女(どいつも下心見え見えでつまらない……いや、合コンってそういうものだけどさ。
来なきゃよかったな……)
ところが、一人だけ――
「自己紹介どうぞ!」
術師「催眠術の研究をしてます。まだ人にかけたことはありませんけど……」
術師「子供の頃は、ポケモンのスリーパーになるのが夢でした!」
「…………」
合コンの場で催眠術だのポケモンだのと臆面もなく話す男に、みんなドン引きであった。
明らかに浮いており、早くもこいつは無視しようという空気になりつつあった。
ただ一人を除いて。
女(なんでかな……。私、この人に惹かれちゃってる……)
女「あの二人きりでお話ししませんか?」
術師「いいけど」
二人は意気投合した。
女「私ね……目立ちたがりだから人前に立つ仕事したいんだ。
だけど、歌手やダンサーなんかじゃつまらない。もっと変わったことしてみたい」
術師「君ならどんなことでもできると思うよ」
女「私と組まない?」
術師「え?」
女「あなたが催眠術してさ、私が助手をして……みんなを驚かせるの!
いうなればマジックショーみたいな感じで!」
術師「うん、面白いかもしれないな。やってみよう」
女「私に催眠術かけてみてよ」
術師「じゃあ……この5円玉を見て……」
女(へえ、催眠術する時の顔はとっても凛々しいんだ)
術師「あなたは眠くなる、眠くなーる……」
ブラーン… ブラーン…
女(どうしよう……全然眠くならない)
術師「あれ……効かないかな?」
女(まずい……ここは効いたフリしないと、この人が傷ついちゃうかも!)
「むにゃ……眠くなってきた……」
術師「やった! 大成功だ!」
女(全然成功じゃない……。どうやら、彼の研究は実ってなかったようね)
これ以後、女はひたすら催眠にかかったフリをすることになる。
この時正直に話していれば……と今でも後悔しているが、今さら言えるはずもないのだった。
……
催眠ショーを終え、二人はマンションに戻る。
女「今日もお客さんいっぱいだったね!」
術師「うん、椅子にハトに……どの催眠術も大成功だった!」
女(ホントは私が必死に演じてたんだけどね)
おばさん「あら、お帰りなさい」
女「こんばんは」
おばさん「ショーはどうだった?」
女「大盛況でしたよ!」
おばさん「それはよかった。だったら私にも催眠術かけてよ」
術師「じゃあ……あなたはキムタクになる……。キムタクになる……」ブラーン…
おばさん「ちょ、待てよ!!!」
女(似てる……! いつもいつもおばちゃんありがとう)
― 自宅 ―
TV『次のニュースです。
悪質な催眠療法で、かえって心に重い病を負ってしまうケースが増えており……』
術師「こういうニュース、俺許せないんだよ。
インチキ催眠でお金取って、しかも被害まで出しちゃうなんてさ。最低の行為だ」
食事をしながら憤る。
女「…………」
女(インチキ催眠で金取ってるのは私らも一緒だけどね……)
女(そろそろ真実を話した方がいいと思うけど、催眠ショーは順調だし、
打ち明けるタイミングがないしで、はぁ……どうしよう)
女「あれ? 金魚があまり餌食べてないなー」
術師「俺に任せて!」
金魚に向けて5円玉をぶら下げる。
術師「お前はお腹が減ーる、お腹が減ーる……」ブラーン…
すると、金魚は活発に餌を食べ始めた。
パクパク…
術師「やった!」
女「金魚にも催眠術かけちゃうなんてすごい!」
とはいえ、催眠術師の実力は知ってるので心の中は冷ややかだった。
女(偶然ってすごい)
数日後――
催眠ショーに向かう二人。
おばさん「あら、お出かけ?」
女「ええ、ショーで稼いできまーす!」
おばさん「景気がいいわねえ。だったら景気づけに私に催眠かけてよ」
術師「ダウンタウンのハマちゃんになーる……」ブラーン…
おばさん「けっかはっぴょーっ!!!」
女(似てる……。このおばちゃん、物真似レパートリーどんだけあるんだろ……)
― 劇場 ―
術師「この板、どうにか二つにしたいなぁ」
女「ノコギリがあればいいけど……ここにはないしねえ。
そこのお客さん、ノコギリ持ってそうな顔してるけど、持ってません?」
術師「ノコギリ持ってそうってのは失礼だよ」
アハハハハ…
術師「そうだ、君に割ってもらおう! 催眠術で!」
女「え……!?」
術師「君はこの板を割れるようになーる……割れる、割れる……割る、割る……」ブラーン…
女(なんつう無茶ぶり! だけどやるしかない!)
女「せやっ!」
バキャアッ!
板が真っ二つになった。
術師「催眠術大成功~!」
女「これがホントの“いたわり”……なんてね」
女(拳いってえええええええええ!)
女はどんな催眠術をかけられてもいいように、日頃の鍛錬を欠かしていない。
ワァァァ……! ワァァァ……!
パチパチパチパチパチ…
青年「このインチキコンビがぁ!!!」
術師「!」
女「お客さん、勝手に上がらないで下さい!」
術師「……なんですか?」
青年「俺は催眠術が嫌いなんだよ。こんなもんインチキだ!」
術師「インチキじゃありません。彼女はちゃんと術にかかってます」
青年「ふうん……だったらこれから俺の指示通りの催眠かけてみろよ!」
術師「いいでしょう」
女(まずい、挑発に乗っちゃった! 私は催眠なんてかかってないのよ~!)
青年「味覚を変えることもできるのか?」
術師「できます」
青年「じゃあ、この女の子がしばらくの間“何を食べても甘く感じる”って催眠をかけてくれ」
術師「分かりました」
術師「あなたはしばらく何を食べても甘く感じる……甘く感じる……」ブラーン…
女「ん……」
術師「これでかかったはずです」
女(絶対かかってない~! 唾液がすでに甘くないし!)
青年「よし……じゃあこれを食ってみろ!」
女(レモンぐらいならなんとか――)
青年はとんでもない食べ物を取り出した。
術師「これは……!?」
青年「シュールストレミングだ」ムワッ…
ニシンの塩漬け。いわずと知れた世界一臭い食べ物。
青年「一口でいい、これを食べてくれ」
女「わ、分かったわ……」
女(こうなったら……これを食べて『あま~い!』っていってみせる! 乗り切ってみせる!)
鼻をつく激臭に耐えながら、ニシンの切り身を口に放り込む。
女「…………」モグッ…
女「…………」
女「ブフォッ!」
激臭と強烈な塩辛さのコンボに、流石の女も敵わなかった。
青年「見ろ! 見ろ! 見ろ!」
術師「…………!」
女「くっ……」
青年「見たか、こいつらはインチキだ! 見たか、お前らはインチキだ!
インチキ催眠コンビなんだよ、お前たちは! 催眠術なんてみんな嘘っぱちだ!」
青年「アハハハハハハハッ!」
ザワザワ… ドヨドヨ…
術師「…………」
女「ごめんなさい……ごめんなさい……」
…………
……
― 控え室 ―
女「ごめん……」
術師「今までずっと……?」
女「うん、かかったふりをしてたんだ……」
女「ごめん……」
術師「…………」
女「…………」
術師「…………」
女「…………」
術師「…………」
女「…………」
術師「…………」
女「…………」
永遠にも思える沈黙の後、
術師「帰ろうか」
― 自宅 ―
術師「…………」
女「…………」
術師「どうして、あんなことを……」
女「ごめん……」
術師「理由を……教えて欲しい」
女「一言でいうと、あなたを傷つけたくなかったから。
あなたの研究してきた催眠術が、私に効果がないって知られたくなかったから……」
術師「そういうこと、か」
術師「だけど、俺は……もっと、もっと早くいって欲しかったよ」
女「ごめんなさい……」
術師「……ダメだ、頭が混乱してる」
術師「しばらく……距離を置こう。冷静にならないと……君に心ない言葉を吐くかもしれない」
女「うん……分かった」
術師「…………」
女「…………」
この日、二人は一言も会話をすることなく一日を終えた。
同棲しつつの冷戦状態は続く。
女「ご飯……」
術師「ありがとう……」
モグモグ…
女「今日……いい天気だよ。散歩でも行く?」
術師「いや……いい」
女「…………」
ショーの翌日、翌々日と、二人は最低限の会話しかしなかった。
そして三日目――
術師「話がある」
女「なに……?」
意を決したような表情だった。
術師「俺たち……解散しよう」
女「!」
術師「ここは二人で住んでたけど、色々と手続きしてくれた君が残るのがスジだろう。
俺は出て行くよ」
女「ちょ、ちょっと待ってよ!」
女「どうして……? 私がウソついてたから?」
術師「…………」
女「私のこと……最低な女だって分かったから?」
術師「そうじゃない……逆だ」
女「え……」
術師「今までいわなかったけど俺は君が好きだった……。
俺のために催眠術にかかったフリをしてくれてたなんて、最高の女性だ」
術師「でも、だから……だからこそ俺は自分を許せなくなった。
君は必死に椅子になったり、動物になったり、板を割ったりしてくれたのに、
それに気付かなかった。自分の催眠術を疑わなかった。自分の手柄だと思ってた」
術師「もうこれ以上、俺に君と一緒にいる資格はないよ」
女「……勝手なこといわないでよ!」
女「数日考えてやっと分かった……。私が無理してきた理由」
女「私は単にあなたに傷ついて欲しくなかったわけじゃない」
女「私は催眠術かけてる時のあなたが好きだからやったの!
ポケモンのスリーパーになろうとしてるあなたがかっこいいからやったの!」
女「だから……椅子にだってなったし、板だって割れた!
食べられなかったけど……シュールストレミングだって食べようとした!
傷ついて欲しくない、ぐらいでここまでできない!」
女「うっ、うっ、ううっ……」
術師「…………!」
この時、女が開いていたパソコンに一通のメールが入る。
女「……え?」
術師「なんだろ」
メールはファンからであった。
『件名:やめないで下さい』
『先日のショーでインチキだと騒ぎ立てられ、お二人のショーは中断となってしまいましたが、
お願いです。やめないで下さい。
私はお二人のキャラクターや関係性が好きで、いつもショーを拝見していました。
きっとそういうファンは多いと思います。
催眠術がインチキだったのがショックではなかったとはいいませんが、
それが全てではありません。
たとえ催眠術が本物でなくとも、板まで割ってみせたお二人の絆は“本物”だと思いますから……』
女「…………」
術師「…………」
しばらくすると、似たような内容のメールが何通も届いた。
術師「……続けよう」
女「いいの?」
術師「俺の催眠術は……嘘っぱちだったかもしれない。
だけど、俺たちの関係や、こうしてファンができたことは紛れもなく本当のことだと思うから」
女「うん……やろう!」
術師「解散しようなんていってゴメン」
女「こっちこそ……」
…………
……
― 劇場 ―
≪インチキ催眠ショー≫
パチパチパチパチパチ…
術師「ジャジャーン!」
女「出たわね、インチキ催眠術師!」
術師「フフフ、しかし君はどんな催眠術にもかかろうとしてしまう体質だと聞く。
実にありがたい存在だ」
女「我ながら厄介な体質だわ……」
アハハハ…
術師「そこで今日かける催眠術は……」
術師「この5円玉を見て下さい……」ブラーン…
女「む……」
術師「あなたはマリオになーる。任天堂のマリオになーる……」ブラーン…
女「むむむ……」
女「ヤッフー! ハッハーッ! ヒァウィゴーッ!」ピョンピョーンッ
ワハハハハ… ニテルー… スゲーウゴキ…
二人は開き直って、“インチキ”を前面に押し出して再起することにしたのだった。
女「ヤッフーッ!」ピョーンッ
術師「おいおい、そろそろ戻ってくれよ」
女「うるせえクッパ!」
術師「いや俺クッパじゃないんだけど……」
アハハハハ…
青年「……ちっ」
術師「……ん?」
女「どうしたの?」ボソッ
術師「俺たちのインチキを暴いた彼が……客席にいたんだ」
女「え?」
女「ふん、どうせまたインチキを暴きに来たんでしょうけど、
堂々とインチキって掲げてるから手が出せなかったんでしょ?」
術師「…………」
次のショーでも――
術師「あなたはヨガの達人になーる……」ブラーン…
女「ヨガの達人ってどうすりゃいいの?」
術師「火を吐くとか」
女「できるかっ!」
アハハハハ…
術師「あ、彼……また来てる」
女「あんたもよく見つけるねー」
術師(気になる……。このショーが終わったら彼と……)
ショーが終わると、催眠術師は青年を追いかけた。
術師「待ってくれ!」
青年「! なんだよ……」
女「お久しぶり。あんたのおかげでかえって私たち一皮むけたわ。感謝してあげる」
青年「ふん」
術師「俺の催眠術のインチキを暴いた君が、どうしてこのショーを見に来たんだ?」
青年「別に……」
術師「君は催眠術が嫌いといってたが、それだったらわざわざ見に来る必要はないはず」
青年「…………」
術師「君はひょっとして……むしろ催眠術に期待をしてるんじゃないか?
どこかに本物がいるんじゃって探してるんじゃ?」
青年「!」
青年「んなことねえよ! 俺は催眠術が嫌いなんだよ! どいつもこいつもインチキだ!」
術師「だけど――」
青年「しつこいんだよッ!」
取っ組み合いになりかける。
女「ちょっとやめなさいよ!」
青年「俺はっ……俺はッ!」
術師(まずい、興奮してる!)
咄嗟の行動だった。
術師「この5円玉を見て……」
青年「!」
術師「あなたはだんだん眠くなる。眠くなーる……」ブラーン…
術師「眠くなる……眠くなる……」
青年「う……ん……」
青年「むにゃ……」ガクッ
女「危ない!」ガシッ
青年「ぐぅ、ぐぅ、ぐぅ……」
催眠術師と女は声を揃えた。
二人「ウソ……眠っちゃった……」
青年「ハッ! あれ、俺は……?」
女「ぐっすり寝てたわよ」
青年「え……!」
術師「試したいことがある。君にもう一度催眠術をかけてみてもいいかな?」
女「このコーラの味が変わるって催眠術をね」
青年「かまわない……けど」
術師「君は少しの間だけ、コーラが苦くなる。苦くなーる……」ブラーン…
青年「…………」
女「はい、飲んでみて」
青年「お、おう」グビッ
青年「苦いっ!」ブッ!
咳き込む青年。
青年「あ、甘くなった!」グビグビ
青年「信じられねえ……信じられねえ……けど。まさか……あんたが本物だったなんてな……」
術師「俺も信じられないよ」
女「私も……。なんだか妙なことになっちゃったわね」
術師「話してくれないか? 君に何があったのかを」
青年「あんたらにはだいぶ迷惑かけたし……分かった、話すよ」
青年「俺には妹がいて……今は色々あって二人暮らしをしてるんだけど……」
青年の妹は学校でイジメを受けていた。
そのせいで引きこもりになってしまい、めったに部屋から出なくなった。
そこで青年はある催眠療法にすがったのだが――
青年「それがひでえもんだったんだ……」
青年「妹にヘッドホンつけて大音量で延々と曲を流したり、
きわどい質問をしまくったり、スクリーンセーバーみたいな映像を見せたり……」
青年「治療というより、まるで妹をオモチャにしてるようだった……」
青年「気づいた時には妹はさらにおかしくなってて、俺とすらまともに会話をしなくなっちまった。
当然だよな。催眠療法に頼ったのは俺なんだから」
青年「もちろん文句をいったさ。だけど――」
『治療には効果がないこともある。訴える? 結構! こっちも優秀な弁護士がいるんだ。
それに裁判沙汰にして、あの妹さんを晒し物にしていいのかな?』
青年「正直俺も訴訟とか詳しくねえし、泣き寝入りするしかなかった……」
女「そんなことが……」
術師「だから、催眠術が嫌いだったのか……」
女(同時に、心のどこかで催眠術への期待はまだ残ってたってことね)
青年「頼みがある! ……いや、お願いがあります!」
術師「ん?」
青年「妹を……なんとか催眠術で立ち直らせてくれないでしょうか!」
青年「お願いしますっ!」
術師「…………」
女「どうする……?」
術師「やってみる。俺の催眠術が本物なら……きっと力になれると思うから」
術師「ああ、それと敬語じゃなくていいよ。大して年変わらないだろうし」
青年「ありがとう……!」
二人は青年の自宅に向かうことになった。
― 青年の自宅 ―
術師「妹さんは……」
青年「こっちだ」
青年「入るよー」
今までのキャラクターからは考えられないような優しい声。
妹「…………」
術師「初めまして」
女「私たち、お兄さんの知り合いです」
妹「…………」
青年「この人たちは、催眠ショーをやってる人でな。どうやらその力は本物みたいなんだ」
青年「で、今回お前の力になってくれるっていうんだけど……」
妹「…………」
ほとんど反応がない。
術師「…………」
女(仮に催眠術師の力が本物だとして、この子を助けられるのかな……?
どういう催眠をかければいいんだか……)
術師「ちょっと……二人きりにしてもらっていいかな」
女「え?」
術師「いつもより真剣に催眠術をかけたいんだ。
もちろん、いつも本気でやってないわけじゃないけど……」
女「うん、分かった」
青年「何かあったらすぐ呼んでくれ」
バタン…
術師「さて……始めよう。一対一だ」
術師「この5円玉を見て……」ブラン…
妹「…………」
青年「時間がかかるな……」
女「なにしろいつものショーとはわけが違うからね」
青年「ありえないと思うが、まさか妹に手を出したりはしてないだろうな……」
女「そんなことしてたら、私があいつをブン殴るッ!」シュッ
青年「…………!」
そういえば板を割るほどのパンチ力だったな、と戦慄する。
ガチャッ
女「あ、出てきた」
術師「終わったよ」ニコッ
妹「お兄ちゃん……」
青年「!」
(もうほとんど口をきかなかったのに……)
妹「お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね……。
私のためにあんなに一生懸命動いてくれたのに……私ったらめげちゃって……」
青年「いや、俺こそすまなかった……! 変な治療法にすがったりして……」
術師「フフフ、上手くいったようだな」
女「どんな催眠をかけたの? あっ、そうか! 『明るい性格になれ』とか?」
術師「最初はそうしようと思った。だけど一時しのぎにしかならないと思ったから……」
術師「『お兄さんのことをよく思い出せ』って催眠をかけたんだ」
女「あ……!」
術師「妹さんを救えるのはやっぱり俺じゃなく、彼しかいない。
彼が妹さんをどれだけ愛してるか、尽くしてきたかを改めて思い出させれば……
立ち直らせることができるんじゃ、と思ったんだ」
女「そういうことか」
妹「お兄ちゃん、ありがとう、ありがとう……」ギュッ…
青年「あ、いや、アハハ……」
……
青年「二人とも、どうもありがとう!」
妹「ありがとうございました」
術師「どういたしまして」
女「よかったわね!」
術師「これで一件落着……」
女「いや、ちょっと待って」
術師「え?」
女「青年君、あなたが頼った催眠療法やってた奴の名前……教えてくれる?」
青年「いいけど……どうするつもりだ?」
女「偽物は、ちゃんと本物がバチを与えてやらなきゃね」ニヤッ
― こころ催眠クリニック ―
催眠士「もしもし……え、催眠療法を受けたあなたの息子が暴れ出した?
きっと効果がなかったんでしょうなぁ……え、訴える? どうぞご自由に! それじゃ!」
ガチャン!
催眠士「ふん、出来そこない息子の責任をこっちに押しつけるんじゃねーよ」
催眠士「次のお客さんどうぞー」
術師「こんにちは」
女「どうも」
催眠士「初めての患者さんですよね。ま、席におかけ下さい」
術師「はい」
催眠士「で、どのようなお悩みを?」
術師「実は……あなたに催眠術をかけたいと思いまして」
催眠士「は?」
術師「ここに5円玉があります。これを見て……」
催眠士「ふざけるな! なんで私がそんなもん見なきゃならん! 冷やかしなら帰ってくれ!」
女「じゃあ、ここに板があります。これを見て下さい」
催眠士「?」
女「ハァッ!」
バキャアッ!
催眠士「!?」
女「お願い……見てあげて」パチッ
拳を誇示しながらのウインク。
催眠士(なんだ、この女……)
「わ、分かった……だが催眠ごっこに付き合ったらすぐ帰ってもらうぞ!」
術師「ありがとうございます。すぐ終わらせます」
術師「あなたはだんだん……」ブラーン…
催眠士(なんだってんだいきなり……)
術師「自分のやってきたことに罪悪感を抱く……抱く……」ブラーン…
催眠士「ん……」
術師「その罪悪感は膨れ上がり……やってきた悪行を……世間に暴露したくなる。
したくなる……したくなーる……」
催眠士「ん、んんん……!」
術師「したくなーる……」
ブラーン… ブラーン…
女(なんだか本当にポケモンのスリーパーに見えてきたわ)
催眠士「こうしちゃいられない!」
催眠士「すぐマスコミに電話しないと! えぇっと……新聞社は……」
術師「あの……」
女「私たちはどうすれば?」
催眠士「あいにく私は忙しいんだ! お前らにかまってる暇はない! 帰ってくれ!」
術師「分かりました」
女「それじゃ失礼しまーす」
…………
……
クリニックからの帰りにおばさんと出会う。
おばさん「あら、こんにちは」
術師「こんにちは」
女「こんにちは」
女「あ、そうだ! 私おばさんはてっきり物真似の達人だと思ってたんですけど……
本当に催眠にかかってたんですね!」
おばさん「なんの話? 私、物真似なんて小林幸子ぐらいしかできないけど」
女「いえいえ、なんでもないです」
おばさん「そうだ。今日もなにか催眠をかけてもらおうかしら」
術師「じゃあ、DAIGOになーれ……」ブラーン…
おばさん「ウィッシュ!」
数日後――
― 自宅 ―
TV『催眠療法を謳っていた≪こころ催眠クリニック≫の催眠士が、
マスコミ各社に自身の罪を告白する旨の文書を送っていたことが明らかになりました』
TV『以前からこのクリニックには、粗悪な治療で病状が悪化してしまったという患者から
苦情が相次いでいましたが……』
術師「これは……」
女「催眠大成功! やったね!」
術師「うん!」
ニュースによると、催眠士の罪は粗悪な催眠療法だけではなかった。
治療の際知った患者の個人情報を業者に流したり、
催眠療法で病状が悪化した患者を撮影し、それを好事家に販売することもしていたようだ。
これらの罪は全て自らの口から明らかになったのである。
催眠術によって――
女「これからどうする?」
女「あなたの催眠術は“本物”だったわけだけど……」
術師「…………」
術師「俺、分かったよ。催眠術はあまりにも危険すぎる。
こうして悪人に自首させることぐらい簡単にできちゃうぐらいに……」
術師「だからこれからも俺はインチキ催眠術師として生きていくよ」
術師「もし俺が催眠術を悪用しようとしたら、その時は……」
女「任せといて! 私には催眠術効かないし、思いっきりブン殴ってあげる!」シュッシュッ
術師(絶対悪用しないようにしよう!)
それからというもの二人は≪インチキ催眠ショー≫でファンを増やす。
― 劇場 ―
術師「じゃあ、今日は何をしてもらおうかな……」
女「どうするつもり!?」
術師「グリコの走ってる人になーる……なーる……」
女「ふんっ!」バッ
アハハハハ… ワハハハハ…
パチパチパチパチパチ…
妹「アハハ、面白い!」
青年「だろ? お兄ちゃんもこの二人の大ファンなんだ」
(なにしろ、インチキじゃなく本物だしな)
その傍ら、ひっそりと――
術師「なるほど、もう三日も寝てないんですか」
患者「はい……」
術師「じゃあ、5円玉を見て下さい……」
術師「あなたはだんだん眠くなる。眠くなーる……」ブラーン…
患者「ぐう……」
女「ちょっと、ちゃんとベッドに寝かせてからやればよかったのに!」
術師「ごめん!」
女「全くもう……私が運んであげるか」ヒョイッ
本物の催眠術で人助けをするという道を選んだ。
― 自宅 ―
術師「あなたはだんだん眠くなる、眠くなる、眠くなーる……」ブラーン…
女「…………」
術師「どう? 眠くなる?」
女「うーん、ならない」
術師「不思議な現象だよなぁ。なんで君にだけ催眠術がかからないんだろう。
試したら言葉が通じない犬や猫にだって効くのに……」
女「長年一緒に暮らしてるから、とかかなぁ?」
術師「そうかもしれないな。この5円玉だって見慣れちゃってるだろうし」
女「――――!」ハッ
女(私に催眠術が効かないのってもしかして……!)
女(催眠をかけてる時の彼の顔に見とれちゃって……5円玉なんか全然見てないからだったりして……)
女(多分、意識してちゃんと5円玉を見ようとしても無理……)
女(だって、催眠術をかけてる時の彼の顔は、私にとってそれだけ魅力的なんだもの。
ウットリしちゃって……見とれないようにするなんて出来るわけない……)
術師「ん、どうしたの?」
女「な、なんでもない! なんでもない!」
女(そして、こんなこと……恥ずかしいやら照れ臭いやらで彼にいえるわけがない!
“催眠術にかかったフリをしてたこと”以上に!)
女「そろそろ、ご飯にしよっか」
術師「今日はなんだい?」
女「5円玉っぽいイカリングを揚げてみましたー!」
術師「お、うまそう!」
女「これからも二人三脚、張り切っていこうね! スリーパーさん!」
術師「うん。インチキで本物の催眠術師として――!」
― おわり ―
元スレ
術師「フフフ……」
女(フフフじゃないよ。ほら、なんかしてみなさいよ)
術師「いい寝顔だなぁ……」
女(いやいや、寝顔観賞してどうすんの。せっかく私無防備なのに。アタックチャンスでしょうが)
術師「見てたら……」ウト…
術師「俺まで眠くなってきた……」
女(あんたが寝てどうする!)
3: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:07:12.586 ID:HaaUBLkF0.net
術師「5円玉を見て下さい……」
女「…………」
術師「君は俺のいうことなら、どんないうことでも聞く……」ブラーン…
5円玉を振り子のように動かす。
女「う、ん……」
女「命令して下さい……なんでもします……」
術師「フフフ……今日も絶好調だな」
女(さて、どんな命令してくれるの?)ワクワク
4: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:10:21.826 ID:HaaUBLkF0.net
術師「頼みがある」
女「はい……」
術師「俺と一緒にこのDVDを観て欲しい」
女「はい……?」
術師「催眠術をテーマにしたホラー映画らしいんだけど、一人で観るの怖くてさ……」
女(わざわざ催眠かけないでも普通に頼めば付き合ってやるっての!)
結局、女は催眠術にかかったふりをしつつ、映画に付き合った。
…………
……
6: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:14:20.748 ID:HaaUBLkF0.net
術師「さて、劇場に行こうか」
女「うん」
すると、隣人のおばさんに出くわす。
おばさん「あら、お出かけ?」
女「はい、これから催眠ショーがあるんで」
おばさん「じゃあ、私に一つかけてみてよ。ウォーミングアップ代わりに」
術師「いいですよ。それじゃ……あなたはアントニオ猪木になーる。なーる……」ブラーン…
おばさん「元気ですかーッ! 1、2、3、ダーッ!」
女(おばちゃん、付き合ってくれてありがとうね)
7: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:17:19.876 ID:HaaUBLkF0.net
― 劇場 ―
二人はコンビを組んで、この劇場で『催眠ショー』を披露している。
客足は上々であり、ファンも多い。
術師「立ってるの疲れたから、座ってもいい?」
女「ダメに決まってるでしょ! 大勢お客さんいるんだから!」
アハハハハ…
術師「だったら君を椅子にして座ることにする!」
女「ええっ!」
術師「君は椅子になる。椅子になる。椅子になーる……」ブラーン…
女「椅子になります……」ウト…
オオッ…
8: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:21:15.829 ID:HaaUBLkF0.net
術師「ブリッジして椅子になーる……」
女(ブリッジ!? なかなか無茶振りしてくるじゃない!)
「はい……なります」
美しいブリッジをする女。
術師「フフフ……椅子になったか。じゃ、よっこらせと」ドシッ
女(ふぐっ!?)
術師「いかがでしょう? 見事彼女は椅子になりました~!」
オオッ……
パチパチパチパチパチパチ…
しかし、拍手をよそに必死に耐えていた。
女(き、キツイ……早く降りて! 早く降りろ!)
9: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:24:36.751 ID:HaaUBLkF0.net
催眠ショーは続く。
女「あんたなんか大嫌い!」
術師「ひどい……こういう時は平和の象徴ハトに来てもらおう」
女「ハトなんかどこにいるのよ?」
術師「君にハトになってもらう。ハトになれ、ハトになれ……」ブラーン…
女(おいおいおい、マジですか!)
ちなみにショーでの掛け合い、完全にアドリブなのでどんな催眠をかけてくるのか女も分かっていない。
女「ポッポーッ!」
女「クルルルル、ポッポーッ! ポッポーッ!」バタバタ
術師「ハトになりましたー!」
パチパチパチパチパチ…
女「ポッポーッ!」
(20歳過ぎた女がハトのモノマネって……自分で選んだ道だけどさ)
11: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:27:24.664 ID:HaaUBLkF0.net
術師「これで催眠ショーは終わりです! ありがとうございましたー!」
女「ありがとうございましたー!」
パチパチパチパチパチパチ…
当然、観客からはこういう声が挙がる。
「私にもかけてー!」 「僕にもー!」 「催眠術かかりたーい!」
術師「いいですよ!」
女「ダメダメダメ! 催眠術は訓練を受けた人じゃなきゃ、かけちゃいけないの!
それじゃみなさん、また会う日まで~!」
術師(なんでいつも断るんだろう……?)
青年「……フン!」
12: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:30:23.068 ID:HaaUBLkF0.net
……
二人の出会いはある合コンであった。
どこにでもある5対5の合コン。
友達にどうしてもといわれたので参加したが、女は乗り気ではなかった。
ワイワイ…
「休日なにしてんのー?」 「君かわいいね」 「お酒ジャンジャン飲もうよ!」
女「はぁ……」
女(どいつも下心見え見えでつまらない……いや、合コンってそういうものだけどさ。
来なきゃよかったな……)
ところが、一人だけ――
13: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:33:31.108 ID:HaaUBLkF0.net
「自己紹介どうぞ!」
術師「催眠術の研究をしてます。まだ人にかけたことはありませんけど……」
術師「子供の頃は、ポケモンのスリーパーになるのが夢でした!」
「…………」
合コンの場で催眠術だのポケモンだのと臆面もなく話す男に、みんなドン引きであった。
明らかに浮いており、早くもこいつは無視しようという空気になりつつあった。
ただ一人を除いて。
女(なんでかな……。私、この人に惹かれちゃってる……)
女「あの二人きりでお話ししませんか?」
術師「いいけど」
14: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:36:41.602 ID:HaaUBLkF0.net
二人は意気投合した。
女「私ね……目立ちたがりだから人前に立つ仕事したいんだ。
だけど、歌手やダンサーなんかじゃつまらない。もっと変わったことしてみたい」
術師「君ならどんなことでもできると思うよ」
女「私と組まない?」
術師「え?」
女「あなたが催眠術してさ、私が助手をして……みんなを驚かせるの!
いうなればマジックショーみたいな感じで!」
術師「うん、面白いかもしれないな。やってみよう」
15: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:40:34.725 ID:HaaUBLkF0.net
女「私に催眠術かけてみてよ」
術師「じゃあ……この5円玉を見て……」
女(へえ、催眠術する時の顔はとっても凛々しいんだ)
術師「あなたは眠くなる、眠くなーる……」
ブラーン… ブラーン…
女(どうしよう……全然眠くならない)
術師「あれ……効かないかな?」
女(まずい……ここは効いたフリしないと、この人が傷ついちゃうかも!)
「むにゃ……眠くなってきた……」
術師「やった! 大成功だ!」
女(全然成功じゃない……。どうやら、彼の研究は実ってなかったようね)
これ以後、女はひたすら催眠にかかったフリをすることになる。
この時正直に話していれば……と今でも後悔しているが、今さら言えるはずもないのだった。
……
16: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:43:30.955 ID:HaaUBLkF0.net
催眠ショーを終え、二人はマンションに戻る。
女「今日もお客さんいっぱいだったね!」
術師「うん、椅子にハトに……どの催眠術も大成功だった!」
女(ホントは私が必死に演じてたんだけどね)
おばさん「あら、お帰りなさい」
女「こんばんは」
おばさん「ショーはどうだった?」
女「大盛況でしたよ!」
おばさん「それはよかった。だったら私にも催眠術かけてよ」
術師「じゃあ……あなたはキムタクになる……。キムタクになる……」ブラーン…
おばさん「ちょ、待てよ!!!」
女(似てる……! いつもいつもおばちゃんありがとう)
17: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:46:18.383 ID:HaaUBLkF0.net
― 自宅 ―
TV『次のニュースです。
悪質な催眠療法で、かえって心に重い病を負ってしまうケースが増えており……』
術師「こういうニュース、俺許せないんだよ。
インチキ催眠でお金取って、しかも被害まで出しちゃうなんてさ。最低の行為だ」
食事をしながら憤る。
女「…………」
女(インチキ催眠で金取ってるのは私らも一緒だけどね……)
女(そろそろ真実を話した方がいいと思うけど、催眠ショーは順調だし、
打ち明けるタイミングがないしで、はぁ……どうしよう)
19: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:49:21.136 ID:HaaUBLkF0.net
女「あれ? 金魚があまり餌食べてないなー」
術師「俺に任せて!」
金魚に向けて5円玉をぶら下げる。
術師「お前はお腹が減ーる、お腹が減ーる……」ブラーン…
すると、金魚は活発に餌を食べ始めた。
パクパク…
術師「やった!」
女「金魚にも催眠術かけちゃうなんてすごい!」
とはいえ、催眠術師の実力は知ってるので心の中は冷ややかだった。
女(偶然ってすごい)
20: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:52:28.892 ID:HaaUBLkF0.net
数日後――
催眠ショーに向かう二人。
おばさん「あら、お出かけ?」
女「ええ、ショーで稼いできまーす!」
おばさん「景気がいいわねえ。だったら景気づけに私に催眠かけてよ」
術師「ダウンタウンのハマちゃんになーる……」ブラーン…
おばさん「けっかはっぴょーっ!!!」
女(似てる……。このおばちゃん、物真似レパートリーどんだけあるんだろ……)
22: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:55:29.111 ID:HaaUBLkF0.net
― 劇場 ―
術師「この板、どうにか二つにしたいなぁ」
女「ノコギリがあればいいけど……ここにはないしねえ。
そこのお客さん、ノコギリ持ってそうな顔してるけど、持ってません?」
術師「ノコギリ持ってそうってのは失礼だよ」
アハハハハ…
術師「そうだ、君に割ってもらおう! 催眠術で!」
女「え……!?」
術師「君はこの板を割れるようになーる……割れる、割れる……割る、割る……」ブラーン…
女(なんつう無茶ぶり! だけどやるしかない!)
24: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 22:57:32.274 ID:HaaUBLkF0.net
女「せやっ!」
バキャアッ!
板が真っ二つになった。
術師「催眠術大成功~!」
女「これがホントの“いたわり”……なんてね」
女(拳いってえええええええええ!)
女はどんな催眠術をかけられてもいいように、日頃の鍛錬を欠かしていない。
ワァァァ……! ワァァァ……!
パチパチパチパチパチ…
25: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:00:27.237 ID:HaaUBLkF0.net
青年「このインチキコンビがぁ!!!」
術師「!」
女「お客さん、勝手に上がらないで下さい!」
術師「……なんですか?」
青年「俺は催眠術が嫌いなんだよ。こんなもんインチキだ!」
術師「インチキじゃありません。彼女はちゃんと術にかかってます」
青年「ふうん……だったらこれから俺の指示通りの催眠かけてみろよ!」
術師「いいでしょう」
女(まずい、挑発に乗っちゃった! 私は催眠なんてかかってないのよ~!)
26: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:04:50.048 ID:HaaUBLkF0.net
青年「味覚を変えることもできるのか?」
術師「できます」
青年「じゃあ、この女の子がしばらくの間“何を食べても甘く感じる”って催眠をかけてくれ」
術師「分かりました」
術師「あなたはしばらく何を食べても甘く感じる……甘く感じる……」ブラーン…
女「ん……」
術師「これでかかったはずです」
女(絶対かかってない~! 唾液がすでに甘くないし!)
青年「よし……じゃあこれを食ってみろ!」
女(レモンぐらいならなんとか――)
青年はとんでもない食べ物を取り出した。
27: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:07:29.377 ID:HaaUBLkF0.net
術師「これは……!?」
青年「シュールストレミングだ」ムワッ…
ニシンの塩漬け。いわずと知れた世界一臭い食べ物。
青年「一口でいい、これを食べてくれ」
女「わ、分かったわ……」
女(こうなったら……これを食べて『あま~い!』っていってみせる! 乗り切ってみせる!)
鼻をつく激臭に耐えながら、ニシンの切り身を口に放り込む。
女「…………」モグッ…
女「…………」
女「ブフォッ!」
激臭と強烈な塩辛さのコンボに、流石の女も敵わなかった。
28: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:09:25.882 ID:HaaUBLkF0.net
青年「見ろ! 見ろ! 見ろ!」
術師「…………!」
女「くっ……」
青年「見たか、こいつらはインチキだ! 見たか、お前らはインチキだ!
インチキ催眠コンビなんだよ、お前たちは! 催眠術なんてみんな嘘っぱちだ!」
青年「アハハハハハハハッ!」
ザワザワ… ドヨドヨ…
術師「…………」
女「ごめんなさい……ごめんなさい……」
…………
……
29: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:11:43.016 ID:HaaUBLkF0.net
― 控え室 ―
女「ごめん……」
術師「今までずっと……?」
女「うん、かかったふりをしてたんだ……」
女「ごめん……」
術師「…………」
女「…………」
30: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:14:08.607 ID:HaaUBLkF0.net
術師「…………」
女「…………」
術師「…………」
女「…………」
術師「…………」
女「…………」
永遠にも思える沈黙の後、
術師「帰ろうか」
31: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:17:30.096 ID:HaaUBLkF0.net
― 自宅 ―
術師「…………」
女「…………」
術師「どうして、あんなことを……」
女「ごめん……」
術師「理由を……教えて欲しい」
女「一言でいうと、あなたを傷つけたくなかったから。
あなたの研究してきた催眠術が、私に効果がないって知られたくなかったから……」
術師「そういうこと、か」
術師「だけど、俺は……もっと、もっと早くいって欲しかったよ」
女「ごめんなさい……」
33: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:20:09.882 ID:HaaUBLkF0.net
術師「……ダメだ、頭が混乱してる」
術師「しばらく……距離を置こう。冷静にならないと……君に心ない言葉を吐くかもしれない」
女「うん……分かった」
術師「…………」
女「…………」
この日、二人は一言も会話をすることなく一日を終えた。
35: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:23:54.659 ID:HaaUBLkF0.net
同棲しつつの冷戦状態は続く。
女「ご飯……」
術師「ありがとう……」
モグモグ…
女「今日……いい天気だよ。散歩でも行く?」
術師「いや……いい」
女「…………」
ショーの翌日、翌々日と、二人は最低限の会話しかしなかった。
37: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:27:14.793 ID:HaaUBLkF0.net
そして三日目――
術師「話がある」
女「なに……?」
意を決したような表情だった。
術師「俺たち……解散しよう」
女「!」
術師「ここは二人で住んでたけど、色々と手続きしてくれた君が残るのがスジだろう。
俺は出て行くよ」
女「ちょ、ちょっと待ってよ!」
38: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:30:24.347 ID:HaaUBLkF0.net
女「どうして……? 私がウソついてたから?」
術師「…………」
女「私のこと……最低な女だって分かったから?」
術師「そうじゃない……逆だ」
女「え……」
術師「今までいわなかったけど俺は君が好きだった……。
俺のために催眠術にかかったフリをしてくれてたなんて、最高の女性だ」
術師「でも、だから……だからこそ俺は自分を許せなくなった。
君は必死に椅子になったり、動物になったり、板を割ったりしてくれたのに、
それに気付かなかった。自分の催眠術を疑わなかった。自分の手柄だと思ってた」
術師「もうこれ以上、俺に君と一緒にいる資格はないよ」
女「……勝手なこといわないでよ!」
43: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:33:56.163 ID:HaaUBLkF0.net
女「数日考えてやっと分かった……。私が無理してきた理由」
女「私は単にあなたに傷ついて欲しくなかったわけじゃない」
女「私は催眠術かけてる時のあなたが好きだからやったの!
ポケモンのスリーパーになろうとしてるあなたがかっこいいからやったの!」
女「だから……椅子にだってなったし、板だって割れた!
食べられなかったけど……シュールストレミングだって食べようとした!
傷ついて欲しくない、ぐらいでここまでできない!」
女「うっ、うっ、ううっ……」
術師「…………!」
この時、女が開いていたパソコンに一通のメールが入る。
女「……え?」
術師「なんだろ」
45: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:37:37.687 ID:HaaUBLkF0.net
メールはファンからであった。
『件名:やめないで下さい』
『先日のショーでインチキだと騒ぎ立てられ、お二人のショーは中断となってしまいましたが、
お願いです。やめないで下さい。
私はお二人のキャラクターや関係性が好きで、いつもショーを拝見していました。
きっとそういうファンは多いと思います。
催眠術がインチキだったのがショックではなかったとはいいませんが、
それが全てではありません。
たとえ催眠術が本物でなくとも、板まで割ってみせたお二人の絆は“本物”だと思いますから……』
女「…………」
術師「…………」
しばらくすると、似たような内容のメールが何通も届いた。
46: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:40:12.264 ID:HaaUBLkF0.net
術師「……続けよう」
女「いいの?」
術師「俺の催眠術は……嘘っぱちだったかもしれない。
だけど、俺たちの関係や、こうしてファンができたことは紛れもなく本当のことだと思うから」
女「うん……やろう!」
術師「解散しようなんていってゴメン」
女「こっちこそ……」
…………
……
47: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:43:24.060 ID:HaaUBLkF0.net
― 劇場 ―
≪インチキ催眠ショー≫
パチパチパチパチパチ…
術師「ジャジャーン!」
女「出たわね、インチキ催眠術師!」
術師「フフフ、しかし君はどんな催眠術にもかかろうとしてしまう体質だと聞く。
実にありがたい存在だ」
女「我ながら厄介な体質だわ……」
アハハハ…
術師「そこで今日かける催眠術は……」
49: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:45:22.122 ID:HaaUBLkF0.net
術師「この5円玉を見て下さい……」ブラーン…
女「む……」
術師「あなたはマリオになーる。任天堂のマリオになーる……」ブラーン…
女「むむむ……」
女「ヤッフー! ハッハーッ! ヒァウィゴーッ!」ピョンピョーンッ
ワハハハハ… ニテルー… スゲーウゴキ…
二人は開き直って、“インチキ”を前面に押し出して再起することにしたのだった。
51: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:47:26.682 ID:HaaUBLkF0.net
女「ヤッフーッ!」ピョーンッ
術師「おいおい、そろそろ戻ってくれよ」
女「うるせえクッパ!」
術師「いや俺クッパじゃないんだけど……」
アハハハハ…
青年「……ちっ」
52: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:49:51.481 ID:HaaUBLkF0.net
術師「……ん?」
女「どうしたの?」ボソッ
術師「俺たちのインチキを暴いた彼が……客席にいたんだ」
女「え?」
女「ふん、どうせまたインチキを暴きに来たんでしょうけど、
堂々とインチキって掲げてるから手が出せなかったんでしょ?」
術師「…………」
53: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:52:24.699 ID:HaaUBLkF0.net
次のショーでも――
術師「あなたはヨガの達人になーる……」ブラーン…
女「ヨガの達人ってどうすりゃいいの?」
術師「火を吐くとか」
女「できるかっ!」
アハハハハ…
術師「あ、彼……また来てる」
女「あんたもよく見つけるねー」
術師(気になる……。このショーが終わったら彼と……)
55: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:56:17.753 ID:HaaUBLkF0.net
ショーが終わると、催眠術師は青年を追いかけた。
術師「待ってくれ!」
青年「! なんだよ……」
女「お久しぶり。あんたのおかげでかえって私たち一皮むけたわ。感謝してあげる」
青年「ふん」
術師「俺の催眠術のインチキを暴いた君が、どうしてこのショーを見に来たんだ?」
青年「別に……」
術師「君は催眠術が嫌いといってたが、それだったらわざわざ見に来る必要はないはず」
青年「…………」
術師「君はひょっとして……むしろ催眠術に期待をしてるんじゃないか?
どこかに本物がいるんじゃって探してるんじゃ?」
青年「!」
56: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/08(月) 23:59:28.298 ID:HaaUBLkF0.net
青年「んなことねえよ! 俺は催眠術が嫌いなんだよ! どいつもこいつもインチキだ!」
術師「だけど――」
青年「しつこいんだよッ!」
取っ組み合いになりかける。
女「ちょっとやめなさいよ!」
青年「俺はっ……俺はッ!」
術師(まずい、興奮してる!)
咄嗟の行動だった。
術師「この5円玉を見て……」
青年「!」
術師「あなたはだんだん眠くなる。眠くなーる……」ブラーン…
57: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:04:10.868 ID:Xjs0gSgt0.net
術師「眠くなる……眠くなる……」
青年「う……ん……」
青年「むにゃ……」ガクッ
女「危ない!」ガシッ
青年「ぐぅ、ぐぅ、ぐぅ……」
催眠術師と女は声を揃えた。
二人「ウソ……眠っちゃった……」
60: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:08:28.719 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「ハッ! あれ、俺は……?」
女「ぐっすり寝てたわよ」
青年「え……!」
術師「試したいことがある。君にもう一度催眠術をかけてみてもいいかな?」
女「このコーラの味が変わるって催眠術をね」
青年「かまわない……けど」
術師「君は少しの間だけ、コーラが苦くなる。苦くなーる……」ブラーン…
青年「…………」
女「はい、飲んでみて」
青年「お、おう」グビッ
青年「苦いっ!」ブッ!
咳き込む青年。
61: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:12:06.504 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「あ、甘くなった!」グビグビ
青年「信じられねえ……信じられねえ……けど。まさか……あんたが本物だったなんてな……」
術師「俺も信じられないよ」
女「私も……。なんだか妙なことになっちゃったわね」
術師「話してくれないか? 君に何があったのかを」
青年「あんたらにはだいぶ迷惑かけたし……分かった、話すよ」
青年「俺には妹がいて……今は色々あって二人暮らしをしてるんだけど……」
青年の妹は学校でイジメを受けていた。
そのせいで引きこもりになってしまい、めったに部屋から出なくなった。
そこで青年はある催眠療法にすがったのだが――
青年「それがひでえもんだったんだ……」
62: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:16:59.053 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「妹にヘッドホンつけて大音量で延々と曲を流したり、
きわどい質問をしまくったり、スクリーンセーバーみたいな映像を見せたり……」
青年「治療というより、まるで妹をオモチャにしてるようだった……」
青年「気づいた時には妹はさらにおかしくなってて、俺とすらまともに会話をしなくなっちまった。
当然だよな。催眠療法に頼ったのは俺なんだから」
青年「もちろん文句をいったさ。だけど――」
『治療には効果がないこともある。訴える? 結構! こっちも優秀な弁護士がいるんだ。
それに裁判沙汰にして、あの妹さんを晒し物にしていいのかな?』
青年「正直俺も訴訟とか詳しくねえし、泣き寝入りするしかなかった……」
女「そんなことが……」
術師「だから、催眠術が嫌いだったのか……」
女(同時に、心のどこかで催眠術への期待はまだ残ってたってことね)
64: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:21:28.543 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「頼みがある! ……いや、お願いがあります!」
術師「ん?」
青年「妹を……なんとか催眠術で立ち直らせてくれないでしょうか!」
青年「お願いしますっ!」
術師「…………」
女「どうする……?」
術師「やってみる。俺の催眠術が本物なら……きっと力になれると思うから」
術師「ああ、それと敬語じゃなくていいよ。大して年変わらないだろうし」
青年「ありがとう……!」
二人は青年の自宅に向かうことになった。
65: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:25:29.905 ID:Xjs0gSgt0.net
― 青年の自宅 ―
術師「妹さんは……」
青年「こっちだ」
青年「入るよー」
今までのキャラクターからは考えられないような優しい声。
妹「…………」
術師「初めまして」
女「私たち、お兄さんの知り合いです」
妹「…………」
67: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 00:33:37.798 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「この人たちは、催眠ショーをやってる人でな。どうやらその力は本物みたいなんだ」
青年「で、今回お前の力になってくれるっていうんだけど……」
妹「…………」
ほとんど反応がない。
術師「…………」
女(仮に催眠術師の力が本物だとして、この子を助けられるのかな……?
どういう催眠をかければいいんだか……)
75: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 01:53:08.203 ID:Xjs0gSgt0.net
術師「ちょっと……二人きりにしてもらっていいかな」
女「え?」
術師「いつもより真剣に催眠術をかけたいんだ。
もちろん、いつも本気でやってないわけじゃないけど……」
女「うん、分かった」
青年「何かあったらすぐ呼んでくれ」
バタン…
術師「さて……始めよう。一対一だ」
術師「この5円玉を見て……」ブラン…
妹「…………」
76: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 01:54:43.085 ID:Xjs0gSgt0.net
青年「時間がかかるな……」
女「なにしろいつものショーとはわけが違うからね」
青年「ありえないと思うが、まさか妹に手を出したりはしてないだろうな……」
女「そんなことしてたら、私があいつをブン殴るッ!」シュッ
青年「…………!」
そういえば板を割るほどのパンチ力だったな、と戦慄する。
ガチャッ
女「あ、出てきた」
術師「終わったよ」ニコッ
78: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 01:56:18.238 ID:Xjs0gSgt0.net
妹「お兄ちゃん……」
青年「!」
(もうほとんど口をきかなかったのに……)
妹「お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね……。
私のためにあんなに一生懸命動いてくれたのに……私ったらめげちゃって……」
青年「いや、俺こそすまなかった……! 変な治療法にすがったりして……」
術師「フフフ、上手くいったようだな」
女「どんな催眠をかけたの? あっ、そうか! 『明るい性格になれ』とか?」
術師「最初はそうしようと思った。だけど一時しのぎにしかならないと思ったから……」
79: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 01:57:46.294 ID:Xjs0gSgt0.net
術師「『お兄さんのことをよく思い出せ』って催眠をかけたんだ」
女「あ……!」
術師「妹さんを救えるのはやっぱり俺じゃなく、彼しかいない。
彼が妹さんをどれだけ愛してるか、尽くしてきたかを改めて思い出させれば……
立ち直らせることができるんじゃ、と思ったんだ」
女「そういうことか」
妹「お兄ちゃん、ありがとう、ありがとう……」ギュッ…
青年「あ、いや、アハハ……」
81: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 01:59:20.735 ID:Xjs0gSgt0.net
……
青年「二人とも、どうもありがとう!」
妹「ありがとうございました」
術師「どういたしまして」
女「よかったわね!」
術師「これで一件落着……」
女「いや、ちょっと待って」
術師「え?」
女「青年君、あなたが頼った催眠療法やってた奴の名前……教えてくれる?」
青年「いいけど……どうするつもりだ?」
女「偽物は、ちゃんと本物がバチを与えてやらなきゃね」ニヤッ
82: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:01:07.703 ID:Xjs0gSgt0.net
― こころ催眠クリニック ―
催眠士「もしもし……え、催眠療法を受けたあなたの息子が暴れ出した?
きっと効果がなかったんでしょうなぁ……え、訴える? どうぞご自由に! それじゃ!」
ガチャン!
催眠士「ふん、出来そこない息子の責任をこっちに押しつけるんじゃねーよ」
催眠士「次のお客さんどうぞー」
術師「こんにちは」
女「どうも」
催眠士「初めての患者さんですよね。ま、席におかけ下さい」
術師「はい」
催眠士「で、どのようなお悩みを?」
術師「実は……あなたに催眠術をかけたいと思いまして」
催眠士「は?」
83: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:03:00.309 ID:Xjs0gSgt0.net
術師「ここに5円玉があります。これを見て……」
催眠士「ふざけるな! なんで私がそんなもん見なきゃならん! 冷やかしなら帰ってくれ!」
女「じゃあ、ここに板があります。これを見て下さい」
催眠士「?」
女「ハァッ!」
バキャアッ!
催眠士「!?」
女「お願い……見てあげて」パチッ
拳を誇示しながらのウインク。
催眠士(なんだ、この女……)
「わ、分かった……だが催眠ごっこに付き合ったらすぐ帰ってもらうぞ!」
術師「ありがとうございます。すぐ終わらせます」
84: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:05:07.812 ID:Xjs0gSgt0.net
術師「あなたはだんだん……」ブラーン…
催眠士(なんだってんだいきなり……)
術師「自分のやってきたことに罪悪感を抱く……抱く……」ブラーン…
催眠士「ん……」
術師「その罪悪感は膨れ上がり……やってきた悪行を……世間に暴露したくなる。
したくなる……したくなーる……」
催眠士「ん、んんん……!」
術師「したくなーる……」
ブラーン… ブラーン…
女(なんだか本当にポケモンのスリーパーに見えてきたわ)
86: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:07:20.840 ID:Xjs0gSgt0.net
催眠士「こうしちゃいられない!」
催眠士「すぐマスコミに電話しないと! えぇっと……新聞社は……」
術師「あの……」
女「私たちはどうすれば?」
催眠士「あいにく私は忙しいんだ! お前らにかまってる暇はない! 帰ってくれ!」
術師「分かりました」
女「それじゃ失礼しまーす」
…………
……
88: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:09:58.762 ID:Xjs0gSgt0.net
クリニックからの帰りにおばさんと出会う。
おばさん「あら、こんにちは」
術師「こんにちは」
女「こんにちは」
女「あ、そうだ! 私おばさんはてっきり物真似の達人だと思ってたんですけど……
本当に催眠にかかってたんですね!」
おばさん「なんの話? 私、物真似なんて小林幸子ぐらいしかできないけど」
女「いえいえ、なんでもないです」
おばさん「そうだ。今日もなにか催眠をかけてもらおうかしら」
術師「じゃあ、DAIGOになーれ……」ブラーン…
おばさん「ウィッシュ!」
89: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:12:41.247 ID:Xjs0gSgt0.net
数日後――
― 自宅 ―
TV『催眠療法を謳っていた≪こころ催眠クリニック≫の催眠士が、
マスコミ各社に自身の罪を告白する旨の文書を送っていたことが明らかになりました』
TV『以前からこのクリニックには、粗悪な治療で病状が悪化してしまったという患者から
苦情が相次いでいましたが……』
術師「これは……」
女「催眠大成功! やったね!」
術師「うん!」
ニュースによると、催眠士の罪は粗悪な催眠療法だけではなかった。
治療の際知った患者の個人情報を業者に流したり、
催眠療法で病状が悪化した患者を撮影し、それを好事家に販売することもしていたようだ。
これらの罪は全て自らの口から明らかになったのである。
催眠術によって――
90: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:14:54.500 ID:Xjs0gSgt0.net
女「これからどうする?」
女「あなたの催眠術は“本物”だったわけだけど……」
術師「…………」
術師「俺、分かったよ。催眠術はあまりにも危険すぎる。
こうして悪人に自首させることぐらい簡単にできちゃうぐらいに……」
術師「だからこれからも俺はインチキ催眠術師として生きていくよ」
術師「もし俺が催眠術を悪用しようとしたら、その時は……」
女「任せといて! 私には催眠術効かないし、思いっきりブン殴ってあげる!」シュッシュッ
術師(絶対悪用しないようにしよう!)
91: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:17:17.699 ID:Xjs0gSgt0.net
それからというもの二人は≪インチキ催眠ショー≫でファンを増やす。
― 劇場 ―
術師「じゃあ、今日は何をしてもらおうかな……」
女「どうするつもり!?」
術師「グリコの走ってる人になーる……なーる……」
女「ふんっ!」バッ
アハハハハ… ワハハハハ…
パチパチパチパチパチ…
妹「アハハ、面白い!」
青年「だろ? お兄ちゃんもこの二人の大ファンなんだ」
(なにしろ、インチキじゃなく本物だしな)
93: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:19:22.418 ID:Xjs0gSgt0.net
その傍ら、ひっそりと――
術師「なるほど、もう三日も寝てないんですか」
患者「はい……」
術師「じゃあ、5円玉を見て下さい……」
術師「あなたはだんだん眠くなる。眠くなーる……」ブラーン…
患者「ぐう……」
女「ちょっと、ちゃんとベッドに寝かせてからやればよかったのに!」
術師「ごめん!」
女「全くもう……私が運んであげるか」ヒョイッ
本物の催眠術で人助けをするという道を選んだ。
94: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:23:19.262 ID:Xjs0gSgt0.net
― 自宅 ―
術師「あなたはだんだん眠くなる、眠くなる、眠くなーる……」ブラーン…
女「…………」
術師「どう? 眠くなる?」
女「うーん、ならない」
術師「不思議な現象だよなぁ。なんで君にだけ催眠術がかからないんだろう。
試したら言葉が通じない犬や猫にだって効くのに……」
女「長年一緒に暮らしてるから、とかかなぁ?」
術師「そうかもしれないな。この5円玉だって見慣れちゃってるだろうし」
女「――――!」ハッ
96: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:25:36.983 ID:Xjs0gSgt0.net
女(私に催眠術が効かないのってもしかして……!)
女(催眠をかけてる時の彼の顔に見とれちゃって……5円玉なんか全然見てないからだったりして……)
女(多分、意識してちゃんと5円玉を見ようとしても無理……)
女(だって、催眠術をかけてる時の彼の顔は、私にとってそれだけ魅力的なんだもの。
ウットリしちゃって……見とれないようにするなんて出来るわけない……)
術師「ん、どうしたの?」
女「な、なんでもない! なんでもない!」
女(そして、こんなこと……恥ずかしいやら照れ臭いやらで彼にいえるわけがない!
“催眠術にかかったフリをしてたこと”以上に!)
98: 以下、?ちゃんねるからVIPがお送りします 2021/02/09(火) 02:28:17.461 ID:Xjs0gSgt0.net
女「そろそろ、ご飯にしよっか」
術師「今日はなんだい?」
女「5円玉っぽいイカリングを揚げてみましたー!」
術師「お、うまそう!」
女「これからも二人三脚、張り切っていこうね! スリーパーさん!」
術師「うん。インチキで本物の催眠術師として――!」
― おわり ―
催眠術師「フフフ……眠ってしまったようだな」女(ホントは起きてるけどね……)